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[11810] ミルク多めのブラックコーヒー(似非中世ファンタジー・ハーレム系)
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/21 06:17
チラシの裏から移転してきました。
世界観は、中世ファンタジー(っぽい)雰囲気。
いわゆる剣と魔法と冒険者のお話です。

迷宮探索がストーリーの中心の割に、みんな広いところが好きなのか、あまり潜りません。
むしろこの作品は、ヒロインらといちゃいちゃするのがメインの話です。
陵辱、NTRっぽいのはまずないのでご安心下さいというかそういうのは、他の書き手さんにお任せします。
死人もあまり出ない、ぬるくてゆるい仕様となってます。

基本、平日深夜更新、一話の文章量は大体5kb前後となっております。
各エピソードは後日、ある程度まとめますので、一話の文章量が物足りないと思われる方は、一週間毎に確認などの方向でよろしくお願いします。


それでは、よろしくお願いします。
//――――――――――――――――――――――――――――――


 幌付き馬車の荷台に揺られながら、どうにもやりづらいなとシルバ・ロックールは思っていた。
 原因は、荷台の反対側に座る先月から入ったパーティーメンバーの少女にあった。
「それでぇ、昨日は楽しみでほとんど眠れなかったの。それでノワ寝坊しちゃって……二人とも、ごめんね?」
 すまなそうに目を伏せ、悪戯っぽく舌を出す少女、ノワに、金髪の軽薄盗賊と眼鏡の学者風魔術師が慌てて首を振る。
「いーっていーって、気にしないで。ちゃんと時間には間に合ったんだからさ」
「そうですよ。問題ありませんでした。結果オーライです」
「…………」
 何だかなーと思う。
 二人はああいうけど、間にあったのはたまたま、護衛すべき{商隊/キャラバン}の雇い主が、ノワと同じく寝坊しただけに過ぎない。
 それに、口ではああいうモノの、彼女があまり反省していない風なのが明らかなのも妙に引っ掛かる。
 が、それをわざわざ口に出すのも大人げないな、とも思うシルバだった。
 しかしその自分の呆れた様子が表情に出たのだろう、盗賊テーストと魔術師バサンズに愛想を振りまいていたノワと、バッチリ目が合ってしまった。
 一瞬だけ、ノワは鋭い目を、シルバに向けた。
 しかしすぐに表情を和らげ、テーストとバサンズにニコニコと微笑みかける。
「……昨日、寝不足で、ノワちょっと眠いかも」
 ノワのアクビに、テーストは素早く荷袋を取り出した。
「だったら、オレのこれ貸してやるよ。ほら、枕代わりに使って」
「じゃ、じゃあ、僕はこの寝袋を」
 同じくバサンズが、荷台に寝袋を敷き始める。
「二人とも、ありがとー」
 嬉しそうなノワに、男二人は蕩けそうな表情になった。
 うん、傍から見ていると、大変気持ちが悪い。
「さすがにそれはないんじゃないか、バサンズ」
 荷台の中でただ一人冷めていたシルバは、寝袋の準備を終えた魔術師をたしなめた。
「何がですか?」
「仕事中だろ。仮眠するぐらいならともかく、本格的に寝るのはどうかと思う」
 シルバの言葉に、テーストは小さく舌打ちした。
「ったく、小言多いな-、シルバ」
 同じく、バサンズも不満そうだ。
「そうですよ。それに問題があればすぐに僕が起こします。外はリーダー達が見張っているんですから、敵の襲来があればすぐに分かるでしょう。第一、眠いままじゃ仕事になりませんよ」
「……寝ちゃ、駄目なの?」
 そしてノワは、ぺたんと尻餅をついたまま、拗ねた上目遣いの表情でシルバを見た。
「……普通、駄目だろ」
 心底苦手だ、この子とシルバは思う。
 大体風紀の取り締まりみたいな真似は、自分のキャラクターではない。もっと緩いのが、本来の自分の性格なのだ。
 しょうがないので、シルバは小さく印を切り、呪文を唱えた。
 即座に青い聖光が、ノワを包んだ。
「あ……」
「何、どうしたノワちゃん」
「彼が何かしたんですか?」
 詰め寄る盗賊と魔術師に、ノワは目を瞬かせた。
「眠気……取れちゃった」
「{覚醒/ウェイカ}の呪文。悪いけど、寝るのは休憩か仕事が終わってからにしてくれ。あとそこの男二人。そんな不満そうな顔するなよ」
「……空気読めよなー」
「……そうですよ、まったく」
 ブツブツと、テーストとバサンズはぼやいた。
「ありがとー、シルバ君」
 へにゃっと笑うノワの様子に、テーストとバサンズがシルバに向ける視線が一層きつくなった。
「……どういたしまして」
 頬が引きつるのを自覚しながら、シルバは何とか返事をした。
 お前目が笑ってねーよ、コエーよ。

 その時、馬車が停止した。
 一番素早かったのは、さすがというべきか盗賊であるテースト。
「敵か」
「だろうな」
 次にシルバだった。
 馬車から飛び出ると、森の緑の臭いが鼻を突いた。
 木々の間から漏れる日差しが強い。
 リーダーである聖騎士イスハータと無骨な雰囲気の戦士ロッシェは騎乗したまま既に武器を抜いていた。
「テースト!」
 イスハータの声に、テーストはすぐさま気配の探知を開始した。
「敵の種類は人間、おそらく山賊団だ! 包囲網はまだ完成してねー! 敵の包囲網が完成するより早く、叩いた方がいいぜリーダー!」
「だな! 蹴散らすぞ、テースト! ロッシェは皆と一緒に、商隊のみんなを守れ!」
「らじゃ!」
「了解!」
 白金の聖騎士と革鎧の盗賊が駆け去っていく。
 長剣を抜いたロッシェは手綱を操りながら、次第に包囲を狭めてくる山賊達を目で射竦めていた。

「あわわわわ……」
 雇い主である商隊の主は、先頭の馬車の御者席ですっかり腰を抜かしていた。
 頬のすぐ脇を、一本の矢が突き刺さっている。
「{沈静/アンティ}」
 シルバが印を切り、呪文を唱えると、主の震えがようやく鎮まった。
「……は」
 主は目を瞬かせる。
「冷静になる呪文を唱えました。今、動くとヤバイですよ。大丈夫ですか?」
 商売用の口調で問うと、主はコクコクと頷いた。
「な、何とか。わ、我々はどうすれば……」
 主と話している間にも、既にシルバは作戦を立て終えていた。
「心配要りません。ウチのリーダーが正面を崩します。私が合図をしたら、馬車を走らせて下さい。護衛はリーダーが務めます」
「わ、分かりました」

 シルバは武器を持たない。
 その技能を磨くぐらいなら、少しでも司祭としての力を付けた方がいいと判断した為だ。
 だが、その分後方支援の能力は、他の聖職者よりもそれなりにあるつもりだ。
 そのシルバが最初に取った技能は、精神共有。
 ある程度離れた相手とでも、会話無しで情報の伝達が可能になる。
 リーダーであるイスとは、笛や発光弾などの必要なく連携が可能になるのだ。
 シルバは精神念波で、作戦をパーティー全員に伝達する。

「テースト、弓手が邪魔だ。排除してくれ」
「あいさ!」
 イスハータは正面の山賊達に疾駆しながら、テーストに指示を送っていた。

 ――テーストの索敵能力は一級品。どうやら、飛び道具の心配はないようだ。
 そう、シルバは結論づけた。
 無理に殲滅する必要はない。
 リーダーが敵を倒すまで、馬車を守りきればいい。それも、そう時間は掛からないだろう。
「今回はスピード勝負か。次のターン、持ちこたえれば決着だな」
 そう判断して、シルバは幌の上に飛び乗った。
 馬車の周囲では、パーティーのメンバー以外にも、商隊の若い連中が盾を持って山賊達から馬車を守っている。
 少し離れた所で、ノワが斧で敵の剣を弾き飛ばしていた。
「たやっ!!」
 返す刀で相手を吹っ飛ばす。
「実力はあるんだよなぁ……」
 本職は商人のはずだが、戦士としても充分な力量だと思う。
 そのノワの後ろに従うように駆けていたバサンズが、何やら呪文を唱えようとして。
「っ……!」
 突然、喉を押さえた。
「どうした、バサンズ!」
「……っ! ……っ……っ!」
 苦しそうに、無言でバサンズがシルバを訴える。
 精神共有のお陰で、バサンズの状態は声に出せなくても分かった。どうやら、呪文で声を封じられたようだ。
 つまり。
「敵の魔術師――! ロッシェ!」
 最も見晴らしのいい場所に立つシルバには、魔術師の居場所はすぐに分かった。
 シルバの認識と同時に、戦士であるロッシェは馬を走らせていた。
「承知!」
「薬は……治療は、俺の方が早いけど、ここは……」
 ノワは商人であると同時に薬剤師でもある。
(バサンズの治療を頼む、ノワ)
 通信念波を飛ばしながら、シルバは次の手を打った。
「{加速/スパーダ}!!」
 印を切る。
 直後、ロッシェや遠くのイスハータの動きが一気に速まった。
「おおおおおっ!!」
 魔法を発動しようとしていた敵の魔術師が、ロッシェの剣で斬り伏せられる。
 後は、ノワがバサンズの治療を終わらせれば、敵を一掃できる。
「……って、いないっ!?」
「とおっ!!」
 喉を押さえて苦しむバサンズを無視して、ノワは逃げ惑う山賊達を切り倒すのに夢中になっていた。
「バサンズの治療してやれよ……ったく! {発声/ヤッフル}!」
 幌の上から、シルバは呪文を飛ばした。
「あ……」
 バサンズの唇から、声が漏れる。
「いけるか、バサンズ!?」
「はい、ありがとうございます! ――{疾風/フザン}!!」
 魔術師バサンズが、杖を青空に掲げる。
 その途端、巨大な渦が発生する。
 強烈な魔力の突風に、山賊達が空高くへ吹き飛ばされていく。
 どうやら、これで終わりらしい。
 シルバが念のため温存しておくつもりだった魔力も、今の{発声/ヤッフル}で底を突いてしまった。後はもう、足手まといにならないように防御に専念するしかない。

 一方、リーダーであるイスハータも、山賊の集団を蹴散らし終えていた。
「終わったぞ、シルバ!」
 刃の血を振り払いながら、イスハータは叫んだ。

 もちろん、声に出さなくてもシルバには伝わっている。
「今です! 馬車を進めて下さい!」
 シルバの指示に、商隊の主が急いで、部下達の声を掛けた。
「わ、分かった! おい、行くぞ、みんな!」
「撤収! バサンズとノワも乗り遅れるなよ」
 ガクン、と馬車が動き始める。
 しかし、バサンズとノワが追ってこない。
「おい!?」
 見ると、ノワが倒した山賊達の財布の回収をしており、バサンズもそれを手伝っているようだった。
「……アイツら」
 あの二人は放っておいても大丈夫だろうが、馬車の方が心配だ。
 結局、シルバが馬車の殿を最後まで見張り続ける事になった。


 目的地である首都に着き、その夜の酒場にパーティーの面々は集まった。
 酒場の薄暗い隅で料理を突きながら、リーダーのイスハータが大きな金袋をテーブルに置いた。
「という訳で、みんなお疲れ。コレが今回の報酬だ。それじゃ分配を……」
 戦闘時とは違う、柔らかな口調で袋の紐を解こうとする。
「ちょーっと待って」
「ノワ、何か?」
 少女の言葉に、イスハータは動きを中断した。
 彼女は赤ワインを飲みながら、言う。
「前から思ってたけどぉ、何かこれって公平じゃないと思うの」
「と言うと?」
「いっぱい頑張った人と、働いてない人が同じ報酬をもらうのは間違ってると思う」
「……みんな、頑張ったと思うけど?」
 イスハータは、頬から一筋汗を流した。
 ノワが何を言っているのか分からないようだ。
「そうかなぁ。一人も敵を倒していない人がいるんだけど」
 彼女は白魚のソテーを切り分けつつ、可愛らしく小首を傾げた。
 その言葉に、全員の視線が一点に集中した。
「いや、ちょっと待てよ。俺の事?」
 米酒をチビチビと飲みながら、シルバは渋い顔をした。
 しかし、ノワは朗らかな笑みを崩さない。
「うん。ノワ、三人倒したよ? バサンズ君、何人?」
「え。あの……ご、五人ですけど」
 突然話を振られた魔術師が、眼鏡を直しながら答えた。
「うわ、すごいね! さすが魔術師!」
 わざとらしく拍手をするノワに、骨付き肉を咥えたまま、テーストが身を乗り出した。
「お、オレだって四人倒したって!」
「リーダーとロッシェさんは戦士さんだから、もっと多いよね」
 ダラダラと流れる汗をひたすら拭うイスハータと、無言でスープにパンを浸すロッシェ。
 ロッシェが何も言わないので、イスハータがシルバを庇うしかない。
「ま、まあ、そりゃ……しかしだね、ノワ。戦いっていうのは、敵を倒すのがすべてという訳じゃないんだ。シルバは、やるべき事はやっている」
「でも今回、シルバさん、全然馬車から動かなかったよね。バサンズ君みたいに、呪文で敵をやっつけてもいないし」
 ふむ、とシルバは杯をテーブルに置いた。幾分乱暴な音が鳴ったのは、酔いのせいだけではないはずだ。
「……なるほど。見る人が見ると、そう見える訳か」
 シルバは軽く息を吐くと、意地悪そうな視線をイスハータに向けた。
「んで、どうするんだ、イス。リーダーとしての意見を聞きたい」
 その言葉に、グッとイスハータは詰まった。
「お、お前はどうなんだ、シルバ?」
「わざわざ口にしなきゃ分からんほどアホなのか、お前は?」
 心底呆れたシルバだった。
 確かに今回の作戦、シルバは一人も敵を倒していない。
 精神共有を常時使っているとはいえ、傍目から見れば幌の上から『加速』と『発声』の二つの呪文を放って指揮しているだけにしか見えないかもしれない。
 だが、それが自分の仕事だという誇りがシルバにはあった。
 しかし。
「……ちょっと待ってくれ」
「…………」
 どうやら、そう思っていたのは、シルバだけのようだった。
 いや、違う。
 ちょっと前までなら、悩む事自体ナンセンスな話だったはずだ。
「ぶー」
 元凶であるノワは、頬を膨らませて不満そうにイスハータを見ていた。
 シルバがイスハータを促そうとした時だった。
「な、なあタンマだ。リーダー、シルバ、少し話がある」
 腰を上げたのは、テーストだ。
「うん?」
「あ?」

 テーブルを少し離れて、シルバはテーストの提案を聞いた。
「……何だって?」
 思わず、耳の穴の掃除をしたくなったシルバだった。
「それで我慢してくれよ、シルバ。それで丸く収まるんだって」
 パン、と手を合わせるテースト。

 テーストの話は単純だった。
 つまり、一旦ノワの言い分を聞いて、彼女の言う『分配』を行う。
 そして彼女がいなくなってから、テーストやイスハータの取り分から改めて、本来のシルバの取り分を渡すという事にしたいらしい。

「……アホか」
 シルバとしてはそう言うしかない。
 賭けてもいいが、この話は今回一回だけに留まらない。
 今後の仕事では、そのやり方が罷り通ってしまうだろう。
 少しでも考えれば分かる話だった。
 ところが。
「いや、しかし、彼女の言い分にも一理……」
 イスハータが真剣な表情で検討を開始したので、シルバは思わず彼をぶん殴りそうになった。
「一理もねーよこのスカタン! 前衛職と後方支援を同列で語ってる時点で、どー考えたっておかしいだろ!?」
 少し離れたテーブルを指差し、シルバは叫んだ。
「しっ、声がでかい! と、とにかくさ、今の話でひとまず我慢してくれよ。な?」
 何とかシルバをなだめようとするイスハータ。その行為そのモノが、さらにシルバを苛立たせる。
 ロッシェとバサンズも、いつの間にか相談の輪に加わっていた。ノワは一人、退屈そうに晩餐を味わっているようだ。
「シルバ……」
「ぼ、僕も賛成です。ナイスなアイデアじゃないですか」
 バサンズが弱々しく両拳を握りしめ、テーストがその勢いに乗る。
「だろ? お前もそう思うだろ?」
「僕達だって、回復の重要性は分かっている。ここは堪えてくれ、シルバ。報酬自体は実質、変わらないんだ」
 眉を八の字にしながら、イスハータはシルバの肩に手を置いた。
 続いて、ロッシェもボソリと呟いた。
「……俺もそう思う」
「……ロッシェ。お前もか」
「…………」
 シルバの問いに、ロッシェは気まずそうに目を逸らした。
「ねー! もういい? ノワ、早くお風呂入って眠りたーい!」
 足をバタバタさせながら、テーブルに一人残っていたノワが声を掛けてきた。
「じゃ、じゃあ、そういう事で……」
 シルバが返事もしない内に、イスハータの中では結論が出たらしい。いや、シルバ以外の全員か。
 シルバは、心の底から失望した。
「そういう事もへったくれもあるか、このド阿呆ども」
 吐き捨てるように言うと、シルバは仲間達が止める間もなく早足でテーブルに戻った。そして乱暴にテーブルを叩いた。
「俺は今日でこのパーティーを抜ける。それで満足か?」
「え?」
 目を瞬かせる、ノワ。
 しかし驚いた振りなのは、あからさまだった。
 シルバは、ノワから、背後のリーダー達に視線を移した。
「俺の分の報酬は手切れ金代わりにくれてやる。……お前らは仲良しパーティー続けてろ。じゃあな」
 そして、テーブルに背を向けて、自分の部屋へ戻る事にした。
「やってられるか」
 その背に、ノワの声が掛けられた。
「シルバ君」
「あ?」
「ばいばーい」
 ノワが無邪気に勝ち誇り、シルバにヒラヒラと手を振った。


 その夜の内に、シルバはパーティーの泊まる宿をチェックアウトした。
 そして友人が用心棒をする別の酒場で、やけ酒をあおっていた。
「心っ底ムカつくっつーの、あの{女/アマ}!」
 ダン、とカウンターに空のジョッキが叩き付けられる。
「災難であったなぁ」
 隣に座るシルバの友人、キキョウ・ナツメはうんうんと頷いた。
 黒髪に着物という、この国では珍しい凛々しい風貌の剣士だ。極東の島国、ジェントからここ、辺境の都市国家アーミゼストを訪れたのだという。

 この世界に魔王が復活して数十年。
 十何度目かの討伐軍の派遣と共に、古代の失われた技術で作られた武器や防具の発掘も進められてきた。
 ここアーミゼストは、多くの遺跡が眠る{遺物/アーティファクト}・ラッシュの真っ直中にある。
 キキョウも何やら目的があって、この地にいるようだが、詳しい事はシルバも知らないでいた。

「ふーっ!」
 というか怒りのせいで、今のシルバは赤ら顔のまま飲む事にしか集中出来ないでいる。
「どうどう。落ち着くがよい、シルバ殿。今日は{某/それがし}のおごりだ。金は気にせず、心ゆくまで飲め」
「……すまん」
「何の。短いとはいえ、それなりの付き合いではないか」
 パタパタとふさふさの尻尾を振るキキョウ。頭の狐耳もピコピコと揺れていた。
 キキョウは人間ではなく、一般に亜人と呼ばれる種族だ。アーミゼストや周辺国では、その中でも獣人という種族がキキョウに近いが、本人の談によると厳密には違うらしい。
 冒険者稼業においても、種族の違いから人間は人間、亜人は亜人とパーティーを組む事が多いが、シルバはあまり気にしていない。
 キキョウは獣人でもいい奴だし、ノワは人間でも気に入らない。
 まあ、そういう事だ。
「あーもー、腹立つ! マスター、もう一杯!」
「しかし、今後どうするのだ、シルバ殿? その、働き口のアテはあるのか? も、もしよければ……」
 ドン、とシルバの前に麦酒の注がれたジョッキが置かれた。
 それを煽りながら、シルバはヒラヒラと手を振った。
「あー、そりゃ多分問題ない。回復役は、この稼業にゃ必須だからな。その気になれば、何とでもなると思う」
「そ、そうか。それは何より」
 何だか残念そうな、キキョウだった。
「まー、我ながら短気だとは思うよ。けどよー……何か違うだろアレはー……」
 ジョッキの半分ほどになった中身をチビチビ飲みながら、シルバはぼやく。
「うむうむ。何というか、長くないなそのパーティーは」
「だろー? 次に入るパーティーはこー……アレだな。女いらねー。やだよもー、あんなの」
「はは、それはそれで極端ではあるなぁ。にしても、よほどの美女だったと見えるな、そのノワという少女は」
「んー、まあそだなー。外見は悪くないぞ、確かに。アイツらがコロッと落ちるのも分かる」
「しかし、シルバ殿は落ちなかったではないか」
「んんー……別にそれ、俺が人格者だったからとか、そんなじゃねーぞ」
「というと?」
「ウチの実家な、上に三人、下に四人」
「……何が?」
「姉と妹」
「……な、なるほど。ならば、女の本性を見抜けるのも道理かも知れんな」
「まーさー、同じパーティーに異性が混ざると、多かれ少なかれ、そういう問題ってのは発生するよな」
「む、む……まあ、それは確かに。某も心当たりがないでもない」
 キキョウの凛々しい外見は人目を引く。特に若い女性ともなれば、言い寄ってくる者は数多いのだ。
「だろー? お前、格好いいしー」
「むぅ……格好いいか」
 どことなく、不満そうなキキョウだったが、酔ったシルバはそれには気付かない。
「男女の仲を否定はしねーよ。それでいい関係になる事だってあるだろうし、悪い事だけじゃねー。けど、俺は嫌。少なくとも、当分は勘弁。そーゆーの抜きで仕事させてくれ」
「な、ならばだ」
 パン、と両手を打つキキョウ。
「うん?」
「シルバ殿自身がパーティーを作ればよいのではないか? 女人禁制のパーティーだ」
「お、そりゃ名案だな」
「そ、某も及ばずながら助力しよう。事情を知っている人間の方が、シルバ殿も何かと動きやすかろう」
 何故か、キキョウは強く握り拳を作りながら言う。
「んんー……でもよ、キキョウ。お前さん、誰とも組まないって有名だったんじゃなかったっけ。それに、今の用心棒業はどうすんのさ」
 シルバの問いに、キキョウは肩を竦め、唇を尖らせた。
「べ、別に誰とも組まない訳ではない。ただ単に、これまでその気がなかっただけだ。獣人というのは、奇異の目で見られるしな」
「そっかー? ウチの故郷じゃ珍しくなかったから、よく分からねーけど……」
「それに、用心棒業も、今週で契約が満了する。これも問題はない」
 腕組みをしながら、キキョウは真っ赤な顔で俯いた。
「な、何より某は剣客故、役割的に後方支援が必要なのは言うまでもない。某は、回復術など使えぬからな。シルバ殿と手を組めるならば、その、互いにとって益があると言うモノ」
「そっかー、助かるなぁ」
「では、よろしいか!?」
 キキョウは勢いよく身を乗り出した。
「いやいや、こっちこそよろしくなー」
「うむ! うむうむ!」
 スゴイ勢いで尻尾を揺らすキキョウだった。
 そこに。
「その話、ボクらも乗っていい?」
 キキョウの背後から、幼い声がした。
「む? ――ぬおっ!?」
 振り返ったキキョウは、思わず椅子からずり落ちそうになった。
 巨大な壁のような存在が、キキョウを見下ろしていた。
 いや、壁ではない。銀色の全身甲冑に身を包んだ、重装戦士だ。
「失礼。驚かせてしまいましたか」
 ただ、声は今の幼い声とは違っていた。どちらかといえば性別の分からないエコーがかった声だ。
「い、いや、こちらが勝手にビックリしただけだ。こちらこそ、すまぬ」
「デカいよねー」
 今度は、最初にキキョウ達に声を掛けてきた、あの幼い声だった。
 重装戦士を見上げていたので気付かなかったが、小柄な少年がその手前にいたのだ。
 背中に大きな骨剣を背負った、中性的な雰囲気の少年だ。
 栗色の髪の中から二本角が現れているのは、{鬼/オーガ}族と呼ばれる種族の特徴である。
「ボクも初めて見た時は、超驚いたけど。あ、ボクはヒイロ。見ての通りの鬼族」
 人懐っこい笑みを浮かべるヒイロに、キキョウはふむ、と頷き返した。
「そのようであるな。某はキキョウ・ナツメ。狐獣人の剣客だ。こちらで酔い潰れる寸前なのが、シルバ・ロックール殿だ」
 カウンターに突っ伏したシルバを、ヒイロは視線をやる。
「ほうほう。で、鬼でも入れるかな、その新しく作るパーティーって?」
「んー? お前、男か? 女は禁止だぞー」
 酔った目で、シルバはヒイロを見た。
「見ての通りだよ?」
 ブレストアーマーに短いズボン。
 男にも見えるし、活動的な女の子にも見えない事はない。
 がまあ、男だって言うのならいいか、とシルバは回らない頭で考えた。
「……んじゃ、おっけ。……そっちのおっきいのも?」
「は、はい。タイラン・ハーベスタと申します。私も、よければその、パーティーに加えさせて頂けると助かるのですが」
 大きな身体に似合わず、どこか遠慮がちに甲冑の戦士――タイランは言った。
「……男?」
「み、見ての通りです」
 ヒイロに倣って、微妙な言い回しをするタイランだった。
「……じゃあ、よし」
 シルバの許可に、小柄なヒイロと超大柄なタイランが両手でタッチを決める。
「やった! よかったね、タイラン」
「はい」
 喜ぶ二人とは対照的に、何とも言えない表情になっていたのはキキョウだった。
「む、むう……」
 唸るキキョウに、ヒイロが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの、キキョウさん。難しい顔して?」
「い、いや、何でもない。うむ、これでよいのだ」
 自分を納得させるように何度も頷き、キキョウは自分の酒を少し口に含んだ。
「……微妙に残念ではあるが、それではシルバ殿への裏切りになるしな、うむ。これでよかったのだ」
 そう呟くキキョウの言葉は、誰にも届く事はなかった。



[11810] 初心者訓練場の戦い1
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/10/16 08:45
 という訳で何か、続きを書く事にしました。
 えーと、何かちょっと大きくなったので、途中で区切ります。
 続きは近いうちにという事でー。
 まあ、初回との間ほど、空かないと思いますので、はい。
 それではよろしくお願いします。


 辺境都市アーミゼストは、いわば冒険者達の拠点であり、様々な施設が存在する。戦士達の為の道場、魔術師の為の学習院、様々な宗教施設にその仲介的な場所であるセルビィ多元領域等々。
 そして冒険者用の訓練場は、辺境だけあって数と広さだけはやたらある。
 その中の一つ、初心者用訓練場で、ささやかな事件が発生していた。

 青空に、高らかに戦士が舞った。
「おっしゃあっ! これで十九連勝!」
 大柄な戦士の高らかな勝名乗りと共に、敗者が草原にどう、と倒れ落ちる。
「くっ……」
 顔を青ざめさせ、唇の端から血を流しながら、パーティー『アンクルファーム』のリーダー、カルビン・オラガソンは呻き声を上げた。
 それをダブッとした魔術師の法衣に身を包んだ、小柄な少年――ネイサン・プリングルスは見下ろした。
 陽光に、眼鏡がキラリと反射する。
「まあ、レベルが違うからね。残念無念。リベンジしたければ、もうちょっと強くなってからおいで」
 言って、ネイサンは身を翻した。
 それに、大柄な戦士――ネイサンの弟であるポール・プリングルスを含めた五人の仲間が続く。
「ま、待て……」
 カルビンが呻き声を上げたが、全身に回った毒が起き上がる事すら許さない。
 振り返ったネイサンはカルビンを見下ろし、せせら笑った。
「待つ理由がないよ。君達はもう用済み。ま、せいぜい頑張って傷を癒すんだね」
 ヒラヒラと手を振り、丘を下る。
 この辺りはなだらかな勾配がある、草原地帯だ。
「おい兄貴。アレがラストだよな」
 ポールの指差した先を、ネイサンは追った。
 そこでは一組のパーティーが、訓練を積んでいた。
「ああ、本命だ」
「しかし……それほど強くも見えねーけどな」
「うん、確かに」

 青空に、高らかに司祭――シルバ・ロックールが舞った。
 そのままどう、と草原に倒れ落ちる。
「……すごいな、リーダー」
「……わ、私も驚きました」
 倒れたシルバを見下ろしたのは、昨日新しくパーティーを組んだばかりの面子二人だった。
 呆れた声を出したのは、鬼族の戦士・ヒイロ。
 心配そうにしているのが、巨大な甲冑の重装兵・タイランだ。
 彼らは口を揃えて言った。
「「まさか、こんなに弱いなんて」」
 その言葉に、シルバはたまらず起き上がった。
「だから俺は戦闘力皆無だっつっただろーが!!」
 とはいえ、ダメージはまだ抜け切れていない。
 その気になれば回復術で一気に復帰する事も出来るが、殴り飛ばされるのも五回目ともなると、いい加減精神的に起き上がるのも億劫になると言うモノだ。
 収まりの悪い髪を掻きながら、シルバは胡座を掻いた。
 その正面に、ヒイロはしゃがみ込む。
「いやまー確かにそうは言ってたけど、先輩司祭様ですよね。教会って護身術とか教えてませんでしたっけ? ほら、格闘とかメイスとか」
 無邪気な瞳と目が合い、シルバは気恥ずかしさに顔を逸らした。あと、短パンから覗く白い太股がやたら眩しいのも、理由の一つだったりする。
「……教えてるけど、俺は教わってねーの」
「……先輩、よくこれまで生き残って来られましたね?」
「心底哀れむような目で言うなよ! 落ち込むだろ!」
 そこに、着物姿の青年が口を挟んだ。
「ハッハッハ。冒険は何も一人でするモノとは限らないだろう」
「キキョウさん」
 ヒイロが振り返る。
「シルバは確かに弱い。だが、とても頼りになるのだ。それは某が保証しよう」
「はぁ。まあ、キキョウさんの言う事なら」
 ヒイロが立ち上がり、つられるようにシルバも腰を上げた。
「……ふむ、シルバ殿、ちょっとよいか」
「何だよ」
 手招きされ、シルバはキキョウに近付いた。
 ヒイロは待つのが苦手なのか、タイランと打ち合いを開始する。
 キキョウはそのヒイロ達に気付かれないように、シルバに囁いた。
「どうもヒイロの奴、某と貴殿とで態度が違うような気がするのだが……」
「いや、見りゃ分かるだろうが、そんなの」
「むぅ……」
 キキョウは納得がいかないようだ。

 名前すらまだ定まっていないパーティーが結成されたのは昨日の事。
 今日は、新参であるヒイロとタイランの実力を見る為、この初心者用訓練所を訪れたのだった。
 二人は、このアーミゼストに訪れてまだ三日、レベルすらなく冒険者ギルドに登録したてのランク10からのスタートである。
 アーミゼストの階級は、評価が上がる事にこのランクが上がっていく。
 そしてランク1になると、次はレベル1からのスタートとなる。中々にややこしい。
 最高レベルは10だが、これはアーミゼストでも現在、二人しかいない。大抵の冒険者はレベル1で一人前、熟練者でレベル3、道場などの師範や達人級が5以上、という基準と見ていい。レベルはギルドでの試験を経てアップするシステムだ。
 ちなみにシルバとキキョウはそれぞれ、諸事情によりレベル3とレベル1である。

「ま、今んトコ、いいトコ見せてないからな、俺。しょうがないだろ」
 実際、シルバがやった事と言えば、ヒイロとタイランに殴られては自前で回復しているだけだ。
 これでは評価が低くても無理はない。
「ではすぐに、そのいい所を発揮させようではないか」
 握り拳を作って力説する、キキョウだった。
「いや、お前が張り切ってどうするんだよ」
「某は、シルバ殿の評価はもっと高くてもいいと思うのだ。謙虚は美徳ではあるが、過ぎると不当な扱いを受けることになる」
 うんうん、とキキョウは一人頷く。
「まー、それはつい先日、思い知ったがな」
 お陰で、前のパーティーを抜ける羽目になった、シルバだ。
「う、むう……しかし、それがなければ、シルバ殿とパーティーもいつまでも組めず……むむぅ、難しい所だ……」
「つーかね、俺の力ってのは、単独だとあんまり意味ないんだよ。団体戦じゃないとな」
「それは、確かに」
 シルバの力は、後方支援特化型。
 誰かと組んで初めて発揮されるのだ。
 次は二対二に分かれて、模擬戦でもやるかなと考えるシルバだった。
 それから、打ち合っている二人(といっても、明らかにヒイロが優勢で、タイランは防戦一方)を眺めた。
「あの二人、キキョウはどう見る?」
 シルバの問いに、うむとキキョウは頷いた。
「よい戦士だと思う。ただ、どちらもバランスが偏ってはいるように見えるが」
「具体的には」
「ヒイロの攻撃力は、随一であろう。あの剛剣、まともに受ければ某でもタダではすまぬ」
 ヒイロの武器は、小柄な体躯に似合わぬ巨大な骨剣だ。切るよりもむしろ叩き付けるイメージの、鈍器に近い武器である。
「まあ、お前がまともに受ければな」
「然り」
 にやり、とキキョウは笑った。
 それから、不意に真顔になった。
「しかし、いささか攻撃に傾倒しすぎる。体力にモノを言わせての突進は大したモノだが、消耗が激しい。いわゆる狂戦士タイプだ」
「俺の見立てでは、魔術抵抗にも若干の不安を覚えるかな。まあ、鬼っていう種族的な特性もあるんだろうけど」
「ふむ」
 鬼族は近接戦闘には、圧倒的な力を誇る。
 その反面、やや単純な性格も災いして、魔術や精神攻撃には少々弱いという短所もあるのだ。
「それでも、パーティーの攻撃の要は……彼になる」
「であるな」
 うむ、と頷くキキョウ。
 だがシルバは、朗らかに笑いながら大剣を振るう仲間を『彼』と呼ぶ事に、少々違和感を憶えていた。
 いや、つーか……本当に男か? と、首を傾げざるを得ない。
 とはいえ、この都市では男装している人物相手に、性別を聞くのはマナー違反とされる。冒険者には荒くれ者が多く、自衛の為に男の格好をする女性は多いのがその理由だ。
 だから、仮にヒイロがグレーだとしても、シルバとしては聞く訳にはいかない。
 シルバが作ったこのパーティーは、前回女性絡みで脱退した反省から原則女人禁制としているが、実はシルバにとって一番重要なのは性別ではない。
 えらそうな言い方をすると、プロ意識があるならばそれでいい。突き詰めるとそれだけであり、それすら見失っていたからこそ前のパーティーを抜けたのだ。
 それはともかくとして、新しく入ったヒイロの攻撃はすさまじく、重装兵であるタイランが斧槍で受け止める度に派手に火花が散っていた。
 頬を引きつらせながら、シルバはそれを眺める。
「……つーか、あの攻撃を受けまくって、よく生きてたな俺」
「う、うむ。さすがに某も、気が気ではなかったぞ。どんな手品を使ったのだ」
「手品じゃねーよ。戦う前に待ってもらって『再生』と『鉄壁』を掛けといたんだ。いや、それでも一撃喰らう度に、体力ギリギリだったんだけどな。結局最後倒れたし」
 なお、『再生』はダメージを受ける度に即座に回復する術、『鉄壁』は防御力を高める呪文である。
 キキョウは眉を八の字に下げた。
「……あまり無茶をしないでくれ。まだ、パーティーの名前すら決まらないうちに、リーダーにくたばられては、困る」
「はは……それじゃもう一人、タイランの方はどうだ」
「防御力特化型だな。ヒイロとは好対照な戦士だ。あの重厚な鎧を貫ける者はそうはいないだろう」
「お前ならどうだ」
「やはりまともにやれば、難しいといった所だな。シルバ殿が手伝ってくれると、かなり楽になるが」
 キキョウがチラッと横目で、シルバを見た。
 キキョウの攻撃はスピード重視だ。
 多勢相手の攻めは得意中の得意だが、一撃の重さではヒイロが勝ると見ていい。
 ただし、それもキキョウとヒイロの一対一ならばだ。威力が足りないならば、足せばいいのである。
「おだてても、何も出ねーぞ」
「はっは、本音なのだがな」
 笑うキキョウ。
 シルバはそれを見てから、たどたどしくヒイロの猛攻を受け止めるタイランの動きを観察した。
「あんまり、慣れてなさそうだよなー」
「うむ。それは某も感じた。貴殿でも分かるか」
「これでも、それなりの腕を持ったパーティーに参加してたんでね」
 シルバは肩を竦め、キキョウも頷いた。
「故に、若干攻撃と防御の切り替えに不安がある。まず、致命的なのは、その動きの鈍さだろう。アレでは、敵に攻撃を当てるのが難く、逆は易い」
「だが、だからこそ、あの二人は組み合わせれば強いと思う」
「うむ」
 攻めのヒイロに、受けのタイラン。
 タイランの動きがもう少し速ければ、ツートップでいけるだろう。不安があるとすれば、ヒイロがどこまでも突撃しそうな感じがする点だろうか。
「ま、大体の連携はイメージ出来たかな」
 うん、と頷くシルバに、何故かキキョウが焦った。
「待て、シルバ殿」
 裾を引っ張り、シルバを睨む。
「な、何だよ」
「そ、某の評価が済んでおらぬ」
「いや、何を今更」
「今更も皿屋敷もない。ふ、二人だけ見て、某を論じぬのはズルイではないか」
「そ、そうか?」
「そうだ! シルバ殿の中での、某の位置づけがどの辺りにあるか、大いに気になる!」
 何故か、顔を赤らめながら力説するキキョウだった。
「んー、つーか参ったな」
 どうしたモノかなーと思いながら、結局シルバは思ったままの事を言う事にした。
「キキョウはスピード重視だろ。相手を引っ掻き回すのが多分メインの仕事になると思う」
「ふむ。それでそれで」
「もちろん、そのまま敵を倒してもいいけど、一番の役所は敵を引きつけること。そうすれば、ヒイロが威力のある一撃を放てる」
「某が転がし、ヒイロが叩く。回復はシルバ殿。ふむ、カマイタチだな」
「……何だ、それ」
 聞いた事もない単語だった。
「うむ。某の国に伝わる、風の精霊の一種だ」
「けどそれ、タイランが抜けてるんだけど」
 カマイタチには、入れないのだろうか。仲間はずれも可哀想だと思う、シルバだった。
「……彼は、強いて言えばヌリカベだな」
 これもまた、聞いた事のない単語だった。
「……何か、えらく鈍くさそうな名前じゃないか、それ」
「う、うむ」
「んじゃま、ちょっと飲み物買ってくる。キキョウは二人の相手をしといてくれ。俺が戻ったら休憩して、それから2対2の模擬戦にしよう」
「うん、心得た」

 シルバの背を見送り、キキョウはヒイロとタイランに近付いた。
「さて、二人とも。某が直接、貴公らの腕を見よう」
「はい――な!?」
「あ、あの……この魔力は、その、一体……」
 すらりと刀を抜くキキョウの、尋常ならざる気配に二人が後ずさる。
「魔力? ああ、微妙に違うな。これは妖力だ。何、遠慮は要らぬ。全力で掛かってくるがいい。どうせ、一撃も当たらぬからな」
「あ! そういう事言う!?」
 キキョウの軽い挑発に、好戦的なヒイロはあっさりと乗った。
「だったら手加減無用だね」
 ぶん、と大骨剣を振りかぶる。
「最初に言っただろう。遠慮は要らぬと」
 キキョウはニコニコと笑顔のまま、何かスゴイ迫力をヒイロに叩き付けていた。
「……貴公らの、シルバ殿を軽んじるような発言、某は見過ごさぬ」
 笑っていたが、目が据わっていた。
 タイランは、控えめに鉄の手を挙げた。
「……わ、私は、お、お手柔らかにお願いします」
「全力で掛かってこいとも言った」
「ひいっ!?」

 売店は、訓練場の入り口にあり、シルバ達の稽古場所からはやや遠い。
 ノンビリ歩きながら、シルバはパーティーの動きを頭で組み立てていた。
「全員前衛なのが、悩みどころだな……盗賊がいないんじゃ、遺跡に潜ってもなー……」「ああ、いたいた。ちょっと君」
「ん?」
 声を掛けられ、振り返った。
 そこには、小柄な魔術師とその仲間らしき屈強な戦士達がいた。
「さっきの練習見てたよ。よければ僕達と模擬戦をしようよ」
 友好的な微笑みと共に、魔術師の少年が言う。
 しかし、シルバは首を振った。
「いや、悪いな。残念だけど遠慮しとくよ」
「え、どうしてさ?」
「そっちは六人、こっちのパーティーは四人しかいないんだ。バランスが取れないだろ?」
「あらら、それじゃ困るんだ」
「困る?」
 笑顔を崩さないまま、少年は言った。
「ポール、やっちゃえ」
「おう」
 ひときわ大柄な戦士が前に進むと、拳を振りかぶった。
「え?」
 何が何だか分からないうちにシルバはぶん殴られ、五メルトほど吹っ飛ばされた。



[11810] 初心者訓練場の戦い2
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/10/28 01:07
「――ぐはっ!?」
 草原に背中から叩きつけられ、シルバはたまらず息を詰まらせた。
 ヌルリとした感触に唇を舐めると、とたんに鉄臭い味が口内に広がった。鼻血だ。
 それを拭うシルバに、のんびりと六人のならず者達は近づいてきた。
「よう、やる気になったか、司祭さん?」
 シルバを殴った大男が、好戦的な笑みを浮かべる。
「……どういうつもりだ、こりゃ?」
 地面に腰を落としたまま、シルバは尋ねた。
 小柄な少年が肩を竦める。
「だから、試合さ。何、タダって訳じゃない。そっちが勝てば5000カッド。新米パーティーには悪くない額だろう?」
「お前らが勝ったら?」
「お前らじゃなくて、ネイサンだよ。ネイサン・プリングルス。こっちは弟のポール」
 少年、ネイサンが顎をしゃくると、大男がゴキリゴキリと拳を鳴らした。
「それで、僕達が勝った場合だっけか。そうだね、一人250カッドの1000カッドでどうだい」
「俺はともかく、仲間達はそんな金、持ってない」
「だったら君が全額払えばいいじゃない。パーティーは一蓮托生。そうでしょう?」
 もちろん、シルバはそんな言葉に頷いたりしなかった。
「おい、返事はどうした?」
 黙っていると、ポールの蹴りが腹に入った。
「がはっ!」
 たまらず腹を押さえ、シルバは胃液を吐き出す――振りをした。
 ようやく間にあった。
 効果を発揮した祝福の術『再生』のお陰で鼻血は止まり、防御力を高める『鉄壁』の力で見かけほどダメージは受けていない。せいぜい枕を投げつけられた程度の威力にまで、落ちている。
「ん? なんか変な感触だな」
「よすんだポール。これ以上は必要ない」
 怪訝な顔をする弟を、ネイサンは制した。
「今はだろ、兄貴」
「うん、今は」
 模擬戦闘で好きなように、と暗にほのめかす兄弟だった。
「へへ……よかったな」
「それで、返事は?」
 もちろんシルバは即答した。
「断るに決まってるだろ。アホかお前ら」
「ポール、やっていいよ」
「へへ、了解」
 今度の蹴りは、顔面にきた。
「がっ……!」
 いくら術で防御力を高めていても、鼻を蹴られてはたまらない。シルバが形成した魔力障壁に阻まれスポンジのような感触なのは変わらないが、それでも痛い事に違いはないし、少々息が詰まるのは無理もない。
 何より『再生』の祝福は常時発動の為、やたら魔力を食うのである。
 それに、この連中に術を使っている事を悟られるのも面倒だ。なるべく痛みに苦しむ演技を心がけるシルバだった。
「強情だなぁ。どうして駄目なのかな」
 ため息をつくネイサンに、シルバは途切れ途切れに言葉を吐き出す。
「……交渉が下手くそすぎる。まず、暴力は最後の手段だ。次に……条件が悪い。素性の知れない相手と……けほっ……そんな賭けには乗れない」
 一回咳き込み。
「じょ、条件がいいって事は……それだけ自信があるって事だからな。それに……俺一人で判断していい問題じゃない。仲間の了承が必要だ……」
「ああ、そう。そういう事なら、交渉は成功だ」
 ネイサンはシルバの背後を見て、笑った。
「……そのようだな」
 鼻を押さえながら、シルバはすっくと立ち上がった。
 想像以上にシルバの元気な様子に、ポールが目を丸くする。
「断る必要は、何もないぞシルバ殿。むしろ、受けて立つ」
 追いつき、間に割って入ってきたのは、黒髪の剣士・キキョウだった。どうやらトップスピードで駆けてきたらしい。振り返ると、ヒイロとタイランはまだ遙か後方だ。

 シルバから、精神念波による救援要請を受け、キキョウを含む三人は即座に動いた。
 が、その『即座』の速さが圧倒的だったのが、キキョウだった。ヒイロとタイランが事態を把握するより早く、キキョウは発信源であるシルバの元へと駆け出していた。
「っていうか、鬼速いよキキョウさん! 何あのスピード!?」
「うぅ……私、もう限界かも知れません……」

 そのキキョウを、ネイサンは見上げた。
「へえ、リーダーさんの登場か。キキョウ・ナツメ。名前は聞いてるよ」
「リーダーは……」
 ――そのままでいい。
 振り返ろうとするキキョウに、シルバは念波を飛ばす。
「ああ、某だ。話ならまず、某を通してもらおう」
「条件は聞いてた?」
「某達が勝てば、5000カッドもらえるとか」
「そう」
 シルバは再び、キキョウに念波を飛ばした。
 キキョウの頬が一瞬引きつったが、すぐに冷めた表情を作る。
「安いな」
「何」
「こちらは10000カッド出す」
「何だと!?」
「こっちが十倍出す。だからお前達も十倍で勝負してもらう。50000カッドだ」
「そ、そんな額……あ、兄貴」
「いや、別に構わぬぞ。某達が10000カッド、そちらは5000カッドでも」
「いいでしょう。50000カッドで勝負といきましょう」
「兄貴!?」
 不敵な兄の言葉に、ポールは目を剥いた。
 その額は、ネイサン達のパーティーの全資産に近い。ポールが焦るのも無理はなかった。
「問題ない。タダのハッタリだ。こっちに勝算がある。確かに前衛の、彼は大したモノだった。他二人も手強そうだ」
「なら……」
「でも、後衛はあれ一人。僕の『アレ』をどうにか出来ると思うか? 出来るとしてもお前のスピードがあれば」
 ポールはニヤリと笑った。
「……何とかする前に、潰せる。なるほど、さすが兄貴」
 話は決まった。
 ネイサンは、パンと両手を合わせた。
「そういう事さ。――いいでしょう、その条件で勝負といきましょう。では早速」
 キキョウは、鼻を押さえるシルバを親指で指し示した。
「という訳にもいかぬだろう。まずは、ウチの後衛の手当が先決だ。何より大金が掛かっている故、それなりの準備が必要」
「おいおい」
「二時間の猶予をもらおうか」
「一時間」
「分かった。ではそれで」

 ネイサン達の後ろ姿を見送りながら、キキョウが呟いた。
「しかし、無茶な条件だぞシルバ殿。そんなお金、どこにあるのだ」
「俺の蓄え全部漁れば、それぐらいあるさ。もし負けても、その点は問題ない」
 実際、前パーティーの時に、そこそこ稼いでいるので貯金はあるのだ。
 だが、キキョウが反応したのはそこではなかった。
「負けてもだと? 勝算はないのか?」
「まさか。なきゃ、やらないよ。まあ、絶対とは言えないけどな」
「それでは困るな」
「相手もこちらを倒しに来てるんだ。絶対安全な戦いなんて、存在しない。だろ?」
「む、むぅ……」
「ただ、向こうはそう思ってないようだけどな。……まあ、どこか休める所で話をしよう」
 ようやく、ヒイロとタイランが追いついた。

 術の効果で、シルバの傷は癒えている。
 だから、手当の時間というのは嘘っぱちだし、提示した時間も『予定通り』一時間得る事が出来たので、たっぷりミーティングする事が出来る。
 念のために、四人はネイサン達から見えない場所に移動する事にした。
「まず、向こうはチンピラと思ってよし。頭はそれほどよくない」
 歩きながら、シルバはそう三人に説明した。
「っていうと?」
 ヒイロが首を傾げる。
「腕力に訴えてきた。アイツらにも言ったけど、それは最後の手段。下手すりゃ憲兵が来て、大事になるしな」
「それに、某をリーダーと勘違いした」
「多分、さっきの練習を見てたんだろうな。俺達の事を良く知らないって事だ。良くは知らないけど、与しやすい相手と見て、勝負を吹っかけてきた。さて問題。ここから導き出される、敵の得意とする攻撃は? ヒイロ」
「ボク達より、強い攻撃? 前衛がボク達よりも強いとか」
「まあまあかな」
「えー、まあまあ?」
 シルバの採点に、ヒイロは不満そうな声を上げた。
「理由を出せただけ、いい解答だよ。さて、タイランは?」
「え、えっと……私達の練習は見られていたんですよね?」
「うん、おそらくね」
「っていう事は、遠距離からの攻撃か……魔術を用いた攻撃、でしょうか。私達の攻撃は近接攻撃主体ですから、相性を考えると……それがよいかと」
「うん、だと思う」
 満足げに、シルバは頷いた。
「向こうの前衛の要は、あのでかいの。ポールって言ったっけ。それなりに強い」
 強い、という言葉にピクッとヒイロが反応した。
「ボクより強い?」
「装備に依る所が大きいみたいだけど、多分な。後衛は、あのネイサンって言う小さい兄貴の方。こっちがくせ者っぽいな。ただ、情報が足りない」
 そこが悩みどころだ。
 ネイサンが、あのパーティーの要である事は、ほぼ間違いない。
 自分達のように念波で裏会話をしている可能性ももちろん考えられるが、弟のポールは表情が出やすかったし、それもないと見ていいだろう。
 重要なのは、ネイサンが何をしてくるかだ。
「ど、どうすればいいんでしょう」
 大きな身体をガチャガチャと震わせながら、タイランが問う。
 少し考え、シルバはその問いに答えた。
「分からないなら、誰かに聞けばいいんだよ」
 キキョウが、ポンと手を打った。
「なるほど、情報屋か」
「いや、今から街に戻るには、ちょっと辛いな。それより実際に手合わせした人達に聞く方がいいだろう」
 何よりタダだし、と付け加えるとキキョウ達は小さく笑った。
「手合わせした人達とは?」
「うん、連中、俺に喧嘩を売る前に、二、三戦はしてたと思う。ポールって奴の鎧やブーツに真新しい血の跡が付いてた」
「ならば、結局治療室か」
 初心者訓練場には出入り口に、小さな受付所がある。
 あるとすれば、そこぐらいだろう。他には、草原に点在する東屋ぐらいしか建物はない。
 だが、シルバはいや、と首を振った。
「残念だけど、この訓練場には治療室はない。適当に寝っ転がったり、辻聖職者が回復したりしてる。という訳で、ちょっと怪我人を探そう。時間もないし、急いで」

 やや大きな丘を回り込んだ先で、四人は足を止めた。
「……二、三戦どころではなかったな」
 キキョウの呟きに、タイランは身体を震わせた。
「酷い……」
 草原には何十人もの怪我人が、苦悶の声を上げながらシートに寝そべっていた。
 まだ元気な辻聖職者達や医師達が駆けずり回っているが、とても手が足りているようには見えなかった。
 シルバは近付くと、十代前半の助祭の一人が気付いたようだ。どうやらシルバと同じ、ゴドー聖教に属する少女らしい。
「よかった! お仲間ですよね。治療を手伝ってもらえますか?」
「そりゃ当然。結構な数だな」
「百人以上います」
 シルバが顔をしかめ、その後ろでキキョウ達は目を剥いていた。
「ひゃ、百人……!?」
「ひぇー……」
「ど、どうしてこんな事に……」
 髪を後ろで一括りにした助祭の少女は、名をチシャといった。
「パーティーの回復係自身が負傷しているので……私達だけでは、とても手が追いつかないんです。何よりその……」
 シルバは、怪我人の一人にしゃがみ込んだ。顔色が悪い……いや、悪いどころではない。紫色だ。
「この症状は、毒だな」
「そ、そうなんです。このままでは、私達の魔力も尽きてしまいそうで……」
 チシャが目に涙を浮かべる。
 なるほど……とシルバは納得した。
 ここは、初心者訓練所だ。
 そもそもまだレベル持ちにすら達していないランカー達では、『解毒』の術を習得していない者も多いだろう。
「やったのは、小さい魔術師とやたら大きい戦士のいるパーティー?」
「そ、そうです」
「街に連絡は?」
「し、しました。けど、遠いですから……」
「だよなぁ……」
 ボリボリと、シルバは頭を掻いた。その右手首から覗く、黒い鎖にチシャも気付いたらしい。ギルドから支給された、レベル所有者の証『ブラック・ブレスレット』だ。
「あ、あの、そのブレスレットは……」
「ああ、レベル持ち。心配しなくても、{解毒/カイドゥ}は使えるよ」
「よ、よかった。ありがとうございます」
 チシャがホッとした笑みを浮かべた。
「了解した。じゃあ、まずはみんなをなるべく密集させて」
「はい?」
「一気にやった方が、効率がいい。キキョウ、手伝ってくれ」
「承知。ヒイロ、タイラン始めよう」
「な、何するの?」
「貴公が頼りないと言った、シルバ殿の力が少し見られるぞ」

 チシャやキキョウ達の手で、苦しむ声を上げている冒険者達が、一塊に集められた。
「こ、これでいいんでしょうか」
「上等上等」
 シルバは小高い丘を登り、彼らを見下ろす位置に立っていた。
「それじゃ、行きますよー。まずは――{解毒/カイドゥ}!」
 高らかに空に掲げていた右手の指を鳴らすと、冒険者達の身体から紫色の禍々しい光が天へと昇って消失していく。
 顔色のよくなった彼らに、シルバの二の術が発動する。
「続いて{回復/ヒルグン}」
 彼らに向けて左手の指を鳴らすと、冒険者達を青白い聖光が包み込む。
「は、範囲回復……!?」
 チシャが集められた冒険者達を見ると、傷と体力が回復した彼らが一斉に快哉を叫んだ。
 それを無視して、シルバは丘からのんびりと下りた。
「本当なら全快使うんだけど、みんなそれほど体力高い訳じゃないから節約させてもらった。治ってない人がいたら、フォローはそっちで頼む」
「は、はい。あの、今の回復術……もしかして、高位の方なのですか? 実は司教様とか……」
 聖職者のレベル持ちといっても、シルバの属するゴドー聖教の階級にはピンからキリまである。大雑把に分けると司教、司祭、助祭の階級が存在し、シルバは司祭に該当する。
 だから、シルバは首を振った。
「いや、見た目通り、司祭。前の魔王討伐軍にちょっとだけ参加してた事はあるんだ。そのせいで、経験だけは歳よりちょっと積んでる次第で」
「ああ、道理で……」
 魔王討伐軍をまとめるのは、世界中に広がるゴドー聖教の力が大きい。
 故に、教会関係者も多く参加する事が多く、また生き残った参加者の多くは、戦いから多くの経験を学んでいる。
 ……もっとも、その討伐軍に関しては、シルバ自身が望んで参加した訳ではないのだが。
「経験も、微々たるモノだったけど……いや、それよりも聞きたい事があるんだ。各パーティーのリーダーを集めてくれないか」

 集まったのは十九組あるパーティーのリーダー達だった。
 シルバも彼らも、草原に座り込む。
 その中の一人、二十になるかどうかという、革鎧に身を包んだ青年が頭を下げた。
「まずは、命を助けてもらった礼を言う」
「礼はいいよ。その借りは今、返してもらうから」
「というと?」
「欲しいのはアンタらをやった連中の情報だ」
「承知した。そういう事なら、オレ達は全面的に協力しよう。オレの名前はカルビン。何でも聞いてくれ」
「それじゃカルビン。アンタらに毒を与えたのは、小さいのと大きいののコンビだって聞いたんだけど、間違いないか?」
 シルバの問いに、カルビンは悔しそうに歯ぎしりした。
「ああ……最初は紳士的に、接してきたんだ。それでこっちも油断した。そのまま模擬戦を行う羽目になり……いきなり本性を現わしてな……」
「全員、再起不能に追いやられたと」
 要約すると、そういう事らしい。
「うむ」
 他のリーダー達も一斉に声を上げる。
「アイツら、卑怯なんだ!」
「そうだそうだ! 何であんな高レベルの奴らが、こんな初心者用訓練場にいるんだよ!」
 どうやら納得がいかないらしい。
 しかし、そこはこの訓練場の規則にもあるのだ。
「パーティーの誰が一人でもレベル外なら、この訓練場には入れるんだよ。ここは、そういう規則になってる」
 実際、シルバもレベル持ちだが、ヒイロとタイランがランク10の為、普通に出入りしている訳だし。
「それじゃ、そいつらの戦闘パターンを教えて欲しい。連携とかなかったか」
「それなら、俺達の憶えている範囲でいいなら……まず最初に前衛の防御力を下げられた」
 他の面々もカルビンに同意する。
「あ、それ俺達も」
「ウチもだ」
 防御力低下ね、とシルバは内心納得した。
 確かにそりゃ、初心者にはキツイ。防ぐ術がまずないからだ。
 体力を付けて地力を上げればいいが、そういう連中は大抵、既にこの訓練場を卒業している。これは、聖職者達の補助法術にしても同様となる。
 もう一つの方法は装備を調える事だが、これも当然金が要る。金を稼ぐ為には多くの依頼をこなさなきゃならない訳で、その時点で『初心者』ではなくなるのだ。
 ジレンマである。
「なるほど。他には?」
 シルバが促すと、カルビンは唸った。
「それから連中の前衛が恐ろしく速くてな。向こうの攻撃は当たるのに、こっちの攻撃はほとんど当たらない」
「アイツら、鎧着てたよな」
「ああ。だから、不自然なんだ。鉄の鎧を着て、あの速さはおかしい」
 確かにあの筋肉ダルマが機敏に動く姿は、想像してなかなか不自然だ。というか気持ち悪い。
 シルバの見立てでは、前衛は戦士が三人。屈強なポールがエースで他二人は、その劣化版といった所だった。
「魔術師か聖職者が、加速する術を使ったのか?」
「いや、違う……と思う。初速から尋常じゃなかった。けど、素の動きでもない」
「……となると、魔術付与された装備の類かな。攻撃は一度も当たらなかったのか?」
 メモを取りながら、シルバは疑問を口にする。
 すると、他のパーティーから手が上がった。
「俺んトコは当てた」
「ウチもー」
 話を聞くと、だが当ててもまるで効いていないようだったという。
 だが、ダメージがゼロという訳でもないようだ。
「つまり、当たってもほとんどダメージが通らない……鎧も相当いいのを使ってるのな。その前衛連中に、魔術攻撃は?」
 すると、魔術師をやっている一人が首を振った。
「効果が低い。ウチは火炎を使ったけど、威力が半減されたっぽい」
 補助系の防御力を下げる法術は使える者が一人いたが、それも弾かれたという。
「魔術抵抗アリ……また厄介だな」
 シルバは整理してみた。
 敵前衛はまず、おそろしく素早い。よって当て難く、当たり易い。
 鎧自体が固く、生半可な攻撃ではダメージが通らない。そのくせ{魔術師/ネイサン}が防御力を下げるせいで、相手の攻撃は相当に痛い。
 おまけに魔術も半減。補助系は弾かれる。
 ……初心者相手にこれはチートだよなぁ。
「後衛は?」
「あの小さい魔術師は、毒の術を使う。ウチは、それでやられた」
 卑怯とは思わない。むしろ、うまいな、とシルバは正直思った。
 毒は持続性があり、ジワジワと体力を削っていく。
 それともう一つ、心理的に付随する大きな効果があるのだ。本来支援すべき後衛が、これでやられてしまう。
「前衛の連中は防御力を下げてから機動力重視で叩き、後衛は{猛毒/ポイゼン}でジワジワ弱らせるか……まったく初心者殺しだな」
 大体、相手の情報が掴めた。
 顔を上げると、カルビン達が縋るような目で、シルバを見つめていた。
「頼む。アンタら次、アイツらをやるんだろう? 俺達じゃアイツらに勝てない。仇を討ってくれ」
「そうだそうだ!」
「頼むぞ!」
 ふむ、とシルバは腕を組んだ、首を傾げた。
「いや、それは断るよ」
「え」
 シルバは手を振りながら立ち上がった。
「俺は俺の事情で戦うんだ。アンタらの仇は取らない」
 呆気にとられるカルビン達を、シルバは見下ろした。
 どういう話をしているのか気になったのだろう、周りには初心者パーティーの残りの面々や、キキョウ達も集まっていた。
 が、構わずシルバは言葉を続けた。
「というか、何でみんなこの訓練場にいるんだよ。強くなる為だろ。冒険者になる為だろ。金目当ても奴もいれば、ここで一旗上げようって奴だっているだろう。この土地に眠るっていう封印された古代王の剣をガチで探している奴もいるだろうし、何かしらの使命を持ってる奴だっているはずだ。ただ、ここにいる連中に共通してるのは、まだ始まったばかりだって事だ。強い敵がいるからって諦めるには早すぎるぞ、おい。困難苦難は努力して乗り越えるんだよ。ここからみんな、始まるんだ。強くなって、それから外に出てもっと強くなって、アイツらを自分達の手で直接倒せよ。その方がスッとするだろ。俺達に頼むなんて、情けない事言うな」
 辺り一帯が、しんと静まり返る。
 だが、どこからか小さな拍手が聞こえてきた。
 見ると、チシャだった。
 やがて、拍手は周囲全体に広まった。
 困ったのは、シルバである。別に拍手されるような事を言ったつもりはない。単に、本音を喋ったに過ぎないのだ。
「確かに、アンタの言う通りだ」
 しかも、何かカルビン達が尊敬の目でシルバを見ながら立ち上がってきてるし。
「ま、まあ、まずは俺は俺の落とし前を付けるけどな」
 若干腰が引け気味になりながら、シルバは言う。
「勝てるのか」
「勝負に絶対はないよ。でもま、アンタらのお陰で、大分勝算は高くなったがね。見たかったら、勝手に観客やってくれ。俺は知らん」



[11810] 初心者訓練場の戦い3(完結)
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/19 02:30
 という訳で後編です。
 戦闘中、会話と時間の流れがやたらゆったり感じられるようでしたら、それはいわゆる不思議時間が流れてますので、スルーの方向でお願いします。


 時間を確かめると、約束の時間まであと十五分だった。
 シルバのパーティーメンバーは、車座になって相談を開始した。
「まあ、大体のパターンは掴めた訳だ」
 シルバは、ネイサン一行にやられた連中の情報を、みんなに伝えた。
「他にはないの?」
 ヒイロの質問に対し、シルバは首を振った。
「あるかも知れないけど、その前にケリをつける。それにこれが連中の必勝パターンだってのなら、そう簡単に崩しやしないさ」
「相手が素早いってのが厄介だね」
 ヒイロがむむむ、と唸る。
 それに対し挙手したのは、パーティーの中で最もスピードのあるキキョウだった。
「それならば、某が何とかしよう」
「いや、それは俺が対処出来る」
 シルバが言うと、キキョウは頷きながらも不安そうな表情を作った。
「しかし、相手には補助系の術も効きにくいという話だが? 何か手はあるのか?」
 それは、シルバを除く三人共通の懸念でもあった。
 こちらが{加速/スパーダ}を使って対抗するという手が一番確実だが、それでもスピードは互角かも知れない。
 そういう意味では、相手の足を止めるのがいい。もしくは幻影の呪文で相手を惑わせるか。
 しかし、相手に魔術抵抗がある以上、それも絶対確実とは言えないのだ。
 その不安に対して、シルバは一応対策を持っていた。
「実はな……」
 念のため、シルバはそれを小声で説明した。
 実に初歩的な方法なのだが、案外に知られていないし、使う人間もいない。
 聞いた三人は、何とも微妙な表情をした。
「それ、アリ?」
 呆れた顔をするヒイロに、シルバは頷いた。
「神様はアリって言ってる」
「ひ、酷い方法ですね……」
「褒め言葉だな」
「何より、この方法は、初めてではないからな」
 キキョウの言葉に、タイランは驚いた。
「そ、そうなんですか……?」
「うむ。某も酒場での{用心棒/しごと}で何度かシルバ殿には世話になってな。アレであろう?」
「ま、そういう事」
「それならばシルバ殿、某達は攻撃に専念するまで」
「当然。それが俺の仕事さね。……でまあ、相手の狙いはほぼ俺だと思う」
「ふむ、その根拠は」
「回復役がいなけりゃ、後は持久戦で勝てるからさ。よほどのアホでなければ、そこを突く。だから、隙あらばこちらの前衛を抜いてくるだろうな」
 もう一つ理由があるのだが、それは今は関係ないので喋らない事にした。語るには裏付けが必要だし、目の前の戦いに集中すべき今、その必要はない。
「けど……先輩、弱いよね?」
「ヒイロ」
 キキョウがたしなめると、ヒイロは怯んだ。
「う……だ、だって本当の事でしょう?」
「確かにその通り。だから、まあ」
 否定せず、シルバはタイランの胴を拳で軽く叩いた。
「そこはアテにしてるから、タイラン」
「わ、私ですか!?」
「まあ、それはともかく、そろそろ時間だ。始めるとしよう」
 シルバが手を叩き、四人は一斉に立ち上がった。

 後ろ10メルトの距離にそれぞれのメンバーを控え、シルバとネイサンは中央で向き合った。
「勝利条件は、相手のパーティーの全滅。それでオッケー?」
 ネイサンの提案に、シルバは頷く。
「問題ない」
「こっちが勝てば10000カッド。君達が勝てば50000カッド。約束は守れよ」
「そっちこそ」
「ところで……」
 ネイサンは、チラッと横を見た。
 丘を背に、100人以上の人間が座り込んでいた。全員が、この模擬戦に注目しているようだ。
「……アレは、何?」
「見覚えがないか? アンタらが狩った、パーティーの面々だよ。何だ、結局全員観客に来たみたいだな」
「…………」
 19組のパーティーの敵意に満ちた視線を受け、ネイサンはさすがに少々居心地が悪いようだった。
「まあ、話を聞くと辻聖職者のみんなが相当頑張ったみたいなようで。ずいぶんと酷い事をしたようじゃないか」
「勝つ為に全力を尽くす。それが勝負の掟だろ」
「ごもっとも。この戦いもそうありたいね」
「全く同感だね。……この観客も、その一環って訳か。じゃあ、そろそろ始めよう」

 互いの前衛が一斉に構え、後衛が支援の準備を開始する。
 ネイサンは、敵前衛の背後にいるシルバを見据えたまま、パーティーに説明した。
「要注意なのは、あの司祭だ。その鎧なら、滅多な事で防御力や速度の低下はないから、心配ないとは思うけど、念には念だ。まず奴を叩け」
「おうよ!」
 ネイサンパーティーの前衛は、前衛が全員対魔コーティングを施してある特別製だ。更にブーツには『加速』の魔術が付与されている。武器だって安いモノではなく、ポール達の筋力と相まって相当に高い攻撃力を誇る。
 ある意味、正統派の強さを高めてきたパーティーなのだ。
 唯一の不安は後衛の盗賊が、この初心者訓練所に入る為ランク10を引っ張ってきた点だが、元々盗賊は戦闘において強く重要視されるモノではないのでそれは大した問題はない(ちなみに本来のネイサンパーティーの盗賊は、宿で惰眠を貪っている)。
 ともあれ、戦闘開始だ。
 呪文を唱え終わり、ネイサンは敵前衛に向けて相手の防御力を弱める魔術を解き放った。
「いくぞ、{崩壁/シルダン}!!」
 ガラスの割れるような音と共に、キキョウ達の身体がわずかに硬直する。
「おおお、行くぜ行くぜ行くぜぇっ!!」
 ポール達前衛が、突進を開始した。
 重そうな装備とは裏腹に、その動きは機敏に過ぎる。風を切りながら、彼らは着物姿の麗人達との距離を詰め始めた。

 雄叫びを上げながら駆け寄ってくる戦士達を見て、キキョウは溜め息をついた。
「……馬鹿っぽいな」
 身体に力が入りにくいのは、相手の放った防御力低下の魔術のせいだろう。
 一方、ヒイロは既に巨大な骨剣を抜き、正面に構えを取っていた。
「だけど、速い」
「ですね――シルバさん!」
 ガチャリ、と重装鎧を鳴らしながら、タイランが叫ぶ。
 そして。
「{崩壁/シルダン}」
 シルバは、指を鳴らした。

 術の発動は、ポールも気がついた。
「馬っ鹿、効かないっての!」
 だが、構わず直進する。
 実際、対魔コーティングされた鎧のお陰で、シルバの魔術が効いた様子はない。弾かれたのだ。このままいける! そう確信した。
 直後、足下が崩れた。
「ぬあっ!?」
 ポールはたまらずつんのめった。
「何っ!?」
 見ると、地面が膝近くまで埋没していた。ポール以外の二人の前衛も同様だ。

「ふざけるな……っ」
 何が起こったのか、真っ先に悟ったのは、さすがに魔術師のネイサンだった。
 聖職者でも、魔術は習得出来る。そこまではまだいい。
 だが、『地面』の防御力を下げるなんて術、聞いた事がない……! あれではポールの周囲の地面は相当柔らかくなっており、相当な力を込めても脱する事が困難になる。

「しっかしまあ、よくこんな事思いつくなぁ……」
 その呟きは、念波としてシルバにも届いていた。
「前の討伐軍遠征後、戦災復興支援に参加してた時にちょっとな。荒れた農地を耕す方法を考えていた時に、思いついたんだよ。……ま、とにかく」
 次の術の印を切りながら、シルバは正面を指差した。
「機動力は下げた! 速攻で叩け、キキョウ、ヒイロ!」
「心得た!」
「らじゃっ!」
 キキョウとヒイロが、地面に埋まりもがく敵前衛目がけて駆け出した。
 そして、タイランだけはその場に待機する。

「兄貴!」
 両腕で何とか脱出を試みながら、ポールが背後を振り返った。
「問題ない! そこに踏み込んだら、そいつらだって機動力が落ちる!」
 もちろん、ネイサンがそう考える事は、シルバにも予想していた事だ。
 そこで、次の術が発動する。
「ところがどっこい――{飛翔/フライン}」
 シルバの指の音と共に、前衛二人の足が地面をふわりと離れる。
「う、わっ」
 空を浮く経験は初めてなのか、ヒイロが慌てた声を上げた。
「落ち着け、ヒイロ。シルバ殿の術だ。害はない」
「う、うん」
 焦ったのはほんの一瞬、ヒイロは不可視の床を蹴り、キキョウと共に加速した。

 シルバの術とほぼ同時に、ネイサンの魔術も完成していた。
「くっ、ならば{猛毒/ポイゼン}!!」
 ネイサンの叫びに呼応するかのように、シルバのパーティーを禍々しい紫色の煙が包み込んだ。
 シルバ自身も軽い吐き気を憶えながら、敢えて念波ではなく大声で前衛二人に指示を送る。
「無視してよし!」
「何だと!」
 ネイサンが目を見開き、シルバは観戦している初心者パーティー達の方を向いた。
「毒の効果は、大きく二つ! 一つは相手そのモノを弱らせる事! そしてもう一つは、こちらの手数を減らす事にある!」
 シルバの説明に、観客からも歓声が上がる。
「ふ、ふざけるな!」
 ネイサンが叫ぶが、それを無視してシルバは講義を続ける。
「経験を積んでいないパーティーは焦り、解毒に手間取られて本来の回復や支援が追いつかなくなる事が多いんだ。アンタらの大半はこれにやられたんだと思う」
 シルバの言葉に、観客達の多くが頷いた。
「が、一回の戦闘程度で、毒で倒れる事なんて滅多にない! 体力がヤバイ奴には回復の優先を推奨する!」
 {観客/ギャラリー}の一人が立ち上がる。カルビンだ。
「しかし、オレ達はアンタらほど体力がない! 結局はジリ貧だ! そういう時はどうすりゃいいんだ!」
 そんなの決まってる、とシルバは腕組みをして、鼻を鳴らした。
「勝ち目がないなら逃げりゃいいんだよ! 尻尾巻いて一目散にな! 逃げは負けじゃない! 死ななきゃリベンジのチャンスも生まれる! 一番重要なのは、生き残る事だ!」 シルバは腕組みを解いて、笑った。
「まあ、俺達は勝つけどな。二人とも、やる事やったら俺が解毒するから構わず突っ込め!」
 前線では、ポール目がけてキキョウが抜刀していた。

「だが、それでもお前達に勝ち目はないのさ」
 膝を地面に埋めたままポールは不敵に笑い、キキョウの刃の軌道に大きな腕をかざした。甲高い金属音が鳴り響き、キキョウがわずかに退く。
「へへ……」
 ポールは若干腕の震えを自覚しながらも、ダメージが通っていない事を確かめる。
「――ほう、よい鎧だ」
 宙に浮いたまま、キキョウは腰を落とした抜刀術の構えを解かないでいた。
「テメエの攻撃なんて、効きゃしねえんだよ! 死ねや!」
 ポールは足に踏ん張りを込め、半ば跳躍しながらロングソードを振るった。
「物騒だな。だが、機動力を殺すというのはこちらの攻撃を当てるのと同時に――」
 キキョウはわずかに身体を傾け、巨大な剣風を回避する。
「くっ……!?」
 ズブリ、と再びポールの足下が地面に沈んだ。
「――お主らの攻撃が当たらぬという事。どれだけ某達の守りが衰えようと、当たらなければ問題はない」
 冷たい視線で、キキョウはポールを見下ろした。
「生意気な!」
 もう一人、前衛の戦士が乱暴な足取りでキキョウに迫ってきた。
 しかしキキョウはそれに慌てず、対応する。
「そして某の攻撃は通じぬようだが……{彼/ヒイロ}ならばどうかな?」
「え……」
 ポールと同じようにロングソードを抜き、戦士は大上段から振り下ろそうとしていた。
 だが、キキョウの背後で、大きく振りかぶっている{鬼/ヒイロ}の姿が彼には見えた。一瞬、キキョウから目が逸れたのが彼の運の尽きでもあった。
「よっ」
 彼のロングソードとキキョウの刃が交錯する。その直後、どういう手品か細身の刃が剣を絡め取り、そのまま戦士の身体が地面から引っこ抜かれた。
「うおっ!?」
「合気術という。憶えておけ。この後、命があれば、だが……」
 宙を舞う彼の耳に、キキョウのそんな声が聞こえた。
 そして、放物線を描いた彼の行く末には、限界まで引き絞られた弓の弦のように身体を捻ったヒイロがいた。
「らっしゃい――」
 ヒイロは、一息に自身の骨剣を振り抜いた。
「――よっと!!」
 まるで大岩にハンマーを振り下ろすような鈍い音が響き、戦士はより高みへと吹き飛ばされた。
 前線の頭上を越え、さらにネイサン達後衛も追い越し、五十メルトほど彼方にキリモミしながら着地して、二、三度回転してから動かなくなった。
 わずかに痙攣しているので、死んではいないようだ。
 しん、と模擬戦闘の場が静まり返る。観客達も絶句していた。
「まずは一人!」
 グッ、とヒイロはガッツポーズを作った。
「うむ、では次行くぞ」
 特に驚く事なく、キキョウは刀を収めた。

「ちょ、ちょっと待て、なんだその攻撃力!?」
 我に返ったネイサンが絶叫した。
 少なくとも、敵の前衛二人に攻撃力が上がる術が使われた気配はなかったはずだ。つまり、今のは鬼の素の攻撃力という事になる。
「鬼の筋力舐めちゃ駄目っしょ。ま、素早い相手にゃ本来当てるまでが一苦労な訳だけど」
 にひひ、と笑うヒイロと、冷笑するキキョウ。
「そっちは某がサポートするという訳だ」

「くっ、やってられるか!」
 半ば転がるようにして、ポールが底なし沼のような地面をやっとの事で脱出した。
「ぬ!?」
 キキョウが刃を放つが、両腕を交差してガードする。
「にゃろ!」
 ヒイロが骨剣を横薙ぎに振り抜いたが、本来の速度を取り戻したポールにその攻撃は通用しない。彼は、決して背が高いとは言えないヒイロの頭上を飛び越した。
「でかした、ポール!」
 キキョウとヒイロの二人を相手にせず、ポールの視線はシルバに固定されていた。
 わずかに焦った顔をする前衛二人に、シルバはまだ地面の中でもがいている最後の前衛戦士を指差した。
「いいからソイツをやれ! ……こっちは、大丈夫だからさ」
 ガチャリ、と金属質な音を鳴らし、ポールとシルバの間に重装兵タイランが立ちふさがった。
「お、おおおっ!!」
 ポールのロングソードを、タイランは斧槍の束でガードする。
「くうっ!!」
 わずかに後ずさりながらも、かろうじてタイランはその一撃を受けきった。
 ポールは皮肉っぽい笑みを浮かべ、剣を構え直した。
「はっ、どうやらお前は飛翔の術もなし、どノーマルみたいじゃねえか。俺の攻撃を、どれだけ受けきれるかな!」
 連べ打ちのような、ポールの一方的な攻めが開始される。
 タイランは攻める隙を見出せず、防戦一方だ。
 そのタイランの背後で袖から薬瓶を引き抜きながら、シルバが言った。
「っていうかアホだろお前」
「何だと!?」
 攻撃の手を休めないまま、ポールが歯を剥き出した。
 だがその殺気に気圧されることなく、シルバは彼の背後を指差した。
「後ろの前衛が抜かれたらお前、後衛丸裸になるんだぞ」
「……っ!?」
 当たり前と言えば当たり前の指摘だが、ほんの一瞬、ポールの手が止まった。
 その隙を突いて、シルバは手に持っていた薬を彼に投げつけた。割れた中身がポールに降り注がれる。
「――な」
「これだけ近ければ、どれだけノーコンでもまあ、当たるよな。いや、割とコントロールには、自信あるんだけど」
 紫色の煙が、ポールを包み込む。
「う……ま、まさかこれは……」
 わずかな吐き気を感じ、彼は顔をしかめた。
「うん、毒。言っておくけど、対魔コーティングされた鎧でも、薬はちゃんと効くぞ。これ豆知識な」
「し、司祭! 治療してくれ!」
 抗魔コーティングされているとはいえ、味方の司祭は効果のある音律を知っている。解毒だって可能なはずだ。
 だが、それより早く、シルバの術が発動していた。
 虹色の膜のような魔力が、ポールを包み込む。そして司祭の{解毒/カイドゥ}は弾かれた。
 呆気にとられるポールに、シルバは教えてやった。
「『{魔鏡/マジカン}。反射系の魔術な。これで、アンタに掛かる魔法は全部跳ね返される。親切だろ」
「テメエーっ!?」
 激怒するポールに、背後から兄の声が掛けられた。
「落ち着けポール! ソイツさえ倒せば、問題ない! こっちは魔術師と盗賊の弓で多少は持つ!」
 確かにその指摘通りであり、ポールが強引に突破してきた狙いもそれだったはずだ。
 だが、シルバにおちょくられ、目の前にいる{敵/タイラン}に集中しきれない彼の攻撃に、本来の精彩はない。
 だから、シルバも安心して前衛の様子を見る事が出来た。
 前衛のもう一人も『キキョウ投げヒイロ打ち』という連携に吹き飛ばされ、残るは後衛のみ。懸命に司祭がメイスで踏ん張っているが、キキョウの居合の前では倒されるのも時間の問題だ。
 初心者である盗賊の矢はキキョウには当たらず、ヒイロが骨剣を振りかざして接近しつつある。二本ほど矢が刺さっているが、これはネイサンが最初に掛けた{崩壁/シルダン}の効果だろう。
 しかし、ヒイロから届く精神念波は、それが大したダメージではない事をシルバに教えていた。
「まあ、万が一本当にやばくても、俺が片っ端から回復する訳だが」
 呟き、シルバは{回復/ヒルタン}を唱えた。
 ヒイロの身体を青白い聖光が包み込み、矢が抜け落ちる。傷はあっという間に塞がってしまう。
 こうなってくると、ネイサンとしてはいよいよまずい。
「ポ、ポール! そのデカイのにも{崩壁/シルダン}は、効いているはずだ! 早く終わらせろ!」
 こうなってくると、ネイサン自身も攻撃に参加せざるを得なくなった。{火槍/エンヤ}の準備を整え始める。
「け、けど兄貴! コイツやたら固ぇ!!」
 弟も苦労している。まるで、攻撃が通る気配がないのだ。
「うん、まあそりゃそうだ。{崩壁/シルダン}効いてないからな」
「な」
 シルバの言葉に、ポールは言葉を失った。
「……あ、あの、言ってませんけど、私の鎧、魔術無効の効果があるんです」
 言われて気がつく。
 目の前の重装兵の鎧に、うっすらと浮かび上がっている複雑な文様。
 抗魔コーティングどころか、絶魔コーティング。そして左胸に削られたような跡があるのは、本来紋章と認識番号があったのではないだろうか。
 そして紋章こそ無くなりこそすれ、その跡からわずかに判断できる所属軍は――。
「魔王討伐軍っ!?」
 もしそれが、軍の正式採用品ならば、魔王軍の猛攻に耐えうる恐ろしく高性能な代物だ。もっとも、味方の魔法すら弾いてしまうと言う問題点があるのだが。
「……す、すみません」
 謝りながら、タイランは斧槍でポールの攻撃を捌き続ける。
 その動きも、大分様になってきていた。
「んで初期、待機している間に、攻撃力を上げる増強薬と、スピード上げる加速薬飲んでもらっているからな。ちゃんとついて行けてるだろ、タイラン」
「は、はい、何とか」
 グルン、と斧槍を振り回しながら、タイランは頷く。
「防御専念! 隙があったら攻めていいぞ。いい練習相手だ!」
「は、はいっ!」
 専念、と言いながらタイランはむしろ大胆に前に踏み込み始めた。
「こ、この野郎ぉ……!!」
 斧槍の威力にロングソードを弾かれ、ポールは歯がみした。

「ポ、ポール! 早く!」
 ネイサンの手から、勢いよく炎が迸った。
 しかし、魔法の炎をキキョウとヒイロは避けようとすらしなかった。既にネイサン側の盗賊と司祭は倒れている。
「手遅れであるな」
「うん」
「{大盾/ラシルド}」
 シルバが指を鳴らすと、炎は不可視の障壁に阻まれ霧散した。
「助かるぞ、シルバ殿」
「これが俺の仕事だから――もう一本だ、タイラン」
 空いたもう一方の手で、袖から出した秘薬瓶をタイランに投げた。瓶が割れると同時に、一気にタイランの攻撃力が増した。
「ぬうっ!?」
 タイランに押され、ポールが軽く退く。
「タイラン、いけるな」
「はいっ!」
 シルバは前線に意識を向けた。
「なら残るはそっちだ――キキョウは魔術師の攻撃を迎撃。ヒイロは待機しながらその護衛で! {豪拳/コングル}!」
「うすっ」
 ぐん、と骨剣を構えるヒイロの肉体に力が漲る。
「ちょ、ちょっと待て」
 魔法を放ちながらも、それらをことごとくキキョウに見切られるネイサン。
 そして、再びシルバの指が鳴る。
「待たない。もう一回、{豪拳/コングル}」
 ズズン、とヒイロの腕が軽くなる。筋力が高められすぎ、骨剣の重さすら感じられなくなったのだ。
「うわ、ちょっといいの、先輩!?」
 慌てるヒイロに、シルバは頷いた。
「いいさ。俺がさっやられた分、思いっきりやってくれ」
「うん。じゃ、いくよー」
 キキョウが退き、ネイサンとヒイロが相対する。
「待っ――」
「飛んでけーっ!!」
 ヒイロの明るい声と共に、ネイサンは高らかに青空に舞った。

「あ、兄貴ーっ!?」
 豆粒のようになったネイサンを、ポールは思わず見上げた。
「あ、よそ見した。チャンスだぞ、タイラン。やっちゃえ!」
「は、はい!」
 タイランは斧槍を振り切り、その柄でポールの土手っ腹を横殴りにした。
「があっ!?」
 息を詰まらせながら、ポールは五メルトほどの距離を吹き飛ばされる。
 そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
「はい、俺達の勝ち」

 初心者パーティーに囲まれる中、ネイサン一味は傷だらけパンツ一丁の姿で正座させられていた。
 武器や鎧は、全部シルバ達が没収した。道具類から有り金まで、全部である。
「……じゃあ足りない分はこれで、勘弁してやるという方向で。タイラン、持てる?」
「重かったらボクも手伝うよ?」
「い、いえ、大丈夫です」
 さすがに大きな鎧三つともなると結構な重量なはずだが、タイランはさして辛そうな様子もない。
 ちなみに当然、戦闘が終わると同時に、全員の解毒は済ませてあった。
「してシルバ殿、彼らの処遇はこれでよいのか? どうも、何やら彼らの方に不満があるようだが……」
 ふてくされる彼らを見下ろしていたキキョウが問うが、シルバは頷いた。
「まあ、そっちの不満はどうでもいい」
 彼らがやった事と言えば、それこそ有り金全部巻き上げた程度だ。装備品を全部売り払っても50000カッドにはならないだろうが、その半額ぐらいには余裕で届くだろう。
 元々は5000カッドの予定だったし充分だと、シルバは思う。
「くっ……」
 ネイサンは悔しそうに、シルバを見上げた。
「それでさ」
 正座する彼の前に、シルバはしゃがみ込んで目を合わせた。

「アンタら、誰に頼まれた?」

 ぐ……と詰まるネイサン。
 シルバは残りのメンバーを見渡したが、皆顔を背けた。
「……まあ、大体の察しは付いてるんだけどさ」
 シルバは立ち上がり、息を吐き出した。
「どういう事だ、シルバ殿」
 キキョウは眉根を寄せた。
「言葉通りの意味さ。この連中は、とある筋に頼まれて、俺達を襲ったんだ。最初、出会った時、コイツ『ああいたいた』って言ったしね。俺を捜してたって事だ」
「ふむ、なるほど」
「それに、その後の勧誘も妙にしつこかった。俺達に固執する理由なんてないんだよ。初心者狩りたかったら、カモなんてそこらじゅうにいるんだ。俺に因縁をつける必要なんて無い。実際、他の連中には紳士的に接して、いざ勝負って時になってやっと本性出したらしいだろ。なのに俺の時だけ断ると、いきなり暴力に訴えてきた。だからさ、要はとにかく俺が痛い目を見れば、目的は達せられたって事じゃないのかな」
 閃くモノがあったのか、キキョウがシルバを見た。
「……すると、彼女か」
「まあ、多分。昨日の今日でもある訳だし」
 再び、シルバはしゃがみ込んだ。
「で、どうなんだ? 大方『生意気な新米パーティーがいるから叩きつぶしてくれない♪』みたいなノリで、お金積まれたと思うんだが。やたら愛想のいいノワっていう商人の娘さんに」
 仏頂面のまま、ネイサンが口を開いた。
「……依頼人の素性を話すと思うか」
「……ま、金積んで吐かせるのもアホらしいしな。いいよ、別に」
 リーダーであるネイサンはともかく、ノワという名前を聞いた他の連中の挙動不審ぷりから、シルバは彼女で間違いないという確証を得た。
「ただ、こちらのリーダーが誰かぐらい、調べといた方がいいな。お陰で、ウチのパーティーの個々人の性能を全然知らないのが、丸わかりだぞ。大方新米パーティーって聞いて甘く見たんだろうけど、いくら何でも油断しすぎだろ」
 好き放題に言われて、さすがにネイサンも悔しそうだ。
 だが、それを堪えて立ち上がろうとする。
「じゃあ、僕達はもう用済みだな?」
「うん、俺達はな」
「俺達?」
 シルバは立ち上がり、大きく手を叩いた。
 そして高らかに、腕を突き上げた。
「さ! 装備一切なくなったパーティーがここにいる訳だが――このチャンスに、誰か模擬戦申し込む人ーっ!」

「おーっ!!」
 シルバの声に応え、周囲のパーティーが一斉に腕を突き上げた。

 四方からの好戦的な雄叫びに、パンツ一丁の六人が慌てふためく。
「ま、待て! ちょっと待ってよ!?」
 困惑するネイサンの両肩を、笑顔のシルバが元気よく叩いた。
「俺に言うなよ。頼むなら、あの連中だろ? お前らがさっき倒した新米パーティー連中」
「ぼ、僕達は負傷しているんだぞ!」
「なら、回復してやるよ。心配しなくてもまだ、魔力に余裕はある」
「いえ、司祭様にお手を煩わせる訳にはいきません。ここから先は私達にお任せ下さい」
 名乗り出たのは、助祭のチシャだった。
「ああ、助かる。それじゃ、ローテ組んで回復と解毒をやってくれ」
「はい」
 ネイサン達は絶叫と共に、初心者パーティーの中に埋もれていった。

「んでまー、俺達だけど。ん、キキョウどうした?」
「シルバ殿。アレだけで本当によかったのか?」
「アイツらはあれ以上喋らないよ。けど、連中の根城にしている酒場は分かったし、調べればノワの目撃情報ぐらいは掴めるかも知れない。つってもそれも情況証拠だしなぁ……もしかしたらまたみんなに、迷惑掛けるかもしれない」
「某は別に構わぬが……二人はどうだ?」
「んー、ボクは、難しい事はよく分からないや。トラブルが来たなら、迎え撃てばいいんじゃない?」
 ヒイロは首を傾げ、タイランはおずおずと手を挙げた。
「わ、私も別に……素性の知れない私を拾っていただけただけで、御の字ですので……」
「ま、我ながら甘いと思うけど、なるべく早く尻尾を掴んで、決着をつけたい所だな」
 面倒くさいし、と付け加えながらシルバは肩を竦めた。
「じゃ、この件はひとまず決着の方向で。本来の訓練の続きだな。まずはヒイロは複数人から攻撃された時のパターンをまだ見てないから、それやってみようか」
 シルバの提案に、何故かヒイロは姿勢を正して頷いた。
「う、うん!」
「……どうした? 妙にかしこまって」
「いえ! そんな事はないです!」
 まるで鬼教官を前にした、新米兵士のようだ。いや、鬼なのはヒイロなのだが。
「変な奴……ま、いいや。誰か手伝ってくれる人ー」
 周りに誘いを掛けてみると、パーティーの一つが進み出てきた。
「なら、我々が手伝おう」
「お、カルビン、助かる。っていうかみんなもすまないな。どうやら、俺の私事に巻き込んだみたいなんだけど……」
 頭を下げようとするシルバに、カルビンは首を振った。
「加害者は彼らで、貴方達も被害者だ。気にするな」
「や、そう言ってもらえると助かる」
「しかし、どういう事情かは、少々気になるな。どういう恨みを買った?」
「あー……」
 シルバは困り、キキョウを見た。
「言いにくい事情だな」
 キキョウも苦笑する。
「難しい問題なのか」
 真剣な顔をするカルビンに、キキョウはヒラヒラと手を振った。
「いや、真面目に語ると、相手に対する悪口みたいになってしまうので、説明が厄介なのだ」
「それはこちらで片付ける問題として……それじゃタイランも防御の稽古付けてもらおうか」
「は、はい。承知しました、シルバ様」
 ヒイロと同じく姿勢を正す、タイランだった。
「……何で様付け。呼び捨てでいーって」
「そ、そういう訳には……」

 ヒイロとタイランが、カルビンらに付き合ってもらうのを眺め、キキョウはシルバに声を掛けた。
「ではシルバ殿には、某に付き合ってもらうと……」
 しかし、それを最後まで言う事は出来なかった。
「キキョウ・ナツメ様ですよね!」
「うおっ!?」
 押し寄せてきた女性冒険者達に、たまらずキキョウは後ずさった。
「これまで誰ともパーティーを組まなかったのに、どうして司祭様と組む事になったのですか?」
「や、そ、それはその、シルバ殿の人徳と言うか……シ、シルバ殿! 助けて下され!」
 手を振ってシルバに助けを求めたが、人の波に押されてずいぶん離されてしまった。
 シルバとしても相手は女性であり、手荒に押しのける訳にもいかないようだ。
 困惑するキキョウに構わず、女の子達は頬を赤らめながら、主張を強めていく。
「せっかくですから、アタシ達にも稽古を付けて下さい!」
「あ、ズルイ! わたしもーっ!」
「よろしいですよね、司祭様!」
 全員の視線が、一斉にシルバに集中した。
 超怖い。
「え、あー、ちょっとキキョウが困ってるから、落ち着けみんな」
「順番ですね!? みんな、クジを作るわよ! 恨みっこ無しだからね!」
 妙に殺気だったクジ引き大会が開催される。
「……こ、これだから、某は自分でパーティーを組みたくなかったのだ」
 メンバーを募集すればあっさり人は集まるだろうが、困るのはキキョウ自身なのは目に見えていたからである。

「やれやれ……」
 すっかり蚊帳の外に置かれたシルバだった。
「司祭様……」
「ん?」
 近付いてきたのは、何組かのパーティーだった。
 彼らはシルバの前でゴドー聖教の印を切り、頭を垂れた。
「有り難い冒険者の心得、痛み入りました。よければ、違う説法も頂ければと思うのですが……」
「い、いやいや、別にそんな大した話はしてないし!」
 ドン引くシルバだった。

 数時間後、某酒場。
 ドン、と勢いよくカウンターにジョッキが叩き付けられた。
「はぁ!? 何で、そんな事になってんの!?」
 商人の美少女は、情報屋から入手した話に声を荒げていた。
「信者増やして、新米パーティー十九組と協定結んで、しかもその{団体/グループ}の相談役……? 訳分かんないわ……何それ?」



 ちなみに、書いた本人が一番驚いてます。
 何でこんな事になってるんだか、主人公。



[11810] 魔法使いカナリー見参1
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/09/29 05:55
実に説得力のある感想を頂いたので、このまえがき文章だけへろっと修正。
また違う回でネタバレ臭いのをやっちゃうかもしれませんが、今回は調整自重。
タイトル通り、魔法使い登場の話です。
……表題考えてたら、何か魔法少女モノの第一話みたいな見出しになったので、少しだけ悩んだという裏話があります。
あと、短め分割で進めますんで、前中後編ではなく番号振りでいきます。


 多くの学生や魔法使いが通う、都立アーミゼスト学習院。
 時刻は夕刻にも関わらず学生食堂は、帰宅前の生徒らや徹夜予定の研究員でそれなりに混んでいた。
 そしてその食堂の一隅は、ある意味非常に目立っていた。
「……なるほど、よく分かった」
 長い金髪、紅眼の美しい青年が、香茶に口付ける。
 純白の貴族衣装に、赤金の刺繍が入った同色のマント。
 恐ろしく派手であり、椅子まで何故か学食のモノではなく、豪華な造りになっている。左右に赤と青のドレスを着た美女を侍らせながら、彼は目の前の少女の話を聞き終え、目を鋭くさせた。
「つまり、そのシルバ・ロックールという男が、女の敵という事だな。断じて許せん」
 カップを皿に戻すと、青年は勢いよく立ち上がった。
「え、あ、あの……」
「任せておけ。このカナリー・ホルスティンは、常に女性の味方だ。すぐにそのロックールという男を探し出し、始末を付けてこよう」
 自信満々に言うと、マントを翻して美女達と共に食堂を出て行くカナリーであった。


 学習院付属の図書館で予約してた資料を借りたシルバ・ロックールは一人、キャンパスを歩いていた。
 白い軽装法衣を羽織った、収まりの悪い髪の少年だ。
 初心者訓練場での戦いから三日、冒険者ギルドで後衛候補を募ったり、何だか出来てしまった19ある初心者パーティーで構成された{団体/グループ}をまとめたり、教会への報告でなかなか{学習院/ここ}に来る機会がなかった。
 まあ、予約期限が切れて、資料が流れなかっただけ御の字としよう。
 そう思う、シルバであった。
「……ま、読むのは晩飯食ってからかな」
 書物の入った革袋を軽く叩き、のんびりと宿の方角を目指す。
 ふと、正面に夕日を背に誰かが立っているのに気がついた。
「シルバ・ロックールだな」
 逆光になって見えないその人物が、問う。
「は?」
 ひょい、と相手は手に持っていた長物を投げた。
 抜き身のサーベルが弧を描き、シルバの足下に突き刺さった。
「なぁ……っ!?」
 危うく自分自身に刺さりそうになったのを、かろうじて退いて避けられホッとする。
 その彼を、白いマントをはためかせた青年は赤い目で見据え、指差した。
「僕の名前はカナリー・ホルスティン。由緒あるホルスティン家の正当継承者だ。君に決闘を申し込む」
「……は、い?」
「君に弄ばれたエーヴィ・ブラントという少女の名を忘れたとは言わせない。彼女の名誉の為、成敗を下す」
 聞き覚えのない名前だった。
 誰? と混乱するシルバに、青年――カナリーは自身もサーベルを抜いた。
 相手はやる気満々のようだが、シルバとしてはいきなりそんな喧嘩を売られても困る。今日はもう宿に戻って、晩飯食ったら読書に勤しむ予定なのだ。
 切った張ったをするつもりはないし、それは前衛の仕事である。
 何より、身に覚えのない因縁だ。
「い、いや、忘れたというか……聞き覚えがないんだけど。え、海老……何? 誰?」
「とぼけるというのか!」
 メチャクチャ叱られた。
「いや! 本当に覚えがないんだって! 本当に、どこの誰だよ!」
 激昂したカナリーは、シルバの足下に刺さるサーベルを指した。
「ならば、その身に教えてやる! まずは{剣/サーベル}を取れ!」
 問答無用であった。
「ちょっと待てーっ!?」
「どうした! 臆したか!」
「臆すも何も、意味が分からねーっつーの! 理由も分からず戦えるか! 第一、学校の中だぞ?」
 見ると、ちらほらと学生や研究員が自分達に注目していた。
 しかし、カナリーは空気を読まない人間のようだった。
「理由ならばこちらにはある! 戦いなど知らぬ少女に代わり、僕が剣を取ったまで! そして戦いとは決断した時に、場所など選んでおけない!」
「そこは選ぼうよ!? 退学になったらどうするんだ! それにもう一回言うけど、その海老なんとかに心当たりがないんだって!」
「そうか……どうしても、武器を取らないのだな」
「大体、俺は剣なんて使えねーし……」
 シルバの術は、基本補助と回復に限っている。
 白兵戦はもっての他、戦闘用の呪文すら――一部の例外を除いて――持っていない。
「だが、それはそちらの都合! 大人しく刃の錆となれ!」
「っておいーっ!?」
 サーベルを水平に振るい、カナリーは滑るような素早い動きでシルバに迫ってくる。
 術を唱えようとしたが、それよりも懐に入られる速度の方が圧倒的だ。まるで猫のような機敏な動作に、シルバはとにかく無我夢中で仰け反り――
「くっ!?」
 ――カナリーのサーベルが空振った。
「……あれ?」
 驚いたのはむしろ、シルバの方だった。今のはほぼ確実に命中する距離だったのに、何故外れたのか。
 わずかにたたらを踏んだカナリーだったが、すぐに体制を整え剣を構え直す。
「逃げるな!」
「っと……」
 刃が風を切る音が、耳元で響く。
 今度は落ち着いて避ける事が出来た。
「くぅっ、はっ、このっ!」
 カナリーは勢いよくサーベルを振るうが、その動作はどれも直線的で、シルバですら回避は用意だった。
「ちょ、ちょっと待て。もしかしてお前……」
「はぁ……はぁ……」
「メチャクチャ弱い?」
 さすがに連続して空振りを続けるのは疲れるのか、息を荒げるカナリーに、シルバは核心を突いた。
「そ、そんな事はない! 元々僕は剣など使わないのだ!」
 何か、メチャクチャ動揺していた。
「じゃあ、使うなよ!?」
「決闘と言えば剣だろうが! それとも銃が望みだったか!」
 なら出すぞ、と懐のホルスターからフリントロック式の拳銃を取り出そうとする。
「どっちもやだよ!? っていうか戦う事前提で話進めるのやめろよ!? まずは、落ち着いて話を」
 シルバの台詞を遮り、カナリーは再びサーベルを握りしめた。
「問答無用っ!!」
 腰だめに構えて突進してくる。
「必要だろっ!」
 単純な攻撃だが、恐ろしく速度がある。
 迫る刃を前に、シルバはどうする事も出来ず、
「シルバ殿に何をする」
 キキョウに助けられた。
 細身の鋭利な刀がサーベルの刃を難なく受け止めていた。



[11810] 魔法使いカナリー見参2
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/14 04:34
「むぅっ……!」
 キキョウの力量を見て取ったのか、カナリーは後方に回転しながら間合いを取る。
「キ、キキョウ」
「……シルバ殿の危難の声が聞こえたのでな。来てみれば、何だコレは」
「いや待て。お前、どういう耳をしているんだ?」
 ちなみにシルバが使う情報伝達用{精神共有/テレパシー}の有効距離は、キキョウの宿には届いていないはずだ。
「ふ……些細な事を気にするな」
 気になるけどなーと思うシルバだった。
 しかし状況はそれを聞いている場合ではない。
「邪魔をするのか! 名を名乗れ!」
 カナリーの凛とした声が、キャンパスに響く。
 美形二人の対決に、もう生徒数も大分減ったはずの広場に観客が集まってくる。何というか、シルバは自分がとてつもなく場違いな場所に放り込まれているような気分になってきた。
 キキョウとカナリーの間の緊張感は、途切れる様子がない。
「キキョウ・ナツメ。遠き地ジェントより参った流浪人だ。シルバ殿に覚悟の猶予も与えぬこの戦、決闘とは言い難い。義理あって助太刀いたす」
 刃を納め、キキョウは抜刀術の構えを取る。
「そうか。ならば、僕も本気を出さざるを得ないようだな……」
 一方、カナリーもサーベルを鞘に納めた。
「キ、キキョウ」
「シルバ殿、ここは某が。彼が何者かは知らぬが、貴殿には指一本触れさせぬ」
 カナリーを見据えたまま言うキキョウの前に、シルバが回り込もうとする。
「いや、そういう訳にはいかないだろ。何かよく分からないが、こりゃ俺のトラブルみたいだし」
「水くさいぞ……パーティーリーダーの危機は某の危機でもある」
「2対1か。時間もよい具合だ。僕も本気を出すとしよう」
 カナリーは、腰に差したサーベルを地面に棄てた。
 紅い瞳が輝きを増し、唐突に魔力が膨れあがる。
「……待て、まさかお前」
 夕日はとうに沈み、徐々に酷なる夜の闇に外灯が淡い光を放ち始める。
 空には無数の星と大きな月。
 それらを背に、カナリーは形のいい唇を笑みの形に歪めた。
 舞台の主人公のように両手に広げた手から、紫の放電が生じる。
「言っていなかったが僕の本職は魔法使い。月の魔力、とくと味わうといい」
 ふわり、とカナリーの身体が、宙に浮き上がった。
「やべえ……」
 シルバの全身が総毛立った。
(全力で避けろ、キキョウ!)
 口にする余裕もなく一気に念波をキキョウに送り込みながら、シルバは横っ飛びに回避運動をとった。
「ぬ!?」
 キキョウも返答せず、言われるまま後方に跳躍した。
「――{紫電/エレクト}!」
 直後、二条の放電、いや落雷が、シルバ達の立っていた位置に突き刺さった。
「コイツ、吸血鬼だーーーーーっ!?」
 衝撃に吹き飛ばされながら、シルバは叫んだ。
 地面を転がり、態勢を整える。
 {不死族/アンデッド}、吸血鬼。夜と月の眷属。知性のある鬼。日の沈んだ今、相手の力はさっきまでとは比べモノにならなくなっているはずだ。
 ふと、視線の先に赤と青のヒールが目に入った。思考を停止して見上げると、絶世の美女二人がシルバを見下ろしていた。
「お、お仲間さんですか……?」
 引きつった笑みを浮かべるシルバの問いに答えず、二人の美女はマネキン人形のような笑みを崩さないまま、拳を振り下ろした。
「行け、ヴァーミィ、セルシア!」
「ちょ、2対3じゃねーかっ!」
 シルバが指を鳴らした。
 ほんの一瞬二人の動きが硬直し、その直後、煉瓦敷きの地面が派手に粉砕される。
「へえ、アレを避けるとは、かなりやるな」
 長い金髪とマントをはためかせ、優雅に宙を舞いながら、カナリーはシルバを見下ろした。
「あ、危なかった……」
 ドッと噴き出た汗を拭う。{鈍化/ノルマン}の術が咄嗟に間に合わなければ、今頃骨折で済めば運のいい方だっただろう。
 この攻撃力は、明らかに人間技ではない。機械のような反応と言い、目の前の二人はおそらくカナリーの従者なのだろう。
「――よそ見をしている場合か、吸血鬼」
 いつの間にか高く跳躍していたキキョウが、カナリーの正面に迫っていた。鞘から放たれた超高速の刃が彼を襲い、
「無駄だ」
 すり抜けた。
 吸血鬼の特性の一つ、霧化だ。
「ぬうっ……!?」
 手応えのなさに、キキョウが唸る。
 それどころか、キキョウの身体ごと、カナリーの肉体を通り抜けていた。後はもう、自由落下しかない。
「昼間ならともかく、夜の吸血鬼を相手に加減をしたままで勝ち目があると思うのか? ――{雷閃/エレダン}!」
 手で鉄砲を作ったカナリーの指先に、紫電が収束する。
「キキョウ、やばい――くそ、{小盾/リシルド}っ!」
 {飛翔/フライン}は詠唱が間に合わない――そう判断したシルバは一音節で構成される術と共に、指を鳴らした。
「ぬ!?」
 直後、キキョウの足下に円形の魔力障壁が生じた。キキョウはそれを足場に疾走、跳躍を連続で行い、雷撃のビームを回避する。
 直後、その障壁をカナリーの放った電撃のビームが貫通した。収束した分、相当に威力が高いらしい。
「へえ、面白い術を使うな、ロックール!」
「シルバ殿、すまぬ!」
 シルバのすぐ傍に着地したキキョウは、そのまま二人の従者への対応にスイッチした。
「こっちこそ!」
 背中をキキョウに預け、シルバは夜空に浮かぶ吸血鬼を見上げた。
「ふふ……さあ、どうする」
「ずいぶんと余裕のようだが……っ、貴公も某の愛刀をタダの刀と思われても困るな!」
 従者二体を相手取りながら、キキョウが笑う。
 振るう刀身には、ほんのわずかだが血の跡が残っていた。
「む……魔剣の類っ!?」
 カナリーはようやく気づき、頬に手をやった。赤い一本の線が、頬に浮かび上がっていた。
「否、これは魔剣にあらず。妖刀と呼ぶのだ」
「……よくも僕の顔に傷を付けてくれたな! ――{雷雨/エレイン}!!」
 これまでにない巨大な紫電が、雨あられとシルバとキキョウを襲う。まさしく雷の豪雨だ。
 見物していた学習院の生徒らも、慌てて逃げ惑う。
「ぬうっ!」
 シルバもギリギリ致命傷は避けているが、決して無傷というわけではない。全身に擦り傷が生じているし、何より雷属性の厄介な点は直撃していなくても毒のように徐々に肉体を蝕んでいく所にある。いわゆる感電という奴だ。
「いい加減にしろよ、ったく……!」
 カナリーの詠唱は早く、シルバも後手に回らざるをえない。
 しかし、勝算がない訳ではない。ただ、勝つ為には少しだけ、時間が必要だった。
 口の中で、術の詠唱を開始する。そのまま念波をキキョウに送った。
(……キキョウ。一つ頼みがある)
(何なりと)
「よし!」
 キキョウに短い指示を送ると、シルバは駆け出した。
「何!?」
「シ、シルバ殿!?」
 空に浮かぶカナリーはもとより、キキョウにまで背を向けて、キャンパスから脱しようとする。
 無様に逃げるシルバに、一瞬呆気にとられたカナリーは直後、激怒した。
「この……卑怯者めっ!」
 指鉄砲の先に、紫電が収束する。カナリーの雷撃魔法の中で、もっとも威力が高く速い、{雷閃/エレダン}の発動だ。もとより目標は彼一人。この術が一番確実だ。
「せっかちだなぁ、おい!」
 その時にはもう、シルバは目的の場所に到達していた。
「くれて――」
 地面に突き刺さったままの『それ』を引き抜き、
「――やんよ!」
 カナリー目がけて投げつけた。
「しまった……!!」
 失敗を悟ったカナリーだったが、発動した{雷閃/エレダン}はもはや{中断/キャンセル}出来ない。彼目がけて飛んでくる『それ』――サーベルに直撃する。
 そしてようやく唱え終えた術を、シルバは解き放つ。
「行くぜ……{回復/ヒルグン}っ!」
 発動したシルバの祝福が、広場全体を青い聖光で照らす。その光は自分達の回復が目的ではない。
「がぁ……っ!?」
 {不死族/アンデッド}であるカナリーは聖なる光を浴び、想像以上にダメージを受けていた。それこそまるで、全身に電撃を食らったかのようなショックを味わい、蚊とんぼのように墜落する。
 キキョウが相手取っていた従者達も同様で、糸が切れた人形のように二体の貴婦人はその場に倒れ伏した。
「今だ!」
 落下するカナリーにトドメを刺すため、キキョウは身を翻して駆け出そうとする。
「ストップ、キキョウ!」
 慌ててシルバが手で制した。
「シルバ殿!?」
 予想外だったのか、キキョウは足に急ブレーキをかける。
「話し合いだ、キキョウ。……それにホルスティン。事情も分からないまま戦うのは、反対なんだよ」
 カナリーが地面に激突する直前、シルバが放った{大盾/ラシルド}がそのショックを和らげた。
「……何よりほら、俺聖職者な訳だし」
 困ったように、髪を掻くシルバだった。

 学習院広場に、静けさが戻る。
 様子を伺っていた生徒達がちらほらと、校舎からシルバ達を覗き見ていた。
 早く逃げた方がいいかもしれないな、と思うシルバにキキョウが近づいてきた。
「すまぬ、シルバ殿。助けに入って、逆に余計な手間を増やしてしまったような気がする」
「いや、正直助かった。俺一人じゃ、どうなってたか」
「そう言われると、救われるが」
「ともあれ、うまい支援助かったよ」
「む?」
 キキョウは、何を言われているのか分からないようだった。
 シルバが付け加える。
「最後の演技」
「ああ、あれか。シルバ殿も無茶を言う。人形二人を相手取りながら、『驚く振り』などそうは出来ぬぞ」
「悪い」
「何の。互いに無事で何よりだ」
「だな」
 拳と拳を打ち合う二人。
 作戦は単純だった。
 敢えて背を見せ、シルバが単独になる。
 そうすれば、必ずカナリーはシルバ単体を狙う。そう睨んでの行動だった。
 後は逃げた振りをして、避雷針の役割を果たしてくれるサーベルまで間に合えば、勝機は見える。そう踏んだシルバであった。
「……さて」
「……くっ」
 カナリーはまだ回復が効いているらしく、地面に突っ伏したまま動けないでいるようだった。
「ほれ」
 シルバはしゃがみ込み、手を差し出した。
「な、何を……」
「寝転がったまま、話は出来ないだろ。かと言って、回復も{不死族/アンデッド}には逆効果だし、{生命力/ライフエナジー}を吸えば、多少は癒せるはずだ」
「シルバ殿!?」
「大丈夫だって。一応正々堂々と名乗ったわけだし悪い奴じゃないと思うんだ。吸いすぎないならいいさ」
「……やり過ぎるようなら、即座に斬って捨てるぞ」
 刀の柄に手をやり、キキョウは警戒したままだった。
「敵に情けをかけるか……」
 カナリーは、悔しそうにシルバの手を睨んでいた。
「敗者は敗者らしく言う事聞けよ。こっちはそっちが何もしないなら、戦うつもりはないんだし」
「くそ……っ」
 震える手で、シルバの手を握る。
「くっ……」
 全身を襲う気怠い感覚に、シルバは少しだけ目眩を覚えた。
「シルバ殿、大丈夫か」
 心配そうに見つめるキキョウに、シルバはヒラヒラと手を振った。
「……大丈夫。それはいいから、とにかくまずは逃げよう。キキョウ、そこに転がってる革袋とサーベルを回収」
「む?」
「教授達が来るのも時間の問題。事情聴取で、余計な手間取りたくないだろ」
「た、確かに……!」
「まあ、後でお説教は受けるとして、まずはこっちの話を片付けないとな。一体どういう事か聞かせてもらうぞ、カナリー・ホルスティン」
「……わ、分かった」
 なんだかやけに華奢なカナリーに肩を貸し、立ち上がる。
 赤と青の従者は、カナリーが術を解いたのだろう。いつの間にか消えていた。
 とりあえず学習院から脱出しよう……と思ったシルバ達の前に、一人の女性が立っていた。
「どうしてですか!」
「うん?」
 外灯の下に立っているのは、二十歳前ぐらいだろうか、ブルネットの髪の大人しそうな女性だった。
 彼女は、険しい顔をシルバ……ではなく、カナリーに向けていた。
「何で、こんな事になってるんですか、ホルスティン先輩!」
「……誰?」
 シルバは小声でカナリーに尋ねてみた。
「あれが、件のエーヴィ・ブラント嬢だ」
「あれが!?」
「本当に、覚えがないのか、シルバ・ロックール。彼女の話では、君は彼女を無理矢理襲い、その後もそれをネタに何度も関係を強要したという話だぞ」
「そんな地獄に堕ちるような真似するか! 教会から破門されるわ! ……ん? いや、でも、ちょっと待て。……確かに彼女はどこかで……んん?」
「やはり、覚えがあるんじゃないか!」
「だ、だからちょっと待てって! 考える時間をくれよ!?」
 弄んだ、というカナリーの糾弾には覚えがない。
 しかし、彼女の事は、何だか見覚えがあるのだ。だが、それがどこかが思い出せない。カナリーが言うほど酷い事なら、記憶にあるに違いないのに。
 すると、二人の間にキキョウが割って入った。
「いや、見覚えがあって当然だ、シルバ殿」
「キキョウ?」
「彼女は、某が用心棒を務めていた酒場のウェイトレスだ」
「「何ぃ!?」」
 シルバとカナリーが同時に叫ぶ。
 同時にシルバも納得もした。道理で見覚えがあるはずだ。常連というほどではないが、シルバもよくキキョウが働いていた酒場には出入りしていた。
 女性――エーヴィ・ブラントは、キキョウを見て心配そうな表情をした。
「ナツメさん、大丈夫ですか? そんなに傷だらけになって……」
「……ブラント嬢、詳しく話を聞かせていただきたい」
 厳しい表情で、キキョウはエーヴィを見据えた。



[11810] 魔法使いカナリー見参3
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/10/27 00:58
 最初に作ってたプロットから後半大きく変更した為、更新の時間が遅れました。
 本来がどういう話だったかは、本文途中のシルバ・キキョウによる精神共有コントから察して下さい。
 今回はまた賛否両論あるだろなーと思いますが、どうぞよろしくお願いします。


 学習院からかなり離れた、割と大きめの酒場。
 冒険者達で混雑する、そんな店に四人は入った。
 学習院の理事に叔父がいるというカナリーが、使いの者に騒動後始末の手紙を託し、戻ってきた。
 何故か、カナリーは壁に引っ付く形で造られた長椅子に腰掛ける、シルバの左隣に座った。
「……何だ、この席の並び?」
 ちなみに右隣はメニューを眺めているキキョウだ。
 四人席であるにも関わらず、3対1という構図になっていた。
「仕方がないだろう。敵と味方がよく分からないんだから」
 小声で、カナリーが囁く。 さすがに彼も、もはやエーヴィが見た目通りの大人しい女性とは、思わないらしかった。
「某はシルバ殿の味方だぞ?」
 メニューから目を離さないまま、同じようにキキョウも呟く。
 すると、正面のエーヴィがキッとシルバをにらみ付けた。
「ロックールさん、ナツメさんから離れてください!」
「いや、どう見ても今身を寄せたの、キキョウの方だよね!?」
 しかし彼女はシルバの抗議を無視して、今度はカナリーの方を向いた。
「それで……一体、何故、ナツメさんがこんなボロボロになっているのか、説明してもらえますよね、ホルスティン先輩」
「え? や、やっぱり、僕が説明するのか?」
 カナリーが戸惑うように、シルバ達を見た。
「俺達としては、サッパリ話が見えないんだが。まず、俺が襲われた理由を知る為にも、二人のどちらかには話してもらいたいな」
「まったくだ。ところでシルバ殿。このバナナチョコクレープパフェというのを注文してもよいかな?」
 キキョウは真剣な顔をシルバに向けると、メニューの一点を指差した。
「キキョウ、お前も空気読め」
「うむ。では、某はこれにしよう。あとイチゴセーキだ」
「俺は香茶とフライ定食」
 とりあえず、シルバも注文する事にした。ウェイトレスを呼ぶ為、軽く手を挙げる。
「ロックール。君も空気を読め」
 苦い顔をするカナリーに、シルバはジト目を向けた。
「腹減ってるんだよ。余計な運動したから」

 注文を終え、カナリーの説明が始まった。
 それほど難しい話でもない。
 呼び方からも分かる通り、カナリーとエーヴィは先輩後輩の仲なのだという。
 特に親しい間柄、というほどではないが、基本的にカナリーは面倒見がいい性格らしく、沈んだ様子をしていたエーヴィに相談に乗って欲しいと言われ、授業が終わってから時間を作った。
 そして、食堂の隅でエーヴィの話を聞いてみると、これが実に由々しき事態だった。
 卑劣な男に脅迫され、無理矢理肉体関係をもたされている、などという話を聞かされ、カナリーは黙っていられる性格ではない。
 即刻その男を締め上げようとした所、相手は同じ学習院に所属しており、運良くキャンパスで見つけたという次第だった。
 つまりその男というのが、シルバである。

 もちろん、シルバには一切、身に覚えのない話だった。
 しかも、キキョウが話に入る余地がまったくない。何故、彼女が怒っているのか、今の話ではまるで分からない。
 いや、何となく予想は出来るのだが……。
 微かに頭痛を憶えながら、シルバはテーブルを指で叩いた。
「ちょっと話を整理してみよう。ホルスティンは、ブラントさんから俺が鬼畜だという話を聞き、成敗しに来た」
「うん。悩みがあると言うから聞いてみたら、そんな内容だった」
 ずいぶん短気な奴だな、とシルバは思った。
「しかし、俺にはまったく身に覚えがない」
「それを証明出来るか」
「むしろ、彼女の告発以外に、明確な証拠はないのか? 何回も関係を強要したと言うが、その具体的な時期を教えてくれ。俺はその時のアリバイを証明しよう」
「……という事だが、ブラント君?」
 カナリーが、エーヴィに尋ねた。
「そんな事は、もうどうでもいいんです」
「何!?」
 アレだけの騒動を起こしておいて、余りと言えばあまりな言い分だった。
 さすがに、カナリーも絶句したようだった。
「それよりも、ナツメさんが怪我をした事が、わたしにとっては重要なんです!」
 エーヴィは、キキョウの方を向くと、一転して心配そうな表情をした。
「大丈夫でしたか、ナツメさん」
「う、うむ。シルバ殿に治療してもらったし、大したダメージはない」
 シルバは彼女から目を離さず、カナリーの脇腹を肘で小突いた。
「……おい、ホルスティン」
「……ああ、ロックール。多分、同じ事を考えている。だが、動機は何だ?」
 ヒソヒソと、話し合う。
「そりゃ俺が排除されて、彼女に得があるんだろ? そしてキキョウが傷を負った事で、彼女は怒っている。まあ、学習院の時点で薄々気付いていたけど、彼女の真の目的は俺じゃない」
 シルバとカナリーの視線が、同時にキキョウに向けられた。
「某か!?」
「貴方さえいなければ、ナツメさんは解放されるんです。早くパーティーを解消して下さい」
 エーヴィの糾弾が、シルバの推測を裏付けていた。
 が、もちろんそんな事で、納得するシルバではなかった。
「……いや、キキョウの意志はどうなるんだ?」
「そんなのわたしと同じに決まってます。パーティーが解消されれば、一緒にいる時間が増えるんですから、嬉しいに決まっているじゃないですか」
 エーヴィは断言した。
 そんな彼女の様子に、不意にシルバは背筋に寒気が走った。
 大人しそうな外見に騙されてはいけない。
 目の前の女性は、下手なモンスターよりもよっぽど厄介な存在だ、と本能が告げていた。
「……キキョウ、ホルスティン。俺は今、この場から猛烈に逃げたい気分なんだが」
 自分一人なら、即刻席を立っている所である。
「奇遇であるな。某も同じだ」
「全く同感だ。こんな茶番に付き合ってはいられない」
 しかし、ここでケリをつけないと、いつまでもしつこく付きまとわれそうでもある。
 逃げ腰になる自分の心を奮い立たせ、シルバは何だか妙にどんよりとした瞳をした、エーヴィを見据えた。
「そもそも、ブラントさんはキキョウの何な訳?」
「決まっているじゃないですか。彼女です」
「違っ……!?」
 キキョウは涙目でシルバの袖を掴み、必死に首を振った。尻尾がピンと立ち、総毛立ってもいた。
 カナリーも動揺で、身を乗り出していた。
「つ、付き合ってたのか!?」
「そうです。一緒に買い物にしたりしましたし」
 そうなのか? とシルバが尋ねると、キキョウはシルバの腕にしがみついたまま、彼女に尋ねた。
「そ、それは、酒場の買い出しの事ではないのか?」
「よくお話もしますし」
「そ、それは、同僚だから当然であろう……?」
「一緒に帰った事だってあります」
「帰りを送った事は一度もなかったはずだが……す、すまぬが、それに関しては全く身に覚えがないぞ?」
「やだな、わたしのじゃありません。ナツメさんの帰りですよ。早朝の。ちょっと距離おいてますけど」
 あまりにも二人の間の認識に齟齬があるなと感想を抱き、思わずシルバは口を挟んでいた。
「距離ってどれぐらい?」
「たいした距離じゃないですよ。私とナツメさんは、心と心が通じ合っているんですから、50メルト程度、問題じゃありません」
 突然、カナリーが立ち上がった。
「ロックール、悪いが僕はこれで失礼させてもらう。詫びは後日、改めてと言うことでよろしく頼む」
 ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う彼の腕をつかみ、シルバはカナリーの逃走を封じた。
「待て。お前も当事者だ。ここで逃げるなんて許さん」
 そういうシルバ自身も、背中から嫌な汗が流れているのを自覚していた。
 下手をすれば、カナリーの{生命力吸収/エナジードレイン}を喰らいかねないが、むしろ望む所だった。いっそ、気絶したいぐらいである。
「離してくれ。こんなサイコサスペンスに僕を付き合わせるな」
「断る。こういうのを死なばもろともって言うんだ。旅は道連れともな」
「とにかく、ホルスティン先輩は、ナツメさんを傷つけた事を謝って下さい! それからロックールさんはさっさとパーティーを解散させてくれないと、わたし達、困るんです」
 一括りにされてしまい、さすがにキキョウも黙っている訳にはいかないようだった。
「……いや、困るのは、ブラント嬢だけであろう。某はパーティーを抜ける気はない」
「ナツメさんは騙されているんですよ!」
「騙されていない! そもそも、ブラント嬢は単なる同僚以外の何者でもないではないか!」
「……ナツメさん、可哀想。すっかり洗脳されちゃってるんですね」
 哀れむように、エーヴィはキキョウを見た。
「シルバ殿……助けてくれ」
 キキョウは途方に暮れたような声を上げた。
「……むしろそりゃ、こっちの台詞だ」
 何と言う事、一番の当事者はシルバなどではなく、キキョウだったのだ。
 その時、ちょうど注文の料理が届いたので、話は中断となった。
(何とも厄介な話だよなぁ、キキョウ)
 シルバは香茶を飲みながら、精神共有を使ってキキョウにぼやいた。
(……すまぬ)
 キキョウが悄然と項垂れる。
 しかし、そのままパフェを食べる手は休めないのだから、器用な話だ。
(別にお前のせいでもないだろ。こんな酷い話、初めてだし……まあ、手がない訳でもないんだけど)
(本当か!?)
(うん。まず、根本的な問題ってのが分かりやすい。つまり、彼女は自分がキキョウと付き合っているという妄想の中にいる。だから、その妄想をぶち壊せばいい)
 ちぎったパンをスープに浸しながら、シルバは心の中で答える。
(……例えば、某が誰かと付き合っていると嘘をつく、とか?)
(その通り)
(だがシルバ殿、今度は某の相手役になる娘に災難が降り掛かるだけではないか)
(いや? そうでもないぞ。相手は別に女である必要はない。例えば相手を男にすれば、もしかしたらブラントさんはお前を嫌ってくれるかも知れない。まあ、この場合は俺かカナリーが適当だが)
(――それで行こう、シルバ殿。是非それで頼む)
 決断早っ!?
(問題点がないでもないんだ。つまり今後、俺とキキョウが周囲から、そういう好奇の目で見られるっていう……)
(某は一行に構わぬ。むしろ望む所)
(うぉいっ!?)
「……さっきから、何故、黙っているんですか?」
 訝しげな視線を、シルバとキキョウに向ける、エーヴィ。
(……さっきの案は、それなりにリスクがある。という訳で、もう一つの方法で片を付けようと思う)
(うう……こういう事には某、とことん無力ですまぬ。よろしく頼む、シルバ殿)
(おっけー。任せろ)
 シルバは精神共有を打ち切ると、大きく息を吐いた。
 腹は、一応満たされた。
 左隣を見ると、カナリーがまずそうに、赤ワインを舐めている。
 萎えかけていた精神を奮い立たせ、姿勢を正した。
「ブラントさん」
 カップを皿に戻し、シルバはテーブルに乗せた手を組んだ。
「何ですか?」
「まず、貴方はホルスティンに詫びるべきだ。彼がキキョウを傷つけたと主張しているが、そもそも種を巻いたのは貴方自身でしょう? 本来無関係の人間である彼を巻き込んだ非は、貴方にあります」
「それは……」
「第一、そんな卑劣な手段を使う人間を、キキョウは好みません」
「そうなんですか!?」
 驚くエーヴィに、当たり前だろうとシルバは思ったが、表情には出さなかった。
「う、うむ。それは、当然だろう」
 同じ思いらしく、キキョウも頷いた。
「……分かりました。その点については、謝ります。ホルスティン先輩、すみませんでした」
 あっさりと、頭を下げるエーヴィだった。
「う、うん。分かってもらえればいい」
 とはいえ、反省はしてないよなーと思う、シルバだった。
 しかし、順序というのは大切で、一つずつ段階を踏んでいかなければならない。
 ここからが、厄介な所だ。
「そして次に、君はキキョウとは付き合っていない」
「貴方が決めないで下さい!」
 案の定、エーヴィはきつい目でシルバを睨んできた。
「……ブラント嬢にも決める資格があるとは思えぬがなぁ」
 キキョウの疲れたようなぼやきは、彼女の耳に届かないようだ。
「色恋沙汰を他人が判断するのは難しいけど、聞いた限りではお二人が交際関係にあるとは到底思えません。そう思いませんか、ホルスティン」
 突然話を振られ、カナリーはちょっと驚いた。
「ん? あ、ああ、そうだな。それは僕も同意しよう」
「何なら、学習院の友人達に聞いてみるといい。勤め先である酒場のマスターや常連客でも構わない。貴方のやっている事はただの付き纏いに過ぎません」
「違います! わたしはナツメさんと恋愛関係にあるんです!」
 エーヴィが主張し、シルバはキキョウの脇腹を突いた。
 一瞬驚いたキキョウだったが、すぐに頷いた。
「ブラント嬢、もう一度言うが某は貴方を同僚以上の存在と思った事はない」
「……っ!」
 わずかに怯んだエーヴィは、次に標的をシルバに絞った。
「貴方が……! 貴方が余計な事を、ナツメさんに吹き込んでいるんです! そうに違いありません! どうしてわたし達の恋路を邪魔するんですか!」
「そりゃ当然だろう」
 口調を戻し、シルバはエーヴィの目をジッと見た。
「キキョウは、ウチのパーティーの一員なんだから、守るのが俺の務め。こっちだって、アンタの身勝手な行動に迷惑してるんだ」
「っ……!」
「で、最後にもう一回尋ねるけど、どうしてもキキョウを諦める気はないんですね?」
「と、当然よ!」
 エーヴィの肯定に、キキョウが心底うんざりした表情になった。
「キキョウの方は、付き合ってないと主張する。いいよな」
「もちろんだ」
「ではま」
 テーブルの上の空になった皿を重ね、空いた場所に革袋を置く。
 学習院の図書館で借りた書物だ。
「今度教会で、司教様の仕事の手伝いをちょっとする事になってさ。その勉強の為に借りたんだが……」
「と、突然、何ですか……」
 怯むエーヴィに構わず、シルバは袋の中から分厚い本を取り出した。
「エーヴィ・ブラントさん。この都市の法廷が、どこにあるか知ってる?」
 シルバは、革張りの『法律書』に手を叩き付けた。
「……今度から、喧嘩を売るなら相手を選んだ方がいい」


 あと一回続きます。



[11810] 魔法使いカナリー見参4(完結)
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/10/16 08:47
「罪状は傷害教唆。それから誹謗中傷による名誉毀損で、貴方には教会に来てもらう事になります」
 改めた口調で、シルバは言った。
「キョウサ?」
 聞き慣れない単語に、エーヴィは眉をひそめた。法律用語など、一般市民には縁が遠いのだ。
「ホルスティンに嘘ついたでしょう? 俺が貴方と無理矢理関係を結んだとか」
 指差すと、カナリーは頷いた。
「言われたな」
「でも実際に襲ったのは、ホルスティン先輩じゃないですか」
 エーヴィの弁解に、カナリーの表情が不快に染まる。
「誰のせいだと思っている」
 一方、シルバの無表情は変わらない。
「そっちはそっちで、俺自身が片を付けるから、貴方には関係ありません。ここで重要なのは、貴方の嘘が事件を引き起こしたって事ですよ。その時のやり取りに関しては、教会の警吏が調べる事になります。何にしても、キキョウへの接触は禁止させてもらいますが」
 接触禁止の言葉が地雷になったらしく、エーヴィはテーブルを拳で叩いた。
「ひ、卑怯じゃないですか! そんな、組織を頼るなんて!」
 シルバは心底不思議そうな顔をした。
「え? 自分の手を汚さず、ホルスティンに俺を襲わせたのは卑怯じゃないんですか?」
「そんな事をして捕まったら、ナツメさんに会えなくなるじゃないですか!」
「あ、そこの所は理解出来てるんですね。そうなります」
 ニッコリ笑うと、エーヴィは顔を真っ赤にした。
「……っ!!」
 その顔を見て、シルバは再び無表情に戻った。
「刑務所か、よくて遠方の修道院でしょう。そちらは司教様の判断になりますが」
「そんな事……っ!」
 エーヴィは食器籠に手を突っ込むと、ナイフを取り出した。
「させ――」
 銀色に光る凶器が、正面のシルバの顔面に迫り。
「な、い……」
 キキョウの細い二本の指に挟まれ、停止した。
 真剣白刃取りである。
「……こういうのは、某の得意とする所。シルバ殿には指一本触れさせぬ」
 素早くエーヴィの手からナイフを奪い、テーブルに置く。
「キキョウご苦労」
「何の」
「ブラントさん、暴行罪もカウント入りましたね」
 いや、殺人未遂かな、とシルバは考える。
 エーヴィは、新しいナイフを籠から手に取ろうとしたが、いつの間にか籠自体がなくなっていた。
「くっ……一体、どこに!」
「悪いけど、僕が回収させてもらった」
 そう言うカナリーの手元にはなるほど、いつの間にか食器籠が引き寄せられていた。
 驚くエーヴィの瞼が、不意に重くなったように、シルバには見えた。
「ぁ……」
 小さく呻くと、エーヴィはそのまま、テーブルに突っ伏した。
「{睡眠/ドリムン}の魔法。悪いけど少し眠ってもらったよ」
 ふぅ、とカナリーは、小さく息を吐いた。
「ホルスティンも、助かった」
「この程度。大した事はしていないさ」
「じゃ、ウェイトレスさん」
 シルバは、興味深くこちらの様子を伺っていたウェイトレスに指を鳴らした。
「ひゃいっ!?」
 驚き跳びはねる彼女に、声を掛ける。
「悪いけどちょっと教会に行って警吏呼んでもらえる?」
「か、かしこまりましたー!」
 ウェイトレスが、早足で退散する。
 その様子を眺めながら、キキョウは微かに笑った。
「召喚の術も使えるとは知らなかったぞ、シルバ殿」

 それから一時間後、三人は教会を出て宿へ帰ろうと大通りを歩いていた。
 酒場で警吏にエーヴィを引き渡した後、近くの教会で簡単な調書を取らされたのだ。
 幸い、シルバ直属の司教がまだ起きていて、詳しい話は明日という話になったので、予想以上に早く帰る事が出来たのだった。
「これから彼女はどうなるのだ?」
 並んで歩くキキョウの問いに、シルバが答える。
「ま、警吏の調査の後、司教様に判断してもらう事になるだろうけど、よくて遠方の修道院。最悪、刑務所じゃないかな。どっちにしろ、もうキキョウには害は及ばないと思う」
 それを聞いて、キキョウはホッと表情を緩めた。
「そうか。手間を掛けた」
「いや、つーか今回の一番の被害者って、実際俺達のどっちなんだ?」
「それはもう、完全にとばっちりを食ったシルバ殿ではないのか?」
「けど、元々のターゲットって意味だと、キキョウだろ」
「では、痛み分けという所で如何か」
「うん、それと」
 シルバは、反対側を向いた。
「一応、巻き込まれたって意味だとアンタもそうだよな、ホルスティン」
「ああ、迷惑を掛けた。罰なら、甘んじて受けよう」
 今更反省しているのか、カナリーは少し凹んでいるように見えた。
 それを見て、シルバはちょっと意地悪してみたくなった。
「……うーん、すごいのが一つあるぞ」
「何?」
 怪訝そうな顔をするカナリーに、シルバは後ろの教会を指差した。
「ウチの司教様は説法長くてさ。多分、ブラントさんは司教様必殺の一週間連続説法とか受ける事になると思うんだけど、一緒にやってみるか? 死ねるぞ?」
 にやっと笑って見せると、カナリーは色白の顔をサッと青ざめさせた。
「ぅ……いや、それで君が納得するというのなら、今からでも教会に向かおう」
 踵を返そうとするカナリーを、シルバは慌てて留めた。
「いやいや、待て待て。冗談だ。教会で吸血鬼が説法食らうなんて、笑い話にもならない」
「ははっ、それはシルバ殿の言う通りであるな」
 シルバは話を真面目な方向に戻す事にする。
「ま、慰謝料ならブラントさんの方からもらうし。そっちは学食で奢るぐらいでいいさ。今度から早とちりに気ぃ付ける事と、あとは例の俺の悪い噂が流れてたらその訂正かな」
「分かった。その点は任せてくれ。学習院での、僕の全権力を用いて、阻止してみせよう」
「いや、そこまで大袈裟にするなよ!?」
 どうも、紫電の魔法といい、派手なのが好きなようだ。
 市庁舎の前を通り掛かり、シルバは名物でもある大時計を確かめた。
「つーかもう、今日の夜の予定が狂いまくりだし……」
 ちょっとうんざりする。
「む、シルバ殿、何かあったのか」
「飯食ったらその後、この本読もうと思ったけど……こりゃ、このまま就寝コースだな。明日もここに来なくちゃならないし」
 冒険者ギルドは、市庁舎の中に存在する。この都市は冒険者が集まる事で発展し、また為政者や役人の多くも元冒険者が多い。
 ここ数日、シルバはその冒険者ギルドに出入りを繰り返している。
「そっちは、某が行ってもよいぞ」
「いいって。前みたいな事になったら困るし」
 キキョウの申し出に、シルバは手をヒラヒラと振った。
 それに対し、カナリーが首を傾げる。
「何だ、前って? そもそもギルドに何をしに行くんだ、ロックール」
 シルバは肩を竦めた。
「まだ面子が足りないんでね。パーティーメンバー募集中。ただ、キキョウが行くと、余所のパーティーからスカウトが集まってくんのよ。特に女の子の」
 それはもう、売れっ子の吟遊詩人と同じかそれ以上に寄ってくる。
「そ、某に非はないぞ!」
「うんうん、キキョウに非はない。けど、受付に行くまで一苦労だろ、お前」
「うぅー……」
 全くの事実なので、キキョウとしては唸るしかない。
「君もか、ナツメ……」
 呆然とした声に、キキョウは顔を上げた。
「うん?」
「まさか、同じ悩みを持つ同志に会えるとは思わなかったぞ、心の友よ。ああ、あれは実に厄介な代物だ」
 カナリーは力強く頷いた。
「む、わ、分かってくれるか!」
「ああ! 僕達は冒険がしたいんであって、逆ナンパされたい訳じゃないんだ。ああいうのは困るよな」
「うむ! うむうむ! まさしくその通り! 容姿を否定する訳ではないが、明らかに外見だけで判断されるのは、困る」
「だよな!」
 何だか、ガッチリ握手を交わす二人であった。
「……俺には分からない悩みだ」
 完全に傍観者視点で呟くシルバに、キキョウがキュピーンと目を光らせる。
「いや! 某ならシルバ殿を真っ先にスカウトするぞ!」
「そんな物好き、お前ぐらいのモンだ」
 断言しておく。
「……まあ君は、お世辞にも実力があるようには見えないのは確かだがな」
 どうやら、カナリーも同意見のようだった。
「ホ、ホルスティン、シルバ殿を侮辱するか!?」
「カナリーでいいぞ。僕もキキョウと呼ばせてもらう。侮辱じゃない。実力は先刻確かめさせてもらったからな。人は見かけで判断出来ないという事を言いたかったのだ」
「な、ならばよいのだ」
 尻尾を揺らしながら、キキョウは何度も頷いた。
「何でお前が照れてるんだよ、おい」
 突っ込むシルバを、カナリーは上から下まで眺めた。
「もう少し派手なら、人目も引けるだろうに。髪を虹色に染めるとか、その服を金ラメのするとかどうだ」
「ライオンのたてがみやクジャクの羽じゃあるまいし、そんな威嚇作ってどうする!? 正気で言ってるなら、美的センスを疑うぞ!?」
「残念だ……いいアイデアだと思うんだがなぁ」
「……お前の服が派手な理由が、何となく分かった気がする」
 頬を引きつらせるシルバに、カナリーは自分の白地に赤金の刺繍が入ったマントをつまんでみせた。
「これでも、抑えているんだが?」
「それで!?」
 一方、紫の着物姿のキキョウは、小さく手を挙げて提案してみる。
「そ、某としては、シルバ殿に着物というのも悪くないと思うのだがどうか。男用の巫女装束とか、どうだろう」
「だから目立つ方向に持って行くなっ!」
「とまれ、ロックール、いやシルバ。話を聞くと、君のパーティーにまだ空きはあるのだな」
「ああ、魔法使いと盗賊がな」
 大体、話の流れが読めてきたシルバだった。
「ならば恩返しが出来そうだ。僕でよければ、力を貸そう」
 予想通りの言葉に、シルバはにやっと笑って見せた。
「実力は先刻確かめたし?」
「眼鏡に適ったかな? 後は種族的な問題だが……二人の組み合わせから見ると、混在と見ていいんだな?」
 シルバはキキョウと顔を見合わせた。
「その点は問題ないなぁ、シルバ殿」
「確かに。鬼に{動く鎧/リビングメイル}もいる事だし。人間俺だけっていうのも、改めて考えると、何かすごいパーティーだな」
 ううむ、と思わず唸ってしまう。
「念のため確認しておきたいのだが、パーティーを作るという事は当然{墜落殿/フォーリウム}を目指すと解釈していいんだな」
 カナリーの問いに、二人は同時に頷いた。
「当然」
「うむ」
「なら、残る二人とやらの面談か」
 そもそもこの都市・アーミゼストは、太古の時代に逆さまに落下したと言われる天空都市の探索の為、集まった冒険者達によって作られた。
 魔王を倒す事の出来ると言われる、古代王の剣を回収し、前線に届ける事がその目的なのだ。……もちろん副次的に生じる利益や、己の腕試しの為といった違う目的の者もいる。
 が、それでも主役は、{墜落殿/フォーリウム}と言ってもいい。魔物達が跳梁跋扈する危険な迷宮に踏み込むには、戦力の足りないシルバ達はまだ、そこに足を踏み入れる事すら、難しい状況にある。
「あ、カナリーよ。二つ気になってた事があるんだけど」
 ふと、シルバは思い出した。
「何だ?」
「いや、お前さん、吸血鬼だよな? 昼の性能はどうなんだ?」
「……それか。うん、そこは僕にとっても悩み所だな」
 吸血鬼には二種類存在する。
 先天的な吸血鬼と、それらに噛まれる事によって生まれる後天的な吸血鬼だ。
 吸血鬼は太陽に弱く、格の低い者ならば、その光を浴びただけで消滅する。
 昼間でも歩けるというカナリーは、その格からおそらく生粋の吸血鬼なのは間違いないだろうが、それでも昼間に弱いのは間違いない。
 少なくとも、剣の腕は素人もいい所だった。
「いわゆるへっぽこか」
 キキョウの言葉に、カナリーは顔を真っ赤にした。
「し、失礼な! ちょっとうっかりするぐらいだ。体力も魔力もガクンと下がるし、う、運動神経だってよろしくはないが……」
 どんどん声がしぼんでいく。
「ないが?」
「やる気はある!」
 断言した。
 その点は異存のないシルバだ。
「ちなみに冒険者としてのレベルは?」
「……ランク1だ。実技と筆記はどうにでもなるが、実績が足りなくてな。レベルが取れないんだ」
 気まずそうに俯き、カナリーはシルバを見た。
「駄目か?」
 それにはまだ答えず、キキョウに尋ねてみる。
「キキョウはどう思う?」
「某は、よいのではないかと思う。昼はともかく、夜のあの力は捨てがたい。それに迷宮というのは基本屋内であろう? ならば、太陽の下よりはマシなのではないだろうか」
 キキョウの答えは、シルバが考えているのと似たようなモノだった。
「あ、ああ、それはもちろんだ」
 なら問題ないかなと思う、シルバだった。
「某は賛成でいい。あとは、シルバ殿とヒイロ、タイランの判断だ」
「ま、確かにあの攻撃力は捨て難い。俺も賛成で。ま-、あの二人なら大丈夫だと思うけどな」
「うむ」
「気になるもう一つは何だ」
 大した事じゃないけどな、とシルバは答えた。
「赤と青の美女二人。ありゃ、カナリーの使い魔か」
「ああ、彼女達か。うん、そんな所だな。人形族だ」
「人形族? 何だ、それは?」
 キキョウは知らないようなので、シルバが説明する。
「古代の魔法使いに作られた、{土人形/ゴーレム}の一種と考えるといい」
 それに、カナリーが補足した。
「普段は僕の影の中に潜んでいる。赤がヴァーミィ、青がセルシアという。昼間の僕の護衛兼、人よけだ」
 カナリーは、明後日の方角を向いた。
「……あれぐらいの『格』がないと、馴れ馴れしく近付いてくる鬱陶しい輩が多くてね」
「……分かる。分かるぞ、カナリー」
 美形というのはこれはこれで、苦労があるらしかった。
「彼女達は昼間は影に出し入れが出来ない。だから、朝になる前に出しとかないと、その日は大変な事になる」
「そうか。なら、今出してくれ」
 シルバがいうと、カナリーは少し驚いた。
「まだ、僕の実力を測るのか?」
「そうじゃない。後ろ」
 言って、シルバは背後を指差した。
「後ろ……うわっ!?」
 いつの間にか集まりつつある美女・美少女の群れに、カナリーが目を剥いた。もう夜も遅いのに、どこから出てきたのか、大通り狭しと広がっている。冒険者、夜商売の一般市民と区別はないが、その規模はちょっとした軍団だ。
「こ、これは……」
 動揺する二人を見切るように、シルバは早足になった。
「お前ら二人が並んで歩くと、ちょっと洒落にならん」
 というか、エーヴィの時と似たような視線が、やたら背中に感じられるシルバである。
「うわっ、ま、待ってくれシルバ殿っ!」
「そ、そうだ、薄情だぞ、シルバ! 仲間を見捨てるのか!?」
 急いで駆け寄ってこようとするキキョウとカナリー。
 それを、逃げようとしていると勘違いしたのか、女性達の集団が追いかけてこようとする。
「これに関しては、俺まで巻き込むんじゃないっ!」
 いよいよ早足から駆け足に速度を変えながら、シルバは少し憂鬱になった。
「……つーか、早急に盗賊決めないと、マズイ事になりそうだな」
 二人を目当てに、頼んでもないのに女性の参加希望者が殺到してきそうな予感がするのだった。



[11810] とあるパーティーの憂鬱
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/21 06:33
 大陸の辺境にある巨大遺跡・{墜落殿/フォーリウム}。
 古代建築物の通路は幅15メルト程、その真新しさはおそらく魔法による効果なのだろう、とても大昔のモノとは思えない。
 壁自体が明るさを放っており、視界も悪くない。
 だが、それでもここは危険な迷宮だ。
 通路の奥には数多の魔物が潜み、かつては警備装置だったのだろう様々な罠が待ち構えている。
 その第三層で、アーミゼストでも中堅所と言われているパーティー『プラチナ・クロス』は、探索途中に遭遇したモンスターの一群と戦闘を開始していた。

 二本の角と鉄のように硬質の毛を持った巨大な雄牛、アイアンオックスが高らかな雄叫びを上げる。二本の後ろ足を踏み込み、一気に突進してくる。
 その速さと勢いは正に黒い弾丸。
 リーダーであるイスハータと二人がかりで、黒尽めの騎兵デーモンナイトを相手取っていた戦士ロッシェはそちらに気づき、とっさに大盾でガードを取った。
 直後、盾から強烈な衝撃が伝わり、ロッシェの屈強な肉体が半メルトほど後退する。
「かは……っ!」
 たまらず息を吐き出すが、何とか耐え抜いた。
 押し切れなかったのが不満なのか、アイアンオックスは再び、凶暴な咆哮を上げながら、地面を蹴り始める。
「ウルツ、ロッシェがやばい! 回復を頼む!」
「は、はい! {回復/ヒルタン}!」
 金髪の盗賊、テーストの声に、既に印を切っていた針金のように細い体躯の青年司祭、ウルツ・シャンソンは、ロッシェに回復の祝福を与えた。
「こっちもだ!」
 デーモンナイトの魔力を帯びた大剣を受け流しつつ、イスハータもウルツに叫んだ。
「ちょっ……だ、だったらもう少し距離を……」
 イスハータが後退し、ロッシェと詰めていてくれたら、二人同時に{回復/ヒルグン}が出来たのに……!
 ウルツは悔やむが、今更だ。
 とにかく、もう一度神に祈るしかない。だが、事態はウルツの都合に構わず、悪い方へと動き続ける。
「やばい、ウルツ! 敵に前衛を抜かれた! 防御呪文急げ!」
 テーストの絶叫に、ウルツは嫌な予感がした。
 この迷宮に入って、もう何度目になるだろう。今回も、そうだった。
 案の定、弱っていたアイアンオックスを相手にしていた商人の少女、ノワは、倒した敵の口から吐き出された宝石(鉱物が好物なのだ)の回収に急いでいた。
 そのせいで、デーモンナイトと再び突進してきたアイアンオックスの二体を相手にする羽目になったロッシェが吹き飛ばされ、獰猛な雄牛がこちらに首を向けつつあった。
「な……っ!? ノワさん、何やってるんですか!? 戦利品の回収なんて後にして下さい!」
 その声にようやく気がついたノワは、ツインテールを揺らしながら愛らしい顔を上げてこちらを見た。
 それから小首を傾げて少し迷い、イスハータ達の方に参戦する。
 今なら、こちらに意識を向けているアイアンオックスを、後ろから襲えるでしょうに……! いや、それでなくてもせめて、前衛に意識を向けさせてもらえれば……!
 ウルツは思ったが、術の展開を急いでいる今、声に出す余裕もない。精神共有でも習得していれば話は別だが、あれは習得する為の瞑想時間が掛かりすぎるので、聖職者の中でもほとんど習う者などいない。
 そして今は、無い物ねだりをしている場合ではないのだ。
「ウルツ君!」
 アイアンオックスの次の狙いは、どうやら学者風の眼鏡魔術師、バサンズにあるようだった。
 彼がやられると、後方のメイン火力である風の魔法が使えなくなってしまう。
「くぅっ……術が間に合わない!」
 とっさに、ウルツはバサンズの前に出た。
 重い大盾を地面に突き立て、防御態勢を取る。
 ズンッ……と重い衝撃を食らうが、すぐ後ろにいたバサンズも両手で背中を支えてくれたので、かろうじて持ちこたえる事が出来た。
 しかし、これで回復の呪文はキャンセルだ。もう一度、唱え直さなければならない。
「きゃーっ!?」
 その時、甲高い悲鳴が聞こえた。
 凶暴なアイアンオックスの猛突に、ノワが弾き飛ばされたのだ。
「ノワちゃん!?」
 それに反応したのが、盗賊のテーストだった。
「テーストさん、何やってるんですか!」
 たまらず、ウルツは叫んだが手遅れだった。
「え……」
 一度退いたアイアンオックスの角が、テーストの脇を貫いたのだ。
「が……っ!?」
 血反吐を吐きながら、テーストが壁に叩き付けられる。幸いまだ息はあるのか、倒れ伏したテーストの身体は痙攣を繰り返す。しかしこのままだと、長くはないだろう。フロアにも、徐々に血の池が広がり始めていた。
 血の臭いと敵を仕留めた手応えに、雄牛は甲高い咆哮をあげた。
「やばい、テーストがやられた!」
「ウルツくーん、回復してー」
「ウルツ、勝手に動くな! 仕事に専念しろ!」
「ウルツ君、テーストさんが――!!」
 一瞬、呆然と立ち尽くしたウルツだったが、すぐに我を取り戻した。
 まずは、テーストの回復が最優先だ。
 しかし、呪文を唱えている間も、他のメンバーからの文句は止まらない。
「くそっ……! 何なんだこれ! 何だ、このパーティー!」
 毒づきながら、今手を抜けば今度は自分が死ぬ。
 ウルツはひたすら、自分の仕事をこなすしかなかった。


『プラチナ・クロス』の面々が地上に出られたのは、それから六時間後の事だった。
 青天に日が昇り始めたばかりで、心地よい涼風が汗と血にまみれたパーティーを和ませる。
「し、死ぬかと思いました……」
 眼鏡にひびの入ったバサンズが石畳にへたり込み、胴体に包帯を巻いたテーストも重い吐息を漏らした。
「……まったくだ。マジに、お花畑が見えたぜ……」
「今日はここらが潮時だな」
 ボソリとロッシェが呟き、リーダーであるイスハータも同意する。
「ああ。荷物を整えたら、街に戻ろう。すまなかったな、ウルツ」
 ポン、と彼が肩を叩いたが、ウルツは浮かない表情のままだった。
「いえ……」
 そこに、空気を読まない明るい声が響いた。
「もー、しっかりしてくれなきゃ、ウルツ君」
 ぷんすか、と頬を膨らませていたのは、一人元気なノワだった。怒っている顔もまた可愛らしいが、状況が状況だ。
「ちょ、ちょっと、ノワちゃん……て、あいたたた」
 さすがに、テーストがたしなめる。頑張って動いたせいで、脇腹が痛みをぶり返し、その場に突っ伏しそうになる。
 せっかく制止しようとした彼に構わず、ノワは聖職者に先輩として説教を続ける。
「駄目だよ、こういう時はビシッと言わなきゃ。危うくテースト君、死んじゃう所だったんだよ? ウルツ君は回復の要なんだから、ちゃんとみんなを守って上げなきゃ」
「そうですね……」
 ウルツは、ノワの言葉に無表情に応じていた。
 しかし、彼女はウルツの様子には気付かない。
「前線はすごく大変なんだし、比較的安全な場所にいるウルツ君が後ろの心配をしないと」
「ちょ、ちょっとノワ……それ以上は……」
 テーストに代わってイスハータが、何とか穏便に済ませようと、ノワを止めようと試みる。
 だが、遅かった。
「ね? もっと頑張ろ、ウルツ君。これぐらい、前のメンバーなら普通にやれてたよ? ウルツ君にも出来る出来る♪」
 テーストが、天を仰いだ。
 ウルツは無言で、バトルメイスを石畳に叩き付けた。このパーティーに入った時、その契約の一部としてもらったモノだ。
 重い一撃に、遺跡の床に大きな亀裂が生じる。
「きゃっ!?」
 弾き飛ばされた石片に、ノワはたまらず顔を覆った。
「だったら……」
 無表情な顔を上げ、ウルツはメイスを放り投げた。
「……だったら、その、前のメンバーを呼び戻せばいいじゃないですか。その人が、どれだけ出来た後方支援だったか知りませんけど、僕には無理です。ええ、こんな仕事、とてもやってられません」
 今回の探索で得た成果をリュックの中から取りだし、床にぶちまける。
 自分の分だけになった荷物を背負い、ウルツは街に向かって歩き始めた。
「お、おい、ウルツ……」
 その背に向かって、イスハータが声を掛けてみた。
「一人で帰れますから、お気になさらず!」
 ウルツの姿が小さくなっていくのを眺めながら、力なくロッシェが呟いた。
「……これで、三人目か」
「だな」
 テーストが同意し、イスハータは青い空を見上げた。
「また、新しい回復役を、探さないとなぁ……」
「毎回新しい人入れるのって、大変なんですよね、連携とか……」
 バサンズも、疲れたような声を漏らす。
「ったくもー、うまく仕事が出来なかったからって逆ギレなんて、どうかと思う! プロ意識がなさ過ぎるよ!」
 腰に両手を挙げて怒りをぶちまけているのは、ノワ一人だけだった。
「そう思うよね、みんな!」
 同意を求めて振り返る。
「あ、ああ……」
 駄目だコイツ、早くどうにかしないと……。
 四人の視線が交錯し、その心の中は見事に一致していた。

 そしてその夜、四人は大きな酒場の一隅に集まっていた。
「……どう思うよ、現状」
 不景気な顔で麦酒をあおりながら、まずテーストが切り出した。ちなみにノワは部屋で寝ると言って、今回の集まりに参加しなかった。
「……ジリ貧、ですね。悪い方悪い方へと進んで行っているような気がします」
 バサンズの言葉に、ロッシェは重々しく首を振った。
「気がするのではなく、現実だ」
「リーダーはどう思うよ」
「…………」
 イスハータはアゴの下で手を組んだまま、動かない。
 しばらく四人は酒を飲んだり、料理をついばんだりしていたが、その間一人も口を開かなかった。
 何を言っていいのか分からないのだ。
 やがて、空になったジョッキをテーブルに置いたバサンズが呟いた。
「……やっぱり、シルバさんに戻ってもらうしか」
「それは無理だ」
 相変わらず不動のまま、イスハータが否定する。
 それをテーストが補足した。
「あ、ああ……バサンズ、お前はまだ知らなかったかもしれないけど、もうシルバは自分達のパーティー作っちゃってるんだよ。今更、そんな頼み出来っこない」
「どの面下げて、という所だな」
「ロッシェの言う通りだ」
 イスハータが頷き、テーストは椅子の背に大きく身を預けた。
「となると、オレ達が選べる道は、限られてる、か……。つーかいくらか高めの聖職者をまた雇っても、また同じ事の繰り返しだよなぁ……」
 ぐい、と背を仰け反らせる。
 それを眺めながら、バサンズはウェイトレスに新しい酒を注文する。
「彼らにもプライドがありますからね……いちいち前任者と比較されるのも……」
 イスハータがようやくフォークを握り、ソーセージを突き始めた。
「ってなると、アイツ以上に優秀な聖職者を探すしかないんだけど……それもちょっとやばくなってきてる」
「悪評が広まりつつある」
 ロッシェとイスハータは同時に、ソーセージを囓った。
「うん。クレリック殺しとか、嫌な渾名が付き始めてるしな、ウチのパーティー」
「うへぁ……たまらねーなー」
 天井を見上げたまま、テーストは力なく笑った。
「じゃあ、やっぱり地道に新しい聖職者を育てるしかないですか」
 バサンズの提案に、テーストはそのままの態勢で茶々を入れる。
「それまで、ノワちゃんのいびりに耐えられたらな」
「よせ、テースト」
 ロッシェが制したが、テーストは勢いよく身体をテーブルに戻した。
 そしてジョッキを握って立ち上がり、一気に中身を煽った。
「っつーか、明らかに最大の問題はそこっしょーっ! 無理無理無理。ありゃー無理。俺が聖職者なら、ストレスで死ぬ。ウルツ、すげーよ超頑張ったよ! 結局潰れたけど!」
 ダンッと空になったジョッキを、テーブルに叩き付ける。
 ノワは可愛い。それは、全員が認める。そんじょそこいらの歌姫よりも、ずっと愛らしいと言ってもよい。よほどの物好きでなければ、大抵の男は皆、同じ意見だろう。彼女が、このパーティーに入ったのは、幸運だと皆が思った。
 そしてそれにのぼせ上がり、ねだられるまま彼らは欲求に答えてきた。
 その結果がこれだ。
「気付かぬ間に、俺達は破格の回復役を失っていたという事か」
 ボソリとロッシェが呟き、イスハータは弱々しく首を振った。
「ああ……手遅れだ」
 何やら考え込んでいた風のバサンズが、不意にテーストに顔を向けた。
「……テーストさん、今のシルバさんのパーティーって、どんななんですか?」
「あ? お前そんな事聞いてどうするんだよ」
「い、いえ……」
 バサンズは何だか妙に気まずそうな雰囲気だったが、やや酔いの回りつつあるテーストはそれに気付かなかった。
 アルコールの勢いに任せて、喋り始める。
「オレが知ってる話だと、何かすごいぞ。極東から流れてきた狐獣人の剣客に、鬼族の豪剣使い。あと、絶魔コーティングされた軍用鎧で出来た{動く鎧/リビングメイル}」
「その、魔法使いは? まだ決まっていないんですか?」
「んー、最近、吸血鬼族の美形魔法使いが入ったらしいな。学習院に権限持ってるホルスティン家って知ってるか? 何かも-、ウチとは大違いのアゲ調子だよなーったくもー。ねーちゃん、おかわり!」
 テーストが手に持ったジョッキを、通り掛かったウェイトレスに突き出した。
 一方、バサンズは驚きに思わず、立ち上がっていた。
 冒険しない時の多くの時間を学習院で過ごす彼には、馴染みのありすぎる名前だったのだ。
「あの、ホルスティン家ですか!? っていうか、何で司祭が天敵の吸血鬼と手を組んでるんですか!? あり得ないでしょう、普通!?」
「ああ、その辺はシルバは全然気にしない主義だったからな」
 イスハータも少し酔いながら、思ったままの事を口にしていた。
「リーダー、何か知ってるんですか?」
 んー、と額を掻き、イスハータはバサンズの問いに答えた。
「アイツの出身はドラマリン森林領と言って、元々亜人の多い地域だ。むしろ人間と亜人を分けて考えてる方が何か不自然だと、いつかの折に聞いた覚えがある。それにホルスティン家もあそこに領地を持っていたはずだし、何か繋がりがあってもおかしくないんじゃないか?」
「……なるほど」
「つーかそんなの聞いて、どうする訳よ。今はそれよりオレ達の今後の事だろ。誰か、いい案ねーの? 何もないなら、オレ、新しい注文するよ! おねーちゃん、バナナチョコクレープパフェ一つよろしく!」
 テーストはウェイトレスが持ってきたジョッキを受け取り、一気に煽った。
 そんな彼の様子を、イスハータは見上げる。
「そういうお前はどうなんだ、テースト」
「ぷはぁっ……! あるよ、一応。この中の誰かが、聖職者ギルドで修業すんのさ。ある意味、一番確実っしょ」
「だが、そうなると本来の職の修練が疎かになる」
「なるねー」
「一番、そう言うのに向いているのは……」
 三人の視線が、魔法使いに集中した。
 バサンズは、慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕にだって、新しい魔法の習得が必須です。それよりは、リーダーがもっと神官として位を高める方がいいと思います」
 だが、イスハータにも、それが出来ない言い分がある。
「前衛としては、可能な限り攻撃に専念したい。祝福はあくまで補助に過ぎないんだ。オレやロッシェが学んでもいいが、そうなると誰かが代わりに前衛に立たざるを得なくなる」
 そして、力ない笑いを三人に見せた。
「それじゃ、本末転倒もいい所だ。結局攻撃力が下がって、探索も効率が落ちる。……いや、もう既にその段階まで来ている、か……」
「じゃあ、どうするってのさ、リーダー」
「それが分かれば苦労しないさ」
 特に答えを期待していた訳でもなかったらしく、それを聞いたテーストはテーブルに残っていたフライドチキンをもそもそと不景気な顔で齧り付いた。
「……原因は、ハッキリしているのだがな」
「言うな、ロッシェ」
 暗い声を、イスハータは制した。
 問題も原因もハッキリしてる。分かってはいるけれど、それを果たして誰が言うのか……それが重要だ。
 長々と話した挙句、実は最初からそれが四人の共通した見解だった。
 ただ、とこの場にいる全員が思う。

 分かっちゃいるけど、それを誰が言うんだ。

 誰だって、ババを引きたくないのは同じである。
 彼女に涙目になられるのが辛い。嫌われるのが怖い。
 進んで嫌な思いなど、したくはないのだ。
 だから、分かりきっている答えを誰も口に出さないまま、不景気極まりない飲み会は続くのだった。

「……ま、オレは一応アテはあるけどね」
 それは口に出さず、金髪の盗賊は据わった目で麦酒の残りをぐいと煽った。
 魔法使いの枠はもう塞がったらしいが、まだ盗賊の枠は残っているらしいし……。



[11810] 学習院の白い先生
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/12/06 02:00
 最近のシルバのパーティーは、{朝務亭/あさむてい}という食堂が集合場所となっていた。
 朝食のトマトジュースを飲み終えたカナリーが、真っ先に立ち上がる。後ろに控えていた赤と青のドレスを纏った美女、ヴァーミィとセルシアが彼の両隣に自然に侍る。
「シルバ、行こう」
 香茶を飲み干したシルバがそれに続く。
 二人はこの日、学習院に行く用事があったのだ。
「ああ。みんなもしっかりな」
 二人を見送ったキキョウ、ヒイロ、タイランは顔を見合わせた。
「……さて」
「さてさて♪」
「……い、いいんでしょうか」
 一人、タイランだけは何だか後ろめたそうだったが、キキョウはそちらに鋭い視線を向ける。
「何を言う、タイラン。お主は気にならんか、あの二人が」
「そうだよ、タイラン! あの二人が学習院でどんな事をしているか。これは是非とも調べなきゃ!」
 勢いに同調するヒイロに、タイランはそれでもおずおずと、提案してみる事にした。
「あのー、そ、それなら直接本人に聞けばいいんじゃ……その、ないでしょうか? わざわざ尾行なんて……」
「分かってないね、タイラン」
 ふ……とヒイロは笑って断言する。
「それじゃ面白くないじゃないか!」
「そんな、目を戦闘色に頬を赤らめながら光らせてまで主張しなくても!?」
 コホン、とキキョウは咳払いをする。
「そ、某的にはそれでもよいのだが、こう、タイミング的になかなか聞けなくてな……」「とゆー訳で、尾行なんだよ。おっとそろそろ行かないと、見失うよ二人とも」
 今にも飛び出しそうな勢いで、ヒイロがキキョウ達を急かす。
「う、うむ、そうだな」
「……うう、最悪、私がヒイロの暴走を止める事になりそうです」
 三人も立ち上がり、シルバ達を追いかける始めた。

 それから十分後のアーミゼスト学習院、一般教棟廊下。
 深々と、シルバは溜め息をついた。
「というか、あっさりバレる訳だが。タイラン、お前まで何やってんだ」
「す、すみません……」
 大きな肩身を狭めるタイランだった。
「大体、ヒイロはともかくお前の身体で尾行は無理だろ、常識で考えて。まあ、それでも……」
 シルバは振り返った。
 そこでは、十数人の女学生に囲まれたキキョウが悲鳴を上げていた。
「シ、シルバ殿! たすっ、助けてくれ! いや、某は入学希望ではなくて、いや! 案内ならば間にあっているのだ!」
 何か、女の子の頭上から、手首より先しか見えない。
「……キキョウはもう少し、スマートなあしらい方を覚えるべきだな」
 冷静にカナリーが批評する。
「同感」
 今回に関しては、特に同情もしないシルバだった。
「そもそも、これまでどうして来たんだ、アイツは」
 素朴なカナリーの疑問に、シルバは答えた。
「基本、これまで夜の酒場の用心棒だったからな。昼間はあまり出歩かないんだよ。その度にこれだし、確かにもうちょっと慣れるべきだよな」
「なるほど」
「あれ?」
 ふと思い出し、シルバは周囲を見渡した。
「ど、どうかしましたか?」
 タイランの問いに、むしろシルバが尋ねたかった。
「ヒイロは?」
「……あれ?」

 少し悩み、全員が同じ結論に達した。
 シルバ達が学生食堂に入ると、てんこ盛りの料理を前にしたヒイロがぶんぶんと手を振った。
「やっほ、みんな。久しぶりー」
「案の定、ここだったか」
 カナリーが首を振る。
「……久しぶりも何も、ついさっき食堂で別れたばかりだろうが。というかお前の胃袋は一体どうなってやがるんだ」
 朝っぱらからハンバーグステーキなんて注文するヒイロに、シルバは呆れるしかない。
「お肉は別腹」
「朝食も肉だっただろうが!?」

 ヒイロがあっさり料理を平らげ、五人は廊下を歩く。
 学習院の一階通路は右が吹き抜け、左が教室となっている。
 やたら目立つ集団の為、すれ違う人達は例外なく振り返っていた。
 ……が、今更そんな事を気にしてもしょうがない。
「つーか見学したいんなら、最初からそう言えばよかったのに」
「まったくだな。それじゃ僕はこの辺で」
 カナリーは一人、廊下を曲がっていった。
「おー、しっかりな」
「シルバもね」
 手を振って別れ、シルバはそのまま真っ直ぐ進む。
「カナリーとは別行動なのか」
 代わりに並んで歩き始めたキキョウの問いに、シルバは頷いた。
「ああ、学ぶ講義が違うからな。そもそも、そんなに接点があったら、初対面の時にあんなにこじれやしなかっただろ?」
「まあ、それは確かに……」
 キキョウも、カナリーとの邂逅を思い出す。
 出会いと言うよりは、遭遇戦と呼ぶのがふさわしい記憶だった。
「学習院は相当に広いし、まったく接点のない奴がいる。カナリーは攻撃系の魔法を中心に習得だし、俺は補助系だしな」
「先輩先輩! 運動もするの!?」
 ヒイロが目を輝かせながら、グラウンドを指差した。
 広大なグラウンドのあちこちで、柔軟体操やジョギングをしている生徒達の姿が見て取れた。
「そりゃするさ。詠唱はつまり声の発生。戦士ほどじゃなくても、それなりの体力は必要になってくる……って、もう行っちまったか」
 シルバの説明を聞くより早く、ヒイロはグラウンドに飛び出していってしまった。元々勉強より身体を動かす方が好きなヒイロだ。大人しくしている方が無理というモノだろう。
「ど、どうしましょう……私、ヒイロを見ていた方がいいんでしょうか……?」
 心配そうにするタイランに、シルバはヒラヒラと手を振った。
「あー、大丈夫だと思う。余所のギルドならちょっとやばいかもしれないけど、ここは魔法使いギルドだ」
「……は? え、ええ、そうですけど……」
「つまり……」
 シルバは仏頂面で、小さくなっていくヒイロを指差した。

 いつの間にかヒイロは白衣を着た三人の眼鏡老人に囲まれていた。
「おおっ、鬼じゃ鬼じゃ珍しいのう」
 眼鏡をキランと輝かせながら、遠慮無くヒイロの頭の先から足先まで眺める。
「え? な、何お爺ちゃん達……」
「鬼と言えば、魔法抵抗の極端な低さが特徴だったはずじゃ。どれ、いっちょ調べさせてくれんか」
「や、え、ちょ、ちょっと待って!? なあっ、痴漢ーっ!?」
 戸惑うヒイロに構わず、別の老人が滑らかな二の腕を撫で上げる。
「おーおー、この骨剣も随分な年代物じゃなぁ。ちょいと調べさせてくれんかの」
 また別の老人が、ヒイロの愛剣をベタベタと触れ回っていた。
 学習院の古老、シッフル三兄弟である。
 研究者としては、相当に高い位置にいるが、むしろ揃って奇行の方が目立つ三人であった。
「せ、先輩ーーーーーーっ!!」
 手荒に扱う訳にもいかず、ヒイロは先刻のキキョウに似た悲鳴を上げた。

 遠くのヒイロに、シルバが大声を掛けた。
「ま、基本的にあの爺様らに害はないから、大丈夫だろ。ヒイロ、しばらく遊んでてもらえー!」
「えぇーっ!?」
 泣きそうな返事が返ってきた。
「い、いいんでしょうか……」
 タイランはまだ不安だったが、シルバは特に危機感を持っていないようだ。
「こ、ここは、シルバ殿の言葉を信じよう……ここでは、シルバ殿の経験の方が長い」
「で、ですね……」
 いよいよヒイロが老人達の包囲から脱し、猛ダッシュで逃走を開始した。

「子供も、結構いるんですね……」
 その子供達は、ガションガションと足音を鳴らすタイランを見上げると、ポカンと口を開けるか目を輝かせるかのリアクションしかない。
「何か聞いた話だと、この都市の初代市長の要望らしい。この辺は一般学問の校舎で、金さえ払えば、誰だって学べるんだって」
 歩みを止めないまま、シルバが言う。
「この辺は、某も馴染みがある。しばらく通っていたのでな」
「そうなんですか……?」
 キキョウが学習院に出入りしていた事は、タイランにとって意外だった。
「極東のジェントの方とこっちじゃ、全然言葉が違うからな。言葉や読み書きを習うまで、結構苦労してるんだ」
「左様。右も左も分からぬ某を導いてくれたのが、シルバ殿であったのだ」
「へえ……シルバさん、ジェント語分かるんですね」
 それもまた、意外だった。
「タイラン」
 ふと、シルバはタイランを見上げた。
「は、はい……?」
 シルバは自分のこめかみに指を当てた。
「精神共有」
「あ」
 言われて、タイランは納得した。
「……なるほど」
「言葉は分からなくても意志は伝わるからな。種族によってはモンスターでも意思疎通出来るんだから、余所の国の言葉ぐらい何とかなる」
「も、ものすごく便利なんですね」
「ああ。ただ、習得するのにえらい修業の時間が掛かるから、ほとんど取る人がいないのが難点なんだけど」
 ホント、便利なんだけどなぁとシルバはぼやいた。
「シルバ殿、ずいぶんとのんびりしておられるが講義はよいのか?」
 特に慌てる様子もないシルバに、逆にキキョウが心配になってきているようだった。
「ああ、今日は、講義は午後から。研究室の方に用事があるんだよ」
「研究室?」
 シルバはタイランでも楽々入れそうな大きな扉の前で足を止めた。
 そしてその扉をノックをする。タイランはキキョウと一緒に扉の横にある金属プレートを確認すると、そこにはストア・カプリスという名前が刻まれていた。おそらくそれが、この部屋の主の名前なのだろう。
「つまり、俺の魔法の師匠。……返事がない」
「留守か?」
 しかしその問いに答えず、シルバは頭を掻いた。
「教会の方か?」
「え……?」
 眉を寄せたまま、シルバはノブに手を掛けた。
「って、鍵開いてるし。不用心な」
 あっさり回ったノブを引き、重い扉を開いた。

 本来は相当に広いと思われる部屋の中は、雑然と積み重ねられた書物で満たされていた。
「おぉ……」
 黴臭い臭いよりも、むしろその量にキキョウは圧倒された。
「……す、すごいお部屋ですね」
 タイランも、ため息を漏らす。
「普通普通」
 平然と言いながら、書物と書物の間に出来た通路を進むシルバ。
 キキョウは、タイランを見上げた。
「……普通か?」
「い、いえ……違うと思いますけど……」
 聞こえていなかったのか、シルバは振り返ってタイランを指差した。
「タイラン気をつけろよ。どっかぶつかると、キキョウが生き埋めになる」
 確かに、タイランの体格では書物の通路はギリギリの幅のようだ。
「は、入るの、やめましょうか私……」
「は、入るなとは言われていないし、大丈夫だろう。気をつけさせすれば……」
 おっかなびっくり、二人も部屋の奥に進む。
 どうやら通路の先は応接間となっているらしく、ソファやテーブルがあった。
 そしてそのソファに、真っ白い法衣の人物がこちらに背を向けて寝そべっていた。
「あー、やっぱりいたいた。ったく、研究室で寝ないで下さい、先生」
 しょうがない、という風にシルバがその人物を揺り起こす。
「あ……おはようございます、ロッ君」
 長い白髪を掻きながら、彼女は身体を起こした。
「おはようございます。もうほとんど昼ですけど」
 かなりぞんざいに、シルバは挨拶した。
 そしてキキョウは衝撃を受けていた。
「……女性っ!?」
 髪も白なら法衣も白。強いて言えば目は金色だが、やはりイメージは白ずくめな女性だ。二十代半ばぐらいだろうか、おっとりした感じの美人だった。亜人の血を引いているらしく、耳が長く伸びているのと、山羊のような丸い角、先端が槍のような細い尻尾まで白かった。
 彼女が、ネームプレートにあったストア・カプリスなのだろう。
「ふわぁ……あら、お客様ですか……? おはようございます」
 ややずれた挨拶をするストアだった。
「ウチのパーティーの面子で、学習院の見学です。いいからさっさと着替えて顔洗って下さい。こっちは勝手にやってます。食堂の場所は覚えてますね?」
「ええ」
 頷き、ストアはいきなり法衣をたくし上げた。真っ白い腹部と下着に包まれた下乳が露わになる。
「って、ここで脱ぐなーっ!?」
 すかさずシルバが顔を赤らめ突っ込んだ。
「ですけど、ロッ君、着替えろって」
「更衣室!」
 ビシッと部屋の外を指差す。
「あら……そういえば、そんなモノもありましたね。それじゃ、しばらくよろしくお願いします」
「……頼むから、男子用と間違えないで下さいよ?」
「ちょっと自信ないですね、それ……」
「あと、仮にも女性一人で居残り研究なら、せめて戸締まりぐらいする!」
「盗まれる金目のモノなんて、ここにはありませんよ?」
「台詞の前半聞いてました!?」
 相当、呑気な人物らしい。
 ふと、ストアはいい事を思い出したと言った表情で、両手を合わせた。
「あ、ご飯ですけど机の上に、夜食の残りが」
「いいから食ってこーいっ!!」
 ほとんど追い出すような勢いで、シルバは叫んだ。
「はぁい。それでは、しばらくお待ち下さい」
 おっとりと言い、ストアは二人の脇をすり抜けていった。
 息を整え、シルバが振り返る。
「……すまん、あんな先生で」
「い、いや、というか、シルバ殿のツッコミが激しすぎて、どこから驚いていいやら……」
「そ、そうですね……」
 シルバの、意外な一面を見たような気がする、二人だった。
「まあ、先生が戻ってくるまでしばらく時間もある事だし、ちょっとヒイロを回収しとくか」

 ちなみにヒイロは、食堂でその食いっぷりと消化具合をシッフル爺達に観察されていた。
「先輩のはくじょうもの! れいけつかん! あっきらせつ!」
 連れ戻したヒイロは、スゴイ勢いでシルバを糾弾した。
 しかし、慣れない単語があまりに舌っ足らずなので、まるで迫力に欠けていた。
「お前知ってる単語、とりあえず言ってるだけだろ」
「ぬうー、怖かったんだから!」
 頬を膨らませる。
 なお、キキョウとタイランは暇をもてあましたのか、シルバが許可を出した範囲の書物を適当にめくっていた。
「食堂でめっちゃ食ってたじゃねーか、お前……」
 しかも、手には購買パンの袋までお土産に持っていた。
「あれはお爺ちゃん達が、鬼の胃袋の研究したいって言うから、協力して上げてただけ!」
「と言う名目で、食い放題だったとさ」
 などと遊んでいると、換気の為空きっぱなしにしていた部屋の扉を誰かがノックした。
「シルバ、いるかい?」
 顔を覗かせたのは、金髪の美青年、カナリーだった。
「あれ、カナリー。どうした?」
「敷地内で迷子になってたお前の所の先生連れてきた」
 部屋に入ってきたカナリーと従者である赤青美女の後ろから、にこやかな表情のストアが付いてきた。
「…………」
 シルバは、白い目を師匠に向けた。
「お手間を取らせました」
 ストアは、カナリーに頭を下げる。
「いえ。しかし、カプリス先生も、この学習院に来てそれなりになると聞きますが……まだ、迷いますか」
「角が三つ以上ある道は、苦手なんです」
「……最悪、スタート地点に戻りますね」
「よくやります」
 頭の悪い会話に、頭痛を堪えるシルバだった。
「すまん、カナリー。こんな先生で」
「気にするな。しかし、正直危ない所だったぞ。校内放送で君、迎えの要請をされる所だったし」
「せーんーせーいーっ!?」
 シルバは危うく、師匠の胸ぐらを掴みそうになった。
 しかし、ストアは相も変わらず呑気な笑顔のままだった。
「まあ、万事オッケーだったからいいじゃないですか。どうも、お待たせしました。ロッ君のお友達……あら、一人増えました?」
 ヒイロの存在に気付き、目を瞬かせる。
「増えました!」
 ヒイロも、元気に手を上げる。
「まあ、いいお返事ですね。それで……ロッ君の彼女はどなたですか?」

 何気ないストアの発言に、部屋の空気が凍った。

 沈黙が支配する部屋で、まず動いたのはシルバだった。
 ストアの長い両耳をつまみ、左右に引き延ばす。
「ロッ君、痛いです」
「先生、ここにいるのは全員男ですよね?」
 シルバは、静かな口調でストアに問うた。
「私、女ですよ?」
「先生はカウントされてません」
「……ロッ君、私だけ仲間はずれにするんですね? 私、悲しいです」
 目を伏せるストア。
「盛大に話が脱線してるから話戻すけど、空気読め」
「では、そういう事で」
 ようやく、部屋の空気が弛緩する。
 さっきのストアの発言は、全員が忘れる事にした。
「でもこれだけ綺麗どころだとあれですね」
「何ですか」
 上司の言葉に、また変な事を言わなきゃいいけどと危惧を抱きながら、シルバは聞いてみた。
「私、お婿さん欲しいかもしれません。どうでしょう、そこの鎧の方」
 ストアが見上げたのは、タイランだった。
「って、よりにもよってタイランかよ!?」
「わ、わわ、私ですか……?」
 本人も意外だったのか、慌て始める。
「ロッ君、人を外見で判断しちゃ駄目ですよ。大切なのは中身です」
「立派な台詞ですけど、会ってからこれまでコイツと一度もまともに話してませんでしたよね、先生!?」

 漫才のような二人のやり取りに、パーティーのメンバーはとても入って行けそうになかった。
「な、何かスゴイ先生だね……」
 普段人懐っこいヒイロですら、これである。
「うん……シルバから話には聞いてたけど、聞きしに勝る大ボケぶりだ」
 腕を組んだまま、シルバとストアの掛け合いを眺めるカナリー。
「カナリーは戻らないの?」
「面白そうだから、もうちょっといよう。新しい知識は勉強のいい刺激になるからね」

 改めて、それぞれの自己紹介を終え、上座の椅子にストア、左右のソファにシルバ達が腰掛ける。カナリーの従者達は、壁沿いに控えていた。
「先程は、失礼しました」
 ほんわかとした口調で、ストアは頭を小さく下げた。
「しかし、想像していたのと少し違うな……某はてっきり一般の講義と同じように、大きな教室で学ぶモノかと思っていたが」
 キキョウが部屋を見回す。
 確かに部屋自体は大きいが、講義用という感じではない。
「いえいえ、もちろんそういう講義が主ですよ。実技の大半は、体育館で行われますし。ロッ君の勉強の大半は、補助系の魔法ですよね。ただ、こうした研究室は、それとは別に専門的な魔法の理論を学ぶ所なんです」
「つまり、あまり冒険に役立つ魔法じゃないって事さ」
 ストアの答えに、カナリーが肩を竦めながら補足する。
「実践的な魔法の習得でないとは、シルバ殿にしては珍しいな」
 これもちょっと意外に思う、キキョウだった。
「無趣味なロッ君にも趣味は必要ですから」
「いや先生、自分の学問を趣味とか言わない!?」
「楽しんで学ぶのが、学力向上のコツですよ。実際、半分は道楽みたいなモノですけどね」
 のんびりしたストアの言い分に、シルバは天を仰いだ。
「下手すりゃ自分の命に関わるかも知れない勉強を、道楽とか言うなよー……ったくもー」
 あまりに小さいボヤキだった為、シルバのその声は誰にも聞こえなかった。

「そもそもシルバ殿は、どういう研究を学んでいるのですか」
 キキョウが好奇心のまま聞いてみた。
 ストアはにこにこと微笑んだまま、答える。
「そうですねえ。いわゆるエネルギーに関する内容ですね。今、この世界では主に魔力が大きな力として利用されていますして……あら、ハーベスタさん、興味がおありですか?」
 笑顔を、タイランに向ける。
「い、いえ、そういう訳では……」
 それまで微動だにしていなかった、タイランが慌てて首を振った。
 しかしストアはそれには構わず、ふと首を傾げた。
「そういえば、精霊機関の第一人者、コラン・ハーベスタ氏と同じ名字ですけど、親類だったりします?」
「そ、そそ、そんな事は、ありません」
「ですよね。私の気のせいです。以前一度お会いしましたけど、天涯孤独と聞きましたし。……あら? いえ、娘のようなモノがいるとか、聞いたような……すみません。忘れて下さい」
「いえ……」
 一瞬身を乗り出しかけたタイランだったが、結局、ソファに腰掛け直した。
 ストアは、軽く掌を合わせる。
「お話を戻しますと、つまりその魔力の代替となるエネルギーの研究です。魔力を利用した動力では、パル帝国の魔高炉工業地帯が有名ですよね。あんな感じです」
「パル帝国の魔高炉……そのイメージですと、あそこの機械重装兵のような軍事利用もされる訳ですね」
 パル帝国は、大陸の北にある強大な軍事大国だ。兵器の開発ではどの国よりも進み、魔王討伐軍には絶魔コーティングを施された機械兵、黒色重装兵団を派遣させている。
 なお、タイランの甲冑もカラーリングこそ違えど、そのパル帝国の重装鎧である。
 そのキキョウの懸念を、ストアは否定しない。
「はい、その将来性ももちろんあります。けれど、力をどう使うかは人次第ですよね。件の魔高炉を例に取るなら、それこそ軍隊に使われ、一方では医療にも利用されています。ですけどそもそも、私の研究はおそらくこの学習院、いえ、各国の中でも群を抜いて可能性の低いモノですから、ほとんど杞憂に終わると思いますけどね」
 後半は、少し困ったように眉を下げるストアだった。
 ふむ、とキキョウは知的好奇心を刺激される。
「それは、具体的に聞いてもいいモノなのですか?」
 んー、を難しい顔で唸ったのは、シルバだった。
「聞いても理解出来るかどうか。いや、キキョウの知性の問題じゃなくて、何つーか……」
「宗教的な概念だからな」
 一応ストアの研究を知っているカナリーが、言葉を引き継いだ。
「そう、それ」
「宗教的、とは?」
 再び、ストアの話が再開される。
「もうちょっとだけ、話が逸れますけど、今言った通り、私達は魔力以外のエネルギーの研究を進めています。ホルスティンさんが所属する研究室は確か、生命力でしたよね」
 カナリーは力強く頷いた。
「突き詰めるならば、魂です。あらゆる生命の源であり、とてつもないエネルギーの奔流。これを探求し、利用出来るようならホルスティン家はより大きな力を付ける事が出来ますから」
 それを習うのは、彼が不死族である吸血鬼の一族である事も理由の一つだ。生命力に関してなら、他の種族よりも相当に長けている。
 また、他のエネルギーとして、とストアが言う。
「今の所、一番現実的なモノとして、精霊機関が挙げられます。名前の通り、精霊の力を用いた動力ですね。ただ実用化の大きな問題として、精霊の安定化が懸念されている訳ですが」
「余所の研究に詳しいですね、先生」
「これでも、学者ですから」
 カナリーのツッコミに、ストアはにこにこと応じた。
「……こうして仕事の話をしていると、騙されるんだよなぁ、みんな」
 ボソリと呟くシルバだった。
「生活なんて、衣食住が満たされれば、大きな不満なんて起こりませんよ?」
「それにしても先生は、ズボラ過ぎますから!」
「話を戻しますね。もう一つの候補はスターフォース。すなわち星の力です。この星自体が生成するエネルギーの利用ですが、こちらは数年前、抽出されたばかりの新しいエネルギーですね。気体でも液体でも固体でもない、何だか幽霊のような物質だとか」
「……先生、そろそろついて行けなくなってるぞ」
 ヒイロはとっくにタイランにもたれかかりながら、眠っていた。
「あらあら、つい熱心になってしまいましたね。どうしましょう。この辺で終わりますか?」
「いやいや、先生。まだここの話を聞いていません」
 慌ててキキョウが手を振った。
 実際、ここでどういう研究をしているのか見えていない。
「どうしましょう、ロッ君」
 今更、話していいのかシルバに尋ねるストアだった。
「いざとなったら、嘘の研究をでっち上げて語りますけど」
「いや、本人達を前にそれ言っちゃ駄目でしょ!? それに、カナリーは知ってますし! 付いてこれるかどうかはともかく、ゴドー聖教の信者はいないから、大丈夫です!」
 何だか不穏な発言に、キキョウとタイランは顔を見合わせた。一方、カナリーは平然と、茶を啜っている。
「分かりました。なら、お話ししますね」
 ストアは一拍おいて、言った。
「私達の研究は宇宙の意思と呼ばれるモノです」
「……はい?」
 キキョウの目が点になる。
「つまりですね、この宇宙はそもそも誰かの意思ではないかという思想がありまして。その意思の制御、そうでなくても何らかの接触が試みられれば、無限の可能性があるのではないかという、そういう研究な訳です。私やナツメさん、いやこの世界そのモノがすべて、その意思によって生じているならば、それを制するという事は万能の力を手に入れられるという事と同意義なんです。もし魔力が枯れても、これが実用化されれば魔力の復活も可能でしょうし、そもそも万能の力ですからこれまで以上に便利な世界となるでしょう」
 キキョウは、ストアの台詞を反芻し、何とか理解しようとする。
 そして、つまり宇宙の意思という名の万能の力を追求している、と解釈した。それも、いつか魔力の絶えた世界になる事を前提として話をしている。
「先生の発言はとてつもなく似非宗教家っぽい台詞だが、ようするにそういう研究だ」
「いや、しかし……んん? 確か、世界の意思というのはゴドー聖教における、確か神の力……だったのではないか?」
 ハンパな知識に、キキョウは首を傾げる。
 この世界を見守る神こそゴドーであり、彼は常にこの世界を見守っている。彼に祈りを捧げる事により、神の奇跡とも言われる祝福の術が使えるようになる……はずだ。
 しかし、ストアの言い分は違うらしい。
「ここの研究では、主神ゴドーもまた、世界の意思の一端、という捉え方をしています。矛盾するようですが、『世界の意思』自体に己の意志はないのです。ただあるだけ。ゴドーの奇跡はすなわち、祈りによりその意志が自分を神と『勘違い』する事によって、この世界にリアクションが訪れるのではと解釈しています」
「待て! ちょっと待ってくれ、先生。それは、その研究は、とてつもなく不遜というか……ゴドー聖教そのモノに喧嘩を売っているのでは、ないか?」
 さすがにキキョウは焦った。
 自分はゴドーの信者ではないが、要するにこの人は「お前達の信じている神なんて、単なる勘違いだぞ」と言っているのだ。
 それも、何故か司祭であるシルバも、それを否定していない。
 キキョウの混乱を余所に、ストアは笑顔を崩さず更にぶちまける。
「いえ、ゴドー聖教に限らず、この世界の神様すべてに喧嘩を売っていますね」
「シ、シルバ殿……!? だ、大丈夫なのか!? もし、こんな研究をしている事が教会にバレたら、破門は必至ではないのか!?」
 若干震える指でストアを指差しながら、キキョウはシルバを見た。
「いや……その心配はないというか……」
 シルバは、何故かキキョウから目を逸らした。
「大丈夫ですよ」
 代わりにストアが答える。
「何故!?」
 ストアは懐から、首飾りを取り出した。
「私、ゴドー聖教の司教も兼任してますから。ほら、これが聖印です」
「なーーーーーっ!?」
 キキョウは絶叫した。
「ど、どど、どういう事ですか、先生!?」
「ですから、最悪の可能性に備えての研究ですよ」
「魔力が、なくなるという、アレですか」
「はい。それに学会では笑われるんですけど、不思議と何故、なくならないのかを完全に説明できる人はいないんですよね。そして精霊機関やスターフォースの研究は進んでますけど、可能性は多い方がいいじゃないですか」
「相当に荒唐無稽ですけどね……」
 弟子であるシルバが自嘲するが、構わずストアは言葉を続けた。
「でも、誰かがやっておいた方がいい仕事です。おそらくは、徒労に終わります。それでも、可能性のことごとくが叩きつぶされてどうしようもなくなった時、もしかしたらこの研究が役に立つかもしれません。冒険者の皆さん的なイメージで言えばそうですね。もしこれが実になれば、全滅寸前だったパーティーが完全復活し、かつ味方の力を限界まで強化し、敵を極限まで弱体化させるチートな魔法な訳ですよ。使用対象は世界。ただし、習得はおそらく不可能で、それもおそらく絶望的状況でやっと間に合うような代物ですけどね」
「ああ、それは……そこは本当にシルバ殿らしい……」
 変な所で納得してしまう、キキョウだった。
 代わりに尋ねたのは、それまで沈黙していたタイランだ。
「で、でも、さっきキキョウさんがおっしゃってた通り、本当に大丈夫なんですか? いくら司教様とはいえ、教会が黙っていないんじゃ……その、ないでしょうか……」
 その心配は、もっともだ。
 そんな神がいないのではなどという研究を、教会が許すはずがない。
「はい。ですから私達の研究は教会では、そんな宇宙の意思なんてモノがない事を証明する、という事になっています」
「無い事を証明する……そ、それって……」
「……悪魔の証明では?」
 洒落が利いているでしょう、とストアはニコッと笑った。


 シルバとカナリーは新たな魔法の習得の為学習院に残り、三人は外に出た。
 昼食も学食で取って、今は昼下がり。
 大通りを歩きながら、キキョウは研究室での話を思い返す。
 あまりにもデタラメな話だったが、あのストア・カプリスという白い女性は、この世界が魔力が絶えるという意味で、滅びる事を不思議と確信しているように感じられた。
 キキョウの直感だ。
 一応、最後にそれも聞いてみた。
「今、話しても、絶対信じませんよ。証拠と根拠は……ちょっと出せたモノじゃありませんし、教皇猊下ですら一笑に付すような与太ですから」
 ですから、と付け加え。
「いずれ、その時が来た時に、また」
 そう、ストアはたおやかに微笑みながら、言ったのだった。
 それに関してはシルバも師匠と同意見らしく、沈黙を守った。話してくれないのは残念だったが、シルバが黙っているのならそうする理由があるのだろう、とキキョウは信じる事にした。
「……ひとまず、シルバ殿がとても難解な学問を学んでいる事だけはよく分かった」
「うんうん、全然理解出来なかったけどね」
「私はその……半分程度なら、何とか……」
 半分も理解したというタイランを、キキョウとヒイロは、ちょっと尊敬の目で見た。
「そういえばタイランは、ヤケに気に入られていたな。いっそ魔法戦士を目指してみるか」
「い、いえ、私はその……使えませんから」
「あー。その鎧じゃしょうがないよねー」
 絶魔コーティングされた鎧の装着者は、魔法攻撃に絶対の防御力を誇るが、同時に自身も魔法を使えなくなってしまうのだ。
「それにしても……」
 単に、シルバとカナリーの様子を探ろうと追ったのが、とんだ深い話になってしまった。
 それと同時に、癇癪を起こすシルバを相手にあらあらと微笑み続ける白い貴婦人がキキョウの脳裏から離れない。
「……ううむ、別の心配が出来てしまった」
 ふぅ……、と重い溜め息をつくキキョウであった。


※あとがき。
 プロット時点では、キキョウらが学習院で何か色々遊ぶっていうへろっと短い話だったのが、何でこんな事に。
 設定厨全開っぽい話になってすみません。書ききれるかどうかすら怪しい癖に。
 長々と書きましたが、要するに、

・この世界は魔法使ってるけどなくなるかもしれないよ
・何故か先生は知ってるっぽいし、シルバもなんかそれに備えてる
・魔力以外のエネルギーは精霊さんとプラズマっぽい星のパワーとライフエナジー。そしてシルバはいざって時の第四ルート

 そういう話です。本来は本文で理解してもらうのが正道なのですが、作者の力量不足で伝え切れてない可能性もあるので念のため。
 せっかく書いたので、投下しときます。結局月曜から始める分のプロット進んでないし。(汗

 あと、ちょろちょろと伏線張りました。特にタイラン。

 この作者が書きたいのは、要するに中盤の先生との容赦ないやり取りです。これはこれでシルバの性格の一面です。

 ちなみに先生は、パーティーには含まれません。男装じゃないですから。

 以上、長々とした言い訳終わりです。
 ではまた。



[11810] 精霊事件1
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/05 09:25
 雨だった。
 大降りと言うほどではないが、かといって傘が不要と言うほど弱くもない。
 しかしそれでもシルバ・ロックールが外出したのは、何となく小腹が空き、行きつけの肉屋『十八番』の揚げ物を食べたくなったからに他ならなかった。
 そのシルバが、袋を抱えたままコロッケを囓った手を止め、固まっていた。
 仲間達の集まる食堂『朝務亭』への、帰り道の途中の事だった。
「むむむ……」
 道の端に積み重ねられた木箱の中を覗き、シルバは唸る。
 木箱の中には、薄汚れた仔猫が一匹、横たわっていた。
 弱々しい鳴き声を聞き咎め、誘われるように確認してみたら、入っていた。
「に……」
「これは、見捨てるのは無理だなぁ……」
 コロッケを頬張りながら、シルバはぼやいた。
 その仔猫と目が合う。碧色の目が、鋭くシルバを睨んでいた。しゃー、と鋭い二本の牙をむき出しにされる。
「超警戒されてるし。いや、まあいいんだけど……」
 正直な所、全然怖くない。
 近付くと、仔猫はビクッと身を竦ませ、箱の端に逃れる。
「んー」
 構わずシルバは指を伸ばした。
 逃げようのない仔猫はしばらく身をよじっていたが、頭やアゴの下を撫でると眼を細め始めた。
 そして、指を噛んだ。
「痛ぇ……いや、痛くないか」
 かぷかぷと遠慮はないが、せいぜい甘噛みといった所だ。
 やがて飽きた仔猫は、不意に指から興味を失い、顔を上げた。
 視線を追うと、シルバが懐に抱えた肉屋の袋があった。
「……欲しいの?」
「…………に」
 仔猫が腹を減らしているのは、明らかだ。
「最後の一つだったんだけどなぁ……」
 シルバは楽しみにとって置いたフィッシュフライを半分に割り、箱の中に置いた。
 仔猫はそれを貪り始めた。


 三十分後、食堂『朝務亭』。
 まだ夕餉には早い店内は、比較的空いていた。
「それで、懐かれたと」
 事情を聞いたカナリー・ホルスティンは、ワイングラスを揺らしながら読んでいた本から顔を上げた。
「そう見えるか?」
「いや、指を食われているように見えるな」
「だよな」
 肉屋の袋の代わりに懐に抱えた仔猫は、シルバの指を囓ったまま離そうとする様子がまるでなかった。
 特にダメージもないので、シルバもされるに任せている。
 冒険者の出入りする食堂や酒場は、魔法使いの使い魔や動物使いの契約モンスターもよく出入りする為、この程度の小動物はフリーパスだ。もちろん粗相をすれば、その始末は飼い主に降りかかる事にはなるが。
「それもあるけど、どうするんだい? 飼うの?」
 カナリーの質問は、シルバにとって目下一番の悩み所だった。
「そこなんだよなぁ。ウチのアパートも一応ペットオッケーだけど、留守の間の世話がなぁ……って、どうした、キキョウ?」
 それまで黙っていたキキョウの様子に、シルバもようやく気がついた。
 よく見ると、頬が紅潮し、尻尾がパタパタと左右に揺れていた。
「……かわゆい」
「え、これ?」
 シルバはまだ自分の指を囓り続ける懐の仔猫を見た。
「そ、そ、某も、触ってもよいか?」
「いや、俺は構わないけど、コイツの機嫌次第じゃないか?」
「そ、そうであるな。ぬぬ……」
 キキョウが近付こうとすると、仔猫は警戒を強めたのかシルバの指に囓りついたまま、その毛を逆立てる。
「カナリーはどうする?」
「そ、そういうのは、ストレスが溜まるだろう。僕はいいよ」
 再び読書に戻ったカナリーは、本から目を離さないまま手を振った。
「……お前んトコの召使いが寄ってきてるんだが」
 赤と青の美女はいつの間にか、気配もなくシルバの懐を覗き込んでいた。その様子に、カナリーは慌てて立ち上がった。そのせいでワイングラスが倒れ、本を濡らしてしまう。
「あ、こ、こら、ヴァーミィ、セルシア!? 余計なちょっかいを掛けるんじゃない!  あ、本が!? ワインが!?」
「カ、カナリー、あまり大声を出してはこの子が驚く! ……いやしかしシルバ殿。実際、カナリーの言う通り、どうするつもりか。飼うつもりなら某も協力するにやぶさかでないが」
「んんー……正直な所、里親探すのが現実的だよなぁ。今はまだ暇だから良いけど、冒険に出るようになったら、何日も留守になるだろうし」
「さすがに連れて行けぬよな。あとカナリー。触りたければ素直にそう言うがいい。誰も笑わぬから」
「そ、そそ、そんな事はない! 僕は気にしなくていいから、君達で愛でていればいいじゃないか!」
 カナリーは、ワインのこぼれたテーブルを拭くので手一杯のようだ。
「かわゆいなぁ……」
 立ったまま仔猫を抱いたシルバを、キキョウ、ヴァーミィ、セルシアが取り囲む。大人気である。
 ヒイロとタイランが修練場で稽古中だったのが、せめてもの救いだったかも知れないと、シルバは思った。
「……懐いてくれると、もっとかわゆいのだが」
 へにゃり、とキキョウの耳も悲しそうに垂れ下がる。
 確かに、仔猫はかろうじて大人しいモノの、キキョウや従者達に懐く様子はない。
「結構ハードな人生……いや、猫生歩んでたのかもな。あと、いい加減お前、俺の指から口離せ」
「ソーセージか何かと勘違いしてるんじゃないか?」
 ようやくテーブルを拭き終えたカナリーが、改めて椅子に座り直す。
「……まあ、全然痛くないからいいけどな」
「あと、身体も洗った方が良いな。毛が荒れているように見える」
「うん。……やっぱ気になってんじゃん、カナリー」
「そ、そそ、そんな事はない! 見たままを指摘しているだけだ!」
「ほれ」
 指を仔猫の口から抜き、両手で抱えたシルバはそれをカナリーに突き出した。
「に」
「……っ!?」
 小さな鳴き声に、カナリーは椅子から転げ落ちた。
 その反応に、シルバは察する。
「アレ、もしかしてお前……」
「ち、ちち、近づけるな」
「ひょっとして、遠慮してたんじゃなくて、猫、怖い?」
「そ、そそ、そんな事はないぞ!? 昔、初めて蝙蝠変化に成功した時、猫に食べられかけたとか、そんな過去は一切無い! ぜぜ、全然平気だとも!」
 シルバは、赤と青の従者を見た。
「……お前らの主人って、苦労してるんだな」
 二人は微笑のまま表情を変えないが、それが今は、どこか苦笑のようにシルバには見えた。
「んじゃまー……どうすっかなぁ。やっぱりコイツの身体は洗ってやりたいし、ここは一つ風呂にでも行くかな」
「む」
 ピクン、とそれまで垂れていたキキョウの耳が立ち上がった。
「え、キキョウ付いてくんの? 珍しいな」
 かなり意外だった。
 これまで、こと風呂に関しては何故か一度も同行した事がないのだ。大抵、用事があったり、既にもう入ったなど、間が悪い事が多い。
「う……い、いや、いい。某はもう少しここで飲んでからにする。某に構わず、行ってくれ」
「ぼ、僕も遠慮しておくよ。もう少し飲んでいたいんだ」
 キキョウとカナリーは、同時に首を振った。
 しょうがないか、と思いながらシルバは腕の中の仔猫に声を掛けた。
「そっか。じゃあ、行くかリフ」
「に?」
「ん、シルバ殿、その子の名前か?」
「まー、一応、名前がないと不便だしなー……あー、いかん。本当に飼う事前提になってきてるかも」
 大家さん猫好きだったよなぁ、確か……ちょっと相談してみよう。
 そう考えるシルバに、カナリーが声を掛ける。
「その名前は何か由来があるのか」
「いや、昔実家で飼ってた子の名前。別にいいよなー」
「に」
 言葉が分かるのか、いいタイミングで仔猫――リフは返事をする。
 二人は、風呂に向かう事にした。
 都市の北部に温泉の水脈があり、温泉街となっているのだ。

 シルバを見送り、キキョウはふと、店の掲示板に目をやった。依頼や街の事件などが、何枚も貼り付けられている。
「時にカナリー」
「何だい、キキョウ」
 ワインに濡れ、へばりついたページを嫌そうにめくりながら、カナリーは答える。
「依頼に、面白い調査事件があるんだが。何だか大型の猫型生物が夜な夜な、街中を徘徊しているのだとか。その正体探り、やってみないか」
「あからさまに嫌がらせだな、それは!?」
「はっはっは」
 これで割と仲のいい二人だった。


 アーミゼスト北部、グラスポート温泉街。
 何十かある公衆浴場の中でも、ペット可の男湯にシルバとリフはやってきた。
 タオルを腰、桶を脇に湯煙漂う岩作りの温泉に入場する。
「そして温泉な訳だが!」
「に!」
 元気よく桶に入ったリフも返事をする。
「風呂が好きか、リフ」
「に!」
「お前はそれでも猫か! もうちょっと嫌がるモノだぞ!」
「に!」
「……まー、暴れられて、手が爪痕だらけになるよりは、よっぽどマシか」
 ボヤキながら、まずは身体を洗う事にした。
 岩に腰掛けると、リフが尻尾をゆらゆら揺らしながら、自分を見上げているのに気付いた。その視線を追うと、自分の左胸にある大きな傷痕に辿り着く。
「ん、何だ気になるか、これ」
「に」
「昔、死んだ事があってなー。その時の名残だー」
 ざばーっとお湯を浴びながら気楽に言う。
「に!?」
 リフの毛が逆立った。
 ちなみに、完全に貫通している為、背中にまで到達している。
「まあ、今は全然平気だから、問題ないって。それよりお前も洗うから大人しくしろよー」
「にー」
 自分の身体と一緒に、リフの毛もワシャワシャと泡立てていく。
 薄汚れた毛皮がどんどん白くなっていき、黒いトラ柄も現れてくる。
「つーか目は瞑ってろよ。泡が目に入ると、ちょっとシャレにならん」
「に」
 リフは四本足で行儀よく立ったまま、短く返事を返した。
 ゆっくりと湯を掛けると、泡が流され真っ白い仔猫の姿が現れる。
「うっし、出来上がり。……うわ、何だこの美人さん」
「に」
 思わずシルバはリフを抱え上げた。
「つーか雄? 雌? あ、やっぱり雌か」
「にー!」
 リフの蹴りが、シルバの顔面を捕らえた。
「ぐはあ、猫キックっ!?」
 それから二人は風呂で小一時間ほど過ごした。
 脱衣所で着替えを終え、フロントに出る。
 温かい風呂場から出ると、少し肌寒い気もするが、それもまた今のシルバ達には心地いい。
「んー、いい湯だったー」
「に」
「風呂と言えば上がった後の冷たい牛乳!」
 シルバは、売店で買った瓶牛乳を高く掲げた。
「に!」
「……お前はぬるいのな。腹下すと困るから」
「にぃ……」
 ちょっと残念そうな、リフだった。


 公衆浴場を出た所で、バッタリと見知った顔と遭遇した。
「あれ、先輩?」
 首からタオルを引っさげた鬼っ子、ヒイロだった。相変わらず、小柄な身体に見合わない大きな骨剣を背負っている。
「おや、ヒイロ」
 ヒイロは、シルバの懐を指差した。
「その子、新しい仲間?」
「……俺が言うのもなんだけど、どこまで種族にフリーダムなんだ、お前は。いくら何でもこんな仔猫が、新しいパーティーメンバーな訳あるかい」
「に?」
 よく分からない、とリフは首を傾げる。
「うーん、肉球は魅力的だけど、やっぱり解錠技術とかに不安がありそうだよね。そして先輩、その子をボクに」
 大きく両手を広げた。
「パスだ! 撫でたい!」
「にぃ……」
 あまりにテンションの高いヒイロに、リフはシルバの懐深くに隠れた。
 それを落ち着かせるように、シルバはリフの頭を撫でる。
「お前、言っとくけどコイツ、食い物じゃないからな。食うなよ。絶対食うなよ。パスは無しだ。撫でるだけなら構わん」
「大丈夫だってー。いくらボクが肉食だからって、そんな可愛い子、食べる訳ないじゃん」
「に……」
 ようやく落ち着いたのか、ひょこっと再びシルバの懐から仔猫は頭を覗かせる。
「大丈夫だぞー。コイツも俺の仲間だから」
「に」
「……おおー。心と心が通じ合ってる? もしかして先輩、この子と精神共有の契約結んじゃってたり?」
「ないない。出来るっちゃー出来るけど、動物との契約は手間掛かるしな。それよりお前も風呂?」
「あ、うん。修練終わったから」
 ヒイロは、背後の大きな個室風呂浴場を指差した。
「タイランは? あ、でも道場違うか」
「いや、途中までは一緒だったんだけどね。ただ、タイランはお風呂じゃなくて……」
 ヒイロは、向こうを指差した。
 シルバとリフが指の先を追うと、小さな鍛冶屋に辿り着く。
 ちょうど、そこから大きな鎧がのそり、と出てきた所だった。
 タイランは、ノンビリした足取りでこちらにやってくる。
「も、戻りましたー……って、シルバさん?」
 タイランの甲冑は、妙に光沢が増していた。
「……な、なるほど。確かにタイランは、風呂入る訳にはいかないよな」


 三人と一匹は、一緒に帰る事になった。
 リフも横着せず、シルバと並ぶように自分で歩く。
「あ、大体この辺で拾ったんだよな、コイツ」
 シルバは木箱の積まれた場所で足を止める。
「酷い飼い主もいたもんだね」
 帰り道、リフを拾った経緯を聞いていたヒイロは憤慨する。
 しかし、タイランは首を傾げていた。
「……そ、そうでしょうか? どうも、何か違うような気がしますけど……」
「ん? どゆ事、タイラン?」
「いえ……いくら、薄情な飼い主と言っても、その、一匹だけおざなりにこんな所に捨てるでしょうか。あ、いえ、絶対にないとは言い切れませんけど……! その……だったら、拾って下さいみたいな一言とか、毛布とか……」
「いや、それはどうかな。世の中世知辛いから、タイランみたいに優しい人ばかりとは限らんだろう」
「い、いえ、そうじゃなくて……この子一匹だけ、っていうのもどうも気になるというか……まあ、私が気にしても、しょうがないんですけど……」
「兄弟の可能性か」
 確かに言われてみれば、シルバもちょっと気にならないではなかった。
「お前、兄弟とかいるの?」
「にぃ……」
 リフは元気なさげに鳴くばかりだ。
 その時、背後から声が掛けられた。
「き、君達、ちょっといいかな」
 振り返ると、眼鏡を掛けた気弱そうな青年が立っていた。
 ローブを着ている所を見ると、どこかの魔法使いだろうか。
「ん? あー、タイランのナイスバディに見惚れるのは分かるけど、この子、男の子だよ?」
「は!? あ……えっ……ナ、ナンパなんですか!?」
 ヒイロの言葉に、タイランがたまらず後ずさる。
「……瞬間的にそう言う発想出てくる所、ホントスゴイよなお前」
 呆れるより、本気で感心するシルバだった。
 しかし、どうやら青年の用はタイランではなかったようだ。
「ち、違う! いや、違います。我々が訊ねたいのは、その子の事です」
「コイツ?」
 リフは、シルバの足の裏に隠れていた。
「はい!」
「に……」
 元気のいい青年の声に、リフはますますシルバの後ろに隠れてしまう。
 リフが喋れるはずもなく、シルバが代わりに訊ねる。
「どういう事でしょう。この子の飼い主なんですか?」
「えー」
 ヒイロは眉を寄せた。
「そ、そうなんです! ああ、ホントどこに逃げたのかと思ったら……本当によかった」
 彼は、心底安堵している様子だった。
 が、シルバは逆に警戒していた。
 明らかにリフは怯えているようだ。
 それに、青年の手首に冒険者の証であるブレスレットはない。にも関わらず、懐が不自然に膨らんでいるのだ。
 ……銃を持ってる?
 それを、二人にも精神念話で伝えてみた。
(……まあ、自衛の為に武器を持ってる人だってそりゃいるだろうけど、なぁ……どう思うよ、二人とも)
(怪しい)
 ヒイロは断言した。
(根拠は)
(ない。強いて言えば、ずっと目が笑ってない点、かな)
(あの……ちょっといいですか? 初めて会った時からずっと気になってたんですけど……)
(何だ、タイラン?)
(……その子、猫じゃないです)
「「うん?」」
 たまらず、ヒイロと一緒にシルバはタイランを見上げていた。
(……その子、霊獣です。リフちゃんの話ですと、彼らは自分を捕まえに来たそうです)

 霊獣。
 霊山や森の奥深くに住む、半精霊の獣だ。
 知性は相当に高く、中には人語を話すモノもいるという。
 精霊を信仰するモノ達にとっては、半分神のような尊い存在として崇められてもいる。
 希少種であり、みだりに人が触れていい存在ではない。
 もちろん、飼うなどもっての他だ。下手をすれば、子を掠われた事に気付いた親が里に下りてきて、大暴れしてしまうだろう。

 ただ、疑問は残る。
 何故、それがタイランに分かるのか、だ。
(その話は後でしますので……それに、相手も焦っているようにも、見えますし……)
 確かによく観察してみると、しきりに目を泳がせて周囲を気にしているようだし、ソワソワしている。
 一度そう考えてしまうと、何だか目の前の青年がより一層、胡散臭く感じられてきた。
 シルバはリフを拾い上げると、彼女は慌てて懐に飛び込んだ。
「あの……?」
 青年は、怪訝そうな表情をした。
 突然、ヒイロは背後を振り返って、骨剣を抜いた。
「何かいる!」
 その叫びに、少し離れた場所で様子を伺っていたローブ姿の男が二人、動揺した。
 しかも一人は懐に手をやっている。
 チラッと覗いた柄は、やはり拳銃のモノだった。
「こんな街中で、銃を抜く気か!!」
 シルバが大声で叫ぶと、一瞬彼らは躊躇した。
「逃げよう!」
「あいさ!」
「し、殿は私が……っ!」
 三人は、すぐ脇の路地に飛び込んだ。
「待て!」
「その台詞で待った事のある奴って、今までいるのかなぁ……」
 背後からの声に、真ん中を駆けていたヒイロが思わず感想を漏らした。
 拳銃の音が響くが、タイランの甲冑がすべて弾き、カキンカキンと金属質な音を鳴らした。
「あああ……せっかく、磨いてもらったばかりなのにぃ……」
 タイランは泣きそうな声を上げていた。
 先頭を駆けるシルバは振り返る余裕などなく、ひたすら路地を駆け抜ける。
 もう少しで、通りに抜ける。
 その時、路地全体に大きな声が響いた。

「それは儂のじゃあっ!」

 唐突に地面が揺れ、盛り上がった。
「足下ーっ!?」
 大地を貫き路地狭しと出現したのは、五メルトはあろうかというタイランを圧倒的に上回る巨大な甲冑だった。


 地面の下から現れた甲冑は、指示を与える事で動く機械式の鎧、いわゆる自動鎧と呼ばれる兵器だろう。
 イメージ的には寸胴鍋に逆さまにして丸い目を描いたバケツを乗っけて、太い手足を付けたような外観だ。
 その背中から白衣を着た鷲鼻の老人が降り、背後に回る。爆発したような白髪が印象的だ。
 どうやら、路地を突破するには、目の前の自動鎧を何とかするしかなさそうだった。
「ヒイロは正面の鎧、タイランは後ろのローブ連中で対応! 連中の目的は、リフにある。絶対死守な!」
「うん!」
「りょ、了解です……!」
 ヒイロが骨剣を構え、自動鎧に相対する。
 次に懐にリフを入れたシルバ。
 タイランも足を止め、後方のローブ連中に向き直った。
 正面、自動鎧の股の間から、老人が不敵な笑みを浮かべる。
「……ほう、儂に刃向かうというのか。じゃが! ソイツは苦労して手に入れたんじゃ! 貴様らには絶対やらん! やれ、モンブラン四号!」
「ガ……!」
 自動鎧、モンブラン四号が短い唸り声を上げる。
「っしゃあっ!」
 その横っ面を、跳躍したヒイロの骨剣が張り倒した。
「ガガ……ッ!?」
「ま、待てこの礼儀知らずが! 名乗りぐらい挙げさせんか!」
 さすがに、老人が慌てる。
 しかし、ヒイロのペースは崩れない。
「勝負の世界にそんなモン、無用無用無用!」
 二撃、三撃と骨剣による重い攻撃を繰り出していく。モンブラン四号はかろうじて、それを腕であしらっているが、劣勢なのは明らかだ。
「くっ……何という非常識な! これじゃからガキは嫌いなんじゃ! もうよい! まずは其奴を始末し、霊獣を手に入れるのじゃ! 貴様らも気張るのじゃぞ!」
 ビシッとタイランと向き合っている、ローブの男達に老人は叫んだ。
「せ、先生! その事はあまり大声で言わないで下さい!」
 銃を構えながら、彼らはフードを被った。
「やかまっしゃい! 無駄口叩いてる暇があったら――」
「――戦えっつー話だよね!」
 老人の言葉を、ヒイロが引き継いだ。
 そのまま、モンブラン四号の腕を弾き上げ、足下にダメージを与えていく。
「ガガッ……!」
「おお、意外にやる……」
 こっちは大丈夫そうだなと判断し、シルバはタイランに振り返った。
「タイラン、大丈夫か? 自分の身体優先。一人ずつやっていけば、大丈夫だから」
「は、はい……いきます」
 斧槍を構え、タイランはのそりと踏み出す。
「来るぞ、撃て!」
 眼鏡の青年の指示で、三人の男が一斉に引き金を引くが、タイランの鎧はあっさりと銃弾を弾いていた。
 しかも銃は単発式で、新たな装填に時間が掛かる。
 相手をするのは、タイラン一人でもそれほど難しくなさそうだ。
「つーかやっぱりここはまあ、{豪拳/コングル}!」
 背後にいるヒイロに、シルバは攻撃力を強化させた。
「ういっし!」
「ガガ、ガ……ガ……!」
 モンブラン四号はかろうじて踏ん張ってはいるモノの、いよいよヒイロの猛攻を捌ききれなくなってくる。胴体や手足に何度も打撃を受け、足が下がっていく。
 しかし、それでもヒイロも決定打には到らない。外見に相応しく、相当重い上、頑丈に出来ているようだ。
「出来れば、掩護射撃が欲しい所だけど……」
 欲を言えばキリがない。
 シルバ自身は、火力がないのだ。そしてもう一つの戦力たるタイランは今、別の敵を相手にしている。
 ここはもう一つ、ヒイロに{豪拳/コングル}を重ねるか……シルバがそう考えていると。
「に……」
 懐でリフが鳴き、シルバを見上げていた。
「ん?」
「……っ!」
 リフがモンブラン四号に向き、小さく口を開いた。
 口元から緑色の光が生じたかと思うと、その塊が自動鎧を直撃した。
「ガ……?」
「ぬおぅっ!?」
 副次的に生じた爆風に、たまらずシルバやヒイロも顔を覆う。
 驚いていないのはリフ本人と、タイランだけだった。
「精霊砲です! リフちゃん、お願いします!」
「に!」
 二発目の精霊砲が、モンブラン四号の胴体にぶち込まれる。
「おぉー……やるな、お前」
「にぃ」
「こっちももういっちょ!」
 鈍い音と共に、ヒイロも勢いよく振りかぶった骨剣を、自動鎧にぶち込んでいく。
「ガガ……ガ……ガ……」
「カカ……さすがの儂も少しビックリしたが、残念じゃったな」
 明らかに不利だというのに、老人は笑っていた。
 三発目の精霊砲がモンブラン四号に当たった辺りで、ようやくシルバも気がついた。確かにリフの砲撃は直撃している。しかし、まるでダメージを受けた様子がないのだ。
 四号も、ヒイロへの対応にのみ集中している。
「無傷!? ……絶魔コーティングか!」
「その通り! 儂のモンブラン四号に隙はなしじゃ!」
「にぃ……」
 自分の効かないのが残念なのか、リフは両耳を倒してしまう。
 だが、シルバはそのリフの頭を撫でた。
「いや、いい。そのままお前はヒイロを支援」
「……に?」
「無駄じゃと言っておる」
「そうか? もう一発だ、リフ!」
「にぃっ!」
 新たな砲撃が、モンブラン四号にぶち込まれる。
 攻撃が効かない為、それ自体には構っていないが、動きは明らかに鈍くなっていた。
「ど、どうした、四号!? 調子が悪いのか!?」
 そして、ようやく気がついた。
「……そうか、目眩まし!」
 砲撃に合わせて、ヒイロの骨剣が確実にモンブラン四号に叩き込まれていく。
「その、通り! 火力攻撃だけが、支援じゃねーよ!」
「にぃっ!」
 言いながら、シルバはヒイロに念波で指示を送った。
(まずは、リフを守るのが最優先。ヒイロは、タイランが後ろの連中を倒しきるまで、気張ってくれ)
(そりゃもちろんそーするけど……)
 大きく踏み込みフルスイングした骨剣が、自動鎧の膝をへこませる。
「別に倒しても、問題ないよね!」
「ガ……!」
 たまらず、モンブラン四号は跪いた。
「な、何をやっている、モンブラン四号! しっかりせんか!」
「ガ!」
 立ち上がった四号は、勢いよく拳を突き出した。攻撃途中だったヒイロは崩した体勢のまま、とっさに回避に移る。
 それが幸いした。
 拳が、飛んできた。
「うひゃあっ!?」
 間に合わず、骨剣を盾に防御する。
 巨大な拳がヒイロを直撃し、そのまま真後ろにいたシルバとリフも巻き込んだ。
「ぬおわっ!?」
「にぃっ!?」
 そして、そのまま二人と一匹は、タイランの背中にぶち当たった。
「ひぁっ!?」
 いいタイミングで体格のいいローブの男の一人が、石の突き刺さった鉄骨をハンマー代わりにし、タイランに襲ってきた。
「うあ……っ!?」
 頭を強打され、タイランはたまらずたたらを踏んだが、それでも何とか持ちこたえる。
「くっ、惜しい……! 今のはよかったぞ、四号!」
「ガ!」
 飛んだ拳はどうやら腕部とワイヤーで繋がっているらしく、勢いよく引き戻された。
「あ、危なー……ビックリしたぁ」
 シルバをクッション代わりにしていた為、ヒイロのダメージはほとんどない。
「ビ、ビックリしたのはこっちだっつーの! いきなり受けんな!」
「にぃっ!」
「や、悪い悪い。それよりタイランのサポートよろしく」
 よっと立ち上がり、ヒイロは改めて自動鎧に突撃していった。
 一方、背後の方が問題だった。
「今だ! 態勢を崩している隙に、畳み掛けろ!」
 どうやら増援が来たらしく、四、五人の男達が鈍器を手に、タイランに迫る。
「わ、や、ち、近付かないで下さい!」
 さすがにこの人数を、タイラン一人で捌くのは骨だ。
「タイラン、加速薬追加する!!」
 シルバが袖から瓶を一本引き下ろし、タイランの頭に振りかけた。
 その液の浸透と共に、敵の動きが鈍くなったように、タイランには思えた。
 正面の男の武器を払い、次の男に蹴りを入れて吹き飛ばす。
「ぐ……っ!」
「うあっ!?」
 二人の男が同時に崩れ落ちる。
「れ、練習通り、出来ました……」
 しかし。
「{爆砲/バンドー}っ!」
 詠唱を終えた眼鏡の青年が、魔法を放った。
「シルバさん!」
「そのまま受けろ、タイラン! 防御の必要なしで、次の相手だ!」
「は、はい!」
 とっさに魔法を防御しそうになるタイランだったが、シルバの言葉に反応して一番近くの敵に狙いを定める。
「……何だと!?」
 爆撃がタイランを直撃する寸前、巨大鎧を覆う絶魔コーティングがそれらを無効化してしまっていた。そのまま突き出した斧槍が、新たに一人、ローブの男を倒していた。
「落ち着けよ、タイラン。さっきも言った通り、順番にやれば大丈夫。お前の防御力なら、大抵の敵は大丈夫」
 背中からの言葉が、タイランには心強かった。
「た、助かります……!」
「いや、これが、俺の仕事だから。にしてもトンデモないな、コイツら。――街中なのに、何考えてやがる爺さん!」
「まったくじゃ!」
 シルバの糾弾に、何故か老人も同調していた。
「……あ、あれ?」
「馬鹿者共が! 霊獣が死んだらどうするのじゃ!」
 あ、その心配ね、とシルバは納得した。
「し、しかしこのままでは時間が……」
「よい、それはこちらで何とかする! 当てれば、儂の方が強い! ならば我がモンブラン四号の本領発揮じゃい! ゆくぞ、無敵モード!」
「ガ!」
 老人の宣言と共に、モンブラン四号の身体から見えない何かが放たれた。
「うん……?」
 不可視の力場を感じ取り、シルバはわずかに顔をしかめた。
 しかしそれがどういう効果を持つのか分からない。
 いや、すぐに分かった。
「うわっ!?」
 それまで攻撃一辺倒だったヒイロが、おぼつかない足取りで後退してきた。
「どうした、ヒイロ!?」
 何せヒイロは防御をほとんどしないので、既に打撲跡でいっぱいだ。シルバが回復の祝福を与えると外見の傷はあっという間に治ってしまうが、心の動揺までは癒せない。
「な、何かゴムみたいな見えない壁に邪魔された!」
 無敵モードの宣言と同時に、突然ヒイロの攻撃が弾かれてしまったのだ。
 その衝撃に、ヒイロの手は小刻みに震えていた。
 まるで、分厚いゴムのような感触だった。
「おっとノンビリしとる場合か?」
「え」
 老人の言葉と同時に、ヒイロの身体を濃い影が包み込む。
 そして真上から、四号の鋼の拳が大槌のように勢いよく振り下ろされた。
「……っ!?」
 直後、ヒイロの身体が粉砕された地面に埋没した。


 モンブラン四号の背後で、老人は勝ち誇った。
「カカカ! よし、残るは司祭だけじゃ! さっさと終わらせて撤収するぞい!」
「ガ!」
 四号の目が、シルバに標準を合わせる。
 しかし、シルバは焦らなかった。
「ソイツはどうかな」
「だはぁっ!」
 大きな息を吐く声と共に、地面にめり込んだモンブラン四号の巨大な拳が持ち上がった。
「何ぃ!?」
「今のはちょっと痛かったぞ、コンチクショーモー」
 骨剣を杖にしながら、穴から這い上がってきたのは土まみれになったヒイロだった。相当頭に来ているのか、額の二本角が伸び、全身が赤銅色に変化していた。
「馬鹿な……我が四号の攻撃を食らって無事なはずが……ハッ!? 小僧、貴様の仕業か!?」
 シルバは否定しなかった。実際、ヒイロが潰される直前に放った{大盾/ラシルド}が、どうやら間一髪間にあってくれたらしい。
 ……今のヒイロの土まみれからは、ちょっと分からないかもしれないが。
「それが俺の仕事だからな! {崩壁/シルダン}!!」
 指を鳴らし、正面の自動鎧に呪文を放った。
「ぬう……っ!?」
 四号から、ガラスの割れるような音が響き渡る。
「手応えあり! いけ、ヒイロ!」
「あいさーっ!!」
 骨剣を大きく振るい、一直線に突撃する。
「じゃが、甘い」
 モンブラン四号を中心に放たれる、不可視の力場は健在。それが、ヒイロの骨剣を弾き――
「ぬうぅっ!!」
 ――飛ばされるのを力尽くで押さえ込み、半ば足を地面に埋めた状態でヒイロはなおも前に進む。
「くっ……」
 しかしそれも長く持たず、結局、再びヒイロの攻撃は見えない盾に防がれてしまった。たまらず後退し、ヒイロのすぐ傍に待機する。
「……攻撃完全無効化?」
 回復の祝福をヒイロに与えながら、シルバが眉根を寄せる。
「完全、じゃないよ、先輩」
 ズン、とヒイロは骨剣を正面の地面に振り下ろした。
「ちょっとだけ、効いてる」
「おー」
 なるほど、言われてみれば確かに、今ヒイロが攻撃を仕掛けた四号の膝が、わずかに火花を上げていた。
「何ぃっ!? 儂の無敵モードに傷を負わせたじゃと!? 貴様まさか……」
 老人は動揺したが、慌てて口をつぐんだ。
「と、とにかく小僧、貴様の攻撃はまず効かん! 我がモンブラン四号の無敵モード思う存分味わうがよい! 今度はコチラの反撃じゃあ!」
「ガ!」
 モンブラン四号が、ジャキンと拳を構える。
 轟、と巨大な拳が飛んできた。
「二回も同じ手は通じないよ!」
 ヒイロは防御せず、両手で持つ骨剣の力を引き絞りながら突進する。
 シルバの{大盾/ラシルド}が敵の拳を弾き、突進の威力をやや弱めながらもヒイロは突き進む。
 しかしそれでも、老人は余裕の笑みを崩さなかった。
「まったく同感じゃい!」
 四号のもう一方の手に、見覚えのある眩い光が収束しつつあった。
「二回攻撃!?」
 シルバは自分の失敗を悟った。
 敵の精霊砲だ。
 {大盾/ラシルド}は間に合わない。かといって{小盾/リシルド}では足りない。
「に!」
 リフの鳴き声に、シルバは動いていた。
「ちいっ!」
 急ブレーキを掛けた、ヒイロの前に回り込む。
「先輩!?」
「何じゃとぉ!? 貴様、霊獣がどうなってもよいのか!」
「やれ、リフ!」
「に!」
 シルバの懐から、リフの精霊砲が放たれる。
 二つの光の束がぶつかり合い、その威力に溜まらずシルバは吹き飛ばされた。当然後ろのヒイロも巻き込まれる。
 何か、スゴイ重い音がした。
「ぐっ……」
「にぃ」
 シルバ自身はかろうじて、受け身を取れた。リフもノーダメージだ。
 ただし、ヒイロが目を回していた。
「ふやぁ……」
 ……どうやらさっきの鈍い音は、地面に後頭部を打ち付けた音だったようだ。
「シルバさん、大丈夫ですか?」
 まだ敵と戦闘継続状態にある、タイランが斧槍を振り回しながら訊ねてきた。
「ああ、何とか。……ヒイロは魔法系攻撃にゃ極端に弱いからな。俺が盾になった方がマシなぐらいだし。リフも相殺助かった」
「に」
 ヒイロが目を回しているだけで済んでるのが、御の字だ。
 リフの鳴き声がなければ、シルバだってこんな無茶はしなかっただろう。
「じゃが、これで霊獣を守る盾はなくなった。これで詰みじゃな。ソイツを倒してトドメじゃ、四号!」
「ガ!」
 力場を解除したのだろう、四号から感じられる圧力が消失する。
 重い足取りと共に、自動鎧が近付いてくる。
 確かに、こちらの最大火力が現在、絶賛不能中だ。それでもシルバは余裕を崩さなかった。
「そいつはどうかな?」
「何?」
 指を鳴らす。
「……{豪拳/コングル}」
「ほう、貴様がやるというのか」
「いや……」
 ヒイロの襟首を掴みながら、自分はタイランの鋼の襟元を半ばぶら下がる形に掴んだ。
「……タイラン、頼む。ちょっと重いけど、強行突破だ!」
「あ……! はい!」
 ローブの男は残り二人。
 タイランはシルバの意図を察し、真っ直ぐ駆け出した。
「な……っ!?」
 突然の相手の突進に、ローブの男達がバランスを崩す。
 そんな彼らにタックルを食らわせながら、タイランは路地の出口を目指した。
「うわぁっ!?」
「ぐはぁっ!? くっ、ま、待て!」
 何とか銃を向けようとする敵に、リフの鳴き声が響く。
「に!」
 路地に生えた短い雑草が突然シュルシュルと伸び、ローブの男達の足に絡みついた。
「な……何だ……雑草が!?」
「何をやっておる! 小さいといえども霊獣じゃぞ! それぐらいお前達も知っておるじゃろが! しっかり足止めせんかっ!」
「は、はい……!」
 彼らは懸命に振り払おうとするが、雑草は予想以上の強靱さで、その動きを阻む。
 業を煮やした老人は、最も頼りになる部下に声を上げた。
「くっ、頼りにならん連中じゃ! 四号追え!」
「ガ……! ガ……ガガ……ッ」
 だが、四号も限界だった。
 身体を小刻みに揺らし、活動限界が近い事を訴える。
「くそっ、こっちはこっちで、やはり精霊石では出力が足りぬか……! おのれ……」
 老人は地団駄を踏んだ。
「先生、警吏が来ます!」
 雑草に足をからまれたまま、眼鏡の青年が叫んだ。
「ええい、撤収じゃ撤収! 皆、そんなモノはさっさと焼き切って、逃げるぞ!」
「はい!」

 通りを駆けていたタイランの足がようやく緩む。
 シルバも{豪拳/コングル}の効果がなくなり、一気に腕にヒイロ一人分の負荷が掛かってくる。
「……まあ、勝負には負けたけど、任務は達したって所かな」
 地面に着地しながら、シルバは大きく息を吐いた。
 せっかく風呂に入ったのに、もう泥だらけの傷だらけだ。
「お、お疲れ様でした」
「タイランも」
 シルバがタイランの背中を拳で叩くと、リフが懐から見上げていた。
「に……」
「あと、リフもな。……ヒイロは起きてからでいいか。とにかく一端、食堂に戻ろう。タイランのいう霊獣の話も聞きたいし」
「……はい」
「……にぃ」
 まだ気絶しているヒイロをタイランが背負い、三人と一匹は仲間の待つ食堂に向かった。


 食堂『朝務亭』に戻ったシルバ達は、衣服の汚れもそのまま、風呂帰りの騒動をキキョウとカナリーに説明した。
 既に司教であり学習院の先生でもあるストア・カプリスには同じ内容を話し終えている。雑事を全部預かってくれた彼女は今頃、教会所属の警吏らを引き連れて路地に向かっているはずだ。
 時刻は既に日も沈みつつある夕刻。
 空腹だったシルバらは、そのまま夕餉に移行していた。
「――という事がありましたとさ。おーい、キキョウ大丈夫か?」
 海老フライを囓りながら、シルバは何だか妙に凹んでいるキキョウを見た。尻尾も元気なく、へにゃりと垂れ下がっている。
「ぬうぅ……シルバ殿が危難に遭っていたというのに、某は呑気に飯を食っていたとは……何という不覚」
「んな事言ったって、助けを求めようにも精神念話の距離にだって限界があるんだし、しょうがないだろ。終わった事言っても始まらないって。まあ、それよりもうちょい飯欲しいかな」
 パンが切れ、シルバはウェイトレスを呼んだ。
 その足下で蒸し魚を食べ終えたリフも、顔を上げた。
「に」
「おっ、お前もおかわりか。食う子と寝る子はよく育つぞ。しっかり食え」
 サラダから小エビを幾つか取ると、リフの皿に置く。
「にぃ」
 一声鳴くと、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら白い仔猫は小エビを食べ始めた。
 トマト煮込みのパスタを食べていたカナリーが、タイランの方を向く。
「それで、タイラン。君の話ではこの子は霊獣だという話だけど……」
「は、はい……」
 タイランがストローから口を離す。口と言っても空気口だが。
 水の入ったジョッキをテーブルに置くタイランを、シルバが制した。
「あ、ちょっと話、待ってくれ。こういうのは、本人から聞いた方がいいだろう?」
「そ、そうしてもらえると、助かります……私、口下手で……」
「む、どうする気だ、シルバ殿」
 ボソボソと焼き魚をほぐしていたキキョウも、ようやく復活してきたようだ。
「リフと、精神共有の契約をする。つーか動物相手はちょっと印が複雑でなー」
 食事を中断し、指でやや長い印を切る。
 指先に灯る青い光芒が軌跡を描き、契約の紋章が完成した。
「よし、出来た。リフ、ちょっとその皿から顔上げろ」
「に?」
 指先をリフの額に当て、精神共有の紋章を浸透させる。
 視線を合わせる事で、互いの精神が繋がるのをシルバは感じていた。
 そして、リフと皿をテーブルの端に上げた。
「――はい、契約完了。全員チャンネルオープンにするから、普通に話していいぞ」
 さっきからひたすら骨付き肉を食べ続けていたヒイロが、首を傾げた。今ので八本目だ。
「はに? 喋らなくても、念話でいけるんじゃないの?」
「……そりゃ出来るけど、そうなると、えらい殺伐としたテーブルになるぞ、ここ。全員黙って仔猫を凝視してるテーブルを、ちょっと想像してみろよ」
「た、確かに、ちょっと怪しいかも」
「いいからお前は飯に専念してろ。相当頑張ったし、疲れたろ?」
「疲れたってより、やっぱり運動した分、お腹が空いてしょうがないかなぁ。んじゃ、お言葉に甘えさせてもらうねー」
「そうしててくれ。で、リフ、事情を話してもらえるか?」
「…………」
 しかし、リフはシルバの顔を見上げたまま、無言だった。
「ん?」
「失敗かい、シルバ?」
 カナリーの問いに、シルバは自信なく首を振った。
「いや……そんなはずは……」
 不意に、頭に舌足らずな声が響いた。
(……話していい?)
 どうやらこれが、リフの意識の声らしい。
「いいぞ。事情の説明、始めてくれ」
(ん)
 それからリフは沈黙した。どうやら、頭の中でまとめているらしい。

 シルバは待ちながら、タイランに確かめてみる事にした。
(なあ、タイラン。もしかして、コイツ)
(……はい、元々無口っぽいんです、この子)
(……やっぱり)

 そして、リフは語り始めた。
(注:鳴き声が台詞となります)
「に。リフは、山からきた」
「待った。いきなり話の腰を折って悪いけど、お前、その名前でいいのか? 本当の名前は?」
「リフでいい。リフは、気に入ってる」
「そ、そうか。ならいいんだけど。続きを頼む」
「母上はもう精霊王の元に帰ったと、父上に聞いてる。だから、リフは兄弟達と父上に育てられた」
 最後の骨付き肉を頬張っていたヒイロが、シルバの袖を引っ張った。
「モグ……ねえねえ、せいれーおーのもとに帰ったって、どういう意味?」
「もう、亡くなってるって意味だ。飯はもういいのか?」
「まだまだっ。もー、いくらでも入るね。ウェイトレスさーん、お肉もう十本追加ー」
「十本て」
「リフも、おかわり。おさかなふらい」
「はいはい。水もな」
「に」
 食事をしながらの、話は続く。
「けど、ずっと山にいるのも飽きて、父上の言いつけを破ってみんなで麓の森に下りた。楽しかったけど、捕まった」
「その、捕まったってのが、さっきの連中か」
「うん」
 しょぼん、とリフの耳が項垂れる。
「……兄弟、まだみんな捕まったまま。リフだけ逃げられた」
「どうするつもりだったんだ?」
「……山に戻って、父上に謝る。それからみんなを、取り返してもらうつもりだった」
「冷静だな」
「連中つよい。リフ一人じゃ、たぶんむり……悔しいけど、また捕まるの、ぜったいだめ。リフは残ったみんなの希望だから」
「なるほどね……」
 皿の肉を全部食べ終え、暇になったヒイロが唸った。
「んー……そうなると、アレだよね。ボクとしてはリベンジしたかったんだけど、この子を山に送り返す方がいい?」
 コイツの腹は一体どうなっているんだろうとか思いながら、シルバは同意する。全然膨れたように見えない。
「そりゃ、そうだ。親が来たら、えらい事だぞ。どのぐらいの格の霊獣かにもよるけど、下手な相手だと、この都市が半壊する」
「そんなすごいんだ」
「一年ほど前、クスノハ遺跡に現れたという怪物も、霊獣という噂らしいな」
 ワイングラスを傾けるカナリーの言葉に、「ぶ……っ!」とキキョウが水を噴き出した。だ、大丈夫か、と心配するシルバを余所に、ヒイロが興味を持った。
「何それ、カナリー? どこの話?」
「この都市からだと、そうは離れていないな。せいぜい歩いて二時間と言った所にある遺跡に突然現れ、遺跡を根こそぎ粉砕して消え去ったという巨大な獣の噂さ。もっとも、僕も伝聞でしかないがね。僕が訪れた現場は、もはや獣の痕跡もない、単なる廃墟だったし」
「霊獣っていうのは、半分精霊状態にある、知性の高い獣でな」
 前述の通り、霊獣にも格が存在し、それほど位の高くない霊獣なら、ちょっとした山の奥深くで見つける事が出来る。
 もっともそれでもかなり、遭遇には困難が伴うのだが。
 霊獣はその角や肉に高い薬の効果があるとされ、また希少種故、生きたままでも好事家達のペットとしても、高値で取引される。
 その一方で、霊獣と呼ばれるからには精霊としての力は相当高く、弱い霊獣でも小型の自然現象、強力な霊獣が激怒したならそれは自然災害を一つ丸ごと相手にするようなモノである。
 そして、リフの父親は、その強力な方に該当するらしい。
「父上強い。怒るとすごくこわい」
「と、取りなしは頼む。悪いのはお前を捕まえた奴らであって、一般人を巻き込むのはちょっと……」
「言ってはみる」
「助かるよ」
 卑屈を自覚しながらも、なりふり構っていられないシルバであった。
 カナリーがワイングラスをテーブルに置いた。
「ちょっと待ってくれ、シルバ。ちょっと気になる事がある」
 立ち上がり、掲示板を目指す。
「奇遇だな、カナリー。某も同じ事を言おうとした」
「な、何だよ?」
「これ」
 カナリーは掲示板から張り紙を一枚はがし、それをシルバに投げた。
 飛来するそれを受け取り、シルバはそれを見た。興味があるのか、リフもその手元を覗き込もうとする。
「……大型の猫型生物現る……」
 少し考え、シルバは首を振った。
「いや。確かにタイミング的にピッタリだけど、これがリフのお父さんとは限らないだろ? リフは、どう思う?」
「うん、分からない」
 リフは頷き、しょぼんとする。
「山下りちゃ駄目って、父上言った。言いつけ守らなかったリフ達、こんなトコ連れてこられた。だから、父上は来ないと思う」
「……いや、それはどうだろう。お前のお父さんの事はまだ全然知らないけど、親なら来るよ」
「そうなの?」
「うん、多分。というかもう来ているかもしれない」
 リフの頭を撫でながら、シルバは考える。ちなみにキキョウが何だか羨ましそうにしていたが、シルバは全然気付く様子がなかった。
「これと接触してみるのが一番だけど、もし全然違う件だったら時間の無駄だ。例えば、どっかの金持ちが趣味で飼ってた大型獣の脱走とか、あり得ない話じゃない」
「可能性はそれなりに高いけど……」
 カナリーの言葉も、考えを口にしただけだろう。シルバは頷きながらも、肯定はしなかった。
「確定じゃない。何より、霊獣に礼儀を示すなら、コイツを山まで送り返すのが一番いい」
「……うん、それについては僕も同感だな」
「リフもそう思う」
「連中に、背を向けるのはシャクだけどねー」
 湯気を立てる新しく来た骨付き肉を手に取りながら、ヒイロがぼやく。
「我慢しろヒイロ。まずは、この子の身の安全が第一だ」
「うん、分かってる。それにもしかしたら、連中が追いかけてくるかも知れないしね」
 それをちょっと期待している風なヒイロだった。
「だな。それでリフ。お前の住んでた山の名前って分かるか?」
「ヒトはみんな、モースって呼んでた」
 ひく、と表情を引きつらせたのは、シルバとカナリーだった。
「……モースって」
「東にある、あの、モース霊山かい、リフ?」
「うん」
 リフの頷きに、二人はテーブルに突っ伏した。
「ど、どうした、シルバ殿、カナリー! 急に頭を抱えて!?」
「……あの、さ、リフ。もしかしてお前のお父さん、名前、フィリオって言うんじゃないか?」
 出来ればそうあっては欲しくない、という願いを込めながら、シルバは呻くように訊ねた。
「? うん」
 その返事に、シルバは唯一心境を共有できる、カナリーに弱々しい笑いを向けた。
「マジか? おい、マジか?」
「……あああああ。白い獣……山……草木を操る……何で僕は気付かなかったんだ、この無能……」
 一方カナリーは、ガンガンと額をテーブルに打ち付けていた。
「よ、よく分からないが、何か問題でもあるのか、二人とも?」
 他の者には、何が問題なのか分からない。
「要するに」
 シルバは、リフの顎下を撫でた。リフは気持ちよさそうに眼を細める。
「この子はすっげええらい霊獣の娘です」
「ああ。霊獣と言っても色々格がある訳だけど、その中でも相当に有名なね」
 眼を細めていたリフが、小首を傾げた。
「よく、分からない。リフはリフ」

 剣士であるキキョウが知らないのも無理はない。
 モース霊山はむしろ魔法使いの間で有名な霊力の高い土地であり、未知の生態系、薄靄に包まれた麓の深い森と高い山はいまだ秘境とされている。
 亜神と呼ばれる半精霊体を志す修行者達にとっては聖地の一つでもあり、その山の守護者として崇められているのが巨大な白き剣牙虎フィリオ。
 つまり、リフのいう父親がそれであり……要するにとてもおっかない獣なのだ。

 その子供達を掠ったというのだから、あの老人達にも恐れ入る。
 モース霊山は、密猟者達にとっても、宝の山である。一攫千金を狙って、霊獣を掠う輩がいても、おかしくはない。
「問題はさ、カナリー。それを理解した上であの爺さん連中がリフ達を掠ったのかどうかだよな」
「もし知っててやったんなら、神をも恐れん所行だよ。吸血鬼である僕が神を語るのも、おかしな話だけどね」
「つまりシルバ殿、リフは姫君のような立場にあると解釈して、よいのか?」
「ついでにまだ掠われたままの兄弟は、王子王女になるな」
 シルバは顔をしかめ、こめかみを揉んだ。
「何てモノ掠いやがる。こりゃ、一刻の猶予もないぞ。すぐにでも出発しないと」
「だな」
 事の重大さが分かっているカナリーも、準備の為立ち上がった。
 もしも霊獣フィリオがリフ達を取り戻しに来たら……都市半壊どころでは済まない。地図上から消滅する可能性もある。
 すると、今までほとんど発言していなかったタイランが、手を挙げた。
「あ、あの……っ」
 いつもなら、オドオドと小さく挙げる手が、今回ばかりは勢いよかった。何かよほど言いたい事があるのだろう。
「どうした、タイラン?」
「何故、リフちゃんは掠われたんでしょうか」
「そりゃ……普通、金目当てじゃないか?」
「……ああ。希少種である霊獣は、相当高値で売れるしね。いや、本人を前にする話じゃないなこれは。失礼した」
 カナリーの謝罪に、リフは首を振った。
「いい。気にしてない」
「つまり、シルバ殿は常識的に考えるなら密輸の線が一番可能性が高いと?」
「そういう事だけど……」
 しかし、タイランは違う見解を持っているようだった。
「あの老人、見覚えがあるんです……ウチで……名前がもうちょっとで……」
 唸るタイランの方を、リフが向いた。
「クロップ」
「え」
 タイランが、リフを見る。
「他の人達、そう呼んでた」
「クロップ! 思い出しました! あ、あの人です! 父の知り合いの!」
 珍しくよほど興奮しているのか、タイランは両手を合わせて立ち上がった。
「お、落ち着けよ、タイラン。誰だ、そのクロップって?」
 シルバも知らない名前だったが、カナリーが考え込む風な表情で呟いた。
「クロップ……精霊砲を使った兵器……とすると、精霊機関の権威、錬金術師のテュポン・クロップかい、タイラン?」
「はい、その、クロップ氏です」
「有名なのかよ、カナリー」
「ああ。僕もそれほど詳しい事は知らないけど、サフォイア連合国出身で、相当な変わり者だったと聞く。数年前の話になるけど、確か所属してた錬金術師ギルドの保管してた一山ほどもある精霊石、全部自分の精霊機関にぶち込んだんだっけ?」
 充分知っているカナリーだった。
「は、はい……その、自分の精霊機関の優秀さを実証する為に。確かに優れた機関で、無謀とも思える石の投入にも耐えましたが……その代わり本人はギルドどころかサフォイア連合国そのモノから追放されたそうです……何せ、ありったけの精霊石を、自分の研究の為だけに使い切っちゃいましたから……」
 なるほど、自動鎧で地面ぶち抜いて、襲いかかってきただけの事はある。
「……また、とんでもない爺様だったんだな。確か精霊石って一つで相当な高値だったはずだろ?」
「ですから、もし研究を続けていたとしても、どこかの組織に属する事は出来ず、細々とやっているはずだったんですが……」
「この、アーミゼストに現れた」
「はい」
 タイランの肯定に、シルバの頭の中でも繋がってくる。
「精霊機関の研究者、それにリスクを冒してでも手に入れた霊獣……つまり、タイランが心配しているのは、そういう事か?」
「……はい」
 カナリーも気付いたようだ。
 キキョウは眉を寄せているが、ヒイロは明らかに分かっていないようだった。
「どゆ事?」
「俺はてっきり、密輸とかの心配をしてたんだが、状況はもっと悪いって話。爺さんが研究を進めていた精霊機関の核ってのは、つまり精霊そのモノなんだよ。だけど、精霊ってのはなかなか安定しないのが欠点でな。だから、通常は精霊石っていう結晶化されたモノが使われる。確か、人工的な精霊石の開発も進められているほどだ」
 シルバは一拍おいて、水を飲んだ。緊張のあまり、喉が渇いてしょうがない。
「だけど、それよりも効率のいい核があるとしたら? 今の爺様のエピソードを思い出したら、半精霊であるリフ達を掠った目的は何か、お前でも何となく想像が付くだろう?」
「待ってよ! じゃあ……」
 ヒイロが手に持っていた骨付き肉の骨をへし折る。
 キキョウの目も細まった。
 ここにいる全員が理解した。
 つまり、こういう事だ。
 老人達、テュポン・クロップの一味がリフ達を掠った目的は、自身の開発している精霊機関の核にする為なのだろう。
「リフは、みんなを助けに行く」
 皿を舌できれいにし終えたリフが、テーブルから飛び下りる。
「ちょ、ちょい待ち」
 シルバはその真下に手を滑り込ませ、捕まえるのに何とか間に合った。
「にぃ……はなして。いそがないと」
「そ、そりゃそうなんだけど、みんなの意見も聞かないと」
「に?」
 リフを膝の上に載せ、シルバはパーティーのメンバーを見渡した。そして、手を挙げる。
「それじゃ、リフの兄弟を助けに行くのに参加する人ー」
 全員が一斉に手を挙げた。
「……いいの?」
 見上げてくるリフに、シルバは肩を竦めた。
「いや、お前だって言ってたじゃん。一匹じゃ無理だって」
「だね」
 うんうんと、ヒイロも笑う。
「困ってるんだろ? ウチの連中が放っておくなんてそれこそ、無理無理」
「にぃ……」
「ま、僕としては、そのクロップ氏の精霊機関がどんなモノかも興味あるしね。もしかしたら、何らかの研究の足しになるかも知れない」
「ボクとしては、リベンジ出来る訳だし、望む所だよ。あ、もうちょっと待ってね。ご飯食べ終わるから」
「某はシルバ殿に付いていくまで。何より、このまま見捨てては寝覚めが悪くなる故」
「……わ、私としても、知らない人じゃありませんし、その……言い出しっぺみたいなモノですから……」
 それぞれが、好き勝手なり理由を口にする。
「という訳で。アジトの場所まで案内頼む」
「にぃ……ありがとみんな」
「そうと決まればみんな、作戦会議だ。爺さん達、アレでなかなか厄介だからな」
 テーブルを囲む全員が、一斉に頷いた。


「アジトは、西南のいせきの地下」
「ってそれ、クスノハ遺跡ー! ……いや、そうか、だからこそ誰も今更調べない。うまい手かもしれないな」
「ってゆーかアイツ、攻撃効かないのずっこいってー!」
「ヒイロ、それについては何となく見当が付いてる。キキョウ、ヒイロの武器ってさ……」
「ああ、充分に有り得る話だ。ちょっと見せてくれ」
「……あと、遺跡という事は迷宮ですよね? わ、罠の心配とかないんでしょうか……?」
「夜のこの時間なら、僕の霧化で割と何とかなると思うけどね」
「お{兄/にぃ}、植物のタネほしい。リフもたたかう」
「花屋か……まだ開いてるかな? って、兄って何ーっ!?」
「ず、ずるいぞ、リフ! 大体、リフには本当の兄弟がいるはずでは!」
「みんな、渾名でよんでる。お兄はシルバにぃだけ」
「ずっ、ずるすぎる!」
「……落ち着きたまえ、キキョウ。というか何がずるいのかね」
「う、そ、それは……うう、妹キャラ……何という強力な……っ!」
「ふふふふふ……りっべーんじ! 待ってろ、四号ーっ!」
「あ、あの、シルバさん……私、いいんでしょうか」
「何が」
「どうして精霊の言葉が分かったのかとか……き、気になりませんか……?」
「そりゃなるけど、今の優先順位は低いだろ。この件が終わって、タイランが話してもいいって思ったら、話してくれよ」
「……僕が言うのも何だが、シルバ、君はもうちょっと仲間の素性に気を払うべきだと思うぞ。あと、その手の台詞は死亡フラグと呼ばれる類の一歩手前だ。気をつけたまえ」

 騒々しい小一時間の相談(?)の後、準備を整えた一行は都市を出たのだった。


 夜空には満天の星。
 辺境都市アーミゼスト北部、グラスポート温泉街の細い通りを、酒瓶を片手に酔っ払いがノンビリと歩いていた。
「くく~はろくのだん、どぶろくさんじゅうろっく……うぃっく! いー、天気だなぁ、ったくよぅ」
 風呂上がりの酔っ払いは、笑いながら酒をラッパ飲みにする。
「ひっく」
 やがて彼は通りを抜け、小さな噴水広場に出た。
 時間は相当に遅く、人気はまるでない。
「よっこいせ……っとぉ」
 千鳥足で歩き疲れた酔っ払いは、噴水に背を預け尻餅をついた。
 そして再び、酒をあおる。
 今でこそ上機嫌だが、小一時間もしたらこのまま眠ってしまうだろう。気候もそれほど冷えてはいないし、風邪の心配はなさそうだが。
「うーい…………ん?」
 酒臭い息を吐く彼を、大きな黒い影が覆った。雲で月が隠れたかなと、酔っぱらいは思った。
「……おい、小僧」
 頭上から声が掛けられた。
「ああ?」
「貴様のことだ、小僧」
「誰が小僧だ! 俺ぁ、こう見えて、よんじゅ……う……」
 顔を上げると、真正面に巨大な白い剣牙虎の顔があった。
「そうか。我は齢300を少し超えたばかりだ」
「…………」
 図体は五メルトを優に超えるだろう。体長ではない。背丈でだ。
 深い知性をたたえた瞳が、酔っ払いを凝視していた。
「子供を捜している。我を小さくしたような、可愛い盛りの仔ら、四頭。見覚えはないか」
「…………」
「聞いているのだが」
「な、ない。ないでふ」
 ろれつの回らない口調で、酔っぱらいは首をブルブル振った。
「そうか。失礼したな。この事、あまり他言はするな」
 くるりと身を翻すと白虎は跳躍し、建物の屋上へと飛び移っていった。
 酔っ払いは小便を漏らして、気絶した。


 建物から建物へと跳躍し、彼は都市中央部にある大聖堂の屋上で足を止めた。
「……ここにも、おらぬか」
 彼、白虎の名前をフィリオという。
 モースという霊山の長だ。本来ならば俗世に興味はないが、言いつけを守らなかった子供達が麓におり、そして人の手に落ちてしまったらしい。
 今はそれを探している。
 もしも見つけたら、子供達を捉えた者達を八つ裂きに……。
「ぬ、いかん。……落ち着け我。憤りは行動を妨げる」
 軽く頭を振る。
 妻は子供達を産んでしばらくして死んだ。よってフィリオは父親として一頭で、子供達を育ててきたのだ。心配にもなる。
 臭いを追ってこの都市まで辿り着いたのはいいが、ここは余計な臭いが多すぎる。
 自然、捜索の効率が落ちるのは、無理もないことだった。
 ……などと考えていると、背後にいつの間にか人の気配がある事に、フィリオは気付いた。
「誰だ……!?」
「あ、こんばんは」
 白い女が、のんびりした声をあげた。
 フィリオとは少し距離が離れていたので近付こうとして、
「あいたっ」
 こけた。
 立ち上がり、服の汚れを払う。
「……ストア・カプリスと言います。この大聖堂の主で、司教をしてます」
 何事もなかったように言う、女だった。
「……冗談、だろう?」
「いえ、本当ですよ。聖印もここにあります」
 座りますね、と彼女は屋上の縁に腰を下ろした。
 フィリオには信じられなかった。
 女には山羊のような角があるし、耳も尖っているし、尻尾まである。
 今はゆったりとした服の下だろうが、背中には羽もあるはずだ。
「ありえん。世俗に疎い我でも知っているぞ。ゴドー聖教は『人間の神』を崇める宗教だ。角や尻尾のある貴様のような輩が司教など、正気の沙汰ではあり得ない。何より貴様は――」
「ですが、ちゃんと、許可は教皇猊下から直々に頂きましたよ?」
 おっとりとした笑顔で、彼女は言う。
 どうにも、ペースが狂うフィリオだった。
「……魔女め。何の用だ」
「ちょっと忠告に参りました。モース霊山の長。あまり人前に出られると、困るんです。市民が怯えますから。ウチの教会にも相談に来る人がいますし、もしかしたら冒険者の討伐隊が組まれてしまうかも知れません」
「ほう……我に挑むというのか」
 争うのはあまり好きではない。
 しかし、フィリオとて暴れたい気分になる事はあり、今がまさにその時だった。
「挑むのは別にとめませんけど、出来れば都市の外でお願いしたいですね。無関係の人まで巻き込まれますから」
「ふん……最初に手を出したのは、人間の方ではないか。知ったことか」
「フィリオさんらしくもないですね。怒りで心に澱みが生じていますよ」
「怒りもする。まだ名前すら付いていない子供が掠われ、憤らぬ親がいるか。何かあれば、タダではすまさん。この都市まるごと消し去ってくれる」
「それはちょっと、困りますね」
「例え貴様が相手でもだ、魔女」
「落ち着きましょう。私を相手に怒るのは八つ当たりです、よね?」
「むぅ……」
 諫められ、反省する。
 指摘通り、彼女は関係ない。
「……確かにそうだ」
「子供達は禁忌を破って山を下りました。ですから、然るべき報いを受けました」
「何故、知っている……貴様、我が仔を知っているな!」
 フィリオは牙を剥き出しにした。
 しかし彼女の方は落ち着いたモノだ。
「はい」
「どこにいる」
「今はちょっと、お話しできません」
「何故だ」
「あの子は、自分で決着をつけようとしていますからね。その覚悟を無下には出来ません。実に貴方の子供らしいですし」
「ぬぅ……し、しかし……」
 子供の勇ましさを褒められ、フィリオが怯む。
「親として心配するのは分かりますけど、ここはギリギリまで見守りませんか? もちろん、子供達を掠った方達には然るべき報いを。しかしそれを為すのは、まずあの子達にお任せしてもらえますでしょうか」
「よかろう。その覚悟、見届けよう」
 しかし、とフィリオは付け加える。
「……ただし、倅達に何かあれば、生かしてはおかんぞ」
「はい。でも大丈夫ですよ。リフちゃんには、強い味方がついてますから」
「…………」
「どうかしましたか」
「今、名前が出なかったか?」
「あ」
 彼女は、「やっちゃいました」と口元を抑えた。
 しかしここは聞いておかなければならない。子供の将来に関わることだ。
「リフとは何だ? 『ちゃん』という事は娘だな? 誰かが名前を授けたのか。娘が受け入れたのかどうなのか。名付けたのは男か女か。女ならばまだ許す。だが男ならばタダではおかん。事と次第によっては七回殺して崖から突き落としてくれる」
「ところで、その身体では、すごく目立つんですけどどうにかなりませんか」
「あいにくと、人に化けるような術は持ち合わせておらぬ! あからさまに話を変えようとするなーっ!!」


 夜空の下、騒ぐ一人と一匹。
 そんなやり取りがあるなど露知らず、五人と一匹のパーティーはそのすぐ足下の通りを駆け抜けていったのだった。



[11810] 精霊事件2
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/05 09:26
 遺跡には、都市で馬車を借り、数十分で到着した。
 テュポン・クロップ一味もやはり馬車を使ったらしく、真新しく深い轍の跡が地面にクッキリと残っていた。
「ここがクスノハ遺跡かー」
 ヒイロは、その遺跡のど真ん中に、ポッカリと空いた大きな穴を覗き込んだ。穴の直径は20メルトほどだろうか。遠くに台付の小振りなクレーンがあるのは、おそらく馬車やモンブラン四号の出し入れの為と思われる。
 噂では一年ほど前、この穴から巨大な獣が出現したという。
 古代の魔法の研究施設だったと言われるそこに封印されていた魔獣を、誰かが解放してしまったのではないかなどという噂もある。
 底の方は夜の闇でまるで見えないが、シルバの見立てでは、おそらく補修されているはずだ。
「今回の件だけど、不用意に踏み込もうとするなよ、ヒイロ。十中八九、トラップがあるはずだし」
 シルバは、地図を広げながらヒイロに注意した。
「爺さん達、自分達も住んでるのに?」
 シルバはクレーンを指差した。
「連中は、あれを使うから問題ないんだよ」
「うわ、ずっこいなぁ。ボクらは使っちゃダメなの?」
「そうしたらすごく楽なんだろうが、まず間違いなく気付かれるな。リフの兄弟を人質に取られても困る」
「……難しいモンだねぇ」
「ああ、面倒くさいモンだ」
「むー」
 こういう焦れったい行動は、ヒイロには苦手なのだろう。
 それが分かるだけに、シルバは苦笑してしまう。
「ま、まあまあヒイロ。私達の出番は、後ですから……」
 タイランもフォローに入った。
「そういう事。それまで力溜めとけ。その代わり」
 憮然とするヒイロの頭に、シルバは手を置いた。
「アイツが出たら、思いっきり暴れてよし。お前の仕事は、そこにある」
「うん、我慢する」
「うし、それじゃ見取り図はこんな具合だ。リフは他の部屋は回ってないんだよな」
「に。……出るのでせいっぱいだった」
 今回の作戦の主役は、一度ここを脱出した経験のあるリフだ。
 それと、勘の鋭さではリフに劣らないと思われるキキョウ。
「リフよ。来た道は覚えているのか?」
「に。まかせて」
「……とすると、他の部屋は回らなくて良さそうだな。何より今回の仕事は、お前の兄弟の救出が目的な訳だし。捕らえられてたっていう部屋を目指すのが最優先だ」
「にぃ」
 シルバが手を差し伸べると、その腕を伝ってリフは胸元に飛び込んだ。
 地図もしまい、シルバ達は大穴から少し離れた場所にあった、地下への入り口に足を踏み入れる。
 ここから先は精神共有を使い、念話で話す事をシルバは全員に伝えた。
「それにしてもシルバ詳しいね。来たことがあるのかい」
 たいまつに火を付けるシルバの後ろから、カナリーが訊ねてきた。タイランは足音が鳴らないように歩くのに苦労しているようだった。
「まあ……大分前にちょっと、な」
「…………」
 先頭のキキョウの耳がピクピクッと揺れる。その肩に、リフが乗った。
 階段を下りきると、通路は真っ直ぐだった。
 左右にも扉があったがそれらは今回は無視して、突き当たりの扉の前に一行は立った。
 扉はどうやら鍵が掛かっているようだった。
「しかし、扉の鍵なんてどうするんだ? 君は大丈夫と言っていたが」
 強行突破しようと思えば出来ない事はないが、そうしたら相手に気付かれてしまう。
 カナリーの問いに、リフが振り返った。
「に。お兄、まめ」
「コイツか?」
 シルバは出発前、閉店間際の花屋に寄って購入した袋を取り出した。
 袋の中身は豆だ。
「にぃ……」
 手の中の豆をリフの前肢がつつくと、豆は淡い光を放ち始めた。
 豆は小さく蠢いたかと思うと、シュルシュルと蔓が伸び始める。蔓の先が鍵穴に入り込み、「カチリ」と音が鳴ってロックが解除された。
「ほう。まるで妖術の類のようだな」
 キキョウが感心する。
「ちがう。これは精霊のちから。その子たちの生命力にかんしゃ」
「……で、コイツはどうすればいいんだ? 埋める場所がないんだが」
 手の中でうねうねと元気に蠢く蔓の処置に困るシルバだった。
「あとでいい。扉、まだある」
「まあな」
「食べてもいい」
「………」
 シルバは蔓をポケットに突っ込んだ。
 扉を開け、奥へと進むと、通路は先で右に折れ曲がっている。
 人の気配は相変わらず無いが。
「に」
「む……」
 リフが声を上げ、少し遅れてキキョウも足を止めた。
「トラップか」
 シルバの目には、何の異常もないように見えるが、二人の表情は厳しいままだ。
「うん」
「そのようだ。切って構わぬ類のようだな」
「ん、いい」
 キキョウの刀が一閃し、装置に繋がっていたワイヤーがまとめて切断される。
「それにしてもホント面倒くさいよね。住んでる人が罠に掛かったら、どうするのかな」
 ヒイロが精神を通して、ぼやく。
 確かにこの辺りまで入ると、普通に人も行き来しているだろう。
「罠の作動をオンオフするスイッチがあるはずなんだがな。さすがに作った本人にしか分からないようにしてるだろ。あの爺さん、そういうの得意そうだし」
 二人が感知し、時には豆の蔓でトラップを解除し、時にはスルーする。
 さすがに一度ここを潜り抜けたリフの方が、こうした感覚には優れているようだった。
 シルバは迷宮を見渡し、印象を漏らした。
「ただ、罠自体は雑だな。本職の人間が作るともっといやらしい」
「に?」
 よく分からない、とリフが振り返る。
「魔法系のトラップがないし、連動もないって事。何より、以前遺跡にあったトラップの再利用がほとんどだし、割と素直なダンジョンなんだよ、ここは」
「に、あしもと。端歩かないと落ちる」
「おう」
 案の定、落とし穴もあった。
「今回のような侵入系じゃない場合、ヒイロに防御を強化して特攻させるって手もあるんだけど、これが怖いんだよなぁ」
「むうぅ、ボクトラップ嫌いっ」
 落とし穴程度なら浮遊の魔法で何とかなるが、対処にだって限度がある。
 専門家ともなれば、様々な趣向で侵入者を罠に嵌める。いちいち魔法を使っていては、キリがない。
「だからこそ、盗賊が必要なんだよ。今回はリフがいるけど、今まで迷宮探索しなかったのは、そういう理由。最悪一撃必殺デストラップもあるしな」
「おっかないなぁ」
 そんなやり取りをしている内に、目的の部屋の前に到着した。
 扉こそ無かったモノの、中にはローブを着た男達がいた。
 その数四人。全員が剣や槍で武装していた。
 天井の高い部屋の奥には、大小様々な檻が積み重ねられている。
「にぃ……」
「こりゃ、リフ一人じゃどうにもならないな」
「やっちゃう?」
 どことなく楽しそうなヒイロだったが、カナリーがそれを留めた。
「まあ、待てヒイロ。こういうのは僕の仕事だ。任せたまえ」
 呪文を呟き、指先を部屋の中に向ける。
「{強眠/オヤスマ}」
 強烈な睡魔を催す魔法が部屋の男達に一斉に襲い掛かり、全員が床に倒れ込んだ。
「さすが」
 感心するシルバだったが、カナリーは苦笑した。
「……そう言いながら君、一応印は切ってたね。キキョウはキキョウで、出る準備をしていたようだし」
「し、信用はしてたさ。でも、念には念を入れるのが、俺の主義でね」
 ちなみにシルバが用意をしていたのは、沈黙の魔法だ。最悪音さえ鳴らさなければ、いい訳で。
 それを説明すらせずに汲んでいたのが、キキョウだった。
「万が一に備えるのは、基本であろう」
 もっとも、どちらも出番はなかったのだが。
「まあいいさ。とにかく行こう。リフ、罠はないね」
「に!」
 特にカナリーは気を悪くした様子もなく、豪奢なマントをはためかせた。
 一行は部屋の奥に進んだが、檻の中はすべて空だった。
「……どこにも、いない」
「にぃ……」
 最悪の想像が、シルバの頭をよぎる。
 その時だった。
「一手遅かったぞい、小僧ども」
 どこからともなく声が響いた。
 それに続く、異様に重い音。足音だ。だがどこから響いてくるのか。
 シルバは頭の中で、見取り図を思い出す。
 この遺跡は、古代の魔法の実験場だというのが事実なのは、シルバは知っていた。
 そして、この部屋のすぐ隣が、巨大な実験室だったはずだ。
 足音はそっちから近付いてきている。止まる気配はない。
 つまり。
「に! みんなよけて!」
 リフが声を上げた。
 直後壁を突き破り、巨大な拳がパーティーを襲ってきた。
「マジかよ!?」
 全員が、一斉に回避する。
「カカカカカ! コヤツの作動実験に付き合ってくれるのはお前達じゃな! よいぞ、儂の子の強さ、思い知らせてくれる!」
 ワイヤーで繋がった拳が勢いよく引き戻り、巨大な自動鎧が壁の向こうから姿を現わした。
 だが、四号ではない。
 その背後には、白衣を着た鷲鼻の老人、テュポン・クロップが得意満面に笑っていた。それに、ローブの男が更に五人。
「ゆくぞい、モンブラン八号! 奴らを残らずやっつけるのじゃ!」
「ガ!」
「待て!? 数時間前のが四号だったのに、何でソイツが八号なんだよ!? 間の三機はどうなってる!?」
 シルバとしては突っ込まざるを得ない。
「カカ! 当然じゃ! 何故ならば、コヤツは四号の倍は強い! よって八号! 文句があるなら倒してから聞いてやるわい! もちろん、無理な話じゃがな!」
 轟、と両腕をあげたモンブラン八号からパワーが迸る。
「カカカ、霊獣四匹分のエネルギーじゃ! これまでの比ではないぞい……! この力とくと……ん? 何じゃい貴様ら。怖い顔しおって」


「……言いたい事はそれだけか?」
 シルバの感情を押し殺した問いに、クロップ老は胸を張った。
「いや、まだある! このモンブラン八号はすごいぞ! 精霊炉をフル回転させることにより、全体の動きが滑らかとなり、足の裏に装着した無限軌道により機動性の大幅アップ! パワーも増し、装甲を厚くしても四号を上回る攻撃力と防御力を両立させたのじゃ! 手数も増え、どれほど多勢であろうとお前達に勝ち目はない! どうだ、恐れ入ったか!」

「いらない」

 大きく振りかぶったヒイロの轟剣が、唸りを上げてモンブラン八号の横っ面をぶん殴った。
「ガ……!?」
 モンブラン八号の、鉄の頭がクルクルと勢いよく回転する。
 問答無用なヒイロの攻撃に、クロップ老は顔を真っ赤にして飛び上がった。
「おのれ! またお前か小僧!? じゃから人が話している時に攻撃するでないわ!」
 八号が肩に乗ったヒイロを捕まえようとするが、ヒイロの巨大な骨剣がその手を払い除ける。
 そのままヒイロは、クロップ老を見下ろした。
「ご託はいーよ、爺ちゃん。爺ちゃんはやっちゃいけない事やったんだ。悪いけど今からコイツぶちのめしして、爺ちゃんもぶっ飛ばす。いいよね。答えは聞いてないけど」
「おのれおのれおのれ! やれ、八号! お前達も何をぼさっとしておる! さっさと霊獣を回収せい!」
「は、はい!」
 戦闘が始まった。
 最前線でモンブラン八号とぶつかり合うのは当然、ヒイロ。
 そのサポートに、キキョウが回る。
 タイランは前と同じく、ローブの男達の相手を務める事となった。
 後方では、カナリーが影の中から赤と青の貴婦人を出現させる。赤の美女・ヴァーミィが滑るような動きでローブ姿の男達に迫り、手刀と蹴りの舞踏を展開し始めた。
「……君が止める間もなく始まっちゃったな、シルバ」
「いいさ。ウチの代表として先制攻撃って事で。それに事前に言ってたとしても、誰も止めなかったろ」
「まあね。じゃあま、こっちはこっちで仕事を始めるとしよう――{紫電/エレクト}!」
「リフも支援よろしく」
「に!」
 シルバの懐に収まったリフが、精霊砲でタイラン・ヴァーミィ組への掩護射撃を開始する。
 シルバはシルバで、回復術は元より、攻撃力を高める{轟拳/コングル}や防御力を高める{鉄壁/ウオウル}の展開で忙しくなってくる。
 そんな中、タイランが動きを休める。
「……っ! やっぱり!」
 ローブの男の槍を払い退け、確信の声を上げた。
「れ、霊獣の仔達、まだ生きてます! 大分弱ってますけど……中にちゃんと反応、四つ、感じます!」
「確かか!?」
「間違いありません、シルバさん! で、でも、時間が経てば経つほどエネルギーを消費しますから……早く助け出さないと……!」
「ならやる事は決まってる! 全員速攻!!」
 応、とシルバのパーティーの攻めが勢いを増す。
 その分、防御がおざなりになるが、その分の回復は、シルバが一手に引き受ける。

 ――その合間を縫って、シルバは繰り返し同じ呪文を唱え続けていた。

「ヒイロ、スイッチだ!」
「うんっ!」
 それまでモンブラン八号と真っ向から打撃戦を繰り広げていたヒイロに代わり、キキョウが前に出る。
 それまで、攻撃を受けては反撃を繰り返していた八号の攻撃が、途端に当たらなくなった。
 スピードが圧倒的に違うのだ。
「ぬうっ!? こ、小癪な!」
「確かに、その大きな身体でその機動力は大したモノだ。だが、それでもなお遅い!」
 八号の拳をギリギリで回避し、キキョウはそのまま懐に飛び込んだ。
「舐めるな、小童! そのような細い剣で八号の重圧な装甲を貫けることなど、無理! 無駄! 無謀!」
「生憎と、某達には優秀な参謀がついていてな――」
 突然、巨大な自動鎧がガクリと跪いた。
「は、八号、どうしたのじゃ!?」
「――どれほど装甲が厚かろうと、関節の強化には限界がある。まずは足!」
 キキョウの鋭い刃が三つ閃き、八号の膝裏と腱に当たる部分から火花が飛び散った。
「ガ、ガガァ……!?」
 たまらず、両手を床につくモンブラン八号。
「は、八号ーっ!? し、しっかりするのじゃ!」
 クロップ老が悲痛な声を上げる。
 だが、形勢の不利は、彼らだけではなかった。
 ローブ姿の部下達も、既に何人かが戦闘不能に陥っていた。
「せ、先生! 敵の火力が強すぎます!」
「しっかりせんか! 八号の余った絶魔コーティング装甲で、魔法は防げるはずじゃろうが!」
「ま、魔法は何とか防げるんですが、この女達が……!」
 赤い美女ヴァーミィの変幻自在の蹴りに、ローブの男達は対応しきれない。
 かと思えば、八号ほどではないにしても充分巨体のタイランが、力任せの突進で、彼らの体勢を崩してくる。
 そして盾にしていた装甲を落とせば、後方でカナリーが髪を掻き分けながら笑うのだ。
「ふふ、いいぞヴァーミィ。そのまま敵を翻弄しろ。盾を奪えば、僕とリフの出番となる」
「……にぃ!」
 紫電と精霊砲が飛び、クロップ老の部下達はみるみるうちにその数が減っていく。
 しかしその程度で諦める老人ではなかった。
「八号、スピン攻撃じゃあ!! 全員弾き飛ばせ!」
「ガ!」
 何とか起き上がったモンブラン八号は足を踏ん張り、その場で大きくその身体を回転させた。極太の腕が暴風となって、キキョウやタイランを後退させる。
「ぬっ!?」
「……つぅっ!?」
 力任せながら、敵を怯ませることに成功し、クロップ老は激しく手を叩いた。
「よぉしよしよし! 落ち着いて戦えば、お前に負けはないぞ八号! 仕切り直しと行こう! まずは厄介な後ろの連中じゃ! 飛ばせロケットナックル!」
「ガオン!」
 八号が構えた腕から拳だけが飛び、後方のシルバ達を襲う。
 しかしそれが彼らの届く前に、青い風が軌道を逸らした。
「何ぃっ!?」
 シルバ達の前に、優雅に着地したのは青の美女・セルシアだった。スカートの両端をつまみ、一礼する。
「よくやった、セルシア。しっかり僕達の護衛を頼むぞ」
「ならばこれでどうじゃ!」
 拳を引き戻した、八号の両手が眩い光が収束していく。
「ツイン・エレメンタル・キャノン!」
 老人の声と共に、八号の両手から光の束が迸った。
 それを、シルバとリフが迎え撃つ。
「{大盾/ラシルド}!」
「にぃっ!」
 魔法障壁とシルバ側の精霊砲が、モンブラン八号必殺の攻撃をほぼ完全に相殺した。
 一方、タイランとヴァーミィはほぼ、自分達の仕事を終えていた。
「こ、こっちの制圧入ります!」
 残ったローブ集団を、タイランの斧槍とヴァーミィの蹴りが潰していく。
「任せた、タイラン。キキョウ、もう一本の足も頼む」
「承知!」
 キキョウは疾風の速度で、真上から落ちてくる八号の拳を回避。無防備になった手首にも刃を撃ち込み、何とか敵の背後に回り込もうとする。
「させるか、馬鹿モン!! もう我慢ならん! 今こそ、超! 無敵モード発動の時じゃい!」
「ガ!」
 鈍い唸り音と共に、不可視の力場がモンブラン八号を中心に発生する。
「むぅ……!?」
 突然斬れ味の鈍くなった刃にキキョウは唸り、即座に後退した。
 部下の数こそ減ったモノの、形勢の逆転にクロップ老は得意げに含み笑いを漏らす。
「ククク……よくも今まで、舐めた真似をしてくれたな、小僧ども! これまでの無敵モードはフィールド発生時に、移動できないという欠点があったが、八号は違うぞ! 霊獣から得た圧倒的なエネルギーにモノを言わせ、フィールドを展開したままの活動が可能なのじゃ!」
「そ、その力……出来れば、もっと早く出して欲しかったです……先生……」
 床に倒れ伏したローブの青年が、呻き声を漏らした。
「ええい、やかましいわ! 切り札は、最後まで取っておくモンじゃろうが」
 老人は、部下の愚痴など意に介さなかった。


「……って事は、その無敵モードさえ何とかすれば、もう手はないって事だな?」
 シルバの特に焦った様子もない問いに、クロップ老は眉根を寄せた。
「ふん……! 虚勢を張れるのも今の内じゃ! ゆくぞ、超☆無敵モード・モンブラン八号!!」
「ガオン!」
 唸り声を上げ、モンブラン八号はクラウチングスタートの構えを取った。
「よし、体当たり攻撃じゃモンブラン八号! 全員、ミンチにしてくれようぞ!」
「ガ!」
 八号の巨大な足の踏み込みに、床板が破砕する。
 五メルトを優に越す鋼の弾丸が、凄まじい勢いでシルバ達に迫り――

「{雷閃/エレダン}」

 ――カナリーの魔法の一撃に貫かれた。
「ガガ!?」
 全身から火花を飛び散らせ、モンブラン八号の巨体が反対方向へと弾け飛ぶ。かろうじて倒れこそしなかったモノの、身体の関節部はガクガクと痙攣を繰り返していた。
 八号を操っていたクロップ老も仰天する。
「な、何と!?」
「へぇ……シルバの言う通り、あの無敵モードって、魔法は素通りなんだね」
 指先から小さく紫電を発しながら、カナリーが口元だけ微笑む。
「ああ。あのフィールド、多分自分の絶魔コーティングも拒絶しちゃってるんだよ。結果、効果を打ち消し合って、魔法にはめっぽう弱いっていう欠点が出来ちゃったってトコだと思う」
「な、な、何故、この無敵モード最大の弱点を、貴様が知っている!」
 ダラダラと汗を流すクロップ老に、シルバは即答した。
「一回見たから」
「何じゃと!?」
「冒険者に二度同じ攻撃が通じると思うな。いや、実際はそういう訳にもいかないんだけど……今回は、当てはまったみたいだな」
 一度目の、路地裏でのモンブラン四号戦。
 シルバは、完全な無敵モードなんてモノはないと信じていた。もしそんなモノがあったら、魔王討伐の遠征軍は解体されているはずだ。
 何かしらの穴がある。
 そう考えてモンブラン四号にまず放ったのが、防御力を下げる{崩壁/シルダン}だった。本来は魔法攻撃が使えれば一番よかったのだが、シルバはその手の術は一つも習得していない。だがともあれ、呪文は絶魔コーティングを施したはずの敵に確かに効果があった。
 次に、ヒイロの骨剣。
 前パーティーに所属していた時、酒の席で戦士であるロッシェから、数多の生き物を斬り、潰してきた武器には微弱ながら魔力が宿ると聞いた事があったのだ。
 つまり、古く使い込まれた武器は、魔剣の類となる。
 ヒイロの武器はまだまだその域には程遠いが、食堂で会議をしていた時、キキョウとカナリーに確認してもらうと、なるほどわずかながら骨剣は魔力を帯びていた。
 だからこそ、路地での戦いで、ほんのわずかながら無敵モードのモンブラン四号に、ダメージを与えることが出来たのだ。
 つまり。
 無敵モードは、物理攻撃にはこれ以上無いほど有効だが、その反面些細な魔力ですら通すほど魔法攻撃には弱い。
「だから、もう、無敵モードは通じないぞ、爺さん」
 シルバの言葉に、クロップ老の決断は早かった。
「構っわん!!」
「何……!?」
「エネルギーフル出力! 一気に回復じゃあ!」
「ガァッ!」
 モンブラン八号の雄叫びと共に、金属製であるはずの胴体や四肢が光を放ち、見る見るうちに修復されていく。
「た、体力にモノを言わせてごり押しする気かよ……」
 何つー酷い作戦だ。
 だが、有効な手である事も確かだ。どれほど魔法に弱かろうと、最後まで立っていれば勝ちである。そして、この強引な回復にはもう一つ問題があった。
 タイランが、悲痛な声を上げる。
「……まずい、です……! 中の子達が……悲鳴を上げています!」
「よし、まだ搾り取れるぞ! さすが霊獣! 秘められたエネルギーは純度も量も桁違いじゃ! ではゆくぞ、生意気な小僧! まずは貴様からじゃ!」
 クロップ老の狙いは、シルバのようだ。
 それはいい。
 しかし、戦闘中盤からずっと攻撃を控え、ひたすら己の中で破壊衝動を練り続けていた鬼がいる事に、老人は気付かなかった。
「ヒイロ、準備はいいか」
「……うん、充分」
 シルバがこまめに掛け続けた攻撃力を増強する祝福・{豪拳/コングル}の効果も重なり、極限まで力を絞るヒイロの肉体からは、赤黒い瘴気のようなモノが立ち込めていた。
「{豪拳/コングル}五回掛け。そしてこちらは」
 {豪拳/コングル}の効果を与えられているもう一人、カナリーも頷く。
「三回分。いいさ。自前のチャージもタップリ溜まってる」
 カナリーは、華奢な身体の全身から静かに紫電を迸らせていた。
「ゆ、ゆけ八号! これさえ凌げば、儂らの勝ちじゃ!」
「ガオン!」
 クロップ老の声に応え、改めて轟音と共に突進を開始するモンブラン八号。
 どれほどの攻撃を受けようが、そのままこちらを圧死させる覚悟のようだ。
 しかし、シルバ達は動じなかった。
「ないよ、そんな勝ち。無敵モードのままなら、カナリーの魔法が。無敵モードを解いたらヒイロの剣が八号を破壊する。どっちにしても勝ち目はないって」
 凄まじい勢いで迫る八号を、キキョウやタイランが回避する。
 シルバの隣で、スッとカナリーは腕を高らかに持ち上げた。
「フルパワー全開――」
 激しい紫電光が、掌に収束する。
「――{雷槌/トルハン}!!」
 カナリーが腕を振り下ろすと同時に、モンブラン八号を紫色の雷柱が包み込んだ。
「ガ、ガ、ガガガ……!!」
 ビクンッと背を仰け反らせ、八号は全身から煙を吹き出した。
 しかし、それでも足下の無限軌道は死なず、タックルを継続する。
「気張れ、八号! そんな静電気に負けるでないぞ!」
「ガハァ……!」
 巨大な手を突き出し、シルバを捕らえようとする八号。
 シルバはその場から動かない。
「言ってくれるね爺様……」
 不意に、不可視の圧力が消失する。
「ガォッ……!?」
「な……超無敵フィールドが……」
 カナリーの魔法攻撃の効果か、無敵モードの領域生成装置が破壊されたのだろう。
 そして、シルバは指を鳴らした。
「{豪拳/コングル}――六回目」
「お……」
 ヒイロが、骨剣を振りかぶる。ゆらりとしたその動きに、大きな部屋の空気が根こそぎ揺れ動いた。
 モンブラン八号がシルバを捕まえるより、ほんのわずかだけ、ヒイロの踏み込みが速かった。その足が、床に深々とめり込む!
「おおおおおおおおおおりゃああああああっ!!!!」
 ドボン、と。
 とても金属とは思えない音と共に、骨剣の必撃を横殴りに喰らったモンブラン八号は天高く舞い上がった。高い天井をそのまま貫き、瓦礫が落下して生まれた大穴からは星の瞬く夜空が覗いていた。
「は、八号おおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!?」
 クロップ老が悲鳴を上げる。
 しばらくして、クロップ老の背後から、凄まじい轟音が響いてきた。
 天井に、新たな穴が開く。
 広い屋内実験場(今は天井が無くなりそうになっているが)の端っこに、どうやらモンブラン八号が落下したようだ。よほど天井の補強が厚かったのか、思ったよりも飛距離は伸びなかったようだ。
「ふぅ……スッキリした」
 スカッと爽やかな笑顔で、ヒイロは汗を拭った。
 しかし、シルバはそれどころではなく、ヒイロの後頭部を軽くはたいた。自分の術も原因の一つとはいえ、やり過ぎだ。
「いや、スッキリしたのはいいけど、中の子らの事もちょっとは考えろよ!? 中心は避けろっつっただろ!?」
「あ」
「ったく……ま、まあ、本当に外が頑丈だったのが救いだけどさ」
「ともあれ、さすがに行動は不能だろうね、あれは」
「あの一撃受けちゃ、どう考えても無理だろ。それよりも……」
 クロップ老は遠くで半壊した八号に向かって駆け出しながら、その巨体に叫び続けていた。
「立て! 立つんじゃ八号! お前の力はそんなモノではないはずじゃあ! 儂の造った精霊炉の優秀さを、示せ八号!!」
「とりあえず、あの爺様を黙らせよう」
「だね」
 全員頷き、老人を追う。
 もはや、老人に戦力は残っていないはずだ。
「ガ……」
 鈍い唸り声に、シルバ達は足を止めた。
「何……っ!?」
 胴体のあちこちから中身を覗かせながら、ヨロヨロとおぼつかない足取りでモンブラン八号は立ち上がった。
 黒煙を噴き出し、所々から火花が生じている。
 それでも、モンブラン八号は健在だった。
「おおっ! 八号! 八号さすがじゃ! よく立った!」
 クロップ老が、自分が最強と信じている存在に駆け寄ろうとする。
 だが、八号の様子がおかしかった。
「ガ……ガ……ガガガ……」
「……?」
「ガガガ……ガ……ガガガガガガガガ!!」
 八号は全身をブルブルと痙攣させ、その唸り声はもはや雑音だった。
「は、八号どうしたのじゃ! しっかりしろ!」
「ガーガーガー……ガーガー……ガーガー……ガー……」
 生みの親の呼びかけにも応えず、ひたすら八号は身体を震わせ、
「……………」
 やがて停止した。
 呆然とするクロップ老。
 シルバ達は顔を見合わせ、一歩踏み出した直後。

「ガベラッ!!」

 八号の上半身が爆発と共に弾け飛び、中から何かが生じた。
 青と緑に発光する気体と液体の中間のような存在が、クロップ老を容赦なく呑み込もうとするが、ギリギリの所で老人の回避が間に合った。
 不定形のそれはズルリと床をのたうったかと思うと、重力を感じさせない動きで空へと駆け上がる。
 遺跡のあちこちから突然、植物が生じ、一気に成長した。石造りのそれは、あっという間に緑色の草木に染まってしまう。
 さらに近くに水源があったのか、遺跡の隙間から少しずつ水が湧き始める。
 屋内実験場の天井はもはや完全に崩壊し、真上には星空があった。
 そして不定形の『それ』はやがて、ある形を取り始めた。
「……おいおい、ありゃあまさか……」
 穴の底からそれを見上げるシルバの頬を、一筋の汗が流れる。
 かろうじて声を振り絞った彼に応えたのは、タイランだった。
「暴走し、荒れ狂う……霊獣、です……」
「にぃ……」

 月を背に、全身に鱗を生やした三本の頭を持つ剣牙虎が、猛然と空を舞い始める。

「……まるでどっかの誰かさんの再来みたいだ」
 ボソッと呟くその声は、一人だけにしか届かなかった。
「……ちょっ、シルバ殿」


 夜空を泳ぐように舞う三本首の霊獣の大きさは、5メルトを優に超えていたモンブラン八号を上回っているように、シルバ達には見えた。
 ひとしきり、空の遊泳を楽しんだのか、霊獣の動きはやがて緩慢になり、その目が地上を捉えた。
 正確には、遺跡の奈落から見上げるシルバ達の存在を思い出した。
 狭い場所に封じられ、無理矢理力を吸い上げられ続けた霊獣は、怒りに燃えていた。

「……目が合ったな」
「……うむ」
 緑が生い茂り、滾々と湧き水を吐き出し続ける遺跡の底で、シルバが呟き、キキョウが応えた。

 霊獣の三つの口に、緑光が収束し始める。
「にぃっ、れいれいほう!」
「全員伏せろ!」
 肩に乗ったリフの言葉に、シルバは懐からアイテムを取り出した。
 逃げる余裕なんて無い。
 シルバとリフを除く全員が、全身水浸しになるのにも構わず指示に従った。

 直後、遺跡全体を緑光の柱が包み込み、轟音と共に、遺跡に開いた大穴の外周部が十数メルト広がった。

 光が晴れ、大穴の底で――全員が健在だった。

「た、助かった……?
 一番最初に、いつの間にか回復していた眼鏡を掛けたローブの青年が顔を上げる。
 頭上を見上げると、黄金の魔力障壁が展開されていた。
「……ぜはー……ちょっとこりゃ洒落にならないぞ、おい」
 その術師、シルバは指で印を作ったまま、溜め息を吐いた。
「{極盾/ゼシルド}、ギリギリセーフ」
 魔力障壁は長くは持たず、そのままフッ……と消滅する。
「せ、先輩!? それ何!?」
 同じく顔を上げたヒイロが、シルバの顔を見て仰天した。
 それもそうだろう、とシルバは思う。
 シルバは、狐面を被っていた。
「ま、これに関しては、後回しで。それよりも……」
「ぜ、全員、無事か?」
 ガバリ、とキキョウが跳ね起きた。
 それからふと自分の胸元に気付き、何故か両腕で覆いながら周囲を見回した。
「な、何とか……い、生きてます……」
「ヴァーミィとセルシアは引っ込めさせてもらったぞ。あんなの相手じゃどうにもならないし、僕の体力優先だ」
「にぃ……」
「やれやれ、何という凶暴な力じゃ」
 白髪の老人がボヤいた。
「って、何で貴様まで生きている!」
 すかさず、キキョウがツッコミを入れた。
「最初から死んでおらんわ! そもそも伏せろと言うから伏せたんじゃ! あんな場所に立ってたら、それこそ死んでしまうじゃろうが!?」
「誰が原因だと思っているのだ!」
「実に素晴らしいパワーじゃ! あれこそ、儂が追い求めている力! 精霊炉の未来があそこにある!」
「シルバ殿! このド阿呆、斬って捨てて構わぬか!?」
「まあ待て。今は、そんなしょうもない事に付き合ってる場合じゃない。おー、よかったよかった。部下の連中も無事だぞ、爺さん」
 ローブ姿の連中も、ノロノロと起き上がる。

 攻撃が効いていない。
 その事に気付いた天空の霊獣は、今度は身体を反転させ、直に攻撃を開始した。
 三つの頭が大きく開き、六本の長い剣牙が凶暴に輝いた。

「……お主、何故、儂を助けた」
「アンタの為じゃないっつーの」
 シルバは再び印を切り、極盾を展開し――直後、衝撃が来た。
 暴走した霊獣の牙が、魔力障壁を食い破ろうとする。だが、シルバの使える最硬度の盾は、霊獣四匹分の力を持ってしても、破壊する事は出来ないでいた。
「訳も分からないうちに人殺しになっちゃ、アイツらもたまらないだろ」
「にぃ……」
 肩に乗っていたリフが、頭上の兄弟(だった存在)を悲しげに見上げる。
「つーかリフ。お前アレ、どうにか出来ないか?」
「待て、シルバ。それより君に聞きたい事がある。いや、そんな状況じゃないのは分かるが一つだけ……その狐の仮面は何だ」
「俺の切り札。以前、封じた霊獣の力が込められてる。コイツなら、まあ何とかなると思う」
「む?」
 シルバがそれだけ言って指を鳴らすと、黄金色の盾が破裂し、その衝撃に霊獣も軽く弾き飛ばされる。
 得体の知れない力に警戒したのか、霊獣は一旦、空に退避した。
「悪いけど、この戦いが終わったら俺、使い物にならなくなるから、誰か運搬頼むぞ」
「に」
「いや、お前は無理だから。無茶しなくていいから」
 シルバは、リフを懐に押し込めた。
 そして腰に力を込めて、跳躍する。
「……つーか、俺に白兵戦させんなよなっ!」
 天高く舞い上がったシルバは、そのまま霊獣の頭の一つに蹴りを叩き込んだ。
 だが、霊獣も黙っていない。シルバを噛み裂こうと、無事な二つの頭が大きく口を開けて迫ってくる。おまけに鱗の隙間から、無数の蔓が発生して、シルバを絡め取ろうとする。
 シルバの尾から一本の尾が発生し、バランスを取りながらそれらのすべてを猛スピードで回避した。
 空中戦が始まった。


 遺跡の最底では、キキョウが指揮を執っていた。
「シルバ殿が霊獣の相手をしている内に、皆は撤退だ。直接攻撃を食らわなくても、下手をしたら遺跡に生き埋めになってしまうぞ」
 時折、霊獣の精霊砲が地上に落ち、巻き上がった土煙が穴の中にまで侵入してくる。
 仲間達と共に、ローブの連中も急いで出口に向かっていた。今は敵味方を言っている場合ではなかった。
 最後に残ったのはキキョウと。
「おおおおお……霊獣がもう一匹。それも成獣じゃと! 欲しい! 欲しいぞ!」
 握り拳を作って、夜空の戦いに目を輝かせている老人だった。
「お主もだ!」
 キキョウは老人の首根っこを乱暴に掴むと、遺跡の出口目指して駆け出した。


 精霊砲や牙を回避しながら、シルバは懐のリフに言う。
「いいか、リフ。やる事はシンプルだ」
「に?」
「俺がコイツを精神共有出来るレベルまで大人しくさせる。共有繋いだら、お前が兄弟と交信、説得。オーケー?」
「に、おけ!」
 圧倒的に小さいシルバに攻撃が当たらず、霊獣は苛立っているようだった。
 シルバは霊獣の爪を、両手でいなした。
 素早く懐に飛び込み、がら空きになった胴に手刀を叩き付ける。
 霊獣の咆哮が、夜空に響いた。


 クスノハ遺跡はもはや、『遺跡だったモノ』になり果てていた。
「全員出たか?」
 キキョウはへたり込んでいる人の数を数えた。
「か、完了です!」
 何故か答えたのは、眼鏡を掛けたローブの青年だった。
 ヒイロはといえば、老人と同じように空の戦いに見惚れていた。
「すげー……」
「ヒ、ヒイロ、危ないですよ……?」
「でもあの身のこなし……キキョウさんそっくりだ」
 なるほど、言われてみればスピードを活かした体術は、無手のキキョウの動きによく似ていた。
「どういう事か聞きたいんだが、キキョウ」
 空を飛べる自分がシルバを援護すべきか迷いながら、カナリーは訊ねた。だが、あの激しい戦いに混じっても、足手まといにしかならないのは見て分かった。
 ドン、と精霊砲が一撃、地上を灼き、巨大な土柱が巻き起こる。
「今は安全圏まで逃れる方が先だ、カナリー。違うか?」
「まったくその通りだよ。しかしねキキョウ、どこまで逃げれば、安全なんだろうか」
 そこに、シルバからの念波が飛んできた。
「見えないぐらい遠く、かな。けど、爺さん逃がすなよ」
 キキョウは改めて、クロップ老の襟首を掴んだ。
「シルバ殿、こっちの心配はいい! 某達は自力で何とかするから、自分の身だけを案じてくれ! その力も、人の身では長くは持たない!」

「知ってる!」
 地上から巻き上がった水の竜巻がシルバを直撃する。
 弾き飛ばされたシルバは、空中で大きく回転して態勢を整えた。
 とっさに身体を庇った右腕が骨折したが、『再生』の術がすぐにその負傷を癒してしまう。
 新たな水竜巻が幾つも、地上から発生し始める。
「にぃ……お兄、何者?」


 精霊砲による爆撃は休むことなく続き、おそらく夜明けには微妙に地形まで変わっているのではないかと思われる。
 遺跡から遠ざかりながら、一人低く空を舞うカナリーは、シルバと霊獣の戦いを振り返った。
「というかだね、ああいうのはむしろ、ヒイロの方が向いてたんじゃないかい?」
「駄目だ」
 クロップ老を片手に掴んだまま、キキョウは即答する。
「何故」
「仮面は鍵に過ぎぬ。シルバ殿とあの『力』の契約なのだ。他の誰も、あの力は使いこなせないし、仮面を被っても役に立たないのだ」
「……そして、その契約とやらをした本人も使いこなせない、と。時間制限アリって言ってたよね、確か」
「そうだ。人の身に余る巨大な力なのだ、アレは」
 キキョウに引っ張られながら、クロップ老が苦しげに挙手する。
「な、ならば、儂に……」
「「黙ってろ」」


「こういうのは大の苦手なんだが……」
 何十もの蔓を手刀で切断したシルバは霊獣の背中に回り込み、中央の首に乗った。
 身体から生える蔓に加え、左右にも首がある為、完全な死角とは言い難いが、それでも多少は時間が稼げる。リフの精霊砲が、襲い来る蔓を灼いていく。
「に。お兄優勢! もうちょい!」
「おうともさっ!」
 霊獣も相当に力を使った分弱ってきている。
 貫手を固い鱗に覆われた首筋に叩き込むと、霊獣は空中でガクリとバランスを崩した。
「よし、いまだ! 契約を……」
 シルバは精神共有の印を切った。
 だが。
「に! お兄だめ!」
 不意に、足下の体重が軽くなった。
 霊獣が、三匹に別れたのだ。右の一匹がシルバを襲ってくる。
「なっ、ぶ、分裂……ヤバイ!?」
 そして左の一匹だった霊獣はシルバを無視して、空を駆けた。
 彼の狙いは明らかだ。
「そっちに行ったぞ、みんな!」
 キキョウ達を追う霊獣の霊力が高まるのを、シルバは感じていた。
「にぃっ、せいれいほう!」
「{極盾/ゼシルド}が……間に合わない……っ!」
 シルバは交信を中断し、味方に迫る霊獣を第一に倒そうと考え――
「……大丈夫です」
 ――その声に遮られた。

 精霊砲が味方に直撃し、新たな土煙が巻き上がった。
「こ、ここは、私が何とかします……シルバさんは足止め、お願いします」
 煙が晴れた殿に立っていたのは、2メルトを超える重装兵、タイランだった。
 霊獣もタイランを難敵と判断したのか、水を操り、津波で押し流そうとする。
「あと、み、短い間でしたが……今まで、楽しかったです。これまでありがとうございました……」
 タイランが手を突き出すと、津波が大きく真っ二つに裂けた。
 甲冑全体の継ぎ目が、微かに綻んでいる事に気付く者は、この中にはいなかった。

「って言うかなんだその死亡フラグっぽい台詞!?」
「に、しぼうふらぐって何?」
 二頭の霊獣を相手取りながら、シルバは戸惑った。

「いきます」
 ガコン、とタイランの甲冑が、内側から重い音を鳴らす。
「外部重装甲、および内部軽装甲展開」
 継ぎ目が完全に開き、蒸気が噴き上がる。
「第一第二第三安全装置、解除」
 淡い青光が鎧の隙間から漏れ始める。
 異様な気配を感じたのか、霊獣が咆哮と共にタイラン目がけて突進した。
「最終封印、確認――精霊炉、解放完了」

 霊獣の剣牙が、重装兵の直前で停止する。
 遮ったのは、忌々しい魔力障壁ではない。
 かといって、彼を超える腕力でもない。
 華奢な手から漏れる、青白い精霊光。単純に、自分よりも精霊としての格が上回ったに過ぎないそれが、霊獣の牙を阻んでいた。

「……終わらせますね」

 年の頃は十六ぐらいだろうか。
 背中まで伸びた髪と同色の、淡く青い光を放つしなやかな肢体は気体なのか液体なのか固体なのか曖昧で、下半身はまだ甲冑の中に収まったままだ。
 可憐という表現が相応しい乙女は甲冑から大きく身を乗り出し、憂いの表情のまま、凶暴な怒りの衝動を秘めた霊獣の鼻面に手を置いた。
 その途端、霊獣から獰猛な気配は消え、巨大な身体そのモノが消失した。
 後には、リフによく似た仔猫が地面に横たわるだけ。

 背後のキキョウ達も、シルバも、残った霊獣も全員が彼女――タイラン・ハーベスタの真の姿に目を奪われていた。


 いや、一人だけ。
「おおおおお、すごい! 強い! 可憐な精霊じゃあ! 儂の精霊炉の素材にならんか娘!」
 爺さん、空気読め。


「すみませんが……」
 大きな甲冑から身を乗り出した、精霊の乙女が不可視の力を放つ。
 そのままタイランは、重さを感じない動きで夜空に飛翔する。
 精霊の力にそれほど敏感という訳でもない、キキョウやヒイロ、カナリーも、その力の余波を受けて、小さくたたらを踏んだ。
「……大人しくして下さい。これ以上、争いたくないんです」
 緩やかな飛翔で、タイランはシルバ達と距離を詰めていく。

「おっ……」
 青白い光を放つ仲間が近付くにつれ、シルバは自身の中から沸き上がる膨大なエネルギーが次第に鎮まっていくのを感じていた。
 見ると、唸り声を上げながらも大人しくなった霊獣たちも徐々に高度を下げ始めていた。
「にぃ……お兄、急いで下りる。力抜けてきてる……」
 懐のリフの言葉に、シルバはぼやいた。
「中和能力か。どっかの誰かさんじゃあるまいし……」
「に?」
「いや、こっちの話。とにかく忠告に従って下りるとする。どうせもう、限界だしな……時間切れだ」
 荒野に着陸すると、シルバは大の字に倒れた。その衝撃に、狐面が外れる。
「に……!?」

「シルバ殿!」
 その光景を目にし、真っ先にキキョウが動いた。
「速っ……!? 今まで見た中で、一番速いんじゃない、キキョウさん!?」
「素晴らしい脚力だな」
 巻き起こった風に髪を抑えながら、カナリーは感心した。
 そして、シルバ達から少し離れた場所に、タイランが二頭の剣牙虎を従えて着地する。あれほど荒れていたのに、今ではすっかり大人しくなっていた。
「もう、貴方達を害するつもりはありませんから、どうかお鎮まり下さい」
 わずかに地面から足を浮かせたまま、タイランは霊獣達の鼻面に手を当てた。
「…………」
「…………」
 霊獣はそのまま、眠るように倒れるとやがて淡い光を発して緩やかに消滅した。
 地面に残ったのは、小さな仔猫が二匹と、一抱えほどもある龍魚と呼ばれる甲冑のような鱗に身を包んだ魚系の霊獣だった。
 龍魚は本来は水棲だが、空中を泳ぐ事も出来る不思議な霊獣だ。
 もっとも三匹とも揃いも揃って、見事に気絶していたが。
 カナリーは皮肉っぽく笑い、ヒイロはしゃがみ込んで興味深げに魚をつついた。
「ふん、本体は可愛らしいモノだな。そう思わないか、ヒイロ」
「うん。けど、全部で四匹になってるね。リフは三匹って言ってなかったっけ」
 うはあ、猫可愛いーと呟きながら、もふもふの肉の塊をヒイロは撫でた。
 カナリーは、タイランが戻した霊獣の一匹をいつの間にか回収し、腕の中に納めていた。こちらも気を失っているらしく、カナリーに抱かれたまま大人しくしていた。
「それ自体は別に驚く事じゃない。老人も言っていただろう? モンブラン八号に使ったのは、霊獣四匹分のエネルギーだって。まあ、どこのどなたさんなのか訊ねるのは、シルバに任せるとしよう」
「あ!」
 不意に何かを思い出したように、ヒイロは顔を上げた。
「……今度は何だい、ヒイロ?」
「爺さんいなくなってる!」
「っ!? に、逃げられた!?」
 あれだけ騒いでいた老人が、確かにローブの男達と一緒にいつの間にか消えていた。


 クスノハ遺跡から1ケルトほど離れた場所で、逃走に成功したクロップ老一味は、荒れ狂う精霊の災害から逃れる事が出来た、自分達の幌馬車を発見していた。
 その荷台で、クロップ老は地団駄を踏んでいた。
 その視線は先程から、遺跡の方角に向きっぱなしだ。
「くうううう……! 欲しい欲しい欲しいぞあの二体。霊獣ではないな。男の方は力の源はあの仮面。あの仮面に、何かの秘密があると見た。女、そうタイランと言うたか。アレは明らかにタダの精霊ではない。中和能力など並の精霊は持ち合わせておらぬ。今すぐにでも欲しいが……」
「こ、ここは自重して下さい、先生」
 腹心の部下である眼鏡の青年が、未練たらたらな老人をたしなめた。
「今の儂らに、奴らを手に入れる手段はない事ぐらい、分かっておるわ! まずはまた『奴』から霊獣を買い入れ、新たなモンブランを造り上げる! うむ、もしかしたらあの二人を手に入れるのも奴らなら出来るかもしれんな。儂らが苦労する理由はない。ならば、早速金策と交渉の準備じゃな!」
 思いついたら即行動が、クロップ老のモットーだった。
 しかし、その前に馬車が急停車し、危うく老人は転ぶ所だった。
「ぬ……どうした? 何故、止まる?」
 前の方に回り込み、御者の部下に尋ねる。
「わ、分かりません……急に馬が怯えて……」
「何じゃと?」
 見ると、確かに二頭の馬が震えていた。
 まるで、正面に何か化物でもいるかのように、必至に後ずさろうと努力する。
 いや、馬だけではない。
「うっ……!?」
 まずは御者。
「う、うあ……!?」
 そして荷台に待機していたい部下達も、次々と顔色を青ざめさせていた。
「むむっ、どうしたお前達!? まだそんなに寒くないはずじゃが……」
 何だかやたら鈍感な、クロップ老だけは気付かなかった。

 冷徹な殺意を持った視線が、幌馬車を射竦めていた。
 もはやその気配を隠そうともせず、ゆっくりと近付いていく。

「せ、せせ、先生には分からないのですか!? な、何かが近付いて来て……ひいっ!?」
 地面が揺れる。
「む、お……」
 ようやく、クロップ老も『それ』に気がついた。
 正面の夜の闇から、一対の碧色の目が輝いたかと思うと、白い巨大な剣牙虎が姿を現わした。
「おお……っ!?」
 幌馬車の、馬も御者も、荷台に乗っていた者達も、誰も動かなかった。
 いや、動けなかった。
 彼らを見下ろす、圧倒的な存在に射竦められ、ようやく彼らは自分達が、とんでもないモノを敵に回した事を自覚した。
 ……その自覚は、いささか遅すぎたが。
『――我が仔らを掠ったのは、お前達だな? 返答は不要だ。我は既に、すべてを知っている』
 そして霊獣フィリオは、スッと眼を細めた。
『――これ以上、言葉はいらぬな?』
 剣牙虎は一度身を竦めると、大きく跳躍して幌馬車に飛びかかった。


「にぃ……にぃ……」
 リフがシルバの頬を懸命に舐めるが、目を覚ます気配はなかった。
 もっとも、同じ事を過去にも経験しているキキョウは慌てない。
「心配はいらぬぞ、リフ。シルバ殿は、気絶しただけだ。この力を使うと必ずこうなるのだ」
「に……」
「とにかく一旦態勢を立て直そう。奴らを逃がしたのは惜しいが、一番の目的は達せられたのだ。まずは街に戻り、それから山にお主らを戻す。よいな」
「……にぃ」
 返事は、鳴き声でしか帰ってこなかった。
 精神共有の基地でもあるシルバが気を失っているのだから、当然と言えば当然だ。
「むむ、やはりシルバ殿がおらぬと、意思疎通が難しい……ここは、タイランに頼むしかないな」
 キキョウは振り返る。
 興味深げに、霊獣を保護するカナリーとヒイロから少し離れた場所で、いつの間にか甲冑に戻ったタイランは、所在なげに立ち尽くしていた。
「あっちはあっちで問題があるが……」
 色々とフォローが大変そうだな、とキキョウは短く息を吐いた。
「に!」
 唐突に、リフが顔を上げた。
 その尻尾がピンと立ったかと思うと、全身の毛を逆立てる。
「ぬ、どうした、リフ」
「に! に!」
 尻尾が大きく左右に振れる。
 そして、キキョウも気がついた。
「……っ!? な、何だこの気配は……!?」
 何か途方もないエネルギーを持った何かが近付いてくる。
 敵意がないのは、せめてもの救いだった。
 カナリーやヒイロも、どうやらその存在に気付いたようだ。
 やがて、巨大な剣牙虎は彼らの前に姿を現わした。
『……無事だったようだな、姫』
 静かな知性を宿した霊獣フィリオが、少年の上にチョコンと座る小さな愛娘を見下ろした。
 ピキッと父親の額に血管が浮いたように見えたのは、多分キキョウの気のせいだ。


 フィリオは、キキョウらを眺め回した。
『大儀であった。礼を言うぞ、人間。……いや、揃いも揃って、人ではないか』
「……も、もも、もしかして、リフのお、お父上か?」
 キキョウは、気絶したままのシルバとフィリオの間に割って入った。
『……小娘、貴様が……』
 それからふと考え込み、フィリオは改めてパーティーの面子を一人ずつ確かめた。
『ふむ……消去法で、シルバという男は、貴様が背に庇っている其奴か。其奴だな?』
 何か恨みでもあるのか、ぶわっ……! とフィリオの全身から、緑色の烈気が迸る。
 その気に当てられ、キキョウの尻尾がピンと立った。
「し、し、しるばどのに、てだしはさせぬぞ……ぜったい、だめだ!」
 炎のように噴き上がっていたフィリオの気が、不意に鎮まった。
『ふん……心配するな。例えどこの馬の骨であろうと、恩人である事に変わりはない』
「シルバ殿は馬の骨ではないぞ! 骨も肉も人間だ!」
 問題は、そこではないのだが。
『……どうでもよい。ああ、どれほど憎たらしかろうと、我は恩を忘れるような下種ではない。ぬぬぬ……』
 でも、やっぱり悔しそうなフィリオだった。
 大きく息を吐き、キキョウの背後に倒れるシルバを見下ろす。
『とにかく、仔らを連れ帰る前に一言ぐらい、挨拶はあっても良いだろう』
「だ、だが、今、シルバ殿は……」
『知っている。面白い力を使う男だ』
 フィリオの目が、碧色に輝いた。
 直後、シルバの口から呻き声が漏れた。
「う……」
「シルバ殿、気がついたか!」
「に! お兄、よかった!」


 シルバ・ロックールは意識を取り戻した。
「あー……何とか」
 その頭に、強烈な怒りに満ちた意識が流れ込んで来る。
 精神念話だ。
『ぬうううう……!? お、お兄だとっ!? 我はパパと呼んでくれないのに、其奴はお兄なのか、姫!』

 そのやり取りを少し離れた場所で眺めていたヒイロは、呆れた様子でカナリーのマントを引っ張った。
「……ねえ、カナリー。あのでかい猫、とってもすごい霊獣……なんだよね?」
「……そのはずなんだ。うん、ちょっと僕も、自信なくなりかけてる」
 むむ、と額に指を当て、カナリーが唸る。
 ヒイロは後ろで沈黙を守っていたタイランに振り返った。手招きする。
「あと、いつまでも沈んでないでさ、タイランも、行こ」
「は、はい……」
「だいじょぶだいじょぶ。先輩なら悪いようにはしないって」
「…………」
 それでも、タイランは黙ったままだった。

 気絶から目覚めた直後、目の前に現れたのが巨大な剣牙虎で、シルバは驚いた。
「う、うお……!? 何だ、このでっかいの!? って、身体動かないし!」
 シルバの身体はまるで、鉛の塊にでも変わったかのように、恐ろしく重かった。
『……無茶な身体の使い方をしたからだ。あの力は、並の人間の身に収まる力ではない。それでなくても脆弱な身であるというのに』
 フィリオの言葉に、シルバの胸の上に座るリフが、少し不満そうな声を上げた。
「にぃ……お兄、リフ達の恩人……」
『むぅ……ゴホン。その身は術の類での治癒はむしろ毒となる。自然の回復に任せるか、霊泉の類に浸かるが良かろう。とにかくだ、礼を言うぞ人間。よくぞ、我が仔らを助けてくれた』
「……こんな格好で失礼だけど、どう致しまして。あ、そうだ、キキョウ。連中は?」
「ぬ、そ、それなのだが……」
 すぐ傍まで近付いていたヒイロが、両手を合わせた。
「ごめん、逃げられちゃった」
 騒動のドサクサに紛れて、クロップ老一行は消えていたという。
 シルバも動けないし、今はどうしようもないだろう。
「あー……でもまあ、みんな無事だしよしとするか。とにかく、娘さんらをお返しする。俺の名はシルバ・ロックール。ゴドー聖教の司祭です。こんな姿勢のままで失礼ですが」
 大の字状態のシルバに、フィリオは頷き返した。
『……存じている。名乗り遅れたが、我が名はフィリオ。モース霊山の長を務めている。それと、仇を逃したというがその件は問題ない。我の方で片付けた』
「……え?」
 目を瞬かせるシルバ。
 リフは、首を傾げた。
「……父上、たべた?」
『否、呑んだ』
 フィリオの言葉に、リフ以外の全員がどよめく。
「の、呑んだ?」
『奴らは我が腹の中に収まっている。そこで精気を死なぬ程度に吸い上げている。約一名元気なモノもいるようだが……』
「……誰の事だか、大体の見当はつきますよ」
 フィリオの引きつった笑みに、キキョウもうんざりと首を振った。
「あの爺様も、本望であろう」
『此奴等はしばらく我が腹の中で飼い殺す。人の作った炉とやらで、我が仔らを苦しめた奴らには相応しい報いを。……飽きたら精霊砲をぶちかました後に返すから、牢獄は開けておけ』
「……本当はそういうの駄目なんですがね。ウチの上の人が、法に明るいから話を投げときます」
 いつもならここで困ったように髪を掻くのだが、今のシルバにはそれも叶わない。
『それとこれだが……何かの手掛かりになるかも知れん』
 フィリオは、プッと口の中から小さな硬貨を吐き出した。
 リフがシルバの胸元から飛び下り、それを咥えて再び元の位置に戻った。
 ヒクッとフィリオの頬が引きつったが、それに気付いた者はいなかった。
 シルバは、コインの表面に刻まれた、開かれた書物のレリーフに見覚えがあった。
「……『トゥスケル』のコインですか」
『知っているのか?』
 頷くシルバには、何となく納得できるモノが有った。
「貴方の子供を掠った実行犯は、多分このコインを持つ連中ですよ。リフ一人満足に捕まえられない爺さん達の一味が、五匹もの霊獣を捕らえられるはずがないでしょう。気をつけた方がいい。あの連中は、可能かどうかはともかく、興味を持った事に掛けてはとことん執念深い」
 それから、シルバは深い溜め息をついた。
「『奴ら』がお子さんらを掠った理由はきっと、おそろしくつまらないですよ。『霊獣を捕らえられるかどうか、試したかった。だから試した』とか、そんなトコです。爺さん達から金はもらったでしょうけど、それは二の次です」
 シルバの言葉に、フィリオは苛立たしげに喉を鳴らす。
『……そんなつまらぬ理由に、我らは振り回されたというのか。何者だ、其奴らは』
「俺だって詳しい話はそれほど知りません。当人達曰く『知的好奇心の集団』だそうですが……」
 彼らの目的は多岐にわたり、時には組織内での対立も珍しくない。
 そして、シルバの知るトゥスケルの人間の目的はあまりにナンセンスなので、彼は言うのを躊躇った。
『……分かった。心に留めておこう』


 フィリオは背後を振り返った。
 すると、ノロノロと幌馬車がこちらに近づいてきた。
『奴らが足に使った馬車を回収しておいた。街への帰りに使うとよい。少々汚れてしまったがな……』
 確かに、幌や荷台の側面が血で汚れていた。
「うへぇ……」
 それを見て、ヒイロが顔をしかめる。
 フィリオはそれに構わず、シルバに向き直った。
『……正直、長々と話すのは、あまり好きではない。残りの用を片付けよう。礼をしたいが、あいにく山から身体一つで飛び出て何も準備しておらぬ』
「いや、別にいいですって。せっかく知り合った友達が困ってたから、助けただけだし。……なぁ?」
 シルバは目だけで、仲間を見渡した。
「うむ。義を見てせざるは勇無きなりだ」
「だよねー。リフの兄弟が無事でよかったよ。ちゃんとリベンジは出来たし」
「僕としては、予想以上の収穫があったので、満足している。この遺跡にはまた何度か訪れる事になりそうだ」
「……と、ともあれ、無事で良かったです……」
 一歩引いた位置で遠慮がちに言うタイランに、シルバは視線を止めた。
「あ、タイランには後で、話があるから」
「……っ! は、はい……」
「……いや、そんな緊張しなくても、大丈夫だって」
 シルバが苦笑し、それに釣られたかフィリオもタイランを見た。
『お前は普通の精霊とは違うようだな。それに何やら訳ありの様子。よければ、我が山に入るか』
「……え?」
『善き精霊ならば歓迎する。……何、今すぐに決めずとも良い。お前にも事情があろう。まずは我の用事を片付けよう』
 再び、フィリオの瞳が輝いた。
 その途端、三匹の仔猫……もとい、小さな霊獣達が飛び起きた。
「っ!?」
「にぅっ!?」
「なぁっ!」
 動転する子供達を、フィリオは見下ろした。
『起きたか、我が仔ら』

 カナリーの腕の中でも、霊獣が一匹ぶるぶると震えていた。
「ヒイロ」
「ん?」
「パスだ」
 霊獣の首根っこをつかみ、そのまま隣にいたヒイロに提供する。
「う、わっ!? きゅ、急に何!?」
「良い猫は、動かない猫だけだからね、うん。……ああビックリした」
 言葉とは裏腹に、大して驚いた風もなくカナリーは胸をなで下ろした。
「ビ、ビックリしたのは、こっちだよ」
 手のひらに収まる霊獣を、ヒイロは落とさないように気をつける。
『……説教は後回しとする』
 親霊獣の声と共に、ヒイロの手の中にいた霊獣がふわりと浮いた。
「ありゃ……?」
 残る二頭も同じくで、三匹の霊獣はフィリオから10メルトほど離れた位置で、一塊にされてしまう。
 そしてフィリオは大きく口を開けた。
『この馬鹿者ども』
 霊獣の口内で光が収束したかと思うと、それは光の束となって解き放たれた。
 巨大な霊獣にふさわしい、強烈な一撃に、小さな仔霊獣達はまとめて上方に吹き飛ばされた。

「「「にゃぁー!?」」」

「ちょっ……!?」
 余波を受けて、シルバ達の髪も大きくなびく。
『ひとまずは、これで済ませてやる。以後、慎むように』
 とさとさとさ、と霊獣達が、地面に転がり落ちた。
「「「に、にぃ……」」」
 呻き声を漏らしながらも、どうやら無事でいるようだった。
「……というか、リフはいいんですか?」
 シルバの問いに、ふん、とフィリオは鼻を鳴らした。
『……姫の事だ。どうせ、倅どもを止めきれず、山を下りた口だろう。充分痛い目に遭った事だし、不問とする』
「……にぃ」
 精神共有を使わなくても、霊獣の仔らが「ずるい」と訴えているのが、メンバー全員に分かった。
 しかし、子供達の不満を完全に黙殺し、フィリオの瞳は今度は未だ動かない、龍魚に向けられた。
『……そちらの霊獣は、街に連れてゆけ。捜索依頼が出されているはずだ。冒険者ギルドに連れて行けば、恩となるだろう』
「りょ、了解です……つか、水に浸けなくてもいいのかな……」
 シルバは迷った。霊獣に人の常識はなかなか通じないとはいえ、仮にも魚の形をとっている霊獣である。
 フィリオは、タイランに首を向けた。
『おい、鎧の娘。名前を何と言ったか』
「タ、タイラン……ですけど……」
『お前なら水の精も何とか出来るだろう。力を使え』
「は、はい……」
 甲冑の胸甲がガシャリと重い音を共に上に開き、淡く青白い光を放つ華奢な手が覗く。
 その手がわずかに瞬くと、意識を取り戻した龍魚は青い燐光に包まれ、やがて弱々しく宙を泳ぎ始めた。
 安心するのか、そのままタイランの周囲を緩やかに舞い続ける。
『残る問題は一つ』
 ギラリ、とフィリオの眼光が心なしか強まったように、シルバには見えた。
 その視線が、シルバを見据える。
 少し間を置いて、フィリオは口を開いた。
『……娘に名を付けた責任、これをどう取るつもりだ?』
「え?」
 何の事か、シルバはすぐには分からなかった。
『名は存在を示す重要な要素だ。故に我らは親子であってもあだ名で呼び合う。リフという名を与え、それを姫は認めたという事はつまり、お前は我が姫を真名で縛ったという事だ』
 一気にまくし立てられても困る。
 その困惑が霊獣にも伝わったのか、彼は小さく咳払いをした。
『また、話が長くなったな。同性同士の場合ならば義兄弟の契りとなるのだが、今回は異性。これは人間の世界で言えば、一番近いのはプロポーズに当たる』
「はいっ!?」
 シルバは、思わず間抜けな声を上げてしまった。
 ちなみに、キキョウの耳と尻尾も大きく逆立ったのだが、それに気付く者はほとんどいなかった。
『しかも姫は受け入れているのだが、どうするつもりだ、シルバ・ロックール?』
 ずずい、と獰猛な雰囲気を漂わせたフィリオが、巨大な鼻面を迫らせてくる。
 さすがにシルバも言葉に詰まる。
「え、ええっと……?」
 どう応えればいいのだろう。何となく「じゃあ受けます」とか言っちゃうと、そのまま噛まれてしまいそうな気がするのだ。
 かと言って断っても噛まれそうな気がする。
「にぃ……父上、お兄がこまってる」
 困惑するシルバに、リフから助け船が出た。
 さすがに娘には弱いのか、フィリオはわずかに顔を引いた。
『む……だがな、姫』
「お兄はそこまで深く考えてなかった。みとめたのはリフだけど、責任おしつけるはダメ」
『む、むぅ……! 我としては、その名の破棄を推奨するぞ、姫。そうすれば、この契約は無効となり……』
「だめ」
 父親の譲歩案は、あっさり娘に却下された。
『何故だ!?』
「リフ、この名前気に入った」
『ならば、此奴と夫婦になるのか』
「父上」
『む……?』
「これいじょうお兄を困らせると……」
『こ、困らせると?』
「父上、きらいになりそう」
『よかろう、シルバ・ロックール。お前にこの契約について考える猶予を与える。そうだな、百年ぐらい!』
「……そ、そりゃどうも。また急にえらいアバウトになったな……」
 多分、俺死んでます、とシルバは心の中で呟いた。
『不満か。ならば、我が姫と契りを交わすか』
「い、いや、ない。文句ないです、はい!」
 父親を見上げていたリフが、振り返る。
「お兄。リフは一旦、山に帰る」
「そ、そうか。さすがにプロポーズがどうとかいうのは困るけど、そうじゃないなら、いつでも来ていいからな」
「に。また来る。盗賊おぼえる。まってて」
 尻尾を立てて宣言する娘に、動揺したのは父親だった。
『な……! だ、駄目だ、姫! そんな事は許可できん。下界は危険だと、今回の件で分かったはずではないのか!』
「に……いい人もいっぱいいるって覚えた。それにリフはお兄の嫁」
「ちょっ!? それ無しのはずだろ、お前!?」
 今度慌てたのは、シルバだった。
「に。もんだいなし。これはリフの自称」
 どことなく得意そうに言う、リフだった。
「……いや、俺はどっちかっていうとお前のお義父さんが怖いっつーか」
『グギギギギ……人間、貴様ぁ……』
 フィリオの歯ぎしりの音が、あからさまに響いていた。
 それを無視して、リフは父親の鼻面に向かって跳躍する。
 そのまま頭の上に乗る。
「父上、かえろう」
『わ、我は認めないからな! 帰るぞ、倅ども』
 ほとんど負け惜しみのような言葉と共に、フィリオは踵を返した。その尻尾は、鞭のように大きく揺れていた。
「にぃ……!」
 巨大な父親の後を、三匹の息子達が追いかける。
 だがふと何かを思い出したのか、フィリオは振り返った。
『そうだ。言い忘れていたが、お前の今の覚醒は仮の物。我の力が途切れれば、再び眠りに就く事になる。およそ一週間。大人しくしているがいい』
 言って、今度こそ剣牙虎の霊獣達は、山の方角へと帰っていった。
 ……嵐が去ったような心境に、残った一同は一斉に溜め息をつく。
「いい人だ。人じゃなかったけど……じゃあま、後はしばらく任せた、キキョウ」
「承知」
「あ、あと、そうだ、もう一つ。……タイランを呼んでくれ」
 急激に訪れつつある睡魔と戦いながら、シルバは言った。
 しばらくすると、遠慮がちな重い足音が響いてきた。
 ぼやけ始めた意識の中、シルバは正面にタイランがいるのをかろうじて確認した。
「あー……タイラン」
「は、はい」
「動けないんで、馬車まで運搬頼む。こういうのは、お前が一番向いてるから」
「……! は、はい」
 沈んでいた声が、微かながら元気になった。
「という訳で、あとよろしく」
 ふぅ……と息を吐き出し、シルバは再び意識を失った。



[11810] 精霊事件3(完結)
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2010/04/08 20:47
 クスノハ遺跡の事件から、明けて一日。
 昏睡状態にあるシルバは、教会付属の治療院の一室に置かれる事となった。
 昼前のこの時間、世話役の助祭がいなくなり、部屋にいるのは眠っているシルバを除くとキキョウとタイランだけとなった。
 ベッドからやや離れた位置で、二人は真剣な検討を開始した。
「や、やはり着替えも持ってくるべきなのだろうか」
 キキョウが緊張気味に切り出す。
 シルバの今の服装は、治療院の患者用服である。
 タイランもそれを見て、首を振った。
「あ、あの……基本的に寝たきりですし、その類は教会の方で、用意してくれるかと思います……」
「で、では、身の回り品も!?」
「は、はい。何より、シルバさん自身、教会の人間ですし……大抵のモノはそちらで、何とかなっちゃうのではないかと……」
「……何と言う事だ」
 シルバの部屋に入る機会を失い、ショックを受けるキキョウだった。
「……おまけに意識がない状態故、食事の世話も出来ぬし」
 つまるところ、パッと思いつく身の回りの世話はほとんど出来ないのが、キキョウとしては痛い所であった。
「は、はい。あとは、その……下の世話とか」
「ぬ、ぬうっ……それは……っ!?」
 遠慮がちに言うタイランに、キキョウは赤面する。
「それに、お風呂でしょうか。……リフちゃんのお父さんも、霊泉の類はいいって言ってましたし」
「む、それなら某達にも、何とかなるか?」
 キキョウの声が明るくなる。
 風呂に入れるのは難しいかも知れないが、身体を拭く事ぐらいは出来そうだ。
「そ、そちらは私が何とか出来ると思います。ほら、水の精霊にお願いするのは得意ですし……魔法と言うほどではありませんから、清潔に保てます……もちろん、教会の許可は必要ですけど……」
 確かに、その素性が精霊である事を晒したタイランは、そういう方面にはうってつけだ。いや、むしろキキョウが手を出すと邪魔になる可能性すらある。
「そ、某は無力だ……!」
 ガクリと跪き、両手を床に付けるキキョウだった。慌てたのはタイランだった。
「い、いえ、待って下さい、キキョウさん! ま、まだ、結論を出すのは早いです! そ、そう! 身体! 身体です!」
「からだ……?」
「は、はい。一週間も寝っぱなしだと、どうしても身体が衰えてしまいます。それをどうにかしないと……」
「マ、マッサージとか……?」
「でも、構いませんし、もしくは私達の知らない、もっと効率のいい方法とか、その、ご存じないですか?」
「…………」
 少し考え、キキョウは顔を上げた。
「……ある」


 そして午後、キキョウが訪れたのは、アーミゼストの北部、グラスポート温泉街にほど近い所にある、小さな整体兼鍼灸院だった。
「で、ウチに来た訳か」
 キキョウから事情を聞いた黒髪白衣の女医は、足を組んだままタバコを吹かした。
 名前をセーラ・ムワンという。極東ジェントの出身で、キキョウがこの地に居着いてから知り合った女性である。
「うむ。よろしく頼む」
 キキョウは頭を下げた。
「いいだろう。他ならないキキョウの頼みだ。私もやぶさかではない」
「では」
「うん」
「某に按摩を教えてくれるのか」
「按摩舐めんな」
 セーラはキキョウにスリッパを投げつけた。


「……というわけで、私の知人でマッサージ師のセーラ・ムワンだ」
 顔にスリッパの後を付けたまま、キキョウはタイランに女医を紹介した。
「よろしく。針と灸と按摩、それに整体が仕事でね。力になれると思う」
 セーラはタイランのごつい鋼製の手を握った。
「よ、よろしくお願いします……あの、ここは禁煙で」
「心配いらんよ。ほら、火は点いていない」
「あ……し、失礼しました」
 気にしてない、とセーラは首を振った。
 教会の方には既に話を通してある。
 彼女としてはシルバに針を用いるつもりでいた。肉体の衰弱を防ぐツボには、心得があるのだ。
「それからキキョウ」
 診察道具を広げながら、セーラは言う。
「む?」
 セーラの親指が、眠りっぱなしのシルバを指した。
「お前は普通にコイツを見守っていればいい。無理に何かをするだけが看病ではないぞ」
「う、うむ」
「……起きるまで徹夜をする必要もないからな」
「ぬう……何故それをっ!?」
 そんな感じで、一週間の世話は始まった。


 一方、カナリーは都市を出て、再びクスノハ遺跡を訪れていた。
 オレンジ色の太陽が地平線に沈んでいくのを確かめ、穴の縁に停車した馬車の中で居眠りをしていたカナリーは、大きく腕を伸ばして起き上がった。
「さて……やっと本調子が出てきたかな。ヴァーミィ、セルシア。始めよう」
 カナリーは二人を引き連れて、クレーンに据えられた広い足場に乗った。
「まずはモンブランシリーズの回収。何か設計図があるといいんだけど」
 重い作動音と共に、足場は巨大な穴へと下がっていく。
 いざ、探索の開始だ。

 霊獣が大暴れした事もあり、天井が崩れた実験場は瓦礫の山に半ば埋もれていた。
 無事な床を歩きながら、カナリーはガラクタの山を漁っていく。
 吸血鬼であるカナリーには、夜の闇などないに等しい。
「ふん、四号の精霊炉か。もしかしたら、タイランのパワーアップに使えるかも知れない。いいね。ま、さすがに八号のは完全に破壊されているのはしょうがないか……」
 セルシアに合図を送る。
 彼女は頷き、一抱えほどもある炉を持ち上げ、クレーンの方に運搬していった。
 それを見送り、カナリーは都市の方角に視線をやる。
「……こういう事には、ウチの連中はまったく無頓着だからな。僕が働くしかないね」
 苦笑するカナリーに、今度は大きな巻物を抱えたヴァーミィが近付いてきた。
 彼女に手伝わせながら、カナリーはそれを広げた。
「ふむ、炉の設計図か。ご苦労、ヴァーミィ。続けてくれ」
 設計図を巻き直し、それもクレーンへと運んでいく。
「……ふん、あの老人、性格は問題だらけだったが、紛れもない天才だったようだね。実に興味深い」
 運搬を済ませた従者達に、カナリーは勢いよく手を叩いた。
「さあ、あの老人の研究成果を洗いざらい回収するんだ、二人とも。置き去りにされた試作機の数々。霊獣を封じた檻。絶魔コーティングの残骸。まだまだたくさんあるぞ。それに、この遺跡そのモノにも興味が出てきているんだ。やるべき事は、結構あるぞ」
 カナリーの遺跡探索は、夜通し行われる事になった。


 早朝。
 ヒイロはいつものように狩りの為、郊外の森にいた。
「ボクはもっと、強くならなきゃいけない!」
 拳を突き上げ宣言するヒイロに、この狩り場で友人となった少女が笑みを浮かべながら拍手した。
 クロエ・シュテルン。長い黒髪を後ろに束ね、黒のジャケットに黒のズボンと全身黒尽めの麗人だ。正直、目が覚めるような美少女である。とても狩りをするとは思えない格好だが、罠や弓の腕は確かなのを、ヒイロは知っていた。
 本業は、都市内で何でも屋をやっているらしい。
「おー、それは立派な決心ですね。しかし具体的にはどうするつもりです?」
「うん、何よりこの魔法に対する弱さを何とかしたいと思う。ここは、魔法を食らいまくって食らいまくって、そこから回復するっていう超回復で、パワーアップしようと思うんだよ」
「あはは、主張はとても立派ですが、ヒイロ君はお馬鹿さんですね。超回復というのは、そういうモノじゃないんですよ?」
 笑みを浮かべたまま罵倒するクロエに、ヒイロは本気で驚いた。
「違うの!?」
「違います」
「うわーっ! 駄目じゃん、ボク!」
「しかし、そこで私に頼ったのは間違いではありません。何とかするのはヒイロ君自身ですが、アドバイスぐらいは出来ますよ」
「ホント!?」
「はい。……まあ、シルバの考える事ならある程度トレースも出来ますしね」
 ヒイロも仲良くなってから知った事だが、クロエはシルバやキキョウと交流があるのだという。
 そのクロエが、ピッと指を立てた。
「最初に考えたのは絶魔コーティング鎧なんですが。ただし、恐ろしくお金が掛かりますよね」
「んー、それにアレでしょ。先輩の魔法の効果、なくなっちゃうんでしょ。それはちょっとねー」
「何より、ヒイロ君に鎧が似合いません」
「ははーっ。そりゃごもっとも」
 動きにくい服装は苦手なヒイロであった。本来はそういう好き嫌いは戦士として問題なのだが、シルバはまるで構った様子がない。
「一番良いのは、魔法を避ける事なんですけど」
「……うーん、それなんだよね。ボク、飛び道具って何故か当たりに行っちゃう癖があって」
「何て嫌な癖なんでしょう」
 クロエは苦笑するが、ヒイロにとっては割と深刻な悩みだった。
「どうやったら避けられるのかなぁ」
「避けなきゃいいんですよ」
「うん?」
「もっと体力つけて、魔法食らっても倒れなきゃいいんです。そのまま魔法使いぶっ飛ばせば、ヒイロ君の勝ちですよね」
 綺麗な顔して、えらく乱暴な話をするクロエだった。
「そ、それは、アリなの?」
「人間なら、提案しないんですけどね。ヒイロ君の耐久力と回復力を見込んでの話ですよ。これの重要な点は、決してよろめいたり仰け反ったりしない事ですね。そして突進力。退かないというのは、敵にとってはそれだけで脅威です。もっとも、無駄にダメージを受け続ける必要はありません。避けなくても、受ければいいんです」
「……同じ事、言ってない?」
 魔法を食らいまくる、というのは最初のヒイロの主張である。
「直接受ける必要はないと言っているんですよ。その大きな骨剣は、小柄なヒイロ君には充分な盾になります。微弱ながら魔力も帯びているんでしょう? それを活かさない手はありませんよ」
「あ」
 傍らの大木に立てかけてある骨剣に、ヒイロは視線をやる。
 なるほど、いつも武器として使ってきたが、盾として使うというのは考えた事がなかった。
「剣であり盾、というのはつまり切り替えが素早く楽ですよね。それともう一つあるんですけど……これはまあ、お財布と相談になります。ヒイロ君一人ではどうにもならないと思います。まずはより一層の足腰の鍛錬ですね」
「うん」
 やるべき事は決まった。
 方向性はあくまで『ひとまず』だが、反対する理由はない。何より戦士にとって足腰の鍛錬は益にこそなれ、決して不利益にはならない。
「それにしても、シルバの看病はいいんですか? 今、昏睡状態なんでしょう?」
 骨剣を手に取るヒイロに、弓の準備を整えながらクロエは訊ねた。
「見舞いには昨日行ったよ。だけど、医術の心得もないボクがいたって、あんまり意味ないでしょ?」
 言って、ヒイロはボリボリと頭を掻いた。
「……いやまあ、そりゃ先輩の容態は気になるけどさ、それはキキョウさんやタイランがいるし」
 そして握った骨剣をぶん、と振った。
「ボクはパーティーの中で一番弱いし、今やらなきゃならないのは、少しでも強くなる事だと思うんだ」
 この日、ヒイロは訓練を兼ねた狩りで三倍の距離を駆け回った。


 霊道というモノがこの世には存在する。
 それは大地に木の根のように広がっていたり、風の通り道となっており、精霊のみが使える高速の移動路だ。
 霊道を使って山の長であるフィリオと息子である三匹、そして娘のリフがモース霊山へと帰還したのは、遺跡の事件から三日が経過していた。一般には、馬車で三週間ほど掛かる距離である。
 高原を歩みながら、剣牙虎の霊獣王フィリオは愛娘を心配そうに見下ろした。
「考え直せ、姫。俗世はお前にはまだ、早すぎる」
「にぃ……うけた恩はかえす。霊獣の決まりでも神聖なもの。リフはお兄たちに恩がえししたい」
「それは品でどうにかする。我に任せるのだ」
「駄目。リフの気がすまない」
「ぬうぅ……あ、あの若造めぇ……!」
 フィリオは唸り、遙か彼方にある辺境都市アーミゼストの方を睨んだ。
「決意は固いようですねぇ」
「そこが娘の長所であり同時に厄介な点で……って何で貴様がいるのだ魔女!?」
 声の方を振り向くと、岩場に山羊の角と槍のような尻尾を生やした白髪の女性が腰掛けていた。
 登山者らしい荷物も何もない、恐ろしいぐらいの軽装だ。
 シルバの師、ストア・カプリスである。
「はい、お届け物に来ました。他の人では、ここまで何週間も掛かってしまいますから」
 ストアはシレッと答えた。
「だ、だが、どうやってここまで。いくら貴様に羽があると言っても、限度があるだろう!?」
 フィリオの問いに、ストアはたおやかに微笑む。
「まだ、この世界には生きている古代の転送装置があるんですよ。ウチの都市のすぐ傍にも」
 ですからここの麓まではあっという間でした、と言いながらストアは小さくウインクした。
「内緒ですよ?」
「に……確か、お兄のせんせえ」
 リフも、話した事はないが、面識はあった。
「はい。ストア・カプリスって言います。アーミゼストでは、司教を勤めてますよ」
「しってる」
「……人間の神がアバウトである、生きた証拠だ。よりにもよって貴様が神の僕だなど、ありえんだろう。どんな冗談だ」
 フィリオは、獰猛な唸り声を上げた。
 ストアは彼をスルーして、袖からポーションの瓶を取り出した。
「それはともかく、はい、リフちゃんにプレゼントです」
「にぃ……?」
「魔女、貴様!」
 その薬の正体を悟り、フィリオは焦った。
 だがストアはやはり構わず、もう一本、同じ瓶を取り出した。
「お父さんの分もありますよ?」
「何……!?」
「それと、この山の素材を使わせてもらえると、もうちょっと面白いモノが作れそうなんですけど、駄目でしょうか?」
 ストアが、霊山で秘薬の材料やとあるアイテムを作成し、大量のお土産と共に都市に帰還したのは、シルバが目覚める前日となる。


「ん……」
 薄ぼんやりとした視界に、木製の天井が見えた。それに消毒液の臭い。
 シルバは、自分が教会が運営している治療院の病室で眠っていた事に気付いた。
 どうやらあれから無事、運ばれたらしい。
 上半身を起こしてみる。
 時刻は昼下がりのようだ。
「……お、おはようございます」
 ベッドの傍らの頑丈そうな鉄椅子に、巨大な甲冑が腰掛けていた。
「あー、タイラン……」
 どうやら、看病してくれていたらしい。
 更にその背後には、山と積まれた木箱の数々。
「って、何だこりゃっ!?」
「あ、こ、これは……その、お見舞いの品というか……カプリス先生が、モース霊山から帰るついでに、リフちゃんのお父様から渡されたそうで……」
 お見舞いにしては、味も素っ気も無い木箱の山である。
「その……シルバさん宛の宅配便で、カプリス先生が、この部屋に指定されたそうです。先生曰く……と、とっても重いから、だったとかで……中身は、山の珍味とかそんなので……魔法で保存してあるから、せ、鮮度は大丈夫だとかおっしゃってました……」
「あーのー、先生はっ、たくーっ!」
 せめて自宅に送ってくれよと思う、シルバだった。
「つか、何で先生がモース霊山に行ってたんだ……? タイミング的にも、出来すぎだろう?」
「さ、さあ……? 何だか野暮用とか言っていましたけど……」
 その辺はタイランも知らないらしい。
 それからふと、シルバは大事な事を思い出した。
「っと、そうだ。アレから何日経った?」
「あ……リフちゃんのお父様が言っていた通り、ちょうど一週間です」
「そうか」
 シルバは頭を振り、意識を失う前の、遺跡でのやり取りを思い出した。

「あと、み、短い間でしたが……今まで、楽しかったです。これまでありがとうございました……」

 あの台詞の真意を問いたださないとならない。
「んじゃ、まずはタイランの話だな。一週間、待たせて悪かった。俺の体内時計だとほとんど一瞬なんだけど」
「い、いえ……でも……」
 タイランの口調は、躊躇いがちだ。
「やっぱり理由はアレか。このパーティーの、女人禁制ルール」
 タイランはあの時、鎧の中からその正体を晒した。
 {動く鎧/リビングメイル}というのも嘘だったわけだが、中身がああなっていたからなのだろう。
 だからこそ、その正体が知られてしまい、パーティーから抜けるような事を言った。
 そう、シルバは解釈していたが。
「そ、それも一つなんですけど……」
「ん? 違うのか?」
「い、いえ、それも重要です……!」
 気になる発言だったが、シルバはひとまずパーティーの規則について話す事にした。
「あれはお前、前のパーティーみたいな事になるのが嫌だからって、そういう事情は知ってるだろ?」
「は、はい」
 タイランが頷く。
 シルバは、頭をガリガリと掻いた。
「なら、タイランは大丈夫だよ。確かに短い付き合いだけど、あんな自己中心的な事して、パーティーの人間関係をガタガタにしたりはしないだろ。それぐらいは分かる」
「で、でも、ルールは……」
「タイランさ、一週間あったわけだけど、その間に、ヒイロ達の意見は聞いたか?」
「は、はい……一応は。あとは、シルバさん待ちでした……」
「みんな、大丈夫だって言ってなかったか」
「……言ってました」
「だろうな。なら、そういう事だ。あの件を知ってるのは、俺達パーティーのメンバーと爺達、それに霊獣だけ。爺様達は事実上いない訳だし、問題なし」
 シルバは両手を合わせ、顔をしかめた。
「何より、ここでお前、俺が駄目だって言ってみろ。パーティーから叩き出されるのは、間違いなく俺の方だぞ。この薄情者めって」
 言わないけどな、と付け加える。
「あの時、お前が何とかしてくれなかったら、地上の連中はみんな危なかった。自分の正体晒してみんなの命を助けた恩人を追い出すなんて、人として出来る訳がないだろ」
 そこまで言って、シルバはさっきのタイランの言葉を思い出した。
 女人禁制ルールは、理由の一つ。
 つまり。
「……別の問題があるみたいだな」
「は、はい……」
「もしかして、お前の正体に関わる事か?」
「そう、です……」
 タイランの本体は、精霊だ。
 しかもアレが、ただの精霊でなかった事は、シルバにも分かる。
 一般的な水の精霊は霊獣クラスでもない限り空を飛んだりしないし、荒れ狂う霊獣を鎮めたり、その力を中和したりは出来たりしない。
「よかったら聞くぞ。これでも聖職者だ。秘密は守る事に掛けては、自信がある」
「…………」
 タイランはしばらく躊躇った後、頷いた。
「……お話しします」
「うん」
「私の生まれは、サフォイア連合国です」
「あの爺さんと同じか。その割には名前がちょっと違うような感じだな」
 タイラン、という名前は、シルバの印象ではもうちょっと東寄りのような気がするのだ。
「父が、東方のサフィーン出身なんです。名前はコラン・ハーベスタ。精霊の個人研究をしている錬金術師でした」
 聞き覚えのある名前だった。確か、シルバの師、ストア・カプリスが一度、その名を呼んだ事があった。
「……そういえばあの爺さん、お前の父親の知人だって言ってたっけ。タイランの父さんも、やっぱり炉の研究をしてたのか?」
「はい。……ただ父の研究は、炉の器の方ではなく中身でした。いわゆる精霊石などエネルギーの素になる部分です。基本的に精霊炉は精霊石を動力源にしているんですけど……その、代替になるような精霊物質の精製が、父の行っていた事なんです」
 自分の得意分野なのか、タイランの台詞はいつもより滑らかだ。
「……その過程で、生まれたのが人工精霊です」
 しかし、その流暢な発言も、トーンがダウンしてしまう。
 話の流れから、シルバも察した。
「この人工精霊には自我があって……つまり、それが私です」
 やっぱりな、とシルバは思った。
「人の造った精霊か……」
 人間が、精霊を生み出す。
 そんな話は、これまで聞いた事がなかった。
 しかもそれは自我を持っている。
 言っちゃ何だが、これは大変な『発明』だ。しかもその性能は、子供とはいえ霊獣を相手にも引けを取らないと来ている。
「父は、私を隠しました。知人の女性の助言……だったそうですけど」
 ふと、シルバの脳裏に閃くのは、白い上司だった。
「半年ぐらい前の話か……」
「え……ど、どうして、知っているんですか……?」
「いや? ただ『偶然』、先生が出張に行ってたのがその時期だったってだけの話」
 前に研究室で話していたのは、その時の事なのだろう。
「ま、今は、そっちの話を進めようか」
「は、はい……サフォイアは、エネルギー関係の研究で最も進んでいる国です。もしも私の存在がバレたら、私は実験材料として、軍に引き渡される事になっていただろうと、父は言っていました。それで、私は自宅の地下で、ひっそりと父から色んな事を、教えてもらいました。言葉とか……音楽とか、お話とか……」
 思い出しているのか、タイランは次第に涙声になってきていた。
「いい父親だったみたいだな」
「……はい。ですが、ある日、軍が踏み込んできて……」
「何でバレた。秘密にしてたんだろ?」
「父の助手が……私の存在に気付いて、売ったんです」
 シルバは、眉をしかめた。
「……父は万が一の事を考えていてくれたんでしょう。パル帝国の重装鎧を改造した機械の身体を用意してくれていました。……それが、この身体です。動力は私自身、身体に負担の掛かりにくい小出力の炉の使用、魔法での探知を防ぐ為の何重もの封印と、絶魔コーティングが施されています」
 タイランは一度言葉を句切ると、再び語り始める。
「……そして私と父は、バラバラに国から逃げました。父の行方は分かりません。この都市に入ったのは父の薦めで、比較的異種族が多いという話だったからです。まだ発展途上の都市でもあるし、サフォイアも情報が入手しにくいらしいですし……」
 タイランの視線が、窓の外に向けられた。
「父がどこにいるか分からない以上、自分は待つしかありません」
 そして、タイランは改めて、シルバを見た。
「……つまり、その、私は追われる身なんです。しかも……いつ追っ手が来るかも分かりません。本当に今更なんですが、みんなに迷惑が掛かるかも知れません。ですから……これ以上、一緒にいる訳にはいかない、と……」
 タイランが、言葉を切った。
 シルバは、深く考え込んでいた。
「あの……シ、シルバさん?」
「あ? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「え……そんな……」
 聞いてなかったのかと、タイランの声に失望が混じる。
 だがシルバは頭を振って、
「いや、どうやったらお前と親父さん売った奴、殴れるかなってな。国一つ相手ってのは、なかなかなぁ……」
 そんなトンデモナイ事を言った。
「……え?」
「やっぱり、もっと強くならないと駄目だな。いざって時、弱いままじゃ困る」
「何を言って……」
 絶句するタイランを、シルバは見据えた。
「話聞いてみたら何だ、お前は何も悪くないじゃないか、タイラン。ウチにいる事には、何も問題ない」
「で、でもご迷惑じゃ……」
 この期に及んでまだ遠慮するタイランに、シルバは一笑した。
「は! タイラン、分かってないな!」
 そして、胸を張って断言した。
「仲間なんてのは、迷惑掛け合ってナンボのモンだ!」
「い、言い切りますか……!?」
「そして助け合ってこそだろ。ま、ノワみたいなのは絶対勘弁願いたいけどな……でもそれでもだ。ウチの他の連中にも同じ話してみろよ。多分、俺と同じ感想抱くはずだ。そんな事情で脱退なんて却下だ却下!」
 そこまで言って、シルバは腕組みした。
「……いやまあ、何だ。タイランがどうしても、このパーティーが嫌だっつーなら、そりゃ、本人の意思尊重するしかないけどさ」
 唸るように言うシルバに、タイランはぶるぶると何度も首を振った。
「……そ、そんな事、ありません。皆さんよくして頂いてて……そりゃ、別れたくないです……けど……」
 それでも不安なのか、タイランの語尾はどんどんと、か細くなっていく。
「じゃあま、ひとまず、みんなの意見聞いてみないか? まず、大丈夫だと思うけど……」
 そこで、シルバはドアがわずかに開いているのに気付いた。その向こうには、何やら気配が三つ。
「ああ、いや、必要なくなった」
「え?」
「んじゃまタイラン。ヒイロが来ないうちに、先生の土産物全部食べちまおーか」

 わざとらしく言うと、病室のドアが大きく開いた。
「だめー!」
 飛び込んできたのは、ヒイロだった。
「わ、こら、ヒイロ! 飛び込むんじゃない!」
 続いて、それを制止しようとするキキョウ。
「先輩が起きるまで、おみやげ食べるの待ってたんだから!」
 ヒイロはそのままモース霊山産、大量の食材の詰まった木箱にしがみつく。
「……ふわぁ……あふ」
 昼間と言う事もあり、非常に眠そうなカナリーは、のんびりと二人の後についてきた。
「み、皆さん……」
 どうやら、全員ドアの向こうで聞いていたらしい。
「盗み聞きとは趣味が悪いぞ、お前ら」
 白い目を向けると、キキョウは尻尾をへにゃりと垂れながら小さくなった。
「や、す、すまぬ、シルバ殿。つい、入り辛くて……」
「でもま、とにかく聞いてたんなら、話は早い。今の事情を聞いた上で、タイランの脱退申請について皆さんは――」

「「「却下っ!!」」」
 三人は一斉に答えた。

「……ノリいいな、お前ら」
 期待通りに答えではあったが、ちょっと呆れるシルバだった。
「ふ……だがシルバ殿は、それを期待していたのだろう?」
「まあな。……とまあ、こういう訳だ。諦めろ、タイラン」
 肩をすくめるシルバに、ホッとした、どこか湿っぽい声で、タイランは頷きを返した。
「……そ、その、では改めて……お、お世話になります」

 ちなみにさっきの三人の返事だが、その大声に慌てて駆けつけてきたシスターからこっぴどく叱られたのは言うまでもない。


 朝の面会時間。
「シルバ殿……うわぁっ!?」
 シルバの部屋を訪れたキキョウは、ひっくり返りそうになった。
 ベッドの上には、狐面の男がいたのだ。
「よう」
 仮面を外したその下には、シルバの顔があった。
「ビ、ビビ、ビックリした……シルバ殿が妖怪になったかと思ったぞ」
「……いや、つーかこの仮面なら、散々見てきただろうに」
「見てきても、病室で被られると普通は驚くに決まっているだろう! 一体、何をしていたのだ!」
「んー、いやぁ、単に被ってみただけだ。コイツにも世話になったしな」
「う、うむ」
 キキョウの後ろから、ヒイロとカナリーが入ってきた。
「先輩先輩、その仮面、ボクが被ってもいい?」
「いいよ。ほら」
 シルバは狐面をヒイロに渡した。
「わ、あんがと」
 ヒイロは仮面を手に取り眺めると、自分の顔にはめた。
 眠たげなカナリーはそれを眺め、シルバの方を向いた。
「……シルバ、ちょっと借りて僕が研究するのは駄目なのかい?」
「それはさすがに……っていうか、なあ?」
「う、うむ……あまり意味はないぞ、カナリー」
 シルバにキキョウも同意する。
「何故だい? あんなスゴイ力を発する仮面なら、さぞや研究のし甲斐がありそうなモノじゃないか」
「その力なんだけどな、封印する事にした」
 シルバの言葉に、カナリーは目を剥いた。
「何ぃ!?」
「ど、どうかしましたか……?」
 花瓶の水の取り替えから戻ってきたタイランが、カナリーの大声に驚いた。

 ベッドのシルバを取り囲むように、全員が椅子に座った。
「これに関しては、キキョウとも話し合ったんだ」
「うむ」
「僕とは話し合ってないぞ?」
 足を組んだカナリーは不満そうだ。
「といっても元々、キキョウの力だしな。本来の権利はコイツにある」
「ほう」
「……その、好奇心に輝く目はやめてくれぬか、カナリー」
「ま、とにかくさ、あの力は今の俺の手には余る。という訳で封印って事なんだよ」
 シルバが肩を竦め、外の風景を眺める。
「経緯を話してもいいけど、無茶苦茶長くなりそうでなぁ……どう整理したらいいモノやら」
「それは、ものすごく興味があるのだが……」
 シルバは少し考え、
「よし、まとまった」
 小さく頷いた。
 そして、話し始める。
「要するに、キキョウは以前、恐ろしく強力な魔物を倒す為に、分不相応な力を発揮したんだよ。ただ、自分でも制御出来ないぐらいどうしようもない力でな。そのままだと死にそうだったんで、狐面に力だけを封じた。それがコレって訳だ」
 シルバは、ヒイロが被る狐面を指差した。
「へぇー」
「……というか要約しすぎじゃないかい、シルバ。酷くはぐらかされた気分なんだが」
 カナリーは、納得してないようだった。
 シルバは困る。
「そんな事言ったって、まともに話すと本当に長くなりそうなんだよ。今はそこが本筋じゃないから勘弁してくれ」
「……ま、それは道理だ。いいだろう。その話はいずれ聞かせてもらうが」
「あの時は、本当にシルバ殿にご迷惑おかけした」
 深々と頭を下げるキキョウに、シルバは軽く手を振った。
「だからそれはもういいって」
 当時何があったのか分からないみんなを、キキョウは眺め回した。
「その際、シルバ殿には命まで救ってもらったのだ。右も左も分からぬ異国で、何から何まで世話になったという次第。特にシルバ殿には、感謝しても仕切れぬ恩があるのだよ」
「ふむ……」
 カナリーが唸る。
 構わず、シルバは話を補足した。
「で、この仮面に力を封じるのに、俺の魂代償にしちゃってるんで、ひとまず力は俺預かりになってる」
「待て、シルバ。今さらっと、とんでもない事を言わなかったか?」
「その時は非常事態で、しょうがなかったんだよ。他に手がなかったの。とにかくさ、その狐面に秘められた力は今のキキョウでも扱いきれない。俺だってこの有様だし」
「すごいのになぁ……」
 ヒイロは狐面を外すと、改めて眺め回した。
 それをチラッと見てから、カナリーはシルバに問い返す。
「すごいが、それでも封じると。やっぱりシルバ、君にデメリットが大きすぎるからかい?」
「それもあるけど……その、何というか、他にもいくつか理由があるかな」
 んー、とシルバは腕を組んで、唸り声を上げた。
「やっぱり一番大きいのは、この狐面があるって事で、パーティーが弱くなるって点だな」
「……うん?」
 カナリーには意味がよく分からなかったようだ。
 シルバは言葉を継ぎ足した。
「いざとなれば、この狐面の力がある。その保証は、安心と同時に依存と慢心にも繋がる。使いこなせない力に頼るのはちょっとどうかと思うんだ。俺達は、冒険者としてもっと強くならなきゃいけない。それは危険に対する感性も含まれる。だから、仮面の力をアテにしちゃいけない。それで、使わなきゃいい、じゃなくて封じようって思ったんだ」
「最後の最後で、一か八かは無しって事かい」
「ああ、そうなる前に勝負を付けるのが理想だろ。でなきゃ、尻尾を巻いて逃げ延びるかだ。生きてさえいれば、次があるからな。分不相応な戦いは、もっと強いパーティーに任せればいい」
 ふん、とカナリーは鼻を鳴らした。
「それ以前に、実力に見合わない危険に踏み込まないのが、一番だね」
 うん、とシルバは頷いた。
「それに何より、目指すなら上だし」
「上?」
「や、最終的には、その仮面の力に勝てるぐらいのパーティーになりたいかなと」
「ちょっ……」
 シルバのとんでもない発言に、タイランが絶句する。霊獣を鎮めた時点で、今のパーティーの中で最もその位置に自分が近いという事には、まるで気付いていない彼女だった。
 一方で「いいねそれ」と笑ったのはヒイロだ。
 シルバは、黙って話を聞いていたキキョウを見た。
「少なくとも、キキョウはあの高みに登り詰められるはずなんだ。本来は、キキョウ自身の力なんだし許容量があるのは間違いない」
「……うむ、精進しよう」
「他に理由は?」
 カナリーの問いに、シルバはヒイロの持つ狐面を再び指差した。
「さっきの話と矛盾するようだけど、やっぱりこの仮面は切り札なんだ。強力な力が秘められている。いざという時のために取っておいて損はない」
「……んんー? 何だかよく分からないよ先輩」
「つまりシルバは、武器じゃなくてアイテムとして、何かの時に使いたいって言いたいんだよ。……もっとも、それがいつの事になるかは分からないけど」
 首を傾げるヒイロに、カナリーが説明した。
「そういう事。だから、仮面の力は無駄遣いしたくない。――最後に、これは個人的な理由なんだけど」
 一呼吸置いて、
「やっぱ、ああいう使い方は、俺らしくないと思うんだ」
 シルバは言った。
「俺の仕事は、みんなを回復したり戦いの補助したりするのが本分だ。アレは何か違う」
 シルバは言葉を選びながら、ガシガシと頭を掻いた。
「だからまあ、あの仮面の力を俺が完全に制御出来るぐらいになって、その上でいつものやり方が出来るようになれば……結構いい具合なんじゃないかと思うんだよ」
「某は面白いと思った。故に賛成したという次第だ。皆はどうだ?」
 ふーむ、とカナリーは唸り、シルバに訊ねる事にした。
「その封印は、硬いのかい? いや、僕が言いたいのは、その仮面の力は今、漏れている分だけでも、その気になれば様々な効果を作り出す事が出来るという事なんだが……」
「その事も、キキョウと話したよ。未練は人を弱くする。だから一度封印をしたら、次に解くまではこれは単なる仮面になる。中に強力な力を秘めてはいるけどな」
「んじゃ、ボクは賛成」
 ヒイロが大きく手を挙げた。
「仮面がみんなを弱くするっていう点に納得かな。つい頼りたくなりそうだし、ボクはそういうのはやだなぁ。ボクはもっと強くなりたいしね」
 次に、タイランもおずおずと挙手する。
「わ、私は……シルバさんに無茶して欲しくありませんし……」
「僕も賛成でいい。効率の面から考えても、仮面を使うより僕達全体の実力の底上げが望ましいと思う」
 最後に、カナリーも賛意を示した。
「じゃ、そういう事で決まりだな」
「うむ」
「んじゃま、ヒイロ仮面返して」
「うん」
 仮面を取り戻したシルバは、それをベッドの上に置いた。
「でまあ、キキョウは俺の手に自分の手を乗せて」
「ぬ、ぬうっ!?」
 真っ赤になって動揺するキキョウだった。しかし、その動作とは裏腹に何故か、尻尾はバッサバッサと揺れていた。
 それに構わず、シルバは話を進める。
「いや、そうしないと封印出来ないから。お前の力でもあるんだし」
「そ、そそ、そうだな。で、では、失礼する」
「……いや、そんな緊張しなくても」
「き、きき、緊張などしておらぬ」
 二つの手が仮面に重なり、二重の詠唱が病室に響き渡る。

 ――かくして狐面は、完全な封印を完了した。


 シルバの退院は思った以上に早かった。
 医師の診断で、数日後にはシルバは荷物をまとめて、外に出る事になった。
「……つーか、鍼と按摩すげえ」
 ほとんど鈍っていない自分の身体の具合に、シルバは驚きを禁じ得ない。
「言っておくが、アレが一般だとは思わない事だぞ、シルバ殿。ムワン先生は、特殊なタイプだ」
「ああ、そう思っとく。あんなのがゴロゴロしてたら、こっちは商売あがったりだよ」
 キキョウの言葉に、シルバは頷く。
 その裾を、ヒイロが引っ張った。
「それよりも先輩、ご飯ご飯!」
 何故か病室に運び込まれていたモース霊山産の食材の数々は、シルバが手配して別の場所に送っておいた。
 もっか、ヒイロの興味はそれら山の幸である。
 時刻は昼下がり。ヒイロの胃袋の昼食はとっくに消化済みだ。
「はいはい。他にもやる事いっぱいあるの、分かってるか、ヒイロ」
「むむ?」
「俺の方は、まず教会にちゃんとした報告が必要だし、例の龍魚を祀ってるっていう一派んトコから何か招待されてるんだろ? あそこにも行かなきゃならない。それに、武器や防具も新調したいしな」
「……ご飯はお預け?」
 ヒイロの顔が、分かりやすいぐらい暗くなる。
 その頭に、シルバは手を置いた。
「そうすると、お前のテンションがものすごく下がるの分かってるから、まずは酒場だな」
「やた!」
 ヒイロが両手を大きく挙げた。
 一方、キキョウはふむ、と首を傾げる。
「酒場という事は、いつもの食堂『朝務亭』ではないのか、シルバ殿?」
「あそこの系列で『{弥勒亭/みろくてい}』ってのがあるんだよ。両方のマスターとも話がついてて、今度からあそこを使おうと思うんだ」
「それはまた、何故」
「弥勒亭には、個室があるんだよ」
「……なるほど、密会に使えると言う事か」
 ニヤリと笑いながら、カナリーが肩に掛かった金髪を払い上げた。
「いや、違うって、カナリー。タイランが、鎧から出られるだろ」
 シルバの背後に控えるように歩いていたタイランが、身動ぎする。
「わ、私ですか?」
「そ。飯、本当はいけるんだろ?」
「は、はい……陽光や水とエネルギー効率は大差ないんですけど……」
 鋼鉄製の両指をモジモジと組み合わせながら、タイランは頷く。
「サラダとか」
「は、はい……えと、どうして……?」
「調べた」
 ボリボリと頭を掻くシルバ。そしてヒイロはタイランを振り返り、親指を立てた。
「ご飯は、みんなで食った方がいいよね、やっぱり!」
「あ、は、はい」
「ふっ……シルバにしては気が利いている。ところで、その店のトマトジュースは美味しいんだろうね?」
 カナリーの問いに、シルバは首を傾げた。
「あ、それは調べてなかった」
「な、何!? それが一番肝心な所じゃないか! 君はまるで分かってないな!」
 詰め寄るカナリーとシルバの間に、キキョウが割って入った。
「まあまあ、カナリー。こういうのは自分で確かめるのも、よいものだぞ?」
「だなー。俺も詳しいメニューは……っと?」
 大通りから角を曲がり、やや狭い通りに入る。
 とはいっても、人通りはそれなりに多い。
 シルバ達の一行の前に、金髪の男が立ちふさがった。
 シルバが以前所属していたパーティー『プラチナ・クロス』の盗賊、テーストだった。
「よう、シルバ」
「よう、テースト。どうした、一体?」
 シルバも足を止めた。
「いや、ちょっとした頼みがあってさ、話をしに来たんだよ」
「借金の申し込みは、勘弁してくれよ。アレは人間関係を破綻させる」
「言えてるな」
 互いに気安く、軽く笑う。
 シルバの裾を、ヒイロが再び引っ張った。
「ねえねえ先輩……誰?」
「あー、前パーティーのメンバーで盗賊のテースト」
 シルバの答えに、ヒイロがポンと拳を打った。
「あーっ! あの先輩が嫌気がさして抜けたパーティーの!」
「ちょっ、ヒイロ声でかいって!」
 シルバが慌てて、ヒイロの口を手でふさぐ。
 遠慮のないヒイロの言葉に、テーストの笑みは引きつっていた。
「は、はは……」
「つーか、こんな所で立ち話って言うのもなぁ……俺、休んでた分やる事多いし、別の機会じゃ駄目か?」
「いや、すぐ済む用事なんだ。まあつまりなんだ……見た所、お前のパーティー、盗賊いないだろ?」
「あ、ああ、まあな」
「そこにオレ、入れてくれね?」
「……は?」
 意外、ではなかったが、やや呆れの混じった声がシルバの口から漏れた。
 しかし構わず、テーストは言葉を続けた。
「ちょっとなー、あのパーティーはもう見切りを付けた。アレはもう駄目だ。お前の言う通りだったよ、シルバ」
「それで……ウチに?」
「ああ。腕の方は知ってるだろ? それに互いの呼吸も分かってるし、何か特殊なルール……何だっけ、女人禁制? アレだって問題ない。オレにはちゃんと付いてる」
「なるほど」
「で、駄目か?」
「悪いな。駄目だ」
 シルバは即答した。
「何で!?」
「盗賊のポジションは既に予約済みなんだよ。いつになるか分からないけど、アイツが来た時のために開けとかないと。な?」
 シルバは、パーティーのメンバーに同意を求めた。
「うむ」
 キキョウ以下、全員が頷いた。
 リフを仲間に入れる事は、パーティーの中ではもう既定の方針となっていた。
 もちろん、そんな事をテーストが知るはずもない。
「い、いや、でもさ、それまでどうするんだよ。盗賊抜きって事は護衛や運搬の仕事で、いつまで待つ気か? お前、{墜落殿/フォーリウム}探索する為に、パーティー組んだんだろ?」
 確かにその通りであり、その為の準備もこれからシルバが行う仕事の一つに含まれる。リフが来るまでどうするか……となると。
「うーん、クロエにでも埋めてもらおうかなと思ってたんだが」
 助っ人要員である美少女の名前を、シルバは挙げた。
「アイツは女だろうが!?」
「あ、そうだった。どうもアイツは女って気がしなくて、忘れそうになるなぁ」
「……お、お前、あの美人を相手に、その評価はどうなんだ?」
「某も、クロエ殿ならば問題はないと思うがな。彼女はとてもいい人だ……何より、安全そうだし」
 ボソッと呟くキキョウの言葉の後半は、誰の耳にも届かなかった。
「というかさテースト。お前こそ前パーティーどうなんだよ」
「どうって?」
「俺、まだお前がプラチナ・クロスやめたとは聞いてないぞ。まさか、話ついてないままこんな交渉してる……とか、ないよな?」
 すると、テーストは心外な、と大きく手を広げた。
「まさか。ちゃんと抜けたって。だからもう行く場所ないんだよ。シルバ頼む、この通りだ! 臨時でいいからさ!」
 パン、と両手を合わせ、テーストがシルバを拝む。
「んー……」
 シルバは困った。
 入れる入れないの問題ではなく、どう断るかで悩んでいたのだが。

「お兄、いた」

 そんな声が、上から聞こえた。
「……え?」
 見上げると、大きな帽子に腕まくりをしたコートの小柄な人影が、建物の屋上に立っていた。帽子とズボンに穴が開いているらしく、その人物が猫獣人の一種である事が分かる。
「今いく」
 ひょい、と『彼』は建物から飛び下りた。
「ちょっ……!?」
 通りを歩いていた人達が一斉に悲鳴を上げる。
 しかし『彼』は、重さを感じさせない身のこなしで地面に着地し、とてとてとシルバに近付いた。
 テーストをガン無視で、シルバの腰にしがみつく。
「リフ、きた。約束どおり、盗賊、する」
「リ、リフ!?」
「に」
 年の頃は八歳ぐらいだろうか。
 大きな帽子とカーキ色のコートはちょっと見、性別不明だが、つりめがちな大きな瞳が印象的な端整な顔立ちは、かなりの美形である事が分かる。ピンと立った尻尾がその背後で、ゆらゆらと揺れていた。
「その姿は一体……」
「せんせえに、人間にしてもらった。お兄達の力になれる」
 また、あの人か……っ!
 そう思ったが、師匠であるストア・カプリスを問い詰めるのは後回しだ。
「そ、そうか……いや、しかし驚いた」
 てっきり、仔猫状態のまま来ると思ったのだ。
 まさか、獣人状態で来るとは思わなかった。皆も同様のようで、かろうじて最初に声を出せたのはタイランだった。
「……お、お帰りなさい、リフちゃん」
「に。ただいま、タイラン。みんなも、ただいま」
「お、おう、おかえり」
 顔を上げると、置き去りにされっぱなしだったテーストと目が合った。
「お、おい、シルバ……」
「悪い、テースト。たった今、全部無しになった」
 それがどういう意味か、あっさりと察してくれたようだ。リフ本人も、言っていた事でもある。
「え? いやちょっと待てよ。そいつが、お前の言ってた盗賊?」
「そいつとはご挨拶だな。ちゃんとリフっていう……あー、名前がある」
「……シルバ殿が名付けた、な」
「うぅ……」
 皮肉っぽくキキョウに言われ、シルバとしては唸るしかない。
「に」
 リフは嬉しそうに、シルバに頭を擦りつける。
「ま、まだ、全然ガキじゃねーか!?」
「ああ、それが?」
「いやいやいや、さすがにないだろこれは」
「にぃ?」
 リフには、よく分からない。
「……それに、女の子じゃねーか」
「に。リフは男の子。かんちがい、ダメ」
 おそらくストアに言い含められていたのだろう、リフは空気を読んで否定した。
「……と、本人もこう主張している」
「それに、リフの実力は折紙付だよ? ボクらみんな、知ってるもん。ね?」
 ヒイロの言葉に、皆は一斉に同意した。
「うむ、先程の飛び降りと着地は見事だった」
「で、でも……ああいうのは危ないですよ、リフちゃん」
「にぃ……驚かせてごめんなさい」
「……リフ、君、精霊砲とかその状態で、大丈夫なのかい?」
「に、それは問題ない」
「という訳で――」
 ヒイロは、パンと手を叩いて、快活に笑った。
「――納得いかないなら、勝負してみれば?」
「こ、こんな小さな子と?」
 さすがに怯む、テーストだった。
 これでも、それなりに修羅場を潜っている。だが、目の前の少年(?)のような子供を相手にする事など、まずなかった。
「だから、それが不満なんでしょ?」
 しかしヒイロにこう言われると、今更引くわけにもいかない。
 テーストとしても、必死なのだ。
「お、おう、いいとも。ここで、問題ないならすぐにでも始めるけど」
 テーストは頷き、後ろに大きく跳躍する――
「に」
 ――はずだったが、両足にいつの間にか無数の雑草が巻き付いていた。石畳の隙間から生えていた草が、いつの間にか異様に成長していたそれが、彼の足を縛っていた。
「ぬわっ!?」
 バランスを崩し、たまらず尻餅をつく。
 かろうじて受け身を取ったお陰で後頭部を打たずに済んだが、何とか立ち上がろうとする彼の目の前に、鋭い刃が突きつけられていた。
「……これで、いいの?」
 リフは両腕から生えた刃をテーストに突きつけたまま、シルバに振り返った。
「……まあ、いいんじゃないか? それよりその腕は一体」
「に。リフの牙。父上はもっとすごい」
「あー」
 リフの父、フィリオの長く立派な二本の剣牙を思い出し、シルバは頷いた。
 一方納得いっていないのは、テーストだった。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て! い、今のはないだろ!? まだ勝負始まってすらなかったじゃねーか!?」

「……なら、我が相手になるが?」

「へ?」
 リフが下がる。
 直後、空から降ってきた二メルトを超える偉丈夫が、テーストの目の前に現れた。
 丈の長い緑色の貫頭衣を着た、顎髭を蓄えた壮年の男だ。眼鏡のレンズの向こうにある瞳は深い知性を感じさせるが、テーストに向けられるその視線はどこまでも冷たかった。
「姫のやり方に文句があるのだろう。よかろう。我が代わりに聞こう……姫に何か、問題があったか?」
「ア、アンタ、一体何? あの子の従者か何か? それに姫って」
「……何だ?」
 ジャキン、と男の腕からリフの刃など比べモノにならないほど長大で見事な刃が出現した。
 死ぬ、とテーストは思った。
「い、いや、何でもないです……!」
「ならば引っ込んでいろ。我は、奴らに用がある」
 刃を納め、男はシルバを振り返った。
 もはやシルバ達は周囲からも注目の的になっていた……が、今更どうする事も出来ない。
「……話の流れからすると、リフ、お前のお父さんか?」
 リフの頭を撫でながら、シルバは長身の男から目が離せない。
「に。父上」
「久しいな、シルバ・ロックール」
 にこりともせずに、男――フィリオは言った。
「え、ええ……それにしても、そ、その姿は一体……? いや、そもそも何でリフは耳と尻尾あるのに、フィリオさんは完全人間体……?」
「我も、しばらくこの都市で過ごす事にした」
 後半の質問は、完全に無視された。
「いや、山はどうするんですか」
「下の者に預けておいた。些細な事だ」
 ……相当に大事だと思うのだが、下手に突っつくのはやめる事にした。
「で、でもどうして」
 シルバが言うと、フィリオはずい、と難しい顔をシルバに近づけた。怖い。
「……姫の寝泊まりをどうするつもりだ? 一人にしておく訳にもいくまい」
「に。リフは別に、お兄と一緒でいいのに」
「「却下だ!!」」
 何故か、二つの声が響いた。
「何も、キキョウまで……」
「う、うう、うら若い乙女がシルバ殿と一緒の部屋など、そんなうらやま、違う、何かの間違いがあってはならない! そ、それはよろしくないぞ、リフ」
「うむ! 万が一があっては取り返しがつかぬ! 我がちゃんと部屋を用意してやるから、安心するがよい!」
 何故か、見事に息のあった二人であった。
「……さすがに、間違いはないと思うけどなー」
 見た目幼女の欲情するほど、堕ちているつもりはないシルバだった。
 しかし、おずおずとタイランまで、手を挙げ始める。
「あ、あの……一応風紀的に、私も、その、反対しときます」
「ここは一つ、ボクも一緒の部屋に住むというのはどうかな?」
「……ヒイロ、君、何も考えずに言ってるだろう?」
 ヒイロの言葉に、カナリーが髪を掻き上げながら呆れる。
 そうこうしている間にも、このやたら目立つ面々を見に、どんどんと野次馬達が集まってきている。
 シルバは焦り、逃げる事にした。
「とにかくテースト、悪い! そういう事なんで、ウチのパーティーはこれで決まりなんだ。ごめん!」
 リフの手を引いて、急いでまだ尻餅をついたままでいるテーストの脇を抜ける。
 そのまま並走するフィリオに訊ねた。
「しかしフィリオさん、仕事はどうするんですか」
「伝手で学習院の講師の職を得た。精霊学の造詣にはそれなりに詳しいのでな」
 歩幅が圧倒的に違うせいか、フィリオの歩みはゆったりしたものだ。
「……く、詳しいというか。いいんでしょうか」
 学問も何も、相手は精霊そのモノである。
「俗な世界もたまには悪くない。そういえばロックール、貴様、退院したばかりだと聞く。龍魚の所に行くのなら我もゆくぞ」
「リフ、盗賊ギルドにいかないと……」
 親娘の要求に、後ろをノンビリと歩いていたカナリーが、溜め息をつきながら首を振っていた。
「あと、冒険者ギルドに、正式に登録も必要になるね。やれやれ、本当に忙しい事だ」


「ちぇー……」
 遠ざかっていく一団を見送り、テーストはナイフを取り出した。
「やっぱダメだったか。ま、しゃーねーな」
 足に絡む雑草を切断し、尻を叩きながら立ち上がる。
 駄目で元々だったので、それほど失望はしていない。
 人混みを掻き分け、テーストは早足でその場を去った。

 そのままテーストは、プラチナ・クロスの集まる酒場に飛び込んだ。
「ちーっす、ただいまー」
 シルバと接触していた事など、微塵も感じさせぬ鷹揚さで、パーティーのメンバーに手を上げる。
 しかし、彼らはテーストに反応する事なく、重い雰囲気を醸し出していた。
「……っと?」
「テースト、そこに座れ」
 パーティーのリーダーである聖騎士、イスハータが空いている席を指差した。
 ふとテーブルに視線を巡らせると、厳しい表情のイスハータ、いつもと変わらず無言のロッシェ、居心地悪そうにテーストの様子を伺うノワ(それが演技である事も分かった)、魔法使いであるバサンズはテーストと目が合うと、サッと顔を背けた。
「……どうやら、すっかりご存じのようで」
 は、とテーストは口元に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 オレも鈍ったな。魔法使いの{透化/スケルト}に気付かないとはね……。
 テーストは反省し、頭の中で言い訳を組み立て始めた。

 ――その日、プラチナ・クロスのテーブルは荒れに荒れ、五時間に渡る喧嘩じみた議論の末、パーティーは完全に瓦解した。

 頭を抱えて落ち込む者、新たな仲間を求めて荷物をまとめる者、途方に暮れて部屋に帰る者、やけ酒をあおって酒場を出て行く者など、反応は様々だがメンバーは散り散りとなった。
 その内の一人、ノワはさして酔った風もないしっかりした足取りで酒場を出ると巡回馬車に乗り、かなり離れた場所にある大きな酒場に入った。
「まったくみんな、勝手すぎるよもー。あんなパーティー、二度とゴメンかな」
 柔らかすぎるソファに身体を埋め、ノワは悲しげに溜め息をついた。
 その両脇には、二人の男が控えていた。
「ノワさんへの忠誠心が足りなかったんですね。大丈夫ですよ。僕達は決して貴方を裏切りません」
「その通り。俺達は死ぬまで、いえ、死んでも貴方についていきますからご安心下さい」
 柔和で知的な印象の眼鏡青年と、対照的にしっかりした印象を受ける黒い短髪の青年だ。
 二人に、ノワはふわっとした笑みを浮かべながら、グラスを掲げた。
「ありがとう、二人とも。でもレアアイテムはちゃんと全部確保したし。明日からは気分も新たに、再出発だね」
「はいっ」
「はっ」
「まず当座の目標は――」
 三人のグラスが合わさり、カチンと硬質な音が鳴り響いた。
「「「{墜落殿/フォーリウム}、第三層の突破」」」


 同時刻、酒場『弥勒亭』奥の個室。
 シルバのパーティーは、遅い晩飯を食べながら今後の相談を行っていた。フィリオはストアが無理矢理ねじ込んだ学習院との契約手続きが残っているとかで、泣く泣く席を外している。
「現状、墜落殿は全十層のウチ、第五層まで探索は進んでる」
 骨付き肉を囓りながら、ヒイロが手を挙げた。
「先輩先輩、前から疑問に思ってたんだけど、どうしてこの迷宮、まだ一番奥まで進んでないのに、全部で十層だって分かってるの?」
「墜落殿はその名の通り、古代オルドグラム王朝時代にあったとされる天空都市が落下して、出来た迷宮とされている。でまあ、これが上下逆さまになった街と考えてくれ」
「うん」
「街には案内図があったんだよ」
 ヒイロは何とも言えない表情になった。
「……親切なんだ」
「ま、こー、逆さまに落下したせいで中身とか構造とかはグチャグチャっぽいんだけど、基本的に全部で十層ってのは分かってる」
「もしかしたら、それ以下の可能性もあるけどね」
 いつものように皮肉っぽくカナリーは笑い、トマトジュースを煽った。
「うん、上層部が潰れてたらそれも有り得るけど、まだ誰も確認してないから、それは何とも言えない。ただ、第十層には宮殿があるらしくて、そこにある古代の武器防具類の回収が、基本的な目的だ。元々、このアーミゼストは魔王討伐の為の遺物探しの為に、造られたようなモンだし。なくなってるならなくなってるってのを確認するまで、探索は続くって訳だ」
「……あの、私達の実力は、どれぐらいのモノなんでしょう」
 鎧から出たタイランが、サラダを食べながらおずおずと訊ねてくる。
「前のパーティーの時は、第三層って所だったかな。そこまでは、今のこのパーティーでも大丈夫だと思う。ただそこから先は、俺も未知の領域。下層へのルートは複数あるっぽいし」
「じゃあ、その三層とっぱ?」
 魚のソテーをつついていたリフが、首を傾げた。
「それが目標でいいと思う」
「先は長いね、シルバ」
「だな」
 肩をすくめるカナリーに、シルバは同意した。
 すい、とキキョウが米酒の杯を掲げた。
「ではまずは、第三層突破を目指すとして、シルバ殿何か抱負を頼む」
「んー」
 つられて、シルバも水の入ったグラスを掲げた。
「ま、みんな、死なない程度に頑張ろう」
「何とも締まらないね、まったく」
 苦笑するカナリーもグラスを口から離し。
「でも、いのち、大事」
 リフもミルクの入ったコップを両手で持ち上げる。
 ヒイロとタイランも顔を見合わせ、グラスを手に取った。
「それじゃ、今後ともっ」
「よ、よろしくお願いします」
 六つの器が合わさり、カチンと硬質な音が鳴り響いた。



[11810] セルビィ多元領域
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/21 06:34
 風を感じて、シルバは目を覚ました。
 空はまだ暗く、眠気が頭を薄ぼんやりとさせていた。体内時計が、普段起きる時間より早い事を示している証拠だ。
 そして、そのシルバを見下ろす、猫耳猫目の幼女。帽子は取られ、白金髪は後ろで束ねられている。
「にぃ」
「…………」
 さて、どう突っ込もう。
 そう考えていると、壮年の男が反対方向からシルバの顔を覗き込んだ。
「姫が起こしに来たのだ。起きろ、シルバ・ロックール」
「ぬおうっ!?」
 たまらずシルバはベッドから転がり落ちた。
「にぃ……お兄、父上の声で起きた」
 猫耳幼女――リフは無表情だが、どこか残念そうだった。
「おのれ……貴様」
 そして拳を握りしめる壮年の男は、リフの父親、フィリオだ。精霊砲を放つ気なのか、手の平をシルバに向けようとする。
 朝っぱらから、命の危機だった。
「ち、違う……! そういう意味で起きたんじゃない!」
 別に、フィリオの声に応えた訳ではなく、単に驚いただけだという事を、シルバは懸命にリフに説明した。

 落ち着き、シルバは椅子に座った。
「というか、どこから入ってきたんだ、二人とも」
 ちなみにアパートのこの部屋は、三階である。
「「窓」」
 モース霊山の親娘は声を揃え、開けっ放しになった窓を指差した。
 鍵の部分に何やら細い蔓が巻き付いている。おそらくそれが、親娘の不法侵入を許した原因なのだろう。
「……うん、盗賊らしくて素敵だけど、この社会では基本的に扉が出入り口なんだ。覚えておこう」
「に、おぼえた」
「つまりだ、姫。コイツは更なる解錠技術を覚えろと言っているのだ」
「に、がんばる」
 ぐ、と拳を握りしめるリフであった。
「……言ってないから。それに、いくら何でも早起き過ぎるから」
「にぃ……今度から、もっと遅い方がいい?」
「んんー……そうだなぁ、起こしに来てくれるなら、あと一時間欲しいかも」
「に。ならお兄、もう少し寝る」
 リフは乱れたベッドの毛布を整え始める。
「いやいや、いいって。せっかく起きたんだし、出掛ける準備するよ」
「に」
「そうか」
 しかし、リフとフィリオはその場から動こうとしなかった。
 …………。
「あの、着替えたいんですが」
 おずおずと切り出すと、フィリオは怪訝な顔をした。
「着替えればよいだろう。何故、躊躇っている」
「着替えを見られたくないんですよ!?」

 寝室から親娘を追い出し、司祭服に着替えを済ませる。
 書物だらけのリビングに出ると、リフは興味深げに部屋を見渡し、フィリオは椅子に腰掛けて分厚い書物を開いていた。
「何読んでるんですか?」
 ふん、とフィリオは応えた。
「精霊に関してだ。人間も、なかなかよく勉強しているようだな」
 ああ、それかとシルバは思い当たった。
 教会で昏睡から目覚めて、図書館から取り寄せた本だ。
「タイランの好物とかも、それで調べたんですけど」
「まあ、間違いではないな。水の気が強い精霊は、水そのモノや植物を好む。味つけは無しかあっても薄味。料理人にとってはあまり、腕が振えない相手だ」
「……普通の料理人はあんまり精霊相手に料理振るったりしませんよね」
「うむ。ともあれ、この本は悪くない。目を通しておいて損はないぞ」
「……著者も霊獣から褒められたと知ったら、狂喜乱舞してたでしょうね。もう死んでますけど」
「ふん、人の寿命は儚いモノだ。それで今日の、神殿に行くという約束だが」
 そもそも、フィリオ達が朝駆けで訪れたのは、それが理由だった。
 前の事件で、シルバ達は龍魚の霊獣を助ける事となった。
 その龍魚を崇める精霊信仰の一団が、一言礼を言いたいという事で招待を受けていたのだ。
 パーティーのリーダーであるシルバが昏睡状態に合った為、保留になっていたがようやく、という話になっていた。
 とはいえ、なるべくシルバも普段の生活ペースを崩したくない。
「まずは、教会のお務めを済ませてからですね」
 朝食を食べて、それからみんなと向かうつもりだった。
「しかし……」
 むぅ、とフィリオは唸った。
「何でしょう?」
「お前は教会の人間だろう。余所の神殿に赴いてよいのか?」
 なるほど、それはもっともな疑問だった。
「その為の折り合いを付ける為の施設がこの都市にはありますからね」
 シルバは説明した。
 この世界には、シルバ達が信仰する一大宗派・ゴドー聖教の他にも、死生観を重んじるウメ教や、東方に多い精霊宗教のムゼン信仰、その他数多の民間信仰が存在する。
 国によって、重んじられる宗教は違うのだが、ここ辺境都市アーミゼストでは、種族と同様に宗教も混然としている。
 特にゴドー聖教のような一神教は、他の神を受け入れがたい部分もある。
 そこで、セルビィという宗教家がこの地に作ったのが、セルビィ多元領域、通称セルビィ神殿である。
 この領域は、神の作ったこの世界と別の世界が重複しており、つまり『どんな神もいる領域』というお題目が成立している。
 よって、この神殿ではゴドー聖教やその他神々の存在が、すべて許されているのだ。よって、異教同士の交渉の場として重宝され、また様々な宗教の信者が出入りするこの施設は、聖職者ギルドとしても機能している。
「……何ともデタラメな施設だな」
 自身崇められる対象である山の霊獣フィリオとしては、呆れるしかないと言った所だろう。
 しかし、シルバは多元領域がそれほど嫌いではない。
「いいんじゃないですか? 宗教同士で喧嘩するより、ずっとマシです」
「人間とはまったく、妙な事を考える」
 構ってもらえないのが寂しいのかいつの間にか、リフがシルバの裾を掴んでいた。
「ところでリフ」
「に?」
「気になってたんだけど、変わったベルトしてるよな」
 頭を撫でながら、聞いてみた。
 何だかやたらバックルが大きいベルトだった。
「に、せんせえにもらった」
「…………」
 シルバは微妙な表情で、フィリオを見た。
「事実だ」
 仕方ないという風に、フィリオは頷いた。
 何となく二人とも、こと相手がストア・カプリスとなると心が通じ合っている部分があった。
「変な呪いとか、なかったですよね?」
「君はもう少し、師匠に敬意を払うべきだな。かなり難しいと思うが。第一、姫にそのような事をされたら、さすがに我も黙っておらん」
「ま、そりゃそうですね」
 危険はないだろう、とシルバも判断した。
「で、先生が作ったって事は普通のベルトじゃないよな、それ」
「に、すごいの」
 ちょっと得意げに、リフは言った。
「具体的には?」
「へんしん出来る」
「……へんしん?」
「に」
 リフは少し後ろに下がると、ポーズを取った。
「へんしん」
 言うと同時に、リフの体は光に包まれた。
「な……!? リ、リフ!?」
 パサ、とリフは服を残して消失した。
「にぃ……」
 服の中から、鳴き声が漏れる。
 モソモソと蠢き、中から出てきたのは白い仔猫だった。
「こ、仔猫になった……!?」
 にぃ、と鳴くリフを、シルバは持ち上げた。
「シルバ・ロックール。仮にも剣牙虎の姫を、猫呼ばわりするな」
「に、リフはかまわない。小さいから、あちこち侵入できる。盗賊、そういうのだってせんせえ言ってた」
 精神共有のお陰で、会話に支障はない。
「な、なるほど……」
 ただ一番の動機は、面白がっただけのような気がするシルバだった。
「そういえば、フィリオさん」
 リフを見て、ふとシルバは思い出した。
「何だ?」
「リフのお兄さん達って、どうしたんですか? 山に置き去り?」
 手の中で、リフを撫でながら、シルバは訊ねた。
 フィリオはうむ、と頷く。
「言い方が悪いが、そういう事になるな。正確には、我に無断で山を下りた罰として、100日ほど強制修練の刑に処している。我を崇める森妖精達の監視付きだ。今度はそうは簡単に、逃げられん」
「に。たまには会いに行く」
「……うむ」
 その後どうするかは明言しなかったが、おそらく一緒に暮らすのだろう。
「なるほど。で、リフはその姿から元に戻れるのか?」
 手の平に乗せたリフに、シルバが聞いてみると、フィリオがすかさず突っ込んだ。
「元という意味では、その姿が本来の姿なのだが」
 確かにその通りである。
「獣人系という意味で」
「もんだいない」
「……そういえば、ふと疑問に思ったのですが、何でリフは獣人で、フィリオさんは人間なんですか?」
「お前の師匠である白い魔女の話では、盗賊ならば感性や敏捷性を重視して、そちらの方が良いという話なのだ。その点は、我にも異存はない」
「はー」
 一応考えてはいるんだな、と思うシルバだった。
「もっとも、一番の理由はむしろ、我がこの状態で耳や尻尾があっても気持ちが悪いからだ。ドン引きだ」
「……た、確かに」
 想像してみた。
 街を歩いていたら、確実に警吏に職務質問されそうだ。
「じゃあ、そろそろリフ。元の格好に戻ってくれるか?」
 手の上のリフが、申し訳なさそうに身動ぎした。
「にぃ……それが、このへんしんの悩み所。リフ一人じゃ無理。ベルト、も一回巻かないと」
「ベルトって……」
 リフは、自分の服を振り返った。
「その服の中」
「我が取る」
 フィリオが疾風の勢いで椅子から立ち上がり、リフの服の中からベルトを取りだした。
 それを預かり、床に置いたリフの小さな胴に巻き付けた。かなり帯が余るが、これはこれで問題ないらしい。
「これでいいのか?」
「に。も一回、へんしん」
 一瞬光が迸り、リフは元の獣人の姿に戻った。
 一糸まとわぬスレンダーな肢体が露わな姿――すなわち全裸で。
「なっ……!?」
 一瞬身体が強張る、シルバ。
「見るな、ロックール!」
「ちょっ!?」
 フィリオが手を突き出すのを見て、とっさにシルバは身を屈めた。
 直後、上半身のあった部分を強烈な精霊砲が貫いた。
 精霊砲はそのまま窓を突き破り、夜空へと消えていく。
「姫、早く服を着ろ!」
 フィリオは慌てて、リフにコートを羽織らせた。
「に?」
 リフはまるで分かっていなかった。
「あ、あんた、俺の着替えの時と言ってる事が全然違うじゃないか!?」
「当たり前だ!」
 尻餅をついたまま抗議するシルバを、フィリオは怒鳴りつけた。
 直後、ノックの音が響き、合鍵を使ってキキョウが入ってきた。
「シルバ殿、今日は神殿に赴くという事で起こしに……」

 全裸のリフ。
 何とかコートを着せようとするフィリオ。
 そして尻餅をつくシルバ。

 ――一瞬、部屋の空気が硬直し、キキョウの悲鳴が早朝のアパートに響き渡った。


 セルヴィ多元領域。
 無数の世界が重なり合っている領域……とされている巨大な神殿は、聖職者ギルドを兼ねている。
 神殿自体は、どこの宗教にも重ならないように、一切の浮き彫りが禁じられている。造りも飾り気がほとんど無い。
 ただ、行き来する人間の服装が、多彩な宗教衣装なのが、特徴的だ。
 そんな建物をフィリオを加えたシルバ達一行は、訪れていた。
 龍魚の霊獣を助けた一件で、その礼をしたいと霊獣を崇める団体からお呼ばれされたのだ。精霊宗教として大きいムゼン信仰の一派だという。

「はー、神殿ってこんな風になってるんだ……」
 物珍しげに、ヒイロは神殿を眺め回していた。
 石造りの通路は数十メルトほどの幅があり、天井は呆れるほど高い。
「……ここは一般的な神殿じゃないから、あんまり参考にはならないぞ」
「どの宗教にも当たらない宗教施設っていうのも、珍しいですよね……」
 タイランが、そんな感想を漏らす。
「カナリーも来ればよかったのに……」
 ヒイロは少し残念そうだった。

「宗教チャンポンといえど、神の住む場所だろう? 特に害はないと思うけど、気分的にあまり入りたくないね」

 という理由で、カナリーだけは、今回の招待に参加しなかった。
「……ま、こればっかりはしょうがないだろ。キキョウ、龍魚の団体って、どの部屋か分かるか」
 シルバは肩を竦め、キキョウに訪ねた。
「うむ、以前訪ねた時と、同じ部屋だ」
 キキョウの足取りに迷いはない。
 以前も同じ用で呼ばれたのだが、パーティーのリーダーであるシルバが昏睡状態に合った為、これまで保留にしてもらっていたのだ。
「に、おさかな」
 何となく嬉しそうなリフの頭に、シルバは手を置いた。
「……変な方向に興味持っちゃダメ」
「にぃ」
 まあ、食べないとは思うが、それでもちょっと心配なシルバだった。

 シルバ達は、大きな部屋に入った。
 龍魚を信奉する一派達の、神殿だ。
 どこからか陽光が入り込んでおり、側面と奥の壁からは緩やかに水が流れ、周囲の壕をたたえている。
 何となく、晴れた日の川をイメージさせる部屋だった。
 彼ら本来の神殿はこの建物とは別の場所にあるはずだが、ここも充分に立派と言っていい規模だろう。
 神殿には、二人の若い巫女がいた。左右に五人ほどの信者が、正座で控えている。
「お待ちしておりました」
「主様がお待ちかねです」
 二人は口を揃えた。
「「我が主、龍魚の霊獣、リンド様です」」
 奥の壕に魚影が浮かび、やがて緩やかに甲冑のような鱗に包まれた魚が出現した。
 大きさは一抱えほど。
 その瞳は、シルバ達の知る魚類とは異なり、知性の輝きを宿していた。
 緩やかに空中を泳ぎ、龍魚リンドはシルバ達の前で滞空する。
「パーティー『守護神』のリーダー。ゴドー聖教の司祭、シルバです」
 リンドは無言。
 どうやら、巫女二人が精神共有で、リンドの言葉を代弁するらしい。
「ねえねえ、喋れないの?」
 シルバの背後に控えていたヒイロが、タイランの鎧を軽く叩いた。
「はい?」
「霊獣って、喋れるモノだと思ってたんだけど」
 その視線が、フィリオに向けられていた。
 フィリオは正面を向いたまま、ヒイロに応える。
「霊獣も様々でな。彼女はまだ若い。もう少し年を経れば、全体念話が使えるようになるが、まだ足りん」
 言って、袖から手を出した。
「我が手を貸してやろう」
 フィリオの掲げた手が輝き、シルバ達の頭に直接声が響き渡る。
『あ……え……?』
 戸惑ったような声は、龍魚リンドのモノだ。
「これで代弁者の必要はないだろう」
 フィリオは表情を変えないまま、そう呟いた。
 だが、収まらないのは、リンドの信奉者達だった。

「わ、我が主に何と不遜な!」
「礼儀を弁えぬ奴!」

 彼らが崇める存在に、問答無用で怪しげな術を掛けられたのだ。憤るに決まっている。
 二人の巫女が声を上げ、周囲の信者達が槍を手にシルバ達を取り囲んだ。

 フィリオは、リンドを見据えた。
「……何とか言ってやれ、娘」
「よいのです。お下がりなさい、ティー、ヘレン。皆も同様です」
 落ち着いた声で、リンドは命じた。
「……リンド様!?」
 ティーとヘレンと呼ばれた二人の巫女が、動揺する。
 しかし、龍魚は微動だにしないまま、彼女の信奉者達に説き続ける。
「その方は私などより遙かに徳を積まれている方です。決して手出しはなりません」
「は、はい……」
 ティーが手を上げるとフィリオ達を囲んでいた槍の穂先は引っ込み、信者達も元の場所に戻っていった。
「すまんな」
 申し訳ないなど欠片も思ってない風情で、フィリオが言う。
「いえ……お初にお目にかかります。水龍ミサクの娘、リンドと申します」
「フィリオ・モース。今は、そう名乗っている」
 ざわ……と、周囲の空気が騒然となった。
「フィリオ……」
「モースって……」
 ティーとヘレンも顔を見合わせる。
 だが。
「探るな」
 フィリオの一言で、部屋は即座に沈黙した。
「そして語るな」
「「は、はい!!」」
 二人の巫女は直立不動で、返事をした。
「それに我は今回の主役ではない。構わず話を進めよ」
「はい。ありがとうございます」
 リンドは、シルバを見た。
「この度の件、皆さんには大変お世話になりました」
「いや……その、それは単なる偶然だったんですけどね。別の目的で動いていて、たまたまだっただけで」
 その辺の事情は既に、リンドを巫女達に返す際、キキョウが説明を済ませていた。
「くすっ……それでも、助けていただいた事には変わりありません。何かお礼がしたいのですが……」
「それですけど、先程の理由もあって特に何もないんですよ」
 それについては、他のメンバーとも相談を済ませていた。
 そもそも、どういう事が彼らの出来るのかも分からない以上、お金をせびるのも何だか下品な気がする。という訳で「ま、いいんじゃない?」というえらくアバウトな結論が、シルバ達の出した答えだった。
「では、こちらで用意させていただいたモノでよろしいでしょうか」
 龍魚が促し、ヘレンが平たい箱を持ってきた。どことなく顔が強張っているのは、シルバ達の後ろにいる『フィリオ・モース』の存在が大きいのだろう。
「これは……」
 シルバが声を上げる。
 開かれた箱の中には、一塊の透明な石が置かれていた。
「精霊石ですね」
 タイランは一目で見抜いた。フィリオも感心したようだ。
「……ほう、中々よいモノだな。娘、お前が精製したモノか」
「恐縮です」
「手に取ってみても、いいんですか?」
 シルバの問いに、リンドは軽く尾を振った。
「どうぞ。それは貴方達のモノです」
 シルバは精霊石を手に取ると、陽に透かしてみた。
「きれー」
 ヒイロが感心したような声を上げる。
「……何か、動いてるのが見えるけど」
 シルバは石を通して、何やら細くうっすらとした筋のようなモノが、何本も揺らめいているのを確認した。
 フィリオはシルバと石を交互に見、ふむと頷いた。
「大気の精霊だな。純度の高い精霊石ならば、それぐらい透けて見えて当然だ」
「……仮面をつけてた時も、そういえば見えていたような気がする」
「ああ、例の仮面も精霊の力があるのならば、同じ力が備わっているのも道理。もっともあの力は強力すぎて、精霊の存在自体が『当然』過ぎるだろうが」
 よく分からなかった。
 シルバの表情が読めたのか、フィリオが補足する。
「……つまり今、お前は人の目を通して精霊を認識しているが、我や姫のように当たり前のように精霊を認識しているのとは違うという事だ」
 それから唸り、
「例えるなら、異国の地にいきなり踏み込むようなモノだ。我らは精霊など珍しくもないが、お前達はあらゆるモノが新鮮であろう。そのような認識でよい」
 かなり大雑把に説明を結論づけるフィリオだった。
「……まあ、こういうのはカナリーの分野だな」
 さすがに、くれた人(?)を前に、どう扱うかを相談出来るほど、シルバの神経は太くなかった。
「ありがとうございます」
 素直に礼を言う。
「いえ……当然の礼ですから。他に何か私達に出来る事はありますか?」
 少し考え、シルバは頷いた。
「そうですね……じゃあせっかくなので、伺いたい事があります」
「何でしょう」
「貴方を掠った連中について、聞きたいかなと……」
 フィリオは懐からコインを取り出した。トゥスケルという『知的好奇心の集団』の証だ。
「なるほど……しかし、私もよく憶えていないのですが……」
 どことなく申し訳なさそうに、龍魚は頭を項垂れた。
「憶えている範囲で結構ですので」
「分かりました。この状態で話すよりも、文書でまとめた方がよいかと思います。それでよろしいですか?」
「助かります」
 それから控えめに、巫女の一人、ティーが割って入った。
「リンド様、そろそろ……お体に触りますから」
「はい。それでは皆さん、ごきげんよう……」
 こうして、龍魚リンドとの面会は終了した。

 龍魚の神殿を出て、フィリオはヒイロがジッと、自分を見上げているのに気付いた。
「……何だ、娘?」
「いや、うん、すごくえらい人だったんだなーって、改めて思っただけ」
「……お前はもう少し、霊獣について勉強するべきだ」
「リフちゃんの相手をしてる時と、全然違うし」
「ぬう……」
 唸るフィリオ。
 二人の会話は、他のみんなには聞こえていなかったようだ。

 なお、もらった精霊石をフィリオに加工してもらい、シルバがあるアイテムを得るのだが、それはまた別のお話。



[11810] メンバー強化
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2010/01/09 12:37
メンバー強化:ヒイロ編

 墜落殿第一階層は、石造りの迷宮だ。
 壁は苔が繁殖し、どことなく湿っぽいのは、おそらく古代のこの場所が、地下水路だったと想定されているせいだろう。
 全員が妖精族、そしてレベル1で統一されているパーティー『フェアリーズ』は、探索を始めて一時間、ようやく初めての敵を倒し終えた所だった。
 飢犬と呼ばれる痩せた狂犬は、予想以上に俊敏で、手こずる相手だった。
「はぁ……はぁ……」
 パーティーのリーダー、カカ・ボラジは何とか最後の一頭を殴り倒し、大きく息をついた。立派な髭とずんぐりとした体躯が特徴的な、山妖精という種族の格闘家である。
 その彼に、不意に声が掛かる。
「あ、危ない!」
 顔を上げると、身体をくの字に折り曲げた飢犬がカカ目がけて飛んでくる所だった。
「ぬおお、危ねえっ!?」
 咄嗟の回避が間に合った。
 飢犬は壁に叩き付けられ、そのまま動かなくなる。もはや、半分肉塊状態だ。
「ごめんごめん。大丈夫だった?」
「お、おう」
 駆け寄ってきたのは、身体よりも大きそうな骨剣を担いだ、オーガ族の少年だった。
 ブレストアーマーと、やたらごついブーツ以外は、特に防具らしい防具も着けていない。健康的な腕も足もほとんどむき出しだ。
 名前をヒイロと言い、本来はもう少しレベルの高いパーティーに属している。今回はとある目的の為に、カカ達に同行していた。
「あんまり素早くて鬱陶しかったんで、力任せに殴ったら派手に飛んじゃった♪」
 あははーと、ヒイロは陽気に笑う。
「今度からは気を付けるだよ」
「うん」
 元気よく頷き、ヒイロは周囲を見渡した。
「とりあえず、ここにはもう敵はいないね」
「ん、んだ。しっかし、やっぱすげえだなあ、アンタ」
「ん? 何が?」
「や……オラ達が五人がかりで三匹に手こずってる内に、もー、十匹も倒しちまって。オラ達、まだまだだなぁ」
 ボリボリと頭を掻くカカ。
 しかし、ヒイロは首を振った。
「いやぁ、これは慣れの問題だと思うよ。ボクはしょっちゅう狩りもしてるしね。もーちょっと相手の癖が分かると効率いいんだけど」
「……あれで、効率悪いだか」
 少し離れた所に無造作に散らばった、モンスターの死体を見て、カカは少し途方に暮れたりする。
「うん。モンスターの動きってのが分かるのと分からないのとでは大違いだよ。それが経験ってもんだ……ってのが、先輩、あ、ウチのリーダーの事ね。の、台詞な訳で。それにしても、なかなか出ないね」
「何がだ?」
「魔法使い系の敵。この辺に頻繁に出て来るって聞いたんだけど……ボクの目当てはそれなんだけど」
「はて? だがしかし、確か、オーガ族は魔法に弱いんだったんでなかっただか?」
 苦手な敵が目当てとはどういう事だろうとカカは思う。
「うん。だから、カカさんらに同行させてもらってるんだけどね。妖精族はほら、ボクらと違って魔法に強いし」
「オラ達としては、ヒイロさんに付いてきてもらって超心強いけど、ほんなれば、シルバさんらと一緒が一番いいんでないだか?」
「そりゃまあ、そうなんだけどさ……」
 うーん、とヒイロは腕組みして唸った。
「うん?」
「……この階層の相手だと、ボクが倒すより先にキキョウさんがあっという間に全滅させちゃうんだよ。ボクとタイランの出番がほとんどなくて」
「……贅沢すぎる悩みだべ」
 この階層でひーはー言っている自分達としては、そんな感想しか出ない。
「かと言って、第三層にいきなり踏み込むのもきついしね。訓練の成果がどれほどのモノか、ちょっと実感してみる為にもこの階層で慣らしてみるって訳だよ」

 それが、ヒイロの目的だった。
 元々は、シルバ達は自分達のパーティー内で二人一組で分かれ、第一層を探索するつもりだったのだ。
 しかし、ちょうど以前関わりを持った、初心者のパーティーの面々が、第一層の探索をするというので、なら手を組もうという話になった。
 基本的に迷宮探索のスタンダードは、迷宮の横幅や報酬の分担効率から考えても、六人一組が理想とされている。
 とはいえ、少数精鋭をモットーにしていたり、単純に仲間が集められなかったという理由で、人数が少ないパーティーも存在する。
 そうしたパーティーに、今回ヒイロ達はそれぞれ一人ずつ、参加していた。
 新米パーティーとしては、強力な護衛が付く事になるし、ヒイロ達にしてみても適当に腕を試しながら回復や後方支援の世話になる事が出来る。どちらにとっても損のない話なので、あっという間に臨時のパーティーは完成した。
 墜落殿はあちこちに出入り口があり、今頃は他のみんなも、合流地点目指して行動しているはずである。

「まあ、第一層はそれほど強い魔法を使うもんすたはいねえらしいし、そういう意味ではちょうどいいべな」
「そういう事」
 カカとヒイロは頷き合った。
「んだらば、もうちょっと先に進んでみるべか。合流の時間までは、まだ余裕があるでよ」
「そだね」

 再び一時間ほど歩き、ようやくヒイロの目当てのモンスター群が現れた。
 ミニ魔道と呼ばれる、フードを目深に被った小柄な魔法使いの集団だ。杖を持った彼らは全部で五匹いる。
「出ただよ、ヒイロさん!」
「うっし! じゃあ、ここはボクに任せて!」
 ヒイロはモンスター目がけて飛び出した。
「うす! サポートは任せるだ!」
 カカ達フェアリーズの五人はその場で待機する。
 ただし、いつでも飛び出せるように準備をするのは、最低限の用心だ。
「ありがと! でも魔法ダメージ減らす類のはいらないから! 回復だけよろしく!」
「い、いいだか!?」
「それが、ボクの課題!」

 言って、ヒイロは更に加速する。
 しかしそれでもミニ魔道達の呪文の方が早い。
 モンスター達は次々と火の玉を出現させると、それをヒイロ目がけて飛ばしてきた。
 ヒイロは骨剣をグルンと逆手に持つと、それを自分の前に立てて突き進む。
「おおおおおっ!!」

「す、すげえ……被弾したまま、突進してるだ」
「違うわ、リーダー。あれは全部受けきってるのよ……! 武器を盾にしてるの!」
 フェアリーズの紅一点、森妖精の魔法使いミナスが興奮に耳をピコピコ揺らす。
「マジだか、ミナス!? 全然止まらないだ!」

 ヒイロは間合いに入ると、骨剣を横殴りに振るった。
「はあっ!!」
 その一撃で、三匹のモンスターが派手に吹っ飛ばされる。
 しかし残った二匹が、新たな火の玉でヒイロを攻撃する。
「食らわないよ!」
 ヒイロは骨剣を器用に操り、腹や柄で二つの火の玉を弾いた。

「あの動きは、剣と言うより棍に近いだな……」
 カカは感心したように、そんな感想を漏らした。

「ふぅっ……」
 大きく息を吐き、残る二匹を相手取るヒイロ。
 通路の向こうから、新たなプチ魔道が三匹、出現する。

「……新手っ!」
 フェアリーズの僧侶、土妖精のハルティが杖を握りしめた。
「ここは、ヒイロさんに任せるだ。でもハルティは、念のため回復を用意しとくだよ」
「はい!」
 ちょっと見、子供のような土妖精は、険しい表情で頷いた。
 森妖精のミナスも表情を強張らせる。
「バックを取られた! 防御が間に合わないわ!」
 敵は全部で五体。
 ウチの一匹が素早くヒイロの背後に回り、火の玉の準備を始めていた。
「やばい、ヒイロさん!」

 五匹のプチ魔道が一斉に火の玉を放った。
「だいじょう……ぶっ!」
 ヒイロは大きく骨剣を振るった。
 火の玉ごと正面二匹のプチ魔道を殴り倒し、その勢いのまま後ろ蹴りを放つ。
 背後から飛んできた火の玉が、その蹴りで弾き返された。
 自分の火の玉を喰らい、プチ魔道が炎に包まれる。

「魔法蹴ったーーーーーっ!?」
 フェアリーズの全員が突っ込んだ。
「抗魔……いや、反魔コーティング!?」
 さすが魔法使いらしく、ミナスは興奮を抑えきれないまま分析する。
 抗魔コーティングという技術が存在する。
 これは魔法の効果を半減させる技術で、主に防具に使用される。
 その上位版として絶魔コーティングがあり、これは完全に魔法をシャットダウンさせてしまう。
 そして、魔法を跳ね返す技術として存在するのが、反魔コーティングだ。

「正解、反魔コーティングブーツ! 足だけだから、ちゃんと回復魔法も受け付けられるよ!」

「んだども、必要なさそうだな、こら……」
 カカの言葉に、いつでも回復魔法を出せるよう準備をしていたハルティは頷いた。
「ええ……そうみたいですね」
 その前に、敵が全滅してしまいそうだ。

「とりゃっ!」
 カモシカのような脚の重い一撃が、プチ魔道をもう一匹倒す。
 最後の一匹の魔法攻撃も器用に足で弾き、そのまま大上段から骨剣の一撃を振り下ろした。
「ていやっ!」
 石畳と一緒に、プチ魔道も叩きつぶされ、消滅した。
 黒い霧状になった残りが散り、後には七つのローブの残骸と杖が残された。

「しかし言っちゃ何だが……」
「下品な足技よね」
「……同感です」
 フェアリーズの面々は、一斉に頷いた。

「勝ったー!!」
 ヒイロは大きく両腕を上げた。

 戦闘が終わり、ヒイロの傷の具合を確認する。
「……はー、あれだけの敵を相手に、ほとんどダメージなしだか」
 カカが呆れた声を上げた。
「ま、多少は負傷したけどね。うん、このブーツもいい感じっぽい。さすが、カナリーのコーディネート」
「高かったんでねえか?」
「あはは……当分、貧乏生活」
 反魔コーティングはとても高額なのだ。

 ヒイロを加えた六人は、再び迷宮を歩き始める。
「基本は骨剣を盾にして突進と殴打、緊急回避で脚が基本になりそうかな」
 何となく自分の基本戦術を掴んだヒイロだった。
「うす。しかしここから先はオラ達に任せて欲しいだ」
「えー、まだ暴れ足りないよう」
 まだまだヒイロは元気が有り余っていた。
 しかし、カカ達にも事情があるのだ。
「ヒイロさんがいてくれて、オラ達すげえ助かるけど一つだけ、大きな問題があるだよ」「え? 何? ボク、何か悪い事してた!?」
 自分の気付かないうちに、何か失礼な事をしたのではないか。
 不安になるヒイロに、残る五人は揃って苦笑するしかなかった。
「ヒイロさんに任せてたら、オラ達、ほとんど何もしないまま合流地点に着いちゃうだよ。敵を倒した数、オラ達まだたった三匹だ。すげえ困るだよ」
 そう笑いながら、カカはグローブの紐を締め直すのだった。


メンバー強化:タイラン編

「とめてとめてとめてひああぁぁ~~~~~っ!?」
 墜落殿第一層迷宮に、地鳴りにも似た疾走音と悲鳴が木霊する。
 声の主、重装兵タイラン・ハーベスタは足を動かしていない。……にも関わらず、走っていた。
 やがて、迷宮が振動するほど派手な激突音が鳴り響いた。
 タイランは突き当たりの壁に正面衝突して、ようやく停止していた。
「……タ、タイランさん、大丈夫?」
 心配そうに追いかけてきたのは、新米パーティー『フィフス・フラワーズ』のリーダー、カトレアだった。両手剣使いの女性……といってもまだ十代後半の女の子だ。
「うう、な、何とか……すみません……まだ、慣れていなくって」
 鼻面を押さえながら、タイランはヨロヨロと振り返った。


 休息兼ミーティングを取る事となった。
 この辺りはそれほど強い敵も存在しないらしく、ブルーゼリーや雑鬼の集団を幾つか相手にしているだけで、カトレア達もそれほど消耗していない。
 同行させてもらっているタイランも、ほとんど無傷だった。
 だからこそ、様々なテストも出来るのだが……。
「無限軌道とわ……また、すごい履き物考えたわね」
 カトレアは呆れながら、自身のポニーテールをいじる。
「も、元々は、戦った相手が使っていたモノなんですけど……カナリーさんが、是非って用意してくれて……断れませんでした」
 縮こまるタイランに勢いよく身を乗り出したのは、パーティー1小柄な少女、モモだった。
「カナリー様が!?」
「こ、こら、モモっち」
 カトレアがたしなめるが、モモは聞いちゃいなかった。
「だ、だってだって、つまりそれってタイランさんの鎧には、カナリー様の手が入っているって事でしょう!? 錬金術師でも鍛冶屋でもないのに、すごいすごい! 他に何か手を入れられたりしたんですか?」
 目を輝かせるモモに、基本的に控えめな性格のタイランは怯んでしまう。
「あ、いえ……その、精霊砲も搭載しようって話もあったんですけど、諸事情で……」
「ふんふん」
 モモは、興味津々という様子だった。


 タイランの強化は主に、鎧への細工にあった。
 無限軌道を始めとした多くの装備は、精霊事件で戦った相手、モンブランシリーズから流用されている。
 精霊炉の改良も検討されていたが、クロップ老のそれは強力な反面『底なし』らしく、あまりにもタイランの消耗が激しいのだという。タイランの人工精霊としての体力がもっとないと、使いこなす事が出来ないらしい。よって、これまでよりも若干だけ大きい精霊炉の搭載で、動力改造は終了している。
 精霊砲の搭載を見送ったのは、タイランが高出力のそれを放つと、サフォイア連合国にタイラン独特の気配を感づかれる可能性があるのを懸念しての事だというのが、カナリーの話だった。


 タイランに熱心に構うモモとは別に、冷めているパーティーのメンバーもいた。
 その筆頭は戦士のディジーと、助祭のシランの二人。
「まあ、実際の所、外れよねアタシら」
「……何でキキョウ様じゃなくて、鉄の塊なのよ」
 三角座りをして、溜め息をつく二人であった。
 そういう意味では、モモにしたって残念なはずなのだが、もとよりパーティーのムードメイカー兼基本的に楽天的な性格なので、非常に前向きだ。
 タイランの相手をモモに任せて、カトレアは暗い雰囲気をまとう二人をたしなめに近付いた。
「こら、ディジーにシラン。貴方達ね、そういう所がシルバさんに外された理由だって、いい加減理解しなさいよ」
 シオシオと元気のなくなる、二人である。
 ……まあ、仕事はちゃんとこなすのは長い付き合いから知っているからしつこく言う気はないが、とにかくこの二人は気が多いのが泣き所だ。
「だってさー」
「……この際、カナリー様でもよかったのに」
 それまでタイランと話していたモモの目が、ギラーンと輝いた。タイランは、思わずびびっていた。
「あー! その発言は、カナリー・ホルスティンファンクラブ会員二桁台の、このモモに対する挑戦と見たよ二人とも!」
 カナリーの美貌と知力と財力と権力について、モモが説教を開始する。


 再びタイランの元に戻ったカトレアは、深く溜め息をついた。
「……ごめん。ホント駄目なパーティーでごめん」
「い、いえ……平気ですから。けど、全員女性のパーティーって珍しいですね」
「同じ孤児院出身なのよ。普通なら何人か、男装してるんだけどねー」
 冒険者の中には荒くれ者も多い。女性の冒険者は、そうした変装による自衛がセオリーだ。
 だが元から一つのパーティーを結成しているカトレア達には、当てはまらないらしい。
「……リーダー」
 それまで一人、見張りに徹していた女性が口を開いた。
 魔法使いのユーリだ。
 パーティーの中でも際だった美人だが、幽鬼のような沈んだ雰囲気がそれを台無しにしている。
「ん? どうしたの、ユーリ」
「……敵」
 ユーリの言葉に、全員が立ち上がった。
 一見やる気の感じられなかった、ディジーやシランにしても、真剣な表情に切り替わっている。
 なるほど、ユーリの言う通り、廊下の先には何体か、背の低い獣系のモンスターの姿が見えていた。
「じゃ、じゃあ、また同じように……」
 タイランが、一歩前に踏み出す。
「タイランさん、よろしく。でも、あんまり無茶しないでね?」
「は、はい……でも、少しだけ、コツは掴めてきましたから」
 彼女の仕事は、最前線で出来るだけ、敵の足止めをする事だ。
「……要は、最初から全開だから、まずいんですよね。低速から開始して」
 無限軌道を軌道して、徐々に加速していく。
 敵は四体、カッパーオックスと呼ばれる雄牛系のモンスターだ。この第一層では、やや強めの実力がある。
「ぶるる……!」
 カッパーオックスも、タイランに突進してきた。
 内三匹は体当たりと斧槍で防ぐ事が出来た。しかし残り一匹がタイランの脇をかい潜り、背後のパーティーに迫る。
「ぐっ……! 一匹行きますよ!」
「任せて!」
 カトレアは、両手剣を構えた。
 さすがに一匹程度、自分達で処理できなければ、格好が付かない。


 カッパーオックスの攻撃はひたすら突進のみという、単調なモノだ。
 しかし、二撃、三撃と重い突進が繰り返し続くと、さすがにタイランも緊張してきた。
「ふぅ……!」
 無限軌道で敵の攻撃を回避し、斧槍で敵を迎撃する。
 新たな一匹が横から高速で迫ってくる――のが、突然、爆発の一撃で吹き飛んだ。
「……援護」
 遠方から魔法を放ったのは、ユーリだった。その横で、モモもボウガンを構えている。
「あ、ありがとうございます。私は絶魔コーティングされてますから、気にせず撃って下さい」
「……うん」
「あいさー!」


「ってアンタ達、こっちの手伝いは!?」
 盾で防御の構えを取りながら慌てるディジーの後頭部を、カトレアははたいた。
「何言ってるのよ!? わたし達、一匹相手に三人で相手してるのよ!? こっちこそしっかりしなきゃ……!」
 いくらカッパーオックスが、ブルーゼリーなどに比べて強いと言っても、たかが知れている。本来、三人でも充分な相手なのだ。
 むしろ、それを三体、一人で相手しているタイランの援護を優先するのは当然とも言える。
「そりゃごもっともねー。助祭の私までこっちだし……にしても、丈夫な奴ねコイツっ!!」
 シランが苛立たしげに、メイスを振るった。
「ブルッ!」
 苛立ったカッパーオックスが頭を振るう。
「ひゃっ!?」
「きゃあっ!?」
 二本の角が、ディジーの盾を吹き飛ばし、シランを壁に叩き付ける。
「ディジー、シラン!?」


 それには、タイランも気がついた。
 タイラン自身は、鎧の防御力でダメージはほとんどない。カッパーオックスを引きつけていれば問題ないのだ。
「いけない! ユ、ユーリさん、こっちはいいからカトレアさん達のサポートに回って下さい……!」
「承知……でも、間に合うか自信がない……」
 二人を倒したカッパーオックスは距離を取ると、後ろ足を蹴り始めた。
 カトレアが戦慄する。
「チャージに入った……! 二人とも、早く立って!」
「そ、そんな事言われても足が……」
 苦しげな声を上げるディジー。
「じゃあ、せめてシランが大盾でって気絶してるーっ!?」
「……きゅー」
 シランは気絶していた。
「にゃあ! 装填ギリギリー!」
「……詠唱もギリギリ」
「じゃあ、わたし一人!?」
 何気に絶体絶命だった。


「み、みなさん……!」
 タイランは既に、カッパーオックスを二体、倒していた。
 何しろ突進してくるだけなので、動きを見切ってカウンターを当てれば、倒すのはそれほど難しくない。……もちろん、ある程度の修羅場を踏んだり、キキョウのような超高速で動く人間と修練を積んでいるタイランだからこそ、その域に達しているのだが。
「こっちはいいから! そりゃ助けて欲しいけど、飛び道具でもなきゃ、この距離じゃどうにもならないわ!」
 カトレアが叫ぶ。いくら無限軌道のスピードでも、さすがに間に合わない。
「なら、どうにかします……!」
 言って、タイランは自分に迫る最後のカッパーオックスを蹴っ飛ばした。
 そして右腕を構える。
「ロケットアーム!」
 タイランの腕が爆音と共に飛んだ。
「えー!?」
 仰天するカトレアをよそに、タイランの巨大な手はカッパーオックスの首根っこをしっかりと掴んでいた。
「ぶるがっ!?」
「つ、つかみました……!」
 タイランの二の腕からはワイヤーが伸び、それが分離した腕に繋がっている。
 そのワイヤーを引き戻しに掛かる。
 が。
「あうっ!?」
 背中から、残っていたカッパーオックスがタックルを仕掛けてきた。
「……みんな、タイランさんの援護」
 ボソッと呟くユーリに、カトレアは剣を構え直した。
「わ、分かってるわよ!」
 首根っこをタイランに掴まれ、ぶもぶもと慌てる敵に襲いかかる。
 ――完全に勝負が着いたのは、それから五分後の事だった。


 ゴールである合流地点まではもう少しなので、タイランは気絶しているシランを背負っていた。
「やっぱ、ウチは火力不足ねー……」
 はー、と横に並んで歩きながら、カトレアは深く息を吐いた。
「い、いえ、充分強いと思いますよ?」
 タイランのフォローに、殿のユーリがボソリと言う。
「……決定打が足りない」
「だよねー。あ、シーちゃん気がついたよ?」
「ん……?」
 シランが、ゆっくりと目を開けた。
「え……!? あ……っ」
 自分がどういう状況にあるか把握し、少し慌てる。
「し、しばらくは、安静にしていて下さいね……? まだ、先は長いですから……特に回復役は、体力と魔力を温存しておかないと……」
「え、ええ……」
 タイランが背負っているシランに声を掛けると、何故か彼女は頬を赤らめた。
 鋭く見咎めたのは、ディジーだ。
「ちょ、ちょっとちょっと、シラン、何赤くなってるのよ」
「……いや、鉄の塊も悪くないかも」
 おそろしく広い背中に身体を預けながら、シランが呟く。
「こ、この浮気者! 貴方はカナリー様への愛を貫きなさいよ!?」
「ちょっと待って……『貴方は』? そういうアンタはどうなのよ?」
 微妙に眉をひそめながら、シランはディジーを見下ろした。
 何故かディジーは耳まで真っ赤にしながら、そっぽを向いた。
「そ、そんなの、どうだっていいじゃない! ただ、ちょっと頼りになるなって所を評価してるだけだし」
 はーっ、とカトレアはこれでもう、何度目になるか分からない溜め息をついた。
「……タイランさん、もうホントねわたし、ごめんなさいって言うしかないの。これさえなけりゃ、いい子達なのに……」
「……ごめんなさい」
「めんごー」
「……お、お気になさらずに」
 謝る三人に、控えめに言うタイランだった。


メンバー強化:カナリー編

 墜落殿第一層の中でもそこは、特に強いモンスターが多いフロアだった。
 だがしかし、そんな事は一向に構わず突き進むパーティーがあった。
 新参パーティー『アンクル・ファーム』は戦士二名、助祭、魔法使い、盗賊各一の五人で成立している。本来はもう一人戦士がいたのだが、家庭の事情で抜けてしまった。
 よって、現在は五人。
 それに加わった一人を加えて、六人。しかもその最後の一人には従者が二人いた為、八人の大所帯となっていた。

 最前線ではリーダーのカルビン・オラガソンとエースであるアポロが、モンスターの群れと死闘を繰り広げ、助祭と、この場には不釣り合いな赤と青のドレスを着た美女二人がそのサポートに回っている。
 カルビンがカッパーオックスを、力任せにハンマーで殴り倒す。
 アポロの豪剣がリザードファイターのロングソードと火花を散らす。
 さらに残っているモンスターを助祭のキーノ・コノヤマがメイスで相手取り、時折リーダーとエースに回復の法術を与えている。
 赤の従者ヴァーミィの蹴りと青の従者セルシアの手刀が、次々と現れる妖蟲を払い飛ばした。
 体力をまるで無視した特攻のような戦闘だ。
 更に後方からは絶えず光の矢と紫電と石礫が飛び、モンスター達の体力を削っていく。 助祭の祝福は淡い光と共に、最前線の戦士達を癒す。
「進め進め!」
「突き進め!」
 前衛の二人とも浅い傷は数知れず、それでも高いテンションを維持したまま前に進み続ける。

「……最初は三体目を作ろうと思ったんだけどねぇ」
 後方から雷を飛ばしながら、眠たそうに金髪紅眼の美貌を持つ青年貴族、カナリーはぼやいた。
 外の時刻は昼間であり、日が差さない迷宮といえども、吸血鬼である彼はまだあまり本調子ではない。 青天の下でないだけまだマシだが、テンションが低いのはしょうがないといった所だ。
 ちなみに三体目、というのは彼の従者の話である。
「それは……手が付けられなくなりますね」
 並んで魔法を飛ばしていた半森妖精の魔法使い、タキナ・コノサトが困った笑顔で相槌を打った。
 アクビを噛み殺しつつ、カナリーは指を鳴らした。
 新たな紫電が、カッパー・オックスを一撃で丸焦げにする。
「僕が楽出来るのはいいんだけどねー……こういう場所だと数が多いと、かえって邪魔だし。通路の幅から考えても、パーティーの理想は大体前衛三人、後衛三人の六人がセオリーだ……ま、頑張って八人になってる訳だけど」
「す、すごく強いですよね、ヴァーミィさんとセルシアさん」
 正直美人従者の二人の力は、タキナの目には『アンクル・ファーム』の前衛より強く見える。
「そりゃ、僕の従者だからね……当然さ」
 さして得意という様子もなく、カナリーは頷いた。
 そんな風に二人で話していると、メイスを手に持ち鎖帷子を着込んだ少年助祭が生傷だらけで前線から戻ってきた。
「っておいおいおい、タキナ! 雑談してないで、手伝えよ!?」
「何言ってるのよ!? ちゃんとやってるじゃない!?」
 助祭、キーノ・コノヤマのキツイ物言いに、タキナも張り合う。
 にらみ合う二人の間に、カナリーは割って入った。
「……まーまー、二人とも喧嘩しちゃ駄目だ。……いや、いいのか? 君達はあれだな。仲がいいほど喧嘩するという奴か。はたまた、犬も食わない何とやらか」
 カナリーが頬に指を当て首を傾げると、二人は真っ赤になった。
「な……」
「こ、この状況で、何を言ってるんだ、アンタも!?」
「ああ、そうだね。まずは、彼らをやっつけてしまおう。タキナ君は次、今使える一番強烈な魔法用意」
「え……で、でも」
 これ以上魔法を使うと、使える魔力が尽きてしまう。
 そう言おうとするタキナの唇を、カナリーの細い人差し指が制した。
「問題ない。キーノ君も同様さ。最初に言ったろう。今回はかなり無茶をしていいって。魔力の回復は全部、僕に任せてくれて構わないんだから」
「い、言った責任は取れよ?」
「……任せたまえ。君んところのリーダーとエースなんて、もう完全に開き直ってるじゃないか。今更、君だけ踊らないのはもったいないよ?」
 言って、カナリーは正面を指差した。


「アポロ次くるぞ、いけ!」
「ういっす!!」
 どごーん、と鈍い音がして、リザードファイターが二体、吹き飛んでいた。
 もう、最前線はノリノリだった。
 キーノも急いで前線に駆け戻った。
「お、俺もやります!」
「おう、キーノしっかり働け!」
 一方タキナの呪文も完成し、高威力の魔法の矢で妖蟲をバラバラに弾き飛ばしていた。
 それを至近距離で見ていた、アポロが快活に笑う。
「おー、タキナも頑張るなー! やるじゃん」


 ガクッとタキナがその場に跪いた。魔力切れだ。
「はぁ……はぁ……カ、カナリーさん、撃ちました……でも、もう……!」
「はいはい。それじゃ魔力供給いくよ」
 カナリーの指先が、タキナの首筋に当てられる。
「ふぁっ……!?」
 タキナは思わず声を上げていた。熱いエネルギーの様なモノが、カナリーの触れた部分からものすごい勢いで流れ込んできていた。
 気がつくと、根こそぎなくなっていた魔力が回復していた。
「僕の生命力を魔力に転化して分け与えた。まだまだ、いけるね」
「は、はい……でも、カナリーさんは大丈夫なんですか? ……生命力って」
「……もちろん、無尽蔵じゃない。だから、供給してる」
 カナリーは、前線で踊るように戦い続けている、自分の従者を指差した。
「彼女達がモンスターを倒す際、その生命力を吸収している……そして、その生命力は、僕に送られてきているという訳さ……」
 平然とそんな事を言い、カナリーはそれまでカチンコチンに固まってスリングを振るい続けていた盗賊の方を向いた。
「君は、大丈夫そうだね、メルティちゃん」
「は、はははは、はい! ぜ、全然平気です!」
 カナリーの声を掛けられ、少女は思いっきりかしこまった。
「そう、いい子だ。それじゃ僕もちょっと、前に行って来るよ」
「お、お気を付けて!」
 おっとりとした足取りで、カナリーは壮絶な戦場に向かった。


 さすがに疲弊してきた戦士、アポロの背中にカナリーは手を当て、自身の生命力を送った。
「お、おおおっ!? み、漲ってきたぁ!」
「……なら、まだ、行けるね? よろしくー……」
 さっさと、カナリーは後方に引き下がる。
 魔法使いである自分がここにいては、足手まといになるだけだ。
「リーダー、もういっちょ行こうぜ!」
「お、おお!」
 一方、リーダーのカルビンは、司祭のキーノから祝福を受けて、回復していた。
 ただし、キーノは今の回復で、力を使い果たしてしまっていたようだ。
「はぁ……はぁ……」
 メイスを杖代わりにして、その場にへたり込みそうなキーノに、カナリーは声を掛けた。
「大丈夫かい、キーノ君」
「だ、大丈夫じゃねえ……戦って……回復して……マジきついっつーの……」
「……それじゃ、両方とも回復しようかな?」
 カナリーは白い自分の手を、傷だらけになっているキーノの手の甲に置いた。
「うあっ……あ……あぁ……は、あぁ?」
 手の甲から強烈なエネルギーを送り込まれ、キーノの体力と魔力が全快する。傷も、完全に治っていた。
「元気、出たかい?」
「あ、ああ……」
「……教会の人間が、こういう術の世話になるのは業腹だろうけど、我慢してくれたまえ。さ、続きだ。もう一回修羅場に突っ込んで、張り切って敵を全滅させてこようか、そら」
 パンパン、とカナリーは軽く手を叩いた。
「ったく、分かったよ!」
 メイスを握りしめ、再びキーノは前線に突入していく。
「ふわぁ……んん……さて、タキナ君。また、魔力が減ってきているんじゃないかな……?」
 大きなアクビをしながら、カナリーは後衛に戻った。


 修羅場が終わり、一旦休憩となった。
 キャンプの背後の通路には、無数のモンスターが倒れている。
「色々考えたんだけどねぇ……さっきも話した三体目とか……」
 尊敬の眼差しで見る盗賊少女、メルティを相手にカナリーは話をしていた。
 手にはワイングラス、中身はトマトジュースだ。
 瓶はヴァーミィが抱えており、他のメンバーにはセルシアがジュースを注いでいた。
「……移動系の魔法の習得っていうのも面白そうだったんだけど……うん、そっちはシルバに任せた」
 足を組みながら、カナリーは独り言のように言う。
 一方、セルシアからジュースを注がれ、メルティはひたすらに恐縮していた。
「ウチのパーティーには、シルバの回復が使えないのが二人いてね……つまり、僕とタイランな訳だけど……」
 ピン、とグラスを指先で弾く。
「……薬で何とか出来るけど、手数は多い方がいい。何より攻撃イコール回復というのは、実に楽でね……」
 面倒くさがりな自分にはピッタリなのさ、とカナリーは言った。
「この階層のモンスター程度なら、どれだけやられても、君達が負ける事はないから、安心したまえ。強いて言えば、キーノ君の抵抗感が難と言えば難だが……まあ、職業柄しょうがないねぇ?」
「ま、まあな」
 カナリーに苦笑され、キーノはそっぽを向いた。
 それを鋭く見咎めたのは、魔法使いのタキナだった。
「ちょ、ちょっとキーノ、どうして顔赤らめてるのよ!?」
「う、うっせえな!? 関係ないだろ!?」
「えぇ、ないわよ! アンタが誰にデレデレしようと、あたしには関係ないわよ! 相手が男の人でもね!」
「な……! お、お前だって、何かモジモジしてたじゃねーか」
 なし崩し的に口喧嘩を始めた二人を眺め、カナリーは眠たげな目をリーダーであるカルビンに向けた。
「……一応聞くけど、このパーティーは、大丈夫なのかい? 主に内部分裂の可能性的な意味で」
「ま、まあ、あの二人はいつもの事だ」
 曖昧に頷くカルビンに、アポロとメルティが補足する。
「今回は、何故かいつもより激しいけどな」
「あ、あの二人は幼馴染みなんですよ」
 ふむ、とカナリーは唸った。
「……何ともまあベタな。まあ、みんなが言うなら心配はいらないか。さて、体力回復が必要な人はいるかい? キーノ君はあれで仕事してるみたいだから、大丈夫だと思うけど」
 ワイングラスを傾けながら、カナリーは微笑んだ。
「……出来れば、合流地点には一着で辿り着きたいモノだね」


メンバー強化:キキョウ編

 墜落殿第一層某所。
 通路を抜けた先にあった広間は、モンスターの巣と化していた。
 無数のブルーゼリーが床の上で身体を震わせ、雑鬼や妖蟲がひしめいている。
 勢いよく広間の扉が開いたかと思うと、紫色の影が飛び込んできた。
 影が駆け抜け、大ミミズの身体がスパッと二分される。周囲のモンスターも数体、同じ切れ味を残して床に伏せた。
 モンスターを斬り捨てた人影は、部屋の中央で停止する。モンスター達は突然の闖入者の正体を見極めようと、周囲を取り囲んだ。
「ふむ、数は五十といった所か……」
 人影――狐耳と尻尾を持つ剣士、キキョウはのんびりと呟いた。
 キキョウの存在にようやく気付いたモンスター達が、咆哮を上げて円を狭めて襲いかかる。
「{詠静流/えいせいりゅう}――」
 刀を納めて、キキョウは一歩を踏み出した。
「――『{朧/おぼろ}』」
 次の瞬間、モンスター達は、キキョウの姿を見失っていた。
 瞬間移動、ではない。
 高速の歩法でモンスター達の間を潜り抜け、包囲を脱したのだ。
 キキョウの手が、自身の刀の柄に掛かる。
「『月光』」
 直後、キキョウの手元が一閃し、手近にいたモンスターが五体、まとめて斬り伏せられた。
 しかし敵の数は圧倒的であり、上下左右から新たなモンスターが殺到つつある。
 モンスター達の攻撃の有効範囲に、キキョウの身体が迫る――
「『孤月』」
 ――金属質な音が鳴り響き、キキョウを中心とした二メルトの円内にいたモンスターは、身体を二分して床に倒れる事になった。
 その場で跳躍、頂点に達すると尻尾を振って、キキョウは空中をもう一度蹴った。
 人では到達できない高みに到ったキキョウは、天井を這い回っていた妖蟲を両断する。

 その様子を、新米パーティー『プラス・ロウ』の面々が、蹴破られた扉の影から伺っていた。
「……すげえ。キキョウ無双だぜい」
 錬金術師兼盗賊であるボンドが、広間を駆け回るキキョウの高速移動と斬撃に、半ば呆れた声を上げる。
「感心している場合ではありません。私達も戦いますよ」
『プラス・ロウ』のリーダーである女聖騎士、ルルー・フーキンは既に臨戦態勢に入っていた。前衛である斧使いの戦士と魔法剣士も同様だ。
「あー、はいはい。チシャ、リーダーの支援頼むぜい。あの人、すぐ突進しちゃうから」
「は、はい」
 ボンドの言葉に、助祭であるチシャは頷く。
 かつて一度、彼女の猪突猛進ぶりを突かれ、初心者訓練場で手痛い目に遭った事もあるのだ。
「ま、さすがにそうそう、やられはしないと思うけどなー」
 ボンドが呟いた時には、既にルルーら前衛は広間に飛び込んでいた。
 最前衛に、男の戦士二人を従え、ルルーは自身の剣を掲げた。
「フーキン家代々に伝わる聖なる剣の力、思い知りなさい!」
 刀身が光り輝き、聖光を浴びた周囲のモンスター達を灼いていく。

「ほう……{烈光/ホライト}の効果とはな」
 あらかじめ、チシャからルルーの剣について聞いていたキキョウは、盾にしたモンスターの影からその様子を伺っていた。
 光が収まると、再び移動を開始して、敵をまた三体ほど斬っていく。

 ルルー達の周囲のモンスターが全滅し、ポッカリと空白地帯が出来ていた。
「で、ですけど、油断は禁物ですよ、ルルーさん!」
 遅れて広間に飛び込んだチシャが、前衛に向かって叫ぶ。
「もちろんです。かつての轍は、二度と踏みません」
 正面から襲ってきた雑鬼を、ルルーは聖剣で叩き切った。
 直後、横から軽い衝撃を感じ、彼女は驚いた。
「!?」
 見ると、忍び寄っていたブルーゼリーがしゅうしゅうと音を立てながら溶けようとしている所だった。
「……そう言いながら正面しか見ないのは悪い癖だぜい、リーダー」
 モンスターに爆薬を投げつけた姿勢のまま、ボンドは苦笑した。


 十分後、広間のモンスターは一掃され、彼らは休憩を取る事にした。
「それにしても、敵が多いですね」
 腰を下ろし、回復薬を飲みながら、ルルーは自慢の金髪を掻き上げた。
「そ、そりゃあ、そうですよ。この辺りは、そういう事で有名ですから」
 チシャの言葉に、彼女は首を傾げた。
「聞いてませんよ?」
「言ってましたよ?」
「……言ってたぜい?」
 ルルーが見渡すと、全員が頷いた。
 この辺りは、モンスター自体の強さはさほどではないが、数だけはやたらに多い。
 この広間にしても実は迂回が可能なのだが、それでは訓練にならないという事で、突入したのだ。
「ルルーは、もう少し、落ち着くべきではないかと思う」
「キ、キキョウ様まで……」
 ガクリ、と落ち込むルルーだった。
「……いや、そりゃ普通言うぜい」
 基本的にいい奴なんだけどなー。話を聞かないのととにかく突っ込む癖は直した方がいいよなーと思う、ボンドであった。そのまま、爆薬の精製に取りかかる。
 一方チシャは、刀の手入れをしているキキョウに話を向けていた。
「そ、それにしてもすごいですね、キキョウさん。前に見た時よりずっと速くなっています」
「うむ。ヒイロが攻撃力を強化しているようなので、某は手数を増やす事にしたのだ。下の層ではいちいち、一体ずつを相手取れる訳ではないしな。ダメージの蓄積も重要だ」

「……ダメージの蓄積も何も、一撃で皆、倒してたぜい?」
 というか、一回の振り抜きで複数のモンスターが倒れていた。
 しかし、キキョウは首を振った。
「この階層の相手では弱すぎる。ゴーレムだの重装兵だの、あの辺りになるとまだまだ某の剣の及ばぬ所だ」
「キキョウさんでもですか!?」
 うむ、とキキョウは頷いた。
「倒せない訳ではないが、まだ時間が掛かるな。最終的には、一撃で倒せるようになるのが理想だが、まだまだ詠静流を極める道は遠く険しい」
「ご立派です、キキョウ様」
 ルルーが尊敬の目を向ける。自分を律する類の人間が好きな、彼女であった。
「何の。もっと精進せねば、シルバ殿の助けにはならぬ」
 刀身の汚れを拭い納得いったキキョウは、刀を鞘に納めた。
「幻術を鍛えるという方向性もあるのだがなぁ……某は不器用故、二つの事を同時にするような器用な真似は出来ぬのだ。せいぜいが、跳躍を二段に増やした程度だ」
 元々は以前、シルバの支援で成立させてもらった、変速多段ジャンプが元になっている。
「……あの、それでも、充分すごいと思うんですけど」
「……うす、普通の人間には出来ないぜい?」
「まあ、この辺は妖狐である某の強みであるな」
 特に得意という風もなく、キキョウは言う。
「……本来なら、天を駆ける事すら容易いのだが、その高みにはまだ到れぬ」
 ボソッと呟くその言葉は、本人以外には届かなかった。
「今、どの辺にいるんでしょうね、シルバ様」
 誰にともなく言ったチシャの台詞に、キキョウは首を振った。
「分からぬ。精神共有で繋がっているとはいえ、今回はある種の競争となっている。互いの位置は、伏せられているのでな……」
「心配ですか?」
「む、むぅ……」
 キキョウの耳が元気なく垂れ下がる。
「大丈夫ですよ。シルバ様ですから」
「そ、そうなのだがな」
 シルバが心配と言うより、シルバがいないのが不安なキキョウだったりする。
「でも、早く合流したいですね」
「う、うむ。うむ」
 それは間違いないので、キキョウは何度も頷いた。
 一方、もう一人張り切っている人物もいた。
「確かに、一番最後だったなどという恥辱だけは、避けねばなりませんね」
 勢いよく立ち上がるルルーだった。
「某はもうゆけるが」
「私もです。他の皆は?」
「だ、大丈夫です」
「問題ないぜい」
 全員が立ち上がり、チシャは地図を確認した。
「ルートはどうします? 迂回ルートと直進ルートがありますけど」
 直進ルートの方が敵の数は多い造りになっている。
「無論、決まっている」
「ですね」
 キキョウの言葉に、ルルーも頷く。
『プラス・ロウ』の面々とキキョウは、最短のルートで他パーティーとの合流地点を目指すのだった。


メンバー強化:リフ編

 ブルーゼリーは起き上がり、仲間になりたそうに、こちらを見ている!

 モンスターの様子に、リフは申し訳なさそうに耳を伏せた。
「にぃ……困る。リフのパーティー、もういっぱい」
 そんなリフの帽子を、大きな手がワシワシと撫でた。
「あっはっはー、リフ君モテモテやなぁ」
「人徳やねぇ」
 新米パーティー『ツーカ雑貨商隊』のリーダー夫婦、ゲン・ツーカとクローネ・ツーカだ。
「……でも、困る。連れていけない」
 期待するようにぷるぷる震えられても、リフは困るのだ。
 二十代後半、いかにも働き盛りといった風情のゲンは、自分の顎髭を撫でた。
「あー、ほんならしゃーないやろ。またゴメンなさい言うて、お引き取り願うしかないわ」
 おっとりした風な妻であるクローネも同意する。ゲンと同じ歳だとリフは聞いていたが、四、五歳年若く見える美人の奥さんだ。
「もしもの時に頼る事あるかもしれへんけどー、ちゅーてコネ作っとくのもありやねぇ」
「にぃ……リフ、人間とお話するために、このパーティー入ったのに」
 ちょっと予想外の事態だった。

 この辺りは、墜落殿第一層の中でも第二層への入り口が近い事もあり、最もメジャーな区画と言ってもいい。
 出現するモンスターも弱いモノが多く、商人家族で構成された異色のパーティーでもさほど苦なく進めていた。
 リフの課題は基本的な盗賊スキルの向上だ。
「まだ先の話だけど、深い場所になると魔法が使えないフロアとかがあるっていう話も聞いてる。だから、一応な」
 とシルバは言う。
 罠の解除の多くは豆の蔓に頼っているリフとしては、それが使えないとなると少々困る。憶えておいて損はないし、今回の探索ではリフは豆の蔓を一切使っていない。
 扉も宝箱も、現在の所解除に失敗はない。
 それに、盗賊ギルドにリフ一人で行けるようになる為、という目標もある。やや人見知りするリフに、このパーティーの家族は最初から親しく(馴れ馴れしいとも言う)、強引ながらも次第に打ち解けつつある。
 それはいい。
 それはいいのだが、戦ったモンスターのことごとくが、自分の仲間になりたがるのには、リフもほとほと弱っていた。
 まだ幼いとはいえ霊獣としての格が、力を認めた低級モンスターを惹き付けているのだろうね、とこの場にカナリーがいれば分析していただろう。

「はっはー。構へん構へん。人間以外の繋がりもあって損あれへんて。むしろ、人間にしてみたらそっちの方がお宝やで」
「に?」
 ゲンの言葉に、リフは首を傾げた。
 言葉の足りない夫を、妻のクローネが補足する。
「せやねえ。こんだけモンスターと仲良う出来る子も珍しいで? その力、大事にせな」
「つーかアレやな。いざとなったら盗賊やめてビーストマスターでもやってけるで、リフ君」
「……に? びーすと……?」
「ビーストマスターちゅーのはな、モンスター使役する職業の事や」
「……ゆーろの、お仲間?」
 リフは前衛の長男ウォンが手を引く、自分と同じ歳ぐらいの少年の背を見た。魔法使いのローブと杖を持ち、ヨタヨタと歩いている。
 ユーロウ・ツーカ。若干八歳の召喚師である。このパーティーの影のエースだ。
「あー、ウチのユー坊はちょっとちゃう。召喚師ちゅーのはモンスターと契約して、必要な時に出てもらうんよ。うまい事言えんけど、微妙にちゃう」
 パタパタとゲンは手を振った。
「それもあの子の場合は、戦闘用ちゅうより主に道具管理用やからねぇ」
「せやせや」
 すると、前衛に立っていた二人が振り返った。
「おとんおかんー、その言い方やとまるでゆー坊が戦闘ん時役立たへんみたいやでー」
「せやなぁ。ウチの主力やねんから、怒らせるとあかんのとちゃうかー?」
 双子の姉弟、レアルとウォンだ。おっとりとした次男、ユーロウも振り返ったがこちらはよく意味が分かっていないっぽい。
「うぉっ、そ、そんなつもりで言うたんちゃうで!? ゆー坊、勘違いしたらあかんで」
「……にぃ、父親のいげん」
 呟くリフの帽子を、今度はクローネが撫でた。
「ウチはあれでえーんよ、リフ君。いざっちゅー時頼りになれば」
「そのいざって時が、あんまあれへんけどなー」
「あかんて、ウォン。あんまりホンマの事言うたら、また落ち込むで」
「もう手遅れやっちゅーねん! お前らようそんだけ好き勝手言うな!?」
 息子と娘に言われ、ゲンは涙目だ。
「……言うても、ホンマの事やし」
「なあ?」
「……父親のいげん」
「大丈夫や」
 母親、クローネの笑みは崩れない。


 広間に入った所で、一行は部屋の隅に店を開いた。
 さすがに第二層の入り口が近いだけあって、そこそこ人通りがある。
 パーティー『守護神』のメンバーは、それぞれで合流地点に向けて競争しているが、決して強制という訳ではない。
『ツーカ雑貨商隊』の商隊という性格もあるし、リフも自分の人見知りを少しでも緩和する為にいるという自覚があるので異存はない。
 もっとも、その辺も配慮した上で、このパーティーの通過ルートは他パーティーよりもかなり短かいように設定されていたりするのだが。
「い、いらっしゃい……ませ」
 双子と次男が店の設営をしている中、リフはツーカ夫妻と挨拶の練習を行っていた。
「んー、やっぱりもうちょっと愛想欲しいなぁ」
「にぃ……ごめん」
 苦笑するゲンに、リフは生真面目に落ち込んだ。
「ええんよ、リフ君。ウチの子より美男子なんやし、おとんは僻んどるだけやから」
「な……!? お、おかん、オレは思た事をそのままやな――」
 ゲンが怯む。
 さりげなく、長男も罵倒していたクローネであったが、幸いな事に彼は弟が召喚したモンスターの持つテントを組み立てたり、アイテムを陳列するので忙しかった。
「クローネ、ここはワイが一番最初に提案した、リフ君女装化計画をやっぱり実行に移すべきやと思うねん」
「それ以上言うたら、股間のモンこの棍棒で破壊するで?」
 笑顔のまま、クローネは手に持つ棍棒を掲げた。
 商人であり司祭である母親の膂力は、前衛ほどではないが割とハンパない。
「うう……ウチのおかんは美人やけど超おっかない……」
 一方ゲンは盗賊も兼ねる為、手先は器用なのだがその分腕力では、次男に次いで弱かったりする。
「それ承知で結婚したんやから、今更ゴチャゴチャ言うたらあかんよ、おとん。まあ、美人言うた点で、お仕置きはなしにしとくけど」
「に……おとん、ふぁいと」
 リフは、ゲンの背中をポンポンと叩いた。
「……うう、すまんのう。ウチん中やと、ワイが一番弱いねん」
 などと話していると、臨時の雑貨屋に誰かが近付いてきた。
 設営はほぼ完了しており、小さいながらもカウンター付きの立派な店が出来上がっていた。双子とユーロウは、店の裏で必要なアイテムを用意する荷物番となっている。
「すっみませーん☆」
 可愛らしい女の子の声に、金庫番のクローネはパンパンと手を叩いた。
「ほら、おとんお客やで。リフ君もお仕事お仕事。表に回って」
「へいへい。らっしゃい!」
「に」
 カウンターにゲンとリフは立った。
「買い取り、お願い出来ますかぁ?」
 声に違わぬ、ツインテールの可愛らしい少女冒険者だ。職業は……商人だろうか。後ろに背の高い青年を二人従えていた。
「あいよ。何引き取りやしょ」
「第三層で手に入れた剣と防具です。ロン君、お願い」
「ああ」
 彼女の後ろに控えていた短い黒髪の青年が、荷物を下ろした。鍛えられた肉体と黒を基調とした軽装から判断すると、戦士兼盗賊だろうか。
 第三層と言えば、リフ達も目指す深い層だ。たった三人ながら、彼らはかなりの手練れらしい。
「ほな精算するから、ちょっと待ってやー」
 ゲンは荷物を受け取ると、数を改めてから奥に引っ込んだ。
 そうなると、残りはリフ一人だ。奥に引っ込む前に、ゲンはリフにグッと親指を立てた。
 ……リフ一人で、応対しろという事らしい。
「それと、糸巻き車を三つと、あと聖水ありますかー?」
「い、いらっしゃい……ませ」
 緊張しながら言うと、女の子は顔をほころばせた。
「わぁ、可愛い店員さん。二人もそう思わない?」
「いいえ、貴方の美しさには敵いませんよ、ノワさん」
 豪奢なマントを羽織った、金髪紅眼の眼鏡青年が柔和な笑みを浮かべる。
 リフには彼が、吸血鬼である事が分かった。
 一方ロンと呼ばれていた黒髪の青年も頷いていた。
 こちらも人間ではない、とリフは直感で感じた。見かけは人間だけど、ちょっと違う。
「ああ、まったくクロスに同感だ。すまないな、店員さん。君は確かに愛らしいが、俺達のリーダーは君を一枚上回る」
「ありがとう、二人とも。でもロン君、一枚なんだ」
 女の子が拗ねるように言うと、黒髪の青年は表情を変えず、
「軽い冗句です。本当は千枚ほど」
 そんな事を言った。
「ありがとー、ロン君♪」
「……にぃ、リフ、おとこのこ」
 糸巻き車と聖水を用意しながら、一応そこは律儀に修正しておくリフだった。
「え!? やだ、ごめんなさい。ノワ、勘違いしちゃった☆」
 少女、ノワは小さく舌を出し、コツンと自分の頭を小突いた。
 それからふと、考え込んだ。
「リフ、君……?」
「に……?」
「……んー……どっかで聞いたような名前のような気がするんだけど……どっかで会ったこと、あったっけ?」
「……にぃ、リフはしらない」
 ノワの顔に、覚えのないリフだった。
 ちょうどその時、ゲンが裏から戻ってきた。
「はいよ、おまちどうさん。お嬢ちゃんもどうやら同業者みたいやけど、証明書はあるかい?」
「はーい、ちゃんと割引してね、お兄さん」
 ノワは懐から商人ギルドの証明書を取り出した。
「お、お兄さんかぁ。そう呼ばれるんも久しぶりやなぁ。おし本来は三割の所を、サービスで四割な! まいど!」
 買い取り額から糸巻き車三つと聖水の分を引いたお金を、ゲンはリフに手渡した。
「わぁ、ありがとう、お兄さん! また寄らせてもらうね?」
「あいよまいどぉ」
「もー、駄目だよクロス君。今度からちゃんと糸引き車は補充しとく事。帰るの大変なんだから」
「……申し訳ございません、ノワさん」
「ロン君、荷物持つのお願いね」
「ああ」
 話の内容から判断すると、もう一度、第三階層に潜るらしい。
 そんなやり取りをする三人組をゲンと一緒に見送っていると、後ろから妙に笑顔の怖いクローネが現れた。
 そのクローネは、ポンとゲンの肩を叩いた。
「……おとん、一割引いた分はおとんのお小遣いから引くかんね?」
「うはぁっ!? か、勘弁してえな」
「あきません」
 やはり笑顔のままのクローネだった。
「にぃ……変なパーティー」
 リフは少しだけ、気になった。
 シルバの話だと、大抵のパーティーは同じ種族で固まることが多く、自分達みたいな多種族パーティーというのは珍しいらしい。
 三人とも、違う種族というのはやはり珍しいと思うリフだった。


 そこそこ客も入り、パーティーは二時間ほどで店を畳んで、再び合流地点に向かって進み始めた。
 今回の出店は思ったよりも儲かった『ツーカ雑貨商隊』だ。
「そろそろ人にも慣れてきたかー、リフ君」
「にぃ……よく分からない……」
 ゲンの質問に、リフは少々自信がない。
 すると、前を歩いていた双子の姉、レアルが振り返った。
「ま、最初の頃よりは大分マシやと思うね、ウチは。この調子で、盗賊ギルドの方でも友達増やし?」
「に……お兄のためにも、がんばる」
「……あと、リフ君」
「に?」
 レアルは後ろ歩きをしたまま、背後を指差した。
「モンスターと仲良うなるんはええけど、ほどほどにな。いや、店片付けんのとか手伝ってもろて、すごい助かったけど」
「すごい数やねぇ」
 クローネもニコニコ笑顔のまま、頬に手を当てる。
 男衆は表情を強張らせていた。
『ツーカ雑貨商隊』の後ろには、何十匹ものモンスター達が、付き従っていた。
 襲ってくる気がないのは、雰囲気で分かる。
 が。
「にぃ……ついてきちゃダメ」
 リフはやっぱり困った顔で、耳を伏せるのだった。


メンバー強化:シルバ編

「困った」
 墜落殿第一層某所。
 新米パーティー『ハーフ・フーリガン』に同行していた司祭、シルバ・ロックールは唸っていた。
「……する事がない」
 彼の正面では、ブルーゼリーを相手に前衛三人がてんやわんやの大騒ぎだった。
 モヒカンのリーダー、ぺペロのロングソードが『また』外れた。
 ぺペロは焦った表情で、額の汗を拭う。
「し、ししょー、当たらねー! 敵マジで厳しいぜ!」
 ぺペロだけではない。他の二人の攻撃も、やたらと空ぶっていた。
 シルバから見れば、彼らの腰が引けているのが原因なのは明らかだ。
「みんな、ちゃんと敵の動きをよく見ろよ。落ち着いて戦えば、ちゃんと当たるから」
「お、おう!」
 前衛達は、へっぴり腰でブルーゼリーに相対する。
「真っ当に戦う分には、まずダメージは受けないから、とにかく当てることだけ考えろ」
「ら、らじゃ!」
 おっかなびっくりといった調子で、彼らは再びぷるぷる震えるゼリーを突っつき始めた。
 今のぺペロ達は、シルバが施した祝福『鉄壁』の効果で、仮に攻撃を食らったとしても軽いパンチ程度のダメージしか食らわないはずだ。
 だから、本来はもっと大胆に攻めてもいい。
 ……だけど、無鉄砲に突っ込むよりはいいか、とシルバは納得する事にした。そういうのはもうちょっと、モンスターに慣れてからの話だ。


「しっかしまあ、すごいモンすねー、{鉄壁/ウオウル}って。前衛の連中、全然敵の攻撃食らってないじゃないすか」
 髪を尖らせたサングラスの魔法使い、ボンゴレがシルバの隣で感心したような声を上げる。
 同じく後衛の盗賊ネーロは鞭で前衛を援護しているが、魔力を使用するボンゴレやシルバは毎回湯水のように魔法を使える訳ではない。
 現在は様子を見ながらの待機状態にあった。
「うん、まあそれがあの術の効果だからな。第一層の敵レベルなら、まー、よほどの事がない限り、直接攻撃は食らわないはず」
 言って、シルバは軽く落ち込んだ。
「そして、俺は他の補助や回復すら必要がないという……」
「ゆ、有能な証拠じゃないッスか!」
 一応、シルバの課題は地力の強化であり、特に{鉄壁/ウオウル}の強さを高めた意義は充分にあったのは間違いないと、自分でも思う。
 新米パーティーの中で、最も弱いと言われているこのパーティーに参加したのも、その為だ。
 ……ただ、考えてみれば鉄壁の強度を確かめるのは敵も、ある程度の強さがないと駄目なのだ。壁の厚さは、全力で叩かないと分からない。
 もう一つ強化した回復系にしても、ダメージを受けなければどれだけ回復出来るのか確認のしようがない。
「いや、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、こー、もうちょっと危機感がないと……俺の仕事はほら、みんなを死なさない事な訳で」
「完全に安全な状況だと、存在意義が薄い、と」
 ボンゴレの言葉に、シルバはうん、と頷いた。
「いや、油断はしないつもりだけどな。{鉄壁/ウオウル}にしたって、魔法攻撃には通じないし……」
 ところがどっこい、敵はブルーゼリーである。
 単純な物理攻撃しかしてこない。
「かといって、この辺りじゃ毒みたいな状態異常持った敵もほとんどいなくてなぁ……」
 シルバのパーティーは目下、他の新米パーティーに組み込まれて行動している。
 彼らのルートを優先した結果、もっともぬるいルートだけが残ってしまったのだ。他にも幾つかルートはあったのだが、それらは設定している合流地点には少々遠すぎる。
 そうした所にこそ、ポイズンフロッグなどの毒を持った敵がいたのだが。
「ちょ、そんな所に送り込まれたら、俺達死ぬッスよ!?」
 ボンゴレが、焦った声を上げた。
「死なないよ」
 シルバが断言する。
「俺達、グループん中で一番弱いッスよ!? 無理ですって!?」
「だから、死なないって」
「何でそう言い切れるんすか」
「俺が死なせないからだよ」
「……時々、ものすごい自信発揮するッスね、せんせー」
 前衛は少し慣れてきたのか、次第にブルーゼリーを押し始めていた。
 時々殴られ返されているが、ちゃんと鉄壁が効いているのか、かすかに怯むだけで再び反撃に転じていた。
 その様子を眺めながら、シルバは回復は必要なし、と判断した。
「うん、それぐらいの覚悟がなきゃ、この仕事やってられないからな。しかし……せっかく武器を用意したのに、それすら使う余地がないとはなぁ……」
 言って、シルバは右の袖から手の中に、細長い針を落とした。
 ちょっとした短剣程度の長さだ。
「いやいやいや、いくらウチのパーティーがボンクラっつっても、さすがにブルーゼリー相手に後衛にまで攻めてこられませんて。あ、もしくはせんせーが、前衛に行くってのはどうッスか? あの程度の敵なら、せんせーもダメージ受けないんでしょう?」
 針を眺めるシルバに、ボンゴレが提案する。
「んんー。それはちょっとどうかと思う。前衛がマジに戦ってるのに、ちょっと失礼っつって参加するのはよろしくない」
 彼らは彼らで懸命なのだ。
 シルバはそう談じて、手の中で針をクルッと回した。
「そもそも最後の最後、自衛用の武器だしな。やっぱり、俺が直接、近接攻撃を受けるようにならないように立ち回るのがベストだよ」
 そして改めて、針を見つめる。
「まあ、だから技術のいらない突き一点の針な訳だが……」
 うーん、と渋い顔になってしまう。
「回復にも使えると思ったんだけどなぁ……」
「回復?」
 よく分からない風のボンゴレに、シルバは説明してやる事にした。
「東方では、針を身体に刺して治療する技術ってのがあるんだよ」
「また物騒ッスね」
「うん。ウチには祝福での回復が通用しないのが二人いるから、有用かなと思ったんだけど」
 言うまでもなく、カナリーとタイランの事だ。
「いい考えじゃないですか」
「二つ問題に気がついたんだ」
「うん?」
「一つ、鍼の技術の習得にはそれなりに時間が掛かる」
「そりゃそうッスね」
 実際シルバは、入院した時世話になったセーラ・ムワンという鍼灸の先生に教えを請うてはいるモノの、一朝一夕で上手くいくはずがない。
「二つ、これが肝心なんだが普通に、針で刺されたがる奴はまずいない。俺だってやだもん。ボンゴレ、ちょっと回復の練習台になってくれないか?」
 シルバが針を持ったまま、ボンゴレを見た。
「い、いやッスよ!?」
 案の定、後ずさるボンゴレだった。
「ほら、な? ……実用化には、まだまだ遠いんだよ、これ」
 大体、カナリーならともかくタイランの鎧に通じるかなーとか、今更のようにも思ったりする。
 一方前衛は、あまりに手際が悪かったせいか、新たに雑鬼が現れていた。
 ブルーゼリーよりは幾分すばしっこい敵に、ぺペロ達は再び戸惑い始めている。
 もっとも攻撃力はブルーゼリーと大差はない。
 ダメージがない事に安心し、前衛は攻勢に出ていた。
 それに合わせて後衛全体で前進しながら、シルバは懐から丸い眼鏡を取り出した。
「その眼鏡は? せんせー、視力弱かったでしたっけ?」
「いや……度は入ってないんだが……」
 シルバは眼鏡を装着する。
「?」
「精霊が見える」
 レンズの向こうでは、通路を光の筋にも似たモノがゆるりと漂っていた。フィリオの話では、大気の精霊だという。
 また、壁や床天井にもうっすらと筋が走っているがこれは土の精霊だろう。
 所々に、光の溜まり場が形成されており、そこに精霊達は出入りを繰り返している。
「……危ない人みたいッスね、せんせー」
 ボンゴレの指摘に、シルバは地味に傷ついた。
「いやだって、マジなんだもん。レンズが精霊石製でな、こー、漂ってる精霊とか、霊気の流れみたいなモノが見えるんだよ。ほら、嘘だと思うなら着けてみろよ」
 シルバは眼鏡を外し、ボンゴレに渡した。
 ボンゴレはサングラスを外すと、代わりに眼鏡を装着した。
「おぉー!? なんだこれ面白ぇー」
 虚空を見つめるボンゴレの顔は、何か変なトリップでもしているみたいで、自分もこんな危ない人間に見えているのかとシルバは不安になった。
「この、所々にある穴みたいなの何すかね、せんせー?」
「リフの話だと、パワースポット……霊脈っつーモノらしい。見ての通り、精霊の収束点だな。精霊が集まっていく穴は力が溜まり、逆に出て行く穴は放出される」
 後半の説明は、リフではなくその父親であるフィリオの説明だ。
 霊獣や精霊使いはこのパワースポットを使いこなし、様々な術を行うのだという。精霊砲もその一つだ。
「で、これ、どう役に立つんすか?」
 シルバはボンゴレから眼鏡を返してもらい、自分に掛け直した。
「いや、それが……実は、まだ考えてない」
「ダメじゃないッスか!?」
 シルバは霊獣でも精霊使いでもないので、単に精霊が見えるだけだ。触れようとしても、透り抜けてしまう。
「何かの役に立つんじゃないかなーと思って作ったんだよ。ほら、ウチには精霊の見えるのが三に……」
 タイランが人工精霊なのは秘密なので、シルバは言葉の途中で訂正する。
「……いや、二人いるし、同じ視点があると何かの足しになるかもというか」
「せんせー、意外に思い付きで行動するッスね」
「……悪かったな。おっと……」
 通路の奥から、フードを目深に被った小柄な魔法使いが現れたのに、シルバは気がついた。
「みんな気をつけろよ! ミニ魔道だ!」
 鉄壁は物理攻撃には強い防御力を誇るが、魔法には今一つだ。
「せんせー、お願いします!」
「言われなくてもやるともさ!」
 用心棒か俺は、とシルバは内心毒づいた。
 そして、対魔法用の防御呪文を用意しようとした時だった。
「!?」
 ミニ魔道の杖の先から、前衛のぺペロに向かってうっすらと赤い光の束――精霊がアーチを描いていた。
「ぺペロ、標的はお前だぞ!」
「え、俺!?」
「――そうだよ! {大盾/ラシルド}!」
 シルバが指を鳴らす。
 魔力の障壁が現れ、少し遅れてミニ魔道が放った火の玉が直撃する。
「ひゃあっ!?」
 ぺペロは尻餅をついた。
「……いや、先に言ったんだから、避けろよぺペロ」
「……さすがに、おいらも同感ッス。けどそれでも律儀に呪文用意するッスね、せんせー」
「……そりゃ、命に関わるからな。言っただろう、俺の仕事はお前ら死なせない事だって」
 ぺペロ以外の前衛二人が、ミニ魔道を追いかける。
 敵は一体だけだし、呪文を再び唱える暇もなさそうだ。
「にしても、誰が標的か、よく分かったッスね?」
「いや、うん……見えたから」
 おそらくあのアーチが、魔法の通り道。色が赤かったのは、火精の魔法だったからじゃないかと、シルバは思う。
 しかし見えていなかったボンゴレには、シルバが何を知っているかピンと来なかったようだ。
「はい?」
「やっぱり実戦ってのはやってみるもんだな。使ってみないと分からないモノもある……ボンゴレ、ちょっと攻撃魔法用意してくれるか」
「へ? あ、はい。いいッスけど……」
 ボンゴレが杖を構え、呪文を用意し始める。
 標的はまだ残っている雑鬼の一匹。
 杖の先に炎が灯った。
 シルバの眼には、炎の中心に存在する霊脈に赤い精霊が収束していっているのが見えていた。
 そこに、シルバは軽く魔力を纏わせた針を突き刺した。
「よし、撃て!」
「は、はい……う、うわっ!?」
 シルバが霊脈から針を引いた途端、ごう、と杖の先から強大な炎が噴き上がった。
 ボンゴレの実力では、明らかに発揮されるはずのない規模の炎の柱だ。
「びびるな! みんなデカイのいくけど避けろよ!」
 シルバに言われるまでもなく、それまでミニ魔道を追いかけていた二人も、尻餅をついていたぺペロも大急ぎで壁際に退避した。
「え、え、{火槍/エンヤ}!!」
 半ば絶叫にも似た宣言と共に、極太の炎の槍が雑鬼目がけて殺到する。
 否、通路全体を炎の蛇が舐め尽くしたといってもいい。
「……槍って言うより、もう杭だったなアレは」
 炎が消えた後には、モンスターは一匹も残っていなかった。
 壁にへばりついていた前衛達が、ズルズルと床に崩れ落ちる。
「っていうか、せ、せんせー、一体何したんスか!? アレ、何ッスか!?」
「いや……うん、一言では説明しにくいんだけど……うん、この眼鏡、結構掘り出し物だったっつー話」
 何とも言えない表情で、シルバは眼鏡を掛け直した。
「魔力の節約……攻撃増幅に遮断。……もしかするとこれ、防御系にも使えるのか? 精霊だけじゃなく、魔力の流れも見えるなら……」
 ……まだまだ検討の余地はありそうだな、と思うシルバだった。



[11810] カナリーの問題
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/21 06:31
 合流地点となる広い十字路は、冒険者で溢れかえっていた。
 シルバはその中に、自分のパーティーの面々が揃っている事を確かめた。
「やれやれ、どうやら俺達が一番最後だったみたいだな」
 ノンビリと歩きながら、そんな事を呟くと、前を歩いていた新米パーティー『ハーフ・フーリガン』の面々が振り返った。
「ま、しょうがねーんじゃねえッスかね。せんせー、色々実験し過ぎッスよ」
「そうそう」
 モヒカンやら髪を尖らせたのや、外見はチンピラっぽいが気のいい面々だ。
「いやぁ、新しい装備の意外な効果につい」
 遅れた主な原因である、シルバは弁明した。
 精霊を見極められる眼鏡と、魔力針の効果はまだまだ未知数だ。
 それなりに研究が必要だろう。
 そしてもう一つ。
「あとアルフレードは、言った事忘れないように。回復と防御の出し所さえ間違えなければ、滅多に死ぬ事はないんだから」
 ヘロヘロになっている、ハーフ・フーリガンの回復役に、シルバは告げた。
「うう、先生は鬼教官です」
 ポーションを口にくわえたまま、スキンヘッドのアルフレードは泣き言を呟いた。今回の探索で、一番シルバの叱咤を受けたのは彼である。
「本当の鬼なら、魔力ポーション渡したりしないと思う」
「五臓六腑に染み渡るッス~」
 はふぅ……と息を漏らすアルフレード。
 ちなみに今回の探索で彼は、やや威力は弱いものの『鉄壁』を身につける事が出来た。
 ゴールに辿り着くと、ハーフ・フーリガンの面々は他のパーティーから拍手で迎えられた。


「それで結局順位は?」
 各パーティーが交流する中、シルバは待っていたキキョウに訊ねた。
「一位がカナリーの『アンクル・ファーム』。二位が某の『プラス・ロウ』。三位がヒイロの『フェアリーズ』。四位タイランの『フィフス・フラワーズ』。五位がリフの『ツーカ雑貨商隊』となった。シルバ殿の『ハーフ・フーリガン』は残念ながら、最後だな」
「ま、それはしょうがない。カナリーとキキョウは僅差だったって?」
「うむ。互いに最短距離を突き進んだが、回復する時間の差で、某達は後れを取ったようだ」
「どっちも特攻タイプだったからなぁ」
 パーティーを選別したのは、シルバだ。
 どちらも似たパーティーだったが、魔力消耗の大きい方を、回復を今回の強化テーマにしたカナリーに振ったのだ。
「最後はアンクル・ファームのアポロと某がタッチの差であった。実に惜しかった……」
 無念、とキキョウは肩をすくめる。
 とはいえ、それほど落ち込んでいないのは、尻尾を見れば大体分かるのである。
 何より、最大の危機は脱したのだから、お互いホッとしていると言ってもいい。
「……ほら、ヒイロの一位を阻止出来たからよしとしようや」
「……であるな。何せ、某達のパーティーの一位は、今晩の夕飯が他面子の奢りであるからして」
 つまり今晩誰がタダ飯を食うかという、実におそろしい、賭けだったのだ。
 そしてこうした食欲が関わるイベントとなると、最大の敵はヒイロだった。幸い、今回はカナリーが一位を取ってくれたので、それはなくなったが。
「ま、カナリーなら、それなりに自重してくれるだろう」
 高い料理ばかり注文する可能性も考えたが、カナリーの事だ。タダだからと言って、無茶な注文をするような真似はしないだろうと、高をくくっている。
「……って、そういえばずいぶんと大人しいけど、どうしたんだアイツ?」
「む、それがだな」
 キキョウの向いた方に、シルバの視線をやった。
「ふはぁ……うぃ~……ひっく」
 木箱を並べた簡易ベッドに、カナリーは横たわっていた。傍に控えて見守っているのはタイランだ。
 赤らんだ頬に、時折漏れるしゃっくり。
 まるっきり、酔っ払いの体であった。
「……赤ワインの飲み過ぎか?」
「否。冒険の途中で酒に酔うほど、間抜けではないはずなのだが……」
 シルバは、カナリーに近付いた。
「大丈夫か、カナリー」
「……何だと」
 カナリーはシルバを見上げ、訝しげに眉をひそめた。
「あ?」
「……シルバ。君はいつの間に幻術を使えるようになった。そうか、キキョウに教わったのだな。で、どれが本物なんだい?」
「分身の術を使った憶えはないぞ。それはお前の目の錯覚だ。っつーかどうしたんだよ、カナリー?」
「あー……うん。タイラン、お水を頼むよ」
「は、はい」
 カナリーは身を起こすと、タイランからグラスを受け取った。
 水を軽く口に含み、木箱に腰掛ける。
「ふぅ……まあ、つまり新しく身につけた生命吸収なんだがね」
「うん」
「これはすなわち……吸血鬼の特性を強めたモノだ。吸精の類はね、基本的に与える方も受ける方も快楽が伴う。それはそうだ。基本的にそれは甘美なモノなのだから。吸血鬼個々人によって、それは性的快楽の場合もある」
「性……っ!?」
 ぼんっ、とキキョウの顔が赤くなった。
 しかし、カナリーはそれには構わない。
「僕の吸精は……さて、どうやら、酩酊効果があったらしい」
「つまり、アルコール摂取みたいなもんか」
「うん。自覚するまでちょっと時間が掛かったがねぇ……そして気付いた時には手遅れだった。ところでリフに枝豆を用意してもらえるように言ってもらないだろうか」
 そのリフはというと何か買うつもりなのか、ツーカ雑貨商隊の商品をヒイロと一緒に眺めている真っ最中だ。
「却下だ却下。つー事は、お前が考えてた強化案は、使い物にならないって事か?」
 シルバの問いに、カナリーは首を振った。
「いやぁ、量次第って所かな。言っただろう、酒と一緒だって。使いすぎなければ大丈夫」
「使いすぎたら?」
「ふむ……まずろれつが回らなくなるから、詠唱の長い呪文から使えなくなる。集中力が乱れるので、命中率が落ちる。精神面での乱れが大きいので威力も下がるか」
「おいおいおいおいおい」
「だからやり過ぎればの話を言っているのさ。消耗した時に適度に利用する程度なら問題はない……ただ、無茶をすると」
「倒れるか」
「……まあ、そうなるな。シルバ、鍼の技術を身につけるなら酔い冷ましのツボを憶えてくれないか」
「……真っ先に憶えとくよ。おい、立っても大丈夫なのか?」
「ずっと座ってもいられないだろう」
 言ってカナリーは立ち上がるが、足取りはかなりおぼつかない。
「おっとっと」
「お、おい……」
 たたらを踏んだカナリーを、シルバは慌てて支えた。

 むにゅ。

「……うん?」
 手の平に、何だか妙に柔らかい感触が伝わった。
「こりゃ失礼」
 だが、カナリー自身はそれには気付かなかったようだ。
 まだ頬を赤らめたまま、軽く頭を振ってカナリーはシルバから離れる。
「というか、歩けるかカナリー。タイランに運んでもらった方がよいのではないか?」
 心配そうなキキョウの忠告に、カナリーは頷いた。
「そうみたいだね。タイラン、頼むよ」
「あ、は、はい」
 ふわふわと浮いたカナリーが、タイランの背中に乗った。
 一方シルバは、自分の手をワキワキさせていた。
 その様子に、キキョウが目を瞬かせていた。
「どうした、シルバ殿?」
「……えっと、いや」
 シルバとしては、何とも答えようがない。
「むにゅ、って……おい」
 手に伝わった感触はまだ、シルバの手の中に残ったままだった。


 合同演習終了後、シルバ達は揃って大きな酒場に入った。
 新米パーティー達がいつも集まる酒場の名前を『ジュークボックス』という。
 そしてどういう話の流れからか「やっぱりビリのパーティーにも何かペナルティが欲しい」という事になり……。


 熱気の漂う厨房。
 エプロンを着けたシルバは、深いフライパンで何人前ものピラフを強火で掻き回していた。
「『ツーカ雑貨商隊』で焼き鳥盛り合わせと枝豆を二つずつ、シーフードサラダ一つ、麦酒一つに麦茶一つ。『フィフス・フェアリーズ』でピーチサワーとグレープフルーツジュース。『アンクル・ファーム』が焼き肉三人前。んで『守護神』が同じく焼き肉と野菜炒めをそれぞれ五人前――って食い過ぎだろヒイロ!?」
 手を休めないまま、精神共有で各パーティー単位での注文を読み上げていく。
「あ、あとアイアンオックスのステーキも五枚と赤ワインのいいとこ二本も追加」
 これは、カナリーの注文だ。
 酒場の広さに比例して、この厨房もかなり巨大だ。
 そして料理人やウェイトレスもひっきりなしに行き来を繰り返す。
「……便利なモンねー、精神共有って」
『ジュークボックス』の店主にして、休日限定パーティー『魔食倶楽部』のメンバーでもあるタキ・ヨロノが感心した声を上げる。
 二十代前半の、頭にバンダナを巻いた女性だ。
 料理人も兼ねていて、シルバと同じエプロンを腰に巻いている。
「どういたしまして。あいよ、餡かけ卵包みシーフードピラフ出来ました。持ってって!」
 汗だくになったシルバが、大きな皿に盛った料理をでん、とカウンターに置く。
「っさー、せんせー!」
「ってきやっす!」
 モヒカンやら頭の尖ったウェイター達が、料理を手に各テーブルへと渡っていった。
 額の汗を腕で拭い、振り返る。
「に。ふらいどぽてと、出来た」
 蝶ネクタイを着けたリフが、ポテトを持った皿を掲げていた。
「ってリフは別に食べてていいんだけど?」
「に……お兄のおてつだい、する。食べるのいっしょ」
 タキは苦笑し、シルバに向かって肩を竦めて見せた。
「まあ、そろそろ落ち着いてきたからいいんじゃない? あ、でもリフちゃん、枝豆だけ追加頼める?」
「にぃ……まかせて」


 肉料理と野菜炒めをトレイに載せ、シルバとリフは自分達のテーブルに向かう。
 リフは、自分が持つ大根サラダに、手をかざしていた。
「おいしくなあれ」
「……効くのか、それ?」
「すごく、きく」
 リフはサラダをシルバに突き出した。
「食べてみると、わかる」
 シルバは、大根スティックを一本つまんでみた。
 一口囓り、軽く目を見開く。
「……霊獣すげえ」


 テーブルの主役は案の定、ヒイロだった。
 肉の盛られた鉄板の左右には、相当枚数の鉄板が積まれている。
「先輩、リフっちおかえりー」
「うーす。つかお前の注文が一番多かったぞヒイロ」
「そりゃもう運動したからねー。うん、ソースもおいしー♪」
 パンで鉄板のソースを拭い、口に放り込む。
「シューズの具合はどうよ。カナリーは重さ気にしてたみたいだけど」
 シルバの質問に、ヒイロはひょいとブーツを脱いだ素足を持ち上げた。
「ボクにしてみれば、それほど気になる重量じゃないし、問題ないない。それに重さがあるって事は、威力もあるって事だしねぇ」
 どうやら心配はないらしい。
 ウェイトレスが空いた皿を回収し、やや空白の出来たテーブルにシルバとリフは新たな料理を載せた。
「リフの方も、無事に済んだようで何より」
「にぃ……お給料もらった」
『ツーカ雑貨商隊』は、探索の報酬山分けとは別に、給与の支給もあったらしい。
「大事に使えよ」
「に」
 もちろん、とリフは頷いた。
 席に座ると、横には憮然としたキキョウが座っていた。
「……シルバ殿。某も、仕事を手伝わせてくれてもよかったのではないか」
 リフだけずるい、と暗に言っているキキョウであった。
「だからそれじゃ罰ゲームにならないっつーの。大体お前が注文取りに行ってみろ。伝票が束になっても足りなくなるぞ」
「むぅ……難儀な話だ。あ、この料理はシルバ殿の分だ」
 キキョウが差し出した鉄板とスープの皿を受け取る。
「悪い」
 水を口に含み、背もたれに身体を預けると、ドッと疲れが押し寄せてくる。
 キキョウは、リフにも丸皿を差し出す。
「リフの分もあるぞ」
 薄い魚のスライスが、花弁のように並べられていた。
「生魚……?」
「刺身だ。これをつけて食べるがよい」
「にぃ」
 勧められるまま、リフは魚を一切れ黒いソースをつけて食べてみる。
 ピン、とリフの尻尾が立った。
「……おいしい」
 そこからはもう止まらなかった。
 そんなリフの様子を尻目に、席の中央にいるヒイロの隣に視線を向ける。
 大人しいタイランは、樽ジョッキの中身をストローで啜っていた。
「タイラン飲んでるか?」
「あ、は、はい。水蜜水、美味しいです……それよりも……」
 さらにその隣、一番端で黙々と、カナリーは肉料理と赤ワインを口に運んでいた。
 動き自体は優雅だが、その量はヒイロに匹敵していた。
「……その量は大丈夫なのか、カナリー?」
「うん? ああ、問題ない。ワインなんてのは元々水も同然でね。強烈に酔う事はあまりないんだ」
「そっちもだけど、飯の方。どんだけ肉食うんだ、お前は」
 熱を放つステーキは、ナイフで切ると中から肉汁と血が滴っていた。
「……うん、今日の僕はいくらでも入るね」
「つまり、ボクと勝負って事かな☆」
「張り合うな、ヒイロ。お前らは、パーティーの財産を破産させる気か」
 ふ、とカナリーは小さく笑った。
「心配しなくても、自重はするよ。いくらタダとはいえ、食欲のまま進めると、実際洒落にならない事になりそうだし」
「実際、酔いの方はどうなんだ? 吸精の副作用の方だけど」
「そっちは収まった。ある程度時間をおけば、何とかなるみたいだ」
「そうか」
 シルバはパンを食べ、空になった手を見た。
 そして、カナリーを見る。
 聞くべきかどうするか。
 さすがに状況的に、今は厳しいだろうが……。
「何だい、シルバ。人の顔をジッと見て」
「……いや、何でもない」
 ま、本人が言わないなら別にそれでもいいか、と思うシルバだった。
「……むむ?」
 そんなシルバの様子に、キキョウは何となく尻尾を揺らしていた。


 宴が終わり、シルバは自分の部屋に戻った。
 ベッドに横になると、疲れのせいか、そのまますぐに睡魔が押し寄せてきた。
 ……だから、何となく目が醒めたのが何時頃なのかはよく分からない。
 ただ、確実に閉めたはずの窓が開き、風が入ってきていた。
「…………」
 はて、前にもこんな事があったような気がする。
 そんな風に考えながら目を開くと、月を背に窓枠に腰掛ける金髪の吸血鬼が一人。
「やあ、シルバ。こんばんは」
 カナリーの瞳がやたら、紅く輝いていた。


「……深夜に吸血鬼の来訪とはまた、定番だな、おい」
 ベッドに横たわったまま、シルバはカナリーを見上げた。
「ただし、この場合絵になるのは、俺の立ち位置が美女じゃないと様にならないんだが」「それは的確じゃないな。吸血鬼が女性の場合は、相手は美青年さ」
「……それなら尚更、俺じゃ役者不足なんじゃないか?」
「残念な事に、他に役者がいない」
「出演依頼を受けた記憶もないんだが……あと、この金縛りを説いてもらえると、大変助かる」
 おそらく、カナリーの瞳を見てしまったせいだろう。シルバは、指一本も動けないでいた。
「でも、この金縛りを解いたら君、逃げるだろ?」
「うん、逃げるなぁ」
「じゃあ駄目だね」
 カナリーは足を組んだまま、妖艶に笑った。
「せめて、理由の説明を」
 嫌な汗が流れるのを自覚しながら、シルバはカナリーに要求する。回復の術を使って撃退……もこの状況では無理そうだ。
「いいとも。吸精の副作用その2さ。吸血行為の根源を探れば、これは渇望に到る。つまり吸精っていう吸血鬼の特性を利用する事により、渇きの衝動に襲われるんだ」
 言われてみれば……と、シルバは酒場でのカナリーを思い出す。
 ワインの量も然る事ながら、食事の量も相当なモノだった。アレは食欲ではなく、むしろ……肉から滴る動物の血液が目的だったのではないか。
 シルバの心を見抜いたように、カナリーは頷いた。
「そう。水、トマトジュース、赤ワイン、動物の血……そういったモノで、ある程度の渇きを満たす事は出来る」
「……が、今回は足りなかった、と」
「そういう事だね」
 さて、とカナリーはふわりと身体を浮かせ、重力を感じさせない動きで、シルバのベッドの脇に回り込んだ。
「……もう一つ」
 シルバは視線だけ動かし、カナリーを見る。
「時間稼ぎなら無駄だよ。精神共有で、キキョウ辺りに助けを求めようとしても、さすがに遠い。初めて会った時のように、都合よく登場という訳にはいかないだろうね」
「……だったら質問タイム延長でも問題はないだろ。えーとつまりあれだ。お前に噛まれたら、俺はどうなるんだっけ? 吸血鬼に噛まれたモノは、その眷属になる……というか、下僕になるんでよかったか?」
「さすが、聖職者。それで合ってるよ」
「……普段のお前なら、絶対そんな事しないよな」
「そうだね。しかし今の私は正気じゃない。例えキキョウやリフを敵に回しても……君の血が欲しい。君を僕の下僕に堕としたい。その衝動の方が上回っている」
 早口で、カナリーが言う。
 シルバとしては、予想通り、といった所だ。
 微笑んでこそいるモノの、カナリーの余裕は実はあまりない。
 何故なら、これはカナリーの本意ではないからだ。
 ただ、血への渇望に突き動かされ、こうした暴挙に出ているのだろう。
「その後どうする」
「知った事か。きっと後悔するだろうが、それでも今の私は……もういいだろう? せめて逃げる時間は確保したいんだ」
 カナリーの細い指が、シルバの寝間着をはだけ、首筋をむき出しにする。
 その状態のまま、シルバはカナリーを見据えた。
「……心配しなくても、キキョウは呼んでない」
「他の仲間かい」
「いいや、今日はみんな疲れてるんで、ゆっくり休んでもらいたいんだ。それに、お前をどうにかするのぐらい、俺一人で充分だしな」
「身体も動かせず、何をするって言うんだ、シルバ」
「は……っ」
 シルバは小さく笑った。
「俺と目を合わせたのは失敗だったな、カナリー……っ!」
 精神共有のバリエーション――精神同調。
 本来は、対象の五感に同調して、感覚を共有する術だ。
 シルバはその術を用いて、自分の意識そのモノをカナリーの意識に思いっきり叩き付けた。
「くぁっ……!?」
 意識そのモノにダメージを食らい、カナリーの身体が大きく仰け反った。
 視界が、自分のモノとカナリーの視界を交互の行き来し、悪酔いに似た感覚を引き起こす。
 血に飢えた吸血鬼の意識に抑圧されていた、本来のカナリーの意識が浮上するのを感じ、シルバはようやく精神同調を解いた。
「……正気に返ったか、カナリー?」
 金縛りは既に解けていたが、頭がクラクラする。
 一方、カナリーもその場にへたり込んだまま、頭を振っていた。
「す、すまない、シルバ……助かった……」
「……まあ、お前自身が抵抗してたから、何とか間に合ったって所だけどな。完全に衝動に負けてたら、俺は寝てる最中に、もう噛まれてただろうし」
 ようやく頭痛も治まり、シルバは軽く息を吐いた。
 身体を起こし、ベッドサイドスタンドの明かりを付ける。
 部屋が明るくなった。
「つーか……何で、俺。他にも男なら、幾らでもいるだろうに」
「あの状況を覆せる人間の心当たりが他にいなかった。何より……」
 カナリーは手近にあった丸椅子を引き寄せると、おぼつかない足取りで立ち上がり、それに腰掛けた。
 そして、重い溜め息をつく。
「……同性のメンバーの血を吸う嗜好は、持ち合わせていないんでね」
「……敢えて追求しないぞ、その発言の真意」
 何となく察してはいる、シルバであった。
「それと、これからどうするかだな。何しろ一時的に正気に戻ったとはいえ、渇望自体はまだあるんだろう?」
「ああ」
 つまり現状は、改善されたとは言い難い。いつまた、カナリーの中にいる吸血鬼の本性がもたげてくるか、分からないのだ。
「赤ワイン程度では、足りないと」
「足りてたら、こんな夜這いみたいなはしたない真似、するものか……すまない、反省している」
「かと言って噛まれると、俺までお前の眷属になっちまう。そして俺は、お前の下僕になるつもりはない」
「当然だな。少なくとも僕もそれは望んでいない」
「ならどうするかってーと……」
 シルバは少し考えたが、手は一つしかなかった。
「やっぱこれしかないか」
 そして、自分の親指の皮を噛み切った。
「……!? お、おい、シルバ……」
 動揺するカナリーに、シルバは血の滴る指先を突き出した。
「吸えよ。それで、飢えは癒されるんだろ」
「し、しかし」
「……吸われるだけなら、吸血鬼にはならない。これでも聖職者の端くれで、対吸血鬼の知識ぐらい多少はある。噛まれなきゃ大丈夫……のはずだよな?」
「そ、そうだけど……」
「今のお前なら、噛まないように吸えるだろ?」
 手首を切って、コップに血を満たすという手も考えたのだが、おそらくそれだと血としての効果が『薄い』。
 この場合、血とは生命力を意味し、ダイレクトに吸わなければ意味がないのだ。
「あと、もう一つだけ、回避方法があるのも知ってるけど、常識で考えてアレは駄目だろ」
 逆に、シルバがカナリーの血を吸う、という方法だ。
 こちらは、噛む必要はない。
 ただし、吸血鬼が人間に血を吸わせるという行為は、吸血鬼の魂そのモノを吸わせた人間に服従させる事を意味していた。また、吸血貴族の間では、屈辱的な行為とも見なされている。
 カナリーは、真っ赤になって首を振った。
「……っ! た、確かに……アレは。しかし、本当に、い、いいのか? もらうぞ、お前の血……?」
「何を今更。いいからさっさと吸え、ほら」
「あ、ああ」
 おそるおそるカナリーは指先に顔を寄せ、舌先で軽く血を舐め取った。
 その途端、口元を手で押さえ、どことなく恍惚とした風情で身を震わせた。
「……何という」
「うん?」
 まだ、シルバの指先からは血が流れている。当然、少し舐めた程度でカナリーの衝動が収まるとも思ってなかったので、そのまま待つ事にした。
「……と、時にシルバ、先に謝っておく。やり過ぎたらすまない」
 やや興奮気味に、カナリーが言う。
「お、おそろしい事言うなよ、おい……!?」
「何しろ……その……人間の男の血を吸うのは、初めてなのでね……加減する自信が少々、心もとないというか……」
 軽く息を荒げつつ、カナリーはシルバの指先を口に含んだ。
「お、お前このギリギリになってそんな爆弾発言するなー……っ!?」
 指の先から緩やかに精気を吸い上げられる心地よい感覚を覚えながら、シルバは絶叫した。
 ちなみに、一般的な吸血鬼が成人となる通過儀礼が人間の血を吸う事だという事も、シルバは知っていたりする。
 カナリーの背後の影から現れた赤と青の従者二人が、無表情のまま、パチパチと拍手をしていた。


 液体を舐め啜る音が寝室に奏でられ始めて数十分……。
「……カ、カナリー……そろそろ、ストップ……」
 さすがに、シルバにも精神に限界が来た。
「ん、ふぁ……?」
 初めての血液を蕩けるような表情で啜り続けていたカナリーが、ようやく唇を指先から離す。
 そのお陰で、ようやくシルバも、まともな思考が戻りつつあった。
 カナリーの舌使いはおそろしく絶妙で、舌が這い回る度に何とも得体の知れない快感が、シルバを何度も虜にしかけていたのだ。自分の指で、カナリーの口内を隅々まで犯したい衝動を堪えるのに、シルバは精神力のことごとくを使い果たしていた。
「さ、さすがに……三十分は……ちょっと……」
 ベッドに腰掛けてはいたモノの、シルバはすっかり腰砕けになっていた。
 後ろに倒れ、ベッドに大の字になる。
「だ、大丈夫、シルバ!? しまったやり過ぎた。こ、ここは、エナジーを……」
「……ってそれやったら本末転倒だろうが。少ししたら回復するから、待て……」


 それから五分後。
「あーもー……」
 ようやく、シルバも起き上がり、落ち着いて話をする事が出来るようになった。
「ご、ごめん。初めてなモノで、加減が分からなくて……」
「ずいぶんとしおらしいじゃないか。え、カナリー・ホルスティン?」
 敢えて意地悪な口調で言うと、カナリーは真っ赤になって俯いた。
「か、からかうな」
「ふぅ……大分楽になった。ったく、あんまり気持ちよすぎて、危うく押し倒す所だったじゃないか」
「……僕としては、そうされても文句の言えないことをしている訳だから、そういう事になったら受け入れるしかないな」
 髪を弄りながら、カナリーはとんでもない事を言う。
「こらこら。そうなる前に、お前が止めろ」
 冗談めかして言ったが、かなり危ない所だったのだ。
 大きく息を吐き、話題を転じる事にする。
「……事のついでだし、何で男装してるのかも聞いておこうか」
「そうだね、シルバには聞く権利があると思う」
 どうやら、カナリーもホッとしたようだ。
「といっても家に関わる人間以外から見れば、大した話じゃない。ホルスティンの家督の問題さ」
「跡継ぎが、お前しかいないってか」
「いや、いる。ただ、弟は幼すぎるんだ。ウチは男子直系でね。アレが大きくなるまでは、僕が男の跡継ぎとして、頑張らなくちゃいけない」
「何だ、悪い叔父とかが乗っ取ろうとか企んでるのか?」
「近いね。強いて言えば、父の愛人とその息子かな。コイツがまた、女好きのろくでなしだし……まあ、他にも候補はいるんだけど、酷いモンだ。学生の間はまだ、しばらく好きな時間がもらえているって所だけど……そんな訳で、性別は隠す必要があったのさ」
「なるほどな……」
「みんなには、話すかい?」
 カナリーに問われ、シルバは頭を掻いた。
「んー、それも含むんだけど、吸血の件もなー」
「うん」
「カナリー。お前はどう思う?」
 シルバが逆に問い返すと、カナリーは両手の指を何度も組み直しながら答えた。
「……そりゃ……まあ……話した方がいいな。バレた時の信頼にも関わるし、キキョウ達なら多分、その、大丈夫だと思うし」
「うーん」
 カナリーの様子を見て、シルバは決めた。
「俺は黙ってようと思う」
「え?」
 カナリーには、意外だったらしい。
「お前の言ってる事は正論だけど、やっぱり不安だろ? みんなはお前が吸血鬼だって知ってるけど、直に血を吸ってる所を見た訳じゃない。それを見られた時のリアクションは、想像に頼るしかない」
 そして、とシルバは天井を見上げた。
「あまりいい想像は出来ないってトコだ」
「そ、そりゃまあ」
「物事にはタイミングってモンがあるし、俺にバレたからって他のメンバーにも即話すってのは拙速ってモンだろ。俺が話さなきゃ、今晩の事はバレてない」
「で、でも……みんなに秘密というのは……」
 カナリーが弱気に躊躇う。
 何だかキャラが違うなーとシルバは思ったが、これはこれでカナリーの一面なのか。
 か弱い風のカナリーに、シルバは再び意地悪な笑みを浮かべた。
「ん? なーに、言ってんだ今更。性別ずっと隠してたくせに」
「う……そ、それはそうだけど……ここで黙るっていう事は、シルバ、君も巻き込むという事だぞ。もしバレたら、それこそみんなの信用が……」
「みんなの信用も大事だけど、お前の事も大事なんだって」
「え……」
 反射的にシルバは答えたのだが、カナリーの白磁のような顔が見る見るうちに真っ赤になった。
「うん?」
 自分の発言を反芻し、シルバは慌てて両手を振った。
「い、いや、ちょっと待て。勘違いするなよ? 仲間としてだぞ!? 後ろの従者二人、拍手するんじゃないっ!?」
 シルバは、カナリーに頼んで、赤と青の二人を影の中に引っ込めさせた。
 二人揃って落ち着いてから話を再開する。
「そ、そもそもバレるバレないは、俺は大丈夫だと踏んでるんだよ。その時は、黙ってた理由まで正直にみんなに話すまでだ。多分、それで済む。だけど、それまでは、俺は沈黙を守ろうと思うって話だよ」
 シルバは指を組み、カナリーの紅い瞳を見据えた。
「言い方を変えよう。正直この件、みんなに話したいと思うか?」
「……話さなきゃいけない事だと思う」
 カナリーの目は、不安に揺れていた。
「でも……本音を言えば、まだ、覚悟は中途半端だね。黙っていてくれるのなら、助かる」
「じゃあ、そういう事で」
 結論は出た、とシルバは両手をパンと叩いた。
「……しかし、心底意外だ。君の性格から考えると、絶対仲間に隠し事はよくないって言うと思った」
「そりゃもっともだけど、俺の仕事は仲間を守る事。お前個人だって、例外じゃないんだぞ」
 さっきの勘違されかけた発言を、シルバはもう一度言い直した。
 そして、拳を突き出す。
「それに俺は司祭だ。守秘義務があるし。ま、しばらくは共犯者って事で一つよろしく」
「……分かった。こちらこそよろしく頼む」
 カナリーは軽く微笑むと、シルバの拳に自分の拳をコツンとぶつけた。
 その手を開くと、シルバの拳を包み込み、俯いた。
「時々……その、また血の世話になると思う」
 耳まで真っ赤にしながら言うカナリーに、シルバは何となく明後日の方向を向いた。
「やり過ぎんなよ」


 それからシルバは教会での朝の務めもあり、カナリーと一緒にアパートを出た。
「あれ、二人揃って朝帰り?」
「「なぁ……っ!?」」
 いきなり、狩りに出掛けるヒイロと出くわし、絶句する二人であった。
 数時間後、キキョウの詰問に追い詰められるのはまた、別のお話。



[11810] 共食いの第三層
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2009/11/25 05:21
 {墜落殿/フォーリウム}第三層。
 冒険者達の探索は現在第五層まで進んでいるが、それよりも浅い層が完全に調べ尽くされたという訳ではない。
 隠し扉の先や闇通路の奥など、まだまだ、未調査の部分は存在する。
 ここは、そんな隠された部屋の一つ。
 埃っぽく大きな広間では、探索途中で仲間割れを起こした複数のパーティーが争いあっていた。既に、何人もの冒険者が床に伏している。
 そんな様子を、部屋の隅でのんきに観察している、三人の冒険者がいた。
 ……もっとも、必死に戦っている冒険者達には、彼らの一人、錬金術師兼魔法使いでもある{半吸血鬼/ヴァンピール}、クロス・フェリーが使用したアイテム『隠形の皮膜』のお陰でまるで見えないのだが。


「ロン君、残りパーティーの数は?」
 壁にもたれかかった少女商人ノワの問いに、黒髪黒装束の青年ロン・タルボルトは片膝突いた状態で、魔法で吹き飛ばされる冒険者達を数えた。
「……5といった所です。どうしますか」
「3になったら動こうかなーって思ってたけど……ロン君、減らしてくれる?」
「承知」
 ロンは立ち上がったかと思うと、その場から消失した。


 剣を振り上げようとしていた戦士の一人は、突然目の前に現れた黒髪の青年に仰天した。
「な……」
「黙れ」
 青年の手元が瞬いたかと思うと、戦士のフルフェイスメットが八つ裂きにされた。
 次の一撃で、彼は真横に吹っ飛ばされる。
「がっ!?」
 冒険者の何人かが黒髪の青年に気付いたが、その時にはもう、彼はその場にはいない。
「お、おい、何だ!? 何かいるぞ!」
 弓手が、慌てて左右を見渡す。
 だが当の青年は、その背後に回っていた。
 爪の斬撃が瞬き、どう、と弓手が血を迸らせながら倒れる。
 第三層に到れるほどの冒険者達にも関わらず、彼らは黒髪の青年にはまるで歯が立たないでいた。
 相手をまだ、相手を人間と思っているその油断が、彼らの感覚を狂わせていた。
 その隙を逃さず、青年、ロン・タルボルトは乱戦の中を駆け抜け、次々と冒険者達を手に掛けていった。
「くそ、くそ、当たらねえ! 速すぎる!」
「どこから現れやがった!? さっきまでいなかったぞコイツ!」
 ロンの鋭い爪は血に濡れ、血と戦の昂りによって肌が次第に毛深さを増していく。
「はああぁぁ……」
 慌てふためく冒険者達が、ロンが次第に狼に近付いていっている事に気付くには、今少しの時間が必要だった。


「元気ですね、彼」
 パーティーのメンバーである{狼男/ライカンスロープ}、ロン・タルボルトの活躍を、クロスとノワは相変わらず呑気に眺めていた。
「うん、ロン君は戦ってる時が一番輝いてるねー☆」
 ロンの爪が閃く度に、冒険者が一人、また一人と、倒れていく。
 ふと、ノワはクロスを見上げた。
「あ、そだ。クロス君も、チャージしとく?」
 ノワの提案に、クロスは銀縁眼鏡をくい、と持ち上げた。
「頂きましょう」
「その分、ちゃんと働いてね」
 ノワは自分の指先を、斧の刃で浅く切った。
「もちろんですとも」
 血の滲んだノワの指先に、しゃがみ込んだ金髪紅顔の半吸血鬼は口付ける。


 狼男は、自分を取り囲む冒険者達を数えた。
「……残り3パーティー」
 どうやら彼らは一時手を組み直し、自分を倒す事に決めたようだ。
「て、手こずらせやがって……いいか、テメエら、一斉にやるぞ?」
 全員が頷く。
 しかし、ロンは動じなかった。
「いいのか?」
「何?」
「俺に集中してるという事は、他が見えていないという事だ」
 ロンの言葉と同時に、包囲網の一角が不意に崩れ始めた。
「うっ……」
「あぁっ……な、何だ……力が……」
 冒険者達が、三人ほどまとめて跪く。
「ど、どうした、おい?」
 活力を奪われた冒険者達の背中を踏みつけ、豪奢なマントを羽織った眼鏡の青年が柔和な笑みを浮かべた。
「やあ、どうも」
「テメエ!? コイツの仲間か?」
「おやおや、よそ見をしていると――」
 円の中心にいたロンは既に動き出し、新たに冒険者を血の海に鎮め始めていた。
「回復ですよ、ロン君」
 ふわりと重力を感じさせない動きで包囲網に飛び込んだ金髪の青年クロスは、高速移動を繰り返すロンにすれ違いざま、わずかに触れた。
 生命力を与えられ、狼男の身体についた幾つもの浅い傷が、次第に癒えていく。
「さて」
 パン、とクロスは手を叩き、軽く宙に浮いた。
 そして、手を高らかに掲げ、宣言する。
「――{雷雨/エレイン}」
 掲げられた手の平から膨大な紫電が生じ、冒険者達に襲いかかった。
「がはぁっ!?」


 息も絶え絶えな冒険者達の装備を、ノワは一つずつ検分していく。
「んー……あんまりいい装備の人、いないなぁ」
 そこそこ高そうな装備のモノからは、身の代を剥いで、広間の隅に集めていく。
 とはいえ、一人でそれらを行うのは一苦労だ。
「下僕達にお手伝いさせましょうか?」
 雷の魔法で、狼男のロンと共に冒険者を倒しながら、クロスが提案する。
「うん、よろしくー♪ ノワ一人じゃ、ちょっと辛いよ」
「はい」
 クロスが頷くと、倒れていた何人かの女冒険者達が、ゆらりと立ち上がった。
 首筋には二穴の噛まれた跡があり、それは彼女達が吸血鬼の奴隷に堕ちた事を示している。


「お、お前ら……一体……」
 最後まで粘っていた冒険者のリーダーが、ロンの凶爪に掛かってついに倒れた。
 俯せに倒れ伏した彼の前に見知らぬ少女商人が立ち、血生臭い現場とは到底かけ離れた朗らかな笑みを浮かべた。
「ノワ達の為に、ご苦労様でした☆ お宝は、頂いていくね?」
 彼女の背後には、冒険者達から奪った装備の数々が積まれていた。下僕と化した女冒険者達も、虚ろな瞳でその傍らに立っている。
 そして広間の奥には、まだ手つかずの状態にある、古代遺跡の施設があった。
「よいしょー……」
 それらを全部横からかっさらった少女は、武器であるトマホークを大きく後ろに振り上げる。
 あの真新しいトマホークがスイングされた場合、自分の頭は絶妙な位置にある事を、リーダーは悟った。
「よ、よせ……やめろ……やめてくれ……!!」
「却下☆」
 ぶぅん、と無慈悲に振るわれたトマホークが、リーダーを派手に吹っ飛ばした。


 広間の冒険者達を全滅させ、ノワ達は奥の施設を調べる事にした。
「ねーねー、クロス君ロン君、これ何かな?」
「……何かの工房でしょうか?」
 肉体労働担当のロンにはよく分からない。血と戦いの衝動が収まった彼は、既に人間の姿に戻っていた。
 一方、頭脳労働担当であるクロスは感心したように、遺跡を眺め回していた。
「ふむ、魔法使いの研究室によく似ていますね。古代の魔法などあると、高く売れるのですが……おや」
 さらに奥に踏み込んだロンは、そこで足を止めた。
「うん? 何か見つかった?」
 ノワが近付くと、そこには寝床に横たわる逞しい銀髪の青年の姿があった。
 腰に布を巻いている以外は、全裸だ。
「人形、ですね。いや、人形族とは違う……うん、今の技術とは異なるタイプの人形ですか。精霊の理に乗っ取った造り……人造人間、という奴でしょうか」
「格好いいねー」
 彫像のような青年に、ノワは感心したような溜め息を漏らした。
「はは、ノワさんは本当に面食いですね」
「うん。男は顔と背丈があって幾らだもん。あとは財力があればゆー事なし?」
 クロスとロンの前では、猫を被る必要はなく、実に正直なノワだった。
「……生きているのか、コイツ?」
 ピクリとも動かない青年に、ロンは訝しげな視線を向ける。
 彼の動物的感覚からしても、生物的な反応は感じられないでいた。
「ふむ。……古代文字は専門じゃないんですけどね……読める所だけ……」
 クロスは、寝床の横にあった石板に目を通した。
 読み拾える単語から、かろうじて意味を把握する。
「おお! これは素晴らしい」
「ん? どしたの?」
「どうやら、古の時代の奴隷人形のようですね。契約によって彼は、絶対服従の下僕となるみたいです」
「ノワ専用?」
 クロスの説明に、ノワは目を輝かせた。
「そうなりますね。ちょっと妬けますが」
「うん」
 苦笑するクロスに、ロンも頷く。
 定期的に異性の血を吸いたくなる{半吸血鬼/ヴァンピール}、獣性の制御が出来ない{狼男/ライカンスロープ}といった彼らは、パーティーを組む事すら難しい。
 そんな二人を拾ってくれたノワに、二人は恩義を感じていた。
 もっともノワの理由は「格好良くてとても性能がいいから」という即物的なモノだったが、それすら問題ではなかった。
 故に、彼らはノワが喜ぶなら何でもする。
「絶対起こしてよ、クロス君」
「はい。やってみますね」


 数時間後、クロスの努力の末、青年は目を覚ました。
 石板にノワの血で名前を記し、彼との契約は完了していた。
「…………」
 無表情な視線が、己の主であるノワを見つめる。
「この子、名前は?」
「ありません。飼い主が決めるようですね」
 クロスが言うと、ノワは両手をパンと合わせた。
「じゃあ、ヴィクターにしよ。今日の戦勝記念♪ お前の名前はヴィクターだよ?」
「……う゛ぃくた-」
 青年――ヴィクターは、たどたどしい言葉遣いで、己の名前を反芻した。
「そう。君はノワの下僕なんだからね。絶対服従だよ。分かった?」
「げぼく……ぜったい、ふくじゅう……」
 ふむ、とクロスはヴィクターの屈強な肉体を眺め回した。
「頑丈そうですし、盾には使えるかも知れませんね。装備は戦士系でしょうか」
 冒険者達から強奪した装備の中に、サイズの合うモノが有ればいいのですが、とクロスは考える。
「…………」
 ヴィクターはクロスを見、次にロンを見た。
 分厚い手が、クロス、ロンと順に触れる。
 その途端、二人は、自分の中に活力が送られてきているのを感じた。
「む……」
「へえ、回復も使えるのですか。それも、祝福とは異なる……これはよい拾い物をしましたね、ノワさん」
「うん☆ じゃ、補給タンクも出来たし、もうちょっとこの層で頑張ってみよっか?」
 かくして四人に増えたノワのパーティーは、さらに第三層の探索を進めるのだった。


※という訳でノワのパーティー編。
 こちらも亜種族パーティーです。
 次からはシルバパーティーに戻ります。第三層スタートになります。



[11810] リタイヤPT救出行
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2010/01/10 21:02
リタイヤPT救出行
 酒場『弥勒亭』の個室は熱気に包まれていた。
 いつものように集まったパーティーに、シルバの知人の冒険者にして何でも屋、クロエ・シュテルンが依頼を持ってきた。
 黒髪黒衣の麗人である。
「戦闘不能になったパーティーの救出?」
「はい」
 場所は第三層。
 何でも、多数のパーティーが隠されていた古代の遺跡を巡って仲間割れを起こしたらしく、たまたま全滅した彼らを発見した冒険者達が、救援を求めてきたのだという。
 必要なのは、ある程度の回復要員。
 となると、元々第三層に潜る予定だったシルバ達には、渡りに船の依頼でもあった。
「私達だけではさすがに心許ないので、お手伝いお願い出来ますか」
「俺は別に構わないけど……」
 シルバは、大きな海鮮鍋をつつく仲間達に視線をやった。
「人助けならば、某に反対する理由はないな」
 米酒の杯を傾けながら、キキョウ。
「ボク達は力仕事になりそうだねー。んんー、お魚ないよー」
「そ、そうですね……むしろ大変なのは、後衛の人達かと……」
 鍋の底をお玉で掬うヒイロに、だし汁をストローで飲むタイラン。
「に、やる」
 リフはひたすら、器の中の魚が冷めるのを待っていた。
「……ま、たまにはそういう仕事もいいんじゃないかな」
 カナリーも、赤ワインを手酌で飲みながら反対する様子はない。
 という事で。
「反対者無しで可決になった」
「相変わらず、シルバのパーティーは仲がいいですね」
 そろそろ材料の少なくなってきた鍋に野菜を放り込みながら、クロエは微笑んだ。
「んー、まあ、喧嘩はあんまりないけどな。というか、このパーティーがそんな事になったら、えらい事になるぞ」
 一方、シルバは魚を投入する。すぐにでもそれを鍋の中から奪おうとするヒイロを、キキョウが牽制していた。
「確かに。このお店程度なら、軽く潰れますねぇ」
「いや、そんなに軽く言われても、困るのだが」
 自分のスプーンを駆使し、ヒイロのスプーンを凄まじい勢いで迎撃しながら、キキョウが弱った顔をした。
 シルバはその隙に、自分のスプーンで鍋を漁る。
「で、シルバ」
「何だよ、クロエ」
「誰が本命なんですか?」
 シルバのスプーンが鍋の底の魚を砕いた。
 キキョウとヒイロのスプーンが砕け散る。
 タイランとカナリーは小さく飲み物をむせた。
 リフは、キョトンと首を傾げていた。
「……クロエ」
「はい」
「ウチのパーティーは、一応全員男なんだが……それも前に一度、説明したはずなんだが」
「ああ、そうでしたね。ついうっかり忘れてしまいます」
「あと、一部からすげえ視線が痛いのは、何でだ?」
「いや、何でもないぞ、シルバ殿」
「心配しなくても追求する気はないから、安心していいよシルバ」
 キキョウとカナリーの視線がぶつかり合う。
「む」
「何だい、キキョウ?」
 何だか無言の緊張感が生じていた。
 朝帰りの一件から、少々この二人の間には微妙な空気が流れている。
「にぃ……おさかなおいしい」
 そして、リフは相変わらずのんきに、ようやく冷めた魚を食べていた。
「それよりもクロエよ」
 シルバはリフの器の端に野菜を投入しながら、話題の転換を図った。
「何でしょうか」
「そこでへこんでるちっこいのに見覚えがあるんだが、一体何があったんだ?」
 シルバは、机に突っ伏す金髪の少年をアゴでしゃくった。
 年齢はリフと同じぐらいだろうか。
「ああ、彼ですか」

 少年の本名はテーストという。
 シルバが前に組んでいたパーティーで盗賊をしていた青年だ。
 ただ彼は、同じパーティーのメンバーだった商人の少女ノワに入れ込んでしまい、結構な額の借金をしてしまったのだという。
 色香から目が醒めた時には後の祭。
 パーティー自体が空中分解してしまい、いよいよ自転車操業で利子を返すだけでも必死だったテーストを拾ったのが、クロエだった。
 クロエはひょんな事から貸しのある借金取りからテーストの債権をもらう事となり、以来、テーストは彼女の仕事をほぼ、ただ働きに近い形で手伝っているのだという。
 ちなみに身体が縮んでいるのは、クロエに雇われる前、借金帳消しの為に錬金術師の作った試薬の投与を複数行った副作用なのだという。どの薬の効果か、相乗作用なのか、原因はまだ掴めていないらしい。

「……馬鹿だねー、お前」
 波瀾万丈な、悪友の数奇な人生を、シルバは一言で片付けた。
「……お前にオレの気持ちが分かってたまるかーちくしょー」
 テーブルに突っ伏したまま、幼い声でテーストは愚痴る。
「うん、絶対理解出来ないから。つーかアレに借金してまで貢いで、そんな身体になるなんて、どんだけクォリティ高いんだお前は」
「うるせーよ!?」
 いやぁ面白いと、シルバとしてはもはや笑うしかない。
「まあでも? これはこれで需要はあると思うんですよ。子供に見られるっていうのは、迷宮ならともかく街中でしたらそれなりに有用ですからね」
 クロエの説明に、なるほどなあと、シルバは思った。
 ただし当然。
「正体知られてない事前提だよな」
「一応、偽名は使ってるさ」
 テーストは今は、カートンと名乗っているらしい。似ているようで全然似ていない偽名だと、シルバは思った。
「ではまあ、依頼の方は受けてもらえて助かりました。こういうのは、馴染みの人間の方が楽ですからね。詳細は追って伝えますので、よろしくお願いします」
「ああ」

 食事を終え、シルバはクロエ達と酒場の前で別れる。
「またな、シルバ」
 小さい手を振るテースト、いやカートンにシルバも手を振り返した。
「今度、ゆっくり酒でも飲もうカートン」
「皮肉かそりゃ!?」
「はっはー」


 シルバ達は雑談しながら、帰りの夜道を歩いていた。
「ふむ……今回はクロエ殿と一緒か。楽が出来そうだな」
「同感だねぇ」
 キキョウの言葉に、ヒイロが頷く。
 そういえば、ヒイロは実益を兼ねた趣味の狩猟で、よくクロエと一緒だと言ってたっけかとシルバは思い出した。
 重量のある足音が響き、シルバの横にタイランが並ぶ。
「あ、あのー……よく、分からないんですけど、そんなにすごいんですか、クロエさんって?」
「タイランはクロエについてどれだけ、知ってるんだ?」
「はぁ……シルバさんの知人で、何度か組んだことがあって……後は、演奏が上手い人、でしょうか。酒場の演奏のお仕事で、時々ご一緒することがありますから……」
 なるほどなーと、これもシルバは納得する。
 とにかくやたら特技の守備範囲が広いのが、クロエなのだ。
 案の定、他の面々も口を挟んできた。
「に……? リフも、クロエしってた。盗賊ギルドで、手続き手伝ってもらったことがある」
「というか彼女、学習院にも出入りしていたが魔術師ではないのかい、シルバ?」
 ううむ、とシルバは唸った。
「……どう説明したものやら」
 強いて言うなら、クロエの職業は盗賊なのだが。
「多分、普通に言っても信じてもらえぬと思うぞ、シルバ殿」
「だよなぁ……」
 口で説明するよりも、実戦を見てもらった方が説得力があると思うシルバだった。


「今回の作戦は?」
 {墜落殿/フォーリウム}の入り口の一つで、シルバ達は最終の打ち合わせを始めた。
 メンバーはシルバ達六人に加え、クロエとカートンの八人だ。カナリーの従者二人は、影の中に引っ込んでいる(血を飲んで以来、昼間でも影に潜めることが出来るようになったらしい)。
「目的が救出なので、後方の人達の力は温存。可能な限り負担を減らす方向でいきたいですね」
 クロエの提案に、シルバは頷いた。
「うん、異論はないな。となると、キキョウ達に頑張ってもらう事になるけど、回復は必須だろ」
「それは当然。しかしそれも極力、節約したいので……」
 クロエは少し考え、それから結論を出した。


「――という訳で、ウチの後衛は出来るだけ動かない。その分、クロエ達に頑張ってもらう事になった。基本、こちらは前衛の三人。クロエ達はテースト……カートンとの二人が後衛として働く」
 そういう事になった。
 クロエは今回、双剣を使うつもりらしく、ワイヤーの手入れに余念のないカートンと一緒に少し離れた場所で準備している。
「あ、あのー……」
 遠慮がちに大きな鋼鉄の手を上げたのは、タイランだ。
「どうした、タイラン」
「クロエさんとカートンさんって、どれぐらい強いんでしょうか……? 私、ちょっとよく分かっていなくって……」
 そういえば、とシルバは思い出す。
 キキョウやヒイロはクロエの実戦を知っているが、タイランは知らないのだ。
 タイランの中では、酒場の演奏に時々参加する美人さん、という印象なのではないだろうか。
 ……演奏が上手いのは、呪歌をメインに使うならともかく、この際戦闘とはあまり関係ない。
「んー。強いというか……器用なんだよ、アイツは」
 シルバとしてはこう言うしかない。
「はぁ」
「ま、やってみれば分かるさ」
 口で言うより、実際、戦闘になった時の方が分かるというモノである。


 数時間後――{墜落殿/フォーリウム}第三層。
 ヒイロの目の前で、獰猛な巨大雄牛、アイアンオックスが後ろ足を蹴っていた。突進の前触れだ。
「ヒイロ君、後ろ脚の蹴り上げが三回目になったら左右に回避して下さい」
「うん!」
 三回目、と同時にヒイロは身を翻らせる。
 鋭い二本の角を持った黒い弾丸が、ヒイロのすぐ脇を駆け抜けていく。
 そして後方で、重い音が鳴り響いた。
 振り返ると、アイアンオックスの頭が壁にめり込んでいた。どうやら角が壁に突き刺さり、抜く事が出来ないでいるようだ。
「壁に激突したら、しばらくはお尻を向けた隙だらけになりますから、そこを確実に仕留めて下さい」
「らじゃっ」
 ヒイロは自分の骨剣を大きく振りかぶり、アイアンオックスの背中目がけて襲いかかった。


 一方、タイランは黒尽めの騎兵、デーモンナイトを相手取っていた。
 馬代わりの悪魔の動きも相当にはしっこいが、タイランも足の裏の無限軌道のお陰でかろうじてついていけている。
 何度目になるか分からない、重量級の衝突が生じた。
「タイランさん、大丈夫ですか」
「な、何とか……しのいでいます」
 デーモンナイトの大剣を斧槍で捌きながら、クロエの声に応える。どうやらヒイロの支援は終わったようだ。
「じゃ、回復薬投げますね」
 直後タイランの背で瓶が割れ、隙間から活力が流れ込んできた。
「た、助かります」
「タイランさんは、ひたすら防御に専念して下さい」


 魔導師を片付けていたキキョウに、クロエが声を掛けてきた。
「キキョウさん、{豪拳/コングル}掛けますから、デーモンナイトの攻撃担当お願いします」
「あ、ああ」
 呪文が効果を発揮し、キキョウの全身に力が満ちてくる。
 今なら鉄でも斬れそうだ。
 馬ならぬ悪魔上の騎士に向けて跳躍を仕掛け、キキョウは気付いた。
 遠くで後ろ足を蹴り始めている、三匹の雄牛がいた。
「まずい! またアイアンオックスが――」
 だが、彼らは突進と同時に派手に転倒した。
「――え?」
 キキョウは、とっさにクロエを見た。
 そのクロエは、戦場の隙間を駆け抜ける仲間に手を挙げた。
「トラップの仕込み、お疲れ様です、カートンさん。その調子でお願いします」
「あいよう」
 また新たな罠を仕掛けるつもりなのか、カートンはワイヤーを引っ張り出しながら、倒れた敵の影に潜り込む。
 一方クロエは足を止め、二本の指で印を切った。
「さて――{爆砲/バンドー}」
 指先から放たれた爆風が、カートンの罠で転倒させられたアイアンオックス達を直撃する。死にこそしなかったモノの、彼らは軽く通路を吹っ飛ばされた。
「全滅とまではいかないまでも、多少は削っておくと楽になりますからね。カートンさん、私はキキョウさんのお手伝いに行ってきます。しばらくよろしくお願いします」
「りょーかい」
 双剣を抜きながら駆け出すクロエに、モンスターの陰から声が響いた。
「っつーか、前ん時より人数少ないのに、圧倒的に楽ってどうなんだよ実際……」
 クロエには届かない声量で、カートンはボヤいていた。


 クロエはキキョウと共に、デーモンナイトに攻撃を仕掛け始めた。
 その様子を少し離れた位置で、シルバ達後衛の三人が見守っていた。
 危ないようならすぐにでも出られるように準備はしていたが、どうやらその心配は杞憂のようだ。
「ふむ……今のは居合だな。聖職者や魔法使いに加え、サムライスキルまで持っているのか……」
 カナリーは顎に手を当て、クロエの華麗な剣捌きに唸っていた。
 リフも同様のようだ。
「にぃ……速い。無駄ない」
「うん、盗賊や狩猟者スキルも持ってるからな。リフも参考にするといい」
「に。ためになる」
 シルバが帽子の上から頭を撫でるが、リフは目の前の戦闘に集中しているようだ。
 ふーむ、とカナリーは息を漏らした。
「なるほど、シルバが器用だという訳だ。しかし……問題がない訳じゃないな」
「というと?」
 ぴ、とカナリーの細い指先が、クロエの爆風魔法を食らいながらもヨロヨロと起き始めたアイアンオックスを捉えた。
「どれも、決め手に欠ける。攻撃ではヒイロに劣り、魔法もそれなりに範囲攻撃が使えるが一掃という訳にはいっていない」
「うん」
 まったくその通り。
 シルバが頷き、カナリーは肩を竦めた。
「……にも関わらず、戦闘はこちらに有利に進んでいるっていうのが、不思議だね」
「まあ、前提として、一回の戦闘で全力を注いでたら身体が持たないので、クロエがある程度、力を温存している部分もあるんだけど」
「うん、それは分かる」
「そもそも全部、クロエがやったら、ヒイロやタイランが経験積めないしな。クロエの今回の務めはメインアタッカーじゃなくて、前衛三人の{支援/サポート}だからああいうスタイルな訳だ。これが逆で、クロエが前衛だった場合は近接戦で無双状態になる。もちろん、後衛から豪拳や鉄壁の支援は受けてな」
「なるほど……器用な人だ」
 カナリーは少し迷った。
 このままだと、アイアンオックスが復活する。
 しかしシルバは動かないし、どうするつもりかと思ったら、急に敵の周囲に白い煙が吹き出し始めた。
 クロエはキキョウと共にデーモンナイトを相手取りながら、壁にめり込んだアイアンオックスを仕留めたヒイロに声を掛ける。
「カートンさんの仕掛けた煙幕です。アイアンオックスの足並みが乱れている内に、ヒイロ君」
「おうさー!」
 ヒイロは大きく骨剣を持った腕を掲げると、煙の中に突進していった。
 戦闘が終わったのは、それから五分後のことだった。


 休憩を取ることになった。
「さて、お疲れ様でした。回復掛けますね」
 クロエが印を切り、淡い青光がキキョウとヒイロを包み込む。
「本当に何でも出来るな、クロエ殿は」
「いえいえ、どれもこれも中途半端ですよ。広く浅くが私のモットーでして。まあ、シルバとはまるで逆ですね」
「確かに」
 唸るキキョウの隣で、ヒイロとタイランも頷き合っていた。
「不思議な感じだよねー。結構戦ってるのに、あんまり疲れた気になんないの」
「そう、ですね……シルバさんとは全然スタイルが違いますけど、自分の仕事に専念できるというか」
 少し離れた場所で地図を確認していたシルバに、クロエは近付いていく。
「評判は上々のようだな」
 地図から目を離さないままシルバが言う。
「私はいつも通りやってるだけですけどね。それに、後衛の人達は、現場に着いてからが本番ですよ」
「もうそろそろか」
「そうですね。ま、少し休憩してからもう一踏ん張りって所でしょう」


 大きな広間は、中央に天幕が設置され、さながら野戦病院のようだった。
 床に敷かれたシートの上に、十数人の怪我人達が横たわっている。
 聖職者や治療師達が、せわしなくその間の行き来を繰り返し、屈み込んでは傷の手当てを行っている。

「さすがに回復一発で終了って訳にはいかないな……」
 シルバも範囲回復術である{回復/ヒルグン}を唱え終え、呟いた。
 青白い聖光に包まれ、怪我人達の表情は幾分和らいだが、起き上がれる者はごく少数だ。
「そりゃ、それだけで済むなら、こんな大人数の救助隊にはなりませんよ。何しろ揃いも揃って、まともに歩けないほどの重傷ばかりですしね」
 クロエの指摘通り、中にはミイラ男じゃないのかと言わんばかりに包帯まみれの男もいた。
「うん、ま、ここまで温存させてもらったことだし、仕事するとしよう」
「ええ、よろしくお願いします」
 シルバは、呻き声を上げる重傷者に近付いた。
 動けない状態にある戦闘不能者の意識と活力を引き上げる『{復活/ヤリナス}』は、基本的に一人ずつにしか使えないのだ。


『復活』で魔力を使い切ったシルバは、部屋の壁にもたれかかって座り、一人マジックポーションを飲んでいた。
 そこに、布の鞄を持ったカナリーが近付いてきた。
「シルバ。こっちの方が効率がいいよ」
 言って鞄から取り出した薬瓶の中身は、市販のモノとやや色が異なっていた。
「お前の手製か」
「うん、精製してみた。これから、本部に渡しに行くところだったから、丁度よかった」
「ありがたくもらっとく」
 シルバはカナリーから、マジックポーションを受け取った。
「念のため、あと二本ほど持っとくといい。復活は魔力の消耗が激しいだろ」
「だな。正直助かる」


「さて……」
 回復したシルバは、部屋の隅に向かった。
 その一帯の石畳は強引に剥がされ、土がむき出しになっていた。
 そしてその土には、緑色の薬草や穀物の穂が所々生えていた。
「……えらい事になってるな、ここは」
「お兄」
 土いじりをしていた猫獣人ならぬリフが立ち上がり、とてとてとシルバに駆け寄る。
 そのまま、ぼふ、とシルバの腰にしがみついた。
「いや、言ったのは俺だけどさ。ここだけ農園状態だから面白いよなって話」
「にぃ。おくすり出来るまで、もうちょっと」
 頭を撫でられくすぐったそうにするリフの言う通り、土に生えている草や穂は、少しずつ成長していっていた。
 少し、といっても普通の草や穂に比べれば、遙かに成長が早い。
「毒消しに麻痺の除去、粥用の穀物……うん、種が無駄にならなくてよかったな」
「に」
 さすがに目立つ為、聖職者達が何事かと足を止めては、臨時農園を見ていた。
 シルバは小さな農園の横にしゃがみ込んで休憩している、タイランに視線を向けた。
「タイランも、石畳引っぺがしたりの力仕事、ご苦労さん」
「い、いえ……この状態だと、これぐらいしかお手伝い出来ませんから」
「に……そんなことない。リフ、助かった」
「『中』の力を使えば、もうちょっと効率がよかったんですけど……」
 タイランの『中』、すなわち人工精霊の力だ。
「ま、それはもうしょうがないってレベルだろ。わざわざお前の正体を晒すリスクをおかす事はないよ。その分は、こっちが頑張ってるし」
「に。タイランの分もがんばる」
「それにタイランは、ここまで戦ってきたんだし、むしろ少し休んどいてくれていいと思う」
「は、はい」


 怪我人の治療に戻ったシルバは、冒険者の折れた足を診察していた。
「これは{回復/ヒルタン}かな」
 回復は基本の術だけに、多くの聖職者が使えるが、{復活/ヤリナス}となるとそんなにはいない。
 という訳で、復活の術が使えるシルバは、こういう場合は他の聖職者に任せて、自分の魔力を温存するように言われていた。
「……治るか? 痛ちちち……」
「治りますけど、担当が来るまでもうちょっと待って下さいね。それまでの痛み止めに、ちょっとこれ使いますよ」
 シルバは眼鏡を掛けると、袖から小さく細い針を取り出した。
「……針なんて、どうするつもりだ?」
 冒険者は不安そうだ。
「痛みを抑えるポイントがありまして。そこを突けば、今より楽になるんですよ。東方の医術です」
「だ、大丈夫なのか、それ?」
「ええ。ほら、こんな具合に」
 シルバは、自分の指に針を突き刺した。
 痛覚のないポイントだし、血が流れないように刺したので、冒険者も安心したようだ。
「……分かった。やってくれ」
「ええ」
 人間の肉体は地水火風の四つから成り、シルバの掛けている精霊眼鏡はそれを見抜くことが出来る。実戦でとっさに刺す事はまだまだ難しいが、こうして落ち着いた状態でなら、霊穴のポイントを刺激することぐらいは可能なのだ。


 どうやら、怪我人の数も大分落ち着いてきたらしい。
 シートの周囲をノンビリ歩いていると、何だか見覚えのある小柄な鬼っ子が早足で動いているのを見つけた。
「……つーか、お前は休んどけって言ったような気がするんだが、ヒイロ」
 粥の器の載ったお盆を運んでいるヒイロを、シルバは呼び止めた。
「だってさー、みんな働いてるのに、自分達だけ休憩って何だか落ち着かないんだもん」「ま、働きたいんなら助かるけどな」
 言って、シルバはヒイロの髪をガシガシと掻き混ぜた。
「うん。あははくすぐったい」
「ほんじゃま、しっかり仕事してこい」
「うん!」
 軽く背を叩くと、ヒイロは駆け出した。
 ……こけたりしないだろうな、とシルバはちょっと心配になる。
 そんなヒイロの背中を見送っていると、不意に後ろに気配を感じた。振り返ると、キキョウが少し弱った顔で立っていた。
「シルバ殿。某にも何か出来ることはないだろうか」
 不安そうに、尻尾をゆらゆら揺らしながら訊ねてくる。
「お前もか、キキョウ」
「うむ。実際、もう疲れもなくなっていてな。退屈だからと眠る訳にもいくまい」
「それはさすがにな……」
 シルバはキキョウに出来そうな仕事を考えた。
 それからふと、前にキキョウが言っていたことを思いだした。
「ちょっと思いついたんだけど、キキョウは確か、幻術って使えたよな」
「む? うむ、目眩ましのようなごく簡単なモノだがな」
「じゃあさ、痛みだけ誤魔化したりとか、出来ないか?」
 シルバの問いに、キキョウはその意を汲んだ。
「……ああ、なるほど、麻酔代わりという訳か」
「うん。で、どうだ? 回復要員が回るまでの短時間だと思うけど」
「その程度なら、おそらく可能だと思う。やってみよう」
「そうか、助かる」
 しかし、キキョウはその場を動かなかった。
「うん?」
「や、シルバ殿。その、某の頭も撫でてもらえると、さらにやる気が出るのだが……」
 赤い顔をして言うキキョウに、シルバは唸った。
 ……どうやら、ヒイロにしていたのを見ていたらしい。
「……ちょっとだけだぞ」
「う、うむ」
 キキョウと一緒に広間の隅に移動する。
「じゃあ、頑張って仕事行ってきてくれ」
「う、うむ」
 嬉しそうに耳と尻尾を揺らす、キキョウだった。
「……何やってるんだい、君達は」
「わひゃうっ!?」
 いつの間にか近付いていたカナリーが呆れたように言い、キキョウは文字通り跳びはねた。


「大体終わったな」
「ええ、お疲れ様でした」
 広間の騒ぎも大分落ち着き、シルバはクロエと一緒にシートの外側を歩いていた。
「……にしても、妙に不自然な話だと思わないか? 今回の全滅の原因」
「そうですね。取り分を巡っての仲間割れ……らしいんですけどねぇ。どうも、その時の状況が酷く曖昧というか……」
「うん。一応はハッキリしてるんだけど、妙に不自然な感じがするんだよなぁ」
 冒険者達の話に、おかしな所はない。
 何かを隠している様子もない。
 ……が、どこか引っ掛かるモノをシルバは感じていた。
 んー、とシルバは唸った。
「女性冒険者達の失踪については?」
「おそらく無事だった女性達がパーティーを組んで、一足先に脱出したんじゃないかと」
「でも、それだと普通、ギルドに連絡が行くよな」
 シルバは、クロエの推測に一応、反論してみた。
「生きて脱出できていればの話ですけどね?」
「そりゃもっともだ」
 死んでたら、連絡もへったくれもない。
 冒険者なのだから、その可能性は当然ある。
「もしくは、人さらいが女性だけさらっていった線」
「それもありえるなぁ。何か聞いた話だとみんな美人だったらしいし」
「どんな美人か気になってます?」
「当然」
 シルバは正直に頷いた。
 男としては、美人と聞けば興味を抱くのは、そりゃ当たり前だ。
 というか、仲間割れを起こした冒険者のリーダーと一応、もし見かけたら……という名目で精神共有の契約は既に成立している。
 そして、記憶の一部を少々見せてもらった。
 実際、彼の記憶にある、いなくなった女性冒険者達は皆、そこそこの美人だった。
 ……まあ、タイランやカナリーには負けるけど。
「自分のパーティーで、あまりそういう事言っちゃ駄目ですよ、シルバ」
 笑顔のままのクロエの指摘に、ちょっとギクリとした。
「だーからー、一応ウチのパーティーは全員男だと」
「シルバがどう言おうと、不機嫌になる人がいるのは確かですからね」
「……う、うん?」
 何となく思いつく奴がいるにはいるが、深く考えるのはやめる事にした。
「……とぼけているのか、素で分かっていないのか微妙な所ですがさて。仲間割れを起こした彼ら、彼らを発見した冒険者、そして私達」
 クロエは一旦言葉を句切った。
「人さらいはありえます。つまり、救援を呼んだ冒険者が訪れる前に、誰かがこの広間に入り、取れるだけのモノを取っていった可能性」
「っていうか、高価な装備やアイテムが奪われている点からも、妥当だよな、それは」
「うん。自業自得ですけどね」
「確かに、取っていった連中の倫理観もどうかと思うけど、あまり同情は出来ないよなぁ……これ、被害届って出るの?」
「出ないでしょう。冒険は自己責任ですからね。彼らが犯人捜しに誰かを雇う線はあるかもしれませんが、それも含めて装備やアイテムの奪還は、自分達で落とし前を付けるはずです。今後の為にもね」
「だよなぁ……他の冒険者達に舐められるもんな」
 そういう意味では、積極的な犯人捜しなんて大きなお世話だろうし、そもそもシルバ達がそこまでしてやる義理もない。
 奪われたモノは、自力で取り戻す。
 でなければ、冒険者などやっていけない。
「――でも、俺達でも、その連中の目星は付けておいた方がいいと思う。あまり感心できる連中じゃないしな」
「しかし、どうやって? 装備やら何やら奪われてた時、彼らみんな気絶してたみたいですよ」
 そう言われると、頭を抱えてしまう。
「それなんだよなぁ……もし装備類を盗んだ連中を見つけたら連絡しますよって、あの冒険者連中のリーダーとは、精神共有の契約をしておいたんだけど」
「はい」
 地味に理由を変えたシルバだったが、特にクロエは何とも思わなかったようだ。
「……確かにその時の記憶はえらい曖昧で、よく分からん」
 美人冒険者の記憶と一緒に、仲間割れの時の記憶ももらってしまったのだが……。
「ちょっと私にも見せてもらえますか?」
「おけ」
 シルバは、クロエに情報を送り込む。
 諍いを起こす冒険者達。
 次々と倒れていく彼らを、斬り伏せていく剣士の一人。
 魔法使いの一人が紫電の魔法を放ち、さらにメンバーは減っていく。
「……うーん。何でしょう、このモヤモヤ感」
「だろ?」
 ちなみに手練れの剣士も雷撃使いの魔法使いも、ちゃんと冒険者達の仲には存在している。
 強いて言えば、妙にこの時の争いの時の、みんなの顔が薄ぼんやりと曖昧なのだ。この記憶はリーダーの主観であり、それも珍しくはない。
 だから、二人揃ってしっくりと来ないのだ。
 などと眉をしかめ合っていると、カートンが近付いてきていた。
「つーか、二人して何の話してるのさ」
「おう」
「えらく、そっちの剣士が気にしてたみたいだぞ」
 カートンは少し後ろで様子を伺っていた、キキョウを指差した。
 聞こえていたのか、ピンと尻尾を立てて、駆け寄ってくる。
「そ、そそそ、某はそんなつもりはなくてだな。ただ、二人して難しい顔をしていたから、何の相談をしているのかと……」
「それを、気にしてるって言うんじゃねーか」
 シルバは言い合う二人に、事情を説明した。
 すると何事かと、他の面子まで集まってきた。
「そういう事なら、オレとかこっちの子にも見せろよ。盗賊が三人もいたら、何か手掛かりが分かるかも知れない」
「に」
「そういう事なら、僕らも一緒させてもらうかな。ねえ、ヒイロ、タイラン」
「だねー。何も分からないかもしれないけど、もしかしたらって事もあるし」
「は、はい……何かお力になれるかもしれませんから……」
「んじゃまあ……」
 シルバは、全員と記憶を共有してもらう。
 基本的に精神共有は、人数と距離で送受信の情報量に違いが出て来る。
 とはいえ円陣が作れるほどの距離なら、七人程度なら特に過不足なく情報を共有する事は出来た。
 ……ただ、ほぼ結局全員が、同じように難しい顔になっただけに過ぎないが。
「……これ、認識偽装か?」
 ボソリ、とカナリーが呟いた。
「え?」
 シルバが訊ねると、カナリーは軽く首を振って苦笑した。
「いや、単なる思い付きなんだ。古い吸血鬼のお話なんだけど、合意じゃない吸血を同じ相手に行う時に、毎回記憶を奪っていたっていうのがよくあるんだよ。でないと、家の人間に警戒されるからね」
「夜這いみたいですね」
「夜這いそのモノだよ」
 クロエの言葉に、カナリーは即答した。
「そうか夜這いか」
「……夜這いだね」
 シルバがしみじみ言い、カナリーは白い頬をわずかに赤らめた。
 ジトーっとしたキキョウの視線をスルーし、小さく咳払いをする。
「でまあ、それがばれて、ハンターを呼ばれてしまう。ハンター対吸血鬼の戦い、と」
「それもまた、古典だねぇ……ただ、話の中心はそれじゃなくて認識偽装。僕ら吸血鬼や淫魔、夢魔のような魔族なら、よくやる手なんだ」
「彼らもそれを受けていると?」
「何か、そんな臭いを感じたんだけど……同族でもない限り、ちょっと分からない感覚だと思う。シルバ、ちょっといいかい」
「あ、ああ」
 シルバの額に、カナリーの指が当てられた。
「うん、この方がやりやすい。認識偽装にカウンターを当ててみる」
「何それ?」
「認識偽装は一瞬の催眠術だからね。それを解くって事。シルバ、僕の目を見て」
「りょ、了解」
 シルバは、カナリーと目を合わせた。
 ……やはり、相手が女性だと分かっていると、これは妙に緊張してしまう。
「何だか妖しい雰囲気ですねぇ」
「うぅー」
 ニコニコしながら言うクロエに、握り拳を作るキキョウ。
 次第に、記憶を共有していた全員の脳裏に、ある映像が浮かび上がってきた。
 自分を見下ろす、青年の姿だ。
「ん、誰か出てきた?」
「ちょっとボンヤリしてて、分からねーな」
 見下ろされているのは、冒険者のリーダーが床に這いつくばっているせいだろう。
 部屋が薄暗いせいか、顔も服装もやはり薄ぼんやりとしか分からない。
 柔和そうな……眼鏡を掛けているのだろうか。貴族的な身なりの青年……のようだ。
「にー……?」
「どうした、リフ」
「に……この人見覚え、ある、かも」
「え?」
「前、お仕事のとき、見た……と、思う」
「……ちょっと、それ、思い出してくれるか? 全員また、共有してもらうぞ」
 それは、リフが新米パーティー『ツーカ雑貨商隊』の手伝いをしていた時の記憶だった。店先でのやり取りだ。

「わぁ、可愛い店員さん。二人もそう思わない?」
「いいえ、貴方の美しさには敵いませんよ、**さん」
 豪奢なマントを羽織った、金髪紅眼の眼鏡青年が柔和な笑みを浮かべる。
 リフには彼が、吸血鬼である事が分かった。
 一方**と呼ばれていた黒髪の青年も頷いていた。
 こちらも人間ではない、とリフは直感で感じた。見かけは人間だけど、ちょっと違う。
 登場人物は三人。
 リフの記憶が解けると、シルバとカートンは何か見覚えのある奴がいた事に、顔を見合わせた。
 カナリーは、苦虫を噛み締めたような顔になっていた。
「……クロスだ」
「クロス?」
「僕の腹違いの弟で{半吸血鬼/ヴァンピール}だ……なるほど。なるほど、女性の失踪……アイツならすごく、ありえる話だ」
 カナリーは、パーティーのメンバーに語り始めた。
「クロス・フェリーは、僕の父と人間の母親との間に生まれた子供だ。{半吸血鬼/ヴァンピール}という生まれだけに、家督を継ぐ事は難しいだろう。しかし、正直僕よりもよほど吸血鬼らしい」
「どういう意味で?」
 シルバの問いに、カナリーは軽く肩を竦めて自嘲した。
「悪い意味で。古い時代の吸血鬼タイプというか、大抵の人間を餌としか見ない点とかね……今の時代の吸血鬼は、人間の血を妄りに吸う事は許されないんだ。好き放題にしておくと、人間滅びるしね。吸血鬼には吸血鬼のルールが存在するんだ。最低でも相手の同意が必要だし……」
 シルバと目が合うと、カナリーは慌てて目を逸らした。
「……眷属にするならそれこそ、無責任な真似は許されない。使い捨てで人間の血を吸う事なんて、許されないんだ。そうした吸血鬼には、それなりの制裁が待っている」
「という事は」
「うん。知ってしまったからには、僕も本家の人間として報告せざるを得ない。流れとしては、本家から捕縛の為、誰かが派遣される」
 ふぅ……と、カナリーは重く息を吐き出した。
「もしくは、僕に捕縛命令が下される。むしろ、こっちの方が濃厚だね」
 話が終わると、シルバはカートンと顔を見合わせた。
「……そのクロスってのを捕まえるのは手伝うとして」
「……ノワちゃんが絡んでるのかぁ。何て因縁なんだか」 
 は、とカートンは今の子供の姿には相応しくない、力ない笑みを浮かべた。
「手伝うか、カートン」
「冗談。あの子と会ってからオレの運、ガタ落ちなんだぜ。もー、関わるのはゴメンだね」
「ま、こっちはそういう訳にはいかなさそうだけどな」
 当然、シルバはカナリーを手伝う気でいた。
 しかし、それを遮ったのはカナリー自身だった。
「いや、シルバ。これは僕の家の個人的な問題だ」
「お前とクロスって奴はな」
 シルバの言葉に、ヒイロが同調する。
「だよねー。一対一ならともかく、向こうにも仲間がいるんでしょ。こういう時は、助け合ってナンボだよ」
「いや、しかし……」
 カナリーは何か言いたげに、シルバに視線を送ってきた。
 どうやら、個人とかパーティーとか、そういう事とは別に何か、問題があるようだ。
 精神念波で話をしてもよかったが、何となく厄介そうな雰囲気をシルバは感じた。
「ま、その話は戻ってからにしよう。とにかくあちらのリーダーさんにも報告する必要はある」


 自分達に掛けられていた認識偽装を解かれ、襲撃されたグループのリーダーは、悔しそうに頭を掻きむしった。
「……ああ、そうだ畜生。どうして今まで、思い出せなかったんだ」
「ウチの仲間に言わせると、吸血鬼の催眠は相当強力らしいですからね。弱っている時にやられると、たまらんそうです」
 カナリーは、他のメンバーに掛けられていた暗示を一つずつ解いていっている。
「……とにかく、礼を言うぜ」
 シルバとリーダーは力強い握手をした。


 手加減抜きで握られた手を振りながら、シルバは壁際に移動した。
「礼より、出来れば現金とかの方がよかったんだが」
「超俗物な発言ですね、シルバ」
 溜め息をつくシルバに、クロエは苦笑いを浮かべた。
「お前の見立てではどうなると思う? 俺ならギルドに報告してそっちに任せるけど」
「あの様子だと、むしろ私刑になりそうですね。……ギルドに言っても、何せ現状、証言だけですから、すっとぼけられるかも知れません」
「ま、吸血鬼のしきたりってのもあって、こっちはこっちの事情で動くって事だけは念のため、伝えておいたけどな」
 どちらが解決してもいいけど、かち合うのだけは避けたいなと思うシルバだった。


 それから、回復したグループの連中と一緒に、シルバ達は奥の施設の探索を行う事となった。
「見えないところよりも見えるところに気をつけろ。そういうところは警戒が薄れるから、むしろあからさまに罠が張ってあっても気付かなかったりするんだ」
「に」
 小さい金髪少年のアドバイスに、小さい獣人の子供は熱心に頷きながら、罠の確認を済ませていく。
「ま、遺跡ん中はほとんど空っぽいけどなー」
 トラップのチェックに余念のないリフを眺める金髪少年、カートンはボリボリと頭を掻いた。
「根こそぎか」
「いんや、シルバ。そもそも金になりそうなモノが少なそうな臭いっつーか……重要なモノは。数点。その数点がなくなったって感じ? ま、勘だが」
「お前の勘はこういう時、洒落にならないからなー。何かの工房か……」
 シルバは、石造りの施設を眺め回した。
 相当に広い……はずなのだが、今はもう『死』んでいる石製の実験装置の数々がとにかく雑然としていてどこか手狭な印象を受ける。
「シ、シルバ殿。そろそろ某達は動いてもよろしいか」
 後ろで待っていたキキョウが、遠慮がちに声を掛けてきた。
「ん、ああ、悪い。問題ない」
「お金になりそうなモノはホント、なさそうだなー。まああっても、あっちのリーダーが持っていっちゃうんだけど」
「にぃ……」
 ひょいひょい、とカートンとリフは軽い足取りで施設の奥へ奥へと進んでいく。
 その後ろをシルバ達はついていった。

 やがて、シルバ達は、何だか手術室をイメージさせる場所についた。
 石製の寝台に、照明だったとおぼしき装置群。
 傍らには文字の刻まれた大きな石板が設置されていた。
「……うん、何かの説明書か?」
「読めるのか、シルバ殿」
「魔法の師匠だった人が、古代の魔法使ってて、その関係で少しだけな。んー……」
 眉をしかめるシルバに、タイランも横から石板を覗き込んできた。
「……ちょっとまずいモノかもしれませんね、シルバさん」
「お。タイランも読めるのか」
「は、はい……父の研究にはそういうモノも含まれていましたから……」
「それで、まずいとは?」
 キキョウの問いに、シルバは難しい顔で頷いた。
「うん。人造人間の工房だったみたいだけど……その、何だ。問題があって、起動見合わせてるとかかんとか……駄目だな。こういうのは、素人が中途半端に解読しても、ロクな事にならない。学習院で古代語専門の人に解読してもらった方がいい」
「先輩。メモ取るより、直接持って行った方がいいんじゃない?」
 石板は、何かに固定されていた訳ではなかったらしく、あっさりとヒイロが持ち上げた。
「っておいヒイロ。お、重くないか?」
「へーきへーき」
 {鬼/オーガ}族の膂力では、ラージシールドほどある石板も、それほど大した重量には感じられないらしい。
 ただ、シルバとしては、割れないようには気をつけて欲しいなと思う。
「ま、持って帰れるかどうかは、リーダーさんの許可次第だな」
 一見するとそれほど価値もなさそうだし、大丈夫だろうと踏むシルバの背後で、何やら唸り声がしていた。
「むうぅ……」
 振り返ると、キキョウが腕を組みながら何か考え込んでいた。
「どうした、キキョウ」
「某の役に立てる仕事がない……」
 シルバが問うと、へにゃり、と耳と尻尾が垂れ下がった。
「いや、ここに来るまでで充分役に立ってるし、帰りもあるし」
「…………」
 シルバのフォローにも、納得がいっていないのか。やはりキキョウは元気がなかった。
 ……地上に戻ったら、ちょっとフォローがいるかな、とシルバは考えた。


 地上への帰還は、それほど難しくなかった。
 半日ほどで{墜落殿/フォーリウム}を出たシルバ達一行は、救助したグループの面々とも別れ、自分達の集会場所『弥勒亭』に戻った。
「報酬は微々たるモノですが……」
 クロエから、金袋をもらう。
 仕事が一段落し、既に部屋の中は宴会ムードだ。
「ま、あの石板次第だな」
 喧噪の中、シルバは自分のすぐ後ろの壁に立てかけられてある石板に視線を向けた。
「アレに、それほど価値があるようには思えませんけど」
「どうだろうな。案外、モノになるかもしれないぞ」
 コン、とシルバは石板を叩いた。
 その音は、鉱物に詳しい山妖精が聞けば「ほう」と頷くいい音がしていた。


※とりあえずリタイヤPT編終了。
 次は久しぶりに学習院で、先生の出番です。
 あと、何人かのフォローとか。
 ……三日も間隔が開くと、ずいぶん久しぶりという感じですね。



[11810] ノワ達を追え!
Name: かおらて◆6028f421 ID:7cac5459
Date: 2010/01/10 21:03
ノワ達を追え!
 その日、シルバとキキョウは学習院を訪れた。
「ようこそ、我が研究室へ」
 古代語を専攻する学者ブルースは、浅黒の肌を持つ二枚目の中年男だ。
 彼は大仰に両手を広げて、二人を出迎えてくれた。
 数日前に、迷宮から持ち帰った石板の解読を依頼し、これが二度目の訪問となる。
「今日は二人だけかな?」
「ええ。訓練とか色々予定がありまして」
 カナリーは、本家の人間と話があると別行動を取り、新米組の三人はそれぞれ訓練に精を出していた。
 その話を聞くと、ブルースはガクリと肩を落とした。
「そうか。あのヒイロ君にはなかなか興味があったのだが……待て待て。ドン引くな。最後まで話を聞きたまえ。俺が興味があるのは鬼の言語だ。決してやましい意味があって言ったんじゃない」
 実際、シルバとキキョウは、ブルースからやや距離を置いていた。
「そ、そうですか。あー、ビックリした」
「そ、某もだ。言っては何だが、本当に大丈夫なのだろうな」
「はは。彼や、あのリフという子がもしも女の子だったら、俺もやばかったかもしれないがね」
 笑って言うブルース。
 対照的に、シルバ達には緊張が走る……!
「キキョウ。この研究室に、決してヒイロとリフを近づけるな……!」
「承知……!」
「というか、この人に女っ気がない理由が、ちょっとだけ理解出来たような気がする」
 言いながら、シルバは勧められるまま、ソファーに座った。
 その隣にキキョウも座る。
「まあ、あの二人が来れないのは残念だが、いいだろう。例の石板の文字だが、解読出来たぞ」
 茶を出しながら、ブルースが言う。
「助かります」
「気にしなくていい。他ならないカプリス先生の頼みでもあるしな。そしてあの石板に書かれていたのは、君らの推測通り、施設にあったと思われる人造人間に関する説明書だ」
「人造人間っていうと、錬金術師の管轄ですね」
「ああ。大昔の錬金術師の工房だったのだろうね。量産体制に入る前の、試作品だったようだな。ただし、起動は見合わせられていた。危険という理由でね」
 茶を飲もうとしていた、キキョウの手がピタリと止まった。
「……危険ですと?」
「……すごく嫌な予感がするぞ」
 同じように、シルバも固まっていた。
「その前にあの人造人間が造られた目的から話そう。オルドグラム王朝があった頃は、労働力の多くは、所有者に絶対服従する、人造人間の奴隷でね。これもその一つだったと思われる」
 香茶を一口啜り、ブルースは頷く。
「同時に人造人間は娯楽でもある。闘技場で戦わせたり、夜の供にされるケースも少なくなかったという」
「よ、夜の供……」
 その単語に、キキョウは顔を赤らめた。
「報告では、寝台は大きかったそうだな。……実に……実に残念だ」
 本気で落胆するブルースに、シルバはこめかみを揉みながら話を促す。
「先生の性的嗜好はどうでもいいんで、話を続けて下さい」
「解読した限りでは、そこにあった人造人間は日常の世話係兼、娯楽用だったようだ。さっき話した、闘技場で戦わせる為のね」
「つまり、戦闘用でもある訳ですね」
「ああ。それで問題点なんだがまず一つ目」
「一つ目?」
 聞き咎めるシルバに、ブルースは指を三本立てた。
「出血大サービスで、何と三つもある」
「……あまりいい話じゃ、なさそうですね」
「そりゃ、問題点だからな」
「……人造人間を持ち出した連中の心当たりはあるんで、先生の方から伝えてもらえませんか?」
「ギルドの方には伝えてもいいさ。危険だからな。けど、お前達にも聞いてもらうぞ。ここに持ってきたのはお前らだからな」
「……分かりました。お願いします」
 まあ、聞かなければ、それはそれで後で後悔しそうな気もするので、シルバは頷かざるを得ない。
「一つ目はパワー面の制御の問題。色々とやり過ぎてしまうらしい。しかも、この人造人間のパワーは相当にあるようだ。おまけにタフで壊れにくい」
「モノを壊しやすい?」
「そういう面もあるだろうな」
 そして、とブルースは言う。
「二つ目に、闘技場用の戦闘モード。普段は日常モードだが、一度戦闘スイッチが入ったら、戻らない」
「おいおい」
「問題どころか、欠点ではないですか」
 さすがに二人は突っ込んだ。
「ああ。だから、普段に使う分には問題はないんだ。その状態で戦う事だって一応は可能だしな。しかし、戦う為だけに特化した闘争本能にスイッチの入った戦闘モード。これになると、もう戻る事が出来ない。エネルギーが切れるまで、動くモノを破壊し続ける暴走状態だ」
「……それ、迷宮から持ち出した連中が、把握してると思います?」
「分からんよ。だから、ギルドには報告するけど、君らも動けって話さ。キーワードは『バトロン』。うっかり契約者が使ったら最後、もう止まらんぞ」
「……聞かなきゃよかったです」
 ブルースの話によると、契約者以外が言った所で、効果は発揮しないらしい。
「諦めろ。最後に三つ目。これが一番厄介だ」
「……二番目以上に厄介なんですか?」
 もうお腹いっぱいなんだけどなぁと思うシルバだった。
 しかし、ブルースは非情にも三つ目の問題とやらを説明し始める。
「その人造人間、精霊炉が試作品らしくてな。長時間駆動させると、中に宿る炎の精霊が熱暴走を起こすらしい。おや、どうした二人とも? 遠い目をして」
「……いえ、何というか酷い既視感を覚えておりまして」
「……シルバ殿。仮面は封印してしまったぞ」
 特に精霊炉、という辺りが何とも言えず懐かしい。
「これも、身の回りの世話レベルならば、大した問題じゃない。しかし何だ。戦いに参加したりすると、日常モードでも動力炉の負担も大きくなる。騙し騙し使えば問題はないだろうが……最終的に炉が限界を迎えると、広範囲の大爆発を引き起こす」
「ば、爆発!?」
「ああ。だから、さっさと起動停止の忠告をした方がいい。本来は、眠ったままなのが一番いいんだが……ま、悪い方に考えておいた方がいいだろうな」
 実際、人造人間は持ち出されているのだ。
 楽観的に考えるのは、さすがに脳天気にすぎるだろう、というのがブルースの意見だった。
「ま、その三つさえ解決すれば、実に契約を結んだ相手に絶対服従する素晴らしい人造人間が出来あがるだろう、という話さ」
「一つ目はまだともかくとして、他二つがやばすぎないか」
 キキョウの問いに、ブルースは頷き、解読済みのレポートを開いた。
「だから、開発者も起動を自重したんだろう。うん、最後にその開発者の名前が記されてある」
「一応聞いときましょう。そんな大昔の人間の名前を聞いても、何の参考にもならないと思いますが」
 とりあえずこの香茶を飲んだら、すぐに動かないといけないな、と思うシルバだった。
 隣を見ると、同じようにキキョウも考えているらしい。
「ああ、ここだ。錬金術師ナクリー・クロップがここに記すとある」
「「ぶぅーっ!?」」
 シルバとキキョウは同時に香茶を吹き出した。


 シルバの上司であるストア・カプリスに軽く挨拶だけ済ませて、シルバとキキョウは早足で学習院を出た。
「それでどうするのだ、シルバ殿。この{辺境都市/アーミゼスト}一つとっても広いぞ。それに加え、{墜落殿/フォーリウム}も範囲に入る」
 大通りを歩きながら、キキョウが尋ねてくる。
 シルバは頷きながら、キキョウの意見を補足した。
「さらに加えるなら、他の小さな遺跡の探索の為、他の街や村に移動しているかも知れない」
「うむ、その通りだ」
「もしそうだとしても、墜落殿の探索者がそのまま余所に行くって事はあまり考えにくい。成果を捌かないとならないしな。何にしろ必要なのは情報だ」
「となると……盗賊ギルドか?」
 キキョウは、横の通りに目を向けた。
 盗賊ギルドは、この先にある。距離は少々遠いが……。
 しかし、シルバはその通りをやり過ごした。
「普通ならな。けど、状況が状況だしもうちょっと効率よく行こうと思う。実は、ノワの居場所は、ある程度なら分かる」
「何……!?」
「だって俺、前のパーティーの連中と、精神共有切ってないからな」
「あ……」
 広場に入ったシルバは、屋台に足を向けた。
 そういえば、まだ昼食も食べていない事を、キキョウも思い出したようだ。
「いや、実は最初は、人海戦術で行こうと思ったんだわ。この都市と、{墜落殿/フォーリウム}を探索している精神共有の契約中の連中と、一斉に接触する形でな。――すみません、チーズドッグのセット二つ」
「あいよ!」
 注文を受けた、屋台の親父が威勢のいい声と共にホットドッグを焼き始める。
「一斉に接触とは……なにやら聞いただけで死にそうな話なのだが」
「うん。精神強化する薬飲んでやっとって方法だから、その前にノワと繋がったままなのを、思い出してよかった。直接、精神接触しないで、居所だけを感覚で探査する。ちょっと試しに、リフでやってみるぞ」
「チーズドッグセット二つお待ち! 10カッドだよ!」
「あいよ」
 シルバは懐から財布を出して、小銭を親父に渡した。
「あいや、シルバ殿。ここは割り勘にするべきだ」
「これぐらいいいって。とにかく席に座って話を続けよう」
 シルバはトレイを持って、さっさと空いているテーブルに向かった。
 チーズドッグを頬張りながら、シルバは自分の額に指を当てた。
 リフの意識に同調するよう、精神を集中させる。
「うん。今、リフが盗賊ギルドでカートンから講義を受けてるな。それに何かすぐ傍で、リフのお父さんが見守ってる。……ま、この辺の感覚は俺一人よりキキョウも直接感じた方が早いな。手繋げば共有しやすい」
 目をつぶったまま、シルバは手を前に出した。
「て、手か!?」
 キキョウは何だかわたわたしているようだった。
「……足でも構わないけど、歩けなくなるぞ?」
「こ、心得た」
 ひんやりとした手が、シルバの手を握り返してくる。
 その手目掛けて、シルバは自分が感じているリフの位置を、送り込んでいく。
「……おおう」
 シルバは目を開いた。
 シルバの意識と同調したキキョウは、衝撃に目を見張っているようだった。
「ま、普通はやらない。プライバシーの侵害になるしな。けどこれなら、ノワの居場所ぐらいなら」
 さっきと同じ要領で、シルバは覚えているノワの意識の感覚を探り出す。
 自分を中心に精神の幅を広げ、都市全域に自意識を浸透させる――引っかかった。
 シルバとキキョウは、同時にその方角を向いた。
 ノワの意識らしきモノが引っかかった場所の大体の位置は分かった……が。
「厄介な場所だな」
 ずず……とジュースをストローで吸い込みながら、キキョウは唸った。
「うん。荒っぽい連中の多そうな酒場だ。盗品を捌いてたのかもひれはひ」
 チーズドッグの残りを一気に口に放り込み、シルバも頷く。
 そして、精神共有を終わらせる。
 キキョウとも、手を離した。
「もう、通信を切るのか?」
「うん。あまり続けてると、向こうに悟られる。それにこれ、監視されてるみたいで、やられる方もたまらんだろ?」
「む、むう……そうだな。まあ、シルバ殿なら、必要な時以外はやらないと某は信じているが」
「んな立てられると困るって。聖職者っつっても、俺は俗な方なんだし」
 残ったジュースを飲みきると、シルバは立ち上がった。
「とにかく、精神念話で連絡はするけど、ウチの面子をここで集めてる暇はないだろ。連中が所有していると思われる、人造人間。アレの危険性を認識しているかどうかだけでも、すぐにでも聞かないとやばい」
「うむ」
 キキョウも席を立つ。
 トレイは、今度はキキョウが持った。屋台の方に返しに向かう。
「ところがどっこい、俺は喧嘩が弱い」
「……それは……某も認めざるを得ないな」
 トレイを返却し、二人は再び早足で歩き始める。
「うん。そんな訳でキキョウ。用心棒頼む」
「……ふ、任されよ。シルバ殿は、某の命に代えても守ってみせる」
「いや、命失うぐらいなら、二人で尻尾巻いて逃げようよ。お前に死なれちゃ困るし」
「む、むう……心得た。しかし、可能な限り、お守りいたす」
「うん。まあ、すごいアテにしてるから、近道で行こう。多分、絡まれると思うから、その相手は頼む」
「承知」
 久しぶりに、キキョウの尻尾が元気よく揺れ始めていた。


 薄暗く細い路地。
 シルバ達の行く手を、柄の悪い男達が五人ほど遮った。
「へっへっへ、兄ちゃん達――」
「すまないが、急いでいるんだ。通してもらうぞ」
 キキョウは、声を掛けてきた男の手を握ると軽く振った。
「――ぎゃっ!?」
 勢いよく男はその場で回転すると、周りの仲間達を巻き込んで倒れた。
「キキョウ、素手でも結構いけるんだなぁ」
「うむ――シルバ殿、後ろ!」
「この――」
 大柄なスキンヘッドの男が、シルバを捕まえようとする。
「うわっ!」
 とっさにシルバは、袖から針を滑り出させた。
 そのまま、相手の手に無造作に突き刺す。
 スキンヘッドの大男は怒りに顔を赤くしながら、大きな手を引っ込めた。
「あ痛ぁっ!? て、テメエこの糞ガキが……!!」
「――シルバ殿に何という口を利く」
 跳躍したキキョウのドロップキックが、スキンヘッドの大男を吹っ飛ばした。
「シルバ殿、無事か?」
 着地したキキョウは、へたり込んだシルバに手を差し出した。
 その手を握り、シルバも尻を叩きながら立ち上がる。
「ああ、何とか。ありがとな」
「れ、礼には及ばぬよ。当然の事をしているまでだ」
 ぴこぴこばっさばっさと耳と尻尾を揺らしながら、頬を赤くしたキキョウは路地の先を見据えた。
「そうか? おっと、目的の酒場は目の前だし、{回復/ヒルタン}掛けとくぞ」
 シルバが指を鳴らすと、青白い聖光がキキョウを包み込む。
「うむ。こちらこそ感謝だ」
 活力が満ちるのを感じ、キキョウは頷いた。
「んじゃ、急ごうか、キキョウ」
「うむうむ!」
 路地を抜けたシルバとキキョウは、酒場目掛けて駆け出した。
 その直後、破壊音と共に、酒場の扉が内側から破壊された。
 大柄な戦士が宙を舞い、二人の頭上を通り過ぎ、無様に地面に転げ落ちた。
「すごーい☆ ヴィクターって、すごく力持ちなんだね!」
 薄暗い店の向こうに屈強そうな銀髪の青年と、懐かしい商人の娘の姿を認め、シルバは頬を引きつらせた。
 目が合うと、商人の娘・ノワは軽く微笑み、青年の陰に隠れてべーっと舌を出した。
「……んにゃろうめ」
 久しぶりに会う知人に、小さく呟くシルバであった。


 シルバは、迷宮で全滅したパーティー達からノワ達の情報は得ていた。
 消去法から、武僧のような巻布衣装をまとった銀髪の青年――ヴィクターが、件の人造人間なのだろう。
「先に言っておく。俺は別にお前と喧嘩しにきた訳じゃない。用事が終わったら、すぐに帰る。過去の確執はなしだ。それでいいか」
 シルバはその場から動かず、ヴィクターの後ろに隠れるノワに言った。
 すると、ヴィクターは、後ろのノワに声を掛けた。
「あれも、やっつけるか」
「うんやっちゃって、ヴィクター☆」
「わかった」
 ヴィクターという銀髪の巨漢は、右手を突き出した。
「シルバ殿!」
「って、人の話を聞けよ、おい!?」
 シルバはキキョウのタックルを食らいながら、地面に倒れた。
 直後、シルバがさっきまで立っていた場所を、ヴィクターの放った精霊砲の光が貫いていた。
 シルバは起き上がりながら、銀縁眼鏡を取り出す。
「よくも、シルバ殿を……」
 既に立ち上がっていたキキョウは腰を落とし、臨戦態勢に入っている。
「よせ、キキョウ。さっきも言った通り、俺は話し合いに来たんだ」
「しかし!」
「……あのでかいのを戦わせないのが、第一の目的。それ以外は全部我慢だ」
「……心得た」
 渋々、といった感じに、キキョウは柄から手を離した。
 もっとも、収まっていないのが、攻撃を仕掛けてきたノワの方だ。
「さっきから二人で何ブツブツ話してんのよ! 第一、会うなりお前呼ばわりなんて超生意気で失礼じゃない! そう思うよね、みんな?」
 すると、ヴィクターの左右に、貴族風のマントを羽織った青年と、黒尽めの精悍な男が並んだ。
「確かに、ノワさんの言う通りですね。これは粛正が必要かと思います」
「俺も同意だ。少々痛い目にあってもらう。だが安心しろ。殺しはしない」
「……やっつける」
 ノワを守るように立ちふさがる三人のやる気は、充分シルバにも伝わっていた。
「ちょっ……何でそんなに血の気が多いんだよ、アンタらは。しかもなんか全員イケメンだし」
「いや! シルバ殿も負けておらぬ」
「「「「いや、それはない」」」」
 キキョウの断言は、言われた本人にまで突っ込まれていた。

「待てよ。俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 間に割って入ったのは、頭に二本の角を生やした小柄な鬼だった。丸いゴーグルにローブ姿。
「……{鬼/オーガ}族の魔法使いとは珍しいな」
 思わず、シルバはそんな感想を抱いていた。
 彼は、ヴィクターにも負けない屈強な肉体を持つ骨剣を携えた一本角の大鬼と、髪をポニーテールにした同じく一本角の細身の鬼女を引き連れていた。
 ふと思い出し、シルバは後ろを見た。
 先程吹き飛ばされた戦士も、額に角が生えていた。どうやら彼らの仲間らしい。
「物事には優先順位ってモンがある。俺達が先に見つけたんだから、コイツらを捕まえる権利は、俺達にある。そうだろう?」
 その台詞に、シルバはピンと来た。
「あ、もしかしてアンタ達、例の全滅させられたグループから雇われた……」
「何だ、知ってんじゃねえか。アンタらもその口だろう? 言っちゃ何だが、アンタら二人じゃコイツらをどうにかする事なんて出来ねえぜ?」
「そっちだって、やられたの合わせて四人じゃん」
「四人じゃなくて六人な。いいんだよ。ソイツらは力を見る為の駒だから」
 ……なるほど、言われてみれば店の端に倒れているのが二人いるのが見えた。
 しかし、倒れている彼らと比べても、鬼パーティーの三人はまず雰囲気や装備からして、違う。
 歴戦の強者といった雰囲気が感じられていた。
「シルバ殿……」
「……ああ、相当やる感じだ」
 キキョウに、シルバは頷き返した。
「あ、まだいたんだ」
 そして、ノワは相変わらず空気を読んでいなかった。
「ああ。ここからが本番だぜ?」
 小鬼の魔法使いが、杖を構える。
「あれもやっつけるのか、のわさま」
「オッケー♪ やっちゃって、ヴィクター。あ、クロス君とロン君もそっちが先ね」
「……いいのか?」
「ロン。ノワさんの意思が最優先ですよ」
「ああ」
 そして、シルバ達が止める間もなく戦いは始まった。
 ノワのパーティーはヴィクターが最前に立ち、鬼の巨大な骨剣や二刀を、その屈強な肉体で受け止める。
 ヴィクターの身体から血が噴き出すが、動ずる気配はまるでない。
「何だと……!?」
 予想外だった鬼達を、そのまま捕まえようと腕を伸ばしてくる。
 そんなヴィクターの様子に鬼達がわずかに怯んだところを、後ろから飛び出した吸血鬼達が逆に襲いかかった。
「食らいなさい……!」
 クロスが、鬼女と視線を合わせる。
 その途端、鬼の女は頬を赤らめ、クタクタとその場に跪いてしまった。
「イブキ、どうした!?」
「しまった、魅了の術……!」
 ロンの相手をしていた大鬼の戦士が驚き、魔法使いの小鬼が叫んだ。
「いまだよ、ヴィクター。やっちゃえ!」
「わかりました」
 ヴィクターがロンと組んで大鬼に襲いかかる。
 ノワはよほど自分のパーティーに自信があるらしく、戦う気はないらしい。


 一方、問答無用で始まった戦闘に、完全に蚊帳の外に置かれてしまったのが、シルバとキキョウだ。
「シルバ殿、どうする?」
「どうするも何も……」
 シルバはキキョウと顔を見合わせ、戦いのただ中にある酒場へと飛び込んだ。
 そして。
「喧嘩すんなっつってんだろうがーーーーーっ!!」
 建物が揺らぐほどの大音量で怒鳴りつけた。
 さすがにこれにはたまらず、キキョウも含めたほぼ全員が耳を押さえた。
 キョトンとしているのは、ヴィクターだけだ。
「……聖歌隊の肺活量を舐めんなよったくもー」


 戦いは中断されたが、状況は好転した訳ではなかった。
 むしろ、一触即発といった雰囲気だ。
 臨戦態勢もそのまま、大鬼はヴィクターとロンと向き合ったままだし、小鬼は風の術が発動し掛けている杖を構えたままだ。
「……お前、そいつらの仲間か」
 小鬼は名前を、アクミカベと名乗った。
「仲間……? コイツらの?」
 シルバは唖然とした。
「違うのか?」
「いや、失礼な事言うなよ?」
「ノワ、傷ついたかもー」
「そうか、よかったな」
 ノワの非難を、シルバはスルーする。
「……俺はどっちの味方でもないし、争うつもりもない。しかし、これ以上揉めるって言うんなら、俺にも考えがある」
 酒場のど真ん中にキキョウと立ち、シルバは言った。
「両方、敵に回す気か?」
「へえ、それも面白いかも♪」
 そんな言葉が、両パーティーのリーダーから聞こえてきた。
「おっけ、分かった。このままじゃ話し合いにならないって事はよく分かった。キキョウ、頼むぞ」
「承知」
 言って、シルバは腕を高らかに掲げた。
「{崩壁/シルダン}」
「うおおっ!?」
 指が鳴ると同時に、防御力の下がった床板がノワ達の体重で崩壊した。
 術を使ったシルバは、術の発動と同時に跳躍したキキョウに抱えられ、天井の梁にしがみついていた。
「昔はよくやった手であるが、ずいぶんと久しぶりであるな」
「修理が大変なんだよなぁ、これ」


「高みから失礼」
 梁の上から、シルバは二つのパーティーを見下ろした。
 ちなみに今更だが、酒場には彼ら以外に人はいない。マスターもどこかに逃げてしまっているようだ。
 精霊眼鏡越しに、シルバは二種類の光が明滅している事に気がついた。
 ……雷と風の魔法だ。
 シルバは、クロスと呼ばれていた青年と、アクミカベという小鬼に視線をやる。
「おっと、そこの二人、攻撃魔法は使うなよ。悪いけど、発動よりウチのキキョウが短刀を投げる方が早い」
 何故分かったのかと呪文を待機させていた二人がギョッとする。そしてそのシルバの傍らでは、既にキキョウは二本の短刀を懐から抜いていた。
「何より、今当てるとこの梁が落ちる。そうなるとお前らも、巻き込まれるぞ?」
 ようやく大人しくなった面々を眺め回し、シルバは梁に腰を下ろした。
「という訳で用件だけ話す。それが済んだら退散する。あとは、好きにしてくれ」


 下の面々に言いながら、シルバは精神念話でキキョウとこっそり話をしていた。
(……よいのか、シルバ殿? あのような者達をのさばらせておいて)
(もっともな意見だけど、他の人間に出来る仕事ならそっちに任せた方がいい。……何というかあの連中は、関わると碌な事にならない気がする)
(根拠は)
(かつての俺。アンド前のパーティーの面子。おまけで、リフの実戦に付き合ってくれたツーカ雑貨商隊の親父)
(……なるほど)

「……で、その用件って何」
 ほとんど頭まで床に埋まったノワが、シルバを見上げていた。
「ずいぶんと機嫌が悪いな」
「乙女にこんな屈辱を味わわせておいてその台詞はないと思う!」
「その通りです! 女性に対してなんというデリカシーのない技ですか! 君は恥を知るべきです!」
「……別の手段を考えるべきだった」
「…………」
 ノワのパーティーの面々からは、非難囂々だった。
(……殴りてえ。すげえ殴りてえ)
「お、落ち着け、シルバ殿! 某が悪かった。ああ、彼らに関わっていると、それだけで胃が痛くなる気持ち、痛いほどよく分かった!」
 荒む心がキキョウに伝わっていたらしい。
 シルバは我慢を重ね、本題に入る事にした。
 こんなお節介は、さっさと終わらせるに限る。
「とにかくだ。そこの人造人間……だよな? そいつはやばいんだ――」
 そしてシルバは、学習院でのブルース先生の話を、彼らに伝えた。


「――という訳なんだ」
 すべてを話し終えると、酒場は静まり返った。
 幸いな事に、鬼達はずっとシルバの話を黙って聞いてくれていた。
 そしてノワ達はというと。
「罠だね」
「罠ですね」
「罠だ」
「……はんだんふのう」
「お前らを罠に掛ける理由なんて、どこにもねーだろが!? こっちはホント、お前らなんかに関わりたくないんだよ!? 知っちゃったから伝えに来ただけだ!」
 予想通りだったとはいえ、突っ込まざるを得ないシルバであった。
「どうしてそんな事するのよ。放っておけばいいじゃない」
 憮然としてたノワが、ハッと何かに気がついたらしい。
「あっ……も、もしかして、シルバ君、ノワの事!?」
 何やらすごい勘違いを始めたようだ。
「ダ、ダメだよー? 気持ちは嬉しいけど……敵同士だし」
 赤らんだ頬に両手を当て、ノワは恥ずかしそうに首を振った。上目遣いの笑顔は、例えそれが演技だとしても、並の男ならコロッといきそうなほど可憐なモノだった。
「シ、シルバ殿!?」
 そして、ぶわっと尻尾の毛を立てて焦るキキョウ。
 シルバは、おそろしく長い溜め息をついた。
「お前も落ち着け、キキョウ。……ノワよ、言っとくけど、ホントそういうのじゃ全然ないから。常識で考えてありえねーから。こりゃ別に親切でも何でもなくて、単に俺の知らないところで大爆発起こったりして死人が出たら寝覚めが悪いだろ。それだけだ」
 頭痛を堪えながら、シルバはノワを見据えた。
「お前の笑顔が、どんな男にでも通じると思うなよ」
「……! ま、まさかシルバ君……男の方が」
 ショックを受けたようなノワの視線が、シルバの隣のキキョウに向けられる。
「違うわっ! どうしてそう、いちいち俺の想像の斜め上をいくんだテメエ!?」


 ちなみに後日、シルバがこの話を酒場でカートンに話してみたところ、
「でもお前、それに関しちゃ自分トコのパーティー顧みてみろよ。ノワちゃんじゃなくても、誤解受ける要素充分すぎるぜ?」
 とオムライスをもしゃもしゃ食べながら、言われたという。


 閑話休題。
「理由は単純だ。世界は広くてお前よりずっと美人が存在する。んで俺はそれを知ってるっつーだけの話だ」
「だ、誰の事!?」
「教えると迷惑掛かる……か? いや、姉ちゃんいるしそれはないか。どっちにしろ遠いしお前とは一生縁のない相手だから、その点は安心しろ。あとキキョウ、何か怖え」
「……某には、後で教えるように」
「お、おおう……了解」
 予想外からの敵意に、ちょっとシルバは動揺した。
「あと、お前らが俺の話を信じないのは想定済みなんでね。そこのインテリ眼鏡」
「うん?」
 浮遊の術で一人、床から脱出し始めていたクロスに、シルバは懐から取り出した手紙を投げた。
 飛来するそれを、クロスは二本の指で受け止めた。
「さっきの俺の言葉の裏付け。学習院で古代語を専攻するブルース先生に、例の遺跡の文字を翻訳してもらったモノだ。そこに全部書いてある」
「クロス君?」
 ノワにふわふわと近付きながら、クロスは手紙をひっくり返した。
「……なるほど、この封蝋は紛れもなく学習院のモノ。本物のようですね」
「悪いが、内容が内容だからな。冒険者ギルドの方にも既にこの件は通達済みだ。彼を連れ回すのは、やめるんだ」
「そんなのひどいよ!」
 突然、ノワが叫んだ。
「あ?」
 目を瞬かせるシルバに、ノワはさらに言葉を重ねる。
「せっかく起きたこの子を、また眠らせるって事でしょ!? そんなの残酷すぎるよ! シルバ君はそれでも、人の心を持ってるの!?」
「……そうですね。ええ、確かに、シルバ氏の言葉には一理あると思います。しかし、ノワさんの言う通り、情けというモノに欠けますね」
「……非情」
「ヴィクターもやだよね!?」
「おれ、のわさまにしたがう」
「ほら、みんなこう言ってるよ!」
 シルバはチラッとアクミカベ達、鬼パーティーの方を見た。
 ……なんか心底同情に満ちた視線を向けられていた。荒っぽい外見とは異なり、幸い常識的な感性の連中のようだ。
「……いや、お前らが勝手に目覚めさせたんじゃん」
 もうやだコイツら。
 そのシルバの肩を、キキョウがポンと叩いた。
「……シルバ殿が関わりたくないと言った気持ち、某も充分痛感した。なるほど、実害がなくてもこれは関わりたくない人種だ」


「どうする、シルバ殿?」
 キキョウは、騒ぎ立てるノワ達にうんざりしているようだった。
 もっともそれはシルバも同じだが、キキョウと違うのは一応次の手を打ってあるという点だった。
「……そこんトコも、一応考えてやってる」
「……ホント、お人好しだなぁ、シルバ殿」
 感心すると言うより、むしろ呆れたような声だった。
「いや、大体想定内の反応だし、ついでにな」
 もう何度目になるか分からない溜め息をつきながら、シルバはノワ達を見下ろした。
「確実じゃないけど、停止させないで済むかもしれない方法がある」
「え?」
 それまで騒いでいたノワ達が、ピタリと黙った。
 もっとも、シルバの方法だってそれほど奇抜なモノではない。
「人造人間なら錬金術師の管轄だし、学習院に預ければソイツに興味を持つ学者だって沢山いるだろう。何せ、古代文明の生きた遺産なんだからな」
 シルバは、黙って自分を見上げる人造人間――ヴィクターを見た。
「実験動物にしろって言うの!?」
 ノワが叫ぶ。
「人聞きが悪いな。学者の連中、錬金術に医師、そういった連中ならもしかしたら、ソイツが抱えている問題点を調整、解決出来るかも知れないっていう提案をしてるんだよ」
「……理には適っているな」
「むぅ」
 穴に埋まったままロンが呟き、ノワが唸る。
「ただし、大きな問題が一つありますね」
「大きいか?」
 余計な事をとシルバは思った。どうやらノワのパーティーの頭脳であるクロス、彼が一番難物のようだ。
 一方、ノワは興味を持ったようだ。
「何なの、クロス君」
「当然、今の提案に乗るには、僕たちが彼をどのようにして手に入れたか、経緯を話す必要があります。……ここまでの流れから、当然貴方たちはそれをご存知と見ていいんでしょうね」
「まあな」
「……クロス君、つまり?」
 クロスは肩を竦めた。
「ヴィクターの身代と引き替えに、僕たちに捕まれって言っているんですよ、彼は」
「ひどい! シルバ君、そんなにノワ達を陥れたいんだ!」
「陥れるも何も自業自得っつーんだよ、これは! 真っ当な入手方法なら、追われる訳ねーじゃねーか!? 自分たちが何やったか分かってんのか!?」
「あんなの、お宝を手に入れるのは早い者勝ちじゃない!」
 ノワの断言に、ロンも同意した。
「……あれに関しては、隙だらけの連中が悪いと俺も思う」
「そういう正当性は、俺の前で話してもしょうがないだろ。然るべき場所で訴えてくれ。とにかく伝えるだけ伝えたからな」
 用事は済んだ。
 シルバはキキョウと共に、梁伝いに破壊された出口に向かう。
「ちょっと待ってください、シルバ君とやら」
「何だよ」
 足を止めて振り返る。
「ここの一文だけ、抹消されているのはどうしてですか?」
 クロスは、翻訳された古代文書の一点を指差していた。
 シルバにも、それがどこの事かは見当がついている。
「……お前はそんなに、人造人間を暴走させたいのか? 戦闘モードのキーワードなんて、知った所で、何一つ益にはならないだろうが」
「確かにその通りですね」
「…………」
 あまりにあっさり引き下がるクロスに、シルバは逆に不安を覚えた。
「何ですか?」
 特に敵意も見せない、紳士的な笑顔を向けるクロス。
 だからこそ、むしろシルバは警戒した。
「……まさか、そこんトコは解読してるとかいう事はないよな?」
「まさか。あの部分の解読は、出来ませんでした」
「それからついでだ。俺の方からも一つ。クロスとか言ったな、{半吸血鬼/ヴァンピール}」
「そうですが、何か」
「女冒険者達の失踪に関わってる疑いで、近い内にホルスティン本家から使者と召喚状が届くはずだ。下手に逃げるより、ネグラで大人しくしておいた方がいい」
「そうですか。誰が使者になるか、分かりますか?」
「心当たりはあるけど、教えない。アンタ、何か性格悪そうだし闇討ちされたら敵わない」
「ふふ、それはお互い様でしょう」


「そろそろいいか、坊主」
 鬼達が、床の底から這い上がる。
 シルバの掛けた{崩壁/シルダン}も、そろそろ効果が切れてきたらしい。
 シルバとキキョウも、梁の上から飛び下り、無事な床に着地する。
「……坊主ね。ああ、悪かった。けど、話の通りこっちも一刻を争う事態だったんで。そこんトコは理解してもらえると助かります」
 言って、シルバは小鬼の魔術師アクミカベに頭を下げた。
「おうよ。だがここから先は、俺達の仕事だ。いいな」
 言葉は大人しいが、要するに邪魔をするな、という事だろう。
 もちろん、シルバにも異存はない。
「了解。用事も済んだし、大人しく退散するよ。……後ろからバサッとかなければの話だけどね」
 一応、アクミカベ達がノワから目を離していないから大丈夫だとは思うが、用心はしているシルバだった。
「違いない」
 アクミカベが苦笑する。
 その横に鬼女が並ぶ。大鬼の戦士は、まだ穴からよじ登るのに難儀しているようだった。
 ノワはともかくクロスの一件は、おそらくカナリーが絡んでくる。出来ればここで彼だけは連れて行きたいが、目の前の鬼のパーティー達と揉めるのも得策ではない。
 彼らがギルドに連行していってくれれば、それが一番いいが……最悪の場合、またノワの位置を探る方法で追跡する必要がある。
 もっともそれも、カナリーが正式に、クロスの追跡を任命された場合だ。そうでなければ極力、ノワの件は冒険者ギルドの追っ手や賞金稼ぎに任せたい。
 ……などと考えていると、仲間達からの精神念話がシルバとキキョウに飛んできた。

(にぃ……お兄どこ?)
(こっちは今、タイランと一緒にスラムに入ったところー)
(ご、ご無事ですか……シルバさん、キキョウさん?)
(すまない。悪いが、僕はもうしばらく掛かる。本当にもう、本家とのこういう話し合いは時間が掛かってしょうがない……ふあぁぁぁ)

 シルバとキキョウは顔を見合わせた。
 どうやら、それなりに近くまで来ているようだ。
「……キキョウ、ひとまずはみんなと合流だな」
「うむ」
 方針の固まった、シルバ達だった。


 一方、ノワ達も相談しあっていた。
「どう思う、クロス君」
 無防備に見えるシルバの背中を見ながら、ノワはクロスに訊ねた。
 自分の考えはあるが、この参謀の言葉はかなりアテになる。
「……今はやめておくべきです」
「同意見。敵が二人増えると厄介だもんね」
「それもありますが……今、この場にいる人間の中で、僕が一番用心しないといけないのは彼だと思うんです」
 クロスの紅い眼は、シルバから外れない。
 ただ、そこはちょっとノワには分からなかった。
「何で? そこそこやる……のは分かるけど、普通の司祭だよ、シルバ君」
 ある程度の評価はする。
 確かに、彼がいなければ、前のパーティー『プラチナ・クロス』は回らなかった。
 だが、戦闘はからきしなのも分かっている。おそらく殴り合いの喧嘩をすれば、ノワだって勝てるだろう。
「ええ、それはそうでしょう」
 クロスはノワの意見に賛成する。
「だからこそ、注意するべきなんです。ノワさんが言うような聖職者なら普通、乱戦状態のこの酒場に飛び込んだりしませんよ。飛び込んでも何も出来なかったはずなんです。にも関わらず、結果ここにいた全員が、彼に見下ろされる羽目になった。自分に何が出来て何が出来ないか知っている冒険者というのは、とても厄介です。そういう意味では彼は筋金入りの冒険者だ。遠ざけてから動く事にしましょう」
「うん。ヴィクターの問題は、逃げてから考えよ。ノワ達が捕まらずに、解決出来る方法がきっとあるよ」
 明るく言うが、それはつまり全員が逃亡者の道を選択する事を意味していた。
「はい。いくつか気になる点もありますしね……」
 反対するモノはいなかったが、クロスの表情は硬かった。
「だからロン君、もうちょっと抑えてね。……牙を出すのはもう少し後」
「……分かった」
「ヴィクターはいつも通りね。さっきの話だとあんまり無茶しちゃ駄目だよー」
「りょうかいした」


 シルバ達が半壊した酒場から出て、仲間達と合流。
 ほぼ同時刻、酒場は周囲の建物を巻き込んで完全に壊滅し、アクミカベ達はかろうじて健在だったが、ノワ達はクロスの所有するアイテム『隠形の皮膜』を使って逃走した……。


 カナリーが、クロス・フェリーの件の調査を、本家から正式に任命されるのはこれから三日後だった。


※何かまあ、ダラダラ続きましたが、一区切り。
 あとがきもダラダラいきます。
 まとめて読んでみると、要するに用事伝えて帰りました、というだけの話になってしまいました。いやもう本当にすみません。(汗
 ネタ的には、このままシルバ達もいやおうなく参戦、キキョウが魅了の術掛けられて失踪……というストーリーもあるにはあったのですが、長さが精霊事件の比ではなくなるので没りました。出来るだけ短い話の積み重ねでいきたいので……。
 ……クロスの件を調査するのはいいとして、なんかどんどん墜落殿に潜る時間が減ってるような気がします。まあ、元々こんな感じですが。
 ノワ達の件は別に引き延ばす意図は全然ないのですが、何か長くなってしまいこれもまた申し訳ありません。
 ただ流れで、ヴィクターの戦力を書ききれなかったので、もうちょっと何とかしたいところです。鬼との戦闘を番外編で書くとか……?



[11810] ご飯を食べに行こう1
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2010/01/10 21:08
 間欠泉のような巨大な土煙が上がった。
 怒濤のような足音と共に、大地が揺れる。
 辺境都市アーミゼストから、南西に馬車で半日ほど離れた位置にあるブリネル山。
 その麓にある広大な森の中で、とある大きな敵と村人達は戦っていた。
 青空の下、剣を持った村人・アブが、大きく腕を振るった。
「撤退! 撤退だ!」
 同じように弓を持った村人・メナが、後ろを振り返る。
「軽傷の者は、重傷者を抱えて後退! 無事な連中は、それまでこの場で踏ん張れ!」
「そりゃいいですけどっ! 俺達だけじゃ……!」
 頭から血を流した幼馴染みの男を肩に担いだ若い衆が、弱音を吐いた。
 アブは、剣を構え正面を向いたまま、背後の仲間達に語りかける。
「戦えとは言わん……せめて、みんなが無事避難するまで――やりすごす!」
「うわー、自警団長、地味に後ろ向きだー!」
 怪我を負った若い衆が、情けない顔をする。
「じゃあお前、アイツと正面切って戦えるか?」
 弓を構えたメナが冷静に言うと、怪我人の青年は素直に頭を下げた。
「ごめんなさい、無理デス」
「っかし、どうすりゃいいんだあんなの……!」
 アブは迫り来る土煙を睨みながら、額の汗を拭った。


 日の暮れた辺境都市アーミゼスト、酒場『弥勒亭』の個室ルーム。
 大きなテーブルにはいつものように料理と――一角にはいつもと違って幾つか書類が積まれていた。
「カナリーのお仕事ってさー」
 ヒイロは手羽先をもふもふ頬張りながら、眼鏡を掛けて書類に羽ペンを走らせるカナリーを見た。
「うん、何だいヒイロ?」
 カナリーは目を書類から離さないまま、尋ね返す。
 本来ならこの手の仕事はとっくに自宅で終わっていたのだが、飛び込みで新しい報告書が飛び込んできたのだ。
 内容は、相手の合意なしに吸血行為に及ぶという、同族内では大問題となる事態を引き起こしたクロス・フェリーという半吸血鬼に関するモノである。
 クロスは愛人の子とはいえホルスティン家の者でありその問題の解決に、ホルスティン本家からカナリーが任命されているのだった。
「ボク達手伝わなくていいの?」
「ふむ……」
 ヒイロの質問に、カナリーはペンを動かす手を止めた。
「手伝ってもらいたいのは山々だけど、今は本家から派遣されてきた連中が動いている最中だからね。僕らが動くとかえって邪魔になる。しばらくは、大人しく事務仕事だよ。もちろん家宅捜索などの時は、僕も直接現場に乗り込むけど。パーティーのみんなに出番があるとすれば、そこからだね」
「ふーん」
 ヒイロは手羽先の骨をばりばりと食べ終えると、尻の下から雑誌を取り出した。
 情報発信基地として名高い、シトラン共和国の支部が発行している情報誌だ。
「何かあるのかな?」
「や、特に何もないなら、ちょっと行ってみたい所があるんだよねー。ここなんだけど」
 ヒイロが広げる雑誌を、それまでトマトパスタを食べていたシルバも覗き込んだ。
「何だ?」
「ブリネル山麓にあるエトビ村」
 聞いた事のない村だった。
「に」
 焼き魚を拙くフォークで食べていたリフが、顔を上げる。
「知っているのか、リフ?」
「ごはんおいしい所。あとおふろ」
「……あー」
 それは確かにリフも反応するな、とシルバは思った。
「しかし、某も聞いた事がないな。そこは、それほど有名ではないのか?」
 首を傾げるキキョウに、ヒイロは頷いた。
「うん、あんまり知られてないね。でもほらアーミゼストからそれほど離れてないし、馬車で半日ぐらい?」
 なるほど、記事にある地図を見てもそれほど遠くはないようだ。日帰りはちょっと厳しいが、一泊ならいい旅かも知れない。
「しかし、{墜落殿/フォーリウム}の探索がなぁ……」
 キキョウが唸るが、シルバはこれに関しては首を振った。
「いや、それはいいんじゃないかと思う。探索はみんな結構頑張ってくれてて、それなりに進んでる。たまには暗い地下より、青空の下を歩く方が、気分の転換にはなるだろ」
 身も蓋もない言い方をするとたまには休んだ方が効率が上がる、という事を、シルバはオブラートに包んで説明した。
 実際、迷宮に潜っていない日は、街の道場やら神殿やらでみんな修業やお務めだし、こういうのはありかと思う。
「先輩の意見に全面的に賛成ー!」
「にー」
 すかさず両手を挙げる年少組の二人。
 一方。
「ただ僕の方は残念ながら。本家の仕事さえなければね……」
 苦笑するしかないのがカナリーだった。
「あー……だよなぁ」
 さすがに、その仕事を放棄しろとは言えないシルバだった。事件自体も表だってはいないが、相当に大きな問題なのだ。
 下手をすれば、吸血鬼という種族そのモノが弾圧されかねない事態である。
「むむー」
「にぃ……」
 さすがにそれは分かっているのか、ヒイロとリフも勢いが弱まる。
 その二人が、ふとある一点を向いた。
 鎧から半身を出し、野菜スティックを水と一緒にポリポリ食べている、青い燐光を瞬かせる人造精霊のタイランだ。さすがに全裸、という訳にはいかず、水の衣で身体を覆っている。
「な、何でしょうか?」
 少し怯えたような表情で、タイランが首を傾げる。
「タイランの意見を聞いてない」
「に」
「そ、そうですねぇ……私も興味はありますけど……カナリーさんの件もありますし、どうするかは、お任せします」
 特に自己主張のない、タイランであった。
「なるほど。……ちなみに今の話をまとめると、行きたい派がヒイロとリフ。それにタイラン。仕事で難しそうなのがカナリー」
 んー、とシルバは頭の中でまとめて、どうすればいいか考えた。
「……カナリーの方で、ウチのパーティーに要請があった時の事を考えると、キキョウに責任者になってもらって、俺は居残りか」
「むぅっ!?」
「えー……それはちょっとやだなー」
「にぃ……なら、リフもがまんする……」
「そうですね。近場にも狩り場はありますし、お風呂でしたらグラスポートも……」
「ありゃりゃ」
 シルバの出した結論は、割と不評だった。
「気持ちは嬉しいけど、さすがにそれはちょっとどうかと思うよ、シルバ」
 カナリーにまで、苦笑混じりにだめ出しを食らってしまった。
 その時、扉をノックする音が響いた。
「よろしいですか、若様」
 若い女性の声に、カナリーが返事をする。
「ちょっと待って。タイラン」
「あ、はい」
 タイランが急いで、鎧の中に収まる。
「いいよ。どうした?」
 カナリーが許可をすると、書類を抱えたメイドの少女が入ってきた。吸血鬼だ。
「食事中の所申し訳ございません。追加の報告書の提出に参りました」
「そうか、ご苦労様。何か分かった事はあるかな?」
 書類を新たにテーブルに積み、カナリーが訊ねる。
「特には……フェリー氏はあちこちに別宅を所有しており、それらを確認するだけでも大変でして……」
「そんなに? 家なんて近場に沢山持ってても、管理するのが大変だろうに」
 怪訝そうな顔をするカナリーに、メイドの少女は言いにくそうに顔を赤らめた。
「あ、いえ……それは……その……主に女性のお宅で……」
「あー……」
「それを除いても、空き家や廃屋もあるのですけど……」
「ふーん。アーミゼスト以外にも、そこそこ……」
 新たに増えた書類に目を通したカナリーの手が止まる。
「…………」
「若様?」
 カナリーは、書類の一点を指差した。
「この、周辺の村は調べたのかい? 例えば、エトビ村の離れにある洋館とか」
「あ、いえ、まだ……も、申し訳ございません!」
「いや、いいんだ。なら、ちょうどよかったってだけの話だから」
 軽く笑いながら髪を掻き上げるカナリーに、シルバは麦酒を飲みながら、ジト目を向けた。
「……公私混同だな、カナリー」
「それぐらい、許してよ、シルバ。それにちゃんと仕事もこなすんだから。連絡の方は、ウチの伝達係とシルバ、精神共有よろしく」
「……了解」
「ど、どういう事でしょう……?」
 よく分かっていないメイドの少女だけが、オロオロとカナリーとシルバを交互に見ていた。


 昼下がりのエトビ村。
 比較的大きな木造の宿『月見荘』の前には、馬車が横付けされていた。
「えええぇぇーーーーーっ!?」
 その宿のカウンターから、ヒイロの絶叫が轟いた。
「本当にすみません」
 頭に包帯を巻いた宿の主人、メナが大きく頭を下げる。
 しかし、それで収まるヒイロではない。
「ヒイロ落ち着け」
 眉を八の字にして涙目のヒイロを、シルバが羽交い締めにした。もっとも本気でヒイロが暴れたら、そのまま投げ飛ばされてしまうのだが。
「でも! 何で狩りが出来ないの!? ここのメインなのに!」
「それが……少々厄介な事情があるんです――」
 メナは、重たい溜息を漏らした。


 このエトビ村の大きな収入源は、温泉目当ての観光客にある。
 そしてもう一つ、すぐ傍にあるブリネル山の森は広い上に野生の動物が多く、狩猟が名物にもなっている。
 {案内人/ガイド}付きで狩った獣は、その日の内に宿の料理人が調理し、晩飯のメインディッシュになるのだ。
 しかし、ここ最近、危険なモンスターが出現しており、迂闊に森に入れなくなっていた。
 相手は巨大な猪だ。それも並大抵の大きさではないらしい。
 キャノンボアと呼ばれるそれが大ボスとなり、バレットボアという部下を従えて、森を暴れている。時には里まで下りてきて、農作物を荒らしたりもする。
 どうにも手のつけようがなく、先日自警団が武器を手に討伐隊を編成したが、結局どうにも相手にならず、ほうほうの体で帰ってくるのが精一杯だったという。


「――という訳なんです」
 メナ自身もその自警団に参加しており、頭の包帯はそれが原因だったらしい。
「ははぁ、なるほど」
「それでもう、我々だけではもうどうしようもなく、これはもういっそ冒険者でも雇おうかという話にもなっている状況なんです。狩猟自体ある程度のリスクが伴うのは当然ですが、さすがにこれは、そんなレベルではありません。もしも万が一があった場合を考えると」
 メナの話を聞き終えたシルバは、難しい顔をした。
「分かります。しかし何というか……それは好都合と思ってる奴が約一名いましてですね」
「……はい?」
 目を輝かせたヒイロが、元気いっぱいに手を挙げた。
「はい! はいはいはい! ここに冒険者がいます! 雇いましょう! 格安ですよ!」
 そんなやりとりをしている後ろで、巨大な甲冑――タイランが、カナリーの従者であるヴァーミィ・セルシアと共に『武器』を含めた荷物を抱え、ホールを見渡していた。
「あ、あのー……シルバさん、お荷物はとりあえず、そこに固めておいていいですか?」
「え?」
 武器を見たメナは、シルバとヒイロに視線を戻した。
「という訳で、アーミゼストの冒険者パーティー『守護神』の一行です。一応二泊三日の予定だったんですが。仲間達と話し合って、その話に乗るか決めたいんですけど……よろしいでしょうか?」


「……まあ、そういう話になってるんだけど」
 荷物を適当に置いたシルバ達は、ホールの一角にあったテーブルに集まった。
 そして、カウンターでのやりとりを説明した。
「要するに、狩りをすると言う事だな、シルバ殿」
 キキョウの問いに、シルバは頷く。
「うん、元々の予定ではあったし、ヒイロがものすごく乗り気だしな」
「猪系かぁ……強いって事は美味しいんだろうなぁ」
「しかも、既に食い気モードに突入しているね」
 涎を垂らすヒイロに、やれやれとカナリーが肩を竦めた。
「ああ、もはや誰にも止められない。ま、成功すればここの宿代は食費も含めて全部タダだ。悪くないんじゃないか?」
「にぃ……お風呂は?」
 コートの後ろから尻尾を揺らしながら、リフが心配そうにシルバを見上げていた。
「そっちは普通に大丈夫だと」
 温泉は、森から離れていて、モンスターとは関係がないらしい。
「に」
「よ、よかったですね、リフちゃん」
 リフとタイランが、大きさの異なる手を軽く叩き合う。
「にぃ。どうくつ温泉」
「わ、私も楽しみです」
「に」
「僕の方は洋館の調査か……」
 一方カナリーは、仕事の方も忘れていなかった。
「ま、そっちももちろん同行するつもりだけどな」
「だね」
 みんな、それぞれにやりたい事があるみたいだ。
 シルバはシルバで、ちょっとばかり考えている事があった。もっともそれは、今回の小旅行そのものとは、あまり関係がない。
 しかしそんなシルバの様子に、リフは気付いたようだ。
「……お兄、何か気になってる?」
 司祭の服を引っ張り、尋ねてくる。
「んー……まあな。ほら、出発前にお前が教えてくれた、霊道って奴。あれ、何とか使えないかなーとか、まあちょっと色々調べてみたいかも」
 シルバは、精霊眼鏡を取り出した。
 霊道というのは、精霊にしか使えない特殊なトンネルのようなモノで、普通の空間よりも圧倒的に速い移動が可能な通路だ。使えない理由は単純で、精霊にしか見えないからだ。ちゃんと認識していないと、入る事は出来ない。
 たまに人間が神隠しに遭うのも、うっかりこれに入り込んでしまうのが原因ではないかとされている。
「幸い、都市よりも精霊は多いみたいだし」
「にぃ……霊道も多い」
 何をどうするかというのは、特に決めていないが、何かの成果が出せればなぁと思うシルバだった。
「シルバ殿は、真面目であるなぁ」
「もうほとんど、趣味の領域になってるね。実用的でいい趣味だとは思うけど」
 キキョウとカナリーが顔を見合わせ苦笑する。
「某も久しぶりに、滝修行をしてみるかな……」


「そして残る問題は一つ」
 メンバーの間に、小さく緊張が走った。
「……うむ」
「……そうだね」
「部屋割りだ」
 テーブルに広げられた用紙には、二人部屋が三つ、書かれていた。
 つまり、誰と誰が一緒になるか。
 とても、重要な事だった。
「あ、あのー……それですけど」
 大きな手を挙げたのは、タイランだ。
「珍しいな。タイランが一番の意見なんて」
「あ、は、はい。私は……ヒイロと一緒でいいです。付き合い長いですし……」
 遠慮がちにいうタイランに、あっさりとヒイロは賛意を示した。
「あ、そだね! じゃ、ボクはタイランと相部屋でー!」
「……まあ、妥当な所ではあるか」
 キキョウが軽く息をつく。
「に」
 次に手を挙げたのは、リフだった。
「はい、リフ」
「リフはお兄といっしょがいい」
「ぬぅっ!?」
「こ、これはストレートな……!?」
 リフの発言に、キキョウの尻尾が逆立ち、カナリーの尖った耳が激しく上下した。
「し、しかしリフ。さすがにそれはどうかと思うのだ。もし何らかの間違いが起こったら、君のお父上が都市を丸ごと一つ焼きかねない」
「に……」
 ちなみに、この旅行の前、保護者としてリフに同行すると強行に主張していたフィリオであった。学習院の講義がなければ、絶対に参加していただろう。
「でもこのままだと……」
 リフは、キキョウとカナリーを交互に見て。
「お兄より、二人がこまる」
 ズバリ、核心を突いた。
「ぬ……!?」
「…………」
 動揺するキキョウに対し、カナリーはしばし考え。
「……なるほど、心遣い痛み入るよ、リフ。君はいい子だ」
 頷き、リフの頭を撫でた。
「にぃ……」


 カナリーは考える。
 三人の誰もが、シルバと同じ部屋になる可能性があった。
 しかし、カナリーは自分が女性である事を、シルバに知られている。淑女としてそうした事態は避けたい所だった。
 かといってキキョウ。こちらも何となくカナリーには察しがついているが、やはりシルバと同室では困る事情が存在する。何がややこしいといって、キキョウの場合は同室になって喜ぶのはいいが、その直後にうろたえてしまうのが容易に想像がついてしまうのだ。
 だから、シルバに妹分として見られているという自覚のあるリフが立候補したのだろう。
 カナリーはリフの行動をそう察した。
 ……それは、いち早く一歩引いたタイランも、似たようなモノだ。
 まったく興味深いな、とカナリーは思う。
「まあ、そういう訳でよろしく頼むよ、キキョウ。相部屋とはいえ僕はプライベートな空間を尊重する主義だ。なるべく君の行動を妨げるような真似はしないつもりだし、安心していいと思う」
「む、むぅ……」
 案の定、尻尾を弱々しく振っているキキョウに、カナリーは手を差し出した。
「……いや、うむ。カナリー、こちらこそよろしく頼む」
 その手をキキョウは握り返し、それからへにゃりと尻尾を垂らした。
「……残念やら、ホッとするやら、微妙な気分だ」


 自分達の部屋に荷物を置くと、シルバは宿常備の軽い布の服に着替えた。前をボタンで留めるタイプの簡単な服装だ。
「という訳で風呂だ」
「に!」
 そしてリフは、真っ白い仔猫の姿になっていた。
 会話自体は精神念話で行えるので、リフが宿の人間と話す事でもない限りは支障はない。
「うん、そっちの姿だと俺も助かるぞ、リフ」
 ……さすがに、シルバとしても小さな女の子と一緒に風呂に入る訳にはいかない。
「に。リフは元々こっちがホントの姿」
 尻尾を軽く揺らしながら、リフにも不満はなさそうだ。
「動物入浴ありらしいのは助かったな。そうじゃなかったらちょっと厄介だった」
「にぃ」
 シルバは自分のベッドの上に胡坐をかくと、エトビ村の地図を広げた。リフもそのベッドに飛び乗る。
 もちろんそれは、翌日に控えるモンスター退治の為……ではなく。
「……結構温泉多いな」
「に……全部はむずかしい」
 温泉巡りの為だが、一人と一匹の表情は真剣だった。
「しかし、洞窟温泉は外せない、と」
「に。山の中だから、いい霊力あるはず」
「けどちょっと距離あるし、これは回復も兼ねて明日の仕事が終わってからだな。とりあえず今日の所はこの宿の露天風呂にしとこう」
「に」
 リフのも異存はないらしく、二人は露天風呂に向かう事にした。


 脱衣所で服を脱ぎ、シルバは腰にタオルを巻いた。
 脱衣所には人気が全くない。
「……やっぱり、ちょっと人が少ないな。元々が隠れ里ってのと、あとは例の猪連中が原因か」
「にぃ……」
 頭の上で、リフも鳴く。
「ポジティブに考えると、貸し切り状態だが」
「に。およぎほうだい」
「それはマナー違反」
 などと言い合いながら、シルバ達は露天風呂に踏み込んだ。
「うお、でけー」
「にぃ、でけー」
 やや日の傾きつつある露天風呂。
 うっすらと白い湯煙の立つそこは、左右の仕切りを見た限りでは大きなホールほどの広さだろうか。
 しかし、正面は。
「……湯煙で先が見えねえ」
 どれだけ広いのか、ちょっと見当もつかなかった。
「に。探検」
 シルバの頭の上で、リフがきりりと言う。
「……ポジティブだな、リフ」
「ちがう。あくてぃぶ」
「……地形効果・温泉か。ま、いいや。とりあえずは身体洗ってから、奥の探索と行こう」
「にぃ」


 身体を洗い終えた二人は、ジャバジャバと腰近くの深さの湯船を奥に向かって歩く。
「……ま、この辺でいいか」
「にぃ」
 適当な所で腰を下ろし、シルバ達は湯船に浸かった。
 リフはそのままでは溺れてしまうので、シルバが湯桶に溜めたお湯に入る。
「なかなか……いい湯だな」
「にー……」
 熱さも程々で、二人揃って和んでいると、遠くにうっすらと人影らしき者が見えた。
 別の客だろうか、不思議と湯を掻き分ける足の音が聞こえない。
 と思っていたら。
「……シ、シルバさん?」
 淡く青い光をまとった人工精霊のタイランだった。長い髪を頭の後ろでひとまとめにし、身体にはおそらく水で作ったと思われる薄衣をまとっていた。
「……混浴じゃなかったよな、リフ?」
「に、男湯と女湯が繋がっているのはよくある事」
「確かに」
 他の男客がいなくてよかったと思うシルバだった。
 もしいたら、ちょっとこの美人さんの注目具合は、大変な事になっていたかも知れない。
「って冷静ですね二人とも!?」
「今更だろ。それにお前が素っ裸ならともかく、もう服着てるじゃないか」
「せ、正確には服じゃないですけど……」
 確かにタイランは、タオルよりもこちらの薄衣の方が楽だろう。
 何だか、おとぎ話に出て来る泉の女神のような服装だなと、シルバは思う。
「……ま、あんまりジロジロみるのも失礼だよな」
 恥ずかしそうなタイランから、シルバは目を逸らした。
「に、お兄だめ」
「はっはー」
「……あの、シルバさん、その胸の傷は一体」
 タイランも湯船に浸かりながら、シルバに訊ねてきた。薄衣も水製のようなので、そのまま入っても問題はないらしい。
 言われ、シルバは自分の心臓を貫く、大きな傷痕に手を当てた。
「ん? 昔の傷痕。まあ気にするな」
「にぃ。お兄、一回死んだ事があって、その時のだって」
「……あっ、そ、そうですか」
 気楽に言うシルバにリフが言い足すと、何だかタイランは触れちゃいけない話題だったかのように思ったらしい。
「その、ヒ、ヒイロは何か遠くまで泳ぎに行きましたよ?」
「……そいつはよかった」
 ちょっと安心。
「にぃ、マナーいはん」
「お前が言うな。それより誰かに鎧から出る所を見られたって事はないよな?」
「へ、部屋からこの姿ですから多分、大丈夫です」
「なるほど」
「……キ、キキョウさん達はどうしたんでしょう」
「あ、キキョウは何か、滝の下見に行くって。カナリーも村はずれにあるっていう洋館見に行くらしいから、途中まで二人一緒じゃないかな」
 のへーとリラックスしながら、シルバが言う。
 普通の男なら、美人と二人(正確には三人だが仔猫状態なのでノーカウント)ならそれなりに緊張もするのだろうが、子供の頃から姉や妹と一緒に風呂に入っていたシルバには、その辺の感覚はかなり麻痺していたりする。
「モンスター退治のお話ですけど……どういう感じになるんでしょうか?」
「んー、うん、そりゃみんなが集まってから話すつもりだったけど、まあいいか。あくまで予定だしな」
 頭の中で作っている予定を、シルバはそのまま口にする。
「仕事自体は早朝からスタートだな。だから今日は夜更かし厳禁」


 村に被害を与えているキャノンボアというモンスターに関しては、宿の主人メナから大体の事を聞いている。
 まさしく猪突猛進な相手のようだが、そのキャノンボアよりもむしろ、周囲のバレットボアが厄介そうだとシルバは判断している。
 手下と言っても、やはり通常の猪より相当に大きいらしい。
 明らかにパワーと破壊力が必要そうな相手なので、キャノンボアを相手にするメインアタッカーはヒイロとタイラン。
 それを邪魔されないようにバレットボアを相手取るサポートが、動きの素早いキキョウとリフ。
 カナリーはシルバと一緒に後方支援、こちらの火力も主にキャノンボアに集中させる……。


「――と、こんな感じ。持ってきた装備以外の準備は、風呂上がってから整えよう」
「は、はい」
「それにしても、ヒイロは一体どこまで行ったんだ? ……遭遇しても困るんだけど」
 後半を小さく呟き、シルバはまだ戻ってくる気配のない鬼っ子の事を考えた。
「に……」
 不意に、リフが頭を上げた。
 何だか緊張しているようだ。
「ん?」
「悲鳴、きこえた」
「覗きか!」
「多分、ちがう」


 そろそろ夕方に差し掛かろうという、露天風呂の裏手に広がる農園。
 突然だが、農園で働く青年アッシュルは命の危機に瀕していた。
「ブルルルル……」
 どうやら、迷い込んできたバレットボアの一頭らしい。
 食べ物を求めてこの農園に潜り込んできた彼と、アッシュルは見事に鉢合わせしてしまったのだ。
「ひ、ひぃ……っ! だ、誰か……っ!」
 尻餅をついたまま、アッシュルはかすれた声を上げる。
 その声がまずかったらしい。
「ブルッ……!」
 刺激になったのか、バレットボアは後ろ足を蹴ると、アッシュル目がけて猛然と突進を掛けてきた。
「うわあああっ!!」
 たまらず、アッシュルは目の前を両手で覆った。
「うおりゃあっ!!」
 元気のいい声が響き、その直後、鈍い打撃音が響き渡った。
「ブルゥ!?」
 猪の悲鳴と……しばらくして、遠くに重い物が倒れる音。
 アッシュルが顔を上げると、夕日を逆光に、自分の大きな上着を身に纏った、短髪を濡らした少女が立っていた。
 やたら滑らかな素足が片方持ち上がっているのは、おそらく蹴りを放ったせいだろう。アッシュルは直接、その蹴りを見ていた訳ではないので、推測するしかないが。
「お、{鬼/オーガ}!?」
「味方味方」
 ひらひらと、彼女は笑いながら手を振った。


「あ、あんたは?」
「通りすがりの入浴客だよ! 悪いね、兄ちゃん。ちょっと上着借りる。大きくて助かった」
 青年に背中越しに答えながら、ヒイロは前のボタンを留める。
 野良作業に邪魔だったのだろう、小ぶりの岩に預けられていたそこそこ長身な青年の上着の裾は、ヒイロの身体を膝上近くまで隠していた。
 腕の丈も相当あるようなので、手首までめくり上げる。
 濡れた身体に布がくっつくのが少々気持ち悪かったが、その程度は許容範囲だ。
「……人間社会じゃ、パンツ一丁でも大問題だもんねー。さて」
 吹き飛ばされたバレットボアが、ゆっくりと立ち上がる。
「ブルル……」
 ヒイロの蹴りもそれなりに効いているようだが、戦闘意欲は落ちていないようだ。
 上等上等、とヒイロは嬉しくなった。
「やっぱり今の一撃じゃ致命傷にはならなかったか。兄ちゃん、武器貸して!」
「ぶ、ぶき?」
 へたり込んだまま、青年が尋ねてくる。
 チラッとヒイロは、あれ? と青年が持つ鍬を見た。
「その手に持ってるのは飾り?」
「た、頼む!」
 ようやくその存在に気がついたのか、青年は鍬をヒイロに放り投げた。
「あいさ! ボクが引きつけとくから、その間に兄ちゃんは逃げて人呼んで」
 受け取った鍬の柄をキリキリと回転させながら、ヒイロは突進してくるバレットボアを迎え撃つ。
「そ、それが」
「ん?」
「腰が抜けて」
 動けないらしい。ちなみに、バレットボア、ヒイロ、青年の位置関係はほぼ一直線である。
「ええっ!? ちょ――」
「ブルゥ……!!」
 バレットボアの頭突きが、ヒイロの目前に迫る!
「嬢ちゃん!?」
 強烈な衝撃が、ヒイロの全身に伝わってきた。
「……んー……」
 だが、足は地面についたまま。
 ヒイロはバレットボアを、正面から受け止めていた。
 正確には、両足は土の中に深く埋まっていた。それでかろうじて、バレットボアのチャージを受け止めたのだろう。
 その代わり、ヒイロの持っていた鍬は見事に砕けていた。
「ぶ、無事……なのか!?」
 青年は尻餅をついたまま、後ずさる。
「やっぱ、こんな細っこい武器じゃ今一つだね。あと、一応嬢ちゃんじゃないって事になってるんで一つよろしく――よっと」
 無造作に引き抜いたヒイロの片膝が、バレットボアの顎に強烈にヒットした。
「がふ……っ!?」
 真下からの電撃的な攻撃に、バレットボアの身体が軽く浮く。
 もちろんそれを見過ごすヒイロではない。
「へ?」
「ちょいさっ」
 呆気にとられる青年を無視して、力任せに両手で相手を押し切る。
「ブルっ!?」
 踏ん張りの利かなくなったバレットボアが、土煙を上げながら10メルトほど弾き飛ばされる。
「うし」
 ヒイロはそのまま振り返ると、青年の襟首を掴んだ。
「兄ちゃん名前は?」
「ア、アッシェル」
「ボクはヒイロ。足腰立ったら、そのまま逃げてね」
 言って、ヒイロはアッシュルを無造作に放り投げた。
「うわああああああ」
 温泉の仕切りの向こうに放り投げられ、直後、派手な水音が響き渡る。
「よいしょ」
 ヒイロは、畑を出て近くにあった岩を掴んだ。
 一抱えほどもあるそれを持ち上げて、改めてバレットボアに向き直った。思ったより地面に埋まっていたらしく、直径1メルト半はあるだろうか。
 正直、ヒイロ本人より大きい。
「ブルァ!?」
 立ち直ったバレットボアも、さすがに腰が引けたようだ。
「食らえ!」
「ブルゥ……!!」
 飛んできた岩を、バレットボアはとっさに回避した。
 しかしその正面に、既にヒイロは回り込んでいた。
「本番前の腕試しだ。ちょっとパワーの程を確かめさせてもらうよ?」
 身体を捻りながら、土まみれになったヒイロはニカッと笑った。
「正面からのどつきあいで!」
 ヒイロはバレットボアに見事な『回し蹴り』を食らわせた。
「ブホァ……!?」

 ――そんな一人と一頭の死闘も、遠目から見ればじゃれ合っているようにしか見えない。
 やや遠く離れた岩場の上から、恐ろしく巨大な猪・キャノンボアと、その手下であるバレットボア達が戦いを見下ろしていた。
 群れの規律を乱し、勝手に行動した手下を連れ戻そうとしていたのだが……。
 その必要はなさそうだと判断したのか、キャノンボアは楽しそうに戦うヒイロを見て眼を細めた。
 ……引き返す。
 手下達もゾロゾロとそれを追い、やがて岩場には誰もいなくなった。


 ――少し時間は戻る。
 諸事情により入浴時間の調整を検討せざるを得ないキキョウと従者を連れたカナリーは、宿を出た。
 そして、村外れにあるというクロス・フェリーの隠れ家の一つである洋館と滝の下見に向かった。
 洋館は無人である事を確かめて引き上げ、今度はキキョウの目当てである滝に向かう。
 そこで、二人は意外な人物に出会った。

 瀑布から少し離れた所で経営していた小さな茶店で、キキョウとカナリーは彼らと向き合った。
「そうか、シルバは相変わらずのようだな。テーストは訳の分からん事になっているが、まあ奴らしいといえばらしいか」
 革の上着にシャツ、ズボンという軽装で、元『プラチナ・クロス』のリーダー、イスハータは苦笑し、温かい香茶を口に含んだ。
 隣に控える戦士・ロッシェも似たような格好で、こちらは串焼きにされた魚を食べている。
 二人の顔を知っていたキキョウがカナリーに紹介し、近況を語った所だ。
「イスハータさん。貴方方は今、何をしてらっしゃる」
 カナリーと二人分の皿からフライドポテトをつまみつつ、キキョウは尋ねた。
「パーティーを解散した後、ロッシェと組んで武者修行といった所さ。一から出直しだよ」
「うむ」
 口数の少ないロッシェが短く頷く。
 イスハータ達は、ここから少し離れた小さな集落で、依頼を受けているのだという。
「あと、ノワの件は聞いているが……バサンズだけは解散してから行方が分からない。生きているかどうかだけでも、シルバに確認してもらえると助かるかな。精神共有切ってなければの話だけど」
「分かった。伝えておこう。今、某達はエトビ村に滞在している。シルバ殿には会っては行かぬか」
 キキョウの勧めに、イスハータは軽く笑って首を振った。
「そうしたい所だけど、今回はやめておくよ。どうもテーストみたいに図々しくなれなくてね。まだ顔向けが出来ない。もう少し修練を積んでからにさせてもらいたい」
「そうか」
「それに、俺もロッシェも一応まだ繋がってるから、その気になればコンタクトは可能だしな」
 精神共有の事を言っているのだろう、彼は自分のこめかみを軽く指で叩いた。
「貴方達がいると、猪狩りも楽が出来そうだったんだけどね」
 赤と青の従者を背後に控えさせたカナリーは、ホットワインのカップを口元で傾けた。
「猪狩り?」
 どうやら、イスハータ達は、エトビ村の問題を知らないらしい。
「ああ。僕達は身体を休めにこの土地にやってきたんだけど、ちょっと問題があってね」
 カナリーは事情を説明した。
「そうか。そういう事ならこっちの手が空いていれば手伝いたかったが……」
 しかし、イスハータ達にも、仕事があるというのはさっきも聞いた話だ。
「そちらにも都合があるだろう。しかし、二人で大丈夫なのか。それとも……」
 キキョウはもう一皿、フライドポテトを頼むべきか迷ったが、夕飯も近いので諦めた。
「いや、本当に俺達二人だけだが、相手は雑鬼連中ばかりらしいし、何とかなるさ」
「ああ」
 相棒の言葉に、ロッシェは静かに同意する。
 雑鬼とは、{鬼/オーガ}とやや似ているが、より貧弱な種族だ。その代わり、繁殖率が高く、悪知恵も回る。
 それでも知能も人間ほど高くないので、ビギナーの冒険者達の討伐依頼では割とお馴染みの連中だ。
 一般的な評価は弱くて卑怯な雑魚モンスター、である。
 イスハータはそれから、得心がいったように頷いた。
「むしろどこから沸いてきたかが気になっていたんだが……なるほど、おそらくそっちの事件とリンクしていたんだな」
「む?」
 眉を寄せるキキョウに、カナリーが説明した。
「つまり、雑鬼連中は元々はこちらの森の奥に住んでいたのではないかという事さ。しかし、キャノンボア達が暴れ回っているせいで、雑鬼連中は追い出され、余所の集落に迷惑を掛けているという訳さ」
「なるほど……」
 イスハータは苦々しく、顔をしかめた。
「放っておくと棲み着いて家建てて、どんどん我が物顔に振る舞う連中だからな。次に畑に忍び込んでくる時間は深夜だって分かっているから、それまでは準備期間中なのさ」
「締めの滝浴びという事か」
 キキョウに頷き、イスハータは窓から見える大きな滝に視線をやった。
「そういう事。あ、結構効くから、シルバにも勧めておいた方がいい。迷宮探索を頑張っているのなら、尚更だ」
「う、うむ……そ、そうだな」
「?」
 何故か口ごもるキキョウを、イスハータは不思議そうに見た。
「ふふふ、気にしないでくれ。複雑な事情があるのだよ」
 笑うカナリーのカップの中身も、ちょうど空になった。ポットを持ったヴァーミィを、首を振って制する。
「そうか。それじゃそろそろ俺達は行くよ。日が暮れる前には、{郷/さと}の方に戻りたい」
「ああ」
 イスハータ達と一緒にキキョウ達も、席を立つ。
「ああ。気をつけて」
「ご武運を祈っている」

 ちなみに、キキョウがフライドポテトのおかわりを諦めたのが大正解だったと知るのは、晩飯にでかい猪が出されてからの事となる。


『月見荘』の食堂。
 ヒイロの狩ったバレットボアを使った豪華な夕食が終わり、シルバは壁の時計を確かめた。
 本来なら、寝るにはまだ早い時間だろうが、パーティーのメンバーを見渡した。
「明日は早いから、今日は早寝な」
 そして、夜行性の種族であるカナリーと、目を合わせる。
「……って訳で、悪いなカナリー。『昼更かし』になりそうだ」
「いいよ。その分、存分に『夜寝』させてもらうから。じゃあ今日はこれで解散かな」
「そうだな。後は風呂入って……あ、タイランは一時間後にホールに来てくれ」
 シルバに言われ、重甲冑の前面を閉じようとしていたタイランは、首を傾げた。
「は、はい……? 何かあるんですか?」
「んー、俺の実験。そんなに時間は掛からないから手伝ってもらえると助かるかなと。リフだけでもいいんだけど、精霊のバリエーションは多い方がいいからな」
「? は、はぁ……」
「シ、シ、シルバ殿?」
 何故か慌てたように尻尾を揺らしまくったキキョウが、シルバの裾を掴んだ。
「ん? どうした、キキョウ」
「そ、某も一応、半分ほど精霊なのだが……」
 そう言われてみればそうだった事を思い出したシルバは、ポンと手を打った。
「ああ! じゃあ、キキョウも手伝ってくれるか?」
「む、無論」
 すると、今度はカナリーが大仰に肩をすくめる番だった。
「ちょっと待った、シルバ。精霊系の実験なんて面白そうなモノを放って、僕に寝ろというのか? それはあんまりじゃないかな」
「い、いや、でもお前は寝ないと」
「時間は掛からないって君は今、言っただろう?」
「じゃ、じゃあ、カナリーも? いや、いいけど、多分『見えない』人には退屈だぞ?」
「構いやしないよ。分析は自分でさせてもらうしね」
「じゃあ、ボクもー」
 満腹で眠たそうなヒイロも、立候補する。
「……結局全員かよ」


 見上げると大きな月と広い夜空が広がっている。
 風呂も上がり、パーティーの面々は『月見荘』のすぐ近くにある小さな空き地に集まった。
「もう一回言っとくけど、そっちの二人はえらい退屈だからな」
「はーい」
「構わないさ」
 大きな切り株に腰掛けた二人は、軽くシルバに手を振った。すぐ傍らには、タイランの甲冑も置かれている。
「ところでタイラン、身体の調子はどうだ」
「あ、は、はい……かなりいい感じです」
 今のタイランは甲冑を脱ぎ、水の衣を羽織った肢体を淡い青光が包んでいる状態にある。
 タイランは、故郷であるサフォイア連合国では、義理の父、コラン・ハーベスタと共に追われる身だ。その正体を悟られないようにする為、精霊としての力を普段は巨大な甲冑に封じている。
 霊獣の長であるフィリオの話によると、タイランは人工精霊という特殊な存在の為、魔法探知を使えばその波長さえ知っていれば、追跡するのは容易なのだという。
 本来は精霊炉用の核として生み出されたタイランは本来、地水火風という四大属性をすべてに対応出来る混成属性として作られたのではないかというのが、フィリオの分析だ。
 そんな目立つ精霊なら、どれだけ遠くにいても分かる。
 逆に言えば、一つの属性に固定してしまえば、分かりにくくなる。
 ただし、強い力を使うとまずい。何故なら疲労すると、固定していた属性が解け、本来の混成属性に戻ってしまうのだ。
 属性を固定するなら外に出ても構わないが、運動は軽いモノでも駄目。人間で言えば、ジョギング程度でも、集中力が切れかねないらしい。
 という訳で、今のタイランは最も安定する水の属性で固定していた。
「やっぱり外の方がいいか」
「あ、あちらはあちらで、安心できます……もう、家みたいなモノですし」
「それで、精霊の属性なんだけど……あれの切り替えは、お前の負担になるのか?」
 シルバの問いに、タイランは首を振った。
「い、いえ、切り替えだけでしたら、まったく……。ただ、力の使用は極力避けるようにと、フィリオさんはおっしゃってました……疲れると、本来の混成属性に戻ってしまうみたいなので……」
「なるほど、了解」


「でまあ、実験な訳だけど霊道に関して」
 精霊眼鏡を掛けたシルバは、空き地の中央に立った。
「高速で移動出来る、精霊の通り道だったかな」
 切り株に腰掛けたまま、カナリーがシルバの背後で首を傾げる。
「ああ。人間でもたまに使える人はいるらしいんだけど」
「にぃ……普通は駄目。子供なら割と入れるけど、大きくなるとほとんど無理」
 リフが首を振る。風呂を上がってからは、リフはずっと獣人形態でいた。
「って事らしい。俺も弾かれた」
 シルバも霊道に入る事は出来ず、苦笑する。
 さらに、キキョウが腕を組んだまま唸った。
「それに、入るのにも少々手間が掛かる」
「そうなのかい?」
 カナリーの問いに、リフが頷いた。
「にぃ……霊圧がすごいから、五分ぐらいじゅんびいる」
「わ、私はそうでもないですけど」
「タイランみたいな純粋な精霊種はべつ。霊道とおなじモノだから」
「……なかなか制約が多いね」
 利用しようにも、問題は山積みのようだ。
「おまけに、どこにでも出られるって訳でもない……んだったか、リフ」
「に。あちこちに出口はあるけど、途中では出られない。枝分かれするトンネルみたいなモノ」
 やれやれ、とカナリーは溜め息をついた。
「……シルバ。言っちゃ何だが、とても厄介な代物じゃないかこれは? 君は一体、これをどうしたいんだい?」
「どうしたいというか、どうしたかったのかっていうと、パーティー全員の迷宮からの脱出と、途中からの再開だったんだ」
 霊道が利用出来るなら、行きも帰りも大幅に時間の短縮になる。
 それが、シルバの目論見だった。
「ああ、なるほど、それは便利だ。ただ、現状だと、君と僕とヒイロが置き去りになってしまうけどね。ああ、あとタイランの甲冑もだ」
「……えー?」
 かなり眠たそうにしながら、ヒイロがカナリーにもたれかかったまま、残念そうな声を上げる。
「そうなんだよなぁ。入り口の発生まではクリアしたんだけど」
 あっさりというシルバに、キキョウが仰天した。
「な、なんと?」
「だから、さっき言ってた、入るまでに時間が掛かるっていう話な。それはまあ、何とかなった。例えばこの空き地の霊道はここと――」
 淡い白光で出来た人が通れるほどのトンネルを、シルバは指差す。普通の人間には見えないが、精霊眼鏡を通したシルバにはそれが認識できた。
 そして、その出口を指が追いかける。
「――あそこが繋がっている」
「うむ」
「こうすれば、通れる」
 シルバは、用意していた針で霊道を刺した。
「ぬお……っ!?」
 突風が生じ、キキョウが後ずさる。
「……僕には何が起こってるのかサッパリだよ」
「……同じくー」
 不満そうなカナリーと、眠たそうなヒイロからはブーイングが上がった。
「じゃあま、キキョウ実践」
「う、うむ」
 苦笑いを浮かべながらシルバが促すと、キキョウは霊道に踏み込んだ。
 その直後、キキョウの姿は空き地の端に移動していた。
「……へえ」
 カナリーは軽く目を見開き、切り株から腰を浮かせた。
「も、戻ってもよろしいかー?」
「いいよー」
 離れた場所で手を振るキキョウを、シルバは手招きした。
「ほ、本当に通れたが、戻りは徒歩なのだな」
 霊道の出口を振り返り、キキョウは残念そうな顔をした。
「一方通行でね。向こうに俺がいたら、また開けるんだけど」
「うむむ、任意の場所に出られるなら、恐ろしく便利なのだが……」
「なかなかそこまで話はうまくない。リフの精霊砲を使って、あらぬ方角からの奇襲攻撃……ってのも考えたけど、滅多に出来るもんじゃないな」
「にぃ……相手の近くに霊道ないと……」
 しょぼんとするリフに、キキョウも改めて唸る。
「しかし、戦闘に限定した話になるが、奇襲にはかなり有効な手段ではないだろうか。こう、某とリフが相手の後ろを取るという方向で……」
「悪くはない。悪くはないんだが……」
「霊道の場所が限られているのが痛い、か」
 カナリーが的確に問題点を指摘した。
「そういう事。移動手段として活用できれば、探索に関してものすごいアドバンテージになると思うんだけど、まだまだ考えなきゃならないみたいだ」
「交通費も浮きますしね……」
 タイランの言葉に、シルバは深く頷いた。
「それはかなり大きいな」
「移動時間の大幅な短縮にもなるし、そうなると行動範囲も広がる」
 カナリーの言っている事が、まさしくシルバの目指すモノであった。
「うん、ただ夢は大きいけど、実用化に到るまでがなぁ」


「実験って言うのはこれでおしまいかい?」
 カナリーの問いに、シルバは首を振った。
「いや、もう一つ。むしろこっちがリフやタイランに通用するか、確かめて欲しかったんだけど」
 シルバは新たな針を取り出して、空き地を見渡した。
 幾つもの光の穴とそれらを繋ぐ無数の線、それらが精霊眼鏡を通して見て取れる。
「霊脈には、二種類の力の{穴/スポット}がある事が分かった。収束と解放だ。カナリーの雷撃……だと、近所の人に騒がれるな。タイラン、風属性になってもらえるか」
「は、はい……」
 タイランを包む青い燐光が、白い光へと変化した。タイランを中心に、大気が緩やかに渦を描き始める。
「さいくろん」
 何か、リフが呟いた。
「でまあ、収束するスポットに楔を打ち込むと――」
 シルバは針を、風の精霊が収束している霊脈の一つに突き刺した。
 その途端、針を中心に巨大な突風が発生した。
「瞬間的に風が強まる」
「おお」
「……実に興味深いな」
 キキョウとカナリーが、感心したように頷いた。
 風はすぐに収まった。
「そしてもう一つ、解放の方に楔を打ち込んで……タイラン、ちょっとでいいんで、風をあそこへ」
「は、はい」
 シルバが新たに針を打ち込んだ地点に、タイランが緩やかに風を放つ。
 すると、そこに緩やかな竜巻が生じた。しかしその竜巻が消失する気配はない。
「風がしばらく留まるようになる。俺が打ち込んだ針の仕事は、力の維持だな」
「面白い……が、厳しい事を言えば、正直あまり意味がないな」
 カナリーは残念そうに首を振った。
 まったくその通りなので、シルバも気まずそうに頭を掻くしかない。
「うん。これも、簡単なトラップとしては有効だけどなぁ。でまあ、そのバリエーションの一つなんだけど――{回復/ヒルタン}」
 シルバは新たな霊脈に針を打ち込み、指を鳴らした。
 地面の一角が青い光を放ち始める。
「そうだな、キキョウ。その針を回収してくれないか」
「? う、うむ……」
 キキョウは言われるままに、青い光を放出する霊脈に近付いた。
 柔らかい光に包まれたその箇所は、ほんわかと温かい。
「……何と!?」
 その光が生じる癒しの効果は、前衛職であるキキョウには馴染みのあるモノだった。
「回復にも使えるらしい」
 ふー、とシルバは重い息を吐いた。
「って事は分かったんだけどな。正直カナリーの言う通り、あまり意味がない。だってそうだろ。これだと二度手間だ。俺が唱えた方が早いじゃん」
「シルバ。それはちょっと違う」
 先刻否定したばかりのカナリーが首を振った。
「うん? だってお前……」
「精霊による攻撃と{回復/それ}では、まったく意味が異なるよ。リフ、君もキキョウの所に行くといい」
「に」
 カナリーに促され、リフはキキョウに駆け寄った。
「にぃ……?」
 すると、リフの身体も淡い青光に包まれる。
「僕だとダメージを食らってしまうのでね。君が言ったのだよ、シルバ。ある程度、力の維持が出来ると」
 カナリーは、青い光の真上に立つキキョウとリフを指差した。
「という事はだね、あそこを前衛の拠点としておけば、その分シルバの手数が増えるという事じゃないか、これは? 常時回復出来る拠点防衛というのは、大きいと思うよ僕は」
「……さすが。お前、連れてきて正解だったな」
 思いつかなかったシルバは感心したように、カナリーを見た。
「か、感謝するといい」
 カナリーは頬を赤らめ、そっぽを向いた。
「あと、お兄」
 リフは足下の針を見つめていた。
「ん?」
「針のある収束スポットにリフ達立つと、ちょっとつよくなるみたい」
「ですね……精霊の力の収束点ですから」
「前衛ならば某、後衛ならばリフの力が増すという事か。タイランは今の状態ならばよいが……」
「普段の甲冑ですと、難しいですね……」
 それはまあ、しょうがないだろう、とシルバは肩を竦めるしかなかった。


「うん……ひとまず今の所はこんなモンか。霊道を使うアイデアが、もうちょっとでモノになりそうな気がするんだけどなぁ……」
 シルバは今日分かった事をメモに取ると、顔を上げた。
「それじゃそろそろ帰るか」
 メモをポケットにしまって促すが、何故かカナリーが立ち上がらなかった。
「うん。それはいいけどシルバ」
「どした?」
 カナリーは、自分にもたれかかるヒイロを指差した。
「……くー……すー……」
「……寝てるな」
「寝てるね」
 道理で、静かだと思った。
 かと言ってこんな所に放っておく訳にもいかない。
「ったくしょうがないな。ヒイロ、起きろ」
 軽く揺さぶってみる。
「んむ……おかわり……」
「……何てベタな夢をみてやがる」
「やれやれ。ヴァーミィ」
 カナリーがしょうがない、という風に指を鳴らすと、影の中から赤いドレスの美女が出現した。
 しかし、こんな事で彼女を煩わせる必要はないとシルバは判断した。
「いや、これぐらい俺が運ぶって。どうせすぐ近くだし」
 言って、シルバはだらんと力のないヒイロの身体を、背中に担いだ。
「……馬鹿」
「うん?」
 残念そうに頭を振るカナリーの意味が、シルバには分からなかった。
 ……分かったのは、ヒイロの身体が背中に密着してからだ、
「…………」
 ダラダラと汗を流しながらカナリーを見ると、「それみたことか」といった表情をしていた。
「ど、どうした、シルバ殿」
「いや、まあ、その……」
「……当たってるんですね」
「……い、一応」


※いつもの倍の量でお届けしますが、何とも設定話っぽい内容でございますよ。
 霊道に関しては、もうちょっと研究が必要というか以前シルバ自身が言ってましたが、実戦で使ってナンボです。
 ひとまずこれで、ヒイロようやく公式バレの方向で。
「ジョーカー!」と「あててるんだよ」は自制しました。



[11810] ご飯を食べに行こう2
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2010/01/10 21:11
 カーテンの向こうはまだ、日も昇っていないようだ。
「んん……」
 シルバの朝は、聖職者としての務めが習慣となっており、とても早い。
 この日も自然に目覚めた……が、やけに、胸の上に重量があった。
 あー、リフが潜り込んだかと、寝ぼけた頭でもある程度予想していたのでシーツをめくってみた。
「くー……」
 猫耳の少女が、自分にしがみついてすやすやと眠っていた。
「っ!?」
 仔猫タイプだと思っていたシルバには、完全に不意打ちだった。
 その動揺が伝わったのか、リフも目を覚まし、寝惚け眼をこすった。
「……に……お兄、おはよ」
「お、お、おう、おはよ。ね、寝床に潜るのはまだいいとして、せめて猫形態で頼む」
「に……わすれてた……ごめん……今度から気をつける……ぬくぬく」
 まだ眠いのか、シルバに抱きついたまま、リフは眠りに落ちていきそうになる。
「……ちょっと待て、今度とか今の聞き捨てならないんだが」
 とにかく起きないと、と考えていると、扉がノックされた。
 扉の向こうから、朝っぱらにも関わらず、割と遠慮のない話し声が聞こえてきた。

「……まだ寝てるのかなー。ねー、タイラン、中、確かめてくれない?」
「ヒ、ヒイロ。寝てるのなら、その……勝手に侵入するのはどうかと思いますよ?」
「鍵、掛かってるみたいだねー」
「ちょ、ヒ、ヒイロ、だ、駄目ですよ……!? 何かノブが軋み上げてますから、そ、それ以上は……!」

「……朝から騒がしいな、おい」
 上半身を起こした状態で、シルバは呟いた。
「にぃ……」
 一緒の寝床に入ったまま、半分眠っているリフも同意する。
「……あと、この状況はそろそろ目撃されたら洒落にならないから、悪いけど離れてくれると助かる」
「にー……」


 ……そろそろ東の空が明るくなろうしている。
 ブリネル山麓の森に入ったシルバ達一行は、落とし穴や吊し罠といったトラップの作成に余念がなかった。
「嘘ついて、ごめんなさいでした」
 自分が女の子である事がバレたヒイロは、地図を広げるシルバに大きく頭を下げた。
「……まー、いいけどさ。大体の理由は分かるし」
「うん。あの時も、結構パーティー断られてたからねー」
 ヒイロが頭を上げる。
 困ったように笑いながら、頭を掻いた。
「鬼にしては小さいのと、何故か鎧を脱ごうとしない素性の知れないの。……まあ、なかなか組んでもらうのは難しいだろうな」
 ヒイロの後ろについてきた重装甲冑のタイランも、申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すみません……私の人見知りも……その、ありまして……」
「いいよいいよ。気にするな」
 軽く手を振るシルバ。
 そこに空から、やはり地図を持っていたカナリーが、逆さまになって降りてきた。空を飛べるカナリーの仕事は、森の形の把握だ。
「……しかし、余所にバレるとややこしい事態になる。性別に関しては、変わらず伏せておいた方がいいね」
「うん、わかった!」
 ヒイロは快活に返事をした。
 それを聞いた三人の気持ちはこの時、一つになっていた。
「……不安だ」
「不安だね」
「……ふ、不安です」

 一方、縄を編みながら何だか一人苦悩の中にあるキキョウの裾を、誰かが引っ張った。
 振り返ると、リフだった。小さな手にはドングリぐらいの茸がいくつかあった。
「……に、キキョウ、これあげる」
「む、むぅ……リフ、これは何だ」
「元気の出るきのこ。この森、いい野草とか、いっぱいある」
「……す、すまぬな」
 モース霊山に住む霊獣の娘の薦めならば、安心だろう。
 そう考え、キキョウは素直に茸の一つを口に入れた。
 すると、何だか胃の辺りが熱くなってくる。確かに効きそうだ。
「うぅ、しかしこうなるといよいよタイミングが……」
 どうしたものか……と、キキョウは唸った。元気とはちょっと別問題の悩み事なのだ。
 すると、ヒイロとの話が済んだらしいシルバが、キキョウに近付いてきた。
「大丈夫か、キキョウ? これから実戦なんだけど……」
「う、うむ、シルバ殿。その点は問題ない。――本番までには立て直す」
 キキョウは頭の中の悩みを強引に隅っこに押しのけ、自身を戦闘モードに切り替える。
 凛とした雰囲気に変わったキキョウに、シルバも安心したようだ。
「分かった。頼むぜ」
「うむ!」
 緩やかに尻尾を振り、キキョウはシルバと拳を打ち合った。

「お兄」
 作業に戻ろうとするシルバに、リフもついてきた。
「ん?」
「ちょっとだけ、試させて」
 リフがシルバの手を両手で握った。握手とは違う、まるで手を粘土細工か何かのように確かめてくる。
「ちょ、な、何だリフ? どした?」
「おくすりより効くみたいだから、じっけん」


 朝食のサンドウィッチを食べながら、話し合う。
「……頭がいいとは聞いてますけど、ど、どれぐらいなんでしょう」
 鎧から出て近くに川から組んできた清水を飲むタイランの問いに、カツサンドをもぐつきながらヒイロは少しずつ青さを増してくる空を見上げた。
「んー、そうだねえ。ボクの知ってる獣だと、勘のいいのは毒入りの餌とかもまず通じないかな」
「に……色々いる。でも、人間よりずるがしこいのはいないと思う」
「手厳しいなぁ」
 もしゃもしゃ野菜サンドを食べるリフのコメントに、木の株に腰掛けたシルバは苦笑するしかない。
「にぃ……人間のわな、すごい。父上でも、ほんのたまにだけどだまされる」
「そう言われると、人間すげえ」
 タマゴサンドを食べつつ、シルバは人間の可能性に呆れていた。
「まあ、とにかくさっさと片付けてしまおう。こういう泥臭い仕事は、どうも僕には向かない」
 高い位置にある木の枝に腰掛けながら、カナリーは温かいトマトスープを飲んでいる。干しぶどうを口に含みながら、キキョウはその枝を見上げた。
「というか、カナリーは一度も土をいじっておらぬではないか」
 カナリーは、パーティーのメンバーが休憩中、黙々と給仕に徹する赤と青の従者を指差した。人形族の二人も罠の作成を手伝っている。
「従者達は僕と一心同体。それに、僕だってちゃんと仕事はしているしね……というか、完全に日が昇る前にある程度地理を把握しないと、困る。昼間は僕は飛べないし、タイランは僕以上に、こういう作業はまだ慣れていない」
「す、すみません……」
「何、いいさ。僕だって得意って訳じゃないからね」
 カナリーは肩を竦めた。
 だが、その分タイランは、その巨体を活かして力作業で頑張っているのだ。非難する事など何もない。
「そういうのが得意なのは」
 シルバの促しに、
「はーい」
「に」
 ヒイロとリフが手を挙げた。
「山となると、独壇場だなこの二人は」

 干しぶどうを食べ終えたキキョウが、何気なく皆に背を向けた。
「…………」
「どうした、キキョウ」
(すまぬ、シルバ殿。……カナリー)
 刀の柄に手を当て、わずかに腰を落とす。
 それに気付いたのは、シルバと偵察を再開しようと空に浮こうとしていたカナリーだけだ。
(わざわざ念話を使うなんて、一体どうしたんだい?)
(某が動いたら、その先に向けて大きな魔法を頼む。出来れば生け捕りにしたい。相談している余裕は――なさそうだっ!)
 強烈な踏み込みに、地面が陥没する。
 木々の狭間を駆け抜け、キキョウは前のめりになって徐々に加速する。

 青みがかった空に、カナリーは高々と手を掲げた。
「{雷雨/エレイン}!!」
 勢いよく振り下ろされた手の平から生じた紫色の雷光が、森の一角に直撃する。
 唐突なカナリーの攻撃魔法に、呑気にご飯を食べていたヒイロ達は大いに慌てた。
「うわっ!? ど、どうしたの、カナリー!?」
「キキョウに聞いてくれ! 僕にも分からない!」

 濛々と立ち込める白煙と火花が晴れていく。
 ……カナリーなりに気遣ったのだろう、燃えた木は少ないようだ。これは後で、タイランに頼んで消火してもらえば問題はないだろう。
 そして、小さく開けた場所では、二頭の比較的小柄なバレットボアがカナリーを警戒していた。
「偵察とはな……どうやら本当に頭がいいようだ」
 まだ抜いていない刀の柄に手をかけ、キキョウはモンスターに向き合う。
「ブル……」
 二頭も、後ろ足で土を蹴り始める。
「リフならばおそらく言葉も通じるはず。悪いが生け捕りにさせてもらう!」
 一人と二頭は同時に動いた。
 一直線に突っ込んできた猪達が、バッと二手に分かれる。
「ブルゥ……!!」
「挟撃か。しかしその程度の速さで――」
 左手のバレットボアを斬ろうと白刃を瞬かせ、
「――!?」
 足下の違和感に、キキョウは驚愕した。
 何の変哲もなかった地面が突然崩壊し、真っ黒い大きな穴が生じたのだ。
「古い、落とし穴だと……っ!?」
 尻尾を振るい、空中に生じた架空の足場を大きく踏み込む。二段ジャンプでかろうじて穴の縁に着地する。
「ブルルッ……!!」
 バレットボアは、キキョウに目もくれず、森の中へと消えていった。


 シルバ達が追いついたのは、それからすぐの事だった。
「キキョウ、大丈夫か?」
 キキョウは頭を振った。
「ああ、某自体には何ら問題はない。しかし相手は相当やるようだ。斥候まで用意するとは、ただの猪だと思って舐めてかかると、とんでもない目にあうかもしれぬ」
「……斥候? 猪が?」
「おまけに、既に捨てられた古い罠まで活かし、逃げに徹したあの行動は見事だ。……ああまでされては追いつけぬ。あの動きは、獣というよりむしろ人の野伏や盗賊に近かった」
「それにしても、よく気がついたなぁ」
 感心したように言うと、照れたように頭を掻くキキョウの耳と尻尾が小さく揺れた。
「うむ、某もこれでも獣なので、山や森ならば多少の勘は働く。某はこういった事でしか役に立てぬ故、気を張っていただけだ。あとわずかでも近付けば、リフ達でも気付いていただろう」
「いや、そこは威張っていいぞ。そのわずかの差が、結構でかいんだから」
 言って、シルバは腕を組んだ。
 唸った。
「……それにしても……その連中の動き、頭がいいとかいうレベルか?」


 森の中を進む。
 長い年月を掛けて踏み固められた道は、大体馬車一台分が通れそうな幅がある。
「……何か、地面が揺れるな」
 シルバは地面に目を向けた。
 足の裏の振動は、休む事がない。いや、むしろ徐々に強くなってきているような気までする。
「普通の揺れじゃない。これは威嚇だね。敵が近いんだよ」
 振り返るヒイロはタイランと並んで、前を歩いていた。特に緊張した感じはなく、いつも通りの雰囲気に見える……が、わずかに殺気だっているのが、シルバには分かった。
「……地面揺らすほどの敵って、どれだけでかいんだ?」
「やりがいがあるねー……っと」
 左の茂みが小さく揺れる。パーティーの面々は一瞬緊張したが、直後に出てきたのは鹿や小鳥といった小さな動物たちだった。
 一同がホッとしていると、
「に」
 リフが茂みに向かって緑色の光を放った。
「ちょ、リフ何でいきなり精霊砲!?」
 驚くシルバだったが、すぐに理由が分かった。
「ブモォ!?」
 茂みの奥から、鈍い悲鳴が聞こえてきたからだ。
「奇襲。あの子たち、おびえてた」
 リフは必死に逃げている鹿達を振り返った。
「…………」
 やはり森の中だといつもより頼りになるなぁと思うシルバだった。
 一方、戦いはまだ続いていた。
「こっちもお客さんだよ!」
 今度は右から、バレットボアが現れた。
 それを正面から、重装鎧のタイランが受け止める。
「む、う……っ!」
「タイランナイス!」
 足止めされたモンスターを、ヒイロの骨剣が殴り飛ばした。
「ぶもっ!?」
「ど、どういたしまして……!」
 ふぅ……とタイランは吐息を漏らす。
「二段仕込みだと……? ええい、どうなっているのだここのモンスター達は……」
 左右の敵を仲間に任せ、キキョウは敵の気配を唸りながら探っていた。
 その耳に、何やら珍しい音が届いた。
 何か、というより、どこから、でキキョウはそれが何か気付いた。
「……飛来音?」
 空を見上げると、三つほどの茶色い塊がこちらに向かって飛んできている所だった。
 それは高速回転しながら急降下してくる、バレットボア達だった。
 その時、既にシルバは行動を開始していた。
「ちぃっ! みんな隠れろ」
 眼鏡越しに見える土の精霊穴を刺激し、地面を盛り上げ巨大な壁状にする。しかしこれだけでは、ただの土の壁だ。
 まだ足りない。
「――{鉄壁/ウオウル}!!」
 即席の防壁の硬さを強化した直後、激突音が三つ響いた。
 壁は大きく揺れたが、倒れる事はなかった。
「で、出ます!」
 タイラン達前衛が壁を回り込む。
「ああ!」
 シルバ達後衛も、その後を追った。
 どうやら、飛んできたバレットボア達は気絶しなかったらしく、前衛三人との戦いを繰り広げていた。
「ていやあっ!」
「詠静流――月光!!」
 ヒイロの骨剣が唸りを上げて振るわれ、キキョウの剣閃がモンスターの一匹を貫く。
 しかし、そのバレットボア達ですらまだ先兵にすぎなかったらしい。
 新たな猪モンスターがさらに二頭、茂みの中から突進してきた。
「何てデタラメなんだ――{紫電/エレクト}! ヴァーミィ、セルシア、手伝うんだ!」
 後衛に迫る敵を、カナリーの雷魔法と赤と青の従者が迎撃する。


 波のように押し寄せてくる猪達を迎撃している内に、シルバ達のパーティーはいつしか開けた場所に出ていた。
 相当に広い。
 まるで闘技場のようだな、とシルバは天然の円形広場を眺めて思った。
「に……」
 シルバの傍らで、リフが緊張した。
「リフ?」
「来るよ本命!」
 不意に、シルバ達を巨大な影が包み込んだ。
 生存本能が、考えるより早くシルバ達の身体を動かしていた。
「うわあっ!?」
 影から逃れるように、シルバ達は跳躍した。
 直後、これまでのバレットボアとは比べモノにならない大きさの大猪が、シルバ達がついさっきまでいた位置に落下してきた。
 大きく揺れる地面、巻き起こる土煙。
 尻餅をつくシルバ達どころか、何体かのバレットボアもひっくり返っていた。


 のそり、と緩慢な動きで起き上がり、相手はシルバ達をにらみつける。
 見上げなければ全身の見えないその巨体は、リフの父親フィリオほどもあろうか。
 そして彼の周囲に、バレットボア達が集まる。バレットボア一体も、相当な大きさのはずなのだが、それでも中央のボスと比較すると小柄に見えてしまうのが不思議だ。
 キャノンボアの登場だった。


 ひとまず、シルバ達はキャノンボア達とジリジリと距離を取った。
 このまま乱戦になると、シルバ達後衛が危険だからだ。この辺はいつもの戦闘と変わらない。
 幸い、大猪達も動く様子がないので、数十メルトの間合いを取るのは容易だった。
「……んぅ?」
 そのキャノンボアを見上げていたヒイロが眉をひそめているのに、シルバは気付いた。
「どうした、ヒイロ?」
「や……何か……いや、いいや。難しいこと考えるのは後回し! まずはやっつけちゃおう!」
 少し悩んでいた風なヒイロだったが、首を振った。
「だな……だけど、コイツは一筋縄じゃいかなさそうだぞ」
「それはここまでの相手の攻撃を見れば、大体分かるが……」
 少なくとも、普通の獣の攻め方じゃないのは確かだと、キキョウも同意見のようだ。
「どう考えても、まともじゃないね、彼らは。山の奥に知恵の実でも生い茂っているのかな」
 カナリーが肩を竦めていると、リフが小さく首を振った。
「……にぃ。この土質だと多分生えない」
「冗談だよ、リフ」
「あ、相手は、30数体といった所ですか」
 猪達の数を数えていたタイランの言葉に、ふとカナリーの動きが止まった。
「30?」
「は、はい。カナリーさん、それが何か……?」
「いや……」
 何だか妙に覚えのある数字なんだけど……とカナリーは思い出そうとする。
 しかしそれより早く、シルバが叫んだ。
「……! 前衛動け!」
「ど、どうしたシルバ殿!」
 疑問を口にするが、それでも誰よりも速く、キキョウは駆け出していた。タイランも足裏の無限軌道を起動させ、それを追う。ヒイロはそのタイランの腕にしがみつき、移動は横着する。
 バレットボアの何頭かは、キキョウ達の動きにビクッと反応を示したが、全体としてはほとんど微動だにしない。
 それが獣としては不自然であり、最もシルバを警戒させていた。だが、実際シルバの考えを説明している余裕はなかった。
「話は後だ! あっちに態勢を整えさせるな! 特にヒイロ油断するな!」
「よく分からないけど了解!」
「タイラン、ヒイロのサポートを頼む! 俺も術で援護するから!」
「は、はい!」
「カナリー」
 キキョウ達前衛の背中を睨みながら、シルバが言う。
「う、うん?」
「ヴァーミィとセルシアも使わせてくれ。全力でいかないとまずい」
「ど、どうしたんだ、シルバ。そんなに焦って」
 カナリーは従者二人も前衛に向かわせつつ、疑問を口にする。
 シルバは焦っていた。
 自分の指示は、推測とも言えない。根拠と呼べるほどのモノもないので、これは予測にすぎない。
 しかし、もし自分の考えが当たっているならば、このまま手をこまねいていたら、このパーティーは確実に全滅する……!
「……昨日、飯食ってるときにイス達の話してくれたろ? それもあって思い出した。以前、『プラチナ・クロス』にいた頃に今と似たような目に遭った事がある」
「モンスターによる待ち伏せ?」
「違う。これは――」
「に! お兄大変!」
 リフの声に、シルバは絶句した。
 バレットボア達を、青白い魔法光が包み込んだのだ。
 もちろん猪達は呪文を唱えられない。
 だが、それでも魔法を使う方法はあるのだ。
 例えば、魔力を秘めたアイテムの使用。
 例えば、指の印を徹底的に突き詰めて、詠唱の代用とする方法。
 例えば、石に刻んだ記号から魔方陣のような大がかりなモノまで含めた、文様による発動。
「じ、『陣形』による魔法効果だって……!?」
 カナリーが頭を抱えた。
「{豪拳/コングル}! それに{飛翔/フライン}!」
 相手の魔法が、シルバには正確に分かった。自分自身がよく使う支援魔法だからだ。
「シルバ殿、コイツら硬い!」
 バレットボアに斬りかかったキキョウが、たまらず声を上げる。
「遅かったか……陣形を整えられた! タイランと同じだ。アイツらは頑丈な壁役。そして本命は……っ!!」
「ブモオオオオオオオオオオオ!!」
 これまでとは比べモノにならない大猪の雄叫びが上がった。
 轟、と大地が揺れ、わずかに地面を宙に浮かせた超巨大な猪が突撃を開始する。
 目標は――タイランとヒイロ。
「ひうあああっ!?」
「うわああああっ!? あ、危なーーーーーっ!?」
 咄嗟に二人は二手に分かれた。
 唸りと突風を撒き散らしながら、キャノンボアが彼方へと飛んでいく。森の木々を押し倒しながら、遠くで地響きが鳴った。
「ああ、さすがのヒイロでも受けきれないか」
 シルバ達後衛は、既に真後ろから斜め後ろに移動していた。何となく、嫌な予感はしていたのだ。
「いくら何でも死んじゃうよ!? 飛んでるんだよ、アレ!?」
 メキメキ……と気の軋む音を鳴らしながら、再びキャノンボアが姿を現わす。
 ヒイロは慌てて、骨剣を構えた。
「ボクだって毎回突っ込んでる訳じゃないんだから。格下じゃないなら、避けて隙を見つけるの。それが狩りの基本でしょ」
「普段でもそれをやってくれれば、生傷がもう少し減るだろうに……」
「ま、ま、まあ細かい事は言いっこ無しで。っていうか、言ってる暇もなさそうだし!」
「ブモオオオオォォォッ!!」
 巨大な牙二つを突き上げ、キャノンボアが再び雄叫びを上げる。
「よっしゃこい!!」
 正面からの殴り合いと判断したのか、ヒイロはキャノンボア目がけて突撃していった。
「ヒイロ」
「何、先輩!?」
「ソイツは任せられるか?」
「予定通りでしょ? タイランも」
「は、はい!」
 タイランは、ヒイロの後を追っていた。
「――手伝ってくれるしね!」
「ブモオオオッ!」
「お、お、おっかないですけどね……!」


 大物はヒイロとタイランに任せておく事にした。
 もちろん支援や回復等、油断は出来ないが、基本的にあちらの戦いは{単純/シンプル}だ。
 要は強い方が勝つ。
 しかし、バレットボアの群れの方が、シルバにとっては厄介な存在だった。
「リフ」
 シルバの意を汲んでくれていたのか、リフは既に猪達の生態を読んでいた。
「にぃ……分かってる。みんな、ちゃんと『猪』。『普通』のバレットボアとキャノンボア」
 つまり、そういう意味では遠慮は要らない訳だ、とシルバはホッとした。特に昨日の晩ご飯の事を考えると、それが大きい不安でもあったのだ。
「あ、あの規格外のがかい?」
 カナリーが疑わしげにリフを見る。こちらはまだ少し勘違いしているようだ。
「おおきさの話じゃない」
「ああ」

 一方前衛では、バレットボア達がスクラムを組み、また蠢き始めていた。
 キキョウやカナリーの従者達も攻めているのだが、盾役と突撃役の二種類のバレットボアの攻めに難儀していて、他の猪達の動きを制する事が出来ない。
 後方からの雷撃魔法や精霊砲も、何体かのバレットボアが身体ごと盾になって防いでしまう。
「シ、シルバ殿、また何やら始めたぞ」
「……俺には分からん。あの文様は何だ、カナリー」
 キキョウ達に回復の祝福を与えつつ、シルバはカナリーに尋ねる。
「いや、僕にも分からない。魔法にはない文様だ」
 カナリーは器用なモノで、彼らの動きから文様を推測していた。
 切った指から垂れた血が、地面にその文様を描き出す。
 しかし、それはシルバもキキョウも知らない文様だった。
「……契約精霊のしょうかん」
 答えたのは、リフだった。
「リ、リフ、今なんて?」
「ぞくせいは火。対象は……じぶんたち自身!」
 ぼうっ……!
 とバレットボア達が、火に包まれる。
 後衛三人の顔が引きつった。
「……猪が、火を纏った」
「……自分から、焼き豚になったね、シルバ」
「にぃ……あまり、おいしそうじゃない」
「これはまさか……!」
 キキョウは、彼らの狙いを察したようだ。
 が。
「キキョウは目の前の戦いに徹しろ! こっちはこっちで何とかする!」
 言って、シルバとカナリーは後ろに下がった。
 残ったのは帽子と大きなコートに身を包んだ、リフ一人。
「リフ、悪いな。サポートはするから」
「にぃ。これもおしごと」
 リフのコートをまくり上げた両腕から、鋭い刃が出現する。
 剣牙虎の霊獣の強力な武器、二本の牙だ。
「豚が……飛んだ」
 予想通り、飛翔の魔法で何頭かのバレットボアが、キキョウ達前衛の頭上を突破した。
 炎の尾を作りながら、放物線を描くバレットボア達の姿は、相当にシュールなモノだった。
「……ウチの救いは後衛の攻撃力が高いのがいる点だ。でなきゃ本気でまずかった。迎撃するぞ、二人とも!」
「当然!」
「にぃ!」
 シルバは豪拳をカナリーに唱えつつ、リフの足下の霊脈に針を突き刺した。


 前衛1、後衛2で炎のバレットボアを倒していく。
 リフの近接攻撃とカナリーのグループ用雷魔法のお陰で何とかなってはいるが、シルバとしてはヒイロ達やキキョウ達も見なければならない。
 相当に忙しかったが、まずここさえ乗り切れば何とかなると、シルバは踏んでいた。
「シルバ、連中回復まで使い始めたぞ! 君にはこれにも心当たりがあるのか?」
「何の話だよ!?」
 カナリーの怒鳴り声に近い問いに、シルバもやや乱暴に尋ね返した。
「さっき言っただろう!? 前のパーティーの時に似たような目に遭った事があるって! こんな酷い目に遭った事があるのかい!?」
「そうじゃない。俺もようやく気がついたんだが……コイツらが、ただの猪モンスターじゃないとしたら?」
「ただの猪が魔法を使う訳ないだろう、シルバ!?」
 リフの刃とカナリーの雷撃が、ようやく自分達を襲った炎に包まれたバレットボアの最後の一体を倒した。
 一息つく。
 このままだと、また新たなバレットボア達が飛んでくる。
 そうなる前に、自分達も前衛と距離を詰めるしかない。そちらの方がまだ、楽なはずだ。
 そう考えながら、シルバはカナリーの疑問に答えてやる事にした。
 確かに『ただの猪モンスター』が魔法を使う事はない。ボア系のモンスターが、そんな事をするなんて聞いた事もない。
 だが。
「そうじゃなくて。考え方が根本から違うんだよ。コイツらの戦い方は明らかに、動物離れしてる。でも俺達はこういう戦い方を知っている。俺達自身がいつもやっている事だ。敵を調べ、隙を伺い、機会があれば襲い、陣形を整え、各々の役割をこなす」
「シルバ……つまり君が言いたいのは」
「ああ」
 シルバの言葉に、ようやくキキョウも気付いたようだ。
 これはもはや、狩りじゃない。むしろ狩られているのは自分達の方であり……。
「――コイツら、間違いなく冒険者だ」


 キャノンボアが口から放った青い息吹が、タイランの巨体を青空高くに舞い上げた。
「ヒ、ヒイロ……! 不思議な事があるんですけど……」
「ブモォ……!!」
 キャノンボアは口から大量に吐き出した呼気を整える為、深く息を吸い込む。
 そして脇から急襲してきたヒイロに気づくと、頭をふるってその牙で退けようとした。
「何!?」
 何とか巨大な牙の一撃を、ヒイロは骨剣で何とか受け止められた。
 しかし完全に衝撃は殺しきれなかったらしく、軽量級のヒイロは結局、弾き飛ばされてしまう。
「ど、どうして、絶魔コーティングされてる私が、精霊砲で吹き飛ばされているんでしょう……?」
 ドガチャッと無様に地面に落下したタイランとほぼ同時に、ヒイロは二本の足で着地した。しかしダメージはあったのか、ガクッと膝をついてしまう。
 それでもヒイロは目の前のキャノンボアからは、目を離さなかった。
「多分、気合い」
「気合い!?」
 キャノンボアは再び突進を開始する気なのだろう、後ろ足で大量の土を削り始める。
 ヒイロも骨剣を構え直す。
「じゃなきゃ、威力と一緒についてきた風圧の方じゃないかな」
 タイランですら吹き飛ばされるとなると、反魔コーティングされたブーツは使えない。逆にバランスを崩した所をぶっ飛ばされるのがオチだ。
「ま、まだそっちの方が、納得がいきます……というか精霊砲を使う猪なんて初めて見ました……」
 タイランも、よろよろと起き上がった。
 ヒイロもタイランも生傷だらけでボロボロだ。
「さっきのは精霊砲じゃないよ。似てるけどちょっと違う」
「? ど、どういう事でしょう」
「多分気合い」
「だから気合いって何ですか!?」
 そんな二人のやりとりを無視して、キャノンボアが巨大な土埃を上げながら突進してきた。わずかに浮いた身体が強烈な回転を開始し、巨大な砲弾と化していく。
「喋ってる暇が……ないっ!」
「ですね!」
 二人は同時に左右に別れた。だが、キャノンボアの通り過ぎた後も強烈な衝撃波が生じ、大量の土の塊がヒイロとタイランの身体に叩きつけられる。
 もっとも、あの突進が直撃するよりはマシですね、というのがタイランの見解だ。
 背後で爆発にも似た衝撃音が響き、どうやらキャノンボアが森の奥で停止したらしい。……もっともすぐ復活して、こちらに現れるのだろうが。
 キャノンボアが通り過ぎた跡の地面が、大きく抉れているのを見て、タイランはぞっとした。
「……というか、す、すごくおっかないんですけど。いやあの、ヒイロ? な、何をしているんですか……?」
「こうやって……こうで……」
 ヒイロはというと、骨剣を槍のように構えては突き出すという奇妙な動作を繰り返していた。わずかに剣風が巻き起こるが、とてもキャノンボアの精霊砲とは比べものにならない。
「あ、うん。あれ、ボクも出せないかなって思って」
「あ、あれって精霊砲ですか!? 無茶言わないでくださいよ!? そんな思いつきでポンポン技が出せたら、キキョウさんなんてとっくに剣聖級ですよ!?」
「や、思いつきじゃないんだけど」
「ど、どういう……うはぁっ!?」
 威力よりも速さを重視したのだろう。
 森の中から出現した、キャノンボアの巨体がタイランを直撃した。
 再び、タイランの身体が宙を舞う。
「タイラン!?」
 鈍い金属音を立て、タイランの身体は地面に叩きつけられた。
「だ、大丈夫です……! 頑丈さだけが取り柄ですから……!」
「ちなみに今の技はこう――」
 まだ身体を反転し切れていないキャノンボア目掛けて、ヒイロはダッシュした。
 槍のように構えた骨剣がヒイロの手の中で回転し、螺旋状の気を生じていく。ドリルのようになった骨剣を、ヒイロはキャノンボアの後ろ足に叩きつけた。
「ブモオオオォォォ!!」
 キャノンボアが、たまらず悲鳴を上げる。
「よし、これはいける……!」
 一矢報いたヒイロは、高らかに跳躍した。狙いは反転しつつあるキャノンボアの脳天だ。
「ヒ、ヒイロ、不用意にジャンプしたらまた……!」
 ギラリ、とキャノンボアの目が凶暴に光った。
 血の流れる後ろ足を踏ん張り、キャノンボアも身体を回転させながら跳躍する。
「うはぁっ!?」
 あっさり迎撃され、ヒイロは墜落してしまう。
「ヒ、ヒイロ!」
「平気!」
 悲鳴を上げるタイランの予想に反して、あっさりヒイロは立ち上がった。
 ……全身を重い甲冑に身を包んでいるタイランと、タフさではほぼ互角のようだ。
「技を盗むにはまず、身体で覚える! ウチの里だとそれが常識だからね!」
「そんな常識、身体が持ちませんよ!?」
 そもそも、モンスターから技を学んでどうするのか。
 これは、狩猟だったのではないのか。
 しかし、そんな細かい事は、ヒイロはすっかり忘れているようだった。
「うん、うんうんうん、よし。大分覚えた」
 唇の端についた血を拭うと、むしろ嬉しそうに、ぶるんぶるんと骨剣を振り回す。
「お、覚えるのはいいですけど、傷だらけですよヒイロ……」
「いやあ、昔を思い出すね」
「……本当ですよ、もう」
 シルバ達とパーティーを組むまでは、短い期間ではあったが共にコンビを組んでいた二人である。
 キャノンボアは足が痛むのか、さっきよりはやや動きが鈍い。
 それでも、並の獣とは比べものにならない速さと強さを兼ね備えている。
 ドドド……と地響きを上げながら、今度はまっすぐにヒイロとタイランに襲いかかってきた。
「それにしても……これ絶対に、ただの猪モンスターじゃないですよね!?」
 足裏の無限軌道をフル駆使し、何とかキャノンボアの頭突きを受け止める。その動きが止まった隙をついて、ヒイロの骨剣がキャノンボアの脳天をかち割った。
「うん。間違いなくスオウ姉ちゃんだ」
「…………」
 頭を大きく振る敵から、二人は距離を取った。
「……ヒイロ、今、何と?」
「だから、ボクの――」
「ブルアァァァァア!!」
 頭から血を流しながらも、キャノンボアが鋭い牙を突き上げる。突き刺さればタダではすまないそれを、ヒイロは必死に回避した。
「――くっ、機動力は何とか落としたものの、やっぱりこの牙が厄介だね。タイラン、次は牙を狙おうか!?」
「そ、それはいいんですけど……! いいんですけど、さっき、聞き捨てならない事を言いませんでしたか、ヒイロ!?」
「何だっけ?」
 ずお……っと不意にキャノンボアの身体が浮いた。
「あ、あれがヒイロのお姉さんとか……きゃああああ!?」
 恐ろしい重量の落下攻撃に、タイランはたまらず悲鳴を上げた。タイランはロケットアームを使って遠くの木を掴まえると、牽引力で緊急回避を試みる。
 重い地響きを上がる……が間一髪、キャノンボア脅威のプレス攻撃は不発に終わった。
「あ、それ。先輩からの念話だと、化けて出た訳じゃなさそうだけどね。でも強さといい技といい、まず間違いないね」
 もちろん敵の隙を見過ごすヒイロではなく、起き上がろうとするキャノンボアに二撃、三撃を加えていく。
 しかし硬い毛皮と鍛え上げられた筋肉に守られたキャノンボアの肉体には、なかなかダメージが蓄積しにくい。それでも、少しずつ傷は増えつつあった。
 森の端に避難していたタイランも、無限軌道を使って急いで戻って来る。
「しゃ、喋った訳でもないのにどうして確信出来るんですか……?」
「鬼族は言葉より、拳の方が通じ合う事が出来るんだよ」
 復帰したキャノンボアも、度重なる負傷に、身体のあちこちから血が流れ始めている。
 それを見て、やはり同じように傷だらけになっているヒイロも、好戦的に笑いながら武器を構えた。
「どうしてこんな事になったのか知らないけど、面白い」
 その笑いに、何となくタイランは鬼という種族の本質を見たような気がした。
「い、いえ、そこは普通躊躇う所じゃないんでしょうか……身内……ですよね?」
「どうして? ボクは一度もスオウ姉ちゃんに勝てた事がないんだよ。それがまああんな姿になって……ますます強くなっていてくれた」
 足に力を込め、ヒイロは何度目になるか分からない突撃を開始する。
「戦う動機には十分すぎる!」
「ブモォ!!」
 ヒイロの骨剣とキャノンボアの牙がぶつかり合い、周囲に衝撃波が走る。
「は、入り込む余地がなくなってきています……」
 タイランは鎧のスロットから回復薬を取り出した。ここはもう、回復役に徹するべきかも知れないと判断した為だ。
「うん、ごめんタイラン。コレはボク一人に仕留めさせて」
 弾き飛ばされ戻ってきたヒイロに、タイランは回復薬の中身を頭からぶっかけた。
「……止めても無駄なのは、経験上知ってます。しかしどうするんですか? 彼……いえ、彼女には隙がありません。特にあの三つの技が厄介です」
「ないなら……作ればいいよ!」
 腰を落とし、ヒイロは再び骨剣を真っ直ぐに構えた。
「って、そ、その構え! また突進じゃないですか!」
「鬼同士の戦いは常に真っ向勝負」
 キャノンボアは猛烈に息を吸い込み始めた。
「……向こうも、同じつもりでいてくれるみたいだしね。スオウ姉ちゃん一番の得意技、『烈風剣』……いや、『烈風波』になるのかな、これは」
「お、鬼族の誇り……という奴ですか?」
「そんな大層なモンじゃないよ。ま……習慣だねっ!!」
 ヒイロが駆け出した。
「精霊砲の反応、来ます!!」
「だから精霊砲じゃなくて、アレは気合いだって」
「ど、どっちでもいいですよ……ああ、本当に真正面から! そんな事したら……え?」
 ヒイロは剣を逆手に持ち、左手で峰をサポート。
 巨大な骨剣を盾にして、キャノンボアの猛烈な呼気を左右に割り、そのまま突き進む。
「気合いには、気合いで勝負……っ!」
「ブルゥ……!!」
 キャノンボアの呼気が尽きた時、ヒイロは既に間合いに入っていた。
「取った!」
「いえ……遅いです!」
 間髪入れず突き上げられた牙が、ヒイロの腹に突き刺さった。
「ヒイロ……!」
 腹を刺され、高らかに宙に浮いたまま、ヒイロは笑った。
「れ……」
 口元から血を吐きながら、手の中にある骨剣にヒイロの気合いが集中する。
 風を纏う骨剣を両手で握りしめ、渾身の力を込めて振り下ろした。
「烈風剣っ!!」
 どごん!!
 と、巨大な鉄槌で肉を叩くような音が響き、キャノンボアの額が陥没した。
「ブモァ……!?」
 短い悲鳴を上げ、キャノンボアの身体がビクリッと電流を流したかのように痙攣する。
 ……直後、全身が脱力し、巨大な猪モンスターは、大地に崩れ落ちた。
「ふぃ……死ぬかと思った……痛ちち」
 ヒイロは自分に突き刺さったままの牙を、後ずさりしながら引き抜いていく。
「む、無茶しすぎですよぉ、ヒイロ……急所は外しているんでしょうね?」
「多分ね。ま、とにかくこっちは終わったし、次は向こうに合流しよう。この傷も、先輩に治してもらわないと」
 ようやく牙が抜けた傷跡からは、当然ながらドクドクと血が流れ出していた。
「う、動いちゃ駄目です……! 私が運びますから!」
 慌ててタイランは回復薬の残りをヒイロにぶっかけ、その身体を背負った。
「へへー、勝った勝った。やっと勝てたー」
「はいはい……もう、背中ではしゃがないでくださいね……?」


 ようやく後衛への攻めが一段落したお陰で、説得の時間が出来た。
 リフとカナリーが見守る中、シルバは大真面目な顔でタイランを見上げる。
「タイラン、頼む! お前にしか頼めない事なんだ!」
「は、はい……な、何でしょう? 私で出来る事でしたら……」
「俺と……一つになってくれ!」
「は、はい……え? は? えええぇぇーーーーー!?」


 ――などという事態になった理由を語るには、五分ほど前に遡る。
 状況は極めて厳しかった。
「とにかく炎が厄介だ」
「に」
 回転しながら猛烈な勢いで飛来してくる炎のバレットボアを迎撃しつつ、シルバが言う。精神共有もオープンにしているものの、この距離だと直接離した方が手っ取り早い。
「前衛も攻め難く、後衛はお前やカナリーが頑張ってくれてるけど」
「にぃ……熱いの苦手」
「木属性だからね、無理もない。下手をすると燃えてしまうかも知れない。僕の雷撃魔法も炎とはあまり相性がよくない」
 おまけにバレットボアは一度に二、三頭で攻めてくる。
 一頭を相手にするのと複数を相手にするのでは、労力が段違いだ。今でこそ何とかなってはいるものの、このままでは押し切られてしまう。
「そして次に連中の陣形。特にあの肉の壁状態を何とかしないとどうにもならない」
 残っている炎のバレットボア達は仕切りに蠢き、新たな陣形を描いて魔法を展開する。何がキツイといって{鉄壁/ウオウル}に加え、{大盾/ラシルド}まで使うという点だ。
 ……シルバにとってはまるで鏡を見ているような相手の戦い振りだが、いざ自分が相手をするとなると、面倒な事この上ない。
 こちらが{崩壁/シルダン}を使った所で、すぐにまた向こうが{鉄壁/ウオウル}を張り直すのは目に見えているので、手が出せないのだ。
 キキョウやカナリーの従者達が奮闘してくれているけれど、攻めあぐねているのは明らかだった。
「アレを突破したとしてその先は?」
 カナリーの問いに、シルバは考えを進める。
「俺の見た所、連中は獣だが明らかに戦い方は冒険者、もしくは軍のそれだ。となると必ず指揮官がいる。おそらく精霊使いのな。そいつを倒せばいい。だが、前提としてやはりあの壁は崩さないと駄目だ。それにあの壁も決して弱点がない訳じゃない」
「というと?」
「ブモオオ!!」
 カナリーに向かって猛突進してきたバレットボアを、リフの腕から飛び出ている刃の一閃が仕留める。
 軽く息を切らせるリフを、シルバの{回復/ヒルタン}の青白い聖光が包み込んだ。
「今回の戦いで分かった事がある。俺達のパーティーのメンバーに、敵が執着している奴が二人いる」
 シルバはカナリーと、遠くにいるキキョウを指差した。
「お前とキキョウだ」
(某か!?)
 前衛に立ち、炎の猪達を相手取っていたキキョウが驚愕したのが、念話越しに伝わってきた。
「……猪に恨まれる覚えはないんだけどね」
 カナリーもぼやく。
「説明は後でするけど、そこは二人に何とかしてもらう。後は、キキョウが抜けてから正面突破が可能な戦力が整えば……」
 いくら炎がなくなり陣形が崩れた所で、バレットボア達はただ単独でも脅威だ。強い攻撃力が必要だ。
 その時、やや離れた場所からヒイロの念話が飛んできた。
(こっち終わったー! 今から合流するよー)
「ジャスト・タイミング」
 これで、作戦に必要な駒は揃った。


 熱と戦いの疲労で汗だくになっていたキキョウとバレットボアの間に、小柄な鬼が割り込んできた。
「どっかーん!!」
 勢いよく、炎の猪を骨剣で殴りつけたのはヒイロだ。
「ヒイロ、連戦ご苦労!」
「キキョウさんこそ大丈夫? ずいぶん服焦げてるみたいだけど」
「ああ、それが厄介でな! まずはこの炎をシルバ殿に消してもらう。話はそれからだ!」
「了解! じゃ、せいぜいヤケドしないように頑張るとしましょーか!」
「うむ……!」
 バレットボア達が、ヒイロに敵意の視線を向ける。
「むぅ……?」
 その目つきに、キキョウは何だか妙に見覚えがあるような気がしていた。


 そして時間は戻る。
 タイランは後衛のポジションに戻されていた。
「ど、どういう事なのでしょうか……?」
「時間がないから簡潔に説明するぞ。炎には水で対抗だ。これは単純で俺が何が言いたいかは分かってもらえると思う」
「……わ、私が出ていいんでしょうか……?」
 タイランは諸事情で、現在の重甲冑から出る事が出来ない。それはパーティーのみんなも分かっている事だ。
「いいんだ。その方法も考えた」
 シルバは地面に木の枝で書いた文様を示した。
「この文様は?」
「敵が使ってた炎の精霊との契約文様の応用。正式なモノじゃなくて、俺とカナリーが自分達なりにアレンジして作った非常にヤバイモノだけど、リフのオーケーが出たから大丈夫なはずだ。あとはお前の了承があれば簡易ながら契約は成立する」
 タイランは、炎に包まれ突進を繰り返す、前衛のバレットボア達を見た。
 改めて、シルバを見直す。
「……つ、つまり、私とシルバさんが一つにって、そういう意味ですか?」
「ああ。ちょうどアイツらと同じような感じになる」
 タイランの問題は力を使うと不安定になり、混成属性になるという点にある。これが察知されると困った事情になるのだ。
 それを解決するのがこの手段、つまりシルバの身体に憑依していれば、水の精霊として安定するというのがリフの話だった。
 基本的にタイランはシルバに憑依する以外何もしない。水の精霊としての力を行使するのは、シルバの限界までだ。
「……なるほど、理には適いますけど……シルバさんのお身体は大丈夫なんですか? そんなぶっつけ本番の実験みたいな真似」
「俺だからいいんだよ」
 シルバは懐から、狐の面を覗かせた。
「何せ俺は一回やってる」
「……分かりました。じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ。んじゃいくぞ」
「は、はい……」
 タイランは重装甲の前面を展開し、青い燐光を放つ精霊としての本体を出現させた。
 地面に描いた文様を挟んで、二人は呪文を紡ぎ始める。
「水の精霊よ。我が肉体に宿り、悪しき元素に立ち向かう力を与えたまえ……!」
「我が名タイラン・ハーベスタの真名をもて、この者に望む力を与えます。その力を一つに……融け合わせましょう」
 二人の手の平が重なり合う。
 眩い青光が発せられたかと思うと、タイラン本体の姿は消えていた。
「…………」
 シルバはと言えば、青白い燐光に包まれていた。
 肌や瞳の白目部分も青みがかり、どことなく耳も尖っている。
(せ、成功ですか……?)
「ああ、うまくいった」
(ですけど……まだ問題は残っています。この距離からだと、全力でもちょっと火を消すには……それにシルバさんの魔力量も……)
「その点も考えてある」
 シルバは、ほぅと感心しているカナリーと、前衛に精霊砲を飛ばしているリフに声を掛けた。
「それじゃ、合図をしたら作戦開始だ」
「了解。しっかりね、シルラン」
 酷いカナリーの言いようだった。
「混ぜるなっての」
 作戦開始だ。


「じゃあ、行くぞ」
 シルバは懐から針を出し、霊道の入り口に刺した。
(あ……)
「気がついたか、タイラン。そういう事だ」
 それからふと思い出し、シルバは自分の掛けていた精霊眼鏡を、カナリーに渡した。
「貸しとく。今の俺には必要なさそうだし」
「うん? そうかい。せっかくだし、お言葉に甘えよう」
 カナリーは眼鏡を受け取った。
「にぃ……」
 なんだか、リフは羨ましそうだったので、カナリーは苦笑した。
「あとでリフにも貸してあげるよ。もっとも、君には本来必要ない物なんだけどね」
 気がつくと、シルバは消えていた。


 霊道を使って、シルバは敵の真上に立った。
「ブモッ!?」
 気がついたバレットボア達の目が、驚愕に見開かれる。
 シルバはタイランの精霊の力を駆使して、空中での位置を保持。
 そのまま、高らかに片手を青空に掲げた。
「天候の女神ムカナタよ! 汝の巫女サリカ・ウィンディンの名を知りし我が祈りを捧げます! 大地を灼く炎の群れの鎮めを助け給えっ!!」
 サリカ・ウィンディンという名前が出た途端、それまでの晴れた空が一転、雷の火花を覗かせる黒雲に包まれた。
 名前を借りただけではあくまでこれが限界だ。
 だが、それで充分だった。
「全力で行くぞ、タイラン!!」
(は、はい……せーの!!)

「({急雨/スコウル})!!」

 シルバの腕が下がると同時に、豪雨が降り注いだ。
「ブ、ブモオオオオオ……!?」
 眼下のバレットボア達が動揺する。
 木桶をひっくり返したような雨量が相手では、さすがに火の精霊も敵わない。
 必死に陣形を整えては見たものの、火の精霊の再出はなかった。
「よし、上手くいった……!」
 ずぶ濡れになりながら、空中でガッツポーズを作るシルバ。
(あ、あの……シルバさん)
 不意に自分の中から、タイランの声が響いてきた。
「何だ、タイラン」
(サリカ・ウィンディンさんってどなたなんでしょう……?)
「まあ、それはおいおい」
 それより今は戦いに集中するときだ。


「火が消えた!」
 シルバと同じく、ヒイロやキキョウもずぶ濡れになっていた。
「では、後は任せたぞヒイロ」
「あ、うん。キキョウさんもしっかりね」
 キキョウは髪の雫を手で払うと、大急ぎで右手へと駆け出した。
 うっかりするとぬかるんだ地面で転びそうになるが、さすがにそんなヘマをするキキョウではない。
「本当に上手くいくのだろうな、これは……!」
 振り返ると、自分とは真逆、左手へカナリーが飛翔していた。
 昼間のカナリーは吸血鬼としての性能がかなり落ちているはずなので、おそらくは頭上にいるシルバの支援だろう。使ったのは、{飛翔/フライン}と{加速/スパーダ}といったところか。
 そのカナリーから念話が飛んできた。
(別も僕の事は信じなくてもいいよ。でも、シルバの頼みでもあるんだ)
「……な、ならば、全力で応えるのみだ」


 自分とは正反対の方向に駆けていくキキョウを眺め、カナリーは苦笑した。
「扱いやすいねえどうも……ま」
 それから真面目な表情に戻った。
「……私も逆の立場なら同じ穴の貉だから、人の事は言えないけど」
 照れた顔で金色の髪を弄りながら、バレットボアの群れから充分な距離を取れたのを見計らい、彼女は叫んだ。
「「敵はこっちだぞ、猪達!!」」
 キキョウと声が重なりその途端、バレットボアの陣形が何故か一気に崩壊した。
 猪達の多くが左右に分かれ、カナリーとキキョウを猛烈な勢いで追い始めたのだ。
「すごい! ホントにひらいた!」
 ヒイロの快哉がカナリーの耳に届く。
 もっともカナリーはこれからひたすら逃走だ。十頭近いバレットボアの群れを相手にするほど、カナリーは無謀ではない。シルバの支援と集団用の魔法があると言っても、追いつかれたらアウトなのだ。
 その一方で、猪達の目つきにようやくカナリーは得心がいった。
「……なるほどね、そういう事か」
 てっきりこれまで、何らかの恨みで猪達が自分を狙っているのだと思っていたが、とんだ勘違いだ。
 道理で覚えのある目つきだと思った。アレはいつも街中や学習院で女性達から受ける視線とそっくりなのだ。
 ――彼ら、いや、『彼女達』が自分に向けているのは、好意の視線だ。


 黒雲は既に下がり、徐々に再び青空を見せ始めている。
「うし、それじゃ正面突破!!」
 左右にばらけるバレットボアとほぼ同時に、ヒイロは動き出していた。
 バレットボアの陣形は完全に崩れていた。
 そのすぐ脇を、カナリーの従者であるヴァーミィとセルシアが並走する。
 頭上からは弓なりに、リフの精霊砲が掩護射撃に入ってくれていた。
「ありがと、リフちゃん!」
「に!」
 彼女達の頭上からシルバの声が響く。
「ヒイロ、リフ、そのまままっすぐ! 正面の相手を倒したその先にボスがいる!」
「らじゃ!」
「に!」
 ヒイロは目の前のバレットボア目がけて、勢いよく骨剣を振り下ろした。


「ブ、ブルルルル……」
 仲間のバレットボアに囲まれていた一頭は、唸りながら蹄で地面を引っ掻いていた。
 やがて地面に不格好な文様が刻み終わると、たった一頭だけその猪は火の精霊に包まれる。
 しかしその直後。
「ブモッ!?」
 真上から大量の水をぶっかけられ、火の精霊は散ってしまった。
「させるかよ」
 青白い燐光に包まれた司祭服の少年が、自分を見下ろしていた。
 彼はバレットボアから視線を外し、彼方を見た。
「ヒイロ! 最後の{豪拳/コングル}だ!」
「あいさーっ!!」
 直後、彼、いや『彼女』を守っていたバレットボア達が、遠くからの精霊砲の砲撃で倒され、赤と青のドレスの女に蹴り上げられ、おまけに巨大な骨剣を抱えた小柄な鬼が突っ込んできた。
 強烈な風が吹いたかと思うと、とてつもない衝撃が『彼女』の身体を吹っ飛ばしていた。
「ブモオオオオオオォォォ……!?」


 戦いが終わり、シルバはようやく着陸した。
 その場に尻餅をつく。
 完全に魔力切れだ。特に空中には浮遊を維持するので精一杯だった。
 ボスがいなくなると、残っていたバレットボア達も次々と意識を失い、倒れていったようだ。
「これにて、決着」
「めでたしめでたし」
 ヒイロは、追いついてきたリフとハイタッチを決めていた。赤と青の従者はどこか笑みに似た無表情で、そんな二人に拍手を送る。
 一方、左右を見渡すと、シルバと同じように、カナリーとキキョウもへたり込んでいた。
「し、死ぬかと思った……いや、むしろ怖かった」
「……う、うむ、同感」


 タイランと分かれると、改めて疲労がドッと来た。
 地面は濡れているので、適当な大岩にみんなで腰掛けた。
「身体は大丈夫か、シルバ殿」
 泥だらけの着物のあちこちに焦げ目を付けながら、キキョウが心配そうにシルバを見ていた。
「あ、へーきへーき。前みたいな無茶はしてないし。ただ、ちょっと魔力は完全に尽きてるから、ポーションは欲しいかな……っと」
 すると、首筋に何やら冷たい感触が触れたかと思うと、妙に性感を刺激されるエネルギーが流れ込んできた。
「こっちの方が手っ取り早い。奪い取れる相手ならそこいらにいるしね」
 言って、首筋から魔力を流し込んでいるのは、カナリーだった。
 一方タイランは、再び重装甲冑の中に戻っていた。
「そ、それで彼らの正体は一体何だったのでしょう」
「猪達は、本来は野生のモノだった……らしい。それに何かが取り憑いてたって感じみたいだな。リフの話だと」
「に」
 シルバの言葉に、リフが頷く。
「死霊使いが似たような技を使うし、陣形魔法や精霊と一体化するなんて高等技術を使ってた所から考えると、多分精霊使いの軍人かそれに近い者がボスだったんじゃないかと思う。本来の群れのボスはキャノンボアだったんだろうけどな」
「しかし……この数はさすがに食べきれないだろう」
 キキョウは呆れたように広場を眺め回した。
 まさしく死屍累累といった感じで、バレットボア達が倒れている。幾つか焼けているのは、炎に包まれたまま倒されたモノだろう。
 水に濡らしたのはもったいなかったかも知れないと、シルバは思った。
「だったらボクが全部――」
 ヒイロが何が言いたいのか、最後まで聞くまでもなかった。
「お前なら出来るかも知れないけど、食物連鎖ってのもあるんだよ。やり過ぎはよくない。ま、仕留めた分だけは回収して後は放置でいいと思う。徒党を組んでたから脅威なんだし、今まで通りに戻るなら村の人達も納得してくれるだろ」
「に……お兄、奥にまだ何かありそう」
「黒幕かね」
「にぃ……たぶん」
「じゃ、ちょっと休憩してから行ってみるか」
 シルバの言葉に、全員が頷いた。


※という訳で戦闘パート終了。
 普段の倍増でお送りしました(それでも量は大した事ありませんが)。いや、切れる所がなくて……。
 次回からは通常更新にしたいところ。
 前回不評だったので今回はちょっと気をつけて書いてみました……まあ、あんまり変わらないかも知れませんが。
「サリカ・ウィンディンって誰?」って方は、番外編の『補給部隊がいく』をご覧下さい。



[11810] ご飯を食べに行こう3
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580
Date: 2010/05/20 12:08
 森の奥に続く道は、猪達が通っていたからだろう。かなり広かった。
 踏み固められたその道をしばらく進むと、やがて小さな村落が見えた。
 ずいぶんと昔に捨てられた村なのか、かなり古い感じがする。……しかし、矛盾するようだが、そのくせ人の住んでいるような雰囲気がある、不思議な村だった。
 その入り口前で、シルバは足を止める。
 すぐ後ろに続いていたカナリーも止まり、手で残りの皆を制した。
「ストップ」
「どうした、カナリー?」
 軽く驚くキキョウに、カナリーは金色の髪を掻き上げた。
「万が一の可能性もある。ここからは僕達が行くよ。ヴァーミィ、セルシア」
 赤と青、二人の従者が無言でカナリーに従う。
「いや、しかし」
「いいんだ、キキョウ」
 シルバはキキョウを制して、リフの背中を軽く押した。
「リフもいいか?」
「に……ごえい」
 いくらカナリーと言っても今は昼間であり、さっきの戦闘も考えると力はかなり落ちている。
 気配を探るのが得意なリフは一緒の方がいいだろう。
 カナリーは、小柄な盗賊を見下ろし微笑んだ。
「心強いね。じゃあ行こうか」
「に」
 従者を含めた四人が、村に向かう。
 それをシルバ達は見送った。


「万が一とはどういう事だ、シルバ殿」
 村の入り口で待ちながら、キキョウが尋ねてきた。
「いや、どういう事だも何も……あ、そうか言ってなかったっけ」
 そういえば、前衛には話が通ってなかった事を思い出す。
「女の冒険者。それも数十人。アーミゼストから半日の距離ってのは、遠からず近からずだ。そしてバレットボア達の暴れ始めたのは最近。イス達がやってるっていう雑鬼の退治ってのももしかすると、ここから追い出された雑鬼が流れた可能性もある」
 シルバのヒントに、真っ先に反応したのはタイランだった。
「あ、あの……それってもしかして……」
 どうやら気付いたらしい。
「……いやまあ、要するに当たりだったかもって話だな」
「んん? よく分からないよ、先輩」
 ヒイロもある意味、予想通りの反応だった。
 タイランが、シルバに代わってヒイロに説明をする。
「つ、つまり、カナリーさんのお仕事と繋がったかも知れないという、お話ですよ」
「うん?」
 ……遠回しな言い方は、やっぱりまずかったかなとシルバは今更ながら思った。
「つまりシルバ殿……もしや例の半吸血鬼の被害にあった女性達が、この先にいるかもしれないという事か?」
 さすがにキキョウも気付いたのか、核心を突いてきた。
 シルバは頷く。そう、クロス・フェリーの被害者達は、ここに潜んでいたのだ。おそらくは、元々は村外れにあった洋館に潜んでいたのだろうが、発覚した事で捜索されると踏み、森の奥にあったこの廃村に逃れていたのだろう。
「クロス・フェリーの事件の発覚と今回の件、タイミングはかなり合ってるんだ。この先には、もし噛まれたらえらい事になりかねない相手がいるって話さ。最悪もう一戦やり合う羽目になるかも知れない」
 だからこそ、先にカナリーを行かせたのだ。彼女なら、もし噛まれても元々吸血鬼なので問題はない。
「……心得た」
 もう一戦と聞き、キキョウも刀の柄を握って気を引き締める。
 しかし。
「ま、多分そんな事にはならないと思うけどな」
 お気楽に否定し、キキョウの雰囲気を台無しにしてしまうシルバだった。
 キキョウもたまらず、つんのめりそうになる。
「ぬ、ぬぅ、シルバ殿! いきなり気の抜ける発言をしないでくれ!?」
「いやだって、推測通りの相手なら昼間に戦うなんてまずないだろ。だからこそ、キャノンボア達が出てきたって考え方も出来るし」
「……そ、そうですね」
 タイランも納得したのか、臨戦態勢にあった斧槍を下ろした。
「とまあ、楽観的な事を言ってるけど、油断はしない方がいいのは確かだな。や、キキョウすまん」
「む、むぅ……気を引き締めていいのか、緩めていいのか分からなくなってきたではないか」
 ともあれ、カナリー一行が戻るまで、シルバ達は待つしかなかった。


 小一時間ほどして、カナリー達は戻ってきた。
 全員無事のようだ。
「ただいま」
「に」
「どうだった?」
 シルバの問いに、カナリーは肩を竦めた。
「問題ない。皮肉な話だけど、吸血鬼になってしまった彼女達が集まっていたのは、打ち捨てられていた教会だったよ。向こうには話し合う準備も出来ているようだ」
 カナリーの言葉に、リフがコクコクと頷く。
「推測通り、集まっていた彼女達の精神だけが、猪達に憑依していたようだ。大半はまだ、さっきの戦いのダメージで気絶しているようだったよ」
「……大丈夫か?」
 大半はまだ気絶しているという事は、少数は起きているという事だ。
 話し合う準備が出来ている、というのは、その起きている彼女達なのだろう。
 だがそれも皆、吸血鬼となっている者達だ。襲われては敵わない。
「そっちの心配はないと思う。……ただ、ある意味では、大丈夫じゃないかもしれない」
「……うん?」
 シルバはよく分からない。
 カナリーは、うんざりと、自分とキキョウを交互に指さした。
「ああ、そういう意味か」
 二人はかなり美形であり、アーミゼストでもかなりファンが多い。そのおかげでさっきの戦闘は勝てた部分もあるので、悪い事ばかりではないのだが。
「……分かってもらえて嬉しいよ。キキョウも気をつけろ」
「……なるほど、了解した。しかしむしろ、一番危険なのは前例のある、シルバ殿だと思うぞカナリー」
 言われてみれば、その通りだった。以前、シルバはキキョウのストーカーにその仲を嫉妬され、陥れられそうになった事があるのだ。
「じゃあ、シルバの護衛の仕事は、前と同じくキキョウに任せようか」
 その謀略に嵌められそうになったもう一人、カナリーの発言に、キキョウの尻尾が大きく揺れた。
「む!?」
「おや、うちの二人の方が適当かな?」
 カナリーが笑い、赤と青の従者が近づいてくる。
「い、いや! 問題ない! 某がシルバ殿をしっかりお守りしよう!」
「ま、全員気をつければ問題ないと思うけどな。それじゃ行こう」
 シルバ達一行は、村に足を踏み入れた。


 聖印すら傾き落ちている教会だったが、中は思ったよりきれいだった。
 おそらくは、こうした集まりに使う為に手入れしたのだろう。
 礼拝堂に並べられた木製の長椅子には、麻で出来た平服の女性達が何人も突っ伏していた。人間が大半だが、中には亜人種も混じっている。年齢は見たところ、上は三十代から下は十代前半まで様々だ。
 共通しているのは皆、顔がやけに色白な点か。
「ある意味、壮観だな。治療してやりたい所だけど……あれ? {覚醒/ウェイカ}っていけるんじゃないか?」
 シルバが聞くと、カナリーは少し首を傾げながら頷いた。
「それは……うん、確か大丈夫だったと思う。ただ、気をつけてくれ。いきなり皆に起き上がられると困る」
「むしろそれは向こうのリーダーに……」
 そこまで言って、シルバはふと思い出した。
「ところで、リーダーはどこだ? さっきの話しぶりだと、起きているっぽいけど」
 礼拝堂を見渡しても、起きている者はいないように見える。
 ヒイロもキョロキョロと、部屋を見渡していた。
「あ、そういえば、スオウ姉ちゃんもいないね?」
「この中で分かるのか?」
 シルバの問いに、ヒイロは大きく頷いた。
「分かるよ。目立つもん」
「目立つって……もしかして大きかったりとか?」
「うん。ボクよりずっと大きいよ」
「…………」
 見たいような見たくないような。
 すると、部屋の右奥の扉が開き、長身の美女が姿を現した。
 長い栗色の髪を後ろに束ね、温和な表情の上にある額からは二本の角が突き出ている。何より相当にスタイルがいいのが、布越しにでも分かった。
 彼女がヒイロの姉、スオウなのだろう。なるほど、二人を比べてみると確かに血の繋がりを感じさせられる。……むしろ姉の方が女らしい分、ヒイロが一層弟っぽく見えてしまうのが難点だが。
「すみません。こちらも準備が整いました」
「あ! 姉ちゃん!」
 ヒイロは喜び――跳躍した。
「久しぶり!」
 勢いよく振り下ろされた骨剣を美女――スオウは笑顔のまま、拳で弾き返した。
「ええ、お久しぶりね、ヒイロ」
 カウンターを受けたヒイロは器用に、近くにあった長椅子の背中に着地した。
 二人が構え合う。
「ちょっ、何いきなり殴りあってんだよ二人とも」
「あいさつ!」
「鬼族の挨拶です」
 仰天するシルバに、二人の鬼は笑顔で答えた。
 カナリーが進み出て、スオウに尋ねた。
「しかし準備が出来ていると言うけど……そういえばさっきここを訪ねた時も、リーダーは出てこなかったようだけど?」
「火の精霊を返されたので、代償に服が破れてしまっていたんです。それで今、着替えを済ませていた所なんです。ウチのリーダーの服は用意するのが大変なので、ちょっと手間取っていました」
「ああ、なるほど」
 カナリーは納得したようだ。
 シルバも、精霊を扱うのは難しいという事は知っていた。扱いに失敗すれば、そういう事もあるのだろう。むしろ、重度の火傷などではなく服程度で済んで、よかったのではないだろうか。
 ただ、服を用意するのが大変というのはどういう意味なのだろうか。
 ……やがて、半開きになった扉から声が響いた。
「待たせたわね」
 声はすれども、姿は見えず。
 シルバは扉が開くのを待ったが、一向に相手は姿を見せなかった。
「…………」
 ふと、扉の下を見ると、小さな少女が立っていた。
 年齢は十代半ばぐらいだろうか、ポニーテールの勝ち気そうな少女だ。服装もスオウ達と同じく、麻製の平服だ。
 しかし、そのサイズだけが違っていた。
 小さすぎる。というか手のひらに乗るんじゃないかと思われる、ミニチュアサイズだった。
「小さいからって驚いたみたいね」
「あ、いや、そんなつもりは」
 少女の問いにシルバは慌てて否定しようとし、嘘はよくないと思い返した。
「悪い。ちょっとあった」
「まあいいわ。正直に言った点は評価してあげる。あたしは小人族のユファ。職業は精霊使いよ。貴方達が破った、ね」
 皮肉っぽく言われ、シルバとしては苦笑を堪えるしかなかった。
「今はこの、吸血鬼にされた子達の集まりの、リーダーを務めさせてもらっているわ。……年功序列で」
「…………」
 シルバは口を開きかけ、何とかそれを我慢した。
「レディに歳を聞かないのは褒めてあげるわ」
 ふふん、とユファはシルバの心を読んだように笑い、さらに爆弾を投下する。
「ちなみに今年めでたく百五十歳」
「えぇっ!?」
 さすがに、シルバ達一行は、声を上げざるを得なかった。


「さて、何から話そうかしら」
 礼拝堂の奥の部屋には、立派な食事の用意がされた八人掛けのテーブルがあった。
 メインの肉料理の他、前菜やスープ、パンも揃っている。
 部屋の鎧戸が閉じきり、燭台の明かり以外は夜のように薄暗い点を除けば、シルバ達に不満点はなかった。
 席に着いた途端、早速食べようとするヒイロを、スオウが片手で制する。タイランも、既に中の正体を知られているようなので、重甲冑から出て精霊体で席に座った。
 ヴァーミィとセルシアは例によって壁際に控え、ユファとスオウも着席する。
 さすがに小柄なユファは普通の椅子に座る訳にはいかず、テーブルの上にある小さな椅子に座った。テーブル代わりの台座と、やはり小さな料理が彼女の食事だ。椅子や食器も誰か手先の器用な娘が作ったらしい、木彫りの品々が使われていた。
「この肉は……」
「む、むぅ……まさかとは思うが……」
 シルバとキキョウは、メインディッシュらしき肉料理を見て、複雑な表情を浮かべてしまう。さすがに、さっき戦ったばかりの相手……の中身が目の前にいるのだ。少々食べづらい。
 ユファは、シルバ達の躊躇を察したのか、苦笑を浮かべた。
「ああ、心配しなくてもいいわよ。{猪肉/ボア}じゃなくて、彼らが狩った野兎や鹿の肉だから」
 シルバ達は安心し、食事が始まった。
 よほどお腹が減っていたらしいヒイロは、一口で肉料理の皿を空にする。
 スオウが笑みを浮かべたまま自分の皿をヒイロに渡し、背後のヴァーミィが素早く動いて新しい肉料理の皿をスオウの前に追加した。
 一方シルバも、料理の味に唸っていた。
「この味は……血のソースか」
 生臭さは感じなかったが、血の濃厚な味はしっかりと口に広がっていく。
「こっちのプリンはスオウ姉ちゃんの料理だね」
 コースの段取りなど無関係とばかりに、ヒイロはデザートを食べていた。
「あ、赤いプリンなんて珍しいですね……?」
 ぶどうジュースを飲みながら、タイランが首を傾げる。
「血のプリンだからねー」
「血!?」
 ユファが、トマトサラダを食べながらヒイロの言葉を補足する。
「鬼族は、肉と血を使った料理が得意なのよ。おかげで、あたし達も助かってるわ」
「恐縮です」
 スオウは微笑み、ソースをパンの欠片に塗って頬張った。
「こっちはチイチゴのじゅーす」
 ぶどうジュースと違う色のグラスの中身をリフが言い当て、カナリーもワインを一口飲んだ。
「それに、赤ワインか……いい味だ。この辺は血の代用品としては定番だね。本題だけど、僕が進めていいのかな、シルバ」
「ああ、お前の件だからな。そして俺は飯を食う」
「うまうま」
 上機嫌に肉料理を食べまくるヒイロの隣で、シルバは静かにスープを啜った。
 もちろん、話はちゃんと聞いているが、進行はカナリーに託す事にする。
 カナリーは苦笑し、ユファの方を向いた。
「……やれやれ。まずは状況を整理しましょうか。ここにいる人達は、半吸血鬼であるクロス・フェリーの魔眼に魅了されて、拐かされた女性達だ。そうですよね」
「ええ。そしてつい先日までは、エトビ村の外れにあった洋館の地下に潜んでいたわ」
「どうやって生活を? もしも誰か村人が襲われたなら、さすがに事件になっていたはずですが」
 吸血鬼は血を吸う種族だ。それは吸血鬼に血を吸われた者も同じである。
「あたしやスオウを見ても分かる通り、吸血鬼としての深度は、まだそれほど深くないの。だから、血への『渇望』は代用品で補えているわ……まだね」
「なるほど」
 代用品……血のソーセージを切り分けつつ、カナリーは頷いた。
 しかしユファは少し顔を俯けた。
「もっとも、何人かまずいのがいてね……『渇望』の限界が超えた子達には眠ってもらっているわ」
「眠る?」
 首を傾げるヒイロに、カナリーは説明する。
「この場合は、仮死状態を意味するんだよ、ヒイロ。僕の見た所、この村で動けている人間は軽度から中度レベルのなりかけ吸血鬼だ」
 一定量の血が吸われる事で、一般の人間は吸血鬼になる。逆に言えば、何度かに分ける事で、段階を踏んで吸血鬼になってしまうのだ。
 礼拝堂にいた女性の人数から考えても、クロス・フェリーは複数の女性の血を味わう為、小分けにして吸っていたようだ。完全な吸血鬼になった女性はまだ、いないというのがカナリーの見立てだった。もちろん、『眠っている』女性達はまだ見ていないので完全な結論はまだ出せていないが……かなりまずい段階の女性もいるらしい。
「クロス・フェリーは、村を訪れたりはしていたのですか?」
「ええ、当然。たまに新しい女の子達を連れてね。何人かの血を吸って、また出て行ってたわ」
「ん?」
 今まで黙って話を聞いていたシルバのナイフとフォークが、思わず止まった。
「何よ?」
「吸っていっただけ?」
 シルバの問いに、ユファは頷く。
「そうよ?」
 聞いていたカナリーは、シルバが何を言いたいのか理解したようだ。
「ああ、その心配か」
「あー」
 遅れてユファも、得心がいったらしく声を上げる。二人揃ってニヤニヤ笑い始める。
「い、いや、その、だな……」
 つまり、性的な行為の強要がなかったのかという事なのだが……。
 ヒイロやリフがキョトンとしているので、シルバとしてもさすがに明言しづらい内容だった。
「まず、吸血行為は快楽を伴うというのは、シルバも知っている……あー、はずだ」
 最初はからかうように笑っていたカナリーだったが、途中から自分も何度か冒険のたびにシルバの血を吸わせてもらっている事を思い出したのか、頬を赤らめ目が泳いだ。
「そ、そうだな」
 同じように、シルバも目を明後日の方向に背ける。
「に?」
「……むうぅ?」
 よく分かっていないリフと、疑いの眼差しでゆらゆらと尻尾を揺らすキキョウ。
 赤ワインを口に含んで気を取り直し、カナリーは小さく笑った。
「満腹になるまで吸えば、そりゃ性欲も上回るさ」
「でもさ……」
 それではちょっとシルバは納得しづらい。
 何せ、内容は男の生理現象である。自分がクロスの立場になって考えると、それは今一つイメージが沸きにくい。
 ……血を吸ったからって、性欲は減るのか?
「うん、それと性欲は別だって言いたいんだろう? 確かにその通りではあるけどね、クロス・フェリーは半吸血鬼でありながら、吸血鬼の矜持も高い。やってる事はロクでもないけどね」
「矜持?」
 ふん、とカナリーは鼻で笑った。普段のカナリーを知らなければ、いけすかない美青年そのものな笑い方だった。
「吸血鬼は血を吸う怪物だって事さ。彼の行っている行為はね、おそらく人の血を吸う事を法によって制限している本家に対する抵抗なんだよ。だから、むしろ彼は僕達以上により吸血鬼であろうとする。分かるんだよ。そういう奴はね、性的行為を強要なんてしたりしないのさ。相手から求めてこない限りはね」
「い、いやしかしカナリー。彼女達は、奴に魅了されているのだろう?」
 戸惑うキキョウが口を挟むが、カナリーはキョトンとしていた。
「魅了は合意とは言わないだろう、キキョウ?」
「そ、そういうモノなのか?」
 キキョウとシルバは顔を見合わせた。
 自分達には理解しづらいが、吸血鬼とは、そういうモノらしい。
「ああ、他の種族には分からないかもしれないけど、それは、相手を落としたとは言わないのさ。まあ、それだけじゃ根拠は薄いだろうからもう一つ根拠を示すとだ」
 カナリーは形のいい鼻を小さく鳴らした。
「ここにいる者達は、大半が{処女/おとめ}の臭いをしていた」
 キキョウはぶわっと尻尾の毛を逆立て、顔を真っ赤にした。
「おと……!? わ、分かるのか、そういうのが……!?」
「分かるんだよ。何、そんなに驚く事はないだろう、キキョウ」
 ニヤニヤと意地悪く笑うカナリーに、キキョウは言葉に詰まる。
 やがて、ごにょごにょと小さく呟いた。
「……カ、カナリー……後で話がある」
「うん、後でね」
 カナリーは表情を引き締め、改めてユファを見た。
「つまり、クロス・フェリーの嗜好はまず第一に美女、もしくは美少女である事。かつ、相手が処女であれば言う事はなし……って所でしょうか」
「そうね。……だからって許される事じゃないわ。中には、待ってる恋人や婚約者がいる子だっているんだから」
 彼女は悔しそうに、食器を握りしめた。
「何より、アレに魅了されたって事自体が、あたしには許せない。屈辱よ」
「お察しします」
 大真面目に、カナリーは目を伏せた。
「男のあんたに……」
 ユファはカナリーをにらみ付け……戸惑った。
「う、うん? 貴方、もしかして……」
「話を戻しましょう」
 小さくウインクをして、カナリーはユファの言葉を制した。
「あ、あの……私、疑問があるんですけど……よろしいでしょうか?」
 それまで静かに話を聞いていたタイランが、遠慮がちに手を挙げた。
「いいわよ。何かしら?」
「見た所……その……もう魅了は解けているようですけど、どうして皆さん、逃げないんでしょうか?」
 その質問に、ユファは苦い笑いを浮かべた。
「ああ、その事。あの半吸血鬼の{強制/ギアス}があるからよ。だから、あたし達はここから動けないのよ」


「{強制/ギアス}って?」
 首を傾げるヒイロに、カナリーが説明する。
「そのままの意味だよ、ヒイロ。呪いの力で相手の行動を制限するのさ。つまり○○しろって命令を出されたら、逆らえないんだ」
「そう。あたし達はクロス・フェリーにいくつかの{強制/ギアス}を受けているの。一つは、クロス・フェリーとその仲間達を攻撃してはならないね。それに、この村に来てからは――」
 ユファは、ほとんど芸術品のような超小型のティーカップを口元で傾けた。
 誰もこの村に、近づけてはならない。
 自分達は、人里に下りてはならない。
「――と、こういう二つの{強制/ギアス}が追加されたのよ。この場合の誰も近づけてはならない、っていうのはもちろん力尽くの意味ね」
 しかし、ヒイロはキョトンとしたままだ。その上で骨付き肉を齧る口と運ぶ手が休まらないのはある意味、天晴とも言える。
「でもボク達こうやってご飯食べてるよね?」
「ええ、狙い通りね」
「?」
 やっぱりヒイロにはよく分からないようだ。
 カナリーもワイングラスを傾けながら、ニヤリと笑う。
「{強制/ギアス}の効果が落ちるほど、弱らせられたって事だよ。そもそもこの廃村で、誰も近づけるな、しかし自分達は人里に下りてはならないじゃ、いくら吸血鬼でも衰弱して死ぬよ。だから――考えましたね。{強制/ギアス}の穴を」
「ええ」
 同じように戸惑っているキキョウやタイランに説明するように、ユファはテーブルを見渡した。
「つまりね、あたし達は人里には下りられない。けれどこのままじゃ、飢え死にしちゃう、だからクロスにはこう提案したの。猪達を使って、自分達で食料を調達するって」
「例の憑依術ですか。それにしてもあの規模の数をよくまとめましたね」
 シルバは素直に感心した。
「吸血鬼のなりかけって言うのも、デメリットばかりじゃないのよ。魔力量がこれまでとは桁違いっていうのもあるし。憑依術の方は、あたしの精霊術と仲間の何人かの魔法使いで協力して、安定化させたわ。意識はあたし達とボア達半分こずつって事でね」
 バレットボア達は動物使いの娘がいたので、その子が交渉したのだという。知恵を持ったボア達は効率的な狩りを行え、それはそれで感謝されていたらしい。
「それに精神共有で群れをひとまとめにするのは難しくない、と」
「あら」
 シルバの言葉に、ユファは興味を覚えたようだ。
 構わずシルバは続けた。あれは実に参考になる動きだった。
「あの陣形魔法も、その応用ですよね」
「貴方ももしかして……ああ、そうなんだ。あの戦いぶりはそういう事だったのね」
 互いに、納得がいったようだ。
 精神共有による意志統合もまた、あのバレットボアの軍団をまとめるのに一役買っていたのは間違いないようだ。
 見つめ合い、不敵に笑う好敵手同士の空気を破るように、カナリーは手を叩いた。何だか慌てているようにも見える。
「は、話を戻しましょう。とにかくバレットボア達に憑依して、貴方達はこの山で暴れた」
 それに続くように、やはり慌てた様子のキキョウも口を挟んだ。
「し、しかし、村の農作物を荒らすのは少々やり過ぎではなかったのだろうか?」
 ユファは残念そうに、顔を俯けた。
「アレは素直に反省。動物に憑依すると、いくらか向こうの本能にも引っ張られるのよ。言い訳にもならないけどね」
 カラン、と音が鳴った。
 鬼女スオウが、食べ終えた骨付き肉の骨を皿に置いた音だ。
 よく見ると、ヒイロとほぼ同じぐらいの量の骨が山積みになっていた。いつの間に……という顔をしているのはシルバだけでなく、カナリーやキキョウも同じだった。
「そういえば、コモエに襲われた青年は大丈夫だったかしら?」
「コモエ?」
 シルバには、覚えのない名前だった。
「昨日、ヒイロが倒したバレットボアに憑依していた子よ。本職は盗賊なんだけど」
 つまりそれは、昨日の晩餐になったバレットボアであり。
 ……襲われた青年というのは、あれだ。
 農夫をやっていると言っていた、アッシュル青年の事なのだろう。
 悲鳴を聞いて動き出したシルバ達の目の前に、突然空から降ってきてみんなで驚いたものだ。
 その時の事を思い出し、何とも言えない表情になるシルバ、タイラン、リフだった。
「にぃ……。だ、大丈夫……のはず」
「タイランが悲鳴を上げたんで、リフが精霊砲でちょっと攻撃を……いや、うん、心配ない」
 ちょっと派手に吹き飛んで湯船で気絶しただけだし、問題ないと宿の主人であるメナも言っていた……思い返すと、本当に大丈夫か、ちょっと不安かも知れない。
「す、すみません……」
 騒いだタイランも、恥ずかしそうに俯いた。
 気を取り直すように、カナリーが咳払いをした。
「派手に暴れる事で、自警団を森に呼び込み、さらに冒険者を雇わせる。もし彼らが負ければさらに強い冒険者が現れ、いずれ自分達は敗北する。そして彼らはここを訪れてくれる。それを見込んだ訳ですね」
 猪に憑依した状態で助けを求めれば……ともシルバは思ったが、それは誰もこの村に近づけてはならないという{強制/ギアス}に反するのだろう。
「ええ。思った以上に早く、来てくれたけどね。……自警団の人達、かなり派手にやっちゃったみたいだけど無事だったかしら」
 案じるような表情のユファに、シルバはふと思い出した。
「ああ、そういえば、宿の主人も頭に包帯巻いてたっけ」
「やややり過ぎの感もあるようだが、それも、やはりバレットボア達の本能なのでしょうか?」
 キキョウの問いに、ユファは微妙な表情を作った。
「そっちは誰も近づけてはならないっていう{強制/ギアス}もあったわね。かなりここに近付いていたから……言い訳にもならないけど」
 一方ヒイロは姉であるスオウに尋ねていた。
「っていうか、スオウ姉ちゃんボクとの勝負、本気だったよね?」
「あら、それは礼儀でしょう。憑依していた彼も、本望だったみたいよ」
「まあね」
 シルバ達の視線が、ユファに集中する。
 確かに{強制/ギアス}の効果にしては、やけにバレットボア達の戦い振りは積極的だったような気がする。
「……え、えーと、好敵手と渡り合うっていうのも、冒険者の楽しみというか」
 気まずそうな愛想笑いを浮かべるユファだった。……ユファ本人としても、戦闘に刺激される部分があったのだろう。
「ともあれ、そういう事情ならあまりノンビリとはしてられないな」
 シルバが手を合わせ、ピクッとキキョウが反応する。
「む?」
「{強制/ギアス}が弱まっているのは、今の間だけだ。これ以上、現状のままでいると今度は生身のこの人達と争う羽目になる」
「ど、どうすればよいのだ、シルバ殿」
「{強制/ギアス}を解く」
 当然の事だ。
 この見えない鎖を何とかしない事には、ユファ達に自由はない。このままでは、この村を出る事すら出来ないのだ。
 しかし、ユファは難しい顔で首を振った。
「無理よ。こっちにだって聖職者は結構いたけど、誰も{解呪/デカース}出来なかったわ。相当に強力なのよ」
 カナリーも彼女に同意見らしい。
「僕も厳しいと思う。吸血鬼の{強制/ギアス}は、さすがに荷が重いよ。下手に触れるとシルバにまで害が及ぶかも知れない」
 心配そうな顔を向けられ、あっさりシルバは頷いた。
「うん、俺じゃ無理だ」
 その答えに、カナリーは眉根を寄せた。
「……もしかして、僕の上書きを狙っているのか?」
「う、上書き?」
 キキョウの問いに、カナリーは答える。
「今、彼女達はクロス・フェリーの精神的支配下にある。だが別の吸血鬼が噛む事によって、{強制/ギアス}はキャンセルする事が出来るんだ。……ただしそれは、今度は僕が彼女達を支配する事を意味する」
「……それはちょっとどうかと思うぞ、シルバ殿?」
 キキョウだけではなく、ほぼ全員から非難の目で見られても、シルバは動じなかった。
 小さく唸りながら、額を掻く。
「いや、俺が考えてるのはちょっと違うって言うか……出来るかどうか、ちょっとカナリー、検証を頼めるか?」
「……うん?」
 シルバはそれを、カナリーに話した。
 聞いたカナリーの顔は、呆れと困惑が混じり、ますます難しくなった。
「……本気かい、シルバ?」
「出来るかどうかが、問題なんだけど」
「いや、出来る事は出来ると思うし……ある意味では現状ベストな選択かも知れないが、しかし……君ね」
 カナリーは、大きく息を吐き出した。
「その考え方は、聖職者のそれじゃないよ絶対?」


 礼拝堂で眠っていた女性達を{覚醒/ウェイカ}で起こすと、カナリーやキキョウを見た彼女達で一悶着があったがそれはそれとして。
 長椅子を壁に寄せて中央に大きくスペースを取り、30人以上いる女性達はユファやスオウも含め、輪になって木の床に座っていた。
 中心に立つのは、シルバ、カナリー、キキョウの三人だ。
 カナリーは、ユファから預かった女性冒険者達のリストと座っている彼女達の顔を確認していた。
 今回の{強制/ギアス}解除は、ある程度、人間関係にも気を配る必要がある。仲の悪い者同士を隣にするのは、望ましくない。
「つまり、エーフィスからシヴァ、シヴァからファラジカ、ファラジカからヨヨ、ヨヨからシンジュ……」
 名前を読み上げるカナリーに、シルバとキキョウは同時に振り返った。
「「シンジュ!?」」
「あ、はーい」
 のんきに手を挙げたのは、ボーイッシュな軽装の盗賊娘だった。
「やっ、シルバとキキョウ。お久ー」
 シルバ達は明るく笑う少女、シンジュ・フヤノに駆け寄った。
「お久しぶりじゃないだろ馬鹿!?」
「何でお主がここにいる!?」
「え? やぁ、みんなと同じ、探索中に色々あって拐われちった」
 ペロッとシンジュは舌を出した。
「てへ♪」
「『てへ♪』じゃねー!」
「シルバ殿の言う通りだ! 親父殿は心配していたぞ!? 急いで連絡を取るのだ!」
「やー、だから連絡取れなかったんだって。事情ならもう知ってるでしょ?」
「……そういえば、そうだった」
 突っ伏すキキョウだった。
「あ、そう言えばシンジュだったわね」
 少し離れた場所から、小人族のユフィが声を上げた。
「何が?」
「君達のパーティーは闇討ち不意討ち騙し討ち上等で、手加減要らないから大丈夫だって言ってたの」
「うぉい!?」
 シルバはシンジュの胸倉をつかんだ。
 しかし、シンジュは一向に堪えた様子はなかった。
「あははー。でも実際生きてるじゃん。無問題無問題」
「問題大有りだ、この馬鹿者!」
 キキョウもシンジュを怒鳴りづける。
「ど、どういう関係なんだ、シルバ、キキョウ」
 後ろから声を掛けてきたカナリーに、シルバは説明してやる事にした。
「……クロエんとこの何でも屋の仲間。本業は金融業者の取り立て屋……っていうか、裏ギルドの大物の娘でな。取り立て屋は、実家の手伝いな訳だ」
「つまり金融業というのは……」
「うん、闇金融。他に賭博場とか表裏両方幾つも経営してる。フヤノ一家って聞いた事ないか?」
 貴族だけに名士は一通り覚えているのだろう、カナリーは頷いた。
「……ある。そこの娘か」
「一人娘だ」
 そこが肝である。
 父親であるカブキーノの娘の溺愛っぷりは、リフの父親フィリオにも劣らない。
「そうそう、テーストしばらく会ってないけど、元気してた? 死んでないよね。あれ? そういえばシルバってプラチナ・クロスどうしたのさ?」
 失踪してから数ヶ月、シルバと悪友の奇異な人生も、シンジュは知らないようだった。
「……テーストなら元気にしてるよ。名前は変わるし、身体は縮んだし」
「縮んだ?」
 シルバは自分の近況と合わせて、テースト……現カートンの状況もシンジュに伝えた。特に薬品の人体実験を複数繰り返す事によって若返ってしまった事に、彼女は興味を覚えたようだ。
「へー……そういう事になってるんだ」
 シンジュは考え込み。
「……やっぱ、五つも紹介したのはまずかったか」
「お前が元凶かよ!?」
「だって、借金返してもらわないと駄目でしょ?」
「……お、鬼かお前」
「借りたお金は返さない方が悪い!」
 放っておくといつまでも続きそうな会話を、カナリーが強引に割り込む事で終わらせようとする。
「と、とにかくシルバ、作戦を進めるよ。ここにいる吸血鬼になりかけの人間が、それぞれ隣の人間の血を吸う。スタートは最初に指定した通り、エーフィスからシヴァへ」
「う、うす。分かっただよ」
「心得た」
 山妖精の戦士娘エーフィス・ビルと、犬獣人の吟遊詩人シヴァ・エイトが頷く。
 シルバはこの場をカナリーとキキョウに任せて、出口近くに引っ込んだ。ここから先は二人に任せた方がいいだろう。
 カナリーの説明は続く。
「そのシヴァは隣のファラジカの血を吸い……順番に吸っていく。こうする事で、クロス・フェリーの{強制/ギアス}は、吸った人間の{強制/ギアス}で上書きされていく」
「よろしいでしょうか、カナリー様」
 手を挙げたのは、二十代前半の眼鏡を掛けた理知的な女性だった。
「はい、どうぞ。それと様はいらない。ええと、ヨヨさんだっけ?」
 カナリーはリストを確かめた。
 名前はヨヨ・G・ゼミナル。職業は魔法使いだ。
「はい。そうなると、私は私を吸ったファラジカさんに逆らえなくなる……という事になりますよね? 他の皆も相手は違えど同じですが」
 ヨヨは、隣に座る巫女風の服装の少女ファラジカ・メージングを見た。
 ファラジカは、やや困惑した表情だが、カナリーは構わずヨヨを見た。
「うん。そこが今回の作戦の肝でね。自分を起点に、吸う者と吸われる者を追ってみて欲しい」
 カナリーはヨヨから順番に、指を時計回りに滑らせていく。
「……そして、ユファがスオウの血を吸い、スオウがエーフィスの血を吸う。エーフィス、シヴァ、ファラジカときて……」
 ぐるっと一周したカナリーの指は、やがて再びヨヨに戻った。
「そう、君だ。という事は遡ると、君の上位にいる人間は回り回って……」
 今度は反時計回りに滑ったカナリーの指が、もう一度ヨヨを指す。
「あ……」
「君に戻る訳だ」
 ようやくヨヨは意味を悟ったようだ。
 しかし魔法使いでない何人かは、理解していないようなので、カナリーは改めて周囲に説明した。
「このように円環状の連なりを作る事で、{強制/ギアス}を上書きし、かつ吸血による主従関係を崩壊させる。自分の血を吸った上位者は、つまり巡り巡れば自分が血を吸う相手のずっと下位の存在になる訳だからね。だが、もちろんまったくリスクがない訳じゃない。結果的に一度血を吸う訳だから、君達は一段階、吸血鬼に近づいてしまう。その点は納得して欲しい」
「某からも、頼む」
「はーい!」
 カナリーとキキョウが頭を下げると、ほとんどの女性達から元気な声が返ってきた。消極的なその他数人も、不安そうにしながらも頷いた。
「それじゃ、始めようか。まずはエーフィスから」
「う、うす!」
 吸血は別に首筋にする決まりはない。
 彼女達は腕をまくり、それぞれ手首近くを吸い、吸われる事にしていた。
 そして、円環の強制解呪はスタートする。


 壁の飾りみたいになっていた重甲冑のタイランが、壁にもたれかかるシルバに声を掛けてきた。
「あの……シルバさん、本当にいいんですか……?」
「何が?」
「全部カナリーさんが考えた事にしちゃいましたよね? どうしてですか?」
「何だ、その件か。確かにあの方法を考えたのは俺だけど、ありゃ別に謙虚にした訳じゃないぞ。俺が考えたって言ったって、何の得にもならないだろ。それよりは、カナリーがあの子達に恩を売った方が得だって判断したからさ。何人か有力者の娘もいるみたいだし、ホルスティン家と繋がりが出来るのは悪い事じゃない」
 それに、とシルバは指を二本立てた。
「もう一つ理由があって、彼女達をより吸血鬼に近づけるこんなやり方、教会に知られたらほぼ間違いなく俺は破門食らうしな。出世しようにも、その足しにもならないだろ?」
「は、はぁ……」
 我ながら腹黒いなあと思うシルバだった。
「それよりもお前の方も、気をつけろよ」
「え?」
 シルバは腕を撫でながら順番を待つ、大人しそうな巫女の少女を指さした。
「……ファラジカ・メージング。メージングって言えばサフォイア連合国の一つ、コランダムの姫巫女の出だ。多分、修行中の身なんだろうな。お前の身元を考えると、万が一って事もある」
「あ……」
 タイランは、故郷であるサフォイア連合国から追われる身だ。
 もしも彼女がタイランの事を故郷に伝えればどうなるか……それを考え、タイランも言葉に詰まったようだ。
「今更だけど、偽名って手もあるが……」
「……それは……ちょっと……」
 実際、身元を詐称するのが一番なのだが、シルバもタイランの躊躇いは分かるので、強制はしなかった。そうするぐらいなら、国一つ相手に喧嘩を売る方を選ぶシルバは、苦笑いを浮かべた。
「親父さんからもらった数少ない物だしな。……じゃあ、むしろ逆に仲良くなって、親父さんの現状とか、こっそり情報を教えてもらうってのも手だぞ」
 その提案に、タイランはギョッとする。
「く、黒いですね、シルバさん」
「うん、我ながら結構悪辣だと思う。そういえばヒイロはずいぶん大人しいな」
 シルバは身体を傾け、タイランの身体に隠れるように座っていたヒイロに視線を向けた。
 ヒイロは腕組みをし胡座を掻いていたが、やがて頭を振って壁に立てかけていた自分の骨剣を手に取った。
「んー……そだね。やっぱイメージトレーニングじゃ駄目だ。ちょっと外で剣振ってくる」
「おう」
 大きく息を吐き出し、ヒイロは礼拝堂を出て行った。
 シルバはその背をタイランと一緒に見送った。
「お姉さんの件ですね……」
 この集まりが始まる前、スオウがクロスに噛まれた理由をヒイロに話したのだ。

「私はクロス・フェリーに魅了されたんじゃないんですよ。ライカンスロープのロン・タルボルト。正面から戦い、彼に負けたんです」

 姉の言葉を聞いてから、ヒイロはずっと唸るようになったのだ。
 これまでの情報で、シルバもロン・タルボルトの戦い方も、ある程度把握していた。普段は人間状態だが、本気になると狼獣人形態となり、牙と爪で超高速の攻撃を開始する。パワーも相当にあるらしい。
「スピード勝負となると、相性から考えると、一番いいのはキキョウなんだけどなぁ」
「お姉さんの分の敵討ち、ですからねぇ……」
 二人は視線を人の輪に戻した。
 順番に行われる吸血行為も、そろそろ終わりに近づいているようだ。
「……残るは、吸血鬼化の治療か」
「方法はあるんですか?」
「そうだな……」
 シルバが話そうと口を開いた時、そっと扉が開かれた。
 ヒイロかと思ったら、猫耳の突き出た目深にかぶった帽子と尻尾の出ているコート――リフだった。
「に。ただいま、お兄、タイラン」
「おかえり、リフ」
「お、おかえりなさい、リフちゃん」
 リフはシルバの前に立つと、背中を向けてそのまま両足にもたれかかった。
「どうだった?」
 とりあえず拒否せず、シルバはリフにこっそり頼んでいた事の首尾を尋ねてみた。
「深いけど、いけると思う」
「な、何の話ですか……?」
 タイランは、遠慮がちに尋ねてくる。
 これはまだ、シルバとリフしか知らない情報なので、無理もない。
「それはまあ、もうちょっと後の話として話を戻そう。吸血鬼化の治療だ。これには大雑把に分けて二つある。解呪系の儀式なんかを使って長い時間を掛けて地道に人間に戻るか、自分を吸血鬼にした相手を倒すかだ」
「……わ、私達が行うのは、個人的には後者かと思いますけど」
 タイランの答えに、ニヤニヤとシルバは笑った。
「ずいぶんと血の気が多いなあ、タイランは」
「に」
 リフにまで無表情なまま同意され、タイランは慌てた。
「あ、で、でも、その……私、地道な治療の方法なんて分かりませんし……」
「地道な方法の方だけど。手順としてはまず、冒険者ギルドとホルスティン家に連絡。これは必ずやらないといけない。公表されるかどうかは別問題としてだ。大切なのはこの後でね」
 シルバは指を一本立てた。
「一番常識的な方法は、教会に預けるって手だ。ただ、あんまりお勧めは出来ないな」
 教会関係者であるシルバは、深く鼻息を上げた。
「規則正しい生活といえば聞こえはいいけど、相当に行動を制限されるからね。アーミゼストじゃ先生が頑張ってくれると思うけど、それでも吸血鬼関係には教会は厳しい」
「そ、そりゃそうですよね……」
「何より、解呪儀式は延々何時間も続いて、しかもその間、動いちゃいけないって言うんだ。かなりしんどいんだよ」
 シルバは、二本目の指を立てた。
「もう一つの方法は、ホルスティン家預かりにする。こっちは解呪の儀式じゃなくて主に投薬らしい。周りが吸血鬼ばかりっていう環境さえ我慢出来るなら、こっちもありだけど、やっぱり行動に制限が掛けられるのは変わらないな。一族の秘伝らしいから、外出とかも出来ないだろうし」
「どっちもどっちですね……」
 頷くタイランに、シルバは三本目の指を立ててみせた。
「でまあ、もう一つの方法っていうのが、吸血鬼本体を倒すってのと連動する訳だけど……」
「にぃ」
 リフの耳がピコピコと揺れた。
「吸血鬼の進行は、カナリーの話だと霊泉でも食い止められるんだって。小難しく言えば、大地の生命力を吸精する事で、渇望を抑制する……っていう事らしい」
「あ、それでリフちゃんが……」
「にぃ」
 タイランに任せてもよかったのだが、出来るだけ彼女には力は抑えさせておきたかったので、リフに頼んだのだ。
 シルバはこれからの事を考え、指を折り始めた。
「……村の人間、ギルドマスターに先生と、ホルスティン家の連中……ちょっとまあ、色々忙しくなりそうだ、と」


 ここ数日の、エトビ村の忙しなさは尋常ではなかった。
 キッカケはどこかとなると、例の猪の群れを、たまたまここ『月見荘』に宿泊する事となった冒険者達が倒してくれた事になるのだろう。
 そこから派生した、森の奥に隠れ潜んでいた吸血鬼化された女性達の保護。
 彼女達をどう扱うかの話し合いの場が、そのままこのエトビ村になってしまったのだ。事件の大きさから、オフレコの内容となる。
 冒険者達の縁もあって、ギルドマスターや吸血鬼の貴族達といった本来ならまず訪れそうにない重要人物達が、この宿で会議を開く事になった。
 基本的にお忍びと言う事もあり、酒場部分を貸し切っての話し合いだったが、失礼がないようにと村民が一体となって準備に取りかかったが、その苦労は並大抵のモノではなかった。
 てんやわんやの大騒ぎが、遠い昔に思える自警団団長であり村長代理でもある、アブである。
 幸い、今日は晴天に恵まれ、会議も多少のドタバタはあったものの、何とか乗り切る事が出来た。。
 ちなみに客人達の多くは、自分の実家である村長家や、他の宿に逗留している。
 この宿はそこそこ大きいとはいえ、秘書官だの護衛官だの使いの者だのといった、数にしてみれば五十を超える(しかもこれでも少なくしたという!)人間は収容が不可能だった為だ。


「終わったー」
 会議の後片付けを終え、アブはカウンター裏の椅子に崩れ落ちた。
 赤毛の、精悍な印象を受ける青年だ。
 見かけ通り力仕事は得意だが、その分馬鹿である。
 その代わり不思議と愛嬌があり、村長の孫という事もあって若い者の中でも頼りにされている。
 彼の頭脳分をフォローするのは、もっぱらこの『月見荘』の若主人、メナである。
 黒髪をショートカットにし、ゆったりとした平服を着込んでいる。
 アブもメナも、宿泊客であるシルバが施してくれた治癒により、ボア達との戦いで生じた怪我はすっかり治っていた。
 なお両親は宿をメナに託すとさっさと隠居して、アブの両親と共に現在、世界のどこかを旅行中だ。最新の便りでは、しばらくはルベラント聖王国辺りにいるらしい。
「お疲れ。ほれ」
 メナはアブに背を向けたまま、後ろのアブに陶器を差し出してきた。
 中身はレイムの蜂蜜漬けだ。
「美味いな、これ」
「そうか」
 メナが後ろを向いているのは別に愛想が悪い訳ではない。単に仕事中だからに過ぎないし、アブもその辺は気にしない。
「いやもう、マジ疲れたって。ないだろ、あれは。何だってこんな村にあんな偉いさんが集まるんだよ……」
 今更な事を言うアブであった。
「こんな村とか言うな、村長代理」
「あんの糞爺……! 都合のいい時だけ、腰痛になりやがって……! 何が湯治だコンチクショー!」
「寿命が縮んだか」
「ああ、三十年ぐらいな」
「……余命数年か。葬式の方は任せろ。ウチの宿を選んでくれたんだ。今なら金は結構ある」
「そうか、頼んだ。化けて出てやるよ」
 実際プレッシャーは相当だったアブである。
 モシャモシャと、レイムを口に放り入れていく。レイム自体の酸っぱさと蜂蜜の甘さが相まって、いくらでも入りそうだ。
「しかし、アブ。本当にうちでよかったのかね。他にもデカイ宿なら結構あったのに」
「別にここがボロいって訳でもないだろうし、いいんじゃないか? もしくは今回の報酬で、全面的に改装するとか。まあ、しないだろうけどな」
「当たり前だ。こう見えても老舗の宿だからな」
 ふん、とメナは胸を張ったその時だ。
「ふぉっふぉっふぉ。そうそう、今のまま是非続けて欲しいもんじゃの」
 そんな声が、カウンターの向こうから響いてきた。
「や、こ、これは、ギ、ギルドマスター!」
「し、失礼しました」
 アブが慌てて立ち上がり、メナも接客用の口調で深く頭を下げる。
 背丈はアブ達の股下ぐらいまでしかない、鷲鼻が特徴的な小柄な老人だ。今は仕事用の紫の衣ではなく、老人用の平服に着替えている。
 ギルドマスター、ポメル・キングジム。
 この辺境周辺で、最もえらい人物である。
 あまりに小さかったので、カウンター前にいたメナですら気付かなかったらしい。……いや、おそらくこっそりと近づいてきたのだろうと、会議の時の老人を知っているアブは思った。
 この老人、かなり悪戯好きらしい。
「よいよい。それに今はお忍び故、その呼び名は控えておくれ。そうじゃの、ご隠居とかその辺でよいわ」
「は、はい!」
 メナはビシッとかしこまる。
「して、紙とインクが欲しいのじゃが。出来れば水ににじまぬものをな」
「はい?」
「何、洞窟温泉の自作マップ作りでもしてみようかと思っての。偉うなると、迷宮探索もしにくくなっての。せめてもの手慰みじゃて。あ、インクはこっちに入れておくれ」
 言って、ポメルは首にぶら下げていた小さな瓶をカウンターに置いた。
「わ、分かりました」


 老人が去り、メナは小さく息を吐いた。
「あ、あれがギルドマスターか。緊張はしたが……思ったよりは、気さくな爺さんなんだな。もうちょっと偉そうだと思ってた」
「……失礼な事言うなよ。いや、そう思うのも無理ないけど」
 そういえば、メナがポメルと話したのは、今のが初めてだったなとアブは思い出した。
 お出迎えの挨拶はとても会話とは言えないし、ほとんどのやりとりは秘書官を通していたのだ。
「会議の内容ってどうだったんだ?」
 アブに背中を向けたまま、メナが尋ねる。
「お前、それ、俺が話すと思うか?」
「話せる範囲なら話すだろ」
 アブな少し考え、確かにその通りだと納得した。
「……まあ、どうせいずれ広まる話ならいいか。まず吸血鬼にされたっていう娘さん達だが、ひとまずあの森の奥にあった廃村・マルテンス村に残留。というかその辺の権利関係で俺が……っていうか、ジジイが会議に呼ばれたんだが。元々は炭鉱掘る為に作った村だったが、地下深くから上質の温泉が出るらしくてな」
「へえ、確かな話なのか?」
「精霊使いとやらが複数言ってるんだから、疑う理由はないだろ。出なかったとしても俺達の責任じゃない。とにかく、温泉って言うのは治療にも効くらしくてな。そういう話になった。ただな……」
 そこで、アブは口をつぐんだ。
 新たな客が、カウンターに近づいてきたからだ。


「聞きたい事がある」
 メナの声を掛けたのは、年齢は二十代の半ばほどだろうか、身なりからして貴族と分かる銀髪紅瞳の誠実そうな青年だった。
 名前はネリー・ハイランド。
 アブの記憶では、会議に参加していた吸血貴族、カナリー・ホルスティンの関係者だったはずだ。本家から派遣されてきた使者であり、今回の事件の担当補佐だという紹介……だったが、正直人数が多すぎて、アブはあまり覚えていなかった。
「何でしょうか、ハイランド様」
 メナの応対に、ネリーは戸惑ったように周囲を見渡していた。
「カナリー様が見あたらないんだ。すまないが、心当たりはないだろうか?」
「カナリー……ホルスティン様ならナツメ様、つまり狐獣人の方と一緒に温泉に行くと言ってましたよ。ですが……」
「そうか。すまない、感謝する」
 彼は頭を下げると、特に急ぐ様子もないのにすごい速度で露天風呂の方に向かっていった。
 アブとメナは呆然と、彼を見送るしかなかった。
「……どこの温泉か、聞かずに言っちゃったな、あの人。ここの温泉とは限らないのに」
 アブの感想に、メナも頷いた。
「ああ、ずいぶんと早とちりな人だな。吸血鬼というのはもう少し、優美なモノだと思っていた」
「俺もだ。ああ、それでさっきの話の続きだけどな。マルテンス村の件。うちの村の連中集めて、こっちでも会議開かなきゃならない。マルテンス村の吸血治療には、ゴドー聖教の司祭らと、吸血鬼の一族もしばらく付き合うらしいからな」
 このエトビ村は温泉が主な観光資源だ。
 すぐ近くで新たな温泉が出るというのなら当然その相談は必要だし、何より異種族が住み着くというのなら、村人達の不安もある。
 村民達での話し合いの設定も、当然の措置だった。
「教会と吸血鬼の共同治療とは……また、聞いただけで仲が悪そうだな、それ。どうするんだ?」
 背中越しなのでメナの表情は分からない。だが、苦笑しているのは明らかだ。
 アブも同感だが、首を振るしかない。
「分からん。どうにかするんだろう。俺としては、こっちに迷惑が掛からないなら別にいいけど、村全体の意志は別モンだろ。教会の人達はともかく、もう一方は魔族だからな。杞憂に終わるとは思うけど、話し合いはやっぱりしとかないと」
 はぁ……と、アブは深く溜息をついた。
 その様子が分かったのか、くっくっくとメナの肩が揺れた。
「……気が重いのはそっちじゃないだろう? 酒弱いもんな、お前」
「おう。どうせ後半はグダグダの飲み会になるんだよ、畜生……」
 精悍な見かけによらず、アブは酒が苦手なのだ。決して飲めない訳ではないが、それでもせいぜい一杯が限界だ。それ以降は記憶を失う。
 下戸にとって、田舎の会議(と言う名目の酒盛り)は、正直重荷以外の何物でもないのだ。
「勧められても断れよ。酔った挙句、介抱してやろうとした女を無理矢理手込めにするのは一度で充分だろう」
「あははははー」
 ちくしょーと半泣きで笑うしかないアブであった。
 責任を取る為に、今は遠方にいる相手の両親に手紙を送ったが、さすがに外国宛では届くのも時間が掛かるらしく、返事は戻ってきていない。一応金細工師に、指輪は作ってもらったが、まだ渡すタイミングに困っている最中でもあった。
 幸いな事に、メナはその話を深く追求する気はなかったらしい。
「しかしまあ、炭鉱跡の奥にすごい財宝が眠っていたとはね」
 あっさり話を変えてくれ、アブはホッとした。
「ん、ああ、それか。今、賞金首にされてる連中の隠し財産らしくて、相当な額らしい。換金してない魔法アイテムもかなりあるとかかんとか、『ご隠居さん』がおっしゃってた」
 半吸血鬼、クロス・フェリーとその仲間達はため込んでいた財産も、女性達と一緒にマルテンス村の奥にあった炭坑跡に隠していた。
 それらは一旦、冒険者ギルドが預かり、彼らの被害に遭ったという申請の分は返却という扱いになっている。
 それ以外に、マルテンス村の再建などの計画もあるのだが、とにかく確実に言えるのは、そのクロス某らの成果は、基本的にギルドが事実上の没収という事になった。
 その賞金首連中も長くはないだろうな、というのは、素人であるアブにも分かった。金がなければ困るのは、冒険者だろうが村人だろうが同じである。
「残ってる資産はほとんど、裏ギルドが運営してる金融業者に預けてたらしいが、こっちはこっちで、吸血鬼にされた令嬢の一人が裏ギルドの重鎮の一人娘だったらしくてな」
 その時、ホールの方が騒々しくなった。


 騒ぎの主は、着替えを持ったボーイッシュな少女と、それを早足で追う太った髭面中年男だった。
「だーかーらー、付いてこないでってばー! 今からお風呂なんだから!」
 少女、シンジュ・フヤノの抗議に、裏ギルドの大物にして彼女の父親であるカブキーノ・フヤノは大仰に両腕を広げた。
「おお、ハニー。せっかくの再会なのになんてつれない言葉を吐くんだい。パパがどれだけお前の事を心配したか……」
「だ・か・ら、それは分かったからついて来んなー!」
 キュッと足を鳴らして立ち止まりそのまま反転、サマーソルトキックがカブキーノの顎に炸裂した。
「うごぁっ!?」
 そして一目散に、シンジュは逃げ出した。
 しかし、カブキーノもめげない。
「待つんだハニー!」
「やだよもー!」


 嵐が過ぎ去り、メナが口を開いた。
「あれか」
「あれだ」
「娘の方は言っちゃなんだけど、令嬢といった感じじゃなかったな」
「俺もそう思う」
 しかも吸血鬼になりかけているというのに、昼間からずいぶんと元気なようだった。


 などと二人が話していると、新たな客がやってきた。
 旅行鞄を手に持った、丈の長い緑色の貫頭衣を着た壮年の男だ。
 眼鏡を掛けた冷厳な目つきと顎髭から、アブはどことなく学者を連想した。
 ただ、背が高いせいですごい迫力だった。
「宿は空いているか」
「い、いらっしゃいませ……お一人様でしょうか」
 メナが尋ねると、男は頷いた。
「……一人だ。それと、リフ・モースというむす……いや、少年が泊まっているのもここだと聞いたが確かか」
「は、はい。シルバ・ロックール様とご一緒の部屋で」
「ご一緒!?」
 男の叫びと共に、比喩ではなく突風が吹いた。
「ひやぁっ!?」
 たまらずたたらを踏むメナの背中を、アブが立ち上がって支えた。
 メナを自分が座っていた椅子に急いで預け、代わりにアブがカウンターに立った。
「ど、どど、どちら様でしょう!?」
「父親だっっっ!!」
 怒鳴りつけられながらも、アブは宿泊名簿を出した。
 殴り書きでも達筆なその名前は、フィリオ・モースとあった。
「おのれ小僧……生かしては帰さんぞ……っ!」
 男は鍵を受け取り、ドスドスと足を鳴らしながら自分の部屋に向かっていった。


「ち、父親って……お前もああなるのかね?」
 椅子に腰掛けたメナは、まだ動悸が収まらないのか自分の胸を押さえていた。
「そんな先の話なんか知らん。大丈夫だったか?」
「ああ。ただ、庇うならもう少し優しくしてくれ。体に障る」
「?」
 何故か腹を撫でるメナが、アブにはよく分からない。


「すみません」
 その声にアブが振り返ると、右手の出入り口から全身真っ白の女性がカウンターに近づいてきていた。
 年齢は二十代半ばほど、ほんわかした印象だ。亜人の血が入っているのか、耳が長く伸び、山羊のような丸い角と先端が槍のような細い尻尾を生やしている。
 ストア・カプリス。アーミゼストの司教を務めている女性だ。
「あ、はい。カプリス様。どうかなさいましたか?」
「なさいました」
 のんびりとした口調のちょっとずれた返答に、一瞬アブは言葉に詰まった。
「……は、はぁ。どういったご用でしょうか?」
「その、露天風呂に行こうと思ったんですけど、ちょっと道に迷ってしまいまして」
 頬に手を当て戸惑うストアに、アブは右手の出入り口を指さした。
「……今、カプリス様がやって来た方向を、まっすぐ突き当たりとなります」
「まあ」
 深々とお辞儀をするストア。
「これはありがとうございます」
 そして彼女は『左手』に向かった。
「どういたしまして。――方向が逆です、カプリス様」
「あらあら」
 微笑みを絶やさないまま、ストアは反転し、右手に消えていった。


「……あれが、ゴドー聖教の司教様なんだよなぁ」
 カウンターから身を乗り出してそれを見送り、アブは息をついた。
「頼りないか?」
「いや、これがなかなか。例の吸血鬼の一件でも、何だかんだで教会側として引かなかったしな。そもそも教会と吸血鬼が手を組んで人を助けようなんて、普通考えはしても実行に移すまでは中々難しいだろ」
「確かにな。……そうか、心配はいらなさそうだな」
 何だか含みのある物言いをするメナに、アブは振り返った。
 大分楽になったのか、メナは椅子に座ってくつろぎ、残っていたレイムの蜂蜜漬けを食べている。
「何の話だ? 俺の葬式の話か」
「惜しい。黒じゃなくて白い話だ」
 意味がよく分からない。
 黒というのは葬式の事だろうが……。
「……さっきから、今一つ、話が見えないぞ?」
「責任の問題さ。それと、あと何ヶ月かしたら私は働けなくなるからな。それまでに仕事を覚えておいてくれ、『お父さん』」
 言って、『彼女』は差出人が父親の手紙を懐から取り出した。


※という訳で、一応今回で温泉編は終わり。
 といっても、シルバ達が何やってたかとかは書いてないので、これから単発でちょこちょこ書いていきます。
 戦闘少なめになりそうですがー。
追記:途中の描写の件ですが、この二人は半ば合意なのでそういう解釈でお願いします。
酒が関わる度に、アブがしょっちゅうネタにされてるような感じです。
……って本来本編の中で書かなきゃいけない事なのですが、ひとまずここに。
やあ、感想で言われて、確かにそういう風に読まれますよねと。(汗



[11810] 神様は修行中
Name: かおらて◆6028f421 ID:7cac5459
Date: 2010/01/10 21:04
「……いじょうぶか?」
 暗闇の奥から、声が聞こえた。
 身体が揺すぶられる感覚……しかし、全身の痛みが強すぎて、自力で動く事も出来ない。
 かろうじて浮かび上がった意識が、まだ自分が死んでいない事を自覚する。
「うぁ……」
 薄靄に包まれた、曇り空が目に入る。
 ……コラン・ハーヴェスタは、口から水を吐き出した。
「お、生きてて何より。もうすぐ冬だっていうこんな時期に水泳なんて無謀過ぎるぜ、オッサン」
 自分の顔を覗き込んでいるのは、目元まで髪が伸びた青年だ。骨格から考えて、かなりの長身のようだ。
 状況を把握する。
 どうやら、追ってから逃げ延びる事は出来たようだが、川に落ちた所から意識がない。
 四十代も半ば、運動不足で痩せた壮年の学者に、全力疾走後の水泳は無理が過ぎたらしい。
 川を流れたという事は……いや、煉瓦造りの立派な建物群が見えるという事は、ここはまだシトラン共和国から出ていない。外れにある港なのだろう。
 長髪普段着の青年が竿を持っている点から察すると、おそらく朝釣りをしていた所を、自分は拾われたのではないだろうか。
 青年は、コランの都合に構わず喋り続ける。
「多分事件なんだろうけど、警察ならあっちな。いや、そもそも動けそうにねーな」
 街の方を指さし、ようやくコランの全身に作られた切り傷に気付いたようだ。
「よし、祈れ」
 青年が、奇妙な事を言い、コランは戸惑った。
「……祈れ?」
「ああ」
「……僕は……ウメ教徒なのですが」
 今更神頼み……いや、ウメ様を頼るというのも、どうかとコランは思う。
 ウメ教はナグルという聖者によって広められた、死生観を主に伝えられる東方の宗教だ。西方に広まるゴドー聖教ほど圧倒的ではないが、それでも信者の数は相当に多い。
 ちなみにウメとは悟りを開いた者を指し、祈る事で御利益を授かる事が出来る。
 ……が、ここではまだ医者を呼んでくれた方がいい。
 コランも確かにそれなりのウメ信者だが、こういう点では現実主義者だ。
 ふむ、と青年は唸った。
「余所の神様、というかウメ様か。いやまあいいや。とりあえず今、アンタの信仰してる宗教の主役は寝過ごしてるみたいだから、俺を祈れ」
「……え?」
「だから、祈るんだよ。俺を。口聞くのもキツイみたいだから、ほれ拝め」
 青年はコランの両手を合わせ、強引に指同士を絡めた。
「……こ、こうですか」
 戸惑いながら、コランは目を瞑り、名も知らぬ青年に祈りを捧げた。
 どうか、助けて下さい。
「はい、おっけ」
 その言葉と同時に、不意に身体が軽くなった。
「あ……な、治った」
 ガバッと身体を起こす。
 全身の傷どころか、これまでの逃走での疲労すら消えていた。
 白髪交じりの髪も、口ひげも、コートもとにかく全身水浸しなのは気持ちが悪いが、活力だけは充分な睡眠を取った翌日の朝のように、満たされている。
「そりゃ治るさ。そういうモンだ」
「あ、貴方は一体……」
 祈りの形式は、ゴドー聖教のモノだった。
 かつて弟子だった者が、敬虔なゴドー聖教信者だったので、それは知っている。
 しかし、こんな治癒方法はコランは知らない。……いや、自分が無知なだけかもしれないが。
 青年は、パタパタと手を振った。そして一緒に流れていたらしい自分の鞄を、コランに押しつける。
「通りすがりの釣り人だ。忘れていいぜ。それよりさっさと行った行った。オレは揉め事嫌いなんだよ」
「す、すみません……ありがとうございました。このお礼は必ず……」
「名前も知らない。どこの誰かも知らない。そういう相手にその台詞は不誠実だぜ。大体くっちゃべってる暇があるのか? 何だか追われているんだろう?」
「そ、そうでした……! す、すみませんが、僕はこれで」
「はいはい」
 ペコペコと頭を下げるずぶ濡れ学者と、釣り竿を持った長身長髪の青年はそこで別れようとした。
「そうはいきませんよ」
 港に響くその声に、二人の動きは止まった。
「!?」
 声の方に振り向くと、そこには二十代半ばの、コートを羽織った青年が立っていた。
 コランがかつてサフォイア連合国に属していた頃に第一助手だった、リュウ・リッチーという青年だ。
 そしてその背後には、四人の人型をした精霊が控えていた。
 赤、青、黄、緑の燐光に包まれている――コランの見たところ、それぞれ、火、水、土、風の精霊だ。
 昨夜、自分を襲った緑が風の精霊だった事も、それを裏付けている。その瞳に、感情の色は一切ない。
 リュウのただでさえ細い目が、すうっと糸目に変わった。口元をニヤニヤと半月状にして、話し始める。
「手間を掛けさせないでください、先生。見苦しいですよ? 貴方もサフォイアの国民、そしてサフィーンの民であるのなら、潔く捕まるべきです。自分の研究で人の命を奪う。それは確かに心苦しいでしょう。しかし、精霊の意志一つと何百何千の兵士の命を天秤に掛けるなら、どちらを取るかなんて自明の理でしょう」
「……はー、これはまたベラベラとよく喋る奴だなー」
 呆れたように呟いたのは、長髪の青年だ。
「先生とか呼ばれるって事は、アンタ教師か何かか?」
 ボリボリと頭を掻きながら、コランに尋ねてくる。
「え、ええ、まあ」
「言っちゃ何だけど、育て方が悪いとしか思えねーぞ、ありゃ」
「僕の人を見る目がなかったって事ですね」
 その点は本当に残念なコランであった。
「猫かぶってたのかも知れないけど、それでも節穴って言わざるを得ないな」
 青年のコメントは辛辣だが、思い返せば図星以外の何物でもないので、コランは反論のしようがなかった。
 その間もリュウの言葉は長々と続いていた。
「正直先生には失望しています。せっかく私が、より高い地位に就けるようにと尽力してあげたというのに、逆恨みも甚だしいですよ。はぁ……やれやれ。これ以上私に先生を軽蔑させないようにするには選択肢は三つしかありませんよ? 『彼女』の行方を教えるか、先生がサフォイアに戻るか、研究資料を全部私に渡して下さい。そうすれば、最低でも先生の研究を引き継ぐ事が出来ますからね」
「お断りしますよ、リュウ君。僕は君のように娘を売るつもりはないし、その研究をこのまま、これ以上続けるつもりはありません」
 コランは、リュウの後ろに控える精霊を指さした。
「そうですか……はぁ……しょうがないですね。先生の我が侭に付き合うだけ、時間が無駄に過ぎていくんですよ。こうなったら、力尽くで拘束させていただきます」
 溜息をつきながら、リュウが片手を上げた。
 滑るような動きで四色の精霊達が飛翔し、コランに襲いかかる。
 その時、ひょいと青年が一歩進み出て、無造作に拳を突き出した。
「よっと」
 黄金の拳骨状をしたエネルギー塊が、空中を舞う精霊達に迫る。
「っ!?」
 コランが仰天する中、精霊達はギリギリその攻撃を回避した。
 未知の敵を相手に、リュウにどうするべきかの判断を仰ぐ為か、空中で停滞する。
「……へえ、あのガキ、またちょっと力をつけたな」
 青年は自分の拳を見つめ、感心したように呟いた。
 目を細めたまま、リュウは青年をにらんだ。
「どちら様ですか? 安っぽい正義感で動いているようですが、私と先生、どちらが正しいか、理解出来ていないでしょう? これは先生と私の問題です。部外者は口を挟まないでくれますか?」
「あ、危ないです! アレは……おそらく量産型とはいえ、ただの精霊じゃないんです。早く逃げて下さい!」
 いくらここがシトラン共和国――世界中の情報の集約地点であり、最も近代的、精霊の力の弱い国であっても、それでもリュウの率いる人工精霊達は破格の性能を誇る。
 それは、かつて自分が作ったモノだからこそ、分かる事だ。
 しかし青年は構わず、二人の間に割って入ったまま動かなかった。
「いや、うん、オレはアンタらの事情は理解してない。そりゃ確かだ。けど、どっちが気にくわないかはよく分かっているつもりだぜ」
「今の術……{神拳/パニシャ}ですね」
「ああ、昔知り合ったガキから奪った攻撃力でね。まあオレ、祝福系はこういうのしか取り柄がないんだけど」
 他の術は封印してるし、この辺信者少ないしねー、とよく分からない事を言う。
「……ゴドー聖教の信徒ですね。しかし、あの程度の攻撃で、私の研究を倒せると思っているなら、浅はかとしか言いようがありませんよ? 軽挙妄動は慎むべきですね」
 リュウは顎をしゃくった。
「先生は逃げられないように、ほどほどに痛めつけてしまいなさい。もう一人は邪魔なので『排除』しましょう」
「――了解」
 精霊達が同時に応え、リュウは自信に満ちた表情で、手を高らかに挙げた。
「{豪拳/コングル}、それに{加速/スパーダ}」
 味方を強化する青い聖光が四体の精霊を包み込み――不意にその光が消失した。
「!?」
 初めて、リュウの目が見開かれた。
 それはコランも同様で、青年の肩がクックッと笑いに震えていた。
「……何を、したんですか。{封声/チャック}ではなさそうですが……」
「教える義理があるのかい? ったく、ウチの信者のくせに、ロクでもないな。言っておくけど……んん……ああ、うん」
 青年は空を見上げたかと思うと、まるで何か啓示でも受けているかのように、何度か頷きを繰り返した。
 そして、改めてリュウを見た。
「リュウ・リッチー。サフォイア連合の精霊学者。寄付もそれなりに、ゴドー聖教の敬虔な信者ではあるみたいだが、世話になった師匠を売った動機は、嫉妬と強欲。それから生来から傲慢と、こうこられるとオレも黙っていられねー。お前の祈りはここから全部キャンセルな」
「意味の分からない事を、言わないでもらえますか? トリックを弄して全能の神を気取るなんて、それこそ神に対する傲慢ですよ」
「当たらずといえど遠からず、だな。コラン・ハーヴェスタ先生よ」
「は、はい!?」
 突然、足下が頼りなくなる。
「う、わ……」
 見ると、自分の足が地面からわずかに離れていた。
 犯人は――目の前の青年だ。同じように、彼も足下が軽く宙に浮いていた。
「せっかくだしアイツら、新しい魔法の練習相手にさせてもらうぜ。先生も、胸の部分にある核だけ気をつければ、死なないから安心していい。『あたり判定』はそれだ。ただ、地面や壁に当たるなよ。そっちの方がやばいから」
「貴方は一体何者ですか!」
「聞けば全部教えてもらえると思うなら、世間を舐めてるとしか思えねーな。まあいいや。名前はシルバ・ロックール。職業は――魔法使いだ」


 四体の人工精霊達は自律型ではなく、基本的にリュウの指示によって動く。
 絶対的な命令遵守はある意味、彼女達の姉に当たる試作型人工精霊タイランの『感情』という弱みがないという長所となる。
 しかも各精霊の火力は一体ずつでも相当に強力であり、人間一人どころかこの都市の一区画でもほんの数秒もあれば壊滅する事が可能だ。
 しかし、問題点がない訳ではない。
 一つはまさしくその自律型でないという点。彼女達はリュウの指示に従う分、コランの娘である人工精霊タイランのような『自分での判断』が難しい。
 代案としてリュウがもしも精神共有が使える司祭ならば、かなりの脅威となっていただろう。だが、彼は精神共有が使えなかったし、もしも習得していても長髪の青年が言った通り、現在何故か使用は不可能であった。
 二つ目として、彼女達は属性が明らかであるという点。これでは精霊にわずかでも詳しい者ならば、彼女達一体一体の攻撃方法と弱点が自ずと読めてしまう。しかもウチの一体は地属性であり、宙に浮いている青年やコランには、有効な攻撃が限られてしまっていた。
 ましてや、シルバは『魔法』によって、ただですら空戦のエキスパートと化している。いくら精霊達が空を飛べると言っても、それらはあくまで空『も』飛べる程度であって、空『を』駆け抜ける青年との性能さは明らかであった。
 だが、シルバは一切容赦しなかった。
 速度を二段階上げて更に機動力を高め、指先から放たれた波動は彼女達の身体をまとめて貫通し、幻影が四体出現し本体と同じ攻撃を模倣した挙句、正面からの攻撃は魔力障壁によって完全に防御する。ついでに地上のリュウにも魔力弾で爆撃するという徹底ぶりであり。

 ――要するにフルボッコであった。

 ちなみにリュウ達はまとめて、川に叩き落とされた為、捨て台詞の一つも吐けないまま、下流へと流されていった。
「火の精霊の娘が死なない事を祈る」
 ナムアミダブツ、と世界観と宗教を完璧に無視した祈りを捧げるシルバであった。
 それを見守っていたコランの身体が、フッと重くなった。
 緩やかに地面に着陸する。どうやら『魔法』が解けたようだ。
「あ、ありがとうございました」
 コランは、何十歳も年下の青年に、頭を下げた。
「いいさ、別に。オレもアイツが気にくわなかったからな。ところで先生、この国で美味い飯屋知らね?」
 シルバの妙な質問に、コランは戸惑った。
「ご、ご飯ですか?」
「うん、ウチの信者少ないから修業には打ってつけだし、何より情報に関しては最先端なんだが、とにかく飯がまずくてなー」
 シルバは腕を組み、唸った。
「……何でレシピの数は世界一なのに、あんなにまずく飯が作れるんだここの連中。グルメ雑誌なんてモンもあったけど、記者の舌がこの国基準なモンだから、ロクでもねえ。いっそ、自分で作った方がマシだっつーの」
「……ああ、ちょっと分かります。それで釣りをしてたんですね」
 シルバの釣り竿に、納得のいったコランであった。
 何かお礼になる情報を……と考え、コランは思いついた。
「それでしたら昨日飛び込んだ、『{門懲庵/もんごりあん}』という酒場は悪くありませんでしたよ。羊の焼き肉が名物なのですが」
「旨いモノなら何でもいい。よし、感謝だ。礼に何かして欲しい事はあるか?」
「い、いえ、助けてもらっただけで、僕は充分なんですが……」
 むしろ、アレだけの事をしてくれた礼が、飯屋の情報一つでは、コランの方が申し訳ない気分になっていた。
「遠慮する事ねえのに」
 そう言われると……コランとしては、気になる事を聞いてみる事にした。
「じゃ、じゃあ一つ……シルバさんが使ったような魔法、見た事も聞いた事がないんですが、どこで学んだんですか?」
 一応、コランは錬金術師であり、魔法に関しても一通りの知識はある。
 だが、シルバの使う『魔法』は明らかに、従来の魔法とは異なる未知のモノだ。学者としての知的好奇心が刺激されるのも、仕方がない。
 その問いに、シルバは苦笑した。
「知識を求めるか。学者らしいな。まあいいや。学んだのは、強いて言えば我流。見た事も聞いた事もないのは、そりゃ本物の『魔法』だからな」
「その言い方だと、まるでこの世界にある魔法が偽物みたいですが」
「あ、違う違う。この世界で一般に使われてる魔法はあくまで、この世界の法則で成立してて、使いやすいように体系づけられてるけど、オレが学んでるのは別の世界の『法則』そのモノを引っ張ってきてるって事。得体の知れない『魔』の『法』則。そういう意味での『魔法』。さっきの『魔法』は見た通り、空を飛ぶ事に特化してる……というか、飛んでるのが当たり前の世界の法則を引っ張ってきたんだ。あそこの世界の住人はほとんど誰でも飛び道具を撃てる。モノによっては時間を緩やかに変えたり、何故かマッチョになれたりもするらしい」
「きょ、興味深いですね……」
 シルバは他にもコランに『魔法』の話をしてくれた。
 白兵戦に特化した『魔法』は、多数の敵を強制的に一対一の状況に持って行ってしまう。敵の大将を標的に使うと効果は絶大。ただし、相手と二度勝負しなければならないのが傷という、使いづらい『魔法』だ。シルバは以前この『魔法』を応用して、一人の少年の生命を救った事がある。
 他にも飢え死にしかけたところを助けてくれた、青年の血縁者である少女に一生飢えないで済む『パックマ』という『魔法』を施した事もある。ただ、生物以外の触れたモノがすべて食べ物になる『魔法』なので、現在本人は難儀しているという。
 その『魔法』を解く方法を考えるのも、シルバの修業の大きな課題であるらしい。
 シルバ本人としては、戦闘以外の『魔法』を多く習得したいらしいが、なかなか難しいようだ。
「熱心なのはいいけど、あんまり長話はしてられないだろ? あんにゃろ、じきに援軍を呼んでくるだろうし」
 熱心にメモを取っていたコランだったが、確かにシルバの言う通りだった。
「そ、そうですね。あ、いやしかし、貴方はどうするんですか?」
「オレがやられると思うか?」
「……思えません」
 国の軍隊一つ持ってきても怪しいモノだった。
「だろ? 逃げるなら、ルベラントに行きな。あそこにはオレの知人がいる」
「知人?」
「手下みたいなモンかな。オレほどじゃないけど、ま、余所の国の学者程度なら退けられるだろ。これ、そいつんちの地図な」
 シルバは懐から折り曲げたメモを取り出した。
 コランがそれを広げると、どうやらルベラントの首都の地図らしい。中央の建物に赤い印があった。
「……国のど真ん中で、しかも、ものすごく広いんですけど」
「ああ、うん、大聖堂に住んでるだからな」
「教皇猊下じゃないですかそれ!?」
 ルベラント聖王国の、実質トップの人である。
 目の前の青年は、その人を手下だという。
「細かい事気にするなよ。連絡はオレの方からしとく。ちゃんと守ってくれるから安心しろ。それとこれも、護身用に持って行きな」
 言って、シルバが差し出したのは、火打ち式ではない変わった形の銃だった。
 受け取り眺めてみると、中央に蓮根のような機巧が施された、短い銃だ。それほど重くもない。
「な、何から何まで……」
「困ってる人間がいたら助ける。これ、ゴドー聖教の教義だ」
 ん、とシルバは自分で言って、首を傾げた。
「というか、人として当たり前だよな、これ?」
「そ、そうかもしれませんが……いや、しかし僕は、銃を撃った事なんて……」
「ないんなら、練習しろよ。男なら、自分の身ぐらい自分で守れるようになれ。その銃なら弾なも心配いらねー。自分に視界の外で引き金を引けば、何度でもリロード出来るからな」
「あ、も、もしかしてこれも『魔法』の……!?」
 そう思うと、コランは手の中の銃が恐ろしく貴重なモノに思えてきた。
「ああ。ただし、吟遊詩人の語る物語みたいに、後ろの敵を撃ったりは出来ないから気を付けろ。単にリロードされるだけだ。撃てるのはあくまで視界内の相手だけだ」
「……そんな、見えないところの敵を撃つなんて冗談みたいな真似、やろうと思っても出来ませんよ」
「そうでもないさ。例えば土壇場で、精神共有経由で仲間の視界を借りて背後の敵を撃とうなんて思いつきそうな阿呆なら一人、心当たりがある」
 それから二人ははたと、我に返った。
 長話が過ぎた。
「ま、とにかく今度こそお別れだ。達者でな先生」
「え、ええ。シルバさんもお元気で」
 握手をし、鞄を持った壮年の学者と、釣り人の青年は逆方向に踵を返した。
「あ」
 数歩歩いて、コランは振り返った。
 その声に、シルバも首だけ斜め後ろに向ける。
「何だよ」
「どうして、『魔法』を学んでいるのか聞くのを忘れてました」
「そんなモン……世界を守る為に決まってるだろ。今んトコ、こっちの可能性を伸ばせるのは、この世界でオレぐらいのモンだからな。詳しい話は、ウチの教団にいるストアって白い女に聞いてみな」
 その名前を覚え、今度こそコランは歩き出した。
 次第に早足になり、港から煉瓦造りの街中へと駆け出す。
 いくら、ルベラントに安全な場所を用意してくれたとはいえ、そこまでは自分で道を切り拓かなければならない。
 今はどこにいるかも分からない娘・タイランと再会する為にも、コランは生き延びなければならないのだ。


「……釣りをする気分じゃなくなったな」
 コラン・ハーヴェスタと別れた青年、シルバ・ロックールはノンビリ歩きながら呟いた。
 ちなみにこの名前は偽名であり、本当の名前はちゃんとある。
 がしかし、その名は神と同名であり、名乗れば大抵笑われるので、人と交わる時はいつも、違う名前を使う事にしているのだ。
 今回は、リュウ・リッチーがゴドー聖教の信者だったので、たまたま頭に浮かんだ子供の名前を使わせてもらったに過ぎない。
 しかし、うっかり使ってしまった名前が、マズイ事に彼は気付いていた。
「うっし、じゃあ教皇にナシつけて、ついでに{本物/シルバ}にも伝えておいてやろう。……ひょっとしたら、とばっちりが行くかも知れないからな」
 ルベラント連合国から、現在シルバが司教であるストア・カプリスと一緒にいる辺境都市アーミゼストまでは遠い。
 まず大丈夫だとは思うが、万が一という事もある。
 何よりリュウ・リッチーという青年は、執念深そうだった。
 幸い、このシトラン共和国は、情報の発信方法には困らない。
 ゴドー聖教の教会に行って、精神共有伝達を使うもよし、精霊便に手紙を託すもよし、水晶通信を使うもよしだ。
 あとはシルバ自身の身の振り方だ。
 この国に留まっていると、また例のリュウ・リッチー、いや、背後にサフォイア連合国がいる事を考えると、下手をすると大事になってしまう。
 別の土地に移動するのがいいだろう。
 荷物と言えば、宿の置いてある{革袋/リュック}程度だ。
 飯を食ったら、出るとしよう。
 どこに向かおうか……。
「今度は東方にでもいくかね……久しぶりに、ナグルの面も拝みたいし」


※何だかやりたい放題な話になってしまいましたが、今回はここまで。
 次回は温泉の方に移りたいと思います。
 キキョウとカナリーの件を、何とかせにゃー。
 この人の『魔法』は要するに、余所のジャンル(法則)をこのRPG風味な世界に強引に引っ張ってくるという酷いモノです。
 ……本物のシルバ達が使うと、迷宮探索の話が確実に崩壊するのでまず無理です。例えば『ディグダ』『ドリラン』の『魔法』というのがありまして以下略。



[11810] 守護神達の休み時間
Name: かおらて◆6028f421 ID:7cac5459
Date: 2010/01/10 21:05
 バレットボア達の討伐を終え、シルバ達は{強制/ギアス}を解かれた少女達と共にエトビ村『月見荘』に戻ってきた。
 夜更けになったのは、言うまでもなく吸血鬼化した少女達が太陽に弱いからだ。
 眠たそうな村長にも軽く事情を説明し、リフには霊道を使ってアーミゼストにいるシルバの師匠、ストア・カプリス司教へと伝言を頼んだ。
 シルバはカナリーと取った、犠牲になった少女達の調書をギルドや教会に提出する為にまとめ……終わる頃には、夜明けどころか、昼過ぎになっていた。
 ギルドや教会の返事を持ってリフがエトビ村に戻ってきたのは、シルバの仕事が終わった直後だった。
 睡眠不足のまま、シルバは宿のホールにパーティーの面子を集めた。
「……えー、ひとまずえらい人達が来るまでは、俺達も待機という事になった……」
 気の抜けたようなシルバの報告に、元気いっぱいなヒイロは目をパチクリさせた。
「えらい人達って?」
「……リフの話だと、何かギルドマスターとか先生まで直々に来る事になるらしい」
 しかも秘密裏にだ。
 ……秘書官や護衛等、来る人数考えるとお忍びにもなってないんじゃないかとシルバは思うのだが、今は眠気が勝り、頭が回らない。
 一方、ヒイロも首を傾げていた。
「ん? ギルドマスターって人がえらいのは分かるけど、先生って先輩の師匠の白い人だよね?」
「……えらそうに見えないけど、アレは一応アーミゼストの司教だ」
「えらいの?」
「かなりえらい」
 そこで、大きな篭手……タイランの手が上がった。
「……それまで、私達は、待機……ですが、何をしていいのでしょうか」
「砕いた言い方をすると自由時間だな……。温泉入るもよし、修行するもよし、ヒイロは狩りだっけか……?」
「いいの!? じゃあスオウ姉ちゃん誘って行ってくる!」
 言って、あっという間にヒイロは階段を駆け上がって行ってしまった。おそらく、スオウの部屋に向かうのだろう。
 あまりにも素早い行動に、シルバ達も止める暇がなかった。
「って、まだ話が……あー、まあいいか。いくら何でも三日間、山にこもりっぱなしって訳でもないだろ」
「……三日後、ですか」
 うん、とシルバはタイランに頷いた。
「えらい人達は、色々スケジュールがあるんだろ。カナリーんトコのネリーさんだっけ? あの人は雑用を片付けたらすぐ来るってさ」
 ホルスティン家本家からの使いであるネリー・ハイランドは、吸血事件を追っている。その本命がこの村ならば、よほどの事がない限り、すぐに馬車を飛ばしてくるだろう。
「……そうか。もうちょっと街の方でゆっくりしていてもいいのに」
 若干過保護気味な親戚に、憂鬱になるカナリーだった。
 ふぅ……と溜息をついて、頭を振る。
「それじゃ、僕はアイツが来るまでに、洋館の方を調べてくる。考えてみれば、中はほとんど手つかずだった。ま、特に何もないだろうけどね」
 肩を竦めるカナリーに、それまで黙っていたキキョウも手を挙げた。
「ならば、某も同行しよう」
「了解」
 何か互いに含みでもあるのか、妙に視線をぶつけ合いながら、カナリーとキキョウは頷きあった。
 シルバは少し考え……もう一人いた方がいい事を思い出した。どうにも、頭がボーッとしていて、カナリー達のやりとりは今一つ、ピンと来ない。
「……ユファとか、連れて行かなくていいのか?」
「ああ、それはそうだね。彼女はいた方がよさそうだ。それよりシルバ、大丈夫かい? えらく眠そうだけど」
「……書類整理が、さっき終わった所でな。それを言うなら、お前はどうなんだよカナリー」
「{面倒な仕事/デスクワーク}は、従者に任せる事にしてるのさ」
 カナリーの後ろで、赤と青の美女二人が、軽く頭を下げた。
「……うらやましいな、おい」
 ギルドや教会に提出する書類と、カナリーが本家に伝える書類では性質が違うので、丸写しという訳にもいかなかったのだ。
「それじゃシルバの為にも、話は早く終わらせよう。他にはもうないかい?」
「……ないな。それじゃ、ひとまず解散」
 シルバとしても、さっさと眠りたかった。
 カナリー達がいなくなり、ホールに残ったのはタイランとリフだけとなった。
「わ、私は……村の温泉の案内地図をもらいましたし、ちょっと行ってみようと思います。……リフちゃんはどうします?」
「に、行く」
 リフは、『えらい人』達を待っている間、それなりに睡眠は取っていたらしい。
 二人がシルバを見る。
 が、シルバは首を振った。
「んー、俺は後で。……吸血事件の被害者の調書をまとめたら、えらく眠くてね」
「にぃ……お兄、お疲れ」
「お前こそ、ご苦労さんだったな。それじゃタイラン、リフを頼む」
 リフの頭をガシガシと撫でながら、シルバはリフをタイランに預けた。
「はい。シルバさんも、ごゆっくり」


 ……目が覚めると、窓の外には月が出ていた。
「うお」
 眠気はすっかり取れ、シルバは驚いた。
 ベッドには、仔猫状態のリフが一緒に眠っていたが、シルバの声で目が覚めたようだ。
「に……おはよ、お兄」
 精神念話を通じて、リフが返事をする。
「もう真っ暗じゃないか。今、何時ぐらいなんだ?」
「晩ご飯も終わって……ひい、ふう……もうすぐ日がかわる?」
 どうやらついさっき、床に潜り込んだらしい。
 何にしろ夜中である。
「……ものすごく寝てたんだな、俺」
「に。お兄のごはん、そこ」
 促され、そちらを見ると、小さな丸テーブルの上には三角に切られたパンがいくつかと、牛乳があった。
「サンドウィッチか。助かる」
「に」
 ベッドに腰掛け、テーブルを引き寄せる。
 サンドウィッチを手に取ると、ふとリフの視線が気になった。
「……?」
 何かやたら真剣な目つきだったが、今のシルバは何より腹を満たすのが最優先だった。
 ツナサンドにかぶりつく。
「うん、うまい。やっぱ相当腹減ってたみたいだな」
「に」
 傍らに寝そべるリフの尻尾が、ピコピコと嬉しそうに揺れた。
 サンドウィッチはもう一種類あり、そちらはキュウリとトマトが挟まれていた。
「こっちの野菜サンドも悪くないな」
「そっちはタイランの力作」
 牛乳と一緒に食べていると、少しずつシルバの思考力も戻ってきた。
「つまりこっちは、リフが作ったと」
「にぃ」
 サンドウィッチを平らげ、シルバはベッドから降りた。
「……んじゃま、風呂に行くかな」
「にぃ……リフも」
 ついてきたそうだったが、リフのまぶたが沈みかけなのは明らかだ。
「もう遅いし、眠そうじゃないか。いいよ。一人で行ってくる」
「にー……」
 シルバは着替えやタオルを袋に詰めると、部屋を出た。


 夜道をランタンで照らしながら歩く。
 一応月も出ているので夜道も明るいが、いつ曇るか分からない。
「ま、たまには一人も悪くないな」
 のんびりと歩きながら、シルバは目当ての温泉を目指した。
 その温泉は、疲労回復に効果があるという。宿の主人であるメナの話では、やや奥まった所にある為、人気も少ないマイナーな温泉らしい。
 山に近い森……というよりは林の中、砂利道を進むと次第に湯気が濃くなってくる。
「ん……?」
 何だか小さな岩に一人、誰かが足を組んで腰掛けていた。
 遠目にも目立つ金髪に、豪奢なマント。
 カナリーだった。
「よう、カナリー」
 シルバの登場は予想していなかったのか、カナリーは軽く目を見張った。
「シルバ、どうしてここに?」
「いや、変な時間に目が覚めて、適当に良さそうな風呂を探してたら、こんな所まで来ちまった。つか、お前は何やってんの?」
「僕はその……」
 カナリーは口ごもった。
 が、すぐに何かを思いついたのか、ニッと笑った。
「そうだ、シルバ。ここもかなりいい湯らしいし、入っていけばどうだい?」
「……途中からお前が乱入してくるとかいう展開じゃないだろうな」
 こういう顔の時のカナリーは、大抵何かを企んでいるので、シルバは大いに警戒した。
 が。
「……!?」
 シルバの指摘は的外れだったのか、予想に反してカナリーは驚きながら頬を真っ赤にさせた。
「え、ど、どういう事だ?」
 シルバも予想が外れて、慌ててしまう。
「ち、ちち、違う。そうじゃなくて、その何だ」
 深く悩み、カナリーは俯いたまま、チラッとシルバを見た。
「み、見たいのなら、一緒に入ってもいいけど……」
 が、すぐに首を振って、自分の中で決断を下したのか、一人頷いた。
「いや、うん。ここは我慢して、本来の目的を達しよう」
「目的?」
 シルバには、何が何だかよく分からない。
 やたら不吉な予感を覚えたが、カナリーはもう決めてしまったのか、シルバの背をグイグイと押し始めた、
「ま、とにかく入った入った」
「お、おう。何なんだ一体」


 その泉のような温泉は岩場に囲まれており、脱衣所などなかった。
 適当な場所で服を脱いで、シルバは湯に浸かった。
「ふぃー……」
 身体の中の疲れが、湯に溶けていくような気がする。
 このまま眠りそうになるのに気をつけながら、シルバはアーミゼストよりも星の多い夜空を見上げた。
 その時だった。
「だ、誰かいるのか?」
 湯煙の向こうに、誰かの気配があった。
「……?」
 ザバリ、と立ち上がる気配に、シルバはそちらに視線をやった。動物のような耳と尻尾、それに声色でシルバは大体の察しを付けた。
「ありゃ……この声は、もしかしてキキョウか……?」
 ……その割に、いつもよりちょっと野太いような気がしたが、間違ってはいなかったらしい。
「シルバ殿!? ちょ、カナリーは一体何をしていたのだ!?」
「い、いや、カナリーなら普通に通してくれたから、てっきり誰もいないモノかと」
 これはまずいな、とシルバも思う。
 キキョウが慌てる理由も大体見当がついているので、自分は下手に動かない方が良さそうだ。
 一方キキョウは事情を掴めたのか、しきりに頷いていた。
「そ、そうか……おのれ、カナリー……謀ったな!」
 何やら勘違いしているようではあるけれど。
「と、とにかく某はこれで! シルバ殿はゆっくり湯に浸かっていくといい」
「お、おう」
 キキョウは大急ぎで、シルバから遠ざかろうとする。向こうの方に、キキョウの着替えがあるのだろう。
 その時、風が吹いた。
「あ」
「え?」
 それほど強い風ではなかったが、それは湯煙を軽く吹き飛ばす程度の威力はあったらしい。
 シルバの眼前に、キキョウの裸体が晒される。
 やや細身ながら、全身は引き締まっている。
 逞しい胸板に、鍛えられた腹筋。
 そして更にその下には。
「……男?」
 かなり、立派であった。
 キキョウは真っ赤になりながら、ザブンと湯船に沈んだ。


 遡る事数時間前、キキョウはカナリーと従者の二人、小人族のユファと共に、エトビ村の外れにあるクロス・フェリーの洋館を再訪していた。
 スペアの鍵は預かっていた村長からカナリーが受け取っており、あっさりと中に入る事が出来た。
 魔力を使用しているのだろう、室内は自然と明るくなった。
 使われなくなってもそれほど時間が経っていないせいか、多少の埃はあるものの、内装は綺麗なものだ。
「てっきり罠が、あると思ったのだが……」
 キキョウは臨戦態勢で、大きなホールの周囲を伺っている。
 一方、肩にユファを乗せたカナリーは従者達を連れて、リラックスした風情でスタスタとホールを歩いていた。
「ああ、あるね。魔力で反応するタイプのが」
「そ、それでは危ないではないか!?」
 キキョウは、慌ててカナリーの後を追う。
「ちょっと落ち着いて考えてみようよ、キキョウ。屋敷は少なくとも表向きは普通に、別荘として使われていたんだろう?」
「む……確かにそう聞いているな」
「いちいち罠を警戒しながら、寛げると思うかい? もしかしたら仲間も一緒だったかも知れないのに」
「それは……確かにないな」
 キキョウが唸り、カナリーの肩に乗っていたユファも頷いた。
「つまり屋敷の鍵自体が、解除キーの役割も果たしていたのね」
「そういう事さ。それに、クロスの立場になって考えれば、侵入した人間が傷つくようなトラップがあると、逆に困るんだ。それじゃ、いかにもここに何かありますよって言っているようなものじゃないか。仮に何かに引っかかったとしても、大きなアラームが鳴るとか、その程度のモノさ」
「な、なるほど」
「とはいえ……面白みも何もないな」
 カナリーはつまらなそうな表情をしながら、カーブを描いた階段の手前で立ち止まる。そのまま振り返ると、煌めくシャンデリアを見上げた。
「そうか? 某には結構、豪華に見えるが……」
「{本家/ウチ}の模倣だよ。それに無駄な部分に金を掛けているのがよく分かる……あまり上品とは言い難いね」
「……点数辛口ね」
「某もそう思う」
 ボソッと呟くユファに、キキョウも同意した。


 カナリーが先導して、一階、二階と調べていく。
 しかし、特に目新しいものはなかった。
「やはり地上部分には、何もないね。後は地下だけだ」
 だが、地下に通じる階段は、少なくとも一階の部屋のどこにも見あたらなかった。
「しまった。リフも連れてくるべきであったか?」
 キキョウが悩んでいると、カナリーは無言で応接室に入った。
「…………」
 部屋を見渡し、絵の裏を見、本棚の本を取り出し、暖炉の裏に手をやった所でスイッチの入る音がした。
 部屋の隅のカーペットが割れ、四角い地下への入り口が姿を現す。
「何と」
「つくづく、古典趣味だねえ」
 は、とカナリーは短く嘲笑した。


 キキョウの予想を裏切り、地下室は監禁や拘束といった単語とは無縁の造りとなっていた。
「……少なくともクロスという男、女性を雑に扱う性格ではなかったようだな」
「やってる事は、道を外しているけどね」
 カナリーの意見は辛辣だ。
 そこは、柔らかい照明に包まれた広いサロンのようだった。
 十幾つものソファにガラスのテーブル。
 壁には絵画が掛けられ、 部屋の隅にはバーカウンターとグランドピアノまで置いてあった。
 通路の先はおそらく、捕らわれた女の子達の部屋となっているのだろう。
 捕らわれているという閉塞感さえ我慢すれば、暮らしには充分な広さだった。もしかしたら、地上の洋館よりも広いかも知れない。
「ここも懐かしいわね」
 ユファも、サロンを眺め回す。
 自分で調べるのが億劫になってきたのか、カナリーは赤と青の従者に命じて、部屋を一つずつ、確認させていった。
 カナリー本人はというと、バーの棚にあった赤ワインを勝手に取り出し、ソファに腰掛けてワイングラスに手酌し始める。
 従者達と精神的に通じているカナリーは、彼女達が何か見つけたらしく薄く笑った。
「マネキンで作った執事とメイドの人形達に、錬金術による氷室には食料と冷凍血液。土属性の精霊炉によるエネルギー変換。なるほどね、これは興味深い。初めてクロスの成果を見られた気がするよ」
「カ、カナリー、悪い顔になっているぞ?」
 ……勝手に使っていいモノなのだろうかと心配になりながら、キキョウはこれでも仕事中、という事で水だけもらう事にした。


 洋館を出たのは、それから小一時間ほどしてからだった。
「思ったよりあっさり終わったな」
 キキョウが天を仰ぐと、まだ日は大分高かった。
 戻っても、時間をもてあましてしまいそうだ。
「見るべきモノが少なかったからね」
 カナリーは少し考え、森の方を向いた。
「……ついでに炭坑跡にあった隠し財産の検品も、しておこうかな。キキョウはいいかい?」
「某は異存ない」
 炭坑跡は一度訪れた事があるが、その時はギルドや教会への報告が最優先となっていた。財宝の目利きは、貴族であるカナリーが任されているというのもある。
 村への道程は、以前はバレットボア達との戦いがあったが、それがなければそれほど遠くもないのだ。
「あたしもせっかくだし、残してきた子達の様子を見たいわね」
 ユファも賛成し、キキョウ達はかつての廃村、マルテンス村に向かう事にした。


 村に残っていた娘達の黄色い声と応対に辟易しながら、カナリーとキキョウは急いで炭坑跡の調査に移った。
 娘達は残念そうだったが、いちいち相手をしていると、ここで一夜を過ごす事になりかねない。
 洞窟の奥は100平方メルトほどだろうか、そこそこ広がっており、壁には木の棚が並べられていた。未分類の財宝は、壁に立てかけられていたり、床に無造作に積まれている。
 妙に生活臭がするのは、かつて一度訪れた時、シルバが雑鬼が住んでた痕跡があると言っていたから、それが原因だろう。
「相変わらず埃っぽいな」
 キキョウは尻尾を緩く揺らしながら鼻を嗅いだ。
「炭坑跡だからね。見てるのはいいけど、迂闊に触っちゃ駄目だよ」
 カナリーは絶魔コーティングの施された手袋をして、棚の品々を一つずつ検品していく。赤と青の従者達が筆記を担当していた。
「む、う……ここいらの刀剣類もか」
 大小様々な武器類が、棚に置かれている。
 鞘に収められているのは当然だが、刀身を拝めないのがキキョウには残念でならない。
「キキョウはアヤカシだから多少はこういうのに耐性あるだろうけど、それでも変なモノに憑依される可能性がある」
「むむぅ……」
 カナリーの言い分はもっともだ。しかし……。
「と、シルバも確か言ってたよね」
「よし、我慢しよう」
 キキョウはあっさり諦めた。
「……ホント、扱いやすいね君は」
 何だかカナリーが呆れたような目で見てきたが、キキョウは気にしない事にした。
「実際、シルバがいるとこの手の仕事は楽なんだけどね。吸血鬼の{強制/ギアス}みたいなのは別格だけど、司祭だから解呪は専門だろうし」
 そこでふと、キキョウは思い出した。
 尋ねておかなければならない事があったのだ。
「そ、それよりもカナリー、話がある」
「ああ、血の臭いの件だね」
「な、何故それを!?」
 まさしく、その件だった。
 吸血鬼は{処女/おとめ}を臭いだけで判断する事が出来ると、以前カナリーは言った事がある。
 だとするなら、キキョウにとっては甚だまずい事になる。
「ずっと気になってたみたいだから先回してみただけさ」
「そ、そうか。ならば話が早い。という事はつまり、某の性別は……」
 言葉を濁すキキョウに、カナリーは肩を竦めて微笑んだ。
「うん。分かってるけど、別にシルバに言うつもりはないから安心していいよ。実際、今まで黙ってたでしょ?」
「よ、よろしく頼むっ! シルバ殿には黙っていてくれ!」
 キキョウは深々と頭を下げた。
 その拍子に後ろで何か、ゴツンと音がした。
「あ」
 カナリーが声を上げ、キキョウも素早く反応した。
「ぬ!?」
 どうやら腰に差した刀の鞘の先端が、棚にぶつかってしまったらしい。
 スローモーションのように傾き、落下しようとしていた木製の像を、キキョウはキャッチした。
 ふぅ……と一息つき、キキョウはそれを棚に戻した。
 牛に横乗りになった女性の像だった。
 大丈夫、どこも壊れてはいない。
「だ、大丈夫かい、キキョウ? そこら辺はまだ手つかずな場所だったはずだ。変なモノに触れていないだろうね?」
「いや、ただの偶像で、某にはどこも異常は――」
 言葉が途切れる。
 まず気付いた異常は声だった。
 さっきまでより、やや太くなった気がする。
 ……それに、胸が妙にスカスカだ。
 触ってみると。
「――ない!」
 更に股間に違和感が。
「ある!」


「……という訳で、埃も被ってしまった事もあるし、人目の少なさそうなこの岩場の温泉に、身体を洗いに来たのだ」
 湯に顎まで浸かったまま、キキョウは説明を終えた。
「ははぁ……」
 現状、その偶像の正体が分からないと解呪は出来ないが、牛に乗っている女性像という点から、何となくシルバにはその正体が掴めていた。
 ちなみにキキョウとシルバとの距離は、湯気が相当に立ちこめているにも関わらず、かなり離れている。かろうじて、湯にのぼせつつあるのかキキョウの真っ赤になった顔の判別が出来る程度だ。
「後はしばらく誤魔化して、カナリーに解呪の専門家を呼んでもらい、こっそり治してもらおうという計画だったのだが」
 ところがどっこい、カナリーは温泉の見張りの役にはまるで使い物にならず、シルバを通してしまったという訳だ。
「なるほど。話は分かった」
「そ、そうか」
「ところでキキョウ」
「な、何だろうか、シルバ殿?」
「お前、自分が実は女だって事、今の話で全部バラしちまってるぞ?」
「し、しまった!?」
 バシャアッと、キキョウは派手に水音を立てた。
「……今ので隠しているつもりだったのが、俺には驚きだよ。まあ、俺も結構前からそうじゃないかなーって思ってたけどな」
「何と!?」
 動揺しまくるキキョウであった。


 湯煙の中、風呂に浸かったままシルバとキキョウの会話は続く。
「というか、男の方は都合よくないか?」
 慌てるキキョウが面白く、シルバはついつい意地悪なことを言ってみたくなった。
 案の定、キキョウは焦り始めていた。
「な、な、何故にそう思うのだ、シルバ殿」
「いやだってここ温泉だし、もしウッカリ吸血鬼化した女の子と出くわしたりしたらさ。それに見たところ、ちょっと声が変わって程度だし、違和感はないぞ?」
 これは嘘ではない。よく見ると喉仏に気付く程度で、それを除けばこれまでのキキョウと、ほとんど大差はない。
「い、いや、それは困る」
「隠してる方が困るだろ。色々とー」
 どんどん楽しくなってきているシルバだったが、その表情は湯気に隠され、キキョウに伝わっていないようだった。
「ぬう……っ」
 白い湯煙の向こうで、キキョウは唸っていた。
 ぶくぶくと顔の半分を湯に浸けていたが、やがて頭を上げた。
「……シ、シルバ殿は、某が男の方がよいのか?」
 どことなくしおらしく、キキョウが尋ねてくる。
「いやー、そりゃ可愛い女の子の方が正直嬉しいけどな」
「な、なら某は……」
 キキョウに最後まで言わせず、シルバは言葉を重ねた。
「しかし、女人禁制って言ったのはキキョウだったよなー」
「うああ……そうであった」
 普段のキキョウなら、シルバの台詞がからかい半分なのをあっさりと看破出来ただろう。
 だが、自分が男に変わってしまった事。
 おまけに距離をとっているとはいえ、二人きりで全裸で向き合って湯に入っている事が、キキョウの混乱に拍車をかけていた。
 その事にシルバも気付き、少しだけ真面目に返事をする事にした。
「何てな。俺がそういうのを利用した公私混同が嫌いなんだってのは、分かってるだろ。それに、ウチの連中は今更……なぁ?」
「となると、残ってる男はシルバ殿とカナリーだけか」
「え、いや? カナリーも女だぞ?」
 サラッと言ってしまい、あ、言ってよかったっけとシルバは考えた。
 どうやら湯の効果で、シルバの気も緩んでしまっているようだった。
「ななな何と!? いや、そもそもシルバ殿が何故、それを存じているのだ!?」
「あー……」
 さて、どう説明したものかなと悩んでいると、頭上から声が響いてきた。
「やれやれ、勝手にバラさないで欲しいな」
 振り返ると、月を背に、カナリーが形のいい足を組んで岩場に座っていた。
 ただしその服装は、いつもの白地のマントに貴族服ではない。
 身体のラインがピッタリと映る、漆黒のワンピース水着だった。当然ながら、豊満な二つの胸も強調されている。
 長い金髪も、頭の後ろでアップにしていた。
「ちょっ、カ、カナリー!? 何だ、その格好は!?」
 ザバッとキキョウが立ち上がるが、シルバはちょっとそれどころではなかった。
 それに気付かず、カナリーとキキョウのやりとりは続く。
「見ての通り、風呂用の服さ。影を織って作ってみた。南方では水着というらしいね」
「そ、そ、その胸は何だ!?」
 キキョウの指摘に、カナリーは自分の胸元を見た。ただそれだけの動きで、大きな二つの胸がぶるんと揺れる。
「うん? いや、これが普通だよ。普段はマントの固定認識偽装に、収縮機能付きの魔法下着で隠してるけどね」
「そ、それに、何故シルバ殿を入れた! 見張りの役に立っていないじゃないか」
「はは。こうでもしないと、キキョウはずっと黙ったままじゃないか。他の者なら入れなかったけど、シルバだったし、ちょうどいいかなと思ってね」
 二人の視線が、シルバに向く。
 さっきから二人の会話は聞こえてはいたが、頭には入っていなかった。
 というか。
「でけー……」
 カナリーの揺れ乳は、タイランの裸身を見ても動じなかったシルバを以てしても、驚異的な破壊力であった。
「……っ!?」
 赤面したカナリーは、今更ながら自分の胸を押さえた。
 もっとも腕全体を使っても、全然隠しきれてはいないが。
「シルバ殿!?」
 詰め寄ろうとしたキキョウは、自分がどういう状態にあるのか気付き、慌てて湯の中に身体を隠す。
「あ、あんまり見るなよ、シルバ? ……そりゃ、見せるための衣装ではあるけど、これでも恥ずかしいんだからね」
 カナリーに見下ろされ、シルバは湯を指差した。
「だったら、そんなところに立ってないで入ったらどうだ?」
「た、確かにね」
 さすがに夜だけあって、吸血鬼のカナリーの魔力は高い。
 ふわ……と浮遊しながら、カナリーも泉の湯に身を浸した。
 ちょうど三人が三角の形位置になっているのは、何かの偶然か。
「……いざ着替えてはみたもモノの、見られていると思うと、やはり恥ずかしいなこれは」
 先刻のキキョウと同じように、カナリーも顔の半分ほどをお湯の中に沈める。
「そ、それより酷いぞカナリー! 某をずっと{謀/たばか}っていたのか!?」
「何のことだい?」
「その胸を含めた性別全般だ!」
 キキョウは、カナリーの胸を指さした。
 カナリーは気にせず息を吐くと、背後の岩に身体を預けた。丸い胸の半分ほどが、風船のように湯に浮かんでいるように見えた。
 どうやら開き直ったらしい。
「ああ、その件か。だって僕がバラしていたら、多分キキョウはやりにくかったと思うよ? 表面上、シルバと君だけが男って事になると……例えば今回の旅なんて君、有無を言わさずシルバと同じ部屋になってただろうし」
「……なっ!?」
 動揺したキキョウは、シルバを見た。
 実際その点はカナリーの言う通りだが、カナリーがさっきのシルバと同じく、キキョウの反応で楽しんでいるのは明らかだった。
「ああ、いや、困らないならいいけどさ。あくまで今のは一例だ。しかし実際、ストレスが溜まったと思うよ。シルバの周りに、四人も可愛い女の子がいて、自分は何も出来ないなんて、ねえ?」
 カナリーは、シルバに向かって小首を傾げた。
「……お前、そこで俺に同意を求めるか。しかもさりげなく自分を可愛い女の子に分類しやがって」
「む、僕は可愛くないと」
 シルバは頷いた。
「お前は可愛いってのとはちょっと違う。どっちかっていうと綺麗っつー表現の方が合ってる」
 バシャリとカナリーは周りの湯が跳ねた。
「き、君はそういう台詞を時々不意打ちで言うな」
 顔も茹で蛸のように真っ赤になっていた。
「うん?」
 だいぶのぼせてきたのか、シルバもどこがおかしい発言だったのか気が付かなかった。
「シルバ殿!」
 一方キキョウはもはや我慢ならぬと、シルバの間近に迫っていた。
「おう!?」
「某の呪いの解呪、是非お願いする!」
 シルバの手を取り、懇願する。
「カナリーばかりズルすぎる!」
 本音が出て、カナリーが高らかに笑った。
「あっはっはー」
「……あと、カナリーには是非、以前の夜這いの件を今度もう一度、深く追求させてもらう」
「は……」
 シルバに頭を下げたままキキョウが言い、カナリーの笑みは固まった。


 湯に浸かったまま、シルバはキキョウの呪いの源となった、女性の像について聞く事にした。
「牛に乗った女性像ね……それ、胸大きかった?」
「シールーバーどーのー!」
 キキョウはほとんど涙目になっていた。
 だが、シルバはからかう風もなく、首を振った。
「いや、真面目な話なんだって。呪いを説く為には、対象のルーツってのは割と重要な要素なんだよ。どこの誰だか確定してたら、解呪も楽なんだから」
「胸は僕と同じぐらいだったね」
 カナリーが自身の金髪をいじりながら思い出す。
 二人からの話をまとめ、シルバは確信に至った。
「長い巻き毛で……まあ、アレだ。キキョウが触れたのはおそらく、牧神マーニュの像だろう」
「マーニュとは?」
「ゴドー聖教の主神ゴドーの妻の一人でな、こういうエピソードがあるんだーー」

 かつて神々が地上にいた頃の話。
 旅をしていたゴドーとマーニュはとある牧場で、一夜の宿を借りた。
 牧場主が困っていたので話を聞いてみると、ここ数年、何故か牛が牡しか生まなくなってしまった。
 この牧場は牛乳を売ることを生業としており、このままでは牧場を閉じなければならない。
 そこでマーニュは一夜の宿の恩に、牧場の牛の半分を牝に変えてしまった。
 こうして牧場は再び、牛乳を売るが出来るようになったという。
 ちなみに牡牛ばかり生まれた原因は、近くにあった別の牧場の主が、異神に祈った結果だったらしい。

「牧神マーニュには性別を変える力がある……と、こういう言い伝えがあってな。マーニュと牛の像って事は、そのエピソードに由来しているんだろう。もちろんよほど出来のいい像じゃなきゃ、そんな現象起こりっこないんだが」
「……つまり、よほど出来がよかったんだね」
 カナリーがため息をつく。
「そういう事。本来ならルベラント聖王国の宝物庫か美術館に納められるような代物だ。いい金になるだろうな。しかしこんなモノ、よく手に入れられたもんだ」
「迷宮で手に入れたのかな」
「まあ、多分な。ブラックマーケットで手に入れたって線もあるけど、ノワの性格を考えると、この手のアイテムは買うモノじゃなくて、売るためのモノだし」
「ーー自分が使う為、もしくは使った為だって線は?」
 カナリーの言葉に、シルバは一瞬、呆気にとられた。
 だが、すぐに首を振った。
「……面白い仮定だなぁ」
 ノワが実は元は男だったかもしれないと、カナリーは言っているのだ。
「僕も、そう思うよ。もっとも僕はまだその彼女に会った事がないんだけれど」
「でも、だとするなら、もっと女神像の管理を厳重にしてると思う。他の品と同じように、普通に棚に置いたりなんてしない。実際、危うくキキョウが落としそうだったんだろう?」
「言われてみると、確かにあの辺りは値打ち品が多かったと思う。効果はともかく、値段的な並びではほぼ同じレベルだったかもしれない。しかし……神の力を秘めたアイテムか……まったく、古代の遺産は興味深いね」
「神様の力なんて、あまり頼るもんじゃないぞ。時々、神様自身、事を成した後に、さてこれからどうしようなんていう事、あったりするんだから」
 妙に実感を込めて、シルバが言った。
 それまで黙って話を聞いていたキキョウだったが、耐えきれなくなったのか二人の間に割り込んできた。
「そ、それでシルバ殿、この呪いは解く事が出来るのか?」
「ああ、ゴドー聖教の説話は大体押さえているし。それじゃ、解くぞ」
「え?」
 反射的にか、思わずキキョウが立ち上がったのと、シルバが印を切ったのはほぼ同時だった。
 軽い風が吹き、次の瞬間、キキョウの逞しい胸板は慎ましい乳房に、腰回りもくびれ……。
「……い、いや、立たなくても大丈夫だったんだけど」
「ひやぁっ!?」
 ぶわっとキキョウの尻尾の毛が逆立った。
 ザブン、と派手に水飛沫をあげながら、全身を湯に沈める。
 一方カナリーは真剣に焦っていた。
「シ、シルバ。呪いを解きすぎだ。胸まで削ってしまってどうする」
「これは元々だ!!」
 叫び、キキョウは恨めしそうに、自分のすべてを見てしまったシルバを涙を浮かべながらにらんだ。
「ううううう~~~~~」
 カナリーを見ると「どうにかしろ」と視線が語っていた。散々けしかけておいてそれはないだろうと思わないでもなかったが、確かにフォローは必要だ。
「キキョウ」
「うぅ……シルバ殿……」
 弱々しく応えるキキョウに、シルバはグッと拳を作った。
 そして断言する。
「大きいおっぱいも、小さいおっぱいも、おっぱいだ。大丈夫! 俺はどっちも好きだし!」
 カナリーが盛大にずっこけた。
 解れかけた金髪を押さえながら、カナリーは湯の中から身体を起こす。
「……シ、シルバ、今のはフォローになってないと思うんだけど?」
「いや、でも、キキョウは何か救われたっぽいぞ?」
 何かキキョウは小さくガッツポーズを作っていた。
「シ、シルバ殿が大丈夫なら、某は問題ない……うむ、頑張れ某……!」


「が」
 でんでんででん、とテーブルの上に五本の牛乳瓶が並べられる。もちろん、中身は入っている。
 泉の湯での騒ぎから、明けての『月見荘』。
 その酒場部分での事である。
「大は小を兼ねるとも言うし、やはり大きいに越した事はないと思うのだ」
 ごっきゅごっきゅごっきゅと、キキョウは一本目の牛乳を飲み干していく。
 その様子を、大きな甲冑ーータイランが、心配そうに見つめていた。
「お、お腹壊しますよ、キキョウさん……?」
「ボクも飲むー♪」
 狩りから戻ってきていたヒイロも、キキョウを真似て牛乳を飲み始める。
 ちなみに、キキョウとカナリーまで女性だった事は、つい先程シルバが話したばかりだ。
 ヒイロとタイランは素直に驚き、リフはいつから気付いていたのか、特に動じる様子もなくそれを受け入れていた。
 もっとも、唯一の男性であるシルバの態度がこれまでと大して変わらない以上、他の面々も劇的な変化など特になかったりするのだが。
 ……二本目の牛乳に手を着ける二人を頬杖をついて眺めながら、カナリーはパンにせっせとチイチゴのジャムを塗るリフに尋ねた。
「リフは飲まないのかい?」
「に……自然がいちばん」
 一方ある意味主犯とも言えるシルバは、のんびりとミルク入り豆茶を啜っていた。
「大きさは、バリエーションがある方がいいと思うんだけどなぁ」
「……君は君で、僕にどういうコメントを求めているんだい?」
 あまりにも俗っぽい司祭の言葉に、呆れるカナリーであった。


※ちょっと慣れない環境で文章を書いたため、いつもとノリが違うかもしれません。
 シルバとカナリーは、何というかSっぽいというか、単にキキョウがいじられ易いキャラというべきか。
 ちなみに牧神マーニュの名の由来は、魔乳です。



[11810] 洞窟温泉探索行
Name: かおらて◆6028f421 ID:c6c823b5
Date: 2010/01/10 21:05
洞窟温泉探索行


 ギルドマスターや司教が訪れるという事で、エトビ村はにわかに活気づいていた。
 事務的な用事をほぼ済ませ終えたシルバは、自警団団長兼村長代理であるアブから、『月見荘』の酒場フロアで話を聞いていた。
「変な影?」
「ああ」
 目を瞬かせるシルバに、アブは頷いた。
 屈強そうな肉体の青年だ。
 彼の話によると、このエトビ村の名物『洞窟温泉』で、小さな人影っぽいモノが出現し始めているのだという。
「最近になって、入浴客にチラホラと目撃されているんだ。多分、猿か何かだとは思うんだが……」
「実害は?」
「現状、持ち込んだ酒や肴と言ったところか。後は木桶とかタオルとか……」
「……それってつまり、目に付いたモノは手あたり次第って事ですよね」
「うん、まあそうとも言う。けが人とかは出てないんだけど……その、何だ。こういう依頼でも、冒険者ってのは受けたりするのかい?」
 アブとしては、偉い人が来る前に片づけておきたい問題なのだろう。もしギルドマスターや誰かが、洞窟温泉に入りたい、などと言ったりしたら大変だ。
 ふむ、とシルバは考えた。
 聞いた限りでは、それほど危険度は高そうには思えない。
 自分達が受けなかった場合は、アブ達自警団が自分達で調査をするつもりだろう。
「パーティーの性質や都合によるんじゃないでしょうか。ウチは全員と相談してから受けるかどうかを決めたいですけど、そういうのなら全然問題ないと思いますよ。困っている人を助けるのも、俺達の仕事の一つですし。や、そりゃ報酬はもらいますけど」
「た、高いのか?」
 確かにそこが、村長代理としては一番心配な点だろう。
 シルバは考え、少し離れた席で話を聞いていたリフと目が合った。
「……例えば洞窟温泉とは別に、この村で一番大きな温泉を、一晩貸し切りとかでも、いい?」


 数時間後。
「「ふろー!!」」
 洞窟温泉に入ってすぐの所にある、広いホール上の空間に、シルバとリフの叫びが響きわたった。
 さすがに音響効果は最高だ。
「……君達二人は、風呂のたびに叫ばなくちゃ気がすまないタイプなのかい?」
 呆れたように言いながら、髪を頭の後ろにまとめたカナリーが、風呂用タオルを身体に巻いたまま肩まで湯に浸かる。
 一方シルバとリフは仁王立ちのまま、力強く頷いた。
「そりゃ風呂だからな、リフ!」
「に!」
 洞窟温泉はその名の通り、洞窟全体が湯船という変わった風呂だ。いくつもの{部屋/ホール}を通路が繋げているその様は、膝上まで湯が満たしていなければ、迷宮そのものと言ってもいい。
 ちなみに、リフは今回は人間形態である。
「そ、某も合わせるべきだっただろうか?」
 いつもとノリの違う、シルバとリフに、キキョウは戸惑っているようだ。
 そんなキキョウに、カナリーが首を振る。
「必要ないから。あと、シルバにボケられると、僕しかツッコミ役がいないんで、そろそろ戻ってきてくれ」
 確かにこのままでは、話が進まない。
 シルバはリフと一緒に湯に浸かると、明後日の方向を向いた。
 周囲は若い女の子が五人であり、シルバ自身が構わなくても、本人的にそれどころでないのが、何人かいるのである。
「ツッコミ役か……タイランはどうだ?」
「わ、私……そ、そういうのは無理ですから……」
 青い燐光を放つ精霊状態のタイランが首を振る。彼女だけは、他のメンバーと異なり、タオルを身体に巻いていないし、身体も水面上に浮いている。さながら湯の精霊だ。
 一方、完璧に無視された鬼っ娘ヒイロは頬を膨らませた。
「ぶぶー。ボクが最初から数に入ってません。不当差別として抗議させてもらいますー」
「いや、君はどう考えたって、ボケの方だろ」
 ヒイロに突っ込むのはカナリーに任せて、シルバは気を取り直した。
「さて、仕事の話だ」
「……いささか緊張に欠けるミーティングだけどね」
 カナリーが肩をすくめ、タイランは恥ずかしそうに顔を俯けながら、ゆっくりと身体を半分まで湯に沈めていく。
「べ、別の意味で緊張しますけど……」
「ん?」
 シルバが振り向くと、タイランは慌てて首を振った。
「や、そ、その、何でもないです」
「そうか」
 シルバが深く追求せず、タイランはホッとしたようだ。
「ま、依頼内容はシンプルだ。洞窟温泉内で、最近出没するようになった黒い影を見極める。いわゆる調査任務だな」
「倒さなくていいの?」
 ヒイロの意見に、シルバが答える。
「武器がない」
「倒しても、いいの?」
 微妙に、ニュアンスが変わった。
「……まあ、お前なら心配ないか。ただし、無茶はしない事。いいな?」
「らじゃっ」
 ヒイロは上機嫌で、シルバに敬礼した。
「もちろん相手が危険と判断した場合は引き返し、装備を調えてから依頼は退治に切り替わる。まあ、今まで実害もそれほど大した事はなかったって聞いてるし、のんびりやろう」
「う、うむ」
 キキョウを始め、全員が頷く。
「……で、どの辺の湯が、肩凝りとかに効能があるかな」
 シルバの問いに、リフがいくつかある通路の一つを指さした。
「に、リサーチはかんぺき」
「うん、それでこそ盗賊。よくやった」
「にぃ……」
 ガシガシと頭を撫でられ、リフは嬉しそうだ。
「僕としては、美容によさそうな湯の場所なら特にこだわらないけどね」
「充分こだわっているではないか」
 カナリーの要求に、キキョウがすかさずツッコミを入れる。
「わ、私は奥にあるっていう霊泉の方に……」
 遠慮がちに、タイランも主張し始める。
「……みんな、バラバラだなぁ」
 苦笑するシルバに、ヒイロは首を傾げた。
「やっぱり固まってる方がいいの?」
「戦闘前提ならそうだけど、今回は……ま、手分けした方が相手も油断するだろうし、効率がいいか。この洞窟程度なら、精神共有である程度のカバーも出来るし」
「じゃ、出発出発。こんな入り口でずっと相談してたら風邪引いちゃうよ」
「はいはい」


「……という訳で分かれた訳だが」
 いつの間にか、全員バラけてしまい、シルバは一人、通路を歩いていた。
 膝上まである湯は、歩くとかなり体力を使うので、至る所に休憩用のベンチも用意されている。
 通路を伝うパイプは、救難用の伝声管だろう。
(シ、シルバ殿、今、どこにいるのか?)
 精神共有を通じてキキョウが念話を飛ばしてきたので、シルバは壁に視線を向けた。
 ペンキで塗られた階層案内は、地下の第一層を指している。
「複数の層になってるとはねぇ……んー、案内によると、地下層っぽいぞ」
(何と……おそろしく離れているではないか!?)
 キキョウはどうやら地上第三層付近にいるらしい。
(今生の別れじゃないんだから、落ち着こうよ、キキョウ……)
(ぬぅっ、おそろしくくつろいだ声!)
 どうやら口を挟んできたのはカナリーのようだ。
(そりゃ、温泉に浸かってるからね。たまにはこうやってのんびりするのもいいモノだよ……眠っちゃいそうだけど)
「水没するなよー」
 言い、シルバは通路の先を進んだ。

 その部屋には、多くの動物がいた。
「お」
 そういう風呂か、と思い、シルバも動物達を刺激しないように、ゆっくりと湯に身体を沈めた。
「や、先輩!」
 すぐ隣から人間の言葉が聞こえて、シルバはちょっと驚いた。
 声の主は、栗色の髪を持つ鬼の娘だったからだ。
 要するにヒイロである。
「……動物の中に混じってても、何一つ違和感ないな、お前は」
「ほめ言葉?」
「好きに受け取ってくれ。動物達から情報収集でもしてたのか?」
「リフちゃんじゃあるまいし、ボクにはそんな特殊な力はないですよーだ。でも、全然見ないよ黒い影。ホントにいるのかな?」
 二人肩を並べて湯に浸かり、受け答えを続ける。
「実際に遭遇した人がいるらしいし、そこん所は確かだろ……さすがに一日ここを借りて、単にいい湯でしたじゃ依頼主に叱られる」
「だねー」
「しかしまあ、色々な動物がいるな」
 シルバは広い{部屋/ホール}を見渡した。
 三十匹近くいるのではないだろうか。どの動物達も、動物の中でのルールでもあるのか、この風呂では皆、大人しいようだ。
「うん、多分森のどこかに他の入り口があるんだろうね。熊にウサギに……」
「猿に猪……」
「……狼に雑鬼に狸さん」
「ええーとあと狐と……ってちょっと待て、ヒイロ」
 シルバはふと、気がついた。
「ふに?」
「今、何か変なの混じってなかったか?」
 二人の視線が、醜い小鬼に向いた。
「「モンスター!?」」
「キィッ!」
 その声に反応して飛び上がったのは、シルバ達が見ていた雑鬼だけではない。
 ハッとヒイロが振り返ると、『黒い影』が陶製の瓶を抱えて逃げ出そうとしていた。
「あぁー! ボクのホットジュース、返せーっ!」
 部屋の端にあるわずかな岩場部分を駆けていく、雑鬼。
 それほど素早くないのがせめてもの救いか。ヒイロがお湯をかき分けて追いかけるのと、ほぼ同じぐらいの速度だ。
 シルバとしては、全速力のヒイロを追いかけるので精一杯だ。さすがに足が半分以上、湯の中にあると抵抗力が半端ではない。
「っておい待て、ヒイロ! 深追いするなって!」
 ヒイロ先行で、シルバ達は動物風呂を抜け、どんどんと通路を奥へと進んでいく。
「二匹程度なら、何とかなるよ!」
「そりゃ、二匹程度ならな!」
「え、それっとどういう……わぷっ!?」
 いきなり、ヒイロの身体が消えた。
「ヒイロ!?」
 いや違う、とシルバは気がつき、湯の中に潜った。
 通路の先は深くなっており、ヒイロはそこに沈んでしまったのだ。見ると、底は穴になっており、どこかに通じているようだった。
 ……シルバもヒイロを追って、その穴に潜った。


 滝のように天井の穴からお湯が溢れ出ていた。
 しかし通路に湯は張られておらず、案内のペンキも塗られていない。
 どうやらここは、洞窟温泉の中でも知られていない、地下層のどこからしかった。
 壁にもたれ掛かり、シルバとヒイロはヘタリ込んでいた。
 シルバは息が切れる寸前だったし、ヒイロはお湯をたらふく飲んでいた。
「……雑鬼は力は弱いが狡猾で、大抵集団で行動する。それほど知能も高くないけど、たまにこうやって罠を仕掛けてくる事もある訳だ」
「……勉強になりましたー」
 敵がいないのが、せめてもの救いであった。
 装備も道具もなし。
 さてどうするかなとシルバは悩んだ。


 幸い、通路にはヒカリゴケが生えており、薄暗くはあったが視界が利かない訳ではなかった。
 {墜落殿/フォーリウム}という迷宮を探索してるシルバ達には、慣れた世界でもある。


 身体を巻いているタオルは無事だったヒイロは、小さな岩に腰掛けて右足を前に突き出した。
 屈み込んだシルバが、具合を確かめる。
「いちちちち……」
 シルバが足首を撫でると、ヒイロの足がピクッと反応した。
「痛むか?」
「ちょっと」
 やはり、捻挫しているようだった。
「調子に乗るからだ。この馬鹿」
「あはは……ごめんなさい」
 笑ってこそいるものの、いつもの元気さはややなりを潜めている。
 さすがに、ヒイロも反省しているようだった。
 一方シルバは、足の診断に集中する。
 一歩間違えれば非常に際どい部分が見える角度なのだが、そんな事に構うシルバではなかった。
「やっぱり駄目だな。捻挫は回復と相性が悪い。痛みを和らげることは出来るけど、今は無理な動きは控えるべきだ。ここは温泉地だし、療養には……」
「…………」
 返事がないので、シルバは顔を上げた。
「ん? どうした、ボンヤリして」
 何故か頬を赤くしたっぽいヒイロが、ぶるぶるぶると勢いよく首を振った。
「あ、や、うん! 切り傷とかだとあっと言う間なのに、おかしいよねぇ」
「んー、難しい説明は俺も苦手なんだけど、通常の傷は、肉体が傷つけられたって認識になるだろ。でも、捻挫や脱臼は言ってみれば筋肉痛と同じ、関節の異常でな。身体が無理をしているっていう、信号そのものでもあるんだよ。そういう信号は治しづらい。筋肉痛が{回復/ヒルタン}で治ると思うか?」
「あぁー、よく分からないけど、納得は出来たかも」
「うん、まあそんな所だ。で、どっちがいい」
 言って、シルバは立ち上がった。
 ヒイロはきょとんとした顔で、シルバを見上げる。
「どっちって?」
「お姫様だっことおんぶ」
「か、か、肩を貸すって選択肢はないの!?」
「いや、俺はそれほど大柄じゃないけど、それでも身長差はあるだろ?」
 何しろヒイロである。
 まさか恥ずかしがってる訳じゃないよなと思う、シルバだった。
 しかし、何故かたっぷり100ほど数える時間を要して、ヒイロは決断した。
「うぅ……じゃあ、おんぶで」
「よし。うん、まあ一回担いだこともあるし、こっちの方が楽だな」
 妙に遠慮がちに、ヒイロはシルバの背中に身体を預けた。
「……意外に筋肉あるよね、先輩」
 ちょっと感心したような声を上げる、ヒイロだった。
「教会のお務めは、力仕事も多いんでね」


 小柄なヒイロは、それほど重くもない。
 ただ、やはり前回と同じく若干『当たっている』件に関して、シルバは意識から外すのに苦労していた。
 何だかんだで、こう、色々とすべすべしているし柔らかいのである。
「ここ、どこなのかな先輩」
「ち、地下なのは間違いないな」
 洞窟だけあって、声がよく響く。
 それに、上の洞窟温泉よりも、遙かに静かだった。岩で足を切らないように気をつけながら、ゆっくりと前に進む。
 シルバは敵の気配を探ってみたが、どうやら近くにはいなさそうだ。
「それに、洞窟温泉の案内にもない場所だ。でも、雑鬼連中が出入りしてるって事は、どこかに出口はあるだろ。それに、ヒイロの身体に傷がなかったのも、不幸中の幸いだ」
「身体の傷は、戦士の誇りだよ?」
 後ろからちょっと不思議そうな声が響いてくる。
「穴に落ちて負った傷なんて、誇りとは言わないの」
「うっ」
 背中越しにヒイロが動揺するのが、伝わってくる。
「それに、いくら戦士でもお前は女の子なんだから、無闇に傷が増えていいもんじゃないだろ」
「……先輩、そういう台詞をサラッと言うと、勘違いするから気をつけた方がいいよ?」
「そうか?」
「そうです」
 何故、敬語。
 シルバは心の中で突っ込んだ。
「俺みたいにでかい傷が出来たら、それはそれで困ると思うけどなー」
 胸にある大きな傷に関しては、簡単にメンバーに説明を終えている。
「ボク的にはありなんだけど、それ」
「ヒイロ、そういう台詞をサラッというとだな」
「さすがにそれで勘違いはしないと思う」
「うん」
 頷くシルバに、ヒイロは小さく身じろぎした。
「でも、敵が来たら下ろしてよ? 雑鬼とはいえ、攻撃力がほとんどない先輩じゃ、まず敵わないんだから」
 ヒイロがいつもの快活なからかい口調でない分、ものすごく心配されているような気になるシルバだった。
 だが、その心配はむしろ無用である。
「おっと見くびられたぜー。舐めるなよ、ヒイロ。狩猟なら、お前はほとんど物心ついた時からやってるかもしれないけど、冒険者としては俺の方がキャリアは上なんだぞ」
「キャリアが上でも、剣も使えない先輩がどうやって勝つの?」
「それは、その時が来た時のお楽しみだ」
 一応シルバにも、勝算はある。
「……ちなみに一目散に逃げるってのは、鬼族の常識では戦うことにならないからね?」
「…………」
 ヒイロに突っ込まれ、シルバは沈黙した。
「……先輩、まさか」
「はっはっは、冗談だ。……ま、実際、みんなと合流出来るのが一番なんだけどな」
「精神共有は?」
 それはさきほど、シルバも試してみた。
 ただ、残る四人の声が妙に混ざりあっていて、どうもシルバの思念が上にまで繋がらないようだった。
「通じにくくなってるな。たぶんこの辺りの通路には水晶が多いんだろう」
「水晶が多いと、駄目なの?」
「使い方次第って所だな。うまく利用すれば精神共有の増幅にも使えるんだけど、今はむしろ利きすぎて反響しまくってる」
 ひとまずここは、二人で乗り切るしかなさそうだった。
「うまくいかないもんだねー」
「ああ、それに」
 前方がやや明るく、広がっていた。
 どうやらこの先は広い{部屋/ホール}のようだ。
 二人は気配を殺し、こっそりと中の様子を伺った。
 ドーム状の部屋の広さは、幅も奥行きもざっと20メルト四方といった所か。
 中では、雑鬼達が食べ物や酒を財宝らしきものと共に中央に積み、宴会を行っていた。財宝は銀貨や銅貨の他、何故か赤ん坊用のガラガラや可愛らしいぬいぐるみだのも混じっている。
 ……どこかから略奪してきたのに、間違いはなさそうだ。
 財宝の山の頂点では、やたらと羽根飾りをつけ、杖を持った派手な雑鬼が大きな杯で酒を呷っている。
 あれがボスだろう、とシルバは判断した。他の雑鬼よりもやや知性は高そうだ。
 魔法も使いそうだな……と、考える。
「……ホント、うまくいかないね。やっぱり先輩下ろしてよ。この数はちょっと先輩には厳しいよ」
 声を潜め、ヒイロが言う。
「下ろすことは下ろす。でも、ここは俺一人で何とかするよ」
 シルバはさっきヒイロが腰掛けていたのと同じような小さな岩を見つけ、そこに彼女を下ろした。
 そして、ひっひっひっとわざとらしく卑しい声で笑った。
「せっかく女の子の前で、格好付けるチャンスなんでね」
「せ、先輩、女の子扱いは却下だよ……っ!」
「……はっはー」
 女の子扱いされると、ヒイロの調子がおかしくなる事に、シルバはようやく気づいた。
「ヒイロの弱点、発見。あと、あまり大声出すな。響いてバレる」
「う」
 自分の両手で口をふさぐヒイロ。
 しかし、不安そうな表情はまだ消えない。
「ほ、本当に先輩一人で? 大丈夫なの? どうやるの?」
「ヒイロのそういう反応は、ちょっと新鮮かもしれないな」
「ま、真面目にしないと、怒るよ? もし、先輩が怪我でもしたら、キキョウさんに多分滅茶苦茶叱られるし……」
「心配いらないって」
 信用されてないわけじゃなくて、純粋に心配してくれているのだろう。
 それをちょっと嬉しく思いながら、シルバは呪文の準備を開始した。
「じゃあま、いっちょ片づけますか」
 シルバは手の平を喉に当てた。
「{豪拳/コングル}」
「喉……?」
 ヒイロは不思議そうにシルバを見た。
 この術は、対象の攻撃力を上げる力を持つ。
 シルバの信仰する神はこれから行われる『それ』を攻撃と認識した。
 本来の使用法でない為あくまで心持ちだが、それでも普段より声量が強まっているのを、シルバは感じていた。
 {部屋/ホール}の入り口にシルバが立つと、何匹かの雑鬼がこちらに気付いた。
 財宝の頂点に座っていた色彩豊かな雑鬼も、シルバを指差した。攻撃するように命じたのだろう。
 各々、武器を取ってシルバに迫る。
 だがそれよりも早く。
「すぅ……」
 シルバは大きく息を吸った。
 肺を一杯に満たした空気を、一気に解放する――!!
「喝っ!!!!」
 直後、{部屋/ホール}全体が震え上がった。
 シルバに間近にまで迫っていた雑鬼達は、まとめて吹き飛ばされ、地面に横たわって痙攣する。
 天井からは鍾乳石が何本も落下し、石筍が崩壊した。
 ザラザラザラ……と財宝の山が崩れ、派手な雑鬼も目を回して気絶していた。
 その懐から、半透明の柔らかい素材で出来た{札/カード}が覗いている。
 シルバは慎重にボス雑鬼の様子を確かめ、カードを手に取った。
 カードには、杖を持ちローブを着た長い髭の老人が描かれている。
「『魔術師』のカード……なるほどね」
 シルバはそれを知っていた。
 時たま、迷宮から発掘されるというカードの一種で、所持する事で様々な効果を得る事が出来る。
 『太陽』のカードなら明かりには困らないし、『世界』のカードはその層のマップを認識する事も可能となる。複数所有する事で、効果を上げる事も可能だ。
 これを用いる事で、雑鬼達は知恵を得て、おそらくボスは魔法を使えるようになったのだろう。
 そういえば、この周辺の村を、雑鬼達が騒いでいるという話も、聞いた覚えがある。
 初心者を脱した冒険者ならともかく、武器も持った事もない村人達には、かなりの脅威だったはずだ。
 ……期せずして、そちらの仕事も間接的に解決してしまったらしい。
 雑鬼達や財宝をどうするかちょっと考えたが、今の自分達の手には余るとシルバは判断した。
「よし、それじゃ今の内に……」
 ひとまずここを抜けて、みんなと合流するのが先決だ。
 と思って岩場に戻ると、何故かヒイロが目を回していた。
「ふゃあ……」
「……何で、お前まで気絶してるんだ。耳塞いどけって言っただろ?」
「ふ、塞いだけど……こんな大きい声だなんて、思わなかったんだよぉ……」
 油断したらしい。
 思わず呆れるシルバだった。


 気絶した雑鬼達の間を早足で駆け抜け、ヒイロを背負ったシルバは先の通路を進む。
「それにしても先輩、すごい技持ってるんだね。あれなら、普段でも戦う時に使えるんじゃないの?」
 どうやらヒイロの耳も元に戻ったようだ。
「いや、あれは普通、せいぜい相手を驚かせる程度の威嚇用だし、気絶させる程の効果はないんだ。洞窟っていう音が響く地形の効果と{豪拳/コングル}で喉と肺を強化してやっとって所。{豪拳/コングル}の力は、お前が一番よく知ってるだろ?」
「あぁー……」
 何しろ一番シルバが{豪拳/コングル}を使うのはヒイロである。
 心当たりはあるのだろう。
「本来は、音響を操作する魔法を使うんだけど、あんなのは師匠ぐらいしか無理だし」
「ボクでもさっきの技、使えるかな」
「お前、ホント色んな技覚えるの好きだな」
 つい先日、骨剣を盾にしての突進や、足技を覚えたかと思ったら、ぶっつけ本番で気を放ったりもした。
 しかしそれでもなお、ヒイロには足りないらしい。
 と思っていたら、何だかヒイロの声のトーンが沈んだ。
「だってボクは鬼族の中でも特に力弱い方だし……」
「……あれで弱いんだ」
 どんな高みだ、鬼の世界。
「うん。ウチの集落だと一番弱いかなぁ……毎年秋にお祭りがあってね、そこで子供から年寄りまで全員参加の相撲大会やるんだよ。ボクは参加出来るようになってから、一回も勝てた事がないんだ」
「き、厳しい世界だな」
 ヒイロの村での相撲、というのは基本素手。
 相手が気絶するか、リング上から叩き落とすかのどちらかで勝ちという、単純なモノらしい。
 何だか、シルバの首に絡むヒイロの腕の力が、強まったような気がした。
「先輩さー」
「うん」
「クジで当たった幼馴染みに、陰で『やった。二回戦確定』って言われた気分って分かるかな?」
「…………」
「ま、それがボクが村を出た理由な訳ですよ」
 たはは、とヒイロは笑った。
 シルバは笑わず、自分の頭を掻いた。
「……さっきの技を教えるのはいいけどな」
「うん」
「使えるのはせいぜい最初の一回だけだと思う。大会って事は、みんなが見てるんだろ。次からは間違いなく警戒される」
「それでもいいよ。手札は多い方がいいし」
「まあ、警戒してるのを逆手に取るって手はあるな、うん。あと、俺は戦士じゃないから、それほど教えられる事はない」
「うん」
「だけど、他の面での助言ならちょっとは出来る。食事の量とか質とか」
「食べ方で変わるの?」
 シルバの背で、ヒイロが不思議そうに首を傾げた。
「マナーの話じゃないぞ。野菜とか魚も食えって話だ。体力が付く。免疫力も上がる。バランスを保て。それだけでも、肉ばっかり食ってる連中とは違う伸び方になるはずだ」
「ボク、強くなれるかな」
 ヒイロの問いに、シルバは即答した。
「なれるよ。お前は頑張ってる」
「せめて一回でも勝ちたいからね」
「おいおい、いつものヒイロはどこに行ったんだ? どうせやるなら優勝だろ」
「うん」
 何だかヒイロは嬉しそうだった。


「さて」
 シルバ達は行き止まりに来た。
 正確には、目の前にはうっすらと湯気の上がる小さな温泉がある。
 ……湯の奥に、人が一人は入れそうな穴があるのを、シルバは見つけた。
 その時だ。
(シルバ殿ー!!)
 精神共有を通じて、絶叫が響いてきた。
「キキョウさんだね」
「ああ。騒々しいなお前は」
 どうやら、精神共有を妨げる水晶の通路も抜けられたらしい。
 これなら最低限、連絡だけは取る事が出来そうだ。
(シルバ殿!? どこにいるのだ!?)
 シルバは、キキョウの声の強さから大体の位置を察した。
 それほど高くもない、天井を見上げる。
「多分、お前の足下だよ。しばらくしたらヒイロと一緒に合流するから待ってろ」
(ヒ、ヒイロと一緒!?)
「心配しなくても、二人とも無事だよ」
「ちょっと足挫いて、背負われちゃってるけど」
(なーーーーーっ!?)
 何故か、キキョウの動転した声が響いた。


 三十分後。
 湯の底を抜けてキキョウらと合流したシルバ達は、そのまま洞窟温泉を出て、村長の家に向かった。
 村長代理であるアブに頼んで周辺の村に連絡を入れ、残っている冒険者達で雑鬼の掃討と財宝の回収を手伝ってもらう。
 すべてが終わると、もう晩飯の時間になっていた。
 という訳で『月見荘』の酒場部分で、シルバは皆に改めて今回の事件を説明した。
 黒い影というのは要するに、雑鬼であった事。
 そのボスが何やら知恵を付けていたが、その原因も明らかになった事。
「……つまり、雑鬼の連中は炭鉱跡から何やら頭のよくなるアイテムを手に入れていたと」
 キキョウの問いに、シルバは頷く。
「ま、そういう事」
「ちえの実?」
 リフが首を傾げる。
「じゃあ、ないな。それにしても女神像といい今回のカードといい、ノワの守備範囲も中々に広い」
「とにかく今回の一件が片付いた事で、周辺の村を襲っていた雑鬼達の退治も、終わったって事だね」
「よ、よかったです……」
 カナリーが赤ワインを傾け、タイランも分厚い篭手を合わせてホッとする。
「それはともかくシルバ殿」
 猪肉のステーキにナイフを入れながら、キキョウがシルバを見据えた。
 正確には、シルバのすぐ隣だ。
「……うん?」
「やたらヒイロが懐いているようだが、何があったのだ?」
 シルバの隣の席には、ヒイロが座っていた。彼女の前には、山盛りの肉……と、大量の野菜といっぱいの魚料理が並んでいる。
 キキョウは、シルバとヒイロの席が、他の席より近い事が何だか気になっているようだった。
「いや、俺は特に何もしてないぞ……してないはずだ」
「先輩先輩」
 ヒイロがシルバの袖を引いた。
「何だよ、ヒイロ」
「あの時の件は、もうちょっと内緒ね。恥ずかしいから」
 恥ずかしそうに笑いながらヒイロが言う。
 おそらく、村で一番弱いという事や、村を出た理由の事だろう。
「あ、うん」
 シルバは思わず頷いた。
 しかし。
「「!?」」
 聞く者が聞けば、誤解を与える発言だった。
 特に反応したのは、ぶわっと尻尾の毛を逆立てたキキョウと目の紅みを増したカナリーだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、ヒイロ、シルバ殿! 何があったか詳しく聞かせるのだ!」
「シ、シルバ! まさか君、彼女が足を挫いているのをいい事に、何やら不埒な事をしたんじゃないだろうね!?」
「俺を何だと思ってるんだお前らは!?」


「にぃ……お魚あげる」
 一方リフは、シルバの身体を挟んで反対側にいるヒイロに、焼き魚料理を提供していた。
「うん、あんがとね、リフちゃん」
 反対側からは、一番ヒイロと長い付き合いになるタイランが、心配そうにプチ修羅場なシルバ達とヒイロを交互に見やる。
「……あ、あの、駄目ですよ、ヒイロ? ああいう言い方だと、揉めるんですから」
「はーい」


「見てないで助けろよ、ヒイロ!?」
 たまらずシルバは叫んだ。
「え、いいの?」
「……やっぱいい。余計揉める」
 諦めるシルバであった。


※ちなみにヒイロの幼馴染みは男です。




[11810] 魔術師バサンズの試練
Name: かおらて◆6028f421 ID:7cac5459
Date: 2010/05/25 01:19
 薄い色素の髪はヘッドギアに包まれ、収まりきらない分は後ろで一括りにされて尻尾のように出ている。
 小柄な身体は、男性用戦士用の装備に包まれており、丈が少々合わないのか袖がややだぶついているようだった。
 武器は腰に差した短剣一本。
 両手に一杯の日用雑貨を抱えている。
 昼下がり、辺境都市アーミゼストの人通りの多い大通りを歩く彼の姿は、ちょっと見、新米の少年冒険者の買い出しのようにも