(cache) ツカイマグルイ - 2 - 電脳狂想曲
TOP>小説メニュー >ツカイマグルイ - 2
クリックで文章が表示されます。

 三日三晩生死の境を彷徨い続けたギーシュであったが、迅速な処置と秘薬の投下が幸いし、後遺症を残す事無く彼の傷は完治する事と相成った。
ただし、彼の心という器に入ったひびは、源之助を前にすれば度々崩壊の兆しを見せる事もしばしばである。
先の決闘は、トリステイン魔法学院に源之助強し。ゼロの使い魔強し! を知らしめる結果となった物の、それゆえの反感ややっかみが無いでもなかった。
だが、愚鈍とすら称される程に寡黙で自身の感情を表に出さぬ源之助にとっては、その様な風評はまるで意味を為さぬ物だ。
その負担は主にルイズの胃痛となって現れている。
しかし、源之助が雑務に於いては役立つ使い魔である事には変わりない。円滑なコミュニケーションが取れないという問題があるものの、概ね二人の関係は良好であった。
寡黙にて何事に於いても真摯。学院で働くコックやメイドと言った平民達も、源之助に対しては一目を置いていた。
生意気な貴族の小僧を叩きのめした、という事実がそれを後押ししている。

「あの、本来洗濯はわたし達の仕事なんで……代わりましょうか?」
「おかまいなく。指の鍛錬になりまするゆえ」

 この様なやり取りを経て、学院付きのメイド、シエスタは源之助に興味を注いで行く、というのはまた別の無惨。

 さて、日々を過ごしていれば、人には休日と言う物が訪れるのは語るまでも無い事である。ハルケギニアでは、虚無の曜日と言った。

「ゲンノスケ。あなたの目にはこの剣どう映る?」

 そして現在、その休日を利用し、ルイズは源之助の日々の働きに報いる為、彼に御褒美と称して武器の購入を勧めている所である。
元来剣士であるのならば、手持ちは多くて困る事は無かろうというルイズの判断であった。
武器屋の店主が差し出した一振りの剣を眺め、手に持ち、それを鑑定していく。
西洋剣に関する知識は無いが、日本刀の知識に当てはめて考える事は可能であった。
鋼・鍛え・焼き。全てに於いて問題外の造りである。

「斬れませぬ。飾りかと」

 図星を突かれた店主は、その背中に冷たい汗を浮かばせた。
目の前には猜疑の目を向けてくる貴族の姿。ぼったくりがばれては一大事と、次々に在庫の品を見せるが、源之助の目に適う物はそうありはしなかった。
あった所で価格が高すぎるのだ。
物を買わずして帰ることまかりならぬ。
そう思うルイズは、必死になって武器を探し続けた。
そんな彼女にかけられたのは、鍔元から声を発する面妖な剣からの言葉であった。

「もしかしてこれ、インテリジェンスソード?」
「いんてりじぇんすそぉど?」
「魔法使いの気まぐれで生み出された、少々変わった剣でさ」

 興味を持った源之助が、それを鞘から抜き放った。
赤錆にまみれてはいるが、片刃のそれは今まで見たどの剣よりも自分が扱い慣れている物に近い。
材質は不明であるが、研ぎさえすれば使えぬ事も無かろう。

「おでれーた。おめ、使い手か」
「?」
「買え! 俺をさっさと買いやがれ!」

 喋る喋らぬは二の次として、少しでも使えそうな剣ならば、と源之助はこの剣の購入を決意した。比較的安価だった事も理由の一つだ。
後にメイジを魔法ごと斬って捨てる魔剣として、担い手と共に語り継がれる様になるのは、まだまだ先の話である。

 翌日の事である。
土くれのフーケなる盗人に、学院の秘宝とされる破壊の杖が盗まれ、校舎内は蜂の巣を突付いた様な様相を呈していた。
非常事態と、昨日巨大ゴーレムの出現に居合わせた者らが集められ、その事情聴取に時間を割くこととなった。その中には、ルイズと源之助の姿もある。
追跡隊の編成を声高らかに謳い上げたオスマン氏に対し、その場に居合わせた教職員一同の胸中は一様に沈痛であった。三十メイルの巨大ゴーレムを操るメイジを相手取る事を思い、尻込みをしているのだ。
厳しい視線を向けられる教職員達の表情は、弔辞のそれであった。
沈黙を打ち破ったのは、源之助が主、ルイズその人である。
生徒に危険な任務を任せる訳にはいかぬと、一度は考え直す事を物申したものの、その決意や固く、それに追従し志願を申し出た生徒達を目にし、やがては――

  「天稟がありおる」

 その意気や良しとばかりに、鷹揚に頷いて見せた。

 追跡の任に就いたは、ルイズ、源之助、キュルケ、タバサ、ロングビルの五名。
内三人がこの学院の生徒である。その現状を憂い、追跡任務中、馬車の中で源之助は思わずこう口にしたという。

  「彼奴等はすくたれ者にござる」

 だが、誰一人としてこの言葉の意味が分かりはしなかったのでスルーされたが。
任務の方は意外な程に順調に進み、当の破壊の杖も簡単に見つかったのだが、そこで一つの問題が発生した。
誰もが予想し得よう、土くれのフーケの操る巨大ゴーレムの出現である。
石燈篭を日本刀で両断し得る腕前を持つ源之助であるが、三十メイルを越えるゴーレムとあっては上手く行かぬ。
タバサの放った氷の矢は、ゴーレムを前に折れて地に落ち春の淡雪の如く消え去り、キュルケが放つ炎の球は、燃え盛る事叶わずそのまま消滅した。
ならばわたしがと、杖を取り出だしたるルイズではあったが、その爆発も決め手足り得ぬのが実情であった。
爆発が効かぬが何のその、と一切引こうとせぬルイズ。
主の命を長らえるは士が定め。
聞き入れぬルイズの首筋に当身を入れると、風竜に跨るタバサにその身体を預けた。

  「あなたは?」
「これからにござる……」

 タバサの言葉に聞く耳持たず、一人自由に身動きが取れる様になった源之助は、ゴーレムの繰り手を捜す為、森林の中を奔走し始めた。
よもやゴーレムを相手にせぬなど、土くれのフーケからすれば予想外の事であったのだろう。
全身を汗で濡らした源之助は、必死の奔走の末、どうにか怪しい人影を捜し当て、出会い頭に虎拳一閃。
顎を掠めたその一撃は、対手の脳を震盪せしめ、容易に昏倒に追いやった。
その後、相手がロングビルと知り、無表情ながら顔を青ざめさせた源之助であったが、ゴーレムの動きが止んだのと、ロングビルが意識を失った時刻は、ピタリと一致していた。状況証拠が全てである。
捕り物の結果はこの通り実に呆気ない物と相成った。

 「相棒俺いらねぇだろ?」

 ついぞ振るわれぬデルフリンガーは、鞘の中でこうぼやいたとか。

1