柳澤健著「1976年のアントニオ猪木」(文藝春秋社)。
文句なしに面白く一気に読了。
抑制のきいた筆致で独自のアントニオ猪木論が語られている。
先回取り上げた<三上章伝>の金谷某などとは文章力、論述力がまるで違う。
テクストとして両者を比べれば月とスッポン。
さて、アントニオ猪木にとっての1976年とは?そうモハメド・アリとの異種格闘技戦が行われた年。
あの試合、世紀の凡戦とか言われましたが、私の見解は別でした。
凡戦どころか実に興味深い一戦。
ボクサーとレスラーが真剣勝負をすれば結局こういう風になってしまうのか、ということが眼前で展開された試合。
レスラーはボクサーのパンチの前には立って試合を出来ず、ボクサーは寝転んだレスラーに対しては為す術がない。
真剣勝負の世界が露呈したそんな格闘技の、更には武道にも通じるような核心的部分を感じ取ったのです。
ところが近年この試合に関し、妙な見解が広がりだして来ました。
「試合直前にアリ側から一方的に無理なルールをおしつけられ、プロレス技を全て禁じられた猪木は寝て戦うしかなかった。それでも猪木はあそこまでやったから立派だし、悪いのはがんじがらめの無理な裏ルールを押し付けたアリの側だ。」
猪木に肩入れしたこんな勧善懲悪の見解を、朝日新聞までが採用していました。
そんな馬鹿な話があるか、と私はずっとこの話に疑問を抱いてましたが、本書を読んでこの疑問も氷解。
すべては猪木が捏造した嘘っぱち、デマゴギーであることが本書で明らかにされています。
アリのパンチを恐れ寝転がってしか試合が出来なかったことへの非難、それに対する自己保身のためのデマゴギー。
猪木サイドの新間寿もこの猪木の自己保身の為のデマゴギーを認め、試合は全く公正なルールの下で行われたことを認めている。
公正なルールの下で試合が行われ、率直に相手の力を認めたアリと、自己弁護の為に事実を隠してデマを捏造したアントニオ猪木。
一体どちらが真に偉大なファイターだったかは明らかだ、と著者は言い切っていて、私としては胸のすく思いでした。
更に柔道王ルスカとの対決が、実は2度もリハーサルを行い、筋書きが綿密にねられていた点、そしてタイガー・ジェット・シンによる新宿での襲撃事件も全てアントニオ猪木の指示によるものだ、など初耳の話で刺激的でした。
逆に言えばプロレスの凄さ、アントニオ猪木の凄さを教えられたような話、著者の狙いもそのあたりにあるのか。
プロ格闘技の分かりづらい、見えづらい真実を明快に語ってくれた本書、疑問点の多くが分かってきて勉強になりました。
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はじめまして。この本を読みました。アリは偉大ですよね。やはり。猪木はプロレスラーとしては凄いですけども人間としては・・・そこまで含めて猪木の魅力なんでしょうけど。著者はプロレスとは関係のない外部の人間であるからこそ、このような見事なルポを書けたのだと思います。TBさせてもらいますね。
2008/2/9(土) 午前 2:33
自己保身の為のデマゴギーは、相手の力を認めず「あの試合は茶番だった」と言ったアリサイドが上手。フレージャーやスピンクスに対するアリの言動をみれば、偉大なる差別主義者アリの人間性にも問題があるのは明らか。柳澤健という人物の素性も明らかでない。
また、猪木と袂を分つ新間寿氏の発言は、契約に基づくもの。真実とは限らない。後の新間寿氏の発言も記す必要もある。アリサイドに監禁された新間寿氏ならではの冷静な発言と言えるだろう。
調印式でのルールに対する猪木の抗議が、新間寿氏らの監禁脅迫という自体になったのだろうが、それが長年、新間寿氏に沈黙をもたらせていたのであろう。
あと、格闘技に精通している人間なら、ルスカ戦が茶番であることは直ぐにわかる。今更という問題。
2010/5/22(土) 午後 1:49 [ ari ]