ある日のこと。
僕は部隊の皆に誘われて、とある居酒屋に飲みに行きました。
なにせ僕らは明日も知れない平武装局員、縦はともかく横の結束は親兄弟の絆より固い節があります。
下士官以下の武装局員の損耗率、特に艦船に付いていない派遣系武装局員の死傷率は年々高まる一方です。
どうして派遣系は死傷率が高くなるのかと言いますと、これがまた簡単な話。
弱いからです。
艦船付きの武装局員って言わばエリートなんですよ。
例えばL級次元航行艦“アースラ”の艦船付き武装隊は、隊長であるギャレット三等空尉を始めとして全員空戦のできるBランク以上の魔導師です。
……え、普通だろって?
ハハハ、じゃあ僕の所属する部隊……0562部隊の内情を教えてあげましょう。
まず、部隊長のメルセデス二等空佐。
彼と副隊長のダイムラー一等空尉がウチの部隊の最高ランク保持者なんですが……双方、空戦A+です。
ええ、ダブルとかトリプルとかつきません。
シングルに+がついただけです。
そして次にランクが高いのがアクアダ陸曹長の陸戦A、四位がビーマー三等空尉とハマー空曹、ウーズレイ一等陸士でそれぞれB+ランク。
次が僕(空戦B)と言えば、我々がいかに雑魚集団なのか分かっていただけるかと……ちなみに件のギャレット三等空尉は空戦AAランク、さらに艦長のクロノ=ハラオウン提督は空戦Sランクの猛者と比べるのも馬鹿らしい話です。
……ちなみにこれ、次元航行艦付きの武装局員についてだけ見たら大してすごい話ではないんですよね。
もちろんランクが全てではないのは理解していますが……なんともなんとも、です。
陸士部隊の気持ちがよく理解できます。
さて、閑話休題。
とにかくそういうわけで、明日生きてるかも分からない僕達の結束はかなり固いんですよ。
ですからその日飲み会に誘われた時も、僕は何も考えずにほいほいと付いていってしまったんです。
……そう。
思えば、これが悲劇の始まりでした。
◆
飲み会終了後、僕はほろ酔い気分で帰り道を歩いていました。
普段はあまりお酒を飲まないタイプの僕ですが、今日という日は別……仲間達との楽しい宴会中にミルクばかり飲んでても場が湿気るだけです。
いつもよりも沢山のアルコールを摂取した僕の頭はとても幸せな感じにふわふわしていて、夢見心地の僕は何度も街路樹に頭をぶつけかけながら何が楽しいのか終始笑顔でした。
──と。
「……あれ、メールだ。差出人は……うん、レイジングハート? なのはさんじゃなくて?」
僕のデバイスに、一通のメールが届きました。
差出人は、なのはさんのデバイスレイジングハート。
高度なインテリジェントデバイスであるレイジングハートならば僕にメールを送ることも可能ではありますが、どうしてなのはさん本人からのメールじゃないんでしょうか?
……なんだか、不吉な予感がします。
このメールを開けたら最後、元の平穏な日常に帰れる保障はない、みたいな……。
ですが、だからといって無視するわけにもいきません。
僕は意を決してメールを開きました。
‘Where are you?’
題名はなく、本文もまた簡潔なメール。
レイジングハートというデバイスの人(?)柄をよく表しているそのメールを見て、僕の背筋に冷たいものが流れました。
……しまった。
今日、なのはさんが家に来て夕食作ってくれる約束でしたああああぁぁぁぁっ!!
レイジングハートは、主人であるなのはさんに忠実なデバイスです。
多分これはなのはさんとの約束を破ってしまったことに対するお叱りのメールなのでしょう。
酔いが一気に醒めた僕は、あわててレイジングハートに返信で、『ごめんなさい、約束を忘れて部隊の皆と飲んでました』という旨のメールを送り返しました。
……この時点で、気付くべきだったんです。
どうしてお叱りのメールがなのはさん“本人”ではなくてなのはさんの“デバイス”から届いたのか、を。
レイジングハートからの返信は、彼女(?)にしては珍しく少し長めのメールでした。
‘All right,I have a liking for you...but you are too late.The only thing I can say to you is...Good Luck’
……………………。
……なんですかこの不吉な文面は!?
グッドラックって……まるで死地に向かう親友に贈るかのような言葉じゃないですか。
ええと、これは、つまり……。
なのはさん、かなり怒っていらっしゃる!?
その事実に思い当たった僕は、顔を青くして自宅へと駆け出しました。
……そう。
このメールが、文字通り死地へと向かう僕へのエールだとは気付かずに。
◆
息を切らせながら自宅のあるアパートに着いて最初に見たものは、明かりの消えた自室の窓でした。
きっとなのはさんは、帰ってこない僕に痺れを切らして帰ってしまったのでしょう。
そう思った僕は酷く沈んだ気分で階段を上がり、自室の鍵を開けました。
そこで僕は、不可解なものを発見したのです。
「ただいまー……って、あれ? これ、なのはさんの……」
それは、玄関先に綺麗に並べられたなのはさんの靴でした。
ミッドチルダにはそういった習慣はないのですが、なのはさんのご実家がある地域では皆靴を脱いで家の中に入ります。
僕の家もその程度なら簡単な話なので彼女に合わせ、玄関先の土間にて靴を脱ぐスタイルに切り替えました。
なので、なのはさんの靴がここにあるのはなんの問題もないのです。
ないのですが……しかし、そうなるとなのはさんはまだ家にいるということになります。
しかし、思い出してください。
そもそも僕がなのはさんが帰ってしまったと判断したのは、自室の窓に明かりがついていなかったからです。
現に今、中にいる自分の目で見ても家の中は真っ暗……人のいる気配なんてまったくしないのですよ。
──カラ……カラ……カラ……──
耳を澄ましてみると、なんだか変な音が聞こえてきました。
しかしそれ以外はいたって静か……室内に人間がいるとはちょっと思えません。
……が、なのはさんがいないとなると大きな矛盾が生じてしまいます。
なのはさんには合鍵を渡してありますので、玄関の鍵が閉まっていたことはなんの問題にもなりません。
しかし、まさか靴を履かずに家を出たはずはなく……やっぱりなのはさんはまだ家の中にいるのでしょう。
そう結論付けた僕は、とにかく家の中に入ることにしました。
「……なのはさーん? どこにいるんですかー?」
パチパチと電気を点けつつ、なのはさんを探しながら家の奥へと進みます。
寝室、バスルーム、トイレ……なのはさんの姿は、ありません。
──カラ……カラ……カラ……──
そして、奥へと進むにつれて大きくなっていくこの異音。
一定のリズムで金属と金属をぶつけているような……そんな音です。
……なぜだか、じっとりと汗ばんできました。
まるで水の中にいるみたいに体が思うように動きません。
たった数歩の距離が、いやに長く感じられます。
そんなこんなやっとの思いで、僕はリビングにまでたどり着きました。
……そしてやっと、僕は異常に気がついたのです。
リビングはキッチンとつながっているのですが、そのキッチンの明かりだけがついていました。
──カラ……カラ……カラ……──
そしてそのキッチンに、人影が一つ。
件の異音もその人影からしているよう……で……。
──カラ……カラ……カ……
「……あれ、○○君……。遅かったね……」
「──────ッ!!」
……そこにいたのは、なのはさんでした。
そう、なのはさんだったんです……髪はほつれて目は虚ろ、なぜか空っぽの鍋の中でお玉を回していましたが……それは、間違いなくなのはさんでした。
いつの間にか僕の目の前まで来ていたなのはさんは、魅力的に微笑みつつ……ってヒィッ!?
「……い、いつの間に……?」
……あり得ない。
目を離した記憶は(というか余裕は)ないのに、気がついたらなのはさんが目の前にいる……。
愛用のエプロン装備にサイドではないポニーテールのなのはさんが、この時ばかりは人間じゃないモノに見えました。
僕の悲鳴を聞いたなのはさんはいつものどこか幼さの残る笑顔ではなく艶のある大人の女性の微笑を浮かべ、僕の頬に手を当て見上げてきました。
「……○○君? どうしてこんなに遅くなったのかな?」
底冷えしそうな、その声。
明らかに、普段のなのはさんとは違います。
しかし、言っていることは極めてまとも。
約束をすっぽかしたのですから、その理由を問うのは当たり前の話でしょう。
ですから僕は、誠意を込めて謝ることにしました。
「すみません、なのはさん。部隊の仲間に飲み会に誘われて、ついつい着いて行ってしまいました」
嘘も虚飾もない、純度百パーセントの真実を語ります。
こういう時は、下手に嘘をつくよりもこうした方がいいのです。
……それに、申し訳ないと思う気持ちは……本物ですから、ね。
「……うん、嘘は言ってないみたいだね。でも、私との約束は……忘れてた?」
「……ごめんなさい」
「もう……でも、まあ、許してあげる。次からは気をつけるんだよ?」
なのはさんは苦笑いしながらそう言って許してくれました。
……やれやれ、これで一安心です。
いつもと違う様子やレイジングハートのメールにはかなり驚きましたが、なのはさんはやっぱり優しいなのはさんでした。
僕の腰に空いた手を回し、抱きしめてくれるなのはさん。
そんな彼女を見ながら僕は、今後絶対約束を破らないようにしよう、と心の中で誓ったのです。
こんなに優しい彼女を、もう悲しませないようにしよ──
「ネェ、○○クン?」
──思考が、一瞬フリーズしました。
僕の胸に顔を埋めたなのはさんから、妙にフラットなイントネーションの言葉が向けられたのです。
一瞬で極度の緊張状態に陥った僕は、なのはさんの変貌に対して何もリアクションがとれませんでした。
「○○クンノフクカラホカノオンナノニオイガスルノ……ナンデカナ?」
……うん、心当たりはあります。
ミッドチルダでは性差があまり就職に影響を及ぼさないので、当然管理局には男性とほぼ同数の女性局員がいます。
つまり……部隊の仲間の内にも、かなりの数の女性がいるのですよ。
彼女達は異性と言うよりも性別関係ない友人みたいなものなので、当然飲み会なんかだと肩を抱き合って騒いだりすることもあります。
ですから、彼女達のつけていた香水かなにかの匂いが僕の服についていた可能性も、あるのです。
「フーン、ソッカ」
そういった事実を必死で説明すると、なのはさんは少ししてから一つうなずいてくれました。
まだ変なままの発音に若干不安を感じますが、どうやら分かってくれたみたい──
「……ウン、ウン……デモ、ヤッパリユルセナイナァ……ソノオンナ……」
──じゃなかったあ!?
「……ワタシノ○○クンカラベツノオンナノニオイガスルンダヨ? ウフフ……ソンナノユルセナイヨ、ウン、ソンナノユルセナイ。○○クンニニオイヲツケテイイノハワタシダケナノニ……ユルセナイナァ……」
ミシミシ、と音がして、僕の背骨が悲鳴をあげます。
逃げようと身をよじってみるも、膨大な魔力によって強化されたなのはさんの腕力に身動き一つできません。
「な、のはさ……。苦、し……!」
「……マズハ、オシオキナノ……」
「な……に……、アッ──────!」
……その日。
僕は、大切なものを喪いました。
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H.Kさんのリクエストで、「平武装局員○○の受難」
病んは、難しいです。