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Re: 北原派反対同盟のことをどう思っていた(る)のか?

 投稿者:草加耕助  投稿日:2009年 3月 1日(日)11時45分28秒
返信・引用
  > No.5944[元記事へ]

GO@あるみさんさんへのお返事です。

GOさんの質問は景清さんに対するものであり、私がどうこう言うのは横レスというもんですが、名前を出してもらったこともありますし、この質問は党派に属さず、かつ革共同中核派への(インター的な視点からの)批判を共有しない一般大衆の素朴な疑問、つまり三里塚に心をよせる大衆が運動内部の争いを外から眺めた場合に当然に出てくるであろう疑問のひとつであって、当時その場にいた私(たち)には、それに正面から答える義務があると思います。

まず、GOさんの質問を読んでもわかる通り、以下の2点の認識について、必ずしも反中核派的な立場には立たない「左の左」に属する一般大衆の間ですら、すでに共有された認識として定着しているのではないかと思われます。これは非常に大きな進歩であり、今後はこの認識を土台に議論を進めていくべきだと思います。すなわち、

1)革共同未来派(=再建協)の自己批判は、三里塚闘争の戦略的領導ひいては階級闘争全体おいて、党が大衆をテロるといった、党と大衆の疎外された関係(恫喝政治)を中核派が構造的につくりだしていったことに対する内省的な捉え返しがなく、不充分である。
2)いわゆる一坪再共有化(=大地共有運動)については、賛否を含めて様々な意見がある(あった)。そのことについては互いに相手の立場を認め合いつつ議論して一致点をさぐるべきである(あった)し、相手を全否定する強硬な態度はやめるべきだ。

この中でも、(2)については中核派のみならず私(たち)のような旧熱田派系列にも向けられた素朴な疑問であると思います。そして実はこういう疑問はGOさんのみならず、「北原派農民を支援しつつ内ゲバも否定している」ような人々から、私のところにもメールの形で何通もいただいています。とりわけ、すでに熱田派反対同盟が活動を休止してしまった後から三里塚闘争にかかわった若い人は、熱田派系列に対してこういう疑問を抱かれるようで、それももっともなことであると思います。この素朴な疑問にちゃんと答えられなければ、逆に私(たち)のほうが現に三里塚に心を寄せているような一般の人々の間で孤立してしまう、あるいは「過去の人達」として無視されて、貴重で痛苦な体験の歴史的な蓄積がなされないという危機感を持つべきでしょう。

これに対し、「いや、それは中核派がね・・・」というような回答、あるいは中核派の悪行をザーッと並べたり、「こういう中核派を許すのか!」みたいな逆質問で相手を黙らせてしまう、それで確かに相手は「それはわかるけど」という感じで沈黙してしまうでしょうが、絶対に「納得」はさせられないと思います。
そういう主張だけでは大衆的な納得を得られないであろうことの根拠は、A)北原派農民の苦闘が現にそこにあるわけであり、それに連帯したいという思いは全く正当なものであること、B)中核派はその恫喝政治においては運動の桎梏であるが、権力とも正面から闘うという評価すべき面をも強くもっている、C)ついでに怒られることを承知で誤解を恐れずに書くならば、それに比して熱田派同盟の「惨状」があります。つまり若い世代はこれら三つの状態を三里塚にかかわった最初から所与のものとして見てきたのです。

それは別の言い方をするならば、「中核派批判はわかった、それは同意する。ではあなたがた自身はどうなのだ」という、熱田派系列そのものの主体的な立場を問うているのであり、まさしくそれこそが、分裂当時に私たちがするべきであった論争なのです。もし、分裂を「中核派独裁からの自立」というような肯定的なものではなく、「否定的なもの」であるとする立場に立つならば、これはまさに歓迎するべき質問であって、もう一度私たちはいっさいの前提をつけず、この原点に戻って真面目に論争するべきです。これに対する回答を「中核派批判」にすりかえてしまうのはまやかしであり、まさに噴飯物であると思います。そう言って気にさわるのであれば、北原派農民に対する自己の立場の絶対化であって、たとえ辛く認めがたいことであろうとも、自己絶対化を撤回する柔軟性と勇気を、相手に要求すると同時に他ならぬ中核政治を批判する私たち自身がこそ、まず率先して示すべきであると思います。

そこで、GOさんは必ずしもこういう若い世代ではない(失礼!)ようですが、GOさんの二つの質問に「党派が発表した公式見解」ではなく、当時の熱田派同盟とその支援の人々の本音で回答するならば、以下のようになります。

質問その1)当時の熱田派反対同盟と支援は北原派反対同盟の存在をどのように考えていたのか?

中核派についていった人、もしくは中核派の説明を鵜呑みにして誤解している人と考えていました。そこにおいて北原派系列とは、中核派系列というのとほぼ同義でした。ですから「三里塚闘争に敵対している」とか、ましてや「ニセ反対同盟」などという認識ではもちろんありません。つまり北原派農民も三里塚勢力の一部であるという認識はありましたが、「間違った(あるいは誤解している)人々」という扱いであったことは否定しません。
ただ、弁明しておくならば、当時の北原派の大地共有化運動に対する批判は、中核派の「公式な」見解をほぼそのまま借用したものであり、その帰結として熱田派を「運動からの脱落派」と規定する以外にない構造にありました。確かにそういう論理が用地内の多数の農民に受け入れられてしまった、GOさんが引用した萩原さんの記述に見られるように、それくらい強い不信感を抱かせ、一坪反対派の農民を怒らせてしまったという点は、熱田派系列の反省材料ではあるのでしょう。しかし脱落派規定を導くために、事実と反する内容を多々含んだ中核派の「公式な」論理を北原派が援用したことは、「北原派系列=中核派系列」と思われても仕方のない面を有していたと思います。

補足しておくならば、私たちは別に、後に北原派となる一坪反対派の「農民と争っている」という認識は全くなかったのです。そうではなく、ただ「中核派の横暴」を批判して、それをやめさせようとしていただけです。つまり中核派(の横暴)に反対しているという認識しかなかった。さらに言うなら、中核派は反対同盟の意思(=決定)に反してそれを否定し、党派の意志を農民に押し付けようとしているという認識でした。よしんば同盟内多数派の意見に反対したり少数派を支持するにしても、もう少しやり方というものがあると思います。中核派のセクト主義的な運動への介入と引き回しに反対したという、ただその一点においてのみ、私たちは正しかったと今でも思っています。私たちの正当性の源泉はまさしくそこに、そしてそこだけに求められるべきシンプルで明快な話なのであり、それに一坪再共有化運動の正当性のようなものを接木して、話をややこしくする立場に私は立ちません。

質問その2)用地内農民の多数が反対している一坪再共有化を、用地外を含めた同盟内多数派で強行したのは、同盟の分裂に繋がる「多数の横暴」ではないか?

これについては誰も答えていませんね。ですから他の人がどう思っているかはわかりませんが、私は「今から思えば」という前提をつければ、全くその通りだと思います。ですがその責任は熱田派だけに向けられるべきでしょうか?なぜなら、そもそも最初に「一坪再共有化=運動への敵対・脱落」というような飛躍した論理で切り込んできた中核派の手法が事態をエスカレートさせた元凶であることは否定しがたいからです。
つまりこの点においても私たちは中核派との関係で事態をとらえていたのであり、それは「多数決の横暴」ではなく、党派の介入から「農民の自主性を守った」という認識だったのです。その認識は一面においては正しかったが、別の一面では誤っていたと思いますし、私たちもまた、北原派農民に謝罪すべき点はあると思います。

つまり、GOさんが(おそらくは)思っておられるような、一坪再共有化は正しいのだという前提に固執せず、なんらの前提をつけないところで少数派(用地内多数派)とも話し合い、闘争の大義のために妥協しあうべきだったということは、今から考えればその通りです。ですがその批判は、とりわけ中核派に、ひいては北原派全体にも向けられるべきではないでしょうか?それこそ「中核派のテロとは別の問題」なのではありませんか?

これらの点をお互いに認め合って「議論の入り口」に立つことは必要なことではありますが、おそらくどちらの陣営にとっても心情的にも受け入れがたい面があると思います。だから双方の陣営でこういう意見は(表面的には)少数派になってしまうと思います。とりわけ党派やそこにつながる人にとっては過去の主張と矛盾する面もあろうから難しい。ですがまず、私やGOさんのように過去のしがらみが無かったり少なかったりする人々が、表面的な少数派となる覚悟と勇気をもって対話を開始することからはじめませんか?もちろん市東さんの農地強奪策動をはじめとする、「現にそこにある闘い」に過去の垣根を越えて連帯し、共に闘う中で。

なお、ここからの孫引きですが、熱田派反対同盟の公式見解である『戦旗派の提起に答えて』という文書の一部を引用しておきます。これを見れば、私のGOさんへの回答が、私の狭い個人的な経験から語っているのではなく、熱田派全体の見解であり気運であったこと、熱田派は北原派ではなく中核派への対抗という問題意識に色濃く規定されていたことがわかると思います。

> 一坪再共有化運動はフランスのラルザックの闘いに学び、沖縄の軍用他の共有化で再びその力を実証し、三里塚でもはじめたのである・・・この運動をやめることは、公団を何よりも安心させ、喜ばせることである。中核派による御門違いの難くせに屈服して再共有をやめることは、絶対にできない相談である
> 一坪再共有化が分裂をまねいたということですが、その事は全く違います。それは中核派が自分たちの意のままにならないと知った再共有化運動に難くせをつけて、あたかも再共有化に原因があるかのようにして分裂させたのです。・・・すなわち再共有化運動をやめる事は、中核派独裁の復活なのです。
> 再共有化に対して、土地ころがしと思わない人が北原派にも出てきたように、再共有化の力をもっともっと明らかにし、彼等から疑いの目をとりのぞくことが大事なのです。
> (同盟の分裂を決定づけた)三・八総会の評価であるが、この総会の目的は、ゆいいつ反対同盟の自立にあります。この事は中核派も十分に承知していたはずだし、よく考えれば分裂が起る事は当然だったかもしれません。・・・他を認めた自立こそが連帯のカギであり、勝利のカギなのです。

最後に、私が言わなくてもまっぺんさんはわかっておられることだと思いますが、
> 党がなすべきことはまず、「大衆運動の自主性」を尊重し、その上で運動の勝利のために協力していく、ということです。
という点については、一応はその通りだと思いますが、党は「外から協力する」だけの立場ではいけないし、運動への支援とは無条件に行われたり、ただ「大衆運動の自主性」に従うようなものではありません。党という形式そのものを否定する立場にたつ(それもありでしょう)なら話は別ですが、かつて「レーニン主義党」にいたまっぺんさんには釈迦に説法ですね。
ですからより正確に補足すれば、大衆の自主性の尊重と党の戦略的な領導を両立させていく=大衆や現場の先頭に立ってそこに責任を負い、大衆の気運を体現して引き出しながら、最もよく闘って最も傷つき、しかも倒れたり後退したりしない強さを示すことで、大衆的な信頼を勝ち得ていくということです。大衆に方針を丸投げしてその後ろで「協力」していればいいという意味ではありません。

これは三里塚でも反基地でも反原発でもそうですが、目先の短期的は運動の利害のためには、「左の左」だの、ましてや過激派なんていないほうがいいのです。共産党がまさしくそう言っていますね。また、支援や党派は「運動の外の人間」で「組織の指令によるカンパニア動員」であって、彼らが運動に対して主体的な存在であることなんて認めないという論理(地域主義)は、運動の高揚期には政府・公安・建設推進派が、そして運動の後退期には反対運動の内部からさえ聞こえてくる論理です。そういう運動の全国化に敵対する考え、まさしく自分の問題として主体的に現地にかけつけている人々まで「組織動員」だの「カンパニア」などと罵倒する主張にはついていけません。もちろんそういう批判が出てくる根拠があることは理解し、それは克服されるべきであるとしてもです。

http://bund.jp/

 

ネットカフェで閲覧できないレッドモール党

 投稿者:ちく  投稿日:2009年 3月 1日(日)09時34分18秒
返信・引用
  先日、漫画喫茶「ゲラゲラ」でこのレッドモール党を閲覧しようとしたところ、「有害サイト」を遮断する「フィルター」によって、閲覧できないことを知りました。

遮断されている理由は、「カルト、テロリズム」に抵触するとのことです。時間がなかったのであまりチェックできなかったのですが、左翼党派本体のホームページ([かけはし]と[前進]だけですが)と趣味者系?の[旗旗]は閲覧できました。

i-フィルター(使われていたフィルターがこれだったかは失念しましたが)のホームページhttp://www.daj.jp/cs/ifnc/によると、「2005年10月1日、東京都は「東京都青少年の健全な育成に関する条例」を改正・施行し、インターネットカフェ事業者に対して、青少年のインターネット利用にはフィルタリング付のPCを推奨する努力義務を課しました。」とのことで、都内のネットカフェ全域でレッドモール党が閲覧できなくされている可能性が高いと思われます。

こんなことは許せませんね。早速、実態を調査して、必要な抗議が必要でしょう。

以上、情報として、報告させていただきました。
 

GO@あるみさんへのお返事

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 3月 1日(日)02時00分59秒
返信・引用 編集済
  ●中核派は熱田派をどう書いているか

反対同盟「北原派」と「熱田派」について、どう語るべきなのか。「解任された北原氏がかってに事務局長を名乗ってニセの反対同盟をつくった」と考えるべきなのでしょうか。それについて考える前に、革共同再建協議会の「自己批判書」の内容と、新時代社からの「拒否回答」の内容を読み比べてみてください。まず再建協議会。彼らは徹底して北原派の方を「正統な反対同盟」として扱い、再共有化運動に参加した熱田派の人々を「脱落派」としています。彼らは「正当な反対同盟」の指示に従わず勝手に再共有化運動を推し進めていった事を強調しています。つまり「北原派反対同盟の方が正しく、熱田派は裏切り者」という立場です。これは分裂前の中核派の立場を再建協議会も引き継いでいるのであり、第四インターも含め、熱田派に集う者すべてを「反革命」「反対同盟分裂のために行動する権力・公団の手先」と糾弾している事にほかなりません。中核派による第四インターへのテロが彼らのこの認識から出た行動であることはまちがいありません。反革命だから襲撃した。彼らにとっては何の矛盾もありません。また、それは東北や大阪や三里塚現地で「自分たちが被害者だ」と称する行動においても貫徹されています。

●新時代社は北原派をどう書いているか

では第四インターはどうだったでしょうか? 中核派とちょうど反対の方角から、北原派反対同盟を「反革命」とか「裏切り者」とか糾弾してきたでしょうか? そんな事はただの一度もありません。自己批判への回答文書にはなんと表現されているかをご覧ください。一部引用します。

>こうして、彼らは、一九八三年に始まる反対同盟の不幸な分裂と、中核派による反対同盟(熱田派)の同盟員や支援にたいする、テロをも含む暴力的内ゲバ攻撃を正当なものとし、ただ、八四年一月と七月の同志たち八人への「軍事的せん滅戦」(殺人的内ゲバ・テロ)だけが間違っていたのだというのである。

反対同盟の分裂について「どっちが悪い」などといっさい書かず、たったひとこと「不幸な分裂」と書いているだけです。分裂の原因となったのが一坪再共有化運動であった事は書いてありますが、中核派の「再共有化運動=土地売り渡し」論という全く事実に反するデマゴギーに答えているだけで、それ以上はなにも書いていません。第四インターはあの8人に対するテロ、そして仙台や大阪や三里塚現地、更には全国の学園などで再共有化運動派に対するテロと恫喝について全てを中核派の責任として糾弾しているけど、北原派反対同盟に責任があるなどどはひとことも書いていないのです。おわかりでしょうか?

●反対同盟から去っていった人たち

これは、他の熱田派支援者でもそうだと思います。イレギュラーずさんの気持、私もよくわかります。われわれは深く連帯し一緒に闘ってきたけれども「主体ではない」のです。反対同盟とそれを支援する党派との関係をどう作っていくべきか、そこに中核派と第四インターとは明らかな相違がありました。その違いは「脱落」「反革命」「裏切り」という中核派の言葉の連発に象徴されます。反対同盟農家は今や僅かとなり、40年も続く闘いのなかでかつての「少年行動隊」も孫がいる歳になってしまいました。それでも農民はさまざまな工夫をし闘いを続けてきました。それは素晴らしいことだと思います。しかし、闘争の過程で多くの農民が去っていった事も事実です。戸村一作氏を委員長に結成された時には3000名もいた同盟が権力・公団の様々な卑劣な手段によって切り崩されていったのです。中核派は、去っていく人々の背中に向かって口をきわめて罵り続けました。もちろん中には同情の余地のない人もいたでしょう。でも泣く泣く去っていった人々もたくさんいます。何年ものあいだ共に闘ってきた人たちの苦痛は量り知れません。それを罵倒するのはいかがなものでしょうか。そうした事は反対同盟内部の問題であって、支援者の我々が率先してやるのは間違っています。

●中核派に同調しないものは反革命

北原派反対同盟からは中核派にいやけがさした小川さんたちが出て「小川派反対同盟」を結成した事は憶えているでしょう。中核派はこの時も小川さんたちを「脱落派」「裏切り者」と激しくののしりました。要するに中核派は絶対正しく、それに異論を唱える者、去っていく者はすべて「裏切り者」「脱落者」「権力の手先」なのです。中核派は本質的なところでは何も変わっていないことが、この「自己批判」に現れているのではないでしょうか。第四インターは「反革命だから」襲撃されたわけです。その根拠は「一坪再共有化運動」でした。「反革命」の根拠となった一坪再共有化運動をいまだに「反対同盟分裂の陰謀」「権力が全体重をかけた攻撃」と非難したまま、どうやって「反革命」規定だけを取り下げることができたのでしょうか。「根拠」はそのままで「結論」だけが消えてしまった。たいへん不思議です。このような場当たり的なご都合主義では人民の党になることはできません。ていうか、万が一そんな党が人民の党になったりしたら、恐ろしい。党の言うことに黙って従わないと「反革命」になっちゃうもんね。それどころか「積極的に同調」しないと安心できない。いったいどこが「反スターリン主義」なんだろう。「半スターリン主義」じゃないのか。

●大衆の私物化が内ゲバをもたらす

中核派の考え方は「大衆運動の私物化」に他なりません。大衆の自主性・主体性を踏みにじり、「正しい党が大衆を指導しているのだ。どこが悪いか」という態度です。こうした考え方の中から内ゲバもまた正当化されます。党がなすべきことはまず、「大衆運動の自主性」を尊重し、その上で運動の勝利のために協力していく、ということです。この姿勢がないから、大衆運動の主体に対して勝手に「反革命」などと罵ることができる。中核派はこの傲慢さをまず真っ先に自己批判するべきだと思いますね。
 

北原派がインターへのテロに対してどう思っているか

 投稿者:GO@あるみさん  投稿日:2009年 2月28日(土)22時39分51秒
返信・引用 編集済
  どうもありがとうございます。
>共有者への中核のテロを北原派はどのように総括しているのかな?もちろん表立っては言えないことだけれど、表立って言えない現状をどう認識してるのか興味があることです。
ぶっちゃけた話、私には分りませんので、誰か分かる人(今の中核派現闘に近い人)にここに書き込んでいただければいいのでしょうが、難しいでしょうね。
公式的に北原派反対同盟から再建協への自己批判に対してどうのこうのということは、まだないようです。まあ、ご存知かも知れませんが、革共同中央派と呼ばれる人たちは、本音は三里塚闘争を「清算」したがっているようですので、いくら「再建協憎し!」と言えども、「三里塚から出て行け!」なんて無茶は言えますまい。
話はそれますが、私がノンセク(反中核)の三里塚学集会に参加したとき、インターへのテロに対して北原派は「党派のやったことで、我々とは関係ない」というようなことを言っていたそうで、ノンセクの人たち(心情的北原派もいました)は、「それはおかしいだろう」と批判しておりました。
 

仏とEUの運命

 投稿者:たつまき  投稿日:2009年 2月28日(土)21時37分32秒
返信・引用
   フランスでは09年の国家債務がGDPの70%に達する。国家破産が近い。
サルコジは危機の自動車産業を救済する心算だが、そうした保護主義は許せないから制裁措置をとると、最近EU当局が警告した。
 そうなれば、背に腹は換えられないないと、サルコジはEUを脱退して、EUは崩壊する、と
Newsland.ruが報道した。
 EUではロスチャイルドの手先ブレアを大統領にして、欧州統一国家を樹立して、NWO=新世界秩序樹立を一歩前進させる目論見を、ロスチャイルドが推進している。
 しかし仏のEU脱退でその目論見はバブルと消えることになる。
 英国、オランダはじめEU6ヵ国とスイスで西欧7ヵ国は国家破産の瀬戸際にある。仏も国家破産が近い。
 西欧でも米国でも新たな社会革命が近い。
 今度こそ、Marx、Engelsが提起せず、Leninが1918に第2綱領で掲げた、野蛮で邪悪な貨幣制度廃止の社会主義的戦略目標を翌年から放棄した裏切りを乗り超えて、この偉大な戦略目標の実現を目指し、万事無償奉仕の新人類社会への移行を目指して闘え!
 それで初めて、地球、人間、動植物、人間同士の共生が可能になる。

 http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/60.html
 http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/11.html
  http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/4.html


 http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/60.html

http://gold.ap.teacup.com/tatsmaki/60.html   

 

Re: 北原派反対同盟のことをどう思っていた(る)のか?

 投稿者:セクトNo.7  投稿日:2009年 2月28日(土)17時36分18秒
返信・引用 編集済
  > No.5944[元記事へ]

GO@あるみさんさんへのお返事です。

>当時の「一坪再共有化」および「熱田派」反対同盟のことを、現在の北原派反対同盟事務局次長の萩原進さんは昨年出版された「農地収奪を阻む」の中でも「しかも敷地内反対同盟がその方針に強く反対していたのに、強引に大地共有化委員会なるものをつくった。重大な反対が同盟内にあるにもかかわらず、一方的に強行した。事実上の分裂の強行だ。」(p92)と記述し、「脱落派」と規定しております。

私らがどう思うかは人によって様々でしょうが、脱落派と規定してんなら『一坪を売るな』なんてどっかでお茶を沸かすような言動をする団体をどうにかしてほしいな。どうせ脱落派なんだから「あいつらはいつかは売り払う」くらい言ってもらいたいな。

人が悪く根に持つタイプなんであえて言うけれど。
共有者への中核のテロを北原派はどのように総括しているのかな?もちろん表立っては言えないことだけれど、表立って言えない現状をどう認識してるのか興味があることです。

私みたいな悪趣味者はそんな多くないんで極端な見方だけれど、昔からあった反対同盟持ち上げ派みたいなありようは今も好きじゃない。
で、なんで「熱田派」反対同盟で北原派反対同盟なのかな?カッコ意味するところは微妙に立ち居地を表しているようで?考えすぎかな?
 

ネイルの会さんいらっしゃいまし\(^o^)/

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 2月28日(土)12時48分22秒
返信・引用
  ネイルって「つめ」の事かと思いましたよ。
貧困が進行しているから「つめに火をともす」生活からイメージしちゃって。
ほんとに他人事じゃありません。よろしゅう。(=^^=)/
 

いま忙しいので

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 2月28日(土)12時45分37秒
返信・引用 編集済
  GO@あるみさん、投稿ありがとうございます。
まじめに機関紙などに文書を投稿するときには「景清」にしてます。
再建協議会を批判したこともあり、「北原派」反対同盟の件も関連しているので、
僕も意見をいいたいけど、ちょっとまっててね。
いまめちゃ×2忙しいので。・・・めちゃ×100くらい。m(__;;)m
 

景清さんが何を言うかは別として

 投稿者:イレギュラーず  投稿日:2009年 2月27日(金)23時30分13秒
返信・引用
  >ニセの反対同盟
このようにいうこと,そのこと自身が悲しい。分からないだろうか?

わたしは,開港阻止闘争後5年間の自分の裁判闘争に入ったが,そのころ保釈直後に最初に訪れたところは,石井のおっかあのところだった。あのときごちそうになったショウガは旨かった。もう一人の同郷の被告とその父親とともに伺った。

また,わたしにとっては三里塚で初めて援農に入った家であり,二月要塞戦では他の反対同盟とともに闘った方でもある。
 

北原派反対同盟のことをどう思っていた(る)のか?

 投稿者:GO@あるみさん  投稿日:2009年 2月27日(金)21時31分6秒
返信・引用
  運動情報を何度か投稿させていただきましたが、まじめな投稿は今回が初めてです。私の立ち位置は、拙ブログhttp://tatakauarumi.cocolog-nifty.com/blog/cat32698269/index.htmlにもありますが、ここでの議論や草加さんの提起もふまえて、件の自己批判は不十分なもの、特に「第四インターへのテロ」だけを問題にして、そこに至るまでの党派のあり方・・・党と大衆の関係や恫喝政治も含め・・・が成されていないことについて、またこれが「少なからぬ影響」どころか、「多大な影響」を日本の左翼運動総体に与え、80年代の「敗北」を導き出してしまったのか?という視点が無いことは、全くそのとおりだと思っております。またこの「自己批判」は、なぜ現在の革共同中央派のようなものを生み出してしまったのか?という総括にも繋がるものですから、今後も大いに議論される必要があるし、されなければならないと考えております。
以上を踏まえたうえで、もう1ヶ月以上も前の投稿のことで誠に申し訳けないことなのですが、革共同再建準備協議会の皆様へと題する、影清さんの投稿について2点ほど質問があります。よろしくお願いします。
ここでの議論や新時代社の批評を読み、「一坪再共有化」の意義やどのように行われたかという点については理解いたしました。しかし、影清さんのおっしゃられる「反対同盟」の中で、この「一坪再共有化」に反対する人達もまた、存在したわけです。特にそれが、来る二期着工攻撃に真正面からさらされ、それゆえ二期着工攻撃の主体として立つ敷地内の同盟員にです。その部分が3・8分裂後の「北原派」反対同盟として立ち、現在も「農地死守」の闘いを続けております。当時の「一坪再共有化」および「熱田派」反対同盟のことを、現在の北原派反対同盟事務局次長の萩原進さんは昨年出版された「農地収奪を阻む」の中でも「しかも敷地内反対同盟がその方針に強く反対していたのに、強引に大地共有化委員会なるものをつくった。重大な反対が同盟内にあるにもかかわらず、一方的に強行した。事実上の分裂の強行だ。」(p92)と記述し、「脱落派」と規定しております。
そこで質問ですが
>「反対同盟の会議」の中で「反対同盟の農民」がこのように北原氏を批判し、そして解任したことは明らかです。反対同盟の役職を解任できるのは反対同盟の会議に決まっていますし、解任されたということは、反対同盟の多数の意志がそれを決定したということに他なりません。
と「反対同盟」の内部の民主的な手続きをもって「解任」されたハズの北原氏が、現在も「(北原派)反対同盟」を名乗っていること・・・は「僭称」ということになると思いますが、当時の「熱田派反対同盟」と支援はこのこと・・・ニセの「反対同盟」が存在すること・・・をどのように考えていたのでしょうか?
>また、同盟と支援との関係は、なんでも同盟の指令によって闘争方針が決められるのではなく、同盟の力が及ばない範囲ではむしろ支援側が積極的にそれをおぎなって独自の運動を展開することもあります。
とありますが、先に引用した萩原さんの言葉を見るまでも無く、敷地内に強固に「この方針はやめて欲しい」という人達が居る中、「反対運動のために良かれ」と思って推進したとしても、それは「多数の横暴(再共有化がいいという同盟員が多数いたとしてもです)」であり、結局は同盟の分裂に繋がるのではなかったのか、この2点です。
私は特に後者について、インター系の人達がどのように考えていたのかが知りたいと思います。もちろん、「一坪再共有化」に強い反対があるからと言って、中核派の行った恫喝政治やテロが許されるわけでは決してありません。しかし第四インターを「反革命規定」してせん滅戦の対象としたことは誤りであったが、彼らの行ったことは「反革命的行為」で許されない!という一線は、再建協議会が現在も北原派反対同盟を支援し、共闘していく立場を取っていることも含め、認められないことだと思います。
本当はもっと早く議論に参加すべきであったのでしょうが、雑文ばかり書くことをしたりしてこのような離れたところでの質問となってしまい、申し訳けありません。また、長文をお許し下さい。

http://tatakauarumi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-e681.html

 

ネイルの会からの挨拶

 投稿者:ネイルの会  投稿日:2009年 2月27日(金)21時05分47秒
返信・引用 編集済
  ちょっと,場違いかもしれません。しかし,この掲示板に集う方々が,真剣に現状を
憂慮されていることを信じて投稿します。

ネイルの会は,多様な立場や思想性をもった仲間たちが,「新たな共同性」を模索す
るという一点で結集した集い[会]です。       (くわしくは本文で。文責 吉沢省吾)

「ネイルの会」のブログを訪問された仲間の皆さん!

                                                   島野育夫(ネイルの会)

<1>

私たちは「生きさせろ!」という斬新な主張と抜群の行動力で,国家・政府・行政に
セーフティネットを要求する若い方々の能動的なエネルギーを,すばらしいものだと
感じています。そして,彼女ら彼らの運動が,セーフティネットの要求にとどまらず,
自分たちで「生き延びよう!」という,すぐれた志向性を持っていることに,感動し
ています。

私たちは,この,野宿者支援の運動でもしばしば語られてきた,仲間同士が寄り集ま
ってともに「生き延びよう!」という視点の必要性と重要性に,さらなる熱き視線を
そそぎます。

普通に考えれば,国家・政府・行政に「あまり」頼らずに「生き延びる!」といって
もたやすいことではありません。私たちには,当然にも生存権が憲法で保障されてい
ます。これを,「お上」に要求することに何ら異議はありません。

雇用保険のこと,年金のこと,健康保険のこと,そして生活保護のこと,これらのこ
とは,将来私たちが「生き延びる」ためには是非とも必要でしょう。

しかし,国家・政府に,直接結びついて「生きさせて」もらうだけではなく,仲間同
士で何か出来ないだろうか?と思うわけです。そのための方途はどのようなものにな
るのでしょうか?

私たちは,このブログを活用して,このような、問いかけにすらならない,ゆえに解
答も見出すことができないものを,そもそもの問いの発し方から,多くの皆さんと共
に考えてみたいと思っています。

<2>

さて,「ネイルの会」のネイルとは,韓国・朝鮮語の「明日」を意味する言葉である
と同時に,日本語の「寝入る」という意味でもあります。明日に希望を持ちながらも,
今日は「寝入って」しまっている,という私たちの情けない現状を,「ダメじゃな
いか!」というのではなく,むしろ肯定することから始めたい,という思いを込めて
「会」の名前としました。

「ネイルの会」に結集する私たちは,学生として1970年代後半から80年代前半
にかけての「時代」を共有しています。そして,多くの仲間と共に様々な社会問題に
係わってきました。

学生生活にケリをつけたのちは,全国各地に分散し労働者や零細事業主などを生業と
し,もがき・あがき・じたばたしながら,今日まで何とか「生き延びて」きました。

そのような私たちは偶然に再会し,心の支えの場,癒しの場,日常の様々なことを語
り合う場,「親密性」を保つ場,新たな「共同性」を志向する場,そして連なって愚
痴る場,を「ネイルの会」と名づけました。すなわち,会則もなければ会員の登録も
ない,連なり・寄り集まりの場であるわけです。

そして,今回,これまで内向きの「ダメで酒飲みの場でしかない現状」に依拠した相
互交流を,ブログという媒体を使って少し広げてみることにしました。このことが,
予期しない何らかの「良きもの・新しいもの」を生成させることが出来るのではないか?
というワクワクする期待をこめて…。

※まだ,<3><4>と続きます。
ぜひネイルの会のブログをのぞいて,ご意見をどしどしコメントに書き込んでください。
まだ見ぬ仲間たちへ。ネイルの会より                             (文責 吉沢省吾)

http://yoshishougo.blog81.fc2.com/

 

Re: 小泉毅氏は英雄

 投稿者:さー  投稿日:2009年 2月27日(金)21時02分43秒
返信・引用
  > No.5770[元記事へ]

ホッシュジエンの国内ニュースさんへのお返事です。

> 埼玉と東京で元厚生事務次官やその家族が相次いで襲われた事件で、
> 関与を認める供述をしている男が「事務次官経験者や家族あわせて
> 10人ほどの殺害を計画していた」と供述していることがわかりました。
> 警視庁は複数の官僚の元トップを次々に襲おうとした前例のない犯行の
> いきさつや動機の解明を進めています。
>
> ミ ・д・ミ < その動機が犬を保険所に殺されたからだというのか。
>
> (・A・ ) < 当初のように悪い官僚を成敗するという動機では、
>       消えた年金問題は悪だという事になるからでしょう。
>       国としてはあくまでも過失でなければなりませんからね。
>
> 08.11.25 NHK「元次官ら10人ほど殺害計画」
> http://www.nhk.or.jp/news/k10015574511000.html
 

おもしろかったよ

 投稿者:元地本常任  投稿日:2009年 2月27日(金)12時43分40秒
返信・引用
  「三多摩社青同闘争史」「社会党・社青同・社会主義協会派批判」「日本革命的共産主義者同盟小史」読みました。
わたしが*青*にはいったのが67年でね、三多摩の200のヘルメット部隊の伝説は聞いているんですよ。わたしどもがそのあとやったこととの違和感はありませんね。加入を戦略にしてたらいっしょにやれてたかもね
 

新時代社から反論でました

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 2月18日(水)21時23分23秒
返信・引用
  革共同(中核派)再建協議会の自己批判は受け入れられない
日本革命的共産主義者同盟(JRCL)中央委員会
http://www.jrcl.net/frame090223b.html
 

日系外国人派遣切り反対デモに異常・過剰な警備

 投稿者:キューポラ  投稿日:2009年 2月17日(火)21時55分29秒
返信・引用 編集済
  緊急な呼びかけにもかかわらず、日系ブラジル人をはじめ南米人50人を
含む200人を超える人々が集まったが。
群馬県警の警備は異常・過剰なものだった。
下の写真には写っていないが、120人の制服警官がヘルメット・警棒で
警備した。
実行委員会では、「労働組合のデモでは考えられない、排外主義的で異常・
過剰な警備」として県議会などで問題にしていくとのことです。

共同記事
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009021501000290.html
 

LCR(革命的共産主義者同盟)の解散と、NPA(反資本主義新党)

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 2月16日(月)17時34分54秒
返信・引用 編集済
  韓国語翻訳者の柴野貞夫さんのホームページの方には写真入りで出ていますね
●フランス、革命的左派の新しい実験
http://www.shibano-jijiken.com/SEKAI%20O%20MIRU%20SEKAI%20NO%20SHINBUN%20141.html

柴野さん、「訳者解題」としてちょっとコメントを付けてますね。そこから一部↓
------------------------------------------------------------------------------
日本の「革命的左翼」の諸組織も、LCRの如く、革命的求心力を持った大きな組織への
結集を追及することが求められている。最近一部組織が、正式に「内ゲバ」を、「スタ
ーリニストの粛清」手法と変わらないと自己批判したことは歓迎すべき事である。
------------------------------------------------------------------------------
関西派、注目されてますね。ただし、「内ゲバそのものを自己批判」したのではなくて
「四トロを内ゲバ対象リストから外した」だけなんだけどね。
 

NPA続報

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 2月16日(月)15時12分45秒
返信・引用
  NPA結成大会には世界30カ国から100名の左翼系の人々が参加しましたが、韓国「社会主義労働者政党準備会」も招待され、参加した模様を伝えています。その日本語訳が「薔薇、または陽だまりの猫」さんのサイトに掲載されています。詳しい報告ですね。党員数は9123名となったそうです。また党名は5つくらい出たものを検討し、最終的に「反資本主義新党」と「革命的反資本主義党」との間で投票し「反資本主義新党」で決定したそうです。詳細はこちらへ↓
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/1cfcea1c2f583fd7a6a6350065b5cfa2
 

NPAの人気急騰(仏世論調査)

 投稿者:まっぺん  投稿日:2009年 2月14日(土)19時57分18秒
返信・引用 編集済
  13日付フランス紙フィガロが掲載した世論調査によると、サルコジ大統領の対抗馬として最もふさわしい政治家として7日発足したばかりの極左政党「反資本主義新党」(NPA)の創設者オリビエ・ブザンスノ氏(34)が、主要野党党首を抑えてトップに選ばれた。

 世界的な経済危機を背景に、フランスでは雇用の維持などを求めてストやデモが頻発しており、最左派勢力への支持増加が確認された形。

 ブザンスノ氏は、12月の調査から12ポイント上昇し23%の支持を獲得。社会党のオブリ第1書記は5ポイント増の13%にとどまり、2007年大統領選で同党候補となったロワイヤル氏は6%、中道、民主運動のバイル議長も6%だった。

 極左政党「革命的共産主義者同盟」(LCR)のスポークスマンを務めていたブザンスノ氏は、今月7日の同党大会でNPAへの再編を主導した。「地球規模の資本主義システム」の限界を公言する左派の人気政治家。

 フィガロ紙は一方で、最大野党である社会党が支持を奪われ難しい状況に陥ったと分析している。
 世論調査は11、12の両日、フランスの有権者1021人を対象に実施された。
http://www.npa2009.org/
http://www.lcr-rouge.org/
 

情報ありがとうございました

 投稿者:コモンズ  投稿日:2009年 2月13日(金)11時55分12秒
返信・引用
  キューポラさんの情報をスケジュールに書き込みました。
http://www.com21.jp/schedule.html
 

Re: 温度差ですね

 投稿者:Giya  投稿日:2009年 2月13日(金)09時31分36秒
返信・引用
  > No.5928[元記事へ]

ニャンケさん。こんにちは。

菅沢さんの「話し合い」基調への、戦旗の抗議声明を見て、これではまるで第4インターやプロ青が標的だと中核派に示しているようなものではないかと思ったのは、私個人の主観です。

ニャンケさんはそうは思わなかった。それはありうるでしょう。戦旗の周りの者たちは皆、私から見て不思議なくらい、そうは思わなかったですから。

でも、そこにデマが書かれていたのは事実です。
凍結された反対同盟との共闘の回復のために、戦旗はそれが事実ではないことを認めて撤回しました。

撤回を示す文章に、謝罪の意を表す文言はあったと思います。
しかし戦旗の組織内での総括のトーンは、結局のところ反対同盟は戦旗を切ることはできなかった、というまるで勝利宣言でした。

共闘の回復後は、反対同盟も他の支援の人々も、懐深く、なんのわだかまりもなく、私たちを受け入れてくれました。
とりわけ、石毛さんの町議選挙の時には、ほとんど合宿状態で食事作りから何から一緒にやっていて、三里塚に参加した最初の頃を思い出して楽しかったですね。
これをもって、あいつは青年行動隊の思想に染まってしまったのだと、戦旗(現アクティオ・ネットワーク)は私を批判しています。
この時に戦旗を辞める決意が固まったのですから、それについては、あながち間違いではないかもしれませんけど。
 

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