【連載企画】激震口蹄疫・川南町の叫び(4)

(2010年5月17日付)

■資金難、トラウマ/「元の生活に戻して」 再建へ遠い道のり

 「悪い夢を見ているようだ」。川南町で酪農を営む男性(43)は先週、飼育する牛68頭を殺処分された。あとには、空っぽの牛舎と多額の借金、そして深い徒労感が残った。「おれは何も悪いことしてないし、うちの家畜にも何の罪もない。元の生活に戻してくれ」。身に降りかかる悲劇を受け入れられずにいる。

 感染確認から5日間、男性はノイローゼ気味になりながら、毎朝700キロもの牛乳を尿だめに捨てるという屈辱的な作業に耐え続けた。家族同然の牛を、死の間際に乳房炎で苦しめるわけにはいかなかったからだ。「自信を持って搾った牛乳は、一滴でも無駄にしたくないんだ」と、悔しさで声を震わせる。

 牛たちの傍らで毎日泣いていた妻からは「もう二度と牛は飼いたくない」、そう告げられた。今は悲しみで頭がいっぱいだが、これからは収入のない現実が待ち構える。「一体いつまで続くのか」。例年この時期に行う飼料用トウモロコシの作付けすらできない状況に、「ゼロじゃない。マイナスからのスタートになる」と苦境を訴える。

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 「一頭もおらんけど、また頑張るわ」。豚3500頭を失った田畑光雄さん(69)は、父の仏前で自分に言い聞かせるように誓った。

 中学卒業後に就農し、戦後入植者の父たちが切り開いた土地で、でんぷん原料用のカライモを育てた。でんぷんかすと芋がらを飼料に養豚業を始めたのは20歳のとき。それから半世紀、豚にかかりきりで汗水を流し、8棟まで豚舎を増やした。しかし、築き上げたすべてを一瞬で失った。

 再起までは最低でも2年はかかり、従業員3人の雇用は維持できない。それぞれに家族があり、子育て中の人もいる。「ここまでこられたのも従業員のおかげ。本当に申し訳ない。町内の農場には失業する従業員が100人はいる。給与補償までしてもらわないと」。設備投資に当てた億単位の借金を抱えながら、従業員の行く末を気に掛ける。

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 2000年の前回口蹄疫、牛海綿状脳症(BSE)、飼料代の高騰、枝肉価格の低迷など、幾多の試練を乗り越えてきた畜産農家たち。同町の繁殖牛農家の男性(70)は、すべてを失い開き直ることで前向きになれたという。

 「息子がやる気なので、心機一転して新しい牛舎でまた始めたい。どれだけの人が畜産業に残るか分からんけど、若い人には気持ちを切らさんで畜産を支えてほしい」。そのためにも、徹底した再発防止策と迅速な経済支援を強く求める。

 「川南は逆境にめげない開拓者の町」。事態が終息したら、まずは庭に慰霊碑を建てることから始めるつもりだ。

【写真】口蹄疫の感染疑いが確認された農場。飼育されていた牛は全頭処分され、静けさと悲しみに包まれる農場内を黙々と消毒する関係者=6日、川南町(県提供)