産業界からの数学への期待感が高まるなか、日本の数学界はどのように対応しているのか。数学の魅力、数学者は何を考えているのかなど、坪井俊・日本数学会理事長に聞いた。
(2009年12月21日、東京都内で。聞き手・佐藤武嗣)
――産業界などから、数学へのニーズが高まっているそうですね。
坪井俊 日本では「純粋数学」と「応用数学」が分離している傾向がある。純粋数学の方が「主流」と受け止められていて、「数学」が大きな応用を見つけて使われるということが知られていない。だが、現在は情報科学や実験設備もそうだが、情報量が非常に増え、きちんとしたモデルをつくって扱わないと収拾がつかないことがよくある。こうした時は、問題を基礎から考え直し、再構成することが必要になる。ここに数学のトレーニングを積んだ人が絡むことで、新たな技術や開発に寄与できるということではないか。
いまの新しい事態、新しい科学、新しい方法論で製品を作ろうという時には問題を基礎から考え直し、再構成することが必要になる。数学だけに限らないが、1つのモデルを考えて、生産性があがるということが数学のトレーニングを積んだ人がいろいろな所にいれば、いい意味で新しい技術をつくることに寄与する。特に情報が爆発的に大きくなっているが、その事態にどう対処するか。機械的にというより、理論的に考えることが求められる。情報はモノではないので、対処できる方策としては論理や数学というものでないといけない。
――数学界でも、産業との連携を模索しているようですが。
坪井 欧米では、生命科学の研究チームの中に、数学者を引き込み、異なる分野で問題を共有したりして成果をあげている。こうしたことがきっかけとなって、文科省の科学技術政策研究所が「忘れられた科学-数学」という報告書が作られた。これを機に、日本数学会でも3年前に「数学と科学の協働プロジェクト」を立ち上げた。ただ、数学を応用しようというのではなく、他分野と数学が連携することにより、「新たな数学」が生まれることにも期待している。様々な科学を「縦糸」とすれば、数学は「横糸」。同じような壁にぶつかっている課題に、横のネットワークで連携する仕組みを作りたい。
――数学の魅力とは何ですか。
坪井 数学では、まったく違う分野で、同じ方程式に帰着することがたくさんある。例えば、金融派生商品の価格付けをするブラック・ショールズ方程式は、粒子のブラウン運動を記述する確率微分方程式となって現れる。もう1つの数学の魅力は「美しさ」だ。1つの定理や解法に行き着くのには紆余曲折があるが、一度できてしまうと、これまでは複雑だったものの関係が明らかになるなど、まっすぐ、きれいな道筋が見えてくる。
――数学者というのは「論理」にうるさいのですか。
坪井 もちろん最後に理論をまとめあげたり、証明したりするには「論理」は不可欠。ただ、数学の発想は、論理だけからは出てこない。「数学には物理や化学と違って実験がない」と言われるが、我々は、自分が持ち合わせている知識をもとに、新たなものを組み立てられるのか、常に頭の中で「実験」している。論理のみならず、経験や直感も大事になる。数学者というと、世間からは「変わった人」と思われているようだが、ほとんどが数学以外のことでさまざまな悩みを抱えている普通の人。ただ、数学者にはとりわけ集中する時間が必要。外からは何もしていないように見えるが、頭のなかでは「実験」に熱中していて、そういう時にはとっつきにくく思われる。
(文中敬称略)