「助かった命ではなかったのか。安心して救急医療を受けられないのは深刻な問題だ」--。今年3月、伊賀市の自宅で倒れて救急搬送された女性(当時78歳)が、県内外の7病院に「処置多忙」などで受け入れを拒否された問題。女性は約2時間後に運ばれた津市内の病院で、翌日に亡くなった。近所に住む第一通報者の男性(66)は当時の状況を振り返り、こう話した。
男性などによると、倒れた女性は当日朝から体調を崩していた。夕方、心配した別の住民が郵便受けから家をのぞき込み、女性が玄関先で倒れているのを発見。通報した男性は消防団長の経験もあり、救急車と救助工作車を呼び、女性が救出されたのを見届けて現場を離れた。
ところが、救急車は受け入れ先が見つからず、その後も現場を1時間以上離れられなかった。後で聞いた男性は「伊賀の救急事情の大変さは分かっていたが……。早く搬送先が見つかってほしいと願うしかなかった」と振り返る。
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大型連休前半の5月1日。伊賀市立上野総合市民病院が、同月の輪番制シフトで唯一24時間連続の救急受け入れを担当する日となっている。過酷な勤務実態を知ろうと、内科外科計2人の医師が対応にあたる救急外来の待合室で一日の流れを見学させてもらった。
伊賀市、名張市双方からの救急車が朝から何度も到着し、夜10時ごろにも待合室には治療を待つ患者の家族ら10人ほどが詰め掛けていた。待合室から人気が消えたのは、翌日の明け方ごろ。ところが、朝には患者の家族1人が怒り出す一幕もあり、自宅で待機中だった同病院の事務長が駆け付けて対応した。24時間で診察したのは26人だが、実際に入院したのは3人だけだった。
川口寛・上野総合市民病院院長職務代理者は「7月以降には内科医が異動で村山卓前院長1人だけになる可能性もあり、そうなれば内科系の入院患者は受け入れられない。機能分担の議論も進んでいるが、医師不足のままでうまく機能するだろうか」と疑問視する。
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伊賀地域の救急医療体制の深刻化に歯止めがかからない。特に上野総合市民病院の勤務医減少が顕著で、04年度に最大26人いた常勤医は、今年4月現在で15人にまで急減。同30人でほとんど変動のない岡波総合病院(同市)、同24人でピーク時から4人減にとどまる名張市立病院と比べ突出している。
さらに、上野総合市民病院で2次救急に対応できる内科系の医師3人全員が、7月には派遣元の三重大に戻るなどしてゼロになる可能性がある。伊賀、名張両市長は3月、両市の公立病院による7月以降の機能分担実施を視野に入れた確認書に調印したが、具体的な救急医療の姿はいまだに見えてこない。7月の“ヤマ場”を乗り越えても、伊賀地域での拠点病院建設という難題がひかえている。
伊賀地域の救急医療が目指すべき姿とは何なのか。院長主導で経営を黒字化し、医師確保にも成功している公立病院、住民運動が地域医療の再生につながった病院など、参考にすべき他地域の取り組みを紹介する。【伝田賢史】
〔伊賀版〕
毎日新聞 2010年5月25日 地方版