Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
転居した集合住宅にツバメが巣をかけたという話が、東京で読んだ声欄にあった。抱卵を見守り、新住所に「つばめ荘」と書き加えたいものだと、投稿者は心やさしい。今年も燕尾服(えんびふく)姿が薫風をよぎる季節になった▼その軽やかな曲芸飛行を、仏の作家ルナールはこう表した。「一本の直線を引き、その最後にコンマを打ったと思うと、そこで急に行を変える」「途方もなく大きな括弧を描いて、私の住んでいる家をその中に入れてしまう」(岸田国士〈くにお〉訳)。名高い『博物誌』の作家が没して、今日で100年になる▼蟻(あり)から鯨まで、あまたの生き物を、簡潔で軽妙な短章にスケッチした。「蝶(ちょう)/二つ折りの恋文が、花の番地を捜している」「蛇/長すぎる」――稀有(けう)の観察者による一冊に、自然界への目を開かれた方もおられよう▼その命日に重なるように、今日は「国際生物多様性の日」でもある。生物多様性と聞けば難しげだが、つまりは地球上の「命のにぎわい」を言う。約3千万種ともいう生き物が、この星に散らばっている▼それぞれが人知を超えて結びつき、作用し合って、豊かな生態系がある。だが今、年に4万もの種が絶滅しているとされる。人類の「君臨」によるところが大きい。一人勝ちを省みて未来を考える日としたい▼米国の動物園に「最も危険な動物」という展示があると聞いた。オリの中に鏡があって見物人が映る。つまり人間である。ルナールなら何と書くだろう。「人間/威張って懲りない新参者」。他の生き物を代弁してなら、さしずめこうか。