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[16894] 隔離都市物語(前作主人公最強主義)
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/03/02 23:22
本作は前作"幻想立志転生伝"の蛇足にして続編です。

前作↓
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=6980&n=0&count=1


前作以上に人を選ぶ「前作主人公最強主義」を引っさげた、

SF(サディストファンタジー)を目指し書いていく予定になります。

本作にはチート、パワーインフレ、転生、トリップなど、

所謂最低要素をふんだんに使用しております。

これらの要素にアレルギーをお持ちの方は、

不快感を覚えられる可能性が非常に高くなると思われます。

気に入らないと感じたら精神の安寧の為にも、

即座にページを戻って見ないようにする事をお勧めします。

不快感を覚えても当方は責任を負いかねますので。


それでは、新たなる駄文の世界に暫しお付き合い下さい。



[16894] 01 ある勇者の独白
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/03/02 23:23
隔離都市物語

01

とある勇者の独白


≪主人公≫

永遠の平和が続くと思われていた我が祖国世界統一王朝アラヘン。

だが、その永久の平和は脆くも崩れ去った。


「はーっはっはっは!我は世界を渡る者!人呼んで魔王ラスボス!」


今でもあの高笑いを忘れる事は出来ない。

当時の私は一介の見習い近衛騎士で、

そう、最初は軽い気持ちで仲間達と共に出陣したのを覚えている。

一年も前の事だと言うのにその時の会話までも一言一句思い出せる。


「聞いたか?魔王だとよ」

「ああ、七つの世界を滅ぼした伝説の魔王……って普通自分で言うか?」

「しかし同志よ。幾つかの村が奴によって滅ぼされたのは事実」

「そうだな。だからこそ我等に出陣の命令が下ったのだろう」

「ふっ、まあいいさ。俺達に手柄を立てさせてくれるんだ。感謝してもいいかもな」

「不謹慎すぎるんだよお前は」


一年前のあの日。

私達王国騎士団は馬を連ね、軽口を叩きながらのんびりと街道を進んでいた。

そうだ。確かその日は抜けるような青空だったように思う。

空一面の青と所々に散らばる白い雲。そして気のいい仲間達。

……全てはもう失われてしまったものだ。


「叙任の儀を、執り行う」


思い出から引き戻された現実の私は王の目の前で膝を折っている。

それだけなら何とも名誉な事なのだが、実際は私以上の兵が残っていないと言うだけの事。

威厳の節々に不安の見え隠れする王の言葉をかみ締めながら、私は勇者の称号を授与されていた。


「近衛騎士シーザーよ、汝に勇者の称号と我が国に代々伝わる伝説の武具一式を授ける」

「ははっ!」


白く輝く伝説の武具に身を包み、国王陛下と城下町の民の大歓声を背に私は魔王の城へと向かう。

空は厚い黒雲に覆われ、足元には枯れ草のみ。

ここで私が何とかせねば世界は文字通り滅んでしまうのだろう。


「既に先行した王国軍の精鋭が敵本隊と戦闘を開始しております」

「自分等はその隙に魔王の根城に潜入して直接ぶっ叩くって訳さ」

「ガハハ!腕が鳴るわ!」


宮廷魔術師最後の一人でもある老魔道師とギルド一の腕利き盗賊。

……そして力自慢の木こり。

この日の為に集められた精鋭である。

いや、この国に残された……と言うべきだろうか?


かつて余裕と共に歩んだ街道は半ば崩れ、

跨る乗馬も随分と痩せ衰えて見えた。

かつての民家は焼け落ち、屍が埋葬もされずに野ざらしとなっている。

青々と茂っていた草原は最早唯の荒地と成り果てていた。

そう、全ては死に絶えようとしていたのだ。

現状を打開する方法はただ一つ。

……魔王を、討伐する事……。


「酷いものじゃ……せめて騎士団が残っておれば」

「おっと爺さん!若旦那の前でそれは禁句だぜ?」

「ガハハ、何せその騎士団最後の生き残りだからな!」

「……最後の生き残り、か」


一年前のあの日、魔王の根城に攻め込んだ我々王国近衛騎士団は壊滅。

生き残った私達はその後も魔王とそれに従う軍勢との絶望的な戦いを続ける事となったのだ。

永き戦いで櫛の歯が抜けるように磨り減った騎士たちは更にその数を減らし、

今では遂に戦えるものが私一人となってしまっていた。


王国軍もかつての威容はもう無い。

だが今回は私達の突撃にあわせて陽動作戦を決行すべく、

全国に散っていた部隊を総結集させていると言う。

そして、一気呵成に敵本陣に切りかかるのだと聞かされている。


だが敵対者は余りに強大で正面からの勝ち目は無い。

だが、もし後方で魔王が倒れれば……万一の勝ちの目が出てくると思われた。

そう、全ては私達にかかっているのだ。


「……命の火が消えていく」

「ガハハハハ……ご老体。それは覚悟の上だろう?」

「違いない。ギルドも世界がなくなりゃお飯の食い上げですんでね?頑張りますよ今回は」


死闘の繰り広げられる大草原を迂回し、

魔王により占拠された、とある城の門を開ける。

鍵を変えられていなかった事に僅かばかりの安堵をしつつ、

私達四人は昼なお暗い城の中を進んでいく。


「シンニュウシャ!」

「人狼……ワーウルフじゃ!」


腰巻を付けた犬と人の中間の姿をした魔物に対し剣を抜き放つ。

こんな奴等にやられている場合ではない。


「ちっ!横から後ろからゾロゾロ来るぜ?」

「あっちゃー……隠れる場所が無いと自分の持ち味が出せないんですけどね」


木こりが斧を振り上げ盗賊が短刀に毒を垂らす。

老魔道師は杖を掲げ、口元に手をやって呪文の詠唱を始めた。

……敵の増援は近い。時間を無駄にしている余裕は無い。

ならば答えは一つだろう。


「前方を突破する!……この奥に玉座の間があるはず。私に続け!」

「ガハハハハハハ!よし、ならば殿はこちらで務めよう」

「木こりのオッサン、正気ですかい?」

「ここは奴の、戦士の心意気に応えようぞ。勇者シーザーよ……先に進むぞ!」


私達三人は走る。

眼前に迫ったワーウルフの剣を盾で受け止め、がら空きになった胴に伝説の剣を突き立てる。

老魔道師の指先から巻き起こる熱線が毛皮と肉を突き破り、

盗賊の短刀にたっぷりと塗られた毒により敵は錯乱し、見境無く仲間まで襲い始めた。

……好機!


「今だ!突撃!」

「クソッ!正面戦闘は自分の領域じゃ無いっての!」

「わがまま言うでないわ!ハァ、ハァ、先に、進むのだ!」


盾を前面に押し出し、力づくで先に進む。

時折金属音が盾の表面から聞こえるが、流石は伝説の一品。

欠ける事はおろか傷が付く事も無く敵の攻撃を受け止め続けている。

盾をずらして剣を突き出す。


「キャイイイイイン!?」

「今だ!やってくれ老師!」

「うむ!」


更に敵が怯んだ所に老魔道師の大呪文が炸裂。

爆発が前方に対し無数に巻き起こり、収まった時には前方から敵の姿が消えていた。


「よし、このまま魔王の元へ走る!」

「ハァ、ハァ……そうじゃの。あと……ひと踏ん張りか」


……きっと木こりは生きている。

生きてこの地獄から脱出してくれただろう。

必死に自分自身にそう言い聞かせ、

ふと……盗賊の声がしない事に気が付いた。


「彼は何処だ?」

「あの盗賊坊やか……そこにおる」


はっとして振り向く。


「へ、へへ……畜生、ドジっちまった」

「……その傷は」


盗賊は足に深い傷を負っていた。

足の腱が切れている。最早歩く事は出来まい。

一体どうすればいいのか。


「ちっ。これじゃあもう足手纏いだな……行け」

「ぐっ!?……ああ、そうだな」

「良いのかの?その足では逃げ切れまい」


「どうせこのままじゃ進むも引くも出来ないもんでね……ま、見てな」

「お前の事は忘れない!忘れるものか……!」

「さらばだ。わしもすぐ同じ所に行く……」


老魔道師と二人、廊下を走る。

背後からの爆発音。

そして追撃が止まった。

盗賊だ。彼がやってくれたのだ。


必死に歯を食いしばり、玉座の間に続く扉に手をかけた。

思い起こせば、我が騎士団は一年前、ここで力尽きている。

魔王の姿を見るのも私自身は初めてだ。

まあ、だからと言って何かが変わる訳では無い。

どちらにせよやる事は一つだ。

ともかく一度大きく深呼吸をし、扉にかけた手に力を入れた。


「魔王ラスボス!覚悟おおっ!」

「死んだ婆さんの仇じゃっ!」


心の奥底から沸き上がる恐怖を叫び声の奥に閉じ込め、扉を押し開くとそのまま室内に突入。

そして私は見たのだ。

魔王の姿を。


「ようこそ勇者よ。我が名は魔王ラスボス!七つの世界を滅ぼした伝説の魔王だ!」

「貴様が……ラスボス!」

「覚悟するのじゃ!」


魔王ラスボス。それは巨体を持つ悪魔……とそう呼ぶ他無い存在だった。

玉座の間から更に三階までぶち抜いて作られた巨大な私室。

その奥全てを占有するかのごとく鎮座するは、

頭部の側面から巨大な角を生やした筋骨隆々の巨人。

立ち上がるとそれでも角が時折天井に擦り、石の破片が周囲に降り注ぐ。

背には蝙蝠の様な羽。

武器のようなものは見当たらない。だが、鋭いその爪は明らかに凶器でしかない。


「ふふふ、この世界にもやはり骨のあるものが存在するか……」

「魔王よ!貴様の暴虐もここまでだ!私が……勇者シーザーとその一行が貴様を倒す!」

「まずは食らえぃ地獄の熱波を!"マックス・グリル"じゃ!」


だが、私達も負けてはいられない。

世界の命運は、まさに私達の戦いぶりにかかっているのだから!

老魔道師の最強炎熱呪文が凄まじい熱波を引き起こす。

そして魔王がそれに巻き込まれるのを確認し、

私自身も剣を抜いて走り出した!


「こんがりと美味しいローストになってしまえぇい!」

「……温い」

「ならば、これでどうだっ!」


驚異的な熱波の中、魔王は涼しい顔をしている。

効かないと言うのか!?だが、伝説の剣の一撃なら!


「真っ向勝負!逆袈裟切り!」

「……ほぉ?」

「おお、魔王の指が!」


しかし、私の渾身の一撃は魔王の小指を第一関節から切り離しただけに終わった。

馬鹿な……飢えた虎でさえ一刀両断にする私の剣技が!?

いや、僅かでも効いたと考えるんだ!

傷が付くなら殺せる筈……!


「中々やるではないか。我が体に傷を付けるか?」

「ゆ、指が……くっ付いた、だって!?」

「ぬ、ぬぬぬ!ならばこれじゃ!宙を舞う刃に切り刻まれよ!"フライング・スラスト"じゃ!」


しかし、魔王は自分の指を拾い上げると傷口に当てる。

ただそれだけで指は再び元に戻り、数秒後には傷跡すら残らなかった。

恐るべし、これが魔王か……。

だが、老魔道師も私も諦めはしない。

詠唱が始まった次なる呪文は風の刃を発生させ敵を切り刻む"フライング・スラスト"か。

特筆するべきはその数。かつて畑を荒らすカラスに放つ所を見たことがあるが、

数十羽の群れの一羽一羽に直撃を与えていたのを覚えている。

決して威力の高い術ではない。

だが、隙を必ず作ってくれるはず。

……そのはず。なのだが。


「……老師?」

「ぐはっ」


何故か飛んでこない無数の風の刃。

ぞっとする感覚が背後から迫り、思わず振り返る。

そこで私の目に飛び込んできたのは……。


「脆いな、魔道師というものは。何処の世界でも変わらぬ。奴等が異常なだけなのだ、うむ」

「老師ーーーーーっ!?」

「あ、あが、が……」


無残に顔面を石で潰された老魔道師の姿。

砕けた鼻からはとめどなく血液が流れ出る。

見ると小石、と呼ぶには大きすぎる石が老魔道師の顔面を潰していた。


「く、そっ……何故じゃ……異界への移動なぞ、天使でもなければ不可能では……」

「愚かなり。それはあくまでこの世界の常識。我が故郷では異界へ飛ぶ技術は確立されていた」


「む、無念、じゃ……がはっ」

「老師!?」

「力尽きたか……多次元時空では弱き事こそ罪悪。我意を通したくば強くある事だな」


そして遂に力尽き、その場に倒れこんだ。

駄目だ。これでは、もう……。

ぐっと怒りをかみ殺し私は魔王を見上げた。

その顔は笑っている。


「それにしても。こんな小石を弾くだけで死んでしまうとは。何とも脆い」

「き、貴様っ!」


魔王は次なる呪文に気付いていたのだろう。

指先で小石、と言っても人間の握り拳大ほどもあるそれを弾き飛ばしたのだ。

……そしてそれは老魔道師の老いた肉体を破壊するには十分すぎるほどの威力を持っていた。

既に呼吸は停止している。

そして、戦闘中に蘇生を行う方法を私は持っていなかった。


「哀れだな勇者よ。これでお前は一人だ」

「……私は、それでも……諦めない!」


嘲りの声に屈しそうになる自分を必死に繋ぎとめる。

そうだ。仲間を失うのも覚悟の上でここに居るはずだろう。

もし老魔道師の死に動揺し、そのせいで倒されてしまったら、

天国の仲間達に何と言って詫びろと言うのだ。


「伝説の剣よ。私に力を……!」

【宜しい、勇者よ。この世界を救うのです!】

「ぬ。剣に光が?」


心を無にし、剣を正眼に構える。

……その時、私の心の叫びに応えた伝説の剣、

いや、剣に宿った世界の守護者の意思が奇跡を起こした。

光が剣に宿り、全てを切り裂く力を与えたのだ。

そう、それこそがこのような事態に備え古の人々が残した軌跡の力!

……奇跡にあらず。

それは長く続く歴史の生み出した"軌跡"の結晶!


「おおおおおおっ!魔王ラスボス!覚悟おおおおっ!」

「む!?」


光を得た剣に全てを託し、敵を目掛け突進する。

……何も教えられなくても判る。

この光り輝く剣を突き立てれば流石の魔王ラスボスといえど無事では済まない!

私は文字通り全ての力をその一撃に託し、

輝く剣の力により魔王の想像を超えた速度で魔王の胸元目掛けて剣を突き立て……!


「危ない魔王様!」

「なっ!?」

「馬鹿な!」


ようとした瞬間、横から割り込んできた子悪魔に輝く剣は受け止められた。

いや、小悪魔は己の身を挺して主君を救ったのだ。

敵は剣を己の胴で受け止め、自らの体が半ば両断されても決してその手を離さない。

敵ながら何と天晴れな心意気か。

違う……そんな事を気にしている場合では……!


「馬鹿者があっ!」

「ぐはあああっ!」


そう、その一瞬。

その一瞬が余りにも致命的だった。

魔王の腕により薙ぎ払われた私は吹き飛ばされ石壁に半分ほどめり込んで、

そのままズルズルと地面に落ちていく。


【まさかこんな結末があろうとは……】

「……ふん」


なんと言う事だろう。

私の手に剣が無い。魔王が指先でつまんでいる。

……伝説の剣は敵に奪われてしまった。

剣に宿りし世界の守護者も絶望的な溜息をついている。

世界はこのまま闇に落ちてしまうのだろうか?


……だが、魔王の取った行動は私の予想を遥かに上回っていた。


「……勇者よ。一撃だけ食らってやる」

「なっ!?剣を返すだと!?」

【何を考えているのですか?まさかこの輝く一撃に耐えられるとでも!?】


魔王は何を思ったか輝く剣を私の足元に放り投げてきたのだ。


「ま、おう、さま?」

「愚かな使い魔よ。我が名はラスボス。七つの世界を破滅させしもの……その力を見まごうな」

「たった、それだけの為に……!?」

【勇者よ!何にせよチャンスです。輝く一撃を魔王に食らわしなさい!】


余りの事態に一瞬思考が停止したが、確かにそうだ。

どんな形であれこれはチャンス。

一体どういう意図があるのかは知らないが、事は私一人の問題ではない。

私の背中にはこの世界に暮らす全ての人々の平和がかかっているのだ。


「私は勇者シーザー……魔王ラスボス!その敵を侮る態度が貴様の敗因と知れ!」

「侮る?我がお前を……か?」

【その余裕が何時まで続くか見物ですね!】


剣を握り締め、輝きを増す刃を敵の胴体に向けて突き出す。

魔王は腕組みをして仁王立ちのままだ。

伝説の剣はそのまま光り輝きながら魔王の胴体に吸い込まれていく。

……何故だ?何故回避も防御もしないのだ!?


「ぐふっ……ふ、ん……この程度、なんと言う事は無いわ!」

【苦し紛れに強がりを!】


そして、本当に回避のそぶりすら見せないまま、

魔王の体に伝説の剣は突き刺さって行く。

その魔王の顔に苦悶が浮かぶ。

だが、崩れない。

堂々と立っている。


「剣如きが何を偉そうに……」

「いいのか?お前の体は伝説の剣の力によって崩れ去ろうとしているぞ!」

【剣に宿りし力は"崩壊"の魔力。誰であろうと破壊するのです!】

「ま、おう、さま……」


今言ったとおり、突き刺さった剣は未だ光を失わず、

傷口から魔王の肉体に亀裂が走り、そこから崩壊して行くのがわかった。

しかし何故だ?何故剣を抜こうとも……そもそも動こうともしないのだ?


「我が故郷は食料を得る事すらままならぬ荒廃した土地……力こそが正義の世界」

「だからって、私達の世界を襲って良い理由にはならない!」

【その通りです。心得違いをした時点で貴方に勝ち目は無かったのですよ、魔王!】


「故に我は負けられぬ。我は我意を通すべく最強足らねばならぬのだ!」

「……剣を掴んだ!?」

【いけない……ギ、ギャッ!?】


動かなかった理由は、至極単純なものだった。

動けないのでも、侮っているのでもない。

……剣の柄の宝石が握りつぶされ、再び剣は魔王の親指と人差し指の間に捕らわれた。

守護者の声はもう聞こえない。


「どうだ……正面から耐え切ったぞ……」

「そん、な……!」

「魔王様……ま、お……」


瀕死の小悪魔が感涙の涙を流す中、魔王はさも興味なさげに言い放つ。


「見るが良い、これがお前の主君!七つの世界を滅ぼした魔王、ラスボスなるぞ!」

「おお、おお…………うぅ……」


小悪魔は、そのまま息絶えた。

魔王は伝説の剣と正面から戦い、粉砕する事こそ望んでいたのだ。

己の力を誇示せんがために。

……光を失った剣は、そのまま魔王の足元に落ちる。


「終わりだ。どうやら肉体の崩壊する呪いのかかった剣だったようだが、力の源は砕いたぞ?」

「は、はは、は……殊勝な部下への餞(はなむけ)とは、魔王という割りには高潔な事だ」


「……唯の下郎に魔王は務まらぬ。そんな事より、神とやらへの祈りは済んだのか?」

「生憎と、私はあまり信心深いほうでも……ましてや諦めの良いほうでも無いのでな!」


伝説の剣を失ったのは余りにも痛い。

だが、あれではもしまともに食らわしていても耐えられていた事だろう。

そう考えれば最初から無い物として考えた方が都合が良い。

諦めるのは何時でも出来るのだ。

ならば、最後まで足掻くべきだろう!


私は気を取り直し、予備の……そして愛用の鋼鉄製長剣を鞘から抜き放つ。

見習い時代に今は亡き父が腕の良い鍛冶屋に作らせたもので、

この一年を私と共に歩んできた業物だ。

伝説の剣のような強い力は一切持っていないが、手にした時の安心感が全く違う。

最後に頼りになるのは手に馴染んだ武具と言う事なのかもしれない。


「行くぞおおおおおおおっ!」

「……来るが良い!」


魔王の手より鋭く硬い爪が突き出すかのように生えてくるのが判る。

鋭く振り下ろされた鋼鉄の如き爪と私の愛用武器が交差し、

……爪が一本折れて宙に舞った。


「……我は負けぬ。もう二度と、負けぬのだ!」

「く、そっ……!」


だが、残る四本の爪は私の鎧を裂き、傷口からは鮮血が舞っている。

……魔王自身は無傷だ。

私は……負けた?

ああ、負けてしまったのか……。


「あぐ、ぐうっ……!」

「どうやら傷が内臓まで達したか……ふん。これでは訓練にすらならん」


「く、んれ、ん?」

「お前達には関係の無い事だ。滅び……ぬ?」


その時、急に体が落下するような感覚を覚えた。

体が支えを失って急激に沈み、私は急速に落下していく。

何時しか元居た広間が暗黒の中の小さな光の点に変わっていった。

これは、これは一体!?


【幸か不幸か……どうやら召喚魔法を受けたようですね】

「け、剣の精霊!?剣の……守護者よ、こ、これは一体!?」


先程砕かれた筈の伝説の剣がまるで私を追うかのように落ちてくる。

朦朧とした意識の中必死にそれを掴むと、私は声を張り上げた。

そうでもしなければ意識を保つ自身が無かったからだ、

だがその手に収まったものは剣では無かった。

これは……割れた宝石?


【口惜しい事ですが、自らの傷を癒す為に暫し眠らねばならぬようです】

「なおる、の、か?」


【喋る必要はありません。私は聖剣……時があれば修復は容易い】

「そ、か……」


既に意識は半分飛びかけている。

震える手で砕けた宝石を必死に道具袋に放り込んだ。

……これでとりあえず失くす事は無いだろう。

これから向かう地がどんな場所なのかは知らないが、

それでも今以下と言う状況は無いだろう。

私は暫しそこで傷を癒し、そしてまた戦おうではないか。


「逃さぬぞ!」

「魔王ラスボス!?」


その時、飛びかけた意識を現世に引き戻す怒号が遥か上空から響く。

……声の主は、魔王!

追って来るにもその巨体が邪魔をしてこの暗闇へは腕を突っ込むのが精一杯のようだ。

窮屈そうに穴から突き出された腕が私のほうへ突き出され……光を放った!


「うあ、うあああああああああっ!?」

「刻印が己に刻まれたのがわかるか?その印がお前の場所を我に教えてくれる……逃さんぞ」


腕が見えなくなり、変わりに豆粒ほどになった"穴"から魔王が此方を覗き込んでいるのが見えた。

そして、段々とその顔すら判別できなくなって行く。


「くっ!追って来る必要は無い……傷を癒し、何時か必ずお前を倒しに戻ってくる!」

「ほう……ならばこの世界を制し次第、逆にお前を追って行こうではないか!」


既に声も聞き取りづらくなってきた。

だが、その言葉は聞き捨てならない。

思わず聞き返す。


「何!?」

「お前のせいでお前の落ちた先は災厄に包まれるのだ。疫病神になるという経験を楽しむが良い」


楽しめるか!

だが、言い返そうにも既に魔王の声は届かない。

光も最早点にしか見えない状態だ。


くっ、こうなれば何としても私を呼んだ人達に……。

と、ここまで考えて気が付いた。


「私は、これから一体何処へ行くというのだ!?」


既に召喚魔法が使えるほどの術士は先程戦死した老魔道師以外に存在しない筈。

それに、私がここに居る事は国民全員が知っているだろうが、

正確な場所など判りようが無いではないか。

だとしたら一体誰が!?


いや、よく考えれば敵と言う事も無いだろう。

何故なら当の魔王自身がこの展開に困惑していた。

そもそも敵だと言うのなら、あのまま数秒待っていれば私は死んでいたはずだ。


「……まあいいか。全ては行ってから確かめれば良いだけの話」


私は仰向けに落ちている。

そして背後から光を受け始めている、

と言う事は出口が近いと言うことだ。

何にせよ、召喚者は驚くだろうな。

何せ召喚したものがこの通り死にかけているのだから。

さて、ここは少し休ませてもらおうか。

もう意識を保つのも辛いしな……。


……いや待て。

よく考えろ。


召喚と言う魔法を使う場合は数種類に分けられる。

儀式か、それとも戦いの為か。

もしかしたら何かの実験と言う可能性も考えられない事も無い。

だが、もしも。


「おねーやんには指一本触れさせないお!アルカナが相手……痛いお!噛んじゃ駄目!痛いお!」

「「「「ガヴ、ガブ!」」」」

『来たれ、来たれ……!』


「おねーやん!ワンワンにかじられてるお!痛いお!早くするお!痛いお!痛いおーっ!」

『来たれ、来たれっ……竜王とクレア=パトラの名の下に!』


もしも、召喚者自身が危機に陥っていたとしたら?

だが、体は満足に動かない。限界はもうすぐそこまで来ていた。

故にせめて覚悟を決める事にした。

いかなる事態にも冷静さを失わないようにと願いを込めつつ。


「あー!来たお!何か落ちてきたお!召喚成功だお!おねーやん!助けが来たお!」

『竜王の名において!この場を切り抜けられるだけの力を持った存在よ!"召喚"(コール)!』


そして、私は降り立ったのだ。

文字通りの"異境"へ。


「グベラアアアアアアアッ!?」

「助けがき、だおおおおおおおおっ!?」

「「「「キャイイイイン!?」」」」


……全身を地面に叩きつけながら……ではあるが。

成る程、私はこの差し迫った危機を回避すべく呼ばれたと言う訳か。

まあ、落ちた衝撃だけで問題が解決した事はいい事だな。

……細かい問題点はこの際無視する事としよう。

特に、何か守るべき相手まで巻き込んでしまったような気がするところとか……。


「お、お、おお!見事に飢えた野犬の群れを蹴散らしたお!凄いお!」

「……小型の流星かしら?」

「残念だが、私は……人間だ……」


姉妹だろうか。

快活そうに見えて意外と淑やかな雰囲気をかもし出す姉。

そして、見るからに快活そうな妹か。

彼女達はこちらを見て驚いていた。

正確に言うと妹の方は私の背中の下から這い出した上で驚いていたが。


「い、生きてるおーーーーっ!?」

「え、え、え……ええぇぇぇ!?」


まあ、それも当然か。

ともかく高所から落ちてくればなんでも良かったようだからな。

野犬の群れ相手ならそれも当然だ。


何にせよ、助けられたのは私のほうかも知れんな。

明らかにあのままでは殺されていたのだ。

だが一応……彼女達は此方の都合も考えず召喚してきたのだ。

私にだって傷の手当てと送還を乞う権利ぐらいはあるだろう。


何にせよ、婦女子を前にして無様に倒れているのは勇者にしても騎士にしても名折れ。

苦痛を隠して出来る限り穏やかな表情を作り、折れた骨を騙し騙し立ち上がる。

愛用の剣を杖代わりにして立つと、折れた骨がズキリと痛んだ。

だが、構ってはいられない。

まずは挨拶だ。

必死に笑顔を作り、出来る限りにこやかに。


「ぐっ……あぁ、はじめまして」

「はじめましてだお!アルカナだお!」

「え、と。クレアと申します」


姉の方は相当におっかなびっくりとした挨拶だ。

だが、現在の私の状況を考えれば当然とも言えよう。


対して未だ幼子の域を抜けていないように見える妹の方は堂々としたものだ。

小さな胸を張り、短い手足をピンと伸ばして妙に偉そうに挨拶をする妹と、

自分の膝ほどの身長しかない妹の後ろでぺこりと頭を垂れる姉の退避が可笑しくて、

ついつい苦笑が顔に出てしまう。

いかんいかん、城づとめでこう言う事があまり良く無い事は判っているはずなのにな。


何はともあれ、まずは交渉の基本だ。

此方も相手の事を何も知らないのだ。出来る限り穏やかな表情で、と。


「可愛らしいお嬢様方。この度は一体どういうご用向きですか?」

「済んだお!お散歩してたら道に迷ったんだお!本当だお!勉強を抜け出したりはして無いお!」

「申し訳ありません。妹を連れ戻そうとしたら野犬の群れに襲われてしまって」


やはりか。

それを確認すると、僅かばかりの安心感と共に周囲が白く染まっていくのがわかった。

限界なのだ。私の体も精神も。

幸い、彼女達は友好的なようだ。

例えこのまま倒れても、最低限治療はしてくれるだろう。

……とは言え、野犬の群れに教われるような状況で女性二人を置いて勝手に気絶と言うのも、


「ユーアー、ダァァァアイ!……誘拐犯よ!貴方の好きにはさせませんよ!」

「「「「舐めた真似をーーーーーーっ!」」」」


……!?


「え?違う!違うよ皆!?」

「おにーやん、誘拐犯だったお?……オド!だったらやってしまうお!悪即斬、だお!」


どうやら、考える意味も無かったらしい。

私の胴体は腰から上と下に一刀両断された。

そして、私の意識は、ゆっくりと、薄れていく……。


「しっかし、おねーやんの魔法で呼ばれた人が誘拐犯らったとは。世界は意外で満ちてるお」

「アルカナ!そうじゃないでしょう!?ああ、もうこの子は……」

「ホワッツ?どう言う事でしょうか?」


これが私の終わりか。

なんとも無様であっけない。

こんな事なら、

いっそ魔王に殺されていた方が。


……違う!


それは無い。

それだけは望んではいけない。

何故なら私は、勇者だからだ。

倒れる時まで、願わくば前のめりに……!


「ノォ……ではこの方は貴方がたの恩人では無いですか!」

「そうなの。何とか出来る?」


「アイ、マム。陛下と姉君に出来ない事など最早ありません……姫様にお願いしましょう」

「えー。おねーやんにお願いするお?アルカナ、また怒られるお!斧で頭かち割られるお!」

「私の召喚術のせいだもの。私が姉さんにお願いする。オド?お父さんへの報告は頼んで良い?」


なにやら頭上が騒がしいが、もはやまともに意味を捉えることも出来ない。

どうやら私への誤解は解けたようだが。

まあいい。どちらにせよもうこれでは助からん。

人が生きていくうえで重要な何かが幾つも切れてしまっているようだ。

どう考えても、これでは……。


「隊長!この方の心臓が!」

「ホワイ!?くっ、とにかく心臓マッサージ!体の上下も即繋ぐんです!」

「「「はっ!」」」

「私は念話で姉さんを呼びます……精神集中用の絨毯をここへ」

「はっ!」

「アルカナは元気付ける為にお歌を歌うお!自分で作詞したお!これで怖くないお!」

「……何がでしょうかアルカナ様」


ああ、意識、が……。


「いち、にい、さん!いち、にい、さん!」

『姉さん!ハイム姉さん!助けて!?私、とんでもない事してしまったの!』

「アーユーレディ?貴方は担架を用意、貴方達は処置を続けなさい。私は陛下に報告に上がります」

「「「サーイエッサー!」」」

「わたしはわたしははーちゅねー。は・ちゅ・ねっぽいな・に・か♪」


……途切れ、る……。


「に、に、さん!さん、に、さん!」

『急いで!死んじゃうよ!うん、死んでから生き返らせるのが楽なのは判るけど……』

「今日も元気だよはーちゅねー、はーちゅねっぽいー、なぁにぃか!」

「そこから台詞入るんですよね確か。とりあえず邪魔なので退いてくださいね姫様」


「何か何だか何なのか?あ、それ。何が何だかなにぬねのー♪」

「よいしょっと。おーい、姫様退かしたぞー!次はどうするーっ!?」

「陛下が前世の故郷から持ってきたって言う……LED?だっけ?あれ持ってきてくれ!」


「心臓本格的に止まったぞ?マズイ、急いでくれ!」

「畜生!我が聖印魔道竜騎士団が護衛の任務についてる時にこんな失態を……」

「これだから守護隊と差を付けられるんだよな。最精鋭の二枚看板が聞いて呆れられちまうぜ」

『お父さん!お母さん!ルン母さん!アルシェ母さん!お願い……姉さんに何とか言って!』

「~♪~~♪~~~♪ありがとうだおー!……誰も聞いて無いお。空しいお」


……。


「アルカナ!アルカナからもお願いして!姉さん来てくれないの!」

「やだお!姉やんにお願いなんて嫌だお!」


「この人死んじゃうよ?折角私達を助けてくれたのに……本当に死んじゃうよ?」

「……それも嫌らお。判ったお、何とかするお…………ハー姉やんの、お馬鹿!おぶあーっか!」

「"転移"!……このアホ妹めが……今日と言う今日はしっかりと教育を……はっ!」


……わ、た、し、は……。


「姉さん、お願い!私、私のせいでこの人死んじゃうかも知れないの!助けてあげて!」

「むう、しかし既にこの男死んでおるぞ?下準備の無い死者の蘇生は世界への負担が大きい……」

「おねーやんの言い方じゃ駄目だお。ハー姉やん?そんな事も出来ないお?駄目駄目だお!」


「何だと!?ふん!では見るがよい!わらわの力を!」

「ふふん。ちょろいお」

「うん。その手腕は認めるけど……私、そういうのはズルイと思う……」


そして、わたしのいしきは、

しろくそまって、

かくさんして、

いった……。


……。


「……ここは……?」


目を開けると、そこは白い部屋の中だった。

清潔な毛布のかけられたかなりしっかりしたつくりのベッド。

恐る恐る手を毛布の中に突っ込んでみると、上半身と下半身はしっかりと繋がっているようだ。

だが、僅かに残る傷跡が、私の身に起こった事が事実だと教えてくれる。


「あの姉妹はちゃんと治療をしてくれたようだな……」


誰も居ない部屋で一人深い息を吐く。

突然誘拐犯と間違われて切り倒されるとは思わなかった。

恐らく彼女達の護衛だったのだろう。

雇い主を探し回っていたら血塗れの男が目の前に居たのだ。ありえない話では無いか。

怨みは無い。

むしろ騎士としての私は彼等の必死さを好ましく感じていた。

主君を守れない騎士に何の存在意義があろうか。


「主君を守れなかった騎士……か」


自分で考えておいて空しくなる。

それは他ならぬ私自身ではないか。

国中の期待を背に戦いに向かい、

敗北し仲間を失い。

そして自分ひとりだけ幸か不幸か生き延びている。

……国の皆は無事で居るだろうか。

魔王に蹂躙されて居なければ良いのだが。

しかし、同時にこうも思う。

今私がもし帰ったとして、果たしてなんの役に立つのだろうかと。


部屋の隅に裂けた鎧と砕けた剣の破片が転がっている。

これでは最早手の施しようもあるまい。


「体は戦える状態ではない。伝説の武具は失った……そもそも実力が違いすぎる」


気概と精神論でどうにかなるレベルでは無い。

例え今すぐ傷が全快し直ちに帰還したとしても、

無様な敗北と周囲への失望を与えるだけではないか。

そも、国民と兵の士気を高める勇者と言う存在が軽く捻り潰されては士気が持つまい。

だとすれば私はどうすればいいのか……。


「ここで引き篭もっているか?ははは、それこそ無様な!」

「ぶーざまぶざまぶーざまー♪」


「!?」

「やっほい、目は覚めたお?」

「良かった。一時はどうしようかと思いましたよ」


随分悩んでいたからだろうか。

先日の姉妹が見舞いに来てくれていたようだが全く気付けなかった。

これはいかんな。襟を正さねば。


「これはご婦人方。いえ、みっともない所を見せてしまいました」

「あ、いえ。こちらこそいきなり呼びつけた上あんな高い所から……申し訳ありません」

「でも助かったお!お陰で歯型があんまり付かないで済んだお!」


ふむ。なるほど。

顔や腕を中心に全身に野犬の歯型が付いている。

姉の方は全身を覆う衣装のお陰でよく判らないが恐らく無傷だと思われた。

そう考えると私の膝までしかないその小さな体で良く持ちこたえたと幼子に賞賛を送りたくなる。

うん。私の無様な墜落もそう考えると意味のあることだったのだな。

良かったと思う。本当に。


「そうか。一人でお姉さんを守っていたのか。偉いな、君は」

「えっへんだお!」

「もう。あんな目にあったのは元々アルカナのせいでしょうに」


「それでも死を賭して貴方を守ろうとしたのは事実だろう。そこは認めても宜しいのでは?」

「ふふ、そうですね。そうかも知れません」

「おお!判ってくれる人が現れたお!嬉しいお!」


妹は姉の為に体を張り、姉は妹が褒められた事を自らの事のように喜ぶ、か。

良い姉妹だ。本当にそう思う。

だが、その微笑ましい光景を眺めてただ座している訳にも行かない。

私には、成さねばならぬ事があるのだから。


「自己紹介が遅れましたね。私はアラヘン王国の騎士にして勇者が一人。シーザーと申します」

「アラヘンという国の名。聞き覚えがありませんね……アルカナ、聞いた事ある?」

「無いかな!」


……はて、彼女達の言いたい事が判らない。

世界に国家と呼べるものはアラヘンのみ。

かつて世界中に国家が乱立し群雄割拠を呈していたのは最早100年以上も昔の話のはず。

それを知らぬとなると、ここは人里離れた隠れ里なのだろうか?


「もしかして……あの、カルーマ商会の名前、聞いた事あります?」

「え?いえ……そんな名前の商会なんてあったかな……私は存じませんが」


「モグリだお!天然記念物だお!」

「こら。そう言う事言わないの。……そうですか。カルーマの名を知らない、と」


そう言うと少女は暫し黙り込んだ。

妹さんの方はその周りをぐるぐると走り回っている。

その間、私はこの周囲と彼女達の観察を始めた。

何か、先程の問答の中に余りに不可解な感じを受けたのだ。


「退屈だお!」

「待って。ちょっと考えを纏めたいの……もしかしたら、この人は……」


姉の服装……確かクレアさんと言ったか。

身に纏っている物だが上半身は水兵の服装に似ている気がする。

下半身は幅広で膝ほどまでの半ズボンか。

比較的動きやすさを重視しているようだ。

だが、まるで顔を隠すかのように分厚いフード付きマントを羽織っている。

これでは動きやすさも台無しでは無いか?

口元も布で覆って表情を判り辛いようにしているような感じを受けた。

だが、それでも隠された中から覗く目元だけでも相当の美少女である事は疑う余地は無い。

そして、特筆すべきはその身に纏う衣装の材質である。

特別飾り立てている訳ではないのに一目で高級品である事がわかる。

光沢が違う。布も糸も最高級品では無いだろうか。

明らかに隠れ里の住民のものではない。例え里の長の子だとしても不相応だ。

……間違いなく王侯貴族、さもなくばかなり裕福な商家のお嬢様か。

まあ、先程の会話から察するにきっと大店の跡取り娘なのだろうが。


「おねーやんが無視するお!シーザー!遊んで欲しいお!」

「私が?まあ構わないが……」


妹さんの方は随分活発だ。確か名前はアルカナと言ったか。

こちらのベッドに飛び乗ってコロコロ転がっている。

頭髪を顔の左右に一房づつ垂らしている。確かツーテールとか言う髪形だ。

まだ幼子の域を出ていない。姉とは10年ほど歳が離れていると思われた。

ただ、だとしても余り顔立ちが似ていない気がするのが気にかかるが。

話し方は舌足らず。だが、声の質自体はよく通り美しいものだと思う。

歌が好きなようだがそれも納得である。

……服は暗色系統、だが決して暗くは見えない。

そして恐ろしく頑丈な材質で出来ているようだ。

そう言えば落ちてきた私に下敷きにされても全く傷が付いていなかったような……。

それでいて触れてみても全く硬そうに感じない。

一体何で出来ているというのか?どちらにせよ値の張る一品であろう事は疑う余地も無い。


第一この部屋の清潔さは何だ?

王都だとしても魔王の襲撃に怯える我が国にこんな清潔で静かな部屋などない。

あったとしても、たとえ勇者でも一人で使わせてもらえる訳が無い。

第一王都の医師の下には毎日何百人と言う怪我人が担ぎこまれ、

どのベッドにも洗っても落ちきれない血液がこびり付いていた筈だが……。


では、だとすると……。

ここは、何処だと言うのだ!?

この平和な場所は、一体何処だと言うのだ!?


「……もしかしてと思いますが……貴方は」

「まさか、私は……」


その答えを聞くのが恐ろしかった。

私は勇者の称号を得たものだと言うのに。

それを認めるのが恐ろしかった。

……帰れないかも、等と思いたくも無かったのだ。


そしてその時、去り際の魔王の言葉を思い出した。

"この世界を制したらお前を追う"と言うその言葉を。


「あの……魔王……その名をご存知か?」

「ハインフォーティンだお!常識問題だお!でも、何でだお?」


「では、ラスボスと言う名の魔王に心当たりは?」

「ああ、やっぱり……」


そう言ってクレアさんはキッ、と私の目を見つめてこう言った。

始めに、信じられないかもしれませんが、と前置きをしてから。


「ここは商都トレイディアの南部森林地帯でカルーマ商会の拠点。アクセリオン館です」

「聞いた事も無い……」


「トレイディアはリンカーネイト大陸の由緒正しき商業都市です。落ち着いた街並みの街ですよ」

「何処だ!?そんな街、そして大陸の事なんか、聞いた事が、無い!」

「めっちゃ有名だお。もしかしてシーザー……知らない世界から来たお?」


……目の前が、真っ暗になった。

世界は、どうなってしまうのか。

私は、何も出来ないのか。

その無力さと、余りの無慈悲な展開に。

私は今一度、気を失ったのである……。


「かわいそうに。アリシア姉さん……今日はどうして助けてくれなかったの?」

「そうだお!シーザー、何か可哀想だお。助けが来てたら呼ぶことも無かったお」

「ひつようだったから。です」

「ま、精々苦労してもらうでありますよ」

「……それ分の見返りはあるからねー。色々と」


これが、この私のはじまり。

世界を見失った勇者。国を失った騎士。

そんな私がこのおかしな世界に迷い込んだ。

その……始まりの日の話である。


続く



[16894] 02 とある勇者の転落
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/02/28 20:44
隔離都市物語

02

とある勇者の転落


≪勇者シーザー≫

見知らぬ土地に迷い込んで早三日。

私が訳が判らなくとも世界はそれに関係なく時計の針を進めていく。


「……体の傷は癒えたか」


召喚主の館で傷を癒していた私だが、傷が治れば体を動かしたくなってきた。

正門を開け、近くの木陰で愛用の長剣を抜き放つ。

現状何も出来ないし、元の場所に戻れる算段も無い。

だが、それでも。

いや、だからこそ剣を握り、無心に振り下ろし続ける。

……そうでもしないと、狂ってしまいそうだった。


「400、401、402……」

「だお!だお!だお!」


いつの間にか横ではアルカナ君が棒切れを無造作に振り回していた。

ただ、私の素振りとタイミングを合わせているように見えることからして、

もしかしたら私の訓練に付き合ってくれているつもりなのかも知れない。

その微笑ましさに思わず笑みが零れ落ちた。


「何笑ってるお?」

「いや、中々どうして堂に入ったものだったのでね」


その小さな子供はふん、とふんぞり返って殊更大げさに言う。


「当然だお!おとーやんの鍛錬に付き合って素振りしたりするんだお!」

「ほお。父君も剣をお使いになるのか?」


しかし、何処まで行っても微笑ましさの抜けないその姿は、

ただただ笑いを。それも失笑を誘う類の動きだったと思う。


「強いお!才能は殆ど無いって皆が言うお。でも最強なんだお!」

「……ふむ。私は君の父君は商人かとばかり思っていたが?」


ただ、そんな底抜けの能天気さが今の弱りきった私には随分と心地よかった。

時折ふんぞり返ってそのまま後ろに倒れたり、突然無意味にうずくまったり転がったり。

その何処か間の抜けた行動は私の精神に僅かばかりの余裕を取り戻させてくれる。


「間違って無いお!でも、戦竜とか外道王とか書類埋没男とか言われる事の方が多いのら」

「……二つ名持ち……随分勇ましそうだったりする物もあるが……君の父君は騎士、なのか?」


驚いた。

いや、考えてみれば護衛の彼等は明らかに騎士の装いをしていた。

ならば彼等を従えている以上その主人の地位は限られる。


「どっちかって言うと騎士を一杯従えてるのら。でも一番大事なのは商会だっていつも言うお?」

「……領主。それもかなり位の高いお方のようだな。あれだけの騎士を多数召抱えておられるとは」

「領主と言うか、一応王様なんですよ。うちのお父さん」


振り返るとクレアさんがこちらに向かって歩いてきていた。

どうやら随分と話し込んでしまったらしい。

訓練でかいた汗も、既に乾ききってしまっている。


「と言うか、国王陛下であらせられましたか……む。となると、あなた方は……」

「世界で一番お姫様だお!頭が高いお!ひかえおろう、だお?」


……汗と共に血の気が引いた。

私とした事が数日もの間、何という無礼を働き続けていたのか?

急いで膝を折り、今までの無礼を詫びねば!


「これは、知らぬ事とは言えなんと言うご無礼を。何卒、寛大なるお心でお許し下されますよう」

「許すお!ちこう寄るお!」

「シーザーさん、貴方は私達姉妹の恩人。過度な例は不要です……それとアルカナ?」


「なんだお?おねーやん」

「無礼なのはあなたの方でしょう?むしろお礼を言うべき立場なのに」


「それは良いけどおねーやん」

「よくは無いの。いい、アルカナ?貴方はね」


「シーザー、さっきから膝を折ったまま動かないお?」

「……シーザーさん。顔を上げていただけますか?先ほども言いましたが過度の礼は不要ですので」

「承知いたしました」


何とか顔を上げる許可が取れたので地面から視線を離す。

ふう、どうやらアラヘンの騎士として最低限の勤めは果たせたようだ。

騎士が貴人に礼を失するなどありえざる失態だ。

異郷の地で、我が祖国の恥を晒すなどあってはならない。


「何にせよ、傷は癒えたようで何よりです」

「はい。しかし我が祖国は今や何処にあるかも知れず……途方に暮れているのが正直な所ですか」

「帰るのかお?」


「ええ。成さねばならぬ事もありますゆえ」

「……なんか、言葉遣いが変わったお。腫れ物扱いは気に入らないから元に戻すのら!」

「どれだけワガママなの貴方は!?シーザーさん、貴方の使いやすい喋り方でいいですからね?」


……流石に一国の姫君相手に素の言葉で話すわけにも行かない。

ここは礼を失せぬようそれなりの言葉遣いを続けるべき、なのだろう。

ただ、私は先ほどの言葉が引っかかっていた。


「腫れ物?」

「皆、アルカナを腫れ物みたく扱うのら!気に入らないのら!不満だお!」

「私達が腫れ物のように扱われるのは当然なの。わがままを言っては駄目なのよアルカナ?」


手足をパタパタさせながら抗議の声を上げるその姿に私は少しばかり心を動かされていた。

……どうせ長居する事は無いだろう。

送還用魔法が存在する事は先日の夕食の際に聞きだしている。

ならば、向こうの望みに合わせてみるのも良いかも知れない。


「では、素の言葉で話させてもらうが構わないのだなアルカナ君?」

「だお!」

「すみません。却ってやり辛いでしょうに。……あ、私にも普通の喋り方で構いませんからね」


アルカナ君は非常に満足そうに頷く。

姉であるクレアさんのほうは感情を抑えたような抑揚の乏しい声だが、

それでも申し訳無さそうな気持ちは十分にこちらへ伝わってきた。

素の言葉で構わないといったその時の言葉には多少の茶目っ気すら感じられたのだ。

もしかしたら、そちらの方が素なのかも知れない。


「実際の所、気を使われるのは気が滅入るのも事実なんですよ。仕方ない事ですが」

「正直な事だ」


「生まれだけで判断されるのは正直好きではありません……見た目で判別されるよりはましですが」

「そうだお!アルカナは可愛いけど、それが全てでは無いのら!」


表情抜きで気持ちを伝えるのは高等技術である。

ただ私は完全に他人だ。

と、言うのに本音を隠そうともしないその姿勢は、

王族ともなれば本来軽率に過ぎる行為だと思うのだが……。


「不思議な人だな。クレアさんは」

「そうでしょうか?」

「別に不思議でもなんでもないお?」


「いえ。王族なれば本音を隠す術を持つは当然だが、貴方は表情を隠しても感情を隠していない」

「あー、そう言う事かお。いまんところ宮廷闘争とかは無いから、もーまんたいだお」

「温かさが自慢なんですよ、我が国は」


「気に入らなかったら、王様相手に好きに殴りかかるなり切りかかるなりしてもOKだお!」

「大抵返り討ちに遭いますけれどね」

「……それは国家としてどうかと思うが」


臣下が王に剣を向けるのを容認する国など聞いた事も無い。

そも負けたら死んでしまうかもしれないし、

生き残ろうが、威厳と権威の低下は避けられないではないか。

無制限の王の権威の低下。

それが、その国の為になるとはとても思えない。


「王の威厳と生命はどうやって守られている?私には理解できないのだが」

「おとーやんは強いお!って言ったお!」

「ですから、全て返り討ちです。例え相手が軍であろうが神であろうが……普通じゃないですよね」


確かに普通ではない。だが、ある意味納得はした。

ここは並外れて強大な王が強権で治める類の国家なのだ。

ならば、その力が衰えるまでは有効な統治手段であろう。

力衰えた後については……他国民である私の関与するところでは無いか。


「成る程……ところで私の帰還準備にはあとどれだけの時間が必要なのだ?」

「おねーやんたち、随分ゆっくりと作業してるから……わかんないお」

「良く判らないんです。普段なら、送還術の準備なんて一日で終わる筈なのに」


……思わず考え込んでしまうが、心当たりはある。

魔王ラスボスは私の故郷を蹂躙しているだろう。

そんな所に世界の壁をも越える大魔術のゲートなど安心して開ける訳が無い。

だとすると、無理強いは逆にこちらが迷惑をかけることになるか……。

やはり帰還方法は己で探し出す他無いな。

幸い、元の世界に戻る術自体は存在するのが確実なのだ。

何、修行のついでだと考えれば苦にもなるまい。


「……では、私はそろそろお暇させて頂こう」

「だお!?」

「なんでですか!?待っていれば帰る準備は何時か終わるんですよ?」


「しかし、私の個人的事情で無理をさせるわけにはいかない」

「いえ。これは召喚士たる私の責任なんです。責を取らせてください」


「そう、です」

「それに、送還準備に既に結構なお金が動いてるんでありますよ?」

「あたしらのめんつ、つぶさないで、です」


「……あなた方は?」


今度は似たような顔の行列だ。

何やら荷物を抱えた子供の群れがこちらにゾロゾロとやって来ている。


「この子達のねえちゃであります」

「しょうじんかんきょをしてふぜんをなす、です?」

「暇だから色々嫌なこと考えるのであります。どうせなら、お仕事手伝うであります!」

「にもつもち、です。トレイディアまで、はこんでほしい、です」


……こちらの懸念も焦りも、全てお見通し、か。

やれやれ、こんな子供達にまで心配されてしまうとは私も焼きが回ったものだ。


「貨物の輸送か……まあ、私は構わないが」

「姉さん。お客様に雑用なんて……」

「はたらかざるもの、くうべからず、です」

「動けるなら、働いてもらうのがあたし等のジャスティス、であります」

「まあ、らくなしごと、です」

「にやにやにやにや、であります」


ともかく、地図と背負い鞄に入った荷物を受け取る。

うむ。結構な重さだ。訓練にも丁度良い。

暫く世話にもなったし扱いも良かった。

ここいらで少し手伝っても罰は当たらないだろう。


「では。北に向かえば良いのだな?」


「そうであります。街道沿いに進むであります」

「おおきなじょうもんみえたら、そこのもんばんにわたすです」

「はなし、とおってる、です」

「……もう。最近の姉さん達ちょっと変よね」

「へんちくりんなのは昔からだお?とにかく頑張るお!このおねーやん達は太っ腹だお!」


その言葉に頷くと、私はゆっくりと歩き出した。

この先に待っているものに、

不安八割と、二割の好奇心を感じつつ。


……。


森の中は中々気持ちが良い。

不安を吹き飛ばすような抜けるような青空の下、

私は余り使われていないように見える街道を北に向けて進んでいく。


「……ご愁傷、いやご苦労様」

「確かに荷物は渡したぞ」


街に着いて、その巨大な城門に驚いて固まると言う失態こそ見せてしまったが、

それ以外には特に問題らしい問題も無く、私は荷物を担当の衛兵に手渡していた。

城門前は十数名の兵によって護衛されていた。

どれがその門番なのかと一瞬焦るが、幸い向こうが私を、

いや、正確にはその背の荷物を覚えていたらしく比較的スムーズに話は進んでいく。

そうして一通り荷物を渡し終え、私は元来た道を戻り始めていた。


「……良い気晴らしではあったな」


今回の散歩のような旅路は私に考える余裕を与えてくれていた。

近視的な物の見方に陥っていたが、考えてみれば確かに向こうの面子を潰しかねない愚行であった。

あれではまるで貴様らでは役に立たんと宣言しているようなものではないか。

やはり焦っていたのだろう。

もう少し、先を見据えた物の見方を……、


「あの!軍の方でしょうか!?そのお姿は騎士様とお見受けしますが!」

「え?」


横を見ると、森の街道から少し離れた所から小さな街道が枝分かれしていた。

そこから出てきた中年女性から私は声をかけられたのだ。


「私でしょうか?」

「そうそう!そのお召し物の紋章、リンカーネイト王国のものですよね!」


鎧が壊れて借り受けた衣服。

その背中には何かのエンブレムが刺繍されていた。

屋敷で働く使用人の中でも位の高そうな者が良く身に着けていたので余り気にしていなかったが、

これはクレアさん達のお国の紋章だったらしい。

……戦闘用とは思えないが、腰に剣を下げているので確かに軍人に見えない事も無いかもしれない。


「いえ。これは借り物でして……ですが何かお困りのようですね?」

「ああ、そうなんですよ!うちの家畜小屋が近所のコボルトの悪がきどもに燃やされちまいましてね」


「家畜小屋が燃やされた!?」

「あの悪ガキわんこども、悪戯が過ぎるんですよ。軍の方なら何とかしてくれるかなと思いまして」


コボルトの名は聞いたことがある。

小型のワーウルフとでも言うべき魔物の一種らしい。

先日暇を潰すべく借り受け屋敷で読んだ古い魔物図鑑に載っていた。


「私は軍に所属している訳ではありませんが」

「あらら。引き止めて悪かったね。じゃあ街まで行って領主様にお願いしてくるかねぇ」


一個一個の個体は弱く、大軍となり纏まらない限り大きな脅威ではない。

ただ、作物や家畜を荒らすので注意が必要、とその古い辞典には書かれていた。


「……数はどれほどでしょうか。余り多く無い数なら私が何とか出来るかもしれません」

「え?いいのかい!確かに今も村で暴れてるんだ。早く解決できるからそれに越した事は無いけどさ」


ただ、大した礼は出来ない、とその中年女性は言った。

私は関係ありません、と答えたのである。

……弱き物を助けるは勇者の務め。

それに、浅ましい事だがこれで自身の自信が取り戻せるのではないかと言う期待もある。

そうして私は街道を外れ、近くの小さな集落へと向かっていったのであった。


……。


細い道を進む事暫し。

太陽が西の空に消えていこうとし始める中、

私は村はずれの火災を消しとめようと必死に活動する村人達と出会った。

どうやら、ここが問題の村らしい。


「爺様ーっ。助けが来たよーっ」

「早いのう!?……あの犬っころども、今は畑で遊んでおるよ」

「新鮮な作物が……」


視線の先で夕焼けに赤く染まった畑の中を荒らしまわる魔物の姿が見える。

……あれがコボルトか。犬が直立したほどの大きさだな。


「剣士さん。奴等を追っ払ってくださいな」

「……任されました」


このままではあの畑は全滅だろう。

私は軽く答えると畑に向かって走り出した。

……向こうは無警戒だ。

一撃で仕留めるべく剣を抜き放つ。


「お、おい。あの剣士さん白刃を抜いちまったぞ!?」

「なあおばさん。この間の大陸外から来た勇者様みたいな事にならないだろうな!?」

「いや、リンカーネイト王家の紋章の入ったシャツを着てたんだ。まさか……」


ニンジンを掘り出し、放り出して遊んでいる一匹の元に駆け込み、

一息で首を切り飛ばす。


「あああああああああっ!?」

「……えーと……」

「こりゃあ、あれじゃな」

「うん。全く迷いが無い……少なくとも盗賊の類では無かろう」


二匹目は呆然と立ち尽くしていた。

仲間の死に気を取られている隙を付いて、胸元に剣を突き出す。


「そんな。王家の紋章の入ったシャツを来て居なすったのに……」

「のう。あの男本当に王家の方じゃったのか?」

「そういえば、服は借り物とか何とか……」


「キャイイイイイイイン!?」

「あちゃー……こりゃまずいぞ……」


三匹目は茫然自失から即座に立ち直り、走り出した。

残りも猛然と一方向目指して走っていく。

……素人だな。

群れの本隊が何処にあるか、一目瞭然だ!

魔物が走っていく方向に、私自身も走っていく……!


「行っちまうが……?」

「急ぐんじゃよ!また大問題になるぞ!?」

「おばさんはものぐさ過ぎるんだよ。そう都合よく軍の警邏に出会う訳が無いだろうに」

「また虐殺コースかねぇ……」

「おい、若い連中から二~三人、軍を呼んで来ておくれ!今度は本当に急を要するよ!」


……。


驚いた事に、問題のコボルト達の集落は、先ほどの村からそう離れていない森林の中にあった。

驚くべき事に街道で繋がってさえ居る。

ここの軍隊は何を見ているのか、理解に苦しむな。

……ともかく、あの村の人たちのためにも奴等を壊滅させておかねばならないだろう。


「「「き、キャイイイイイイン!?」」」

「ガル!?が、ガルウウウウウウゥゥゥ!」


村の入り口らしき場所には門番が立っていて、中々立派な槍で武装していた。

先ほど逃げ出したコボルトたちはその脇をすり抜け村の中に逃げていく。


「逃さん!」

「が、が、がああああああおおおおおおっ!」


門番が殊更大きな叫びを上げながら槍を無造作に突き出してくる。

だが、本当に素人のような動きだ。

ただ突くだけの槍。しかも一人きりでは、ある程度腕の立つものを押し止める事など出来ない。

剣の腹で槍を押し止めると、そのまま滑らせるように敵の手元に走りこみ、

まるでどうしてよいのか判らないように固まっている門番の手首を切り飛ばし、

痛みに転がった所を首への一突きで止めを刺した。


「ワン!ワン!ワン!」
「グルルルルルル!」
「ば、ばうっ!」

「……まだ来るか」


今度は三匹か。

手斧持ちが一匹、鉈を持った者が一匹。

もう一匹は何も持たず、両腕を広げながら威嚇をしている。

もしかしたら格闘家なのかも知れない。

……だが、私の敵では無い。

戦士特有の気配が、目の前の三匹からは感じられないのだ。


「はあっ!」

「「「がふっ!?」」」


流れるような動きで一頭づつ斬って行く。

仲間が斬られている内にこちらに攻めかかればいいのにそれをしない所を見ると、

余り戦い慣れている訳ではないのだろう。

お前達はやりすぎたのだ。人の領域に手出しさえしなければ命を失う事も無かったろうに!


「……さて、さっき逃げた奴等は……居たか」


軽く周囲を見回すと、納屋らしき場所の奥でガタガタ震える見覚えのある毛皮。

……仲間に戦わせて自分は隠れていたのか臆病者め。


「悪行の報いを受ける時が来たな」

「き、きゅうううううん……」


哀れっぽい鳴き声を上げても無駄……

足元に違和感?


「が、あ、おおお……」

「き、キャイイイイイイン!」


振り返ると、先ほどの内一匹が全身を痙攣させ、這い蹲りながらも私の元まで前進し、

足を掴んでいるのだった。

……そうしている内に怯えていたそのコボルトは逃げ出した。


「仲間を逃がすべく命を張ったか。敵ながら見事なり!」

「ガハッ!」


その勇気と根性に敬意を表しつつその背に剣を突き立てる。

魔物といえど時として人をも超える情を見せる時がある。

私はこの一年で幾度と無くそれを見てきた。

故に、気高い行為に対しては種族に関らず賞賛を惜しむつもりは無い。

ただ、今回我等は敵同士だった。

それだけの話なのだ。


「……戦えない者まで斬り捨てるつもりは無い。森の奥で静かに暮らせ」


まあ、理解できる訳は無いだろうが一応声をかける。

かける先は先ほどの納屋の中。

……警戒こそ解かないままだが剣を鞘に収め、三歩ほど後ろに下がる。


「ぐ、グルルルルルルルッ!」

「「「「キャン、キャンキャンキャン!」」」」


そして、私の攻撃範囲から離れたのを察したのだろう。

納屋の中から子供を抱きかかえた母親らしきコボルトが森の中に逃げ去っていく。

……将来の禍根と言う点について、私は愚かしい事をしていると思う。

だが、例え邪悪な魔物と言えど何も知らぬ幼子まで手にかけてしまってもいいのか?

私は最近そう考える事が多くなっていた。


「なんにせよ、あの村が襲われる事は暫くはあるまい……まずはこれで良しとしようか」


空は夕暮れから段々と夜に移行しかけていた。

今から戻るとすっかり真夜中だろう。

それに服も汚れてしまっているし、怒られてしまうかも知れない。

……そんな事を考えながら街道に戻ると、


「……剣を抜くっす」

「……誰だ……!?」


私は一人の剣士に剣を突きつけられていた。


……。


空に星が瞬き始める中、

私は突然現れた男に剣を突きつけられている。

……山賊か?

いや、それにしては身なりが良すぎた。

夜の森の中という都合上殆ど目がきかないが、

それでも金属鎧特有の光沢が全身を覆っている事は判る。


「剣を抜くっす……アンタ、悪事の報いを受ける時が来たっすよ」

「……悪事?人違いではないのか?」


復讐の人違いか?

だが少なくとも私がこの地を出歩いたのは今日が始めて。

少なくとも悪事を仕出かしてはいないし、仕出かす暇などあるわけも無いのだが。


「……ひとつ質問っす。アンタ、この大陸の人間じゃないっすよね?」

「ああ。そうだ……私はアラヘン王国から来た」


「そうっすよね……大陸の人間がこんな馬鹿な事仕出かす筈が無いっすからね」

「……馬鹿な事?」


すっと音も無く白刃が上段に構えられる。

……こちらも構えろと言う事か。

相対する様にこちらは肩口に剣を構え、正面に突き出した。

本当は盾が欲しい所だが贅沢は言っていられない。


「判らないならそれはそれで良いっす。この大陸だけのローカルルールっすからね」

「知らない内に罪を犯したというのか私が……一体何を?」


何を?と問いかけた瞬間、

甲高い音が至近距離から響き、相対するものの顔が火花によって一瞬照らし出される。

凛々しい顔立ちの青年だが、獅子の如き気迫を持ってそれは私に相対し、


「……所変われば品変わる……多分今のアンタには決して理解できないっす」

「……!?」


気が付いた時、私は剣を弾かれた上に、

全身を細切れに、切り裂かれ……!


「ちょ!まつ、です!」

「衛生兵!衛生兵であります!」

「……おかしいと思ったら、姫様達の策謀っすか……蘇生準備万端って事は自分がここに来るのも」

「いくらなんでも、こまぎれはよそうがい、です!」

「道理で蘇生じゃなくて復元の準備をしておくようにと言われる訳であります!」


……。


「主文。被告人アラヘンのシーザー=バーゲスト……迷宮隔離の刑に処す」

「……」


そして、私は……裁判にかけられ。


「わらわはお前に同情しよう。だがな、遺族の心情を考えると死刑以下の刑罰には出来なかったのだ」

「隔離が死より重いのが、この地の理なのか?裁判長殿」


「……そうだ。囚人は普通の職に就く事が出来ぬ。迷宮に潜るより他に無いのだ」

「迷宮で死ぬまで苦しみ続けろと言う訳か……」


「お前は知らなかったろうな。我が国では法を守り税を納めるものなら何でも国民になれる事を」

「善良な魔物が普通に人と共に暮らしている。など……どうして想像できようか……」


「あの一件は悪戯坊主に手を焼いた村人が隣村に注意をしてくれと陳情しようとした、それだけなのだ」

「……理解はした。私の勘違いであり、成した事は集落への襲撃に他ならなかった事は!」


「よい。事情を知っているゆえお前を怨みはせん」

「……私は、一生迷宮を這いずり、惨めに死んで行く他無いのか……」


「よく聞いてたもれ?彼の迷宮には異界に通じる門が各所にある」

「異界……の門?」


「そうだ。その中にはお前の故郷に通じる道もあるやもな?」

「見つけたら、私は帰ってしまうかも知れないぞ?」


「異界に飲まれた者の事まで法は縛れぬ、もしその万一があれば、勝手に帰るが良い」

「帰れ?……この」


「む、どうしたシーザーよ?」

「……この、惨めな気持ちを抱えてかっ!?」


隔離都市・エイジス。

そう呼ばれる街へ、連行される事となったのである。

ここはリンカーネイト大陸。

人と魔物が共存する地。

私が、罪を犯した地。


そして私が落ちてきて。

……堕ちてしまった地である。


続く



[16894] 03 隔離都市
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/03/16 20:54
隔離都市物語

03

隔離都市


≪シーザー≫

潮の香りがする。

ここは隔離都市エイジス。

荒くれ者と犯罪者。そして"迷宮"を隔離する為に作られた街だと言う。


「着いたぞアラヘンのシーザー。では、確認する。この時刻を持って汝はこの街に隔離された」

「護送官殿、承知した。私はこの街の、この壁の内側にいればよいのだな?」


「そうだ。正確に言えばその首輪を付けたままで壁の内側に居れば良い。ま、その首輪は外れんがな」

「……ああ。元より私には外す気も無い」


私はコボルト族の集落で大量殺人を行った現行犯で捕らえられ、

この街に連れてこられた。


……魔物であるが故に討ち果たすが当然と考えていた私にとって、

善良に暮らす魔物と言う存在は脳天に巨大なハンマーを落としたような衝撃を今も私に与えている。

人並みの情を持つのなら、人と同じ営みを送るものも居るかもしれない。

そんな事は、考えた事も無かった。

そしてここではそれが実現している。

……その事実がここは本当に私の知らない世界なのだと、私に教えてくれた。


「まあ、個人的には同情する。普通ならただの死刑で済むんだがな……最上級犯罪者扱いとは」

「集落を一つ勘違いで壊滅させた男には丁度良い肩書きだろうさ」


彼等の外見は犬そのものだった。

だから私は疑問に思わなかった。

……だが、彼等を人と定義すれば、私のした事とは、つまり……。


「おい、余り考えすぎるな。勇者にはよくある事さ……さあ行け。まずは歩くんだ……」

「……そうだな。では、世話になった……」


「うん……ではまず、引き取り先の宿に向かえ。身元引受人のガルガン殿に挨拶をしておくんだ」

「……ああ」


ゆっくりと歩き出す。

……城の如き門を潜り、隔離都市へと足を踏み入れる。

背後で重々しく閉じていく門の音も気にせずにただただ重い足を引きずっていく。


「よーお。お前さんも囚人かい?」

「……誰だ?」


人通りの多い大通りを半ば惰性で歩いて行くと、突然横から声をかけられた。

キナガシとか言う東方のサムライの装備を身に着けた、

年季の入った風貌の壮年の男だ。

……首に私と同様の、銀色をした第一級犯罪者用の首輪を付けられている。


「俺か?俺はここいらのモグラで一番の古株。コテツって牢人だ。よろしくな」

「……シーザーだ。ゆ、いや、き……そう言えば、今の私は一体何なのだろうな」


今更勇者などと名乗れはしない。

かといって騎士……?

ありえない。これ以上もなく不名誉な男が騎士などと。

だが、だとしたら私は一体何なのだろうか。


「ゆ、ねぇ……ま、予想はつくか。とりあえず迷宮に潜るんだろ?装備の当てはあるのか?」

「いや、無いが……」


伝説の武具はクレアさん達の屋敷に預けたままだ。

伝説の剣の宝石と愛用の剣は、没収されてしまい今は無い。

裸足でボロ布を纏い這いずっている。それが今の私だった。

勿論装備の当てなどある訳が無い。


「へっ、当たりだ。なあ、知り合ったのも何かの縁だ。良い所に案内してやるぜ」

「良い所?」


「ああ。迷宮ってのは危険極まりないんだぜ?装備無しじゃあ死ぬだけさ。だから、ここだ!」

「……オーバー・フロー金融?」


幸い、元から言葉は通じたし、

未知の言語を翻訳する魔法をかけてもらったお陰で読み書きには苦労していない。

……しかし、ここは……。


「名前からして、高利貸しだな?」

「おおよ。十日で一割は当たり前ってな……けど、罪人に種銭を用立ててくれるのはここだけだぜ?」


成る程。確かにそうだ。

まともな商人が重罪人に資金を融通してくれる訳が無い。

……このまま迷宮に入って野垂れ死にも良いかと思ったが、

今となってはどこまで落ちても同じか。


「借金漬けか……毒食わば皿まで、だな」

「いよおおーーっし!じゃあこの俺が紹介してやるから安心しな!」


そして、私は一年以内に返せば無利子だがそれ以上なら返済額が千倍に膨れ上がる。

と言う暴利なのか温情的なのかよく判らない利子で銀貨十枚を借り、


「今度は武器屋を紹介してやるぜ!俺の知り合いでな、防具も少し置いてるぜ」

「……ああ」


「予算は銀貨10枚?じゃあ中古のレイピアだな。先が折れてるが仕方ないよな」

「防具はこの木の胸当てがお勧めだぜ、俺の紹介料的に……ああ、お前が払うんじゃないから安心しな」

「いや、まずは靴が欲しい……」


折れたレイピアと胸当て、そして鍋の蓋のような盾と革靴を手に入れる事が出来た。

私が一つ物を買うたび、何故か牢人の手に店主が小銭を握らせているのが少々気になったが、

まあ、犯罪者に善意で手を貸すものなど居ないと言う事だろう。

気にしても仕方ない事だ。


「じゃあな!もう会う事も無いかもしれないが、達者でな、あばよーっ!」

「会うことは無い、か」


しかし、少しは疑うべきだったかも知れない。

コテツと言う名の牢人は、私が買い物を済ませると風のように去って行った。

そして。


「ここが盗品専門の……!」

「警備隊だ!店主、両手を挙げてそのまま出て来い!」

「おい、そこのお前!その剣、少し見せてもらおうか!」


「これは、この店で買ったものだな?」

「あ、ああ……そうだが、まさか……これも盗品!?」


……やられた。

盗品を掴ませた挙句自分だけ逃げたのか!?


「店主、どうなのだ?」

「あー、いや。これは違うな……実はゴミ箱から拾ってきたんだが……」

「ご、ゴミ、箱……」


結果から言えば、何も知らずゴミをつかまされた私は程なく無罪放免と相成った。

購入物を没収される事も無い変わりに払った金も返ってこなかったが。


ただ一つだけ言える……私の心はこの街に来た時以上に冷え切っていた。


とにかく、早く目的地に急ごう。

何か、長居するたびにろくでもない事に巻き込まれるような気がする。


……。


「ここか……」


中央の大通りから少し離れた路地にある宿、名前は略して"首吊り亭"との事。

不吉極まりない名前だが今の私には相応しいかも知れない。

軽くノックをしてドアを開けた。


「おう、お主がシーザーかの?遅かったのう」

「貴方がガルガン殿ですか?」


それ程広くない店内に、何人かの武装した男達と初老の店主がいた。

そして。


「……げっ」

「牢人殿。確かコテツとか言ったか」


先ほどの牢人がいた。

そして、


「なんじゃ、こ奴に会っていたのか?変な店を紹介されてはおらんじゃろうな?」

「あははははははは!いや?それ程でも無いぜ?ちょっと金貸しと武器屋を……」


「あー!シーザー来たお!生きてるお!良かったお!」

「なんて言うか……ごめんなさい!私達のせいでとんでもない事になっちゃって……」


どういう訳か、アルカナ君とクレアさんまでここに居た。


「まさか、帰り道であんな事になってるなんて……」

「勇者にはよくあるミスだお!余り気にしちゃ駄目だお!」

「良くある、事?なのか……?」


いや、問題はそこでは無い。


「ところで二人ともどうしてここに?」

「シーザーがここに放り込まれたって聞いて急いで家出して来たお!心配したお!」

「家出じゃないでしょうアルカナ!お父さん達の許可はキチンと取ってるのに家出だなんて……」


何故ここに居るのか気になって聞いてみると、

アルカナ君が背中に背負った箱を手渡してきた。


「装備一式入ってるお!剣も裁判所から取り戻しておいたお!」

「もう、送り届けてあげられる状況じゃ無くなってしまったから……私達に出来るのはこれが精一杯」


そうか。責任を感じていたのだな。

だが、気にする事ではない。

思えばあの時、余計な事に首を突っ込んだ理由の半分は、

己の誇りと自信を少しでも取り戻したかったから。

……実際の所、私の自業自得なのだ。


「おい、ちょっと待て……お姫さんの知り合いなのかよ……」

「コテツよ。歯がガチガチ言っておるぞい」

「装備か……」


どうやら牢人殿も知り合いらしく顔を青くしている。

しかし借金までしてようやくボロ装備を用意したと思ったら、

既に装備は用意されていた、か。

……嬉しいような、悲しいような……。


「……どうしたお?装備のお金はアルカナのお小遣いから何とかしたお。心配するなお?」

「あら?そう言えばその剣と鎧……何処で手に入れたのかしら」

「う、う、うわああああああっ!」


「あ、コタツが逃げたお」

「まさか……」

「昼間、あの人に出会って……金貸しと武器屋を紹介されたよ。まさか盗品市だとは思わなかったが」


……ぴしり、と周囲の空気が凍る。


「盗品市、だお?」

「……違うでしょ、アルカナ」


違う?訳が判らない。

結局問題にならなかったとは言え、盗品市は大問題だろうに。


「のう、シーザーよ。その金貸し……何という?」

「……確か、オーバー・フロー金融と……」


ガタン、と姉妹が席から立ち上がった。

顔色が青い。

……一体なんだと言うのだろう。


「急ぐお!まだ間に合うと思うお!」

「シーザーさん、お金は私達が立て替えるから証文をこちらに!」

「え?」

「ああ、やはりか……こりゃ無利子の罠じゃ!」


……罠!?

今の私を陥れても何にもならないと思うが?

それに、幾らなんでも一年以内なら同額を返済するくらい出来ると……。


「あの店、明日から一時休業するんじゃ!もし明日以降金を返す時は本店まで行かねばならぬ」

「本店は別な街にあるし、別なお店に返す時は本人じゃないといけない事になってるお!」

「だから、今日中に返済しておかないといけないの。明日以降じゃあなたは返済しに行けない!」

「そして、高利貸しは来年また戻ってくる、のか……この街の住民は悪魔ばかりかっ!?」


確かに、それでは街を出られない私では返済に行けない事になってしまう。

そうなれば、向こうはこれ幸いに、来年千倍に膨れ上がった借金を取り立てに来ると言う訳か。

……結局、クレアさん達に立て替えを頼み、

私自身は無言で差し出された紅茶のカップに口をつけている事にした。

冷え切った心にそれは余りに温かく、思わず泣きそうだ。

騎士の見習いになった時から、涙は己に禁じていた筈なのだが……。

と、ここまで考えて未だ騎士道を捨てられないでいる自分に思わず苦笑する。


「ままならない、ものだな……」

「そりゃそうじゃ。一度の過ちが一生後ろを付いて来る事もある……災難じゃったのう」


そして、そっと手渡される部屋の鍵。

手に取ると、店主が声をかけてきた。


「4989号室がお主の部屋じゃ、が……一つ聞いてよいかの?」

「なんでしょうガルガン殿?」


「いや、お主……何者なんじゃ?」

「と、言いますと?」


店主は怪訝そうにしている。

きっと、私も怪訝そうにしていることだろう。

……何者と言われても困るのだが……。


「うむ。お主への対応じゃが、何処かおかしいと思うんでの……厚遇と冷遇が極端でな」

「厚遇と、冷遇が……極端?」


「クレアとアルカナは父親の溺愛を受けておる。罪人一人無罪放免にするなど容易い筈なのじゃ」

「……だが私の件に限り断られたと?」


「そうじゃろうな。そのくせ装備の贈与は誰も止めず、こうして会いに来る許可はあっさり下りた」

「そちらは望外の厚遇なんですね」


「そうじゃ。しかも件の事件に使われた剣も、王家の強権を行使して取り戻しておる」

「……そんな事、普通、許される訳が無い、か」


そう考えると、確かに怪しい。

思えば全てのタイミングが出来過ぎていたような気もする。


「ああ。要するにじゃ、お主……何かの陰謀に巻き込まれた可能性が大じゃ」

「この地に来たばかりの私が?どうして?」


「さあ。わしは所詮宿屋の親父に過ぎんからの……さて、今日はもう遅い」

「ええ、それでは失礼します」


「うん。それとな。わしを相手にするのに敬語は要らんぞ。もっとざっくばらんで構わん」

「判った。ならばそうする」


一通り会話を終え、先ほど渡された装備一式の入った箱を抱えた。

そして私は地下にある個室に向かう。

……確かに考えてみれば死刑囚以下の扱いな筈の私に個室が与えられる事がまずおかしい。

しかも、それ以上を確かめる術は今の私には無いのだ。


「生き延びねばならない理由が出来たか……」


だが。彼のコボルト族の集落での出来事が誰かの陰謀だったとしたら。

そして私が誰かに嵌められたのだとしたら?

……私は真相を知りたいと思った。


「私の罪は罪、だが……」


もし、私にコボルトの言葉が理解できたのなら。

もしくは最初に出会ったコボルトが家畜小屋を燃やし畑を荒らしていたのではなかったら。

そう。例えば最初に見た時隣の集落の人々と仲良くやっている姿だったら私はどう思ったろう。

……今となっては詮無き話だ。

だが、こちらの選択肢を奪った何者かがいると言うのなら、

その意図は何処にあるのか?

疑問は尽きない。


「だが……もし、黒幕がいると言うのなら……借りは返してもらわねばな!」


朧げながらに見えた敵の影。

その存在に私は……。

……敵!?


「まさか……魔王ラスボス!?」


ありえる。あり得るぞ。

魔王の最後の言葉を思い出せ。

……疫病神を楽しめ。

そうだ、奴はそう言ったのだ。


「……そうか、そう言う事か」


成る程、そう言う事なら負けていられん。

いいだろう、

この惨めな境遇が魔王の差し金だと言うのなら、

諦めない限り私は未だ……勇者なのだ!


「私は必ずこの境遇を打ち破り、お前を打ち滅ぼすぞ!待っていろ、ラスボス!」

「五月蝿いぞい!」


ごつん、と杖で殴られた。

……しまった、他人の部屋の前で叫んでしまっていたか。

振り向くと怒り顔のご老体が居たのでとりあえず謝罪をする。


「申し訳ありません。少し興奮していました。重要な事に気付いてしまいまして」

「そうか。じゃがのう。地下では声が響くから気を付けるんじゃよ」


喋り方が先ほどのガルガン殿と似ているな。

年の頃が同じ位だから仕方ないのかも知れないが。

何にせよ、近所迷惑だったのは確かだ。


「ご老人、重ね重ね大変申し訳無い。私の名はシーザーと申します」

「わしは隠居の身でな……竹雲斎。周りからは含蓄爺さんと呼ばれておる」


「それは、妙なお名前ですね」

「本名は新竹雲斎武将(あたらし ちくうんさい たけまさ)と言う……趣味で迷宮に潜っておるよ」

「某は備数合介大将(そない かずあわせのすけ ひろまさ)」

「「「「「「「「「「某も備数合介大将なり!」」」」」」」」」」


お互いに自己紹介をしていると……いつの間にか同じ顔の男達に取り囲まれていた。

ええと、ひろまさ殿におおまさ殿にたいしょう殿におおしょう殿……?


「わしの家の家臣どもじゃ」

「備(そない)一族は祖国では名の知れた人材派遣の大家なのです」


成る程。竹雲斎殿の配下の方々か。

しかしどうやら地下一階でかなりの部屋から人が出てきて集まってきたようだ。

五月蝿くて敵わない。

いや、五月蝿くしたのは元々私なのだから文句も言えんが。


「昼は大抵こやつ等と迷宮に潜っておる。もし会う事があったら宜しく頼むぞ」

「貴殿は……どうやら迷宮に潜らねばならぬ境遇のようでござるな」

「時に部屋は何処ですかな?某が案内して差し上げよう」

「それはありがたい。4989号室なのですが……」


「ふむ。ならば地下49階の89番目……最奥部の近くだな」

「モグラの化け物やミミズモドキの怪物がたまに出現するが部屋にまでは侵入できぬ筈」

「負けるでないぞ?まあ、その首輪を見るに、例え負けても問題無いのだろうがな」


その言葉に地下の余りの深さに目を見開き、

宿だと言うのに魔物が出る事に唖然とし、

……命の軽すぎる自身の現状に唇を噛んだ。


「有難う御座います」

「うむ、精進せいよ?」


魔王に負ける訳にも行かない。

だが、私の目の前には遥かな関門が待ち構えていたのである。

……具体的に言うと、まずはこの地下49階までの階段降りが。


……。


「はぁ、はぁ……装備を抱えてこの距離は……地獄だ……」


ようやく部屋に辿り着いた。

流石にこんな所まで案内までさせられないと断ったが、どうやら当たりだったようだ。

少なくとも、まともな人間なら降りる時は兎も角あの階段を好んで昇ろうとは思わないはず。


延々と続く階段を下り続け、ようやく辿り着いたその部屋は、

地下深くだというのに天井の一部が発光し、昼間のように明るく照らし出されている。

備え付けの説明には、天井から伸びる紐を軽く引っ張ると明かりが灯ったり消えたりするとの事だ。


室内には備え付けのベッドが一つとクローゼット。

そして小さめの机が一つ。

囚人に対する設備としては過大すぎる程だ。


とりあえず装備の入った箱を開ける。

重いと思ったら、鎧が二着も入っている。

しかもその片方は故郷で着用していた伝説の鎧ではないか。

その上完璧な修理が施されている。

伝説の剣も宝石を含め破損していた装備がまるで新品同様だ。


「……いや待て。それはおかしい」


だがおかしい。あれから数日は経過しているとは言え、

伝説となった武具をそう簡単に修理できるものなのだろうか?


【彼等の用意した鍛冶屋の腕が尋常ではありませんでしたね】

「この声は剣の守護者!無事なのか!?」


疑問に思った時、伝説の剣の守護者が声を上げた。

砕けかかっていた宝石は今やかつての輝きを取り戻している。

……だからこそ空恐ろしいものを感じてしまうのだが。


「しかし、伝説の武具がそう簡単に修理できるものなのだろうか?」

【そんな筈は無いのですがね……まあ、修復された事は良い事です。問題はもっと別な所にあります】


「別な所?」

【……もう一着の鎧をよく見てみなさい。勇者よ、私は暫く現実逃避していますので……】


何処か遠く聞こえる剣の守護者の声。

こんな笑えもしない状況の私に声をかけてくれたことに感謝しつつ、

件の鎧を手に取った。


「鋼鉄製のフルプレートか。思ったより重くは無い。鋼板の厚さはそれ程でもないが……え?」


硬く、そして柔軟な鉄。

私は気付いた。気付いてしまった。

その防御力の高さに。


「素晴らしい出来だ……何と言うか、その……今まで着ていた鎧がおもちゃに見えるほどに」

【ですよねぇ……信じられませんよ。だってそうでしょう?これでもそれ、伝説の鎧ですよ?伝説の】


「しかも、値札が付いている」

【量産品に負けたとかありえませんよ。銀貨50枚?なにそれ、高いの?安いの?……こほん】


【ともかく、悲しい事ですが良い方に考えましょう。伝説以上の武具が手に入ったのだと】

「そう、だな……まあ、その……私は暫く帰れそうにも無いのだが」


……どうやら剣の守護者もその鎧の余りに出来に混乱をしていたようだ。

だがこの際はっきりさせておかねばならない事もある。

もしかしたら私の現状を知らない可能性もあるし、

この場を借りて言っておかねばならないだろう。

そう考え、私は剣の守護者に今の自身の現状を語って聞かせたのだ。


「……そう言う訳で私はこの地の法に引っかかってしまったのだ」

【ふむ。それで私に何が言いたいのです】


「魔物だからと彼等の真意を問う事も無く攻撃した私は勇者として失格かもしれない」

【だから?】


「幸い、召喚主は上の階に来ている。守護者よ、貴方だけでも元の世界に帰れるのではないか?」

【そして、新たな勇者の手に渡るのを待てと?】


「そう言う事になる。私の解放を待っていては何時まで経っても魔王を倒せない……」

【……そう言う事なら待ちましょう】


一瞬、何を言っているのか判らなかった。

……待つ。そう言ったのか?


「しかし放っておけばアラヘンは……!」

【もう、手遅れです】


て、おくれ?


【シーザー。貴方が勇者に選ばれたのは何故だか判りますか?】

「遺憾ながら。私が騎士団最後の生き残りだからだ……かつては私以上の男はごまんと居たのだが」


【ええ、その通り。未熟な貴方が適任になってしまうほどアラヘンは追い詰められていた】

「しかし!未だ居る筈だ、伝説の武具を扱える勇者の素質を持つものは!」


【辛うじて使える、などというレベルの相手に何を期待できます?貴方とて最低限の実力しかない】

「……ぐっ!」


元々見習い騎士で、この一年で騎士の数が激減したが為に正規の騎士に叙任されていた私だ。

確かに実力不足は否めない。


【アラヘンには数百もの伝説の装備が存在していました。しかし……】

「この一年、送り出された勇者達と魔王軍との戦いでその大半は失われた」


【そう。そして敗北の理由は……ひとえに使用者たる勇者の実力不足にあります】

「言われてみれば最初の勇者達十数名が倒されてからは負け続ける一方だったが……」


思えば魔王ラスボスとの戦いで、開戦直後は善戦する勇者も何名か存在していた。

武運つたなく魔王の元まで辿り着く前に倒されてしまっていたが、

その反省を生かし、私達は囮が戦っている内に魔王の元に直接向かうという戦術を取ったのだ。

もし、開戦当初の百戦錬磨の勇者達が魔王の元にたどり着いていたらどうなったか。

……詮無き事だが思わずそう考えてしまう。


【これも何かのお導きでしょう。勇者シーザー、貴方はこの地で戦闘経験を積むのです】

「待て、守護者よ!アラヘンはどうなる!?」


【破壊すると彼の魔王は言っていますが、幾らなんでも皆殺しにはされないでしょう】

「……勝てる算段が付くまで、待っていてくれと、そう言えと!?」


【どちらにせよ、王国軍は壊滅しているでしょう……この安全な地で力をつけるのです】

「……時間をかければラスボスはこの地に向こうからやってくる。この地の人々を巻き込めと!?」


故郷を見捨て、この地も混乱に巻き込めとでも言わんばかりの剣の守護者の言葉に流石に反発を覚え、

思わず声を荒げた。

……しかし、帰ってきた返答は冷徹そのもの。


【ええ。むしろこの世界の人々の援護を受けられるであろう分、その方が都合が良いかも知れません】

「勇者が人々の不幸を望めと!?」


【勘違いしないで下さい。私は剣……勝利への最適の回答を述べただけです】

「そうだな。そうだ……別に無理に巻き込まねばならないわけじゃ……」


【それも勘違いです。今の貴方に選択の余地などあるのですか?勇者シーザー!】

「……!」


確かに、確かにそうかもしれない。

……どちらにせよ、今のままでは街から出る事すら出来ない。

そして、罪人たる私の言葉に耳を傾けてくれるものは稀だろう。

必然的にこの地の人々も巻き込まねばならないのだ。


「もし、巻き込まない可能性があるとしたら……それは」

【魔王がこの地にやって来る前に腕を磨き、元の世界へ続く門を見つけ出す事……それぐらいですね】


「希望はまだ、ある訳だな?」

【貴方が諦めない限り】


その言葉を胸に刻み、軽く目をつぶり精神を集中させる。

そして伝説の剣を鞘に戻し、クローゼットに立てかけた。


「……明日から迷宮に潜る。剣の守護者よ、貴方を満足させられる使い手になった時また手に取ろう」

【その日が一日でも早く来る事を祈ります】


天井から伸びる紐を引くと、確かに部屋の明かりが消えた。

私はベッドに戻ると静かに手を組んだ。

成すべき事。

そして成さねばならぬ事を考えつつ。


「……そうだ。クレアさん達には魔王侵攻の事を話しておかねば。例え無駄だとしても」

【そうですね。もしかしたら、迎撃準備を始めてくれるかも知れませんしね……】


考え事をしながら静かにベッドに横たわる。

そして、何時しか私の意識は溶けていった……。


『こそこそ。まじめ、です』

『うんうん、さすがあたし等の見込んだ男の子でありますね』

『まあ、げいげきじゅんびはとっくにおわってる、ですが』

『10年前の大侵攻の時は兎も角、今のはーちゃん達がラスボス風情に苦戦はしないであります』

『……あだうちのひはちかい、です』

『やむなし、であります。勝った上で誰かが倒れないと、後々慢心が敗北を呼ぶでありました』

『そう。あれが、さいぜん、だったです……』

『まあ、シーザーにはくーちゃんの問題を解決してもらえばそれでOkでありますがね!』

『とりあえず、さいしょのいべんとのしこみ、できた、です』

『りょうかい。では、きょうは、このへんでかえる、です』


妙な音が断続的に聞こえるせいか、

微妙に寝苦しかったが。


「……地下のせいか?何かささやくような妙な音が聞こえるんだが……」

【そうですか?私には何も聞こえませんが】


……。


そして、翌日の朝……と思われる時間帯。

暗闇の中起き出した私は、部屋の明かりを付けると早速迷宮に潜る準備を始めた。


「愛用の剣とフルプレート……はは、あの店で購入して役立ったのは結局この革靴だけか」

【伝説の武器はきちんと仕舞いこんで置くのですよ?】


「ああ、それじゃあ行って来る」

【こほん。勇者よ、汝の行いが故郷とこの世界の命運を握っている事を忘れないよう……さあ行け!】


そして、私は迷宮に赴くべく、

……まずは地下49階から地上目指して階段を昇り始めた。


「よお!新顔かい?精が出るな」

「お、おはよう御座います」


重い鎧を纏い、汗を流しながら長い階段をただ無心に昇っていく。


「いい運動になりますよねこれ。貴方は地下何階にお部屋を?」

「よ、49階です」


「……大した坊やね……尊敬するわ、わざわざこんな……」

「だな。普通はそこまでやらないぜ」

「?」


何故か行き交う人たちに声援を受けつつ。

そして私はようやく太陽の光の差し込む扉の前までやってきていた。

……朝に部屋を出てもう昼近く、のような気がする。


とりあえず朝と晩の食事は賄われるらしいが、

果たして昼に朝食を取る事など出来るのだろうか……?

等と考えつつ、私はガルガン殿の待っているであろう地上一階の酒場兼食堂のドアを開け、


「ひ、姫様ぁあああああっ!あ、アンタがいけないんだ!そんな風に俺達を誘惑するから!」

「そ、そうだそうだ!いや、そうじゃねえ!ちがう!そうだ!」

「だから俺達は……軍にも居られなくなっちまって!くそっ!くそっ!くそっ!があああっ!」


「待つお!おねーやんには指一本触れさせないお!あ、剣を頭に刺しちゃ駄目だお!痛いお!」

「ご、ごほっ……待て、待つんじゃ……お、落ち着かんかお前ら……!」

「嫌!嫌、嫌ああああああっ!来ないで、来ないでえええええぇぇぇぇっ!」


「「「ごほっ、がはっ……」」」

「く、くそっ……魔道騎兵が馬無しでは無力だと思ったら……ぐうっ……」


血みどろになった店内、

倒れ臥す戦士達。

壁に叩きつけられた口から血を吐くガルガン殿。

そして店の隅に追い詰められ、怯えながら丸めた絨毯を盾のように突き出すクレアさんと、

それを取り囲もうとする目を血走らせた何人かの男達。

更にそれを阻止しようと、脳天に剣を突き刺されたながらも仁王立ちを止めないアルカナ君。

……そんな余りの惨状に呆然とする羽目に陥っていた。


「な、一体何が!?」

「し、シーザー……奴等を、奴等を止めてくれい!」

「シーザー!おねーやんを助けるお!何でか知らないけど護衛の追加が来ないお!おかしいお!」


「なんだよお前……止めてくれるのか?」

「言っておくがな。俺達は被害者なんだぜ?ひ・が・い・しゃ!今にも加害者に化けそうだけどな」

「このお姫様が眩しすぎる笑顔なんか見せたりしたから俺達はよ……いや、いい笑顔なんだぜ?」


い、一体何なのだ!?

真っ昼間、それも客の居る店内とはとても思えない。


「く、クレアさんが何かしたのか!?例えそうだとしても怯える女性に乱暴を働こうとは何事か!?」

「微笑んだんだよ」


「は?」

「だから笑ったんだよ。三年前に!いや、判ってるんだ!仕方ない事なんだ!」

「俺達が未だ城で警備をしていた頃の事だ!ああ!駄目だ!もう駄目だ!」

「そのせいで俺達は死刑囚扱いよ!悪いのは姫様だ!ああ……俺のもんにしたい……したい……」

「ち、ち、近寄らないで下さい!帰って!お願い!」

「おねーやん!そんな怯えたような声じゃ逆効果だお!もっと覇気を持って言うお!」


男達は異常なまでにヒートアップしている。

このままでは惨状は必至。

……訳が判らないのは変わらないがどう考えてもコイツ等はおかしい。

そもそも、目の焦点が合っていないような気もする。

まるで、何かの術にかかっているかのようだ。

そう、精神操作の術を食らったような……。


「くっ!止むをえん……少々乱暴になるが、許せ!」

「……あーん?なんだそりゃ!」


咄嗟に走り寄り、剣を抜き放つ。

そのまま峰打ちを、


「畜生!それじゃ駄目だ!遅すぎらあああああああっ!」

「ぐぼっ!?」

「し、シーザーのみぞおちに膝が入ったお!痛そうだお!?無事だお!?」


しようとした瞬間。

私は逆に丸太のような腕で頭部を押さえ込まれ、鳩尾に手痛い膝蹴りを食らっていた。

……脚の動きが見えなかった、だと!?


「格好つけんなよ。こっちの事情も知らないくせに……」

「誘惑されたんだよ……誘惑されたのはこっちなんだよ……畜生……!」

「正気に戻らんか!ごほっ……こ、後悔するぞい!?後悔するのは自分でも判ってるんじゃろ!?」

「あ、あ、あ……やだ……来ないで……何で、私は……そんなの望んでないのに……」


こちらへの興味を失った男達がクレアさんの元に向かう。

そしてその手が彼女の肩に……!


「駄目だ!止めるんだ!」


もう、手加減している場合ではなかった。

剣を構えなおすと裂帛の気合を込めて振り下ろす。

……死刑囚以下の現状で殺しなどしてしまったら最早助かる筈も無い。

昨晩の誓いも何もかも消えてなくなってしまうだろう。

だが、目の前のこの暴虐を黙って見過ごせる訳も無い。

……後の事は……後で考えるだけだ!


「おおおおおおおおっ!真っ向、しょううううぶ!」

「五月蝿いんだよ!それに遅えよ!それじゃあ俺達は止められねぇ!とまれねぇ!」

「元守護隊、舐めんな!」



あれ?

私の剣が、飛んでいる?

手放した覚えは無いが。


「にゃああああああ!?シーザーの腕が飛んでるんだおーーーっ!」

「ちっこい姫様も五月蝿いんだよ……アヒャヒャヒャ!ほれ、もう一本くれてやる」


「ふぎゃあああああっ!?目ん玉串ざしにされたおおおおおおおおっ!?」

「やあああああああっ!アルカナああああああああっ!?嫌ああああああっ!」


私の腕が、飛んだ?

いや、待て、それはつまり……。


「さあ、お待たせだぜ姫様……逃げてくれよ……じゃないと、もう」

「駄目だお!アルカナが相手……ぷぎゅっ!?踏んづけちゃ駄目だお!痛いお!痛いお!」

「へへ、へへ、へへへへへへへへへ!」


……!


「止めろと言っているーーーーーーーッ!」

「何度も五月蝿いんだよ!止めてくれるなら頼むからもっとそれなりの実力で来てくれや!」


思考は戻っていなかった。

腕が切り飛ばされた事に気付けなかった事もそうだが、

その後のクレアさん達姉妹の危機に勝手に体が動いて突撃し、

……だが空しく太い腕で首を掴まれた。

圧倒的な技量と腕力の差にどうすれば良いかすら判らなくなったその時、

ボキリと言う音が己の首から響いて来る。


「ふん。格好付けるからそうなるんだぞ?ああ、やっちまった……!」

「首輪があるから首への攻撃は無いとでも思ったか!?」

「ヒヒヒヒヒヒヒ!もう、我慢できねぇ!ぐ、ぐぐぐ……姫様……も、申し訳ありません!限界だぁ!」


さすがにもう、体の何処からも力が湧いてこない。

ただ、抜けていく。

穴の空いた水がめから水が噴出すかのように。

力が入らない。

ありえない方向に首が曲がっている……。


でも、片腕が動いた。

だから私は、

必至に男の一人の足を掴んだのだ。


「何だ?」

「お、コイツ……未だ動けたのかよ」

「大した、根性……だ、な……」


だが、力が入っている訳ではない。

僅かに向こうの気を逸らすのが精一杯。


「ひひひ、ひひひ!限界だ!気を紛らわせないともう限界だ!丁度良い、殺そう、こいつ殺そう!」

「そうすりゃ、破滅までのカウントダウンは遅らせられるか……」

「まあ、なんだ……許せや……!」


稼いだ時間は僅かに数秒。

既に痛みは無い。

ただ、視界が赤く染まって、誰かの叫ぶ声が聞こえた。

それだけ。

……誰も逃げられない。

逃がす時間も稼げなかった。


「なさけ、ない、な……」

「そうでもないっすよ。上出来っす!」


「あ、あああああああ!」

「た、隊長だあ!よく来てくれたぁ!」

「は、早く俺達を吹っ飛ばしてくれ!ケヒヒヒ!て、手遅れになる前に!」


だけど。

どうやら本物の英雄の登場までの時間は、稼げたようだ。


「お前達も、良く……耐えたっす、ねっ!」

「「「ぐああああああああっ!」」」



気を失う直前、頭上では、

数回の打撃音……と呼ぶには余りに衝撃的な炸裂音が何度か響いていた……。


……。


「そうだねー。期待以上の根性だったよー。偉い偉い」

「かいふくざい、どばー、です」

「予想以上の逸材であります」

「何言ってるお!おねーやんの貞操が大ピンチだったお!傷物になったら世界が滅ぶお!」

「…………あーちゃんも、きずのてあて、するです」


「ひっく、ひっく……ぐずっ……」

「ほら、くーちゃんも泣かないででありますよ……遅くなってゴメンであります」

「何考えてるかは知らないっすが、姫様のトラウマを酷くしてまでやる価値のある事なんすかこれ?」

「お前ら……今度は何を企んでおるんじゃ……」


気が付くと、私は店の床に……そこに敷かれた絨毯に寝かされていた。

テーブルクロスを丸めたらしい枕で目覚めた私は、周囲を取り囲む人数の多さに目を見開く。

更に、その中には……。


「おう。なんつーか……悪かった。済まん。謝る。それと、ありがとな……」

「まさか発作が起きた時に近くにクレアパトラ姫様が居るなんて思いもしなかったんでな……」

「クソックソックソッ!何でだよ!もう三年だぜ!?なんでまだ……なんでだよ畜生!」


先ほどクレアさんを襲おうとした男達まで居た。

何故だ?さっきと全く雰囲気が違う……。


「……おねーやんの異能のせいだお」

「自分と本質的には同じ力の筈っすが……いや、女の子だとここまで悲惨な事になるとは」

「「「うおおおおおおっ!ひ、姫様、申し訳ありませんーーーーッ!」」」


「ひいっ!?……い、いえ。元を正せば私の不注意のせいで……」

「駄目だお!そこはもっときっぱり叱るお!そうでないといつまでも力に負けたままだお!」

「そうっすね。克服しないといつか魅了した男どもに押し倒されるっすよ……」


「い、一体何の話なんだ……」

「問題なのは"魅了の微笑"(ニコポ)と呼ばれるくーちゃんの先天性能力であります」

「こうかは、ほほえみかけた、いせいを、とりこにする、です」

「くーちゃんは、それを生まれながら持っていたんだよー」


微笑みかけた異性を虜にする能力?

それは凄まじい……。

いや、何でそんな能力を持っていながらあんな目に?


「……虜にした後精神的に優位に立てないから、逆に支配されそうになるでありますよ」

「要するに"惚れた!俺の物になれ!"って事だよー。そんな訳でしょっちゅう襲われかかるんだよー」

「せいしんてきゆういにたてれば、ぎゃくに、しはいも、かのう、です。……はいひーる!」

「性格的に、難しいみたいでありますがね……」

「魅惑した相手を足で踏まれれば幸せ状態!に出来れば何の問題も無いでありますが」

「たりないのは、はき、です」


……成る程、クレアさんは先天的に微笑みかけた相手を魅了してしまう特殊能力の持ち主なのだ。

ところが気の弱い所があって、魅了した相手の虜にされかかってしまうと言う訳か。

先ほどの男達の様子を見る限り、

一度受けると中々効果が抜けず時折耐え難い衝動に襲われるようだし、

何の対策もしていないとまさしく狼の群れの中に子羊、となってしまう訳か。


今回は護衛が間に合わず危ない所だったようだ。

……私の足掻きが彼女を救ったのなら、これほど嬉しい事は無い。


「しかし、大変だな……今後も同じ事が繰り返されるのだろう?」

「本当は最終解決しちゃえば楽チンなんでありますがね」

「……彼等のような者達は百名単位で居るけど、私のせいで極刑なんて……」

「一応、笑顔時の素顔を間違って見ちゃった被害者ではあるからねー」


「けどそこで"そうだね"と言えないから舐められるんだお!でも、優しいおねーやんは大好きだお」

「あながちまちがってない、です」

「そうだよー。そこで非情に徹する事が出来るならとっくに能力を制御できてる筈だよー」

「まあ、それが出来るようなら姫様じゃないっすけどね」


ふむ。しかし、だとすると。

彼女は一生このような悪夢に怯え続けるのだろうか?


……ふと、出会った時の事を思い出す。

クレアさんは前のアルカナ君を抱くようにして後ろに居た。

そして、その表情は覆面で隠されていた。

だが、今思えば彼女はあの時怯えていなかっただろうか?

アルカナ君を抱き抱えていたのではなくて後ろに隠れていたのではなかったか?

そして、あの感情を抑えた表情もただ間違って笑ったりしないように自制しているだけでは無いのか?

そう思うと、目の前で怯えている彼女が酷く不憫に見えた。

それはきっと、彼女にとっては野犬の群れに食い殺されるよりずっと身近な脅威なのであろうから。


ことん、と横で音がした。

……先ほどの戦いで早速破壊された鎧がもう修復されている。

修復で思い出したが私は腕をもぎ取られた筈だが、それも元通りになっていた。

一体どうやって、とは聞かない方が良い様な気がする。

多分魔法なのだろうが、そんな強力な魔法は聞いた事が無いし。


「とりあえず、くーちゃん顔色悪いし、今日は宿舎に送っていくよー」

「とりあえず、しーざー。よくやった、おもう、です」

「じゃ、あたし等はこれで行くでありますね」


風のように去っていく子供達。

……誰なのか聞く暇も無かった。


「俺達も行くよ」

「……暫く部屋から出ない方が良さそうだしな」

「はぁ……気が滅入るばかりだ」


とぼとぼと去っていく元兵士達。

そして、


「シーザー、良くやったお!おねーやんと世界は助かったお!レオも大義であったお!」

「ははは、どんと来いっすよ」

「そう言えば、貴方はあの村で戦った……レオ殿と仰られるのか」


「そうっす。リンカーネイト近衛騎士団長、レオ=リオンズフレアっす。よろしく」

「こう見えて、20人以上の子持ちだお!」

「……それはまた……」


若いように見えたが実はかなりの歳なのだろうか。

まあ、あれだけの剣術を使うのならご婦人方に人気があるのも頷けるが。


「そうそう。今日はアンタに迷宮の入り口付近を案内しようと思ったっすよ」

「本当はおねーやんも付いてきたいって言ってたけど、アルカナだけで我慢だお!」

「……アルカナ君も付いてくるのか?」


そう言えば、結局未だ迷宮の位置すら知らなかった。

……案内が付く、しかも騎士団長?

それを疑問に思わないでもなかったが、

この場合ワガママを言い出したアルカナ君の護衛と言う意味合いが大きいと考えた方がいいだろう。

まさか目の前の騎士団長が、魔王ラスボスの暗躍にかかわっているとも思えないしな。


まあ、最低限の警戒だけはしておくべきだろうが。

おっと。それと挨拶も忘れずに、と。


「では、今日は宜しくお願いします」

「いやいや此方こそ。まあ、お手柔らかに行くっすよ……まずは迷宮入り口のエリア」

「行き先は入り口付近の王国管理下の場所だお。その名も"中途リアル迷宮"なのら!」


こうして、私は付き添いの騎士と姫君と共に迷宮に挑む事となったのである。

……初日、それも迷宮に潜る前から厄介事に巻き込まれすぎている気もするが、

きっと今は不幸が纏めて来るような星のめぐり合わせなのだ。

だからもうすぐ運の開ける時も来る。

せめてそう信じて先に進もうと思う。


いずれ来るであろう魔王ラスボスとの決戦。

その前に出来る限り実力を付けねばならない。

いや、その前にする事があるか。


「そうだ……レオ殿。実は……」

「魔王ラスボス?今の我が軍にかかれば恐れるに足りないっす。心配無用っす」


……駄目か。やはり脈絡も無く危機を説いても何の効果も無い。

彼の魔王が来ればその余裕など吹き飛ぶのだろうが……。


いや、私が早急に力を付け、こちらから向こうに出向いて倒せば良いだけの事。

こちらの世界に迷惑をかけることもあるまい。

まずは実力を付け、そして故郷に通じる門を探す。

……それが私の成すべき事。


「さあ、この先にある灯台が見えるっすか?」

「……ええ」

「あの地下に入り口があるお!周りの屋台は美味しいけど割高だから気をつけるんだお?」


ここは隔離都市エイジス。

遥かなる異郷の地。

私の新たなる冒険は、今、ここから始まるのだ。


「ああ、そうだアルカナ君?」

「なんだお?」


「さっき、目玉をくりぬかれていた様な気がするが……」

「あのくらい唾付けとけばすぐ治るお!心配要らないお!」

「まあ、ご兄弟でまともな生き物はクレア姫様だけっすからね」


……おかしな知人達と共に。

続く



[16894] 04 初見殺しと初戦闘
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/03/08 22:41
隔離都市物語

04

初見殺しと初戦闘


≪勇者シーザー≫

古い灯台が私の目の前にそびえ立つ。

地下には迷宮があるとの事だが、

その他にも一階が屋台村と化している上、

二階以上はどういうわけか教会として機能している。

……不思議な建物だと思う。


「この先に下に続く階段があるお!降りれば早速迷宮だお!」

「いいっすか。王国管理下とは言え初心者殺しの即死トラップが山ほど仕掛けられているっす」

「……成る程、事実上の処刑場と言う訳か?」


「違うお!その先は危険すぎるから先に進める人か試してるんだお!」

「進めるまでは特訓あるのみっす」

「いや、それはおかしい」


即死の罠を食らったらやり直すも何も無いだろうに。


「迷宮のあちこちに救済用設備が用意されているんだお!」

「危なくなったらすぐ駆けつけるっす。それに地下一階には捕らえた山賊も配置されて無いっす」

「まるで地下二階以降にはそう言う輩が住んでいる様な物言いだな……」


いや、死刑以下の者達が集められている以上そうやって潰し合わせていると言う事か。

話から察するに鍛錬に潜るものも居るようだし、

殺しても良い敵役であり、本当の危険さをかもし出す仕掛けとしても有用な訳だな。

いや、良く考えたものだ。

……倫理観さえ無視すれば大したものだと思う。


「居るお!賞金を首にかけられても、殺されるまでは生きていていい事になってるんだお」

「まあ、問答無用で死刑よりはマシっすよね。それに」

「それに?」


「スリルを求めて他国からやって来る暇人とか、賞金目当ての狩人とかの落としてく金も美味いっす」

「戦闘を見物に来る暇なお金持ちも多いんだお。たまに返り討ちで身包み剥がされる人も居るお」


「まあ、一種のテーマパークでもあるって事っす」

「対価は自分の命だけど、無駄に人気もあるんだお。人はお馬鹿だ……ハー姉やんの受け売りだお」

「罪人の巣で命がけのお遊びか」


恐ろしい。しかも悪辣すぎる。

これを考えた輩の顔が見てみたいものだ。

こんな物を考え付くような頭の持ち主だ、きっと人間では無いだろう。

まあ、それはさておき。


「つまりだ。先に進みたくば地下一階では罠の避け方を覚えろと言う事だな?」

「そうっす。見事一番奥まで辿り着けたら、試験官兼地下よりの脱走防止用の門番と戦うっす」

「で、それに勝てたら先に勧めるんだお!」


まずは、先に進み障害を砕かねば先に進めないということだな?

……私とて山賊の巣となった自然洞窟の攻撃くらいこなしている。

魔王の軍勢に奪われた砦の奪還も二度三度とこなした事もある。

良かろう!この程度、今日一日で何とかしてみせようではないか!


「では、行こう!」

「おう!だお」

「さて、無事に最深部まで辿り着けるっすかね?」


「おせんにキャラメルー」

「焼き芋ー、石焼き芋ー、おいしいよー」

「一寸先は闇。迷宮に潜るならカルーマ商会の武具破損保険に是非ご加入下さい」

「女神を讃えよ!怒れる女神が再び魔王と化すのを防がんが為に!女神を、讃えよっ!」

「「「「女神ハイム万歳!ジーク・ハイム!我等に奇跡を!」」」」

「迷宮に入るならトイレットペーパーは必需品ですよー。備え付けは無い事がありますよー!?」


……周囲の喧騒に気がそがれるが、あえて気にはすまい。

そんな細かい事を気にしたら負けだ。

きっと負けなのだ……。


……。


「さて、階段を降りると早速扉か」

「ここには最初の初見殺しがあるお」

「姫様。教えちゃったら初見殺しにならないっす。今後は自重するっすよ?」


さて、灯台地下に潜ると言葉の通り大きな扉があった。

そして、備数合介武将殿が三人ほど死んでいる。

うん、間違いなく死んでいるな。

……今はそれ以上考えまい。


あ、いや、名前は武将ではなく大将だったか?

ともかく、


「見るからに危険そうだな……」

「さて、シーザー、あんたはこれをどう見るっす?」

「答えを教えちゃ駄目って言われたからアルカナは黙るお!お口にチャックだお!」


周囲は焦げ臭い。

そして死体は三つとも下半身に酷い火傷を負い、

更に脚に欠損が見られる。

と、なると。


「足元が爆発した、とでも言うのか?」

「当たりっす。入り口のすぐ奥に地雷原があるっすよ。何も知らないとここで早速お陀仏っす」

「因みに地雷とは踏んづけたら爆発する爆弾だと思えば良いお。シーザー、火薬は知ってるお?」


「……ええ、一応。成る程あれを地面に埋め込んでいるのか」

「踏んだら足が吹っ飛ぶ仕掛けっす。運が悪いと命も落とすっすよ」


足元を良く見ないと始まる前に終わると言う事か。

よく目を凝らせば、地面が僅かばかり盛り上がっているところがある。

恐らくその部分を踏みつければあのような目に遭うということだな。

……昨日知り合ったばかりだが、せめて彼等の冥福を祈るとしよう。


「とは言え、またいで通れば問題は無いのだろう?」

「そりゃそうっす。一応歩いて向こうに行ける余地は残してる筈っすよ」

「因みにアルカナならこうするお!」


そう言ってアルカナ君は走り出し、闇の中に消えていく。

……彼女の足元に幾つもの爆発音が続けざまに響いていった。

はて。あの爆発に巻き込まれたら足が吹っ飛ぶ筈では?


「アルカナ強い子元気な子!爆発なんて関係ないお!」

「強行突破っすね……それが出来るのは姫様達だけっすが」

「つまり、私の参考にはならないか」


どちらにせよあの子の真似をする訳にも行くまい。

私は普通に突破するべきなのだ。

何故ならここで今行われているのは結局の所初心者用の訓練なのだ。

ここで楽をしても、後々不必要な苦労をするだけだ。


「地道に行く。今の私に不当な近道は許されないのだ……修行でもあるのでな」

「真面目っすね。自分は姫様の進んだ跡を辿って行く事にするっす」


だから、私は……


「あ、シーザー、そこ!危険だお」

「ぐあっ!?」

「トラバサミ!?あったっすか?」


しまった、爆発を避けようとするあまり火薬の匂いのしない罠に対する警戒を忘れていた。

……まさに訓練だな。

心理的な隙を突いて隠した刃を突き立てる、まさに、

ん?

風を切る音……。


「えええええっ!?こんなの知らないお!?」

「丸太が飛んでくる罠っすか!?確か対象を吹っ飛ばす為の物の筈、っすけどこれじゃあ!」

「ぐうっ、トラバサミが外れ、ごほっ!?」


通路の先から、このトラバサミの罠に連動していたであろう丸太が飛んでくる。

いや、正確に言うと振り子のように天井から落ちてきて、動けない私の腹に突き刺さり、


「ぐはっ!」

「た、倒れちゃ駄目なのら!後ろ、後頭部のあたりにさっき避けた地雷があるお!」

「無理っす!どう考えてもこれは、ああっ!」


……仰向けに倒れた私の後頭部の後ろで、

かちりと言う音が。


後頭部からの激しい衝撃。

そして、

私の意識は、

途絶えた……。


「酷いお!ハー姉やんより酷いお!初見殺しなんてレベルじゃないお!」

「うわぁ……ミンチより酷いっすね……」


……。


あたた、かい。

ここは一体……。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「いや、黒幕はわらわではないのだが!?聞いてるかゲン!?おい!ちょっと!」

「シーザー……治ったお?」

「ええ、直ったっす。……あの、幾らなんでもやりすぎっすよ姫様」

「仕方ないよー。あの身の程知らずがもう尖兵を送り込んできてるしねー……時間が無いよー」

「あたしら、あのていどのてきに、でるわけ、いかないです」

「もっとやばい奴、近くに沢山居るであります。気づかれる訳には行かないであります」


意識がはっきりしない。

私は、確か……。


「まだだめ、です。さいりょうのけつまつのため、まだ、めだつのはだめ、です」

「時間と歴史を操れる敵は厄介であります。こちらの最大の有利な点を潰されかねないであります」

「勝てる算段は付いてるよー。でも、勝つための準備は必要だからねー」

「てきに……まんいち、かのうせい、あったら、それを、ひゃくぱーせんとに、されるです」

「つまり、こっちの勝率100%を崩す訳には行かないでありますよ」


「辛いっすね……今や小指で捻れる相手に好き勝手させなきゃならないって」

「しかたない、です」

「シーザーには頑張ってもらうであります。せめて後で部屋にコーヒー持ってくでありますよ」


「ともかく、ひみつりのこうどう、だいじ、です」

「例え相手が一度勝った相手だとしてもであります。当時はラスボスも強敵でありましたし」

「兵数に圧倒された10年前とは違います。ですがそれを敵に悟られるのは愚策なのですよね女神様」

「ふん、わらわの張った結界の効果で敵は迷宮内部にしか門を開けん。守るだけなら楽な筈だ」

「女神様。勇者殿がお目覚めになりそうですよ?そろそろ機密の話はお控えになられないと」


……勇者。

勇者とは……ああ、私だ。

目覚める?

私は、眠っているのか?


「うむ。ゲン司教……では今後、こ奴の蘇生はお前に一任する」

「はい。しかし宜しいのですか女神様?蘇生用神器の作成は世界の寿命を大量に削るのでは……」


「はっ。これはラスボスの故郷で作った代物だ……ハピも随分乗り気だったぞ?まあ、当然だがな」

「ああ、あれは酷い戦でしたな……女神様の身内の方からも殉教者が出るほどに」


「殉教でもなんでもない。わらわの指揮がお粗末だっただけだ。それと、わらわは魔王ぞ?」

「……まおう?」

「あ、シーザー起きたお」


今、とても大事な事を彼女達が言っているような気がする。

それに、魔王?

確かこの世界にもハインフォーティンとか言う魔王が居ると言う話であったが……。


「ああ、お前が知る必要の無い汚い話だ、と言う事で"洗脳"(ブレインウォッシュ)!」

「今暫くお休みなさい。女神様の御許で……」

「せかいはすくってあげるです。まおうもたおさせてあげる、です」

「あのままラスボスに殺されるよりはずっと良い結末を用意するであります、だから……」

「もう少し、苦労して強くなってもらうよー?心さえ折れなかったら絶対強くなれるからさー」

「うむ。ではわらわは行くぞ……クレアパトラの様子も見てこねば」

「ハー姉やん。クー姉やんに元気出せーって伝えておいて欲しいお!絶対だお!」


「ああ、判った判った馬鹿妹よ」

「アルカナ馬鹿じゃないお!訂正するお!」


ああ、記憶が壊れる。

バラバラにほどけて行く。

ああ……私は……。


……。


む?

私は、一体何を考えていたのだったか?

いや、それ以前にここは……。

この壁の質感、灯台の中か。

しかも良く見ると上層階の教会内部?


「シーザー!目、覚めたのら!?」

「いやあ、まさか入り口でいきなり死んでしまうとは予想外だったっすね……あはははは……」

「おお、勇者よ死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」


確か私は、

そうだ。地雷と言うもので頭を吹き飛ばされて……。


「我ながら、よく生きていたものだな」

「いや、死んでたっすよ」


そうか。そんな大怪我を負っていたか。

しかしその割りに怪我の跡なども無いな。

……さて、私は一体どれだけの期間眠っていたのか。


「30分も目を覚まさないから心配したお」

「……ということは、迷宮にはまだ潜れるな?」

「時間的には可能っす……つーか、普通なら気持ちが折れてる所っすが大丈夫っすか?」


「今更折れるプライドなど、私には無い」

「誇りの問題じゃないっす……いや、大丈夫ならそれで良いっすがね」

「じゃあ早速また潜るお!ゲン司教。シーザーの治療、大義であったお!」

「はい。お気をつけて」


軽い問答の後、この教会の責任者だと言うゲン司教と言う老人に礼を言うと、

私達は再び地下へと足を進める。

それにしても私の首輪を見ても気にせず治療を施してくれるとは。

何とも心の広い教団だと思う。

実際の所はアルカナ君の七光りなのだろうが、それでも今の私にはありがたいことに変わりない。

感謝をしつつ再び地下に挑もうではないか。


「今度は引っかからないように注意するお!あ」

「……姫様が引っかかってどうするっすか」

「いや、それ以前に助けないと!」


先ほどの罠に今度はアルカナ君が引っかかる。

体が小さいせいでトラバサミが首に食い込み、

丸太が顔面に直撃し、

だが、その小さな体のお陰で地雷が爆破せずに済んだようだ。

頭部の上の方で、待ち構えていた爆発物が何処か寂しそうにしているように私には見えた。


「……痛いお」

「私としてはあれを痛いの一言で済ませる君が恐ろしい」

「まあ、アルカナ姫様っすからね」


なんにせよ、最初の罠を乗り越えた私達は迷宮の奥へと進んでいく。

……ん?

今足に何か引っ掛けたような。


「トラップワイヤーを切っちゃったのら!」

「こんな普通の通路に仕掛けるとかなに考えてるっすか!?」

「何が起きるのだ?」


ころころ。


「わかんないお!でも何かの罠が起動したのは間違いないお!」

「唯の警報とかだといいんすけどね……あ、自分は巻き込まれるとやばそうだから一時退避するっす」

「ん?足元に何かが転がってきたが」


拾い上げる。

何だろう、この手のひらサイズの物体は?


「パイナップルだお!」

「……随分小さいな。食える所があるのか……などと言うか!」

「当たりっす!投げるなり何なりして体から離すっす」


また火薬の匂いがしていたぞ!

っと、爆発だ。予想通り。


「グレネードが天井からぶら下がってたみたいっすね」

「おとーやんの言う、剣と魔法の世界にあるまじき代物だお!」


グレネードと言う代物もまた、爆発する武器だったのか。

警戒していなければ珍しい物だなと、掌で転がして鑑賞していた所だ。

流石にそこで爆発されたら命はないだろう。

だが、似たような罠に一日に二度も引っかかるものか。


「ともかく、焦げ臭い匂いには要注意と言う事だな?」

「少なくともそれは当たりっす。でも、それ以外にも」

「部屋入り口の血痕を見落としてるお!良く見るお!」


確かに今入った部屋の入り口付近に血痕が残っているな。

……近くに敵でも潜んでいるのか?二人とも部屋に入ろうとしないが。

ん?地震……?


「あっ」

「部屋ごと落ちて行くお!」

「ああ、あれっすか」


突然、足元が消えたような感覚。

いつの間にか床が凄まじい勢いで下降している。

しかし一体何を……。


「あれ?落ちきってもトゲトゲが出てこないお?」

「おかしいっすね。あ!判ったっす姫様、身を乗り出すと多分危険っす!」


突然急降下した床に驚いていると今度はガコン、と言う音がした。

じわっと床が競り上がり、元の位置に戻らんと加速していく、

そして、今度は元の高さを超え更に上に……。


「あ、天井にトゲっす。中央から円を描くようにぎっしりっすね」

「あちゃー、だお」

「うあああああああああっ!?……ぐばっ!」


そうして私は意識を失う。

最後に見た光景は、私を天井のトゲに突き刺したまま、勝手に元の高さに戻っていく部屋の床。

そして、眼下で頭を抱えるレオ殿の姿であった……。


……。


「さて、と言う訳でまたあの部屋に戻ってきたお!」

「今度は引っかかりはしない……だが、どうやって先に進むのか」


「答え言うっすか?」

「いや、私自身が解決せねば意味が無いのだろう?」


目覚めると、また教会。

司教殿の激励に礼を言うと私はまた先ほどの部屋の前までやってきていた。

しかし、足を踏み入れるとまた同じ目に会うのは明白。

どうやって突破するべきか……。


「……ここは強行偵察だお!」

「あ、アルカナ君!?」


考え込んでいるとアルカナ君が部屋の中に駆け込んでいく。

そして、部屋の中央付近に達した時、また部屋が沈み込んでいった。


「くっ、このままでは!」

「いや、あれもまた一つの回答っす」

「だおーーーーーーっ!」


しかし、部屋が沈み始めてもアルカナ君は止まらない。

走って走って部屋の逆側に……、


「ジャンプだおーーーーーッ!」

「向こう岸に手が掛かった!?」


そして落ちていく部屋を尻目に出口に飛びついてよじ登り、

無理やり突破したのである。

成る程、これなら部屋ごと落ちようが持ち上がろうが関係ない。

正しく力押しだが目的を果たせているのだからそれでいいのだろう。

しかし、重装備の私には出来ない真似だな。

私自身はどうやって先に進めばよいのやら……。


「さあ、シーザーも同じようにやるんだお!」

「ん?今またガコンと音がしたような」

「ああ、成る程。二段落ちっすか」


二段落ち?

いや、むしろ落ちているというよりは、


「あるぇええっ!?この部屋も持ち上がって……ぷぎゃあああああっ!?痛いお!痛いおーーーッ!?」

「ふ、二つ目の部屋が持ち上がった……アルカナ君!?大丈夫なのか!?」

「罠を乗り越え安心した所に追撃のトラップ……相変わらず勇者育成コースは鬼のような難易度っす」


私達が見ているしか出来ない所で、二つ先の部屋の床が持ち上がり、

ぐしゃりと言う嫌な音を響かせた後、元に戻った。


「ふえええええぇぇん!痛いお!体中穴だらけで痛いんだお!」


……アルカナ君が血塗れで泣き喚いている。のは無事生きていたのでとりあえず良いのだが、

あの子は何故あんな目にあって無事なのだろうかとふと疑問に思う。


「やれやれ、あのままあそこに居たら時間が経てばもう一回巻き込まれるっす」

「なっ!?何とかできないのかレオ殿!」


「じゃあ自分ちょっと姫様を迎えに行くっすね」

「ここを通り抜ける術があるのか?」


レオ殿なら突破法を知っていてもおかしくは無い。

本当なら私自身で考え付かねばならないのだろうが、子供の命がかかっているのだ。

ここは仕方ない。彼にお任せしよう。


「ちょっと助走付けて……飛ぶっす!」

「同じ作戦か…………どころじゃない!?」


任せたのは良いが、レオ殿は軽く後ろに下がって助走を付けると、

ダンッ!と言う勢いの良い音と共に吹っ飛んでいった。

そして、部屋に足すら付けずにアルカナ君の襟首を掴んで、

そのまま二部屋分を跳び越してしまった。

……そんなの有りなのだろうか?


「た、助かったお!酷い目に遭ったお!」

「さあ、シーザーもやってみるっす!」

「……出来る訳無いだろう!?」


しかし本当に人間なのかこの御仁は!?

さっきのアルカナ君以上に非常識な……いや、まさかこの世界ではこれが普通!?

まさか住んでいる人々全員が怪物じみた力の持ち主なのか!?


「ああ、まともな人じゃ無理っすよね」

「じゃあ大ヒント!上のトゲをよく観察するお!」


部屋の上のトゲ?

見上げると先ほど私を串刺しにしたトゲが相変わらず刺々しい姿を見せつけている。

トゲは部屋の中央から円を描くように均等に配置され死角など何処にも……あ。

円を描くように配置されていると言う事は。つまり。


……私は部屋に足を踏み入れる。

そして部屋のはじを壁伝いに進んで、部屋の角に陣取った。


「おっ、判ったっすね」

「ああ」


部屋が落ち、そして持ち上がる。

金属質の音が響く中、部屋が落ち、一気に急上昇。

そして、棘の先端と部屋の床がガキンと音を立てる。


「そうっす!罠ってのは製作者は素通りできるように出来てるものっす!」

「きっと突破口はあるのら。何事でもそうなのら。覚えておくのら!」


だが、私は部屋の隅でしゃがみ込んでいる。

円を描いて配置されたトゲはその形状ゆえに部屋の四隅には存在していなかった。

そう、そこに居れば取りあえず串刺しにされることは無い。


「後は、部屋が落ちてまた登るまでに先に進めばよい、と」

「そうだお!」

「さ、次の部屋っす。降りて……が無いから時間制限厳しいっすよ!」


先刻承知だ。

私は次の部屋に足をかけると一気に部屋の隅に走りこみしゃがむ。


「あ、やらかしたお」

「……まあ、想定内っすね」

「ん?」


不審に思い天井を見上げる。

……迫り来るトゲ。


「なあっ!?今度は隅にもトゲがある!?」

「今度の安全地帯は真ん中だお!因みに隅っこでしゃがんだ後だと間に合わないようになってるお!」


くそっ!同じ手は通用しない。

そう言う事なのだな!?

くっ!?トゲが、迫って……!


……。


「……さて、次は何だ?」

「精神力は物凄いっすね。普通はもう心が折れてるっす」

「お次はバトルだお!用意された敵と戦うんだお!」


結局、また教会から出直した私は再々度の挑戦であの落ちる部屋を突破する事に成功した。

多少眩暈のする中、それでも次なる試練は迫る。

次は、戦闘か。


「私とて基本は押さえているし実戦経験もある。流石にここは……いや、油断は禁物だな」

「当然っす」

「あ、ほねほねが出てきたのら」


大きな広間の先に骸骨が骨だけで立っている。

そして、その奥には鉄格子があり更にその先に更なる地下への階段が見えた。


「あのスケルトンを倒せばいいのだな?」

「そうっす。ただしかなり魔法で強化されてる筈っすから気をつけるっすよ?」

「はいはいはーい!その前にやっておくべき事があるのら!」


相手は向こうから動かないようだし、戦闘準備か?

しかし今回は剣を抜けばそれで準備完了なのだが。


「おトイレがそこの部屋にあるんだお!先に済ませておくべきだお!」

「喉が渇いたら近くに自動販売機もあるっすね」

「……すまない。私には君達が何を言っているのか良く判らない」


ここは迷宮ではなかったのか?

どうしてトイレが?

それに自動販売機とは何だ?

自動?で何かを販売する、キ、とは何だ?


「お金を放り込んで欲しい商品のサンプル下のボタンを押すと買い物が出来るっす」

「ジュースとかコーヒーとか……あ、要は缶詰が売ってるお」

「缶詰?」


「そこからかお!?……食べ物や飲み物が鉄とかの缶に詰まってるから缶詰だお」

「姫様、カルチャーショック受けてる場合じゃないっす。この世界でも歴史の浅い代物っすからね」

「何故そんな面倒なことを。貴重な鉄をコップに使うなど……木製で十分と私は思うが?」


……殺気!?


「おばかなこと、いわないで、です」

「あたしらがこれを実用化するためにどれだけ苦労したと思ってるでありますか」

「何時の間に後ろを!?」


ふと気が付くと先ほどの子供達だ。

全く気配を感じさせないまま私の背後に回りこんでいる。

……何者なんだ?


「あり姉やん。シーザーが困ってるお。自己紹介するお!」

「アリシア、です」

「アリスであります。あーちゃんのおばさんに当たる……ねえちゃであります」


アルカナ君のように小さな姿。

突然現れた彼女達は怒りを隠そうともしないまま、

ぷんすかと両手を上げ下げしながらいきり立っている。

そして自動販売機の開発に当たっての苦労話と缶詰の有用性について熱く語りだした。


「つまり、缶に封印した食料品は腐るのが遅いと」

「そう、です」

「泥棒とかが出たり、色々大変なのでありますが利便性には変えられないであります」


「理解した。暴言を許していただきたい」

「おーけー、です。わかればいい、です」

「じゃ、頑張るでありますよー」


そうして、先ほどの自動販売機という大きな箱の前に連れてこられ、


「とくべつさーびす、です」

「ぺたっとな、であります!」


50%特別割引、と言う札を貼って、


「「じゃ!」」

「バイバイだおー」

「お疲れ様っす」

「凄い足の速さだな……」


二人のお子様は風のように去っていった。

……一体なんだったのだろう。あれは。

まあ、考えるだけ無駄な事なのだろうがな。


「取りあえず一息ついたら気を取り直してまた行くっす」

「おごるお!安売りで助かるお」

「これを持ち上げると……成る程、缶の上部に穴が開いた。良く考えられている、ぶはっ!?」


な、何だこの味は!?

しかも、舌が痺れる!

まさか毒か!?

それとも腐っているのか!?


「唯の炭酸だお」

「いや、知らない人だと驚くと思うっすよ?あ、それでいいんす。なれると癖になるっすよそれ」


……世界は広い。

いや、異世界だったなここは。

取りあえず酒の泡を強くしたような物だと考えよう。

多分だが、順応できないと数日以内に狂ってしまうような気もするし。


「兎も角そろそろ行こう。目的地はすぐそこなのだから」

「だお!取りあえず安売りの内に買いだめしてから行くお」


「やれやれ……卸売市場で箱買いすれば良いっすよ」

「それは盲点だったお!」

「……取りあえず行こう。時間が勿体無い」


私は剣を抜き放ち歩き出す。

……時間が無いのだ。

魔王ラスボスがこの世界に何時来るのかは判らない。

私はそれまでに、せめて彼の者を相打ちに出来るだけの実力を身に付けねばならないのだから。

そして、願わくば元の世界へと続く道を見つけ逆にこちらから攻め込みたいが、

そのための時間は、それほどあるとは思えない。

何度も言うが、私は時間が、惜しいのだ。


……。


殊更大きく作られた大広間。

その奥にて地下二階に降りる階段を守るのは骨のみで体を構成されるスケルトン。

魔王ハインフォーティンが髪のセットの片手間で作成したと言うそれは、

霊的な物ではなくむしろゴーレムなどに近い物だと言う。


「あれが門番か……シーザー、参る」

「自分達は見物っす。まさかあれに勝てない事もないと思うっすがね」

「あれはカーヴァーズ・スケルトン。特殊な攻撃はしてこないから頑張るのだおー」


私は剣と盾を構えながら部屋の中央へ進む。

それに反応したスケルトンもまた、階段の脇に立てかけられていた幾つもの武器の中から、

似たような剣と盾を持って前へと進んできた。


「行くぞっ!」


正面から突っ込んでそのまま必殺の刺突を……と考えて、

骨相手に当てるのは至難の業である事に気付き、

代わりに盾を構えたまま全体重を敵に叩きつける。


「シールドバッシュっすか」

「体当たりだお!」


……手ごたえが、無い?


「なっ!?」


サイドステップで回避されている!?

あんな骨だけの体でよくもあんな動きを!

いや、それだけで終わりのわけが無い。

振り上げられた剣が前のめりにつんのめった私の背中に叩きつけられる。


「……ぐうっ!」

「体制の崩れた所に一撃!まあ基本っすね」

「あれ?でも追撃できるのに下がったお」


筋肉が無いせいだろうか、その一撃は軽い。

一撃は鎧に跳ね返され大したダメージを受ける事もなく私は体勢を立て直した。

……スケルトンは後ろに下がって身構えている。


「一応訓練っすからね。いきなり即死コンボは使ってこないっすよ」

「……そう言う事か」


剣を構える。

こちらが武器を構えるのを見ると、敵はゆっくりとした足取りでこちらへと歩を進めた。


「威風堂々、だお」

「あれで生前はお山の大将だったんだって言うんだから驚きっす」


待っていても仕方あるまい。

また、こちらから仕掛けるか!


……。


≪RPG風戦闘モード 勇者シーザーVSカーヴァーズ・スケルトン≫

勇者シーザー
生命力95%
精神力40%(軽い衰弱)

カーヴァーズ・スケルトン
生命力0%
魔力90%(今回の戦闘用割り当て分)

特記事項
・カーヴァーズ・スケルトン手加減モード実行中
・ステータスのパーセンテージには深い意味はありません。目安程度にしてください。


ターン1

勇者シーザーが敵目掛けて突進!

スケルトンはシールドを前方に構えた。


「このおおおおっ!」


シーザーの攻撃は盾で防がれた。

スケルトンは相手の実力を測っている。

アリシアは手加減モード続行を指示した。

アリシアは壁の中に居る。


ターン2

スケルトンは無造作に剣を突き出す!


「私がそんな攻撃に当たると!?」


シーザーは剣を薙いで弾いた!

そして、その勢いのままシールドバッシュで敵を弾き飛ばす!

スケルトンは吹き飛んで壁にぶつかり、床に落ちた。

破損部品修復と再稼動に魔力を消費!


『おお、やるです。でもまだまだ、です』


アリシアは戦力評価を一段階引き上げた。

スケルトンの手加減モードが緩和された!


ターン3

スケルトンの攻撃!

スケルトンは立ち上がるや否や盾を構えて突進した!


「動きが変わった!?」

「少し本気出してきたお!気をつけるお!」

「さて、自分の戦術をどういなすっす?」


シーザーも盾を構え、正面から迎え撃つ!

盾と盾がぶつかり合った!


「おおっ!勝ったお!」

「骨だけじゃあ、重さが全然違うっすからね」


全重量が軽いスケルトンが一方的に吹き飛ばされる!

床に落ちた衝撃で大腿骨などの各部位が破損、

破損部品修復と再稼動に魔力を消費!

……手加減モード、解除!

アルカナは踊っている。


ターン4

双方、剣を振り上げる!

剣と剣がぶつかり合い、そして鍔迫り合いに発展する!


「正面からの斬り合い!騎士はかくあるべし!」


勇者シーザー、士気高揚!

相手の本気を物ともせず一気に体重をかける!

押し勝ったシーザーが体制の崩れたスケルトンに重い一撃!

胸部に命中!

スケルトンの肋骨が数本砕けた!


しかし、スケルトンはそもそも生きては居ない。

怯む事もなく踏みとどまると、そのまま反撃に移った。

振り下ろされる剣がシーザーの兜を強打し金属音が周囲に響き渡る!


「だから、何だというんだあああああっ!」


勇者の誇りがダメージと恐怖を押し止める!

勇者シーザーの再攻撃!

シーザーは更に一歩踏み出すと、渾身の力を込めて剣を振り上げた!


「このアッパースウィングで、終わりだっ!」

「いったお!」

「頭蓋骨を砕いたっすね!」


クリティカルヒット!

カーヴァーズ・スケルトンの頭部を粉砕した!

イエローアラート!

割り当て魔力残存量が50%を下回った!

修復、再起動用の魔力が足りない!

スケルトンは完全修復の為の休眠モードへ強制移行。


「……もう、動かない、な?」

「まあ、あれだけぶっ壊したら内部に込められた魔力も尽きるってもんっす」


破損部分の修復の為にスケルトンはその機能を停止した。

戦闘続行不能!


『あいてがつよいほど、もえるですか。すごい、です。ごうかく!』


勇者シーザーの、勝利だ!

勇者の精神力が30%回復した!


……。


≪勇者シーザー≫

ようやく動きを止めたスケルトンの首からぶら下げられていた鍵を取り外す。

これで、地下二階へいけるのだろう。

しかし、唯の骸骨かと思ったら中々の兵だった。

成る程、門番と言うのも伊達ではないらしい。


「しかし、門番を破壊してしまって良かったのだろうか?」

「すぐ直るっす」

「次のお客さんが何時来るか判らないから当然だお」


そう言えば残骸がさっきからカタカタと僅かに振動している。

残骸同士でくっ付いて再び本体目掛けて集まりはじめていた。

これなら心配は必要ないか。


さっそく鍵を開けて鉄格子を開ける。


「では、早速地下二階に」

「あ、だお」


そして一歩踏み出した時、私の体は床をすり抜けて落ちていった。

……何故だ?


「罠だお!初見殺し最後の刺客だお」

「門番を倒し、安心した所でか?」


「そうだお。見えてた床は幻だお!通路のはじっこしか通れないんだお!」

「……この迷宮、絶対に生かして帰す気がないだろう?」


「そんな事は無いお!シーザーが勇者だから特別に難易度が高いコースなんだお!」

「そうなのか……ところで」


「なんだお?」

「何で君まで一緒に落ちているんだアルカナ君!?」


「ノリと勢いだお!」

「何を言ってるのか判らないのだが」


そう、私達は落ちている。

ずっと、ずっと落ちているのだ。

む。下に何か見え、


……。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「はい、装備だお。直しておいたお!」

「……取りあえず。今日はもう遅いし帰って休むとしようか」


気が付いたら私達はまた教会に居た。

何とか地下一階を突破した事だし、今日はもう休む事にする。

……心底疲れた。


「おう!だお。帰っておとーやんのお仕事手伝うお!お小遣い貰うんだお!」

「ところでアルカナ君はどうして無事……いや、何でもない」


こうして私の迷宮探索一日目は終わったのだ。

一体何度死に掛ければ気が済むのだろうか?

何にせよ、強くなったかどうかはともかく、罠に対する知識は増えたと思う。

まあ、悪い事ではないだろう。


「じゃあ、頑張るっすよ。また今度様子を見に来るっす」

「レオ殿。今日は本当にありがたく思う。また何かあった時は宜しくお願いする」

「かえるが鳴くから帰るんだお♪」


とにかく、さっさと部屋に戻ろうか。

それだけで地下奥深くまで潜らねばならないしな。


……。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「……日に何度もすみません司教殿……」


余談ではあるが、宿屋の地下45階ほどでミミズの化け物に襲われ、

気付いたらまた教会の世話になっていた。


「あの。司教殿……」

「何も言いなさるな。貴方を助けるのは女神のご意思なのですから」


……心遣いがありがたいが、それ以上に申し訳ないと感じる。

既に夜はすっかり更けてしまっている。

朝までに部屋に戻れるのかと心配していた私がエレベーターなる施設の存在を知って愕然とするのは、

それから暫くしての事であった……。

続く



[16894] 05 過去の過ち
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/03/16 20:55
隔離都市物語

05

過去の過ち


≪勇者シーザー≫

私がこの街にやって来て早一週間。

だが、初日に地下一階をパスしたっきり、

私の探索行は暗礁に乗り上げていた。


「ガルガン殿。そう言う訳で地下4階に行く階段が見当たらないのだ」

「……ふうむ。しかしお前さんの潜っておる迷宮は特別製のようじゃしのう」


地下二階はいわゆる迷路と言うものだった。

時折地下三階に落とされる落とし穴があるがそれだけだ。即死の罠は見当たらず、

落ちたとしてもすぐに二階に戻れるようになっていた。

地下一階に比べたら随分良心的に思われる。

そのあちらこちらに動く人形や軟体生物が配されていて、戦闘訓練も積むことが出来た。


ところが、幾ら探してもそれより下に降りる階段が見つからない。

そんな訳で私はこの一週間を地下二階と三階をうろうろするだけで過ごしてきたのだ。


「本来ならば、そろそろ先人の知恵をお借りしたい所だが……」

「そうじゃのう。お前さんの他にはモグラはおらんのじゃろう?」


モグラとは、地下迷宮に潜る探索者の総称だ。

私が潜っている迷宮は特別製のようで他のモグラたちは見当たらない、

その代わりに私は普通の探索者の潜る迷宮には出入り出来ないようになっていた。

具体的には地下一階に"旅行者向け"や"キノコ狩り専用"など、個別の地下迷宮入り口があり、

私が近づくと、鉄格子が降りる仕掛けになっているようだった。

私が初日から潜っているエリアには"しーざーしよう"と大きく看板が立てかけられていた。

どんな意味かは良く判らないが、

シーザー使用。即ち私が使っている迷宮とも読める。

まあまさか私のために迷宮を掘ったなどと言う事もあるまいが。

……兎も角、誰もあのエリアの事は知らないのだ。


「流石に一人きりで潜り続けていると、時折気が狂いそうになるな」

「まあ、一人きりで他に会うのは敵ばかりじゃしのう……」


当初は修行だからかえって都合が良いと考えていたが、流石に限界だ。

変わり映えのしない通路、代わり映えのしない敵。

そして幾ら地図を埋めても一向に見つからない次への階段。

地下二階が地下三階より少し広いのが気になるが、

そこにはあからさまな落とし穴以外何もないのだ。


「まさか、あれで迷宮自体が終わりとか……?」

「それは無いですよ、シーザーさん」

「だお!」


流石に疲れ果て、今日は休暇にしようと宿のカウンターに昼間から座っている訳だ。

だが、そうは行かないらしい。

一週間ぶりの声に私が振り向くと、予想通りの顔がそこにはあった。


「クレアさん。アルカナ君も……」

「おお、良く来たのう」

「ガルガンおじさんもお元気そうで何よりです」

「シーザー、そろそろ地下8階ぐらいまでは行ったかお?」


クレアさんとアルカナ君、そして護衛と思われる騎士達がゾロゾロと連れ立って店内に入ってくる。

騎士の方々はそのまま壁際に移動し、静かに椅子に腰を下ろした。

要するに「我々は居ないものとして扱え」と言う意思表示だ。

その意思を無碍にしては却って失礼だろうと思い、彼等には軽く会釈するだけに止めておく。

そしてクレアさんたちと挨拶を交わした。


「元気そうだな二人とも。迷宮の方は地下三階で立ち往生だな。正直困っている」

「そうだったんですか……えーと、それについてですが」

「おねーやん?その前に言う事があると思うのら」


「あ、そうでした。この間は危ない所を本当に有難う御座います!」

「いや。私の稼げた時間はほんの数秒に過ぎない。己の未熟さを痛感したよ」

「……元守護隊相手に秒単位で時間稼げるのは大したもんだと思うお」

「「「「うむ」」」」


どうやらあの無様な戦いが、かなりの高評価を頂いたらしい。

以前より警戒が薄れ、騎士達の視線が温かいような気がする。


「そうだ。それで先ほどのお話とは?」

「はい。色々ありまして、ようやく件の村と和解が成立したんですよ。それを伝えたくて」

「和解!?」


「若者二人は自業自得なので保険の対象外にされたらしくて、随分長い間揉めていたんです」

「だから全員の蘇生に加え、国からの見舞金を増額する事で決着したんだお!」

「ほお。ではもう人権団体からの突き上げを気にする必要はないというわけじゃの?」


はて。私の起こした事件の話のはずだが私自身はどうも蚊帳の外だな。

どうも理解できない部分が多すぎる。

それに……いや、そう言う問題ではないな。


「ともかく、私の剣に倒れた方たちは全員助かった、という事ですか?」

「だお!おとーやん達、今回は何故か保険が降りたのとは別に蘇生までしてやったんだお!」

「正直、極普通の一般家庭に蘇生術を施してくれるとは思いませんでしたよ」


「記憶操作によるトラウマの除去までやるとは尋常じゃないのら!なんか元から用意してたっぽいお」

「普通は保険が降りてお金で解決ですからね。何にせよほっとしました」

「いや、今回は実質お前さん達の不祥事だからの……ちと気になる事はあるがな」


ガルガン殿の気になること、と言う台詞は引っかかるが、

兎も角コボルト村の住民達は助かったと言う事か。

……私のしでかした事は消えないが、それでも犠牲者が全員助かったのは喜ばしい。

思い起こせばこの世界には死者を生き返らせる事すら可能な術者が居るのだ。

そう。死すら不可逆変化ではない。


何はともあれ彼等は助かったのである。

本当に、安心、した……。


「それでですね、ついては……あ、あの、何処に行くんですか?」

「シーザー?」

「う、ぐすっ……す、すみばせん。ちょっと表で風に当たってきます」


涙でぐしゃぐしゃの顔を彼女達に晒す訳にも行かない。

思わず立ち上がり、店から駆け出していた。


……。


気持ちが落ち着くまで暫く物陰で身を潜めていた私だが、

落ち着いてみると、最初に思ったのが少し出歩いてみたい。と言う物だった。

と言うのも、この一週間義務感と後悔などでがんじがらめのままただひたすらに迷宮に潜り続け、

気が付いてみたら迷宮のある塔と宿以外の場所を何一つ知らない事に気付いたのだ。


「……たまには、出歩いてみるかな……」


多少気が緩んでいたのかも知れなかった。

結論から言うと、それは大失敗だったのだから。


……。


「なあ、シーザーよう?幾ら生き返ったからって責任が消えるとは思っちゃ居ないよな?」

「……牢人殿……それに君は……」

「「「ばう!わう!」」」


ふと路地裏に迷い込んだ時私は件の牢人殿に手を引っ張られ、

あれよあれよと言ううちに、

あの時畑を荒らしていた三匹組みを加えた四名に、取り囲まれていたのである。


「助かったとは聞いていたが」

「ああ?助かっただ!?コイツ等はな?死ぬ思いをしたんだぜ?文字通り!」

「「「ばう!」」」


……甘かった。

盗みをした者が例え改心し盗品を返却したとてその咎が消える訳ではない。

当然、それは私もなのだ。


「……私にどうしろと?彼等に殺されろと言うのか?」

「いや。流石にそうは言わないぜ?だけどな。まあ、誠意って奴だ」

「「「わんわん!」」」


直接詫びろと言う事か。まあ、当然だな。


「確かに。知らぬ事とは言えご家族まで命を奪ってしまった事、申し訳なく思う」

「おいおい!誠意って奴が足りないぜ?具体的に言えば、これ、だな」

「「「わふっ!」」」


くいっと指を円形に曲げるジェスチャー。

これは、金か。

金で解決しようと言う訳か。

だが……。


「すまんが私は収入の当ての無い一文無しでな。牢人殿も知っているのではなかったか?」

「おお、それは知ってる。何せ同じ宿に世話になってるしな」


「だったら何故だ」

「へへ。けどよ。金目の物は持ってるそうじゃないか」


「金目の物?」

「なんでも伝説の武具一式、転がってるそうじゃないか。どうせ使わないんだ、有効活用しようぜ?」


馬鹿な!

あれはアラヘン王からの預かり物だぞ?

そもそも私の物ではない!


「おい。まさか勇者ともあろうもんが下らない理由で出し惜しむんじゃないよな?」

「下らないだと!?あれは王からの預かり物なのだ!」


私の一喝に対し、

牢人……コテツからの罵声が飛ぶ。


「それが甘いってんだよ!いいか!ここにお前のせいで苦痛を受けた被害者が居るんだぜ!?」

「……!」


「使っても居ない武具は骨董品だ!いいから俺に預けな!こいつらをきっと救って見せるからよ!」

「し、しかし……」


「黙りやがれ!犯罪者め!黙って賠償をし続けてればいいんだよお前は!良いな!」

「なっ!?」


まるで反論を許さない怒涛の攻撃が続く。

私の思考を麻痺させるかのようなその攻撃的な口調。

……だが、思えば元々悪いのは私だ。

ならば……いや!あれは駄目だ!


「先ほども言ったが、あれは預かっているだけの物で私のものでは」

「いいから黙れって言ってるだろ!?いいから渡せ!うだうだ言うな!」

「……だうと、です」


この声は!?


「…………あ」

「「「……わうっ!?」」」


「確か、アリシアさん?でしたか」

「そう、です」

「コテツ?詐欺と恐喝の現行犯で逮捕であります!」


は?


「ち、違うんだ!違うんだぜ!?いいか?俺はコイツ等の苦境を聞きつけてだな」

「やかましい。です……はあ、やっぱりこうなった、です」

「そもそもこの子達は家畜小屋を焼いた……放火は重罪、普通は牢屋の中でありますよ」


あ、そう言えばそうだ。

畑を荒らすだけでも考えてみれば酷いが、

火事が起きれば死傷者が出かねないし、

そもそも農家にとって家畜とは財産そのものではないか。


「因みにシーザー。コイツ等、隣村から民事で損害賠償請求されてるでありますよ」

「そうがく、きんか……せんまい、です」

「そ、そうだ!だけどコイツ等に支払える訳がないから仕方なくだな、ぐはっ!?」


容赦の無い蹴りが飛ぶ。

蹴り飛ばした子供達は頬を膨らせながらお説教を始めた。

……屈強な大の大人が、子供に折檻を受けている。

余り理解したく無い図柄だなこれは……。


「やかましい、です。いつもびみょうに、しょうこのこさず、わるいことばかりして、です!」

「国からの見舞金で損害賠償の支払いは可能でありますよね?」


「いや、しかしだな……そう!これは精神的苦痛に対する賠償としてだな?」

「むらのほうで、わかいはしたはず、です。これいじょうは、ぎゃくに、ばっせられる、です!」

「まあ、コテツは二割を分け前として貰う予定だって話だし、こうなるのは当然でありますが」


……周囲が静まり返る。


「……えーと、あー…………おい!お前ら話が違うじゃねえか!」

「「「わ、わふ!?」」」


「ち、畜生!お前らが金が足りないって言うから助けてやろうと思ったのによ!」

「「「わん!?わんわんわん!」」」


「足りない金は、遊ぶ金だったんだな!?新しい首輪か?玉入れ遊びか?」

「わ、わう?」
「わうううううん!」
「き、きゅううううん!?」


そして、これは……。


「なんて酷いガキどもだ!なあお姫さんよ!コイツ等を許してやってく、ぐぼおあああああっ!?」

「……げす」


なんて、ひどい。

そして……許せん!


「……腐っているのか貴様はああああああっ!」

「「「ばううううううっ!」」」

「ひっ!?お、俺は知らない!しらねえんだ!」


そうして私は目の前の外道を、三頭のコボルトと一緒に殴り飛ばしたのである。

……かなり人間不信になりそうな、ある晴れた日の話であった。


「むかしは、もすこし、まともだったきがする、です……あれ?そうでもない、です?」

「首吊り亭最後のB級冒険者が聞いて呆れるでありますね」

「まあ、腕が立つのに結局どこの軍からもスカウトが来なかったからのう……」

「……シーザーさん、沈んでる。罪状が消えて首輪を外せるようになったのに。何処で言えば……」

「おねーやん。そんなの宿に戻ったらに決まってるお」


そんな訳で私はその日迷宮に潜る事はなかった。

だから、私はそれを知るのが遅れたのだ。

……地下迷宮を覆う、巨大な悪の影の事を。



……。



≪旧アラヘン王宮・現第三魔王殿(仮)にて≫


気だるい午後。いや、何の気力も湧かないような午後。

空は夜のように暗い。

分厚い雲に覆われた空と枯れ草しか見えない大地。

……かつて世界統一王朝と呼ばれたアラヘン王国の首都である。

いや、首都であった、と言うべきか。


「これで我は……8つの世界を破壊した魔王、ラスボス、か」

「はっ。最後の抵抗勢力の駆逐に成功いたしました」


「……では予定通り9つ目の異世界侵攻を開始する。例の勇者の居る世界に尖兵を送れ!」

「既に四天王ヒルジャイアント様と直属の兵が転移準備中で御座います」


その王宮の中央に位置するかつて吹き抜けのホールだった場所。

今はそこに巨体の魔王が鎮座している。

……魔王ラスボス。

遂に八つ目の世界を滅ぼした偉大なる魔王である。

シーザーの故郷であるこの世界は既にこの魔王の支配下にあった。


「ふむ。時に、物資の搬出はどうなっておる?」

「はっ!世界中から全ての物資をかき集めております」


「兵は?」

「この世界の人間どもには通達を出しております。食いたければ従え、と」


彼等は何かを生産したりはしない。

ただ、奪うのみだ。

後先考えず目先の全てを奪いつくすそのやり方はまるでイナゴの群れに似ている。

もしくは焦土戦術のつもりなのかも知れないが。

ともかく、普通に考えれば破綻必至。

それなのに軍を維持し続けているその手腕だけは評価できるかもしれない。


「物資の2割は我が故郷に送れ。それ以外は軍に回すのだ」

「はっ、御意のままに」


「御意?それぐらいいつもの事ではないか。それぐらい指示を待たずに手配しておかぬか!」

「は、ははっ!申し訳御座いません!」


魔王は苛立っているようだった。

額に青筋を浮かべ怒りを見せる。

……が、少し考えて思い直した。


「……一応詫びておこう。ちと心労がな」

「い、いいえ。故郷の異常気象は酷くなる一方……僅かながらお察しします」


魔王の故郷は貧しい土地。

彼はそれを打開すべく軍を作り上げ、異界にその突破口を求めたのだ。

そして確かに10年前まではそれなりに上手く行っていたのだ。

だが、ある日を境に状況は一変した。


生まれて初めて出会った自分以外の魔王。


激戦の結果軍は半壊し、己の力が異界の魔王に劣る事を痛感し、

そして……何故か時を同じくして故郷に異常気象が起き始めたのだ。


「報告!本国にて熱湯の如き雪が!」

「報告……コボス大陸が、海面に……沈みました!」

「大都市マケィベントにて大地震……もう、駄目です!」


次々と届く凶報。

……遂に征服した異界への遷都を余儀なくされる始末。


「もうじき、我が故郷に住める者はいなくなる」

「踏んだり蹴ったりですな、はぁ」


「それもこれも、あ奴のせいだ……あの女魔王の!」

「げに恐るべし、魔王ハインフォーティン、ですな……」


そして、ラスボスの意識は10年前の屈辱の日へと飛ぶ。

……それは彼にとって余りにも忌まわしい、呪われた記憶……。


……。


≪回想・戦争モード ピラミディオン山麓・魔王戦役≫

防御側大将、魔王ハインフォーティン
初期戦力(総軍11万)
・直属リザードマン部隊  2,000
・聖樹と女神の信徒達  50,000と1,000
・コケトリス空挺爆撃隊 10,000
・シバレリア歩兵    30,000
・モーコ弓騎兵      6,000
・サンドール軽歩兵    8,000
・混成魔物部隊      3,000

特記事項
・広域防衛の為不利は覚悟で鶴翼の陣を敷いた。この為各部隊の層が薄くなり指揮官危険度上昇。
・員数外の"圧倒的実力"な伏兵あり
・蟻達は故あって諜報活動のみで支援
・初期配置で銃火器は女神の信徒のみ装備(この時代ではまだ機密の為)
・魔王ハインフォーティンは女性型に改装された外装骨格搭乗済み


攻撃側大将、魔王ラスボス
初期戦力(総軍100万強)
・魔王直属軍   200,000
・最精鋭竜人部隊  1,000
・死霊の軍勢   100,000
・混成魔獣軍団  500,000
・隷属人間部隊  200,000

特記事項
・壊滅的に士気の低い部隊あり
・日中の戦闘の為アンデットの戦闘能力激減
・後方に予備兵多数
・情報が敵に筒抜け


……。


ターン1

防御側全軍、敵兵数を視認。兵数的に圧倒的劣勢の為士気低下。


「魔王ラスボスの名の下に!進め人間ども!」


攻撃側は隷属人間部隊を前進させた。

望まぬ戦いの為士気は低い。

部隊はゆっくりと前進し……爆ぜた!


「……地が割れた?いや、爆発しただと!?」

「魔王様、敵の攻撃です!」


地雷原が敵の前進を拒む。

隷属人間部隊は多数の死傷者を出し進軍を停止、

その場で右往左往を始めた。


「馬鹿者が!足を止めるな!」

「よし!わらわ達の実力を見せ付けてやれ!」


防御側はサンドール軽歩兵による迎撃を試みる。


「こちらは高地、敵は低地におる。投石器、バリスタ……一方的に叩き潰してたもれ!」

「御意……攻撃準備、完了。自軍遠投兵器……全機、発射!」


ピラミディオン山中腹に設けられた防御陣地内より、サンドール軽歩兵が攻撃開始。

高低さ、射程の隔絶により一方的な遠隔攻撃!

敵陣中央に命中!隷属人間部隊に大きな打撃を与えた!


「ええい!奴等を前進させよ!」

「駄目です!奴等右往左往するばかりです!」


魔王ラスボスは前進指示を送った!

だが、部隊は混乱している。

攻撃指示は部隊に届かなかった……。


……。


ターン2

サンドール軽騎兵の迎撃は続いている!

敵の被害は拡大した。

防御側の士気が上昇している!


「魔獣どもを向かわせよ!後ろから発破をかけてやれぃ!」

「はっ!」


攻撃側、混成魔獣軍団の一部が前進。

隷属人間部隊の後方より圧迫を開始!


「「「「ウガアアアアアッ!」」」」

「「「「ひっ、ひ、ひいいいいいいいぃぃっ!」」」」


恐怖が足を突き動かす。

隷属人間部隊が前進を開始した!

だが、士気は更に低下した。

地雷原により被害が広がっていく……。


「魔王様。敵は被害を無視して突き進んでくるのですよー」

「ええい!奴等は兵を何だと思っておるのだ!?」

「捨て駒でありますね、間違いなく」

「しょせん、せんりょうちの、いっぱんぴーぽー、です」


「まあ、ここは魔王軍の軍師にして四天王筆頭たるこのハニークインちゃんにお任せなのですよー」

「……お前は第四位なのだが……まあいい。やって見せてたもれ」


魔王は一部部隊の指揮を参謀に一任した。

ハニークインは3000の兵を率いて戦列を一時離脱!


「ふっふっふ。任せるのですよー」

「よろ、です」

「頑張れであります」


……。


ターン3

地雷原が三割まで侵食されている。

隷属人間部隊の被害が全滅レベルに達した。

魔王ラスボスは更なる前進を命じる。


「「「もう嫌だーーっ!」」」


隷属人間部隊からの脱走者続出!

だが、後方の混成魔獣軍団からの督戦により戦場に引き戻される。

混成魔獣軍団は督戦を強化!

背後から矢を撃ち込み始めた。

だが、隷属人間部隊の士気は最低レベルまで落ち込んでいる。


「もう嫌だ、もう駄目だ!もうおしまいだーーーーッ!」

「どうせ死ぬのか?どうせ死ぬなら!」

「おううううううううっ!?」


隊列崩壊!

部隊は軍の体を成さなくなった!

全てを見境無く攻撃!


「何をやっておるのだ!?魔王様!督戦の強化をお命じ下さい!」

「待て!奴等限界を超えておるな?督戦はよい。一度下がらせ再編成!」


魔王ラスボスは隷属人間部隊の一時後退と再編成を命じた!


「バウワウ!了解だワン!……と言う訳で督戦を更に強化せよとのお達しだバウ!」

「ワカッダ!」

「うがああああっ!こうなったらもう、破れかぶれだーッ」


しかし何故か督戦が更に強化される。

隷属人間部隊の一部が離反した!

魔王ラスボス配下内で同士討ちが起こる!


「ニヤニヤなのですよー。さあ、次の目的地に行くのですよー」

「バウ!」

「ええい!奴等は何をやっておるのだ?我が命を理解出来ないとでも言うのか!?」


ハニークイン指揮の混成魔物部隊がラスボス軍内部で命令伝達を阻害!

誤った命令が敵陣内を駆け巡っている。

攻撃側の軍内に不信感が漂った。

魔王ラスボスは怒り狂っている。


……。


ターン4

攻撃側前衛は混乱している。

隷属人間部隊と混成魔獣軍団の同士討ち!

隷属人間部隊はほぼ一方的に殲滅されている。


「何をやっておる!?我が命を伝えよ!」

「バウ!」

「お馬鹿なのですよー。ふっふっふ!」


ハニークインの妨害により、魔王ラスボスの命令は伝わらない!

混乱に拍車がかかった!


「よし、ハニークインが頑張っている間に敵陣に攻撃を加える!」

「混成魔獣軍団には味方の兵が混じっているからそれには当てないようにするであります!」

「「「「コケーッ!」」」」


防御側陣地よりコケトリス空挺爆撃隊、出撃!


……。


ターン5

攻防双方に被害状況の報告が入った。

防御側
・混成魔物部隊     200(残存2800)
・サンドール軽歩兵   弾薬消費30%


「ちっ、予想以上に混戦に巻き込まれておるな」

「しかたない、です」

「将の損耗無しと仮定すると勝利には最低全軍の半数が犠牲になるであります。覚悟するであります」


攻撃側
・混成魔獣軍団     5,000(残存49,5000)
・隷属人間部隊     壊滅状態


「所詮は人間か!ええい!奴らなどもう知らん。混成魔獣軍団前進せよ!」

「魔王軍四天王第三席、呪われた大羊デモンズゴート出陣致す」


魔王ラスボスは主力の前進を決定。

混成魔獣軍団長デモンズゴートに指揮を委ねる。


「魔王様。敵を舐めてはいけませんぞ」

「ほう?ではどうするのだプロフェッサーリッチー?」


「四天王第二席、死霊教授プロフェッサーリッチー、私のアンデッド達も共に参ります」

「ふっ、力押しか。だが我の軍勢には最も相応しい……よし、許可する」

「良いのか教授?汝の軍勢は太陽の下では真価を発揮せぬが」


「ほっほっほ。例えそうでもあの爆発する地面の対策には不死身のアンデッド達が必要でしょう」

「ふん!それぐらい我が軍勢だけで……だが魔王様のご命だ。着いて来られよ」


混成魔獣軍団500,000弱、

死霊の軍勢 100,000

総勢60万弱の大軍が力押しで防御側本陣に迫る!


「地雷原を力押しで押し通るか。単純だがわらわが最もやって欲しくなかった手だな」

「こっちの本陣に部隊を集結させるであります」


「……サンドールに敵をやるわけには行かんぞ?」

「だから出来る限り、であります」


魔王ハインフォーティンは主力を集結させた。

中央に直属部隊2,000とガサガサ達50,000。

さらに神聖教団からの志願兵1,000。

右翼にモーコ弓騎兵6,000とサンドール軽歩兵8,000、

左翼にシバレリア歩兵30,000を配置。


その内中央に当たる53,000の兵が敵60万を正面に迎える!

正面で受けきれない分は両翼に殺到。

高所で防御陣地の中に篭る右翼は善戦している!


……。


ターン6

攻撃側は被害に構わずなりふり構わない前進を続行!


「恐るべき敵の軍勢が……」

「女神よ、レントの聖樹よ。私達に力を!」

「「「「ガッサガサガサガッサガサ」」」」


「……クイーンの分身よ。リーシュとギーが……」

「何も言うなであります。こう言う人達はカッコいい名前を付けたがる物であります」

「ゲゲゲ、ゲッゲゲゲ!」


聖樹と女神の信徒達は防衛側正面で敵主力に相対!

……敵は多数の被害と引き換えに地雷原を突破してきた!


「来るぞっ!わらわも前線に立つ!迎え撃て!」

「「聖戦はここにあり!命を惜しまないでください。むしろ名を惜しむのです!」」

『まったく、この老骨にまだ出番があるとはな……スケイル、出陣する!』


5万と60万が正面からぶつかり合う……。


「ゴブゴブゴブッ!」

「わおーーーん!」

「コケエエエエエエッ!」


その瞬間、天空を行く白い死神たちが牙を剥いた!

コケトリス空挺爆撃隊が爆弾を敵陣内に雨あられと振り撒く!

攻撃側、混乱!


「よし、いまだ……魔王ハインフォーティンの名の下に……かかれぃっ!」

「「「「「ガサガサガサガサッ!」」」」」


混乱の隙に乗じ、防衛側が戦闘のイニシアチブを握った!


……。


ターン7

……何者かが戦場を観察している。


防御側本陣正面での戦闘、空挺爆撃の嵐の中混成魔獣軍団は辛うじて統率を取り戻した!

一進一退の攻防が続く!


「ふん!あの数でよく頑張る……」

「魔王様、駄目押しです。私が出ましょう」


「四天王主席たるお前までもか?」

「はっ、竜人ドラグニール、配下のドラゴニュート千騎を率い・・・…敵側面を突きたく思います」


攻撃側陣地より最精鋭竜人部隊1,000が出撃。

防衛側左翼に向かって進軍開始、

シバレシア歩兵30,000に接触した!


「敵の遊軍が動いた!テムに連絡を取れ!」

「あい、まむ。であります」


敵本隊以外の全部隊の行動が判明!

右翼の守備をサンドール軽歩兵に任せ、モーコ弓騎兵が突撃開始!


「馬鹿者め!本陣を動かさないとでも思ったのか!?」


魔王ラスボスは本陣20万を手薄になった右翼目掛けて前進させた!

サンドール歩兵8,000と敵本隊20万が激突する!


「さて、この誘いに乗らないほどの馬鹿者だったらどうしようかと思いましたよ」

「にゃおおおおおおおん!」

「ほう?大型の魔獣を山の陰に伏せていたか!」


側面よりイムセティ騎乗の守護獣スピンクス強襲!

敵本陣の側面を突いた!


「ふん。そちらは任せるぞ……若き新緑グリーンドラゴンよ」

「「「四天王第四席グリーンドラゴン様だ!」」」

「ゴアアアアアアッ!」


しかし、大型魔獣の群れに混じっていた緑色のドラゴンがスピンクスに襲い掛かる!


「くっ!警戒するほどの将は居ないという話でしたが!?」

「あれだけ罠に嵌めておいて我が何時までも警戒しないとでも思ったのか!?愚かしい!」


「わ、わふっ!?」

「そこの犬は敵の間者だ!斬り捨てよ!」


魔王ラスボスはニセ情報を流す者達を特定し、逆用した!

急襲を受けたスピンクスはグリーンドラゴンに押されている……。


「さあ、反撃開始だ。後方より予備兵を投入!見よ、300万を優に越える大軍勢を!」


魔王ラスボスは後方より全予備兵一斉投入!

……しかし、援軍は来ない。


「何をしておる!駄目押しだ!急がせよ!」

「そ、それが!」


魔王ラスボスの開いた異世界を繋ぐゲートより、赤い竜が首を出す!

そして、


「グオオオオオオオッ!」


炎を一吐きして戻っていった。


「……は?」

「ふははははは!父がやってくれたぞ!敵の増援はもう来ない!全軍反撃に移れ!」


攻撃側の援軍は封殺された。

防御側の反転攻勢!


「さて、行くとするっすか?」

「イエス!さあ、震えるが良いです」


守護隊500が"敵の開いた"ゲートより姿を現す!

聖印魔道竜騎士団200がそれに続く!


「ふう、若い者達のようには行きませんな」


更にルーンハイム魔道騎兵300がそれに続く。

だが、被害が大きく後方に撤退。


「な、何故我が開いた門より敵の部隊が!?」

「そんなの予め潜り込んで占領したからに決まってるっす」

「ユー・ルーズ。ユー・ルーズ。お待ちかねの援軍はもう来ませんよ。いえ、もう居ませんよ」


守護隊隊長、リンカーネイト王国近衛騎士団長レオ=リオンズフレア、

及び聖印魔道竜騎士団団長オド=ロキ=ピーチツリー、戦場に到着!

最後に火竜ファイブレス及び別働隊大将、戦竜カルマが門から出現し、そのまま門を破壊した。

魔王ラスボス旗下の全部隊、大幅な士気低下!


「ば、馬鹿な!?」

「……何を戦場で余所見をしておるのだ?」


クリティカルヒット!

混成魔獣軍団、士気崩壊!


「ぐっ!?デモンズゴートの部隊が!あ奴何をやっておるのだ!」

「そ、それが!」


攻撃側、魔王軍四天王デモンズゴート。

強襲する魔王ハインフォーティンの斧の一撃により絶命!


「しかし、何故羊なのにゴート(山羊)なのだろうな?」

「五月蝿い……ゴートなる名前の羊が居ては、悪い、の、か……めぇぇぇぇぇ……」


指揮官の敗北に混乱した混成魔獣軍団は統率を失い四散!


「こ、これはいけませんね……撤退するにも再編成するにも新たなゲートが必要ですな」

「教授!?いずこに!」


四天王第二席、プロフェッサーリッチー。

拠点再構築の為戦場を一時離脱!

最上位統率者を失った死霊の軍勢は太陽光に負けて次々と消滅していく。

攻撃側、中央戦線崩壊!


……。


ターン8

戦況確認

防御側大将、魔王ハインフォーティン
現有戦力(総軍76,000)
・直属リザードマン部隊  1,300
・聖樹と女神の信徒達  25,000と200
・コケトリス空挺爆撃隊 10,000
・シバレリア歩兵    27,000
・モーコ弓騎兵      5,700
・サンドール軽歩兵    4,300
・混成魔物部隊      1,800
・守護隊           500
・聖印魔道竜騎士団      200


攻撃側大将、魔王ラスボス
現有戦力(総軍21万強)
・魔王直属軍   198,000
・最精鋭竜人部隊    980
・死霊の軍勢     4,000
・混成魔獣軍団   12,000
・隷属人間部隊     壊滅
・300万の予備兵     壊滅


戦況推移

当初の兵数比は10対1。

用意されていた兵数からすると最悪40対1になる可能性もあった。

策によりその戦力差はかなり軽減されたがそれでも未だ攻撃側本隊はほぼ無傷。

数値には表れないが、長時間戦い続けてきた防御側主力と、

敵予備兵300万を無力化していた増援の疲労も心配。

……と、言いたい所だが……。


「さて、行くとするか」

「アニキ。大丈夫っすか?まあ、聞くまでも無いっすね」


「……俺の領域を土足で踏み荒らさせてたまるかよ」

「イエッサー!こちらもまだいけますよ!」


全く疲労を感じさせない動きで700と一騎が後方から魔王ラスボス本隊に襲い掛かる!


「守護隊全軍、硬化・強力・加速の順でブースト!マナバッテリー起動、行くっすよーッ!」

「アーユーレディ?ワイバーン達はまだ飛べますね?魔力と残弾は?ええ。では行きましょう!」

「……突き崩せ。この一年の特訓が無駄でなかった証を立てるために!」


炎の竜とその黒い冠を先頭に、

凶悪極まりない精鋭部隊が猛烈な勢いで敵陣に食らい付く!


「止められません!」

「ビヒモスクラスの大物が次々に討ち取られていきます!」

「こちらと接触してからも進軍速度、落ちません!化け物だああっ!」

「……敵魔王を、我自らが討ち取る!奴さえ殺せば終わりだ。正直舐めていたぞ……もう容赦はせん」


後方に押さえを残し、魔王ラスボスは右翼方面より我武者羅に敵本陣を目指す!

そして視界の先に紫色の巨体を発見した!


「ハインフォーティンとは貴様か!?よくもやってくれたな!」

「それはこっちの台詞だ!わらわの世界を破壊?ふざけるのもいい加減にせよ!」


魔王と魔王の直接対決!


「そうそう。そろそろ貴様の軍は終わるぞラスボス」

「ふざけた事を!幾ら被害を受けようがすぐに立て直してくれるわ!くたばれぃ!」


突き出されたラスボスの拳を外装骨格が受け止める!

……遥か後方で火の手が上がった!


「兵糧!焼き払ったのですよー?」

「「「わふっ!」」」

「「「ゴブッ!」」」


ハニークイン率いる別働隊が後方に回り込んだ!

蓄積されていた兵糧が焼かれ天に大きな炎が上がる!


「はっ!この状況下で今更兵糧?何の意味がある!」

「それが判らんのでは貴様はわらわに決して勝てぬわ」


魔王本人の意思とは裏腹に、ラスボスの軍勢に衝撃が走る!

食料が無いという事実により、末端から順に混乱が広がっていく……!


「魔王様!やったのですよ、敵は不安にかられているのですよ!」

「よくやった!わらわはこ奴との戦闘に集中する。兵の指揮は貴様等に一任する!」


ハインフォーティンの通常打撃!

ラスボスはその双腕に魔力を込めて迎え撃つ!

外装骨格に10%のダメージ!

ラスボスに15%のダメージ!


「ふん!流石は魔王を名乗るだけあるな」

「……わらわを相手取るのに、貴様の実力はその程度か?」


「ならば、食らうがいい!我が名はラスボス。最後の敵対者の名を持つ最強の魔王なり!」

「貴様程度で最強?井戸の蛙か……大海を知れい!」


魔王ラスボスは力を溜めた!

そして……全身の魔力を込めた一撃を見舞う!


「誠は死に刹那の快楽が世を覆う。言葉は意味を持たぬ死に止(いた)る病!終わる世界を、ここに!」

「……来い……!」


「これを受けられるか?……"終わる世界"!(エンド・オブ・ワールド)」

「その程度で世界が終わってたまるか!」


膨れ上がる魔力が無数の刃となり外装骨格に突き刺さり……爆発する!

魔王ハインフォーティンは耐えた!

外装骨格に80パーセントのダメージ!

ダメージ、レッドゾーン!(ただし中身は平然と無傷)


「はっはっは!流石の貴様もこれには耐え切れまい!」

「……ふん。確かにボロボロだ……が、まだ動くぞ?」


魔王ハインフォーティンの膝狙い!

低い体勢で繰り出される前蹴りが、魔王ラスボスの膝を破壊する!


「ぐおおおおぁっ!?な、何故その傷で動ける!?」

「……まだ終わらん。祖父の代より続く赤き一撃を食らってたもれ?」


ハインフォーティンの更なる追撃!

ラスボスの鼻の穴に巨大な練り唐辛子をねじり込む!


「ぎゃあああああああああああっ!?」

「効くだろう?効くよな?うむ。効くのだこれがまた、ハハハ……」


未知の感覚!

魔王ラスボスは悶絶し戦意を喪失した!


「トドメだ……」

「そうはいかんぞ!」


竜人ドラグニールが左翼を突破!中央戦線に突入した。

側面からの強烈な斬撃!

外装骨格に3%のダメージ!


「ぬうっ!外装骨格の戦力は鍛錬では上がらん!もう暫くは動かんな。まあ止むなしか……」


外装骨格は緊急自己修復モードに移行!

魔王ハインフォーティンは一時戦線を離脱した。

その隙を突いてドラグニールは魔王ラスボスの元に駆け寄る。


「魔王様。教授が近場に撤収用のゲートを設置いたしました」

「ごほっ、ごほっ……ドラグニール?我に引けと言うのか!」


「その通りです。残念ですが現状では撤退すら危うい。ここは引いて再起を!」

「……ぬっ。ぐうっ…………全軍撤退準備!急げぃ!」


魔王ラスボスは撤退を決意した。

攻撃側全軍が一斉に反転!


「魔王様。門の守護はこの四天王第二席プロフェッサーリッチーにお任せを」

「うむ。我は先に行く……生きて戻れぃ!」


死霊の軍勢が最上位指揮官の戦線復帰を受けて復活。

……魔王ラスボスは一足先に元の世界へ撤退!


……。


ターン9

攻撃側はほぼ継戦能力を喪失。

防御側の掃討モード!

魔王ラスボス旗下、死霊の軍勢が撤収用のゲートを死守している。

太陽がさんさんと大地を照らした。

死霊の軍勢は弱体化している……。


「ほっほっほ。既に死んでおる身に生きて帰れとはご無体な」

「教授、私は追撃を受けている味方を助けに行く。ここはお任せします」


「いや、それは第4席殿に任せよう」

「……そのグリーンドラゴン殿は?彼はまだ若い。最前線に出すのは少し心配なのですが」


スピンクスはグリーンドラゴンと戦闘中!

サンドール軽歩兵部隊の援護攻撃!

二頭の巨獣の戦闘は一進一退を続けている……!


「押されている?それではこちらも加わるか!」


モーコ弓騎兵が駆けつけた!

火矢の雨がグリーンドラゴンに降り注ぐ!


「……い、今だ!」

「に、にや、オオオオン!」


相手が怯んだ隙を突き、スピンクスが特攻!

グリーンドラゴンに致命的ダメージ!


「勝った、ぞ……!」


しかしスピンクスも力尽きた。

双方共に戦場に倒れこむ……!


【どうやら勝負あったようですな】

【……どうやらラスボスと言う男の勢力が異次元移動の技術を保持しておるようで】


【ハインフォーティンなる女の勢力にその技術は?】

【無いようですね。まだ警戒には値しないかと】


謎の勢力の観察はまだ続いている。


……。


ターン10

攻撃側全軍の再集結完了。

撤退開始!


「さて、このまま無事に帰してくれますかな?」

「……無理だな。出来る限りこちらで敵の追撃を……」


『ならばこちらの相手をしてもらおうか?魔王軍四天王が第二位、竜殺爪のスケイル見参!』

「ゲゲゲと五月蝿い奴め!この四天王主席・竜人ドラグニールが相手だ!」


防御側の追撃!

撤退中の攻撃側は大打撃を受けた!

竜殺爪と竜人の戦いは一進一退を続けている!


「もう少しですな……最後は我がアンデッド達に任せて頂きたい」

「ぐうっ……お願いする。ドラゴニュート全隊撤収!」


最精鋭竜人部隊、撤収開始!


「そう容易く帰れると思うな!行け、真の魔王軍四天王筆頭よ!」

「ぴいいいいいいいいいいいいっ!」


敵の撤収に合わせ防御側の伏兵が発動!

魔王ハインフォーティン側の四天王筆頭にして魔王の幼馴染。

大きく育った氷竜アイブレス!

戦場の地下より大地を割って、駄目押しに登場!

その氷結のブレスにより広範囲の敵が凍りつく!


「ぐっ!私の最精鋭竜人部隊が!?」


氷結のブレスにより最精鋭竜人部隊は大きな損害を受けた!

……攻撃側の撤収は続いている。


「アイブレスは負けた時の保険だったのだがな?まあ勝てたのだからよしとしようか」

「……甘かった。と言う訳か?あの人間の女将軍といいこの世界の者どもは皆手強い……!」


「ドラグニール殿!戻りなさい!ここは私が出来る限り支える事にします!」

「…………全軍撤退!死霊の軍勢は殿をお願いする!」


攻撃側撤退成功部隊一覧(暫定)

魔王直属軍   20,000

最精鋭竜人部隊    300

混成魔獣軍団   4,500

隷属人間部隊     200


【……このままではこの世界に異次元移動の技術が渡るな】

【少なくとも初歩的な蒸気機関があるだけの世界には不要でしょう】


空中に不可視の戦闘艦が浮かんでいる。

謎の勢力からの攻撃。

不可視の戦闘艦より高出力レーザーが発射された!


「……こ、これは!?」

「奴等、でありますね」

「他所様に気を使いながらの戦争とは。なんとも面倒な時代になったのですよー」


高出力のレーザー砲によって門とその周囲が焼き払われる。

魔王ラスボス側四天王プロフェッサーリッチー、消滅!

最上位指揮官の消滅により全アンデッドが土に還った!

魔王ラスボス側の全勢力撤退、または消滅!


【これでよし。彼のラスボスと言う男の行動は今後も監視を続ける】

【了解。では、こちらも撤退します】


不可視の戦闘艦が撤退して行く。

これにより、全敵対勢力が戦場より離脱。

魔王ハインフォーティンの勝利が確定した!


……。


最終戦績

防御側大将、魔王ハインフォーティン
最終残存戦力(総軍67,000)
・直属リザードマン部隊  1,100
・聖樹と女神の信徒達  18,000と200
・コケトリス空挺爆撃隊 10,000
・シバレリア歩兵    26,000
・モーコ弓騎兵      5,100
・サンドール軽歩兵    4,200
・混成魔物部隊      1,700
・守護隊           500
・聖印魔道竜騎士団      200


攻撃側大将、魔王ラスボス
最終残存戦力(総軍38,900)
・魔王直属軍    19,400
・最精鋭竜人部隊    290
・死霊の軍勢        消滅
・混成魔獣軍団    4,100
・隷属人間部隊      110
・予備兵      15,000


戦死主要指揮官一覧

防御側

シバレリア大公 ジェネラル・スノー

サンドール総督 イムセティ=ハラオ=サンドール


攻撃側

四天王第二席 プロフェッサーリッチー

四天王第三席 デモンズゴート

四天王第四席 グリーンドラゴン

その他、リンカーネイトには関係ないが彼等にとっては重要だった人々多数



配置されていた場所が悪く戦う事が無かった人達(防御側のみ)


防御側撤退支援役、魔王軍四天王第三位 オーガ

念のための切り札、雷竜ライブレス・地竜グランシェイク

いつもの通常業務、グスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ・風竜ウィンブレス

ルンのご機嫌取り、"まだ"手乗り竜のファイツー


……。


≪北の地・魔王城にて≫

昼なお暗い魔王城玉座の間。シバレリア皇帝の居城にもなったこの城で、

玉座に深く腰かけ深く瞑目していた長い青髪の少女が静かに目を開けた。

かつての短い手足は既に白魚のような爽やかな色気すら発する女のものに変化し、

胸元以外のスタイルも人が見れば羨むような美しい造形を見せている。


……魔王ハインフォーティン。巨大な外装骨格を駆る伝説級の魔王。

かつて異世界の魔王と戦った時、

彼女がまだ幼女と名乗っても問題の無い年齢であった事を知るものはそれ程多くない。


「魔王様。母を殺したあのラスボス配下の兵がこの大陸に侵入したと連絡があったゾ」

「……そうか。スー達の仇をようやく討ってやれるな。本当なら生き返してやりたかったが」

「当時はまだ蘇生の魔法の復活が間に合わなかったのですよー……間が悪かったのですよー」


傍らに控えるのは二人の少女。

空を舞う妖精と大型銃器を携えた民族衣装の戦乙女。


「10年前とは違う。今ならわらわだけで奴等を殲滅できよう……だが」

「魔王様。母の仇はこのフリージアにとらせて欲しいのだナ!」

「それに妹君の事もあるのですよー。即座に殲滅とは行かないのですよー」


妖精の名はハニークイン。

現、魔王軍四天王第三位・ミツバチの女王ハニークイン。

そして、


「よかろう。四天王第四位フリージア=ズィン=ルーンハイムに魔王ラスボス討伐の許可を与える」

「ありがたき幸せなのだナ、魔王様」


「従姉妹殿?余り無理をするでないぞ?」

「一切合切承知なのだゾ!」


彼女の名はフリージア。フリージア=ズィン=ルーンハイム。

10年前の戦乱で名誉の戦死を遂げたジェネラル・スノーの娘にして魔王の従姉妹。

シバレリア大公とモーコ大公の政略結婚の結果生まれた二代目シバレリア冬将軍である。

彼女は先代四天王である竜殺爪スケイルの引退に伴い、新たなる四天王として抜擢されていた。


……余談ではあるが、

父親のテム=ズィンが何処ぞのモンゴル帝国皇帝クラスの後宮持ちのためか、

親子関係は余り宜しくないらしい。

お陰でカルマの隠し子疑惑の消えない可哀想な娘でもある。


「……奴はもう少し落ち着いてくれればいいのだがな」

「母親から考えてそれは無理難題というものなのですよー」


兵を多数生き残らせた代償に、敵将と戦い死んだ先代ジェネラルスノー。

自分の伯母でもある彼女の死は、今もまおーの胸に小さなトゲとして残っているのであった。

……スノーの戦い方が下手だったのではないか?とは言ってはいけない事である。


「では、行ってくるゾ魔王様!」

「うむ。ガルガンの元へ向かうのだ。共に戦う勇者がおる筈だ!」


こうして新たなるトラブルメイカー、もとい戦士が隔離都市へと向かう。

大いなる敵と多分頼りになる味方。

勇者シーザーの、本当の戦いが始まろうとしていたのである……。


「あ、魔王様電話なのですよー?」

「もしもし、わらわだ。魔王ハインフォーティンだが?」

【これは姫様ご機嫌麗しゅう。早速用件に入らせていただきますが……】


なお余談ではあるが、10年前の戦いに介入してきた謎の組織は、

この10年の間に頭を挿げ替えられ既にカルマ一家の傘下に収まっていたりする。


続く



[16894] 06 道化が来たりて
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/03/28 22:23
隔離都市物語

06

道化が来たりて


≪勇者シーザー≫

昔、麦畑を見ていた事があった。

……農夫が麦を踏んでいる所を見て驚き、作物を粗末にするなと叫んだ事を覚えている。

農夫は言った。

麦は踏まれて強く育つのだと。


「……私も踏まれて、強くなるのだろうか?」

「立った!シーザーが立ったお!」


人の醜さを見せ付けられたあの日より三日。

あれから何もかも嫌になり塞ぎこんでいた私だが、

それでは何も解決し無い事に気付き、再び迷宮に挑むべく立ち上がったのだ。


「……では、行って来る」

「気をつけるんだぞ。しかし、今回ばかりはどうなるかと思ったわい」


私が絶望して喜ぶのは誰か?

そんな事は決まっている。

私が立ち上がり続ける限り、魔王ラスボスとの戦いは続いているのだ。

……だから、何時までも同じ場所で座り込んではいられない。

心技体を鍛え上げ、再び来る決戦に備えるのだ!


「それでは、首輪は外しますね」

「これでお家に送ってあげる事も出来るお。どうするお?」

「……ご迷惑でなければ、これからも迷宮に潜りたいのですが」


それ故クレアさん達にお願いし、自由の身になった後も迷宮に潜り続ける許可を取った。

そう、これからは義務感で潜るのではない。

全ては己の為、故郷の為。

自らの力で道を切り開くためだ!


……。


「と言う訳でシーザーが復活したからアルカナも一緒に遊びに行く事にしたのら」

「もう、この子は!シーザーさん、忙しいとは思いますが私達も同行させて貰えますか?」

「構わないが……クレアさんも?」


ただ、困った事に同行者が付いて来てしまった。

アルカナ君の耐久力なら何の心配も要らないが、どう考えてもクレアさんは危険だ。

護衛の騎士達も慌てているように見える。


「押さえがいないとこの子、何処までも暴走するんです。私が手綱を握らないと」

「おねーやんには危険だお!槍で2~3回刺されたら死んじゃうお?」


私としてもクレアさんには危険な事をして欲しくない。

よって、その旨を伝えたのだが……。


「いえ、他の探索者の方が居ないこちらの管理下の迷宮なら、街中より安全かと思いまして」

「……そう言えば盛りのついたわんこみたいなのはあのエリアには居ないお……」


「それに、その……」

「どうかしたのか?」


クレアさんはちょっと迷った後、こう言ったのだ。


「私達のせいで苦労してるんですよね?だから、私にも協力させてください」

「しかし……」


「迷宮の設計図を家から持ってきました。先に進むお手伝いが出来る筈です」

「クレアさん……」



これで首を横に振れる輩が居るのなら見てみたいものだ。

ともかく、私達三人はクレアさんの護衛数名を後ろに引き連れる形で迷宮に潜る事となったのである。


……。


「はっ、とっ、ほっ!」

「バックステップからのダッシュ突きだお!」

「アルカナ。私達の出番、無いね」


とは言え、基本的には私の特訓。

地下一階でいつものカーヴァーズ・スケルトンを破壊し、

すっかり顔馴染みのようになってしまったゴーレムに剣を叩きつける。


「最初の頃は随分殴られて青痣ばかり作っていたものですが、今は攻撃を食らうことすら稀ですよ」

「成長しているんですね」


言われてみて自分がこの迷宮に入る前より強くなっている事に気付く。

確かに、先日まで苦戦していた相手に勝利できるようになった。

これは大きな進歩だと思う。


「一週間の停滞は無駄ではなかったのか……」

「挫折してた三日間は無駄だったと思うお」


痛い。痛いところを突かれてしまった。

人の黒さを見せ付けられたとは言え、今の私に三日の時間は余りに大きい。

このロスが後に響かねばいいのだが……。


「シーザーさん!?」

「落ちるお!」

「……はっ!?」


ずり落ちかけた足。

慌てて落とし穴の淵に手をかけ、すんでの所で踏みとどまる。

危ないな。

考え事をしていて見えている落とし穴に落ちるなど笑い話にもなりやしない。


「危なかった……っと、これが例のあからさまな落とし穴だ」

「確かにあからさまですね」

「何の偽装もしてないお。やる気あるのかお?」


地下二階の落とし穴はどれもこれも落としてやるぞという意気込みの伝わってくる物ばかりだった。

天井に怪しげなオブジェを配置し足元への注意をそらしてみたり、

曲がり角の先にいきなり穴があったり、

一見すると別の箇所に落とし穴があるように見える幻術がかかっていたりと言う物もあった。


挙句に偽装の強度がかなりの物で、

上で戦闘でもしない限り落ちない落とし穴、そしてその先で待つ複数のゴーレム。

等と言う反則すれすれの物まで。

まあ最低でも上に何かのシートくらいは被せている。

だというのにここを含めて数箇所は判りやすい広間の真ん中に大きく穴が開いていた。

落とそうという気が全く感じられない。


「まったく、何のためにこんな物があるのか」

「これは……この中の一つが地下四階に続く階段のある部屋に繋がっているようですね」


……は?


「ハトが豆鉄砲食らったような顔してるお」

「つまり、あからさまで"落ちる訳が無い落とし穴"こそが先に進む道と言う訳です」


そんなの、ありなのか!?


『『『蟻!』』』

「あり姉やんが何処かで叫んでるお……とりあえず、正解の穴に飛び込めばOKって事だお?」

「そうみたいねアルカナ」


そうか。落ちたく無いという先入観とこんなのに引っかかるかと言うプライドが邪魔をして、

普通は見えている穴に落ちようなどとは思わない。

それが罠に見える道、と言う凶悪な偽装を生んだという訳か!?


「ならば、恐れる事など何がある?」


そして私はあからさまな落とし穴に飛び込んで……。


「でも、外れの場合は……酷い、地下水脈直行コースや電気ナマズ入りの池に針山!?」

「とおっ……え?おおおおおおおっ!?」


「あ、シーザーが串刺しになったお」

「……え?シーザーさんがどうかし、きゃああああああっ!?」


……またやり直す羽目に陥った。

どうも司教殿。探索三日目以来だから、一週間ぶりですか?

ええ。またお世話になります……。


……。


「さて、と言う訳でこの穴は外れと。地図に書き込んでおこう」

「後で売るんだお?」


「……何をだい?」

「地図だお」


青天の霹靂である。

教会で治療を施してもらい再び元の位置にやって来ていた私だが、

そこで地図上の落とし穴に針山のマークを記入した時にアルカナ君が横から顔を突っ込んできた。

そして第一声がこれである。


「売れるのかい?こんな個人用のメモ書きが」

「前人未到の新しい迷宮の地図だお?結構な値段がつくはずなのら」

「そうですね。唯でさえ探索許可が下りているのはシーザーさんだけですし」


いや、だとすればこの場所の地図が必要になるのは私だけのはずだが?

それに、設計図をクレアさんたちは持っているはずだが。


「通行禁止区域だから、それだけに奥に何があるのか気になってる人が一杯居るお」

「私達は運営側ですので。シーザーさんが作った地図はシーザーさんの物ですよ」

「つまり、道案内としての地図と言うより迷宮の内容自体が知りたいと」


進入禁止だからこそ先が気になるのは人の常か。

さればこのメモ書きもそれなりの価値を持ってくるのだろう。


「そうですね。それじゃあ、後で地図を写させてもらいます。利益の三割を後でお支払いしますので」

「幾らの値段がつくか楽しみに待ってるお!」


予想外の所から収入のあてが出来た物だ。

一応自由の身の上になったが自由に出来るお金は一銭もなかった。

これは正直ありがたい。


「さて、でしたら早速次の落とし穴に行きましょう?」

「そうですね。次はここです……っと、これは当たりか?見覚えの無い区画に、降りる階段だ!」

「おめでとうだお!」


そして二つ目の落とし穴で地下四階に降りる階段を発見した。

うん。これは幸先がいいな。

そう考えていると上から何かが降りてくる。

見ると、アルカナ君が柱にロープを結び付けていた。

所々に結び目があるが、これを足がかりに上り下りする訳だな?


「じゃ、上がってくるお」

「……何故だ?」

「あ、その……地図は正確で詳しい方が高値が付くんです」


それはそうだろうが、他に書き込んでいない区画など、

……まさか。


「つまり!残りの穴にも落ちておくんだお!」

「なん、だと……」


こうなってはやる他あるまい。

幸いアルカナ君がロープを何本か持っているようだし、柱に括り付けてゆっくり降りていくとしよう。

そう言う訳で三つ目の落とし穴にロープを腰に巻いて降りていく。

……足元に罠が無い事にいぶかしんだ私を数十本の矢が襲った。


「……血が……」

「弓兵が一杯うろついていたのら!書き書きするお!」

「鎧が弓矢で針鼠……あの、傷薬塗りますね?」


続いて四つ目に降りようとして、


「うおおおおおおおおおっ!?」

「ロープごと流されたお!」

「折角ロープで降りていたのに!地下水脈の急流に脚を取られるなんて!」


私は溺れた。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「いつもすみません……」

「ごくろーさまなのら。一応、これで地下二階と三階の地図は埋まったんだお。先に進むお!」


……。


そんな苦労に苦労を重ねようやく辿り着いた地下四階。

……そこは、幾つもの立派な棺の並ぶ広大な空間だった。

奥には一際豪華な棺が静かに鎮座し、

更にその奥に地下5階へ続くと思われる巨大な鋼鉄の扉が存在している。

どうやらここは墓所のようだ。


「罠は無し……敵も無し、か。まあ、この棺にアンデッドでも入っていなければだがな」

「当然入ってるお」

「開けてみましょうか?」


今回に限りあっさりと言うものだ。

アンデッドが入っている棺を何故そうも簡単に開けようなどと言えるのか。


「おじちゃん、元気かお?」

「ヲヲヲヲヲヲヲ……」

「お元気そうで何よりです。起こしてしまって申し訳ありません。忠勇なるミーラの兵よ」


しかし、アルカナ君が軽くノックをしただけで勝手に棺が開き、

中から全身包帯姿の枯れ果てたアンデッドがその上半身を起こす。

そして二人に対し深々とお辞儀をしたのである。


「このおじちゃんはレキ大公国時代の防衛戦で死んだ英霊だお」

「そちらの方は北の皇帝との戦いで亡くなられた方ですね」

「……それは良いが……そんな英霊がなんでアンデッドになっている?」


しかも棺の中には立派な副葬品やお菓子、花まで備えられている。

しかも花は生花でその上枯れていない。

明らかに頻繁な手入れがされているように見えるのだが。


「そりゃ当然だお。一応志願制だし」

「……死霊術の餌食に志願、か……」


眩暈が、する。

何を考えているんだこの国の人間は。


「因みに一番の使い手はもう死んでるけど、かつての神聖教団大司教だお!常識だお!」

「常識!?これが常識!?頼む、これ以上揺らがないでくれ私の常識っ!?」


そしてここの世界の聖職者はどうなっているのだ!?

本当に何を考えているのか理解しがたい!


「術も道具も使い方次第です。それを理解できないようではまだまだですね」

「……誰だ!?」


落ち着いた声が何処からか響いた。

……そして、奥に鎮座していた一際豪華な棺が静かに開いていく……。


「ようこそシーザー君。私はイムセティ……見ての通りアンデッド、のミーラ兵ですよ」

「イムセティおじさん。お元気そうで何よりです」

「死人に元気も何も無いと思うお?とりあえずイムセティのおじちゃん、やっほいだお!」

「……最近のアンデッドは喋るのか……そうなのか……」


すっくと立ち上がるその姿はやはり枯れた包帯まみれのアンデッド。

しかしその上に煌びやかな鎧を身に着け、立派な槍を手にしている。

きっと、生前はひとかどの人物だったのだろう。


「イムセティおじさんは母の弟に当たる方でして、祖父の祖国を預かって貰っています」

「死んでるけど今でも総督なんだお。今回はシーザーの為に特別に来て貰ってるお!」

「そ、それは光栄です……」

「驚かれましたか。まあ気持ちは判りますね。私としても余り人前に見せたい姿ではないですから」


その後軽く自己紹介があったが、彼は10年ほど前に無くなったクレアさん達の叔父らしい。

要するに戦死したが優秀だった事もありそのまま死なすのは惜しいと復活させられたのだとか。

普通のアンデッドとは違い知能を高く残したままなのが特徴との事だ。


「幸か不幸か、術の下準備は済んでいました。私としても姪が一人前になる所を見れるのは嬉しい」

「……はあ」


良かったですね、とも酷い話だ、とも言えず私は沈黙するしかなかった。


「おじさんが、最終試験の試験官を勤めます。それにパスすれば他の迷宮の探索権が得られるんです」

「クレアの言う通り。強い武具を探すもよし、体を鍛えるも良し……帰りたければすぐに帰れますよ」


ああ、そうか。

私の罪状は消えている。送還術の準備は整っているだろうし、帰りたければ帰れるのだ。

ただ、帰ったところで今の私ではラスボスに捻り潰されるのがオチ。

国の皆には本当に申し訳ないがもう少し待ってもらわねばならない。


どうやら強力な装備品もこの迷宮には眠っているようだ。

それらを集め訓練を積み、魔王と戦いうる状態を早く作らねばならない。

その事を胸に私は口を開く。


「私が帰る時の絶対条件として魔王ラスボスに勝利出来る力を得ている必要があります」

「……ならば私の試練を突破していただきましょう。試練は二つ」


二つの試練か。

これを乗り切る事が出来ねば話自体が始まらない。


「まずは……私と戦って貰います!」

「望む所です!」

「では、私達は後ろで見ていようねアルカナ」

「シーザー、頑張るお!」


……。


≪戦闘モード シーザーVSミーラ・イムセティ≫

勇者シーザー
生命力80%
精神力90%

ミーラ・イムセティ
生命力0%
魔力60%

特記事項
・仕事の後、強行スケジュールで移動した為イムセティのステータスが低下している。
・アリサから休みを取って見て来るよう頼まれたカルマが後ろの方でこっそり観察中。


ターン1

クレアとアルカナの声援!


「シーザーさん!頑張ってくださいね!」

「ファイトだおー?」

「ああ、頑張らせてもらう!」

「やれやれ、私は悪役ですか」


声援によりシーザーの精神力が回復した!

カルマの機嫌が少し悪化。


ターン2

イムセティの攻撃。

鋭く槍を突き出した!


「さて、まずは小手調べですよ?これで落ちるようでは話になりませんが」

「心配無用!」


シーザーは盾で槍を受け流した!

シーザーはダメージを受けない。


「今度はこちらから行きますよ、イムセティ総督!」

「むっ!話で聞いていたより攻撃が鋭いですね」


シーザーの反撃!

薙ぎ払われる剣の切っ先がイムセティを襲う。

剣がイムセティの肋骨を一本砕いた!


ターン3

イムセティの速攻!

イムセティは槍を振り下ろした。


「速い!だが……軽い!」

「受け止められましたか。ですが!」


シーザーは槍を盾で受け止めた!

イムセティの追撃!


「まさか一段で終わりなんて思ったわけではないですよね!?」

「盾が!?」


イムセティは受け止められたまま槍を回転させる。

そして、盾の下に柄をぶつけるとそのまま振り上げた!

シーザーの盾が腕ごと大きく持ち上がり、跳ね上げられる!


「腕が跳ね上げられた後、残るのは無防備な腹、ですよ!」

「ぐあっ!?」


盾を跳ね上げられ無防備になったシーザーの胴体に、容赦の無い槍の一撃が突き刺さった!

生命力に30%のダメージ!

シーザーは突き刺された槍を腕で掴んだ。

そして即座に反撃を試みる!


「はああっ!」

「ふむっ!?」


弾かれた盾での盾殴り!

イムセティは後方にローリングして回避!


「……申し訳ないが、槍に対して剣では不利なので」

「私は脆い。受けていたら大ダメージは必至、回避されてもこちらは武器を失う。いい判断です」


シーザーは手放された槍を後方に投げ捨てる。

イムセティは槍を失った!

カルマからの評価が上がった。


ターン4

イムセティはバックステップを繰り返し棺に戻ると銀の剣を手に取った!


「それでは、先の試練もありますし……いずれにせよここで決めましょう」

「望む所です」

「シーザー!気をつけるお!」

「シーザーさん。剣を抜いたからって剣で攻撃する訳じゃないですよ!」


イムセティは銀の剣を振り下ろす!

しかし、間合いは遠くシーザーには届かない。

シーザーは軽く腰を落とした!


「……はっ!」

「にゃあおおおおおおおん!」


横の壁が勢い良く崩れる!

側面から守護獣スピンクスが突っ込んできた!

シーザーは後ろに転がって辛くも攻撃を回避した。


「成る程、よい動きです。しかし回避運動を壁が崩れる前に始めていたようですが?」

「幾らなんでもあの距離で剣を振るっても私には届かない、つまり」


「つまり?」

「あれは兵の指揮を取る動きと見ました。少なくとも貴方からの攻撃ではない」


「それさえ見抜ければ、後は回避するだけと」

「最低限の備えですよ。何時でも一度跳べるようにしておけば動きの幅が広がりますし」


イムセティはシーザーの更に先へと視線を移した。

カルマが頷く。

イムセティは全力で突進した!


「……いいでしょう!ではこれを受けてご覧なさい。受けられるものなら!」

「真っ向勝負は騎士の誉れ!」


イムセティは△を描くような三段切りを放った!

シーザーは盾を捨て、両手で剣を握り締める!

……シーザーの力ずくの斬撃!

イムセティの剣は弾かれ、逆に鎧ごと袈裟懸けに切り裂かれた!


「……見事です。ですよね、陛下」

「ああ、正直この短期間にここまで伸びるとは思わなかった。こりゃ合格だろイムセティ」

「おとーやん!」

「お父さん、来てたの?お仕事は?」

「陛下?お父さん?……ということは、まさか……」


シーザーは一つ目の試練を突破した!


……。


≪勇者シーザー≫

私の目の前に王がいる。

……正確に言えばこの地は隣国からの租借地との事なので、

正確に言えばこの国の隣国の国王と言う事になる。


「それで?こいつの実力は扉の向こう側に居る連中に通じるのか?」

「はい。大丈夫でしょう……敵将にさえ会わなければ」

「それってボスには勝てないって聞こえるお」


「にゃおおおおおん……ごろごろごろごろ」

「スピンクス、元気そうね?ふふ、巨体のゴーレムの癖に甘えん坊さんなんだから」

「クレア、スピンクスはサンドール王家の守護者。真に女王たるお前にならば傅いて当然なのです」


しかし良く判らない。

この国はトレイディア、クレアさん達の国はリンカーネイトと言う筈。

なのにクレアさんの事を人はサンドールの王女と呼ぶ。

はて、いったいどうなっているのやら。


「しりたい、です?」

「ならば教えてあげるであります」


背後から声がかかる。

いつの間に後ろにいたのかアリシアさんとアリスさんがニマニマしていた。

子供に見えるが彼女達はクレアさん達の叔母に当たる。

私よりも年上の可能性もあるならば一人前のレディとして扱わねば失礼に当たるだろう。


王宮勤めで一番最初に身に付いた出来る限りの優雅な一礼。

各家のご婦人方のご機嫌を損ねないよう必死に覚えたものだが世の中何が役に立つか判らないと思う。


「これはアリシアさん、アリスさん。ご機嫌麗しゅう」

「いえいえ、どういたしまして、です」

「シーザーは真面目でありますねぇ。とりあえず、細かい所はごにょごにょ……」


……聞かないほうが良かったかも知れない。

本国は公国級なのに王国級の支配地域を幾つも持っている連合王国。

それがリンカーネイトの正体なのだ。


現在存在する構成国家はレキ大公国・ブラックウイング大公国・シバレリア大公国・モーコ大公国。

そしてサンドール王国・ルーンハイム王国(旧マナリア王国)の六カ国。

更に、次期国王であるグスタフ王子と、トレイディアのガーベラ王女との婚約により、

数年後にはこのトレイディア王国もその版図に加わる事になっているのだという。

しかもそれでこの大陸が一つに纏まるとの事。


……もしかしたらいずれアラヘンのように世界が一つに、

などと思ったが、それについては否定された。


「うちのやりかた、こくみんにあまい、です。ちいさなくにのうちは、よかったです、が」

「今のままだと次の世代辺りから増えてくる増長した連中に、国ごと食い潰されるであります」


何故それが判っていて変えられないのだろうか。

いや、一度上げた生活水準をそう容易く落とせはしないか。


昔……アラヘンに手漕ぎポンプの井戸が無かった頃、水汲みは重労働だった。

城で使う水を、井戸に桶を下ろし持ち上げる労働を幾度と無く続けるだけで用意せねばならないのだ。

私が子供だった当時、その仕事は嫌われ者や立場の弱いものの仕事だった。

立場の強い使用人はそれよりは楽な仕事に従事していたのを覚えている。


……水が楽に汲めるようになった途端それは一変し、今度は立場の強い使用人が水を汲むようになった。

そしてポンプが壊れた時、

直るまでの間また立場の弱い使用人が桶を井戸に下ろすことになったのだが、

その時彼らはこういったのだ。


"早くポンプが直らないかねぇ"と。


ポンプが直れば結局別な仕事に回されるだけだ。

彼らに益は無い。

元よりは楽な仕事では?と言う意見もあるが、

なれない仕事は却って大変そうに私には見えていたのだ。


だが、彼らに言わせればもっと楽に出来るのにこんな苦労をするのは馬鹿らしい、との事だった。

……長年勤しんで来た仕事だと言うのに。


「何時か、ご飯を貰えるのが当たり前だと思う連中が出てくるであります」

「そして、もっともっと、いろんなもの、ほしがるです」


「そのときは、くになんか、すてちまえって、にいちゃ、いうです」

「大切なのは家族の幸せ。こっちを敵対視する国民なんてもう家族じゃないでありますからね」


しかし、だからと言って国ごと捨てようという彼女達の言い分は良く理解できないが。


「いまさら、しょくりょうはいきゅう、やめられない、です……はんぱつ、すごくなる、です」

「今は嗜好品の為に働くから一応バランスが取れてる。でも何時かそれもただで欲しがるであります」

「……あなた方は人を信じているのですね。人の悪意を」


だから何の気負いも無くそんな事をいえる彼女達に私は空寒い物を感じたのである。

国民は国と共にあるものだ。例え王が王足りえずとも臣たれ。

私は子供の頃からそう教えられてきたのだから。


……。


「……では、陛下ご自身が出られるのですか?」

「不服かイムセティ?」


「いえ。陛下がお出でとあれば何の心配もありません。ご武運を」

「よし!では試練の第二部は俺が引き継ぐ。シーザー・バーゲスト!」

「は?……はっ!」


はっとした。

国王陛下が私を呼んでいる。


「ちょっと、はなしこみすぎた、です」

「長い説明ゴメンであります」

「いえ、大変ためになりました。有難う御座います。それでは!」


小さなレディ達にまた一礼をすると私はリンカーネイト王の元に向かう。

……武人肌の王のようだ。黒と金の鎧をまるで普段着のように着こなしている。

さて、次の試練とは一体?


「さて。俺がリンカーネイト王カール・M・ニーチャだ。カルマで良い」

「はっ!陛下。ご尊顔を拝する栄誉に預かり光栄至極」


「……ではシーザー。お前にはこの先に何が見える?」

「はっ!扉ですね。それもかなり大きく頑丈な」


地下4階の最奥部にはその先へと続く階段を塞ぐかのように巨大な鋼鉄の扉が……、

……今、振動しなかったか!?


「気付いたな?」

「は、はい……揺れております国王陛下」


やはり、揺れているのだ。

しかし何故!?


「……この先に身の程知らずにもここに攻め込んできた馬鹿の軍勢が居る」

「まさか!魔王ラスボス!?」


リンカーネイト王がゆっくりと頷いた。

……奴等、もう来ていたのか!


「陛下!奴等は私を追ってここまで来たものと思われます!私は奴等と戦わねば!」

「馬鹿言うなお!扉を開けたらなだれ込んでくるお!」


無茶は承知だが、私がやらずして誰がやる!?

元々私が呼び込んだ災厄なのだ。せめて数秒の時間があれば表には出られる。

元よりその後は扉を閉めてもらっても構わない……!


「……シーザー。ラスボスの軍勢を突破し敵将に到達せよ。これが第二の試練だ!」

「おとーやんが無茶苦茶言ってるお!?まあ何時もの事なのらけど……」

「お父さん!シーザーさんに死ねって言うの!?」


クレアさん達が抗議の声を上げるが、

どちらにせよ、私は駄目と言われても突っ込んでいく気だった。

それが試練だと言うのなら丁度良い。


「行きます。行かせて下さい国王陛下!」

「そんな!?」


「クレアは心配するな。俺が引率するから」

「本当に心配なくなったお!」

「なんだ。それなら問題ないね。シーザーさん、父に付いて行けば大丈夫ですよ」

「え……と。それは国王陛下直属の軍勢が共に来て頂けると言う事ですか?」


それならば確かに心強いが、それでは試練にならないような気も。

いや、侵略軍が迫っているのだ。

細かい事など言っている場合ではないのか?


「いや?付いて行くのは俺一人だが」

「むしろ陛下の突撃についていける兵はそう多くないですからね」

「……あの、国王が敵軍に単騎突入すると言っているように聞こえるのですが?」


正気か!?いや、本気なのか!?

確かに今も扉からかんぬきが抜かれようとしているし、

クレアさん達も後ろの方へ下がっていった。

更に兵達が半円の陣を組んで敵の突破を押さえようとしているのはわかる。

だが、王自身が敵陣へ突入。だけでも理解しかねるのに、

しかも単騎で……など、無謀以外の何物でもない!


「死ぬ気ですか貴方は!?」

「むしろ殺る気が満ち満ちているが何か?」


しかも周囲が"またか"とでも言いたげなほどに慣れているのが恐ろしい。

彼らは自国の王が戦死されたらとか考えないのか!?


「ふう、意外と扉が早く破られそうだな。こりゃ俺が出張ってきて正解だ」

「アリサ様の見立てが間違っていなかった、と言う事でしょう。さすが我が国の黒幕様ですね」


「違いない……アリサの奴、後で小突いておくか。せめて俺には正確な情報を寄越せと小一時間……」

「あり姉やんだったら、全部知ったら面白くないとか言い出すお。無駄な事は止めるお、おとーやん」

「あの!?本気で王が単騎突入する気ですか!?後詰の兵は!?」

「シーザーさん?父なら何の心配も要りません。むしろ貴方が付いて行けるかが心配なくらいですよ」

「まあ、心配は無用です……陛下!ご武運を!」


そして本当に巨大な鋼鉄の扉が開かれていく。

迷宮の上層より兵士が駆けつけてきたが、彼らは本当に迎撃に専念する気のようだった。

……信じたくは無いが、これは本気だ。

私はリンカーネイト王と共にたった二人で敵陣に攻め入らねばならないのだ。


「シーザー、とりあえず俺は軽く流していく。遅れるなよ」

「……魔王ラスボスは軍勢も強力無比。決して侮られませんように」


私の言葉に国王は笑う。


「ああ。知ってるよ……確かに一般兵には相手にさせられないな。確かに強力な兵が多い」

「一般兵には、ですか?・・・・・・くっ、敵がなだれ込んできたか!」


私がその言葉の意味を本当の意味で知るのは、

そのすぐ後の事であった。

そして私は思い知る事になる。

不条理とは本当に何処までも不条理であると言う事を。

そして、何故彼の王が魔王の軍勢の強さを知っているのかと言う事を……。



『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』



開きかけていた扉が外側に吹き飛ぶ。

まるで時が止まったかのような一瞬の停滞。

火の玉のような何かが下階へと飛んで行き、そして消えていく。

そして肌に痺れが走った瞬間、

……視界全てが白く染まった。


……。


「い、一体何が……!?」

「……!……!?」


気が付くと迷宮の床に仰向けに倒れていた。

イムセティ総督が私の肩を強く揺さぶっている。

何か叫んでいるようだが、何も聞こえない。

……ああ、耳をやられているのか。


「……すか?……いじょうぶですか!?」

「大丈夫、です……」


頭を振って起き上がると鋼鉄製の巨大な扉がひしゃげて転がっていた。

国王陛下は既に先に進んだのだと言う。

総督に肩を貸してもらい先に進んで、

壊れた扉の先、焼け焦げた階段を降りていくと……私は圧倒された。


「これは……」

「地下5階は異世界からの侵攻に対する防衛ラインなのですよ」


生気を失った両腕を大きく広げ、イムセティ総督が少し自慢げに言う。

そこは、まさに巨大地下空洞と呼ぶに相応しい空間だった。

これといった罠は無い。代わりに天井に小さな穴が空いていて、そこから矢が降り注いでいる。


「第一王女様のお力により異界よりの侵入者はこの迷宮奥地にしか転移出来ないようになっています」

「それなら完全にシャットアウトした方が有効なのでは?」


「完全に入れないのなら敵対者は結界破りをしますよ。穴があったほうが御し易いのです」


そう言って総督は迫ってきたワーウルフに槍を突き立てる。

そう言うものなのだろうかと思いつつ、私も剣を振るった。

次々と攻め寄せる敵を切り伏せつつ少しづつ先に進もうとしていると、

突然前方に巨大な火の海が出現し、魔王軍の流入が止まった。


「陛下の"火球"(ファイアーボール)でしょう。さて、これなら先に進めますね。武運を祈ります」

「有難う御座います……奴等は私が呼び込んだようなもの。この世界の方々には本当に……これは?」


総督に礼を言い、先に進もうとした私に差し出される小瓶。


「傷薬です。姪を助けて頂いたせめてもの礼ですよ……今日でなくとも何時かきっと必要になるから」

「宜しいのですか?」


「ええ。クレアは我がサンドールの希望。アルカナ様は第一王妃殿下の愛娘ですからね」

「感謝します!」


それを受け取り、私は走り出す。

これは魔王ラスボスとの戦いであり、同時に私に対する試練でもある。

本来試験官であるイムセティ総督がここまで着いて来て、

更に薬まで用意してくれたのは本来良く無い事のように思う。


「では、私はここまで……さあ、行きなさい。私は後続が来るまで地下四階を守らねば」

「お世話になりました!」


それでもここまでしてくれたのだ。

その心意気に応えずして何が勇者か!


……。


所々に焦げ跡の残る地下迷宮を行く。

目印は視線の先で時折上がる炎。

時折ワーウルフや更に強力な亜人種であるワータイガーが襲い掛かってくるが、

敵が傷ついている事もあってか何の問題も無く先に進める。

特にワータイガーは本来一対一でようやく倒せるレベルの相手のはずが、

かなり弱っているのか4~5回の斬り合いで討ち果たせていた。


「お。追いついたか?」

「国王陛下……」


そしてリンカーネイト王に追いついた所で私が見たもの。

それは。


「お前……お前は一体何者なんだよぉ!?」

「カルマだ。覚えておけ」


大地にのたうつ巨大な……ヒル。

体の太さだけで私の倍もある文字通りの巨大な軟体生物だった。


「俺は魔王ラスボス様に仕える四天王ヒルジャイアント!」

「第何席だよ。言ってみろ巨大ナメクジ」


「……四天王だ」

「つまり第四席か。四天王では下っ端なんだな?そうなんだな?」


「うがああああああああっ!うるせえええええええっ!」

「そら、デコピン」


「ウギャアアアアアアアアッ!?」

「そういや10年前、上司見捨てて泣きながら逃げてなかったかお前……」


あの巨体がひしゃげて吹っ飛んだ!?

一体国王陛下は何をしたんだ?

飛び掛られたところに軽く腕を伸ばしたように見えたが。


「くそっ、何もんだお前!このヒルジャイアントが手も足も出ないとは!……元々無いが」

「なんと言うかご愁傷様だな。とりあえず、飛んでけ」


そして無造作にそのぬめぬめとした体を親指と人差し指で掴むと、

まるで小石を放り投げるように吹き飛ばした!

飛ぶ、飛ぶ、落ちる、轟音と共に転がる。

そして多分仰向けで痙攣し……暫くしてからようやく起き上がった。

まるで相手になっていない!


「さて、シーザー。コイツがここの指揮官のようだ」

「は、はい。そのようですが」


……もう、私の出る幕など無いのではないだろうか。

どう見ても国王陛下は余裕そのもの。

今もワータイガー三体の攻撃を平然と受け続けている。

まるで、居ても居なくても変わらないとでも言うかのように。


「しかし、流石にうざったいな……それ、パチンとな」

「指を鳴らしただけで吹き飛んだっ!?」


そしてまるで馬が尻尾でハエを払うかのように面倒そうな動作で指をパチリと鳴らすと、

次の瞬間、私のところまで届く激しい衝撃。

鎧がグワングワンと音を立て、全身には張り倒されたような痛みを覚える。

衝撃に弾き飛ばされた兜を急いで拾い上げると、

気付けば至近距離に居たワータイガー達は全員死ぬか泡を吹いて気を失っていた。


「この微妙なレベルの相手だと加減が難しいな」

「化けもんだ!化けもんが居る!」


巨大な軟体動物が何を言っている!?

という気もするが、正直私も同意見だ。

何者なんだろうこの方は?


「さて、シーザー……お前の出番だぞ」

「……はっ」


そうだ。驚いている所ではない。

奴等はアラヘンを滅ぼし、今この世界に攻め込んできた侵略者だ!

国王陛下の自信の理由は判った。

これだけの力があれば、

魔王ラスボスはともかくとして配下の四天王などは文字通り一人で倒せてしまうのだろう。

だというのに今まで戦闘を長引かせていたのは……。


「私に、国の皆の仇を取らせて頂けるのですか!?」

「それもあるが……実際の所、主な理由はあまり褒められたものじゃないな」

「おいお前!俺を馬鹿にしてるのか!?手を抜いていたというのか!?」


……幾らなんでもそれに気付いていなかったのか!?

腰の剣は抜いていないしあの恐るべき威力の炎の魔術も使用していない。

その上明らかに体中の筋肉が弛緩しているではないか。

いや、違うか。そんな所まで見ている余裕が無いのだ。

迫り来る死の実感……受けた事が無くばその重圧に耐え切れまい。


「私はアラヘンの勇者シーザー・バーゲスト……四天王ヒルジャイアント、勝負だ!」

「……まあいい。ならせめてこの負け犬だけでもぶっ潰させてもらうか」


「負け犬か……」

「そうだ!お前の故郷は滅んだぜ、そして……次の標的を見つけてくれた以上お前はもう、用済みだ!」

「「「「「ブッツブセーーーーーッ」」」」」


国王陛下が後ろに下がったのを見計らったかのようにワーウルフとワータイガーの混成部隊が現れる。


「……卑怯な!」


圧倒的強者の影に怯えて主君を見捨てて戦いもせず逃げ!

挙句に与し易い相手と見るや出てきて徒党を組む、か。


私は盾を背中に背負うと剣を両手で構え、力を貯める。

卑怯者め!

我が家に伝わる家伝の妙技を……食らえええええいっ!



「秘剣、回・転・斬りぃっ!」

「「「「グヤアアアアアアアアッ!?」」」」



全身を一回転させ、全方位を一度に切り裂く!


その剣閃が舞った後、生きて残る敵は無し。

場合によっては敵から背中を切り刻まれる危険を孕むが威力は抜群、

そして360度を一度に切り払うが故に一体多数でその真価を発揮する。

これこそ我が家に伝わる奥義、回転斬りなり!


「ふん。人狼に虎人どもが一撃か」

「次は貴様だ、ヒルジャイアント!」


血糊で濡れた剣を三回ほど振り払って血を飛ばす。

そしてヒルジャイアントに向かって切っ先を突きつけた。


「魔王様に傷を付けたと言うのも頷けるな。丁度いい、お前を倒して今回の失態の穴埋めとしよう」

「舐めないで頂きたい!」


私の剣がヒルジャイアントの体に吸い込まれる!

切り裂かれた部分より血飛沫が飛ぶ!

……が、すぐに傷口は塞がり血も止まった。


「なっ!?」

「この再生能力こそ俺が魔王軍四天王になれた理由だ……残念だったな!」


そして、ゴロリ、と言う音と共に。


「その重装備では、避けきれないよなぁ?」

「うわああああああっ!?」


迫る巨大な影。

体勢は剣を振り切ったまま。

確かに避ける事も、防御を固める事も、出来ない。


私は、黒い影とその巨体に飲み込まれ、

……押しつぶされた。


……。


それからどれくらい経っただろう。

私は迷宮で誰かに背負われている事に気付いた。


「まさかあの攻撃から生き延びてくれるとはな……嬉しい誤算だ」

「国王陛下……?」


私は国王陛下に背負われ、地下四階への道を戻っている所だった。

全身の感覚は無い。

ただ、明らかにひしゃげている鎧兜の感覚から、己の敗北を知るのみだ。


「命も危ない所だったがな。まあ紙一重って奴だ」

「……私は、負けたのですか」


悔しいとかそう言う気持ちも湧いてこない。

ただ、あれだけ無様な所を見せていた相手にすら瞬殺される自分が惨めで、悲しいだけ。


「まあ正直あいつにはまだ勝てる訳が無い。気にするな」

「そうだ。ヒルジャイアントはどうなったのですか!?」


「……逃げた」

「そんな!国王陛下なら幾らでも倒せた筈……」


まさか、私を逃がすために止めを刺しそこなったとでも言うのか!?

だとしたら、私はとんだ道化だ。


「勘違いするなよ。どちらにせよあいつはここでは逃がす予定だった」

「え?」


敵を逃がす?しかも四天王を。

あいも変わらずこの世界の人間は何を考えているのか判らない。

ただ、どちらにせよ私には判らない理由がある事だけは判った。


「一つだけいえるのは、大事な事は与し易さだって事だ……で、どうする」

「どうする、と言いますと?」


そして、国王陛下はぴたりと立ち止まると真剣な面持ちでこう言われた。


「諦めるならそれも良しだ」

「……」


「俺達の力は良く判ってくれたと思う。お前が諦めてもこの世界は問題無い事もな」

「その場合、私はどうなるのです……元の世界に送り返されても居場所などありません」


そうだ。このまま諦めるというのなら私という存在はどうなる?

ここで逃げを打ったら私はもう勇者とも騎士とも名乗れない。

勇者でもない、騎士でもない私とは一体?


「唯の人として生きればいい。市民権はやるからごく普通に生きればいいさ」

「お断りします……私は、諦めない。一度折れても最後には必ず立ち上がってみせます!」


聞くまでも無い。

そうなったら私は死ぬ。間違いなく自分で自分を許せないだろう。

生きた屍となるくらいなら、最後まで戦って前のめりに倒れたい!

……そうだ。一度や二度の敗北で諦めていられるか……!



「よし、合格だ!」



と、そう考えた時だ。

国王陛下の何処か嬉しそうな声が聞こえてきたのは。


「いいだろう。ならばこの迷宮を有効に使い、魔王ラスボスと戦えばいいさ」

「宜しいのですか?国王陛下が直接動いた方が楽に問題が片付くのは間違いないように思いますが」


それは私の本心だった。

どう考えても国王陛下だけで四天王の一人や二人は倒せそうだ。

勇将の元に弱卒無し。

魔王ラスボスといえど、彼の王に仕える騎士達なら全力で挑めば間違いなく勝てる。

私に戦わせるなど無駄の極みのような気がするのだが。


「最近小うるさい利権団体が五月蝿くてな……どっちにせよ暫くは守りを固めるしかないのさ」

「国内の意見集約ですか」


なるほど。私に許されたタイムリミットは、国王陛下が国論を統一するまでの間と言う訳か。

いいだろう、やって見せようではないか。

我が名誉のために!


「別に強権発動してもいいんだが、そうなると連中鬼の首を取ったかのように喜びやがるからな」

「何処の世界にも自分の事しか考えない連中は居るものです。ご心痛お察しします」


「まあ、いざとなったら国の方を切るから問題は無い……さて、立てるか?」

「は、はい」


そういえばまだ背中に背負われたままだった。

ゆっくりと降ろされると、国王陛下はニヤリと笑う。


「そうだ。丁度いい……お前、魔法に興味はあるか?」

「はあ。魔法ですか?」


魔法か。確かに使えるのなら使えた方がいい。

しかし、今まで剣術一本で来たのだ。

今更それに時間をかけるよりは剣を降る時間を増やした方がいいと思うのだが。


「もし興味があるなら俺が使えるようにしてやるが?お前には確実に才能があるはずだからな」

「……はあ、では一度だけ試してもらって宜しいですか?」


とは言え、折角の国王陛下の行為を無にするのもな。

とりあえず一度だけ教わってみるか。

結局私の非才により出来ませんでした、なら向こうの面子も潰さないだろう。


「よし、では『管理者ファイブレスの名の下に彼の者に魔力の使用権限を与える』っと!」

「はい。ではまずどうすればいいのですか?とりあえず今日は体がボロボロで余り無理は……」


そう思っていたのだが……。


「うん。では両手をこう組んで……とりあえず、で、こう叫べば……よし、やってみろ」

『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


組み上げた手の先から炎が飛んで行く。

勿論国王陛下のものには遠く及ばない。

だが、全くの素人であるはずの私の腕から魔法が……。


「……なんですかこれ?」

「火球(ファイアーボール)の魔法だ。まあ基本中の基本だと思ってくれればいい」


「いえ、そうでなくてなんでこんな簡単に」

「俺が認めたからな。魔力の自然回復はしないから切れたら……話は通しておくから教会に頼め」


「……いえ、ですから……いえ、なんでもありません……」

「よし。今度会う時は別な魔法を授けよう……魔法も使い方次第だからな。頑張れよ」


「は、はい」

「今後は地下一階から行ける別なフロアへも入場可能だ……この奥へは自信が付いたら潜るといい」


そう言って、呆然とする私を尻目に国王陛下は行ってしまった、


しかし何故あんな簡単に……いや、細かい事は考えるな。もっとポジティブに行こう。

即物的だが新たなる力が手に入ったのだ。

あのヒルジャイアント、あの軟体具合では炎が弱点の可能性は高い。

魔王軍に一矢報いる切り札が増えたと思えばいいのだ。

うん。理不尽だと思うべきではないな。


「魔王ラスボスーっ!母の仇なのだナーっ!」


む?

今誰か私の後ろを通り過ぎなかったか?

誰も居ないか……きっと気のせいだ。

ああ、今日は疲れているな。

もう部屋に戻ってゆっくりと休む事にしよう……。


続く



[16894] 07 小さき者の生き様
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/04/15 16:09
隔離都市物語

07

小さき者の生き様


≪勇者シーザー≫

あの魔王ラスボスの尖兵との戦いより数日。

色々散々な目にもあったが、戦うべき者が現れたことにより私の心はむしろ軽くなっていた。

……私は世界を蹂躙する魔王の軍勢と今も戦い続けている。

決して逃げた訳でもなければ諦めた訳でもない。

不謹慎極まりないが、そう言える事のなんと心強い事か。


それに私の作った地図に値が付いたとクレアさんから連絡が来て、

私は前日に銀貨の詰まった袋を受け取っていた。

それを使って市場に並ぶ迷宮探索用の便利な道具類を一揃い買い集めたが、

買い集めた高品質の品々を見ていると、何処かこの先に進む自信が湧いて来る。

……私は少しづつだが先に進んでいるのだと、この地で得たその品々が教えてくれるのだ。

そう、諦めぬ限り道は決して無くなる事は無い。


例え、リンカーネイトの国王陛下の手によって魔王ラスボスが倒される事になろうとも、

あの方達はこの世界の住人。

祖国アラヘンを救うのは私しか居ないのだから。


「とは言え、何とも遅々として進まぬ道のりである事か」

「まあ、気にしても仕方ないっす。それで多分一通りの道具は揃ったし後はそっちの腕次第っすよ」


「はっ。感謝しますレオ将軍。折角の休暇を買い物に付き合って頂いて助かりましたが……」

「気にしない事っす。そっちは自分等を祖国解放の為に利用する、そして」


「そして、貴殿等は私を魔王ラスボスと戦う尖兵として利用する、そう言う事でしたね?」

「そう言う事っす。気に病むほど一方的な関係ではないって事っすね」


先日、あの地下空洞を守備している息子さんの様子を見に来たというレオ将軍と出会った際、

話の流れで収入が入りそうな旨を話したら、こうして買い物に付き合って頂ける事となったのだ。

コンパスと言う自身の向いている方角のわかる道具や荷物を背負うのに適した背負い鞄など、

見るだけでその有用性が一目瞭然の物から、

貼り付けるだけで細かい傷を止血する事の出来る絆創膏と言う地味だが有効そうな物まで。


「これだけの素晴らしい品物の数々があれば、魔王との戦いも楽になります」

「ああ、そうっすね。ラスボスとの戦いに……いや、むしろこれは迷宮を潜る助けになる物っすよ」


世話になっている宿の"首吊り亭"まで戻ると、

地下の視察も終わったので本国にそろそろ戻らねばならないというレオ将軍に別れを告げた。


「感謝します。私も特訓を重ね、この国の騎士達のような強さを身に付けねばなりませんので」

「……もしその気と実力があるなら迷宮地下四階に詰め所があるからそこで鍛えてもらうと良いっす」


実は今も将軍旗下の精兵の内100名が迷宮地下で魔王ラスボスの軍勢を押しとどめていると言う。

あの大軍勢を僅かな兵で抑え続けるとは尋常ではない実力と胆力の持ち主に違いない。

彼らはまさしく精鋭の中の精鋭なのだろう。

私はその勇気と力を見習わねばと思う。


「……では、いずれ己の力に自信が付いたらその時はお願いします」

「了解。じゃあ話は通しておくっすよ……でも、半端な実力で行ったら命の保証は無いっすからね?」


そんな話をしながら将軍と判れた私は、買い込んだ荷物を抱えながら首吊り亭のドアを開ける。

しかし、何か雰囲気がおかしいような?

良く目を凝らすとそこには、


「アルカナを可愛がるお!可愛がるんだお!」

「何をしているんだアルカナ君……」


テーブル上の木箱に入った文字通りの"箱入り娘"が居た。

自分の入った木箱をバンバンと叩きながら、何処か憮然とした表情で"可愛がれ"を連呼している。

一体どうしたというのか?

ガルガン殿も困り果てているようだし。


「おお、シーザーか。いやアルカナがの……」

「最悪だお!お小遣いを騙し取られたんだお!珍しいカラーひよこなんて嘘っぱちだったお!」

「……一体何が……」


話を聞いてみると、綺麗な色のひよこが売っていたので大量に買って来たのは良いが、

風呂に入れたら全部色が落ちてしまったらしい。


「コタツを探してるお!見つけ次第フルボッコにしてやんお!」

「あの牢人殿か……」

「良くコテツを信じる気になったのうアルカナ……」


「だって"信じてくれ!とらすとみー!"って言ってたんだお!騙されたお!」

「……信じろと他人に自分から言う輩ほど信用ならないものも無いのだが」


しかし、子供からお金を騙し取るとは相変わらず不届きな事だ。

因みに騙されて買ったひよこが何処に居るかと言うと、

木箱にアルカナ君と一緒に数十羽ほど一緒に入っていて、

今もピヨピヨと元気に声を上げている。


「因みにこれ全部普通のひよこだったのらーっ!」

「一体幾ら突っ込んだんじゃ……」

「銀貨12枚、ってこの子は言ってます」


良く見ると店の隅でクレアさんががっくりと肩を落としている。


「どうするのアルカナ?今月のお小遣い殆ど使い切っちゃったんでしょう?」

「だぁおおおおおおおっ!可愛いし転売すれば大儲けだと思ったんだおーーっ!」

「自業自得だの」


……泣き叫ぶアルカナ君と苦笑しながら宥めるクレアさん。

そして頭を抱えるガルガン殿。

さて、私はどうすれば良いのやら。


「しかも一羽だけやたらとデカイんだおっ!」

「その大型犬のような鳥は本当にひよこなのか……」


本当に大きな鳥だ。

確かにひよこのようにも見えるが、明らかに小鳥の大きさではない。

アルカナ君なら背中に乗せて歩けるのではないだろうか?


「でかいお!まるでコケトリスだお!」

「……まるで、って言うか。ねえアルカナ?この子、コケトリスの雛じゃない?」


「こけとりす?コカトリスの間違いでは……?」

「いや、コケトリスで良いんじゃよ」


因みにコカトリスとは伝説に名高い鳥の怪物で、

石化するくちばしを持つと伝えられる。


そして聞いてみると、

コケトリスとはこの世界の魔王の手によってニワトリを元に生み出された魔物の一種であり、

名の由来であるくちばしの強力な麻痺毒と強靭な足腰、

そしてニワトリにあるまじき飛行能力を持つ馬ほどの大きさの巨大怪鳥との事だった。


……毎度の事ながら、この世界の異常さ加減には辟易とさせられる。


「とーもーかーくー!コタツを見つけたら教えて欲しいお!……ピヨちゃん。なんだお?」

「「「「ピヨピヨ!」」」」

「お腹空いてるんじゃないかな?」


「だおー……残り少ないお小遣いがえさ代に消えていくのら……トホホだお」

「世話が出来ないのなら処分するという選択肢は無いのか?」


少し非情ではあるが、現実的な提案を私がするとアルカナ君は首をブンブンと振った。


「駄目だお!アルカナの保護下にある以上アルカナには世話をする義務があるんだお!」

「うん偉い偉い。はぁ、しょうがないな……私も少し協力してあげるから。だから泣いちゃ駄目だよ?」

「何とも真っ直ぐな事だな」

「シーザー、お前も人の事は言えんわい」


ひよこの命を必死に主張するアルカナ君に、それを見て妹の頭を撫でるクレアさん。

私は微笑ましくそれを眺めていたが、それと同時に牢人殿に対する怒りも湧いてきた。

私だけならともかく、こんな子供を騙すとは大人の風上にも置けない。


「済まないがガルガン殿……この荷物を部屋まで運んでおいて頂けないか?」

「構わんが。もしやコテツを追う気か?」

「やってくれるお?流石はシーザーだお!」

「すみませんシーザーさん、何時も何時もご迷惑ばかりかけて……」


当然だ。

幾らなんでもこんな事が許されて良いはずも無かった。

誰も止めないというのなら、私が止める外無い。

買い込んだ荷物をガルガン殿に手渡すと、

私は剣を片手に街に飛び出そうとして……固まった。


「しかし。あの牢人殿は一体何処に居るのだろう?」

「……だおー……」

「それについてはわしが知っておるぞい?」

「……来たか!キャラ被りの爺様め!」


この声は……ここでの初日に出会った新竹雲斎武将(あたらしちくうんさいたけまさ)殿!

あれから中々会う機会が無かったが……。

ああ、そうか。趣味で迷宮に潜っていると言っていたな。

ならば牢人殿がよくいる所も知っていてもおかしくは無い。


「案内して頂けるのですか?」

「うむ。いいぞ……これ以上被害者を出す訳にもいかんしのう」

「そうか、じゃあ早速行ってくれ。似たような言葉遣いの人間が二人居ると何が何だか判らんからの」

「アルカナも行くお!」

「ふう、それじゃあ私も行かないといけないよね……この子を放っておく訳にも行かないし」


そんな訳で私とクレアさんにアルカナ君。

それに竹雲斎殿を加えた四人は、


「……行き先は迷宮ではないのですか?」

「そうじゃ。今あ奴がおるのは……そこじゃ!」


中心街にある広場に向かったのである。

そしてそこには、


「よお!そこのアンタ新入りだろ?良い出物を扱ってる店を知ってるんだけどよ?」

「……何やっておるのだお前は」

「だおっ!だおっ!だおっ!嘘つき発見だお!」


何時ぞやのように怪しげな店の近くをうろつき、

何も知らない人間を連れ込もうとする牢人殿の姿があった。


……。


牢人殿はこちらを見かけるとピタリと一瞬停止し、

そして数瞬ほどで精神の再構築を終え、無駄ににこやかに近づいてきた。


「よお!どうした?何か問題でもあったか?」

「あのひよこ、お風呂に入れたら普通のひよこになったお!詐欺だお!」


口火を切ったのはアルカナ君だ。

怒り心頭のようで牢人殿の目の前でぴょこぴょこと飛び上がりながら荒ぶっている。

ところが、牢人殿は全く表情を崩さずにこう言ったのだ。


「違うぜお姫様!俺はひよこは売ったが別に生まれながらに色付きだなんて言った覚えはねぇ!」

「ひどいお!"しんじてくれとらすとみー"は嘘だったのかお?」


「信じてもらえるよう頑張ったじゃねぇか……結果はどうあれ、よ」

「過程は良いから結果出せお!」

「そんなに軽い言葉だったかのう、あれ」


一見遠い目をしているように見えるが……あれは違う。

あれは内心目の前の相手を小馬鹿にしている目だ。

アラヘンの宮廷にも沢山居たのを覚えている。

ああいう場合、本人は気付かなくとも周囲には隠し切れない侮蔑の感情が滲み出ているものだ。

……醜い、な。


「ああ、判ったぜ……じゃあこれで仲直りだ」

「銅貨一枚で誤魔化されないお!」


「ところがこれは珍しい銀貨模様の銅貨なんだぜ?そうそう無い代物だ。俺のお詫びの気持ちよ」

「コタツ……アルカナはコタツの事を見損なっていたお!言われて見れば凄く珍しい気がするお!」

「嘘……うちや商都の造幣局がそんな不良硬化を見逃して世に出してしまうなんて」

「と言うかわしには騙す気満々に見えるがのう……」


ふむ。


「牢人殿。その珍しい銅貨、私にも見せて頂けるか?興味があるのだ」

「シーザーか。まあ良いぜ、穴が開くほど見てみな」


手渡された銅貨は確かに本来銀貨に施されるべき模様が印字されていた。

不良品といえばただの不良品だが、珍しい物ではあるのだろう。

物好きな好事家なら高い金を出すかもしれない。

話からすると、不良品が世に出回るのはあり得ざる大問題のようだしな。

だが、そんな代物をどうして彼が持っているのか。


……裏側を軽く指の腹で擦り……確信する。


「へへっ、どうだい珍しいだろ?なあお姫様。これで機嫌直してくれや」

「呆れた。コテツ……あなた、私達が文句を言うに来る所まで計算済みだったんですか?」

「確かに珍しいお……こんなのが世に出回ってたのが知れたら大問題なのら……なら……」

「少し待ってくれ」


持っていた自前の銅貨とその"珍しい銅貨"を激しくぶつける。


「な、何をしやがる……ああっ!?」

「嘘……メッキ!?」

「なるほどのう……まさか銀貨に胴メッキで一番安い硬化に偽装するなぞ、普通は思いつかぬからの」

「この銅貨、重さがおかしかったんでね。まあ、最初から疑ってかからねば判らないほどの差だが」


以前この手の詐欺が流行った事がある。

まだ見習い騎士だった私が逮捕したその詐欺師は、安価な銅貨に金箔を貼り付けて金貨だと謳ったのだ。

無論洒落にならない粗悪品だったが、

それでも金貨はおろか銀貨すらまともに見たことの無い郊外の寒村の者達は見事なまでに騙された。

結局、暫くして金箔が剥がれた事により全てが発覚したのだが、

捕縛する為に乗り込むと当の詐欺師は詐欺で手に入れた本当の金貨から型を取って、

今度は普通の贋金作りに手を染めていたのだから驚きである。

……ともかく、その当時の記憶が役に立った訳だ。


「畜生……騙されると思ったのによ……」

「銀貨を銅貨に見せかけたんだからまだ良いが、逆ならとっ捕まるぞい。判っておるのかコテツよ」

「いえ、これも立派な犯罪です……人の先入観に付け込んだ分、よっぽどたちが悪いですよ」

「いっそ一度牢に閉じ込められて心を入れ替えた方が牢人殿のためかも……そう言えば死刑囚か」


「……許すお!」


騙された事に全員が憤慨している……と思ったが、突然アルカナ君が予想外の声を上げた。

驚いて全員がアルカナ君のほうを向く。


「良く考えたけど、許すお!」

「ほ、本当か!?許してくれんのか!?」


「だお。ただし、騙し取ったお金は全部返せお!代わりにひよこは全部引き取ってやるお!」

「わ、判った!ほれ、お前が払った銀貨11枚だ!」


「……12枚だお」

「あ、あはははは……悪い、間違えたぜアハハハハハ!」


そうして財布から銀貨をアルカナ君に握らせた牢人殿は、

気持ちが変わる前におさらばだ、とでも言わんばかりに走り去ろうとして……、


「「「「備数合介大将(そなえかずあわせのすけひろまさ)、参上!」」」」

「げげっ!叔父貴!?」


備殿達に取り囲まれた。

……しかし、叔父?


「どういう事でしょうか?」

「ん?ああ……コテツはかつて備一族の麒麟児と言われた男だったそうじゃ」

「だと言うのに」「こ奴は」
「派遣なんて嫌だなどと抜かして」
「家を飛び出したのです」


と、なると牢人殿は備一族の方だったのか。

まあ、家業に嫌気が差して逃げ出すなど良くある話だが。


「お陰でこの歳になるまでまだ元服(成人の儀式のようなもの)もしておらんのう……」

「その通り」「40過ぎで」「幼名で名乗りを上げるの」「辛くないか?」


「五月蝿ぇええええっ!第一何でこの俺が出来ない奴に合わせにゃならんのだ!?」

「我等の中で誰よりも優秀なお前なら」「誰にだって合わせられたはず」
「備一族は人材派遣の大家」「一律なる能力の持ち主を多数用意できるのが自慢」
「周りが真似できぬ高い能力は不要」「出来る奴が居れば次からそれが当然とされる故に」
「具体的に言うとオークを倒せてはいかん」
「あくまで数合わせ」「緊急時に人が足りない時だけご用命下さい」
「それが備一族だ」


……切ない。

何だろうその生き方は。


「やっほい!お金かえって来たお!ひよこは手元に残るお!結果的に得したお♪」

「……ねえアルカナ。だとしても、今後はもう少し気をつけようね?」

「そうじゃのう。何時も何時も上手く行くわけではないぞ」


後、アルカナ君。

少しは空気を読むようにしてくれ。

そしてお願いだから義憤に燃えたのを後悔させないでくれ……。


「おいシーザー!お前もそう思うよな!?」

「……え?」


何か知らないが、突然コテツ殿が肩を掴んで来た。

しかも半分泣いている。

一体どうしたと言うのだろうか?


「自分の人生は自分で決めるもんだよな?主君とかしきたりとか糞食らえだよな?」

「いや、私は騎士なのだが?」


何かと思えば。

忠誠とは全てに優先されるべき物だろうに。


「くっそーーーーっ!聞く奴間違えたあああっ!」

「さあ、コテツよ」「帰ろう」
「そして立派な備大将になるのだ」
「今からでも決して遅くない」
「何、駄目なら死ぬだけよ」


いつの間にか集まって来ていた備殿のご一族、総勢数十名に取り囲まれる牢人殿。

涙目で壁に追い詰められているが、どう考えても逃げられそうも無い。

まあ、あれだけ馬鹿な事を続けているのだ。

そろそろ一族の恥を雪ぐと言う事になってもおかしくは無いな。


「さて、帰るとするぞ」
「コテツ、お前も数合介を名乗る時が来たのだ」
「まず髷を結うか」
「いや、まずは一族の心得を仕込む方が先でありましょう」

「嫌だっ!俺は俺として生きるんだっ!その他大勢として死んで行くのは嫌だっ!」


……とはいえ。

例え騙すつもりであったとしても。

心がズタズタだったあの時。

声をかけられて私も内心嬉しかったのは間違いない。


「仕方ない……今回だけは助けておくか」

「人が良いお」

「でも、シーザーさん?どうやって助けるのですか?他人の家の事情に余り踏み込むのは……」


それに、あのまま帰って家業を継いだところで良い結果になるとはとても思えない。

備殿には初日に良くして頂いた。

あのまま牢人殿を連れ帰っても決してお互いの為にならないだろう。

ならば。


「牢人殿……では契約は破棄と言うことで宜しいかな?」

「へ?契約……?」


「前に言ったのではなかったか。何時か一緒に迷宮に潜ろうと」

「……?……あ、ああ!そうだった!悪い叔父貴達、俺こいつの迷宮探索に付き合う事になってたわ!」


「なんと!?」「それは初耳!」
「ぬう!備一族にとって契約は命より重いもの……」
「その契約がある間は下手に手を出す訳にも行かぬか」
「一族の者に契約破棄などさせる訳には!」


今回だけは、助け舟を出してみよう。

それを生かせるかどうかは、牢人殿次第だがな?


「ほほう?これは面白い事になってきたのう」

「そんな約束してたのかお?知らなかったお。世界は不思議で満ちてるお」

「シーザーさん、優しいんですね……でも、シーザーさんに付いて行くって事は……まあいいか」


まあ、私とて共に潜る仲間が欲しかったのは事実だ。

本人の言を信じれば腕前は相当の物のようだし、一緒に探索してみるのも面白いかもしれない。

それに……あの迷宮なら牢人殿の性根を叩きなおすにも丁度良いと思う。


「では、明日にでも行った事の無い迷宮に潜ってみる事にしよう……牢人殿、道案内を頼めるか?」

「え?あ、判ったぜ…………こりゃ、運が向いてきたかも」

「では、わしも同行させていただこうかの?」


「竹雲斎殿も?それは構いませんが」

「なっ!?ご隠居……正気かよ!?」

「コテツよ、お前が本当に真面目に仕事をするか……この目で確かめさせて貰うぞい」


「「「それは良いお考えです竹雲斎様!無論我等もお供します!」」」

「あちゃーーっ……こりゃ駄目だな……ちっ、仕方ねえ。真面目にやるか」

「シーザーさんが恩人になってもまだ騙す気なの?……コテツさん本当に最低ですね」

「あのハー姉やんに喧嘩売っただけの事はあるお。頭悪過ぎるお!」


まあ、そんなこんなで私の新しい冒険が始まる事になったのだ。

多少ゴタゴタはしているがこれはもう仕方ないと割り切るべき事なのだろう。


「それで牢人殿。行き先はどうする?」

「……そうだなぁ……まあ、無難な所で"トロッコ坑道"にでも潜るか。金と力が同時に手に入るぜ」

「鉱石掘りだお?あれは良い運動になるお」

「あそこは巨大ミミズやら人食いモグラどもの巣じゃな……まあ悪くは無いのう」

「では、明日の朝に首吊り亭に集合ですね。私達は準備があるので先に帰ります。さ、アルカナ?」


行き先はトロッコ坑道。

確か迷宮の地下一階にそう言う名前の区画に向かう道があったはずだ。

さて、牢人殿は……心強い味方か大きな不安要素か。

それともその両方かもしれない。まあ、自分で決めた事だ。

やってみる他無い、か。


……。


そして、翌日。

私達はトロッコ坑道の入り口付近までやって来ていた。


「さて、今までは入り口が開かなかったが……」


私が前に立つと入り口の鉄格子が上がって行く。

どうやら本当に他の区画にも進入出来るようになったようだ。


「そら、そこにトロッコがあるだろ。これに乗って先に進むんだぜ」

「ここから先は自然洞窟なのか……」

「そうだお。トロッコでずーっと先まで進んだ所に坑道があるんだお」

「今でも鉄鉱石や銅鉱石などを産出する現役の鉱山でもあるんですよ」

「と言うか、現役の鉱山に迷宮を繋げた物だのう」


現役の鉱山?

と、なると工夫と出会う事もあるだろう。

しかし同時に巨大なミミズなどとも遭遇するとなると……、


「成る程、作業者の安全を確保する為に迷宮から私達のような者を呼び寄せているのか」

「そうです。そして、呼び寄せる為の"餌"も用意してありますよ」

「宝箱があるんだぜ、ここにはよ」


宝箱?


「ああ。金目の物が入った鍵付きの箱だ。開けられたなら勝手に持って行って良いのさ」

「それが報酬代わり、と」


しかし、それなら最初から普通に人を雇っても良いように思うが。


「宝箱は奥の方にあります。辿り着く前にはある程度成果が上がっているという寸法なんですよ」

「だお!害獣をぶっ飛ばさないと先に進めないから、手に入る頃にはお仕事は終わってるんだお!」


「まあ、そこは敵をいかに避けながら先に進むかが俺の腕の見せどころよ……楽に行こうぜ」

「いや待てい。それでは駄目ではないかコテツよ……」


竹雲斎殿の言うとおりだ。

第一私の場合訓練も兼ねているのだから避けて行くなど論外。


「避けられるなら、見つけるのは容易いだろう?」

「ああ、そりゃそうだが。まさか!?」


「そうだ。見つけ次第全て教えてくれ牢人殿……全て討ち果たして先に進む故!」

「信じられねえなあ……」

「コテツはそこでそう言う考え方するから駄目なんだと思うんだけど」

「おねーやん。そこで頑張れたらコタツじゃないお」

「お主等さり気なく酷い言い草じゃのう。まあやられた事を考えれば甘いくらいか」


笑顔を引きつらせながらトロッコに乗るよう促す牢人殿。

洞窟内は緩い坂道になっていて、止め具を外すとそれだけで先に進んでいく。


「……しかし、早くなり過ぎたりはしないのか?」

「ああ、大丈夫だ。時折平坦な所もあるからそこで速度は落ちるからよ」

「明らかに計算されてるからのう、ここは」


後ろを見ると、他のトロッコ数台で後ろを追走する備殿達。

ここに来た時の、あの怒涛の罠による大攻勢に比べれば何ともゆったりとした……。


「ん?なんだこれは」

「蝙蝠だお」

「……痛い。ねえアルカナ、これってもしかして」

「ど畜生ーーーッ!なんでこんな時に限って血吸いコウモリの大群が!?」

「困ったのう……」


……ゆったりと出来る筈も無いか!

血吸いコウモリ?

くっ、そんなもの私の剣で追い払ってやる!


「とおっ!はあっ!たあっ!」

「何やってんだ!?当たる訳無いだろうに!」

「第一数が多すぎるのう。ほれ、三匹ほど叩き落せたようじゃが、何の意味も無いじゃろ?」

「痛いお!痛いお!カジカジしちゃ駄目だお!」

「痛っ……このままじゃ!?……仕方ないよね、なら!」


コウモリの大群にたかられる中、突然クレアさんが立ち上がる。

あれではまるで的だ……何と言う自殺行為な!

私自身も立ち上がり、マントでクレアさんを庇うが余り意味は無さそうだった。

……耳を少し噛み千切られた。

僅かな出血も長く続けば致命傷だ。


確かにこのままでは何も出来ずに殺されてしまう。

そう焦りを覚えたときである。


『竜王の名において!火山の火口より来たれ!"召喚"(コール)!』

「な、何だ!?」

「おねーやんの召喚魔法だお!……何を呼んだんだお!?」


突然、コウモリ達の動きが乱れる。

そして凄まじい熱気を感じ、


「ぎゃああああああああっ!?」

「な、何だ!?赤くてドロドロした何かがシーザーの奴の頭にかかったぞ!?」

「え?きゃあああああっ!?ご、ごめんなさいシーザーさん!?」

「溶岩を召喚したお!?」


「……アルカナ?はいこれ、超回復薬であります」

「とろっこのれーる、もうすこしで、おわるです。そこでつかってあげる、です」

「久しいのう。しかし十数年前に魔王城で助けられた時からお主等全然変わっとらんのじゃな……」

「ひえええええっ!?嫌だっ、死にたくねええええええっ!」


私は、気を、失った。


……。


そして目を覚ました私の目に飛び込んできたものは……。


「ご、ご、ごめんなさいシーザーさん!当てるつもりはなかったんです!」

「いや、おねーやん……あの乱戦時に正確な場所に召喚とか……出来る訳無いお」


私を膝枕して泣いているクレアさんと、

全身歯形だらけでまだ一匹コウモリに噛み付かれたままのアルカナ君。


「まあいいじゃねえか!助かったんだしよ?」

「コテツはもう少し勇気を出して欲しかったのう」


そして自分で薬を塗る竹雲斎殿と、一人だけ無事な牢人殿の姿だった。


「どうして牢人殿は無事なんだ……」

「こ奴、一人だけトロッコの床に伏せておったからのう」

「はい、焼けた兜は直しておいたであります。じゃ」


そして突然現れ、「熱で破壊された兜を修復した」と置いて去っていくアリスさん。

……もう、これに関しては追求する事自体が間違っているのだろう。

直して貰えなくなる事の方が大きな問題だと自分に言い聞かせ、

私もあえて何も言わない事にする。


「しかし牢人殿。あそこで伏せていても何の問題解決にもならないと思うが」

「仕方ねえだろうが!俺に何が出来るって言うんだよ!?」

「お前が伏せたせいで隠れる場を失ったわしらがこのざまなのじゃが?」

「逃げ場が無かったお!」


うっ、と唸った後で牢人殿は少し慌てたように口を開く。


「ま、まあ先に進もうじゃねえか!よし、確かこの先の小部屋に良く宝箱が置いているんだが!?」

「本当だお!?じゃあ早速行くお!」

「あっ、ちょっとアルカナ!?危ないから勝手に一人で行かないの!」


何か騙されている気もするが、

あの牢人殿の事だし気にしても仕方ない事なのかも知れない。

気を取り直して先に進む事にしよう。


「本当にあったお!」

「当たり前だろうが。俺もここの箱には良くお世話になったもんだぜ」

「ふうむ。コテツよ……お前が自分の稼ぎどころを人に教えるとはのう。成長した、のか?」


進んだ……と言うほど先に進んだ訳でもないが、

少し先にあった小部屋の中に確かに宝箱はあった。

丁度アルカナ君が寝転がるとすっぽりと納まる程度の大きな箱だ。


「この中に定期的に金銭や財貨が入れられているんだぜ」

「……でも、ここって何もしなくても辿り着ける場所だよね」

「すぐそこにトロッコ乗り場が見えるお」


しかし、あからさまに怪しいな。

今までの例から言うと、楽をして得られる物は少ない。

さもなくば罠だ。


「へへへ、この箱には罠が仕掛けてあるんだ。知らない奴はそれでお陀仏って訳さ」

「おいおい。コテツよ……ならばここに始めて来た者はここで皆死んでしまうではないか」

「「「「全く持ってその通り」」」」


どうやら備殿達が追いついてきたようだ。

しかし全員コウモリにやられて酷い有様だ。

そう言えば、最初に付いて来た数より数名ほど減っている気がするが……。

あー、ここは危険な者は戻ったと考える事にしようか。

己の精神衛生のためにも。


「おい、シーザーも良く聞けよ?まあ、確かに普通ならそうなるわな?けど……これ、開けられるか?」

「ふぇ?鍵かかってるお」


……大事な話から気が逸れていたな。

もう少し真面目に話に参加せねば。


「そう言うこった。で、この箱の合鍵は洞窟のかなり奥においてあるんだが……それがここにある」

「驚いた!真面目な探索もしていたんですね」

「一度取った鍵で開く箱は何時でも開けられる……これは一度奥まで行けた者への褒美と言う訳だな」


そう言う事か。

一度奥地まで行ったのなら相当な危険も冒しているだろうし、害獣も多数討ち果たしているに違いない。

そう言う者達に対してなら入り口付近に報奨を置いておくのも意味がある。

新しく入った者達への励みにもなるだろうしな。


「しかし、それは今の私には不要の代物だな……私が奥地まで行けた時に初めて手に出来る宝だ」

「そう言えば、お金目当てじゃないんだからここで開ける意味が無いお。何で連れてきたお?」

「……あははははは!まああんまり気にすんなよ!?」

「コテツが皆が危険な時に一人して隠れてたのを誤魔化す為じゃろ?」

「「「「まったく、人としての器の小さい事よ」」」」

「そう言えばそうでしたね……すっかり誤魔化されてましたが」


「まあ、なんだ。気にすんな。それよりもよ……開けるよな?」

「勿論だお!」

「やっぱり開けられる物を開けないのは勿体無いしのう」


「じゃあ、行くぜ」

「だお?何でアルカナの襟首を……だおおおおおおおおっ!?」


ともかく、開けられるなら開けてしまえと牢人殿が箱を開け、

アルカナ君の襟首を掴んで手前に押し出した。

当然罠が発動し、箱から数十本の針……いや尖った鉄の棒が飛び出してアルカナ君を貫いていく。

……いや、待ってくれ!?


「痛いお!?痛いお!体中穴だらけだお!?血がビュービュー噴き出してるお!」

「よおし、罠は回避したぞ」

「アルカナあああああっ!?なんて事を!」

「とは言え自発的にやるかやらされるかの違いだけで盾にしてるのはお主もなんら変わりないぞ?」


と言うか、いいのか?

誰もアルカナ君を心配してる人が居ないのだが!?


「ふう、痛かったお。死ぬかと思ったお」

「ふふ。そう言う言い方が出来るなら問題ないね……コテツ?余り妹を虐めないで下さいね」

「こんだけ丈夫なら何の問題も無いだろ。マジでヤバイならカルマの奴が血相変えて来るだろうしな」

「コテツよ。その場合お主の命は保障されんぞ?」


しかし、まるで平気そうにしているし、

クレアさんも慣れた手つきで棒を抜いている所を見ると、

これはいつもの事であり、心配している私のほうが間違っているのか?と言う感覚に囚われる。

いや、そうは思うまい。

例えそうだとしても人を盾にして良い事にはなるまい。

無論、私の価値観を他人に押し付けたりも出来ないし、

クレアさんを庇う時のように本人が望んでいるのなら話は別だろうが……。


「ともかくだ!まずは獲物を確認するぜ!」

「だお!」

「泣いたカラスが、か……本当にものを考えない子なんだから」

「まあ、だからこそこんな奴とでも仲良くやれるんじゃろ。これも一種の才能じゃよ」


大きな箱にもそもそと潜り込んだアルカナ君が次々と中の物を取り出していく。

金細工の美しい水がめやビードロ(硝子)のボウル。

銀貨の入った皮袋に……。


「おいおいおいおい!今日は何でだか色々入ってるじゃねえか!」

「……何処か、おかしいのう」

「「「「そうなのですか?」」」」


めぼしい物はこれぐらいだが、箱の下のほうに入っている物が明らかにおかしい。

干し肉や干し葡萄などの保存食に火打石。

毛布が数枚に鋼鉄製のいやに丈夫そうなカンテラ……。

これは……どう言う事だ?


「明らかに金目のもんとは言い難いな。どうなってんだ?」

「さあ、な」


とにかく手に取ってみようと箱の中に手を入れる。

すると。


『ごあんない、です』

『次はサバイバルでありまーす』

「誰だ!?」


箱の中から伸びてきた腕に手を取られ、

私は、箱の中に引きずり込まれる。


「なっ!?箱の底が開いただって!?知らねえぞこんなん!」

「し、シーザーさん!?今助けます……くうっ、駄目、引きずり込まれる!」

「おねーやんの腕力じゃ無理だお!手を離さないと巻き込まれるお!?」


そして、私は……。


「下は真っ暗だぜ……ありえねえ……これじゃあもう、この箱おっかなくて開けられねえや」

「ほっほっほ、残念じゃったのう。しかし……」

「シーザー、落っこちちゃったお」

「……そんな……どうして……何か、何かおかしいよ?おかしいよ絶対!」


真っ暗な闇の中に、落ちていった。

……何か、意図的なものを感じながら。


……。


ぴちゃん、ぴちゃん。

水の滴る音がする。

……額が何か冷たい。


「……目が、覚めたか?」


誰かの声が聞こえる。

薄く開いた瞳に見えるのは、私の装備と良く似た全身鎧の光沢。


「まあ、今は休んでおけシーザー……目が覚めたらまた悪夢が始まる」


誰だろう。

この声は……随分前に死んだ父さんだろうか。


「薄ぼんやりとだけど、聞こえているよな。確か」


それとも。

魔王との戦いで死んだ兄さん?


「さて、私もそろそろ準備をするか……」

「アオーっ。敵の配置はオーケーでありますよー」

「あぶら、みず、たべもの……よし。です」


グギャリ、と空恐ろしい音がする。


「ぐうっ……があっ!?…………これで、良し」

「はい。ほうたいと、そえぎ、です」

「じゃ、頼むでありますよ」


「では、後は台本どおりに。姫様?」

「よろしく、です」

「よーし、あたし等全員撤収であります!」


しかし、眠い。


「シーザー。もう暫く寝ておけ……」

「……あ、ああ……」


寝ていても良いのだろうか。

ならば。もう暫く……。


……。


「……はっ!?夢か!?」

「残念ながら夢ではないな」


ぴちゃり、と言う音で目を覚ます。

私は兜だけを取った状態で寝かされていた。

確か、宝箱に引きずりこまれた後、闇の中を落下していたような気がするんだが……。


「随分うなされていたが、何かあったのか?」

「い、いえ……っ、そうだ。助けて頂いたのですか?私はシーザーと言います」


気が付けば、目の前に居る見知らぬ男性が額の濡れタオルを交換してくれていた。

私と同じような装備を身につけたこの人は何者だろうか?


それに、今まで会話をしていて全く違和感が無かったが、

良く考えるとこの人とはまったくの初対面。


まったく、騎士が礼を失してどうするのか。

慌てて礼と自己紹介……我ながらなんと情けない事か。


「私はアオ。リンカーネイト王国守護隊副長のアオ・リオンズフレアだ」

「リオンズフレア……レオ殿のご一族ですか」


「聖俗戦争前に生まれた息子だ。一応長男坊と言う事になる」

「そうでしたか。お父上にも大変お世話になっております」


私の自己紹介に対し、向こうも自己紹介で返してくれた。

武人肌で礼儀正しい御仁のようだな。

丁寧な略式礼で迎えられたのでこちらも深々と礼をする。

……よく見ると、アオ殿は足に添え木と包帯をしていた。

まさか。


「私もここに落ちた口だ。足を折ってしまい身動きが取れない所に君が落ちて来たと言う訳だ」

「……それは……」


「君の怪我は軽いようだ。すまないがここは協力して脱出の手段を整えるべきだと考えるが?」

「ええ、無論ですアオ殿」


そう応えるとアオ殿は少し苦虫を噛み潰したような顔をして口を開く。


「……シーザー。君は確かリンカーネイト王家の方々と面識があったな?」

「え?ああ、ありますが……」


「実は故あって普段は出自を隠している……いつもはブルーと名乗っているよ」

「でしたらそちらで呼んだほうが良さそうですね。了解しました、ブルー殿」


色々理由はあるのだろうが、命まで助けてもらってそれを追求するのは人の道に外れる。

それにこの僅かな期間だけでもレオ殿の悪い方の噂は聞き及んでいた。

……女殺しな20人の子持ち。口さがない者は彼をそう呼んでいる。

その息子だと言うのならその関係を隠しておきたいと思うのは人の常だろう。


そう思っているとアオ殿、いやブルー殿は私と同じデザインの兜を被ると、

先ほど落ちた時に一緒に落ちてきたらしい見覚えのあるカンテラに火を入れた。


「さて、ここも完全に安全とは言い難い。これからどうするか案はあるかな?」

「……それ以前に今目を覚ましたばかりで状況も良く理解出来て居ません」


周りを見回すと、少しばかり乱雑に役立ちそうな物資が集積されているのがわかった。

中には私と共に落ちてきた道具類も見受けられる。

……ふむ。そうなるとこの状況は……。


「そうですね。ブルー殿……待っていれば救援は来ると思われますが、私は出口を探そうかと思います」

「ふむ。救援が来るという根拠と、それでも道を探す意味は?」


「ひとつ。私がここに落ちる前、宝箱にこれ見よがしに物資が満載にされていた」

「つまり、シーザーは人為的に落とされたという訳か」


「恐らく。そして人為的に落とされたが故に、危なくなるまでは救援が来ないと想像しています」

「それが自力で出口を探そうと思う理由だな?」


頷くと、ブルー殿が水差しから水を木製のコップに取ってくれた。

……そう言えば喉が渇いていた。

ありがたく頂く。


見ると、岩壁の割れ目から僅かに水が滴り落ちていて、

それを水差しで受けているようだった。

足が動かない為に、助けが来るまで長期間の耐乏生活を見越しての事だろう。


「まあ、私は見ての通り、暫く歩ける状態ではないのでな。こうして先を見越して備えている」


……そうだ。

今目の前に歩けない怪我人が居るではないか。

それを見捨てて先に進んで良いものだろうか?

悩んでいると、それを察したのかブルー殿は別な会話を振ってきた。


「シーザー、ところで気付いているか?」

「何をです?」


「この滴り落ちる水が、段々とその水量を増しているという事に」

「そう言えば、夢うつつに聞いた音は水滴の音でしたが」


今は、僅かとは言え湧き水といって良い水量だ。

……水かさが増し続けている?


「恐らく、遠くない未来この辺りは水没するのではないかと思っている」

「なっ!?」


「そこでだ。すまないが私が移動できそうな場所を探して欲しい。取りあえずの拠点、と言っても良い」

「移動準備を整えるのですか?」


「ああ。このままでは長期戦用に用意した食料品が腐ってしまうしな」

「……そうですね……む?」


なんだろう。この感覚は。

違和感?いや、違うな。


「とりあえず、鉱物を運んでいた荷車がこの階の何処かにある筈だ。それと荷車で進める坂道がな」

「……何故、そんな事を知っているのです?」


まさか……。


「一つ上の階に休憩所だった部屋がある。そこならドアも分厚いし物資を逃がすには丁度良いだろう」

「まさかブルー殿、貴方は」


ブルー殿はこくりと頷いた。


「そうだ。気付いたな?私は本来君に同行し、訓練を手助けするように言われていた者だ」

「考えたのは国王陛下ですか?」


「……細かい事はいいんだ。問題は用意された水の勢いが予想より遥かに激しかった事、そして」

「あなた自身の不慮の怪我、と言う訳ですか。手の込んだ事をしてこの体たらくとは……」


何もここまでしなくても。

魔王と戦う為の試練なら幾らでも自ら受ける覚悟はあるのだが。

……もしや、私はあまり信用されていないのだろうか?


「信用云々の問題ではないな。勇者を名乗るなら想定外の事態に対応する力が必要なのだ」

「そして、その"想定外の事態"を鍛える為の準備を更に想定外の事態が襲った、と?」


私を鍛える為にここまで大掛かりな仕掛けを用意して頂いたのには感謝するが、

これでは訓練どころではない。

確かに、部屋が水没する前に上の階に脱出しなければならないだろう。


「判りました。ですが脱出の手伝いはして貰いますが宜しいですか?」

「無論だ。だが、言うまでも無いが置いていく事は無いな?勇者ならば」


無論言われるまでも無い。

何故なら私は……勇者だからだ。


「さて、右手側の迷路のような坑道の何処かに上階に進む為の鍵がある。場所は流石に知らないが」

「それを見つけ出せば良いのですね?」


「ああ。そして坑道の一番奥に荷車が居る筈だからそれを引いてここまで戻ってきて欲しい」

「上の階に続く道は知っているのですよね?」


これも何かの試練だろう。

訓練が期せずして実戦になった訳だが、訓練だと知らねば本人にとっては実戦と変わらないのだ。

私からすればどちらも本当の危機には違いない。

いずれにせよやる事は同じ。

何とかして乗り越えてみせようではないか。


「知っているさ。ともかくシーザーが戻る前に物資の移動準備はしておく。頼んだぞ」

「心得ました」


私は走り出した。

……長期戦の備えと言う言葉、そして食料を水に濡らしたく無いという事実。

これだけでも数日中に助けが来る可能性が低いのは明白だ。

となると、これからは時間との勝負になるだろう。


「シーザー!原生する野獣や隠れ住む賊どもがうろついている筈だ。気をつけるんだぞ!?」

「ええ。そちらも気をつけて!」


兜を身に着け剣を腰に下げる。

そして盾を手に取ろうとした時、その盾が私の今まで使っていた物で無い事に気付いた。

今まで使っていた物より明らかに立派な、獅子の紋章入りの盾。


「私の盾だ。助けてもらう礼の前渡し……丈夫な品だ。生かしてみせろ!」

「承知しました。ありがたく使わせて貰います」


そして私は盾を手に取ると迷路のような坑道に走っていく。

……零れ落ちる水は、更にその水量を増しているようであった……。


(おーけー、です。こそこそ)

(迫真の演技でありましたね、アオ?)

(……ところでシーザーの装備ですが、グリーブの下が中古の革靴のままなのですが)


(わかった、です。よういする、です)

(次来る時までに何か見繕っておくであります。頼むでありますよ、アオ?)

(はっ。騎士の名誉とブルー・TASの異名に恥じぬ行動を誓います)


急がねば。

……この地が水没する前に。


……。


《一方その頃 旧アラヘン王宮・魔王殿にて》

かつて、この世界を統べていたというアラヘンの王宮。

我等はここを改装し我が宮殿たる第三の魔王殿としている。

……そう、第三だ。

彼らの故郷の世界にあった第一、第二の魔王殿は既に失われた都に過ぎない。


「……故郷の状況を報告せよ。四天王主席、竜人ドラグニールよ」

「はっ、異変は広がるばかりです。昨日、古代に滅んだ筈の巨大な生物が闊歩していると報告が」


「古代生物の復活だと?……時間すらおかしくなるとは。もう何が起ころうが驚くに値せぬな」

「地震が断続的に続き、大陸が一つ沈み始めています。代わりに隆起した島々もありますが」


笑えもしない。

それに長らく海の中にあった陸地では雑草すらすぐには満足に生えない。

それはラスボス達も理解しているのか、その顔に喜色は無かった。


「……その話はもうやめましょう魔王様。気が滅入るだけです」

「うむ……では、彼の世界の侵略作戦の侵攻具合を誰か報告せい!」


魔王が声を上げるが周りの者どもは黙り込む。

つまり、進みは悪いという事だ。

愚かしい事ではある。

その沈黙がラスボスの機嫌を損ねるのは火を見るより明らかだというのに。


「ええい!誰でも良い!早く話さぬか!」

「仕方ないですな。それもこの私が……」


ドラグニールは嘆息しながら口を開く。

軍の再編成、装備の調達。やらねばならぬ事は沢山ある。

しかし魔王ラスボスに面と向かって話が出来る臣下は、今や彼以外には殆ど居なかった。

イエスマンばかりの側近衆。そんな中で魔王の傍を離れるのには抵抗があったのだ。


「ヒルジャイアントですが、またも敗北した模様です」

「……四天王も質が落ちたという事か」


10年前の被害は大きく、今の魔王軍にはまだ魔王の側近と言えるような者は育っていない。

それ故本来後方任務向きではない彼が仕切らねばならない状況に陥っていたのだが、

現状はそれすらも許さないのであった。


「そうかも知れません。ここは奴に任せましょう……これ以上の部隊を送る余裕はありません」

「ふむ、ならばそうしよう」


故に、彼らは大きな間違いを起こそうとしていた。

本人が出向いて確認しておけば、すぐに判る事だったのだが。


「ヒルジャイアントは現在占領した洞窟の奥地で傷を癒しているとの事」

「不甲斐無い事だ……まったく、かつての四天王が懐かしい」


兎も角、彼らは対処を怠った。情報を集めようともしなかったのだ。

まあ将はともかく兵数は既にかつてを凌駕していたし、普通なら何の問題も無かったろう。


だが、今戦っている相手が10年前に大敗した魔王ハインフォーティンの一党であり、

ヒルジャイアントを倒したのがロケットランチャーを筆頭とする重火器と言う恐るべき武器である事。

それを知る事が出来なかったのが彼らの不幸だろう。

無論この時点で気付いていれば、何らかの対処もあったかも知れない。


『でも、たいしょさせない、です』

『気づいた時には既に遅いでありますよ、にやにや』


『しかし、ぐんたいの、うちがわぼろぼろ、です』

『まあ、あたしらがやった、ですが。ぬすみぐい、うまー』

『そろそろ嫌がらせも次の段階に行くでありますかね?』

『じゃあ、さっそく食料庫にネズミを放すであります』


もっとも、どう転ぼうが気付かせてもらえたかどうかは定かではない。

個人的な戦闘能力だけで戦いが行われる訳ではないのだ。

小さき者には小さき者なりの戦い方があるのである。

今日も拡大する蟻の一穴が、巨大な堤を破ろうと今日も地下を蠢いている……。

続く



[16894] 08 見えざる敵
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/04/20 15:46
隔離都市物語

08

見えざる敵


≪勇者シーザー≫

薄暗い坑道を、等間隔に吊るされたカンテラが照らし出す。

……良く考えればおかしな話だ。

工夫も居ない坑道に、明かりを灯し続ける油が供給される訳も無く。


「これも、私のためだけに用意された配慮だというのか……」


ありがたい事だがそれ以上に重い。

僅かな縁があっただけの私に対して、坑道を一つ潰して訓練の場を用意して頂いている。

だと言うのにそれに報いる物を私は何一つ持っていない。

ただただ恩を重ねるだけなのだ。


手違い、不運、思惑。

様々な状況が重なったがゆえの配慮であろう事は疑う余地も無いが、

王のあの戦いを見て思う。

……こんな事をする必要は、本来この世界には無いのだと。


「恩を返そうにも、私に出来るのは戦う事だけだ」


だが、それすらも私本来の目的、魔王ラスボス打倒と祖国解放の為に必要な事に過ぎない。

あの一時の野犬の群れとの戦い……とも呼べない邂逅だけでは、

借りを返すどころか逆に恩が重なるばかり。

……今の私に出来る事と言えば、


「やはり、ブルー殿……この国の騎士殿を無事に送り返す事か」


そもそも彼自身が私の訓練の為に遣わされた人物なのだが、

この状況下だ。救い出せれば少しは借りも返せるだろう。

……そう思いたい。


……。


「そういえば巨大ミミズが出ると聞いていたが……」

「グオオオオオオオオオオオッ!」


そうとも思わねば、

この……私の身長ほどもある巨大な……、

恐ろしい声で何故か吼える……その……。



「こんな巨大ゴキブリが出るとは聞いていないのだが!?」

「「「「「グアオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」



黒い悪魔の大群と戦う勇気が、湧いて来ないのだ……!

神よ。

私を救い給え、とは言わない。

……せめて勇気を!

このまま彼の黒い悪魔に斬りかかる勇気を私に!

あんなのにじっと睨みつけられていると気が狂いそうだ……!


「うむ、頑張ってたもれ?」

「うおおおおおおおおおっ!」


必死に己を叱咤し、眼前に迫る巨大で油っぽいガサガサと動く何かに斬りかかる。

……首が飛ぶ。そして、


「ま、まだ動いているっ!?」

「シーザー、それより上だ」


「上!?」

「シギャアアアアッ!」


坑道の天井から落ちてくる。

沢山落ちてくる。

私の頭目掛けて落ちてくる。

腹を見せながら落ちてくる。

テカテカと、光っている。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「うむ。見事なローリングだな」


間一髪……間一髪で回避する。

落ちてきたそれはひっくり返って足をバタバタと動かし、

そしてクルリと回転し、ほこりを払うかのように翅を高速で動かした。

……見ているだけで吐き気がする。


「どうすればいい……どうすればこの場を切り抜けられる?」

「わらわなら火を使うな」


火?火か。

しかし腰に下げたカンテラから火種を取り出している暇は無い。

……どうすれば。


「あー、全く見ていられんわ。良いか?一度しか言わんぞ?"火球"だ……炎で敵を焼き払うのだ!」

「そうか!」


天啓の如く響いた声に従うままに、後ろにステップして両手を組み上げ、詠唱。

そして先日教わったばかりの魔法を、放つ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「「「「「「グオオオオオオオオオッ!?」」」」」」


鼻をつまみたくなる様な焦げ臭さを残したものの、

黒き悪魔どもは蜘蛛の子を散らしたように一目散に散っていく。

……ふう、どうやら一息つけそう、


「残心だ。まだ来るぞ、わらわの期待に応えてたもれ?」

「……!?」


と、考えたのが間違いだったか。

はっとして周囲を注意深く見渡すと、敵は周囲に散っただけで遠巻きにこちらを伺っている!


「ならばっ!」

「……ちょ!?待ってたもれ!」


周囲の潜めそうな場所に"火球"をばら撒く。

自分の周囲を含め周囲は炎に包まれたが、

こちらを遠巻きにしていた黒い悪魔どもは流石に逃げ去ってくれた。

これは好機!


「このまま突っ切る!」

「ふむ。まあまあだと言っておこうぞ。一時は自分を焼く気かと思ったがな」


熱にやられたのか少しばかり頭痛がするが、気合を入れ直すと一気にその場を走り去る。

時間の制限がある以上わざわざ全てを相手にする必要は無い。

……出来るだけ広い道を選んで走り続ける。


「意味はあるのか?」

「無論!」


意味は無論あった。

荷車、これが今回の鍵となる。


「荷車があるということは、当然それを運べるだけの広い通路沿いにあるはず」

「うむ、その通りだな」


しかも、あの場所まで持っていけるとしたら、

当然あの部屋に通じる通路で、一度も狭くならない場所に無ければならない。

……もしかしたら、道を広げる作業なども考えられていたのかも知れないがこの緊急時、

まずは可能性の高い方を優先する!

そして走る事暫し……。


「当たりだ!見つけたぞ!」

「ふむ。予想以上に早いな……だが」


視線の先には一台の荷車。

恐らく暫くの間放置されていたのだろう、埃が積もったそれを軽く叩いた。


「これを持っていけば良いのか」

「持っていければな」


そして荷車に手をかけ、押そうとして……止まる。

何か良く判らない不安を感じ周囲を見渡すが特に何がある訳ではない。

今一度荷車に手をかける。

……車輪が外れ軸が折れた。


「古すぎたのか?」

「埃が厚く積もるほど放置されていたのだから当然だな」


これが不安の正体か。

成る程、これほどボロボロでは使い物にならない。

私はその荷車を置いて走り出した。


「ならば、他を当たるのみ!」

「おい、急ぎ過ぎではないか!?」


こんな時にとは思うが、

軸まで壊れてしまったのでは、直すより別な物を探した方が早い。

しかし壊れた罠の荷車まであるのでは時間が幾らあっても……。

……炸裂音!?


「ギャアアアアアッ!」

「っ!?」

「ふう。巨大ミミズ、とは言っても実質は人食いミミズだ……慌てるからそうなる」


まるでこちらの緊張の糸が切れるのを待っていたかのように、

側面の壁を食い破り現れ、私の体に絡みつく巨大ミミズ。

……口にあたる器官を開けてこちらを丸呑みにしようとするその姿はミミズと言うよりまるで蛇だ。

体に力を入れても殆ど動けもしない。

くっ、このままでは……!


「体で動く場所は……片腕だけか!?」

「これは蘇生準備か?余り手間はかけないでたもれよ?」


剣を振るうも、体を締め付ける巨大ミミズにはあまり効果が無い様子だ。

火球を使えれば良いのだが、生憎片腕は腹の辺りに埋まっている。

締め付けから逃れようにもしっかりと押さえつけられていて指先がようやく動かせる程度。

そして、鎌首がもたげられ口に当たる器官が大きく広がって……、

いや、待てよ?


「その瞬間こそ、好機っっ!」

「なんだと!?」


私を頭から飲み込もうと襲い掛かってきた瞬間を狙って剣を突き出す。

狙うは開かれた口!

そんな知恵があるかは不明だがこちらを完全に封じたと思い込み無警戒に迫るその口元に、

相手の向かってくる力をも利用して剣を突き刺す!


「!?」

「自分の力で体を貫かれた気分はどうだ!?」

「あえて喉とは言わんのだな……まあ、喉など無いとは思うが」


のた打ち回る巨大ミミズ。

そのまま私を締め付けていた体を緩め、自分の空けた穴の奥へと逃げ去ろうとする。

だがそれは早計だったな。

そのまま行かせてやる訳には行かないのだ。

私の両腕を自由にした事を悔やむが良い!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「グギュアアアアアアッ!?」


狭い所ならこの炎は効くだろう!?

怒涛の勢いで狭い穴を蹂躙する火の玉。

まず凄まじい振動が起き、

そして暫くして今度は不気味なほどの静寂が広がる。


「ふむ。良くあの状況を覆したな」

「……まだだ!」


だが、私はその焼け焦げた穴の奥から原始的な殺気のようなものを感じ取った。

まだだ、まだ生きている。

生きて、こちらに反撃する機会を伺っている!

ならば!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「……!?」


焼け焦げた穴を照らし出しながら進む火の球。

それは穴の奥で息を潜める満身創痍の敵を捉え、紅蓮の炎で焼き尽くす。

断末魔の絶叫が周囲に響き渡り、今度こそ本物の静寂が周囲を包んだのである。


……私の、勝ちだ!


「はぁ、はぁ、はぁ……っ、頭痛が……」

「魔力の使いすぎだ。幾ら適正のある一族とは言え無理がたたったな。これを飲むがよい」


安堵感と共に、無理が祟ったのか頭に激痛が走る。

意識が飛びかける中、手渡されたのは一瓶の薬……いや、酒か?


「それを飲むが良い。普通の人間の場合、魔力は自然回復しないようになってしまったからな」

「回復薬?あ、ありがとう御座います……しかし、貴方は一体?」


そういえば、先ほどからこちらを追走してきたり助言をくれたりしていたが、

この声の主は一体誰なのだろう?

何処かで聞いたような気もするのだが……。


「誰でも良かろう。わらわの正体など」


しかし、それを確認する余裕は無かった。

意識が朦朧として視界が定まらない。

眠いとか眠くないとかそう言う問題ですらない。

今にも自分が霧散してしまいそうな不思議で不安な感覚が全身を覆う。


「ふむ、倒れる前に飲んでおけ。ここで寝たらそのまま目覚めん。いずれは死ぬぞ?」

「う、うぐっ……」


不審に思う余裕も無く、必死の思いでビンの栓を開けて飲み干す。

すると眠気は酷くなったが頭痛は消え、

何か峠を越したようなゆったりとした倦怠感に包まれた。


「まあ、暫く敵が来ないよう人払いはしておくぞ?さて、わらわは忙しいゆえここまでだ。頑張れよ」

「は、はい……かたじけない」


私は力尽きてドサリとその場に崩れ落ちる。

そして巨大ミミズを片付ける余裕すらないまま、

うつ伏せに倒れそのまま眠りに落ちていった。


「……まったく、クレアの為とは言えこの男も災難だな。どれ、ミミズの死体は片付けてやるか」


完全に意識が落ちる前、

私の焦点の定まらぬ瞳に写ったもの、

それは。


(……アルカナ君?)


アルカナ君を大きくしたような、

そして何処かで会った事がある気がする、一人の女性の姿であった。


「そうそう、後一つ」


何故彼女が私を助けてくれたのかは判らない。

なんと言っているのかも判らない。


「わらわの妹どもと、今後とも仲良くしてたもれよ?大事な家族なのでな」


だがただ一つ確実な事がある。

私が助かった事実。

それだけは間違いない。

その絶対的な安堵感の下、私は意識を手放したのである……。


……。


一体どれだけの時間が経ったろう。

私の眠りを妨げたのは敵の刃でも時の経過でもなく、体を這う何かの感覚。


「……虫?蟻の行列か……蟻の行列!?」


思わず体を起こすと、体の上を並んで進んでいた蟻達が一斉に逃げ出し、

そして私から少しだけ離れた場所で行列を作っていく。

何かを咥えながら蟻達は歩いているようだった。

そう、何かを咥えながらだ。


「……ならば近くに食べ物。それも長期間放置されたもので無いもの……がある可能性が高いな」


そっと壁を撫でる。

長らく放置されていたような汚れ具合。

果たして蟻達がそれだけ長い間放置されていた食料を見逃すだろうか?

私はそうは思わない。


「お前らはそんな間抜けではない。お前ら自身もそう思うだろう?」


普通なら無意味な問いかけ。

だが……少なくとも、私の故郷の蟻と言う生き物は、

人の言葉に反応してこっちを一斉に向いたりはしなかったと記憶している。

あまつさえ、こっちに向かって手を振る奴や、それを叱りつける奴まで居るのだ。

少なくとも人間の子供並の知能のある個体が存在するのは間違いない。


「だと、したらだ……」


続く行列を遡って歩く。

何故ならその先にあるはずなのだ。

物資の供給先が。

そして、これが元々私の訓練の一環だった事を考えると……、


「あった……」


その行列の始まりにそれはあった。

明らかに不自然に放置された一台の荷車。

周囲にはおあつらえ向きに、

採掘中に出来たと思われる岩がまるで障害物のように散乱している。


……あからさまな罠。

この状況でまだ訓練が続いているとは思えないがここでブルー殿の言葉を思い出した。

そして、まだ出て来て居ない敵対者の事を。


「賊が居るという話だったが……気配くらい消さないのか?」

「ちっ!」

「「「「同じ事だ、やっちまえ!」」」」


かまをかけると周囲の遮蔽物からゾロゾロと賊が現れる。

ここで思うのは、敵ながら考えが足りないと言う事。

まあ、これで全員では無く伏兵が居るという可能性もあるが、

少なくとも敵が居る事がハッキリするだけでこちらとしては対策が立て易い。


「アラヘンの騎士!シーザー、参る!」


ここ暫くの迷宮生活で身に付いた知恵……決して後ろだけは取らせない位置取りを心がけ、

敵と己自身に対し、高らかと名乗りを上げた。


「へっ!英雄気取りの騎士様か!?」

「地の底を這う俺達を舐めんじゃねえぞオラ!」

「「「久しぶりに肉が食えるぜっ!」」」


敵の数は5。

それが我先にと突き進んでくる。

大局を見る戦略も、その場を支配する為の戦術も無し。

……今までに無い、迂闊さだ!


「はああああああっ!」

「ぐあっ!?」


裂帛の気合と共に一人目を袈裟懸けに切り伏せ、


「とぁあああああっ!」

「ぐふっ!」


返す刃を振り上げてもう一人を真っ二つにする。


「「「ひいいいいいっ!?」」」

「まだやるか……?」


残る三名はその場で固まった。

ここで全員一斉に切りかかられていたら多少厄介だったが、

やはりただの賊徒。

折角の優位を生かす事も出来ず、ただ無駄に立ち呆けている。


「下がるか斬られるか、好きな方を選べ!」


切っ先を揺らすように突きつけ、最後の決断を迫る。

……従うか抗うか。

どんな結果になろうと、この連中に負ける気はしない。


だが小さな確信があった。

先ほど最初に斬った男は装備が少しばかり豪華だった。

もし、あれが頭なら既に彼らに戦意は残されていないだろうと。


「あ、や、その……スイマセンしたーっ!」

「アニキいいいい一っ!」

「もうこねぇよーーーーーーっ!」


そして、その予感どおり、賊徒達は思い思いに逃げ出していく。

……私は周囲を見回し、問題が無い事を確認すると荷車に手をかける。

積荷は小麦粉と、砂糖。

湿気の多い所に放置しておけるものではない。

やはりここに配されていた物をあの賊が見つけたのだろう。

……大半の荷物は置いて行く。

何となくあの蟻達に残しておいてやりたい気持ちになっていたし、

どちらにせよ、他に運ぶべき物も多いのだ。


「さて、荷物が濡れないうちに戻らないと……」


周囲を油断無く見回しながら荷車を押していく。

……広めの坑道を進み、坂道を下る。

途中での襲撃があったらと思うと恐ろしかったが、

幸い何に出会う事も無く、

私はあの落ちてきた広間まで戻る事に成功したのである。


……。


「戻ったようだな……その分だと多少は苦労したようだが?」

「ええ……賊に襲われたり巨大ミミズに締め付けられたり。散々でしたよ」


戻るとブルー殿は既に移動準備を終わらせていた。

荷物は比較的高台に集められ、

余った時間で作ったのであろう松葉杖を片手にこちらへ向かって来る。


「荷物を載せるぞ。水の増える勢いは早くなるばかりだ」

「……既に池と化していますね」


恐ろしい事に私達が最初に座っていた地点は既に水に浸かり、

膝丈ほどの深さの池となっていた。

……この僅かの時間でこうならば、果たして上層にあがっても助かるのかどうか。


「心配するな。ある程度の高さが稼げれば地下水脈に水を逃がせる……それまでの辛抱だ」

「地下水脈が近くに?」


「そう。浸水時に完全に水没しないよう、遥か下層の地下水脈に水を逃がす穴があるのだ」

「……けれど、その穴はもっと上層にある、ですね」


ブルー殿は折れた足を引きずり、杖に頼りながら荷車の前に立つ。


「済まないが私は荷を押せる状態ではない……せめて警戒はさせてもらうが」

「ええ。ですが戦える状態でもないでしょう?ブルー殿、敵を見つけたらすぐ後ろに」


「そうでもないさ……これがある」

「弓、ですか?」


松葉杖を脇で支えるようにして番えられた弓。

かなり不安定そうだが本当に大丈夫なのだろうか?

とは言え、そう選択肢は多くないのだが。


「浸水が知れればこの坑道内も大混乱になるだろう。それまでに拠点は確保しておきたい」

「はい」


考えてみれば、もし坂道で襲われたら荷車が落ちていかないようにせねばならない。

私も戦えるかどうかは判らないのだ。

しかもこの大荷物。

食料なども何時手に入るか判らない以上、置いて行って腐らせるのは論外だ。

もし余裕があったら後で乗せきれない事を見越して破棄した砂糖袋も回収せねばならない。

この現状でさえ誰かに見つかったら襲われる可能性は大。

迅速な行動が出来ない以上、出来る限り行動開始を早めねばならない……。


「さて、では行くか……私の後を付いてきてくれ」

「ええ、先導は任せます。ただ、無理はされないように」


こうして、私達の気の休まる暇も無い大移動が始まったのである。

背後では今も水かさが増え続けていた……。


……。


《戦闘モード 坑道内移動戦闘》

勇者シーザー
生命力70%
精神力50%

騎士ブルー
生命力30%(重症)
精神力80%

特記事項
・シーザー、荷車輸送中により行動阻害
・ブルー、片足骨折により移動力激減


ターン1

シーザー達は移動をしている……。


……。


ターン2

移動が続いている。

坂道に入った。

シーザーに状態異常、即応不可!


「意外ときついですね」

「荷車は私が死んでも放さないようにな……一度坂道を下り始めると止められない」


ブルーは警告と共に弓を構える。


「確かこの辺で……居たっ!」

「……ちいっ!」

「天井に潜んで居ただと!?」


存在を看破され、

天井に張り付いていた賊が下りて来る。


「逃さん!」

「ぐはっ!」

「手前ぇええええっ!?」


その降りて来た隙を突き、ブルーの弓が敵の一人を射抜く。

喉を射抜かれた賊はそのまま息絶えた。


……。


ターン3

敵確認!

死刑囚盗賊団
残存11人
士気80%


「けっ!中々やりやがる……だが!動けない荷物持ちに怪我人。俺達の敵じゃねぇ」

「ぐっ!ブルー殿、下がってください!ここは私が……!」

「そうか?」


ブルーは三本の矢を一度に番え、無造作に放った!


「ぐふっ!?」「ざ、ザクッ!?ざくって俺の頭に!」「ぎゃん!?」

「んな馬鹿な!?」

「ブルー・TASの異名、伊達では名乗れん……!」


杖に寄りかかりながら、しかも三本同時射ちにも関らず、

ブルーの射た矢は三人の賊の額を正確に射抜く!

……賊の士気が大幅に下がった。


……。


ターン4

賊の士気が下がり続けている……。

現在の頭らしき男が声を張り上げた!


「おいお前ら!何かを盾にして一気に攻めろ!」

「「「「お、おおおーーーーっ!」」」」


賊の一行は一度後退。坂道の上へ走っていく。


「シーザー!荷車をずり落ちないように壁に密着させろ!戦闘準備だ!」

「判りました!」


シーザーは荷車を壁に寄せ、剣と盾を装備した!

行動阻害、解除!

二人は敵が戻るのを待ち構えている。


……。


ターン5

賊の一行が戻ってきた。

戸板や椅子、壁板などを材料に作られたらしい盾を装備している!


「荷物は頂くぜっ!」

「どうせ死ぬまでここから出られない身だ……せめて好き勝手くらいしても良いじゃねえか!」


「……愚かしい事だ。それでは絶対に恩赦は出んぞ」

「出る事があるのですか?いや、私もそうか……」


賊の一行は上から数個、丸めの岩を落とした。


「くっ、ブルー殿!?」

「シーザー、右の壁に張り付け!私はこのままで良い!」


シーザーは右へ飛んで回避!

ブルーはその場で弓を構えた。


「……残念だが外れだ」

「「「「そんな馬鹿なーーーっ!?」」」」


岩はブルーの脇を通ってそのまま下へ落ちていった。

ブルーの反撃!容赦ない射撃が賊の一行を襲う!


「へぶっ!?」

「ああっ!戸板の隙間から矢が!?」

「ドンだけ運が良いんだコイツは!?」


戸板でできた盾の隙間から侵入した矢が、容赦なく賊の頭に突き刺さる!


「残り、7人」

「奴は怪我人だ!近寄って仕留めるぞ!」


「ブルー殿はやらせん!」

「「お前の相手はこっちだぜ!」」


残存する賊の内5名がブルー、2名がシーザーに向かう。

ブルーは弓を背負い、剣を抜いた!

片腕は松葉杖に取られているので、片腕のみで大上段に剣を構える。


「囲めええええっ!」

「「「「おおおっ!」」」」


「「挟み撃ちだああああっ!」」

「させるかっ!」


シーザーに左右から迫る敵。

シーザーは片方を盾で受け、もう片方を剣で切り払う!


「うぐっ!?」

「ぐっ、手前えええっ!」

「お前達など中途リアル迷宮第一階層の番人にすら劣る!」


更に返す刃で逆側の敵をも斬り捨てた!


「ブルー殿!」

「心配は無用だ。既に終わっている」


ブルーの側に向かった五人は既に討ち取られている。

……シーザー達の勝利だ!


……。


≪勇者シーザー≫

足に怪我をしたままのブルー殿に5人もの敵が向かって行った。

こちら側に迫っていた敵二人を倒した私が急いで駆けつけようとブルー殿のほうを見ると、

既に5名の敵は息絶えている。

ブルー殿自身は、敵の死体の中央に座り込んでいた。


「あの数秒間の間に一体どうやって……」

「私自身が倒したのは一人だけだ」


良く見ると、ブルー殿の剣は前方の一人に突き刺さったままだ。

そして、周囲の四人の体に刺さっていたのは……味方の武器。

ブルー殿は不適に笑って言った。


「一人目に剣を突き刺した所で残り四人が一斉に攻撃してきたのでな。そのまましゃがみ込んだのだ」

「だからってそんな見事に四人とも同士討ち!?そんな馬鹿な……」


驚愕、としか言いようが無い。

恐ろしいのはそれだけの無茶な行動をさも当然のように言ってのける事だ。

あの表情はどう考えても同士討ちを狙ったとしか思えない。

リンカーネイトの騎士とは全員が全員こんな猛者ばかりなのだろうか?


「シーザー。お前はもう少し頭を柔らかく考えた方が良い」

「と、言いますと」


「敵は私を四人で囲んだ。上手く体を動かせば攻撃半径に別な敵をおびき寄せる事も可能だとな」

「あの……確かに理論上不可能ではないですが……」


だが、事実上不可能ではないだろうか?

時間差で切りかかられる可能性もあったろうし、誰かが飛び道具でも持っていたらそれで終わりだ。

第一、普通味方の攻撃が迫っていたら避けようとするだろうし、

四人全員が味方の攻撃に当たる?

そんな都合良く全てが上手く行くわけが……。


「TASとはそう言うものだ。確率がゼロで無ければそれは100%にほぼ等しい」

「なんなのですかそれは……」


その後TASと言うものについて軽く説明してもらったが、さっぱり意味が判らなかった。

良く判らないがとにかく凄まじいものだと言う事は判ったが。

ともかく、危機を乗り越えた私達は上層の階へと向かう。

そして私達の目に飛び込んできたものは……。


「シーザー、あの金網を見てみるといい」

「……下は真っ暗ですね。暗くて何も見えない」


「そう、ここが排水溝……下は地下水脈だ」

「と、言う事は……」


「そうだ。ここまで来ればとりあえず水没する事は無い」

「……ふう……」


背後を振り返ってもまだ水は見えない。

ただ、あの増え方からすると明日にも下の階は水没するのではないかと思う。

だが、どうやら間に合ったようだ。


「そして、この少し上に休憩所が……ああ、確かここだったな」


ブルー殿が懐から取り出した鍵で部屋のドアを開ける。

とりあえず、ここが最初の目的地と言うことだろうか?


「本当なら、ここでシーザーに鍵を探す課題をやって貰う予定だったんだが……」

「そんな事を言っている場合じゃなくなりましたからね」


分厚いドアの向こうには、机と幾つかのドア。

それ以外は何も無い割りに妙に綺麗に掃除してある部屋がそこにはあった。


「さあ、荷物を運び込むか……配置は私がやる。とにかく運び込んでくれ」

「判りました」


ごそごそと持ち込んだ荷物を部屋の中に入れ、

明かりを手持ちのカンテラから部屋備え付けのランプに変える。

最後に用心の為ドアに鍵をかけて、取りあえずの安全な空間を確保した。

ようやく一息をついて椅子に座り込む。


「しかし、まさかこんな事になるとは」

「そうだな」


「そうだ。ブルー殿?ここからの脱出の手筈はどうなっています?」

「……それが、だな」


そして、ブルー殿に今一番気になっていた事を問いただしたのだが、

……何処か歯切れが良くない。


「どうかしたのですか?」

「予定の展開では、知恵をつけるためのパズルを解きながら上に登って行く筈だったのだが」


なにか、問題でもあるのだろうか。

言い辛そうにしながら、それでも決意したかのように口を開いた。


「……あの人はこんな気持ちだったのか……」

「え?」


「いや、何でもない。ところが問題が持ち上がったのだ」

「問題ですか」


「そうだ。上層をある"侵略者"に占拠されてしまったのだよ……シーザーも良く知っているはずだ」

「魔王軍四天王……ヒルジャイアント!」


私が思わず上げた声に合わせ、ブルー殿が首を縦に振る。

なんと言うことだ。

奴等の侵略は着実に進んでいるという事ではないか!


「これは、急がねばなりませんね。しかし、今の私に奴を討ち果たす事など出来るのだろうか?」

「そうだな。急がねばとんでもない事になる。時間が無い……そこでだ」


ブルー殿は私に一枚のメモを手渡してきた。


「パズルの答えだ。実際、謎解きなど魔王ラスボス打倒の役には立たないからな、問題あるまい」

「ありがたい……勝機があるかはわかりませんが最善を尽くします」


感謝の言葉を述べるとブルー殿は何か懐かしい物を見るように目を細め、

今度は首を横に振った。


「無駄死には止せ。シーザーには地上に戻り、あるものを取って来て貰いたいのだ」

「あるもの?」


「アリシア様かアリス様を探して、私の足を治す薬を貰ってきて欲しい」

「成る程。ブルー殿がまともに戦えれば心強い」


「その時現状の報告もして貰えると助かる。そこで増援を呼べればそれが最善だ」

「判りました」


立ち上がり、部屋の外に飛び出そうとする。

だが、そこに待ったの声がかかった。


「シーザーまずは休め。坂道を荷物満載の荷車で延々と押してきたんだぞ?」

「この状況下で休んでいられますか!?」


「……必勝を求められる勇者の割りに無茶な事だ。成る程、傍から見ていれば心配にもなるだろう」

「どういう意味です?」


のんびり休んでいる場合でもあるまい。

それはブルー殿も良く判っている筈ではないか?


「なあ。この世界でアラヘンを救いたいのはシーザーだけだ……判っているだろう?」

「……ええ。あなた方はどうやったってこの世界の住人。そこまで考えて欲しい等と言える訳も無い」


がしり、と肩を掴まれる。


「そうだ。ならば、お前が倒れればお前の世界はお終いだぞ?お前は負けてはいけない」

「しかし、現実は負け続けています」


そう。実際の私は敗北を重ねている。

だからこそ、気持ちだけは負けたく無いと思うのだ。


「……気持ちだけで勝てるなら汚い手を使う奴など居なくなる。いいか?最善を尽くせ」

「最善なら何時も尽くしています!その時に出来る最善を!」


「お前の最善は今の所、その時持っている力をどう使いきるかで終わっているのではないか?」

「全力を尽くす事の何処がいけないのです?」


「闘争とは戦いが始まる前に八割がた決する!準備不足で未知の土地を行くのがお前の最善なのか?」

「……!」


傷ついた体を引き摺って見知らぬ土地を行くのが最善……そんな訳は無い。

いや、しかし敵の存在を地上に知らせるのは早ければ早いほど良い筈だ。

私の個人的な事情で、この世界の危機を放り出して良い物なのか?


「……シーザー。お前の忠誠は故国の王に向いている筈、この世界の事など二の次で良いだろう?」


確かにそうなのかも知れない。

だが……。


「それでこの世界を見捨てるのも勇者としてどうかと思うのです」

「……ならば今すぐ元の世界に戻って玉砕して来い」


取り付く島も無い。

しかし考えてみれば、今の私は故国を取り戻す力を得るために現在の故国を見捨てているも同然。

そんな私にこの世界の事をどうこう言う資格等無いという事なのだろうか?


「……そんな顔をするな。いいか、私は優先順位を間違えるなと言っているだけだ」

「優先順位?」


「勇者らしくありたいと願うお前は目の前の悲劇に過剰に反応しすぎるきらいがある」

「大局を見ろと?しかし、だからと言って手の届く物を見捨てて勇者を名乗れましょうか」


ブルー殿は私の言葉に苦虫を噛み潰したような、それで居て何処か嬉しそうな顔を見せた。

……やはり兄や若い頃の父に似ている……だがこの人はこの世界の住人、父や兄の筈も無い。

そんな感想を私が持つと、彼は先ほどの戦闘で使っていた弓を取り出し私に手渡してきた。


「ならば、全てを正面から叩き潰せるだけの力を持つ事だな……これはその一助となるだろう」

「頂いて宜しいのですか?」


「ああ。我意を通したくば力を持て。力が足りないなら知恵をつけろ。私から言えるのは以上だ」

「……はい」


私は貰った弓を軽く弾く。

一応王国で弓の訓練はしていたし使えない事は無いだろう。

良く見ると矢には油が塗ってある……手段は選ぶな、と言うことだろうか?


「シーザー」

「はい。なんでしょうか」


その時、ブルー殿がまた声をかけてきた。

酷く真剣な声に思わず顔を上げる。


「今まで言ってきた事とは矛盾するがな。お前は手段を選んでいいんだ」

「え?」


「勇者シーザーよ。例え非合理だろうが何だろうが、命を賭して己の意地を貫くという選択肢もある」

「何故そんな事を?」


「さあな。ただ……お前の最大の武器は技でも力でもない。勇者の誇りでもない」

「では、何だというんですか?」


「不屈の魂、折れぬ心さ」

「折れぬ心?」


ブルー殿は笑った。

何処か自嘲気味な笑みだと思う。


「普通、お前の置かれた現状に普通の人間が陥ると自暴自棄になる物らしいぞ?」

「しかし、私は勇者なのです!」


「そう。そこだ」

「そこ……ですか?」


「お前の不屈の志は、勇者と言う肩書きに支えられている」

「そう、なのでしょうか」


ブルー殿は頷く。

そう言えば、私自身も良く"私は勇者だ"と言う物言いをしていたように思う。

もしかしたら、彼の言う様に勇者であるという事が心の支えになっていたのかも知れない。


「……だからお前は真っ直ぐ生きて良い。自分を肯定しきれなくなったら心が折れてしまうからな」

「しかし先ほどの言い分だと、それでは私は近いうちに優先順位を間違え、倒れるのでは?」


そう。彼の物言いは自分で言うように矛盾している。

私の今のあり方では先が長くないと警告しながら、

そうでなければ私は私で居られなくなるから止めておけといっている様に聞こえる。

これはどう言う事だろうか。


「どう言う事だ、って思っただろう?簡単だ。お前の生き様はお前が決めるしかないって事だ」

「……自分らしく生きてのたれ死ぬも、志を曲げて心折れるも私次第。と?」


考えてみれば当たり前だが、

そうなると私は既に詰んでいるのではないだろうか?


「そうだな。で、その場合お前はどうする?」

「……そう、ですね……やはり、勇者としての有り様は捨てられないでしょう」


そうだ。私はアラヘンの騎士にして勇者シーザー。

例え叶わぬ相手だとて戦いもせず無様に逃げ出せるものか。

しかし、それで無駄死にし故国を救う事も出来ず倒れるのが本当に正しい勇者の道なのだろうか?

そう問われると……応えに窮するのもまた事実だ。


「ならば……良いとこ取りするしかないな」

「え?」


ブルー殿は今、何と言ったのか?


「簡単だ。壁にぶつかったら打ち破れば良い。勇者らしく戦っても勝てるならば問題は無い」


簡単に言ってくれる。

それがどれだけ無茶な事かは彼も判っているのではないだろうか?

だが、勇者らしくありながら勝利する為にはそうならざるを得ないのかも知れない。


「それでだ。お前はラスボスの軍勢と出会ったら戦わざるを得ないだろう。心情的にも名誉の為にも」

「当然です」


「唯でさえ力の差がある相手にボロボロのまま向かうのは、名誉ある行いか?理に適っているか?」

「……名誉も勝利も遠ざかる選択、ですね……」


その言葉と共に私は毛布に腰を下ろしていた。

結局ブルー殿が言いたかったのは"何でも良いからまずは休め"と言う事だったのだ。

確かに休む余地があるのに自ら死地に赴いて敗北するのが勇者の行いかと言うと、違うだろう。


まだアラヘンが健在ならば後に続くものが居るのだから無意味ではないだろうが、

今の私に無駄死には許されない。


「一度眠ります……警戒をお願いして宜しいですかブルー殿」

「ああ。早く寝るんだ勇者殿」


目を閉じる。

程なくして睡魔に誘われ、私は眠りへと落ちて行った。


「頑張れよ……お前の行く手には幾多の試練が待ち構えてるのだからな」

「そう、でしょうね。ですが負けません……私は、勇者シーザーなのですから……」


だから、彼の最後の言葉が妙に意味深な事に気付きもしなかったのだ。

もっとも気づいた所でどうしようもない事ではあったのだが。


……。


翌朝、と思しき時間帯。

私が目を覚ますとブルー殿は折れた足の包帯を取り替えている所だった。


「行くのだな?」

「ええ。薬を取ってきたら共に魔王軍退治と参りましょう」


剣を腰に下げ、盾を構える。

背中に弓矢を背負って立ち上がると、一枚の紙が手渡された。


「地図だ。簡単だがお前が寝ているうちに用意しておいた……手書きだが役には立つだろう」

「助かります」


「……後、細かい事だが決して諦めるな。心が折れても無理やり繋ぎなおせ。その事を忘れなければ」

「忘れなければ?」


ブルー殿は不敵に笑う。

そしてある種の確信のような何かと共に檄を飛ばしてくる。


「何時か必ず、魔王ラスボスにその剣が届く日が来るだろう。絶対に!」

「はい!」


最後の激励に礼をもって応え、私は部屋から踏み出す。

内側から鍵がかかったのを確認し、坑道の上層へと歩き出した。


……。


ハシゴに手をかけ登り続け、時には坂道を進み続ける。

……そうして暫く進んでいると、何者かによって殺害されたばかりの賊の遺体を見つけた。


「これは……とうとう来たのか……」


少しだけ嗅ぎなれた獣の匂い。

坑道の坂道の上で、一頭のワーウルフが目を血走らせながら周囲を警戒している。

幸か不幸か先ほど見つけた賊の遺体から発せられる血の匂いのせいで、

私の存在は察知されていないようだ。


「この先に、あのヒルジャイアントが居る」


呟きながら先日の無様な負け戦の事を思い出す。

リンカーネイトの国王陛下が一緒でなかったら、間違いなく殺されていた。

……そして、残念ながらこの短期間で彼の者を超える力を得る事が出来たとはとても思えない。

今戦いを挑めば、ほぼ確実に殺されるであろう。


「だが、だからと言って逃げ出しては……私は一生逃げ回る羽目になる!」

「き、キャイイイイイン!?」


剣を抜き斬りかかろうとすると、見張りだったらしいワーウルフは明後日の方向に逃げていった。

あれではヒルジャイアントに報告も出来ないだろうに……、

まあ細かい事だ。

どちらにせよ、私は正面から突き進むのみ!


……。


「四天王ヒルジャイアント!勝負…………だ?」

「ふははははは!母の仇、弱すぎるのだナ!」

「ぎぃやあああああああっ!お前は人間だって名乗ってたよな!?化け物かよ!?」


……の、筈だったんだが。

何だこれは?


「食らえミサイル!自走砲より主砲発射!更に火炎放射器で汚物は消毒なのだナーーっ!」

「熱い!痛い!反撃の暇がねえええええええっ!魔王様!お助けーーーーーッ!」


まるでこの為にあつらえたかのような巨大な地下空洞に凄まじい爆風と轟音が轟き続け、

ヒルジャイアントのぬめぬめした巨体は無様に天と地を行き来している。


「ミニガン行くのだナ!ガトガトガトガトっ、なのだゾ!」

「畜生おおおおっ!一発一発は大した事無いが攻撃が途切れやしねえええっ!」


「それにしてもしぶといのだナ。レーザーライフルでトドメなのだゾ!」

「ぎゃああああああああああっ!お母ちゃああああああああああん!?」


「お前にも母が居るのカ。私にも居たのだナ……今日こそ敵討ちだゾ!」

「お前の母ちゃん殺したのは少なくとも俺じゃねえよっ!?」


……圧倒的じゃないか。

私の出番など元から無かった、と言うことか?

気負っていた分、落胆が酷い事になっているのだが。


「私はフリージア。シバレリアの冬将軍ジェネラルスノーの一人娘なのだナ!」

「あ、その名前は聞いたことが……いや、違う!俺じゃない!俺じゃないんだっ!」


そう言えばブルー殿の言った幾多の試練とはまさか……。

いや、幾らなんでもそれは無いだろう。

しかしどうしたものか……もうこのまま横を通って上層に上がってしまえば良いのだろうか?

だが、ここでヒルジャイアントが倒されたら私の報告は半ば以上無意味なものの様な気もするが。


「関係ないのだナ!死ねラスボス!」

「いや、待て!そこからして違うんだが!?」


とは言え、ブルー殿の救援は要請せねばならない。

全てが無意味にはならないのが救いか。


ああ、なんと言うか緊張の糸が切れてしまった。

……もういい。とにかく上にあがるか。

あの戦っている女性の目的は敵討ちのようだし邪魔をしても仕方ない……。


「今度こそトドメなのだナ!トドメのロケットラン……ああっ!弾切れなのだな!?」

「何か知らんが、好機!くたばれ、圧し掛かりからの尻尾攻撃!」

「……え?」


そう考え、戦いの邪魔をしないようにと部屋の脇を通り上層へと向かっていた私の後ろから、

何か人影のような物が吹っ飛んでいく。


「ふ、ふ、ふははははは!勝った!何か知らないが勝ったぞ!?」

「い、痛いのだナ……きゅう」


「ま、全く脅かしやがって!あの黒い鎧の男みたいな化け物がそうそう居てたまるかよ!」

「…………(気絶中)」


え?あれだけ優位に戦闘を進めていたのに……負けたのかあの少女は?

シャクトリムシのような格好でうつ伏せに倒れたまま動かないのだが。


「しかし、手強い人間だった……万一の事もあるし復活できないように食ってしまおう」


ヒルジャイアントはずるずると胴体だけの体を引き摺りながら、

気を失って倒れている若い女性の下に向かっていく。

……このままだと……。


「まあ、肉は締まってて美味そうだ。いっただっきまーす!」

「させるかーーーっ!」


彼女が食われてしまう。

そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。

思わず叫び、向こうの注意を引き付けた上で油の付いた矢を岩壁にぶつけて発火させ、弓を引く。


「お前、あの時のへっぽこ勇者!?何時の間にそんな所に!?」

「今度は私が相手だ!四天王ヒルジャイアント!」


あの時点では気付かれていなかったのだから、見知らぬ人など放って置けばよかったのだ。

ここで負けたら私だけではなくブルー殿の生死をも左右するのだから。

……だが、それは出来なかった。


しかしこれで判った。私は何処まで行ってもこうする他無いのだろう。

例え愚かしくとも、目の前の誰かを見捨てる事は出来ない。


「なんだ。今度こそ死にに来たのか?あの黒い野郎は居ないようだが」

「最初から諦める事はしない!」


火矢がヒルジャイアントに突き刺さり、小さく燃え上がって……消えた。


「熱ううっっ!?……だが、その程度か?大した被害じゃないな」

「……ふっ」


「何がおかしい!?」

「いや、今度はダメージを与えられたな、と思ってな」


思わず笑ってしまった。

前回は一瞬で回復してしまうような軽い切り傷を与えるのが精一杯だったが、

今度与えた火傷はどうやら治りが悪いらしい。


「馬鹿な奴め!また押しつぶしてやる!」

「くっ!」


突進してくる巨大な軟体を横っ飛びで辛うじて回避する。

壁にぶち当たったそれはそのまま跳ね返り、また私を狙って転がってきたが、

回避に専念すると今度もまた紙一重でかわす事が出来た。


「避けるのが精一杯か?」

「そうみたいだな」


だが、私の口元はまだ笑っている。


「それにしちゃあ、随分嬉しそうじゃないか。恐怖のあまりとうとう気が触れたか?」

「いや、嬉しいのさ。純粋にな」


そう、先日は初撃を回避する事すら出来なかった。

それに比べればなんと言う進歩か。


「私は進んでいる……一歩一歩でも先に進んでいるのだ!……それが嬉しい」

「ふん。それはいいが、そもそもお前はここで終わりだ!役を終えた役者はさっさと引っ込め!」


私はそれに答えず、無言で弓を引いた。

ここに私の雪辱戦が始まったのである。

無論、勝率は限りなくゼロに近かったのだが。


……視線の先では、先ほどの少女が未だ目を覚まさず倒れていた。

少なくとも、私は彼女が目を覚ますまで粘らねばならない。

彼女を生かして帰す事。それが今回の勝利条件だ!


続く



[16894] 09 撤退戦
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/04/20 15:52
隔離都市物語

09

撤退戦


≪勇者シーザー≫

火矢を番え、じりじりと横に歩き続ける。

目的は広間の隅で倒れている少女から敵の目と攻撃を逸らす為。

もう一撃を食らってしまっては彼女は最早助かるまい。

……ここは勇者として私が何とかしないと。


「アラヘンのシーザー、参る!」

「来いよ!最近碌な事が無くてストレス溜まっているんだ!」


久々に勇者として何一つ後ろめたい事無く、誇りをもって行動できる展開に不謹慎ながら心が躍る。

細心の注意を払いつつ彼女が敵の背後に回るまでじりじりと距離を取るように円運動を続け、

ここなら絶対に彼女に攻撃が行く事は無いという地点まで移動した時、ここぞとばかりに矢を放つ。


「熱っ!……だが大して効かないのは判ってるよな?」

「無論だ」


一本、二本、三本……。

燃え上がりながら突き刺さる矢は、その周囲を焼く事しか出来ない。

だが、現状これが最も確実な攻撃手段。

賭けに出るにはまだ早すぎた。

それにだ。


「じゃあ俺の番だ!」

「ぐっ!」


この距離ならば、あの突進を辛うじてだが回避できる。

剣で斬りつけた後では決して避けきれないが、

これならこちらのダメージを最小限にして戦う事も出来よう。

……勝てるとは思えない。

だが、今回の勝利条件はそもそもヒルジャイアント打倒ではないのだ。

優先順位を間違える訳にはいかない。

……まずは、時間を稼ぐ事。それが肝心だ。


……。


《戦闘モード 勇者シーザーVS四天王ヒルジャイアント》

勇者シーザー
生命力70%
精神力100%

ヒルジャイアント
生命力40%
延焼率50%

特記事項
・ヒルジャイアント、連戦により疲労状態!
・不適切ながら、あえてその体に火傷の及ぶ範囲を"延焼率"と呼称


ターン1

シーザーの攻撃!

火矢がヒルジャイアントに突き刺さる!


「あちちちちっ!しつこい奴だな……!」

「褒め言葉だな、それは」


ヒルジャイアントに軽微なダメージ!

炎がぬめる軟体を焼いていく……。

ヒルジャイアントの火傷が悪化!

延焼率が3%上昇した!


「押しつぶす!」

「させるかっ!」


ヒルジャイアントの反撃!

ヒルジャイアントは巨大な体を横倒しにして回転しながら迫ってくる!

シーザーは飛び退いた!


「う、くそっ……火傷のせいで傷の治りが……」

「どうやら思ったよりも火には弱いようだな」


ヒルジャイアントの自己再生!

圧倒的な再生力によりヒルジャイアントの生命力は毎ターン10%回復する。

だが、再生力は五割を超える火傷のために激減している!

延焼率低下3%が精一杯で、生命力回復は不可能!


……。


ターン2

ヒルジャイアントの速攻!

前ターンより続く回転移動により、再度の押しつぶしがシーザーを襲う!


「く、そっ!」

「避けてばかりで、勝てると思うなよ畜生!」


シーザーは回避に専念!

シーザーは攻撃を回避した!


「ひぃ、ひぃ、火傷が染みやがる……」


ヒルジャイアントの自己再生!

圧倒的な再生力によりヒルジャイアントの生命力は毎ターン10%回復する。

だが、再生力は五割を超える火傷のために激減している。

延焼率低下3%!


「だが……少しはマシになってきたぞ……!」

「くっ、継続的に焼いてやらないと回復に追いつかれるのか?」


延焼率が五割を割った事で、自己再生が再度機能し始めた!


……。


ターン3

シーザーは火矢を放つ!

ダメージ軽微、延焼率3%上昇!

ヒルジャイアントの自己再生能力が停止!


「……っ!?」

「どうやら、ネタ切れか?今度は俺の番だ!」


シーザーは火矢を使いきった。

ヒルジャイアントの突進!

シーザーは辛うじて回避した。

が……弓を取り落とした!


「っと。そう何度も焼かれちゃ敵わん」


ヒルジャイアントの追加攻撃。

弓は鈍い音と共に押しつぶされた!


「はっはっはっは!これでお前はこちらに有効な武器を失った訳だ!」

「……その隙が命取りだ!切り札を切らせて貰う!」


シーザーの再攻撃!

紅蓮の火球が敵を襲う!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「!?」


ヒルジャイアントの胴体を炎が覆う。

延焼率10%上昇の上、生命力にも中規模ダメージ!


「ぎゃああああああっ!?」

「今だ!」


……。


ターン4

ヒルジャイアントは炎に包まれのた打ち回っている!

シーザーは駆け出した!


……。


ターン5

ヒルジャイアントは地面をのたうち回り、全身を包む炎を消化しようとしている!

シーザーは走っている!

シーザーは回収を行った!


……。


ターン6

ヒルジャイアントを包む炎が消えた!

シーザーは走って行く!


……。


ターン6

ヒルジャイアントは火傷部分の修復に全力を注いでいる。

シーザーは走り去った!


「……あー?あのへっぽこ勇者は何処だ?」


ヒルジャイアントはシーザーを見失った!

ヒルジャイアントはシーザーを探している……。


……。


ターン7

ヒルジャイアントはシーザーの戦線離脱を理解した。

ヒルジャイアントは"戦闘に"勝利した!


「野郎、逃げやがったな……まあいいか。さて、あの女を食ってやる……」


ヒルジャイアントは周囲を見渡す。

……フリージアの姿は無い。


「もしかして、逃げられた?」


シーザーはフリージアを背負って戦線離脱していた!

フリージアの救出に成功。シーザーは目的を達成した!


……。


≪勇者シーザー≫

気を失ったままの少女を背負い、先ほどまで進んでいた道を下っていく。

残念ながら、上層への道が判らない上に人を背負っている以上、

上り坂を敵から逃げながら進むのは不可能と判断した故だ。


「大丈夫か!?」

「……ううーん」


残念ながら彼女はまだ目を覚まさない。

これはもう、一度ブルー殿と合流し彼女を託して行く他無いだろう。

一度見つかった以上、相手は更に警戒を強めているだろうが、

彼女を見捨てられなかったのだから最早止むなしである。


「ふん!ぬうっ、ぐううっ……」


縄で体を固定し、必死になってはしごを降りていく。

たかが人ひとり、されど人ひとり。

気絶した人間の重みが私の体力を奪って行く。

だが幸か不幸かここまでの道程で結構な数の巨大ミミズなどを討ち取っていた。

その為に戻りの道で誰かに会う事も無く順調な移動が続く。


……とは言え、この行為は地上への脱出からすると逆行だ。

それに対する落胆は隠せないが。


「弓も失ってしまった……ブルー殿にも詫びねばならん」

「ガルッ、ガルッ、ガルルルルルルルッ!」


……呟きをかき消すような唸り声。

しまった。追っ手か!?


敵はワーウルフのようだ。

鼻が効く種族だ……人を背中に背負っていては最早振り切れまい。

振り返り、剣を抜き放った。


「ガルルルルルルッ!」

「ガアアアアアッ!」

「匂いを辿られたか!」


背後から迫るワーウルフを切り裂く。

たった二頭だからよかったものの、今後も追っ手が来るのは避けられまい。

……追っ手をかく乱したい所だが、それだけの余裕は無い。

これは、拠点を突き止められるのも時間の問題だ。

あの部屋に隠れている訳にもいかなくなりそうだ。


「くっ、ブルー殿は足を痛めているというのに!」


最早一刻の猶予も無い。

急いで彼と合流し、別ルートを探さねば。

敵の総数は未知数だが、


「ガアアアアアアアッ!」

「こう頻繁に襲われる以上、敵は少数ではあるまい!」


少なくともこちらより優勢な敵相手に、

気絶した人間を背中に背負って戦えるほど私は自信家ではなかった。

……急がねば。

もし、先回りでもされてしまった日には目も当てられない。


……。


「ブルー殿!一大事です!」

「鍵なら開いている。どうした?敵の囲みを抜け切れなかったか?」


部屋のドアを乱暴に開け中に飛び込み、急いで鍵をかける。

時間稼ぎにしかならないだろうが、今は僅かでも時間が欲しい。


「それどころではありません!敵に追われています。振り切れませんでした」

「……想定内でも最悪の展開か。まあいい」


ブルー殿の足元からはぎしり、と包帯を巻く音が聞こえる。

ただ気になるのは巻くと言うよりは締めると言った方が適切なほどにきつく包帯が巻かれていた事。

……これを予測していたと言うのだろうか?

既に最低限の荷物と思われる背負い鞄も用意され、部屋の片隅に積まれている。


「敵は軍隊だ。敗北してもまだ無事ならば、後を追われるのは当然だろう」

「そうですね……実際この有様です」


背負っていた彼女は既に毛布に降ろしているが、未だ目覚める様子は無い。

彼女の事も一体どうすれば良いのか。

念入りに装備の状況を確認しているブルー殿の表情は見えない。

不安そうにしている様子が無いのは正直とても心強かったが、今後の当てはあるのだろうか?


「しかし、彼女を庇って移動するだけでも一仕事です。別な脱出ルートは無いですか?」

「庇う必要はあるが戦力外ではないぞ?フリージアの射撃術は第二王妃様直伝だ」


そう言うとブルー殿はゆらりと立ち上がり、松葉杖片手に彼女……フリージア殿の元へと向かい、

その脇に座り込むと腰の小さな鞄から一粒の丸薬を取り出した。


「気付け薬だ……済まないフリージア、だが現状は一刻を争う」

「何故気付け薬を飲ませるだけで謝る必要が?」


相変わらず良く判らない展開だ。

普通なら感謝される所だろうに何故詫びる必要があるのか。


「原材料に唐辛子などがふんだんに使用されている上、唾液で溶けると鼻の奥に刺激臭が……」

「……成る程、理解しました」


正気に戻す為には手段を選ばない薬と言う訳だ。

だが、効き目は確かなのだろう。何となくそう思う。

第一、そこまでやって効かないのなら薬の存在意義が問われるに違いない。


「……むぐ……ぎゃあああああああああっ!?く、口の中が噴火したのだゾ!?」

「フリージア。シバレリア大公ともあろう者が不覚だったな」

「大公?」


「む!ブルーではないカ。助けてくれたのだナ?危ない所だったのだゾ!」

「いや、フリージアをここまで連れてきたのはそこのシーザーだ。感謝はそちらにするといい」


ブルー殿がそう言うとフリージア殿はくるりとこちらに向き直った。

そしてぐっと頭を下げる。


「危ない所だったのだゾ。私はお前に感謝するのだナ!」

「いえ、人として当然の事かと」


「そう言えば、お前がシーザーか?ふむ、アルカナやクレアに聞いていた通りの男だナ」

「お二人とお知り合いなのですか」


「うむ。私はシバレリアの大公フリージア。あの二人とは従姉妹に当たるのだゾ」

「……大公殿下であらせられますか……」


驚いて目を見開く。そう言えばブルー殿もそんな事を言っていた。

……それにしても、大公自らが直接乗り込んでくるとは。


「部下の方はどうされたのです?はぐれたのですか?」

「ん?どう言う事なのだナ?」

「……まさか大公ともあろう者が一人で敵地に乗り込む訳が無いと思うだろうさ。普通なら」


呆れたようなブルー殿の声。

まさか、本当に一人で?


「そうなのか?私としては私怨に部下を巻き込みたくなかっただけなのだがナ」

「母君の仇討ちならば、むしろ国を挙げて行うべき事業だと思うのだが」

「何か深い事情がおありのようですね。失言をお許し下さい」


私が深々と頭を下げると、フリージア殿はそれを手で制する。

何事かと思うと、彼女はニカッとした笑いを浮かべるとこう言った。


「命の恩人に失言も何もあるものか。それとシーザー、クレア達同様私にも普通に話して構わんゾ?」

「宜しいので?」


「叔父上達もそうだが、私も堅苦しいのは苦手なのだナ……なんなら命令しても良いゾ」


「ならば自然体で話させていただく。アラヘンのシーザーだ。フリージア殿、宜しくお願いする」

「うん。宜しくされたのだナ」


フリージア殿の差し出した手を取るとブンブンと強く握手をされた。

面食らうが、そのためか何か不自然な点に気付いた。

……改めて彼女を見てみる。


「時にフリージア殿」

「なんダ?」


「……このマントを羽織ってくれ」

「何でなのダ?」

「フリージア、お前の格好だが、知らない者から見たら下着丸出しにしか見えんぞ」


そう。彼女は下半身が下着のままだった。

きっと戦闘中に破れてしまっていたのだろう。

私としたことがこんな格好に長時間気付かないとは……恥をかかせてしまったな。

幾ら緊急時だったとは言え、騎士としても紳士としても失格だ。


「む?この格好の何処がおかしいのダ?」

「水着の上に胸甲、皮手袋とブーツのみ……その格好の事を言っているのだ!」

「……まさか、その……その格好で普通?そんな馬鹿な」


余りの事態に呆然としていると、フリージア殿は胸を張って言い放つ。


「叔父上が言う所の水練着スクミズ。水に入る事をも想定した装備だゾ?」

「戦闘の事を考慮して欲しいと昔から何度も言って居たのだが」


「その為の胸部アーマーなのだナ!」

「昔から思っていたが……少なくとも冬と森の国の姫君の格好ではないぞ?」


「気にするな。私は気に入っているのだゾ、幼馴染よ」

「傍から見ていると目のやり場に困るのだよ」


……言葉が出てこない。


「見てみろ、シーザーも呆れかえっているではないか。これが普通の反応だ」

「私は気にしないゾ!褒めてくれる人も一杯居るゾ!」

「それは鼻の下を伸ばした男達以外の何者でもないような気が……」


私はどうしたら良いのだろう?


「……フリージアを矯正しようとした私が愚かだった。こうなる事は判りきって居たのだがな」

「判りきって……ですか……」


「ああ、それよりこの場から脱出する事を考えたほうがよほど有意義だ」

「そうですね、他人の趣味に無闇に口出ししても仕方ありません」


どうしようかと困り果てていると、

ブルー殿が兜を外し、髪をガシガシとかき上げて話題を転換してくれた。

正直に言えばどうして良いか判らなくなっていた為助かったと思う。


しかし、不毛な話題だったが良い事もあった。

出会ったばかりの私達だが、

この僅かな会話でまるで10年来の友人のように打ち解けたような気がするし、

精神的にも色々と解きほぐされたのも事実。

とは言え、これ以上は貴重な時間を浪費するだけだ。

あの時点での会話切り上げは見事としか言いようが無い。


……まさか、ブルー殿がそこまで計算していたとは思わないが。


「さて、では現状を確認する」


その言葉に合わせ、三人で輪になってそれぞれの状態を報告しあう。


「では、シーザーに関しては弓を失った他は万全といって良いんだな?」

「剣も盾も健在です……火球に関しては、使いすぎると気を失うので当てには出来ませんが」


私のほうはまだ大丈夫だ。

疲労はしているが、休めば何とでもなる。

それより問題なのは、


「……では、ブルーは満足に戦えないのカ?」

「ああ、足の骨が完全に折れている……実質片手でしか戦えないし、走る事も出来ない」

「済みません、弓さえ無事だったら良かったのですが」


ブルー殿の武器が剣しかなくなってしまったと言う事実だ。

弓は私が借りている時に壊してしまったし、盾は今も私が使っている。

それについては元々片腕は松葉杖に占拠されているので問題が無いと言えば無いが、

満足に体が動かない状態で遠隔攻撃手段を失ったのは痛過ぎるのではないだろうか。

更に、


「済まんが私のほうも余り期待するナ。武器の大半を失っているし残弾も残り少ないゾ」

「フリージア、残存戦力はどうなっている?」


「無事な装備は拳銃が一丁にアサルトライフルひとつ……だナ。ただし残弾は殆ど無いゾ」

「……済まないが荷物持ちを頼めるか?銃の音はこの坑道では響きすぎると言う事情もある」

「いえ、ブルー殿……荷物なら私が」


「シーザー。現状ではお前が主力を務めねばならないのだ……体力は温存してもらう」

「そうだナ……まあ仕方ない。ブルーの判断が間違っている所を見た事もないしそれが妥当なのダ」


フリージア殿も戦える状態では無い様子。

実質、満足に戦えるのは私一人になると言う事だろう。


「ライフルは借りるが良いか?……無論、お前の所には敵を出来るだけ向かわせないようにするが」

「ふむ。まあ仕方ないナ」


フリージア殿からブルー殿にアサルトライフルと言うものが手渡された。

鉛の粒を飛ばす小型の弓のような物との事だが、肝心の矢が殆ど残っていないらしい。

心許ない装備だが、それでも止むを得ないのだろう。


「……今、表が騒がしくなかったカ?」

「そろそろ嗅ぎ付けられる頃だ。鍵のかかった扉の奥に人間の匂い……完全に補足されたな」

「くっ!」


既に周囲は包囲されているようだ。

この囲みを破り、何とかまずは地上まで逃れねばならない。


……。


私は敵が少ないうちに突破しようとしたのだが、ブルー殿によってそれは止められていた。

彼の言う事には、むしろ集まってくれた方が都合が良い、と言う事らしい。

体を休めつつ、警戒だけは解かずにドアを凝視する。


「……気配が増えてきたゾ」

「そうだな。だがまだ突入までは時間があったはずだ。今の内に今後の作戦を説明する」


ブルー殿の言う事には、上に戻る事が出来ないのなら最早道は一つしかないとの事だった。

そのたった一つ残った道と言うのが……。


「私達が落ちてきた穴を逆流する」

「無茶ではないのですか?どうやってあの崖を上るつもりなので?」


「……そろそろあの広間が水没する頃だ」

「そう言う事、ですか」

「何のことだかさっぱり判らないゾ!?」


成る程、落ちてきたのは穴だが今その場所は水没しつつある。

水に満ちた穴ならば泳げば戻れるだろう、という事だ。


「水は穴の上までは届くまい……だから、水面に辿り着き次第ここで見つけたこれを使う」

「杭とハンマーなのだナ?」

「足場が出来ればハシゴと変わらないという事ですね」


しかし、それなら最初からあの場所で待っていれば水没した時にそのまま上へ……、

いや、それだと穴の中腹で立ち往生か。


「問題もある。水に潜り浮上する以上、金属製の装備は持ち出せないだろう」

「鎧は置いていくしかない、と言う事ですか」

「シーザー、剣だけは手放すんじゃないゾ。上も敵に占拠されていないとは言い切れないのダ」


しかも、失う物も多そうだ。

……だが、命には代えられん。


「敵がドアを破ったタイミングで反撃、殲滅しそのまま坑道を下る。質問はあるか?」

「特に無いゾ」

「最早選択肢はそう多くありませんしね」


私達の答えを聞いて、ブルー殿は自身有りげに頷いた。

それにしても凄まじい胆力だ。

敵に包囲されつつある現状、しかも満足に戦えないと言うのに。

一体、彼の自信は何処から来るのだろう?

そんな事をふと思う。


「……私はな、模範であらねばならんのだ」

「え?」


もしかしたら無意識に呟いてしまっていたのだろうか?

驚いて顔を上げるが既にブルー殿は明後日の方向を向き、剣の曇りをチェックしていた。

……幻聴だったのか?


「いかんな。緊張しているのかも知れん」

「ふむ。実は私もダ。装備をここまで失う事はそうそうなかったからナ」


「そう言えば、凄まじい威力の攻撃だった……あれなら魔王相手でも楽に勝てるのではないのか?」

「ははは、まさか。弾き返されて終わりダ」


お互い緊張しているのだろう。

フリージア殿と他愛も無い話をして気を紛らわせてみる。

だが、その間にも……敵の気配は更に濃くなっていった。


「そろそろだな。二人とも準備しておけ」

「はい……」

「判ったのだゾ。銃のセーフティも解除しておくのだナ」


すらり、と剣を鞘から抜く。

フリージア殿はテーブルを倒すとその後ろに陣取った。

ブルー殿はドアの脇……ドアノブ側の横に立ち、剣を振り上げた体制のまま静止している。


……ドアに衝撃が走った!


「グオオオオオオオッ!」

「側面注意、だ」


ドアが吹き飛び、一頭のワータイガーが部屋に踊りこむが、

側面に待機していたブルー殿の一撃で首を飛ばされ前のめりに転がる。


「「「バウウウウウウッ!」」」

「迂闊すぎ、だゾ!」


続いて三匹のワーウルフが飛び込んでくるが、

フリージア殿の手元から破裂音がしたかと思うと、

獣の額から血が噴出し、悲鳴と共に次々と倒れていった。


「フフン。まだまだなのだゾ?」

「まだまだなのはそっちもだフリージア!良く見ろ、まだ死んでいない奴が居る!」


「え?」

「ぐお、グアアアアアアアッ!」

「させん!」


だが、その内一匹が渾身の力を振り絞って立ち上がり再び駆け出す。

倒されたテーブルに手をかけ、その爪がフリージア殿に振り下ろされ、

……てしまう前に何とか私の剣が間に合った。


「が、ううううう……ぅぅ」

「び、ビックリしたのダ」

「大丈夫ですか?」


背中から斬られ、断末魔の声と共に倒れるワーウルフ。

フリージア殿は面食らいながらもその死体を脇に退けている。


「まだ来るぞ……私はここを動けない。体勢を立て直すんだ!」

「判りました!」

「り、了解なのだゾ!」


破られたドアの向こうでは敵が半円を描くように取り囲んでいる。

横の同僚を小突いたりして、私にはこちらに突入する面子を押し付けあっているように見えた。

……奴等も、恐ろしいのだ。


「グオオオオオオオッ!」

「ぐうっ!」


僅かな時間が経過し、一際体格のよいワータイガーが突入してくる。

私は盾を前面に押し出し正面から受け止める……が、


「オオオオオオオオッ!」

「お、押し負ける……!」


種族としての元々の地力が違うのだろう、じりじりと後ろに押しやられていく。


「シーザー!ちょっと待て、今何とかしてやるゾ!」

「駄目だ!フリージアは敵の牽制に専念するんだ!」

「だ、大丈夫だ……私は、勇者……この程度の事で……!」


フリージア殿は銃と言う武器で飛び込んで来ようとするワーウルフ達を牽制している。

こちらの援護に入ったら、その一瞬の隙を突いて敵の大群が攻め込んでくるに違いない。

そしてブルー殿は歩けないのでドアの脇に寄りかかりながら戦っている。

この魔獣は私一人で何とかせねばならないのだ。

しかし、人の腕力では敵に敵う筈も無い。

ならば……!


「グギャッン!?」

「搦め手から攻めるだけだ!」


体制を崩したふりをして相手の力をいなしつつ、

鉄の脛当てに守られた足で相手の膝と足首の中間あたり……弁慶とか言うらしい急所を蹴り飛ばす。

骨が折れる事こそ無かったが痛みにうずくまる敵の背中を取り、

背後から、貫く!


「卑怯、な手段なのだろうな……だが、今の私では正面からでは勝てない……」

「それで良いんだシーザー。何時か正面から戦える日が来たら、背後からの攻撃を封印すればいい!」


敵が息絶えたのを確認し、ドアの正面に向き直る。

幾つか死骸の増えた室内には、いつの間にか侵入者が入って来る事も稀になっていた。

ただし、包囲は続いている。

あくまで、無理をしてこの部屋に直接攻撃を仕掛けるのをやめただけだ。


「攻撃が止んだのは良いが、敵が遠巻きにしてるという事は策があるのではないかと私は思うゾ?」

「当然だな。敵は指揮官が来るのを待っているんだ」

「しかしブルー殿。ヒルジャイアントはこの狭い坑道まで入れませんよ」


そう、彼の魔物は巨体だ。

荷車が通れる広さのこの坑道でさえ、その巨体が収まるには小さすぎる。

それとも、他に指揮官が居るというのだろうか。

魔王ラスボスの軍勢には大将格と兵士が居るだけで、細かい部隊を率いる士官階級は居ない筈。

それはアラヘンでの常識だったのだが。


「常識は書き換わる物。それに奴もこの一連の戦いで大損害を受けて、増援を呼んでいる筈だ」

「アリシア様達の率いる諜報部隊の成果だナ?相変わらず非常識なのだゾ」


「向こうは随分長い間増援要請を無視し続けて居たのだが、要請の余りの頻度に面倒になったらしい」

「奴等も厳しい、と言う事ですか」

「まあ当然だ。叔父上の臣下でも最強格の部隊が対処に当たっているからナ」


「増援部隊の敵将についても情報がある。ワーベアと言う熊と人を混合したような魔物だ」

「人狼、虎人に続いて熊人ですか……アラヘンでも見た事の無いタイプだ」


人狼(ワーウルフ)は戦力こそそこそこだがその幾ら倒しても減る事の無いような数が脅威だった。

虎人(ワータイガー)は戦力が高く個体数が少ない。

そこから察するに、

熊人(ワーベア)は個体数が絶対的に少ない代わりに極めて強大な種族の可能性が高い。


「腕力だけでは無いぞ。彼らは比較的人間に近い知性を残している。人語を操る個体も居るんだ」

「ふふん!コボルトやゴブリンも喋れないけど理解はしているのだナ!負けてないのだゾ!」


「……頭に"ワー"の付く種族はほぼ全員人語を理解はしているのだ。そうでなくば命令も出来まい」

「そ、そうなのかブルー。むう、だが我等が同胞が劣っているとは思いたくないゾ?」

「同胞?……ああ、いや集落が普通に認められているのだからそれも当然なのか」


要するに、極めて強力な敵がこちらに近づいていると言う訳か。

しかしそんな奴を、ブルー殿はまるで待っているかのようだ。


「シーザー……来たぞ」

「あれが!?」

「熊が斧を持ってるのだナ……しかも筋肉が凄いゾ……むきむきダ」


まるで待ち焦がれていたかのようにブルー殿が呟く。

ドアの外がにわかに騒がしくなり、人垣が割れてそこから一頭の魔物が姿を現した。


「ガハハハハハ!俺は魔王ラスボス様の僕、ワーベア族のハリーだ!人間ども出て来ぉい!」

「なんか、馬鹿っぽいのが来たゾ?」

「……言うなフリージア」

「あれが、ワーベア……」


それは巨体の熊だった。

ただししっかりと二本の足で大地を踏みしめ、片手には巨体に比べると小さめの斧まで装備している。

全身は毛皮の上からでも判るほどに筋骨粒々で、明らかに高い腕力を持っていることが伺えた。


「……行くぞ」

「え?何を言っているのだナ?」

「正気ですか!?」


敵は多数で、その上群れを率いるに相応しい個体まで現れた。

もし飛び出すのなら、ワーベアが来る前の方がよほど良かったと思うのだが。


「何か策があるのですかブルー殿」

「策は無い。策は無いが問題もまた無い、心配するな」

「判ったゾ。どうせ銃も弾が殆ど残ってないし、ナ」


それでも他に道があるわけでもない。

足を引きずりながらもブルー殿が先頭に立つ形で私達は敵の群れの包囲網の中に進んでいく。

そして相手が口を開くその前に、場を支配するかのように高らかに言い放った。


「敵将よ。私はブルー!貴殿に一騎打ちを申し込む!」

「なっ!?」

「正気なのカ?」


状況を優位に運ぶ為にはこちらからの積極的な働きかけが有効だ。

だが、魔物相手には少々無謀だったのではないだろうか?

じりじりとワーウルフ達がその包囲を狭めて……、


「待て……お前達、下がっていろ」

「「「「ギャウ?」」」」


ワーベアに制された。

ワーウルフ達はすごすごと下がり元の位置に戻る。


「お前、馬鹿だろ?その折れた足で何が出来るというんだ?阿呆だな、ガハハハハ!」

「……もし、その折れた足で貴殿を倒せたならば私達を見逃してもらえるか?戦士よ」


そうか、ブルー殿の狙っていたのはこれなのか。

統率の取れた集団ならば、交渉するのはその上位者だけでいい。

後はそれが下位の者を抑えてくれる。

しかし、そもそも交渉を飲んでくれるとは思わないのだが。


「ガハハハハハハハ!馬鹿め!このワーベアがそんな訳の判らない条件を飲むと思ったのかよ」

「思わんよ。貴殿は戦士だ……戦わぬ者に敬意は持ち辛いだろう。だが……これならどうかな?」


「「「「キャイイイイイン!?」」」」

「あ、私のアサルトライフルだナ……しかし、フルオートでは弾がもたんゾ……」


私が不安に思っていると、ブルー殿は借り受けた武器に手をかけた。

軽快な、と思ってしまうような炸裂音が響き渡り、

続いてワーウルフの屍と重症のワータイガーが幾つも出来上がる。

……目を見開くワーベアに対し、ブルー殿は不敵な笑みで応えた。


「こう言う事だ。この武器の前では貴殿はともかく部下は助かるまい」

「……ふん。勿論俺との戦いでその武器は使わんのだよな?」


「無論だ。もし断るのなら貴殿に討たれたとしても、せめて部下には皆道連れになってもらう」

「……」


恐ろしいハッタリだ。

あの武器はもうあまり長くは使えないはず。

いや、恐らく最後の一撃だっただろう。

もし見破られたら私達は終わりだ。

……だというのに。何故ブルー殿はあれだけ自然にしていられるのか……。


「……ガ……ガハハハハハ!別に部下などどうなっても構わんが、お前に興味が沸いた!」

「そう言う事にしておこう。とにかく受けてもらえるんだなハリー?」


「ああ。お前が勝ったら全員見逃してやるさ」

「……ついでだから一つ条件を付け加えさせてもらえるか?」


「ん?何だ?」

「この二人に関しては今の時点で見逃して欲しい。負けた場合は私の命を差し出そう」


何?いや、それはおかしい。

ブルー殿は命を対価として差し出しているように見えるが、

実際のところ負けたら今の状態では全員殺されるのは間違いない。

これではこちら側が有利すぎると想うのだが。

……横ではフリージア殿も不思議そうに首を捻っている。

やはりその条件はおかしいのではないか……?


「まあいいぜ?どうせここから逃げるにも四天王様の居る部屋を通らにゃならない。同じ事だ」

「宜しい、交渉成立だ」


だと言うのに何か通っちゃったんだが!?

良いのかそれで?

……まあ、こっちが有利になったのだから良いのか……。

とは言え、


「ブルー殿を残していくのは心苦しいのですが……」

「気にするな。上に戻れたら私の事を伝えてくれれば良い。迎えを寄越すようにとな」

「わ、判ったゾ……まあ、大丈夫だとは想うが無理はするなヨ?」


ここでこのまま進むのは、味方を見捨て敵に後ろを見せるかのようで辛い。

だがここで全滅しては意味が無いのだ。

時として味方を置いて進む事も必要になるのを私は知っていた。

そう、あの魔王ラスボスとの戦いの時のように。


「必ずブルー殿の事は伝えます!ご武運を!」

「ここは頼むゾ!」


「ああ。まあ心配は要らんさ……むしろヒルジャイアントまで倒してしまうかも知れんぞ?」

「ガハハハハ!大した自身じゃねえか!その顔引き裂いてやるぜ!」


私達はワーウルフ達が空けた道から坑道の奥へと走り出す。

あの時落ちてきたあの場所を目指して。

ただひたすらに。


……。


≪ワーベアとの対峙から数時間後・旧アラヘン王宮・第三魔王殿にて≫


「……我はそのような冗談を好まん。ふざけた事を言うな」

「いえ、事実です……魔王様。ヒルが……ヒルジャイアントが討たれました」


魔王殿に、魔王ラスボスの激怒の声が木霊する。

側近の小者どもは既に逃げ去り、

玉座の前には四天王主席、竜人ドラグニールの姿のみ。

魔王でなくとも泣きたくなる様な配下の体たらくを見せつけられ、

ラスボスは深く溜息をついた。


「馬鹿な。せっかく久々に出来たワーベアを送り込んだのだぞ?奴はどうしている」

「……半死半生で床に伏せているとの事」


ピシリ、と窓にひびが入る。

魔王の怒りが大気を震わしているのだ。

最早溜息などで解消できるレベルのストレスではなくなっていた。


「それもまた、ヒルジャイアントを殺した奴の仕業か」

「はっ。その人間はそのままヒルの元に移動し、八つ切りにした上で焼き殺したとの事」


「有り得ん……」

「幸い肉体の一部が生き残りましたので再生は出来ますが」


「もし元に戻るならお前は"討たれた"等とは言うまい!?奴は元に戻るのか?」

「……いえ」


怒りを隠そうともしないラスボスと、落胆した様子のドラグニール。

末席とは言え四天王を失ったという意味は重い。

何故なら魔王と言う存在が四天王と言う配下を持っていた時、

多くの場合それは魔王の力たる象徴であるのだから。


「再生したヒルの欠片達は記憶を継承していませんでした……別個体として扱うべきでしょう」

「ぬ、ぐうっ……ヒルジャイアントよ、何故だ……何故お前が……馬鹿者……」


暫し魔王は天を仰ぎ、そして冷静さを取り戻すと表情を消して部下に向き直る。


「四天王主席、竜人ドラグニールよ」

「はっ」


「ヒルジャイアントに代わる四天王を至急選定せよ。欠員を何時までも放ってはおけん」

「「「でしたらここは私に!」」」
「「「いえ、俺に任してください!」」」
「「「ひゃっひゃっ!そんな奴等よりわしの方が」」」


そして次なる四天王を選ぶよう命を下す、とそこに押し寄せる魔物達の群れ。

魔王ラスボスの配下にとって四天王になるという事は支配者の最も信頼する部下になるという事。

それはつまり支配階級のトップに立つと言う事だ。

当然、ろくでもない輩も集まる。


「……急げ。それと我は気分が悪い。全員下がれぃっ!」

「「「「「「「「ひいいっ!?」」」」」」」」

「教授……ゴート……グリーン……お前達は幸せだったのかも知れんぞ……」


余りにも見苦しいその光景に、かつての四天王の勇姿を知る竜人は嘆きの吐息を吐くしかなかった。

かつての最精鋭部隊は10年前の戦で影も形も無く。

……数のみを頼りにするほか無い現状に、彼はほとほと困り果てていた。


「ふひゃひゃひゃ……婆さんは何処かのう?あんたは何を困っているのかのう?」

「む?顔無しゾンビか。いや、次なる四天王を選ばねばならんのでな」


「ひゃひゃ。なら選べば良いのう。飯はまだかのう?」

「……選べるほどの人材が居れば困りはせん。出来れば昔のように誰にしようかと悩みたかった」


悲しい事に、今や直属の部下の中で知恵を借りられそうな者が、

この鼻から上が無い、何処か人格に異常のあるゾンビ一体しか居ないと言う始末。


「なら、探す他無いのう。漁るしかないのじゃ。婆さん、飯はまだかのう?」

「探す、か。まあ止むを得まい……お前に心当たりはある、訳は無いか。出来たばかりのお前に」


しかも、つい先日作られたばかりと来たものだ。

だが、それでもそれに頼らざるを得ないという彼らの状況は、かなり酷いと言わざるを得なかった。


「さあ、のう?全然判らんのじゃ?」

「くっ!所詮は人間ベースか。使い物にならん……いや、待てよ」


ドラグニールは顔無しゾンビに鉄の兜を被せ、一本の杖を手渡した。


「お前が生前使っていた杖だ。それでアンデッドの群れを率いて彼の世界へと渡るのだ」

「判りましたのう……婆さんを探しに行きますじゃよ……」


そしてよろよろと歩いて行く顔無しのゾンビを見て呟く。


「どうせ倒されれば新しい四天王になるだけ……ならば誰でも良いではないか」

「婆さん、飯はまだかのう。行き先はまだかのう?」


彼は心底どうでも良さそうに手持ちの書類にサインをした。

そこには"四天王第四席(仮)顔無しゾンビ"の文字。


「顔無しゾンビ……お前の勇者の下へ行け。行って人間ども同士で潰し合うが良いさ」


だが、適当に選んだその人選はかなり的をついた物だった。

彼のゾンビは暫く前に魔王ラスボスに挑み、殺された老魔道師の成れの果て。

そう。かつて勇者シーザーが老師と呼んだ、あのパーティーメンバーの老人だったのだ。


……かつての仲間が牙を剥く。

勇者シーザーに次なる試練が降りかかろうとしていた……。

続く



[16894] 10 姫の初恋
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/05/09 17:48
隔離都市物語

10

姫の初恋


≪勇者シーザー≫

走る。走る。ただひたすらに。

ただ走り続ける。地の底に向かって。


「シーザー、まだなのカ?」

「もう少しだ……もう少しで……え?」


だが走り続けた私達を待っていた物。

それは水没した地下空洞などではなく、底に僅かに水溜りのあるただの洞窟だった。


「水が、引いている!?」

「それがどうかしたカ?」


……途中で水が引いた理由は判らない。

だがやる事は変わらないのだ、何の問題も無いだろう。


そう思いつつ剣の柄で杭を穴の下の壁に打ち込んでいく。

果たしてブルー殿が何時までもつのか。

それが判らない以上悠長な事はしていられない。


「フリージア殿は周囲の警戒をお願いする」

「うむ。心得たのダ」


既に矢玉の切れかけた武器を構え、フリージア殿は上層へと続く坑道に注意を向ける。

だが、例の箱の底まで手が届くまでに敵に補足されたら私達の負けだろう。

一本一本丁寧に、しかし出来る限り迅速に杭を打ち込んでいく。


「よっ、と」


互い違いに打ち込まれた杭を足場に、更に上層へと歩を進める。

そして、上層に打ち込まれた杭をまた足場にして更に上へ。

気の遠くなるような作業だが、遥か上の視界の先には小さな光が見える。

あそこまで辿り着ければ……光?


「宝箱の底にこの穴の入り口があるのだから明かりが漏れる訳が……まさか誰か箱を開けているのか?」


それに気付いた私は声を張り上げるべく大きく息を吸い込み、


「だお?」

「ぎゃあっ!?」


落ちてきた何かに押しつぶされて地面に叩きつけられたのである。


……。


「おーい。シーザー、生きてるナ?」

「う、な、何とか……」

「無事で何よりだお!」


後頭部から地面に再会し、悶絶する事暫し。

聞き覚えのある声にはっと顔を上げるとそこには、

すっかり馴染みになった小さな女の子の姿があった。


「アルカナだお!お迎えに来たお……下に居てくれてよかったのら。探す手間が省けたお!」

「だからって押しつぶす事は無いと思うゾ?」

「……そう言えば上に私が落ちた事を知っている人が居るのだから当然迎えの来る可能性もあるか」


ふと穴の方を見ると、私の打った杭に寄りかかるように上から降りたロープが揺れていた。

……アルカナ君はこのロープを握って落ちてきたのか。危ない事をするものだ。


「長いロープを探すのに時間が掛かっていたのら。無事でよかったお」

「ありがとう……しかし急いで戻らねばならない。済まないが最寄の軍の屯所まで案内して欲しい」

「ブルーが大変なのだゾ!」


「あるぇ?何でフリージアが一緒に居るのら?」

「そんな細かい事は良いんだ!いいから急いでくれ……!」


首をかしげている仕草は可愛らしいが、今はそんな事を言っている場合ではない。

急ぎ援軍を連れて行かねばブルー殿が危ない!


「私達を逃がすために危機に陥った騎士殿が居るのだ……魔王軍と戦える戦力が必要だ」

「でも、あのブルーが苦戦?ありえないお」

「足が折れているのダ……あれじゃあ流石のブルーでも危険だと思うゾ」


故に今は一刻一秒でも早く……、

……袖を引っ張るのは誰だ?

アルカナ君もフリージア殿も目の前に居るが。


「あたしら、です」

「ご苦労様であります。もう増援は手配しているであります……あたし等も行くのであります。じゃ」

「急ぐであります。回復薬はあたしが持ったでありますから急ぐであります!」

「あり姉やん、ガンバだおー」


えっ、と思って横を見ると、

何時降りてきたのかアリシアさんとアリスさんとアリスさんが上層目掛けて走っていく。

そう言えば彼女達は諜報部の指揮官だとかフリージア殿が言っていたな。

この事態を察し既に動いてくれていたのか?


「……ならば話は別だ。よし、戻って援護を!」

「だおっ!?せっかく迎えに来たんだお?帰るお!」

「いや、幼馴染が危ないのダ。のんびり帰ってる場合じゃないゾ」


状況が変わったようだ。

援軍を呼ぶと言う目的も果たした以上、地上に戻る時にはブルー殿も一緒に戻りたい。

ここは私達も合流し共に戦うべきだ。


「のんびり戻ってる場合じゃないのは確かであります、が」

「アリスさん?何時戻って来られたので?」

「いや、違うぞシーザー。この方はだナ……」


と思ったら、何故かアリスさんに引き止められた。


「急いで戻るであります。上でクレアが心配してるであります」

「いそいでかお、みせるです」

「クレアさんが?そうか、私は穴に落ちて行方不明になって居たのだよな」


成る程、彼女の性格から言って心配をかけてしまったのは間違いない。

ブルー殿への援軍は既に向かっているようだし、ここはクレアさんを優先させるべきか。


「では、戻らせて貰います。クレアさんに顔を見せて安心してもらう事にしますよ」

「そうする、です」

「言っとくけど、急いで戻るでありますよ?急いで……でありますからね?良いでありますか?」

「顔を近づけすぎなのだナ……」

「大丈夫なのら。上からロープをコタツが引っ張りあげてくれる事になっているからすぐ戻れるお」


「…………やくそく、です!」

「本気で急ぐでありますよー?もし寄り道したら生かしておかないでありますからねー?」

「それじゃあ、あたしら、いそがしいから、さきにいく、です」


パタパタと手を振りながら、アリシアさん達はまた行ってしまった。

アリシアさんとアリスさんとアリシアさんが……。

え?


「……アリシアさん、今……二人居なかったか?」

「それがどうかしたんだお?」

「変な事を言う奴なのだナ」


変なこと、か。

まあそうだ。人が増える訳が無い。

私の目の錯覚か、それとも魔法か何かだろう。

そんな事より上に戻ってクレアさん達を安心させねば。


「じゃ、上がるお!おーい、コタツーっ……引っ張るおーっ!」


……くいくいとロープを引っ張りながらアルカナ君が叫ぶが反応が無い。


「引っ張る、おーーーーっ!……ゼーハーゼーハー、反応が無いお?」

「声が届いてないんじゃないのカ?」

「……まあ、仕方ない。普通に登る他無いな」


仕方ないのでロープを頼りに垂直登坂を開始。


「じゃ、先に行って待っているのだナ!」

「クレアさんに宜しく伝えてくれ」


私が鎧を脱いでいる間にフリージア殿が先に登り、

その後、身軽になった私が登っている間に鎧をアルカナ君に梱包してもらう。


「では、鎧を頼むぞアルカナ君」

「頼まれたお!」


そして、アルカナ君に鎧をロープに吊るして貰い、

そこを私がアルカナ君ごと引っ張り上げるという寸法だ。

装備無しで身軽になって猿のように穴を遡り、

そして大きな宝箱から這い出すと、今度はアルカナ君を引っ張り上げる。


「ああ、あの時の坑道だ。トロッコも見える……」

「うむ!帰還成功なのだナ!」

「アルカナも帰ってきたお!シーザー、お疲れだお!」


そして生きて戻れた幸運をかみ締め、鎧を再び身に着けながら……違和感に気付いた。

居る筈の人達が、居ない?


「ところでクレアさんや牢人殿は?」

「それが誰も居ないのだナ。見回しても誰も居ないのだナ」

「おかしいお?アルカナが降りるまでは新(あたらし)のおじーやんたちも一緒に居たお?」


そう、周りに誰も居ないのだ。

牢人殿が引っ張り上げるのを嫌がって……までは予想していたが、

クレアさん達まで居ないのは予想外だ。


「コテツが逃げてそれを探しに行ったのではないのカ?」

「それは無いお。もしそうなら備(そない)のおじちゃんたちが引っ張り上げてくれる筈だお」

「……あのご老体まで来ていたのカ?だとしたらおかしいゾ」


そう言ってフリージア殿は周囲を見渡し……何かに近づいていった。

角ばった魔法陣?

何でこんな物がここに?


「これは……魔方陣なのだナ……むう、私は魔法に関しては専門外なのだゾ……」

「この四角い魔法陣はなんなのです?」

「うちでは大規模魔法使う時にこれを使うお。魔方陣で魔法使うのは平行世界でも珍しいらしいお」


大規模魔法……。

なんだろう、嫌な予感がする。


「何をする魔方陣なのかは判りますか?」

「さあ?でも多分召喚魔法だと思うゾ。陣を使うような魔法は大抵召喚術なのダ」

「でも何を呼んだお?近くになんにも居ないのら」


召喚とは対象を呼び寄せる術だ。

だと言うのに近くには何も居らず、逆に居る筈の人々が居ない。

……とりあえず可能性は二つ考えられるな。

一つは呼ばれたものが不可視の存在であると言う可能性。

もう一つは、呼ばれたのは"ここに"ではなく"ここから"である可能性だ。


「……これは、まずいかも知れない」

「何だと?どう言う事ダ?」


「もしかしたらクレアさん達がどこかに呼ばれたのかも知れない」

「でも、この魔方陣ずっとここにあったっぽいお?書かれてから随分時間が経ってるっぽい……お?」

「……それって、罠ではないカ!?」


そうだ、その可能性が一番高い。

誰が仕掛けたのかは判らないが、運悪くクレアさん達は罠にかかってしまったのではないだろうか?


「そう言えば、誰かが踏んづけた跡があるゾ……」

「……これはマズイお……おねーやんがピンチだお!」

「君たちがそう言うという事は、君達の国で仕掛けた罠ではないのだな?ならば時は一刻を争う!」


冗談ではない。

私を助けにきてくれた人々がこんなことで危険に陥るだと?

そんな事許される訳もないし、私が私を許せない。


「……踏んで発動する罠ならば、もう一度踏めば起動するかも知れない」

「まさか!?行く気なのカ!?」

「無謀だお!」


それは重々承知。

だが、ここで動かずして何が勇者か!?


「フリージア殿はアルカナ君を連れて今度こそ援軍を連れてきて欲しい」

「だおっ!?」

「一人で行く気カ!?」


それはそうだ。

明らかな罠に飛び込むのだ、そんなものは私一人で十分だろう。


「元々私達はブルー殿への援軍を頼みに行く予定だった。呼ぶ先が変わるだけだ」

「……むう……しかしだナ……」


「全員で突入して全滅したら本当に終わりだ。二人には万一の時に救出を頼みたいのだ」

「ううう……わかったお!急いで精鋭部隊を連れてくるお!」

「それが一番良いのだろうナ……それにしても、そうしているとまるでブルーのようだゾ」


その言葉を聞くと、私は魔方陣に向き直る。

そして一歩を踏み出し……、

一瞬の浮遊感と共にその場から飛ばされたのであった。


……。


ざわめきに満たされた広い空間。

壁の土質の違いを見るに相当遠くへ飛ばされたように思える。

前を見ると数多の背中が不気味に蠢いている。


……あれは人だ。

人の背中だ。

だと言うのに何故こんなに不快感を覚えるのだろう。


「来ないで下さい!」

「お前ら正気か!?カルマの野郎を本気で敵に回したいのかよ!?殺されるぞ!?」

「若いの。いい加減にしておくんじゃ……取り返しの付かん事になるぞい……」


クレアさんに牢人殿。竹雲斎殿も!

……隅に追いやられていると言う事は……やはり罠だった訳だな。


「五月蝿い!俺達は被害者なんだよ!」

「あのお目見えの日、見物に行った野郎どもはお陰で全員犯罪者扱いだ!」

「さもなくば病気だとよ!」

「俺達は何も悪い事はしていないんだぜ?あぁん?」

「それをそこのお姫様のせいで一生を棒に振ったって訳だ!」

「嫁に見捨てられた!」

「娘が口を利いてくれないんだよ畜生め!」


……そう言う、事か。

これで不快感を持たないはずが無い。


「この子のお目見えの日。力の暴走に巻き込まれた者達には一生の生活が保障された筈じゃが?」

「被害者面して寝て暮らせば良いご身分になったそうじゃねえか!まだ不満なのかよ!」

「「「「ご隠居!駄目です、こやつ等人の話を聞いておりませぬ!」」」」


「やかましいんだよ……」

「頭の隅でがなり立てるんだよ!その女をモノにしろってな!」

「笑い顔見ただけで人を狂わすなんて誘ってるようにしか見えねえんだよ!?」

「良いからさっさと姫様を寄越しな!特にコテツ。お前は俺達の同類じゃねえか!」


「流石に一緒にされたくねえ!つーかお前ら、あの日城に行ってない奴等が多数混じってないか!?」

「は?何言ってやがる!?」

「そんなの判る訳ねえだろ!」

「俺達はだな。ただ単に理不尽な理由で犯罪者呼ばわりされた過去を清算したいってだけ。判る?」


「第一先に仕掛けてきたのはそっちなんだからな!何されたって文句付けられるいわれは無い!」

「さあ、お姫様。判ったらさっさとこっちに来てもらおうか。なぁに。命までは取りやしねえよ」

「まあ色々お付き合い頂いて……最終的には国外旅行にお連れしますよ?」

「ギャハハハハ!それって好き放題した挙句に外国に売り飛ばすって言ってるのと同じじゃねえか!」

「ひ、ひぃぃっ!……嫌だ……来ないで……来ないで……!」


……私には、これが、被害者には、見えない。

例え最初はそうだったとしても、これは、もう、加害者以外の何者でもない。

不快だ。不愉快を通り越して不快すぎる!


「私、あなた方を不幸にしようなんて思っていません!こんな体質、望んだ訳でもない!」

「知るかよ!俺達はな?ずっと機会を伺ってたんだよ」

「へへっ、護衛も満足につけず坑道に潜るなんて話を聞いた時は思わず背筋に寒気が走ったぜ!」

「転移トラップの設置にも大金がかかってるんだ。さあ、元取らせてくれよな?」

「クックック、警備のシフトも把握済みよ。助けは来ないぜ?来るとしても夜中かなぁ?」



クレアさんは広間の隅に追い立てられ、牢人殿と竹雲斎殿に守られるようにへたり込んでいた。

その周りには備殿達がボロボロになって倒れている。

周囲を取り囲む連中は思い思いの武装をして下衆な笑みを浮かべ、

欲望丸出しで煽り文句と自己正当化の美辞麗句を並べ立てていた。


「……反吐が出る……」


彼女達を取り囲むその数は百人を超えている。

それでたった三人に対し暴力を振るい脅迫を行う。

……被害者だと言うのなら望まぬ体質で生まれてきてしまったクレアさんとて被害者だろうに。

弱者の痛みを知るはずの被害者という立場の者が、どうして弱き者を嬲り者にするのだろうか。


「仲間じゃないなら敵だな!あばよコテツ!」

「うぎゃあああああああああっ!」


「……コテツ、大丈夫なのかの!?」

「痛ぇ、痛ぇよぉ・・・…痛ぇよう……」

「ひっ!?剣が、背中から……!」


「はっ、それぐらいの傷で泣き言言ってるんじゃないぜ全くよ」

「良いざまだぜ?似合わない仏心なんぞ出すからそうなるんだ」


それを人の弱さゆえ、と断じてしまうのは容易い。

だが、それで済まされる域をあれは完全に逸脱していた。

あれはもう、弱者と言う錦の御旗の元に好き放題をする山賊の群れに他ならない!


「そこまでだっ!」

「ぎゃっ!?」

「シーザーさん!?」


有無を言わさず山賊の群れに背後から飛び込み我武者羅に剣を振るう。

敵を背中から斬ってしまうは騎士道に反するが構うものか。

この連中に敬意を表する意味を私は見出せん!


「私はアラヘンの勇者シーザー!腐った性根の者どもよ!我が剣の錆となれっ!」

「なめんなっ……あれ?」


敵は数を頼りに群がってくるが、その全てを切り伏せた。

残念ながら手加減できる余裕は無い。


「野郎!強いぞ!?」

「意様らのような輩にだけは負けられん!」


足元に倒れる死体が10、20と増えていく。

……凄惨な惨劇ではあるが、

今回ばかりは容赦する気も反省する必要も全く感じられない。


「ふむ。どうやらもう一頑張りといった所のようじゃな?」

「あはははは……何か助かったみたいだぜ……」


例え一対百でも、剣が届く範囲に入れるのは精々5~6人。

百人を一度に相手には出来なくとも、一対六を何度も繰り返すのなら不可能ではない。

第一この程度の素人に毛の生えたような連中に負けてやる気も、余地も無い。

幾度となく死にかけたあの日々に比べれば、これぐらいどうと言う事は無いのだ!


「やばいぜ?コイツ強ぇぇぇぇええええっ!?」

「何処の騎士団所属だよ!?」

「ちっ!仕方ねえ!全員散開!」


30人ほど切り伏せた頃だろうか。

流石に無理を悟ったのか山賊どもが私から離れた。

だが……賢明な判断だが意味は無いな。

近寄らねば私に斬られる事も無いが、私を斬る事も出来ない……。


「撃て!撃て撃て撃てえええっ!」
「オラオラオラオラ!」
「ヒャッハーーーーーッ!」

「……そ、それは銃!?」


……斬る事は出来ないが、どうやら撃つ事は出来たようだ。

取り囲まれた状況での一斉攻撃の前に防具はものの役にも立たない。

盾で防ぎきれなかった分の、鎧を貫いた鉛玉が私の全身にめり込み、血飛沫をあげていく。


「いやあああああっ!?シーザーさんっ!?」

「ひ、ひ……酷ぇ……」

「なんと言う真似をする……多勢に無勢にも程があるのじゃ……」


異物が全身に次々と埋め込まれていく感覚。

痛みはいつの間にかなくなっていた。

いや、感じ取る余裕が私の肉体にはもう無いのだ。


「が、はっ……」

「運が悪かったな、正義の味方」


口から血を吐き出しその場に倒れる。

私の体にこれだけの液体が詰まっていたのかと自分でも驚くほどに血液が流れ出す。

意識が混濁し、周囲と自分の区別が付き難い状態に陥って……、


「そら!さっさと退くんだよ!」

「年寄りを粗末にする奴は長生きできぬぞ!」


それでも必死に視線を向けたその先に映ったもの。

それは、


「そらっ、どきやがれ!」

「だ、駄目だお前ら!それはマズイ、やばすぎるんだ……げふっ!?」


蹴り飛ばされて部屋の隅に転がる牢人殿と、

後ろ手に縛られ転がされた竹雲斎殿。

備殿達に至っては当然のように踏みつけられている。

私はその光景を何処か別世界の風景のような感覚で見ていたのだ。


「こ、来ないで下さい……」

「それは無い」
「へっへっへっへ……」
「馬鹿な真似は止せよ?商品価値が落ちる」
「酷ぇ連中だぜケッケッケッケ」


……地下空洞の隅に追い詰められ、半分泣いたように怯えるクレア殿を見るまでは。


……。


「うおおおおおおおおおおっ!」


無意識の内に体が動いていた。

空気の流れを感じる事は出来ない。

目は霞み、意識は朦朧としていた。

だが、それでも体は動いて居たのだ、間違いなく。


「まだ動けるのか!?」

「ちっ、弾代が勿体無いが……」


鉛の粒が腹に叩き込まれた。

続いて腕、腰、足……。

その度に体が不安定に揺れる。

だが、それでも私は前に進む。


「ちっ!大した忠犬だ」

「少し、違う、な……」


クレアさんを助けねばならない。

それが私を突き動かしているのは確かだ。

だが、それだけではない。


「わたしは、わた、し、は……」

「なんだよ!?何で倒れない!?何で死なない!?」
「おい!お前らまた一斉射撃だ!次で止めを刺すんだ!」
「もう弾がねえよ!」
「折角奇跡みたいな好条件が揃ったんだ!こんな奴のせいで躓いてたまるか!」


私の人格のかなりの割合を構成する名誉と誇り。

だがそれは今や汚れ、穴の開いた無様な姿を晒している。

故郷も守れず、魔王打倒どころか四天王にすら届かぬ我が実力。

無力感に苛まれながらこの地にある今の私にとって、

私をこの地に召喚したクレアさんは数少ない守りきれている存在。

故にそれすら守りきれないのは屈辱を通り越し墳死ものの事態なのである。


それに、私が来なければ彼女がこの迷宮に足を踏み入れる事など無かったのは間違いないだろう。

彼女がこんな地下坑道をうろついていたのは他ならぬ私のせいなのだ。

だとすれば、私が彼女を助けるのは当然ではなく必然!


「だか、ら……!」

「「「「まだ動いてやがる!?」」」」


だから、腹に大穴が開こうが腕が折れようがそれだけは譲れないのだ。

クレアさんは守りぬかねばならない。己の誇りを守るためにも。

第一彼女のような優しい人がこんな目にあって良いはずが無い!


「だから、私は……お前らのやり方を、許さない……!」

「撃てえええええっ!」


全身にまた傷が増える。

血が流れすぎたのか、体の反応どころか頭の回転まで鈍い。

だが、一つだけ判る事がある。


「そも、この程度で倒れるようでは……最初から魔王を倒す事など不可能だっ!」

「「「ぎゃっ!?」」」


そう、この程度の連中に負けるようでは最初から魔王討伐など不可能であると言う事。

そして。


「私は、負け、ない……!」

「「「グアッ!?」」」


「何故なら私は……」

「や、止めろ……来るな!姫がどうなっても良いのか!?」


私は何処まで行っても。


「いい加減にしやがれーーっ!俺を破滅に巻き込むんじゃねえええっ!」

「う、腕が、俺の腕がああああっ!」


多分私としての人生を終わるその日まで、


「私は、勇者なのだ!」

「や、止めろおおおおおおっ!?」


私は勇者シーザーらしくあり続けるのであろう、と。


……。


鉛の弾丸に撃ち貫かれながらも、クレアさんに手をかけようとしていた数名の賊徒を切り伏せる。

途中クレアさんを人質に取ろうと目論む者も現れたが、

牢人殿が痛む傷を押さえながらも背後から切りかかったことにより、その試みは失敗に終わった。


「クレアさん……大丈夫、か?」

「わ、私は大丈夫です……でも……」

「お前の方が大丈夫じゃねえよ!?」


どうやらクレアさんは無事なようだ。

その後ろでは牢人殿が失血によりへたり込んでいる。

……とはいえ、これで問題が無くなった訳ではない。


「おい、どうする……」

「どうするって……どうするんだよ。もう弾も無いぜ?」

「もう、やめようぜ?そろそろ流石に時間が……」

「それ以前に俺達、勢いに任せてとんでもない事やる所だったんじゃ」

「馬鹿かよ!?もう何もかも遅いんだぜ?……いっそ、せめて……」


敵の半数はまだ無傷で残っている。

……まだ警戒を解く訳にはいかない。

クレアさんを背に隠すように振り返り、剣を構え……構え……か、ま……え……。


……。


≪サンドール王女 クレア・パトラ≫

暴徒と化した人々に取り囲まれた私達を助けに来てくれたのは、

私達が助けに来た筈のシーザーさんでした。

でも、彼は私達の前に仁王立ちになった後……そのまま糸の切れた人形のように倒れてしまう。


……何故か、この事態の原因となった事件の事を思い出しました。

昔、お披露目としてお城のテラスで微笑んだあの日、

私とそれを見に来て居た何人もの人たちの運命を変えてしまった忌まわしい出来事。

私の生まれ持った力が暴走して男性達が暴徒となり、

王女襲撃犯として犯罪者、もしくは病人とされた人々が多数出た忌まわしい事故。

今回の事はその時の事を根に持った方々が計画したのだと襲い掛かってきた彼らは言う。

……その割りに資金面や統率などが完璧すぎるのがおかしいと思うのだけれど。


「お、おいシーザー!?待てよ!俺はどうなるんだ!?」


コテツは出血が多くて歩けない。


「に、逃げるんじゃ……」


竹雲斎のお爺さんは長時間の戦いで全身痣だらけ。

しかも縄で縛られて転がされている。


「「「「……」」」」


シーザーさん、そして備のおじさん達は倒れたまま動かない。

……もしかすると、命を落とした方も居るかも知れません。

王国管理下の迷宮ならいざ知らず、このような所で亡くなられたとしたら蘇生も間に合わない。

それは即ち、ここで倒れた人達の何人かとは二度と会う事が出来ないと言う事。


私は、私が呪わしかった。

何故、こんな目に遭わねばならないのか。

何故、こんな目に遭わせねばならないのか。

私は誰も傷つけたくなんか無いし、誰にも傷つけられたくも無い。

ただそれだけなのに。

でも、現実は、


「……もう、起きねぇよな?」

「多分な。ああびっくりした」

「へ、へへ……姫様、騎士殿はお寝んねの時間みたいですぜ?」


私が居る限り人は傷つき続け、人は私を傷つけようとする。

お父さんやお母さん達は私を大事にしてくれるけど、

それは同時に負担をかけ続けるのとも同義。

それに私は一生この体質と付き合わねばならない……つまり一生家族に負担をかけねばならない。


……だったら、いっそ。

私など、居なくなってしまっても。


「ぎゃっ!?」
「こ、コイツまだ動くぞ!?」
「馬鹿な!生きてられる出血じゃない筈だぜ!?」


ふと、そんな風に何もかも諦めてしまいそうになった時。

良く知らない誰かの手が私の手を取ろうとしたその時。

あの人の手が、良く知らない誰かの足を掴んでいた。


……私を救うために。


……。


「…………」

「何だよ……大人しくしてれば生きてられたのによ」


シーザーさん。

どうして。

どうしてまた立ち上がろうとするんですか?


「……ぉ、ぉ……ぁ……」

「ゾンビかコイツは……!」
「まあいい、どうせ死にぞこないだ」
「くたばれ!」


何処かの誰かが突き出した刃物が、刃の部分が見えなくなるほどシーザーさんに食い込む。

もう、殆ど血も出ていない。だと言うのに彼は私の前に仁王立ちして動こうとはしない。

それが何を意味するのか……私、考えたくも無いよ!


「今だ!お姫さん逃げるんだ!シーザーの奴が時間を稼いでくれてるうちに!」

「そ、そうじゃ……お前さんに万一があったら童達が怒り狂う!そうしたら世界は終わりじゃ!」


コテツ達はそう言ってくれる。

多分、シーザーさんも同じ気持ちなんだろう……意識があれば多分そう思ってくれていると思う。

でも、足が動かない。

膝が笑って立っているのもやっと。

怖い。怖い、怖いよ助けて誰か!


「この野郎!?まだ……ぐはっ!」

「全員ひとまずコイツを八つ裂きにしろ!」

「生かしておけば何するか判りやしねぇ!」


無言で立つシーザーさんの全身に剣が、槍が、斧が。

無数の武器が次々と突き立てられていく。

遂に無理やり突き倒され、鎧の隙間からその心臓にシーザーさん自身の長剣が……。


「嫌。やめて、それ以上は本当に……死んじゃうよ……」


余りの凄惨な光景に、私は目を逸らしたくとも指一本動かせなくなっていました。

だってこんなの、酷すぎる。

へたり込んで手を伸ばすのが精一杯。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「化け物め……」


何時もアルカナがケチャップみたいになっている所は見慣れていたので平気かと思っていたのに。

全然、平気じゃなかったみたい。

私はこんなに血に弱かっただろうか?自分でも信じられない。

違う。アルカナの血には死の匂いがしない。

私は死の匂いにあてられているんだ。


「さ、さあお楽しみの時間だ!気を取り直そうぜ!?」

「駄目だな。もう取引先が来てる頃だ……このまま連れてくしかねぇ」

「なんだと!?畜生!」


ふわりと何かが落ちる音。

……誰かが私の覆面をとった、の?


「でもま、この美しいお顔が一瞬とは言え俺達の物になるんだ。悪くはねぇ」

「どうせ王に殺されるしな。礼金貰ったら死神のお迎えが来るまで精々楽しむとするさ」

「はん?俺は死なないぜ?逃げ切ってみせらぁ」


酷い人達の手が私の腕を掴み、引っ張っていく。

……私は売り払われるんだと思う。

相手の心当たりは幾つもあった。ただ、どう考えても幸せにはなれそうも無い。

それだけは確かだと思う。

お父さん、お母さん。そして皆。

嫌だけど……お別れみたいです。

でも何時か、私を見つけてくれる事を信じて……、


「……があああああああっ!」

「何だと!?へぶっ!?」


しーざー、さん?

なんで?もう動ける筈が無い。

なのに、なのに……?


「なんで、そこまでして……?」

「……だからだ……」


「え?」

「な、何故なら、私は…………」


返って来る筈が無いと思っていた答え。

けれど、彼の喉から時折苦しそうに漏れる呼吸音と共に紡がれた言葉は……。


「……君に、呼ばれたからだ」

「え?」


意外だった。

シーザーさんなら、勇者だからだ……って答えると思っていたのに。

敵に視線を向けたまま背中で語るシーザーさん。

私は呆然と見ているしかない。


「私は、君に、呼ばれた……君達を、助ける、為に……!」

「でも、だからって……!」


シーザーさんは自分の胸に突き刺さっていた剣を力を込めて抜くと、

血が流れ出すのも構わずに近くに居た暴漢を薙ぎ払う。

誰も、その気迫に近寄れず、三歩ほど後ろに下がっていく。

そして、敵の手が私に届かない位置に行った事を確認した彼は、息を整えて静かに語りはじめた。


「私は敗残兵だ。国を救えず流れ着いたこの国でも無力さを痛感するばかり。名誉すら守れずにいる」

「そんな、そんな事は無いです。シーザーさんは誰よりも頑張ってるじゃないですか!?」


「いや、それが事実だ。……だが幸いな事に君達はまだ守れている。召喚された者として」

「でも、その為に命まで捨てることは!こんな所では蘇生もしてもらえませんよ!?」


そう。ここで死んだらそれで終わり。

遺体が回収されないまま腐っては、誰にも気付かれずに土にかえってしまう。

……そうなったら本当に終わりなのに。


「そうだとしても私は君に召喚され、救われたのだ。……だから私は。そう、私は!」


そして、シーザーさんはもう動く筈のない体を引き摺って、敵の下へと突撃していきました。

ただ一つ、私の心を貫く一言を残して。



「私は君を護る!……私はきっと、貴方を救うためこの地にやって来たのだ!」



心の奥底に響く言葉。

きっと彼は意識などしていないのだろう。

まるでプロポーズのような言葉を恥ずかしげも無く披露して、

そのままゆっくりと。

そして、まるでロウソクの炎が消える一瞬のように激しく。

それでも……堂々とした姿で、死地へと向かって行ったのです……。


……。


その後はまるで台風が過ぎたかのようでした。

好戦的な敵、敵の頭脳になりそうな敵をまるで本能のような何かで見つけ出し、殲滅。

剣で切り裂き、盾で叩き潰し、剣が折れたら殴り飛ばし、首を折る。

それはまさに鬼神の如く。

ですが同時に、それが最後の輝きである事を私は否応無く理解していました。


「がはっ!ごほっ……ふ、ふ、ふふふ……もう、た、戦え、まい……?」

「「「「ひいいいいいいいいっ!」」」」


そして。

残ったのが怯える迎合者ばかりになったのを見て彼は何処か安心したように動きを止め、

その体は糸が切れるようにそのまま崩れ落ちました。

……今度こそ、自分の意思で。


「なんて、奴だよ・・・…」

「よく、やったぞ。残りの連中ならわしらで何とかできる。じゃが……」


コテツが竹雲斎のおじさんの縄を解いて私の前に出ます。

守ってくれているのでしょう。

きっと彼はそれを見たからこそ、安心して倒れたに違いありません。

でも、私はそれどころではありませんでした。


「シーザーさん!」

「おい!まだ敵が居るんだぜ!?」

「……いや、連中にもう戦意はないのう」


制止の言葉も聞いていられません。

思わず駆け寄り、その状況を確認し……、

私は絶望を禁じえませんでした。


「こんなボロボロじゃ、蘇生なんて不可能だよ……あんまりだよ……」


文字通りボロ雑巾のような姿。

切り裂かれ、叩き潰された体に、鎧の破片が殆ど一体化するようになっています。

……ありえないほどの損傷具合でした。教会でもこれを蘇生できるとは思えません。

でも、万一と言う事もある。それにお父さんや姉さんに頼めば大抵の事はどうにかできる筈です。

私はそこに賭けるしかない!


「……今、教会まで連れて行きますから。姉さんに土下座してでも助けてあげますから……!」

「それは構いませんが、貴方はこちらに来てくださいね?」


でも、そう簡単にはいかないようでした。

聞き覚えの無い声。

はっとして顔を上げると……魔方陣が光り、中から次々と武装した兵士達が現れてきました。

そして、その中に不相応な姿の青年。

彼の顔だけには私も見覚えがあります。


「……隣の大陸の方でしたね?何の御用でしょうか」

「おお、一度は求愛までされた相手に対し何と言う冷たいお言葉!」


その後彼は独りよがりな持論を展開していましたが、

要するに私を無理にでも国に連れて行きたい。

そう言う事みたいです。

……わざわざその為に私の行動を見張り続け、

この街に長期滞在している事を知るや否や、

警備が緩くなる機会をずっと探り続けていたとの事。


「これは運命なのですよクレア!さあ、僕の元へ来るんだ!」


比較的穏やかな言葉とは裏腹に、武装した兵士は私の周囲を取り囲みつつあります。

それにしても、彼は何故私にここまでこだわるのか。

いえ、確か父に書類選考で落とされたと言う婚約者候補の一人に彼の名もあったような気もしますが。

いずれにせよ、このままでは無理やりに連れて行かれてしまう。


……先程まではそれでも良いかと思ってた。

でももうそれを認める訳にはいかない。

私の安全云々ではなく、私を救おうと命を投げ出してくれた彼の為。

その想いに、私は応えたい。

応えねばならない。


……けど、コテツは大怪我。

竹雲斎おじさんも疲れが激しいし、これ以上迷惑をかけるわけにも行かない。

私も魔法を使うにはもう少し休む必要がある。


「駄目だよ、わがまま言っちゃ?さあ、怖い目に会う前においで?」

「……れ」


なら、どうすれば良いのか。

……答えは最初から判っていた。


「なんだって?その可愛い声をもっと聞かせてご覧?」

「……がれ」


生まれ持った私の力。

私を不幸にしかしなかった力。


「え?聞こえない……」

「下がれ、と言っている」


何人をも魅了してしまう……否、魅了"する"力を飼いならす。

それしか道は無い!


「な、何を言って……」

「控えよ下郎!小国の木っ端軍閥の跡取り如きが私と同格だと思うな!」


相手が呆然とした隙を突き、薄い笑みと共に蔑むように言葉を続ける。

それで男どもは傅くだろうと姉さんは言った。

……足りなかったのは勇気と気迫、そして一欠けらの自信。

それを補うべくなけなしの勇気を振り絞る!


「私の命が、聞けないのか?」

「「「「……は、ははぁっ……!」」」」


まるで水の波紋が広がるように、周囲の兵達が膝を付いた。

呆然とした目の前の男も、一瞬送れて膝を付く。

……怖い。

目の前の人達も、私の持っている力も。

でも。

譲れないものがある事を私は知った。

だから引かない。引く訳には行かない!


「では、言う事を聞いてもらいますよ……?」

「ははっ!何でもどうぞクレア、貴方の言う事なら」


「呼び捨てにしないで。汚らわしい」

「はっ!クレア様!」


だから恐怖を押し殺し、蔑むような笑顔で覆い隠す。

……こんな人達に優しい笑顔は見せてあげない。

それを心に刻んで。


「じゃ、言う事聞いてくれる?」

「ええ、何でもお言いつけ下さい!」


蔑まれ、命令され。

それでも。そしてこんな笑顔でも良いなら笑いかけてあげる。

……その代わり。


「なら、シーザーさんを神聖教団の施設に運んで。急いで?そして丁寧に、ね……?」

「「「ははーーーーっ!」」」


その代わり、シーザーさんを助ける力になってもらう。


相手の心を奪い、隷属させる力。

そんな物が正しいとはとても思えない。

でも、今回の事でやらねばやられると言う事実が良く判ってしまった。

自分だけの問題ではない、なんて言葉で判っていたつもりだった。

でも、まさかこんなに凄惨な事になるなんて。

……父さんも、人を斬る時こんな気持ちだったのかな?

そう思いながら、次々と指示を出してく。

急がないとシーザーさんの体が腐ってしまうから。


「「「えいほ、へいほ!」」」

「こらそこ!そんな雑に扱うとクレア様からのお叱りが飛ぶぞ!?……いや、それもまた……」


「!?……無能は嫌いよ」

「「「「そ、そんなああああっ!?」」」」


背後でぞっとするような会話が聞こえたので釘を刺す。

もうあんな目に遭いたくはないし、シーザーさんが雑に扱われるのも納得いかない。

だから出来るだけ酷い言葉を選ぶ。

怖い……でも、負けられない。

私がどうにかしなきゃ、この危機は乗り越えられないのだから!


「では、行きましょう」

「……何かお姫さんの性格、変わってないか?」

「一皮剥けたのじゃよ。いや、そう見えるだけかも知れんがの」


すっかり私の言う事を聞くようになった兵士達を従え、

坑道に戻り、地上を目指す。


……すっかり冷たくなってしまい、しかも挽肉のような姿になってしまった。

そんなシーザーさんの横にしっかりと寄り添いながら、私は一つ誓いを立てる事にした。

……弱虫な自分が出て来れないように。


「シーザーさん?貴方が私を護ってくれたように、私も貴方を守れるようになりますね」


勇者シーザー、私の騎士様。

貴方がそれを望まなくとも、私は貴方を助けます。

魔王ラスボスを倒すその日まで陰日向無く支えます、と。


それは誓い。

誰に知られるものでもない。私が私自身に対して課した責任。

人を無理やり召喚して苦難の道に叩き込んだ。

これはそんな私の贖罪であり……決して譲れない一線でした。


『シーザー、頑張ったであります』

『クレアもがんばった、です』

『必要なのは強さだよー。ようやく力に振り回されない意思ココロを手に入れたね。偉いよー』

『シーザーが、いいぐあいに、いのち、かけてくれて、ひとあんしん、です』

『まあ。あれで、ふんきしないなら、にいちゃのむすめ、しっかく、ですが』

『アオだと殲滅しちゃうから意味無いでありますしね……』


『それにしても条件を整える為の人材確保が大変でありました、はふー』

『危なすぎでも駄目、紳士過ぎても駄目でありますからね』

『……ところであの馬鹿の国はどうするでありますか』

『あたし等の家族に手を出した以上見逃す気は無いよー。煽った分は差っぴいて攻撃開始ー』

『あい、まむ。てきとうに、ききんでも、おこすです。おなかぺこぺこじごく、です』

『おつ、です!……それにしても、ひやひや、したです』

『……クレアも、おつかれさま、です……』


彼の手を取りそっと握り締めていると、

何処からかアリサ姉さん達の声が聞こえた気がしました。

……もうすぐ、地上に戻れる。

早く、シーザーさんを助けてあげないと……。


こうして心配のあまり異様に高鳴る胸を押さえつつ、

私達は坑道を後にする事となったのです。

幸い教団施設に姉さんが居たので蘇生は間に合いました。


でも、何でかな。

シーザーさんが助かってほっとした筈なのに。

…・・何故か胸の高まりが一向に治まってくれないよ……。


続く



[16894] 11 姫様達の休日
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/05/09 17:53
隔離都市物語

11

姫様達の休日


≪勇者シーザー≫

暗い。

真っ暗な良く判らない場所を浮遊しているような感覚。

横たわる私の横では何故か沢山のアルカナ君が思い思いの大工道具を持って何かを修理していた。


『あ、しーざー、もうすこしで、なおるお』

『もうすこし、まつんだお』

『はーねえやん、きたら、きっちりなおしてくれるのら』

『それまで、おうきゅうしょちだお!』


全く、一体何を直しているのやら。

それになんでアルカナ君が沢山居るのだ?

……ああ、そうか。


「これは夢か」

『そうだお。あるかなほんたいは……おなかのうえで、たしたし。してるお』

『まだしゅうふく、おわってないんだから、ゆらさないでほしいんだお……』

『それでもがんばるあるかなだおー♪だおだおだおー♪』


トンテンカンテン音がする。

何かを治す音がする。

どこかで聞きなれた……音がする。

今日も今日とて、音が、する……。


……。


「……よっと、これでひとまず問題ないぞ。うむ、良く耐えた物だ。かつての父を思い出すな」

「おとーやんが心臓ぶち抜かれた時、ハー姉やんはまだ生まれてなかった筈だお!」

「はい。ですが女神様の言うとおりですよ?陛下は何時も苦難続きで御座いましたから」

「そんな事よりシーザーさんは大丈夫なの姉さん?……大丈夫だよね?」


……誰かの声が聞こえる。

クレアさんアルカナ君。それにゲン司教殿か。

もう一人は……確かに聞き覚えがあるが、何処で出会ったのかは判らない。


「何にせよ、彼が助かるのは必然です。何せ女神様が直接お力を振るわれたのですから」

「まあ、そんなに褒めても何も出んぞゲン。って何だこれは?」


……何処だろう。

思い出そうにも頭がぼんやりして余り役に立ちそうも無い。


「はい。不治の病に倒れた信徒たちのリストで御座います」

「いや待て!わらわに治せと言うのか!?いや、忙しいから!出向いてる暇は無いぞ!?」

「「そう仰せられると思いまして、全員連れてきてあります!」」


「あ。リーシュさん、ギーさん、お元気そうで何よりです。教団のお仕事は順調ですか?」

「うはうはに決まってるお!神様に直談判できるなんて恵まれすぎだお!」


妙に周囲が騒がしいが、それ以外は実に何時も通りだ。

……何時も通り、か。

そうなるとここは……塔の二階にある教会だな。

どうやらまた死に至りかねない大怪我を負ったらしい。

まあ、あれだけ無茶をしたのだから当然だ。

むしろ我ながら良く生き延びたものだと感心する他無い。


「ふん!だがそういつも懇願に乗ってやるものか!それ、これを持って行ってたもれ?」

「「これは!国王陛下宛の書状……ですね?」」


「おお、陛下は広範囲回復魔法をお持ちです。この書状を見せればそれを使って頂けるようですぞ!」

「「流石は女神様!実はそう仰せになると思って患者は王都に集めていたのです。では!」」

「え?ちょっと待てリーシュ、ギー!?どういう意味だ?って、こら!逃げないでたもれーっ!?」


バタバタと2人分ほどの足音が遠ざかっていく。

忙しい事だ。

同時に司教殿の声が聞こえたのだからきっと教団関係者なのだろうが。


「えーと…………はっはっは!何時でも願いが叶うと思うなよ!?」

「おとーやんに頼るって……今回も十分頼みを聞いてると思うお」

「良いじゃないアルカナ、助かる人が居るんだし。それよりシーザーさんは?」


そっと、クレアさんと思われる手が胸の上に置かれた。


「心臓、ちゃんと鳴ってる……良かった……良かったよぉ……」

「泣くなクレアよ。後で姉どもはボコっておくから泣き止んでたもれ?」

「何であり姉やんがボコられるんだお?わけわかめだお」


ああ、温かい。

生きているということを実感する。


「……まあ、色々あるのだ馬鹿妹」

「アルカナ馬鹿じゃないお!馬鹿って言う奴ばーか!おぶぁーっか!」

「ふふ、アルカナ。今自分で馬鹿って言っちゃったじゃない」


どうやら、クレアさんの誘拐を阻止する事は出来たらしい。

……良かった。

これすらも出来ないならどうしようかと思っていた所だ。


「誰が馬鹿だ……まったく、親の顔が見てみたいわ」

「ハー姉やんのおかーやん、でーべそーっ!」


良かった、本当に良かった……。


「シーザーさん……良かった……温かい……」

「……突っ込まんかクレア!」

「おねーやん!ツッコミ入れるお!」


「え?あ、ゴメンね。聞いてなかった……後、ルン母さんはお臍出っ張ってないよ?」

「そう言う問題じゃないお!……お互いの悪口が自分のおかーやんの事を言ってるってネタだお!」

「そこは聞いてたのかい!……なら今度は"姉さんの親でもあるんじゃ……"とか言ってたもれよ?」


何とも気の抜けるやり取りではある。

そのやり取りが予想以上に私のツボにはまったのか、

まるで咳き込むように喉の奥からくぐもった笑い声が漏れた。


「ぬおっ!?わらわを脅かしてどうするつもりだ!?」

「あ、シーザー起きたみたいだお」


……それにびっくりしたのか、

周囲に居た全員が私の寝ているベッドの横に集まってきたようだ。

クレアさんの両手が私を揺すっているのがわかる。


「シーザーさん!意識が戻ったんですか!?」

「落ち着け!こ奴も重体患者だぞ!?」

「だお!シーザーが生還したお!」


静かに目を開けてみる。

……窓の横にある光の当たるベッド。

そしてそれに横たわる私とそれを取り囲む人々が居た。


「良かった……間に合ったんだ……」

「おねーやん、良かったお!」

「はは、心配かけて済まない」


軽く手を伸ばすとアルカナ君がはしっ、と私の手を掴んで。

そして親指を押さえると何故か数を数えだした。


「いちにいさん……じゅう!アルカナの勝ちだお!」

「指相撲か!?馬鹿な事はしないでたもれよ……まったく」

「……あ、貴方は裁判長殿?」


私の指を押さえたまま後ろから引っぱたかれたアルカナ君。

そして後ろに目をやると、何時ぞやの裁判で私を裁いた女裁判長の姿があった。


……先ほどの話からすると、彼女がクレアさん達の姉君なのだろう。

そう言えばアルカナ君が成長すれば同じ姿になるのでは?言うほど良く似ている。

良く見ると頭の両脇で纏める髪形も同じだ。うん、良く似ている姉妹だな。


「うむ……久しいな。妹どもが世話になっていると聞いた。感謝するぞ」

「むしろお世話してあげてるんだお!迷宮案内だお!」

「アルカナ!シーザーさんにも姉さんにも失礼でしょう!?」


クレアさんはアルカナ君を抱き上げると部屋の隅に連れて行って降ろし、

自分もしゃがみ込んでお説教を始めた。


「だからね?年上相手には社会的立場はどうあれ失礼な事をしちゃいけないの。判る?」

「判ったお!本当だお!とりあえず首を縦に振っとけば怒られタイム終わるとか思ってないお!?」


……どうやらお説教は長くなりそうな雰囲気だ。

やれやれと思いつつ裁判長殿の方を向く。


「……何時ぞやは大変ご迷惑をおかけしました」

「いや、いい。そもそもあれは、後で聞いてみたらむしろわらわ達の落ち度ではないか……」


頬をかきながらむしろ申し訳無さそうに言う裁判長殿。


「それよりこの地には慣れたか?何時も迷宮に潜るばかりで息抜きもして居らぬと聞いておるが」

「不要です。私は一刻も早く魔王を打ち倒し祖国を救わねばならないのです」


「……ふふ、魔王を倒す。か」

「確かに笑われるような無理難題ではありますが、万に一つの可能性があるなら決して諦めはしません」


そう。今の私にはそれしかないのだ。

アラヘンの民が今も苦しんでいると言うのに私一人がのんびり等していられよう筈も無い。


「その余裕の無さは良く無いぞ……ふむ、ならば丁度良いか」

「何がです?」


「……異邦人シーザーよ。リンカーネイト第一王女ルーンハイム14世として命ずる!」

「はっ!」


裁判長殿は私の答えを聞くと苦笑をもらしていたが、突然襟を正すと凛とした声で命を発した。

……本来私はこの国の民ではないが、

この地に在り、アラヘン王の命も無い以上その命を受けるのが当然だろうと頭を下げる。


「今後一週間は肉体の休息期間とし、迷宮に潜る事を禁ずる!」

「はっ!…………は?」


のは良いのだが……今、この方はなんと言った?


「あの。裁判長殿」

「……わらわの事もハイムで良いぞ。時と場合を考慮してくれればな」


「ではハイム様。その……今何と仰せで?」

「迷宮探索禁止一週間。それがお前に下された処分だと言っておる」


「馬鹿な!ではその間何をして居ろと!?こうしている間にも魔王の間の手はこの世界にまで!」

「あんな雑魚、問題にもならん。それに意味はあるぞ?たまには体の回復期間を設けてやってたもれ」


……肉体の回復は魔法で何とかなる筈ではないのだろうか?

それなのにわざわざ時間を置く意味が判らない。


「お前の故郷の文明レベルではまだ判らんだろうが、肉体は酷使すれば良いと言う物ではないのだ」

「超回復って奴だお!」

「こらアルカナ!……ああもう。ごめんなさいねシーザーさん、騒がしい子で」


こちらの会話に食いついたのかアルカナ君がベッドの上に飛び乗ってきた。

しかし、超回復とは一体?


「……人が鍛えて強くなるのは、一度破壊された肉体が修復される時、少し余計に修復されるからだ」

「その、少し余計を繰り返して人は強くなって行くんだお!」

「そうなのですか。ですがそれなら尚の事時間を置く意味が判りません」


そうだ。人が鍛えられる事が、破壊された肉体を余分に修復する働きがあるせいだとしたら、

むしろ酷使する方が効率が良さそうな物だが。


「色々理由はあるがな。とりあえず……近年判った事だが、治癒魔法ではその超回復が起きんのだ」

「超回復前に魔法で元の状態まで戻るから、それ以上の回復が起きないって事らしいです」

「"治癒"はその名とは裏腹に肉体を元の状態に復元する魔法らしいのら!」

「女神様のお言葉ですが、つまり成長するには自然治癒力に任せる他無いと言う事です」


そうか……このまま治癒魔法で一気に回復してしまうと、

あれだけ体を動かして得た肉体的な鍛錬成果をドブに捨てる事になるのか……。

だから治療も最低限と言う事なのだろうな。

道理で体が満足に動かないと思った。


「それに、精神的にも追い詰められて居るようにわらわは思う。少し休暇を取れ……命令だ」

「それが良いと思います……シーザーさんは無理をし過ぎです。私も心配ですよ」

「だお。顔色が悪いお。それに最初一緒に迷宮に行った時に比べて眉間に皺が寄ってるお!」


どうやら私は、自分で思っている以上に追い詰められていたようだ。

観念して首を縦に振ると、特にクレアさんは心底ほっとしたように安堵の息を漏らした。

……どうやら酷く心配をかけてしまったらしい。

まあ、ボロボロになっていただろうしそれも当たり前だが……。


「ともかく、そう言う事ならありがたく休暇を頂きましょう。感謝します、ハイム様」

「うむ、じっくり休んで英気を養ってたもれ?」


それだけ言うとハイム様は軽く手を振って歩いて行ってしまった。

……それにしても何とも堂々とした後姿だ。

華奢な見た目に反して威厳が生半可ではない。

一国の姫君なのだから当たり前と言えば当たり前だが、むしろあれでは王の域ではないか。


「ふっ、決まったぞ」

「……何もかも台無しだお」


成る程。国王陛下やハイム様の様な方々の元ならばあれだけの精鋭が整えられるのだ。

そしてそれ故にこの国には魔王にも屈しない磐石な態勢が整えられているのだろう。

……私は祖国の事を思い出し、この国の現状をそう結論付けたのである。


「よいしょ、よいしょ。シーザーはお休みだお……と、言う事は……遊んで欲しいお!」

「駄目でしょアルカナ。シーザーさんは疲れてるんだから休ませてあげないと」


そんな事を考えながらぼんやりとハイム様を見送っていると、

アルカナ君が私を運ぶ為と思われる車椅子を押して……、

しかもハンドルまで手が届かないのか、背もたれを押して現れた。


「……遊ぶ?」

「だお!一緒に虫取りするお!バスケットボールでも良いお!」

「出来る訳無いよ!体がボロボロで休んでるのに……シーザーさん?気にしなくて良いですからね?」


その上で遊んで欲しいとせがんでくる。

……考えてみるとアルカナ君にも良くして貰ったが、私自身は何一つ恩を返せていない。

それに息抜きをしようにも、

牢人殿の騒動で判った様に私はこの街の事を殆ど知らないのだ。


ならばここはこの小さなレディにお付き合いして、

そのついでに街を案内して貰うべきだろう。


「判った。アルカナ君……ただ私はこの街の事を知らない。面白い所があるなら案内を頼めるか?」

「わーいだお!うんうん、面白い所一杯あるから案内するお!一緒に遊ぶんだお!」

「……ごめんなさい、折角の休日なのに……え、と。ところで私もご一緒して宜しいですか?」


司教殿に見送られながら、私達は明日からの予定を立てていた。

アルカナ君が無茶な計画を立て、クレアさんが慌てて訂正し、私はそれを静かに見守る。

意外な事にクレアさんが妙に乗り気だったのが印象的だった。


「おし。シーザー車椅子移乗完了だお!」

「私が押しますね。数日もすれば歩けるようにはなるってアリサ姉さんが言ってましたよ」

「……明らかに足が折れているが、数日で治るのだろうか……いや、最後は魔法を使うのか?」


……本当に、久々にのんびりとした時間。

私は祖国アラヘンにも、こんな時間を取り戻したいのだ。

だが今は、今だけは歩を止める事を許して欲しいと思う……。


……。


「……と、言う訳で明日から一週間は迷宮立ち入り禁止になってしまった……」

【勇者と言えど人の子。たまの休息は必要でしょう】


そして、祖国の苦しんでいる人々を残して自分だけ楽をする罪悪感からか、

その日の夜、私は首吊り亭の部屋に戻ると剣の精霊に許しを乞うたりしている。

しかし我ながら何とも心の弱い事だ。

どちらにせよ自分では覆しようも無い事なのだから、普通に受け入れれば良いものを……。


【正直、私としては時折こうして手入れをしてもらえる方が良いですがね】

「……蜘蛛の巣が張ってしまうまで放置して申し訳ない……」


故に、私はこうして聖剣の手入れをしながら、

こうして剣の精霊と話をしているのである。


【まあ良いですがね?使命を忘れずに居るのですから。そうでないなら見捨てるを通り越す所ですが】

「見捨てる以上とは一体!?いや、部屋に戻り次第即死んだように寝てしまう私が悪いのだが!」


お陰で余計な藪を突付いてしまい蛇が出てきてしまったが。

……しかし、伝国の聖剣に蜘蛛の巣を張らせてしまうとは、

我ながらなんと不甲斐無い勇者なのだろうか……。


【……ですが、これも良い機会。世話になったと思うのなら彼女達を楽しませる事です】

「いいのだろうか?国を放り出して遊んでしまっても」


【大事な事は最終的に魔王を打倒出来るか否かですが、これはそのために必要な事でしょう】

「最終的にアラヘンを取り戻せればそれが私達の勝利、か……」


【私達の目的は忘れないように。それさえ守れるならたまの休日くらい有っても良いのでは?】

「その言葉に感謝する。剣の精霊よ……」


そうして私は眠りに付く。

……それは久々に心安らぐ眠りだった……。


……。


「シーザー!起きるお!遊ぶお!」

【待ちなさい!そこの貴方、危ないですよ!?】


……ばしばしと顔面を何かで叩かれている。

この声は、アルカナ君か?

しかし随分と痛いのだが……。


「時間だお!遊ぶお!お迎えに来たお!」

【伝説の剣を目覚ましに使うとか!ちょっ、まっ、そのっ!?】


なるほど、これは聖剣か。

鞘に入れたままとはいえ剣で顔面を叩かれているのだからそれは痛いはずだ。

……聖剣?


「待ってくれっ!?」

「あ、起きたお」

【はぁ、はぁ、はぁ……い、一時はどうなる事かと……】


にこやか、かつ朗らかな笑顔でアルカナ君は私の腹に乗っていた。

そして伝説の聖剣で私を起こそうと叩き続けていたらしい。

……まったく、なんと言う事を。


「アルカナ君、刃物を人に向けてはいけない。鞘に入っているとは言えやはり刃物は刃物なのだ」

【ただの刃物扱い!?】


剣の精霊が抗議の声を上げるが、そこは我慢して欲しいと小声で話しかけておく。

やはり、ここは年長者として一般常識を教えてあげないとなるまい。


「いいかな?例えばアルカナ君に刃物が向けられたとして……良い気分はするかい?」

「別にどっちでも良いお。ハー姉やんにはしょっちゅう刺されてるんだお!」

【……どんな家族なんですか】


駄目だ。この子には一般常識が通用しないのだった。

何時ぞや一緒に落とし穴に落ちたときがあったが、その時普通にひき肉と化していた筈なのに、

私が教会で目覚めた時にはもう普通に走り回っていたな……。


「ともかく行くお!遊ぶお!遊ぶお!」

「待った!引っ張らないでくれ!?」

【ふう、勇者よ。束の間の休暇を楽しんでくるのですよ……はぁ】


そんな事を考えつつ着替えを終えると、

私はアルカナ君に車椅子に乗せられ、部屋から押し出された。

剣の精霊に見送られながら酒場に行くと、

そこには片腕を吊ったままの竹雲斎殿の姿。

そして。


「おお、シーザーか。お互い無事で何よりじゃな」

「……キャラ被りの爺に台詞まで取られたぞい……トホホ」

「あ、シーザーさん。おはよう御座います!」


ガルガン殿とクレアさんの姿。

特にクレアさんはトレードマークでもあった覆面も外し、

申し訳程度に帽子を目深に被ってこちらに手を振っている。

……うん。元気になったようで何よりだ。


「ガルガン殿、不肖シーザー、生きて帰還に成功した」

「うん。しかしまさかあそこで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされるとはのう」

「ガルガンよ。あそこも一応迷宮内じゃし、そもそも危機も罠に嵌ったからこそじゃ」

「……本当に、一時はどうなる事かと思いましたよね」


コトリ、と私の目の前に温かなスープが置かれた。

どうやら軽めの朝食らしい。

スープを片手で持って、車椅子を近くのテーブルまで押してもらう。


「まあ、食わんと力が出んぞい?さあさあ食った食った」

「ガルガン殿、感謝する」

「……だおー……」

「こら、物欲しそうに見ないの!」


スプーンで湯気の昇るスープに掬い上げる。

ジッと私の手元を覗き込んでいるアルカナ君にも悪いのでさっさと食べ終え、

そしてクレアさん達の方へ向き直った。


「では、今日は街の案内を宜しくお願いする」

「はい。任せてください」

「任されたお!」


一礼をすると二人から返礼がかえってくる。

そしてクレアさんが車椅子の背後に回りこみ、アルカナ君が宿のドアを開けた。


「では行きましょうか」

「とりあえずお店に行くお!でもコタツの出入りしてる怪しい店じゃないのら!」

「今から行く所はカルーマ商会のエイジス支店です……実は母が来ているんですよ」


……ほお。

クレアさん達の母君か。


「母さん、先日の礼をしたいと強く要望してるんです。無理して時間作ったみたいですよ?」

「ハピおかーやんにとっておねーやんは商会と同じくらい大事なものなんだお!」


ちょっと待て。

その優先順位はおかしい。


「ふふ、うちの母は元々父さんの妻になれるとは思ってなかったそうなんです」

「だからおとーやん達と育て上げた商会は、ハピおかーやんにとって文字通りの"我が子"なんだお!」

「……あ、ああ。そう言う事か」


一瞬子供より金の方が大事なのかと激昂しかけたが、どうやらそう言う事ではないらしい。

逆に自らが関わり作り上げた組織が我が子同然と言う意味だったか。

良かった。クレアさんの母君ともあろうお方がそんな情の無い方だとは思いたくなかった。


「あ、あそこが商会の支店だお」

「まるで城だな……と、言うかだ。私はあれがここの王城だとばかり思って居たのだが」

「……いえ、ただの百貨店です。我が国の大使館などは別にあるんですよ」


幾つかの通りを抜け、見えてきたのは城のような巨大な城門。

無論、上の方は首吊り亭でも見る事が出来る。

多分あらゆる意味でこの街で一番の建物ではないだろうか?


「ようこそ勇者シーザーさん。カルーマ商会副総帥にしてリンカーネイト第三王妃、ハピと申します」

「はっ。お初にお目にかかります!……第三?」

「そうなのら。おねーやんのおかーやんだお」


第三と言う事は……いや細かい事は考えない事にしよう。

ともかく、なるほど確かに品のある女性だ。

服装などから見ても貴族と言うより商人に見えるが、

先ほどの話からすればそれも当然の事なのだろう。


……邪推では有るが、この方は第三王妃だという。

となると第一、第二の王妃がいらっしゃる事になるが、

この方は他の王妃と違う面で存在感を持つ事で、身分等の差を補おうとしたのかも知れない。

何となくだがそんな風に思う。


さて、何時までも一国の王妃を放って置く訳にも行くまい……まあ、何にせよまずは挨拶からだな。

私は車椅子の為立つ事が出来ない。両手を膝に乗せると深々と一礼した。


「王妃様にはご機嫌麗しゅう」

「はい。この度は我が娘を助けて頂き、本当に有難う御座いました」


一国の王妃とは思えない腰の低さ……で驚いている私のほうがおかしいのだろう。

いや、最早この程度で驚いてはいられない。


「しかも、幼い時よりの持病まで直すきっかけになって頂いたとか」

「……持病?」

「ふふ、シーザーさんも知ってるはずですよ」


クレアさんは薄く笑って言った。

しかし、彼女は至って健康な筈だが、何処に持病が……あ。


「クレアさん!?笑っていて大丈夫なのですか!?」

「……はい。もう大丈夫です。あの日以来、力の制御に成功しましたので」

「おねーやんは一皮剥けたんだお!」


美しい笑顔に一瞬魂を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

そして次の瞬間、頭の奥底から亡者の如き声が私を惑わそうと近づいて……、


「!?……ハァッ!」

「きゃっ!?」

「ど、どうしたお!?」


……近づいてきたので気合を入れて煩悩を心から追い出した。

私は仮にも勇者。か弱い姫君をそんな目で見る事など許されよう筈も無い。

今の私には勇者としての名誉以外何も残されていない。

魅了された程度の事で自制心を失う訳にはいかないのだ。


「申し訳無い。少し気を入れただけだ」

「びっくらしたお」

「私も驚きましたよ。さあ勇者さんもこちらへ……せめてものお持て成しをさせて頂ますよ」


そして私は奥に通された。

随分と地味だが、その見栄えとは逆に実に高級な一品を惜しげもなく使った応接間。

故郷の王宮でも見たことの無いようなその部屋には色とりどりのご馳走が所狭しと並んでいる。


「首吊り亭に連絡し今朝の食事は軽めにして頂きました。時間が取れず午前中で申し訳ないのですが」

「い、いえ、望外とはまさにこの事!ありがたくご相伴に預からせて頂きます」

「アルカナも食べるお!」

「ふふ、アルカナはこの為に今日の朝ご飯食べてないものね?」


アルカナ君はテーブルの上に手が届かないのか、

クレアさんに抱き上げて貰いつつ、立食形式で料理を皿に乗せていく。

まあ、車椅子の私にはどちらでも同じ事だが。

それにしてもとんでもない歓迎ぶりだ。このワインなどどう見ても最高級品ではないか。


私が異常なまでの歓迎に二の足を踏んでいると、

王妃様御自らが料理を幾つか取り分けてこちらに差し出す始末。

……受け取らない訳にも行くまい。

少し面食らいながらも礼を言いつつ皿を受け取る。


「素晴らしい料理です。わざわざ用意していただいて有難う御座います」

「いえ。クレア・パトラを助けて頂いたのです。あの子の事を考えるとこんなお礼では足りません」


第三王妃様が横の従者に目配せをすると、

ずっしりとした麻袋がトレイに乗せられてやって来た。

王妃様はそれを私に手渡すと少し申し訳無さそうに言う。


「私は王妃より商人の割合が多いんです。感謝をお金でしか表せないのが恥ずかしいのですが……」

「いえ……お気持ちは十分に伝わりました」


異様に重い袋とその中に袋の形が歪になるほどに詰め込まれた黄金の輝き。

……この国における金貨の価値が異常に高い事は知っている。

王家の人間といえど僅かな期間にそうそう集められる物ではあるまい。

しかも、自身の本質は商人だと言う方が金銭感覚が狂っているはずも無く。

だからその袋の重さは王妃様の感じている恩の重さなのだろうと私は思う。


「私も総帥も何も知らされていませんでしたからね……事の次第を知った時は気を失いかけましたよ」

「ごめん、です」

「……色々と謝るであります」


……いつの間にかアリシアさん達が頭に大きなこぶを作った上で横に土下座していた。

流石に諜報機関の長として責任を感じる所があったのだろう。

しかし、あれだけの大規模な謀略……察せられたとしたらそれこそ普通ではないと思うが。


「ともかくクレアさんは無事だったのだから良いではないですか、王妃様」

「……そうですね。長年の心配も無くなった事を考えると……ですが、それでも……」

「だから、ごめん!です。にらむ、だめです!にいちゃに、さきに、おこられた、ですから……」

「もうしないから許してであります!はーちゃんにも派手に殴られたからそれで許してであります!」


オロオロしながらも地面に額を擦りつけたまま部屋から出て行くアリシアさん達。

こうしてどこかドタバタしたりもしたが、その後は特にトラブルなどもなく、

腹いっぱいにご馳走を詰め込んで食事会は終了した。

続いて少し商会の中を見せてもらっていると、いつの間にか太陽が頭上に来ている。

そろそろ行かねばならないだろう。


「そろそろ次行くお!」

「……そうだな。王妃様もお世話になりました」

「いえ、こちらこそ」


深々とした一礼で見送られた私達は、次なる目的地へと向かう。


「次はどうするのだ?」

「次は的当て屋さんなのら!弓で狙って高得点を出したら景品がもらえるお!」

「シーザーさんは弓が使えますよね、確か」


無論だ。先日実戦で使ったばかりだし、そもそも故郷で一通りの武具は使えるように訓練されている。

しかし的当てか。

懐かしい。故郷でも訓練中に同僚達とよく賭けをして楽しんでいたものだ。

騎士団長が来ても訓練にしか見えないし、

逆に真面目にやっているなと褒められた時は、後々見習い騎士全員で大笑いしていた記憶がある。

……もう、その中に生きている者は一人も居ないが。


「どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」

「もしかして自信が無いのかお?」

「え?ああ。いや、何でもない」


まあ、全ては詮無きことだ。

それに私の都合で彼女達を心配させる訳にも行くまい。

殊更に笑顔を作り、腕を曲げると力こぶを作った。


「まあ、自信はあるぞ。無論百発百中とは行かないし……この足で何処まで行けるかは判らんが」

「だお!実は高得点域に欲しい景品があるお!取って欲しいのら」

「期待していますよ?」


二人に背を押されるように店の戸を潜る。

意外なほどに立派な建物の中に、室内射的場としてはかなり大規模な設備。

恐らく本来は軍の訓練施設だったのではないかと思うほどに本格的だ。

的は円形で縞模様のようになっているオーソドックスな物。

ありがちだが中央に近ければ近いほど高得点のようであった。


「ククク。お前らか……ふぅん。新顔かよ……若いの。俺様の店に良く来たな」

「やっほい!ビリーおじーやん。元気そうだお!」

「こんにちは。えーとシーザーさん、こちらはビリーお爺さん。ここの店長さんです」


この店の経営者はビリーと言う名の老人だった。

元は傭兵を生業にしていたらしい。

聞くとこの店も元々傭兵の組合だったらしいが近辺の傭兵達は大体定職に就く事に成功したのだとか。

そして役割を終えた組合の建物はギルド長だったこの老人の"勿体ねぇ"の一言で、

訓練場に多少の改装を加えられ、こうして射的屋として機能していると言う。


「いずれ俺様の孫がこの大陸全てを統べる事になるのよ……ククク、笑いが止まらねえ……」

「グスタフ兄さんの事ですね。次期リンカーネイト連合王国の長になる事が決定しているんです」

「王様を統べる王様だお。偉いお!でも実際は面倒事を押し付けられただけなのら……」


しかも、リンカーネイト王国第二王妃様の義理の父上であり、

かつては一国の王だったらしい。

……やはりこの世界は何処かおかしいと思う。

どうしてそんな大物がこんな所でこんな事をしているのだろう……。


「ククク……言いたい事は判るぜ?一つだけ言っておく。……書類はもう嫌なんだよ……」

「とか言ってタクトおじーやんのほうは今も書類に埋もれてる筈だお!」

「だからビリーお爺さんの方は外で自分のしたい事をしているの。それをとやかく言っちゃ駄目よ?」


良く判らないがきっと突っ込んだ話をしてはいけないところなのだろう。

余りに重い雰囲気を察し、私は話題の転換を試みた。


「……それはともかく早速始めたいのだが……」

「ああ。矢を一本射る度に銅貨一枚だ。得点が規定まで溜まったら景品と交換できるぜ」


弓矢を受け取る。

銀貨を一枚渡したら100本の矢束が普通に渡されたのを見ると、

時間と資金さえかければ誰でも、そしてどんな景品でも一応手が届く事になっているのだろう。

腕があれば相場より安く、腕がなくともいずれは望みの品に手が届くのか。

私の腕の見せ所だな。


「では……始める」


とりあえず放った矢は正面の的の中央左寄りに命中した。


「おお、やるじゃねえか。最初から70点だぜ」

「シーザーさん。真ん中だと100点です、頑張ってください!」

「アルカナが欲しいのは大きな熊のヌイグルミだお!150万点だから頑張るんだお!」


……アルカナ君のほうをまじまじと見た。

150万点?

全部真ん中に当てても1万点にしかならないのだが?


「良く見ろ。奥の壁に10万点とかのボーナスゾーンがあるぜ」

「……その中央が10万点……しかし、遠い上に小さい的だ……」


言われて首をずらして後ろを見てみると、

的の後ろ、死角になっている壁に小さく丸が書いてある。

横の文字は小さすぎて判別できないが、どうやら法外な点数が書いてあるようだ。


「ククク、簡単に渡せない景品の点数は少々馬鹿高く設定させてもらってるんだぜ」

「悪い顔してるお!」

「えっと……シーザーさん?無理はしなくて良いですからね……」


思わず冷や汗が一筋流れる。

クレアさんは余り気にするなと言ってくれるが、膝の上に飛び乗りズボンの裾を掴んで、

期待の眼差しをこちらに向けるアルカナ君を見ていると応えたいと思わず考えてしまう。


「……確実に、とは言えないが最善は尽くそう」

「良く言ったお!シーザー!」

「ああもう、この子は……」

「ククク……仲が良いなあ、お前ら」


目を閉じて数回の深呼吸。

呼吸を整えた後、無駄な力を抜いて的に神経を集中する。

狙うべき的はそれより遥かに大きな普通の的に阻まれている。


……弓を引く力に加減を咥え、山なりに矢を放つ。

だが足が使えないので唯でさえ精度が低い矢は、無様なほどに右往左往を繰り返した。

そして……。


「外れがひいふうみい……お、この位置だと1万点だぜ?で……合計で1万と700点だな」

「……だおぉ……アルカナの熊さんが……」

「アルカナが無茶言ったからでしょ?」


景品の棚を占拠する、人より大きな巨大ぬいぐるみ。

それをガラス越しに張り付いて穴が開くほど見つめているアルカナ君には悪いが、

私の力は及ばなかったのだ。

幸い国王陛下ならば手に入れるのは容易かろう。

残念だが今回は諦めて直接父君に頼んで欲しいと思う。


だが……せめてもと思い、

まともな点数の景品棚からあるものを貰うとアルカナ君を呼び寄せた。


「じゃあ、これは代わりの品だ」

「だお?紐?……リボンだお!」

「アルカナ良かったね。……本当に良いな……」


何処にでもある材質の極普通のリボン。

幸い低い点数でも手が届いた為アルカナ君へのプレゼントとして贈る事にしたのだ。

小さいながらも彼女とて立派なレディの卵。きっと似合う事だろうと思う。


「はい、出来たよ……それにしてもこの格好……ああ、今日だったんだ……」

「わーい。わーい。貰っちゃったおーっ」


うん。実に似合っている。

……まさかその場で着けるとは思わなかったが。


「クレアさんには……これかな」

「おいおい、相手はクレアだぜ?そんなブローチなんぞ自称婚約者どもから腐るほど贈られてきてるぞ」

「え!?いえ!頂きます!大事にしますので!それはもう!……本当に大事にしますね……」


クレアさんには残った点数で取れる中で一番高い装身具を。

意外にしっかりとした造りの銀のブローチがあったのでそれを贈る事にした。

ビリー殿の言うとおりクレアさんならそれ以上のものを幾つも持っているだろうが、

まあ、そこは気持ちと言う奴だ。少なくとも無駄にはならないだろうし。


「じゃあ次だお!ビリーおじーやん。バイバイだおー!」

「おうよ。またな!」

「それでは失礼する」


そう言えば仮にも王家に連なる人間に対しこの口調は拙かったな。

……とは言え、何故かこの世界の王族の方々には多少ざっくばらんな口調の方が受けが良いようだ。

まあ、今更変えるのもまずかろうし、注意されるまでこのままで行く他無いか……。


「……何かいいな、これ……」

「おねーやん。なんで宝石も入ってないただのブローチに見とれてるんだお……」


その後、店を出た私達は近隣の施設や有名な場所を一日かけてぐるりと一回りした。

その強行軍は夕暮れ時になる頃には遊び疲れてしまうほどだったが、

精神的には限りなく素晴らしい休暇になったと思う。


「お、おおおおっ!ひ、姫様だあああっ!」

「下がりなさい!」


「は、はいいいいいいっ!」

「……はぁ、驚いた……」

「また撃退だお!」


時折クレアさんの笑顔に引かれてやって来る者どもを、彼女は一喝して下がらせる。

確かに彼女は一皮剥けたのだ。

それは私のお陰だと言われたが、もしそうならそれだけでもこの世界に来た甲斐があったというもの。

嬉しそうに街を歩くクレアさんを私は目を細めながら見ていたのである。


……。


「どうでしたか?この街は」

「ああ。活気に満ちた良い街だ。暫く世話になっていながら私は何も知らなかったのだな……」

「事情が事情だから仕方ないお」


そして今、私達は迷宮のある塔の最上階から街を見下ろしていた。

流石に元灯台と言うだけあって素晴らしい眺めだ。

段々と明かりの増えてきた街並みを夕日を背にして眺めていると、

自分が悩んでいる事が何故だか小さな事のようにすら思えてしまう。


「だったらこれから色々知っていけば良いと思います。私も少しはお手伝いできると思いますし」

「……感謝する」

「アルカナもだお!早速明日も色々案内するお!」


その言葉に思わず涙腺が緩んでしまい、慌てて夕日を見るふりをして上を向く。

……涙が零れる前に乾くまでそのままでいて、ようやく落ち着いたので後ろを振り向くと、


「だおぉーーー……」

「アルカナーっ。昔の私によろしくねーっ?」


アルカナ君が謎の穴に落ちていく最中だった。

……しかもクレアさんは至って普通にしている。

普通慌てるのではないか?一体これは何事なのだ!?


「昔、私が小さい頃なんですけど……初めての召喚でアルカナを呼び出した事が有るんですよ」

「それが今のアルカナ君だと!?」


「はい……あのリボンを見て召喚されるのが今日だと確信しましたから心配はありません」

「えーと、それは過去で無事に戻れる結果を知っていると言うことか?」


「そうですね。リボンを貰った日に呼ばれたって言ってましたから」

「……そう、なのか。しかし判っているなら止められたのではないか?」


にわかには信じ難いことだがクレアさんはこくりと頷いた。

止められたと言うのに何故……?


「当時色々とあって塞ぎ込んでいまして……あの子に救われた事実があるので止められません」

「そうか。しかし召喚術とは世界はおろか時間すら越える術なのだな……凄まじい」


それにしても過去に飛んだアルカナ君が昔のクレアさんを救う、か。

何か卵が先かニワトリが先かと言う感じの……どうも歯に物が挟まったようなもどかしい話ではある。


「みたいです。過去何例かの前例もあるようですよ」

「そうか……せめて私はアルカナ君の無事を祈ろ、フガっ!?」

「ようやく帰れたお!ただいまだお!」


それで……アルカナ君の無事を祈ろうと天を仰いだら当のアルカナ君が空から降ってきた訳だ。

着替えた跡があるし、ようやくと言う台詞からも結構な時間経過があった事が判る。

本当に……召喚魔法とは恐ろしい物なのだな……。


「……ところでシーザー。首、大丈夫かお?」

「アルカナがやったんでしょう!?」

「あ、いや、大丈夫……だと思う……」


とりあえず、降ってきたアルカナ君が直撃したから痛むだけだ。

……彼女達を送ったら最後に医者に寄って行こうかと思う。


どちらにせよ、既に日は傾いている。そろそろ帰るべき時間だろう。

休暇なのだから少し茶目っ気を出してもいいだろうと、出来る限りの優雅な一礼。

そのまま片膝を付いて、淑女に対する作法とも言える社交辞令を口にした。


「では姫様?そろそろ日も暮れますし、お屋敷までお送りしたします」

「そうですね。今日は楽しかったですよ……え、と。お礼です、手を……」

「お手を拝借、だおっ!」


そっと差し出された手の甲に軽く口付ける。

勇者と言うよりは騎士の礼儀だ。

姫の手への口付けは最大級の名誉。今の私にとっては何物にも代え難い報酬。

……今日は喜んでいただけたようで何よりだ。


「どしたお?おねーやん。お顔が赤いお」

「え?…………ゆ、夕焼けに照らされてるからじゃない?」


言われて見ると、素晴らしい夕焼けが街を赤く照らし出していた。

……美しい。

そう感じると共に、この世界をも飲み込もうとする魔王ラスボスへの怒りがふつふつと湧いてくる。



「うおおおおおおっ!わらわ、今日は折角の休暇なのだぞーーーっ!?遊ばせてたもれーっ!?」

「「女神様、次はこちらです!隣の大陸のとある村で疫病が!」」


「だあああっ!これで最後だぞ?本当だぞ?……ええい!縋りつくな!分かったから!……転移っ!」

「「行きましょう!女神様のお力を求める信徒の下へ!」」


「ハー姉やん、忙しそうだお」

「でも何処か楽しそう、かも。やっぱり頼られると嫌と言えない姉さんだものね」


騒がしいが既にアラヘンが失ってしまった活気に満ちた街、隔離都市エイジス。

私はこの街を守りたいと思った。

……無論、故郷アラヘンを救う為という大前提は忘れていないが……。


「明日はどうするんだお?アルカナは」

「駄目。アルカナ、昔に行って来たんでしょ?お父さん達にその事をお話しないと」


「だお?呼ばれたすぐ後の時間軸に飛ばして貰ったから言う必要ないと思うお」

「……おとうさん達はアルカナが何時過去に飛ばされるかは知らないの。安心させてあげるべきよね」

「そうだな。何時の日か娘が行方知れずになる事を知っているなど、不安の種以外の何物でもない」


彼女達を仮の宿へと送る道すがら、そんな取り留めの無い会話をしていた。

しかし、二人は帰るのか。どうやら明日は完全に自由時間のようだな。

さて、明日からはどうしよう。


「では。私はこの辺で失礼する」

「お見送りありがとうだお!」

「さ、明日はお家に帰るからね。ご飯食べたら転移の準備だよアルカナ」


ようやく辿り着いた彼女達の泊まる宿は、流石の一流店。

私の格好では中に入る事すら許されなかったので、宿の前で別れの挨拶をした。


「……本当に楽しかったです。シーザーさん、また一緒に何処か出かけましょうね」

「はっ」

「その時はアルカナも連れて……!?……行って貰うかも知れないお」


……。


そうして私は首吊り亭に戻ったのだ。

だがそこには予想もしない人がいたのだが。


「ブルー殿!?」

「元気そうで何よりだ。シーザー」


ブルー殿だ。

しかも足も治ったようで元気そうにしている。

……良かった。彼も助かったのだ。


「迷宮に暫く出入り禁止のはずだな?明日の予定は空いているか?」

「ええ。空いていますが」


私の答えに彼は不敵な笑みを浮かべ、何かを手渡してきた。


「そうか。ならば付き合え……武具を失っただろう?新しい物を新調するぞ……これ以外はな」

「この獅子の紋章盾は、元々貴方の物ではないですか」


「助けられた礼の先払いと最初に言ったはずだ。もう既にお前のものだ、大人しく受け取れ」

「そう言う事でしたら……」


ブルー殿が差し出してきたのは、私が借りていた筈の盾だった。

私の武具は先日の戦闘でくず鉄同然になってしまい、既に手元には無い。

愛用の剣も折れてしまい最早使い物にならないだろう。


……だと言うのにその盾には傷すらない。その防御力は驚異的だ。

これだけの一品を手放させるのは申し訳ない気もするが、

今の私にはどうしても必要なものだ。ありがたく使わせていただこう。


「……守りたいもの。守るべきものの再確認は済んだか?」

「はい」


「そうか。何時かお前もそれに押しつぶされる日が来る。かも知れん……だが決して諦めるなよ」

「無論です」


それを聞くとブルー殿は何処か満足そうに頷いて店を出て行った。

……どうやら明日はブルー殿に付き合う、

と言うかブルー殿がこちらの武具の新調に付き合ってくれるらしい。

ついでにあの後どうなったかも聞いてみようかと思いつつ、

私は体の疲れを癒す為、部屋へと戻って行ったのである。


……それにしても、エレベーターとは便利なものだな。

これがなかったら私は部屋に帰り着く事すら……、


「キシャアアアアアーーーッ!」

「っ!?」


結局私が部屋に帰りついたのは、それから三時間後の事。

部屋の辺りに殺人巨大ミミズが出る事をすっかり忘れていた私のミスであった。

夜道を教会から車椅子で戻るのは少々肌寒く、その上に惨めだった。

……部屋に入るまでは安心してはならないというのに……無念だ。


……。


≪某一流ホテルにて≫

和気藹々と会話の弾む姉妹の部屋の前に、一人佇む男が居る。

賊だろうか?……いや、この宿の警備は万全だ。


「ところでおねーやん。もしかして、シーザーの事好きなのかお~♪」

「なっ!?そ、そんな事無い…………事も無い、かな?」


男は姉妹の会話を暫し聞いていたが、必要な事は聞けたとばかりその扉の前を離れる。

……何故か、ホテルの従業員達がその男の行動に異を唱える事も無かった。


「……姫」

「貴方とレオ将軍には地に頭を擦り付けて詫びねばなりませんね……アオ」


いや、もう一人。

サンドール系の顔立ちのその美女……ハピは、共に居たブルーに対し心底済まなそうに頭を下げる。


「……私は、あの子の幸せを願っています。だからこそ、貴方だった訳ですが」

「私が姫様を想う事と姫様が誰かを想う事は別です、王妃様。私の事は考慮するに値しません」


「私はあの子が選んだ人が居るのであれば、それを優先したいと願ってしまいますよ?」

「姫は力を得られた。王たるものが力を得たなら己の望みを叶えられて当然かと」


淡々と語るブルーの顔に表情は無い。

何処か達観したようなその顔に、ハピの目じりには涙すら浮かんできた。


「……何時かあの子と貴方の婚約を破棄すると言い出すかも知れませんよ?本当にいいのですか?」

「姫の望みが叶う事が第一です。私の事はお気になされませんように」


アオ・リオンズフレア、それは王女クレアの婚約者の名でもある。

昔、まだ幼いにも関らず鎧で歳を誤魔化して守護隊に入隊した彼は、

驚くべき才能を発揮し、瞬く間に副長まで上り詰めた。

血筋、忠誠、能力、そしてクレアへの想いと態度の全てが優れていたアオではあったが、

それをひけらかすのを良しとせず、普段はブルーと言うただの一騎士として振舞っている。


「守り抜けるなら一生守り抜けば良いのでは?それさえ確約してくれるなら……」

「私にとっては姫が幸福である事が一番大切です」


それをカルマ達に評価され、

生涯守りぬける伴侶が必要であったクレアの夫として白羽の矢が立つ。

それからはクレア自身にすらその事を気取らせず、アオは陰ながらクレアを守って居たのだ。

……だが、状況は変わった。

クレアが自身の能力を克服した事で、絶対安心な誰かに任せなければならない必要はなくなっていた。

無論、伴侶はクレア自身に決めさせたい。

と言いながら苦虫を噛み潰したように言うあたり、カルマが馬鹿親である事は間違いなかったが。

……何にせよ、代わりが居ないが故に安泰だったアオの立場が、

シーザーの登場によりかなり微妙な立ち位置になってしまったのは間違いない。


「まさか。こうなる事を予期していた!?貴方にとって利は何一つ無いのに?」

「姫は女王となるお方。誰かの後ろに居ないとならないのでは後々致命的な事になりかねませんから」


痛々しい沈黙の中、

がり、と歯を食いしばる音がする。


「貴方はそれで良いのですか?アリシアさん達に相談しても予定調和だとしか言ってくれない」

「……私にとって、姫の心が他の男に向くのは死ぬほど辛い」


「では何故!?」

「それでも。姫の心がシーザー・バーゲストに向かないのも、私にとってあってはならない事ゆえ」


意味が判らない、と夫の名を呟きながらその場にへたり込むハピ。

それを尻目にブルー、いやアオ・リオンズフレアは静かに歩き出した。


「あれを鍛える準備がありますので今宵はここで。今頃油断して死んでいる頃でしょうしまだ鍛えねば」

「それで、それでアオは満足なのですか?総帥も困惑していますよ!?」


「……今の私に出来る事は、あれを姫の想い人に相応しい勇者に鍛え上げる事だけなのですよ……」

「アオーっ。次の準備できたよー」

「ぎみっくよし、てきはいち、よし、です」

「あたし等クイーンアント一族に不可能は無いのであります」


彼が何を考えているのか。

それを知るのは……世界を裏から牛耳る見た目は可愛らしいクリーチャー達だけであった。


続く



[16894] 12 獅子の男達
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/05/09 18:01
隔離都市物語

12

獅子の男達


≪勇者シーザー≫

怪しげな裏通りにその店はあった。


「俺だ。ここのお坊ちゃん達、金は持ってるから良い出物があったら見せてやってくれや」

「あいよ。コテツよぉ、今日の客は本当に上客・・・・・・ヒッ!?」

「この死体漁り屋にも存在意義がある事は認めよう。だがそれ相応の価値は見せてもらう」

「ぶ、ブルー殿!?」


ブルー殿と待ち合わせた場所に付いてみると、何故か牢人殿の姿もあった。

・・・・・・予想外な組み合わせだが仲は良いのだと二人は言う。

なんでも昔からブルー殿は牢人殿に色々と便宜を図っていたらしいのだ。

こういう末端社会に対するアンテナなのだそうだ……アンテナが何かは判らないが。

しかし、本当にブルー殿は何を考えているのだ?

こんな盗品市を見逃す意味など無いだろうに。


「落ち着けや店長。コイツは守護隊のエリート様よ……ご機嫌を損ねたら首が飛ぶぜ、物理的に」

「……地下迷宮中層深部で先日高名な冒険者が亡くなられた。ここに遺品が来ているな?」

「え?い、いえ。自分等はまっとうな商売を……」


「打ち捨てられた遺体を回収するついでに装備品の一部を懐に入れているのは知っているぞ」

「……それは」

「もうネタは上がってるとよ。いいから出せ、死にたく無いだろ?キチンと金も払ってくれるぞ」

「ブルー殿……まさか貴方がこんな盗品市に係わり合いがあるとは……」


しかし唖然としたのも事実だ。この国にも腐敗の影が迫っているのを残念に思った事も。

高潔そうに見えたブルー殿が……こんな……。

確かにある程度以上の唯一無二の装備品など普通の店で取り扱っている筈もないが、

だからといって、


「シーザー。もしまっとうな手段でラスボスに通用する装備を求めたら20年は覚悟する事になるぞ」

「20年!?そんなに待てません、しかし普通の店売りの武具でも」


そうだ。武器は伝説の聖剣がある。

防具も伝説級の物が欲しくない訳ではないが、それでも盗品にまで手を出す気は、


「盗品ではない、死亡したモグラの装備は極普通の取得物として扱われる」

「要するにだ。保険に入ってない武器は迷宮でなくしたらその時点で誰のもんでも無くなるって訳よ」


「……それに、この店では打ち捨てられた死亡者の遺体を迷宮から連れ出し埋葬までしている」

「そこまで国が面倒見る訳にはいかないそうでな。必要悪って奴だ、ってコイツは言うのよ」

「お分かりですか!法律上遺体をお連れする必要なんてないんですがね、まあ良心の呵責って奴でさ」


私には、判らない。

なるほど、特別に保護されたもので無い限り迷宮内部は自己責任。

その原則は理解した。

……だが、ご遺族は遺品を待っているのではないだろうか?

死者の持ち物はその家族に返すのが筋なのではないか。

私はどうしてもそう考えてしまう。


「贅沢な事を考えているな?」

「!?」


何を考えているか読まれたのか?

……どうやら私はよほど感情が顔に出る性分らしい。


「ならば勇者など辞めてしまえ。魔王ラスボスを打倒出来ぬお前に価値はあるのか?」

「ぐっ!」


「そもそも、魔王を倒すのは早ければ早いほど良いはず。自ら遠回りを選ぶのが正しい選択か?」

「いや、しかしそれでも死体漁りなど!」


気付くと路地裏では良く見かけるレンガ造りの塀に叩きつけられていた。

……殴られたようだ。


「言っておくが店売りの装備は以前の鎧より遥かに劣る物ばかりだぞ?」

「構いません。今までもそれで何とかしてきたんです。資金は幸い有りますから」


決意を示すつもりで口にした言葉だったが、ブルー殿には気に入らなかったようだ。

吐き捨てるような、諭すような返答が帰ってきた。


「……破壊されたあの鎧を用意するために姫様達が何人の職人に頭を下げたか知っているか?」

「え?」


「ああ、あれは量産品だ。だが最高精度の部品を最高の職人に組み上げさせた半特注品なのだよ」

「道理で軽い割に堅固な鎧だと思いました。それこそ鎧を着てながらローリングできる程に軽かった」


姫様、の台詞の部分で僅かにブルー殿の語気が荒くなる。

……その思いはまさに敬愛する姫君に対するもの。


私は急に恥ずかしくなった。

あの二人がどんな思いであの鎧一式を用意したのかなど深く考えた事など無かったのだ。

くず鉄になるまで幾度となく修復が出来たのも一つ一つの部品が優秀だった為なのだろう。

それだけの物を用意してもらっておきながら、それ以下でも構わないなど暴言以外の何者でもない。


「まあ、巡り巡ってその鎧が姫様を救ったのだ。これぞまさしく慧眼と言えぬ事も無いがな」

「……そうですね」


要するに、あれだけの一品はそうそう手に入らない、と言う事だ。

ならば遺品だろうが何だろうが手に入れねばならぬと言う言葉にも確かに一利ある。

今まで魔王軍に対して、特に幹部級に対しては殆ど歯が立たずにいるが、

そんな中で以前より劣る装備で立ち向かった所で勝機など無いし、

あれ以上の装備がそうそう手に入る訳は無いのならば手段を選ぶ暇など無いのも理解できる。


……だが、果たして勇者が盗品に手を出して良いものなのだろうか。

幾ら法で認められた行為とは言え、私自身の心までは誤魔化せないと思うのだが。


「……シーザー。納得いかないのか」

「ええ」

「額に皺が寄ってるぜ?真面目だなぁシーザーはよぉ?」


だが、その心は見透かされていたようだ。

私の心境を完全に読みきってブルー殿が静かに言う。

しかも、とうとう牢人殿にまで心配されてしまった。


「では、こう考えたらどうだ?お前は装備品と共に志も継ぐのだと」

「志、ですか?」


「そうだ。お前と共に装備品の名もあがれば前所有者も満足するのではないかと思うのだ」

「名を、あげる。ですか」


「心配するな。私が目を付けている装備は名誉と栄光を望み続けた、名のある探索者の遺品だ」

「へっ。成る程な……前の持ち主に恥じない行動を取ればきっと許してくれるぜ、って事かよ」

「いや、なんで騎士様がうちの商品の内実を!?確かにお言葉どおりの代物ですが」


店主が驚く中、ブルー殿は遠くを見るような眼をして言う。


「結局、死者は語らないのだ……普通はな。本当に納得させるべきはやはり自分自身なのだよ」

「自分を、納得させる……」


静かに目を閉じて己の中に問いかけた。

アラヘンの事。魔王の事。

そしてこの世界の事……。


そして自分を納得させる。

今現在、この世界は危機に陥っている。魔王の軍勢が今も地下迷宮を闊歩しているのだ。

そして魔王ラスボスを打倒するのは私の役目だ。

時間が経てば被害も拡大するだろう。しかも、我が祖国は今も奴等に蹂躙されているのだ。

だとすれば、私の我が侭で被害を拡大させて良いものなのか?

だとしたら、答えなど決まっているではないか。


「……判りました。故人のお力をお借りしましょう」

「それで良い。だが理論武装で屁理屈をこねる様にはなるなよ……まあ心配は要らんだろうが」


答えに満足したのかブルー殿が牢人殿に手で何かを合図する。

それを合図に民家か倉庫のようにしか見えない店舗から運び出されてきたそれは、

確かに並みの代物ではなかった。


「皇帝の鎧、そう呼ばれている。北の皇帝が生前愛用していた鎧の複製品だ」

「強度は本物と変わらねえとよ。因みに本物は45~50年位前に魔王をぶっ倒した伝説の代物だぜ」

「魔王を倒した鎧!?」


思わず鎧に駆け寄る。

……材質、形状共に考え抜かれているのが一目で判る。

更に何かの魔法が永続化して付与されているようで、纏うオーラからして他とは違った。


「普通は金でポイと手に入るもんじゃねえ。完全オーダーメイドでも届くまで……まあ一年はかかるぜ」

「本物は国宝として魔王城に飾られているのですよ。これが何と金貨百枚!安いなんてもんじゃない!」

「……買わせて貰う」


震える手で鎧に振れる。

装飾の殆どが簡略化されているようだが、

確かに伝説の鎧として十分な力を持っているようだ。


思わず第三王妃様から頂いた金貨の大半を差し出していた自分の浅ましさに顔が引きつる。

だが故人の遺体から引き剥がされてきた物だという罪悪感は、それを上回る激情にかき消されていた。

高潔を求めていてこれとは我ながら度し難い……だが。


「……あの、店長。このまま試着してみても宜しいか?」

「あー、はいはい。更衣室はこちらですよお客さん」

「へへへ。金払っておいて今更試着も何も無いだろうによ」


そそくさと更衣室に駆け込み鎧を身に着ける。

部品が体にフィットするたびに、力が湧き上がるかのようだ。

複製でこれならもし本物なら……。


「言っておくがな。気分の高揚などの効果がある鎧ではない。お前が浮かれているだけだぞシーザー」

「そうかも知れません。ですが、勇者として!騎士として!これだけの武具を纏う日が来るとは!」


我ながらはしゃいでいると思う。

だが、魔法のかかった鎧など中々お目にかかれるものではない。

リンカーネイトの国王陛下の鎧ですら、材質はさておき魔法がかかっているようには見えなかった。

そう。魔法の武具の中でも防具はそれだけ貴重品なのだ。


「素晴らしい品物です。ブルー殿、今日は紹介頂きまことにありがたく思います!」

「まあ、恩に着る必要は無い……これからの事を考えると少々心細いほどだ」

「我が商店もお客様に喜んでいただけて光栄です」

「……まあ、所詮は死体漁りのブラックマーケットなんだけどよ……」


少々弾む足取りで、新しい(中古ではあるが)鎧を装着したまま店を後にする。

そしてブルー殿から紹介料を受け取りホクホク顔の牢人殿と別れ、

私はブルー殿と共に他の装備品を揃えるべく店を回ったのだ。


「直剣なら切れ味より耐久性を重視した方が良い。こまめな装備の手入れなど中々許されんからな」

「でしたら、これでしょうか?」


「そうだな。ただし耐久力重視の剣を持つなら、予備武器に切れ味の鋭い短剣でも用意しておけ」

「他に注意すべき点は?」


「お前は勇者だ。一通りの事はせねばならんが……さて、その場合は何を用意するべきだ?」

「念のために鍵開け用ツールや止血剤に包帯。それと遠隔攻撃用に投げナイフ、ですか」


「まあ、間違いではないな。だがまだ足りない。後は追々考えておくんだぞ……」

「はい!」


時折選ぶべき武具の優先点などを教わりながら、失った装備の補充を行っていく。


「とりあえず私からのお勧めはこれだ。まあ、何の変哲も無い針と糸なのだがな」

「それが一体何の意味を?もしや武具の補修に使うのですか?」


「それだけでは無い。縫うべきは己の裂けた肉体……焼いた針は命を繋ぐ命綱にもなると覚えておけ」

「なるほど……」


一つ気になるのは、ブルー殿がこちらの不足している点や不備を的確に突いて来る事。

まるで知っているかのように問題点の穴を埋めていく。

うろ覚えだがTASとは何かの手助けを借りて最適な動きを見せる事らしい、

成る程、ブルー・TASとは良く言った物だ。


「こんな物が最適解だと思うな、シーザー。お前の目指す頂はもっと遠くにあるのだからな」

「!?……また考えを読まれていましたか?顔に出していたつもりは無かったのですが」


剣と予備武装を買い込み、一部は盾の裏側に装着していく。

そして腰の鞄に薬や包帯などの緊急用備品を詰め込んだ。

更に高価な薬を購入。


「もう大丈夫だろう。今日は稽古も付けてやるから使っておけ」

「判りました!」


指示をされたので傷口にすり込むと瞬く間に傷が消えていく。

これでいつでも迷宮に潜る事が出来るだろう。

……まあ、謹慎期間はまだ数日残っているが。

必要なくなった車椅子を返却すると、ブルー殿は見覚えのある店に向かって歩いていった。


「さて、では次の店に行くか」

「……ここは、例の射的屋?」


どうやら、ブルー殿が武器を揃えさせたのには理由があったようだ。

先日クレアさん達と一緒に入った射的の店。

そこに完全武装のまま入っていくブルー殿を追っていく。

どうやらここで訓練を行うつもりのようだ。

……私は武者震いを押さえきれないまま、店に入って行ったのである。


……。


「傭兵王。先日のお話どおり奥の訓練場跡を使わせてもらいます」

「ククク、判ってるぜ。まあ汚れてるから掃除してからな?」

「……そう言えばここは元々傭兵の溜まり場だったか……」


ブルー殿はすっ、とビリー殿に一礼をする。

そして射的の的のある区画を越え、関係者以外立ち入り禁止の表示のあるドアを開けた。


「ここから先はかつて傭兵達の鍛錬場でな……無闇に剣を振り回しても法に触れない場所だ」

「しかし、埃を被っていますね」


そこは広い訓練場だった。

埃っぽい室内のあちこちに、砕けた的や蜘蛛の巣の張った木人が転がっている。

……ブルー殿から箒を手渡された。彼自身は雑巾を手にしているようだ。


「まずは掃除からだ。金を積んでもここは使わせてもらえんのでな。まあ精神を鍛える修行だと思え」

「はい!」


鎧を外す事も許されず、完全武装のまま広い訓練場の清掃を行う。

汗が垂れるし重い鎧に体力を無駄に持っていかれるが、

訓練だとするなら弱音を吐く訳にも行かない。


「どうした!?腕が止まっているぞ!」

「はい!」


第一、ブルー殿は同じように完全武装の上に木人を三体ほど背負ったまま掃除を行っている。

これでは私だけ弱音など吐けよう筈も無いではないか。


「部屋の隅も忘れるな。小物は持ち上げて下の汚れを取るんだ」

「訓練用に刃を潰した斧の入った籠を小物と言い張りますか……ハァ、ハァ……」


私が一をやる間にブルー殿は三~四の仕事を終わらせていく。

動き自体はそれ程早いわけではないのだが……きっと効率的に動いているのだろう。

まさか……戦いも同じ事、とでも言いたいのだろうか。


必死に付いて行こうとしていると、いつの間にか広い訓練場から埃とゴミが消えていた。

掃除用具を私から受け取るとブルー殿はそれを片付け、代わりに木剣を一振り持ち出す。

本格的な訓練の時間がやってきたのだ。


「さて、準備運動を兼ねた掃除も終わった。さっそく剣を交えてみるか」

「はっ!」


……しかし、私に木剣が手渡される事は無かった。

ブルー殿は少し距離を取り、正面に剣を構える。


「さあ、かかって来るんだシーザー!」

「待ってください!こちらは武器がありませんよ!?」


「腰に下げた剣は飾り物か?」

「……まさか」


ブルー殿は頷く。


「こちらは真剣で構わない、とでも?」

「当然だ」


……正気なのだろうか。

ブルー殿自身が勧めて来たこの剣は店でも一番の業物だった。

木製の剣では鍔迫り合いすら出来ずに切られるのが落ち。

幾らなんでもハンディキャップが大きすぎるような。


「来ないならこちらから行くぞ」

「え?……ぎゃッ!?」


だが、考え事をしている暇は無かったようだ。

恐ろしいほどに甲高い音を立てつつ私の鎧が振動を伝えてくる。

上腕に鈍い痛み。

……鎧が無ければ間違いなく骨が折れていただろう。


「随分と余裕だな。お前は何時からそんなに強くなった?」

「……お願いします!」


呆れ返ったような物言いに流石に苛立った私は一声上げるとブルー殿に突撃を仕掛けた。

大きく振り上げた剣の柄で脳天を付くように刃先を上にしたまま柄を振り下ろす。

ブルー殿といえどまさか私が真剣をまともに振り下ろすとは考えて居まい。

余裕を見せすぎなのはむしろ其方なのだと……!


「胴に一閃。これでお前は一度死んだぞ」

「え?」


今度は脇腹に鈍い痛みが走る。

……ブルー殿の木剣は私の腕の振りより早く、腕が持ち上がってがら空きになった私の胴を打ち据える。

鎧越しに伝わるその衝撃から察するに、武器さえ本物ならば軽く私を両断していただろう。


「そんな!?何時の間に」

「後頭部に一撃。これで二回目の死亡か」


振り向こうとすると、いつの間にか後頭部に木剣が寸止めされている。

……その直前に感じた僅かな風が私の心に恐怖を呼び込む。


「今度こ、うぐっ!?」

「……剣を取り落とさなかったのは及第点だな。だがまだまだ」


剣を構えなおそうとすると、今度は木剣が私の手、指の第二関節付近に痛打された。

痛みに剣を取り落としそうになるのを必死の思いで耐え切ると、

ブルー殿が動きを止め軽い賞賛の言葉を投げかけてくる。

しかし死角から死角に動いているだろうか、動きが全く読めない……!


「よし、迷いは消えたな?ならばいい。打ち込んで来い」

「はっ!」


確かにこれで判らないようなら唯の愚か者だ。

剣を構えなおし、無造作に突き出された木製の剣を断ち切るように切り裂く。

だが巧みに揺れる太刀筋に当てる事も出来ず、

あまつさえ剣の腹を押さえつけられて体勢を崩し膝を付いてしまう始末。


「よし、もう一本!」

「はい!」


二回、三回と打ち込むがブルー殿はおろか鎧に剣を当てる事も出来ない。

いつしか本当に迷ったり躊躇したりしている余裕は無くなり、

真剣で木剣の相手に斬りかかっているにも拘らず、こちらは全力と言う立会いが続く。

それでも……全く当てられないのは変わらないのだが。


「もう一本だ!」

「は、はいっ!」


振り下ろされた剣と剣がぶつかり合う。

ブルー殿は木剣、こちらは鋼鉄製だと言うのに彼の木剣を断ち切る事が出来ない。

……僅かに横に押されるような感覚。

木剣に鉄剣の刃が当たらないように、巧みに力を斜めにかけているのか!?


「それが判っていて、動けない……?」

「無理に力をかければいなされる、引けば押し切られる。そういう事だ……このようにな!」


ガクリ、と前方につんのめる。

ブルー殿が力を抜いて側面に消えていく。いや、私が前に出ているのだ。

かろうじて踏ん張り、振り向きがてらに剣を振る。


「当たらない!」

「下だ」


しかし私の剣は空しく空を切り、続いて兜の隙間から差し込まれた剣が私の首に触れる。

しゃがみ込んでいたブルー殿だ。

私の無理な反撃などとうにお見通しか。まあ当然だが。

だが疑問もあるな。少し聞いてみるか。


「……もし私が下段に剣を振るっていたらどうするつもりだったのですか?」

「後ろに飛ぶ。そもそもあの体勢では後方下段に剣を振れまい」


つんのめったまま振り返りざまに……ああ、確かに無理がある。

そこまで無理な体勢ではブルー殿の位置を把握していたとしてもまともな威力は見込めないか。


「では、次お願いします!」

「判った!シーザー、かかって来い!」


そうして私達は何時間もの間木剣をぶつけ合っていたのである。

もっとも、それに私が気付いたのは何もしていないのに木剣を取り落とした時であったのだが。


……。


「さて、そろそろ休憩が必要だろうな……ところで気付いたか?」

「え?」


「シーザー、お前と私の身体能力はそう違わない事に」

「そうなのですか!?」


取り落とした剣を拾い上げるとブルー殿が不思議な事を言い出した。

とても信じられない。

まるで違う生き物のようにしか思えなかったが。


「私は体の動かし方を知っているだけだ。お前にも届く、何時か必ずな……」

「そうでしょうか……」


あちこち痛む体をさする。

剣はまるで届かない。動きを捉える事も満足に出来ない。


……これでも故郷では勇者に選ばれうる程度には腕が立っていたのだ。

そしてこの世界も普通の人々の能力はアラヘンと大して変わらず、別格の方が何人か居るだけ。

私はそう感じていた。ブルー殿もその"別格"の一人だと考えて居たのだが?


「私は人だ。ただの人間だ……我が主君たる方々のようにはなれない」

「貴方とて十分強いではないですか。主君の剣となり盾となる……騎士の誉れです」


だがブルー殿は首を振る。

その瞳には遠い何かを見るような、悲しそうで懐かしそうな不思議な色が見えた。


「……私にもそう思っていた頃があったな」

「あった?」


「あの方達にだって盾や剣となる人間が必要だと、そう考えていた頃が」

「確かに素手で魔王を討ち果たしそうな勢いでしたが」


一度だけ見たあの凄まじい戦い。しかも四天王に対しあからさまな手加減をしていた。

しかし、どんなに強くとも国王陛下はお一人だ。

軍隊を相手にするのに軍が必要ない、などと言う事はないと思うのだが?


「ははは。シーザー、お前にも何時か判る日が来る……真に法外なる方々の力をな」

「はぁ……」


そんな事を言いながらブルー殿は木剣を新しい物に取り替えた。

そして更にもう一本木剣を取り出す。


「では、模範演舞を見せる……来ているのでしょう父上」

「あ。ばれたっすか?」


一体何を、と思う暇も無かった。

いつの間にか私の背後に立っていた人影。

最早驚くに対しないだろう……レオ殿だ。


「いやあ、やるっすね。息子の成長に感動したっすよ自分は」

「有難う御座います。時にそこの未熟者に模範を見せてやりたいのですが」


「まあ、いいっすよ?たまには息子の成長を自分で確かめるのも一興っす!」

「感謝します。父上!」


私は後ろに下がり床に腰を下ろす。

まだやれるが。と思っていたら気付けば壁を背もたれにしていた。

しかも体が動かない……予想以上に消耗していたようだ。

丁度良い。観察で得られる物もあるだろうし休憩がてら勉強させてもらうか。


……。


「じゃあ、始めるっすよ……ルールは?」

「地力のみでお願いします」


「了解っす。昔の戦い方っすね」

「強化有りにすると参考になりませんからね」


互いに木剣を携えたお二人は、軽く訓練場を回るようにしてお互いを牽制している。

軽口を叩いているようにしか見えないが……とんでもない。

双方、相手の僅かな隙を見つけようとにこやかな目元の下で既に戦いを始めているではないか!


「じゃあ隙を作るっすか」

「ご自由に」


レオ殿が動いた!

剣を大きく振りかぶったまま突っ込んで行く。

確かに腹はがら空き。

だが、ブルー殿はそれに目もくれない。


「見え見えすぎるんですよ父上」

「じゃあどうするっすか?そらっ!ライオネル・ハイパー・スラアアアアッシュ!」


掛け声と共に放たれる神速の斬り下ろし。

全体重をかけたそれがブルー殿を襲う!


「真っ向勝負あるのみ!おおおおおおっ!アッパーァッ……スウィングッ!」

「その意気たるや良し!けど斬り上げが斬り下ろしに勝てるっすかね!?」


瞬間、大気が爆ぜた。


「ぬぐうっ!」

「重力を味方に付けられる分こっちの勝ちっす……判ってた筈っすよねぇ。って、うおっ!?」


二振りの剣が交差した瞬間恐ろしく甲高い打撃音と共に僅かな衝撃が頬を叩く。

そして次の瞬間ブルー殿の木剣がレオ殿の顔を掠めて行った。

"掠めた"だけなのはレオ殿の剣のほうが僅かに競り勝っていたからだ。

レオ殿の木剣は容赦なくブルー殿の額を叩き、盾を持つほうの肩口をも強打した。


だが、ブルー殿も負けてはいない。

額を打ち据えられるのにも構わずぐるりと1回転してレオ殿のこめかみを打ち据えた!


「イタタタタ。しかし訓練だからって肉を切らせて……は良くないっすよ。これが真剣なら」

「兜で滑って片手を切り落とされていましたね。ただし実戦なら死んだのは父上です!」

「え?」


訳が判らない。

片腕を切り落とされたらそこで終わりでは?


「ああ、そうっすね……油断したっす。盾持ちのほうに剣を誘導したっすねアオ?」

「……まさか……」

「そうだシーザー!隻腕になっても武器さえ無事なら相手に致命傷を見舞う事も可能だ!」


「治癒持ちの所までいければ腕はくっ付けて貰えるっしね……」

「こちらは半死人、向こうは死人ならこちらの勝ち。無論余裕を持てるならそれに越した事はないが」

「確かにそうです。しかし、なんと言いますか」


幾らなんでも無茶ではないだろうか。

例え実戦でもそうまでして戦わないと勝てない敵と当たる事などそうそう……。


「勇者シーザー!お前の戦うべき相手はお前と同格だと思っているのか?」

「……ぐっ」

「まあまあ、あんまり虐めちゃ駄目っすよアオ」


ああ、そうだ。私の実力など四天王にすら及ばない。

今後も魔王ラスボスとの戦いを続けるというのなら格上とばかり戦うのは火を見るより明らかだ。

つまりこれは私向けの演舞……ブルー殿本来の戦法はこんなものではないのだろうに。


「しかし相変わらず命がけの戦い方するっすねお前は……父ちゃん心配っすよ」

「ご心配には及びません。自分の実力は自分が一番良く知っています」

「ブルー殿本来の戦い方だったんですか……あれが」


「アリサ様曰く、瀕死の底力にて百戦百勝こそTASの醍醐味との事だぞ?」

「無駄に命を縮めそうな話ですね……」

「いつもながらアニキやアリサさん達の言う事は良く判らんっす」


私が頭を抱えていると二人はまた剣を構えて相対する。


「じゃあ今度は少しばかり本気で行くっすよ?」

「お願いします!」


そして二人は、

風に、

溶けた。


……。


「ハッ!タアッ!トオッ!くっ、当たらん……!」

「よっと。ほい。まだまだっすねー」


足元はまるで動いていないように見える。

だが、体は僅かにぶれていた。

そして腕はめまぐるしく動き回り、肘から先は殆ど捉えることも出来ない。


「届かない……何故だ!以前の組み手の父上なら……いや、その後の成長を考慮もして訓練したのに」

「桁外れに伸び続ける息子を見たら父ちゃん奮起するに決まってるすよ。常勝不敗舐めんなっす」


木剣?見えもしない。

ただ、時折響く激突音が激しい戦闘を物語るのみだ。


いや見えてはいるのだ。一応見える事は見えている。

だが、一言で言えば"上手い"のだろう。

もう少し別な言い方をすれば……"理解し難い"だろうか。


視界に入り辛い、動きを読まれにくい動きをお互い心がけているのに違いない。

もしかしたら無意識にやっているのかも知れないが。


「本当に、私もこの域に辿り着けるのだろうか?」

「アオが出来るって言うなら出来るんじゃないっすか?……はっ!?」

「父上!隙ありっ!」


私の呟きに反応したレオ殿。それを隙と称したブルー殿の突き!

だが私は見てしまった。にやっと笑うレオ殿の顔を。


「カウンターっす!」

「!?……しまった!」


ズン、という鈍い音。

そしてレオ殿の木剣は、明らかにブルー殿の喉に突き刺さっていた。

……よろり、とぐらつくブルー殿。

レオ殿はそれを見て少し下がり、


「ライオネル・ハイパースラッシュ!」

「がはっ!」


容赦ない追撃!

だがまだ終わらない。

更に完全に体勢を崩したブルー殿に対し、


「ハリケーンストームソードっす!」

「が……ごほっ!?」

「それは回転斬り!?」


壁にまで叩きつけるほどの本気の一撃を見舞う!

……親子、の筈なのだが……いいのだろうか?


「アオはしぶといんす。これでも心配なくらいっすよ」

「うぅ…………ただ無様に、負ける訳……いかな、いっ!」

「……本当ですね」


半ばブルー殿の意識は飛んでいるように見える。

だが剣と盾は決して離さず、壁から崩れ落ちそうになった瞬間に駆け出してきた。

直線的な動き、迎撃は難しくないだろう。

だが、レオ殿は決して警戒を緩めない。


「ここから先がアオの真骨頂っす……行くっすよ!」

「がああああああああっ!」


レオ殿の迎撃はまずは蹴り、と言うより頭上への飛び乗り。

更にそのまま突っ込んでくるブルー殿を嘲るように後方に飛んで行く。


「まともに相手したら命が幾らあってもたりないっす……痛っ!?」

「おおおおおおおおおおっ!」

「木剣がブルー殿の手に、無い!?」


だが、そんなレオ殿の顔面に宙を舞っていた木剣がぶつかる。

何時の間に投げていたのかは判らない。重要なのはこれでレオ殿の意識が一瞬ブルー殿から逸れた事。

私は見た。

レオ殿が自分を襲った物の正体を探し目を動かしたその瞬間を狙って、

肉食獣のような目をしたブルー殿が反転、その四肢に力を込めたのを!

……そしてその瞬間を待っていたかのように瞳に力と意思が戻る!


「がああああああああっ!」

「良い奇策っす!70点やるっすよ!」


だが、レオ殿は動じない。


「だが、最終目的が自分だと判ってるなら対処は容易いっす!」

「……ごぼっ!」


着地の無防備な所を盾で殴られると一瞬で判断。

迫る盾を掴むと一気に自分の方へ引き込む。

そのまま逆の手を、手にした木剣を……先ほど痛めつけた喉にもう一度叩き込んだ!

凄まじい……しかし本当にこれは訓練なのだろうか!?


ともかくこれで勝負は付いた。

ブルー殿は口から血を吐いて倒れ、


「……まだだ」

「やっぱりっすか?」


いや違う!……倒れる事もなく突っ込んだ勢いのまま強烈な頭突きを食らわす!

馬鹿な。既に勝負は付いた筈では!?


「まだ届いていない!あの人はこんな物ではなかった。この程度で倒れはしなかった!」

「幼少時から言ってるっすけど一体誰の事っすか?って危なっ!?」


無意識の内に抜いてしまう事を恐れたのだろう。

ブルー殿の剣はいつの間にか部屋の隅に転がされていた。

だからと言う訳でもないだろうが、彼はレオ殿の頭を掴むと全身を躍動させて膝蹴りを繰り返す!


「イタタタッ!待つっすアオ!父ちゃんの鼻が大惨事っすよ!?」

「父上、私はシーザーに見せねばならないのです!不屈の魂と言う物をっ!」


「いいっすね……なら父ちゃんにも見せてみるっす!その不屈の魂って奴を!」

「お見せしましょう!」


……。


結局……その後、数時間もの間に渡って激しい戦いが続けられた。

時折ブルー殿がレオ殿を出し抜く場面も見られたが、

何が違うのか……何時の間にやら逆転され、反撃を受ける展開が続く。

私は黙って見続けるほか無かった。

そして。


「……ぜーっ、はーっ。いやあ、自分の息子ながらしぶとかったっすね……うんうん」


木剣で戦ったにも拘らずお互いの鎧を歪みとへこみだらけにして、

それでも力及ばず遂にブルー殿は倒れ、そのまま意識を失った。

いや、そのすぐ後にレオ殿が心臓を叩き始めた以上心肺停止に陥ったのだろう。

心臓に耳をあて、真っ青になって何か大事そうに薬を取り出して飲ませていたのが印象的だったが。


ともかく何故そこまでする必要があったのか。私にはまだ判らない。

私に何かを見せたかったのだろうが、それが私にはまだ見えてこないのだ。

それにここまでしてくれる理由も。


「うぐ……私は……気絶していたのか」

「アオ。まだ動くなっす……アバラが折れてるっすよ」


「シーザー……ひとつ聞きたい。今の、今の時刻は!?」

「どうしたんすかアオ!?そんな事気にしてる場合じゃないっす!」

「え?ああ、時刻は……」


私は古ぼけた時計を覗き込み、時刻を答えた。

正直自分でも驚いた。既に日が暮れるどころか既に短針が深夜に近いではないか。


「もうすぐ……えーと、零時です」

「そうか。まあ当然そうなるか。ふぅ、出来れば圧倒的強者に勝利する一例を見せてやりたかったが」


……ブルー殿はそれを聞いて何処か安堵したように一言呟き、

そして再び気を失った。


「済まんなシーザー……情けない模範、で……」

「気絶したっす。アリサさんに言われてやってる特別任務がらみだとは思うんすが無茶しすぎっすよ」

「……何で、ここまで?」


既にブルー殿は気を失っている。

答えてはくれない。

代わりにレオ殿が口を開いた。


「コイツは小さい頃から何かに追われる様に生きてるっす」

「はぁ」


「……何かありそうなんすが相談すらされない。自分、父親として情けないっすよ」

「そう、なのですか」


「ただそれだけに責任感は強いし、訓練は何も言わなくても欠かさない……自慢の息子っす」

「そうでしょうね」


「でも実際、普段はここまでやる事は無いっす。自分の方が圧倒的に強いっすから」

「……では、何故?」


……少しばかり、周囲が寒くなった気がする。

これは、怒り?それとも悲しみだろうか。


「……心当たりはあるっす。アオの奴はきっと、シーザーを立派な勇者に鍛え上げたいんすよ」

「それは有り難いのですが、それこそ何故です?そんな義理など無いでしょうに」


「まあシーザーが悪い訳じゃないんすよ。気にするなっす……ただ、アイツにとっちゃ重大事なんす」

「良く判りませんが……ありがたい事だけは確かです。私は異邦人、頼れる物が少なすぎる……」


私の言葉にレオ殿は額に皺を寄せた。


「そうっすね……まあ、ちびっ子軍団が自分等に不利益を被らせる筈も無いし信じるしかないっす」


レオ殿は少しの間じっとブルー殿を見ると、やるせなさそうに首を横に振る。

そして私の方を見た。


「さて、じゃあ次は自分が稽古をつけてやるっす……こっちからは攻撃なしっす。かかってくるんすよ」

「はい!」


彼の思惑がどうであれ、その瞳に悪意は欠片も見られなかった。

微妙な感じに嫉妬めいた視線を向けられる事はあったが、

ブルー殿が私に妬むような物もあるまい。


……ならば利用させてもらおう。以前ブルー殿自身が言ったように。

ただ、願わくば。

願わくば全てが終わった時に、ブルー殿や世話になった皆に礼とお返しが出来れば良い。

私はそう思うのだ。


「こっちは準備OKっす!そっちは真剣で良いっすよ?さあ来いっす!」

「お願いします!」


私が剣を振るうたび、容赦なく床や壁。あげくに天井に叩きつけられる。

だが私は諦めない。

私と数時間に渡り組み手をした後、更に数時間もの間この猛者と戦い続けた男を今見たばかりなのだ。

クレアさんを助けた時は私も根性を振り絞ったが、それは僅か十数分に過ぎない。

実力的には兎も角、気概でまで負けてなるものか。

再び立ち上がり、剣を構える。


「……そうだ。それでいい……」

「ブルー殿!」


「諦めなければ必ずラスボスに手が届く。何故なら……お前は勇者シーザーだからだ!」

「はい!」


ようやく目の覚めたブルー殿の激励に後押しされ、私は再びレオ殿に向かっていった。

まあ、結局の所触れる事も出来ず。

気付けば朝日の中、床に寝転がっていたのだが。


「ふぁ……じゃあ自分は仕事もあるし帰るっす……アオ、頼むから無茶はするなっすよ」

「父上、有難う御座います。お忙しい所大変有難う御座いました」

「お世話になりました、レオ殿」


レオ殿が訓練所から出て行く。

二人になった広い部屋。だが前日の酷使で結局汚れ、散らかってしまっている。

だから私達は無言で頷き合うと、黙って掃除をするのであった。


「さてシーザー、腹が減ったな?朝飯にしよう。近くの屋台に美味い店があるんだ。奢ってやる」

「よろしいのですか?有難う御座います!」


言われて見ると腹の虫が盛大に鳴いていた。

適当な所で掃除を切り上げると私達は屋台へ向かう。


「何にせよ、私は実力不足なのですね。痛感しました」

「騎士としてなら既に十分過ぎるのだがな。相手は仮にも魔王、もう少し訓練に集中しておけ」


結局私達はその後、私の謹慎が解けてからも、

その部屋に半ば篭るように訓練を繰り返す日々を送る事となる。


首吊り亭とこの部屋を行き来する毎日。

……アリシアさん達が動いてくれたらしく、

ブルー殿を中心に日替わりでやって来る軍の精兵に鍛えられる日々はそれなりに充実していた。


「だいぶ体が動くようになってきたなシーザー?」

「はい!ブルー殿のお陰です」


そんなある日、ブルー殿が首吊り亭に一枚の号外を持って現れる。

その顔には"遂にこの日が来た"とでも言うような苦虫を噛み潰したような色が浮かんでいた。

……不安に思い、軽く問いただしてみる。


「何か、あったのですか?」

「……連中、遂に本腰を入れてきたようだ。次の四天王を投入してきたぞ」


差し出された新聞に目を通す。

……そこにはとある国家が謎の軍勢により滅ぼされたと言う一報が不安を煽る物言いで書かれている。

しかもその名には私も覚えがあった。


「1か月前、クレアさんを襲った連中の国ではないですか!?」

「そうだ……まあ自業自得だがな。何にせよラスボスはこの地にも遂に領土を持ってしまった」


由々しき事態だが……しかしおかしい。

奴等は一体どうやって別大陸の国家を襲ったのだ?

まさかこの国の防備が熱いのに業を煮やして別な場所に世界を渡る門を開いたか?


「……馬鹿な話でな。姫様を浚う為に連中が用意した大陸間横断の地下トンネルを奪われたのだ」

「己の欲望の為だけに大陸を横断する程の地下道を作っていたと!?」


「酷い"罠"だと思わんか?シーザー」

「罠と言うより自爆のような気がしますが。まあ何にせよ敵も良く見つけたものですね」


愚かしいにも程がある。

だがこれで対処法がある事はハッキリした。

要は魔王ラスボスさえ倒せばよい。

もしくは我が故郷に通じる門をどうにか確保すれば敵側の増援は遮断できる。


「では、私もそろそろ動く時が来ましたね」

「ああ。どうやらヒルジャイアントの……息子達も前線に投入されたようだし頃合だ」


幸い今日も訓練に行くつもりだったので装備の手入れはしっかりしているし、

探索用の荷物は用意してからは切らした事が無い。


鎧を身に付け剣を腰に下げ、盾を背負い荷物袋をしっかりと腰に固定する。

そして気合を入れて立ち上がった。

しかし、


「まずはヒルジャイアントか……今度こそ、倒してみせる!」

「ん?すまんがそれは私がもう倒してあるぞ」


……心の奥底で何かがボキリと音を立てて折れる音がする。

ああ、何があろうと決して諦めまい。

だが、諦めるも何も挑戦する対象がなくなっては意味が無いではないか。


「あー……ガルガン殿。今日は休暇と言う事で」

「う、うむ。のうアオ……いやブルーよ。まさか言ってなかったのか?」

「小さな意趣返しと言う奴ですよガルガン殿……良く休んでから戦いに赴いてもらいたいですし」


……砕くべき壁の喪失に何か力が抜けてベッドに倒れこむ。

もっとも。その半日後には気を取り直してこんな事を言ってはいたが。


「いや……まだ敵は居る!故国も救えていない!こんな事でくじけている場合ではない!」

「立ち直りが早いのう」

「相変わらず真面目な奴だぜ。俺は……もう歳だしな。うん、暫くゆっくりしていくか」


何にせよ、この世界の人々にも魔王ラスボスの名が刻み込まれたのである。

私は勇者として奴等を倒さねばならない。


「魔王ラスボスがまた来たんですって奥様?」

「そうらしいですわ。恐ろしいですわね奥様!」

「本当に恐ろしいわぁ。特売品のお知らせを見逃すくらいに恐ろしいですわ!」

「そうですわねぇ。特に宅の息子は食べ盛りでしょ?食費が幾ら会っても足りませんの、オホホ」


しかし……、


「ま!食費って……配給品じゃ足りないの?レントの聖樹の果物でも?」

「ほほほ。うちはマナリア貴族階級出身ですの。化け物から採れた果物なんて恐ろしくて使えませんわ」

「おやめなさい。下々の者達には大いに役に立つでしょうし否定はしてはいけません事よ、オホホ!」

「え?……オーホホホホホ!た、確かにそうですわね!下々の……オホホホホホ、ホホ……下々……」


この街の人々は、どうしてこんなに楽観的なのだ?

恐ろしくないのだろうか?相手は魔王だというのに……。


それと、貴族が特売に並ぶ姿を私は想像も出来ないが、

あの方達は本当に貴族なのだろうか?

……まあ、気にするだけ間違っているのだろうがな。

続く



[16894] 13 戦友
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/05/26 22:45
隔離都市物語

13

戦友


≪勇者シーザー≫

来るべき時が来た。魔王ラスボスの軍勢が遂に地上に現れたのだ。

私が特訓に入ってからの一ヶ月、奴等は大きな動きを見せなかったが、

それは手をこまねいていた訳ではなく、守りの弱い所を探していたのだろう。


「奴等からこの世界と故郷を救うために私に出来る事はただ一つ。それは魔王ラスボスを倒す事だ!」


大分体に馴染んできた鎧を着け、中途リアル迷宮を下っていく。

何時ぞや殺されかけた罠の数々も、今や特に気負う事無く回避できるまでになっていた。

あの地獄のような特訓で私も成長しているのだと実感する。


「ブルー殿、守護隊の皆さん。不肖シーザー、ただ今より魔王ラスボスとの戦いに赴きます!」

「ああ。副長は別命で居ないが……今度は奴等に一矢報いる事が出来るだろう……頑張れよ、だとさ」

「「「気合入れていけよ、へっぽこ勇者!」」」


地下四階に駐屯する騎士団の方々に挨拶をし、魔王軍の闊歩するエリアに侵入していく。

……彼らは見事にこの地を守り抜いている。私もそろそろ結果を出さねばなるまい。

鋭い目つきでこの地を見張り、敵を見つけるや否や殲滅していく。

そんな彼らに敬意を表して敬礼をすると、向こうからも見事な返礼が返って来た。

お互いにふっと笑い合って彼らと別れ、私は奥に向かって進んでいく。


時折転がるワーウルフやワータイガーなどの屍を踏み越え、

更に奥へと進み続ける。

そして……幸い、敵に出会う事もなく次の区画まで辿り着く事が出来たのだ。


そこは一言で言えば砕けた城門だった。

そうとしか言いようのない地形が私の目に前に広がっている。

その先は雰囲気が違う。見た目も違う。

……そして、中から僅かに聞こえる喧騒が、これから先の道程を物語っていた。


「さて、ここからだな。しかし迷宮を構成する材質が変わっているが……別な区画なのか?」

「そうだゾ。ここからは"無銘迷宮"と呼ばれる区画なのだナ」


独り言に対して反応がかえってきたので後ろを振り向く。

するとそこには。


「元気そうだナ、シーザー。私も一緒に行かせて貰うゾ!」

「フリージア殿!」


「えーと。来ちゃいました」

「クレアさんも?」


「アルカナも居るんだお!」

「クレアさんが居る以上、当然アルカナ君も居るか……」


フリージア殿にクレアさん、そしてアルカナ君の三人が居た。

更に、その後ろから複数の人影が。


「竹雲斎殿に備殿達も!?」

「……わしもお供させてもらうぞい。奴等を野放しにしてはいずれわしの故郷も危険になるからの」

「「「「「某どもはまあ、黒子のような物だと思って頂ければ」」」」いいぜ」


……彼らはこの地に来てから出会い、そして助けられて来た人々だ。

幸運な出会いも不幸なものもある。

だが、これまでの私を支えてくれた大事な人たちだ。


「ほっほっほ。クレアを庇って戦っていた時、お主が来てくれなんだらわしも死んでおったしな」

「「「「某たちもです!」」」だぜ!」


「救われた恩を返す時が来ました……いいよねアルカナ?」

「オッケーだお!おねーやんはアルカナが守るお!」

「私も危ない所を助けられたのだナ。それに行き先は同じなのダ、一緒に行っても構わないよナ?」


彼らがそれぞれの武器をこちらに差し出し、重ね合わせた。(装備品扱いの備殿達を除く)

……私はそれに応え剣を抜くとその上に重ねる。


「わしはの、あんな魔王は好かんのじゃよ」

「今度は勝つゾ!弾薬も一杯持ってきたから安心なのだナ!」

「行きましょう。私の召喚魔法がお役に立てれば良いんだけど……」

「アルカナも頑張るお!負けないお!えいえいお!」

「ああ。行こう!魔王ラスボスを倒す為に!」


キン!と音を立て、(一部例外あり)

剣が、仕込み杖が、銃が、緑色の手斧が、そして何故か丸まった絨毯が組み合わされる。

そしてそれが一気に天を向き、一つの誓いとなったのである。

そう……ここに魔王討伐の一団が誕生したのだ!


「何だか本格的だお!勇者様ご一行が誕生したのら!」

「そうだナ。勇者に銃士に召喚士、そしてサムライに……アシガル?」

「「「「いえ、某達は竹雲斎様の装備品のような物ですから」」」な!」


「だお?じゃあアルカナは何だお?」

「え?えーと……斧持ってるから戦士かな?でも似合わないよね……」

「ふむ。誰かに聞いてみれば良いのではないかの?」

「ならばちょっと念話でお聞きするのダ……はい、なるほど……わかったゾ!」


突然耳に手を当てて見えない誰かと会話しだしたフリージア殿の素っ頓狂な声に皆が振り向く。

そして、彼女はアルカナ君の職業を高らかに言い放った。


「曰く、アルカナは"みそっかす"だそうだゾ!」

「だお!アルカナはみそっかす?アルカナはみそっかすだお!……みそっかすって、なんだお?」

「えっと、何て言うかね。うん。……アルカナ、抱っこしてあげようか?……あは、は……」

「ほっほっほ。まあそれも良かろう」


……みそっかす、か。

みそっかすとはどんな戦法で戦う者達に与えられる称号なのだろうか。

いや、あの国王陛下の娘なのだ。きっと凄まじい力を秘めているはず。

どんな戦いを見せてくれるかは判らないが、その時を楽しみにするとしようか。


「では先に進もう……私が先頭を行く。その後ろをクレアさんとフリージア殿を囲むようにしてくれ」

「承知したわい。ではわしはしんがりを勤めるかの」

「「「「周囲の警戒を行います!」」」」ぜ!」

「じゃあアルカナはお歌を歌うお!」

「判りました。では中央に空飛ぶ絨毯を広げますので荷物はそこに載せてくださいね」

「何時でも私のアサルトライフルが火を吹くゾ!大船に乗ったつもりで居るのだナ!」


こうして私達は私を先頭、竹雲斎殿を殿にして、

中央に円陣を組む形で進んでいく事となったのである。

5人+αと言う豪華な一団は今の私に考えられる最善に近い布陣だ。

時折現れるワーウルフくらいなら、近寄らせる事すらなく撃退できる事だろう。

……これだけの物を与えられたからには必ず魔王軍に一矢報いる。

私はそう内心で誓うのであった……。


……。



≪同時刻 アラヘン旧王都にて≫

勇者が迷宮に潜っている間も時は万人に対し平等に流れている。

そして世界で紡がれる物語は一つだけではない。

ましてやそれが異世界なら尚の事。


勇者シーザーの一行が結成されていたまさにその頃、

かつてアラヘンと呼ばれていた王都を臨む丘の上に、数名の人間らしき影が現れていた。


「これがアラヘンで間違いありませんね、アオ?」

「はっ。殿下……間違いありません。これがアラヘンです……」

「ラスボスが治めるようになって治安も悪化して衛生状態も悪くなったっぽいでありますね」

「アリス。おさめてない、です。ただただ、うばってる、だけです」


「話になりませんね。僕には政治のせの字も理解出来て居ないように見えます」

「そもそも、りかいするき、ないです」

「基本的に脳筋魔王でありますからね……」


先頭に立つのは一人の貴公子。

名はグスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ。

前作主人公カルマの息子にして文字通り"最強の一角"グスタフ王子である。

指先で星すら余裕で割りうる彼は最大の防御力を誇るシェルタースラッグの殻を加工した兜を被り、

色々な意味で究極の魔剣"炎の剣ふれいむタソ"を腰に下げている。


「殿下……焦土戦術と言う物がありますが、魔王ラスボスはそれをそのまま戦略にしているのです」


その後ろに続くはリオンズフレアの御曹司にして守護隊副長。

ブルー・TASことアオ・リオンズフレア。(因みに正式名はもう少し長い)

当代では最強を誇る無駄に謎多き騎士である。

今回は道案内などを務める為にグスタフに同行していた。


「いや、アオ。あれには、せんじゅつとか、ないです」

「目に付いた物を奪い尽くしてるだけでありますよ」

「最低ではないですか姉上。それを有効に利用できるなら話は別ですが」

「……いえ。民から根こそぎ奪う時点で最低なのですが、王子殿下……」


「そうでありますね。でもまあ、どっちでも同じでありますよ」

「どうせ、あたしらが、なかから、ぼろぼろにする、ですから」


そして、毎度おなじみ最強種族クイーンアントよりロード・アリシアとアリスが多分一匹づつ。

要するに働き蟻と兵隊蟻の親玉である。

人類に有益でなければ間違いなく消されていたであろう凶悪クリーチャーではあるが、

それを理解した上で人に味方しているから始末に終えない。

何せ居なくなったら首を吊る羽目に陥る人間が百万単位で居る上に現在も増加し続けているのだ。

可愛い顔して相変わらず腹黒い蟻ん娘達である。


ともかく彼ら二人と二匹?がこの地に……いや、まだ居る。

彼らの背後に何か巨大なものが。


『……で、どうするのだ兄よ。我が身は何時、何をすればいいのだ?』

「ファイツー。僕達はこれから抵抗勢力に接触するのでその際に陽動をお願いします」


かつての結界山脈の火竜と同じ大きさにまで育った、生まれ変わりし火竜ファイツーである。

カルマの腹の中で卵からかえったと言う経緯があるため家族同然に育てられ、

その後理性が芽生えた後も居心地が良かったのか常に彼らと共にあった。


先代とは姿が違い、大空を飛ぶに相応しい大きな翼と先代以上に強靭な筋肉質の体を有している。

もしかしたら、ファイブレス自身が理想としていた姿に生まれ変わったのかも知れない。

かつてのような愛らしい小さな姿は失ったが、それ以上のものを彼は得たのである。

以前のような小動物アイドル的な立場は、


「ぎゃう?」「みゅー」「はぐはぐはぐ」「ぎゃ!」
「むしゃむしゃむしゃ」「……げぷ」「ふぁー」

『お前らそろそろ食い終われ……何時まで食ってるつもりだ?』


その更に後ろで巨大なラム肉を貪る子竜達に任せる事になる。

カルマは失った心臓の代用として竜の心臓を必要とするが、

それは竜の心臓=核=卵を活性化させる事となり、定期的に子竜が生まれてくる事となった。

そのお陰で結構な数のチビ竜が城の中をうろつく事となったのである。


「今回はこの子達のお散歩も兼ねています。僕は接触先の代表と話があるので……アオ?」

「はっ、お任せを。私が引率させていただきます。ご安心を、奴等の虜囚になどさせはしません」

『ふっ。実戦を遊び場に使うとはあの父め。あいも変わらずイカれているな……母よりはマシだが』


と言う訳で今回は悪戯盛りな数頭を連れて来た訳だ。

今はお腹いっぱいなためか、上機嫌でころころと転がっている程度だが、

むずがるとブレスは吐くわ鉄板を裂くわ石壁に穴を空けるわで大変なのだ。

そんな訳で思い切り遊ばせそのまま寝かしつけようと言う作戦の為、ここに連れて来ているのである。


「敵さんには可哀想ですがこの子達の玩具になってもらいます。では前進!」

「はい、せいれつ、です」

「街までは並んで歩くでありますよ?」

「みゅ?」「ぎゃ!」「……zzz」「ふぎゃー」
「くぎゅー」「がう」「くぁぁ……」


敵を徹底的に舐めているような気もしないでもないが、

正直舐めても仕方ない面子なのだ。何せ殺されるどころか怪我すらしそうも無い面子だし。

……余談だが、強化魔法を使わないアオでだいたいラスボスと同等である。

そしてファイツーはアオが全ての力を出し尽くしてもまず勝てないし、

そのファイツーが束になってもグスタフには勝てない。


勝率ゼロに何をかけても確率はゼロのままなのだ。


「まあ、いざとなったらラスボスなんてさっくりと殺せますから気楽に行きましょう」

「いえ、あの……お願いですからシーザーに倒させて下さい、殿下」

『明らかに格下の相手に殺させるのが復讐か……何か腑に落ちないが、まあいいだろう』


と言う訳で、争点は誰がどのように倒すか。

そして、いかにしてスーの仇を討つか、その2点なのである。


『しかし、奴が犠牲になるとはな……未だに母の嘆く姿が忘れられぬわ』

『……だけど、それで……へいたいさんたち、おごり、きえた、です』

『きっと、必要な犠牲でありました。あたし等が容認できるなかでは最大の犠牲でありましたしね』


……ただし、その死は避け得たものである。

それでも必要だったので見過ごしたのが蟻ん娘達なので、本来彼女達には敵討ちの権利など無い。


『でも、それはそれ、これはこれ。です』

『ねえちゃを泣かせた罪は重いでありますよ?はーちゃんも顔真っ青だったでありますしね』

『意外と人望があったでありますよね。切り捨て得るリストに入れないほうが良かったでありますか?』

『ねえちゃにとって、にいちゃをねらう、わるものだった、はずですが』

『……それでも。それに血の繋がりがなくても、やっぱり姉妹だったって事でありますかね』

『最後はにいちゃを諦めてくれたでありますからね……そうでなくても泣いた気もするでありますが』

『にんげんの、こころ。むずかしい、です』

『あたし等に判るのはねえちゃもにいちゃも悲しんだって事だけであります』

『だから、せめて、かたきうつです……それが、あたしらにできる、ゆいいつのつぐない、です』

『もちろん、にいちゃたちにたいしての、つぐない、ですが』

『……すごく身勝手だとは思うでありますがね』


でもそんなの関係ねえ。とでも言った所か。

人間達には聞かせられない内容のため古代語でヒソヒソ話をしながら蟻ん娘達は皆の後ろを付いて行く。

因みに同時に死んだイムセティはミーラ化の下準備のお陰で普通に今でも会話が成り立つので、

父親と姉弟以外は誰もその死を悼んでいなかったり。


「さて、では皆の者……作戦開始です!陽動班は正面より突撃!残りは僕に続いてください!」

「はっ!」

「いく、です」

「ファイツー?後は任せるであります!」


「「「じゃ、あたしら、さがるです」」」

「「「後はよろしくであります!」」」


グスタフの号令とともにその場に居た全員が動き出す。

余分な蟻ん娘が地に潜り、街に潜入する者達が走り出す。


『承知した!我が身に全て任せよ。同胞達よ!続けッ!』

「みゅ?」「はぐはぐ……ぐぁ?」「ぎゃ!」「zzz……ぎゅっ!?」
「ぎゃおーーーーん」「きゅう♪きゅう♪きゅー♪」「しぎゃー」


子竜は取っ組み合ったり残り物を口に放り込んだりしている。


『いいから続け……飯は終わりだ……いいから続いてくれ!?頼むから!』

「「「「「「「ぎゃ、ぎゃおおおおん!」」」」」」」


更にその動きを覆い隠すかのように、巨体の赤き竜が立ち上がり雄叫びを上げた!

走り出す赤い津波。

それにバスケットボールサイズから手乗りサイズまでの色とりどりな子竜達も続く。


「な、何だあれ?」

「ガルルルルルル!(何をして居やがる人間ども!)」


それは疾風だった。

それは悪夢だった。

そしてそれは……災厄そのものだった。

それは……当初、米粒ほどの何かにしか見えなかった。


「……なんか来たぁぁぁぁああああああっ!?」

「きゃいいいいいいいいん!?」


だがそれは見る間に巨大化する。

……それが何なのか門番達が理解したその時は既に遅く、

凄まじい衝撃とともに、アラヘンの城門は、爆ぜたのだった……。


……。


≪勇者シーザー 無銘迷宮第一階層≫

無銘迷宮。それは名を付けられる暇すら無かった新設された階層だという。

それまでは壁などに人工的なものが見受けられたがこの区画に限っては完全に自然洞窟。

唯一道らしきところが整備されているのみだ。


「だおだおだー♪アルカナだー♪デデンデデンデンデン、だおっ♪」


カンテラの明かりで周囲を照らしながら先に進む。

先頭を行く私がしっかりせねば、後方の彼女達に危険が及ぶ。

それだけは避けねばならなかった。


「暗いですね……こんな整備されていない迷宮は初めて」

「それはそうだろうナ。ここはあえて整備されなかった区画らしいからナ」

「なんでかのう?あの童達がそんな所を放置しておくとは思えんがの?」

「てゅらてゅらチャチャチャー♪今日ーも、行・く・おー♪」


あの時は嬉しくて思わず受け入れてしまったがここは戦場。

クレアさん達はこの地の王族だし万一怪我でもされたら大変だ。

竹雲斎殿が時折クナイと言う刃物で迷宮の壁に目印を付けてくれているが、

最悪の場合それが私達の墓代わりになりかねないのだ。


だが……今更追い返すのも勝手すぎる。

全ては己のまいた種。受け入れて先に進む他ないだろう。


「む……シーザー。この奥の暗がりに何か居るゾ?多分ワーウルフだナ」

「そうか。とうとう、か」

「だおらおらー♪アルカナらー♪デデンデデンデンデン♪だふぉっ!?」

「しっ。静かに」

「「「「どうするのですか?」」」んだよ?」


そうこうしているうちに、遂に魔王軍の縄張りに入ってしまったようだった。

僅かに下に向かって傾斜する自然洞窟。

それを塞ぐかのように積み上げられたバリケードを見つけたのだ。

周囲は広く、洞窟内とは思えないほど天井も高いが、それを丸ごと封鎖している。

更に……小高い丘のようになったそれの上には見張りらしいワーウルフが一匹立っていた。

登れない事も無い傾斜の防壁だが、上ろうとした時点で見張りに見つかるのは間違いない。


ともかく、気付かれない程度で出来るだけ近づいてみる事にした。

私達は気付かれないように洞窟の左右の壁に沿うようにゆっくりと降りていく……。


「……わふぅ」


幸運な事に見張りはだらけきっている様だった。

まともにこちらを見ても居ないし、非常に注意力も散漫だ。

まあ、ここまで敵が来る事など無いと踏んでいたのだろう、それも当然か。


「小石や洞窟を砕いた岩で防壁を築いてたのだナ……まあ、登れない事も無いゾ」

「馬鹿を言うでないわ。わしの背丈の三倍はある。登っているうちに上から串刺しじゃ」

「はいはい、だお!おとーやんならこのまま洞窟崩して全部一網打尽にすると思うお!」

「それが出来るのはお父さんか姉さん兄さん位じゃない……あ、ルン母さんならもしかしたら……」

「……少なくとも今の私達には不可能だな。ならばどうする?」


周囲を見渡してみる……とフリージア殿の武器が目に入った。

そうだ。銃は弓より遠距離から一方的に攻撃できるではないか!


「フリージア殿。この位置から敵を討てるか?」

「出来るゾ!よし、ここは私のスナイパーライフルの出番なのだナ!」

「駄目だよフリージア。その銃、音が大きすぎる」

「そうだの。音でばれてしまっては敵の第二陣を呼ぶだけじゃ」

「……ならばどうすれば……」


残念ながら弓は持って来ていない。

投げナイフなら幾つかあるが、その飛距離では一撃で倒せるか不安が残る。

さて、どうしたものか?


「なあ、皆。私は考えたのだがナ……別に隠れなくてもいいではないカ?」

「え?」


「こうして、と……ぶっ放すのだナ!」

「あっ!?」

「フリージア、待って……!」


どうするか考えていると、業を煮やしたのかフリージア殿が通路の真ん中に歩み出る。

見つかるからやめるんだ、と言う暇もあればこそ。

彼女は一際大きい銃を構えると……爆音を轟かせながら撃ち始めた!


「ミニガンなのだナーーーーーっ!」

「派手だお!それに重そうだお!」

「そう言う問題じゃないでしょアルカナ!?見つかっちゃうよ!」

「もう、おそい、のう……」

「次々に後続がやってくるぞ!?……こ、これは!?」


確かに敵はやって来る。

これだけの音と敵が倒れる時の悲鳴。気づかない方がどうかしている。

だが……それだけだ。

確かに敵は来るが、姿を見せた瞬間に蜂の巣のようになって死んで行く。


「全部倒せば無問題なのだナ!ぶっ放すんだナーーーーっ!」

「はい。おかわりの弾だお」

「……そ、そっか……それも一つの選択肢、なのかな……?」

「何か、敵が防壁の後ろで怯えているような」

「そりゃそうじゃ。顔を出したらその場で死ぬからの。しかしこれではこちらも先に進めんぞ?」


そうだ。敵に警戒されては結局先に進めない。

だがもう見つかってしまった。

ここまで派手にやってしまった以上隠密で事を運ぶのは諦めた方が良いだろう。

もう、こうなれば正面から行く他無いのか!?


「はっ。甘いのだナ……アルカナ、私の荷物からロケラン持ってくるのだゾ」

「既にここにあるお!派手に行くお!アルカナも手榴弾投げるんだお!」

「ろけ、らん?」

「!?し、シーザーさん、巻き込まれちゃ大変だから物陰に逃げましょう!」


慌てたクレアさんに手を引かれるまま壁際の少し引っ込んだ場所に身を隠す。

……次の瞬間アルカナ君の投げた何かとフリージア殿の武器が火を吐き、爆発した。

実際は物陰に居たせいで爆音と自分達の横を転がる残骸を見ただけだが、

素人の私から見ても恐ろしい何かが起こったのは間違いない。


「終わったゾ?」

「防壁ごと吹き飛んだお!」

「……す、凄まじい威力だ……」

「あれだけの火力をこの狭い中に詰め込んだのじゃ。そりゃあこうもなるわい」


顔を出すと、防壁は消えていた。

ただ残骸が壁や床に張り付いて残るのみだ。

……敵の体すら残骸と化している現状を見ると、

その武器の恐ろしさが良く判る。


「私の出番は無さそうだな……」

「そうでも無いゾ。私の防御は人並みだからナ」

「いざと言う時はアルカナも守るけど、アルカナはハー姉やん以外じゃ盾にしかならないんだお!」


敵側にも僅かばかりの生き残りが居るが、ガタガタと震えて通路の隅で縮こまっていた。

私の故郷を蹂躙した凶悪な魔物たちが何故かその時、かつて惨殺したコボルト達と重なる。

……こうなってしまうと、哀れさすら感じてしまい討てたものではない。


「流石に、私とてこうなってしまった者達までは討てない……」

「じゃあ、せめて縛り上げておくのダ。後方の安全確保は急務だゾ?」

「そうじゃの。無益な殺生はしないに越した事は無い……皆の者、頼むぞい」

「「「「委細承知」」」だぜ!」

「……あれ?コタツの声がするお?」


幸い備殿達が怯えるワーウルフたちを縛り上げ一箇所に纏めてくれた。

そして、連絡役の数名を後方に戻し、

私たち自身は捕まえた獣人達の見張りと、前線の拠点の確保を行う。

防壁の残骸を利用して備殿達が簡易的な柵を作り上げる。

その間に私は少しだけ先を偵察すると言ったところだ。


「おーい、シーザーよ。軍の連中と連絡が取れたぞい」

「でかいワンコたちの引き取り手が来たんだお!」


暫く周囲を警戒していると後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

どうやら軍の部隊が到着してくれたらしい。

今も捕虜にした魔物達を後方に連れて行く手続きをしているようだ。

……どうもこの辺りの魔物達は、あの騒ぎに巻き込まれてやられるか逃げるかしたらしく、

迷宮の先はしんと静まりかえっている。


彼らを引き渡したらまた先に進む事になるのだ。

その際敵に出会わない事に越した事は無いのだが、

私は同時にその静けさが何か恐ろしい事の前触れのような気がしていた……。


……。


担当の部隊の方々に挨拶と礼をすると、私達は再び奥に向かって前進を続けた。

……静かだ。

時折原生生物らしき生き物からの襲撃はあるが、

魔王ラスボスの手先と思われる者達からの攻撃はぴたりと止んでいる。


「だおだおだおだお♪静かだお~♪」

「……本当に静かだのう」

「さっきの攻撃で敵が全滅したとでも言うのカ?」

「まさか。そもそも指揮官が出て来ていないのだし……」


そうこうしている内に下り坂は終わり一気に視界が開けた。

大空洞だ。

中途リアル迷宮を含めこの洞窟では珍しくも無い地形だが、

私はそこに妙な予感を感じている。


「……罠、かも知れないな」

「そうじゃの」

「だお。どう見ても罠だお」

「なんでダ?」

「ねえフリージア。この地形、不意打ちや待ち伏せにぴったりだと思わない?」


広まった地形だけなら兎も角、その床は上下にうねり天然の遮蔽物と化している。

いや、もしかしたら人の手が加えられた地形なのかもしれない。

そして、隠し切れない気配がその広間の中から漂っていた。

……出入り口は一つ。迂回路は無し。

これは敵が潜んでいない訳が無い。


「良く来たのう婆さん」

「誰が婆さんだお?」


いや、敵は姿を隠す気すら無い様だ。

鉄兜を被った魔道師風の老人が、数体のワータイガーを周囲に従え広間の奥に立っている。

更にその周りをワーウルフが固める。

典型的な魔王軍の戦法だ。

これでは広間の凹凸にも大量の敵が潜んでいるに違いない。

だが、ワーウルフが相手なら数が居ても勝機はある……私はそう考えて居たのだ。

勿論、そんな皮算用は甘い以外に言いようの無い愚かな計算に過ぎなかったが。


「行くのだ婆さん!」

「う、臭い……ゾンビ!?そんな、防腐処理もされていないなんて!」

「しかも子供や老人の死体ばかりだゾ。文字通り腐った連中なのだナ」


老人のおかしな号令と共に広間の死角から現れた幾つもの影。

それは文字通り腐るがまま放置されていたであろう腐乱死体……ゾンビだった。

彼らが近づいてくるにつれて、その腐敗臭が鼻をつく。

動きは鈍い。だがその見た目、匂い。

その全てがこちらの戦意を挫いて行くかのようだ。


「……だが、私の心を折るにはまるで足りぬ!」

「おお!容赦なく切り裂いたのだゾ!私も負けていられんナ。火炎放射器で焼き払うのダ!」


私は躊躇無く先陣を切る。

そしてゾンビの頭部を切り飛ばすと首から下がその動きを止めた。

幸か不幸かあまり出来の良いゾンビではなかったらしい。

転がった頭だけがまだ動こうともがいているが、それも踏み潰しておく。

すると動きが止まった。どうやら脳を失うと活動停止するタイプのようだ。

だったらやりようは幾らでもある。


最早、救いようの無い人々だ。

アラヘンの無辜の民か、それとも別世界の方々か。

どちらにせよもうこうなっては終わらせてあげる他に救う術は無い。


「私に出来るのは……せめて彼らの魂の冥福を祈る事だけだ!」

「おねーやんの所には行かせないお!あ、かじっちゃ駄目だお!痛いお!」

『来たれ……来たれ……白き魔獣よ来たれ!召喚・始祖コケトリス!』

「コケー!」「コッコッコ!」

「おお、ハイラルにコホリンなのだナ!伝説の始祖コケトリスなのだゾ!」


私が敵の突進を防いでいると後方から巨馬の如き白い怪鳥が飛び出し、

ゾンビの頭部を次々とその爪で引き裂いていく。

クレアさんの召喚魔法だ!

コケトリスの成体が二羽呼び出され、クレアさんの願いの通りに敵を殲滅していく。

そして、暫く暴れるとふっと消え去っていった。


「……これは!?」

「帰ったお」

「あの子達も仕事があるから、時間が来れば勝手に送還されるように設定されてるんです」

「正式な契約に基づく召喚魔法だからの。アフターケアとやらも完璧と言う事じゃ」

「武器なんかだと呼びっぱなしでも良いんだゾ……だが相手が生き物だからナ」


成る程。私のような例はかなり特殊な事情にあたるようだ。

無論それで救われたのだから文句など言いようも無いが。

ともかく心強い。

久々に本当の意味で安心して背中を任せられる戦友の存在を感じ思わず涙ぐみたくなる。


『来たれ、炎よ!』

「燃えたゾ。と言うか、相変わらず召喚ばかり使うのだナ……回りくどいゾ?」

「いい匂いだお。焼けたパンの匂いだお。お腹空いたお……」

「わざわざパンの窯から炎を召喚かよ……」

「「「「こらコテツよ。お前も備大将としてここに居るのだからもう少し我は押さえるように」」」」


続いてクレアさん何処か香ばしい匂いの炎を召喚してきた。

突如天井から降り注いできたその炎は狙い違わずゾンビ達を焼いていく。

こうしてただの炎すらわざわざ召喚する所を見ると、

クレアさんはどうやら召喚魔法に並々ならぬこだわりがあるらしい。

だが、私はとってそれは何の問題にもならない。

今一度言うが背中を預けられる存在のなんと心強い事か!


「死してなお体を弄ばれる者達よ……今ここに解放の鐘の音を打ち鳴らさん!」

「おっと、ハリケーンストームソードなのだナ!」

「何時の間にレオの技を盗んだんだお?」


一気に敵陣に踏み込み、回転斬りで周囲の敵を一掃する。

更に回転を逆周りにしてもう一撃。

特訓中に幾度か見たブルー殿の回転斬りは我が家に伝わるものに似ていたが完成度が桁違いだった。

その技としての差を埋めるべく私も頭を捻り、自らの技を返す刃でのニ連撃に改良したのだ。


死を恐れないゾンビの強さも、

頭さえ何とかできれば倒せると言う安易さもあり、それ程の脅威ではなくなっていた。

これならいける、そんな思惑が頭を支配し始める。


……だからこそ、私は既に敵の策に落ちて居たのだろう。

この地での油断は即ち敗北の序曲でしかない。それは痛いほど理解していた筈だと言うのに。


「今じゃ!行け婆さん!」

「ガハハ。黙れよ爺さん!俺は婆さんじゃないぜ!?」

「うおっ!?後ろに回りこまれておったか!」


故に敵の策は成り、私達は気付かぬ内に回避不可能な状況下に陥っていた。

敵の別働隊により退路を絶たれた上、挟み撃ちの憂き目にあっている事に気付いたのは、

私自身の剣がもう少しで老人に届くと思った時の事であったのだ……。


……。


「ガハハハハハ!ワーベア登場だぜ?悪いが仲間の為だ。消えてもらうぜ!」

「抜かせっ!仕込み杖の錆にしてやるわっ!」

「え!?う、後ろを取られたの!?ど、どうしよう……」


「「「「「ガルルルルルルルウッ!」」」」」

「「「「なんと言う事だ、某には荷が重い相手……」」」だろうな。俺は別だが」


ワーベア率いる部隊を竹雲斎殿と備殿達が必死に抑える。

だが、回り込んできた敵の数だけでもこちらの数倍。

更に囲まれていると言う不安感からだろうか、クレアさんからの援護まで散発的になる始末。

そもそも、備殿達ではワーウルフですら勝つ事が出来ず時間稼ぎしか出来ないでいる。

このままでは後方から陣形が崩れてしまうだろう。

敵将まであとわずかだがここで戦いは終わりではないし、この場所は広すぎた。

後方の皆はまだ通路に居る。

閉所に篭れば前後だけ考えれば済むと判断し、一度後方に下がり皆と合流した。


「婆さんを探さんとならんのだ。悪いが打ち倒させてもらうぞい婆さん!」

「アルカナはおばーやんじゃないお!?」

「いや、相手はまともな精神状態ではないのだろう。気にするなアルカナ君」


しかし、一塊になった所で敵は圧倒的多数。このままではいずれ押し切られる。

この窮地を乗り越えるには……。


「うおおおおおおおおっ!」

「おおっ、シーザーが吼えたゾ!?」


私自身が突破口と希望を示さねばなるまい!

何故なら私は……勇者なのだから!


「フリージア殿!暫しこちらは私が抑える。後ろの敵をまずは何とかしてくれ!」

「わ、判ったゾ。だが、大丈夫なのカ?」


心配そうなフリージア殿に力強く頷くと、私は剣を鞘に戻し盾を両腕で構えた。


「ここから先は持久戦だ!私の鉄壁の構え……そう容易くは破らせんぞ!」

「婆さん!婆さんではないか!なあ婆さん、婆さんは何処におるか知らんかのう!?」


これは既に敵を討つための戦い方ではない。

ブルー殿達に鍛えられていた時、

重い猛攻にひたすら耐え、何時か来るであろう反撃の時を待つために覚えた構えだ。

両手で盾を構え、自らは敵の矢面に立つ。


「……ここは、通さん!」


群がるゾンビ達を盾で押し出し、突き倒す。

どちらにせよ相手は多数。

どんなに倒そうとも剣では殲滅には届かない。

ならば今はただひたすら耐えよう。


……大丈夫だ。

今の私は、一人では無い!


「シーザーが一人で頑張っているゾ!私達も頑張るのだナ!」

『来たれ……我が兄弟達!』

「ぎゃおー」「みゃみゃみゃおー」「きゅ?」「がうっ!」

「おうちに居たドラのにーやんねーやん、一杯来たお!」

「……相変わらずお前らの家族はどうなって……」

「「「いいから刀を振れコテツ!某たちは死にそうだ!後自己主張禁止!」」」

「と言うかコテツよ……お前、一体どういう心境の変化なんじゃ?……むっ。無刀取りじゃっ!」


後ろを固める仲間達が居るのだ!


「くそっ!敵の戦力が一気に底上げされたか!おい爺さん!そっちは一人だろ!何とかしてくれ!」


「この婆さんは強いぞい!流石は婆さんじゃ!」

「それしか言う事が無いのか貴様はっ!」


フリージア殿が加わった事で一気に後方の戦況は良くなったようだ。

敵の悲鳴と味方の雄叫び、その比率が逆転し、

フリージア殿の武器が唸りを上げるたび敵の声が消えていく。


「はは、ガハハハハ!おい、まさか挟み撃ちしておいて正面から打ち破られるのかよ!?」

「婆さん!もう少し持たせてくれい……婆さんとて一人では限界があるはずじゃ!」

「……私は、一人では、無いっ!」


盾にかかる敵の体重が増していく。

味方に当たる事も押しつぶす事も構わずに、ゾンビたちは文字通り死兵となって押し寄せる。

私はそれを二本の腕だけで押さえ込まねばならなかった。

だが、恐れはしない。

恐れる必要など無いのだ!


「くそっ!兵士どもが限界だっ!コイツ等を無駄死にはさせねえ!悪いが下がるぜっ!?」

「ば、婆さん何処へ行くんじゃ!?」


「後ろの五月蝿い奴らは黙らせたのだナ!」

「全身歯形だらけで痛いお……」

「シーザーさん、今行きます!」


「わ、わしも歳じゃのう……ふぅふぅ、わしらはここで後ろを押さえとるからな!」

「「「「ここはお任せを」」」……それしか出来ねえし」


そう、均衡は破れた。

後方に走り去る足音が響く。敵の別働隊を撤退に追い込んだのだ!

後ろからかかる声と共に、轟音と鉛の飛礫が私を追い越して敵陣に降りかかる。

召喚されたらしい人間大の幼竜がその牙を剥く!


ゾンビたちが吹き飛んでいき、指揮官までの道が開けた。

私はそれを勝機と捉え、盾から片手を離すとそのまま走り出す。

目指す敵はもう目の前だ。

長剣を抜く余裕も無く、盾の裏から予備兵装の短剣を抜き、斬りかかる!

魔道師の突き出した、何処か見覚えのある杖と私が抜き放った短剣が交差する!


「ぐおっ!?やるもんじゃの!流石は婆さん。わしと共に魔王様と戦っただけはある!」

「わしと"共に"!?」


はっとして敵指揮官の姿をよく見る。

そうだ、杖だけではない。

薄汚れてしまってはいるが、そのローブも、その口元も見覚えのあるものだ。

ただ唯一、無骨な鉄兜だけが彼の印象を失わせてしまっていた。

……もしや……。


「まさか老師!?老師なのか!?生きていたのか!?」

「おう、そうじゃよ?婆さんはどこかのう?」


一度可能性を考えてしまえば最早見間違える筈はない。

かつて私と共に魔王に挑み、道半ばで倒された宮廷魔術師の老師だ!

……無事だったのか!


「しかし、何故魔王の手下に!?」

「わしが?魔王の手下?婆さん飯はまだかのう?」


駄目だ。正気ではない!

しかしどうやったら老師の人格をここまで破壊できるのか。

かつての老師は魔王軍の侵攻で死んだ奥様を大事にしていたが、

その死を認められないような弱い人ではなかったが……。


「それにしても、強くなったのう、婆さん」

「私は奥様ではないのだが……まさか、洗脳!?」


あり得る。

相手は魔王ラスボス、どんな手を使ってくるか知れたものではない。

しかし……まさかかつての仲間を差し向けてくるとは!


「しかし、どうやって元の老師に戻したらいいのだ……」

「どうかしたのカ、シーザー?」

「あの魔法使いなのに重そうな兜を被ったお爺さんと知り合いなのですか、シーザーさん?」


……いや、別に老師は変わり者と言う訳ではないんだクレアさん。

私と旅をした時の老師は別に兜など……そうか!


「フリージア殿!クレアさん!援護をお願いします!私は……あの兜を破壊します!」

「ん?まあいいがナ」

「そっか。あれが問題の元凶なんですね?わかりました、手伝います!」

「アルカナは応援するお!」


彼女達に一言告げると私は剣を振り回しながら敵陣奥深くへ切り込んでいく。

私はせかされるように短剣を盾の裏に戻し、腰から長剣を引き抜きながら走った。


随分と数を減らしたゾンビたちはそれでも執拗に私を押さえ込もうとするが、

フリージア殿達の援護のお陰もあり、その数をみるみるうちに減らしていく。

……そして。私は辿り着いたのだ。かつての戦友の元へ。


「受けよ……この一撃をぉっ!」

「ぐはっ!」


出来る限り怪我をさせないように浅く振りぬいたその一閃。

……狙い違わず兜のみを断ち切った私の剣は、それが故に私に容赦の無い絶望を運んできた。

そう。判りきっていた筈だ。

あの傷で助かる筈も無い事は。


判っていたではないか。

この結末は。


……だが、


「顔が、無い、ゾ?」

「嫌ぁ……何なのこれ……酷いよ……」

「婆さん、そう言えばわしの顔も何処に行ったか知らんかのう?」


これは、無いだろう。


幾らなんでもこれは無い。

予想外だ。

……鼻から上が無いなんて!


「ガハハ!……顔無しゾンビの爺さん!生きてるか!?ってもう死んでるんだけどな!」

「おお婆さん。大回りして戻ってきたのか」


呆然とした私の隙を捉え、茶色い巨体が私と老師の間に割り込んできた。

……ワーベアだ。

どうやら回り込んでこちらに合流したらしい。


「いいから下がれ!四天王の爺さんが居なくちゃ、ここの俺達は回らねえんだ!」

「仕方ないのう。もう少しで婆さんが見つかりそうな気がしたんじゃが」

「ま、待て!待ってくれ老師!」


一瞬、と呼ぶには少々長すぎる硬直を突かれ、私の腕が届く場所から老師が下がっていく。

顔の無い老師が歩いて行く。

……覚悟はしていたはずだ。かつての仲間達が生きていない事など。

だが、ここまで酷い再会を想定できる人間など居るのだろうか!?

これは無い。あってはいけない……。


魔王ラスボス……奴の魂は何処まで腐っているのだ!?

しかし激昂と共に思わず駆け出した私の前に茶色い巨体が立ち塞がる。


「ガハハハハハ!おっと、ここから先はこのワーベアが通さないぜ」

「落ち着いてシーザーさん!シーザーさんが追いかけたって、あのお爺さんは帰ってこないんですよ?」

「そうだゾ!どうするにしてもまずはコイツから片付けるべきなのだナ!」

「……ゾンビになっちゃったら、蘇生してもゾンビとしてだお……あのおじーやんはもう駄目だお」


そうだ、私は何を混乱している?

老師を追っても最早助ける術すらないではないか。

それなのに今の仲間を置いてかつての仲間を追いかけたところで……仲間を……!

くっ……何故だ?私は何処で間違ったのだ!?


「くっ!……し、勝負だ!」

「ガハハ……なあ。酷い顔だぜ勇者様よぉ……?」


半ば狼狽しながら叫ぶ私にワーベアがその巨体をもって応じる。

正直ありがたい。


敵との戦いならばどんな痛みも耐えてみせよう。

体の痛みなら歯を食いしばって我慢もしよう。

だが、かつての味方を救う術も無い……この無力な現状は辛すぎる!


しかし戦っている間ならば悩みを忘れる事が出来る。

例えそれが、一時の現実逃避であろうとも、だ。


「じゃあ一騎討ちなんてどうだ?……さあ、始めようぜ」

「……望む所だ」


私達の進路を塞ぐように立ちはだかるは、まさに茶色い防壁。

だがその時、私はワーベアの視線が後方を向いたのを悟った。

その視線の先では生き残ったワーウルフが老師だったものに肩を貸して逃げている。


……そう言う事か。

私はそれを見てこの男の狙いを察し、そして好感を覚えた。

彼は仲間を逃がそうとしているのだ。

こちらの人数は多いし、フリージア殿の攻撃力も知っているだろう。

その目は明らかに自分に勝ち目は無いと踏んでいた。


だが、それでも譲れない一線はあったのだ。例え魔物だとしても。

その姿に、私は何故か故郷で散った木こりの事を思い出す。

戦術的にはここで敵を逃がすのは色々と良く無い事は承知している。


「では、正々堂々一騎打ちと行こうか」

「ガハハ!そう言ってくれると嬉しいぜ!」


しかし、だ。

私の心は命を賭して立ち塞がるこの武人を放り出し、

戦意無き者を斬りに行く事を否としていた。


「なあアルカナ、敵が逃げてくゾ?」

「だお。シーザーが見事に騙されてるお」

「いいんじゃないかな二人とも。シーザーさんが納得してるならそれで」


そうかも知れない。

だが、それも良いのではないだろうか?

……第一、私自身とて老師をどうしたら良いのかまだ結論が出ていないのだ。

丁度良いといえば丁度良い。


立て続けの衝撃に私の心は乱れていた。

……頭の冷静が部分が叫んでいる。

冷静になれと。冷静にならねば更に多くを失う、と。

だが。少なくとも今の私にそこまで考える余裕などなかったのである。


剣と斧が交差し甲高い音を鳴らす。

しかし、そういえば……その斧も、どこかで見た事があるような気が……。

続く



[16894] 14 形見
Name: BA-2◆45d91e7d E-MAIL ID:5bab2a17
Date: 2010/05/26 23:01
隔離都市物語

14

形見


≪勇者シーザー≫

視界の先に敵と、かつて仲間だったものが消えていく。

暗い迷宮のそのまた奥に。

……そして、眼前には巨体の大熊。


「ガハハ、悪いな。こっちの都合に付き合ってもらっちまってよ」

「礼は要らん。礼を言われるほど善良な理由でこの一騎打ちを受けた訳ではないのだ……」


仲間を逃がすための決死行。

回り込んで一度戦闘をした後、再度回りこんでここに立ち塞がったワーベアの体力は消耗している。

それでもなおここに居ると言うのなら、既に覚悟は出来ている筈。


……老師の事は問題だが今は置いておこう。

一騎討ちの際に別な事を考えているのも礼を失した行いだ。

そう考え、無理やり頭を切り替える。


「アラヘンのシーザー、参る!」

「ワーベア族のハリーだ!さあ、派手に行こうぜ勇者!?」


お互いに武器を抜き軽く距離を取る。

私は盾を前面に押し出し、ワーベアは斧を振りかぶった。

そして一瞬の静寂。


我等がお互い目掛けて走り出したのはまさに同時。

……何故だろう。

私はこの光景をどこかで見た事があるような気がしていた。

いや、見た事など無い筈だ。

強いて言うなら正面ではなく背中側からなら……。


……。


≪RPG風戦闘モード 勇者シーザーVSワーベア"ハリー"≫

勇者シーザー
生命力40%
精神力30%

ワーベア
生命力80%
持久力60%

特記事項
・シーザー、ワーベア共に疲労状態
・ワーベア、精神状態"決死"により持久力(スタミナ)が一時的に増加
・シーザー、精神状態"困惑"により精神力が一時的に低下


ターン1

ワーベアの先制攻撃。

手にした斧を容赦なく振り下ろした!


「ガハハハハハハハハ!さあ受けてみろ勇者様よ!?お前なら受けてくれるだろ?」

「無論!」


シーザーは獅子の紋章盾で受け止める!

金属質の甲高い音が周囲に木霊した!


「……!?馬鹿な!これを受けきれるわけがねえのに!?」

「何を根拠に受けられる受けられないと言っている?それに私とて成長しているのだ!」


シーザーは敵の攻撃を受け止める事に成功!

盾に阻まれ斧はその動きを止めた!


「今だお!やってしまうお!」

「今度はこちらの番だ……!」

「うおっ!?あぶねえ!」


シーザーの反撃!

シーザーは盾の脇から剣で突く。

しかしワーベアは仰け反ってかわした!


「シーザーさん。頑張って……!」

「しーざーしーざー頑張るおー♪」

「おーおー。少し見ないうちに腕上げたなぁ……へっ。差は開くばかりかよ」

「「「「良いから自己主張は止せ」」」」


クレア・パトラはシーザーの勝利を祈った!

アルカナは歌っている。

コテツはぼやいている。


……。


ターン2

敵は仰け反っている。

シーザーの猛攻!

体勢を崩した敵に一歩踏み出し、渾身の力を込めて剣を振り下ろす!


「おおおおおおおおっ!」

「ぐっ!?」


ワーベアは片腕を突き出してガードした!

だが、生身の腕では受けきれない。

腱が切れ筋肉は断ち切られ、腕はだらりと垂れ下がった!

20%のダメージ!


「好機ぃぃぃっ!」

「……ちっ」


片腕が下がったのをみるや、シーザーは追撃の一撃を見舞う!

振り下ろされた状態からV字を描くように、

天を往く燕をも切り落とすのではないかと錯覚する鋭い一閃が、

無防備になったワーベアの脇腹から肩口にかけて深く切り裂く。


「ぎゃあああああああああっ!」


ワーベアの生命力を気力諸共大幅に削り取った!

生命力に50%、持久力に50%のダメージ!

ワーベアはダメージが深すぎるため反撃不可能!


……。


ターン3

シーザーの猛攻はまだ続く!

一気に敵に肉薄し勝負を決めに行った!


「おおおおおおおおおおっ!」

「……へっ。ここまでかよ」


体当たりするように剣を相手の腹に深々と突き刺す。

剣は肉と内臓を貫き、骨をかすめて背中まで貫通した!

10%のダメージ!……ワーベアの生命力は、尽きた!


「が、ガハハハハハ!まだだ、まだ終わらねえ!」

「!?」


「やばいお!シーザー!」

「逃げて下さい!相手はまだ諦めてない!」

「斧が来るゾ!」


ワーベアの"決死"の一撃!

肉を切らせて骨を絶つ!


「ごふっ!?」

「駄目えええええええっ!シーザーさんっ!」


胴を貫かれたまま、ワーベアは気力のみで腕を振り下ろす。

少々やり辛そうに振り下ろされた斧が、シーザーの兜を砕いた!

脳震盪を起こしたシーザーはよろめいている!


「ふれー、ふれー、し、い、ざ、あ!それっ、ふれっふれっシーザー、ふれっふれっシーザー!だお」

「……何をしているのダ?」


アルカナは応援している!


「ど、どうしよう……どうしよう!?」

「まあ落ち着け。いざとなればわらわが出る」

「……つーか居るなら出て来いよ魔王」


クレア・パトラは混乱している!

魔王ハインフォーティンはこっそりと観戦している。

コテツは突っ込みを入れた。


「「「「こ、これはいけない!」」」」


十把一絡げは動揺している。


……。


ターン4

シーザーは脳震盪でよろめいている!

ワーベアは深手を負ってよろめいている!

両者行動不能!


……。


ターン5

ワーベアは辛うじて踏みとどまった。

気力を振り絞り最期の一撃を振りかぶる!


「ガハ、ガハ、がはっ!……食らえええええっ!」

「!」


シーザーは半ば無意識に盾を構えた!

斧と盾がぶつかり合う!


「あ、やっぱ、限界かよ……」

「……まだだ!」


全身を包む衝撃でシーザーの意識は回復した!

シーザーは斧を受け止め、更に腕を払っていなす!

そして、下がっていた腕に渾身の力を込めた!


「アッパースイィング!」

「ぐっ……!」


斧を振り下ろした為軽く前傾していたワーベアの顔目掛け、シーザーの剣が叩き込まれる!

だがその剣は空しく鼻先を掠めたのみであらぬ方向に外れていき……、


「からの……回転斬りだっ!」

「あ、あ……あ……」


そのまま円運動を描いて、ワーベアの胴を切り裂いた!

赤く染まった茶色い巨体が倒れこむ!


……。


ターン6

ワーベアが再び立ち上がった!

だが、その目は白目を剥き、斧すら取り落としている。


「気力だけで立っているのか……」

「だったらアルカナがやるお!」

「待てアルカナ!一騎打ちを邪魔するナ!」


シーザーが荒い息をつく中、アルカナが緑の斧を持って走ってきた。

そしてゆらりと立つワーベアに斧を振り下ろすべくよいしょと持ち上げる!

……止める暇も無かった。


「グアアアアアアアッ!」

「だお?」


野生の雄叫びと共にワーベアの残った腕が振り下ろされた!

鋭い爪がアルカナを襲う!


「だおっ!?」

「あ、アルカナ君!」

「馬鹿妹め……」


アルカナは無残に切り裂かれた!

爪は頭蓋を砕き、その傷は頭頂部から足首にまで及ぶ。

普通なら致命傷どころか挽肉と呼ばれるレベルだ!


「……い、痛かったお!」

「む?それ……爺の斧!?ちょっ!?何時の間に持ち出したあああああああっ!?」


「ハイム様ではないですか!?一体何時から!?」

「何時から、と聞くのは無駄なのだナ。望むなら何時でも何処でも、ダ」


しかしアルカナは一瞬にして全細胞から衣服まで復元した!

アルカナは致命傷を痛いの一言で済ませている!

ただし、緑の斧は取り上げられた!


魔王ハインフォーティンは涙目で"投擲斧・根切り"を凝視している。

……魔王は刃こぼれと錆を発見して泣いた!


「馬鹿者!馬鹿者!馬鹿者おおぉっ!?わらわの宝に何をする!?」

「おじーやんの遺産ならアルカナにだって使う権利はあるお!ハー姉やんはズルイお」


「阿呆か!わらわが貰った物だぞ!?それに扱いが雑すぎる!」

「雑と言うならハー姉やんのアルカナの扱いも雑だお!もっと可愛がるお!」


「出来るかーーーーーーーーっ!」

「やるのらーーーーーーーっ!?」


「まおーーーーーーーっ!」

「だおーーーーーーーっ!」


魔王と妹は争っている!

お互いにほっぺたを千切れんばかりに引っ張り合う!

……ただしお互い怪我しない程度に。


無論、この戦いの趨勢にはまるで関係が無い。

そうしている間にもシーザー達の戦いは続いていた。


「くっ!それにしてもまるで近づけん……まさに手負いの獣だ!」

「グルルルルルルルル……!」


シーザーは隙をうかがっている。

ワーベアは唸り声を上げながらも幽鬼の様に佇んでいる。


……。


ターン7

シーザーとワーベアは一定の距離を取って相対している。

……シーザーが動いた!

ゆっくりとした動きで近づき……最後は一足飛びで斬りかかる!


「!?」

「グァァアアアアアアッ!」


ワーベアは動くものに反応した!

丸太のような腕がシーザーを襲う。

シーザーは構わず剣を振りぬいた!


「ぎゃっ……!?」

「シーザーさん!」

「吹っ飛ばされたゾ!?」


「ぐぬぬぬぬ……まだ懲りぬか!このぷにぷにほっぺめ!ぷにぷにほっぺめ!」

「ぼ、暴力には屈しないんだお……でもお菓子になら屈するかもしれないお」

「童たち。いい加減にせんか」


剣はワーベアの指を一本斬り飛ばした!

だがシーザー自身も腕で薙ぎ倒され近くの地面に転がる。

剣は弾き飛ばされ、シーザーから見て丁度ワーベアと反対側に転がった。


……。


ターン8

ワーベアは不気味な沈黙を保っている。

シーザーは朦朧とした頭を振りながら起き上がった。

……剣の回収はひとまず諦め、盾の裏から短剣を取り出す。


「大した、執念だ」

「……グルルル……ルル……」

「シーザーよぉ。お前も人の事は言えないと思うがな?」

「「「「だから自己主張禁止だ」」」」


「だが、私達もここで止まっている訳にはいかない……!」

「……!」


シーザーは走り出した!

真っ向から突撃し、手にした短剣を投げつける!


「グアアアオオオオオオオッ!?」

「まだまだぁっ!」


短剣はワーベアの肩に突き刺さる!

シーザーはもう一度短剣を盾から取り出すと、そのまま突撃する!


「駄目!シーザーさん!相手はシーザーさんしか見てないです!」

「言っても無駄なのだナ……これは正面対決。口出しするだけ野暮なのだゾ」

「ふむ。牽制の短剣は避けもせんとはのう。意識も満足に無かろうに大した勝負強さじゃ」

「いや。ありゃ野生の勘だな。旦那、このままじゃシーザーの野郎やばくないか?」


ワーベアは突っ込んでくるシーザー目掛けて爪を突き出した!

シーザーは盾を構えてそれに正面から突っ込む!

鋭い爪と堅固な盾が正面から激突!

そして、


「……防ぎきったゾ!」

「凄いよ、正面からあの巨体を受け止めるなんて……」

「んー、あれ計算づくじゃねえのか?」

「そうじゃのコテツ。敵に振りかぶる暇を与えずシーザー自身は全体重を乗せて突っ込んだからのう」


「だおだおだおだおだおだお!だ……だ、お……」

「まっおーまおまお!まおーまおーっ!」

「「「「お二人とも落ち着いて。特にアルカナ姫。首を絞められて顔が青いですぞ!?」」」」


外野の茶々はさておき、シーザーは突き出された爪を受けきった!

そしてそのままずるり、と巨体が揺れ……そのまま大地に倒れこんだ。

ワーベアの気力が、尽きたのだ……!


「私は貴殿に敬意を表する!ワーベア殿……貴殿はまさしく武人の鑑であった……!」


シーザーは賞賛と共に手にしていた短剣でワーベアの喉笛を切り裂いた。

ワーベアの呼吸が、停止した。

シーザーの勝利だ!


……。


≪勇者シーザー≫

息が荒い。叩きつけられた全身が痛む。だが、それでも最後に立っていたのは私だった。

倒れたワーベアを介錯し、落とした剣を回収する。

……そして、戦った相手の完全なる沈黙を確認すると、

安心感に疲れがどっと押し寄せてきただろう……私は思わずその場に座り込んでいた。


「予想以上に、強敵だった……」

「シーザーさん、大丈夫ですか!?」

「良くやったゾ。敵四天王を逃がしたのは惜しいが、まあ止むを得ないナ」

「ふふ、見事な戦いじゃったわい。だが今後も精進は忘れぬようにのう」


周囲に仲間達が駆け寄ってくる。

その声を聞いて、私はようやく勝利を実感したのである。

……しかし、同時にこうも思って居た。


「そうだ。敵はまだ居る……こんな所で満足している場合ではない」

「……うむ。それが判っているなら問題無さそうだな。今後も頑張ってたもれ?」


「え?そう言えばハイム様。何時から、そしてどうしてここに?」

「うむ、少しな。……時に、中々見事であった。一騎討ちを後ろで観戦させてもらっていたぞ」


独白をポツリと口にすると、何故かハイム様から返答が帰ってきた。

驚いて問いただすと、どうやら先ほどから私の戦いは見られていたようである。

何故ここまで来られたのかは判らないが、ともかく私の戦いはお眼鏡にかなったようである。


アルカナ君がズタボロになっているのが少し気になるが、あの戦いに割り込んだ代償だろう。

決闘の礼儀など知る由も無いのだろうが、

今後は流石に一騎討ちの邪魔だけはしないようにして貰いたいものだと思う。


「それにしても地面に叩きつけられてボロボロだな。どれ、見せてたもれ。怪我は治してやろう」

「あ、はい。お願いします」


ハイム様が私に手をかざし何やら唱えると、全身から痛みが消えていく。

成長の事を考えるのなら自然治癒に任せるべきなのだろうが、現状はまだ奥に進みたいと考えている。

それなら治して貰っていた方がいいだろう。


回復した体を軽く動かして調子を確かめていると、ズボンの裾が引っ張られる感覚があった。

……アルカナ君だ。何か泣きそうになっている。


「アルカナ君。一騎討ちに割り込むのは礼を失する行為なんだ。斬られたのも自業自得なのだよ」

「シーザー……そうじゃないお。斧取り上げられたお……ハー姉やんは横暴だお……」

「やかましい!わらわの部屋から爺の形見の斧を持ち出しよってからに……」


ああ、そうか。

あの緑色の斧はハイム様の持ち物だったのか。

ならばハイム様はあの斧を取り戻しに来たのだろう。

しかもこんな暗い迷宮にまでやって来るくらいだ、きっと大事な物に違いない。


「申し訳ない。アルカナ君の年齢で武具を持っているのがおかしい。そう思わねばなりませんでした」

「いや、わらわの管理不行き届きだ。斧も、馬鹿妹の行動もな」


お互いに頭を下げあう。

良く見るとハイム様は小脇に大量の書類を抱えていた。

仕事を途中で抜け出してきたようだ。

やはり……色々とお忙しいのだろう。


「お忙しい中、こんな所まで……」

「ん?これか?一時期はこの三億倍はあったからな。まあ心配するな」

「……仕事中に気付いて慌てて追いかけてきたの?姉さん……」


これの三億倍?

人間がこなせる仕事量では無いぞ?

いや、きっと3~6倍の聞き間違いだろう。

先ほども思ったがそんな量の書類を人類が処理できる訳が無い。


「でも姉さん。わざわざその為にここまで来たの?念話を飛ばしてくれれば私が……」

「いや違うぞクレアよ。ついでに馬鹿妹に忘れ物を届けようと思ってな」

「……別に忘れ物なんかしてないのら」


む。ハイム様がニヤリと笑った?


『来たれ。馬鹿妹のコケトリスよ』

「……コケーーーーッ!」

「あ、ピヨちゃん。……な、なんで突っつくんだお!?痛いお!痛いお!」

「置いてけぼりにするからでしょアルカナ」

「……はい?ピヨって……あの、ひよこ!?」


詠唱と共に虚空から巨大ニワトリが降ってくる。

しかも一ヶ月ほど前、牢人殿に騙されて購入していたあのひよこらしい。

たった一ヶ月で犬並みのヒヨコが……幾らなんでも馬ほどの巨体に育つものなのか!?


いや、これも私の考え違いだろう。


きっとあれだけ巨大に育つのは特別な例に違いない。

さもなくば特別に成長の早い固体だったのだ。

そうでなければこのような迷宮に連れて来たりはしまい。


「とおっ!着・席!ピヨライダー!……だお」

「コケッ!」

「ギャアアアアアアアアアアアッ!?クロレキシハダメダーーーーーーッ!」

「血は争えないのだナ……恐ろしいゾ」


しかし突然ハイム様が絶叫したが……一体どうしたのだろうか?

何か思うところでもあるのだろうか?少し心配になる。


「お、おい童!?大丈夫かの!?」

「姉さん!?どうしたの姉さん!?」

「……私は口をつぐむのだナ……それが忠義なのだナ……」


まあ、アルカナ君が楽しそうだから良しとしようか。

恐らくだが、本人も触れて欲しそうに見えない事だし。


……。


「う、うむ。それではわらわはそろそろ帰るぞ。お前らも頑張ってたもれ?」

「お任せ下さいなのだナ!」

「ありがとう姉さん。何かあったらまたよろしくね?」


そして、少しばかり話し込んだ後、ハイム様は地上に戻る事になったのだが……、

実はあの後、ワーベアの遺体を埋める所まで手伝って頂いてしまった。

心苦しかったが、向こうは気にしていないようなので正直助かったと言うのが本音だ。


「だお……ところでハー姉やん」

「なんだアルカナ。手など出して?」


「代わりの武器ちょうだいだお?アルカナ武器無いお」

「お前に武器は要らんだろう?被害担当よ。後、重いから降りてたもれ」


ただ、それでは腹の虫がおさまらない者も居る。

今アルカナ君が不満そうにして、ハイム様の頭の両脇から下げられた長い髪にしがみ付いている。

どうやら武器を取り上げられたのが不満なようだ。


「何か欲しいお。くれなきゃゆさゆさするんだお?」

「毛が抜けるわーーーーっ!?いい加減にしろっ!」

「姉さんの言うとおりだよアルカナ。良い子だから降りてね?」


「大丈夫だお。こんなのハー姉やんにしかやらないお!」

「……そう。人様に迷惑かけないの?なら良いんだけど」

「良いわけ無いだろう!?クレア……わらわとて痛いものは痛いのだぞ!?」


「大丈夫。だって姉さんは最強の魔王じゃない」

「だおだお。ハー姉やんより強いのはおとーやんとおにーやんだけだお!」

「……のおぉぉぉ……し、信頼が重い……後、馬鹿妹もな」


しかし……あまり姉君を困らせても仕方あるまい。

幸い私には予備武器もあるし……短剣の一本でも持たせておくべきか。


「アルカナ君、もし良ければ私の予備武器を……」

「駄目ですよ。この子に予備武器を渡していざと言う時足りなくなったら後悔どころじゃないです」

「うむ。自分の切り札は何時も手元に置いておくべきだナ」


全員から反対されたのでアルカナ君のほうを向くと、差し出した短剣を押し戻された。


「シーザーの物を貰う訳にはいかないお……人様の財産に手を付けたら駄目なんだお!」

「妙な所で律儀じゃのう」

「おいおい。姉の財産は良いのかよ?」


「その通りだ。第一、最初から誰にも相談せずにわらわの宝を持ち出したお前が悪い」

「だおー。それは悪かったお……謝るから代わりの武器ちょうだいなのら」


しかし、だ。

両手をピンと差し出しておねだりする姿は可愛らしいが、

少なくとも子供の欲しがる物では……いや、子供だから欲しがるのか?

兎も角その場の全員が少し困った顔をする羽目になったのだ。


「あの……ねえアルカナ……武器庫から適当に槍でも召喚する?」

「えー。出来れば魔剣。せめて曰く付きの業物がいいお!」

「わらわでさえ魔剣クラスの武器は持っておらんのだぞ!?いつもみたくお前を武器にするぞ馬鹿妹?」

「まあ、父親や兄が持っておるからのう……欲しがっても無理は無いが」


おもちゃを欲しがる子供のような我が侭。

遂には地面を転がってむずがりはじめたアルカナ君に周囲一同本気で困り果てる。


「欲しいお!欲しいお!用意してくれなきゃ泣くお!暴れるおーっ!」

「……じゃあよ。そこの斧じゃ駄目なのかよ?」


そんな事を考えていると、そこに牢人殿の声がかかった。

何時の間に?……ハイム様に付いて来たのだろうか?

まあ兎も角、牢人殿の指差した方角を全員が見る。

するとそこには、確かに業物の斧が一振り落ちていた。


「……これは、ワーベアの斧だナ!」

「成る程。業物じゃの」

「これなら良いよね。アルカナ?」


「……だお!これは今日からアルカナのだお。貰ったお!もう返さないお!」

「ユニーク武器など10年早いわ馬鹿妹め。まああれだけ喜ぶならそれも良い、か」


先ほどの戦闘で打ち捨てられていたそれを嬉々としてアルカナ君が持ち上げる。

どうやら投げ斧だった先ほどの斧より重かったらしく、左右にヨタヨタとよろめくが、

すぐに慣れたのか、柄を肩に乗せてコケトリスに飛び乗った。


「まさかり担いだアルカナだお~♪」

「うんうん。可愛いよアルカナ」

「はは。確かに良く似合っておる……脳筋的な意味でな」


そしてアルカナ君はだおだおと言いながら上機嫌で新しい武器を私に見せつけて来た。

……しかしこれ、武器ではなく木こりが木を切る為の斧ではないか。

まあ、喋ってアルカナ君の機嫌を悪くする事でもあるまい。

何せ私は丁度こんな斧一本で魔王の城まで乗り込んだ木こりを一人知っているのだ。


……そう言えば彼の遺品も回収出来ていない。

何時か遺品か遺髪か何かだけでも取り戻して墓の一つも作ってやりたい。

そう思いながら、私はワーベアの為の簡素な墓に手を載せた。


「……結局、奴は最後まで気付かなんだか……ま、その方が幸福なのだがな」

「姉さん?」


「いや、何でもない……知れば知るほど嫌になる事もあるという事だ……ではさらばだ」

「うん……じゃあね姉さん。アルカナは後で叱っておくから……」

「サラダバー、だお」


そして、私達はハイム様と判れ再び無銘迷宮の奥へと潜っていく事となる。

……それにしても、魔物に墓を作ってやる、か。

幾ら好感を抱いたとは言え……老師の事が予想以上に堪えているな。

私は敵に情けをかけられる程、強くは無いというのに。


「まあ。なるようにしかならない、か……」


しかし今までの会話で何か違和感があったような気がする。

何か大事な情報を聞き漏らしている気がするのだ。

まあいい、本当に大事ならそう遠くないうちに気付くだろう……。



……。


≪アラヘン王都にて≫

どんよりとした雲に覆われた世界。全てが搾取されつつある世界でただ一つ。

このかつてアラヘン王都と呼ばれた街だけは論外の活気に包まれていた。

ただし、それはまともな"活気"ではない。

街を行く魔物や獣人達と、道の脇をこそこそと早歩きする人間、

だけならば魔王軍支配化の街としてありがちなレベルであろう。


だが、街を埋め尽くさんばかりに積み上げられた物資の山。

そしてそれを上回らんばかりで増殖していく放置されたゴミ。

更に街の中がそんな状態であるにも拘らず、

街の外に一歩踏み出すと……一面の荒野が広がるばかりで街道すら消えかかっていると言う現状。

これがこの世界の異常さを示していた。


滅び行く世界から取り残された街。

そう、ここもまた隔離された都市なのだ。


そんな街中で目立つのは、年端の行かない人の子供達が重い荷物を背負いながら歩いている事だ。

代わりに魔物の子供達が歓声をあげて遊び歩いている。

魔王ラスボスは人に容赦しないが同族である魔物たちには優しかった。

確かにそれもまた一つの正しい形だろう。


そも、そのあり方は他ならぬカルマ一党のやり方と被る。

違いはただ一つ、異種たる者達を認めるか否か……それだけ。


だがその違いは余りに大きい。排除される方は笑えもしないだろう。

故にそれを認められる人間はさほど多いはずもなく。

第一人間でその存在を考慮されるのは戦える者ばかり。当然街を行く人間はチンピラ紛いばかりだ。

自分勝手なものばかりが生き残るのは古今東西良くある話だが、ここではそれが徹底している。

心ある物は消され、心技体備えし者達は無残に改竄された。

終わりの無い悪夢に無力な人々は怯えるばかり。

そんなある意味ありがちな終わった世界だが……無論、それを是とする者ばかりではなかった。


「こらぁ!そこのガキ……魔物様の荷物を落っことしてるんじゃねえよ!」

「ひいいいいっ!」


だが、そんな人々はやはり少数派だ。

どこにでも、上に媚びへつらい下にきつくあたる者はいるもので、

ここにもそんな連中の見本のような男が存在していた。


「へっへっへ……俺様がちょいとキョーイクってもんをしてやんよ……」

「や、止めてください!早く持っていかないとご飯も貰えないんです!」


明らかにチンピラ風の男が、転んでしまった少年に因縁をつけている。

……少年は荷運びをする代わりに僅かな食料を与えられ生かされていた。

対して男は一応は戦えそうだと言う理由で人としては優遇されていたのだ。


戦えない人間に存在意義は無い。

この魔王ラスボスの方針に従い、ろくでもない人間ばかりが生かされる状態が続いている。

何故ならまともで、かつ戦える者は既に大半が倒されてしまっていたからだ。

そんな訳で、この男のように振舞う連中も増える一方。


「おらおらおら!蹴っ飛ばすぞコラぁ!?」

「うわああああああっ!?」


「ガル?」

「グルルルルル……フン」

「ギャギャギャギャ!」


……無論、この男に少年を罰する資格や権利などあろう筈も無い。

だが、その横暴を罰する者もまた……無いのだ。

魔物たちは人間同士の諍いを面白そうに見ているばかり。

さもなくば無関心が普通。それがこの世界の現状だった。


「ガオオオオオッ!何をやっていやがる……邪魔だ!」

「へっ!?こ、こりゃあ魔物様!いえね、このガキがあなた方の荷物を粗末に」


……その筈、なのだが。

この時は少し様子が違った。街中では見た事も無いような獣人が、男の前に立ちはだかったのだ。

それは筋骨粒々で首から上が獣と言う、比較的人に近い形をしている。


「応……俺は邪魔だって言ったんだ!道を開けやがれ!」

「ぐはっ!?ひっ!……通行の邪魔をして申し訳ありませーーーーん!」


それは道を塞いだという理由で男を殴り飛ばすと、少年の襟首を掴む。

そして少年を吊り下げたまま歩き出したのだ。


「ひいいいっ!?」

「……ちっ……こらぁ!ガキめ!俺の道を塞ぐとはな!食ってやる!」


「ガウウウウウッ♪」

「ガッオオオオオオオン!」


顔色を失う少年を見て、周りの魔物たちは面白そうに囃し立てる。

"それ"はその有様を見てふう、と息を吐くと少年の襟を掴んだまま近くの廃屋に消えていった。

……だが、それに疑問や異議を挟むものは誰も居ない。

何故なら、それもまた魔王支配下たるこの街での"良くある光景"だったのだから……。


……。


「ぼ、ぼくは美味しくないよぉ……食べちゃ嫌だよ……ごめんなさぁい!許してくよぉ……!」

「……あー、心配すんな。死にたくないなら黙っとけ」


そして先ほども言ったのだが、

そんな惨状の中、それでも必死に戦う者達もまだ存在していたのだ!


「旦那。毛皮を取りますぜ」

「え!?……人間……?」

「応よ。俺は正真正銘人間だぜ。まあ、異邦人だがな」


獣の皮を被り、魔物のふりをしながら人々を助ける抵抗勢力。

国も、軍隊も頼りにならないこの悪夢の中で絶望に対し必死に抗い続ける、

それはこの世界に残された数少ない希望の一つ。


「いいか。もう少ししたら俺の仲間がこの街を混乱させる……その隙に逃げ出すんだ」

「え?でも街のお外にはもう食べる物が無いんだよお爺さん……」

「いや、ところがそうでもない。坊主は運が良いぜ……逃げ出せるのは多分、最初で最後だからな」


主な活動は、同じ人間に虐げられた者を見つけたら魔物に扮して暴漢を討つ事。

そして僅かばかりの食糧の配給と、敵戦力へのゲリラ戦である。

……抵抗勢力総帥の名は、ライオネル。

そう、かつてカルマに戦い方を教え、導き、時として敵として立ちはだかった"兄貴"だ。

また、レオの父親でもある。

そんな彼は老境に差し掛かった髭もじゃの顔で少年の頭を撫でていた。


「まあ、俺の故郷まで辿り着けりゃ食うのにだけは困らんからよ」

「本当!?本当なのお爺さん!?」

「ああ。何せ俺達の食い物を提供しているのがこの旦那だからな」


何故彼がこの世界でこんな事をしているのか。

それはまた後ほどとしよう。

ともかく彼らは王都に激増した廃屋に散らばって人々を匿い、王都からの脱出を計画していた。

……そしてこの日はその決行当日だったのだ。


「旦那ぁあああああっ!城門の辺りが騒がしいですぜ!?」

「竜が来たとか何とか……街は大混乱ですよ!」

「来た!本当に助けが来たんだああああっ!」


その時、彼らが隠れていた廃屋に何匹かのワーウルフ、

いや、犬の被り物をした男達が駆け込んできた。


「へへへ。奴等意外とドン臭いですぜ……何人くらい助けられそうですかね?」

「応……だいたい100人弱か。それと被りもんは取るな。お前らじゃばれたら助からねぇぜ?」


彼らは元々一般市民。戦える筈も無く、こうして敵に化けて妨害活動が精一杯。

歯がゆかったであろう。

だが、その苦労もようやく報われようとしていたのだ。


「ふう。短いが辛い日々でしたねえ……旦那に半死半生で助けられたのが昨日の事のようでさ」

「言っとくがな、お前らにとっちゃ辛いのはこれからなんだぜ?まだ何も終わっちゃいねぇ」


「ま、その通りでさ。でも反撃の糸口もつかめない状況は終わりますぜ」

「そうかい……大した根性だ。流石は勇者の仲間、って訳だなぁ、ラビットよぉ?」


「自分は足をやっちまって、もう大した事は出来やせんがね。盗賊ギルド一の凄腕が泣きますわ」

「へっ。勇者の仲間の底意地、期待させてもらうぜぇ?……俺も一応、勇者の弟子って奴だからな」


グスタフ一行の侵入と言う名の乱入に合わせ、大脱出作戦が幕を開ける!


「ライオネルの旦那!ラビット先輩……街が騒がしいぜ!」

「城門が突然崩れたとか……」

「残りの連中も来やがったな!おい、お前らラビットとの打ち合わせ通りに動けよ?」

「パン屋と魚屋は陽動!渡し守の親父さんは動けない奴を船に乗せて移動開始ですぜ」


「老人会のお達者爺さん達はどうするんだよ!?」

「…………打ち合わせ通りに……お願いしや、します…………」

「あい判った!さあ、行こうかのう?」

「この年寄りの最初で最後の大戦じゃあ!」

「孫達を頼むぞ、遠くから来た方よ!」


彼らはただの、普通の人々だった。


「おい、靴屋の兄さん!子供達と一緒に逃げろ!お前さんはまだ若すぎる!」

「冗談!やつらの言いなりにデカイ靴ばかり作ってたのはこの日のためなんだぜ!?」

「息子に伝えよ!父は騎士として誇り高く逝ったと!」

「手前ぇの仕事は罠作りだろうが執事さんよ!?」


ただ、日々の暮らしを守りたかっただけのただの人間だった。


「……はっはっは。一度言ってみたかったのですよ。どうせ、これが最後ですし」

「オラの畑と牛返せこの獣野郎どもーーーーっ!」

「おいこら!まだ早いっての!?」


……別に立ち上がりたかったわけではない。

ただ、立ち上がらねば何も残せない事に、

戦えるのが自分達だけだと気付いてしまっただけ。


「……集まったのはたったこれだけかよ。世界を統べしアラヘンの人間様ともあろうもんが」

「いや?こんなにいるじゃぁないか……戦える奴は殆ど残ってないってのによ!」

「応。お前らは強ぇ!勝ち目は無いが戦わにゃならない時、立ち向かえる奴は……強ぇ!」

「旦那!自分等もそろそろ行きやしょう?今回は仮面も無しでさ。正面で奴等の注意を引き付けないと」


蟷螂の斧は容易に折れるだろう。

だが、彼らは行く。その小さな刃が憎い敵に僅かばかりの傷を付け、

彼らの守りたい未来を欠片なりとも守れると信じて。


「人は無力なんかじゃないんじゃーーーーーッ!」

「おじいちゃん……」


各地のアジトから飛び出し、見境無く周囲の魔物たちに襲い掛かる抵抗勢力。

無論それは数えるほどの間に鎮圧されていく。


だが、街は元々大混乱の渦の中に陥りつつある。

巨大な竜が暴れ周り、小柄な竜が荒らし回っている。

しかも魔王は竜にご執心で不殺命令が出る始末だ。


そんな中、ある者は河を下りある者は被った毛皮を頼りに走る。

そして必死に逃げる者達を死に場を定めた者達が囮になって逃がして行く。


「ぐああああああっ!?」

「ガ、ガルルルル!?」

(知らないお爺ちゃん……ありがとう!)


そして、逃がされた者達はその背中を記憶の奥深くに刻み込んでいった。

それは形見だ。

誇り高き生き様と言う、形の無い無二の財産だった。


「アッパースイング!……クソッ!動きが鈍いぜ……力任せで生きてきた結果がこれかよ!」

「自分ももう手投げ弾がありやせん!今回はここまででさぁ」


「……応!さあ全員逃げろやぁぁああっ!ここはこの俺が任されたぜっ!」

「足引きずりながら逃げるのはきついんで自分は先に行きやす!」


街の外へ人々が逃げていくのを見て、抵抗勢力は少しづつ姿を消していく。

何故なら彼らの戦いはまだ終わっていないからだ。

逃がせるだけの数は逃がした。だが大多数の人間はまだこの街で生きていかねばならない。


「……はぁ、はぁ。歳は取りたくないもんだぜ……俺の唯一の武器が、腕力が衰えていくとはな……」

「流石ですねライオネル将軍。父上の兄貴分と言うだけの事はあります」

「お爺様。ご無事で?」


まあ、だからこそ彼らが来たのだが。


「応。グスタフに……アオか。悪ぃな、無理して呼んじまってよ」

「ええ。残念ながら父上は国から動けないため僕が名代として参りましたが」

「あたしらも、いるです」

「逃げた人達はうちの国に亡命扱いで受け入れるでありますよ」


理不尽をそれを上回る理不尽な力で叩き潰す法外の権化達が。


「しかし、この騒ぎは何なのですか?」

「細かい事は良いんだよ!……ただ、お前らが来る時絶対騒ぎになると思ったからよ……」

「そのすきをみて、ひとを、にがした、です?」

「ま、とりあえずどっか隠れるでありますよ」


……。


それから30分ほど経過したライオネルの隠れ家。

竜達も適当に暴れまわって満足したのかさっさと帰ったため、王都も静かなものだ。

そんな中、彼らは今回の件について話をしている。


「まあ、と言う訳で俺はこの国に骨を埋めるつもりでよ……」

「手紙を見た時は信じられませんでしたが、本気なのですね?」

「でも、なぜです?(棒読み)」

「アリシア。あからさま過ぎでありますよ?」


はっ、とライオネルは笑う。

だが、それは酷い自重の笑みだった。

正直彼に似合う笑い方ではない。


「……ちびリオはこの世界に飛ばされ、この世界で生き、この世界で死んだ。皆俺のせいだ」

「そうですね。貴方が皇帝の甘言に乗りさえしなければマナリア王都は落とされなかった」

「殿下!幾ら事実でも言って良い事と悪い事があります!」


「いや、構わねぇよアオ。馬鹿貴族の嫌味にぶち切れて国を出て行ったのは他ならぬ俺だからな」

「はい。ですが、僕は貴方が責任を感じる必要は無いと思います。戦争でしたし」

「それに世界の崩壊の一環で出来た時空の穴にリンが落ちるなんて誰も予想できなかったであります」

「まあ、いまのあたしらなら、はなしはべつ、ですが」


「リン様……世界統一を成し遂げた伝説の女傑でやすね。まさか縁者が異世界にまでおられるとは」

「そうだなラビット殿……それにしても会えて嬉しかった。シーザーが……世話になったな」


「いえいえ。自分は王の依頼に従っただけでさ、じゃなくて……です」

「敬語は必要ない。私は……アオだ。シーザーとは…………うん、遠い親戚に当たる」


リン。もしくはフレアさん……。

そう呼ばれる彼女は先ほどのライオネルの娘であり、レオ将軍の姉でもある。

前作終盤でオークの群れに襲われるままフェードアウトした彼女ではあったが、

どう言う訳か100年以上前のこのアラヘンに流れ着き、伝説を築いていたらしい。


「……伝説の女傑は良いがよぉ。手前ぇの不始末で娘にえらい苦労をかけちまったと思ってな」

「ちなみに、みつけたのも、あたしら、です」

「10年前の戦争後、馬鹿のアジトを探してたら偶然この世界を見つけたであります!」

「それで姉上達から話を聞いて、娘さんが骨を埋めたこの国の為に働いている。と言う訳ですね」


そして、話を聞いてこの世界に渡ったライオネルだが、

それから暫くして魔王ラスボスの侵攻があったというわけだ。

残念ながら、体力の衰えた兄貴ではかつてのような無茶は出来なかったらしい。


「応。でもな、体がもう自由に動かねぇんだわ……俺も歳って事か」

「いえいえ!旦那のお陰で助かった奴は百人を越えます!十分過ぎるほど助かってますぜ?」

「魔王打倒どころでは無いと言う訳ですね。それで僕達を呼んだ、と」


ライオネルは無言で首を縦に振った。

力自慢の豪傑だった身の上としては忸怩たる想いがあるだろう。

だが、そんな事を言っている場合でもない、と言う訳だ。


「ですが、お断りします。我が国の国益になりませんし」

「おいおい!俺はまだ何も言ってないぜ?」


とは言え、グスタフは問答無用で切り捨てる。


「大方ラスボスの打倒か、奴の支配下からこの世界の解放を、と言う事でしょう?」

「応よ。そんで復興はカルーマ商会主導でやりゃお前らの利益にもかなうぜ?どうよ?」


「お断りします」

「……何でだ?ちびリオの子孫達が一杯住んでるんだぞ?住んでる奴等も気の良い奴が多いんだぜ?」


兄貴の疑問ももっともだ。

だが、それに対し彼らは明確な理由を持って否定をする。


「それが良い結末に繋がらないからです。恐らく、僕らの介入で幸福になる世界ではない」

「相手は世界政府でありますから。こっちの存在を認められないであります」

「まあ、シーザーがくるから、それをまつ、です」

「お爺様。そうして下さい……アラヘン王の面子を守るためにも……」


王の面子、の言葉に段々と熱くなっていたライオネルが矛を収めた。

どさりと背もたれの壊れた椅子に腰を下ろし、何処とは無く上のほうを向いて疲れたように言う。


「そうか。この国のお偉いさん方の面子もあるもんなぁ……」

「ちからおしで、かいけつできない、むずかしい、もんだい、です」

「後々リンカーネイトが怨まれる事態は認められないでありますからね?」


つまり、天に日輪は二ついらないという訳だ。

プライドが高いと思われる連中を無闇に刺激したくは無いという事なのである。


「まあ、一応これからアラヘン国王陛下にお会いする予定なのでその際に支援の話はしてみますが」

「なんだと?だがどうやっていくつもりだ?王様は占拠された城の奥に幽閉されてるって噂だぜ?」


……その至極当然な疑問に対し、グスタフ達はきょとんとして言う。


「そんな事。普通に城門を通って歩いて行くに決まってるじゃないですか」

「いま、おしろにいる、てきのかず、たった、いちまんさんぜん、です」

「ぐーちゃんには余裕でありますよね!」


「いやいやいやいや!ちょっと待って下さいよ!?それの何処がたった、でやすか!?」

「ラビット、諦めろ。この方達の前に常識は通用せん」


どうやら、性格は相変わらずのようである。


「とりあえず国王陛下には僕らの支援が必要かお伺いします。それで嫌なら彼らが決めた事です」

「ほろんでも、しかたなし、です」


ライオネルも思わず苦笑しつつ、

煙突に隠していた、と言うよりは煙突以外に隠しようの無かったある物を指差した。


「……相変わらず微妙に人情を理解しないやつだなぁ。まあ、いい……アオ!これをやる」

「これは、お爺様の長々剣!?」

「旦那!?その糞長い剣、手放すんでやすか?」


ライオネルは少しばかり遠い目で、未だ煙突に収まったままの剣の柄を指差す。


「……応。俺にはもう、重すぎらぁ……形見だと思って良いぜ」

「形見、などと……」


「へっ。俺はもうここで死ぬ事に決めてるんだ。故郷には帰らねぇからな」

「では……お預かりします」


それを受け取ったアオは柄を握り締め、煙突内部に消えていった。

……そうでもしないと取り出せないから仕方ないのではあるが。


「では、僕達は行きますね」

「ばいばい、です」

「応。達者でな……」

「勇者様のご帰還を楽しみにしてますぜ!」


そして、不条理の塊は去っていく。


「ところで。最初から僕らに依頼してくれれば、脱出作戦も犠牲者無しでいけたと思うのですが」

「……ぐーちゃんが動く以上大騒ぎになる事は理解していたでありますよね?」

「それ、りようする、さくせんは、おもいついたのに……なんで、です?」


「応……そういや、そうだな……?」

「思い付かなかったんですか」

「おばか、です」

「まあ、判ってて言わなかったあたし等も大概でありますが」

「いやいやいや!判ってたなら言って下さいよ!?自分等の犠牲は何だったんでやすか!?」


全てを台無しにしながら。


「……それにしても、酷い光景ですよね」

「おうねんの、えいが、まったく、みるかげなし、です」

「もう、焼け落ちた廃墟にしか見えないでありますね」

「数時間前までは一応その面影を偲ぶ事は出来たのですがね……」


「わーい。アオが、おこった、です!」

「逃げろでありまーす」

「姉上!敵に見つかったらどうするのですか!?まあ、その時は皆殺しにするだけですが」

「殿下……ご自重を!……さあ、道案内いたしますので私に付いて来てください!」


何処かのんびりとした空気をかもし出しながら、彼らは街の奥へと消えていった。


周囲は悲鳴と怒号の木霊する現出した地獄のような光景。

その中をまるで観光客のように行く彼らは非常に目立ったが、

彼らを押し止めようとする者は一人としていなかった。


……居たとしても一瞬で消し飛ばされたが。


ここはアラヘン。

かつてこの世界を治めていた街。

今は魔王ラスボスが鎮座する街。

そして……勇者シーザーの目指す場所である。


変わり果てた故郷を見た時、

果たして勇者は何を思うのだろうか……。


続く


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