【連載企画】激震口蹄疫・川南町の叫び(3)

(2010年5月15日付)

■おびえる日々/「確実な防疫は…」 恐怖に「いっそ感染を」

 「旅行にも行かず、夫婦でやってきたのに…」。感染におびえる繁殖牛農家の50代男性は、報われないつらさに声を詰まらせる。年内に14頭が出産予定だが、「獣医師は忙しく、来てくれないだろう」とあきらめが口をつく。移動制限で堆肥(たいひ)も農場外に持ち出せない。苦しみとともに積もる一方だ。

 「いっそ、空から消毒用に酢をまいたら先が見えるんじゃないだろうか」と、酪農を営む川上典子さん(53)。50メートルと離れていない養豚場も病魔に侵された。豚を埋める作業に使う重機の「ガチャン、ガチャン」という音が耳について離れない。

 牛はおろか、餌や牛舎、車内や自分にまで神経質なほどスプレーで酢水を吹き掛ける。ウイルス退治を期待しての習慣だ。「確実な防疫方法があったら教えて」。どんな手段でもすがりたい。

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 豚7千頭を飼育する日高義暢さん(30)は「みんなで最後まで戦おう」と、9人の従業員にスプレーを持たせ、両手と携帯電話などを消毒。豚舎に入る前にシャワーを浴び、毎日洗濯した作業着に着替える。「やるべきことをやったら天命を待つのみ」だ。

 「殺処分の手段はどれもかわいそう」と、万一の場合はわが手で天国へ送りたいと願う。「飼い主が泣く前で作業する獣医師の胸の内は想像するに余りある。本当は感謝しないといけないのに」。いつ訪れるか分からない“その日”に胸が締め付けられる。

 繁殖牛農家の40代男性は「いっそ感染した方がまし。すっきりしたい」と疲れ切った様子。長年かけて築き上げた仕事が一夜で崩れ去る無念は承知だが、恐怖と隣り合わせの日々から逃れたい衝動に駆られる。

 70頭の餌代は月30万円近い。「生き残っても競りに購入者は来ないだろう。大きくなりすぎて10万円とかの安値になるのでは」。3月に児湯地域家畜市場であった子牛の競りでは平均価格約38万円。底値から持ち直しつつある、この価格ですら遠く思える。

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 酪農を営む染川良昭さん(58)は、近隣農家が次々と被害を受けた。自宅周囲には家畜を埋める穴を掘り返した跡が散らばる。仲間が「こっちに来るなよ。うちの牛は怪しい」とすぐ教えてくれたのはありがたかった。「行政は発生場所を正確に教えてほしい。ほかの農家を救うためにも」と強く求める。

 約1ヘクタールの飼料畑は先の大型連休に収穫予定だったが、外での作業は感染が怖く、放置状態。粗飼料を買うとしても助成制度の情報すらない。牛乳は出荷できるが、収集するタンク車は出入りするたびに消毒し、送り出した後は農場も消毒する。「気を抜いたらやられる。ゴールのないマラソンのようだ」。忍耐には着実に限界が近づいている。

【写真】出荷ができず収入は途絶えても、餌代はこれまで通り必要。感染を逃れている農家には感染の恐怖に加え、経営面の不安もつきまとう(繁殖牛農家の永友定光さん提供)