京阪交野線沿線も都市化が進み、田畑は住宅地へと変わっていった。河内森駅と私市駅の間にわずかに残る棚田が夕日に照らされていた=大阪府交野市秋空の広がる交野山頂の真下には、建設中の第2京阪道路が交野市を分断するように横切り、岩山の上では、野鳥愛好家たちがはるか遠くを飛ぶタカの姿を追っていた=大阪府交野市「天の川七夕まつり」で、私市駅に並んだ「おりひめ」(右)と「ひこぼし」の車両。おりひめはピンク、ひこぼしはブルーのプレートを付けている=7月7日、京阪電鉄提供 フォトギャラリー
9月下旬の夕刻。稲刈りの始まった田の稲穂と街並みが、オレンジ色に染まっていた。
大阪府枚方市の京阪本線・枚方市駅から、交野(かたの)市へ延びる交野線(6.9キロ)。住宅や商店が並ぶ車窓の風景が一変するのは、枚方市駅から15分足らずで到着する7駅目の終点、私市(きさいち)駅に近づいたころだ。今では珍しくなった、刈り取った稲を乾燥させる稲木掛(いなきが)けの風景も見られる。
交野線は1929(昭和4)年に信貴生駒電鉄が枚方線として開通させた。運営を引き継いだ京阪電鉄は戦後間もなく、周辺にハイキングコースを整備する。京都府、奈良県境に近く、金剛生駒紀泉国定公園の北端にある一帯は「交野ケ原」と呼ばれ、豊かな緑が広がる。平安時代には貴族たちが狩りなどに興じる「リゾート地」だった。交野線は行楽路線の色合いを濃くしていく。
「夢のようやった」。私市駅前で酒店を営んでいた私市三千代さん(82)は、高度成長期から80年代ごろまでをこう振り返る。ハイキングに加え、春はイチゴ狩り、夏はキャンプ、秋は芋掘りも楽しめる。駅前の広場は人であふれ、自家製のちらしずし150食はすぐに完売した。だが、宅地開発や後継者不足で農地は減り、イチゴ狩りや芋掘りに一般客を招く農家は少なくなった。
静かな森、里山、鳥の鳴き声、清流、七夕伝説――。交野ケ原の魅力を再発信しようと地元で取り組みが始まった。
■この空に広がる銀河 君と
私市駅から歩いて5分。天野川のほとりに07年5月、歌碑が立った。「狩り暮らし 棚機(たなばた)つめに 宿からむ 天の川原に われは来にけり」(在原業平)
桓武天皇が783年にタカ狩りで交野ケ原を訪れて以来の行幸は十数回にのぼり、皇族や付き人たちは桜見物や宴を楽しみ、和歌作りにいそしんだ。長岡京遷都(784年)の際には、北極星を祭る儀式が交野ケ原で営まれた。交野市内には、「北斗七星が降ってきた」という大岩をご神体とする星田妙見宮、七夕姫を祭神とする機物(はたもの)神社がある。
「交野こそ、日本での七夕伝説発祥の地です」。交野市星のまち観光協会会長の佐藤義也さん(72)は力説する。
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「天の川七夕まつり」が始まったのは05年7月7日。市民が竹製のとうろうやササ飾りを天野川沿い1.5キロに並べる。例年約2万人が訪れ、京阪電鉄は臨時列車を走らせる。私市駅で「おりひめ」と「ひこぼし」が出会う演出もある。今年は、交野線の普通電車に使っている車両に「おりひめ」のプレートを掲げ、私市駅に午後5時過ぎから2時間近く停車。その間、「ひこぼし」のプレートを付けた普通電車が枚方市―私市間を3往復。ホームで約6分間、肩を寄せ合った。
七夕まつりで使う約400本の竹は星田妙見宮近くの里山から切り出される。佐藤さんらが呼びかけたボランティアグループが、荒れ放題だった約8ヘクタールで毎年約4トンを伐採。一部は竹炭にし、天野川の水質浄化剤としても役立てる。交野市北東部にある交野山(こうのさん)(標高344メートル)のふもと、倉治地区の約20ヘクタールでも渡辺清夫さん(69)らのグループが竹の伐採や下草刈りに精を出す。市の山地対策協議会と協力し、来春にはヤマザクラやツツジを植樹する。
佐藤さんは「都市近郊にあり、これだけの田園風景はまさに宝。農家と一緒になって磨きをかけ、地産地消に結びつけたい」。
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「甘くて、なんぼでも食えた。『砂糖イチゴ』と呼んどった」。私市駅前で土、日曜に野菜を売る松尾武雄さん(89)が教えてくれた。そのイチゴ「幸玉」は、大阪市立大理学部付属植物園に、発足当初の1950(昭和25)年から13年間勤めた玉利幸次郎さんが品種改良したものだ。植物園は25.6ヘクタールで甲子園球場6個分の広さがある。約3200本の樹木で日本の代表的な11の樹林型を形成している。13年前に岡田博園長(62)が就任。植物観察会が始まり、公開講座も充実、最近は園内ツアーの受け入れも増えている。
07年10月、「きさいち植物園ファンクラブ」ができた。私市三千代さんの長女、酒谷志摩子さんも会員の一人。「昔よく遊んだ植物園。いつまでも、この姿でいてほしい」。森林浴や観察会、スケッチなど親子向けのイベントを催し、会員は約500人に増えた。
(文・中村良太 写真・高橋正徳)
鉄ちゃんの聞きかじり〈七夕だけのツーショット〉
京阪電車の「おりひめ」「ひこぼし」は七夕の7月7日だけではなく、実は平日の朝晩も、通勤・通学客らを乗せて走っている。
「おりひめ」は交野線の私市駅を午前7時59分、8時7分に出発する通勤快急2本。枚方市駅での乗りかえなしで本線を経て、昨年10月19日に開業した中之島線の中之島駅まで直通する(所要約50分)。「ひこぼし」は逆に、中之島駅を午後10時28分、同58分、11時24分に出発する快速急行3本で、私市駅まで直通する。
普段はすれ違いの「おりひめ」と「ひこぼし」。「天の川七夕まつり」の際、私市駅で開かれるイベントで1年に一度だけ出会うことになる。
車両は、「ひこぼし」の最終だけが10000系(定員約140人)の4両編成。ほか4本は2600系(同約150人)の5両編成だ。
探索コース
私市駅から府民の森ほしだ園地(約105ヘクタール)へは歩いて約45分。地上50メートル、長さ280メートルのつり橋「星のブランコ」、昨春完成の展望デッキ(標高230メートル)がある。高さ16.5メートルの人工岩場「クライミングウオール」の利用は資格を持つ人の同伴が必要。くろんど園地(約105ヘクタール)へは休憩所まで約50分。さらに約20分でくろんど池に着く。