今までの記事を読んで来られた方の中には
世界GPが2stで、MotoGPが4stで戦う規則になっていたと
思われた方がいたかもしれません。
確かに現在の
MotoGPは排気量800ccを上限とする4stエンジンのマシンで戦う事が
明記されていますが、世界GPの方は
排気量が500cc以下であれば、2stだけでは無く、
4stでの出場が認められていました。
現に
初期の世界GPでは
MVアグスタを初めとして
HONDA、ノートン、シーリーなど、
実力のあるメーカーは
4stエンジンでの参加が当たり前でした。
2stでの
参加は開発技術力に劣る事の証明の様に言われたものです。
MVアグスタ 500cc 4st 3気筒マシン イタリア
MVアグスタ 500cc 4st 4気筒マシン イタリア
HONDA RC181 500cc 4st 4気筒マシン 1967年式 日本
ノートン・マンクス 500cc 4st 単気筒マシン 1957年式 英国
マチレスG50 500cc 4st 単気筒マシン 1960年式 英国
シーリーG50 500cc 4st 単気筒マシン 1970年式 英国

HONDAを 除く、
日本三大メーカーは全て 2st で参加していました。
日本メーカー締め出しを狙った
第一次レギュレーション変更で一度は撤退した日本各メーカーでしたが、
再度の復帰にあたり、
HONDA だけは
4stでの復帰を狙いました。
NR500 500cc 4st オーバル・ピストンV型4気筒マシン 1980年式 日本

結果的には
HONDAも 2st マシンに移行して行きましたが、この時、培った
V4の技術は後で
大変役に立ちました。
カワサキは世界GPに戻りませんでしたが、何んと言われようと
スズキ、ヤマハは2stマシンで復帰しました。
スズキとヤマハが何でそこまで
2st にこだわったのか、次回は
2st の優位性について語りたいと思います。