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2010年5月18日 (火曜日)

県農政連が推薦決定

 12日に、県農政連が推薦を決定しました。長い歴史の中で、自民党以外の立候補予定者を推薦したのは初めての事で、各紙も大きく扱っていました。Photo

 勿論と言って良いか、自民現職で前回も推薦した岡田氏もで、2名の複数推薦となりました。

 宮崎県で発生した口蹄疫は衰えを見せず、国を挙げての対策に強化され、山田副大臣が現地対策本部で指揮を執ることになりました。

 国会は閉会まで1カ月を残すのみとなり、与野党の攻防も激しくなっていますが、一方で相変らず「政治とカネ」「普天間」の問題は展望が見えず、内閣、党の支持率は下降線を描いています。

 私も時間の許す限り、県内各地を巡っていますが、熱心に応援してくれる皆さんも居るかたわら、厳しい声も聞かされています。

 16日の日曜日には、在京の新聞記者から連絡が入り、党内野党的な立場を打ち出さないと、民主党現職は厳しい情勢だとの忠告もされました。

 でも、私はしばらくはこれ迄どおり、真摯に政策を訴えることを続けたいと思っています。

 暑い日が続いています。お体を大切にお過ごしください。 Pressminshugogai52Pressminshugogai51

2010年5月 6日 (木曜日)

皆様に感謝!

 4月30日に茨城県医師連盟定例委員並びに総会が開かれ、私もお招きを受けました。

 これは、参院選の推薦依頼を要請していた事への関連で、当日は医療政策についてお話をさせて頂きました。会場には比例区で立候補予定の安藤氏も御一緒でしたが、結果は両名とも推薦を決定頂きました。

 有難うございました。これからも医療政策について学ばせていただきながら、国政に取り組みます。

 尚、全県医師会原中会長が日本医師会会長に就任され、県医師会長には斉藤浩先生が、県医師連盟会長には小松満先生がそれぞれ新たに就任されています。

 5月1日は「メーデー」と呼ばれる働く人の祭典として定着をして来ました。

 昨今は必ずしも1日ではなく、4月中に「メーデー」を行う地域も見られますが、今年の県中央メーデーは、正に五月晴れの1日に開催されました。

 会場の水戸市三の丸公園には、「例年より多い」(知事談)人々が集い、春闘や有難い事に参院選の勝利を誓い合いました。

 処がマスコミ報道になると「何がどうした。」式の論調となり、もっと素直に見てくれればとも思えます。

 2日と5日は街頭へ出て訴えさせて頂きました。併せてJAの育苗センターや野菜の集荷場などにも顔を出して、現状を観させてもらいました。その内には懐かしい人も居て、久しぶりに楽しい時間を過ごす事が出来ました。0502gaisen_2 0502ikubyo_2_2 0502ikubyo_1

 連休明けの6日は地元のあいさつ回りで水戸市内を回りましたが、やはり話題になるのは普天間基地の話でした。0502ikubyo_3 0502gaisen_1_2 0502gaisen_3
 それ以外にも景気の動向を心配される方や、選挙の行方など、厳しい声も含めて色々な声が聞けるのは良い事だと思っています。

 10日からはまた在京時間が長くなりそうですが、他の政務二役に助けて頂き、茨城での活動を広げて行くつもりです。

 急に暑さが増して来ました。体調管理にお気を付け下さい。

2010年4月29日 (木曜日)

諫早湾干拓事業検討委員会

 28日16時、農林水産省3F会議室にはマスコミ多数が集まっていました。

 諫早湾干拓事業検討委員会座長たる私より、赤松農林水産大臣に検討結果報告を手交する場面の取材目的でした。

この映像は当日のニュースで流れましたが、内容については「座長メモ」として既に前日から各紙面を飾っていました。

 実際に発表されたものは、開門調査を前提付きで実施する事が適当とするもので、開門調査や事前対策の具体的な内容や方法、実施時期については、取りまとめておりません。

 大臣の指示から約2ヶ月での判断は当然のものとして疑問を投げかけられるべきかも知れず、甘んじてその批判は受けるつもりです。

 ただこの間の検討委の議論は各委員の方々の、極めて冷静、且つ真摯なものであり、取りまとめを一任頂いた事と併せ、至らない座長を助けてくださいました。

 この後は大臣の判断を待つ事となりますが、丁寧に地元関係者への説得を経た上で成されると思います。

 これと前後して、九州、宮崎を中心に口蹄疫が拡大し、やはり28日早朝には省内の対策本部が開かれ、考えられる対策を最大限行う事を決めました。

 更に合間を縫って森林、林業再生プラン企画部会の委員から意見を聞き、本会議等をこなす日程が続きました。

 29日からは大型連休に入り、地元に戻る日が増えますが、そのときは会社も同様に休みの処が多く、仲々あいさつ廻りも思うにまかせません。

 しかし、車で県内を廻っていると、今が一番美しい季節に感じられます。

何より花粉症も収まり、山が萌え、田植えが始まっていますから。

2010年4月26日 (月曜日)

114時間の世界一周でした

 18日の21:40発で成田を飛び立ち一路ドバイへ。

トランジットで数時間を経た後、再び機中の人に。着いたのはサンパウロ。

三度目の飛行は目的地のウルグアイ・モンテビデオ空港の筈が、何故かアルゼンチンのブエノスアイレス空港。

霧の為に隣の国へ降り立ったのが午前1時。

 結局目的地のホテルに着いたのは、現地時間の午前4時過ぎでした。

これまでが45時間。

 ケアンズグループ(食料輸出国のグループ)の閣僚会合に特別ゲストとして招待された日本の代表が私と言う事なのです。20100421uruguay

 着後に全体会合でコメントをする機会を得、その後は各国代表とバイ会談(二国間の会談)、翌日午前もカナダ農政大臣と会談の後、ウルグアイ在住の、移民二世の方と懇談を持ち、夕刻には機中の人に。

 モンテビデオからブエノスアイレスへ、乗り換えてニューヨークまで12時間、6時間の待ち時間の後、成田まで14時間。

                                              出席した各国首脳と記念撮影→

着いた処が冒頭の114時で、ウルグアイ滞在は35時間、移動が79時間でした。

 国際会議や海外出張の多い農水省国際部の面々も、「初めての経験。本当に世界一周だ。」と驚く強行軍でしたが、困ったのは機中の食事が、朝食か昼食か、はたまた夕食か判らずに、客室乗務員に聞いても、「さぁ」と言う返答でした。

 戻った翌日の24日には、JA北つくばの総代会に初めて出席。0425_7kutownmeetingkoga

その後、知人の結婚式に顔を出し、午後は7区柳田和己衆院議員主催のタウンミーティング。

 25日はメーデー(土浦・県南)であいさつ。

その後は前日に続いて7区のタウンミーティング2 ヶ所、更に旧明野町で福島衆院議員の国政報告会へ、急いで水戸に戻って川崎篤之市議の報告会に出席。0425kennanmayday_1

体力勝負の一週間でした。

2010年4月18日 (日曜日)

諫早湾へ行って来ました。

 10日の夜は久しぶりに貴重な時を過ごす事が出来ました。
 桜川市旧岩瀬地区・磯部神社境内で催された、謡曲「桜川」をモチーフにした、李麗仙さんの一人芝居を観る機会を準備したのは、地元商工会有志の地域おこしの面々。
 11日は佐賀県で農政を中心にしたタウンミーティングに参加の後、長崎県諫早市のホテルへ。
 ホテルの名は「道具屋」で、女将さんの話では「もともと家具屋でした。」と言うから、嫁入り道具から来た名前らしいが、チョット有名なホテルでした。
 集まったのは、私が座長を務める「諫早湾干拓事業検討委員会」の委員で、会場前にはTVをはじめ、マスコミの皆さんが大勢と開門賛成派の人達。0414isahaya_2
  12日は午前中に視察を行いましたが、潮受堤防管理棟の前では、「開門反対」のハチマキをした1500名の人達が、寒い雨の中でお出迎えをしてくれました。
 13日は在京の仕事をし、翌14日は再び大臣と一緒に空路佐賀入り。それから順に福岡、熊本と意見交換会を開き、15日には現地視察と長崎での意見交換会仁臨み、多くの御意見を聞く事が出来ました。
 17日の土曜日は久しぶりの地元でした。那珂市で開かれた、高野守衆議院議員主催のタウンミーティングにゲスト出演させて頂きました。
 参加者の意見は、民主党や鳩山政権に厳しいもので、真摯に受け止めていく必要を感じました。
 18日は、つくばみらい市の市長選ならびに市議補選の出陣式に顔を出した後、笠間市で参院選比例予定候補の集会、つくば市で「都市と農村を結ぶ」誌700号記念講演会で話をしました。
 夜は成田から一泊六日のウルグアイへの旅に出発です。
 初めての南米、初めての一泊六日。元気で行って来ます。帰国は23日です。

2010年4月 7日 (水曜日)

水戸笠原事務所を開設しました。

 3日の土曜日は静岡県富士宮市に出掛けました。この日は昨年12月に発表した、「森林・林業再生プラン」に基づき、全国5地区を地域実践事業に指定した内の一カ所、富士地区の取り組みを視察に訪れたものです。0403shizuoka_2
 この事業は、先の「プラン」を先行的に実践するもので、オーストリア・ドイツから招いた3名のフォレスター(森林官)の助言を頂きながら、欧州等で活用されている先進的な林業機械作業システムの導入、林内路網の整備、利用間伐の実施を一体的に行い、一年間の成果を分析し、改善すべき課題を洗い出し、全国に普及・啓発しようとするものです。
 3名のフォレスターの助言は新鮮な点もあり、具体的で有意義な一日を過ごす事が出来ました。また前日の強風雨から一転、好天に恵まれ、記念写真にはバッチリ富士山も顔を並べて「はい、国産チーズ」となりました。
 4日は小美玉市・笠間市の市長選挙が無競争でそれぞれ現市長が当選となり、夕刻に祝勝会が行われました。0406zimusyo_2
 この日は冬に逆戻りの寒さで、夏服で出席した私は、ガタガタと震える始末でした。
 両市はともに祖父が、養子に出る前の実家(小美玉市・父方)、水戸で職に就く前に住んでいた実家(笠間市・母方)と関係のある処でした。
 参院選民主党2人目の候補が決まりました。複数定数2名区で最後に残っていた茨城の2人目は、昨年の知事選に立候補した、長塚智広氏(31歳)でした。
 ことの顛末は既にマスコミを通じて承知のとおりですが、私自身はこれ迄どおり、やるべきをやり、伝えるべきを伝え、皆様の力を信じて前進していきます。
 6日は事務所も開設されます。Pressminshugogai2Pressminshugogai1

  
・水戸市笠原町600の47
  
・TEL 029-291-5588
  
・FAX 029-241-5531

 どうぞ、お立ち寄り下さい。

 笠原事務所の案内図

2010年3月31日 (水曜日)

今日で3月も終わりです。

 今日で3月も終わります。審議会と併行して議論を重ねて来た「食料・農業・農村基本計画」は、30日に内閣決定されました。
 新政権の下で、初の基本計画は農政の転換を裏付ける内容が盛り込まれていますが、今後はその実行力と継続が問われる事となり、私自身もいつまで副大臣かはともかく、どの様な立場になろうとも、しっかり推進していくつもりです。
 一度温かくなった気候も、月末には寒さが戻り、体調の管理も大変ですが、春の農作業の準備も気掛かりになって来ます。
 4月1日からは戸別所得補償モデル事業の受付が始まります。私も赤松大臣の指示で当日は水戸農政事務所に出向き、職員向け訓辞と水田協議会との意見交換を行う予定にしています。
 このシーズンは人の移動が多くなりますが、3月下旬の地元紙面には、各職場の異動と併せ「退職」の氏名が載っており、丁度定年を迎える旧知の同窓の名前をよく目にしました。
 一種独特な感慨を覚えましたが、これから人生の味わい深い時間に突入する筈です。楽しく歩んでいきましょう。
 国会へは地元の方々が、いろいろなグループで訪ねて下さいます。
 決まってするのは記念写真。この頃はポーズをとるときに、「はい国産」と呼びかけ「チーズ」と応えてもらいます。
 皆さんも使って下さい。

2010年3月22日 (月曜日)

クロマグロ禁輸案が否決

「新政権で初の外交での成果を挙げられたと思う。」19日の参院農林水産委員会における、自民党議員による冒頭の発言でした。
 カタールで開かれていた、ワシントン条約締結国会議において、モナコから提案されていた付属書Ⅰのクロマグロ禁輸案が「否決」されたことに対するものですが、これは当初伝えられていた日本側不利の観測を覆す快挙として大きく報道されました。0320_jarengokaifutsal_04_3
 私の処に「今日中に採決の可能性あり。勝てる。」との一報は外務副大臣からでした。
 勿論赤松大臣のもとへは、現地の水産庁長官から刻々と情況が伝わっていた訳ですが、最終決断を大臣が「今日中の採決へ進め」と下した場に居合わせられた事は幸せな事でした。
 時刻は13時20分でした。その後23時過ぎにTVの速報で「否決」が流れるまで、少し心配したのは杞憂に終わり、大臣の会見での笑顔は何度も再放送されました。

                                               JA県連フットサル大会で↑
 元来世界一の消費大国である我が国は、これまでも資源管理を行い、かつ主張して来ましたが、これからは消費者としての節度も更に求められることを自覚しなければなりません。
 先週もう一つ嬉しかったニュースは、23年の長きに亘って未解であったJR不採用問題が大きく前進したことです。
 人道的見地から、早期解決を求めて来ましたが、山下八州夫先生や弘友和夫先生達の最後までの御努力に敬意を表します。
 最終決着まで躓かないことを願っています。
 21日のお彼岸の中日は春の嵐に見舞われ、私の今年の花粉症も最高潮に達しています。
 すっきりするのは通常なら5月の連休明けですが、その時季には、国会の法案審議も先が見えてくるでしょう。しっかり参院選への取り組みに邁進できるよう、頑張るぞ!

2010年3月15日 (月曜日)

地元で参院選勝利総決起集会

 面白いもので、先週は載せて欲しい地元新聞ではなく、九州の各紙に連日の様に私の名前が出ていました。
 9日には諫早湾干拓事業検討委員会の第一回会合が院内で開かれ、早速福岡県知事から要請文が届きましたし、今後は長崎・佐賀両県知事それぞれの見解を聞く予定です。
 10日はFAOが主催する、貧困削減・農業投資促進シンポにてスピーチを行い、翌11日は早朝に羽田を発ち、大分・熊本両県で農業用水利事業の地元説明会に出席しました。
 これは31年に着工した大蘇ダムが、平成17年に完成する筈でしたが、いわゆる水漏れダムで、その後5年が経過しても受益者に水が供給されず、事業費は当初比で4.5倍かかっているものです。
 当然の様に、地元の声は厳しいもので、一方両県知事など行政かIbjashunto_01_2らは「一定の方向性が出たことは評価するが……」との発言がありましたが、新政権としての負の遺産にも正面から向き合う姿勢は持ちたいと思います。
 12日は有名になったシーシェパードの船長を乗せた第二昭南丸が帰国する日。
 私は大臣の命を受け、横浜の海上保安庁の港でこれ迄の労をねぎらい、帰国の報告を受けました。
 14日は地元茨城で農協労連の春闘集会に参加しましたが、式の途中で参院選勝利総決起集会に切り換えて、私を励まして頂きました。
 いつも仲間は有難いものと感謝感激です。

2010年3月 8日 (月曜日)

参院選公認が決定しました。

 3月3日に開かれた、民主党本部常幹にて今夏の参院選第一次公認が決定され、私もその一員として発表されました。
 複数選挙区では福島などと共に、茨城も先ずは1名のみの公認となり、今後2人目の最終検討が成されると、小沢幹事長は記者会見で述べたと報じられました。
 そのことを問われることも多いのですが、私自身はコメントの仕様も無く、これまで通り自然体で、今自分で出来る事をしていきます。

 国会は予算審議が参院に移り、相変わらずの忙しさですが、焦点は予算後の法案審査へと変わり、併せて「食料・農業・農村基本計画」策定の議論が盛んになっています。
 金曜日は公務で農業者大学校の卒業式に参列しました。41期目の卒業生は、つくば市に移って初の卒業生で、当日は既に就職先の都合で参加出来なかった人を除く23名が出席し、御家族の方々と晴れの門出を祝いました。100306_105
 夕方は日立で中村實氏の「茨城県功績賞」受賞を祝う会に招かれ、諸先輩と楽しい一時を過ごしました。
 
土、日は先週に引き続き地元
 6日は連合茨城主催の「春季生活闘争・参院選必勝集会」が水戸市で開かれ、千余人が参加し、私も「12年前を思い出していました。今回も皆さんの御支援を信じて頑張ります。」とあいさつしました。
 その後は先週に続きボウリング大会。今回は情報労連の皆さんと一緒でしたが成績は内緒です。
 夕刻には民主党5区主催の予定候補を励ます会が開かれ、伊藤博氏とともに出席しました。
 7日は雨。茨城空港開港式に石津代議士、大泉代議士などと一緒に参加しました。

  国内98番目の空港が、地域の経済・交流の拠点として発展することを願っています。
  2週続けて観梅デーは晴天に恵まれません。来週は良い日となりますように。