- 注目のリーマンショック
サププライムローン問題の表面化から始まった、今回の世界的な金融危機と同時不況はまだ山を越えていないようだ。ところがマスコミだけでなく経済の専門家と言われていた人々も、当初、事態をそれほど深刻には受止めてはいなかった。中央銀行が金利を下げ、各国政府が政策協調すれば、なんとか乗り切れるのではないかと楽観的に考えていた。口では「百年に一度の」と言っていながら、今回の事態を「リセッションのちょっと大きなもの」というくらいの認識であった。
したがって政府や中央銀行が対策を次々と打出すので、そのうち経済は良い方向に向かうと見ていた。これまで三ヶ月後、あるいは半年後に底を打つという話がずっとなされてきた。しかし経済は一向に底を打った気配がない。
今回の金融・経済危機の原因については部分的な解説が溢れている。例えば資産バブルの崩壊によって金融機関の資本が毀損し、信用収縮が起ったといった具合だ。しかしトータル的な納得行く説明を聞いたことがない。だいたい一年前は今回の事態をサププライムローン問題と呼んでいたほどである。
どうして今回のような事態になったのか、誰も合理的な説明をしていないと筆者は感じる。皆がもやもやとしている状態である。そこで今週は筆者なりの仮説を示してみる。しかし今の時点では漠然としたことしか言えないのが現実である。
世界経済に奇妙な変調が所々に見られる。例えば世界的に自動車が一斉に売れなくなった。しかもこれが一時的なものではなく、月を追う毎に悪くなっている。2月の米国の新車販売は対前年同月比で41%も減少している。米ビックスリーの落込みが酷いだけでなく(GM53%減)、これまで勝ち組と言われてきたトヨタやホンダといった日本勢も4割程度減少している。
それにしても無気味なのは、自動車の売上急減に納得行く説明がないことである。米国ではカーローンの審査が厳しくなったことが挙げられている。しかしこのことだけでここまで売上が減少することはない。同じく審査が厳しくなったショッピングカードでの買い物の方は、これほどの異常な落ち方をしていない。またカーローンの審査がそれほど厳しくなったと思われない日本でも、新車販売が急減している(2月の新車登録車数は対前年同月比で32%の減少)。
これら以外の理由も色々と挙げられる。例えば昨年夏場のガソリンのばか高値である。車を維持するのに思い掛けないコストがかかることを人々に改めて知らしめたのである。これらの理由はそれぞれ正しいと思われる。しかしこれらは全て部分的な説明であり、世界的に自動車の売上がほぼ同時に激減したことの適確な説明になっていない。
筆者が注目するのは昨年9月のリーマンショックである。リーマン・ブラザーズそのものの破綻というより、これがきっかけで世界的株価が同時に急落したことに関心がある。筆者は世界的な自動車の売上の急落がリーマンショックをきっかけに起ったと見ている。
住宅・不動産の売上減少は2年以上も前から起っている。そして自動車や家電などの耐久消費財の売上は、昨年9月のリーマンショック以降(出荷ベースでは10月以降)落込みが大きくなった。日本の貿易・サービス収支は10月から赤字に転落した。
- カタストロフィーに直面
筆者は、所得の流れが二つあると見ている。一つは労働の対価としての人件費と企業の利益(配当を含む)である。物の値段は分解して行くと、人件費と利益(配当を含む)に行きつく。説明を簡単にするため海外との所得の移転や政府部門を省略すれば、これらを合計したものが国民経済計算上の国民所得となる。いわゆる通常の経済活動による所得である。また利子所得は、受取と支払が同額となるため、国民経済計算上は相殺されゼロとなる。
もう一つの所得の流れが資産の売却による所得である。ここでいう資産とは住宅・土地(不動産)や株式などである。資産の売却で所得が発生する。売上から取得原価を差し引いたものが所得である。しかしこの所得は国民経済計算上では国民所得には含まれない。これは資産の価格は常に上下するものであり、資産を売った場合、必ずしも所得が発生するとは限らず、反対に損失を生む場合もあるからである。
つまり資産の売買に伴う所得はプラスにもなるがマイナスにもなる。資産価格の動きが小さければ、中長期的にはほぼ相殺されると考えられる。したがってこの種の所得を国民所得から外しても問題はなかろうと思われているのであろう。実際、不動産価格や株価が安定し取引も小さかった時代は、これでもかまわなかった。またこれを国民所得計算から外しているもう一つの理由は、資産の売買に伴う所得を把握することが難しいことと考える。この辺りの事情は08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」で取上げた。
しかし資産価格が上がったり下がったりではなく、一貫して上昇していると事情は変わる。米国の住宅価格は2年半前までずっと上昇を続けていた。また米国のダウ平均は、昔は2,000ドル近辺を上下していたのに、直近の高値が14,000ドルと実に7倍にもなっていたのである。ちなみに日経平均は、米ダウ平均が2,000ドルの時代、4万円の直前まで上昇していたことがある。
不動産価格や株価などの資産価格が一貫して上昇していた時代は、資産の売却によって巨額の所得が発生していたはずである。さらに資産を売却せずとも、所有している資産の価格が上昇すれば、資産の所有者は所得が発生したと感じるのである。これを疑似所得と称しておこう。
問題は資産売却に伴う所得の行方である。この一部は消費に回り、残りは貯蓄と新たな資産の購入に充てられたと考えられる。また所有資産の価格上昇による疑似所得からの消費もあったと見られる。実際、住宅価格上昇によって銀行からの住宅を担保にした借入枠が増え、それを消費に回していた米国民が結構いた。
しかしこの流れの所得からの消費はずっと過小評価されてきた。場合によっては無視されてきた。ところがこれが全体の消費のかなり大きな部分を占めていたと筆者は見ている。それを証明したのがリーマンショック以降の自動車などの耐久消費財の急激な売上減少と考える。
不動産バブルが崩壊し歯車が逆回転し始めた。そして住宅・株式といった資産の価格の下落が実体経済にも大きな影響を与え始めた。そこに起ったのが昨年9月のリーマンショックであった。これによる株価の急落が、資産所有者にさらに大きなショックとなった。また米国だけでなく、世界中の国々で似たことをやっていたのだから、リーマンショックは瞬く間に世界中に波及した。
リーマンショックは資産保有者にとって想定外の衝撃であった。それまでに住宅価格は2年間も下落を続け、株価も下落を続けていた。しかし過去の経験則から株価の方は一旦下げ止まり、場合によっては少し持直しても良い頃であった。また原油価格も7月にピークをつけ、9月にはかなり正常値に近付いていた。しかしこの時起ったのがリーマンショックであった。資産保有者はまさにカタストロフィーに直面したのである。
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