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[14161] 【習作】麻帆良に現れたクラウン(GS美神+ネギま+その他)
Name: クランク◆6c156288 ID:c63a1c9e
Date: 2009/11/29 12:59
「どちくしょ~、何で老師とここのとこ毎日戦闘せにゃならんのだ~」

叫び声を上げながらも、老師の怒涛の攻撃を何とかかわしているのはさすがとしか言えない。

「ほれ、横島さっさと攻撃をしなければ、新しく作った武器が無駄になるぞい」

そう言いながらも、攻撃の手を緩めないのだから全く持ってひどい闘神である。

「だったら、最初のころみたいに試しうちさせて下さいよ。こんなに攻撃され続けられたら、人間には反撃なんて不可能ですよ~
(ちくしょ~最初のころは、老師も試しうちの標的になっていてくれてたのに、恨みで思いっきり攻撃してたのがばれたか?)]

「武器は実戦の中で扱えてこそ意味があると思ってな、それにワザと食らうのは性に合わん。(まあ実際に食らうと、ワシでも軽く後退したり防御せねばならんものがいくつかあったのでな)」

「後半が本音か~このクソ猿~~」

横島が老師と戦闘している訳は、彼がルシオラとの絆と今度こそ大事な存在が出来たとき守れる強さを求め、太極図型の文珠を
自由に作れるようになりたい旨を老師に相談しに妙神山を訪れたのが不幸の始まりであった。老師の元には、小竜姫にも知らせて
いない客人がいた。 互いに自己紹介したところ、サマエルと名乗られた。彼は魔界でもかなりの実力者であるらしい。
何故そんな魔神がいるのかと言うと、彼も老師と同じ趣味を持っているらしく、よく討論をするらしい。互いに方向性の違いで
よく最終的に、殴り合いに発展するらしい。お互いにまだ少しは理性が残っているのか、互いに結界をはり外に気づかれないようには
しているらしく、気づかれたことはないらしい。

両者に訪れた理由を話したところ、条件付でOKをもらえた。その条件と言うのが、両者のはまっているゲームの武器等を
作るのに文珠を使用することであった。

太極図型の文珠作成修行には、前回の修行時と同じように老師が展開した空間内で行われた。今回は、老子だけではなくサマエルとも
ゲームをするはめになったのである。行ったゲームが、二人の作りたい武装の元になっているらしく横島も無理やりやるはめになるのだった。
 修行のラストはもちろん老師との一騎打ちかと思っていたのだが、面白そうだとかいうふざけた理由でサマエルも交えた1対2という、
戦いではなく処刑になった。死ぬ思いを何度も体験したが、2人がうまくて加減したのか天に召されることもなく、
何とか太極図型文珠を作成できた。記念すべき初単語は「蘇生」であった……(横島に使った記憶なし、修行終了後二柱は妙に優しかった。)

そして、老子・サマエル・横島の2柱と1人の武器共同開発が始まったのである。色々な武器を開発したわいいが、普通の人間では
振るえないものや、打った反動で肩が外れるなど凶悪極まりないものばかりできた。横島自身も、文珠によるサポートなしでは
使えないものばかりであった。というか横島が使うには、文殊との同時使用で真価を発揮するものが大半であった。
素でも使えそうな人物は、目の前にいる二人のような神族や魔族、知り合いではマリアなどの腕力や強度の高いものぐらいであろう。

武器の他にも、防具とアイテムの作成を行った。アイテムの中の一つに、時間移動もできる転移装置を作ってしまった。
冷静になって3人で考えてみると、時間移動は最高責任者の承諾が必要であり、それを単独で使えるような装置を作ってしまって
大丈夫なのかという話になってきた。とりあえず武器の性能テスト終了後にどうするのかを決定することにした。せっかく苦労して
作ったものを壊すのは、気が引けてしまったのである。すぐに壊していれば、横島に悲劇(喜劇?)は起こらなかったであろう。

ちなみに作ったもののほとんどは、「収納」の太極文珠に収め、ペンダントにして横島の首にかかっている。「収納」の太極文殊を
首に下げているのは、ダサいという話になり老子とサマエルの力で文字を見えなくした。

そして話は冒頭に戻る。

「ちょっと考えたんですが、老子かサマエルが武器のテストすればいいじゃないですか~」

「ワシには、如意棒が有るしのう」

「俺も武器は使わない主義でな」

「「それに、作った武器が振るわれてるのが見たいから(の~)(な)」」

「そんな理由で、闘神と魔神との戦闘を交互に繰り返すのは嫌じゃ~」

会話をしながらも、横島はブリッジしながら走ったり、手に持った紅色の槍で棒高跳びのように跳んだりして人間離れした回避能力を
見せていた。ちなみに手に持った槍はまだ一度も振るわれていない。

「ほれ早くその槍の力を見せて見よ、本物とは違うが、それでも似た攻撃をお前なら文珠で再現できるじゃろう、早くせんともう少し力を出すぞ」

この槍は老師の願いで作った武器であり、横島でも文殊なしで振るえる数少ない武器であった。

「ふざけるなこの猿!(くそやっちゃる、でもこの槍の力だと真正面から突進することになるからな、それは無理だ。
あの猿相手に真正面から突進するなんぞ、自殺志願者か雪之丞みたいな戦闘狂だけじゃ)」

そして横島は、「転移」の太極文殊を発動し、老師の上に出現し突きを放とうとしたが、その瞬間老師の姿が横島の視界から消え、いつの間にか
横島の横にいた老師が、ほとんど手加減抜きの攻撃を頭部に食らって見事に飛んで行ってしまうのだった。

「馬鹿者が、転移などつまらんマネをするではないわ」

老師の攻撃を食らった横島は

「…(あかんこの衝撃は、大気圏突入以上だ…死ねる)」

横島が吹っ飛んだ先にて、転移装置に衝突してしまい装置が起動してしまったのだ。この転移装置の元となった名は「リュケイオス」と呼ばれていた。

こうして世界から横島忠夫が消えたのである。



[14161] 落し物を拾ったのは誰?
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/21 22:45
(…なんじゃ、今の感覚は?)

執務室である学園長室にて、書類に判を押していた近衛 近衛門の手が止まりどこか遠くを見だした。
すると、業務を手伝っていた源しずながジト目で、

「学園長ボケた振りはもういいですから、早く必要な書類に判を押してください。もう22時過ぎてるんですよ、
今日中に帰れなくなるじゃないですか」

「ち、違うんじゃよ、しずな君。ちょっと思い出したことがあっての、タカミチ君に伝え忘れていたことがあったのでな、
すまんが少しの間席を外してくれんかの」

「はぁ、しょうがないですね、伝え終えたら休憩なしで判を押してもらいますからね」

「う、うむ、しかし少しくらいなら休憩を入れてもいいのではないか?ずっと判を押しているとな、
さすがに老人にはきついのじゃが」

しずな先生はもの凄くきれいな笑顔で

「駄目です」

と言いきって、学園長室から出て行った。

しずな先生が出て行ったのを確認し、タカミチ・T・高畑 に連絡をした。学園長の脳裏には候補として、
エヴァンジェリンもあがっていたのだが力が封印されているのと、現場の状況もわかっていないため、
最強の駒である 高畑を送ることにした。

「…タカミチ君か……桜通りにて変な力を感じての……そうか行ってくれるか、すまんの~
では報告を待っておるぞ」

タカミチに連絡を終えた学園長はまた、書類との格闘を始めるかと思いきや、しずな先生が来るまで
休憩をしていたのだが、バレてしまい説教されてしまった。休憩と説教のため時間を使いすぎ、
しずな先生が自宅に帰れたのは、午前過ぎになってしまった。



学園長からの電話に出た、タカミチは

「はい高畑です…どうかしましたか、学園長?…そうですか今から向かってみます、
走れば10分ほどで着くので…はい、では失礼します」

携帯をスーツにしまうと、タカミチは桜通りに向かって走り出した。

桜通りについた、タカミチが辺りを見回すと桜の木の根元に倒れている、17~8歳位のジージャンに
ジーパン姿の少年を見つけた。少年と周辺に注意を払いながら、どのような出来事にも対応できるように
両手をポケットに入れて近づいていった。周囲には赤い布切れしかなく問題ないと考え少年に近づくと、
細かい部分も視認出来る様になり、頭部にかなり強力な打撃を食らっているのがわかった。

「これは、ひどいな。普通の人間では死んでしまうような攻撃を食らってっるな。すまない、
もう少し早く感ずけていたら、助けることが出来たかもしれないのに」

どうやらタカミチは偶然ここを歩いていた少年が、学園長の感じた力の持ち主に襲われてしまったと
考えているようだ。学園長に連絡しようとし少年から目を離した瞬間、

「いって~~、何だこの頭の痛みは~~」

その声に驚いてそちらを見ると頭を抱えながら、死んだと思っていた少年が転がっていた。タカミチは、
生きていたことに驚いて固まっていたが、すぐに再起動を果たし

「君生きていたのか?頭は大丈夫かい?」

二つの質問をするタカミチだったが、よく聞くと結構失礼なことを言っている。

「生きとるわ!!勝手に殺すな、初対面の人の頭を馬鹿にするな」

「す、すまない、悪気があったわけではないんだ、頭の怪我は大丈夫かと思ってね。」

「ふ~ん、頭はまだ痛いが、まあ大丈夫だと思いますよ、ちょっと質問ですが、頭をやったのはあんたですか?」

「いや、僕じゃあないよ。たまたま通りかかったら君が倒れてるのを見つけてね、どうしたのか心配になって近づいたんだ、
大丈夫そうだけど頭部に衝撃を受けているようだから、救急車でも呼んで病院にいこうか?」

「そうなんですか、ご親切にありがとうございます。え~と…」

少年は、ダンディなこのおっさんに少し敵意を持っていたが、結構いい人のようなので少しは敬意を持って、
接することに決めたようだ。

「そうそうだまだ名乗っていなかったね、僕は、タカミチ・T・高畑、麻帆良学園中等部で教師をやってるんだ。
そう言えば、キミは何でこんなとこに倒れてたんだい?」

タカミチは先ほどの会話よりこの少年が、誰に襲われたのかは知らないようなので、名前と何故この場所にいたのかを尋ねると、

「名前は、横島忠夫っていいます。ここにいたのは…」

急に辺りを見回しはじめる、横島だった。

「どうかしたのかい?」

「ここ何処です?」

「? ここは桜通りだけど」

「え~と、東京の何処ですか?」

「いや東京ではないんだけど」

「「……」」

「頭を打ってるからね、とりあえず病院に行って、診てもらおうか」

「そうですね、お願いします」

魔法関係者のいる病院に連絡して救急車が来る間に、色々持ち物を調べたが横島は、
携帯はおろか財布すら持っておらず身分を証明することが出来なかった。

タカミチは、今日の警備についている者の中で、実戦慣れしている者を選び周辺の調査を依頼していた。
タカミチ本人も行きたかったが、目の前にいる横島と名乗った人物が気になったために行くのを断念していた。
それは動きは素人臭いのだが、体はかなり鍛えられており、そして頭部えの攻撃を受けているのに、
もうすでに平気そうにしている異常なタフさが気になった。まあタフさは職場の上司に強制的に鍛えさせられ、
最近では闘神と魔神相手に戦闘を繰り返していたので、タフにならなければすぐに天に召されてしまう状況だった。
何より少年から感じる、気のような力が一般人を大きく上回ってるのを感じたためである。

このことを一通り学園長に報告すると、

「わかった、すぐにワシも病院に行こ…す、すまん、しずな君がもの凄い笑みを浮かべておるので、
直ぐには無理そうじゃ、その横島君と言ったかな、タカミチ君はその少年について行ってくれ。
もしも何かあったら頼むぞ」

説明を終えたら、一方的に学園長が話して電話を切ってしまった。色々確認している内に救急車が来たようで、
横島と高畑が乗り込んだ。

救急車内では、高畑と救急隊員が息を呑んだ。それは頭部以外にも、服の下にも傷がないかを確認するために、
横島にジージャンと下のシャツを脱いでもらい、彼の上半身を見たためであった。

「よ、横島君、その大きな傷は直ってるようだけど、何時ついたんだい?」

彼の上半身には、普通では死んでいる腹と背中を貫通したような傷跡があった。

「?? 傷って何を…なんじゃこりゃ!!」

傷を見た横島本人も吃驚していた。

「記憶にないのかい?」

「全然ないです。誰じゃ俺の玉の肌に傷をつけたやつは! 責任取れちくしょ~~~」

横島の絶叫が救急車内にとどろくのであった。

横島とタカミチがいなくなり、警備の魔法先生が調査に来るわずかの時間に、一人の少女が桜通りを走っていた。

「…まずいな、こんな時間に帰ったら寮長にキツイ説教される」

走りながらどうやって、寮に気づかれず入ろうか考えていた彼女の視界に、何か赤いものが見えた。

「…ん、何?」

それがどうしても気になったようで、近づいていった。そこは横島が倒れていた地点より10mほど離れた地点であったが、
彼女に知るすべはなかった。近づいて手に取ると

「…ボロボロな布、もとは何かな?ん」

ボロボロの布の下には、鎖の部分が切れてしまっている。太極図形のペンダントが落ちていた。
少女はそれを手に取り

「キレイなペンダント、…鎖が壊れたから、落とした? それとも捨てたの?」

迷った末、少女はボロボロな布とペンダントを持ち帰ることにした。明日にでも同じクラスにいる、
パパラッチの異名を持つ知り合いに情報を集めてもらおうと考えながら寮に帰っていった。

注:前話に横島が持っていた槍は、横島が気絶し持ち手の意識が途絶えたため「収納」の太極文珠に収納されている。
バンダナがボロボロなのは老師の打撃をくらったため。ペンダントの鎖が壊れているのも同じ理由。



[14161] 判明
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/28 15:34
「検査の結果は、頭部の打撃による脳の損傷も見られないため大丈夫でしょう、腹部と背中にある傷跡も完治していて問題ありませんし、
後遺症も見られません。気づかれないよう、魔法も使い検査したので間違いの可能性も低いと思います」

横島を診察した、タカミチより少し若い医師の話を聞いて、タカミチは安心して息を吐いた。頭にかなりの衝撃が受けていたのは確かなので、
きちんと調べるまでは心配だったのだ。

「ただ頭部への衝撃のためかは、判断できませんが記憶に大分食い違いがありまして。本人は東京に住んでいて、ここに来た覚えはないと
言っているんですよ。そして今日の日付を聞いたら1993年の5月と言っているんですよ。今2002年の7月ですよ」

「じゃあ横島君は、10年近く記憶を失ってるのかい?」

「それもおかしいですよ、彼の誕生日なのですが、1976年6月24日だそうです。その話を信じるなら彼は、26歳ですよ、みえます?」

「どうみても、16~8歳にしか見えないが・・・う~ん、年齢は見た目では判断が難しいからね」

それはそうだろう、彼の受け持つクラスに、中学生のはずなのに、小学生(低学年、しかも複数)にしか見えない子や、大学生でも
通る子までいるのだから。実体験で知っているために、何とも言えないタカミチであった。

「ま、まあ、学園長がそろそろ来るはずだから、相談してみよう。君は今の話は他言無用だよ。何が起こるかわからないし、学園長
との話も席を外しておいてね」

「しかし何か問題が起きたら…」

「まあまあ、何かあったら僕か学園長が責任取るから。そういえば横島君は今どうしてるの?」

話題を変えるため、横島の事を聞くと医師は少し顔をひきつかせて、言いにくそうに

「…検査が終わった後は…その…」

医師の反応に、タカミチが彼の顔を見て目で先を促すと、

「…ベットに縄で縛って、猿轡をしています」

「…は?」

それを聞いてタカミチは、一言言って固まってしまった。それはそうだろう、先ほど脳に異常がないと言われたのに、まるで精神が
おかしいものか、護送中の凶悪犯の様な扱いを受けているのだから、

「しょうがないじゃないですか、検査が一通り終わって、病室に連れて行こうとしてナースステーションの前を通ったとき、その場にいた
ナースに片っ端からナンパし出したんですよ」

「ま、まあ、それだけ元気があるって事で、いい事じゃないかい、ハッハハ」

タカミチは、軽く笑うのであったが、医師は、
「笑い事じゃあないですよ、タカミチさんは現場見てないから笑えるんですよ、あまりにもしつこいんでナースたちがキレて、集団折檻ですよ。
止めるのに苦労しましたよ。」

「そ、そんなに酷かったのかい」

「しかも性質の悪いことに、折檻されてもすぐに回復してナンパを続行するんですから、ナンパ→折檻→回復の無限コンボですよ。
よく死にませんでしたよ、縛った後も叫んで大変だったんですから」

タカミチは、苦笑いしながら

「そ、それは大変だったね」

「本当ですよ。では私はそろそろ戻りますから、まあ尋常じゃない回復力なので大丈夫だと思いますが、容態に変化があったら呼んでください」

医師は先ほどのことを思い出して疲れたのか、ため息をつきながら部屋を出て行った。

医師が出て行ったのを確認したタカミチは、桜通り周辺の調査結果を聞くために連絡を取った。

「…以上なしですか、わかりました。引き続き調査をお願いします」

そして4~5分ほど待つと、学園長が部屋に入ってきたので、横島を見つけたときの状況と、先ほど医師から受けた説明、桜通りの
調査結果を学園長に説明した。

「たしかに変わった話じゃのう。彼には妄想癖でもあるのかのう?」

「まだ横島君とは、そんなに話してませんが、妄想癖があるような感じもしませんでしたし、僕の質問や医師の質問に対しても、
しっかりと答えてますから、妄想ではないと思うのですが」

二人は知らないことだが、横島は女性に関しての妄想は人類でもトップクラスであることを。そして学園長はタカミチの話を聞いて、
仕方ないかと頭を振り、

「気が進まんが、仕方ない彼の記憶を調べるしかないかの」

「それは、横島君に許可を得てですか?」

「いや、許可は取らん」

「しかし、勝手に人の記憶を見るのは…」

「仕方なかろう彼が表の人間か、裏の人間かもわからんからな。表なら、説明したら記憶を消さなければならんし、それに桜通りで
感じた不思議な力もまだ謎じゃからな、巻き込んでしまったら彼も危ない目にあうかも知れんぞ、裏であってもワシらに好意的とも
限らんからな」

タカミチはまだ納得し切れていないようだが、反論も出来ず、

「たしかに襲撃した人物も、横島君が生きていると知れば、口封じにくるかもしれませんからね」

渋々ながら、タカミチも記憶を調べるのに納得したようだ。

2人で横島の病室に行くと、ベットに縛られ猿轡をされた横島が熟睡してるのを見て、少し呆れてしまった、

「…よくこの状況で眠れるなぁ」

「…ま、まあ眠らす手間が省けたから、良いのじゃが。始めるとするかの。タカミチ君、近くによってくれ」

「はい」

2人は、会話を終え横島のベットに近づいていき、学園長が意識シンクロの魔法を使用した。

横島の過去を見た2人は、呆然としてしまった。結果からいえば、彼は裏の人間であった。しかしそれはこの世界においてである。

「…まさか平行世界の住人とは思いもしなかったわ。使う力も魔力ではなく霊力か」

「ええ、魔法が秘匿されていない世界ですか。しかも、退魔士が職業になっていて、国家資格までありますよ。横島君も免許持ちの
ようですし。能力も見たところ、人間の中では珍しい霊波刀と霊力を集中して作る盾ですか」

そして、横島の記憶で同僚の幽霊少女を復活させた後、

「む、まだ続きがあるようじゃが、ここから先は見れないようじゃな。何やら封印がされておる」

「封印ですか、そのため横島君には記憶の欠如が?」

「…う~む、これは記憶を封じると言うよりも、ワシらの様なものから記憶を見せなくするのが目的ようようじゃが、変な力が加わり
誤作動を起こして、記憶も封じているようじゃ」

この封印は老師とサマエルが、作成した武器が大分強力になってしまい、他の人物が複製しないように、他者からの介入を防ぐために
つけた安全装置のようなものであったが、転移時にかかった力により誤作動を起こしてしまい、記憶の封印をしてしまった。

正規の条件は、3つあり

1:文珠を用いた武器・防具・アイテムの作成方法

2:手に入れた理由

3:老師とサマエルが関わっている事

1と2は横島の自身が喋る事は可能であるが、3は老師とサマエルが自分たちが関与しているのを、ばれない様にかなり強めに
かけているため、他者に話すことも出来ないようにしている。この3つの内、1と3が誤作動を起こし、

文珠と老師に関わった記憶を封印

となってしまったのである。

「それでは、記憶は戻らないままなのですか?」

「いや、おそらくじゃが本来の用途と違う役割じゃからな、何か強いきっかけがあれば戻るかもしれんが、まあ一通り見終えたから戻るぞ」

「はい」

意識を戻した二人は、病室を出て待合室に認識障害の魔法を使い今後の話をしていた。

「どうしますか?彼を襲った犯人の手がかりもありませんでしたし」

「それなんじゃがタカミチくん、襲撃犯はこちらにはいないんではないかな」

不思議そうな顔をしながら、タカミチは聞いた、

「?その根拠は何ですか?」

学園長は、うなずきながら、

「うむ、まず彼は君ほどではないが、記憶を見た限り相当の手練じゃ、そして回避能力がずば抜けて高い、そんな彼に顔も見られず、
一瞬で倒し形跡を残さないのはまず無理じゃ。なら向こうの仕事で、彼の上司の母親が持っていた時間移動能力で、こちらに跳んで来たと
考えるほうが無難じゃよ」

「しかし、彼にはそんな能力ありませんしたよ?それにあの能力は過去や未来にいける能力で平行世界にいける能力ではないと思うのですが」

学園長もそこが疑問点であったので、

「そうなんじゃよ、そこが問題なんじゃが。向こうにはなかにはなかなか強力な力を持った神族・魔族がおるからの。彼の記憶を見ると、
彼はトラブルメイカーのようじゃからな、大方なにかに巻き込まれてしまったんではないかの?」

横島の記憶をみた後では、今の言葉には大分説得力があったようで、

「た、たしかに否定できません」

タカミチは納得してしまった。そして、

「では、横島君をどうしましょうか?」

そう彼らには、横島を元の世界に返す方法もわからないのだから、まあ横島にもわからないが、

「こちらの裏の事情もわかっておらんしの、何よりあれだけの手練を放置して、変な組織に入られても困るのう」

「では、中等部で何らかの仕事に雇いますか?」

「女性関係で問題がありそうじゃからな、ナンパならまだよいかもしれんが、生徒や先生にセクハラや盗撮等をして、すぐクビに
なりそうじゃし、どうしたもんかの」

雇わず放り出して魔法関係がばれたり、手練なだけに変な組織に入られても困るが、雇ってすぐにクビというか、警察沙汰に
なりそうなのはまずいと言う、ちょっとレアな事で悩む学園長であった。学園長は、苦悩の末に、

「くっ、仕方ない夜の警備員として雇うとするのが、無難じゃな」

「そうすると、誰と組ませますか? 今あいてる先生いましたか?」

「そうじゃの、彼には1人で回ってもらうことにしよう。彼の能力なら1人で大丈夫じゃろうし、危険でも1人なら逃げ切れる
ことができる。すまんが最初だけはタカミチ君がルートを教えてやってくれ」

まあ横島の記憶を見た後では、女性と組ませるのは問題外であり、男性と組ませては彼のやる気が出ないと言う問題から、
まだ1人のほうがましと言う結論になった。

「わかりました」

横島の意見を全く聞かないまま、彼の就職が決まった瞬間であった。さらに、

「彼が退院したら、君と模擬戦でもやってもらうかの、実際の動きも見てみたいしの」

それを聞いたタカミチは、少し嬉しそうに、

「いいですね、横島君の力に興味があったんですよ。喜んでやりたいんですが、戦ってくれますかね?かなり嫌がりそうですよ」

記憶の中の横島は、戦うのを心底嫌がっていたので、タカミチは不安そうに尋ねると、

「大丈夫じゃ、そこはしっかりと考えておるから心配せんでもよい」

自信満々に言い切る学園長の姿がそこにはあった。

「朝になったら、彼に説明するからタカミチくんも一緒に来てくれ」

「はい、明日といってももう今日ですが、一時間目に授業があったんですが、自習にしておきましょう、あとはHRも他の先生にお願いしておきます」

「すまんが、頼むぞい」

会話を終えた2人は、病院の前で待ち合わせの時間を決め手、病院から去っていった。

次の日、約束の時間より30分早くついたタカミチは、病院の中が騒がしく中に入ると、下着を持って走り回る横島を発見したタカミチは、外を見て、

「…今日もいい天気だな、うちのクラスの子達はしっかり自習してるかな?」

どうやら現実から目を背けることに下らしい。しかし、昨日の医師に見つかり、

「タカミチさん!!彼はもう退院して大丈夫ですから、早く引き取ってださい」

医師は、少し涙目になりながらタカミチのスーツの襟をつかんでお願いしていた。

「でもね、横島君は頭をやっちゃってるしねえ」

「大丈夫です、むしろ病院にいるほうが傷が増えるんですから、早く連れてって下さい」

タカミチはため息をつき

「ふー、しょうがないか」

タカミチは、スーツのポケットに手を入れ周りを見回し、自分に注意を払っている人がいないか確認し、居合い拳を横島の足に向けはなった。
まあ注意していても、わかる物ではないが念のためである。

「ッ何じゃ~~」

叫びながら横島が、ジャンプをしてかわしてしまった。

「なっ…」

手加減して放ったとはいえ、完璧な奇襲を避けられたタカミチは驚いたが、すぐに二発目を放とうと構えなおした時、

ゴチン「ギャ」

横島が着地ミスをして、転んでしまい後頭部をおもいっきりぶつけ、痛がって蹲ってる所にナースに追いつかれ、追撃をかけられた。

「堪忍や~~つい出来心だったんじゃ~~ギャアアアア…」

「「「「問答無用、女の敵は死ね!?」

折檻は5分ほど続き、横島が動かなくなったところをタカミチが連れ出していった。

入院代は学園長に回された。


麻帆良学園中等部2年A組では、HRの始まる前の騒がしい時間帯に1人の少女が新聞部の朝倉和美に話しかけていた。

「おはよう、朝倉、お願いがあるんだけど暇なときでいいから、このペンダントについて調べてくれないかな」

挨拶をしながら、ペンダントを見せた。

「ん、おはよう、珍しいね、あんたから話しかけて来るなんて、ふーんキレイなペンダントだね」

ペンダントをしげしげ見ながら、デジカメでさまざまな角度から写真を撮りながら、

「で、コレ男からでももらったの?」

「違う、昨日拾って、ちょっと気になったから」

「何だつまんないな、まあ適当なときに調べておくわー」

「ありがとう、朝倉」

「貸しにしとくよ、大河内」

そして、話を終えた大河内アキラは自分の席に戻って行った。





[14161] 対決 横島対タカミチ
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/11/29 12:58
ナースたちに、折檻されて動けない横島を担いで病院を出たタカミチは、どこか横島を横に出来る場所はないかと、周辺の地図を見ていると、
担いでいた横島が動くのを感じ声をかけた。

「もう気づいたのかい?」

横島も声をかけられ意識を取り戻し、男に触れられるのが嫌なようで、タカミチから少し離れ、

「ええ、…え~と、どなちら様でしたっけ?」

横島も見たことがある気がするようだが、思い出せないようだ。タカミチも少し呆れながら苦笑し、

「おいおい、昨日あったばかりで忘れないでほしいな~」

横島も昨日と言う単語で、思い出したのか、

「…あ~たしか病院に連れてってくれた人でしたっけ。たしか…タカミチさんでしたっけ?」

思い出した様だが、少し不安そうに名前を告げた。

「あってるよ、ちなみに横島君はもう退院できたから」

「そうなんですか~もうちょっと入院していたかったな~~」

先ほどの光景を思い出したのか、タカミチはその発言を流し、現状の説明をしようとしたが、学園長が来てからの方が良いと思ったため、

「横島君、そろそろ僕の上司が来るからここで待っててくれないか、上司が来たら現状を説明するから」

そう言ってタカミチは近くの自販機から、缶コーヒーを2本買って来て横島に1本渡した。

「まあ、コレでも飲んで待っててくれ」

「あ、どうもっす」

コーヒーを飲み終わるころに、特徴的な頭蓋骨を持った人物が近づいてきた。

「おはよう、タカミチ君、しゃべるのは初めてじゃな、おはよう横島君、近衛近衛門じゃ」

「おはようございます、学園長」

「え~と、おはようございます、横島忠夫です(妖怪か?でも変な感じもせんからな~もしかした先祖がえりか何かか?
まあいいかジジイだし)」

お互い簡単な自己紹介を終え、あまり人目がない場所に移動をはじめた。

幸いなことに、歩いて数分の場所に公園があったため、公園の一角にあったベンチに三人で腰掛、認識障害の魔法を使い辺りに
声が漏れないようにし、学園長が状況の説明を開始した。

「横島君、無理かもしれんが驚かないで聞いてくれたまえ」

「はぁ、どうでもいいですけど、早く終わらしてくださいね。事務所にさっさと行かんと、今月の給料が減ってしまうで」

学園長の言葉に、横島はめんどくさそうに生返事を返した。美女との話ならともかく、話をするのはおっさんとジジイである、
横島が喜ぶ筈がない(まあ、普通の男は大抵そうであるが)。それよりもただでさえ少ない給料がこれ以上減るほうが死活問題である。

「早いほうがいいなら、すぐ済ましてしまうかの~、簡単に言うと横島君、キミは記憶を封印されているんじゃよ、
さらにキミがいた世界とこの世界は違うんじゃよ。よって給料の心配はいらんよ」

学園長の、本当に軽い説明を聞いた横島は、半目になり可哀想な人を見つけてしまった表情を学園長に一瞬向け、真剣な目をしてタカミチを見た。

「タカミチさん、早くこの老人を病院に連れて行ってあげてください。大分ボケが進行していますよ。では俺は失礼させてもらいます」

横島はそれだけ言うと、後のことはタカミチに任せその場を離れようとしたが、タカミチがあわてて横島の肩を捕まえ、

「ま、待ってくれ、横島君、確かにこの老人は周りに迷惑をかける人だが、今のは説明不足なだけで間違ってはいないよ」

タカミチは横島を捕まえたまま、必死にまくしたて、

「学園長も、ちゃんと説明してください。あんな説明誰も信じませんよ」

そう言って学園長を見ると、

「…ワシは、迷惑な老人じゃったのか。すまんかったの~タカミチ君」

そこには落ち込み、木に向かいひとり言を喋っている、ボケ老人がいた。

タカミチは、何とか逃げ出そうとしている横島を、しっかり押さえながら、

「落ち込んでないで、さっさと横島君に詳しい説明をお願いします」

しかし、落ち込んだままの学園長は反応を見せず、木と会話したままであった。

タカミチは、落ち込む学園長を励ましながら、また逃げ出そうとする横島を捕まえ続けていた。その時間は5分程であったが、
タカミチは後にこの状況を語ったときに、今迄で一番辛く・長く感じたと語った。

タカミチの必死の励ましのおかげで、復活した学園長が詳しい説明を行った。横島の記憶を勝手に見た事を謝罪し、
「えっ俺の過去を見たの、いいな~俺も見たいな~以前見た更衣室とか女性の着替えシーンだけ
ピックアップして、見れるようにしてくれない?」

自分の過去を見られたのに、その変わった反応に

「あ~無理じゃな(見せることは出来るが、そんなしょうもないことはしたくない)、なんならお詫びにワシの記憶でも見てみるか?」

「ダ~レがジジイの記憶なんて見るか気色悪い」

この学園長も中々セクハラジジイなので、横島が見ても楽しめるかもしれないが、そんなことに気づくわけもなく、この件は終えた。

そして現状とこの世界の魔法と自分の立場について説明した。

そして、横島の第一声は、

「ふ~ん、記憶を封印されて異世界ね~」

驚き・叫ばれ掴み掛かられることを予想していたタカミチは、予想外に淡白な反応の横島に、

「意外に落ち着いてるね」

「いや~興奮してますよ~違う世界ですよ。まだ見ぬ美少女・美女にめぐり合えるチャンスですよ。く~待ってろよ、女たちよ~~」

そして、魂の叫びを終えた横島は一気にトップスピードまで加速して走り出したが、叫びだした瞬間から予測していた
(横島の記憶と病院での騒動のため)タカミチが、居合い拳を横島の後頭部に直撃させ強制的に止めた。

ゴン、ズシャーーー

後頭部に居合い拳をくらった横島は、そのまま前方にダイブし地面とあついベーゼを交わした。むくりと起き上がり、

「痛いじゃろう!訴えるぞ」

「まあまあ落ち着いて、まだ説明が終わってないからさ~」

「そうじゃぞ、全く自分の世界に帰れるかどうかもわからんのにの~」

その一言に横島の表情が凍りつき、

「え、…か、帰れないの?」

それを聞いた、学園長とタカミチは

「うむ(ああ)、無理じゃ(だよ)」

無常にも一刀両断した。

「いやほら、あなた達の使う魔法で何とかなるんじゃ?」

藁にも縋る思いで学園長にしがみつき尋ねたが、

「すまんの~魔法はそこまで便利ではないのじゃよ。今の魔法使いでは、時間移動も出来んのじゃ、もちろん異世界間の移動は無理な話じゃ」

学園長の言葉を聴いた瞬間、横島は足から力が抜けたように膝から落ち、手を地面につけ顔を下に向けた。

「ち、ちくしょ~おキヌちゃん・エミさん・冥子ちゃん・マリア・小竜姫様・小鳩ちゃん・愛子、畜生そして向こうの世界の
まだ見ぬ美少女・美女達よ~もう会えないなんて嫌じゃ~~~~」

血の涙を流しながら叫ぶ横島に、学園長は

「まあまあ、帰れんの仕方ないんじゃ。それにこっちの世界にも美女は一杯おるぞ~それにこの都市は、美少女や美女の比率が高いぞ~」

その言葉に、横島はピクリと肩を震わせた。

「それにの、ちゃんとこちらでの生活も考えてあるからの。衣食住にはこまらんぞ、その代り警備員の仕事はしてもらうが
給料は元の世界よりも良いくらいじゃ」

さらに学園長は畳み掛けるように、

「それにじゃ、今は無理じゃが魔法使いの実力も上がれば、異世界移動も可能になるかも知れんしの~(まあ、可能性は限りなく低いがの~」

その「美少女・美女」「衣食住」「給料」帰還の希望」、これらの言葉に絶望の淵にいた横島は折れた。

「…本当だな、嘘ついたら呪うからな」

学園長は、横島をうまいこと取り込めそうなことに内心ほくそ笑みながら、顔には出さず真剣な表情で、

「もちろんじゃよ(限りなく低いだけで嘘はついておらん)、さて話も終わったし、君の実力を見たいのでタカミチ君と模擬戦をしてもらうかの~」

その言葉を聞いた横島は、後退りながら、イヤイヤと顔を振りながら、

「痛いのは嫌じゃ、暴力反対。それに俺は自慢じゃあないがものごっつ弱いんだぞ~」

あまりに予想道理の反応に、笑うのをこらえながら、残念そうな顔をし、

「そうか、それでは仕方ないの~、タカミチ君相手に15分間持ちこたえることが出来れば、基本給を20万ほどと考えておったんじゃがな~
嫌なら仕方ないの、あきらめるかの」

基本給20万と言う言葉を聞いた瞬間、

「ま、まじですか!このおっさん相手に15分持てばそんなに貰えるのか、前の倍以上だぞ!」

後ずさっていた横島が、学園長から言質を取るために、5m近くは離れていた横島が、瞬きした瞬間に学園長の前にいた。
いきなり横島の顔が目の前にあり驚きながらも、

「う、うむ本当じゃぞ、攻撃を直撃させたらさらに条件を上げよう。そうじゃな、基本給を30万ほどにするぞ」

喋り終わった瞬間、また横島の姿が消えた。学園長は今度は瞬きもしておらず、消えた横島を探し左右を見たが見つからず、
少し離れて会話を見守っていたタカミチを見ると、学園長の足元を見ながら苦笑していた。そして足元から、歓喜にみちた声が聞こえた。

「私めの事は、どうぞポチとでも御呼び下さいませ。我が主よ」

下を向いた学園長は見た。自分の足に接吻しそうな勢いで土下座し、学園長の顔を見るのも不敬であるかのようにしている横島がいた。
そして学園長は思っていた以上の、行動に笑いながら

「ほっほほ、では模擬戦をしてくれるな」

「我が主よ、あなたはただやれと言えば良いのです」

忠誠を尽くしている騎士のような言葉だが、横島は土下座してるのでちぐはぐにしか見えなかった。

「ではここでは、色々と拙いので移動するかの」

「はっ、どこまでもお供いたします」

そして、移動を開始し空いている魔法戦が出来る体育館に移動するのであった。

移動の最中横島は、冷静になりさきほどの会話を思い出し、

(う~む、話がうますぎるな。このジジイは信頼できても、信用までしたら痛い目にあいそうだしな~模擬戦が終わったら、
こっちからも何か条件を出すか)

どうやら横島は、学園長から六道冥子の母と同じにおいを感じたようだ。あの母親を思い出すと、迷惑な思い出しかないようで、
顔を苦虫を噛み潰したような顔をしながら条件を考える横島がいた。

そして、条件を考えているうちに目的地に着いたようで、体育館の中央にだらけている横島とポケットに手を入れ戦闘準備を整えたタカミチが
向かい合い、離れたところで学園長が、面白そうに両者を眺めている。そしてワクワクしながら、

「さて、そろそろ始めようかの」

対戦する両者は、全く違う対応を見せた。

「いや~楽しみだね、結構本気で動けそうだからうれしいよ~」

一方は、自分たちと違う能力を持つものと戦える純粋な好奇心と、本気で動けるかもしれないと言う開放感から、テンションが上がり。

「はぁ、めんどくさ、手加減して攻撃に当たってください」

もう一方は、心底めんどくさそうに言葉を吐き、さっさと自分の条件を満たせればいいようだ。と言うか給与の条件さえなければ
逃げ出しているだろう。

これ以上の会話は、ただ無意味に時間を使うと判断した学園長が、

「無駄話は、終わりじゃ。始め」

学園長が言い終わった瞬間、

タカミチが、牽制のために居合い拳を放った。

「にょわ~」

叫び声を上げながら、上半身を90°後ろにそらし避けた。

「おお~本当に変わった避け方をするね~しかも見てからかわすなんて、すごい動体視力と反射神経をしてるね~」

攻撃をかわされたのに、さらにテンションを上げ笑みを深くしている。

「急に危ないじゃろ!はじめに握手してから始めるべきじゃ~」

「そんな事言って~握手した瞬間殴るでしょ?」

「えっ…マ、マサカ~ナニヲコンキョニイウンダイ、タカミチサン」

図星だったようで、急に片言で話しはじめた横島がそこにはいた。

「くそ~完璧に奇襲できると思ったのに~」

「横島君が、自分から男に握手する姿が創造できなかったからね、じゃあいくよ」

タカミチは、攻撃を再開し今度は一発ではなく連続して放つが、走り回ったり、ブリッジして避けそのまま高速で移動する
横島に掠らすのがやっとであった。

「すごいな~じゃあこういうのはどうかな」

そして瞬動を交えはじめた攻撃により、四方八方から打たれる居合い拳の猛攻についに避けれなくなった横島が、
手のひらに霊力を集中して盾をつくり縦横無尽に手を動かしガードをした。

「ちくしょ~、念動フィールドじゃーーーー」

しかし叫んだ台詞に疑問を持ったタカミチが、いったん手を止めて、

「あれ?その技名はサイキックソーサーじゃあなかったっけ?」

問われた横島も何故自分が、上のような台詞を叫んだのかわからないようで、不思議そうに首をかしげながら、

「う~ん、そのはず何ですけど、「念動フィールド」と叫ばなければいけない気がして…」

「「……」」

2人とも無言になり、辺りを静寂が辺りを包んだが、タカミチが、

「…気にしてもしょうがないから、続けよう」

「…そうですね」

再び戦闘を開始した2人を見ていた、学園長は無言で見守っていた

「…(ほっほほ、防戦一方じゃが地力が上のタカミチくん相手にがんばるの~それもそうか彼は自分より強い相手とばかり
戦っておったからの~うむ良い拾い物をしたわい)」

思いがけない拾い物をして喜んでいる学園長をしりめに、二人の戦闘は続いている。

「すごいよ横島君、こんなに放って直撃させることが出来ないなんて、久しぶりだよ」

自分の攻撃が、かわされたりガードされ続けるのが、本当に楽しくて仕方ないと言う風に言葉を発するタカミチと、

「ギョエーー、ちょっとたんま。タ、タイムじゃタイムを要求する~」

とうとう両手から盾を作り出し、波だめになりながら防御に徹する横島がいた。

「駄目だよ、ほら横島君も攻撃しなよ。一撃当てないと給料上がらないよ~」

攻撃が来ても対処できると自信満々な顔でいるタカミチと、給料という言葉に反応した横島は、

「はっ、そだった~(くそ~、防御するのに必死で忘れてた~)」

段々と瞬動による移動にも慣れてきた横島が、タカミチの動きも先読みできるようになってきた。

「…(本当にすごいな、動きが読まれ始めてるよ。直撃どころか掠らせるのがイッパイイッパイだよ。もう少し本気出そうかな)」

横島の動きから、もう少し力を出そうか迷いの出たタカミチの動きが、一瞬遅くなった瞬間横島が初めて攻勢に出た。

「今じゃくらえ、念動シュートーー」

またもや変わった技名を上げ、両手に出していた盾をタカミチに向かい投げはなった。片方は一直線にタカミチの顔を狙い、もう片方は弧を描くように接近していった。

しかしタカミチにとってはあまりにも遅い攻撃であったため、

「甘いよ、横島君」

先に来た直線の攻撃を首を傾け避け、弧を描き接近してきた方は一歩後ろに下がり避けた。横島と違い、無駄のない動きで避けたが、今回はそれが災いした。

「もらった、ブロークン・ファンタズム」

その瞬間、タカミチの後方と真横が小規模の爆発を起こした。

「くっ(記憶で見た攻撃と変わってる!)」

横島の記憶では、この攻撃は着弾点を爆発させるものであったため、タカミチは最小限の動きで避けた。しかし、記憶にはなかった
攻撃方法のため反応が送れてしまった。しかし気で全身の防御力を上げていたためたいしたダメージはなかったが、
予想外の爆発の衝撃で体勢を崩してしまっている。

さらに爆発の影響でタカミチの周を煙幕が包んでいた。そして、その煙幕を切り裂いて横島が右手を光らせ、
右手を思いっきり反らせながら飛び掛ってきて叫んだ。

「くらえ、T-LINKナックルーーーー」

横島は右手に全身の力を乗せ身体ごと突っ込み、腹部に向け攻撃を解き放った。避けれないと判断したタカミチは、
両手をひらめかせ右手による居合い拳の迎撃に動いた。

(間に合え)

一瞬両者が交わったが、共に後方に吹き飛んでしまった。

両者大の字になり倒れていたが、片方は腹部を押さえながら立ち上がるも立っているのも辛そうな状態である、
そして片方はピクリとも動かなかった。

「危なかったの~タカミチ君。いくら咸卦法を使わなかったとはいえ、負けてしまうかと思ったぞ」

タカミチが負けるかもしれなかったため、冷や汗を流しながら話しかけてくる学園長がいた。

「いえ、本当に運が良かっただけです。苦し紛れに打った居合い拳と、運よく左手でガードできたので、立つことができます。
どちらか片方でも失敗したら立つのは難しかったですよ」

衝突の瞬間タカミチは、右手で居合い拳を放つと同時に、横島の腹部への攻撃を左手でガードしていたが、
ガードした部分の服が破け肌が赤くなっていた。

「短時間で完治させるのはきつそうですね。腕は痺れているだけですが、気の通り道を阻害されてるのか、
気を通しにくくなってるので結構辛いです」

「ふむ、外面より内面に直接作用する力か、こちらの世界では有効になる力じゃのう。本当に良い拾い物をしたわ」

学園長の本音に苦笑しながらの、気絶したままの横島(全力の攻撃を放った直後に、運悪くカウンターを喰らったため)を見て

「そういえば彼の給料どうします、時間も10分ほどでしたし、直撃も一応受けてませんけど?」

そう横島に与えられた条件は、二つとも達成できていなかったのである。

「まあ良いじゃろう、君ほどの実力者を手加減していたとわいえ、倒しかけたのじゃからの。そんな事出来る人間この学園に何人いるかの?」

「まあ少ないでしょうね~、ならもう少し基本給上げてあげたらどうですか?」

いくらタカミチが手加減していても、勝てるものはおそらく数人しかいない。

「どうせ気づいてないのじゃ、30万でよかろう。条件を満たせていないのに30万で雇われるじゃ、感謝されど恨まれることはあるまい。
儲けもんじゃよ、ほっほほ」

その言葉にタカミチは呆れ顔を学園長に向けている。

そして、いくらカウンターを喰らったとわいえ、あの程度でずっと気絶している横島ではない。既に意識を戻しているとも知らずに笑い続ける学園長であった。

(よし、今の会話はそのうち交渉に使えるな~見てろそのうち逆襲しちゃる)

やはり信用を得ることが出来ない学園長であった。



[14161] 出会い
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/09 23:34
横島が目覚め(とっくに目覚めていたが)、これからの事について話し合いが行われた。

「横島君、残念ながら条件は達成できなかったが、ワシの予想以上の動きが出来るとわかったので、基本給30万で契約しようと思うのじゃ」

笑顔を浮かべ、器の広さを見せようとしている学園長の言葉に、

「ほ、本当ですか~やっほー毎日牛丼が食えるぞ~(今に見てろよ~絶対出し抜いちゃる)」

思惑を隠しながら、跳び跳ねて喜びを身体全体を使い体現している横島であった。

そして契約内容も、大まかに決め、危険給と緊急時に呼び出した場合の臨時手当、そして住むアパートについても決められた。
ちなみにペット可の物件である。

「こんな感じで契約したいんじゃがどうかの~OKならここに拇印を押してもらえるかの」

断られるはずがないと、高をくくりさっさと契約しようとする学園長に対して

「すみませんが、契約前にこちらから条件を出したいんですけど、いいですか?」

「む、条件じゃと?」

まさか条件を出されると思っていなかった学園長は少し驚いていたが、

「まあいいじゃろう(どうせ女子高に近い場所住みたいなど、その程度であろう。居場所さえわかっていれば手のうち用があるしの)」

「ありがとうございます、まあ条件というかお願い事なんですけど。副業認めてくれませんか?契約書には副業関連の項目載ってなかったので
(さっさと金貯めて、警備員なんぞ辞めてやる)」

そのあまりにも予想外な発言に、軽く驚きながら学園長は、

「副業じゃと。ま、まあその程度なら一向に構わんが、何をやる気じゃ?」

学園で雇うものが、あぶない副業をされても困るので理由を問う。

「それもお願いしたいんですが、何かないですかね?出来れば夜間の警備に支障がないものがいいんですが」

「ふ~む(こちらが指定する分に問題ないか)、何かいいのはないかの、タカミチ君?」

特にいい案が思い浮かばず、直ぐにタカミチに振ってしまった。

「う~ん、そうですね~ああ、そういえばアスナ君が夕刊の配達員が減って、回る地区が増えて大変だと言ってましたよ」

そう言って、ひとつの候補を挙げた。

「おお~あそこなら顔も利くから、大丈夫じゃな(アスナちゃんに何かあったときに自発的に動いてくれるかもしれんしの、
そうだ彼を孫娘の婿候補に入れるのもいいかもしれんの~)」

ブルリと、横島が急に震えだし、

「どうかしたのかい、横島君?」

震えだしたので、タカミチが心配そうに問いだした。

「いえ、急に霊感が騒ぎ出して、何だか嬉しいような、酷い目にあうような気がして。気のせいだといいんですが」

「ふ~ん、虫の知らせってやつかな~」

嬉しいことは、可愛い女の子と知り合いに慣れそうなことで、酷い目とはその可愛い子が、学園長の孫であるため、
もし身内になるようなことがあれば確実にジジイに振り回されることである。

「さて副業の件じゃが、新聞配達などでいいかの?ここの地理を覚えるのにも役立ちそうじゃし」

「構いません、では紹介の件お願いします」

「うむ、配達員の件はまた後で連絡するから、今日はタカミチ君にアパートに案内してもらい、ゆっくり休んでくれたまえ。
警備の仕事は明日から頼むぞ。コレは支度金じゃ、色々とそろえる物があるじゃろうから、好きに使いたまえ」

そういって、10万程入った封筒を渡した。

「ありがとうございます」

言うことが終わったため、学園長はこの場から去っていき、残された二人は、

「さて僕らも行こうか」

「はい、お願いします」

そうして、先ほどの戦闘について、話しながら横島の住むアパートに向かっていった。

「そういえば、最後に殴りかかってきたときにも、変わった技名を叫んでたね~。それに盾を投げる攻撃も性能が変わってたし」

横島は、顔をしかめながらも、

「叫ばないと何故か痛い目にあう気がして。ソーサーの方は、自分の意思で爆発させることが出来ると思って、
自然に叫んでたんですよね~」

横島は、サマエルの願いで栄光の手で殴りつける時には「T-LINKナックル」と叫び、老師の願いで爆発をさせる場合には
「 ブロークン・ファンタズム」と叫ぶようにお願いされていた。もししなかった場合には、2人から特訓という名の下で、
技名もしくはそれに準ずる台詞を言わなければ、痛い目にあうということを身体に覚えさせられてしまったのである、人それを洗脳と言う。
そして、特訓の成果でソーサーを自由に爆発させることが出来るようになったのである。

「記憶に抜けてるところで、何か特訓でもしてたのかもね」

タカミチのもっともな意見に、横島は首を横にふり、

「まさか~俺が特訓なんてするわけないじゃあないですか、痛いのやですし。もししても、何かに巻き込まれて無理やりやらされたんですよ~」

その発言は間違いと言える。横島は力を得るために、老師の元え赴き修行した。これは間違いなく自分の意思だ。しかし、
巻き込まれたのは正解である。2柱の趣味のために、武具などを作らされ、その武具を使えるように特訓までさせられたのだ。

「まあ覚えていないことを考えても仕方ないか、きっかけがあれば思い出すかも知れないて話しだし」

「早く思い出したいですね。何か大事なことを忘れてる気がするんですよ」

横島が、軽い雰囲気から一転、真剣な眼差しで答えた。

「へ~(こういう表情も出来るのか。たしかに彼のいた世界も、生半可な思いで生きていける甘い場所ではなかったな)」

タカミチは、横島の表情に感嘆としていたが、

「でも、思い出したくないような気もするな~」

先ほどの真剣さが嘘のように消え去り、一瞬で情けない表情に変わった。

「一体どっちなんだい?(どちらの顔が素顔なんだろうな、興味が尽きない少年だ)」

「俺にもわかんないっすよ」

「僕としては、早く思い出してほしいな」

にこやかな顔で告げるタカミチに、不穏な空気を感じた横島が、冷や汗を出しながら若干引き気味にたずねた。

「え、え~と、それはどうしてでしょう~」

「はっはは、記憶を思い出し完璧な状態の横島君と、もう一度戦闘するためだよ」

その発言を聞いた瞬間、横島は風となった。

「い、嫌じゃ~誰が好き好んでこんなクソ強いおっさんとやらにゃならんのだ~」

タカミチも、風となりすぐ追い駆けだした。

「駆けっこかい、横島君。負けないよ」

もの凄い速度で、広域指導員に追われる少年が一時期不良たちの間で有名になったらしい。


2人の追いかけっこは、30分ほど続いたのだがタカミチが、

「そろそろ12時か。腹も減ったし、お~い横島君そろそろ飯にでもしないか~奢るよ」

言い終わった瞬間、横島は急制動を駆け地面に靴のあとを1mほどつけて止まり、

「まじっすか、本当に奢りですね。キレイなねーちゃんがいる所がいいです」

「横島君ね、昼から何を言ってるんだよ君は、学食だよ」

「ええ~せっかく奢ってもらえるのに学食ですか~」

不満そうに、答える横島に、

「大丈夫だよ、味は美味しいし、安いし、値段も安いからね。店もいっぱいあるから、まあ学食と言うよりも食堂街みたいなものだよ」

「じゃあさっさと行きましょ」

「ああ、ここからだと、大体10分くらいかな」

食堂街に向けて歩き出し、何を食べるか話し始める。

「何か食べたいものはあるかい?」

問いかけるタカミチに、

「丼がいいです」

「迷いがなくていいね~じゃあ蕎麦屋にでも行こうか」

さっさと決めてしまい、横島が「食うぞ~」と叫んでいるのを、出来の悪い弟を穏やかな表情で見つめるタカミチの姿があった。

食堂街に着き目当ての店に向かっていると、タカミチの視線の先に、

「(ん、あれは)横島君ちょっとごめんよ」

横島に一声かけ、返事も聞かないまま視線の先に向かい進んでいった。

「ちょ、タカミチさん」

急に方向転換したタカミチを慌てて追い、

「ああ、やっぱり長谷川さんだ、こんにちは。君も今から昼食かい?」

「こんにちは、高畑先生。そうですよ(めんどくせー所であっちまった)」

1人の少女をナンパするタカミチがいた。

「タカミチさん、やりますね~俺をほっといてナンパを始めるとは~」

茶化し始める横島に、軽く微笑みながら

「違うよ横島君。この子は、教え子の1人で長谷川千雨さんだよ。長谷川さん、この少年は僕の友人で、横島忠夫君だ」

2人を紹介し始め、

「はじめまして、横島忠夫です(眼鏡をとれば美少女かも知れんな、どうやってとろうか)」

「こちらこそはじめまして、長谷川千雨です(こんなつまらなそうな男、紹介するな)」

「丁度いいから、長谷川さんも一緒に昼どうだい、横島君もいいかい?」

そんな提案をするタカミチに、

「ええ、いいですよ(よし、とるチャンスが出来るかもしれん)」

「そんな、ご迷惑になるじゃないですか(誰が行くかよ)」

「気にしなくていいよ、それに僕の奢りだからさ。蕎麦屋だけどいいかな?」

千雨も奢り発言に反応し、

「そうですか、ではお言葉に甘えて、ちょうど麺類を食べようと思っていたので(一緒に食うのは面倒だが、奢りなら行く
価値があるな。今月は、ニューコスチュームとゲームを買うために金が必要だからな)」

現実的な少女である。蕎麦屋についた一向は、テーブル席に着き、横島とタカミチが隣同士に座り、千雨がタカミチの前に座った。
そして横島の注文に驚いた。

「カツ丼、親子丼、他人丼、鰻丼、天丼それとカレー丼お願いしまーす。後全部大盛りで」

「よ、よく食べるね、そんなに食べて大丈夫かい?」

「はっはは~人の奢りほどうまい飯はないですから。余裕です、それに食えるときに食っとかないと」

「そんなに食べて太らないんですか?(いくら奢りとはいえ、頼みすぎだろ)」

「大丈夫大丈夫、食いすぎで動けなくなることはあるけど、太りにくい体質なのかぜんぜん太んないんだ」

その発言を聞いて、千雨は頬を引きつらせながら、

「へ、へ~それは羨ましいですね(ふざけんな、何だその便利な体質はあたしによこせ)」

「それより、2人とも頼まないんですか?店員さん待ってますよ」

2人とも、すでに頼むものを決めていたため、

「僕はラーメンで」

「あたしは、キツネそば」

店員が、注文の確認をとり厨房に向かっていき、横島が

「蕎麦屋でラーメンですか?」

「蕎麦屋のラーメンも中々美味しいんだよ」

「へ~そうなんですか」

そんな会話中、千雨が2人に質問をした。

「お2人は友人と言っていましたけど、どこで知り合ったんですか?年も離れているようですし」

その質問にタカミチは、あらかじめ作っていた答えを返した。

「僕が出張で東京に行ったときに、知り合ってね。彼が麻帆良に来たのは、今仕事を探しててね。僕に相談があったんで、
警備の仕事を紹介したんだ」

タカミチの説明に、一応納得したらしく、

「「へ~」」

何故か2人が相槌をしていた。

「ん?なんで横島さんが、自分の話に相槌うってるんですか?」

千雨のもっともな質問に、横島は自信満々に

「それはだね、男との出会いなんぞ覚えてないに決まってるからだ」

千雨はまた頬を引きつらせ、今度は冷や汗まで浮かべながら、

「そ、そうなんですか(こいつは、真性のアホだ。これから見かけても、近づかないようにしよう)」

話を終え、それぞれの注文したものが運ばれそれぞれの食事に集中しはじめた。「うまい、うまい」と言いながら凄いスピードで
食べる横島を、千雨が横目で見ながら、

(本当に全部食べる気かこいつ。見てるだけで胸焼けしそうだ、もったいないから食べるが)

そんな中、マイペースに食事を進めていたタカミチが、一足早く食べ終えた時、携帯が振動した。

「すまないけど、電話のようだ。ちょっと席をはずすけど、気にしないで食事を続けてくれ」

話すら聞かず食事を続ける横島と、

「はい(早く戻って来いよ、こんなのと2人っきりになるのは一秒でも短いほうがいい)」

タカミチが店員に外に出ることを伝え、店の外に出ると、食事に集中していた横島が、

「千雨ちゃん、あんまり進んでないみたいだけど?もう食べないの」

「食べますよ。(馴れ馴れしく名前で呼ぶな)」

「いらなくなったら言ってね~俺が食うから」

「はい(誰がやるか)」

食事に集中しはじめた千雨を見た瞬間、

(チャンス、今だ)

横島の箸を持つ手が、動き箸を振った。箸の先端についていた米粒が、まるで導かれるように千雨の眼鏡に飛んでいき、眼鏡に張り付いた。

「ん!」

「おっと、ごめんね」

言葉と同時に、横島の手がブレたように千雨には見えた。瞬きをし目を開けたときには、横島の手には、眼鏡があった。

千雨は、顔に慣れた感覚がなくなっているのに気づき、横島が持っているのが自分の眼鏡と気づき、

(こいつ、あの一瞬で眼鏡をとったのか!…待てよ、アイツが眼鏡を持っているということは)

彼女は、対人恐怖症の気があるため「眼鏡がないと人前に出られない」のだ。

横島は、建前上とはいえ眼鏡をとったため、顔を見る前に米粒をとり、おしぼりで拭いた。そして、本題である彼女の顔を見た

「ごめんね~もう拭いたから(おお~予想以上の美少女じゃ。ん、何だか顔が赤くなってきているな~その顔もまた可愛いいけど、
どうしたんだ?)」

「は、はやく、あたしの眼鏡を返せ」

「あ、ああ、はい」

横島が、眼鏡を渡すと直ぐにかけてしまい、残念そうに

「ああ~もうかけちゃうの、折角可愛い顔してるのにもったいないな~」

可愛い発言に、顔を赤く染めながら

「う、うるせー誰がてめえの戯言なんか聞くか(ネットじゃあ言われなれてるけど、面と向かって言われたのは、初めてです)」

眼鏡をとられ、さらに可愛いと言われたため、かなり動揺し素の話し方になり、考え事が敬語になってしまっている。

「戯言じゃあないよ、本当に可愛いよ(話し方が変わったな、こっちが本当の顔か~これはこれで)」

話し方が変わったぐらいで、どうこう思う横島ではない。

「ふん」

また可愛いと言われ更に顔を赤くし、もう話は終わったとばかりに下を向き、冷め始めたソバとの格闘を再開した。
それを見て横島も、会話はもう難しいと判断し、残りの丼を片付けはじめた。

タカミチが、電話を終え2人の元に戻ると、食事は終わっていた。そして、出て行く前とテーブルの空気が変わっていることに気づいた。

「?何かあったのかい、長谷川さんは顔が少し赤いし、大丈夫か?」

タカミチの問いかけに、

「特に何にも無かったですよ~」

「だ、大丈夫です、ソバが熱かったためだと思います」

「そうかい(まあいいか、特に険悪な雰囲気でもないし)、じゃあ出ようか。長谷川さんはそろそろ学校に行かないと、
午後の授業に間に合わないし」

「うっす」「はい」

2人同時に答え、席を立ち会計を終えたタカミチと店を出た。そして店の前で、

「じゃあ、僕はまだ横島君の案内があるから、明日学校で」

「はい、では失礼します」

ペコリと一礼し去って行く千雨に、横島は手を振りながら、

「またね~千雨ちゃん」

千雨は足を止め、振り向きまた頭を下げ、すぐに前を向き学校に向け再び歩を進めた。

「さて僕らは、アパートに行こうか」

「はいっす」

学校に向かった千雨は、

(横島忠夫か、変な奴だったな。アホだけど見る目がある奴だな、見かけたら声をかけるぐらいいいかもな)

自分の素顔を見て可愛いと言われたため、ほんの少しだが横島に興味が出てきたのであった。

横島の住むアパートは、桜通りの直ぐ近くにあった。アパートは2階建てで、横島の部屋は2階の角部屋で日当たりも良好であった。

「へ~ココすっか、キレイですね~」

「たしか築2~3年だからね、中もキレイだと思うよ」

「ほ~あのジジイもいい所見つけててくれたもんだ」

横島はもちろんタカミチも知らないことだが、横島の住む部屋は過去に自殺未遂があったため、異様に安い物件である。
所謂、訳あり物件であった。

「そうそう、さっきの電話だけど学園長からで、新聞配達のバイトOKだって」

「おっ、早いですね~で、何時からですか?」

「来週からだそうだよ」

そう言って、自分の手帳にバイト先の地図を書き横島に手渡した。

「じゃあ僕はそろそろ、行くよ。明日の夜7時に迎えに来るからね~何か聞きたいことある?」

「今のところ無いです。疲れたんでちょっと寝るっす」

「そうかい、じゃあまた明日」

「はい、また明日」

タカミチが去るのを見送った横島は、部屋に入り畳部屋があったのでそこで仮眠をとった。

夕方になり目が覚めた横島は、洗面所で顔を洗い鏡を見たときに、自分の頭につけているバンダナが無いことに気づき、

(そういや、無くしてたな~都市を探索ついでに買うか)

都市をぶらついていた横島は、路地裏から猫の鳴き声が聞こえたため、気になり入っていくと、6匹の猫の集団がいた。

「おお~可愛いな~」

横島が近づいても逃げ出さず、むしろ鳴き声を上げながら近づいてきた。

「人に慣れてるな~誰か餌でもやってるのか?」

猫達を、抱いたり撫でたりしながら癒されていると、1匹だけ動かない白い子猫がいたので近づき、屈み込んで見ると、

「何だ、お前怪我してるのか」

その子猫は、白かったであろう右前足の毛が赤く染まっており怪我をしていた。

「おい、大丈夫か」

声をかけながら抱くと、痛いのか鳴き声を上げた。

(見捨てるのも可哀想だし、病院に連れていくか。しかし場所知らんからな、誰かに聞くか)

そんな事を考えていると、路地裏の入り口から声が聞こえた。

「その子を話しなさい」

その声は平坦で、感情がないように感じられたが、横島にはどこか怒っているように聞こた。そして振り返ると千雨と同じ制服を着た美少女が、
コンビニの袋を持ち無表情で横島に視線を向けていた。



[14161] ナンパ成功?
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/09 23:37
(千雨ちゃんと同じ制服だ、よく見ると間接の繋ぎ目が変だな。マリアと同じアンドロイドか?この子に病院の場所でも聞くか~)

「最後通告です、その子を離しなさい。聞かなければ、実力行使に移ります」

(?最後通告?実力行使?な、何だか嫌な単語ばかり言われてるのは、気のせいじゃあないよな~お、俺なんかこの子にしたか?)

彼女は、路地に入り男性がいるのに気づき、その手に抱えられている子猫の足が傷ついていたため、彼女の目には横島が子猫を傷つけたように移った。
横島としては子猫が怪我をしていたので、心配して抱いているため、猫を離せと言われているとは気づいておらず、どうしようかと考えていると、
彼女がほんの少し顎を傾け頷き、壁に歩いていき、持っていた袋を地面に置いた。

(あの中身は缶詰か~良いもん食わせてるんだな~)

猫の餌について暢気に考えていると、

「聞いていただけないようなので、実力行使に移らせていただきます」

言い終わると同時に、横島に向かい突進を開始した。一瞬で横島との距離を縮め、子猫を奪おうと手を伸ばしたが、

「のわ!」

一瞬で目の前にきた少女に驚き、少女の手が動いた瞬間攻撃されると思い、横島は足首と膝を使い後方に退いた。

(?今のを避けた、ある程度ダメージを与える必要があると判断します)

(畜生~なんで攻撃されてんだよ?しかもこの子むっちゃ速いぞ)

猫を抱えたまま後退した横島に、再び接近し右足でのローキックを放つが、ジュンプしかわした。しかし、少女の右足が通り過ぎた瞬間、
その右足が跳んでいた横島の顎めがけて、斜めに跳ね上がった。

(もらいました)

決まったと思った時、横島が上半身を屈めたため少女の足は横島の髪を掠めるのに止まった。少女が決まったと思った攻撃が、
避けられ一瞬動揺したのを横島は見逃さなかった。屈んだまま着地し距離を置くため全身の力を使い、一気に後方に跳び4~5m離れた地点に
着地し直ぐに制止の声をかけ様としたが、

「ちょ、ちょっとまっ」

しかし、既に動揺から立ち直っていた少女が、右腕を横島に向けていた。

(ア、アレはもしやマリアと同じ)

俗に言う、ロケットパンチが横島の顔めがけて飛んできた時、今まで急な動きについてこれなく固まっていた子猫が、動きが止まった瞬間、
逃げ出すため横島の手を蹴り宙に舞った。

子猫の軌道とロケットパンチの軌道が重なるのに、両者が気づき、少女は既に軌道をずらすことが出来ず、目をつぶった瞬間、
右腕が物に当たる感触を感じた。

(…良くて致命傷、悪ければ…)

結果を確認しようと少女が躊躇いがちに目を開けると、左腕で再び固まる子猫を抱き、右腕で少女のロケットパンチを受け止めている横島がいた。

「いって~」

(良かった。しかし、何故この人が猫を守っているのでしょう?)

両者同時に、

「こいつに当たったらどうするんだ」「何故猫を守ったんですか?」

「は」

「…」

間抜け面をさらす横島と、無表情のままオロオロとしだす少女がいた。

「…もしかしてですけど、この猫傷つけたの俺だと思ってる?」

少女が感情を出さないまま頷き、

「違うわ~むしろ病院に連れて行こうとしとったんだわ~」

自分が勘違いしていたことに気づいた少女は、慌てて頭を下げ、

「本当に申し訳ありませんでした」

少女の早とちりに少しあきれながら、

「ま~もういいよ、その代り動物病院に案内してくれない?もちろん猫達にエサやってから…」

周りを見ると、他の猫達は逃げ出していて路地裏には、横島達しかいなかった。

「あんだけ騒いだら、そりゃ逃げるか。どうする?」

ため息をつきながら、少女に尋ねると、

「端の方に、エサを置いときます。少し待っててください」

「へ~い」

少女が、エサを準備するのをボ~と眺めながら子猫を頭に乗せ、

(まあ、優しいからこそ怒って襲い掛かってきたんだろうな~恨みきれんな)

ロボットとはいえ、可愛い子だったのも重要であろう。もしココで男に同じような理由で襲われていたら、2~3発は殴っていただろう。

「終わりました、行きましょう」

作業が終了したため、横島に声をかけ案内を始めた。

「遠いの?」

「ココからなら、近いです。5分ほどで着きます」

「了解」

横島が、麻帆良の地理に疎いようなので、病院に向かう途中に質問した。

「麻帆良学園都市は、初めてなのですか?」

「ココに来て、まだ2日だよ」

「観光ですか?それとも別の理由で?」

先ほどの動きが気になったため、来た理由を尋ねた。

「知り合いがいてね、仕事を紹介してもらったんだ」

「そうですか」

気にはなったが、先ほどの非があるので質問を控えるようにした。

「着きました、ココです」

「ありがとうね。キミはどうする?」

「ついて行きます」

そう言って、二人で受付に行き、受付のおばちゃんに、頭の上から子猫を降ろしながら、

「こんちわ~す、この子なんですが見てください」

「こんにちは、ではまずこちらにあなたと猫のお名前を」

受け取った紙に横島は、自分の名前を書き込みながら、

「そういえば、この子の名前何?」

「私もエサをやるだけで、名前はつけていません」

紙を覗き込みながら答え、

「あなたは、横島と言うんですね」

そこで、自己紹介していない事に気づき、

「そういえば言ってなかったな~ごめんごめん。横島忠夫って言うんだ。よろしくね~ちなみに職業は警備員に決定した」

笑いかけながら自己紹介すると、少女が、

「私も申し遅れました。絡繰茶々丸と言います。う…そうですか警備員ですか」

一瞬「裏」と言いかけたが、周りには一般人も居たので聞くのをやめた。

「まあ明日からだけどね~この子の名前は…『茶々』でいっか~どうせ飼うわけじゃあないしね。いいかい?」

考えるのも面倒だったので、茶々丸から名前を取って、安易に決めてしまった。もちろん茶々丸が、嫌がったら辞めるつもりでいるのだが、

「かまいません」

無表情のまま肯定した。

「んじゃ、さっさと書いて出してくるわ」

残りの空白部分を、書いて受付に持って行くと、ちょうど空いていた為か、直ぐに診察室に通され診断をしてもらった。
診断結果は、

「大分弱っていますね。2日ほど預かります。足も見たところ、酷いようですし」

「はぁ、わかりました、お願いします」

横島と茶々丸は、2人して頭を下げ病院を後にした。

「2日後か~茶々丸ちゃんは、どうする?」

「私もご一緒します、ちょうど土曜で学校も休みなので」

横島の問いに、すぐさま答え、

「了解、待ち合わせはあの子拾った場所でいいかな?」

「はい。それと、今日のお詫びがしたいのですが。何かありませんか?」

「気にしなくていいよ、病院に案内してもらったし」

横島の中では、先ほどの小競り合いはもうどうでも良かったのだが、

「いえ、そういうわけには行きません」

「う~ん(結構、強情な子だな~)」

横島が考え込んでいると、

「では、こちらからいくつか提案するので、その中からお選びください」

茶々丸が、妥協案を出してきた。

「ああ、それでいいよ」

特に考えず、簡単に答えると、

「はい、出来る限りのことはさせてもらうつもりです。一週間語尾に『にゅ』とつけて会話する。一週間下着を着用せずに会う。
一週間毎朝裸エプロンで起こしに行く。一週間浣腸ダイエットに付き合う。どれがいいですか?横島さんの好みを選んでください」

横にいたはずの横島を見ると、何故か姿が消えていた。後ろを振り返ると、頭から倒れた横島がいた。横島はガバッと、上半身を起こし、

「茶々丸ちゃんは、俺をそんなレベルのマニアックな変態だと思っていたのか!いくらなんでも失礼すぎじゃあ~」

そう怒鳴り返され、何がいけなかったのか数瞬考えこみ答えにいたった。そして、無表情ながらも少し困ったふうに、

「いえ…あの、申し訳ないのですが、さすがにそういうのを一生とか言われると。私としては少しついていけないというか…」

どうやら、間違った答えに行き着いたらしく、それを聞いた横島はまた、地面に激突し、

「いや、ちゃう、ちゃうぞ~俺のマニア度を不当に低く評価されていることに怒ったんじゃないわ~」

「そうなのですか?」

「不思議そうに、聞き返すな~」

2人の周囲には人が集まり、小声で話をしている。

「一週間下着着用するなですって」

「え?私は裸エプロン一週間て聞こえたわよ」

「一生って言ってたよ」

「まだ2人とも若いのにね~」

「あらあの制服、麻帆良学園中等部のものじゃあないかしら」

「じゃあ女のこの方は、中学生なの。警察呼びましょうか?」

周りでは、もの凄く速いスピードで誤解が進んでいった。それに気づいた横島は、

「(まずい)とりあえず、茶々丸ちゃん行くよ」

茶々丸の手をとり、その場から逃げ出した。

「大変、女の子が変体に攫われたわ。誰か警察呼んで!」

後ろのほうからおばちゃんの叫び声が聞こえた。

「ちゃうわ、ボケ~むしろ被害者は俺じゃああああ!」

ドップラー効果を生みながら走り去っていった。

現場から完全に逃げ去り、立ち止まると、疲れた顔(走った影響以外により)の横島が、

「…茶々丸ちゃん、俺のお願いだけど、土曜日買い物に付き合ってよ」

アパートに何もないことを思い出したので、当たり障りない願い事にした。

「それは、ナンパと受け取っていいのでしょうか?」

またもや、予想外のことを言われたが、先ほどよりマシだったため、心底疲れきった顔で、

「…そう思ってくれていいよ…」

「はじめてナンパされました。私の答えはOKです。お喜びください」

「…何で俺がお願いするほうになってるんだ?…もうどうでも言いや」

「では、土曜日の午前6時にあの場所に来てください」

「早」

「猫のエサを、あげるついでにデートをしますので」

「…ついで…しかも何時デートになったんだ?」

「では、失礼いたします」

「…バイバイ」

横島の質問には答えずさっさと帰っていった。横島も疲れた身体に鞭打ち帰ろうとしたが、

「ココドコ?」

途方にくれるのであった。

しかし横島は気づいていない、彼の人生において今日が、初めてナンパに成功した日だということに、まあ本人はナンパしたわけではないが。




[14161] 初仕事
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/13 01:46
「つ、疲れた~」

茶々丸と分かれた後、道行く人たちに道を聞き何とかアパートに戻ることが出来た。

「いや~黒髪で髪の長い子には感謝だな。地図まで書いてくれたから、迷わずに着けたし。今日は飯食って寝よ」

コンビニで買った弁当を平らげると、相当疲れたのか横になって眠ってしまった。ちなみに、アパートにあった物は警備の
仕事の時に着るスーツ一式、それ以外は寝具から家電製品まですべてそろえなければならない状態である。

次の日の午後1時頃、空腹により目覚めた横島は、

「腹減った、駅前のまつ屋にでも行くか~小物も買わねとな」

遅めの昼食を食べ、タオルや下着などを買い揃え、町をぶらつきながらコンビニで18歳未満が買ってはいけない雑誌と
夕食用の弁当を買い自宅に戻ると、結構な時間がたっており、夕方の5時になっていた。

(ぶらつきすぎたな、シャワー浴びてから弁当食って、こいつでも読みながら高畑さんを待つか~)

顔をだらしなく、緩ませながらコンビニの袋を持ち上げた。

予定通りシャワーと弁当を食べ、6時過ぎにさあ読もうと言うとき、

「ピンポーン」

チャイムが鳴った。

(誰じゃあこれからって時に~)

「お~い、横島君居るんだろ開けてくれ」

今夜の横島のパートナーである高畑であった。相手がわかったが、急ぎもせず歩いて玄関に向かい、ドアを開け、

「はやくないっすか」

開口一番に不機嫌なのを隠そうともせずに聞いた。

「いや~ゴメンゴメン、僕も暇になっちゃったんで、早く来たんだよ」

相手の態度を全く気にせず、にこやかに答えた。

(模擬戦のときもっと思いっきり殴るべきだったか)

「とりあえず、上がらせてもらっていいかな」

「…どうぞ、何もないっすけど」

横島の答えを聞き、部屋に通されたタカミチは、

「う~ん、本当に何も無いね。買い物に行かないの?」

「明日行く予定ですよ」

「いい物買えるといいね。1人で大丈夫かい?」

「気にしなくっていいすよ。何とかしますから」

タカミチが知るはずもない、まさか自分の生徒を目の前にいる男がナンパしたという事実に。まあ本当にナンパしたのか微妙だが。

「そうそう、コレを渡しておくよ」

タカミチは、ポケットから一台の黒い携帯電話を取り出し横島に渡した。自分の手にある携帯をまじまじと見ながら、

「へ~携帯も随分小型化してるんですね~(よし、エロイ事に使おう)」

よかならぬことを企んでいると、

「ちなみに、機能は電話とメール後写真機能だけだから、変なことに使えないよ」

まあ、当然である。詰まらなそうな顔をする横島をほっといて、

「まだ早いけど、着替えて出ようか?」

「へ~い」

やる気が全く感じられない返事をし、ノロノロとスーツに着替はじめた。

10分後アパートを出た二人は、

「今日と明日で、横島君が見回るルートを案内するからしっかり覚えてね」

さすがに、仕事の事になったので多少真面目になり、

「はい」

「まあ、大した相手はいないから気軽にやっていけばいいよ」

「どんな相手が多いんですか?」

「麻帆良学園に喧嘩を売ってくる、魔法使いかな。実力はぴんきりだから、時々強いのも来るけど、
横島君なら対処できるレベルだと思うよ」

「はぁ」

「で、一番多いのが、不良グループ同士の喧嘩や騒ぎの鎮圧かな~」

不良という発言に、

「ふ、不良ですか。そういうのが一番苦手なんですよね~」

不良よりも、よっぽど強い妖怪やら魔族と戦闘をするこの男だが、やはり不良は怖いようだ。

「そう言われてもな~ココでは一番多いことだから慣れてもらわないと。それに、ほら早速騒いでるよ」

前方に意識を傾けると、たしかに騒がしい気配がした。

「俺としては、気のせいにしてもと来た道に戻りたいな~なんて思うんですが~」

タカミチが首を横にふり、

「やっぱ駄目ですか」

ため息をつき、騒がしい方に近づいていくと、近づく分向こうも離れていき、

「ん?珍しいな、喧嘩じゃあないみたいだ。誰か追われてるみたいだから、ちょっと急ごうか」

2人は走り出し、道行く人々の間を駆け抜けていった。

横島たちが向かっている先では、2人の少女が不良達に追われていた。

「…朝倉、いつもこんなことしてるの?」

「まっさかー、半年に一回ぐらいだよーラッキーだったね、このイベントに参加できて大河内は」

「やっぱり、借りなんて作らなければ良かった」

「結局ペンダントについては、まだわからなかったからいいって言ったでしょー」

アキラが、朝倉に依頼していたペンダントについては、色々とわからないままであった。わかった事は、麻帆良学園都市では
販売していないこと、警察にも届出が無いことである。依頼してから、2日でココまで調べることが出来ただけで十分凄いのだが、
調査不十分のため朝倉は納得できず借りはなしにしようとしたのだが、

「ううん、いいよ。ココまで調べてくれたから十分だよ、何かお礼をさせて」

その言葉に朝倉は、気軽に今日の助手を頼んだのだが、その結果は、

「待てこら~今回こそは写真返してもらうぞ」

「テメーのせいでうちのリーダーが、引き篭もっちまったじゃねか~」

「あの記事取り消せー」

大勢の不良に追われることになった。

「とりあえず、あそこの交差点で分かれ様かー(私一人が狙われてるみたいだしねー大部分がこっちに来るでしょう)」

少しは巻き込んだことを、悪いとは思っているようだ。

「…大丈夫なの?」

朝倉の考えを見抜き、心配そうに尋ねると、朝倉は心配無用とばかりに笑いながら、

「フッフフー心配後無用、1人のほうが後ろの奴ら撒き易いからねーほらほら考えてる時間はもう無いよ」

話しているうちに、交差点が直ぐ目の前まで迫っていた。

「わかった、お互い撒いたら連絡しよう。私は、右に行くよ」

「うんじゃー私は左に行くわ」

最後に目を合わせ、お互いの安全を祈りながら別れた。

「ちっ二手に分かれやがった、どうする」

「こっちも二手に分かれるぞ。朝倉を逃がしても、もう一人を捕まえればおびき出せるだろ」

朝倉の考えは見事に外れ、裏目に出てしまった。そして、

「他の奴らにも連絡しろ、絶対逃がすな」

さらに、事態が悪化していくのであった。

「タカミチさん、何かあっち二手に分かれてますよ~」

横島が暢気に尋ねながら、

「僕は、左に行くから。右側を頼むよ」

「へ~い(見失ったとか言って適当に切り上げるか)」

どうしても、不良と事を構えるのが嫌な横島であった。しかしタカミチの台詞により、一気に考えを一変させるのであった。

「そうそう、多分追われてるの僕の教え子だと思うから頑張ってくれよ」

「俺は左ですね。任せてください、傷ひとつつけさせません」

言い終わると、横島は一気にトップスピードまで加速して行った。

「うお~待ってるよ~美少女~~」

叫びながら、交差点を右に曲がっていった。

「おお、速いな~僕も頑張るか」

タカミチも、速度を上げ左に曲がっていった。

(まずったなーまさか大河内のほうまで結構な人数を分けるとは思わなかったよー)

朝倉は、後ろを気にしつつ走ると、

(う~ん、何だか分かれたくせに、人増えてるよーあっ一人転んだ情けないなー)

そして、何度か後ろを振り向くと、一つの事に気づいた。

(さっきより、減ってる?先回りでもする気かな。あ、また転んだ)

そして、5分ほど走ると不良グループは、

「しぶとい奴だな、向こうはどうなったか誰か連絡しろ」

不良の1人が、叫ぶが仲間からの答えは返ってこなかった。

「いや~、それは無理だよ。みんなもう、そこら辺で寝てるから」

その返答に驚き振り返ると、

「て、テメーはデスメガ『パンッ』ガッ」

最後まで、台詞を言うまもなく顎を打ち抜かれ倒れ伏してしまった。それを見届けることもせず、前方を走り続ける朝倉に声をかけた。

「お~い朝倉君、もう走らなくていいよ」

声の主に気づいた、朝倉は立ち止まり後ろを振り向き、ホッとした表情で

「助かりましよー高畑先生、いやー追ってくる人数が減ってたのは、先生のおかげだったんですねー」

「まあね、それよりもあんまり危ないことしちゃあ駄目だよ。それに今回は他の子も巻き込んで」

「そ、そうだった、速く大河内の方に行って下さい」

その言葉に、タカミチはあせりも見せずのほほ~んとした表情で、

「もう1人は、大河内君だったんだ、珍しい組み合わせだね。僕はてっきり、早乙女君辺りだと思ってたんだけどな~」

笑いながら語るが、

「そんな事言ってないで、早く行って下さい」

タカミチは、余裕の態度を変えず、

「大丈夫大丈夫、向こうには僕の知り合いが向かってるからさ」

アキラの方にも、助けが向かっていると知り少しは安心したが、タカミチの知り合いの実力がわからず、

「で、でも向こうにも結構な人数が行ってますよ」

「平気平気、横島君はかなり強いよ」

「どのくらい強いんですか?」

「一対一で下手したら、僕が負けるくらいかな」

タカミチの実力を知っている分、朝倉は本当に驚いた。タカミチは1人で、学園内の抗争や馬鹿騒ぎを鎮圧できる力を
持っているのだ。その男とまともに戦えるだけでも十分に、人間離れしているのに、下手したら負けるといってるのだから、

「なら、大丈夫ですかね」

「うん、大丈夫だよ(助ける相手も女の子だから、手を抜かないだろうし)」

会話を終えた2人は、向こうの状況を確かめるために分かれた交差点に向かい始めた。

(こっちにも大分来た、けどこれなら朝倉の負担も減ったかな)

アキラは朝倉と分かれたため、全力で走れる状況になりスピードを上げ、不良達を少しずつ引き離していったが、前のほうから
こちらを指差しながら走ってくる5人ほどの集団が見えた。

(まずい、まだ仲間がいたのかも)

不良グループの仲間かもしれないと思ったアキラは、人が4~5人並んで通れる広さの路地に入り撒こうとしたが、

(しまった、分かれ道が無い)

アキラが入った路地は、人が入れるほどの横道が無くずっと一本道であった。そして直ぐに行き止まりになってしまい、
不良達に追い詰められてしまった。

「やっと追い詰めた、速かったのに残念だったな」

「さっさと朝倉呼んでもらおうか」

「あんたに、恨みは無いからあいつを呼べば逃がしてやるよ」

追い詰めた余裕から、ニヤケ面を浮かべながら問いかけた。

(どうしよう、助かりたいけど。朝倉は呼べない)

アキラは、不安のため無意識のうちに胸ポケットに入れていた、太極図型のペンダントに触れたその時、不良たちの
後ろから声が聞こえた。

「ふ~やっと追いついた。はい、ごめんねちょっと通して」

そして、不良たちの間を掻き分けてアキラより少し年上の青年が現れた。そして気軽な足どりでアキラに近づいていき、
下から上まで見て、

「おお~予想以上の美少女、ねえ君ケガはしてないよね?」

アキラは急に現れた不良には見えない人物に動揺し、機械的に答えた。

「は、はい大丈夫です」

「ほっ良かった~」

本当に嬉しそうに答え、そしてアキラに顔を近づけ、安心させるために微笑みながら彼女だけに聞こえるように話し出した。

「俺が振り返って、両手を広げたら目をつぶってね」

まじかで笑顔を向けられ、少し顔を赤らめながら返事をした。

「う、うん。わかった」

横島は、その答えに満足し笑顔を消し、まじめな顔になり振り返った。

「お前らな~恥ずかしくないのかよ。たった一人の美少女を集団で追い掛け回してさ~」

横島の問いかけに、少しは自覚があったのか、

「う、うるさい。邪魔もんは引っ込んでろ」

「怪我しないうちに、そいつを渡せ」

「無関係な奴は引っ込んでろ」

横島は、彼らの言い分に苦笑しながら、

「残念ながら、警備員だから無関係じゃあないよ」

言いながらおもむろに両手を広げた横島に、不良たちは警戒し集中しだした。アキラは、言われていた通りに目をつぶった時、
横島が叫びながら両手を叩いた。

「まとめて片付けてやる、いっけ!サイフラッシュ!」

その瞬間眩い光が一面を照らし、直視した不良たちは目を押さえ、

「あ~あ~目がぁ~目がぁ~」

ちょっと有名な空飛ぶ城の敵役の台詞をほざいていた。

アキラは、目をつぶっていたが光を感じ不思議に思ったが、目をつぶったままでいた。そして急に抱きかかえられ、

「きゃ」

悲鳴を上げたが、直ぐに横島の少し申し訳なさそうな声が聞こえた。

「ゴメンね、少し我慢して」

目を開けると、再び横島の顔が近くにあり、自分の状況を確認した。

(お、お姫様抱っこ、は、恥ずかしい)

確認を終えると、再び顔を赤らめ縮こまってしまった。そしてアキラを抱きかかえたまま、横島はジャンプし、
不良たちを2~3回踏みつけながら包囲網を抜け出した。一回で十分であったが、気に食わない顔の作りがいたので、
無理やり踏んでいった。ちなみに踏まれたのは、長髪であっただり、美形の顔立ちをしていた。

(この人凄い)

アキラはほんの数秒で、自分を抱いたまま包囲網を抜けた青年の身体能力の高さに驚いた。そして、もう一つ
気になったことがあり恥ずかしそうに尋ねた。

「…あ、あの重くないですか?」

こんな時に聞くことではないが、年頃の少女だ自分が重くないかが気になったようだ。アキラは、中学生ながら
170cmを超える大柄な体格をしていた。しかし横島は全く気にせず、

「はっはは、軽い軽いぜんぜん余裕だよ(う~んやわらかいな~役得役得。またちょっと恥ずかしがってる姿がポイント高いな~)

むしろ横島は、少女を抱きかかえていれる事を喜んでいた。

抱きかかえたまま、不規則な挙動で走るのに疑問を感じたアキラが、

「走り方おかしいですけど、どうかしたんですか?」

「何でもないよ、ちょっと仕掛けがあってね」

そして、後ろのほうから悲鳴が聞こえた。

「ぐわ」

「何だコレ」

その声に反応したアキラに、横島が悪戯が成功した悪ガキの表情で、

「回復した奴らがトラップに引っ掛かっただけだから、気にしないでいいよ」

横島は駆けつける前に、この一本道の何箇所もの地点に簡単なトラップを作成していた。まあ手の込んだものは作れず、
油を撒いたり、ロープを張るだけであったが、効果は絶大であったようだ。

「追ってくる奴はもういないか、さっさとタカミチさんと合流するか~」

アキラは横島の独り言に、知り合いの名前が出て思わず反応してしまった。

「高畑先生と知り合いなんですか?」

「そうだよ。そういえば、タカミチさんの教え子だっけ。なら千雨ちゃん知ってる?」

急な質問に、アキラはほんの数瞬考えたが、

「…千雨?ああ長谷川さんですか」

「そうそう、やっぱり同級生か~(やっぱりレベル高いな~他の子にも会ってみたいな~)」

「…うん(長谷川さんとどういう関係なのかな?)」

2人の関係が気になったが、聞く前に路地裏から出ると、タカミチと朝倉の姿が目に入った。

「やあ、横島君そっちも無事終わったんだね」

心配した様子も見せず気軽に話しかけ、

「もちろんですよ(おお~あの子も平均以上だな~タカミチさんのクラスは可愛い子の巣窟か?う~ん羨ましい)」

朝倉はタカミチの横で、カメラを構え横島の写真をとり始めた。正確には横島ではなく、その腕に抱かれているアキラとの
ツーショットをである。それに気づいたアキラが慌てながら、

「も、もう大丈夫ですから、降ろしてください」

横島は、残念そうな表情になったが、直ぐに彼女の願いをかなえた。それを見守っていたタカミチが、

「さて、横島君はもう少し見回りしたら上がっていいよ」

そう言いながら、ルートを書いた紙を横島に渡した。

「俺は?ですか。タカミチさんは?」

「僕は彼女達を送ってから終わりにするよ」

「ええ~俺もそっちがいいです」

予想通りの発言に苦笑して、

「駄目だよ、君はまだルート覚えてないんだから。覚えれなかったら給料に響くよ」

「わかりました(ふん、後をつけてやる)」

給料を人質にとられたために、渋々引き下がるわけも無かったが、

「そうそう、今日の騒ぎを起こしたグループを補導してもらうために人呼んだから、ついでに待っててね。
もし君がいなかったら職務怠慢で減給くらうから、気をつけて」

相手が一枚上手であった。横島は力なく返事をするだけであった。

「…はい」

タカミチ・朝倉・アキラは寮に向かう途中で、

「いやー良かった良かった。大河内が無事で」

「うん、朝倉も無事でよかった」

「私のほうは、高畑先生が来てくれたからねーえっと横島さんだっけ、どうだった?」

朝倉は横島の実力について聞いたのだが、アキラは少し頬を染めながら、

「…うん、ちょっとカッコよかったよ」

朝倉は目を丸くしたが、写真をとらなかった事に後悔しながら、直ぐに目を猫のように細めながら、

「私は、横島さんの強さについて聞いたんだけどねーそうかそうかカッコよかったか、あんたにも春が来たんだねー」

アキラは勘違いに気づき、慌てて手を振り心を乱しながら、

「ち、違う、う、うん力強かったよ」

「力強かったねーそういえばお姫様抱っこされた感想は?」

朝倉はさらに、笑みを深めながら、一気に畳み掛けた。そして動揺しているアキラは素直に

「う、うん、ちょっと、嬉しかったよ」

答えてしまった。話せば話すほど、クモの巣に捕らわれたチョウのように、糸に絡まれていくのであった。

「くっくく(イイネタになりそうだねー)」

どう見ても悪党にしか見えない朝倉がいた。そして2人の少女を、苦笑しながら見守っているタカミチが、

(若いね~僕も年をとる訳だ)

ジジ臭い事を思っていた。

その頃茶々丸は椅子にすわり、開発者の1人である超から貰った一冊の本を手に持ち読んでいた。テーブルにはもう2~3冊の本があった。

「なるほど、このようなキャラをツンデレと言うのですね」

感想から予測すると、少し特殊な本のようだ。

「理解しました。明日はこのようなキャラになって行動してみましょう」

どうやら、横島のこの世界初のデートも前途多難になるようだ。



[14161] デート?(午前の部)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/18 00:14
「クワ~眠い」

横島は目をこすりながら、茶々丸との待ち合わせ場所に向かっていた。昨夜は、タカミチが呼んだ補導員が来るまで30分も待たされ、
その後ルートを廻り終えアパートに着き、眠ったのは午前2時を過ぎていた。そして、4時30分にセットした携帯のアラームで起床し、
シャワーを浴び5時10分にアパートを出た。目的地には、20分ほどで着けるのだが女性を待たせるのはマナーに反すると考えた横島は、
約束の時間の30分ほど早く着いて茶々丸を待とうとした。そして、路地に入った瞬間思わず、呟いてしまった。

「…何でもういるの?」

すでに、猫のエサをやり終えた茶々丸がいた。そして茶々丸が、

「おはようございます、横島さん。その発言では、私はいないほうが宜しかったのでしょうか?デートと思っていたのは私の勘違いですか?」

無表情のまま質問され、ちょっとビビッタ横島は、

「いやいや、そんな事ないぞ~。今日は楽しいデートだ嬉しいな~」

「それはそうと、横島さん朝の挨拶は大切だと思いませんか?挨拶には、人を引きつける力があると思うのですがどうでしょうか」

茶々丸の話す内容から、挨拶をしていないことに気づいた横島は、

「うんうん、挨拶は大切な要素だよね。挨拶が遅れてたよ、おはよう、茶々丸ちゃん」

「挨拶もすみましたし、そろそろ行きましょうか」

行き先も告げず、地面に置いてあった袋を持ち、歩き出したので急いで横に並び着いていこうとした横島に、

「2mほど離れて歩いてください」

横島は、今の冷たい言葉に少し心にダメージを追いながら尋ねた。

「え~と、何で?」

茶々丸が、少し考え込み、

「…(この場合はこの対応でした)臭いためです」

横島はその場に固まってしまった。心のダメージが一気にレッドゾーンまで突入していた。まあ、中学生に臭いから近寄るなといわれたら…

「…急に立ち止まってどうしました?早く来てください(対応がおかしかったのでしょうか?)」

茶々丸に呼ばれ、ゾンビのような足取りで何とか着いて行き、

(…俺の心は午前中で死ぬかも)

茶々丸を見失わないように、何とか顔を上げると、

(こんな朝っぱらでも、ちらほら人がいるんだな)

横島の視界には10人もいないが、人が移っていた。茶々丸も人に気づき、瞬時に横島の隣に並び、腕を組み頭を横島の肩に預けた。

(?へ、な、何で急に?)

人がいなくなったら、突き放される。逆に人が見えるときには、腕を組み頭を預けてくる。そのよう行動を何度か繰り返し、
また腕を組みだした。今までの行動から疑問を感じた横島は、勇気を出して聞いた。

「…え~と、茶々丸ちゃんこの行動は何?」

茶々丸は、無表情のまま首をかしげ横島の顔を見上げ、

「横島さんは、腕を組むのは嫌ですか?」

「嫌じゃあないんだけど~、接し方がいまいち判らなくって、気になったんだ」

その発言に、納得した茶々丸は、腕組みを解いて、

「説明しましょう。このような対応もしくは態度の事を通称『ツンデレ』と言うのです。男性は、このような接し方が好きであると
書いてあったのですが、横島さんは知らないのですか?」

「何それ?」

横島がさらに説明を求めると、茶々丸は少し自信ありげに、

「詳しく言うと、他の人がいない場合にはツンツンした態度、冷たい対応をする事。他の人がいる場合には、デレデレした態度、
甘えたりする事を言います。最近の流行だそうです」

「ふ~ん、最近の流行は変わってるんだな~」

「私も昨日知ったのですが、今までの対応はそれほど間違っていない自信があります」

ツッコミ役がほしい。茶々丸は180度間違えているし、横島がツンデレなどを知っている筈がないため間違いに気づく事はない。

「え~と無理にツンデレしなくていいよ」

「そうなのですか、では一緒に覚えた『ヤンデレ』を試してみましょうか?」

ヤンデレの事も知らないが、何故か嫌な予感がしたため、

「覚えたものじゃあなく、普段通りの茶々丸ちゃんでいいよ」

「…わかりました、しかし普段の私は、あまり話さないので退屈ではないですか?」

茶々丸に無理をさせていた事を知った横島は、苦笑しながら、ふざけた調子で

「退屈じゃあないよ、美少女とのデートだしね~それに腕組めただけで十分元取れたよ」

「…(腕組みは嬉しいのですね)」

再び横島との腕組みを始めた。

「ちゃ、茶々丸ちゃん、無理してすることないよ」

先ほどは動揺していたため意識していなかったが、改めてされると恥ずかしいようだ。

「無理はしていません、やはり硬い身体では嫌ですか?」

横島は慌てて音がなるほど首を振り、

「嫌じゃあないぞ~茶々丸ちゃん程の美少女と腕を組めるんじゃから、アンドロイドだろうと関係ないわ~」

茶々丸の顔を見ながら宣言した横島に、茶々丸が訂正をした。

「横島さん、女性型の場合はガイノイドと言うんですよ」

横島は、茶々丸の顔を見て固まってしまった。一瞬であったが、横島には茶々丸が微笑んでいるように見え、
それに見惚れてしまった。

(か、可愛い~はじめて笑ってくれた~)

「…どうしました。とりあえず何処か座れる所に行きたいのですが」

夢うつつの状態で茶々丸に腕を引かれながら、気づいたら公園のベンチに座っていた、周囲には、家族連れや休日をまったりと
過ごしている人達がいた。

「…食べないのですか?」

茶々丸が横にいることに気づき、そちらを見ると彼女のひざの上にサンドイッチが入った弁当箱が置かれていた。

「朝食を作ってきたのですが、いらなかったでしょうか?」

「おお~丁度腹減ってたんだ、ありがたく貰うよ~」

横島は、喉が詰まるんではないかと思う勢いで美味しそうに食べだし、急に胸をたたき出した。

「グフッ(ま、まずい息が…死ぬ…)」

「どうぞ」

絶妙なタイミングで、紅茶を差し出しだした。横島は、それをひったくるように貰いうけ一気に飲み干した。

「プハ~死ぬかと思った。ありがとう茶々丸ちゃん」

そして、サンドイッチの残りが少ない事に気づき、尋ねた。

「こんな食べてからで悪いんだけど、茶々丸ちゃんは食べないの?」

「気にしないでください、飲食は出来ないので」

「じゃあコレ全部貰っていいの?」

「構いませんが、データ収集を依頼されているので、実験しても宜しいでしょうか?」

「んっ、別に構わないいよ」

簡単に答えると、茶々丸がサンドイッチを一つ取り出し、表情を変えず横島のほうに向き、上目使いに見上げながら、

「…あーん」

サンドイッチを差し出してきた。横島は冷や汗を浮かべながら、

「え、え~と、茶々丸ちゃん?(は、恥ずかしい)」

目で訴える事を試みる横島であったが、茶々丸は気づく素振りすら見せず再び

「あーん」

(そ、そうこれはデータを集めるために必要な行為なんだ、科学の発展のため、仕方ないのだ。う、嬉しくなんかないぞ)

自己弁護が完了し覚悟を決め、差し出されたサンドイッチに向かい口を近づけ、

「アーン(う、うまいがキツイ)」

このような事を、残りのサンドイッチ全てを平らげるまで続いた。周りに居た人たちに(カップルや家族のみ)、注目されていた横島は
大層な精神修行になった。横島は食事を取り体力は回復したが、精神にかなりの負担がかかった。

「…ゴチソウサマ」

「同じ食べ物でも食べさせてもらうのでは、味が変わるのでしょうか?」

「そうだね。美味しかったけど、人がいない場所でやってほしかったよ」

「いいデータがとれました、ありがとうございます。また協力してください」

「…いいよ(これ以上の羞恥はもうないだろう)」

横島は、満腹状態と精神の負担のため直ぐには動けず、話をする事にした。

「データ収集てどんな事してるの?」

「特定の条件化における、男性の対応を調べる事です」

「ふ~ん、ちなみに被…じゃあなくて、俺以外に誰か調査してるの?」

思わず、被害者(モルモットとも言う)と言いかけたが、とっさに言い換えた。

「依頼されたのが、横島さんと会う前日の事でしたから。横島さんだけです」

「じゃあ、条件て何?」

「ある本を読んで、その内容に似たシチュエーションに遭遇したら、真似ることです」

「へーじゃあ試しに何かやってみてよ」

これまでの、経験からろくな事にならないだろう事を、想像できないのだろうかこの男は。横島の願いを叶えるため、
茶々丸が本の内容を思い出し、

「では、少し失礼します」

断りを入れながら、横島の胸に顔を近づけた。横島は少し戸惑ったが、傍観していた。茶々丸が、匂いを嗅ぐしぐさをした。

(また臭いとでも言われるのかね~)

ある程度の覚悟を決めていたが、爆弾の威力は予想以上であった。顔を離した茶々丸が、近くにいる人には聞こえる程度の声量で、
横島を見上げながら、


「私以外の、女性の匂いがします。何処でつけてきたんです」


横島を含めた、声の聞こえた人々が止まった。数瞬で周囲の時が動き出し、止まっていた人々は横島たちをチラチラ見ながら離れていった。
横島は冷や汗を流しながら、

「…え、えっとですね~(き、昨日の子、香水何かつけてたっけ?)」

身に覚えがある横島の焦りが頂点に達する前に、茶々丸が、

「このような台詞がありました。?どうかしましたか、体温・心拍数共に上昇してますが?」

「な、何でもないぞ!。そ、そうか変わった台詞があるんだな~き、興味本位に聞くんだが、そ、その後の対応は?」

「二通りありました。まず一つ目は、切られます。もしくは潰されます」

横島はその答えに、顔を引きつがらせながら、

「へ、へ~物騒な対応だね~(おっおっかね~そんな子には捕まりたくない)」

あまりに怖すぎたので、ナニが切られたり潰されるかは聞けなかった。

茶々丸は、横島の事を気にする事もなくもう一つの答えを言った。

「もう一つは、『もっと私のこともちゃんと可愛がってね』と言う様です。器の広さを見せるようです。この言葉は、
笑顔で言うと更に効果が上がるようです。」

「…(た、たしかに度量がでかくないと言えないが、ちょっとした脅迫にも聞こえるぞ、その発言は。男は『はい』しか言えんだろ)」

「いつか私にも使うときが来るのでしょうか?」

どこか遠くをみなが、茶々丸がつぶやいた。

「う、う~ん、俺としては使う機会がないほうが、いいと思うぞ。(もし言われたら男はきついな)」

「…そうなんですか。わかりました」

横島は、まだ精神的に疲労していたが立ち上がり、

「さ、さてそろそろ、買い物に行こうか?」

自分で振った話題であったが、他にどんな対応があるかは聞きたくなく、買い物に行こうとした、しかし

「…横島さん、電化製品でしたら大学の工学部の方々から頂けますが、どうしますか?」

「おっ、本当ラッキー、貰う貰う」

お金を使わなくても、すむと思った横島は即決した。

「では、大学まで案内します」

茶々丸も立ち上がり、再び横島の腕を取り案内を始めた。横島は、苦笑いしながら、

(う~ん、やはり腕は組むんだな~まあ役得だし、いいか)

大学に近づくにつれ、何故か横島のほうを睨みつける男が増えてきた。

(な、何だ?やたらとヤロー共に睨まれてるんだが、恨み買うような事はしてないよな?)

「着きました、ココが大学の工学部棟です」

大学の建物に入ると、さらに睨みつけてくる男達が増えた。横島たちと、すれ違う男はほとんど睨みつけてきていた。
横島は、絡んで来ないことに不思議に思っていた。まあ絡まれたくないので安心していたが、

(居心地悪いな~そうか、こいつらみんな茶々丸ちゃんのモルモットで恨みを買ってるとか?…でも、モルモットは俺だけだったな…)

自分の考えに、気分が落ち込みはじめる横島であった。睨みつけられている理由は、横島の考えているように茶々丸にあった。
彼女の、工学部においての人気はとても高いのだ。そんな彼女と腕を組んで一緒に歩く男が現れたため、男達の嫉妬と憎悪を込めた視線を
向けているのである。もしこれから、横島が1人でこの場所に来る機会があれば、間違いなく襲われると思われる。

茶々丸が、ある研究室の前で止まり横島に話しかけた。

「この研究室に、置いてあります。好きなのを選んでくれていいようです」

「へ~い」

2人で研究室に入って行くと、中には数多くの家電が鎮座しており、

「おお~すごい沢山あるな~(何か、新品みたいなのもあるんだが、いいのか?)」

実際新品である。男の悲しい見栄で、茶々丸が家電を欲しがっているという話を聞きつけた男が、アピールのチャンスと思い
急いで買ってきたのだ。

「茶々丸、その人がこの前話してた横島さん?」

横島たちの位置からは、洗濯機の後ろに座り込んでいたため気づかなかったが、眼鏡をかけた1人の少女がいた。

「あ…ハカセ、いたのですね」

「予想以上に、集まったから調べるのに時間がかかっちゃってー」

ハカセと呼ばれた少女に、茶々丸は家電がしっかりと動くかを調べてもらっていたのだが、当初の予定より家電(茶々丸への貢物)が
集まってしまったため、調べるのに時間がかかってしまったのだ。

「そうですか、それで何か問題はありましたか?」

「問題ないよー全部正常に動くからどれもって行ってもいいよ。盗聴器はあったけど、自爆装置なんかは着いてなかったし」

まるで着いていないのが残念であると言いたげな口調であった。茶々丸は反応しなかったが、

「は?なんで盗聴器がついてるの?(それに自爆装置?なんで家電に?)」

「それはもちろん茶々丸に興味がある、男がつけたんですよーあっ、はじめまして横島さん、葉加瀬聡美です」

「ども、横島忠夫です、茶々丸ちゃん人気あるんだね~でも危ない奴らなんじゃ?」

「大丈夫ですよ。しっかりと制裁はくわえますから。まあもし初めから、横島さんの手に渡るのが判ってたら、
自爆装置があったでしょうねー」

「何で、ココの連中に命狙われなきゃならんのだーーワイが何したというんじゃ!!」

自分の不条理な状況に叫びだす横島を見ながら、

(ふーむ、茶々丸と一緒にいるのが原因とは気づいていないようですね。鈍いのかな?データを集める相手としては、
面白いかもしれないですねーうまくいったら工学部の武器データも取れるかも。)

「…横島さん、ドレを貰っていきますか?」

茶々丸の言葉に反応し、辺りを見回すが多くあるために、

「どれを選んでいいかよくわからんな、お勧めある?」

「スペックで見るなら、コレらでいいと思いますよー」

すでに葉加瀬がリストを作成しており、マークをつけたものを横島に薦めた。

「うんじゃ、それでいいよ」

スペックを見てもよくわからない横島は、葉加瀬が選んだものを貰うのを決めた。

「じゃあ、ココに住所を書いてください。明日には届くと思うので」

メモ帳を差し出された横島は、自分のアパートの住所を思い出しながらメモ帳に書き、

「はい、じゃあお願いね~」

「わかりましたー」

「んじゃあ、茶々丸ちゃん他の小物買うのに行こうか~」

「はい、ハカセありがとうございました」

「いってらっしゃーい。茶々丸、ちゃんとデータ取るのよー」

横島と茶々丸はお辞儀してから、研究室を出た。


その頃3人の少女が、買い物に出かけていた。そのうちの1人である千雨は、

(クソ、通販で予約するの忘れてたぜ。知り合いに見つからないように買いに行くか)

どうやら、回りには知られたくないような物を買いに行くようである。

残りの2人は、

「…朝倉、本当に今日のお昼奢れば昨日の事黙っててくれるのね?」

ジト目で、横にいる少女に確認をとろうとしている。

「もちろんよ~大河内少しは私を信じなさいよ」

笑みを浮かべながら、あまり信じられない事を言っているが、

「…(何もしないよりは、まだましか)」

「それに~昨日のお礼の品買うんでしょ~」

「!な、何でそれ…ッ」

アキラは、朝倉がニヤニヤしているのに気づき自分の失言に気づいた。

「…(嵌められた)」

肩を少し落としたアキラに、朝倉は笑いながら、

「まあまあそんなに落ち込まない、私も選ぶの手伝ってあげるから、あんた苦手でしょ~」

少しからからかい過ぎたと思ったのか、手伝うというと、

「お願い」

男性にプレゼントした事がないアキラは、素直に頷いた。

「はいはい、まっかせなさい(くっくく、またネタが転がり込んできた)」

朝倉は、全く悪く思っていなかったのである。



[14161] デート?(午前の部・2)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2009/12/26 22:57
「さて、必要なものも買ったな。あとは、服とバンダナかな~」

「…バンダナですか?」

「そっ、いつも巻いてるんだけど、いつの間にか無くしててね」

「そうなんですか、わかりました」

腕を組んだまま、目的の店に案内している途中、何気なく周りを見回した横島の歩みが、ゲームショップのポスターを見て止まった。

「…どうかしましたか?」

「ゴメンね、あそこに寄って行っていいかな?」

「構いません」

「ありがとう、んじゃあ行こうか」

横島の見たポスターの一部には、『T-LINKナッコォ』と書かれていた。

店に入った2人は、店内が広く、目的の物が何処にあるか判らない為に、

「とりあえず、ちょっと店の中探してみるよ。茶々丸ちゃんはどうする」

「私もついていきます、しかしここでは…」

店内は確かに広いが、棚に多くのスペースを割かれているため、二人並ぶのがやっとであった。

「他の人の邪魔になるから、腕組みはやめようか」

「…はい」

腕を離すとき、横島はとても残念そうな顔をしていたが、茶々丸は無表情であった。そして、横島が前を歩き
、その影に隠れるように茶々丸が続き、店の散策を始めた。探し回ると、店の前に貼ってあったポスターと同じものが、
あったのでその下に向かうと、先客がいた。

(あそこかな~、ん?あそこにいるのは確か…)


(あった、あった。これ買ってブログを更新すればOKだな。うちのクラスの奴に見つかる前にさっ…)

ゲームの箱を持ち、料金を払いに行こうとしたとき、

「よっ!千雨ちゃん、それどういうゲームなの?」

背後から声をかけられた千雨は、一瞬で動きが止まり、顔から冷や汗が流れ始めた。

(い、いきなり、見つかった。でも男の声?…今の声は…あっ横島さんか。な、なら誤魔化せば、何とかなるかも)

一瞬で思考をまとめ、発見された動揺を隠しながら、

「こんにちは、横島さん。こ、これはですね、S・RPGで、ロボット同士が戦うゲームですよ」

「へ~、そういうの好きなの?」

「え、えーと、そういう訳じゃあないんですが、ネットで少し話題になってるので、買ってみようかと(別にコスプレや、
クラスの連中にバレる訳じゃあないからな、焦って損した)」

「…ロボット同士の戦闘ですか」

横島の後ろから、声が聞こえたため千雨は、

「誰かと、一緒ですか?(女性の声、まさか彼女か?…なんだか、今の声にも聞き覚えがあるような…)」

「ああ、買い物に付き合って貰っててね」

一歩横に、横島が移動するとその後ろから、

「…違います、横島さん。買い物ではなく、デートです。こんにちは千雨さん」

クラスメートの絡繰茶々丸が現れた。

「……」

あまりにも予想外の組み合わせに、返す言葉はおろか、思考すら止まってしまった。横島の後ろにいた人物に気づいた瞬間から。

「?どうかしましたか、千雨さん」

「…え、えーと、絡繰茶々丸さん?」

「そうですよ、2-A出席番号10番絡繰茶々丸です。あなたのクラスメートですが」

「…(な、何でうちのクラスのロボ子がいるんだー)」

「へ~2人ともクラスメートだったんだ」

千雨の焦りなど露知らない、横島の能天気な態度に、切れそうになりながら、

「お、お2人は、ど、どういう関係なんですか」

「もちろん、こ」

茶々丸が、何を言うか気づいた横島が、大声で言葉をかぶせた。

「千雨ちゃんとあった、夕方に知り合ったんだ。」

横島の急な大声に、後退りしながら、

「そ、そうなんですか、じゃあ私これ買ってきますね。失礼します」

あまり関わりたくないため離れる事を選択し、2人が反応する前に会計に向かって行った。

「ありゃ、行っちゃった~(ゲームの事は、また今度聞くか)」

「…そろそろお昼ですから、千雨さんも誘ってみては?」

「もうそんな時間か、そうするか。外で待ってよう」

「…はい(これでまたデータが取れます)」

2人で店の外に出て行き、千雨を待つ事にした。


店内を見回した千雨は、2人がいないことを確認し、

(よし、もう帰ったか。ロボ子はうちのクラスでも、友好関係が広い奴じゃあないからな、大丈夫だろう)

そう思いながら、店を出た瞬間千雨は自分の考えが、甘かった事を思い知った。

「何してるんですか?(しかも、腕まで組みやがって!見せつけてんのか、テメーら)」

店の前で、横島と茶々丸が腕を組み待っていた。横島は、知り合いに見られるのが、恥ずかしいのか、少し照れていた。

「あ~これから、お昼食べに行くんだけど千雨ちゃんもどう?」

「お誘いは嬉しいのですが、茶々丸さんにご迷惑だと思うので」

茶々丸をだしに、断ろうとしたが、

「千雨さん、私は構いませんので、ご一緒しましょう」

「…そうですか、なら(空気読め、このボケロボ!)」

そして、3人で歩き始めて数分経ったとき、

「…千雨さん、横島さんと腕を組んでも構いませんよ」

「は?急に何を言い出すんですか?」

「いえ、千雨さんが、独り身で寂しそうだったので」

千雨には見えた。茶々丸の見下す微笑が。実際には無表情で、何を考えているのかわからないのだが。
何故か千雨には見えてしまった。そして、切れた。

「テ、テメー、誰が独り身だと!ふざけんなー」

「すみません、噛みました、一人ででした。では腕を組んでください」

「そんな噛み方するかー、そして腕も組まねー」

「なるほど、恥ずかしいのですね」

今度は、茶々丸の目が情けないと語っているように見え、更に千雨はヒートアップした。

「恥ずかしい訳ねえだろ」

「では度胸がないのですね」

「ボケロボがーじゃあ見てろ!!」

そう言い放つと、2人のやり取りに目を点にしていた横島の、茶々丸と反対の腕を取り無理やり組んだ。

「どうだ、これで満足かー」

千雨が雄たけびを上げているとき、アキラと朝倉のコンビは、

「じゃあ、コレ買ってみようか~」

朝倉は、手に持っていた一着の服をアキラに手渡したが、手に取った服を見たアキラは固まってしまった。

「…朝倉、プレゼントを買いに来て、何でコレを買う必要があるの?」

「いい大河内、プレゼントを渡すには渡す品物も大切だけど、シチュエーションが重要なのよ。あんたが、
コレを着て渡せば印象ばっちりよ」

「何となくはだけど、その理屈わかる。だけど何この『大精霊チラメイド』って。何で普通のメイド服じゃあダメなの?」

あまりにもインパクトの強すぎる、大精霊チラメイド(肩だし胸もだいぶ見える形状・ヘソ出し・ミニスカ・
何故かチョウの様な羽根つき)を見たため、普通のメイド服なら余裕で着れる精神状態に陥っていた。

「ダメよ、大河内。今どきメイド服なんて、珍しくも何ともないのよ」

「で、でも…」

「でもも、へったくれもない。あんたの感謝の気持ちなんて、そんなものだったの」

朝倉の迫力に、後ずさるしかないアキラに、天使(悪魔?)の微笑を浮かべながら、

「まあいいわ、いきなり着るのには、たしかに抵抗があるわね。買っておいて、後で決めたらいいわ」

朝倉の譲歩に、安堵のため息をつき、

「…か、買うだけなら、いいよ(別に着なければいいんだから)」

朝倉は、その言葉にニッコリと笑い、

「よし、さっさとレジに行くわよ(買ってしまえば、こっちのものよーくっくく、どうやって着せようかしら)」

「…ところで朝倉、その手に持ってるのは何?」

そう、アキラの手には大精霊がおり、何故か朝倉の手にも、一着の服があった。

「あっ、これは気にしなくていいよー仕事関係で必要なもんだから(こっちは、龍宮か楓、本命は千鶴に着てほしいからねー)」

朝倉の答えに、自分に害が無いと思ったアキラは、少し顔を赤くし、

「じゃあ、さっさと買おう。こんなの持ってるのは、恥ずかしいから」

「そうねー」

レジに持っていった2人は、店員に『こんなもの、本当に買う人いたんだなー』と言う目で見られるのであった。


「さて、何食べようか~(く~美少女2人による腕組み、間違いなく勝ち組だ~何より、茶々丸ちゃんと違い、
千雨ちゃんは柔らかい)」

「横島さんが、好きに決めてください(?何故でしょう、一瞬回転数が上がりました。理由がわかりません、
今度ハカセに相談してみましょう)」

「何で、私は腕を組んでるんだ。…何処で間違えたんだ」

横島の質問をスルーして、ブツブツと呟いている千雨がいた。横島と茶々丸に、見つかったのが運の尽きであった。

「あ~千雨ちゃん?」

横島の問いかけに、気づき顔を上げた千雨は、

「…何だ?」

「昼飯だけど何がいいかな?」

「そっちで、好きに決めてくれ」

ぞんざいに答える、千雨に対して、横島は先ほどから抱いていた、疑問を口にした。

「千雨ちゃん。その、言葉遣いがラフになってるけど、いいの?」

「…言葉遣いが、どうかしましたか?(し、しまったー素で喋ってた!)」

「誤魔化さなくっていいよ、はじめてあった時も、荒くしてたし」

はじめから、ばれていた事を知り、千雨は諦めた。

「ばれてるなら、もうういけど。横島さん、あんたいいのか。年下にこんな喋りかたされて?」

世の中には、言葉遣いに煩い人間は多くいる。千雨も自分の話し方が、年上に不快感をもたらすのではと、
考えたのだが、横島がそんな事を気にする筈がない。この男は、むかつく男などには、敬語で話すどころか、
喧嘩を売ったり罠にはめる男なのだから。

「俺に対しては、別に構わないよ。それに、普段は敬語で喋っているんだから、問題ないじゃん」

「…そうかよ、もう戻せって言っても、戻さないからな」

ちょっと、テレながら下を向いていると、頭を撫でられた。

(ちょっと恥ずかしいけど、悪い感じはしねーな。意外に固い手してるんだな)

さてココで、疑問がある。現在横島の手は、片方を茶々丸、もう片方は千雨が確保している。そんな横島が、
頭を撫でれるはずもなく、誰が撫でているかと言うと、

「茶々丸ちゃん。何で急に、千雨ちゃんの頭を撫でてるの?」

茶々丸の突然の行動に、横島が声を発した。千雨が顔を上げ、自分の頭を撫でているのが、茶々丸と知り、
茶々丸の手をなぎ払いながら、

「馴れ馴れしく、頭なでんじゃね!」

「?いやそうには、見えませんでしたが」

「う、うるせーてっきり、よ…」

小首を傾げている茶々丸に、思わず本音を言いそうになり、慌てて口を閉じた。見かねた横島が、口を開き、

「茶々丸ちゃん、何で撫でたの?」

「うつむいている少女には、頭を撫でると効果的と、書いてありました。実践したとこ、元気がでたようなので、
これからもしたいと思います」

その答えに、千雨が突っ込んだ。

「そんな本、捨ててしまえ!それから二度とするんじゃね」

「借り物の本なので、捨てる事は出来ません。(これは『嫌も嫌も好きのうち』という表現ですね、また撫でましょう)」

「…誰だ、その迷惑な本を貸したのは?」

ちょっとやばい目つきになり、声も刺々しいものになった。

「超鈴音です」

「そうか、あいつか…フフフ」

横島は顔をひきつかせ、やばい笑い声を出しはじめた、千雨の迫力にビビリ、少し離れようとしたのだが、
両手を押さえられ動けずにいた。動かせる首を必死に動かし、休めるところを探し、ファミレスを発見した。

「ふ、2人とも、昼食はあそこにしよう」

横島は、二人を引きずるように、ファミレスに向かった。窓際の席に通された3人は、適当にメニューを頼んだ。
(茶々丸は、フェイクでドリンクバーのみ)

「なあ絡繰さん、あんなロボロボ言った後でなんだけど、あんたロボットだよな」

「そうですが、それがどうかしましたか?それと私のことは、茶々丸と及びください」

「…いや。わかったよ、茶々丸(本当にロボットいるのかよー、しっかし現代の技術で、ここまで高度なの作れるのか?)」

千雨の常識が、少しずつ壊されてきた時、茶々丸が立ち上がり、

「私は、飲み物とスープをとってきます」

「んじゃあ、私も手伝う(こいつに任したら、どうなる事か)」

横島も腰を上げ、自分の分をとりに行こうとしたが、

「横島さんは、座っててください。私がとって来ますので」

「そう、じゃあコーヒーお願い。ミルクとシロップも」

「はい、少々お待ちください」

ドリンクバーに向かった二人は、自分の飲みものとスープを選び終え、横島の分を入れようとしている茶々丸に、
千雨があることに気づいた。

「…おい待て。何でコーラに、ガムシロップとミルクを入れてるんだ?」

「横島さんの注文は、ネタ振りです」

あまりにも、きっぱりと言ったため、一瞬千雨は信じかけたが、

「いやいや、そんな訳ないだろ。芸人じゃあねえんだから。ちょっとそれ寄こせ」

千雨が手を伸ばし、茶々丸からコップを奪おうとしたが、茶々丸が横に一歩動きかわした。千雨は、
避けられた事に少しムカつき、

「いいから寄こせ」

今度は、両手を出しとろうとしたが、千雨の手は空を掴むばかりで、茶々丸を捉えることができなかった。

「甘いです。千雨さんの動きでは、私に触れる事は出来ません」

「くっ」

手だけでなく、足を動かし位置を変え奪おうとするが、それでも茶々丸に届く事はなかった。しかし、
千雨が動いているために、近くを通った女性にぶつかり、千雨はよろめいた。

「おっと、ゴメンね」

千雨とぶつかった客は、謝ると直ぐ立ち去ろうとしたが、茶々丸のほうを向くと動きを止めた。何故なら、
茶々丸の顔にコーラがかかり、服にもかかっていたためだ。

「うわ、本当にすみません」

「ああ、気にしないでください。こちらが動いてたためにぶつかったんで」

女性は、本当に申し訳なさそうに頭を下げ、自分の席に戻っていった。

「あー、茶々丸スマン。とりあえづ化粧室に行くぞ」

「はい。…ちなみにコレが、三角関係の縺れによる、争いですか?」

「いや、全く違うから」

疲れた千雨が、茶々丸を化粧室に連れて行った。

茶々丸にコーラがかかってしまったのは、千雨が女性とぶつかったために、茶々丸の予測よりも、一歩深く踏み込まれ、
更に手をバタつかせた為に、茶々丸の持つコップを下から、弾いてしまった。コップから飛び出した中身を避けれず、
かかってしまった。

「顔は拭けばいいけど、服はどうするか?」

「大丈夫です。こんな事もあろうかと、かえの服を持っているので、着替えてきます」

「ふーん、用意がいいんだな。じゃあさっさと、着替えてきな。待っててやるから」

「はい、少々お待ちください」


その頃、横島はと言うと、

「…遅いな、2人とも。俺置いて帰ったとか…さすがにそれはないよな…」

2人の戻りが遅いために、ちょっと不安になっていた。


そして、アキラと朝倉は、

「…朝倉、プレゼントってどんなもの買えばいいのかな?」

(どうやったら、大河内に大精霊を着せれるかしら。うーん、困った)

アキラの質問は、考え事に集中している朝倉に、華麗にスルーされた。

「朝倉、聞いてる」

「へっ、何を?」

「だからプレゼント」

「ああ~プレゼントね~(その手があった)」

朝倉は、アキラに笑い顔が見られないよう、前に出て自分の案を口に出した。

「ふっふふ、とてもいい案があるわ」

「なに」

「あんたが、大精霊チラメイドを着て『プレゼントは私』って言えばいいのよ」

すばらしくアホな事を、言い終えた朝倉は振り返ると、そこには誰もいなかった。

「…アレ?大河内何処行った~」

前方にいないことを確かめ、左右を見てもアキラは居らず、後ろを見ようとした朝倉の頭頂部に、誰かの手が置かれた。

「ん、大河内かい?(…あれ、う、動かないな~)」

朝倉は、必死になって頭を動かそうとしても、全く動かす事が出来なかった。更に前に動こうとしても、動けなかった。
そして、後ろからもの凄く平坦な声で、話しかけられた。。

「朝倉、手伝ってくれるって言ったよね。それが答えなの?」

「い、いやー男の人は好きだと思うよ(じ、地雷踏んだかな~)」

「……」

無言のアキラが、更に力を込めた。朝倉の頭から『ミシミシ』と音が聞こえた。

「いった~~(何か、身体が浮いてきた~)か、考える、新しい案考えるから、時間を少し頂戴」

その言葉を信じたアキラは、少し力は抜き、再び声を発した。

「次に、変なこと言ったら、本気で握るから」

「…(あ、あれで本気じゃあないの。ま、まずい、本気で考えなきゃ)」

朝倉は、必死になり考えたが、恐怖から思考が働かず、何も浮かばなかった。

「…まだ」

「も、もうちょっと待って(は、早く何か考えなきゃ)」

身体が震えだした朝倉は、必死になりまわりを見て、何かないか探しだした。そして、ファミレスでボケッとしている、
横島を見つけた。

「じゃ、じゃあ、本人にほしいもの聞こう」

「横島さんが、何処にいるかなんて知らない」

「あ、あそこ、あそこにいるから」

朝倉が、震える手でファミレスを指差したので、アキラも視線をそちらに向け、横島を視界に捉えた。

「…あっ、本当だ」

見つけた瞬間、朝倉を固定していた手を離し、少し笑顔を浮かべた。

「行こ、朝倉。ご飯奢るの、あそこでいいね」

「う、うん、行こうか~(こ、この子は、怒らせすぎたらだめだ)」

少しアキラと、距離をとりだした朝倉は、アキラを怒らせないように、大精霊をどうやって着せるか、考え出した。



[14161] デート?(終了)
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/01 22:20
「…変えの服ってそれかよ」

個室から出てきた茶々丸を見た、千雨は一度眼鏡をとり、瞼をもみもう一度見たが、やはり見間違いではなかった。

「似合いませんか?」

「いや、すっげー似合ってるよ(何で、こんな着慣れてんだ?)」

「では問題ありません。横島さんもお待ちでしょうから、戻りましょう」

ゲームショップからここまでの騒ぎで、疲れきってしまった千雨は、もう色々と諦めてしまい、

「…ああ、そうだな(被害に会うのは、横島さんだしいいか)」



「遅いな…本当に、見捨てられたのか?見てくるかな」

飲み物をとりに行った2人が、一向に戻ってこないため、席から立ち上がった時に背後から声をかけられた。

「こんにちはー横島さん」

「こんにちは」

横島が振り返ると、そこには昨夜の騒ぎの中心人物たちがいた。

「おお~こんにちは。昨日は無事に帰れた?タカミチさんに襲われなかった?」

「大丈夫でしたよー高畑先生は、そんな人じゃあないですから」

横島の冗談に、微笑しながら朝倉が答えた。そして、横にいたアキラが一歩前に出て、

「あ、あの、昨日は本当にありがとうございました」

横島の前で、勢いよく頭を下げた。それを見た横島は、顔をニヤケさせた。

(た、谷間が見えてる。眼福眼福)

(ん、横島さん、結構エロイかも。これなら大河内に、服着せれるかな)

横島のニヤケ顔から、本性に気づき始めた朝倉が、よからぬ事を考え出していた。そして、横島が表情を戻し、
ある事に気がつき、

「気にしなくっていいよ。それより、名前言ったけ?」

頭を上げたアキラが、昨夜の事を思い出しながら、

「…言ってないです」

「ああ~やっぱり、横島忠夫って言うんだ。よろしく」

「大河内アキラです。よろしくお願いします」

「朝倉和美で~す。よろしく~」

挨拶を終え、すぐに朝倉が質問を開始した。

「早速ですが、横島さん。メイドってどう思います?」

「…朝倉、何聞いてるの」

いきなりの質問内容に横島は、ポカンとしてしまったが、

「メイドって、お手伝いさんのことだよね?(たしか、六道家にいたような人達の事だよな)」

「そのメイドさん。「お待たせしました、ご主人様」そうそう、丁度こんな感じで言われたくないですか
…てか誰!」

急な声に、慌てて後ろを振り返ると、朝倉の視界には見知った人物達がいた。

「こんにちは、朝倉さん、大河内さん」

「…こんにちは(何で、こいつらいんだ?)」

「こんにちはー(すっごい組み合わせだね~面白そ)」

「こんにちは」

「…遅かったね2人とも、心配したんだけど…茶々丸ちゃん、何その格好は?」

茶々丸の服装が、変わっていたので聞いたのだが、

「ご主人様は無知ですね。これは、メイド服というものです」

「…いやそれは知ってるんだが、…ねえ、俺の質問の方がおかしいのかな?メイド服って私服なの」

横島は、こちらではもしかしたら、コレが普通なのかと思い、他の3人に話を振ると、

「いや、正しい反応だと思いますよー私服で着る人は、中々いないですよ」

「…うん」

「…ああ」

「…とりあえず、座ろうか。邪魔になるから。大河内さんと朝倉さんも、一緒にどう?」

「お邪魔しまーす」

「は、はい」

人数が増えたために、6人掛けの席に移動し、横島は疑問を口にした。

「茶々丸ちゃん、ご主人様って何?」

「横島さんのことですが。それとも旦那様のほうが、よかったですか?」

「普通に、名前で呼んでくれ。お願いだから」

「そうですか、おかしいですね。男性は、ご主人様と呼ばれると嬉しいと、教わったんですが」

千雨が、頭を撫でられたときの事思い出した。そして、アキラと朝倉がいたので、言葉使いに
気をつけながら、

「茶々丸、そのことを教えたのも、超ですか?」

「いえ違います、これは葉加瀬に聞きました。千雨さん、言葉使いが変ですよ。どうかしましか?」

「…いつも長谷川は、こんな風だったと思うけど?」

アキラは、あまり千雨とは関わりがなかったが、いつも敬語で話すと記憶していた。

「そうですよ(このロボ娘!余計な事ばかり、喋りやがって)」

これ以上会話が進むと、千雨の喋り方が、ばれそうだと思った横島が、話を変えるため口を開いた。

「そういえば、2人は買い物でもしてたの?」

「…(まずい、バレたら変な子に思われる)」

「そうですよー(まだ教えるのは、早いかな~もう少し熟成させたほうが、面白そだわ)」

横島の発言に、アキラは手に持っている物を思い出し、固まり冷や汗をかいた。一方朝倉は微笑を浮かべながら、
時期尚早と思い、横で固まっているアキラの変わりに、

「実はですね、大河内が昨日の事で、横島さんにお礼がしたいらしく、何かほしい物とか、してもらいたい事はないですか?」

横島は一瞬、じゃあ体でといつものボケを、かまそうとしたのだが、アキラが中学生と言う事を思い出しやめた。
そして、何よりアキラの目がとても純粋に、御礼をしたいと語っていたため、横島の心に響いたのが主な理由であった。

「う、う~ん(そ、そんな、キレイな目で見つめないでくれ~お、俺の邪な心には、眩しすぎる~)」

この男は正面からお礼を言われるのに、慣れていないから耐性がないのかもしれない。

「何かないしょうか」

真っ直ぐに、横島の目を見ながら尋ねていた。その真摯な行動が、横島の琴線にふれた。

(く~今までの俺の人生で、ここまで感謝された事があっただろうか、いやない。ええ子やなぁ)

横島が感動にうち震えているとき、他の3人はと言うと、

「ふがふが(何をなさいます、千雨さん)」

「茶々丸は、喋らないほうがいいと思いまして(どうせ、くだらねー事を言うに、決まってるからな。
大河内、コレは貸しにしといてやる)」

茶々丸の口を必死になって、塞いでいる千雨がいた。

「あんた達、仲いいだね。クラスじゃあ、一緒にいるのも見た事ないのに」

「…(こいつ、目が腐ってんのか?何処が仲良く見えるんだ)」

「ふが、ふが(はい、親友です)」

こちらは置いといて、横島たちの方は、

「その言葉だけで十分だよ。ほら、昨日のは仕事だから、気にせんでいいよ」

「…横島さんは、仕事じゃあなかったら、助けてくれなかったんですか?」

横島は、アキラが気にしないように、軽い対応をしたが、それが裏目に出てしまった。アキラは、
悲しそうに顔をうつむけてしまった。その反応に横島は慌てながら、

「そんな事ない、仕事でなくても助けた(美少女だし!)。でも、俺が君のほうに言ったのは偶然で、
タカミチさんが駆けつけても、おかしくなかったよ?」

「…でも、私を助けてくれたのは、横島さんですよ」

またもや、横島の目を見つめながら、語りかけた。横島は、もう黙るしかなかった。

「…何かないですか?」

「えっと、今のところないから、今度何か考えてくって事で…ダメ?」

「…わかりました、考えて置いてください」

「おう」

横島は、満面の笑みを浮かべながら、返事をした。それを見た、アキラも自然に微笑んでいた。
その光景を、茶々丸の口を塞ぎながら見ていた千雨が、

(くっそ、何かむかつく。いっそ茶々丸を、解き放つか?)

ちょっと、物騒な考えをしだしていた。そして、今まで、アキラを怒らせると拙い事を、身をもって
体験していたために、眺めるに留めていた朝倉が行動を開始した。

「えーと、3人はどういう関係なんですか」

「ああ、偶々知り合ってね。千雨ちゃんは、タカミチさんと一緒にいるときに、紹介されたんだ。
茶々丸ちゃんは…」

千雨との出会いは、ごく簡単に済ますことが出来たが、茶々丸との出会いを語ろうとして、邂逅を思い出し
固まってしまった。まさか、戦闘しましたとは言えないため、

「……(どう説明したらいいんじゃ~)」

「「「?」」」

他の3人は、横島が口を閉ざした事を、不思議に思い眺めていた。横島が、いろいろと考えていると、茶々丸が、

「では、私から説明いたします。簡単にいいますと、私がエサをあげている猫を、助けていただいたのです。
その時、一悶着ありましたが、それは関係ないので、省かせていただきます」

そして茶々丸は、今日その猫を連れて行った病院に、行くために約束していた事を伝えた。横島も、
普段ならこの程度思いつくのだが、茶々丸との思い出はインパクトが強すぎて、頭が廻らなかった。

「千雨さんとは、今日偶然出会いまして、一緒にいます」

「…(横島さんは、優しい人なんだ。それにクラスでもあまり、話しているのを見ない、
絡繰さんや長谷川さんとも仲がいいみたいだし)」

その説明に、ほとんど納得したが、気になるになる事があった朝倉が、

「千雨ちゃんは、1人で何してたの?」

「…(こっちに話題振るなよ。お前にバレるのが、一番拙いんだからよ!)」

千雨の、知られたくないという、思いとは裏腹に、茶々丸が回答を口にした。

「ゲームを買っていました。内容は、ロボット同士の戦闘物だそうです」

茶々丸が、話し終わった瞬間、千雨はテーブルに顔を打ち付けていた。

(千雨ちゃんは、体張ったリアクションをするんだな~)

横島が、千雨の動きに感心していると、朝倉が軽く、

「なーんだ、そんな事してたんだ。もっと何か、面白い事を期待してたのに」

「へっ」

朝倉の、声を聞いたとき、千雨は間抜け面をしたまま、顔を上げた。実際にバレて、拙い事ではないので、
気にするような事ではない。ゲームなんて、誰でもする機会があるのだから。それにコスプレイヤーがバレた
訳ではないのだし。コスプレも、千雨のクラスでは知られても、問題はないと思われる。可愛い服や興味がある服なら
、自分から着せてといいそうな、面子ばかり何のだから。

「面白い顔してるよ~千雨ちゃん。うちのクラスにだって、ゲームする子はいるし、横島さんだってするでしょ?」

「俺も、そのゲームは知ってると思うよ」

(横島さんも、知ってるんだ。今度、長谷川さんとやってみようかな)

(た、助かった~)

この事より、このクラスの何名かにこのゲームが広がっていった。例を挙げるなら、
おじさま好きの少女やショタコン少女などが上がる。

「ゼンガー少佐、カイ少佐、素敵すぎる~~」

「もっと、男の子の活躍が多ければ、すばらしいですのに」


ファミレスでの、出来事はそれぐらいで、他にあった事といえば、またもや茶々丸が『アーン』をやり、
横島が恥ずかしがり、それを見ていた2人が呆然とし、1人は写真を撮っていた。

ファミレスを出て、猫を迎えに行くため、病院に向かっていた。関係ない3名も、ついていく事にしていた。
そして朝倉が、前を見ながら横の、アキラに小声で話しかけた。

「ほら、大河内も負けずに、腕をとりなよ」

「…む、無理、あんなの出来ない」

アキラ達の少し前では、腕を組んだ横島と茶々丸がいた。昼食前には、千雨も組んでいたのだが、

(茶々丸の奴、よくクラスの奴の前で組めるな。私には、無理だ)

さすがに、クラスメートの前で組むのには抵抗があったために、今はアキラたちと並んで歩いている。

(大河内も何言ってるのよーお姫様抱っこしたんだから、腕組むのも軽いでしょうよ
…怖いから言わないけど)

(周囲の視線がいたい。だ、誰か喋ってくれ~)

そう横島は周囲から、とても注目されていた。それはそうだ、横には腕を組んだメイドがおり、
その少し後ろには3人もの、少女が歩いているのだから、特に男からの視線が尋常ではなかった。
そして、横島の願いが通じたのか、口を開くものが現れた。

「茶々丸、少しいですか?」

「何でしょう、千雨さん」

茶々丸の、了解が確認できたので、

「茶々丸が、作られったのは何処ですか?」

茶々丸が、ロボットと知ってから、千雨が気になっていることであった。現代の技術で、ここまで
完成度の高いロボットを、何処で作ったのかが。しかし、問いかけた千雨も教えてくれるとは、思っておらず、

(どうせ、極秘とかなんだろうな)

と思っていたが、茶々丸はあっさりと答えた。

「麻帆良学園大学部です。超とハカセ、それにもう1人が主要な方達です」

「はっ?どっかの企業じゃあ無くて、ここの大学部でか?しかも何か、お前はクラスメートが
メインスタッフで作られたのか?」

「そうですが、何か?」

「ふざけるな、なんで中学生に作る事が出来るんだよ!(ちくしょ、なら秘密ですって、
言ってほしかった。…私の常識って何だろう)」

「へ~あの2人って、そんなに凄かったんだ。今度インタビューしてみようかな」

「テメーも、簡単に納得してんじゃね~大河内も何か言え!」

朝倉の反応が、気に食わなかった千雨は、傍観していたアキラに話を振ると、不思議そうな顔をした
アキラが、千雨に向かって、

「長谷川さん…言葉が荒くなってるよ?」

「そっちに反応してんじゃね~」

アキラも、あてにならないと知った千雨は、最後の希望となる人物に向かって、期待のまなざしを向けた。

「茶々丸ちゃん。君は…」

(そうだ、行け横島さん!)

「親と同級生なの?母親2人に、最後の1人が父親?」

千雨は、前のめりに倒れた。

(疑問を抱くとこは、そこじゃあないだろ!)

「そうなります。3名とも女性なので、全員母親になります」

(くっそ~疑問に思うのは、私だけなのか!何だこの疎外感は、でも負けるか!)

普通に過ごして行きたいと、思っている千雨は、自分だけでもこの状況に、侵食されない事を誓った。
…何時まで持つ事やら。


動物病院にて、子猫を受け取るときに医師から、

「では、食事の時にこの薬を、混ぜてください。それと、まだ完治まで時間がかかるので、
外に出さないでください」

「はいっす(どうするかな、こいつ野良だし)」

外で待っていた、少女達に猫を渡すと、

「結構かわいいじゃん」

「…うん」

かなり好評であった。猫を被るのをあきらめた千雨と、アキラが猫を可愛がっているのを尻目に、茶々丸に医師からの話を伝え、

「どうしようか?茶々丸ちゃんは飼えないの?」

「うちでは少し問題がありまして(マスターが、嫌がるでしょうから)」

「そっか」

横島が、3人に目を向けると、話を聞いていたのか、3人とも首を振った。

「私達は寮で生活してるからねー厳しいと思うよ」

実際には先の事になるが、オコジョを飼う者が出てくるので、猫を飼うくらいなら問題ないと、
思われるのだが知るよしもない。そして女性陣から、一斉に視線が集中しだした横島は、

「うっ、一様アパートはペット可なんだが…」

それを聞いた茶々丸が、横島の手を両手で掴み、向き合いながら、

「お願いします、横島さんこの子を、飼ってあげてください」

頭を下げ、握っている手が茶々丸の額に当たった。他の3人からも期待の目で見られた横島は、後退りながら、

「か、飼ってもいいだけど、エサとかどうしていいかわからないんだよな~それに、仕事が夕らからだから、
エサあげれない時があるかもしれないよ?」

「問題ありません。横島さんがいないときは、私があげに行きますので」

そこまで言うなら、横島も問題ないと判断し、

「じゃあ、まあ飼うか(今は、収入も安定しそうだからな、こいつ一匹くらい問題ないか)」

「ありがとうございます。千雨さん達も、暇な時は手伝ってくれませんか?」

「ん、まあ構わないぞ(こいつ、すっごい人懐こいな…かわいいなーちくしょー)」

「…うん」

「暇なときね」

千雨が、意外に素直に応じたのは、猫に魅了され、逃げずに触れるのがポイントが高かった。
アキラは、小動物がすきなのと、横島を手助けできることから。朝倉はもちろん、ネタになりそうなため。

「では、必要なものを買って、横島さんのアパートに案内してください」

「はいよ」

こうして、茶々丸達のアパート訪問が決定した。横島は、自宅の部屋にエロ本が転がっている事を、
すっかり忘れているのであった。



[14161] はじめての自宅訪問
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/14 00:04
横島は、バンダナを買うのを諦め、猫のエサとトイレや必要な物を購入し、少女達を自宅に案内した。

「ここが、俺のアパート。まあ~何もないけど、どうぞどうぞ~(ワ、ワイの部屋に美少女が~…はっ、
こ、これはもしや夢じゃあないよな?)」

部屋に行くため、階段を上ってる途中で横島が、夢か確かめるために、急に手摺に向かい頭突きをし開始した。
茶々丸以外の少女達が、急な奇行に固まってしまったが、アキラがいち早く硬直から解け、

「きゅ、急にどうしたんですか!?」

なおも頭突きを続けている、横島の額から血が出てきたが、変にトリップしているのか、

「…(くっそ~全く痛くない、この子等はワイの妄想の産物なんか~)」

「大河内、押さえ付けるぞ、手伝え!」

「うん」

千雨も復活し、アキラと共に横島を両側から、押さえ付けにかかった。横島の二の腕を、胸に抱えるように押さえつけると、
暴れる横島が急に大人しくなり、手摺から引き離す事に成功した。

「…大丈夫ですか?」

「お、落ち着いたか?」

二人の質問に答える事も無く、顔を少し俯かせている横島の顎先から、血が垂れていた。もちろん、
額の傷ではなく鼻血であるが、周囲からは額から垂れているように見えている。

「…(や、柔らかい。ゆ、夢にしては、リアルだ!げ、現実か?)」

「横島さん、変な行動は控えてください。茶々がビックリしています」

「…ああ、スマン。スマンついでに茶々丸ちゃん、ちょっと思いっきり殴ってくれ」

「変わった趣味ですね?」

「趣味ちゃうわ!確認したいだけじゃ!」

「良くわかりませんが、わかりました。千雨さん、この子を」

「ああ」

不本意ながら、横島の願いを叶える為に、抱いていた茶々を千雨に預けた。そして横島の前に立ち、
横島の願い通り全力で腹部を殴った。

ドスッ

「ぐは(い、痛い、夢じゃあない!しっかし、かなり強烈だ)」

横島の誤算は一つ、殴って貰う相手に、茶々丸を選んだことである。彼女の打撃力は相当高く、
横島に痛みを与える事に成功した。普通ならここで終わるのだが、茶々丸の打撃は一撃で終わらず、腹部を殴った後、
崩れ落ちる横島の横顔に向かって、切り裂くようなフックを決め、

スパン

横島の首が限界まで回り、顔が戻ってきた瞬間に、腹部を殴った腕を一瞬力を蓄えるために引き、
天に向けはなった。

バキ!

横島は、見事なコンビネーションブローを貰い、最後のアッパーによりその場で、半回転して
頭から地面に落ちた。

メチャ

「「「…(…死んだかも)」」」

見ていた者達の考えがシンクロした。みんなドン引きである。そして、惨劇を作った張本人は、
倒れ伏した横島に向かい、

「これでよろしいですか、横島さん?」

横島は、頭から血を流しながら、力が入らない体に鞭打ち、上半身を持ち上げながら、

「…よ、宜しくないわ~殴れって言ったら、普通一発に決まってるやろ!?」

「「「生きてた!」」」

「制限が無かったので、KOするまで殴ってみました」

「くっ、ワイが悪いんか~~」

横島の慟哭に、答えるものはいなかった。茶々丸は、預けていた茶々を受け取っており、
他の3名は、これ以上この事に関わりたくないため、茶々丸の周りに集まり、子猫を撫でたり、写真を撮っていた。

「子猫だから、肉級も柔らかいな」

「いいな、長谷川。私にも触らせて」

「たまには、こういうのを撮るのもいいね~」

「…シカトかい」

少女達に、無視され哀愁が漂いだした横島に、

「横島さん、そろそろ部屋に案内してください」

「…はい」

茶々丸の心無い言葉が耳に入り、項垂れながらも、何とか返事を返した。


少女達を、部屋に招きいれた横島は、顔の血を洗い流すために、洗面所に向かう事にした。

「ちょっと、顔洗ってくるから、先に行っといて。荷物はそこに置いといていいよ、後で俺が運ぶから~」

「はい、では先に行っていますから、お早く」

「はいよ」


先に部屋に入った、少女達は、

「本当に何にも無い部屋だね」

「…うん」

「引っ越してきたばかりらしいからな」

「「へー」」

茶々丸が子猫を放すと、千雨と朝倉は猫と戯れ始めた。アキラはと言うと、暇そうに周りを見回していた。
すると、床に一冊の雑誌が落ちているのに気がついた。雑誌に近づくと、裏表紙になっているために、
雑誌名はわからなかったが、何の気もなしに拾い上げ、

(暇だから、コレでも読んでよ)

雑誌を広げ、パラパラっと捲ると、Hな本であった。アキラは、はじめて見る18禁本を手にしたまま、
顔を真っ赤に染め、目をそらす事も出来ずに、本を開いたまま固まってしまった。

「…(はっ、閉じなきゃ)」

アキラは、周囲に気づかれる前に、本を閉じようとしたが既にとき遅く、背後から声をかけられた。

「珍しい本をお持ちですね。私達の年齢では、買えない物ですが?」

「きゃ『ビリ』」

「見事に真っ二つにしましたね」

急に声をかけられたために、驚きのあまり両手に力を込めてしまい、本を2分割にしてしまった。
騒ぎに気づいた、千雨と朝倉が近寄り、

「どうしたの」

「大河内、何持ってんだ?」

2人とも、アキラが持っているものが気になり、固まっているアキラの手から、前編・後編に分かれた本を取り、
内容を確かめると、どのようなものか気がついた。

「ふ~ん」

「げっ」

対照的な反応であった。苦笑しながら、ページを捲る朝倉と、アキラと同じように、
顔を真っ赤にする千雨がいた。そして茶々丸が、頷きながら、

「大河内さんは、むっつりだったのですね」

「…ち、違う。わ、私のじゃあないから」

「犯人は、そう言うのが相場です」

「は、犯人じゃあない…」

顔を赤らめたまま、首を振っていると、部屋の入り口が開き、

「ふ~やっと汚れが落ちた~」

とうとうエロ本の持ち主が現れた。荷物を部屋の端に置き、周囲を見ると少女達から漂う空気が、
おかしいことに気づいた。

「? どうし…げっ、そ、それは…」

朝倉は、持っているものを、横島に表紙が見えるように体の正面に持ってきた。彼女は、
笑いを隠そうとしているが、口の端が上がっていた。朝倉から目を逸らすと、今度は顔を赤くした、
千雨が視界に入ってきた。千雨が何かを持っている事に気づき、注意を払い何かわかると、頬を両手で押さえながら、

「N~~o~~まだ読んでないのに!」

「それは残念な事です」

茶々丸が、至極どうでもよさそうに答えながら、部屋の隅で猫用品を開けていった。
そして、横島の叫び声に反応する者が、もう1人現れた。

「す、すみません。す、直ぐに新しい本を買ってくるから」

「あ、そう、ありが…だ、駄目! stop~」

本を破った負い目と、気の動転から、新品を買って来る決心がついたアキラであった。その発言に、
一瞬ラッキーと思った横島であったが、女子中学生にエロ本を買わせるのは、さすがにマズイと思い止めようとした。
しかし既にアキラは、財布を手に玄関で靴を履いている最中であった。

「出てっちゃ駄目!」

瞬時にアキラに近づき、彼女の腰に抱きついたが、彼女は全く気にすることなく、玄関の扉を開け
横島を引き吊りながら、出て行こうとした。

「な、何ちゅう力や~こなくそ」

横島は、扉に両足をかけ全力で踏ん張った。その努力の甲斐もあり、アキラの行進を止めることができた。

「…離してください、買いに行けません」

「いい、買いに行かなくていいから~落ち着いて!」

「楽しそうだね横島さん、ハイチーズ」

横島の後ろで、満面の笑みを浮かべた朝倉が、写真を撮っていた。

「写真撮ってる暇があるんなら、止めるの手伝わんかい!」

その後、近づいてきた千雨が、顔を赤くし落ち着き無く、

「…大河内、ほ、本当に…そ、その…エ、エロ本を買ってくるのか?」

「うっ」

その他にも、何所で買うのかや、店員が男性だったらどうするかなどを、問わる事により、
冷静さを取り戻すのに成功した。アキラは、困った表情を浮かべ、腰にしがみ付いたまま重石になっている横島を
、首を曲げて視界に納めると、

「そ、その、やっぱり買えないです。ごめんなさい」

アキラが、諦めてくれた事にホッとした横島が、扉からやっと足をはずす事ができた。

「はっはは~あんなん気にしなくていい(こんないい子に、エロ本買わすって、ワイはどんな変態じゃ~)」

「で、でも、お、男の人には必要な物と聞いたけど?」

「い、いや、あ、あんな物必要ないぞ!」

「そうなんだ…」

強がり言う、横島であった。そして、一段落したところに不機嫌な声が、その場に響いた、

「ああ横島さん、何時まで引っ付いてるんだ?」

瞬く間に、アキラから離れると、勢いよく何度も頭を下げながら、

「ご、ごめん!?」

「い、いえ」

顔を先程とは違う、恥ずかしさから顔を赤くし俯くアキラを、また朝倉が激写していた。

「おい、さっさと戻るぞ」

「おお」

「うん…」

ドスドスと足音を立てながら、茶々丸たちの部屋に戻っていく千雨と、苦笑しながら直ぐ後ろに続く朝倉を、
2人は慌てて追いかけていった。

部屋に戻ると、茶々丸が中央で正座しており、

「遅かったですね。茶々は、疲れたのか寝てしまいました」

彼女の膝の上で、丸くなり寝ている茶々がいた。茶々丸が無表情ながら、慈しむ様に猫を撫でる姿を見た4人は、
自然に微笑み穏やかな雰囲気に包まれた。

「いいな」

「ああ」

アキラと千雨は、今度は自分の膝に乗せようと、心に決めた。横島が、見惚れていると、

「申し訳ありません、そろそろ帰らないといけないので、 横島さん交代してください」

「ああ、いいぞ」

横島は、茶々丸の横に腰を下ろし、胡坐をかいた。そして、茶々を起こさないように、そっと持ち上げ、
自分の足の上に乗せた。横島と、入れ替わりに立ち上がった、茶々丸が、

「では、失礼します。また今度来ます」

「そろそろ、いい時間だから、私達も帰ろっか」

「…うん、また来ます」

「ああ、横島さん、またな」

「気をつけて帰れよ」

茶々丸に続いて、他の子達も、帰ることになった。横島に簡単な挨拶をして、それぞれ茶々を撫でてから出て行った。


4人で歩く帰り道、千雨が今日の出来事を思い出していると、

(…くっ、碌な事がなかったな、ほとんどボケロボのせいじゃねえか。何か仕返ししたいなー…そうだ!)

何か思いついたのか、3人に気づかれないように、悪い笑みを浮かべていた。
そして、普段の表情に戻した千雨が、歩きながら、

「なあ、茶々丸?」

「何でしょう」

「超と葉加瀬の2人が母親なんだよな?」

「正確にはもう1人いますが、そうです」

「じゃあそいつらに、今度『母さん』とか言ってみろよ」

「構いませんが、何故ですか?」

「気にすんな、きっと面白いぞ」

「そうですか」

そして、しばらく雑談しながら歩き、交差点にかかると、

「では私はこちらなので、失礼します」

茶々丸が、帰ろうとすると、

「…ちっと待て。携帯出せ」

「何故ですか?」

「番号交換に決まってんだろうが」

「あっ、私もする~」

「…私も」

全員が番号交換をすると、今度こそ挨拶をして、別れて行った。

「さて、今日の夕飯どうするかな」

「良かったら、食べに来る?」

「いいのか?」

「うん…ゆーなもいるけどいい」

「…ああ(もう、いいか)」

どうやら、もう猫を被るのは諦めたようである。どうせ、気にしない奴らと認識したのが、大きいようだ。

「大河内~私もいい?」

「変な事言わないなら、いいよ」

「言わない、言わない」

そんな他愛無い会話を、続けながら帰路についた。


「ただいま戻りました」

ログハウスに入り、帰った事を伝えると、

「遅かったな、茶々丸。早く夕飯を作れ」

茶々丸は、帰り道に千雨に言われた事を思い出し、

「はい、お母様。直ぐ作ります」

「ああ」

エヴァンジェリンは、普段通りの反応であったため、

(特に変化はありませんでした。早く夕飯の支度をしなければ)

茶々丸が、台所に消えると、

「…はっ?」

一拍遅れて頭上に?マークを浮かべた、エヴァンジェリンの姿があった。

(今間違いなく、『お母様』とか言ったよな…)

エヴァンジェリンは、何か考え事をしだし、小声でブツブツと独り言を言い出した。

「…そうか…つに、…印されて…15年前…おかしくな…」

考え事は、長い事続けられ、茶々丸に呼ばれるまで思索に耽っていた。食事中も上の空のままで、
食べているのに気づいているかも、怪しい状態であった。食事が終わると、遂にエヴァンジェリンが行動を開始した。

「ちゃ、茶々丸、そ、その、か、帰ってきたときだが、な、何と言ってたかな?」

もの凄い動揺していた。そして茶々丸が、帰った時の事を思いだし、

「『ただいま戻りました』ですが?」

「そ、その後だ」

「『はい、お母様。直ぐ作ります』です」

茶々丸の答えを聞いた瞬間、エヴァンジェリンは自分の体に電流が走るのを感じた。
そして、しみじみと茶々丸を見つめながら、

(お、お母様…いい!15年前に、ナギを手に入れることができていれば、茶々丸くらいの子供がいても
可笑しくないんだ!)

エヴァンジェリンの脳裏に、草原で遊ぶ茶々丸(外見年齢何故か5歳程度・満面の笑みを浮かべている・継ぎ目なし)を、
ナギに肩を抱かれているエヴァンジェリン(大人Ver)が、遊ぶ茶々丸を見て両者が微笑んでいる光景を妄想し、
ニヤケ面になっていた。

急に微笑みだした、エヴァンジェリンを不思議に思ったのか、

「どうかしましたか?マスター」

茶々丸の『マスター』発言に、現実に戻ったエヴァンジェリンが、茶々丸に詰め寄り、

「ちゃ、茶々丸や、こ、これからは、ひ、人がいないときは、私の事を『母』と呼べ」

「…はい」

エヴァンジェリンの、迫力に後ずさりながらも、何とか返事を返すのであった。

「さあ、もう一度言ってみるのだ」

「はい、お母様」

エヴァンジェリンが、天にも昇る気持ちでいたが、次の茶々丸の独り言が聞こえた瞬間、

「今度、超とハカセにも『母』と言ってみましょう」

一気に不機嫌になり、まくしたてた。

「な、ならんぞ、茶々丸。いいか、私以外を『母』と呼んではならん!」

「…何故ですか? あの2人も、私の母と呼べると思うのですが」

「だ、駄目なものは、駄目なんだ!」

単なるやきもちと、母と呼ばれる優越感を、独占したいだけであった。

「わかりました(これが、千雨さんの言っていた、面白い事なんでしょうか?)」

その言葉に安心した、エヴァンジェリンは、

「なら良い。…茶々丸、夕飯はまだか?」

「…お母様、さきほど食べられましたが」

「そ、そうだったか」

考え事に夢中になっていたため、すっかり忘れていたのである。そして、

(…そうだ、ナギが茶々丸の父親だった事にするか。じじいを脅せば、それぐらい捏造出来るだろう。
そ、そうなればもちろん、は、母親は私なのだから…あいつと私は夫婦と言うことに~~)

物騒な事を考え出し、床を転げまわりだしたエヴァンジェリンを見て、茶々丸がオロオロしだし、

(お母様も年ですから、脳に異常が発生したかもしれません。明日から、脳にいい物を作りましょう)

心配しているが、結構失礼な内容であった。たしかに、異常があると言えるが、さして問題ないことであるのだが、
茶々丸にわかる事ではなかった。

後日、学園長が金髪の悪魔に襲撃されるが、何とか自分の身を犠牲に、偽造書類を作成させることを阻止するのであった。
もちろん一度で諦める訳が無く、虎視眈々と機会を窺う少女がいた。書類作成に成功した暁には、
茶々丸に弟(兄?)が出来るのだが、どうなる事やら。

当初は、千雨のちょっとした悪戯心からの発言であった。茶々丸に『母』と言われ、慌てる様を見たかっただけである。
しかし、自体は彼女の予想を大きく上回り、エヴァンジェリンがその呼び方を、気に入ってしまったのである。
そして、千雨は一向に茶々丸が、『母』と言わないので不思議に思ったのだが、それは別の話である。


その頃横島は、

「ちゃ、茶々~そろそろ起きてくれ、腹減ったし足痺れた~」

未だに、横島の足の上で眠りこける茶々を、どかす事も出来ずにいた。そっと退かせばいいのだが、
心優しい横島であった。



[14161] 動き出した主人
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/02/22 21:48
こちらの世界に来て初めての日曜は、大学部から届いた家電を運び込み、溜まっていた洗物をする事で、午前が潰れてしまった。
洗濯機を回したまま、遅めの昼食を買うためコンビニに出かけていった。昼食を買いアパートに戻ると、何故かベランダに
洗濯物が干されていた。

(? 鍵は、掛けたよな?…まさか泥棒か!まずったな~携帯は部屋だしな~…まっいいか)

何処の泥棒が、親切にも洗濯物を干してくれるのか謎である。そして、盗まれる物はほとんど無く、現金も全額持っていたので、
安心して部屋に戻ろうとして、気づいた。

(はっ、部屋には、茶々がいた!もし何かあったら、シバかれる~~)

あえて、誰とは言及しないで置こう。それにもし、茶々に何かあっても、シバかれることは無いだろう。ただ、軽蔑の目を向けられたり、
小言を言われて、精神的にきつくなるだけである。まあこの男は、肉体面は強いのだが、精神的に追い詰められると、脆い所がある。
よって、精神面で圧力をかけられるほうが、ダメージが大きくなるために、シバかれたほうが幸せかもしれないのだが、
気づくはずもなかった。

茶々の存在に気づいた横島は、すぐさま駆け出して行った。階段を、6段抜かしで駆け上るという、常人にはキツイ行動を披露し、
瞬時にアパートのドアの前にたどり着いた。鍵を調べ、中の気配を探るように、ドアに顔を近づけた。

(開いている…しかも、中に誰かいる…)

気を張り詰めながら慎重にドアを開け、物音を立てないように、中を進んでいった。この時、全く物音を立てずに、
進むさまはさすがである。日々、覗きで鍛えられた技能はまさに、巧みであった。

(ここに、いるな)

閉じられたドアの向こうから、複数の気配を感じた横島は、相手の虚をつくため、部屋に突入する事を決めた。

ドアを勢いよく開け、中の人物に飛び掛ろうとした横島は、ドアを開けたまま、気の抜けた顔をさらけ出した。

なぜなら部屋の中には、茶々を太ももに乗せ、昼食を食べている千雨と、3台の携帯電話を操作している茶々丸がいた。

「もぐもぐ…こんにちは、お邪魔してます。茶々、駄目だって怒られるから…私が」

茶々が、顔を上に向け必死に千雨を見つめていた。正確には、千雨が手に持つ箸をだが。一度そのかわいらしい姿に、
陥落した千雨が少量与えようとしたが、人が食べるものは猫の健康にあまり良くないため、茶々丸に怒られた。

「おかえりなさい、横島さん。横島さんもどうぞ」

茶々丸は、手に持っていた携帯電話を一度置き、横島の分もご飯をよそいだした。その姿は、他の者が見たら新妻のように見えたかもしれない。
しかし横島は、顔に疑問符を浮かべながら、

「…まあ、千雨ちゃんが飯を食ってるのはいいとしよう。茶々丸ちゃんが、携帯いじってるのも別に構わん。
でも、鍵のかかった部屋にどうやって入ったの?」

そう、どんなにかわいらしく見えても。2人は不法侵入者である。茶々丸が、甲斐甲斐しく横島の食事を作り待っていても、
横島には不思議な状況にしか見えなかった。

千雨は、若干顔を引きつらせながら、横島と目をあわせる事も無く、食事に集中しだした。茶々丸は、横島の分の仕度を終え、

「私達に、開けられない扉など無いのです」

「ちょっと待て!私は周りを見てただけだ!」

主犯茶々丸・共犯千雨のようである。


どのような状況であったか説明すると、茶々丸に誘われた千雨(アキラと朝倉も誘われたが、二人とも部活があり来れなかった)が、
2人で横島宅に赴きチャイムを鳴らしても、中からの反応はなく。鍵もかかっていたために、どこかで時間を潰そうと言う千雨に、

「すみませんが、少し周りを見ててください」

「? わかった」

茶々丸の言う通りに、周囲を見始める事数秒、『カチャ』という音が聞こえ、横島が部屋にいたのかと思いながらドアの方に意識を向けると、

「…おい、どうやって開けた…」

「この程度の鍵、針金二本あれば十分です。ご協力ありがとうございました」

「わ、私を犯罪に巻き込むな~」

二本の針金を、胸の前で見せる茶々丸に、千雨の叫びが虚しくあたりに響き渡った。


「ふ、ふ~ん。大変だったね~(千雨ちゃん、大分振り回されてるな~)」

「…ああ」

横島の哀れみを受けた千雨は、床に手を着き力ない返事しか返せなかった。

「横島さんは、本日は警備のお仕事でしょうか?」

「ん、ああ、7時位にココ出るよ」

「では、出る前に茶々にご飯をお願いします。それと、昼食の余りが冷蔵庫に入っているので、夕食にしてください」

「ありがとう、茶々丸ちゃん!」

「それと、仕事の日も教えてください。茶々のご飯のついでに、色々作って冷蔵庫に入れておきますので」

横島は、その言葉に感動し、声も出せなかった。横島の食生活プランは、コンビニや外食に決めていた。それが、茶々丸のおかげで、
週の何日かは手料理が食べられる事になったため、嬉し涙まで見せていた。

「くぅ~やっぱりええ子や~酷い目にもあったけど、優しい子じゃ~」

たしかに、酷い目には合わされている。肉体的にも精神的にも、しかし基本的には心優しい少女なのである…多分。

急に泣き出した横島を、無表情ながらも首を少し傾け見つめていた茶々丸が、

「横島さん、私は人工知能なので感情はないです。そのため、優しいと言うのは、不適切だと思います」

「えっ、そうなの? 茶々丸ちゃんは、優しい子だと思うけどな~それにほら、最初に会ったときは、怒ってなかった?」

はじめて茶々丸と、出会った時のことを思い出すと、横島にたいして彼女は怒りの感情をぶつけられていた。そのため、
この男は茶々丸には感情があると結論付けていた。そして茶々丸も出会った時のメモリを再生させると、

「あの時は、ただ茶々が傷つけられたと認識したら、頭部が熱くなってしまいました」

「何だやっぱり感情あるじゃん。怒の感情があるなら、他の感情だってあると思うぞ。まあ難しい事は分からんが、
そんな事関係なしに、俺は茶々丸ちゃんは優しいと思うよ」

横島が屈託無く笑いかけると、茶々丸には一つの願いができた。

(何故でしょう? この人に私はまた、『優しい』と言われたいです)

この小さな願い事が、『優しい』と言われるたびに茶々丸を苦しめる事になるとは、横島はもちろん本人にも、
予想などできる事ではなかった。


「僭越ながら、アパートの鍵をいただけないでしょうか?」

「? 別に構わないけど、どうして」

急な発言に横島は目を丸くし、不思議そうに尋ねると、

「今日のように、ピッキングで入るにはリスクが高いので」

質問者は、その回答に口をだらしなく開け、唖然としてしまった。たしかに、毎回ピッキングで入っていたら、
そのうち通報され青い制服を着た人に捕まってしまうだろう。以前によく追いかけられていた横島は、
茶々丸が捕まる姿が簡単に想像できた。しかし、リスクが低かったら毎回同じ方法で、入る気であったのだろうか、
謎である。さらに、茶々丸が呟いた。

「私1人なら、窓から入れるのですが」

メイド服を着た少女が、二階にある部屋に窓から侵入するのは、もっと異質である。どのような想像をしても、
捕まる姿しか思い浮かばなかった横島は、急いで合鍵を探し、

「はい、コレ使って正面から入ってくるように!」

「ありがとうございます」

横島から手渡された、鍵を大事そうにポケットにしまった。一方、気づかないうちに、不法侵入を手伝わされた可哀想な少女は、
子猫に元気付けられていた。

「茶々、お前はいい子だなー名前が似たロボ娘とは違うよ」

うなだれている千雨を、鳴き声をあげながら体を擦り付けている、茶々の姿があった。他者からは慰めているように見えた。
最近というかこの2~3日で、千雨の心は鑢に削られる様に、疲弊していった。そんな時に、触れてくる子猫が、
千雨の心にはとても温かかった。そして今度来るときには、お土産にちょっと高めの猫缶を、買うことに決めるのであった。

本日の目的を果たした、茶々丸達は横島と雑談し帰っていった。その会話で、横島が最も歓喜した事は、
横島の携帯に茶々丸と千雨の携帯のデータが、登録された事だったとさ。


そして本日も、タカミチと警備のルート確認を行っていた。前と違い大きな問題もなく、穏やかな雰囲気で歩きながら、

「明日から、バイトだね。場所や時間は大丈夫かい」

「バッチリですよ!」

横島は右手の親指を立てながら、タカミチに大丈夫とアピールした。タカミチは、根本的なことを聞いた。

「何で、バイトをはじめようと思ったんだい」

「さっさと、お金貯め様と思ったんですよ」

「警備の仕事でも、生活には十分だと思うけど?」

「まあ、そうなんですけど~あのジイさんの下で、ずっと扱き使われるのが嫌なんですよ~雇い主が美女だったら、
こんな好条件やめないですよ!」

横島の過去を知っているタカミチは、彼らしい理由に苦笑していた。そして、学園長の元で働く大変さを、
知っている身としては納得するしかなかった。

「じゃあ、やめた後どうするんだい?」

「う~ん、そうですね…会社でも作ってみますか」

やめた後のことは、大して考えていなかったのか、少しの間悩み意外な答えを出した。この男は、元の世界で商才を発揮したため、
意外と悪い案ではない。まあ元の世界では、知り合いに力を借りれたのが、成功に大きくつながったのも事実だ。
知り合いの居ない世界で、成功するかは未知数である。

「ほ~面白いことをしようとするね~どんな会社にするんだい?」

「そうですね~何でも屋でもしようと思います。超常現象からペット探しまで、幅広くやろうかな~」

今まで微笑んでいたタカミチが、少し真面目な表情になた。

「なるほど…何でも依頼していいなら、僕も先にお願いしとこうかな」

「タカミチさんなら、安くしときますよ~」

「ありがとう。僕は出張が多くてね、学園を離れる事が多々あるんだよ。もし僕が、どうしてもその場に居る事ができない状況だった時でいいから
、僕の生徒が危ない事に巻き込まれたら、助けてあげてほしいんだ」

「学園を守ってくれとか、無茶な事言わないんですね?」

「学園が危険になったら、他の魔法使いが動くからね。小競り合いで直ぐに動くのは難しいと思うから、
願いの対象は身近な存在にしておくよ」

「いいですよ(タカミチさんの生徒なら、可愛い子も沢山いそうだしな~)」

タカミチの事が嫌いではないし、色々と親切にしてもらったので、少し不純な考えもあるが、そのお願いを快諾する事にした。

「それで僕は何を払えばいいのかな?」

「まあ~まだ会社設立してないですから、設立した後に決めますよ。作るまでは、サービスでお願い聞いときますよ~」

「本当かい、じゃあお礼に今度、女の子のいる店に連れてってあげるよ」

「まじっすか。嘘だったら泣きますからね!」

一気にテンションを上げた横島を、宥めながら警備のルートを案内していった。


月曜日の午後、はじめてのバイトに出た横島は、販売所の中でみんなの前で挨拶をしていた。

「こんちゃ~す、今日からココでバイトをする横島です。よろしくお願いします」

そして挨拶の終わった横島に、経営者であるおじさんが近づき、話しかけてきた。

「今日は、アスナちゃんに着いて行ってもらいたいんだが、彼女がまだ来ていないから、少し待っててくれ」

「はいっす(名前からして女の子か~可愛い子だといいな~)」

おじさんが、横島に仕事を説明していると、頬をほんのりと染めた神楽坂明日菜が到着した。そして、彼女の後ろには、タカミチがいた。

「こんにちは~すみません遅れてしまって」

「すみません、僕が引き止めてしまったんで」

学校が終わって、直ぐにバイトに行こうとした神楽坂を、横島のバイト初日ということもあり、心配になったタカミチが、
着いて行きたいと言ったためである。走ればもっと早く到着したのだが、タカミチと少しでも長く居たい、恋する乙女が歩いていく事にしたのである。

「タカミチさん、可愛い女の子侍らせおってーデートだな!ちくしょ~見せつけてんだな!羨ましくなんかないぞ~~」

「そ、そんな高畑先生とデートなんて!」

横島が沈み始めた太陽に向かい、タカミチに対しての羨望と、自分がもてない事に対する不満をぶちまけていた。
この男は、二日前に茶々丸とデートをしたり、美少女4名を自宅にあげたことを忘れているのだろうか?

一方タカミチとのデート発言により、顔を真っ赤に染めた明日菜は、頬に両手を沿えイヤンイヤンと体を振っていた。
既に彼女の脳内のバラ色の妄想では、タカミチに様々な場所(船上、高層ビル、ドライブ、海等)において、愛の言葉を囁かれていた。
横島の妄想といい勝負である。

タカミチは、そんな二人を見て仲良くなれそうだと判断して、帰ることを伝えるため二人に声をかけたが、
自分の世界に入っている二人に全く反応されなかったが、微笑みながら帰っていった。

そして数分後、経営者のおじさんに声をかけられ正気の戻った。横島の配達地区を教えるため、明日菜についてまわった。
もちろん、自転車などは使用せず、二人とも自分の足で走った。走りながら、

「横島さん、足速いんですね」

「はっはは、明日菜ちゃんコソ、無茶苦茶速いね」

二人とも、原付の法廷速度をオーバーする程の、速度で駆けているが、まだまだ余裕があるようで、普通に話をしている。

明日菜は、事前にタカミチから横島について話を聞いており、大分好感度は良かった。もっとも、
タカミチの友人である事が、大きな要因でもあるが。

そして横島のほうも、明日菜から学費などの援助を受けているため、それを返すためにアルバイトをしていると聞き、感動していた。
貧乏であった学生時代、というか元の世界にいた時だが、彼女以上に極貧生活を体験したため、シンパシーを感じていた。

そして、横島の配達地区の案内と同時に、明日菜の新聞も底をついた。

「はい、コレで終了っと。いい汗かいた」

「お疲れ様、ほい」

何時の間にか、手に持っていたスポーツドリンクを一本、明日菜に投げ渡した。

「い、いいんですか?」

恐縮している明日菜に、ドリンクを既に飲んでいた横島は、構わない事を手で合図した。この男にとって、将来美人になる可能性の高い子への、
先行投資としてはこのくらいどうとでもなかった。

明日菜も、横島にお礼をいい、二人してドリンクを飲み始めた。販売所に戻るため、帰りは走ることなくゆっくりと歩き出した。

販売所からの帰り道、二人並んで歩きながら雑談していると、何かに惹かれるように立ち止まった横島が空を見上げた。

(今日は満月か~饅頭でも買おうかな)

横島の視界には、暗くなった空にはさえぎる雲一つ無く、見事な満月が見えた。

急に立ち止まり、空を仰ぎだした横島を不思議に思いながら、明日菜が口を開いた。

「どうかしたんですか?」

「んにゃ、満月がキレイだな~と思っただけ」

「本当だ、キレイですね」

「腹減ったな。明日菜ちゃん、どっかで飯でも食ってかない?」

「何ですか急に、でもゴメンなさい、相部屋の子が作ってくれてるんで」

顔の前で両手を合わせて、申し訳なさそうにしていた。本当にすまなさそうにしている明日菜を見ると、悪い事をしたかと思い出した横島は、
気にしないようにと言い再び歩き出した。


日が天にある時ならば、多くの自然に囲まれ見るものの心を穏やかにしたであろう場所も、すっかり辺りが暗くなった真夜中においては、
日中とは逆の効果しか生まない。風によりざわめく木々が、より一層効果を増加させていた。

そのような場所に立つ一軒の家から、暗闇に不安を感じさせない足取りで、二人の少女が出てきた。

「茶々丸出かけるぞ」

「何処え出かけるのですか? 明日も学校なので、あまり夜更かしは」

「気にするな、お前は周囲に注意を払っていればいい」

「わかりました、お母様」

エヴァンジェリンが先を歩き、手持ち無沙汰になったのか、前を向きながら茶々丸に話しかけた。

「茶々丸、小遣いは足りたか?」

「はい、お母様。ありがとうございました」

「ならいい、足りなくなったら直ぐに言うんだぞ(ジジイから、むしり取ってやるからな)」

「はい」

エヴァンジェリンは、母親といわれたため、少しは親らしい事をしようとしたようで、できることを思案した結果、
お小遣いをあげることにした。最初は、家事も考えたが、全て茶々丸に負けていることに気がつき諦めた。
まさかエヴァンジェリンも、あげたお小遣いが、男の食事に消えているなどとは、思いつきもしなかった。


歩く事数十分、エヴァンジェリンも目的地があったわけではなく、ただ人気が無いほうに足を運んでいった。
そして、条件に合う地点を発見し、立ち止まった。そこは、横島のアパートの近くであった。

「ふむ、ココで少し待つぞ」

「…はい」

「どうかしたか?」

「いえ、何でもありません」

茶々丸の返事が、一拍遅れた事を気にし問いかけた。その問いかけには、いつも通りに返事をしたが、周囲を気にするそぶりを見せていたため、
更に問いかけようとした。しかし、問いかけようとしたとき、前方から制服を着た少女が歩いてくるのが見えた。
その瞬間、エヴァンジェリンの口の端が持ち上がった。その隙間からは、鋭い犬歯がのぞいていた。

「そこにいるんだ」

茶々丸に一言いい、前方から歩いてくる少女の方に向かっていた。近づいていくと、その少女が着ている服が、
ウルスラ女子高等学校の制服である事が判明した。その少女も、エヴァンジェリンに気づいたようで、このような時間に見た目が
10歳の少女が歩いている事に、不思議に思ったようで、彼女のほうもエヴァンジェリンに近づいていった。

「そこの君、こんな時間に何をしてるんですの」

「1人目から、活きのいい獲物がかかったようだ」

エヴァンジェリンが、下を向き小声で呟いたため、彼女の耳には入らなかったようである。好みの女を捕まえられる喜びからか、
エヴァンジェリンの笑みが更に深まった。獲物は、気づかぬままエヴァンジェリンの声を聞くために顔を横に向け、
体を前かがみにしながら、自らの耳をエヴァンジェリンに近づけた。

「もう一度言ってみなさい」

頭の位置が下がり、首の高さとエヴァンジェリンの口の高さが、ほとんど同じ高さになった瞬間、
エヴァンジェリンが彼女の首に手を回し、首筋に噛み付いた。

「なっ…や、やめ…んっ」

驚きのあまり、尻餅をついてしまったため、逃げ出す事も出来ずに、エヴァンジェリンのなすがまま、血を吸われてしまった。
血を吸われ軽い酩酊間に襲われ、突き放す事もできなかった。

「ゴチソウサマ。中々いい味だったぞ」

ある程度血を吸い、満足し牙を首筋から開放した。エヴァンジェリンが離れても、吸血行為により血の減少と共に、心
地良い快感が全身を駆け巡り、目も虚ろになり立つ事が不可能であった。そんな彼女に、今夜の記憶を消して、
エヴァンジェリンはその場より茶々丸の待つ場所に戻っていった。

「茶々丸、帰るぞ」

「…お母様、何故あのような事を?」

「面白い情報が入ったのでな、少し力を取り戻す必要があるからだ」

エヴァンジェリンの元に入った情報とは、学園長が故意的に流したものであった。内容はナギ・スプリングフィールドの息子が、
この地にやってくると言うものであった。息子の血を吸い、自らにかけられた呪いを解くために、少しでも力を取り戻すため、
他者の血を吸うのを決めたのである。

「さっさと帰るぞ」

「…申し訳ありません。私はあの方を、安全な場所に移してきます」

「ふん、好きにしろ」

「はい」

エヴァンジェリンは一足早く帰っていき、残った茶々丸は、倒れたままの少女に近づき、抱き上げた。

(申し訳ありませんでした。高等部の寮はあちらでしたね)

彼女を、寮の近くのベンチに横にし、掛けるものを探し、近くに捨てられていた新聞紙を彼女に被せた。

(お母様を、止める事ができない私は…彼に『優しい』と言われる資格は無いです)

一瞬悲しげな表情を浮かべた茶々丸は、顔を俯けながら満月の光に照らされながら家路に着いた。

その日より、麻帆良にて一匹の吸血鬼が行動を開始した。そしてその従者が、満月の前後には、
ある男の前での行動がおかしくなった。



[14161] プールに行こう 前編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/02/22 21:49
横島が、麻帆良に来て一ヶ月ほどの月日が経った。最初の数日間に比べ、特質すべき事はなかったが、
変わった事と言えるのは8月の満月の前後に、猫缶を食した位である。茶々丸が、横島の夕食用に買った刺身を茶々に与え、
小皿に移した猫缶の中身をテーブルの上に置き、『夕食』と書かれていたので食べてしまった事ぐらいである。
気づかずに食べたところ薄味だが、美味しかったらしい。そして、学生達は夏休みの真っ只中である。

仕事をしている身には、あまり関係無い事であるが、とある約束をしていた横島は、麻帆良学園中等部女子寮の前に着くと、
携帯で時間を確かめた。その顔は、もの凄くにやけていた。

「早く着きすぎたかな」

侵入や覗き目的で来たわけでないので、堂々としているが、寮から出てくる少女達からは奇異の視線を向けられていた。
そんな中、横島を知る1人の少女が近づいてきた。

「えっと、何してるんです? 横島さん」

「よっ明日菜ちゃん。人と待ち合わせだよ」

のほほんと答える横島に、アスナが詰め寄りながら、

「ま、待ち合わせって、ココ女子寮の前ですよ。もうちょっと、考えて場所決めてくださいよ!」

女子寮の目の前で、誰かと待ち合わせをする横島の神経を疑いながら、ジト目で見つめた。
そのような視線など、全く気にすることなく、

「と言ってもな、ココから行くのが一番近かったんだわ」

「ふーん、何処行くんですか?」

「ん、プール。明日菜ちゃんも行く?」

「いやいや、知らない人と行っても。それに、今日は買い物行く予定ですから」

「そっか」

明日菜が行けないとわかると、少し残念そうな顔をした。しかし、メンバーがわかりもしないのに、
遊びに行くような人は少ないだろう。そうこうしているうちに、横島の待ち人達が現れた。

「横島さん、お待たせしました、さあ行きましょう。…アスナ何してんの?」

「おまたせ…」

アスナが振り返ると、そこには同級生の大河内アキラと、何故アスナがいるのか不思議な顔をしている明石裕奈が立っていた。
一方アスナは、横島の待ち人が同級生だった事に驚いていた。彼女は、男友達と待ち合わせしていると思っていたので、
あまりの予想外の事で呆然としてしまった。声を発する事の出来ない、明日菜の代わりに横島が、買い物に行く所であると説明すると、

「そうなんだ、じゃあ行きましょうか。またね、アスナ」

「またバイトでね、アスナちゃん」

アスナに手を振る裕奈と、アスナに会釈をしてアキラが後に続いていった。最後に横島が、挨拶して去っていった。
そして、その場に残されたアスナが、返事も返さずポツリと呟いた。

「…何、あの組み合わせ?」

アスナが、一生懸命考えても3人組の接点が、全く思い浮かばなかった。まあまだ、茶々丸と千雨がその場にいないだけ、
驚きは少なかったであった。


この組み合わせでプールに行く事になったかと言うと、話は二日ほど前に遡る。

アキラと裕奈が、部活の休みが重なったために、二人で町に遊びに出かけていた。

「ねえアキラ、折角の夏休みなのに、暇すぎるね」

「…うん、亜子とまき絵が実家に帰ってるから、しょうがないよ」

「そういえば、千雨ちゃんは?」

夏休みに入る前から、千雨はアキラ達の部屋で一緒に夕食を食べるようになった。そのため、
運動部4人組と話をする事が増えてきたのであった。そのため、千雨のことを気にしたのだが、

「誘ったけど、忙しいみたいで、部屋で何かしてる」

千雨は、8月中盤に行われるイベントに参加するために、衣装の作成に没頭していた。アキラ達と会話するのも、
夕食中のみですぐに自室に戻ってしまっていた。しかし、クラスメイトに対しても距離をとっていた頃と比べれば、
格段に成長している。

「そう。…もう、あっついにゃ~アキラ、プール行こ。プール」

あまりの暑さに、だれていた裕奈が、ガバッと上体を起こしながら、アキラの手をとり振り回した。

「落ち着いて、ゆーな。行ってもいいけど、二人で行っても…」

「うっ…そうだね、せめて後1人ぐらい、ほしいね」

再び当ても無く散策を続けていると、前方で鼻の下を伸ばした青年が、下手くそなナンパをしていた。

「おねえさーん、暑いですね~ボクとお茶でもしませんか~」

そして、そのようなナンパが成功するわけも無く、顔を一瞥されただけで、相手にもされる事がなかった。
ナンパが失敗した青年は、崩れ落ちると地面をたたき出した。

「ちっくしょう、これで15連敗だ!」

失敗する事に慣れているようで、次こそはと気を取り直し顔を上げると、今度は顔から崩れ落ちた。
先ほどナンパに失敗した女性が、目と鼻の先で二枚目の男性にナンパされ、腕を組んでいるのを見てしまったためである。
そして、ナンパが成功した男が、勝ち誇った顔を青年に向けた。青年は滝のような涙を流し、

「…やっぱり、男は顔なんか!バッキャロー」

その一部始終を見ていた、少女達は、

「あっははは、見たアキラ、下手なナンパだったね…へ」

裕奈は、腹を抱えながらナンパに失敗した青年を指差していた。そして、同意を求めるためアキラのほうを向くと、
ちょっと困った風に微笑むアキラの横顔がみえた。裕奈は、アキラが予想外の反応をしている事に驚いてしまった。
そして、アキラはそのままの表情で、倒れ伏す青年のほうに向かって歩を進めた。

「…ちょっ、アキラ」

「大丈夫…」

アキラは、裕奈の制止の声を聞いたが、裕奈のほうを向き安心するように声をかけ、
青年の横まで近づき膝をかがめ、彼の背を優しく撫でながら、

「…そんな事ないです。横島さんのいい所は、私はもちろん千雨も絡繰さんも知ってますから。
だから、元気出して」

繊細な手で、背中を撫でられるくすぐったい感触と、心のこもった囁きに横島が顔を上げると、
アキラはそっとポケットからハンカチを取り出し、横島の涙を拭いだした。横島は、
彼女の行動と言動に更に涙を流してしまった。この男はナンパに失敗するのはいつもの事だが、
失敗した後に大抵の場合において、以前は上司に折檻されるばかりで、優しくされた事など記憶になかった。

「ア、アキラちゃん、ありがとう、本当にありがとう」

アキラは、信頼している男性の少々情けない姿を見たが、横島の人柄や優しさに触れているので、
苦笑程度の反応しか示さなかった。助けられた恩を、未だに返すことができていなかったので、
少しでも横島を元気付けれた事に、安堵の笑みを浮かべた。

一方裕奈は、いつも一歩後ろに控えていたり、みんなのブレーキ役になる事が多いアキラが、
積極的に男性に近づいていった事に驚愕していた。しかも相手が、ナンパを失敗して道端で涙を流すような人物にだ。
そしてその驚愕は、徐々に不安と心配に変わった。

(わ、私が、アキラの目を覚まさせなきゃ…しかも、横島さんていったら、最近アキラたちの会話によく出てくる人だ!)

アキラと千雨がよく話題にする人物で、あまり悪い話は聞いていなかったために、悪い人ではないと思っていたのだが、
あまりにも第一印象が悪すぎた。裕奈からすれば、仲の良い友人が悪い男に、引っ掛かてるようにしか見えなかった。
裕奈も、二人の下に恐る恐る近づき、確認をとることにした。どうか自分の予想がハズレる事を祈って、

「ア、アキラ、その人が噂の横島さん? (ち、違うと言って~きっと私の聞き間違いだったのよ)」

しかし、この手の願い事が叶う事は、十中八九ないのが世の常である。いくら拭いても、
零れ落ちる涙をハンカチに吸わせながら、

「…うん、そうだよ」

一瞬暑さ以外のために、グラついてしまいそうになったが、気を持ち直す事に成功し、

「そ、そうなんだ。…いや~それにしても暑いね。どっかで涼まない? 横島さんもどうですか?」

動揺のため、少々棒読みのような発言をしたが、実際に暑いこともありアキラは賛同を示した。
横島も、少女からの誘いを断るような事をするわけも無く、目を輝かせ喜んで誘いに応じた。


近くにあった喫茶店に入り、飲み物を注文し終えた3人は、横島と裕奈が互いに簡単な自己紹介を済まし話を始めた。
しかし、話に花が咲くのは横島とアキラのみで、裕奈は聞き役に徹し横島と言う男が、どのような人物か見極めようとしていた。

「…今日は仕事だよね?」

「そうだよ、暇だったら茶々にご飯あげに行ってよ」

「うん、私も茶々に会いたいから。ついでに何か、作っておきます」

「おお~嬉しいな。そういえば最近、千雨ちゃん来ないけどどうかしたの?」

「…何だか、忙しいみたいですよ」

「そうなんだ」

(ご、ご飯まで作ってる。も、もしかしてもう毒牙にかかってる?)

横島とアキラの会話は更に続いていったが、裕奈にはもう聞こえていなかった。裕奈の頭の中では、
アキラがこの男のせいで既に大人への階段を、登ってしまっているのではないかと危惧していた。
横島とアキラの抱き合うシーンを想像したために、顔を赤く染めながら頭を振り、テーブルを手のひらで叩きながら
勢いよく立ち上がり、親友の身を案じ店内の隅まで響くような声量で叫んだ。

「そ、そんなの駄目~~」

あまりの大声に、店内の客はおろか店員にまで注目されてしまった。自身が注目を集めているのに気づき、
周りに愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。そして、席に着席し恥ずかしさから、顔を下に向け再び黙り込んだ。
横島達は、裕奈の急な行動に目を丸くしていたが、アキラが遠慮がちに尋ねた。

「…ゆーな、そんなに嫌なの? さっきは行きたいって言ってたよね?」

「? な、何いってるの?」

裕奈は思考に没頭していたために、意識外で行われていた二人の会話を全く聞き取れていなかったので、
質問の糸すら判らなかった。アキラは、その反応から話を聞いてい無かった事を悟り、
裕奈が叫ぶ前の会話をもう一度言った。

「…だから、横島さんを入れて3人で、プールに行こうって話だよ。千雨にも声かけるけど」

「…そんなの、だ…」

否定の言葉を口にしようとした瞬間、彼女の脳裏にある考えが浮かんだ。

(そうよ、横島さんの更に駄目な姿を見せれば、アキラも目を覚ますかも!女好きみたいだから、
きっとあきれるような行動をしてくれるはずよ)

「いいね~行こう行こう」

そして、裕奈の思惑に気づくことなく、横島の仕事や少女達の部活の無い日に、プールに行く事が決定した。


新聞配達のバイトのために、喫茶店で別れた横島は少女達と、プールに遊びに行けることがよっぽど嬉しいのか、
終始にやけ面をしていた。

「はっはは~ワイにも春がきたんや!明日は水着を買いに行かねば」

大声で魂から叫んでいたため、かなりの視線を集めていたが、脳内でバラ色の妄想をしている横島にとっては、
その視線は痛くもかゆくも無かった。


一方少女達は、寮への帰り道の途中に、

「アキラ、嬉しそうね」

「…そうかな?」

「うん」

「それより、どんなの着たらいいかな…」

裕奈が見たところ、表情はいつも通りなのだが、アキラの雰囲気がいつもより嬉しそうにしているのに感づいた。
自分の苦労に全く気づかない友人に、少々腹を立てた裕奈は、作戦を確実にするために、

「アキラ、あんた明後日は、スクール水着で行きなさい(カワイイ水着じゃあ駄目、地味で行かなきゃ)」

「…え」

一瞬何を言われたか判らなかったアキラであったが、理解した瞬間呆然とし立ち止まってしまった。
そんなアキラに気づくことなく、どのようにしたら横島の株が下がるのかを、考える事に集中しだした裕奈は、
友人の状態には感づかずさっさと帰ってしまった。そして動く事もできず、思考停止に陥ったアキラが残されるはめになった。


ちなみに、この話に全く関係ない千雨は、

「くっ、後ちょっとで完成だ」

イベントで着るための、衣装作成の最終段階に入っていた。そして、最近会えずにいる青年の事を思い、
鏡の前で衣装を体の前で合わせポツリと呟いた。

「横島さんは、こういうの着てたらどういう反応すんのかな…」

家族や教師以外で、最も接している事もあり、彼のことを少しだが意識し始めていた。
しかし、茶々丸と一緒にいることが多く、彼女の行動の方が記憶に強く残っているため、
横島への意識はまだまだ男女間の思いではなく、親しくなってきた友人止まりである。

そして、最後に彼と一緒に住んでいる猫の事が気になり、

「茶々、あの缶詰気に入ってくれたかな~」

そして、最後にアパートに訪れた時に近頃彼女の癒し系No1である、茶々のためにいくつか買った少しばかり高級な猫缶を、
喜んで食べてくれたかに思いをはせた。

しかし、その中でも一番高級なものを、横島が食べてしまったなどとは、夢にも思わなかったであろう。





[14161] プールに行こう 後編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/02/22 22:06
「…ゆーな、スクール水着はイヤ」

アキラが、裕奈に10分ほど遅れて寮に帰ってきたときの第一声であった。その表情は、眉間にしわを寄せ、
友人が何故そのような指定をしたのか、判らないため困惑していた。

「アキラ判って頂戴、これはあんたの為なの」

「…私の為なら、普通の水着を着させて」

裕奈は、アキラのためを思い真剣な顔で、説得にかかった。しかし、その思いがアキラには届かなかった。
小学生ならまだしも中学2年と思春期真っ盛りの少女が、何が悲しくてプールに遊びに行くのに、
スクール水着というマニアックな選択をしなければならないのだろうか。

「大丈夫だって、きっと似合うから」

言いながら、アキラのスクール水着(何故か胸には、『山本』と書かれた名札がついた)を手渡そうとするが、
受け取るはずも無く、

「…イヤ」

このような説得が数回続いたが、そのたびに拒否されれてしまうために、とうとう業を煮やした裕奈が叫んだ。

「アキラは、元がいいんだから、普通の水着なんか着たら襲われるでしょうが!」

アキラにとっては、その裕奈の回答はとても珍妙であったために、首をチョコンと傾け問うた。

「…誰が襲うの? それにもし何かあっても、横島さんが助けてくれるよ」

最初は怪訝そうな顔をしていたが、横島を信用・信頼しているアキラは最後には、安心するように
笑みまで裕奈に向けたが、

「その、よ…」

一番警戒している男に対して、安心できるはずも無い裕奈は、怒鳴りそうになったが口を貝のように閉ざした。
一つは、もう何を言っても駄目だと思ったこと、そして一番の理由は、

(…アキラは、人の悪口嫌いだったっけ。危ない危ない、後ちょっとで怒らせるとこだった)

そして、怒らせてしまった時のことを考え、心の中で息を吐き冷や汗をぬぐった。裕奈は、一緒にいる時間が多いだけあり、
アキラという少女のことを理解しているために、怒らせたら物理的にまずい事を知っていた。

そして、裕奈が黙った事により納得してくれたと思い込んだアキラは、

「じゃあ、茶々にご飯あげてくる…」

そう言いアキラは、部屋から出て行ってしまった。裕奈は、見送る選択しかできなかった。
そして、これから何をすればいいのか悩みに悩み、一つの答えにたどり着き、無意識のうちに呟き、

「…まずは、情報集めよ…あの男のことを知ってるのは…朝倉か」

思案をまとめた後の行動は早く、直ぐに部屋を後にし、朝倉の部屋に突進していった。朝倉の部屋に到着すると、
チャイムを連打しながら、部屋の主の名を呼んだ。

「朝倉、いる~」

「はいは~い、そんな押さなくても、大丈夫よ」

返事と共に、部屋の主である朝倉が出現した。そして、裕奈を見ながら、

「何かよう、明石?」

出てきた朝倉の肩をつかみながら、真剣な表情を浮かべながら、

「…朝倉、横島忠夫ってどんな男」

その男の名を聞いた瞬間、朝倉は表面上はのほほ~んとしていたが、心の中でニヤリと笑みを浮かべ、

「まあ、はいんなよ(やっぱり、あの人話題に事欠かないわ~)」

裕奈を部屋に招きいれ、朝倉はイスに座り裕奈はベットに腰掛けた。両者が座ると、早速朝倉が尋ねた。

「んで、何が知りたいの?」

「知ってる事、全部教えて」

「いいよ、その代りだけど、こっちの質問にも答えてね」

裕奈が、頷くのを確認すると彼女の知る横島について語った。内容は、彼との出会い、
意外にまじめである仕事ぶり、ナンパが下手くそであること、そして最後に人差し指を立てながら、
ワクワクしながら伝えた。

「私の予想だけど、かなりエッチな人だと思うよ」

最後の話の内容に、裕奈は肩をほんの少し震わせた。ナンパ以外は、知らない事ばかりであったので、
話を聞くうちに安心できるかと思った矢先に、この発言であった。更に、朝倉の告白は続いていった。

「それにさあ、あの人ナンパは下手なんだけど、意外に人に慕われるのよね~懐いている女の子も、
私が知る限り3人いるし。この分じゃあ更に増えるかもね」

朝倉は、どのような反応をするか楽しみにしていたが、裕奈が何も反応をしないため拍子抜けしていた。
そして裕奈の動静を見守っていると、唐突に立ち上がりブツブツと小声でしゃべりながら、
幽鬼のような足どりで部屋から出て行こうとした。

「…私がしっかりしなきゃ…アキラをその他大勢の1人なんて、ゆるせない…」

朝倉の説明を大分勘違いしたらしく、アキラのことを何人かいる女の1人と受け取ってしまった。
そして、アキラが酷い目にあう前に改心させる事を、心から誓った。部屋から出て行く裕奈を見送りながら、
朝倉は特に慌てず声をかけた。

「明石、何で横島さんの事聞きたかったの?」

声をかけられた裕奈は、ドアの前で立ち止まり振り返ることもせづ、平坦な口調で事務的に答えた。

「明後日遊びに行くから、どんな人かと思って」

「ふ~ん、何処行くの?」

「プール」

質問が続かないようなので、裕奈はさっさと部屋を出て行った。朝倉は聞きたい情報は十分得られたので、
背を向けている裕奈に律儀に軽く手を振っていた。裕奈がドアを閉ざすのを確認すると、

「私も水着の用意しなくっちゃ、防水のデジカメ何処だったかな~ああ、楽しくなりそ」

閉ざされた部屋の中には、ニンマリと笑みを浮かべた朝倉だけが残った。


友がどのような思いで悩んでいるのか、全く伝わっていないアキラは、横島のアパートで茶々丸と料理を作っていた。
アキラは、アパートの前で偶然スーパーの袋を持つ茶々丸と出会い、一緒に作る事にした。
余談であるが、アキラ・千雨そして朝倉も横島の部屋の合鍵を入手している。茶々丸が、無断作成し3人に渡していた。
横島本人が気にしていないので、特には問題にはならなかった。

二人並んで、料理を作っている姿はとても微笑ましいものがあったが、今日の茶々丸は無茶苦茶であった。

「…絡繰さん、そこの醤油とって」

「どうぞ」

茶々丸から、手渡された調味料を肉じゃがの味付けに入れようとした時、自分の手の中にあるものに気づき引っ込め、

「…これ、ソース」

「失礼しました」

このようなやり取りばかりしていた。包丁を握れば、すっぽ抜け明後日の方向に飛んで行き、
寝ている茶々の真横に突き刺さるは(アキラは真っ青になり、茶々丸は一瞬フリーズした)、
火加減は間違えたりと、茶々丸のミスは大きいものから小さいものまで様々であった。
そして、料理も完成まじかに迫ると、

「コレを入れて、後は煮込むだけです」

今までの茶々丸の行動から、心配していたアキラがお玉を手に、味噌汁を作りながらチラリと横を向き、
茶々丸の手元を見ると、

「ッ…」

反射的に手に持つお玉を味噌汁から引き抜き、煮物の鍋に入ろうとしていた液体の侵入を防いだ。
まさに間一髪であり、一瞬遅ければ料理は台無しになったであろう。茶々丸が入れようとしていたものは、

「…それ、洗剤…あ、溢れる、早く止めて」

アキラは、液体洗剤が入るのを防いだ事で安心しほっとしたが、液体の量がお玉の許容量を超えそうになり慌てた。
茶々丸も気づき、はじかれる様に手を引き注入を停止させた。

今回アキラの活躍がなければ、横島は美味しい食事にありつける事はなかったであろう。

料理を終えた二人は、茶々を撫でたりしていたが、先ほどの失敗を気にし、どこかふさぎ込んでいる茶々丸を、
元気付けようと話しかけていた。

「…明後日、プールに行くけど絡繰さんもどう」

「申し訳ありません。防水性が万全ではないので、行けません」

「…そう」

横島の事や千雨についても話したが、生返事ばかりでアキラの話の種もつき、次第に場を静けさが包み込んだ。

(…うう、どうしよう…)

取り付く島も無い状況に、アキラもおろおろしだし打開策は無いかと、周囲にあるものに目を向けたが、
何もいいものはなく下を向いたとき、腹を見せ寝転ぶ茶々と目が合った。

(…うん、この子を使おう)

「んにゃ」

アキラは、腹を決めると子猫の両脇に手を入れ、両手の人差し指と親指で、子猫の前足を掴んだ。
子猫は一声鳴いたが、おとなしくしておりされるがままであった。そして、茶々丸の顔の高さまで持ち上げ、
子猫の右足の肉球を茶々丸の頬に当てて、左足は招き入れるように前後させながら、

「茶々丸ちゃん、元気だしてニャン…」

…より一層の静寂が、生まれた。茶々丸に元気になってほしく、頬を染めながら勇気を出して行ったのだが、
茶々丸からのリアクションは無く、失敗したと思いアキラは更に赤くなった。子猫を自分の胸元に抱きかかえながら、
恥ずかしさのあまり下を向いてしまった。子猫が不思議そうに上を向き、アキラの鼻の頭を自らの鼻で突いていた。

「ありがとうございます」

「え…」

「私を心配していただいたようなので。今日はご迷惑をおかけしました」

「…迷惑なんて思ってない。友達を助けするのは、当たり前だよ」

「…友達ですか」

「うん」

アキラは、茶々丸に微笑みかけていた時、おとなしく抱かれていた子猫が『もう降ろして』と
言う風に暴れだした。思いが通じて一安心したアキラは、「ゴメンね」と謝りながら床にそっと
子猫を降ろした。茶々丸は、そんなアキラをじっと観察しながら、

(…『大河内アキラ』フォルダを作成…フォルダ内に『名言』・『動画』作成…完了)

名言はともかく、アキラにとっては記憶から消したいであろう、先ほどの行動を残さず茶々丸に
保存されてしまった。ちなみに、『横島忠夫』・『長谷川千雨』フォルダもしっかりとある。


「それでは、帰りましょう」

「…そうだね」

最後に茶々にエサをあげ、食事に夢中の茶々を尻目に、アパートを後にした。そして、寮とエヴァンジェリンの家に
別れる地点で、互いに軽く手を振りながら、

「では、ココで失礼します。明後日は楽しんでください」

「うん、じゃあね…」


二日後、場所はそれぞれの思惑が渦巻く、プールに到着した。

「んで、和美ちゃんは何でいるの?」

「友達にドタキャンされちゃってさ~帰るのもなんだし、一緒に遊んでいいでしょ」

何故か、プールに到着して直ぐに朝倉が現れ、当然のように着いてきていた。

「俺はいいけどさ」

言いながら、アキラ達に目をやった。美少女が、1人増えるかもしれないのだからこの男は喜んだが、
今回はアキラ達の意見を尊重するようだった。

「…私はいいよ」

「…ちょっと朝倉こっち来て!二人はそこで待ってて」

アキラの了承は取れたのだが、裕奈が口の端を引きつらせながら、有無を言わせずに朝倉の襟首を掴み
引きずり物陰に入ってしまった。それを、横島とアキラが互いの顔を見ながら、

「どうしたんだろ?」

「…?」

両者、首を傾げるのみであった。横島は、食事のお礼を言ってなかったのを思い出し、人懐っこい笑みを浮かべ、

「そういえば、肉じゃが旨かったよ。ありがとうね」

「…美味しくってよかったです…本当に。絡繰さんと一緒につくたんだよ」

アキラは、少しだけ安堵のため息を漏らした。茶々丸の行動を、全て見ていたわけではないので、
味が少し心配だったのである。

「そっか。うんじゃ、今のうちに茶々丸ちゃんにメール送っとこ」

ポケットから、携帯を取り出しメールを打ち出した。そして、アキラはメールを送信し終わるタイミングを見計らって、
自分の携帯を出しモジモジとしながら、

「…よ、横島さん、私とも番号交換してください」

恋愛には清潔な進展を求める彼女は、女子中と言うこともあり身内以外の男性に番号を聞いたことが無かったが、
千雨が横島とメールをしているのを見て、羨ましく思っていたため機会があれば番号を知りたがっていた。
茶々丸や千雨なら簡単に教えてくれるだろうが(朝倉は、実際千雨から聞いている)、アキラは本人から直接許しを得たかった。

「おお、いいぞ!(女の子から、番号聞かれるなんて初めてじゃ~)」

「はい!」

快諾がえられれ、アキラの表情には自然と笑みがこぼれた。


物陰に隠れてしまった裕奈と朝倉は、

「で、本当の理由は何なの」

「いや~だって面白そうじゃん」

「やっぱりか~あんたわかってんの、今日はアキラにとって大事な日になるんだからね!?」

「おお!やつぱり楽しそうじゃん」

その後も、必死になって朝倉を諦めさせようとしているが、彼女がこんな楽しそうなイベントを
見逃すはずも無く、諦める事はなかった。

「まあまあ、あんただって今日のメインがアキラじゃあなくって、いいんちょやくーちゃんとかだったら、
楽しんで後つけたでしょ」

「うっ」

にやにやしている朝倉の少し意地悪な質問に、裕奈は否定する事ができなかった。裕奈も、
クラスの中でも騒ぐのが好きなほうなので、朝倉を止める事ができなくなってしまった。

「私がいれば色々撮れるから、証拠も残るよ」

朝倉は、にこやかに笑いながら言葉を発し、目で『さあ、どうする?』と聞いてきた。

「…どうせ、断っても隠れてついて来るんでしょ」

「もちろん」

自信満々に断言する朝倉を確認すると、裕奈は肩を落とし態度で降参を認めた。OKを確信した朝倉は、

「そろそろ戻ろうか、待たせるのも悪いからさ」

「見える所にいたほうが、まだいいか…しっかし、何処で間違えたんだかにゃー」

来るときとは逆に、朝倉が裕奈を引っ張って行った。朝倉に情報を渡したのが、そもそもの間違いである。
そして、横島達の下に戻ると開口一番に、

「お待たせー明石もOKだってさ」

「おう…それはいいんだけど、何してたの」

二人が離れていったのを、不思議に思っていた横島が率直に尋ねた。朝倉が、横島に向けてウインクしながら、

「ふっふふ、乙女には秘密がつきものなのよ。横島さん」

「ふ~ん、そういうもんか」

「そういうもんだよ。じゃあ着替えてくるね。ほら、あんた達も行くよ」

朝倉は、二人を引き連れて更衣室に向かっていった。横島も、さっさと水着になるべく更衣室におもむいた。
彼は、3人がどのような水着を着用して登場するのか、楽しみで仕方なかった。


横島が着替え終わり(横島の水着は黒のハーフパンツタイプに、上半身には黄色いTシャツを着ていた)、
少女達を待つ事10数分、

「う~ん、女の子は着替えるのに、こんなに時間かかるもんなんか?」

待たされていたが、あまり気にしていなかった。周りには、水着姿の女性が多くいたために、
目の保養になっていた。男もいたが、横島の目には映っていなかった。更に数分間女性を見ていると、

「お待たせ~」

背後から朝倉が大声で呼びかけてきた。横島が、期待に胸を膨らませ振り返ると、女子更衣室から
こちらに向かってくる朝倉と裕奈、そして二人に両腕を引かれ隠れてしまっているアキラが見えた。

「おお!…和美ちゃんは、本当に中学生か?」

裕奈の水着は黒色のビキニタイプ、朝倉は白色でハイレグのビキニ、両者とても似合っていたが、
特に横島は朝倉に感嘆の声を上げた。彼女にはピッタリの水着だが中学生だと思い出し、疑問に思ってしまった。
ちなみに、彼女の胸はクラスNo4であるため、横島はまだ上がいることを知らない。

そして、アキラがどのような水着を着ているか気になり、彼女達の到着を待つのも我慢できず、
ほんの少し横に移動した。

「さて、アキラちゃんは、どんなのかな…ん? なんか見た事あるな。紺色で胸元に白いのがついてるな
…ス、スクール水着?」

見間違いかと思い目をほぐし、もう一度アキラを見ると、やはりスクール水着であった。
アキラ達が、呆然としている横島に近づいていき、朝倉が『くっくく』と笑いながら、

「どう、みんな似合ってるでしょ」

「すっげえ似合ってるけど、何でアキラちゃんはそれ選んだの? しかも、名札に『山本』て書いてあるし。
人の?」

アキラは、既に涙目になっていたが、オロオロしながら答えた。

「…間違えたみたいで、コレが入ってた。『山本』は、飼ってるアロワナの名前だよ」

「…へぇ、アロワナの名前は、関係ないような気がするけど、まあいいか」

アキラのあまり答えになっていないアロワナ発言に、少し首を傾げたが他の子達が、特に気にした様子も無いので流す事にした。

もちろんアキラは、昨日違う水着をバックに入れたが、それを入れ替えた人物がいる。

(アキラ、ゴメンね。でも仕方ない事なの、判って頂戴)

その罪人は、友人の裕奈のである。さすがに彼女も内心悪いと思っていた。無論のこと、
更衣室でアキラに問い詰められたが、知らん存ぜぬを貫いた。そのためアキラも、ほんの少しだけ
自分が間違えた可能性を考慮していた。裕奈を問い詰めるのと、着替えるのを躊躇っていたため遅くなってしまった。

そして、アキラは女性では背も高くかなり目立つ、そしてその横には際どい水着を着ている朝倉もいるため、
イヤでも視線を集めていた。その容姿から中学生には見えない少女が、スクール水着を着ているため、
周囲の話題になっていた。アキラも、自身が話題になっているのに気づき恥じ入り、

「…ゴメン、私帰る」

(しまった!やりすぎた)

裕奈が、自分の行いに後悔している間に、アキラはきびすを返し更衣室に行こうとしたが、
アキラの手を横島が捕まえて、

「アキラちゃん折角来たんだから、気にしないで遊んでこうよ」

「…私も遊びたいけど。この水着のままじゃあ、イヤです」

「じゃあ、あそこに売店あるからさあ、新しいのを買おうよ」

横島が指差す先には、売店があり軽い食べ物の他にも、水着や浮き輪などが販売されていたが、

「今日は、そんなにお金持ってないです…」

「大丈夫大丈夫、俺が出すからさ」

「…そんなの悪いです」

「気にしない気にしない」

首を振るアキラを、横島は自分の胸を、まかせなさいという感じに一度叩き、強引にアキラを売店に連れて行った。
そして、残された二人は、

「良かったね、気が弱い子ならトラウマもんだよ」

「な、何がよ」

朝倉が、苦笑しながら話しかけると、裕奈は動揺を抑えようとしたが、抑えきれずに声に現れてしまった。

「アキラが、心配なのもわかるけどね、横島さんは見えないかもしれないけど、いい人だからさあ。
今日一日良く観察してみなさいな」

朝倉は、珍しく素直な笑顔を浮かべ横島の評価を伝えた。朝倉も他の3人ほどではないが、あの男と接する機会が多いため、
信じてもいい人だと思っている。最初はアキラを助けてもらった感謝であったが、報道部の調査で夜間に外に出た時に横島に出会うと、
彼はいつも付き合い調査が終われば寮まで送っていた。最初は他意でもあるかと思っていたが、純粋に心配している事が知れたために、
朝倉は高い判定をしていた。

朝倉の評価が意外に高い事に驚きながらも、裕奈は語気を強めながら、

「今日は、元々あの人を見極めるために来たのよ!…あんたは、最初からその評価教えなさいよ!」

最後は八つ当たり気味に、朝倉に食ってかかっていった。朝倉は、のらりくらりとかわしながら、

「情報に、私見は入れちゃあ駄目でしょ」

当たり前な事を聞くなと、裕奈の反論を一刀両断にした。


売店では、横島が多数の水着を漁りながら、アキラに合わせていた。

「おお~コレも似合うよ」

アキラは、横島に褒めて貰い、うれしそうに顔をほころばせている。そして、横島が可愛いと評価してくれた物を購入した。

「…買って貰って、本当に良かったんですか」

心苦しそうにアキラが尋ねると、横島は馬鹿っぽい笑いをしながら、

「アキラちゃんと遊びたいから、いいのいいの」

この男にとって、アキラと遊ぶために必要な金銭など安いものであった。極貧時代ならともかく、
今は収入が安定しているため、まだまだ財布には余裕があった。しかし、財布の中身が少なくても、
この男なら見栄を張って購入するであろう。

「…着替えてくるね」

横島に一言断りをいれ、水着の入った袋を大事そうに抱えながら、小走りで更衣室に向かった。


横島達が待つ事数分、着替え終わったアキラが3人に合流した。

「…どうかな?」

「さっきのより、似合ってるじゃん。ほら、横島さんも何かいいなよ」

朝倉が、何も言わなかった横島に代わり答え、肘で横島を突きながら、印象を言うように促していた。
横島は、先ほど水着のついでに買った、ビーチボールを抱えながら、

「とっても似合ってて、可愛いぞアキラちゃん」

横島の感想が聞けて、アキラは嬉しそうにしていた。それを不機嫌そうにしている裕奈が、
横目で見ていたが自業自得であったため黙っていた。

アキラの水着は、オレンジ色のセパレーツタイプであった。横島としては、もっと布地の少ないビキニを着せたかったが、
それを手に取るとアキラが悲しそうにするので、泣く泣く諦めた。


横島達は、遅れた時間を取り戻すために、すばやく移動し彼らの膝ぐらいの水位のプールで遊び始めた。
水飛沫が上がる中、4人が楽しそうにビーチボールで戯れていた。そして、裕奈がある事に気づき、立ち止まってしまった。

(はっ!何を普通に楽しんでるんじゃ~)

彼女は、今日の目的である横島の観察(既に株を下げるのを諦めている。むしろ、裕奈が水着を入れ替えたせいで、
アキラの横島に対する株が上がっていた)を、すっかり忘れエンジョイしていた。そして棒立ちの彼女の耳に、
朝倉の間延びした声が聞こえた。

「明石、いくよ」

声とは裏腹に、ビーチボールとは思えない速度で打ち出され、裕奈の顔に一瞬めり込み跳ね返って行った。
そして、派手に後ろに倒れるのを見ていた横島と朝倉は爆笑していた。しかし、集中していたアキラだけはボールを目で追い、
そして突進していった。そして、ボールの落下地点には、大口を開けて笑っている横島がいた。
ボールしか見えていないアキラの突撃に気づいた横島が、そのスピードに驚き反応が遅れ無防備のまま、
追突された。裕奈が痛みに顔を手で抑えながら、起き上がると指の隙間から朝倉が、もの凄く嬉しそうに
デジカメで写真を撮っているのが見えた。そして、顔から手をどかすと視界を遮るものが無くなり、横島とアキラの状態に気づき叫んだ。

「ああ~朝倉、さっさとアキラを離させなさい!」

現状、アキラは横島との衝突に驚き目を回し横島に覆いかぶさっている。横島はアキラの胸に顔を埋め、
ピクリとも動いていなかった。朝倉が言う事を聞くことは無く、裕奈が急いで二人を引き離した。
横島はほとんどの衝撃を受け止めたため意識を手放していた。横島は、イイ笑顔のまま幸せそうに気絶してました。
アキラは、衝突した時に右足首を捻ったくらいであった。アキラに、ほとんどダメージが行かないようにしたのは
さすがと言えた。まあ、裕奈が横島の顔を見て、この人やっぱ駄目かもと思ったりもした。

アキラは、直ぐに復活したのだが横島が中々目覚めないため、3人で横島をテーブルとイスだけがある
簡易休憩所に運び休む事にした。

「今のうちに、軽食と飲み物でも買いに行こ」

「わかった、アキラはちょっと休んでなよ」

「…うん」

裕奈は、アキラも横島と激突していたので、心配し休んでいるように指示した。

そして、二人が買い出しに行くと、直ぐに横島も意識が戻りだしてきた。

「…う、う~ん…」

アキラも、横島の意識が戻ってきたのに気づき心配そうに近づいていき、肩を優しく叩いた。
すると、横島も完全に目が覚め、目の前にアキラがいて少し驚きながらも、

「よっ、アキラちゃん、怪我は無い?」

まず、自分の身よりアキラの心配をするあたり人がいい。そして、アキラも足首を気にしたが少しの痛みだったため、

「…大丈夫です。横島さんは?」

「平気平気。でも、なんか知らんけど柔らかい車に、轢かれる夢見たんだわ」

「変な夢ですね…」

気絶する前の、一番印象に残っている事柄が、リピートされただけである。アキラが柔らかい車に置き換わっただけである。
『気持ちのいい夢だったわ~』とつぶやく横島を、アキラは外傷が無くて安心していた。
そして、少し気になっていることを伺うことにした。

「…何で、Tシャツ着てるの?」

「いや~最近太り気味でさぁ、腹やばいんだわ」

横島が苦笑しながら、自分の腹を2~3回さすった。アキラは、不思議に思いながら横島の腹部に目をやった。
アキラを、自身をお姫様抱っこしたまま走れる男性が、太り気味だとは到底思えなかった。
実際には、胸の貫通痕を隠すためにTシャツを着ていたのである。健全な少女達に見せるのは、
芳しくないとこの男なりの思いやりであった。

話題を変えるために何か無いかと思い、他の二人がいないことに、遅まきながら気づいた。

「そういえば、和美ちゃん達は?」

「食べ物買いに行ったよ…」

アキラが、二人の向かっていった方向に視線をやると、袋を持った二人がこちらを目指していた。
何故か、見知らぬ男性3人(体に自信があるのか、3人ともビキニ)に絡まれながら。横島も、
そちらに気づき訝しげな顔をした。そして、到着した朝倉が、不機嫌を隠そうともしない裕奈の代わりに、

「ほら、だから男連れって言ったでしょ」

しかし、男3人組は唯一の男である横島の顔を見ると、勝ったと思いリーダー格の男(長身痩躯で、
肌は日に焼けており、顔つきも整っている)が、

「こんなの、ほっといて俺らと遊ぼうよ」

馴れ馴れしく朝倉の肩に手を置こうとしたが、寸前のところで避けられ空振りしていた。
しかし、全くめげる事無く、

「こっちのほうが絶対、楽しいって。数も丁度いいじゃん」

もちろん、横島は頭数に入っておらず、尚も執拗に絡んできた。話しかけてきたが、朝倉が断り続けていた。
ちなみに横島が何を言っても、シカトされていた。

「泳ぐのも速いから、コーチしてあげるよ」

面倒に思ってる裕奈が、今の言葉に反応し、

「じゃあ、私達と競争して全勝したら、遊んであげるよ」

「ああ、それでいいぜ」

勝算があるのか、男達はさっさと承諾してしまった。アキラは、急な事態について行けず混乱しており、
朝倉は勝手な約束をした裕奈に、男達に聞こえないように話した。

「ちょっと明石、勝手に決めないでよ。負けたらどうすんのよ」

「大丈夫でしょ。こっちにはアキラがいるから、一勝は堅いでしょ」

自信満々に断言する裕奈に、朝倉もアキラが水泳部とのことを思い出しなんとかなるかと思い、
ならどのように面白くするか考え出した。


そして、室内プールに移動し、朝倉が交渉し何故か当事者専用レーン(コースロープで区切られた)ができていた。

「さあ~はじまりました。ナンパから、始まった水泳勝負です。勝負は簡単、ナンパを仕掛けてきた男性チームが、
全勝すれば美少女達とのデートを楽しめまーす。申し送れました、司会兼賞品である朝倉和美です」

あっちこっちで「自分で美少女とか言うな」や「ナンパチーム負けちまえ」等の野次が飛び交う中、
ノリノリの朝倉和美であった。更に、その口が閉じる事は無く、

「続いては、選手紹介です。まずは選手兼賞品でもある2名から、第一試合を行う明石裕奈選手です。
彼女はバスケ部に所属しており、運動神経は抜群です。ちなみに極度のファザコンだー」

朝倉の説明に最初はやる気無く周りに手を振るのみだったが、最後のコメントにずっこけ叫んだ。

「うるさいにゃー!心配なだけだ」

「さあ、紹介した選手はほっといて、続いて第二試合の選手大河内アキラ。彼女は水泳部のエースです。
私達はぶっちゃけ彼女がいるから勝負を受けました~最近気になる人が出来たが、ライバルは多いぞ頑張れ」

アキラも軽く周囲に頭を下げていたが、気になる人発言に表情を凍りつかせてしまった。

「へぇ、アキラちゃんも気になる人いるんだな~青春してんなちくしょ!」

横島は、アキラみたいなイイ子に慕われている男に、呪いをかける事を決めた。横島の反応に少し残念そうにしたアキラは、
口をパクパクさせるだけで何も言えなかった。

「さあ続きまして、私の代理で第三試合に出場する選手です。今日の賞品である美少女3人と戯れていた幸運男、
横島忠夫。お笑い担当の彼が、その手で美少女達を守れるのか~正直あまり期待していません」

美少女を独占していたこの男は、調子に乗りピースをしていたが、期待されていないということを知り
目からしょっぱい水が出ていた。しかも周囲からは、やっかみから中身の入った缶などが投げつけられていた。
基本ボケの彼は、避けようとせず当たっていたが、予想外に痛かったのか頭や顔を抑えていた。

「さあ、続いて対戦チームの紹介です。第一試合、名無しの選手。第二試合権兵衛選手。
第三試合リーダー格の七篠選手です。正直興味が無いので、他は知りません。現在情報を集めている最中です」

朝倉は自信ありげなナンパチームに、不審を抱き報道部の後輩に情報提供をお願いしていた。
ナンパ集団は、今の紹介に文句を言いに行こうとしたが、

「さあ、さくっと第1試合をはじめましょう。明石選手と名無しの選手はスタート位置についてください。
さあ勝負方法は…平泳ぎです。レーンを先に往復してきたほうの勝ちです」

その宣言に、第一試合選手達がスタート代に着いた。プールからは全員出ており、この勝負を観戦している。
スポーツ選手である裕奈も、勝負ということで燃えてきていた。そして開始の合図と共に、元気よく飛び出していった。


結果・惨敗 裕奈も決して遅くは無かったのだが、いかせん相手が速すぎたのである。そして、
朝倉は相手の実力が高い事に驚いていると、朝倉の携帯が小刻みに震えだした。携帯を開くと、
報道部の後輩からのメールであった。内容を確かめると、マイクを持ち携帯を覗きながら、

「ナンパチームの続報です。3人とも高校の水泳部に所属する現役選手だそうです。
特に名無し選手と七篠選手は県代表クラスの実力者です。正直セコイです(あっちゃーだから、
私の代わりに横島さんの出場を認めたのか~)」

朝倉は、相手がやけにあっさり横島の出場を承諾したのに納得した。しかし、彼女がまだ余裕で入れたのは、
権兵衛のタイムがアキラのタイムより遅いためであった。そして、メールにはこの3人の情報で、
面白い事がわかったので、後輩にある指示を出していた。そして、勝負を続けるため、マイクを一度持ち直し、

「続きまして、第二試合、大河内選手と権兵衛選手です。次の勝負は背泳ぎです。大河内、頑張りなさい、
あんたが負けたら終わりよ」

無駄にプレッシャーをかけられたアキラは、気にする事無くスタート台に向かった。そして、
負けたのが悔しいのか肩を落として、戻ってくる裕奈が、

「ゴメンね、アキラ負けちゃった」

「…大丈夫、頑張ってくる」

アキラも、横島が勝てると思っていないため、自分で勝負を決める気であった。そんなアキラに、
声援がかかった、

「アキラちゃん、頑張れ~俺は泳ぎたくないから、勝ってくれよ。全力で泳いでも勝てるきせんしな」

「あ、あんたって人は」

全力で泳ぎたくない横島は、何時の間に作ったのか『アキラちゃん・頑張れ』の旗を振って、
ラッパまで吹いていた。裕奈は、男らしくない横島に呆れていた。一方応援されたアキラは、
気の抜けることを言われて、苦笑し程よい感じに肩の力が抜けていた。

(…うん、なんとかなりそうかな)

最後に、足首を確認し問題が無いと判断した。そして、両者共に水の中に入り、後は朝倉の合図を待つのみになった。
朝倉も、準備が整った事を確認し、『よーい、ドン』と合図を出した。

合図と連動するように双方、キレイにスタートした。レースは若干アキラが速く、頭一つ先んじていた。
そして、折り返し地点まで、その状態が続いた。

(…このままのペースで)

このままいけば勝てると判断したアキラは、折り返し地点でターンをする時に全力で壁を押し蹴った瞬間、
今まで気にならなかった右足首が蹴りつけた衝撃で鈍痛となり、アキラを蝕みだした。

(…くっ…まだ、いける…)

そして、その痛みはアキラが一度水を蹴りつけると、痛みが増していった。勝たなければならないために、
ペースを落とすことの出来ないアキラは、フォームを崩しながらも前半と遜色ない速度で泳ぎ続けたが、
相手に追いつかれてしまった。負けられないと、更に力を強め泳ぎ何とか並んだ状態を維持した。
そして、残り25mを残すばかりとなった時に、アキラの左足が激痛を訴えた。右足を庇う為にフォームを崩したのが原因で、
スピードを出すために左足に力をかけすぎたために左足のふくらはぎをつってしまった。

(…あっ…おぼ…)

こうなってしまっては泳ぐ事もままならず、アキラが普段から慣れ親しんだ水が、アキラに牙をむき襲い掛かってきた。
そして、水面を力なく叩くだけになってしまい、とうとう沈みだしてしまった。

(…こわ…い…たす…けて)

アキラが、助けを求めたとき誰かがアキラの腕を掴み、力強く引っ張り上げ水面から顔を出す事が出来た。
そして、力なく首を横に向けると、焦り表情を請わばせる横島の顔が見えた。


アキラが、ターンする本の少し前まで戻すと、

「アキラちゃん、いいぞ。その調子でさくっと勝っちゃえ」

横島の人任せな態度に、呆れ果てている裕奈が、

「横島さん、『俺が勝つから任せろ』みたいな、かっこいい事言えないんですか?」

裕奈のもっともな意見に対して、横島はやる気のかけらもない表情で、

「だって面倒じゃん、誰かが勝てばいいなら。勝てるときに勝てばいいんだよ」

自らが戦うのが嫌いな横島にとっては当たり前の考えだが、裕奈には理解できないらしく、

(やっぱり、アキラには相応しくない!)

裕奈が、横島の評価をつけるのと、アキラがターンするのは同時であった。

裕奈が、この男はもうどうでもいいと思い、アキラの方に集中しだした。そして、アキラが相手に追いつかれると、

「ああ、頑張ってよアキラ」

「…んん?…」

裕奈の声援に続いて、彼女の横から怪訝そうな声が響いた。裕奈が、気になりそちらを向き、

「どうかしたんですか? しっかり応援してくださいよ」

「いや。ターンしてから、アキラちゃん変じゃないか?」

何へんてこな事言ってんの、この人はと思いながら、

「別に変じゃあ『あっ』ないと…ちょっと」

急に横島が声を出し、続いて表情を曇らせプールに向かって走り出し、勢いを緩める事無く一気に飛び込んでいった。
裕奈が、横島の動きを追い顔を動かすと、プールで溺れるアキラが目に映った。

飛び込んだ横島は、水の抵抗をもどかしく思いながらも、水を掻き分けてアキラの元に向かった。
アキラの元までたどり着くと、弱々しく動かされているアキラの腕を、握り締め一気に引き寄せた。
アキラの顔が動き、意識があるのを確認できると、安堵のため息を吐いた。

そして、アキラを抱えたままゴール地点まで運び、先回りし心配そうにしている裕奈に手伝ってもらい、
アキラを縁に上げ続いて横島も水面から上がった。

「アキラ、大丈夫!」

「…うん」

泣きそうに、顔をゆがめる裕奈に、アキラは心配させまいと頷いていた。横島がアキラの横に膝を着き、
アキラをお姫様抱っこで持ち上げ、

「裕奈ちゃん、医務室は何処?」

怒気を抑えた声で、横島が裕奈に話しかけた。裕奈も横島の雰囲気に戸惑ったが、今はアキラの事が心配なため、

「うん、こっち」

案内しようと歩を進めたとき、3人組が前を立ち塞いだ。

「逃げようとすんな、あともう1勝負残ってるだろ」

「あん…ッ」

裕奈が、怒鳴ろうとしたとき急激に背筋が寒くなり、先ほどまで運動し暖かかった体温が冷え、
体が震えだした。何事かと後ろを振り返ると、能面のうように、表情を消した横島がアキラを抱え仁王立ちしているだけで、
寒さの理由がわからず首を捻った。

その時、横島の内面はどす黒い怒りで溢れかえっていた。あまりの怒りのため、表情が無くなるほどであった。

(…アキラちゃんを助けなかった)

アキラの対戦相手が、横島より近い位置にいたのに、彼女の救助に行かなかった事に激昂していた。
横島は目つきだけを鋭くし、その男に刺すような視線を放った。あまりの鋭さに、睨まれた男は無意識のうちに後退した。
横島は、離れた距離を縮めるかのように音もなく一歩前に出ながら、

(こいつ、アキラちゃん以上に苦しめてやる)

横島の暴力の気配に気づいた他の二人が、横島の正面に待ち構えた。その中間点にいる裕奈は、
一触即発の様相にどうすればいいか判らず、目で朝倉に助けを求めた。そして、携帯で通話していた朝倉は、
裕奈の視線に気づき携帯を頬と肩で固定し、両手を左右に広げ時間を稼ぐように指示を出してきた。

「そんなの無理に決まってるでしょ! この空気でどうしろと」

裕奈は、どうにもならない状況にパニックになり頭を抱えてしまった。裕奈が動いたのが引き金に、
横島の足が持ち上がった。そして、横島はほっぺたに触る冷たさに意表をつかれた。
心地良い冷たさに何かと探ると、アキラの掌が添えられていた。横島から掌を離さないまま、

「…横島さん、駄目…そんな顔、似合わないです。横島さんは…横島さんらしくしていてください」

アキラによって、横島の黒い感情が霧散した。アキラの言葉にひっかかりを感じ、何がひっかかったのか横島が考え出す前に、

「…勝負には負けたから、私が二人の分もこの人たちと遊べばいいから」

アキラが囀るように話した内容に、横島は目を見張ってしまった。アキラは負けた責任、
そして険悪な空気を撒き散らす横島を見たくなかった。争いを止めるため、先の発言であった。
横島は、何故アキラがそのような事を言ったか、判らなかったが一つだけ判る事があった。
そして、笑い顔になりふざけた調子で、

「アキラちゃんは、馬鹿だな~」

アキラは、急な馬鹿呼ばわりに目を丸めて呆然としてしまった。横島は、笑い顔のまま壁際まで移動し、
そっとアキラを地面に降ろし座らせた。横島は、アキラに背を向け濡れた髪を両手で後ろに整えながら、

「俺が勝ちゃあ、問題ないんだから。そこでちょっと待ってて、アキラちゃんのために勝ってくるから」

「…うん」

アキラは、横島が勝てるとは思えなかったが、横島の後姿を見ていたらこの上なく安心でき、
何とかしてくれると思った。


電話を終えた朝倉が、横島に歩み寄り、

「横島さん、ちょっと時間稼いで。ごねたり文句言えばいいから」

横島からの返事がないことに、首をかしげながら横島の顔を見ると、朝倉は見ほれてしまった。

(へぇ、こんな精悍な顔も出来るんだ。うんうん、オールバックになると、ちょっと違う感じになるんだ)

横島は、警備の仕事中でも見せる事のない真剣な顔つきをしていた。髪型がオールバックになった横島を、
朝倉は知らないうちにカメラを構え、シャッターを押していた。


横島が、スタート地点に無言でたたずむと、人差し指を立て前後に振り、ナンパ集団最後の男・七篠をさっさと来いと挑発した。
そして、挑発に乗った七篠も横島の横に並んだ。しかし、司会役の朝倉が夢中で写真を撮り続けていたため、
一向に開始の合図が掛からなかった。イラつきだした七篠のが、口を開こうとしたが、

「お~い、好きにスタートしていいぞ。種目も得意なのでいい。俺も好きにやらせてもらうから」

「舐めてんのか」

「はっはは、知らんのか? こういうのは、後ろからぶち抜くのがカッコイイだぜ」

からかう様に笑う横島の煽りにイラつきながらも、集中しだした七篠がさっさと終わらせるために、
先にプールに飛び込んでいった。クロールで水中を進みだすとあまりの調子のよさに、

(体が軽い。公式戦じゃあないのが残念だ)

そして、七篠に遅れて数秒後に、軽い着水音が響いた。バシャ、バシャ、バシャと水を叩く音が一定の感覚で鳴った。
そして、見ている者たちの歓声に場内が沸いた。

(…泳いでる音じゃあない? …な「ゲホン」

七篠は、息継ぎのために顔を上げた瞬間見たものに驚き、息を吸うため開けていた口に水が入り、
咳き込んで溺れそうになってしまった。

彼が見たものは、笑いながら水面を駆けて行く横島だった。有名な右足が沈む前に左足を出すという方法で、
走っているわけでなく、コースロープの上を疾走していた。コースロープによる、数瞬の抵抗を利用して走っている。
まあこの男だったら、普通に水の上を走る事もできると思うが。


アキラの横で、裕奈が横島の動きを見ながら、

「ひ、非常識な奴、ねえアキラ…アキラ?」

裕奈が、何の応答を見せないアキラの顔を見ると、

「うっわ、すっごい目をキラキラさせてるよ」

アキラは、横島の姿に魅了されていた。今の彼女なら、横島がどのような行動をしていても、
カッコ良く見えているだろう。そして朝倉も、横島に対して更に興味をかきたてられていた。

「やっぱりこの人、愉快だわ~うん、色々調べてみよ」

興味の尽きない横島について、調査する事を思い定めた。


あっという間に決着をつけた横島は、アキラを医務室に運ぶため彼女の傍に佇み、再び抱きかかえながらにかっと笑い、

「ほい、これであいつらと遊ぶ必要はないな。さっさと足見てもらいに行こ」

アキラは、抱き上げられた恥ずかしさと嬉しさの板ばさみになり、返事を返せず軽く頷くだけだった。

「あいつらこっちに来るよ」

裕奈が声に出すまでもなく、全員が気づいていた。最後の勝負が不服だったため、ナンパ集団が接近してきていた。
横島が、めんどくさそうに顔を顰めていると、

「ああ、大丈夫よ」

朝倉が、自信たっぷりに答えた。3人が、視線で説明を求めると、

「だって、あの人たち『バシィ』彼『バチン』女『バスン』持ちだもん。ココに呼んでるし」

横島たちが、朝倉の説明途中に聞こえた音の発生源を見ると、ドッチボールの傍に倒れている二人と、
女子大生風の女性にビンタを食らっている男達がいた。朝倉が結果を見ながら、ニヒルに笑い、

「後輩に連れて来てもらっちゃった」

男達は、現れた自分達の彼女にひきづられていった。

「「「おお~」」」

横島たちは、この短時間でそこまで用意を進めた朝倉に感嘆の声を上げた。横島は、転がってるボールを見ながら、

「何でドッチボールなの?」

「ああ、あの二人ね。ウルスラ女子高等学校のドッジ部なのよ。最近関東大会優勝したらしいけど、
リーダー格が7月に貧血で倒れて、全国大会負けて気が立てるのよ」

横島は、高校生になってもドッチをやっているのに驚いたが、人それぞれかと思った。


アキラの怪我を応急手当てした後。一向は当初の予定を切り上げ帰宅する事になった。アキラは、
怪我のため横島におんぶされていた。疲れと怪我のため体力が尽きたのか、横島の背で安心しきった表情で寝ていた。
横島から、数歩離れた位置でニヤついた朝倉が、前を行く横島に聞こえないように、

「横島さんの感想は?」

「…そこまで悪い人じゃあないね。まあ及第点かな」

裕奈は、不本意そうに答えを出した。喧嘩に発展しそうではあったが、アキラのために怒ったのが良かったようである。
そんな横島なら、アキラを傷つける事はないと思った。その回答に満足した朝倉は、自分が査定されている等と思ってもおらづ、
美少女を背負う事が出来嬉しそうな顔をしている男に、

「横島さん、ちょっと買いたい物あるから5分くらい待ってて。明石もね」

返事も聞かないうちに、朝倉は近くの店に入っていった。朝倉の言うとおり立ち止まり、
幸せそうにしている横島に、

「横島さん、一つだけ言っておきますよ。アキラを泣かせるような事したら、許さないからね」

元々泣かすことなど考えているはずもない横島は、質問の糸が理解できず返答に困っていると、
裕奈が壮絶な笑みを浮かべ、

「イ・イ・で・す・ね」

「絶対に泣かしません!」

裕奈の迫力に負け、了承するしかなかった。今後、アキラを泣かすたびに冷や汗をかく嵌めになった。


宣言通り5分後、戻ってきた朝倉が横島の前に立ち、

「ちょっと屈んで動かないでね」

横島に指示を出しながら、彼の頭に赤い布を巻いた。

「はい、いいよ。バンダナ欲しがってたでしょ。今日のお礼に私から、プレゼントしちゃうよ~」

「サンキュ、和美ちゃん。女の子に物貰うなんてめったにないから、大事にするよ!」

心の底から歓喜し、跳ねそうになったがアキラを背負っているために控えた。朝倉は、喜ぶ横島の反応に気をよくしていた。
裕奈は、意表をつく場面を見て目を点にしていたが、いつか冷やかしてやろうと思った。

一つ断っておくが、バンダナに盗聴器はついてはいない。




[14161] 秘密がばれ時はこんなもんだ
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/14 00:06
茶々に会うために袋を片手に持った千雨が、横島のアパートに向かっていると、新聞配達のバイトを終えた横島と出会った。
目的地が一緒のため、並んで歩き出した二人は雑談を開始した。

「最近どう?」

「あんま変わらないよ。夏休み明けのテストじゃあ、いつも通りうちのクラスがビリだったし」

「へぇ、頭の悪いクラスなんだね。千雨ちゃんは?」

「中の下くらいの順位だな。横島さんの知ってるのだと、朝倉が一番頭いいな。一番馬鹿が、神楽坂だ」

「和美ちゃん頭いいんだ、見えないけどなぁ。あ~アスナちゃんはやっぱり頭悪いんだ。楽しい子なんだけどな」

何気にひどい事を言う男であった。

「横島さんは頭いいの?」

「よく見える?」

横島の成績が気になり、質問したのだが質問で返されてしまった。横島は、締りのない顔をしながら、
自分の頭を指差した。千雨は、数回頭を横に振りながら即答した。

「全然」

「はっきりい言うな~正解だけど」

横島が、「傷つくな」とふざけた調子で言った。微笑を浮かべていた千雨が、思い出したように、

「そういえば、変わったというかなんていうかな…夏休みの途中からかな、大河内が変」

「変?」

「ああ、急に嬉しそうな顔したかと思うと、直ぐに恥ずかしそうに顔赤くして頭抱えたり、表情を暗くしたりするんだ。
見てる分には面白いんだけどな」

「ふ~ん。何かあったんかな?」

千雨は、そっけなく「知らん」と言葉を返すのみであった。ちなみに横島は、アキラの様子に気づいてはいなかった。
アキラは、アパートに1人で行く事が極端に減り、誰かと一緒に来る事が多くなった。そして、横島の前ではそのような姿を、
見せてはいなかったためである。彼女の中で横島は、頼れる男性から、気になる異性にレベルアップしていた。


そして、アパートの近くまで来ると、

「あっ、横島さんだ~てい」

後ろから間延びした掛け声と共に、横島は足に軽い衝撃を感じた。横島は、声から人物がわかり、

「よう、冥子ちゃん。お出かけかい?」

「うん。マーくんと一緒にお散歩してるの~」

六道冥子が、抱きついていた手を離し指を後ろに向けると、震えている鬼道政樹がいた。

「おい横島、冥子ちゃんから離れろ!」

政樹は、冥子に抱きつかれている横島に嫉妬していた。横島は、意地悪な表情をしながら、政樹に声をかけた。

「何だ政樹、羨ましいのか?」

「だ、誰が羨ましいもんか」

千雨が3人のやりとりを、苦笑しながら見ていると、政樹の矛先が千雨に移った。千雨の傍によると、彼女のスカートを引っ張りながら、

「姉ちゃん、横島の彼女なら何とかしろよ」

「ぶっ、ば、馬鹿野郎、ち、ちげえよ!」

小声で怒鳴ると言う器用な真似をして見せた。政樹の発言が、横島に聞こえていないのを確認すると、
安心しながらも聞こえていたらどのような反応をしていたのか、気になりほんの少しだけ残念そうにした。更に政樹が、

「ちぇ、使えん姉ちゃんだな」

その言葉にむっと来た千雨が、ちょっとした仕返しとばかりに、

「お前、あの子が好きなのか?」

「め、冥子ちゃん何て、好きなもんか!」

怒鳴り慌てふためく政樹を、見る事ができ千雨は溜飲を下げる事ができたが、

「ひ、ひっく、マーくん、冥子のこと、き、嫌いなの」

政樹の声が大きかったために、冥子に聞かれてしまった。横島に抱きつきながら、目から大粒の涙を流す冥子に気がつくと、
二人とも固まってしまった。横島が、千雨のやらかした事に気がつき、アイコンタクトを送った。

(大人気ないことするな~)

(き、聞かれると思ってなかったんだよ)

千雨も、目で語るのに成功した。そして、横島に助けを求めると、仕方ないかとばかりにため息をついた。
これ以上場を乱すような事をせづ、冥子に諭すように話しかけた。

「大丈夫だよ、冥子ちゃん。政樹はね、冥子ちゃんが好きだから意地悪してるだけだから」

「…ほ、ほんとに~」

冥子は、目をこすりながら横島の言っている事が正しいのか、政樹を純粋な目で見つめた。政樹がその目に怯むと、
冥子の後ろで笑顔の横島が『これ以上泣かせるなよ』と無言で威圧していた。横島の威圧に屈した政樹が、

「…うん」

冥子が、泣き顔から瞬時に満面の笑みを浮かべながら、政樹の首に抱きつきながら、

「冥子も、マーくんの事大好きだよ~」

「冥子ちゃん、く、苦しい…」

千雨は、冥子が泣き止むと安堵から息をついた。横島は、抱きつきじゃれ合う二人を、嫉妬の炎に狂う事無く微笑ましく眺めていた。
ルンルン気分の冥子が横島たちに挨拶すると、冥子は政樹の首を極めたまま引きずっていった。若干、政樹の顔が青から白に
ランクアップしていたが、浮かれた冥子が気づく事はなかった。

「…横島さん、あのガキどもは何だったんだ」

「アパートの近所に住んでてね。最近仲良くなった保育園児」

六道冥子・鬼道政樹共に元気な5歳児。横島忠夫・長谷川千雨共に、保育園児相手に大人気ない事をした。


アパートの扉を開けると、茶々が元気よく駆け寄ってきて、勢いを殺さずに横島の体を駆け上っていった。
しかし、茶々の小さな体では、横島という山は高く胸の辺りで止まってしまい、前足の爪を服に引っ掛け
後ろ足をぶらつかせていた。千雨が、茶々の行動を愛くるしく思いながら、

「茶々は、どうしたんだ?」

「近頃な、頭の上がお気に入りらしくって、すぐに登ってこようとするんだよ」

横島は、説明しながら茶々の頭を撫で、空いた手で茶々を胸から離し頭の上に置いてやった。すると茶々は、
嬉しそうに『ゴロゴロ』と喉を鳴らしだした。横島が、笑いながら「どお、喜んでるでしょ」と言い、千雨の顔の高さまで頭を下げた。

「…ああ(カワイイのは茶々、よ、横島さんをカワイイと思うなんて、き、気のせいに決まってる)」

千雨は思わず、茶々というオプションをつけ無邪気に笑う横島を、不覚にも可愛く思ってしまった。
そして、丁度いい高さにある、横島の頭の上にいる茶々をいじっていた。手を動かしていると、稀に横島の髪が手に当たった。

「何だか、横島さんの頭を撫でてるみたいで、恥ずかしいな」

たしかに、千雨の後方から見ると、中学生に頭を撫でられる青年の図が其処にはあった。青年は、何を思ったか、

「撫でてみる」

何を思っていたかと言うと、もちろん冗談のつもりでいた。そのため、さっさと体勢を戻そうとすると、
髪を撫でられはじめたために腰をあげるのを中断するはめになった。

「ち、千雨ちゃん?」

「結構いい触り心地だな。髪質が硬いから弾力があるのか」

千雨は、茶々を撫でている時から、横島の髪を触れたときの感触が好みのものかもと思っていた。
そして、思っている最中に横島から声がかかり、反射的に撫でていた。よほど手に触れる感じが好みの物であったのか、
横島の困惑の声にも気づく事なく評価を口にしていた。


そして、千雨が横島の髪を十分に堪能し、手をどかそうとした時に玄関の扉が『ガチャリ』と音を立て開けられた。

「こんにちは、横島さん。本日も食事を作りに…?」

茶々丸の目には、横島の頭に手を置いたままこちらを向き、固まる千雨が映っていた。数瞬考え込み、
何か閃いたのか手を一度叩き感心しながら、

「男性の頭を撫でるのが趣味とは、さすがです、千雨さん」

「ちげえよ! 茶々を撫でてたら、偶々手が其処にいっただけだ!」

「? 茶々なら」

何とか誤魔化そうと、本当と嘘の混じった言い訳をしたが、茶々丸が指で自分の足元を指し示すと、
茶々丸に擦り寄っている茶々がいた。千雨が頭を撫で続けていたため、居心地が悪くなったようで既に降りていた。
これにより、偶然と言う主張が出来なくなった。

「うっ…でもそんな趣味はない」

「わかりました…では、どうぞ」

何とか弱々しく反論した千雨であったが、茶々丸が了承してくれたと思い顔を輝かせたが、続く言葉と頭を千雨に下げる行動に顔を引きつらせた。

「何をどうしろと?」

「勘違いしていました。男性の頭部だけでなく、人の頭部を撫でるのが趣味なのですね。私も撫でて構いません」

「ボケるのも大概にしとけ!」

ツッコミながら千雨は、思わず接近してきた茶々丸の頭を軽くはたいた。茶々丸は、はたかれた箇所を擦りながら、
横島に質問をした。

「何がいけなかったのでしょう?」

「そうだな、来るタイミングじゃあないか」

「そうですか。では、もっと面白いタイミングで来れるように努力します」

「うん、茶々丸ちゃん絶対理解してないね」

頭を千雨に押さえられながら横島は肩を落とした。彼としては、もう少し速くか遅く来れば問題ないと思ったのだが、
茶々丸には通じなかったようである。そのうち、横島が誰かをはづみで押し倒した時に、茶々丸が乱入しそうである。


一応の収拾がつき、茶々丸が料理を作っている間に、再び猫を頭の上に乗せた横島が、

「そういえば、今日は何しに来たん?」

「普通は、出会ったときに聞くもんじゃあないか? まあいいけど、今日は茶々を撮りに来たんだ」

横島に、普通を求めるのが間違いである。千雨もその事に気づき、さっさと訪問理由を喋った。
そして、横島の頭から茶々を下ろして、デジカメを構え撮影しだした。退屈しのぎに横島が、

「撮ってどうすんの?」

「ああ、ネッ…疲れてるときに、眺めるんだよ」

自身のホームページに写真を載せる事を言おうとしたが、横島達にホームページを見られたくないために、
違う言い訳をした。ちなみに、その言い訳もあながち嘘でもないので、負い目を感じる必要がなかった。

「じゃあ、カメラ貸して。千雨ちゃんと茶々とで撮るよ」

千雨も最初から、茶々と一緒の所を撮影したかったので、横島に操作の仕方を説明し撮ってもらった。
内容としては、抱っこや膝の上に乗せたり、そして横島のように頭の上に座らせる等をした写真を撮った。
千雨の希望するショットが全て撮り終えると、

「ちょっと、トイレ借りるよ」

一言断りを入れると、そそくさと部屋から出て行った。そして、入れ替わるようにして、茶々丸が横島の元へ来た。
横島の持つデジカメに興味を持ったのか、

「何を撮ったのですか?」

「茶々の写真だよ」

「少しお借りします」

茶々丸は、横島の手元からデジカメを拝借して、保存されていた画像を見始めた。ついでにデジカメのデータを、
自身にも記録し始めた。横島も横から覗き込みながら、科学技術の進歩に感心していた。デジカメから視線をはずし、
茶々丸に話しかけた。

「へぇ、直ぐに確認できるんだ」

「えぇ、そのために、以前に撮った画像も残っている事があります…このように」

「おぉ、髪を下ろした姿も可愛いな。服も可愛いいし」

残っていたデータには、普段と違い眼鏡を外し後ろで髪を束ねていない、満面の笑みを浮かべた千雨が映っていた。
服装は、フリルが多くあしらわれていて、何故か猫耳・猫尻尾がオマケについていた。

「猫耳が好きなのですか?」

心なし茶々丸から、冷たい目を向けられていた。横島は、若干冷や汗を流しながらも図太く、次の画像を催促した。
冷たい目を維持したまま茶々丸は、自身も興味があったので催促に従い次々に画像を表示していった。
千雨は、デジカメの小さな画面の中で、様々なポーズと服装を披露していった。横島が、可愛らしいなどの評価を口にしていると、千雨がトイレから戻ってきた。彼女は、
茶々の写真を見て可愛いと言ってると思い込み、

「気に入った写真があるなら、今度データあげるけど」

「ほんとに! うんじゃこの写真がいいな」

横島が、喜びながら茶々丸からデジカメを掠め取り、画像を千雨に見せると、

「・・・・・・」

「千雨ちゃん、どうしたの」

映っているものを確認した瞬間、彼女は目を見開き動きを止めた。横島が、声をかけても何のリアクションも見せず、
茶々丸が近づいて行き千雨の体を確認すると、彼女にしては珍しく慌てながら千雨の体を横にし、

「心臓が止まっています」

「…へ?」

茶々丸は、横島が呆けているのも気にする事無く、止まった心臓を動かすために動きだした。横島が、
呆然としていると千雨の体から何かが出てきた。その物体は、「さようなら~」と言いながら
天に昇っていこうとした。それは、千雨の魂であった。横島が焦りながら、その手を掴み、

「そ、そっち行ったら、アカン。戻って来るんや!」

横島が何とか魂を千雨の体に押し込んだ。そして、茶々丸の必死な蘇生行動により、無事彼女は意識を取り戻す事に成功した。


心臓が動き出した千雨は、部屋の隅にて体育座りし足と胸の間で、茶々を抱きながら涙目で、

「も、もう駄目だ。し、死ぬしかない」

横島は、先ほどまで本当に心臓が止まっていたので笑うことが出来ずにいた。茶々丸は、どうしてイイのか判らず
オロオロしていた。横島は、自分しか今の状況を打開できるものはいないと思い、意を決して説得をはじめた。

「ち、千雨ちゃん、死ぬなんて言わないでよ」

「駄目だ、あんなのが知れたら学校中の笑いものだ。私が死ぬか、横島さんと茶々丸を殺すしかない」

千雨は、更に物騒な事を言い出し、立ち上がり虚ろな目で鈍器を探し始めた。横島は、焦りながらも喋りかけた。

「こ、殺すなんて駄目だよ。千雨ちゃんも茶々丸ちゃんもキレイなんだから、死んじゃったらこの世の損失だよ」

「「キ、キレイだなんて」」

千雨と茶々丸が、キレイと言う単語に反応したために、横島は今が勝負時だと思い、千雨の肩を掴みながら、

「ほんと、ほんと、キレイなんだから、死ぬなんて勿体ないよ」

「で、でも」

横島は、必死にデジカメの画面を指しながら、

「いや~この服も可愛いな、コレ買ったの?」

「その服は、私が作った」

「凄いな千雨ちゃん、俺にも何か作ってよ」

「い、いいけどよ」

「じゃあ、死ぬのも殺すのも駄目だよ。いい!」

「…ああ」

何とか千雨を、自殺や犯罪に走るのを止める事が出来、横島は額の汗を拭き精神的疲労の為に腰を落とし座り込んだ。


落ち着きを取り戻した千雨が、両手を顔の前で合わし頭を下げていた

「ほんとーに黙っててくれ」

「絶対に言わないから、安心してくれ。なっ茶々丸ちゃん」

「はい」

千雨は、安心のため気が抜け、一気に脱力した。そんな中横島が、画像を見ながら、

「ううん、キレイなんだけど何だかな~」

「変なところでもあるのか?」

千雨は、横島の反応が気になり尋ねると、

「笑顔が何だか、作り笑いみたいでね。普段の顔の方が好きだと思ったんだ」

「よく見てるな」

千雨が、小声で言ったために聞こえなかった横島は、

「なんか言った?」

「なんでもねえ」

素っ気無く答えていたが、内心千雨は嬉しく思っていた。確かに写真の笑顔は、普段見せない満面の笑みであったが、
写真を撮るとき用の作り笑いである。横島は、それを見抜き普段の表情が好きだと言ってくれた。
千雨は、喜びのため心が温かくなっていた。


一方茶々丸は、千雨とは逆に落ち込んでしまっていた。

(作り物の私では、表情も何もありません。横島さんに、褒められることもないのですね)

横島も千雨も、茶々丸が塞ぎこんでいる事に気づけないでいた。茶々丸は気づいていなかったが、
横島は茶々丸の微笑みに見惚れる事があった。その事実が、いつか悲しみにくれる茶々丸を引き上げてくれるであろう。


気分を良くした千雨は、帰る前に来るときに買ってきた猫缶を茶々にあげることにした。猫缶に気づいた茶々が、
千雨に擦り寄りながら顔を上げ千雨の目を見つめていた。

「ちゃんとやるから、そんな目を輝かせるなよ」

千雨は、お持ち帰りしたい気分になったがグッと堪え、猫缶の中身を小皿に移していった。
そこに、横島が不思議そうに声を発した。

「あれ、それ茶々にあげちゃうの? うまいのになぁ」

「当たり前じゃん猫か…横島さん、今『うまい』って言った?」

千雨は、あまりにも普通に味の感想を言われたために、小皿に移していた手を静止させ確認する事にした。

「おう、少し薄味だったがうまかったぞ」

千雨は、呆れかえり本当の事を言ったら驚くだろうと思いながらも、缶詰のラベルを見せながら、

「これ、猫缶だから」

「なんだってーー」

横島の驚愕の叫びを聞きながら、千雨は予想通りの反応に「うんうん」と言っていた。そして、
ここから横島は予想外の行動を見せた。横島は千雨の足元で、『早く頂戴』と鳴いている茶々を持ち上げ、

「茶々~お前こんないいもん食ってたんか。贅沢なやっちゃな~」

自分の貧乏生活の時より、高価なものを食している茶々に嫉妬していた。本日は色々あり疲れていた千雨は弱々しく、

「いや、あんた驚くポイントが違うだろ」

「そんなこと言われたってな、ドッグフードより全然うまかったぞ!」

「そんなの力説されてもな…そんなもんまで食ってたのかよ」

横島が、「あれ? 俺何時そんなの食ったんだ」と言っている傍らで、面倒見の良い千雨は、苦笑していた。
そそっかしい横島には、自分達の誰かが傍にいないといけないと思い、近くにいた茶々丸に向けて、

「この人の面倒をしっかり見ようぜ…何で、気まずそうに横向いてんだ?」

「ソンナコトハナイデスヨ」

急に変な喋り方になった茶々丸を、千雨は何だこいつと思っていると、彼女の勘が働いた。

「はは~ん、お前だな横島さんに猫缶食わしたの」

「 ナニヲイイマスカ、ウサギサン」

千雨は、はじめて茶々丸より優位に立てる事が出来、ニヤニヤしていた。彼女は、帰るまで良い気分でいたが知らない。
デジカメのデータが、全て茶々丸にコピーされている事を。そんな中、茶々が「早く食べさせて~」と鳴いていた。


千雨が、自分のホームページに、茶々の写真を載せた数日後、

「ねえいいでしょ、千雨ちゃん」

「何で、お前の手伝いをしなくちゃあいけないんだよ」

朝倉が、千雨に言い寄っていた。朝倉は、千雨に情報収集の手伝いをお願いしていたが、千雨が手伝うはずもなく、断り続けていた。
そして、朝倉が目をキランと光らせ、奥の手を切った。

「手伝ってよ、ち・う・ちゃん」

千雨は背筋に戦慄が走りながらも、動揺を隠さずに朝倉の目を見ながら、

「何言ってんだ、テメーは?」

「何ってるんだろうね~最近ね面白いホームページ見つけてね。横島さんとこの猫と同じ名前の、
『茶々』って子の写真がネットに乗っててね、色々見ちゃった」

朝倉は、さあどうすると訴えかけると、千雨は自分の迂闊さを呪い、プルプル震えながら搾り出すように声を出した。

「何をすれば良い」

この瞬間、一時的にではあるが長谷川千雨が朝倉和美の軍門に下った。



[14161] 大停電 前編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/14 00:20
10月半ば、近衛近右衛門に学園長室に呼び出された横島は、下校時刻が過ぎているため少ない数だが、
女子中学生の好奇な視線に晒されながらも案内役を請け負った、アスナの後ろを着いて行った。
案内役以外にも、横島の隣には朝倉和美と大河内アキラがいた。アキラは、明日菜に横島と二人で歩いていて
誤解されないように、ついて来てと頼まれていた。朝倉は、横島に確認したい事があったため勝手についてきた。

「悪いね、明日菜ちゃん。わざわざ案内させて」

「高畑先生にお願いされたんですもん、断るわけないじゃないですか」

そして、お願いされたときのことを思い出しながら、うっとりとしながら「コレで高感度アップよ!」と、
胸の前で手を握っていた。横島が、同類を見るような目をしながら、横にいる二人に問いかけた。

「アスナちゃんて、タカミチさんが好きなの?」

「…うん」

「私の情報じゃあ、渋いオジサマが好きなんだって」

横島とアキラがタカミチの顔を思い浮かべ、二人して頷いていた。あの人は渋いと。アスナが、
まだタカミチのことを思いトリップしていたので、正気が戻るまでの繋ぎに朝倉が、

「横島さんは、明日の大停電は警備に出るんですか?」

「明日は休みだから、家でごろごろしてる予定だけど。大停電て何?」

「知らないんですか、明日の夜8時~12時まで停電するんですよ」

「へっ、何で?」

「…学園都市の全体メンテナンスで、年2回行われてる」

「ほぉ、ビル1棟ならまだ判るけど、都市全体でか。スケールがでかいな」

アキラの答えに、感心半分呆れ半分で感想を言った。朝倉が「明日は、見たい番組があるのになー」と
一般的なことを言い、更にさり気なく、

「横島さんて、東京の**高校出身でしたよね?」

「ああそうだけど…言った事あったけ?」

不信に思った横島が、教えた事があったかと記憶を探っていると、

「前に言ってましたよ」

思い出せずにいた横島は、「言ったけかな~」と首を傾げていると、ようやくアスナが現実世界に帰還を果たし、
近くにあった時計を見ると、

「まずい!約束の時間に遅れちゃう」

横島を送り届ける時間が過ぎてしまいそうになり、慌てながら横島のひじの辺りを掴んだ。

「どうし、のわ!?」

アスナは、横島の肘をつかんだまま学長室に向けて走り出した。引きずられる形になった横島は、
床や壁などに何度も体を叩きつけられていた。アキラと朝倉は呆けてしまったが、アキラは
自分も付き添いを頼まれていたことを思い出し、横島の身を案じながら追いかけていった。
そして、確認したい事が終わった朝倉は、踵を返し横島たちとは反対方向に進みながら、

「やっぱり、書類通りか…でも、写真が一枚もないんだよね」

朝倉は、自身の持つ情報網とコネ、そして千雨にも協力してもらい、横島について調べを進めていた。
千雨に関しては、横島の名前を出さずに、手に入れた書類に書かれていた、中学・高校の
卒業生について調べてもらった。結果、データ上には名前が出るのだが写真はおろか卒業生に聞いても
『横島忠夫』の名前は出てこなかった。口元は笑みの形をしていたが、真剣な目つきをした彼女が、

「横島さんか、本当に何者なんだろうね」

いくら調べても手がかりに辿りつく事ができないため、更に興味を引かれていった。
そして、全く横島に関係ないことだが、最後に純粋な好奇心からポツリと、

「それはそうと、大河内とアスナ、腕相撲したらどっちが勝つのかな?」

片手で青年男性を引きずるアスナと、片手で人の動きを止める事の可能なアキラ、いい勝負をしそうである。
机が壊れなければの話であるが。


学園長室に到着するとアスナは、部屋の前にいる男性に気づき顔を輝かせながら、傍によっていき、
横島の肘を離しながら、

「お待たせしました、高畑先生。横島さんをお連れしました」

ニッコリと微笑むアスナであった。可愛らしい笑顔であったが、ボロボロの横島を見たタカミチは
少し顔を引きつらせながら、

「あ、ああ、ありがとう、明日菜君。大河内君、横島君は生きてるかい?」

「…大丈夫みたいです」

タカミチは、心配しながら横島を膝枕しながら腫れたり打ち身の箇所を擦っていた、アキラに声をかけた。
横島の傷は、アキラが触った箇所からどんどん腫れ等が癒えていった。横島の非常識になれているのか彼女は、
安心していたがそれを見ていたタカミチは、横島の異常な回復力を知ってはいたが生で見る事により
冷や汗をかいていた。傷がほとんど癒えた横島が、気持ちいいのかニヤケ面のままアキラの太ももを堪能し、

「アキラちゃん、心配してくれてありがとうね。もう部屋に入っていいんですか?」

「こちらが呼んどいてすまないんだが、今来客中でね。少し待っててくれないか」

「へーい。気にしなくていいっすよ」

タカミチの答えを聞きながら横島は、もう少しアキラに膝枕して貰いたかったので、起き上がろうともしなかった。
アキラは、多少恥ずかしかったのだが、横島が喜んでいるのがわかったのでそのままの体勢を維持していた。
アキラの行動は、生徒が全くいなかったのも大きな要因であった。しかし、横島の幸せは
『ガチャ』と言う音共に直ぐに終わった。横島が来客者に、もっと長くいろよと思いながら、
扉を開けた人物を見ようとした。しかし、横島の位置からはまだ見える位置にはいなかった。

「おっ、もう終わったのかい?」

「はい。では、失礼します」

横島は、聞き覚えのある声に「ん?」と言いながら扉のほうを見ていると、部屋の中から
ひょっこりと茶々丸が現れた。

「やっぱり茶々丸ちゃんか、学園長になんかされんかった。もし変な事されたなら、しっかり言うんだぞ」

「安心してください、何もされませんでした。・・・膝枕ですか」

「おう!心地良いぞ」

「・・・そうですか、そろそろ行きます。また今度」

「またね~」

茶々丸は、アキラにも一声挨拶し、タカミチとアスナに会釈し去っていった。帰り際にポツリと
「・・・膝枕ですか」と呟いた。

タカミチは「ほお」と言いながら、目を丸くしていた。担任になり2年近く接している自分よりも、
横島に好感を持っていることを見てとれたためである。そして、アスナも他にクラスに知り合いがいることは
聞いていたが、見ると聞くでは違うということを実感し、

「茶々丸さんって、あんまり話した事ないんだけど、どんな子なの?」

茶々丸に興味を持ったアスナが横島に問うと、この男は立ち上がりながら考える事無く即答した。

「いい子だぞ。ちょっとドジなとこもあるけど。なっ」

「・・・うん」

アキラにも確認をとると、彼女は色々と思い出したのか苦笑しながら肯定した。二人の意見を聞いたアスナは、
機会があれば茶々丸に話しかけてみようと思っていた。そして、タカミチが気になったことがあったようで、

「どうして、知り合いになったんだい?(まさか、エヴァとも知り合いか?)」

「うっ」

横島が言いよどんでいると、少し嫉妬心をだしたアキラがジト目になり横島を見て、

「・・・ナンパしたらしいですよ」

「・・・ええ~バイトの時に中学生はナンパしないって、言ってたじゃあないですか!」

「か、堪忍や~なんか知らんが、そういう流れになったんじゃ!」

幾度目かのバイトの時に、そのような事を言っていたらしい。横島としては、アレはナンパではなかったのだが、
アスナが横島の言い訳を聞くと不真面目な対応と思ったらしく、「横島さん、ひっどい」と言われた。
そして、横島が反論しようとしたとき、肩を思い切り握られた。

「横島君、君は僕の生徒に遊びで手を出したのかい?」

タカミチが、表情を消し平坦な声を発した。タカミチの雰囲気に横島はビビリながら、

「タ、タカミチさん、肩がもの凄く痛いんで、離してほしいんですけど~」

「遊びなのか、それとも真剣なのか、どっちだ?」

タカミチは、横島の要望を無視し普段の温厚な喋り方から、刺々しい喋り方に変化していった。
横島は、遊びとも真剣とも答える事ができずに、

(どう答えろっちゅうねん!)

横島は、肩の痛みとタカミチの精神的圧力を、学園長が入室して来ないのを怪訝に思い呼びに来るまで受け続けていた。
その間少女達はと言うとアスナは、真剣なタカミチもカッコイイと魅入っていた。アキラは、
自分の不用意な一言の所為でこのような事態になったために、止めようとしているが止め方がわからずオロオロしていた。

ちなみに、茶々丸が学園長室にいたのは、エヴァの警備の給料の振込みに手違いが生じ、
主に代わり直接受け取りに来ていた。


「はっはは、何だそういう事だったのか。すまなかったね」

学園長室に入って何とか事情を説明すると、タカミチの剣呑な気配がおさまった。横島は、
握られていた肩をさすりながら、

「誤解が解けたんなら、いいっすよ。うんで、俺を呼んだ理由は何ですか?」

「それなんじゃがな、明日タカミチ君が所用で警備に出れないんじゃよ。それで、彼の代わりに
警備に出てほしいんじゃ」

「構わないっすけど、ちゃんと報酬貰いますよ」

「フォフォフォ、安心せい、ちゃんと色をつけて払うぞ。ココが担当地区じゃ、よろしく頼むぞ」

「へーい。じゃあ帰りますね」

横島は、用事が終わるとさっさと部屋から出て行き、待っていたアキラと一緒に帰った。横島が、
出て行ってから数分経つと、

「学園長いいんですか? ただ横島君の実戦が見たいだけで、警備に出して。明日は暗闇にまぎれて、
結構の数の侵入者がいるかもしれませんよ」

タカミチの心配は、侵入者の数もだが極稀に質の高い敵が来る場合があり、それが心配であったが、

「構わんじゃろう。君にも、離れた所から監視してもらうしの。他にも保険もかけておくから、問題ない」

学園長も、さすがに1人で任せるのは何かあった時に拙いと思い、タカミチの他にも声をかける気でいた。
タカミチも、それならまだいいかと思い安心していた。


当日横島は、市街地にある自身の担当地区の広く開けてはいるが、草が足首の高さまで茂った場所にいた。
そして、前方は森になっており、侵入者はその森を越えて来なければ麻帆良には入れなかった。
最初から戦闘などする気がない横島は、大停電より大分前にココを訪れ、ある作業をした。その結果、
森の中からは悲鳴や叫び声が横島の耳に届いていた。時々、魔法か気かは判別がつかないが、
轟音も聞こえていたのだが、それも悲鳴と共に消えていった。

「はぁ~楽だわ。しっかし美神さんだったら、楽に突破してくるんだけどな」

横島は、非殺傷系のトラップをコレでもかと作り、待ち構えていた。非殺傷とはいえ、
当たり所が悪ければ骨の2~3本の覚悟が必要なものばかりであった。怪我はしないが、
精神的に来るものまで作っていた。落とし穴の中に、猫のフン・生理的嫌悪を感じる虫等を、
入れたもの等も作っていた。怪我をした方が、名誉の負傷のためましな気がしないでもない。

離れたところで見ていたタカミチは、もし横島と戦闘する事があったら、罠に嵌りたくないので、
絶対に離れずにいようと決心していた。

停電から一時間も過ぎると、次第に悲鳴の数も少なくなってきた。そして、複数の視線が広場の中央にて、
欠伸をしている横島に注がれていた。それは、学園長の手配した保険、偵察用のカメラ、
そして物陰に隠れていた朝倉和美であった。現場に着いたばかりの和美は、

「悲鳴? 横島さんは、気にしてないみたいだけど絶対何かあるわね」

朝倉和美、バンダナに盗聴器は仕掛けなかったが、超小型の発信機を取り付けていた。
今日は仕事が休みで家にいる筈の横島が、どんどん市街地にいるのを不審に思い、追ってきていた。

そして、横島が森のほうを見て感心した風に「おっ」と言うと、横島から森と広場の境目に注目しだした。
数秒経つと、ガサガサと音を立てながら1人の、年の頃はまだ十代前半・髪は黒色・犬耳の学生服を着た少年が
ふらつきながら現れた。怒りから目つきを鋭くした少年は、横島を見つけるとドスドスと音を立てながら歩き、
横島を指差しながら、

「お前か! あんなトラッ『パカ ヒュ~ン ドスン』」

少年の足元から間抜けな効果音がした瞬間、少年の体は地面に吸い込まれていき落下した。
それを見ながら、横島がいけしゃしゃあと、

「気をつけろよ、其処ら辺にも落とし穴あるからな」

落ちたせいか土まみれの少年が、這いずりながら出てくると、

「遅いわ、ボケ! 決めたで、お前は絶対にこの手で、ボコボコにしてやるで」

「根性あるな坊主。ん? なんかお前臭うな・・・裸足か、靴はどうした」

少年の頑張りにパチパチと拍手していた横島が、近づいてきた少年から漂う臭いにニヤニヤしながら問いかけると、
少年は足を止め更に顔を歪ませながら吐き捨てるように叫んだ。

「うるさいわ、あんなん履けるか!」

怒鳴りっぱなしの少年を、からかうのが楽しくなってきた横島は、笑いながら、

「あっちから来たって事は坊主、さては茶々のウンチ踏んだな」

「茶々って誰や?」

「俺の愛猫」

少年は図星だったようで、額に井桁を浮かべながら、

「今度その猫、いじめてやる」

笑いながら横島は、まだ元気のある少年の発言に、無理だろうなと思っていた。苛める事は可能かもしれないが、
そのあとに誰かにバレたら、この少年が地獄を見るのは明白である。それを指摘するのも面倒だったので、
話題を変えることにした。

「でっ、坊主は何しに来たんだ? 遊びにきたんか」

「ちゃうわ、強い奴がココに居るって聞いたからきたんや・・・まさか、あんたがそうなんか?」

こいつバトル好きのかと思い、面倒だなと顔を顰めた横島は、少し考え心当たりがあったのか、
ポンと手を叩き、

「それ俺じゃあないぞ、多分俺の知り合いだ。いないから、今日はもう帰れ」

「ホンマかならしゃあないな、じゃあまた今度な」

そう言うと少年は、横島に背を向けて歩き出した。横島が「おっ、ラッキー」と言った時、
少年の体が消えたかと思うと、横島の横から声が聞こえた。

「そんな訳あるか、ボケが! 喰らえ、我流・犬上流 狼牙双掌打」

叫びながら横島の体に跳びかかった少年は、両手の掌に溜められた気を一気に開放し、掌底を放った。
奇襲が成功し、当たると確信した少年は、唇の端を持ち上げていた。そして、横島の横っ腹に当たったと思った瞬間、

「はぁ、やっぱりそうだよな」

襲撃を予想していた横島は、ため息をつきながら、一歩後ろにヒョイッと下がるだけで掌底を回避してしまった。
横島に体を晒した少年は、笑みを強張らせ、真横から来るであろう衝撃に耐えるため歯を食いしばった。
しかし、予想していた衝撃も無く無傷で着地した少年は、横島からの攻撃がなかったために困惑しながら、

「・・・? 何で攻撃しなかったんや。隙だらけだったやろ」

「喧嘩は嫌いなんだよ。それに、ガキを殴るのはな~」

横島も侵入者とはいえ、少年を殴るのは気が引けていた。そして、少年は屈辱と歓喜により震えていた。
少年は、目の前にいる男に相手にもされていない事に屈辱を味わされていたが、自分の先制攻撃を余裕を持って、
かわすほどの実力を持つ人物に合えたために屈辱以上に喜んでいた。少年は、横島を指差しながら、

「まだ名乗ってなかったな、俺は『犬上小太郎』や! 兄ちゃんの名前はなんや?」

「あん、なんだ急に」

横島は、いきなり期待の眼差しでこちらを見てくる少年・小太郎に、嫌な予感がしていた。

「名乗ったんやから、返さんのは礼儀に反するぞ」

「しゃあない、男に名乗ってもつまらんが教えてやる。人呼んで『伊達雪之丞』だ」

思いっきり偽名を使い、その姿は全く後ろめたく無いのか堂々としていた。シリアスな時ならともかくとして、
この状況でこの男に礼儀を求めるのが、そもそもの間違えである。横島の偽名を聞くことが出来、
忘れないように「伊達雪之丞、伊達雪之丞…よし覚えた」と呟いている哀れな少年がいた。
そして、気合十分な小太郎は再び横島の方を指差しながら、

「雪之丞の兄ちゃん、正々堂々勝負や! ・・・何を笑っとるんや?」

小太郎の視界には、地面に膝をつき片手で腹を押さえ、もう片方の手で地面を叩く横島がいた。
からかいがいのある少年に、横島は大喜びしていた。ひとしきり笑うと、平然を装って立ち上がったが、
唇が先ほどの名残からヒクヒクしていた。

「な、何でもない。よし正々堂々の勝負だな。行くぞ」

言葉が終わると、横島は小太郎に向かって突撃していった。小太郎も接近戦を選択し、
その場で迎え撃つために腰を落とし、待ち構えた。そして、互いの体が一瞬だけ重なった、
真横から見るとだが。上から見ると、横島が小太郎の横を通過して行くのが見えたであろう。
真っ向勝負を期待していた小太郎は、横島のあまりにも予想外の行動に「へっ?」と言うのみだった。
固まる小太郎の背に、

「だっれが、正々堂々なんてするか。ばーかばーか」

その声に慌てて振り向くと小太郎の顔に『ビシャ』と、5m程離れた所にいた横島から、
体の何処かに隠し持っていた水風船を投げつけられ、顔をビショ濡れにさせられた。
横島が後ろを向き、自身のお尻を叩き出し挑発し、また走り出していった。


それを、離れて見ていた者達の一部は、

「僕が、戦ってあげたほうが良かったかな?」

「あの少年何者かな? さっき手から何か出してたけど。しっかしまさか、横島さんを追って違う世界見つけるとはねぇ、
横島さんにインタビューしなくっちゃ」

タカミチは同情し、朝倉は結構楽しんでいた。しかし、朝倉は前方の二人を気にしすぎて、
気づいていなかった。自身の直ぐ後ろに忍び寄る影がある事に。


水に濡れ冷えた小太郎の頭から、『ブチブチ』と音が鳴り、

「ここまでコケにされたんは、はじめてや。殺したる!」

柳眉を逆立てた小太郎が、全速力で走り出した。すると、先ほどまで横島の立っていた地点で盛大に転び、
受身も取れず顔面を強打し、痛みのため声も出せず顔を押さえ転がった。小太郎は痛みが治まり、
足元を見ると草を結んだ輪っかがあった。そして、一旦落ち着き辺りを見ると、同様のブビートラップが目に付いた。

「な、何であの兄ちゃん。走り回って平気なんや?」

小太郎の近くを走り回っている横島が、乱雑に仕掛けた罠にかかる気配が無い事に、小太郎は戦慄していた。
小太郎は、走って追いかけるのを諦め、顔に笑みを浮かべ、

「なら、これや」

小太郎は、月明かりに照らされた自分の影から、漆黒の犬を出現させた。その光景に足を止めた横島が、

「おお、影から、犬が出てきた。病気か?」

「どんな病気や。これは、俺の『狗神使い』の能力だ。いけお前ら、あの兄ちゃんを捕まえろ」

主の命令を聞いた狗が、横島目掛けて突進していった。焦る事無く横島は、息を吸い込み大声で、

「おすわり!」

その大声に反応し、狗達が横島の手前で止まりキレイにお座りした。そして、横島が「よし」と言うと、
横島に尻尾を振りながらじゃれ付いていた。中には、腹を見せてくる狗もいた。横島は、そんな狗達を撫でながら、

「犬も可愛いもんだな。茶々には負けるけど」

「ちょっとまてや!お前ら、何でその兄ちゃんに媚びるんや!」

小太郎の疑問は最もであるが、狗が横島に勝てないと本能的に察したのと、この男特有の物の怪の類に好かれる
特異体質の結果である。

「坊主も媚びたらどうだ?」

「俺は媚びない。兄ちゃんに一撃叩き込むまで、引かん」

横島が、小太郎を青いなと思いながら、言い放った。

「いいか坊主、自分より強い奴には『引いて・媚びて・省みろ』。それで、相手が背中見せたらラッキーと思え」

何処かの『聖帝』と正反対の事を口にした。

「兄ちゃんには、プライドはないんか?」

「そんなもんで、自分の命が守れるか! 相手が強かったら、土下座して靴の裏も舐めるぞ」

「情けない事を、胸張って言うなや。もういい、お前ら戻って来い」

小太郎は、裏の世界で汚い仕事もやってきたが、高位の実力を持つと思われる(既に半信半疑)男が、
ここまで卑屈になるのが信じられなかった。卑怯な事をする者もいたが、実力者は何処かで自身の力を信じていた。
そして、小太郎がイヤだったのが、そんな男に自分の狗神が懐いている事であった。
そのため、さっさと戻ってくるように言ったのだが、

「・・・言う事聞けや」

主人である小太郎を無視して、まだ横島にじゃれ付いていた。肩を落としている小太郎を、
不憫に思った横島が、

「ほらお前ら、坊主が呼んでるぞ。行ってやれよ、可哀想だろ。・・・そんな悲しそうな目で見んなよ。
また遊んでやるからよ」

狗達は、「くう~ん、くう~ん」と鳴きながら名残惜しそうに、敵のはずの横島をチラチラと見ながら
小太郎の元に戻って行った。その中の一頭が、小太郎を睨みつけたが他の狗達に、宥められ
大人しく影の中に戻って行った。横島に同情されるは、狗達は言う事を聞いてくれないために、
ほんの少し涙目になった小太郎に、

「あ~まだやる?」

「・・・当たり前や」

小太郎は、一発でも入れないと心が折れそうだった。そして、やりすぎたかと思った横島であったが、
虚しい思いをしたのにまだ戦いたいと言う、少年の心意気を買い再び走り出した。心意気は買っても、
決して正面からは戦わなかった。

追い駆けっこが始まると、小太郎は罠を警戒して全力では走れず、横島に全く追いつく事ができなかった。
しかし、追いかけてから5分ほど過ぎると、異変が起きた。

「しまっ『パカ』」

何と横島が、森の手前にある落とし穴に落ちてしまった。小太郎は、その姿に目を疑ったが事実に気がつくと、
お日様のような笑い顔を浮かべ、落とし穴に近づいていった。

「はっはは、間抜けな兄ちゃんだな。自分の罠に嵌りよった」

本当に嬉しそうに小太郎が穴に近き、どんな格好で落ちてるか想像しながら覗き込むと、
普通に直立する横島と目があった。小太郎は、心底残念そうにしたが気を取り直し、
逃げ場の無い穴の中に飛び込もうとし気がついた。横島の手にロープが握られていることに。
しかし、自分の足元で輪を作っているロープには、草に隠れ残念ながら気がつかなかった。
笑顔の横島が、そのロープを思いっきり引っ張ると、森の木々に引っ掛けられていたロープと連動し、
小太郎の足元にあったロープも引っ張られた。

「ぎゃ」

小太郎は、短い悲鳴と共に宙吊り状態になってしまった。そして横島は、直ぐに穴から飛び出し
近くの木にロープを括り付けた。ついでに、ロープを千切られない様に、小太郎の体をロープで
グルグル巻きにした。芋虫状態にされた小太郎に、

「ほれ、もう降参しろ。あっ、これ俺のアパートの住所。犬連れて遊びに来い」

狗達に、また遊んでやると言う約束から、アパートの住所を書いた紙をロープの隙間から
出ているズボンのポケットにねじ込んだ。

「ふん、まだや!」

小太郎は、諦める事を嫌がり奥の手である獣化をしようと、精神集中しだした折に、
森の陰から出てくる女性を視野に入れ呟いた。

「・・・女?」

「なに! どこじゃー」

小太郎の呟きに、瞬時に反応した横島が、小太郎の向いている方向を向き、驚きで目を見開いた。

「何でここにいるの、和美ちゃん」

両手を背中に隠し、にこやかな表情の朝倉和美がゆっくりと歩いてきていた。朝倉の隠された手には、
月明かりにより不気味な光を放つ、ナイフが握られていた。そして、朝倉の登場により困惑し固まる横島の元に、
少女が腕を振るえば当たる距離まで接近してきた。朝倉は、微笑んだまま手に持ったナイフを閃かせると、
月明かりのみの大地にくぐもった悲鳴が響き渡った。



[14161] 大停電 後編
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/29 23:03
「ぐっ…う…兄…ちゃん、何すんや…」

「悪い、だけど我慢しろ」

驚いていた横島は、朝倉が持つナイフにいち早く気づき、その凶器が振るわれると体を後ろに傾けた。
そしてナイフの間合いで動けずにいた小太郎の腹に、下がりながら左肘を叩き込み、少年を無理やり
後ろに動かす事で助けた。そして、朝倉は避けられたのを気にせず、二度三度とナイフを振るい横島を切りつけてきた。
元々標的外だったのか、悲鳴を上げた小太郎は初撃以降はナイフを振るわれることは無かった。
横島は朝倉を攻撃して止める事できないため、防戦一方であった。

「か、和美ちゃん。そんな危ないもん、ポイしよポイ」

「……」

微笑みのままの朝倉は、口が引きつった表情の横島の言葉に全く反応せず機械的にナイフを繰り出していた。
朝倉のナイフ捌きは、拙くお世辞にも上手いとはいえず、そのため横島には簡単に避ける事ができていた。
動き続けながら横島は、何かいい手はないか考えていると横島の位置から見える場所に、
3枚の札をだらりとさげた左手に持った、髪を伸ばし放題にした目つきの鋭い男が現れた。
その男は、その中の一枚の札を右手に持ち低い声で、

「出ろ、サンチラ」

横島は、男の出現よりもその札より出現した六道家のヘビを司る式神に一瞬狼狽し、動きを止めてしまった。
朝倉は、その隙を見逃さず渾身の突きを放った。顔に向かってくるナイフを横島は、「のわ~」と言いながらも、
反射的に両手でナイフを挟み込むようにして止めた。ホッとした横島に向けて、朝倉の後方から先ほど現れたサンチラが、
電撃を放つのが見え舌打ちをしながら、

「ちっ、ごめんね和美ちゃん」

横島は、朝倉からナイフを奪うため挟んだ手を横になぎ払い、無理やり朝倉のナイフを奪うと
瞬時に手放しながら返す手で朝倉を横に突き飛ばした。そして自身も和美とは反対側に跳び、
放たれた電撃をやり過ごした。横島は、直ぐに起き上がり朝倉を見ると目を見開き、

「お前、マコラか!」

横島が目を向けた先には、さきほどまで朝倉の姿をしていたのだが、サンチラの電撃か
横島に突き飛ばされた影響からか、元の姿に戻っている六道家のサルを司る式神に目を見張った。
そして、再び朝倉の姿に戻るマコラに目を奪われた横島は、戦闘中という事すら忘れ棒立ちになり、

「くそ、何で12神将がいるんだよ?」

「…ほお、よく知ってるな。次だ、行けシンダラ」

男は横島の独白に答えながら、立ち尽くす横島の隙を見逃さず更にもう一体式神を召喚し、突撃させた。
反応の遅れた横島は、トリを司る式神の素早い突撃を真横から横っ腹に喰らい、クの字になり「が、はっ」と
声を漏らしながら、10m程吹き飛ばされた。男は、手を緩める事なくサンチラの電撃とシンダラの突撃を繰り返し行わせ、
横島の体にダメージを与えた。

「いったたた…ぎゃ…うがー」

横島の悲痛の叫びが周囲に響いた。

この男が使用したのは、六道家に伝わっていた式神である。六道家は、冥子が生まれるまでは
東洋呪術の関西呪術協会に所属していた。協会の中でもかなり高い地位にいたのだが、
当主であった冥子の父が子供が生まれると、血生臭い世界で育てるのが嫌だったのか、

「この子に、危ない事させたくない!」

と言い、裏の世界から足を洗った。ついでにこちらでは仲が良好であった、鬼道家も引き抜き
占い関係の仕事を創めていた。協会の長の娘も通っているらしく、それなりに繁盛しているらしい。
そして六道家は、組織を抜けるために一族に伝わっていた12神将を協会に引き渡していた。
多種多様の能力のため使い手が居らず、封印されていた。

横島も冥子と知り合ったために、気になりこちらの世界の六道家に調べたが、何もわからず
途中で面倒になり諦めていた。

そして、この場に六道家の式神があるのは、最近札に封印されていた式神が数枚盗まれていたためである。


男は、式神達の猛攻により動かなくなった横島に近づき、縛られた小太郎を侮蔑するように見ながら、

「ふん、この程度の男に負けたのか」

「うっさいわ! 誰か知らんけど、お前こそ式神のおかげで勝ったんやろ!」

「ふん、それでもこの力は俺のものだ。雑魚は黙っていろ」

目を鋭くした小太郎は、見下されたのが我慢ならず一気に獣化し縛られていた縄を無理やり引きちぎり、
相手の式神に対して狗神を影からだし、

「お前に勝ったら、あの兄ちゃんより強いってことやな」

好戦的な小太郎は、無茶な理論を言いながら狗達に指示を出そうとすると、命令する前に数頭が勝手に動き出し、
倒れている横島の元に向かっていき舐めだした。先ほど横島に懐いた狗達であった。

「…お、お前らな」

「自分の狗も操れん、半人前か」

小太郎が、空気読めよと思いながら呟き、式神使いの男は小太郎を馬鹿にする様な目で見ていると、
その場に笑い声が響いた。

「ひ、ひゃはは、お、お前らそんなとこ舐めちゃだめ~」

小太郎と男がギョッとし、声の主を見ると狗達に肌が見える箇所全てを舐められ、笑いこげる横島がいた。
男が、唖然としながら、

「も、もう目覚めたのか…」

「たっくもう、お前らのせいでバレちゃったじゃあねえか。潰し合いしてくれると思ったのに」

苦笑した横島は、纏わりつく狗達を責める事を言ったが、怒った雰囲気はなく楽しそうに狗達を撫でていた。
狗達もわかっているのか、横島にもっと撫でてとくっついて離れずにいた。そして、小太郎が恐々といった感じで、

「に、兄ちゃん、平気なのか?」

「何が?」

「さっき式神に派手にやられてたやろ?」

「ああ、平気平気。12匹にフルボッコにされたならともかく、2匹だけの攻撃だろ大した事ないわ。
使い手も2流ぽいしな」

12神将の暴走に、度々巻き込まれた事のある横島ならではの体験談であった。横島に2流扱いされた事に切れた男が、

「なんだと! なら今度こそ仕留めてみせる。そして、高畑・T・タカミチを倒して名を上げてみせる」

「アホか。いくら式神が良くても、二流がタカミチさんに勝てるわけ無いだろ」

「2流と呼ぶな!」

男は、叫びながらシンダラを突撃させ、再び横島を吹き飛ばそうとした。サイキックソーサーを出した横島は、
上半身を捻りながらシンダラをやり過ごすと、間をおかずにサンチラの電撃が迫ったが、
ソーサーを投げつけ相殺した。そして、マコラの襲撃を警戒し目を向けたが、一拍遅いタイミングで
朝倉(マコラ)が攻撃してきたので、余裕を持って常体を整えマコラの右の突きを右手で払い左足を前に一歩踏み込み、
朝倉の横をとると両手で突き飛ばした。そして、後ろに下がりながら、

「う~ん。マコラと判っててもやりずらいな」

親しい人物の姿をしているために殴れずにいると、懐いた狗達と目が合った。そして、
いい考えが浮かんだのか、にやっと笑った横島が、

「お前ら、その子と遊んでろ」

横島が、お願いすると狗達は尻尾を振りながら、マコラに飛び掛り押し倒した。マコラもじたばたともがくが、
戦闘能力が低いため抵抗むなしく押さえ込まれてしまった。こうして強くはないが、厄介なマコラを抑えるのに成功した。
そして、小太郎は式神使いと横島を一度ずつ見ながら残りの狗神をしまい、迷う事なく横島の真横に忍び寄っていき、

「やっぱり、兄ちゃんと戦うのが面白そうやな!」

嬉しそうに笑いながら小太郎が右足で跳び蹴りを横島の顔目掛けて放つが、寸前で横島の左腕に阻まれた。
横島は、小太郎と目を合わせながらめんどくさそうに、

「坊主、お前あの2流とやるんじゃあなかったのかよ」

「あんなショボイのより、兄ちゃんが俺の獲物や」

宙で一瞬静止した小太郎は、腰を捻り左足で横島を蹴りつけたが、横島の伸ばした左手に右脛を掴まれ、
隙をうかがいながら電撃を放とうとしているサンチラに向かって投げ捨てられた。

「があーー!?」

横島は、サンチラの電撃により体が固まった小太郎には見向きもせず、聞きたいことがある式神使いの男に
向かい走っていった。横島の標的となった式神使いは、余裕の笑みを浮かべながら前方からはシンダラを、
後方からはサンチラに攻撃させた。シンダラの真正面からの突撃を、横島は右腕に展開させた栄光の手の甲で
目の前まで接近してきたシンダラの腹を押し上げ、力ずくで矛先を変えさせた。

「…ごめんな」

シンダラに謝りながらも、疾走を緩めず男に近づいていった。横島の接近にもまだ余裕を保っていた男は、
更に横島が後方からのサンチラの電撃を後ろも見ず、天高くジャンプしてかわすのを見ると、

「ちぃ、下がっ「させるか、伸びろ」…なっ」

跳んだまま横島は、右腕を左腕で支えながら栄光の手を拳状態のまま伸ばした。栄光の手は、
驚愕の表情を浮かべた男の胸に吸い込まれていった。男は、悲鳴を上げることも無く後方に吹き飛ばされ、
2~3回跳ね力なく倒れ伏した。まだ意識は在るようでうめき声を上げていたが、式神たちを
指揮をする事はできないのか、式神は動きを止めていた。横島は足早に胸を押さえ倒れた男に近づき、
その手に握られた札を奪い取り、

「おい、どこで和美ちゃんの姿を知った」

楽観的な横島でも、偶然マコラの姿が朝倉になったとは考えず、詰問出来るよう気絶させないよう手加減して攻撃をした。
男が、苦痛に歪んだ顔に無理やり笑みを浮かべ、口をほんの少し開き声を発した。

「あのおん「今度こそ貰った!」ぐえ…」

横島が男の声を聞き逃さないため、横島が男の傍で屈むと頭上を小太郎の拳が通り過ぎていった。
横島を狙っていた獣化したため地さえ抉る拳が、男の胸に直撃し蛙が潰れたような悲鳴を上げ沈黙した。
そして、横島が吼えた。

「この馬鹿坊主! 折角こいつが、何か言おうとしたのに潰しやがって!」

「関係あらへんわ、俺は兄ちゃんと戦えればそれでいい。女なんて、どうでもええやろ」

小太郎は、力を発揮した横島の栄光の手に注目していた。横島と戦いたくてワクワクしている小太郎に、
珍しく真剣な表情になった横島が、

「いいか、坊主。女の子を守れない男なんて最低だぞ」

横島は、小太郎への忠告だったが、何故か自身の胸が締め付けられ困惑していた。

「ふん、ようは強ければええんやろ。ごちゃごちゃ言っとらんで行くで」

「ふー、その考え矯正してやる」

横島と戦闘できるとわかり、目つきを鋭くした小太郎は一気に動き出した。獣化しパワー・スピード・ディフェンス
全て上昇した小太郎であったが、突き・蹴りは空を裂くのみで、フェイントを交え攻撃しても全て先読みされ
当たる事はなかった。横島は、今度は避けるのみではなく、小太郎の猛攻に合わせて左手で触るだけの打撃を放っていた。

「その程度の力で守れると思ってんのか。自分の身も、無理だぞ」

息一つ乱していない横島に対して、小太郎は既に満身創痍であった。横島は軽い打撃しかしていなかったが、
全てがカウンターになり小太郎の小さな体にダメージを蓄積させていた。予想以上の強さを誇る横島に、
小太郎は肩で息をしてはいるが楽しそうに笑い、

「ま、まだまだ、これからや。その右腕使わせて見せる」

小太郎の目的が、当初は横島と戦うから一撃入れるに変わり、遂に右腕を使わせるに変わっていた。
本人にその事を問えば間違いなく、勝つと言うだろう。

(さて、どうするか。大振りの攻撃は、まず当たらんやろうな…なら)

小太郎は、どうすれば横島に当てれるかを考え一つの答えを出した。それは力を入れた攻撃をやめ、
手数・俊敏性の「スピード」に絞った。小太郎が、出した答えは当たりと言えた。一撃に力を入れていた時には
喰らっていた打撃も、小太郎が4~5発の打撃を放つのに一撃を返すのがやっとになっていた。

「ちっ、めんどくせ。和美ちゃんも気になるし、終わらせるか(その前に、あいつ等しまうか~
俺にも出来んのかな?)」

式神使いを倒した事で、特に問題はないと思っていた横島は、小太郎を倒す前に式神たちを戻すために札に
「戻れ」と念じると、2匹の式神が札に戻った。横島は試してみるもんだと思っていると、
狗上たちに押し倒されているマコラだけは、戻る事無く姿を保ったままだった。小太郎の攻撃を反射的に避けながら、
眉を寄せて浮かない顔つきをした横島が、嫌な予感がしながら札を見ると、

「…珊底羅(さんちら) …真達羅(しんだら)…迷企羅(めきら)…へ? 摩虎羅(まこら)じゃあない!?」

「兄ちゃん。また余所見とは、つれないやないか」

札を見つめたまま棒立ちになり顔を顰めた横島を、隙アリと見た小太郎は直前までのスピード主体のスタイルから、
大振りの一撃によるスタイルに変えてしまった。スピード重視であったら、触れることは出来たかもしれないが、
余裕を失った横島の、

「うっさいわ、ボケガキ!!」

怒鳴り声と同時に、横薙ぎに振りぬかれた右腕に顎を打ち抜かれ、小太郎は膝から崩れ落ちた。
その顔は、横島に右腕を使わせた事により、何処か満足そうにしていた。横島は、心のうちを焦燥感に襲われながら、
急いで式神使いの元に駆け寄り体を探ったが、

「…ない…まさか、もう1人いるのか…」

「横島さん! 危ない!?」

『バーン』

和美の声に反応し、そちらに顔を向けると背が高く茶色長い髪を後ろでまとめたスレンダーな
20代後半の女性が両腕を後ろに縛られた和美を捕まえ右手の銃を横島に向けていた。
女性の目はとても冷たく感情を見せないまま、躊躇いなく引き金を引いた。右腕を掲げた横島が、
血を撒き散らしながら後ろに倒れこむのを見た和美は目を見開き、

「いやーー横島さん、横島さん!」

撃たれた横島に、近寄ろうとするが捕まり一歩も進む事ができずにいると、涙により視界が霞んでぼやけたまま女を睨みつけ、

「離せ! このババア」

女は和美の侮辱の言葉を聞くと冷酷な笑みを浮かべ、いつの間にか右手に握られているものが、
銃からナイフに代わっていた。そして、和美を離し正面にワザと回り、横島の元に行こうとする和美の前に立ちはだかりながら、

「あなた、もう邪魔ね。死になさい」

タカミチと学園長の依頼で横島を見守っていた人物が、危険と判断し動こうとすると、

「いくらキレイなネエちゃんでも、その子に手を出したら許さんぞ」

「横島さん! 良かった」

頬を涙で濡らした和美は、横島が起き上がるのを見て喜びの声を上げた。横島は、放たれた銃弾を反射的に
栄光の手で逸らそうとしたが、逸らしきれずに右の二の腕を抉られたために熱を感じながらも立ち上がり、
和美を刺そうとしている女性を背後から牽制した。


タカミチと依頼を受けた者は、横島が最初から銃弾を逸らしていた事に気づいていたが、
直ぐに動けるとは思っていなかったために感心していた。依頼を受けた者は、ライフルを女性に向けたまま、

「学園長め、面倒な依頼を頼んだものだよ。しかし、朝倉を見逃せと言ったがどうする気だ?」

今回の監視では、何か変化があれば連絡するように言われていた為に、朝倉を発見すると同時に報告したが、

「本当に危険になるまで、見逃すんじゃ」

「…本気ですか?」

「もちろんじゃよ」

同様の事をタカミチにも学園長から連絡があった。タカミチは、学園長に対して不満を持ちながらも
従っていたのっだが、思わず呟いてしまった。

「学園長、彼を縛る鎖がそんなに必要ですか…むしろ逆効果にしかなりませんよ」

タカミチは、学園長の狙いを読み当てた。横島を手元に置きたい学園長は、和美を横島を動かすための
鎖にしようとしていた。そして、もし横島が学園から去る様なら和美を使おうとしている。そしてタカミチは、
魔法使いの立場としては学園長を理解できたが、横島の友人であり彼女の担任としての側面で悩んだ。

「…朝倉君を助けなかった事を知ったら、きっと彼は怒るんだろうな」

その負い目から、ある事件で学園長の命令に背き横島に加担する事になる。


背後を取った横島とナイフで朝倉を狙う女は互いを牽制し動けず、和美は横島が無事とわかり落ち着いたが、
冷静になったため目の前の女に恐怖し動けずにいた。膠着状態になった三者の内、横島と女はこの状況を切り抜けるために
考えを張り巡らせていた。和美は、恐怖によりうまく思考が出来ない状態であった。

(…この少女を刺して、後ろの男に投げつけて受け止めた瞬間、銃撃がいいかしら)

(俺が今使えるのは…駄目だ、いい案が浮かばん…そうだ! 後はタイミングか)

横島も何か思いついたが、使う時機をどうするか悩んでいると、視界の端から黒い影が音も無く駆けるのが見えた。
一瞬動揺した横島は、腹をくくりその影がチャンスを作るのを願った。背後の横島が動揺したのを感じた女は、
ナイフを和美に突くため動こうとした。しかし、真横から接近してきた影に気づくと、そちらに向けナイフを振るう前に
ナイフを持つ腕に鋭い牙を持つ狗に噛み突かれ傷を負わされた。狗は横島の敵意に反応し、
女を敵と判断しての行動であった。女は傷が深くなるのを承知で、腕を振り狗を引き剥がすと左手で銃を懐から引き抜き、
前を見ると背後にいたはずの横島が朝倉を庇う様に立っていた。

横島の横には、六道家のトラを司る式神メキラがいた。メキラの能力である、短距離瞬間移動で
和美の前に立ったのである。しかし、力の性質が違うためか無理やり使用したためか、メキラは直ぐに消えてしまっていた。

横島は打つ手を間違えていた。それは、女を戦闘不能にする事を先にしなかった事である。横島も理解していたが、
弾みで和美が傷つくのを嫌い彼女の前に立った。それを理解した女は、横島の行動に冷笑を送りながら、
引き金を弾切れになるまで引いた。横島は、栄光の手でほとんどを防いだが、先の傷の影響と容赦の無い銃撃のため、
とうとう一発の銃弾を右肩に喰らった。

「ぐう」

銃弾を喰らい一歩下がった横島は、傷口の熱さにうめき声を上げた。笑みを深くした女は、
弾を慣れた手付きで交換し再び狙いをつけた。横島は、右腕が動かず防ぎきれないと判断し女から背を向け、
和美を射線から隠すために自身の体を盾にした。和美は、横島が何をしようとしているか把握し、

「よ、横島さんなら、逃げれるでしょ、逃げてよ!」

「和美ちゃんを残してなんて無理だ。大丈夫、和美ちゃんには傷一つつけさせないから」

「だ『ドガン』」

安心するように笑いかける横島を止めようとした和美の声は、重く鳴り響いた銃声にかき消された。
しかし、横島に抱きしめられている和美は、衝撃すら感じなかった事に気づき横島の顔を見上げると、
彼も困惑していた。そして二人で女を見ると、銃を握ったまま女が倒れていた。二人は抱き合ったまま首をかしげた後、
横島は女に近づき武器と式神の札を取り上げ縛った。そして、音の鳴った方角を向いた。


「…ピンチなら手を出して良いと言う依頼だからね。それに、クラスメイトが傷つくのは見たくないしな」

女を狙撃した者は、そう言いながら除いていたスコープから一旦目を離し息をついた。

「まあ、体を盾にしたのは男らしかったが、学園長が気にするほどの者か?」

そして、再びスコープを覗き込みその男を見ると目が合った。男から200mほど離れた木の上に立ち、
狙撃していた者は偶然と思ったが、あろう事かその男は手を振ってきて御礼の仕草までした。
狙撃から位置を特定したと思い移動して再びスコープを覗き込むと、また目が合いビクリとしたが思わず笑みを浮かべながら、
その場を去っていった。

「なるほど、面白い男だ…横島忠夫か、覚えておこう」


「横島さん、これでいい? 初めてでうまく出来ないけど」

「くっ、あんがと。いい感じだよ」

地面に座っていた横島は、片腕ではうまく応急処置が出来なかったため、和美に肩をきつく縛ってもらっていた。
そして応急処置を終えると横島が立ち上がり、時計を見ると既に12時を過ぎていたために、

「んじゃ、帰ろうか送ってくよ。お前らもありがとうな、坊主が起きるまで見ててやれよ」

「助けてくれて、ありがとうね」

横島と和美は、傍にいた狗達を撫で気絶したままの小太郎を任し、去ろうとしたのだが、

「…離してくれよ~」

「くっくく、好かれてるわね、妬けちゃうよ」

狗達は、横島の袖やズボンくわえたり、前に回り体を摺り寄せていたために帰してくれなかった。
最初は笑いをこらえようとしていたが、微笑ましい光景を見たために笑ってしまった和美は、
自分を助けてくれた狗を撫でていた。


何とか狗達を説得した横島が、帰り道に簡単な説明を和美にした後、依頼達成の電話を学園長に報告し
六道家の式神について話すと、

「ご苦労じゃったの回収したのなら、直ぐに届けてくれ」

「わかりました。あと俺の担当地区に3人倒れてると思いますけど、学ラン着てる坊主は見逃してやってください」

「ふぉふぉふぉ、構わんが情でも移ったのかのう?」

「いやいや、ちょっと手伝ってくれたんで(狗が)、サービスしてください。 直ぐ行きます」

携帯を切りながら、隣を歩く和美に先ほどの説明を確認する事にした。口元が引きつった横島は、
低姿勢でヘコヘコしながら、

「え~と、今日の事は黙っててくれると、嬉しいかなぁと思ってるんですが」

「心配いらないです。いくら私でも、恩人を貶めませんから。あ、でももしオコジョになったら飼ってあげるよん」

先程の説明で、魔法がバレた時の事を茶化しながら言っていたが、人情味がある彼女は恩人である横島が
不利益になる事をしようとは思っていなかった。苦笑した横島は、美少女に飼われるならそれも悪くないかもと思いながらも、

「でも怪我しなくて本当に良かったよ。嫁入り前の娘を怪我させたら大変だからね」

「うーん、じゃあ怪我したら横島さんに責任とって貰おう」

「ぶっ」

「くすくす、冗談ですよ、驚きました?」

にやにや笑う和美の8分冗談2分…、十分のトンデモ発言にビックリしていた横島は、カクンカクンと首肯するだけであった。

「こ、これからは危険だから関わっちゃ駄目だぞ。いい?」

「はーい」

肯定した和美も、先程の責任発言で首の辺りが熱くなって来るのを自覚し口早に、

「じゃあ、ここまででいいですよ。横島さんも用事があるみたいですし」

「え、でも夜道は危ないぞ?」

「今日は大停電ですよ。誰も出歩いてないから大丈夫ですよ~また今度」

横島が何か言う前に、和美は走り出していってしまった。横島が「いっちゃった、しゃあない学園長のとこに行くか」
と言いながら和美とは別の方角に歩を進めていた。


和美は横島が追ってこないのを確認し止まると、急に走り出したためにか別の理由からか乱れる動悸を、
押さえるために深呼吸をした。

「まさか、横島さんが魔法使いとは思いもしなかったよ」

和美はその場で、物思いに耽り確認するように考え事を、はにかみながら口にした。

「…助手とかにしてくれないかな?」



「すまんが、それは無理だ」

背後から予想だにしていない答えが返ってきたことに、仰天しながらも振り向くと目先で指を弾かれた。
すると和美の目の前が真っ暗になり意識が闇に引きずり込まれていった。

「わるいが、魔法のことを知ったのなら、今日のことは忘れてもらう」

和美は徐々に消えゆく意識の中で、男の声を聞くとわれ知らず呟いた。

「…忘れ…たくないよ…」

和美の意識を奪った男は、その発言と倒れそうな和美を抱きとめた折に、悲しそうに目の端に涙を溜める彼女を見てしまい、

「まるで、男女を引き裂く悪い魔法使いだな…くそ気分が悪い」

不満げに表情を歪めながら、携帯を取り出しボタンをプッシュし耳にあて待つ事数秒、

「弐集院さん、これから支部に来て下さい。ついでに瀬流彦君もお願いします。1人でやるのはやっかいなので、
お願いします」

電話を切り、和美を肩に担ぎ直し支部に向かいながら、

「今回だけだ」

和美を担いだ男は、言い訳をどうしようか悩んでいたために、気づけなかった。その頭上で偵察用のカメラにより、
その光景を全て見ている者がいる事に。


ちなみにこの男、全く学園長の考えを知らなかった。横島と和美が一緒に歩いていたのを目撃し、
不信に思い後をつけたのである。横島については聞いていたが、和美が魔法と関係あると聞いたことが
無かったためである。そして和美が、魔法を知ったと確信し事に及んだ。


数日後、横島の部屋に珍しく少女4名が集まっていた。表情は、苦笑や困惑などそれぞれであったが、
全員の視線は部屋の隅にいる横島と茶々に集まっていた。膝を突きながら横島は、遊ぶための紐やエサなどを持ち、
茶々の機嫌をとっていた。

「ほ、ほ~ら茶々楽しいぞ。それともご飯にするか? 高級缶だぞ」

茶々は、おかんむりなのか横島に背を向け、尻尾をペチンペチンと床に叩きつけ「私、怒ってます」と
尾を使い表現していた。こんな茶々も、ちょっと可愛いなと思っていた千雨が、

「茶々どうかしたのか?」

「うう、仕事で犬の臭いつけて帰ってきたら、それ以来不機嫌なんだよ」

「ああ、アレね」

「何か知っているのですか?」

事情を知っている和美に、茶々丸が問いかけているのを横島が聞き耳を立てながら、やきもきしていた。
魔法の事をバラされるのではないかと、冷や汗をかいていると、

「偶々、仕事してる所に居合わせたのよ。凶暴そうな犬がいたけど、いつの間にか横島さん懐かれてたのよ」

「「「へー」」」

横島は胸中『ほっ』としながら、再び茶々の機嫌をとり始めていた。茶々に嫌われ凹んでいる横島の背に、
何かが圧し掛かってきた。横島は、背中に当たる二つの柔らかい感触に狼狽しながら、ちらりと後ろを見ると、
満面の笑みの和美の顔がまじかにあり、

「か、和美ちゃん。そ、その、どうかしたのかな~」

「元気ないから、元気付けようと思ってね。どう?」

横島は、更にギュッと和美に抱きつかれ、

「あっ、あ。だ、駄目、胸当たってる」

「ふふ、当ててるのよ、ふー」

和美は、追加攻撃として横島の耳に息を吹きかけていた。その行為に横島が、ビクンビクンと体を震わせてるのを、
他の少女達が冷ややかな目をむけながらも、内心をジワジワと危機感が募っていた。


朝倉和美にかけられた魔法は、記憶消去ではなく記憶改変であった。横島に興味を持った理由をぼかしながら、
大停電で目撃した事を先程言った内容に変えていた。



[14161] 本文で紹介されないのでココで、名前は「お市」 これ以降出る予定なし
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/03/28 15:51
機器類や書類が乱雑に置かれている部屋で、少女がパソコンのディスプレイに真剣な眼差しを向けながら、

「横島忠夫か、何者ネ。普通の男ではないヨ」

「…超さん、そんな事は判りきってる事を、今更何言ってるんですか」

超鈴音が、大停電時に飛ばしていた偵察カメラの映像を見ながら、自身の調べた中に横島忠夫がいない人物である事に、
確信を得ていた。もっと詳しい情報を調べようとしていると、近くにいたハカセに何を今さらと突っ込まれ、

「…えっ? ハカセこの男を知ってるのカ?」

超が、びっくりしながら画面に移る男を指差すと、噛み合わない会話にハカセが画面を覗き込みながら、

「あれ、横島さんの事知りませんでしたっけ? そのカメラの映像は、たしか今の高畑先生の実戦のデータをとるために
飛ばしたんですよね。あっ横島さん、すごいですねー銃弾を弾いてますよ。うゎ痛そ」

銃弾を肩に喰らう横島を見て、痛そうに顔をしかめているハカセに超が、

「ハカセ、そんな事よりどうやって知ったのカナ?」

「茶々丸の映像データですよ、一度会ってますし。そう言えば超さんは、茶々丸にデータとって貰ってるのに
見てなかったですね」

「茶々丸の記憶を見るのはもう少し先で良いと思っていたからネ」

「ネギという少年が来てからですね」

超は、ハカセの確認に口数少なく「うむ」と頷いた。彼女の考えでは、茶々丸の映像データを見るのはネギが
エヴァンシュリンとの接触の後と考えていた。彼女は、この時代で自分が干渉して一番変化したのが
絡繰茶々丸だと思っている。それは超が、茶々丸のソフトを主に担当したのが大きいためであった。
超が関わらなければ、現在の茶々丸は似て非なる者が出来ていたであろう。

「いや~それにあんな変わったデータをとるのに、付き合える男がいると思ってなかったネ」

「それもそうですね、私も3ヶ月程見てませんから、一緒に見ますか?」

超の身も蓋もない発言に、ハカセも苦笑しながらも協力してくれる者はいないと、予想していたので肯定した。
そして、茶々丸の点検時に溜めていたデータを再生し始めると超も、

「見るネ」

茶々丸の記憶領域には様々な映像があった。彼女のマスターが吸血行為をしているものから、
困っている老人を助けたり、野良猫にエサをやるなど様々なものであった。

「エヴァンシュリンの行動以外は、微笑ましい光景ばかりだが、問題の男は何処ネ?」

「ちょっと待ってください…いつの間にか、よく再生されているお気に入りフォルダに分けられてますね」

この場にプライバシーの侵害等と言うものはおらず、簡単に再生されていった。「横島忠夫」・
「長谷川千雨」・「大河内アキラ」、そしてここ最近作られた形跡のある「危険人物・1」と銘打つ物があった。
そして、二人は真剣な相貌を崩す事無く画面を見続けた。映像が終わっても二人とも一言もしゃべる事はなく、
5分ほど経ち両者示し合わせたように画面から顔を逸らし目をあわすと、

「「あっはははは、はっはは、げっほげほ」」

麻帆良大学工学部の一室から、少女2名による大爆笑が構内に響いた。両者同時に咳き込み笑いが止まると、

「横島忠夫、変だけど面白い男ヨ」

「いえいえそれよりも、私は大河内さんの『元気だしてニャン』が良かったですよ」

「茶々丸が、千雨さんの頭を嫌がられても何度も撫でるのが良かったネ」

話していて内容を思い出し笑いしていた二人は、今回は直ぐに笑うのを止めて同じ疑問に行きつき、

「「何で、朝倉(さん)が、危険人物なの(カ・でしょう)?」

二人して首を傾げながら、「難解だ」と呟きながらハカセがはっとして、

「まさか、彼女は魔法生徒なのでしょうか?」

「いやそれはない、大停電時の記憶を消されたようだからネ」

意識を奪われた朝倉が、連れて行かれるのを見ている超は否定した。しかし、二人は年頃の娘のはずなのだが、
朝倉がなにゆえに危険人物なのか全くわからないようで、頭を抱えながら映像をもう一度見る事にした。
そして、遂にハカセがあることに気がつき、

「…朝倉さんは、横島さんによく密着してますね」

「うむ、最近は他の3人よりスキンシップが多いが、それがどうしたネ?」

ハカセは、自己の至った結論に自信がなく「…まさか…でも」とボソボソと言っていると、
超が瞳でいいから言うんだと促すと、ハカセはとても言いにくそうに、

「えーと…茶々丸は…嫉妬してるんでは?」

「…はは、まさか…」

超は、自分の耳を疑いながら乾いた笑い声を出し、バッと音がなるほど勢いよくパソコンに再び向かい、

「ハカセ、今度は映像再生時の茶々丸の各種データも調べるヨ」

超は、ハカセに指示を出しながら、「はい」と言う返事を聞きながら三度映像を再生した。
超が、映像を凝視しながら朝倉が最も近づいた瞬間にデータをとるように指示をした。
そして、日常や他の二人との接触時や横島との接触時のデータも記録した。そして、
一通り終わると超が恐る恐るといた風うに、

「ど、どうだったネ」

「モーターの回転数が上昇しています。他の方たちの時にも上昇が見られました」

超はハカセが統計した情報を見ると、二人は又もや見つめあい頷き、

「「茶々丸は、横島忠夫に気があ(るネ・ります)」」

弱った顔をしたハカセは、言い切った後に手をあたふたと振り回しながら、

「で、ですが、茶々丸は人工知能ですよ、感情などあり得ないですよ!」

ハカセと違い落ち着いている超は、顎に手を当てながらハカセに向かい、

「ハカセ、科学者があり得ないという言葉を使い、思考を停止させるのはよくないことヨ。
茶々丸は科学と魔法の結晶よ、何があってもおかしくないネ。そして今、私達がすることは一つ」

「何ですか?」

「私達の娘の応援ヨ!ただでさえ、茶々丸は生身ではないのだから不利。それを覆すために、
更なるデータをとるネ」

超が上を向きながら、握りこぶしを作り娘のために出来る事をする事を誓った。気合十分の超に、
する事の確認をハカセが問いかける。

「では、まず横島さんの好みを調べましょう…エヴァさんはどうします?」

「…彼女には伝えなくていい、どうせ邪魔するだけヨ。娘バカの癖に、その娘に悪行を加担させてるのは許せないネ」

他の時とのデータを比較していた時に、茶々丸の回転数が著しく下がる場面があった。それは、
エヴァンシュリンと吸血行為を手伝っている時だった。ハカセが頷き了承しながら、
横島の好みを探すため再び映像データの確認していった。超は、娘のために出来る事を考えると同時に、

「…データにない男。もしや横島忠夫は、この時代の人間ではないのか?」

超は思考の末に、横島が自分の計画を止めるために未来から来たのではないかと疑い始めた。
そして、自分の情報を得るために茶々丸に近づいたのかもと考え出すと、

「理由しだいでは消すカ」

「何か言いましたか?」

超の物騒な発言は、小声の為に聞こえなかったらしく「何でもないネ」と返事を返すと、
偵察カメラのほとんどを横島を調査する為に使用した。


調査開始から3日後、不眠不休の超達は横島の姿が移った映像を見ながら、対策を練っていた。

「…女好きな男ネ」

「…そうですね。3日間の内休みが2日ありましたが、2日ともナンパしてましたね。全滅ですけど」

「あそこまで失敗すると逆に清々しい、統計はどんな感じカネ?」

超達が横島の評価を下しながら、ハカセは手元の書類を捲り確認すると、

「17歳~28歳の女性をナンパのターゲットとしてました。本能なのか16歳以下は、
一切声をかけていません。どうやって見分けてるのか、今度調べてみたいですね」

超は、内容を聞くと「2歳の茶々丸では、きついカ」と呟いた…当たり前である。もし横島が、
2歳児でも許容範囲の、性癖が特殊すぎる男であったら、どうしていたのか謎である。更に質問を重ね、

「女性の体型はどうネ?」

「こちらは、特に関係ないようですよ。スレンダーから巨乳までOKのようです」

「なら、それは茶々丸に分があるか、ボディを換装すれば思いのままヨ」

超の意見を聞いたハカセが、茶々丸のボディの案を作っていった。「貧乳ver」「巨乳ver」
「掌サイズver」等様々な用途に対応できるように、検討されていった。

「やはり、問題は年齢ですね」

ハカセが、一番の問題に頭を抱えていると超がキーボード叩き、

「…この案なんかどうカナ? たしか作りかけの物があったはずヨ。それに、茶々丸のデータを改良して、
インストールすればいいネ」

「いいですねー コレなら時間もかかりませんし」

超の考えた策をハカセに見せると、彼女は即決で快諾した。その日から2日間、超達の研究室からは、
不気味な笑い声が時折聞こえるという噂が立った。ちなみに彼女達、寝ずに作業したため変なテンションになっていた。
その時の会話の一部が、

「やはり朝倉の事は「愛人」と呼ばせるカ」

「あっははは、いいですね。登録しときます」

ハカセが、頭をクラクラさせながら『愛人』という単語を登録させた。そして、雷が鳴り響く嵐の夜に
目的の物が90%ほど完成すると、体力の限界が訪れ両者共にダウンしてしまい、顔面でキーボードを
乱雑に押してしまい、起動するためのデータを転送し始めた。転送が終えようとした瞬間、
変な事に首を突っ込んだ罰か落雷が大学に吸い込まれるように落ちた。そして、雷の影響で転送するデータに
支障をきたした。そして、診察台のようなものに横たわっていた、一体のロボットの目が開きゆっくりと体を起こした。

「起動完了しました パパに会いに行ってきま~す」

超達が眠りこける横で、元気な声が上がった。奇跡的に茶々丸以上の感情を得た、ガノノイドの誕生に
全く気づかない二人であった。


昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡った朝、腹部にかかる重みに表情を苦しそうに歪めた横島は、
寝たまま右手で目をこすり左手で腹部に乗っている者を撫でながら、

「茶々、なんかいつもより重いな?」

たびたび横島の腹の上で寝る茶々と思いながら、左手に触れる感触が茶々の心地良いフサフサとした手触りとは違い
スベスベしており、思考能力に霞ががかったまま、「茶々、禿たのか」と思いながら目を開け腹部を見ると、

「…え、えーと、どなたでしょうか?」

横島の腹の上で嬉しそうに茶々を抱っこしている、見知らぬ緑色の髪を短くまとめた可愛らしい
5~6歳程の少女がいた。目を日開いた横島は、驚愕のあまりに少女に敬語で喋っている事に気づいていなかった。

「おはよう、パパ」

少女は、更に普段の横島なら混乱を呼ぶ発言をしたが、あまりの予想外の単語が裏目に出た。
横島は顔を少し横に移動させ、寝起きのためか元気な股間に向かい、

(なぁ息子よ、覚えがあるか? あるなら俺はお前を、潰さなければならん!)

怨嗟の視線を向けテレパシーを送り、自身の知らない内に大人への階段を上ったかもしれない股間に嫉妬していた。
横島の自慢の息子は、一気に縮みながら、

(ダディ、僕がキレイな体なのは、ダディが一番良く知ってるでしょ)

(そうだな、疑ってすまなかった。ならコレは)

横島はフッと笑いながら、再び目を閉じ、

「…夢か」

「起きてよ~」

ゆさゆさと揺さぶり起こそうとする少女の事を、寝ようとする横島はリアルな夢だなと思っていると、

「なんか知らない声しなかったか?」

「…うん」

「あっちね、行ってみよ」

「私は、先に朝食の用意をしてきます」

その声にも横島は「おっ、今度は知ってる子達だ。豪華な夢だな」と暢気に思っていると、
ドアの開く音がして数秒経ち、

「パパ、遊ぼ~」

ドアの方から何か物を落とす音が3つ響いた。そして、異様な気配が室内を満たし始めると、
さすがにおかしいと思った横島の全身を冷たい汗が流れ始めた。横島は、瞼を開けたくはなかったが意を決して、
本の少しだけ瞼を押し上げると、一瞬で閉じた。見えたのは、泣きそうなアキラ、睨みつける千雨、
無表情の和美だった。特にいつも表情豊かな和美が、無表情なのが一番怖かった。起きている事がバレずにすんだと横島は、
内心で息を吐き打開策を考えようとすると、

「「「…起きて(ますね・るよな・るよね)、横島さん」」」

「…はい」

横島は、愛想笑いを浮かべながら右手で頭をかきながら、3人に向かって、

「おはよう、みんな、今日はどうしたんだ?」

「「「……」」」

誰も横島の挨拶には答えずに、無言で見つめていた。横島が最初以降一度も目を向けない方向に。
そして、横島の胃が、無言のプレッシャーで穴が開きそうになった時に、千雨がやっと口を開いた。
怒りの感情が痛いほど伝わる声音で、

「おい、いいかげん左手退けないと、警察呼ぶぞ!?」

「へ?…のわ~こ、これは違うんじゃ。そ、そんな目で見んといて~」

千雨に指摘され左手を見ると、いつも茶々を撫でているためか、少女のスカートから出ている
細い太ももを撫で回していた。顔を引きつらせた横島は、一気に飛び起き正座した。
そして、少女達にヘコヘコ土下座していると、表情を笑顔になっていたが、目つきが人を刺せるのではというほど
鋭くした和美が、代表して話し掛けて来た。

「横島さん、この子の母親は誰?」

「知らん、知らんがな。ワイは無実や、弁護士を呼んでくれ!」

横島に聞いても無駄と思った和美は、ブルンブルンと首を振る横島から視線を外し、
目つきを和らげ若干まだ鋭いが、少女を見ながらあることに気がつき、

「ねぇ、この子、茶々丸さんに似てない?」

アキラと千雨がマジマジと少女を見ると、少女の顔立ちは非常に茶々丸に似ていた。
まさかと思った和美が、心を落ち着かせ、

「ねぇ、お譲ちゃん。ママのお名前は?」

「パパ、何で千雨ママに苛められてるの?」

正座する横島に向いていた3つの冷気が、一つが消失し二つが分散し半分が横島、残り半分がママに向けられた。

「…千雨、詳しい事聞かせて」

「千雨ちゃん、白状しなさい。横島さん、逃げちゃあ駄目よ。私達ナニヲするかわからないよ」

涙目のアキラに腕をつかまれ、真剣な和美にはラジオカセットで会話を録音され始めた。
朝倉は、ドサクサに紛れ逃げようとする横島に釘を刺した。腕を掴まれ逃亡できずにいる千雨は、
向けられる冷気の寒気から顔を青くし、

「し、知らねえよ! こ、子供なんて生んでね~」

「ち、千雨ちゃんと子作りなんかしとらん」

千雨は、少女から手を離し指差しながら横島と共に無罪を主張していた。場の空気を読まない少女が、
アキラの服を引っ張りながら、可愛らしく笑いながら、

「アキラははじゃ、泣いちゃ駄目。屈む」

二人目の母親登場。アキラは、目を丸くしながらも少女の言う通り屈むと、抱いていた茶々の手を持ち、
アキラの頬へ茶々の手をくっつけ、

「元気出して、にゃん」

「……」

アキラは、自身のもの凄く記憶に残るフレーズを、少女が使った事に驚き固まってしまった。
そして、アキラまでも母親認定され混乱している和美は、なら自分にもチャンスがあるのではと思い、
正常の思考能力が大分低下しながらも、少女に顔を近づけ自分を指差しながら、

「お嬢ちゃん、私は!」

「あっ、愛人だ!」

指を刺しながら、元気いっぱいに答える無邪気な少女の前に、和美は顔面蒼白になりながら
四つん這いの体勢になり「他の二人が母親で、私は愛人かい」と沈む和美に、

「和美母さん、愛人いるよ。パパが狙われてるよ!」

落ち込む和美が「はっ?」と言い、少女の指先を見るとほんの僅かであったが、先程和美の立っていた位置をずれていた。
その先を見ると、朝食の準備が出来たために、呼びに来た茶々丸が立っていた。和美は一息で立ち上がり、

「よっし、愛人の称号は消えた!」

和美は片目を瞑りながら「ゴメンネ~」と茶々丸に言ったが、状況を理解できず愛人と言われた茶々丸が
オロオロしながら、

「横島さん、なんですか一体?」

「お、俺にもわからん。この子が急に『パパ』っていってきたんじゃ」

二人して少女を見ると、未だに困惑するアキラに抱きつき「ははじゃ」と甘えていた。


「横島さん、よくこの状況で飯食えるな」

「折角、茶々丸ちゃんがうまい飯作ってくれたんだ。食わなきゃ損だろ」

丸テーブルの周りに全員座りながら、横島だけが大量の朝食を食べていた。茶々丸は、
横島に褒められている事にも気づかずに、何処を見ているか判らない目で、

「…私は、愛人ですか…ふふ愛人ですか…誰か1人消せば、ランクアップするのでしょうか」

落ち込みながらも、非常に物騒な事をブツブツと言っていた。食事に夢中の横島には聞こえなかったが、
茶々丸の隣にいた千雨の耳にはしっかりと入っていた。千雨は「気味悪いから、ロボが落ち込むなよ」と
言おうとしたが、ばれないように少しずつ茶々丸から距離を取り出した。朝倉は、問題の少女を
膝に抱きながら体をチェックしていたが、何処にも茶々丸のような繋ぎ目がなく、ただ似ているだけなのかと思案した。
少女は、和美の胸に後頭部を押し付けながら、アキラに頭を撫でられ嬉しそうに表情を緩めていた。
少女を撫でながらアキラがポツリと、

「…かわいい」

「本当だね。横島さん、私とこんな子作ってみない?」

「ぶっ。 和美ちゃん、女の子がそんなはしたない事、冗談でも言っちゃあ駄目!」

にしししと笑いながら和美が軽く挨拶のように言ってくると、白米を口いっぱいに頬張ってた横島は、
白米を噴出しながら純情な事を言っていた。朝倉は、「ちぇっ」といいながらも、手帳に『意外にピュア』と
新しい横島の情報を書き込んでいた。横島の行儀の悪さを見逃さなかった少女が、

「パパ汚い、ロケットパーンチ」

横島の顔面に鉄拳をめり込ませた。「ぶっふぁ」と叫ぶ横島を見ながら、3人の少女が
「ああ、やっぱりロボットなのか」と思っていると、負のオーラを撒き散らしながら、
少女が自分と同型と気づいた茶々丸が立ち上がり、

「やはり、超やハカセの仕業ですか。みなさん、ちょっと潰しに行って来ます」

行儀良く一礼した茶々丸は耳の部分から煙を出しながら、コンビニに買い物に行く気軽さで、
生みの親を抹消しに出かけて行った。その背に声を掛けれる強者は誰一人居らず、一箇所に集まりガタガタ震えていた。


茶々丸が出て行った数分後、

「俺達も行くか、超って子は知らんが、ハカセちゃんは知ってる子だから、助けれたら助けよう」

「そうだね、急にクラスメートが行方不明になるのはイヤだし」

「でもどうやって、あの茶々丸止めるんだ?」

「…うん、怖かった」

非常に4人は嫌そうな顔をしているが、このままでは茶々丸が殺人をしてしまうと思っているために、
それを止めるために頭を悩ませていた。そして先程までの感情が消えた少女が、横島の目を見つめながら、

「パパ達、そんなに茶々丸を助けたいの?」

急に感情が読めなくなった少女に、横島たちは戸惑っていながら「助けるのは超達では?」と
思いながらも、あまりにも真剣な目つきの少女に横島は、

「助けるよ、友達だもん」

自信を持って言い切る横島に、他の少女達も頷いていた。更に少女が質問を重ねてきた。

「茶々丸お姉ちゃんが、既に悪い事をしてても?」

「う~ん、なら叱ってやめさすかな」

質問の意図が今一わからなくなってきていたが、自分の考えを口にした。横島の答えを聞くと、
少女はニッコリと笑い、

「お友達は助けるもんだもんね。パパが、愛人をぎゅっと抱きしめると止まるよ」

「えっ、今の茶々丸ちゃんにそんなに接近するの? …殺されるんじゃあ」

最後の茶々丸の姿を思い出し横島は、汗をダラダラと垂らしながら後ずさった。他の少女達に
押さえられ「頑張って」と言われ、逃げ出す選択肢はなくなった。


ハカセ達がいると思われる大学に向かう途中に、

「あくどい事って、ヤクザ脅したり、細菌兵器使うような事?」

横島の悪い事のスケールに、少女が唖然としながら、

「…そ、それに比べれば…可愛いと思うよ」

横島が「その位か」と軽く言い放っていた。横島の元雇い主に比べれば、茶々丸の罪など軽いと思っていたが、
茶々丸がひどく傷ついていることに、横島が気づくのはまだ先である。


一行が大学部に着き少女の指示に従いハカセの研究室を目指すと、至るところで機械の残骸や大学関係者が転がっていた。

「…つ、強い…」 「鬼だ…」 「…3秒は足止めした」

どうやら暴走した茶々丸が、行進した後のようだ。到着に10分と差がないはずなのに、
まるで戦争後のようなひどい荒れ様だった。ちなみに3秒持った人物には、最長記録らしく拍手が送られていた。
千雨はこの惨状に、口をヒクヒクさせながら、

「あのボケロボ、どこの最終兵器だよ」

「…横島さん、止めるの頑張って」

「ワイ、半殺し程度ですむかな?」

「8分と私は予想するね、賭けしない?」

「人の命で賭けすんな!」

意外に余裕があるメンバーであった。


ハカセの研究室の前に着くと、中からは戦闘中なのか『バシュ…ドゴン』『ピュン…ドーン』と
破壊音が響き衝撃で床を揺らしていた。にがわらいするしかない横島は、ドアノブに震える手をかけながら、

「やっぱり、ワイが開けなきゃ駄目?」

横島の後ろに隠れる少女達がコクンコクンと頷くのが見え、「やけくそじゃ~」と叫びながらドアを引くと、
人影が横島に向かい倒れてきた。その人影にビビッタ横島が、

「すんません、すんません、調子乗りました許してください!?」

謝りまくったが、人影をよく見るとボロボロのハカセであった。みんなが「やっちゃった…遅かった」と思うと、
ボロ雑巾のようなハカセが、

「ふ、ふふふ、私に攻撃するなんて、成長したね茶々丸…」

「あ~平気そうだな、頭は逝っちゃってるけど。大河内、おんぶして運んでやれよ」

「…うん、横島さん」

にやけたまま失神したハカセを、千雨は気味悪そうに見ながらも、アキラに運んでもらう事にした。
アキラが横島からハカセを受け取り背負うと、みんなで中をそっと覗き込んだ。すると中は、
盛大な親子喧嘩の真っ最中であった。

「超、止まってください。当たりません」

「無理だネ。止まったら殺されるヨ!」

訂正、娘の一方的な攻撃を必死に避ける母がいた。茶々丸の破壊活動は続き、超が避けるために壁や床、
機器類がどんどん壊れていった。ふっと茶々丸の破壊が止まり、笑っているが額から汗を流す超が「助かった?」と思うと、

「…あなた方が、あんな者を作ったために、私は愛人認定されたんですよ」

『愛人』と言う単語に覚えがある超が、壊滅状態の周囲を見ると何処にも作成途中のガノノイドがなかった。
部品の一部すらないために、勝手に起動したと気づき慌てて、

「あ、アレは茶々丸の為に作ったヨ。愛人の設定は朝…」

「だから、逝ってください」

超の言い訳を最後まで聞かず、茶々丸が最後の別れは済ませると、超に向かい特攻しようとした時、
背後から抱きしめられた。抱きつかれた茶々丸が、冷静に振り向きながら裏拳を放ったが、
打撃音が響く事はなかった。茶々丸の拳は、背後の人物の顔に当たるか当たらないかのギリギリの地点で止まっていた。

「…横島さん…」

「こ、こんにちは、茶々丸ちゃん。手を退けてくれると嬉しいな」

茶々丸の拳の痛みを知っている横島は、こわばったまま茶々丸の手を凝視していた。


横島が部屋に突入する前、部屋の入り口で、茶々丸の後姿を見ていた横島たちは、

「なあどうする? 俺あん中に行きたくないんだけど」

「なんか超がいないほうが、私は平和な気がする」

「私も、さっき変な事言われそうな気がしたから、見捨てよっか」

破壊の嵐の中に入りたくない横島と、茶々丸の被害に会い続ける千雨、超の発言で愛人の設定が自分と気がついた朝倉、
3人は「ハカセを助けれたから、超はいいかな~」との雰囲気になったが、1人だけ心優しい天使がいた。

「だ、ダメ、絡繰さんを止めよう…」

別にアキラも超を助けたいわけでなく、ただ単純に茶々丸に犯罪をしてほしくないようだった。
まあ既に器物破損や傷害等で遅い気もしないでもないが、大学で人気の高い茶々丸を訴える人物は
いないと思われるから、安心していいといえる。

横島が、「でも行くの俺だしなぁ」と泣き言を言いたかったが、アキラの必死のお願いに行きたくない等とは
口が避けても言えず困っていると、笑いながら少女が横島は地獄に落とした。

「パパ、頑張って!」

少女が、両手でロケットパンチを発射し横島の胸を押し部屋の中に無理やり送られていった。
泣きそうになっている横島は、覚悟しないまま戦場に踏み込んでしまいながらも、狙い済ましたように
茶々丸に近づいていった。やけくそになった横島は、少女の指示に従い茶々丸を後ろから抱きしめた。
間髪入れず弾丸のような裏拳が飛んできたことにより、ちびった事を横島は生涯の秘密として誰にも言わなかった。

「冷静に犯罪は良くないよ。優しい茶々丸ちゃんに戻って」

横島は何とか落ち着けようとしたが、「優しい」とのフレーズに茶々丸が過剰に反応し、

「私は!? やさしくな『バキバキ』…?」

目から洗浄液を流しながら茶々丸は、足元からの不吉な音に最後まで話すことが出来なかった。
自業自得だが、茶々丸の破壊活動のために床が抜けたのである。茶々丸を抱いたまま横島は、
一瞬の浮遊感の後に下の階に落下していった。横島は「げっ」と呻きながら、何とか茶々丸の下に入り、
彼女に怪我をさせないようして背中から落ちていった。そして、背中に衝撃が走ると一瞬送れで、
横島の顔に何かが衝突し、反動で後頭部を強かに打ちつけた。横島が頭を押さえながら、

「痛って~ 俺じゃあなかったら、死んどるぞ!?…どうったの茶々丸ちゃん?」

叫んだ横島の目の前にいる茶々丸が、ガクガクと振るえながら、余剰熱の所為か顔を赤くしているのに気がついた。

「な、何でもありません!!」

混乱した茶々丸は、両手で顔を押さえながら一目散に走っていった。ドアには目もくれず壁を
人型に突き破っての移動であった。呆然ととしている横島は、また暴走したかと焦ったが、
悲鳴などが聞こえてはこなかった為に息を吐くと、

「助かったネ、礼をいうよ横島さん」

「居たんだ。迷惑な事ばっかりしてるから、返って来るんだぞ」

声のした地点を見ると、体の上に色々な残骸が積み上がり身動きの取れない超が、顔だけ出していた。

「茶々丸のためにしたんだけど、裏目にでたようネ」

「そこで反省してろ、バイバイ」

「た、助けてくれないのカ? か弱い女の子を見捨てるのは良くないネ!」

「どこの女の子が、茶々丸ちゃんの攻撃を避けれるってんだ」

横島は、ジト目で超を一瞥しそのまま、上の子達と合流して茶々丸を探しに行こうとした。
そして、救助してもらうのを諦めた超は、

「茶々丸の親として聞きたいんだが、あの子の事をどう思ってるネ」

「大切な子だよ。上にいる子達と同じくらい」

違う世界の住人である横島の中では、少女達の存在はかけがえのないものになっていた。
彼を知るものがいない世界で、彼女達と知り合えたのは幸運であったと思っている。
ほんの少しだけだが、タカミチも入っていた。超は、この男が茶々丸に危害を加えそうにない事と、
二人の偶然の出会いに安堵した。そして、去っていく横島を見送りながら、

「あの男、こちら側に引き込めないかネ?」

横島を、茶々丸の為にも仲間に出来ないか思考しだした。


走り去っていった茶々丸は、大学の近くにあった木に何を思ったか頭突きしていた。
茶々丸のへッドバットに木が耐えられず、メキメキと音を立てながら倒れると、少しは落ち着いた茶々丸は、
左の頬を指先で優しく触っていると、いつの間にか後ろに居た少女が、

「パパにホッペにチュウして貰って嬉しかったの?」

先程落下した時に、偶然にも横島の唇が茶々丸の頬に当たっていた。

「チが…違イま…」

「ふ~ん、気持ち悪かったんだ」

「い、いえ決して横島さんが嫌だった訳ではありません。むしろ柔らか…」

茶々丸は、口走った意味に気がつき口を押さえたが、少女はニコニコしながら本題に入った。

「いつまでパパ達に吸血行為黙ってるの? 嫌なら嫌って言えばいいのに」

「マスターの命令には絶対服従です」

少女の言葉に、茶々丸の上りっぱなしだったモーターの回転数が一気に下がっていった。

「なら、横島さんに言うといいよ。あの人なら、きっと助けてくれるよ…結果は、わからないけど」

「迷惑になります」

茶々丸は、俯きながらも即答した。茶々丸も横島が普通でないと理解しているし、言えば力を貸してくれるだろうが、
600年の時を生きてきたエヴァンシュリンに対抗できるとも思っていない。

「頑固な茶々丸お姉ちゃん、そのうちもっと苦しむよ。バイバイ私はもう帰るね」

少女は、予言のように言い放ち去っていった。茶々丸は、横島たちが迎えに来るまでその場に、
根が張ったように微動だにしなかった。

(あの人たちに、知られずに終わればきっと大丈夫…)

茶々丸は、横島たちといる優しい空間を離れたくなく、来年の4月を過ぎればきっとこの苦悩から開放されると信じた。


ちなみに少女の本当の役割は、「横島と茶々丸の間に既成事実を作ってしまえばいい」と作られたのだが、
色々とデータが混ざったらしい。茶々丸のデータ、超とハカセの特製ウィルスや学生がふざけて作ったゲームデータなど、
様々なものを吸収して、チャンポンされた結果いい具合に暴走した。少女を解析しようとケーブルを繋げると、
数秒でパソコンが汚染されるので解析も出来ず、新たに作る事ができないものとなった。
短い時間なら茶々丸のために動くが、基本的に足を引っ張る事しかせず泣く泣く超たちは少女を封印した。
決して茶々丸の視線が怖かったからではない。



設定:超が居なければ茶々丸が似て非なる存在と今回の話で書きましたが、原作には何所にも載っていなかったと思います。
    隅々まで覚えていないので載っていたら、すみません。独自設定です。



[14161] 次回もこんな感じで、短めの話を2~3つほど
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/04 17:45
【涙】

12月の寒い夜、横島はタカミチと並んで夜の町を歩いていた。横島は緊張のため歩みが何処となく硬く、
隣を歩くタカミチがその初々しさに笑いながら、

「横島くんは、今から行くような店は初めてかな?」

「は、はい」

「まあ、そんなに緊張しなくていいよ。僕の馴染みの店だから」

「は、はい」

タカミチは、待ち合わせ場所からずっと同じ状態の横島の肩の力を抜こうと、話しかけているが返ってくる言葉は
「は、はい」だけだった。目的の場所に着いたためタカミチが横を向きながら、

「ココが前に約束した女の子達がいる店、今日は楽しみな」

そう以前、タカミチが横島を連れて行ってあげると約束していた、所謂『キャバクラ』である。
一部の地域では『ニュークラブ』『ラウンジ』と呼ばれる店である。店の佇まいは比較的小さいが、
風格が高く一見お断わりの雰囲気を醸し出していた。その店を見た横島が更に体を硬くし、
店に慣れた雰囲気で入っていくタカミチを、横島はガチガチになりながらも後に続いた。

この店の名前は『アルビオーニス』という。


タカミチが、顔なじみなのかボーイに親しげに声を掛け、

「僕はいつもの子を、こちらの男性には、いい子をつけてあげて」

ボーイは「かしこまりました」と一礼し、横島たちを席に案内すると、再び一礼し店の奥に入っていった。
待つこと数分、横島が緊張のためずっと下を向いていると、タカミチの指名した女の子が現れ、

「高畑さん、この仕事紹介してくれて、更に毎回ご指名ありがとうございます!」

タカミチは「気にしないで、早く座りな」と隣を叩きながら、女性が座ると慣れた手で女の子の肩を抱いた。
下を向いていた横島は、女の子の声が知り合いに似ていたため、顔をやっと上げ女の子の顔を見ると、
目を見開いた。そして「疲れてるんか?」と呟き、一度目をつぶり目を揉みもう一度見ると、
見間違いではないと確信し、

「ア、アスナちゃん。何してるの?」

「ヤダ、お兄さん。アスナって誰です。私は、神楽って名前ですよ」

汗をダラダラかいている横島の目には、タカミチに肩を抱かれ嬉しそうに微笑んでいる女の子が、
アスナにしか見えなかったが、女の子が嘘を言っているようには見えず、

「…人違い? 姉妹いる?」

「いないですよ。あっ、お兄さんの子達も来ましたよ。みんな新人だけど、いい子だから優しくしてね」

オシボリで汗を拭いていた横島が、神楽の声に反応し反射的に彼女の目線を追い後ろを見ると、
動かしていた手を止めオシボリを落とし、

「…みんな何やってんの?」

やっとそれだけの言葉を吐き、頭を抱えだした。やはり横島の目には、ドレスを着て現れた女の子達は
『絡繰茶々丸』『長谷川千雨』『大河内アキラ』『朝倉和美』にしか見えなかった。

「確かにいい子達なのは知ってるけど、意味が違うだろ」

「はじめまして、茶々姫です」

「チウです。落としたんで、新しいのに変えるぞ」

「…アキです。まだ不慣れですがお願いいたします」

「和美でーす。よろしくね」

横島は、3人までの名前を聞き他人の空似と思い込もうとし、チウと名乗った女の子から新しいオシボリを、
受け取ったが最後に自己紹介した女の子の名前を聞き、オシボリを再び重力に引かれ下に落とし、

「やっぱ、本人じゃん!?」

こうして横島の麻帆良で、はじめてのキャバクラ体験が始まった。


「もういやじゃ~ そんな目で見んといて! 殴ってくれたほうが楽じゃ、茶々丸ちゃん前みたいに殴ってくれ!」

女の子達は、横島を囲み楽しそうに笑いかけ会話をしてこようとしていた。しかし横島には彼女達の視線が、
恐怖でしかなくとうとう髪をかきむしり、立ち上がり叫びだした。名指しにされた茶々姫は、

「仕事を始めた理由ですか」

「誰も聞いとらんわ!」

「それはですね」

横島は、全く関係ないことを言い出した茶々姫に、突っ込んだが彼女は関係なく普通に話し始めた。
怒鳴ったためかふらついた横島は座り、アキがグラスを差し出したので礼をいい受け取った。

「約半年前から、男性に食事を作っているのですが、私のお小遣いではそろそろ食材費が足りず、
この仕事を始めました」

「…俺の食費の所為かい…そういえば金渡したことないな…」

「私は、知り合いの男の人の猫に、色々な物買ってあげたいからはじめた」

「…色々お世話になってる男性に、何かお願いしてくれる約束したから、そのために出来る事増やしたくて、
お金ためたいからココ紹介してもらった」

彼女達の働く理由に心当たりがありすぎる横島は、愕然とし自分の所為と知り涙を流し、

「…仕事するのは偉いけど、ね、他の仕事しよ。マッ○とかコン○ニでさ」

説得をはじめだし、夜のお仕事ではなく何とか健全な仕事をしてくれるように懇願しだした。
そして、和美まで自分の所為かとビクつきながら目を向けると、気づいた和美は、

「ん、私? 気になる人に振り向いてもらえるように、女磨くため。後ココ、バイト代いいんだよ」

「ほっ…バイトかよ…中学生雇うなよ」

自分が原因ではないと思った横島は息を吐いたが、バイトと知るといくら彼女達の質が、
いいといっても採用した経営者に文句を言い出した。

「…みんな、バイトだよ。高畑さんに紹介してもらったの」

アキにより全員バイトとわかり、しかも紹介した人物が目の前にいる神楽の肩を抱き微笑んでいる男と知ると、

「おい教師、テメー何紹介しとんじゃ! アスナちゃんの様に新聞配達とか紹介しろ!」

「はっはは、麻帆良中の伝統あるバイト先だよココは。アスナ君の新聞配達は特例なんだよ」

「アンタんとこの中学は潰れてしまえ。それと、自分の生徒と遊んでんじゃねえ!」

「何言ってるんだい、ココに来たら先生と生徒じゃあないよ。客と店員だよ」

横島は、何故か段々腹が熱くなりだし、とりあえずタカミチを殴ろうと、魔法の秘匿など関係なく
栄光の手を発動させ、準備が整い突撃しようとした横島の耳に、

「やっだ、学園長ドコ触ってるんですか~」

「ふぉふぉふぉ。いいじゃろいいじゃろ」

近くの席で裕奈の胸に顔を埋める学園長がいた。横島の頭から『ぶちっ』と音がしたと思うと、
助走もなしに学園長に飛び掛かりながら、

「エロじじいテメエは、一回極楽行って来やがれ!? 一撃必殺!鉄拳制裁!!」

「ぎゃ~~」

ジャンプした横島は、学園長のテンプルに右手を全力で振り下ろし、悲鳴を上げ倒れる学園長を
追い掛け馬乗りになった。周りでそれを見ていた誰かが、

「オーナー! 大丈夫ですか?」

マウントを取った横島は、目じりを吊り上げながら諸悪の根源の襟首を掴み、右手を顔面に叩きつけ、

「こんにゃろ、こんにゃろ。ジジイ、てめえがオーナーだと。たしか孫娘が同級生とかほざいてたな。
孫が悲しむぞ、変態ジジイ!?」

「ろ、老人虐待反対じゃ」

横島は、学園長の意見を無視し殴り続けていたが、いつのまにか周囲にいた人たちが消えていた。
そして、しっかりと服を掴んでいたはずの、顔を腫らした老人も霞のように消えていった。
横島は、きょろきょろと辺りを見回し「へっ?」と言いキョトンとしていたら、徐々に
店内の明るい光が消えていき視界全てを闇に覆われると、「横島さん、横島さん」「おい、大丈夫か」と
呼ばれた。そして、声に引かれるように目を開けるとアパートの天井が見え、

「…夢か…本当に良かった…腹が熱かった理由はお前か」

部屋の隅で寝汗をかいた横島の腹の上に、「すぴーすぴー」と可愛い寝息を出しながら、
円くなって寝る茶々が腹部の熱の原因であった。そして、横島の顔を覗き込み心配げに見つめる
アキラと千雨が、

「…ひどい汗、うなされてたよ」

「なんか悪い夢でも見たのか?」

先程見た光景を夢と理解してはいたが、万が一と思い不安に駆られ涙目の横島は、

「二人とも、バ、バイトとかしてる?」

「…してない」

「私も」

二人の否定の言葉を聞き安心したため、滂沱の涙を流しながら起き上がり、勢いあまり二人を抱きしめていた。
情緒不安定の横島の涙は止まる事無く、

「よかっ、エッグ、よかった~」

涙で顔をグチャグチャにした横島に、抱きつかれた二人は頬を染めたが何故か自分達を心配している横島の思いが、
通じ不謹慎にも少し嬉しく思った二人は、「大丈夫」と言いながらアキラは横島の背中を、
千雨は頭を撫であやしはじめた。この異様な事態は、その後10分ほど続き落ち着いた横島が、
慌てて二人から離れ恥ずかしさから顔を赤くし、縮こまる姿を見た少女たちは、ちょっと可愛いと
思ってしまったらしい。後日、茶々丸と和美に「バイト」をしているか聞いたところ、二人とも
「No」と答え一安心していた。そして、茶々丸に食費として封筒に入れお金を渡したら、人通りもある場所で、

「すみません、援助交際は少し…」

「ちっがう!」

ひどく焦りながら横島が茶々丸の言葉をさえぎったが、時既に遅く近くを巡回していた青い制服を着た、
一般人には親切な人たちに追い掛け回された。



【調教】

横島が茶々丸の荷物持ち兼財布として、買い物に付き合った日に、茶々丸はそのまま帰らずに
横島のアパートに昼食を作りに行った。二人が、アパートの前まで来ると横島の部屋の中から、
騒がしい音が聞こえ「待って~」と叫ぶ少年の声と、「にゃー」と嫌そうに鳴く茶々の悲鳴が、
両者の耳に入った。茶々の鳴き声を聞くと、茶々丸がオロオロしだし、

「はやく、開けてください」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

横島が持っていた荷物を、一先ず茶々丸に預けると、急いで鍵を開け中を見ると、

「捕まえたで、このクソ猫、お前が茶々やなあ…おっ兄ちゃんお帰り」

玄関の前で茶々を猫つかみし持ち上げる、小太郎が立っていた。小太郎の手や顔には、
多数の引っかき傷が付いており、激しい戦いを物語っていた。しかし、横島は小太郎が居る事など気にせず、
危機感を募らせながら茶々丸の目線をさえぎり、

「ば、馬鹿、早く茶々を降ろせ!」

「何でや、苦労して捕まえたんや。これから虐めるとこやで」

横島が何に焦っているのか判らない小太郎は、手足をばたつかせ嫌がる茶々をブラブラ揺らしていた。
そして、聞かれはいけない人物に聞かれた。茶々丸は横島に前に立たれため室内を見る事ができなかったが、
小太郎が何を言ったのかしっかりと理解した。その後の出来事は、一瞬であった。

気がついたら横島の腕に、茶々丸が持っていた荷物が収まっていた。横島が何時の間にと戸惑いながら、
反射的に下を向くと『ドゴ、グシャ』と何かが潰れる嫌な音がした。横島は、結果を見るのが怖く、
怖じ気ずきそうになったが視線を上げていくと、その場で伸身後方宙返りを強制的にし続ける少年を目撃した。
横島が見てから、3回転ほどして上半身から落ちていった。その中でも、横島の心配事は、

「あ~茶々は?」

「ここに」

小太郎と一緒に、回転していたかと思い不安になっていた。横島の配慮は、茶々のみに向けられ
不憫なことに小太郎には、一切の優しさは向けられなかった。そして茶々は、しっかりと茶々丸の
左手にしがみ付いていた。

「ならいいか」

横島は、気絶した小太郎の足をつかみ玄関前で倒れられても邪魔なので、奥に運んでいった。


顔の痛みで小太郎が目覚めると、左目の瞼が腫れ全く見えなかったために、右目で見える箇所を
眺めても知らない物ばかりなので、

「いっつ~…ここどこや?」

「おっ、やっと起きたか、昼飯食うか?」

ご飯を食べながら横島は、小太郎の死角から話しかけた。小太郎は顔を動かしそちらを見ると、

「雪之丞の兄ちゃん」

「雪之丞? ああ、まっいっか、で食うのか?」

横島は、何言ってんだと思ったが小太郎には、伊達と名乗っていたのを思い出し納得していた。
小太郎が上半身を起こすが、少し頭がクラクラして気持ち悪いが、横島が美味しそうに
食事をしているのを見て、自分の腹が「くぅ~」と鳴き腹をさすりながら、

「俺も食う」

「おお、沢山食え。多めに作って貰ったからな」

小太郎は、横島の右横に座るとガツガツと食べ始めた。そして小太郎が、口に物を入れたまま、

「なあ…もぐもぐ…俺をやった…ゴクン…姉ちゃん何者や?」

「あん、横に居るぞ」

横島が、無作法にも箸で小太郎の左隣を刺すと、小太郎が顔をそちらに向ける前に、

「私ですか、絡繰茶々丸と言います」

茶々を頭に載せた茶々丸が、お盆に一杯おかずを載せて既に小太郎の横にいた。小太郎は、
茶碗と箸を持ちながら立ち上がり、

「姉ちゃん、さっきは急にひど…い…何で右腕ないんや? さっきまで在ったよな」

小太郎は不意打ちをした茶々丸を非難しようとしたが、自分を殴った茶々丸の右腕が無くなってたので、
気になってしまった。横島が、箸を休めお茶を飲み一息つくと、

「ふー、坊主を思いっきり殴りすぎたから、動かなくなって外してんだよ。あと猫つかみはやめろよ、
知らん奴がやると猫の首に悪いらしいからな」

それが茶々丸の切れた理由だった。ちなみに横島が詳しいのは、この男も最初にやろうとして、
茶々丸と千雨に説教された。そして同じように、小太郎も茶々丸に説教をされ始め、

「いいですか、猫の首は(中略)ですから母猫ならともかく(中略)わかりましたか」

「…はい…猫つかみはもうせえへん…やからご飯食べさせて」

小太郎は、茶々丸のありがたいお話の間中、横島が食事をしているのを見ているだけだった。
ご飯の途中だったために、非常に辛かったらしい。

「うまいうまい、あっ雪之丞の兄ちゃん、それ俺のや!」

「速いもん勝ちじゃあ、ボケ」

横島と小太郎は、おかずの取り合いをする醜い争いを繰り広げていた。そこに茶々丸が、首をかしげ、

「雪之丞とは誰ですか?」

「この兄ちゃんに決まってるやん」

「…その人は、横島忠夫さんですが…」

小太郎は、くっくくと横島が笑っているのが目に入り、だまされていた事に気がつき、

「この最低野郎!」

堪忍袋の緒が切れた少年は、今にも飛び掛ろうとしたが、横島の前に左手を掲げ頭に茶々を乗せた茶々丸が立ち、

「この人に仇なすなら、私が相手します」

「じょ、冗談や」

茶々丸のストレートの威力の甚大さに、小太郎は二度と喰らいたくないと思っていた。
小太郎の生涯与えられた一撃のダメージで、二番目に大きかった。こうして茶々丸による、
小太郎の調教が完了した。しかし、頭上で小太郎を見下ろし鼻を鳴らす茶々と目が会うと、
小馬鹿にされたと思った小太郎は、

(あいつだけは、絶対イジメテやる)

小動物虐待を決めたが茶々を虐めると、飼い主の横島黙っていないが、物理的な面で茶々丸とアキラにやられ、
社会的に千雨と和美に窮地に落とされるという、すばらしい状態になる事を知らないのであった。

茶々丸が、壊れた右腕の改修のために「もっと丈夫にしてもらいましょう」と、宣言しながら
いつもより早く横島宅を後にすると、小太郎の影から股に尻尾を貼り付けた狗達が勝手に出てきて、
横島に擦り寄ろうとしたが茶々に阻まれていた。横島はそれを横目に、

「そういや、よく住所書いただけの紙で来れたな」

「もちちろん迷ったで。そん時に、さっきみたいにこいつらが勝手に出てきて、知らん姉ちゃんを
押し倒したんや」

「それ、まずくないか?」

横島が、顔を顰めながら常識的なことを言い、小太郎が「ああ、俺もビビッタわ」と相槌をうち
その時の出来事を話し始めた。


「桜通りには着いたけど…あかん、アパートがわからん」

住所の書かれた紙を睨みつけながら途方にくれており、誰かに聞こうと思い周囲に目を向けた。
そして、1人の少女がいたので「あの姉ちゃんに聞くか」と考え、駆け寄ろうとすると影の中から
狗達がとび出していった。小太郎が、制止の声をかける前にその少女を押し倒していた。

「う、うわ。な、何だこいつら~」

「す、すまん。俺の犬が馬鹿やって」

少女の焦った声があがり、小太郎も急いで駆け寄り狗達を引き剥がしていった。狗達も
噛み付いたりしている訳ではなく、主に匂いを嗅いだり舐めたりしているだけであったので、
特に抵抗しなかった。急に襲われた少女は、怒り心頭で立ち上がり汚れた服をはたき、ズレタ眼鏡を直し、

「しっかり縄につないどけ」

「すまん…この馬鹿犬…あん、この姉ちゃんから兄ちゃんの匂いがする?」

「お前、何変なこと言ってるんだ」

急に男の匂いがすると言われた少女は、怪しげに少年を見つめ関わるのはゴメンだと思い、
足早に去ろうとしたが、小太郎に腕をつかまれ、

「待ってくれ、あんた兄ちゃんと知り合いか?」

「知らん、兄ちゃんて誰だよ」

腕を振りほどこうとするが、小太郎にしっかりと掴まれている為に微動だにしなかった。
小太郎が、説明しようとする前に、

「ワン」

狗が元気一杯に吼えたので二人がそちらを見ると、狗達が手足を動かし地面に絵を描いていた。
絵が完成し狗達が退き、絵があらわになると、もう狗達に何か言うのを諦めた小太郎が、

「ああ、こんな兄ちゃん」

「…知ってる。てか何で犬にこんなに好かれてんだ、あの人は?」

そこには、ものの30秒程度で書かれたとは思えないほど、上手な横島の似顔絵が描かれていた。
この少女・千雨は、横島の交友(?)関係に真剣に悩みながらも、地面に描かれた似顔絵を携帯のカメラで撮っていた。
少々であるが、非常識な事に慣れてきていたが、本人は気づいていなかった。

「ほれココが、お前の言う兄ちゃんの家だ」

「ココか、ありがとうな。千雨姉ちゃん」

少年が横島の知り合いとわかり千雨は、ある程度可笑しいのは我慢していた。狗達が急に何処かに消えたのも、
散歩に出かけたのだろうと無理やり思い込もうとしていた。千雨は鍵を開けながら、

「でも、今いないぞ? それでもいいのか」

「よく知ってるやん、兄ちゃんの女か?」

横島の事情を良く知っているようなので、小太郎はニヤニヤしながら尋ねると、

「はっはは、なにませた事言ってるんだよ。このガキが」

千雨は、以前にも似た事を言われたため内心はどうかわからないが、小太郎の頭を『バシ、バシ』
叩きながら表面上は落ち着いて返し、

「私はもう帰るぞ。じゃあな」

「世話になったな、千雨姉ちゃん。なんか困った事あったら、助けたるで」

千雨は、聞こえていないのか足早に去っていき、階段を降りようとし見事に踏み外し転がり落ちていった。
千雨は、「女」発言は一度で慣れることが出来ず、内心もの凄く動揺していた。そして、
事故現場を見てしまった小太郎は、

「お、おい平気か、千雨姉ちゃん? パンツ見えてるで」

「見るんじゃね。金取るぞ」

怪我をしなかったのか千雨は、直ぐ起き上がり怒鳴った後、全力疾走で寮に戻って行った。

「素人やのに、タフやな」

と、走り去る千雨を見ながら小太郎が感心していた。


話を聞き終えた横島は、

「千雨ちゃん、よく階段から落ちて無傷だったな」

千雨の頑丈さを称賛していたが、実際は寮に戻った千雨は、全身を激痛に襲われたために、
2~3日寝込むはめになっていた。

「来た訳は…こいつらが、兄ちゃんに会わせろ会わせるってうるさいんや。最近勝手に出てくるし」

「でもさっきまで出さなかっただろ?」

「気合入れてしまってたからな。それにさっきまでは茶々丸姉ちゃんにビビッて、影の中で震えてたで」

横島は「ああ、それで」と呟き、真横で行われていた猫と狗の喧嘩(?)は茶々の圧勝で終わっていた。
茶々に付いた茶々丸の匂いを、恐れた狗達が平伏し負けを認めていた。狗達の中での順列は、
横島≧茶々丸>茶々>小太郎が成り立っていた。

横島の家に泊まることになった小太郎は、二人で並んで寝転がり、

「なぁ、どうやってあんな強くなったんや」

「…実戦だな…よく生きてるな、俺…しっかし、熱いな」

小太郎が興味津々に尋ねると、昔のことを思い出しながら横島が苦虫を噛み潰したような顔をし、
五体満足で命があることに驚いていた。横島の周りには、茶々を筆頭に狗達が一緒に寝ていたため、
寒い夜のために普通なら暖房が必要であったが、猫と狗達のおかげで夏のように暑かった。

「そっか、やっぱり実戦か…ちょっと旅に出るわ…戻ったら戦ってく…れよ…」

「…気が…向いた…らな」

二人とも強力な睡魔に襲われながら、口を動かしていた。横島は「やだ」と切り捨てようと思っていたが、
やる気を出した少年の意欲を削ぐの心苦しく思ったために、オブラートに包み返していた。

そして、各地で修行に励む小太郎の目撃情報が増えたとか。



【呪い、そして敗北】

新年の1月4日の丑三つ時、連日人々が新たな年の目標や願い事をささげた龍宮神社にて、
一人の白装束を着た、変態が頭に白い猫を乗せ大木の前で、

「あの子達の幸せは願うが…慕われている人間は、それでもムカツク!」

携帯を開きながら、実家に帰っているために元日に送られてきた、晴れ着姿少女達の写真付きメールを見ながら、
片手に持った藁人形(自作)に嫉妬の力を込めていた。この男も、少女達の話を聞いていると、
どうやら全員が誰かを気にしている事が伺えた。この男は、過去の経験から自分が好かれるとは
思っていなかった。そして、呪う為の力を十分に溜めた藁人形を大木に叩きつけ、五寸釘を
藁人形の中心に中て、魂からの咆哮をあげながら金槌を振り上げ、

「どりゃー、あの子達にモテル奴等は呪われろ」

『カン・カン・カン』

闇の中に金槌で釘を打つ音が吸い込まれて消えていった。完璧な手応えに「ひゃはは」と邪悪に笑う男が、
もう一度音を響かせるため手を上げると、男の体に異変が起きた。自身の胸に3回の衝撃が走ったと思うと、
あまりの激痛に胸を押さえた。彼の願いは叶えられ「モテル奴」にしっかりと呪いの力が作用した。
これにより、誰が思われているか気づきそうなものだが、とある呪いのプロと仕事をしたことがあるために、

「…ま、まさか…ワイの呪いを…呪詛返しだと…」

呪詛返しのことを知っていた。そのために、呪詛返しにより呪いが返ってきたと思い込んだ。
あまりの苦痛に脂汗を浮かべた男は、霞んできた視界を駆使し、釘を抜こうとノロノロと
力の入らなくなってきた腕を上げた。そこに、男の頭にいた猫が、釘を打ち込んだ影響か
微妙に揺れる藁人形を凝視していた。野性を取り戻したのか、態勢を低くし力を蓄え目を細め
狙いを定めると、「わっわ、獲物、獲物」と喜び藁人形に向かい身を躍らせた。

「…あっ…ダメ茶々」

男には、ダイブする猫の姿がスローモーションに見えていた、。そして、男の力が残る藁人形の
股部分に力強く鋭い牙が突き刺さった。噛み付きから一瞬送れて男は股間に、キリを
差し込まれるような痛みに襲われ、白目を剥き口から泡を吹き出すと気絶し倒れた。

この後、この猫に呼んで来られた神社の一人娘に、異様な力を発する藁人形から釘を抜いて貰うまで、
覚醒しては痛みで気絶するという生き地獄を味わった。

この人形は、神社で御祓いしても異様な力は消えることは無く、何度捨てても男の下に戻ってきた。



[14161] あと1人出す予定だが、5人でやめようかと思う今日このごろ
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/11 00:30
【…ナンパ、最強の敵それとも味方か】

1月の終わりに横島は、近所の公園で遊ぶ子供達の中に知った顔を見つけ、声をかけるため
近づいていき陽気に手を上げ、

「よっ、冥子ちゃんに政樹、寒いのに元気に遊んでるな」

「あっ、横島さん。一緒に遊びましょ~」

「ふん、勝手にしろ」

横島に気が付いた冥子は、満面の笑みを浮かべながら横島を仲間に誘ったが、政樹は
今にも唾を吐き捨てそうな表情をしながらも、冥子の意見を尊重した。微苦笑した横島は、
顎で知らない男性に警戒を抱いている他の子供達を指し示し、

「俺はいいから、向こうで待ってる子と遊んできな」

「は~い」

素直に横島の言う事を聞いた冥子は、遊びに戻っていった。政樹も後に続いたが、横島に
肩を掴まれてしまい、急につかまれ転びそうになり、

「何すんだよ」

「おい、ベンチからこっち見てる女性達は、誰だ?」

横島が政樹の耳元で囁きながら、正樹の頭をつかみ無理やり曲げ、横島が当初から気にしていた、
ベンチに座る二人の女性の方へ向けた。素直な正樹は、

「保育園の先生たちがどうかしたのか?」

「そうか保母さんか~ 紹介しろ!」

保育園児に女性の仲介を頼む男・横島忠夫。意味はわかっていないが、めんどくさがる政樹の背中を
押しながら、ベンチの前まで到着すると、

「先生、この兄ちゃん横島。これでいいか?」

素っ気無い紹介であったが、横島は全く気にする事無く、黒髪のショートヘアーの20台中盤の
女性の前に片膝をつき、

「ぼく、横島忠夫っていいます。今度デートどうですか!」

「ごめんなさい」

政樹が横にいるためか笑みを浮かべていた女性は、考えるそぶりすら見せず一蹴した。
横島は、断られるとその姿勢のまま横にスライドし、隣の女性を見つめた。こちらの女性は、
軽いウェーブがかかった長い栗色の髪、左目の下に泣きボクロ、そして大きな胸が特徴的な
20台と思われる女性であった。女性は、横島の物理法則を超えた変則的な動きにも、
なんら動じる事はなく片手を口に当て、

「あらあら」

落ち着いている彼女は、手を出してくるであろう横島を傷つけないように、言いくるめようと考えていた。
しかし横島は、彼女を下から上までを何度も見ながら、難しい顔をし小声で、

「…こ、好みだが…これ以上…」

「私には、声を掛けないのですか?」

意外な反応に首を傾げた女性が、自分から気になったことを直球で尋ねると、

「…君、15…いや14歳でしょ。ひじょ~に残念だが、ナンパできん!」

「「・・・・・・」」

「おお~すごいな、横島。千鶴先生の年を当てる奴はじめて見た」

涙を流しながらの横島の発言に、目を丸くした政樹が手を叩きながら横島を褒め称えた。
横島は「やっぱりな」と呟いていたが、ベンチに座っていた女性達…一人は少女だが、
お互いに動揺を隠す事ができず、

「千鶴ちゃん、もしかして知り合い?」

「いえ、知らない方です」

「嘘でしょ、あなたの年齢を当…ご、ごめんなさい」

年上の女性は、一緒にいると同い年に見られる千鶴の正確な年齢を、横島が当てたため
実は二人が知人と予想した。首を振る千鶴の否定の言葉を、否定しようとしたが微笑む千鶴の体から
不気味なオーラが立ち上がるのが見え、年齢話は彼女に禁句だった事を思い出し謝罪の言葉を口にした。

少女・那波千鶴は中学2年生だが、はっきりしていることが一つある。大人っぽくどことなく漂う風格のため
彼女は、中学生に見られることがないために、初対面の人間には彼女の年を当てられたことがなかった。
そのために、年相応に見られない事を気にしている千鶴は、とび上がりそうになるのを抑え、

「すいませんが、何故14歳とわかったのですか? 私のことを知ってるのですか?」

「知らんよ。そんなの見たらわかるじゃん」

横島が簡単な計算に答えるように、間違えるはずがないと気軽に答えた。ここ最近知り合いになる子が、
中学生ばかりのために彼女の年齢を本能で察していた。真に恐ろしこの男の本能であった。
ナンパできないと諦めた横島が、手を振り帰宅しようとすると慌てて立ち上がった千鶴が、

「待ってください」

「ん?」

「もう一度お名前を聞かせてください」

「横島忠夫だけど」

「私は、那波千鶴といいまして、保母のボランティアをしています。好きな物はスローライフ、
嫌いな物は孤独です」

「はあ」

横島に対して急に自己紹介を始めた千鶴に、目をぱちくりする周囲の視線の中で、千鶴が
胸に手をあて、落ち着けとばかりに大きく一度深呼吸し、

「す~は~…忠夫さんは、私をナンパしてくれないのですよね?」

「忠夫さん? まあいいか。遺憾ながら出来ん! …2年後に会わない?」

珍しく名前で呼ばれ少し背中がむず痒かったが、千鶴の確認に横島がよほど悔しいいのか、
歯を食いしばりながらも言い切った。そして、真剣に再開できないかと尋ねると、

「待てないので、私からお誘いします」

「…は?」

「今度、食事と映画を見に行きましょう」

横島は、鳩が豆鉄砲を食らったように顔をした後に、周りに誰かいないか見回し他に人が
いないのを確かめると、政樹と女性に向かい自分の顔を指しながら、

「なあ俺もしかして、逆ナンされた?」

「ああ」 「ええ」

「…う、嘘だ、俺が誘われるわけがない! はっ、和美ちゃんだな、カ、カメラはどこだ」

ナンパはするが、ナンパされた事がなかったために、驚きのあまり横島の体を電撃が駆け巡った。
しかし、直ぐに疑念に変わり和美によるドッキリと勘ぐると、血走った目でベンチの下や茂みを探り
カメラ等を探し出した。

「あらあら、私は真剣ですよ…これが証です『チュ』」

いつのまにか横島の隣に立っていた千鶴が、横島の頬に口づけをしていた。横島は、
氷付けにされたかのように動きを止め、何とか動き出すと油が切れたロボットのように、
ぎこちない動きで手を頬に当て、

「…あうあう」

「どうです、私のほん「のわ~嘘じゃ、嘘じゃ!」あらあら」

叫びだした横島は、頭から湯気を出し『ズドドド』と地を揺るがしながら、走り去っていった。
思考不能になり逃げたとも言う。

「ふふ、絶対に逃がしませんわ。忠夫さん」

残された千鶴は、宣誓をしニコッと綺麗に笑みを浮かべていた。それを偶然見ていた正樹は、
笑顔がキレイだと思ったがそれ以上に、何故か背筋に寒気が走りぶるっと震えた。少年が見るには、
まだ早い表情であった。政樹も横島を見習い、戦術的撤退をしようと、

「ボ、ボクも冥子ちゃんと遊んでこよ」

「待ちなさい、政樹君」

「は、はい」

「忠夫さんの事を色々教えてくれない? ねっ」

千鶴は政樹にお願いと言っていたが、ほとんど脅迫であった。政樹は聞かれる前に自身が知っている情報を
全て千鶴に話していた。横島の住む場所から、政樹が知る女性の名前を全て。傍から見ていた、
もう1人の女性は、

(ヘビに睨まれたカエルって、こんな感じかしら)

暢気に観察していたが、決して助け舟を出そうとはしなかったのは、単に千鶴が怖かったので触れずにいた。
こうして政樹の心に、トラウマが一つ出来上がっていった。


逃げ出した横島は、部屋の隅で体育座りし布団を頭から被り、ガタガタ震え眠れぬ日を過ごした。
その状態を最初に発見したアキラが心配し顔を近づけ、

「どうしたの、横島さん…」

「う、うわ! こ、来ないでくれ」

「…えっ…ご飯作っておいたから…グスン…お腹すいたら食べて…グスン」

横島は、アキラの柔らかそうな唇を見て意識してしまい、動揺し気づくと拒絶してしまっていた。
涙を溜めたアキラは、横島の反応に傷ついてしまい、食事の事だけ伝えると鼻をすすりながら、
アパートから飛び出して行った。ちなみに、数日中に同じような現象が横島の部屋で3回ほど発生した。
傷つく少女達がいる一方、横島は少女達を女性として意識してしまい、これから苦悩するようになっていった。


寮の一室で村上夏美は、鼻歌を歌いながら夕食を軽やかに調理している、千鶴の横顔に
張り付いている笑顔が気になり、

「ちづ姉、どうしたのそんなにニコニコして?」

「わかる、夏美」

「そりゃあ、そんだけ幸せそうにしてれば」

幸せそうな友人を見てつられて笑っている夏美には、千鶴の周りに桜の花びらの幻想が
舞っている様が見て取れた。

「実は今日、運命の人に出会ったの」

「またまたちづ姉、大げさだよ」

「本当よ」

「何で言い切れるの?」

「実は…」

肉を切ったためか赤く汚れた包丁を持ち、微笑を浮かべながら近づいてくる千鶴に、
夏美は表情を氷つかせたまま包丁を凝視していた。

「本当にドキドキしたのよ」

「わ、私もドキドキしてきた。だから早く教えてよ」

答える前に思い出したのか、手で口を隠しながら無意識に夏美に包丁をむけていた。
千鶴とは違う理由で夏美の鼓動が速まっていた。

「しょうがないわね。実は初対面の男性に年齢を当てられたのよ」

「なんだ、そん…ええ!?」

「驚くのも無理ないわ、私も驚いたから」

千鶴は、夏美の仰天する様を見ながら頷いていた。しかし、驚愕の表情を浮かべていた夏美が、
気の毒そうに千鶴の顔を見つめているのに気が付くと、

「どうかした?」

「ち、ちづ姉…そ、その、気をしっかりもって、何か嫌な事があったら相談に乗るからね」

どうやら彼女が出した答えは、千鶴が精神的にマズイ方向に陥ってしまい、幻覚・幻聴の
症状が発生していると思っているらしい。夏美にどのように思われているのかを、察した千鶴が
威圧する前に、自室にいた雪広あやかが部屋から顔を出し、

「夏美さん、さきほどから騒がしいですわよ」

「あっ、いいんちょ、ちづ姉が大変大変なの!」

「千鶴さんがどかしましたの?」

夏美は、ドタバタと慌てながらあやかに駆け寄り肩を掴むと、千鶴について話し始めた。
千鶴は、あやかなら信じてくれると思い静観していると、聞き終えたあやかが夏美の腕を取り
「大丈夫よ、夏美さん」と取り乱す夏美を宥め、千鶴に意志の強そうな目を向け、

「千鶴さん」

「わかってくれたのね、あやか」

「料理はいいですから、直ぐに調べてもらいましょう」

「うんうん、ちづ姉しっかり」

「待っていてください、今すぐ雪広財閥お抱えの医師団を呼びます」

あやかは、自身の携帯を急いで開き登録されている目的の番号を探した。目的の番号を見つけると、
同時に何かが高速で飛来すると共に、あやかの携帯の上半分が消えた。そして、一拍遅れて
壁に『ドス』と何か突き刺さる音が聞こえた。あやかと夏美が壁を見ると、先程消えた携帯の
上半分を乗せた包丁が壁に突き刺さっていた。包丁の持ち主を理解している二人が、
顔を真っ青にし包丁が飛んできた方向に視線を向けると、一匹の修羅が目を怪しく光らせていた。
あやかは、その場から逃走したかったが、残念ながら外界へと通じる扉の間には修羅がいて不可能であった。

「お、落ち着きましょう、千鶴さん」

「あらあら。私はいたって冷静よ、あやか」

「ほ、ほら夏美さんも何か…1人で気絶するのはずるいですわよ~」

「大丈夫よ、あやか。夏美ともしっかりと後で話し合うから」

一歩一歩ゆっくりと近づいてくる千鶴に、修羅のプレッシャーにより立ったまま気絶した夏美と、
その横であやかは腰を抜かし訪れる未来に涙を流した。その日、寮の一室から乙女の絹を裂くような
悲鳴が2回木魂した。


1回目と2回目の叫びの合間に、自室で悲鳴を聞いた和美が事件かとカメラを持ち、
千鶴たちの部屋に突入すると、

「ご、ごめ~ん、取り込み中みたいだから、出てくね」

部屋の惨状を見て、Uターンしようとする和美に、

「待ちなさい、和美」

「な~に? お腹すいたから、早くしてよ」

部屋から出るための方便であったのだが、

「あらあら。なら、今日はココで食べる? ちょうど二人分の夕食が余ったのよ」

「い、いやちょっと」

「食べてきなさい」

「ご、ご相伴に預からせてもらいます」

こうして、二人の食事が始まった。千鶴は終始笑顔であったが話しかけず、二人の間には会話はなく
食器の奏でる音のみが、部屋に響いていた。空気はとても重く、何を口に入れても味がわからない和美が、
意を決して話しかけた。

「うん、これ美味しいね」

「それ冷凍よ」

「うっ…えーと、いいんちょ達このままでいいの?」

「気にする必要はないわ」

和美が気にするあやかと夏美は、和美の視界の範囲で気絶していた。特にあやかは、
意識があるときに見た光景が、よほど怖かったのかおびえた表情を浮かべていた。

「気になるなら、顔に布をかけましょう」

「それは、かわいそうじゃん」

再び二人は、無言で箸を動かす作業にのみ没頭するのであった。和美は、さっさと食べ終わると
食器を片付け手を上げ、

「じゃ! 部屋に戻るね」

「和美、みんなで一緒に努力しましょう」

「うんうん、そうだね」

答えた後、部屋をすみやかに出た和美は、

「…何を?」

1人訳もわからず、首をかしげていた。とにかくあの場に居たくなかった和美は、勢いで答えていた。
そのため、誰と何故努力するのか理解できていなかった。


部屋に残された千鶴は、昼間にあった男性を思い出し微笑みながら、

「あの人を捕まえるのは、きっと大変よ」

「…うっうっ…はっ…良かったさっきのは夢か」

気絶から復活した夏美が、息をついていると肩を『とんとん』と叩かれ振り向くと、

「夏美、現実よ」

「い、いや~~」

とても恐ろしい笑顔を浮かべた千鶴がいた。




【ネタ、ありえるかもしれない未来(5~10年ほど)】

茶々丸に呼ばれた横島が、彼女の部屋に赴くと部屋の中央で、彼女は茶々とその子供達に囲まれ
正座していた。そして横島が、部屋の中に入るのを確認すると、

「タダオさん、お願いしたいことがあります」

「なに、茶々丸?」

「単刀直入に言います。私も他の方の様に子供がほしいです」

茶々の子供を抱きながら、真剣に横島を見つめながら懇願した。当初は茶々丸や周囲の子達に
振り回されていた横島も、時がたち成長したために取り乱す事無く茶々丸に、

「茶々丸、養子でも貰うか? それとも超かハカセちゃんにでも、作ってもらうか?」

横島の現実的な返答に、茶々丸は首を横に振り、

「私は、生身の赤ん坊から育てていきたいのです」

「しかしな~」

「大丈夫です。他の方々の許可は頂いています」

「? 許可って何の?」

茶々丸の無茶な願いを、叶えてあげたいが叶える方法がわからず頭を掻く横島に、自信満々の茶々丸が
立ち上がり横島に目を合わせると、無言で部屋から出て行った。困惑する横島は、待ってるべきかと思い
座り猫達を撫でていると、ものの数分で茶々丸が戻ってきた。

「お帰り、それ何? 寝袋?」

茶々丸の肩には、人が入れるほどのファスナー付きの袋が担がれていた。茶々丸は、
袋をそっと降ろすと中に入っている物が、ほんの少しだが確かに動いた。それを横島のほうに押し動かし、

「どうぞ」

「…何が入ってるの?」

「どうぞ」

中身を聞くのが不可能とわかった横島は、「大丈夫、今まで色々あったんだ」と自身に言い聞かせ、
袋の中身を知るためファスナーをほんの少しだけ開けると、猿轡を噛まされシクシクと
泣いている超と目が合った。ちなみに超は、何処かの誰か達に色々と引っ掻き回され、
残念ながら帰る事ができなかった。近年、落ち着いてきたと思っていた茶々丸のとんでもない行動に、
硬直している横島の隣で茶々丸が、一本の液体の入ったビンを取り出し、

「行為をする前に、どちらかがコレを飲んでください」

横島は、うれし涙以外の女性の涙を見たくないために、ファスナーを閉じ茶々丸に向けて、
子供が拾ってきた猫を見つけた親のように、

「返してきなさい」

「行為が終了したら、丁重にお帰り願います」

「行為ってもしかして…」

「もちろん子作りです」

「超に手をだしたら、他の子に殺されるわ!」

「ですから、他の方の許可を取っています」

「俺が浮気しようとすると、打ち貫こうとしたり、切り裂こうとしたり、お尻を狙うのにか?」

「説得し、納得してもらいました」

「こ、子供が出来るかなんてわからないじゃん」

最後の足掻きとばかりに、冷や汗をかいた横島の発言を聞くと、茶々丸が先程出したビンを手渡してきた。
横島がそれのラベルを読むと、

「なになに…『一発的中君』…これ何?」

「私達がタダオさんに、頂いている文珠を使用し作った一品です。これで確実に子供が出来るので、
超に代理出産してもらえます。やはり、私に近い方の子がいいので」

「き、君ら、文珠を変な使い方するね」

「では、する前に飲んでください」

「…ごめん、やっぱり超とは出来ないよ」

それでも横島は、真剣な顔つきになり大切な娘達以外と、一線を越える気がないために、
出来ないと首を振った。そして、茶々丸が頷くのを見ると、理解してくれたと思った横島の顔が輝いたが、

「じゃあ、超に謝って帰ってもらおう」

「超は好みではないのですね」

「なんでそうなるんじゃ!」

「しばし、お待ちください」

部屋から出て行った茶々丸が、戻ってくると今度は先程と同じ袋を二つ抱えれていた。
そして、先程と同じように、

「どうぞ、お好きなほうで」

中身を見までもなく彼女の「母」と予想が付き、この後のことに思いをはせるとガクッと、落ち込む横島であった。

この未来に向かったら、横島はとっても苦労しそうである。…どの未来でも同じかもしれないが。



[14161] 原作主人公来訪  だが出番なし
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/29 22:15
2月の上旬、神楽坂アスナは朝から機嫌が悪く新聞の配達の直前にも、とある魔法使いの少年に対して、
愚痴を口走っていた。

「あのガキ、本当にムカツク」

「…おはよう、アスナちゃん。朝からイラついてるね」

「おはようございます。てっ、何で朝からいるんです、横島さん?」

夕刊の時にしかいない横島がいるので、不思議に思ったアスナが尋ねていた。そして、
アスナから見た今日の横島は、慣れない朝の配達のためまだ眠いのか覇気がないように見えていた。

「大山君が風邪引いたんで、代わりを頼まれたんだわ」

「何か疲れてます?」

「ああ、考える事があってな…ちょっと相談のってくんね?」

「いいですけど。私なんかで大丈夫ですか?」

横島の予想外の願いに驚いたアスナは、不安を顔に出していた。今まで同級生からの
話なら聞いた事はあったが、年上しかも男性の相談を聞くのが、本当に自分でいいのか、
率直に尋ねると、

「大丈夫。アスナちゃんと、同じ年頃の子について聞きたいから。今日学校終わってから、
時間ある?」

「ありますけど。でもそれなら、朝倉とか大河内さんに聞けばいいじゃん」

アスナの意見は的を得ていたが、無意識に口にした名は鋭いナイフのように横島の精神を抉ってきた。
横島は「うっぐ」と呻きながら、胸を押さえ搾り出すように声を発した。

「…その子達について相談なんだわ」

「ふーん。そういえばね、その二人と長谷川さん何だけど、最近元気ない…んだ…よ …ね」

アスナの声は最後には途切れ途切れになっていた。アスナが見ている前で、横島の顔色が
どんどんと悪くなっていったためである。何か感ずいたのかジト目になりながら、

「もしかして、原因は横島さん」

「…うん、俺の所為であってる。だからお願い、相談のって」

肩を落とした横島は、あと少しでも心に衝撃が走ったら、泣いてしまっていただろう。
ちなみにその一押しは「茶々丸」というフレーズであったが、幸いな事にアスナと茶々丸は
それほど親しくはなく、最近やっと会えば二言三言話す間柄であったために、茶々丸の微妙な
変化など気づいていなかった。アスナは、しょうがないかと思いながらも、

「わかりました、今日の放課後にスタバか何処かで待ち合わせしましょ」

アスナが「ねっ」と優しくいいながら締めくくると、横島にはアスナがまるで自分を導く
聖母のように感じ、目から一滴の雫が自然に落ち、

「ありがとう、本当にありがとう」

「いいからいいから、さっさと新聞配達行きましょ」

「うん」

アスナは、まるで年下の弟を慰めるように背中を優しく撫でた。どちらが年上なのか
判らなくなってきていた。ちなみにその日の放課後、補習のためアスナが待ち合わせに
来ることはなかった。横島は閉店までずっとスタバでコーヒーを飲んでいたが、途中から
涙の味しかしなかったらしい。約束の事を寝る前に気が付いたアスナが、すぐに電話をかけると
横島は店の前でずっと待っていた。

さすがに横島も、相談相手を間違えたかもしれないかと思ったが、タカミチでは後が怖く、
裕奈はある理由により論外であった。やはりアスナが頼みの綱であった。一言言うなら、
その綱は細い。

そして、次の日の放課後アスナが、前日と同じ待ち合わせ場所に到着すると、周囲に
不幸のオーラを撒き散らす横島が既にいた。愛想笑いをしながらアスナは、横島の前に
来ると胸を握りこぶしで叩きながら、

「あ、あはは、お待たせ横島さん。さあ、どーんと任せてよ」

横島は「頼むよ」と言いながらも、昨日約束をすっぽかしたアスナに不信な目を向けたが、
藁をも縋る思いで口を開いた。

「実は、10日ほど前からなんだが…」

横島が、アスナにポツリポツリと事情を説明しだしていった。


千鶴に逆ナンされてからずっと外に出る事もなく部屋の隅で布団を被り、ガタガタ震え
意識があるのかすら怪しい横島がいた。横島の傍らには、心配しているのか茶々が寄り添って寝ていた。
そして、答えが出たのか唐突に横島の震えが止まり布団を跳ね上げ、立ち上がると開口一番に、

「ああ~腹減った。何か食お」

答えを出した訳ではなく、あまりの空腹に正気に戻っただけであった。横島は腹をさすりながら
「何か生で食えるもんあったかな」と、呟きながら冷蔵庫の中身を見ると、

「…? 何でこんな入ってんだ」

冷蔵庫の中には、上から下までぎっしりと調理済みの食料が保存されていた。横島が、
最後に見たときには、調理前の食材しかなかったと、記憶していたために首を傾げた。
しかし、空腹だったために特に考えず、いくつか皿を取り出しレンジで暖めた。そして、
その時間を利用し擦り寄ってくる茶々を撫で、猫缶を開けてそのまま下に置いた。
自分の食事を温め終えると、すぐにテーブルに座りがっつき始め、口の中をご飯で一杯にしながら、

「うまいうまい、この味付けはアキラちゃんか。おっ千雨ちゃんも上手になったな~」

その姿は、味わっているようにはとうてい思えない食べ方であったが、横島の舌は
しっかりと作った本人まで特定していた。そして、自身のために作られた料理を全て平らげ、
何気なしにテーブルに置いてあった携帯を覗くと、電源が切れており画面が暗くなっていた。
携帯の充電をはじめ、電源を入れ画面を見ると横島はギョッとした。

「なんじゃこりゃ、着信82件、メール35件…いたずらか? ん、2月4日?」

横島が覚えていた日付は、1月31日だったのだが、その日から既に数日経過していた。
横島は、逆ナンされてからの数日間の出来事を、必死になり思い出そうとしたが、

「そういや、誰か来た気もするけど、どうだったかな?」

思い出さなければならない気もしたが、思い出すのが何故か嫌だと横島は感じていた。
判断が付かないまま携帯を操作し、着信履歴を見ると「明石裕奈」の名前がずらりと
並んでいた。実際には「高畑・T・タカミチ」と「新聞・バイト先」からもかかって来ていたが、
裕奈に全て上書きされていた。そして、嫌な予感しかしない横島が、恐る恐るメールの受信BOXを開くと、
やはり「明石裕奈」からであった。一番古いメールから確認する事し開くと、

『あんた、アキラに何した』

という短く素っ気無いが、逆に怒りを押し殺した気持ちが、伝わる文から始まった。
最初はアキラの名前だけだったが、次第にメールの内容に「千雨」・「朝倉」と名前が増えていった。
一向に電話に出ない事に切れたのか、中盤のメールの内容は横島に対する罵詈雑言のみであった。
それにも反応がないとわかると、最後の数件は全て同文であった。内容は、

『さっさと電話に出ろ』

『ごくり』と生唾を飲み込んだ横島が、「まずい、まずい、俺何したんだ!」と言っていると、
握っていた携帯が震え始めた。『ビクリ』と体を震わせた横島は、嫌な予感しかしないため、
着信者を調べたくなかった。そして、画面を見る勇気が湧かなかったために、誰か確かめないまま
通話ボタンを押し、

「…もしもし」

『あっ横島くん、高畑だけど。体調でも悪いのかい?』

「タカミチさんか…ほっ、体調はいいですよ…精神的にきついですけど」

『そっか、でも心配したよ。警備の仕事には来ないし、電話しても出なかったから』

「あ~すみません、以後気をつけます」

『ああ、気をつけてくれ』

タカミチは笑いながらも、横島を心配したが仕事はしっかりするように、たしなめた。
横島は、電話の相手がとある少女ではなくタカミチで安心したのだが、この男の人生が
そんな甘い物ではないらしく、

『僕の話はおしまい。君と話したい子がいるから変わるよ。明石君、校内だから手短にね』

「…え?」

『こんにちは横島さん、明石です』

「こ、こんにちは、裕奈ちゃん」

『話があるので、世界樹前広場に直ぐに来てください。では失礼します』

「まっ『ピッ・ツー・ツー』…切られた」

訳がわからない横島であっが、電話越しでも裕奈の逆鱗に触れたことには気づいたため、
指定された世界樹に全速力で向かった。世界樹前に裕奈よりも早く来た横島は、上を見上げ呆れた風に、

「相変わらず、非常識にデカイ木だな。たしか270mだっけ?」

横島の素朴な疑問に答える者は、もちろんいなかった。正式名称「神木・蟠桃」、非常識の塊の男に、
非常識認定されてしまったかわいそうな木である。

世界樹の大きさに圧倒され見上げていた横島は、背後に気配を感じ振り向くと、
『バチン』思い切り頬をビンタされた。突然の衝撃に呆然とした横島だったが、腕を振り切った
態勢の裕奈と目が合うと、

「痛いやん、急に何「見ろ」…」

いきなり叩かれた横島は、抗議の声を上げたが、冷ややかな目を向けた裕奈が、最後まで
その言葉を聞くことはなく、冷たい声と共に携帯の画面を横島に向けた。横島が画面に
目を向けると、ベットの上に座り手の平で顔を押さえるアキラが写っていた。泣いてるようにしか
見えないアキラに、さきほどのビンタ以上の衝撃が横島の心に走ったが、まだこの程度は序の口であった。

「な、何でアキラちゃんが…」

「知らないとは言わせない! あんたの部屋から帰ってきたら、アキラは泣いたんだよ。
それに、アキラだけじゃあなく、千雨ちゃんも朝倉も落ち込んでるよ」

「お、俺が泣かしたのか」

アキラを泣かせた犯人だと言われ、目を白黒させながら呟いていたが、その呟きは
裕奈の怒りの炎に油を注ぐだけであった。『バチン』再び頬に平手を喰らっていた。
普段のこの男なら、簡単に避けられたであろう攻撃も、動揺の為か避ける素振りすら
出来なかった。そして、下を向いた裕奈は、拳を握り震えながら不本意そうに、

「ココまで落ち込ませれるのは、あんたしかいない。あの子達、何言っても『大丈夫』しか言わない。
だから…」

一旦言葉を切った裕奈は、顔を上げ横島を睨みつけた。横島も気まずそうな顔をしたが、
目を背けづ裕奈の言葉を待った。

「悔しいけど、でもあんた位しか、元気つけられる人を思いつかなかった。だから、お願いします。
あの子達を元気にしてください」

裕奈は、友人達の事を想い本当は絶対に頭を下げたくない相手に、頭を下げ懇願した。
そして、裕奈は言いたい事を終えると、横島を見る事さえせず走り去っていった。
これ以上横島を見ていると、殴りたくなってしまうためだった。裕奈が去るのを見送っていた横島は、
叩かれた頬を押さえると、

「…いてえな…」

ただ一言、声を発するのが精一杯であった。ただのビンタであったが、横島の心に美神の
折檻以上の傷を負わせていた。

その日から横島は、記憶から忘れていた数日間を、思い出すのに数日を費やした。
千鶴にナンパされた公園に立ち寄ったり、布団を被り同じ行動をしたりした。そして、
ぼんやりとだが思い出すことに成功した。錯乱していたため、誰に何時何を言ったかまでは、
思い出せていなかったが、

「くそ、言った。たしかにあの子達に向けて、言っちまった」

横島の脳裏には『来ないでくれ』『近寄らないでくれ』と言ったときの、彼女達の悲しそうな
顔が思い出されていた。正確には初日にアキラ、2日目に千雨、3日目に朝倉、4日目に茶々丸の
心に残る傷をつけていた。思い出すと横島は、急いで携帯を使い電話をかけたが、

「うう、誰も出てくれねえ」

『謝りたいから、電話に出てくれ』とメールを送っても、誰一人として返信して来る者はいなかった。
そして、アスナに相談する事になった。


「あ~ごめんなさい。ちょっと所か大分私には荷が重いかな」

横島の話を聞き終えたアスナの素直な意見であった。さすがにこの相談に乗るのは無謀と思ったアスナは、
逃げ出そうとしたが横島に手をつかまれ、

「た、頼む、何かアドバイスをくれ」

「無理、私には無理です!?」

「逃がさん、ここでアスナちゃんを逃がしたら、もう頼る相手が居らん」

半泣きになりながら逃げようとするアスナを、必死な形相で横島が捕獲していた。
実際には相談相手候補には超もいるのだが、あまり印象が良くないため思い出されることはなかった。
彼女に相談したら、茶々丸以外の少女たちが切り捨てられる可能性が高いので、相談を
持ちかけなかったのは、正解かもしれない。

逃げる事を諦めたアスナが、椅子に座りため息をつきながら、

「はぁ~一応考えますけど、期待しないでくださいよ」

「大丈夫だ、最初からあまり期待してないから」

「よ、横島さん、私に喧嘩売ってるの?」

アスナは、引きつった笑みを浮かべたが、諦めるとと悩みながら、

「そういえば、茶々丸さんとも仲いいんだから、彼女に仲介お願いしたら?」

「言ってなかったけ、茶々丸ちゃんにも、他の子達と同じような事言ってるって」

「うわ、最低」

「しっとるわい!」

横島は、叫ぶと近場にあった木に頭をぶつけながら、「ワイは、ワイは最低じゃあ」と
 涙を流し悲痛の咆哮をあげた。周囲を歩いていた人は、横島の奇怪な行動に引いていたが、
アスナは気にする事無く近づき、

「周りに迷惑でしょ『ドゴン』」

「…はい…すみません」

アスナは、横島の後頭部に肘鉄を叩き込み沈黙させると、襟首を掴みテーブルに引きずって行った。
店員が『出てけ』と目で訴えてきたが、アスナは図太いのかそれとも気づかなかったのか、
そのまま椅子に座ると、次の案を出した。

「そういえば、猫の世話お願いしてるんですよね。世話しに来たときに謝ればいいじゃん」

「あの子達、俺のスケジュールほとんど把握してるから、俺がいない時間を狙ってくるんだ」

「無理じゃん、残念だけど諦めなよ」

「いやじゃあ~~あの子達とこのまま別れていくのは、絶対イヤだ!」

横島は、駄々っ子のように地面に寝転ぶと手足をばたつかせた。アスナは、同席している男の
行動に恥ずかしくなったが、気になることがあり問いかけた。

「横島さん、何処かに行くんですか?」

横島は、動きをピタリと止め、

「今すぐじゃあないけど…そのうち」

「私たちが卒業してからですか?」

「わからないな。明日かもしれないし、何年もいるかもしれない」

「そっか」

「ああ、だからあの子達とは、いい関係でいたいんだ」

寂しそうに笑う横島の願いを聞くため、アスナは腕を組み「ん~」と呻きながら無意識に、
首を一回転させると、菓子店の前のポスターが目に付きニッコリと笑い、

「だったら、日ごろの感謝を込めてバレンタインに何か送ろうよ」

「バレンタイン? アレって女性から男性に、じゃあないの?」

「ふっふふ、その考えは古いですよ。今では逆チョコと言って、男性があげるのも
珍しくないですよ!」

「そうなんか! じゃあ、何あげればいいかな? チョコ?」

「…さあ?」

自信満々だったアスナだが、プレゼントまでは判らず首をかしげお手上げのポーズを決めた。
そして、横島とアスナは数分無言になるとアスナから、

「今から何か見に行きます?」

「すまん、今日は夕刊の配達があるから、明日じゃあダメ?」

「じゃあ明日休みだし、ショッピングモールにでも行きましょう」

「すまんが、頼む」

こうして横島とアスナとのお買い物が決まった。ちなみに、この会話を聞いていた散歩部の、
双子姉妹がいた。

「お姉ちゃん、聞いた?」

「おう、史伽」

「アスナが明日デートだって、どうしよう」

「う~ん、朝倉に教えてやるか」

風香がいたずらぽく笑いながら、パパラッチに情報を教えると言い出した。それを聞き慌てた史伽が、

「ええ!? それじゃあアスナがかわいそうだよ、お姉ちゃん」

「いいか史伽、最近朝倉の元気ないだろ、だからこの情報を教えたら少しは元気になるだろ」

「そっか、お姉ちゃん優しい」

双子もしょうんぼりとしてるクラスメートのためを思い、朝倉に連絡を取った。可哀想だが、
元気のいいアスナはクラスメートに売られたのであった。


クラスメート達に活気がないと認定されている四人(茶々丸だけは極少数に)は、現在横島宅にいた。
四人はうな垂れながらも、茶々の世話と言い訳しながら、横島宅に足を運んでいた。
そして千雨が、

「なあ、誰か連絡取ったか?」

誰にとは言わずとも、脳裏に横島の姿を思い浮かべた、他の三人は静かに首を振った。

「…何を話していいか、わからない」

アキラが、横島からのメールを見ながらみんなの意見を代弁した。その時、和美の携帯が震えだした。
和美は、横島からかと思いドキドキしながら確認すると、落胆しながらも一応電話に出た。

「何のようよ、風香」

『おっす、相変わらず元気ねえな』

「切るよ」

『わぁ、待った待った! 面白い情報があるんだよ』

「ふぅ、どんな?」

『何とアスナが明日デートするんだと』

「へえ、そうなんだ」

『反応薄いぞ、何か男のほうが明日で、麻帆良からいなくなるみたいだから、プレゼント買うんだって』

…色々情報が錯綜していた。

『その男の写メ送るから切るな』

「はいはい、じゃあね」

和美が携帯を耳から離すと、普段どうりに見える茶々丸が、

「どうかしたのですか?」

和美は肩を揺らし、

「アスナが明日デートなんだって」

「彼氏がいたのですか」

「でもその男、明日ココから出てくみたいよ『ブブブ』…あっ来た。さてどんな男かな」

和美が、一応メールを確認するとやはり風香からだった。そして添付されてきたデータを見ると、
目を見開きストンと腰を落としボソボソと、

「…よ…し…さん?」

「なんか言ったか?」

「明日でいなくなるの…横島さんだって」

和美が、ノロノロと携帯の画面を他の面子に見せると、

「「「えっ」」」

その後、情報を処理出来ず茫然自失になった4人は、どうやって帰ったかもわからず、
気がついたら自身の部屋に居た。



[14161] またもや、出番なし。 次は出ると思われる
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/04/29 22:36
「…おはよう」

「ああ」

「千雨ちゃんも大河内も、ひどい顔してるよ」

寮組の3人が寮のホールに集まると、和美が二人の顔を見て素直な感想を言った。アキラと千雨は、
お互い寝ていないのか、目の下に隈ができており、髪もセットしていないためボサボサであった。
しかし、この状態は二人だけではないらしく、

「朝倉、鏡見ろ」

和美も一睡もできていないのか、二人に負けず劣らずひどい顔であった。和美も確認しようとしたが、
手鏡を持っていなかった為に携帯のカメラを代用し、自分の顔を映し見ると苦笑し、

「あは、ダメダメだね。二人ともシャワーにでも行こっか?」

「そうだな」

「…うん」

和美の提案に二人が同意し、眠いためか覚束ない足取りで浴場に向かおうとする背後を、

「ま、まずい、寝過ごした~ 約束の時間に遅れる!?」

間に合いそうにないためかクラスメートに気づくことはなく、人間の限界を軽く超える速度で、
アスナが走っていった。アスナの声を聞いた3人が、ノロノロと振り向くと足を動かす度に、
揺れ動くアスナの後ろ髪が目に入った。そんな姿を見送りながら、

「…いいな、神楽坂さん。横島さんと買い物行くんだ」

「「…・・・」」

つい考えを口に出して言ってしまったアキラであったが、他の二人も同じような事を思ったのか、
茶化そうとはせず小さくなっていくアスナに、羨望の眼差しを向けていた。そして、
アスナが見えなくなると和美が、自分の頬を『パンパン』と叩くと、努めて明るく、

「しょうがないよ、二人は付き合ってるんだから、デート位するよ~」

「…そうだね」

「気づかなかったな。横島さんの家に行くの迷惑だったよな」

千雨は、自分達がアパートに通っていた為に、付き合う二人の邪魔をしてしまったと、
思ってしまった。雰囲気が暗くなってしまったが、落ち込んでいても良くないと思ったアキラが、
気分転換の為に、

「…シャワー浴びたら、一緒に買い物行こ」

「いいね、行こ行こ」

「そうだな…ショッピングモールにでも行こぜ」

「はい、決まり。今日は、じゃんじゃん買ちゃお!」

「うん…」

3人は気を紛らわせるために、買い物を選択したのだが、奇しくも行き先が横島と被っていた。
そして、もう1人の少女・茶々丸は朝から超に呼び出されていた。

茶々丸は、超の研究室に赴くと、普段以上に冷めた声で、

「超、今日は何の用でしょう」

「茶々丸、待ってたヨ。今日は、このボディで一日行動してほしいネ」

超が用意したボディは、小学生低学年ほどの大きさの繋ぎ目のない、身体をしていた。
茶々丸は、似たボディの妹を知っており、あまりその妹にいい記録がなかった。違う箇所は、
ロングヘアーで体が少し大きい程度であった。だが茶々丸は、昨日のことが尾を引きずっており、
正常な判断ができていないのか、

「…わかりました。行き先などの指定はあるのですか?」

「そうね、ここで好きに買い物をするといいネ。お金は気にしなくていいカラ」

笑いながら超は、茶々丸に地図と財布を渡した。超の指定した場所は、事情を知っているのか、
知らないのか表情からは一切読めないが、行き先には横島達・アキラ達が行こうとしている、
ショッピングモールの地図が書かれていた。そして茶々丸が、ボディを入れ替えるため
機能を一時停止させると、超が作業をしながら、

「長かったヨ、お市の暴走で沢山のデータが飛んだから、作り直すのには苦労したネ」

超や葉加瀬としては、龍宮や那波クラスのスタイルのボディの作成をしたかったが、
多くのデータがなくなり、自身の目的のためにも、茶々丸のことだけに感けていられなく
なっていた。そのため、あいた時間を使い茶々丸の新型ボディを作成していた。そして、
遂に小型の身体が完成し、動作試験にたどりついたのである。

こうして、横島達・アキラ達・茶々丸(小学生ver)が同じ場所に、引き寄せられるように、
集まるのであった。


ちなみにこの状況の元凶でありながら、身体も心も傷ついていない千鶴は、

「ふんふ~ん」

機嫌よく鼻歌を歌いながら、湯煎している鍋をオタマで回していた。テレビを見ていた村上が、
甘い匂いに気づくと、

「何作ってるの、ちづ姉?」

「見ててわからない、夏美。愛の結晶を作ってるのよ」

「…はあ?」

「うふふ、チョコよチョコ。愛情をたっぷり込めてるのよ」

「ふ、ふ~ん、そっか、明日はバレンタイデーだもんね…(い、言えない、変な薬作ってる、
魔女にしか見えないなんて)」

「そうだわ、私の身体でチョコの型とってみようからしら?」

普段なら心すら読みそうな千鶴であったが、浮かれているためか村上の考えに気づかずに、
型のとり方とポーズについて考え出したが、

「動きそうで怖いから、やめて」

「あらあら、そうかしら? じゃあ媚薬でも入れようかしら」

「…頭大丈夫、ちづ姉…ちなみに、どこで手に入れるの、そんなの?」

「そうね、あやかにお願いするか、超さんに作ってもらうのも手ね」

「うっ…手に入りそう…」

あやかと超の名前が出た時、その二人からなら本当に媚薬を手に入れれる可能性があるため、
嫌そうに顔をしかめた。その後、村上の必死の説得のかいあり、人型チョコと媚薬入りチョコの
作成は流れた。もし横島が、その人型チョコレートを見たら、過去のことを思い出し、
脱兎のごとく逃げたであろう。


横島は、待ち合わせ場所である麻帆良学園都市中央駅前で、アスナを待っていると、
遠くから土煙があがっているのに気づいた。横島は、どんどん近づいてくる土煙に首をかしげ、

「何だアレ…ん、アスナちゃん?」

横島が目を凝らすと、待ち合わせ相手のアスナが必死の形相を浮かべ、土煙を発生させていた。
横島の手前まで爆走し、靴底をすり減らしブレーキをかけると、

「はあ…はあ…間に…合った、ぜえ、ぜえ…おはよう…ございます。さあ…行き…ましょう」

「とりあえず、行く前に何か飲もっか」

「は…い…お願い…します」

横島が微苦笑しながら提案すると、両膝の上に両手を置き肩で息をしているアスナは、
一も二もなく了承した。二人は、駅構内にある喫茶店に入り、20分程休憩してから目的地に向かった。
アスナは、待ち合わせ時間には間に合ったが、結局アスナのために出発時間は遅れる事になるのだった。

ひと息いれた二人は、電車に30~40分揺られ目的地近くの駅に到着した。電車から降りると横島は、
腕を上げ背筋を伸ばし、

「う~ん、着いたか。ショッピングモールって、こっから遠いの?」

「近いですよ、歩いて5分程度ですから」

「そっか、案内よろしく!」

「はいはい、行きましょう」

そして横島は、目的地に向かう短い時間を利用し、何を買えばいいかアスナと話し合った。

「どんなのがいいかな?」

「う~ん、そうですね。アクセサリーとかがいいんじゃないですか?」

「なるほど、そんじゃあの子達に似合いそうなの、選ぶの手伝ってくれよ」

「アドバイスはしますけど、基本は横島さんが選んでくださいよ」

「ああ…自信ないな」

ちょっと不安そうな表情をしている横島の背中を、アスナが「大丈夫、大丈夫」と気楽に言い、
歩きながら平手で3回背中を叩き横島に気合を入れた。


横島達が目的地近くの駅に着いた頃、千雨達3人は麻帆良学園都市中央駅で改札口を通り、
ホームに行くと茶々丸に似た小学生位の少女が、電車の時刻表の前に佇んでいた。3人は同時に、
少女に気がつくと立ち止まり、

「…あの子、この前の子かな?」

「どうだろ、髪型や身体の大きさが違うけど」

アキラと和美は、顔を見合わせながら、悩んでいると、

「多分アレ、茶々丸だ」

「何で判ったの?」

「あいつの雰囲気と、カンだ」

「…え? カン」

千雨の答えに、アキラと和美は疑わしげな目を向けたが、千雨はその視線を無視し少女に近づき、
少女の真後ろに立つと、『ぺチン』と頭をはたいた。それを見ていた二人は、千雨の行動に
アタフタしていたが、

「何してんだ、チビロボ」

千雨から暴行を受けた少女は、後頭部を擦りながら振り向くと、

「千雨さん、何をするのですか?」

「ほれ、茶々丸だろ」

近くまで寄ってきたアキラ達に、指差しながら茶々丸と証明したが、

「…いきなり、頭叩くのは良くない」

「違う子だったらどうすんのよ」

「ふん、本人だったからいいだろ…はぁ(やっぱ、コイツも落ち込んでんのか。いつもだったら、
簡単に避けるくせに)」

千雨は、グリグリと茶々丸の頭を撫でながら、言い訳の言葉を発していたが、茶々丸も
調子を落としているのに気がついてしまった。通常時ならまず当たらない千雨の攻撃を、
まともに受けたことで確信していた。茶々丸は、千雨の手から逃げると近くにいた、
駅員のところに歩み寄ると、駅員の袖を引き何か話しかけていた。

「「「?」」」

3人が不思議そうに眺めていると、茶々丸と手をつないだ駅員が近づいてきて、「あの子?」と
駅員が千雨を指差し茶々丸に尋ねると、「そうです」と茶々丸が頷いた。嫌な予感がした千雨が、
頬を引きつらせると、駅員が千雨の前に立ち、

「君、ダメじゃないか。こんな小さい子をイジメて」

「い、いやその…て、てめえ、このボケロボ、卑怯だぞ!」

「ちょっと駅員室に来ようか」

「お、おい、やめろ」

千雨は、駅員に腕をつかまれ抵抗むなしく連行されていった。和美とアキラは口を開けポカンとし、
茶々丸はハンカチを振りながら見送っていた。



千雨・買い物に行く事無く脱落



する事はなく、10分後駅員にこってり絞られたのか、憔悴した表情で3人の元に戻ってくると、

「遅かったですね」

「お前の所為だろうが」

千雨は、疲れているためか弱々しく返すのみであった。そして、元気のない千雨を見た、
茶々丸の次の行動は、

「人の胸を、揉むな。揉みたいなら、そっちのデカイのにしとけ!?」

茶々丸の手は、揉むというより擦っているという方が正しかった。しかし、そのような事は
千雨には関係なく、茶々丸の手を叩き落とすと、自分より大きいアキラと和美の胸を指し示した。
アキラは腕で胸を隠したが、和美は笑うと胸を茶々丸の前に突き出し、

「茶々丸ちゃん、揉む?」

「別に胸を揉みたいわけではありません。頭を撫でたいのですが、届かなかったのです」

茶々丸は、千雨に元気になってほしく頭を撫でようとしたが、今の身体では背が低く、
届かなかったために胸を触っていたのである。千雨は、茶々丸の意図に気がつくと、
勝ち誇るように笑っていた。千雨は、何かあるたびに茶々丸に頭を撫でられ、そのたびに
千雨はその手を払いのけていたが、今回はその必要がないために、

「はっはは、残念だったなチビロボ」

千雨は高笑いを浮かべながら、電車を待つためにホームに描かれている枠に並びだした。
茶々丸は、アキラのズボンを掴み上目遣いに、

「大河内さん、肩車してください」

「うん、いいよ…かわいい」

茶々丸の願いに、アキラは即答し直ぐに肩車した。アキラは、一瞬で茶々丸(小学生ver)の、
可愛さに屈したらしい。アキラが軽々と茶々丸を持ち上げると、

「ありがとうございます。では、千雨さんの後ろに行ってください」

「…うん」

「面白いから、撮っておこ」

茶々丸に操られたアキラが、千雨に近づくと茶々丸が手を伸ばし、千雨の頭を撫で「元気出ましたか」と
問うと、千雨はプルプルと震えだし、

「やめろってんだろー と言うか、どうやって…大河内テメエか!」

「…だってカワイイだよ」

「答えになってねぇ!?」

傍から見ていると楽しそうに思えるやりとりを、和美がデジカメで撮影しながら、何の気もなしに、

「面白そうだね、プリントしたら横島さんにも…あっ…」

「「「……」」」

和美の声が聞こえた3人は、先程までの騒がしさが嘘のようになくなり、動きを止めてしまった。
口を滑らした和美も俯き、気まずそうに千雨達の後ろに並び数分待つと、

「電車きたな」

「…うん」

「行こうか」

電車が止まりドアが開くと、3人は機械的に足を動かし、アキラがドアを潜った瞬間

『ゴン…ゴチン』「ぎゃ」

と、鈍い音が二回なった後に短い悲鳴が聞こえた。千雨とアキラが振り向くと、

「うう~」

額を撫で仰向けに倒れる茶々丸と、頭を抑え蹲りながら和美が唸っていた。アキラが、
茶々丸を肩車している事を忘れ、電車の中に進んでしまい電車の外壁に、茶々丸の額がぶつかり、
アキラの肩から落ちてしまった。そして、正面を見ていれば気がついただろうが、
残念ながら下を向き歩く和美が気づくはずもなく、落ちてくる茶々丸が頭に直撃した。
起き上がった茶々丸が、和美の頭を撫でると、

「大丈夫だから、乗ろ茶々丸ちゃん」

「はい」

和美は、頭を押さえながらも立ち上がり、アキラ達の後を追い茶々丸と一緒に電車に乗った。
電車の中では終始無言で、周りの人すら気まずくなるほどの空気をかもし出していた。


そして、横島達に遅れる事1~2時間、少女達もショッピングモールに到着した。既に4人は、
何も買っていないが購買欲が、尽きかけていた。しかし、ショッピングモールまで来ていたので、
一応見て回ることにした。そして、ある人物達を見ると、心底後悔し少女達は四つん這いになり、

「…何で居るの」

「ここが、デート場所だからだろ」

「ばれる前に、他の店を見に行こっか」

「はい」

少女達が見た者はもちろん、

「おっ、コレなんかどうだ?」

「う~ん、こっちもいいと思いますよ」

「それも似合いそうだな」

横島とアスナが楽しそうにブレスレットを選んでいた。少女達は、二人に気がつかれない様に、
コソコソと離れていった。

「コレがいいな」

「似合いそうですよね」

少女達のうち誰か1人でも動転していなければ、その会話の違和感に気がついたかもしれないが、
全員が一刻も早くこの場から遠ざかりたかったために、残念ながら気がつく事はなかった。
横島達が、誰かの為にプレゼントを選んでいることに。

そして、何故か少女達が移動するたびに、横島達が先回りをして商品を選んでいた。
横島は、少女達にあげる物を選んでいるうちに、気が紛れたのか知らず知らずの内に笑顔になっていた。
その嬉しそうな笑い顔を見た少女達は、あの場に自分もいたいと思ったが、二人の邪魔をしたくないため
、毎回そそくさと姿を隠した。しかし、遭遇回数が増えると、一緒に楽しそうに笑うアスナに、
嫉妬の念を送る少女が、少しずつ出てきた。

そして、さすがに来ないだろうと思いゲームコーナーに入ったが、

「あっ、この人形可愛いな。でもこういうの苦手だからな~」

楽しそうなアスナの声が響くと、一斉に慌てて目の前にあった、プリクラの筐体に逃げ込んだ。
転び逃げ遅れた茶々丸を、アキラが目にも留まらぬ速度で駆け寄り、抱きかかえて連れ込んだ。

「何でいるんだよ!?」

「知らないわよ」

「あの人形、私も欲しいです」

「…私も、人形欲しいな…横のイルカさんがいいな」

隙間から外を覗き込むと、クレーンゲームの前でトナカイの人形を、指差すアスナが見えた。
その光景を見てイラつく千雨と和美の横で、人形を欲しそうに眺めるアキラと茶々丸とにわかれた。
主に前者が、全力で嫉妬の念を送り、後者はまだ弱い念を送っていた。

横島が、その筐体を見回すとアスナに向けて、親指を立て歯を出し笑い、

「コレなら、任しとけ!」

「取れるんですか?」

「はっはは、軽い軽い」

ボタンを操作した横島は、楽々とトナカイの人形を獲得し、アスナにプレゼントするとアスナは、
喜び横島の腕に抱きついた。それが、止めであった。茶々丸の目が据わり、アキラの額に
井桁が浮かんだ。そして、全員からの嫉妬パワーをアスナが受信すると、彼女の身体が勝手に
震えだした。ガタガタ震えるアスナに気がついた横島が、

「アスナちゃん、震えてるけど大丈夫か?」

「何か、急に寒気が」

「うんじゃ、コレ着な」

「ありがとうございます…何だか、着たけど…さっきより寒い」

横島の上着を羽織ったが、寒気は治まるどころか更に酷くなっていた。心配した横島が、
アスナの肩を抱いたがもちろん逆効果で、アスナは極寒の地にいるような感覚に襲われていた。
ゲームコーナーから出てアスナをベンチに座らせると、横島が温かい飲み物を買いに行くため、
アスナから離れるとその寒気はピタリと止まったらしい。…恐るべき嫉妬パワー、この力は
魔法消去能力でも無効に出来ないようだ。

そして、最終的には覗き見ていた少女達は、

「…私達、何してるんだろう」

「何一つ買ってねえな」

「行こっか」

「……」

我に返った少女達が、プリクラの筐体の中での会話を終え、ゲームコーナーから出ると、
離れていく横島達の後姿が見え、

「横島さん、今日でいなくなるんだよね」

「そういう話だな」

「…さびしくなる」

「……」

3人の少女は、自然と目の端に涙を溜めていた。そして、無言だった茶々丸が、突然走り出すと、
迷う事無く一直線に横島に向かっていった。気がついた他の少女が止めるまもなく、
横島の背に飛びつくと、短い腕を精一杯伸ばし横島の背にしがみ付き、額を横島の背中に押し付け、

「いなくなってはイヤです」

横島は、急に背後から飛び掛られ、久しぶりに聞くが聞き慣れた声に驚き、首を後ろに向けながら、

「茶々丸ちゃん? …ちっこい?」

「イヤです、イヤです」

「? へ、へ、何?」

茶々丸(小学生Ver)の登場に、横島は困惑するのみだったが、茶々丸は「イヤです」しか言わず、
横島が途方に暮れていると、他の少女達もおずおずと近づいてきた。そして横島が、
少女達に気がつくと、

「アレ? 何でみんないるの? …泣いてる?」

横島は、目に涙を溜めていることを見て取ると、一瞬で青ざめると慌てながらも、

「ご、ごめん、俺またなんかやった?」

3人は答えず、少しずつ距離をつめていった。後数歩まで来た少女達に、気圧された横島が一歩下がるが、
少女達が伸ばした手が横島の服や袖を捕まえるほうが早かった。

「私まだ、横島さんの服作ってない」

「…まだ恩返してません」

「夜の取材また付き合ってよ」

それぞれの思ったことを口にした後、

「「「だから、行かないで」」」

最後に願いを口にすると、茶々丸のように額を横島の身体に当てた。

そして、訳がわからない横島が、口を開けポカンとしているアスナに、アイコンタクトすると、

『何この状況?』

『私に聞かないで…すごくいずらい』

アスナは、とても居心地の悪い空気の中、何とかその場に止まった。


少女達が、冷静さを取り戻し話を聞くと、

「今日でいなくなるって聞いたから」

「誰が?」

「…横島さんが」

「…はぁ!?」

「最後に神楽坂とデートして、プレゼント貰うって話だ」

「何で私が、デートしてプレゼントすんのよ」

「付き合ってるって情報が入ったのよ」

「私は、高畑先生一筋よ!」

「…付き合ってないの?」

「「ない」」

横島とアスナの声が綺麗にハモると、少女達は安心したが、もう一つの重要事項である、

「いなくなるって話は?」

「まだ、その予定はないぞ」

3人はホッとし力が抜けた。ちなみに、一言も話していない茶々丸は、コアラのように
横島の腹にしがみ付き、離れなかった。

その後、アキラと茶々丸にせがまれ、クレーンゲームで人形を取ったり、みんなでプリクラを取った後、
カラオケで横島が美声を披露した。そして遊び終え食事も済ませると、横島がそれぞれの少女に、
プレゼントを渡しながら、

「ごめんな、この前はヒドイこと言っちまって。コレ、日ごろの感謝とお詫び。
一日早いけどバレンタインデーのプレゼント」

渡されたプレゼントを、4人は心の底から喜び、その場では開けず、自室に帰ってから
ニコニコしながら開封した。


帰り道は、横島の左側で和美が腕を組み、右側では服の袖を千雨がしっかり掴んでいた。
そして肩車されている茶々丸は、横島の頭に手を置いていた。アキラは数歩離れ、アスナと歩いていた。
アスナは、横島を示しながら横のアキラに、

「大河内さんは、くっ付かなくていいの?」

「…大丈夫、ジャンケンに勝ったから」

勝利のVサインを向けてくるアキラに、アスナは更に不思議に思ったため、

「何で? 勝ったなら、横とれば良かったじゃん」

「すぐわかる…」

「ふ~ん」

アスナのちょっとした疑問は、電車に乗り込むと直ぐに答えがわかった。空いていたボックス席に移動し、
席に近づくと示し合わせたように千雨と和美が、残念そうな表情をしながらも潔く離れた。
4人席のため遠慮していた横島を、アキラが両手で背中を押し奥に無理やり押し込んで、
強制的に座らせると、

「…横、失礼します」

「私は、腿の上を」

アキラが横島の横の席を取り、茶々丸が横島の有無を確認せず、靴を脱ぐと横島の腿に横向きで座り、
左半身を横島の胴体に預け、横島の上着を握った。一方和美と千雨は、

「「ジャンケンポン…あいこでショ・ショ・ショ!」」

と、横島の正面に座るため、熱戦を繰り広げていた。ちなみに、勝者は千雨であった。
負けた和美は、無念のため開いた右手を悔しそうに見つめていた。

そして、電車は動き出して数分も経つと、座席に座れなく立っていたアスナが「くっくく」と
笑いながらも、声を抑えながら横島に話しかけた。

「良かったですね。仲直りできて」

「…ああ」

横島も安堵の笑みを浮かべながらも、身動ぎすることなく囁くように声を発した。

「でも、どっかに行こうとしても、無理かもしれませんね?」

「やっぱ、そう思う?」

「そんな姿見たらね~」

「…はは」

アスナの言葉に横島は力なく笑うしかなかった。微動だにしない横島の現状は、左肩に
アキラの頭が乗っかり、正面の千雨は腕を伸ばし、横島が膝に乗せていた手を自身の手で
重ね掴んでいた。そして、和美は腕を伸ばし横島のズボンを掴んでいた。3人は前日、
寝ていない為の疲れと、横島が傍にいる安らぎから、直ぐに「くー」「すー」と寝息を立て、
眠りながらも横島を逃がさないように、しっかりと捕獲していた。

そして、横島はアスナに聞こえないようにボソッと、

「この子達がいるなら…こっちもいいかもな…う~でもこの子達に手を出すのは、悪者だよな…」

向こうに帰る意思が大分弱まってきていた。少女達の鎖が、しっかりと横島を捕まえだした。
しかし、誰にも聞かれていないと思った独白は、

(いなくならないようで良かった。しかし、悪者とは何の事でしょう?)

目をつぶりながらも、しっかりと起動していた茶々丸は、横島の呟きに安心していたが、
最後の単語の理由がわからず、内心首を傾げた。

ちなみに、麻帆良学園都市中央駅についても3人は、起きる気配を見せずにいた。茶々丸も、
少しでも一緒に居たかった為に、動こうとしなかった。横島は、彼女たちを起こすのを躊躇い、
動けなかったがそんな横島を尻目に、アスナは横島を裏切りさっさと、1人で帰っていった。

一時間後、目を覚ました少女達は、起こさなかった事に謝る横島に、誰一人文句を言わなかった。
何故なら、もう一時間以上、横島と一緒にいる大義名分が出来たためである。ちなみに、
戻るための電車では、和美がジャンケンに勝利し喜んでいた。

後日、学校の屋上から縄で縛られ吊るされ、悲鳴をあげるとある双子の姉妹がいたとか。



あとがき

今回、何となく書きたくなったので、あとがきを初めて書かせていただきます。
ふう、横島戦闘しないな。戦ったのは、斉天大聖、タカミチ、不良軍団(戦ったか微妙)、
茶々丸(これも微妙か)、小太郎、式神使いとその相方か。22話作って、6~7話位か。
横島に武器使わせたくて書き始めたのに、全く使用しない現状。処女作って難しい。

ちなみに今回、茶々丸のボディを小さくしたのは、電車の席のためだけです。
それだけの理由のためです。

あと少しで、吸血鬼編に入るつもりです。ドッジボールの話と、もう一話。気が向いたら、
もう1~2話増えるかもしれませんが、その後、吸血鬼編だと思います。あと改訂をする必要もあるな。

以上。

今回は、こちらでレス返しさせて頂きます。

コンテナ様、空飛ぶ箒の話は記憶にありましたが、そこまで覚えていませんでした。
今度、読んで見ます。愛子も泣かしていたのか。

Citrine様、千鶴は釣れたというか、釣ろうとしたが小さくって見逃したら、
勝手にクーラーボックスに飛び込んできた感じです。

>床屋は…申し訳ないですが、お疲れ様です、としか言えないです。

良様、6人目を出す前に4人が告白したら、唯でさえ最初の4人との差がありすぎるので、
こんな話になりました。

ありゃりゃ様、アスナデート騒動は、今後どうなるか謎です。時系列的には、ホレ薬後です。
『4時間目、キョーフの居残り授業!』の時です。朝倉は、原作でもネギを取材しだしたのは、
修学旅行ですので、どうしよう。



[14161] 黒百合  出番あったが、今回は主人公が出番なし
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/05/23 16:05
『キーンコーンカンコーン』

「では、僕の授業はココまでです」

2月の上旬から、2-Aの担任と英語の授業を受け持っている、周囲で噂になる子供先生こと、
ネギ・スプリングフィールドがチャイムが鳴ると教科書を閉じ、授業の終了を告げた。
すると授業中は、まだ静かにしていた少女達が騒がしさを取り戻し、教室から退出しようと
していたネギを、何名かの生徒が取り囲むと、

「ネギ先生、学校終わったら遊び行こ」

「行こうよ~」

「わっわ、すみません。そ、その」

ネギが、あわてふたむき何か口にしようとしたが、発言する前に、

「皆さん離れなさい、ネギ先生が困ってるでしょ」

クラスの委員長・雪広あやかが、クラスメートを注意しネギを奪うと、

「ネギ先生、大丈夫ですか?」

「ありがとうございます、いいんちょさん」

ネギは、年上の少女達に迫られたのが怖かったのか、目を潤ませながらも助けてくれたあやかに、
上目遣いでお礼を言った。あやかは、ネギのあまりの可愛さに倒れこみそうになるのを、
気合で防ぐとネギの手を両手で掴み、

「ハァ、ハァ…ネギ先生、今晩私の部屋に来てください!」

息を荒げたあやかが、かなり危ない事を口走ったが、まだ少年のネギには理解の範囲外であったため、
少年は好意的に解釈すると、

「はっ! わかりました、授業で何か判らないとこでもあったんですね。夜行きますね」

「千鶴さんと夏美さんには、留守にしてもらいます」

ネギからの了承を得られたためあやかは、滝のような涙を流しながら同室の二人を、
本日部屋から追い出す事を決めた。近くにいた二人は、

「あらあら。あやか、頑張りなさい」

「ちづ姉、ネギ先生が毒牙にかかっちゃうけど、いいの?」

「夏美、そんなの遅いか早いかのだけよ」

「そうかな?」

「そうよ。犬に噛まれたと思えばいいのよ」

「そっか」

千鶴の甘言により、村上は簡単に納得していた。村上は、最近の千鶴の突飛な行動と
言動に慣れてしまい、段々常識を失ってきていた。ネギを救う人物は現れないかと思われたが、
佐々木まき絵と鳴滝風香が、涙を流すあやかに向かってとび蹴りを繰り出し、

「「いんちょ、私(僕)も混ぜて」」

「わぷろっ」

残念ながら救いの手ではなく、毒牙が増えただけであった。奇妙な悲鳴を上げながら、
吹き飛ばされたあやかが蹴られた箇所を、押さえながら立ち上がり、ネギを独占するため
戦闘態勢を整えると、

「ふっ…私達の愛の邪魔はさせません」

「愛?」

気力十分のあやかは、まき絵と風香を雪広あやか流柔術の奥義をもって殲滅させるため、
突撃を開始した。ネギだけが、あやかの発言に疑問を感じていた。


気になることがあり、和美の席に集まっていたアキラと千雨は、3人の闘争…あやかによる、
殲滅戦を離れたところで横目で見ながら、

「元気いいなあいつら」

「…うん」

「しょうがないよ、いいんちょショタだもん。可愛い子は譲れないみたいよ」

笑う和美が、ネギを指差しながら、あやかのショタ好きを暴露していた。

「それだよ、朝倉。あのネギって子供、SHRも授業もしてたけど…」

あやか達の行動に呆れていた千雨が真顔になり、まだ騒いでいるネギ達の方を見ながら、
一旦言葉を止め、和美とアキラに質問を投げかけた。

「何で子供がそんな事してんだ? まるで先生みたいじゃん」

ネギは、先生みたいではなく、本当に先生であったのだが、

「「…さあ?」」

二人は千雨の質問にそろって首を傾げた。この二人もネギの事が気になっていたため、
聞きたかったのだが、3人ともネギについては知らないのであった。あまりにも普通に
ネギがクラスにいるため、ネギ本人や受け入れている周囲には聞きづらかった。

知らない理由として少女達は、つい先日まである理由によりとても落ち込んでおり、
学校にはきちんと登校していたが、少し前から担任が変わってることに、全く気がついて
いなかった。ちなみに、エヴァに付き従っているためこの場にはいないが、茶々丸も
ネギの存在に気がついたのは、この日が初めてであった。

ネギの正体がわからなかった千雨は、何気なく和美の横の席に目を向けると、ホッと息を吐き、

「…良かった、今日は見えないな」

そのささやきは、誰にも聞かれる事なく、周囲の騒音に飲み込まれるように消えていった。
そして、和美がよそで情報を集めてくる事を、二人に伝えるとアキラと千雨は、自分の席に戻っていった。

そして、あやかVSまき絵・風香の一方的な蹂躙は、ネギの保護者であるアスナが
介入するまで続けられた。


その日の昼休み、運動部四人組が校庭でバレーボールを使い、ボール遊びをしながら、
あやかと死闘を繰り広げたまき絵が、

「みんなは、ネギ君のコトどう思う?」

「がんばってるにゃー」

「でも、ちょっと頼りないかな」

裕奈と亜子がそれぞれの考えを言うと、1人無言のアキラにまき絵が、

「アキラは?」

「…よくわからない」

ネギの情報が一切ないため、アキラは何と言っていいかわからなかった。目を細めた裕奈が、
飛んできたボールを高くアキラの方に打ち上げると、

「アキラに何言っても無駄だよ」

「何で?」

「男の事しか考えてないから」

裕奈の一言を聞いたアキラが、動揺したため重力に従い落ちてきたボールを、返すのを
ミスし誰もいない箇所に、飛ばしてしまった。転がっていったボールは、一番近くにいた
まき絵が追いかけていった。そして、その場に残った亜子が、不思議そうに、

「ん? アキラってフラれたんたんでしょ?」

「まだ、大丈夫みたいだよ」

「…フラれてない…付き合ってもない」

騒ぐ乙女達は、アキラが人差し指をツンツンしながらゴニョゴニョ話していたが、
言葉が聞こえていないのか、二人で会話に花を咲かせていた。

「それでね、最近は、イルカ人形と寝てるんだよねっ。頬ずりまでしてるんだから」

「へえ~ アキラもそういう事するんだ。そういえば、そのバレッタもはじめて見るね」

いつもは、ゴムでまとめられているアキラの長い髪を、いつもと違い今日はリボン型の
青いストーンが鏤めれれているバレッタに、亜子が気がついた。

「それも、男から貰ったやつだって」

「うまくいってるんだね」

「でも、他の女性にもそいつ、手を出してるから心配だよ」

「うわ~ 最低やん」

裕奈の中で横島の点数は、これでもかと言うくらい低かった。それでも、初期はまだマシだったのだが、
アキラや他の子達を傷つけた事により、マイナスまで行っていた。元気を取り戻させたことにより、
マイナスからは脱出したがそれでも、以前より下だった。そんな彼女が、横島のフォローを
するはずもなかった。

自分の話題であるのだが、聞き役に徹していたアキラが、聞き逃せない言葉に反応した。

「…横島さんは、最低じゃない」

悲しそうな顔をしたアキラは、親友達が横島を悪く言うのだけはイヤだったので、
はっきりと否定した。

「ふ~ん、じゃあどんな人なん?」

「…ひ…優しくて、一緒にいると安心する人」

先程の悲しさから一転、嬉しそうに横島の事をアキラが話したので、亜子が惚気るアキラを見ながら、
「熱い熱い」と手でバタつかせ、自分の顔に風を送った。そして横島を知る裕奈だけは、
最初にアキラが言いよどんだ事を、理解していた。

(非常識って言おうとしたな。自覚はあったんだ)

裕奈は、アキラが横島の事を肯定しかしないと思っていたが、ちゃんと認識している事に
少し驚いていた。


話に夢中の少女達は気がついていなかった、ボールを取りに行ったまき絵が、聖ウルスラ学園高等部の
生徒達に絡まれ、助けを求めている事に。

その諍いは、中等部と高等部の生徒による乱闘に発展しそうになったが、2-Aの元担任の
タカミチの登場により、その場は何事もなく幕を下ろした。

そして、2-Aの生徒は次の授業が体育のため、体操服に着替えながら高等部やタカミチ、
そしてネギについて話していた。しかし、和美とアキラはその会話には加わろうとはせず、

「…朝倉はそのブレスレット貰ったの」

「そうだよ~ 似合うでしょ」

嬉しいため自然と笑顔になった和美は、アキラに対して右腕につけた革製で2重巻きの
赤いブレスレットを見せた。

「…うん」

「大河内はそのバレッタでしょ。似合ってるよ」

「ありがとう…」

装飾品を褒められたアキラも、頬を緩めバレッタに触れた。そして、他の少女が何を
プレゼントされたのか気になったアキラは、辺りを見回し千雨を見つけると、

「…千雨は、あのネックレスかな」

「見たことないから、多分そうでしょ。茶々丸ちゃんは…う~ん、もういないや」

着替えている途中の千雨の胸元では、シルバーチェーンの先で黄色いピンキーリングが、
着替えるために彼女が動くたびに揺れていた。茶々丸を見ようとした和美だったが、
彼女がもう教室にいないため、後で何をプレゼントされたのか聞こうと思った。


着替えが終わり、授業のため屋上に移動する最中に、

「あのネギ君って子だけど、修行のために日本で教師やるんだって」

和美が、短時間で調べた情報をアキラと千雨に説明した。

「マジかよ。何でガキの修行に、私達が付き合うんだ。いい迷惑だ」

「…子供が日本で教師やるなんて、大変だ」

「授業できんのかよ」

「噂じゃあ、オックスフォード出た天才少年らしいよ」

「…すごい」

「イヤイヤ違うだろ! いい大学でて、頭いいのはわかった。教えるのは別もんだろうが、
何考えてんだ、学校側は! 納得いかねぇ」

ネギの事を聞き、目を見開いたアキラは心配と感心を、千雨は肩を落としコトの非常識さに嘆いた。
和美が、意地悪な笑みを浮かべ、

「まあまあ、常識はずれな人なら近場にいるじゃん」

「…ふん。横島さんは、いいんだよ。行動は変ことが多いけど、いい人だからな」

千雨はそっぽを向き、男性の名を口にすると、和美は待ってましたとばかりに、口の端を更に持ち上げ、

「あれれ~横島さんなんて、私は一言も言ってないよ。どうして、横島さんの名前出したの?」

「なっ! じ、じゃあ誰だよ!」

「決まってるじゃん、クラスメートだよん」

「……」

眉間にしわを寄せていた千雨は、和美の説得力のある答えに思わず納得してしまい、
何も言い返せなかった。千雨の脳裏には、デカイのや幼稚園児みたいな生徒、異様に多い
留学生が思い浮かんでいた。そして、その中に茶々丸が入っていないのに気がつくと、

「一緒にいると忘れるけど、あいつロボットだったな。…それに、幽…(アレは幻覚。
そう疲れてたから、変なもんが見えただけ)」

ロボットと仲良くなってる事を自覚し、思わず立ち止まってしまった千雨は、更に見えては
いけない者が、極稀に見えていた。そして、茶々丸との今までのやりとりを思い出すと、

(アレ? もしかして、ロボと仲良くなる私も変人集団の一員なのか?)

嫌な考えに顔を青ざめ冷や汗を流す千雨に、クラスメートに関して思うことがあるアキラが、
頷きながら、

「…うちのクラスって個性的な人多いな」

「いや、お前も十分変だぞ」

アキラが、自分は違いますというニュアンスで発言したが、瞬時に聞き捨てならなかったために
千雨がツッコンだ。千雨の切り返しに、ショックを受け少し涙目になったアキラが、

「…えっ。私は、普通だよ」

「普通の女子中学生は、エロ本買『ガシッ』むぐっ」

千雨は、最後まで言葉を発することは叶わなかった。なぜなら涙目のアキラが、霞ほどの
速度で繰り出した剛腕により、千雨の顔を掴み持ち上げられ、彼女は喋る所ではなかった。
アキラの手を何とか外そうと千雨も両手を使い抵抗したが、こめかみに走る激痛に、
徐々に力が入らなくなってきていた。

「…買ってない。朝倉、私普通だよね?」

アキラは横を向き和美に話題を振ったが、以前の事を思い出し少し青くなった和美は、
首を振りアキラの肩をたたいた。呻き声すら出せない千雨は、先程までアキラの腕を掴んでいた手が、
力なく垂れ下がっていた。

「大河内、普通の人間はアイアンクローで、人を持ち上げる事はできない」

「…みんな、出来ないの?」

頭の上にクエッションマークを浮かべたアキラは、頭をかしげながら、和美に問いかけた。
千雨、ビクンビクンと変な痙攣をしはじめた。

「出来るわけないじゃん。ああ、大河内、そろそろ千雨ちゃん放してあげなよ。
死んじゃうじゃない?」

「…わっ」『ドサ』

和美が、千雨を指差すと、アキラもその指に釣られて千雨に視線を向けた。そして、
千雨がぐったりしているのに驚き、反射的に指を広げると意識が朦朧としていた千雨は、
力が入らず廊下に倒れた。倒れた千雨の肩を慌てて掴んだアキラが、ユサユサと揺すると、
力が入らないため千雨の頭が一拍遅れて揺れた。

「…千雨、大丈夫」

「テ、テメー…こ、殺す気か…」

「千雨ちゃんもタフだね~ さっ、授業もう始まってるから、早く行こ」

意外にもまだ意識のある千雨のタフネスさに、感心していた和美だが、既にチャイムが鳴り
授業が始まっているのだが、遅れてももう構わないと思ったのか歩いて屋上に向かっていった。
アキラも、和美のあとを追うように歩きだそうとしたが、

「…千雨も早く」

「…ま、待て。体に力が入らない…お、置いてくな!」

ダメージが抜けない千雨は、倒れたままプルプルと震える腕を前に出しながら、アキラに
待ったを掛けた。千雨の惨状を見かねたアキラは、千雨に肩を貸し千雨を立たせると、
引きずるように歩き始めた。


アキラと千雨が屋上に出ると、

「その勝負受けた!」

屋上の中央にあるバレーのコート内でアスナが、昼休みのときに乱闘手前までいった、
何故かネギを捕まえている高等部の生徒・英子に対して、高らかに宣言していた。

「「?」」

屋上に着いたばかりの二人が、事情を知るはずもなく、入り口近くにいた和美に、

「なぁ、神楽坂は何やってんだ?」

「私も、着たばかりだからよくわからないけど、高等部とドッジボールで勝負するんだって」

「何だそれ、くだらね。私は休んで「ほら、朝倉、大河内さん、長谷川も早くコートに入る!
こっちはハンデ貰って22人までOKだから」はっ? ちょっと待て、私は…」

「ん…あっ! ちょっと待ってアスナ…少しは話を聞け~」

千雨は、アキラにやられたダメージが残ってると言おうとしたが、やたらと気合が入っているアスナが、
3人の下まで来て背中を押し、コート内に無理やり3人を入れた。仕方ないとされるがままだった和美は、
高等部の生徒の中に知った顔がいることに気がついた。その生徒が誰だったかを思い出すと、
ドッジはマズイと悟った和美が、アスナを止めようとしたが残念ながら、話を聞いては
もらえなかった。そして、千雨たちが入ってちょうど2-Aの生徒22人になったため、
あやかが高等部の生徒に向けて、

「では、はじめましょう。ボールは、おばサマ方からでいいですわ!」

「後悔させてあげるわ、小娘達が!」

ボールを手にした高等部の生徒・英子が、あやかの挑発に青筋を立てながらも、様子見のため
軽いパス回しを始めた。そして、和美がアスナを捕まえると、

「アスナ、まずいって」

「ボール見てないと危ないわよ」

「ドッジはダメなのよ!」

「何でよ?」

「だってあの人達は、ドッ「あうっ」」

和美が、対戦相手について説明しようとしたが、その間に2-Aの生徒の数人が、
ボールに当たりアウトになってしまった。

「次は、あんたよパイナップル頭」

「げっ…『バシッ』あた」

「朝倉~集中しなさいよ」

アスナが、簡単にアウトになったため呆れた目を向けていた。いいかげん話を聞かないアスナに、
切れ気味の和美が、

「だから、あいつらドッジ部なのよ! 最初から勝ち目は低いの、わかった!?」

和美が叫ぶと、正体がバレた高等部の生徒は、制服を脱ぎ捨てると『MAHORA DODGE』と
書かれた体操着姿になり、

「よく知ってたわねパイナップル頭、褒めてあげるわ。私達はドッジボール関東大会優勝チーム
麻帆良ドッジ部『黒百合』よ!」

英子は、自慢げに関東大会優勝チームである事を教えたが、それを聞いたアスナたちは、
一箇所に集まりボソボソと、

「ドッジって、小学生位の遊びちゃうの?」

「…高校生になってドッジ部って…?」

「きっと関東大会もあいつらしかいなかったじゃない?」

彼女達の話し合いは小声であったが、しっかりと英子の耳に届き、

「う・・うるさい、余計なお世話よ」

改めて言われると恥ずかしいのか、少し涙目になっていた。唯1人素直なネギだけが、

「すごい!『パチパチ』」

感心し英子に拍手を送っていたが、慰められているように感じ、虚しい思いをするだけであった。


ドッジボール対決を、ダルそうに座りながら観察していたエヴァは、立ち上がると、

「下らん。私は保健室に行って寝てる。茶々丸、お前は残って私について何か聞かれたら、
体調不良で保健室に行ったと言っておけ」

「はい、マスター」

茶々丸に背を向けたエヴァは、出口に歩いていったが、立ち止まり前を向いたまま、

「ち、ち、茶々丸や、そ、その服の下のロザリオはどうかしたのかな。ち、ち、超にでも貰ったのか?」

朝起こされるときに茶々丸の左手首に、銀色のバラをモチーフにしたロザリオが、
装着されているのに気がついていたエヴァは、意を決して本人に尋ねた

「いえ違います」

振り向いたエヴァが、引きつった顔を茶々丸に向け、

「ま、ま、まさか男から貰ったのか?」

「…・・・」

いつもは直ぐに返事する茶々丸が、モジモジとしながら、チラチラと目線を一定の方向に
何度も向けた。その方角には、ボールを必死に避けるネギがいる事に、エヴァが気がつくと、

「そ、そうか、た、大切にするんだぞ」

「はい」

茶々丸の返事を聞くと、屋上から足早に校舎内に戻ると、拳を震わせたエヴァが、

「ふっふふ、是が非でもぼーやを手に入れて、茶々丸の奴隷にしてくれる!」

可愛い娘のため、ネギを茶々丸の為に手に入れることを決めた。母が娘を思う愛の力のためか、
エヴァの魔力が高まり本の少しだが封印の力を超え、極少量の魔力を外に放出していた。
そして、4月の大停電時に、ネギを手中に収める事を改めて心に誓った。


実際には、茶々丸が視線を向けていたのは、桜通りの方角であった。その方角には横島のアパートがあり、
横島の事を思い目をやっていただけであり、偶々そちらにネギがいただけである。
残念ながら、エヴァの早とちりであった。

しかし、横島は偶然とはいえ吸血鬼の娘に、ロザリオをプレゼントするという、洒落た事をしていた。
まあ、エヴァの弱点ではないため、問題ないのであった。



[14161] この二人の技の前に、作戦など不要
Name: クランク◆6c156288 ID:6104f186
Date: 2010/05/23 16:26
「ビビ、しぃ! トライアングルアタックよ」

「くすくす、トライアングルアタッ『バン』あんっ」

正体を現した英子達の息の合ったパスワークにより、コート内の2-Aの生徒の数が時間の経過に伴い、
どんどん減ってきていた。そして、英子達のターゲットに選ばれたのは、

「さあ、次はネギ先生よ!」

「子供先生、もうテキスト用意してあるからねー」

「あうう、ぼ、僕、お姉さん達に貰われたくな『ビターン』ぶっ…うっう」

ネギは、叫びをあげ頭を抱え迫り来るボールからコート中を逃げ回ったが、足をもつらせ
前方にダイブしてしまった。そして、英子達がネギの決定的な隙を見逃されるはずもなく、

「しぃ、いまよ!」

「わかってる、英子」

英子が、倒れた痛みから目を瞑るネギの近くにいる、しぃに素早いパスを送た。受け取ったしぃが、
ネギに向けボールを投げると、ボールは寸分たがわずネギに向かっていき『バチン』と
乾いた音を立てた。

「…アレ? 痛くない」

ボールが、人の体に当たる音が響いたが、痛みがなかったことを不思議に思ったネギが、
うつ伏せ状態から仰向けになりながら目を開けると、太陽を背にしネギに覆いかぶさり、
ネギの無事を喜び微笑むあやかがいた。

「ご無事ですか、ネギ先生」

「いいんちょさん!そんな、僕を守るために」

「いいのです。先生が無事なら、ああ~…うう」

あやかは、ワザとらしい悲鳴を上げよろけると、倒れているネギの体に自身の体を重ねた。
そして、あやかはネギに聞こえるよう、少年の耳元で苦しそうにうめき声を上げた。
その声に心配したネギが、

「どうしたんですか! いいんちょさん」

「申し訳ありません。ボールが当たった箇所が痛みだしたので…背中に手が届かないので、
擦ってもらえませんか」

「ここら辺ですか?」

「素晴らしいです、ネギ先生! …ドッジボール最高ですわ!」

あやかは、全神経を背中に集中し、ネギの掌の感触を堪能していた。にやけ面のあやかは、
嬉し涙を流しながら咆哮した。叫ぶ元気があるため、もう回復したと思ったネギが手を止め、

「もう大丈夫ですか?」

「ダメです! まだ痛むので、手を動かしてください」

「そうですか」

純真なネギが、再び擦り出すと満面の笑みを浮かべたあやかが、

「わが生涯に一片の悔いな「いい加減にしろ! このショタコン。そこは、少しは悔やんどきなさい」
『ズン』ほふぅ!?」

あやかと腐れ縁のアスナは、ネギに覆いかぶさるあやかの魂胆に気がついたため、
走り近づき勢いを殺さずわき腹を蹴りつけた。あやかの横っ腹に足をめり込ませると、
ギャグ漫画のように目を飛び出したあやかは、ネギの上から弾き飛ばされゴロゴロと転がっていった。
そして、アスナはわき腹を押さえプルプルと、震えているあやかを指差して、

「あんたの方が戦力になるんだから、庇ってアウトになってんじゃあないわよ。この役立たず!」

『ポカ』

怒鳴り終わったアスナのお尻に、軽い衝撃が走ると審判の生徒が、

「神楽坂明日菜、アウト」

「へっ?」

キョトンとするアスナが振り向くと、「あの子ばかね」と英子達がニヤニヤしながら、
アスナを見下していた。広くもないコートで、ボールを全く見ていなかったら、当ててくださいと
言っているようなものである。

「…ははは、当たっちゃった。ゴメンネ、みんな頑張って。ほら、いいんちょ外野行くよ」

「あなたこそ、役立たずですわ」

「うっさいわね。終わった事を愚痴愚痴言ってもしょうがないでしょ」

アスナとあやかは、掴み合いながらも仲良く外野に移動した。内野陣が、アスナを見送る目は
残念ながら冷たかった。

何だかんだで、頼りになっていたアスナがアウトになると、慌てだしたクラスメートは、

「あうう~アスナがおらへんくなったら、ピンチや~」

「もーオシマイだよ! ネギ君が奪われちゃうよ」

「…何で?」

「あの先生がどうかしたのか?」

まき絵は、ネギが居なくなってしまうかもしれない事を嘆くと、事情を知らないアキラと
千雨が近くにいた裕奈に理由を聞くと、

「そういえば、遅れてきたから二人とも知らないんだ。この勝負に負けたらネギ先生が、
高等部に行っちゃうんだ」

「…そうなんだ」

「馬鹿らし…生徒同士で、そんなの勝手に決められるわけねえだろ」

事情を知り驚くアキラであったが、千雨は勝手に先生の移籍など出来る訳ないと、
常識的な判断をした。そして、クラスメートがその事に気がついていないと知ると、
がっくりとうな垂れて、

「そんぐらい気がつけよ…もう面倒だし、まだ頭も痛いから自主的に外野行くわ」

「…頭、大丈夫か?」

「お前の所為だろが、お前の…だけど守ってくれて、ありがとうな、大…アキラ」

もうさほど怒っていないのか苦笑した千雨は、アキラに軽く文句を言った後、そっぽを向くと、
恥ずかしそうにお礼を行った。運動神経がそれほど良くない彼女であったが、これまで
生き残ってこれたのはアキラが、危なくなると千雨を引っ張ったりして助けていてくれて
いたためである。アキラはアキラで、千雨に初めて名前で呼ばれた事により、彼女との
距離が縮まった事を喜んでいた。そして、千雨が審判に外野に行く事を伝えようと、
アキラから離れていくと、

「次は、あの眼鏡よ…生意気にネックレスなんてつけて。見せびらかすな!」

「なっ!…ま、待て、私は…危な!」

千雨の胸で動くアクセサリーを、男からの貰い物と見抜いた英子が、目を嫉妬の炎で輝かせながら、
千雨をターゲットにしてボールを回し始めた。英子達のボール回しは絶妙で、瞬時に千雨を
他のクラスメートから分断した。そして、千雨が勝負から降りる事を伝えようとするが、
ボールが向かってきては仰け反ったりして、避けるのに必死になり、伝えることができない
状況になってしまった。

「…千雨! 今行…くっ」

「あなたは大人しく、そこで見てなさい」

今にもボールに当たりそうな千雨を、アキラが助けに向かおうとしたが、アキラが動く度に
彼女の足元や目の前をボールが飛び、千雨のサポートに入るのを封じられた。そして、
動きまわされた影響で疲れが出始め、動きが鈍くなった千雨に止めを刺すべく、外野から
英子に向けて弧を描く高いパスが送られた。そのボールに向かいジャンプした英子が、
バレーのスパイクを打つようにしながら、

「喰らいなさい、必殺―太陽拳」

既に肩で息をする千雨が、ボールの行方を自然と目で追っていくと、視界の端でジャンプしている
英子が移ると同時に、

「うっ、眩し」

顔を上げた千雨は、太陽の強い光が目に入り、反射的に目を瞑り腕で顔を覆った。
視界がふさがれた千雨の耳に、『バシッ』とボールが打ち出される音が響いてきた。
痛い思いをしたくない千雨は、ボールを避けるため強引に体を捻ると、彼女の胸先を
『カッチャ』と、とても小さな音を立て何かが通過していった。通過した物はもちろん
ボールであったが、千雨は当たらなかった事を安心することは出来ず、何かを探すように
周囲に鋭い目を向けた。そして、宙を一直線に飛ぶ物体に気がつくと、

「ああ、ネックレスが!?」

千雨が体を捻ったために、体に接触しなかったボールがアクセサリーに命中し、止め具が
衝撃で外れ飛んで行てしまった。千雨は叫ぶと、アクセサリーに手が届かないと頭では
理解しつつも、精一杯手を伸ばしていた。無常にも千雨のネックレスは、屋上に設置されている
壁を越える高さで飛んでいった。

ほとんどの生徒が動けない中、長身と小柄二つの影が飛ぶネックレスに、すばやく接近していった。
コートの外で、客観的に見る事のできた、見学者のうち反応した者が、

「まかせるでござる」

「……」

長身の影は、糸目とスタイルの良さが特徴的の長瀬楓、もう一人の小柄の影は、褐色の肌と
白髪の持ち主・ザジ・レイニーデイの二人であった。

楓が、ザジより一足早くネックレスに近づくと、「ほっ」と気が抜けるような掛け声と共に、
ネックレスに視線を定めたまま跳躍すると、チェーンの部分を掴むのに成功した。
それを見ていた千雨や、アクセサリーについて知っている他の3人も、一瞬安心し
胸を撫で下ろしたが、

「あっ」

楓の失敗したという感じの声に、慌てて楓の手を注視した。すると、彼女の手にはチェーンのみが残り、
ピンキーリングは楓の持つ方とは反対側のチェーンの先から、すっぽ抜けて壁を越えようとしていた。
既に重力に従い落下し始めた楓には、リングを追うことができず見送るのみだった。
そして、落ちる楓の上を、ザジが飛び越していった。その時には、リングは壁を越え
校庭に落ちる軌道をとっていた。ザジは、左手で壁を掴み右腕を横薙ぎに振るったが、
リングは中指を掠るのみでクルクルと回転しながら落下していった。


呆然状態の千雨の前に、楓とザジが近づき、

「すまんでござる」

「……」

ザジは、無表情ながらもどこかすまなそうにし、ぺこりと頭を下げた。楓は、謝りながらも
残ったチェーンを、立ちすくむ千雨の手をとり握らせた。その楓の行為により、目の前に
二人がいるのにやっと気がついた千雨は、落ち込みながらも、

「…気にしなくていい、お前らがやった訳じゃあないんだ」

千雨は泣きそうになりながら、ボールを投げた英子を睨みつけた。射殺さんばかりに睨む千雨に、
ほんの少し怯んだ英子であったが、強気な彼女は年下に怯んだ事が気に触ったのか、謝ることはせず、

「ふ、ふん。どうせあんな物は、安物でしょ」

「て、てめえ!?」

「男からの貰い物みたいだけど、その男も大したこそなさそうね」

千雨の怒りは沸点に達し、今にも英子に掴みかかりそうになっていたが、英子を相手をするよりも、
落ちたリングを探す事を選び、屋上から出て行こうとした。そんな、彼女に声をかける者がいた。

「は、長谷川さん、まだ授業中ですよ」

「うるさい!」

千雨の怒鳴り声に、声をかけたネギはビクリと怯えていたが、千雨はそちらも見もせず
屋上から出て行った。そして、千雨の後を一緒に探そうとアキラと茶々丸が並んで追いかけていったが、
慌てて走り追いついた和美が、二人の肩を掴み数m程引きずられながらも、

「二人とも、ちょっと待ちなさい」

「…なに?」「何ですか?」

「えーと、とっても恐いから、無表情はやめて」

和美の声に、振り向いた二人は表情を消しており、ちょっと和美は腰が引けていたが、

「千雨ちゃんのトコには、私が行くから。二人はさ…」

一旦言葉を止めた和美は、ニコッと笑いながらも、千雨が逃げたと思い込み勝ち誇っている
英子を指差し、

「あの人にお仕置きしてきてよ」

「…でも」

「……」

和美は、横島の事を知りもしない人物に軽く見られたため腹が立っており、自分より
適任の二人をけしかけた。しかし、アキラは千雨が心配のために、茶々丸は英子に思う
ところがあったために、あまり乗り気ではなかったが、二人のやる気(殺る気?)を出さすために、

「二人とも、もし屋上から落ちたのが自分のプレゼントだったら、どうする?」

茶々丸とアキラは、その光景を想像すると落ち込み、安心するため自分のアクセサリーを
触っていた。予想通りの反応にいけると思った和美が、

「んで、さっきみたいな言葉を投げつけられたら、どう思う?」

和美が喋り終えた数瞬後、二人が英子の言葉を思い出すと和美の体を、熱気と冷気とが包み込んだ。
一部の生徒が、その気配に反応し「ほお」と思わず呟いていた。高まる気迫に意識が
飛びそうになった和美の体は、熱気により掻いた熱い汗が、冷気により一瞬で冷えていた。
その逆の現象も起こると、気絶しないように意識を保とうとしている和美は、『あっ、
やりすぎたかも』と思っていたが、決して二人を止めようとはせづアキラと目を合わせ、

「アキラ?」

「…任せろ」

アキラの目がキランと光ると、コートの方に向かっていった。アキラが、和美の横を通ったとき
暑さが一段と増した。肌が焼けるかと思った和美だったが、今度は茶々丸に視線を移し、

「茶々丸ちゃん?」

「朝倉さんの代わりに外野に行きます」

「あっ、お願い。千雨ちゃんの方に行ってくるね…冷た!」

和美が、茶々丸の肩を『ポン』と叩いたら、氷を触ったかの様な冷たさに驚いたが、
さっさと千雨の元へ向かった。階段を下りている途中立ち止まり上を向くと、

「ドッジボールだし、死人は出ないよね?」

コートに向かう二人の後姿を思い出すと、背筋が冷たくなり、間違いが起こらないように祈った。


コート内では、ネギがボールを持ちながら、彼は生徒達に指示を出していた。

「みなさん、しっかりとボールを見ましょう。後ろを向いていたら、捕れる球も捕れませんよ」

ネギは、必死に周囲の生徒に声をかけていた。熱弁を振るうネギに、近づく生徒がいたが、
叫ぶネギは気がつかず、

「まだ時間はあります。ゆっくりボールを『ガシッ』まわ…えっ」

ネギがしっかりと持つボールを、近づいてきた生徒が思いっきり掴み強引に奪った。
急に出現した手に、ビックリしたネギが横を向くと、気のせいか空間が歪んでいるように見えた。
そして、歪みの中心には、彼の生徒が『ゴゴゴ』と音を出しながら立っていた。ネギは、
記憶から生徒の名前を思い出すと、

「たしか…大河内さん?」

「…任せろ」

「パスをまわすんですよ?」

「…任せろ」

ネギは、アキラが指示を聞いてくれたと思い安心していたが、アキラの様子がどこか
おかしい事に気がついた裕奈が、近づき後ろから、

「アキラ、何か変だけど大丈夫なの?」

「…任せろ」

裕奈は、壊れた人形のように同じフレーズしか発しないアキラに、と~ても嫌な予感が
しながらも前に回ると、

「げっ!」

アキラの持つボールを見た瞬間、嫌そうに顔をしかめ、隣で「お~すごい力ですね!」と
感心しているネギを抱えると、すみやかにコートの後ろに避難した。裕奈が、ネギを抱えていると外野から、

「何をしているのですか! 羨まゴホンゴホン、ネギ先生に失礼ですわ。直ぐに離しなさい」

と聞こえたが、もちろん無視した。そして、亜子が裕奈の行動に不思議そうに首をかしげ、

「どうしたん、裕奈?」

「アキラが…切れてる」

神妙な表情の裕奈が、間違いないと自信を持って断言した。さきほど裕奈とネギが見た光景は、
アキラの持つボールが、アキラの力に耐えられず彼女の五指全てがめり込み、ボールが
変形していた。裕奈は、アキラの雰囲気から、今まで見たことのないほどの怒りが、
アキラの中で爆発していると感じていた。

そして、質問した亜子が裕奈の言った内容を理解すると、顔を青くし緊張のため一気に
乾いた喉を潤すため、唾を飲み込むと、

「…それは、拙くない?」

「まずいに決まってるじゃん。外野! アキラの射線から逃げろ!」

裕奈は大きく腕を動かし、外野に逃げるように指示を出した。外野は、意味のわからない指示に
文句をたれていたが、

「あんた達のために言ってるんだ! 怪我したくなかったら、アキラの視界から消えるんだー」

鬼気迫る裕奈の叫びに、外野にいた生徒達は渋々ながらも従っていた。何名かの生徒は、
アキラの姿を見ると、何故か身震いを起こし自主的に動いていた。

流されるままだったネギは、裕奈の服を引っ張り、

「どうかしたんですか? 早くしないと、時間切れで負けてしまいますよ!?」

「ココにいれば大丈夫だよ。勝負は…大丈夫よ、間違いなく私達の勝ちで終わりだニャー」

慌てるネギを諭しながら、これから起こるだろう惨事を予想した裕奈は、どこか遠くの方を眺めた。
そして、どのような事態になっても、勝つと予測した。


外野陣が、アキラの正面からサイドに移動するなか、唯1人アキラの正面に向かう生徒がいるのに、
アスナが気がつくと、

「茶々丸さん、そっち行かないほうがイイみたいだよ」

「お気になさらず、私はこちらに用があるので」

「そうなんだ。まあ気をつけて」

「はい」

声を掛けられた茶々丸は、一旦立ち止まりアスナに一礼した。そして、アキラと英子を結ぶ直線上に、
立つため歩みを再開した。


アスナの横にいたあやかは、茶々丸の姿を見ると、

「茶々丸さん、気合が入っていますわね」

「そお? 普段と変わらない気がするけど」

アスナは、まじまじと茶々丸の変化を探したが、全くわからず疑いの目をあやかに向けた。
あやかは「うんうん」と頷くと、

「私にはわかります。彼女の目は、戦場に赴く戦士の目でした。きっとネギ先生の為に、
頑張るのですわ」

「…戦士の目って何よ」

アスナは、先程の蹴りの衝撃が脳にまで達してしまったかと思い、心配そうにあやかの頭部を見つめた。
あやかの頭のことは、すぐにどうでもよくなると、茶々丸の立ち止まった位置を指し示し、

「ネギのために頑張るなら、あんたもあっち行ったら?」

「私も行きたいのですが、何故かアキラさんの前に体が立ちたがらないのです」

あやかは、自分でもどうしてそう思ったのかわからないため、左手を頬にあて困った表情をした。
アスナも、あやかと同じ想いだったので、ちょっと共感していた。

その時、アスナとあやかの生存本能が、最大級の警鐘を鳴らしていた。茶々丸が立つ地点、

あそこは危険地帯だと。


「いつまで待たせるの、さっさとボールを投げなさい!」

さきほどから中断している試合に、いい加減腹が立ってきた英子が『ビシッ』と、ボールを持ち
静かに佇むアキラを指差しながら怒鳴りつけた。英子の声に反応したわけではないが、
アキラはボールを握る右手を高々と上げ、左足を一歩前に出し腰を捻った。投げようとするアキラを、
英子は鼻で笑い、

「フ・・フォームが全然ダメね」

余裕の英子が見る中、外野陣は英子の発言にダメかと思っていた。内野にいたアキラを
除いた運動部四人組が、不安そうにアキラを見ながら全く別のことを考えていた、

「ねえねえ、裕奈。大丈夫かな?」

「もしかしたら、えらい事になるかもしれんよ?」

「…二人とも、祈ろう」

厳かに裕奈が二人に言うと、何度も首を立てに振り手を組み心の中で、

(((あの人が、死にませんように、死にませんように。アキラが犯罪者になりませんように)))

英子の無事を神仏に祈願した。


標的である英子を見つめたままのアキラは、裕奈たちの想いに気がつくことはなく、
青空に向け高々と掲げていた腕を、

「えい…」

と言う、可愛いらしい声と共に、腕を振り下ろした。アキラの、力任せに投げられた凶器
…ではなくボールは、変てこな握りによるためか、それともちょっと握りつぶした影響のためか、
横にスライドしたかと思えばホップをするなどの、不規則な軌道を描き飛んでいった。
そして、唯一つ言えることは、そのボールは異常な動きを見せながらも、とてつもなく速かった。
英子や普通の生徒の動体視力では、ボールが消えたと思うほどであった。奇跡的に英子に当たる前に、
高速で飛ぶボールが大きくブレ、英子の体には触れずに通過した。そして、ボールを見失った生徒達が、
消えたボールを探そうとする前に、


『ズドン、ガリャガリャガリャ』


決してドッジボールでは鳴らないような、何かの着弾音とコンクリートの割れる音が、
辺りに響いた。破砕音に驚いた生徒達が、英子の後方に注意を向けた。音がした地点一帯は
白い煙が上がり、何が起こったのかを視界から隠していた。

そして、極僅かだがボールを目で視認できた生徒達は、額から大量の冷や汗を流し、

((((…茶々丸(さん・殿)、死んだんじゃあ?))))

彼女達の瞳には、茶々丸が自身の右腕を胸の前に出し、アキラの投げた球がその右腕に
激突する姿が見えた。そして、茶々丸の両足が接地されるコンクリートを砕きながら、
後方に押しやられて、砕かれたコンクリートにより上がった煙が、茶々丸の姿を覆いつくした。
跡に残されたのは、ボールを受け止めるために踏ん張った足により、破壊された二つの
軌跡だけだあった。

もしこの場にエヴァが居たら、娘に起きたあまりの出来事に卒倒していただろう。

ボールが見えなかった生徒は、何だろうと思いながら煙に注意を払い、見えたものは
ハラハラとしながら煙が晴れるのを待っていると、

『シュルルーーー』

煙の中から、何かが擦れ合う擦過音が聞こえてきた。次第に大きくなる音に同調するように、
擦過音の中心から煙が渦を巻き上げはじめると、ボールが誰かの右手の中で高速で回転し
暴れまわっているのが確認できた。知らず知らずの内に、何名もの生徒が喉を鳴らす中、
まだ消えない煙により顔が隠されたままの人物が、

「素晴らしい球です。以前の右腕なら肩から引きちぎれていたでしょう」

煙が完全に消えると、未だに暴走するボールを巧みに腕を動かす事により、ボールの力を
完全に制御化に置いた茶々丸が出現した。そして、ボールの力の流れを予測し腕を小刻みに揺らし、
更にボールのエネルギーを高め、回転速度を上げていた。

そして、ボールが見えなかった者全員が直感的に理解した。先程の着弾音の正体が、
アキラが投げたボールである事と同時に、これから茶々丸が投げる球は、先程以上の被害を
もたらす事を容易に推測できた。

ボールを持つ茶々丸が、煙により見失った英子を捉えるために、顔を動かし始めた。
すると、茶々丸が見つめる先は、悲鳴をあげる生徒がクモの子を散らすように逃げ出した。
その中で、唯一動かない生徒は、

「超さん、やりました! 茶々丸の右腕の強化は大成功ですよ」

「ウム。 以前片腕を壊して来た時は吃驚したが、ハカセの改造がこんなとこで役立つとは、思わなかったネ」

「やっぱり、ゴムとバネが良かったんですよ~」

「…どんな、魔改造したヨ?」

茶々丸の右腕の補強には関わらなかった超が、改造に使った材料を聞き口を開け驚いていると、
真横からタックルを喰らい『ガシッ…ズザザー』と音を派手に立て、押し倒された。

「な、何ヨ!」

「助けて!?」

突然の出来事に動揺しながらも、襲った犯人の顔を見ると、顔を真っ青にし狼狽しながらも、
超の腰をガッチリと両腕でロックした英子が、歯を恐怖にガチガチと鳴らしていた。
超も、自分の置かれている状況に頭が回ると、

「ハ、ハカセ、助け、あれ、ハカセ?」

つい先程まで近くにいた葉加瀬が、姿を消していた。行方不明の葉加瀬を探すために、
周囲を見回していると、既に安全地帯に退避していた葉加瀬を見つけた。超が助けを叫ぶ前に、
葉加瀬が手を振りながら、のんびりした声が聞こえた。

「超さ~ん、そこ危ないですよ」

「そんなの、知ってるネ! だから、誰でもいいから救助してヨ!?」

必死に英子の手から逃れようとするが、英子もやっと捕まえた同士(運命共同体もしくは肉の盾)を
放すはずもなかった。ちょっと泣きそうな超が、他のクラスメートに助けの目を向けると、
みんな目を逸らした。

「は、薄情ネ。古! 助けてヨ」

「うう~ん アレはちょっと無理アルね」

「きっといい修行になるヨ」

「いや~超、修行と自殺は違うアルヨ」

古も親友の超が心配だったが、さすがに無理と匙を投げた。周りからの救出を諦めた超は、

「茶々丸、ちょっと待つネ。すぐに逃げるカラ…この、この」

「い、いかないで」

茶々丸に待ったをかけた超は、必死に体をねじたり英子の顔を手で押し返したが、
英子も放したくない為、全力でしがみ付いていた。茶々丸の持つボールが『シュルル』と
鳴る音から『シャアアア』と鋭い音に変化してきた。茶々丸の手中にあるボールから、
黒い煙が出始めると、

「心配無用です、超」

「待ってくれるカ、茶々丸」

「…授業中の事故です」

「はい?」

茶々丸が逃げ出すまで待機してくれると思い、安堵した超だったが茶々丸の次の発言に、
動きをピタリと止め、自分の耳を疑った。「はは」っとやけくそ気味に笑う超が、

「事故と聞こえたが、聞き間違いあるヨネ?」

「聞き間違いではありません。それに、責任は担任のザギ三世が取ってくれます」

「あの~僕の名前は『ネギ』ですし、三世でもないのですが」

「失礼しました。どうでも良かったので」

「ひ、ひどいですよ」

生徒の心無い発言に、泣きそうに目を潤ませるネギをあやかが鼻息を荒くし、ネギの姿を
網膜に焼き付けていた。

そして、茶々丸は英子に視線を固定すると、誰にも聞こえないように囁いた。

「申し訳ありません。お母様の被害者に、手を上げたくありませんでしたが
…やはり許せません」

茶々丸が囁いている最中にアキラは、茶々丸のボールが外れたら受け止める気でいるのか、
英子と超の後ろに立つために移動していた。ちなみに、現在コートに立つ猛者は、1人もいなかった。

アキラの歩みが止まると、茶々丸が左足を持ち上げ体を前方に沈み込ませつつも、視線は
超と英子から外れる事はなく、

「ターゲット…インサイト」

茶々丸のフォームは、上から投げるオーバースローのアキラとは正反対の、腕が地に触れそうなほど
低く美しいアンダースローであった。

上げていた左足を思い切り踏み込み、右手に持つボールが地面に触れると、ボールが遂に発火し、
コンクリートを綺麗な半円状に断面を抉りつつ、

「…ファイヤ」

リリースされた球は、地面を一直線に削り取っていった。コンクリートが、まるで柔らかい
豆腐のようであった。

周りの生徒が、考えていたことは、

…コンクリートって柔らかいんだ

…へ~ボールって燃えるんだ

…アキラ、アレをキャッチするのかな?

等と考えていた。ちなみに……ボールは既に地面に触れているため、英子たちにヒットしても
ルール的には、ノーカウントになるのであった。

超と英子には、アキラの出した速度より少し遅かったが、十分高速のボールがとても
スローに見えていた。英子の脳裏には、ドッジボールを始めたきっかけ、関東大会優勝、
金髪の少女に抱きつかれる映像が流れていた。一部知らない映像もあったらしく、栄子は首を傾げた。
超は、火星での過酷な生活、祖先の写真を眺め歴史を変える決意した日、こちらに来て
楽しかったコトや苦しかった思い出が流れていた。ようは走馬灯である。二人の走馬灯が終わっても、
まだまだボールは来ず、燃える球はゆっくりと進んできていた。もう諦めの境地に達した超は、
ネギを見つめ、

(ご先祖様、あなたの子孫はもう駄目のようネ。不出来な子孫を許してヨ
…まさか、茶々丸によって潰されるとは思わなかったヨ)

ちなみに、超はネギの子孫であるため、彼女が作った茶々丸もネギの子孫といえる。
彼女も、自分の子に計画を阻まれたのなら、本望であろう。素晴らしい血族である。

そして、突然全員の目からボールが忽然と消えた。耐久力を超えたボールは、とうとう
燃え尽きたのであった。むしろココまで持ったボールを褒めてあげたい。間違いなく、
この授業で一番頑張ったのは、名も無きボールであった。

ボールが消滅した奇跡の瞬間を見た超と英子は、二人の無事を歓喜し涙を流し、抱き合っていると、
前方の茶々丸と後方のアキラが、

「「新しいボールをくれ(下さい)」」

「も、もうやめて~~ わ、私達の負けですから、お願いします」

英子、恥も外聞も捨て年下に負けを認め、逃げ出していったが、瞬時にアキラと茶々丸に捉えられると、

「勝負はどうでもいいのです」

「…千雨に謝って」

「謝る、誰にでも謝るから許して」

「それは、千雨さんが決めます」

英子はこうして、屋上から連れ出されていった。二人の力技の完全勝利であった。

二人がどうでも言いといった勝負は、英子が負けを認めたため、2-Aの勝利に終わった。
この日から2-Aでは、『ドッジボールはしない』が暗黙の了解になるのであった。


千雨のピンキーリングは、ちょっと色々あったが無事発見することが出来たため、
英子は千雨に許されるのであった。まあ、千雨が英子の今にも死にそうな状態を見た瞬間、
この状態にしたアキラと茶々丸に対してドン引きし、これ以上何かするのはかわいそうだと
思ったためである。






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申し訳ありませんが、次回の更新は、今までより遅くなります。6月から環境の変化と、
やらなければならないことがあり、3~4週間ほど書けない状態になるので、次回の更新は
6月の終わりか、7月序盤になると思います。今回の話で、感想がいただけたら、
1~2週間後に返しだけはさせていただきます。


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