池田信夫 blog

Part 2

2006年04月07日 12:51
メディア

活字文化があぶない

きのう新聞協会は、新聞の「特殊指定」をめぐって「活字文化があぶない!~メディアの役割と責任」と題するシンポジウムを開いた。ところが、このシンポジウムには当の公取委はおろか、新聞協会の見解と違う意見の持ち主も出席していない。最初から特殊指定の見直し反対派だけを集めて、いったいどんな議論が行われたのだろうか。ライブドアの「パブリック・ジャーナリスト」小田記者によると、
「道路が裂かれても、体が凍えても、一軒一軒のポストに新聞を届ける人がいた」などと感情に訴えたり、中には、特殊指定撤廃があたかも新聞業界を殺すかのような報道もあった。こと「特殊指定」報道に関しては、新聞は理性を失っているとしか言いようがない。
このシンポジウムについて、中立的な立場から報じているメディアがライブドアしかないという事実が、日本の活字文化がいかに「あぶない」かを示している。

新聞記事には、そもそも特殊指定とはどういう規定で、公取委がなぜその見直しを検討しているのかという基本的な事実関係も書かれていない。特殊指定とは、「新聞社や販売店が地域・相手方により異なる定価を設定して販売すること等を禁止」しているだけで、それを廃止しても、定価販売がなくなるわけではない。公取委も指摘するように
新聞業界においては,新聞発行本社は販売地域内では一律の価格で再販制度を運用するとしており,また,今回の新聞特殊指定見直しの議論においても価格差を設けるべきでないとしていることから,少なくとも不当な価格を当該新聞発行本社自身が設けるということはそもそも存在し得ないはずである。
したがって特殊指定を廃止しても価格競争が始まるわけではないが、かりに競争が始まるとしても、
その結果,戸別配達網が崩壊するとする根拠は全く不明であり,当委員会として新聞業界に対し,新聞特殊指定により極めて強い規制を行う根拠とはし難い。[・・・]新聞特殊指定が制定される前から戸別配達は定着していたものであり,新聞特殊指定がなければ戸別配達が成り立たないという主張は極めて説得力に欠ける。
新聞各社が世論調査などで示しているように、新聞の宅配制度が圧倒的多数の国民に支持されているなら、それを法的に補強する必要もないだろう。まして特殊指定の廃止が「活字文化の危機」をもたらすというのは問題のすりかえであり、この両者にはいかなる因果関係もない。このようなバランスを欠いた報道をすべての新聞で繰り返し、地方議会まで動員して「見直し反対決議」を出させる新聞社の異常な行動こそ、冷静で客観的な活字文化の危機である。

追記:12日の朝日新聞で、2面ぶち抜きでこのシンポジウムが紹介されている。あきれたことに、出席者全員が「特殊指定の廃止→宅配制度の崩壊」という前提で「市場原理主義」を非難している。

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トラックバック一覧

  1. 1.

    既存メディアの持つ公共性

    今、新聞業界では「特殊指定」について盛り上がっているらしい。そんな話を次の記事を...

  2. 2.

    [趣味のジャーナリズム]「特殊指定見直し」という大政翼賛会

    最近新聞の特殊指定見直しについて政治家の発言が相次いでいます。自民、民主、公明、社民、共産から地方議会まで特殊指定の見直しに反対、慎重な姿勢を表明。超党派の議員が「活字文化を守れ」と声を上げ、自民党は「新聞の戸別配達網の維持や、国民の知る権利の保障のため

  3. 3.

    特殊指定・政治に借りを作ることの恐ろしさ

    特殊指定をネット検索すれば、新聞社の一方的な報道ばかり。

  4. 4.

    新聞の特殊指定見直しについて4

    過去記事新聞の特殊指定見直しについて新聞の特殊指定見直しについて2新聞の特殊指定見直しについて3さて、では今回の新聞の特殊指定見直しについて世間ではどのように受け止められているかを見てみましょう。動画ニュース ライブ!現在のところ、77.

コメント一覧

  1. 1.
    • 田吾作
    • 2006年04月07日 15:30

    戸別配達の現状は?
    日本では平安時代に牛車が存在したのに明治時代まで馬車は存在しませんでした。「日本史再発見―理系の視点から(板倉聖宣)」によると徳川幕府が馬子と船頭の失業を回避するために江戸と大坂で大八車とベカ車の数量を総量規制の許可制にしたのが原因だそうで、それは貨物自動車やタクシーの営業許可という形で現在まで継承されてきました。したがって新聞の「特殊指定」問題についても江戸時代の「かわら版」からの歴史が継承されていると考えるべきで「活字文化があぶない」というのは名目にすぎないと田吾作も考えます。ただし「新聞特殊指定がなければ戸別配達が成り立たない」という主張は歴史的に見て田吾作には説得があると感じられ、戸別配達を実際に担っている人たちの存在が無くなれば「新聞社」の危機ではあります。

  2. 2.
    • 田吾作
    • 2006年04月07日 15:43

    訂正と追加
    説得がある―>説得力がある。NHKについて「・・一つだけ例をあげれば、ラジオ放送はきわめて重要な報道媒体であったから、『民主主義』にもとづいた放送以外を許さないために、占領当局は放送用電波を国営放送局にいつまでも独占させることにした( この国営放送局は、アメリカの CBS や NBC に張り合って、今では「 NHK 」と呼ばれている )。・・敗北を抱きしめて(上) ジョン・ダワー」より引用

  3. 3.
    • 池田信夫
    • 2006年04月07日 16:27

    補足
    新聞協会の主張に一分の理があるとすれば、「宅配制度がなくなったら、新聞の質が落ちる」という点だと思います。店頭売りだけにすると、スポーツ紙や夕刊紙のようになるでしょう。世界的にみても、日本のように大衆紙ではない新聞が1000万部も売れる国はない。
    しかし特殊指定や再販がなくなっても、宅配制度がなくなる理由はありません。ただ日経のような委託配達が広がり、販売店が集約されるかもしれない。その意味で「新聞販売店の危機」が生じる可能性はあります。

  4. 4.
    • 栗原
    • 2006年04月07日 20:53

    メディア産業はもっともっと競争環境に
    池田信夫様    4月に愛媛から東京に戻りました元愛媛大学の栗原です。ご無沙汰しています。
    > 特殊指定や再販がなくなっても、宅配制度がなくなる理由はありません。
    その通りです。メディア産業はもっともっと競争環境におかれるべきです。
    昨年、ナベツネ氏が郵政民営に反対したのは宅配制度が競争環境におかれることを危惧したためとか。
    愛媛新聞の傲慢さについては弊HPで散々取り上げましたので、機会があればご覧下さい。
    http://www.k5.dion.ne.jp/~hirokuri/

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