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[18811] 転生トラック会社
Name: 七星◆54cd1b68 ID:8e58ac88
Date: 2010/05/26 23:39
「田中!依頼が入ったぞ!!」

は~い、とデスクに突っ伏していたツナギを着た男が気のない返事を返した。

「ほら、さっさと行くぞ」

ガタイの良い男が田中と呼ばれた男の手を引き無理矢理立たせる。

田中は大きくあくびをしながら寝ぼけた目を擦った。

そして、デスクに置いてあった帽子を手にとり少し深めに被ると「よし」と声を出し両手で頬を挟むように叩いた。

パーンと良い音が部屋に響く。

少し目が覚め、半開きだった目をぱちっと開くと部屋を出る男の後を追いかけ歩き出した。

田中のツナギの背には白く大きな字で転生トラック屋と書かれていた。






「それで、今日の依頼はどんなのなんですか?」

片手にパンを持ち、コーヒーをすすりながら運転席に座る男に声をかけた。

男はハンドルから片手を離し、カバンを開けてファイルを手にとり田中に差し出した。

コーヒーを定位置に置いてファイルをパラパラとめくる。

「うわ、これはひどい」

手に持っていたファイルには今までの依頼を含めた多くの書類が綴じられてあった。

今日の依頼人は無職の男だった。


転生希望先:リリカルなのは

転生時期:なのはと同じ年ならいつでもいい。

転生条件:SSSランクを超える魔力。両親は昔管理局員だったが管理局の裏を知り、自分が生まれると同時に殺されていて天涯孤独。
一生困らない額の両親の遺産がある(もちろん家は海鳴にある)
保護者として両親の残してくれた超優秀な使い魔(美女)が人間のふりをしている(戸籍とかも偽造済み)
身体能力は御神の剣士以上。
絶世の美男子(どれくらいの美男子かと言うと微笑むと女の子に惚れられるレベル)
デバイスは自分が生まれると同時に転移してきた、使い手を探し次元世界をさ迷っていた古代ベルカのユニゾンデバイス。
実は聖王の血を受け継いでいる。


「だろ?俺も見たときは驚いた」

男はカラカラと笑った。

「でも、こんな条件だとものすごい高額になるはずですけど、よく払えましたね」

田中は頭の中で金額を計算したが、どう考えても数千万には達するだろうという結論に驚愕混じりにため息を付いた。

稀に大金持ちが依頼をしてくるときはそれくらいの金額の条件のこともあるが、無色の男になぜこの金額が払えたのだろうかと考えを張り巡らせる。

料金は前払い制だから既に支払われているはずだ。

まだ頭が寝ぼけているのかも知れないとコーヒを口に含んだ。

「ん?それせいぜい百万くらいの条件だぞ?」

ぶっ、とコーヒーを思い切り吹き出した。

コーヒーがフロントガラスにかかり飛び散った。

「うわっ!汚ねえな!」

顔に飛び散ってきたコーヒーの雫に男は片手で顔を隠した。

「あ、すみません。でも、なんでこれが百万なんですか」

ティッシュでフロントガラスのコーヒーを拭き取りながら尋ねた。

男はその問い掛けを聞いて笑い声を上げると、書類を指さし口を開いた。

「よく読んでみろ。その条件だと、生まれたときに管理局に自分のことがバレてるって場合まではフォローできてないだろ」

「あ」

「うちのコンピューターの計算では、6%の確率で原作開始までに管理局に捕まるらしい。
94%は超優秀な使い魔が隠蔽に成功するらしい。
まあ、両親のことに、魔力、聖王の血にユニゾンデバイスなんかのことを考えたら恩の字の確率だろう」

6%。

これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだろう。

だが、田中には自分の命をかけるのに6%は厳しいと感じられた。

「そのこと本人は知ってるんですか?」

「いんや、知らねえだろうよ。
なんでも、この条件は最低条件らしい。
本当はもっと色々と条件があったんだが、払えるのが百万までだったから限界まで削ってこれらしい。
この上フォローまで入れたら金額がオーバーするし、本人にはこれ以上削る気もなさそうだったからほっといたんだと。
まあこれが職についてるやつだったら、説明して金が貯まるまで待てばいいだけだが無職だしな」

「なるほど」

田中はポンっとファイルを閉じると胸のポケットからタバコを取り出し口に加えた。

シュボっと火をつけ窓の外を眺めた。

「まあ、最近はこの業界も競争で大変だからな。
今確実に手に入る百万を逃すなんて手はないだろうよ。
うちは中小企業だしな」

対向車線を大型トラックが通った。

車体には転生業界の大手の会社のロゴが書いてあった。

おそらくどこかで一仕事してきたのだろう。

「そういや、皆が転生していたら転生先の世界は転生者でいっぱいになるんじゃないかとか思ったことはないですか?」

「おお、あるある。
まあパラソルワールドとかで問題はないらしいけどな」

パラレルワールドですよ、と田中は苦笑を浮かべて言った。

そうだったな、と男は笑った。



ボーッと窓から空を見上げた。

最近は晴天続きで、雲も少ない。

窓から入ってくる風の心地よさに目を閉じて身を委ねてみることにした。

こんな日は家でゆっくり昼寝でもしていたいなぁ、などと考えながら。


「皆、この世界の何が不満で転生なんかするんですかね」

「そりゃあ色々だろうよ」

大なり小なり誰だって現状に不満はある。

雁字搦めの法律、学歴主義の社会、上手くいかない人間関係。

田中自身も、不況で物価が上がったとか、政治家達がたばこ税をさらに上げようとしているとか、そんな小さな不満をいくつも抱え込んでいる。

それでも、転生したいとまで思わない。





「実はな、俺も転生しようと思っていた時期がある」

え、と田中は顔を男の方に向けた。

男は顔を前方に向けたままで口を開いた。

「女房に逃げられたときに、な」

田中は何年も前に聞いた男の事情を思い出し表情を曇らせた。

過ぎた話だと男は田中に顔を向けて微笑み、また前方を向き直した。

「あのころはもうとりあえず、全部が嫌になってな。
どこで何をしていても、女房のことが思い浮かんで
いっそのこと、別の世界に行けばいいんじゃないかと思ったんだ」

「でも、結局やめたんですよね」

離婚をしたことがあるということだけは聞いていた。

「・・・娘がいるのは知ってるだろ?」

確か、そろそろ中学生になるはずだ。

何度か写真を見せてもらったことがある。

どう見ても男には似ていないと言って笑い合った。

「あの頃は毎日のように潰れるまで飲んで家に帰っていた。
・・・小学生だった娘のことも放っておいてな。
ある日、いつものように俺がのんだくれて夜遅くに帰ってきた時、娘は眠っていた。
多分、ずっと俺を待っていたんだろうな。
ぐちゃぐちゃの出来損ないの卵焼きと、焦げた魚がふたり分テーブルに置いてあったよ。
寂しくて泣いていたのか、瞼は腫れていた」

男はタバコを口に加えて火をつけた。

吹き出した紫煙は窓の外に出ていき、かき消されるように空気に溶け込んでいった。

で、と男は続けた。

「俺はなにしてんだろうって思ったわけだ。
そっからは、お前も知ってのとおり仲良く娘と暮らしているよ」

まあ、そんな感じだと男はいつものようなニカっとした笑顔を見せた。

「今回の依頼人も何かしら抱え込んでるのかもな」

「そう、ですね」

ビュウっと一際強い風が吹いた。

フロントガラスから入ってくる日光で少し暑めだったことも相まって、心地よさが一層増した。

少なくとも、こんな風に心地よい気分になれるんなら、この世界もそんなに捨てたもんじゃない。

田中にはそう思えた。

それでも、この広い世界の小さな島国の、一つの都市でさえたくさんの転生希望者が居る。

きっと、そこまで深い考えも無しに転生する人もいるのだろう。

だが、抱え込んだ何かに耐えきれずに転生する人もいる。

今回の依頼人もそうなのかもしれない。

そう思うと、膝の上に乗せてあるファイルがズシッと重くなった気がした。

もちろん気のせいなのだろう。

せいぜい百枚くらいしか綴じられていないファイルは大して重くも無い。

だから、これはきっとただの自分勝手な感傷だ。

今、自分の隣に座っているこの人も同じような経験をしたことがあるのだろうか。

さっきのファイルのようにアクセルが重く感じられるのだろうか。

いつもと同じ表情でトラックを運転する男には、アクセルが重いと感じているのだろうか。



「すみません。運転、代わってもらえませんか」



こんなことしたってなんにもならないってわかってる。

ただの自己満足で、依頼人にとっては何一つメリットにもデメリットにもならない。

それでも今は自分が運転をしたかった。









「ほら、見えてきたぞ。
あそこにいるのが依頼人だ」

道路から少し離れたところにある転生用の広場には依頼人の男が立っていた。

転生希望者であることを示す旗を降っていた。

転生希望者との必要以上の接触はしない。

規則の一つだ。

トラックから降りて依頼人と話すなんてことはしない。

ただ、スイッチを押し、システムを起動させて、そのままぶつかる。

いつもやっている作業だ。

それだけで依頼人は衝突した後すっと消えてしまう。

「転生システム起動します」

確認の言葉。

スイッチを押すと、異常がないことを告げるグリーンのランプが付いた。

あとは、アクセルを踏めば、いつものようにボーッと真っ直ぐ進むだけでいい。

隣の助手席に移った男を見ると、じっと依頼人を見据えていた。



アクセルを踏んだ。


少しアクセルが重く思えたのもつかの間で、何時もどおりの重さのアクセルを踏み直進する。

依頼人の男は動かない。

どんどんと迫ってくるトラック。

その恐怖に思わず逃げ出す者も少なからず居る。

そうした者は現世界に未練ありとして転生を中止し、一ヶ月間転生を禁止することが法律で定められている。

依頼人の男はぎゅっと眼を閉じていた。

それでも、どんどんと迫ってくる音の恐怖はどれくらいのものだろうか。

だんだんと激しくなっていく地面の振動の恐怖はどれくらいのものだろうか。

依頼人の顔をじっと見ていた。

この人は今どんなことを考えているんだろうかと思いながら。

今までの人生のことだろうか。

これから自分が向かう世界のことだろうか。

それとも、もっと別の・・・


あと数秒もしないうちにトラックはぶつかるだろう。

田中は依頼人から目を離さなかった。

そして、全力でアクセルを踏みしめた。



瞬間。

依頼人の口が動いたのに気づいた。

もちろん何を言っているのかなんて聞こえないし、わからない。

ただ、なにかを言っているということだけが分かった。


依頼人が車体の影に隠れる最後の最後まで、田中は目を離さなかった。

辺りが光りに包まれた。








あとがき

今週のマガジン、君のいる町を読んで死にたくなった。

あれは反則だろう。

ベジータにブルマを取られたヤムチャの気分だ。

だから俺は夏越か天城さんがいいとあれほど(ry

綾乃さんでも可。

まさか少年誌でここまでヘビーになるとは、なんて時代だ!

「初めまして」って言葉がトラウマになりそう。

欝で仕方なかったので、荒川アンダーブリッジにworking!にARIAを読んで少し回復した。



[18811] たまにはロリコンもいいよね
Name: 七星◆54cd1b68 ID:8e58ac88
Date: 2010/05/27 00:24
ある日の、太陽が真上に昇った頃。

田中は先輩であり仕事の相棒である男と会社の隣にある食堂に来ていた。

昼時のため、食堂には満席とまでは行かなくともちらほらとしか空席が見当たらない程度には客が来ている。

「おばちゃん、お勘定!」

ちょうど田中の視線に入る席に座っていたスーツ姿の男が立ち上がり、慌てた様子で勘定を済ませ店を出て行った。

あの男は自分よりもずっと後に来ていたはずだ、とサンマの身をほぐしながらふと思った。

昼もゆっくりと食べられないほどに忙しいのだろうか。

まあ今のご時世じゃ仕方の無いことなのかも知れないが、どちらにせよ仕事の有無が依頼人次第である自分たちには関係の無い話だと考えながら大根おろしに箸を伸ばした。

大根おろしとサンマを一緒に食べる。

さっぱりとした大根おろしと脂の乗ったサンマの見事なハーモニーに舌鼓を打つ。

こうしてゆっくりと昼食をとれるということは幸せなことなのだろうと一人頷いていると、前に座る男が料理に手をつけていないことに気づいた。

男は箸の先を口にくわえて週刊誌をじっと見ていた。

ページをめくる音がしていなかったということはずっと同じページを読んでいたのだろうと推測を立てた。

「何かおもしろい記事でもあったんですか?」

「ん?ああ、いや、これなんだけどよ」

男は雑誌のページを開いたまま差し出してきた。

開いてあるページに書かれているのは芸能ニュースだった。

なんでも有名声優が事務所に無断で転生してしまったらしい。

「芸能人が事務所に無断で転生なんてちょくちょくあることじゃないですか」

「馬鹿、そいつのことじゃねえ。ちゃんと続き読んでみろ」

さらに読み進めていると、とある女優の話に話題が摩り替わっていたことに気づいた。

この女優は、確か意地の悪い役の演技に定評があったはずだと田中は少ない芸能知識の中から搾り出すように思い出した。

どうやらこの女優と、転生した声優は先日熱愛報道がされたばかりだったらしく、記事では次号に女優へのインタビューをまとめた記事を掲載すると書いてあった。

「ふ~ん」

田中の第一声はそれだった。

元より芸能関係の情報に疎い田中からすればその程度のニュースでしか無かったのだ。

はい、とページを開いたまま男の方に雑誌を突き出し、男がそれを受け取ると田中はお冷を口に含んだ。

「それで、先輩はその女優のファンだったんですか?」

別に男がファンかどうかということに別段興味も無く、好奇心をくすぶられることも無かったが、こういう時は一応聞いておくものだろうといった程度の気持ちで声をかけた。

「ああ、もちろんだ!ドラマも映画も全部見ているし、仕事がある時に放送しているバラエティ番組も全部録画している!この前の仕事の時にやっていた番組だって・・・」

どうしてテレビの向こう側の人の事でここまで熱心になれるのだろうと疑問を抱きながら、田中は時折相槌を入れる作業を繰り返した。

結局のところ、自分にとっては芸能人もテレビの向こう側という世界の存在。

つまりは別世界の人間であって、その別世界の人間に何が起きたところで、それが自分自身の感情を揺さぶることなど無いのだろう。

人は自分の世界の出来事にしか感情をくすぶられることはないのだと田中は結論づけた。

ん、と田中は眉をしかめた。

自分は、隣の市で事故があったと聞いても感情を揺さぶられることも無い。

友人の友人が入院したと聞いてもそれは同様だ。

ほとんど会ったことのない遠い親戚が死んだとしてもだ。

こうして考えてみると、自分で思っていたよりも自分の生きる世界は狭いのかも知れない。

もしかすると、自分の世界はアパートと会社、この食堂とスーパーに、時折飲みに行く屋台、それとトラックの中だけで構成されているのかも知れないと思い田中は自嘲めいた笑みを浮かべた。

以前依頼人の事情を考え、心を動かされたのも、彼が自分の世界、会社とトラックに関わっていたからなのだろうと推測を立てた。

まあ、例えそうだったとしても構うことはない。

その時は田中という男は、その狭い世界の中で生きてその狭い世界で死ぬ。

ただそれだけのことだ。
これまでもそうしてきたのだから、これから先もそうしていける。

そうしてきた人生に大きな不満があるわけでもない以上は、田中という男はそれで構わないのだろうと納得をし、相槌を入れるついでにうなずいた。

男の話は未だに終わっていないらしい。

どうやらこれは昼休みいっぱいにしゃべり続けそうだと思い、田中は少しうんざりした表情を見せた。

もちろん、相槌を入れることを忘れはしなかった。

お冷の氷がカランと小気味良い音を立てた。






仕事も終わり、田中は帰路についた。

いつもならまっすぐ自分の住処である安アパートに帰り、六畳一間の部屋でビールでも飲むのだが、今日は違った。

最寄の駅の高架下。

いつもそこに出ているおでんの屋台に足を向けていた。

帰る間際に米を炊いていないことに気づいた。

家に着いてから炊くというのもなんだか億劫だったので、あの屋台でおでんと日本酒で一杯やって帰ろうと思い立ったのだ。

屋台にたどり着くと、客は一人女性がいるだけだった。

「お、田中さんじゃないか。久しぶりだね」

のれんをくぐると屋台のオヤジに声をかけられた。

そう言えば、前にここに来たのは一月程前だったかと記憶を探り確認した。

「最近忙しかったんで」

席に座り、いつもの組み合わせと熱燗を頼んだ。

ひどく酒の匂いがすると思い、隣を見ると女性が唸りながら突っ伏していた。

サングラスを掛けて帽子をかぶっているため顔はよく分からないが、どこかで見た顔の気がした。

少し考えてみたものの思い出せそうも無かったので、気のせいかとりたてて気にする必要もない程度の人なのだろうと思いオヤジの方に向き直った。

「お待ちどう」

湯気を立てるおでんが田中の前に置かれた。

田中は好物のよく染みた大根を食べながらオヤジと話をした。

最近は転生する人が増えていること。

たばこ税がまた値上がりしそうだということ。

酒が入ったせいか、いつもよりも饒舌になっている気がした。

そんな田中の愚痴にオヤジは笑みを浮かべて答える。

しばらく話していると、上を電車が通って行く音が聞こえ振動が伝わってきた。

そして電車が通りすぎると、そろそろ店じまいだとオヤジが言った。

オヤジは未だに突っ伏している女性を起こそうとした。

しかし女性は、気持ち悪いとだけ言い起きそうにも無い。

オヤジは困ったような表情を浮かべた後、田中のほうを向いて送ってやってくれないかと言った。

冗談じゃない。

なんで見ず知らずの酔っぱらいをと思ったが、オヤジの言う今回の代金は無しでいいという提案は安月給の身としては魅力的だったのだ。

田中はため息を付いてうなずいた。





田中は公園に着いた。

送って行こうにもまともに歩けもせず、今にも吐きそうだと言うのだ。

吐かれてしまってはたまらないと思い、近くの公園に向かいベンチに座らせた。

やっぱり引き受けるんじゃなかったと思いながら自販機で水を買い女性に手渡した。

女性は受け取った水をぐびぐびと飲み息を吐いた。

田中もベンチに腰をかけ、とりあえず女性が歩けるようになるのを待つことにした。

公園は静かだった。

田中はこの公園がお気に入りだった。

夜はいつも人がおらず、ゆっくりとしたいときに最適なため時折訪れていたのだ。

昼間は子どもたちが遊んでいるのだろう。

砂場には山が作られたまま放置されてあった。

田中はタバコを取り出し、口にくわえて火をつけた。

空に消えていく煙を眺めていると女性が口を開いた。

「彼氏に振られたの」

だから、と思わず言ってしまいそうになった。

全くもって興味がなかった。

そんなことより早く家に帰ろうと言いたかった。

「彼、転生しちゃった」

「よくある話ですね」

どちらかが転生するから別れる。

転生トラック業界に入れば珍しくもなんともない話だった。

「最近見たリリカルなのはの世界に行きたいから別れようって言われたの。

一緒にジュエルシードを集めるんだって、キラキラした目で言われたわ。

私といた時には見せたことも無いような楽しそうな笑みを浮かべてね」

田中は空を見上げながら星を眺めていた。

星座の知識も無いのに、あれがオリオン座かな、などと考えながら。

「相手は小学生よって言ったら、たまにはロリコンもいいよな、ですって。

ふふ、笑っちゃうわよね」

いい加減帰りたいな、などと思いながらも田中は沈黙を保った。

「本当に好きだったのに。

ずっとこの人と一緒にいるんだって思って。

そうしたら絶対に幸せなんだろうなって思ってたのに。

なんで・・・・」

「なんでもなにも」

田中はうんざりとしたように口を開いた。

女性は初めて田中のほうを見た。

田中は相変わらず女性のほうを見ることも無く空を見上げていた。

「相手は、あなたとの未来よりもあっちの世界のほうが幸せに思えて。

あなたを含むこの世界よりも、あっちの世界のほうが好きだったというだけのことでしょう」

冷たいのね、と女性は抑揚のない声で言った。

田中はそれを聞いて、当然ですと言った。

「見ず知らずの他人の事情に一々感情を動かされるはずも無いでしょう。

見ず知らずの他人に心を動かされるとしたら、それが転生の依頼人で、ぼくの担当だった場合だけです。

もしも、あなたがそのことを苦にして転生を望み、ぼくの会社に来て、担当がぼくになったとすれば考えるでしょう。

あなたの気持ちを。

どんなに辛いのか。

どれだけ泣いたのか。

これから行く世界では幸せになれるのだろうか。

もしかすると、涙を浮かべてあげるかも知れません」

そうでない以上、あなたはぼくの世界に入っていませんから、と言い切った。

転生トラックの運転手だったの、と言う女性に田中は、ええ、とうなずいて答えた。

「あなた、お酒は好きですか」

「え、ええ。毎日飲むくらい好きだけど」

女性は、だからどうしたのかと言いたそうな顔を浮かべた。

なら、あなたが転生に来ることは無いでしょうねと田中は言った。

なんで、と問いかける女性に田中は続けて言った。

「転生すると、また二十年間お酒が飲めませんから」

真剣な顔をして言った田中の顔を見たまま女性は固まった。

サングラス越しだから分からないが、恐らくは目を丸くしているのだろう。

そして、しばらくすると堰が割れたかのごとく笑い出した。

腹を抱えて、公園に響きわたるくらい大きな声で。

田中はどうして女性が笑い出したのかわからず首をかしげた。

女性はひとしきり笑った後、笑みを浮かべて言った。

「そうね。確かに二十年も我慢出来ないわね」





気づけば、もうだいぶ時間が経っていた。

そろそろ歩けますか、と聞く田中に女性は、ええ、と答えた。

「それじゃあ、もう大丈夫だからここで」

「はい、じゃあ気をつけて帰ってください」

「今日はどうもありがとね。それじゃあ、さよなら運転手さん」

女性は別れを告げると歩き始めた。

田中はその背中を見送った後、もう一服していこうと思いタバコを取り出した。

「あ」

ちょうど残り一本だった。

帰りにコンビニでも寄っていくかと思いながら火をつける。

「すっかり酔いも醒めたな。ついでにビールでも買って帰るか」

田中は空を見上げた。

田中が生まれる数十年前に確立された技術により、それまで空を覆っていた排気ガスは除去された。

今は星が数えきれないほど見えている。

あれがオリオン座かな、と思いながら田中は紫煙を吐き出した。





あとがき

祝復旧!

俺も転生したい。

ariaの世界に転生したい。学園黙示録とかblack lagoonみたいなのは勘弁な。

俺、転生したらaria初の男ウンディーネになるんだ。


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