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社説

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日銀成長支援―企業の挑戦の引き金に

 成長が期待できる分野にもっと多くのお金が回るようにして、デフレ克服に役立てたい。日本銀行が打ち出した新発想の金融政策は、異例の手法だが、その意欲を評価できる。

 日銀は、民間銀行が成長分野に融資するのを後押しする新貸出制度をつくる。各銀行の該当する融資について政策金利(現在0.1%)で原則1年貸す。更新可能なので、数年にわたる安定した資金供給ができる。きのうまでの金融政策決定会合で骨格ができ、6月に全体像が決まる。

 中央銀行の金融政策の基本は、市場の金利を上げ下げして国民経済全体の景気を保ち、物価の安定を維持することである。特定の産業や企業に肩入れするようにも見える今回の動きは、奇策といえるだろう。

 しかし、世界経済が大恐慌以来の危機からなお回復しきれず、欧州通貨ユーロの動揺が世界市場の混乱を招いている状況下で、デフレ脱却を進めようとすれば、いわゆる非伝統的金融政策に挑戦するのも妥当な判断だ。

 政府が発表した1〜3月期の実質成長は年率4.9%で、輸出を支えに景気は着実な足取りを示す。だが、内需の不足でデフレが続く。次代を担う産業がなかなか育たず、設備投資や消費が弱いという現実がある。

 日銀がストライクゾーンをギリギリまで使い、企業の挑戦を引き出そうとする姿勢を買いたい。

 これまでの金融緩和政策に限界や副作用が見えていることも、新発想の背景にある。銀行に供給した資金が企業に回りにくく、日銀の預金口座に逆流するか、国債の購入に回っている。民間の健全な資金需要を掘り起こすことが急務である。

 新しい貸出制度には課題もある。何よりも、成長分野をどう特定するかだ。先端技術、環境・エネルギーのほか、観光や農業も例に挙がる。しかし、日銀には分野をあらかじめ絞り込む能力はない。

 あくまで民間銀行が自主的判断で企業に融資し、その取り組みを日銀が評価して貸し出す。だが、評価の対象となる分野が狭ければ、政府系金融機関の機能に近づき、偏りやゆがみが生じれば市場から批判されるだろう。

 白川方明総裁は「金融機関の特性や企業の活動分野は多種多様なので、できるだけ幅広くサポートしたい」と述べている。

 鳩山政権は新しい需要をつくり出す新成長戦略の柱に環境・エネルギー、医療・介護、アジア、観光を掲げており、6月に全容を公表する。

 これとの調和を重視しつつ、さまざまな産業の可能性に目配りし、より広い領域の企業や消費者の積極的な行動を呼び起こす。そんなバランスの取れた制度作りに知恵を絞ってほしい。

放送法改正案―権力介入の芽を摘め 

 デジタル化などの技術の進展に対応するためだったはずの放送法改正案に危うい規定が盛り込まれている。

 総務相の諮問機関である電波監理審議会(電監審)に、放送の不偏不党などについて調査し審議して総務相に建議できる権限を与えるというのだ。だが、これは放送内容への権力の介入を許しかねない。削除するべきである。

 改正案の大筋は自公政権時代からの検討を踏まえたものだが、問題の項目は現政権が3月に追加した。現在は衆院総務委員会で審議中だ。

 それによると、建議の対象は「放送による表現の自由を確保することに関する重要事項」や「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすることに関する重要事項」に及ぶという。

 抽象的な表現だが、それがくせ者だ。原口一博総務相は「放送行政のあり方をチェックしてもらうもので、番組に介入する意図は全くない」と強調する。

 しかし、電監審は事務局を総務省に置く。委員の見解には政府の影響力が及ぶと考えるのが自然だ。独立性には大きな疑問符がつく。民放の社長や労働組合などからは、この審議会を通して政府が番組に注文をつけてくるのではないか、と警戒する声が出ている。

 衆院の審議でも、野党議員が「大臣が代わればどうなるか分からない」と疑念を示した。権力者が都合のいいように使える規定は、表現の自由にとって禍根となりかねない。

 番組の内容に問題がある場合に、検証し解決する仕組みはすでにある。NHKと民放でつくる第三者機関の放送倫理・番組向上機構(BPO)がそれだ。これまでに多くの事例を扱ってきており実績も重ねている。

 だが、BPOについては前政権の総務相が「お手盛り」ではないか、などと批判したことがある。今回の改正案にも、BPOに任せたくないという総務省の本音が垣間見えるという指摘も聞かれる。

 原口総務相は「表現の自由を守る側に立っている」と言う。一方で、民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体をめぐる事件では、報道番組での「関係者によると」という表現を取り上げ、「電波という公共のものを使ってやるにしては不適だ」などと、牽制(けんせい)するかのような発言をしていた。

 問題は原口氏だけではない。改正案は閣議決定を経て国会に提出された。閣僚たちはその内容と問題点を理解して署名したのだろうか。

 放送をはじめマスメディアの最大の使命は、国民の知る権利への奉仕と公権力の監視だ。その基盤である表現の自由を脅かしかねない規制をつくるより、豊かで多様な情報空間を提供する。それこそが政治の役割と自覚してもらいたい。

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