米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題を巡り鳩山由紀夫首相は23日、2度目の沖縄訪問で、これまで言及を避けてきた移設先を米軍キャンプ・シュワブ沿岸部のある「(名護市)辺野古付近」と明言した。「最低でも県外」と訴え、期待感を高め続けた揚げ句の「現行案回帰」に、沖縄は「裏切られた」と一斉に反発した。首相が参院選をにらみ「5月末決着」の体裁を取り繕った結果、与党の一角を占める社民党は「連立離脱か否か」の選択に揺れ、野党は内閣不信任決議案に言及。党内からは参院選への悪影響を懸念する声が急速に強まっている。【西田進一郎、井本義親、釣田祐喜】
23日午前10時45分過ぎから始まった鳩山首相と仲井真弘多知事との会談は、重苦しい雰囲気に包まれた。
「普天間飛行場の代替地は名護市辺野古付近にお願いせざるを得ないとの結論に至った」。首相は用意してきた紙を一気に読み上げたが、知事は厳しい表情で首相の顔を凝視し続けた。
首相が説明を終えると、知事は開口一番「辺野古移設という趣旨は遺憾」と投げ返し、「県外、国外への県民の熱い思いが高まっており、落差は非常に大きい」と述べた。自公政権時には条件付きで辺野古への移設を容認していた知事だが、米国との大筋合意を優先させ、その後で一方的に沖縄側に通告した首相に対する強い不信感が言葉の端々ににじみ出ていた。
4日の首相訪沖時は、首相と知事が会談後に握手を交わす場面もあったが、この日は握手はなく、知事ら県側は素っ気ない対応に終始。首相は口を真一文字に結んで会場から退出した。県庁など首相の立ち寄り先の周囲では「鳩山帰れ」のシュプレヒコールに包まれ、「最低でも県外」と沖縄県民に期待を抱かせながら、辺野古に回帰した首相に怒りの矛先が向けられた。
首相と県北部12市町村長との会合では、稲嶺進名護市長が「極めて残念で怒りを禁じ得ない。実現可能性は限りなくゼロに近い」と伝達。儀武剛金武(きん)町長は会談後記者団に対し、「裏切られたというイメージだ。辺野古という言葉だけが印象に残った会談だ」と強調した。
16日に米軍普天間飛行場を市民らが手をつなぎ合って囲んだ「人間の鎖」では、普天間を抱える宜野湾市の伊波洋一市長と稲嶺市長が並んで参加した。当該自治体のトップ2人が県内移設反対で連携している事実は重い。超党派で県内移設反対を訴える県議会も「地元への説明というアリバイづくりに使われるだけ」として、23日の首相との面談さえも拒否した。
首相は知事との会談で、訓練移転などで沖縄の負担軽減に本腰を入れることも説明したが、「前向きに受け止めるが、米国の了承がない途中経過を示されても、評価が難しい」というのが沖縄側の受け止めだ。極東最大の米空軍嘉手納基地では、米軍岩国基地の戦闘攻撃機などの外来機が同基地を拠点に訓練中で騒音被害が拡大している最中で、嘉手納町議会は18日に抗議決議を採択したばかり。将来の話をされても、絵空事に聞こえる県民感情が底流にある。
「首相は沖縄の『同意できない』との声をしっかり受け止めるべきだ。実現不可能な計画を強行することほど愚策はない」。社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は23日夜、東京都内で記者団に、鳩山首相の姿勢を批判した。ただ、連立を離脱するかどうかについては「大事なことは結論だ」と明言を避けた。
福島氏は昨年12月、「重大な決意をしなければならない」と連立離脱をちらつかせ、「辺野古回帰」への流れを押し戻した。その時点では連立離脱をほのめかせば、辺野古は回避できるとの判断があったとみられるが、今回は慎重だ。民主党が辺野古回帰にかじを切った今、強硬論を主張し過ぎれば、連立離脱に突き進まざるを得なくなる。阿部知子政審会長は23日、都内で記者団に「政権内で発言し続けることが有効であれば、それを取る」と語った。
しかし、首相は社民党の反発を横目に、日米合意を優先させた。参院選をにらみ、自ら設定した「5月末決着」の体裁を整えることが先決だったためだ。さらに沖縄県を話し合いのテーブルにつかせるために、県が5月4日の首相訪問時に提示した航空機の騒音軽減など5項目の要望を受けて米側と合意内容を調整した。首相は23日の仲井真知事との会談で「知事の要望を米国との協議のテーブルにのせている。それなりの感触をちょうだいしている」と強調してみせた。
ただ、28日にも発表される日米共同声明では「米軍訓練の県外移転」など肝心の負担軽減策の詳細は言及されない。代替施設の建設場所や工法の詰めを先送りしたことも今後の情勢を不透明にした。
政府は11月のオバマ米大統領来日に向け、9月をめどに日米間で移設計画の詳細を詰めて合意するスケジュールを描くが、11月に予定される沖縄県知事選の結果次第では日米合意を履行できない状況に陥りかねない。
辺野古周辺の海域埋め立てには知事の許可が必要だが、県内移設反対の強硬派が当選すれば、許可は想定しにくい。仲井真知事は再選を目指すとみられるが、「普天間を国外へ」と訴える宜野湾市の伊波市長らの立候補も取りざたされている。
自民党の谷垣禎一総裁は23日、長崎県佐世保市で記者団に「首相は辞めるか国民に信を問うべきだ」と述べ、首相辞任か衆院解散を要求。内閣不信任決議案提出について「当然考えなければいけない」と語った。民主党内からは「首相が『自分は責任を取らない』となったら参院選はとんでもないことになる」(中堅)との声があがった。
米軍普天間飛行場の移設問題を巡り、米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に建設する代替施設について、日米両政府が、自衛隊と米軍による共同使用を検討することで大筋合意していることが23日、分かった。28日にも発表する日米共同声明に盛り込む方向。北沢俊美防衛相が24日に訪米し、25日のゲーツ米国防長官との会談で最終調整する。
代替施設は、現行計画では普天間飛行場から移転する海兵隊航空部隊が使用する目的で建設されることになっている。自衛隊と共同使用とすることで米軍のプレゼンスを相対的に減らし、沖縄の負担感を薄める狙いがある。さらに日本側は将来、安全保障環境が改善し、沖縄からの海兵隊撤退が可能となる事態を想定し、自衛隊管理としたい意向だ。一方、代替施設の滑走路は1600メートル(オーバーランを含めると1800メートル)を想定している。このため、自衛隊が活用できる訓練が限定され、米軍の運用も制約される面もある。【仙石恭】
毎日新聞 2010年5月24日 東京朝刊