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[16740] RealCelia(VRMMO)
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/05/20 02:35
チラ裏から参りました。
至らぬ点も多いかと思いますが、よろしくお願いします。
あと、題名の表記の仕方はこれで大丈夫でしょうか?
問題があるようなら指摘お願いします。

2010.5.20
23+2/3を投下。

2010.5.18
23+1/3を投下。

2010.5.17
23を投下。
オリジナル板へ移動。

2010.5.16
22を投下。

2010.5.13
21を投下。

2010.5.2
20を投下。

2010.4.26
19を投下。

2010.4.19
18を投下。

2010.4.16
17を投下。

2010.4.8
16を投下。
16を修正。

2010.4.1
12を修正。
(一部、感想板の意見を参考に文章を付け加えたり変えたりしました)
13を修正。

2010.3.31
15を投下。

2010.3.26
14を修正。

2010.3.25
14を投下。

2010.3.23
13を投下。
(一部、感想板の意見を参考に文章を付け加えたり変えたりしました)

2010.3.15
12を投下。

2010.3.12
11を投下。

2010.3.7
10を投下。

2010.3.5
9を投下。

2010.3.4
8を投下。

2010.3.3
7を投下。

2010.3.2
6を投下。
6を修正。
1を修正。

2010.2.28
5を投下。
5を修正。

2010.2.27
4を投下。

2010.2.26
3を投下。

2010.2.24
2を投下。
書物「初心者さんへ」を投下。

2010.2.23
1を投下。



[16740] 1- 「ラーセリアへようこそ」
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/02/23 02:55
The program is started........

Even the connector starts are three another seconds........
Even the connector starts are two another seconds........
Even the connector start is another second........
Connector start

Body information is scanned

Even the scanning beginning is two another seconds........
Even the scanning beginning is another second........
The scanning begins

Even the scanning completion is ten another seconds........
Even the scanning completion is three another seconds........
Even the scanning completion is two another seconds........
Even the scanning completion is another second........
Scanning completion

Body information is being transmitted to the server........
Complete

Game information is downloaded........
Please remove and wait for the connector


 俺は頭に被ったヘルムコネクタを外し、ふうとため息をついた。
 英語は得意ではないが、説明書……というかパッケージ同梱の紙に一通りの直訳が載っていたので助かった。
 ダウンロードが完了するまで、俺の家の回線なら10分かからないが、付けたまま待つこともないだろう。
 それにしても、初期起動時が一番面倒臭いと聞いていたのだが、噂通り……もとい噂以上に本当に面倒臭い。
 ヘルムコネクタを付けた時点からほとんど動けなくなる。
 いや動こうと思えば動けるのだが、ヘルムコネクタの思考スイッチをオフにしないと動けない。トイレとかもスイッチをオフにしてからコネクタを外してから行かないといけないと言うことだ。あーめんどくさい。いっそボトラーにでもなろうか……と一瞬考えて、いやそれは人としてちょっとなと思い直す。
 沸かしていたお湯をカップ焼きそばに注ぎ、待つこと3分。
 そういえば、カップ麺は技術的には1秒でもどる麺を作るのも可能らしいが、麺が戻った後さらにお湯を吸収してすぐに伸びてしまうので、食べ終わるまでの時間を考え、3分で戻るくらいの麺がちょうどいいということなのだという。どうでもいいがすごい情熱だ。
 また3分は、待つのにちょうどいい時間だという。この3分間に人はさらにお腹を空かし、カップ麺をおいしく食べることが出来るということらしい。
 ちなみに俺の目の前にあるのは数世紀前の復刻版だ。
 未確認飛行物体と言う名のカップ焼きそば。超謎なネーミングだが意外と美味い。

 わずか数分でそれを食い終わると、ゴミをコンビニ袋に押し込んでヘルムコネクタを付けた。
 ダウンロードはすでに完了していた。


Download completion
Please push [Enter Key]

The game is started........

Please input the language name
[Japanese]

The language in the program is being converted into Japanese........
The simultaneous interpreter mode is being set to Japanese........

Complete


 Completeの文字が画面に表示されると、視界が開けてきた。
 と同時に、浮遊感と吹き抜ける風の感触。当然脳内に送り込まれたイメージなのだが、これだけでもかなり精巧に作られたヴァーチャル・ワールドだという触れ込みが嘘ではないことを知る。
 とん、と爪先が地面に付くと同時に、俺の体にリアルでお馴染みの重力感が宿る。

 手や足を見てみると、古臭いポリゴンで構成された、ゴツゴツしたものだった。

[キャラクターを作成します]

 アナウンスが流れ、目の前にウィンドウが現れる。
 ゲーム内で使用するアバターを作るのだろうと当たりを付けた。

 キャラクター枠は合計3つ。
 一つ目は美形に作ってみようと試みる。
 試行錯誤すること10分。まぁまぁいけてるんじゃないかと言えなくもない顔が出来上がる。
 うん。俺の造形美はこの程度だと諦めよう。
 体付きは細マッチョ的な感じで造形したが、思い直してヒョロい感じに作り直す。
 最初は魔術師を目指してみようと思ったからだ。
 背はやや高め。身長にして172くらいにする。実は俺の身長と同じなのは気にしてはいけない。

 そしてスタートボタンを指でタッチすると、

   ぱぁんッ!

 まるで交通事故でガラスが砕けたかのような音を立て、ウィンドウが弾け飛んだ。
[キャラクター情報をアップロードしています]
 アナウンスが流れ、弾け飛んだウィンドウがゆっくりひとつひとつ、古臭いポリゴンを覆っていく。

「ようこそラーセリアへ」
 突然、今までとは違い、声でアナウンスが流れた。
「……この世界では、君は君の分身であるそのキャラクターとして、リアルと同じように動くことができる」
 なるほど。この「声」は操作方法とかを教えてくれるキャラクターか何かか。
「この世界は君が何をすれば良いか、とかそう言ったことは一切教えない。……もし知りたいのならば、最初のセーブポイント以降でログアウトし、ファンサイトで情報を集めるといい」
……ちょっと待て。
「繰り返すが、この世界は、君に何も教えない。全て手探りで進めて欲しい」
 言うだけ言って、声は本当に途切れた。
 呆然とする俺を尻目に、キャラクター情報のアップロード完了を告げるアナウンスが無機質に響き渡る。
 そして暗転。

「ラーセリアへようこそ。……君の名前を教えてくれ」

 唐突に、視界が一人の男をライトアップした。
 このキャラクターは知っている。
「神」にして「ゲームマスター」、佐伯 緋文。
 だが、ここにいる彼はNPCなのだろう。

「どうした。君の名前だ。教えてくれないか」

 答えようと辺りを見回すが、キーボードウィンドウすら見当たらない。
 バグか?それともウィンドウを出すためのコマンドでもあるのだろうか。

「どうした。君の名前だ。教えてくれないか」

 機械的に同じ言葉を言われるのは苦痛極まりない。
 どうすりゃいいんだよ。
 っていうかこういう操作説明はすべきじゃないのか。
……ん、待てよ?
 さっきの、声でのアナウンスを思い出す。
『リアルと同じように動くことができる』
 もしかしたら、いやもしかしなくても。
 あれが操作説明だったんじゃないだろうか。だとしたら。
「――アキラ=フェルグランド」
 口に出して呟いてみる。
「うむ。それでいい。名前はアキラ=フェルグランド、で合っているか?」
 カタカナで、目の前に青く光る文字が浮かび上がる。
 アキラ=フェルグランド。
 文字も思考パターンをトレースして読み取ってくれるらしい。
 そして、GMは人の悪い笑みを浮かべ、

「合っているなら苗字も教えてくれ」
 待ていコラ。



[16740] 2- クソゲー?
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/03/02 02:13
「さて」
 名前と苗字を改めて伝えると、数秒のローディングをしてからゲームマスターは言った。
「……改めてようこそ、アキラ」
 この先の展開は調べて来たから少しだけ知っている。
 まず、種族を決められるんだったな。
「君の種族は人間だ」
……自動的かつランダムに、だが。
 これは、生まれからリアルを、と言うことらしい。
 アバターを設定できるのはただのお情けのようなものなんだろう。
「なので外見は君が設定したものと変わらない」
 あ、と俺は思った。
 ドワーフになったりしていたら、背が縮んでいたんじゃないだろうか。
 いやそれどころか、魔法使いを作る予定だったけどドワーフって魔法覚えられない、とかそういうこともあったんじゃないか?
……評判聞いてて良かった。
 聞いてなかったら、俺の性格からなんてクソゲーだと即ログアウトしていたかもしれない。
……いやまぁ、評価もクソゲー扱いされてたけどな。
 ただしこれには対策がある。
 作ったキャラクターの種族が気に入らない場合、そのキャラをデリートすることができるらしい。
 また、キャラ枠が3つなのもその対策として、ということのようだ。
 まぁ噂通りなら、クソゲー度はこんなもんじゃないんだけど。

「そして、今日登録した『日本人』には、抽選で特別にプレゼントがある」

 は?
 俺は目を点にした。
 公式サイトにも目を通してから来たが、……そんな告知はなかったぞ。
「君はそれに該当する。受け取るかどうか選択したまえ」
 言って、ゲームマスターは握ったままの手を差し出した。
「……質問は許されるのか?」
「質問に対する答えはYesだ。ゲームシステムの質問は答えないが」
 お、なるほど。
「なら質問。アンタはNPCか?」
「質問に対する答えはYesだ」
 なるほど。……ってことは、
「質問の答えは全てテンプレートか?」
「質問に対する答えはYesだ」
 やっぱりな。多分、あえて答えられない質問をすれば、「その質問には答えられない」とでも返って来るのだろう。
「今日登録した全ての日本人プレイヤーが、俺のようにアイテムをもらえるのか?」
「質問に対する答えはNoだ。君は運良くもらえると言うだけだ」
「何故俺がもらえるのか、その理由は?」
「今日初回キャラクター登録をした日本人に対し、今日一日ランダムにアイテムを渡すようにプログラムされているからだ」
「アイテムをもらうことにより不具合は?」
「ない。強いて言うならば、いきなりアイテムインベントリもしくはイクウィップインベントリが1つ埋まるということ、そして重量もかさむと言うことくらいだ」
 なるほど。どうやら何かの罠ということではないようだ。
 なら答えはひとつだ。
「なら遠慮なくアイテムを受け取る」
 言うと、ゲームマスターは手を開いた。
 瞬間その手に、鞘に納まった一本の剣が出現し、装飾の鈴がりん、と鳴った。
「アイテム名は【レイピア】。未鑑定品だから気を付けてくれ」
 俺がそれを受け取ると、ゲームマスターは一歩後退した。
「……他に質問がなければ、ゲームを開始しようと思うが、準備はいいか?」
 質問は特に残っていなかったが、ふと頭に浮かんだ質問がひとつ。
「……ゲーム中に、アンタが出て来ることはあるか?」
 答えられない、と返って来るんだろうと予想する。

「質問に対する答えはYesだ。イベントなどで会うこともあるだろう」

 意外にも返答が返る。
「また、俺以外のゲームマスターも出没する」
 なるほど。これは隠す必要がないということなんだろう。
 他に質問はあるか、と再び問われ、俺は迷うことなくないと答えた。

「ではゲームスタートだ。……幸運を祈る」

 言うなり、視界が暗転した。
 わずかに浮遊感。と同時に足元の地面の感触が消える。
 りん、ともらったアイテムの装飾が音を立てた。


 数秒後、ローディングが終了したのか、視界が一気に白一色に染められた。
 というか、すげぇ眩しい。
 目が慣れていないのか、白い視界にかすかな人影が見えるだけだ。
 と思っている間に、視界がどんどん見えてきた。どうやら機械の方が読み込み中だったようだ。
 まず見えたのは町並み。どうやらキャラクターの生まれ故郷は結構栄えている町らしい。
……どこへどう行けばいいのか、NPCも見当たらない。というかNPCとプレイヤーの区別も付かない。
「さてどうすっか」
 町を出るべきか、それともNPCを探すべきか。
 広場らしいそこを見渡すと、噴水が見えた。
 結構な人数が行き交っているが、……何だか声をかけるのを戸惑ってしまう。
 それにしても評判通り、景色がリアルだ。
 本当にそこにいるものだと勘違いしてしまう。
「んー……お」
 立て札のような案内板を見つけ、そこを覗き込む。
 どうやら町の見取り図のようだ。
「……えーっと。現在地がここだから……」
 確認すると、色々な施設があった。というかここは城下町のようだ。地図の中心に大きく「城」。
 宿が数件。学校が3つ……中学、高校、大学。小学校がないのは何故だろう。まぁいいや。そして神殿がいくつか。あとは図書館。そして、手書きで「衛兵詰め所」と書かれている場所。あとは雑貨屋や武具屋など、基本的な商店が立ち並ぶ商店街らしきところだ。
……というか所持品とか装備品とかどうやって確認するんだろう。
 ゲームマスターが「インベントリ」と言う言葉を使っていたところから見て、アイテムをしまっておけるものは存在するようだけど、……ウィンドウがどうやったら出るのかわからない。
 まぁいいや、とりあえずオーソドックスに神殿とやらに行ってみよう。


 神殿へ向かおうと道中を歩きながら、ふと俺は気付いた。
 そういえば宿も、「セーブポイント」としてはオーソドックスなのではないか。
 しかし所持品をどう確認すればいいのかわからない。
 と、目に入る「←図書館」の看板。
……そういえば、以前ネットで読んだ小説に、「図書館で本を読んだらスキル習得」と言う描写があったような。
 物は試しだ。どうせ神殿に行くのも急いでいるわけじゃなし。


 予想以上に大きい建物がそこにあった。
 受付には、NPCと思われる受付が数人。
 NPCなら、図書館の使い方を教われるだろうと当たりを付け、俺は手近な一人……女の職員に声をかけた。
「すみません」
「あ、こんにちは」
 普通に応対してくるNPCの女性。
「利用するにはどうしたら?」
 俺のこの質問に、女性は一瞬きょとんとした表情を返す。
……ん?質問の聞き方が曖昧すぎたか?
「……図書館を初めて利用するんですが、」
「あぁ、初心者さんね」
 くす、と女性が笑顔を見せた。
……ちょっと待て。今初心者って言ったか?
「プレイヤー……なのか?」
「そ。装備でお金切らしちゃってね。バイトしてるのよ」
 どうやらそういう金の稼ぎ方もあるらしい。
 初心者さんだとわからないことだらけで困るよね、と女性はくすくす笑いながら、隣の男に声をかけた。どうやら隣はNPCらしい。
 そしてNPCは彼女に早めの休憩を勧めた。
 どうやらNPCのAIは予想以上に優秀らしい。

「簡単に説明するよ。何が聞きたい?」
 彼女の言葉に、俺は遠慮を忘れて次々と質問を重ねた。

 まずウィンドウはどうやって出すのか。これに対しての答えは、
「出ないよ?」
「は?」
「このゲームね、ウィンドウは一切表示されないの。ステータス確認はできないし、スキルなんて覚えるしかないよ」
 なんてこった。想像以上に面倒臭い。
「マジで?」
「うん。アイテムとかは手荷物で持てるだけしかもって行けないし」
 つまり、ゲームマスターの言うところの「インベントリ」とは、……手に持てる範囲、と言う意味だったんだろう。もしくは英語から日本語に翻訳した際の誤訳と言うか微妙なニュアンスの差か。
 つまるところ、俺は今無一文ってことだ。
「……じゃあ、図書館は利用できないか」
「ん?図書館はタダだから利用できると思うけど」
 そうなのか。
「使い方は後で軽く説明するよ。それよりお昼食べてきた?」
「俺は未確認飛行物体食った」
 ぷ、と吹き出し笑いをして、彼女はあれ美味しいよね、と微笑んだ。
「じゃあ、先に使い方教えるね。……この目録に手を触れて」
 言って、部屋の隅に設置された、紫色の水晶に手を触れる。
 言われた通りに触れると、
「うぉッ!?」
 視界が文字で埋め尽くされた。
「図書館ではお静かに願います、ふふ」
 横から聞こえる声に振り向けば、女性の姿。
「あ、って言ってみて。今の私は職員だから反応しないけど」
「……あ」
 言った瞬間、視界を埋め尽くす文字郡がざぁっ、と整列した。
 良く見ると、その文字軍の正体はタイトルらしい。
 最初の文字は全て「あ」で構成されている。
「なるほど」
「あ、ちょ」
 俺の言葉に応じて文字が再びざぁっ、と整列を開始した。
 そして目の前に1つだけタイトルが表示される。
「……えっち」
 一つだけ残った卑猥なタイトルに、女性がジト目で一歩後ずさる。
「ちょっと待てこういうことになるなら先に教えとけよ!」
 思わず噛み付くと、最後に残ったタイトルが姿を消す。
「図書館ではお静かに願います」
 この女……。
「とりあえず、図書のタイトルはこんな風に出すわけ」
「……良くわかった」
 ふふ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる女性。
「指をこう、前に出して」
「こうか?」
 言われた通り、彼女を模倣して人差し指を立てる。
「インデックス、って言ってみて」
「……インデックス」
 呟くとほぼ同時に、予想通り文字軍が戻って来た。
「なるほどな。で、出る時は?」
「イクジットって言えば出れるよ。私はご飯食べて来るけど、図書館に来たんだったら……えーっと」
 言って、彼女は胸で十字を切り、初心者と呟く。
 同時に、俺の目の前に「初心者さんへ」と言うタイトルが表示された。
「実質この本が、このゲームの説明書だよ。ご飯食べてくるから読んで待っててね?」
 言うだけ言って、彼女はその場から掻き消えた。
 どうやらヘルムコネクタを外したらしい。
 思わず溜息をつき、俺はタイトルに手を触れた。
 瞬間、重量感を持った本が手元に現れる。

 さ、彼女を待つ間、とりあえずこれでも読んでるか。



[16740] 書物 「初心者さんへ」
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/02/24 04:21
 作成ユーザー名  リア=ノーサム

 こんにちは。これを読んでいると言うことは、あなたは初心者だってことでいいんでしょうか?
 私がこのゲームを始めてから困ったこと、聞きたかったことをこの書に記そうと思います。


 まず、このゲームは基本的に全て非表示です。
 目に見える情報が全てです。
 ステータスウィンドウはありませんし、スキルも自分の体や頭で覚えるしかありませんし、魔法も覚えるか紙にでも書いて読み上げるかしかありません。
 ただし、スキルや呪文をオートで発動する方法自体は存在するみたいです。
 現時点で私はその情報を手に入れることが出来ていないので噂の真偽は保障しませんが。


 ステータスを確認する方法は目測です。
 たとえば、今の時点で壊せないものが、ある日突然壊せるようになったりします。

 ステータスを上げる方法
・モンスターを一定数以上狩る
 どんなに弱いモンスターでも、100匹単位で狩ることで、そのモンスターに対応したステータスが上がることがあるようです。
 強いモンスターほど、ステータスが上がる可能性は高まるようです。

・レベルを上げた後、訓練をする
 とは書いてみましたが、正直レベルが上がったのかどうか、プレイヤーにはわかりません。
 訓練場に行ってみましょう。そこのNPCが、「強くなったみたいだ」みたいなことを口にしたら、まず間違いなくレベルが上がってます。それ以外の場合、訓練を終えた後、「やっぱりこの訓練はまだ早い」みたいなこと言われます。
 そしてこちらもやっぱりステータスが上がることがある、と言うだけで、確実に上がるわけではないようです。

 ちなみにステータスはキャラクターによって、向き不向きみたいなのがあるようです。向いているステータスを見極めて上げるようにするといいかもしれません。


 スキルは条件さえ満たせば無限に覚えられるんじゃないかと推測してます。
 どれかのステータスによって覚えられる数が決まっているみたいなんですが、どのステータスなのかわかりません。
 ちなみに私は現在スキルを120種習得していますが、私と同時に始めた友達は、常に私とPT組んでるにもかかわらず、118種です。
 NPCに「いっぱい覚えている」「これ以上スキルを覚えるのは早計」と言われたら、今の段階でこれ以上習得スキルを増やせない、と考えていいんじゃないかと思います。
 スキルの覚え方ですが、様々です。
 ただし本を読んだだけで覚えられると言うことはなく、人に教わってクエストをこなす必要があります。

 魔法は、そのキャラクターの素質が物を言います。
 これを読んでいる方で、魔法使い志願の方は、とりあえず魔法ギルドへ行ってみて下さい。あとはそこのNPCが教えてくれます。
 魔法は素質によって覚えられる数が限定されるみたいです。
 とにかく試してください、としか言いようがないです。
 私は覚えられるのに友人は覚えられないのがあったり、逆パターンがあったりと、属性ごとの素質があるようなので。
 魔法の覚え方ですが、魔法ギルドのほかにも、魔法屋というのがあります。
 また、ダンジョン等に潜って手に入るアイテムにより覚える、モンスターのドロップから覚える、などがあります。


 図書館で書を書くには、羊皮紙が書く枚数文必要です。
 雑貨屋で購入できますが、高いです。
 羊皮紙作成できる職人さんに頼んで作ってもらう方が安く上がります。


 種族について。
 私が確認した種族は、今のところ10種です。

・人間
 普通の人間です。
・ティタニア
 天使のような種族です。翼は白か黒か灰色です。
・エルフ
 耳が長くて肌が白いです。比較的、魔力が多い傾向があるようです。
・ドワーフ
 背が低く、男性は髭がモジャモジャです。比較的、筋力が高いみたいです。
・ホビット
 子供を一回り小さくしたような種族です。敏捷が高いようです。
・獣人(亜族?)
 獣の特徴を持つ種族です。色々な動物がいます。
・有族
 手が多かったり翼が生えていたりします。人間以外の外見の有族もいます。
・ライアット
 翼と羊のような角を持つ種族です。飛べます。
・ラッティアス
 とても小さい種族です。踏みそうになると警告が出ます。踏むとPKです。


 ここまでは普通と言えば普通の種族なんですが…

・魔族
 凶悪なステータスの種族です。1レベルの段階で、120レベルプレイヤーをPKできるほどのチートキャラです。PKに走る人がほとんどですので気を付けて下さい。見ればそれとすぐわかります。
 魔族は、死ぬとキャラクターが消去されるそうです。
 噂によると、世界に常に一匹になるように、突然「覚醒」することもあるそうです。
 討伐隊を立てて討伐すると、それに見合った経験が手に入るようです。


「死」について
 最後に。
 このゲームで死んでしまった場合、自らの意思で「蘇生」することはできません。
 死んだ場合、そのキャラクターは肉体をそこに残し、「霊魂」となって動くことになります。
 霊感能力はランダムで付与されているらしく、霊感能力者に自分が死んだことを伝え、誰かに蘇生してもらうようにお願いするしかありません。
 また、当然ながら死んだ死体から他人がアイテムを剥がすことが可能です。
 PKの場合、特別なもの以外のアイテムは無制限に全て取られます。
 PKではない場合は、特別なものですら剥ぎ取ることか可能となってしまいます。
 また、死んだ肉体をリアル時間で2日放置すると、キャラクターがロストされます。ロストになったキャラクターのスロットは、新しいキャラクターを作成することが可能です。

 こんなもんですかね?
 質問があればWISしてください。

 あ、WISの方法ですが、目録と同じく指を立てながら、「ウィスパー、○○」と呟くと、自分だけがウィスパー部屋に行くことができます。
 相手もウィスパー部屋に行くこともできますが、行かなくても会話は可能です。
 当然ですが戦闘中はウィスパー部屋には入れません。


 以上です。書物としては短いですが、貴方の冒険の役に立てれば幸いです。

                  2515.1.12 リア=ノーサム



[16740] 3- 「アタシ達に追い付いて来い」
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/02/26 02:41
 一通り読み終え、ため息をついた。
 2515.1.12、と書いた日が記されていたが、……これって3年も前じゃん。
 3年前の1月といえば、このゲームサービスが開始されてから数ヶ月だ。

 つまるところ、この本は情報が古いってことだ。

 とはいえ、確かに参考になった。
 色々な基本的なことが書かれている。
……WISの説明は、特に参考になる。
 WISはMMOではほぼ基本機能で、1:1で会話するシステムだ。
 こういう基本的な機能は最初に説明するべきなんじゃないだろうか。

『全て手探りで進めて欲しい』

 最初に聞いたアナウンスを思い出す。
 そうだ。
 サービス当初から同じ設定で作られていたのなら、もちろんこのWISもプレイヤーが自力で探り当てたものなんだ。
 いや、あるいはNPCがそういったことを教えてくれるのかもしれないが、そのNPCを探すまでWISが使えない、と言うのは困ったものだ。
 この本を書いたリア=ノーサムと言う人に感謝すべきだろう。

「ただいま♪」
「あ、お帰り」

 言って振り向くと、彼女はにこりと微笑んだ。
「良かった……まだ読んでたんだ?」
「あ、いや読み終えたんだけどさ、礼も言ってないし待ってなきゃって」
 うんうんいい心がけ、とか言いつつ、彼女はごそごそと服のポケットを探ると、中から4つに折った紙とペンを差し出してきた。
「これ、良かったら使って?」
「お、サンキュ。……これって羊皮紙?タダじゃないんだろ、いいのか?」
 受け取ると、ファンタジーの世界とは思えない、リアルな感触。
「うん。バイトで何枚でももらえるから」
「あぁなるほど。……さっきの本に高いって書いてあったからさ」
 あー、と彼女は言って、くすくす笑う。
「……現実世界に換算して、大体1枚100円ってところかな?」
 うわ高!
「そんなの平気でぽんぽんくれるなんて気前いいんだな」
 あはは、と彼女は笑う。
「売り捌けばそれなりに儲かるよ。……バレると着服扱いでしばらく拘留所だけど」
「やったことがあるのか」
 彼女は苦笑した。
「んー、前にね、同じくバイトしてた人が捕まったの見たことあるから」
 なるほどな。
「せっかくだから、名前メモりたいんだけど教えてくれない?」
「……あ。自己紹介まだだっけ」
……間違いなく天然だ、この人。

「リリー=ビーヴァン。ティタニアよ、よろしくね」

 言うなり、彼女と俺の中間くらいに名前が文字で浮かび上がる。
 どうやら自己紹介と言うか、自分の名前を言うと浮かび上がる仕様のようだ。
 あれ?
「ティタニアって翼があるんじゃなかったっけ」
「うん、あるよ。バイトする時は邪魔だから片付けてるけど」
 言うと、彼女は俺に背中を向けた。
 あ、ホントだ。見てみれば服が盛り上がってる。
「私はまだ2枚だからね、4枚の人もいるって話だけど」
 なるほど。
「俺の名前はアキラ=フェルグランド」
 言ってみるが、俺の名前は浮かび上がらなかった。
 どうやら自分には見えない仕様らしい。
「アキラ……日本人?」
「うん。リリーは日本人じゃないのか?」
 言うと、リリーはこくりと頷いた。
「日本人に会ったのはこれが初めてよ。……ちなみに私はカナダ」
 同時通訳システムが完璧に働いている証拠ってことか。
 それとも、通訳じゃなくて、相手に伝えたいイメージをそのままイメージとして相手に送るシステムなのかもしれないな。
「カナダって、開発元だろ?緋文が住んでるんだっけ?」
「あれ?ヒフミはもう日本に帰ったって聞いてるけど」
 そうなのか。……その辺は興味ないから調べてないんだが。
「ところで、アキラ……今日は何時までログインしてるの?」
 そういえば、今は何時だろう。
 時計がないから時間がわからない上に、リアルと連動している太陽の動きも、この空間じゃわからない。
「明日は休みだから、とりあえず遊べるだけ遊ぼうかと」
「OKOK、私と同じってことね」
 ちなみに今は6時43分ね、と呟く彼女。
 たしか17時間の時差があったはずだから……日本時間は23時43分か。
「じゃあ、バイトが終わったら狩り行かない?」
「え、いいのか?俺今日始めたばっかりでレベルは確実に1だけど」
 ふふ、と彼女は笑うと、俺の手を指差した。
「剣はあるじゃない。私みたいに……最初に素手でやるよりは段違いよ」


 リリーに教えてもらった通りに道沿いを歩く。
 手には紙。……リリーがもう一枚紙を用意し、そこに簡単な地図を画いてくれた。
 空から町を見渡せる彼女は、道を覚える必要がないはずなのだが、丁寧でわかりやすい地図だ。
 いくつか、行くべきところを教えてくれた彼女は、一銭も持たない俺に少しだけと言いつつ1万$をくれた。
……1万$、この世界のお金は$と¥の2種類で構成されているらしい。
 1$=100¥。貨幣の流通状態によってリアルと同じように変動はあるものの、この周辺を行ったり来たりしているらしい。
 つまるところ、100万円もらったってことだ。
「……いいのかな」
 いいのかなも何ももらってしまったものはしょうがない。
 一応断ったんだが、彼女はその10倍近くもの金額を銀行に預けているらしい。
 そして、リリーが教えてくれた目的地のひとつに到着する。


「いらっしゃい」
 無愛想な挨拶をする女の子……ってかホビット。
 この子がそうか。
「フィリス……さん、でいいのかな」
「お、アンタがアキラか。そう。アタシがフィリスだよ」
 無愛想が突然愛想良く笑って見せた。
 赤いショートヘアが笑いに合わせてさらりと流れると同時に、中間にフィリス、と名前が表示される。
「リリーにさっきWISもらってさ。日本人だって?」
「うん。今さっき始めたばっかりの初心者」
 おおー、とフィリスが感嘆してみせる。
「ちなみにアタシはオーストラリアからだ」
「オーストラリアか。……エリマキトカゲってまだ生息してんの?」
 ぶは、とフィリスは吹き出した。
「フリルドリザードは天然記念物だよ?そう簡単に絶滅しないって」
 言いながら、カウンターをひらりと飛び越える。
「フィリス!カウンターを飛び越えるな!」
「……あちゃー。ゴメン店長」
 見つかった、とペロリと舌を出して見せる。
「とりあえずローブでいいの?金に糸目は付けなくていいって話だけど」
 レベル的に着れるのは、と言いつつひょいひょいといくつかのローブを引っ張り出すと、フィリスは俺にそれをあてがい、違うなぁ、とそれを元に戻す作業を始めた。
 どうやら俺に似合うものを見繕ってくれているらしい。
「そういえば、ローブとか言う前に魔法ギルドは行った?」
「――あ」
 言うと、フィリスは一瞬固まった。
「……行って来な。ローブ買ってから魔法向いてませんでした、じゃ本末転倒だから」
「――りょーかい……」
 最大級の呆れ顔でフィリスが呟いた。


 でっけぇ。
 塔があって、それが魔法ギルドだと聞いてはいたけど。
 何だこれでっけぇ。
「……あの」
 でっけー!
「……もしもし?」
「あ、ごめん」
 通行の邪魔になっていたんだろうと道を避けると、声をかけてきた彼女は会釈をした。
「……ひょっとして、……初心者さん、……ですか?」
 あ。
「もしかして」
「はい、カルラ=クルツ、……です」
 黒い髪が、さらりと揺れると同時、青い文字がそれを補足する。
「……リリーから話は聞いて、……ます。こっちへ……どうぞ」
 ありがとう、と声をかけると、カルラはくすり、と笑った。

「これが……素質探知機、……です」
 触れて下さい、と差し出され、俺は迷わずその水晶のようなものに触れた。
……無反応。
「――魔力がない、ってことなのか?」
「……いいえ、……いきます」
 言うと、カルラは自分の手を俺の手に乗せた。
 一瞬心臓が跳ね上がる。
――と、水晶が青く、鈍く光を放つ。
 お、どうなんだ?
「…………」
 無表情のまま、カルラが俺の手から手を離した。
「――結果は?」
「……素質、……19、ですね」
 19、ってのがどんな程度なのかわからないんだが。
「……20ランク中、……2位です」
「お、それって」
 結構高いってことか?
「私が知っている中では、……最上位です。……おめでとう」
「うん、ありがとう」
 言うと、カルラはくす、と笑った。
……無表情だと冷たく見えるけど、笑うと可愛いな、などと考えていると、カルラが一枚の紙を差し出した。
「……これは?」
「素質1レベル魔法のリスト……です」
 見ると、ものすごい数が羅列されている。しかも手書きだ。
「……ひょっとしてカルラが?」
「――……ごめんなさい、……汚い字で」
 汚い字?……そんなことはないと思うんだが。
「いや、丁寧で読みやすいよ。ありがとう」
 言うと、カルラは少しだけ照れたように笑って見せた。


「……ここ」
 地図ではわかりにくいと言うカルラに先導してもらい、曲がりくねった路地を進むと、ようやく魔法屋についた。
「魔法屋って、どんなシステムなんだ?」
「それは俺が説明しよう」
 突然、背後から野太い男の声がした。
 心臓が跳ね上がる。っつかスゲーびっくりした。
「……アズレト。……びっくりする」
 カルラが男を非難すると、
「はは、スマンスマン。カルラがいるってことはコイツに間違いねーと思ってさ」
 初心者だろ?と男が確認してくる。
「……アキラ=フェルグランドだ。よろしく」
「おう。俺はアズレト=バツィン」
 言うなり、金髪男は手を差し出した。
 青い光がその名前を文字で示す。
「アズレトはどこの国の人?」
 言いながら、手を握ると、力強くその手を握り返す。
「ロシアだ。よろしくな。ところで素質レベルいくつだった?」
「19……」
 カルラが呟くように言うと、ひゅぅ、とアズレトが口笛を吹いた。
「すっげーな。俺より3つも上か」
「……ってことはアズレトは16なのか」
 おう、とアズレトは言って、そこらじゅうの棚を調べ始めた。
「軽いところでいくつか呪文覚えとけ。最大習得数がわからない以上、どの系統にするかで戦闘パターンが変わるからな」
 言いつつ、最下級魔法リスト、と書かれた紙を取り出した。

 最下級魔法リスト
・ファイアー Lv.1 20$
・ウォーター Lv.1 20$
・ウィンド Lv.1 20$
・アース Lv.1 20$
・ヒール Lv.1 20$
・スピード Lv.1 20$
・ガード Lv.1 20$
・ライト Lv.1 20$
・エンチャント Lv.0 20$
・クリエイト Lv.0 20$
・ファーマシー Lv.0 20$
・ブレイク Lv.0 20$
・サモン Lv.0 20$

 全部20$だ。
「覚えられるんなら、エンチャント以降は全部覚えておいてもいいぞ」
 ふぅむ、と俺が唸ると、アズレトは軽く笑って深く考えるなとアドバイスをくれた。
「なら……その前に聞きたいことがあるんだけど」
「うん?」
 このLvってのが気になる。
「Lvってのは、たとえば2にするためには新しく買わないといけないのか?」
「あぁ、そのLvは熟練度だ。その熟練度を貯めて次のステップに進める魔法がある」
 なるほど、納得だ。
「なら全部」
「……いいのか?」
「うん。とりあえず最下級魔法で様子見するにも、全部使ってみないとわからないから」
 なるほどな、とアズレトは呟くと、リストを手に俺の手を引いた。

「じゃあ、行くぞ」
 儀式魔方陣、と説明された光る円……ただの二重丸にしか見えないが……の中央に立つと、アズレトが呪文らしきものを呟き始めた。
 リストに目を一瞬落としたアズレトの呟きに呼応するかのように、赤い塊のようなものが俺の胸に吸い込まれる。色から見てファイアーの魔法だろう。多分。
 リストに目を落とすたび、青、緑、茶、と塊のようなものが俺の胸に次々と吸い込まれていく。

「……サモン以外全部か。中々優秀みたいだな」
 サモン魔法は覚えられなかったものの、他は覚えることができた。
「ところで、……魔法ってどうやって使えばいいんだ?」
「ん?……あぁ、後で呪文書渡すよ。口で言うより早い」
 なるほど、呪文があるのか。
「詠唱は自分の口で喋ることで認識されるから」
「なるほど」
 さて、と呟いて、アズレトがまた棚を漁り始める。
「ほいっと」
 ばさ、と音を立てて置かれた数枚の紙に目を通す。
 呪文自体はそんなに長くないようだ。
……ん?あれ……
「エンチャントと、クリエイトと……あぁ、Lv.0全部かな?呪文書はねーの?」
「ん?あぁ、ないよ。良く気付いたな」
 しれっと答えるアズレト。どうやら聞かなければ答える気はなかったらしい。
「……Lv.0に関しては、ファーマシー以外は謎なんだ。どうやって使うか誰も知らない」
「何だよそれ」
 はは、とアズレトが笑う。
「――ファーマシーを使えるヤツはこの世界で2人しかいないんだ。その2人は、――呪文書をドラゴンからドロップしたと言ってる」
 ドラゴン!?
 唖然とする。
「まぁ、使えないからと言って役に立たないわけじゃないんだ」
「と言うと?」
 うん、とアズレトがリストを指さす。
「ここ、エンチャントより上の魔法はボーナスはないんだが、エンチャント以降はな――ここだけの話、ステータスにボーナスが入るようなんだ」
「ほう」
 それが本当なら確かに、習得して損はない。
「ちなみにそれを発見したのはフィリスだ。……あぁもうフィリスには会ったよな?」
「武具屋の?」
 うんうん、と首を縦に振るアズレト。
「あいつ、こことは別の魔法屋と喧嘩したらしくてさ、エンチャント以降を全部習得してから、ムカついたウサ晴らしに狩りに行ったそうなんだ」
「ふむ。そしたら?」
 と言うか全部習得って。素質19の俺でもサモンは無理だったのに。
 カルラが言うには、カルラの知り合いで俺は一番素質が高い。ってことは少なくともフィリスは同じ19かそれより下ってことになる。
 それでも覚えられるってことは、サモン習得に素質レベルは関係ないのかな。
「それまでファイアー2発で倒してた敵が、1発で倒せたそうだ」
「たまたまクリティカルだったとかじゃなくてか?」
 アズレトがあぁ、と頭をかく。
「……それはないと思う、……多分」
 カルラが口を挟む。
「どうして?」
「んー……。まぁいいか。あいつな、」
 アズレトが言いあぐねた上で、カルラの顔を確認するかのように見た。
 いいんじゃない?と呟くカルラに、アズレトは再び口を開く。

「攻撃のほとんどがクリティカルなんだよ」

 つまりクリティカル率が半端ないってことなんだろうか?
「どうやら幸運のステータスが高いらしくてね。この世界じゃフィリスはちょっとした有名人だよ」
 なるほど。ってことは、
「……当然ドロップも?」
「あぁ、ちょっとしたレアなら結構出る。さすがにプレミアまでは出ないみたいだけどな」
 レア、プレミア、と言う言葉を初めて聞いたが、この辺の単語は常識の範囲で理解できるのでスルーだ。


「お帰り、どうだった?……ってカルラも一緒か」
「……19、……だって」
 ひゅう、とフィリスが口笛の口真似をした。
「アタシなんか3だよ3。まぁ魔法は使わないからいいんだけどさ」
 じゃあ何で習得したんだよ、とは言わない。
 一応さっきの話をしたのは内緒って約束させられたからな。
「じゃあ遠慮なくローブでいいね。……ついでに杖も用意したけど、どうする?」
 俺の手に持った剣が気になるんだろうか。
「あぁ、コイツは一応腰にぶら下げとく。メインはどうやら魔法になりそうだしな」
「おっけ!じゃ、まずはこいつ使いなよ」
 彼女が用意して来たのは、黒を基調にしたデザインのローブ。
 普段着として着ていても差し支えないレベルだ。
「お。センスいいな」
「だろ?アタシのセンスがわかるとはいいね、気に入った気に入った」
 あはは、と笑いながら、フィリスが次に取り出したのは、
「何だこのスゲーデザイン……」
 杖の上に4枚の羽。そして杖本体に巻きついた、蛇。
 その翼についた輪が、それぞれぶつかりあって綺麗な音色を響かせる。
「ケツァコアトルの杖。……ダメ?」
「いやデザインは格好いい。だけど装飾過多なんじゃないか?」
 いやいや、とフィリスが勝ち誇ったような顔をする。
「……実はこれ、こないだアタシが出したプレミアなんだ」
「お前のかよ!」
 あはは、と笑い、フィリスは杖を差し出す。
「アタシじゃ使えないしさ、どうせ露店に出そうと思ってたんだ。アタシとセンスが似てるアンタになら、売ってもいい。どう?」
「……性能次第かな」
 一応それは聞いておかないとな。
「魔法の方の性能は、アタシの検証ではダメージの底上げだね」
 魔法の方、という但し書きを付けるなら当然……
「他の性能は?」
「攻撃性能は、鉄扇並。杖にしちゃ上出来な攻撃性能だよ」
 ほう、と思わず呟くと、フィリスはにやりと笑ってみせる。
「どうだい?2千$にまけとくよ」
「……高くねーかそれ」
 20万円とは明らかにボッタクリだと思ったんだが、
「……、……安い」
「よし買った」
 カルラの呟きで俺は即決してしまった。
「アタシは信用しなくてもカルラは信用すんの?ちぇー」
 とか言いつつも、嬉しそうに杖を引き渡す。
「ちなみに相場はいくらなんだ?」
 ふと気になって聞いてみる。

「ん?百万$」

 一瞬絶句する。
「馬鹿じゃねぇの!?いいのかそんなのそんな値段で!」

「いいんだよ。……アンタがこの世界で楽しんでくれるんなら、さ」

 うわぁ……臭いセリフ来ちゃったよ……。
 だが感動した。さらに続けて、
「――ま、もし借りを返したいんなら、……アタシ達に追い付いて来い。戦力でありがたく頂戴するよ」
 なんてことを言いやがった。
「……わかった。これは借りとして借りておく。必ず返しに来るからな」
「期待せずに待ってるよ」
 お陰で、強くなる意思は固まった。


 フィリスのところでローブをはじめとした装備を軽く揃え、途中薬屋に寄ると、ヒールローションだの何だのを持てそうなだけ買い込んだ。
 途中リュックを買い、その中に買ったヒールローションなどをとりあえず入れておく。
……ヒールが実用レベルなら、買ったヒールローションは使わなくて済むんだろう。その場合は、ヒールが使えなくなったところで使えばいい。
 と言うより、ヒールを最終手段に持ってきた方がいいんだろうか?
 まぁ、戦ってみればわかるか。

 俺は、戦う覚悟を決めて荒野へと踏み出した。



[16740] 4- 初めての修練
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/02/27 01:31
――参った。
 荒野に踏み出して早々、俺は町へと撤退していた。
 何だあのスライム。
 強い。っつーか強すぎるだろ。

 荒野に出て最初に出会ったのは、紫の、スライムのようなモンスターだった。
 スライムといえば最下級モンスターだとタカを括って殴ってしまってから、俺は楽勝モードで殴り続けた。
 しかしすぐに気付く。
 20発杖で殴り続けても死なない。
 それが30発、50発と増えたところで焦りを感じた。
 モンスターの攻撃は俺に確実にダメージを与えているはずだ。
 感覚的――おそらくシステムが、HPが低くなったところでその感覚をプレイヤーに感知させるんだろう――に、ヤバいと思ったところでローションを取り出して付ける。そしてまた殴る。この繰り返し。
 周囲に他にもスライムがいたが、戦闘には参加してこないところを見るとどうやら、スライムはリンクモンスター――仲間が殴られるとそれを探知して加勢する類のモンスター――ではないらしい。
 しかし、数を数えていたわけではないが、恐らく3000発近く殴ったところで、ローションが残り1個になった。
 そろそろヤバいかなと逃げに入る寸前、スライムの体は弾け、その液体のような体が地面に染み込んで行った。
――助かった。素直にそう思ったが、そこへ背後からの奇襲。
 慌てて杖を振り、その杖で背後を殴る。
 奇襲してきたのは、白い狼のようなモンスターだった。
 こっちは何とかなった。
 1000発ほど殴ったところであっさり倒れ、動かなくなる。

 だが念には念を入れ、最後のローションで回復を済ますと、俺は全力で町へと引き返した。

 そして今に至る。
 序盤のモンスターでここまで強いと、もはやどうやっても無理な気しかしない。
 さてどうするかな……
『もしもし、アキラ?』
 不意に響く救いの声。
 見回せど姿はない。
 これはひょっとして。
『あ、返事は普通に喋れば聞こえるから』
「あ、そうなんだ。聞こえてるよ」
 言いつつ、思い出す。
 ウィスパー部屋に入りたい時は、確か。
「――ウィスパー、リリー=ビーヴァン」
 コマンドを呟くと、視界が一瞬暗転し、すぐにリリーの姿だけが映し出される。
「おかえり。調子どう?」
 リリーはにこやかに微笑むが、それどころじゃないことをアピールするために、俺はため息をついて見せた。
「どうもこうもない。何だって序盤であんなに強いんだ」
「……うん?」
 ことのあらましを説明すると、リリーはあはは、と笑った。
「それ、多分高レベルだったんだね、スライムが」
「はい?……スライムが高レベルって?」
 あぁそっか、とリリーは呟く。
「あの本にはなかったっけ。えーっとね」
 リリーは唇に指を当てた。
「モンスターを倒すと経験値を手に入れられるように、モンスターもプレイヤーを倒すと経験値が入るみたいなのね」
 は?と俺は目を点にした。
「当然だけど、モンスターがモンスターを倒しても経験値は入るよ」
「ちょ、それはマジな話か」
 うんそうマジだよ、とリリーは苦笑した。
「だから、ベータテストの時はひどかったよ。装備がないプレイヤーを倒したモンスターが、レベルアップしちゃっててね。プレイヤーより強いから倒せないし、かと言って倒さなきゃレベルも上がらないし」
「それはちょっとヒドかねーか」
 あはは、と空笑いをし、リリーはそれでも笑顔に戻る。
「まぁ巨大パーティー組んで何とか倒したんだけどね。ベータ時代はそういうのが楽しかったところもあるよ」
 へぇ、と俺は素直に関心した。
 クソゲー呼ばわりするヤツもいれば、こういう考えのできるプレイヤーもいるんだな。
「でもすごいねぇ。高レベルスライムなんて、1レベルで倒せる相手じゃないはずなんだけど。HPも4000近くあるはずだし」
「あぁ、それは多分これのお陰かな」
 言って、俺はフィリスから買ったケツァコアトルの杖を見せた。
「……!ケツァスタ!?それどうしたの!?」
 あぁ、ケツァコアトルスタッフ、略してケツァスタか。
「フィリスに売ってもらった」
「わー、いいなぁ……!」
 よほどいいものなんだろう。カルラも欲しそうにしてたし。
「これってそんなにいいものなのか?」
「うん。最強クラス。多分杖の中では一番高いよ」
 見せて見せて、と言うから渡すとリリーは、はわわわすごいすごい本物だとか言いながらそれをゆすって音を立てたりひとしきり撫でたりした後、満足したのかようやく俺に杖を返した。
……よかった。帰ってこないかと思った。
「最強クラスってどのくらい?」
「1レベルで持てる杖の中では、一番高いよ、これ。これより強い武器だと、ゲームマスターが以前イベントの景品にしたデュルグミュエルくらい?」
 ん?その名前には聞き覚えがあるぞ。
「神杖デュルグミュエル?」
「そうそう。持ってれば通常攻撃じゃ絶対に死なないアレね」
 スキルでは死ぬんだったか。確か情報サイトに出てたな。
「その代わり能力補正はないんだっけ?通常攻撃もダメージ0」
「よく調べてあるね。うんそうそう」
 13種類の神の刃の一つだ。
……なるほどね。そんなにいいものだったのか。
「これは大事に使わないとだな。感謝してもし足りない」
「そうだね、……羨ましい」
 まだ未練があるのか、翼のあたりを指で触りながら、リリーは呟いた。

「ところで、高レベルスライム倒したんだったら、レベル上がってるんじゃない?」


「おう。これは強そうな冒険者だ。……名前を教えてくれ」
 暑苦しい体躯のNPCが受付に座っていた。
「アキラだ」
 言うと、NPCは書類を差し出す。
「この訓練所は初めてだな?この書類に必要事項を書いてくれ」
 渡された紙を見ると、名前、性別、年齢、生年月日、上げたい能力とある。
「なぁリリー。これってネットで登録した時のキャラクター情報を書けばいいんだよな?他に思い浮かばないんだけど」
「ん?うん、そうだよ」
 なら簡単だ。
 さらさらと書き込み、能力指定を魔力にすると、NPCに書類を渡す。
「OKだ。じゃあこっちへ」
 言うと、奥へと繋がる扉を開けるNPC。
「おっと、忘れてた。俺の名はクリステン。呼ぶ時はクリスでいいぜ」
「よろしくクリステン」
 皮肉を言ってやると、クリスは苦笑した。
 皮肉にも対応するとは。AIの優秀さがわかるな。
「冗談だクリス。早く訓練しようぜ」
 思わずこっちまで苦笑し、俺とクリスは訓練所へ続く扉をくぐった。

 入った瞬間、何かが風を切る音が鳴り響いた。
「お、やってるなイシュメル」
「……サボったりしないから見に来なくていいよ」
 行って振り向いたのは、細っこい体をした男だった。
 手には弓。今の風切り音は矢を放つ音だろう。
「違う、新入りを連れて来たんだ。ここはお前だけの専用ルームじゃねえぞ」
「……暑っ苦しいなぁ。わかったよ」
 はっはっは、と豪快に笑いながら、クリスはふんと鼻を鳴らした。
「さて、アキラ。おめーはあっちだ」
 言って、部屋の隅に設置された、……何だあれ。
 カカシみたいだけど、明らかに金属製?
「10分、魔法をアレに唱えまくれ。どれでもいい。熟練度も上がるからな」
 言うだけ言って、クリスは頑張れよと笑いながら部屋を出て行った。
 ふむ、と思わず呟いて、懐から呪文書を取り出す。
 全部習得したはいいが、やっぱり俺の一番好きな属性を先に伸ばすか。
「『我願う』」
 一節目を唱えた瞬間、ぶわっと俺の周りを風が取り巻いた。
 うぉぅこりゃスゲェ。思わず感動する。
「『赤き気高き紅蓮よ』」
 取り巻いた風が手のひらに集まるのを感じる。心なしか手のひらが温かい。
「『その姿をここへ示せ』」
 と、手のひらの風が一気に熱を帯びる。
 見ればそこには掌サイズの炎。
「『ファイアー』」
……あれ、炎出たはいいけど、これどうしたらいいんだ?
 しゅぱん、と風切り音。
 振り返ると、イシュメルと呼ばれたさっきの男。
「……なぁ、これってどうすればいいかわかる?」
「――そいつは近接魔法。近寄って殴れ」
 近接用だったのか。
 とりあえず言われた通りカカシを殴ると、カカシの顔に1の文字が現れた。
「おお、なるほど。サンキューな」
 男は、ふんと鼻を鳴らし、弓を射続けた。
 さて俺も頑張るか。
「『我願う』『赤き気高き紅蓮よ』『その姿をここへ示せ』『ファイアー』」
 ガス。
「『我願う』『赤き気高き紅蓮よ』『その姿をここへ示せ』『ファイアー』」
 ガス。
「『我願う』『赤き気高き紅蓮よ』『その姿をここへ示せ』『ファイアー』」
 ガス。
「『我願う』『赤き気高き紅蓮よ』『その姿をここへ示せ』『ファイアー』」
「あぁ畜生、ムカつくな」
 突然、男が割り込んで来た。
「初心者か。初心者だろそうだろ。いいか一度しか言わねーぞ 。一節一節いちいち間を空けるな。一気に読んでも呪文は認識されるんだ」
「お、へぇそうなのか。スマン助かる。サンキュ」
 ったく、とイシュメルは呟くと、弓を再開した。
 つまり間を空けずになるべく早く唱えろってことなんだな。
 だったら。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 お、マジだ。間を空けてた分、それが詰まったら呪文が早い。当たり前だが。
 ガスっとかかしを殴ると、カカシの顔の数字が2に変わる。
 よし。殴れば殴っただけこの数字が上がるってことか。
 なら時間をかけてはいられない。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高きぐで』」
 っ痛舌噛んだ……。
 一人悶絶する俺を尻目に、弓を射続ける男。
 負けてらんねー!
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
「『我願う赤き気高き紅蓮よその姿をここへ示せファイアー』」
 ガス。
 お、3になった。
 何か段々むなしくなってきたけど。
「お。強くなったみたいだな」
 突然の声に振り向くと、クリスが立っていた。
「うん、今日はこの辺にしておけ。また来るといい」
 言うと、クリスは戻って行った。
 どうやら、これ以上は上がらないと言うことらしい。さて戻るか。
「……お前、いつからだ」
 イシュメルが、振り向くこともなく声をかける。
 いつから始めたのか、ってことか。
「ん、……日付がかわってなけりゃ、今日からだよ」
 マジか、とイシュメルの目が落胆したものに変わる。
「装備といいレベルの上がり方といい、どうやったんだ?」
「ん?レベルの上がり方?」
 問うと、イシュメルはうわぁ……と明らかに呆れた顔を俺に向けた。
「……そのカカシに3って出てるだろ。その3が魔力の上がり幅の目安だ」
「そうなのか」
 イシュメルが弓で射ているワラのカカシを見ると、1と表示されている。
「3ってことはだ。……少なくとも3レベルは上がってるってことなんだよ」
「少なくとも?」
 再び聞くと、そんなことも知らないのか、とイシュメルは顔をしかめる。
「……その装備はどうやって集めた」
「ここの外に俺を待ってる人がいる。その人から金をもらって買った」
 イシュメルは一瞬呆気に取られた顔をした。
「も……もらった!?」
「おう、1万$ほどな」
 あぁなんだ、とイシュメルはあっさり納得した。
 1万$はどうやら普通らしい。
「……じゃあ、どうやってレベルを上げた?」
「多分この杖のお陰だ」
 言って、ケツァスタを取り出すと、イシュメルはまたしても呆気に取られたような顔を見せた。
「…………何でンなもんもってるんだ……」
「知り合いから安値で買った」
 目に見えて落ち込むイシュメル。
「……悪い、何かスゲー楽してるみたいだな。俺」
「いや、それはお前の人徳の成せるところだろう。気にするな」
 あっさり言い放つと、イシュメルが弓を放つ。
 カカシが2を表示すると、クリスが顔を見せた。
「お。強くなったみたいだな。うん、今日はこの辺にしておけ。また来るといい」
 言われ、イシュメルはよし、と声を上げる。
「……おい、お前」
「ん?」
 呼び止められ、俺は思わず振り返る。
「……とりあえず俺のレベルはお前と同じく3だ。……上がった数だけどな」
「ふむ?」
 つまり俺と同じだということだ。
 イシュメルは少し照れくさそうにしながら、それでもはっきりと呟いた。

「……俺とパーティー組まないか?どうやら魔法使いのようだが、あとは戦士でも募集したらそれなりのパーティになると思うんだが」



[16740] 5- 冒険の仲間
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/03/02 22:41
「……と言うわけなんだ」
 フロアで待っていたリリーにイシュメルを紹介すると、イシュメルは自分でも自己紹介をした。
「イシュメルだ」
 言うと、イシュメルと俺の間に青い文字。
 イシュメル=リーヴェント。それがコイツのフルネームらしい。
 そういえば、俺もこいつの自己紹介は初めて聞くんだっけ。
「リー……ヴェント?」
 リリーは呟くと、不思議そう――というよりは不審そうに首を捻る。
「――ッチ、やっぱり知ってたか」
 ポリポリと首を掻くイシュメル。
「じゃあ、やっぱりあのタイラス=リーヴェント?『憂う狂気』の」
「あぁ。その通りだ」
 イシュメルが苦笑する。
 はぁ、とリリーが溜息をつく。
「……で、どうしてそのタイラスがここに――」
「待て、リリー。俺にもわかるように話してくれよ」
 喧嘩腰になりつつあるリリーを制してみると、リリーは我に返ったのかごめんねと呟いた。
「……この人、【セカンド】――二人目よ。ううん、3人目かも」
 そりゃ、3キャラ作れるならそういうこともあるんだろう。
「いーじゃねーか。それが?」
「うーん……えっとね」
 リリーは言葉を濁す。俺とパーティーを組む奴を悪く言いたくないのだろうか。
「――いい。自分で言うさ」
 イシュメルがそこに割り込んだ。
「この女の言う通り、俺は【セカンド】だ」
 本当は【ファースト】だけでやっていくつもりだったんだけどな、と呟いて、イシュメルは溜息をついた。
「それが何かまずいのか?」
「……まずくはないさ、普通ならな」
 言って、苦笑する。
 普通じゃないってことか。と当たりを付ける。

「俺の【ファースト】はな。……魔族なんだよ」

 魔族、という言葉に思い出す。
 確か、あの本にはこう書いてあった。
『凶悪なステータスの種族です。1レベルの段階で、120レベルプレイヤーをPKできるほどのチートキャラです。PKに走る人がほとんどですので気を付けて下さい。見ればそれとすぐわかります。
 魔族は、死ぬとキャラクターが消去されるそうです。
 噂によると、世界に常に一匹になるように、突然「覚醒」することもあるそうです。
 討伐隊を立てて討伐すると、それに見合った経験が手に入るようです。』
 俺の今のレベルで3。
 作ったばかりで実質120レベルを誇る凶悪チートキャラ、か。
 ん、待てよ?
「ってことはイシュメルがここにいる以上、魔族は生まれないってことか?」
「――そういうこと、になるかな」
 言って、リリーは苦笑した。
 世界唯一の魔族の【セカンド】。
「で、それが何か問題なのか」
「……はぁ、何もわかってないな」
 イシュメルは呟くと、溜息をついた。

「仕方ない。見せてやるよ。――魔族がどんなものなのか」

 言うなり、イシュメルの姿が消えた。
「ちょっ――!」
 リリーが慌てるが、もう遅い。
 そして、リリーは溜息をついた。
「……もう。口で言えばわかることなのに」
 リリーは不満そうだが、俺は内心わくわくしていた。何しろ世界に一匹しかいないという魔族だ。
「知らないわよ、――どうなっても」
「いいんじゃないか?相手はイシュメルだろ」
 はいはい、とリリーは手を上げた。
 どうやら説得するのを諦めたらしい。
「生易しい現象は期待しないことね……」
 生易しくない現象が起きるらしい。期待が膨らむ。

[魔族、タイラス=リーヴェントがログインしました]

 アナウンスが流れると同時、
「う――ッ!?」
 猛烈な寒気と強烈な嫌悪感が全身を駆け巡る。
 さらに襲い来る脱力感。
「マジ――かよ!何だこれ……ッ!」
「だから言ったでしょ――!」
 確かに生易しくはない。素で吐きそうだ。

[討伐隊:サイラスの光 が召集されました]
[討伐隊:魔族を殺せ が召集されました]
[討伐隊:無理だろJK が召集されました]
[討伐隊:やってみるか が召集されました]
[討伐隊:行くぜオラァ! が召集されました]

 わずか数秒で討伐隊が次々と編成されるアナウンスが流れる。
 思わずぞくりと背筋が凍える。
「……そろそろ、かな」
「?――何が……」
 リリーの呟きに反応した瞬間。

[討伐隊:サイラスの光が壊滅しました]
[討伐隊:やってみるかが壊滅しました]

「嘘だろ!?」
 エンカウントしたのが召集直後だったとしても、数秒だぞ!?
「こういうものよ。……ちなみにサイラスの光はレベル平均70で、パーティーを組める最大人数の13人」
 70レベル13人がかりでこれかよ!?
「どうするの?……あなたが止めないと、被害は増え続けるわよ」
 止めろったってどうやって!

[リア=ノーサムがタイラス=リーヴェントにウィスパーを申し込みました]

――あ……!そうか、それがあった!
「ウィスパー、タイラス=リーヴェント」
 思わず口にする。
 瞬間、視界が暗転する。

「ごきげんよう、『憂う狂気』。……あら?」

 そこには、2人のプレイヤーがいた。
 1人は、背中に4枚の黒い翼を背負った女性。ティタニアだ。
 1人は、……イシュメルそっくりではあったが、禍々しいとでも形容すべきオーラを放つ男。
 なるほど。見ればわかる……か。
 このオーラが魔族の印なんだろう。
「……この馬鹿。テメーは来なくて良かったのによ」
 イシュメル――いやタイラスがはぁ、と溜息をついた。
「あら、知り合いなの?」
 女性がほっとしたように会釈する。
 釣られて頭を下げると、女性はふふ、と笑った。
「……セカンドの知り合いだ。超初心者」
「あぁ、なるほどね」
 くすりと笑う女性。……見た目の雰囲気は少女趣味満載のゴスロリだし、背が俺の胸くらいまでしかない幼女にしか見えない。
「初心者さん、お名前は?」
「……アキラ=フェルグランド」
 言うと、女性が目を輝かせた。
「まぁ、……日本人?」
「うん、日本人」
 ついに日本もサービス開始したのね、と言いつつ、女性が俺の周囲をうろつき始める。
「おい、そいつに触らせないほうがいいぞ」
 俺の方に手を伸ばす彼女に、タイラスがぴしゃりと言い放つ。
「あら。勝手に覗いたりはしないわよ」
「……覗く?」
 言っている意味がわからずに、楽しそうに俺のローブをぺたぺた触る彼女のなすがままになる。
「――そいつの二つ名は『黒翼の星詠み』。この世界唯一、キャラクターの魔法の素質をデータとして見ることができる」
「見ないってば」
 怒ったように反論すると、彼女は手を離した。
「……どうだかな。俺の時は初対面でスキャンされたけど」
「貴方は魔族だからいいの。スキャンが良くないってモラルくらいはあるわ」
 くすくすと笑う。
「……それで、お前は自己紹介しないのか」
「するわよ?貴方が余計な茶々を入れるからでしょう」
 もう、と女性はわざとらしく怒って見せ、俺の方に振り向いた。
「改めて、初めまして。リア=ノーサムです」
 さっきのアナウンスの時も思ったが、どこかで聞いた名前だ。
――どこだっけ。
「よろしく」
 手を差し出すと、彼女はくすっと笑った。
「いいの?手を触れるとスキャンしちゃうけど」
「むしろして欲しいね。結果を教えてくれ」
 軽く言い放つと、リアはびっくりしたような顔を見せた。
 あれ、俺変なこと言ったか?
「……うん、別にいいんだけどね、一つ忠告」
 リアはその手を触れずに、言葉を続ける。
「たとえばこの魔族さん、炎が弱点よ」
「ちょっ、バラしてんじゃねーよ!」
「という風に、弱点も丸見えになっちゃうんだけど。それでもいい?」
 あぁ、と俺は納得した。
「問題ない。弱点の対策も練れていいんじゃないか?」
 言うと、リアはくすっと笑った。
「前向きね。……でも次の機会にしましょう」
 言って、リアは踵を返した。
 他の人……つまりタイラスのいるところでは話せないってことなんだろう。
「さて。……いつも通りここでログアウト?」
 あぁ、と頭を掻くと、タイラスは頷いた。
「話がある。リアも話に混じってくれるとありがたいんだが」
 俺の言葉に、ふふ、とリアは笑った。
「そんなのセカンドでもできるじゃない」
 そりゃそうか。


「――で?」
 ジト目でイシュメルを睨み付け、リリーが言う。
「……。すまん」
 はぁ、とリリーが呟くと、イシュメルが頭を掻いた。
『聞こえる?アキラ』
「あ、……うん聞こえる」
 突然飛んできたウィスパーに、思わず素で応える。
 突然ハンズフリーで電話し始めたようなもんだが、リリーやイシュメルは慣れているのか、会話を中断した。
『ごめんなさい、タイラスのセカンドの名前を聞くのを忘れてしまって』
「あぁ、……勝手に教えるのも何だし、こっちに来ることはできないか?」
 言うと、リアはくすりと笑い声を漏らし、
『別にいいけれど。貴方今どの街にいるの?人間で初心者なら、フェイルスかシルヴェリアだろうと思うんだけど、最近の仕様がどうなっているかわからないわ』
 あ。
 そういや町の名前とか知らないな。
「この町の名前って何だっけ」
 リアに聞いてみると、フェイルスよ、とあっさりと教えてくれた。
「フェイルスだってさ」
『ポータルで飛ぶわ。町の中央噴水で会いましょう』
「了解。――町の中央噴水ってどこかわかる?」
 言うと、リリーはこっちよ、と先導してくれた。

「こんにちは」
 リリーが声をかける。
「あら、ごきげんよう。……アキラのお知り合い?」
「この世界初めての知り合いだ。何かと世話になってる」
 言うと、照れたようにリリーが頬を掻いた。
 ふぅん、とリアが興味深そうにしげしげと周りから見つめる。
「おい、そいつに触らせないほうがいいぞ」
 イシュメルが言うと、リアがもう、と不満そうな声を上げた。
「勝手には読まないわ。……執念深いわよ」
「?」
 リリーも何が何なのかよくわかっていないらしい。
「……リア、自己紹介した方がいいんじゃないか?」
「――あ。リアって……」
 何かに気付いたらしく、リリーが目を丸くする。
「初めまして。リア=ノーサムです」
 言うと、リアとリリーの間に青い文字が流れる。
「き、きゃー……!本物っ!?」
 リリーとリアの行動が逆転した。
「はわわわ、すごいすごい!うわー!」
 ケツァスタを目にした時の再現のようだ。
「……リリー」
「っ、ごめんなさい」
 我に返ると、リリーはすかさず手を差し出した。
「リリーです!」
 言うと、青い文字がその中間に表示される。
「……あぁ、貴方が『白翼の幻』?」
 リアが呟くと、手はやはり出さないままで問う。
 ってかリリーにも二つ名があったのか。
「……その呼び方はやめて下さい」
 一転、リリーの表情が歪む。
「あら。……何か訳ありみたいね。ごめんなさい」
 そういえば、図書館を出ても羽を出す気はないらしい。
 それも、そういうことなんだろうか。
「ところで、それでも私にその手を出すのかしら?」
「ええ。この場合、有名人と握手するほうが私の得ですから!」
 うわ、はっきり言い切った。
「……変わってるわね」
 言うと、リアはその手を取った。
 途端、リアの目の前に3つの塊のようなものが浮かぶ。
 それを手で軽く持ち上げると、塊は音も立てずに消えた。
「ちょっと失礼。……ウィスパー、リリー=ビーヴァン」
 言うなり、リアの姿が掻き消える。
 なるほど。これならば誰も会話を聞くことができない。
「え、……あ、はい。ありがとうございます」
「というわけ」
 伝えることは伝えたのか、リアがいつの間にか戻っていた。
「……私はある程度レアな存在、ってことですか?」
「ええ、間違いなく屈指のレアよ」
 私と同じくね、とリアが笑う。
「次は貴方ね、アキラ。手を」
 言うと、リアは手を差し出した。
「お、よろしく」
 言って手を差し出すと、リアは俺の手を握る。
 同じように、リアの目の前に3つの塊……いや違う。4つの塊が姿を現す。
「……え――」
 リアが驚き、困惑した顔を向ける。
「ん?……何だ?」
「いえ、ごめんなさい。結果はウィスでね。……あなたも来てくれるかしら」
 言うと、手を離すリア。その目は確実に俺が異端だと告げている。
 頷いて見せると、リアはようやく笑って見せた。
「ウィスパー、アキラ=フェルグランド」
「ウィスパー、リア=ノーサム」
 口にしてから、唐突に思い出した。
 そうだ、この名前。

「アキラ、座ってくれる?」
 リアが真剣な顔で言う。
「あぁ、その前に一つ。……礼を言わせてもらいたい」
 うん?とリアが不思議そうな顔を見せた。
「……初心者本、ありがとうな」
「――!貴方、アレを読んでたの!?」
 ひどく慌てた顔で、……その顔は明らかに照れて真っ赤になっている。
「あ、あれはね、数年前のものだからデータが古いのよ?だからあんまり鵜呑みにしないこと。まさかアレを今も読んでる人がいるなんて……」
 リリーが薦めて来た、とは言わなかった。
 図書館職員のリリーが薦めている本だ。おそらく他にも読んでいる初心者がいるはずだ、なんて知ったら余計話が遅くなる。
「ともかく、俺の結果は?」
「……あ、ええそうね。良く聞いて」
 リアの表情はまだ赤かったが、表情は真剣なものになった。

「貴方は、オールラウンダーになるべきだわ」

……オールラウンダー?
 聞いたこともない言葉だが、何となく予想は付く。
「つまるところ、浅く広く能力を集めろってことか?」
「そう、正解よ」
 にこりと笑う彼女。
「貴方には、全ての魔法の素質が満遍なく中途半端に備わっているわ」
「中途半端ってひどい言われようだな」
 苦笑すると、事実だもの仕方ないじゃない、と苦笑で返された。
「嘘だと思うなら、魔法屋に行ってごらんなさい。……サモン以外の魔法は全て習得できるはずよ」
 ずばりと当てられた。つまり真実だってことか。
「でもサモンは覚えられないんだろ?」
「心配には及ばないわ。……サモンの前提条件は、たぶん魔力の数値だから」
 私もそうだったもの、と呟くと、にこりと笑う。
「これはある意味リリーよりもレアな魔力情報よ」
「そうなのか。魔法使い志望だからそれは願ったり叶ったりだけど」
 言うと、彼女は首を横に振った。

「違うわ。魔法だけじゃなく、全てのオールラウンドを目指しなさい」


 部屋を出ると、リリーとイシュメルがこちらを振り向いた。
「話は済んだ?」
「……あぁ」
 言うと、イシュメルが興味深そうに俺を見る。
 リアに指示された通りに答える方がいいんだろう。
「……魔法戦士の方が向いてるらしい」
 お、とイシュメルが呟く。
「いいね。俺が弓だし回復も使える。絶好の能力だ」
「そうだな。……よろしく頼むぜ、相棒」
 リリーがくすりと笑う。
 この様子だと、どうやらイシュメルとは和解したらしいな。
「ってわけで装備は買い直しかな。ローブじゃ戦いにくそうだ」
「あら、結構似合っているのに」
 リアが不満そうに呟く。
 ひょっとすると、ローブの方がいいってことなんだろうか。
「……リアがそう言うならやめとく」
 ぷ、とリリーが吹き出す。
 まるで俺がリアに心酔してるみたいだ。
「じゃあ、そのローブを前衛用にエンチャントしに行きましょうか?」
「あれ、エンチャントは使える人がいないんじゃ?」
 思わず口にする。
 くすり、と笑うリア。
「……貴方の他に、知り合いでエンチャントを使いたい人はいるかしら?」
「ん?心当たりなら一人いるけど」
 リリーがうんうん、と頷いて見せる。
「秘密を守れそう?その人。アキラは信用できると判断しているわ」
 あ。
「……まさか、とは思うけど」
「あら」
 ふふ、と笑みを浮かべる彼女。
「フィリスのこと?保障してもいいわ。あの子口だけは堅いから」
 リリーが助け舟を出した。
「あと私も出来ればその中に入れて欲しいわね。実は私も習得してるから」


「どうもー!フィリスです!」
 近くにいたらしく、結構すぐに到着したフィリスが走ってきた。
 遠くからだったが、名前がはっきりわかるように青く光で表示される。
「……早速貸しの一部が返って来たね。偉い偉い」
 バシバシと背中を叩くフィリス。
「一部かよ!」
 思わずツッコミを入れると、フィリスははっはっはと笑った。
 心なしか嬉しそうだ。
「カルラも来るって?」
「うん。アズレトはもう落ちてた。仕事の時間だと思う」
 声をかけまくったらしい。
 イシュメルもエンチャントを習得しているらしく、数に入っている。
「……合計で、5人?」
 リアが確認すると、リリーが頷いた。
「もう一人が来るまで待機かしら」
「いえ、……もう、……着いてます」
 いつの間にか、カルラが俺の背後に立っていた。
「私を含めて6人ね。念のため誓いの儀をするけれど、構わない?」


「床に画いた魔法陣に、魔力を吹き込んでしまうわけだけれど」
 言いながら、床に円を描き、その円の中にチョークで文様を描き込んで行く。
 やけに手馴れているところを見ると、これが初めてというわけではないようだった。作業は数分続き、リアはそれを済ませると、手を軽く叩いた。
「これでいいわ。全員、この円の中へ」
 全員が従うと、それを確認したリアが床に向かって手を伸ばす。
 と、描かれた文様が光を放った。
 赤と緑。目がチカチカするような色だ。
「私の言葉の後に続いて、誓いの言葉を言ってくれればいいわ。……この場合、私との秘密の内容を決して漏らさない」
 全員が頷くと、その魔方陣が光を緑に固定させた。
「私の呼びかけを聞きし者よ、誓いの儀を滞りなく行え」
 リアは言うと、一呼吸置いた。
 魔方陣が光を緑から赤に変える。
「……リリー、もう少し中央へ」
「あ、はい」
 言われた通りにリリーが動くと、魔法陣は再びその色を緑に変えた。
「魔方陣を誓いの証に。汝は証人となれ」
 魔方陣が一瞬赤く光り、その色が今度は青に固定される。
「……アキラ。秘密を誓えるならば、誓いの言葉を」
 いきなり俺か。どう言えばいいんだ。
「……誓う、ってことと破らない、ってことを言ってくれればいい」
 なるほど、とは声に出さない。
「――誓う。絶対に破らない」
 一言、呟くと、魔方陣がそれに呼応するように俺の足元だけを緑に変えた。
「――イシュメル。秘密を誓えるならば、誓いの言葉を」
「誓う。破らない」
 同じように、イシュメルの足元が緑に染まる。
「リリー、秘密を誓えるならば、誓いの言葉を」
「誓います。破りません」
 足元の色が変わる。
「……ごめんなさい、名前を聞き忘れていたわ」
 思わずツッコミを入れたくなるのをこらえる。
 いや、別に声を出しても儀式には支障はないんだろうけど。
「――カルラ、……です」
 カルラとリアの間に、カルラ=クルツ、と文字が表示される。
「……変わった綴りね。ではカルラ。秘密を誓えるならば、誓いの言葉を」
「誓います、……破らない」
 カルラの言葉に、呼応して、足元が緑に染まる。
「フィリス。秘密を誓えるならば、誓いの言葉を」
「誓う。破らない」
 魔方陣は、リアの足元を除いて緑に染まっていた。

「誓いの儀において、私も誓う。偽りは述べない」

 言うと、リアの足元も緑に染まる。
 魔方陣全体が緑に染まったのを確認するように、リアが魔方陣に手をついた。
 瞬間、魔方陣が光を強くし、そのまま光ごと魔方陣が床から消えた。
「……終わり?」
「そう、終わり。少し移動するけれど、いいかしら」
 リアは言うと、腰から針を取り出した。
「……まず、エンチャントというのがどんなものなのか見てもらおうかしら」
 にっこりと笑うと、リアはその針を床に刺した。
 瞬間、床に現れる魔法陣。
「うっわ……!」
 一番近くにいたフィリスが、驚いて声を上げる。
「え、これはポータル?魔法詠唱なしで!?」
 リリーも驚愕した表情だ。どうやらこれは凄いことらしい。
「さ、乗って。……魔方陣を踏んでさえくれれば、どこでも構わないわ」
「マジかよ……」
 イシュメルでさえ、驚嘆を隠さない。カルラも、無言ではあるものの表情は戸惑っている。
「ポータル、座標登録ナンバー20」
 リアの言葉に応じて、その魔方陣が風を吹き上げた。
 全員の髪がぶわりと逆立つと、その視界が光で一気に白く染まる。

 そして暗転。

「到着よ。……多分誰も知らない場所だから、ローディングに時間かかるけれど」
 キャラクターはローディングが早いのか、それとも知った顔はローディングの必要がないのか。
 全員の顔がすぐに見えた。
 そして徐々に見えて来るその風景。
「……小屋?」
「そう。モンスター・キャラクター・自然現象の完全排除結界をエンチャントしてあるわ」
 言ってくすりと窓の外を指差す。
「え……嘘でしょ何ここ!?」
 俺にはまだ見えていないが、リリーにはもう見えているらしい。
「マジかよ……嘘だろ」
 イシュメルにも見えているらしく、呆然とした声が聞こえてくる。
 その景色が俺にも見えた。

 そして、思わず絶句する。

 見渡す限りの断崖絶壁。
 そして、空を優雅に飛んでいるそれは……
「まさか、……巣?……ドラゴンの」
 カルラが呆然と呟いた。
 緑の鱗、巨大な体躯、……その体躯に負けない巨大な翼。
 紛れもなくドラゴンだ。
「そう、あれは純粋竜ドラゴニア=ドラゴン。ここはその巣よ」
 どこかは聞かないでね、とリアは苦笑した。
「ドラゴニアは誰も発見したことがない未発見種よ!?」
「……だからこそ、知られたくないの」
 なるほど、と俺は感心した。

「この秘密も込み、か。さっきの儀式」

 あ、と声がハモる。
「ご明察。……世界にたった一匹の竜よ。大事にしたいじゃない」
 窓から竜を見上げ、リアが呟いた。



[16740] 6- リアの真髄
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/03/02 23:01
「エンチャントの仕方は簡単よ。最初は失敗ばかりだろうけど」
 一息付くと、紅茶を全員に振舞いながらリアは呟いた。
「Lv.0でどの程度の成功率?」
「0なら成功率は1%を切るわ。……ほとんど成功しない」
 それは実用に程遠いと言わないか?
「うわ、使えなー……」
 思わず口に出したのはフィリスだ。
「……そうね。全部失敗するくらいのつもりで材料を集めないといけないけれど」
 ないよりはマシでしょう?と笑顔で返す。
「万が一成功したら、すぐにNPCに売ったほうがいいわ。……ひとつの能力を付加しただけで、格が上がってしまうから」
「……ひとつ質問」
 手を挙げたのはリリー。
「それって見た目でわかるもの?」
「いいえ、多分わからないでしょうね。特別なドロップだと思われるかもしれないわ」
 ん?どういうことだ?
「話はそこではないのよ、リリー。NPCであることがポイントなの」
 リアは指を顔の前に立てた。
「人に売るよりも遥かに高値で買ってくれるわ。小さい効果のものでも」
 あ。なるほど、と俺は気付いた。
「そうか。有益な魔法じゃなくてもいいわけだ」
 イシュメルが何かに気付く。
「……無益な、……もの?」
 カルラも気付いたらしく、ぽつりと呟く。
「あるいは呪いね。……無益なもの、例えばライトの魔法程度なら、人はそんなに欲しがらないでしょう?それでもNPCは高値で買うわ」
「ダンジョンに持って行くなら役立ちそうだけどな」
 イシュメルが口を挟む。
「あぁ、そういえばそういう使い方もあるわね。……決して消えることのない灯りね」
 リアが感心したように呟く。
「……そうね、参考までに教えるわ」
 リアが軽く手を振ると、一振りの短剣が現れる。
「……まずこの短剣。実はライトの魔法がかけてあるわ」
 言いつつ鞘から抜くと、刀身が光を帯びていた。
「光を帯びる条件は、鞘から抜くこと。――そうね、持続時間は1時間ってところかしら」
「何だ、使えるんじゃん」
 フィリスが珍しそうにそれを見る。
「ええ、確かに言われてみれば実用的よ?――けれど」
 リアはもう一度、指を顔の前に立てる。
「さっきも言ったけれど、話はそこではないのよ」
 言ってから、短剣を鞘に納める。
「例えば、リリー、これ貴女ならいくらまでお金を出すかしら?」
「え?うーん、そうね……」
 リリーが思わず唸る。
「ずっと油を買わなくていいと考えると、20万$くらいかしら?」
「……フィリスは?」
 答えの提示を後回しにし、次にフィリスに向き直るリア。
「アタシはもっと出すね。これ一本で半永久的にランタンがいらないんだから」
 言いつつ、フィリスの提示した金額は40万$。
 くすりとリアが笑顔を見せ、そしてカルラに向き直る。
「貴女はいくら出すかしら?」
「……、……100万$」
 いくらなんでも高すぎはしないか?と突っ込もうと思った俺だったが、リアの余裕の表情を見て確信する。
「――ってことは、もっと高いんだな?」
 それぞれの考えを提示した3人と、まだ質問を受けていないイシュメルが、ぎょっとしたような表情を見せる。

「ご明察。NPCなら……1本で1千万$程度の値段が付くわ」

 ¥に換算して10億。
 馬鹿のような値段だ。
「それは……当然マジな話よね?」
 他3人が絶句する中、リリーが恐る恐る尋ねる。
「ええ。……偽りは述べないと誓った通りよ」
 ただし、と前置きし、リアは苦笑する。
「私が1本目を作ってからこの2本目が出来るまで、およそ1年よ」
 げ、マジか、とイシュメルが呟く。
「私は、短剣を毎日のように掻き集めているの」
「それが一日どのくらい?」
 フィリスが聞くとリアは、ふふ、と笑う。
「この頃は一日3000本ほどかしら」
「さんぜ……!?」
 リリーが、いつの間にか電卓を手に、1本10$の短剣がどうのと計算を始める。
「1095万$!?大赤字じゃない!」
 呆れたような口調で言う。
「Lv.0ならそのくらいの大赤字だってこと」
 くすくすと笑うリアに、全員が呆れた顔をする。
 ちょっと待て?俺のローブをエンチャントするって話はどうなった。
 思わず問い質そうとして、ふと気付く。
 そうだ、ここに来る時に使った針。
 あれもポータルがエンチャントされていたはずだ。
「つまり、エンチャントに成功したら売ったほうがいいということ」
 リアが、言いながらくすくすと笑う。

「……それは、俺たちの話だろ?……リアはどうなんだ?」

 くすり、とリアが笑みを向ける。
 そう。
 リアはLv.0ならの話をしているだけだ。
「リアはLv.0じゃないだろ?つまり成功率はかなりあるんじゃないのか?」
 こっちに集中した視線が、再びリアを見る。
「ええ、その通りよ」
 言いながら、リアは机の上に白紙の羊皮紙を広げた。

「エンチャント、――マジックブック『エンチャント』」

 言うなり、文字が羊皮紙に浮き上がる。
 書いてある内容は理解できないが、おそらくそれは――
「――どうぞ、これがエンチャントの呪文書よ」
 言いながら俺にそれを手渡す。
「呪文破棄……!?それって」
「Lv.30以上だってこと!?」
 くすくすとリアが笑う。

「ごめんなさい、Lvはわからないわ。気が付いたら呪文破棄でも出来るようになっていたの。……1年ほど前かしら」
 全員がこの言葉に絶句したのは言うまでもない。 

 その後エンチャントを全員が取得し、全員の装備をきっちりエンチャント成功させたリアが、ふぅ、とため息をつくと、リリーが気を利かせて紅茶を全員分淹れてきた。持参した茶葉があったらしい。電卓といい、一体どこから出て来るんだ。
 ティーブレイクを入れながら雑談していると、自然と話はリアのエンチャント書取得の話を期待するものになった。
「ちょっと昔の話なのだけれど」
 リアは呟くと、少し寂しそうな、悲しそうな顔をした。

 ボス討伐連合パーティ総勢200人で赤の灼熱、【タイラント・デビル】を討伐にやって来た。
 リアはそのうちの一人にすぎず、その頃の強さは大したことはなかったらしい。パーティは、その日実装されたタイラントを倒そうと、かつてない壮大な連合パーティを編成し、それは始まった。

 飛び交う魔法、治癒の光、剣戟の音が鳴り響き続け、たった1匹の悪魔に全員が立ち向かい続ける。
 リアの役割は後方治癒。
 リアが一番レベルが低いというわけでもなかったが、低い者ほど後方からの支援に徹するのが基本だった。
 巨大な戦場の完全に隅の方で、リアはとにかく治癒支援を与え続ける。
「攻――が弱ま――き――!も――ぐだ!」
 誰かが叫ぶ。
 攻撃が弱まって来た、と言っているのだろう。リアの目からもそれはわかっていた。
 傷付きながらも自らにヒールをかけ、その傷を癒しつつも4本の腕でプレイヤー達に襲いかかる赤の灼熱。
 もう、パーティは半分が死んでいた。
 蘇生班が蘇生魔法で蘇らせているが、蘇生する端からバタバタと倒れて行く。
 パーティの勢いはもはや絶頂にあったのだろう。
 徐々に赤の灼熱はその傷を増やし、傷を癒す暇を余裕を削られて行く。
 200人のパーティだ。
 勝てるという自信は五分五分だったが、いいところまで行けると誰もが踏んでいた。

 だが、その希望は次の瞬間打ち砕かれる。

 タイラントの激昂の遠吠え。
 周囲で死んだプレイヤーを蘇生していた蘇生班がその遠吠え一つで吹き飛んだ。
 慌てて他の蘇生班が駆け寄ると、前衛の蘇生が優先して始まるが、
「やばい、蘇生班、半数は蘇生班の蘇生に回れ!間に合わない!」
 後方の指揮を取っていたリーダーの一人が叫ぶ。
 前衛の蘇生の数が一気に落ちた。
 それは、今まで優勢に戦っていたパーティに取って、一気に形勢が逆転されたことに他ならない。
 蘇生班が蘇生班を蘇生し、前衛蘇生の数も戻っては来ているが、その端から次々と倒されて行く。
「治癒班は蘇生班の治癒を最優先しろ!」
 リアはこの指示に従った。
「馬鹿、――じゃ――」
 タイラントとパーティの剣戟の音が耳障りに響き、誰かの声を掻き消す。
 すぐにリアは気付く。
 治癒をやめたら前衛が決壊するのでは?
「――前衛にも治癒を!決壊しては意味がありません!」
 誰かが聞いていることを願いつつ、リアは叫ぶなり前衛に治癒を戻した。
 だがすでに遅い。
 治癒を一瞬緩めたことで、前衛の半数が死滅していた。
「ッチ、弓兵!撃て!」
 前衛に当たることを危惧し、支援に徹していた弓兵が弓を番える。
 魔法班はまだ後方支援のままだ。だが弓を射始めてから気付く。
「まずい!……反射されてるぞ!」
 まさに反射。
 射た弓はそのまま、羽と矢を反して同じ軌道で返る。
「規格外すぎるだろこんなのッ!」
 慌てて弓を捨て、自らの攻撃で数を減らした弓兵は後方支援に逆戻り。
「くそ!後衛、支援で前衛に回れる奴はいないか!」
 十数人が近接魔法を手に前衛に回り出す。
 水・氷系魔法がなんとかモノになるようだと悟ると、近接魔法のことごとくがそれらをタイラントに叩き込む。

 だがここで二度目のタイラントの遠吠え。

 支援を減らし前衛に回し、蘇生班が蘇生班を蘇生しながら前衛を蘇生し、
 尚且つ今まで何とか保っていた前衛がついに決壊する。
「やばい!散れ!!」
 決壊した際は瞬時に逃げる。
 パーティの鉄則を全員が実行しようとする。
 リアは踵を返すと一目散に逃げた。
 タイラントが自分を追って来ないことだけを願って。

 だがリアの運は悪かった。

 何と他には目もくれず、リアを視界に認めたタイラントがリアを目標に定めたのだ。
 何で私、と思う暇も与えられない。
 そしてタイラントの気配がリアの背に迫る。

「――ッ!無理でしょうこんなのッ!」

 言いつつ、咄嗟に方向転換。
 ここは砂漠。

 確かこっちにオアシスがあったはず……ッ!!

 その記憶は当たっていた。
 自分にヒールを連発しつつ、鞄からヒールローションを全身にかけつつ走る。
 あと少し、あと少しで何とかなるに違いない!
 オアシスの水など意にも介せず追って来る可能性はあった。
 だがこれに賭ける以外、リアに思い付く手立てはない。

 見えた!

 水面の光を目にした瞬間、気を抜いたリアの足が砂を蹴る。
 リアがバランスを崩すには、それで事足りた。
「ひゃ……っ」
 思わず頭を手で覆い、そのままの勢いで前へ転がる。
 まずい、とリアは即座に全力で右に足を蹴る。
 転がったまま、リアの体が左に浮くと同時、ついさっきまでリアの体があった場所へ、タイラントの剣の一撃。
「――っ!」
 その衝撃が砂を巻き上げる。
 巻き上がった砂に巻かれ、リアの体が吹き飛ぶ。

 だが、リアの災難はまだ続く。
 今蹴った足を痛めたようだ。
 確実に逃げる速度が遅くなる。
「リジェネレイト――!」
 咄嗟に足に魔法をかける。
 その判断は正しかった。
 足の痛みが嘘のように引いた。
 まだ行ける。
『リア、大丈夫?』
 相方の声が頭に響く。
「大丈夫じゃないわ!逃げているところよ!」
『え、マジで?最悪じゃん――』
 問う相方の声を切るように、タイラントの剣がリアの右肩を襲う。
 ギリギリでかわすが、その一撃が足元の砂を巻き上げる。
「きゃ――」
 思わず悲鳴を上げて頭を庇う。
 巻き上げられた砂ごと、リアの体は吹き飛ばされた。


「……あ、……れ?」
 気が付くと、リアは水面に浮かんでいた。
 吹き飛ばされた後の記憶がない。
 助……かった?
 腰に手をやると、そこにはいつも使っているショートソードとソードブレイカー。
 どうやら落とさなかったようだ。これが重いものだったなら、リアは溺死していたかもしれないが。
 服が鎧ではなくローブだったことも幸いした。
 ざぷん、と水音を立てて起き上がる。
 思ったより水は深く、足は底に届きそうにもない。
『リア、ねぇ大丈夫ー?』
「何とか……なったみたいよ」
 ウィスパーの向こう側で、お、と反応を喜ぶ声が返る。
 どうやら一定時間ごとにウィスパーをしてくれていたらしい。
「水の中までは追って来なかったのかしら……」
 相方にそれだけを言って、リアは水に潜り込んだ。
 顔に付いた砂や、体に付いた砂が鬱陶しくて仕方ない。
 そして一度顔を出す。
「砂落として帰るわね」
『あっはは、了解~。無事でよかったよ』
「もう、縁起でもないことを言わないでくれるかしら」
 思わず言葉を返すが、すでにウィスパーは切れてしまったのか、相方からの反応はない。狩りにでも戻ったのか。
 ふぅ、とため息をつくと、リアは大きく息を吸い込むと水の中に顔を沈めた。
 軽く手で体を擦り、ローブを少し体から離して砂を落とそうとする。
 しかしそんな方法で落ちるはずもなく、どうやらローブの中の砂は、シャワーと洗濯で落とすしかないようだった。

 と、リアの視界に赤と白が映る。

 モンスター!?
 ぎょっとし、慌てて腰に手をかける。
 今の自分の状態がどんなものかはわからないが、水中で襲われたら魔法もローションも使えない。頼りは腰の2本だけだ。
 しかし、その赤白は追っては来なかった。
 というか、どうやら漂流物のようだ。
 とりあえず水辺まで運ぼう、とリアがそれにソードブレイカーを引っ掛けた瞬間。
[タイラント・デビルを討伐しました]
 アナウンスが頭を流れる。
「……まだやってたのね」
 思わず苦笑する。
 新しいパーティがタイラントを討伐したのだろう。
 アナウンスは聞こえたが、ウィスパーが届いたリアはすでにパーティを抜けている。
 というか決壊した時点で、統率を敢えて取らないようにするため、パーティはその場でブレイクされるのが普通だ。
 間違っても、リアがパーティに残っているはずはない。
 つまりこれは、バグだ。
 後で運営に報告しよう、などと考えながら、リアは漂流物を何とか浜辺まで引き上げることに成功した。

 マントで隠れて見えないそれは、どうやらロスト寸前の人間の成れの果てのようだ。
「後で蘇生班呼んであげるわね。……もう少し待ってて頂戴」
 リアは言いながら、少しだけ手を合わせた。
 蘇生には立ち会うつもりだが、……遺品は残っているのか。
 もし残っているのなら、回収して後で返してあげないと。
「……失礼するわね、死体さん。無礼はしないと誓うわ」
 言って、リアはマントに手をかけ、

――そして、驚愕して後ずさる。

 腕が、――4本。
「嘘……でしょう」
 嘘ではない、と頭ではわかっていた。
 一気に恐怖が蘇る。

 巻き上げられた砂ごと吹き飛んだ後、リアがオアシスに沈んでも、タイラントはそれでも諦めなかったのだ。
 そして水中にまで追って来た。
 結果、……炎の属性は水に侵食され、タイラントは瀕死状態となって。

 リアが、ソードブレイカーを引っ掛けた瞬間に、絶命したのだ。

 タイラントの巣に戻ろうという人間は、しばらくいないだろうから、
……おそらく、あの巣の人間は、全員ロストする。
 たった今、タイラントを倒したリアのせいで、

 僅かに残った生還の可能性を、潰したのだ。

「……ごめんなさい」
 この情景を誰か幽霊として見ているのなら、その呟きは通じただろう。
 だが、幸か不幸か。
――そこには誰の幽霊もいなかった。
 そして、タイラントの遺体に手を触れる。
「ジャッジ、タイラント・デビル」
 リアの目に、戦利品として剥ぎ取れる物がいくつか見て取れた。
――あ。
 ボスモンスターからのアイテムは、……特別な品として扱われる。
 このタイラントから剥ぎ取れる全てのアイテムは、……リアのものだ。

 心底後悔しながらも、リアは全てのアイテムを剥ぎ取ることに成功した。


「そのうちの一つが、エンチャントの書」
 何と言う武勇伝か。
 むちゃくちゃ感動したぞ、俺。
「それから、何度もタイラント討伐隊は出たみたいよ」
 一度もエンチャントの書の話は聞かないけれど、と話を締めたリアに、拍手喝采が注がれる。
「つまりタイラント討伐のレア、……レア中のレアってことね」
 リリーが目を輝かせる。
「他には何が出たの?」
 んー、とリアは唇に手を置いて考え、
「タイラントの剣が2本、フレイムLv.10の書、後は今でも出るプチレアくらいかしら」
 へぇー!とフィリスが興味深そうに体を乗り出す。
「タイラントの剣なんて、1本取れればいい方のレアじゃない。それが2本ってよっぽどツイてたんだね、いいなぁ!」
 羨ましそうに呟くと、リアが首を振った。
「実装直後の数日限定、アイテム取得率が100%だったのよ」
 キャンペーンみたいなものだったんだろう。
「フィリス。……欲しいのなら、売ってあげましょうか」
 え、とフィリスが顔を輝かせる。
「マジ?いいの?マジで?!」
 笑顔で頷いて、リアが家の奥へと入って行くと、フィリスはよっぽど嬉しいのか、その行方を体ごと、目で追っていた。
 イシュメルも実は欲しいのだろう。そわそわしている様子が実に笑える。
「タイ剣なんて諦めてたのに……!おいアキラ、感謝しろ!お前の借りはチャラにしてやる!」

……あれ、何だその上から目線――
 ちょっとイラっと来たのは言うまでもない。



[16740] 7- 相棒
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/03/03 01:40
「さて。……そろそろ狩りに行きますか?」
 1時間以上もくつろいだ後、リリーがようやく重い腰を上げた。
 俺の方は狩りに行きたくて仕方ないんだが、リアがポータルを出してくれないと帰れない。
「フェイルスでいいのかしら」
「うん、お願い」
 フィリスがタイ剣を片手にご満悦の表情で言う。
 その横では、カルラがフレイムLv.10を習得して満足そうだ。
 何ももらっていないのはリリーだけなのだが、この中で一番満足そうな顔をしている。
 イシュメルはプチレアである鱗をもらった上、装備可能になったらタイ剣をもらうという約束をしたらしい。
 リアって太っ腹なんだな。
「いいかしら?」
 全員の準備ができていることを確認し、リアは来た時と同じように針を床に刺した。
 瞬間、そこに現れる魔方陣に俺たちが足を乗せると、全員の髪が風の煽りを受けて逆立つのが見え、その視界が白に染まった。


「さて。……どうする?」
 リアがポータルで飛び、カルラが手を振りながらログアウトするのを見届けると、イシュメルは口を開いた。
 俺はうーんと呟く。
「杖のまま戦うのもいいと思うんだが――リリー、武器を鑑定してもらうには、どうしたらいい?」
 俺は、腰にぶら下げたままになっていた剣をリリーに見せた。
「鑑定?……うーん、――ごめん、知らない」
 アズレトなら知ってるかもだけど、と言うと、リリーは剣に指を触れる。
「――スキャン」
 魔法かスキルか、呟いたリリーの言葉に応じ、剣が一瞬薄く光る。

[未鑑定、アイテム名【レイピア】]

 どう?とリリーに問われ、そのまま答えると、リリーはやっぱりね、と言った。
「ってことは、鑑定ってスキルがあるってことなのかな?」
 リリーがぽつりと呟く。
「今のスキルは?」
「今のはスキャン。アイテムの名前と能力を調べるスキルよ」
 なるほど、と思わず納得する。
「ってことは、しばらくこの剣は使えないってことか」
「どうして杖にエンチャントかけなかったんだ?」
 イシュメルが不思議そうに聞いた。
 そう。俺はケツァスタにはエンチャントしなかった。
 理由はいくつかあるが、大きな理由としては、
「……これはフィリスからの恩だからな」
 エンチャントをすれば、確かにもっと戦いやすくはなるんだろう。
 だが今のこの状態が、フィリスからもらった「恩」だ。
 忘れないためにも、俺はこのままでいたかった。
「ふぅん。……変わってるんだな」
 イシュメルが、わかったようなわからないような返事をする。
「ってことは、鉄扇並みのその杖しか攻撃手段はないってことか」
 防具はこのままでいい。
 ローブには、【ガードLv.2】のエンチャントがかかっている。
 そして、靴には【スピードLv.2】。ただしガードが-2される。
 つまりローブのガード分をプラスマイナスして、スピードLv.2分だけが残るということらしい。
 問題は武器だ。それも近接用の。
「……買いに行くか?」
 フィリスが声をかけてくる。
「そうだな。イシュメル、時間は大丈夫なのか?」
 問うと、イシュメルはちょっと待てと言って姿を消した。
 そういえばイシュメルってどこだっけ。
 数秒すると、時間を確認したイシュメルが戻って来た。
「4時半か。まだ大丈夫だ。正午まではログインしてるからな」
 俺と同じくらいの時差なのだろうか。
「イシュメルの家はどこだ?」
 う、とイシュメルが言葉に詰まる。
「……韓国だ」
 あぁ、なるほど、と思った。
 イシュメルが言葉に詰まるのも頷ける。
「心配すんな。韓国に偏見はない」
「そうか、ならいい」
 少しだけほっとしたような表情を見せる。
「ってことは、日本も4時半くらいってことか。なら俺も問題ない」
「じゃあ決まりだな」
 フィリスは言うと、俺達を先導して歩き始めた。


「これはすごいな」
 店に入ると、見渡す限り武器が立ち並んでいた。
 リリーは用事があるとかで、店の前でログアウトした。
 また来たら俺にウィスパーをくれるらしい。
「いずれその腰のものを使うことを考えると、……そういえば、スライムでレベル上がってたんだっけ」
 フィリスは、じゃあと呟くと、一本の細剣をその中から選ぶ。
 ほとんど迷いがないところを見ると、歩きながらどれがいいのか考えていたのか。ホント面倒見がイイヤツだ。
「……これなんかどう?アタシ的には大剣がオススメだけど、杖と両立させるのは至難だし」
 両立、という言葉に思わず感心する。
 確かにレイピアと杖なら両立も楽だろう。
 リアも使っているという、ソードブレイカーと似たような使い方をすれば、杖も防御に使える。
「ちなみに杖は左手でも、装備していれば魔法を使う分には支障はないぞ」
 イシュメルが太鼓判を押す。
「片手剣で、他に使えるものはないのか?」
 一応聞くと、フィリスは待ってましたとばかりに俺に細剣を押し付けた。
「アタシに武器を聞くのは正解だね。例えばこれなんだけど」
 言いつつまず出して来たのは、
「まずこれ。ドゥーサック」
 うぉ、見た目からしてスゲぇ。
 刃、柄、護拳が一体成形で作られていて、鞘がない。
 柄部分に、申し訳程度に巻き布が施されているものの、それは手を保護するという役目以外を果たしそうにない。
「見た通りのつくりだからね、生産費も安い。だから1本の価格も安いよ」
 おまけに壊れにくいし、と呟くが、どうやらフィリス的には細剣のほうがオススメらしい。
「だけどね、見た通り抜き身だからね。危ないことこの上ない」
 なるほど。とすると初心者の俺には向いていないってことだ。
「次はこれ、バゼラード。ストラータ式って言うんだけどね」
 言いつつ出して来たのは、長さが控えめの、いわゆるショートソード。
「刀身から柄頭までが一体成形型のフレームを使ってる。そこに、持ち手用のグリップとかを付けたのがコレ」
 長さ的には扱いやすそうなんだが、どうやらこれもフィリス的にはオススメしないらしい。
「長さが短いってことは、それだけリーチがないってことだよ」
「敵の攻撃は杖で捌くなら大した問題じゃないんじゃないか?」
 一応反論を試みるが、
「……大剣を杖一本で裁けるかい?」
 と言うわけで一蹴される。
「あとはファルシオン、カットラス、ハルパーやショテルのように曲剣って手もあるけど、こっちは斬るための武器だからね。扱いが難しい」
 ふむふむ、と相槌を打つ。
 確かにその辺の扱いは難しそうだ。
「刺突用の武器なら、魔法を唱える間に敵の動きを捌くこともできるし、杖と合わせて捌けば大剣だって捌ける。その中で一番アンタに適してそうなのは細剣だと思うんだけど、どうだい?」
「……そこまで力説されちゃ納得するしかないな」
 まいった、と苦笑して見せると、フィリスは俺に押し付けた細剣を受け取ると、それをすらりと抜いて見せる。
「この剣はレイピア。……アンタの持ってるソレと同じ名前だね」
 アンタの腰のは、鑑定すれば名前が変わるけど、と注釈を入れる。
「日本だとレイピアの扱いは慣れてない人が多いと思うけど」
 言って、フィリスはそれを縦に構えた。
「使い方のコツは一つだけさ。この武器は斬るんじゃなくて、突く武器だ」
 ひゅ、と音がすると同時、俺の懐にフィリスが潜り込んでいた。
「……こんな具合にね」
「――ビビった」
 思わず両手を上げて見せると、フィリスは満足そうにははは、と笑った。

「25$……っと、君はフェイマンのところのバイト君か」
 俺がカウンターに剣を出すと、レジを開けた髭モジャのドワーフが後ろにいたフィリスを目ざとく見つけた。
「アタシの連れなんだけどね、安くしてよおっちゃん」
 レジのドワーフは、やれやれと肩をすくめる。
「じゃあいつもの割引で、23$でいいか?」
「もう一声」
 あっさりとさらなる値引き要求。
「……仕方ない、なら22$。これ以上は無理だ」
「さすがおっちゃん、話がわかる!」
 フィリスがバンバンと背中を叩くと、ドワーフが軽く咳き込んだ。
「兄さん、この女おっかねぇな」
「あんだって?」
 ドワーフが俺に呟くと、フィリスはそれに反応してパキパキと拳を鳴らす。
 おお怖い、と言いつつ、あっさり22$で会計を済ますと、俺たちは店を後にした。
「さて、それはともかく、アンタ戦闘方法はどうするんだい?」
「基本的には魔法と前衛で行きたいんだけどな」
 呟いてみると、なるほどね、と呟いたフィリスだったが、
「難しいと思うぞ」
 今まで黙っていたイシュメルが反論する。
「そうなのか?」
 聞き返すと、イシュメルはしまったという顔をした。
「……いやまぁ、できないことはないんだけどな」

 そろそろ狩りにと言うことになり、フィリスは寝るよと言い残してログアウトした。
 残されたのは俺とイシュメル。
「……どこで狩るのが一番いいと思う?」
「西門のホワイトファングか、南門のフライトバグか、……だな」
 ホワイトファングという言葉に思い出す。
 スライムを倒した後、後ろからエンカウントしてきた狼だ。
「ホワイトファングなら、1匹だけなら倒した」
 ほう、とイシュメルが呟く。
「ならそっちに行ってみるか。スライムは高レベルの可能性も考慮して、無視でいいな?」
 高レベルの可能性は最初から危惧するのが普通らしい。
 そりゃそうだ。
 ローションがいくらあっても足りないだろうしな。
「ところで、フライトバグは弱いのか?」
「弱い。俺の弓で一撃だ」
 ふむ、と思わず唸る。
「ま、1匹だけホワイトファングでやってみよう。一人で行けたならいけるだろう」
 イシュメルは言って歩き始めた。

「回復は任せろ!お前はとりあえず殴れ!」
 イシュメルが背後で叫ぶ。
 杖を防御に回しながら、レイピアで攻撃を試みるが、どうやら相手の方が早い。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 修練所で覚えた呪文を唱えると、杖の先に赤い炎が宿る。
 思わずレイピアをしまい、杖を持ち替えて殴りつけると、白き狼はたまらず牙を離して地面に転がった。
 それでもそいつは死んでいなかった。
 すぐに立ち上がると地を蹴り、俺目がけて突進する。
 来ることがわかっていれば避けようもあるんだが、立ち上がってからのモーションが早すぎる。
 再びその牙が俺の腕を捕らえる。
「馬鹿、レイピアで刺し殺せ!」
 あぁそうか、と、一度杖で殴りつけ、腕から振りほどいてレイピアに持ち替える。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 もう一度呪文を唱えると、今度はレイピアの先に炎が灯る。
 どうやら、意識したものに力が宿る仕組みらしい。
 ホワイトファングは再び立ち上がると、俺を目がけて突進した。
 思わず杖でガードすると、俺はそのままレイピアでそいつを刺し貫いた。
 肉に刺さる感触がわずかに手に残り、レイピアで刺し貫かれたそいつは、炎に巻かれて絶命した。
「……余裕、でもないな。危なっかしい」
 イシュメルがはぁ、とため息をつきながら俺を回復する。
「慣れてないんだ、勘弁してくれ」
 思わず苦笑すると、イシュメルは軽く笑みを浮かべた。
「まぁ、最初は誰でもそんなもんだ」
 そして、数歩下がり、セーフティーエリアである町に踏み込む。
「ちなみに今のホワイトファングは、確か4レベルで適正のモンスターだ」
 ファンサイトの情報だけどな、と補足して、イシュメルが腰を下ろす。
 その横に腰を下ろし、俺はふぅとため息をついた。
「つまるところ、今の俺達にちょうどいいくらい、ってことか」
 そうだな、と呟くと、休憩だ休憩、とイシュメルは大の字に寝転がった。
 俺もそうしようと思ったのだが、
「すまん、ちょい」
 言って、俺はヘルム・コネクタの思考スイッチをオフにした。
 視界が暗転、と言うかブルースクリーンに染まる。
 そして慌ててそれを外すと、俺は一目散にトイレへ駆け込んだ。

「ただいま」
「あぁ、お帰り」
 声をかけると、大の字になっていたイシュメルがむくりと起き上がる。
「よし次行くか」
「おう!」
 立ち上がると、俺は杖を掲げて見せた。

 五分後。

 ぜはーぜはーと肩で息をする俺とイシュメルがそこにいた。
「……あれは危なかったな……」
「スライムならともかく高レベルホワイトファングはシャレにならん……」
 マジで死ぬかと思った。
 回復と、コツを得たレイピアの攻撃とで何とか倒しはしたものの、たまたま通りかかったプロフィット――補助魔法専門の魔法使い――の助けがなかったら死んでいたに違いない。
「大丈夫?マジで」
 そのプロフィットが苦笑する。
「大丈夫です、すみません迷惑かけました」
 イシュメルですら青ざめている。
「いえいえ。趣味で辻プロフやってるだけだから」
 本気で高レベルはシャレにならん。
「見分け方ってないのかな、あれ」
 ぽつりと呟くと、プロフィットがあははと呟く。
「あるよ?けどまだ君には無理じゃないかな」
 聞けば、スキャンのLv.20からそれが可能らしい。
「ってことは、プレイヤーのステータスも……?」
 見れる奴がいるんじゃないだろうか、と思ったのだが、
「あ、いやそれは無理」
 イシュメルにあっさりと否定された。
「ファーストがスキャンLv.33だが、それでも見えん」
 なるほど、と思わず納得する。
 もしLv.100から見えるとしても、そこまでレベルを上げるにはどれだけ労力が必要か。
「とにかく、気を付けて。こないだも高レベルスライムに一人で立ち向かってる勇敢な人がいたけど」
 あれは危なかったなぁ、と苦笑するプロフィット。
「――。それ昨日のことですか?」
「え?」
 あれ?と何かに気付いたのか、俺……特に俺のケツァスタを見つめるプロフィット。
「あ。あぁ、あれキミか!運がないね、二度も高レベルに遭遇するなんて」
 気を付けてね、と念を押し、プロフィットは爽やかに去って行った。
 どうやら俺は、知らないうちに助けられていたらしい。
「よし。修練しに行くか」
 イシュメルは呟くと、呆然とする俺の背中を叩く。
「ま、それでも高レベルを実質一人で倒してるのは間違いないんだ」
 そして、俺の背中をもう一度、力を込めて叩きながら、
「これからも頼むぜ、相棒」
 イシュメルはそんなことを言って先を歩いた。



[16740] 8- イベント
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:35d47757
Date: 2010/03/04 07:23
「……ふへぇ。流石に眠くねーか」
「同感だ。いい加減キツい……」
 気付くと12時はとっくに超えていた。
 さっき確認でリアルに戻ったのが11時50分。
 それから今まで、さっき雑貨屋で買った安物の時計で時間を確認しながら狩りを続けて2時間になる。
 つまるところ、13時50分だ。予定時間を2時間弱オーバーしている。
「今日はこの辺にしとくか」
「そうだな」
 言いながら、俺がレイピアを前へと思い切り突き出すと、今まさに飛びかかってきたホワイトファングの腹に突き刺さる。
 どうやら弱点は心臓ではなく腹らしく、何度か戦っているうちに余裕で、……とはお世辞にも言えないものの、それでも形にはなってきた。
 もっとも、ソロでやったら死ぬレベルではあるのだが。

「その調子なら、ソロでもフライトバグならいけるんじゃないか」
 町の門をくぐりながら、イシュメルが呟いた。
「いや、まだやめとくよ。……リアに次のローブのエンチャント頼んでからだ」
 今のところ、死亡回数は0だ。
 一応コツは掴んだものの、いまだ能力レベルの上昇は合計6。この世界でレベルは、と聞かれたら6、と答えることになる程度だ。
「それにしても一日で6か。結構な廃だな」
「……そうなのか?」
 イシュメルの言葉に、思わず聞き返す。
「俺はセカンドを1週間前から始めた。ファーストの資産は使えないから、実質最初からやり直し感覚だ」
 ついでに言うとリア以外の人脈も絶望的状態なのだろう。
 名前を言えばわかる奴は敬遠するだろうしな。
「それで俺のレベルは同じ6だ。地味にフライトバグを弓で一匹づつってのは意外と上がらん」
 フライトバグってそんなに弱いのか、とは口にしなかった。
「それなら確かにソロでも行けるかもしれないな、フライトバグ」
「あぁ。俺より早く目が覚めたら行ってみろ。多分充分太刀打ちできる」
 オッケ、と軽く返事をし、お互いのメールアドレスを交換する。
 ログアウトしたら、ついでにメッセンジャーにも登録しておこう。
「少なくとも俺は7時までは寝てるぞ」
「わかった。俺はメシの時間には起きるから、……6時半くらいか。俺の方が早いかもしれないな」
 気付いたらメッセで返事をくれ、とだけ言うと、イシュメルはログアウトした。
 同じところで落ちた方が無難だろうと俺は考え、そのまま思考スイッチをオフにする。
 目に青い画面が映ると、俺はヘルムコネクタを外し、ディスプレイのスイッチを入れた。
 メッセンジャーを起動して、イシュメルのアドレスを入力する。
 しかし完了を押すより早く、イシュメルから登録の要請が届いた。
 何てマメな奴、と思ったが、考えてみれば人のことは言えないか。
 すぐに承諾を押すと、会話ウィンドウが音を立てて開く。

崔英愛 の発言:
 æ–‡å—化ã '

 いやいや待てイシュメル。それはひょっとしてハングルで打ち込んでるか?
 文字化けしてるんだがどうすりゃいいんだ。
 少しだけ考え、俺はメッセに返信を打ち込んだ。

アキラ@ラーセリア の発言:
 See you later.
 Have a good dream.

 英語ならわかるだろう、という希望的観測を思いつつ、パソコンを離れた俺はベッドに横たわった。
 昨日の夕方に干したベッドは、いわゆる「お日さまの香り」というやつがして、俺に眠りを誘って行く。


 目が覚めると、部屋が赤く染まっていた。
 薄暗いのは嫌いなので、部屋の明かりを点け、時計を確認する。
 18時20分。
 そろそろメシでも食うかと冷蔵庫を開けると、中身はほとんどからっぽだった。あるのは梅干、明太子、そしてクリームシチューの残り。
 米が炊いてあるかを確認するが、そっちもからっぽだ。
 考えれば何もせずに寝たんだから当たり前か。
 食物庫と化している机の引き出しを開けると、パスタがあった。
 クリームシチューに入れて食うか、明太子を和えるかで一瞬俺の心が葛藤するが、すぐダメになりそうなクリームシチューを使うことにし、パスタ鍋を火にかけた。
 そしてパソコンの電源を入れる。
 性能がいい分、起動が長いんだよな。……常時起動は壊れやすそうだから面倒だしな。
 コンロ前に戻ると、パスタ鍋がいい感じに沸騰していた。
 塩を取り出し、適当に塩を放り込むと、パスタのケースから適当に取り出し、鍋に扇形に広げて立てる。
 パスタは放っておいても勝手に沈むんだが、俺はある程度時間が立ったらパスタをかき回し、水に沈めてしまうことにしている。
 そしてそれを一旦放置し、パソコンの前に戻ると、すでにユーザー選択画面へと切り替わっていた。と言ってもユーザー登録は1アカウントしかしていない。マウスでそれをクリックすると、パソコンは起動時の音楽を奏で、デスクトップを映し出した。
 それを確認してから、再び鍋の前に戻り、箸でパスタを一本だけつまんで指で潰してみる。
……うん、いい感じだ。
 それを確認すると、ザルに麺をあけ、フライパンにオリーブオイルを敷く。
……っと、オリーブオイル足りねぇな。いいやサラダ油で。
 じゅうじゅうと音を立てるのを無視し、フライパンを振りながら麺を炒めると、適当に、その辺に転がっていたコーヒーミルクを1つ、パスタに放り込み、間を空けずに昨日のシチューを注ぎ込むと、すぐに俺は火を止めた。
 そしてパスタをフォークで皿に移し、もう一度残りを火にかけた。
――シチューがちょっと薄い気がしたからだ。
 ある程度水気を蒸発させたところで火を止めると、俺はそれをパスタの上から注ぎ込んだ。


 ごちそうさまでした、と心の中で呟くと、皿とフライパンを水の中に沈め、俺はパソコン前に戻った。
 スタートアップに登録していたから、すでにラーセリアの起動準備は完了していた。
 ヘルムコネクタを頭に装着すると、リクライニングを軽く倒し、思考スイッチをオンにする。
 瞬間、昼まで使っていたキャラクターがそこに浮かんでいた。
[キャラクターを選択して下さい]
 アナウンスが流れる。
 俺は迷うことなく答えた。

「アキラ=フェルグランド」

 ぱぁん!
 キャラクターのアバターが弾け、その粒子が俺に纏わり付いていく。
[ローディングが完了しました]
 再び流れたアナウンスとともに、俺の視界が暗転した。

 視界が晴れたのは、数秒後。

 しかし、そこは数時間前に見た景色とは明らかに変わっていた。
 基本的には同じだ。……と、思う。見覚えはある。
 しかし、違う。
 門は破壊されてはいなかったし、町の中央付近には、あの馬鹿でかい魔法ギルドの塔があったはずだ。それがない。
 それに、至る所で炎が上がっているし、叫ぶ声や怒鳴り声、そして剣戟や魔法の爆発が目や耳に飛び込んでくる。
 一体、何が起こったのか。

――そこには、阿鼻叫喚の地獄絵図が待っていた。

「おい、そこの!……何をしてる!死にたくなかったら避難しろ!」
 呆ける俺に声をかけてきたのは、長い刀を手にし、馬に跨った騎士だった。
「――何が起こってる!?」
 思わず聞くと、男は俺がログインしたばかりだと理解したのか、馬を降りた。
「突発イベントだ、今ゲームマスターが町にモンスターをばら撒いてる」
 男は言うと、俺の装備に手を触れた。
「――スキャン、イクウィップ」
 言い、何かを探っていた男は、ふと繭を潜めた。
「……未鑑定?いやそれはどうでもいいか。装備から察するに始めたばかりのようだな」
 低レベルの装備ばかりだからだろうか。男はすぐに俺から手を離す。
「お前、名前は?」
「アキラだ」
 言うと、男は俺の名前を確認し、あぁ、と笑みを漏らす。
「タイラスにウィスかましてた奴か。……初心者だったとはな」
 言われて俺はようやく気付く。
 そういえば、慌ててウィスパーしたものの、リアと同じように俺の名前もワールド中に響き渡ったんだろう。
 魔族であるタイラスにウィスパーしたプレイヤーとして。
『この馬鹿。テメーは来なくて良かったのによ』
 タイラスの言葉が今更ながらに思い出される。
「まぁいい。それより、シャレにもならんモンスターばっかり召還しやがってんだよ、ゲームマスターの奴」
「へぇ、……でもそれって後で困ったことにならないか?」
 シャレにもならんような、ということは、下手をしたら町が壊滅する恐れもあるということだ。キャラをロストしたりとか、色々弊害があるんじゃないだろうか。
「今回のイベント中、キャラロストとアイテムの剥ぎ取りはシステムをオフにするんだとさ」
 あぁ、なるほど。
「だからその点は心配してないんだが、見たこともないようなモンスターまで召還されまくってんだよ」
「つまり新種ってことなのか?」
 俺が聞くと、男はさぁな、と返答を返した。
「知らん、未発見種かもな」
 と呟くと、男は馬の手綱に手をかけた。
「……低レベル連中はとりあえず、南門を出たところのフライトバグ地帯まで避難してる。お前はどうする?」
「あぁ、じゃあ俺もそっちに避難するよ。ありがとう」
 礼を言うと、男はひらりと馬に飛び乗った。
「気を付けろよ!……あとタイラスによろしくな!」
 言うと、男は馬の手綱を引き絞り、腹を軽く蹴った。
 嘶きもせず、馬は男の手足であるかのように走り出していた。



[16740] 9- 黒の恐怖
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:d9b3a872
Date: 2010/03/05 02:46
「……うわ」
 南門に到着すると、俺は思わず絶句した。
 完膚なきまでに破壊された南門。
 そこには、低レベルなのだろうと思われるキャラクター達の死体が山積みにされていた。
 避難……というより虐殺場だなこれ。
 思わずこっそり様子を伺いながら、俺はため息をついた。
 モンスターの姿はないが、あれだけの死体の傍に行くだけの勇気がない。
 かと言ってここ以外に避難場所を聞いていたわけでもない。
「……どうすっかな」
 思わず呟いて、適当な場所に腰をかける。
 誰がログインしているのかさえわかれば、誰かに保護してもらうのが一番なのだろう。
 だがその心当たりに声をかけようにも、誰がログインしているのかわからないことにはどうにもならない。
 仕方ない、片っ端からやってみるか。
「ウィスパー、リリー=ビーヴァン」
[該当キャラクターはログインしていません]
「ウィスパー、フィリス」
[該当キャラクターはログインしていません]
「ウィスパー、アズレト=バツィン」
[該当キャラクターはログインしていません]
「ウィスパー、リア=ノーサム」
[該当キャラクターはログインしていません]
「ウィスパー、カルラ=クルツ」
 瞬間、視界が暗転する。
 お、カルラはいるらしい。
「カルラ。今へい」
『内なる力を我が前に示せ、……フレイム!』
 平気ではないらしい。ウィスパー部屋からでは情景が見えないから、どういう状況なのか見えないが、少なくとも戦闘中だってことだ。
『……アキラ?』
「うん、平気か?」
 平気ではないと知りつつも思わず聞いてしまう。
『……何とか、……かも』
 声が微妙に疲弊している。
「戦闘離脱は可能?」
『それは、……無理』
 パーティ組んでるから、と理由を言って、再び何かの呪文を唱え始めるカルラ。その呪文が終わると、肩で息をする吐息が聞こえた。
「無理ならいいけど、終わったら」
『大丈夫、……ウィスパー部屋に、……いて』
 言われてから、俺は気付いた。
 確かにここが一番安全なのではないだろうか。
 その代わりここにいたんじゃ経験にはならないんだろうけど。

 一息つくと、カルラがパーティーを抜けて部屋に入って来た。
「……お待たせ」
「ご苦労さん。ってか、イベントの告知なんてしてたっけ」
 公式サイトひとつ見ずに来たから告知を見落としたか、と思ったのだが、カルラは静かに首を振った。
「……突発、……みたい」
 なるほど、文字通り突然発生するイベントか。被害はどんなもんだったんだろうか。まぁ、南門の様子とログイン直後の戦闘音だけでかなりの被害だとわかるが。
「……バフォメットとか、……いた」
「バフォメット!?」
 半人半羊のモンスターで、――確かこのゲームではボス扱いのはずだ。
 実際に戦ったことはないので、強さのほうはわかりかねるが、昨日リアに聞いたタイラントくらいの強さは軽くあるんじゃないかと予想する。
 ぽつりぽつりと話すカルラの言葉をつなぎ合わせると、どうやら突然降って沸いたバフォメットに周囲が凪ぎ倒されたことからイベントが始まり、その場にいたプレイヤーたちにはゲームマスターの声が聞こえたのだという。

『突発イベントを開催する。……対象は城の存在する町だ。尚、このイベントにおける、キャラクターロスト・及びアイテムの剥ぎ取り機能をオフにする』

 告知の内容はたったこれだけ。しかもその場にいたプレイヤーにしか告知されなかったらしく、後から来たカルラは人からこれを聞いたのだという。
 そして、カルラが来た時にはすでにバフォメットは右足を失っていたにも関わらず、激しい攻防を繰り返し、カルラが来てから1時間以上もの間、バフォメットは暴れまわっていたんだとか。
 また、町に降ったモンスターはバフォメットだけではなく、これまでプレイヤーが見たことのないモンスターが数体。
 初見モンスターの最大の強みは、その弱点がわからないということだ。
 戦いながらその弱点を探り当てるか、力で捻じ伏せる以外に対処法がない。
 プレイヤーが取ったコースは後者だった。
 弓・魔法に対する反射がなかったことが幸いし、その見たことのないモンスターは何とか沈黙させることができたが、それでも被害は甚大だったという。
 バフォメットを討伐した後、蘇生に回っていたプレイヤーはさらに悲惨なことになった。
 バフォメット討伐隊の死体のことごとくにカースがかかっていたのだ。
 蘇生をかけたプレイヤーを呪いが襲う。
 つまりそれは、蘇生班が甚大な被害を受けたということだ。
 そこにさらに降って沸く未知のモンスター。
 蘇生班の半数を失ったプレイヤー達にとって、必死にならざるを得ない自体。
 プレイヤー達は、他の町にいるであろう仲間に連絡を取り始める。
 瞬く間に、城下町にプレイヤーが集まった。
 フェイルス以外の城下町にも、同じようにプレイヤーが集まっているに違いない。
 そこに、ゲームマスターが更なる恐怖として降らせたものが、……何と。

 ラーセリア史上最も残忍な悪竜、黒の恐怖【ダーク・ブラック】だ。

 姿を見るなり、プレイヤーたちは正攻法を捨てた。
 物陰からの奇襲に徹し、その後速やかに撤退。これを繰り返した。
「ダークは、……治癒魔法がない、……から」
 カルラもそれに参戦した。
 ダーク・ブラックの弱点は、氷と炎。
 炎の魔法を得意とするカルラは、あまりにもそこに適役だった。
 覚えたばかりのフレイムLv.10を唱えた瞬間、俺からのウィスパーが入る。
「うわ、じゃあ俺スゲー邪魔だったか?」
「……問題、……なかったと思う」
 そしてダーク・ブラックに一撃を与えると、全力疾走でその場を離れ、そしてウィスパー部屋に逃げ込んだ。そして今に至る。
「……って、ことは」
「まだダークは、……健在」
 参った。
 こりゃソロ狩りとかそういうレベルじゃないな。
 お手上げもいいところじゃねぇか。
「あ、アキラ。おはよう。カルラも」
 何この騒ぎ、と言って突然割り込んで来たのはリリーだった。
「突発イベントだそうだ。……俺も来たばかりでな」
 それにしてもおはようって何だ。今カナダは真夜中のはずだろ。
「バフォメットとか出たらしいぞ」
「ちょっ、何それ!」
 ことの重大さを知り、青ざめるリリー。
「ちなみに今、外ではダーク・ブラックが進撃中らしい」
「うっそでしょ……」
 それにしても、気がかりが1つある。
「あのさ、イシュメルがそろそろ来る頃なんだけど」
 え、と二人が固まった。
「ど、……どこ」
 恐る恐る聞いてくるカルラに、落ちたのが西門の辺りだと告げると、カルラはあっさりと指を立て、「アウト」と呟く。
 自分だけがウィスパー部屋を出る時の動作とワードらしい。
「待てよカルラ、大丈夫なのか!?」
「……イシュメルは、……もっとあぶない、……から」
 俺のウィスパーにそう返すカルラは、慎重に進んでいるようだ。
「ウィスパー、カルラ=クルツ。――カルラ、西門前に来たらすぐこっちに。無茶はしないで!」
「うん、……わかった」
 リリーに答えると、カルラは息を整えるように深呼吸をし、……聞こえる吐息から察するに走り出したようだった。
「西門の辺りって、結構被害甚大じゃなかったか?」
 万一俺より早く来てたりしたら、冗談じゃないことになってるな、きっと。

 カルラが再びウィスパー部屋に戻ると、カルラの息はかなり切れていた。
「だ、大丈夫か……?」
 思わず背中をさすると、カルラはかろうじてこくり、と頷くと、何とか深呼吸で息を整えた。
「……今、……彼がログインしたら、……かなり」
 まずいってことか。
「西門前の状況は?」
「ダークが、……居座ってる」
 最悪で絶望的だ。
 何とかして動いてもらわないと、イシュメルが入った瞬間に即死しかねない。
「せめて、誰か知ってるヤツがいればな」
 注意を逸らしてもらうくらいはできるかもしれない。
 いや無理か。……自分が死ぬかもしれない危険を冒すヤツはそうそういないだろう。
「アキラ、どこでウィスパー部屋に入ったの?」
「ん?俺は南門の近くだけど」
 リリーの問いに答えると、うーん、とリリーが唸る。
 せめてアズレトがいればなぁ、とか言っているところを見ると、どうやら策はあるらしい。
「いればどうするんだ?」
 一応聞いてみると、
「いないからどうにもならないよ」
 ごもっとも。思わず肩をすくめる。
「ちょっと様子見て来る」
 リリーが、言ってウィスパー部屋を出た。
 様子を聞こうとウィスパーを送ると、リリーは呪文を唱えていた。
『――我が足と羽に祝福を……スピード』
 あ。翼を隠してるからすっかり忘れてたが、そういえばティタニアなんだっけ。
「リリー、無茶はするなよ」
『大丈夫よ、様子見で帰るから』
 言って、余裕にも鼻歌を歌い始めるリリー。
 本気で様子見だけらしい。
『いたいた。……おー、大きいねぇ』
 竜が見える位置まで到着したのだろう。嬉しそう……というより観光気分のようだ。
「……リリー、大丈夫そうか?」
『あーうん、今のところ動く気配はなさそうだよ』
 ってことは、戦ってた連中は全滅したんだろうか。それとも俺達と同じでウィスパー部屋へ避難しているんだろうか。
 と、思った瞬間。

『プレイヤー諸君』

 頭に響く、ゲームマスターの声。
 今回はどうやら、緋文ではないらしい。

『ゲームシステムを活用するのは良いことだとは思うが、それではいささかつまらない、と我々は考える』

 うわ、嫌な予感。
 的中しないことを願うばかりだが、その言葉から察するに、俺の予感は的中するんだろうな……。

『今から10秒後、全てのウィスパー部屋を開放する。折角のイベントだ、是非全員参加でお願いしたいと思う』

「やっぱりか……」
 10、9、とカウントダウンを始めるゲームマスターに、俺とカルラは顔を見合わせた。
「……仕方ない、リリー、南門付近で落ち合おう!」
『うん、了解』
 そして、カルラの方を見る。
「……悪い」
「大丈夫、……多分」
 言って、カルラは微笑んで見せた。
 その瞬間、無情にもゲームマスターのカウントダウンが0を告げた。

『さぁ、楽しい破滅の始まりだ』

 ゲームオーバーさせる気満々かよ!
 と突っ込みを入れる間もなく、パキンと音を立て、ウィスパー部屋が破られた。
 問答無用のデスゲームか。
……俺、南門で助かっ……

 どん、と地面を揺すぶる衝撃。
 思わず見渡すと、俺を含めた十数人が、モンスターに囲まれていた。
「うわ、マジかよ!」
 思わず絶句し、そして気付く。
 そういや、ここって低レベルの避難所じゃなかったっけ。
 と思う間もなく襲い来る獣の牙。
 思わず避けると、牙は俺の右耳をかすり、そのまま肩にぶち当たり、俺は床を転がった。
 ぐるるる、と獣が姿勢を低くする。
 姿はホワイトファングに似ていた。
 しかし違う。
 牙がかすった瞬間感じた冷気。属性は間違いなく氷だろう。
 なら、火が効くか?……どうせこのままじゃやられる。ダメ元だ。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 レイピアに宿る炎で周囲を威嚇し、時間を稼ぐ。
 せめてリリーが来てさえくれれば、何とかなるかもしれない。
……もつかなぁ。無理だろうなぁと弱気な所が本音だ。
 しきりにがう、がうと吼えていた一匹が、さらに姿勢を低くした。
――来る!
 瞬間、俺は咄嗟に右に避けた。
 その判断が間違ってはいなかったことを悟ったのは数瞬後。
 まさに俺の頭があったあたりを、獣の牙がガキン、と音を立てる。
 一気に血の気が引いた。
 レイピアを持つ手を突き出すことすらできず、俺はそのまま後ろに飛びのいた。
 その瞬間、一斉に逃げ出すプレイヤーたち。
 数匹がその後を追うが、俺の周りは依然として囲まれている。
「何でこっちに残るんだよ、くっそ」
 悪態をつきながら、震える手でレイピアを構える。
 左手には杖があるはずだ。魔法でスピードを上げたいが、呪文書なんて読ませるヒマは与えてくれないだろう。
 しかしこれがゲームか?と思えるくらいリアルな恐怖だ。
 ゲームマスターが悪魔にしか思えなくなってきた。
 と、獣が一瞬身を低くする。
 慌てて少し左へ身を屈めると、ガキン、と牙がぶつかり合う音が右上で聞こえた。
 その瞬間、俺は慌てて後ろへ転がった。
 他の牙が一斉に飛び掛ってくるのが見えたからだ。
「うぉぅおっかねぇ!」
 思わず声を出しつつも何とかかわすと、時間差で一匹が飛びかかって来た。
 慌ててレイピアを突き出すと、なんと獣はそれを足がかりに上へと跳躍する。
 うへぇ卑怯だろこんなのありかよ!
「『我願う猛る獰猛なる覇者よ内なる力を我が前に示せフレイム!』」
 瞬間、横薙ぎの炎が獣を襲う。
 ぎゃん、と悲鳴を上げ、一匹が俺から距離を取った。
 炎の放たれた方を見ると、そこには杖を振りかざすカルラの姿。
「……伏せて。『我願う猛る獰猛なる覇者よ内なる力を我が前に示せフレイム!』」
 言われるまでもなく思わず伏せる俺の真上を、炎が薙ぎ払う。
「……大丈夫?」
 カルラの声に恐る恐る顔を上げると、獣たちは倒れ伏していた。
「な、何とか……」
 ほっと胸を撫で下ろす。
 どうやら最優先で助けに来てくれたようだ。
「助かったよカルラ」
「……そうでもない」
 え、と声を上げる直前、カルラの腕が俺のローブを引っ掴む。

   ずがァんッ!!

 そこに黒い塊が落ちて来た。
「――ッ!?」
 いや違う。
 これは塊じゃない。
 再びローブがカルラに引っ張られる、と言うより引きずられる。
 その瞬間、俺の今いた辺りの空気をを黒い爪が切り裂いた。

「……ごめん、……振り切れなかった」

 黒の恐怖、【ダーク・ブラック】。
 その姿に俺は、冗談抜きで死を覚悟した。



[16740] 10- 二重の歩く者
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:d9b3a872
Date: 2010/03/07 12:00
 命からがら、とはまさにこのことだ。
「撒いたか?」
 振り返るのも恐ろしい。
「……多分」
 横でカルラが、瓦礫の隙間から背後を確認する。
 あの馬鹿でかい巨体から、逃げ出せるとは思ってもみなかった。
「さっきの馬鹿デカいシールド魔法のお陰だな。ありがとうカルラ」
 魔法で巨大な盾を展開し、カルラは一撃だけ黒い巨体から放たれる業火を防いでくれた。
 代わりに、と言っては何だが、
「けど、……MPが、……ない」
 これでカルラの魔法は打ち止めだということだ。
 一応システム上、少し経てば自然回復するはずなんだが、カルラの今使った魔法は、どんな攻撃でも一度だけ防ぐかわりにMPが30分ほど自然回復しないそうだ。
 薬でも持ってれば良かったんだが、バフォメットとの戦いでほとんどを使い切ってしまったらしい。
『アキラ、まだ無事?』
 リリーからのウィスパーが響く。
 どうやら部屋に入れなくても、ウィスパーだけは可能になっているらしい。
「何とかまだ無事だ。2回ほど死にかけたけど」
 ほっとしたような嘆息が返る。
 リリーは今どこにいるんだろうか。
『ところで、リアがいるよ』
「え、どこに?」
 思わずそう言うと、上から一枚の羽が降ってきた。
 ばさり、と音を立て、それを追うようにリリーが降りて来る。
――お、羽だ。
 二つ名の通り、まさに白翼を折り畳むように舞い降りたリリーの手を握り、一緒に降りてきたのはリアだ。
「――ごきげんよう、アキラ」
「あぁ、数時間ぶり」
 ふふ、とリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それにしてもまさかボスのオン・パレードとはね」
 嬉しそうだな、とは口にしなかった。
 多分言うまでもなく嬉しいんだろう。
「しかし状況的にヤバくないか?コレ」
 言うと、リアがくすりと笑う。
「私の小屋に行きたいところだけれど、こんな機会でもなければ拝めないダーク・ブラックまでいるのだもの。……楽しみましょう」
 死ぬかと思ったんだが、と呟いてみると、あらあら、と笑って返された。
「あの狼みたいなのは何だ?ホワイトファングじゃないよな?あれ」
「狼?」
 リリーが問い返す。
「ああ。南門に戻った直後に襲われたんだ。多分属性は氷か何かだと思う」
「……多分、……ハティ」
 カルラが答えると、リアが顔を輝かせる。
「ハティもいたの?何て大盤振舞いなのかしら」
 ハティか。後で調べるとして、そんなことよりどうするかだ。
「イシュメルが来たら、魔族でぶちのめしてもらうってのは?」
「タイラスでは歯が立たないわね。……ダークは魔族と同じ闇属性よ。炎と氷が弱点だけれど、」
 リアがそこまで言った瞬間、誰かが俺を突き飛ばした。
 位置的にはカルラだ。
 そしてそこに襲い来る黒い爪。
   ズガァンッ!!
 轟音を立て、いつの間に忍び寄っていたのかダーク・ブラックの足が今まさに俺たちのいた辺りを踏み潰す。

「――忘れていたわ、私は運がないのだったわね」

 言うなりリアは、背に担いでいた自分の身の丈ほどもある杖を振りかざす。
「リリー、この辺りには誰もいないわね?」
 リアが声をかけると、リリーが上空へと舞い上がる。
 遥か上から、オッケーよ、と声がすると、リアはにこりと笑った。

「受けて立つわ、ダーク・ブラック。今なら私の本領を発揮できそうだもの」

 言うなり、リアはダーク・ブラックの前に飛び出した。
「ちょ、あぶな――」
 俺が制するより早く、竜の目が彼女を捕らえる。
 その爪がリア目がけて振り下ろされる瞬間、思わず俺は目を背けた。
   ズガァンッ!
 衝撃と音が響く。
 目を背けたことを後悔しつつリアの方を見ると、リアは何事もなかったかのようにぱんぱん、とマントを掃っていた。
「リア!」
 無事だったことに安堵しつつ名前を呼ぶと、リアはにっこりと笑って見せた。
 その後ろ姿に、容赦なく振りかざされる巨大な爪。
「危ない!」
 思わず叫ぶと、リアはマントを盾のように持ち上げた。

「――エンチャント、アンチドラゴン。エンチャント、アンチインパクト」

 マントにダーク・ブラックの爪がかかる寸前、リアの口から呪文が漏れるのが聞こえる。
 轟音とともにリアの体が数メートル弾き飛ばされるが、リア自身はほとんど無傷だ。
「うっわ……何だ今の」
 解説されるまでもない。
 リアはその場でマントをエンチャントしたのだ。
 恐らくは、対ドラゴンと、対衝撃の防御を。
 一歩間違えば、マント自体が消滅すると言うのに、そんな危険を思わせることもないほどリアの表情は余裕綽々だ。
 先ほどと同じようにマントを手で掃うと、
「衝撃全部を弾くことはできないってことかしら。私もまだまだね」
 それでも不服なのか、はぁ、とため息をつく。
「リア、人が来る!」
 リリーが上空から叫ぶ。
「あら。……ではそちらに任せましょうか」
 言うと、追撃するダークの爪をひょいひょいと避けながら、リアは数歩後ろへバックステップした。
――と。その時。

 ダークの口が業火に燃える。

 やばい、と思った時には遅かった。
 どん、と言う衝撃とともに、業火が放たれた。


 ぜーはーと肩で息をしながら、俺達はようやく東門の辺りまで退避していた。
「マジビビった……今度こそ死んだと思ったぜ」
 一人平気そうなのは、空を飛んでいてダーク・ブラックの視界から逃れていたリリーだけだ。
「大丈夫?」
「……多分、……平気」
 カルラが、平気とは思えないほど疲れた声を上げる。
「……まさか、『黒の暴虐』とはね」
 リアが呟くように言いながらも、ふうと溜息をついた。
 リア曰く、あの業火はそういう名前のスキルらしい。
 使えるプレイヤーはドラゴニアンの専用スキルらしいが、ダーク・ブラックにもそれは可能らしい。
「もっともそれはプレイヤーが勝手に付けたネーミングなのだけれどね」
 実際のスキル名は不明。最初にダーク・ブラックが使ったことからこのネーミングが付いたのだそうだ。
 さて、と呟いて、リアはふふ、と笑った。
「どうなるかしら、見物ね。魔族でもいれば話は別なのだけれど」
 あ。
「そういやそろそろ8時だけど、イシュメルのやつは寝坊か?」
 時計を見ながら言うと、あ、とリリーが声を上げた。
「まさかとは思うが、やられてたりはしないよな」
「ありえないことではないわね」
 あっさりとリアが言う。
「死んだらウィスパーは、ログインしていない扱いになるもの」
 あ。
 そう言えばイシュメルに対してのウィスパーは試していない。
「ウィスパー、イシュメル=リーヴェント」
[該当キャラクターはログインしていません]
 無機質なアナウンスだけが帰って来る。
「ダメだ、繋がらない」
「電話じゃないんだから」
 くすりとリリーが笑うと、カルラもつられたのか、くすくすと笑う。
「ま、死んでないことを祈るか」
 呟くと、俺もつられて笑う。

「あいつだけじゃなく、俺のことも心配して欲しいな」

 振り返ると、アズレトがそこにいた。
「あら。……こんばんは」
 リアが声をかけると、手近な岩……というか瓦礫に手をかけ、息を整えながら、アズレトはにこやかに笑って見せた。
「初めまして。リアです」
 言うと、リアの名前が浮かび上がる。
 それを見たアズレトの顔が興味に変わる。
「お。あの本の作者か」
 どうやらリリーは、知り合い全員にあの本を勧めたようだ。
「本のことは忘れて頂戴」
 やや赤くなりながら、リアが即座に切り返す。
 どうやらあの本はリアにとって黒歴史らしい。
「そうはいかないな。あの本が書かれた時期、俺はまだ初心者だったから大いに助かった。例を言わせてもらうよ」
 下手をすると嫌味に聞こえるが、リアはそうは受け取らなかったようだ。
 もう、と苦笑してみせるリア。
 と言うかアズレト、考えてみればお前、俺が来るまではハーレム状態だったんだな、考えてみれば。
 仄かに沸いた殺意を抑えつつ、簡単に現状を説明する。
「バフォは倒したんだな?……それにしても、ダークにハティか。同時に来られたら厄介だな」
 他にも同時に召還されている可能性はあるが、当面わかっている情報はその二つか、とぶつぶつ呟きながら、アズレトが杖を肩に担ぐ。
「壊滅させるつもりのイベントなら、こんなもんじゃ済まさないだろうし、どうする?」
 リアの小屋に逃げ込むという手も実はあるのだが、それは根本的な解決にはならないだろう。
 そもそもこのイベントの後始末はするんだろうか。
 イベント終わっても町はこのまま、と言う可能性も捨てがたいが。
 実際、情報サイトによれば、イベントによる町の破壊はNPCとプレイヤーの手で修復されたそうだから、今回も例に漏れずそういうことになるのだろう。

『おいおい、アタシがいない間に何コレ』

 頭にフィリスの声が響く。
「お、フィリスか」
 言うと、全員が俺に注目した。
『町の壊れっぷりが笑えるんです、けど!』
 あはは、と笑うフィリスの言葉が不意に乱れる。
「――ひょっとして戦闘中か?」
「どこにいるか聞いて」
 リリーの言葉に従い、どこにいるか聞いてみる。
 どうやら、朝俺と別れたところからほとんど動いていないらしい。
「ってことはあのドワーフの武具屋前か」
 言うなり、リリーがそっちに飛んで行った。
「リリーが行った。俺たちも向かうよ」
『リリーが?』
 怪訝そうな声色が帰る。
『……ひょっとして、そこ他にも誰かいる?』
 おっと、と声が一瞬慌てたような声色に変わる。
「あぁ、アズレトとリアがいる。あとカルラ」
 言うと、一瞬フィリスが息を飲む。

『逃げろ、そいつはアズレトじゃない』

 その言葉とほぼ同時に、背後から聞こえる鋭い金属音。
 振り返ると、アズレトとリアの杖が交錯していた。
「……ドッペルゲンガーとは、また古風な罠を敷いてくれるわね」
 苦笑するリアが、アズレト……いや、ドッペルゲンガーの、俺への攻撃を防いでくれたらしかった。
 マジかよ、完璧に騙されたぞ。カルラも信じられないと言う顔をしている。
 鋭い剣戟が2度、3度と交錯する。
 火花さえ散らし、鬩ぎ合うリアとドッペルゲンガー。
『よりにもよってアズレトとはね……気をつけろアキラ』
 今行くから、とフィリスが言うが、何をどう気をつければいいのかわからない。
「……生憎ね。私はアズレト本人のことは知らないから手加減はしないわ」
 言うなり、リアが距離を取る。
「『我願う、全てを焼き尽くす炎よ、全てを等しく塵と化せ』」
 その呪文を聞いたカルラが、俺の頭を引っ掴み、地面へと押し付ける。

「『フレイム・ゾナー!』」

   ごぅんッ!!
 まさに灼熱の業火。
 一瞬遅れたカルラの髪を巻き込みつつ、業火はアズレトに似たそれを焼き尽くす。
 うへぇこぇぇ。
 以後リアだけは怒らせないようにしようと心に誓う。
「……ッ!?」
 しかしそれで終わりではなかった。
 炎の中から立ち上がる影。
 リアも信じられないものを見ているように一歩後ずさる。
「――『リジェネレイト』」
 炎の中からその声が響く。
「無茶苦茶ね。……そのアズレトって男」
 ドッペルゲンガーは殺した者に成り代わるって話だけれど、と呟いて、リアが溜息をついた。



[16740] 11- ゲームマスター・エクトル
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:d9b3a872
Date: 2010/03/12 00:21
 熱気と狂気に歪む笑顔が、俺たちの前に立ち塞がる。
 って言うかあの業火で死なないとか反則すぎるだろ。
「まさか対人で、……ゾナーで倒せないなんてね」
 厳密には対人ではないんだが、どうやらリア的にもショックというか、驚きを隠せないらしい。
「……アズレトの二つ名は、……【神の狂気】」
 カルラが呟くと、リアは驚いたように振り返った。
「まさか――あのアズレト=バツィン?」
 こくりと頷くカルラ。
「ッ――逃げるわ」
 言うなり、リアとカルラはアズレトに背を向け、全力で駆け出した。
 俺もそれに倣うと全力で走り出すが、ドッペルゲンガーは、それを追っては来なかった。


 三者三様に肩で息をしながら、それぞれ膝や壁に手をついて息を整える。
「アズレトなんて名前で思い出すべきだったわね」
 はぁ、と溜息混じりに呟きつつ、リアが壁に寄りかかった。
「なぁ、アズレトってそんなに強いのか?」
 思わず聞くと、カルラはこくりと頷いた。
 リアも、まぁ知らないのも無理はないわね、と呟きつつ溜息をつく。
「アズレト=バツィンのヒットポイントは、9千…いいえ、もしかしたら1万を超えるとも言われているわ」
「それってスゴいことなのか」
 思わず口にすると、二人は俺に苦笑を向けた。
 どうやらズレているのは俺の方らしい。
「例えばだけれど、私が見せた【フレイム・ゾナー】。MPがマックスの状態から使うなら、ランダム・ダメージを含めて……倒せない敵は竜族と炎系モンスターくらいのものよ」
 確かにさっきのリアの魔法は凄かった。
 それで生き残るアズレトはマジでヤバいってことなんだろう。
「……なら、アズレトは最強ってことか」
 言うと、カルラはこくりと頷いた。
「……私たちの中では、……最強に、……近い」
 リアの方をちらりと見ている様子から、それがリアを含めたものであることがわかる。
「そのアズレトを倒したドッペルゲンガーはもっと最強かよ……」
 思わず溜息をつく。
『アキラ、いるか』
 突然ウィスパーが頭に響く。
 イシュメルだ。
「……本物か?」
『何言ってる。偽者でも出たのか?それよりこの状況をまず説明してくれ』
 言うイシュメルの声がわずかにブレる。
『ウィスパー部屋にも入れないし、何だ、バグでも起きてるのか』
 至って冷静な口調だが、声がブレているところを見ると、走っているか戦っているかなのだろう。
「イベントらしい。詳しいことは合流してから話そう」
『了解だ。……どこにいる?』
 言われ、リアに場所を聞くとどうやら北門までが近いらしい。
「北門の付近だそうだ」
『難しいな……今南門が見える位置にいるんだが』
 ということは、あの死体が積み上げられているあたりか。
「中央広場も候補のひとつだけれど、難しいわね」
 いつの間にかウィスパーに参加していたリアが意見を挟む。
 そういえば、イシュメルの落ちたあたりはフィリスのいた武具屋のあたりじゃなかったか?
「イシュメル、フィリスと合流できないか?リリーもそっちに向かったはずだ」
 俺が言うと、リアが首を振る。
「待って。……フィリスの所が安全とは限らないわ」
 ん、とイシュメルが声を返す。
「……ドッペルゲンガーはね、アキラ。とても特殊なのよ」
 リアははぁ、と溜息をつく。
「こんなことを言ってしまうと、何も信じられなくなるかもしれないけれど」
 そして、一瞬言葉を選ぶ。

「……ドッペルゲンガーは、ゲームマスターが操っているとも言われているのよ」

 一瞬何が言いたいんだと返そうと口を開きかけ、俺は唐突に気付く。
「そうよ、アキラ。ドッペルゲンガーは、」
 だとしたら、MMOとしての常識を覆すシステムだ。

「――ウィスパーすらも、可能なのよ」

 フィリスとウィスパーをした時、リリーが向かったと言った瞬間、フィリスは怪訝そうな声を上げなかっただろうか。
 そして、すぐにドッペルゲンガーの成り代わりを見抜いたのもフィリスだ。

「――フィリスが、アズレトをドッペルだと言ったのなら、……リリーもまたドッペルゲンガーだという可能性も高いと言うことよ」

 それはもちろん、リアやカルラ、そして今まさにウィスパーをしているイシュメルすらもその可能性があるということだ。
「……、つまりそれは、フィリスも」
 そう、あの時アズレトをドッペルだと見抜いたフィリスもまた、ドッペルである可能性があるということだ。
「確かに――それは何も信じられなくなるな」
 思わず苦笑する。
「だけど、俺は今襲われたアズレト以外はとりあえず信じてみようと思う」
『……ふむ、なら俺はフィリスと連絡を取ってみるさ』
 言って、イシュメルとの通信が途絶える。
「……リリーがドッペル、か。だけどその場合、ウィスパー部屋で襲うこともできたんじゃないのか?」
 思いつきを口にするが、リアからは意外にも否定が入った。
「ウィスパー部屋は攻撃不可の空間だから、無理だと思うわ」
 そう考えると、リリーの行動は途端に怪しく思えた。
 様子を見てくる、と最初にウィスパー部屋を出たのはリリーだった。
 今まで見せる事のなかった羽を簡単に晒したこともそうだ。
 南門で待つ俺を、リリーより遠かったはずのカルラが先に到着し、助けてくれたことも考えてみればおかしい。
「……スキャンなら見破れるか?」
 わからないわ、とリアが答える。
 カルラも同様に首を振り、持っていないと答えた。
「一人だけ、心当たりがないわけじゃないんだが」
 今日ログインして最初に出会ったあの男だ。
「長い刀で、馬に跨った騎士に心当たりはないか?」
 ダメ元で聞いてみるが、……どうやら心当たりはないらしい。
「……この町にいるのは確かだと思う。探すしかないか」


 探すなら散った方がいいだろうという提案の元、リアと別れた俺とカルラは、慎重に歩を進めていた。
 別れ際にもらった、プレミアアイテムである「ワールドツリー・リーフ」を手にしたまま、滑稽なほど慎重に辺りを見回す。
 俺なんかは、敵と出会ったらまず戦力にならないから、逃げるしかない。
 現時点でわかっている敵の残存兵力は、ダークとアズレトと、そしてハティだ。
 もちろん、ゲームマスターが新たな敵を投入してくるのならば、もうお手上げだ。
 しかしこのイベント、クリア条件は何だ。時間経過か?
 何も説明しないというところがこのゲームらしいと言えばらしいのだが。

「ふむ」

 背後の壁越しに声を聞き、ギクゥッ!と心臓が跳ね上がる。
 見ればカルラも同じようで、顔を見合わせた俺たちは思わず壁に背中を付けた。
「……なるほど、だが壊滅させても構わんのだろう?」
 この声はゲームマスターだ。
 つまりこの壁の向こうには、ゲームマスターがいるということだ。
「あぁ、理解しているよヒフミ。壊滅したら全員を強制蘇生でイベント終了。そういうことでいいんだろう?」
 一つ目の終了条件は、やっぱり壊滅か。
 しかもそれを前提に話を進めてやがるなこのゲームマスター。
「万一私が負けることがあれば、……あぁわかってるって」
 くく、と黒い笑いを残しつつ、ゆっくりと声が遠ざかる。
 どうやら、終了条件はあいつを『負かす』ことにあるらしい。

「……負けることがないよう全力を尽くすさ」

 完全に声が聞こえなくなる直前、俺の耳に微かにその言葉が届く。
 どうやらこの町の『敵』であるゲームマスターは、負ける気は微塵もないらしい。
 ずる、と壁に背を滑らせてカルラが腰を下ろす。
「……、……無理」
 ふぅ、と完全に諦め顔だ。
「あいつの能力は何だろうな。召還だけか?」
 カルラの言葉を聞き流しつつ聞いてみる。
 カルラも知らないんだろうと思ったが、
「ゲームマスター、……エクトル。……サモンと近接魔法のエキスパート」
 うげ、と俺は手を上げた。
 召還だけなら主を叩けば何とかなると思ったが、近接魔法までエキスパートとは。あのエクトルというゲームマスターは、どうやらとんでもない実力者らしい。
「……さて、人数を集めるか。誰がドッペルかもわからないけどな」
 言って、俺はリアにウィスパーを送った。


『そうね、クリア条件がモンスターの討伐でないのなら、モンスターは無視すべきだわ』
 リアはあっさりと賛成し、人数集めに入ると言うとウィスパーを切った。
「……うん、……そう、イシュメルも無事?……そう、……良かった」
 カルラはフィリスとウィスパーをしているらしい。
「ウィスパー、イシュメル=リーヴェント。……無事合流できたみたいだな」
 声をかけると、イシュメルがおう、と返事を返す。
『途中ハティに襲われるわ、散々だったけどな』
「安心しろ、俺もそれに襲われた。カルラがいなかったら死んでたぜ」
 お前もかよ、と笑い、イシュメルは現状を説明し始めた。
 案の定というべきか、リリーはドッペルゲンガーだったらしい。
 フィリスがそれを何とか撃退し、ドッペルから正体不明の未鑑定アイテムをゲット。
 どうやらスキルブックらしいのだが、未鑑定のアイテム入手はフィリスにとって初めての経験らしい。とは言っても鑑定できないのでどうにもならないんだが。
『ハティからも牙を取ってた。炎なしでハティ倒すヤツは流石に初めて見たけどな』
 どうやら、アズレトのみならず、リリーやフィリス、カルラを含め、4人は優秀揃いらしい。



[16740] 12- 他力本願
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:d9b3a872
Date: 2010/04/01 07:32
「今はこれで全員かしら?」
 後から増えるのだろうけれど、と呟いて、リアが人数を数え始める。
「あぁ、まだ行方不明な奴は多いが、集められる限りは集めたよ」
 フィリスが言うと、リアが38人ね、と最後に俺を指差した。
 って言うか俺もイシュメルも戦力に入れたらしい。
「増える可能性はどのくらいあるんだ?」
「そりゃー、死んでるヤツを蘇生するだけでも戦力は増えるし」
 あぁ、なるほど。
「なら十分戦える範囲ってことでいいのか?」

「ちょっと待ってもらえるかしら」

 突然、リアが異を唱える。
「倒したドッペルゲンガーがどうなったのかを最後まで見ていた人はいるかしら?」
 フィリスに目を向けるが、フィリスは見てないと即答する。
 イシュメルに至っては戦っている現場から離れていたらしく、見てすらいないそうだ。
「俺も知り合いのドッペルと戦ったが、……すまん、見てない」
 斧を構えたドワーフがそう申告するのをきっかけに、目撃情報がいくつか報告される。
 38人中、7人がドッペルゲンガーに遭遇し、7人ともが倒した後は確認していなかった。
「7人のドッペルゲンガーに私たちが出会ったアズレトを含めて、最低8体のドッペルゲンガー。……ゲームマスターの召還には制限というものがないのかしらね」
 リアが溜息をつく。
「それがどうかしたのか?」
 ドワーフが思わずリアに尋ねる。

「……蘇生してみたらドッペルゲンガー、という可能性はないかしら?」

 一斉に場が静まり返る。
「さ……さすがにそれは」
 反論しかけた俺をリアが制する。
「――ドッペルゲンガーは、特殊だけれど、一応ボスモンスターよ?」
 リアの言葉の真意が掴めない。
「……あ、……まさ、……か」
 カルラが呆然とする。
 何かに気付いたようだが、俺にはそれが何かわかるはずもない。
「リア、何なんだ?勿体つけてる場合かよ」
 俺が言うと、リアはふぅ、と溜息をつく。

「――誰か、この中で、……ドッペルゲンガーを倒しました、ってアナウンスを聞いた人はいるのかしら?」

 絶句。
 一瞬沈黙が場を支配し、ざわつき始める。
 そうか。
 カルラは俺の目の前でハティを倒しているし、バフォメットの討伐にも加わっている。だから誰からもアナウンスの報告がないことに気付いたんだろう。
「そもそも、ドッペルゲンガーは特殊すぎてまだわからないことの方が多いのよ。……可能性があるなら潰すべきだと考えるわ」
 つまるところ、安易に蘇生するわけにはいかなくなったということだ。
「――一人だけ例外がいるぞ」
「……あのドッペルゲンガーが死んでいないなら、だけれどね」
 倒したのではなく、俺たちはドッペルゲンガーを放置して逃げ出している。
 つまり、アズレトの「死体」だけは蘇生しても問題がないということになる。
「アズレトなら、場所は知ってる」
 フィリスが呟く。
「では、まずは最強の味方を蘇生に行きましょうか」
 再び場がざわつく。
 一体誰が行くんだよという声がほとんどだ。
「アタシが行くよ。あとカルラも来てくれる?」
 呆れたようにフィリスが呟くと、カルラがこくりと頷いた。
 そのカルラの顔も落胆しているように見える。
「……俺が戦力になればいいんだけどな」
 思わず声をかけると、カルラがくすりと笑って見せてくれた。
「大丈夫、……行って来る」


「さて、こちらはこちらで作戦でも立てましょうか」
 一息つくと、リアが皆を注目させた。
「皆の目撃情報をまとめてみたわ」
 言って、羊皮紙を一枚、机の上に広げて見せる。

×バフォメット 1体
 ダーク・ブラック 1体
 ハティ 最大2体(4体は討伐済み)
 ドッペルゲンガー 1体以上(7体は討伐済み)
 レディ・ヴァンパイア 1体
 ワイバーン 8体

×スライム状モンスター 30体ほど
 キジムナー? 20体くらい ― 半分ほど討伐済み
 竜のようなモンスター(名称不明) 1体

「今の所これだけ残っているというわけね」
「あぁ、そのドラゴンみたいなヤツだが、馬鹿みてーに強かった」
 ドラゴンではない、と念を押すエルフの弓師。
 聞けば、竜殺しの霊薬を撒いたが効かなかったとのこと。
……そういうのはダークに使って欲しいもんだと思ったのはきっと俺だけじゃないだろう。
「――それにしても、38人の目撃情報がこれって少なくないか?」
 そうね、と呟きながら、リアは考え込むように羊皮紙を見つめた。
 討伐された分を含めて75体。
 数時間そこそこでこの量なら多いとも思えるが、無尽蔵に召還できるのなら、あのゲームマスターのことだ。これくらいでは済まさないだろう。
「……なぁ、タイラスで蹴散らすってのはダメなのか?」
 大剣を持った男の問いに、イシュメルが明らかに不機嫌な表情を見せる。
 それを無視して数人が、それがいいと口にするのが聞こえる。
――確かにそれは俺も考えた。
 現に同様の意見を提案としてリアたちに言ったこともある。
 だが、イシュメルがログインしただけで殺そうと集まる奴らが何を言ってやがる。
――そうでなかったとしても、……イシュメルが不機嫌そうな顔をしている時点で諦めるべきじゃないのか。

「……他力本願だな」

 思わず口にしてしまってから、しまったと思ったがもう遅い。
「――ンだと?」
 男が反応する。
 ここで内部分裂はマズいか。……謝ろう。それで丸く収まる。

「……いいえ、アキラの言う通りよ?他力本願の極みね」

 その怒りに油を注いだのはリアだった。
「全くだな。……普段は出て来るなり俺を殺そうと待ち構えてるような連中が何を言ってやがる」
 ふん、とイシュメルが追い討ちをかける。
「テメェ……!」
 殴りかかろうとする男の拳を間一髪でかわし、イシュメルがその背を蹴り倒すと、勢い余った男はそのまま派手にすっ転んだ。
「……いいぜ、魔族でログインしてやろうか。目的はゲームマスターの肩入れになるが、それでもいいならな」
「――言い過ぎだイシュメル」
 慌ててイシュメルを制する。さすがに実行するつもりはないだろうが、これ以上こじらせる意味がない。

「いいえ、いいのよアキラ。……もうこのムードで団結するのはさすがに無理でしょう」

 リアが溜息をつくと、羊皮紙をたたんだ。
「このゲームはゲームマスターの勝利よ。少なくともこの町の城は落ちるわ」
「そうならないために、魔族で蹴散らせばいいだけじゃねえのか」
 男が話を蒸し返す。
「では聞くけれど」
 リアがその男に向き直ると、呆れたように呟いた。

「――その魔族が、万一新たに呼び出されたドッペルゲンガーに敗北した場合のことは考えているの?」

 それこそ一巻の終わりだ。
 ドッペルゲンガーは魔族のステータスとスキルを得て、……さらに魔族を倒したことによる経験値で、下手すればレベルが上がってさらに凶悪になるんじゃないだろうか。
「普段俺に勝てねえような雑魚どもが、俺に勝ったドッペルに勝てるのかよ」
 ふん、と鼻を鳴らしてイシュメルが言うと、男は顔を真っ赤にして口をパクパクとさせた。
「そもそも団結しましょうと集めた場で、一人の力に頼るなんて本末転倒もいいところではないかしら?」
 言うなりリアは踵を返す。

「もういいわ。行きましょうアキラ。例の小屋ならおそらく安全でしょう」

 隠れていた小屋を出るリアの言葉には、悲しそうな響きが含まれていた。
 イシュメルははぁ、と溜息をつき、それに続く。
――きっかけを作ってしまったのは俺の一言だ。
 俺だって他力本願だ。低レベルのくせにそんなことを言う資格はなかった。
 だが撤回するつもりはない。それでも。

「……情けねえな。……お前ら」

 俺は思わず口にした。
 多分、これは逆効果なんだろう。
 それでも口にせずにはいられなかった。
――先を続ける言葉が思い浮かばず、……俺はそのまま小屋を後にした。



[16740] 13- 壊滅情報
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:d9b3a872
Date: 2010/04/01 07:48
 ウィスパーで連絡を取り合い、落ち合ったフィリスとアズレト、カルラを目にした瞬間ほっとした。それが俺の今の心境だ。
 落ち着ける場所に腰をかけ、アズレトがリアと挨拶を済ませると、今さっきあったことを3人に話す。
「……そりゃこっちが悪いね」
 フィリスがばっさりと切り捨てた。
「他力本願ね、確かにそうだけど。なら彼らを集めたアンタ達は他力本願じゃないってのかい」
 フィリスの言う通りだ。
 俺に至ってはそんな言葉を口に出せるほどの実力すらないのだから。
「とは言え、――魔族を出すことに関してはアタシも反対だ」
 フィリスが言うと、アズレトもこくりと頷いた。
「チェスと同じだ。――個にすがる集団は、その個が敗れたら統率を失う危険があるからな」
 なるほど。
 キングが死んだらゲームそのものが終わるということか。
「リリーがいれば、まだ何とか……ねぇ」
 フィリスがぽそりと口にする。
「ん?リリーは見つからなかったのか?」
 思わず聞くと、フィリスは乾いた笑いを向けた。
「……どれがリリーかわからなかった、って言うべきかね」
 聞けば、リリーの死体のあった辺り一面が焼け野原だったと言う。
 アズレトは、フィリスがかすかに持っている霊感能力でギリギリ感知できたため蘇生されたが、リリーはその霊魂を見つけることもできず、結果蘇生することが適わなかったのだそうだ。
「そういえば、リリーのドッペルも『アズレトがいれば』とか言ってたな」
 そりゃ光栄だな、とアズレトが驚きを露にする。
 あの炎に耐えられる肉体を持ったアズレトに「光栄だ」と言われるとか、リリーはどれだけ高性能キャラなのだろう。
『――この名で間違いなかったと思うが』
 唐突にウィスパーが俺の頭に流れ込む。
 誰だ、と声を返そうとして、
『できる限り何気ない顔で話を聞いてくれ。返答はいらない』
 真っ先に釘を刺される。
 ならば話題提供をして無言で話を聞く方に回ろうと考え、
「そう言えば、例の長い刀の男は見つかったのか?」
 一同揃って否定を返す。
 そうか、と返答をして、

『何だ、――俺を探していたのか』

 意外なところから思わぬ肯定。
 内心驚きを隠せないが、一応ポーカーフェイスで押し通す。
「どこにいるのかしらね」
 リアが溜息をつく。
「――マジでどこにいるんだろうな」
 ここぞとばかりに相手に尋ねると、男はくっく、と笑った。声の感じから、恐らく苦笑なのだろう。
『君に会った場所に戻って様子を伺っている。だが来ない方がいい』
 言うと、彼は苦笑する。
『――今来ても険悪なだけだろうからな』
 ん、と思わず口に出し、その呟きが気にも留められていないのを確認してから思考を巡らせる。
 険悪なだけ、――と言う台詞から大体の予想は付く。
 俺がこの世界で「険悪」になったのは、ついさっき喧嘩をして別れた集団だけだ。と言うか今目の前にいる連中以外に知り合いはほとんどいない。
――今ウィスパーをしている彼と、あの時のプロフィットは別だが。
 つまり彼らと彼が合流した、と言うことになる。
『タイラスの気持ちはわかる。――実は俺も魔族だったからな』
 すまなかった、と彼は詫びた。
 あぁ、そうなのかと俺は思う。
 いくらか胸の溜飲は下げられたが、実際にタイラスに丸投げしようとした彼らを許したわけではない。
「彼を見つけるのが先決かしら」
 そんな彼の言葉と同時進行で会話を進めているリアがふぅ、と溜息はく。
「目撃情報がないなら彼を探すのは一旦諦めよう。この後はどうするんだ?」
『――だが一つ勘違いだ。アキラ達が思っているように、彼らは全てを魔族に託そうとしたわけではない。……それだけは覚えておいてくれ』
 ふむ、と思う。
 自分で改めて考えてもわかる。
 やっぱり俺の一言が余計だったと言うことなのだ。
「――神の狂気と白翼の幻でなら、ってことなのかしら?」
 リアの言葉に我に返る。
 彼の話に集中しすぎて、こっちの話を聞いていなかった。
「いくら俺とリリーでも、さすがに二人で何でもできるわけじゃない」
 それはそうだろうな。
 二人揃ったら何でも出来るとか、どこのチートだよ。
『何か進展があれば連絡するが、』
 彼が話を切り上げようとしているのがわかる。
 言うなら今か。言うには少し場違いな言葉だし、イシュメルにとっては不快かもしれないが。
「俺のせいだな。……悪かった」
 リアが首を傾げるのと、イシュメルがん?と声を上げるのと、彼の声がイシュメルと同じ声を上げるのが見事に揃った。
「――レベルも実力もない初心者が言う台詞じゃなかったと思ってな」
 少なくとも、当のイシュメルが反論するまでは黙っているべきだったのかもしれない。
 簡潔に言ってしまえば、「ついかっとなって言った。今は後悔している」ってやつだ。
『――伝えておこう。何か用がある時は連絡する。……ではな』
 男はそう言ってウィスパーを切った。
 リア達の苦笑。
 今更ね、とその目が言っているのがわかる。
「あぁ、別に構わんさ。お前が言わなきゃ俺が言ってたしな」
 イシュメルが横からフォローを入れるが、それがフォローになっていないのは言うまでもない。
 本人が言うのと俺が言うのとでは全く違うし、何より本人が言ったのならば彼らだって納得したかもしれないのだから。

「ところで、他の城はどうなっているのかしらね」

 さらりと話題を変えたリアの呟きに、カルラがぽそりと呟く。
「ラフィリアとアルティリス、……シルヴェリアと、……ルフェルドリアが落ちた」
 うわ。
 どうやら他の国も凶悪なことになっているらしい。
「ライラガルドとラグフィートは今のところ健在のようだね」
 誰かにウィスパーを送っていたフィリスが次に報告した。
「……あと、……新情報」
 カルラが手を上げる。
「イベントが開始されてから、……キャラクターはログアウト、……しない」
――は?
 思わず目が点になった錯覚を覚えた。
「用事があっても落ちれないってことか?」
「……プレイヤーがログアウトすると、……キャラは、……眠り状態になる」
 あぁなるほど。それなら納得……
――するか莫迦。
「つまり、どこにキャラを置いてログアウトするかも重要になるってことね」
 ウィスパー部屋の破壊といい、いくらイベントだからってやりすぎじゃねーのか、と思ったが、リア達の表情を見ると、「やれやれまたか」みたいな顔をしている。リアの話では、どうやらイベント時はいつもこうらしい。
「予想はしていたけれど、ここまでの壊滅イベント敷いておいて、それすらいつも通りとは恐れ入るわね」
 全くだ、とイシュメルが溜息をついた。


「んで、要するに」
 他国にいる冒険者からの情報を得た上での結論は、国外からの助力は絶望的ということだった。
 リアのポータルエンチャントも試してみたが、ポータルそのものが発動しない。
 加えて、他国にいるフィリスの知り合いからの報告によれば、国境を越えようと試みたところ、その場に凄まじい量のモンスターが召還され、撤退を余儀なくされたらしい。そしてそれらのモンスターは国境から他国へは行かず、自国へ攻めて来たという。
 他国へ侵入すると自動で発動するのか、またはゲームマスターがそれを感知して召還するのかは謎。
 それから、他国のゲームマスターは、フェイルスにいるゲームマスターとは違うらしいこと。根拠は、まだ落ちていないライラガルド担当のゲームマスターが、自らをヒフミだと名乗った、という報告。フェイルスの担当がヒフミでないことを考えると、全て違うゲームマスターである可能性が高い。
「この国のイベントは、この国に今いるプレイヤーだけで解決しなければいけないということね」
 正真正銘、マスターの総力をかけた全身全霊の壊滅イベントだ。
「……ヒフミの担当するライラガルドが落ちていない……と言うのは気になるな」
 アズレトが顔に手を当て、ふむ、と考え込む。
 アバターの顔がムカつくほど男前なので、そんな仕草が嫌味なほど似合う。
――という私情はこの際挟まないが、
「何が気になるんだ?」
 勿体つけんなこの野郎。

「――うん、いや、ヒフミは極大範囲攻撃持ちの生粋の剣士だったはずだ。一度だけイベントで手合わせしたことがある」

 僅差で負けたけどな、と苦笑するアズレトに内心戦慄を覚えた。
 イベント時はチートをしていないという前提だったとしても、ゲームマスターはそれなりに強い状態でのイベントにするはずだ。
 でなければ勝利した時の喜びはない。
 それを「手合わせ」して「僅差」だと言うのだ。
 実質、ゲームマスターである緋文と同程度の実力者だということになる。
「……あぁ、勘違いするなよ?手合わせと言ってもこっちは2人だ」
 それでも実力者には違いない。
「ちなみにその時のペアはアタシね」
 自慢げにフィリスが補足する。
「……私とリリーは、……ボロ負け」
 こちらは相手にすらならなかったそうだ。
「相性が悪かっただけだろ。ヒフミとじゃなく、例えばヤスミとなら勝てたとは行かなくてもいいところまで行けたかもしれないぜ」
 戦うゲームマスターはくじ引きで決められ、運悪く緋文と当たってしまったということらしい。
 実際には、そのイベントでの勝利者は出なかったらしいが。
「この町担当は、エストルとか言ったっけ」
 聞くと、エクトルだと訂正された。
「召還魔法と近接魔法のエキスパート、……って言われてる」
 近寄って来ない敵には召還を、近寄ってきたら近接魔法。
 完璧とは言わないが、どうやら骨が折れそうだ。どの道俺ごときじゃ相手にもならないんだろうけど。


「そう言や……アズレト、鑑定って何だかわかる?」
 アズレトが怪訝そうに眉を潜めると、フィリスが紙のようなものを差し出した。
 ぴらりとそれを開くと、モザイクが入ったような文字らしきものの羅列。
「……スキャン、ズィス」
 アズレトにそれを持たせたフィリス言うと、紙が青く光り、アズレトの表情がさらに怪訝に歪む。
「――知らないな、聞いたこともない」
 そっか、とアズレトから紙を受け取ると、アキラの剣もそうらしいんだけどね、と付け加える。
「金庫に預けなくて正解だったかもな。……最悪中身ごと破壊されていたかもしれん」
 アイテムが預けられる「金庫」なるものがあるのだろう。
 今初めて知ったが、それを紹介されていなくて助かった、と俺は思った。
 アズレトの言う通り、預けていたらそれごと破壊されていたかもしれないのだから。
「――ってことは火事場泥棒ってのもいるかもな」
 ぽそりと俺が呟くと、そんなの茶飯事よ、とリアが苦笑した。



[16740] 14- 蛇の潜む藪
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:d9b3a872
Date: 2010/03/26 01:14
 どうするか、などと作戦を立てている最中。
 それは、突然起きた。
 どん、と言う破壊音。
 最初に反応したのはアズレトだった。
「ちっ……くそ、逃げるか?」
 言うなり、持っていた杖を構える。
 その横に立ったのはリア。
「逃げる?冗談でしょう」
 言いつつ、リアは腰から短剣を抜いた。

「知恵と勇気で何とかなるものよ」

 うわぁ……。言っちゃったよ。と思わず心でツッコみを入れる。
 そのリアの横で、アズレトが爆笑した。
 その笑い声に反応してか、黒い爪が二人のいるあたりを凪ぐ。
 自分のことでもないのに一気に血の気が引いた。
――いや、自分のことでもないわけではなかった。
 爪によって抉られた土が、俺たちのいる辺り一面に降り注ぐ。
 思わず腕で頭を庇うと、物凄い力で背後からマントを引っ張られた。
 って締まる締まる!
 思わず咳込むと、カルラが酷く申し訳なさそうに背中をさすってくれた。
「……悪い、助かった」
 言うと、カルラは微笑みでそれに返し、リアとアズレトのいた辺りに視線を向けた。

「……嘘だろ」

 信じられない物を見た。
 アズレトは、何とその爪を杖で砕いていた。
 リアはと言うと、ちゃっかりアズレトの陰にいて何の被害もない。
「私の補助はいるかしら?」
「Lv.20以上があるなら全ていただきたいね」
 自分に補助魔法をかけながら言うアズレトの言葉に、リアは肩をすくめて見せた。
 それはつまり、全ての補助がアズレトが上だと言うことなのだろう。
「……勝てそうかしら?」
 リアの言葉に、アズレトがはは、と苦笑する。
「ダーク相手にソロで勝って見せろって?……無茶を言う」
「あら。貴方なら不可能ではないと思うのだけれど」
 皮肉で返すアズレトの言葉に、しかし平然と返すリア。
「それはさすがに買い被りが過ぎると思うんだがな」
 アズレトがはははと苦笑するが、リアはくすりと笑って見せた。

「では一人でなければ余裕だということかしら」

 リアの言葉に応じたわけではないだろうが、黒い竜が突然悲鳴を上げた。
 いつの間にか、その足元にフィリスが走り込んで……いや、すでに攻撃を叩き込んでいたらしい。
「余裕ぶっこいてないで手伝いな!アタシ一人でやれったって無理だよ!」
 言うなり、再び振りかぶったタイ剣を足元に叩き込む。
 そう言えば、タイラント・デビルは火属性だ。ってことはその剣も属性は火なのかもしれない。――見事に、ダークの弱点だ。
 悲鳴を上げ、ダークがその巨大な羽をばさりと動かした。

「逃がすかよ」

 言ったのはアズレトだ。
「――『スロウ』!」
 スロウ、ってことは動きを遅くする魔法だろうか。
 そんなことよりも詠唱しているように見えなかった。――つまりあれは詠唱破棄ってやつなんだろう。
 ダークの動きが極度に遅くなる。
――と、ダークが口を大きく開く。
 その口から覗く、灼熱の業火。
 やばい、『黒の暴虐』だ。

「――それを待っていたわ」

 それを見ながら、リアが不敵に笑う。
「『我願う、絶対なる氷の王女よ、』」
 スロウで動きが落ちているとは言え、さすがに自殺行為ではないのか、と思った直後、ダークの口から炎が迸る。

「『その力で炎さえも凍て付かせよ――アブソリュート・ゼロ』」

 瞬間、リアの呪文が完成した。
 バキン、と嫌な音が響く。
 その瞬間、ダークの口から迸っていたはずの炎が、リアを襲う。
 しかしその直前。

 赤い炎がバキバキと音を立てて凍り出す。

「嘘だろ!」
 イシュメルが叫ぶように、同じことを俺も考えていた。
 炎が目の前で凍り付いて行く。
 その炎を吐いた主――ダークに向かって。
 そしてそのまま、その凍て付く炎がダーク自身を襲う。
 ダークは自らの炎を凍らされ、悶絶し、暴れ回る。
 当然だろう。口は氷で塞がれているのだから。
 そこに叩き込まれ続けるフィリスのタイ剣。
 そして、カルラがそこにフレイムで加勢を始め……

 巨体が、音を立てて膝を付いた。
 そして天に向かって悔しそうに吼える。
 そして、それを最後の悪足掻きに、……その巨体が地へと崩れ落ちた。
[ダーク・ブラックを討伐しました]
 そのアナウンスとともに――ダークが完全にその動きを止めた。


「ジャッジ、ダーク・ブラック」
 リアは呟くと、ダークを次々と解体して行った。
 鱗、牙を始めどこから出したのか魔法書、短剣、そして。
「この杖は――また未鑑定?」
 またしても未鑑定品が出た。
「……鑑定でも実装するつもりなのか?」
 アズレトが言いつつそれをチェックし、とりあえず物品はリアが預かることになった。
「これでダークもチェックから外れるわね」
 言って、羊皮紙のチェックに×印を付けるリア。
「それにしても、――たった4人で倒すとか、ホント規格外だなお前ら」
 ははは、と乾いた笑いを向けると、アズレトが苦笑した。
「……そんなわけないだろ。今までの戦いで弱ってたんだよ」
「ダークは、……治癒魔法がない、……から」
 あぁ、確かに言われてみればそうだったっけ。
「まぁそれでも規格外って事実に変わりはないけどな」
 イシュメルが俺に同意する。
 そう言えばイシュメルの魔族って元のレベルはどのくらいだったんだろう。
 少なくとも、ある程度は育っていたように感じる。
「リア……さっきの魔法は何だったんだ?」
 アズレトが興味津々と言った顔でリアに尋ねる。
「――さぁ、何のことかしら」
 くすり、と笑うリア。
 どうやらあれは隠しておきたいものらしい。
 ちぇ、とアズレトが肩をすくめて見せる。
――というかリア、まだ隠し玉をいくつか隠していそうな気がする。
 例えば腰の剣。
 武勇伝を聞いた限りでは、ソードブレイカーと短剣、という話だったはずなんだが、明らかに短剣ではなく長剣……あるいは細剣の類のような気がする。
 フィリスがツッコみを入れなかったところから、俺の勘違いかもしれないという可能性はあるが。
 それに、マントだ。
 前回ダークと対峙した時、わざわざ攻撃を受ける直前にエンチャントをしていた。
 エンチャントは一度きりで消えるものではなかったはずだ。
 なのに一度防いだはずの攻撃に対し、エンチャントをし直す必要はなかったんじゃないだろうか。
 まぁ、どうせ聞いたところで答えてはくれないだろうけど。
「さて、これからどうする?」
 言ってみたものの、俺は何もできることはないんだろうな、とは思う。

「――そうね。折角のイベントだもの。アキラやイシュメルにも楽しんでもらわないといけないかしらね」

――にっこりと笑うリア。
 どうやら、……蛇の潜む藪を突付いてしまったようだった。



[16740] 15- サラマンダーの脅威
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:5e69c54d
Date: 2010/03/31 23:07
「――それはマジな話か」
 俺が尋ねると、アズレトがおう、と満面の笑みを浮かべて見せる。
 どうするかと聞いたのは確かに俺だ。
 そしてすることがあるのなら、それに参加したいとも思う。
 だが。
「……俺が先頭に立つ意味は?」
 そう。
 リアはあろうことか、俺を先頭に立てると言い出したのだ。
――そしてアズレトもそれに賛同し、フィリスもそれがいいと囃し立てる。っていうかフィリスの場合は楽しければ何でもいいんじゃないか?そう思うのは俺だけなのだろうか。
「『しんがり』が俺ってのも、……当然マジなんだよな?」
 イシュメルは完全に諦めた顔だ。
 俺の時と同じように、アズレトが満面の笑みでおう、と頷いた。
 俺の質問に答えるつもりは、さらさらないらしい。

 俺とカルラがゲームマスターを見たのは町のどこだっただろうか。
 俺の記憶はアテにならないということで、カルラの記憶から位置を推察し、ゲームマスターの向かう進路を予想。
 2つ3つと様々なルートを地図で検証するリアの手は、……そのことごとくが同じ場所に辿り着いた。

「目指すはルディス城かしらね。……落とされていなければいいけれど」

 縁起でもないことをさらりと言ってのけるリア。
「当然モンスターをばら撒きながら歩いてると考えるべきだな」
 フィリスが楽しそうに笑うが、先頭を歩くのは俺だ。
「――全力で援護するから、……大丈夫」
 カルラが心中を察してくれたのか、にこりと笑いかける。
 どう考えてもヤバい時はリアとアズレトが前面に出てくれるそうだが、今の二人の様子を見ている限りではそんなつもりがさらさら無いように見えるんだが気のせいか。――そしてフィリスは戦う気が無いのか。
 そして最後尾のイシュメル。
 イシュメルを最後尾にするのは理由があるらしい。
「……イシュメルはある程度戦いに慣れてるから援護頼む」
 そう。弓での援護射撃に徹するということだ。
「まぁ――上げたレベルも全部弓の修練に注ぎ込んだからな」
 ある程度弓を鍛えたイシュメルなら最後尾を任せられるということか。


 正直キツい。
 数回目になる戦闘をこなした後、頭に思った言葉はそれだった。
 膝に手をつき、息の乱れを整える。
……今頃リアルの俺の体は、汗だくでひどいことになっているような気がする。
 動きは連動しないが、精神的な発汗まで抑えることは難しいだろう。
「……ハティはこれで殲滅完了かしら?同じモンスターはどうやら召還されないようね」
 再びダーク・ブラックのような凶悪なモンスターが出ることも想定していたのだが、どうやらその心配はないようだ。
 と安心させておいて突然降って沸くと言う可能性もないわけではないのだが。
「ん、ドラゴンのようなモンスターってのはアレか?」
 言って、アズレトが指をさした。
 その先を見ると、燃えるような赤が目に入る。
「――竜、ね」
 見た目は確かに竜だ。
 その大きな体をくねらせるようにしながら、俺たちに気付いたのか威嚇しはじめた。
「……どっちかと言うとオオトカゲじゃね?」
 思わず感想を言うと、
「――言われてみれば確かにトカゲだな」
 そしてそのトカゲが動く。
 慌ててレイピアを構えると、俺の横スレスレをイシュメルの矢が音を立てて横切った。
 それがトカゲの腕を見事に射抜く。
 シャー!と声を立てながらトカゲがこちらへと近付く。
 その腕に刺さった矢が燃える。
――サラマンダーだ。
 と言うことは属性は炎。
「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ、ウォーター!』」
 唱えた途端、ケツァスタから水が溢れ出し、サラマンダーを直撃する。
「いつの間に!」
 アズレトが驚いたように言うと、感心したようにフィリスが口笛を吹く。
 実はリアの家にいる時と、あいつらと目撃情報をまとめている時間など、暇に任せて呪文書をチラチラ読んでいた。
 とは言っても、短時間で覚えられたのはウォーターくらいだったけどな。
 だがあのエルフが言っていた通り、サラマンダーはどうやら強敵のようだ。ウォーターが直撃したにもかかわらず、多少怯んだだけだ。
「でもさすがにLv.1程度じゃ倒すのは難しいか」
 言いながら、アズレトが次の攻撃に備えてか、杖を構える。
「目撃情報では倒すのは難しいと言ってたんだろ?ならアキラは下がって」
 フィリスがタイ剣を構える。
――いやちょっとまてフィリス。タイ剣って炎属性じゃ……
 俺が何かを言うより早く、フィリスはタイ剣をサラマンダーの巨体にぶち当てる。

 瞬間、サラマンダーの巨体が吹き飛ばされる!

「ちょ、無茶苦茶だな!?」
 質量の法則などまるで無視だ。
「見ているといいわ、アキラ。いずれあなたも使う攻撃よ」
 吹き飛ばした巨体に走って追い付き、属性の相性など無視してタイ剣を連続で2発巨体に叩き込み、さらに叩き込まれた攻撃がサラマンダーの前足を宙に浮かせる。
 浮いた前足が再び地を踏んだ瞬間、フィリスの足が一歩踏み込む。
 同時に、そのガラ空きの巨大な腹に向けての一撃。
 巨体が再び吹っ飛んだ。

 リアが平然とそれを解説する。
 最初の吹き飛ばし攻撃はチャージング。
――それは納得だ。巨体を吹っ飛ばすほどの威力以外は、だが。
 次の2発はダブルインパクト。これも納得だ。
……たった2発でサラマンダーが悶絶することを除けばだが。
 そして最後の一発はストロングインパクト。
 どれもこれも、大剣スキルらしい。
――つまりリアは、俺に大剣も覚えろと暗に言いたいのだろうか。

 平然とフィリスが剣を肩に担ぐ。
「ゴメン飽きた」
 言って、アズレトの肩にタッチ。
「……やれやれだ」
 呆れたように呟くアズレト。
――いや、呆れるのはフィリスにではない。
 サラマンダーの方だ。
 視線を戻すと、あれだけやりたい放題やられたにもかかわらず、サラマンダーはこちらを威嚇していた。
 それでもダメージはあるのか、その動きはさっきと比べて遅い。
「フロスト」
 サラマンダーに杖を掲げつつ、アズレトが呟く。
 攻撃魔法も詠唱破棄。何てデタラメな。
 しかしサラマンダーもそう簡単にはやられない。
 それを素早く避けると、こっちに向かって炎を吐く。
「うわッ!?」
 思わず声を上げ、慌ててそれを避ける俺。
 しかし慌てたのは俺だけで、他のメンバーは全員スマートに避けていた。
――そこにイシュメルも含まなければいけないことにイラっと来るが。



[16740] 16- 評価
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/04/08 16:50
 威嚇するサラマンダー。
――その口から炎が再び放たれた。
「と、っと」
 若干焦っているのは俺だけで、皆は俺が避けるのに合わせてスマート且つ楽々と炎をかわす。
 いや、表面上楽に見えているだけで、実は楽々ではないのかもしれないが。
――同じレベルのはずのイシュメルは、ゲームの経験の差なのだろうと信じたい。むしろそうであってくれ。じゃないと俺は悲しい。
「アキラ、ウォーターを準備しておけ。万が一目の前に迫ったら放て」
 準備も何も覚えているんだが、と不思議に思っていると、
「――最後の一言以外を、……あらかじめ唱えて」
 カルラの言葉に気付く。
 そういう手があったか。
「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ』」
 やってから気付く。
 ひょっとしてここから先はウォーターを放つまで喋れないのだろうか。

 アズレトがサラマンダーに殴りかかる。
 その杖をひょいと避けたサラマンダーだったが、アズレトの杖から放たれた氷の魔法にダメージを食らう。
 なるほど。当たってもダメージ、外れても魔法。
 あわよくば、当たったと同時に魔法でダメージの2段構えか。
――前提条件として、魔法を詠唱破棄できることが必須だというのが辛いところだが。
 リアが戦い方を覚えておけ、と言った意味がよくわかる。
 確かにこれは勉強になる。
 ただ強力なスキルを覚えるだけが強くなる秘訣ではないということか。
 このゲームをクソゲーだと評していた連中を信じていた俺自身を撤回する。

――面白いじゃないか。

 どんな戦略を組むか、もしくは組めるのかを考えながら、無尽蔵ではないスキルを習得して行く過程はさぞ面白いだろう。
 そして、その戦略をどう組めば強くなれるのか、どう訓練すれば強くなれるのか。どうやってその戦略を相手に効率良くぶつけるのか。
 そして戦略だけではない。発想の柔軟さも必要になる。
 失敗した時はどうするのかを考えなければ、場合によっては死ぬこともあるだろう。失敗した時の作戦が失敗した時も、どう対処するのかをその場の閃きだけで決めなければいけないこともあるだろう。

 考えただけでわくわくする。

 そうだ。
 俺は今まで確実に恵まれていた。
 仲間に、装備、金。
――少しだけ上がったレベルは、全て与えられた恩恵だ。
 だがその恩恵に与ってただレベルを上げているだけではダメなんだ。
 考えて考えて、考え抜きながら強くならなければ強くなれない。

 攻撃を避けながら、サラマンダーが口から炎を吹く。
 アズレトがそれをシールド魔法で防ぐと、サラマンダーはそのまま牙をアズレトに向けた。
 しかし黙って咬まれるアズレトではない。
 杖をその鼻っ柱に叩き込むと、サラマンダーは小さく悲鳴を上げて後ずさった。
 そして一度威嚇し、再びアズレトに炎を放つ。
 こちらにもその火が流れ弾として飛んで来たが、俺の前にリアが立ち、マントでそれを払い落とした。
 片手でスマン、とジェスチャーをすると、リアはにこりと無言で微笑む。
「アキラ、行ったぞ!」
 見れば、サラマンダーが俺の方を目がけてダッシュしてくる。
 見ている限り、あれだけ攻撃を受けていたサラマンダーはすでに死に体なのだろう。
 さっきの流れ弾も、実は流れたのではなく、実はこっちを狙ったものだったのかもしれない。……AIがそこまで優秀ならば、の話だが。
――あわよくば道連れに俺を、とでも考えているのか。
「アキラ!早く撃て!」
 アズレトが、俺が魔法を撃たないことに気付き、慌てたように声を上げる。

 だが、俺は試してみたいことがあった。
――呪文を口にしているから、それを言う手段がないのだが。
「……、アキラ」
 カルラがくい、っと服を引くが、それを手で軽く制する。

 目の前に迫るサラマンダー。
 その炎で、牙で俺を襲わんと迫る。

――ここしかない!

「『ウォーター!』」
 俺の持つケツァスタの、羽が光る。
 その飾りが鈴のような音色を立てる。
――そして放たれる濁流。
 それは俺の狙い通り、サラマンダーの口へと流れ込んだ。

   じゅうッ
 ギャア、と赤い巨体が悲鳴を上げて仰け反った。
 がら空きになる腹。そこを見て、気付く。――やってみる価値はある。
「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ、ウォーター!』」
 フィリスから選んでもらったレイピアに魔法をかけ、濁流と共にその剣を腹にぶち込む。
 だがレイピアでは威力不足なのか、その切っ先は固い腹を貫けない!
……か、硬ぇ!
 瞬時に無理だと判断し、俺は素直に後ろにダッシュ。

 それと入れ替わりに滑り込む人影。

「狙いは悪くないね!」
 フィリスだった。
 俺の狙った、がら空きの腹に、タイ剣ではない方……出会った頃から腰に下げていた剣に持ち替える。
――それはレイピアだった。
 鞘の細さからそうじゃないかとは思っていたんだが。
 だがフィリスの力でも無理なのか、レイピアはそこを貫けない。
「だけど通常攻撃でこいつを抜こうなんて無謀は今後禁止ね!」
 俺を見もせずに、ただ顔に笑みを浮かべたフィリスが一瞬レイピアを引いた。

 その瞬間、レイピアが音を立てて凍り付く!
 そして次の瞬間、サラマンダーのその巨体の裏側から、微かに雪のような結晶が噴き出したのが見えた。
 その巨体がフィリスを下敷きに、静かに崩れ落ちた。

[サラマンダーを討伐しました]

「涼しい顔をして『剣よ凍れ』。しかもクリティカルとはね」
 どうやらそういう名前のスキルらしい。超そのままなネーミングだ。
「……アキラ」
 アズレトが、苛立ったような声を俺に向けた。
 当たり前か。命令無視の上に独断行動。それも無謀な行動だ。

「――あぁくそ、認めたくねぇ」

 予想に反し、ボリボリと頭を掻くアズレト。
 カルラがそれを見つつ、くすくすと笑っている。
「でも、……確かに認めざるを得ねぇか」
 その目が再び俺を向いたが、その声に苛立ちはすでにない。
「――正直、俺はお前を見くびっていた。弱いからあの時点でアレに立ち向かうのは無理だと思った」
 正直な気持ちなのだろう。オブラートに包むことすらなく、直球な言葉。
「だから俺の命令を無視したのには正直ムカついた」
 う、それは悪かったと思っている。

「だがお前の判断は正しい。……サラマンダーの弱点が口と腹だと気付いたお前の観察力を高く、高く評価したい」

 アズレトの言葉に、一瞬何を言われたかわからずきょとんとする俺。
 一瞬遅れて、ようやく褒められたのだと気付く。
 口が弱点だと言うのはなんとなく思ったことだ。
 炎を吐くそここそが、硬い鱗に覆われていない唯一の場所だったからだ。
 腹が弱点だとは気付かなかった。
 そこが鱗の中で一番やわらかい場所だったのだろう。一度そこを狙ってスキルを叩き込んだフィリスを見ていたから、何となくそうは思っていたが。
――気付いたのは実はサラマンダーが反った時だ。
 腹にあった、一筋の亀裂。
 フィリスがスキルを叩き込んだ時にできたものだったのだろう。
 だからそこが弱点で、その亀裂を狙えば倒せるんじゃないか、と思った。
「――いや、結果は俺の実力不足。アズレトが思うほど俺は正しくない」
 言って、すまなかったと頭を下げた。
 しかも狙った亀裂を外した。考えれば考えるほどに間抜けだ。
「そんなことはないわ」
 リアが後ろから口を挟む。
「――アキラの機転がなければ、フィリスは動かなかったでしょう?」
 フィリスの方を向くと、話題の本人はにやりと笑った。
「まぁね。……正直防衛だけをするつもりだったからね。タイ剣効かないし」
 亀裂が入っていた以上、剣を叩き込んだ効果はあったと思うが、それでもフィリスは不満だったのだろう。自分の攻撃があまり効いていないのだという事実が。
「クリティカル無効、なんじゃないかな。コレの特性」
 フィリスが、さっきサラマンダーから剥ぎ取った鱗を見せながら言った。
 アイテム名、【サラマンダーの鱗】。……未鑑定。
 鱗に未鑑定も何もないと思うが、その効果を隠したい意図が見え見えだ。
「鎧を作れば、クリティカルを受けない?……それは魅力ね」
 リアが呟くように言う。
「鑑定、ってのをどうにかしないとダメみたいだけどな」
 はは、とイシュメルが笑う。
「アタシにもアレは見えてたから、割れてるところだったらイケるんじゃないかって思ってね」
 そして念のため、属性攻撃を氷に変え、一点に集中攻撃できる武器……レイピアで攻撃。
――フィリスのその狙いは見事に炸裂した。
 割れている鱗はフィリスの神懸りなクリティカルを許した。
 弱点である氷属性をクリティカルで叩き込まれたサラマンダー。……さぞかし鬼のようなダメージが叩き込まれたことだろう。
「だけどアキラが動かなかったらまだ苦戦していたかもね」
 フィリスがちらりと俺を見る。
「……そこは評価するけど、アタシからはそれだけだ。無謀は評価しない」
 う。……面目ない。
 無言でぽりぽり頭を掻いて見せると、フィリスはそれをくすりと笑った。



[16740] 17- 作戦
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/04/16 16:11
「小休止だ小休止。一体何匹いるんだか!」
 フィリスが呆れたように声を張り上げた。
 その大声で敵がエンカウントしてきたらどうするつもりだと思わずツッコみを入れたくなるが、もしそうなったとして、本人が責任を持ってすぱっとやってくれるだろうと思い直した。
 リアの持つリストは、1匹を残して全滅しているはずだった。
――アズレトのドッペルゲンガー以外は。

「ところで」
 俺の呟きに、全員がこっちを向く。
 サラマンダーの一件以来、俺が何かを発言するたびに妙に視線がこっちを注目するようになった。
――期待されているようで、少し視線が心地いい反面、むず痒い気分にもさせられる。
「……アズレトは一回ドッペルに負けてるんだよな?」
 聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。

 何の……いや、誰のドッペルにやられたのか。
 もしくは、素のドッペルにやられたのか。

 後者ならいい。アズレトより強いヤツにやられた、と言うのなら。
 散々ここまで助けられて来たからこそわかる。
 ドッペルが、素の時点でアズレトよりレベルが上だと言うのなら、良い意味でも悪い意味でも……どうしようもないのだから。

 だが、もし前者なら。

「……わからん」
 一瞬の沈黙の後、アズレトが苦笑しながら呟いた。
「気が付いたら俺は幽霊だった。いつ殺されたのかも記憶にない」
 よくあることね、とリアが溜息つつ呟く。
「――私も何度か経験があるわ。私の場合、数分歩いてから、自分が殺されていたことに気付くことが多いわね」
 幽霊になった場合、その肉体の位置は「魂のロープ」で示されるらしい。
 それが本人にだけは見えるのだという。

「どっちだかわからん……すまんな」

 アズレトが申し訳なさそうに言う。
 リアが言うには、可能性として考えられるのは2つらしい。

 まず、その記憶が破壊されるほどのダメージを「頭」に受けた時。
 これは、ログアウトするまでの蓄積されたデータが、キャラクターの部位で言うところの「脳」に蓄積されることにあるらしい。つまり、ログインしてから殺されるまでの間に、何かの方法で頭に加えられたダメージが「脳」を砕き、データそのものを破壊した、ということだ。

 もう1つの可能性は、これはリアルと全く同じだ。
 殺されたことにすら、本人が気付いていなかった場合。
 幽霊が体から離れたことに気付かず、そのまま体を残して歩き去ってしまう場合……リアがさっき言ったような場合だ。気付いていない本人からしたら、「いつの間に」ってことだ。

「その二つの可能性で言うなら、多分前者なんだがな」
 アズレトがきっぱりと言った。
 つまり、ログインしてからの記憶が一切ない、ということだ。
「それってリアルに影響が出たりしないのか?」
「あるわけがないでしょう?あるとしたらゲームとしての欠陥よ。サービスそのものが終了しているわ」
 なるほど。確かにその通りだ。
「まぁどっちにしても対策を取る意味はない、ってことか」
 もしアズレトが、何に殺されたのかを見ているのなら、話は変わっていたのかもしれないが。
……待てよ?
「なぁ、今アズレトにウィスパーしたら、……どっちに届くんだ?」
 俺のふとした問いに、一瞬全員がきょとんとした顔を向ける。
「オリジナルがいる場合はオリジナルじゃないのか?」
 可能性としてはそれもアリだろう。
 だが、ウィスパーが向こうに届く以上、向こうが何かを喋っているのなら。

――誰と喋っているのかを特定できるのなら。
 ドッペルの位置を特定できはしないだろうか?
 あわよくば、奇襲も可能かもしれない。

「――!」
 リアが驚いたように顔を上げる。
「適任が、……一人だけ、いるわね」
 そう。
 適任はたった一人。

 あとは、誰がドッペルと対峙するか、だ。


「作戦開始の前に、……ログアウトするヤツはいるか?」
 ん、と思わず口にする。
 考えてみれば、俺がログインしてから数時間が経過している。
 カルラは俺より前にログインしていたし、一番遅いイシュメルでも、かなりの時間が経っている。
「――申し訳ないけれど、少しだけお願いしていいかしら」
 リアが小さく挙手をし、壁際に寄りかかるように座ると、そのまま崩れるように眠りに付いた。
――あまりに無防備な状態に、思わず苦笑する。
 リアの小屋なら、全ての外敵から身を守れる。あそこならどんなにか楽だっただろうと思う。
「リアが戻ったらアタシも行く」
 苦笑し、フィリスが挙手をした。
 それに合わせてカルラも、小さく私も、と呟く。
「……全員、交代で行けばいいさ。リアルで背伸びの1つもしないとな」
 イシュメルが呟くと、アズレトもこくりと頷いた。
「にしても、……ウィスパーなんてよく思い付いたな」
 アズレトが興味深そうに俺に目を向ける。
 全くだ、とフィリスが笑った。
「またどんな無謀がアンタの口から出るのか楽しみにしてたのに」
 当分、俺はフィリスから無謀者扱いされるようだ。
 いや、フィリスに限らないか。
 ここにいる全員に同じ評価を受けてるんだろう。
「あぁ、そういや今更だけどイシュメル」
 ん?と俺の呼びかけに反応するイシュメル。
「――メッセ、発言バグってたぞ」
「マジか。道理で英語で返答が帰って来たわけだ」
 やっぱり気付いてなかったか、と苦笑して見せる。
「じゃあ今後、メッセは英語で頼む」
「……苦手なんだがな。了解だ」
 ちなみに英語の成績は高校時代で2。英検なんか受ける気すら起きなかったくらいに苦手だ。夕方のメッセも、某翻訳サイトで翻訳したものをコピペしただけだ。
「ん、なになに、メッセ持ってんの」
 フィリスがここぞとばかりに食いついて来た。
 それが後でアドレス交換よろしくね、という結論になったところで、
「――ただいま。どうやら無事のようね」
 リアが戻り、入れ替わりにフィリスがヘルムコネクタを外した。

 そして、便乗してアドレス要求をするアズレトとカルラとの会話を聞き、リアまでもがアドレス要求して来たのは言うまでもない。



[16740] 18- 消沈
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/04/19 02:07
 ふう、と溜息を吐くと、俺は即座に額の汗を拭いた。
 予想通り、横たわっていたリクライニングシートは汗で大変なことになっていた。
 のんびりしている場合じゃないが、風邪を引くのは御免だ。
 タンスからありったけのバスタオルとタオルを出し、それをリクライニングの上に敷くと、俺は急いで服を着替えた。
 思った以上に汗をかいていたらしく、完全に――それこそパンツの果てまで汗だくだ。西日が当たる部屋だったこともあったかもしれないが、それだけ俺がゲームに必死になっていたことがわかる。
――だが、たかがゲームとは言わない。
 俺的には久しく出会ったことのない、面白いゲームだ。
 本当は、着替える時間さえ惜しい。まだまだ遊び足りない。
 だがゲームでリアルを疎かにするやつは馬鹿だ。
 こんなことで風邪を引きたくはない、という程度には分別は付く。
 廃人になる気はないが、俺はこのゲームにしばらくハマるだろう、と言う予想だけはしていた。
 急いでバスタオルを敷き終わると、俺は猛ダッシュでトイレへと駆け込んだ。


 戻ると、フィリスが少し暗い顔をしていた。
「何かあったのか?」
 周囲を見回すが、これと言って変わったところはないように見えた。
「ん、――あぁいや……」
 珍しく、フィリスが言葉を濁す。
 その様子に溜息を吐きつつ、リアが代わりにと割り込んだ。
「フィリスの友人が、ライラガルドとラグフィートにいるらしいのだけれど」
 そして、ちらりとフィリスの方を見る。
 ぽりぽりと頬を掻くフィリス。
 リアはもう一度、溜息を吐いた。

「ラグフィートのフィリスの友人が、――ついさっき消息を絶った」

 絶句するしかない。
 しかも、続けてリアの言葉が告げる。
 場所は城内。――最後のパーティーメンバーの、唯一の回復役。
 つまり。

「ラグフィートは、――陥落ね」

 どの道助けに行けるわけではない。
 ないが、……確かに意気消沈もするだろうな。
「大陸上の七大国で、……まだ残っているのは、」
 カルラが続けて言う。
「……ライラガルドと、……ルディスだけ」
 ちなみにルディスとはここ、つまりフェイルスを首都とする、俺たちの今いるこの国のことだ。
 思った以上に……壮絶なイベントだ。


 作戦開始だ。
「――ウィスパー、アズレト=バツィン」
 呟いたのは、アズレト本人だ。
 ドッペルとつながるかどうか、まずそこが問題だが。
 無言のまま、アズレトが親指を立てた。
――繋がった!
 まずはドッペル本人の会話から、居場所を探る。
 アズレトは、紙を手に、慎重に会話を聞き続ける。
 その間、俺達は周囲の警戒だ。
 だが幸いモンスターは出ない。
 警戒すべきはモンスターだけではない。他のプレイヤーもだ。
――と、アズレトが不意に紙に文字を書く。
 このゲームでは文字は通用するのだろうか、という疑問はすでに、アズレトが紙に文字を書くことで解決している。
 文字は一瞬俺の知らない文字として書かれるが、一定の間を置いて、日本語に変換されて行く。
 わずかなタイムラグがあるが、声に出してドッペルに気付かれるよりは数倍マシだ。
『最悪だ』
 アズレトの言葉は簡潔だった。
「何がどう最悪なんだ?」
 フィリスが聞くと、アズレトはすぐにその答えを紙に書いた。

『現在地はゲームマスターの所らしい』

……こりゃダメだ。
 作戦もへったくれもない。
 凶悪な敵二人が同じ位置にいるとは、予想以上にエクトルは意地汚い。
「……中止するにも、今ウィスパー解除するわけにもいかないしな」
 フィリスが苦笑した。
 ウィスパーを解除するためには、「アウト」と言葉に出す必要がある。
――相手にも、それが聞こえてしまうのだ。
 もっとも、今アズレトが息を乱せば、それだけでウィスパーを受けているのがドッペルから丸わかりになってしまうわけだが。
『だが、面白いことがわかった』
 アズレトが、再び紙に文字を書いた。
 全員が紙に注目する。

『ドッペルゲンガーは、変身能力を持ったアルバイト・プレイヤーだ』

 アルバイトか。
 なるほどねー、とフィリスが納得したように呟いた。
 要するに、ゲームマスターや俺たちプレイヤー同様、中身が存在する、ということだ。
 プレイヤーの記録を見た上で、真似をしているということだろう。
 いや、もしかしたら口調その他は俺たちの勝手なイメージから、プログラムがそのイメージに合わせて俺たちに表現したものなのかもしれない。だとしたらあそこまで成り切れることも納得が行く。
 例えば、見た目が男キャラなら中身が女であっても男の声で聞こえる……というように、だ。
 そして、アズレトが紙に図を描き始めた。
――地図だ。
 まず描いたのは中央の噴水。――俺たちがリアと合流するために待ち合わせをした場所だ。
 そして、その地図は大きく十字で区切られる。
 なるほど、と納得した。
 中央噴水から、アズレト目線で下が南、ということだろう。
 今アズレトが南側に背を向けて座っているはずだから、このまま現在地だと思えばいい。
 中央噴水からやや東北、つまり城のある位置だ。
 落城はされていないだろう。――イベントが終了していないことからの推測だが。
「厄介ね。――ゲームオーバー目前というところかしら」
 リアが俺の考えと同じ感想を漏らす。
 食い止められているのかどうか。
 その答えは、アズレトが教えてくれた。
『現在戦闘中』
 そして、その位置を示すバツ印から、城の位置に向けて矢印が引かれる。
 ゲームマスターであるエクトルも、その能力でモンスターを撒き散らしつつ城に向かっているのだろう。
 道理でこっちに新しいモンスターがほとんど出現しないわけだ。
「アズレト、もういいぜ。――場所はわかった。戦闘中ならそうそう動かないだろ」
 フィリスの言葉に、アズレトが一言「アウト」と呟いて指を立て、溜息をついた。
「ちょっ――!」
 不意にフィリスが、慌てたように叫んだ。
 一瞬緊張が走り、全員がフィリスに注目するが、フィリスは慌てたように耳に手を当てる。
 すぐに気付く。ウィスパーだ。
「――おい、……嘘」
 フィリスの呆然とした声と表情。
 それがどんな情報だったのか、――もう聞かなくてもわかっていた。
 だが、それを信じたくはない。
――それは皆も同じようで、次のフィリスの言葉を待つ。
 だが、呆然とするフィリスは何も言おうとしない。
「――フィリス」
 リアが、口を開く。

「――堕ちたのね?……ライラガルドが」

 フィリスのライラガルドの友人。
 その王城を1年以上に渡り支配し続け、守り続けた巨大ギルドの王。

『――済まない。――お前は勝てよ、フィリス』

 それが、フィリスに宛てた最後のウィスパーだった。



[16740] 19- 要塞
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/04/26 07:57
 時計を見ると、すでに時刻は日付を跨ぐ頃だった。
 イベントが開始されてから、まだ半日も経っていない。
――だと言うのに、俺たちが今いる国以外は、全て全滅、――イベントが終了したのだと言う。

 いや、正確には違う。
――イベントが終了したのだと推測される、というだけだ。

「希望はある」
 うなだれるフィリスに向かって言うと、全員が俺を見た。
「――ねぇよ。楽観的なのはいいが楽観と希望的観測を混ぜるな」
 反発するフィリスだが、――ここで引いてちゃ勝てるものも勝てない。
「あるだろ。俺たちが勝てばいい」
 じと、と俺を睨むフィリス。
 言っている意味がわからない、と言う顔だ。
 聞いてやるから喋れ、――目がそう言っている。
「蘇生は可能なんだよな?」
 ちらりとアズレトを見ながら言う。
――ここにアズレトがいるのがその証拠だ。蘇生すれば蘇る。
 なら、その敗れた国の王を蘇生しに行けばいい。
「どうやって。そもそも国から出れないのに」
 悪態を吐くフィリス。
 そう。他ならぬフィリスが言っていたことだ。
――国境を越えようと試みたところ、その場に凄まじい量のモンスターが召還された、と。
 それこそ、撤退を余儀なくされたほどに。
「――簡単な話だろ?」
「だから何がだ」
 ふと、横からアズレトが口を挟む。

「イベントをクリアしてからなら、ってことか?」

 まだ、試したヤツがいない方法。それはイベントクリア後の行動全てだ。
 クリアした後でなら、ポータルも発動するかもしれない。
――発動すれば、リアのポータルで、様々な国に出入りできる。
「――!」
 フィリスが顔を上げる。
 リアは、俺の方を向いて微笑んだ。
「悩んでいても仕方がないということね」
 そう。
 ここで悩んでいても何も解決はしない。
 どの道ゲームだ。リアルで人が死んだわけじゃない。
――リアルすぎて忘れがちだが、所詮ゲームだ。
 ならば塞ぎ込むんじゃない。楽しまなければいけない。
「行こうぜフィリス」
 俺が右手を差し出すと、フィリスはそれを右手で叩いた。
 今にも泣きそうだったフィリスの顔に、にっ、とようやくいつもの笑みが戻った。

「あぁ、行こう。ダメでもせめて連中の無念は晴らしたい」


 全速前進、と言う言葉が相応しいと感じた。
――もはや俺のレベル上げ、などと言っていられなかった。
 フィリス、リア、アズレトを先頭に、俺の覚えたて回復魔法とイシュメルの弓を最後尾に回し、突き進む。
 まさに圧倒的な強さを誇る3人は、出る敵出る敵を瞬殺した。
 俺たちの出番なんか微塵もない。
 カルラですらその出番がほとんどないくらいだ。
――わずかな傷を負った時だけ、俺に少しの出番が回る程度だ。
 イシュメルも隙を見ては矢を射てはいるが、味方に当たることがないようにほとんど出番がない。
 俺の覚えている「ヒールLv.1」よりも、アズレトの「リバイブLv.20」の方が遥かに回復力は上なんだが、アズレトは自分のMPを使いたくないらしく、俺が何度かのヒールをかけることで回復していた。
 けどこれ、……確かにMP効率はいいようだ。
 アズレトが魔力剤と呼ばれるMP回復薬をガブ飲みするよりも、自然回復で全回復まで数分で済む俺がちまちまヒールかける方が、断然オトクだ。
 加えて、この3人が化物すぎて、ほとんどダメージを受けていないらしい。
 たまに怪我をしても、俺のヒール数発で済む程度だ。
 ちなみにレベルは、と聞いてみたが、4人とも答えてはくれなかった。


「……でけぇ」
 思わず見上げつつ呟くと、俺を除く全員が苦笑した。
「――そういえば初めてだっけ、ここまで来るの」
 目の前に、巨大な建造物が聳え立っていた。
 確かに、……町の案内にはでっかく描いてあった。
 だがここまででかいとは――いや当たり前か。

 まさに要塞。
 敵を阻むための分厚い壁、高さを生かして攻撃するための塔。
 銃や大砲が存在しない世界ならば、これほど戦闘拠点として適したものはないだろう。

――ルディス聖王国城。その正面に位置する門だ。

 中から時々、爆発音や剣戟の音が聞こえて来る。
 つまりは、今まさに――押し進もうとしているゲームマスターがそこにいるということだ。
 まぁ、考えてみれば当たり前だよな。
 ゲームマスターにとって、城を落としたら勝ちはほとんど確定なんだから。
 ウィスパーで位置を特定するまでもなかったってことだ。
 城を落とすのなら、総力を結集し、モンスターを撒き散らしつつ突き進むのがエクトルにとっては最も簡単な方法のはずだ。
 城さえ落としてしまえば、――イベントクリアの条件がゲームマスターを倒すことである以上、必ずプレイヤーはエクトルに戦いを挑みにやってくるのだから。
「急ごう。今戦ってるヤツらと俺たちでゲームマスターを挟んで戦う」
 アズレトが呟くように言うと、全員で速さを揃えて走り出す。
 破壊音が徐々に大きく、鋭く響く。

「――アズレト!上だッ!」

 俺が叫ぶと同時、アズレトが素早く飛び退いた。
   ズガガガガン!!
 そこに降り注ぐ大量の岩石。
――いや、あれは、
「……見えない位置にガーゴイルとはな。――卑怯臭い」
 肩を竦めて見せつつ、アズレトがそこに飛び込んだ。
 そして杖を一閃。
 スキル名、「神の怒り」。
――杖スキル中唯一の範囲攻撃で、中程度の範囲全ての敵に対し、MPを全消費して使用される技よ、とここに来るまでにリアから何度も解説を受けている。
 アズレトの杖を軸に、半径1メートルほどの床がバキバキと悲鳴を上げた。
 ランダム・ダメージが最低値でも、アズレトのそれはかなりの威力だろうと推測できた。
「『フレイム・ゾナー』」
 そしてアズレトが再び飛び退いた瞬間、リアの杖から灼熱の業火が放たれる。
 MP全消費魔法、フレイム・ゾナー。
 残りMPに応じた火力を相手に叩き込む、炎系最強の魔法、だそうだ。
 魔力に比例してダメージが増えるそうだが、果たしてリアの魔力はいくつなのだろう。
 使ったMPを回復するために飲んだ魔力剤の瓶を、リアは素早くポケットにしまう。
 様子を伺うと、あれだけのダメージを叩き込まれたはずのガーゴイルが一匹、ふらりと立ち上がった。
「魔力隔絶のエンチャントでも張られていたのかしらね」
 冷静に分析するリア。
 言われて見れば、他のガーゴイルのように黒コゲてはいない。
 リアの魔法がほとんど効いていないということか。
 そこへ瞬時に走り込んだのはフィリスだ。
 ガーゴイルがそれに反応するより早く、タイ剣の巨大な刀身がガーゴイルの胸元に突き刺さる。
 石が砕ける音と共に、あっさりとガーゴイルが砕け散った。

 ちなみにガーゴイルはプレイヤーが設置したものなんだそうだ。
 城に入る前、リアが言っていた。
 ゴーレムの一種で、彫刻技術の最高峰技術。
 ちなみに小さいものを作ればペットにもできるそうだ。

「――近い、か?」

 ふとアズレトが声を潜め、指を口元に立てて当てる。
 ゲームマスターたちの戦闘の音が、かなり近くに聞こえていた。



[16740] 20- 賭け
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/05/02 01:05
 まるで地獄のような光景が広がっていた。

――という表現は、比喩としてはチープだと思っていた。
 だがあえて俺は今、この表現を頭に思い浮かべる。

 まさに地獄。
 ゲームマスターと思われる、長い金髪の男と、その隣にはアズレトによく似た――そう、ドッペルゲンガー。
 ドッペルとの見分け対策に肩に巻いたスカーフを除いて、完全にアズレトの外見に一致するそれは、もはや自分がモンスターであることを隠しもしない。
 狂ったような笑い声を上げながら、ガーゴイルを破壊するドッペルの横には、赤い鎧姿のリザードマン。
 見るからに凶悪そうな、長い斬馬刀を両手に持ち、威嚇する声を立てながらそれを一閃すると、対峙していた男の脇腹から下が弾け飛んだ。
――規制がかかるほどグロいのかモザイクがかかっているが、それがどうなったのかという疑問すら沸かない。
 さらにその斬馬刀はその遠心力に任せ、その隣の、盾を構えた男を盾ごと吹き飛ばす。
 さらに追い討ちをかけるのは、飛び跳ねるように駆ける、一匹の馬。
――炎に燃える鬣を始めとしたその体が、盾を飛び越え頭上から襲撃する。
 慌てて剣を構えるが既に遅い。
 上げられた悲鳴を無視し、炎の馬がその頭に蹄を叩き落した。
 その横で、ゲームマスターがさっき破壊されたガーゴイルを修復している。
 見る見るその手の中で形を取り戻したガーゴイルに、ゲームマスターはぽつりと何かを呟いてそれを放した。
 修復されたガーゴイルは、自分の定位置である、天井に貼り付けられた台座にぴたりと座り込み、その動きを止めた。

「サモン、クリムゾン・マンティコア」

 ゲームマスターの言葉に応じ、その掲げた手の先の空気が歪む。
 まず見えたのは赤い毛皮。次にコウモリのような皮膜の翼がばさりと現れる。誇示するかのように立てられた尾には、サソリのような毒針。その尾も太く節があり、単純に振り回されるだけでも厄介そうだ。そして「人を喰らう生き物」の名に相応しい、何列にも及ぶ並ぶ鋭い牙。鬣はライオンを思わせるが、その顔はどこかその辺にいそうなオッサンの顔だ。
 某戦記もののラノベでは高い知能を有する魔物として描かれていたが、果たしてこのゲームでは魔法を使うのか。
――使わなかったとしても強敵であることに違いはない。
 それにしても、エクトルのサモンのレベルはいくつなんだろうか。
 アズレトが呪文を唱え切るのを確認し、俺は後ろを振り返った。

「――行くぞ!」

 言うなり、イシュメルが不意打ちで弓を射る。
 風を切る音と共に矢がドッペルに突き刺さる直前、ドッペルがその矢を剣の腹で叩き落とす。
「――ほう」
 エクトルが目を細くする。
 今まで対峙していたプレイヤー二人が、それを好機と取って剣を振り下ろすが、その剣をマンティコアの太い尾が阻む。

 そこへフィリスが飛び込む!

 そしてマンティコアの赤い毛皮に向けてタイ剣の巨大な刀身を叩き込むと、結果も確認せずに全力でステップバック。
   ガゴン!
 ドッペルの杖での一撃が、一瞬前までフィリスがいた所を中心に周囲を弾く。
 だがフィリスはすでに範囲から離脱している。
「『ウィンド・ブレイク』、『スロウ』!」
 さらにそこにアズレトが、唱えていた攻撃呪文と詠唱破棄の妨害呪文を連続で解き放つ。
 インタラプト。
 呪文に、もう1つの呪文を割り込ませて発動させるスキルだ。
――この場合は【スロウLv.32】が先に発動し、動きを鈍くして【ウィンド・ブレイクLv.19】を当てるという順番だ。

「――エンチャント、アンチ・ウィンド」

 ゲームマスターの口が滑らかに言葉を紡ぐ。
 リアと同じだ。
 対風属性エンチャント。
 動きが鈍くなったドッペルに呪文が炸裂する直前、手を掲げるリア。
 まずは賭けの1つ。

「エンチャント、――アンチ・エンチャント」

 バキン、と音がしてゲームマスターのエンチャントが破壊される。
 そこへ呪文が炸裂。
 避けることすらできずに、ドッペルに叩き込まれる風属性。
 1つ目の賭けはどうやらリアの勝利だ。
 エンチャントをエンチャントで無効化できるのか。そしてそれはゲームマスターのエンチャントに通じるのか。
 どうやら、両方の答えはYesのようだ。
 そして賭けのその2。
 キンキン、と音を立て床を転がる数本の空瓶。

「『フレイム・ゾナー』」

 最大MP全快まで回復したリアの解き放つ炎系最強魔法が、ドッペルを完全に捕らえた。
 断末魔じみた絶叫が迸る。
――アズレト本人が苦笑をしているところを見ると、さすがのアズレトでもこれは耐え切れない範疇のダメージなんだろう。
 ちなみにリアの魔力剤はこれで打ち止めだ。念のためアズレトから数本譲り受けてはいるが、自己防衛に使うため、無駄遣いはできない。
「――『リバイブ』」
 炎の中から響く声。
 どうやら賭けその2はドッペルの勝利のようだ。
「――ッ!」
 フィリスが炎のド真ん中に駆け込み、

――いや、すでに駆け込んでいる。

 振り下ろされる剣。杖がそれと交錯し、ぎぃん、と嫌な音を立てる。
 あっさりその巨大な剣を左手に持ち替え、フィリスは利き手で素早く短剣を抜き放つ!
 しかしそれすらいなしつつ、ドッペルが杖の先と柄とでフィリスの二つの剣を捌く。
 チッ、と舌打ちするとフィリスが短剣をエクトルに向け投げ付ける!
 しかしあっさりやられるエクトルではない。
 驚きもせず一歩左に動くと、短剣はかすりもせずにその横を素通りする。

「『ダンシング・ソード』」

 リアの呪文に応じ、短剣が円を描くようにエクトルに迫る。
 エクトルはそれを一瞥すると、手に持つ杖でそれを叩き落とす。
「――、やるね!」
 フィリスが数歩間を空けると、ドッペルは即座に反撃に転じた。
 がぎん、ぎぃん、と耳障りな音を立て、剣と杖が交錯する。
 隙があればイシュメルが矢を放つ予定だったのだが、その隙すら見当たらない。
 猛攻を掻い潜りながら、フィリスが再びバックステップで間を空け、体勢を整える。
 読んでいたかのようにドッペルがその間を詰めた。

――ここしかない!

「――ッ!?」
「――!」

 背後から息を呑む気配。
 正面には剣を振りかぶりながら驚愕するドッペル。

 その剣が振り下ろされると同時に肩に強烈な衝撃を覚え――
――俺は、意識を手放した。



[16740] 21- 自己像幻視
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/05/13 00:31
 気が付くと、目の前には俺の死体が転がっていた。
 肩からざっくりと斬られた傷。
――それが背から斬られたものではないと確信し、俺は自分の企みが上手く行ったのだと同時に確信した。
 リアが、蘇生用アイテム……確かアイテム名は「奇跡の葉」、を片手に、俺の死体を抱き起こす。
――俺の体め、何て役得な。
 不謹慎なことを考えつつ、俺の意識は再び薄れて行った。

「リバイブ」

 アズレトの言葉が響くと、俺の体に大きく作られた傷が一気に引いていく。
「――、……ッ」
 フィリスが何か言いたそうにしているのが見てわかる。
 理由は怒りからだ。
 後で拳骨の一発くらいはあるかもしれない。覚悟はしておこう。
「――考えたわね、……アキラ」
 言いつつ、こちらも怒りを抑えている無表情のリア。
 カルラは声も出さない。アズレトもだ。……多分後でスゲーぶちまけるつもりだろう。
 そして、……イシュメルは、アズレト以上に怒っているようだった。
 だがそんな場合ではない。
「イシュメル。俺とお前だけで倒すぞ」
 俺が声をかけると、一瞬怒りに満ちた表情を向ける。
「――、わかった」
 それでも怒りをなんとか抑え、弓に矢を番える。

 そして、姿を俺へと変えたドッペルに改めて視線を合わせる。

 姿形はまさに俺そのままだ。
 つまり、これで能力も俺そのままに変わっているはずだ。
 俺の持つスキルは限られている。
 アズレトの姿をしたドッペルを倒すより、段違いに弱体化しているはずだ。
 そして、たとえレベルが上がった「俺」だとしても、スキルは皆無。魔法はわずかに初級だけだ。

 単純な計算だ。敵がアズレトと俺なら、俺の方が弱い!

 イシュメルがしゅぱっ、と音を立てて弓を射ると同時、俺はそれを追うようにドッペルへ向けて走る。
 確認されて困ることはないが、今までの履歴を確認する暇は与えない。
 一気に決着をつける!
 突き出したレイピアの軌道を冷静に読み、ドッペルが避ける。
 と同時、イシュメルがそれを読んで左右に1発づつ、矢を射る!
 だがドッペルは矢の軌道をも読み、しゃがみ込んでそれをも避ける。
 そこに左手に持つケツァスタを叩き込むと、ドッペルの方も杖を振りかざし、杖の飾りが耳障りにジャギィン!と音を立てた。
 すかさずレイピアで突きを繰り出す。
 ッチ、と舌打ちをすると、ドッペルはバックステップで後ろへと下がる。
 体勢を低くし、俺が真正面からレイピアで突進すると、すかさずドッペルは横へとステップで避け、その横スレスレをイシュメルの矢が通り過ぎた。
 イシュメルの矢は、牽制としての役割を十分にこなしていた。
 ドッペルも、それはわかっているのだろう。
 忌々しそうにイシュメルを一瞥すると、警戒しながら俺の攻撃を避け続ける。
「――『我願う、赤き気高き紅蓮よ』」
 いつの間に俺の習得魔法の履歴を調べたのか、呪文を口にするドッペル。
 いや、ひょっとしたら当てずっぽうで初級呪文を唱えたのかもしれない。
 ほとんどの初級呪文を習得しているため、そんな当てずっぽうでも的中してしまうのが悲しいところだ。
「――ッ、『我願う』」
 対抗すべく、慌てて呪文詠唱を始める俺。――間に合うか?
「『その姿をここへ示せ』」
「『静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ』!」
 ドッペルの詠唱が終わる前に、どうにか詠唱を完了し、俺は杖を掲げた。
 同時にドッペルも鏡写しのように杖を掲げる!
 ジャラン!と二つの杖の飾りが音を立てた。

「『ファイアー』」
「『ウォーター!』」

 威力は向こうの方が上のはずだ。
 だが炎が水で消えない道理はないはずだ。
 その読みはどうやら正解のようだった。放たれた炎は、俺の杖からの放水によって、じゅうじゅうと音を立てながら消滅していく。
 さらに、どうやら放水は炎を圧倒したらしく、その余波がドッペルを襲う。
 風を切る音と共にイシュメルが矢を左右へと数発放つと、ドッペルはッチ、と舌打ちをしてその場に留まった。
 矢のダメージ数発より、魔法1発の方がダメージが少ないと踏んだんだろう。

 畳み掛けるなら今しかない!

「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ!』」
 杖に水音が木霊する。
 俺のMPがどこまで続くかわからないが、少なくとも続く限り連発し、ヤツを圧倒するのが最善だろう。
「『ウォーター!』」
 じゃらり、と音を立てたケツァスタから水が迸る。
 俺の作戦を理解したのか、イシュメルはドッペルを封じるべく、その左右に矢を乱射する。
 矢のストックは一体何本かわからないが、俺のMPかイシュメルの矢が尽きるまで、このまま押し切ってしまうしかない!

「『風よ、我が足に祝福を。スピード』」

 水の中からドッペルの声が響く。
 当てずっぽうか調べたか、どちらにしてもスピードを上げて撹乱するつもりか。
――くそ、そうなると押し切る作戦は一旦中止だ。

「『風よ、我が足に祝福を。スピード』」

 ドッペルの唱えた呪文をソラで詠唱してみると、足元に風を感じた。
 どうやら正解のようだ。
 そしてそのまま、レイピアを構えて突貫する。
 うぉ、早ぇ!
 自分のスピードに少し戸惑うが、突貫するには最適だ。
 あっという間にドッペルとの距離を詰め、俺はその腹にレイピアを叩き込んだ。

 と、微かに感じる生臭さ。

 何となく、それが何かを悟った。
――だが、敢えてそれを無視し、叩き込んだレイピアを引き抜くと、
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ』」
 杖を振り上げつつ呪文を唱える!
 ガギィン!と左の方から剣戟の音が響く。
 わかってはいても思わず一瞥すると、そこにはマンティコアの攻撃から俺を庇う、フィリスの姿。

「――説教は後だ!後で覚えてなッ!」

 うへぇ、こりゃ一回くらいPKされそうな勢いだ。
 多少青ざめつつも視線を無理矢理ドッペルに戻す。

「『プロテクト』」

 声がドッペルの後ろから響く。
 エクトルがドッペルに支援をかけたのだろう。

「――『オフェンシブ』、『プロテクト』、『ブレッシング』」

 俺の後ろから、立て続けに声が響く。
 確認するまでもない。アズレトだ。
――こっちからのPKも、ひょっとしたら覚悟しておかないといけないかもしれん。

「エンチャント、――アンチヒール」

 本当は貴方にかけたいのだけれど、とでも言わんばかりの冷ややかな声がさらに背後から響く。
 3回か。思わず背に感じる冷や汗を無視し、振り被った杖をドッペルに向けて叩き付ける!
 さすがに避けられるが、それは計算の内だ。
 杖を即座にドッペルへと向ける。

「『その姿をここへ示せ、ファイアー!』」

 そのまま、足を止めずにドッペルへと突っ込みつつ、レイピアを構える。
「――ッ!」
 ドッペルに炎が灯ると同時、レイピアの先がドッペルを掠る。
 レイピアは避けられたが、ひゅん、と風を切る矢がその右肩に刺さる!
 俺のHPがどの程度のものか知らないが、とにかく倒れるまで押し切るしかない!
 再びギィン!と真横でフィリスとマンティコアの剣戟の音が響き、一瞬それに気を取られた。
 その一瞬でドッペルは俺の懐に潜り込む。
 突き出されるレイピアを、思わず杖で叩き上げる。
 予想外だったのか、一瞬その腹ががら空きになる!

「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ』」

 呪文を唱えつつ、そのがら空きの腹にレイピアを叩き込むと、ドッペルがにやりと笑みを浮かべた。

「『ファイアー!』」

 俺の姿が、民族的なペイントを施した野箆坊に変わり、俺の腕の中に崩れ落ちた。
 瞬間、魂のような光が俺とイシュメルの周囲を回ると、胸に吸い込まれるように消えた。


[ドッペルゲンガーを討伐しました]



[16740] 22- 大地の蜥蜴
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/05/16 03:05
「――ほう」
 俺を見ながら、薄く笑うエクトル。
 その手が薄く、青く光る。
 サモンではないようだ。――とすると、あれは近接魔法か。
 思った瞬間、エクトルの姿がブレる。
「――ッ!?」
 直感的に判断し、全力でバックステップする。
 一瞬の後、目の前を掠めるようにブンッ!と風を切る音が響いた。

――何だ今の音。風を切る音なんて表現じゃ生温すぎる!

「ッチ、外したか」
 エクトルが心底残念そうに呟くと、そこへリアが立ち塞がった。
「――随分な真似をするのね、ゲームマスター」
「弱い相手から順に殺すのは鉄則だと思うがね」
 言うエクトルの表情が、再びブレる。
――ブレて見えた瞬間、俺は恐怖で再び飛び退いた。
 例え俺が目標じゃなかったとしても――

   ひゅごッ!!

 こんな風切り音を立てるモノを前に逃げずにいられるほど俺は強くない!
 目の前をレーシングカーのようなスピードで通過するそれを、俺はかろうじて、どうにか回避する。
――レベル差云々の話じゃない。
 これはスキルか何かを近接魔法と同時に使っているんだろうか、などと無難な推理を立てるが、こんなモノの対処法なんか考え付くはずもない。
 回避力、確実にあいつの攻撃を回避できればいいが俺の実力じゃ無理だ。
 盾か鎧、確実にあいつの攻撃を防ぐことのできなくてもいい。せめて受け流す物があれば話は別だが、俺にそんなものはない。

 だとするならば、俺にこの状況を引っくり返すのは無理だ。

 エクトルに背を向け、全力でアズレトの方へと駆ける。
 唯一の希望は、あいつがあの攻撃を連発できるわけではない、ということか。
 大抵のゲームには、強力な技を連発できないように「ディレイ」と呼ばれる準備時間が存在する。
 希望的観測だが、あの技に使われているスキルにもディレイが存在するはずだ。
 イシュメルもここで俺の考えに気付いたのだろう、俺の後ろ――エクトルに注意しながら後退を始める。
 そろそろか、と当たりを付け、後ろを振り向くと、それを待っていたかのようにエクトルの姿がブレた。
 思わずバックステップをした瞬間、俺は自分の迂闊を呪った。
 馬鹿だ、エクトルが来る方向と真逆に逃げてどうする!

 瞬間、ブレた姿がそのまま目の前に迫る!

 攻撃の延長線に俺はいた。
 思わず、まだ浮いている足で左に回避しようとして、その足が地を滑る。
「――ッッ!」
 転倒する俺の顔の数ミリ前を、エクトルの右手が物凄い音を立てて凪ぐ!
 その攻撃が俺の髪を捕らえ、凪がれた髪が燃えるように消失する。
 そのまま背を地で叩き、悶絶しそうになるのをこらえて横に転がる。
 その判断は間違っていなかった。

――ただ少し、遅かったと言うだけで。

 脇腹に衝撃を覚え、思わず舌打ちをする。
「リバイブ」
 すぐ近くからアズレトの声が響き、脇腹のダメージが即座に消えた。
 慌てて起き上がると、エクトルの右手がアズレトの剣と交錯しているところだった。
   ぎィンッ!
 おいおい、それは生身の肉体の出す音じゃないぞ、と思わずツッコミを入れかける。
 エクトル単体でも、俺の手に負える敵じゃないってことだけはよくわかった。
「イシュメル、後ろ!」
 フィリスの叫び声に思わず振り返ると、すっかり存在を忘れていたリザードマンがイシュメルの後ろで斬馬刀を振り被っていた。
 それを一瞥すると、イシュメルはステップで左に跳びつつその顔目掛けて矢を放つ!
 そのまま、背に負った矢筒から数本の矢を引き出し、番えるとほぼ同時に引き、放つ!
 俺と同じレベルでここまでの動きができるのか。
――弓を習得してみるのも悪くはない。ただしイシュメルがいない時限定でしか使えないし使いたくないが。
 叫んだ当のフィリスはというと、周囲を必死の形相で警戒しながら、マンティコアの攻撃を捌き続ける。
 俺も一度周囲を見回す。
 動くかどうかはわからないが、天井にガーゴイルが2匹。
 フィリスが相手にしているマンティコア。
 イシュメルが相手にしているリザードマン。
 そしてアズレトが相手にしているエクトル。

『無事か?』

 不意に頭に響く声。
「あぁ、無事だ。現在地はルディス城。来れるなら来てくれ大至急だ!」
 思わず叩きつける様に叫び、杖を構える。
 声に反応したのはガーゴイルだ。
 ぱらり、と小石が落ちるようなエフェクトとともに、ガーゴイルが俺に向かって急降下する!
 それが俺の目の前に着地、いや落下して俺に衝撃波を浴びせる。
「『我願う、静かなる清流よ、傷を浄化し癒せ、ヒール』」
 思わず唱えてから、少しもったいなかったかと思い直す。
 ガーゴイルか。地属性……いや石、と考えた方がいいだろうか。
 彫刻の延長と考えるなら、どこか重要な場所を壊すか削れば倒せるはず。
『すまん、少し時間がかかるかもしれん。耐え切れそうか?』
 ウィスパーの声は少しブレている。
 恐らく馬で疾駆してくれているのだろうが、それでも時間がかかるということは相当遠くにいるのだろうか。
「期待はしないがなるべく早く頼む!……全滅寸前だと思ってくれていい!」
 言うと、何の返答もなく「アウト」とウィスパーが途切れた。
「フィリス!」
 見ると、もう一匹のガーゴイルが俺を無視してフィリスの元へ向かっていた。
「わかってる!アンタは自分を守ってろッ!」
 言うなり、フィリスは手近な部屋に駆け込んだ。
 ズガン、と物凄い音を立てているのが気になるが、フィリスのことだ。大丈夫に違いない。
 それにこっちもそんなことを考えている暇もなくなった。ガーゴイルが落下攻撃のディレイだったのだろう、硬直から復活し、ぶるぶる、と頭を振った。
「――!」
 頭を振った拍子に見えた。
 後頭部に刻まれた、ルーン文字のような印。
 同時翻訳補正か、あれが「生命」を意味する文字であることを悟る。
 気付くのが遅かった。
 ガーゴイルが動かない間にあれを削ることが出来ていたら。
――何てもったいない。
「……アキラ、……伏せて」
 いつの間に後ろにいたのか、カルラが杖を構えていた。
「『我願う、猛る獰猛なる覇者よ、内なる力を我が前に示せ、フレイム!』」
 慌てて身を伏せると、カルラの魔法は突進してきたガーゴイルに直撃する!

「――!イシュメル、お前も伏せろ!」

 その先を見ると、イシュメルを挟んで向こうにリザードマンが斬馬刀を構えていた。
 俺の声に気付き、イシュメルが地面を蹴った。
 その瞬間、フレイムの流れ火がリザードマンをも直撃する!
 悲鳴を上げ、リザードマンが斬馬刀を取り落とす。
 イシュメルの判断は素早かった。
 すかさずその足元に飛び込むと、取り落とされた斬馬刀を俺の方へと蹴り飛ばす!
「――ナイス!」
 思わず叫ぶと、俺はその斬馬刀を手に取った。
 お、やや重いが持てないほどでもない。っつってもリアルだったら絶対持てないんだろうけどな。あと、多分レベルが足りないとかって理由で振り回すこともできそうにない。相手の武器がなくなるってこと以外、全くもって無意味――
[スティールを習得しました]
――ではないようだった。
 頭の中に響き渡るアナウンス。
 何か習得したらしいが、何を習得したのか全くわからない。後でリアにでも聞こう。
 武器のなくなったリザードマンが、俺の方に向けて走る。
 とは言っても、武器がなければ攻撃力はダダ下がりだろう。
 いや、過信は禁物だ。素手でも一撃で死ねる威力があるとかだったら困る。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 ケツァスタに炎を纏わせ、それで殴る。
 素手での攻撃は斬馬刀と比べてとんでもなく早いが、それでも避けきれない程ではない。――いけるか?
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 杖で殴りつつ、レイピアにも炎を纏わせる。
 ぶんっ、と音を立ててリザードマンの攻撃が目の前を通過するのを見て、攻撃力が下がってるかも、などという過信は完全に捨てた。
 人型である以上、弱点は頭か心臓か。
 と見せかけて違うところに弱点設定ってのも有り得るが、とりあえず試して損はないだろう。
 リザードマンが再び素手で俺を殴り付けようと拳を繰り出す。
 それに合わせ、カウンター気味にレイピアを突き出すと、レイピアは狙いを外して肩へと突き刺さった。
 ギャッ、と悲鳴を上げて後ずさるリザードマンに杖での追撃を試みる。
 だが流石にそれは避けられた。
――が、背後からイシュメルの矢がリザードマンに突き刺さる!
 俺とイシュメルを一瞥し、リザードマンはそれでもイシュメルを無視して俺へと拳を繰り出した。
 イシュメルがすかさず数発の矢をリザードマンにヒットさせる。
「うぉうッ!?」
 そのうちの1発が狙いを逸れて俺に向かってきた。
 慌てて避ける。
 一瞬すまなそうな顔をしたイシュメルだったが、
「――今のでさっきのチャラにしてやる。有難く思え」
 苦笑と共にこんなことを言いやがった。
 数十もの矢を背に受けたリザードマンは、さすがにイシュメルを脅威と認定したのか、方向転換をした。
――チャンスだ。
 炎を纏わせたままの杖を振り被り、リザードマンの頭目掛けて振り下ろす!
 ジャラッ、と飾りが音を立てるが、ほとんど効いていないのか、リザードマンは構わずイシュメルの方へ向かう。
 ならばと慎重に狙いを定め、頭へとレイピアを突き立てる。
 が、またしても狙いを外し、リザードマンの肩へとレイピアは突き立った。
――いや、違う。
 これは多分、リザードマンの方の回避補正だ。
 頭を狙って肩に当たるのは普通に考えてありえない。
「――伏せて」
 背後から響くカルラの声。
「『我願う、猛る獰猛なる覇者よ、内なる力を我が前に示せ』」
 成り行きを見守っていたのだろうか。
 いや違う。
――考えてみれば、俺が先頭に立てと言われたあの時も、誰もカルラを戦力扱いしなかった。
 カルラより戦力がある3人を主軸にするのは当然だろう。
 だが、カルラだって戦える。
――戦えるカルラを戦力にしない理由は何か。
 あの巨大な盾の魔法を、いざと言う時、当てにしていたんじゃないだろうか。
 そして、盾の必要がないと判断したカルラは、今ようやくそのMPを攻撃に費やし始めた。

「『フレイム』」

 巨大な火柱を上げ、カルラの杖から放たれた横薙ぎの炎は、リザードマンを直撃した。

[アース・リザードを討伐しました]
 無機質なアナウンスが、リザードマンの最期を告げた。



[16740] 23- 深緑の王者
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/05/16 23:59
「ふむ、いささか不利かな」
 呟くエクトルの声に、アズレトが何かを察してその懐に飛び込んだ。
 鋭く、杖を突き出すが当然のようにエクトルの素手がそれを阻む。
「『スロウ』」
「――『エアリー』」
 アズレトの呪文を受け、即座に対抗呪文代わりか、自らに補助魔法をかけるエクトル。
 すかさず剣を叩き込むアズレトだが、アズレトの杖を掴んだままのエクトルの素手が、その杖を使って剣の進路を阻んだ。
 成す術がないわけではないが、エクトルの相手がアズレト1人、という状況ではまず厳しい。
「イシュメル、援護頼む!」
 アズレトが声をかけるが、アズレト自身それは無理だと思っているはずだ。
 こんな近接戦闘では、下手をしたらアズレトに当たる。
 さっきの俺のように、当たろうが当たるまいがどのみち一発で味方が沈んでしまうような状況ではない。下手をしたらイシュメルの攻撃が命取りにもなりかねない。
 だから多分、エクトルにそれを警戒させるためのフェイクだ。
 金属と素手の鬩ぎ合い、あるいは剣戟の音が、まるで金属同士のような音を立てる中、エクトルの右腕が不意に真横に掲げられる。

「――サモン、グリーン・ドラゴニア」

 残る片手でアズレトの攻撃を見事としか言いようがないほどほぼ完璧に防ぎつつ、だ。ますますもって絶望的だ。
 掲げられた手の先に浮かび上がる、緑の竜人。
 手には細い剣と盾。
 深緑の王者【グリーン・ドラゴニア】。通称はグリドラ。
 ゲームをインストールする前、軽くネットの情報で調べた時に軽く見たことがある。
 確か弱点は炎。ボスキャラではないが、レベルはかなり高かったはずだ。
「――ッチ!」
 アズレトが思わず舌打ちをすると、イシュメルがグリドラに向けて数発の矢を放った。

「――アズレトはそいつを頼む。俺とアキラで何とか抑えるから!」

 イシュメルが叫ぶ。俺も勘定に入ってるのかよ!とツッコミたいのはやまやまだが、確かにここはそれしかない。
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 既に消えてしまっていた杖の炎を再び灯し、
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
 同じく消えてしまっているレイピアの炎を灯す。
 少しだけ、本当にちらっと見たことがある程度だ。
 正直炎が弱点だと言うのだけでは戦いようがない。
 だが、幸いにもグリドラの動きはそんなに早くないように見えた。
「イシュメル、俺の後ろ行け!」
「――わかった!」
 言うなり、イシュメルがグリドラから視線も逸らさずダッシュする。
 追うグリドラだったが、俺が杖で目を狙った一撃を見舞うと、それを簡単に避け、ターゲットを俺へと変更した。
 どうやら、俺の武器に宿る炎を脅威と判断したらしい。
「――アキラ、……伏せて」
 言うなり、カルラが杖を掲げる。
「『我願う、猛る獰猛なる覇者よ、内なる力を我が前に示せ、フレイム!』」
 言ってからの行動が早ぇよッ!と内心ツッコミを入れつつ、慌てて地に伏せる。
 グリドラは動かない。――いや、俺に攻撃の目が向いているから気付いていないのか。
 そう思った直後、グリドラの目がフレイムの炎を目に留めた。
 瞬間。

   カァァァッ!

 グリドラがその炎に向けて威喝するかのような声を上げる。
「――ッ!?」
 目の前の光景を疑った。
 横薙ぎに薙がれた炎がグリドラの目の前で動きを止め、あろうことか180度向きを変える!
 当然炎が向かう先にはカルラ。
 しかし一瞬驚いたものの、
「『フロード!』」
 即座に判断し、杖を掲げて叫ぶと、濁流が杖から炎に向けて迸る。
 迫る炎は音を立てて水を蒸気に変え、それでも勢いを止めずに濁流をも飲み込んだ!
 嘘だろ、水の魔法が炎に押し負けてる!?
――ってか炎を反射しやがったぞ……!弱点じゃねぇのかよ!?

「『プロテクト』」

 いつの間にそこにいたのか、リアがカルラに魔法防御の呪文をかけていた。
 水に押し勝った分の炎がカルラを襲うが、そのダメージは大したことはなさそうだ。
「――厄介ね、まさか反射スキルを使ってくるとはね」
 言って、カルラに魔力剤を一本手渡すのが見えた。
 迷わずそれを飲み干し、カルラはぺこりとリアに頭を下げた。
「ってことは弱点がないってことか?」
「――弱点は炎なのだけれど、――ね」
 ちらりと俺の両手の武器に視線を落とす。

「弱点を狙うなら腹の白い鱗を狙いなさい」

 なるほど、――つまり射撃魔法は今のように反射スキルがあるからやめておけということなのか。
「――リア、補助を頼む」
「ええ、もとよりそのつもりよ」
 言うなり呪文を詠唱するリアに構わず、俺は緑の竜人を視界に納めた。
「『大地よ宿れ。オフェンシブ』」
 呪文が短いのが気になったが、おそらく熟練度による短縮なんだろう、と推測する。
 どちらにでも動けるように注意しながら、グリドラを注意深く見ると、確かに白い鱗が見える。
「――『水よ弾け、プロテクト』
――いや、うん見えるけど。あれを狙えってのはキツくないかリア。
 思わず内心でツッコミを入れた瞬間、グリドラがシャア!と一声上げてからこちらに向けてドスドスと歩き出す。
 とほぼ同時、イシュメルの矢が風を裂いて数本、咄嗟にグリドラが掲げた盾に突き刺さる。
 動きは確かに遅いが、反応速度半端なさすぎるだろ?!
「『主よ導け、ブレッシング』」
 リアの声が響くと同時、俺は駆け出した。
 相手は高レベル、無謀は承知だ。――だがリアの魔力はもう当てにはできない。アズレトの持つ魔力剤だって、これが終わるまでもつかどうか。
 矢の攻撃が途絶えたせいか、グリドラの盾が一瞬開く。
 そこにタイミング良く滑り込む俺。
――イシュメルがタイミング良く攻撃をやめたおかげだ。

 AIの優秀さを考えれば、こんなの二度とないチャンスだと思うしかない!

 目の前に白い鱗を確認し、そこに杖を叩き込む!
 耳障りに響くグリドラの叫び声を無視し、そこにレイピアを叩き込もうとした瞬間、横からの叩き付けるような攻撃に弾き飛ばされた。
 そのまま俺の体は一直線に壁に叩き付けられる!
 どうやらそれで死んだわけではなさそうだった。
 HPの脳内警告もないところを考えると、ただの弾き飛ばしスキルなのかもしれない。
 だが、立ち上がろうとした俺の視界がぐらりと歪む。

――やばい、これがスタンか!?

 スタン、と言うのは気絶と言う意味だ。
 一切の行動を不能にされる状態異常。
 まずい。非常にまずい!

「『風よ吹き荒れよ、エアリエル』」

 リアの声が聞こえた。
 横目でちらりとリアを見ると、こちらに向けて魔法をかけているらしい。
 そして視線を戻すと、緑色の……おそらくグリドラだろう、動きが押し戻されているように見える。
 行動妨害系呪文か。
 焦れたようにグギャァ!と声を上げつつ、無理矢理突破するつもりなのかグリドラがぶんぶんと何かを振り回す音が聞こえるが、その攻撃は俺に届いていない。
 何とか体を動かそうと必死に意識を叩き起こしていると、唐突に視界が開いた。

 ほぼ同時に、グリドラが剣を俺に向けて振り下ろす!

「うぉぅッ!?」
 思わず声すら上げ、横は無理と判断して前へと駆ける!
 杖の炎は消えていない。レイピアもだ。
 今度こそ鱗を貫こうとして、それでも恐怖から盾が来ないか確かめてしまう。
「――ッ!」
 思わず身を伏せると、その上を、さっきのエクトルの攻撃並のスピードで盾が通り過ぎた。
 こ、怖ェー!
 さっきのはこれか。ひやりとしながらも体勢を立て直し、再び鱗を狙う。
 だが、さすがにそうは問屋が卸さなかった。
 グリドラも簡単に弱点を突かれたくはないんだろう、バックステップで距離を開く。

   ズガァンッッ!!

 突然、フィリスの突っ込んだ部屋の方から轟音が響く。
 うわぁ、何だあの音……
 思わずフィリスを心配するが、視線を向けることもできない。
 そもそも一応剣戟のような音は聞こえていたんだが、こっちの戦いに集中するあまりにすっかり意識の外だった。
 イシュメルの弓がグリドラを牽制しているため、どっちにしても俺が突っ込むこともできないんだが、だからと言って目を離してしまえるほど余裕なわけじゃない。
 フィリスは大丈夫なん――

「とったぁぁぁッ!」

――あ。そうだよな。心配することでもねえか……。
 心配して損した、と俺は心底自分の愚かしさに溜息をついた。



[16740] 23+1/3- 真紅の恐怖
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/05/18 00:00
――ち、いくらアタシでもこれはキツイね。
 ちらりと部屋の入り口の方に目を向ける。
 他の邪魔が入らず、1対1なら行ける、か……?
 そう判断すると、アタシは念のため周囲を見回した。
 とりあえず敵はアタシの周囲にいない。
 キツそうなヤツは幸い、名前何だっけ――このマンティコアだけだ。
 って言うか、コイツのせいで部屋の方に行けないんだけどね!

   ぎィンッ!

 イヤに響いた音のする方に咄嗟に首を向けると、ゲームマスターとアズレトが対峙していた。
 ゲームマスターの武器が何かよく見えない。けど相手がアズレトなら問題ないだろうとすぐに首を他のメンバーに向ける。
 アキラは大丈夫だ、イシュメルは、――と首を巡らせたところでそれに気付く。
「イシュメル、後ろ!」
 思わず叫ぶと、イシュメルはようやく背後で斬馬刀を振り被るそれに気付いた。
 大地の鉄槌【アース・リザード】。
 初期に実装されたボスモンスターだが、1年前に強化されたっきり、強さのバランスが振り切れていると噂になってからは誰も狩りに行かなくなった不遇の存在だ。
――でもあの頃はオーストラリアでようやくサービスが開始された頃だ。
 アタシはその強さを知らないし、アズレトが半年ほど前に10人程度で楽勝だったと言っていたから、ひょっとしたら当時よりプレイヤーレベルのインフレで、今となっては楽勝なのかも。
 ともかく、イシュメルが一撃を避けたところでマンティコアの攻撃を牽制しながら視界を巡らせる。
 炎の馬――多分あれはファイアーメアだ――と戦うリアの姿が映る。
 リアなら大丈夫だろう。いざとなれば採算無視してあの「アブソリュート・ゼロ」とかかましそうだし。
 そう判断し、ようやく視界が一周した。
 ぱっと見大丈夫そうだ。あの部屋に飛び込んで1対1でコイツを潰してしまおう。
 マンティコアの尻尾の先の針と、爪に気を付ければ何とかなりそうな気がする。
――なるべく消耗せずにコイツを片付けることが最優先。

 最も厄介なのはモンスターじゃない。ゲームマスターだ。
――あとアキラの無謀も。

「あぁ、無事だ。現在地はルディス城。来れるなら来てくれ大至急だ!」

 不意にアキラの声が木霊する。
――ウィスパー?誰から。アタシら以外に知り合いなんかいたっけ?
 思わず戦いから意識を離した瞬間、マンティコアの尻尾が目の前に迫る。
 タイ剣では間に合わないと判断し、素早く腰から短剣を引き出して尻尾を払う!
 そしてそのまま、反動を利用して素早く短剣を鞘に収めると、アタシはタイ剣を両手に持ち直した。
 思ったより手ごわいと言うか、こっちの攻撃がほとんど当たらないのがムカつく!
 前足後足共に、俊敏な動きがチョー早いんですけど!
 って言うか、アキラの声に反応してガーゴイルが動き出した。
 あの馬鹿気付いてるのか、と声をかけようとしたが、それよりも早くガーゴイルがアキラに向けて落下した。
 今のアキラに2匹は無理だ。
 そう判断し、思わずタイ剣と一緒に握り締めていた棒を地面に叩き付けた。
 アイテム名、「挑発の枝」。
 モンスターにだけ聞こえる音を発生し、使用者にターゲットを強制変更するためのアイテムだ。
 道中何度も使おうと思っていたそれは、結局使うことがなかった。
――目標がゲームマスターである以上、これから後は使う予定はない。

 思い通り、にはならなかった。

 こちらに向かって来たのは1匹だけ。
 良い意味で誤算だ。2匹来たらピンチだった。

「期待はしないがなるべく早く頼む!……全滅寸前だと思ってくれていい!」

 アキラの声。
 確かにこのままじゃジリ貧で負けだ。
 アキラの判断は正しい。
 くそ、アズレトの気持ちが痛いほど良くわかるよ。認めたくないけど、ドッペルのときだってあれが最善の手だった!

――だからこそ、アキラを殺させてしまった自分の不甲斐なさがムカつく!!

 こちらに向かうガーゴイルを無視。マンティコアが振り上げた尻尾に向かってタイ剣を叩き付ける!
 一瞬怯むマンティコアだったが、タイ剣を両手で持っている以上、攻撃力重視でスピードが出ないからその隙は突けない。
 ちなみに片手で持てば、隙が小さくなりスピードは出るが、反面反動が大きい上に攻撃力も下がる。
 あえてその隙を無視して背中に一撃を叩き込もうと振り下ろすと、そこに尾が滑り込んでガード!
 戦闘ルーチン用AI高くない!?半端ないんですけど!
――アタシが見たことない以上、たとえボスでもせいぜい中級レベルのはずなのに!

「フィリス!」

 思わず首をそっちに向けたくなるようなアキラの声。
 多分ガーゴイルのことだろうと推測し、その衝動を抑える。
「わかってる!」
 ってかアンタはアタシのことなんか気にしてる場合かッ!
「――アンタは自分を守ってろッ!」
 マンティコアが飛び掛ろうと姿勢を低くした。
――瞬間、部屋の入り口を目に捉える。
 思わずマンティコアの背に手を付き、襲い来る尻尾を無視してその背を全力で蹴り飛ばす!
 マンティコアの向こうに立つだけのつもりが、反動でそのまま部屋の方へとダッシュする形に。
――ラッキー!
 そのまま部屋へ駆け込むと、剣を片手に構え直した。
 追って部屋に飛び込むマンティコアとガーゴイルを尻目に、ぐるりと部屋を見渡す。
 書類やら何やらが散乱する部屋。
 邪魔なのは机くらいか。
 振り返った瞬間、ガーゴイルがこっちに突進する。
 回転して避けつつ、その尻にタイ剣を叩き込む。
 勢い余ったガーゴイルが机に激突し、いいカンジに机をずらしてくれた。
 そこへ時間差で飛び込むマンティコア!
 うひ、だからアンタ戦闘ルーチン高すぎッッ!
 思わずしゃがみ、タイ剣を瞬時に両手へと持ち直して足元に叩き込む!
 が、それをも地を蹴りかわすマンティコアに、咄嗟にその剣を振り上げる!
 さすがに真下からの攻撃は見えなかったのか、ようやくマンティコアにダメージらしいダメージが……

――あれ?

 ひらりと着地したマンティコアには、ダメージの影すらない。
――うっげ、何コイツ!ルーチンだけじゃなくて防御力も!?
 と思ったのも束の間、ガーゴイルがマンティコアの影から飛び出した。

「――あぁもう!邪魔だアンタ!」

 頭にスキルを思い浮かべ、ガーゴイルの方へとダッシュし、両手に握り締めたタイ剣を思いっきり振り切る!

――ストロングインパクト!

 技名はイチイチ叫ばないけどね!
 ガーゴイルはあっさりと砕け散り、細かい石コロと化して辺りに散らばった。
――と、そこへまたしても時間差でマンティコアが飛び込む!
 だっから戦闘ルーチン!
 思わずしゃがもうとするが、ストロングインパクトのディレイで体が動かない!
「――ッ!」
 なす術もなく、マンティコアの一撃がアタシの右肩にめり込んだ。
 強烈な衝撃。続いて、断続的に軽い衝撃が何度も続く。
 状態異常の1つ、「出血」だ。断続的な衝撃と共に、HPが削られているのがわかる。
 肩で良かった、と思うしかない。心臓や頭なら死んでたかも。
 左手で道具袋を探りつつ、マンティコアを観察する。
 アッチもディレイなのか、1秒ほど固まった後ゆっくりと動き出す。
 探り当てたホーリーポーションを右肩に振り掛けると、一定感覚で続いていた衝撃がぴたりと止んだ。肩も光を放ち、傷が完全に塞がって行く。
 HP警告がないのが逆に怖い。今どの辺までHPが削られているのか。
 右肩粉砕する威力。軽く半分くらいは持って行かれてるような気がする。
 ポーションでどの程度回復できたのかもわからない。
――っていうかポーションなんて滅多に使わないしねぇ……。
 こちらを威嚇しながら、マンティコアがじり、と体を低くした。
 来るか、と身構えるが、そのままじりじりと横に移動するマンティコア。
 背の翼がばさりと羽ばたいた。

 ちょ、嘘、浮くのコイツ!?

 飛ぶゴキブリ並にイヤな光景だ。
 あれで動きがほとんど劣化しないなら、アタシ1人で何とかなる相手じゃない。
 と思った瞬間、マンティコアが猛烈な勢いでこちらに向けて突っ込む!
 マジですか卑怯でしょ反則じゃないこんなの!?
 思いながら、思わず身を屈めると、頭の上でぶわっ、と音がして背後でガリガリと地を削る音が響く。
 慌てて振り向くと、マンティコアの足元の床がその爪で盛大に削り取られていた。
 いくつ攻撃パターン持ってんのコイツ……!
 考える暇も与えず、マンティコアが再び体を低く唸る。
 羽を動かすこともなく、マンティコアが地を蹴る!
 半分カンだったが、左にステップでかわしつつ、その首を狙ってタイ剣を叩き込む!
 そのまま、タイ剣から手を離し、左腰の短剣を逆手に持ち振り上げると同時、右腰のソードブレイカーを抜くのと同時に、さらに頭にスキルを思い浮かべ、それを両手で同時に使うと強くイメージする!

――ダブルスラスト!

 例によって技名は叫ばないけどね!
 スキル発動と同時に、マンティコアの背と腹に、それぞれの武器(ソードブレイカーは厳密には防具だけど)が突き刺さり、素早く引き抜かれもう一度突き刺さる!
 うガァ!と悲鳴じみた声を上げ、マンティコアが悶絶する。
 やっぱりタイ剣の炎属性が効かないのか、と判断し、タイ剣を拾うのをとりあえず諦める。
 しかしアレで立つとか普通に呆れる。
 マンティコアは、ボタボタと青黒い血を流しながらも、立ち上がる。
 もう足元ふらついてはいるけど、だからって油断はしない。
 ジリジリとタイ剣に近寄ると、刃の部分を足で踏み、浮いた柄を掴み、両手で構える。
 属性の問題だとわかってしまえばこっちのもんだ。
 もう負ける気はしない。
 ふらつく足をぐっと踏み締め、マンティコアが上体を一瞬下げ、そのまま飛びかかって来る。
 それに合わせ、アタシは両手で握り締めたタイ剣にスキルを2つ、イメージした。

――剣よ凍れ!
――チャージング!

 例によって技名は叫ばないけど!
 込められたスキルはタイ剣の炎属性を侵食した。
 属性は相殺され、「無属性」と化す。
 一瞬屈み込み、隙だらけの腹にタイ剣を叩き込む!

   ズガァンッッ!!

 派手に吹っ飛んだマンティコアは、その巨体を天井に強打して派手な音を立て、そのままアタシ目掛けて落下する。
 すかさずバックステップすると、アタシは再びタイ剣にスキルをイメージした。

――ストロングインパクト!

 叫ばないけど、頭の中では実は叫びたいってのは内緒!
 マンティコアの巨体が部屋の入り口目掛けて吹っ飛ぶ!
 駄目押しもういっちょ行っときますか!
 タイ剣を片手に持ち替え、ダッシュでマンティコアに追い縋る!
 そしてレイピアを腰から引き抜くと、マンティコアの体に飛び乗る。

――チェックメイト・レイ!

 断末魔さえ上げることなく、マンティコアの巨体が地面に沈む。

[クリムゾン・マンティコアを討伐しました]

 思わずガッツポーズをし、うっしゃ、と内心思ったが、アタシの嬉しさはそれでは止まらなかった。
 アタシは息を大きく吸うと、アイツらに聞こえるように盛大に吼えた。

「とったぁぁぁッ!」



[16740] 23+2/3- 真炎の恐怖
Name: 佐伯 緋文◆d27da47b E-MAIL ID:3c685a44
Date: 2010/05/20 02:35
 地獄のような光景。
 アキラが後でそう形容した時、言い得て妙だと思った。

 目の前に広がる光景は、まさに地獄。

「――『リバイブ』」

 炎の中からアズレトの声が響く。
――違う。アズレトの声に似た声が、――響く。
 最大出力、文字通り全力での『フレイム・ゾナー』を耐えたドッペルゲンガーに、すでに絶望の色さえ覗かせるメンバーたち。
 それでも、自らの勇気を最大まで振り絞ったフィリスが、私たちの勝利へのわずかな蜘蛛の糸を掴むためだけに、――地獄の業火の中央へと駆け込んだ。
 フィリスが振り下ろす剣とドッペルゲンガー・アズレトが振り上げる杖とぶつかり合い、激しい不協和音を醸し出す。
 本物のアズレトから足しにと渡された魔力剤を一気に飲み干すと、頭を白紙にして状況の把握に努める。
 フィリスがタイラントの剣を瞬時に片手で持ち直し、素早くドッペルゲンガーの死角から短剣を抜き放つが、杖がそれを上手く捌き、さらに襲いくるタイラントの剣の威力を柄で受け流す。さらに短剣が二度、三度とドッペルゲンガーを狙うが、涼しい顔をしたままそれら全てを叩き落された。
「――チッ――」
 業を煮やしたかのように舌打ちしたフィリスが、隙を狙い、ゲームマスター目がけて短剣を投げつけると、瞬時にタイラントの剣を両手に持ち直した。

 思わず短剣の、その正確無比な美しい軌道に目を奪われる。

 だが涼しい顔をしたゲームマスターは、無常にもあっさりとその短剣を僅か一歩移動するだけで避けてしまった。

「『ダンシング・ソード』」

――あまりの無粋に、思わずその短剣に意識を集中させてスペルを発動する。
 エクトルはそれを一瞥すると、手に持つ杖で短剣を叩き落した。
 僅かに溜飲を下げ、私は視線をイシュメルへと向けた。
 矢を番え、弓を射ろうとタイミングを見計らっている彼は、しかしドッペルゲンガーの猛攻にその隙が見当たらないのか、必死にタイミングを計っているのがわかる。

――と、その目が驚きに見開かれた。

 思わずその視線の先に目を向けると、フィリスとドッペルゲンガーの間に立ちはだかる様に、アキラの姿がいつの間にかそこにあった。

 思わず絶句する。
 確かに私もそれは考えた。
 だけれど、私はその考えは、思いつくと同時に捨てた。
――誰かが捨石になり、犠牲になって掴む勝利など、美しくないと思えたから。

 だが彼は私のその考えをあっさりと裏切り、自らの身を曝け出すことで勝利しようとしている。
――思わず手を伸ばすも、それが届くはずもなく。
 ドッペルゲンガーの右手に握られたロング・ソードが、アキラの肩から胸あたりまでを大きく切り裂いた。
「――ッ!!この馬鹿野郎ッ――」
 フィリスが叫ぶと、ドッペルゲンガーは動揺したかのようにステップバックした。
 思わずアキラの元に駆け寄ると、ちらりとアズレトに視線を向ける。
「――『葉』を使うわ。――回復を頼めるかしら」
 返事の代わりに杖をアキラに向けるアズレト。
――そうこうしている間にも、ドッペルゲンガーの変化は始まっていた。
 私の考えが正しいのであれば、これで正式にドッペルゲンガーを討伐できる。

 復活すらすることもない、完全な討伐を。

「――葉よ、」
 アキラの頭を膝に乗せ、葉を使用するとイメージしてアイテム・オブジェクトを握り潰す。アイテム使用のざらりとした感触が、掌を蠢く。
「アキラ=フェルグランドを今一度現世へ。――『リザレクション』」
 奇跡の葉。
 実はスペル補助のアイテムだ、ということはあまり知られていない。
 呪文を知らずに使用しても発動しない「スペル補助アイテム」ではなく、「呪文を唱えることで発動する蘇生アイテム」だと勘違いしている者も少なくない。
――どちらでも大差はないけれど、設定をしっかりと覚えていて損をすることはない、と思う。
 アキラの体が緑の光に覆われるのを確認し、私はアキラを地に横たえて距離を取った。
 アズレトの呪文が私に誤射されないように、未然防止。
 蘇生とほぼ同時に、アキラの肩から胸への傷を治療しなければいけない。そして傷は、生きているプレイヤーにしか、効果がない。
――万が一アズレトの魔法が外れた場合、蘇生されたアキラは再びその傷によって死亡し、貴重な「奇跡の葉」を無駄にすることになる。
 アズレトの杖が震えているのがわかる。私が近くにいることで誤射される危険性はある、ということ。

 プレッシャーからではない。アキラへの怒りから。

「リバイブ」
 タイミングを見計らい、アズレトの唱えた呪文はアキラを捕らえた。
 傷が一気にその形を変え、アキラの傷が一気に癒えて行く。
「――、……ッ」
 あぁフィリス。気持ちはわかるけれど落ち着いて。終わってから2・3発殴ってあげればいいわ。
「――考えたわね、……アキラ」
 フィリスの怒りを諌める意味を込めて、私はアキラへ声をかけた。
 フィリスが、舌打ちをして視線を外す。
 アキラの視線が、私からカルラ、アズレト、イシュメルへとゆっくりと巡り、
「イシュメル。俺とお前だけで倒すぞ」
 アキラが声をかけると、イシュメルが一瞬、怒鳴ろうとしたのか怒りの表情をアキラへと注いだ。
「――、わかった」
 それでも怒りをなんとか抑えたのか、弓に矢を番えるイシュメル。
 そして二人はドッペルゲンガーへと視線を戻した。

 と、二人の死角からファイアー・メアが迫る。

 二人がドッペルゲンガーへ集中していて、全く気付いていないことに気付き、
「――エンチャント、――アンチファイアー」
 小声で呟くと、マントにエンチャントを施した。
 そのままファイアー・メアの元へ走り出すと、アズレトが気付いたのか、同じようにファイアー・メアへと走り出す。
 先にファイアー・メアとエンカウントしたのはアズレトだった。
 杖で強襲すると、ひらりとそれをかわしてアズレトへ目標を変えたファイアー・メアは、音も立てずに90度向きを変え、アズレトへ向けて跳躍した。
 すかさずアズレトが杖を振り被るが、ファイアー・メアはそれを足がかりにアズレトを飛び越える!

――狙いはアズレトじゃなくて、この私!?

 すぐに思い出す。
 そう、私は運がないのだったわね。
――相方にはよく、「モンス運がある」と称される。
 要するに、乱戦になった場合、私にモンスターが向かいやすいという意味で言っているのでしょうけれど、――いつだってそれで得をした気がしないのは何故かしらね?
 ファイアー・メアの上体が沈み込み、自らの鬣を誇示するかのように突進する。
 その体が私に体当たりをする直前、私はマントの端を手に持ってファイアー・メアと自分の間に滑り込ませた。
 僅かな衝撃に、足が宙を浮いた。

――フローツ・アタック!?

 俗に、浮かし攻撃、と称される攻撃。
――主に連続攻撃の初撃として使用されることが多いこの攻撃方法を持つモンスターは多くない。
 連続攻撃を叩き込まれても、それが炎属性である限り、マントのエンチャントがほとんどを防いでくれるはずだと信頼していても、――それでもその攻撃がこのマントを貫通して通らないかと、背筋にぞくりとしたものが走る。
 浮かせた私よりもファイアー・メアが高く跳躍したのを見て、上からの攻撃に備えるべくマントを掲げた瞬間、ファイアー・メアの蹄が私の足を掠る!
 思わずぞくりとしながらも足に灼熱を覚えるが、ファイアー・メアの攻撃はそれで終わったわけではない。
 さらに同じ蹄が頭の上から目の前へと振り下ろされ、直前でマントをその間へと滑り込ませると、衝撃が僅かに私を下へと押し下げた。
 その隙を狙い、マントの裾を軽く持つと、私はマントの端をファイアー・メアへと叩き付ける!
 一瞬、怯んだようにファイアー・メアが目を閉じる。
 その隙を狙い、地が足に着くと同時に私はバックステップで距離を稼いだ。

 二つの同じ声色が、それぞれ違う呪文を詠唱する声が聞こえた。
 ほぼ同時に、水で火を無理矢理消したような音と矢を射る音、さらにゲームマスターが補助魔法を唱える声まで聞き取ったところで、ファイアー・メアが再びこちらに突進するのが見えた。マントで自分の体を隠しつつ、

「――エンチャント、アンチインパクト」

 エンチャントをかけ直す。
 その瞬間、ファイアー・メアはその上体を下げた。
 フェイント。本命の属性は衝撃ではなく炎!
 思わずマント防御を放棄して真横へとステップする。
 熱気と共に巨体が通り過ぎるとほぼ同時に、アキラの方から鋭い金属音が鳴り響いた。
 いつの間にか、先程召還されたばかりのクリムゾン・マンティコアがアキラに迫っていた。
 そしてアキラをその奇襲から救ったのはフィリス。

「――説教は後だ!後で覚えてなッ!」

 怒気を孕んだ声は、普段のフィリスと変わりない。
 あの様子なら、あのマンティコアはフィリスに任せても平気だろう。

 ちらりとファイアー・メアに視線を戻すと、私を見失ったのか、それとも攻撃のディレイか、ファイアー・メアはこちらを見てはいなかった。

「『プロテクト』」
「――『オフェンシブ』、『プロテクト』、『ブレッシング』」

 ゲームマスターの声が響くと、すかさずアズレトの声が後を追って響いた。
 背後にゲームマスターがいる以上、――ドッペルゲンガーを随時回復されたりすれば、アキラは徐々に状況を悪化させ、下手をしたら負けを喫する。

「エンチャント、――アンチヒール」

 ドッペルゲンガーへとエンチャントをかける。
 アンチエンチャントで壊されたら、即座にもう一度かけるだけ。
――アキラ、私はね?

――本当は、全部台無しにした貴方にこそ、せめて勝利を掴んで欲しいのよ。

 そして振り返る。
 それが早くて助かったと気付いた。
 突進して来るファイアー・メア。
 思わずマントで防御すると、幸いにも攻撃は炎属性ではなかった。
 僅かな衝撃がマントに響くと同時、マントを翻してその頭に叩き付ける。
 手に強烈な手応え。
――ここでまさかのクリティカル!
 ファイアー・メアが僅かに怯み、その巨体の二つ分ほどを一瞬でバックステップする。

「『ファイアー!』」

 アキラの声に思わず振り返ると、特徴的なペイントを施した顔のないモンスターが、今まさにアキラの腕に崩れ落ちたところだった。
 崩れ落ちたその体から白い光がアキラとイシュメルを数回回り、二人の体に染み込んで消える。
――今二人には聞こえているのだろう。
 討伐しました、と報告する、あの無機質なアナウンスが。

 私の推測は当たっていた。
 ドッペルゲンガーの討伐は、殺された本人が討伐すること。
――無茶苦茶な話に見えなくもないが、討伐されたドッペルゲンガーは全て、

 殺された本人がいない状況で倒されていた。

 そして誰も聞いたことのない、ドッペルゲンガー討伐のアナウンス。
 討伐の条件を満たしていないのだから、当然と言えば当然のことね。
――ドッペルゲンガーが自己像幻視とも呼ばれるように、幻視された自己像を破壊することでしか、ドッペルゲンガーの討伐は成されないということ。

「ほう」

 薄く笑うゲームマスターの声が響き渡る。
 青く光る手。
――まずい、と思う前に走り出す。

 その姿が一瞬ゆらめくと同時に消失する。
 私の目には捉えられない現象。
 次に私の目がゲームマスターを捉えたのは、さっきまでアキラが立っていた場所だった。
 私が立ち塞がったところで無意味なのだろう。
 ただ牽制のためだけにアキラとゲームマスターの間に立つ。
「――随分な真似をするのね、ゲームマスター」
「弱い相手から順に殺すのは鉄則だと思うがね」
 即座に切り返したゲームマスターの姿が揺れると同時、
   ぎんッ!
 風が曲がる音が響く!
――あの速度で曲がることもできると言うの!?
 だとしたら、アキラが目標である限り私には何も出来ないと言うことだ。

 アキラが全力でアズレトの元へ走る。
――あぁ、そうね。
 アズレトならあの攻撃を真正面から受け止めて、その上で反撃もできるかもしれない。
 アキラの判断が冴えていることに感嘆しつつ、不意に気配を感じて思わずマントをかざす!
 僅かな衝撃と同時に、私の体がふわりと浮き上がった。

――油断した、私としたことが――!

 いつの間に私との距離を詰めていたのか、全く気付かなかった。
 動きを冷静に判断し、集中してその動きに合わせ、上手くマントを滑り込ませる。
 連続攻撃は炎だと思っていたのだが、――と気付いてひやりとする。
 もしこの連続攻撃が炎だったなら、私は恐らく死んでいる。
 マントが対衝撃属性のままだ。
 迂闊すぎるにもほどがある。
 見たところ素手だったはずのゲームマスターと、アズレトとの剣戟の音が耳障りに響き渡る。
――幸か不幸か、アキラにしてあげられることは今のところ、ない。

 目の前の敵に集中することを決める。

 炎が揺らめくようにファイアー・メアが後ろ足で立ち上がった。
――チャンスだと言える一瞬に、私は迷わず駆け込んだ。
 マントから手を離し、腰を両手の得物に添えると、私は右手を添えた方にスキルをイメージした。
 相手の心臓を狙うイメージ。
 スキル名はアイムス・タブ。
 思い浮かべると同時に、右手で短剣を抜き放ち、ファイアー・メアの無防備な胸目がけて振り上げる!
 僅かな衝撃。手元が狂ったのか、短剣の軌道はその胸ではなく、肩を抉ったに過ぎなかった。
 迷わず短剣を鞘に戻し、マントの端を掴むと後ろを振り向いた。
 そこへ迫り来る蹄の一撃に合わせ、マントを間に滑り込ませた。

――そこへ強烈な衝撃!

 衝撃属性ではなく、炎攻撃を叩き込まれた。
 まずい、と気付いた時にはすでに遅い。
 迷わず左手に握るそれに力を込める。
 蹄の追撃が来ると同時、私は左手に握ったソードブレイカーを抜き放った。

 ソードブレイカーに阻まれた蹄は、その勢いを半分に削り取られ、しかし残った半分の勢いを私に叩き付ける!

 そのまま落下し、背から叩き付けられた私は、無様に床を転がってファイアー・メアの後ろへと転がり出た。

「『我願う、静かなる清流よ、傷を浄化し癒せ、ヒール』」

 アキラが唱えた呪文が、私のHPを僅かに回復したのを感じた。
 視線を向けると、アキラはガーゴイルと対峙している。
 どうやら私にかけたものではなく、アキラの傷を癒し切った残りが私へと効果が流れて来たもののよう。

「期待はしないがなるべく早く頼む!……全滅寸前だと思ってくれていい!」

 アキラが叩き付けるように叫ぶ。
――何の話だろう、と一瞬考えてすぐに気付く。
 恐らく援軍の誰かとのウィスパーだ。
 私たち以外に知り合い、と言う話を聞いたことはないけれど、と一瞬思ってからふと気付く。
 そうか、探していた長刀の男。
 アキラの方は覚えていなくとも、彼の方では覚えていたということだろう。

 ならば、それまで少なくとも全員が生きていればいい。
 援軍は増える。それまで生き延びれば可能性はまだあるということ。

 最優先は、私にとって最も相性の悪いファイアー・メアかしらね、と思いつつその姿を探すと、一瞬私の影が揺らめいた。
 思わずバックステップすると、そこに叩き落される赤い炎の蹄。
 思わずひやりとし、もうMPを節約、と言っている場合ではないことに気付く。

「――サモン、グリーン・ドラゴニア」

 後ろで不穏な科白が響くが、とりあえずは目の前の敵。
 右の腰に手をかけ、私はファイアー・メアへと突進した。
 当たり前のように迫る蹄をかわし、その巨体の下へと潜り込む。
 さらに迫る蹄に炎属性が乗っていないと半ば勘で判断し、それをマントで防御する!

 衝撃はほとんどない。どうやら珍しく、賭けに勝てた。
 綱渡りはあと2つ。
――激昂したように、ファイアー・メアがその巨体を起こして立ち上がる。
 一つ目の綱渡りは、どうやらするまでもなく太い橋へと変貌した。

 そして最期の綱渡り。

 右手に触れる柄に手をかける。
 相手の心臓を突き刺すイメージ。
 スキル名は――

――剣よ凍れ――!

 パキン、と抜き放った剣が音を立てた。

[ファイアー・メアを討伐しました]

 無機質な声が響き渡るのを無視し、アキラの方へと視線を向ける。

「『我願う、猛る獰猛なる覇者よ、内なる力を我が前に示せ、フレイム!』」

 アキラやイシュメルには悪い言い方になるけれど、今、一番の穴はあの3人。
 そう判断し、加勢すべく駆け出す。
 相手はグリーン・ドラゴニア。
 深緑の王者とも呼ばれる強敵。――本当に悪いけれど、アキラたちには逆立ちをしたって勝てる相手じゃないことは明白。
「『水よ弾け』」
 熟練度によって少しだけ短縮された魔法を唱える。
――と、

   カァァァッ!

 グリドラがカルラの魔法の炎に向けて吠えた瞬間、炎が反射され、カルラを襲う!
「――!」
 咄嗟に、アキラに向けていた手をカルラに向ける。
「『フロード!』」
 詠唱破棄の水属性魔法を唱えるカルラ。
――フレイムのレベルは、私がカルラに渡した呪文書から上には上がっていないだろう。
 つまり、Lv.10。ただしフレイムは上位に位置する強大魔法。
 対するフロードは、詠唱破棄の様子から見てLv.30を超えているだろう。

――でも惜しい。フロードは中級下位魔法。恐らくフレイムに押し負ける。

「『プロテクト』」
 カルラに魔法防御をかけると、カルラが押し迫る炎に思わず目を閉じた。
――そして恐る恐る目を開けるカルラにほっとする。ダメージは低そうで何より。
「――厄介ね、まさか反射スキルを使ってくるとはね」
 カルラに、魔力剤を1本渡すと、カルラはすぐにそれを飲んだ。
 当然。――生き残るべき戦いで出し惜しみは許されない。
 ぺこりと頭を下げるカルラ。礼のつもりなら必要はないけれど、一応会釈で返事を返す。
「ってことは弱点がないってことか?」
 アキラがどうするんだ、と言う眼差しを向ける。
「――弱点は炎なのだけれど、――ね」
 その両手にある炎は何の為?気付きなさい、アキラ。

「弱点を狙うなら腹の白い鱗を狙いなさい」

 意を決したように、アキラが立ち上がる。
 そうね、男の子は凛々しくなくては――ね。
 女の子集団に守られているようでは、先が思いやられるわ。
「――リア、補助を頼む」
「ええ、もとよりそのつもりよ」
 やるとなったら意気込みが気迫に代わる、その単純さが少し羨ましくもある。
「『大地よ宿れ。オフェンシブ』『水よ弾け、プロテクト』」
 イシュメルが戦いの合図のように、矢を数本撃った。
 命中するかと思われたそれを、グリーン・ドラゴニアは素早く盾で防ぐ。
「『主よ導け、ブレッシング』」
 駆け出すアキラ。
 そのスピードがいつもより速いことにようやく気付く。
――戦闘の間にスピードでもかけていたのかもしれない。
 それなら私の補助はもう必要ないだろう。
 そう判断して床にへたり込む。
 座ることで少しでも魔力の回復を図らなければ、魔力剤が何本あってもただの無駄になる。
 イシュメルとの連携も見事だ。
――と思った瞬間、グリーン・ドラゴニアの盾が飛び込んだアキラに直撃する!
 思わず立ち上がると、私は慌てて杖を構える。
 グリーン・ドラゴニアは、悠然とアキラに向かって歩き出す。
 どうやらアキラはスタンしているらしかった。
 MPの消耗を気にしてる場合じゃない、と判断し、私は杖をグリーン・ドラゴニアに向けた。

「『風よ吹き荒れよ、エアリエル』」

 MPは残り僅かだと感覚が告げる。
 構わない、全て使い切るまでサポートする!
 いつもは私に向かって来るモンスターも、こんな時に限って私の方を向かない。
――アキラはまだスタンから回復していないのだろう。
 立ち上がろうともがいているのが手に取るようにわかってしまう。

 まずい、MPが限界……!

 私の杖から吹き荒れる風が止まる。
 こちらを一瞥したグリーン・ドラゴニアがアキラへと剣を振り下ろす!
「うぉぅッ!?」
 ギリギリでスタンから回復し、アキラが声を上げてその一撃を避ける!
 そこに迫る盾に即座に気付き、身を伏せてかわす様は、見ていて心臓に悪い!
 しかしそれをなんとかかわしたアキラは、弱点を狙おうとレイピアを突き出すが、グリーン・ドラゴニアはそれをあっさりとかわしてアキラを威嚇した。

   ズガァンッッ!!

 突然の轟音に振り向くが、城の一室から爆発でもしたかのような煙が上がるだけで何もわからない。
 アキラに視線を戻すと、その横を掠めるようにイシュメルがグリーン・ドラゴニアへと矢を連続で撃ちながら牽制していた。
 そしてもう一度煙へと目を向ける。

「とったぁぁぁッ!」

 フィリスの吠える声。
 どこへ行ったのかと心配していたら、――そんなところで戦闘していたのね。


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