◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL108
江田島孔明
前号までで、情報通信(IT)の重要性を理解していただけたであろう。身の回りを見渡しても、電子マネーやお財布ケータイ、SUICA等、生活の全ての領域において、IT化は進んでいる。更に、中央省庁の業務のコンピュータ化(電子政府)、インターネットを利用した教育(e-ラーニング)、電子商取引(e-コマース)など、行政、社会、経済のさまざまな分野で活用されている。この活用により、先進国の経済社会構造を効率化し、いっそうの経済成長を促進している。
今後は、ITを使わずに生活することが不可能になるだろう。まさに、「軍事から生活に至る、社会の全領域をITが支配」するのだ。この事は、別の言い方をすると、人間のあらゆる行動がデータベース化され、ログを取られ、監視されるということだ。
かくも重要な、ITにおいて、その技術標準をどの会社が握るかということは、決定的な重要性をもつことが分かるだろう。
よく言われる、ウィンテル(WindowsのOSとIntelのCPU)が現在の業界標準だ。まさに、標準を握る者はITを握り、ITを握るものは社会を握るということがいえる。そして、1980年代以降、アメリカは製造業をあきらめ、明確に情報通信を産業の柱に据え、国家を挙げて、サポートした。
日本では、20年前、Windowsを凌ぐTRONが開発されたが、アメリカ政府の圧力により、採用を見送られた。これは、ITにおける技術標準の重要性と、それを守るというアメリカの国家意思を示す。
<参考>
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0725/tron.htm
<http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/> 東京大学大学院情報学環は、06年6月25日、TRONプロジェクトやユビキタスIDセンターの活動で知られる坂村健教授の特別講演会を、東京大学安田講堂で開催した。
● リアルタイムOSへのこだわり
講演会はタイトルどおり、まずTRONプロジェクトの歩みと、それにまつわるさまざまなエピソードを紹介することから始まった。
TRONプロジェクトは1984年に坂村教授が提唱し、開始されたプロジェクト。講演会では「“どこでもコンピュータ”環境の実現を目指したさまざまな活動」と紹介された。TRONが「The Real Time Operating-systems Nucleus」の略であることからもわかるように、当初から組み込み用リアルタイムOSを“どこでもコンピュータ”環境の基本的な部品としており、プロジェクトの成果であるOSの名前としても使われている。
TRONプロジェクトには、組み込み機器用OSの「ITRON」、コミュニケーションマシン(PCなど)用の「BTRON」、サーバー用OSの「CTRON」といったリアルタイムOSのプロジェクトのほか、32bit CPUの標準を開発する「TRON Chip」「ユーザインタフェース標準化」などの技術プロジェクトがある。
また、TRONプロジェクトによる技術の応用として「TRON HOUSE」、「TRON電脳自動車」、「TRON電脳都市」といったプロジェクトを同時進行し、ITRONなどの技術プロジェクトにフィードバックを図った。
TRONプロジェクトは、OSにすべてリアルタイムOSが採用されているところに、坂村教授のこだわりが現れている。
講演会では、リアルタイムOSは自動車のエンジンの制御のような「待ったなしのリアルな物理現象を対象」とするため、タスクの優先度が考慮され、タスク切り替えもマイクロ秒以下と高速な一方、人間を相手とするタイムシェアリングOSはタスク切り替えがミリ秒程度とし、優先度も考慮されないと説明。
さらに「自動車や宇宙船の制御はWindowsやUNIXにはできない」と述べる一方、「その逆は可能で、ユーザーインターフェイスを作り込めばリアルタイムOSでもPC用のOSを作れる。PC用でもリアルタイムOSのほうが、機能的にはいいのじゃないかと考えている」と
● ITRONの標準化に成功
坂村教授はまた、組み込みOS分野でのTRONプロジェクトの成果も紹介した。 「世界で約83億個作られているマイクロプロセッサのうち、PCやワークステーションで使われているのは、そのうち2%の1.5億個、残りの98%はすべて組み込みに使われる。そのうち、16bit以上のマイコンの60%が、私が作った組み込みOS“ITRON”で動いている」と述べた。
ITRONについてはIEEE Computer Societyから仕様書が出され、世界各国でリアルタイムOSの教科書として使われていることも紹介。ITRONは産業界でリアルタイムOSの標準仕様として確立された。
● BTRONの挫折、TRONキーボードはまた作る?
一方、コミュニケーションマシン用OS「BTRON」は、PCなどで利用するため「人間と機械の接点」として規定され、マンマシンインターフェイスに注力されている。坂村教授は「自分がやってきたことの中で本当に面白いと思っているのはBTRON」と述べた。
BTRONのインターフェイスの仕様はGUIだけでなく、物理的なスイッチにも及んでいる。坂村教授はその例として、エルゴノミック配列でデジタイザを装備した「TRONキーボード」をあげた。
また、WindowsやUNIXのようなツリー構造のファイルシステムでなく、実身/仮身モデルという、ハイパーテキストにも似たネットワーク型のファイルシステムを採用していることでも知られている。
坂村教授は、「TRONキーボードは数千台作ったが、そのうち半分は米国に売り、その後、1990年代のエルゴノミクスキーボードが出てきた」とするなど、BTRONがさまざまな影響を与えていたと述べた。 だがBTRONは、米国製OSの日本市場への参入を妨害するものとして圧力を受けたり、教育用コンピュータとしての採用が見送られるといった挫折を味わい、WindowsなどのOSとの標準化競争にも敗れたOSでもある。
こうした挫折の原因として、米国のグローバルスタンダードに追従したがる日本人の傾向などをあげている。これについては「コンピュータで米国に勝たなければならない、と思ったらボコボコ(にされた)。日本の産業界の人は、米国がやっていることと違うことをやって勝ち目があるのか、としか言わない」と述べ、ノーベル賞をとった小柴昌俊名誉教授を引き合いに出し「コンピュータの研究に対してノーベル賞は出ないので、ノーベル賞がうらやましいと思ったことは無い。
が、ニュートリノの研究で米国と戦おうとしたときに、物理の世界ではちゃんと戦わせてもらえて、予算もコンピュータよりたっぷり出たのはうらやましかった」と述べた。
なお、TRONキーボードは「もう1回作ろうと思っている」とのことで、「昔はキーボードを作るのに1億円かかると言われたが、最近はCAD/CAMの発達により安く作れる」と述べた。」
TRON の意味は、リアルタイムで情報処理を行うための,OS の核になる部分。すべてのコンピユーターの基本ソフト(OS)を共通化し、メーカー、機種を問わず、互換性の実現を目指す。
これを支える MPU(TRON Chip)、機械の中に組み込む A-TRON、パソコン用の B-TRON、大型コンピューター用の C-TRON、ネットワークの調整を行うための M-TRON などがあり、すべてリアルタイム OS が採用されている。
主要メーカーなど 100 社が参加して TRON 協議会を組織、各種トロンの試作を行って、まずB-TRON の開発に漕ぎつけた。1989年、間組などが、TRON 電脳ビル構想を打ち出した。TRON 電脳ハウスのモデルもある。また、技術試験衛星「きく7号」には宇宙線対策されたトロンチップGMICRO/200 が搭載されて地球の周りを回っているらしい。
2004年10月、産業交流展2004 での 2004年東京都ベンチャー技術大賞での表彰式で、石原都知事は『TRON PROJECT には、当時の橋本龍太郎通産大臣が米国の圧力に負けて、握り潰してしまった過去がある』と発言した。
アメリカのスーパー301条の妨害なども無く、めでたく教育用PCとして採用されて各メーカーが一斉にTRONの販売を開始していたとしたら、今頃どうなっていただろうか。
米国でIBMがまともにTRONに取り組み始めたとしたら、かなり変っていただろう。IBMの後ろ楯を失ったMSはコンパイラやアプリケーション開発ベンダーとしてのみ生き残り、結果としてWindows95も生まれなかっただろう。その品質の悪さに次第に競争力を失い、会社が時代に淘汰される運命となったかもしれない。
ユニコードなんてものも生まれ無いし、ひょっとしたら反MS色が多少あったJavaの出現も無かったかもしれない。Linuxも今ほど騒がれることもなかっただろう。
ただ、IBMがやはりMSDOSやOS/2に固執していたとしたら・・・・やはりアメリカではMSが隆盛を極め、日本でもNECなどと手を組み、TRON連合軍と熾烈な覇権争いを展開していたように思います。その時の勝者は、かつてのVHSとベータの争いのように、ほんのちょっとした小さな偶然から決まるのかもしれない。
もちろん、そうしてTRONOSがもし覇権を取ったとしても、ネットワークがある限り、今のようなウィルスの問題などは無くなりはしないだろう。 ただ一つ言えることは、Windowsは、いくら今のようにウィルスが流行ってセキュリティホールが問題となっても、乗り換えるべき互換OSが無いと言うことだ。
一番重要なのは、ITという基盤産業の標準技術を海外の企業に握られることによる、安全保障を含めた国益の喪失だ。
今後、TRONをどうやって復活さえ、新たな産業の柱としていくかが、国家戦略としても重要になる。OSは産業における核兵器と同じような戦略兵器だ。OSを握る者はITを握り、ITを握るものは世界を支配するとさえ言える。
日本の情報通信について、かっては、電電公社を中核にして、NECや富士通、沖電気といった企業が、いわゆる、「電電ファミリー」を形成し、コンピュータの共同開発を行っていた。
しかし、1980年代のアメリカの情報通信を産業の核にするという国家戦略により、レーガン−中曽根の間で、電電公社民営化がはたされ、ファミリーは事実上解体した。電電の民営化の真の意味は、TRON潰しと同じ、日の丸コンピュータを潰すことにあった事は間違いない。
アメリカは、TRONつぶしや通信事業の新規参入に、国際金融資本の常套手段である、「現地マイノリティー」を利用している。
当該国の保守本流に不満を持つ、第二勢力を裏で操る戦略だ。幕末の長州を英国が操ったのと同じだ。ノリエガやフセインあるいは、ヒトラーやナポレオンをエージェントとして操ったことも同じだろう。
国際金融資本のエージェントは日本では、孫正義氏であったわけだ。彼の自伝的著書「<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062087189/qid=1008578873/sr=1-12/ref=sr_1_2_12/249-4993529-9266713> 孫正義 企業の若き獅子」には、その当時の頃を振り返り「日本独自仕様OSであるTRONの蔓延を水際でくい止めた」などと自慢している様子が書かれているが、その代り彼はMSの支配を米国から輸入したわけだ。
堀江、村上、あるいは、竹中総務大臣もその部類に入るだろう。彼は、NTT潰しの急先鋒だし、その点において孫正義と利害は一致する。国際金融資本のエージェントは、目的を達するか、あるいは、意図する方向以外に向かった場合は、容易に消される。これが、堀江や村上の逮捕の背景だ。まさに、「飛鳥尽きて良弓仕舞われ、狡兎死して走狗煮らる.」だ。小泉退陣後の彼らの運命は決まっている。
重要な点として、国際金融資本はかっては、狙いを定めた国の通貨発行権を手にし、金融市場を操作することで、当該国を支配した。
その典型的な例が、1907年の恐慌だった。これもJ.P.モルガン銀行とロックフェラーのスタンダードオイル社が意図的に仕掛けたものだった。
数千人の“小資産家たち”がこの人為的に作り出された破綻のせいで何もかも失った。一方、それを実行に移した銀行家たちは内部情報と先見の明のおかけで巨万の富を手にした。
こうして、ほんの一握りの連中がそれまでよりさらに豊かになり、その一方で不運な市民が破滅させられた。止めの一撃が下されたのは、このあとである。アメリカ政府内に潜んでいた“もぐらたち”が「二度とこのような悲劇が起こらないようにするためには中央銀行が必要だ」と囁き始めた。
こうして1913年に連邦準備制度実現の舞台が整えられたのである。ちなみに現在、FRBを実質的に支配するニューヨーク連邦準備銀行の株主は、JPモルガン・チェースとシティ・バンクで、この二つの銀行で53%近くの株を所有している。つまり、ロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーという世界最強の財閥連合が相も変わらずFRBを支配し、ドルの発行を行っているということになる。
「国家の通貨の発行と管理さえ私に任せてくれるなら、誰が法律を作ろうと構わない」マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(初代ロスチャイルド家当主)
しかし、現在、通貨すらネットを経由するようになり、彼らは、情報通信産業の支配を中央銀行の支配より、優先しだした。これが、1985年の通信自由化の真の意味だし、堀江や村上がメディアを狙い、竹中総務大臣の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」が提言したNTT改革の本質だ。
田中角栄は電電公社の民営化に反対だったという。郵政を利権にした手法は厳しく非難されるべきであるが、単純な民営化は外国勢力に産業を握られる可能性があることを理解すべきだろう。
私には、田中角栄が南米の左翼反米政権とかぶって見える。強烈な反米政策を掲げる石油の国有化を果たした石油を国有化したベネズエラのチャべス政権が有名だが、南米の中央部・ボリビアでもこのほど左翼政権が誕生した。
これで南米の左翼・中道左派政権は、ブラジル・アルゼンチン・チリ・ウルグアイ・ボリビア・エクアドル・べネズエラとなった。
南米で左翼旋風が吹き荒れているのは、貧富の格差が一向に縮まらない事と、そうした経済政策の失敗の原因は、国際金融資本の本家IMFが南米に押し付けた誤った経済政策であるとする、南米各国の国民感情が原因だ。
<参考>
http://www.icr.co.jp/newsletter/eye/2006/e2006006.html
△ NTT改革論議の行方
NTT改革を巡って、竹中総務大臣の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」(座長 松原聡 東洋大学教授)の報告書(6月6日)と、自民党の通信・放送産業高度化小委員会(片山虎之助省委員長)が了承した規制改革案(6月2日)が相次いで公表された。
現在のNTTの組織が電話時代の遺物で、改革が必要であることに異論はないものの、具体的な改革の方向には大きなズレがある。今後、「骨太の方針」にNTT改革がどのように盛り込まれるのか、調整は難航すると見られている。この問題の本質を考えて見たい。
■ 2つの「NTT改革案」
報告書は通信事業に対する現状認識として「通信と放送の規制体系が旧来の技術特性に基づいて厳然と区別されているため、融合的なサービスの提供等が阻害され、十分な利用者利益が実現していない。」「通信事業での競争はまだ不十分。アクセス網を中心にボトルネック(競争上の障害)性が存在し、ブロードバンド市場では新たなドミナンス(支配)が発生する可能性もある。NTTは自由度が制約され、ポテンシャルを発揮できない。」(報告書要旨)と指摘している。
通信事業における一層の競争促進策として以下のような提言をしている。
1. NTT東西のボトルネック設備は機能分離(接続ルールの順守強化を図るための体制整備など)を徹底。同時に、現行法の枠内で、両社に対する業務規制を段階的に緩和。
2. 2010年にはNTT東西の業務範囲規制の撤廃、持ち株会社の廃止・資本分離等を一体として進めることを念頭に所要の措置を講ずることとし、必要な検討を速やかに始めるべき。NTT東西は、ボトルネック性が明らかに解消されない限り統合等は認められるべきでない。
3. ブロードバンド時代のユニバーサル・サービスのあり方も措置すべき。
4. 法律で義務づけられているNTTの基盤研究の見直しを早急に行うべき。
(報告書要旨)
懇談会終了後の記者会見で、松原座長は次のような微妙な発言をしている。「報告書は2010年の持ち株会社廃止などを「念頭に」としており、「べきである」とは書いていない。政策を政府・与党に求める表現にはなっていない。ただ、大きな改革には3〜4年かかる。今すぐ議論を始めて欲しい。」(注)とすれば、この報告書は、ただ議論を今すぐ始めることを提案したにとどまることになる。一方、持ち株会社の廃止・資本分離は上場企業にとって極めてシリアスな課題であるのに、「べきである」とは言わないが「念頭に」検討せよ、というのはいささか無責任のそしりを免れないのではないか。
(注)NTT再編の実行「政府が今後判断」(日本経済新聞 2006年6月7日)
このような釈明をあえてせざるを得なかったのは、6月2日に自民党の通信・放送産業高度化小委員会(片山虎之助小委員長)が、通信・放送規制の改革案を了承したからだ。
小委員会における議論の過程では「NTTはグループ一体で国際競争力を高めるべきだ」との意見が多数を占め、NTTの改革では「NTTの見直しは2010年に検討し、早期に結論を得る。」と議論を引き取り「拙速に結論を出すべきではない」との慎重論も盛り込んでいる(注)。
ここで2010年というのは、NTTが構築を計画している次世代通信網(NGN)の完成が、おおむねこの時期に見込まれるからだ。片山小委員長はテレビの会見で、2010年にはNTT改革だけでなく、電気通信事業法などの改正を含め、(規制のあり方を)全部見直したらよい、とコメントしていた。
竹中大臣も、報告書の内容を経済財政運営の基本方針(骨太方針 2006)へ反映させるべく、今後、それぞれの主張を調整する過程に入ると思われるが、マスコミは一様に難航するだろうと予想している。
(注)「NTT見直し 先送り案」日本経済新新聞 2006年6月3日
残念ながら「NTTの改革」問題については、道路公団改革の場合と異なり、国民的議論が起こったとはとても言えない状況だ。ブロードバンドの普及は進み、利用料金も世界で一番安いレベルにある。
携帯電話の音声料金は少々高めだが、第3世代携帯電話の普及が進んで、データ通信のアプリケーションが豊富で、料金も欧米に比べ安い。競争各社は、それぞれの端末とサービスで特徴をだしており、競争が激しいことも実感できる。要するに、利用者サイドからの不満がそもそも大きくなかったのではないか。
次ぎに、「竹中懇談会」のメンバーは政界や業界に基盤を持たない民間委員で構成され、通信の専門家はほとんどいない。委員の出席率も低く、通信業界やNTTに対して勉強不足や誤解が目立った場面もあったという(注)。
今後の国際競争力の強化に大きな力を発揮すると期待されるNTTの光アクセス網の構築が、ようやく軌道にのりかけたこの時期に、また「NTT改革」で混乱させるのは得策ではない、とする政治家の判断を説得できなかったのではないか。
(注)「NTT改革に尻込みか 竹中懇談会の迷走」週刊ダイヤモンド 2006年6月3
さらに、竹中懇談会の最大の欠点は、すべての議論を「非公開」としたことだと前掲の週刊ダイヤモンドは指摘している。
道路公団民営化委員会の猪瀬直樹委員は、積極的にメディアに登場し、データを基に主張した。委員同士の対立も起きたが、お互いの主張をメディアを通して国民に伝えることで国民の理解は深まった。
だが、竹中懇談会では会合終了後に簡単な要旨を発表するだけで、緘口令が敷かれたともいわれる。非公開にすることで、政界や業界の影響を排除したかったのだろうが、かえって不信と疑心暗鬼を招いたようだ。
当初の検討課題とされた「情報通信省」構想や振興と規制の分離などの行政のあり方などは、「念頭に」も存在しなくなったが、どうなったのだろうか。
■ 総務省の「競争評価(案)」の示唆するもの
去る5月末に、総務省は「2005年度 電気通信事業分野における競争状況の評価(案)」を公表した。6月23日まで評価案に対する意見を募り、7月初めに最終案を策定する。このなかで、電気通信の主要市場における競争状況の評価が行われている。
固定電話市場について今回初めて評価を行なっているが、このうち加入電話はNTT東西のシェア(2005年12月末)が94.1%と高く、依然として「市場支配力を行使しうる地位にある」としたものの、それが実際に行使される可能性は低いと評価している。競争ルールの存在等が抑止力をもち、直収電話等やIP電話の競争圧力も徐々に顕在化しつつあることなどがその理由である。
現実に、加入電話市場自体が縮小の傾向にあるだけでなく、電話料金の値下りが続いている。評価(案)では、固定での市場支配力を梃子に、ブロードバンドや携帯電話市場などの周辺市場に影響を及ぼす懸念があり、これを監視していく必要があるとしている。
IP電話について評価(案)は、単独で市場支配力を有する事業者は存在しないが、ソフトバンクBBなど上位3社のシェアが84.2%に達して寡占的とする一方で、IP電話はインターネット接続の付加サービスで割安な料金を実現し、割引料金が定着しているため、実際に市場支配力が行使される可能性は低いと評価している。
ブロードバンド契約が存在すれば誰でもIP電話が利用できる。その好例はスカイプであり、スカイプ・ソフトを搭載したパソコン間のIP電話は世界中どこと通話しても無料である。
この他グーグル、ヤフーおよびマイクロソフトなども無料もしくは極めて安いIP電話の競争に参入しようとしている。しかも、これらのネット企業は、自社サイトに掲載される広告の価値を高めるための手段としてIP電話を活用しようと考えており、IP電話の料金は限りなくゼロに近づきつつある。
ブロードバンド・サービスでは、ADSL市場は他事業者に対する回線接続ルールが整備されていることなどから、サービスおよび価格面で競争が進展していると指摘している。NTT東西は市場支配力を行使しうる地位にある(2005年12月でシェア39.1%)が、接続ルールが有効に機能し、実際に市場支配力が行使される可能性は低いと評価している。
光アクセス(FTTH)は、2005年度に契約数が伸張し、映像サービスも本格化しつつある。NTT東西は市場支配力を行使しうる地位にある(2005年12月で60.7%、前年同期比1.9ポイント上昇、2位の電力系通信企業は16.3%)が、設備開放義務が機能し、NTT東西は業務区域内で同一料金を設定していることもあり、実際に市場支配力が行使される可能性は低い、と評価している。なお、NTT東西のFTTH(設備)保有シェアは78.1%(2005年3月末)となった。
評価(案)は、NTT東西が光アクセス網の敷設を進めれば、他事業者の借用条件に影響を与える可能性があるため、市場支配力を行使する可能性に注意が必要であると指摘している。また、FTTHおけるNTT東西のシェアは上昇傾向にあるとして、一層の競争促進策の必要性を示唆している。他事業者に家庭までの光引き込み線の敷設を促すような電柱添架手続きの簡素化や、KDDIと東電のFTTH事業統合によるNTT対抗軸の形成によって、設備ベースの競争が進展することに期待を表している。
携帯電話・PHS市場は、第2世代携帯電話(3G)から第3世代携帯電話(3G)への移行が進み、競争は依然として活発である。NTTドコモは市場支配力を行使しうる地位にある(2005年12月でシェア54.1%)が、第二種指定電気通信設備に係わる規制や、事業者間のシェア獲得競争が激しいことから、実際に市場支配力が行使される可能性は低い、と評価している。
以上のように、NTTグループは電気通信の主要市場で、市場支配力を行使しうる地位にありながら、設備開放義務や相互接続ルールなどの市場支配力を抑止する規制の存在や現実に進行している活発な競争によって、市場支配力が行使される可能性は低いという評価になっている。市場支配力を行使できる地位にあることと、それを現実に行使する可能性は別の次元の問題であることに注目すべきだ。
竹中懇談会の報告書は「アクセス網を中心にボトルネック性が存在し、ブロードバンド市場では新たなドミナンスが発生する可能性」に言及しているが、ブロードバンド・アクセス網に自然独占性はなく、競争政策が適切であれば技術革新を生かして、競争市場化することは十分可能である。FTTH市場について言えば、ケーブル・テレビ利用のブロードバンドは、市場でもっと大きなシェアを獲得してもよいはずだ。
「競争状況の評価(案)」が提起するように「光ファイバーの引込線部分については、電柱利用の条件整備さえ整うなら競争事業者にも敷設は可能」である。ドイツ・テレコムと米国のAT&TはFTTHとVDSLのハイブリッド方式で、廉価な「トリプルプレー」の提供を目指している。
このほか、第4世代移動通信、衛星、WiMax、Wi-Fiなどの無線や電力線利用のブロードバンドなど代替技術の革新が期待できる。KDDIと東電のFTTHの統合も、限定的ではあるが競争市場の創設に寄与するだろう。競争促進こそ最大の課題であるべきだ。
次の課題は、すでに全国に敷設されているNTT東西のメタルのアクセス回線に「ボトルネック」性があるとしても、FTTHは建設途上で提供地域が限られ、電力会社やケーブルテレビ会社と設備構築で競合関係にあるだけでなく、代替技術の革新が見込まれており、現時点でNTT東西のFTTHにボトルネック性があるとはいえないのではないか。
NTTの資料によれば、同社のFTTHの2004度における原価は13791円だったが、他社にはダーク・ファイバーを5000円強で提供している。原価の半分以下で競争事業者がFTTHを利用できるという情況下では、NTTに対する設備の依存が高まるのは当然だ。このような市場の歪について、竹中委員会でどんな議論があったのか知りたいものだ。
さらに、わが国はブロードバンドの普及および料金の低さで世界のトップを走りながら、その利用面での立ち遅れが目立ち、折角の好機を情報産業の競争力強化に結びつけられなかった。知的財産保護を気にする余り、肝心の利用者に魅力のあるコンテンツを提供できなかったからだ。
ブロードバンドの回線が普及しても、インターネット経由で地上波放送を視聴でないなどの問題である。しかし「IPマルチキャスト放送」をめぐり、著作権処理を簡易に済ませられる「特権」について、IP放送の事業者にどこまで認めるかの案を、5月30日に文化審議会著作権分科会小委員がまとめたが、「同時再送信」に限るという内容だった。
せめて放送終了後1週間の利用が認められれば、ブロードバンドの利用価値は飛躍的に高まるだろう。また、地方局が番組をIP放送で全国配信するのを認めるかどうかの議論でも、「県域免許制」の維持を主張する議論が根強く、懇談会報告書でも「この問題は事業者の側で判断すべき事柄」と指摘するにとどまっている。
■ 融合の時代に向け事後規制の徹底を
NTTは中期経営計画で、2010年までに6000万の電話回線の半分を光ファイバーに置き換えるという次世代通信網の構築を進めようとしている。一方、竹中懇談会は、光通信の時代が来れば再びNTTの支配力が増す「可能性」があるため、2010年には資本分離を含め経営形態を抜本的に見直すことを「念頭に」今から検討を開始すべきだと主張している。
ADSLの提供に必要なメタル回線のほとんどをNTT東西が提供しているが、ADSL市場は競争的で、NTTの純増シェアも40%程度にとどまっている。これは他事業者に対する合理的な回線開放ルールが整備されているからだ。仮に当該設備がボトルネック設備だとしても、市場の競争は機能する。
現状では世界の主要国で、光アクセス網をボトルネック設備として明確な開放義務を課しているところはない。米国やドイツなどはメタルも光も加入者回線として一括して開放義務を課していた規制を改めて、光アクセス網に対する規制を撤廃して、他産業を含む設備ベースでの競争を促進する政策に転換している。
光アクセス網の整備がほぼ終わった段階で、ボトルネック性があると評価し開放義務を課すというのであればまだしも、光アクセス網整備の初期段階で、NTTの支配力が増すという「可能性」だけで、事業分離を強制するのであれば、このリスクの高い投資に対する意欲は大きく減退するだろう。
分離される加入者回線会社は、エンドユーザーを持たない非効率な親方日の丸会社となることも目に見えている。それに、これまで20年以上も規制の不確実性(NTTの在り方論議)に翻弄され、株価低迷を余儀なくされてきたNTTの株主も、我慢の限界に来ているのではないか。
技術は、固定と移動、有線と無線、通信と放送が融合する方向に急速に動き、次世代通信網はそれを最も効率的に実現するため、「One Converged Network」を目指している。地域と距離をメルクマールにして行なったNTT再編が、電話時代の遺物だったことはNTT自身も認めるところだろう。
融合時代の経営組織は、リスクを負う事業者が決められるようにすべきだ。「組織は戦略に従う」べきで、グループ一体化はむしろ強化すべき方向だ。米国では地域会社と長距離会社の合併が進み、傘下に携帯電話会社を持つ。フランス・テレコムは携帯電話子会社のオレンジ・ブランドをインターネット事業(Wanadoo)やビジネス向け事業(Equant)にも拡大適用するだけでなく、事業自体も合併する方向で検討している。
融合の時代への対応を急いでいるもので、対応を誤れば国際競争から脱落せざるを得ない。通信事業の国際競争で重要なのは、技術革新と継続的な投資を行なうことのできる規模である。
融合の時代には、多様なバンドル・サービスを許容すべきだ。何がキラー・アプリケーションなのか、何がベストの事業モデルなのかを探るため、試行錯誤はやむを得ないからだ。
それゆえ、有力な通信事業者は極力そのネットワークを誰にでも利用できるよう自主的もしくは事業者間の協議によって、アンバンドルして提供する(経営上も意味がある)ようにし、行政は通信企業に対する事前規制を控えるべきだ。ただし、ボトルネック設備の保有者などによる公正な競争を妨害する行為があれば、独占禁止法などによって事後的に介入するなど、現実的な対応で臨むべきではないだろうか。 以上
(江田島孔明、Vol.108完)
(注) 目次の頁へ戻るには、左上の「戻る」を押して(クリックして)下さい。