放送法等改正案が11日、衆院総務委員会で審議入りした。同委では、本欄で前回(5月10日朝刊)指摘した電波監理審議会(電監審)の権限強化などについて、与野党から疑問の声が上がった。今回は総務相の権限強化の懸念について検証する。【臺宏士、内藤陽】
■与党からも疑問
放送法改正案の国会審議は冒頭から波乱含みだった。11日の衆院総務委員会は運営手法を巡り野党が反発、趣旨説明は自民党委員が欠席の中で行われた。13日に始まった本格審議では、権限が強化される電監審に関して質問が集中。原口一博総務相は「放送と通信が融合する中で、放送の自由を確保するための法改正だ」「個別の番組内容に介入することは一切ない。行政機関の長をしっかりとコントロールするためのものだ」などと防戦に追われた。
しかし、連立を組む社民党からも「放送行政のチェックが番組への介入となる心配がある」(重野安正委員)などと疑問が出された。
■極めて異例
「巧妙に放送に対する行政権限の拡充を図るものであり、極めて危険な法案だ。番組内容を理由とする直接的な業務停止命令など目に余る」。4月に東京都内で開かれた放送法の専門家らが集まった研究会。NHK出身で、メディア評論家の山本博史さんは今回の改正案について厳しく批判した。法案には実は、総務相の権限強化規定も盛り込まれている。
現行の電波法には、地上放送局に対して放送法違反などについて電波を送出する無線局(ハード)の運用を、総務相が3カ月以内の期間を定めて停止(停波)できる規定がある。
一方、番組(ソフト)の内容を理由に停波できるかは見解が分かれている。総務省は▽報道は事実をまげないですること▽政治的公平--などを定めた番組編集準則違反を根拠に停波できるとしているが、放送事業者側は、準則は倫理規定で除外されていると主張。これまで準則違反を理由とした停波処分の例はない。
これまではハードとソフト面を一体的に施設免許として交付されてきた。改正案は、通信と放送の融合を促す観点から原則として分離し、多額な投資を要するハードを持たなくても総務相から「認定」を受ければ番組を流せる仕組みとした。その結果、放送法自体に番組内容を理由として業務停止できる規定が新たに盛り込まれた。対象には衛星放送やケーブルテレビも含まれている。
既存の放送局は現行制度での申請ができるため運用上の大きな変更は当面なさそうだが、先進諸国では政府から独立した行政委員会が放送行政を担当しており、直接監督する総務相による番組内容規制の強化は極めて異例だ。
広瀬道貞民放連会長(テレビ朝日顧問)は今年3月の会見で、改正案について放送事業者の反発を踏まえ現行の免許制度も残した点を評価した上で、「総務省(相)が放送電波の停止を放送局に命じたりすることができることなど問題点もある」と懸念を表明した。
山本さんは「新たな業務停止規定が盛り込まれたとしても、現実に放送を止めることは難しいだろう。ただ、その時の政権に都合が悪い放送を流せば、学説にも邪魔されず、電波監理審議会への諮問という手続きも不要で、総務相による威迫が可能になる。現行制度が適用される地上放送局も影響を受けないわけがない」と指摘する。
■アメとムチ
一方、今回の放送法改正案で、放送事業者への「アメとムチ」と言われているのが「マスメディア集中排除原則」の基本的な事項の法定化を巡る出資規制の緩和と、免許の取り消し権限の追加だ。
集中排除原則とは、放送をする機会をできるだけ多くの人が確保できるようにするために、一つの資本が複数の放送局を傘下に置くことを禁じる仕組み。ある放送局の株主議決権を10%を超えて保有する企業や個人は、その放送対象エリア内の別の放送局の株主議決権を10%以下しか持てない。現在は総務省令の「放送局に係る表現の自由享有基準」で定められている。
今回の改正案ではこれを省令ではなく法律で定めるとともに上限を3分の1未満とした。出資の上限を緩和したのは、経営基盤の弱いローカル局救済のため在京キー局などによる出資がしやすい環境整備を図る狙いだ。しかし、緩和の一方で規制強化も用意されている。現行制度では、申請や再申請の際にこうした基準を超えていた場合は免許が与えられなかっただけだったが、改正案では免許期間(5年間)内でも違反が発覚した場合は、総務相が免許を取り消すことができるようにした。総務省情報通信政策課は「例えば、免許申請時に在京キー局がローカル局への出資率を低く抑え、免許の交付後に増やすなど形骸(けいがい)化させないよう順守の実効性を高めるためだ」と説明した。ある民放関係者は「法令違反を理由にした処分について、正面から反対するのは難しい」と困惑する。
先の山本さんは「一時的な違反も絶対に許されず、ずっと守らなければいけないルールなのかについては論議があるところだ。無線局の運用停止や業務の停止といった措置を取ることなく一足飛びに免許を取り消す仕方がいいのかどうかの議論が全く足りない」と指摘する。また、佐藤勉・前総務相(自民)は一連の放送法改正案に盛り込まれた総務相の権限強化について、「原口さんは『適切に運用する』と言うかもしれない。しかし、総務相が代わった後も果たして適切に運用できるのかは疑問だ。時の総務相によって恣意(しい)的に運用される余地を残すことになる」と懸念を示した。
毎日新聞 2010年5月17日 東京朝刊