7年前、旧日本軍の毒ガス兵器によって健康被害を受けたとして、中国人の少女らが日本政府に損害賠償を求めた裁判の判決で、原告側の訴えが退けられました。少女は同じような被害にあった日本人の少女と、ある約束を交わしていました。
判決を聞くために来日した中国人のヒョウ・カエンさん(17)。戦時中、中国大陸に持ち込まれ遺棄された旧日本軍の毒ガス兵器により、健康被害を受けたと訴えています。
「とにかく一刻も早くこの問題を解決して、納得できる回答が欲しいです」(ヒョウ・カエンさん)
2003年、中国・チチハルの建設現場で毒ガス兵器の液体が入ったドラム缶が見つかり、作業員1人が死亡し、40人以上が負傷しました。当時10歳だったカエンさんも汚染された土に触わり、足がやけどしたようにただれました。
「触ったら変な感じがする?」(医師)
「ほかのところより感覚が鈍く 硬い感じがします」(ヒョウ・カエンさん)
今も、免疫力の低下や記憶障害といった症状に悩まされているといいます。カエンさんら被害者およそ50人は日本政府に対し、14億円あまりの損害賠償を求めています。
「二度と同じ被害を起こさないよう日本政府が責任を認めて欲しい」と訴え続けたカエンさんには、日本の友だちと交わした、ある約束がありました。
茨城県神栖市に住む青塚梨奈さん(14)と、弟の琉時くん(8)。初めて出会ったのは6年前のこと。同じ“毒ガス被害者”としての立場でした。
青塚さんは自宅近くの地中に捨てられた旧日本軍の毒ガス兵器の原料、有機砒素化合物が溶け出した井戸水を飲み、健康被害にあいました。琉時くんには成長の遅れなどの障害が残ります。
青塚さんは国に、補償と永続的な医療支援を求めていて、カエンさんたちと一緒に互いの問題解決を約束しあいました。
「以前より大人っぽくなりました。勉強は大変ですか?」(ヒョウ・カエンさん)
「結構難しい」(青塚梨奈さん)
進学を控えた姉の梨奈さんには記憶力や集中力の低下といった症状があり、勉強面での不安を抱えているといいます。
「勉強が難しいなら無理をしないで好きなことを探しだして、それを一生懸命勉強すればいい」(ヒョウ・カエンさん)
「ありがとう」(青塚梨奈さん)
しかし、同時に未だに互いの問題が、何も解決していない現実も実感させられます。
「『次会う時は解決した時にね』って思うんだけど、なかなかそうはいかないから、いつか解決してみんなで笑っておいしいご飯を食べられる日が来れば」(青塚美幸さん)
迎えた24日の判決、訴えは退けられました。判決で東京地裁は、「日本政府は旧日本軍が遺棄した毒ガス兵器で被害が起きることは予見できたものの、遺棄された可能性のある場所は広範囲にわたり、チチハルでの事故を優先的に防ぐ義務があったとは認められない」としました。
「事実は認められたのにどうして将来の生活は保障してくれないのでしょう。どうしたら苦しみを分かってくれるのでしょう」(ヒョウ・カエンさん)
(24日17:40)