わずか数カ月の間に、高松で子犬の足が切断され、善通寺では犬の目が焼かれた。「人間じゃない」。思わず発した目撃者の言葉が、新聞やテレビで全国に流れた。が、こんなことは、人間しかしない。だからこそ、言葉にならない不気味さや不快感が、私たちの胸に重くよどむ。おしかりを覚悟で、今日の紙面にあえて並べた五葉の写真。この異様な光景は、私たちの暮らしのどこから生まれ、どんな問題を映しているのか。明快な答えは、恐らくない。それでもなお、放置できない思いを抱え、追跡班は「動物虐待」の周辺を走った。
悲鳴
「最初は事故かと思いました。それが人間の仕業だなんて…」。ことし一月、虐待された四匹の子犬を保護した志度町内の男性(26)は、今でも信じられないといった口ぶりだ。
子犬が見つかったのは高松市の香東川河川敷。三匹の前足が切断され、もう一匹の足首にもワイヤを巻いたような傷が残っていた。
「腹が立つよりも、恐ろしい気がしました」。男性が傷口に見たのは、人間の心の深いやみだった。
●氷山の一角
虐待県香川―。こんな言葉が飛び交うほど県内で動物虐待が相次いでいる。
過去五年間の主な虐待事例は表の通りだが、特に目立つのが、この一年の多さ。報道が模倣犯を生むのがこの種の事件のいやらしさだが、それにしても異常ともいえる急増ぶりだ。
昨年三月、高松で前足に針金を巻かれた跡がある犬が見つかったのを皮切りに、「首輪犬」「水道パイプ犬」などが続けざまに紙面に登場した。
今年に入っては、足切り事件をはじめ、善通寺でライターのような火で両目を焼かれた犬が保護されるなど、悪質さがエスカレートしているようにもみえる。
「でも、それは氷山の一角。ひどい虐待は昔からあるし、急に増えたこともありません」。香川犬猫ネットワークの鷲谷直子代表は「マスコミが取り上げるから増えたように見えるだけ」と指摘する。
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上から
11年9月 高松市
12年1月 高松市
11年12月 丸亀市
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「四肢が骨折するまで殴られ、失明した犬」や「生きたまま袋に入れられ、ごみと一緒に捨てられていた子猫たち」など報道されてない虐待は数多いという。
いずれも犯人は見つかっておらず、なぜ虐待するのかは分からない。虐待される動物側の問題を分析するしかないのが現状だ。
「もちろん犯人を見つけるのは大切。でも、もっと問題なのは捨てられる犬や猫が多く、虐待される土壌があること」。鷲谷さんは虐待の背景を考えるべきと訴える。
●全国一のメッカ
「香川は野良犬が多い。他県から来た人はびっくりしてますよ」。今月設立されたばかりの「動物愛護かがわ」の関係者も口をそろえる。実は香川は、捕獲される犬の数で全国上位にある。
県生活衛生課によると、十年度の捕獲数は七千二百三十五匹。地域によって数え方に差はあるが、千葉、福岡などに次いで六番目に多い。人口千人あたりの捕獲率(七・〇匹)は全国トップだ。
一方、保健所に持ち込まれた犬の数は千三百三十五匹で、逆に四国の中で最も少ない。「保健所に持っていって殺されるのはかわいそう。だれかが拾ってくれるかもしれない。だから捨てよう」。こんな飼い主の意識も浮かび上がる。
野良犬の痛ましい事故も増えている。
十年十二月、プラスチック容器に頭を突っ込んで抜けなくなった犬が見つかり、住民らが捕獲作戦を展開する騒ぎになった。昨年二月には、イノシシのわなにかかってワイヤが腹に巻き付いた犬も保護された。
車にはねられ道に横たわる犬猫の死体も目立つ。こうした事故は、捨て犬や捨て猫が多いことの裏返しでもある。
●1万匹が消える
「殺されるためだけに生まれてくる犬猫が多すぎます。捨てるなら生ませないで」。動物愛護かがわなどの主張に共通するのは、不妊・去勢手術の必要性だ。
県内で捕獲されたり、保健所に持ち込まれた犬猫は年間一万匹余。ほとんどは三日間の抑留期間のあと、高松の県動物管理指導所で安楽死処分となる。
「職員だってつらい。なぜたくさんの犬猫を処分しなければいけないのかと」。県中部保健所の玉地啓文副主幹は「飼い主の責任が重大。捨てること自体が虐待なんです」と語気を強める。
だからこそ「捨てることに寛容な住民の意識を変えることが必要」と鷲谷さんらは訴える。「捨てられる犬や猫を減らすこと。そうすれば動物虐待もなくなるはずです」。
だが、虐待の対象は捨てて犬ばかりとは限らない。無責任な飼い主の意識を変えるだけで、本当に犬猫の悲鳴は止まるのだろうか。
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上から
11年3月 高松市
12年3月 善通寺市
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改正法
動物の虐待防止や保護に関する規程を定めた「動物の保護および管理に関する法律(動管法)」が改正されたのは昨年十二月。
改正法では、虐待に対する罰則を強化したほか、「動物の愛護および管理に関する法律」と名称を変更。動物を「命あるもの」と初めて明記した。
つまり、現行法では犬や猫の存在は単なる「物」。動物愛護団体にとって動管法の改正が長年の悲願だったことはいうまでもない。
「まだ満足できるレベルではないが、ようやく一歩を踏み出すことができた」。日本動物福祉協会の山口千津子調査委員(獣医)は、法改正をこう評価する。
では、具体的に何がどう変わったのか。
●定義も明確に
ポイントは「罰則の強化」と「動物取扱業者や飼い主の責任の明確化」。
現行法では、刑罰の対象となる「虐待」の定義があいまいで、罰則も「三万円以下の罰金、科料」と極めて軽い。
十年十月、愛知県の犬繁殖業者が約百匹の犬を劣悪な環境に放置したことが問題になったが、警察は虐待の定義の壁にはばまれ、立件を見送った経緯がある。
改正法では、みだりに「殺傷」した場合には一年以下の懲役か百万円以下の罰金、「えさや水を与えず長期間放置する」などの殺傷以外の虐待、遺棄についても三十万円以下の罰金とするなど罰則を大幅に強化。現行法に比べ虐待の定義もより明確になった。
動物取扱業者への規制は、今回新たに盛り込まれた柱の一つ。
「これまでは野放し状態で、立ち入り検査もできなかった」(県生活衛生課)という業者に対し、改正法では施設などの状況を把握するために届け出を義務付け。行政による立ち入り調査や改善命令も可能になる。
届け出違反や命令違反については罰則(罰金二十―三十万円以下)もあり、「特に悪質な業者については虐待の刑罰も適用できる」と総理府大臣官房管理室。また、販売に際しては、顧客に適正な飼い方を周知、理解させるといった努力義務も付け加えている。
一方、飼い主については、動物の適正飼養のほか▽名札などの取り付け▽繁殖制限の徹底―などの責務を明確化。業者のようなペナルティーはないが、「『守れないなら飼うな』というスタンスに変わった」と県生活衛生課は説明する。
●摘発か啓発か
しかし、実際のところ、今回の法改正で動物虐待が減るかというと、これはなかなか難しい。
「罰則が厳しくなったから、虐待が減るというものではない」とは、総理府の動物保護管理担当者。
「殺傷など明らかな虐待は別として、動物好きの人と嫌いな人とでは同じ行為でもとらえ方が違う。動物愛護が一般の認識として深まることが重要で、そうでなければかえって不幸な結果をもたらす」と、罰則強化のみがクローズアップされ、現代版“生類憐(あわれ)み令”になることを危ぐする。
ただ、今回の法改正が動物虐待を減らす一つのきっかけになるというのは香川犬猫ネットワークの鷲谷直子代表。
「これまで『たかが犬でしょ』と取り合わなかった警察も耳を傾けてくれるよになった。虐待事件を追っているだけでは問題は解決しないが、動物を捨てることが犯罪ということが広く認識されれば」と願う。
「イギリスのように飼育禁止措置を法律に盛り込み、不適格者からは動物を取り上げることも必要だが、施行から五年後には見直しもある。今は改正法をもとに各自治体が作る条例を、住民が後押しすることが大切」と山口調査委員。
罰則の強化と動物愛護思想の啓発。この二つはいわば車の両輪。どちらが欠けても法律は十分な効果を発揮できない。
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やまざき・けいこ 国際基督教大卒。「責任ある飼い主として声を上げたい」とペット研究会「互」を主宰。内外で人と動物をつなぐ活動を展開中。米・デルタ協会会員。著書に「ペットのしあわせ―わが家が一番」など。清瀬市在住。
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人間の暴力性の表れ
―虐待をどう見るか。
山崎恵子 人間の暴力の普遍性の表れだ。「動物だから」では済まない。
―具体的に。
山崎 神戸の児童殺害事件で、犯人の少年が犯行の前、公園のハトや猫に残虐行為を繰り返していたことが分かっている。動物も子供の命も同じレベルで対処していた。彼は行為障害という精神的な障害を負っていた。動物虐待にはいろいろあるが、一部には精神的障害を負っている人がいることを理解しなければ。
―社会攻撃の前兆のケースもあると。
山崎 そう。人間に対する暴力も動物に対する暴力も、人間の精神が病んでいる一つの兆候だ。
―欧米には調査事例があると聞いた。
山崎 アメリカの動物愛護団体(AHA)によると、児童虐待があった五十七世帯の調査で、八八%が動物も虐待しており、うち三分の一は虐待された子供がその怒りを動物にぶつけていたという報告がある。
―虐待の連鎖だ。
山崎 AHAは、「終わりなき暴力の悪循環」と言っている。優しさが優しさを生むように、暴力は新たな暴力を生む。暴力犯罪で収監された八十四人の調査で、七五%に動物虐待などがあったという報告が一九六六年の段階で既にある。
―怖い話だ。
山崎 実行犯を早く見つけないと、矛先がどこに向くか分からない。高松のウサギ小屋事件などは、犯人が分かるはず。が、やらない。ウサギだから。幼稚園児だったらどうか。たかがウサギの時に真剣にならないと、しっぺ返しを食う。愛犬家の中で問題の本質を語り、警戒の網を張るだけでも効果がある。
―シグナルとして受け止めることが大事だと。
山崎 虐待をとがめなくていい。だれが何をしていたかを記憶し、忘れないぞという行動は、市民の自衛術として重要だ。
―監視社会への懸念が。
山崎 社会の傾向を把握するのは、社会生活を営む者の義務だ。野生動物の群れは、異常行動をシグナルを見ながら察知し合っている。群れの中の安全管理。動物虐待は黄信号だ。
―過度のペット愛とコインの裏表という指摘も。
山崎 それは違う。私は虐待を動物の観点からとらえない。人の精神衛生の側から見る。幼児虐待、ドメスティックバイオレンス、動物虐待は、重なり合う三つの輪だ。欧米の児童相談所などは、問題が起きれば総合的に見る。獣医が変な骨の折れ方や火傷跡などを治療したら、当局が家族に標的になるような弱者がいないかを確認するよう促す町もある。暴力の表現の一つとして見る。ペット問題と同列でない。
―香川の背景に、保健所で始末する野良犬の数が人口当たり日本一とか、捨て猫、捨て犬が多いことを指摘する人もいるが。
山崎 理由付けの要素ではある。が、そういうとらえ方では解決しないし、動物虐待と対人暴力の関連性を探る専門家も育たない。
―でも、なぜ香川で多いか、気になるところだ。
山崎 地域にこだわらない方がいい。むしろ、こうしたことに敏感で注目したんだというプラスのバロメーター。従来なら無視したかもしれない虐待事例に声を挙げ、受け止めた人が香川にいた結果だと。
―今、できることは。
山崎 人間には虐待する人がいる。そういう危険な人にどう対処し、救いの手を差し延べられるか、そんな観点から考えよう。「かわいそう」論ではなく、どんな問題かを各人がかみ砕く必要がある。自分にとってどんな意味があるのかを自問自答してほしい。
◇大西正明、古田忠弘、山下淳二が担当しました。
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