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都青少年健全育成条例改正案:不明確な基準論議、表現の自由どう守る

 東京都の都青少年健全育成条例の改正案が議論されている。児童を性的対象にした作品を子供に見せてはならないのは当然だが、「実在しない青少年」の規制は表現の自由の制約につながるという批判は強い。都議会での論議や出版業界の取り組みから、改正案の問題点を検証した。【臺宏士、内藤陽】

 ●「非実在青少年」に?

 論議が続いている都青少年健全育成条例改正案は、今年1月の都議や学識者らで構成される「都青少年問題協議会」(会長・石原慎太郎知事)による答申を受けて同2月、都議会に提出された。答申は「デジタルメディアの発展は、児童を性的対象とする風潮を助長している面がある」とし、「児童を性的対象とする悪質な漫画等は、容易に青少年自身の目に触れるような状況下では、年齢にふさわしくない性行動を取るなど健全な育成が阻害されるおそれが高い」と明記した。

 改正案では服装や学年などによって18歳未満に見える漫画のキャラクターなどを「非実在青少年」と独自に定義。都は、非実在青少年がかかわる近親姦(きんしんかん)や強姦など反社会的な行為を肯定的に描写したシーンが掲載された書籍を「不健全図書」に指定し、18歳未満に販売することができないようにした。同指定は、都の担当者が毎月、都内の書店などで購入した書籍の中から職員が「候補」を挙げ、出版社や書店、取次会社らでつくる「打ち合わせ会」の意見を付けて、都青少年健全育成審議会(既設)への諮問と答申を経て告示される。

 都の不健全図書指定を受けた経験のある出版社によると、18歳以上に対しては販売できるものの、実際には都内の書店からの注文は受けないと明かす。社長は「都はどのような表現がだめなのかを説明しないため、なぜこの本がだめなのか理由が分からない。条例の運用実態は極めてあいまいだ」と指摘する。

 ある出版物の表現の「不健全性」を論じるときは、可能な限り明確な基準が必要になる。今回の改正案では特に、「非実在青少年」の定義のあいまいさへの批判が強い。東京弁護士会(若旅一夫会長)は今月12日に意見書を公表。非実在青少年の定義について「著しくあいまい・不明確で、恣意(しい)的な運用を招き、乱用の恐れがある」と反対を表明した。下谷收副会長は「改正案は一種の検閲だ。出版社はとりあえず採算が取れるよう修正をしようと考える。結果として作者の意図とは違うところで表現は規制され、萎縮(いしゅく)してしまう」と話した。石原知事も今月7日の会見で、「わけのわからない言葉。幽霊の話かと思っちゃう。誤解を解くために文言を修正したらいい」と述べた。

 ◇「現行条例でも対応可能」

 ●「不健全図書」は減少

 出版業界では、業界の自主規制として、表紙に「成人向け」などとした「マーク」を印刷する制度が導入(コミックが91年、雑誌は96年から)された。また、本の中身が立ち読みできないようにするシール止めの方法も04年に始まった。さらに、一般書と成人向けを分けて陳列することも行われており、01年にはこうした区分陳列に関する第三者機関として「出版ゾーニング委員会」も発足した。マークは毎月約150誌につけられ、毎月約220誌を対象に手作業で行われているシール止めは2000万冊に達するという。

 ところが、意外なことに不健全図書の指定点数は最近は減少を示している。都青少年課の集計によると、91年度には年間108件あったが、09年度には32件。約20年で3分の1に減った計算になる。

 日本書籍出版協会「出版の自由と責任に関する委員会」の西谷隆行委員(学習研究社)は「たとえば『強姦』についてはこれまでも不健全図書として指定されてきた。現行条例でも十分対応できる」と指摘する。また、1年間で2回、同指定を受けた雑誌を発行元の出版社が自主的に廃刊としたことなどを例に、「指定数の減少は自主努力の結果。表現上も極度に悪化したり増えているという実態がないのに、なぜいま改正が必要なのか疑問だ」と話す。

 一方、都は「改正案は、子供への販売規制であり、表現の自由を侵害するものではない」と主張している。これに対して、田中隆弁護士は今月18日の都議会で「言論・表現の自由は出版したものが正しく受け手に伝えられ初めて、完全なものと言える。『描いてもいいけど、配ってはいけない』というのでは意味がない」と指摘した。

 ◇「萎縮は始まっている」

 ●出荷停止・削除

 規制強化に踏み込んだ都の改正案だが、大阪府では別の受け止め方もされている。

 橋下徹府知事は「規制の必要があるかどうか見極めたい」として実態調査を指示した。府青少年課では、猪瀬直樹・都副知事が3月29日に放送されたBSフジの番組で不健全図書として例示した「奥サマは小学生」(秋田書店)の一部分のコピーを都から取り寄せ、先月の府青少年健全育成審議会に参考資料として配布した。しかし、同審議会では直ちに指定しなければならないコミックだとの声は出なかったという。

 ところが、秋田書店は毎日新聞の取材に、同書を出荷停止にしたことを明らかにした。同番組の放送後に、作者の松山せいじさんから「もう出さないでほしい」との連絡があり、3月末に事実上の「絶版」にしたという。同社の神永悦也編集局長は「確かにタイトルは過激だが、中身はギャグ漫画。一部を見て判断されてしまったのは残念だ。編集部内でも小学生に見えるような表現は極力抑える雰囲気が生まれている。自主的な取り組みを尊重してほしい」と話した。

 一方、今月17日、東京都豊島区で開かれた都の改正案に反対するシンポジウムでも、萎縮効果に関する報告があった。男性同士の恋愛を描いたボーイズラブ小説の作家、水戸泉さん(38)=「小林来夏」のペンネームでライトノベルも執筆=は「表現の萎縮は既に始まっている。改正案は成立していないのに、出版社を不安にさせている」と訴えた。

 水戸さんによると、条例案が問題化した今年3月、脇役で登場する12歳の子供が警察官を射殺するというストーリーに編集部から待ったがかかったという。現行条例でも、青少年に残虐性を助長するような表現を規制対象としているが、改正案が通れば現行条例もより厳しく解釈されるのではないかと心配したらしい。丸ごと削ることを求められたが、水戸さんは「それでは話が成り立たなくなる」として拒否し、年齢を削り単に「子供」とすることで折り合った。水戸さんは「この出版社が特別なのではない。作家としてはストーリー上の表現まで結果として規制を受けてしまうと困る」と不安を隠さない。

 ●データなくても…

 「科学的証明がなくとも子供を守るためにやらなければならないがい然性があれば、やってもいいと考えている」。3月の都議会総務委員会で、都青少年・治安対策本部の浅川英夫参事はそう答弁した。

 改正案の前提となる具体的なデータについて都は公表していないが、たとえば警察庁によると、全国で起きた13歳未満の児童の強姦被害者数(認知件数)は、75年が370件、00年が72件で、09年53件だった。凶悪事例は減少傾向なのだ。

 大阪府青少年健全育成審議会で有害図書に該当するかを判断する担当部会長を務める園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法、情報法)は「わいせつ画像が容易に入手できるインターネットが普及して世の中にポルノがあふれているほどには性犯罪は増えていないことから分かるように、性表現が青少年の健全育成を阻害するという、多くの研究者が納得する学術成果はいまのところない」と指摘する。「都も含めて現行条例でほとんどが対応可能だ。そもそも単なるがい然性では表現の自由は規制できないはずだ」とした。

毎日新聞 2010年5月24日 東京朝刊

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