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[18939] [習作] 考えてたけど忘れた [オリジナルでシリアスでハードでバトルで?] 
Name: シンシ◆5162ca10 ID:88208eeb
Date: 2010/05/23 21:40
とある“街”にて


“ 入国者絶賛募集中 by 神野 彩真智 ”


そんな阿呆な手書きの看板を、勝手に世界中に立てている国が在った。
明らかな亡命の薦めを無断で設置されているというのに、
周辺の諸国が訴えを起こさないのは其の国にある“街”を心の底から恐れているせいだ。

そんな“街”中にある廃墟でのお話。
市街地の中心の筈なのに何故か無人となっている不思議な空間。
そこでは今夜も雄叫びと爆炎と悲鳴と贓物が飛び交っていた。




主賓は軍隊。身に纏うは最新という形容詞が的確であろうメタリックなパワードスーツ。
其の鋼の豪腕に持つは、口径80mmを越える巨大な機関砲。
本来ならば設置式である筈のソレを易々と振り回す事を可能としているのは、
装甲の内に潜む、神経線維の様に根を張った難解で膨大な電子回路による能力強化。
月光を跳ね返す背面装甲に刻まれたエンブレムが部隊の錬度と矜持を示している。

来賓は一人。否、一匹と呼ぶべき人狼。迷彩柄の長ズボンのみを履いた野生的な姿。
其の為に武器は一目で分かる。三メートルを越す肉体全てだ。
自前の灰色の毛皮を纏った凶悪に肥大化した筋肉。
鋼のような光沢を持つ長大で鋭利な爪。子供の頭程度もある拳。
希望を呑み込む様な巨大な口に生えた大理石のような牙。
獰猛なイヌ科の笑みを浮かべ仁王立ちする様は威風と暴威に溢れている。


最新兵器と天然凶器
対立するのも無理は無いくらいに両者はかけ離れている。


繰り広げられる死闘に生存者は其の数を減らしていく。
故に戦況は容易に分かるであろう。
軍隊の敵は一匹しか居ないのだから。


――獣は刎ねて撥ねて跳ね回る。


ソプラノの悲鳴を出し一体の頭部が中身ごと人狼の爪で刎ね飛ばされた。
恐らくは隊長格であろう唯一赤いスーツが人狼の巨体に撥ね飛ばされた。
装甲に幾つもの傷を刻んだスーツが砲撃する。人狼は飛び跳ねて砲弾を回避した。

数えるにして八人と十秒。
何も出来ぬまま次々に葬られていく仲間達。
共に笑い、共に泣き、共に戦った仲間たちの無情な最期を見て
最後の生き残りとなった若者は叫ばずにはいられなかった。

「クゥソッッたれがアアアアアアアアアァァ!!」

――ドッウン!ドッウゥン!!ドッッウウゥゥン!!!

激昂に身を任せ若者は乱れ撃ち、廃港に彼の憤怒が顕在したかのような火炎の華が咲く。
けれど、憎悪と殺意の贄は周囲の壁面と地面のみ。

――思念式発射機構により可能となったスインク&ファイア
――目標到達時間を大幅に削減した多段加速式の豪速砲撃
――実質的に再装填速度を無にした高速連射
――二酸化炭素と熱量と光量、生命体の発する微弱なエネルギーを捕らえる追尾補正

虐殺者の殺戮を存在定義とする特殊怪魔対策室。
其の予算の半分以上を使用した対魔武装が、ただの野生の前に平伏した。


当然であろう。世界有数の軍国主義である若者の祖国を恐怖の渦に陥れた魔獣に
この程度の攻撃が有効な筈は無い。
けれど、そうと知りつつも若者は手を動かさねば気がすまなかった。


――ガッ!


四桁に及ぶ足掻きの末に、一発の砲弾が人狼の胸に炸裂した。
若者は魔獣の胸元で爆炎が轟くのを確かに感じた。


正に万に一つの奇跡。若者は目を見開いて己の原点を思い出す。


――六歳の頃、両親を魔獣に食われた。
――復讐を誓い修練を開始した。

――四年後、女に出会った。
――五月蝿い女だった。

――それから八年の月日が経ち特殊怪魔対策室に配属された。

――魔獣を狩った。ただ只管に直向きに闇雲に。
――嬉しくて楽して何故か空しかった。

――気がつけば女が泣いていた。
――意味が分からなかった。

――更に三年経つと女の涙の意味が分かった。

――女が妻となった。
――息子が生まれた。


――生きる意味を知った。



次々と思い出される自分の歴史。余りの多さに違和を感じたが


爆炎を纏いながら迫り来る人狼を見て走馬灯なのだと納得した。


【独狗】は強靭な肉体の凶悪な嘲笑と強烈な突撃で
叫んだ若者に激突した。

――ドッガアアアアアアアァァン!

二トン近い肉塊の驚異的で狂意的な速度の衝突に
質量的にも硬度的にも理論的にも存在を圧倒された
人類の戦意の象徴である二百四十七枚もの装甲は粉々に砕け散った。


肺に残った酸素を根こそぎ奪われて、呼吸も出来ずに若者はくの字に折れて飛ぶ。
一里を越える距離を地面に接触することの無いまま吹き飛び続けた若者の快速飛行は
廃工場の壁面に奥深くめり込むことで漸く終わった。

――バッコオォォン!

パワードスーツの頭部が砕け、破片が残る隙間から青い右眼と鼻梁が覗いた。
口と後頭部から鮮血を吐き出した。肋骨も何本か折れているだろう。

けれど、若者は現実から逃れようとする肢体を気迫でねじ伏せ、獣に眼光と砲口を向けた。
其の瞳は未だに死んでない。

「む、まだ息があるか。すまんな。今楽にしてやる」

砲弾が炸裂した辺りを前足の爪で掻きながら、二本足で立つ人狼【独狗】は喋った。
恐ろしいことに人語を解せるようだ。

「ぐるぜべぇよ」

――戦車でも壊せるシルバーブリットが直撃したってえのに痒いだけかよ
悪態すら上手く吐けない。代わりに血を吐いた。

左半身のコントロール権が無くなった。規格外の衝撃で回路がやられたのだろう。
――だからどうした、まだ半分もある

視界を埋め尽くす天然の赤で自分がデッドラインを越えた事は分かっている。
――だからと言って即座に死ぬわけじゃねえ

ぼやける意識と鳴り響くアラームが白旗を挙げて己の尊厳を投げ捨てろと嘲笑う。
――黙ってろ

終わりたがる肢体のせいで銃すら上手く持てない。
――だからって


背骨が折れようと臓腑が潰れようとも曲げられぬ砕けぬモノが若者の眼光に殺意を灯す。
口が裂けようと語るべき事は握り締めた砲銃が語ってくれる。
手に持つ砲口が代弁するのは殺意溢れる命令文

襲い来る睡魔を払いのけ、折れぬ刃心で眼光に力を込める。

――テメエの恋人と子供を食い殺されといて許せる訳が無えだろうが


「しかし、この“街”にまで追っ手が来るとは。
気づかれるのが予想以上に早かったな。
商談まで十日を切ったとはいえ、此の調子では奴等が来る可能性すら否定できんぞ」

向けられた殺意を気にも留めず【独狗】は呟き、考える。

“狩能人”が来る可能性を。
人狼側も高位の魔人が派遣されるから成否には問題はない。
けれど、両者の争いに巻き込まれれば・・・。
自分の立場と自らの胃に含んである箱の重要性を噛み締め、思わず人狼は苦笑を漏らす。

【独狗】は分かりきった未来予想を忘れ、今は食事でもしようかと
壁にめり込んで身動きが取れない若者に八つ当たり気味に近づいていく。

「それにしても、爵位持ちの上級魔人すら生きては帰れなかったという噂の割には
この“街”は拍子抜けだな。
出向を言い渡された時は死をも覚悟したのだが、なんてことは無い。
“街”に狩場を移して一週間が過ぎたが、ただの住み心地の良い歓楽街ではないか」

【独狗】が呟いたのも無理の無いことだ。この“街”は外から余りにも恐れられている。
化け物と呼ばれる【独狗】でも入るには相当な覚悟が必要なぐらいには。

駐在する警察官は戦場における国軍兵士レベルの武装を常時義務付けられているだの
世界最凶の治安を誇り年間死者数が小国の人口と比較しても桁が変わらないだの
人間は一切住んでおらず化物が往来を闊歩する魔王の領土だの
実は神により築かれた永久を冠する楽園だの
生きるモノの居ない黒穴だの
外との交流が無い為に曖昧で根拠のない憶測が言われ放題の孤独な“街”。

確実な事は“現実と幻想の戦争”から逃れられた唯一の場所ということだけ。


しかし所詮は旧時代の遺物か、と鼻で笑いながら【独狗】は続けた。

「これ程に豪勢な量を食しても誰一人騒ぎ出さないとはな。
私の様な者にとっては実に棲みやすい土地柄をしている。
まあ化け物が棲むと言うから当然と言えば当然か」


「あっ、オ客君たち見ぃつけた」


唐突に何者かの声が【独狗】の狩場に響いた。
修羅場に混ざる心算にしては気が抜ける程の間延びした声だった。


「何者だ!?そこで何をしている」

【独狗】は瞬時に跳躍し反転し、声が鳴った方角に爪牙と咆哮を向けた。
人狼の眼光には油断も恐怖もない捕食者特有の輝きが顕れていた。

「フーでもワットでもバイトだよ。それだけ五月蝿けりゃ馬鹿でも気付くと思うけど。
まあ、それはともかく昨日の夜に大きくて汚い寂れた酒場の外でオ食事しなかった?
確か5人家族だったと思うけど」

【独狗】の金色瞳に映ったのは、白いカッターシャツに黒の長ズボン。
黒い短髪の下に位置する顔立ちは女人の様に整っている。が、
半笑いと呼ぶべき奇妙な表情に歪められたせいで奇怪で歪な雰囲気を醸し出している。
右手はズボンのポケットの中に入れており警戒を感じさせない完全な棒立ち。
乱入者は典型的な夏場の学生といった風な日系少年だった。


若干アクセントのおかしい挨拶のような口調に呆けたが少年が“称号”を持っておらず
無防備な無手である事に気付くと、警戒を解き【独狗】は口角を吊り上げて嗤った、
また一人餌が増えたと。
―――話しかけられる寸前まで気配に気づかなかった事も忘れて

異形の笑みに何を感じたのか、怪物にも劣らない奇妙な貌で少年は喋り続ける。
壁にめり込んだ若者は逃げろと叫びたかったが声に力が入らない。

「折角、店の近くまで来たのなら入れば良かったのに。
やっぱり近所の野良犬にも不味い店って評判立ってるのかねェ?
まあどうでもいいけどさ、オ行儀良く食べましょうよ。
君が食い散らかしたせいで烏とか猫が集まって鬱陶しかったんだからさあ。
でも、営業妨害されたのにオ客さんは減らなかったんだよ。凄いでしょ。
近所の人に言ったら、不況に負けない逞しい発想転換だなって褒められたしね」
「・・何の話だ?」

状況に合わない長口上な台詞に人狼は思わず尋ねた。

「近所の人から何故か僕のせいにされてね。今日一日ずっと掃除させられたんだよ。
其の時、オ食事したのは外から来た人だって気付いたんだ。
ソレを近所の人に言ったら、食い散らかした犯人に迷惑料払わせろって頼んできてね。
ってことで迷惑料払ってよ」

結局、理解できない説明に獣は少年に対して興味より食欲を優先することにした。

「断る。お前で食事をすることに決めたからな」
「ケチ。じゃあいいよ、身体で払ってもらうから。
だけど、狗汁なんて犬の餌にもならないくらい不味いらしいんだよねぇ」

少年はそこで言葉を一旦切り、思い出したかのように人狼に尋ねる。

「答え聞いてないから、もう一度聞くけど君だよね。
掃除したときに嗅いだ匂いがしてるし。
まあ余分な匂いが八十人くらい混じってるけど“街”の外で食べたんだよね?
この辺で三年前にオ婆さんや幼児が食べられたって話は聞かないし」

“目覚めて”初めての食事の種類と時期を当てられて獣は少年に対する認識を
僅かに改めた。

「・・お前も追っ手か、丸腰とは笑わせてくれる」

言いながら人狼は前足をズルリと地に着け、狩りの構えを取る。

「オ手?別にしなくても良いよ。何か湿ってそうでヤだ」

ギチギチと音を鳴らしながら凝縮し隆起していく人狼の脚に何も思わないのか、
少年は軽口を返す。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッッ!!」

獣は会話を断ち切る雄たけびを挙げ、四肢に込めた力を解放した。
コンクリートの地面が爆ぜ、人狼に爆発的な推進力を与える。
その叫びは自らが踏み砕いた地面の悲鳴を掻き消す野生溢れる轟音だった。

少年と人狼の距離は優に二十メートルは有る。
どう考えても一跳びでは少年には届かない筈の突撃は、
常軌を逸した筋力により一呼吸の間も置かず少年に到達しようとする。

「ガア?犬語って分からないんだけど」

爆発的加速で迫り来る獣の咆哮に、少年は反応できないのか一歩も動かない。
唯一の動作といえば挨拶する様に左手を挙げた事ぐらいか。

そんな化け物と少年が交錯した。


壁にめり込んだ若者は声にならない声で叫んだ。
少年の左半身が赤く染まったのを見てしまったために。


――マズイな
少年の左手を口に含んだ人狼の感想はその一言に尽きる。

少年は千切れかけた右腕から噴水のように昇る赤い血を眺め

「あちゃあ。しくじったなあ」

血に塗れた自分の胸元を見た少年は自然と呟きを洩らした。


少年は振り返った。
少年は既に遠く離れた背中を見ながら言う、

「口開き過ぎだよ。服が汚れちゃったじゃんか、血って落ちにくいのにさあ」

“左手に右腕を”持ったまま。
――少年が左の逆手で引き裂いて奪った人狼の右上体の一部を

返り血に染まる少年の半笑いに翳りは無かった。

常識では有り得ない異形が襲い掛かってきたというのに
自らの半身以上を赤に染めたというのに少年の眼光に驚愕や怯えは見えない。

震えない胆力が意味するのは経験。
揮われた暴力が意図するのは余裕。

つまりは起こりえる常識の範囲内だと確信した動き。
故に少年にとっては当然で日常なのであろう。
【独狗】が漸く其の事実に気づいた。

自分は少年にとっては既に幾度も狩られた事のある存在なのだと。

「バイバーイ。あっ、迷惑料どうしよ」

――こんな化物と出会ってしまうとは
【独狗】は心の中で呟きながら左寄りに倒れこんだ。
身体の四分の一もある膨大な質量を損失した為にバランスが悪化したせいだ。

「まあコレで良いや。ところで壁にめり込んでるオ客君も外から来たんだよね?
オ仕事取っちゃたみたいだし飲んでいってよ。
 半世紀くらい寝かせたワイン並のオ値段がする濁酒が飲めるよ?」

コレと呼ばれた、右頬から右脇腹までもある肉塊は少年が来た方向に投げ捨てられた。
投げ捨てた左手にこびり付いているのは人狼の舌肉であろうか。
少年の黒い瞳は屍の山ではなく、最後まで健闘していた若者に向いている。

完全武装した一個中隊を惨殺した獣。
ソレを刃物すら持っていない少年が片手だけで狩ったと言われて何人が信じるだろうか。
――“街”の人口は不明である為、正確な解答は出来ない。

「ん? あーあーあ。もう少し保てばいいのに。
コレも僕のせいにされるじゃないか。証言者が一人ぐらい居ても罰は当たらないよ?
まあ早めに掃除しとくか」

そんな独り言を呟いて少年は人狼の屍に近づいた。
そして、地に伏す獣の腹を踏んでそのまま歩き出す。
死に絶えた獣は自らが散らした汚物を纏いながら進んでいった。
灰色の毛皮が地面から汚物を略奪していく様は自然の摂理を体現しており
其のアクセントは捕食者から転落した人狼には業火よりも似合っていた。

壁にめり込み砕けたパワードスーツから瞳孔の開いた青い目が見える。
其の瞳には迫り来る雑巾と成り果てた人狼が映っていた。

獣の表情は左頬から下が欠けている為に不明。
獣の生死は剥き出しになった心臓からも明白。

若者が其のことを理解できたとしたら何を感じるのだろうか。



[18939] 二話
Name: シンシ◆dba5d755 ID:88208eeb
Date: 2010/05/19 20:38
口と手を開いて閉じて開く。   痛みは無い
手首と足首と首と肩を回す。   痛みは無い
胸筋と腹筋と背筋を曲げる。   痛みは無い

           
                   よって異常


生死の境を越える程度の致命傷を受けて傷一つ残らない。そんな阿呆な現象を説明するには夢と云う現実否定が最も理に適う。


けれど、
    嗅覚で  生活感を感じない臭いを
    触覚で  直に触れた堅い床の冷たい感触を
    聴覚で  染みのあるベージュ色の壁から外の喧騒を
    視覚で  窓から見える外と埃の溜まった広い部屋を


                全身で世界を感じてしまった。


コレが夢など有り得ないしアレは夢でも在り得ない。堅い床に寝かされている状況に疑問はあるが不満は無い。


「生きている」

人狼【独狗】に撥ね飛ばされ殺された筈の若者は自分に納得させるように呟いた。
そのまま首を鳴らして、真っ先に確認した周囲の状況を再び確かめる。


天井には古臭い型の蛍光灯。自分は上半身裸でズボンを履いただけの状態。
床にはハイスクールから持ってきたような椅子と長机とコップが散乱している。

そして、奥には大量の酒瓶を置いた棚とキッチンとドアがある。
棚の瓶が平気で蓋が開いている事から持ち主の性格が推測できた。

其の程度しか物が無いのに整頓されていない部屋を見渡していると


「おや、目が覚めた?」


学生服のような衣装を纏った少年がキッチンの傍にあるドアから出てきた。


昨夜(と言っても若者の主観だが)、魔物を素手で葬った少年は酒瓶と二つのコップが載せられた丸盆を持っていた。

「・・ああ」
「何だよ。悪夢でも見てる様な顔してさ」

――まあ、実際に目の前に居るからな


少年のシャツは依然として赤に染まっていた。


若者は少年の変わらぬ服装を見て、これが普段着ではないかと考えながら聞きたい事を口にする。
幸運な事に警戒の無意味が理解できる程度には経験を積んでいた。
少年が其の気になる。それだけで若者が事切れるには事足りる。

「悪いな、顔に出しちまったか。ところで、俺は死んだよな?」
「死んでたよ。だから?」

平然と言われた。

「だからって」
「ああ、掃除始めようとしたらオ医者さんが来てね。
 気に入ったって言いながら生き返らしたんだ。ついでにゴミ全部持って行ってくれたし良い人だね、あの人」
「生き返らせた?魔術と技術のどっちの医術で?」

本当に蘇生したのか治癒を比喩的に言っているだけかは分からないが、蘇生自体は現代なら珍しくはない。
けれど、若者の重傷に対して縫合跡も幾何学的な紋様の呪札も無いのは異常だ。
医療所までの移送時間も考えて、有り得るとすれば最高級の医学術。

国家予算並の研究投資された神秘の領域に達した医療技術。
冥府から召還し直すという超上級魔人並の禁魔術。
はたまた生命活動を活発にする僧侶の祝詞や機械による人体再生や人格複製。
もしくは“街”のオリジナル医術というのも十分に有り得る。

得体の知れない僥倖に沸いた疑問は

「知らないよソンなの。まあ、とりあえず飲みなよ」

一言で切り捨てられてしまった。

「・・まあ、生きている事だけ分れば確かに十分だな」

――噂が本当だったってだけだろ

何故自分は生きている等との禅問答は宗教家が行えばいいことだ。
後遺症すらなく動く右手で少年からコップを受け取る。
礼を言おうとして少年が命の恩人であろうことに漸く気がついた。

「ありがっっずうううウウ!」

「はは。何語喋ってんのか全然分かんないや」

ありがとうと言おうとした舌に衝撃が走り、思わず吐いた。ズボンにも掛かるが構っていられない。
東洋で評判の“アオジル”なるモノを飲まされた事があるがソレの次元ではない。本当に何を飲んだか理解できない。
最大級の刺激を感じ、若者は完全に目が覚めた。

嫌がらせで飲まされたのかと思って少年を見るが少年は平然とコップに口を付けていた。

――味覚障害者か
冗談抜きにそう考え同情混じりに謝罪を口にする。

「あ、いや。悪い。つい口が滑った」
「気にはしないけど凄い滑り方だねえ。入れたモノを吐くなんて」

浮かべる半笑いの質は昨日見たのと変わっていない。
此の顔は浮かべる本人ではなく見た者こそが意味を決めるのであろう。

「そういう意味じゃないんだが、とにかく悪かった。
それと、普通は初めに言わなきゃならなかった事だけど混乱して言うのが遅れた。
助けてくれてありがとう御座います」

息を整えてザ・パング生まれの先輩に教えられた東洋の感謝を行う。

まず、正座と呼ばれる座り方をし背筋を伸ばす
次に、感謝を言いながら手をハの字で地に着けて
最後に、相手に首の後ろ側を見せるように深く頭を下げた。

“土下座”の状態で少年からの言葉を待つ。

暫らく待つ。

・・・。

もう少し待つ。

・・・。

リアクションが無い事を不思議に思い、頭を上げると
少年は奥で何故かワイシャツを持っていた。零した酒(と少年が言い張る汁)を拭く雑巾代わりにするつもりなのだろう。


「・・・ありがとう御座います。ところでさ、お前何者なんだ?」
「バイトだよ」

感謝のタイミングを外され気落ちしながらも立ち上がり、少し大きな声で少年に尋ねたら全く説明になっていない返答が帰ってきた。
名前すら含んでない情報に満足できず、詳細を尋ねる。

「職種は?」
「この酒場でオ酒売ってるんだ」

酒場で働いているアルバイトということだろうか。殺し屋か何かだと思っていたのだが。
少年の方に向かいながら若者は引っ掛かりを覚えた言葉に疑問を放つ。

「ここは酒場なのか?」
「そうだよ」

ノータイムの返答に若者も一瞬納得しかけたが、どう考えてもそうは思えない。
酒瓶は確かにあるが売り物に対する扱いではないし、そもそも酒や食べ物やタバコなどの匂いが一切しない。

――何故アルバイトが魔物以上の力を持っているのか

という質問に意味は無いのだろう。
若者の祖国にも一般人の筈の異常な強人は居た。しかも、ここは全世界から恐れられている“街”なのだから。

「なんで、あんなところに来たんだ?」
「近所で馬鹿騒ぎしてたから店にオ招きしにね。
そうしたら、食い散らかしてたワンコのオ客君が居たから頼まれてた迷惑料を貰おうと思ってさ」
「近所?あの辺りは無人・・・ん?」

ワイシャツを受け取ろうとした若者の目に罅割れた地面が映る。
窓から覗く断片的な情報が若者の一つの疑問を解消させる。

「ココって人狼と闘ってたアノ工場の近くか?」
「そうだよ。此のオ店が出来てから皆オ引越ししたみたいだけど。何でだろうね?」

――そりゃあ怖いからだろうよ

若者が聞き込みをする際、此の辺りは化け物が出ると近隣の住民から恐れられていた区域だった。
其の情報に若者達は人狼の巣だと確信したが、どうやら恐れられていたのは違うモノだったようだ。

「ねえ、そんなことよりさ」

警戒心丸出しの完全武装で“街”を探索していた時の事を思い出していると少年の顔が寄って来た。
仄かな香りと顔立ちに一瞬、性別を誤解していないか不安になる。
けれど、この程度で動揺するほど子供ではないと阿呆な考えを振り切り大人の口調で言葉を返す。

「何だ。昨日のことならこっちが聞きたいくらいなんだが」



「オ酒代払ってよ」


「金取んのかよおおおォォォ!! 今の流れって言うか、あのクソい飲み物でエエェ!?」

思わず叫んだ。
――まだ十代後半で通用する筈だ、たまにはガキに戻らせろ。

「言ったじゃんか。50年くらい寝かせたワインのオ値段がする濁酒が飲めるって」
「ボリ過ぎだろうがッ価値を考えて値段決めやがれ!割に合わないにも程がある!!」
「買い物したら損するに決まってんじゃん」

ん?噛み合わない少年の言葉より何か引っかかりを感じ、眉を寄せる。

「酒?アルコールなんて入ってねえぞ、コレ。いや、良く味わって無いけどさ。匂いもしないし」
「アルコール?何ソレ?」
「は?」
「ん?」

外と“街”との文化の違いか?
いや、少年の手にある酒瓶のラベルは自分が住んでいた国でも使われている種類のモノだ。
というか、人狼の探索時にも飲んだが普通に飲めた。

――仕事中に飲むなって?犠牲者が出る可能性を考えろ?
――魔物狩る為だけに在る集団は、目の前に居ないモンまで守れるほど強くはないんだよ。
――犠牲者が出れば、結構な確率でメンバーが増える様な大事なモノを守れなかった連中の集まりだ。

恐らく、外から流れてきた文化を吸収して統合しているのだろう。
四日前の入国時から世界共通言語も換金するまでもなく外で使っていた通貨すら通じている。
噂とのギャップに驚いていた自分達に苦笑していた周囲の視線が若者の脳裏に浮かぶ。

――もう、あいつ等と飲めないんだっけか

脳裏に皆で馬鹿みたいに羽目を外して呑んだ光景が浮かんで、つい考える事を避けていた事を感じてしまった。
悔いはねえ、と苦笑しながら若者は現実に戻る。

「・・まあいい。命助けて貰って世話までしてくれたんだ。そのくらいは払わせてくれ」
「毎度ありい」
「けど、今オレ金持って無いぞ」


「無銭飲食?」


一瞬で部屋の空気が冷えた。体感温度でマイナス10℃。


「・・・・いや、戦闘後のことなんざ考えていなかったし。あ、俺の装備があるだろ。
アレ売れば金になるんじゃねえかな。もう使う気ないし」

若者の目的だった仇討ちは目の前の少年が達成してくれた。
魔族全てを憎んだ時期はもう過ぎた若者に私怨以外の理由で対策室の安月給でこき使われる気は無かった。


「現金以外は受け付けないよ。って言うか君達が着てたのならオ医者さんが持って行ったってば」

――対策室の経費の六割近くを使っている技術部の執念の結晶をゴミ呼ばわりか
そんなことを考えていると少年が雑巾を机の上に投げ捨てた。
空いた手で何をする気かは半笑いの表情で理解できる。
お前が飲ませたんだろうが等との弁明が通じるようには思えない迷い無き動作だった。

「いやいや待て待て。そうだな、皿洗いくらいならやれるぞ」
「何で皿洗い?コップしかないよココ?」
「は?」
「ん?」

命乞いのように言った言葉に少年は挙げかけた左手を止め、首を傾げる。
今までの違和感と少年の言葉から奇妙な推測が出来た。

「・・・お前、ここで働いてるんだよな?」
「そうだよ」
「何人くらいで?」
「僕一人だよ」
「店長は?」
「雇ってないよ。僕一人で十分だし」

経営者なのか、お前。

「・・・もしかしてさあ」
「何?」
「お前、酒場って言うか飲食店がどんな店なのか詳しい事知らなくて、それっぽい事しようとしてるだけじゃないのか?」
「なんで分かったの? 大体こんな感じでしょ」
「全然違うわああアアアアアアアァァ!!」

近所迷惑も考えず若者は本気で叫んだ。
憎悪なしで心の底から叫んだのは何時以来だっただろうと考えながら。


--- side 生き残った奇運の若者


祖国に戻る気はない。

帰れば脱走と見なされるか、私怨で部隊を先導した罪かで投獄されるだろう。
装備一式を大人数で勝手に持ち出したのだ。最低でも一世紀は人権を剥奪される。
この“街”には元々、骨を埋めるつもりで来ていたのだ。
予想より長生きできるようだし、この変な奴に余生を遣うのも悪くない。
脱走した自分達に対策室が追っ手を出す可能性もないし迷惑ではないだろう。

人員の八割が私怨で活動をしている対策室は人間に興味がなく魔物の為にしか動かない。
“街”に来るとすれば人狼を狩りに来るという理由の方が自然なくらいだ。
それにしたって隊員の内、人狼の被害者の遺族に当る者は昨日オレを除いて死んだから
基本的に自己中心的な連中が、“街”の外に腐るほど居る魔物を放って人狼を狩りに来る
訳はないのだ。

人狼が何か重要な役割を担っていたとすれば話は別だが



[18939] 三話
Name: シンシ◆b4dbf9af ID:7bb5c181
Date: 2010/05/21 22:24
世界から独立したとある“街”。
其の中心部にバイトと名乗る少年が酒場と言い張る古い一軒家があった。
周囲の良好な景観から明らかに浮いている其の奇妙な店は、
客が居ないのは当然として前を歩く者さえ居らずに寂れきっている。
玄関に死体が山積みになったまま放置されるような事もあった為、当然ではあるが。
けれど、何事にも例外があるように此の店にも客は居る。
死体を踏みつけて入るような図太い客が。


###

「アレ?なんか酒場っぽくなってらァ。お前ら、運いいな。今日は罰ゲームはねえかもよ」

塗装が剥がれたドアが開き、寂れた店にそんな声が響いた。
其のハスキーボイスは人の上に立つ者特有の響きをしていた。

精悍な男達を引き連れた美声の主は、染み一つない純白のスーツを着こなす麗人であった。
天然の輝きを放つ瑠璃色のボブカットと緋の瞳。
粗暴な口調であろうと男物の衣装を着ていようと一目で女人と判断できる丸みを帯びた体つき。
身に纏う品物には飾り気も無く、敢えてファッションと呼ぶなら髪と同色のバンダナ程度か。
髪どころか右眼まで塞いでいる事から眼帯代わりなのかもしれないが。

化粧にも性格が現れており、スマートに纏まっている。
余分と呼べるモノはスーツを盛り上げている胸部のふくらみ程度。

その無駄の無さが凛とした色気を醸し出している。

麗人の声に後ろで控えていた大柄の男達が騒ぎ出す。
寡黙そうな男達が小躍りしている様を見ると真剣にキツかったらしい。


「オ皿洗い君が酒場が何するトコか教えてくれたんだよ」

数少ない常連の入店にも一応の経営者である少年は、
いらっしゃいませとも言わずに左手の人差し指をキッチンに向けた。
白いカッターシャツに黒いズボン。
少年はバイトと名乗る日系人だった。

「いらっしゃいませ」

指差されたのは金髪の若い男。掃除をしていた手を止め、驚いた顔で会釈をした。
恐らくは彼が此の店で勤めてから初めての来客なのであろう。
中々の男前で体格も良くバーテンダーの衣装が良く似合う若者だった。
顔全体を覆う古傷も無骨な面構えに箔を付け、体育会系の会釈も中々に誠意を感じる。

――見慣れない顔だな。多分、外の科学圏から来た軍人って処か
一瞥しただけで若者の素性を見抜いた麗人も軽く会釈を返してから少年に話しかける。

「ふうン。幼稚園児のままごとで出すような汁で良く金毟れるなァと感心してたが知らなかっただけか。
 無知ってェのは大罪だなァ」
「はは。確かに君に鞭を持たせたら酷い事になりそうだね」

麗人がバイトと噛み合わない軽口の応酬をしながら、丸テーブルの席(以前は勉強机と椅子だった)に着くと

「いらっしゃいませ。御客様。御注文はいかが為さいますか?」

慣れていない手つきでメモを持ち、オ皿洗いと呼ばれた若者がオーダーを取りに来た。

――割と照れ症、軍人にしては堅い感じがしねえな。軍というより私設部隊出身か?
  愛想は良いし傷痕さえなけりゃ接客業には向いてんなァ

よくやってくれたと、肩を叩かれている若者が耳を赤くしているのを見て
麗人はそう考えたが、実際は強烈とも言える美貌を間近で見たせいだ。

「そこで年甲斐もなく騒いでる阿呆共に聞いてやれ。アタシは未成年だ。
 ああ後、初めまして。アタシの名前はヤシャラ=シュラ=シェラバーグってンだ。
 適当に略してくれ。よろしく」
「西方から来ましたグロックン=ジェンガーと申します。
 至らない処があるかと思いますが精進しますので何卒よろしくお願いします」

皿洗いの若者は無駄なき麗人ヤシャラの名前と年齢に戸惑いを見せたが言葉には見せず、
名乗り返し麗人に握手を求めた。

しかし、ヤシャラがもう自分を向いていない事が分かると
怒りもせずに手を戻して大柄な男達にオーダーを取り始めた。
言う必要性を感じないのか、ヤシャラは素性や少年との関係等は語らないし聞かない。

「ていうかオ酒が何かくらい教えてよ」

挨拶が終わったのを見計らった訳ではないだろうが、少年が再び麗人に話しかけた。

「スゲエ責任転換だなあオイ? アタシはオマエの母親か?
 その知識量で何で酒場なんぞやろうとか思ったンだ?」
「バイトでもして働けってオ医者さんに言われたから」
「意味が分からないし通じてねえ。バイトについては理解する気も起きねえが、
 接客業なんか向いてねえっツってンだよ。アレか?インチキくさい適職占いにでも引っかかったか?」
「オ医者さんがオ酒飲みたいって言ったから」
「普通に酒買えばいいじゃねえか」
「え?オ酒って買えるの?」

本気で首を傾げるバイトの言葉を聞いて、オーダーを取り終えて奥でカクテルを振り出した
皿洗いの若者グロックンが苦笑する。
仕入れもアンタがやってんのか、と思考しながらヤシャラはバイトに言葉を返す。

「売りモンじゃないと思ってた物を売ってンのか?」
「作ってたよ」

其の言葉に場に居る少年を除く男達が顔を顰める。
特に不味そうにも見えない無色無臭の液に何が秘められていたのかを知る者は彼らしか居ない。


「産業廃棄物の密造酒か。訴えられる程に客が来てなくて良かったな。
飲んだこと無いから味は知らんがクソ不味いって評判だぜ」
「飲んでよ」
「さっき、飲まねえと理由付きで言ったのが聞こえてねえのか。
まあ口が裂けたら飲むかもな」


言いながら麗人は背もたれに勢いよく体重をかけながら床を蹴る。

遅れてバイトの左手が空を切った。
時空間的な解説を加えると、一瞬前はヤシャラの美顔が存在した場所だ。

麗人の背後に控える男達が一斉に銃を抜き立ち上がる。

「冗談だよ。死んでも飲まねえ」

浮いた椅子を戻しながら麗人は片手を挙げて周囲を制止する。
男達はバイトを睨み付ける者も居るが全員大人しく座りだす。
やけに素直なのは、無駄なき麗人への敬意というより慣れている為なのだろうか。

グロックンも奥で魚を捌きながら安堵の息を吐いた。本当に苦笑の似合う面構えだ。

「あっそ。じゃあ君、何しに来たの?」

――お前が何してるのか聞きたいんだが

愛想笑いを浮かべながら客に酒と食べ物を持ってきた皿洗いの筈の若者を横目で見ながら
“街”の顔役であるヤシャラは返答を行う。

「毎回聞くよなソレ。
仕事でも頼みに来なけりゃァ可愛い部下に泥水啜らせようとは思わねえよ」



[18939] 五話
Name: シンシ◆b4dbf9af ID:05636c94
Date: 2010/05/22 21:47
とある世界のとある時間。
名前も不明な其の世界は端末とも呼べぬ矮小な領域に歪み狂わされた。

<魔王>召喚

異界から己に匹敵する存在を押し付けられた世界は、構成概念を深層階位から吐き出す事で安定を求めた。
けれど、世界に散らばった概念は更なる混沌と矛盾たる<迷宮>を生んで逝く。
そんな壊れ砕けた世界でのお話。



@@@



門が引き裂かれた 
扉が引き裂かれた
壁が引き裂かれた 
柱が引き裂かれた


全てが引き裂かれて引き裂かれて引き裂かれた


漂流した概念によって魔境と化した何処かの廃村。
元々は唯の心霊スポットであった其の場所は人々の想像によって<迷宮>に変貌した。

染み付くは血痕。棲み付くは怪物。
噂を媒介にして膨張する想像から創造されるのは生者を拒む魂魄無き群体。
己等とは無関係という根拠無き楽観的思考から外界と断絶する壁が顕現し、
必然的に生じる食い違う無数の矛盾から複雑な構造を成す。

其の入り組んだ思考迷路に力業で一本の道が生成される。
引き裂いて歩むのは白と黒の上下に身を包んだバイトと名乗る日系少年。
信じられない事に其の手は空だった。

「おっ。オ化け君、見ぃつけた」

死臭に満ちた武家屋敷の中、少年の半笑いを迎えるのは、
蜃気楼のように雑音のように漂う無機なる亡霊
作られた笑みに似合わぬ血化粧をした人形
空洞の眼と灰色の貌をした肉皮無き屍


存在を汚染された鼓動無き物達=魔物と呼ばれる恐怖の群隊は


「オ邪魔するね」


挨拶のように挙がった左手に四散した。
逃亡する魔物達の貌には有りえない筈の恐怖が浮かんでいた。

「誰か返事してよ。寂しいじゃんか」


呟きながら先日、廃村に出現した<宝>の回収を依頼された少年は
目前にある内壁を引き裂いて目的地に躍り出る。

「オ邪魔するよ」

一直線に貫通された武家屋敷はガラガラと音を鳴らして崩れ落ち、血潮のように魔物が溢れ出す。
幽霊屋敷から出た少年は天井も無い無駄に広い空間を見る。

風化しかけた無残な住宅地
空に浮かぶは不気味な灰雲
草葉も無い泥とコンクリートで構成される地面


そして

傷だらけの厚い甲冑を纏う若い剣士
其の顔には亡霊には出せない精気と生傷に満ちていた。

「御初に御眼にかかる。某は園田剣志と申す者。貴殿も神酒<ソーマ>を求めし者であろうか」
「フーもワットもバイトだよ。答えはイエス。オ客君から頼まれてね」

多くを語る必要は無い。生きている者はココは住めない。
ならば余所者、ならば目的は<宝>。
剣士の大盾から幾何学的な紋を彫られた長剣が緩やかに抜かれる。

同業者 同じ種族 同じ目的

故に敵

「逃げた方が良いんじゃない?」 

珍しく忠告をする少年の背後には広々と広がる空白のみ。
魔境を己の覇道に従えた汚れ一つ無い傑物。
迂回という妥協をしない怪腕に崩れ落ちた数多の廃屋と長壁が無言で語る。

―今すぐ逃げ出せ

傷だらけで魔力も気力も尽きかけた剣士との力量の差は明白。
けれど、剣士は退却を思考することは無く宣言した。

「逃げるものかよ!いざ参る!!」
「参った?随分、早い降参だねえ。でもさ」

一物を奪い合うは人の宿業か運命か。
決死の覚悟に噛み合わない返答をされようと剣閃に鈍りは無い。
様子見などは愚の骨頂。一撃に全てを賭けて剣士が地を蹴る。

其の時

「オ宝君は許してくれないみたいだよ」

キイイイイイイイイイイイイイ!

死合を邪魔する無粋な叫びが響き、剣士の甲冑が触手に貫かれた。



[18939] 人物 及び 世界 紹介
Name: シンシ◆62e23c13 ID:05636c94
Date: 2010/05/23 17:56
人物紹介

まあ基本的に出てくる奴は何処か変な奴ばっかです

【バイト】
年齢:見た目的にはR18作品を視聴してたら注意するかしないか微妙に迷うくらい
   ちなみに車を運転してたら大体の人は怒りそう、まあ注意できる人が居ればだけど
性別:男?まあ少年だしね
外見:黒い短めの髪に黒い円らな瞳 中性的な可愛らしい顔、でも半笑いのせいで台無し
   本文中では日系少年と描写されてるけど黄色人種ってだけ 身長は低くも高くも無い普通の身長
服装:夏場の学生服みたいな服装 本当に学生なのかは不明
   
紹介:“街”の住人。手作りの汁でボッタくる寂れた酒場のバイト(実際は経営者)。近所の人から教えて貰った情報を基に”街”の中心にあったボロイ
   一軒家を改良(表札に酒場と書いて部屋をぶち抜いて一つにしただけ)したけど近隣の住民に避難された。自分を含めて固有名詞を使わない。
   あと化け物。

【グロックン=ジェンガー】

年齢:二十五 性別:男
外見:ぼさぼさの金髪に青い目。顔は渋めの好青年に無数の傷跡を付けたら出来上がり 
   アメフトとかラグビーとかしてそうな肩幅の広い体格
服装:何でも着る。最近はバーテンダー服を買った(自腹で)
紹介:西方の軍事国家生まれ。両親を魔族に殺されて復讐を誓い、特殊怪魔対策室 戦十班で魔物狩りを行っていた。
   魔族狩りに狂ったが女のお陰で大分正気に戻る。で、出来ちゃった婚。
   けど、その妻子を人狼に殺されてしまい”街”に逃げた人狼を仲間と共に追いかける。まあ、後は読めば分かりますかねえ。
   割と凄い人生を送ってる筈なのに愛想も良く気遣いの出来る苦労人。

【ヤシャラ=シュラ=シェラバーグ】

年齢:未成年らしい 性別:美女
外見:薄青のシャギーが掛かった短髪に緋色の吊り目。女性にしては長身。少しキツい感じの男口調で男装(本人は自然のつもり)の麗人。
   表情は豊かな方
服装:大体は純白のスーツを着てる、当然の如く下はズボン。眼帯みたいにバンダナしてる
紹介:詳細不明。バイトの店の酒を飲まない常連。

世界説明

崩れて歪んで壊れて狂った。もうチョイ具体的に言うと人々の想像で簡単に事実が変わりかねないって感じ。
一話の開始時期は“街”に四季なんか無いって事で押し通そうよ。
PS題名思い出したんだけど変更するのもどうかなあとか言ってたらタイトルよりジャンルが長くなってしまった。


用語説明:


<迷宮>:魔族が好む概念に狂った異界 歴史や曰くのある場所が変貌しやすい
<宝> :虎穴に入らずんば虎児を得ず、って感じの希望的思考で生み出されたモノ 
     奇跡くらいは起こせる
<魔族>:弱者は<迷宮>にしか存在できないが、上位階級になれば自由に動き回る
     <魔物>:思考できない物が想像に汚染されて変貌してしまった意思を持つ物品
     <魔獣>:思考できるけど強い想像に負けてしまい変貌した獣や植物
     <魔人>:思念を自ら受け入れてしまった人間

<狩能人>:詳細不明 <魔獣>が恐れる存在らしい


“街” :基本的には舞台。なんか変な島国にあるトコロ 何故か<迷宮>だとは噂されない

特殊怪魔対策室:年間退職率85パーセント(内訳 死亡:その他=9:1)を誇る人間からも忌み嫌われた魔殺専門の私設部隊。
          市街で爆弾ばら撒く位は平気でやる。経理を含め所属している者の8割が私怨で動く。



[18939] 五話 サイドチェンジ
Name: シンシ◆98d2564d ID:05636c94
Date: 2010/05/23 16:16
--side “街”の何処か

      白い細指がボタンを押す 『レベル1 皮停』 筒に入った巨体に紅い光刃が刺さる

「“称号”は【人食い】、戯銘は【独狗】。三年前に<迷宮>にて畏怖の念を受けて誕生。
 恐らくは猟師でも食い殺した狼が『人食い狼が出る』とでも噂されて転身」

冷水のような声が響くのは、像でも入りそうなホルマリン容器や整頓された大量の電子機器が敷き詰められた明るく広い部屋

      白い細指がレバーを一つ回してボタンを押す 『レベル2 皮貫 筋停』 筒に入った巨体に深く紅い光刃が刺さる

長大な筒の中で電子メスを通されているのは人狼の姿をした<魔獣>。
横たわっている其の右半身は外界に晒してはならない筈のモノを晒していた。
右腕すらない惨状は半笑いの少年によるものだ。

      白い細腕がレバーを更に一つ回してボタンを押す 『レベル3 皮貫 筋貫 骨貫 貫了』 筒に入った巨体に紅い光刃が斜線を入れる


「了解、停止して下さい」           『了解』


人工知能に音声指令をしているのは清潔な白衣と短めのスカートを纏った細身の女性。
年齢は恐らく少女と呼んで構わない程度であろうが、長い銀髪と大人びた表情が其の判断を鈍らせる。

ガシャガシャガシャと機械的な音を耳にしながらディスプレイと<魔獣>を見比べている黒い瞳は知性的に輝いていた。

必要であろう言葉まで省略した電子機器から流れる人工知能のアナウンスを解説すれば

『6段出力の電子メスの3段目で漸く解剖可能となった』

レベル3の光熱量なら大抵の貴金属は切断できる。通常の生物の解剖用途には先ず使用されない。
隣室に並べられたパワードスーツ程度でも十分に断てる。

「身長と体重の相互関係及び筋肉と骨格の重量配分が滅茶苦茶ですね。存在格子の緩さから見て
典型的な下級<魔獣>が死亡後も消滅しない所を見ると、人々を食らう内に存在を確立したといった処でしょう。
 普通で予想通り過ぎて詰まりませんね」

背もたれを利用しない綺麗な姿勢で椅子に腰がける女性の呟きは研究室のような部屋に冷たく響いた。
其の長い生足は中々に色気がある。

「続いて、<魔獣>の内部スキャニングを開始」

女性は交差点で信号の色を確かめているような表情を浮かべながら指令を出す。
知性溢れる冷静な研究者。そんな雰囲気を持った女性であった。

『了解』

人工知能の返答を受けて、高速でキーを叩く長い指先が動く。
それに併せて女性の肩まで垂らした銀髪がふわりと揺れた。

単なるモルモットと化した人狼【独狗】の巨体を横に輪切りにするように一本の細い紅光が頭から脚までゆっくりと奔る。


「能力は身体強化のみの雑魚。それに」

最新の設備があるとはいえ僅か一名で<魔獣>解析の八割を終えた銀髪の女性は、
首を捻り隣室に置かれた九つのパワードスーツを窓越しに一瞥する。

 装甲が罅割れていたり両腕が欠けたりヘルメットが無くなっていたり砲銃を含めた回路に至っては完全な断線していたり、
 何れのスーツも重要な部品が欠けており、殆ど機能しない事が伺えるスクラップ。

「此方の武装も対魔武装にしては地味ですね。魔術的な意味を持たせる呪紋が無いのは
 製作者のエゴでしょうけど、余りに貧弱すぎる。何ですか、主装武器が機関砲って」

ピー

アラームが鳴りスキャニング結果がディスプレイに表示される。

「戦十班の捨て駒の分際で自爆装置も埋められていないとは。師匠も何故このような駄作を集めたのでしょうか」

背面装甲にある双頭竜のエンブレム=特殊怪魔対策室の証。
銀髪の女性と馴染みのある紋章に毒を吐きながら女性は首を戻して<人狼>の診断結果に注目した。

細胞の生存率:15パーセント
概念の侵食率:45パーセント
脳波及び心臓鼓動:完全に停止

表示されるのは予想通りで平凡な結果。
女性はメールチェックの様に眺めていたが、ある項で其の目を見開いて身を乗り出す。

凝視しているのは心臓付近にある内臓の結果。
忌運な事に欠けていなかった其のパーツは女性から理性を強奪した。

「・・・成る程。だから頼まれてもいないのに出張を」

女性の脳裏に浮かぶは、意地の悪そうな笑みを浮かべる青年の横顔。
そういえば、彼は去り際に笑いながら一言残していた。

自らが敬愛している青年の思惑に気づけた時、大人びた顔が拳ごとプルプルと震えて崩れ出す。

ピロン

間抜けなアラームが鳴った。
玄関に設置されたセキュリティの警報だ。


銀髪の女性の知性的な瞳にウルウルと涙が溜まっていく。
そんな状態でも診断結果の詰まったデータを送信する慣れが余りにも不憫だ。
彼女自身もそう感じたのか自棄気味に立ち上がり叫ぶ。

「師匠のバカアアアアアアアアアアアアァァ!!」

同時に立ち上がり転がるように床に伏せ

ドオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!!

年相応の愛らしさを秘めた絶叫は玄関で轟いた爆音に掻き消された。

『ジャ患者造りに行ってくるぜい。過労死スンなよ馬鹿弟子ィ。
 まっ、孤独死なら暇潰しに直してやらあ』

脳内にリフレインする師匠の言葉を思い返しながら銀髪の女性は隠し穴へと落下した。



--- side 寂れた酒場


「暇だな。テレビくらい置いとけよ。・・・買うか?
 いや、あの新聞屋の情報じゃ二週間待てば新品が値下げされるらしいしな」

グラスを磨くのに飽きたのかブツブツと独り言を漏らすのは金髪の若者グロックン=ジェンガー。
ひょんなことから現在は寂れた酒場の皿洗いをしている。
“とある事情”で手に入った軍資金で買った布巾とバーテンダー服は未だ汚れが少ない。

「あの別嬪さんは何者なんだろうねえ。個人的には腰つきが。
 ・・・いやいや、そうじゃなくて」

先日、グロックンが働き出して初めての客が来た。其の圧倒的な存在感に思考はリピートを繰り返す。
割と淡白な若者を見惚れさせた麗人の美貌に思考が逸れそうになるが、今は亡き妻を思い浮かべる事で軌道を修正する。
ちなみに浮かんだ妻の手には包丁が有った。

「絶対、ただ者じゃねえだろアレ」

そう、若者が考えたいのは麗人の力の話だ。相当な権力を握っているのは分かる。
財力を持っていることも分かる。暴力も知力も魅力も分かる。
そんな単純な分かりきった事ではない“力”の話だ。

窓の外に見える五月蝿そうな筈の街並みは何も語ってはくれない。

「バイトと同じ種類の住人なんだろうなあ」

以前、酒場の仕入れをする際に遠くまで出た時に住人に敵に回してはならないモノは?と住人に聞いて回った事がある。
ヤシャラ=シュラ=シェラバーグという名は其の時に共通して挙がっていた四つの名の内の一つだ。
派閥というより本人自身を恐れている口振りだった。

器用とは言いがたい手つきだが、拭かれるグラスも綺麗になっていく。
本気で他にすることが無いらしい。

「バイトに聞こうにも昨日から出張中だしよお」

麗人の依頼は酒場とは関係なさそうな事だった。酒も飲まずに頼まれたのは

<迷宮>[屍霊桜村]にて霊薬<ソーマ>の入手。

バイトと名乗る少年には明らかに適している依頼内容だったが、
少年自身は副業ですらないオ得意様からの頼まれ事だと言っている。
どう考えても此方のほうが儲かりそうなものだが本人にも拘りがあるらしい。
死人すら蘇生させるという霊薬にグロックンは少しだけ惹かれたが

「っていうか、住む家どうすっかな。誰も住んでないなら、そこらへんの家でも」

妻に殴られたイメージしか浮かばないので自主的に留守番する事にした。
当然だ、常人である彼が『生命を食らう桜』等という噂が
成立する様な廃村に行けば死霊の仲間入りするエンディングしか見えない。

---其の判断は正しいし間違えていない。

思考を終えたグロックンは布巾を流し台に置き、奥に行って箒を持った。
休憩する気は無いらしい。

ドオオオオオオオオオオオガチャオオオオオォォン!!

其の時、窓を震わす轟音が鳴った。
窓が割れていないところを見ると規模は小さ目だが、結構近所だ。

「・・・市街地で爆撃かよ。俺等以外にそんな事やる奴が居たとはなあ。
 ほぼ無人つっても一応は中心部だぞココ」

窓から禍煙が昇っているのが見える。

物騒だなあと溜息を吐きながら、腰にある拳銃に弾丸を装填して

---間違っているとしたら


「あん?抵抗する気かよド阿呆」


---この“街”の方であろう


柄の悪い少年が入ってきた玄関に向けた。
銃を向けることに躊躇いが無いのは少年の手に持った刀が既に抜かれている為だ。


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