戦後、シベリアなどに抑留され強制労働をさせられた人に政府が「特別給付金」を支払うことを柱とした法案が今の国会で審議されています。政府は、これまで抑留者に「補償」を行ってきませんでしたが、こうした戦後処理の方針を形づくった会議の詳しい内容がNHKの取材で、このほど初めて明らかになりました。
この会議は、昭和57年、シベリアでの抑留者ら戦争で被害を受けた人たちの要望で設けられた政府の「戦後処理問題懇談会」で、財界の有力者や学識経験者など有識者7人がメンバーでした。NHKが入手した政府の内部文書によりますと、この会議の進行役となる、総理府など5つの省庁の官僚は、事前に準備会合を開いています。補償を始めとする戦後処理は、開けてはならない「パンドラの箱」などと表現し、国家財政に大きな影響を与えるとして補償を行わない方向で議論を進めることを申し合わせていました。その後、始まった有識者による会議では「抑留者らの団体からも意見を聞いてみてはどうか」などと同情的な意見も出されましたが、進行役の官僚側から「先方に過大な期待を与えるおそれがあり、すべての団体から聞くということは困難である」と反対されました。これに続く会議では、有識者からも「要求が強いからやるというのは筋が通らない。やり出したらきりがない」とか「戦後30年以上もたって、戦争とは関係ない世代の税金でやってもらおうということには疑問を感ずる」といった補償に消極的な意見が目立つようになりました。結果として補償をめぐる議論は、最初に官僚たちが作った筋書きに沿うように進められ、会議の最終報告書は、「もはや、これ以上、国において措置すべきものはない」と結論づけています。補償を認めないかわりに、政府が、その後、抑留者たちに支給したのは、記念品や旅行券などでした。シベリア抑留をめぐっては、去年の政権交代のあと、超党派で議員が動き、抑留された期間に応じて「特別給付金」を支払うとする法案が今の国会で審議されています。この会議の内容について、みずからもシベリアに抑留され当時、政府に補償を求めていた議員連盟の副会長だった元衆議院議員の相沢英之さんは「政府が設ける懇談会は国の意向に沿う意見を持つ委員が選ばれ、国の意向に沿った結論を出すためのものだ。抑留された者として納得できない部分は今も残っている」と話しています。また、当時、抑留者らの代理人として国に補償を求める裁判を担当していた第一東京弁護士会会長の江藤洋一弁護士は「戦後処理に消極的な官僚たちの発言が具体的に出ていて興味深い。戦後の日本は、経済発展を優先するあまり、戦後処理には向き合わずにきた。そのことが問題を長引かせていると思う」と話しています。