小沢氏に対する疑惑が報道されるようになった途端、選挙板、ことに総合板は騒然となった。総合板には実際に選挙に関わったものが多く、日常の政治活動の中に、たっぷりとグレー領域があることを知っていた。適法とは言いがたいが、違法とも言いがたい・・・政治の現場においては、そういうことは珍しくない。多くのコテが困惑し、実際の判例に当てはめたら、どうなるかということを知ろうとした。法律に詳しいコテに質問が集中した。わたしも独自に動きを探ったが、実のところ、現場の多くの記者もまた、困惑しているようだった。理由は簡単だ。セオリーから外れていたからだ。
1.時期が微妙。衆院選挙が近く、本来ならば、特捜が動く時期ではない。
2.疑義が微妙。同じようなこと、あるいは、もっと明白な違法行為を行っている政治家はたくさんおり、その中でどうして小沢が聴取されたのか。
どちらも異例であった。選挙前、特捜は動かないものだ。検察組織とて、官僚組織の一部であり、そういった配慮は必要になる。ことに衆院選においては政権交代が確実視されており、民主党は官僚組織改革を訴えていた。その党首を「あげる」以上、明白な証拠、証人を、検察は確保しているはずだった。
ところが、そうではなかった。
小沢一郎を清い政治家だと言うつもりはない。鳩山由紀夫にしてもそうだ。世襲の末、議席を得た議員、あるいは固い地盤を持っている議員は多かれ少なかれ、なんらかの「傷」を持っている。
まず問題を切り分けていこう。
小沢氏が問われた疑惑は、水谷建設(ということになってるが、検察の本命は鹿島建設)からの闇献金と、政治資金規正法違反だった。地方行政において、官製談合は日常のことだ。地方に住む人ならわかるだろう。地元の建築会社の子弟が、多く役所に入っている。わたしの祖父は地方有数の建設会社を起こし、その次男、すなわち叔父は、市役所の助役までやった。入札情報など、それこそ水道の水のように漏れていたし、誰が受注するのかまで、役所の課長が仕切っていた。
いつだったか父に呼ばれたことがある。
「これをふれ」
渡されたのはサイコロだった。
ふった。
周りにいた男たちが大声を上げた。
「もう行っていい」
父は百円玉をくれた。
「ジュースでも買ってこい」
思い返してみると、あれは、どの業者が受注するか決める場だったのだと思う。わたしがふったサイコロが、その目が、何億が動かしたのだ。
スーパーゼネコンもまた同様で、与党、すなわち自民党の有力政治家の地元秘書が、公共事業を仕切っていた。政治家本人は、いちいち口を出さない。政治家の価値が下がるし、面倒だし、危ないからだ。口を出すのは、選挙が弱い政治家だけだ。
小沢一郎はどうか。とても選挙が弱いとは思えない。そもそも、大半の期間、彼は野党だった。
ただし彼に影響力がなかったとは言わない。地方独特の事情があるからだ。たとえばある砂防ダムを作る。そのとき、私有地を通る必要があったりする。もし所有者がごねたら、工事は進まない。そういうとき、顔を出し、説得するのが地方の有力者だ。そして彼らは集票マシーンでもある。たいてい彼らは自民党の党員だし、それは今も変わらないが、岩手においては小沢シンパの自民党員がいる。
彼らを説得できるのは小沢氏の秘書であり、支援者だ。
もっとも、北陸における森氏、山陰における青木氏、茨城における伊吹氏、北九州の麻生氏などは、小沢氏以上の権勢を誇っていたのではないか。ひとつの証左として、談合の発覚により公共事業からの指名停止を受けた業者、すなわち真っ黒の業者からの献金を、多くの自民党代議士が受けている。
五分ほど検索をかけてみよう。
河村建夫前官房長官、麻生太郎前首相、古賀誠元幹事長、小渕優子前少子化担当相・・・五分ではなく、一分でこれだけ名前が挙がった。
さて小沢一郎の名前はあるか。民主党議員の名前はあるか。
検索例を五十件ほど探っても、まったく出てこない。
もっと探せばあるのだろうけれど、その十倍のペースで、自民党議員の名前が蓄積されるだろう。
繰り返すが、筆者は小沢氏を白と言っているわけではない。麻生氏などのように、談合業者からの献金は見つかっていないが、彼ほどの権勢を持っているならば、擦り寄ってくる業者は少なくなかっただろう。ことに談合決別宣言の前は。ただ、選挙に強く、数十人の秘書を抱える彼が、いちいち談合に関わっていたとは思えない。
そして談合決別宣言前のことならば、他にも当てはまる代議士なぞ、いくらでもいる。
談合決別宣言とは、2006年1月に、日本を代表するスーパーゼネコンが、それまでの談合を認め、以後はしないと誓った儀式だ。以後はしないから、以前のことは詮索しないでくれというサインが含まれている。事実、談合決別宣言のあと、以前の案件で起訴や事情聴取された国会議員はいない。
http://mainichi.jp/word/archive/news/2007/01/20070123ddm003040145000c.html
唯一の例外が、小沢一郎だ。問題とされた胆沢ダムの受注の大半は1990年代で、当然、談合決別宣言の前だ。
小沢氏が問題になるなら、森氏も、青木氏も、いや、大半の自民党議員もまた、事情聴取を受けるべきだろう。ことに事実関係が明白になっている麻生氏、小渕氏、河村氏などは、真っ先に調べられるべきではないか。
筆者に対し、あるマスコミの人間は言った。
「特捜は田中派が嫌いなんだよ」
捜査機関が、そのような好悪で動いているとは思いたくない。
しかし調べれば調べるほど、関係者の言葉を聞けば聞くほど、否定できなくなる。
当然、公人だと思うので、小沢捜査を指揮した人物の名を記す。
佐久間達哉。
長銀事件や、福島県の汚職事件を指揮した。長銀事件は被告の無罪が確定し、福島事件では地裁で検察が敗北し、高裁ではさらに減刑された。
彼が黒に切り込んで敗北したのか、出世欲に駆られたゆえの暴挙を繰り返したのか、それはわからない。
とにかく、小沢氏に対する逆風は、収まらないし、また国民も意識しないだろう。
昨日付けの新聞各紙が小沢氏の政倫審出席と、その公開を伝えた。しかし、見出しは非常にネガティブなもので、「選挙前のみそぎ」「儀式」という文字ばかりだった。けれど、これまでの政倫審において、自ら出席し、公開してもいいと言った政治家は皆無に等しい。みんな、逃げてきた。小沢氏はしかし、公開してもいいと言った。これは大きな判断だ。そのことに、新聞はまったく触れない。もはや新聞は批判のための装置となっている。
小沢氏に疑惑があるなら、明確に報じればいい。問題を探り出せばいい。一発でお縄になるようなネタを拾ってくればいい。
しかし、彼らは、そのどれもしない。批判のための、批判を、ただ重ねる。
まことに情けない。
次回は鳩山氏の件について書こう。
けれど、自分たちに都合のいい情報しか欲しない人々は、ここまで読まないだろう。本来は、対する意見こそ、読むべきなのに。
ネットで情報を発信するとき、とてもむなしくなるのは、この点だ。
多くの人が、見たい情報しか見ない。
他者を批判することしか知らない。
とても危ういと思う。
自分と対する意見にこそ触れるべきだし、他者の間違いを許すべきだし、受け入れるべきだ。
誰かを悪者にするのはたくさんだ。
政治家を、あるいは検察を馬鹿にするときは、鏡を見るといい。
もし彼らが愚かならば、選んだ我々が愚かなのだ。
まず自らを恥じるべきだ。
わたしはとても恥ずかしい。
こんな政治、こんな司法、こんなマスコミしか持てない自らが恥ずかしい。選挙板の総合スレとて同様だ。
わたしたちはあまりに未熟だ。