唐突であるが、我が家はでかい。
何故かというと、我らが父にしてスカ家の大黒柱であるドクター・スカリエッティは金持ちなのだ。
偉い人たちと"ズキューン"したりデータを"ピー"したり、昔取った特許(別名義)の特許料などから得られる資金は、一般
的なサラリーマンの収入と10桁ほどの差がある。
それらの大半を研究に注ぎ込むため、研究所も大きくなる。
結果として、研究所兼家であるスカ家は大企業4個分くらいの広さがあるのだ。
で、何が言いたいのかっていうと。
掃除が滅茶苦茶大変ってことだ。
もちろん専門の機械やら何やらとかは、スカ家特製の機械であるガジェットたちがやってくれる。
だがガジェットのサイズではどうにもならない場所も幾つかある。
「ガジェ丸くん、そっちの方頼むよ」
『sir,yes,sir』
という訳でガジェットたちに一通り指示を出し終えると、今度は自分でやらなきゃならない。
正確には自分たちか。
「トーレ、モップ取ってくれー」
「はーい」
「それじゃ、行くぞー。よーい、どん!」
合図とともに、ガジェットが通るには狭いが、人間が通る分には十分な広さの通路を駆けた。
体格的には俺が有利だが、身体能力的にはトーレのほうが優れている。俺とトーレはデッドヒートを繰り広げた。
ジャージ姿のトーレが、額に汗を滲ませながら駆けて行く。まだ夏も盛りで、空調の聞いた研究所内でも走れば
体が熱くなる。
そんな姿を見ていると、一人だけなら疲れるだけの掃除も楽しくなるってもんだ。
ふいに、トーレが立ち止まった。視線に気づかれたかな?
「ししょー」
「どうした?」
「だれかが呼んでます」
「ふむ?」
耳を澄ませる。確かに、誰かが呼んでいるな。
「あー、ひょっとすると」
心当たりが一つあった。少し前に外部で調整をする、といって少し前に出て行った姉妹の一人だ。
「よし、行くか」
「はーい」
■
研究所の入り口。と言っても複数あるが、スカ博士や姉妹たちが使う個人転送用の転送陣に、声の主であるの女の子が
居た。
「誰か居ませんかー」
俺は三角巾とエプロンを取ると、トーレに耳打ちする。トーレも心得たといった表情で頷いた。
「誰も居ないんですかー?」
「はいはい、ここに居ますよ」
その女の子、振り向いたチンクは笑顔で俺に寄ってきた。
「兄上、お久しぶりです」
「久しぶりだな、チンク。元気にしてたか?」
十歳くらいの、可愛らしい女の子。姉妹の中では一番礼儀正しく、そしてやや硬い性格の女の子だ。
「はい。兄上もお変わりないようで。ところで、他の方々は?」
辺りを見回すチンク。ちなみにスカ博士とウーノは姉妹の調整中で、ドゥーエはたぶん自室で第97管理外世界から持って
きた雑誌でも読んでいるだろう。
「みんなちょっと所用でな」
そして、トーレはというと。
「そうですか……」
「おかえりっ! チンクっ!」
チンクの死角から近付き、飛びついた。あ、すっ転んだ。
「あ、姉上。ただいま戻りました」
「いてて。大丈夫? チンク」
可愛らしい妹たちが重なり合ってる図はなんというか、ちょっとなまめかしいというか生々しいというか。なので即効で手を
貸して立ち上がらせた。
「大丈夫です。ありがとうございます、兄上」
「ありがとー、ししょー」
前が妹で後ろが姉ってどういうことだ……。アレか、俺が鍛えすぎたせいで頭まで筋肉になっちまったのか。今からでも教
育方針を変えるべきか……。
「ねえねえ、修行の成果ってどうだったの?」
「あ、はい。ISに関しての調整ですが、十分にデータは取れました」
「よし、それじゃさっそく行こうか!」
うーむ。しかし、トーレの戦闘センスはたぐい稀なるものだ。それを捨ててまで勉強をさせるのは如何なもんか。いや、適度
な折り合いをつけてやれば何とか……。
「うーむ……ってあれ?」
気が付いたらトーレもチンクも居ない。……こういうとき、トーレが何をしているのかパッと分かる辺り、俺もあの子の兄なん
だなぁと思う。
行き先は分かっているので、のんびりと歩き出す。
まぁ、最低限のことは分かっているし、特に問題も無い。暫くはトーレのやりたいようにやらせてみるか。
そう思いながら歩いていると、いつのまにか隣にドゥーエが居た。
「どうしたの? 兄さん」
「いや、別に」
「考え事、してたでしょ」
ドゥーエは、どうにも聡いな。トーレと足して割ったら丁度良い感じになるんじゃないか。
「もう解決したよ」
ま、そんなことを口に出したら何を言われるか分かったもんじゃないな。
「……ふーん。ところで、どこに行くの?」
「トレーニングルーム」
「トーレは?」
「チンクと一緒に先に行ってる」
「帰ってきたんだ、チンク。どうだった?」
「それを今から確認に行くのさ」
そしてトレーニングルームに着いた俺たちを待っていたのは、すす塗れになったトーレとチンクだった。
苦笑するドゥーエと、ため息を吐く俺。
さて、これからどうしようか。取り合えず風呂にでも入れてやらないとな。
新暦61年の夏。
世界はのんびりと平和だ。