足利事件に次いでまた一つ、再審への扉が開いた。42年前、茨城県利根町布川(ふかわ)の男性が自宅で絞殺され、現金が奪われた布川事件である。強盗殺人の疑いで逮捕、起訴され無期懲役が確定した桜井昌司さんと杉山卓男さんが、仮釈放後に無実を訴えていた。
最高裁は、再審開始を認めた昨年7月の東京高裁の決定を正当と認め、検察側の特別抗告を退けた。やり直し裁判では無罪となる可能性が高い。一日も早く再審をスタートさせ、なぜこのようなケースが起きたか、原因をはっきり解明し、再発を防いでほしい。
物的証拠の乏しい事件だった。別の窃盗事件で逮捕された、当時20歳と21歳の2人が犯行を自白。取り調べでは「認めないと死刑もあり得る」「共犯者は自白している」などと追及されたという。こうした自白を強要する姿勢に問題があったのは間違いないだろう。
最高裁は1978年にいったん「2人の自白は信用できる」と判断している。30年以上たって覆った決め手は、再審請求の段階で初めて検察側が開示した証拠である。それまで犯罪立証に不利にならないよう「証拠隠し」をしていたとすれば許されない行為だ。
新証拠の一つは、被害者宅付近で男2人を見たという女性の供述調書である。体格や髪形が杉山さんらと食い違い、おまけに面識があるはずなのに認識できていなかった。ほかの目撃証言の信用性も揺らぐ結果につながった。
さらに、遺留毛髪が2人のものではなかったという鑑定書もあった。取り調べ段階の録音テープも残っていた。これら3点が最初から示されていれば「有罪に合理的な疑いが生じていた」と高裁でも指摘されている。
なかでも録音テープには、弁護側提出の鑑定書によると10カ所以上、二重録音などで編集した形跡もあったという。自白を誘導するような取り調べがあったこともうかがわせる。
こうした点から考えると、冤罪(えんざい)を防ぐための課題も浮かび上がってくる。まず取り調べの全過程の可視化である。
検察側はこれまで録音、録画するとしても捜査の妨げにならぬよう一部だけとしてきた。しかし、意図的な編集を防止するには、日弁連などが主張するように全面可視化しかないだろう。
今夏から一般市民が参加する裁判員裁判が始まり、公判前整理手続きで争点や証拠をあらかじめ絞り込んでいる。ただ、検察側が不利になる証拠を開示しなければ、冤罪事件の起きる恐れが否定できない。10月に最高裁判決があった「あいりちゃん事件」でも、一審の公判前整理の在り方への疑問が控訴審段階では示された。
布川事件では、殺害方法をめぐって新たに開示された死体検案書や下着などから、弁護側が「自白」との矛盾点を指摘している。ポイントを絞って裁判を迅速化していくにしても、すべての証拠を開示し、慎重に進めることが大前提だろう。
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