手話ボーカルのいるロックバンド「シャンテ」のリーダーで全盲のボーカリスト、熊野伸一さん(46)=大阪府高槻市=が今春、自らの半生を赤裸々につづった「9歳の失明宣告」(彩図社、1260円)を出版した。2年がかりで書き上げた熊野さんは「絶望感を味わったことが、逆に僕のパワーになった。悩みを抱えて生きているすべての人に、『いつかは晴れることもあるよ』というメッセージを伝えたい」と語る。【澤木政輝】
熊野さんは小学4年生の秋、難病の網膜色素変性症と診断された。高校時代に光を失ったが、盲学校の友人らとシャンテを結成。81年の国際障害者年を機に甲子園球場で開かれた単独コンサートでは3万人が熱狂した。96年に全国デビューを果たし、CDは約10枚発売。長野パラリンピックの閉会式(98年)ではテーマソングを熱唱した。現在は経営する鍼灸(しんきゅう)整骨院での治療と音楽活動を両立させている。
つらい出来事も多かった。小学校では毎日のように文房具や眼鏡を隠され、担任もいじめに加担。障害者手帳の交付を申請した時には、市役所の担当者が投げてよこした。今も忘れられないが「自分もふてくされて生意気な態度を取っていた。この本を書くことでそれに気付くことができ、恨みも消えた」。
本では、失恋や離婚経験、恩人を裏切ってしまったことなど失敗も率直に打ち明けた。一方、親友や恋人との出会いで救われた思いも明かし、「障害者に必要なものはボランティアでも介護施設でもなく、心から理解してくれるたった一人の友達だ」と吐露する。
シャンテでは年間約50ステージをこなす。熊野さんが歌い、パートナーの知子さん(31)が手話と全身で表現する類のないバンド。熊野さんは「世間の目に反発し負けん気で頑張っても限界がある。壁にぶつかっている人に『素直になろうよ』と言ってあげたい」と話す。
毎日新聞 2010年5月20日 大阪夕刊