※初めてお読みになる方は「予告された倒産の記録 その1」からどうぞ。
2010-05-24
登場する主な組織、人物、他社、用語等の説明
順次、追記・更新していきます(ブログのみ読まれている方は情報が先行する部分があります)。ツイッターを途中から読まれている方は、状況理解の助けになりましたら幸いです。
■ 組織
『サービス開発本部』
従来のウィルコムに欠けていた意識「徹底した顧客志向」を実現すべく新設された組織。端末・サービスの企画開発がミッション。しかし、社内の複雑な権力構造を象徴したツギハギ組織であったため、期待どおり機能せず迷走。やることなすこと失敗続き。設立当初の内部セクションは「サービス計画部」「ブランド&プロダクト(B&P)部」。その後「次世代事業推進室(次推室)」「データ通信企画室」「プロダクト開発部」「CRM部」が加わった。
『サービス計画部』
スマートフォン端末、サービスアプリケーションの企画がミッション。スマートフォン業務はその後「データ通信企画室」が新設され分離。営業部門にあったモバイルコンテンツ業務が加わった。「アプリケーション担当」「コンテンツ担当」がある。
『データ通信企画室』
スマートフォンの企画がミッション。「WILLCOM D4」「WILLCOM 03」「HYBRID W-ZERO3」など。
『プロダクト開発部』
端末やデータ通信機器等の製品化プロセスを管理、バグの検証等がミッション。
『CRM部』
カスタマ・リレーションシップ・マネジメント。顧客志向のさまざまなマーケティング分析・施策提案がミッション。
『ブランド&プロダクト(B&P)部』
スマートフォン以外の端末企画、ブランディングがミッション。端末は「ハニービー」「WILLCOM9」「WILLCOM NS」など。ウィルコムのコーポレートブランド「もうひとつの未来」も。
『次世代事業推進室(次推室)』
ナローバンドのPHSに代わる、会社の将来を担うワイヤレス・ブロードバンド「次世代PHS」事業の立上げ推進がミッション。BWAユビキタスカメラネットワーク研究会の面倒も見る。
『BWAユビキタスカメラネットワーク研究会(BWAUC、ブワウク)』
産学連携研究会。ウィルコムの旗振りだが、複数企業が参加する中立組織。安心安全社会実現のため町中にカメラやセンサを置き、データを管理センタへ送るための無線に次世代PHSを使う構想。いきなり町中設置は難しいので、ひとまずPHS基地局にカメラを取り付けようというもの。会社化を目指しており、キクガワ社長の天下り先、という噂も。
■ 人物
【ウィルコム】
『キクガワ氏』……社長。2009年8月下旬退任。「三つの頭」の1人。経営財務畑出身。坊主頭(ハゲ?)。40代半ば。
『ツチハシ氏』……副社長。「三つの頭」の1人。営業部門のトップ。40代半ば。
『チカ氏』 ……副社長。「三つの頭」の1人。技術部門のトップ。40代半ば。
『クロサワ氏』……取締役兼サービス開発本部本部長。キクガワ氏のシンパ。技術開発畑出身。40代半ば。
『テラダ氏』 ……サービス開発本部副本部長兼サービス計画部部長。チカ氏のシンパ。後にツチハシ氏へ近づく。40代。アンチ次世代PHS派。信条「手離れよくやれ!」「あいつらは何もわかっちゃいない!」
『イシヤマ氏』……ブランド&プロダクト部(B&P部)部長。ツチハシ氏のシンパ。シニカルな一面も。デジタル機器好き。
『シモム氏』 ……次世代事業推進室(次推室)室長。40才。技術系。新卒入社組。信条「情報隠ぺい」。苦手な言葉「顧客志向」「リーダーシップ」
『サロ氏』 ……次推室メンバ。シモム氏の補佐を担当。30代半ば。新卒入社組。独身。信条「おしゃべり(女性と)」「情報通」。諦めている言葉「やりがい」「志」
『タソモト氏』……次推室メンバ。NTTGからの出向。30代半ば。独身。帰国子女。信条「無害」。サロ氏と共に経営陣や上級管理職から指示された書類作りを担当。
『ヤシダ氏』 ……次推室メンバ。地域連携(国や自治体の補助金で基地局を建てる)開拓を担当。40代半ば。転職組。仙台に家族を残し単身赴任。信条「東北ラブ」。行きつけ「新宿ゴールデン街」
『ウミナガ氏』……次推室メンバ。技術マーケティング・イベント・PR業務を担当。40代半ば。転職組。信条「情報通」「行動派」。悩み「情報不足の人達から、あの人は変だ偏ってる、と思われがち」「時に自分も暴走気味なこと」
『ツヅキ氏』 ……次推室メンバ。ウミナガ氏の補佐。2008年度新人。30才。元プロテニスプレーヤー。帰国子女。後にアサバラ氏の補佐に。
『アサバラ氏』……次推室メンバ。ブワウクを担当。事務局長を名乗る。30代半ば。転職組。独身。趣味「京都ひとり旅」。悩み「コンプレックスが強いこと」「その反動でよく自分を見失うこと」
『タケミ氏』 ……次推室メンバ。アサバラ氏の補佐。2008年度新人。20代前半。次推室初の女性。大学卒業まで田舎育ち。後にサロ氏の補佐に。
『マシタ氏』 ……次推室メンバ。サービス企画を担当。30代半ば。転職組。信条「やりがい」「反骨心」。悩み「青臭いと思われがち」。後にサービス計画部へ異動。
『ゴリセ氏』 ……次推室メンバ(B&Pと兼務)。端末マーケティングを担当。30代半ば。転職組。行動指針「寄らば大樹の陰」。次推室からは徐々に遠ざかる。PHSモバイルルータ「どこでもWi-Fi」を企画。後にデータ通信企画室へ異動。
『ココムラ氏』……次推室メンバ。20代前半。新卒入社三年目。信条「何でもやる」。悩み「時に言葉づかいや態度が嘘くさいと思われがち」。サロ氏の補佐をやりながら、ブワウクを担当。
『サイジ氏』 ……次推室メンバ。業務運用整備を担当。30代半ば。CS(カスタマサポート)部出身。新卒入社組。幹部候補と噂される若きエース。
『タヌダ氏』 ……次推室メンバ。サイジ氏の補佐を担当。30代前半。システム部出身。新卒入社組。
『ヒレバ氏』 ……次推室メンバ。MVNO・パートナー開拓を担当。40才。前職SIコンサル。転職組。
『ナガラ氏』 ……次推室メンバ。ヒレバ氏の補佐を担当。40代前半。法人営業部出身。新卒入社組。
『スミジ氏』 ……サービス計画部スマートフォン担当グループリーダー(GL)。後にデータ通信企画室室長に。
『ツミオ氏』 ……サービス計画部アプリケーション担当GL。後にサービス計画部担当部長に。
『オヒデ氏』 ……サービス計画部メンバ。後にツミオ氏の後任としてアプリケーション担当GLに。
『ヤツルギ氏』……キクガワ氏の前任の社長。
『クボタ氏』 ……キクガワ氏の後任の社長。
『トノシタ氏』……会長。
【その他】
『タナカ氏』 ……電王堂の社員。
『スズキ氏』 ……バキンゼ・ファーム社のコンサルタント。
『クロマロ氏』……フリーのコンサルタント。
■ 他社
『バキンゼファーム社』……世界有数の経営戦略コンサルティング会社。
『電王堂』……大手広告代理店。特命係長の只野仁がいるとも噂されるが、このツイートとは別の話…
『読経新聞社』……経済情報を得意とする大手の全国紙。
『ロキア社』……世界的な電気通信機器メーカー。携帯電話端末では世界最大のシェアを持つ。
『東立』……日本を代表する電機メーカーの1つ。漫画「島耕作」に出てくるが、このツイートとは別の話…
『フレビズ社』……フレビズ・ネットワーク社。データセンタの会社。「XING WORLD」(別名x-i)という仮想空間ビジネスを企画。ドコモのMVNOも検討している。
『産京新聞/産京デジタル社』……大手メディアコングロマリットの新聞事業。全国紙の中で新聞記事のデジタル化に最も実験的に試み注力している。
■ 用語等
『MVNO』……非通信事業者が、通信事業者から回線を借り受け、独自の値決めやサービスで通信事業者の様なビジネスをする事業形態。2.5GHz帯域のBWA事業にはMVNOの実現が義務付けられていた。
『データ通信ARPU』……ユーザ1人あたりの月間のデータ通信利用料金のこと。
『イービットダー(EBITDA)』……財務指標の概念。減価償却その他償却前の利益を表すため、設備投資など巨額の先行投資を行う電気通信事業では、企業の長期的評価において、適切な指標とされた。エビータとも呼ばれる。大企業の不祥事事件以降、米国証券取引委員会(SEC)は、企業がEBITDAを公表する際は、会計基準に基づく指標を併記しなければならないと規定した。NTTドコモなどが現在公表しているEBITDAは、SECレギュレーションのものとは別物。
『マネーロンダリング』……不正取引で得た資金や企業の隠し資金を、金融機関との取引や口座間を移動させることによって資金の出所や流れを分からなくすること。資金洗浄。
『アサーティブ』……相手のありのまま(権利)を侵害せずに、誠実・率直・対等な立場で、自分の気持や意見をわかりやすく伝えること。そのためのスキル。
『地域WiMAX』……UQのWiMAXと技術は同じだが電波帯域が違うなど互換性なし。つまりユーザーから見れば同じ端末を使えないため別物。ブロードバンド有線のない地域で普及させようと国の旗振りで始まった。が、収益性の問題から手を挙げる事業者は乏しい。
『ゴールデンラズベリー賞』……毎年、最低の映画を選んで表彰するアメリカの賞。別名ラジー賞。
『経営の原点12ヶ条』……1.事業の目的・意義を明確にする。2.具体的な目標を立てる。 3.強烈な願望を心に抱く。 4.誰にも負けない努力をする。5.売り上げを最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える。 6.値決めは経営。7.経営は強い意志で決まる。8.燃える闘魂。 9.勇気をもって事にあたる。 10.常に創造的な仕事をする。11.思いやりの心で誠実に。 12.常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で経営する。
『テレメタ』……テレメタリングのこと。計測器などのメーターを読み取ったり、機器の遠隔メンテナンスを行うシステム。専用のPHS端末を接続することで、機器のデータ収集やメンテナンスのセンタ管理が可能。
『マルチリンク』……PHS回線を単純に束ね合わせ、速度を2倍、4倍、8倍、と増幅させる技術。アンテナ数や電力消費も倍になるのが課題。イメージとしては、ドラゴンボールの界王拳みたいなもの、かな。
2010-05-21
豆つぶやき
【豆つぶやき】 『サービス』と『アプリケーション』の違い。
アプリケーションという言葉を技術の世界からPRの世界へ引っ張り出したのはおそらく「iアプリ」という名称。コンテンツを利用するソフトウェア程度の意味だが、流行に押されて誰もがアプリアプリと言い出した。
言葉が一人歩きすると意味が多様化し、便利な半面、不明瞭になる。『マーケティング』という言葉もそうだった。曖昧、うやむやなビジネス用語。
『サービス』という言葉は古めかしい。『アプリ』が新しい。その言葉を使えばモバイル業界人ぽく見える。ギロッポン?
本来、アプリは、サービスの一部である。サービスを成立させるためのツールである。アプリを用意するだけではサービスにならず、サービス作りのためにはもう少しいろいろと汗をかかなければならない。
でもたまにネット・モバイル業界では、アプリを用意するだけで、物事がうまく進行し、自然とサービス化する場合がある。おいしい流れ。それを狙いたい。サービス作りはしんどいが、アプリなら、用意できそう。
そう、これからの新しい時代は『サービス』はアプリ、『アプリケーション』のこと。そのセンスが新しい。どこからか持ってきたアプリを少々カスタマイズして端末に乗せ、あとはさあみんな使ってくれ、流行らせてくれ、儲けさせてくれ。
アプリだけじゃ駄目と言われても分からない。もっとサービスに必要な協力者を巻き込んでいかなければと言われてもそんなことやったことない。ビジネスモデル? ユーザーから金を貰う。以上。アプリならそのへんに転がっているから用意できる。
ビジネスなんだからさあ、手離れよくやらなきゃ。俺達はインフラ屋なんだよ、わかってる?
…それは、テラダ副本部長だけでなく、ウィルコム上層部の消極的な認識でもあった。知らないこと、やったことないことはやりたくない。
そんなわけで『サービス』は即ち『アプリケーション』なのだった。アプリを用意さえすれば、サービスについて考慮し、対策を打ったことになった。そう、これはプラットフォームビジネスなのだよ(違うけど)。それなりに格好良く見せるための言葉はIT業界にごろごろしていた。【豆つぶ 終り】
【言葉】 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…(電通 鬼十則5 電通社員の行動規範)
手離れよくやれ(ウィルコム上級管理職)
手離れよくやれ、というのは、ウィルコムに限らず、インフラ屋である通信事業者にはありがちな考え方だが、ウィルコムの場合は、さらに、
お金とスキルがない→手離れよくやる(中途半端にする)→失敗しまた金を失う。ノウハウも身に付かず。デフレスパイラル。
時間は少し戻り… D4発売の3カ月前の2008年4月、ナローバンドのPHSに代わる、ウィルコムの将来を担うワイヤレス・ブロードバンド「次世代PHS」事業の立上げを推進するため、次世代事業推進室が、サービス開発本部内に新設された。
(2010年3月22日分まで掲載)
2010-05-19
予告された倒産の記録 その5
■ D4事件 その3
社長がD4に不満を持っている!
テラダ氏は、D4企画メンバのグループリーダー(GL)である部下のスミジ氏と共に、キクガワ社長へ個別説明をすることにした。AM会議の前に行わなければならなかった。
それで何かサービスはできたのか? と尋ねたキクガワ氏に対し、テラダ氏は、スミジ氏に目配せをした。スミジ氏は説明を始めた。「あらためましてD4のコンセプトをご説明させて頂きますと…」。キクガワ「あらためては今更いい」。スミジ「は?」
キク 「そんなことはわかってる。だからサービスはできたのか?」
テラダ 「アプリケーションのことですね?」
キク 「何だっていい」
スミジ 「D4は、この端末自体が、アプリケーションなんです!」
スミジ氏は一気にまくしたてた。「D4は携帯電話のモバイル性に加え、パソコンとしてフル活用できる端末です。従いまして世の中に溢れているあらゆるアプリケーションをこの端末ですでに使うことが可能です。つまりわざわざこちらで用意しなくても、ユーザーが自分で好きなアプリを 使うことができ、最先端のウィンドウズビスタとインテルのAtomでどんなアプリも動作するように設計しました。ですので、つまりD4自体が、新しい時代のアプリケーションというわけです!」
キクガワ氏は混乱した。何のことかわからなかった。しかし、D4の発売を今更止めるという選択肢はなかった。ウィルコムは他の通信キャリアと比べ、アピールできる端末数が圧倒的に少ない。せっかくの機会を減らすわけにはいかない。
テラダ氏が言った。「チカ副社長にもご満足頂いています」。いつもの流れだった。チカ氏の顔を立ててやろうと思うキクガワ氏。どうせ出さなければならないのだ。ひょっとしたら、俺の知らないところで、ヒットするかもしれない。やってみれば。
仕入れ台数の話があった。数万台。
キクガワ 「数万台というのは具体的に何台なんだ?」
スミジ 「まだ交渉中の段階ですが、おそらく先方は5万くらいを想定しています」
キク 「仕入れ原価は?」
スミジ 「10万弱…かと。もっと安くなるかもしれませんが…」
仕入れ原価が曖昧? いちいち奇妙な話だった。社長の自分に何か隠し事をしているのか。
それよりも、10万円×5万台=50億円の投資 …キクガワ氏の意識はそこへ釘付けになった。
…結果を先に明かせば、ウィルコムの仕入れ台数は1万台で済んだ。D4は発売後に通称「おもらし」のバッテリー欠陥が見つかったこと、その他諸事情含めたメーカーとの交渉努力により1万台になった。が、これは社内の噂に過ぎなかった。
「三つの頭」のうちキクガワ、チカの2人の了解があれば、残る1人のツチハシ氏も2人の顔を立てないわけにいかない。販売のトップ責任者はツチハシ氏だが、しぶしぶ2人の顔を立てたという体裁さえ整えば、たとえ売れずとも自己責任にはならない。
売れなかった時の言い訳。「だからサービスを作れといっただろう」「だから事前にちゃんと相談しろといっただろう」。相手の顔を立てる、ということは、事前にビジネスとしてきっちり詰めないことによって、後で各自の言い逃れを担保するための方便であった。
健全な議論の不在。ウィルコムを更生会社に追い込んだ、致命的な欠点。
そうして水面下の下ごしらえの後AM会議で承認されたD4は発売され、キクガワ氏は社の代表の義務としてD4の魅力をアピールしながらも、これが金融機関の出資融資リファイナンス交渉のための良い材料の一つになればいいと、淡い夢のような願いを込めずにはいられなかった。
言うまでもないが、D4は惨敗した。もともと商品に競争力(魅力)がないのに加え、電源OFF時でもバッテリーを消耗する、通称「おもらし」の欠陥等…当たり前の交渉、プロセス確認、検証さえしていれば回避できたようなトラブルに、トドメを刺された。
発売後、2カ月とたたず、社内でD4はまるで「なかった」ことのように扱われた。臭いものには蓋をする。その風潮が、社内環境を悪化させ、良い仕事をできなくさせていると感じていた一部の若手社員の中には、あえて発言する者もいた。
「そういえばD4の売れ行きはどうなんだろう?」
すると、上司や先輩社員は、あわてて、口に人差し指を当て、大人が子供をたしなめるかのように、言うのだった。
しっ!!声が大きい…
D4の発売前、スミジ氏は、販売部門の不評やクレームを、上司のテラダ氏へ伝えると、テラダ氏は大きな声で言い放った。それは、彼の口癖だった。
気にすんな。どうせ、あいつらはビジネスのことを何もわかっちゃいないんだから!!
D4の大失敗は、大抵の大失敗には慣れっこで、もはや痛みの感覚が麻痺しつつあったウィルコムに、痛みが何たるかを思い出させるほどの惨事だった。
一体何をやらかしてくれたんだ… 社員達はひそひそと話した。「三つの頭」が承認した以上、D4への批判は、会社批判になってしまう。
誰かが責任をとらなければならないが、誰が、どうやったところで、責任をとれるような程度の惨事ではなかった。結果、責任問題にはならなかった。というのは、誰も、誰かを問い詰めなかったということである。
なぜ、経営陣は、テラダ副本部長に責任をとらせないのか? チカ副社長の庇護もあるだろう。しかしそれにしても。社員達はひそひそ話した。きっと、あれだ、ヤツルギさんの件が影響しているんじゃないか?
かつてヤツルギ前社長を更迭した、今の経営陣。その後ろ暗い傷が弱みとなって、部下にすら強く出られなくなっているのではないか。しっぺ返しをくらうかもしれないから。社員達はひそひそ話した。自業自得。因果応報。ヤツルギ氏の呪い。祟り。まるで八墓村…
ヤツルギ氏、一般社員に好かれていたが、まるで亡霊扱い。さんざんな言われようである…
D4の発売日2008年7月11日。ウィルコムが倒産し、会社更生手続開始決定がされるまで、あと、609日…
D4発売の数ヵ月後、D4企画グループリーダー(課長級)だったスミジ氏は、サービス開発本部内に新設されたデータ通信企画室の室長に、昇進した…
(2010年3月20日〜21日分まで掲載)
2010-05-17
予告された倒産の記録 その4
■ D4事件 その2
D4企画メンバは、販売部門の関与なく、独断で、メーカーに対し、数万台の仕入れを約束した。販売部門は、突然現れたブサイクで高飛車な(高額な)端末を、数万台売らなければならなくなったのである。
販売部門「どうして勝手にそんな約束をしたんだ!」。D4企画メンバ「だってそうしないとメーカーが協力してくれないから」。販売「交渉はしたのか!?」。D4企画「………」
D4企 「……交渉はもちろんした」
販売 「どうやって?」
D4企 「メーカーは最低10万台の見込みがないと端末を作らない。それが業界の常識で、そこをD4は数万台にしてもらった」
販売 「業界の常識? メーカーが勝手にそう言っているだけだろ?」
D4企 「…こういうのは交渉の余地のない部分なんですよ」
販売 「なぜ事前に我々に相談しなかったんだ? 本来なら販売の現場にいる我々を通してマーケットの感触を調べるべきじゃないか?」
D4企 (あなたたちにマーケットの何がわかる? D4は新しい市場を開拓する端末なんだ)「とにかく、10万台の業界常識を、数万台にしました」
販売 「D4は価格が桁違いだろう!」
D4企 「元々交渉の余地のないことなんです。協力してください。お願いします」
販売 「…まったく何てことをしてくれたんだ…」
D4企 「こちらも頑張りますから。それに、こんな言い方はしたくありませんが、AM会議の承認は得ています」
販売 「………」
オールマーケティング会議。通称AM会議は、サービス開発本部が主体となり、端末やサービスの最終実施承認を得る場所であった。AM会議メンバにはキクガワ社長のほか、営業部門のトップであるツチハシ副社長もいた。
AM会議の承認を得た、ということは、会社として決定がなされ、当然にツチハシ副社長も知っているということだ。が、部門のトップが知っていても、その情報が部下に伝わっていない。それはこの会社では日常茶飯事… 情報伝達の不首尾を上司に進言するなど、もってのほかだった。
では、なぜ、D4は、誰が見ても到底売れそうもないほどの大量台数を仕入れなければならない条件がありながら、営業系のトップが同席するAM会議で、承認されたのか。
それは、AM会議がほぼ形式だけの、デキレース会議だったためである。ウィルコムの「三つの頭」の経営判断は、お互いの貸し借りと、失敗しても自分の責任にならないことの合意確認が、判断基準であった。
キクガワ社長は、D4の出来に不満を抱いていた。
世の中にインパクトを与えてアピールできる材料(端末)が早くほしかったものの、彼はアキバ系オタクではなかった。こんなものが売れるとは到底思えず、坊主頭を抱えこんだ。
D4に限らず、端末だけでは駄目だ。何かサービスがなければ。端末とサービスをセットにして世の中へ出さなければ、市場は作られない。それが戦略と呼べるものかはさておき、キクガワ氏は、そう、考えていた。
たとえば、この俺の坊主頭のように… キクガワ氏は社内外で「ハゲ」呼ばわりされていることを当然知っていたが、面と向かって言われるのでなければ、愛嬌、寛容、社員の親しみ、組織の潤滑油として受け流していた。
その自分のハゲのように、人で言えばトレードマーク、受け入れ易い、ほっとさせる、親しみやすいもの。端末にも同じように、人間らしさを感じさせるような、便利な、親しみやすいサービスが必要だ。
ところが、キクガワ氏がサービスの必要性を伝えると、D4企画のリーダーであるテラダ副本部長は「つまり、アプリケーションということですね」と、『サービス』を『アプリケーション』と言い換えてしまうのだった。
アプリケーション。キラーアプリ。何とも技術頭でっかちな表現だ。キクガワ氏はそう呟いたが、サービス、より、アプリケーションという言葉の方が格好良く、技術偏重的なところがある社内でも好まれがちな表現だった。
『サービス』と『アプリケーション』。この2つの言葉の意味は、完全に一致せず、言い換えできない場合もある。キクガワ氏が漠然と思っていた『サービス』は、本来言い換えできないような質のものであったが、そこは、本人もいまいち自信のないところでもあった。
『サービス』でも『アプリケーション』でも、呼び方にはこだわらないが何かそういうようなものが端末とセットになって、爆発的にヒットすれば構わない、が正直なところであった。
経営者には、商品のひとまずの完成形(世の中へ出せるレベルの最低ライン)を具体的かつ明確にイメージし、リーディングするタイプがおり、携帯電話業界ではソフトバンクの孫さんや元ドコモの夏野さんあたり、そうだろうか。
このタイプのリーダーの部下は、リーダーに尻を叩かれながら、リーダーのビジョン詳細の確実な把握に注力し、実現化に動く。(最近、夏野さんの元部下が「おさいふケータイの父」と名乗っているそうだが、優秀な兵隊に過ぎなかったはずで、「兄」くらいにしておけばいいのにと思う)
他方は、経営者は数字管理が仕事と考え、商品ビジョンは部下に任せるタイプ。経営企画畑出身のキクガワ氏はこのタイプだ。このタイプのリーダーは一見頼りなく無責任な感じだが、自分で色々決めて経営者のように振舞いたい部下にはいい環境だろう。
優秀な部下が揃い、能力をいかんなく発揮でき、組織の調和がとれれば、そういうタイプのリーダーの元でも、会社は伸びる。しかし、キクガワ氏は「権限譲渡」「任せる」という美辞麗句によって、組織の歪みを糊塗し、現場の問題から遠ざかることを自ら正当化しているふしがあった。
(アプリケーション? そんなもの、俺にはわからんよ。このオタクが!)
キクガワ氏は、テラダ氏のことをアキバ系オタクだとみなしていた。
テラダ氏の後ろ盾にチカ副社長がいなければ、とは考えてもしかたのないことなので考えもしなかったが…
(2010年3月17日〜20日分まで掲載)
はなび
2010/05/18 13:47
まとめ作業、おつかれさまです。twitterも毎日チェックしています。悲しんでばかりはいられませんが「なぜ?」という言葉が頭の中をぐるぐる回ってます。「なぜ、こんなでたらめばかりしていた会社に魅かれたのか?」単純に「馬鹿だった」と言うだけじゃないと思いたいですが・・・高飛車じゃないところが好きだと思っていたのに、それは、私らユーザーに直に接する社員さんたちがそうだったから、社長はじめ経営陣もそういう人が集まっていると信じていました。とにかく、今まさに、twitterや店頭で私らと接している社員さんたちが頑張っている姿に、全うな会社として再生してくれることを願います!
2010-05-15
予告された倒産の記録 その3
■ D4事件 その1
予定の発売日から延期に延期を重ねたWILLCOM D4。なぜ、いつの間にあんな使いにくい形になったのか。当初のコンセプトを知る社員は首を傾げた。D4は一部の社員による伏魔殿で、情報を他部署へ一切出さずに、開発が進められた。
その秘密主義には、それなりの理由があった。以前、開発途中だったスマートフォンのデザインが社外へ流出したのである。
流出は一体誰の仕業か。スマートフォンの開発メンバは身内の仕業とは考えなかった。他部署に敵がいる。とくに、営業の奴らは口が軽くて信用できない。こうなったら俺達だけでやろうぜ。やるしかない。
かえって、好都合だった。そのほうが、情報管理という名目で秘密裏に進めたほうが面倒な社内調整をしなくて済む。営業の奴らは軽薄で無責任な文句を言うばかりで、作る側の苦労をちっともわかっちゃいない。
端末の開発は俺たちプロに任せてほしい。俺たちはメンバ同士で、何回も、何時間も会議をして、「売れる端末」を作るために話し合っている。何度も何度も何度も何度も議論をし尽くして、現実的な回答をひねり出しているんだ。
そうして水面下で開発が進められたD4のデザイン、仕様が社内で公開されたとき、営業や販売部門の担当者は、思わずあいた口を閉じるのを、しばし忘れた。
なんだこれ? これが売れるのか……?
D4の価格を知らされときは、呆れて笑い出してしまった者もいた。10万円を超えるだって? こんなものに誰が金を出すんだよ、売れるわけないだろう!?
この端末は、はたして本当に実在したのだろうか? 今、振り返ってみても信じられない。社内でも、発売後しばらくとたたず、あたかも「なかった」かのように扱われた。「D4の売れ行きは?」禁句の質問。口に出すことさえ憚られた。
D4。それはスーツの上着ポケットに入る。無理をすれば。分厚くてパンパン。しかも重い。500mlのペットボトル並み。筋トレ用? どこの筋肉の? 起動が遅い。遅すぎる! ウィンドウズビスタ。忍耐の訓練か? インテルATOM搭載。それがどーした… 鈍い…
進化スピードの速いデジタル機器を、後から振り返って評価するのはフェアではないかもしれない。どうしても陳腐に見えてしまうからだ。失敗した(売れなかった)端末であれば尚更。当時、D4にはウィンドウズビスタとAtomという最先端のOSとCPUが搭載されていた。
最先端の技術! アキバ系オタクなら、その響きに打たれて10万円以上でも買うという戦略だったか。いや、技術は消極的な選択でしかなかった。マイクロソフトとインテルは、新技術の実験場を探し、彼らの言いなりになる会社がウィルコムだったに過ぎなかった。
携帯電話でも、パソコンでもないデジタル機器。携帯電話の機能を持ちながら、パソコンとしてもフルに使える端末。もはや言葉遊びだけの、マーケット不在。新しいマーケットも、なかった。
極めつけは、小さすぎてタイピングのできないキーボード。ひょっとしたら、オプションで大人の手を小さくする薬でも開発するつもりだったか? すべてにおいて、中途半端。ただ一つだけ、中途半端ということについてだけは結果的に徹底している。
社内では少数の伏魔殿で進めたにもかかわらず、多少の社内調整に躓き、社外でもほぼ他社の言いなり。まっとうな交渉不在の末に出来上がったD4は、お客様不在、誰のためのものでもなかった。
しいて言うなら、D4企画メンバたちが、仕事をしていることを証明するために、何でもいいから形にすること、作ること、とにかく世に出してしまうこと。
そうすれば一定の成果評価になる。出してしまえば、売るのは俺たちの役目じゃない。営業部門の役目なのだから…
※黒澤泉という人からフォローされて、すぐ取り消された模様。現ウィルコム執行役員の人と同姓同名だ。このフィクションが、少しでも真実に近づいていて、おそらくあるだろう組織の硬直や社員意識の更生に役立つといいのだけれど。
少々脱線するが、「更生会社」になったことの、重みについて考えてみよう。
■ 「更生会社」になったことの重み
銀行団に莫大な借金をチャラにしてもらった。そのお金があれば、どれだけの数の中小企業等が銀行の融資を受けられただろうか。
社会に多大な迷惑をかけた。お客様の期待を裏切り続けた。総務省を欺いた。あるいは一部の総務省の役人と口裏合わせて国や社会を欺いた。
何より、最大120億円もの税金を融資されることになった。返済できなければ出資と同じ。ドブに捨てたのと同じ。経営努力をしたが駄目だった、では済まされない。
2000億円の負債、という理由ばかり目立つが、倒産したのは放漫経営が原因。借りた金で遊びまくった。一部の中間管理職がやりたいようにやりつくし、経営層がそれを野放しにした。
大多数の社員の期待を裏切った。賃金をカットした。今度はリストラ。割増し退職金のコストは国民の血税でカバー。次の職がなければ社員とその家族の生活は苦しくなる。
非管理職の社員たちに倒産の責任はどれくらいあるだろうか。中間管理職の暴走に従ったのは事実。だってそうしないと自分の身が危ない。上司に進言しようものなら左遷される。嫌がらせを受ける。サラリーマン社会とはそういうもの。
中間管理職の暴走を止めるのは経営者の役目。その経営層が何もしないのだから仕方ない。社内は非常識なことばかり、名ばかり管理職、サービス残業なんて当たり前、法律違反が常態化しているが、自分たちは無力だ。
正しさ、まっとうさは子供のざれ言。無力さを受け入れて見ザル聞カザル言ワザルが大人の振る舞い。会社が傾く? そうかもね。でも知らない。ワタシニハワカリマセン。仕事中の大半は煙草スパスパ。世間話し。ここはそう、楽な職場なのだ。
ノルマなし。重労働なし。やりがいなし。成長なし。プライドはまあまあ高い。というか、入り組んでいる。とにかく上司には絶対服従。成果で見返そうなんて思ってはいけない。
だって、あのヤツルギさんさえ、更迭されたのだから!! この会社では。
ヤツルギ氏の更迭事件は、ウィルコム社員の価値観に根深い影響を与えていた。ヤツルギ氏だけではない。十分な成果を出しながらも上司に進言した社員は陰湿な嫌がらせを受け、それが都市伝説ならぬ会社伝説となって社内に流布していた。
○○という話があってな、いいか、お前もあまり目立つとXXXXさんのようになるぞ。先輩社員はある種の親切心か、または別の何かで、若手社員へ話すのだった。
非管理職の社員たちに倒産の責任はどれくらいあるだろうか。知らなかったこと、知ろうとしなかったことは、どれほどの責任になるだろうか。1000人中、250人といわれるリストラはどうなるだろうか。
もし、上(経営層)から順に切っていくなら、部長級+課長級あたりで、250名くらいにはなるだろう。少数の優秀な部長と課長だけを残し、会社を再建する。それにしても、部長級はともかく、多数の課長級は名ばかりで非管理職のようなものだから、とんだとばっちりだろう。
一部の優秀な中間管理職。個人的に、この人はそうかもしれない、と思っているのは、3名ほどだが…
上から順に切っていく、というのは、もちろん、経営層も含んでのこと。というか、今の執行役員たちは、更生法申請・適用時に退任を免れていたけれど、昨年の夏までは取締役(退任対象)だった人たちなんだよなあ。
2兆円の借金をしたソフトバンクは元気いっぱい。数年後に完済する。そういう会社には、銀行団も融資を続ける。リファイナンスに応じる。つまり問題は、借金の額ではなく、普段の業績。業績を出すにあたっての組織のあり方。
もし純粋に全社員に対して早期退職募集をかけるなら、割増退職金の額、会社の将来性を各自で考慮し自己責任で行動するのはいいが、そこに不本意な退職勧奨の圧力があった場合、非管理職は結果として放漫経営の犠牲になる、のだろうか。
割増退職金。ソニー54カ月。2007年のJAL40カ月(管理職対象)、今回のJAL6カ月。大手百貨店は定員オーバーの応募らしいが、皆どこへ行くのだろう。景気がよくなるまでじっとしている?
いずれにしても、若手とはいえない非管理職や名ばかりの管理職が、放漫経営の犠牲となって辞めざるを得なくなったら、その社員と家族の生活がそれゆえに苦しくなり、犯罪に手を染めたら、そこに経営者(及び上級管理職)の責任はないと言い切れるだろうか。
仕事は、生活の糧を得るためだけではなく、社会でまっとうに生きようとする精神を支えるものでもある。整理解雇の増加は、言うまでもなく社会状況を危くし、結果的にせよ犯罪の温床を多数生みだす。整理解雇され、精神のバランスを崩した元社員が、生活のために犯罪を犯したら、元社員は、同情の余地こそあれ自己責任として罰を受ければいいだろう。しかし、その犯罪の犠牲者は? 放漫経営の狂った歯車は、無関係の犠牲者を生みだす。そういう社会状況を作り出す。負の連鎖はなかなか断ち切れない。
そういう重大な負の種を生み出したことこそが、ウィルコムの経営層・上級管理者の責任ではないだろうか。ウィルコムが更生会社となったことの重みではないだろうか。
その重みを、更生会社ウィルコムにはしっかりと受け止めてもらいたい。最善の努力を積み重ねた結果ならば、仕方ない。しかし、自らの責任逃れのために「最善の努力をした」とうそぶくなら、それはよろしくない。現場の社員はよーく知っている。
それが、ビジネスセンスの欠片もない現場リーダーの暴走と、無力感と保身のぬるま湯にぬくぬくと浸りきった部下の、到底、仕事とはいえないママゴトであったことを。
国の許認可事業である通信業界は、えてしてぬるま湯になりがちである。医療等と違い、お客様志向を徹底せずとも、人が死んだりするような直接的な重大事件にはならない。
だから、会社の建物の中にこもり、目に見えないお客様より、目に見える上司、同僚との摩擦を避け、目に見える範囲内だけでの利害関係をつい優先させてしまう。変なことを言おうものなら、融通のきかない奴、とレッテルされてしまう。
かつて、パロマや三菱ふそうは、組織的に、結果的に、殺人を犯した。暴走するトップの指示を、部下たちは忠実にこなした。大の大人が集まって、その指示をおかしいと誰も思わなかったか? 進言するものは飛ばされたか? 自分に責任はないと思ったか? 従えばおいしい何かが待っていたか?
それが、大人のサラリーマン、か?
雪印等の食品偽装も同じ。慣習の力にはなかなか抗えない。所詮自分はサラリーマン。無力さに慣れてしまえば、心の葛藤はなくなり楽になる。
無力さを自覚することは大切。しかし、無力感のぬるま湯にぬくぬくとしているのは、いわゆる前時代的なサラリーマン気質。その気質が、間接的に、結果的に、人を殺すという事実が表面化したのが、パロマ、三菱ふそうの事件だった。
幸い、WILLCOM D4が、何らかの殺人につながったという話は聞かない。が、今回の倒産には、いかばかりの影響を及ぼしたか…
(2010年3月16日〜17日分まで掲載)
予告された倒産の記録 その2
前社長のキクガワ氏(2009年8月下旬に社長退任)は、ウィルコム倒産の主犯。
あちこちで言われているが、たしかにそうだろう。前々社長のヤツルギ氏との対比もある。
しかし、A級戦犯は社長の指示を軽んじた一部の現場リーダー達かもしれない…
社長の指示を軽んじ続け、暴走した中間管理職の実態を、多くの社員が目の当たりにしている。しかし、そうした中間管理職(現場リーダー)に権限を与え続けたのは、組織上やはり経営者の責任だ。
クロサワ本部長は、ひょっとしたら部下のテラダ副本部長をクビにしたかったかもしれない。少なくとも、会社のことを考えればクビにすべきということはわかっていたかもしれない。
わかっていながら、その事実から目をそらせた。たとえ自分の部下であっても、チカ副社長のシンパであるテラダ氏に対する人事権は、あってないようなものだった。それに、ドロドロした揉め事は、できれば起こしたくない。
それに… クロサワ氏は思った。私はどうしてここ(サービス開発本部本部長)にいるんだろう… 技術開発畑ひとすじの私に、ここで何をやれというのだろう…
クロサワ氏は、毎日、机の上のノートパソコンを、ぼんやり眺め続けた。
そんなクロサワ本部長に対し、テラダ副本部長は自ら話しかけることも、顔を向けることさえ滅多にしなかった。
そっとしておいた、というより、相手にしていなかった。サービス開発本部内で唯一の上司であるクロサワ氏が、腑抜けのようになっているのは、テラダ氏には都合がよかった。
うまくすれば、俺のやりたいようにできる! テラダ氏は思った。これは間違いなく出世のチャンスだ。かつて、テラダ氏は同期の中で出世が遅れていた時期があり、長いあいだ悔しい思いを抱いていた。
ちなみに、会社には部長課長などの役職名の他、BANDという等級制度があった。BAND1〜3は非管理職、4は課長級、5は部長級、6は本部長以上であり、年収は4が800万〜、5が1200万〜、6が1500万〜、というのが基準値とされていた。
取締役サービス開発本部長のクロサワ氏はBAND6。サービス開発本部副本部長兼サービス計画部長のテラダ氏はBAND5。
なのだろうと、社員たちは思っていた。
テラダ氏が部長を務めるサービス計画部のミッションの1つに、スマートフォンの開発があった。
そして、お客様無視の、莫大なコストを投下して生まれた端末が−− ウルトラモバイル『WILLCOM D4』だった。
(2010年3月16日分まで掲載)