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手元の英和辞書には見あたらないが、「ペンシル・スケジュール」という言葉を米国の知人に聞いたことがある。鉛筆書きの予定、つまり、取り消しても恨みっこなしの予定のことだという▼「金曜の5時は?」「ちょっと流動的だなあ」「ではペンシル・スケジュールで」といった具合らしい。多忙な人は重宝するだろう。とはいえ世の中、書き捨てご免の鉛筆書きが通らない約束もある。政治家の、それも首相の言となれば、その筆頭のはずである▼だが鳩山さんは立派な消しゴムをお持ちらしい。沖縄の普天間飛行場移設をめぐり、「最低でも県外」は臆面(おくめん)もなく消えた。辺野古の海の埋め立てを「自然への冒涜(ぼうとく)」だと力んだ言葉も消えかかっている。普天間は甘言にまみれ、迷走のあげく元の木阿弥(もくあみ)に戻りつつある▼米国へのメンツだろう、「5月末」だけは断固ペン書きらしい。「5月」がどれほど大事なのか。大事なのは「沖縄の負担軽減」ではないのか。政権の正体見たり、の人は少なくあるまい▼米国通の文筆家だった植草甚一が、かの国で買った巨大な消しゴムの話を書いていた。羊羹(ようかん)2本分ほどあり「FOR BIG MISTAKES(フォー・ビッグ・ミステークス=大きな誤りに)」と印刷があったそうだ。首相に進呈できないものか。ただし消してほしいのは「5月」の方である▼普天間だけでなく、民主党はマニフェストにも色々と鉛筆書きがあったようだ。あれやこれやで、内閣を不支持とする民意の消しゴムは巨大化する。政権交代がビッグミステークに終わってはやりきれない。