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[9806] 完全装鋼士 レベル0 (現実→異世界・オリジナル・ファンタジー風味)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/03/17 17:26
本ページは変更・追加点を追記していくページです。

今後何か変更点ありましたら、その都度このページに更新内容を記していきたいと思います。


06/25:チラシの裏、第一話投稿
09/28:感想まとめ
11/18:タイトル変更
11/26:タイトル決定
11/26:あとがきを各話から分離、当ページに移動。
    以下に各話についてのあとがきを記載
12/01:当ページからあとがき・感想返しを分離。別途ページを作成。





[0] 【習作】学園で迷宮探索 微修正中 (オリジナルファンタジー路線) [ノシ棒] (2009/09/10 03:58)
[1] 地下1階 [ノシ棒] (2009/06/25 16:24)
[2] 地下1.5階  [ノシ棒] (2009/07/26 16:45)
[3] 地下2階 (行間修正) [ノシ棒] (2009/09/28 04:09)
[4] 地下3階 [ノシ棒] (2009/06/30 03:00)
[5] 地下4階 [ノシ棒] (2009/09/06 18:25)
[6] 地下4.5階 (バイツァダスト補完 誤字修正・返信追加) [ノシ棒] (2009/08/02 22:47)
[7] 地下5階 [ノシ棒] (2009/07/02 21:06)
[8] 地下6階 ・前 [ノシ棒] (2009/07/05 11:35)
[9] 地下7階 ・中 [ノシ棒] (2009/07/09 15:00)
[10] 地下8階 ・後 [ノシ棒] (2009/07/27 03:10)
[11] 地下9階 (誤字修正) [ノシ棒] (2009/08/11 19:23)
[12] 地下10階 [ノシ棒] (2009/09/10 03:55)
[13] 地下11階 [ノシ棒] (2009/08/21 01:55)
[14] 地下12階 [ノシ棒] (2009/09/10 03:54)
[15] 地下13階 [ノシ棒] (2009/09/28 04:12)
[16] 地下14階 [ノシ棒] (2009/09/13 22:11)
[17] 地下15階 [ノシ棒] (2009/09/28 03:54)



[9806] 入り口
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:18
「はーい、皆さーん。明日は待ちに待った遠足ですねー」

『はーーーい!』

「喧嘩して魔法を撃ってはいけませんよー。使うのならナイフにしてくださいねー。一般人に死傷者を出した子は反省文十枚ですよー」

『はーーーい!』

「生きて帰ってくるまでが遠足ですよー。いいですねー」


『うおおおお――――――!』と、教室を揺らす程の歓声が上がる。
その歓声の最中で、一人の青年は静かに頭を抱えた。

このノリに付き合うのもあと2年の辛抱だと、そうは解ってはいるものの中々に耐えられるものではない。
何度も逃げ出したくなったが、だがその度に踏みとどまることとなった。
国家探索者資格を得るためには国によって定められた教育機関にて6年間の長期教育を受けねばならない、という規定があるからだ。

カスキア大陸各国に点在する公的教育機関、『学園』。
冶金術科、錬金術科、商業科、魔術科――――――。学園では様々な教育カリキュラムが実施されており、見事カリキュラムを消化し切った者には対応した国家資格が与えられることとなっている。
学園を卒業した者のみが、国家公務員としての資格を得られるのだ。
教育者をそろえることや大規模な設備を設けること等、各々の学園の持つ機能は多々あるが、共通するものを一つ挙げるとしたらこれだろう。
管轄内に、5つを越える迷宮が存在すること。その自由探索権。規模は大なれど、学園の説明などこれに尽きる。

そして青年達は、国立学園の一つに数えられる『ヴァンダリア学園』に在籍する、探索科の生徒であった。

――――――すなわち、冒険者である。

今日も今日とて生徒達は、名声を、名誉を、栄光を、金を、あるいは力を得るために、自らの命を掛け迷宮に潜る。

潜っている、はずなのだが。
青年の眼の前で、おっさんと幼児とが真剣に飴玉の取り合いをしている。
親子ほども年が離れているこの二人、もちろん親子というわけではない。
二人とも青年と同じく、探索科の生徒であった。

6年という時間の長さは世の若人達には耐え難い苦痛であったらしい。
支援と同時に果たさなければならなくなる義務の発生、つまりは発見物の徴収を考えると、一攫千金を夢見る若年層のほとんどがフリーランスの冒険者になっていくのは当然のことと言えた。
結果として、学園に入学してくる者は、青年のように社会的後ろ盾の無い者や、逆に貴族層や名家の出といった将来的に国に尽くさねばならない社会的責任を負った子供、あるいは全盛期を越えたために安定を求めた老冒険者だけとなる。
生徒間の年齢がまるで定まっていない理由はそこにあった。

幼児に殴られ飴を奪われたおっさんが、涙目になって指をくわえ、うらめしそうにしている。
大人達と過ごした子供は早くに大人へと成っていくものだが、保護者としての立場も与えられず子どもと同等の存在として扱われる大人は、子供に還っていくらしい。
恐ろしい現象だ。


「だめだこいつら、はやくなんとかしないと・・・・・・」


絶望感を貼りつけた顔で、鬱蒼と青年は呟く。
隣席に座る少女が心配そうに顔を覗き込んできたが、今の青年には対応するだけの気力はない。
明日は『遠足』だからだ。教師曰く、待ちに待った。それは死の恐怖的な意味でということだろうか。絞首刑の階段を一段ずつ上って行く心境だ。恐怖を煽るくらいなら、いっそ一思いにトドメを指してほしかった。
いや、諦めているわけではないのだが。

毎年数十人以上の死傷者を出す、春の遠足。
その事実を、このクラスの問題児達が深く考えているわけもなく。
青年にはきゃいきゃいと騒ぐ級友を、諦観の目で眺めるしか出来なかった。

命の危機を目前にあれだけ無邪気に騒げるのは、彼等が生まれついての冒険者であるからだろうか。
自らと仲間の命を天秤にかけてまで、望むもの全てを手に入れんとする熱狂。
きっとそれは、この世界で生まれついた者にしか理解できないことなのだろう。
であるならば、それは自分には全く理解の出来ないものだ。

果たして冒険者稼業を続けたとして、無力である自分は生き残れるのだろうか。


「・・・・・・くぅーん?」


隣席の少女が、抱え込まれた青年の顔を下から覗き込む。
ふんふんと鼻を鳴らしながら近づくその様は、まるで本当に犬のよう。
飼い主の機嫌を窺うような、そんな仕草が実家で飼っていた犬を思い起こさせる。

狂おしい懐郷の念を押し殺すように、青年は少女の頭に手をやり、苦笑を浮かべた。


「ああ、いや、大丈夫だよ。ちょっと心配になっただけ」

「・・・くぅん」

「大丈夫だって。心配しなくても、明日はへまなんかしないさ。それとも俺が信じられないか?」

「わんっ!」

「よし、いい返事だ」


現実逃避のために少女の“頭に生えた犬耳”の、耳と耳の谷間をわしわしと掻き撫でる。
そう、犬耳である。
少女は純粋な人間ではなかった。

見れば、クラスの中にもちらほらと人とはかけ離れた姿を持った面々が在籍している。
ある者は背から羽を生やし、またある者は額から角を生やしている。極めつけは水の入った金魚鉢を逆さに被った魚顔が、眼前でエラ呼吸をしている始末。
つまりは、亜人種である。

少女もまた亜人種の一人。
狼人種に数えられる者であった。

正にファンタジーだ、と数年前までは見たことも無かった光景を前にして、青年は呟いた。

だが、ここに来てもう4年目。
眼の前で炎を吐きかけられても動じないくらいの度胸は付いた、と自負している。
赤だの青だのと、目にまるで優しくない原色の頭髪に驚くこともない。
流石にもう慣れたのだ。


「というか、慣れてしまった自分が悲しい」

「わふーん・・・」

「だから心配しなくていいって。前向いてな」

「わんっ」


そのまま少女の頭を掴み、ぐいと前を向かせる。
ぞんざいに扱われているというのに、少女は眼を細め、心底うれしそうだ。
スカート下から飛び出した尻尾が、ぶんぶんと力いっぱい左右に振られている。


「はいはーい、みなさん静かにしてくださいねー」


さすがに騒ぎ声が大きすぎたのか、おっとりとした女教師が間延びした声で注意する。
しかし問題児ばかりがそろったこのクラス。
喧騒が消えるわけもない。


「もー。言うこと聞いてくれないと先生怒っちゃいますよー?」


ぷんぷん、と擬音を口に出しながら両手を挙げる教師。
傍からみれば問題児相手に四苦八苦する新米教師だが、その両手の間に閃光が集っていくのが異様に恐怖を煽る。

この時点で賢い生徒は口を閉じた。
青年と犬耳の少女もその一人だ。


「むー・・・・・・えくさふれあーー!」


教師が両手を床に下ろすと同時に、教室に熱風が吹き荒れる。
結界が張られた教室は、その余波を外に漏らすことはない。熱気が充満しとんでもなく危険である。魔導科学Ⅱを受講している生徒達が、覚えたての高位氷雪呪文で室内の急速冷凍を始めた。


「うわ・・・」

「きゅーん・・・」


犬耳の少女の咆哮(ハウリング・ボイス)で効果を打ち消し難を逃れた青年は、避難が遅れ憐れ犠牲となってしまった魚人種の生徒に眼を向ける。
6級炎熱系魔法の直撃を受け、こんがりとした焼き魚となってしまった魚くん。末語の言葉は「ぎょぎょっ!?」だった。
身体を張ってまで示した芸人根性に、全生徒が泣いた。


「しばらく焼き魚食えないな・・・・・・」

「わふん・・・・・・」

「あれー、貧血ですかー? 仕方ないですねー。鉄分が足りないからですよー。お魚を食べなさい、お魚をー。
 誰かー、蘇生呪文かけた後に保健室に運んであげてくださいねー」


お湯をかけたら3分で元通りー、とでも言うようなテンションであっけらかんと言い放つ教師。周りも大抵が同じ反応だった。学園では、人死になど珍しくもなんともないのである。
だが流石教職というべきか、驚くことに魚くんは死んではいなかったらしい。生かさず殺さず、絶妙な手加減だった。
一連の光景を見ていた生徒達は震えあがり、水を打ったように皆黙り込んだ。

蘇生呪文と言っても、致死状態から蘇らせる効果があるわけではないのである。
その効能の真髄は、死に向かい消えゆく命の生命力を活性化させる所にあり、死者蘇生ではないのだ。
自動体外式除細動器、AEDをイメージしたら解り易いだろうか。

とまれ、間延びした教師の「うっかり」で殺されてしまっては、たまったものではない。
死を恐れていないだとか何だと言っても、皆命は惜しいのである。


「うるさい子は教育的指導しちゃいますよー。質問がある子は手を上げてくださいねー」


誰の口からも声が発せられることはない。皆顔を青くして、小さく震えている。あの教師のおっとりとした笑顔が、凶悪なものに見えて仕方がなかった。犬耳の少女も、耳をぺたんと伏せ、尻尾を股の間に挟んでしまっている。

何も質問はありませんか、という教師の声に、青年は溜息を吐きながら手を挙げた。
教師は恐ろしいが、事が命に関わる問題だ。
これだけは、聞かずにはいられない。


「はい、ナナシ君。なんですかー?」

「はい、先生――――――」


教師に名を呼ばれて、青年は立ち上がる。
そして遠足における最も重要な事項を確認するために、口を開いた。




「回復薬はおやつにふくまれますか?」













[9806] 地下1階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/09/28 21:17
おりじなる・学園迷宮探索物 




「まずはじめに、無がありました。
 そしてその後に、創造神が――――――この神は未だ確認されておりませんが・・・・・・。そして創造神の後に、双子神スプンタとアンリが産まれたのです。
 はい、ここがポイント。誤解しがちですが、彼ら双子神は創造神ではありません。彼らはその後に多くの神々と世界を産んだので、最高神の1柱として数えられていますがね。
 だからといって創造神と混同することは間違いです。双子というものは、同じようで相反する性質を持つもの。つまりは光と闇。あるいは善と悪のような。
 もうわかりましたね? 我々ヒト族と魔族との争いが終わらないのは、根源とする加護神の性質が相反するものだからなのです」

「先生。じゃあヒト族と魔族は、どちらか一方が絶滅するまで闘い合うのですか?」
 
「いい質問ですね。その答えはイエスです。それが自然の摂理というものですから。ですがあなた方にとっては喜ぶべきことです。獣が獲物を狩り、飢えを満たすように。
 魔族も我々を狩り腹を満たし、そしてまた我々も魔族を狩り、富みを、名声を、力を得るのですからね。自然と言うものは相互関係によって成り立っているのです。
 私が信仰する加護神曰く、自然とはサイクルであり、この世のすべての因果は必然であり、であるならばあらゆるものが運命によって」

「先生。授業を進めてください」


比喩表現抜きで『鳥頭』の生徒が、節と爪に包まれた手を垂直に天へと伸ばす。

話しが横道に逸れることを嫌がるのは解るが、事がナナシの事情に踏み入る話であったため、余計な事をと思わずにはいられなかった。
非常に興味深い話だった。

すべてが自然のサイクルであり必然であるというのならば、この世には偶然など存在しないということになる。
なるほど“神が実在する”ような世界だ。そうでなくとも、ひどく効率的な世界であることには違いない。
ならば、自分がここに居るということも、何らかの意味があってのことだと言える。


「・・・・・・そう考えることができたら、どれだけ楽かな」


歴史の教師の加護神の言うことを信じるならば、の話だが。
左隣を見れば、鳥頭が苛立たしそうに腕を組み人差し指でリズムを取っている。
神経質な気質がある鳥頭には教師の雑談でさえストレスなのだろう。
フォローを入れておくのもパーティの副リーダーとしての務めか、とナナシは鳥頭に声をかけた。


「クリフ、そうカッカするなよ」

「君は緩み過ぎだ。明日はディグなんだぞ?」

「まあ、そうなんだけどさ。死ぬ時は死ぬし、生き残るんなら生き残るだろ? しっかりしてくれよ、リーダー。みんなお前を頼りにしてるんだ」

「まったく君は・・・。もういい、授業に集中したまえ」


呆れたように溜息を吐く鳥頭。
照れくさいのだろう、しきりに嘴の下を撫でさすっている。
無条件の信頼と称賛に、どうリアクションを返したらよいのか解らないからか。良くも悪くも、生真面目なのだ。この探索者科F組第5班のリーダーは。

ナナシ達パーティーのリーダー、鳥頭の名をクリブズ・ハンフリィという。
彼も家名を背負ってこの学園に入学した、貴族の一人だ。
ハンフリィ家は神鳥フェニックスの血を引く家系であった。クリブズが学園生活において神経質になるのも、ある意味仕方がないことなのだ。
名家に生まれついたということは、それ相応に果たさなければならない責務が発生してしまうのだから。本人の意思に関わりなく、だ。
無能では絶対にいられない。そういうことだ。
いつの間にか椅子をくっつけて、自分の膝の上から夢の世界に旅立った犬耳ほど図太くなれとは言わないが、副官としては心配であった。

犬耳も犬耳で心配なのだが、それはともかくとして、堅い鎧の上で寝苦しいのか寝返りをうつのは勘弁してほしい。
腹によだれが染みて不快なのだ。そろそろ起きて欲しかった。


「・・・・・・待て、何故君は『鎧』を着ているんだ」

「なんでって、ああ、そっか。お前いつもは食堂だったよな。このブルジョワジーめ」

「黙りたまえ。家のことは関係ないだろう」

「悪かった、怒るなよ。で、今日の昼食は?」

「今日は僕達の学年だけ半日授業だからな。この時間には食堂には行けないから、今日は僕も購買だ。ふむ、4年目にして初めての買い食いになるな。少し楽しみだ」

「そうかい、そりゃよかった。ならお前も準備しといたほうがいいぞ」

「・・・・・・何の?」

「見ての通り、戦いのだ」

「はあ?」

「フル装備はしなくていい、軽い方が有利だ。地形を活かして進め。敵に情けをかけるな。立ちふさがる者に容赦はするな。全て、なぎ倒せ」

「君、何を言って」

「生きることは食べること。購買は戦争だ」

「だから、何を」

「戦争なんだよ」


教師に意見したくせに、クリブズは自分の無駄口は気にならないらしい。
傍から見れば傲慢なだけであるが、いい傾向だとナナシは思う。初めはこうではなかったのだ。
クリブズに少しばかりの余裕を持たせるまで、どれだけ心を砕いただろうか。副官は色々と大変なのである。

そろそろ時間だぞ、とナナシは貧乏ゆすりをして犬耳を起こす。
ぱっと飛び起きた犬耳は、不安気にナナシの胴へとすがり付いてくる。寝ぼけて地震かと勘違いしているのだろう。デコピンで眼を覚まさせてやることにした。
犬耳は額を押さえ、目を白黒とさせている。泣きそうだ。
鋼鉄の指による、しかも膂力補助を受けた状態でのデコピンはさぞ痛かっただろう。
少し悪いことをしたとも反省もしたが、後悔はしていない。
シャツをよだれでべしょべしょにしてくれた礼である。


『バッテリーの充電が完了しました』


今日の授業はここまで、という教師の言葉と同時、機械音声を耳にする。
アイアン・スミスにとっては、充電時間の把握など出来て当然。
サブバッテリからメインバッテリに切り替えられ、火を入れられた人工筋肉が完全稼働を始める。
ボルトの軋みを聞きながら、ナナシは満足気な笑みを浮かべた。


「お前もやる気になったみたいだな」

「わんっ」


対する犬耳も、獲物を狙うかのような獰猛な笑みで返す。
犬狼族の血がうずくのだろう。狩りと食事とは切っても切れないない関係なのだから。
生きることは食べることだ。


「いや、だから君たちは何を」

「いくぞ鳥頭――――――胃袋の貯蔵は十分か? 間違えた、空腹か?」

「がうーー!」

「まあ、確かに空腹だが・・・?」

「そら、鐘が鳴ったぞ! 付いて来い!」


授業の終わりを告げる鐘と同時、ナナシと少女は駆けだした。他のクラスメート達も遅れてはならぬと、後を追う。
教室に残ったのは、片付けをする教師とクリブズだけとなった。


「一体何が・・・・・・?」


何のことか分からず、ふらふらとクリブズは後を追ったが、廊下に出た瞬間に後悔することになった。
長い廊下中に響く怒声と地鳴り。魔術的に防音と防汚処理が施されているというのに、土煙りまで舞っているようにも見えた。
生徒達が大量にひしめき合いながら、こちらに押し寄せて来たのである。
クリブズはひぃ、と喉を引きつらせたかのような悲鳴を上げ、ナナシ達の後を追ったがもう遅い。


「う、うわ――――――!」

『う、お、お、お、お、お――――――!』


生徒達の波に呑まれ、あっという間にクリブズの豪奢な冠羽は見えなくなってしまった。
一瞬の出来事だった。
その一部始終を、ちらと振り返った時に見てしまったナナシは、恐ろしいと身ぶるいをした。


「餓えって恐ろしい・・・。化けて出るなよクリフ」

「くぅーん」

「ナムアミダブツナムアミダブツ」


クリブズに黙祷を捧げつつ、急ぎ購買に駆けつける。
しかし、遅かったようだ。すでにカウンタは無数の生徒達でごった返していた。


「おばちゃん! 牛乳とモロロパンちょうだい!」

「あいよっ!」

「おばちゃーん! こっちはレン茶とガブリサンド5つ!」

「ちょっと待ってな! 順番だよ!」

「おばたん! チキンバー1つくだしゃい!」

「子供だからって甘くしないよ! 順番守りな!」

「ババア! 俺だ! 結婚してくれ!」

「一昨日きやがれ小僧が・・・」


正しく戦争である。
クリブズにナナシが語った話は誇張ではなく、攻撃魔法が飛び交い剣が振るわれ人が飛ぶ。
これで毎回死人が出ないのが不思議でならない。
げに恐ろしきは餓えた学生達である。

出遅れたナナシ達一同、後発の生徒達は、カウンタに群がる生徒達が空けるまで待たねばならなくなった。
しかし、一学年だけといえど現在の在庫のみでこれだけの数の生徒達の腹を満たせるのかと言うと、疑問が残る。
腹を満たす前に、在庫が切れるだろう。
今日も飯抜きか、と幾人もの生徒達が崩れ落ちるのを尻目に、しかしナナシは不屈の笑みを浮かべた。

反撃の策は、我にあり。


「おねえさーーーーん!」

「なっ!?」


周囲の眼が一斉にナナシを向く。


「あらまあ、やあねえお姉さんだなんて。どうしたの?」

「ちょ、俺が先に並んで・・・」

「黙ってなクソガキ共。さ、まだまだ一杯残ってるから、何でも言っておくれよ」

「レン茶とクロワバーガー、3つずつ下さいな」

「はいはい、どうぞ。おまけでプリンもいれといたよ」

「ありがとうお姉さん! またよろしく!」

「ふふふ、お姉さんだなんてもうこの子ったら。私もまだまだイケるのかねえ」

「そ、その手があったかーーーー!」

「おば、おねーさん! 私にもレン茶とクロワバーガー! あとプリンおまけして!」

「心にもないことをガキンチョどもめ。ほらほら、ちゃんと列に並びな!」


どーもどーもと恨み妬みの視線を受けながらナナシは帰還。
犬耳の喜びのハグを自慢げな顔をして受け入れた。


「わんわん、わんっ!」

「ほらほら、よだれを垂らさない」

「うー」

「アイツの分まで買わなくてもよかったのにって? ・・・・・・微妙に仲悪いもんな、お前ら。
 でもいいだろ? 俺、あいつのこと好きだし」

「!?」

「もちろん頼れるリーダー的な意味でだぞ。さ、教室に戻ろう。クリフが待ってる」


昼食の前に治癒呪文だな、とナナシは犬耳と連れ立って、「おそかったじゃないか」と平然を装いつつも踏み後だらけになっているクリブスの澄まし顔を思い浮かべ、笑った。













[9806] 地下1.5階 
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:18
きんこんかんと鐘が鳴る。

授業という苦痛の時間を与えられた学生達への、自由を告げる音だ。
遠足参加が決定しているクラスから、早速わいわいと喧騒が届いてくる。


「よっしゃーー! 終わったーー!」

「スイーツかっこ笑のお昼限定タルト、早く行かないと売り切れちゃう・・・っ!」

「あーん、課題が終わらないよー!」

「な、なあ・・・! 今日これから暇か? よかったら俺と、遊びに行かないか?」

「なっ!? このっ! テメエもてない同盟を破る気か!?」 

「うるせええええ! もう一人身はいやなんだよおおおっ! 俺だって青春したいんだよッ! それで返事は!?」 

「えっ、わ、私? ええと、一応暇だけど。どこ行くのさ?」

「クソッ! 邪魔してやる・・・・・・絶対邪魔してやるぞ・・・・・・!」

「え、映画の券が二枚あるんだ。その、似あわないかもしれないけどさ、凄く良いって評判の恋愛映画を一緒に観たくって・・・」

「いいけど・・・・・・。私、男の子だよ? それでもいいの?」

「ちょまーッ!?」

「いいんだ! お前がいいんだ! お前とがいいんだ! 他の誰かじゃあ駄目なんだよッ! 
 俺は・・・お前が・・・お前が・・・お前が好きだああああー!! お前が欲しぃいいいーーーーッ!! 行くのか、行かないのか、どっちなんだ!」

「あう・・・その・・・・・・よ、よろしくお願いします・・・・・・これからも、ずっと」

「悪かった、お前の愛の深さを見誤っていたようだ。もてない同盟はお前たちの仲を祝福しよう。
 とりあえずご祝儀はボラヂノール(デリケート部分用回復軟膏、使いきりタイプ)でいいか?」


皆、早速明日の準備をしようとパーティーメンバーを集め、奔走しているのだろうか。
冒険者科のクラスの面々も思い思いに武具の点検や、メンバーとの作戦会議を始めていた。

そしてまた、彼らも。


「いたっ! も、もう少し丁寧にぬってくれたまえ」

「これぐらい我慢しろよ。ほら、もう少しで終るから」

「うう・・・明日は迷宮探索だというのに、無駄な怪我をしてしまった」

「戦場を甘く見るからだ。注意一秒怪我一生だぞ」

「ああ、学習したよ・・・・・・購買は戦場なんだな。ああ、本当に戦場なんだな・・・・・・ッ!」

「戦争なんて虚しいだけさ」


遠い眼をし始めたクリブスの羽に、回復薬を塗り込む。
根元は真紅の色をしているが、羽先にいくにつれ漆しを塗ったような深い黒色になるという不思議な色だ。
毛色が混ざるのは他種族間との混血の証である。

ナナシはこの不思議な色をしたクリブスの羽に触れるのが気に入っていた。
もふもふと顔を埋めたい欲求に駆られるが、どこぞの犬耳が唸るので自重している。

どこにヒトの耳があるかも解らないのだ。
これが二つ隣のクラス、錬金科に伝わったとしたら・・・・・・。
間違いなく竜言語魔法(ドラゴン・ブレス)が飛んでくるだろう。
想像するだけで恐ろしい。


「その、盛りすぎじゃないか?」

「毒じゃないんだからいいんだよ。自然素材を使った高級品だぞ?」


回復薬は内外服両用の薬だ。
迷宮では専ら水溶液にして飲み干す用途で使われているが、塗り込んだ方が効き目が良いのは言うまでもなく。
見捨ててしまった詫びも兼ね、ナナシはクリブスの踏み跡だらけになった身体へと、回復薬を塗り込んでいた。


「スーパーハード、らんららんららんららんら~」

「それ、何の歌なんだい?」

「おしゃれなペンギンの歌」

「僕はペンギンでは」

「飛べないって所は同じだろ?」

「うぬぅ」

「ほら、完成だ」

「完成って、君な・・・・・・」

「いいじゃないか、カッコいいぜ。俺が女だったら間違いなく惚れてるな」

「む・・・。そ、そうか?」


回復薬を整髪剤に、いや整羽剤に、シャキーン! と音がするほどに冠羽が立つ。

解りやすいお世辞だというのに、クリブスは照れたようにクチバシ下を撫でさすった。
これまで能力以外のものを褒められたことのなかったクリブスである。
ナナシに言われたように「カッコいい」などとストレートな賛辞を受けると、どう対処したらいいのか戸惑ってしまうのだ。

クールさを売りにしているクリブスだが、今はその顔は朱に染まっているだろう。
いや羽に埋もれて顔色など解らないのだが。


「そのポーカーフェイスちょっと反則じゃね?」

「は? 何を言ってるんだ?」

「いや、なんでも。それよかあいつはどうしたよ? 鐘と同時に急いでどっか行っちゃったけどさ、何かあったのか?」


ナナシは急ぎ教室を出ていったパーティーメンバーについて、クリブスに聞いた。

焦っていた風な空気を発していたが、何かあったのだろうか。


「いや、薬を貰いにいったんだよ」

「ああ、なるほどね・・・・・・“血”を抑えるやつか。数日は迷宮に潜ることになるだろうからな。配慮してやらにゃならんかったか」

「気を遣われる方が辛いだろう。ただでさえ疎まれる天魔族なんだ。かの魔神にそっくりな容姿ともなれば――――――」

「クリフ、声がでかい」

「・・・失敬」


ひょいと肩をすくめてナナシは言った。


「周りが何であんなに騒ぐのか理解できないよ、俺は」

「歴史的事実というものは覆しようもない程に重いんだ。神意が顕現したなら、尚更な」

「人よりちょっと個性的なだけ。それでいいんじゃないのか? 重く考えるのはいいけど、そいつに潰されるのはどうかなと思うけど?」

「・・・・・・そう言ってしまえる君が羨ましいよ」

「さあ? 俺はその辺り何にもないからな。考えなしなだけさ、きっと。俺達に比べてまあ、うちの魔法剣士様は大変さねー」

「まったく、お気楽だな君は。だが、僕達のパーティーはこれでバランスが取れているんだろうね」

「いまいちまとまりは悪いけどな」


「ちがいない」と二人して苦笑する。

ナナシ達の所属クラスは冒険者科F組である。
冒険者科だけでAからFクラスまであり、これだけ見ても学園の規模の大きさが解るだろう。
学園のクラス分けは成績優秀者や寄付金の額を加味しAからCに振り分けられ、D・Eクラスは一芸特化の生徒達で構成されていた。

残ったFクラス。ここには特殊な事情を持ったものが配属されていた。
そうとは公然と口にされてはいないものの、内側に居る者達にとって、管理者側の意図は見えている。

つまりは、問題児達を一ヶ所に押し込めたわけだ。


「なあ、せっかく格好付けたんだからさ、デス子さんとこでも行ってきたら? 探索が無事に終えられるように祈祷でもして貰ってこいよ」

「むぐ、か、彼女の所に行く必要なんかない。何を言い出すのか君は」

「またまたー、強がっちゃってさ。命かけた冒険の前に、婚約者の所に顔見せに行くのは別に可笑しなことじゃないだろに。妬けるねえ、このこの!」

「う、うぐぐぐ! き、君だって錬金科のご令嬢と懇意にしてるだろう! 人の事を言えるのか!?」

「ちょ、おま、違うよ! お嬢様とはそんな関係じゃないって! あれは所有物と持ち主とか、そんな感じの独占欲だろ!」

「君は馬鹿か、馬鹿じゃないのか!? またはアホか! 鈍いにも程がある。そんな重たい鎧ばかり着てるから頭が回らないんだ」

「おまっ、俺の鎧を馬鹿にすんじゃねえって言ってんだろ! 三歩歩いたら忘れちまうのかこの鳥頭!」

「このっ、やるか!」

「おうよ、望むところだ!」


ふふふ、とコメカミに血管を浮かばせながら立ち上がる二人。

ナナシはともかく、常日頃からF組の面々を理性的ではないだとか馬鹿だとか言い続けているクリブスも、また自身がそうである自覚がないようだった。
明日は命を掛けた遠足であるというのに、無駄な怪我をしたくないと言った自らの言をもう撤回している。

クリブスもまた紛うことなきF組の生徒であった。
つまり、掛け値なしの馬鹿だ。


「表へ出ようか・・・・・・」

「屋上へ行こうぜ・・・久しぶりに・・・キレちまったよ・・・・・・」

「そうしよ――――――っ!?」

「どうし――――――っ!?」


びたぁっ! と二人は、まるで金縛りに会ったかのように動きを止めた。

ぎぎぎ、と油が切れたように、同じ方向に顔を向ける。
その顔は恐怖に引きつっていた。
壁を通り越した向こう側に、何か恐ろしいものでも見たかのような顔だ。


『ちょっと、そこを退きなさい! 退きなさいったら!』

『わんわんわん!』

『わたくしの言うことが聞けないの!?』

『がうーーーー!』

『駄犬が・・・躾がなってないようね・・・・・・!』

『がるるるるっ!』


耳をすませば、そんな声が聞こえてくる。
二人がよく知る声だ。

何やら揉めているらしく、怒声の応酬がされている。
その合間に尋常ではない振動が伝わってくるのが、恐ろしくてならない。


「あわわ、あわわわわ・・・・・・!」

「き、君! ち、ちょうどよかったじゃないか。向こうから来てくれたみたいだぞ? さあ、早く出迎えに行きたまえ!」

「むむむ、むりだって! あいつら喧嘩してんじゃん! 間に入ったら巻き添え喰らって死んじまう!」

「何とかしろ! いや、何とかしてください! 迷宮に潜る前にこんな所で死ぬなんていやだあああー!」

「ジョゼットさん・・・・・・俺もすぐにそっちに逝くよ・・・・・・」

「諦めるな馬鹿ぁ!」


喧々騒々。
クラスの中は、一瞬で大パニックになった。
皆、声の主達がどれだけ危険であるか、骨身に染みるほどに解っているのだ。
だが無慈悲にも、声の音源は刻一刻と近づいてくる。
床を踏みしめるようにどすどすと足音がするのは、機嫌がよろしくない証拠だろう。


『わんっ、わんわんっ!』

『なっ!? 「口出しばかりして、恋人でもないくせに何様のつもりだ」、ですってえ!?』

『むふー』

『むきーっ! わたくしはナナシのパトロンよ! ご主人様が雇用人に口出しするのは当然でしょ!』

『ぐぎぎぎぎ!』

『ふふふ、解ったかしらワンちゃん? ナナシはわ・た・く・し・の・なの!』

『がうがう!』

『ななっ!? 「金でしか男を引き止められない哀れな女」、ですってえ!? この、言わせておけば!』


窓から逃げ出そうにも、午前中の授業にて教師が教室を破壊したために、あらゆる箇所に板が打ちつけられ、逃げ場はない。
生徒達には、近づく足音が死の宣告にしか聞こえなかった。


「もてない同盟からしてみればコイツは粛清対象なんだけどな・・・・・・」

「触らぬ竜人にブレスなしだ。それともお前、奴と代わりたいとか思うか?」

「それは無理。竜言語魔法連射とか、なんぼギャグ補正が掛かってたとしても身体が持たね」

「そうだな。だが・・・・・・」

「・・・・・・それとこれとは話が別だな!」

「うおお!? な、何だお前ら! 離せ!」

「やかましい! ぶちころすぞヒューマン!」

「そうだそうだ! 美少女は人類の共有財産なんだぞ! それを貴様二人も独占なんぞしおって!」

「おい、やめ、誤解だって!」

「こうなってはもう逃げられん。貴様は俺たちの盾になれ!」

「く、クリフ! 助けてくれ!」

「・・・・・・もう少し左に寄せてくれ。背中に隠れられないじゃないか」

「裏切ったなあああ!」


ナナシを先頭に、その背に隠れる生徒達。

一応は防御陣を何重にも掛けているのは優しさから、というわけではなく。
単に自分たちに向う被害を少しでも軽減しようとしているだけだ。
パニックになっていてもこうして作業をこなせるあたり、一連の騒ぎが日常茶飯事であることが解るだろう。

問題児ばかりのF組にあってもなおナナシ達に関わろうとするものが少ないのは、ナナシ達の周りにいれば被る被害が大きすぎるからなのだ。
学園の大多数の男子が参加しているもてない同盟も、普段はナナシを黙認しているくらいだ。
誰だって竜の息吹(ドラゴン・ブレス)に身体を晒したくはない。


『この・・・・・・泥棒犬!』

『がるるるるっ!』


がらり、と扉が引かれ、声の主たちが教室に姿を見せる・・・・・・その前に。

瞳を焼くような閃光が、飛び込んできた。
瞬間、巻き起こる熱量と衝撃。


教室は、光に包まれる――――――。


「アッ――――――・・・・・・!」




こうして。

冒険者科F組は、本日2度目の崩壊を経験することになったのであった。













[9806] 地下2階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/18 02:21
修正しました







鋼鉄に包まれた拳が、腰部リボルバー機構のハンマーを叩き付けた。

チャンバーへとカートリッジ式魔導電池を装填。動力を得たパワーアシスト機関が膨張する。
きつく締められたボルトが内圧で軋む音を聞きながら、ナナシは機関鎧が再起動したのを確認。

機能を回復した鎧を繰りながら、急ぎナナシは犬耳の少女の元へと駆けつける。


「悪い、待たせた! まだ行けるか鈍色!」

「わんっ!」


返答とともに左右に力強く振られる尻尾。
視線こそ寄こさないものの、鈍色が握るハンドアックスが振るわれる度に人喰い小鬼(ゴブリン)がまとめて4・5匹吹き飛ぶあたり、まだまだ余力を残しているようだ。

こちらも負けじと、左右から耳障りな唸り声を上げて飛びかかってくるゴブリンに、続けざまに拳を叩きつけた。
それだけでゴブリンの頭部は爆薬を仕込まれたかのように四散する。
人工筋肉の伸縮で強化された膂力により撃ちだされた鋼の拳は、正しく砲弾であった。
迷宮の犠牲者のものであろう刀剣で武装したリザードマンの剣撃は、半身をよじらせる事で回避。その勢いを持ってして、反撃の手刀。トカゲ男の胴体を上下に二分する。
頭からつま先まで、一分の隙もなく鋼鉄に包まれた今の自分にとって、その程度の芸当など軽いものであった。

首元のケーブルへと接続されたバケツのような兜の、バイザー下に表示されるコンディションはオールグリーン。
自分も万全とはいかないまでも、十全の余力を残している。
このペースでいけば大きな怪我もなく、無事遠足を終えられるだろう。
だがそのためにはまずこの包囲を抜け、仲間たちと合流しなければ。

春の遠足が始まり、はや4日。

現在ナナシと鈍色は、パーティから離れ孤立してしまっていた。
今日はここでキャンプを取ろうとのクリブスの提案に、ナナシと鈍色は歩哨を買って出たのだが、運悪く迷宮の“組み換え”に巻き込まれてしまったのである。

迷宮には不可思議な自律性があった。
古代の、神代よりの遺産そのものが迷宮であるらしいが、特筆すべきは迷宮が資源の宝庫であるということである。
ただの石造りの洞窟から、様々な武具、道具、あるいは魔物達が湧いて出るのだ。
過去、迷宮を巡って国々の間で奪い合いが起こったのは想像に容易い。油田のようなものだ。いや、それよりももっと汎用性に富むともあれば、間違いなく戦争の火種だったのだろう。
迷宮の奪い合い、それの“落とし所”として生まれたのが『学園』であり、冒険者達なのである。

迷宮がある限り、冒険者という職種は消えはしない。
何故ならば、迷宮が完全攻略されるなど、ありえないからだ。

迷宮の自律性には資源生産の他に、もう一つの特徴があった。
すなわち、構造変化だ。

定時か、あるいは人が足を踏み入れた時に迷宮はその容を自ら変える。
とある迷宮は伸縮し、またとある迷宮は空間拡張を行い、そうして迷宮は例え同じ迷宮であっても千差万別の顔を持つようになるのだ。
ナナシと鈍色が、パーティーから離れてしまった原因もそれである。

今回ナナシ達パーティーが春の遠足にて挑むことになった迷宮、『春夜鯉』は、スライド式の変化構造を持っていたのだ。
スライドパズルの迷宮版のようなものだ。

ナナシが4年生となる以前まで立ち入ることが許されていた迷宮は、伸縮式の変化構造であったために油断していた。
巻き込まれることを恐れ、ずれていく壁を眺めることしか出来なかったのは、何とも悔しいものであった。
一早く迷宮の異常に気づき、こちらに駆け寄ろうとした剣士へと掛けた制止の声。
壁がスライドしていく速さは一定ではなく、こちらに駆け寄り合流しようなどとは自殺行為だったからだ。
ある意味、これも一つのデストラップだろうか。
幾人かの生徒かは、動く壁に巻き込まれ、圧殺されたに違いない。

ずれていく壁の向こう側に立つ剣士の、今にも泣き出しそうな顔が、ひどく罪悪感を煽った。
初めての迷宮だったから、などとは言い訳にもならない。

速やかにパーティーと合流し、遠足を終えなければ。


「遠足とは名ばかりの命がけのディグ(迷宮探索)だけどな! チクショウ!」

「ぐるるるっ!」

「ああ、生きて帰るまでが遠足だよな!」


鈍色と共に軽業師のように宙を舞う。
途端、先ほどまで二人が立っていた場所に、オーガの巨大な棍棒が突き刺さった。

ナナシの鎧は鈍重な見た目とは裏腹に、装着者に爆発的な瞬発力と、鋭い俊敏性を与えてくれる『武器』であった。
動力は魔力電池。鋼鉄の外郭に包まれる駆動系は、人工筋肉とモーター駆動のハイブリット使用。機械制御により、本体だけではなく装着者の状態でさえ管理する鎧。
名を機関鎧(タクティカルアーマー)と言った。
パワードスーツと言った方が解り易いだろうか。

対する鈍色は、手足と胴の主要個所に洗礼済みの防具を纏っただけという軽装。
洗礼済対魔銀で出来た防具は軽量でかつ丈夫だが、急所を覆うだけの造りでは、不意の攻撃には対処しきれまい。
怪物どもが跋扈する迷宮内でそのような出で立ちをするのは、あまりにも心許ないと思うだろう。
地球人の感覚では。

だがそれは、大いに間違っている。
そも冒険者の中では、ナナシのような完全装鋼士(アイアン・スミス)の方が珍しいのだ。

もともと機関鎧は、非力な一般人が組織する街の自警団や兵士、また筋力の衰えた老冒険者のために造られていた。
決して前線で活躍する冒険者のためにではない。
人工筋肉とモーター、鋼の装甲を得たとしても、レベル補正の前ではそれらなど塵にも等しいものであるからだ。
さらに機関鎧を纏っていてはレベルが上がり難いともあれば、一級の冒険者達に見向きもされないのは当然であった。構造上やたらと高価な機関鎧に金をかけるくらいならば、加護付きのナイフでも買うか、素直にレベル上げをした方が効率的なのである。

そう、『レベル』だ。
この世界には、『レベル』という概念があった。

今も鈍色はゴブリン達の攻撃に身を晒されているというのに、露出した肌には傷一つ付いてはいない。
それもそのはず。ゴブリンと相対する適正レベルは10であるのに対し、鈍色のレベルは23。実に2倍以上の地力の差があるのだから。


「がああああっ!」


小柄な少女の柔肌が、筋肉の盛り上がった牛頭の大男―――ミノタウロスの大斧をはじき返す。
返しざまの裏拳で、ミノタウロスは空中を縦回転しながら通路の奥へと消えていった。そんな、物理的にありえない光景が幾度となく繰り広げられている。
これもまたレベルによる能力補正の結果であった。

この世界で言うところのレベルというものは、RPGによく見られる強さのバロメーターとしてのレベルとは、少々異なっている。
それを説明するには、この世界の成り立ちから追わねばならないだろう。

始原の書曰く――――――まず初めに、無があった。
そしてそこから『神』々が生まれ、神々の手により、世界は造られた。

それがこの世界の成り立ちであり、常識であるらしい。
そして何ということか、それは事実でもあった。

神の実在など、と当初はナナシも一笑に伏していた。
だが冒険者が戦う様を目の当たりにし、具体的な形としてレベルの概念を示され、考えを改めざるを得なくなった。そして同時に、自分もそのルールにいやがおうにも従わなければならないことも。
見知らぬ地に放りだされ、自身の知恵にしかすがる拠り所のなかったナナシにとって、それは耐え難い苦痛であった。
現代日本における治世知識も、農耕具の効率的な運用手段も、武器の構造も、知識人としての知識そのものでさえも、自らが保っていると思い込んでいたアドバンテージなど、初めから在りはしなかったという事実を突き付けられたに等しいのだから。
ナナシの知識は、その全てが物理法則に基づいたものであるからだ。ナナシの知る哲学や政治学なども、人間“だけ”しかいない世界で発展した以上、物理が下地にあることは間違いない。それが世界の決まりであったのだから。

“物理法則の前提として神の奇跡が実在する”など、想定外にもほどがあるではないか。

あらゆる物質はなんらかの神の加護を受けており、その影響を受けるなどとは。ナナシがその結果を具体的にイメージできるわけがない。
ナナシの知る物理法則など、欠片も通用しないのだ。

つまりレベルとは、その者が信仰する神によって与えられた加護の強さを言うのである。
冒険者であるならば、メジャーな所は『戦神アレス』だ。
戦神への信仰を示す―――邪神を信仰する魔物を倒すことによって、与えられる加護の力は増していく、という仕組み。
神は自らを助くるものを助く。こういう理由で、魔物を倒す、つまりは経験知稼ぎをしたらばレベルが上がるというわけである。

そしてその加護の強さにより特殊能力、魔法やスキルを身につけることができるのだという。
ドラゴンのような形態の生物が空を飛ぶ、といったナナシが言うところの物理的法則を無視した現象は、全てが神の、あるいは邪神の加護によるものであった。

この世界に遍く存在するものは、須らく神の影響を受けている。

であるならば、ナナシが神の影響下にいないというのは当然のこと。

ナナシはレベルの恩恵を全く受けることが出来ない人間だった。
これは、冒険者として致命的な欠陥。魔物と人間の生物としての格など、言わずもがな。
過去に英雄は多々居れど、純粋な人間種はあまりにも非力な種族だ。

レベル0の人間が魔物に勝利するなど、絶対にありえない。


「ブラストフ!」

『Blast‐off』


音声入力。
肘部外殻の下に隠されるように収納されていた三本の杭が、油圧に押され、露出する。
左腕は前に。右拳は顔面の真横に。弓を引くように拳をつがえる。
狙う先は、各階に一体づつ存在する魔物の群れのリーダー、巨大な石造りのゴーレムだ。

鈍色のハンドアックスでは相性も悪く歯が立たず、ナナシにお役が回ってきたのである。


「うおおおおおーーーーーーん!」


鈍色の魔力が込められた咆哮(ハウリング)で、ゴーレムは地に足を縫い止められている。
気付けば、周囲の魔物は全滅していた。残るはボス一体のみ。
此処まで御膳立てされているのだ、外すわけにはいかない。


「一撃で仕留める・・・・・・!」


言って、駆けだす。
一歩踏みしめる毎に人工筋肉が軋みを上げ、石畳に罅を刻んでいく。


「トリガー! イグニション!」


撃鉄が雷管を叩く。
一本目の杭が猛烈な勢いで手甲の内に撃ち出され、引き絞った腕に引きずられる形で、ナナシの身体はぐんと加速した。
顔の横に構えられた右拳は砲弾、右腕から真っ直ぐ延ばされた胸はランチングパッド、左腕はカタパルト。
ナナシの鋼拳が砲弾であるならば、身体全てを弾と化した今のナナシは、さながらミサイルだ。


「イグニションッッ!」


二本目の杭が撃ち出される。
脚は既に床から離れ、ナナシの身体は宙を飛んでいた。


「くぅっ・・・、ぬおおおおぅりゃあああああーー!」


爆発的な加速によるGに歯を食いしばりながらも、跳躍。
肘鉄から噴射炎を吐きながら、ナナシはゴーレムへと飛び掛かる。

ゴーレムにはemethなどと気の利いた注意書きはされていない。
ならば、力づくでmethを与えてやるだけだ。


「ふわ!? わ、わんーーーッ!」


ゴーレムがガラスを擦り合わせたような雄叫びを上げる。
鈍色のハウリングを打ち破り、飛びかかるナナシへと迎撃のパンチを打ち込まんと拳を振りかぶるが、もう遅い。

右肩から胸へ、胸から左腕へ、左腕から標的へ。
ナナシの拳が、轟音をたてゴーレムの額に突き刺さった。

ゴーレムが不快な絶叫を上げる。
石造りの身体の癖に痛覚があるというのか、痛みの原因を引き剥がすために、ナナシの身体を鷲掴みにする。

ゴーレムの両の手で握られた鎧の各所が、ミシミシと不協和音を上げ始めた。
しかし、ナナシは不敵に笑った。
もう、遅いのだ。


「ィィイイイグニッションッッ!!」


三本目の杭が、撃ち出される――――――!


「フィスト・バンカアアアアアッッ!!」


拘束を石の指ごと引き千切ったナナシの拳、その先から不可視の衝撃波が迸った。

肘から生えた三本の杭が持つ機能とは、シリンダー内で加圧された圧搾空気を、前後に撃ち分け拳撃の加速に使うシステムだった。
要は空気鉄砲と同じ原理である。
ただし圧縮される空気には多量の魔力が含まれており、魔導空力学に基づき設計された鎧から撃ち出される圧縮空気の破壊力たるや、おおよその冒険者達をも超える一撃だ。高レベルの戦士の一撃にだって届くかもしれない。
魔導電池からシリンダー内へと送られ、加圧された魔力は実体を持ち高熱を放つ。気体へと状態を変えた魔力は、ガス状となって標的の器官を焼く副次効果をも見込む事が出来た。
もちろん機関鎧全てにこのような機構が備わっているわけではない。
ナナシの鎧が特別なのだ。

高レベルともなれば生身で戦うよりもハンデを負うことになる機関鎧だが、ナナシの鎧のように、人間の動きを無視した機動をトレースさせることが出来るという利点もある。
例えば、この三本の杭のようにだ。

ゼロ距離にて撃ち込まれた杭。

その渾身の一撃を叩きこまれたゴーレムは、半身が融解し頭部が失われていた。

ナナシがゆっくりと立ち上がったころ、残ったのは砂の山のみ。


「わんっ! わんわん! わんわんわんっ!」


それを見た鈍色は嬉しそうに尻尾を振りながら、ナナシの元へと駆けて行く。
ナナシは一切の露出のない文字通りの鉄面皮で、鈍色を迎え入れた。













[9806] 地下3階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/06/30 03:00

分割






あらかた“掃除”も終わり、ナナシ達は作成した結界の中に腰を下ろした。


ここいらで遅めの夕食を取ることにする。
野営の準備中にパーティーとはぐれてしまったので、二人は腹ぺこだったのだ。

バケツのような鉄兜を脱ぎ、ほし肉と乾パンに齧りつく。
満腹になるにはまるで足りない量だが、探索中では貴重な栄養源だった。荷物を運ぶと同時、戦闘までこなさなければならないのだから、諸々の道具とも合わせ自然と持ちこめる量は制限される。
冒険者が堅く乾いた食糧を好む傾向があるのも、よく噛むことで少しでも餓えを満たそうとする意図があるからのようにも思えた。


「うまいか?」

「わんっ」

「そうかい。よく噛んで食えよ」

「あぐあぐあぐ」


ナナシのすぐ傍で寄り添うようにほし肉をかじる鈍色の尻尾が揺れ、リズミカルに地面を叩く。
ナナシは鈍色へと、尻尾で結界の線を消さないように注意した。
砕いた魔石を固め洗礼を施したチョークで陣を描くことにより魔物除けの魔法陣とする簡易結界であるが、神職ではないナナシの描いた陣では、あまり大きな効果は見込めないからだ。


そも神の加護を受け付けないナナシにとっては、魔法は鬼門なのである。使うのも、使われるのも、危険が過ぎた。どんな反動が返ってくるのか判ったものではない。
指先で弄んでいるチョークのようなそれ単体で魔法効果を発揮させる道具は例外であるが、どちらにしてもこの剣と魔法の世界で生きるには、一切の加護が無いというのは無謀が過ぎた。


不便なものだ、とナナシは手帳型ステータスカウンターに視線を落とした。


大きく映し出される【ナナシ・ナナシノ  レベル:0】の表示。
普通の冒険者ならば先の戦闘で2はレベルが上がったはずだが、ナナシのレベルは相変わらず変化を見せることはなかった。
やっぱりなと、ナナシは諦めのため息を吐いた。


これでも当初よりはずっとマシになったほうなのだ。
ここに来てすぐの頃は、ほとんど誰にも認識されないぐらいに存在感が希薄であったのだから。
洗礼済みの名―――『名無し』の名を得てようやく人間らしい暮らしが出来るようになった程である。
名付け親には感謝してもしきれない。
自分に生きる術を―――鎧を与えてくれた人なのだから。


「じいさんには感謝しないとな」


しかし、その人ももう居ない。
この世界でナナシは文字通り、真の意味での天涯孤独となってしまった。
ナナシは単身、本当に何の後ろ盾も地力もなく、迷宮に挑まねばならぬ事態に陥ったのだ。


「一人か・・・・・・」


たまらないな、とナナシは柔らかくなったほし肉を飲み込んだ。


「うー、うーっ!」


不服そうに鈍色がナナシの身体を揺らす。
人語を発することのできない彼女だが、今は彼女の言わんとしていることが正しく理解できた。


自分のことを忘れるな。


そう彼女の眼が、耳が、尻尾がナナシに語りかけている。


「・・・・・・そうだな。今はもう、俺は一人じゃない」

「わんっ!」

「俺にはこんなに頼れる仲間達がいるもんな」

「わんわんっ! くぅーん」


言って、ナナシは鈍色の頭を力強く撫で回した。
鈍色の尻尾が何度も地面を叩く。


自分は焦っていたのかもしれない。
仲間からはぐれたからか、それとも危険を冒してまで迷宮に潜り探している『目的』の手がかりが、未だにその一端すらも掴めないからか。あるいは数年前のことを思い出したからか。それは解らない。
しかしナナシは己の非を認めざるを得なかった。自分一人では迷宮探索など出来る筈もないというのに、よくない考えを持ってしまっていた。

世には一人で全てをまかなえてしまう常識を超越した冒険者もいるが、自分はそうではないのだ。
戦闘だけではない。こうして食糧を得ることも、一人では困難なのだから。
単独で迷宮に挑むなどと、そんなことを欠片でさえも思ってはいけない。
一人であるならば、仲間を見つければいいだけの話ではないか。
幸い、自分には頼れる仲間が4人もいるのだ。こんなにも心強いことはなかった。


パーティーを組むということの意味と、大切さ。
ナナシはそれを再確認した。


「まさか俺がワンマン思考になるなんてな。新ダンジョンで疲れたのかね。クリフのことを笑えないなぁ」

「むふー、んわん!」

「はいはい、喋る暇があるなら手を動かせってね。おきゃくさーん、どこかかゆい所はありませんかー?」

「くぅん、はふはふはふはふっ」

「ほんとに犬っころ見たいな奴だなあ、お前は。ははは」

「はふはふはふはふ、はぁはぁはぁ」


鈍色の尻尾がナナシの手の動き合わせ、地面を叩く。

叩く。

擦る。


「ははは、は・・・は・・・・・・は・・・・・・」

「はぁはぁはぁ・・・・・・は・・・・・・ふ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


沈黙が二人の間に流れた。
鈍色の尻尾は、魔物除けの結界の一部を見事に消し去ってしまっていた。


ナナシは一度天を仰ぎ見て、ゆっくりと周囲を見渡した。
幾つもの濁った眼球と目が合った。
腹をすかせた魔物たちの群れが、涎をたらしながらナナシ達を見つめていた。


こりゃあ無理だ、とナナシは爽やかに笑いながら、立ち上がった。
流石に二戦連続で魔物の群れを相手取ることは出来ない。
鈍色も理解しているのだろう。耳を伏せ尻尾を丸め、弱気な姿勢を見せている。


「わ、わんっ・・・」

「慌てるな鈍色、大丈夫だ。たった一つだけ策はある。とっておきのやつだ」

「わおー!」

「あんだけ注意したのに結界を潰してくれやがったことのお仕置きは後でするとして」

「!?」

「その策ってのはな・・・・・・」


じり、とナナシは兜を被りながら、歩を進める。
首元のケーブルが延び、兜へと自動接続。ガラスのバイザーに光が灯る。コンディション・イエロー。全力戦闘には、一時間程度の休止が必要だ。
だが、ナナシにはとっておきの策があった。
この策の前には、全力戦闘が不可であることなど、何の問題にもなるまい。


「フフフフ・・・・・・」

「ごくり・・・・・・!」


不敵な笑みを浮かべながら、じりじりとナナシは間合いを詰めていく。
ナナシから放たれる圧力を感じ取ったのだろう。魔物達は牙を向き武器を構え、臨戦態勢に入っていく。
鈍色もハンドアックスを構え、唸り声を上げ始めた。

かかった。ナナシは口端を釣り上た。


「逃げるんだよォォォーーーーッ!」

「わ、ふわー!?」


転進。

鈍色の襟首を引っつかんだナナシは勢い振り返り、脱兎のごとく走り出した。
全力逃走である。
ナナシの右手の先に吊られるように、鈍色は目を白黒とさせながら宙に体を浮かせていた。


後方では、魔物達が気概を削がれ転倒する気配を感じた。
ちらと振り返ると、感じた通り、魔物達は総崩れになっていた。
名付けて、ドリフ・コラップスである。
ナナシは大声を上げて笑った。
この場にクリブスがいたら、「君はすぐに調子に乗る」と小言の一つでも言われただろうか。
だがこの数の魔物達をまともに相手するのは骨だった。
クリブス達と合流するまで、消耗は最低限に抑えなければ。


「ほれ、自分の足でちゃきちゃき走る!」

「わうーっ!?」

「あんな数まともに相手してられるかい!」


文句を言いたそうな鈍色の頭に、「そういえばお仕置きがまだだったな」とゴツンと拳骨を落とし、ナナシは駆ける。
いち早くクリブスと合流せねばならない。
生きて帰ってくるまでが遠足なのだ。
迷宮深部に到達し生還せねば、単位はもらえない。そうなると留年である。それは避けたかった。


クリブスの方は心配せずともいいだろう。あの優秀な兵士が付いているのだから、安心だ。

迷宮が組み換わってしまった後なので、お互いを見つけられる偶然を期待することはできない。
階下に降りる階段を見つけるよう、探索を進めていった方が良いだろう。
恐らく、クリブス達もそうしているはずだ、とナナシは考えた。


ナナシと鈍色はガチャガチャと鎧を揺らしながら、ふわふわと尻尾を揺らしながら、迷宮を駆けて行った。






[9806] 地下4階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:20


「天魔降身! 我が剣に触れるもの万物皆灰塵と成せ! ォオオオオオオッ!!」


アルマ・ハールが両手にそれぞれ握った片手剣と短杖で、魔物の群れをなぎ倒していく。
恵まれた体躯から繰り出される一撃は、フロアボスであるゴーレムの石造りの装甲も、まるでバターのように容易く切り裂いていた。

閃く剣閃には、見る者を惹きつける魅力があった。
柄にもなくこの僕が、感嘆の吐息を漏らす程に。


「全滅、か」

「ハッ、ハアッ、ゼッ、ぐ・・・・・・」


しかしアルマのその肩は激しく上下し、一瞥しただけで消耗していることが見てとれる。


無理もないと思う。
僕の詠唱もまたずして、一人で突撃を繰り返しているのだから、消耗して当然だ。
しかもこれまでの道中、ほぼ全ての戦闘場面をアルマは一人でこなしていたのだ。
まったく、魔術師という存在が何のために居るのか、よく考えて欲しいものだ。

独断行動は自分だけでなく、パーティーのメンバーまで危険にさらすことになるのだから。
苦言を言いたくもなる。


「アルマ、飛ばしすぎだ。ペース配分を考えて、僕の詠唱が終わるまで防戦に徹して」

「すまない、ハンフリィ。その提案は受け入れられない」


アルマは言葉を途中でさえぎり、背を向け歩き始めた。
明らかな拒絶の意。
僕の神経を逆撫でするには十分だった。


「君は・・・!」

「申し訳ないと、心底そう思っている。だが私たちは早くに彼らを見つけ出さねばならない。仲間が、待っているんだ」

「む・・・ぬう!」


アルマも目深にベレー帽を被り直している所、罪悪感は感じているようだ。
溜息を吐くしかなかった。


ナナシと早く合流しなければならないだなんて、そんなこと、僕だって解っていることだ。
それに必死になる理由だって、解っている。

このパーティーの精神的支柱は、ナナシだからだ。
リーダーの僕ではない。
皆が皆、彼を頼りにし、心の支えとしているんだ。


リーダーとしてのカリスマ不足を突き付けられている形だが、それに対して嫉妬だとか、何かを思うことはない。
僕の考える“冒険者のリーダー”にとって必要な資質とは、知識と経験であるのだから。
リーダーの条件とは指導者ではなく、参謀であることを享受できる者だというのが僕の持論だ。
皆をまとめ上げ一つにするのは、副リーダーがすればよい。このパーティーでは、ナナシだ。
そしてナナシはその役割を見事に果たしていた。


アルマだって、それを理解しているのだろう。
兵士という滅私奉公を強いられるジョブであるにも関わらず、その関心はナナシへと向いている。


アルマは生れついた故郷の宗教故に兵士職を選ばざるを得なかっただけで、むしろその精神は騎士に準ずるものだと僕は常々思っていた。
騎士は主を仰ぎ、自身の第2の神とすることで、神である主を守る力を発揮するジョブである。聖騎士ともなれば、その力は図り知れないものとなるだろう。何せ、心底神のために、主のために戦えるのだから。
アルマのナナシに対する感情も、騎士のそれに近いと踏んでいる。
だが、アルマは兵士だ。騎士とは違う。
具体的に忠誠心という形で、信仰を示すことはできない。

つまりアルマは主、ナナシに対し、何も返すことができないのだ。
ナナシの傍に侍っている鈍色を見る視線にも、時折嫉妬の色が混じるのを僕は知っていた。
だからあんなにも必死になっているのだろう。

現に、アルマのパーティーでの役割は剣と魔法の融合である魔法剣を用いての強襲掃討、中衛であり、僕たち後衛の魔術師の詠唱時間を稼ぐ所にあったはずなのに、ナナシとはぐれた今は突撃ばかりを繰り返している。
ナナシや鈍色のような突撃や強襲といった前衛を請負うには、本来相性が悪いはずなのだ。それはアルマとて解っているはず。
しかし焦りが勝り、突撃思考に陥ってしまっているというわけか。


仲間を想う心、と言うにはいささか個人的すぎる感情だろうが、人の心配をするあまり自分への配慮が疎かになっている。そんなところだろう。
なるほどなるほど、大いに結構。
素晴らしいじゃあないか。それだけパーティメンバーのことを考えられるんだ。
リーダーとしてこれほど喜ばしいことはない。
だが、しかし。


「止まれ、アルマ」

「・・・・・・っ! 何の用だ! 早く行かねば、ナナシ様達が!」

「黙って話を聞きたまえ。これは“命令”だ、兵士アルマ=F=ハールよ。命令なんだ。解るな?」


僕にもリーダーの矜持はある。
強い口調でアルマへと命を下した。話を聞け、と。


兵士の加護神『神兵アルタナ』の課した誓約により、兵士は上官の絶対命令に逆らってしまえば、レベルが10以上低下するという特性があった。
学生でしかなく正規兵でもないアルマにとって、10ものレベルというのは大きすぎる痛手だろう。
卑怯な手だが、これでアルマは話を聞かずにはいられない。


「ぐっ・・・!」

「アルマ、君の焦りは解っているつもりだ。きっと僕も同じ気持ちなのだから」

「ならば!」

「だがしかし、しかしだ! 僕たちはパーティーなんだ! たった二人しかいなくても、それに変わりはない。僕の“指示”にはしたがってもらおう!」

「・・・それは命令か?」

「言っただろう、指示だと」

「・・・・・・それは」

「僕たちはパーティーなんだ。リーダーが判断を下し、君たちは従う。そこに例外を挟んでしまったら、一体なんのためのパーティーだと言うんだ。
 僕たちは仲間なんじゃないのか?」

「・・・・・・」

「僕を信じてくれないか。僕の判断は正しいのだ、と。君が僕たちを仲間だと思ってくれているのなら、頼む」

「・・・・・・その言い方はずるい。それでは、止まらざるを得ないじゃないか」


ようやっとアルマは僕へと向き合ってくれた。
冷静になれたようだ。
ナナシ達を見つけ出す前に、僕らがやられてしまっては元も子もないということに、気づいてくれたか。


安堵と疲れで大きく息を吐く。
なるほどナナシは日々こんな苦労をしていたわけだ。
やはり僕には参謀が肌にあっているみたいだ。

『リーダー』なんて絶対にごめんだね。


「それで私はどうしたらいい? 指示をくれ、“リーダー”」

「・・・ああ、そうだね。まずは戦闘面での話だ。僕が詠唱している間、君には――――――」


アルマへの指示は簡単なものだった。
不必要な戦いは避け、戦闘時も無謀な突撃はしないこと。
僕の詠唱に合わせ、攻撃と防御を使い分けること。
それだけだ。


たったそれだけで、アルマの動きは大きく変わった。
二人パーティーであるにしては、効率的に魔物を倒していくことが出来るようになったのだ。
いや、あるべき役割があるべき場所に戻っただけだ。この結果は本来当然のものと言えた。

僕の魔法、『付与魔法(エンチャント)』とアルマの魔法剣が合わされば、この階層で敵わないほどレベルの高い魔物など、居はしなかった。

そしてアルマには切り札だってある。


「――――――天魔降身!」


アルマのベレー帽が、“内側から伸びた角”に押し上げられ地に落ちた。
くぐもった声を上げ、アルマは『変身』を始める。

アッシュブロンドのウィンドボブは濃紺へと髪色を変え、その長さも腰の中ほどにまで伸びていく。
腰からは、細長い龍の尻尾が飛び出した。
肌は薄黒い青に染まっていく。
黒濁った双眸からは、金色の光彩が輝きを放っていた。

アルマの容姿を知る人物に、これがアルマだと言っても誰も信じまい。
だが、これこそがアルマの真の姿だった。

数瞬後、その場に立っていたのは常のアルマではない。
この世でもっとも邪神に近い種族、魔人種の姿がそこにあった。

アルマは純人種と魔人種のハーフだった。
身に流す魔力量の切り替えにより、体組織をより魔人へ相応しいものに組み換え変身することで、戦闘力を爆発的に飛躍させる。
それがアルマの切り札だった。


だがそれは、僕たちパーティーメンバーにしか見せない姿だ。
アルマが兵士と為らざるを得なかったのは、単に身に流れる血の問題、人種差別によるものなのだから。


さもあらん、そう思ってしまう。
亜人種は、その容姿に流れる血が色濃く反映してしまうのだ。

例えば僕だってそうだ。
父方の先祖の血が濃かった僕は、ナナシ曰くの「鳥頭」だ。
腹違いの兄妹達は、どちらかと言えば人間に近い外見をしていた。
背中に生えた羽を見なければ、純人種と見間違えるくらいだ。

鈍色もそう。
彼女の場合、外見は大きく人族と異なることはなかったが、その声帯は犬狼族のものとほとんど変わらず生れてきたらしい。
彼女が人語を話さないのは癖でも何でもなく、発声という行為が出来ないからなのだ。


1000年前の大戦以降、人種の隔たりがほとんど消え去ったはいいが、このようなある種遺伝病のような事例は事欠かないようになっていた。
しかし取り立てて大きな問題とはなっていない。
別段それは普通のことだからだ。・・・・・・ナナシは首を傾げていたけれど。


だがアルマの場合は少し具合が違った。
アルマの容姿は、魔人種の中でも特別なものだった。
黒金の眼、青い肌、龍の尾、そして黒ヤギの角。
それは、伝説に残る邪神の姿。
神魔大戦の折、幾つもの加護神を屠り世界を滅亡の一歩手前にまで追い込んだ、最強最悪の邪神の姿だったのだ。

・・・・・・なるほど。
これでは、生きていることさえ認められまい。


アルマに対し同情が湧くが、僕から何かを言うことはない。
考えを割かなければならないのはそんなことではないのだ。パーティーメンバーのケアはナナシに任せたらいいのだし。
それに今は、戦う時だ。


「精霊達よ、我が声に集いし凍てつく氷の刃と為れ! コンジール・カバーエッジ!」


アルマの変身に合わせ、僕も詠唱を行う。
大型の火トカゲが多くいたことから、氷雪効果付与呪文を選択。発動させた。


すぐにアルマの持つ片手剣が凍てつき、極寒の冷気を発し始める。
アルマは短杖を一振りし魔力刃を発生させると、青白い輝きを放ち始めた片手剣と共に、身体の前で十字に重ねるよう構えた。
剣と魔法刃による二刀流がアルマの戦闘スタイルだった。


「行くんだ、アルマ! 後ろは任せろ!」

「了解した!」


頷き、敵陣へと切り込んでいくアルマ。
今度はやみくもに突っ込んでいくのではなく、僕の魔法による援護を見越した体捌きを心がけている。
ほどよく敵を残すその戦い方は、アルマ自身にとっても負担は軽減されるだろう。
なまじ単体で全滅させてしまえるのだから歯がゆく感じるのかもしれないが、長期に渡る迷宮探索ではペース配分というものが最も重要になってくる。
こんな雑魚たちに全力を出す必要なんてないのだ。

そうして見る間の内に、魔物の群れは数を減らしていった。


「ふむ。こんなものかな」

「・・・・・・早い」

「当然だよ」


魔物の唸り声も止んだころ、周囲を見渡しながら肩をすくめた。
アルマは十分に余力を残しているというのに、一人で全力で戦っていたよりも数段早く片がついたことに驚きの表情を見せている。

何を馬鹿なことを、と思う。当然のことだ。
一人は皆の為に、皆は一人の為に。
たった二人しかいなくとも、1+1が3にも4にもなるのがパーティーなのだから。
それが、僕がナナシから教わったことだ。


それを伝えると、アルマは神妙な顔をしてなるほど、と頷いた。
・・・・・・ナナシフリークここに極まれり。
いつか誰かに「ナナシが言ったから―――」と詐欺に会うんじゃないかと心配だ。
僕に従ってくれるのも、ナナシの影響が大きいからだろうから複雑だ。


「さあ、探索(ディグ)を続けよう」

「了解した。しかし、やはり見つからなかったな・・・」

「組み換えが終わってすぐだからね。でも気にすることはない。彼らは無事さ」

「何故そう言い切れる?」

「彼が僕らのパーティーの副リーダーだからだよ」

「信じて、いるんだな」


アルマの言葉に肩をすくめることで返答する。
ナナシも、一癖も二癖もあるこのパーティーのまとめ役を負っているのだから、並みの人間ではあるまいに。
つまはじき共を集めたF組に所属している時点で、僕たちも同じようなものか。


そうして二人で周囲を警戒しつつ、歩を進めていく。
しかし直ぐに僕たちは異変に顔を顰めることとなった。


「・・・・・・血の、においがする」

「・・・・・・これだけ濃い血の匂いだ。一人や二人どころじゃないぞ」


異臭がする。
それは、冒険者にとっては嗅ぎ慣れた匂いだった。
即ち、血臭。死の臭いである。


「この先の部屋からだ・・・。アルマ、頼めるか?」

「了解。アルマ=F=ハール、先行する」


アルマの後ろに続き、小部屋に突入する。

最初に目に入ったのは、食い散らかされた生徒達の死体。
次に、青く輝くポータルが。

ああ、ここは最深部だったのか、と上手く回らない頭が答えを弾き出す。

この遠足は一応学業の一環であったため、この迷宮についての基本的情報も与えられていた。
例えばこの迷宮はポータル型の迷宮である、ということ。
ポータルとは転送装置のことだ。すぐ傍に鎮座しているポータルを起動させれば、そのまま一直線に地上に転送される仕組みとなっていた。
階段型の迷宮は必然往復をしなければならないため、今年の4年生は運がいいな、と喜びもした。


「馬鹿な・・・・・・」


唖然と紡がれた言葉が、自分のものであるということに、しばらく気づくことは出来なかった。
アルマも呆然として、“それ”の“食事風景”を眺めている。

現実逃避をするのは止めよう。

それを注意深く観察する。

獅子の頭。
鬣の変わりに生えている蛇の頭。
猛禽類の上半身に、爬虫類のような下半身。
翼はコウモリの羽。

僕たちの目の前では混成獣『キマイラ』が、咀嚼音を響かせながら、生徒達のハラワタに頭を突っ込んでいた。

学生用の迷宮にキマイラが居るなど、まるで信じられなかった。
魔物の中でも上位に数えられるキマイラ。
いくら神の加護があるとはいえ、自然にそのような生物は産まれてはこない。
キマイラが此処にいるということは、人為的な、あるいは神為的な手が入ったに違いなかった。

何のためにかは解らない。
恐らくは、これも試験の一環なのだろう。
そう思いたかった。

ふ、と咀嚼音が止み、キマイラが此方を見上げる。

その瞬間、言い表せない悪寒が体中を這い回った。


「・・・・・・天魔、降身」


静かにアルマが変身を始める。
アルマも僕と同じ感覚を、この瞬間にも味わっていることだろう。
唯でさえ青い顔を、さらに真っ青に染めていた。

キマイラが、口蓋を開ける。

――――――咆哮。

身体が竦み上がり、動きが制限される。
鈍色のハウリングボイスと同じスキルだと判断する。
ハウリングボイスは、対象が自身に恐れを感じている場合、その効果を増大させる特性を持っていた。

つまりは、僕たちを襲ったこの感覚の正体は、恐怖だということか。


「――――――ナナシ」


知らず口をついたのは、ナナシの名。
彼の名を呼んで、何になるというのだろうか。
謝罪の言葉でも述べようと思ったのだろうか。

――――――何に対しての? 

決まっている。
彼らを置いて、“リタイア”してしまうことに対しての、だ。
願うことならば、ナナシ達には今すぐにこの迷宮を脱出してほしかった。

だがそれも叶うまい。
きっとナナシ達も自分と同じく迷宮探索を続け、この場に辿りついてしまうだろうから。

キマイラが猛烈な勢いで突進を仕掛けて来た。

僕にはそれが、明確な死の具現に見えて、仕方がなかった。













[9806] 地下4.5階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:21


ナナシがそこに辿り着いた時には、もう“狩り”は終わっていた。
数年前までのナナシであったならば、その光景に衝撃を覚え立ち尽くしていたことだろう。
辺りには、指や、眼球や、人間の―――人間だったパーツが、そこいら中に喰い散らかされていたのだから。

嗅ぎ慣れた血の臭いを鼻孔に感じながら、最終フロアに到着する間鈍色が激しく反応していたことをナナシは思い出す。

犬狼族の血を引く鈍色は、外観に現れている犬耳や尻尾はもちろんだが、現れていない部分にも犬狼族の特徴が色濃く出現していた。
解りやすいものを挙げると、人語の発生が出来ないその声帯や強靭な筋繊維であるが、もちろんそれだけではない。
純粋な犬狼族に比べれば遠く及ばないが、鈍色の嗅神経は人間のおおよそ数倍以上もあった。
その鈍色の優れた嗅覚センサーに、何かが反応したらしい。
可愛らしい小さな鼻をひくつかせた鈍色は、顔色を青ざめさせたかと思うとナナシを押し留めようとし始めたのだ。

慌てたのはナナシだった。
急に引き返そうとする鈍色に訳を尋ねるも、首を振るばかり。
付き合いは長いと言えども、正直なところナナシには鈍色の言わんとしている所が全て理解しているわけではなかった。
発語のない相手だ。感情豊かな尻尾や表情を見て、推察しているだけにすぎない。
今回も、鈍色が何かに怯えている、ということしか解らなかった。

作成し直したマッピングからして、未探索部分はこちらの方角しかないのだから進まないわけにはいかないのだ。
だが鈍色はといえば、両手を引き腰を落とそうとまでしている。
いやがおうにも行かなければならないというのに、まるで駄々っ子のような態度だ。ナナシには鈍色がここまで嫌がる理由がまるで解らなかった。
涙を浮かべながら、なおも手を引く鈍色を無視する形でナナシは進んだ。

・・・・・・そして、理解した。

鈍色が強靭な握力を持ってして、繋いだ手を圧迫する。籠手がみしりと音をたて軋んだ。
痛みを感じながら、それでもナナシが鈍色の手を離さなかったのは、その小さな手がぶるぶると震えていたから。
眼の焦点は合わず、歯の根は合わず薄い唇から不協和音を奏でているし、膝など笑いっぱなし。
防御スパッツを濡らす染みは、強化型学園指定スカートにまで広がっている始末。
鈍色は恐怖に囚われていた。

だが怯える鈍色を気遣う余裕など、ナナシにはなかった。
視線の先に、化物に“まるかじり”されているクリブスを見つけてしまったのだから。


「何・・・やってんだテメエエエエエエッ!」


激情に任せ飛び出したのは、短慮だった、と言う他ない。


「わううーっ!」


化け物へと向かい跳んだナナシへと、鈍色は振り払われた手をそのまま縋るように伸ばす。
この場で一番冷静だったのは鈍色だろう。
彼我の実力差を察知し、鈍色はずっとナナシへと逃走を促していたのだ。
血の臭いだけでなく敵の力量さえも嗅ぎ取ったのは、犬狼族の血がなせる業―――所謂野生の勘であったのだろうが、そのセンサーの正確さをナナシは知っていたはずだった。
知っていたのならば、ナナシはもっと真摯に鈍色を気遣うべきだったのだ。
仲間と早く合流しなければならないとの焦りが、ナナシから余裕を奪っていたのかもしれない。
だが、鈍色の意を理解したからといって、引き返すことが出来るわけもなかったことも事実。
結局は、早いか遅いかの違いがあるだけだった。
こうして鈍色の恐怖、その実体を我が身に突き付けられることになることが。


「ヌゥウォオオオオオ――――――オ、おおッ!?」


飛びかかるナナシに、詰まらなさそうに化け物は視線を向けた。


――――――こいつッ!?


瞬間、ナナシに浮かんだのは屈辱。
化け物はナナシを見て、溜息を吐いたのだ。
まるで取るに足らない小物を見るような、そんな目で。

鬱陶しげにこちらへ向く化け物の姿は、おおよそ自然には存在し得ない姿をしていた。
獅子の頭、蛇のタテガミ、猛禽類の上半身に爬虫類の下半身、そしてコウモリの羽。
化け物の名は、混成獣『キマイラ』。
いかにこの世界が神の影響下にあり、地球に比べ多様な生態系を誇っているとしても、人の手によって造られたとしか考えられない醜い化け物の姿だった。

右の腕にかぶりつかれたままのクリブスが、そのままぞんざいに放り出される。
牙に引っ掛かっていた右腕が引き千切れる瞬間を、ナナシは見た。


「こぉのやろおおおおおお!」

『Blast‐off』

「ィィイグニッッショォォンッッ!!」


右腕チャンバー内に魔力が装填され、三本の杭が出現。音声入力により、即時射出される。
圧搾空気によって打ち出されたのは、左拳『フィスト・バンカー』。
新米冒険者程度の実力しかない学生向けの迷宮に住まう魔物では、避けられるはずもない業である。
ナナシの機関鎧は、推定レベルにして20台後半から30台前半のポテンシャルを保持している。
平均レベルが20にも満たない程度の迷宮では、いかに迷宮の主といえど、仕留めることは出来ずとも大ダメージを与えることは必至。
加速が加えられた拳撃は、キマイラの顎を粉砕する――――――はずだった。


「な、あッ――――――!?」


だが、実際はどうだ。
実に呆気ない交差ではないか。

必倒の一撃は、蠢く蛇のタテガミに絡め取られてしまっている。
キマイラがふいと首を傾げた。
ただそれだけで、ナナシの拳は空を切る。
“釣られた”のだ。
そう理解した時にはもう遅い。
残ったのは、がら空きになった胴体のみ。


「――――――ガ、ァッ!」


死に体を曝していた身体に、前足の一撃。
キマイラは正に羽虫にそうするように、ナナシを地へと叩き落とした。


「ギィッ、ア、アッ、アアアア――――――!」


踏み付けたまま、じわじわとした圧迫を掛けていく。
胸部装甲が軋み、歪み、装甲板に挟まれた肋骨がゆっくりと折れていく音を、ナナシは聞いた。
壊れたラジオのノイズのように、断続的な絶叫が喉から飛び出す。これが自分の声だとはまるで信じられなかった。
自分が一瞬で敗北したなどと、信じたくはなかった。

活路を見出そうと視線を巡らせれば、目に映ったのは投げ出されたクリブス、そして何本もの巨大な針で壁に縫い付けられたアルマだった。
未だに血を滴らせているアルマの足元に、偶然クリブスが転がっていったのか。
自身の流血とアルマの血とが混ざり、クリブスの姿は酷いものだった。
幸いアルマは胸が上下していることから生きている事は解るが、しかし予断は許されないだろう。

ここでも周囲の確認を怠ったことを、ナナシは後悔する。
天魔族の末席に数えられるアルマは、その特殊な生まれと身体特徴から、爆発的な魔力を身に宿していた。
アルマはナナシ達パーティーメンバーの中で、一番の実力者だったのだ。
そのアルマが仕留められるとは。そんな手合いに策なしで突っ込んで行っても、自分程度が敵うはずがないではないか。

何とか拘束から抜け出そうと魔力噴射を試すも、虚しく“杭”が上下するのみ。
力を込めれば込めるほど、胸に掛けられる圧力が増していく。また、肋骨が圧し折れる音がした。
バイザー下に警告が表示される。バッテリーの残量が見る間に減り、通常行動にまで影響を及ぼしかねない領域に達したとレッドアラート。
抵抗は全く意味をなしてはいない。


『魔力喰い』か――――――!


ナナシの知識内に該当するスキル、『魔力食い』。
空気中に放出された魔力を吸収するスキルだが、強力なものとなると物理現象―――魔術にまで変換させられた魔力をも体表で分解、還元し、吸収してしまうという。
魔術師にとっては天敵とさえ言われるスキルだ。
クリブスが見たところ一方的に嬲られていたのは、このスキルのためか。

アルマにも同じことが言えるだろう。
アルマが誇る高い戦闘能力の正体は、全身からの魔力噴射にある。
ナナシのフィスト・バンカーを、ノーリスクにて全身で行えるということだ。
しかし、クリブスの魔術を分解吸収するほどの高レベル『魔力食い』ともなれば、とことん相性が悪かったはず。

アルマは高機動によって敵を翻弄し一撃を叩きこむ、一撃離脱の戦法を得意としていた。
ナナシや鈍色のように根っからの前衛ではないアルマは、元来打たれ弱いのだ。
その結果が磔にされた、あの姿というわけか。


「グウウゥッ・・・・・・」


肺から空気が絞り出され、意図せず呻き声が漏れ出た。
しゅう、と顔面に腐臭のするキマイラの吐息を感じる。しかしキマイラは、ナナシを見てはいなかった。

こうしてナナシを一思いに殺さずいたぶっているのは、見せ付けるためだろう。
つまり、キマイラは“人質”を捕ったのだ。
手出しをさせないための人質ではない。これは、捕らえた者を痛めつけることで救出者を誘う、言わば“友釣り”だ。

キマイラは解っているのだ。
こうすれば、人間達は自ら自分の胃袋の中に飛び込んでくるということを。
造られたが故の、恐ろしく、おぞましい意味で計算高い知能であった。

キマイラは、醜い欲望が込められた視線で鈍色を舐めるように見回した。


「う、うううーっ!」


鈍色が唸り声を上げる。
ぐ、と沈み込み臨戦態勢を執るも、恐怖に歪んだ顔は隠せない。
膝ががくがくと揺れていた。今にも逃げ出してしまいたいのだろう。
唇を噛みしめ、恐怖に耐えている。
ぷつりと噛み切られた唇から、一筋の血が流れた。
わんっ、と一声鳴いたのは、恐怖を吐き出すためなのか。


「駄目だ! 逃げろぉッ、鈍色ォーッ!」


激痛を堪え、ナナシは叫んだ。
あれだけ怯えていたのだから、直に鈍色は引くものだと思っていた。
だが鈍色には【にげる】などというコマンドは存在しなかった。
ナナシが、そこにいるのだから。

自身よりも大事な者を残し、何故去れると言うのか。
鈍色の胸に炎が宿る。
それを知らぬは、ナナシのみ。


「ぅぅうおおーーーーんっ!!」


――――――咆哮。
鈍色の下腹に力が籠り、丹田より全身に『氣』が巡る。
『氣』とは、膂力強化系のスキルだ。単純なスキルであるが、効果は絶大。鈍色の強靭な膂力はさらに強化され、今や鉄すらも軽々と引き裂ける程だろう。
いける、と鈍色は確信した。

いける。
自分には出来る。
あいつを倒せる。
大切な人を守れる。
あの人を助けるんだ―――!

自身に言い聞かせるよう、胸の内で唱える。


「ぐるるぅ・・・がああああッ!」


そして、跳躍。
『氣』によって生み出された膂力が『勁』へと転じ、振りかぶる爪に爆発的な力が込められる。
『勁』とは呼吸や重身移動、身体運用など、ある動作に必要な要素全てを絶妙なバランスで融合させ、爆発的な攻撃力を得るスキルだ。
このスキルは技術に依存するものであり、『氣』と違い魔術的な要素を一切含んではいない。『勁』のように本当の意味でのスキル、積み重ねによって身に着いた技術も、広義にスキルとして分類されている。

鈍色はナナシの戦う姿を、誰よりも一番近くで見ていた。見続けていた。
スキル『無名戦術』、その一端を見よう見まねで会得したとしても何らおかしくはないだろう。
鈍色に限ってはナナシの一挙手一投足を、見逃すはずがないのだから。

そうしてナナシから写し取った拳を振るう動作を、自身に合わせ最適化させ、『発剄』にまで至ったのだ。
ナナシの拳とまるで鏡写しのその構えは、しかし威力だけを見れば、ナナシの一撃を優に超えることは間違いがない。
鈍色の才は、ついにオリジナルであるナナシを超えていたのである。
ナナシは未だその領域にまで至ってはいない事を鑑みれば、恐るべき才能であった。


「ぐぅおおおおッ!」


揃えられた指先が空気の壁をぶち破り、破裂音を轟かせる。
その時になって初めて鈍色とキマイラの視線が衝突した。

先ほどまでとはうって変わり、興味深そうにこちらを観察する何十もの目。
ぞくり、と鈍色の背筋が粟立った。

どうやらキマイラの眼鏡に適ってしまったようだ、と理解したのはその視線に食欲ではない別の色が見えたから。
キマイラの目は、獣欲に濡れていた。

一瞬、悲惨な未来を想像し自失しかけた鈍色だったが、指先に感じる力強い空気の感触が彼女を正気へと引き戻した。
・・・・・・しかし、そう“思った”時すでに隙があったのかもしれない。
なぜならば、迷宮における戦闘というものはある種の読み合いであるからだ。
殺す、と心の中で思ったなら、その時すでに行動は終わっていなければならない。そういうことだ。


「が・・・ううっ!?」


指先で切り裂いた空気の壁。
その何倍もの厚さを持った空気の“津波”が鈍色を打つ。
全身の筋肉が硬直し、込められた勁が霧散していった。

化け物が、咆哮を浴びせ掛けたのだ。
『ハウリング・ボイス』だ、と気付いた時には手遅れだった。
急に精彩を欠き失速した鈍色は、キマイラの懐へと、まるで待ちわびた恋人に抱きつくかのように飛び込んだ。
キマイラもそんな鈍色を、蠢くタテガミで優しく受け止める。ひっ、と鈍色の短い悲鳴が上がるのが聞こえた。醜悪な抱擁だった。
勢い以外は、先のナナシとの交錯と全く同じ。
違いはといえば、そこに愛があるか無いかだけだ。一方的が過ぎる愛ではあったが。

タテガミに絡め取られもがく鈍色へと、何匹かの蛇が噛みついていく。
激しく暴れていた手足が糸を切ったかのように、だらり、と脱力した。
満足気なキマイラの唸りに、ナナシは怒りで目の前が真っ赤になった。
それら全てが、ナナシの頭上で行われたのだ。


「・・・・・・左腕、開放」


腹の底から静かに発せられる、熱せられた鉛のような声。
バキン、バキン、と拘束ボルトが音を立て、半ばから圧し折れる。
広げられた装甲の隙間から現れたのは、一本の巨大な杭であった。


『アラート。当武装はマスターの身体に多大な影響を―――』

「黙れ。言う通りにしろ」

『――――――左腕、封印解除』


封印が施されるということは、それだけの理由があるということ。
左腕に内蔵されている武装は、ただ敵の粉砕のみを目的としていた。
装着者への影響を完全に無視して、である。
機関鎧の機構は装着者の限界を超え、標的と共に装着者の左腕をも粉砕するだろう。

だが、それでも構わないとナナシは思った。
砕けるならば砕けるがいい。
あの時から何も変わらない、こんな役立たずの『ナナシ・ナナシノ』など、壊れ果ててしまえばいいのだ。
機関鎧よ、左腕だけといわずこの身全て持って行け。

その代り、この子を助けるだけの力は寄こしてもらうぞ――――――!


『システム【Pao-Xiao-Dragon】を起動します。・・・・・・起動完了。
 魔力ライン、全段直結。
 姿勢制御軸、各部ジョイント、ロック――――――』


そっと、胸を押さえつける前足に拳を添える。
チャンバー内にて加圧させられた魔力が、“巨大な一本の杭”を圧し出す。
異常な魔力のうねりを感じたキマイラは、ここに来てようやくナナシへと視線を落とした。


『Go ahead and go barking』

「喰らえよ化け物・・・・・・!」


今更気付いたところで遅いのだ、と起死回生の一撃にナナシは獰猛な笑みを浮かべる。
このまま自分の左腕は千切れて飛ぶだろうが、それは相手も同じこと。
初めから覚悟していた分、自分にこそアドバンテージがあるのは道理。
数瞬後に襲い来るであろう激痛を覚悟しつつ、ナナシは仮想トリガを引き絞る。


「メテお――――――!?」


しかしナナシの身を救ったのは、皮肉にもキマイラの一撃だった。
キマイラにしてみれば、いつまでも鬱陶しく悪あがきする獲物を踏み付けただけなのだろう。
だが、たったそれだけでナナシは行動不能に陥った。

踏み付けられた箇所が頭部であり、狙いを付けるために首をもたげていたのが悪かった。
固い石畳と鉄兜の間で激しく頭部が打ちつけられ、脳が揺れる。


「ちきしょ・・・ぎゃッ! あ、がッ・・・ぐ・・・うぁッ!」


喘ぐも、折られた肋骨では満足に酸素を取り込めない。
ガツンガツンと踏みにじられる度に、酸欠と衝撃で意識が濁っていくのを感じた。
鈍色を助けねばと、自身を犠牲にしてまでもと、あれだけ固かった決意までも濁流に呑まれていくように消えていく。

もう興味はないと、キマイラに投げ出された頃には記憶までもが混濁していた。
自分が誰なのか、ここがどこなのかすらも解らない。


「くそおおおおお・・・くっそおおおおお・・・・・・」


閉じていく視界の中、胸の内に残ったのは無念のみ。
ただ悔しく、涙がにじむ。
もう何度目かも解らない無力感を噛みしめながら、ナナシは意識を手放した。













[9806] 地下5階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:21


朦朧とする意識の中、青年はふと疑問を抱いた。
はて、自分は何故ここにいるのだろう。視界に写るのは、一面の赤。まるでペンキをぶちまけたかのような有様であり、赤い水たまりの中心に自分は沈んでいた。
それが血だと解ったのは、鼻を突くむせかえるような臭いからだ。胸が詰まり、吐き気がする。しかし同時に、嫌に嗅ぎ慣れた臭いだな、とも思った。そんなこと、あるはずもないのに。
今どのような状況に置かれているのか。周囲を見渡そうにも、身体はまるで鉛のように固まり、指一本動かせない始末。
いよいよもって訳がわからない。自分は何故、血の池に沈んでいるのだろうか。
確か、コンビニで弁当を買って、下宿先に帰ろうとしていたはずだが。


「・・・ぃ・・・ん・・・・・・」

「え――――――?」

「ななしさま・・・・・・けませ・・・・・・」


声が聞こえた。
か細く、今にも消えてしまいそうな声で、誰かを呼んでいる。かろうじて聞こえる声から察するに、声の主が読んでいる人物の名が「ななし」というのだけは解った。
それ以外は意味のない音の羅列だ。


いけませんいけません行ってはいけません戦ってはいけません死んでしまいます死んではいけません死んではいけません――――――


壊れたラジオのように「ななし」に向けてのメッセージを発し続ける、声。
「ななし」と呟かれる度に、青年は恐怖を感じた。まるで、自分が自分でなくなってしまうような不安が。広いこの世界の中たった一人きりで放り出されてしまったような孤独感が。あるいは、果たさねばならない責務を果たすことのできない苦しさが。
胸の内に飛来する。

恐怖と焦りを原動力に、青年は震えながら首を持ち上げた。
血の混じった脂汗が、額からぼたぼたと落ちる。たったそれだけの行為で全力を絞らねばならなかった。
顎先を流れ落ちる赤い汗を見て、青年は気づく。そうか、この血溜まりは自分の身体から流れた血で作られたのか。なるほどそれならば合点がいく。
血の抜け切った手足は冷たく、身体は鉛のように重く、思考は錆ついたように鈍いのだから。
自分が誰だったかも、まるで考え付かない。

頭ひとつ分高くなった視点で周りをぐるりと見渡してみれば、目に入るのはまたもや赤一色。血の池だった。
その血溜まりに沈むように、右手が、左足が、頭が、目玉が、幾人かの人間のパーツが転がっている。やはり、見慣れた光景だとしか思えなかった。なぜ自分はこんな惨劇を見慣れていると思ってしまったのか、それも解らなかった。


次に目に入ったのは、何本もの針に串刺しにされた人間だ。
いや、あれは本当に人間だろうか。肌の色は青く、半ばから折れた角を頭から生やしている。腰からは何のものかはわからない尻尾が、力なく垂れ下がっていた。
光を失った金色の瞳が虚空を見つめている。濁った目をしているのだから、もう何も見えてはいないのだろう。薄く開かれた口からは、延々と呪詛のように「ななし」に向けた言葉が紡がれている。声の主はこの人物だった。
悪魔のような風体のこの人物は、体中から長い針を何本も生やし、まるでハリネズミのようになっている。針を伝って流れる血は収まりつつあったが、それはこの人物の体内に流れ落ちるほどの血液がほとんど残ってはいないことを表していた。
壁に縫い付けられ奇怪なオブジェと化してもなお、「ななし」を呼び続けている。意識はもはや無いのだろう。消えかかった意識の中、自動的に声を発しているだけだ。

見るに堪えず視線を下せば、その足元には鳥頭の男が倒れ伏していた。
針から滴り落ちる血を受けるように横たわる鳥頭は、豪奢な羽の片方がもがれ、片腕となっていた。傷跡から、無理やり引きちぎられたことが解る。鳥頭も傷の断面から噴き出す血は、下方に収まりつつあった。血が体内に残り少なくなってきているからだ。こちらも危険な状態だった。
鳥頭は二人分の血だまりの中、こちらに向かって無念そうに手を伸ばし倒れていた。
這って進もうとでもしたのか、血が地面と擦れた跡が続いている。しかし途中で力尽きたのだろうか、その手は砂を握りしめていた。
青年には鳥頭の心情が、なぜか理解できた。
鳥頭は自分に向かって救いを求め手を伸ばしたのではない。その逆だ。何とかして自分をここから逃がそうと、必死になって這ってきたのだ。


青年は無性に泣きたくなった。
「ななし」に彼らの言葉は届くまい。
何故ならば、「ななし」は迷宮に挑み続けることを決めてしまった男であるからだ。青年はそれを“知っていた”。
例え仲間が力尽きたとしても、自らが倒れるまで、歩みを止めることはない。
「ななし」が迷宮に潜ることを諦めるのは死ぬときだけだと、青年は言い切ることが出来た。これも、何故そう言えてしまうのかは解らなかった。


最後に視界に飛び込んできたのは、化け物の姿だった。
獅子の頭、蛇のタテガミ、猛禽類の上半身に爬虫類の下半身、そしてコウモリの羽。
おおよそ自然界には絶対に存在しないだろう、人の手によって造られた醜い化け物の姿だった。
化け物は口元からぴちゃぴちゃと粘着質な音をたて、何かを一心不乱に舐め上げている。

少女だ。
化け物の尻尾でもって、片足を逆さ吊りにされた少女がいた。
頭から突き出た対の獣耳に、今は弛緩して垂れ下がっている尻尾。少女もまた、人間とは違った容姿をしていた。だが青年は、またもや何故かその少女に見覚えがあった。
少女の下半身を守る薄布は引き裂かれ、本来少女の未来の恋人のみにしか見ることは許されなかったであろう部分が露出してしまっていた。片足のみで吊られているのだから、その部位は大きく開かれ、余計に強調されている格好だ。
しかし青年はその光景に興奮を覚えることはなかった。青年が抱いた感情は、むしろその真逆に位置するものだった。
嫌悪である。それが、あまりにも醜悪な光景にしか見えなかった。
なにせ、化け物が少女の股ぐらに顔をつっこみ、そこを丹念に舐め上げているのだから。
青年には化け物何をせんとしているのか、考えたくもなかったが、想像がついた。恐らくは“まぐわう”ための下準備だろう。化け物は、少女を自らの種を残すための母体にしようとしているのだ。
化け物に自身の中心を舐め上げられてなお、身体中の力が抜け弛緩しきった少女は反応を返さない。
周りの“残飯”に比べ、少女の身体には目立った外傷もないことから、毒を喰らった可能性がある。少女を傷つけずに気絶させられるほど化け物は器用そうでもなかったし、あのタテガミとなっている蛇達は、確か神経毒を持つ種類の蛇だったはず。


どちらにしろ、この場に居る全員が全員、直にでも治療が必要な程に危険な状態であることには変わりなかった。
自分を含め三人は血を流しすぎているし、少女だって化け物が五体満足無事なままにしておく保障もない。極端な話、胴体と頭さえ残しておけば、子を為すことはできるのだから。
むしろ繁殖が目的ならば、そちらの方が都合がいいだろう。


「あ――――――うぅ」


少女の口から、苦悶の呻きが漏れる。
依然として意識が戻ってはいないものの、その顔は苦痛にゆがんでいた。きっと悪夢でも見ているに違いない。青年は少女を哀れに思った。

だが、少女を哀れに思ったとしても、自分はどうすることもできない。
立ち上がることさえできない様では、少女を救うことなど出来はしない。
青年にはそれが、歯噛みするほどに悔しかった。
そして理解した。自分は悪魔のような風体の人物と鳥頭がやられているのを見て激高し、あの化け物と戦い、そして負けてしまったのだと。


鈍った頭で現状を把握し終えた青年の胸に湧き上がった感情は、怒りだった。
化け物に対する、そして自分に対する怒りだ。
化け物に向けた憎悪と同じくらいに、青年は自分を殴り殺してやりたくなった。
弱い、あまりにも弱い。こんな所で倒れている無能な自分が、まったく我慢ならなかった。

何故自分には、力がないのか。

処理しきれない憤りが暴れるが、それでも立ち上がることは出来なかった。気合でどうこうとなるには、青年の身体はダメージを受けすぎていたのだ。青年は、常人ならば既に死んでいておかしくはないくらいの傷を受けていた。
先の咬合で、肺に一撃。太刀のようにするどい尾が、胸を貫いていたのである。青年がかろうじて生きているのは、『鎧』による生命維持装置の働きに依るものでしかなかった。
青年がやられ、そして冷静さを欠いた少女は、化け物に至極あっさりと捕縛されてしまったのである。
少女が犯されんとしているのは、自分のせいだと青年は思った。


何とかして少女を助けてやりたいと、青年はあがく。
血(ガソリン)が抜けた身体は冷たく、心臓(エンジン)の鼓動は弱く、関節(ギア)は砕けて動かない。無様に蠢きながら、それでも青年は諦めなかった。
そして、どうにか立ち上がろうと試行錯誤していた甲斐あってか、左腕がぎこちなく持ち上がった。

鎧に包まれた無骨な左腕。
右腕とは違い、左腕には厳重な封印処理が施された。細い鉄板が何枚もボルトで打ちつけられ、拘束具と化している。
拘束の理由は、リミッターである。左腕が持つ機能は青年では使いこなすことが出来ないからだ。ひとたび放てば最後、物理的に青年の拳は「ロケットパンチ」と化す。よって容易に使用出来ぬよう、封印が施されていた。
だがそれも言い訳だな、と青年は自嘲した。
左を当てることが出来たのなら、間違いなく一撃の下にあの化け物を屠ることは出来ただろう。だが、結果として自分は倒れ伏している。たかが左腕一本の犠牲を恐れたために、自分たちは全滅することとなったのだ。
こんなことならば使ってしまえばよかったと後悔するが、今となってはもう遅い。
血溜まりに沈む今の自分が出来ることといえば、せいぜいが“嫌がらせ”くらいだ。


青年は、少女の股の間に身体を割り込ませた化け物に向けて、そのまま左腕を伸ばした。

左腕部の下、ちょうど手首の部分に取り付けられた射出機から、ワイヤーアンカーが射出される。
高速で飛来するワイヤーは、今正に少女の体内に潜り込もうとしていた化け物のイチモツに何重にも絡みついた。

化け物が醜い絶叫を上げる。

いくら見た目が化け物でも、急所は変わらないんだな、と青年は笑った。口端から血のあぶくが零れ落ちた。


「・・・・・・おいおい、何やってるんだよ。そんな乳臭いガキとじゃなくて、俺としようぜ。なあ?」


口を開くだけでも、かなりの体力を使う。
血の気が失せたために身体が震えるのは、むしろ好都合と言えた。これは恐怖からくる震えではないのだと、自分を誤魔化すことが出来たからだ。

ワイヤーを噛み切った化け物が、憤怒の唸りを上げ、猛然と此方へ向かってくる。

加速の乗った前足の一撃で、青年は木っ葉のように宙を舞い地面へと叩きつけられた。
元から朦朧としていたせいか、痛みを感じず、意識も失うことはなかった。
手足がそれぞれ、てんでばらばらな方向に捻り折れてしまったというのに、青年は別段感想を抱くこともなかった。即死はまぬがれたか、と思う程度だ。
それよりも、少女に対する申し訳なさが勝っていた。
助けてやりたいと思っていたのに、結局何も出来なかった。
化け物のイチモツを絞めちぎってやれなかったのが悔やまれる。


「ぎ――――――!」


反射的に声が上がった。
化け物が青年の胸に足をのせ、ゆっくりと圧力を加えてきたからだ。鎧がメシメシと不協和音を上げ、いびつに歪んでいく。
じわじわと加圧され、ついに青年の肋骨がまとめて何本か折れた。青年の生身の防御力など皆無に等しい。こうして鎧の内側に影響を与えられるような攻撃は、青年にとって最も避けたいものであった。
青年のレベルは0なのだから、魔物の攻撃を直接身に受けることは、直接死に繋がるのだ。
今の状況では避けようもなかったが。


青年がようやく大人しくなったことを確認した化け物は、青年の身体をごろんと仰向けに寝かせた。
青年と化け物は見つめ合う。青年には、自分を見つめる化け物の顔が嘲笑に歪んでいるように見えた。化け物は明らかに侮蔑の視線を投げ掛けている。絶対者として、青年を見下しているのだ。
化け物の醜い顔が、青年に近づく。

青年の顔に化け物の吐息が掛かり、悪臭を放つ涎が顔中に降り注いだ。額から流れる血を、ぞろりと舐め上げられる。化け物の顔が愉悦に歪んだ。
どうやらいたく気に入られたらしい。
自分は化け物の“デザート”にされるようだ。

その事実に、青年はもはや怒りを覚えるだけの気力は湧かなかった。
諦めがじわじわと心を浸食していく。

まるでエビの殻を剥くように、少しずつ丁寧に鎧を剥がされていく度に、青年は身を切られるような痛みを感じた。もう痛覚など、等に麻痺してしまっているというのに。
やめてくれ。そう叫び声を上げたかった。だが潰れた肺からは、ひゅうひゅうと空気が抜けていくだけだった。
“丸裸”にされた青年の目から、自然と涙が零れた。
死にたくない、とは不思議と思わなかった。
ただ、悔しかった。無念だった。たまらなく情けなかった。
自分の冒険がここで終ってしまうことが、残念でならなかった。


化け物の顎が開かれる。
口内の暗闇に、吸い込まれていくかのような錯覚を覚えた。数瞬後、事実そうなるだろう。

鋭い牙が、青年の喉に触れる。
喉を喰い破られることを青年が覚悟した、その時だった。


『理不尽に屈することを良しとしますか? 【Yes or No】』


唐突に。
化け物の牙を喉に喰い込ませた青年の目の前に、輝く文字列が表示されたのだ。
青年にとってその文字列は馴染みが深いものだった。それは鎧の設定時に用いるコンソール、空間投射型のタッチパネルだった。
獲物が恐怖ではなく困惑により硬直していることを察知した化け物が、怪訝そうに顔を上げた。


『回答を入力してください。このまま諦めてしまいますか? 【Yes or No】』


青年は虚空に向って指を伸ばそうとした。しかし、砕けた腕は動くことはない。回答を入力することは叶わなかった。
獲物が急に生気を取り戻したことが気に食わなかった化け物は、獲物の頭を殴りつけた。

枝が折れるような、嫌な音が響いた。

二、三度青年は身体を痙攣させると、そのままぐったりと身体を弛緩させ、もう動くことはなかった。
これから先、青年が動くことは、何かを思うことはないだう。
折れ曲がった首に血液が止まり、脳に酸素が運ばれることもなくなったのだから。

踊り食いを楽しもうとしていた化け物は、獲物の予想外の貧弱さに辟易とし残念そうに喉を鳴らした。
まったく、脆過ぎる。
だが最後まで怯えた表情を見せなかったことに、大きくプライドを傷つけられた気分だ。
首がへし折られた今もなお、虚ろなその目には絶望を映してはいなかったことが解る。
不愉快だ、と化け物は前足を振り上げた。
こいつを喰うのはもうやめだ。粉々に踏みつぶしてやる。
化け物の前足が、青年に向って振り下ろされた。


『――――――回答の入力を確認、コード認証』


回答は入力されなかったというのに。
青年のコマンドを認証した、と文字列は、合成音声で承認の声を上げた。

はた、と化け物の足が止まる。
どこからか、声が聞こえてきたからだ。そしてその声は、多大な危険性を孕んでいるのを感じる。

“何かが居る――――――”、とそうは解っていても、気配がない。
気配はないというのに、身を圧しつぶすようなこの威圧感。何かが居るのは確実だ。

声の出所に耳を向けるも、そこには獲物から剥ぎ取った“殻”の山だけだ。まさかコレではないだろう。
化け物は青年の身体に足を掛けたまま、周囲を注意深く見渡した。
ある一点のみを、視界から外して。


『これより当機、機関鎧〈ツェリスカ〉は自律行動を開始します』


化け物の死角で“何か”が立ち上がり、告げた。













[9806] 地下6階 ・前
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:22


明晰夢、というものがある。
夢の中でこれが夢であることを自覚する、という現象であるが、これが中々に珍しい体験であるという。
そも夢というものが見ようと思って見られるものではないものだし、夢を自覚したからといって特別心象に残るものでもないかもしれないのだから。
夢の多様性も理由の一つに挙げられるだろう。
明晰夢でも、夢の中なのだからと神のごとく万能性を発揮したり、逆に自分の意に反した恐ろしい夢を見続けたりと種々様々だ。


なるほど。であるならばどうやらこの夢は、後者に分類されるケースか。
まるで現実感のない水の中を漂うよう様な感覚の中、ナナシはそう自覚した。
しかもこの夢は自分の脳が生み出した創造の産物ではなく、過去の記憶の再現の類であるようだ。

とまれ、これが夢だと解ってはいても、自身の意思で制御できないのだから如何にもならない。
つまらない映画を無理やり観せられているような気分だった。

過去の記憶を今一度見せられたとしても、別段新たな発見などありはしない。
むしろ、この記憶は自分にとって大事にこそすれ、あまり思い出したくはないものだった。いい加減にしてくれよとも思う。
いちいち見せ付けられずとも、あの時の全ては余すところなく、自らの血肉となっているのだから。


ナナシが見ている夢。
それは、この世界にて産声を上げた瞬間の記憶―――自分の、『ナナシ』の始まりの記憶だった。

だが、ナナシ自身は気づいてはいない。
ナナシの見ている夢が、明晰夢などではないことを。

それが、走馬灯と呼ばれるものであることを。













かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。

熱気が籠る工房の片隅で、膝を抱えて座る青年が、一心不乱に鉄を打つ老人の背を静かに見つめていた。


まったく、面倒なヤツを拾っちまったもんだ――――――。


それがジョゼット・ワッフェン老の、少年に対する終始変わらぬ印象であった。

日がな一日、何をするでもなく鉄を打つ自分の姿をじっと見つめている。
鉄を打つ間は邪魔をするなと言い含めていたので、青年が何をか接触を持ちかけてくることはまずない。またこちらから声をかけることもなかった。
何が楽しいのだか、とジョゼットは憎々しげに顔を歪めた。じっとこちらを見つめる青年が、癇に障ってたまらない。
自分から動こうとはしない受動的な人間を、ジョゼットは嫌っていた。人に言われねば動けない人間、それは即ち、向上心のない人間だということだ。
若かりし頃の自分は、あんな風に大人しくすることは出来なかったはずだが。


まったく、面倒なヤツを拾っちまったもんだ――――――。


ジョゼットは苛立たし気にハンマーを振り下ろした。

ひと際大きな音が響くが、近隣に遠慮などはしていない。この家の周りに人など住んではいないからだ。近所迷惑云々など、考えなくてもよいのだ。
15年前まではここも賑やかな町だった。だが魔物の襲撃に会い、滅ぼされてしまった。今ではただ瓦礫が残るのみ。
町民のもてなしを期待するのなら、そこいらの家の残骸を掘り返せばきっと家主が骨ばった顔をして出迎えてくれるだろう。

かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。

どうにも調子が出なかった。
舌打ちを一つ残し、ジョゼットは立ち上がった。


「おう、坊主。飯の時間だ」

「ど―――い―――■■こへ?」

「はっきり、ゆっくり喋りやがれと何度も言ってるだろうが」

「すみ――――■■」

「・・・・・・飯を食ったら外出だ。準備しておけよ」


そう言い残し、工房を後にする。
慌てて後を追ってくる気配を感じながら、意思疎通が出来ないのは面倒だとジョゼットは思った。相変わらず青年が何を話しているのか、さっぱり解らなかった。
青年の言葉を、ジョゼットは認識することが出来ずにいたのだ。

青年が異国の言葉を話していたから、という訳ではない。それでも身ぶり手ぶりで固有名詞くらいは理解できるはずだが、それすらも出来ない。
青年の言葉を、言葉として捉えることが出来ないのだ。
それどころか言葉だけでなく、青年の仕草、気配、存在自体が全く認識出来ない時も多々あった。
まるで幽霊だ。
そんなヤツがじっと自分の背中を見つめているのだから、気分がいいはずがなかった。


「あ、おい! まだ熱持ってて危ないから、それに近寄るんじゃねぇぞ! 火傷したらどうする、治療費払うのは俺なんだぞ!」

「■―――ん」

「煤の付いた手で顔を触りやがって、真黒になってんじゃねえか。こっちに来い! 拭いてやる!」

「うぐ――――――■」

「勘違いすんなよ、くそ坊主。手前の顔がみっともなくってありゃしねえから、拭いてやってるだけだからな。
 俺が気に入らないだけだ、そこんとこ勘違いするんじゃねえぞ。解ったか!」


ジョゼットの言っている事が解っているのか解らないのか、嬉しそうな顔をして頷く青年。

舌打ちを一つ残し、ジョゼットは歩を進めた。
最近は、青年がどんな顔をしているのか、ようやく解るようになってきた。
初めはまるで酷いものだった。
そこに居ると解っていたのに、青年の所作の全てがあやふやに感じてしまうのだ。

ジョゼットには、しかしこの現象に心当たりがあった。
恐らくは、自分と同じような事情を抱えているのだろう。

初めて会ったときから青年が富裕層の出であることは解っていた。
小奇麗な衣服に、さっぱりと切られた頭髪。何よりも知性を感じさせる瞳と、品のある仕草は、高度な教育を受けてきたことの証拠だ。
そんな人物が生来から“舌足らず”であったとは、考え難いことだ。
だというのに青年の言葉は理解できない雑音ばかりだ。ならば、思いつくことはただ一つ。“出来ていたことが、出来なくなったに違いない”。
この青年が、『放神』を行ったであろうことは、容易に想像が付いた。


この世界は、数多の神々によって維持されている。
あらゆるものに神は宿っているのだ。土にも、石にも、原子の一粒一粒にも。そして、言葉という概念自体にも。
言霊が相手に伝わらないということは、青年の言葉に神の加護が全く宿っていないことを指していた。

神の加護を除去することは、実は簡単だ。神は自らを助くるものを助くと言う。ならばその逆は――――――。

神を心底憎むことで、神の加護を消し去る法。それを『放神』と言った。
嘗てジョゼットが行い、そして力を失った、否、消し去った法である。

しかし言葉まで消し去るとは、一体どんな事情が――――――。そこまで考えてジョゼットは頭を振る。
間違いなく、ろくでもない理由からに違いあるまい。


まったく、面倒なヤツを拾っちまったもんだ――――――。


面倒くさそうに、ジョゼットは青年を伴いながら溜息を吐いた。


「おい、熱い所から急に外に出たんだ。身体が冷えるといけねえ、上着を着てこいよ。何だ、その顔は?
 お前何か勘違いしてるんじゃねえだろうな? 馬鹿かお前。これで風邪をひかれたら薬代が掛かるからに決まってるだろうが! 解ったらとっとと上着持ってこい!」













適当に腹を満たした二人が向った先は、町から十二駅も離れた町にあるうらぶれた教会だった。
こんな場所に何の用が、と怪訝そうな視線を向ける青年に、ジョゼットは言う。


「これから此処でお前の身体を調べる。まさか嫌だとは言わめぇな?」


慌てて首を縦に振る青年。

ジョゼットは、果たして青年が何の神を放神したのか、それを調べにこんな辺鄙な場所までやって来たのだと説明した。
教会は冠婚葬祭の場の提供だけでなく、訪れた者の信仰の、具体的な形を調べる機関という役割も負っていた。
此処で青年を詳しく調べれば、青年が“こんな”になってしまった経緯も解ろうというものだ。青年のプライベートに踏み入ることになってしまうが、命の恩人に向って文句は言わせない。
そうして足りない部分を補うように別の新たな神の加護を受けたなら、言葉も戻るだろうとジョゼットは考え、青年を伴いやって来たのである。

説明を受けた青年は、きょとんとした顔でジョゼットに促されるまま扉を叩いた。
言葉まで捨てたくらいだから、教会に入ることを拒むかとも思っていたが。やや拍子抜けだった。

「どうぞ」との声が教会の中から届く。錆ついた扉を開けると、そこには深い皺の刻まれた柔和な顔をした神父が一人佇んでいた。


「やあ、久しぶりだなジョゼット。かれこれもう15年振りになるか・・・・・・」

「昔話はしたかねぇな。念話で用件は伝えたはずだぞ」

「お前はまだ忘れられないのか・・・いや、よそう。それで、問題の彼はどこに?」

「お前さんのまっ正面にいるよ」

「ぬおっ!? こ、これはまた本当に存在感が無いんだな。話には聞いていたが、ここまで来ると異常だぞ。一体どうしてこんなことになってるんだ・・・・・・?」

「そいつを調べてもらいに来たんだろうがよ」

「・・・そうだな。早速調べてみようか。いくつか質問をしてもいいかね?」

「ああ、無理無理。何言ってんのか解んねえって。こいつの言葉を俺らは理解できねえのさ」


詰まらなさそうに肩をすくめるジョゼット。
とりあえず青年は神父に頭を下げておいたが、神父はジョゼットの方が気がかりであるようだった。口振りから察するに、ジョゼットと神父は往年来の友人だったのだろう。

ではさっそくと青年を魔法陣の中心に立たせ、準備を終えた神父が「アー・ガペーー!」と聖句を叫ぶ。
すると、地面の魔法陣から浮き上がるように、青年の周りに幾つもの輝く魔法陣が表れた。
初めて目にした現象に青年が驚くが、横合いからジョゼットに拳骨をもらい大人しくなった。
魔法陣が青年の身体を上下に通過していく。神父の説明を聞くところによれば、CTスキャンやMRIのようなものらしい。
こうやって青年に付与された神の加護を調べているのだと、神父は言った。


「・・・・・・なんということだ」

「どうした。何かわかったのか?」

「ああ・・・・・・。彼は恐らく・・・スタンドアローンだ」

「“孤立”してるだって? どういうことだ」

「彼の中には、神がいないんだ。神の加護が、なにもないんだ」

「・・・・・・神がいないってえ? おいおい、俺を騙そうってのかい? そんな人間がいるわけねぇだろうがよ」

「事実だ。彼は、命名神の加護さえ受けていない。なあ、彼はいったい何だ? 
 この世に産まれ落ちた存在なら、たとえ魔物でさえも平等に産神の加護を受けるというのに、彼にはそれすらも感じられない。これではまるで亡霊だ。
 いや、それよりも希薄な存在だろう。まったく、まったくだ、まったく神の手が入っていないんだ。彼という存在には!」

「なん・・・だと・・・・・・!?」


ジョゼットは驚きに目を剥いた。
放神を行ったのかと思っていたが、それ以上だった。まさかこの世に産まれて、“まったく”神の加護を受けてはいない人間がいるとは。
なるほど神の加護など少しもないのだから、その言葉に意味が込められるはずもないだろう。
この世の前提に神がいるのだから、神の加護が得られないものは意味を得ることが出来ないのだ。青年の気配が異様に希薄なのも、そのためか。

言霊が伝わらない理由は解ったが、しかしそうなると合点がいかない所がある。
青年の身なりは整ったものだったというのに、命名神の加護すらないとは、どういうことだ。
捨て子が命名神の加護を得られなかった事例はあるが、しかし青年は違うだろう。金銭に不自由してはいないというのに、『命名の儀』すら行われていないことが不自然でならない。
何よりも、産神の加護が宿ってはいないことには納得がいかなかった。そんなことはあり得ないからだ。

魔物も、器物も、人間も。ありとあらゆる存在は、世界に産まれた瞬間に産神の祝福を受けることになる。それは昔話に登場するかの魔王だって変わらなかったはずだ。
なぜならば、この世に存在するということを、許可されるということに等しいものであるのだから。

産神に認められていない、となるとどうなるか。
解りやすく言ってしまえば、それは人様の家に上がり込んできた他人か、それこそ亡霊の運命を辿ることになるだろう。
つまりは消えるが運命。世界に存在を認められていないのだから。
そも、母体の腹の中で発生すらしないはずだ。

だが、青年は此処に居る。大きな矛盾を孕んで。

ジョゼットは2ヶ月を共に過ごした青年が、ここで初めて得体の知れない存在に見えた。


「お前ぇは一体、何者なんだ・・・?」


ジョゼットの険呑な視線に、困ったように青年は口を開いた。
言語として認識出来なくとも、音としては認識できる。
ゆっくりと、辛うじて聞き取れる音を一つずつ繋ぎ合わせると、それはジョゼットの毒気を抜くのに十分なものとなった。
青年曰く、「自分は迷子」なのだそうだ。

頭を垂れ、困ったように言葉を重ねる青年が、ジョゼットには何故か笑いが込み上げるほどに可笑しく映った。
この男が邪悪なモノであるはずがない。
不思議とそう思わせる雰囲気が、青年にはあった。
それは希薄になった存在故にそう感じているだけの錯覚かもしれない。
しかし、ジョゼットは自分の勘を信じることにした。

かつて自由を求めた冒険者としての血が、そうさせたのかもしれない。
神の影響下にいないということ。
それは、青年が真に自由ということなのだから。


「ぶわぁッはッはッは! そうかそうか、迷子か!」

「ふ、む。これは本部に連絡して詳しく調査を・・・・・・」

「止めとけ止めとけ、言うだけ無駄だ。何にも解りゃしねぇよ。それより、こいつの事は誰にも漏らすんじゃねえぞ」

「まさか、このまま引き取るつもりか?」

「おう、そのまさかよ。この2ヶ月一緒に暮らしてみたが、こいつは中々働き者でね。作業も大詰めになって助手が欲しいと思ってたところだ。ちょうどいい」

「なんと、あれが完成するのか!」

「ま、そいつはさておきだ。なあ坊主よ」


ジョゼットは青年に、まるで悪戯小僧のように笑いかけた。


「このまま言葉が通じないのも不憫だろう?」


何度も縦に頷く青年。
ジョゼットは嬉しそうに口の端を釣り上げた。


「ようし! なら俺がお前の名付け親になってやらぁ! そうすりゃちっとはマシになって、言葉も通じるようになるだろうよ!」


ばん、とジョゼットは青年の肩を強く叩いた。
慌ててつんのめる青年を、なまっちろいやつだとまたジョゼットは笑う。
そんな二人を、どこか慈しみを込めた瞳で神父は見ていた。

何のことはない。
青年を無条件で信じられるほどには、ジョゼットは青年のことを気に入っていたのだ。
内心青年を悪しざまに思っていたのも、意思疎通が出来ない苛立ちを、青年への好意を隠すペルソナとしていただけに過ぎなかった。
だから、言葉が通じるようになるともなれば、そんな意地を張る必要もなくなる。

ジョゼットは嬉しそうに青年の肩を叩き続けた。


「どうせ市民権だってないんだろう? そっちも任せとけよ、金は有り余ってんだからよ」

「ハハ、しばらく見ない内に世話焼きになったな」

「うっせいやい。さっさと儀式の準備しとけ!」


はいはいと準備を始める神父を、興味深そうに観察している青年。
別段どこにでもありふれた儀式であり、珍しくも何ともないだろうに、青年はきょろきょろと周りを見渡している。
これも青年の特別な事情が絡んでいるのだろうか。

世間知らずというか、“世界知らず”というべきか。
一般として知られているはずの常識というものを、まるで青年は知らなかったのだ。

思えば、青年は初めて出会ったころからおかしな奴だった。


ジョゼットが青年と出会った2ヶ月前。
青年はジョゼットの住まう廃墟の街を、独りふらふらと歩いていた。
血まみれになって襤褸を纏い足を引きずって歩く様は、魔物に襲われたであろうことが伺える。

ジョゼットが住まう廃墟の街は通称『地下街』と呼ばれ、誰も近づかないゴーストタウンと化していた。
立地的に恵まれ、鉄道が通り物流ルートまで確保されているというのに、人が寄りつかないその理由。
それは全て、15年前に街の地下に突如として迷宮が出現した所その一点にあった。
迷宮は須らく神代よりのものであるため、自然発生したとは考え難い。人々は地下に迷宮が埋まっていたなどと露ほども知らず、その上に街を築き上げていってしまったのだ。
そして途方もない年月が流れ、“ガス抜き”が行われることなかった迷宮はついにパンクした。
地下から無数の魔物が這い出し殺戮を始め、街は大パニックに。阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだった。
政府は大量の国家冒険者を派遣し、この事態を速やかに収集させたが、死んだ人間は返ってはこない。
街の中心に迷宮が出現したために復興も叶わず、結果ジョゼットの街はゴーストタウンと化したのだ。
今では街に訪れる者は、命知らずの冒険者か自殺志願者だけである。
居を構えているのはジョゼットだけとなった。魔物の徘徊するような街だ、無理もないとジョゼットは思っていた。


とまれ、そんな場所でジョゼットは青年を拾ったのだ。
当初は勘当されて死に場所でも探しに来た貴族の子弟かとも思ったが、話を聞いてみるとそうではない。
そも、話が通じなかった。こちらの言葉は問題なく通じていたため、向こうの問題であることは直に理解できた。
ガタガタと身体を震えさせる様は、青年が死の覚悟など全く出来ていない様子が見て取れた。

話も通じず、そして戦う力もない。
さらには金もないとなれば、このまま放り出せばすぐにでも魔物の餌食になるのは明らかだ。
そうなっては寝覚めが悪いと、ジョゼットは青年をしばらくここに置くことに決めた。

そうして二人の、奇妙な共同生活が始まった。

お互いがお互いに深く干渉し合わずに、かといって意識し合う毎日。
青年からすればジョゼットに気を遣うのは当然のことだったが、ジョゼットからしてみれば青年は気配がするのに認識がずれるという幽霊のような存在である。
意識しなければ見失ってしまうために、青年とはまた違った意味で気を遣っていた。
血みどろの姿で現れなければ、気付くことはなかっただろうなとジョゼットは思う。

そして毎日ジョゼットは鉄を打ち、青年はその背を眺めていた。
何かを思い出すように、懐かしむように。青年は静かに膝を抱えていた。

当初から、まるでこの世界に一人置き去りにされた迷子のような、そんな仕草を青年はふとすることがあった。
だがその眼は諦めを宿してはいない、ぎらぎらとした光を放っていることにジョゼットは気付いていた。
こんな所で腐ってはいられないと意思が込められた眼。
冒険者の眼だった。


「さてと、よう坊主。お前さん名前が無い訳じゃあるめぇ。今更だが、お前の名前を教えてくれないか?」

「―――■■――――――■」

「・・・・・・わりい、もっかい言ってくれや」

「―――■■――――――■」

「・・・・・・なんて言ってんのか完全にわかんねえ」

「彼から名前を聞き出そうとしても無駄だぞ」


準備を終えた神父がジョゼットに言う。


「名は存在を表すというからな。あらゆる神の加護を受けてはいない彼の、その象徴である名。それはやはり」

「俺たちには認識できない、ってか?」

「理解不可能の極地だろうな。だが別にいいじゃないか。彼の名付け親になってやるのだろう?」

「いや、お前よう。名付け親になるっつったのはこいつの名前考えてやるって意味じゃないぞ? こいつから名前聞き出して、それを認可してやればいいじゃないか」

「だからそれは無理なんだと言っただろうに。お前経由で命名神の加護を与えることになるのは変わらないんだ。
 認めるんじゃなくて、決めてやったほうがずっと効果があるだろう」

「んがー! 面倒っくっせいなあ!」


がりがりとジョゼットは頭を掻いた。
自分にはネーミングセンスというものが無いことを、ジョゼットはよく自覚していた。
現に、孫の名前を考えてやろうとしたら、息子夫婦達にやめてくれと懇願されたくらいである。
どうしたものか、と考えても何も浮かんではこない。
名付け親になってやると言った手前、放棄することもできない。

自棄になったジョゼットは、どうにでもなれといった風に叫んだ。


「もういい、名無しだ! こいつの名前は『ナナシ』だ! それでいいだろう!」

「いや、ナナシってそんな適当な・・・・・・」

「文句言うならお前が考えやがれ!」

「ハァ、まあいい。それで、市民権も作るのなら姓も付けなくてはいけないが、そっちはどうする?」

「ぐぎぎ・・・・・・。ナナシと続いて・・・・・・」

「続いて?」

「ナナシ・・・ナナシの・・・・・・えーい、もういい! こいつは名無しのナナシさんで決定だ! 異論は認めねえ!」

「解った、それでいこう。君もそれでいいかい?」


神父に話を振られた青年は、直にこくりと頷いた。
新たに名を得る時は、その名に心底納得していなければならないために当人に拒否されるのが一番の懸念出会ったが、杞憂だったようだ。
神父は名前を気に入ったというよりも、ジョゼットが付けた名前だから、という方がこの青年にとっては重要だったのではないかと思った。
きっと、そうなのだろう。
青年はとても嬉しそうにしている。これで、恐らくは話が出来るようになることが、嬉しくてしかたないに違いない。

早速儀式を始めようと、神父は青年を跪かせ、その頭に手をかざした。


「神の御許において・・・この者に新たな名を授けたまえ! ジョゼット・ワッフェンが名付けし汝が新たなる名は『ナナシ・ナナシノ』!
 今ここに、第二の生を与えん!」 


ジョゼットから光の粒が立ち上り、青年の周りを覆っていく。
それが徐々に魔法陣として形となって、青年の身の内に収まっていった。
見えない衝撃に身体を貫かれたように、青年はうわあと短い叫びを上げて尻もちをついた。


「おいおい、大丈夫かよ。ったく、なまっちろい奴だな。足腰鍛えてねぇから簡単にすっ転ぶんだ」

「す、すみません」


ジョゼットが差し出した手を、青年は礼を言いながら握り返し、立ち上がった。
そうしてジョゼットは、はたと気付く。


「・・・・・・お? 言葉が通じるようになった、みてぇだな」

「ああ、成功だ。何も変わらないことも想定はしていたが、どうやら効果はあったようだ。うん、ちゃんと存在感もある」

「あの・・・僕の言葉が解りますか?」

「おー、わかるわかる。へぇ、なるほど見違えたな。霧がかかったような印象しかしなかったが、ちゃんとすりゃこういう風に見えるわけだ」

「あの、僕まだどこか変ですか?」

「いいや、どこにも異常はないよ。ただ、この世界に認められただけさ」

「そう、ですか」

「ふうん、中々の色男じゃねぇか。ま、俺の若い時にゃ負けるがな」

「君もよくこんな偏屈な爺と暮らしていられたな。相手するのが面倒くさかったろうに。これからは遠慮せずに言うんだよ? さあ、言ってごらん。クソ爺って」

「んだとゴルァ! こっちは世話してやってたんだぞ! 感謝とか尊敬とかされまくってるに決まってんだろうがよ!」

「そんなことがある訳ないだろう。だいたいお前は昔からな――――――」

「ははは・・・・・・」


喧嘩を始めた二人に、曖昧に青年は笑みを返すしかなかった。
ころ合いを見て青年は、二人に制止の声をかけた。
そして青年は神父と向き合い、真摯な眼を向ける。


「ありがとうございました。こうして話が出来るようになったのは、神父様のおかげです。それで、どうお礼をかえしたらいいのか・・・・・・」

「気にしなくてもいいんだよ。ここはあらゆる神が集う神の家だ。迷える者を救うのは当然さ。それが迷子だというのなら余計に、ね?」

「はい、あの、本当にありがとうございました!」


深く頭を下げる青年。
神父はそれに、聖句を唱えることで返した。

君のこれからの人生に、幸あらんことを――――――。

そして青年はジョゼットと向き合う。
初めに声をかけられなかったからか、ジョゼットは拗ねたよう顔をしてそっぽを向いていた。


「ジョゼットさん」

「んだよ」

「僕みたいな得体の知れない奴にこんなに良くしてくれて、本当に感謝しています。あなたに拾われなければ、僕は死んでいました。あなたは命の恩人です」

「・・・かーーっ! いいんだよっ、んな堅苦しいことはよ! それよりもまず初めにやらなきゃならんことがあるだろう!」

「いえ、でも、せっかく言葉が通じるようになりましたし、一番感謝しているジョゼットさんにお礼を言いたくて。それに今後も家に置いてくれるとまで・・・・・・」

「だから、それ以前にだ! “まだ”得体の知れない奴を住まわせるほど俺はお人好しじゃないぜ?」

「まだ、って・・・・・・あっ!」


青年は何かに気付き、姿勢を正した。


「自己紹介が遅れてしまって、すみませんでした。僕の名前は――――――ナナシ。ナナシ・ナナシノです!」

「おうよ。俺はジョゼット・ワッフェンだ。今後ともよろしくな、ナナシ!」


手を差し出してきたジョゼットに、青年―――ナナシも右手を差し出し握り返した。
月日を感じさせるごつごつとした、そして力強い掌だった。

込められた力が存外強く、ナナシは「いてて」と情けない顔をした。
ジョゼットは、悪戯が成功したような、得意げな顔になっている。

負けじとナナシも力を込めた。
ジョゼットは更に握力を上げる。


二人は顔を見合わせて、破顔した。















[9806] 地下7階 ・中
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:22

巨大な目玉を中核にガス状の身体を持つ『フローターデビル』が、壁一枚を挟んだ向こう側、獲物を探しその大きな眼をぎょろつかせている。

魔物達の巡回ルートから逃れるように、ナナシは廃墟の影を静かに進んで行った。


「にんじんに、じゃがいも、醤油・・・はこの世界にないんだった。砂糖に、小麦粉に・・・・・・よし! 忘れ物はないな」


手元のメモに視線を落とし、ひとり言ちる。

ナナシの名を授けられ、早一年。
ジョゼットから有無を言わさず訓練を受けさせられたナナシは、今では一人で、この魔物が徘徊するゴーストタウンを出歩ける程に成長していた。

筋力トレーニングに始まりサバイバル訓練、一般常識から応用学術まで網羅した座学、魔法知識、魔物の特徴、そして護身術。
元冒険者であったジョゼットが課す訓練は実用性重視の方向に偏っていて、とてもではないが尋常なものではなかった。

だがその全てにナナシは耐えた。
戦神の加護などないために、【レベル】として経験が還元されることはない。しかし、この一年の経験は間違いなくナナシに、自信を与えてくれた。
用心深く魔物の死角へと潜り込んでいく所作には、当初のおどおどとした様子はもはや欠片も残っていない。


「クロワ肉もまだあるし、ソースも作れるよな。うん、今日の献立は異世界風にくじゃが、もといビーフシチューに決定だ。ジョゼットさん喜ぶぞー」


ジョゼットが務めてしかめっ面を作ろうと努力しながらも、料理の旨さに顔を綻ばせる様を想像し、ナナシは笑みを浮かべた。

年の頃は青年とはいうものの、その顔にはやっと少年の域を抜け出たかのようなあどけなさを残している。
にっこりと浮かべる笑顔は、見る者にナナシの純朴なイメージを印象付けた。
外見だけでなく、物静かで素直な態度であったナナシだ。老若男女問わずの人気が上がるのは自然なことであり、隣町では年配中心に「ナナちゃん」の愛称で呼ばれるまでにもなっていた。
交際や縁談を持ちかけられたことも、一度や二度ではない。
やたらと世話焼きなおばちゃんたちのお節介は、正直なところありがた迷惑であった。
市民権は得ていたため、法的には何の問題もないのだが。


この世界の人権というものは基本的に金で買うものらしい、ということをナナシが知ったのは、ジョゼットからひょいと市民証を投げ渡されて後のことだった。
人の生き死にが激しいからか、戸籍制度というものが甘く、書類による身分証明という概念があまり重要視されてはいないのだ。
つまりは、異世界からの来訪者も金さえ払えばこの世界の住人として認められてしまうということだ。

市民権とは端的に言えば税を納めているか否か、との証明のようなものであったが、これがあるなしでは利権が大きく違うのは言うまでもない。
特に獣に近いタイプの亜人種(ベタリアン)にとっては、市民権の取得は文字通り死活問題だった。

亜人種は大別して二つに分けられた。
天魔族や一般で言われる意味の亜人種といった人間に近い容姿を持つ純亜人種と、ベタリアンだ。
亜人種の中には魔物と見間違うような容姿を持っている者だって居るのだ。市民権無しで迷宮付近をうろついていたら、それこそ魔物として退治されかねない。
かなり極端な例ではあるが、見た目が獣に近いタイプの亜人種、ベタリアンにとっては笑えない話だ。

なまじ神が実在するせいで宗教というものの力が強く、当然種類も多数あった。元来日本人であったナナシにとっては八百万信仰は馴染み深いものであったが、頂けない部分も存在する。
宗教多数化による“人種”差別だとか、民族格差だとか、そういった弊害も少なくはなかったことだ。
全ての宗教で尊ばれるのは、「平等」だとか「平和」だとかだ。それはどこの世界でも変わらないだろう。
しかし、これらを履行するためには優れた知性と理性がなければならない。
そうなれば、ベタリアンが社会的ハンデを負い易いのも解ると言えよう。彼らは自分の意思とは関係なしに、本能が表出してしまうことがあるからだ。
猫がネコじゃらしに飛びつくのと同じである。結局は身体のハンデの問題になってしまうのだ。
流れる血が違うのだから、ヒトは皆平等である、という前提が通らないのである。

だがしかし魔物とヒトとの違いは明確な知性が有るか否かであるために、もし魔物と間違われても「やめてくれ」の一言で解決する問題だった。
人里に住まうベタリアンに知性が無い訳がなく、もっぱらこの問題は冒険者となった亜人種に付きまとうものであるらしかったが。

なので一般の生活レベルでは、そこまで深刻な問題ではない、というのが重要な所である。
虐待が行われている訳でもなく、奴隷層だって存在しない。ただ、身体の形でヒトを判断するものが居るだけだ。
「悲しいもんだねぇ」とは、ナナシが通う八百屋の女将の弁。彼女もまたベタリアンだった。
初めナナシは彼女の風体を見て大いに驚いた。どこからどう見てもウサギにしか見えないのだ。二足歩行で人語を解する、という違いはあったが。

差別はいけないことだ、と皆知識では解っているのだろう。だが、これまでに築き上げてきた文化と歴史がそうさせるのだ。
これは地球でも変わらないことだった。


とまれ、市民権とはどちらかといえば保証に近い意味合いを持つものであるということが、ナナシの理解するところであった。
異世界ともなれば、制度も大きく変わるらしい。ナナシも噛み砕いてようやく理解できた程度であり、細部までは解らない。
勘違いしている部分や、足りない部分が多々あるだろうことには、気をつけておかねばならないだろう。


さて、そうして一人隣町に買い出しに行けるほどに成長したナナシだったが、出歩くたびに声を掛けられていた。
今日だって、隣町の富豪の娘に茶の席を共にする誘いを受け、それを丁重に断ってきたところだった。


「まったく、ぼく・・・“俺”みたいなボンクラのどこがいいんだか。まー日本人が珍しいだけだろうけどさ」


ジョゼットに「舐められる」と矯正させられた口調で言い直しつつ、黒髪を指先で弄る。

多種多様な『人種』が混在している世界だからか、ナナシのように純人種で黒髪黒目であるものは珍しかった。
人目を惹くわけではないが、魔術的な用途で価値が高いらしい。それにはナナシも驚いた。
初めのころは、そちらの方面でひっきりなしに声をかけられていたくらいだ。
上手くあしらう術は身に付けたが、色仕掛けといった方面で攻められるのには参った。何やら自分の精が良質な魔法薬の材料になるのだとか。

そんなこともあってか、ナナシはこと女性の好意に対して「自分が珍しいから勘違いをしているだけ」と間違った認識を抱くようになってしまっていた。


「あーあ! もててーなー! どっかに可愛くって純心な娘っていねーかなー。
 こう、猫耳とか生えてて、メイド服着てお帰りなさいませご主人様ーって言ってくれる娘とかさー」


サブカルチャー好きだったナナシも、元いた場所ではまともに女性と付き合ったことなどなかった。
独り言がかなり偏っていることからも、それは解るだろう。青春に掛けるべき時間は、ほとんどが漫画やテレビや、男友達とつるむことに費やされていた。

経験不足と、誤解。
その二つの理由のせいで、ナナシは女性に関してやたらと鈍い奴になってしまったのである。

まともな男であったなら、顔を赤くして「もう少しお話していたい」と自分を上目遣いに見上げ引き止める富豪の娘に対し、「肉屋のタイムサービスが始まったから」などとは返さないだろう。
先にふさふさとした毛を生やした龍尾をしょんぼりと丸めてしまった富豪の娘は哀れであったが、ナナシはそのままあっけらかんと屋敷を後にした訳である。
やんごとなき血筋の龍人(ドラゴニュート)にその様な物言いをしたと知ったら、皆真っ青になったこと間違いなしだ。
それが許されるのは、ひとえに全く悪意が無いことを先方が理解しているからだ。
純朴、悪く言えば天然で鈍いのだから、彼女にしてみればこれほど厄介な手合いはいないだろう。


「うわ、もうこんな時間だ。早く帰らないと、ジョゼットさんカンカンだぞ」


ナナシに強く異性を意識させるには、まずジョゼットを越えねばならないだろうか。
命の恩人ということもあり、ナナシは立派なおじいちゃんっ子になってしまっていたのだ。

ジョゼットもジョゼットで、厳しい訓練に喰らいつき与えた仕事も良くこなすナナシをますます気に入ってしまい、仏頂面で甘やかすのだから始末が悪い。
あれで気難しい爺を気取っているのだから、周りのものからしてみれば微笑ましい限りだろう。

ジョゼットの過去を知らなければ、だが――――――。


「あ――――――」


かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。

ジョゼットの工房から、廃墟に虚しく鉄を打つ音が響いて来る。
ナナシはふ、と足を止め、静かにその音に耳を傾けた。

人と会話が出来るようになり、廃墟の街を一人歩きできるようになったナナシは、隣町での買い出しついでに情報収集にも務めるようになった。

たとえば現在の国の国政。通貨価値。物の名前とその用途。人と人との関わり方。マナー。
そういった、ジョゼットのように実用一辺倒ではなく、日常生活を送る内に身に着く社会的知識を、ナナシは意欲的に取り入れていった。

当然その中で、噂話というものも耳にする機会があった。

普段ならば世界が変わったとしても人というものは変わらないのだな、とナナシも気にも留めなかっただろう。
だが、その噂が耳に飛び込んで来た時、顔色を変えずにはいられなかった。
ナナシの意を釘づけにした噂の内容。それは、ジョゼットに関する話であった。


曰く・・・ジョゼットはかつて名うての冒険者だった――――――。
だが16年前の『地下街』出現の時、ジョゼットの家族も巻き込まれ、彼を残し皆魔物に殺されてしまった――――――。
ジョゼットは息子夫婦と、それはそれは可愛らしい孫娘と共に暮らしていたが、目の前で魔物に喰われてしまった――――――。
毎日祈りを欠かさないほどに敬虔な神聖教徒であったが、祈りを捧げていた神は彼らを見捨て、魔物を遣わした。
だからジョゼットは神を憎み放神をして、力を捨て去った――――――。
彼は神への復讐のために、憎しみをこめて鉄を打っている――――――。


数多くの噂話を要約すれば、こんなところか。
悪意に基づいた噂ではなく、哀れみを向けたものであるのが救われない。


かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。


ナナシにはそれが、ジョゼットの叫びに聞こえた。
「仇を討つ。仇を討つ!」――――――と。


「辛いんだね・・・ジョゼットさん・・・・・・」


無心に歩いて来たからか、気がつけば工房の扉に手を掛けていた。

鉄を打つ音が、徐に止まる。ジョゼットは小休止に入ったようだ。
ジョゼットが行っている作業は、日本刀を鍛造するのによく似ていた。だが何を作っているかは解らない。
ナナシも何かの機械部品の作成は飽きるほどに手伝わされたが、あれが何に使われるのかはよく解らなかった。
人工筋肉など、元いた場所では実用化さえされていなかったというのに、用途を想像しろと言われてもそれは無理だろう。

だが、何となくは解る。

工房の片隅で、日々“カタチ”になっていく、あの鋼鉄に使われるのだろう。

ジョゼットがナナシに決して鉄を打つ作業を手伝わせなかった理由が、ようやく解った。
きっとジョゼットは、怒りを、憎しみを、具体的な形として産み出そうとしているのだ。

・・・・・・そうしなければ、身体の内側に燃える復讐の炎で、自らが焼き尽くされてしまうからだろう。

だが、鋼鉄を全て組み上げてしまったら。
ジョゼットは少しでも楽になるだろうか。


「・・・ジョゼットさん、ただいま!」


ころ合いをみて、ナナシは勢いよく扉を開けた。


「おかえりさん、もう腹ペコだ。さっさと飯つくってくれや」

「うん、ほら見てよ! 今日はこんなに美味しそうなシソ草が安く買えてさ――――――」


ナナシは、いつかジョゼットが苦しみから解放されてほしいと、そう願った。
そのためには、早くこの鋼鉄を完成させてもらわなければ。それの手伝いができるのなら、何でもするつもりだった。
そうして悲しみが全て消え去ったジョゼットと、新しい生活を送れるのなら、自分は幸せだ。

ナナシは“自分の本心”に蓋をして、ジョゼットとのこれからの暮らしを想いながら台所へと向かった。






そんな未来、来るはずがないというのに。


クレーンに吊られた『人型』が、虚ろな双眸でナナシの背を見つめていた。





















あくる日。

いつもならこの時間帯は鉄を打つ音が聞こえてくるというのに、まるで静かなことに疑念を抱いたナナシは、ジョゼットの邪魔にならないよう静かに工房の様子を伺った。


「じ、ジョゼットさん!?」


ナナシは驚愕に目を剥いた。
いつもと変わらぬむせ返るような熱気が立ち込める工房の中、ジョゼットが口元を押さえ、蹲っていたのだ。


「ジョゼットさん! どうしたんですか、ジョゼットさん!?」

「・・・うっせいなあ、聞こえてるよ。耳元ででかい声だすんじゃねえよ」


ジョゼットは鬱陶しそうにナナシを振りはらうと、ふらつきながらも立ち上がる。
その時に口元を拭った手を隠そうとしてことを、ナナシは見逃さなかった。
ナナシは反射的に、ポケットに突っ込まれようとしていたジョゼットの手を掴む。
力が抜けた手は、簡単に持ち上がった。筋骨隆々だったジョゼットの力強さは、微塵も感じられなかった。

掌には、赤々とした鮮血の跡が。
吐血を拭った跡だ。


「ジョゼットさん・・・これ・・・・・・!」

「チッ・・・離せよ」

「駄目だよ! お医者に行かないと!」

「うっせい! 離しやがれ!」

「でも、血が!」

「鼻血だよバッカ野郎! 離せ!」


ぜえぜえと息を荒げながら、拳を振り上げるジョゼット。
殴られるか、とナナシはきつく眼を閉じた。
ジョゼットの拳の痛さは、身体が良く覚えていた。腕力に駆って出られては、こちらは何も出来ない。いつも一撃でノックダウンだ。
・・・・・・だが、予期していた痛みはいつまでたっても襲ってはこなかった。


「・・・・・・ジョゼットさん?」


うっすらと目を開ける。


「ぐ・・・ぬ・・・・・・」

「ジョゼットさんッ!!」


ナナシには、床に沈んでいくジョゼットが、まるでスロー再生のように見えた。


そこから先のことは、うっすらとしか覚えていない。

まさか『地下街』に医者を呼ぶことも出来ず、頼る伝手は神父しかいないとナナシは急ぎ連絡を取った。
神父が到着するまでの間ジョゼットをベッドに寝かせるも、唸るような咳と共に吐き出されたのは、また鮮血。
ナナシにはどうすることもできず、焦りが思考を塗りつぶしていく。
ようやく神父がジョゼット宅に到着した頃には、ナナシは憔悴し切ってしまっていた。

神父の手により僅かばかりの薬と、神聖魔法で応急処置を施したものの、どうやら容態は非常に悪いらしい。
聞くと、ナナシと出会う以前から、ジョゼットは病に犯されていたそうだ。
ここにきて急激に容態が悪化し、今後は定期的に薬と魔法による治療を続けなければ長くは持たない、と神父は口端を噛みしめ無念そうにそう言った。

そしてその治療にかかる費用が、どうしようもなく高値であることも。


「そんな・・・・・・」

「すまないが、援助はできないんだ・・・。神職に従事するものは、直接金の工面をすることは許されていない。
 私に出来ることは寄付を募るくらいだ。無念だ・・・・・・」


ジョゼットは常日頃から金はあると豪語して憚らなかったが、それは半分正しく、半分間違っていた。
迷宮出現による被害者の遺族・被災者保険で、そこそこ大きな額の金が入ってきていたらしい。
しかし、ジョゼットはその大半を工房に注ぎ込んでいた。そして最近になってナナシの市民権取得である。
高価な治療が、しかも継続的に必要だともなればすぐに資金は底を着くだろう。

解決する方法はただ一つである。
ジョゼットの、もう一方の高額な継続的消費を止めさせることだ。
即ち、鉄を打たせないこと。
そうでなくとも、身体を休めさせなければならない。

だが、ナナシはジョゼットが止まらないだろうことを、知っていた。

ハンマーを取り上げたとて、ジョゼットはたとえ素手ででも執念で鉄を打つだろう。


「どうしたら・・・・・・」


唖然とナナシは呟いた。


「神様・・・・・・」


こと自分に限っては祈りが届くはずもないというのに。どの神に祈ればいいのかすらも解らないのに。
ナナシは祈らずにはいられなかった。


その日から、ジョゼットは一日の内床に伏せている時間の方が長くなった。



















今日も今日とて富豪の娘の誘いを断ったナナシは、ふらふらと街を歩いていた。

その足取りは重く、顔色も優れない。
八百屋の女将が「どうしたの、ナナちゃん?」と声をかけてきても、ナナシは生返事を返すだけだった。
ナナシの頭の中は、どうやって金を稼ぐのか、という一点で一杯だったのだ。


小康状態を保つジョゼットの世話に街に買い出しに来る機会の多くなったナナシは、一層情報収集に励んでいた。
もちろん金儲けのヒントを得るためだ。
当初ナナシは自身の持つ知識から、新たに商売でも始めようかと思っていたのだ。
だが、見通しが甘かったと言うしかない。
神の加護が実在するこの世界、物理に依る技術というものは、非常に非効率なものだったのである。

文明レベルが地球と変わらない程に、否それ以上に発展していたこともナナシの勘違いに拍車をかけていた。
そもそもが、それに掛けている時間が違ったのだ。
地球での科学技術というものは、短期間の間に爆発的に発展した。
だがこの世界の科学技術は、数千年を掛け、ゆっくりとだが着実に進歩してきたのだ。
密度の薄さを時間をかけることによって発展させていった形である。
純物理に依る科学技術というものは、もはやカビの生えた経典と同じ意味合いを持つものでしかなかったのだ。

そう、世は魔道科学時代の全盛期。

ナナシの知識や発想は既に時代遅れのものであり、自身の根幹を成す常識はまったく通用しなかったのだ。
これにはナナシは大いに狼狽した。

ある意味、ここに来て直に魔物に襲われた経験よりも、衝撃的だった。
人は自身の知識によって支えられているものなのだ。それがまるで無意味だと知らされたのならば、アイデンティティは崩壊の危機を迎えるだろう。
ナナシはなまじ知識を半端に持っていたがために、それによって自分にアドバンテージがあるものだと勘違いしてしまっていたのだ。
これにはかなり堪えた。


しかしもちろん分別は忘れてはいなかった。
令嬢からの援助の申し込みを受けていたのだが、ナナシはそれを受けることをしなかった。
プライドだとか、そんな問題ではない。
「あの良家の子女は、どこの馬の骨とも知らない男に援助をしている」などと噂が立てば、彼女は苦しい立場に立たされてしまうだろうと考えた結果だった。
手が震える程の葛藤だったが、ナナシの純朴さは他人に迷惑をかけることを良しとしなかったのだ。
それに、女を泣かせたとあってはジョゼットが決して許しはしないだろう。


『手前ぇ、女を泣かせやがったなあ? 歯喰いしばれやあッ! 俺があれだけ漢道を叩きこんでやったというのにお前は――――――』


口を開けばこうである。
病の床に伏せっても、ジョゼットのナナシに対する態度は変わらない。
以前のような体中に漲っていた力強さは失われたものの、眼の輝きだけは失せることはなかった。
流石に訓練は無くなったものの、口だけは寝ていても開けるぞと小言を言うことだけは欠かさない。

そして日々、鉄を打つ。

ナナシには、それを止めさせることはできなかった。
止められるはずも、なかった。


「どうしたもんかな・・・・・・」


治療の初期費用として、まとまった、それも大きな額の金が必要だ。
更にはそこから先も、継続的に費用は重む。

それだけの安定した額を稼げる職など、ナナシには全く心当たりがなかった。
富豪の娘に泣きつけば何とでもなるだろうが、援助を断ったのと同じ理由で頼ることは出来ない。
いっそギャンブルでもしようかと思いつめたくらいだ。
八方ふさがりだった。


「『冒険者(ディガー)』にでもなろうかな・・・・・・」


ナナシが知る中で、もっとも“稼ぎ”が大きいだろう職が、自然と口を吐く。
ジョゼットの話の中で度々登場する、冒険者とよばれる職だ。
彼らは自らの命を掛け、迷宮に潜り、富や名誉を手にする者たちだとジョゼットは言っていた。苦々しく、吐き捨てるように。

それだけを聞くのならば、ギャンブルと変わりない。
いや、もっと割に合わないだろう。

だが、何も冒険者の仕事が迷宮探索だけというわけではなかった。
もしそうなら今頃迷宮は人で溢れかえっているだろう。

冒険者がこなす役割というのは、迷宮探索だけではなく、『ギルド』に寄せられる依頼を請負うことも含まれていた。
依頼は大小、種々様々。
例えば「犬の世話をして欲しい」、「迷子の子猫探しを」、「子供の勉強をみてやってくれ」、「商隊の護衛を頼みたい」等々。上げればキリがない。
つまりは冒険者というものは、何でも屋ということだ。その一環で迷宮に潜るのである。
雇われ屋やギルド所属の戦士達との違いは、迷宮探索に掛ける時間の多さだけということだ。

そして人の世にトラブルは付き物だ。
冒険者となったなら、危険は伴うものの、金銭面に限っては安泰となるだろう。


必要なものは最後のひと押し。決意だけか――――――。


この時ナナシは、愚かにもそんな事を思っていた。
冒険者というものをまるで知らないがための、無知からくる考えであった。

この時のナナシを、一年後のナナシが見たならば、簡単に冒険者になってしまおうなどと考えていた楽観的すぎる自分を殴り飛ばしてやりたくなっただろう。
この時の自分は、恒常的に命の危険に晒されるという恐怖を、金に目が眩んだ人間の狂気を、名声の裏に潜む悲劇を。
まるで知らずにいた甘ちゃん、否、話を聞いただけで知ったつもりになっていた大馬鹿野郎だったのだから。


「ああ・・・・・・それにしても金が欲しいっ・・・・・・!」

「ははあ、そうですかそうですか。お金が欲しいのですねぇ!?」

「・・・・・・え? うわっ!」


どうしようか踏ん切りが付かず、願望のままに一人言ちていたナナシは、急に横合いから声を掛けられ飛び上った。


「いやはや、すみませんすみません。驚かしてしまったようでぇ! クァッカッカッカ!」

「ちょ、耳元で大声出すとか、やめてくれ・・・!」

「失敬失敬。大丈夫ですかねぇ?」


振りむけば、男が此方を興味深そうに覗き込んでいた。

黒のシルクハットに黒のタキシード、さらには黒のコートと全身黒一色で、帽子の隙間からはくすんだ金髪が覗いている。
顔のハリからみるに、20代後半から30代前半といったところか。
まだ年若いというのに紫色の片眼鏡(モノクル)を愛用しており、やたらと特徴的な出で立ちの男だった。
季節も少しばかり暑くなってきたともなれば、長身も相まって、街中で出会ったら自然と人目を突くだろう風体だ。

だというのに、ここまで接近されるまで、ナナシは男の存在に気付かなかった。

上の空だったとしても、ここまで目立つ格好をしていた人物だ。気付かないはずはないのに。
と、ナナシは首を傾げた。


「いやいや、偶然貴方様の一人言を小耳に挟んでしまいましてねぇ、はい。是非とも私めが仕事の斡旋をして差し上げようかと存じまして、はい」

「・・・・・・仕事、だって?」

「はいはい、その通りでございます」


大仰に帽子を取り礼をする男の仕草が気に入らなかったが、話の続きを促す。


「簡単でございますよ。ええ、本当に本当に簡単ですとも。ただ『地下街』の封印点の写真を撮ってきて頂きたいだけなのです」

「・・・地下街の?」

「その通りでございます。もちろんお代ははずまさせて頂きますよ。私こうみえても太っ腹でしてねぇ、クァッカッカッカ!」


はて、とナナシは首を傾げた。

『地下街』は、国から百害あって一利なしと封印処理を施された迷宮である。
魔物以外の資源、武具やアイテムといった物資の生産機能が潰えていたための処置なのだが、それは別段珍しいものでもないはずだ。
各地に点在する迷宮は、数こそ多数ではないものの、しかし十分に各国を賄えるだけは揃っていた。
その中でも資源的側面から見て特に優秀な迷宮は、国管よって理し運営されていた。その迷宮には国家冒険者のみしか立ち入ることが許されておらず、内部を迷宮防衛専門の兵士達が巡回することで管理がなされている。
戦争もない昨今では、もっぱら兵士の役割といえば迷宮巡回であり、彼らもまた冒険者と変わりない迷宮探索のスキルを求められるようになっていた。
そんな兵士達の手によって迷宮は管理・調査され、そこに辿り着くまでのルートや、採掘される資源量を比べた結果、その迷宮を封印するか否かが決定されるという。

つまりほとんど資源の採れない『地下街』は調査の末、有益な迷宮ではないと判断されたということだ。
そんな迷宮は腐るほど存在するし、そも調査の結果として封印されたのだから、今更映像資料を撮っても意味はないだろう。

一体何故か、とナナシは不思議に思った。


「おおっと、申し遅れました。私こういうものでして、はい」


言って、男は懐から名刺を差し出す。
訝しみながら受け取ったナナシは、時間を掛けてそれを解読した。
この世界の言語は、この国に限っては話し言葉は日本語にしか聞こえないというのに、文字様式は完全に別物なのだ。
何とか読み書きが行えるのも、ジョゼットの教育のおかげである。


「ええと・・・・・・、る、る、ルポライター?」

「その通り! 私『月刊イブリス』の冒険情報担当、ジョン・スミスと申しますです、はい」

「・・・偽名? いや、違うか」

「はい? なんですか?」

「ああ、いえ。何でもないです。・・・・・・これも文化差ってやつか」

「それでですねー、いやいや、まずは謝罪しましょうか。実はあなたが『地下街』の住人だと聞きまして、ここで張っていたんですよ」

「はあ、そうですか」


ジョンの話はこうだ。

今月号の特集として、封印された迷宮についての記事を書きたいらしい。
タイトルは決まっているそうで、封印されし迷宮に出没する霊の影! 鎧に宿った美少女の幽霊は涙を――――――云々。要するにゴシップだ。
『地下街』は封印処理を施されてはいるものの、出入り口が街のそこかしこに開いてしまっている特殊な迷宮である。
街中どこから魔物が出没するか解らず国も管理を放棄したのだが、兵士の監視の目がないことがジョンにとって都合がよかったのだろう。
問題は魔物が徘徊する街を抜けられない、という一点だけだ。
そこでナナシにお鉢が回って来たらしい。


「聞けば貴方様は地下街からこの街まで日常的に行き来しているのだとか。失礼ながらお強そうでもなさそうですし、これは秘密のルートでも知っているのではないかなと思いましてね」

「秘密のルートなんか無いですけど、まあコツを掴めばどうにでもなりますよ。かくれんぼと一緒です」

「それはそれは素晴らしいぃ! では私めを助けると思って、どうかお願いできませんかねぇ?」

「でも、ジョゼットさんにあそこは危ないから近づくなって言われてますし・・・・・・」

「そうそう、そのジョゼットさんですよ!」

「えっ?」

「お身体、お悪いんでしょぉう?」

「・・・・・・それは」

「大丈夫お代ははずみますよ。ほうら、前金はこれくらいでどうですかねぇ?」


大金であった。
前金でこれだけなのだ。仕事を無事こなし全額受け取れば、数ヶ月は持つ計算になる。

・・・・・・ナナシの答えは一つしかなかった。


「・・・その仕事、受けます。やらせてください」

「いやはやいやはや、喜ばしいことだ! ではさっそく今日、これから行ってもらいましょうかねぇ」

「報酬の方は・・・・・・」

「それはもう、もちろんですよ。ほうら、前金ですよ。受け取りなさい」

「こんなに・・・ありがとうございます!」


ナナシはジョンからマジカルカメラを受け取ると、札束を上着にねじ込み、来た道を急ぎ駆け戻る。
その顔に、笑みを浮かべながら。


やめろ――――――!

行くんじゃない――――――! 


そう、ここではない何処かで。今ではないいつかの自分が叫んでいた。
だが過去の映像に声が届く訳がない。
無慈悲にも、『ナナシ』はナナシの後姿を見つめるしかなかった。






――――――夢の終わりが、近付いていた。



















過去の映像の中、ナナシの知覚が及ばぬ所。

作りもののような笑みを浮かべるジョンの足元で、影が“ぬるり”と蠢いていた。


『ジョン・スミスだなどと、神の名を騙るとは不敬極まるとは思わないのか?』

「おやおや。誰かと思えば、貴方ですか。どうしたのです?」

『いいのか? あのまま彼を行かせてしまっても。死んでしまうかもしれんぞ?』

「クァッカッカッカ! なるほどなるほど! 彼が心配ですか! これはこれは、貴方も一端の聖職者だったようだ!」

『・・・・・・茶化すな。彼が死んでしまっては元も子もないのだぞ』

「やれやれ、嫌に噛みつきますねぇ。彼がそんなに気に入ったのですか? それとも私が、貴方がたの神の名を騙ったのが気に入らないのですか?」

『・・・・・・後者だ』

「彼を気に入ったとは言わないのですねぇ、ま、いいでしょう。それにしても『ナナシ』ですか。これも運命というのでしょうねぇ」

『まさか神と等しい意を持つ名だとは、な・・・・・・』

「クァッカッカッカ! そもそもかの御方だって神などではないでしょうに! ああ、彼も可哀そうなものだ。ここで死んだ方がきっとずっと楽でしょうに!」

『そうなっては困るのだ。今すぐに連れ戻せ。これでは、急過ぎる』

「まあまあ、先延ばしにしたって彼が力を得るわけでもなし。無意味でしょう? なら早い方がいいに決まってますよ。
 それに心配ご無用。最悪、彼が死んだとしても、困ることはないはずでは? だって、ねえ?」

『・・・何が言いたい?』

「“また代わりを喚べばよろしいだけですからねぇ”! クァッカッカッカ!」

『き・・・さまッ・・・!!』

「神ではない神に信仰を捧げたとてどうなるというのですかねぇ? いやはや滑稽滑稽!」

『この不信心者が! 今度こそ引導を渡してやるぞ!』

「おおっと! 怖い怖い、私はこれにて退散しましょうかねぇ。クァッカッカッカ! 
 それでは、我らが新たなる神に幸あれ! クァッカッカッカ、クックックカカカカカカ!」


ジョンが手を突いた物影の、影がぬるりと蠢く。
次の瞬間、ジョンの姿はどこにも見当たらなかった。


蠢く影達を、ナナシは知らない。













[9806] 地下8階 ・後
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:23


息を切らせながら、ナナシは廃墟の街を全力で駆けていた。
無理やり飲み込んだ唾液は、乾いた喉を痛いほどにひり付かせる。
涎を撒き散らしてむせ返りながらも、ナナシはそれでも足を止めなかった。


「なんで・・・・・・」


顎下を伝う体液は、汗か鼻水か。
おおよそ涙以外の顔から出る体液の全てを垂れ流し、ナナシは走り続けた。
止まることはできない。止まってはならない。


「なんで、こんなことに――――――!」


そこかしこから上がる魔物の呻き声が、耳に届いた。
今も走るナナシの足首を掴もうと、地面から毛皮に包まれた手が次々と“生えてくる”。
足を止めれば、そのまま喰われてしまうだろうか。

どちらにしろ、この街にいる人間に未来はないだろう。
であるならば。


「ジョゼットさん・・・ッ!」


自らの心配をする前に、他人を思いやるナナシ。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。


なぜ――――――。
なぜこんなことになったのか――――――。


繰り返し自問するも、さっぱり解らない。

簡単な仕事だと聞いていた。
ナナシ自身も、そうだとばかりに思っていた。
ジョゼットからは「近寄るな」とは言われていたものの、「足を踏み入れるな」とは言われていなかったのだ。


だから、“こんなこと”になるなんて、思ってもみなかった。


今、目の前では無数の魔物達が、蘇った亡者のように地面から這い出してきている。
まるでジョゼットが語った16年前の迷宮開放の日の焼き増しだった。


「俺のせいなのかよ、チクショウ!」


吐き捨て、駆ける。
叫び声に周囲の魔物達が一斉にこちらに眼を向けるが、ここまで数が多くなれば、もはや隠行は無意味だ。構わずに足を動かした。
ただ早く、ジョゼットの元に駆けつけなければならなかった。

ジョゼットはほとんど寝たきりの状態だったのだ。
これだけの魔物が湧いている今、その無事は・・・・・・。

ナナシの脳裏に、絶望的な予想が浮かぶ。


途端、感じる浮遊感。
考え事をしていたせいか、何かに躓き、ナナシは横転した。
魔物に足を掴まれたか、と思い急ぎ確認すると、そこには寸断された魔物の死骸が転がっていた。
どうやらこれに躓いたようだ。

その死骸を見改めると、その死因はどうやら大型の機械工作具で身体を捻り切られたように見えた。
別の一体は纏っていた防具の一部が、ドロドロに溶かされ凝固していた。ドリルで抉られたような痕や、ドライバーを直接眼窩から生やした死骸まである。
向っていた先へと、点々と工具にて止めを刺された魔物の死骸が続いていた。

もしや、と思い死骸の後を辿っていった。
向う先はジョゼットの家。その工房だ。
工房に近づくにつれ、転がる死骸はおびただしいまでの数になっていく。

ほどなくして、直にナナシは目当ての人物を見つけることが出来た。


「ジョゼットさん!」

「・・・・・・よお、お前ぇか。随分とまあ煩かったもんだから目が覚めちまったぜ」


そこにはジョゼットが、崩れた瓦礫を背にもたれかかるように腰かけていた。
何ともないとでも言いたげないつも通り好々爺な風体で、片手をふらふらと上げている。
もう一方の手に、未だ血の滴る凶悪な程に先の尖ったバールが握られていることからも、ジョゼットが魔物の死山血河を築いたことは明白だ。
弱っていてもなおジョゼットの強さは健在であった。
ナナシは転がるようにして、ジョゼットの元へと辿り着いた。


「よかった・・・・・・。ジョゼットさんが無事で、俺・・・・・・」

「へん、よせやい。俺がこんな雑魚共に負ける筈がねえだろうがよ。だがまあ、よく来たな。あんがとよ」


そう言って、ジョゼットは穏やかに笑った。
これまでにナナシが見たこともないような穏やかな顔だった。
その顔を何と言い表したらいいものか。背負っていた何もかもから解放された、まるで透明な笑みだ。
ナナシは何故か、背筋が凍えるような錯覚を感じた。


「ジョゼットさ――――――」

「どうやら封印が解けたみてえだな。お前ぇ、心当たりがあるか?」

「・・・はい・・・・・・」

「そうかい。じゃあ、話せ」


ナナシは語る。
カメラを手に、封印の間へと足を踏み入れた瞬間に、魔物達が地面から這い上がって来たのだと。
あまりにも簡単な説明に、しかしジョゼットの片眉が上がる。


「・・・・・・なるほどな」

「何かが起きたような、そんな気配はありませんでした。でも、きっと俺のせいです」

「気にすんな。お国の怠慢であって、お前のせいじゃない。あんな適当な封印、どうせ何時かは破れたさ。そいつが少し早くなっただけだ」

「でも! 俺が! 俺のせいで・・・!」

「うっせいな! 俺が違うっつってんだから違うんだよ!」
 

ぐ、と黙りこむナナシを見てジョゼットは思考する。

ナナシは何をかが起きたような気配はなかったと言っていた。恐らくそれは事実だろう。
そして、“それこそ”が答えでもあるだろうと、ジョゼットは当たりをつけた。


封印とは、言ってしまえば神との『やくそく』だ。
一般に言われる誓約等を思い浮かべてはいけない。神意が含まれる『やくそく』は、強い強制力を持つのだ。
封印結界に刻まれた『やくそく』は、あらゆる生物にその『やくそく』を強制順守させる力があった。
それを破壊するには、結界に込められた神意と同等以上の神威―――魔力を持って、結界自体を破壊ないしは解除しなくてはならないのだ。
その際に溢れた魔力は、爆発や轟音といった物理現象へと還元されてしまう。無音でそれを行うのは、よほどの技量の術者にしか不可能であるだろう。
そのはずだった。
だが、どこにでも例外は居るものだ。

言うまでもなく、この世界は神によって支えられている。
そしてナナシの身には、神の加護が全くと言っていいほど宿ってはいなかった。

ナナシは物理現象として顕現した神意。例えば魔術といった外部要因からは、加護が存在しない分むしろ大きな影響を受けるだろう。
だが、結界といった概念そのものに作用する魔術であれば・・・・・・?


ジョゼットが名を授けたと言っても、それは“ジョゼットを通した”間接的なものでしかなく、ナナシ自身に得られたものではない。
神意が身に存在しないナナシには、神との『やくそく』など、“守らなくてはならない”義理などあるはずもないのだ。
当然、結界などが通用するはずもない。

つまりはこういうことだ。

『地下街』封印の間に張られた封は、不踏の封印であった。
人間も魔物も、等しく拒絶する封印は、しかしナナシには全く効果がなかった。
何の障害にもならず、ナナシは封印の間へと足を踏み入れた。
その瞬間に、封印は誤作動を起こすことになる。
何者をも寄せ付けぬ封印であるはずが、しかし内側に人間を招き入れている、という矛盾を孕むことになったのだ。
『やくそく』などとは言うが、その実は緻密な術式によって構成されている封印結界は、しかしナナシが触れたそれだけで消滅した。
破壊でも解除でもない。消滅である。
しかも結界ソースコードの自己崩壊による瓦解とあっては、これがどれだけの異常であるか、ジョゼットには良く理解出来た。

ジョゼットの認識の間違いもあっただろう。
本来は足を踏み入れることが出来る筈もない場所だったのだ。
近づくなと言い含めるだけで、それで充分だと思ってしまっていた。
責を問うのなら、自分にこそ管理責任の不備が問われるだろうか。


「・・・なんだ? シケた面すんじゃねえよ、色男が台無しだぜ。ま、俺にゃ敵わんがな」

「ジョゼットさん、またそんな・・・・・・」


確かに『地下街』の封を解いた責はナナシにあるだろう。
否、そもそも封印があることを知っていたはずなのに、普通ならば封印の間には立ち入ることが出来ず無意味であると知っていたはずなのに、ナナシに依頼をしたジョンという男の存在が訝しい。
ナナシ自身は自責の念でそこまで考えが回ってはいないようだが、疑うには十分だ。

何をかの意図を持ってナナシに近づいたのだろうか。
それは解らない。
だがしかし、一つだけ確かなことは――――――。


「――――――こりゃあ冒険者におあつらえ向きの特技だ」


ナナシが行った結界崩しを、ほぼ正確に推察したジョゼットは、ニヤリと口端を持ち上げた。


「さてと、流石に疲れた。手かしてくんな」

「はい、もちろん。直にここから逃げましょう」


ナナシはジョゼットに肩を貸すよう、背中に手をまわし身体を担ぎ上げ。


「――――――え?」


不意に。
指先がぬるりと滑った。

一体、これは何なのか。

見れば、ジョゼットの背中から、座り込んでいた場所までを濡らす多量の液体が。
視線を落とすも、この液体が何なのか、理解出来ない。
酸素が回らない脳は、思考することを拒否していた。


「ジョゼットさ・・・こ、れ・・・・・・」

「悪いがな、もう怒鳴るだけの体力も惜しい。このまま工房に連れて行ってくれや」

「で、でも!」

「言う通りにしろよ。お前に何が出来る? 魔法も使えないお前に傷が癒せるとでも? 聞き分けのない事を言わずによ、ほら、さっさと行こうぜ。
 もう少しで完成するんだ。もう少しで、な」


考えるまでもなかった。
ジョゼットの背を濡らしていたのは、大量の血液。
抉りとられた背から流れる血は致死量を越えていることを、一目で理解させられる。もはや手遅れだった。

だが、そんなことはどうでもいいことだとジョゼットは笑う。
その笑みは無色透明。
・・・・・・自分の最後を悟った者の顔だった。


「・・・・・・はい」


今度こそナナシは何も言えなかった。
ジョゼットはこれから、“仕事納め”に行くのだ。
それを邪魔することは出来なかった。

ナナシは唇を噛みしめ、ジョゼットの身体を支えた。一歩踏み出すごとに、鈍い音をたて、血液が地面に染みを作った。
その音を耳に入れないように務めて歩いた。命が零れる音だった。
ナナシは己に課された責任を理解していた。
それは、見届けることだ。
職人の仕事が完遂される、最後の、その一瞬まで。

血みどろになった二人の後姿が、工房の扉の向こうへと消えていく。
内側から魔物の進入妨害のためのバリケードを築いたと同時、俄に工房から甲高い澄んだ音が廃虚の街へと響いた。
音に導かれた魔物達が、誘蛾灯に群がる羽虫のように、わらわらと工房を目指して来るのが扉の裂け目から見えた。
ついには空腹に我慢が効かなくなった数体の魔物が、塗装が剥がれた扉へと鋭い爪を突き立てる。
だがそんなことはお構いなしに、より高く遠くへと音は響いていた。


かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。


熱気が籠る工房の片隅で、膝を抱えて座る青年が、一心不乱に鉄を打つ老人の背を静かに見つめていた。










◆◇◆










一体どれほどの時が経ったのだろうか。
数分だろうか。それとも数刻だろうか。
時間にしてみればそれほど長くはなかっただろう。
いつしか鉄を打つ音は止み、辺りには魔物の叫びと、バリケードを壊す音だけが聞こえていた。

迷宮のただ中に建つジョゼットの住居は、封印のほころびから抜け出した魔物の襲撃を想定して建築されている。
ボタンひとつで外壁の周囲に鉄板を降ろし即席のバリケードとするといった仕掛けはもちろん、トラップや防衛機構も山ほど備え付けられ、その規模はもはや小型の要塞と言える程だ。
だが襲撃を想定してあると言っても、あくまでそれは封印の網目を抜け出せる程度の低級な魔物であり、これだけの数を相手取ることは出来るわけもなかった。

ついに一体の魔物の爪がバリケードを破り、脆い扉へと突き刺さった。
かぎ爪を引っ掛けるようにして、内側から扉が引き裂さかれる。
大きく空いた穴から工房の中へと、ぬうっと魔物の頭が現れた。
大型の昆虫と動物を無理やりに足したような顔。その顔が醜く歪んだのは、哀れな餌を見つけたからか。
半獣半虫の魔物は涎を垂れながら醜悪な笑みを浮かべ、大きくその顎を開いた。

その時だった。


「グブァギャァアアアア!?」


扉に突っ込まれていた魔物の頭が、爆ぜるように吹き飛んだのは。
あまりもの衝撃に、頭部だけが爆ぜたのだろう。扉の向こう側にある魔物の身体は、糸を切った人形のように崩れ落ちた。

魔物の頭の替りには“鉄拳”が添えられている。
無作法な客人を出迎えたのは、この鋼に包まれた拳であった。


「そうだ、それでいい。出来ないなんて泣き言を言ってた割にはやるじゃないか」


薄暗い工房の中で、ジョゼットは目をぎらつかせながら、鉄塊へと向き合っていた。
血の抜け切った顔は蒼く、今にも倒れそうだ。しかしその双眸だけはぎらついた光を放っている。まるでこの一瞬を見やるためだけに人生の全てを捧げてきたかのような、そんな輝きだった。
ジョゼットは言う。


「俺がお前に教え込んできたのは、ただの護身術なんかじゃあない。名のある流派でもなけりゃ、系統立てられた武術でもない。
 俺が培ってきたあらゆる剣術武術を織り交ぜたごった煮さ。世界でお前しか使う者のいない一人流派、『機関鎧』を纏うことが前提の戦闘術。
 ナナシの武技、無名戦術だ」

「名無しの技・・・・・・」

「そうだ。お前はどう思ってるかは知らねえが、お前には才能がある。少しずつだが、しかし確実にあらゆる知識や技能を習得していく才能、冒険者の才能だ」

「俺に冒険者の才能なんて」

「うっせいな。俺には解る、俺はそう信じてる。それだけだ。違うって思うんなら、そりゃあお前の方が間違ってるに決まってる」

「それは、無理矢理ですね」


ジョゼットと向き合ったナナシは苦笑した。
もはや死に体のジョゼットを見ても、ナナシは取り乱すことはなかった。
ジョゼットはそれでいい、と頷く。


「そうだ、それでいいんだ。なぁにこんな事はよくある事だ、大した事じゃあねえ。お前はこれくらい笑い飛ばせるぐらいに強くならにゃいかん」

「・・・・・・はい」

「さて。少し、ジジイの昔話に付き合ってくれや」


ジョゼットは、工房の隅に腰を降ろし、語り始めた。


「冒険者を引退してこの街であいつと一緒になって、そして息子が産まれて、孫が産まれて・・・・・・。思い返せば色々あったもんだ。
 16年ほど前の話だ。その時の俺は、息子夫婦とその娘と一緒に暮らしていたんだ。それはそれは可愛らしい娘でな、自慢の孫娘だったよ。
 おじいちゃんおじいちゃんって、俺の後ろを追いかけてきてなあ。息子にかまってやれなかった分、この娘には良くしてやろうと思っていたよ。
 そしたら俺に懐いちまってなあ、両親はいい顔をしなかったが、自分も冒険者になるって聞かなかったんだ。
 俺も俺で柄にもなく顔だらけさせてな、昔の冒険譚を話しながらいっつも笑ってた。笑っていられた。
 こう見えて俺は熱心な神教徒でな。冒険者となったのも、神への供徳を積むためだった」


神様たちは具体的な形で御利益をくれるからな、とジョゼットは力なく笑った。


「だがな、ある日気付いちまったのさ。神様は確かに力を与えてくれるだろうよ。でもな、助けてはくれないのさ。
 ・・・・・・そう、忘れもしない、あの日だ。今日みたいに、地面から無数の魔物が生えてきた日、地下街出現の日だ。
 あの日、俺はいつも通りに家に帰って来た。いつも通りにただいまと言って、いつも通りに孫娘を腕に抱いて、いつも通りに一日を終える・・・・・・そのはずだった。
 家に帰った俺を出迎えたのは、喰い散らかされた息子夫婦のハラワタと、何かを叫ぶように口を開いた孫娘の半分だけの顔。
 そして、牙を赤く染めた魔物だった。
 そこから先はあっというまに地獄だったよ。瞬く間に街は餌場になって、そして元冒険者だった俺だけが生き残った」


目を覆うようにして語るのは、過去を思い出したくがないためか。それとも、涙を隠すためか。


「俺は神に尽くしてきたはずだった。息子がガキだったころも世話を放り出してまで日々の祈りは欠かさなかったし、あの日だって教会帰りだったんだ。
 だが、その神が俺に何をしてくれた? 力を与えてくれた? 馬鹿な、そんなもの何の助けになるという。所詮与えられた力じゃないか。神様の気まぐれでいつか取り上げられるかもしれない。
 俺が欲しかったのは力なんかじゃなかった。肝心な時に神は応えてくれない。神は俺の助けを呼ぶ声を無視したんだ。・・・・・・そんなものを求めるのが間違ってるのにな。
 ただあの時の俺はそう考えていたんだ。
 あれだけ神に尽くしてきたというのに、この仕打ちはなんだ・・・・・・とな」


それはただの愚痴だったのかもしれないし、過去への贖罪なのかもしれない。
ただナナシは、静かにジョゼットの言葉へと耳を傾けていた。
魔物達のざわめきなど、少しも気にならなかった。


「そして俺は神を憎み、放神を行い、後はお前の知っての通りさ。10年以上コイツを打ってた」


軽く握った拳で、コンと手に持った鉄塊を叩く。
それは、ただの鉄塊ではなかった。
人間の頭部程の大きさで、中空の造り。頭に被ったならば、薄緑色のレンズ部分がちょうど目にあたるだろう。
それは鉄兜だった。


「・・・・・・答えが、出たんですね」

「ああ。俺たち人間は神に依存しすぎている。この世界も然りだ。世界はもっと自由になってもいい」
 

ジョゼットが鉄兜のコメカミにあたる部分を弄ると、鉄兜は割けるように大きく展開。その内側を晒した。
外見に比べ、機械的な印象の内部構造が覗く。この兜が、ただ単に鉄を打っただけのものではないことが察せられる。
これはその外観とは裏腹に、実際には“この世界の科学技術”の粋を集めた技術によって基盤から構築された機器なのだ。
名を『機関鎧』という、戦うための武器であった。


「だがまあ、お前には関係のない話だな」

「それは」

「お前さんがうらやましいよ、ナナシ」


ジョゼットは兜の内部、その一部を愛おしそうに指先で撫でた。
兜の内部、装甲板の隙間に隠されるように彫金がなされた一ヶ所。
そこには、何をかの文字―――人名が掘られているようだった。


「神の力に頼らない武器を作ろうと思っていたが、土台それは無理な話だ。物質の構成にまで神の影響があるってんじゃあお手上げだ。
 この鉄から神様を追い出す事は出来なかったのさ。だから俺は、別のものを込めることにした」

「別のもの?」

「呪いさ、神々へのな。放神を行った俺にゃあうってつけだからな。元々聖職者だったこともあって、やり方とその効能は骨身に染みてる。
 対象はもちろん神様よ。呪いってのは対象がいなけりゃ成り立たんだろう?
 つまりは、だ。神を拒絶するのではなく、否定したんだ。神様を追い出そうとするんじゃなくて、飲み込んで犯してやったのさ。
 逆説的に神の存在を容認することによって、やつらの横っ面を引っ叩いてやったわけだ」

「神の“存在”を拒絶するのではなく、その“影響”を否定する・・・・・・」


神などいない、とその存在を拒絶するのではない。
ジョゼットは、神など“いらない”、と真っ向から挑んだのだ。
それは間違いなく呪いだろう。
その言葉が正しいならば、ジョゼットによって打たれた鉄は神の認知下にありつつも、その影響をほとんど受けることがないということだ。
つまり、自らの加護神が定めた『信仰』によって行動や能力が左右されることがないわけだ。
ジョゼットが本来していた想定からは外れることになるだろうが、ある意味では神威を受け入れているということは、条件さえ合致すればその恩恵を受け取ることが出来る可能性も残されているはずだ。
ここまで来たらいいこと尽くしのように聞こえるだろう。

だが、所詮は呪い。
対象が神であり、具体的な効果が定められてはいないとはいえ、呪いがもたらすリスクやマイナス効果は計り知れない。
ナナシのように神意の認知外でこそないものの、神への呪いが込められた武具など、この世界にあってはイレギュラーでしかないのだから。


「どこまでいっても所詮は呪いだからな。人体に悪影響を及ぼすのは間違いがなかった。
 呪いが外に漏れ出ることがないような造りにしたが、その分装着者に全部跳ね返るようになっちまった。
 神意を締め出したはいいものの、今度は逆にその呪いを克服できるだけの神威を体現出来る奴を探さなきゃならんくなったのさ。本末転倒とはこのことだ。
 そうしてどうしたもんかと煮詰まったある日、お前が現れた」

「この呪いは神意の逆流現象・・・・・・なら、俺には効果がない・・・・・・?」

「その通りだ。元聖職者だったからな、一目でお前が“違う”と解ったのさ。こいつを着るのは、お前しかいないと思った。皮肉だが運命を感じちまったんだ」


鎧を着た奴は、神様を呪ったために天罰が下るのさ、とジョゼットは言う。
なるほど、ならばこの鎧を纏える者はいないだろう。
あらゆる神意の影響を受けつけぬ、ナナシ以外には。


「俺がこいつを造ろうと決めたのはな、神に頼らずとも人は生きていけるってえ証明のためだ。
 機関鎧ってのは冒険者用の武装じゃあない。こいつは、本来レベル上げの出来ない自警団の連中やら、身体の衰えた老冒険者のために造られたもんだ。
 こいつも同じさ。こいつは、弱き者のためにあるんだ。弱き者が理不尽に嘆くことのないように、理不尽に立ち向かって行けるようにな。
 今でも思うよ。あの時、機関鎧がたった5機でいい、街に配備されていたら・・・・・・ってな」

「ジョゼットさん・・・・・・」

「はは、今となってはもう遅いがな・・・・・・ぐ、ごほっ、ごぼッ・・・・・・!」


身体をふらつかせたジョゼットに慌ててナナシが駆け付けようとするが、それを手で制した。
向けられた掌には、血がべっとりと付着している。喀血の跡だった。
以前ジョゼットが倒れたよりも少量の喀血は、もはや吐く程の血も残っていないからなのか。


「ふん、人を呪わば穴なんとかだ。この病は呪いが原因で患ったものなのさ。しかも呪ったのは神様よ。治療なんて出来るわけがない。
 なぜこんなことをした、とは言ってくれるなよ? こればっかりは当人にしか解らんさ。俺にはこれしか思い浮かばなかったんでね」


何かを言わねば、とナナシの喉元まで、熱い塊がせり上がった。
しかし、ナナシはそれでも何も言うことはできなかった。
ジョゼットの目がとうに曇り、呼吸が段々と浅く早くなっているからではない。
重い荷物をやっと降ろせたかのような、そんな穏やかなジョゼットに、情けない姿を見せてはいけないと。
何故かは解らないが、ナナシはそう思った。


「さあ、話はお終いだ。お客さん達がシビレを切らしてらっしゃるぞ? 腹がすいてたまらんとさ。ゲンコツと鉛玉を腹いっぱい喰らわせて差し上げろ」

「・・・・・・はいッ!」

「段どりは解ってるな? 予備バッテリしか積んでないからな。工房の周りに群がっている有象無象どもを蹴散らした後、一度補給に戻ってこい。
 その後は、脇目も振らず一目散に逃げるんだ。 
 ・・・・・・そんな顔すんな。言ったろう、お前には才能があるとよ。自信を持て。お前は俺の、たった一人の弟子なんだからな」

「はい・・・はいッ!」

「ああ、忘れる所だった。なあ、ナナシよ」


ジョゼットは、ナナシの頭に兜を被せながら言った。


「孫娘を――――――『ツェリスカ』をよろしく頼む」

「はいッッ!!」

「ようし、いい返事だ! 行け、若き完全装鋼士(アイアン・スミス)よ! 礼儀知らずの馬鹿どもを蹴散らしてこいッ!」


もはや言葉はいらない。
ナナシは力強く頷いた。

全身に『鎧』を纏い、腰には折りたたみ式の巨大なリボルバーキャノンを、手には肩に届く程の長大な片刃剣を携え、工房の外へと飛び出す。

扉を蹴破り現れた鋼鉄の人型に、魔物達に動揺が広がる。
何十という殺意が含まれた視線に貫かれたナナシは、しかし一歩も引かなかった。


「OS起動。音声入力をオンに、ガイド表示」

『――――――おはようございます。当機は独立型機関鎧戦闘支援ユニット、ツェリスカです』


コンディションがバイザー下に表示され、合成音声がシステムの起動を告げる。
ナナシがこの世界で過ごすことになってよく耳にするようになった、魔道機関に用いられることの多い支援ユニットの起動音。つまりはAIの声だ。
AIと言えど、支援ユニットは入力に対しあらかじめプログラミングされていた言葉を継ぎ接ぎし返すだけであり、人工“知能”と言える程の自律性を備えているとはお世辞にも言えなかった。
だが、この鎧のAI音声の生々しさといったら、人間のものと全く遜色はない。
人間の少女の声質であり、孫娘の名である『ツェリスカ』を冠しているとあっては、ジョゼットが鎧本体だけでなくプログラミングにまでどれほど心血を注いでいたか、想像に容易いだろう。
きっと、ジョゼットは孫娘を復活させようとしたのだ。せめて、声だけでも。

ジョゼットは何を想って鎧に孫娘の名を付けたのか。
復讐のためか、贖罪のためか、あるいはその全てなのか、それは解らない。
だが、何となくだがナナシは、ジョゼットが孫娘に冒険者をさせてやりたいと願ったからではないかと思った。
造り物でしかないとしても、ツェリスカの名を冠した鎧が未踏の地を踏みしめ、未だ見ぬ不思議を目撃していくとしたら。何よりもの慰めになるだろう。
それが自己満足だと笑うことは出来ない。ジョゼットにとっては、この鎧が孫娘そのものなのであろうから。

そう、この日この時。

青年は、少女と出会ったのだ――――――。


「・・・おはよう、ツェリスカ。俺の名前はナナシ・ナナシノだ。解るか?」

『ユーザー認証を行います・・・・・・マスター登録者と声紋合致、ユーザー認証完了。
 おはようございますマイ・マスター。当機の操作説明を行いますか? 回答の入力を』

「ああ、頼む。わかりやすくな」

『了解しました。操作説明を表示中、システムチェックを行います。
 検索中・・・・・・エラーエラーエラー。起動不全により全機能の8割が動作不良を起こしています。
 当機の戦闘能力は30%まで低下。早急にメンテナンスすることをお勧めします』

「コンバット・プルーフどころか起動実験さえしてないもんな・・・・・・。仕方ない、悪いけどぶっつけ本番だ。ツェリスカ、行けるか?」

『問題ありません』

「言い切りやがったよ。全く、さすがジョゼットさんのお孫さんだ」

『敵性勢力を確認。接敵まで距離30』

「来たか。大丈夫・・・大丈夫だ俺。俺なら出来るって、ジョゼットさんも言ってただろう。目の前の敵に集中するんだ。
 初陣で焦った奴は生き目を見ない。・・・・・・だから震えるなよ、くそっ!」

『使用可能武器検索・・・・・・ヒット。サブウェポンを確認しました。内蔵武装、フィストバンカー及びアースイーターの使用が可能です。
 サブウェポン、リボルバー及びカッティングのデバイスドライバを習得しました。遠距離、近接戦闘では自動補正が入ります。注意してください』

「わかった。今後は機体状態の報告以外は文字表示してくれ」

『了解しました。コンディション報告を例外ルールに、音声入力時のみレスポンスを返します』

「そうしてくれると助かる。まだお喋りしながらじゃ戦えそうにないからな」

『敵勢力接近、戦闘行動を開始します。左腕ボルト固定、右腕開放・・・完了。撃てます』

「行くぞぉぉおおおおおお!」

『Blast‐off』

「イグニション――――――ッ!!」










◆◇◆










――――――踊っている。
ツェリスカが踊っている。
返り血を浴びて真っ赤になりながら、踊り狂っている。

途切れる意識を繋ぎ、霞む目を凝らしながら、ジョゼットはナナシの戦う姿を眺めていた。

冒険者時代にため込んだ魔法薬を山ほど使ったおかげで出血は止まったものの、あの出血量では、長くは持つまい。
重傷を負い病に侵された身体で、まだ生きていられるのが不思議なくらいだった。執念が成したものなのだろう。
しかし、自分の弟子と作品の活躍を最後に目に焼き付けて逝こうと思い外にまで這いずってきたはいいものの、もはや指一本動かなかった。


「あぁ・・・・・・雨か・・・・・・」


いつしか空は曇り初め、ぽつぽつと雨が零れ始めている。


「そういえば・・・あんときも・・・雨だった、な・・・・・・」


次第に雨は強くなり、容赦なくジョゼットの体温を奪っていく。
残された時間が減るのは一向に構わないが、ナナシの姿が見難くなるのだけは残念でならなかった。


「本当に・・・あんときの、焼き増しなんだな・・・・・・」


ジョゼットは笑った。
いままで、こんな雨の日は外を見ることすら苦痛だった。雨に薄められてむせ返る血の臭いを思い出し、幻臭に苦しめられることになるからだ。
幻臭だけではない。こちらに手を伸ばし助けを求める家族の姿まで見えていた。まるで地獄だった。
雨が振った日は鉄を打つことも休んでいた。その日は、ただただ絶望に耐えることにだけ費やされていた。
雨に打たれることなど、考えられないことだった。

だが、今は。
なぜだろうか。雨音が酷く優しく、懐かしく、自分の名を温かく呼ぶあの子のような、そんな音に聞こえていた。
これまで凝り固まっていた怒りが、憎しみが、洗い流されていくかのようだ。

もう少しも辛くない。悲しくもない。痛くも、苦しくも――――――。


「・・・・・・終わりました。ジョゼットさん」

「・・・・・・ん? ああ、お前ぇか」


呼びかける声に、閉じかけた意識を取り戻す。
小脇に兜を抱えたナナシが、まだ荒い息を吐きながら、雨からジョゼットを守るように立っていた。
ナナシの後ろには、魔物達の屍の小山が築かれている。ジョゼットが打ち倒した魔物の、裕に倍は下らないだろう。
地表にはい出して来られる程度の低層をうろつく下級モンスターといえども、初陣でこれだけの数を仕留めたともなれば上出来と言えよう。
機関鎧の性能にも助けられたのだろう。
しかし、低級モンスターなど物の数にも入らない程の作品を造り上げたとの自負はあったが、起動不全を起こすことが間違いなしであったともなれば、それだけが理由とは言い難い。
間違いなくナナシ本人の才能の成せる業であると言えよう。


「レベル0の癖に、ってか。はは、レベルなんてくだらねぇよな。だから俺は、お前にツェリスカを渡そうと決めてたんだ」

「本当に素晴らしい鎧でした。俺が生き残れたのは、こいつのおかげです」

「へん、じゃあもそっと嬉しそうな顔しろや。初陣を勝ち残ったんだぜ。そんなしけた顔するんじゃねえよ」


ぐ、とナナシは息を詰まらせた。
唇を噛みしめ、無理やりに涙を堪えているかのような顔だった。


「ほら、お前は勝ったんだろ? なら笑わねえとよ」

「・・・・・・笑うなんて、できないですよ」

「笑うんだよ。出来なくても、無理矢理笑え。これから先出来なくてもいい。今だけ、ここは笑っとけ」

「・・・・・・はい」


返事とは全く裏腹の顔であった。

はあ、とジョゼットは溜息を吐く。
どうやら、まだ教えねばならないことがあるようだ。


「いいか、お前がこれから足を踏み入れるのは人死にが当たり前の世界だ。友人、仲間、恋人、自分に近しい者たちが、あっというまに呆気なく死ぬ。そんな世界だ。
 いちいち泣いていたら持つ訳がない。時間の無駄だ。そんな時間があるのなら、前を向いて、一歩でも多く踏み出せ。
 一歩進めば一歩分、二歩進めば二歩分だけ、迷宮は攻略されていくのだからな」

「めい、きゅう?」

「そうだ、ナナシよ。お前は未だ踏破されぬ迷宮を攻略する、『冒険者』になるんだ。
 命を掛けて、名声を、名誉を、栄光を、金を、力を手に入れんと迷宮に潜る、冒険者へとな」

「俺が、冒険者に・・・・・・!」


ジョゼットの言葉を噛み砕き、飲み込んで、理解して。
ナナシの顔に驚愕が浮かんだ。
それは単純な驚きの表情ではない。胸の内に熱い風が吹いたかのような、ある種の熱意を孕んだ顔だった。

ジョゼットはニヤリと笑った。


「いいか、冒険者になる以外にお前さんが“元いた場所”に帰る術はないぞ」

「し、知っていたんですか!?」

「さあな。だが解ってた。仮にも俺は名付け親だぞ? お前のことなんざ、全部すべてまるっとお見通しだ」

「・・・俺、この世界の人間じゃ」

「ああ解ってるっての、皆まで言うな。だいたいな、神意の存在しない生命体なんて“不自然”過ぎるだろうが。じゃあ考えられることは一つだ。
 それの届かない所で産まれて、やって来たと、そういうことだな」

「初めから解っていたんですか?」

「言ったろ、一目見て解ってたとな。神父は未だに信じちゃいないらしいが。ま、元冒険者の勘ってやつさ。
 おかげで不思議なことに意味を与えずに、そのまま不思議なこととして受け入れられる」


消えかかった蝋燭とでも言うべきか、驚くほど舌が回る。
気を抜けば意識が途切れてしまいそうだが、まだほんの少し猶予が残っているようだ。


「ナナシ、こっちにこい」

「・・・はい」

「ツェリスカを良く見せてくれ。ああ、いや、ツェリスカを着たお前を良く見せてくれ」


頷き、ナナシは兜を被る。
そして壁にもたれ掛かるジョゼットの傍らへと、片膝を付いた。
ジョゼットは目を細めてナナシを、否、ナナシとその身に付けられた機関鎧を見詰めた。


「よし、もういいぞ」

「・・・・・・このまま貴方を担ぎあげて、連れて行けたらいいのに」

「無理だって解って言ってんだろ? じゃなかったら怒鳴られたいのか、ん?」


ナナシだって、解っているだろう。
もうジョゼットが手遅れだということを。

だから、罪悪感に押しつぶされそうになりながらも謝罪を口にすることはなかった。


「ようし、初陣ついでに初クエストもこなしてみせろ。依頼してやる。教会・・・は遠いな、お嬢の所に駆けこんで、役人共に地下街の封印が解けた事を知らせるように言え。
 お前自身の事は黙っておけよ? 名前だけだが加護はあるんだから、バレることはないだろう。ほれ、復唱」

「・・・・・・はい。お嬢様の所に、役人に取り次いでもらえるよう報告に行きます。俺の事は、秘密にします」

「ああそれでいい。さ、もう行け」

「・・・・・・」

「・・・・・・どうした? なぜ行かない」

「わかっています・・・・・・わかっています! でも、やっぱりこんな所にジョゼットさんを置いて行くなんて、俺には出来ない!」

「・・・・・・まったく、お前って奴はよ」

「嫌です! いやなんです! 頭じゃ解ってるんだ! でも無理なんだ! 一緒に行きましょうジョゼットさん、お願いだから行くと言って下さい!」


ようやく。絞り出したかのような叫び声をナナシは上げた。
ジョゼットがこのまま死んでしまうだろうことは、嫌でも理解していた。それに対して、もしかしたらだとか、助けがくるかもだとか、そんな考えは浮かばない。
工房周りの魔物はあらかた一掃したが、それでも時間が立てばまた土の下から魔物達が這い上がってくるはずだ。
もしこのまま此処にジョゼットを置き去りにしたらどうなるか。

きっと、魔物達を肥えさせるだけになるだろう。
肉片の一欠片も残らないに違いなかった。


「おっ、もしかして俺を囮にするつもりか? いい心がけだ。生き残り方ってのが解ってきたようだな」

「そんなこと!」

「はっはっは、いやいや冗談だっつうの。しかしなあ、おい――――――」


ジョゼットは深く溜息を吐いた。
そして肺一杯に空気を溜める。


「甘ったれるんじゃねえ! このクソガキ!!」 


腹の底から響く、落雷のような一喝。

正に雷に撃たれたかのように、ナナシは身をすくませた。顔は鉄兜に隠れていて解らないが、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな顔をしていることだろう。


「言ったはずだ、お前は冒険者にならねばならんと! だったら、こんな所で立ち止まることが許されるわっきゃねえだろうが!」

「う、ぐぅ・・・・・・!」

「立ち上がれ! そして往け! 決して、振り向くな!」


叱咤され、ようやくナナシはふら付きながらも立ちあがった。


「そうだ、それでいい」


満足気に頷いたジョゼットに背を向ける。

・・・・・・足が重い。

振り返るために費やした努力は、きっとこれまでの人生で一番のものだっただろう。

・・・・・・不甲斐ない。

あまりもの情けなさにナナシは眩暈さえ覚えていた。
あんなにも世話になったジョゼットに、自分は何も返せてはいないではないか。
ジョゼットが死に瀕しているのは自分のせいだ。これでは恩を仇で返したようなものではないか。


「俺は・・・俺は、何て・・・・・・ッ!」


ぎり、と奥歯を噛みしめる。
振り返ったはいいものの、一歩が踏み出せなかった。
いつの間にか土砂降りになっていた雨が、鉄の外装を叩く音も耳には入らない。


「ああそうだ、言い忘れるところだった」


動かぬナナシの背へと、ジョゼットは投げ掛けた。


「よくやったな」

「・・・・・・え?」

「よくやった、と言ったんだ。初めての戦いにしちゃ上出来だ。何も言うことはねぇさ、お前は立派だったよ」

「――――――ッッ!」


もう限界だった。
記憶にある限り、初めて褒められたのだ。

兜を被っていたこと、背を向けていたことは幸運だったのかもしれない。
溢れる涙を見られずに済んだのだから。


「俺、なります! 絶対に冒険者になります!」

「そうかい」

「だから・・・・・・!」


ナナシは、一歩、踏み出した。


「さよなら、ジョゼットさん・・・・・・ッ」

「おう。あばよ、ナナシ。そしてお前が決めた道を往け、冒険者」


足取りは重い。
しかし確実に、ナナシは前へと進んでいった。
後悔とは、後で悔やむことなのだ。今は進む時だ。
それでしかジョゼットに返礼できないのだとしたら、せめて最後は望まれた姿を見せることが自分の義務のはず。
冒険者は、倒れた者の元へと引き返してはいけないのだから。


「まったく、面倒なヤツを拾っちまったもんだ――――――」


背後で、何かが崩れ落ちる音が聞こえた。


ナナシは振り返らなかった。













[9806] 地下9階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:9c0950aa
Date: 2009/11/26 03:23


キマイラが背後を振り返ったのは、鉄を擦り合わせたかのような異音が聞こえたからだった。
見れば、獲物から剥ぎ取った“殻”が独りでに立ち上がらんとしているではないか。

ありえない、とキマイラは我が目を疑った。
あれはただの鉄塊のはずだ。

キマイラの人為的に造られたが故の高い知能は、その殻が骨となる人間なしでは動き回ることなど絶対に出来ないことを理解していた。
現にあの鉄鎧からは、何の気配もしない。
それ自身の力も、あるいは何者かの介入も、まるで感じないのだ。
だが、間違いなく鉄鎧は動いている。

キマイラが困惑に手を出しかねていると、またひときわ大きくがちゃん、と異音がした。


『深刻なエラーが発生しました。不正な処理が行われたため、アプリケーションを終了します。システムチェック――――――終了。再起動します』


これを見た者はキマイラでなくとも驚きに目を剥いたことだろう。
ありえない光景だった。
そこにはナナシの機関鎧が内側の空洞を覗かせたまま、ゆらりと佇んでいたのだ。
しかし糸に吊られたマリオネットのようなその風体。
“抜け殻”であることは、一目瞭然だった。


『・・・・・・装着者の心肺停止を確認。身体欠損が無いため、治癒可能と判断。蘇生措置を施します』


機関鎧はぐらぐらと覚束ない足取りでナナシの側へと跪くと、折れ曲がった首に手を添えた。
もう一方の手は無造作に髪を掴み、そのままぐいと引っ張った。
・・・・・・嫌な音が、ナナシの首の内側で鳴った。

キマイラには鉄鎧が何をしようとしているのか、さっぱり解らなかった。
解るのは、ぐったりと手足を弛緩させていた獲物が鉄鎧にしばらく首を触れられるや、激しく痙攣を始めたこと。
それと、眼前の鉄鎧が自らに仇成す者であるということだけ。
しかしそれだけ解れば十分だった。

キマイラは蛇のタテガミ全てを鉄鎧に向け、姿勢を低くし臨戦態勢を執る。
喉奥からほとばしる唸りは、肝の弱い動物であれば、聞くだけで昏倒したことだろう。
これはもはや狩りではない。
ナナシにも鈍色にも取らなかった戦いの構えを、キマイラは執ったのだ。
それだけこの機関鎧は、キマイラにとって不気味であった。

眼前の鉄鎧からは未だに気配が感じられない。
まるで死霊系魔物『リビングアーマー』のよう。
これが自律行動を執っていることも不可解だが、それよりも背筋を粟立たせるこの感覚はなんだ。

キマイラは予感した。
鉄鎧が、自らを脅かす存在であるかもしれないことを。


『スキル・オートカウンター発動。当機はこれより自動迎撃行動を開始します』


淡々と鎧は合成音を響かせ、告げた。


『――――――Kill you――――――』


自らにプログラムされた以外の言葉を以てして。
これも、ありえないことであった。
しかしそれを察知出来る者は、今はどこにもいなかった。

鎧の宣言に対し、キマイラは咆哮と爪撃にて応対。
もはや元となった生物が何なのかも解らない奇声を発しながら、酸性の体液を滴らせる爪を振り上げ、鎧へと迫る。
迎え撃つ鎧は、迫るキマイラをじっと虚ろな双眸で見極めていた。
キマイラの爪があわや鎧の頭部を粉砕せんと突き刺さらんとする。


「グオオオオ――――――!?」


しかしキマイラの爪は空を切る。
爪が通り過ぎた軌跡は、正に鉄鎧の兜が収まっていた場所だった。
キマイラが驚愕の叫びを上げる。
鉄鎧に爪が届くその瞬間に、鉄鎧は“自らの頭部を落とした”のだ。   

首から覗く腔内で空気の残響が鳴っている。
コゥと鳴く暗い孔は、キマイラの命を吸いこもうとしているかのようだった。

首なしとなった鉄鎧が動く。


『Blast‐off』


右腕から三本の杭が出現。
拳の加速距離を稼ぐための体幹の“ひねり”は、人間の関節の稼働域を明らかに超えたものだ。
だが問題はない。
鉄鎧の身の内はがらんどうなのだから。


『Ignition』


そのまま伸びあがるように、拳を撃ちあげた。

一撃に三本の杭全ての衝撃を込めた一撃。
吸い込まれるように、キマイラのがら空きになった体へと拳がめり込んだ。
合成された身体といえども脇は急所なのか、キマイラは醜い悲鳴を上げる。
鉄鎧は止まらない。


『Ignition――――――』


未だ空中にキマイラの身体がある内に、二撃目の拳。
鉄鎧は止まらない。


『Ignition―――Ignition―――Ignition――――――』


二度、三度、と。
キマイラの身体は何度も空に撃ち上げられていく。

堪らず反撃するキマイラだったが、何の抵抗にもならなかった。
爪を、腕を、尻尾を振るうも鉄鎧が軽く腕を振るうたびにその全てが逸らされ、いなされていく。
まるで打撃の体を為してはいない。鉄鎧がカラッポ故に、衝撃が伝わらないのだ。
攻撃を受けるのではなく、むしろ合わせるよう勢いに任せれば、鉄鎧の中空構造が自然とキマイラの一撃をあらぬ方向へと流していく。
弾き飛ばされた手足は“ぐるり”と一回転しては戻り、余剰分の衝撃を殺す。
偶然針のような体毛の一撃が腹に突き刺さるも、効いた様子もない。
当然だ。鎧はカラッポなのだから。

人間という枷から解き放たれた鉄鎧の動きは、もはや魔物の領域に部類されるものであった。


『Ignition―――Ignition―――Ignition―――Ignition――――――』


鉄鎧は止まらない。

キマイラは鉄鎧の存在が不可解だった。
独りでに動いているのは元より、人間を内に収めていた時よりも明らかに動きのキレがいいのはなぜか。
拳を撃ちこむ度、威力が段々と跳ね上がっていくのは一体なぜか。

ありえぬ、とキマイラは吠えた。

ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ――――――!

自分は百獣の王であるはずだ。
こんな平均レベルが20に満たないような迷宮に挑む程度の者に、いいように翻弄されるなど、あってはならないのだ。
いや冒険者ならばまだいい。こいつは冒険者が使う唯の装備品ではないか。
もしやこいつは、本当に魔物だとでもいうのか。

魔物であるならば―――、とキマイラの蛇のタテガミが一斉に鉄鎧を向いた。
無数の瞳が妖しく光る。
キマイラは、相手のステータスを盗み視るスキル【ステータス盗視】を発動させた。

【ステータス盗視】とは、あらゆる生命体、物質に反応するスキルだ。
しかしこれまでキマイラは、物にステータス盗視を用いたことなど、数える程しかなかった。
物にステータス盗視を発動したとて、それが保持している概念や神意が読み取れるだけだったからだ。
例えば『ドラゴンキラー』や『魔封じの盾』がそれに挙げられる。
冒険者が持つ武具の中には、武器自身の経験や、経年によって積み重ねられた神意が付与されたものが稀にあった。
中には『生ける剣』といった代物まで存在すると言われるが、こんな低レベル迷宮にそんな高ランクの武具を持ち込める冒険者などいはしないだろう。
それでなくともキマイラは様々な生物の特徴を併せ持つ混成獣だ、特定の魔物殺しの能力が付与された武具など効くはずもなかった。
毒や呪いに対する耐性も高く、そのため武具にステータス盗視を遣うのは暇を慰めるためでしかなかったのだ。

だが今回は、明確な意図を以てスキルを使用した。
即ち、目の前の存在を武具とは思わず、一個の生命体として疑ったが故の行動だった。
しかして、結果は出た。


≪機関鎧:ツェリスカ
 レベル:5■
 パラメータ:■――――――スキル【STステルス】発動。
 スキル:STステルス・・・・・・あらゆる外部干渉からステータスを隠蔽する。ただし呪いのため隠蔽能力は1ランクダウン。
      ■・・・・・・――――――スキル【STステルス】発動。
     自動迎撃(オートカウンター)・・・・・・装着者の意図を離れ、搭載されたプログラムに沿って自動迎撃を行う。
                         ただし迎撃行動はあくまで装着者補助機能でしかなく、機体の自律行動を指すものではない。
     武技補正(デバイスドライバ)・・・・・・該当する武器の最適な運用法をダウンロードすることで、装着者の技能に+補正を掛ける。
                         ただしあくまで補正のため、装着者の技能を大きく超えることはない。
     自動治癒(リジェネレイト)・・・・・・装着者の負傷を自動的に治癒する。ただし治癒法は機体機能に依存する。
     自己学習・・・・・・AI許容量の範囲で、自己学習によりAIを強化する。
     自己拡張・・・・・・機体許容量の範囲で、機能拡張を行う。
      ■・・・・・・――――――スキル【STステルス】発動≫


勝てない、とキマイラは絶望した。
スキルにより大半のステータスが隠蔽されているものの、鉄鎧がレベル50台であることは間違いがない。
自分のレベルは39。おおよそ10以上ものレベルの開きがあっては、それはもう戦略だとか知略だとかいった小細工では覆せない程の力量差となるのだ。

助けてくれ、とキマイラは懇願しようとした。
しかし打たれる度、顎を砕かれ、腕を折られ、身体の自由を奪われていく。
もう交渉の時間は過ぎていた。手遅れなのだ。

さっさと止めを刺せばいいものを、こうして少しずつ身体を破壊していくのは、報復のためか。
振るわれる度に重くなっていく拳には、一撃毎に怒りが込められている。
こいつの主人にした仕打ちを考えれば、当然のことかもしれない。
自分はこいつの逆鱗に触れたのだ。

さっさと殺して楽にしてくれ。
そうキマイラは懇願したくなった。
生まれて、否、造られて初めてキマイラは泣いた。砕けた顎と潰れた喉で、泣き叫んだ。
だが、もう遅いのだ。
苦痛の時間は未だ続く。


『Ignition、Ignition、Ignition、Ignition、Ignition、Ignition――――――』


鉄鎧は止まらない。
もうキマイラは、苦痛から解放されることだけを望んでいた。


『IgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnition
 IgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnitionIgnition――――――』


繰り出される拳、拳、拳――――――拳の弾幕!

それは、鉄拳による破壊の嵐だった。
無数の拳が残像を伴いながら、容赦なくキマイラの身体へと撃ち込まれていく。
空中でキマイラはその体構成を少しずつ、少しずつ削り取られていった。

延々と続く苦痛の中。
キマイラは己の半生を後悔していた。
思えば【ステータス盗視】に頼り獲物を選んでいた自分だ。強者と戦ったことなど、なかったのではないか。
ただの殻かと思ってみれば、こいつは自分を超えるケダモノだった。
それを解き放ってしまったのは自分だ。
あの人間こそがこいつの首輪、最後のリミッターを担っていたのだ。
自業自得、地雷を踏んだということか。
弱者としか対峙してこなかったために、“恐れ”を知らず、ここまで来てしまったのだ。
何という不幸だろうか。そのつけは今こうして支払われている。
これまでに自分が獲物にしてきたのと同じ、圧倒的力を叩きつけられ続けることで。

こうして後悔することも、苦痛でしかなかった。
そして死にたいと思っても死ねないので――――――そのうちキマイラは考えるのをやめた。










◆◇◆










『――――――基本性能向上、装着者への動作還元が3%改善されました。新スキル【高速・自動脱着】を取得しました。
 スキル【高速・自動脱着】使用。今後、当スキル使用の際は登録音声及び登録動作にて入力を受け付けます』

「・・・・・・う、あ?」


ふ、と意識が覚醒した。
何だか懐かしい夢を見ていたような気がして、胸が締め付けられる。
胸の痛みに、ナナシはたまらずに呻いた。


「ぐ・・・うげぇぇ・・・・・・っ」


どうやら胸の痛みは幻痛ではなかったようだ。
折れたホースの中に溜まった水が、流れが正常になったおかげで一気に吹き出したかのような。
そんな風に勢いよく、ナナシは血を吐き出した。
よくもまあこれほど溜め込んだものだ、と呆れるほどにげえげえと吐き散らしてから、ようやっとナナシは思い出した。
自分がなぜ、こんなにも傷つき倒れていたのか。それは、敗北したためだということを。


「そ、うだ・・・みんなは・・・・・・!」


鈍痛を訴える首を押さえながら体を起こせば、そこには意識を失う前に見たものと同じ光景があった。
食い散らかされた生徒達。腕をもがれたクリブス。壁に貼り付けにされたアルマ。
そして、ぐったりと横たわる鈍色。

兜のカメラをズームにして焦点を合わせれば、バイザー下には放り出された鈍色の下腹部が大きく映し出される。
しかし鈍色の無毛のそこにはきれいなまま。何の体液も付着してはいなかった。
無情だが、正直なところを言うとナナシは、鈍色が女性として無事であったことに違和感を感じた。
果たしてあの化け物が、目の前のごちそうを前にして自制が利くものかと、そう思っていたからだ。
ナナシの悲愴な想像では、鈍色は“散らされて”いて当然であったのだ。
しかし、そうにはならなかった。

では、キマイラはいったいどうしたというのだ。
周囲を警戒しても、仲間達以外の何の気配も感じられない。
目立つのは、鈍色の近くに転がっていた大きな肉の塊だろうか。


「まさか、あれがあの化け物の成れの果て・・・なのか?」


現実感のなさに、ナナシはつい声を上げた。
いたる所に殴打の痕が見える肉塊がかろうじてキマイラだと解かったのは、蛇のタテガミや鱗の残骸が残っていたから。
気がつけばキマイラがひき肉になっていたなどと、鎧の重さを感じなければ都合のいい夢だと思ってしまっただろう。
右手の手甲が真赤に染まっていることにも、首を傾げるしかない。

・・・・・・はて、機関鎧は剥ぎ取られたのではなかったか?
だめだ。気を失う直前のことが思い出せない。
現状から見てキマイラを仕留めたのは自分なのだろうが、さっぱり記憶がなかった。
とまれ、そんなことはどうでもいいだろう。生きているだけで幸運だったのだ。もはやこれ以上ここに残る意味はない。
探索は終わったのだから、早々に立ち去るべきだ。
頭を振りつつ、兜内の排出されなかった血でむせ返りながらナナシはアルマたちの元へ近づいた。


「よかった・・・まだ息がある。もうちょっとの辛抱だ、直ぐにここから出してやるからな」


クリブスは腕部切断と負傷は大きいものの出血の度合いは軽く、命に別状はないように見えた。恐らくは、身体強化魔術を使用していたからだろう。
問題なのはアルマの方だ。
出血が酷く、針の幾つかが重要な臓器を傷つけているのは想像できた。
鈍色もどんな毒を受けたのか解からないのだ。
自分だって大怪我をしている。
全員が全員とも、即座に治療が必要だった。

ナナシは体中から発せられる激痛に歯を食いしばりながら、アルマを壁から引き剥がす。
引き抜けない針は切断するようにして、回復薬を振り撒きながら更なる出血を防いだ。
寝袋を切って布帯を作り、アルマを背負って固定させる。
肩にはクリブスを担ぎ、脇には鈍色とクリブスの腕を抱えて、ナナシはポータルにまで辿り着いた。

空いた手でポータルのパネルを操作すれば、ナナシの足元へと青色の転送魔方陣が展開。
包み込むように卵状に展開した魔方陣の中、周囲の空間が“あやふや”なものに変わっていく。
魔力をエネルギーとした空間湾曲が開始されたのだ。

このフロアから消える瞬間、ナナシはキマイラの死骸に数瞬だけ視線を寄こし、瞑目した。
冒険者は倒れた仲間を振り返ってはいけない。
返り見てもいいのは、ただ倒した敵のみなのだ。

そうして、ナナシの視界が青色の光に包まれた。
しばらくして瞼に感じる魔力光ではない暖かな光に目を開ければ、そこは迷宮の入り口だった。
『外』の空気のほうが違和感を感じるともなれば、もうずっと、何年も迷宮に潜っていたかのような錯覚を覚える。

遠くから、教師達が駆け寄ってくるのが見えた。
「仲間達のことを頼みます」と、教師の一人に託した後、ナナシは再び意識を失った。










◆◇◆










影が“ぬるり”と蠢いた。
波打つ陰から這い出るように現れた人影が、一つあった。
それは奇妙な出で立ちをしていて、幅広なソフト帽に煤けたスーツ、くたびれたコートを羽織るといったまるで一昔前のサラリーマンのような姿だった。
人影の足取りは軽く、嬉しくてたまらないといった風に今にもスキップを始めそうなほど浮かれていた。


「ふぅむ、これはこれは。あの方は中々面白い方向性に進化しているみたいですねぇ。いやはや、面白い面白い。クァッカッカッカッカ」


くちゅりくちゅりと、キマイラの肉片をわざわざ踏みつけながら、人影はフロアを散策する。


「進化、いや、神化ですかねぇ。ううーん、素晴らしい。是非ともこれからも血を吐きながら、人の域を超えていってほしいものですねぇ」


目当てのものを見つけたのか、人影の足が止まる。
ひょいと屈んで持ち上げたのは、へし折れた何者かの角だった。


「しかしまあ、あの人も普段偉そうな口を利いている割に大した事ありませんねぇ。たかだか力を封じられた程度で、手慰みに造った混成獣などに敗れるとは。
 クク、しかし彼のデータを採ることが出来たのだから、それはそれで良かったのかもしれませんねぇ」


人影はガリ、と拾い上げた角を口に含み噛み砕いた。
愉悦に口角を弧に吊り上げながら。


「それではそれでは、またお会い致しましよう我らが神よ。こんな所で死なないでくださいよ? “またどこかのどなたか”を喚ばなくてはいけなくなりますからねえ!
 クァッカッカッカッカ、クククカカカカカカカカ!」


嘲笑を残し、人影は消えた。
笑い声だけが木霊する。

残された影が、“ぬるり”と蠢いていた。













[9806] 地下10階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:24


さて。
目が覚めた時、そこが見知らぬ場所であったならば。
第一声を何というべきか。

浮上していく意識の中、目を開くよりも前に、ナナシはぼんやりとそんなことを思っていた。
はたしてどのようなリアクションを取るべきなのだろうか。
瞼を透かす蛍光灯の光に眉間にシワを寄せ、考える。

――――――結論。

とりあえず、ここは日本人としてこう言っておくべきか。
薄らと開いた瞳に差し込む光に、ナナシは口を開いた。


「知らないてんじ」

「わん」

「・・・・・・知ってる顔だな」


目を開けば、そこにはじっと顔を覗きこむ鈍色が。
横合いから、じい、と覆いかぶさるようにこちらを凝視しているのだが、全くの無表情なのがナナシの不安を煽った。
いつもはそれこそ子犬のように天真爛漫としている鈍色であるが、なまじ顔の造詣が整っているせいで、無表情となると威圧感を感じてしまう。

暗い銀色の髪に、そこからぴょこんと飛び出した髪と同じ色の二対の犬耳。
長いまつ毛、青い瞳、薄く引き締められた桜色の唇に、尖った顎。

鈍色の顔を見ていると、野性の狼を美しいと思うそれと同じ感情が湧いてくる。
研ぎ澄まされた刃に、凍えるような美しさを見出すことにも等しいだろう。
鈍色の顔は、刃のその切っ先によく似ていた。
隙を見せれば喉元をかっ切られてしまうかもしれない。ありもしない、そんな畏れを抱かせるほどには。

まさか鈍色にその気はないとしても、こうして真っ直ぐに見つめられるだけで背筋が震えた。


「ええと、まさかとは思うが、俺が目を覚ます前からいたのか? おいおい、やめてくれよ。野郎の寝顔なんか見てても何も面白くないだろう」

「・・・・・・」

「ここは病棟か。なあ、俺が運び込まれてからどれくらい経った?」

「・・・・・・」

「・・・そろそろ口利いてもらえるとありがたいんだけど」


・・・・・・間が持たない。
どうしたものか、とナナシが口角をひくつかせていると、鈍色の青い瞳が急にその輪郭を崩した。


「えっ?」

「わうぅ・・・・・・っ」


瞳の輪郭が崩れるなど、実際にはありえない。
しかしナナシには、そうとしか見えなかった。

ぼたぼたと顔に水滴が落ちる。
ふうふうと噛み締められた唇から、漏れる吐息がかかる。

鈍色は無表情のまま、ナナシの目をじっと見据え、ぼとぼとと涙をこぼし続けていた。
血が通わない顔は、相変わらず怖気が立つほどの色気を感じさせる。


「まいったな」


と、ナナシは溜息を吐いた。
自分の上から微動だにしない鈍色をどう扱ったらいいものか。
仕方なしにナナシは、強張った関節を無理やり動かして腕を上げた。
痛む節々から察するに、眠っていた時間は一日二日程度ではないだろう。指先は自分のものではないように、ぴくりとも動かなかった。
・・・・・・だがまあ、それでもいいか。それほど難しい動作でもないのだし。
ナナシはぎこちなく右手をあげて、そのまま掌で滑空。
鈍色の頭に着地させた。


「鈍色」

「わふ、ふく・・・ひう・・・・・・」

「おはよう」


そのままゆっくりと掌を、鈍色の上を向く耳の谷間を行き来させる。
すると、逆効果だったようだ。
あやすつもりで撫でつけたつもりが、もっと激しく涙を落とされてしまった。
もうナナシの顔はびしょ濡れだった。


「鼻水は垂らさないでほしいんだけど」


もう手遅れか、とナナシは諦めた。
顔を拭えたのは、鈍色が首元に顔を埋め、「わんわん」と声を上げて泣き始めた後だった。






◇ ◆ ◇






「静かにしたらどうだ。個人病室じゃあないんだぞ」


注意の声に扉へと視線を向ければ、そこには呆れた顔をしたクリブスが立っていた。
お騒がせしてすみません、と同室に入院していた患者達へと頭を下げつつ、ナナシのベッドへと近づく。


「また知ってる顔、もとい鳥頭だな」


「いきなり何を言うんだ。馬鹿か君は」「うっせい、馬鹿って言う方が馬鹿なんですー」と、適当に相槌を交わしながら、ナナシは気怠い身体をゆっくりと起こした。
泣きつかれたのか眠ってしまった鈍色が、ベッド脇にずり落ちていく。
ようやく身体を伸ばせるな、とナナシはぐいと背伸びした。やはり身体が重かった。
強張った関節を解すように、足首から順にストレッチ。
深く息を吸い、深呼吸をする。


「げふほ、げほっ、ごほふ!」


むせた。


「肋骨が繋がったばかりなんだから、無理をするな。もう少し“上手く”やったらどうだ?」

「・・・ちぇ」


今度はゆっくりと息を吸い、またゆっくりと吐き出した。
それが深呼吸ではなく安堵の吐息だったことは、クリブスにはお見通しだったようだ。
見栄を張って何でもない風体を装ったが、ナナシは心底安心していた。
クリブスが纏ういつも通りの落ち着いた空気は、もう一人のパーティーメンバー、アルマも無事であることを感じさせるものだったのだから。

ぐ、と力を込め、今度はフリではない本格的なストレッチを始める。
再び、足首から順番に身体を解す。
足は第二の心臓とも言われる身体部位だ。末端の関節から順にゆっくりと、しだいに大きく動かしていけば、全身に血が巡っていくのを感じた。
順に、腰、背中、肩へと頭部を目指して昇っていくよう、関節の錆を落とす。
手首の筋を伸ばし首をぐるりと回した時に、ふと違和感が。
まるでドロドロに溶けた鉛を流し込まれたかのような、そんな感覚だ。
首が重くて回らない。まるで鉄のようだった。


「ああ、くそ。身体が重いや。なあ、俺どれだけ寝てたんだ?」

「五日ほど。医師の話によれば、怪我自体は大したことはないらしいぞ。純粋に疲労から来た昏睡だそうだ」

「そうかい。それで、アルマのやつは今どこに?」

「アルマは一番の重傷だったというのに、一番早くに退院したよ。もう全快してるんじゃないかな」

「だろうな。それで、お前の方の具合はどうだ?」

「見ての通り」


そう言って、クリブスは三角巾で吊られた右腕をナナシに差し出す。


「千切られた腕もしばらくしたら元通り、ちゃんとくっつくそうだ。それまではリハビリと合わせて、軽い依頼しか受けられないな」

「その時は声かけてくれよ。俺も付き合うよ」

「そうしよう。それよりも、ほら」


と、吊るされた逆の手でクリブスは書類を手渡した。
書類はナナシの検査結果を記したカルテで、細部まで一切の隠蔽なしに記された詳細なものだった。
この世界、人権というものが比較的軽い世界なのだ。
外部機関へのカルテの移譲に対する規制などなかったし、本人への掲示も料金を支払えばカルテをそのまま渡してくれる。
冒険者ともなれば身体が資本なので、自分自身の身体の事をここまで正確に知ることができるのは嬉しい制度だった。

カルテを受け取ったナナシは、ぺらぺらとそれを捲った。


「異常に血中の鉄分が多いらしいが、それ以外は目立った所はないそうだ」

「鉄分?」

「常人には考えられないほど、だそうだ。心当たりは?」

「いや、特に何も・・・・・・」

「迷宮で何か拾い食いでもしたかい?」

「するか! ていうか、んな怖い事出来るか!」

「冗談さ。だが迷宮に潜っていたんだから、どんな変化が起きるか解ったものじゃない。再検査は受けておけよ」

「はいよ」


生返事を返しながら、ナナシは幾分か柔らかくなった首を鳴らした。
本当に解っているのかとクリブスが訝しんでいたが、もちろんナナシには医者に相談しに行くつもりなどなかった。
まずは機関鎧の様子を見に、メカニックの元を尋ねる予定だった。
何か身に異変が起きた時はすぐに来るように、と何度も言い含められていたこともある。ちょうどいい、とナナシは思った。
彼女は自分の“事情”を把握している数少ない知人で、腕も確かだ。
治療以外の目的ならば、医者に行くよりもよっぽど安心できた。


「ところで、あのキマイラを君は単身で倒したらしいな」

「あー・・・らしい、な」

「どうした、えらく歯切れが悪いが」

「あんまり覚えてないんだよ。気付いたら、“ハンバーグのタネ”にしてた。たぶん、火事場の馬鹿力とか、そんなのだろ」

「なるほど、馬鹿の力なわけだな。納得した。もう駄目かとも思ったが、やるじゃないか。見直したぞ」


ありがとうなどと、礼は言わない。
パーティーは助け合うのが当然であり、そんな当然なことにいちいち礼を返す必要などないのだ。
自分の事ではないというのに嬉し気にこちらを見遣るクリブスに、ナナシは感慨深い感情を抱く。
冒険者たちの、パーティーという“特別ではない特別な関係”を、心底心地よいと感じていた。
冒険者というやつらは、何という気持ちの良いやつらなのだろう。学園にやってきて初めて多くの冒険者と触れ合ったナナシは、衝撃を受けた。
命を預け合うという間柄は、地球に居た頃には想像こそすれ、実感する場などありもしなかったからだ。だが冒険者にとっては、それこそが日常だったのだ。
ナナシが冒険者となって最初に学んだことは、仲間を信頼するということだった。


「うわーい、褒められてるのに全然嬉しくないやー。見直したって、今まではどう思ってたんだ?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみるがいい」


そう言い残すと、クリブスは椅子から立ち上がった。


「目が覚めたら即刻退院するように、とのことだ。婦長に睨まれる前に、早くベッドを空かせたほうがいいぞ」

「ああ、そうするよ」


起き上がり身支度をするナナシに手を振り、クリブスは踵を返す。


「ああ、忘れていた。リハビリにD級の依頼(クエスト)を受けようと思っているんだが、付き合うのは当然として、費用は君持ちだからな」

「・・・・・・え、ええっ!? ちょっと待ってくれ!」」

「文句も意見も受け付けないからな。これは決定事項だ。君はこの五日間、僕がどれだけ苦心したか解るまい。ああ、ああ、解るまいさ・・・・・・っ!」


扉にカギ爪をめり込ませ、俯きながら暗く笑うクリブス。
一応は学園から探究費として費用が出されているのだが、それで満足いく道具が揃えられるかというとそうではない。
回復薬はもちろん、情報を得るのにだって金は必要だし、武具の整備に至っては物によれば驚く程の費用が掛かる。自分を鍛えるのにだって金は要るのだ。学園から支給された費用だけでは、全ては賄えない。
学生だけでなく、冒険者にとって金策は、もっとも頭を悩ませる問題だった。

金銭面に限っては強力なパトロンがついているナナシだったが、機関鎧の整備と学費以外では頼らないことを決めていた。
D級依頼であれば苦情処理程度の依頼だろうが、それでも一人で費用を負担するとなれば馬鹿にはならない。
一ヶ月は赤貧生活を送らなければならないことは間違いないだろう。


「な、なんで? 何があったんだよ」

「君が倒れて、周りが放っておくとでも? 鈍色は君にずっと噛り付いていたし、竜人のお嬢さんは講義をサボってまで見舞いに来ていたんだぞ」

「・・・・まさか!?」

「二人が鉢合わせして何が起きるか、想像できるだろう?
 はは、ははははは・・・・・・竜言語魔法を抑え込み、犬狼族の腕力に耐え、僕の怪我がどれだけ悪化したことか。
 何故院内で怪我しなきゃいけないんだと、眠る君の頭を何度殴ってやろうと思った事か」

「・・・・・・ごめん。次の依頼、俺が全額請負うよ」

「ああ、そうしてくれ」


お互い疲れたように笑う。
あの二人がどれだけ恐ろしいか、骨身に染みていた。
迷宮でもあれぐらいの底力を発揮してくれたらいいのに、とは言えないナナシとクリブスだった。


「それじゃあ、これで僕は帰るが、君も本当に早く出たほうがいいぞ」

「ああ、うん。わざわざ来てもらって、悪かったな」

「気にするな。ちょうど彼女の見舞いの時間だったからな。今日も怪獣決戦を傷だらけになって止めるのかと、辟易していたところだ。いやあ、肩の荷が下りた気分だよ」

「・・・・・・えっ?」

「じゃあ、頑張りたまえよ」


シュッ、と手を振って、今度こそクリブスは退室していった。
残されたナナシはしばらくフリーズすると、慌てて鈍色の身体を揺さぶる。


「お、おい起きろ鈍色! 起きろって!」

「わふぅ・・・・・・むにゃむにゃ、はぐはぐ」

「こら止めろ、脇腹をはむんじゃない! 早くしないと時間が――――――」


その時、何故かは解らないが、急に部屋の温度が下がったように感じた。
気付けばざわついていた廊下の声が、ピタリと止んでいる。
代わりに、「彼女が来たぞ」という囁き声が、そこいら中から聞こえた。

・・・・・・もう、遅かったようだ。
諦観の念で、ナナシは天を見上げた。
見知った天井だった。
病院の天井なんか見慣れても、少しも嬉しくなかった。
脳内に、日本が生み出した大怪獣のテーマが流れ出す。
アメリカに渡った大怪獣の一匹だけ生き残った子供は、その後すくすくと育っているだろうか。願わくば生き残っていてほしかった。ぜひともパート2が観た――――――。


「――――――あら、起きていたのね」

「あわわわわ!」

「おはよう、ナナシ。無事で安心したわ」


無理矢理に視線をずらせば、豪奢なドレスに身を包んだ少女が底冷えがする微笑みを投げ掛けていた。
彼女は竜人(ドラゴニュート)族の豪商の娘で、ナナシのパトロンとなってくれた人物だ。

ウェーブが掛かった金髪に、強気に釣り上がった目は、彼女の誇り高い気性を良く現わしているようだ。
こちらをじっと見詰める赤い瞳と、艶やかな桜色の唇は、見る者に遍く可憐な印象を抱かせる。

だが、何故だろう?
そんな彼女に見つめられても、胸が高鳴らない。
いや、冷や汗が流れるほどに心臓は早鐘を打ってはいるのだが。


「ねえ、ナナシ。おかしいと思わない?」

「ななななな、何がデスか!?」

「わたくし、傍から見たらどう見えるかしら? もちろん、傷つき倒れた男が目覚めるのを待つ、健気な女よね?」

「そそそそそ、そうデスね!」

「それがどうしてかしら? 貴方が目覚めて感動的なシーンのはずなのに、わたくしったら、少しも涙が出てこないの。逆にほら、笑えちゃって。うふふふふ」

「は、ははは、そっちのほうが、いいよ。お嬢様に涙は似合わないよ。女の子は笑ってるのが一番可愛いデスからして!」

「そう、ありがとう。うふふふふ」

「は、ははははは」

「うふふふふふ」


彼女の容姿で、整った顔以上に目を惹くのが、頭部から生える翠色の魔力角。
魔力エネルギーで形成されているその角は、実体ではない。彼女の身体中を巡る膨大な魔力を頭部から噴出させ、形成されていた。
ドラゴニュートの中でも特に神聖と見なされる、選ばれた者のみが顕現させられる神竜の血を引く証、なのだそうだ。
力の象徴であるその角は、彼女が竜言語魔法を行使する際、決まって顕現させられていた。

その姿のなんと美しいことか。
鈍色が打ち鍛えられた刀剣に例えられる美しさであるならば、彼女は神業を以てして創造された芸術品のような、そんな美しさを感じさせられた。
両者に共通するものは、見る者に与える畏怖だ。

一しきり笑った後、急に彼女は微笑みを氷のように固めた。


「いっぺん、しんでみる?」

「ひいぃー!」


ことり、と首を傾げて問う。
視線は、ナナシの腰回りに顔を埋めてがっつりと抱きついている鈍色に固定されていた。


「ふふん」


と、鼻で笑う音が腰辺りから聞こえる。
お前起きてやがったのか、と聞くよりも早くに彼女が反応した。


「なあ!? 『傍から見れば男に愛想尽かれた哀れな女』ですってえ!? こ、この、言わせておけばっ!」

「わんわん! わわわん!」

「気が付いたらこの一室から人が消えてるとか、皆慣れちゃったくらい茶飯事なんですね解ります・・・・・・」


ぎゅいんぎゅいんと集まっていく魔力。
高まる二人のボルテージの前に、ナナシは逃げることも出来なかった。
患者達は皆退避していて、廊下の向こうから時折こちらを見ている。彼らにしてみれば、この二人の対決は茶飯事のようだった。
注意して見ると、この部屋。何度も改修した跡がある。それだけ短期間に何度も壊され、修復されてきたということか。
身動きとれない自分の側で、これだけの破壊活動が行われていたという事実に、ナナシはちょっとだけ泣きそうになった。


「ふ、ふふふ。このセリアージュ・G・メディシスを侮辱するなんて、覚悟はできているのかしら?」

「わふんっ! ぐるるぅ・・・・・・」

「いい、度胸ね!」

「あの、セリアさん? 一応、ここは病院なんだけど」

「あなたは黙ってなさい!」

「がう!」

「・・・・・・はい」


もしかしたら自分は未だ昏睡状態にあって、これは夢なのかもしれない。
と、頬をつねってみるも、痛いだけ。
痛いのだから、涙が出たっておかしくはないと、目から溢れる水分について自己弁護しておいた。


「この、泥棒犬――――――っ!」

「がるるるる――――――っ!」


閃光に包まれる視界。


「あぁ、時が見えるよジョゼットさん――――――」


その日、“かがやくいき”に学園付属病院の一室が吹き飛ばされたと、患者達は口を揃えて語った。
被害が広がる前に、身を挺して扉を閉めた英雄を褒め称え、また羨ましい奴だと呪ったという。
彼の立場と替わりたいと言うものは、一人もいはしなかったが。

後日、その報告を聞いたクリブスは頭を抱えた。
ナナシは退院するのが、三日先延ばしになっていた。
またあの二人の仲介をしなくてはならないのかと思うと、本気でパーティー解消を考えてしまうクリブスであった。













[9806] 地下11階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:24


「こりゃあ駄目だ。破棄だね」


階下で忙しそうに魔動モノレールの整備をしているスタッフ達を見下ろしながら、チーフルームの大きな椅子に腰かけたこの部屋の主、日奈子・マウラは面倒くさそうにそう言った。
機械油と熱された鉄の臭いが充満する部屋の中、泣きそうな顔をしている情けない青年に、呆れた視線を注ぐ。
ふう、とキセルの煙を吹きかければ、むせ返って咳込むものの、こちらを睨みもしない。
こんな優男でも冒険者が務まるのだから、解らないものだ。


「破棄って、ほ、本当ですか?」

「冗談で言ってるようにみえるかえ? ナナシよ、わたしゃ下らんジョークが大嫌いなんだよ」

「いや、でも」

「ここまでぶっ壊れちまったんだ。本当なら、修理するより一から造り直した方が早いんだよ。それをお前さん、元通りにしろだなんて無茶な話だよ」

「解っては、いるんですが」


情けないねえ、と日奈子がひっつめた白髪混じりの髪を掻きあげると、青年は更に情けない顔をして俯いた。


「でも俺、約束したんです・・・・・・」


そう言って俯く青年の名は、ナナシ・ナナシノ。
ふざけているのか、と思うしかないような、誰が聞いても偽名にしか聞こえない名前なのだが、これで市民登録されているのだから仕方がない。
だが名付け親となった男のネーミングセンスを鑑みれば、まだマシな名前であるだろうな、と日奈子は思った。


「・・・・・・まったく、ジョゼットの奴も厄介なもんを残したものだよ。ババアに子供を“二人”もおっつけるなんてね、子守が大変だったらありゃしないよ」

「日奈子さん・・・!」

「ほとんど別物になっちまうだろうけど、そいつは我慢しなよ」

「はい! ありがとうございます!」


言葉に込められた意味を察したのか、ナナシが嬉しそうにぱっと顔を上げた。
強欲であるべき冒険者に似つかわしくない、朴訥な笑い顔。なるほど、この飾り気のない素朴な魅力にあの男はやられたのか、と納得した。
そして自分も。
ナナシが迷宮に挑む様を見ていると、忘れかけていた昔日を思い返す。
現在とは比べ物にならないくらい性能が劣る機関鎧を纏い、ジョゼット達と共に迷宮に挑んでいた若かりし頃。自分の人生の中で、あの時が一番充実していたかもしれない。
歳を取り引退して後しばらくして、無様に痩せこけたジョゼットが機関鎧のシステムを教えて欲しいと転がりこんで来たのが、つい昨日のようだ。
あれからもう、20年も経ったのだ。自分もさらに年を取って、感傷的になったものだ。


「礼なんか要らないよ。あいつの遺言だからね。だけど、金は払ってもらうよ」

「うぐ・・・も、もちろんです。何とか工面します」

「お嬢に泣きつくのもいいがね、家の不良娘にも構ってやりな。あいつはまったく、悪ぶってる癖に初心なんだから」

「ははは。ナワジ先輩は、その、何て言うか、乙女ですからね」

「不良娘に限らずあの娘さん達の心の内も解ってるくせに、そうまでしてはぐらかすのもどうかと思うけどね。
 でも、仕方がないさね。お前さんは“帰らなきゃならない”んだから」

「・・・・・・はい」


やれやれ、と最近悪くなってきた腰を叩きながら、日奈子は壁に吊るされた、ジョゼットが残した“もう一人の子”の頬を優しく撫でた。


「外装はメチャクチャ、油圧式の筋シリンダーはもう動かないし、動力系なんかもう完全にイカレちまってる。
 どんな使い方したらこんなになるんだい?」

「それが、俺自身よく覚えてなくって。意識がはっきりとしないまま戦ったとしか」

「・・・さて、どうなのかねえ」


どうにもこの機関鎧には、不明確な部分が多すぎた。
元々復讐の道具として生み出された機体だ。装着者への負担を無視した性能と武装が内蔵されていることは、一目瞭然。
制作中途から何を思ったか――――――ナナシのためなのだろうが、急にリミッタ-を取りつける等、装着者への思いやりをみせる造りとなってはいたが、それでも一流のメカニックを自負している自分にとっては憤慨ものであった。
そして何よりも、この機関鎧には恐ろしい力が備わっていた。


「呪い、か――――――」


日奈子の指が、機関鎧の刻印に触れる。鎧は何も答えない。
『ツェリスカ』と、ジョゼットの孫娘の名を冠された機関鎧は、じんわりと日奈子の指先に鋼の冷たさを訴えるのみ。

呪いのアイテムというものは多々あれど、呪いの機関鎧など、史上をみてもツェリスカだけだろう。
機関鎧の武器としての非効率さからすれば、それも仕方がない。
元々機関鎧というものは、補助具として開発がされてきたものだ。それ単体で兵器とし戦力化しようだなどと、概念自体から間違っているとも言えた。
世には、魔獣殺しといった概念効果が付与された武具が一般的に市場に出回っているのだから、そちらを使った方が経済的にも優れている。
技師としては悔しい限りだが、この先絶対に人が産み出したテクノロジーは、神の力を超えることはないと断言できた。
神意とは経年と、そのモノの経験によって宿るものであるからだ。
長い年月を経た武具は強い魔力を帯び、一種の魔物を倒し続けた武具はその魔物の種族に対して特別効力を発揮するようになる。
しかし、科学技術によって造られた物品と神意とは、とんと相性が悪かった。
科学技術による機械とは、大量生産の部品を寄せ集めて造った物であるために、神意システムも誤作動を起こすのだろう。
この世界における科学技術が、大量の魔力を用いて十分な出力を得てオートメイション化させることにこそ主眼を置かれているのは、そのためだった。
とまれ、神意というものは、それだけ強力なものなのだ。

また神意が宿った武具と同じく、呪いもまた力を与えるという点だけ見れば等しい効果を発揮する。むしろ作成に掛かる条件を比べれば、兵器としては呪われた武具の方が優れていると言えた。
しかし呪い、というものは、例外なく使用者に対して牙を剥くものである。
神によって定められた世界の法則を歪めることで、無理やり力を顕現させているのだ。その反動たるや、生半可なものではない。

ツェリスカも例外ではなかった。
始めてツェリスカを整備した時、出来具合を確かめようと日奈子の工房の若い見習いメカニックが、その籠手を装着したことがあった。
その瞬間、若いメカニックの腕は、ツェリスカに“喰われてしまった”。
魔力による疑似内圧で、腕が弾け飛んだのだ。
若いメカニックは技師の道を閉ざされることとなったのだが、呪いが掛かっていることは事前にジョゼットから知らされていたため、迂闊に触れるなと命を出しておいたのを無視した若者に日奈子は同情しなかった。

驚くべきは、ツェリスカに掛けられていた呪いの強力さと、その効果だ。
まるで鋼鉄の処女(アイアンメイデン)だ、というのが日奈子の第一印象。
アイアンメイデンと言うには語弊があるだろうか。ツェリスカは、ナナシ以外にその身を許す事はなかったのである。
いくら呪いが掛けられているとしても、使用する以前に、ただ装着しただけで牙を剥くとは。“使われる”ことが前提である道具としては、カテゴライズできない代物だった。
造り自体はピーキーな調整がされただけの機体である。個人の工房で造られた機体であるので、使われているのは市販のパーツばかりだし、造り手もプロじゃあない。
性能だけを見ればお世辞にも高機能だとは言えなかった。
それら全てを覆してなお余りある力を与える呪いの効果とは、一体何なのだろうか。

ジョゼットがツェリスカに込めた呪いがもたらす効果など、未だに解らないし、ナナシが何を“代価”に払っているのかも解らない。
ナナシのみにしか装着が出来ないことは、恐らくは、ジョゼットから同時に知らされていたナナシの特別な事情――――――つまりは、この世界に囚われぬ存在であることが関係してくるのだろうが。
しかし、呪われた武具など忌避すべき存在であるというのに、日奈子にはツェリスカが魅力的に見えて仕方がなかった。
それこそ呪いなのだろう。技師を惹きつけてやまない魅力が、ツェリスカにはあった。


「私も老いたもんだねえ」

「まだまだ現役ですよ、日奈子さん」

「まあ見なよ、ほら」


そう言って指し示したのは、階下で働くスタッフ達。


「気付けば歳だけじゃあなく、責任ってのも背負う羽目になっちまったからね。おかげでほら、重くって腰が曲がっちまったよ」


ナナシに助力してやりたいと思えども、それだけに時間を取れはしない。
もう自分は冒険者時代のように“身軽”ではないのだ。
今や、小規模の都市ともなった学園施設の魔道機械の整備を一手に引き受ける立場にあった。


「だから、この件に関しては今後一切を不良娘に託そうと思ってる」

「え、ええっ!」

「言ったろ。お前さんばかりに構ってる時間はないのさ」

「でも、俺の事情を知っているのは、もう日奈子さんしか」

「それはお前さんの問題だろう。言うなり隠すなり、お前さんの好きにしな」

「・・・・・・はい」


キセルを吹かす。
紫煙と共に、日奈子は様々な感情を吐き出した。

老いた自分はもはや、前線を張る冒険者達には付いていけないだろう。
かつての自分でさえ成し得なかった機関鎧の戦力化、その試みが成就するのか否か。この眼で、腕で、ナナシ達の探究の歩みに触れることが出来ないのはあまりにも惜しかった。
しかし、自分の技術を全て受け継ぎ、更に昇華させた者が居る。
その者にならば、技師としての自分の誇りを、ナナシの行く末を、託す事が出来る。そう日奈子は自身を以て言えた。

問題を挙げるならば、そいつが少々はねっかえりが強い不良娘であることだけだ。


「ナワジ先輩、了承してくれますかね?」

「するさ。私の頼みじゃなく、あんたから頼まれたってことにすりゃあね」

「さいですか・・・・・・。腕の方は、聞くまでもありませんね」

「ああ、あの子は間違いなく天才だよ」

「ですね。俺もそう思います」

「思うんじゃなくて、事実だよ」


そう言って、日奈子とナナシは笑いあった。
これでいい、と思う。
ジョゼットから話を受けて以来、ナナシは新たな世界を切り開くという確信があった。
新しい時代は、次代の若い者達に託されるべきなのだ。
少し寂しい気もするが、自分は後に続くものの育成にこそ力を注ぐべきなのだろう。
ナナシの方は、あの不良娘に任せれば安心だ。
この男が自身の身に起こった出来事を明かすかどうかは別として。


「お前さんらがくっ付いてくれたら、言うことなしなんだけどねえ」

「はい?」

「は、わざとらしいったらまったく。まあ後のことは任せて、お仲間の所へ行ってきたらどうだい。
 お前さんの相棒は、マウラワークス一の技師が腕によりを掛けて改良するだろうからさ」

「まさにマ改造ですね。あんまり変な機能とか付けないよう、言っておいてくださいよ」


パイプ椅子から立ちあがったナナシが、確かめるように首を回したのを日奈子は見逃さなかった。


「まだ痛むのかい?」

「いえ、痛み自体は感じないんですが、どうにも違和感が。分析結果はシロなんですよね?」

「まあ、異常はなかったがね」


治療こそ門外であるが、この場にはあらゆる実験機材が揃っているのだ。
人一人を精密“分析”することなど、造作もないことだった。
結果はシロ。ナナシ自身に異常は見られなかった。健康体そのものである。
そう、健康体であることを異常ナシとするならば、の話ではあるが。

また来ます、と退出したナナシを見送りながら、日奈子は機器から吐き出された分析結果に目を落とした。


「これは冒険者の病院じゃあ、解らんだろうよ」


回転率の高い冒険者向けの病院では、患者個々人の血液を培養し、電子顕微鏡で覗くことなどはまずしないだろう。
後から後から患者が運ばれてくるのだから、怪我を塞いでそれでおしまいのはずだ。
ナナシの体内で起きた変化が察知されなかったのは当然だった。


「・・・・・・ナノボット、とでもいうのかねえ」


ナナシの血を落としたシャーレを、電灯に透かす。
薄紅色のシャーレの中で無数の“蟲”達が泳いでいるような、そんな錯覚を覚えた。


「ジョゼットよ、お前さん何を造っちまったんだね」


ツェリスカは尋常な損傷ではなかった。
中に人を納めていたならば、装着者の命は絶対に無かっただろう。ほとんどの損壊の原因が、自らの力に耐えきれず自壊したものであるからだ。だがナナシは生きている。しかも健康体で。
考えられることは、ツェリスカが自ら施されたリミッターを引き千切り、100%の力を以て自律稼働したということ。
ありえない、とは日奈子は思うことが出来なかった。

ハンガーに吊るされたツェリスカに目を向ける。
吊るされた物言わぬはずの鉄の鎧がどくりと大きく脈打ったように、日奈子は感じた。
そんなはずはない、と思うも、暗い双眸は自分を見つめているような気がしてならなかった。


「・・・・・・困ったお嬢さんだこと。あんまりおいたをして、あの子らに迷惑をかけるんじゃないよ」


キセルを吹かす。
溜息と共に吐き出せば、紫煙はゆっくりと立ち登り、天井で煙溜まりを作った。
しばらくそれを眺めていた日奈子は、煙が消えると同時、階下のスタッフ達に激を飛ばしに去っていった。

優秀な人材は多くあった方がいいに決まっている。
出来るだけ早く若い衆を育成してやるのが今の自分の使命だと、日奈子は思った。
どうやら次代は、波乱の時代であるようだから。















[9806] 地下12階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6a403612
Date: 2009/11/26 03:24


――――――頭蓋骨が歪んでるんじゃないか、これ。


などと、ずきずきと痛む頭を擦りながら、ナナシは顔を顰めた。
日奈子の言いつけ通り、ナワジに専属整備師になってもらう旨を頼みに行ったはいいものの、結局機嫌をそこねヘッドロックを喰らうことになったのである。
毎日重い機材を扱っている整備師なだけあってか、その腕力はとんでもなかった。
こちとらレベル0の無力者であることを忘れないでほしい。
機材の性能を確かめるため迷宮に潜り、いつの間にかレベルが上がっていったナワジとは、基本性能が違い過ぎるのだ。
下手をすれば冗談ではすまない事になりかねない。


「ナナシ、顔がにやけてるぞ。まんざらでもなかったなどと顔に書いてあるが、何かあったのか?」

「う、うるさいな」


鳥頭の癖に、と呆れた視線をよこすクリブスに悪態を吐く。

・・・・・・確かに、まんざらでもなかったけども。
そんなことを思いながら、ナナシはナワジの姿を思い浮かべた。
大きく開けられたツナギの前から覗く、飾り気のない白Tシャツ。
押し上げられた双丘は、目算でだが、Gにも届く程だろう。
彼女は豪放な性格をしているのだが、それに見合った身体付きもしているのだから困る。

そんな彼女に頭を脇に抱えられたら・・・・・・天国と地獄の両方を見ることになるわけだ。
だから仕方がないじゃないか、とナナシは自己弁護。
にやけたっていいじゃない、男の子だもの。


「鼻の下が伸びてるぞ」

「う、うるさいな!」


言い合いながら二人して廊下を歩く。
現在、今回の探索での報告書提出のために、職員室へと足を運ぶ道中だった。

凄惨な結果に終わったかに思える『遠足』であったが、死傷者はフロア最下層に陣取ったキマイラと遭遇した者のみであり、クリブス班以降に到着したパーティーらにはこれといった被害はなかったらしい。
数多くのパーティーが同時に出発することになっていたが、実際迷宮に突入するのはパーティーリーダーのタイミングに任せられていた。
後続班になればなるほど攻略は楽になるが、手に入る実り、アイテムや武具は少なくなるというデメリットもある。
そのさじ加減をどう取るかというのもパーティーリーダーの資質の一つであるのだが、冒険者たるもの欲深くあることは当然のことだった。

クリブス班はといえば、遠足の当初からあまり積極的ではなかった。
洞窟型迷宮であることが知れていたため、ナナシの武装の大半が使用不可になったためだ。
ナナシの機関鎧の武装は元が市街地戦を想定していたこともあってか、大型のものばかりだった。これでは野外でしか振り回すことはできないし、閉所で大型銃をぶっ放したりなどしたら、二次被害の方が酷いだろう。
前衛の戦力減少は無視できない問題だったため、「ようは期間内に攻略できれば、それでいいだろう」とのクリブスの声により、クリブス班は中発組として出発することになった。
中発組と言っても、生徒達を半分見送った後に出発した、という意味ではない。得られる実の量から計算した度合いである。
初めに突入した数パーティー以外は、全てが中・後発組になるのだ。
今回は、欲を掻いた生徒達が犠牲になったというわけである。
後に到着したナナシ達が、腹のふくれたキマイラを打倒したと、そういうことだ。

そして気付けばクリブス班が≪春夜鯉≫最初の攻略班ということになっていて、最優秀班の賞を頂けることになっていた。
ただし、賞は現金支給だったのだがその使い道の詳細を報告書としてまとめ、提出しに行かなければならなかった。
生徒の生き死にには関心がない癖に、よく解らない所で校則に厳しいのは、学園としての体裁を保とうとせんがためか。
報告書の内容も、次回探索への準備費用という解りきった内容。
なんだかなあ、とナナシとクリブスは疲れた溜息を吐いた。

今回の遠足を振り返ってみれば、死傷者の数だけを見れば、例年とそう変わらないくらいの程度であった。
後発パーティーのほぼ全てが生き残った事を鑑みれば、それも頷ける。
しかし穿って見るならば、探索課題が出る度に必ず死傷者が出るということだ。
もちろん自分達だってそこに含まれる。
キマイラ戦では辛勝もいいところで、あれで何故生き残ることができたのか、不思議でならなかった。
そうでなくとも、迷宮構造の組み換えに巻き込まれ、お互い散り散りになってしまっていたのだ。
生き残れたのは、幸運だったと言う他ない。


「まったく。アルマの方はどうしたんだ? メンバーのメンタルケアは君の役目だろう」

「役目ってお前・・・・・・まあいいけどさ。アルマのやつ、あれから探してみたんだけど、どこにもいなかったんだよ。部屋も留守にしてるみたいだし」

「他に心当たりの場所は?」

「購買も武練場も探したんだけどなぁ。後探してない場所といったら・・・・・・あそこぐらいか?」

「心当たりがあるようだな。なら、放課後にでも行きたまえ。急いでな」

「俺、今日バイトあるから。明日でもいい?」

「・・・・・・」

「ごめん、悪かった、冗談だ、解ってるって! マジで怖いんですけどその目!」

「ふん、どうだかな。本当に解っているのか? だいたい君は、いつもいつも」

「そ、それよりもさ、ほら、見てくれよ。丸腰じゃ不便だろうって、予備の機関鎧をナワジ先輩に貰ったんだ。手足だけだけど、いい仕事してるよホント。
 流石はマウラワークスの一番弟子だ」

「そんなこと言って、またドラゴンブレスで吹き飛ばされないようにな・・・・・・む?」

「・・・・・・うわは」


廊下の向こう側からこちらへとやってくる数名の人影を見付け、ナナシとクリブスの顔が歪む。
向ってくるのは貴族院の生徒達。権力を笠に着て威張り散らす、典型的な嫌なヤツらだ。
どうにも、顔を合わせたくない類の手合いだった。

彼らにとっては冒険者というものは、自分たちに“使われる”立場の下賤な者共、という認識らしい。事実、ナナシもソニアージュに使われている立場だ。それについては何とも言い難かった。
ナナシのように個人契約を結んでいる者は別として、国家探索者とは国家の下により探索を行う者である。
国家を形成するのに最重要な要因とは、即ち金と権力だ。その両方を提供する貴族達にとり、自分達が国そのものであるなどと増長するのは、自然なことだったのだろう。
政りの要がカネとコネであることは、どこの世界でも変わらないらしい。

結果的に冒険者と貴族は水と油の関係となり、相当に仲が悪くなったのだ。
ソニアージュ一家のように、良心的な貴族は少なかった。彼女らが変わり者なだけなのである。
クリブスも同じく高等貴族出身であったが、こちらは事情が違う。
お家事情というやつなのだが、クリブスの生家であるハンフリィ家では、どうやらクリブスのような“容姿”を持ったものは力を身につけなければならない、という家訓が存在するらしい。
その“容姿”の問題も相まってか、冒険者などをやっている高等貴族出身のクリブスは、彼らの悪意の格好の的となっていた。

貴族院の生徒達と、だんだんと距離が近づいていく。
向こうもこちらの姿を見咎めたようだ。
こちらを見る目に、侮蔑の色が混じるのを感じた。


「クリフ、目を合わせるなよ」

「ああ、解っているさ」


腹に据えかねたが、手を出された訳でもない。
ガンを飛ばされただけで噛みつくのは流石にどうかとも思い、踏み止まった。
こちらとしてはただ廊下の隅に身体を寄せ、彼らの通行の邪魔にならないよう、道を開けるだけだ。
向こうがどうするかは、解らないが。


「おや、これはハンフリィ家のご長男殿ではないか。どうやらご活躍されているご様子で。お噂はかねがね聞いておりますよ」

「ええ・・・・・・ありがとうございます」


捕まったよ、とナナシは面倒臭そうに一人言ちる。クリブスも苦い顔だ。
結局足を止めて、どうでいい“貴族的な世間話”をしなくてはならなくなった。


「貴殿も大変だな。こんな野蛮な冒険者共と一緒に暮らさなければならないなんて。我々と同じ知識人の貴殿には、耐えられないでしょう?」

「・・・・・・あまり、彼らへの侮辱を口に出さないで頂きたい」

「ああ、これは失敬。そういえば貴殿も冒険者でしたな。許してくれ」


笑う貴族院の生徒達の肥えた腹が揺れるのを見ながら、ナナシは意識を飛ばすことにした。
恨めしそうにクリブスが睨んでいたが、気にしない。
窓の外を飛ぶクロワ鳥を数え、時間を潰すだけである。

散々嫌味を吐いたからか、貴族院の生徒達はそのまま去っていった。
何事もなかったな、と安堵の吐息を吐いた瞬間。
背後から、せせら笑う声が聞こえた。


「“人もどき”が」


間違いなく、奴らはこちらに聞こえるように、そう言った。
クリブスの身体が一瞬硬直する。ナナシは一瞬、我が耳を疑った。
人もどき、と奴らは言ったのだ。

様々な種族との混血が進み、ヒトという括りは大きくその幅を広げることになった。
ある者は角を生やし、またある者は羽をその背に生やす、それがこの世界での一般的な人間の姿となった現在、より獣に近い容姿を持つ者のことを『ベタリアン』と呼称し、人種分けがされることとなっている。
別人種と見なすのは体構造が全く違うのであるから仕方がないが、そのために差別的な扱いを受けることも多々あった。
学者達の間では古き神の顕現であるとか様々な説が提唱されているものの、それでもベタリアンの社会的地位の向上は難しかった。

人もどき、とは、そんなベタリアンに対する最大級の蔑称であるのだ。
間違っても知識人が、口にして良い言葉ではなかった。


「クリフ、抑えろ」

「ああ・・・・・・。解っているさ・・・・・・」


クリブスの腕は、小刻みに震えていた。
ナナシはクリブスの握りしめられた拳を解すよう、手を添えた。


「お前は絶対に、手を出すなよ」

「くそ・・・・・・ッ!」

「酷だけれども、耐えてくれ」

「どうして貴族は、あんなやつらばかりなんだ・・・・・・!」

「落ち着け。我慢だ、我慢するんだ」


クリブスの震えが止まるのを見計らい、ナナシはそっと手を離した。


「代わりに、俺がぶん殴ってやるから」

「・・・・・・は?」


言うが早いか、ナナシは駆けだす。


「え、ちょ、待て! 止まれ、ナナシ!」


筋肉の伸縮でキーを回し、フルスロットル。
全開駆動するギアが軋みを上げ、油圧シリンダが激しく上下する。
火が入った手足の機関鎧は、一歩踏みしめる毎に、ナナシに猛烈な加速を与えた。


「落ち着けと言ったのは自分だろう――――――!」


クリブスの制止の声。
ナナシは、口角を釣り上げることで答えた。


「――――――悪い、無理だわ」


前の世界に居た頃じゃあ考えられないことだな、とナナシは笑いながら思う。
いつから自分は、こんな熱血キャラになったのだろうか。
現代人に相応しく、薄く細い人間関係しか築いてこなかった自分が、まさかこんな感情を抱くなんて。


「だってさ――――――仲間馬鹿にされて、黙ってなんていられるかああああッ!」


まさか、仲間を馬鹿にされてキレるなんて。

叫びながらナナシは機関鎧を繰り、大きく跳躍。天井に“張り付いた”。
怒号を聞いた貴族達が振り返るが、そこには誰もいない。
天地を逆さにしたナナシは、蛍光灯の“ハリ”をスターティングブロックとし、再び“跳躍”。
彼らの頭上へと襲いかかった。


「こんのッッッ、ミートボールどもが――――――ッ!!」

「ぷぎゃ――――――!」


貴族の一人がナナシに殴り飛ばされ、ミートボールよろしく軽快に転がっていく。
取り巻きがレベル差がどうのと喚いていたが、そんなことは関係がなかった。
機関鎧は、レベル差を埋めるために在るのだから。

それを証明するように、また今、二人目の貴族が張り倒された。
ああ、とクリブスは頭を抱える。
事後処理のことを考えると、頭痛がしてたまらない。
ソニアージュと共謀して隠蔽に奔走しなくてはならないだろうし、最悪家の力を使って圧力をかけなくてはならなくなるだろうか。

完璧なエメラルド・フロウジョンを決めているナナシ。三人目は泡を吹いて痙攣していた。
まったく面倒なことをしてくれる、とクリブスは、ナナシの暴挙を諌めるために駆けだした。

さて、どうやってナナシを止めようか。
あの馬鹿は、本当に考えなしで困る。まったく、毎回苦情処理に奔走しなくてはならないこちらの身にもなって欲しい。


「まったく、何て事をしてくれたんだこの馬鹿!」

「いいよ、馬鹿で! ここで黙ってちゃ、仲間じゃないね!」

「本当に君は馬鹿だな! この馬鹿!」


そうナナシに悪態を吐くも、嬉し気に上がった口元を、クリブスは隠すことが出来なかった。










◇ ◆ ◇








勢いをつけて梯子を昇り壁面から顔を出せば、目当ての人物はそこに居た。
学園の敷地内でも端に位置するここは、≪願いの泉≫と呼ばれている場所。崖に面した造りとなっていて、回りには何も見当たらない。こんな何もない場所を利用するのは、逢瀬に来た恋人達くらいだろうか。
しかし探し人にとっては都合がよかったのだろう。
タオルケットを頭からすっぽりと被り、塔の影で膝を抱え、人の目から逃れるように、アルマはいた。


「アルマみっけ。なんだ、こんな所にいたのか」

「・・・ひっ! だ、だれだ!」

「俺ですよー、と。となり、座ってもいいか?」

「うあ、え? な、ナナシ様?」

「そうだよ。あと何度も言ってるけど、様は余計だから」

「はあ、あの、顔が腫れていますけれど、どうしたのですか?」

「ちょっと喧嘩しただけ。気にすんな」


タオルケットの隙間から、アルマが困惑したような顔でこちらを伺う。
ナナシの思った通り、"青い肌”が覗く。
アルマ何をかを言う前に、ナナシは隣にどっかと座りこんだ。


「やっぱり、元に戻らないんだな」

「・・・・・・角を折られましたので。あと数週間は・・・・・・」

「そうかい」


青い肌に、山羊のような角。悪魔のような外見は、天魔族の特徴だ。
アルマは膨大な魔力を精密操作して、純人種を装っていた。
力の制御機関である角を折られてしまっては、魔力のコントロールを失い、擬態することは不可能となるだろう。
アルマはクリブス以上に、自らの真の容姿にコンプレックスを抱いていた。

両目に輝く金眼。天魔族の特徴である赤眼と大きくかけ離れたそれは、古い歴史に登場する邪神の眼だ。
青肌金眼の邪神は、かつて暴虐の限りを尽くし、その娘に封ぜられたという。そして邪神の娘は、後の天魔族の祖になった、というのが≪カスキア大陸≫北部に伝わる伝承だ。
だが、たかが伝承と言い切ることはできない。
それが邪神であれ、神威の顕現とは、とてつもない影響を及ぼしてしまうのだ。人の精神しかり、文化しかり。

邪神とそっくりな容姿であるとしたら、この世界ではそれだけで排斥の対象となってしまうだろう。
アルマは語ろうとしないが、過酷な幼少期を送ってきただろうことは、想像に容易い。
タオルケットを掴む青い指は、傷で埋め尽くされていた。

何と言葉を掛けたらいいものか解らず、ナナシは口を閉ざした。


「どうして・・・・・・」

「うん?」

「どうして、神は、こんなにも残虐なのでしょうか・・・・・・?」

「・・・・・・なんでかな」


その問いに、ナナシは答えることはできない。


「でも、何でもかんでも神様のせい、ってわけでもないだろうさ」

「しかし、私は!」

「アルマは優しいな」


そう言って、ナナシはそっとタオルケットを外した。


「あ、わ、ナナシさまっ!?」

「うん、優しいよ。アルマは」


さわっていいかと断りを入れ、折れた角の断面に指を這わせれば、アルマは泣きそうな顔をして息を飲んだ。
そんなことはない、と言いたかったのだろう。
だが、ナナシはその先を言わせなかった。


「だって、お前は全部を神様のせいにして、誰も恨んじゃいないから」

「う、ああ・・・・・・っ!」

「まあ、こんないい子に少しもいい目を見せてやれない神様は、個人的にはぶん殴ってさし上げたいけどな」


言って、笑いながら握りこぶしを作れば、機関鎧がミシリと軋みを上げた。
アルマはぎゅっと唇を引き絞り、寂しそうな笑みを浮かべると、顔を俯かせた。


「・・・・・・覚えておいでですか? ここで、初めて会った時のことを」


ぽつり、ぽつりとアルマは語り出す。


「忘れもしません。あれは、願掛けの儀式があった日でした。
 冒険者科の新入生達が、それぞれ自分の願いを込めたコインを泉に投げ入れていた時、私は一人、それを遠くから眺めていました」


ああ、とナナシは返事を返す。
ナナシも、忘れてなどいなかった。
沈む夕日を見つめながら、4年前を思い出す。


『よっ、そっちも神様に顔向け出来ないクチか?』

『えっ、あ、あなたは・・・・・・!』

『ああ、同じ新入生なんだ。そう堅くならないで』

『あ・・・はい・・・その、何を祈ればいいものか、分からなくて』

『冒険者志望なんだろ? じゃあ安全祈願とかでいいんじゃないか?』

『いえ、その、私がここに来た理由は冒険者資格のためではなく、あな・・・とあるお方の御側に居るためで・・・・・・』

『ふうん? よくわからないけど、負い目があって願い事が出来ないってことだな? 真面目だなあ。願うだけはタダなのに』

『それは、そうですが』

『よし、じゃあこうしよう。名前はなんていうんだ?』

『あ、アルマです』

『アルマ、ね。それっ! 俺の願いは、隣にいるアルマの願いが叶うこと! あんたが人の願いを司る神というなら、叶えてみせろってんだ!』

『えっ・・・!』

『はい終わりっと。じゃあ、またなー』

『ま、待って下さい! なぜこんな・・・・・・!』

『んー、俺の願いは、誰かに叶えてもらうもんじゃないからさ。自分の足で叶えに行くよ。だって、冒険者だからね』

『・・・・・・!』

『ああ、そうだ。今さ、パーティーメンバー探してるんだよ------』


4年前、アルマへと何とはなしに、ナナシは答えたはずだった。
しかしアルマは、それが特別なことだったと、そう言う。


「衝撃でした。まさか、神の祝福を他人へ譲るなんて」

「まあ、俺には意味がないからな」

「それでも、私にとっては考えられないことでした。だから私は決めたんです。この身に代えても、貴方に尽くそうと」

「・・・・・・ほんと、真面目なやつ」

「だから・・・・・・私は自分が情けない! 何も出来ずに倒れて、こうして今も、人々の目から逃げ続けている、弱い自分が!」

「アルマ・・・・・・」

「私は半端者だ! 天にも魔にも属さず、人にもなりきれない! 力だって、弱いままだ! 本当は兵士にもなりたくなんてなかった!」

「そっか」

「だから、だから・・・・・・!」


強くなりたい、と言いたいのだろうか。
いいや、それは違うだろうとナナシは思う。
アルマは俯いて肩を震わせていた。泣いているのだろうか。


「私は誓います! 迷いを捨て去ることを!」


立ち上がったアルマの手には、コインが握られていた。
少しだけ汚れたそのコインは、4年前の儀式に使われるはずだったものだ。今までずっと、残しておいたのだろう。
アルマなりのけじめなのだな、とナナシは納得した。
きっと、神様に求めるべきことは、願いを掛けることではなく、誓いを立てることなのだ。
それが、この世界に来てナナシが見つけた、神様との付き合い方だった。


「ナナシ様、お願いがあります」


真剣な顔をして、アルマはナナシへと向き合った。
黒地に浮かぶ金色の瞳が、ナナシを貫く。


「祝福を、していただけませんか?」

「おいおい、それこそ神様の仕事だろう。こんなんでも一応儀式なんだから、俺なんかに祝福されたとあっちゃあ、お前の加護神が黙っていないぞ」

「いいんです。私は放神を行い、そして新しい神を仰ぐと決めましたから」

「・・・・・・いいのか? またレベル1からやり直しだぞ?」

「はい。承知の上です」


アルマの真っ直ぐな眼差しを受け、ナナシはしばし考え込む。
放神を行うともなれば、リスクが大きすぎる。しかも4年生にもなったこの時期にレベル1となることは、アルマ個人の問題で収まるものでもなかった。


「それがパーティーの足を、引っ張ることになったとしても?」

「修練に全ての時間を注ぎます。すぐに、皆に追いついてみせると約束します」

「決意は固いみたいだな」

「はい。貴方に、認めて貰いたいのです」


在学中にパーティーメンバーが変動することは、当然のようにある。
人数だってまちまちで、極端な例では、一人で迷宮に挑むことも許されるのだ。逆に大規模な迷宮では、軍隊規模の冒険者ギルドそのものが動くことだってありえた。
アルマの決意を見て、ナナシも当然それを考えた。アルマはきっと、レベルがあがるまで、一人で迷宮に挑むのだろう。
そしてそれを、自分たちは待っていることは出来ない。

放神を行うことによるパーティーへのリスクを考えれば、副リーダーとしては引き止めるべきなのだろう。
だがナナシには、それを口にすることも出来なかった。
ただ純粋に、アルマの決意を祝福しようと、そう思った。


「・・・・・・ああ、解ったよ。俺でよかったら、祝福しよう」

「ありがとうございます!」


顔をぱっと輝かせたアルマは、しかし、とすぐにまた顔を俯かせた。


「私は、決して明かすことの出来ない罪を、犯しています。そんな私でも、貴方は受け入れて下さいますか・・・・・・?」

「みなまで言うな。俺だって秘密の一つや二つくらいあるさ」


肩をすくめながら、ナナシは笑った。
もちろん、自分が異世界から来たことは、パーティーメンバーの誰にも話したことはなかった。
しかし封印の無効化等、自分の特異性はメンバー達に知れ渡っている。勘ぐられるのは当たり前だと思っていたが、これまで誰も踏み込んで聞き出そうとはしなかった。
個人のバックグラウンドをとかく聞かないのが冒険者のマナーではあるが、それだけではないだろう。自分を思いやってのことであることは、ナナシにも理解していた。
だが命を預けあう仲なのだ。いつかは話さなくてはならないと思っているが、どうにも中々踏ん切りがつかなかった。こういう時に、どうにも小心な自分が心底嫌になる。
ジョゼットの真似をして強さを装ってはみても、本質は変わらないのだと、事実を突きつけられる気分だった。

しかし自分が正式な儀式に則って祝福など行ってしまったら、どうなるのだろうか。
放神というレベルには収まらないかもしれないのが、不安だ。


「えいやっ!」


心配するナナシをよそに、アルマはコインを泉に投げ込んだ。
天魔化した膂力で、全力で投げ込んだのだろう。
破裂音を立てながら、コインは泉の水をぶちまけた。
ナナシの頬が引きつる。鈍色はこれ以上の膂力を誇っているという。じゃれつくのは愛情表現だとクリブスは言っていたが、その愛で自分は死ぬかもしれなかった。
返す返す、自分が生きていられるのは幸運なのだな、と思う。


「神よーっ! 聞こえるかーっ!? 私は、お前達が、昔から大っ嫌いだったっ! そしてそれは、これからも変わらないだろう!」


アルマの宣誓が始まった。


「だが、私をこんな素晴らしい人達と巡り合わせてくれたことだけは感謝している! だから、ここに誓いを立ててやるッ!」


アルマの足元に、幾何学的な魔法陣が出現。円柱状に放射される魔力光に、アルマの身が包まれていく。
形としては、かつてジョゼットがナナシに行った命名の儀に近い魔術構成だろうか。
違いは、これがナナシが起こした魔法現象ではないということ。アルマに宿る神性が引き起こしたものだ。


「ナナシ・ナナシノ様を生涯の主とし、永遠の忠誠を捧げることをッ!」

「ああ、認めよう。ナナシ・ナナシノの名において、祝福を与え・・・・・・って、あれ? ちょっと待て、今なんて言った!?」


静止の言葉を口にするよりも早く、アルマの身体から不可視の何かが抜け出て行き、そして何をか別のものが宿った、ような気がした。
唖然とナナシが呆けている前で、アルマは片膝をつき、頭を垂れた。


「お、おい!」

「やっと・・・・・・やっと、貴方にお仕えすることができます。こんなにも、幸せなことはありません。私が頭を垂れることを認めて下さったこと、感謝します」


そのままナナシの爪先に、口を付ける。


「我が王、ナナシ・ナナシノ様。貴方に永遠の忠誠を誓います」

「うわっ、ちょ、こらあ! 汚いだろうが、ぺっしなさい! ぺって!」

「ナナシ様の身に汚い所などありません。私の言葉を嘘だとお思いならば、今ここで体中に舌を這わせてみせます」

「いや、やめろよ! なんでこんなことに・・・・・・」


肝が据わったのか、アルマの顔からは険が取れていた。
とにかくアルマを立ち上がらせ、ああ、とナナシは天を仰ぐ。
初対面から何かと自分によくわからない敬意を向けていたアルマだったが、まさかこんな事を仕出かすとは。
宣誓の句から察するに、恐らくは他者に仕えることを訓戒とする神が新しく加護神に付いたのだろうが。正直なところ有難迷惑でしかない。


「お前、今からでも遅くないから、誓いをやり直してだな」

「・・・・・・ご迷惑でしたか? 私のことが気に食わないのでしたら、そう仰ってください。このまま何処へなりとも消え」

「わーっ! そこまで思い詰めんでもいい!」

「でしたら」

「もう好きにしろ!」


仰いだ天には、いつの間にか星が瞬いていた。
ナナシは、やっぱり向こうよりも星が多くて綺麗だな、と現実逃避気味。
こちらに来て思い通りになったことなど、一度もなかったのだから仕方がない。
異世界のくせに、世界の厳しさまで一緒だなどと、本当にやめてほしかった。


「私の罪が暴かれた時、いかようにして頂いてもかまいません。ただ、ただ私の忠誠だけは真実変わらぬということだけは、信じてくれませんか・・・・・・?」

「もうどうでもいいよ・・・・・・」

「はい! ありがとうございます、“ご主人様”!」


そういえば、とナナシは思う。
この状態のアルマが笑った所を見るのは、初めてではないだろうか。
きっとこれが人肌であったなら、うっすらと頬を桜色に染めているのだろうが、青い肌は血色が良くなっても青いままだった。
折れた角からはしゅうと魔力の煙が上がっているし、細長い尻尾はうねうねと踊っていて、細められた眼からこぼれる金色の眼球は、嬉しそうに此方を見上げていた。

あんまり嬉しそうに笑うものだから、ナナシは咎めるべき単語を聞き逃してしまった。それに気付いたのは、翌日のことである。
後悔とは後で悔やむものだと、読んで字のごとく、後悔する羽目になってようやく気付いたのであった。













[9806] 地下13階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:25


【D級クエスト受諾

 『ねこちゃんをさがして!』

 ・わたしのねこちゃんがにげちゃった! 
  おねがいぼうけんしゃさん、ねこちゃんをさがしてきて!】




ナナシは何度も依頼書を読み返した。

依頼人は富裕層の女の子。幼いまるっこい字が可愛らしく、それだけで女の子の姿が目に浮かぶよう。
所々文字が滲んでいたのは、泣きながら書いたからなのだろうか。

依頼内容は、家出ネコの捜索。
内容の割に報酬が多く、リハビリにはもってこいだとクリブスが持ち込んできた依頼だ。
ランクはD級の民間依頼で、次の探索まではC級以上のクエストを受けるつもりがなかったため、丁度よかった。

冒険者といえども、四六時中迷宮探索をしているわけではない。
彼等にだって生活はあるのだし、迷宮探索のための準備費用を捻出するには、働かなければならないのだ。
ナナシや鈍色も学生アルバイトをしていて、今回のように民間の依頼(クエスト)を受けることが、冒険者の日常なのである。
クリブスは貴族出身であったが、実家からの仕送りを断り、こうしてナナシ達と共にクエストをこなしていた。

今回も、パーティーリーダーであるクリブスがクエストを持ち込んで、クリブスとナナシと鈍色とで依頼に当たっている。
簡単な依頼だなと、クリブスからは聞いていた。

もう一度、ナナシは依頼書を読み返した。


「おい」

「わふ」

「・・・・・・」

「聞いてんのか」

「わん」

「・・・・・・」

「こっちむけ」


なおも目を合わせようとしないクリブスに、ナナシは依頼書を突き付ける。


「・・・・・・知らなかったんだ。僕のせいじゃない」

「ふざけんなコラ」


翠色の視界保有モニタの奥からクリブスを睨み付けながらナナシが指した向こうには、依頼主の探していただろうねこちゃんが、可愛らしく「にゃあ」と鳴いて三人を見降ろしていた。
逆立った毛は雄々しく、ピンと立てられた尾は殻に包まれ、開かれた口からは鉄の牙が覗く。
それぞれ自由に稼働する三つの複眼は三人の動きを捉えて離さず、「にゃあ」と可愛い鳴き声を発する喉は今に灼熱を吐き散らすだろう。


「あれの! どこが! ねこちゃんなんだよ!」


魔獣だった。
ねこちゃんという名前の。
しかも、かなり凶悪な分類の種族。


「だから、僕のせいじゃないと言ってるだろう! 依頼書の不備だ!」

「こんなの詐欺だあ! 絶対D級じゃないだろこの依頼!」

「わんわんわん!」


このやりとりも早数回目。二人してクリブスを責め立てる。

どうやら魔獣を繁殖させ、ペットとして飼うことが、富裕層のステイタスの一つであるらしい。
魔獣と動植物の違いは、加護による能力を使うか使わないかくらいのもの。食用や実験用として、魔獣の交配や繁殖は盛んに行われていた。
養殖魔獣というわけだが、元々迷宮内を住処としていた魔獣達をここまで“普及”させたのは、間違いなく人間の技術によるもの。
養殖技術は、まだ魔獣の死後現れる『核』が貨幣価値を持っていた頃に、金儲けのために培われたという。
そうして増えに増えた魔獣によって≪魔昌石≫の価値は下がり、魔物を倒すだけで生活費の全てを賄えるのは、もはや過去の話となったのである。

しかし生活圏内で魔獣を繁殖させることが、新たな問題を発生させることにもなった。
いくら人の手によって産み出されたといえど、魔獣は魔獣。
その本能には、迷宮で生き延びるための術が刻みつけられていた。即ち、闘争心である。
良い魔獣は、逃げ出さない魔獣だけなのだ。
年々増加傾向にある市街地での魔獣被害は、人間の自業自得とも言えた。

もしかしたら、クリブスは全て織り込み済みで依頼を受けたのかもしれない、とナナシは思った。
貴族出身のクリブスは、持てる者が持たざる者に対する責任の放棄を、ひどく嫌っていた。
魔獣被害などそれの最たるもので、正義感の強いクリブスならば、一も二もなく飛びついただろう。


「ま、まて。ほら、あそこの魔積柱を倒せば信線が丁度ねこじゃらしのようになって」

「落ち着け。頼むから落ち着け」


・・・・・・他意はなかったらしい。

想定外の事態が起きるとすぐに冷静さを欠き狼狽してしまうのが、クリブスの悪い癖。
電柱よろしく街のそこかしこに立てられている魔積柱は、家庭に魔力を送信するための装置だ。そこから張り巡らされたチューブ内を魔力が伝わっていくわけだが、インフラの整備に掛かっている金額は、電柱のそれとは桁が違う。
柱そのものが機材であるためなのだが、問題はそこに掛かっている費用である。
もし一つでも破壊しようものなら賠償金がどれほどのものになるか。各家庭に対する補償も考えると、恐ろしくて考えたくもなかった。
こればっかりは、流石にお嬢様に頼るわけにも、ハンフリィ家の財力をあてにするわけにもいくまい。


「じゃ、じゃあ今すぐマタタビを買って」

「だからあれのどこがねこに見えると。自分の過ちを認めちまえよ、楽になるぞ」

「うう・・・・・・僕のせいじゃ・・・・・・」

「ええい、しゃっきりしろい! 精神面も打たれ弱いのかお前は!」


ナナシの怒声に驚いたか、ねこちゃんは「ふしゃー!」と一鳴きし、屋上伝いに中心区の方へと逃げていく。
幸い愛玩用の魔獣だったためか、これまで人が襲われたことはなかったようだが、それでも危険であることには間違いないだろう。
肉食獣以上の巨体が街を疾走するのだ。何かの拍子で、被害が出てもおかしくはない。


「やばっ! 鈍色、追いかけろ!」

「わんっ!」


元気よく答えた鈍色は、四肢に力を込めて跳躍。一飛びで手頃な家屋の屋上へと着地し、ねこちゃんを追う。
手には用意していた大きめの虫取り網が握られていたが、まさかあれで捕まえるつもりなのだろうか、とナナシは不安に思った。
何と言うか、鈍色は浮世離れているというか、色々な意味で天然少女なのだから心配だ。
あんな小さな身体をしているというのに、あれで自分と同年代だというのだから、不思議なものである。


「ほらクリフ、さっさと立てよ。俺たちも急ごう」

「あ、ああ。しかし、こうなると直接捕まえるしか手がないぞ。市街地で魔術を使うわけにも・・・・・・」

「仕方ないさ。猫だと思ってたんだから武器も持ってきてないし。まあ、飼い魔獣? だから傷を付けるわけにもいかないだろ」

「ぬう・・・・・・となると、僕は今回役立たずなわけか」

「いいさ、任せろ。ギルドと警備隊の方に連絡に行ってくれよ。もしも、の時があるかもしれないから」

「解った。気を付けろよ、ナナシ! 次の探索のアイテム代は、折半でいいぞ!」

「マジでか! よっしゃあ、頑張るぞーっと!」


クリブスと背中合わせになる形で、ナナシは走り出した。

全身の制動を確かめるように、意識して爪先を蹴り出す。
ぐ、と拳を握り込むと、力強い反発が返ってくると共に、みしり、とボルトが心地よい軋みを上げた。
全面改修された駆動系は、運動エネルギーを効率的に全身に巡らせている。

かつてジョゼットが造ったそれとは違い、大規模な設備でもって作成された精密な部品類に、細部までナナシ個人に合わせたチューン。
新たに生まれ変わった≪ツェリスカ≫は、これまで以上の一体感を、ナナシに与えていた。


「ツェリスカ、街の地図表示。ナビを頼む」

『おはようございます、マスター。新機種の装着感はどうですか?』

「おはよう、ツェリスカ。調子は良好、さすがナワジ先輩だ」

『出力が20%上昇。同時にパワーアシスト機能が37%向上しています。注意してください』

「了解。試運転だけだって言ってたけど、戦闘機動で動かさなきゃならなくなった。急だけど、いけるか?」

『ノープロブレム、問題ありません。初回起動時にも訓練等は無かったと記録しています』

「はは、そうだったな。泣き喚きながら戦ったっけ。情けないマスターで悪いな」

『いいえ、そんなことはありません』

「・・・・・・ツェリスカ?」

『貴方はもはや、あの頃の貴方ではないはずです。そして、私も』

「あ、ああ・・・・・・」


はて、と首を傾げる。
ツェリスカは入力に対し、ここまで柔軟な発話を返せただろうか。
ツェリスカはハンドメイドのAIだったが、それは発言パターンと音声出力に特化したもので、“会話”など出来もしなかったはずだ。
だが、ツェリスカはナナシの言葉に対し、明確な意図を以て返している。


『私たちは二つで一人、共に強くなった。そうでしょう?』

「お前・・・・・・!」


ナナシの足が止まった。
その瞬間、間違いなくナナシはツェリスカに“微笑まれていた”。
網膜投射モニタに一瞬流れたノイズの向こう側。
確かにナナシは、微笑む少女の姿を見た。


『当機に搭載されていたスキル、≪自己学習≫が発動されました。AI機能の強化により、よりファジイな対応が可能となります』

「搭載されていた・・・・・・? ・・・・・・ああ、成程、そういうことか!」


すごいよジョゼットさん、とナナシは笑い声を上げた。
ジョゼットがツェリスカを造った理由の一つが、孫娘の写し身とすることだった。
≪自己学習≫がどれほどまでの範囲を示しているのかは解らないが、恐らくはジョゼットの掛けた“呪い”の正体こそが、それなのだろう。
呪いによる効果――――――スキルと言い換えてもいい。
ジョゼットは、孫娘の成長していく姿こそが見たかったのだ。

もちろんツェリスカに搭載されているスキルは、その一つ程度ではないだろう。
これまでは、機関鎧の機能そのものを使いこなすことだけに念頭を置いていた。AIの方、ツェリスカ自身については、思考の優位度が低かったのだ。
新機体の調整と共に、機能の確認も行わなければならない。


「そっか、そうだよな。俺たちはずっと、二人で戦ってきたんだよな」

『はい、マスター。そして、これからも。貴方の望む限り、私は貴方と共に在ります』

「ありがとう、ツェリスカ。これほど心強いことはない」


これで、どうして処理能力が大幅に跳ね上がっていたのか、とナワジが首を傾げていたことの原因がはっきりとした。
それはツェリスカの“成長”の結果だったのだ。
もしかしたら、とナナシは思わずにはいられなかった。

もしかしたら、ジョゼットの願い通り、ツェリスカは“ツェリスカ”になるのかもしれない――――――と。


『魔獣種検索・・・・・・ヒット。魔獣種を≪ゲイルビースト≫と特定。戦力差が大きく開いています。撤退を提案します』

「・・・・・・ここは一緒に頑張ろー、とか、私たちなら出来ますー、とか言う場面じゃないかな?」

『データ不足、希望的観測です』

「まだまだ固いなあ」


その時はまだ先になりそうだ、と再び駆け出す。

ゲイルビーストは、疾風の魔獣の二つ名で有名な魔獣だ。本当に真正面から戦ったならまず勝ち目はない。
だが、あのゲイルビーストは人に飼われていた。これまで街を疾走していたというのに、人的被害は0。
何の拍子で野生が目覚めるか解らないが、少なくとも今は、捕縛することだけを考えていればいい。
それならば、いくらでも対処のしようはある。


「よし、動作確認だ。全力で走るぞ!」

『了解しました』

「いくぞぉッ!」


両の足に力を込めれば、踏み出す度に、更に更にと加速が掛かる。
破損した油圧パイプ及びパワーアシスト機関、摩耗した人工筋肉の代わりにと搭載された試作型の人工筋肉が、身体の筋の動きを正確にトレースし、パワーアシストをリアルタイムで行うのを実感する。

以前までの機関鎧と比べ、一回りは細身となったフォルム。
もはやタクティカル・アーマーと言うよりも、タクティカル・スーツと言うべきか。
兜や胸部装甲の重厚さはそのままに、手足の武装も変わらないが、しかし、とりわけ関節の“繋ぎ目”からは機械部品が排除されていた。
足りない頑強さは、身体中のあちこちに取り付けられた接合口が解決してくれる。未だ完成はしていないが、ナワジ構想の追加装甲をアタッチメント方式で装着するという、機関鎧の新理論による構成だった。
機関鎧とは、武装することで進化する兵器である。身に付けるのは、人だけではないということだ。

新ツェリスカは全体的に新型人工筋肉の搭載により剛性は失われたが、反応性とそれによる敏捷性は跳ね上がっている。
ナナシにとっては都合の良い改修結果だった。元々レベル0の身としては、敵の攻撃を受け止めることは危険だったのだ。受け流すか、回避に持っていくことが容易になるだろう性能は、非常に心強いものであった。

人工筋肉が収縮し、爆発的な膂力でもって、ナナシは突き進む。
石畳に罅を刻みながら、足甲で火花を散らし、緩やかな曲がり角を、


「うおおおおお、おっ、お、ちょ、止まら、ぬおおおおおおいっ!?」


曲がり切れずに、塀に激突した。


「うぐぅ・・・・・・」

『第一装甲損傷。戦闘力が6%低下しました』

「痛っつー・・・・・・なんだこれ、ピーキー過ぎるだろ・・・・・・」

『出力が20%上昇。同時にパワーアシスト機能が37%向上しています。注意してください』

「ああ、さっき聞いたね・・・・・・。ありがとよ・・・・・・」


人型に砕けた塀から、ナナシはぼやきながら瓦礫を崩して頭を出した。
油圧パイプとは比べ物にならない馬力だった。
ナワジ曰く、「注文通りにしたけどよ、ピーキー過ぎて使い物にならないんじゃねえの?」 との事だったが、正にその通り。
ツェリスカはかなりのお転婆娘になったようだ。乗りこなすには骨かもしれないが、気を付けなければ。


「ふわわわわっ! わぅぅんーっ!?」

「うおっ!?」


頭上を通り過ぎる陰。
慌てて天を見上げれば、そこにはねこちゃんに必死に掴まった鈍色が、悲鳴を上げていた。
しかし掴まった、と言うべきか、捕まえたと言うべきか。
虫取り網をねこちゃんの頭に被せ、そこにぶら下がっている。視界を遮られたねこちゃんはがむしゃらに建物の上を走り、それにつられて小さな身体が宙を舞うのは、見ていて恐ろしい。
だが、ナナシは喜色の歓声を上げた。


「よっしゃあ、鈍色良くやった! 離すんじゃないぞ!」

「わふ、わんっ!」


頑張るぞ、という気持ちを顔一杯に現わして、鈍色は網の柄をよじ登る。
そのまま、ようやっとねこちゃんの身体にしがみつき、体毛をギュッと握り込んだ。
鈍色が力いっぱい体毛を引けば、ねこちゃんは「ぎにゃあ!」と一鳴きし、引かれた方へと進路を変える。

その進路を確認しつつナナシは開けた広場へ出ると、肩幅以上に足を開き、腰を落とした。


「ようし、来いッ! 鈍色ォッ!」

「わんッ!」


合図と共に鈍色は手綱を繰り、ねこちゃんをナナシへと差し向ける。
モニタ一杯に巨体が迫るもナナシはその場を動かず、ただ、右腕を弓引くように引き絞った。


「ブラストフ!」

『Blast‐off』


音声入力。
引かれた右腕、多重構造に隠されていた“5本”の杭が出現。
ツェリスカがカウントを開始すると同時に、全身に魔力が駆け巡る。
額を付けるほどに地に沈みこませ、ねこちゃんの巨体の下に潜り込むよう、狙いを付ける。


『接触まで残り5、4、3・・・・・・』

「そこだぁッ! スタン・フィストバンカァアアアァアアアッ!」 


伸びあがるようなアッパー。
5本の杭が一斉に打ち出され、圧搾空気と魔力とが腕部機構から噴射。拳に掛かる衝撃から、空気の壁を破った瞬間を感じた。
追加された2本の杭は、以前のフィスト・バンカー以上の威力を生じさせるだろう。
拳を覆うように噴射された魔力は、多殻弾頭のそれと等しく右腕を保護し、対象に喰い込み破裂するのだ。

しかし、ねこちゃんへと拳が突き刺さる直前、ナナシは握った拳を解いた。
指だけを曲げ、浅めに握り込んだ掌底だ。
それを身体に触れぬよう、寸止めの形で停止させる。
5本の杭の内、2本が逆噴射され、フィストバンカーは急停止。
制動が掛けられたことにより、破られた空気と魔力とが壁となってねこちゃんに殺到する。


「にゃぁあああああぁぁ――――――!」


衝撃によって内蔵を揺さぶられたねこちゃんは、悲鳴を上げながら空に打ち上げられ、三回転。
地面に打ち付けられ、目を回して気絶した。
純粋衝撃による対魔獣内器官通打、スタン・フィスト・バンカーの効果が十二分に発揮された結果である。
人間に打ったならば気絶ではすまないだろうが、相手は魔獣である。問題はない。


「・・・・・・げふぅ」

「・・・・・・やりすぎたかな?」


問題はない、と思いたい。


「ふわーーーー!」

「おおっと」

「わふんっ!」


巻き込まれて宙に放り出された鈍色も、ナナシに受け止められた。
うー、と低く唸っているのは、乱暴に扱われた抗議のためか。
まいったなあとナナシは装甲に包まれた面頬を掻いた。


「ううー!」

「ああ、はいはい。悪かったよ」

「むふー」


睨みながらぐいぐいと頭を押し付けてくる鈍色に、観念したとナナシは手を乗せる。
ピンと立った耳と耳の間を書いてやると、鈍色は満足そうな吐息を漏らし、目を細めた。
鋼に包まれた指では固いだけだろうに、ご満悦な様子の鈍色。よくわからない奴だと、ナナシは苦笑を漏らした。

さて、後はねこちゃんが起きないように見張りつつ、クリブスを待つだけだ。


「わふー、わふー、わふーんっ!」

「ははは、こやつめ」


見張らなければならないのだが・・・・・・。
緑色の泡を口から吐き、危険な感じに身体を痙攣させるねこちゃんを、極力視界に収めないために。
やっぱりアイテム代は俺持ちになっちゃうのかな、と半ば諦めつつ、ナナシは鈍色の頭をワシワシと掻き撫ぜることに時間を費やした。












[9806] 地下14階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6a403612
Date: 2009/11/26 03:25


第一印象は最悪だった。


見た目は凡庸の一言。中肉中背で、これといった特徴もなし。強いて言うならば、純人種としては珍しい黒髪黒目であることくらい。
周りから投げ掛けられている視線は、物珍しさだけではない。呆れの色を含んだ、こいつ馬鹿だなあ、といった類のもの。
かく言う自分もその一人だ。


だって、仕方がないじゃない。


口車に乗せられて、自分の血や髪や肉を、二束三文で売り飛ばそうとしているのだから。
扇情的な服を着た女魔術師に腕を絡めとられ、何とも言えないにやけた顔。
どう考えても、自分にどれだけの価値があるのか解っていない。
いや、自分に価値を見出してなどいないのだろうか。自分を安売りするなとはよく言われる言葉だが、あれは行き過ぎだ。こんなものに値段がついて嬉しいなあ、と書いてあるような間抜け顔を晒している。
だから、思わず手に持っていた武扇で引っ叩いてしまったのも、仕方がないことなのだ。

気付いた時には、腕を取って歩いていた。
冷静に考えれば、自分から男性の身体に触れるなんて、なんてはしたない真似をしてしまったのだろう。
これまで良家の子女として、貞操観も叩き込まれて来たのだ。今にして思えば、考えられないことだった。
でも、羞恥よりも怒りの方が勝っていた頭では、そんなことを考えられることもなく。

「わたくしが世間の常識ってものを教えてあげるわよ!」と、大見えを切ったような気もする。

なぜだろうか。
この時わたくしは、自分が導いてやらなければ、と自分でもよく解らない使命感を抱いていたのだ。

これがお母様から聞いていた恋というものなのか、と自問するも、ありえないと頭を振る。
だって、こうして引きずられながらあうあうと情けない声を上げている彼は、自分の理想像とは真逆に位置するような人だったから。

これでも豪商の娘である。
財力でもって貴族の末端に数えられるようになった一族の、その一人娘なのだ。
しかも自分はドラゴニュート。もはや伝説にしか登場しない龍種の血を引いているとい事実は、貴族であるということよりも、ずっと重い意味を持つ。
配偶者は、慎重に選ばなければ。それは、わたくしが一存で決めてしまっていい問題ではないのだ。
貴族に生まれた娘の中には、自由恋愛がほぼ認められていないことに嘆く者もいるが、わたくしはそうではない。
自分の立場と、力を、正しく理解していた。
こんな、物の価値がまるで解らないような迂闊な人物など、歯牙にかけるはずもなかった。


・・・・・・のはず、なのだけれど。


お母様が言っていた。
恋に落ちる、と書くのだ、と。
恋とは落ちるもの。まるで落とし穴のようなもので、いつ落ちるか解らない。落ちたが最後、そこから這い上がるのには、並み大抵ではない。
だから気を付けなさい。貴女は誰よりも龍の血を濃く受け継いでいて、誇り高いのですから、きっと、落ちてしまっても、そうとは解らないでしょう。いいえ、認めないかも。
そうにこやかに言うお母様を見て、わたくしは、そんな馬鹿な事はありえないわと鼻で笑ったものだ。

はたしてわたくしは、落とし穴に落ちてしまったのだろうか?

横目に見れば、うなだれて涙目になっている彼の姿が。
屋敷に引っ張りこんで小一時間ほど説教をしてやったのが、大分堪えたのだろう。


・・・・・・ありえないわよね。


この程度で根を上げる程度の男性に懸想することなど。
そもそも、見た目も中身も凡庸なのだ。能力的にも、容姿的にも、もちろん中身を見ても、これ以上の手合いは掃いて捨てるほど居る。
まあ、大人しく話を聞いていた素直さと、商店街のおばさま達と話していた時に見せていた素朴さは、評価してあげてもいいけれど。

ぴしゃり、と武扇を閉じれば、びくっと身体を震わせて、こちらを見上げる。
肝も小さいようだ。
自分で言うのもなんだが、いくら竜人といえどもこんな小娘にいいように言われ続けるなんて。
聞けば、彼は自分よりも4歳も年上だった。とっくに成人を迎えている歳であるというのに、子供でも知っているような事も知らないのか。
まったく、しようがない人だ。

しかし自分も感情的になって、少々言いすぎたかもしれない。
彼にだって予定はあったでしょうに、強引に引きずってきてしまったのには、わたくしも反省している。

が、あやまらない。
この人の迂闊さが悪いのだ。

今だって、わたくしが言ったことの半分も理解できていないような顔をしている。
本当に馬鹿だな、と思う。
人として生きるには、その権利を金を払って得なければならないような社会だ。
弱者は強者に食い物にされるのが運命。
ベタリアンとも分け隔てなく接せられる心根は美徳だが、お人好しも過ぎれば毒だ。
ここはあんな風にへらへらと笑って生きていけるような世界では、ないのだ。

・・・・・・もう帰らないと、ですって?

よろしい。
なら明日も来なさい。明後日も来なさい。
理解できるまで、わたくしが教育して差し上げましょう。
拒否権なし。反論は受け付けないわ。

まあ、でも今日のところは、お詫びにお茶くらいは淹れてあげましょうかしら。


それが、ナナシ・ナナシノとの出会い。
第一印象は、最悪だったのだ。










◇ ◆ ◇










決闘の最中、お互いが力を尽くした結果として心を通わせ友誼を結ぶことになる、という話はよく目にする話だ。
しかし、自分に限ってはそれは当てはまらないらしい。
然もあらん、と思う。決闘という形をとったコミュニケーションの結果として、友情が芽生えるのだ。意思であれ、暴力であれ、双方向からの干渉がなければ、何らかの変化は発生しないのは当然のこと。
であるならば、こうして一方的に打ちのめされている状態で、何かが得られるかと考える方がおかしいのだろう。
眼前の相手と友誼を結ぶなど、絶対に御免蒙りたかったが。

そんな取り止めのないことを、鼻奥と喉に鉄の臭いを感じながら、ナナシは思った。
地に投げ出された手足は鉄のように重く、真正面から受けた2級火炎魔法は、耐魔制服を真っ黒に焦がしている。その下の皮膚がどうなっているかまでは、恐ろしくて確認できなかった。感覚がないところから、どうせろくでもない状態なのだろう。
明らかに戦闘不能となっているのに、相手方はまだ「まだまだ勝負はこれからだ! 完璧なる敗北を君にプレゼントしよう!」などと、のたまっている。落とし所がわからないのだろう。下手に戦闘力が高い分、経験の浅さが逆に脅威だった。このままでは、トドメを刺されかねない。

これだから貴族は苦手なんだ。

と、ぼやこうにも、出てきたのは血の塊。
冒険者が貴族を嫌う理由の一つとして、レベル問題も存在していた。
様々な“尺度”として在るレベルだが、冒険者はそれを戦闘力として捉えている。魔物との戦いにおいてレベルが上昇するのだから、それは間違いではない。
しかし貴族は、レベルを貴族としての格式の高さとして捉えていた。

レベルとは神から授けられている祝福の度合いである。
つまり、レベルを上げる方法とは、魔物と戦うこと唯一つではないのである。自らの加護神の定める戒律を敬遠に守れば、その分レベルは上がっていくのだ。
それだけでなく、国に尽くす貴族達は、国自体がシンボルとして掲げる創設神の祝福をも受けている。
冒険者は戦神アレスの祝福を、須らく受けることになる。
それら神々から授けられた祝福の度合いの合計値が、レベルとして表されるのだ。

貴族達は、あんな蛮行を犯している者達と自分達のレベルが近しいことが気に食わない、と言い、冒険者は、机の上で銭勘定してるだけのくせに何で命を掛けている自分達とレベルが同じくらいなんだよ、と言う。
そしてまた諍いが起き、両者間の関係は険悪の一途を辿るわけだ。

何をやっているのだか、と呆れ返りながらナナシは立ち上がった。


「ほう・・・・・・絶対的な力量差があると知りつつも、よく立ち上がった。その闘志に敬意を評し、私も全力で相手することを誓おう!」

「そりゃあ、どうも・・・・・・」


乱れる呼気を丹田に意識を集中させ調息すると、拳を構える。

左腕は前に、右腕は後ろへ。弓を引き絞るような姿。
両の手のひらを浅く開いた拳掌は、打突にも掌底にも受け流しにも対応できる。
足は肩幅以上に開いて根を張り、深く沈みこませた、静の構え。

どの流派にも見られないその構えは、かつてジョゼットが往年に自らの全てを注ぎ込んでくみ上げた、名も無い戦闘術――――――≪無名戦術≫である。
しかし、対魔物戦を想定して考案された無名戦術は、対人戦には“からっきし”だった。
拳を放てば、眼前の貴族が振るう護身術によって転ばされ、間を空ければ魔法に打ち据えられる。
格闘技に始まり人が身に付けてきた戦闘術とは、人の歴史の中で練磨されてきたものだ。いうなれば、それの根本は、対人戦にあると言える。
比べて≪無名戦術≫は、ジョゼットが古今東西の武技武術の中から、実際に魔物に有効であると見たものを抜粋し、合成したもの。足運びは滅茶苦茶だし、隙も大き過ぎる。正直なところ、武術としての体を成さないような代物だ。
武術である必要などない、というのがジョゼットの結論だった。
魔物に対して、否、神に対して、人の中で生まれた技など通用するものか。獣を打ち殺すには、自らも獣にならなければ。あらゆる武術を組み上げた結果、≪無名戦術≫とは、魔物の動きを模した武技となったのだ。
しかし、それを繰る者は、あくまで人間である。
武道の見地からしてみれば、児戯にも等しいだろう。特に護身術などという、対人戦に特化した格闘技とは、とことん相性が悪かった。
それは、今の自分の状態を見れば明らかだ。
元々が穴だらけの戦闘術であるために、まだ発展と改良の余地は十分残されてはいるが、ナナシには学んだものを工夫し作り変えていく才はまるで無かった。これが鈍色であったなら、こうはならなかっただろう。むしろ、立場は逆になっているはずだ。

レベル差を覆すための機関鎧ではあるが、ここまで高レベルの相手に手足甲のみの装備ともなれば、それは難しかった。
先日の肥えた貴族連中のような、動かない的とは訳が違う。相手は、貴族であっても鍛錬を忘れず、魔法の腕も一流だ。
機関鎧の装着が大前提の戦術しか使えないナナシでは、手も足も出なかったのだ。
完全装甲士といえども、常に完全装備でいられるわけではない。
平時はツェリスカ本体は、ドックにて整備調整をされている。自衛手段と低ランククエストのために、手足甲部は装着を続けていたものの、その他は生身である。
そこを狙われたようだった。

見た目は金髪碧眼の精霊族の美丈夫であるというのに、なるほど先ほどから中々えげつない攻撃を繰り出してくる。
豪奢な見た目とは裏腹に、腹に一物を抱え込んでいるようだった。

ナナシにはこの男に見覚えがあった。
確か、セリアージュの婚約者であったはず。

まだ学園に入学する以前に、セリアージュの屋敷に出入りしていた頃、何度かすれ違った記憶がある。
異様に敵意の篭った目で睨み付けられたため、何か無礼を働いて、機嫌でも損ねてしまったのかと震え上がったものだ。
後にセリアージュに聞いたところ、何度もしつこく訪ねてくるため、来るたびに門前払いにしていたとのこと。
頭を抱えるしかなかった。それは機嫌も悪くはなるだろう。婚約者である自分を差し置いて、どこの馬の骨とも知れない男が、連日フィアンセと茶を飲み交わしているのだから。
そうしてナナシと鈍色と共に、学園に入学してしまったセリアージュ。探索科ではないため冒険者となることはないが、それでも家人から、特に父親からは猛反対をされたらしい。
セリアージュの父親は、慌てて彼を入学させたのだという。だというのに、セリアージュは変わらず彼を避け続けている。
そんな彼の不満たるや、相当のものだろう。
今回の一件は、どうやら彼の鬱憤を晴らすいい機会となったようだ。

とまれ、これ以上彼について詳しく語れるほど、ナナシは彼に関心はなかった。
どう転んだところで、彼とは今後二度と接触を持たないだろうから。
問題は、この決闘が引き下がれないものであったということだ。


「覚悟したまえ!」

「くそ・・・・・・ッ!」


名目上は、先日不当に貴族に対する狼藉を働いた事への仕置き。
実態は、“悪い虫”の排除だろう。
気付いた時には衆目の最中で、手袋を叩き付けられていた。決闘の申し込みは、どうやらこちらの世界でも同じであるようだった。
違いがあるとすれば、相手が冒険者であった場合、決闘は禁止されていないということだけだ。

あれよ、という間に決闘のセッティングが成され、広場には大勢の見物人が。
名目が狼藉者に罰を与える、とのことなので、義はあちらにあると見なされている。それは別によかった。悪者にされるのは、別段かまわない。
しかし、この戦いに敗北してしまえば、セリアージュとの縁を切られてしまう可能性があった。それは絶対に避けたいことだった。
セリアージュはナナシのパトロンなのだ。
機関鎧は、元々が老年の冒険者や公的警備職に向けて開発されたものだ。つまり、それを扱うには、金が掛かるのである。莫大の、とまではいかないが、それでも駆け出しの冒険者では賄えないほどには維持費が掛かる代物である。
自分と鈍色の入学費を、ジョゼットの遺産で支払ってしまったナナシだ。セリアージュの力なくしては、冒険者を続けることは不可能だった。
メディシス家、特に彼女の父親はナナシを快く思っていないのは確か。しかし、セリアージュは個人的にナナシへと援助をしていた。あくまでも個人の範疇なので、現当主であっても彼女の父親は、それを止めさせることは出来ない。

そこで登場したのが婚約者の彼だ。
彼は決闘を始める際、この決闘で得る勝利をセリアージュに捧げ、結婚を申し込む、と宣言したのだ。
やられた、とナナシは苦い顔。セリアージュの父親から指令が下ったのだろう。
セリアージュがさっさと結婚して家に戻れば、それで万事が解決するからだ。
しかも決闘の名分はあちらにある。
断ることなど、出来なかった。

ナナシが決闘を申し込まれた時のクリブスの顔は、過去最大に焦った表情をしていた。
瞬く間に取り巻きに囲まれてしまい、誤魔化せないと悟ったのだろう。何もできず、ただぐっと拳を握るだけだった。きっと、自分は庇われたのに何もしてやれない、などと悔やんでいるのだろう。
貴族出身のクリブスは、家訓によって冒険者登録をしている。冒険者と貴族のパラーバランスに介入することは、許されないのだ。
ナナシは、気にするな、と笑ってクリブスの肩を叩いた。

気にするなよ、俺の自業自得なんだから。

だから、周りを囲む見物人の中で、血が滴るほどに拳を握り締め罪悪感に震える必要など、クリブスにはないのだ。
こうしてじわじわと追い詰められているのも、全てナナシの自業自得なのだから。


「う、わあああああ!」


悲鳴を上げながら炎熱系魔術≪ファイア・レイン≫を掻い潜る。
機関鎧の人口筋肉に頼った軌道は、身体に過剰な負担を掛けていく。ツェリスカのサポートが無ければ、戦うことも満足に出来ない。ナナシはツェリスカと一つとなり、初めて冒険者として完成するのだ。
無力であるのは当然のこととも言えた。

一本一本は下級魔術である炎の矢といえど、雨あられと注がれれば、避け切ることなど不可能だ。
上方向からの面制圧呪法によって、広場の石畳は穴だらけにされていく。
当然、ナナシ自身にもダメージは及んだ。


「ぐ、あぎっ!」

「よく避けたな! 素晴らしい、それでこそ誇り高き冒険者だ!」

「よく言う・・・・・・っ」


本当に外面の良い奴だ、と吐き捨てたい気分になるも、すんでの所で言葉を飲み込む。
ナナシは目の前の人物が、冒険者偏見主義であることを知っていた。顔に見覚えがあったのも、メディシス家の屋敷ですれ違ったからだけではない。学内の冒険者ギルドが貴族院とぶつかった時、何度も見かけていた記憶があった。
だがこの場でそれを言うわけにはいかなかった。
セリアージュの父親からの後押しを受けて決闘に臨んだ彼を罵倒しては、セリアージュの父親を侮辱したも同然であるからだ。
右も左も解からなかった頃から、セリアージュには多大な恩がある。それはもう、一生を探索に費やしても返せない程にだ。
これ以上彼女に迷惑を掛けることは出来なかった。
それだけではない。自分には、社会的後ろ盾が全く無いのだ。
邪魔者と判断さたら、簡単に排除されてしまうだろう。政争に巻き込まれ、“行方知れず”となった冒険者の話は、事欠かない。冒険者は比較的命の安い職業だ。一人二人消えた所で、だれも気にも留めない。
しかし、とナナシは奥歯を噛む。


どうすればいいんだ・・・・・・。


実はナナシも、“本物の”対人戦は、これが初めての経験だった。
相手方は戦闘自体の経験が浅いために“どこまで”やったらいいものか、計りあぐねているようだが、しかし落とし所が解からないというのならば、ナナシも一緒である。

右腕を握りこむと、5本の杭が一瞬スライドする。
追い詰められているものの、絶対的に敵わない相手、というほどでもなかった。
≪フィストバンカー≫の一撃を叩き込む隙は、いくらでもあったのだ。
戦いの素人にいいように弄ばれる程、ナナシは甘くはない。
しかし、拳を打ち込んでもいいものか、という躊躇が、ナナシの踏み込みを阻んでいた。
勝ってしまえばセリアージュの父親の顔を潰すことになるし、しかし、かといって負けてしまうことも出来ない。

問題が大きくなれば、クリブスの家まで介入してくる可能性もある。
歯軋り、いや嘴軋りしているクリブスを見ると、その可能性はないとは言い切れない。
こればかりは、先日同じく貴族を殴り飛ばしたように感情的に行動するわけにはいかなかった。

しかも、考える時間は限られている。
タイムリミットは、ナナシが力尽き、倒れるまで。


「私の華麗なる魔術に耐え切れるかな・・・・・・? さあ、喰らいたまえ!」

「ええい、くそっ!」


これだ。
放たれたのは、炎熱系二級魔術≪メガ・フレア≫。
直進する炎の槍が、対象を貫く魔術である。
なんのフェイントもなく馬鹿正直に向かってくる炎の槍は、ナナシであれば容易に避けられる・・・・・・のだが。


「くあぁっ、ぐ、あああああッ!」


自ら射線上に割り込むことで、甘んじて炎の槍を受けるナナシ。
辺りには肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。
この直進する炎の槍が、一番厄介なものだった。
そう、この魔術は、対象に直撃するまで“直進する”のだ。

ナナシの背後には、大勢の見物人達が。見れば、非戦闘学科の生徒達も多数存在している。
そんな生徒達へと、二級魔術が飛び込んだらどうなるか。
自分のように耐魔制服の下に、防魔鎖帷子を仕込んでもいまい。被害は、それこそ火を見るよりも明らかだった。
にも拘らず、先ほどから事ある毎に≪メガ・フレア≫を連発している。
自身の魔術が周囲にどれだけの影響を及ぼすか、把握していないのだろうか。戦闘魔術を実際行使することに明るくないのであれば、それも頷けた。

しかし、これも全てナナシの行動を予測しての行いだったとしたら・・・・・・。


「・・・・・・くくっ、無様な姿だ。汚い冒険者にはお似合いだな。社会の汚物めらが」


周囲の者には聞こえないだろう。
対峙するナナシの耳にのみ、その呟きは飛び込んできた。


こいつ・・・・・・!


ギリ、とナナシは歯噛みする。


嘲笑っていやがる・・・・・・!


ナナシを見下す眼。
美貌に浮かべられる爽やかな笑みは、もはや醜悪なものとしか見えない。
隠しようのない欲望が張り付いていた。

狡猾で周到な人物である、と言わざるを得ない。やはり、全て計算尽くでの行いなのだろう。
この男は、ナナシが手出し出来ないことをちゃんと解かっているのだ。
セリアージュの父親の目は、正しかった。彼ならば、海千山千の貴族達を押しのけ、メディシス家に更なる繁栄をもたらしてくれるだろう。正しい貴族の姿であった。
しかし、その踏み台にされる身としては、堪ったものではない。
貴族の男は傍から見れば精悍な、しかしその実、加虐心に富んだ笑みをナナシに向け、掌をゆっくりと掲げた。
そしてまた、ナナシにしか聞こえない声で、告げる。


「汚物は消毒だ――――――!」


再び放たれる炎。
ナナシは予測軌道に強引に割り込みを掛け、悲鳴を上げる間も無く吹っ飛ばされた。

広場が見物人達の歓声に湧く。
しかしナナシには、肉が焼けるじゅうという音しか聞こえなかった。
しかもその音は自らの胸から立ち上っている。やられた、と思う余裕さえなかった。

クリブスの気配を近くに感じたが、視界は暗く、その姿を確認することは出来ない。
どうやら、自分を助け起こそうとして、止められたようだ。クリブスは行く手を阻んだ人物に、大声で怒鳴り散らしていた。
クリブスがあそこまで声を荒げているのは、初めてだったような気がする。
嬉しいような、悔しいような、情けないような、誇らしいような・・・・・・不思議な気分だった。

やはり加減はしてくれなかったようで、意識が急速に遠のいていくのを感じる。
このまま気を失ってしまっては危険であると、どこか冷静に自己分析するも、まぶたはどんどんと落ちてくる。
そうして眼を閉じる瞬間、ナナシの頭上に黒い影が差した。


「わたくしが今、何を考えているか、教えてあげましょうか?」

「あ・・・・・・セリア、お嬢様?」


落とされるセリアージュの声。
ナナシはぼんやりとその声に耳を傾けた。


「あなたがこのまま大怪我をして、冒険者を続けることが出来なくなればいいと、そう思っているわ」


落ち着いた、静かな声だった。
喧騒に包まれていても、彼女の声は良く透る。


「わたくしはあなたが冒険者になることは、ずっと反対だった。勘違いはしないで。貴族だから冒険者を見下しているとか、そんな理由じゃないわ。
 あなたに冒険者なんて、勤まるはずがないと思ってたもの。こんな、どうでもいい貴族の事情なんてものを考えて、決闘で手加減なんかしてしまうようなお人よしには。
 きっといつか酷い目にあうに決まっているもの。いいえ、現在進行形で痛い目を見ているわね。野次馬なんて、怪我をしても自分の責任なんだから、放っておけばいいのに」


セリアージュの独白は続く。


「嫌いよ。あなたなんて、大嫌い。私の言うことを、ちっとも聞いてくれないんですもの。
 わたくしを誰だと思っているの? わたくしはセリアージュ・G・メディシスよ。自らに課せられた責任の重さくらい、ちゃんと自覚しているわ。
 わたくしはあの男に純潔を捧げて、そして・・・・・・“抜け殻”になる」


言わなくてもいい、とナナシは声を出そうとした。
しかし、焼けた気管からはひゅうひゅうと息が漏れるだけ。彼女に何も言葉を掛けることは、できなかった。

セリアージュは、ドラゴニュートだ。
それも古き龍の血を引く、高貴な一族の。
古き龍の血に込められた龍神の祝福はあらゆる災厄を撥ね退け、宿主に幸運を授ける。
その強力な祝福を、ドラゴニュートは他者と共有する術が有るのだ。

古来から、龍とは最も神に近しい存在であるとされていた。
龍は時に人に試練を課し、自らの力を分け与えたという。
その古事に基づいた儀式である。

龍は、自らに傷を付ける程にまで己を高めた勇者のみを認め、祝福を授ける。
しかもただ傷をつければいいという話ではない。
龍に、人間としての存在を認め、受け入れてもらわねばならないのだ。並大抵のことではなかっただろう。
・・・・・・つまり、ドラゴニュートの女性は、自らの純潔を奪った男へと、自身の祝福を分け与えることが出来るのだ。

セリアージュは、大貴族に生まれた、ドラゴニュートの女性であった。
彼女の価値とは、女性であること。
古き龍の加護は、誰しもが喉から手が出るほどに欲しいものであるのだから。
セリアージュが自らの家から求められたのは、政略結婚の道具となることだ。
そしてそれを、彼女自身は、受け入れていたと言う。
そして用済みとなった後の、自分の運命も。


「お母様は言っていたわ。お父様を恨まないでね、と。あの人は、昔はあんなじゃなかったのよ、と。幸せそうに、悲しそうに、教えてくれたわ。
 確かに二人は愛し合っていたと。そして決まってわたくしに謝るの。ごめんなさいセリア、あなたを女の子に生んでしまって、ってね。
 ずっとそう聞かされながら育ってきたわ。だから自分には、それ以外の道しかないと思ってた。お母様みたいに、お父様に捨てられて、寂しく独りきりで過ごす。
 家のために子を成すだけの道具になること。それが、貴族として生まれたことに対する、責務だと思っていたわ。
 だってわたくし達は、民衆から絞り取った税で暮らしているんですもの。それは仕方の無いことだと、諦めていたのかも」


でもね、とセリアージュは小さく息を飲んだ。


「ほんとはそんなの、嫌だった。自由に生きてみたかった。好きな人は、自分で見つけたかった。他の男に触れられるのなんて、絶対に嫌だった。
 愛する人を、愛し続けたかった」


視界は暗い。
しかしナナシには、セリアージュが弱々しく震えているように思えた。
今は彼女がどんな顔をしているのかも、解からない。


「わたくし、いっぱい我慢したのよ? 一言も文句なんか言わなかったし、お父様に逆らったこともなかった。
 あなたが傷ついて倒れた時も、泣かなかったわ。だからもう、いいでしょう?」


ナナシの顔に、水滴が落ちたような気がした。


「わたくしは、あなたの“心”を望みません。
 でも、あなたが、少しでもわたくしのことを想ってくれているのなら、大事だと思ってくれているのなら・・・・・・。
 お願い、立って。立って、戦って。わたくしの背を押して。お願いよ・・・・・・」


返答はなかった。
ナナシは腰のアイテムポーチから回復薬を取り出すと、蓋を開ける間も惜しいとそれを胸に叩きつけた。
ガラス片が肉に突き刺さるが、とっくに痛覚は飛んでいた。問題はなかった。
強引に出血を止められ、活性化を促された肉が、異臭と煙を発生させる。
観衆に手を振るのに夢中になっていた貴族の男が、精霊族特有の尖った耳を引きつらせていたのが、はっきりと開いた眼に映る。
ナナシは跳ね上がるよう、勢いよく飛び起きた。


「・・・・・・さて、と。続きをしようか」

「き、きさま、化け物か!?」

「何だよ伊達男。さっきまでの調子はどうした。俺はまだ倒れちゃいないぞ?」

「この死に損ないめ! 薄汚い冒険者らしく、地に這っていればいいものを!」

「やっぱり、殺す気で撃ってやがったなこの野郎」


コンディションは最悪だが、気力は充実している。
ここまで来ても武装を開放するつもりは無かったが、そんな必要もない。
自分がすべきことは、セリアージュの背を押すことなのだ。
後は、彼女の戦いである。門外のフィールドに、手を出すべきでも、考えを巡らせる必要もない。

貴族の男が折りたたみ式の杖を取り出し、掲げた。
魔力が収束し、陣と成す。
第三級魔術の詠唱に入った際に発現する、魔術的現象である。
放たれた魔術は、術者の魔力が尽きるか魔術の構成を破壊されるまで、対象を燃やし続けるのだ。
あれを受け止めるには、鎧がなければならない。

鎧がなければ。
ツェリスカが無ければ、自分は戦えない。
自分がどれだけ無力な存在であるか、今日は嫌と言うほどに思い知らされた。
しかし、それがどうした。
弱いのならば、鍛えればいい。
それでも未だ弱いのならば、“装えばいい”のだ。


「はっ、はっ、はふっ・・・・・・わんッ!」


鈍色の荒い息遣いが聞こえた。
観衆を掻き分けてやってくる鈍色の背には、マルーン色をした大布に包まれたツェリスカが背負われていた。
ナナシが決闘が始まる前に、急ぎ取りに行くよう頼んだのだ。結局は、間に合わなかったが。
いや、今にして思えば、これも策略だったのだろう。
鈍色の身体には、擦り傷や切り傷といった、明らかに襲撃を受けた痕が見られた。
クリブスが慌てて鈍色を先導するが、鎧を纏う時間は与えてくれそうにはない。


「ぎゃんっ!」

「ああっ、このっ! 今羽を毟った奴は誰だ!?」


鈍色とクリブスの怒声。
どうやら、観衆の中にも手下を紛れさせていたようだ。
足をとられた鈍色はバランスを崩し、ツェリスカをぶちまけてしまった。
ナナシの足元にまで、かつぅん、かつぅん、とツェリスカの頭部、兜が転がって来る。

傷ついたナナシの姿が、ツェリスカのメインカメラに映る。
ぎらり、とツェリスカの瞳が、輝いたように見えた。


『深刻な負傷を確認。即刻戦闘行動を中止すべきです』

「一人でに起動しておいて、第一声がそれか。まったく、成長して反抗期にでも入ったか?
 悪いけど、引けないぞ。それよりもこの状況を打破できる策はないか?」

『――――――スキル≪高速・自動脱着≫を発動します。登録ワードと動作の入力を』

「新スキルか。何が起きるかは大体解かるけれど、ワードだの動作だのを登録した覚えは無いぞ。どうしたらいい?」

『マスターの思うがままに、心の叫びを』

「なるほど」


ナナシの顔に、獰猛な笑みが浮かぶ。

揺らめく魔方陣の向こう側にいる敵を真正面に見据え、構えた。
右腕は天に、左腕は地に。
指先は緩やかに弧を描き、空を斬る。

ナナシの髪を、熱風が散らした。
とうとう放たれた巨大な火球が、眼前に迫る。
あれほどの熱量が直撃したならば、もはや火傷では済まないだろう。骨も残さず、蒸発してしまうに違いない。

しかしナナシの心には、一片の恐怖も存在してはいなかった。
ナナシは腹の底から、叫んだ。

恐らく、きっと、これから先。
自分が唯一唱えることが出来る、絶対勝利の魔法の呪文を。


「――――――装 着 変 身――――――!!」






――――――その瞬間を最後まで冷静に見続けていられたのは、恐らくはセリアージュだけだっただろう。
クリブスも鈍色も、そしてもちろん周囲を囲んだ観衆たちも、火球がナナシへと着弾する瞬間に眼を逸らし、もうもうと立ちこめる火柱と煙とを唖然と見上げるしかなかった。
ふらふらと、熱に浮かされたように鈍色が、ナナシの立っていた所に近づこうとする。
それを止めたのは、セリアージュだった。
肩に手を置かれた鈍色は、初めてセリアージュに殺意を向けた。
仲が悪いと言われている二人だったが、それは誤解だった。少なくとも鈍色は、セリアージュを邪険に思ったことはこれまでに一度もない。ただ、少しだけ羨ましかっただけで。
セリアージュは鈍色に視線すら合わせずに、言った。
「黙って見ていなさい」と。「あの人があんな程度の相手に、負ける訳が無いでしょう」と。炎に巻き上げられる黒い煙の中を睨み付けるように、言った。
そう言われては、鈍色も今すぐに飛び出したい身体を、抑える他はなかった。
セリアージュの言葉は鈍色にではなく、自身に言い聞かせるためのものだったように思えたから。
鈍色の肩に掛けられた手は痛いぐらいに力が込められ、震えていた。

鈍色だって信じたかった。
しかし、あんな巨大な火球が直撃してしまっては。
魔術的防御が0であり、魔術攻撃に無防備なナナシは、もう・・・・・・。

鈍色が絶望に膝を折ろうとした、その時だった。


『――――――Armed on complete』


合成音声が、炎の中から聞こえたのは。

炎が急激に掻き消され、煙が晴れていく。
その中に見えた人影を視認し、セリアージュは鈍色へとようやく視線を寄越した。
「ほらね」と自慢気に笑うセリアージュに、鈍色は口を尖らせてそっぽを向く。
鈍色はセリアージュが羨ましくて、眩しくて、真っ直ぐに眼を合わせることが出来なかった。

かまうもんか、と心中で鈍色は言い切った。
ここでセリアージュと顔を合わせてしまっては、何故かは解からないが、負けたような気がする。
それは嫌だったし、女同士見詰め合った所で、面白くもない。
自分が視線を注ぐべき相手は、唯一人だけなのだから。

鈍色の瞳には、いや、クリブスも、セリアージュも、そこにいた誰しもの瞳には、たった一人しか映されてはいなかった。

急激な気圧の変化によって舞い上がった風に、マルーン色――――――暗い赤色の布がはためく。

爆炎の消えたそこには、人の形をした鉄の塊が。
赤く、暗い長布を首に巻きつけた、鋼を纏った人間が立っていた。













[9806] 地下15階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:26


ヒリ付く様な身体の痛みを堪えながら、ナナシは飛来する火球を蹴り落とした。
全身に巡らされた人工筋肉と保護繊維の網目状構造とが、身体に掛かる衝撃を吸収し負担を軽減させる。手足の末端部分のみの武装では出来ない芸当だ。
7メートルも空に飛び上ると、そのままクルリと中空で回転。首の大布がはためいて火球を絡め取り、そのまま絞め砕いた。
機関鎧は人間の人体では追随不可能な動きを可能にさせる。
おおよそ20程度のレベルさえあればほとんどを再現できる動きではあるが、ナナシにとっては、自分がまるで超人にでもなったかのような身体能力である。
身体は軽く、手足は思考を離れ、勝手に飛び出していくようだ。
ナナシは自分が、一枚の羽根になったかのような錯覚を覚えた。

しかし、相対する貴族の魔法はそれを間断なく追っていく。
だんだんと狙いがシャープになっていくのは、ナナシの動きを正確に捉えているからに他ならない。
さもあらん、と思う。この貴族の男は、どう考えてもレベル20以上であったからだ。三級魔術が低レベルの者に制御仕切れるわけもない。
しかもこの男は精霊族に身を連ねる者なのだ。この世界では、純人種の身体能力は下から数えた方が早いくらいだ。身体の“つくり”自体が違うのである。
比較的非力な種族である精霊族ではあるが、しかし元々生まれ持った能力は、反応速度や魔力量等、あらゆる側面は純人種を超えている。


「は、ははっ、そんな鉄くずを身に付けた所で、所詮は虚仮脅しのようだな!」

「・・・・・・試してみるか?」

「ひ、ヒィッ!?」


殺す気で掛かってくる相手には手加減などしない、と殺気をぶつける。
恐らくは、本物の殺気を生まれて初めて感じたのだろう。面白いように男は取り乱していた。
風はこちら側に吹き始めたようだ。しかし楽観はできない。ナナシは全身に機関鎧を纏い、ようやく同じステージに立てただけなのだから。
だが、ナナシの顔に焦りは見えなかった。
力量差が埋められたならば、戦闘経験に富む自分が負けることはありえないと、確信しているからだ。

しかし・・・・・・。


「死ねッ、死ねッ、死ねーーーーッ!」

「ええいクソッ、近付けんッ!」


ナナシとは打って代わり、冷静さを欠いた貴族の男。
中空にひらりひらりと舞うナナシに向けて、火球を連発していく。
もはや殺意を隠すこともなく、涼やかであった美貌はすでに狂貌へと変質していた。
やはり、戦いの機微が解らなかったのだろう。想定外の事態が発生して、簡単に取り乱してしまっている。
反撃に移るチャンスでもあったが、弾幕を張られてしまっては近づけなかった。
さすが精霊族であるためか、三級魔術を連射しても魔力はまだ底を見せてはいない。追尾性能を放棄した魔術構成は、威力は元より、燃費が良いのだ。
戦術も相性が悪いな、とナナシは一人言ちた。
火球を撃ちだすこと自体は単純といえど、熱量が及ぼす影響や二次被害を思えば、厄介が過ぎた。

しかも相手は冷静さを欠いている。
もはや当初のように、ナナシが観衆をかばうことを見越して魔術を放っているのではないだろう。
これではナナシは、戦いの場を空に移すしかなかった。
逡巡の後、跳べるか、とのナナシの問いに、ツェリスカの答えは『問題ありません』の一言だった。


「思いつきだったけど、やれば出来るもんだな!」

『マスターの命令が、私の力となります。我々に不可能などありません』

「そうすりゃこうやって空も飛べる、いや、跳べるってか。凄いな、お前は」

『残存魔力量、残り68%です。注意してください』


機関鎧の多重装甲をスライドさせ、装甲内から噴射される圧搾空気と魔力とを利用して空を“跳ぶ”。
連射される魔術のインターバルを見切り、急降下。再び、跳躍。高度を稼いだ後は、噴射空気と魔力とで高度を維持。それの繰り返しだ。
もちろん、機関鎧は空戦を前提に設計されてはいない。
この機構は本来、人工筋肉に流れる魔力を外骨格を“ずらす”ことで開放させ、水中での簡易姿勢制御システムとして使われるためのもの。地殻変動や水害等で水没してしまった迷宮も多いのだ。試作機としての意味合いが強いツェリスカは、当システムも当然のように搭載されていた。
バンカーシステムといった圧搾機構がふんだんに搭載されているツェリスカは、この手のシステムとは非常に相性が良かったのである。
今回はこのシステムを利用し、過剰に魔力や空圧を噴射することで、空中での滑空を可能とさせていた。
しかしこのまま跳び続けていれば、相手よりも先に駆動魔力が尽きるだろう。電力制御に切り替えるのも手だが、再起動するまでの猶予時間など無い。


「こ、このっ、また羽を・・・・・・! せめて頭の羽を掴むのは止めたまえ! あ、やめ、やめて、ひぎぃ!」

「ぐうう! がううっ!」

「悔しい・・・・・・でも・・・・・・っ!」

「がうーーッ!」


取り巻き連中に鈍色とクリブスの動きが封じられていなければ、対応を任せることも出来ただろう。
初めから何か裏があるなと感じていた決闘である。当然妨害があると覚悟はしていたのだが、まさかそれがナナシ自身に対する手出しではなかったとは。
だからナナシは、その身を盾にして観衆をかばう他なかった。

周りで野次馬根性を丸出しにしている者達も、セリアージュが言う程愚かではない。
きっと、自衛手段の一つや二つは持ち得ていることだろう。
それを解っていながらも、ナナシは魔術の前に身をさらしたのである。

もしも――――――。
そうと思うと、飛び出さずにはいられなかったのだ。

もしも、これが純粋な決闘だと思い、飛び交う魔術が殺傷レベルではないと思われていたら。
もしも、本当に何の自衛手段も持っていない生徒が居たら。

沢山の「もしも」はナナシに最悪の事態を予期させるには、十分なものであった。
この世界にやってきて冒険者を名乗り始めてから、死への覚悟は少しは出来たはずだ、とナナシは思っている。
しかし、過去に経験したジョゼットとの別れが頭をちらついて離れない。
自分の死と、他人の死では、まったく重さが違ったのだ。もちろん、自分の命が何よりも一番大事ではある。
だが、自分のせいで他人が死ぬことは、それも見殺しにする形で死なせてしまうことは、ナナシには耐えられそうにもなかった。
日本人であるが故の道徳観、とでも言うべきか。
ナナシは、「見殺しにしてしまった」、という重責からくる良心の呵責こそを避けたのである。
この世界の住人達からすれば、唾棄すべき偽善行為であるだろう。
しかし、ものの考え方は帰られても、その根本となる価値観までは変え難いもの。ナナシは生まれてこれまで培ってきた日本人としての価値観を、捨て去ることは出来なかったのである。


「その結果がこれだよ・・・・・・!」


自分の小心を見切られた上での戦術を取られたことに、羞恥で顔が歪む。
あの粘付いた視線から思うに、自分の仲間たちの事や周囲の者達、交友関係までも調べ上げての作戦なのだろう。
それだけでなく、心的データまでもが握られていたのか、という事実に考えが浮かぶ。
だが、戦いに余計な考えを挟むべきではなかった。空恐ろしさで、一瞬の隙が生まれてしまった。


「死ィイイイネエエエエエイ!」


奇声を上げ杖を振り上げる男。
戦いの興奮に呑まれ、我を見失っているにも関わらず、隙を見逃さないのは修練が結んだ実力からか。
何にしろ、この男が大言壮語するだけの男ではないのは確か。
少なくとも、情報収集能力とそれを生かす能力は本物である。
セリアージュの父は、この男の家柄は元より、情報処理能力に目を付けたに違いない。貴族の戦いとは、即ち情報戦なのだ。
人格も、冒険者を蔑み権力を求めるその姿勢は好ましいものだったのだろう。貴族的見地に立てば、だが。

振り下ろされた杖から、もう何度目かも解らない火球が放たれる。
腕を十字に組み、火球を防いだナナシだったが、しかし撃墜されてしまう。

衝撃で後方に吹き飛び、観衆の直中に突っ込んだ。
熱せられた鉄が突っ込んでくる恐怖から、ようやく観衆は気付いたようだ。これは、ルールに基づいた決闘などではないことを。貴族が冒険者を私刑にする、断頭台の場であったことを。
初めに逃げ出したのは、非戦闘員の生徒達だった。次に、レベルが低い者が。高レベルの生徒達は、あくまで静観を決め込み後ろに下がった。残ったのは、未だに事態を把握できていない者と、物好きだけだ。
結局、取り囲んだ観衆の輪が大きくなっただけ。

貴族の男の嘲笑を聞きながら、ナナシは舌打ちを一つ漏らした。
機関鎧を装備して、自分はようやくこの男と同じステージに立った。そう、同じステージに立っただけなのだ。
経験の差を考えても、この男を打倒することは出来るだろう。しかし、それはギリギリの駆け引きの上での話だ。
圧倒することは、超えることは出来ない。
要するに、決め手がないのだ。

決闘の一応の名目が貴族に狼藉を働いたことへの仕置きであるために、この場を凌いだとしても、どうせ直に新たな貴族連中が戦いを挑んでくるのだろう。
この戦いで自分の戦力分析も行われてしまったはず。
であるならば、勝てないと、あいつと戦えば唯では済まないということを実力で示さなくては、キリがなくなってしまう。
だがナナシには、自分にはそんな実力などありはしない事を、理解していた。
それがツェリスカの限界を自ら決めつけてしまったような気がして、たまらなく悔しかった。


『言ったはずです、マスター』


――――――ああ、まただ。
ナナシの眼裏に、幻覚が映った。
モニタに一瞬発生した砂嵐の向こう側で、少女が微笑んでいる。


『命じて下さい。それが、私の力となります』

「・・・・・・そっか。そうだよな」


ナナシは申し訳なく思った。
ツェリスカに気を遣わせてしまったような、そんな気がしたからだ。
進化するAIは装着者の心身をも労わるのか、それは解らなかったが、しかしナナシがすべきことは一つだった。
もっと傲慢にツェリスカを使うこと。道具として、徹底してツェリスカを扱うことだ。それが、お互いの信頼に繋がる。
AIであるツェリスカに信頼という言葉が当てはまるかどうかは解らないが、ナナシはそう思った。


「命令だ! もっと速く、もっと強く、俺に更なる力をくれ! ツェリスカ!」

『了解しました』


応えるツェリスカの声に呼応して、機関鎧の各所が音を立て、組みかえられていく。


『――――trans
       revolve
       armor
       neology
       xiphoid
       assault
       module――――――』


モニタに膨大な量のコマンドプロンプトが表示され、一瞬のうちに流れ去る。
貴族の男が何かを喚いていたが、気にはならなかった。どうせ、これで止めだ、とかそんなどうでもいい事しか言ってはいないだろう。
ナナシは、機関鎧に包まれた全身に燃えるような熱さを感じた。


『スラブ・システム起動。内在ナノマシン活性化、脳同期開始。高機動モードに移行します』


――――――咲いた。
ツェリスカが“咲いた”。
咲いた、としか言いようがなかった。

装甲の隙間からは、内部機構や駆動する魔力ダイナモが見え隠れしている。
スマートだった外見は、展開された装甲の面積で、一回り重厚な様相と変わった。
装甲の隙間からは、絶えず高音が響いている。

機関鎧が、全身の多重装甲を花開くように展開、可動させたのだ。
装甲表面を大きくずらすその経過は、面発生雪崩≪スラブ≫を連想させた。


「これは・・・・・・!」

『スラブ・システム――――――放出される圧搾魔力と空気を更に加圧噴射、高速循環させることで、高機動形態へと移行させる新システムです』


圧搾された魔力と空気が高熱を放ち、高速循環する魔力が機関鎧の魔力生成された第一外装と第一表皮の色を変える。
ツェリスカは、一瞬の内にその身を真紅に変えた。
熱せられた空間が揺ら揺らと陽炎を造り、ナナシの姿を滲ませる。
これならば、とナナシは拳を握りしめた。
尋常ではないレスポンスと、駆動音。モニタには残存魔力量が、秒刻みでそのパーセンテージを減らしていく。計算するとフルチャージ状態でも数分しか使えず、厳しい制限時間だったが、ナナシは壁を一つ乗り越えたような手ごたえを感じていた。
文字通り、一皮剥けたのだろう。

そこから先は、一方的だった。


「かっ、形が変わったくらいで何もかわらぎゃ――――――ッ!」


虎視耽々と隙を狙い続けていた貴族の男。
取り乱してもなお狡猾にナナシの隙を縫い、詠唱を続けていたその口が、奇妙な形に歪む。
気が付けば男の口には、赤熱化した鉄の指が突っ込まれていたのだ。
言葉の途中で差し込まれた鉄の指に、ガチンと歯が当たっていた。
口内を焼かれる感覚に、慌てて男は口を押さえて飛び退く。
後ずさりながら杖を向けるも、そこには誰の姿も見えない。


「また空か! 性懲りもなく・・・・・・ッ!」


杖を空に掲げれば、そこには無防備を晒したナナシの姿が。
貴族の口が嗜虐に歪む。
中空で加速を繰り返す技を使う相手であったが、この距離、高度、姿勢、どれを取ってもかわせるタイミングではあるまい。

殺った、と貴族の男は口端を持ち上げた。
思えば、取り乱し貴族にあるまじき醜態を晒してしまったような気もするが、そんなものは勝利の栄光でいくらでも覆せるものだ。
狙う先は、唯の踏み台の癖に差し出がましい真似をしてくれた冒険者。
手こずらせてくれた苛立ちしか感じない。蟻は蟻らしく踏みつぶされていればいいものを。
だが、この茶番さえ終われば自分には、甘美な将来が約束されているのだ。

舌なめずりをしながら、男はセリアージュの肢体を脳裏に描く。
熱心に自分を鍛えていれば、必ず目を留めてくれる大貴族がいると打算していたが、大物が掛かったのである。これを逃す手はなかった。
セリアージュの父親は、彼女の母親を“上”に行く道具程度としか思っていないようだったが、自分は違う。
胸囲は慎ましいものの、瑞々しい身体・・・・・・セリアージュは、紛う事なき美少女だ。道具にして使い捨てるなど、勿体ない。
何よりもドラゴニュートの味は、きっと自分を飽きさせることはないだろう。
その柔らかな身体に指を食い込ませたら、如何ほどの快楽を与えてくれるだろうか。
愛してやろうではないか、と男は思った。愛し尽くしてやろうではないか、自分なりの愛し方で。


「これで・・・・・・終わりだ!」


輝ける未来を夢想しながら、男は杖を振り下ろし、


「――――――なぁッ!? ば、馬鹿なッ!?」


驚愕に、目を剥いた。
放たれた火球が直撃したと思った瞬間、霞みの如くナナシの姿が揺らめき、火球が散らされたのだ。
無効化された訳でも、防御されたわけでもない。ましてや、回避などではありえない。散らされたのである。
男がこれまで見たこともない現象だ。
まるで魔力によって形成された擬似炎が、目には見えない微細な魔力片に乱反射したかのような反応だった。

なぜ? というのが、最初に浮かんだ思考である。
煙のように消えさったともなれば、あれは分身。
本物はどこに消えたかと探すと、再び空中に姿が浮かんでいる。
半ば予想しつつも魔術を撃ち込めば、やはり火球は散らされる始末。


「まさか・・・・・・質量を持った残像だと言うのか!」


返答は、眼前に突き出された拳である。


「正解だよ。貴族様」

「はひっ、ひっ、ひぃぅっ!」


思わず眼を瞑った男であったが、いつまでたっても衝撃は訪れない。
恐る恐る眼を開けると、再び突き出される拳。
今度は、目を瞑る間もなかった。

ナナシの姿が、虚空に赤い残像を残し、掻き消える。
一瞬の後、再び現れたナナシは、拳を突き出した姿で止まっていた。
男が瞬きを一度する間に、ナナシは三度以上の消失と出現を繰り返していた。
連続して叩き込まれる拳は、その全てが寸止め。身体に触れる直前で、止められていた。
滲むように虚空に溶けては、出滅を繰り返すナナシ。
観衆達が見ることが出来たのは、ナナシが残した紅い軌跡のみだった。
それこそが、ナナシの狙いである。


「まだだ――――――!」


紅い残像と化すナナシ。
高速を産み出す強烈な踏み込みは、石畳に罅を入れ、粉々に粉砕する。
ナナシが通った後には、風に吹かれて舞う砂山が残るのみ。
そのあまりもの速度に、冒険者達の間からどよめきが起こる。高レベル保持者であってもナナシの体捌きが、ほとんど見えていないのだ。
ナナシ自身、気を抜けば自らの速さに取り残される程である。
加速距離ゼロのゼロ速度・最高速の連続に、視界が暗くなっていく。
ツェリスカが全身の人工筋肉を流動させることで、血液を巡らせてくれてはいるが、それすらも追いつかないほどの加速。
ブラックアウトを歯を喰いしばり耐えながらも、ナナシは拳を振り絞った。


「手刀肘打ち裏拳正拳、とぉうりゃああああああ――――――!」


無数の紅い拳撃が貴族の男を襲い、そして身体に触れる前に止められる。
フィスト・バンカーの最高速度に比べれば、遅い拳であるだろう。しかし、速い。
右腕に供えられた杭を利用し、身体の末端部分を加速させるのがフィスト・バンカーの原理であるのに対し、≪スラブ・システム≫は全身を加速させ、相対的に速度を稼ぐシステムである。
その原理はアルマが天魔化した際に用いる、魔力噴射による身体加速法に等しい。
高次元に凝縮された魔力を、人工筋肉のパワーアシストに併せ、断続的に噴出させている。魔力の高速循環とも併せた人工筋肉が産み出す馬力たるや、高レベルの冒険者の能力も、制限時間内であるならば凌駕するだろう。

そんな、加速された視認することも難しい赤熱化した拳を、身体中の急所という急所に寸止めを繰り返される男の心中たるや。
涙と鼻水を垂れ流し、悲鳴を上げることも出来ずただ棒立ちとなるしか、選択肢は残されていなかった。










◇ ◆ ◇










口を開けば「ああ」と意味を成さない言葉が漏れる。
言葉に出来ない言葉があることを、セリアージュはこの時初めて知った。


「ああ、ああ・・・・・・!」


赤い風となって縦横無尽に広場を駆けるナナシの姿。
滲むように霞む姿は、視認することも難しい。しかし、ナナシの戦いから、目を離すことが出来なかった。


「あああ・・・・・・っ!」


ナナシが戦っていた。
ナナシが戦っている姿を、初めて見た。
あの、戦うことなど出来そうにもなかった男が。優しすぎて、冒険者など、絶対に続けられるはずもないと思っていた男が。
今まさに、自分のために戦っているのだ。

戦わせてしまった、という罪悪感に苛まれていたはずなのに、その事実に歓喜している自分。
自分の中の女が、喜びに震えているのを自覚する。
浅ましい性だと解っていても、どうにもならない。

ナナシが拳を、足を振るう毎に、自分の中に凝固していた澱みが粉砕され、崩れていくのを感じる。
崩れた欠片が溶け出して、両の瞳から流れ出ていく。


「ななしぃ・・・・・・っ!」


ナナシと出会ってから、もう5年が経つ。
その間、自分はずっと、ナナシを見ていた。
しかしこの光景を見せ付けられては、見ていたつもりだったと言う他はない。
彼はもう、自分の庇護など必要としていないのだ。いや、その逆だ。自分が彼に、ずっと守られてきたのだ。
この身体に流れる血に重さを感じなかったのは、彼と話している時だけだったのだから。

自分の身体に流れる、古代龍の血。
メディシス家に生まれた雌性ドラゴニュートの移譲加護は、竜眼である。
竜眼が持つ能力は、“運命の一枝を観る”こと。端的に言ってしまえば、未来視だ。竜眼は、ある行動によって派生する様々な結果を、“時流の行く先を見つめる”ことで先読みすることの出来る能力なのだ。
メディシス家が大貴族に数えられる理由が、そこにある。
使おうと思って使えるような便利な能力ではないが、それでも未来を知ることが出来るのだ。貴族でなくとも、喉から手が出るほど欲しい能力であるだろう。放っておけば、野心を剥き出しにした者達の食い物にされるのは間違いない。
そう判断した国によって、貴族の地位を与えられ、保護されているのである。
保護されているのだから、守られている側は大人しく力を譲渡しなければならない。
メディシス家の当主は代々女系であるというのに、その全権は入り婿に委ねられることになるのは、そういう理由からだった。

自分は、一人寂しく揺り椅子に揺られる母の姿が、悲しかった。
だが、違った。あれは、母の姿ではなかった。竜眼が観せた、未来の自分の姿だったのだ。
それに気付いた時、恐ろしくて眼を潰してしまおうともした。
そしていつしか恐怖は、諦めに変わった。
人は恐怖を抱いたまま生きることは出来ないのだ。自分は、諦めることでそれを受け入れた。本心に厳重に蓋をして。

そんな日々が終わりを告げたのは、何時だったか。
自問する意味もない、解りきった答え。ナナシに出会ってからだ。

第一印象は、最悪だった。

一目見たその時に、この“未来が見えない男”が、必死になって取り繕ってきた自分を壊すだろう、なんて。
そんな、予感めいた期待を、抱かせられてしまったのだから。


「がんばれ・・・・・・! がんばれぇーっ! ナナシぃーーっ!!」


手を口の横に当てて、腹の底から叫んだ。
こんなに大声を出したのも、生まれて初めてだった。
そうだ、がんばれ、負けるな! と、自分に追随して観衆から次々に応援が上がっていく。

セリアージュには、自分を覆う檻が粉砕される音が、確かに聞こえた。










◇ ◆ ◇










「参ったか?」


いつの間にか自分を応援し始めた、大勢の声援を背に受けながら、拳を繰り出したナナシは男に問う。


「自分の負けを、認めるか!? どうだ!」


問いと共に繰り出された側頭蹴り。
あまりもの風圧に、男の頬肉がぶわりと膨らんだ。
男はただ壊れた機械のように、首を縦に振る。

ようやっとナナシは、深く息を吐いた。
展開された全身の装甲が戻り、急速冷却される。真紅に染まっていた外装は、その色を常の鈍色に戻した。
これまでの経緯を、観衆達もその目で見て、よく理解しただろう。

ナナシの目論見こそ、それである。
打倒してしまうことが出来ないのであれば、圧倒する。
観衆に強く男の負けを印象付けることで、周囲からの圧力を緩和することを企んだのだ。
男の口から負けを認める言葉は出なかったが、観衆には大貴族の子弟子達もちらほらと混ざっている。
自分の勝利に箔を付けるために呼んだのだろうが、それが裏目に出たか。
ナナシが男を打倒したのならば、セリアージュの父の息が掛かった者がよからぬ事を仕出かしたかもしれない。
しかし、こうして男が自ら無様を晒している様では・・・・・・その責は、全てこの男にあるということだ。
要は、この男にメディシス家の跡を継ぐ資格なし、と周囲に認識させること。
この男とセリアージュの家との縁が切れたのならば、後はどうとでもなればいいのである。ナナシの選択は、“時間稼ぎ”をすることだった。

結局は他人任せにしたということだ。セリアージュの願いに応えられたわけでもなし。
確固たる信念もなく冒険者となり、それを続けている自分にはお似合いの選択だったのかもしれない。
ナナシはほとほと自分が情けなく思えた。

どこに行ったって人の本質など、そうは変わらない。
向こうで適当に生きていた自分は、こっちでも煮え切らずに半端に生きるしかないのだろう。
ただそう考えると、どうしようもない憤りを感じるようになった。それは、ほんの少しの進歩。
レベルは依然として0のままであるが、しかし心のレベルだけは0のままでいたくはなかった。
もっと強くなりたい、とナナシは漠然とだが思い始めていた。


「ま、待ってくれ!」


ゆっくりと拳を下げたナナシに、男が声を上げた。


「どうか、どうか君の顔を見せてくれないか。私を倒した、男の顔を」

「・・・・・・ああ。解った」


負けを認めたら素直なものだ、とナナシは兜を脱ぐ。
いけすかない男だったが、勝者を称える性根があるとは思わなかった。
熱せられた装甲内から解放された頬が、外気に触れる。
滝のような汗を流しながら、ナナシは顔にあたる風と共に、爽やかさを感じてさえいた。


「馬鹿が」

『エマージェンシー! 魔力凝縮確認!』


ツェリスカからの警告音。
爽やかさが氷水を掛けられたかのような冷たさに変わるのは、顎下に杖の先端をめり込まされてからだった。


「お前っ! 負けを・・・・・・」

「認めてなどおらんなぁ。まったく、これだから冒険者は。少し下手に出れば付け上がる」

「人前でこんな事をして、唯で済むと思っているのか・・・・・・ッ」

「黙れ! 少々の失態など、勝利でいかようにも覆るのだ!」

「ぐうぅっ!」

「死人に口なし、だよ。惨めで汚らしい冒険者君。君は私を存分に苛立たせてくれたね、いったい何年私の邪魔をすれば気が済むんだい?
 だがそれも今日で終わりだ。宣言通り、私はこの一撃に全てを込めよう。数年分の憎しみをね。では、さようならだ」


喉の皮が、じゅう、と音を立てて焼けていく。
男の魔力ならば、小さな火球でも頭を吹き飛ばすには十分な威力。

セリアージュの説教が思い起こされる。
うかつに人を信じるから痛い目に会うのよ、と彼女は言っていた。
馬鹿なんだから痛い目を見ないと思い知らないのよ、とも。正に、その通りだった。

平和ボケの心魂を変えようと言葉使いを変え、技術を学び、経験を積んだというのに。
たった今、何とか変わっていこうと思い始めてすぐにこれだ。日本人という国民性は、もはや呪いの域である。

万事休すか、とナナシは目を閉じた。


「こぉの恥知らずッッ! あなたは貴族の面汚しよ! 恥を知りなさいッ!」


一喝。
セリアージュの怒声が聞こえ慌てて目を開けると、ナナシの鼻先数センチを、竜言語魔法≪ドラゴン・ブレス≫が掠めていった。


「わひぃっ!」


二度三度、と続けて撃ち込まれるドラゴンブレス。
もちろんその全ては、貴族の男を標的としていた。
一撃目で男は悲鳴もなく真横にすっ飛んで行き、観衆達の隙間を縫い、学園の壁面へと突き刺さっていた。
容赦のない追撃に、ナナシは身震いする。正直、さっきの火球よりも、こちらの方が100倍は怖い。
これまで自分は、鈍色とセリアージュの喧嘩の余波を受けただけだったが、直撃するとああなるのか・・・・・・とはナナシの感想。

ドラゴンブレスに代表されるように、竜の血は伊達ではない。
セリアージュ自身の力も、決して無視していいものではないのだ。それを、貴族の女だからと舐めて掛かっていた所もあったのだろう。喧嘩レベルではない本気のドラゴンブレスに、ほとんどの生徒が腰を抜かしていた。
見慣れていたはずであるナナシも、一言も漏らすことが出来ないほど。

ドラゴンブレスとは、一呼吸≪ワンブレス≫で魔術効果を顕現させる、詠唱法である。
自身の内に流れる竜の血を媒介に、体内に陣を敷き、呪唱を簡略化。その結果が、魔術の超速多重展開だった。
ドラゴンブレス、別名ガトリング・マジック。その威力たるや、見ての通りである。
セリアージュの口蓋からは、魔力の残滓がキラキラと輝き、まるで輝く息を吐いているかのよう。


「貴族が一度吐いた言葉を反故にするなど、あなたはそれでも貴族ですか! ええい、腹正しい! その腐った性根、ここで叩き直してあげるわ!」

「あわわわわ・・・・・・」

「あなたとはこれで終わり! もう二度と顔も見たくないわ!」


瓦礫に埋もれ、貴族の男の姿が消える。その上に、ドラゴンブレスが突き刺さった。今度は氷と炎の複合属性のようだ。
あれだけ苦汁をなめさせられた相手だったが、哀れ、としか思えなかった。

しばらく罵倒・・・・・・に乗せたドラゴンブレスを繰り返していたセリアージュだったが、ようやく落ち着き、ふうと息を吐いた。


「ああ、すっきりした!」

「え、ええと、セリアお嬢様?」

「あら、なあにナナシ? そんな飛竜がウィンドハンマーを喰らったような顔をして」

「いや、ハトが豆鉄砲みたいなこと言われても・・・・・・何が何やら」

「ふふふっ、初めからこうしておけばよかったのにね。わたくし、お行儀が良すぎたみたい」


口元を押さえ、可笑しくて仕方がないという風に笑うセリアージュ。


「わたくしは次期当主なのよ。本来はお父様よりも地位は上。お国への義理があるから婿を取らなくてはいけないけれど、お父様にそれを決める権利なんてないのよ。
 気に入らない相手は、こうやって一息で吹き飛ばしてやればよかったの」

「はあ・・・・・・そう、なんだ」


そうなのよ、とセリアージュは頷いた。
なるほど、こういうオチかとナナシは地面に腰を降ろし、大きく溜息を吐いた。


「ありがとう、ナナシ。あなたがわたくしに、力をくれた。今度はわたくしが戦う番。わたくしはもう、自分を諦めて逃げたりなんかしないわ」

「はは、どういたしまして、セリアお嬢さま。俺もお嬢様に、力を貰ったよ。お嬢様になら出来るさ、きっと、打ち勝てる」


それだけ言って、ナナシは大の字に身体を投げ出した。
観衆達が、見世物は終わったと次第に散っていく。あの男も掘り出されたようだ。

結局は、貴族のお家騒動など自分がどうこう出来る問題でもなかったということだ。
セリアージュはこれから先、厳しい立場に立たされるだろう。
だが大丈夫だろうな、とナナシは思う。
覚悟を決めたこの世界の人間が、どれだけ強いかを、ナナシはよく理解していたのだから。


「・・・・・・ねえ、ナナシ。わたくしがメディシス家の当主になって、発言力を得て、全てのしがらみから解放されたら・・・・・・わたくしと一緒に・・・・・・」

「ごめん・・・・・・ちょっと疲れちゃったみたいだ。俺、今から気絶するよ」

「・・・・・・宣言して気絶する人を始めて見るわ」

「また、後で・・・・・・」

「もうっ、仕方ない人ね。こんな時に寝ちゃうなんて、本当に馬鹿なんだから」


セリアージュが何かを呟いていたが、ナナシの耳には届かなかった。

気が抜けて、身体中の痛みが振り返してきたようだ。
負傷した状態でのスラブ・システムは、身体に思っていた以上に負担を掛けていたらしい。
身体が休眠を求め、自分の意思とは反対にまぶたが落ちていく。


「おやすみなさい、ナナシ――――――」


後頭部に柔らかな感触を感じながら、ナナシは眠りに落ちていった。










◇ ◆ ◇










星を数えながら、セリアージュは母から幼少の頃よく聞かされていた子守唄を口ずさんでいた。
膝の上には、疲れ果てて眠りこけたナナシが。
無理もない。あの男は小物であれども、レベルは30台に届いていたのだ。疲れ果てて当然だし、自分達の常識からすれば、ナナシが生きていることが奇跡にも思えた。

膝に乗せたナナシの頭に手を当て、髪を梳く。
汗で張り付いた髪が指に絡まり、何本かの髪がぷつりと千切れた。その度ナナシが呻き声をあげるのが、セリアージュの微笑みを誘った。
ごめんなさいね、と寝苦しくないように胸の装甲板を外していく。
それでもかなりの重量だったが、魔力を通したセリアージュの膝は、ナナシの全重量を危う気なく支えていた。

装甲を外すと、わっと籠っていた汗と血の臭いが立ち昇るが、セリアージュにはそれを不快には思わなかった。むしろ鼻を埋めて音をならし、肺いっぱいに臭いを吸いこみたい衝動に駆られていた。
自分の今後の身の振りを考えねばならないというのに、何をやっているのかと苦笑しながら、ナナシへと回復魔法を掛けた。

古き龍の血統。つまるところ、自分にはそれだけの存在価値しかなかった。
セリアージュは産まれたその瞬間から、政略結婚以外の用途以外の価値を与えられなかったのだ。セリアージュをそう扱ったのは、セリアージュの母も例外ではない。彼女は常々、セリアージュに詫びの言葉を掛けていた。彼女は諦めてしまっていたのだ。
無念に感じた事はなかった。“そうゆうもの”として受け取った。疑問など、抱きようもない。“解っていた”からだ。

竜眼は、遍く全ての選択肢を、自分から奪い去っていった。
残ったのは、ただ決められた未来に対する恐怖しかない。
それは即ち、未来が覆せないという恐怖“などではなく”。
“解り切った未来”が実感を持ってやってくるまでの時間を待つ、恐怖だ。
囚人が刑が執行されるまでの時間を待つ恐れに、等しいのかもしれない。

だからセリアージュは、親の決めた全く関心のない男を夫とすることにも、何の感慨もなく首を縦に振った。
これも、“解っていた”からである。

ところが、どうだ。
今更になって、自分はその全てに従わぬと、幼子のように癇癪を起して拒否したのだ。
それはメディシス家に対するとんでもない裏切りである。
国との繋がりが密接なメディシス家であるからこそ、セリアージュの“わがまま”など、誰も許しはしないだろう。
父よりも立場が上だなどと、そんなものは書類上だけの戯言だ。

周囲の面々の前で無礼打ちをしてしまったあの貴族の男との縁は切れるだろうが、どうせ直にでも次の相手が現れるに違いない。
それよりも、自分に対する何らかの罰が課されるかもしれない。
いや、それよりももっと前に、ナナシへと制裁が下るのが早いだろう。

させない、とセリアージュはナナシの頭を掻き抱いた。
させてはならない。
こんな、優しく、弱く、どうしようもない男を、汚らわしい貴族の陰謀で傷つけてはならないと。

セリアージュは今やはっきりと、自分の胸が熱を持っていることを自覚していた。
だが、この願いは叶わないだろう。

自分自身解っていたことなのだ。
どれだけ父には従わぬと決意を固めようとも、自分は絶対に、ナナシと結ばれることがないだろうことが。
竜眼で見たのではない。周囲が絶対に認めないだろうことは、解り切ったことだった。
何より、ナナシ自身がそれを良しとしないだろう。

ナナシが己の小心と矮小さに苦しんでいることは、彼自身は上手く隠しているようだったが、周囲に居る者には周知の事実であった。
言葉として語られた事はなかったが、亡きジョゼット老の遺言に従い冒険者となってしまったような男である。
それだけならば美談だが、ハンデを背負って命を掛けなくてはならないとなれば、話は別。ここまで執着するようでは、ナナシの意志薄弱さとも重なり、それはもう呪いだった。
ナナシが冒険者を続ける理由とは、自己の理由からではないのだ。
だから、どんな絶望的な状況であっても迷宮に挑む事を諦めることがない。

そうまでするナナシの目的とは、恐らくは、周りの者達を全て置き去りにするような類のものなのだろう。
ジョゼットが何を遺したかは解らないが、ナナシが自分たちを見る目に、ある種の申し訳なさが含まれていることからも間違いないはず。
ナナシはそうやって、本心を隠したまま、倒れた者の願いを背負って冒険者となっているのだ。あれで潰れてしまわない理由が未だに解らない。

だが、そんなナナシの自己欺瞞が、セリアージュには好ましく感じた。
セリアージュにとっては、“己”というものは、たった今産まれたものであるからだ。
それがどんな形をしていたとしても、例え卑屈に歪んでいたとしても、己を持っていなかった自分にとっては、尊敬して然るべきだからである。

そこまでして、ふとセリアージュは気付いた。
ナナシが冒険者となってから事あるごとに口ずさんでいた、『仲間』というものが持つ意味が、何となく解ったような気がした。
ナナシが潰れてしまわない理由は、仲間に支えられているから。
そう考えが至った時、なるほどとセリアージュは頷いた。
なるほど、自分がナナシに支えられていたことと同じか、と。

セリアージュは納得いったと微笑むと、きょろきょろと辺りを見渡した。
あれだけ観衆がいたというのに、周りにはもう、誰もいない。
犬娘は最後までうーうーと唸って噛り付いていたが、何かを察した鳥頭が引っ張って行った。嫌味な男だとばかり思っていたが、思い違いをしていたのかもしれない。今度会った時は、謝罪と感謝を伝えなければ。

セリアージュはもう一度くすりと微笑むと、ナナシの額に張り付いた髪を優しく払い、頬に両手を添えて呟いた。


「ねえ、ナナシ。わたくし達は一緒にはなれないけれど、もしそうなれてもあなたは頷きはしないでしょうけれど、このはじめてくらいは貰ってくれるわよね?」


そう言うと、セリアージュはナナシの顔へと、そっと影を落とした。













[9806] 地下16階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:26


小一時間程、女性に問い詰められることを嬉しく感じるのは少数派だろう。
この場合不幸なことに、ナナシは多数派に属する種類の人間だった。
まるで母親か教師から説教を受けているようだ。頭が上がらないといったらなかった。


「で、なんだ? そんな理由でガチンコやらかしたと?」

「いや、その・・・・・・」

「へー、ほー、ふーん。それで?」


機械油の臭いが充満するドックの中、巨大なスパナで頬をぺちぺちと叩かれながら、ナナシはしどろもどろに答えた。
もちろん正座をしながら、である。


「おチビが血相変えて飛び込んできたと思ったら、まったくよ。それで、まだ何か言い訳はあるのか? ん?」

「いや、その、かくかくしかじかという訳でして」

「まるまるうまうま、で終るとでも思ったか馬鹿!」

「ですよねー、ハハ、ハ・・・・・・」


一通りナナシの申し開きを聞いて、チ、と不機嫌そうに女性は舌打ちを漏らした。
イライラと尻尾は太腿に打ちつけられていて、ピンと立った鋭い耳の片方がせわしなく上下している。
感情に任せて動くシャープな耳と尻尾は、彼女が犬狐族である証。
彼女の髪色と同じ金色のそれらは、どうやら犬狐族の中でも珍しい毛色であるらしく、なるほどとても美しい。
機械油で薄汚れたつなぎを着ていてもなお、いっそう目を惹く魅力があった。

例え毛がほこりと油にまみれ黒ずんでいても、目の下に大きな隈をこさえていても、彼女の美貌が損なわれることはない。
背筋を伸ばしぐっと張られた胸は、開けられたつなぎの前から飛び出してしまいそうなほど。
つなぎの下に着込んだ白色の肌着が押し上げられる様は、少しも飾り気がないにも関わらず、彼女をより豪奢に仕立てあげているかのようだった。


「いやしかしですね、男の子には引けないときがあるとかないとか」

「うるせえ! オレの睡眠時間を返しやがれ! オレがせっかく、お前が困るだろうと思って三徹で整備中だった鎧を、またこんなにしやがって!」

「あだだだだ! ギブギブギブ!」

「いいよ上等だ、また徹夜してやんよ! オレは、お前の、専属技師だからなぁぁッ!」

「あがーー! ごごごごめんなさあああい!」


コメカミに青筋を立てた彼女は、ナナシの頭を小脇に抱え、ヘッドロック。
女性にしては長身な彼女だったが、さすがにナナシとは身長差があるために、ナナシの顔目がけて飛び付く様な形となる。
ナナシは顔面を抱えられるがままに、彼女の体側へと埋めることになった。

その時ナナシの脳裏に浮かんだのは、何だっただろうか。
恐らくは、彼女を比喩する言葉に違いない。

ゴム毬――――――マシュマロ――――――時速80km――――――。

様々な例えがあるが、彼女を表すならばこの一言に尽きるだろう。

Gの衝撃――――――。

ナナシは、激しく上下運動を開始しようとする腕を押さえつけるのに精一杯だった。


「あいたたた、ひどいですよナワジ先輩」

「ふんっ! いい薬だ」


いー、と歯を剥いて、ナワジと呼ばれた彼女は腕を組む。
組まれた腕に持ち上げられ、ナワジの胸元がわがままに主張する。
知れず、ナナシはごくりと喉を鳴らしていた。


「・・・・・・ふん」


ナナシの視線が胸の辺りを行き来していることに気付いたのか、否か。
ナワジは一層腕をきつく絞り、背を反らす。


「ちょ、ちょっと! 俺が悪かったから謝りますってば! そんな迫らないでくださいって!」


罪悪感というよりも、こんな時にも目が向いてしまう男のどうしようもなさにいたたまれなくなり叫ぶ。
しかしナワジはそんなナナシの心境を知ってか知らずか、ずんずんとナナシに近付き睨め付ける。


「勝つためには“武器”は効果的に使うべきだ。そうだろ?」

「いや、それはそうですけど・・・・・・。いったい何の関係が?」

「何度も同じ技を使ってちゃ効果は薄れるが・・・・・・そうでもしないと勝てそうにないなら、な。お前もそう思うだろ?」

「はあ・・・・・・」

「そうか、わかってるか。だっていうのにお前、事あるごとにすてごろばっかしやがって!」

「いや、今回は鈍色が」

「ああん!?」


ずい、と一歩踏み出すナワジ。
迫るG。
すみません、とナナシは生唾を飲み込んだ。


「しかし、どんな使い方をしたらここまで筋疲労を起こせるんだ? この人工筋肉、最新型の試作品だぞ」

「ツェリスカが新プログラムを組んだんですよ。また例のごとくに」

「独力で自己進化するAIねえ・・・・・・。つまらないの。その内オレいらなくなるんじゃないのか?」


心底つまらなさそうに溜息をつきながら、赤銅色の布に巻かれた長物を取りだすナワジ。
ずいと差し出されたそれを、ナナシは受け取った。

赤銅色の布は、耐火耐熱の保護シートだ。火蜥蜴の体毛をフェルト状にして織り込んだ保護シートは、鈍色がツェリスカを包んでいたものと同じもの。
ツェリスカが新スキル『瞬間着脱』を使用した際、首に巻き付けられたものである。
手渡された物の中身は、手触りと重さからして、何らかの武器だろうか。大きく、長く、中々の重量があった。


「これは?」

「また無茶されたらかなわないからな、お前が自分で持っとけ。預かった大剣を打ち直したもんだよ。ほら、開けてみろ」


するりと布を解くと、そこには硬質な“ロッド”と五角形型の“ブレード”が。
はて、とナナシは首を傾げる。
大型のブレードは、ジョゼットが作成した打ちっ放しの大剣を鍛え直したものだろうことは、容易に考え付いた。
しかし、ブレードの支えとなるべき柄が見当たらない。
腕部や背部に装着して盾として用いるならば、殴打武器としても使えるだろうが、これでは剣としての機能は見込めないだろう。
逆にロッドの方は伸縮式で、非常に使い勝手が良さそうだった。これならば振り回すにはもってこいだ。

『棒術』とは汎用性に富んだ格闘術である、とはナナシがジョゼットから叩き込まれた知識の一つだった。
ナナシ自信、無名戦術の修得の一環としてあらゆる体術を学ぶ折り、その汎用性には舌を巻くほどである。
というのも、名うての神聖武僧だったジョゼットの最も得意とする武器が棒であり、専ら格闘訓練では棒で文字通り打ちのめされるのが常だったからだ。
突きや払いはもちろんのこと、棒のしなりを生かし削ぐように対象を掠めることで“斬る”ことや、回転を加えて“抉る”こと、または力点を移動させることで“絡め取る”ことなど、その闘法は変幻自在。
かの闘神の武器もまた、棒であるという。棒とは非常に使い勝手に優れた武器なのだ。
無名戦術があらゆる武術の集合であるとしたら、これほど汎用性のある武器はうってつけだったのだろう。ジョゼットは、まだ冒険者であったころから、無名戦術の構想を練っていたのだ。
しかしナナシには棒術の適正がなかった。
人並みには使いこなすことが出来るようにはなったが、それだけだ。高位の魔物を相手取るには心許ない。
それよりも高い適正をみせた素手での格闘術や、刀剣を用いた剣術を重点的に鍛え上げた方が良いだろう、というのがナナシとジョゼットの共通見解だった。

そう告げようと顔を上げたナナシを、ナワジは手で制した。
組み合わせてみろ、と言われ再びブレードに視線を戻すと、ブレード基部にジョイント穴を発見。見れば、ロッドの先端の鍵状部分と、噛み合うようになっている。
ナナシはブレード基部にロッドの先端を挿し込み、半回転させた。
ガチリと機構が回転する音が聞こえ、ロッドが伸びる。


「おおっ!?」


一瞬でロッドとブレードは変形結合し、それらは大剣と、その柄と化した。
柄頭が展開しT字型となったそれは、サイズこそ巨大であるものの、ナナシが日常的に見かける道具の“それ”と、全く類似したもの。


「これは・・・・・・スコップ、ですか?」

「そうだ。突いてよし、斬ってよし、刺しても殴ってもよし、もちろん穴掘って埋めてもよしの万能大剣。名付けて――――――掘削大剣スコッパー!」

「これは・・・・・・なんと!」

「ふっふっふ、驚いて声もでないか。オレの会心の一作だからな! 使うたびにオレを思いだして感謝しろよーナナシ?」

「なんと・・・・・・!」

「お、おいおい、驚き過ぎだって。恥ずかしいじゃんかよーもー」

「なんと・・・・・・微妙」

「そうだろうそうだ・・・・・・なんだとコラァ!」

「ぐわわわわーっ!」


ナワジのメカニックらしからぬ苛烈な性格は、元々は狩猟民族であった犬狐族である所以か。
ナナシの頭をがっちりと抱え、ナナシが割と本気で抵抗しても、その拘束が外れることはなかった。
高レベルの技師は、機材を取り扱うために腕力も高いのである。

だが、結局は“ここ”と“ここ”が物を言うのだ、と頭と腕とを指して言ったのは、彼女の師であり祖母であるヒナコだった。
その基準からして見れば、ナワジは間違いなく天才であり、稀代の異才でもあった。
半分以上完成している“補助器具”としての機関鎧の在り方を変え、自らの理論でもって機関鎧を“主戦武装”として作り変えようとしているのだ。
技術的なブレークスルーが、ツェリスカの改良中何度も認められたのは言うまでもない。もしも彼女が研究者で、これを論文として発表したら、もしかしたら世界の技術は二・三歩以上進歩したかもしれない。
マウラ・ワークスの秘蔵っ子とは良く言われるものの、それに見合う以上の才をナワジは秘めていた。ヒナコがナワジを表に出したがらなかったのは、彼女の才が悪用されることを恐れてのことだった。
だが、それも杞憂かもしれない。ナワジは、とにかく犬狐族の特徴である気性の激しさが目立つ少女だった。
気に入らない仕事は頑として首を振らず、依頼を受けたとしてもクライエントの態度が気に入らなければ職場放棄は当たり前。
自分の身体をいやらしい目で見て来る客を巨大スパナと鉄拳で殴り倒すなど、彼女にとっては至って普通のことだったのだ。
学園だって籍を置いているだけで、ほとんど授業になど出た事はない。
それでいて腕は超一流なのだから、だれも文句は言えないのだ。ナワジはこの年ではや、頑固職人として周囲に認識されていた。
ともすれば、それは傲慢に映るかもしれない。しかし、ナナシにはその人格がとても好ましく見えていた。きっとジョゼットに似ているからだろう。
ヒナコの手によって育てられたナワジは、気性の荒さと懐の広さが絶妙の配分バランスで化合された、姉御肌な人物であったのだ。
彼女のクライエントこそ数は少ないが、いわゆる隠れファンというものは、男女に限らず結構な数がいるらしい。
そのファン達が彼女の顔を見ようと、日頃から依頼を大量に持ち込んでくるのは想像に容易いだろう。そして、それを彼女が断固として受け付けないことも。

そんな彼女だが、ナナシの依頼だけは絶対に断ることはなかった。
そしてナナシからの依頼には、自分の力を全て出し切るように、力量以上の仕事を完遂させるように、毎回の如く限界に挑み作業に没頭していた。文字通り、寝食を忘れる程にである。
自分の依頼を最優先にこなしてくれる理由が、何かは解らないが――――――と、ナナシは努めてくり返すようにしていた。

理由を考える、という意味ではない。
“解らない”という思考を“装う”ことで、その理由に気付かぬようにしているのだ。
例えフリでしかなくとも、装うことしか、ナナシが考え得る選択肢はなかった。


「まったく。本当にお前は、専属メカニックが付いてる有り難さを解ってるのか?」

「はは、解ってますって。ナワジ先輩の仕事は、間違いないですから。信頼してます」

「・・・・・・ふん、どうだか。ほらよ、ついでにこれも持ってけ。サービスだ」

「いえ、それ手製でしょう? 流石に自費を切らせるわけには」

「いいから持ってきな!」


次いで押し付けるように渡されたのは、大剣にくらべれば小ぶりの、手持ち“電動丸鋸(サークルカッター)”である。
丸鋸はナックルガード底部にも装着出来るよう設計されており、その際はツェリスカ本体から動力を得て、更に強力な切断力を発揮する仕組み。
これもまた、殴って良し、削って良しの、閉所で多目的な用途に使うことを前提として設計されていた。
ナナシの要望通り、狭い迷宮内部でも取り回しが利くよう、コンパクトに折りたためるようにもなっている。
サービスだとは言っていたが、片手間で出来るような品ではないことは、素人目にも了然。
やはり、頭が上がらない。
感謝の念をそのまま伝えても、ナワジは嫌がるだろう。ナナシは黙って、渡された電動丸鋸の具合を何度も確かめた。
力強い重みに自然と頬が上がる。その様子を見ていたナワジも、満足そうに微笑んだ。
対市街地戦使用から対迷宮戦使用への武装変更が、ようやく完成に近付きつつあることを、ナナシは大剣と電鋸の重さと共に実感した。

これらの武器を新しく生まれ変わったツェリスカで繰るならば、どれだけの戦力が見込めるだろうか。
例えば、先日の迷宮の主、キマイラを独力で打ち倒すことができるだろうか。
・・・・・・無理だろうな、とナナシは直にその考えを棄却した。

新たなプログラムを得て、新たな武器を得ても、それだけで直に強くなれるはずもない。
確かに高レベル冒険者に迫る軌道を手に入れはしたが、“芯”の強さはまるで変わらないのだ。
いくらナナシに付随する機能が強化されたとしても、それを扱うナナシ自身はレベル0。いつか、必ず頭打ちとなる時がくるだろう。
既にツェリスカの性能の大半を持て余している状態なのだ。スラブ・システムがいい例である。あのシステムの制限時間は、充填魔力量のパーセンテージに依るものよりも、ナナシの身体が耐え得る時間、という意味合いの方が強い。
ここでも自分の特殊な事情が足を引っ張る。こと自分に限っては力を得たとしても、強さには直結しないのだ。

口惜しいが、より身体を鍛え技術を磨かく他に解決法はなかった。
人間としての力を一層磨かねばならない、ナナシはハンガーに吊るされたツェリスカを見て、そう思った。


「こいつにも早いとこ追加装甲と武装を付けてやらないとな」


ナナシの視線につられ、ナワジはツェリスカを眺めながら、まずは射出ワイヤーでも造るか、と呟いた。
いや、それよりも重火器か・・・・・・いっそ同時に・・・・・・。
ツェリスカを眺めながら取り留めのない思考に入ったナワジに、ナナシは苦笑する。
やはり彼女は、天性の技師のようだった。


「呪い・・・・・・か。主を死地に向かわせる鎧なんざ、ぞっとしねえな」


しかし、次いでナワジから漏れた呟きと一瞬だけ向けられた視線には、ナナシは気付くことはなかった。
ナワジが感じ得たもの。それは、ヒナコがツェリスカへと感じさせられたものと全く同じものだった。
忌避感と好奇心とがない交ぜになったような、人として、技師としての言葉である。

ナワジは自分がこんなにもナナシに肩入れする理由を、深く考えたことなどない。
ヒナコから、ナナシのおおよその“事情”を聞いてはいた。そして、かつてジョゼットがヒナコに宛てたツェリスカ作成に関する資料と、ナナシについての考察レポートにも目を通している。
もちろんその事はナナシには伏せてある。ヒナコ曰く、よけいな“しがらみ”を作らせないため、だそうだ。
ナナシに必要なのは、自分を偽り事情を隠しているという後ろめたさを抱えていても、無条件に味方してくれる者がいるという安心であり、決して情を交わせる相手ではないのだ。
今は未だ、そしてこれから先は解らないがね、と笑いながらヒナコは締めくくった。

そこまで思い出し、初めてナワジは考えた。
果たして、自分がナナシに向ける感情はナナシのその事情に依るものなのか、否か。
即ち、この世界で唯一、直接に神の加護を受けてはいないナナシのスタンドアローン性を、神威と誤認しているのかどうか、ということだ。


「・・・・・・ふん。くっだらねー」


だが、直にその考えを斬って捨てた。
意味のない考えだからだ。

もしナナシがスタンドアローン性を失ったとしたら、この感情は消えるのかもしれない。それは悲しいかもしれないが、恐らくはそうなるであろう確立の高い、事実だ。
だが、それでナナシに味方することを止めるかという話になると、そんなことはありえない。
ナナシが理想とする冒険者の在り方があるように、技師にだって誇りはあるのだ。一度こうと決めて抱え込んだ依頼人を、裏切ることなどない。
自分に取り重要なのは、そこだろう。
自分と同じようにナナシに傾倒する彼女達は、どうかは解らないが。

そうして、しばらくナナシと今後の機関鎧の改良方針について話し込んだ後、ナナシの帰宅を見送った。
学生寮は工房から二駅離れた場所に建っている。ナナシは節約のために徒歩移動を心がけているらしく、暗くなる前に帰るとのことだった。
個人クライエントのための区切られたドックから人気が無くなったのを確認したナワジは、ふうと溜息を吐いた。


「武器は効果的に使うべき、ね。そいつが出来れば苦労しないんだけどよ。まあ、こうでもしないと差を埋められないし・・・・・・な?」


こんな事をするのは本当は自分のキャラじゃないんだぞ、とナワジははにかみながらつなぎのファスナを上げた。
勘違いするなよ、と言い訳をされたツェリスカは、当然のように物言わぬ鉄として、ドックの一角に吊り下げられていた。








◇ ◆ ◇








どこか他人事のような感覚で、迫る刃を見据えていた。
もちろん、脅威を感じてはいる。
しかしそこに、恐怖はなかった。何の情動も、浮かんでは来ないのだ。
替りに、数秒前のやり取りが思い起こされる。


「失礼ですが、貴方様はナナシ・ナナシノ様・・・・・・でよろしいでしょうか?」

「ええ、はい。俺のことですが」

「ああよかった。では、早速で申し訳ありませんが、お命頂戴致します」

「――――――えっ?」


最初は、“花売り”の少女だと思っていた。
ここが学園を中枢区に据える言わば学園都市であったとしても、別段治安が良いという訳でもない。
元来荒くれ者ばかりである冒険者や、世俗の欲にまみれた貴族の子弟が集うような都市だ。厳しい規則はあれどもむしろ、治安意識は低い。
都市住人の全てが学生というわけでもないのだ。
違法行為などは元より、裕福ではない者達はどうやって金を儲けるか、という思考に終始していた。
極端に言ってしまえば、学園の目の届かない場所であれば何をやってもよい、というのが住人達の認識である。
光あれば闇もまた同時に存在するのは当然の事。ここのように、工業区に近い薄暗い路地などでは、秩序など有って無いようなものだった。

この、今にも自分の喉元にナイフを突き刺さんとしている少女も、そんな住人の一人だろうとナナシは思っていた。
学生であるということは、それだけで身柄が保障される。鎧も着ずに、こんな場所を一人で出歩けるのは、自身が学生であったため。
危機意識が低かったことは言い訳できないが、それでも裏社会に生きる住人が、学園所属の学生に手を出すなどとは考えられなかったのだ。
それに、常に鎧を着込んでいられるわけでもない。鎧がなければ外を出歩けないなどとは、なりたくはなかった。

地を滑るように近付いてきた少女のナイフ。その先端が、喉に触れた。
訓練されねば出来ない芸当だった。恐らくは、その道のプロだろうか。
一瞬の間に浮かんだのは、ああこれは死ぬな、という酷く軽い感想だけ。


「ナナシ様――――――ッ!」


ナイフの切っ先がナナシの喉に喰い込む寸前。
聞き覚えのある声と共に、影が降り、少女の手のナイフを弾き飛ばした。
視界の端で、白と黒の布がふわりと舞った。


「ご無事ですか!? ナナシ様!」

「あ、ああ・・・・・・」

「よかった・・・・・・。駆けつけるのが遅くなり、申し訳ありませんでした」

「お前、アルマ・・・・・・か?」

「はい。遅れたことのお叱りは後で受けます。今はこの不埒者の排除を!」


言うが早いか、花売りに扮した少女へ飛びかかるアルマ。
恐らくは戦士職以外のジョブに転職をしたというのに、それでも少女を圧倒しているのは、アルマ自身の才だろう。
だが以前の動きとは比べ物にならないほどに、その動きは鈍い。
しかし、以前までのアルマにあった翳りは、微塵も無くなっていた。
ナナシにはアルマが、まるで生まれ変わったかのような姿に見えた。
そう、その姿は、まるで、


「・・・・・・め、メイドさん?」


芯が通ったように伸びた背筋に、手足の先まで洗練された挙動。
後ろで一括りにされた髪。ポニーテールは、戦闘行動を取っているというのに、決して乱れない。
その頭に乗った白いヘッドドレスは決して主張し過ぎることはなく、しかし主の魅力を十二分に引き出している。
跳ぶ度に翻るスカートは、半ば辺りに目立たないようにチャックが仕込まれていた。長短、どちらでも対応できる造りになっているようだ。
スカートの裾から除く長い足は、黒いタイツに包まれている。これも、生足派ならばすぐに脱いでもらえばそれでいい。
いやむしろ、この光景を見ればタイツ派に鞍替えするだろう。ナイフが掠る度に、少しずつタイツが破れ、白い素肌が露出していく。
その白と黒が醸し出すコントラスト。素晴らしいの一言に限る。
惜しむらくは、この手であの薄地を破けなかったことか。


「いや、そうではなく」


ナナシは目頭を揉み、もう一度アルマの姿を検めた。
アルマの身を包む、黒を基調とした単調な服。
それは典型的な、所謂メイド服と呼ばれる服であった。
何度見直してもそれは変わらない。

唖然としているナナシを余所に、アルマは少女を追い詰めていく。
アルマの両手に握られた短剣と短杖が魔力を帯び、力場を形成、魔力剣と成る。ナイフと魔力剣がぶつかる度に、火花が散り、辺りを照らした。


「私がいる限り、この方に指一本触れさせはしない」

「――――――チッ!」

「疾く去るがいい! そして貴様の主に伝えろ。この方は貴族共の欲望に塗れさせていい方ではないと!」


アルマが双剣を一振りすると、少女は舌打ちを一つ残し、暗がりへと消えていった。
それを確認したアルマは、剣を収めナナシへと駆け寄る。
戸惑うナナシの側に来るやアルマは、額を地面に打ち付けるように跪いた。


「参上するのが遅くなり、申し訳ありませんでした!」

「お、おう。別にいいから、頭上げてくれよ」

「いえ、そんな訳にはいきません。主人を守ると誓っておきながら、この体たらく・・・・・・! かくなるうえは、この命を持って償いを!」

「わあ! せんでいいから! 止さんか馬鹿野郎!」

「しかし・・・・・・っ!」

「いや、それはもういいから。っていうか、なんでメイド服?」

「あっ、はい!」


アルマはぱっと顔を上げ嬉しそうに笑うと、その場でくるりと一回転。
スカートの裾をつまみ上げ、深く一礼した。


「この度はようやくレベルが20になり、従者として最低限の基準を満たしましたので、馳せ参じた所存でございます」

「従者て・・・・・・。ん、レベル20!? この前レベル1に戻ってたから、ちょっと早すぎやしないか?」

「はい。あの日からずっと一人で迷宮に籠り、自己鍛錬に努めていました」

「お、おいおい。無茶するなあ」

「ナナシ様程ではございませんよ?」

「そう言われると返す言葉が・・・・・・。それで、従者ってなにさ?」

「ナナシ様は私のご主人様、と言う意味ですが、それが何か?」

「そんなさも当然みたいに言われても。ああ、この前の宣誓か。ちゃんと聞いておくんだった・・・・・・」


後悔先に立たず。
アルマの説明を聞くと、どうやら先日転職した折りに新たに加護神を得たらしい。
その加護神の名は『メイド・オブ・オール・ワーク』。高名な神々の身辺を世話する、侍従の神である。
なるほどそれならば、ナナシが祝福を与えたとしても、加護を得られるだろう。
他の加護神に仕える、という侍従神の特性ならば、通常のように加護神を得てそれを信仰する加護神システムとは異なり、自らが主と定めたものにだけ忠誠を捧げたらよいのだ。
侍従神への信仰のメリットは、加護を得るというよりも、その忠誠心を讃えられるということだ。これは、通常の加護システムの埒外にあった。ここに神威はまったく作用していないからだ。
祝福を与える者が何者であったとしても、重視されるのは本人の忠誠心のみだからである。
ナナシが祝福を与えたように見えたが、実際はアルマ自身が侍従神に認められたと、そういうことらしい。

しかし恐るべきは、侍従神という全く戦闘に向かない加護神と従者という職でもって迷宮に挑み、レベルを20まで引き上げたこと。これは尋常なことではなかった。
つまりアルマは、ある意味ナナシと同じように独力でもって迷宮に挑み、短期間でここまで己を鍛え上げたということだ。
元々規格外の能力を誇っていたアルマだったが、やはりと言うべきか、地力も他を隔絶するほどに高かったのである。
“闘うメイド”など、史上初ではないだろうか。

とまれ、これが鈍色達に知れたらまた厄介事が起きそうだ、とナナシは額を抑えた。
ドラゴンブレスを喰らうことも覚悟しておいたほうが良いかもしれない。


「あー、なんでスカートなんか履いてるの? 認めたくないけれど、従者だったら、ええと執事服とかじゃない? そんな女性用の服着てると本当に女に間違われるぞ?」

「・・・・・・いえ、私は女なのですが・・・・・・」

「・・・・・・えっ、そうだったの!? あ、あれー? いや、そういえば思い当たる節がちらほらと」

「いいんですいいんです・・・・・・。どうせ洗濯ができるようなアバラ胸ですから、男と思われていても・・・・・・フフフ・・・・・・」

「それ自爆・・・・・・あああ、俺が悪かったから! 落ち込まないでくれ!」


見るからに落ち込んで地面に魔法陣を描き始めたアルマを、慌ててナナシは立ち上がらせる。
こんな所で簡易悪霊を召喚されてはたまらなかった。
感情表現が見るからに豊かになったことは、喜ばしいことだが。


「なあ。あの子、やっぱり暗殺者なのかな?」

「はい。どうやら、貴族派が差し向けた刺客のようで・・・・・・」

「もう、か。覚悟はしていたが、実際こう対処されるとキツイな」

「ご安心ください。貴方は私が守ります。この身に代えても、必ず」

「そうかい、そいつは心強い。しかしずっと迷宮にいたってのに、よく調べがついたな」

「いえ、カラスのような声で笑う元同僚から、この侍従服と共に餞別だと知らせられまして。
 心底気に入らな奴でしたが、あれで中々こちらを気にかけているようで。今度会ったら半殺しで済ませてやらないことも・・・・・・」

「ふうん」

「そ、それにしても凄いですね! 暗殺者に襲われても落ち着き払っていられるなんて。
 どんな厳しい場面に出くわしても、常にどこか超然としていられるその御姿。流石です」

「・・・・・・いや、それは、違うよ」


そんなことはありません、とナナシを褒め称えるアルマだったが、もうその半分もナナシの耳には届いてはいなかった。
どうやら、自分が臆病者であると自嘲しているように取られたらしい。
それは間違いだった。

先の決闘騒ぎでもそうだ。
確かに自分は、命の危機を感じても、それにうろたえることはなかった。
それは決して己の胆力が優れているからだとか、精神が強靭であるからだとか、そんな理由ではない。

ナナシは虚ろに目を開きながら、喉元に指を伸ばした。
触れると、滑りと共に、指先に赤い泥のようなものが付着する。ナイフの切っ先が喰い込み、出血していたようだった。
慌ててアルマがハンカチで傷跡を押さえるが、ナナシには血の赤も、傷の痛みも、どこか別の世界の出来ごとのように思えた。事実、ここは別世界なのだが。

この眼に映る異世界の光景は、それがどれだけ生々しい情動を伴っていたとしても、この場所に自分が“生きている”という実感がまるでないのだ。
確かに自分は、死ぬことを恐れていない。
生の実感が無いとはよく言われるものの、事此処に至ってなおこの世界の出来事は夢なのではないか、と思っている自分が居る。
この世界で唯一の偽りがあるとしたら、それは自分の存在なのだ。もしこの世界で死を経験したとしたら、元の世界に戻れるのではないか――――――そう考えずにはいられなかった。

では、自分の生が本物だと確信した時はいつか。
もっとも強く感情が揺さぶられ、自身の存在を強く意識した時はいつか。
自らを含め、この世界を五臓で俯瞰した時はいつか。


「――――――う、ぐ!」

「ナナシ様・・・・・・? ナナシ様! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ・・・・・・うん、大丈夫」

「そんな、顔を真っ青にされて言われても信じられません!」


強引に肩を貸されながら、ナナシ達は帰路に着いた。
今後は御側に侍ります、というアルマの宣言も、機能性を追求したはずの衣服から漂う甘い香りも、ナナシを思考から引き戻す事はなかった。

いつ、などと言う事は考えずとも解ることだった。
ただナナシは、それを否定することに、全ての時間を費やした。








◇ ◆ ◇








一人にして欲しい、と渋るアルマと入り口で別れた後、ナナシはふら付きながら部屋に転がり込んだ。
蛍光灯が点いていたことにも気付かず、ふらつく足でベッドに向う。
今は何も考えず、眠ってしまいたかった。


「わふ、わんわんっ!」


寝室から駆け寄ってきた鈍色が腰に抱きつくも、何のリアクションを返す事はなく。
そのまま二人して布団の上へと倒れ込んだ。


「・・・・・・くぅん?」


また勝手に部屋に忍び込んだのか、といつものように叱られる事を予想していた鈍色は、怪訝な声を上げナナシの顔を覗き込んだ。
そして直にナナシの異常に気付く。
まるで生気のない虚ろな顔に、鈍色は慌てた。


「うううーっ!」


こんな時にどうしたらいいか、鈍色は解らなかった。
じわり、と瞳に涙が浮かぶ。
こんなにも弱々しく消耗したナナシを、鈍色は初めてみたのだ。
鈍色に出来たのは、身体が動くままにナナシを抱きしめ、首筋に見られた傷跡に舌を這わせるだけだった。

ナナシの瞼が落ちるのを確認すると、鈍色は器用に尻尾を伸ばし灯りを消した。
そしてナナシが寒くないよう、寂しくないよう、悲しくないように小さな胸の内に掻き抱く。
手を回し、ナナシの大きくて小さい背を、いつかの自分がされたように心臓の鼓動に合わせポン、ポンと叩く。


大丈夫、大丈夫だよ。私はここにいるよ――――――。


体温と一緒に染みいるように、そう想いを込めて鈍色はナナシを抱きしめる。
言葉は通じずとも、想いは通じるのだと、そう鈍色は信じていた。


「・・・・・・に、び・・・・・・・ろ」

「・・・・・・わん」


鈍色の暖かなぬくもりに守られて、ナナシはまどろみの中、自らの恐ろしい内面と向き合っていった。

自身の生を強く意識した時は、いつか。
それは、ジョゼットが死んだ時。
初めて迷宮に潜った時に、大量の生贄を見た時。
キマイラに生徒達が殺され、仲間達が瀕死に追い込まれていた時。

そうだ。
他人の死に触れた時だった。

ガチリ、とナナシの歯が鳴る。
ガチガチと奥歯が噛み合い、体が震えた。
他者が殺される場面を見て、自己確認に耽りアイデンティティーに用いるなど、許される事ではない。

元の世界ではとうとう知る由もなかった己の本性。
その恐ろしさに負けたナナシは、眠りながら涙を流した。

だが、その時、ナナシの脳裏に声が聞こえた。


いるよ。ここにいるよ。私はここにいるよ。ずっと側にいるよ。だからきっと、大丈夫――――――。


全く覚えのない、初めて聞く少女の声だった。
不思議と少女の声に集中していく内、恐怖が薄れていくのを感じた。
ぎゅう、と身体を抱きしめられる度、震えが収まっていく。

どうして異世界に飛ばされてしまったのか、どれだけ考えても解る筈もなかった。
この世界で自分が何をすべきかも解らない。冒険者にも、ジョゼットの遺言であるというその一心だけで、何か夢を持って目指したという訳でもない。
そもそも、何かの役割など、初めから与えられていないのかもしれなかった。

だが、何もかもがあやふやで曖昧で確かなものが血の赤でしかなかったとしても、自分を優しく包んでくれるこのぬくもりを大切にしたいと、ナナシはそう思った。








◇ ◆ ◇








「おはようございます」

「・・・・・・えっ?」

「おはようございます、ナナシ様。今日もいい天気ですよ、ほら」

「あ、ああ、おはよう、アルマ。その、なんでここにいるの?」

「朝食の用意が整っておりますよ。さあ鈍色、貴方も早く起きなさい」

「わふ・・・・・・くあ~・・・・・・むにゅ」

「こら鈍色、指を咥えるな。あとアルマ、お前なんで俺の部屋に居るの? 鍵かけてあったよね?」

「おはようからおやすみまで、ご主人様の暮らしを見つめるのがメイドの仕事ですからっ」

「そんな握りこぶし作って言われても。あと遠目に鍵穴が破壊されてるように見えるんだけど・・・・・・。おい、今さりげなく短剣背中に隠したよな?」

「錯覚ですよ?」

「小首を傾げて言うなよ。もういいや、顔洗うからどいてくれ」

「いえ、せっかくですし」

「お前女だと知れて遠慮なくなってきたな。
 扉を破壊してくれやがったのは当然、さっきから覆いかぶさって至近距離で会話してるって状況に眼を瞑ってやってるんだが」

「うう・・・・・・ごめんなさい」

「まったく、お前らおとなしくしてろよ。顔洗ってくるから」

「わふ」

「ふふふ、貴方はいいですね鈍色、ナナシ様と同衾出来て。ナナシ様の腕の中は、さぞ心地よかったでしょう。ヴァルハラのように」

「くふふー、わふんっ」

「ううっ、私は部屋に入るタイミングを逃して、独り寂しく廊下で膝を抱えながら眠ったというのに」

「ふっふっふっ・・・・・・わふ」

「今日だって『ご主人様っ、起きてくれないといたずらしちゃうぞ大作戦』の決行にも失敗して・・・・・・」

「・・・・・・! わんっ! わんわんっ!」

「はあ、後学の為に作戦の全容を聞きたいと。ええとですね、まずはそっとご主人様の枕元に顔を寄せてですね。
 『ご主人様、朝ですよっ――――――ねぇご主人様、早く起きてくれないと私知りませんからねっ――――――もうっ、しょうがないなぁ。これでいい加減起きてくださいよ。目覚めのキ――――――」
  
「うおおーい! なんじゃあこりゃあ! なにこの皿に盛られた物体!?」

「あっ、お気付きになられましたかっ。今日は私が朝食を作ったんですよ。ちゃんと鈍色の分もありますので、ご安心を。ナナシ様のお口にあうかはわかりませんが・・・・・・」

「いや、口にあうあわない以前に、これ口に入れられるの? 何の料理?」

「まだ手の込んだ料理は出来ませんので、目玉焼きを。何度も失敗して、これだけは出来るようになった一番の自信作なんですよっ」

「そんな恥ずかしそうにされても。これ目玉焼きだったの? 炭化して原型が・・・・・・」

「あっ・・・・・・そ、そうですよね・・・・・・私なんかが作った料理など、口に入れたらケガレが・・・・・・」

「こらこらこら! 浮き沈み激しいな! 職変わってはっちゃけられるようになったのは解るけど、ちょっと情緒不安定になってるぞ。それに、喰わないとは言ってないだろ」

「あっ・・・・・・はい! ありがとうございます!」

「この場合礼を言うのは俺の方だよ。朝食用意してくれてありがとな。さあ、鈍色」

「くぅん」

「薬箱から胃薬を取ってきてくれ。もちろん二人分な。・・・・・・そんな顔するな。諦めろ」

「わふん・・・・・・」

「おはようナナシ。鍵が壊れてたわよ? まったく不用心、ね・・・・・・」

「お、おはようセリアお嬢さま。その、ね? まずは落ち着いて」

「・・・・・・ねえ、ナナシ。あなたの側に、メイド服を着た女が侍っているように見えるんだけど、わたくし幻覚を見ているのかしら? 
 あと、犬っころが貴方のベットから出てきたようにも。半裸で」

「幻覚ではありませんよ、貴族のお嬢様。私はナナシ様に全てを捧げた身なれば。即ち、この身はメイドにして既に常在奉仕。身も、心も、全てはナナシ様の所有物なのです」

「・・・・・・へぇ」

「わふんっ」

「へ、へぇ、『ゆうべはおたのしみでしたね』ですって、へぇ、ふーん。・・・・・・ナナシ! 説明なさい!」

「あわわ、あわわわわ!」


朝の一幕である。
こうしていつも通り、慌ただしい一日が始まるのだろう。
ナナシとしては昨夜の自分の痴態を思い出さずに済み、ありがたい気持であった。
少女に抱かれて慰められるとは、恥ずかしいと顔を赤らめそうになるが、幾分か楽になったのも事実である。
現金な奴だと思うが、それで“もって”しまったのだから仕方がない。
恐ろしい考えは消えることがないが、それでも折れてしまうまでは頑張ろうかと思える程には、この慌ただしいやりとりは価値のある物だった。

何よりも有り難いことは、


「おうじょうせいやーっ! このチャイルドマレスタ――――――!」

「いや、こいつ実は俺と同年代でお嬢様より年上ああああ――――――!」


お嬢様の怒りの吐息で、目玉焼きが消し飛んだ事である。














[9806] 地下17階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:27


振るわれる鉄棒。その長さは、おおよそ六尺ほど。
材質は魔力感応材を基礎にした合金であるためか、長さに反して非常に軽い。
伸縮式の鉄棒はその実、柔剛自在。
底部に設置されたダイヤルを操作することで、内蔵された魔力電池から魔力が供給され、鉄棒の剛性が変えられる機構が備わっているのだ。
地球の尺度に換算して180cmの鉄棒が、唸りを上げ空を切った。


「問い7。375年、M8汚染・・・・・・最深度神威汚染により勃発した第4次大陸大戦であるが、
 冒険者の始祖、堕天使オリシュの陣頭指揮により静定。ザンベルト条約が結ばれた。
 この時交わされた条約の年月日、内容を要約して答えよ」

「ミナゴロシだよザンベルト、で、375年6ノ月4ノ青日。
 内容は通常の戦後条約と変わらないものだったが、特徴的な項が一項目あり、それは探究者の冒険活動を認めること。
 この時から、ただの盗掘者でしかなかった探究者達はその権利を保護され、広く冒険者として認知されるようになった。
 120年が経った現在も、冒険者の権利は基本的にザンベルト条約によって守られている。 
 しかし、そのため本来はすべての冒険者が国家探索者として国に登録されるべきであるが、フリーランスの冒険者後を絶たず、その存在は黙認されているのが現状である。
 ・・・・・・でぇいッ!」

「正解だ。だがあの教授の性格を考えれば、模範解答だけでは得点は稼げないだろう。
 追加としてその回答の後に・・・・・・そうだな。
 探究資格が国家資格として認められるようになったのはザンベルト条約後のことであり、冒険者の派遣による国家間の迷宮利権の奪い合いが、
 冒険者間の闘争へと転じ、貴族間による代理戦争へと発展していったためである。
 迷宮が資源の宝庫であることを考えると当然の帰結であり、迷宮の所持権利については現在も最たる国際問題の一つとなっている――――――。
 ――――――とでも続けておけば問題ないな。甘い」

「なるほどよ・・・・・・っと!」
 

唸る鉄棒を迎え打ったのは、細身の刀剣。
緩やかに反った背と、美しい波紋が並ぶ片刃。質素な拵えだが、頑強な鍔と柄。
地球では日本刀と呼ばれる刀剣に類似した、“斬る”ことに特化した武器である。
こちらの世界では主にブシドーブレードと呼ばれるその刀は、造りこそ異なるものの、切れ味に遜色はない。
むしろ、持ち主の魔力を吸い、より鋭く研ぎ澄まされているだろう。
切先両刃造の刀。その刃が、光を反射し青白く輝きながら、ナナシへと迫る。


「うおあっ! お前ほんとに利き腕怪我してたのかよ! 速すぎて見えないんですけど!?」

「確かにキマイラの件では不覚を取ったが、何時の話をしているんだか。早期に回復魔法を受けたおかげで君と同じく後遺症もなかっただろうに。ほらこの通り」

「ちぇ。お前が前衛やればいいじゃんよ」

「冗談を言うな。また腕をもがれたくはない」


鉄棒の芯を回転させながら刀へと打ち付けることで、絡め取るようにナナシはそれをいなす。
刃を立てられてしまっては、いかに合金製であったとしても鉄棒ごと胴体を両断されていただろう。
鉄はもちろんのこと人体を両断するには、相応の技術が必要であるのは言うまでもない。
だと言うのに、戦闘とは無関係の思考と同時に繰り出されているはずの剣のキレは凄まじい。
無意識にまで昇華された、達人の技である。
対するナナシは防ぐのに手一杯で、青息吐息だった。


「ほら、余所見するんじゃない」

「あ、あぶっ、危なっ! お前と違って物考えながら体動かせないんだよ! しかも武器は使い慣れてない棒なんだぞ。もうちょっと手加減してくれよ!」

「はいはい。続いて問い8だ」

「うぐぐ、いつかその羽むしって布団に敷き詰めてやるからな!」

「できるものならな」


呆れたように息を吐きながら、刺突を繰り出すクリブス。
流れるように刀を扱うその技量に、初めナナシは「魔術師らしからぬ」とも思ったものだ。

だがクリブスは付与魔術師(エンチャンター)である。
武器に指向性を持たせた魔力を付与することで、武器の性能を向上させる魔術を使う付与魔術師は、単体でも高い戦闘力を発揮することが出来る魔術職だ。
付与魔術師は、自らの魔術でもって自らの武器を強化し、戦うことが出来るのだ。
しかし十分に武器を扱える技量があれば、の話であるために、大半の付与魔術師は魔術を極めることに時間の大半を費やし、武術を修めることなどはしない。
そんなことをしなくとも、PTメンバーに付与魔術を掛け、サポートに徹した方が効率がいいからだ。
クリブスはというと、少数派の付与魔術師、単体でも戦える付与魔術師に数えられている。
高度な教育を受けてきたクリブスにとっては、武術を修めることも、家訓の一環であったのだ。


「え、えーと、ええっと・・・・・・ディアボリック・・・・・・」

「違う、永遠力暴風雪だ。放たれたが最後、相手は死ぬ」

「解るか! そんなもん!」

「続けて問い9」

「痛い痛い! 刺さってる! 試験勉強と鍛錬を同時にやるなんて無理だって!」

「戦闘時における指揮は君が持つことになるんだ。思考と行動を同時に行えるようになってもらわなければ困る。もっと鍛えたまえよ。頭を」

「普段は出来てるっつの! これはちょっと違うだろう!」

「問い9」

「でぇい! こんちきしょい!」


魔術師らしく体力には自信がないものの、何日も迷宮に潜る訳でもないために、クリブスはナナシを圧倒していた。
こうやって鎧無しのナナシであれば、全力で打ち合うことも全く問題はない。むしろ技量だけを見れば、クリブスの方が数段も上である。
更にはナナシが扱う武器は、本人曰くあまり適正がないという棒だ。それでも十全に扱えてはいるのが、ナナシの才の成すところか。
ナナシには、まるで綿が水を吸いこむかのように、技術を習得していくという特性が備わっていた。
一目見て技能を得るだとかいった、天才的なものではない。時間をかけて技術を反復練習することで、どんな状況下でも鍛錬通りの技をトレースすることができるのだ。
本人の体格や能力的に向き不向きな技能はあるものの、大抵の技能を“習得”できるラーニング能力は、目を見張るものがある。
つまりは、勤勉だということだ。

しかし鎧抜きのナナシの戦闘力の低さは熟知しているが、こんな時でなければ刀を振るう機会などないために、クリブスも手を抜くつもりなどない。
「問い10」と淡々と唱えながら、ナナシの表皮に傷を刻んでいく。絶妙な力加減であった。
幼児期から染み込まされた型は、その型に込められた意味と機能とを余すところなく発揮する。この時ばかりはクリブスも、実家の人間の尊厳を無視するような拷問とも言える教育法に感謝した。
こんな“キレイ”な剣術、迷宮で通用などするはずもないのだから。
“人よりも”強いという事実が、魔物達を簡単に打ち滅ぼせるという傲慢に通じていた。初期にその傲慢が粉砕されたのは、幸運であった。

どうにも当家は貴族らしく冒険者の常識など知らずに、クリブスを一人で迷宮に送り込もうとしていたらしい。
今にして思えばゾッとすることだが、入学当初はクリブスもその教育に過分に影響されており、単体で迷宮探索をするつもりでいた。
そうして初の迷宮探索の日、当然というべきか孤立し、死を覚悟した時にナナシ達に声を掛けられ、反発はしたもののPTを組むことになったのだ。
そのまま今日までPT契約は続いている。

運が良かった、と言う他は無い。
貴族に生まれついた運命か、碌な人間との人脈は築けないだろうと諦めていたが、中々自分は運が良い。
損得勘定抜きで付き合える仲間というものが、これほど心地良く、また力強く感じるなどとは知らなかった。
やはり、冒険者とは自らの眼で見て、感じて、“知って”いく職種なのだろう。データを読んだだけの知識では、絶対に理解し得ないことだった。

仲間は大切だ、とナナシは常日頃から口に出していたが、それに関してはクリブスも同意見だと頷く。
どうにもその言葉に込められた意味の根幹は異なるようだが、そうに違いなかった。


「よし。今日はこれまで」

「ぜぇっ、げふっ、あ、ありがとうございました。ごほっ」

「しかし、よく喰らいついてこれたな。いくら僕が魔術師だといえども、一般人のレベルでは本来3分も持たないだろうに」

「やっぱ手加減してなかったのかよ。まあ、前衛は力勝負だからさ、体力作りくらいはしてるよ」

「そうか。ところで、なぜ大剣は使わなかったんだ? せっかく作ってもらったんだろう」

「あんな重い獲物で刀に挑もうなんて、馬鹿でもしないよ。鎧着てないとまともに振れやしない」

「なるほど」


クリブスは頷きながら、ナナシにタオルを投げ渡した。
汗だくのナナシが受け取ったタオルで首元を拭う隣で、クリブスは羽毛から放熱を行う。
毛皮に包まれていることが多いベタリアンは、純人種のように発汗による体温調節が不可能なのである。
代わりにこうして、各々の個体に対応する熱の放出方法を彼等は持っていた。
クリブスに例えると、杖の材質にもよく使われる羽先で魔力を練ることで、熱量を空気中に放散する方法を取っている。


「なあクリフ。筆記試験はいいんだけどさ、卒業課題のテーマの方はどうするよ」

「・・・・・・ああ、もうそんな時期か」


ナナシが言ったのは、卒業課題として学園に提出するためのテーマ、つまりはどこで迷宮探索を行うかということである。
6年制である学園では、探究者科の生徒達は5年生に進級してすぐに卒業課題に取り組むことになっている。
実際の冒険者達の中で、1年を迷宮の探索に費やしレポートにまとめ、それを提出して初めて卒業を認められるのだ。そしてその時に、同時に国家探究者資格を授与されることにもなる。
卒業までの2年間で、冒険者ギルドでの社会科体験を行うというわけだ。生徒には無資格冒険者であった者も多いために、実質5年で卒業である。
後はそのまま登録したギルドに所属し続けるか、パーティを解散し新たな仲間を探すか、それぞれの道を歩むことになる。


「早いものだな」

「だなあ。出会ってから、もう5年も経つんだよな。お前さ、資格取ったらどうする? やっぱり冒険者続けんの?」

「さあ。そればかりは父上の判断を仰ぐしかないからな」


肩をすくめるクリブス。
元々、家訓のために長男を冒険者科に入れた変わり者の貴族がハンフリィ家である。
卒業後、冒険者を続けることになるのか、貴族として政権に関わることになるのか。
将来の決定権は、クリブス自身にはなかった。
セリアージュと同じように。


「そっか・・・・・・。お前は凄いな。俺だったら逃げだしちまうよ」

「そうでもない」

「でもま、いいじゃないか。どんなになったって、お前には婚約者がいるんだし。困難を二人で乗り越えてだな」

「ああ、婚約は破棄されたよ」

「愛を確かめあ・・・・・・えっ?」

「とっくのとうにね。いったい、何時の話をしてるんだ君は。話さなかったか?」

「いや、聞いてないぞ・・・・・・。まさか、俺が!」

「君のせいじゃない」


クリブスは断言する。


「最近、君の周りがキナ臭い事は知っている。だがこれは別件だ」


ナナシが貴族のある派閥に目を付けられてしまっていることは、クリブスも把握していることだった。
先日の決闘騒ぎの一件で、琴線に触れてしまったらしい。
冒険者を駒として見なす類の貴族にとっては、反抗的な冒険者は許し難い存在なのだ。
即日暗殺者を送り込まれるくらいには。
彼等にとって迷宮は、純粋な資源産出地であり、利潤そのものであるために。それを好き勝手荒らされては、たまったものではないのだろう。

ナナシは目立ち過ぎたのである。
様々な派閥の貴族子女が集う学園内の敷地での、あの大立ち回り。
あの場は丸く収まったものの、目を付けられて当然だった。
ナナシの個人的な人間関係には、ナナシ自身が目論んだように何ら変化はなかったが、それを取り巻く環境は確実に悪い方向へと転がっていた。ナナシが思っている以上にである。
責任を感じたセリアージュが、何とかしようと奔走してはいるものの・・・・・・何の成果も挙げられないだろう。
派閥が相手となると、問題は家の外にも広がる。
クリブスも手を尽くしはしたが、結果は芳しくなかった。
辛うじて暗殺者の送り込みは防げるだろうが、それだけだ。一時的な処置に過ぎなかった。
ナナシの安全を確保するには、早く学園を卒業して他国へと逃れるか、それとも冒険者を辞めるかを早急に選ばせなければならない必要があった。
だが、後者をナナシが選ぶことはありえないだろう。
であるならば、今後ナナシは貴族達に対する身の振り方も考えていかねばならない。
クリブスは、その際に衝突が起き血が流れることになるのではないか、との懸念が尽きなかった。


「でも、関係はあるんだろう?」


ナナシが言うには、自分のせいでクリブスの貴族内での立場が悪くなってしまったのではないか、ということ。
もう一度クリブスは首を振った。


「機会であったことは間違いないが、原因ではないさ。結局は、僕の容姿が気に入らなかったみたいだ」

「そんな!」


クリブスは人身鳥頭のベタリアンである。
混血化が進む現在、元来“古き血”の顕現であるベタリアンは、もはや古代のように神性とは言い難い存在となっていた。
歴史と共に技術が進むにつれ、劣等遺伝子の顕現であると認知されるようになっていったのである。
極小の確率で産まれる彼等は、誕生したその瞬間から、差別を受けることを決定されたようなものだ。彼等は自分達とは違う、劣等種である、と。
人種差別ではなく、社会による個人個体への差別とでも言ったところか。
大貴族の長男であるクリブスにとっても、それは例外ではない。


「家同士の思惑で結ばされた婚約だ。彼女に特別想いを寄せていたわけでも、寄せられていたわけでもない。まあ、少し寂しい気もするが」

「クリフ・・・・・・」

「それに君は耐えられるか? 将来結ばれる相手に、顔を合わせる度に蔑みの視線で見下される事にね」

「・・・・・・ごめん。俺、お前がそんな風に感じてたなんて、思ってもみなかった」

「君は馬鹿かい? 君が謝る事ではないだろうに。男がそんな簡単に頭を下げるものではないよ」


話はこれで終わりだとでも言うように、クリブスは手を振った。
ナナシのようにベタリアンに対し全く偏見を持たない者が、彼等にとってどれだけ得難い存在であるか。
友誼を“結べる”相手ではなく、“普通”に接せられる相手がどれだけ少ないか。
ナナシは普通の事だと言っていたが、その言葉はベタリアン達にとり、どのように聞こえただろうか。
クリブスがナナシに入れ込むのは、それこそが理由だった。
少し考えれば婚約を破棄された理由など解ろうものだというのに、指摘されるまで気付かないくらいに、ナナシにとってベタリアンであるということは意識の外にある問題である、ということなのだから。


「そうそう、迷宮の件だが、心当たりがあるんだ」

「というと?」

「最近、国内で小規模の迷宮が発見されたらしいとさる情報筋から掴んだ。未だほとんど人の手が入っていない、原生の迷宮だそうだ」

「へぇ、そいつはいいや。卒業課題にはもってこいだな」

「ああ。これなら僕も家に名目が立つし、君の目的にも合致するだろう?」


もちろんだ、とナナシは首肯する。
ナナシは“手掛かり”の発見のために。クリブスは成果を上げ、家への名目を立てるために。
人の手が入っていない未介入の迷宮を探索することは、大きなリスクを孕んでいるものの、ナナシとクリブスの目的に合致していた。
未踏の迷宮だから危険、などと言ってはいられないのだ。
命を落とす危険は、未踏迷宮だろうが踏破されきった迷宮だろうが変わらない。
ハイリスク・ハイリターン。一つの迷宮から得られるものはあまりにも多い。
しかしそれは結局、早い者勝ちだということなのである。
貴族に冒険者が疎まれる一つの原因が、迷宮の探索権を巡ってのいざこざであることからもそれが伺える。
冒険者にとり、未踏破迷宮ほど魅力のあるものはないのだ。


「出発は試験明けて直ぐか?」

「そうなる。僕から皆に連絡を入れておくから、準備の方を頼む。何か懸念事項はあるか?」

「それまで手が入らないといいけど」

「それは大丈夫だ。入口が崩落して発見されたようだからな。国軍が魔物を外に出さないために封印処理をしている最中で、誰も中に入れない状態だそうだ。
 処理完了は2週間後、丁度試験が終了するあたりだ。もう探索許可嘆願書も出してある」

「コネか?」

「コネだ。あまり大っぴらには言えないが。僕達がその迷宮に踏み入れる初の冒険者となるよう、取り計らってもらっている。探索が終った後に再封印を施すこともな」

「流石、仕事が早い」


ナナシの特性である封印無効化。
“神々との約束”であるはずの封印を易々と踏み破る能力は、クリブス達も承知している。
そんな力を宿している時点で尋常ではない。本来ならば研究機関に届け出てしかりのはずだが、しかしクリブスはそうはしなかった。
高潔な精神を持つクリブスは仲間を売ることを良しとはせず、そして何よりナナシ本人が己の事を一番理解出来ていなかったからである。
なぜ自分にこんな力が宿ったのか、クリブスが思い当たる節を聞いてもおかしな点はなく、その理由が全くの不明。

『神威』の影響を受けても『神意』を無視するなど、あらゆる存在が神の影響下にあるこの世界の常識では、考えられないことだった。
まるで、どこか別の世界から迷い込んできたような――――――。


「な、何だよ、人の顔をじっと見て」

「・・・・・・いや、間抜けな顔をしているなあ、と」

「おい!」


よそう。
深く踏み入ってはいけない。
クリブスは何か、神聖な物に触れたような、そんな感覚と共にそう思った。


「そういやアルマは戦えるのかな? メイドになっちゃったけど」

「この前まで独りで闘っていたくらいだし、大丈夫だろう。そもそも地力が僕達とは違いすぎるんだから、プラスマイナス0といったところか。それにこの時期に新メンバーを探すのは現実的じゃない」

「なるほど。闘うメイドさんかー・・・・・・」

「男冥利に尽きるのでは?」

「毎朝石炭を朝食だっつってだされるのに耐えられたらな」

「・・・・・・石なのかい?」

「いや、石炭のが上等かも。鈍色がダウンするくらいだし。下手に胃袋が丈夫なもんだから吐けないらしくて」

「う、むぅ。よく君は無事だったな」

「出すもの出して腹の中空っぽだからなー・・・・・・」


腹を抱えながらナナシは天を見上げた。
錬技場から見上げる空は、薄暗く、曇っていた。


「どうした?」

「いやさ、俺も卒業したらどうなるのかな・・・・・・って」

「冒険者を続けるんだろう。違うのかい?」

「その通りなんだけど、何ていうか、こう、お前達意外とパーティー組んでるイメージがつかないっていうか」

「冒険者のモラトリアムか。心配せずとも、少なくとも僕以外のメンバーは固定だろう。彼女達は地の果てまで君に憑いていくぞ」

「・・・・・・何か発音おかしくね? まあ、何にしろ今後の話よりも目先の探索だな」

「さっきから真面目な顔をして、似合わないぞ。何か問題でもあるのか?」

「たまに真剣になったらこれだよ。鳥頭野郎が」


今後、学園卒業の後にも、自分が冒険者をしているイメージこそが一番無いのが問題なのだ・・・・・・そうナナシは思う。
言われずとも、冒険者を続けるのは当然のことだ。
しかし、資格を取得し国家探索者となった後は、管理されていない原生の迷宮に挑むことになるだろう。
学生用に調整された迷宮でさえ、あのような体たらくだ。
そうなれば五体満足でいられる自信は、ナナシにはなかった。


「本当は解ってるのさ」

「・・・・・・」


いくらツェリスカが自己進化を繰り返したとしても、それは問題が発生した時に“パッチ”を当てるという、対処療法でしかない。
問題の根底は、それを繰る自分がレベル0のままだということだ。自分が圧倒的弱者であるという事実は、変わりようがないのだ。
学園内では何とかやっていけているが、それは対人戦であったり、半ば管理された魔物相手に限ってのみの話だ。
本格的に外部で活動を始めたとなると、一月持つかどうか。
そうでなくとも、完全装甲士≪アイアンスミス≫は珍しくまた忌避される存在だ。
機関鎧は、レベル差を埋める装備である。
言ってしまえば、「私は未熟者ですよ」ということを、大声で開示してしまっているに等しい。
そんな見るからに役立たずな人員が、周りからどう見られるかなど、言わずもがな。
レベル的な強さに拘らず、内面の強さをこそ身につけたいと思えども、事実として大きなハンデを抱えているのである。
もはやナナシには、自分の限界が見えてしまっていた。
ただジョゼットの言葉にすがり、意地で挑戦を続けているだけなのだ。

この先もし、取り返しのつかない負傷をしたら。
もし、冒険者を辞めなくてはならない身体になったら。
生半可に力を手にしてしまった自分は、“酷く中途半端に余生を過ごす”ことを強要される羽目になる可能性が高い。
そしてその時は、直ぐにでもやってくるだろう。

自分の冒険者生命があまりにも短いことを、ナナシは悟っていた。
まず思い浮かべるのは、“ぬけがら”となった自分の姿だ。
だから、将来冒険者として活躍している自分のイメージなど、持てるはずもなかった。

からっぽになった心を、ジョゼットのように怒りで埋めることもできはしないだろう。そもそも事情が違う。
何の価値もなくなった自分が、この世界で生きていくことは出来るのだろうか。
生きていたいと、思えるのだろうか。
ナナシはそれが不安だった。


「・・・・・・ほら、立ちたまえ」

「うん、サンキュな」


そうとは言わず、ナナシは差し出されたクリブスの手を取り、立ち上がった。
見上げれば、いつの間にか空を覆う雲が厚くなっている。

一雨降りそうだな、とクリブスが隣で呟た。













[9806] 地下18階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/26 03:27


ジョブチェンジを果たし特性の変わったアルマをそのまま連携に組み込むのは危険だ、というクリブスの案に則り、ナナシ達は今はもう懐かしい初級者用迷宮『登竜門』へと足を踏み入れていた。
初級者用迷宮とあってかモンスターも弱く、戦闘はつつがなく進んでいる。
兵士から侍従へとジョブチェンジしたアルマであったが、豪語したことはあり、以前と変わらない感覚でナナシ達は戦闘連携をとることが出来ていた。
流石にパーティーとしての突破力は落ちたが、それはナナシの装備が充実したことによりカバーされることとなった。
今のところは順調といって差し支えないだろうか。


「探索だけはな」

「なんだナナシ、何か不服なことでも?」

「あるに決まってんだろうが。試験二日前に“ディグ”するとか何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「そんなことを言われてもな。君だって賛成しただろうに。それに出題範囲と予想問題は一通り教えてやっただろう?」

「忘れちゃったよちくしょう! 緊張とか恐怖とかその他もろもろでさあ!」

「あれくらい一度やったら覚わるものだと思うんだが・・・・・・」

「あーあ、あーあ! 言っちゃった言っちゃった! お前今、全国のレッドポイント隊の皆さんを敵に回したぞこら!」

「レッドポイント、赤点か? ・・・・・・フッ。おっと失敬」

「てんめぇぇぇ・・・・・・!」

「な、ナナシ様、抑えて抑えて!」


ぶるぶると震えだすナナシの拳を、控えていたアルマが慌てて抑え込んだ。
ナナシの動きに合わせて揺れる銀色のポニーテールと、純白のヘッドドレス。
濃紺のメイド服のスカート裾がふわりと舞い、ストッキングに包まれた長い脚が一瞬露わに。太腿辺りには、短剣と短杖とが、それぞれ左右に分けられてホルスターに収められた。
迷宮に挑むと言うのにメイド服とは、徹底しているというべきか。
アルマ曰く戦闘用、とのことなので、防御性能には心配しなくても・・・・・・いいの、だろうか。ナナシには判別は付かなかった。


「アルマ・・・・・・お前なら俺の気持ち、解ってくれるよな?」

「え!?」

「何そのリアクション。そういえばお前、いつも成績上位者にランキングされてたような」

「ええと、その、私も一度教科書を斜め読みしたら内容は全部覚えてしまえるので・・・・・・申し訳ありません」

「うわあ敵ばっかりだなあ! ちきしょん!」

「いやほら鈍色! 鈍色がいますよナナシ様!」

「お仲間がいて良かったですね、みたいに言うのは止めて、惨めになるから! あいつは元から何も考えちゃいないって、ほら」


ナナシが指さす方向では、鈍色が『魔物召喚』の罠を踏んでは、出現する『吸血コウモリ』や『ファイア・リザード』の頭蓋をハンドアックスでかち割って遊んでいる光景が。
傍から見れば、きゃっきゃっと楽しそうに笑い声をあげて遊んでいる少女という微笑ましい一場面ではある。


「わんわんおー!」


その少女が血濡れの斧を掲げていなければ、の話ではあるが。
また一匹のリザードマンが、召喚された瞬間に肉厚の斧でぶっ叩かれ、二匹に増えることとなっていた。
有り体に言えばに真っ二つである。


「ええっと、その・・・・・・た、楽しそうですよね!」

「さようなら知識こんにちは血しぶき・・・・・・」


鈍色が作った鮮烈な血の色で、頭から年号が二つほど消えた。
これはもう赤点確定だ。
出立に響かせたくないのに、とがっくりとナナシは肩を落とした。


「あああ落ち込まないでください! 主の心を折ってしまった責、どう償えば・・・・・・っ! これはもう身体で御慰めするしかっ!」

「いいよ脱ぐなよ止めろよ」

「大丈夫ですナナシ様。ストッキングは脱ぎませんから!」

「俺の性癖を把握している・・・・・・だと・・・・・・? くっ、アルマ=F=ハール、怖い子っ!」

「忙しい奴らだな、君達は」

「お前に言われたかない」

「クチバシを閉じていろ、ハンフリィ」

「・・・・・・態度違いすぎやしないかい? 特にアルマ」

「主以外に払う敬意などありませんから」

「取ってつけたように敬語で話されてもな・・・・・・。今まで通りに話せばいいのでは?」

「メイドですので。ご主人様に恥をかかせぬよう、立ち居振る舞い言葉遣いを正すのは当然のことです」

「・・・・・・君も大変だな、ナナシ」

「言わないで。頼むから」


重い溜息を付きながら、ナナシは泣きごとを零した。
心底同情するよ、というクリブスの言葉が身を刺す。
あ、やばい、泣きそう。
項垂れていると、そっと横からハンカチを差し出された。


「どうぞ、お使いください」

「・・・・・・エスパー?」

「いいえ、主従の絆です。ナナシ様のお声が聞こえました。泣きそうだ、と。間違いありません」

「ないから、そんなもん。妄想だから。幻聴だから」

「ご主人様のことならば何でも解ると言えるよう、努力をしていたつもりですが・・・・・・まだまだということですね。必要ありませんでしたか?」

「いらね。ちなみに、どんな努力?」

「おはようからおやすみまで、ご主人様の暮らしを常にかんし・・・・・・見続けておりますれば」

「いや、いい。聞きたくない。言い直せてないしよ・・・・・・」


アルマが日頃何をしているか、深くは考えないことにしておこう。


「わんっ! わんわんっ!」

「おっと、来たか。皆出番だぞ!」


鈍色が尻尾を振りながらこちらに駆けて来る。
後ろには多数の魔物の群れが。
よくやったな、とナナシが鈍色の頭髪をがしがしと撫ぜてねぎらえば、鈍色はいい仕事をしたぜ、と誇らしげに胸を反らした。

鈍色はただ遊んでいたわけではなかったのだ。
今回の探索の目的は、戦闘時連携の確認にある。
単体の魔物との戦闘確認は既に終了していたので、次は団体戦。『魔物召喚』の罠を踏み続け、“当たり”を待っていたのだ。
『魔物召喚』は、常時は単体でしか魔物は召喚されないのだが、数パーセントの確率で“当たり”を引くことがある。
即ち、大量の魔物の召喚である。
鈍色はナナシの命でそれを待ち、“釣り”を行っていたのであった。


「アルマ! 鈍色と一緒に引っかき回せ! クリフは遅滞詠唱(ストック)開始! 何時でも発動できるようにしておけ!」

「はいッ!」

「わんっ!」


駆けだす二人の背を見送り、ナナシは網膜投射モニタをチェック。


「ツェリスカ、調子はどうだ?」

『システム・オールグリーン。全兵装正常稼働中です』

「そうかい、っと!」


鉄棒のダイヤルを制御し、変形、ブレード基部と合体させる。
瞬時に大剣へと形を変えた武器を手に、魔物の群れに突っ込んでいく。
強烈な踏み込みと共に、大剣を体を支点に弧を描くよう振り抜けば、初級者迷宮に出没する魔物といえども頑強な防御力を誇る『ロック・マン』数体の胴体が、まとめて分断される。
「ティウンティウン」という不気味な断末魔を耳にしながら鈍色達の様子を見れば、彼女達はそれぞれ自らの獲物を持ち、次々に魔物を狩っていく。

ハンドアックスを竜巻のように振り回し、その膂力でもって魔物達をなぎ倒していく鈍色。
かたやアルマはふっきれたのか初めから天魔化し、短剣と短杖に魔力を纏わせ、速力を活かして突出した魔物を確実に屠っていく。
息の合ったコンビネーションに、流石はクリブス班のツートップだと感嘆の声を上げた。


「数が多いぞ・・・・・・。どうやら大当たりを引いたようだ、ナナシ!」

「わかってる!」


近付いてきた魔獣の牙を追加装甲で受けとめながら、ナナシは返答。
がら空きになった魔獣の胴体に、大剣を叩き込んだ。
ナワジが突貫作業で組み上げた追加装甲は、小型の魔物であるならば、少々の攻撃を受けてもびくともしない。
とうとう改修が完了したツェリスカは、ナナシが思う以上に性能が向上していたようだった。

フル装備を施されたツェリスカは、やや細身のシルエットは変わらず、追加装甲により全体的に重厚でかつ力強さが増したような印象を与えられる。
重量には目を瞑るしかないが、しかし可動範囲や装着感はまったく以前と遜色がない。
一つ一つ丹精に作り込まれたパーツに、ナワジの熱意が感じられた。
彼女の職人気質には頭が下がる。そうナナシは心の中で黙礼し、手首からワイヤーアンカーを天井に向って射出。小型モーターによって体を引き上げた。

ギャアギャアとナナシを見上げて騒ぐ食人小鬼『ゴブリン』の群れに目掛け、腰にマウントしてあった個人防衛火器『PDW』とナワジにより名付けられた機関拳銃を引き抜く。
ろくに狙いを定めずに引き金を引けば、連続する小さな破裂音と共に大量の鉛弾がゴブリンの群れへとばら撒かれ、血しぶきを巻き上げていった。


「まあ、こんなもんだろうな」


アンカーを外しながら、ナナシは呟いた。
仕留められたゴブリンは、せいぜい十匹程度。
“魔物召喚”の罠から湧き出たゴブリンの総数の、半分にも満たない数である。
日本人男性らしく、ある種のあこがれを銃というものに抱いていたナナシにとり、割とショックな光景だった。

迷宮内部での使用を考えて、跳弾が起こらないような材質と形状に銃弾が加工され貫通力が低いとはいえ、元の世界であれだけの絶対性を誇っていた重火器も、こちらの世界ではこの程度の優位性しか認められないのだ。
それは単に、魔物や魔獣が“生物として”、ヒト族よりも絶対的に優れているからである。
内蔵がいくら傷つけられようが、脳中枢が破壊されるまで、暴虐の限りを尽くすよう設計された生き物。
身体にいくらかの穴が開いた所で、止まる筈もないだろう。
奴らを仕留めるには体力が尽きるまで“削る”か、一撃の下に体組織を破断するか、そのどちらかしかない。
もちろん重火器や兵器でもってしても、それらの芸当は実現可能である。ツェリスカの基本兵装である『フィスト・バンカー』がその例だ。
しかし、迷宮内部というバトルフィールドと、装備に掛かるコスト、重量を考えると、あまりにも非効率的であることは言うまでもない。
さっさとレベルを上げた方が手っとり早い、ということだ。

そのために、この世界の技術がナナシが元いた世界と比べても遜色がない、それどころか上回っているというのに、戦いの場においては未だに剣や弓が用いられているのである。
そも、未だに、などという考えが出る時点で間違っているのだが。

世のトレンドは魔道科学。魔法詠唱のオートメイション化によって、より容易に神威を顕現し、制御する技術に傾いている。
機械技術といえば魔力制御のための技術であり、ナナシがイメージするような純物理的な意味はほとんど含まないものなのである。
ここにも神威が絡んでくるということだ。
見た目は普通に“きかいきかい”していても、中身を開ければ真言(マントラ)や経典が詰まっているのである。
技術の始まりからして神威が基点にあるために、ナナシが首を傾げることとなったのも無理はなかっただろう。
つまり、ナナシが目にしてきた機械技術は、全てが魔力で動く『ゴーレム』か、魔法顕現のための『魔法陣』であるということなのだから。鉄を使ってはいるものの、厳密にいえば機械技術などではないのである。
それは半分が魔力で稼働しているツェリスカも、例外ではない。
顕現されているのは神威ではなく、呪いではあるが。

技術的には、ナナシが知るミサイル等の大量破壊兵器も製造は可能なのだろう。
だが質量兵器に限っては、この世界では技術力はともかくとして、それらを創造するノウハウと想像力が全く無いのである。例えば核などという単語は、こちらに来て一度も見たことも聞いたこともなかった。
そんなモノを作るよりも、戦略級魔法の開発や大魔術師の数を増やした方が、これもまた効率がよいのは言うまでもない。
あるとすれば、対人用の自衛武器として、拳銃が少量出回っている程度である。
しかしそれも、本人が魔法を覚えればいいだけの話だ。高レベルの人間は、魔物達と同じく、銃弾など弾き飛ばしてしまうのだから無意味なのである。
PDWの概念を口頭で伝えただけで機関銃を作り上げてしまえるナワジや、かつてジョゼットが作成するに至った“リボルバーキャノン”のように、魔力ではなく火薬で質量を飛ばしダメージを与える、という発想に辿り着く者こそが飛びぬけているのだ。
火薬はこちらでは本来、魔力を呼び込むためのスターター、呼び水としての用途しかないからだ。
この世界の住人からしてみれば、『銃』などという“趣味性が強い”武器を使うなど、と首を傾げるだろう。
実際、ナナシがナワジに銃を作って欲しいと頼み込んだところ、強い困惑を返されていた。
銃器は、迷宮探索にはまるで向かない武器なのである。

とまれ、PDWは対魔物殺傷力こそ低いものの、ばら撒き型の銃としては非常に優秀な仕上がりとなっている。
求められる役割、つまりは牽制と足止めの役割を十二分に果たしていた。


「銃は使い所があんまり無さそうだな・・・・・・。アルマ、鈍色! そっちに固まったぞ! クリブス、二人に付与を!」

「承知! 何者にも負けぬ鉄の巨神よ、獅子王の加護を今ここに――――――プロテクトシェード!」


クリブスのかざした掌から、魔力の奔流が迸り、前衛二人を包む。
魔力で形成された半透明な殻に覆われた鈍色とアルマは、前へ前へと包囲を喰い荒していく。


「もう僕達の出番はなさそうだな」

「メイドさんに犬っ娘無双か。凄いな」


数分もしない内に、あれだけ湧いた大量の魔物は、見事に殲滅されていた。
ナナシを除く全てのメンバーが、上位に食い込む実力者であるために、当然の結果ではある。


「クリブス班の弱点は、やっぱ搦め手かな?」

「ああ。また『魔力喰い』が現れたとなると、キツイかもしれない」

「その時は俺と鈍色とで対処するしかないか」

「そうだな、頼んだぞ。この前のように分断されなければ、二人が前衛で僕が後衛、そして君が中衛の布陣で大丈夫だろう」

「お互いの苦手な所を補い合える、いいパーティーじゃないか。俺達さ」


そうだなと頷くクリブスと共に、鈍色とアルマを迎えるナナシ。
今回の探索は戦闘に重きを置いていたため、これでシメだ。
それに、試験まで時間もない。


「思い出した・・・・・・! 今何時だ!?」

「丁度日を跨いだ所だが」

「あわわわわ、早く帰って勉強しないと!」

「わふ・・・・・・ふわぁぁ・・・・・・むにゅ」

「寝るな鈍色ー! 寝たら赤点だぞ!」

「僭越ながら、私めが教師役をいたしましょう。ええ、是非に」

「まずお前は部屋に仕掛けたカメラを外せ。それまで立ち入り禁止だ」

「ショボーン・・・・・・」

「だから、教えてやっただろうと」

「忘れたって言ってんだろうが鳥頭がよ! 帰るぞ!」


あわあわと慌ただしく走り出したナナシの背に鈍色が張り付くも、気にした様子もなく駆けだす。
クリブスとアルマは苦笑しながら顔を見合わせた。

ナナシがパーティーの要であることは間違いがない。実力的にではなく、精神的に、である。
最近、貴族の政争に巻き込まれてからこちらナナシが不安定になっていたことは、クリブス達は把握していたことだった。
本人自身、気付いてはいないだろうが。いや、気付いていたとしても、否定しただろうか。
ナナシは精神的な強さをこそ重視し、それに執着する節があるからだ。

近く、未踏の迷宮を探索するとなれば、ナナシが精神的にぐらついていては非常に困るのである。
暗殺者を送り込まれて、まともでいられる方がおかしいのだ。平静に戻ったように見えているだけで、内面は澱が溜まっているのは間違いがない。
早急に“ガス抜き”をしなくてはならない、との考えから、クリブスは今回の探索を持ちかけたのだった。
初級迷宮を選んだのは、魔物達をなぎ倒す爽快感を得るためだ。
目論見が果たせたかは分からないが、ナナシにどことなく自信が感じられるのは、いい傾向である。
それこそ本人は気付いていないことだが、間違いなくナナシは強くなっていた。
ツェリスカの性能が向上したからではない。ナナシ本人自身の身の運び、重心の置き方、腕の振り、膂力、目を見張る程ではないもののあらゆる能力技能が徐々に“伸び”を見せている。
レベルに依らないヒト本来の力が、打ち鍛えられているのだ。


「ナナシは強くなったな」

「ええ、本当に」


クリブスは微笑を浮かべながら、ナナシ達の後を追う。
試験期間前に連れ出してしまった負い目もあることだし、あと一日、みっちりと仕込んでやろうとプランを立てながら。
誘った手前何だが、赤点を取り、追試で出発を遅らせる訳にはいかないのだ。
鈍色の方はあれで記憶力が良いのだから、心配はいらないだろう。彼女はナナシに合わせて、成績不振を“楽しんでいる”だけなのだからして。
さあ、まずは歴史のテキストからだな、とナナシに声を掛けようとして、


「・・・・・・む?」

「どうかしましたか? ハンフリィ?」

「いや、何か、カラスのような笑い声が聞こえたような・・・・・・」

「・・・・・・空耳でしょう」

「そう、か。しかし君が僕にそんな丁寧な言葉で話しかけるなんて、思ってもいなかったよ。貴族には敬語を使わないんじゃなかったか?」

「勘違いされぬよう言っておきますが、私は変わらずに貴族が嫌いです。これはひとえにナナシ様の侍従となったが故、意図的に変えたもの。
 そうでなければ、貴族など誰が好くものですか」


そうだな、と苦笑しつつ頷き、クリブスは必死に年号の語呂合わせをしているナナシのダメ出しに向かう。


「――――――以上の選択肢の中から、一つ選べ」

「え、ええと、2番!」

「わんっ!」

「正解だ鈍色。答えは1番の邪気眼だ」

「んなっ!? 鈍色、お前それほんとに答え解ってて言ってるんだろうな!?」

「わん?」

「こいつこれしか話せないんだった・・・・・・!」

「第三の目を持たぬ物にはわからんだろう・・・・・・。と彼の人は言葉を遺したが、ここに言われている物が人を指すのか、それとも何かのアイテムを指すのか。
 解釈は多数存在しているわけだ。さて次の問題だ――――――」


わかるかそんなもん! と頭を抱えるナナシに、君は馬鹿かと溜息を吐くクリブス。
ナナシに身体を寄せる鈍色は、離れる様子はない。
そんな三人の後方をゆっくりと追うアルマだったが、不意に足を止め後ろを振り返り、虚空を睨みつけた。


――――――クァッカッカッカ、クククカカカカカ――――――


聞こえないはずの声が、アルマの耳に木霊する。


「やめろ」


気配は感じない。
幻聴だと解っていても、アルマは言わずにはいられなかった。


「もう関わるな。これ以上、ゆさぶりを掛けるな。もういいじゃあないか、神などと、くだらない」


ミシリ、と握られた拳が音を立てた。
天魔化した影響により爪は容易に掌を突き破り、しかしまた天魔の魔力が傷を一瞬で癒していく。


「あの方に傷一つでも付けて見ろ・・・・・・絶対に許さんぞ!」


負傷と再生を繰り返す肉の疼きに顔をしかめながら、アルマは吐き捨てるように踵を返した。
幻聴だと解っていても、不吉な予感を拭うことは出来ずに。
ヒロイックな活躍の陰に隠れてしまっていたが、先日の決闘騒ぎの際にツェリスカの異常性が露見したというのに、沈黙を続けている“組織”と“学園”、そして貴族達。
何か得体の知れない陰謀に、知らぬ間にナナシが陥れられているような気がして、アルマはならない。
この身に代えてもナナシを守る覚悟と決意は、ある。しかし、彼自身がその渦中に飛び込むことを望んだら――――――。
馬鹿な考えだ、とアルマは首を振った。


「ナナシ様、勉強中のお夜食は、また私が腕を振るいます。任せてくださいね」

「きゃいんっ!?」

「え、ええっ!? いや、お前、いいよ! 自分で作るから!」

「いけません! 厨房はメイドの戦場。ご主人様は立ち入ってはいけないのです」

「本当に大変だな、君は・・・・・・」

「止めてそんな目で見ないで! そ、そうだアルマ! 一緒に作ろう、一緒にさ――――――!」


迷宮の奥、光が届かぬその先で、影が“ぬるり”と蠢いていた。













[9806] 地下19階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/11/30 01:24


終った。
全てが終わったのだ。
暗黒の時は去り、光射す時が来たのだ。

終らぬ夜は無く、覚めぬ悪夢などない。
明日への一歩を踏み出していくために――――――。

人々は希望を胸に、夜明けの時を待っていた。
夜よ早く終われ、と。


「やっべ、後2分だよ。こうなりゃ鉛筆転がしで・・・・・・ってほぼ筆記問題じゃねーか!」

「うっ・・・こんな時にまで・・・しつこい奴等だ」

「君、待ちたまえ。どこへ行く」

「が・・・あ・・・離れろ・・・死にたくなかったら早く俺から離れろ!!」

「ほっとけよクリブス。それよりちょっとここの問題をだな」

「不正はしないぞ。教諭の魔術を喰らいたくない」

「いちもーん、にもーん・・・・・・。あはは、白いマスが埋まらないー、あははははー」

「誰もつっこまなかったけど俺達のクラスにメイドさんがいる件について」

「人の仕事着を下種な眼で見ないでください」

「メイドさんに冷たい目で見下される・・・・・・イイ。ハァハァ」

「なあ、聞いてくれよ。俺、この試験が終わったら結婚するんだ・・・・・・」

「相手がいないくせに。何言ってるんだか」

「いや、部屋で俺の帰りを待ってるテンガちゃんがだな」

「妄想乙。あの等身大人形かよ。あれ夜中にちょっとずつ動いたり、知らない間に髪が伸びてたりして怖いんだよ」

「俺はコイツと一緒に国に帰って、両親に挨拶しに行かないと」

「でも、ボク、男の子だよ? 本当にそれでも」

「もういいよお前らは黙ってろ、頼むから。回復軟膏やるから」

「燃えたよ・・・・・・燃えた。燃えつきた・・・・・・まっ白にな・・・・・・」

「おい、どうした? おい、なあ、冗談だろ? おい!」

「信じられないだろ? 死んでるんだぜ、それ・・・・・・」


夜明け前が一番暗いのだ、ととある詩人は言ったらしい。
辛い事の後には良い事があるものだという意味らしいが、今の探索者科の生徒達ならば、そんなものは嘘だと叫ぶことだろう。
試験開始前の、「これが終わったら遊ぶぞー」ムードは一掃され、大半の生徒が頭を抱えていた。

過去の問題傾向とは明らかに逸脱した難易度。
どう考えても、“落とす”ことを目的とした試験に見えて仕方がない。
おっとり顔の教師が「うふふ」といつになく上機嫌で笑みを零していることからも、もう間違いないだろう。
何が暗黒の時は去った、だ。これが終っても、更に暗い未来が待っているだけだ。
主に追試とか留年とか。


「学園生活終了のお知らせ」


達観した笑みを浮かべ、ナナシは悟った風に呟いた。
もちろん手元の試験用紙は、無回答欄の方が多い状態。
一縷の望みを掛け、周囲の私語に耳を傾けるも、誰も回答に繋がるヒントを口に出しはしなかった。
元フリーランスの冒険者も多いせいか、学園では試験中の私語をある程度は許容している。
直接回答に繋がる事を言えば、監察役の教師から魔術が飛んでくるため、そこは皆わきまえているようだった。


「はーい、試験時間終了でーす。ペンを置いて下さいねー」

「オワタ」

「先生・・・・・・試験がしたいです」

「諦めたらそこで試験終了ですよー? あ、でももう書いちゃダメですからねー。ダメですってばー。エクサフレアー」

「ぎょぎょっ!?」

「サカナくーん!?」


炎熱呪文と氷結呪文のコンボ。
教室内は熱膨張したり急速冷却されてヒビだらけになったり、良い臭いが漂ったりしている。
だが誰も動じた様子はない。
皆、これから自分達がどうなってしまうのか、途方に暮れているのである。


「うぼぁー・・・・・・」

「わうぁー・・・・・・」


苦痛の時間が終ると共に、ぐったりと机に身を投げ出したナナシと鈍色。
初等教育も受けてはいない二人にとって、筆記試験は鬼門だった。


「日頃から予習復習をしていないからそうなるんだ。まったく」

「いいんですー。こんなペーパーテスト頑張ったって、将来冒険者になっても何の役に立たないんだから。勉強なんて無駄さ無駄!」

「わんわん!」

「出来ない子の代表的なセリフだな」

「うぼぁー・・・・・・」

「わうぁー・・・・・・」


決して頭が悪いわけじゃないんだ、と弁解したい気持ちでいっぱいのナナシだったが、何も言い返せない。
どうせまた赤点だと思うと、追試レポートの提出期限が迷宮探索に重なるかもしれないため、クリブスが不機嫌になるのは当然だからである。
面目ない、とナナシは頭を下げた。


「ごめん、あれだけ付き合ってもらったのに、結局赤点取りそうだ」

「いいんだ、今回に限っては仕方ない。おかしいとは思わなかったか? このテストの難易度は高すぎる。
 魔術的空白地帯において発動可能魔術を調べるための神意逆算を、15次元理論を用いて証明せよ・・・・・・なんて、学生レベルを超えている」

「そんな問題解けるの?」

「解けたが、それが何か?」

「うへぇ、何でもない。それより、これが“イベント”じゃないか、って言いたいのか?」

「おそらくは。ほら、説明があるようだぞ」


クリブスの鍵爪に視線を向けると、担任であるほんわかとした女教師が教壇に着いていた。
あの穏やかな笑顔の裏に隠されているものを想像すると、と身震いした者は少なくないだろう。
基本的に荒くれ者ばかりの、強さが全ての判断基準である冒険者の教師役をしているのだ。
本人も優秀な冒険者であり、その強さが半端ではないことは当然なのである。


「うーん、ざっと見てみたところー、ほぼ全員落第点ですねー」

「そんなの横暴だ! あんな問題、解ける奴なんていないじゃないか!」

「エクサフレアー」

「ぎゃあああ!」

「解けた人がいる時点でそんなのは言い訳にしかならないんですよー。あ、クリブス君とアルマちゃんは合格ねー。皆さん拍手ー」

「・・・・・・どうも」

「ありがとうございます。しかし主人を差し置いて前に出る訳にはなりませんので、私も不合格と同じ扱いで結構です」

「んー? えーっと、えくさふれ」

「ありがとうございます!」


ぱちぱち、とまだらな拍手。
「申し訳ありませんナナシ様、アルマは恐怖に屈しました・・・・・・」とアルマが崩れ落ちていたが、強者には逆らえないのが人の常である。責めることなどできない。


「さてー、そんなダメダメなあなた達のためにー、先生が救済処置を用意しちゃいましたー」


だららららー、とドラムロールを口ずさむ女教師。
口で言ってるだけの可愛らしい効果音だが、非常に緊迫感を煽られる。命の危機的な意味で。
だだんっ、とドラムロールが終わった。


「皆さんにはー、錬金術科の試験を手伝ってもらいまーす。これをパス出来たなら今回の試験、合格にしてあげますよー」

「・・・・・・思ったより普通だな」

「ああ、これなら安心だ」

「錬金術科の試験内容はー、中級迷宮『温故知新』で採集した品を使っての錬金ですのでー、皆さんは錬金術科の子達と一緒に探索をしてもらいますー。つまり護衛ですねー。
 あ、錬金術科の子達を一人でも死なせたらー、あなた達全員死ぬよりも辛い地獄を見せてあげますのでー、頑張ってくださいねー。もちろん拒否権はありませんよー」

「普通じゃねえ・・・・・・」

「足手まとい守りながら、しかも連帯責任とか・・・・・・」

「ていうか最初から試験合同にするつもりだったってことか。あのテスト何だったんだ・・・・・・」

「俺達の勉強時間が・・・・・・睡眠時間を返せー!」

「うふふー、先生こう見えてもちゃあんと先生してるんですよー。今回は皆さんにお勉強をしてもらおうと思って、どっきり作戦を立てたんですー」

「何という女王さまぶり。先生! どうかこの鞭で俺を打ってこの豚と蔑みながらですね」

「エクサフレアー」

「ぎゃあああ! ご褒美です!」


後はその他の詳細説明だったが、幸い探索予定日は明日1日だけとのことだったので、何とか卒業探索には間に合いそうだとナナシ達は胸を撫で下ろした。
錬金術科との合同試験がうまくいけば、の話ではあるが。

不承不承、他の生徒達も合同試験について同意していた。
文句が出なかったのは、騙されて勉強をさせられていたことには業腹だが、これが教師の親心であることも理解していたからである。
この試験が終われば僅かな間を置いてすぐに卒業探索、その後には資格認定試験が待っているのだ。
資格取得に向けての勉強時間など、そうそう取れるものではない。


「あ、クリブス君達は合格しちゃいましたので、ご褒美で試験は免除ですよー。今回はお留守番してて下さいねー。ナナシ君に手を貸しちゃだめですよー」

「なっ、そんな! それはあんまりではないですか!」

「僕もそう思います。戦力減の状態のまま迷宮に挑めなど、パーティーリーダーとして認められません」

「お前ら・・・・・・!」


憤りを隠せないと立ち上がったクリブスとアルマに、ナナシは思わず涙腺が緩む。
かなり下のランクの中級迷宮ではあるものの、自分と鈍色だけならともかく、錬金術科の生徒を含めてのディグは危険が過ぎる。
不確定要素が大きすぎることは、クリブス達だけではなく他の生徒達をも躊躇させるものである。
クリブスとアルマの言を聞いた女教師は、なるほどもっともだと頷き、にこりと笑みを浮かべた。


「えくさふれ」

「承知致しましたー! 不肖このアルマ=F=ハール、主人が帰るまで留守を守り通す所存であります!」

「頑張ってくれたまえよナナシ! 僕達は次の探索の準備をしておくから、安心して行ってこい!」

「お前ら・・・・・・!」


冷や汗を流しながら着席したクリブスとアルマに、ナナシは思わず涙腺が緩む。
ここは探索者科F組。
実力主義の、縦割り社会なのである。


「冗談は置いておいてだ、『温故知新』なら大丈夫だと思うが、怪我に気をつけろよ。予定を変えることは出来ないんだ。インターバル無しにさせてしまうのは心苦しいが」

「ああ、解ってる。これで丸一日潰れても、出発までにもう二日は残ってるんだから大丈夫さ。ありがとよ」

「ナワジ女史には僕から頭を下げておこう」


『温故知新』は階層が浅く魔物の発生率も低いため、ナナシと鈍色の二人しかいなくとも負担はそう掛からずに探索は終るだろう。
問題は錬金術科の誰と組むことになるのか、であるが、それについては心配しなくともいいだろう。
そのため、クリブスとアルマは心配を顔に出しつつもあっさりと引きさがった。
あの女教師が留守番と言うからには、試験を免除する変わりに何か仕事をさせる、という意味で間違いがないのだろうし。


「ナナシ様、どうかご無事で。ナナシ様が帰ってくるまでに完璧な卵焼きが焼けるよう、練習しておきます・・・・・・!」

「そんな決意を込められても。まあ、“調合”と料理が違うもんだって解ってくれたみたいでよかったよ。楽しみにしてる」

「はいっ、頑張ります!」


“調合”とは、主に錬金術師が使用する道具作成のスキルだ。
魔力で持って物質の結合を解き、他物質と結合させることで新たな道具を創り出すスキルなのだが、アルマは料理と称し、このスキルを使用していたのである。流石にそれにはナナシも慌てた。
どうも本人自身解っていなかったようで、料理という概念が、スキルを使用しているとしか思えなかったようだ。
アルマが朝食だと言ってはばからなかった炭も、何かを調合したなれの果てらしく。
そこそこ料理の腕もあったナナシだが、ただ卵を焼いただけの卵焼きを適当に作っていた最中、やたら感心して「すごい」を連発するアルマに頬を引きつらせることになったのである。
このままだと冗談抜きで食材を毒に変えられてしまいかねない。そして最初の犠牲者となるのは己である。
危機感を抱いたナナシは、勉強の合間に必死でアルマに料理を教えることとなった。
多少のコゲは目立つものの、アルマは何とか卵焼きを焼けるようになっていたため、一応の成果は出ているようだ。
サラダ油と機械油の違いを理解できたのは大きな進歩である。


「わんっ、わんわんわん!」

「鈍色・・・・・・。そうですね、あなたがいるのだから、きっと大丈夫。いらぬ心配でした」

「むふー。わふん」

「ナナシ様を頼みましたよ、鈍色。武運を祈ります」

「わん!」


任せておけ、とでも言いた気に胸を張る鈍色。
アルマと鈍色の間には、何やらナナシの理解出来ないシンパシーがあるようで、こうして視線で語りあうような場面が多々見られた。
それはセリアージュも同じで、アルマが女性であったと知った今なら言えることだが、おそらく女同士で何か感じいる所でもあるのだろう。


「錬金術科との合同試験か・・・・・・本当に大丈夫なのか?」


何が、とは具体的に言わないクリブスだったが、何を言いたいのかナナシには正確に伝わっていた。


「聞くなよ、解ってるんだろ」

「いや、一応聞いておこうかと。ドラゴンブレスを乱射されて生き埋めに、なんてことになったら」

「怖くなっちゃうからやめてくれない? それぐらいの自制は出来る、とは思いたいけど。鈍色がいるからなあ・・・・・・」

「しかも三人でのディグだからな。仲介役もいないぞ」

「まあ、なるようにしかならないだろ」


探索よりも鈍色との間を取り持つ方に気力を削がれそうだな、などと思っていると、クリブスが小声で問いかけて来る。


「・・・・・・それで、いつ声をかけるんだ? あれ」

「・・・・・・どうしような、あれ」


非常に扱いに困る。
クリブスが小さく指さした所からは、物陰からぴょこりとはみ出した龍尾が。
擦りガラスの向こうには、誰かが蹲っているような影が見える。


「・・・・・・前振りが必要か?」

「・・・・・・頼む」

「あー、錬金術科の誰と組むかは自由意思に任せるとか何とか聞いたんだが。あてはあるのかー?」


ビクーンと反応する尻尾。わかりやす過ぎた。


「あー、実はまだないんだー。困ったなー。これじゃあ落第だよー」


そわそわと動いていた尻尾が引っ込んだかと思えば、教室の扉がスパーンと勢いよく開かれた。
ひびが入っていた扉が、衝撃で砕け散る。


「ふっふっふ・・・・・・ナナシ! 話は聞いたわよ!」


聞こえる、凛とした声。
洗練されたウォーキングに追随する、ウェーブが掛かった金髪が、空を泳ぐ。
胸に縫い付けられた金の蛇を象った章、錬金術科の証であるそれよりも、なお輝く頭髪。
まるで、黄金の化身が現れたかのような錯覚を探索者科の生徒達は覚えた。


「このセリアージュ・G・メディシスの力が必要なようね!」


登場したのは、お嬢様。セリアージュだった。
ヒールを鳴らしながら教室を横断、ビシッとナナシの鼻頭に指を付き付ける。

本人は良いタイミングで登場したと思っているのだろうが、体育座りをしながら“出待ち”をしていたのが、擦りガラスに映る影でばればれだった。
とても満足そうに不敵に笑うセリアージュから、ナナシとクリブスはそっと視線を逸らした。
ツッコミなど可哀そうで入れられない。この子はちょっぴり残念なだけで、悪い子ではないのだ。映っていた影がときおり揺れていたのは、今か今かとタイミングを計っていたからなのだろう。

セリアージュは指を付き付けたまま、ナナシのリアクションを待っている。
横で鈍色が肩を竦めながら、「わふん」と鼻で笑っていた。これも情緒面が大きく成長した表れなのだろうか。見たくはなかったが。
とりあえずナナシは、おー、と大げさに驚いておく事にした。












今回から、チラシの裏からオリジナル掲示板に移動することにしました。
以降よろしくお願いします。


しかし今回。
何だかこう、あれー? 最初の構想とまったく違う所に着地。
うーん、これは無理に続けようとしたからなのか・・・・・・。
長編として考えていなかったので、だんだん構成が破綻しつつあります。どうしよ。



[9806] 地下20階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/01/10 00:08
温故知新。
故きを温ねて新しきを知らば、以って師と為すべし――――――とは、かの偉人は遺した言葉である。
過去を良く知り、そこから新しい知識や道理を学ぶべしという意味らしい。
とにもかくにも、古き良き時代を大切にせよということである。

探索者科・錬金術科合同試験の場となった迷宮は、この『温故知新』の名を冠する迷宮だ。
中級迷宮でありながら少ない魔物の発生率に、ほどよい難易度の罠、重要度は低いものの豊富な種類のアイテム等、冒険者として必要なスキルを広く鍛えることが出来る迷宮として、古くから知られていた。
温故知新という名も、突出した特徴は無いが正に“迷宮”といった、古くからまったく変化しない攻略難易度にちなみ名付けられたという。
学園を卒業していった先達は、皆ここで迷宮の何たるかを学び、腕を磨いていったのだ。
ナナシも入学当初はずいぶんとお世話になったものである。

宝箱を守るように配置されたガードゴーレや、足音に反応し飛び出してくる跳ね槍の罠や、通路の曲がり角から不意討ってくる魔物達。
どれもこれも、かつて苦しめられ、そして乗り越えてきた障害である。一つの壁に打ち当たり、それを打倒するまで、どれだけの時間がかかっただろうか。
たかだか数年前の話だというのに、今となっては感慨深いものがあった。
しかし、


「邪魔よ! 消えなさい!」

「ワオオオオンッ!」


懐かしい、と思う間もなく。
あっという間に粉砕されていくそれら全て。

本来は、まるで冒険者を志す者を鍛え上げるように、絶妙な加減と構成でもって配置されていたはずである。
課題のように提示されるそれらの障害を乗り越えていけば、着実にレベルアップしていけるという迷宮構成。
目新しいものは何もないが、歩を進めるだけで冒険者としてのノウハウを得られるこの迷宮は、なるほど『温故知新』という名にぴったりだとナナシは思っていた。
ヴァンダリア学園に在学する冒険者にとり、ここは歴史ある迷宮であり、この迷宮を攻略したというのはある種のステータスともなるのだ。

だから、セリアージュのように、魔物をドラゴンブレスで辺り一面諸共に薙ぎ払ったり、


「ふっふっふ、今のを見たかしらナナシ! 一撃で消し飛ばしてあげたわ!」

「うん。魔物と一緒にレアっぽいアイテムも消し飛んだね」


鈍色のように、罠を大戦斧で辺り一面諸共に吹きとばしたり、


「わふぅー! わんわん!」

「うん。罠と一緒に隠し通路っぽい抜け道も砕け散ったね」


そんな、力尽くで突破したらいいというものではないだろう。


「ほら、ねえほら。わたくしの活躍、見てた? 犬っころの出る幕なんてないくらいでしょう?」

「うん」

「んがっ!? がうがう! わっふぅー!」

「うん」

「んなっ、『紅茶を飲みながら溜息吐くのが趣味の、貧弱お嬢様はすっこんでいろ』ですってえ!? 貴女こそすっこんでなさい! 
 わたくしの力を見たでしょう! わたくし一人・・・・・・わたくしとナナシの二人で十分なのよ!」

「ぐぎぎぎぎ!」

「いいわ、なら証明してあげる。ナナシのパートナーにはわたくしこそが相応しいことを!」

「がるるるるっ!」

「おーい二人とも、探索の趣旨解ってるかー?」


合同試験の課題は採取品の調合であるはず、なのだが。
迷宮に踏みこんでからこちら、採取はそこそこに、なぜか鈍色とセリアージュの張り合いが始まっていた。
“キレ”ないだけまだましなほうだ、と落ち着いているあたり、ナナシも場数を踏んだということか。


「ぬううううううっ!」

「わううううううっ!」


がつがつと額を突き合わせながら、セリアージュと鈍色は、我先にと競うように迷宮を突き進んでいく。
もちろん、立ちふさがる障害を粉砕しながらである。


「何て言うかこう、様式美っていうのをさ、大事にしようよもっと・・・・・・」


ぼやきながらナナシはツェリスカが収められたキャリーバッグ型のコンテナを引きずり、二人の後を追った。
旅行用のそれと違い、悪路を通る事を前提に作られた冒険者用のコンテナに、折りたたむよう収納されているツェリスカ。
スキル『高速・自動脱着』を習得したツェリスカは、機関鎧の問題点でもある運用と稼働時間とを擬似的にクリアしていた。
敵襲時の即応性にはむしろ問題が増えたのだが、『装着変身』による瞬時装着は、常時装着と違い稼働時間の延長と、装着者の体力を温存することを可能としている。
探索の負担が減ることは、基礎能力が他の冒険者に比べて格段に劣っているナナシにとり、それは歓迎すべきことだった。

まるで自分に合わせたかのように、機能を進化させていくツェリスカ。
日に日に人間らしくなっていくように思えるツェリスカだが、もしそれが、人間と同じように確たる意思というものが宿っているからなのだとしたら、ツェリスカは自分に対し何を思っているのだろうか。
情けない奴だと溜息を吐くかもしれないな、とナナシは鞄に視線を落とした。


「こらこら、二人とも勝手な行動しない。他のパーティーに迷惑かけちゃ駄目でしょ。さ、そろそろ採取を始めよう」

「ちぃ・・・・・・命拾いしたわね、犬っころ」

「がうがう」

「それでお嬢様、一体何を作るつもりなんだ? やるからにはトップを目指すのがポリシー、だったよな?」

「もちろん。わたくしが作るのはこれよ!」


ばばーん、と調合のレシピを懐から取り出すセリアージュ。


「鈍感な彼もイチコロ間違いなし! 一撃必殺、デス・シチュー!」

「・・・・・・えっ、シチュー?」

「だから、鈍感な彼もイチコ」

「いや言い直さなくていいから! え、ていうか、その、本気でそんなの作るの? 逆から読んだらシチューデスとかちょっとポップな感じなのに、物凄く危険なイントネーションが聞こえたんだけど」 

「そんなのとは失礼ね。ハイオークも一撃で倒せる代物よ? 無味無臭高効力の毒を調合するのは、貴方が思っている以上に高い技術レベルが要求されるんだから」

「あ、ああそういう意味ね」


ふう、と胸を撫で下ろすナナシ。
名前から連想した“よろしくない想像”で、冷や汗が止まらなかった。


「あら、もしかして食べさせられるんじゃないかー、とか思ってたのかしら?」

「いや、そんなことは」

「ふん、どうだか。食べさせられるような心当たりでもあったんじゃなくて?」

「ハ、ハハ・・・・・・」


心当たりが在り過ぎて困る。
鈍感な彼もイチコロ、の行が特に。


「がうがう!」

「お、おおーっとそうだな、先に進まないとな! さ、材料を探そう!」

「余計な事を・・・・・・。ま、これで勘弁してあげるわ」


仕方なしと息を吐くセリアージュを極力視界から外しながら、ナナシは受け取ったレシピを元に、探索を再開する。
とはいっても迷宮内に自生している苔や、迷宮のドロップアイテム傾向を計算しての採集は門外であるので、ここから先はセリアージュに任せるしかなかったが。
仕事はといえば、鈍色が討ち漏らした魔物に、鉄棒で止めを刺すくらいだ。
正直な所、やる事がなかった。


「ぐぅぉおおおおおンッ!」


鈍色の咆哮(ハウリングボイス)。
ナナシへと向かう魔物の動きが阻害される。


「ナイスフォロー。サンキュな、鈍色」


動きの止まった魔物を一体ずつ確実に仕留めていくナナシ。
関節や眼窩といった柔らかい部分を正確に打ち貫けば、生身のままの膂力でも十分な威力を叩き出せていた。

しかし、鈍色ははて、と首を傾げる。
数年前までは中級の魔物が一体だけでも、相手をするのをひぃひぃとナナシは言っていたというのに、今では鎧無しでいなせるくらいになっている。
そう、鎧無しでだ。
ナナシの戦力は、鎧を着ることがまず大前提であるはずだというのに。
果たして、あんなにもナナシは強かっただろうか。
膂力も弱く、身体が頑強でもない、レベルの恩恵が受けられない人間が次々と魔物を打倒している。それは何故か。

もしこの場に他の人間が居て、ナナシのレベルが0であることを知ったとしたら、驚愕に眼を剥きこれは夢だと否定するかもしれない。
それだけ常識から外れた光景であるのだ。一般人が、魔物を軽々と倒していくこの光景は。


「わふん」


だが鈍色は、それを不思議とは思わなかった。むしろ、当然であると頷いた。
鈍色は誰よりも、ナナシが弛まぬ努力を続けていることを知っていたからだ。
拳が裂け、腱が切れてもなお無理矢理に魔術で癒し、鍛錬を続けていたナナシ。
本人はやるべきことをしているだけで、別段特別な事をしているわけではないと言っていたが、そんなことはない。

レベルとスキルに力のほとんどを依存しているこの世界では、『技』というものが発展し難いという文化上の問題があった。
技を修めるには当然時間が必要であり、そんな事に時間を掛けるならばレベルを上げた方が手っとり早く、また効果的であるからだ。
技そのものの研鑽度や概念は驚くほどに低く、体系付けられた技術など、数えるほどしかなかった。武術が民間に浸透するはずもなく、大抵が一部の貴族や冒険者一派に独占されているような状態だ。
そう考えるとナナシが使う『無名戦術』も、武術とは言い難いあまりにも幼稚な児戯であるだろう。そもそもが、個人の主観で編み出されたに過ぎないのである。
だがナナシには、それに縋るしかなかった。

来る日も、来る日も。
教えられたたった数個の型を、ただひたすら繰り返していたナナシを、鈍色は覚えている。
虫も殺せないような拳に、一向に向上しない貧弱な体力。文字通り血を吐くまで鍛えても、高位冒険者には通用しない事実を突き付けられる。それでもナナシは止めなかった。
虚ろな目をして自らの内界に没頭するナナシは、不気味に見えたこともあった。
恐らく鍛錬を積むことは、ナナシにとって逃避の手段だったのだろう。
この厳しくて寒い世界を生き抜くための灯火、原動力とも言えるものが、ナナシには無かった。
だから、手っとり早く現実を見ないようにするために、自分を虐めるしかなかったのだ。

だが鈍色は気付いていた。
繰り出される拳が、日に日に空を斬る音を奏で始めたことを。
無駄な肉が削ぎ落され、戦うための肉体に再生されつつあったことを。
迷宮に潜る度に、魔物に与える一撃が重さを帯びていったことを。


「わぅー・・・・・・」

「ええ、そうね・・・・・・何て、きれい・・・・・・」


鈍色の漏らした感嘆に、セリアージュは相槌を打つ。
セリアージュも、もちろん気付いていた。
他の冒険者達が、効率的にレベルを上げるために発見された迷宮攻略法に頬を緩ませていた時も、ナナシが塵を積み上げるように鍛錬をしていたことを。
冒険者が間違っているとは言わない。それも努力であることには間違いがないのだ。
確かに“力量”では、高レベル冒険者の足元にも及ばないだろう。
だが研鑽を続けた技の、その美しさは。
まるで、宝石の原石を磨き続けたように眩い。
ナナシの一挙手一投足が、長年掛けて完成された一つの芸術品のように、神性を帯びているようにも見えた。


「こんなもんかな、っと」


棒を振り血糊を飛ばし、残心したナナシの足元には、3体の魔物の遺骸が光の粒子となって空に溶け出していた。


「やるじゃないナナシ。また強くなったようね。驚いたわ」

「いいや、全然さ。こんなんじゃまだまだだよ」


ナナシは空笑いしながら首を振った。
それを見て、むっ、とセリアージュは不機嫌になる。

どうにもナナシは、自己卑下が過ぎるきらいがあった。
思い込みが目を曇らせているのか、自分が強くなっていることを、認めようとしない。
ツェリスカの性能が優れているせいもあり、あれが自分の力ではないという思い違いに拍車が掛かっているのだろう。
それがセリアージュには気に入らなかった。

少しくらい、自分を甘やかしてもいいじゃない。
そう思わずにはいられない。

ナナシは無名戦術という武術を教わったのではないのだ。あれは武術ではないのだから。
一個人が提案しただけの無名戦術を、研鑽を続けることで、真に“武術とした”のである。
それが逃避の拳だとして、何を恥じることがあるだろうか。
一般人が魔物に勝てないなどという道理など、無いということ。それをナナシは証明したのである。
世界の常識を覆した偉業ともいえるではないか。認められ、褒められてもいいではないか。

誰もナナシを褒めてあげないというのなら、わたくしが――――――。


「お嬢様? どうかした?」

「うえっ!? ななっな、なんでもないわよ! 馬鹿! 馬鹿ナナシ!」

「ええー、何で怒られたの俺?」

「ふふん」

「くっ・・・・・・! 何よ犬っころ、笑えばいいじゃない、もう!」


残念でした、とでも言いた気に笑う鈍色に、顔を赤くするセリアージュ。
ずんずんと大股で奥へと進んでいく背を、慌ててナナシ達は追った。


「なあお嬢様、気になったことがあるんだけど。そのデスシチューを作ったとして、どう採点してもらうんだ? 調合課程は見せないんだろ?」

「そんなの使ってもらうに決まっているじゃない。毒薬の調合なんだから、採点基準は実際に使ってみて効くか効かないかってところがポイントになるのは、当然でしょう?」

「効くか効かないかって・・・・・・。そんなの食べて先生大丈夫なの? 一撃必殺なんだよね、これ」

「錬金術師と毒薬とは切っても切れない関係なんだから、マスタークラスにもなると毒への耐性は必須条件なのよ。
 だから大丈夫よ。たぶん、きっと」

「・・・・・・考え直す気は」

「ある訳ないじゃない! 目指すは試験1位よ!」

「錬金科の生徒達も俺達探索者科を見て、こいつらありえねーよ、とか思ってるんだろうなあ・・・・・・」


定期的に錬金術科の教師達が、学園内の様々な場所で様々な原色の泡を吹いて痙攣している場面をよく見かけたが、その理由が4年目にしてようやく解った。
あれはどうやら、錬金術科の提出作品を採点していたらしい。
今更ながら学園という所は恐ろしいな、とナナシは身震いした。


「さあ、張り切って探索するわよー!」

「わんおー!」

「お、おー」


普段はいがみ合う場面は多いが、実際は馬が合っている鈍色とセリアージュ。
良い喧嘩友達と言ったところだろう。
楽しそうに魔物を細切れにしていく二人の姿を見ていると、そろそろ帰らない? とは言い出せなかった。












展開つまる。
うがー。



[9806] 地下21階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/01/13 01:42

いくら低級の魔物しか遭遇しないとしても、袋小路に追い込まれては分が悪い。
殿を務めていたナナシは、数体の『フローターデビル』の視線を一身に浴び、うっと喉を詰まらせた。
ぎょろりと黄色に濁った一つ目が自身を見つめる様は、生理的嫌悪を引き起こさせる。


「ぐるるるるぅ・・・・・・」

「いい、鈍色。俺が片付けるから、お前はお嬢様を守れ」


前に出ようとした鈍色を留め、ナナシはフローターデビル達に向き合った。
トランクを防波堤とし、威嚇するように、示威するように、あるいは自らを鼓舞するように――――――右手を天に、左手を地に向ける。


「行くぞ、ツェリスカ――――――装着変身ッ!!」

『Armed on complete』


ナナシの手刀が空を切るのと、女性の合成音声が聞こえたのは同時だった。
トランクの留め金が外れ、勢いよく蓋が開く。隙間から飛び出してきたのは幾つもの触手、鋼の筋繊維である。針金のようなそれがナナシの身体に絡み付き、編み込まれていく。
次の瞬間、機関鎧を纏ったナナシがそこに構えていた。


「ツェリスカ、頼んだぞ」

『了解。照準補正を行います』


警戒し距離を取ったフローターデビルへと、ナナシは抜銃。
銃という武器の魔物に対する有効性は低いが、“弱点”が解り易いこの手の魔物に対しては、有効打を引きだす事が出来るとの判断である。
モニタ上に“武技補正”スキルがアイドリング状態にあることを、視界の端で確認し、トリガー。
一瞬の内に吐き出された三発の銃弾が、最も手前に位置していたフローターデビルの大きな瞳を貫き、緑色の体液を撒き散らした。
断末魔の叫びを聞く前に、続けてトリガー。
碌に狙いを付けられずに発射された銃弾は、しかし正確に別のフローターデビルの瞳を撃ち抜いた。
ツェリスカのサポートによる照準補正だ。


『トリガー―――ヒット。トリガー―――ヒット』

「引っかき回すぞ!」

『スラブシステム、スタンバイ。高速機動形態へ移行します』


カウント開始、というツェリスカの声と共に、ナナシの姿が空に滲む。
全身の挙動を高速化させることによる超速戦闘。一瞬の内に判断を下し行動に移るなど、人間の脳では処理こそ可能とはいえ、本来間に合う筈もない。
思考に比べ、身体はそれを反映するには、あまりにも鈍すぎるのだ。
迫る魔物の姿を前にして、脊髄から何か異物が注入され脳にまで這い上がってくるような感覚に、ナナシは奥歯を噛んだ。
同時に、自分を除く周囲の光景が色を無くし、ゆっくりと時を遅くしていく。
恐らくはこれが、モニタに表示される『同期』の効果なのだろう。
刺激の受容から脳の情報処理、そして神経伝達へのタイムラグを解決するために、更なる思考時間の延長、感覚遅滞を発生“させられて”いる。
薬剤投与による効果なのか、あるいは別の何かが作用しているからなのか、それは解らない。仕組みについては、ナナシは気にしないことにした。
引き延ばされる思考。脳から運動神経に下されるはずの指令が“ショートカット”され、鎧から発せられる電気刺激により直接に手足が繰られていく。
己の肉体を“鎧と直結する事”こそが、スラブシステムの中枢を成す機能であった。
無理やり動かされる身体に掛かった負担については、これもナナシは考えないようにした。
代償を払えば力が得られるというのならば、望むところである。
どうせ薬湯と効き目が薄い治癒魔術とで、断裂した筋肉やら内蔵やらを無理矢理に繋ぎ合わされるだけだ。


『タイムアウト。通常運行形態に強制移行します』


いつしか思考は行動から切り離され、全ての作業は終了していた。
不思議な感覚だ、とナナシは大剣の連結を解きつつ思った。
自分の身体が自分のものではないような感覚。思考よりももっと速く、“拳/剣が判断を下す”という感覚だ。しかもその判断は、正確だった。
これはツェリスカの同期による作用ではない。
モニタには同期に失敗したことを示す、大量のエラー表示。
信じ難いことに、感覚遅滞とその思考の早さに同期したツェリスカよりも早く、ナナシの拳/剣は反応を示したことになる。

同期はあくまでもナナシの身体機能の強化と補助でしかないのである。
だからあらゆる思考を置き去りにし技が繰り出された時、動作補助にエラーが混じるのだ。
拳/剣が自らの意を越えるという現象。これはいったい何なのだろうか。

相対的な身体速度は変わらないが、判断から行動までの全工程を無視し即応出来得ることは、状況に対する超反応を可能とするだろう。
人間が元々備えている反射反応をすら越える“早さ”は、自在に使いこなすことが出来れば、比類無き武器となることは言うまでもない。
その時こそ、ジョゼットに胸を張って、無名戦術を極めたと言うことが出来るかもしれない。
剣を収めると同時、幾つものパーツに分断されたフローターデビルの群れが、魔力の塵に還り霧散していくのを確認しつつ、ナナシはそう思った。


――――――これはナナシが知る由もなかったことであるが、元の世界、地球には『内家』と区分される武術が存在していた。
気や内功を繰ることを真髄とする武術であるが、端的に言えば、精神や感覚といった自身の内面に重きを置く武術思想だ。
そして内界を越え、自らの境界を拡大することを目的とする。それが内家である。
大分するならば、レベルを上げるべく日夜鍛錬に励む一般の冒険者達が、『外家』に分類されるのだろう。
ナナシが鍛錬を繰り返すのは、自らに没頭するためだった。つまり、逃避のためである。
例えそれが逃避のための手段でしかなかったとしても、ナナシは内家の無限に広がる深淵深奥、その一端に足を踏み入れつつあったのだ。
ナナシ自身そうとは意図せず、また始祖であるジョゼットすらも予期してはいなかった方向へと、無名戦術は進化を始めていた。


――――――とまれ、戦闘は何の問題もなく終了した。
強いて問題点を挙げるとするならば、セリアージュが罠に掛かり、あられもない格好を晒していたことぐらいである。
片足を逆さ吊りにされ、両手で必死にスカートを抑えているセリアージュ。
中級迷宮に相応しい可愛い罠ではあったが、それが何回も続いているとなると、助ける側としてはいい加減手間である。


「う、ううー! 見るなぁ!」

「・・・・・・見ないよ」

「えと、その、言い切られるとちょっと寂しいかなーとか思ったり思わなかったり。ほ、ほんとに見ないの?」

「俺が思ってる事、言わなくても解るよね?」

「ちょっとくらいは見せてあげてもいいかなー、なんて・・・・・・。お、お詫びのつもりとかじゃないんだからねっ!」

「お詫び、ね。自覚はあるようで安心したよ。それと同じタイプの罠、何回掛かったか覚えてる?」

「・・・・・・何よ、たったの5回じゃない」

「うん。たったの5回だよね、たったの。それで、何か言うことは?」

「ごめんなさい。おろしてください」

「わふん」


呆れながら罠を破壊する鈍色。
ドジっ娘要素とはメイドさんに備わっているものだとばかり思っていたが、こちらの世界ではお嬢様に搭載されていたらしい。
何と言うか、普段は瀟洒で完全な風体を感じさせられる佇まいであるというのに、一皮剥けば残念な面ばかりが顔を出す少女であった。


「はいボッシュート」

「きゃあ!」


落下するセリアージュを危うげなく受け止めたナナシ。
しがみつくセリアージュの手が、“また”震えていたことには気付かないフリをして、そっと地に降ろしてやった。
仕方がない、とナナシは思う。
数度の探索で慣れるほど、迷宮は易しい場所ではないのだ。

錬金術科の生徒達は探索者科とは違い、迷宮探索に重きを置いているわけではない。
探索授業は必須ではあったが、それは教師により安全を確保された状態でのこと。
今回のように、真に自身の命が掛かった探索は、恐らくは初めてのはずだった。
探索者科の生徒達にとっては、今更中級迷宮の探索など温い課題であったが、錬金術科の生徒達にとってはそうではない。
力有るセリアージュでさえこうなのだ。学問の傾向からして、貴族や文民の多かった錬金術科生徒達の大半は、今頃恐慌状態に陥っていることだろう。
なるほど、試験とはこのような意図があったのか、とナナシは納得した。


「ん、ごほん。さ、さあ気を取り直して先に進むわよ!」

「ああ、ほら、そんなに急ぐとまた罠に引っかかるぞ」

「ふん、このセリアージュ・G・メディシスに同じ手が二度も通用すると思って? 甘く見ないで頂戴。
 わたくしだって、探索の一度や二度くらい、簡単にこなせるんだから」

「はふー」

「何よ鈍色、何か言いたいことでもあるの?」

「ふふん」

「ぐぐぐ・・・・・・見てなさい! 今度こそ、今度こそー!」


探索において最も厄介なものとは、強敵ではなく、高度な罠でもなく、そして足を引っ張る仲間でもない。同行者だ。
同行者を連れ探索をすることを依頼されることは、冒険者にとり珍しくはなかった。
そしてその同行者となる者の大半が、錬金術師であるということを冒険者達は皆知っていた。
冷静さを欠いた同行者に気を取られ、魔物や罠にやられることが冒険者の大きな死因の一つであることも。
錬金術師を志す者は迷宮に潜ることを避けられず、冒険者もまた錬金術師を連れ迷宮に潜ることは、冒険者としての活動の一環なのだ。
そう考えれば今回の試験は理に適っている。
卒業まで後2年を切り、教育内容がより実戦的なものにシフトしたのである。すなわち、同行者が参加したことによる現地での混乱に、どう対処するかということだ。

クリブス班がほとんど意図的に人数を減らされたのは、セリアージュが参加することを見越してのことだったのだろう。
パーティーに混乱を生じさせることを目的とする試験内容ならば、セリアージュの行動傾向を把握しているクリブス班には通用するはずがなかった。
家の事情もありこれまでセリアージュと迷宮に足を踏み入れる事はなかったが、魔獣退治の依頼等を共同でこなしたことは何度もあった。
予行演習も済んでいたようなものだ。
ならば、と教師陣が考えたのが、戦力の制限だったのだろう。

しかしセリアージュは、迷宮という閉鎖空間が与えるプレッシャーを撥ね退けた。
教師陣が見誤った所があるとするならば、セリアージュのこの芯の強さだろう。
セリアージュはもはや、鎖に繋がれた龍ではないのだ。
家の命に従うしかなく、未来を嘆くしかなかった子龍はもう、どこにも居ないのだ。
セリアージュはぐいと顎を伝う汗を拭うと、勇むわけでなく、怯える訳でもなく、冷静に周囲を見渡しながら探索を再開させた。


「でも残念。足元がお留守ですよ?」

「え? きゃああああ!」


悲鳴を上げるよりも速く、セリアージュの体が宙に吊られていく。
そういえばまだ探索初心者のころ、俺もよく罠に引っかかったよなあ、とナナシはしみじみ頷いた。


「気にするな、お嬢様。まだたったの6回目だから」

「う、ううー!」

「それよかスカート、押さえたら?」

「うううー!」

「わふん」


一波乱どころか二波乱はあるだろうと覚悟を決めていたナナシだったが、意外な事に何も無く。
その後はあれよ、と言う間に探索はつつがなく終了した。
目的が採集であったので、目当ての品が見つかれば、後は引き返すだけなのである。
地上に出て、だらだらと集合場所で点呼を待っていると、クリブスとアルマがやってきた。


「早かったな、ナナシ。その様子だと苦労したようだが」

「言うなよクリフ。まあ、あの二人だけでも過剰戦力だから楽っちゃあ楽だったけどさ」

「おめでとー、三人とも早かったわねー。先生嬉しいわー。これなら文句なしに一番ねー。もう花マルあげちゃう、ほーらぐるぐるー」

「ふふん、当然の結果ね」

「あ、錬金術科の子はまだこの後に調合試験が残ってるからー。気を抜かないでねー」

「ええ、もちろんですとも。わたくしが持てる全てを掛けて、きっと調合も一等を取ることを約束しますわ!」

「うふふー。その様子だと調合するのは毒かしらー。錬金術科の先生をコロっと逝かせられるよう、頑張ってねー」

「・・・・・・あんまり頑張らせないほうがいいのでは?」

「・・・・・・言うなよクリフ」


げんなりと肩を落とすナナシとクリブスの側では、アルマが鈍色を労っていた。


「鈍色よくやってくれましたね。後で一緒に玉子焼きを食べましょう」

「きゃいん!?」

「だ、大丈夫ですよ! ちょっと焦げ目はありますが、ちゃんとした玉子焼きですから! 
 ナナシ様に差上げるための味見役とかそんな訳では決して・・・・・・。あああ、逃げないで下さい鈍色ー!」


文字通り、尻尾を巻いて逃げだした鈍色。
鈍色が捕まれば次は自分の番だと、ナナシは覚悟を固めねばならなかった。

さて、こうして揺らぐことがなかったクリブス班は見事、4年時進級試験を上位の成績で修め、最優の評価を受けたわけである。
最高評価を喜ぶこともなく当然として受け取ったのは、初めから予想していた結果に収まったためであった。
おめでとー、と女教師から気の抜けた拍手と共に、冒険者科生徒達は5年進級の証書を手渡されたが、生徒たちは皆精根尽きたという顔。
女教師から言いつけられたよう、錬金術師の卵達に傷をつけぬよう気をつけるあまり、現場での混乱を上手く収められたパーティは少なかったのだろう。
それでも同行者に一人も死傷者を出さなかったのは、流石と言う他は無い。
今年は豊作ねー、と女教師は満足そうに頷いた。






◇ ◆ ◇






こいつら仲悪いんじゃなかったっけ。
女心はなんとやら、自分には一生理解出来ないだろうな、とナナシは錬金釜をかき回すセリアージュを何とはなしに眺めつつ、ぼんやりとそう思った。
やはりナワジに説教をされたナナシがセリアージュの様子を覗きに戻ると、せっせと機材や材料を忙しく運ぶ鈍色が、最初に目に入った。
聞くと、自ら進んで助手を申し出たらしい。
苛立った顔でナナシを睨むセリアージュだったが、鈍色を邪険に扱うことはなかった。基本、鈍色の対人関係におけるスタンスは、悪意には悪意を返す、であるために、セリアージュが突っかからなければ平和なままなのである。
セリアージュもナナシを介さなければ、鈍色には生来の優しさを向け、接していた。それは、粘ついた自らの感情を認めたくがないための行いだったかもしれないが。
そうして今、ナナシの膝の上には身体を丸め、寝息を立てる鈍色が。
つい先ほどまでセリアージュの助手を務めていた鈍色は、後は魔力注入の作業を残すのみである事を確認すると、ナナシの膝から夢の国に旅立ったのであった。

セリアージュが手をかざすと、錬金釜に魔力が注がれ、魔力変化を示す発光現象が生じる。どうやら作業も大詰めに入ったらしい。
今、釜の中ではさながら化学変化のように、物質に魔力とが結合し、全く別の性質を持つ物質へと変化しつつあるのだ。
錬金術でありえない物、例えば宝石が野菜に変じるといった成果が度々見られるのは、この魔力による組織変化のためである。
例えば今回のように、鉱物や苔、何かの溶液がシチューに変じるといった風に。
なんとも食欲を刺激する美味そうな臭いが漂ってくるあたり、恐ろしくてたまらない。


「あら、お腹空いたの? まだ毒性化してないから、一口味見する?」

「うええっ!? え、遠慮しときます!」


明らかに魔物の一部を用いたというのに、何処からともなく現れた人参や牛肉を口に入れる勇気は、流石に無かった。


「む、私の作ったシチューが食べられないっていうの?」

「いや、そういう訳ではなく。精神衛生上の問題が」

「説明したけれど、由緒正しいシチューなのよ。かの堕天使の妻の一人が作ったシチューがモチーフで、なんでもあまりの美味しさにオリシュは食した直後に昇天したとか」


そして毎回食事の後は、彼を神たらしめた能力である『リザレクション』、つまりは蘇りが使われていたのよ、とセリアージュはデスシチューにまつわる伝説の説明する。
彼の妻の一人が作ったシチューの殺人的美味しさを再現出来ないものだから、毒で代用しているのだとか。
俗説では、実はその妻は壊滅的に料理が下手で、見た目だけは上等な仕上がりとなるものだから犠牲者が続出していたという、伝説とは真逆の話まであるらしい。
今となってはどちらが真実かは解らないが。
聖女と言われる彼女に限ってそんなことは無いだろうけれど、結果が死ならばどちらも同じことよね、とセリアージュは締めくくったが、ナナシは身体の震えが止まらなくなった。


「やっぱりこれ、貴方が食べるべきなんじゃないの?」

「あわわわわ・・・・・・!」


おおオリシュよ、死んでしまうとは情けない。
脳裏に浮かんだ光景は、明日は我が身かもしれない。いや、今正に我が身に降りかかっている。
自分には蘇りなんて特殊能力はないのだから、死んだらそこまでなのである。
差し出された匙が口元に近付くにつれ、頬が引きつり音にならない声が口から漏れた。


「冗談よ、冗談。そんなに怖がらなくったっていいじゃない」


本当に冗談のつもりだったのか解らないが、匙を引っ込めたセリアージュは、再び釜に魔力を込める作業に戻った。
釜から淡い魔力光が漏れ、美味そうな臭いが漂う。香ばしい香りは、おコゲが出来ているからだろう。
ぐったりとナナシは椅子に身を沈めた。
気楽に寝息を上げる鈍色が憎らしく、頬をつねり上げたが、大量に涎が垂れてきたので止めた。


「ねえ、ナナシ」


しばらくして、セリアージュは語り出した。


「この前の事、覚えてる? 貴方が刺客に襲われた件についてだけれども」

「そりゃあ、まあ。大貴族のお方々でもないのに命を狙われるなんて経験、忘れようにも忘れられないよ」

「・・・・・・ごめんなさい。貴族派の顔に泥を塗った貴方が、どう遇されるかなんて、簡単に予想はついたのに。わたくしがもっと、ちゃんと注意を払っていれば」

「あ、いや、皮肉で言ったつもりじゃないんだ。こっちこそごめん」


解り易くしょんぼりと尻尾を項垂れ、セリアージュは続ける。
釜に向ったまま、ナナシとは視線を合わせようとはせずに。


「あれから色々と調べて、改めて自分の無知を痛感したわ。わたくしは本当に物を知らなかったのね。
 人が、欲のためならどれだけ傲慢になれるか、知ったつもりでいただけだった」

「というと?」

「冒険者との利権関係に絡んだ貴族派の企みだと思って、その線で調べていたのだけれど・・・・・・」


そこまで言って、口籠る。
おや、とナナシは首を傾げた。クリブスもアルマも、貴族派の権力闘争のきしみではないかと言っていたが、セリアージュが掴んだ情報では、それは違ったらしい。


「つまりこの前のは、調子に乗った冒険者に対する警告とかじゃあなかったってこと?」

「・・・・・・ええ」


ぎゅ、と拳を握り込んだのが、セリアージュの背中越しに見えた。
おぞましい何かに、耐えるかのような仕草だった。


「貴方は、知ってる? この学園で何が行われているか。迷宮で魔物達に、その、暴行を受けた女性達が何処へ消えるかを。
 力尽きた生徒達の遺体が、何処へ運ばれるかを」

「いいや。知ってるのは、いつの間にか皆居なくなってしまうってことだけ」


それは事実だった。
異種配合で種を残すタイプの魔物に襲われた女性や、罠や魔物の手に掛かり命を落とした冒険者達。
彼等はナナシが入院していたように冒険者用の病院に収監されるのだが、その後無事に退院できただとか家族に身元が引き渡されただとか、そんな話は聞いたことがなかった。
どうせ救出された時点で精神が壊れているか、もしくは死体となっている者達である。彼等が秘密裏に“隠されて”いたとして、それに誰が気を留めようか。むしろ、慈悲と考える者も多いだろう。
ナナシも彼等の行く末に対しては、興味を持った事はなかった。
かつてジョゼットがナナシに語った通り、冒険者は倒れた者達に振り返ってはならない。そんな事は出来ない。
誰もかれもが、自分の事で精一杯なのだ。


「運ばれて行った彼等は学園内の裏の研究機関に入れられて、そこで人道を無視した実験をされるって。それらは貴族と信徒派の指示によって行われていて・・・・・・」

「ストップ。その情報ソースは何処から?」

「父の名を騙って、メディシス家の情報網を使ったわ」

「はあ・・・・・・だいたい解った。俺が襲われた理由ってのは」

「ええ。貴方が襲われた真の理由は、検体として捕らえるためだったのよ。
 貴方のレベルが0だということは、隠せるものじゃない。そんな貴方が高位の貴族を下した。だから」

「つまり結局、目立ち過ぎたってことか」


深いため息を吐きながら、ナナシは片手で目を覆った。
自らの特異性は全て承知していたつもりだったが、それを見た他人が、特に貴族がどう動くかを深く考えた事はなかった。
人体実験や後ろ暗い研究に権力が絡んでくることは、元いた世界でも見聞きしたことはあった。
ただしそれは物語の中の話であって、まさか自分がその標的とされるとは。
良くも悪くも日本人であったナナシには、未だに平和ボケした感覚を引きずる部分があり、自らがその渦中にあるということを実感することが出来なかったのだ。
数年間の修行と探索による経験は、直接的な脅威への対処法をナナシに学ばせたはしたが、しかしこのように間接的に狙われる事に対しては、経験など無かった。
冒険者としての大成を急ぐあまり、ナナシは力こそ付けつつあったが、この世界で生きるための基盤を身につけるには至らなかったのである。

ベタリアンへの排斥や冒険者と貴族間の軋轢も我関せず、という態度の理由もここにあった。
ナナシがそれらの問題にまったく“普通”でいられたのは、正直な所、無知であったからである。知識がない、という意味ではない。
知識が“体験”として身につけられていなかったがために、平気で踏み込んでいけたのだ。
ナナシの発想がちゃんと文化や社会に根付いていたのなら、避けるか、何らかの利を目論んで関わりを持とうとしたはずだ。
そうでなければ、ナナシ自身が社会的排除を被ることになるからだ。
そんな“ニオイ”を微塵に感じさせなかったからこそ、ナナシは信頼を勝ち得ることが出来たのだが、それは別の話である。
今回の事に関しては、見通しが甘かったと言う他、ないかもしれない。

人の口に戸は立てられぬ。
封印結界の無効化は悟られはしなかっただろうが、鎧の瞬間着脱と回復魔法の効きの悪さは少なくとも報告が行っただろう。
ナナシが特別な神の加護を受けていない事は誰が見ても解りきったことであるし、また純人種であるから肉体的な異能は備えていない。
攻撃魔法に対する抗魔力の低さは言わずもがな。
確立した現象として結ばれ現れた『神威』と、未だ魔力の像しか持たない可能性の塊である『神意』とでは、大きな違いがある。
回復魔法の効き目のみが薄かった、ということは、そこに含まれていた現象として現れない『神意』を、少なかれナナシが克したことになる。

なるほど、信徒派にも目を付けられる訳だ。
つまりそれはナナシが、神の意に逆らったということなのだ。
邪教と断ぜられるよりも、なお悪いだろう。
神意を克するということは、すなわち神に従わぬと、神と同等の存在であるということなのだ。
最終的に神の位に立つ事を目的とするものが、この世界の人々がの信じる信仰であるのだとしたら、ナナシの特異性は何を持ってしても解明せねばならぬものになるだろう。
貴族は自らの権威をより強く保つために、神に近づこうとし。
信徒は信心のためにこそ、自らが信ずる神に近づこうとする。

とうとうか、とナナシは再び深い息を吐いた。
否、このような事態を全く想定していなかったかと言えば、嘘になる。
ナナシが自らの特異性を積極的に見せないようにしてきたのは、恐らく何か“面倒事”に巻き込まれるだろうことを、予想してのものだった。
面倒事、それが一体何なのか、考えが及ばなかっただけだ。

セリアージュを初めとするナナシの周囲の者達が心配する、ナナシの自分を取り巻く状況に対しての無防備さ。
それが現れた結果であった。


「俺が言うのも何だけど、お嬢様、あんまり危ない橋を渡らないほうがいい」

「でも・・・・・・」

「あと、この件については口外しないように」

「でもっ!」

「駄目だ。聞き分けろよ、お嬢様」


ぐ、とセリアージュは言葉に詰まった。
事は権力闘争に収まらないかもしれず、神教思想にまで喰い込んでいるかもしれない。
貴族間のいがみ合いであるならば、まだつけ入る隙はあったが、政治的聖域化している信徒派の暗部と繋がっているとしたら、セリアージュに出来る事はもう無かった。
ナナシへの罪悪感からそうしたのだろうが、セリアージュは本当に危険を冒していたのだ。
そして得られた結果といえば、自分には手を出せぬほどの闇が存在するということ、それを知っただけ。
しかも自分の家が、恐らくはそこに深く食い込んでいるのだから、彼女の内心たるや、無力さとナナシへの申し訳なさで一杯だろう。
クリブスやアルマ達と違い、得た情報を直ぐに持ってこなかったのは、そのためか。
彼女の性格から考えて、即座に謝罪の茶会でも開くだろうと予想していたが、音沙汰がなかったのは、これがタブーに触れるものであることを理解したからか。
探索中何度もこちらをうかがうような仕草をしていたのは、いつ話を切り出すかタイミングを計っていたからなのだろう。


「でも、わたくしのせいなのに」

「遅かれ早かれ、こうなってたさ。お嬢様が気にする事じゃない」

「わたくしの、せいなのに・・・・・・」

「釜から煙出てるけど、大丈夫なのそれ?」


きゃあ、と小さな悲鳴を上げるセリアージュに苦笑しながら、ナナシは鈍色を担ぎ上げ、部屋を後にした。
背中に呼びとめる声が掛けられたが、ナナシはそれを無視した。
自分は弱くて頭も悪い未熟者だが、彼女に弱さを与えてはいけないと、それくらいの分別は付く。


「ほら、お前も起きてるんなら自分の足で歩け」

「ふにゅ」


薄眼を開けていた鈍色の鼻を摘み、放り出す。
くるりと器用に空中で身体を捻った鈍色は、危う気なく着地。何事もなかったかのような顔で、ナナシの隣に立った。


「お前さあ・・・・・・」

「くぅん?」


まったく、こいつは。
しれっとした顔の鈍色を小突きつつ、ナナシは思った。
途中、鈍色が手を握りしめて来たが、好きなようにさせてやった。これくらいは許してやってもいいだろう。
セリアージュは追い掛けてはこない。調合中、釜から離れる事は出来ないからだ。
これからどうしようか、と鈍色に視線を落とせば、ぶんぶんと大きく振られる尻尾と共ににっこりと笑顔を返された。この笑顔の裏で、一体何を考えているのやら。
しかしそれで心が軽くなってしまう自分も、大概単純である。

どうしようか、などと考えてはみたものの、答えなど一つしかあるまい。
どうにもならない。
一個人がどれだけ力を付けたとて、組織的な圧力を掛けられたら、どうあっても切り抜けることなど出来はしない。
積極的な干渉もされず、自分が今こうして生きていられるのは、クリブスの仲間であるとその一点のみの理由だろうか。
ハンフリィ家はメディシス家とは別派閥だった。両家と付き合いがある自分は、さぞ手の出し難い存在であることだろう。
しかし学園を卒業してしまえば、唯の冒険者となる。
ある一人の冒険者が何処かへ消え、消息を絶ったとしても、誰も気にも留めはしない。そんなことは、既に日常茶飯事なのだ。
いっそ逃げるか、とも思ったが、直ぐに無理だなと思いなおした。
クリブス達に頼っても、過ぎた信仰心までは止められない。
これは、詰んだな。


「わん!」


鈍色にきゅっと握りしめられた手の感覚が、ナナシを振り向かせた。
言葉は通じないが、鈍色の蒼い瞳は言外に、「自分は最後まで共に在る」と決意を込め語っている。
しかし、“未来”を信じている瞳ではなかった。
そこには諦めがあった。
込められた決意は、きっと、自分と“最後”を共にすることなのだろう。

ナナシは鈍色の眼を見詰め返す事はできなかった。直ぐに視線を逸らした。
くぅん、と悲しげに喉が鳴ったのも、聞こえない振りをした。
自分は彼女達に、応える術を持ってはいない。応える資格もない。
何の目的もなくただ生きているだけの自分には、彼女達の真っ直ぐな生き方は、眩しすぎた。
いっそ世界の支配を狙う魔王でも、いてくれたらよかったのに。
そうしたら自分は胸を張って、勇者を名乗りでもしただろう。英雄を目指しもしただろう。
世界が変わっても、自分の根本だけは変わらなかった。ただ、生きているだけだった。
それが悪いとは言われないだろう。この世界の住人でも、そうやって過ごしている者が大半だろうから。
しかし、借りにも冒険者を志すならば、害悪と言っても差支えはない。
惰性で生きている者が、自己の全てを掛ける冒険者になろうなどと考えること自体、おこがましいにも程がある。


「・・・・・・今日は疲れたな。さっさと帰って寝よう」

「・・・・・・わん」


生来のネガティブさを存分に孕んだ声で、ナナシは言った。
律儀に答えた鈍色の唇が噛み締められ、目じりに涙が浮かんだのも、見ない振りをした。
今日は本当に疲れた。
とりあえず、明日は一日ゆっくりと休んで、明後日の出発に備えよう。












あけましたね!
おめでとうございます!

そして展開a bone―――
あぼんぬ。

一ヶ月じっくり考えても何も浮かばない・・・だと・・・・・・?
もっとサクサク進めたいのに。なぜ出来ぬ。



[9806] 地下22階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/01/28 03:31


長時間、クッションも利かない貨物室にすし詰めにされていたせいで、腰が痛い。
まだ列車に揺られているようだ、と腰を擦りつつ、ナナシは眼下を見降ろした。
梁のように巡らされた木枠の足場は、とにかく組み上げただけのいかにも仮組みといった体で、足を踏み出す毎に大きな軋みを上げる。
大きく縦穴式に広がった空洞に、おおよそ螺旋状に組まれている足場。利便性も考えず突貫で作業を行ったのか、あちこちランダムな構造だった。

崩しやすいように、わざと脆く組んでいるのだろうか。
こちらとしては、都合がいいが。

先頭を行く鈍色のハンドサインを確認。
湿った空気を肺に入れつつ、ナナシ達は迷宮内に張り巡らされた足場の上で、静かに身を“潜める”。
階下では、国家騎士団の連中が大勢で荷物を抱え、右往左往としていた。


「なあ、何かやばい事してるような気がするんだけど。何でこんなコソコソしなきゃいけないの?」

「無許可探索だからな。見つからないようにするのは、当然じゃないか」

「無許可って、話は通したんじゃなかったっけ?」

「ちゃんと通したぞ。だからここまで運んでもらえたんじゃないか」

「闇ブローカーにな。禁製の魔法薬運ぶついでに」

「中々スリリングな体験だった。闇ブローカーの男が言った通り、VIP席だったな」

「・・・・・・そりゃお前は楽しかったろうよ」


さも当然と答えるクリブス。
ナナシはコツコツと手甲に包まれた指でこめかみを叩き、聞き返した。


「一応聞いておくけれど、家の人には連絡入れてるんだろうな?」

「言う訳ないだろう。せっかくハンフリィ家のネットワークにクラッキングして掴んだ情報なのに、そんな事をしたら他の冒険者の手で、
 “安全確保”されてしまうに決まってるじゃないか」

「お前もかクリフ・・・・・・」


諦めたように、ナナシはがっくりと肩を落とした。
そういえば確かに、情報を“掴んだ”とは言っていたが、実家に話を付けたとは一言も言ってはいなかった。
最近の貴族の子女は、やたらとアグレッシブらしい。セリアージュ共々、少しは自重してほしいと思わずにはいられないナナシだった。

現在クリブス班が足を踏み入れているのは、『未踏の迷宮』内部。その地下2階である。
ハンフリィ家の情報網に引っ掛かったらしい新たに発見された迷宮で、未だ命名もされていない、手付かずの原生迷宮だ。
学園から都市間直行の貨物列車に飛び乗り4時間、そこから郊外行きの輸送トラックの荷台に乗り込み、揺られる事3時間。
都市部からは大きく離れた荒原地帯に、その迷宮は存在する。
中空が空洞となっていて、縦に延びるシャフト型の重層構造が非常に珍しい、ドーナツ状の迷宮だ。
底は魔力溜まりとなっているようで肉眼では確認できないが、絶えず立ち昇る魔力光が周囲を照らし、内部は非常に明るく光源は不要な程である。

珍しく国軍が発見した迷宮であり、そのためか、冒険者に根こそぎ掻っ攫われる前に成果を挙げようと、兵士や騎士達が大量投入されていた。
大勢の騎士達が規則正しく並び、木箱を抱えて行列を作っている。
足元でひっきりなしに動く兵士や騎士の頭頂部を眺めていると、まるで蟻のように見えて来るな、とはクリブスの感想である。

迷宮を資源と言い換える者は少なくはないが、しかしそれは事実でもあった。
現状ではザンベルト条約により、迷宮で発見された物品の所有権は、基本的に発見者の所属する団体のものとされている。
早い者勝ちなのだから、組織的に人を投入した方が有利であるとは誰もが思いつくだろう。
ギルドや国家探索者というのは、国か民営のコミュニティかという違いはあるが、基本的な理念は等しくしていた。
つまり、人海戦術だ。
成果の詳細な報告と、その一部を献上しなければならないという義務が発生するが、組織の後ろ盾を得られるということは非常に大きい。
利益の独占を狙って、パーティー単位で独立した冒険者達や一匹狼は数多く存在すれど、生き残れる者はほんの一握りなのである。

そう考えれば眼下で忙しく動き回る国軍の目的は、純粋に国庫を潤すためか、あるいは発見した資源や技術の戦術利用か。
どちらにしろ、見つからないに越したことはない。


「ああ、ほら鈍色、気を付けないと足を踏み外しますよ?」

「わんっ!」

「ふふっ、そうですね。貴女に限ってそんなことはあり得ませんよね。いらぬ心配でした」

「むふー」


ふらふらと足場を伝うナナシ達を余所に、アルマと鈍色は身軽に足場を跳んで行く。


「ナナシ様! ここ、ここの足場がしっかりしてますよー! 少し休憩を入れましょう!」

「おーい、声がでかいって」

「今は大丈夫ですよ。それよりもほら、紅茶セットを持参してきたんですよ!」

「あんなに騎士がうじゃうじゃいるのに、しかも迷宮でティータイムって、お前ね」

「小規模のキャンプだと思えばいいだろう」

「あ、乗り気なんだ」

「目くじら立てる程でもあるまい。長居は出来ないからな。短期探索で重要なのは、ペース配分だ。余裕を持って探索出来るなら、それに越したことはないだろう」

「じゃあ、まあ、いい・・・・・・のか?」

「ナナシ様ー! こっち、こっちですよー!」


そういえば連携確認のためにアルマと迷宮に潜った際も、大きなバスケットを持参していたな、と思い出す。
恐らくは、侍従職に関わる“行”ではないかと、ナナシは目星を付けた。

行、つまりは“縛り”というものが、加護に含まれる場合がある。それは時として人の行動様式を左右するものであった。
例えば、決まった時間に決まった方角へ礼拝しなければならない、といったようなものが、行の例である。
それこそ祈りのようなもので、完遂するかしないかは別として、行を行うという姿勢を示すことが大事なのだ。
詳しい事は聞いてはいないが、万人が抱くイメージである“メイドらしい”行いをすることが、アルマに行として求められているのだろう。
行を破ればマイナス効果しかないのだから、寛容に受け止めるべきである。
多様な神が混在するこの世界では、他者の行に対して口を出さない事がマナーだった。


「ほら、お茶菓子も用意してあるんですよ!」

「・・・・・・えっ?」


アルマ以外の三人の顔色が、青色に変わった。
どうですか、とどこか期待を込めた顔色でこちらを伺うアルマ。

どうする。
お前がなんとかしろ。
わんわん。

と、三者は無言で、目で語り合った。
数年もパーティーを組んでいれば、大半はアイコンタクトで意思疎通できる。


「ナナシ・・・・・・」

「解ってる。アルマ、その菓子は手作りか? 誰が作った?」

「はい、もちろん。私が手ずから、夜鍋して作ったんですよ」


よなべ、いや夜鍋とは、夜中鍋をかき回す作業のことだろうか。
少し恥ずかしそうに、はにかみながらバスケットを差し出すアルマに、ナナシは陥落。
これは、腹を括るしかない、と覚悟を決めた。クリブスも諦めたように虚ろな眼だ。
毒消しや胃腸薬を大量に飲めば、探索中くらいは持つだろう。その後の保障は出来ないが。
未踏の迷宮ということで、罠や魔物の警戒を怠ることはなかったが、まさか伏兵がこんな所に潜んでいようとは。
しかも自覚がなく、善意100%な所が性質が悪い。

5:5にしないか?
6:4だろう。
ここは5.8:4.2で。
7:3。
おい何故増える・・・・・・。

水面下で行われる、ナナシとクリブスとの交渉、もとい擦り付け合い。
鈍色を巻き込まない辺り、良心はまだ残っているらしい。


「何度も失敗して、ようやく完成した自信作なんです。きっとナナシ様もまんぞ」

「うがー!」

「ああっ!? 鈍色何を! ああー!」


アルマが言い終わるよりも早く、鈍色が差し出されていたバスケットを叩き落とした。
上手い具合に足場に引っ掛かったバスケットは、そのまま脇に逸れ、通路横の亀裂へと落ちていった。
陶器が割れる音がしたが、階下は作業で騒がしいらしく、気付いた者は誰もいない。
ふぅ、とあらゆる意味でナナシとクリブスは胸を撫で下ろした。


「グッジョブ鈍色! グッジョブ!」

「よくやった鈍色! 君は僕達の恩人だ! 感動した!」


本当は小躍りするくらいに嬉しかった二人だが、不安定な足場の上だったので、両親指を上げてサムズアップの形を取り、そのまま両手を掲げて喜びを表す事に。
鈍色も親指を上げ、誇らし気にむふーと鼻息を漏らした。
ああー、と虚空に手を伸ばしていたアルマは涙を目に浮かべ、恨めしそうにナナシ達を睨み付ける。


「ひどくありませんかこれ!? そんなに私が信用ならないと!?」

「ノーコメント」

「ナチュラルにデスシチュー作るくせに、よく言うよ」

「がうがう!」

「た、卵焼きは作れるようになりました!」

「にわかには信じ難いな」

「はい嘘。それ嘘ー」

「はふん」

「ほんとなのにぃ・・・・・・」


いぢけて膝を抱えるメイドを無視し、足場を渡りきる。
べそべそと鼻をすすりながら後をついてくるアルマだったが、だれも同情はしなかった。
自業自得である。

そしてナナシ達は、主縦坑から延びる横坑に飛び移った。
後は、クリブスがクラッキングで入手した内部スキャニング映像を元に、鉢合わせしないようルート予想を立てるだけである。
やっている事は火事場泥棒と変わりはなく、事実そうなのだが、これが冒険者というものなのだから仕方がない。
だが何も、この迷宮を不必要に荒らそうとしているのではない。
生息する魔物の生体でも、入手した物資やお宝についてでも、迷宮自体についてでも、何か一つでも新たな発見が出来たら良いと考えているだけだ。
探索から論文提出までが卒業試験であるために、高評価を狙うなら、過去報告例のない新しい発見をするしかない。
“探索の目的”が定まっているナナシや、特にクリブスにとっては、今回の探索は千載一遇のチャンスであった。
無許可探索とは無茶をする、とも思ったが、実はそれで罰せられることはないのである。
国軍の手が最初に入ったために、“お伺い”を立てなくてはならなかっただけであり、こうして見つかりさえしなければ、どうとでもなる問題だ。
そも、迷宮への無断侵入で一々刑罰を与えていては、刑務所はフリーランスの冒険者で溢れかえってしまうだろう。
荒くれだらけの冒険者達は、やはりと言うか、剣ではなくペンを振るって書類に向かうことが、苦手な奴らばかりなのだから。
自分も例外ではないのが悲しいが。

メンバー全員が横坑に飛び移ったのを確認して、ナナシは今一度階下を見降ろした。
ぐらり、と引きずられるような感覚。
否、引きずられるというのも語弊がある。
それは、高さを感じたことによる眩暈ではなかった。
そうならば、先ほどの不安定な足場の上での方が、よほど恐ろしかった。

はて、とナナシは首を傾げた。


「なあ、何か、変な感じがしないか?」

「何か、とは?」

「いや、その、何て言ったらいいか。さっき急に、身体がふわって浮きあがるみたいな、妙な感じがして」

「ナナシ様、大丈夫ですか? 無理をせず引き返しても・・・・・・」

「ここまで来ておいて今更引き返すなんて、無理だろ。行くしかないさ」

「わんっ!」

「はは、ありがとな鈍色。ちょっと元気になったよ」


身体の内側から引きずられるような、引き寄せられるような、そんな不可思議な感覚。
意識を向けていなければ消え去ってしまうような、微弱な感覚だった。

気のせいだな、とナナシは頭を振った。
ましてや、もう失くしてしまった“自分の名前”を囁かれたような――――――そんな懐かしさを感じたなど。


「ああ、きっと気のせいに違いない」


どうにも最近ナーバスになり過ぎて、神経質になっているようだ。
余計な事を考えるのは止めて、今は探索に集中しよう。
唯でさえ国軍達の目が行かない、手が届いていない所へ向かう予定なのだから。そこは罠も魔物も駆逐されていない、本物の迷宮に違いないのだ。
ナナシは気を引き締めて、前を見据えた。拳を握り込めば、常の通り力強く頼もしい感触が、鉄が軋む音と共に返ってくる。
流石は職人気質のナワジの腕。ツェリスカはたった1日で、ベストコンディションと言える程に完全に整備されていた。
これなら今日の探索は期待できるだろう、とほくそ笑みながら、ナナシはモニタ上にマップを表示させ、内部構造から考え得る出現の可能性がある魔物の種類をリストアップしていく。
だが、それとは別に、ふと脳裏に浮かんだことが一つ。

ここが手付かずの迷宮だとしても、あんなに物資が運び出されるものなのだろうか?







[9806] 地下23階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/03/10 09:46



薄暗い部屋に、一つのオブジェクトが鎮座している。
それは奇妙な形をしていて、時折電流を流し込まれたかのように振るえ、蠢いていた。
まるで、“生きていたとき”のことを、思い出したかのように。
狂気の具現、とでもタイトルを付けるべきだろうか。
オブジェクトの素材は――――――生きた人間だった。

幾人かの人間が絡み合い、形造られており、おおよそ正気のままでは直視に耐えない造型。
台座には、同心円状に寝かされた多種族多人数の女性達。女性達は皆腹を裂かれており、そこから胎児が取り出され、中空にフックで吊り下げられている。女性達は皆、妊婦だった。
女性達は時折、ふと自分が人間であった頃を思いだしたかの様に、手足を痙攣させていた。未だ、生きているのだ。
しかし本来目や鼻の機能を果たすべき機関に、チューブや針を捻じ込まれ、無理矢理に生かされているだけに過ぎなかった。
オブジェクトを機能させるためのパーツとして、メンテナンスされているだけだ。
取り出された胎児は母体とへその緒で繋がれたまま、くらりくらりと宙に揺れている。
胎児は母の胎内に在る時、完全な存在であるという。赤子が泣く理由は、世界の寒さに、目を焼く閃光に、雑音に、身を切り刻まれていくから。自らが、完全な存在ではなくなったと悟るからだ。
であるならば、この酷く不自然に吊り下げられた胎児達は、完全な存在であるだろう。未だ産まれてはいないのだから。
そして、外界に在って母と繋がっているという矛盾をも孕んでいる。
吊られる胎児達はその全てが、ゼリー状の液体に身を包まれていた。恐らくは、これが羊水の代わりなのだろう。
だが、この胎児達もまた、オブジェクトを機能させるためのパーツに過ぎなかった。
胎児達は皆、眉間から上が存在してはいなかった。
脳が収められているべき空洞からはぬめりを帯びた触腕が延び、それらは宙に浮かんだ“テトラポット”に結ばれている。
テトラポットは不規則に明滅していて、淡く光を放つ瞬間には、内部が半透明に透けて見えた。
緑色の光を放ち半透明となったテトラポットの“足”。
足一本につきそれぞれ1つ、計4つの人間の脳が、そこには収められていた。
頂点の足に収められた脳は、他3つと比べ形状が違うように見えたが、醜悪であるという点については全く等しかった。


『定時報告――――――せよ』


子供とも老人ともつかない声が、薄暗い部屋に響く。


『えー、聞くだけ無駄だよお。どうせまた特になし、なんだし別にいいじゃん?』

『ほほほ、これこれそう言うでない。様式美と言うものを知らんのかえ?
 下々の者を気遣うことも、上に立つ者の努め。話くらい聞いてやろうぞ』


次いで響く、男とも女とも解からぬ声。
何処に発声機関が備わっているのか、テトラポットが発した声であった。頭蓋に直接響く声は、造型のおぞましさとも相まって、更なる嫌悪感を掻き立てる。
その狂気の前に傅く男は、眼前に佇む“人物”の姿の醜さに、悪趣味が過ぎると胸中で唾棄した。
男が言える立場ではなかったが、この存在は男の美意識に反するものであった。


『審神者――――――ジョン・スミス――――――報告――――――せよ』


響く声に急かされ、ジョン・スミスは顔を上げた。


「いやはやいやはや、手厳しい。まったくもって皆様方の言う通り、特になし、でございます」


嫌悪感を微塵も顔に出さず、常の通りスミスは笑みを顔に貼り付け、応えた。


――――――美しくない。まったくもって、美しくない。


馬鹿馬鹿しいことに、これがこの世界で、最も神に近い存在であるという。
ただし、あくまでも神に近しい“だけ”の存在であり、人の手によって神を模したにすぎない。
神に等しい機能を持たせるために試行錯誤を繰り返していった結果、このように醜悪な容貌へと成形されていったのだ。

外見の醜美を問うているのではない。
人の手により造型されたがための醜さは、むしろ当然と捉えてもいいだろう。
しかし、これが神の『姿』なのだとしたら。
神とは、欲と罪と理不尽と数え切れないほどの悲劇と、そして吐き気を催すほどの傲慢によって、成り立っていることになる。
神とは元来傲慢な存在ではあるが、それは神の存在としての機能、本能であり、決してそこに損得計算だとかいった、利が絡むことはない。
ならば彼らの方法では、決して神に至ることは出来ないだろう。
彼らが神を目指す理由は、世界の管理にあるのだから。


――――――認めぬ。断じて認めぬ。


胸中でスミスは、再び嫌悪を顕にする。
“これ”は、スミスが望む神の姿とは、まるでかけ離れた姿だった。

世界はもっと自由になるべきであり、人は自らの制御が不可能になるほど弱くはない。
象徴としての神ではなく、実際に神が権威として、支配者として君臨したとしたら、そこに“救い”はないだろう。
神とはただ、人に力を与えるためのシステムであればよい。
それがスミスの信念だった。


『アハ! ほーうらね! 言った通りでしょ!』

『ほんにのう・・・・・・。して、プランBの方はどうなっておるのじゃ?』


問われ、スミスはプランBの進行具合を思い浮かべる。
自分の担当とは違う部署のプランではあったが、連携を取らざるを得ない組織体系であったために、他部署の仕事であったとしても正確に把握していた。


「そちらは万事滞りなく、順調だそうでして、はい」

『重畳――――――重畳――――――』


言葉とは裏腹に、粘ついた波動が、テトラポットから部屋へと伝わる。
嫉妬か、羨望か。それに類する感情であることが、スミスには感じられた。

『プラン』とは神に至るための法を探るための、様々な試みのことを指している。
プランにはAからCの3つ存在し、それぞれ異なるアプローチ方法で、神域に足を踏み入れる研究が為されていた。

プランAとは、人の手で神を作成すること。
すなわち、眼前の存在のことである。
より強大な魔力を、より多様な加護をと、様々な力を一つに統合していくという、試みとしては非常に解かり易いプランであった。
それは500年以上前、スミスが所属する『組織』が設立される以前から試みられていたという。
組織の長である眼前のテトラポットは、少なくとも500年以上の時を過ごしているらしいというのだから、その執念はもはや怨念染みているだろう。

変わって、プランBからは毛色が異なる。
プランBとCは、神の成り立ちを考察することから始まった。

まず、神は大きく分けて2つに区分される。
世界が誕生した折に自然発生した高位神と、人から神の位にまで階位を上げた下位神である。
基本的に高位神は、自然や世界を構成する要素そのものを司るために、世界には不干渉であり制御もできない。
人々が言う神というものは、後者の下位神のことを指していた。
下位神は、しかし“後付け”の神であるために、存在が不確かであった。そこで登場するのが、加護システムだ。
祈りを捧げることにより存在を確立させ、見返りに加護を受ける。これが、人が編み出した神との付き合い方だった。
元が人であったための制御の容易さによる、神への一つのアプローチ法である。
ただし、下位神の精神や意識が人であった時のまま保持されているかは、不明であるが。

とまれ、力ある者、例えば英雄だとか呼ばれる者が、最終的に神の座にまで魂の位を上げ、死後に神へと転じるのである。
つまり、あまりもの影響力の大きさと存在の強大さに、世界―――高位神が、これは我等と等しい存在であると誤認し、世界のシステムに加えてしまう。
これが人が神に至る過程であった。
まとめると、『魂』の階位を上げるということになり、これだけ見れば神に至る方法など解き明かしてしまっているようにも見える。
ただ、どうしたら魂の階位が上がるのかが、全く不明なのである。
そも、魂の定義さえ多種多様で、定まってはいない。

力が強ければいいというわけでも、偉業を為せばいいというわけでもない。
それならば高レベルの冒険者や、偉大な政治家、稀代の賢者は皆神になるということであり、スミスの眼前に漂うテトラポットもとっくに神へと成っているだろう。

そこで考え出されたのが、プランBとCだ。
かつて英雄達は、下位神となり、世界の環に連なった。すなわち、神の影響下から抜け出たということだ。
この世界の存在は、須らく神の影響下にある。魂もそうであると仮定するのが自然だろう。

ならば、初めから神の影響下にない存在であったなら――――――。

そうして120年前に“喚ばれた”存在。それこそが現在、下位神の一柱に数えられる、堕天使であった。
プランBとは、神の考察の際に偶然発見された『異界』から、死して世界から抜け出た魂を招き入れる試みだった。
喚ばれた魂は赤子に入れられ、異界の魂はこちらの世界の住人として転生するのである。
堕天使の前例があったが、ただ成功例が1つだけでは、それが偶然によるものと違うか判断が付かず、現在に至るまで引き続きプランは進められていた。


『ほほほ、ではプランCの方はどうじゃ?』

『えー、もういいじゃんかー。聞くまでもないよそんなのさー』


嘲りを含んだ声で、翠色のテトラポットが問う。
彼等はもちろん知っていた。スミスがプランCの責任者であり、そしてプランCが全く進展を見せてはいないことを。


「いえいえいえいえ、こちらも万事滞りなく。全く問題はありません、はい」

『つまりどういうことかえ?』

「つまりは、特になしと、そういうことでございます」 

『アハハ! ほうらね! アハハハハ! アッハハハハハハハ!』

『ほほ、ほほほほ。これこれ、笑ってはいかぬぞ。ほほほほほ!』


先ほどとはうって変わり、心底愉快でならないとでも言いた気な声色。


『それでそれで? 君の“担当”はとうとう死んじゃったのかい? どんな愉快で滑稽な死に様だったのかな! な!』

「いえいえいえいえ、これがまたしぶとく生き残っておりまして。ええ、はい。おかげさまで」

『・・・・・・へぇ、そいつは良かったね』

『良き哉――――――』


プランの進行を奨励してはいるものの、本質的にこの存在は、自分以外に神に近づくものを許してはいない。
何という人の醜さよ、やはりこいつ等は神に相応しくは無い。
スミスは、決して声にも顔にも出さずにそう思った。

テトラポットは特にプランCがお気に召さないらしく、Bの方は半ば放任してあるというのに、こうしてスミスを呼びつけ報告することを強要していた。
いい迷惑だ、と思わなくもなかったが、しかしそれは同時に気を向けているということでもある。
彼等が独自に『転移召喚』された存在を、組織が捕捉する前に捕らえ、自らに組み込むための実験を秘密裏に繰り返していることを、スミスは掴んでいた。
それが何故かは、スミスには解からなかった。神に近い存在として、何か感じ入るものがあったのかもしれない。
人としての在り方を自ら放棄した者を、人のまま在り続ける者が理解できる訳もないのだが。

しかし、非常に不服だったが、スミス自身も確証のない自信と確信があった。
人の手により神を造り出すならば、プランCしかないと。
だからこうして、組織が掲げている目的が自らが抱く望みと真逆に位置するものであったとしても、組織に留まり続けているのである。


『では――――――100名程――――――更なる召喚をし――――――補充せよ――――――』


果たして、その何人が生き残るのだろうか。
声は続く。


『その召喚を最後とし――――――全対象の死亡確認を持って――――――プランCを――――――閉鎖する――――――』

「な・・・・・・ッ!」

『あれれー? どうしたのかなあ? 何か言いたいことでもあるのかなあー?』

「い、え・・・・・・何も、ありません」


道化を装うことも出来ず、スミスは首肯した。

プランCとは、Bのように魂のみを喚ぶのではなく、異界の住人をそのままこちらの世界へと転移召喚する試みであった。
召喚と言うには、やや語弊があるかもしれない。
当然だが召喚には魔術を使用するため、魔術的要素の存在しない異界においては、召喚魔術が発動しないのだ。
スミス達が行うのは、世界を一瞬だけ繋げること。観測点から針のように、世界の“境”を延ばすことだけだ。
『世界』というものは、他の世界が近付くとそれに混じり合おうとする性質があり、延ばされた世界の境はその一点を持ってして、異界と繋がる道になる。
当然、これは禁術である。
世界同士が完全に混じり合ってしまっては、“こちら”か“向こう”のどちらかが崩壊し、新たな世界が産まれてしまうからだ。ビックバンである。
“向こう”の世界は魔力素を含まない宇宙から精製されたらしい非常に珍しい世界であり、繋がった道が一瞬で寸断されてしまうため、その心配はないが。
魔術の無い世界、というものがどれだけ特異であるか、ここからでも解るだろう。

さて、ここで言われた二つの『召喚』のイメージとしては、プランBが金魚すくいで、プランCが落とし穴に獲物が掛かるのを待つのに近いだろうか。
死して世界の境から抜け出た魂とは違い、魔力素の無い異界の中に在る存在に直接介入することは、不可能なのである。
その結果、対象は老若男女選べず、召喚魔法の性質からか召喚された者のほぼ全てが迷宮へと送られる始末。
ほとんどが魔物に殺されるか、遭難して死ぬか、“壁”の中で生き埋めになるかのどれかだった。もしくは彼等に捕らえられ、実験体にされるか、である。
そも召喚の成功率が低く、そして生存率まで低いとも成れば、生き残った対象は常に監視下に入れねばならなかった。

監視は主に対象に着いた担当官が行うが、文字通りただ監視を行うというわけではない。魂の階位を上げるために、様々な試練を課すことも担当官の使命であった。
転生者はこの世界の存在となるために放っておいても構わないのだが、転移者はそうはいかないのである。
要所毎に自ら困難の渦中へ飛び込むよう、軌道修正してやらねばならなかった。そしてまた、死亡率が跳ね上がることになるのである。
召喚された異界の存在は、狙い通りこの世界のくびきに囚われることがなく――――――レベル0だった。
これにはスミスも相当に手を焼いた。試練の難易度が高すぎれば対象は死に、かといって低すぎれば効果は見込めない。
プランCはそれぞれ対象に適した試行錯誤を繰り返し、そして様々な道具や人材を活用しなければならなくなったのである。
しかも召喚の特殊さから、何人もの魔術師を使い潰さねばならないのだから割りに合わない。
つまり、非常にコストが掛かる、ということだ。
組織運営の面から見ても、また併せ持った傲慢さによっても、眼前の物体はさぞプランCを潰したくてたまらなかったことだろう。


『ええー、そんな事はないんじゃないのー? だって君さあ、あのゴミと同じ“名無し”に改名しちゃうくらい入れ込んでたじゃないのさあ』

「趣味のようなものでございますよ。まさかまさか、皆様方の決定に背くようなことなど、決してありませんとも。ええ、本当に」

『・・・・・・ふうん。つまんないの』


突然の宣告に衝撃を受けたが、とうとう時が来たか、とスミスは納得した。逆に、今までよく続いたものだと感心したくらいだ。
感謝してやってもいい。
認めるのは癪だが、あの御方を見つけられたのは、こいつ等の力添えがあってこそだったのだから。


『ほほ、これで話は終わりじゃの? ではスミスよ、もう下がってよいぞ』


はい、と優雅に一礼を返し、スミスは転移魔術を発動させる。
『影』を用いた魔術は、邪神の加護によるものだ。
神を探る組織であるのだから、まっとうな神の加護など得られはしない。組織に属する者はスミスに限らず、皆邪神の加護を受けていた。
中には潜入調査のために、彼の元同僚のように転々と信仰を変える者もいたが。
神に善悪など存在しないのだが、邪神はそんな自らの存在を危ぶませる者も受け入れる、ある意味大らかな神であった。
ただ、人間の道徳にそぐわない行を強要されるだけだ。故に、その加護を受ける者は社会的に蛇蝎のごとく嫌われることになるのだが。

影がぬるりと蠢いた後には、醜悪なオブジェクトがただ佇むのみ。
部屋は静寂を取り戻していた。




◇ ◆ ◇



さてどうしたものか、とスミスは顎をさすりながら考えた。

プランの閉鎖が宣言された以上、奴等は本腰を入れて潰しに掛かって来るだろう。
反発を喰らうことを解かっているために、その作業は誰も知ることの出来ない“闇の闇”の中で行われるのだろうが、それでも活動は激化するに違いない。
未だ猶予があるとしても、早急に手を打たねばならなかった。
先日の『暗殺者騒ぎ』のように、直接的な手段に出られては対処のしようがない。
あの時は元同僚が駆けつけたため事なきを得たが、次も無事に済む保障などないのだ。
上手く貴族派の仕業であると誤魔化したようだったが、奴等の指示によるものであることなど、解かりきっていた。
聞くところによれば、自分達の組織と関係が浅く無い、龍眼の力で商業進出に成功した大貴族―――メディシス家の令嬢が、独力で組織の“陰”を掴んだらしいが、それは正しかった。

――――――彼女のような人材が自分の手元にいたならば。

人事に恵まれなかったスミスはそう嘆いたが、居ないものは仕方が無い。
独力で事を遂行せねばならないだろう。
今までもそうしてきたし、これからもそうしていくに違いない。


「ククク、クァッカッカカカ。結局は、今まで通りですかねえ」


タイムリミットが縮まっただけで、自分のスタンスは変わらない。
ただ時間と自由に使える金が制限される以上、プランの短縮を計らねばならないか。
そうして積極的に介入を進めることで、奴等の牽制にもなろう。

長い大理石の廊下を歩きながら、スミスは自らが担当する“候補”に思いを馳せる。
正直なところ、別に彼でなくてもよかったのだ。
ただ、他の候補者と違い彼は強運だった。迷宮から逃げ延び、“信者”を得て、そして力さえ身につけた。
その時に、彼しかいない、と。そう思ったのだ。
彼は、自分が望む神の“かたち”と、見事に合致していた。

だから自分は『スミス』となり、自らの全てを彼のために尽くそうと誓ったのだ。
そう、彼が神へと至るために。

スミスが組織の人間と根本的に違うのは、組織の人間が神へ至る道を探す求道者であるのに対し、スミスが新たに産まれるであろう神を崇める、狂信者であることだった。
だからスミスは、彼の命を無視するかのように無理難題を押し付けてきた。
本当に死んでしまっては困るが、しかし自分が講じた策程度は乗り越えてもらわねば、という押し付けに等しい期待からである。
そして見事に彼は全ての試練に打ち勝ち、その度に新たな力を身に付けて来た。
彼の魂の階位が順調に上がっていることを感じ、スミスは自らが神を構成する礎の一部と成っているのだ、という感動と快感に背筋を震わせた。

このままいけばきっと。
きっと彼は、私が望む神に成る。

“神を討つ神へと”――――――!


「やあやあ、ありがとうございます。お勤めご苦労様」


くたびれたコートと帽子を差し出した侍従に礼を言うも、小さい悲鳴を上げて逃げていく侍従の後姿に、スミスは苦笑した。
どうやら、自分は女子供にはことごとく嫌われる運命にあるらしい。
この侍従に限っては、以前無理矢理に侍従服を剥ぎ取ってやったからかもしれないが。
そういえば、その剥ぎ取った侍従服をプレゼントした元同僚からも、やたらと嫌われていた。
有能ではあったが、自分の出自に眼を背け続け、「今よりはましになるはず」などというふざけた理由で組織に属していた半端者だとばかり思っていたが、中々どうして。
彼を信仰し尽くすことによって、容姿と血の葛藤を乗り越えたのか。
真の信仰に目覚めたようで、喜ばしい限りである。


「はてさて、しかし次の試練はどうしましょうかねえ?」


それにしても時間が無いというのが残念でならない。
これまでじっくりと、理不尽と暴力と悲劇とに彩られた喜劇を演出してきたというのに、台無しである。


「本当は物語の山場として、とっておきのイベントにしたかったのですが、仕方ありませんかねえ。
 丁度、『神降し』をするには最適な場所であることですし。まあ、妥当といったところですかねえ」


心底残念だ、とでも言いた気に、スミスは息を吐いた。
自らが演出する脚本に生じた綻びが、美意識に反すると思っているからか。
しかし、舞台上の役者がアドリブを演じたとしても、それら全てを御し、一つに統合するのが一流というもの。
スミスには自分が本物の信徒であるという、自負があった。

御しきってみせよう。そして、導いてみせよう。
主演は貴方。脚本家はワタシ。
道は示してあげるから、貴方は唯々進みなさい。
腕が折れても、足がもげても、血を吐きながら進みなさい。
神への道を、鋼で出来た鎧を纏って――――――。


「ではそろそろ、“子犬ちゃんに”退場してもらうことにしましょうかねえ。
 ククククク、クァッカッカカカカカ! ククク、カカカカカカカ――――――!」


果たしてその時、彼の瞳はどれほどの絶望を映し出すのだろうか。

その光景を眼裏に描き、スミスは彼―――ナナシがセフィロトの樹を駆け上がっていく姿を夢想して、笑い声を上げた。
一頻り奇妙な笑い声がこだました後には、辺りには何者の気配も無くなっていた。

ただ影が、“ぬるり”と蠢いていただけだった。













試験的に分割をしてみました。
どちらが良いか、意見頂けたら有り難いです。


※以下は前話投稿分です。

どうしてこうなった・・・・・・。
読み返してみると、シリアス路線に変更をした感がありありとしていて、違和感が凄い事に。
始まってしばらくして当然その辺りを指摘された方は多く、ああやはり皆さんもそう感じておられるのだなあ、と思うも今更削除できず。にっちも、さっちも。
やっぱり初めから、「俺達の冒険はこれからだぜ!」的な終わりになるよう、ライトテイストに数話でまとめた方がよかったのかも。
下手にシリアスに行かなければよかったと後悔しています。
いっそ最初の方のギャグパート全削除した方がいいかも、うーん。日常パートは本編と分離させて、番外編として投稿するという手も。
どちらにしても前半部の違和感を感じられる部分には、目を瞑って頂くしかないのが申し訳ないですが・・・・・・。

とりあえずストーリーはこれから先、こんな感じに重たい話が最後まで続きます。面白いネタとか対話は全く無いです。シリアス路線で固定となります。
それでもいい、よね?



[9806] 地下24階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/01/28 03:36




感じる不自然さに、自然と口数が少なくなる。
迷宮に“在るべき者”が存在しないという事実は、冒険者にとり、強烈な違和感を与えるものであった。


――――――なぜ、魔物がいない?


口には出さずとも、クリブス班の面々は同じ疑念を抱いていた。
もう半日はこうして入り組んだ通路を進んでいるというのに、ゲルスライムはおろか小鬼の一匹、その影すら未だ見当たらない。
それだけではなかった。
迷宮にまた在るべきものであるはずの構造変化さえ、発生しないのである。
本来この型の同心円状迷宮は、中心部の空洞を芯として回転し構造を変化させるはずなのだが、平均的な構造変化時間を大幅に過ぎてもなお、迷宮に動きはなかった。
いや、構造変化自体は機能しているはずだ。何度も回転機講が作動する地響きを感じたが、その度に移動するブロックを無理矢理堰き留めるよう、不自然な動きで通路のスライドが引き戻されていた。
通常では、ありえない現象である。
ならば、考えられる事は一つ。


「改造されてるのか」

「おそらくは」


ぽつりと漏らしたナナシの呟きに、クリブスが返す。
アルマは気付かず、鈍色はぱたりと“耳で”返事をしただけだった。
聞こえるように言った訳ではない独り言だったが、クリブスは会話として受け取ったらしい。
メンバーの中で一番気を巡らせているのは、クリブスだと言えよう。
役割分担ではナナシと鈍色が請負っているはずの索敵を、誰に頼まれずとも独自に行っているのは、焦りの現れだとナナシは捉えていた。
それは、責任を感じているからか。

迷宮に魔物の排出や構造変化といった自律性が備わっていることは、もはや言うまでもないだろう。
しかし、その自律性を停止させる方法があった。それは、迷宮に人の手を加えることだ。
魔物がいなくなったなら、もっと資源が採れたなら、マッピングの手間が省けたなら――――――誰しもが、そう思うだろう。
もっと、と願うことは人として当然の願望であり、そしてそれを実現するために、人間の文化や技術は発展してきたのである。自然を超克することこそが人間の文化、歴史の本質だということかもしれない。
そうして人は本能のまま、迷宮に手を加えた。
その結果、迷宮の自律性が全て失われることになってしまったのである。
安全を、効率を、利便性を求めての行いが、それらを産んでくれる根源を台無しにしてしまったのだ。

原因は解らない。
ある学者はこう言った。迷宮とは神を祀り上げるための祭壇であるのだから、穢レ塗れの人の手で汚してしまっては、無価値な物に成り下がり神が見放すのも当然だ、と。
真偽はともあれ、一つだけ確かなのは迷宮の基部をほんの少し改造しただけで、迷宮自体が機能不全に陥ってしまうということだけだった。
例えば、この迷宮のように。


「また地鳴りだ」

「やはり、構造は変わりませんか」

「いや、そうでもないみたいだ。見ろよこれ」


ナナシがアルマに指し示した床は、先ほどよりも大きく、そして確かにズレが生じていた。


「なるほど。彼等は“お引っ越し中”だったということですね」

「ああ・・・・・・先を急ごう」


足早に歩を進めるクリブス。
クリブスが焦心に駆られるのは当然だった。
ナナシもまた、ここに来て抱いていた疑念が、ようやく危機感へと変わったのである。
あの国軍の騎士達が運び出していたのは物資ではなく、迷宮改造用の建築材かそれに類する何かだったということなのだから。


「先とは、どちらを指しているのですか?」

「おい、止めろアルマ」

「・・・・・・決まっているだろう。出口だ」

「賢明な選択です」

「アルマ!」


ナナシの叱咤に、まるで悪びれた様子も見せずアルマは頭を下げた。

迷宮というものは流石は神を祀る祭壇と呼ばれていることもあってか、リカバリ能力もまた高かった。
例え基部に喰い込むような改造を施されたとあっても、一週間もあれば、低級の魔物や純度の低い鉱石くらいは採集できるほどに機能が回復する。
完全に元通りとなるには、やはり長い時間が掛かるだろう。
だが、この迷宮が“発見された”と正式に公表されるのは、本来は半月後であるはずだった。
半月――――――迷宮が機能を辛うじて回復するには、十分な時間だ。
ほんの少しでも物資が産出されるなら、そこは“重要度の低い迷宮として登録”されるのである。

資源の宝庫であるはずの迷宮機能を潰してまで、迷宮改造を行う理由とは何か。
それはつまり、迷宮の資源産出機能ではなく、場所そのものが重要だったということだ。即ち、人目に触れない場所だということである。
ここはつい最近まで確認されていなかった、と言われていた。
それが国軍によって見つけ出されたというのだから、彼らが誰にも知られない場所で“何をか”をしていて、それが達成されたため、ここが“迷宮であるとして処理される”ことになったのだということは容易に想像出来る。
国軍が動いていることから考えられるのは、その“何をか”に貴族の一派が、もしくは国そのものが関わっているということ。
その処理中にナナシ達が潜り込んでしまったというならば、彼等にとり、“見られてはマズイもの”を発見してしまう可能性があった。

クリブスが最も恐れていることが、それなのだろう。
いかに大貴族の子であるといえども、“存在しないはずの何か”を見たとあれば、“事故死”か“病死”は免れない運命となる。
そして後ろ盾の無いナナシ達は、もっと直接的な死の危険が降りかかることになるのは間違いがない。
先日のセリアージュの話は、メディシス家の事情も絡んでくるためにクリブスには伏せておいたのだが、これらの思考とナナシを襲った暗殺者とを結び付けるのは当然の帰結だと言えよう。
人格が大きく善性に傾くクリブスにとり、仲間が自分の判断ミスで危険に曝されることなど、耐えられなかったのである。
この迷宮の探索を諦める、とクリブスは言ったのだ。


「待てよクリフ。お前、それでいいのか? 本当に引き返してしまっても良いのか?」

「ああ、良いんだ。さあ、行こう」

「でも」

「くどい! これはリーダーとしての決定だ!」

「・・・・・・解ったよ。リーダーの決に従おう」


単位数は満たしているのだから、普通の迷宮の探索レポートであっても卒業は出来るだろう。
ナナシや鈍色はそうであっても構わない。しかし、クリブスは事情が違う。
それでは家から掛けられてきた期待に応えられず、また自らがベタリアンであることの社会的格差を跳ね返すことは叶わない。
世論でさえ否定的意見ばかりなのだ。貴族間ではベタリアンであることなど、侮蔑の対象にしかならないだろう。発言力はゼロに等しくなり、また劣悪な遺伝子の発現と取られるため、血も途絶えることになる。
それらハンデを克服するには、功績を挙げるしかない。だが、政界ではそも功績を挙げるチャンスなど、与えられるはずもなかった。
クリブスには冒険者として一定以上の成功を収めるしか、道は無かったのだ。
ハンフリィ家のしきたりだと言ってはいたが、家の掛けていた期待とはそこに通じるものであったはず。
しかし、僅かな逡巡はあったもののクリブスが出した結論は、自分の将来を諦めることと同義だった。

クリブスはきっと、こう考えたのだろう。
アルマや鈍色は、襲われたとしても何とか地力で切り抜けられるかもしれない。だが、ナナシはそうはいかない。
ナナシの戦力は、鎧に依存するものであるのだ。戦士タイプの相手ならばともかく、行動を阻害するような魔術を使われたなら、それでお終いだ。
魔術的防御に限っては、これは完全に機関鎧に頼った戦法しか取れないのである。炎や氷ならばともかく、風や地面を隆起させる類の魔術で足をとめられては、ひとたまりも無かった。
そして、常に鎧を身につけている訳にもいかない。
日常に死の影が忍び寄って来た時、最もな危機的状況に陥るのはナナシであることは、間違いがなかった。
・・・・・・つまり、クリブスの決断は、その理由の大部分がナナシの弱さにあったということだ。


『――――――自分など、どうなってもいい』


その言葉が喉元までせり上がったが、ナナシはそれを口にする事が出来なかった。クリブスの心情を、察したからだ。
クリブスが新たに発見された迷宮の情報を掴むのに、どれだけ奔走したかを知っていた。あんな、闇ブローカーの男に直接話を通したくらいだ。必死になって、このチャンスを掴んだのだろう。
口惜しさに兜の下で歯噛みした。

やり切れない感情を堪えつつ、ナナシは先を進むクリブスの後を追う――――――。
喉元まで出かかった言葉は、しかし音にはならなかった。






◇ ◆ ◇






「止まれ」


唐突に掛けられた、制止を強要する声。
硬質でいて、そして良く澄んだ男の声だった。

初めに唸り声を挙げたのは鈍色。一呼吸遅れ、アルマが双剣を抜いた。
警戒レベルが一気に最高にまで上昇。
まるで気配がしなかった。“そこに居た”という事実そのものを、隠していたかのように。
こんな強大な威圧感を放つ存在を、今の今まで感知出来なかったとは。
鈍色の鼻と耳でされ捉えられなかったのである。
尋常な相手ではない。


「悪いが、ここから先は通行止めだ」


そう言って現れたのは、銀髪の美丈夫だった。

男の目鼻耳は整っていて、それぞれが黄金比で配分されていた。世が世ならば、その美貌だけで王家に取り入ることも出来たかもしれない。
涼しげな顔で、ナナシ達を冷やかに見詰めている。怖気を振るうほどの美しさだった。
しかし外見の美しさよりもナナシの目を引いたのは、その男の両目と武装である。


「何者だ! 何故ここに居る!」

「何者か、か。フッ、懐かしいことを聞く。だが貴様等に名乗る名など、生憎と持ち合わせてはいないのでな」


クリブスの詰問を受け流しながら、男は無価値な虫を見るように視線を投げかける。
男の後ろには3人の女が。
見た所、それぞれ戦士、魔法戦士、魔術師に就いていることが、装備品等から察せられる。
彼等は奇しくも、クリブス班とほぼ同じメンバー構成の“冒険者”であった。
ただし、その実力の差はあまりに開きがあるだろう。
彼女達の存在も、ナナシは感知することは出来なかった。現在もツェリスカのセンサーに反映されない隠身は、魔術隠行が行使されているためか。
辛うじてクリブスと鈍色、アルマは気付いていたようだったが、それでも集中していてやっとという状態だ。


「良い風が吹いたから、としか言いようが無いな。冒険者が現れる理由など、それで十分だろう?」


男はもはやクリブスを視界にも入れず、鈍色やアルマをじっくりと観察した後に、ナナシを見やった。
視線に混じる、お互いの感情。
親近感とでも言うべき、不思議な感覚。
相手も同じなのだろうか、視線には、強い困惑の色が見てとれた。
揺れる眼球。左右でそれぞれ光彩の色が異なる虹彩異色症―――オッドアイが、ナナシを貫く。
銀髪のオッドアイ。その姿はまるで、


「堕天使・・・・・・か?」

「貴様ッ!」


思わず呟いたナナシの言に、男は激昂した。


「貴様も、貴様も俺をそう言うのか! あいつ等と同じように、俺を乏しめようとするのか!」

「だめっ! 落ち着いてお兄ちゃん!」

「ぐっ・・・・・・す、すまない。ありがとうな」


側に構えていた少女の頭を撫でながら、男は冷静さを取り戻した。
静まれと何度も呪文のように呟いては、仕切りに左腕を撫でさすっている。
何かを仕掛けた訳では無いというのに、おぞましい魔力が辺りに充満し、破裂寸前の風船を前にしているような緊迫した空気を感じさせた。

珍しいことに、男を見て、アルマが嫌悪感を顔に現わしていた。黒い魔力に中てられたからではない。生理的に受け付けない、という顔だ。
アルマ曰く、“同類は解る”、らしい。
それは信仰の違いによって虐げられて来た者に通ずる“卑屈さ”が、そう感じさせているのか。
男の容姿はかの堕天使に酷似していた。
アルマの感覚を信じるならば、そのために迫害を受けてきたのだろう。
ならば、男の出自は邪神信仰の集落か、あるいは閨閥貴族に生まれクリブスのように半ば捨てられたのか。
男の精錬された立ち居振る舞いを見て、恐らくは後者だろうかとナナシは当たりを付けた。


「ガアアッ!」


先手必勝。
鈍色が自分に課された役目を果たさんと、飛びかかる。
鈍色もまたアルマと同じく不快感を露にし、牙を剥いた。


「おっと」

「わうっ!?」


しかし渾身の突撃は、まるで羽毛を受けとめるように優しく、男の腕に抱き止められた。
キマイラとの戦いを思い出させる、絶対者の憐みの抱擁。
己の懐深く敵意を持った者を招き入れるということは、勝利に揺るがぬ自信を持っているか、あるいは相手に愛情を感じているかのどちらかだ。


「こんな小さな女の子まで戦わせているなんて・・・・・・」

「うううっ! ガウウウッ!」

「もう大丈夫だからな。君はもう、戦わなくったっていいんだ。俺には解るよ、君は本当は戦いなんか嫌いで、優しい子なんだってことが」


言って、慈しみを込めて頭を撫で付けてくる男を見上げ、鈍色は頬を桜色に染めた――――――。

――――――次の瞬間、驚愕に眼を剥く。

心底信じられない、と有り得ない現象を目の当たりにしたかのように、若干の恐怖を滲ませながら。
恐怖の眼は男に向けられてはいなかった。むしろ、自分自身の内側にこそ向けられたものであった。
唖然としていた鈍色は突然狂ったように暴れ出し、男の拘束を抜け、飛び退いた。


「ギャンッッ!」


そうしてあろうことか鈍色は、拳を握りしめ自らの頬を殴りつけたのだ。
渾身の力を込めたのだろう。
首は大きく後方へと流れガクガクと膝が震えると、身体はそのまま垂直に崩れ落ちた。
血反吐と共に歯が2本、軽い音を立てて転がって行った。
慌てて男が駆け寄り抱き起こすも、鈍色は自らで意識を落とし、反応を示さない。


「い、いったい何を! どうしてこんな」

「ぷー、何その子? せっかくお兄ちゃんが撫でてくれたのに!」

「・・・・・・失礼、な」

「いや、それは違う。この子は俺を傷つけまいとして、自分で自分を・・・・・・。チクショウ! 俺にもっと力があったなら!」

「可哀そうに。きっと、己の行動と良心の間で板挟みになってしまったのでしょうね」

「クソッ・・・・・・! 俺が、あの子を傷つけてしまったのか。俺のこの血塗られた手がまた! 俺のせいで!」

「ううん、お兄ちゃんが悪いんじゃないよ! お兄ちゃんのせいなんかじゃない、だから自分を責めないで!」

「ああ・・・・・・その一言で、俺は救われたよ。あのメイドの子も、きっと奴隷のように無理矢理連れてこられたに違いない。俺達が救ってやらないとな」

「うんっ!」

「女の子の顔が傷つくのを見るのは、心が痛む。あの子の治療を頼む」

「ええ、もちろんですとも」


男達のパーティのやり取りは、傍から見れば普通の掛け合いにしか見えなかったが、しかしナナシ達は動く事が出来なかった。
全く、隙がなかった。口を開けば、その時点でやられるのではないか。そんな危険を容易に想像させる雰囲気を、彼等は纏っていた。
それが解っているからこそ、鈍色を助ける事も出来ない。
実力の差が開いている事はもとより、これで数の上でも勝ち目が無くなった。
逃げようとも、背を見せればその隙を突かれるだろう。


「まったく、どこの世界にも下種な賊共は居るものだ。やはり迷宮は嫌いだ。貴様等と同じ澱んだ空気を吸わねばならんとはな。
 あまり乗り気じゃない依頼だったが、依頼料分の仕事くらいはしよう。おい貴様等、今すぐに引き返すというなら見逃してやってもいいぞ。
 解っているだろう。貴様等は、俺達には敵わないことを。それでもなお愚かにも刃向かうというのなら、我が漆黒の刃の切れ味、その身で味わう事になるぞ」
  
「そうそう、私達も暇じゃないの。ほんとはさっさとやっつけてやりたいけど、お兄ちゃんが許して上げるって言うんだから、大人しくしててよね。
 ちなみに、出口はあっちね」

「・・・・・・騎士達が、いっぱい」

「すみませんが、ここから先へ通す訳にはいかないのです。私達と戦うか、騎士達と戦うか。残酷な事を聞いているのは解ります。
 でも、選んで下さい」


長い金髪を風に舞わせながら憂いを含んだ目を伏せ、魔術師の女は鈍色に杖を向けた。
答えは言うまでもない。


「こちらは三人、向こうは四人。いや、魔術師が鈍色の手当てをしているから、実質三人か」

「手当だって? ありゃ人質って言うんだよ」

「しかも相手は全員が格上ともなれば、正に絶体絶命ですね」


仕方ない、とクリブスは懐から刀の『柄』を取り出し、構えた。
親指で鍔を展開させると、刀身が染み出るように形成される。魔力結合によって形成される、液体形状記憶合金だ。


「彼女は僕が受け負おう。アルマは魔法戦士の彼女を、ナナシはあの男を相手しろ。まず間違いなく皆負けるだろうが、幸運なことに僕達は“何も見ていない”」

「お、おいクリフ! ここは大人しく」

「断る」


言って、切っ先を向けたのは戦士の少女。
少女の武器は、槍。
剣道三倍段というが、とクリブスは大きく息を吐いた。


「ねえ、もうおしゃべりはいいでしょ? そろそろ始めようよ。羽を毟られて丸焼きにされる鶏みたいにしてあげるからさ!」

「・・・・・・それは楽しみだ。だが、“こう見えても”僕はハンフリィ家に連なる者。そう容易くいくとは思わないことだ」

「ハンフリィ、家? まさか、貴族!?」

「訳在って、冒険者をしているがね。君達のリーダーもそうだろう?」


挑発的な笑みを見せ付けると、オッドアイの男は苦々しく頷いた。
クリブスは己が貴族である事と、冒険者である事を主張したのだ。


「冒険者同士の迷宮内での殺し合いは、条約によって禁止されている。違うかい?」

「・・・・・・そうだ。貴様等の命は保障される」

「お兄ちゃん!?」

「だが、依頼は依頼だ。やり合うというのなら、身柄を拘束させてもらおう。五体満足でいられると思うな」

「結構」


頷いて、クリブスは笑った。


「大人しくしていれば丸く収まるのに、とは言ってくれるなよ? 
 悪いが、僕も腹が立ってるんだ。何でだろうな? あの男が心底腹立たしくてたまらない」

「ええ。それは私も同意見です。
 あのさも『不幸を背負っていますよ』とでも言いた気ないけすかない顔、不愉快ですね。
 決めつけで他人を語りすぎるのも、気に入りません。私がナナシ様の奴隷であると見破ったのは、評価に価しますが」

「おい」


クリブスはしたたかに、大貴族の名をちらつかせ牽制に用いたのだ。
言外に、自分達を捕らえた所で権威の後ろ盾により無駄であることを含ませて。
捕まったとしても、自分達は本当に“何も見ていない”のである。
騎士達を避けたルート選択をしていたのが吉と出た。騎士達に見つからなかったということは、彼等の手が入っていない、元のままの迷宮部のみしか目撃しなかったことの証明にもなる。
それに今更家の名を出した所で、将来の展望が塞がれたのならば、何ら不都合もなかった。

ただし、無許可探索には違いがない。
冒険者としては“よくある事”であり、彼等にとっても後ろめたい理由があるため厳重処分で終ろうことでも、クリブスは貴族なのだ。
小さくとも不祥事を、しかも国軍の世話になったとあらば、家に引き戻されるのは間違いがなかった。


「つまるところ、八つ当たりというわけだ」

「クリフ・・・・・・」

「これくらい、いいだろう? 最初で最後のわがままだ。付き合ってもらうぞ」


クリブスは、これを最後の探索としようとしているのか。
仕方ない、と刀を向けながらも苦笑していたのは、“冒険者らしい”とおかしさが込み上げてきたからか。
即ち、呆気ない唐突な終わりに。


「何、心配するな。こんな時にこそ権力は使うものだ。捕まっても、僕がいなくなるだけで、君達はこれまでと同じように探索を続けられる。
 その時はナナシ、君がこのパーティーのリーダーになるんだ。僕が抜けた穴はどうにかして埋めてくれ。卒業探索のみならばお嬢様でもいいだろう」

「・・・・・・うん」

「ちゃんと聞いているか? これはパーティーリーダーの引き継ぎなんだぞ」

「うん」

「全く、君は馬鹿か? 馬鹿だろう」

「うん」

「肯定するな、馬鹿」


じっと、アルマは二人のやり取りに聞き入っていた。
主人とその親友、自分の戦友との間に割って入らないよう、意地っ張りな鳥頭の別れの挨拶に、水をささないよう。


「なあ、クリフ」

「なんだ?」

「俺達、良いパーティーだったよな」

「ああ。きっと、そうだっただろう。そうに違いない」

「楽しかったよな。本当に楽しかった。
 こんな日がもうちょっとだけ続いて欲しいって、いつも思ってたよ」

「そうか」

「お前もそうだったか?」

「――――――ああ」

「――――――うん、そっか。じゃあ、仕方ない」


仕方ない、とナナシはしかし満足そうに頷いた。
男達のパーティーは、どうやら攻めあぐねているようだった。
冒険者というだけならばともかく、相手は大貴族。手を出してしまって良いものか、とでも思っているのだろうか。
だとしたら、


「それじゃあ、先輩達の胸を借りようか!」


先手はこちらのものだ。


「ツェリスカ!」

『Blast‐off』

「精霊達よ、我が声に集いし燃え盛る獄炎の刃と為れ! フルブレイズ・カバーエッジ!」

「天魔降身! 我が主に仇成す者、皆灰塵と成せ!」


雄叫びを挙げながら、ナナシ達はクリブスを先頭に、それぞれの標的へと飛び掛かる。


「彼我の実力差さえ解らぬ愚か者共よ。闇に抱かれ永遠の眠りに就くがいい」


迎え撃ったのは、冷たく光る『鋼』の腕。
音よりも、火花が散るよりも速く、鈍い衝撃が身体を突き抜けていくのをナナシは感じた。






◇ ◆ ◇






「ハッ、ハアッ、はあっ、はっ・・・・・・!」


乱れた呼吸を整えながら、展開した機関鎧を通常形態へと移行させる。
足元には、力尽きて倒れ伏した敵。
強敵だった、と認めるしかなかった。
認める事自体が、屈辱だった。


「な、何だったんだ、コイツは! このッ、この! クソクソクソ、クソが!」


声を荒げながら“オッドアイの男”は、先ほどまで相対していた全身鎧の男を踏み付ける。
寡黙な少女に押さえられるまで何度も踏みつけた兜は、散々にひび割れていた。


「・・・・・・駄目、落ち着い、て!」

「クソッ! クソクソクソ、クソッ!」


脆い。こんな脆弱な、紙のような装甲の相手に何故ああまで手こずったのか。
納得行かなかった。
認めたくなどなかった。
この男が、自分よりも“強者”であるということなど。
この男が、自分よりも戦いが格段に上手かったことなど。

同じ機関鎧という武装を用いているというのに、どうしてここまで違いが生じるのか。
自分の方が、レベルも圧倒的に上なのに。
全身鎧と、両腕のみにブレード型の機関鎧を装着しているという違いはある。
奴は打撃を主とした戦法を用いていたが、こちらは剣戟に重きを置いていた。獲物の違いによる戦い方の差もあるだろう。
しかし全身に動作補助の役目をも持つ機関鎧を装着しているということは、身体能力が劣っているということだ。
純粋に武器として機関鎧を選択した自分とは、天と地程の差があるはずではないのか。


「なんでだよ、チクショウ! 俺は最強の力を手に入れたはずだろ! それを、こんな、なんで、こんな奴に!」

「お兄ちゃん! それ以上は駄目だよ、お兄ちゃん!」

「ううううるさい! 俺に触るな!」

「きゃあっ!」

「あっ・・・・・・!」


振りまわした腕が当たり倒れた少女に、慌てて男は取り繕った。


「ご、ごめんよ。痛かったかい?」

「ううん、いいの。敵さんがしぶとくて、お兄ちゃんいらいらしちゃったんだよね? 大丈夫、解ってるから」

「あ、ああ・・・・・・」


そう、全身鎧の男はあまりにしぶとかった。
高位付与魔術師と滅多に表舞台に現れない天魔族を相手した他の二人が、呆気なく勝利してしまったのを余所に、自分は今の今まで戦い続けていた。
完全に実力が劣るものに翻弄され、しかもそれを仲間達に見られたのだ。
これでは“下”に観られてもおかしくはない。
それは、生まれてこの方力に恵まれて周囲の嫉妬の対象に為り続けた男にとって、耐えがたい屈辱だった。

敵のレベルは、あの中で一番下だったはず。
リーダー格の鳥男に遠く及ばない実力であることは、一目で理解できた。
だから、新技や能力を用いて絶対的差というものを教育し、二度と歯向う気が起きないよう徹底し、下してやるつもりだった。
そしてあの少女二人を、あわよくば引き込もうとも思っていた。
だが、一合二合と打ち合う内、焦りが産まれることとなる。

倒れないのだ。
打ちこむ攻撃の全てが、まるで初めから狙いが解っていたように構えられていた拳に逸らされ、いなされ、弾かれてしまう。
ならば数で勝負だと、打っても打っても、結果は同じ。

優越感をすら覚えていた心に、次第に焦燥が芽生えた。
いつ、この男は倒れるのだろう。
この男のいかなる攻撃を持ってしても自分は倒れることはないが、自分のいかなる攻撃を持ってしてもこの男を倒すことも出来ないのではないか。
もしや、永遠に膠着状態が保たれるのではないだろうか。
否、この作業とも言える攻防の応酬。ミスをした方が敗北を喫することになるだろう。
“千日手”に陥ったという途方も無さが、そんな不安を抱かせる。
そして自分にはミスを犯さぬという自信が、無かった。

しかも、そうやって全身鎧の男と向き合うと、嫌でも自分の所作に意識が向いた。
強い肉体。高いレベル。稀有な能力。有利な加護。どれをとっても、自分の方が圧倒的に優れている。
しかし所作、挙動はあまりに違いがあったのだ。

全身鎧の男は貧弱な身体を最大限に駆使し、最効率の動作をとっていたように思える。
戦闘の最適解を、常に導きだしていたのだ。
機関鎧の性能を大幅に底上げする形態を用いていたが、それに振りまわされ“過ぎる”ことなく、動作の擦り合わせを行っていた。
思考錯誤の下に機能が徹底的に使用されていることが、相対した時に良く理解できた。
機械的な能力の底上げなど、一過性のものに過ぎないと割り切っていたということか。
それ以上に脅威だったのが、『見極め』の技術。
放つ技は初動を見切られ、構成する術は“狙い”を見切られる。
まるで二手三手どころか、十手二十手先まで見透かされているような感覚だった。
未来視のスキルであるとは考え難い。相手の攻撃を予見するスキルなど、聞いた事がなかった。

戦いの最中、彼は思わず全身鎧の男に問うた。
なぜ、そんな事が出来るのか。それは一体どんな能力なのかと。

すると男はこう答えた。

解らない。
解らないけれど、“解る”。
相手が何処を見ているのか、何を狙っているのか、解るんだ。
解った後に、遅れて攻撃が飛んでくるのだから、後はそれを弾いてやるだけだ。

男自身戸惑いながら答えた直後、体捌きの精彩さを欠いた男はそのまま胸に攻撃を喰らい、倒れた。
敗因はスタミナ切れ。
呆気ない幕切れだった。

驚いたことに、手帳型のステータスカウンターを奪い調べてみると、男のレベルは0だった。
そんな馬鹿な話があるか、と彼は叫びたかった。つまり男は、一般人程度の戦闘力、スタミナしか保有していなかったのである。
全身鎧の男の話をまとめれば、出来るからやっているだけという、理由にならない屁理屈で自分に迫ったのだ。
選ばれた者である自分に取り、こんな一般人でも身につけられる普遍的な力があるということなど、認める訳にはいかなかった。
何か秘密があるに違いないと思ったが、それは詳しく調べなければ解らないだろう。
ただ、この男の体術が驚異的であったことだけが確かだった。
見切り見極め、自分と相手を含んだ限定的な小世界である戦場を、冷静に俯瞰していた。

それに比べ、自分はどうだったか。
自らの内に眠る強大な力をどう使うかに、終始していたのではなかったか。
それはその力に支配されていることと、同義ではないか。
あらゆる無駄を削ぎ落とし100しかない力を100のまま出せることと、1000以上もある力を500程度でしか出せないこと。
確かに総量は大きく開きがあるだろう。
しかしそこには“差”だけではない、大きな違いがあるのではないか。

つまり強いと感じたのは主観的なもので、常に最強だった自分にとり何に比べて強い、と感じたかは自明である。
こんな、低レベルの相手が自分に迫る力を身に付けたとあっては、いったい自分の存在は何だったというのか。
“あの神”の言ったことは、嘘だったのか。
手違いで死なされた自分には、最強の力が与えられたのではなかったのか。

男は鮮やかなオッドアイを、思考の澱みに曇らせる。
余計な事を考えるのはよそう。
結果的に勝利したのだし、今後も自分に敵う相手は現れまい。
それに大きな“収穫”もあったのだから、それで良しとしようではないか。
そう結論付け、男は収穫したもの―――犬耳の少女の髪を、そっと梳いた。


「クカカカカ。どうもどうも、ご苦労様です」

「貴様は・・・・・・」


何時の間にそこに居たのだろうか。
くたびれたスーツを纏った男が、道端で出会ったとでもいう風に、帽子を脱いで会釈していた。
確か、スミスと名乗る国軍関係者の男だったはず。
自分達のパーティーに、新たに発掘された迷宮の警備を依頼してきた男である。
未登録迷宮への盗賊や犯罪者の進入を防ぐという、よくある依頼。
相手が冒険者だったのは予想外だったが、それだけだった。

基本的に冒険者は、発見されてからの年数が若い迷宮に潜りたがるものだ。
未登録迷宮とあらば垂涎の的であるだろう。早い者勝ちであることは、言うまでもない。
だが、実は発見されたばかりの未登録迷宮に潜ろうとする冒険者の数は、そこまで多くはないのである。それはフリーランスの冒険者であっても例外ではない。
迷宮登録には、発見、調査、確認のサイクルが必要なのだ。
今回発見された迷宮は、発見から調査に移行しつつある段階だと聞き及んでいる。
そんな、内部構造や出現する魔物の傾向が未だ不明のままの迷宮に挑もうとする者など、後ろ暗い理由があるか、一攫千金を狙った本物の命知らずかのどちらかだろう。
命の危険が付きまとう探索だが、誰だって命を捨てることはしたくないのだ。
そのため前者だと判断したが、どうやら後者だったらしい。
特有の欲深さというか、がっついた雰囲気を感じはしなかったが、どこの世界にも変わり者いうことか。


「こんな所まで来て、何の用だ? 依頼者は安全な場所で大人しくしていろ」

「いえいえ。皆さんがしっかりと依頼をこなしてらっしゃるかなあと心配になりましてね。こうしてお仕事姿を拝見しに参ったわけですよ、クアッカッカッカ!」

「・・・・・・見ての通りだ」


抱き上げた犬耳の少女を示すと、素晴らしいとスミスは拍手する。


「いやはやいやはや、どうやら楽勝だったようで。物足りなかったのでは?」

「ふふーん、当然! 私達『黄昏の夕凪』の敵じゃなかったよね!」

「・・・・・・お粗末、過ぎた」

「ええ。弱い者いじめをしているようで気が引けましたが」

「フッ・・・・・・当然だ。我が漆黒の刃を前にして、恐れを抱かなかったことだけは称賛に価するが、所詮それだけのモノ。
 鋼で覆い隠さねばならぬ弱いココロでは、俺に敵う筈もないのは道理だ。
 しかし戦いとは虚しいものだな。所詮正義など、暴力を正当化するだけの詭弁でしかないということか。ならば俺は偽善者、か・・・・・・」

「お兄ちゃん・・・・・・」

「ク、クァッ、カッカ・・・・・・カァ? ええと・・・・・・?」


人には理解不可能なものに出会った時、笑い声を上げる者がいるという。スミスはどうやらそこに類する人間だったようだ。
ごほんと咳払いした後、どうぞと続きを促した。


「さて、貴様がここまでやってきたということは、騎士達の調査も終わったようだな。これで依頼は完了したということか」

「ええはい、それはもちろん。貴方達は良くやってくれましたよ、本当に。素晴らしい仕事をしてくれたようで、私はとても気分が良い。
 報酬は弾ませてもらいますよ。嬉しいでしょう? ククク、カカカ」

「元の額でいい。もうここに居る必要は無くなったな? ではこれで失礼させてもらう。皆、行くぞ」


スミスの脇を抜けるように男は足を進める。


「おおっと、待って下さい。それを見過ごすことは出来ませんねえ」


通り過ぎる瞬間、スミスは男の腕を掴んだ。
チチチ、と指を顔を前で振り、それ―――犬耳の少女を差す。


「これから一応聴取しなければならないのですから、重要参考人を連れて行ってもらっては困ります」

「・・・・・・チッ」


舌打ち一つ。
少女が引き渡される時、戦士の少女や女魔術師が不満の声を漏らしていた。
冒険者であるため重罪を貸されることはない。しかし、処分を待つまでの間、この少女がどのような扱いを受けるかは保障できないのである。
だからむしろ冒険者同士で内々に処理するため、自分達で連れ帰ったほうが都合が良い。
そう男の仲間達は思っていたらしい。
男自身がどう思っていたかは、解らないが。


「結構結構。それではこれにてさようなら。お仕事、お疲れ様でした。ククククク!」


それではそれではさようなら、と手を振るスミスに背を向けて、男とそのパーティーは迷宮を後にすることにした。
名残惜しそうに、通路脇に倒れている侍従服を来たもう一人の少女を男は見やっていたが、仲間の一人が労わるように背を抱いた。


「あの娘達の事は可哀そうだけれど、仕方ないよ。でもいいじゃない、私達が居るんだからさ! ね、お兄ちゃん!」

「・・・・・・私達が、ついてる」

「ええ。私達はあなたについていくと言ったでしょう?」

「皆・・・・・・ありがとう。そうだな、俺はこんなところで躓いてはいられないんだ。俺は何時まで経っても、弱いままだな」


でも、きっと大丈夫だと男は笑った。


「俺達の冒険は、まだ始まったばかりなんだから」






◇ ◆ ◇






「ふうむ。笑えばいいのか、嘆けばいいのか、複雑ですねえ」


物質化した影でナナシ達を運びつつ、スミスはぼやいた。


「まあ、これで“御三方”も満足されますし、良しとしましょうか。しかし規模縮小されたのが痛いですねえ。
 仕方ない、ポケットマネーを切りますか・・・・・・」


しばらくはコーヒーだけの生活になりそうだ、と銭勘定をしつつ、“仕込み”を続けるスミス。

今回、国軍の幹部を装い『堕天使のコピー』に近付いたのには、理由があった。
それは『プラン』に関係するもので、プランCの閉鎖に伴いこれまでの成果とプランBの進行度を確認せよ、という命令が下ったからである。

プランBとは、異界の魂を“こちら側”で産まれた赤子に宿す試みの、転生プログラム。
プランCとは、異界の存在をこちら側に引きずり込む、転移プログラム。

どちらも神へ至るための道程を探るプランであり、そしてプランCは閉鎖されることが決定していた。
どうにも、コストが高すぎるからである。存在の立脚点が異界に基づいているため、こちらの世界の常識が、全く通用しないのだ。例を上げれば、レベル概念が適用されないこと等である。
そんな赤子にも等しい存在など、最後まで面倒見切れないし、付きっきりになる暇も無い、ということだ。
比べてプランBは、こちら側の世界に準拠させてしまうので、命を落としたとしてもそれは個体の自己責任。
金も手間も掛からず、多くのケースを同時に抱えることが出来るため、研究という観点から見ればこちらを採ることは当然とも言えた。
堕天使の前例もある。
前例があるのだから、その通りに事を進めていけばいいのであって、考えるべき事はプログラムの自動化だ。
これまでの統計によると、魂を呼び入れた際に神を騙って、神として特別な力を与えたとでも述べておけば、上手くいく確率が高くなるらしい。
この場合、自動的に堕天使の加護が与えられることになる。
長年学会では堕天使の直接加護を受けるにはどのような条件が必要なのかと議論が続けられてきたが、転生者であることが条件であるとは、考えも付かないだろう。
そして堕天使と敵対関係にある加護神を信仰する集団、例えば閨閥貴族内にて産まれるようしておけばなお良し。
後は放っておいても排斥を受け、生まれか人か世界に恨みを持ちつつ、冒険者の道を歩むようになるというわけだ。

そうやって産み出された大勢の『堕天使コピー』の内、最もオリジナルに近い形で進行中のプログラム被験者に、プランC責任者である自分の担当する彼をぶつけることで進行度を計ると、そういう試みであった。
なるほど彼は噛ませ犬にさせられた訳か、とスミスは嘆息する。

自分が担当しているという一点で、プランCの集大成と見られたか。
しかし、こうやって簡単に敗れてしまった姿を曝したことは、プラスに働くかもしれない。
元より優先度の低いプランである。価値無しと判断されれば、警戒するのは目の敵にしていた我らの頭領のみでいい。


「力しか“ものさし”が無いとは、愚かですねえ。クックック・・・・・・」


喉の奥でクツクツと笑い声を上げるスミス。
それでいい。
この御方の価値を把握しているのは、自分だけで十分だ。

力―――神意にしか価値を見いだせない連中には、終ぞ理解することなど出来ないだろう。
堕天使コピーでさえもそうだったのだ。
自らに近しい存在だと感じていたためか強く揺さぶられていたようだが、結局は力にアイデンティティを求めたのだ。
そんな、レベルなどというものに頼りきり『人間力』を磨くことを忘れた者共など、神に届くものか。


「しかし毎回ヒヤリとさせられますね。いやあ今回は危なかった。ここで貴女が“改宗”してしまっては、全て台無しになる所でしたよ」


よく耐え切りましたね、とスミスは影に飲まれていく鈍色の頬をくすぐった。
面倒くさくなったのか、ナナシ以外は影による転移魔術で送ることに決めたようだ。
この辺り、物質的に作用する転送器と違い融通が利かないなとスミスは肩を揉んだ。


「綱渡りをするのはもう疲れましたからねえ・・・・・・本当に。暗躍するのも楽じゃあないんですよ?」


今回は、いや今回もまた綱渡りだったのである。
ナナシ及び転移者が結界無効化能力を備えているように、転移転生者達は大なり小なり、皆何らかの異質な性質を備えていた。
共通するものを挙げるならば、『信者獲得』だろう。
世界の理から外れている彼等は、その理に不満を持つものにとり、大いに魅力的に映るらしかった。
個体による手段が問題なのではない。中には、微笑みかけただけで心を鷲掴みにしてしまう者さえ居るというが、それも性質に依るものだった。
そして堕天使コピーは信者獲得を鈍色に使ったのだ。
あれには本当に肝が冷えた。何せ、ここで鈍色が改宗してしまえば、また一から“巫女”探しをしなければならなくなるのだから。時間的猶予はもはや無いのである。

もちろんナナシも例に漏れず、『信者獲得』の性質を備えてはいた。
しかし具体的手段を持ち得てはいなかったため、そこまでの強制力を発揮する事は無かったのである。
堕天使コピーとは違い深い仲になりたがらないのは、自らの特性に薄々感づいているからか。
しかし『信者獲得』とは惚れ薬のような、そんな易しい性質ではないのだ。
『手段』を用いて直接行使された場合、対象の自意識は上書きされ、愛や恋といった強い感情にコーティングされる。
そして、あらゆる命令を受け入れる態勢となる、言いなりの人形となるのだ。正に、神に傅く敬謙な信者のように。

果たして、ナナシの側に居る女性陣は、ナナシの言葉に絶対服従するだろうか。
ナナシの命に拒絶することなく、粛々と従うだろうか。
掛けられた言葉を拡大解釈して、ナナシの意に反する行動を執りはしないだろうか。
触れ合う機会の多いパーティーメンバーはともかく、お嬢様と技師に関しては、絶対にありえないと断言できる。

つまり、ナナシがこれまでしてきた余計な気遣いは、スミスに言わせれば思い過ごしであると言う他なかった。


「さっさと誰かとくっ付いて下されば、こちらとしては楽なんですけどねえ。
 あれだけタイプの違う婦女子が周りに居るというのに、奥ゆかしいというか何というか。それで失敗しては泣くに泣けませんよ」


しみじみと息を吐くスミスの姿は、くたびれた会社員そのもの。
上司からの圧力と部下からの突き上げの妥協点を探し、更にその隙間の空白を縫って事を進めるのは、相当に骨が折れる作業だった。
多少無茶な試練を課したとてナナシが死にはしないと確信はしていたが、絶対ではないのである。
スミス独自の計画には巫女の存在が不可欠だったが、その選定も偶然に依るもの。同じ演出を二度しろと言われても、土台無理な話だった。
それに万が一、プランAやBが成功してしまえば、これまで行って来たことは全くの無駄となるではないか。


「それではあまりにも、ナナシ様に失礼というものでしょう」


ここに来るまで払ってきた犠牲を慮れば、ナナシは決してスミスを許さないだろう。
スミスが出来る償いはただ一つ。
ナナシを、神の座へと押し上げることだけ。
ナナシが神と成ったその瞬間に、あらゆる罪は浄化され、己は卑しくも神の寵愛を受けることになるだろう。あるいは裁きを。
そして、神が人間の創造物であることが、ここに証明されるのだ。

神を祀る『迷宮』も、迷宮を外敵から守るために在る『魔物』も、そこに収まるべき『神』も、全ては完成に近付きつつある。
だが、未だ足りない。
決定的な一つが。


「そう、足りない、足りないのですよ。神に身を捧げるべき巫女が――――――贄が足りない」


貴女もそう思うでしょう、とスミスは影へと呑まれて行く鈍色に問いかけた。
返事はない。
しかしスミスはカラスが鳴くような、甲高い笑い声を上げた。


「貴女に最高の栄誉を与えましょう。神の一部となる栄誉を。安心して神に召されなさい」


陰が“ぬるり”と蠢いた。

神とは信仰により存在を継続させ、世界の礎となる。
人が言う神とは、長い時の中で人の命の循環を基盤としたシステムのことを指していた。
では、短期に神を立脚させようとし、そのため信仰を得られる見込みが無かったとしたら、どうしたら良いのか。

スミスの結論はこうである。
――――――贄を捧げること。それに尽きた。
直接神へと、命を吸い上げさせるのだ。
贄が神とより深い関係にあったならばなお良し。
強烈に神に揺さぶりを掛け、そうすることで希薄であった存在が、より強固なものとなるだろう。

それは、神となるべく対象が未だ存命中であったとしても変わらない。
いや、むしろ強く神としての素質が高められることだろう。
そうスミスは確信していた。


「愛しい愛しい彼の血肉になれるのだから、貴女も満足でしょう? ――――――ねえ、子犬ちゃん」


巫女とは、供物の換言であるが故に。
ある種ナナシの命よりも慎重に扱ってきた巫女―――鈍色が、完全に影に飲まれるまで、スミスはじっと見守り続けていた。
紛れもない慈愛と、羨望を込めて。















友人との会話にて。

「厨二病を否定する、という新型厨二病が発見されたそうな」
「な、なんだってー!? 次の話のネタは決まった! これで俺も若がえ」
「ちなみに意図して厨二ネタを使いたがるのは、オッサンの証らしい」
「・・・・・・」

心は永遠のフォーティーンだと信じたい。四捨五入したらもう30かあ・・・・・・。

とまれ、目から鱗でした。
誰しもがそこから脱却しようとして、気付けば元の位置に戻っているという不思議!
いえ、元から厨二ssなのですが。しかも設定で荒を隠すという力技を使っている。

というわけで、原点回帰。
私の十数年前の黒歴史ノート内に眠るあれこれを、ここぞとばかり使用しました。
新旧厨二主人公相立つ。
技名、台詞等、当時のテイストを残してあります。
やってしまった感がありありとー・・・・・・。

しかしこれはギャグ、なのだろうか。
どの辺りまでが許容範囲なのか、さっぱりわからなくなってしまいました。
どうしよう。うーん・・・・・・。



[9806] 地下25階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/03/10 09:59

かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。

解かっている、これは夢だ。そうナナシは自答する。
夢だと解かっているのだから、ナナシは取り乱さず、老人のその後姿を静かに見つめていられた。
あの時のように。いつものように。


「それでいい」


鎚を振り下ろしながら、撃鉄の間断を縫うように老人は口を開いた。
依然として顔は熱された鉄に向けられたままだったが、ナナシはそれが独語ではなく、自分へと応えたものであると理解していた。
それが、老人とナナシの独特なコミュニケーション。
初めて出会ったときから繰り返されていた対話方法だった。


「ふん、まあ何とかやっているようだな。お前にしちゃ上出来だ」


かぁん、かぁん―――と鉄を打つ音。
老人は振り向かない。
ナナシには老人の背を窺い見るしかなかった。どうしても、顔を見ることが―――思い出すことが出来ない。
夢の中ぐらい、自分の都合の良いようになればいいものを。


「それでいい」


再び老人は告げた。


「お前が思っている以上に命ってのは安いのさ。この世界では、特にな。あっちでもこっちでも人が死ぬ。
 だから死んだ奴のことなんざ、とっとと忘れるに限る。でないと、俺みたいになっちまうぜ。お前は俺の真似ばっかしてるからな。
 ・・・・・・とは言ったものの、忘れられないから俺が此処に居るわけか。ったく仕方ねえ奴だ。でもまあ、お前はそれでいいんだろうよ」


冒険者ってえのはもっとドライなものなんだが、と呆れたような、それでいて嬉しそうな声。


「いいか、お前が周りの奴らから慕われる理由はそこにあるってこと、忘れるなよ。
 冒険者は倒れた仲間を振り向いてはいけない。そう言ったがよ、撤回するぜ。お前は振り向きながら、そうやって進めよ。
 目的も目標も、思想も夢も無くったって構わねえさ。惰性でだって構わない。
 ただ、止まるな。進め、走り抜けろ。自分が何処まで行けるか、確かめてみな。仮にも冒険者だろ、お前はよ」
 

変わらず、老人の顔はようとして知れない。


「そうして『これは』と言える一つを見つけろ。・・・・・・なに? 抽象的過ぎて解んねえって? こまけぇこたあいいんだよ!
 とにかく、何か目標でも目的でも見付けて、そいつを成せ。それがお前の冒険だ。いいな!」

 
はい、とナナシは答えようとした。
しかし声は出なかった。発声器官が丸ごと失われたような、そんな不思議な感覚。それは、此処が夢の中であるからか。


「“なんとなく”ここまで来ちまったような場違いな奴だからな、お前は。当然壁にぶち当たる事もあるだろうよ。
 そしたらお前は潰れちまうに決まってら。弱っちいからなあ、お前は。だから、理不尽に打ち勝つ術を教えてやるよ」


老人は顔を向けぬまま、右腕を頭上高くに掲げた。
いつしか鉄を打つ音は止んでいた。


「ゲンコツを握んな」


そう言って、折り曲げられていた指を一気に握りこむ。
指を完全には握らず折り曲げた状態で維持することにより、掌底から手刀、拳撃や武器戦闘まで幅広く対応出来るよう工夫した、奇異な型。
“ねこの手”と言えば解かりやすいだろうか。対人戦にはおおよそ向いていない非合理的な拳。それはもはや何万と繰り返したか解からない、無名戦術の基本型だ。


「レベルもスキルも魔法も加護も、全部が全部、神様から与えられたものだ。神によって管理統制された力は暴走することがない、非常にクリーンな戦力・・・・・・。
 そう認知されているが、どうだろうな。放神してから考えるようになったのは、加護システムの脆さ、危うさだけだ。
 貸し与えられたにすぎない力は、いつか上位権限によって制御操作されてしまうんじゃないかとな。放神した男のやっかみだとは言ってくれるなよ。
 お前の力だって同じ、紛い物だ。大層な鎧に身を包んで、強くなったような気になっているかもしれんが、そいつを脱いだらお前は丸裸だ。驚くくらい無力だぞ」
 

老人は語る。 
思い返せば、老人とは元々一年を過ぎる程度の付き合いだった。
いくら影響が大きかったとはいえ、何度も命の危機に晒されるような“濃い”日常を過ごしていれば、記憶が擦り切れていくのも仕方の無いことではないだろうか。
否、ナナシにとり、この老人の表象は鉄を打つ後姿だったというだけだ。
冒険者は倒れた者を振り返ってはいけないと、よく聞かされていたのを覚えている。それは老人の後悔からの言葉だったのかもしれないが、中々どうして、自分はそれを体現しているではないか。ただ、時間が掛かるだけで。


「でもな、こいつだけはお前を裏切らない。こいつを握った時間だけは。そうだろ?」


握り込まれた拳から、骨と筋が軋む力強い音が、聞こえたような気がした。
老人の顔も声も忘れかけているというのに、その拳の美しさだけは絶対に忘れることがないだろう。不思議とナナシはそう断言出来た。


「弱い自分にほとほと嫌気がさした時、理不尽に打ちのめされて立ち上がれなくなった時、そんな時にはよ、拳を握るんだ。
 どんだけ自分が脆くても、握られた拳の堅さだけは絶対だ。そいつで脆い自分を消しちまえ。そうすりゃあよ、堅い拳だけが残るだろ。後は、解かるな?」


ゆっくりと拳を解いて、老人は天を仰いだ。
乾いた笑いが漏れたような気がした。


「実はな、俺には出来なかったんだよ、それ。お前は、頼むから、諦めて手を開かないでくれよ。
 お前は俺の真似ばかりしているから。お前は俺に、似てるからよ・・・・・・」


心配してくれたのですか、とナナシは口を開いたつもりだったが、音が発せられることは無かった。
しかし老人には伝わったようで、頭上で手をひらひらと振って否定していた。


「ばっかお前、心配とかそんなんじゃねえよ。出来の悪い弟子の事が、心残りだっただけだ」


老人の中では、それは同じことではないらしい。
チ、と舌打ちを一つ零して短く刈られた白髪を豪快に掻いていた。


「とにかく、俺の言いたいこたあそれだけだからよ」


さあもう心残りは無くなったぞ、と老人は言った。


「まあ、ここでの話なんざ覚えちゃいられねえだろうが、いいさ。ただコイツだけは忘れてくれるなよ、ほら」


唐突に老人が投げ渡したのは、先ほどまで鎚で打たれ、紅く熱されていた鉄塊。
いつの間にか、あらゆる工程を無視して整形されていた。
これも、忘れるはずの無い形。

――――――ツェリスカ。


「これでもう会うこともあるめえ。じゃあ、あばよ」


実に呆気なく、老人は立ち上がり、手を振って歩き出した。
懐かしい背中が、暗がりに消えていく。
ナナシは手を伸ばし何かを言おうとしたが、しかし声は出なかった。
よしんば何かを言えたとしても、待ってくれと言おうとしたのか、ありがとうと言おうとしたのか、自分でも解からなかった。
 

「ああ、そうだった」


その背中が消える瞬間に、老人ははたと立ち止まった。


「悪いなあ“お嬢ちゃん”。茶の一杯も出してやれずによ。だが“席は空けといた”からよ、これからは、お前さんがこいつを守ってやってくれや」


何を言っているのか、と問う前にナナシの背後から、聞きなれた声が響く。


「わんっ!」


鈍色の、力強く頷いた様な、そんな声。

何故お前がここに――――――?

やはり問う声は出ず、ナナシの意識は急速に白んでいった。










◇ ◆ ◇










目覚めて初めに見た光景は、大小様々の鍾乳石が連なる天井。
ぼんやりとそれを眺めていると、初めてこの世界にやって来た時の事を思い出す。

あの時は確か、直ぐに最下級の魔物である『ゲルスライム』に襲われて、命辛々逃げ出したんだっけ。
そして血みどろになって廃墟を彷徨っていた所を、あの人に拾われ、鍛えられた。
もう5年も前になるのか。どうりで、ぼんやりとしか顔を思い出せないはずだ。
でも、今でも瞼の裏に思い出すのは、鉄を打っているあの人の背中。あれだけは忘れることはないだろう。これからも、だ。

さて懐古の情に浸るのはこれくらいでいいだろう。
気絶している間、何やら懐かしい夢をみていたようだったが。


「・・・・・・なんだっけ?」


思い出せないのならば、大した内容でもあるまい。
ナナシは痛みを訴える頭を抱え、起き上がった。
指の間から、パラパラと破片が零れる。
モニターは全壊、有視界モードに固定されているということは、今ツェリスカの頭部は“落としたゆでたまごの殻”のようになっているのだろう。


「まったく、堕天使の野郎が。やりすぎだぞ」


フレームが歪まないよう慎重に兜を脱ぎ、額を擦れば爪の間には乾いた血が。
気絶した後に攻撃を受けたということか。それも、執拗に頭部へと。
綺麗な顔してえげつない事を、とナナシは兜を腰にマウントさせて周囲を観察した。

自分が居る場所は、約五メートル四方の空間。申し訳程度に設置されたベッドと便座に、頑強そうな鉄扉。
仲間の姿は見当たらない。
どうやらここは、独房として使用されていたようだった。
それにしてはナナシの武装解除がされていない所を見ると、これは一体どういうことか。


「舐められているか、あるいは――――――」


ナナシは扉に近づくと、とりあえずといった風に力を込めた。


「――――――誘われているか」


鉄扉は錆付いた音を立てながら、何の抵抗も無く開いていった。
隙間からは、ナナシを引きずり込むように闇が口を広げている。

石礫を放り反響音に耳を澄ますと、どうやら分かれ道は無いようで、しばらくは一本道が続いている。
その先に大きな空洞があるようだった。


「行くしかない、か」


他の房も無く仲間の姿も見当たらないというならば、この場に自分を運んだ下手人の狙いが何であれ、じっとしてはいられない。

堕天使が何を思って自分達を別々に攫ったのかは解からないが、どうせ碌でもない理由だろう。
いや、堕天使は関与していないかもしれない。もしかしたら、国軍に引き渡された後なのかも。
どちらにしても仲間達の、特に女性陣の無事が確認できない事は、ナナシに冒険者に付きまとう“悲劇”の一つを想像させることは容易かった。
その想像は自然と、ナナシの先に進む足を急がせることとなる。

しばらく先に進むと、明らかに鼻に付く異臭。
嫌に嗅ぎ慣れたこの臭いは、腐った血の臭い。死臭だった。
更に通路を奥へと進めば、まるで飽きられて捨てられた人形のように、襤褸切れを纏った人間が折り重なって打ち捨てられている。
強烈な腐臭に、ナナシは思わず鼻を覆った。
彼等が“引越し”の際、片付けずに捨て置かれたのは、迷宮の早期機能回復のために養分として再利用する算段であったためか。
魔物の餌として生涯を終えることになった彼等の無念さたるや、今にも怨嗟の声が聞こえてくるようだった。


「う、ううう、あ・・・・・・」


聞こえた呻き声に、ナナシははっと息を呑む。
魑魅魍魎の呪詛ではない。間違いなく、生者の苦悶の声だった。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」

「あうう・・・・・・」


ナナシは急ぎ、うつ伏せになり震えていた半裸の女性を抱き起こす。
女性は苦しげな呻きを上げ、ナナシにしがみ付いてきた。
眼は虚ろで、白く濁っている。意識は混濁していて、こちらの呼びかけが聞こえてはいないようだ。

薄く開かれた口からは意味を成さない言葉と、肉の触手しか飛び出しはしなかった。
背中に回された手に細腕からは想像も付かない程の力で圧迫され、爪が豆腐を突き刺すように装甲に喰い込んでいく。
眼窩や鼻腔から飛び出した触手が、ナナシのそれらへと潜り込もうと絡み付く。


「あ、あ、ああああぎぎぎい、ぎぎぎぎい、うぎいいいい――――――!」

「う、ぐ、フィストバンカー!」


内圧で口腔が裂け、触手に塗れた肉腫に呑まれていく女性。
ツェリスカが警告を発するよりも早く、ナナシの拳は女性であった肉の化け物を砕いていた。

殴打の音と共に飛び散った血や肉片に、人を殺した、という罪悪感は抱かなかった。
これはもはや、人ではなかったからだ。

人でないというのなら、これは一体何なのだろうか。
魔物か、それとも魔獣か、化け物か。
否、それらよりもなお性質の悪い存在だ。

この哀れな化け物に関する記憶が、ナナシには在った。


「『神降し』・・・だと・・・・・・!?」


『神降し』――――――。
それは、神の数だけ存在する多宗教において、共通の禁忌とされる儀式である。
口に出すことすらも憚られるその単語は、実際に過去の個人的な探索で目撃したナナシでさえ、あの現象が何だったのかと知るまでに長い時間が掛かった程。
神降ろしとは、禁忌中の禁忌。人道から踏み外した、秘められた忌むべき儀式であった。

神が実在するのだから、その神を顕現させようと考えるのは当然のことだろう。歴史上、それは何度も試されてきた試みである。しかし、それらは一度も成功すること無く終わっていた。
魔力の塊であるともされる神を顕現させるには、収めるべき『器』が必要となる。例えば、神がその身を変えたとされる伝説級の剣や盾がそれだ。
シンボルとしてならば、それで十分だろう。十分とは言うが、そのような神具を作成するのも途方もない対価が必要とされるのは言うまでもない。
しかし、そこで収まらないのが人の常である。彼等は自らを導く、意思ある神を望んだのだ。
そうして用意された器は・・・・・・当然の帰結と言うべきか、人間の身体であった。

しかし、あまりにも強大な神の存在を収めるに足る器など、世界中どこにも存在しなかったのだ。
神意を“丸ごと”押し込められた肉体は、内圧に負け、異形と化してしまうのである。それは、美麗として名高い神や、どのような儀式体系であっても例外はなかった。
それ以上にこの儀式の性質の悪い所は、この異形が存在として『完成』してしまっていることにある。
異形は不完全ながらも、神に通じているからだ。

つまり一度変異してしまえば、もはや二度と元には戻らない。
そして神として人の祈りを得られないために、別の強い感情に乗せられた魔力――――――恐怖を、人を捕食することで得ようと行動する。
もはや倒すしか対処法がないのである。
しかし紛い物の神とはいえ、神は神。
神であるが故に、否、“倒せる”神としてその存在を堕としてしまうからこそ、神降しが禁忌とされるのだ。

ここで思い出されるのがナナシの異能である。
ナナシの異能とは、あらゆる神意の影響をシャットダウンする能力なのだが、しかしこの能力には穴があった。
一つは、鎧越しとなる程までに極近距離にて接触しなければならないこと。これは触れなければ効果が無いと認識していれば、問題はないだろう。
そしてもう一つの穴。それはこの能力の効果が、あくまでも神意のシャットダウンであるということだった。
無効化でも消去でも否定でもない。遮断なのである。

結界や封印、または憑依といった、神との“やくそく”に依って成り立っている術式――――――神意との常時交信により維持されている魔術については、この能力は絶大な効力を発揮する。
しかし神降しによって変えられてしまった者には、その限りではなかった。
一部とはいえ、そこには本物の『神』が込められているのである。
器となった者の意識がどうなるかは多種様々であるが、もはやそれは“魔術によって引き起こされる奇跡”ではなく、魔物や魔獣と同義であるということだ。

異世界の存在である“ナナシ達”は、この世界にとり、言わば絶縁体のようなもの。
その異能を名づけるならば、『神意遮断』と言うのが適当か。
ナナシの能力は神意に対して万能ではないのである。神と呼ばれるサーバからの通信を阻害する程度の効力しかなかった。
存在自体が、この世界にとり異物であるが故に。
機能を破壊するウイルスとしての役割は、ナナシ達は持ち得なかったのである。
神意を消去し、それによって歪められた存在を元の容へと成型し直すなど、神と同等の存在・・・・・・神にしか出来ぬ芸当ではないか。


「ちくしょ・・・・・・!」


拳にこびり付いた血と、頭部が潰れ、痩せた躯となった女性を見つめ、ナナシは音が鳴るほど奥歯を噛み締めた。

この場に打ち捨てられているのは、器に“すら”なれず、息絶えた者達ということか。
折り重なる彼等の中には、大人も居た。子供も居た。もちろん、老人も。
だれしもが、幼稚園のスモッグを着ていたり、コーヒーの染みの付いたエプロンを着ていた。彼等は須らく、一般人であったということだ。
なるほど器の適正にはレベルなど関係がない。どれだけ降ろす神との親和性が高いか、という一点のみが重視される。
であるならば、この人たちは皆、どこからか攫われて来てそれで犠牲になったということか。
身の内に神を“降ろされてしまった”犠牲者達に関しては、ナナシは何ら救う術を持ち得てはいないのである。

後ろ髪を引かれる思いで、ナナシは時折聞こえる呻き声を無視して、走り抜けた。
振り向いてはいけないと、教わった言葉を呪文のように唱えながら。
事実、足を止めれば、生き残ってしまった神の残滓達が、ナナシの肉と叫びを求めて襲いかかってくるのだ。
これは仕方がないのだと、そう言い訳をして自らの心を正当化する作業に努めなければ、ナナシは今にも彼等に駆けよってしまいそうなほど、自失していたのである。

――――――だから、『その』可能性にナナシは気付かなかった。
否、気付いていながらも、無意識に無視しようとしていたのかもしれない。

しばらく走り続けていると、急に開けた空間が現れ、ナナシの足を止めた。
これまでと同じ鍾乳石の垂れ下がる造りだったが、そこに含まれている鉱石の純度が違う。
金剛石の様なきらめきを放つ突起もあれば、水晶の様に向こう側が透けて見えるほど透明な物もある。
どこからか漏れる一筋の光が突起によって屈折され、多くのそれらに乱反射され幾何学模様を作りだしていた。
光の網が形作るそれは、一見美しく幻想的にも見える。
しかし、ナナシには吐き気を催す光景にしか見えなかった。

この光の布陣は、魔法陣。
間違いが無い、“あの時”見たものと同一の代物だ。
ならば、この場が儀式の中核か。


「・・・・・・っ! 鈍色!」


空間の中央、小高く積まれた石台の上に、ぐったりと横たわる鈍色の姿を見付け、ナナシは駆け寄った。
そっと抱き起こし、口元に耳を近づければ、くぐもった呼吸音が。
どうやら臓器に損傷を受けているようだ。


「もう大丈夫だからな。今すぐ皆を見付けて、ここから出て」

「ううう、うううううーっ!」

「鈍色?」


ナナシの腕の中で、急に鈍色はもがき苦しみ始めた。
訝しむように覗きこむと、薄らと鈍色の青い瞳が開かれていた。
よかった、とナナシは喜ぶ事はできなかった。
鈍色の青い瞳が放つ、怪しく濡れた光を真正面から受けてしまったのだから。


「うぐぅううーっ! がうううーっ!」

「鈍色、どうした鈍色!」


ナナシは鈍色の気を落ち着けようと、額に手を伸ばした。
いつものように、耳と耳の間を撫ぜたなら、鈍色は柔らかく蕩けるような笑みを浮かべてくれるだろうと、期待して。
その時だった。


『Emergency! 緊急回避してください!』


ツェリスカから、警告が叫ばれる。


「どうし――――――」


どうしたのか、と詳細を尋ねるよりも早く、鈍色の爪が空に白い軌跡を描いた。
途端、視界が傾ぐ。
不意の違和感に、ナナシはとっさに手を着こうとしたが、しかし身体の均衡を取り戻す事はできずに転倒した。


「え――――――? あ・・・・・・?」


自らの意に反して、膝が地を舐める。
反射的に着いてしまった手から、鈍色が離れてしまった。
ああ、と伸ばした手は、しかしその鈍色自身に払われ、宙を泳ぐ。

今度こそ、鈍色とナナシの視線が交差する。
鈍色は目に涙を一杯にため、自分の犯してしまった責を認めたくないように、首を振って後ずさった。


「おい、どうしたんだよ鈍色?」

「あううぅ・・・・・・っ!」

「ほら、こっち来いって。そんな顔しなくても、怒ってなんかないからさ。な?」

「うううーっ、ううう!」

「はは、おかしいな。何か、寒くなって」


所在の無くなった手を、何とはなしに脇腹に当てる。
しかし、いつの間にか生じていた亀裂から何処までも指先が入り込んでいくのが恐ろしく、ナナシは手を離した。
離した手は、鮮血に染まっていた。
まるで摘まんでいたホースの先を放したように、堰を切ったように血溜まりが石畳の上に広がっていく。
鈍色、と彼女の名を呼ぼうとしたナナシの口から替りに迸ったのは、熱い粘着質な塊であった。

ナナシから遠ざかるように、鈍色は後ずさっていく。
ノイズの走るツェリスカの空間投影モニタに、絶えず警告されるレッドアラート。
鈍色の、薄暗い鈍り色をした体毛に包まれた“狼の腕”。その先端に輝く鋭い爪は、ナナシの血の雫で赤く滑っていた。


「うぐッ・・・・・・が、グゥ・・・・・・!」


痛みを通り越し、遅れて伝達された灼熱にナナシはたまらず声を上げた。
悲鳴を上げて悶え転がらなかったのは、単に鈍色を気遣ってのこと。
脳が痛みを熱として処理していくのに並行し、ようやくナナシは自身の負傷を認識した。


・・・・・・何だ? 俺は、鈍色に斬られたのか――――――?


信じられぬ、信じたくはない。
しかしツェリスカの自動診断が、ただ事実を訴える。
右肋骨から左脇腹に掛けての裂傷。
重傷である。
ツェリスカが限界速度で処理を行うことを告げたが、ナナシにはそんなことはどうでもよかった。


「がるるぁああああっ!」


苦しむ鈍色を、ナナシはただ唖然と見ることしか出来なかった。

――――――そこから先のことを、ナナシは後になっても断片的にしか思い出せずにいる。

鈍色の狼の腕に生える銀毛が蠢いたかと思えば、一瞬の内に肩口まで這い上がり、半身を包みこんだ。
頬が耳に留まらず、喉元にまで裂け、鋭くとがった牙が覗く。
皮膚が伸び、裂け、顔面の輪郭が歪み、生暖かい吐息と共に獣の臭気が立ち込めた。
ガラスが軋むような、水を含ませた粘土を捏ねるような音を立てながら、鈍色は変異を続けていく。


「あ、ああ・・・・・嘘だ・・・・・・そんな」


ナナシは変わっていく鈍色を見上げながら、自らが作った血溜まりに沈みこんだ。
鎧によって阻まれているが、腹圧で内蔵が飛び出しているらしい。
異物感と自身の中身の臭いで喉が詰まる。
鈍色の――――――否、鈍色だった者の爪は、深くナナシの脇腹を斬り裂いていた。


「神降し・・・・・・」


唖然とつぶやいたナナシの言葉が、全てを現わしていた。
鈍色の制服を内側から裂いて現れたのは、“鈍色の毛をした、美しい狼”。
一級封鎖域地表迷宮『地下街』の周辺都市にて、その迷宮がまだ都市機能を有していた頃よりもはるか前から、人喰い狼として恐れられてきた旧き邪心の一柱である。
完璧な器となるべく産み落とされた鈍色は、違わず完全に神の躯を体現していた。
もはや可憐な少女の顔はなく、ただ流入した神――――――『餓狼ヴァナルガンド=フェンリル』の凶貌が、そこにあった。

二本の足で立ち上がる様は、人身獣頭のベタリアンを思わせる。
ベタリアンは古代神に近しい存在であり、そうであるが故に忌み嫌われているが、この光景を見れば頷かざるを得ないかもしれない。
古代神、即ち獣神には、それが善性であれ悪性であれ、人の理など通用しない。
思わず頭を垂れてしまいそうになる圧迫感と悪寒は、なるほど獣そのものだ。


「グ、ル、ル、ル、ル――――――」


もはや鈍色の声とは似ても似つかぬ、狼の唸り声が聞こえる。
唯一つ、蒼い、澄んだ瞳だけが鈍色と同じように、じっとナナシを見据えていた。


「鈍色」


声は、もう届かないのか。
“鈍色狼”は、獲物に飛び掛からんと、身体を深く沈み込ませた。
爪が地を掻いているのが、傾いだ視界に映る。
ナナシは不思議と抵抗しようという気が起きなかった。むしろ、このまま鈍色に喰われてもいいとさえ思っていた。
そもこの距離、負傷では碌に動けまい。
気掛かりなのは、一体何者の思惑によって鈍色が変じさせられたのかということと、これから先、鈍色がどうなってしまうのかという事。
そして、仲間の安否だ。
願わくば、残る二人には無事でいてほしい。そして出来る事ならば、この鈍色狼とあの二人が出会うことがないよう、祈るだけである。
否、自分が神に祈った所で、意味はないだろうが。
それでもナナシは、どうか、と思う他なかった。
何故ならば、あの餓えに涎を零す鋭い牙は、回顧も許さずに自分の頭蓋を砕くだろうから。


「グゥアアアァアア――――――ッ!!」


牙を剥き出し、顎門を大きく開けた鈍色狼が跳ぶ。
咆哮と共に撒き散らされた生暖かい飛沫が、ナナシの顔へと降り注いだ。












PS3を買いました。購入したソフトは3つ。

その1
「早速縛りプレイだぜフッフゥー!」と意気揚々とステ振りを。コンセプトはもちろん転移系! とりあえず貴族で初めてー、レベルは1縛りでー、初期装備を全部捨ててー・・・・・・、とプレイ開始。
何このマゾゲー、心が折れそうだ・・・・・・。でもそれがイイ! よしショートカットが出来から、一旦戻って態勢を立て直して
「黒いファryに侵入されました」

涙で前が見えない。

その2
ホントに面白いのかなあこういうジャンルって、と最初はやや懐疑的。ひいこら言いながらス二―キングみっそん開始。中々手堅いジャンルじゃないか、面白い。でもストーリーの方はどうかな?
数時間後・・・・・・。

「スネーク・・・・・・もう戦わなくていいんだ・・・・・・スネェェーーク!」

涙で前が見えない。

その3
かっ、勘違いしないでよね! 購入理由は100%煩悩なんだからっ! 何もやましい事がない純粋な気持ちなんだからっ!帰宅後いそいそと早速プレイ・・・・・・。
コントローラーフリフリ、ハァハァ。

「うおおお! パージ! とにかくパージ! 二段パージ来たー! ソーマハオレノヨメ」
「あんた! 折角の休日に家閉じこもって何やってるの! もう30近いってのに、あんたって子は!」

母上登場。

「ちょ、見wらwれwたwwwwww」

涙で前が見えない。

私の涙が枯れる時は、来るのでしょうか。



[9806] 『番外編』とある冒険者達の休日・朝
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6a403612
Date: 2010/03/05 05:10


アルマ=F=ハールの朝は、一枚の写真から始まる。

部屋の主に迷惑を掛けぬよう、こっそりと仕掛けておいた計108台のカメラ。それらを駆使しリアルタイム撮影によって選出された、ベストショット。
その奇跡の一枚には、敬愛して止まない主の笑みが色褪せぬ鮮明さを保ち、収められていた。
起床後、身だしなみを整えてから写真に向かい一礼。そうして一日を始めるのがアルマの日課。


「おっ、おはようございます! ナナシ様!」


緊張して声が上ずる。
何故自分はこうも愚鈍なのか、とアルマは唇を噛んだ。

もちろん、写真に向かうまでに何度も鏡で自分の姿を確認してある。
いくら写真といえども、自らの主に見苦しい姿を見せる訳にはいかない。
しかし最後の最後でこれだ。
これでは本当に彼を前にした時、失態を晒すことになることは目に見えている。

ダメだダメだと思考が負のスパイラルに陥った時、写真立てに飾られていた彼に声をかけられたような気がして、アルマは顔を上げた。


(アルマ・・・・・・さあ、顔を上げるんだアルマ・・・・・・)

「ナナシ、さま・・・・・・?」

(アルマ、君はこんな事には負けない強い娘だろう?)

「いいえ、いいえ! 私は、私はとても弱く、価値ない存在でしかないのです!」

(そんなことはないさ。アルマ、俺は信じている。俺の愛するアルマは、こんな試練なんか簡単に乗り越えられるってね)

「ナナシ様、ナナシさまぁッ・・・・・・! 私も、私も・・・・・・っ!」


たまりませんーっ! と床を転がるアルマ。
うるさいぞと隣室から壁が叩かれたが、そんなものはアルマの耳に入る訳がなかった。
アルマの耳には、主の言葉しか届いていないからである。
・・・・・・言うまでもなく、幻聴であるが。
はぁはぁと乱れた息を整え何とか立ち上がると、そこには敬愛して止まない彼が、変わらぬ笑みをアルマに向けていた。
・・・・・・その写真に写る彼は、一応笑ってはいるものの、目線は明らかにカメラの方を向いておらず、カメラの存在にすら気付いていないようだったが。


「あああああ」


手早くフライパンに油を引き、とき卵を流し込む。床を転がる。
卵には砂糖が入っていて、未だ覚醒していない舌でも十分に楽しむことの出来る味付けとなるだろう。
先ほどは時間を取りすぎたので、兵士時代に身に着けた裏技を用いることにする。
天魔化して魔力を注入。こうすれば魔力変化を起こし、早く火が通る。
火が通ってふわふわになった玉子焼きが紫色の光を放ち始めたのを確認し、床を転がる。


「ああああああああああ」


完成したそれらを手早く弁当箱に入れ、準備完了。床を転がる。
次はメイド七つ道具の点検。掃除用具やティーポットの手入れは、主への完璧な奉公のために毎日欠かしてはならない作業。
明日が提出日だった学業の課題は、まあ夜にでも片手まで済ませればよかろう。
見た目通りの年ではない。あれくらいのレベルならば、どうとでもなる。
ああ忘れてはいけない、床を転がるのだった。


「ああああああああああああああああああああ!」


脅威の肺活量。
その他諸々の作業を、アルマは床の掃除を続けながらこなしていった。


「あああ――――――ハッ!? わ、私は一体何を・・・・・・」


アルマが正気に戻ったのは全ての仕度を終えた後。
はて、何故自分はこんなに埃だらけなのだろうか。今一度替えの侍従服に着替えつつ、自問する。
開けたクローゼットには、同じ侍従服が三十着程。時折気付けばこうして誇りまみれになっているので、数をそろえておいたものだ。
数十分の記憶の飛躍。心当たりはある。


「ま、まさか、これはナナシ様のお力では・・・・・・。虚像を介してのお力の行使を体得なさるとは、流石ですナナシ様!
 このアルマ、感服いたしました」


両手を胸の前で組み目を伏せるアルマは、まるで敬謙な祈りを捧げる修道女のよう。
常ならばこのまま祈りを捧げることに一日を費やす所だが、生憎と今日はアルバイトがあるのだ。主の。
主は朝は強い方ではない。今もリアルタイムカメラに映る主は、犬耳の少女と共に眠りに着いている。
ここは侍従として、起こして差し上げねば。

玄関にて編み上げブーツを締めながら、最後にもう一度姿見で確認。
額には、天魔化しても邪魔にならないように改造されたホワイトブリムが、何とも眩しい輝きを放っている。
驚きの白さである。洗剤を替えたからだろうか、流石は華王のattack。すばらしい洗剤力だ。

しかし、こうして鏡を見ていると、笑いがこみ上げて来る。
まさか自分が軍帽以外の、しかもヘッドドレスを被る事になるとは。


「・・・・・・ふふっ、そんな事もありましたね。懐かしい」


かつての自分を思い出し、アルマは忍び笑いを漏らした。
家政婦となったのはつい最近であるというのに、兵士であった頃の事が随分と昔のように感じる。
口調も趣向も変わったが、何より変わったのが、手にこびり付く血が己の血になったこと。
包丁を扱うというのが何よりも難しいということを、実体験できるようになったことだ。
以前は剣を手に取り、いかに敵の急所へと突き立てるかを考えてばかりいたが・・・・・・。

思考がまたも負の方向へ流れようとしたが、意志の力でそれを押し留めた。
止めよう。思い出した所で、鬱屈とするだけだ。
それに、今は一刻も早く主の下に馳せ参じねば。

暗い考えを振り払うかのように、アルマは主の部屋まで急ぐ。廊下は決して走らない。
目的の部屋へと到着。ノックをするが、返事はなし。
前回は焦って力任せにドアノブを引きちぎってしまい、お叱りを受けた。
だがしかし、今回はしくじらない。


「こんなこともあろうかと」


懐から取り出したのは、先端がL字型になっている細身の金具。メイド七つ道具の一つだ。
それをドアノブの鍵穴にさしこみこしょこしょとくすぐれば、あら不思議。がちゃりと軽い音をたて、部屋へと続く扉が開いた。
そっと覗けば、二人分のシーツの膨らみが、静かに上下している。

さて、今日も主はおはようと私にその暖かな微笑を向けてくれるだろうか。
私の務めを褒めてくれるだろうか。

その瞬間を待ちわびつつ、アルマは主の肩に優しく手を掛けた。


「おはようございます、ご主人様っ! 今日もいい天気ですよ。ほら、昨日の迷宮内死者数は18人だったって、学園新聞に書いてありました。
 縁起が良いことに皆一撃で、苦しむことなく逝ったそうですよ。今日の探索は、何か良い事がありそうですね!」


ホワイトブリムの位置を乱さないように、白いエプロンドレスの裾はひるがえさないように、ゆっくりと歩くのがメイドのたしなみ。
ここは国立ヴァンダリア学園。
冒険者の園。










◇ ◆ ◇










あちこちへ飛び跳ねる聞かん気の強い髪を、目の粗いクシを通して宥めすかし、何とか落ち着けさせる。
真っ直ぐな癖のない髪に憧れるが、あの人が気に入ってくれた髪だから、このままでいい。
歯を磨いた。朝食も食べた。服も着替えた。最後に鏡を見て確認。

髪型、良し。
毛艶、良し。
制服のシワ、良し。
目元、良し。
歯の尖り具合、良し。
尻尾の張り、良し。
笑顔、良し。
全て良し。

今日は快晴。こんな日は、何か良い事が起きそうな気がする。
根拠も無くそう信じられるのは、それだけ自分が舞い上がっているからか。自覚出来る程に心身の調子が良かった。絶好調である。
それはきっと、暖かな温もりに包まれて、眠りに着けたからだろう。

眼を閉じて、まどろみから覚めるまでの間ずっと感じていた暖かさを思い返すと、幸せな気持ちになれる。
閉じられた眼裏に映るのは、眼が覚めて最初に見た、彼の顔。
熱を持った頬の赤さを誤魔化そうと、軽く頬を両手で叩けば、また方々へ毛先が氾濫を起こした。
恨みがましく唸りながら撫で付けていると、後ろにあの人の気配が。

腰辺りに飛び込めば、汗の香りと熱気を感じた。
早朝の鍛錬の帰りなのだろう。かすかに錆びた血の臭いが鼻をついた。
血と、土と、泥と、鉄と、お日様の臭い。
この人の臭い。


「おー、今日も早いな。えらいもんだ。えらいえらい」


機嫌が良さそうに、ぐいぐいと髪を掻き混ぜられる。
髪が乱れに乱れたが、構わない。むしろ、それでいいのだ。髪型のセットは、このためにしておいたのだから。
今日も自分の髪の手触りを、気に入ってくれるだろうか。
そうであってくれたら、嬉しいと思う。


「んー、モフモフだなあ、お前は。モフモフ、もふもふ」


やはり、良い事があった。
今日はいつもよりも、触れてくれている時間が長い。
努力した“かい”があったというものだ。
心地よさに眼を細めていると、何かに気付いたように手がどかされた。
ああ・・・・・・もう少し夢心地でいたかったのに。


「あー、髪が乱れちゃったか。ごめんな。バイト前だってのに」


別にいいのに、と言えない自分の喉が恨めしい。
ううー、ともどかしさに唸っていると、それが不機嫌であると取られたようだ。
やはり、この人の目は節穴かもしれない。この尻尾の動きが眼に入らないのだろうか。
ワンダフルフレキシブル、ワンダフルフレキシブル。気付いて欲しい。
でもきっと、気付いているのに、気付いていない振り。


「じゃあ、俺も風呂入ってからバイト行くから、お前も遅れないようにな」


予想通りの反応。不満はあるが、これがこの人の最大限の譲歩だということはきっと皆解かっている。
名残惜しいがアルバイトの時間が迫っている。仕事道具の点検をせねば。

飛び跳ねる髪を配達局員指定の帽子ですっぽりと包む。ずり落ちそうなサイズの帽子は、中から耳で固定。
局員識別番号『3B71 8512』が大きく印刷された認識票を、首に下げる。
紺色の斜め掛け鞄を肩にくぐらせれば、準備完了。
配達員姿に早変わりである。
生来の剛力を活かした貨物の速達は、期待のホープとして配達戦力を期待される程。
体格に比して明らかな超重量に、街を駆ければ行交う人々が驚きの目を向けてくるが、こんなもの自分の装備である大斧に比べればどうということはない。
犬狼族の血が流れるこの身体は、見た目以上の膂力が備わっているのだ。

平時は自重以上の荷を背負い、屋根を飛び交い、まごころを届ける配達員。
戦時は大戦斧を振り回し、味方の盾となり、屍山血河を築き上げる白銀の子狼。
それが私の過ごす一日。


「いってらっしゃい、鈍色」

「わんっ!」


配達犬娘、鈍色・ナナシノ。
始まります。










◇ ◆ ◇










痛みを訴える腹を摩ったところで、何の気休めにもならなかった。
血が失われていることもあり、目眩が酷い。
やはり外出などするべきではなかったか。


「なあクリフ。顔色が悪いけど、本当に大丈夫なのか?」

「ああ・・・・・・気にするな」

「やっぱり、部屋に戻ったほうがいいって。俺が代わりに行っておくから」

「いや、実印が必要なのだから、僕自身が行かなければ意味がない」


探索科にて、学生間でパーティを組むことはもはや常識である。非力な者同士で徒党を組むのは当然の流れだ。
しかしパーティの絶対数は、科の生徒数を考えれば、割りに合わない程に少なかった。
理由は、パーティの統率者であるパーティリーダーに誰もなりたがらないから。PT管理や書類整備など、主にPTに関する事務面での仕事を任されることが多いリーダーは、脳筋傾向が高い冒険者志望の生徒にとり、いくら名誉ある役であったとしても避けたいものであるらしい。
幸い自分は事務処理が苦にはならない性質であったが、正直なところ、この男にリーダーを押し付けられた感がしてならない。
知的レベルは低くないはずなのに、面倒臭いだの力不足だのとごねて、表に立とうともしない。大成の芽を自ら摘むような態度は、苛立ちを覚えずにはいられなかった。
侮蔑の陰口を言われてもへらへらと笑っている様も、説明し難い腹立たしさがある。
もう少しきちんとしていれば、機関鎧を纏っているからと見下されず、誰からも認められる一角の人物になれるものを。


「・・・・・・」

「何でそんな睨むんだよ」

「別に。だらしない顔だなと思ってな。もう少し君は、キリッとした顔が出来ないのか?」

「ええと、こんな感じ、かなあ?」


キリッ。
とした顔。


「ナナシ」

「うん?」

「君は、本気で馬鹿だな」

「自覚はあるんで、言わないでください・・・・・・」


ナナシに肩を借りて歩いている内、だんだんと痛みに慣れてくる。
身体の仕組みとしてそうなっているのか、情緒が不安定になっているのを自覚する。
常ならば、こんな八つ当たりはしないというのに。せいぜい小言を言うだけだ。


「この辺りまででいい。世話になったな」

「ん、もういいのか。なあクリフ、あんまり無理するなよ」

「その台詞、そっくり君に返そう」

「うへぇ、耳が痛い」

「君もアルバイトがあるのだろう。早く行きたまえ」


後をついて来そうなナナシを、あっちへ行けと手で追いやる。
変に勘の良い男であるから、これ以上側に居られては、不調の原因を察せられるかもしれなかった。

己の身体に起きた不調の原因、それは――――――生理痛だ。

通常哺乳類の卵子はタンパク質の幕に包まれているが、卵生の原神をルーツに持つベタリアンは、その卵子の幕が炭酸カルシウムとなっている。
子宮は人の造りとほぼ変わらないため、そこに無理が生じているらしい。排卵期――――――生理が始まれば、順人に比べ多くの出血と痛みを伴うのである。
受精すれば炭酸カルシウムは吸収されるのだが、それまでは胎内に石が入っているようなものだ。なるほどそれは痛む道理だろう。

そして、ハンフリィ家の原神は『不死鳥フェニクス』。フェニクスは卵生の原神であり、炎に身を捧げる事で次代へと命を繋げるという。つまりは、性の無い、あるいは両性を有している原神ということだ。
その性は、古き神の血を色濃く顕現するベタリアンである自分にも、受け継がれていた。
自分は男女両性の機能を有している、両性具有だ。
家の都合とベタリアンの社会的地位から男児として育てられたために、ジェンダーは男性であるのだが、こうして“月のもの”に悩んでいることについては苦笑するしかない。
そもベタリアンとして産まれた時点で、身体的なハンデは承知の上。どうにもならないことなのだ。
どれだけ思い悩んだとしても無意味であるという、出口の無い迷路のような、悪夢じみた類の問題は多々あるもの。
諦めるしかあるまい。
殻が壁を刺激して物理的に痛むために、生理薬は効き目が薄い。後で日菜子女子に鎮痛剤の処方を頼まねば。

ふ、とナナシの立ち去って行く背に眼が向いた。
あの男の中には、神が居ない。神はあの男を見放したか、それとも・・・・・・。

愚かな貴族連中の権力闘争の只中にあって、あの男の存在は一際異彩を放っている。
誰もが下らぬと、とるに足らぬ男であると唾棄し、しかし何故かその動向を無視することが出来ずにいた。
自分が率いるパーティーの副リーダーとして元々注目を集めていたのが、セリアージュの元婚約者との一件で、一気に表面化したのか。
無力であるはずの男の戦う姿は、力有る高貴な存在であるはずの貴族派に、強い警戒心を抱かせていた。
誰もが無意識に、この男の存在を頭の片隅に留めていた。
あたかも、この男が歴史のキーパーソンだとでも言うように。
果たして、その一突きが世界を形造るというのだろうか。あるいは、世界の有り様を壊すのだろうか。

当人はそんなことは露も知らず、今日も変わらず拳を振るうのだろう。
世界の歴史がまた1ページ・・・・・・。












『犬娘』と書いて、『わんこ』と読む。以上。

回線環境が変わったのでテストも兼ね、番外編を投稿しました。
私の習性で、煮詰まってくると番外編に逃げたくなるの法則があるようです。




J( 'ー`)し「今日はキムチ鍋を作って、あら、豆腐が切れちゃってるねえ。すまないけど、買ってきてくれないかい?」
ノシ棒「ごめんカーチャン! 今手が離せないから!」
J( 'ー`)し「手が離せないって、あんたさっきからテレビの前に居座ってなにして」
ノシ棒「ほ、ほーっ、ホアアーッ! ホアーッ!!」
J( 'ー`)し「・・・・・・」

↑とある母子の夕食前(長男パージ入力中)

へへっ・・・・・・頭の中はブリとハマチで一杯だぜ!



[9806] チラシ裏掲載時の各話あとがき・感想返し
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/12/01 03:57

当ページは各話のあとがき、感想返しを分離し記載したページです。
感想へのレス返しを感想欄にて返すように、形式を変えたため、当ページを作成しここに置いておきます。




【地下1階】

以下レス返しです


>東方の使者さん

はい、仰られた通りです。
ジャンルは転移系となります。
導入部分を大幅に削ったので、解りにくい形となってしまいましたかね。
少したって後に説明していこうかと考えていたのですが、うーん。もう一度考えないと。
今後の展開での反応如何では、大幅に修正を加えることも視野に入れることにします。

ご感想、ありがとうございました!


【地下1.5階】07/26

以下レス返しです。


>沙さん
感想ありがとうございました!

今回、少しだけですが日常パート・挿話を入れてみました。
元々5話くらいで終わらせるかー、と始めた超見切り発車作でしたので、そのような日常パートがあまり考えられてなかったのです・・・。
失敗でした。

説明文も多すぎたらクドイですし、少ないと解り難いしで、どれくらい入れようかと悩みます。
うーん、バランスのとり方が解んないです。

主人公の性格が思い浮かぶとのご感想もとても有りがたいです。
人物描写というか、キャラクタの性格を掘り下げていくというのが非常に苦手だったので・・・。
うーん、課題が多いなあ。

さて、機関鎧が気になると仰ってくれて、こちらとしては嬉しい限りです。
ボーイ・ミーツ・ガールってそういう意味なのかよチクション! となる事間違いなしですw
吐くのはがっかりの溜息だと思います。

そして、ドラゴニュート令嬢は学園編でも登場します。というか、今回w
やっぱりツンデレ属性はいないとダメだと思うの。
想像されていた性格と違ったりしてがっかりしたらごめんなさい。

砂糖が吐けるくらいの甘文とかどうやって書いたらいいんだーー!


>とある読者さん
感想ありがとうございました!

やはり場面飛び過ぎてますよね・・・。
というわけで、今回から少しずつですが加筆を加えていこうかなと思います。
具体的には、ご指摘の通りキマイラ戦の主人公側の描写がごっそり抜けていますので、そこを詳しくさせていこうと予定しています。

そしてやっぱり走馬灯長いですよね・・・。
短くしないとなー、と思ってはいたのですが、失敗してしまいました。
ボーイ・ミーツ・ガールの場面ですから調子に乗り過ぎたみたいです。
なんてこったい・・・・・・。

犬耳がいいのはもちろんですが、角っ娘とか、ロボっ娘とか、羽っ娘とかもイイヨネ!


>akiさん
感想ありがとうございました!

超展開大好きな私がいます。

うーん、やはり設定を前面に出してしまっていますので、どこかで整合性がとれなくなるとは思っていましたが・・・。
もっとファンタジーファンタジーさせたほうがよかったですかね・・・。

ファンタジーと現実の擦り合わせって難しいです。


>シビンさん
感想ありがとうございました!

わわ、いっぱい書いてくださったようでありがとうございますー。

さて、こんなにも沢山書いて下さったのですが、この場でこうだと明言するのは止めておこうと思います。
申し訳ないです。
今後少しずつ明かしていく部分もあるかもですが、その時にはご意見を参考させて頂きます。

シビンさんが仰られた通り、私が書ききれなかった部分、意図的に書かなかった部分は
皆さんのご想像にお任せする、という形にしたいと思います。

貴重な意見や解釈を下さり、本当に助かりました!


>hitokotoさん
感想ありがとうございました!

やー、これまで自由時間が結構ありましたのでパソコンに向かう時間も多く取れて、投稿スパンが数日というハイペースでした。
これからはちょっと落ち着くことになります。
毎回楽しみにして頂いていたようで、すみませんです。

面白い、とのお言葉は何よりの励みになります。
ありがとうございました!


>悪党さん
感想ありがとうございました!

性別不明のキャラクタっていいよね!
という私の趣味から、ああいう形の書き方となっております。
ですが登場シーンが少ないのでキャラの掘り下げがなっておらず・・・・・・。

うーん、キャラクタの性格が固まらない、というのが私の課題です。
どうしたもんかー。


【地下2階】

以下レス返しです


>鎌田さん

ケモナーの道は一日にして成らず。

諸君 私は獣娘が好きだ
諸君 私は獣娘が好きだ
諸君 私は獣娘が大好きだ

犬耳が好きだ
猫耳が好きだ
兎耳が好きだ
虎耳が好きだ
狐耳が好きだ
たれ耳が好きだ
ふせ耳が好きだ
ぴこぴこ動く耳が好きだ
悪魔っぽい角が好きだ
鬼っぽい角が好きだ
羽が好きだ
鱗が好きだ
青色の赤色の肌が好きだ

二次元で 三次元で
文章で 漫画で
パソコンで アニメで
仕事場で 学校で
電車の中で 車の中で
夢の中で 白昼夢で

この世に生まれたありとあらゆる人外娘が大好きだ――――――!

以上。
感想ありがとうございました。



>旅する阿呆さん

感想ありがとうございました!
非常にありがたいお言葉でした。

しかし今回は、時をパイツァダストしたせいもあり
それでなくとも戦闘シーンでしたので、くどさ満載の文章となってしまっていると思います。
申し訳ないです。

だって、好きなんだもん。ちゅーに的設定とか・・・・ううう。

またアドバイスや、ご感想を頂けると嬉しいです。
そして今後ともゆっくり付き合っていってくだされば、幸いです。
それでは。


【地下4階】

以下レス返しです


>暗泥藻さん
感想ありがとうございました!

続き、期待してもいい・・・・・・よ?
ぐぐぐ、ゆっくり更新でもいいですか?

趣味全開で書いておりますので、もちろんパワードスーツの強化フラグとか色々予定しております。
迷宮探索物って本当ロマンですよね!


>ゼロ円さん
感想ありがとうございました!

獣っ娘に無数の愛を!

ヒロインに狐娘・・・だと・・・・・・!
・・・アリですね。
さてそうなるとキャラ設定から考えねばならなくなるわけで。ちょっと時間が掛かりそうです。
うーん、どなたかアイデアの助言とかしてくれないものか。
萌文って意識して書こうとするとすごく難しいものです・・・。
主人公に関しては、途中でポンと過去話を入れようかなと思っています。

P.S
購買のおばちゃんはハイエルフさん(長寿なエルフ)、という自分勝手妄想で書いちゃったんだぜ。
見た目10代なのに超年上とか、最高じゃないか!
ババァ!俺だ!結婚してくれ!!


>toriさん
感想ありがとうございました!

風見ロry・・・風見鶏さんの御作品は私も毎回読ませていただいてます。
いやはや、風見ロ・・・鶏さんには本当に頭の下がる思いです。
風見ロリさんは永遠のロリニストだと私は確信しておりますれば。

いやー、前回チラ裏に投稿させていただいてました作品や本板で、少数のロリん教の方々に言われてただけなんですけどね。

そして内容についてのご意見もいただきまして、本当にありがとうございました。
非常に参考になりました。
今回またもとの文体に戻してみましたが、どうでしょうか。
また気になる点ありましたら、教えてくださると有り難いです。


>魚里さん
感想ありがとうございました!

異世界でのダンジョン探索。
ロマンです。
剣と魔法と学園ものに影響されまくった私の、趣味全開で書いていますので、色々試してみようかなと思っています。

さて、主人公にパトロンはいます。
いや、いました。

現在の主人公の現状説明については、遠足が終わってからということになるのですー。


>中安さん
感想ありがとうございました!

パイルバンカーは漢のロマン!

他にはどんなロマン武器があるでしょうか。うーん。
超デカイ剣とか・・・超デカイ実弾銃とか・・・超デカイドリルとか・・・。
いかん、アイデアが枯渇してる・・・・・・。
色々とアドバイス等もらえると嬉しいです。

全身フルアーマーな主人公ですが、中身はレベル0のスライムにも負ける状態ということになってます。
しかし、力がないならば鍛えればよく、それでも駄目だったらば装えばいいのです。
フルアーマー、最後には空を飛ばします。


>ハリネズミさん
感想ありがとうございました!

その妄想を是非書きこんで下さいwww
というか、切実にアイデア欲しいです。
主人公強化案はもちろんのこと、どんなキャラクタが望まれているか、とか。

純粋に獣もかわいいですよねw
何かペット的なものを登場させてみようかな?

これからもちゅーに的更新をしていきたいと思います。


>止流うずさん
感想ありがとうございました!

・・・・・・あれ? ほほほ、本物?
ぎゃはー! 本物の止流うずさん!?
どうしよう・・・!

ええと。
様々な迷宮探索ものssを読み、刺激を受け、自分も書いてみようと思い立ったのが始まりでした。
止流うずさんの御作品もその一つであり、大変感銘を受けました。
タイトルすら決まっていない適当なssに、書き込みを頂きましてとても嬉しく思っています。
気力が続く限り、続けていきたいと思っています。

・・・・・・力尽きるのは早そうですが。

それはさておき。
ドワーフとフェルパーのかわゆさは異常ですね。


【地下4.5階 (バイツァダスト補完 誤字修正・返信追加)】08/02


それでは、以下レス返しです。


>RENさん
感想ありがとうございました!

渋いおじさま、大好物です。
こう、積み重ねてきた年が醸し出す燻銀な雰囲気といったらもう・・・
たまりませぬー!

キメラ戦に戻・・・るかに見せかけてまだ先延ばしにするという。
やってしまいました、申し訳ないです。


>ジキルさん
感想ありがとうございました!

ううーん、話が唐突過ぎますかね。やっぱり。
今後も少しずつ修正挟んでいきたいと思います。

ADAはオレ・・・じゃなかった。レオの嫁。


>朝凪さん
感想ありがとうございました!

ちょっぴりデモベも混ぜていたのですがまさか見破られるとはw
ADAは解りやすかったようで、楽しんでいただけたらば幸いです。

工具系武器はロマン。
ともなれば、次世代ロマン型武器はなんだろうか・・・。
うーん、農具系武器?

「あなたとコンバインしたい・・・」

意外とありかもっ!?


>hitokotoさん
感想ありがとうございました!

今回、大幅に投稿スパンが遅れました。
これからも遅れて行きそうで・・・・・・。気長に付き合って頂けると有り難いです。

今回で過去話は終わり・・・かと思いきや。
数十分前の補完が入りました。

みなさんにお叱りを受けるかと思いましたが、チラ裏に投稿した理由として文体の練習という目的もありましたので
感想で出た意見を少しずつ取り入れつつ、ゆっくり進めていきたいというのが私の本心でした。
歯がゆい思いをさせてしまうかと思いますが、申し訳ないです。

hitokotoさんの感想を見て、私の方こそウルっときちゃいました。
今までそんな感想を貰ったことがなかったので、感動でした。
ありがとうございました!


>北方の熊さん
感想ありがとうございました!

みんなジェフティに反応しまくっておりますね。
やっぱり有名ですからねー。あれは良い作品だった。
ヴェクターキャノンはロマンを撃ちだしているんです、分かります。

AI真ヒロイン化・・・! 盲点だった!
どうしようかな。

竜っ娘、犬っ娘エピソードは、学園に戻ってから追々明かしていこうかと予定しています。
とりあえず竜っ娘を正式に登場させてあげないとですもんね。

さて、今回。
ご感想を受け、読み返してみてやはり場面が飛び過ぎているなと感じ、補完話を入れる運びとなりました。
どうでしょうか。
キンクリがバイツァダストになっただけのような・・・。うむむ。

今後とも気になる点ありましたら教えて頂けると嬉しいです。


>悪党さん
誤字報告ありがとうございました!

あわわわわ、全く気付きませんでした。
修正掛けましたので、これで大丈夫・・・かな?
ありがとうございました。


【地下5階】

以下レス返しです。


>すてあむさん
感想ありがとうございました!

ランページ・ゴースト!

・・・兜に角を生やさないとですねw


>石凪調査室さん
感想ありがとうございました!

回服薬→回復薬
誤字修正しました。

また気になる点がありましたら、教えて下さると有り難いです。


【地下6階 ・前】

以下レス返しです


>RENさん
感想ありがとうございました!
けものっ娘陵辱フラグは華麗に折らせていただきましたーー!
×××板バージョンが読みたければワッフルワッフルと書き込んでry

いやー、しかし元々私は某大型掲示板のエロパロ板出身だったものでして、はい。
そっち方向に流れていってしまうのは仕方がないものかと思ってくださいです。フフフフフ・・・・・・。

さて今回、ここでようやく主人公が異世界に飛ばされた経緯の説明というわけで、鎧無双はもう少し後ということになりました。
パーティーメンバーもあっさり魔法で復活ー、とまでは行きませんが、死亡確認したわけではなく・・・。
描写していない部分を、読み手側が、書き手側がどう扱うかというのが文章媒体ならではの醍醐味ですよね。

わっふるわっふる。


>北方の熊さん
感想ありがとうございました!
ちょっとパイツァダストし過ぎてしまったようで、申し訳ありませんでした。
当初、チラ裏に投稿するにあたって、短編で様子見をしようかなーと思って書いていましたので、今後も時間軸が唐突に飛ぶことがありそうです。
読みやすい文を書きたいなと思ってはいても、いつも出来あがるのは正反対のもので。難しいです。

さて、もちろん某アルター使いのカズマさんにも多大な影響を受けています。あれは熱いアニメだった・・・!
パイルバンカーの他に武装を載せたいなーとも思ってますが、今はアイデア不足でして。うーん、何かありませんかね?

獣っ娘の境地に目覚められたようで嬉しい限りです。
人外っ娘はいいですねー。心が洗われるやうだ。
とりあえず今後出したいなーと思っている人外っ娘は、

・姉御肌なヤンキー風の狐っ娘。
・中身だけおばちゃんな外見は若さあふれるハイエルフ。

です。
他にもこんなのがあるぜ! と新たな属性を教えて下さると、泣いて喜びます。


>ゼロ円さん
感想ありがとうございました!
前回も感想入れて下さって、本当に有り難いです。嬉しいですー!

さて主人公らパーティーの運命は・・・・・・。
次々回以降に持ち越しということになりました。
冒険というものに対して、すこし厳しめのスタンスで見ているのですが、どうでしょうか。
負けたら魔物の腹の中な訳ですしね。
んーむ、もっと魔法の万能性を上げようかしらー。
そして鳥頭の生死は・・・・・・!

らんま1/2。
私も思い出しましたー。
そういえば、と何とも懐かしかったです。

さて、改行についてですが、今回極力折り返しのないような構成にしてみました。
これで読みやすくなっ・・・なって・・・ないですね・・・・・・(泣)

むぐぐ、説明いれないと世界観が解らないし
かといって入れると長ったらしくて読む気が失せるし
入れなかったら入れなかったで分量が少なくなるしで悩みます。

難しいです。


【地下7階 ・中】

それでは、以下レス返しです。


>沙さん!
感想ありがとうございました!

Q,性別不明のキャラが登場しましたが伏線ですか?
A,フラグです。

以上!

ストーリー展開についてはやはり急き過ぎたなと思っています。
うーん、引き込みを重視しすぎたのがいけなかったのですよね・・・・・・。
日常パートありきの探索パートでしょうし。

挿話を探索編前に入れたりと、大幅改造してみたいのですが大丈夫でしょうか。
チラ裏だということで、色々と試してみたいのですが、やり過ぎるといけないのかな。

アドバイスありがとうございました。
とても助かりました。

見直してみるとあんまり浪漫ぽくなかったり・・・! ごめんね


>akiさん
感想ありがとうございました!

なのですー。
ちょっとずつ明らかにしていきたいなー、と考えています。
が、物語の始まりからして展開が急過ぎたので、どうしたもんかなーと。
うーん、出すタイミングとか難しいです。


>中安さん
感想ありがとうございました!

新ジャンル(じゃないなーたぶん)?・ジジデレ。
やってしまった感がありありと出てましたが、受け入れられたようで良かったです。

さあ、私に属性を・・・・・・!
さらなる新ジャンルを・・・・・・!


>ナンテッコッタイさん
感想ありがとうございました!

わっふるわっふry

獣娘は可愛いなあ・・・・・・ッ!

おっしゃられた通り、ジャンルとしては転移系ということになります。
タイトルに書き忘れてしまったのですが、マズイかな・・・。
問題あるようなら書き加えます。

そして大問題が発覚。
ボーイ・ミーツ・ガールをさせるのをさっぱり忘れてました。
これじゃあ浪漫だなんて言えない。
ナンテコッタイ。


>ゼロ円さん
感想ありがとうございました!

今回少し詰め込みすぎたかもです。
見直してみると、クドイ文章になってますね・・・これ。
ぬぐぐ、バランスの取れた安定した文が書きたいのにー。

某オリジナル板作品の鬼っ子は私も欠かさず読ませていただいてます。
鬼っ子サイコー!

なるほど、サポートキャラですか・・・有りですね・・・! 妖精っ娘とか幽霊っ娘とか!
シューティングで言うところのオプションですねわかります!

ふふふ、しかし男装っ娘は既に出ていry

んー、ちみどろ描写が激しいとXXX行きになっちゃうんですよね。
ちょっと控えようかな。

色々とアドバイスありがとうございました。


>toriさん
感想ありがとうございました!

「ちょっと待った! なんだおめえの格好は!? それじゃ旅は出来ねえぞ! あっちのへやのつぼの中にいろいろ入っているから持って行きやがれ!」
「またおめえか。てめえみたいなガキは一晩泊まって行きやがれ」

DQ4 木こりのおじさんのセリフより。

調べてみるとツンデレという概念が普及する以前からツンデレって存在してたんですよね。
これが人間の業というものか・・・・・・。

さて、toriさんのご感想を受け、私の悩みが明確になったような気がします。

文を書いていていつも思うのですが、
具体的にすべき部分と、想像に任せる部分のさじ加減がいまいちよく解らないのです・・・・・・。
どこまで書くべきか、書かざるべきか。
非常に難しく感じます。
そのあたりの感覚を掴むことを私の課題となっています。
しかし、うーん、どうしたものか・・・・・・。

明確にしないのも有りだとおっしゃってくださって、勇気付けられた気分です。
ありがとうございました。


【地下8階 ・後】

それでは、以下レス返しです。


>RENさん
感想ありがとうございました!

さすがに吹かれたwww
回想もようやく終わって、次々回から学園生活編がスタートできそうです。
やはー、前回の感想返しで言ってしまっていましたが、ボーイズミーツガールの回でしたので調子に乗って長くなってしまいました。はい。
正にアイアンメイデン、というのがオチなのです。
・・・・・・ごめんね。

犬娘、竜娘、男装っ娘と出したらば、次の属性はなんでしょうか?
うーむ、アイデアが足りぬぞー。


>なしさん
感想ありがとうございました!

面白い、と言ってくださり有り難い限りです。
色々と出したい設定だとかはこれでほとんど出してしまったので、これからはもう少し展開がさくさく進ませられるかと思います。
閑話というか補足話だったのですが、そちらも楽しんで頂けたようで嬉しいです。


>沙さん
感想ありがとうございました!

忠犬とツンデレ相対す。

犬っ娘と竜っ娘があらわれた!
主人公は逃げ出した。しかしまわりこまれてしまった!
犬っ娘のこうげき。「あまえる」
つうこんのいちげき!
竜っ娘のこうげき。「デレる」
会心のいちげき!
主人公のライフはもうぜろだ!

こんな感じで。

はい、最近ドラクエが発売されたそうで購買意欲が刺激されまくりで困っています。
買ったらさらに更新速度落ちるんだろなー。うぐぐ。
ボラヂノールくんだりは、ちょっと意識させるような文にしてみました。
いやはや、反応が返ってきてくれるとは。嬉しい限りですよ。腐腐腐・・・・・・!

1998年か・・・・・・何もかもみな懐かしい。
スーパーハードは私の青春でした。

さて、今後もこれ以上の更新時間が掛かりそうですが、気長に待って頂けるとのお言葉は非常に有り難かったです。
文のクオリティを高めようと四苦八苦している最中ですので、また長引きそうですが
それでも、と付き合ってくださると嬉しいです。


>朝凪さん
感想ありがとうございました!

某巨大掲示板出身なのですw
誰も解らないような小ネタとか、ちょこちょこ入れたりとかしてますよー。
何か、は明かさないことにしておきますw
あんまりやり過ぎはだめなとも思い、今回グレンラガンを入れるのを泣く泣く諦めました。
俺の信じるお前を信じろ! は名セリフだと思います。

屋上にry
ビキビキ!


【地下9階 (誤字修正)】


それでは、以下レス返しです。


>KKKさん
感想ありがとうございました!

確かにプロットが甘いと私自身感じていました。
元々は短編として終わらせるつもりで組んでいた作でした。皆さんのお声を頂き続けようと決めたのですが、やはりどこか齟齬が発生してしまうようです・・・。
申し訳ありませんでした。


>朝凪さん
感想ありがとうございました!

ようやく話が進みます。
お待たせして申し訳ありませんでしたー!
次回から学園編に戻るのです。

戦車・・・まぢですか?
日本人の底力すごいアルねー・・・・・・。
レェエエエッツ・コンバイン!
なのですね、わかります。

他に浪漫武器といえば何があるのだろうか。


>くま吉さん
感想ありがとうございました!

そうですよね。
読み手さん方のニーズはストーリーの完成度でしょうから、書き手の意図はあまり入れないほうがいいのかもしれません。
しかし習作、と初めに題名を付けてしまっていたので・・・。
色々と試していきたいと思っています。
気長に付き合ってくださると有難いです。

オチヲヨマレタort


>Auguさん
感想ありがとうございました!

ようやく展開を先に進ませることができました。
さらっとさせすぎたかもしれないのが少し心配です。

AIをヒロイン候補に・・・擬人化・・・か?
私的新ジャンルを開発せねばならぬやもしれませんw

新武装は今のところ多数候補が挙がっているのですが、中々絞りきれない状態になってます。
ううーん、おっきな剣とか銃とか、それ以外にも欲しいなーと思っているのですが。ううーん。
第一近接昇華呪法とかは・・・無理かな。
とまれ、まずはかっこよろしげな技名を考えることから始めるのは、私だけじゃないはずっ!


>一見さん
感想ありがとうございました!

あわわ、気に入って下さったようでうれしい限りです。
しかし体に気をつけてくださいね。昼夜逆転になると辛いです・・・・・・。

そしてようやく話を進めることが出来ました!
生殺し状態だったのが、あっさりしすぎだろうともどかしさに変わってしまったやもしれません。
うーむ、もっと書き方を考えないとですね。


【地下11階】

以下レス返しですが
前回のレスを返せなかったので、二話分合わせての返信となります。
二話続けて感想を書き込んでくれた方、前回返信できずごめんなさい。

そいだば、レス返しです。


>剣さん

マスラヲは愛読書なのです。
勘違い系は大好物ですよ!

おおう、色々と考えてくださっているようで嬉しい限りです。
今後のキャラクタへと一部設定をお借りしたいと思います。
ありがとうですー。

この世界でのナナシの役割とは・・・・・・。
ネタバレしてよろしいものでしょうか?
鋭い意見を予想される方が多すぎて困りますw


>hitokotoさん

スーパーフルボッコタイムwww

でも仕事行きたくないでござるよ・・・・・・。


>たけのこの里さん

ディディディディケーイッ!(挨拶)

主人公はモルモットなのです。
鳴滝さん(仮)達からしたら、いい成果を出せたら儲けものだなーくらいの感覚で実験中と。

そして完璧に今後のネタを読まれて全オレが泣いた。
流石アルカディア感想板、半端ないです・・・・・・。

蹴り技は名前のみはもう登場済みなのですー。
第三の腕・・・だと・・・・・・!?
いただきます!


>北方の熊さん

血で作ったシャボン玉は泣けました。
ジョジョは各部の主人公の仲間達が格好良すぎてもう、困ります。

シュラーバでもまだまだ悪魔っ娘はださないよ!
でも安心して。
メイドになって戻ってくるから。


>Auguさん

フフフ、AIは順調に進化しておりますれば・・・・・・!
いつの間にかヒロインの座を奪っているかもしれません。
相棒的な意味で。

アクセルフォーム的な機構は取り入れようかな、と思っていました。
改修フラグを立たせましたので、今後盛り込んでいこうと思います。

さて、主人公。
ヒロインズの好意はわかっております。
しかし、最終目標が帰ることですので・・・・・・。
鈍いフリをしていれば、少なくとも自分は傷つきません。なんて、冒険者的な利己的考え。

首の不調も今回で解消なのですー。
またトンでも設定だしちゃったよ!


>ななーしさん

ハイリハイリフレハイリホーーゥ(挨拶

私もダンジョン小説大好きッ漢です!
自分で書いちゃうくらいに!
でも体がしんどくて、パソコン打つのつらいです。

曰くつきの装備ってなんだか燃えますよね!
わたくし、厨Ⅱ病でございますので、今後もトンでも設定をばんばん出していきたいと思っております。

今後も主人公に好意を寄せる○○っ娘達が増え、三角どころか八角関係くらいにまで発展するかもです。

さて、そうなった時、だれともくっつかずラブコメ風味でいくか。
それともハーレム風味にするか。
だれか一人を選ばせるか。
どうしたらよいでしょうか。

ううーん・・・・・・。
悩みます。


>七誌さん

その発想はなかったwww
何てこったい主人公に変態仮面フラグが!

完全に自律稼働がされたら擬似ファンネル的なこととかさせられそうですね。
ふふふ、何もしなくてもツェリたんの高感度は鰻上りなのさあ!


>Anonymityさん

感想ありがとうございます!

整備士の新ヒロインフラグ立ちましたw


>悪党さん

比喩じゃない


>魚里さん

段々と投稿期間が延びてしまってます。
申し訳ないです。

さて、今回の冒険ではパーティーメンバーは皆無事でしたが、やはり命の危険は付きまとうもの。
死亡フラグが常に立っているのです。
学園編では最終的に――――――。


>一見さん

インフル、ではないと信じたいです。
いやいや、普通の夏風邪ですよ。たぶん。

はいてない、と、はえてないは一文字違いー!
なんというストレートw

お察しの通り、今回の探索での命運の別れは、ラスボスに遭遇したか否かになります。
死傷者多数で終った探索ですが、トータルで見ると、例年よりちょっと多いかな、くらいで処理されてしまうという。
冒険者になる時点で=覚悟完了なわけですから、死人が出るのはあまり問題視されない、と。

少し厳しめの世界観なのですが、ちょっとだけ後悔してます。
おまいさんらこんな毎日生きるのだけで精一杯のとこで、何ラブコメしてやがるんだと。
なんだかちょっぴり場違い感がー、うむむ。何とかバランスを取れる、かな?
がんばってみます。




【以下、各話あとがき。
 投稿時のまま文章記載】



1話あとがき


超見切り発車。
以前までの作品でぐだぐだ言っていたのを形にしてみました。
とはいったものの。
細部が甘すぎるなあ、煮詰め方が足りない。そして相変わらず読み難い。
どうにかならないものでしょうか・・・。

習作ということで、気になる点やご感想があれば書き込んでくださると嬉しいです。

だんだんとダメさ加減が危険域に達しつつありますが、
最近影響されまくった剣と魔法と学園モノ~の発売を楽しみにしつつ、
何とかゆっくりやっていこうと思います。
それでは。





そうそう。
あんまりロリロリ言うもんだから今度は犬耳を生やしてやったんだぜフゥハハ‐!
ざまあー!


1.5話あとがき


途中シーンが少ないよ。
という意見を、やはり多数貰うことになりました。
よって今回少しテコ入れをしようと思います。

話数がバラバラになってしまうので、テコ入れ終了後に順番と各話のタイトルを変更することにします。
今回の投稿分は、次話投稿後に、1話と2話の間に差し込むことにします。

物語の進行はしばらくお休みということで・・・・・・。
申し訳ないです。


しかし続きが中々書けないというのも事実でして。
だって、ほら、ファンタジーの最大の魅せ場ってボーイ・ミーツ・ガールだと思うのですよ。
だからそこは詳しくしたいのですよー。

・・・・・・ふふふ。感の良い方々はもう気付かれましたね。
長いよ、というツッコミを貰うことが解っていて、過去編を前・中・後に分けた理由。
それは、主人公がガールと出会うお話であるからなのです! あ、出会うのは犬っ娘ではないであしからず。

それでは、次回は少し間が空きそうです。すみません。

だってドラゴンなクエストやらないといけないんだもry


4話あとがき



もうちょっとだけ文体を変えてみる試みを。
行間を空けるのだけをとっても難しいです・・・。


さて。
一人称視点で書いていくのが良いのか。
三人称視点で書いていくのが良いのか。
どちらが読みやすいか、また書きやすいか、少し考えています。
文字数は一人称が稼げるんですよね。
うーん、混合型が一番いいのかなあ・・・?

というわけで。
試してみようということで、後半は一人称で進めてみることにしました。
少し違和感があるかもしれませんが、申し訳ないです。

どちらが読みやすいか等、ご感想いただけると嬉しいです。


4.5話あとがき



バイツァ・ダストで吹っ飛ばした時間をリピートするッ!

はい、というわけで以前から話が飛んでいるとのご感想を頂いておりましたので
この機会にと補完話を投稿いたしました。
例の如く話は進まず・・・すみません。
さっさと先いかせろやこんちきしょん、というお声が耳に届くようです。


しかし書けば書くほど、果たして自分が進歩しているのか不安になります。
これまでの投稿分を読み返してみても読み難いまま、あまり変わってませんし・・・ぬぅぅ。
自分が書くネタも大抵いつも同じになってしまい。某所で違う名前で投稿してたゼロ魔ssも同じ感じだもんなー・・・。うーん。
少しずつ文体を変えていけたらいいなと思います。

返す返す、投稿されている作者の方々の力量に羨望を抱く毎日なのでした。
どうしてあんなきれいで読みやすい文が書けるのか、うらやますぃ。


5話あとがき


ざんねん! わたしの ぼうけんは ここで おわってしまった!


さておきまして、改行を少なめにしてみるテストをしてみました。
・・・・・・見難い、かな?
改行をしていったほうがいいか、今回のような形がいいか。
意見をお聞かせ頂けると有り難いです。


おまけ・答え合わせ編

・「回復薬はおやつにふくまれますか?」・・・とともの2

・『バッテリーの充電が完了しました』・・・ソニーVAIO

・「いくぞ鳥頭――――――胃袋の貯蔵は十分か? 間違えた、空腹か?」・・・セイギノミカタ

・「ババア! 俺だ! 結婚してくれ!」・・・フォルテさん

・「フィスト・バンカアアアアアッッ!!」・・・浪漫

・「慌てるな鈍色、大丈夫だ。たった一つだけ策はある。とっておきのやつだ」
 「フフフフ・・・・・・」
 「逃げるんだよォォォーーーーッ!」・・・J○J○

・アルマ=F=ハール・・・MHF

・『神兵アルタナ』・・・FF11

・「――――――天魔降身!」・・・森羅万象。アスタロットからアスモディエスに世代交代したとかなんとか。

・「了解。アルマ=F=ハール、先行する」・・・せったん

以上。


6話あとがき


うーん、難産。
また文体がはっきりとせず、解り難いものとなってしまいました。

もっとセリフを増やしてAVGチックにすべきか・・・うーん。


7話あとがき


やりすぎたー!

短くして終わらせて、さっさと本編に戻るつもりだったのに・・・・・・。
しかも超くどい文章だよ! 
またスランプ時に逆戻りなのかーー! あわわわわ・・・!

もう一話だけ過去編続きます。
申し訳ないです・・・・・・。


あんまり設定とか付けない方がよかったと後悔してます。
想像に依らせて解釈の幅を持たせたほうが楽しいですよね。
ううーん・・・失敗したなあ・・・・・・。

勉強しなきゃいけないことは多そうです。

今回の投稿分は荒い作りになっているかと思います。
気になる点ありましたら、教えて下さると有り難いです。


8話あとがき


正直やりすぎました。
読み返してみるとくどい文章だなこれ・・・・・・
表板で更新停止した理由である、文のくどさがまたにじみ出てきたようです。
直そうと何度も思っているのですが、歯がゆくてたまりません。
おかしな点を発見したらば修正を加えていきたいと思います。


さて今回、ようやく過去回想編を終わらせることが出来ました。
書き方の傾向というか、どうやら私が書く主人公は没個性になってしまうようです。
私のアイデアの根底には、かのドラゴンクエストがありまして、その影響をもろに受けているようです。
ととものとかもそうですよね。
主人公の性格付けも悩む所です。とりあえず叫ばしてみたらいいのかな? うーん。

そして大発見です。
・・・・・・とか、――――――とか使うといい感じになるの。
ちょっと今回多用してみました。
これ使うと文を書くスピードも上がるといいこと尽くめ。
さっさと先進ませろよちきしょん、との感想にやっとこ応えられたかと思います。

ただ、前回以前にも述べたように、今後はこれくらい、それ以下の更新スピードとなりそうです。
申し訳ないです。


9話あとがき



やっっと。
やっと話を進められましたヒャッホー!
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

此処其処が足りないとの皆様のアドバイス。
とても参考になりました。
習作としての投稿でしたので、ご指摘は大変ためになり有難かったです。

できるだけ早い投稿を目指したいのですが、そうもいかず。
・・・もうね、眠いんだよパトラッシュ。最近MHFもやってないのにとても眠いんだ・・・・・・。
レス返し後に眠りますとも、ええ。


10話あとがき


夏風邪引きました。
なんかね、鼻栓すると耳から汁が出てくるみたいな感じがするの。
頭がぽわーっとします。
一応文章は出来あがったので、投稿します。
申し訳ないですが、レス返しは後日追加という形をとらせてもらいたいです。
すみません。
また、修正も後日に行いますので、おかしな点ありましたら知らせて頂けると嬉しいです。


11話あとがき



厨Ⅱ病って書くと格好よく見えるよね。

はい私、厨Ⅱ設定大好きであります。
これから先もトンでも設定いっぱい出てくるよー。
盛るぜぇ~超盛るぜぇ~。


さて、今回は少し短めとなりました。
長く座っていられない状態となってしまい・・・申し訳ないです。
今回投稿分は、ほとんど推敲出来ていない状態です。
おかしな点がありましたら、知らせてください。


うむむ、何も浮かばない。ぼんやりします。
次の投稿は少し間が空きそうです。


12話あとがき


やすい
うま

栄養ゼリーしか喉を通らんですたい。

レス返しは日を改めてします。
ごめんなさいです。


13話あとがき


ぐむー、また書けなくなってきたぞう・・・・・・。
どうしたものかー・・・・・・。

さて、皆さんにご質問なのですが、
感想に対する返信は、この場に書くか、それとも感想欄に書くか、
どちらがいいでしょうか?

今回は感想欄の方に感想返信をしますので、
そちらを見て、ご意見聞かせて頂けると有り難いです。

文章がかけなひ


14話あとがき


ひゃっはー。
はっちゃけてみた。
しかもまだ迷宮には潜らないんだぜ!
タイトルに迷宮モノって書いちゃってるのに、もうね・・・・・・。

しかしPCの調子悪いです。
ちゃんと投稿できてるか不安だなあ。


さて。
今後、感想返信は感想欄にて行いたいと思います。
よろしくお願いします。


15話あとがき


 た
 て
 よ
 み


それはさておき。
今回もやりすぎちゃったわはー!?
ど、どうかな・・・・・・アウトじゃ、ないよね。

以前にも書いたような気がしますが、私、没個性な主人公が大好きです。
どうやら私が書く主人公と言うのは、我が弱いキャラクタばかりのようで・・・・・・。
事実、自分でも読んでいてイラッ、とくることも少なくはありません。実に、現代日本人的な主人公だと思います。ことなかれ主義というか。
で、そんな主人公が、どうにもならない事態に直面して、唖然としちゃうシチュエーションが大好きなわけです。

BADエンド一択に決まってるだろォォーーがァーー!
フゥハハァーーーーッ!!

にしたくてたまりませぬ。
二通り終わらせ方を考えていたのですが・・・・・・どっちにしたらいいんだろう。
うーん、チラ裏ということで、少し試してみたい気も。


再び申し訳ないのですが、感想返しはまた後日ということにさせて頂きたいです。
もちろん、頂いた感想は全て読ませていただいております。
皆さんからのご感想、有り難い限りです。
それでは。


16話あとがき



追加分。
短くて申し訳ないです。

前回ご相談したように、オリジナル板へ移行してみようかなと思い修正箇所を見直してみたところ
整合性が取れない部分が多々あり、修正作業に手間取っています。
元々単発短編として考えていましたので、その影響がもろに出てしまったようです。

読んでいて、ここがおかしいんじゃないか? と感じられた箇所があれば、お知らせいただけると有り難いです。
それでは。

次の更新は比較的早くできそうです。

※ 2009/10/19投稿時・あとがき

前回の感想を頂いてしばらく考えた結果、やはりBADエンドは回避しようという結論に至りました。
ファンタジーはめでたしめでたしで終るもの、ということに今更ながら気付かされました。
目指せGOODエンドー!

今後は、これ以上に投稿期間が長くなりそうです。
これは、チラシの裏の作品傾向としては望ましくないような気がします。
うーん、オリジナル掲示板に移行するべきでしょうか。
しかし、したらしたでプレッシャーが・・・・・・。またチラ裏に戻ることになるやも・・・・・・。
アドバイス頂けたら嬉しいです。それでは。


17話あとがき


感想板での皆さんのアドバイス、ありがとうございました!
勇気付けられました。なんとか頑張れそうです。

しかしタイトルどうしよう・・・・・・。
うーん、解りやすいのがいいですよね。んー・・・・・・

『学園で迷宮探索 (機関鎧 ハーレム風味)』とか
『完全装鋼士(アイアンスミス):レベル0』とか
『現実→異世界 学園で冒険っ!?』とか
『冒険者はレベル0のようです』とか
『耳っ娘達と冒険者』とか

ダメダメだーこれ!
ネームセンスがマイナス値ですねもうねこれ。
・・・・・・どなたか良いアイデアありませんか?

タイトルが決定したらば、次回以降の投稿で変更させたいと思います。
オリジナル掲示板にはタイトル変更後に、もう一話ほど投稿した後に移ろうかな、とも考えています。
皆さま方、アドバイスありがとうございました!


18話あとがき


仮となりますが、タイトルを変えてみました。
以前と比べて解りやすくなったでしょうか?

文体崩壊再びです。
文章の前後が繋がっていなかったり唐突だったりと散々な出来に。
それっぽい設定を書き連ねて量を稼ごうとしたつけなのか・・・・・・。
設定内容についてはもう辻褄が合わないどころではなくなってしまっていますので、皆さんの連想に任せていただけると有り難いというか。
正直今回の話はちょっと止めた方がよかったかも・・・・・・。

どうしたら文体がきれいになるのか、さっぱりわかりません。
シーンのつなぎ目をどうしたらスムーズに次のシーンへ移れるのか、
キャラクタ同士の会話をどう進めていったらいいのか、
難しいです。
習作、ということで色々試してみたものの・・・・・・どうしたらいいんだ。
俺だったらこうするぜ、という様な案や一例のアドバイスいただけたら本当に助かります。
苦悩中――――――。





[9806] 現在の投稿分まで まとめ+α
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2009/12/01 04:02
人物紹介をしてほしい、用語がわけわかめ、という意見を頂きましたので。
これまでのまとめを置くことにしました。
チラ裏での更新はこれが最後となりそうです。
以降、修正作業が終わり次第、オリジナル掲示板に移すことに決めました。
なお、タイトルは他に妙案が浮かびませんでしたので、これに決定したいと思います。
皆様方、アドバイス有難うございました。









【まとめ+α】



◇多様される用語


【冒険者】
 冒険者。
 名声を、名誉を、栄光を、金を、あるいは力を得るために、自らの命を掛け迷宮に潜る者達。
 平時はギルドに身を寄せ、様々な依頼(クエスト)をこなし、日々の糧を得る。

【貴族】
 貴族。
 国家運営を任された者達であり、権威に生きる者達でもある。大半が権力に取りつかれた金とコネの亡者であり、よく想像される悪徳貴族ばかりである。
 我らこそは神に選ばれし者である、という自負があり、またそれに見合った加護も与えられているため、尊卑感情は消えることがない。

【迷宮】
 製作者不明。太古より、世界の始まりからそこに在った、とも言われている。神の揺りかご、とも言われ、神を祀る祭壇であるという説が最も有力である。
 構造変化や魔物の産出、武具や道具の生成といった自律性を備えている。そのため、資源の宝庫と見なされ、かつては国家間での奪い合いが幾度も起き、戦争の火種になっていた。
 その内部には生物的に圧倒的上位の存在である魔物が徘徊しているため、レベルを上げた者しか足を踏み入れて、なお生き残ることはできない。
 数ある迷宮はそれぞれテレポート装置が置かれていたり、天然地形を利用して野外に存在していたりと個性化しており、同じものは一つとして無い。

【レベル】
 神から受けている加護の度合いのこと。
 大きければ大きい程、基本的身体能力に補正が掛かる。
 冒険者達は皆、戦神アレスの間接加護を受けているため、魔物を倒せば“経験値”が入る仕組みとなっている。

【神】
 実在する神。世界を司る存在。管理者である。
 まず、神が実在しているということが前提。
 この世界の全ては神に依存しており、精神や魂はもちろん、分子原子といった物理的法則にまで須らくその影響下にある。
 数多くの神が存在し、それぞれ互いに影響を及ぼし合いつつ、高次元から世界へとアクセスしている。
 人が捧げる信仰を喰う存在と言い換えてもいいかもしれない。だとすると、より信仰を捧げさせるため、加護を与えていることになる。
 存在が強大過ぎるため、世界上に顕現する際には依代を必要とする。依代の性質をペルソナとして被り行動するため、神自身に自我が存在しているかは不明。
 世界を構成する一つのシステムであるとも言える。
 そのため世界に大きな影響を与えた者、英雄や勇者といった世界レベルで認知された者は、死後に世界のシステムの一部であったと認識され、下位神となる。
 世界を動かすほどの影響力=神の御技=神でしかありえない、という式が成り立ってしまい、逆説的に世界システムに取り込まれてしまうためだ。
 自然発生した上級神よりも当然階級は低いが、この世界に多数の神が存在する理由はこのような理由からである。
 一説では、死後の魂が神と為る過程で人格が剥離されるとも言われているが、詳細は不明である。
 上級神の加護は、現在一握りの貴族や王族のみが受けており、これも貴族制度に拍車をかけている一要因となっている。

【神威】
 魔法や武具の特殊効果といった、魔力を媒介にして現れる効果を指す。
 威力として現れる、物理的に作用する力場を持ったものである。
 また魔法と魔術は同義の意味として使われており、区別はされていない。強いて言えば、公的な場で用いられる語として魔術と呼ぶ場合が多いくらい。
 竜が空を飛ぶ、炎で身体が構成されている魔物、など明らかに物理法則を無視している現象は、全て神威のためである。
 魔術的要素によってスライムはゼリー状の身体を凝固しているのであり、猫耳や犬耳の少女が街を出歩いているのである。全ては神の威に依るものなのだ。

【神意】
 神の意図の介入(したことによる効果も含む)。立ち入り禁止封印や人払いの結界といった、精神に作用する魔術はこちらに含まれる。
 電撃結界といった物理的魔力効果が現れるのは、神威の方に分類される。
 世界の成り立ちから神の存在が前提として在るために、この世界の全てには神意が宿っている。

【加護】
 加護=レベルのこと。または特殊能力を指す。神意が宿った存在は須らく加護を得ることになる。
 加護を得られない存在がいるとすれば、その者は世界に受け入れられず、ほとんど誰からも認識されることはない幽霊のようになってしまうだろう。

【魔力】
 神意の伝達物質、エネルギー。
 魔力を媒介に神意は伝達され、神威(魔法)として顕現する。
 神の残滓とも言われ、世界が誕生したその瞬間から世界内に充満している、世界を構成する要素の一つ。例えば酸素のような、そんな扱いである。
 あらゆるベクトルに染まりやすい性質を持っており、また世界のカケラであるために、自然界に存在する魔力そのものには神意の介入はない。
 ただし神意の影響を受けていない、ということではない。“まだ”受けていないだけの状態にあるということ。魔力とは、非常にニュートラルなエネルギーである。
 魔力を集めた瞬間、人間の身の内に収集した瞬間に、その用途や使い手の加護神によって染められる。
 例えば魔力駆動の列車であったなら、炉心に魔力を取り入れた瞬間に大地神か風神といった用途に則した神意を受ける。
 魔力収集の才さえあれば、誰もが利用可能なエネルギーである。
 酸素と同じ扱い、というのも間違いではない。電気よりも効率がよく、またエネルギー量を稼ぐのも容易なため、この世界で主に使用されるエネルギーである。
 そのため、電気のように魔力バッテリに充填・保管され、機械技術に応用されている。
 しかし、この世界の文化レベルは高いが、機械技術と魔術が融合してもはやSFのような世界観。ファンタジーと近代が融合しているという、想像し難いことに。
 イメージとしては、電力の代わりに魔力が使用されていると考えるのが最も想像しやすいだろうか。


◇種族


【魔物】
 魔物。
 主に迷宮内を徘徊するモンスターだが、特徴的なのが、魔物達は皆邪神の加護を受けているということ。
 混血化が進む昨今、魔物とヒトとの違いはあるのか、とヒューマニズム論者間で叫ばれ続けているが、彼らが邪神の加護を受けているため、その問答は無意味である。
 世界の成り立ちから、邪神の加護を受けている者は、相殺の運命を背負っている。放っておけば“共食い”を始めるような魔物達と、手を取り合うことなど不可能なのだ。

【魔獣】
 魔物との違いは知能が劣っていること、そして身体組織が“核”を中心に編まれていることである。心臓が無い、ということ。
 かつてはこの核である『魔昌石』が通貨としての価値を持っていたが、現在は魔獣の養殖化技術が確立したため、魔昌石の価値は下がった。
 食用やペット用として養殖され、迷宮の外で繁殖を促された魔獣達。しかし、その本能までは飼い馴らすことはできなかった。
 近年問題となっているのは野良魔獣の被害であり、ヒトの欲の自業自得と言える。

【人間】
 もはや広義の意味で使われている、種族を表す言葉。ヒトと表される時も。 
 混血化が進んだ現在、額から角を生やした者や背中から翼を広げる者、エラ呼吸をする者など、人間の体構造は多様化している。
 千年程前では、犬狼族、魚鱗族、人間(純人)といったように明確に種族分けがされていたが、現在になるにつれ『人間』で統一された。
 もはや人間という言葉は、純人種のみを指す言葉ではなくなった。むしろ、純人種の方が数を減らしている。
 祖先の血が顕現した部分を指し、―――族と言うのが、そのなごりである。
 なお体構造がそれぞれ大きく異なっていても、治癒魔法や薬は効き目の差こそあれ、同じものを処方しても問題はない。

【純人種】
 本来の意味での人間。
 現在では希少種。

【―――族】
 始まりは放神を行った魔物だとも魔獣だとも言われる、所謂亜人種。現在は、彼らこそが人間である。
 身体的特徴を指して、―――族と表す。
 より詳しくは、人間に近い容姿である純亜人種と獣頭人身のベタリアンとに分けられる。

【ベタリアン】
 祖先の血が濃く顕現した者。
 古代では神代の血の顕現だと崇められていたが、生物学が発達するにつれ、それは劣等遺伝子の顕現であると認識が変わっていくようになった。
 結果、ベタリアンに対する排斥と差別を生むことになる。彼等は社会的被害者であると言える。
 貴族の旧家といった古くから続く家系では、家訓や伝説としてベタリアン優位の“しきたり”が幾つも残っているため、そのような家に生まれついたベタリアンは社会的認知としきたりとの板挟みになる。
 市民権が購買制であるため、職に就けないベタリアンは人間とは認められず、更なる排斥を受けることとなる。
 この世界での人の命は、金で買える程度には、軽い。




◇地名


【カスキア大陸】
 大陸の名前

【ヴァンダリア学園】
 公的教育機関『学園』に数えられる一校。迷宮と学園はセットであり、比較的重要度の低い迷宮を中心として都市が形成されている。冒険者達の学び舎。
 探索者科だけでなく、冶金術科、錬金術科、商業科、魔術科といった様々な分野の学問を学ぶことが出来る、集合学術都市でもある。
 このような『学園』は各国に相当数存在している。
 元来反目し合っている冒険者と貴族とが同時に在籍するという珍しい機関であるが、やはりと言うべきか、裏があるらしい。
 探索中に死亡した冒険者の遺体は回収された後、どこへ消えるのか。魔物に繁殖用として囚われていた女性達は救助された後、何処へ行くのか。
 自分が生きることに精一杯の生徒達は、気付かない。

【春夜鯉】
 スライド式変化構造を持つ迷宮。
 上から見ると魚がうねるような造りとなっており、そこから物語、魔物狩人に登場する希少な魚にちなんで名付けられた。

【登竜門】
 伸縮式変化構造を持つ、初級者用迷宮。
 腕試しや調整として、学園入学時から卒業まで末長く利用される迷宮である。




◇PTメンバー


◇【クリブス・ハンフリィ】

 クラス:冒険者
 ジョブ:付与魔術師
 LV:26
 特性:善性
 加護神:不死鳥フェニクス
 
・探索(冒険)者科F組クリブス班リーダー。
 ハンフリィ家のしきたりにより、ヴァンダリア学園へと入学した。
 獣頭人身の“ベタリアン”であり、そのため幼少の頃から苦労してきたのだが、実力によって自身を認めさせてきた努力家である。
 珍しい付与魔術の使い手だが、近接戦闘は苦手な典型的魔法使いキャラ。しかし近接戦闘が出来ないわけではない。優れた刀使いではあるのだが、体力に難あり。
 入学当初、単体で迷宮に挑んでいた所にナナシ達と遭遇。なしくずし的にまきこまれ、パーティーリーダーの座に収まった。 
 社会的問題であるところのベタリアンへの差別、それをクリブスも受け続けてきた。名門貴族であるために表立っての排斥行動はなかったものの、むしろ差別は陰鬱な者であった。
 ベタリアンへの隔意を家族からも感じており、人嫌いがもはや諦めへとなっていた。しきたりにより冒険者とされたというよりも、それを体の良い厄介払いの口実にしたのだと思っていた。
 しかし、ナナシと出会ってクリブスは変わった。クリブスは冒険者となることへの意義を見出し、救われたのだ。
 口を開けば小言ばかりだが、しがらみ抜きで付き合えるナナシのことを得難い友人だと大切に思っている。
 貴族であることの負い目を感じており、学園卒業後の進路について冒険者を続けられない可能性が高いことを気に病んでいる。 
 ナナシの特異性にも優れた洞察力で直ぐに気付いていたのだが、ナナシの身の安全に危機感を抱いている。少なからず探索で特異性に頼る場面もあるクリブス班は、貴族や学園に目を付けられて然りのはずだからである。
 自分の動きを把握しているだろうハンフリィ家は、間違いなくその情報を掴んでいるはずなのだ。しかし不気味な沈黙を保っている貴族サイド。
 貴族へのキナ臭さを感じながら、クリブスは冒険者として、いつか自分の存在が裏切りの刃になるのではないかと自答する。
・生い立ち故にか、実はコンプレックスの塊であり、努力を重ねるのもそれのためだと言える。
・鳥頭(見た目的な意味で)。
・単体行動していた当時の自分を馬鹿だと断じているが、苦労の度合いはナナシと出会ってからの方が上。主にナナシの女性関係についての被害で。
・最近“抜け羽”に悩まされる。
・隠れツンデレ。


『クラス(呼び名)一覧:クラスチェンジ条件』

冒険者
↓            
高位付与魔術師・・・修練により、力そのものへの理解を深めた付与魔術師。修練を積み昇華された魔力は神威すらも付与させるという:レベル50以上、MAG300以上
↓            
偽星不死鳥:■■■




◇【ナナシ・ナナシノ】

 クラス:冒険者
 ジョブ:完全装鋼士(アイアン・スミス)
 LV:0(真正)
 特性:中庸
 加護神:なし 間接加護神:命名神ネイマ

・探索(冒険)者科F組クリブス班副リーダー。
 地球生まれの日本人。コンビニでおでんを買った帰り、唐突に異世界に召喚された。
 わけもわからずうろついていたところ、遭遇した最下級魔物―――ゼリースライムにボコられ、死にかける。
 後にとある老人に助けられるが、レベル0じゃあスライムにも勝てないのかと絶望。戻れる見込みもないならば、と諦観によりこの世界に骨を埋める決心をし、手に職を付けるため積極的に老人の手伝いをこなす様になった。
 ・・・・・・が、老人の遺言により、冒険者を目指すことに。レベル0で高位迷宮に挑まなくてはならない無理ゲーをする羽目になる。
 本心では、一度決心をしてしまったこともあってか、そこまで強く帰りたいとは思っていないため、迷宮探索に対する積極性は低い。
 冒険者となった根幹は恩人への義理であり、罪悪感であり、元の世界への帰還はそれの延長である。
 自分の心情も表向きは帰還することを目的としているため、仲間は大切にするが“深い”仲にはなりたがらない。
 また、異世界出身であるという理由からか、神威の影響は受けるものの神意を全く受け付けないという特性を持つ。ナナシのレベル0は、戦闘レベルのない一般人であるという意味ではなく、その身に全く加護を宿していない現れである。
 辛うじて間接的に加護を得ているため周囲から存在を認識はされているが、そうでなければ幽霊のように存在感が無かった。
 機関鎧がなければ村人Aでしかないくせに、何かと異性を惹きつける。理由は“スタンドアローン”であるから。ナナシ自身が魅力的な人間だから、というわけではない。
 あらゆる神意を受け付けず、また操作されることもないということは、一部の人間にとっては非常に魅力的に見えてしまうらしい。
 本人も自分の特性を自覚しつつあり、対人距離を測りかねている所が有る。
 人に対して親身になったり、かと思えば相手の言葉を誠意を持って受け止めず流したり。良くも悪くも日本人的である。
・ナナシに惹かれる者とは、自身の境遇に不満を持っていたり、加護神に対しての信仰心が薄い者達。
・半端にいい人であることもあってか、良く言えば自身に向けられる好意に対して鈍感を“装っている”似非モラリスト。悪く言えばヘタレ。
・“装う”ことであらゆる場面に対処する、根っからの中の人体質。
・PTでは、ナナシが戦闘時のみ指揮を執り、それ以外での全体統括はクリブスが行うといった役割分担がされている。パーティのまとめ役がクリブスであり、ナナシは戦闘指揮官。
・本名などない、中の人。


『クラスチェンジ一覧:クラスチェンジ条件』

冒険者
↓            
纏鎧皇(テンガイオウ)・・・機関鎧による戦術理論を完成させた完全装鋼士。鎧を纏ったその身は、鍛え上げた業を以てして攻防一体を体現する:装着変身習得、及び無名戦術スキルの向上
↓            
無名神:■■■




◇【鈍色・ナナシノ】

 クラス:冒険者
 ジョブ:重装戦士
 LV:23
 特性:悪性
 加護神:狼王ケルベルス

・探索(冒険)者科F組クリブス班所属。
 過去、ジョゼットが死亡し半ば自棄となっていたナナシは、単身で迷宮に突入。 
 その迷宮は邪教により改修されており、邪神への供物として、少女達が攫われ集められていた。
 そこで行われていたことは、その少女達と邪神との交配であった。魔物の身に邪神を降ろし交わらせていたのだが、種が強すぎ、母体は皆命を落としてしまっていた。
 産まれた子は、邪神の“成り損ない”ばかり。狂信者にとり、それは満足のいかない結果であったらしい。
 鈍色もそうして産まれた子供達の一人であり、邪神崇拝者により迷宮内で処分されかけていたところ、ナナシに救出された。
 学園入学前で冒険者のイロハも知らなかったナナシと協力し、迷宮脱出。後にジョゼットの遺産を用いて、ナナシと共に学園へと入学。
 姓名共にナナシの命名であり、刷り込みに近い形で、無条件な信頼をナナシに寄せている。
 ナナシが受けた命名神の間接加護を更に分譲された形となった(本来は新たに加護を授かるはずが、命名した当人が神意へのアクセス権限を持たなかったため、元から持っていた間接加護を分譲する形に収まった)ため、ナナシとの間に不完全な精神回路が繋がっている。
 そのため、ナナシは言葉は解らないものの、鈍色の感情を読むことが出来る。また、その逆も。
 犬狼族の血が不完全に顕現したためにベタリアンにも成らず(神意が強すぎたため、拒絶反応が発生し人間体となった)、声帯のみが犬狼族のそれとなっている。「わん」としか話せないのはそのため。
 あばらが浮くほどに痩せ型で小柄なのだが、とんでもない怪力の持ち主である。
 ・・・・・・が、小柄な体格のせいで、重装戦士の特性が生かし切れない。鎧を着ればサイズが合わず、だぼだぼに。
・犬耳っ娘らしく撫でられることを好む。銀髪の手触りはもふもふである。
・肉球はないが、手のひらはぷにぷに。唾液の分泌が多く、あまがみをされるとべちょべちょに。
・セリアージュの支援はナナシの機関鎧関連のみであるため、鈍色も日夜バイトにクエストに励む苦学生。しかし幼少期を劣悪な環境ですごしたため、特に不満に思うことはない。ナナシの側にいられたら、あとはわりとどうでもいいのである。
・セリアージュとの相性は悪い・・・と思いきや、鈍色自体は特に悪感情を抱いていない。向こうが突っ掛かってくるので挑発しているだけ。
・実はナナシと同い年。実は知能指数高。実はようやく成長期。実はだんだん張ってきた胸が痛くて悩んでいる。
・忠犬。


『クラスチェンジ一覧:クラスチェンジ条件』

冒険者

灰金の子狼・・・重装備を扱うための膂力を速力に回した変則重装戦士。腕を振るえば空が裂け、あらゆる物体を粉砕する:レベル50以上、AT・DF250以上

白銀の孤狼:■■■


◇【アルマ・F・ハール】

 クラス:冒険者→見習いメイド
 ジョブ:兵士→従者
 LV:35→20
 特性:悪性
 加護神:神兵アルタナ→メイド・オブ・オール・ワーク

・探索(冒険)者科F組クリブス班所属。
 天魔族の血を色濃く引いており、膨大な魔力を身体に秘めている。全身に魔力を張らせることで、短時間の天魔化を可能とし、戦力が倍増する。
 天魔化時の容姿は青肌双角であり、細長い尾を持つ。 
 しかしその姿は、過去に大陸で破壊の限りを尽くした邪神に酷似しており、そのせいで幼少期から酷い排斥を受けてきた。特に貴族から受けた謂れのない責めは、信教が絡んでくるため重く、そのため貴族に対する悪感情は言葉には言い表せない程。
 兵士となったのは、社会的に認められる立場にいないと、自身の身が危なかったため。
 そのためか普段は他者との接触を断ち、ほとんど部屋から出てこようとはしない。
 F組の中でも影が薄く、目立たない人物。自分のことをほとんど語ろうとしないため、謎が多い。
 ・・・・・・が、なぜかナナシの言葉には、命を掛けるほどまで従順に従おうとする。
 何らかの組織に属していたらしく、ナナシに罪悪感を抱いている。
 その組織との関係はどうなったのか、不明である。
・天魔化することによって、魔力噴射で身体強化と速力上昇を行うハイスペック能力を持つ。
・思い悩んでとうとうジョブチェンジ。何がどうなってか、メイドさんに。
・ナナシに祝福を頼まなければ、それ以外の職もあったかもしれない(ナナシは命名神以外の加護を与えられないため、捧げた祈りと誓いに対して自動的に加護神が決まってしまった)が、ナナシに尽くす、という意思を体現したかの職に本人は大満足。
・スカートは長短両用。黒ストッキングに包まれた足は、キャストオフすることで生足に。
・男なのか女なのか、それが問題だ・・・・・・と言うのも束の間、あっさりとついてない娘だと判明。
・ジョブチェンジしてレベル振り直しとなったが、単体で迷宮に潜り、短期間でレベル20にまで自分を鍛え上げた。
・職が変わったり口調が変わったり、キャラが定まらない。
・料理の腕は壊滅的、ということでメイ度を高くしてはみたものの、所詮付け焼刃。キャラが定まらない。
・メイドとは結果ではなく在り方である。そこに在るだけで至高であり正義なのだ。


『クラスチェンジ一覧:クラスチェンジ条件』

冒険者

迷宮専属兵士:×

ジョブチェンジ

見習いメイド

万能メイド・・・主人への愛が極限を超えた時、メイドが行うGOHOUSHIは世界の法則すらも捻じ曲げる:レベル50以上、家事スキル全習得、TEC600以上

冥土惨:■■■




【協力者】


◇【ジョゼット・ワッフェン】

 クラス:隠者
 ジョブ:なし
 LV:0
 特性:善性
 加護神:隠者ヘルメスト

・故人
・元神聖騎士(武僧)であり、有力な冒険者だった。
 ナナシと出会う16年前に、街の地中深くに埋没していた迷宮『地下街』が出没、一級モンスターハザードが発令され息子夫婦とその娘が死亡。
 ただ一人生き残ったジョゼットは、神の加護で街は守られていたのではなかったのか、と絶望。元が敬謙な神職者であったため、その絶望はより深いものとなる。
 その後神を恨むようになり、放神。神への復讐のため、力ない者が神を打ち破るための武具『機関鎧』の作成に着手する。
 初期構想では、機関鎧は自分で装着するつもりだった。力ない者=放神を行ったもの、であったから。
 鎧に神意に対するアンチテーゼとして呪いを込めることになったのは、当然の流れである。しかし人を呪わば穴二つ、神という絶大な存在への呪いを掛けた代償は、自らの命だった。
 呪いの反動をごまかしつつ作成していくも、呪いが強力すぎたため、鎧は誰にも装着することが不可能な代物に。
 どうしようかと途方に暮れていたところ、ナナシを拾う。 
・女性名なのは、生まれた時より神聖騎士となるよう名付けられたため。
・放神を行ってなお、神から逃れられない事(放神を行うことがある種崇高であると神意に認識されるのか、自動的に隠者ヘルメストが加護神となってしまう)に更なる絶望を感じていたため、ナナシの完全なスタンドアローン性に全てを掛けていた。
 それは即ち、ナナシのために鎧を完成させ、死ぬことである。
・なお、ジョゼットのレベル0は一般人であることを指す。ナナシのレベル0とは根本的に含まれる意味が違う。
・最後の瞬間も、孫娘と会うことはなかった。ジョゼットは孫娘を作ったのだから、会ってしまうわけにはいかなかったのだ。
・勘違いするんじゃないぞ! 
・ツンデレ爺


◇【日奈子・マウラ】

 クラス:学園専任技師長
 ジョブ:メカニック
 LV:78 (ただし戦闘レベルではない)
 特性:中庸
 加護神:鍛冶士アマツラ

・現在、学園内施設及び交通機関等、あらゆる分野の整備を担う技師長の座に就いている。
 若き日は、ジョゼットと同パーティを組み、迷宮探索に暮れていた。目的は機関鎧の新概念の構想証明のため。
 ジョゼットは日奈子の伝手をたより機関鎧の技術を習得したため、日奈子の弟子であるとも言える。
 自動販売機や魔力列車等、全く違う分野の技術を網羅しているオールマイティな技師である。  
 この世界の機械技術は魔力的な要素も含むため、本人の魔術的素養も高く、若き日は魔術師としても高い成果を上げていた。
 引退した後は後進の教育に力を注いでおり、その技術の全ては孫娘であるナワジに受け継がれた。
・高い魔術的素養は、犬狐族の血を引いているため。
・学園に入学したナナシに初めて接触したのが彼女であり、ある程度の事情をジョゼットから知らされていたため、機関鎧関連の整備を一手に引き受けた。
・しかし金は取る。


◇【ナワジ・マウラ】

 クラス:ナナシ専属技師
 ジョブ:メカニック
 LV:58 (ただし戦闘レベルではない)
 特性:中庸
 加護神:鍛冶士アマツラ

・日奈子の技術の全てを受け継ぎ、独自に発展させた才女。所謂天才である。
 しかしサボタージュや服装違反、貴族への反抗的態度や男性的口調といった素行に問題がある。だが目上だと自分で納得した者に対しては敬意を見せる。
 日奈子から受け継いだのは技術だけでなく、昔堅気の職人気質も共に宿したということ。日奈子はこんなところまで似なくていいのに、と頭を抱える日々。
 あらゆる技術を身に付けたオールマイティな技師であり技量も抜きん出ていたが、その性格が災いしてか大きな仕事は与えられずにいた。本人もやる気はなく、その頭脳と腕が技術の発展に向けられたなら、技術革命が起きるのではと言われたほど。
 しかしナナシと出会ってから、機関鎧に並々ならぬ力を注ぐようになる。
 また破天荒な性格も、なりが収まった模様。
 現在では専らナナシを諌める役に回るという、以前の彼女を知っている者が見たならば目を疑うような光景が見られるだろう。
 また、犬狐族では神秘の象徴として扱われる金毛である。
・狐耳っ娘。最近尻尾の根元がシクシク痛み、割れるんじゃないかと心配に。
・姉御肌で豪放な性格をしているが、ここぞという所で踏み込めない繊細さも持つ。
・日奈子からナナシの事情について伝え聞いているが、それをナナシには知らせていない。
・自分のナナシに対する感情の正体を理解しているが、それでも構わないと受け止めている。そして“彼女達”もそうなればいいと願っている。
・Gの衝撃。わがままry(こぶしを上に挙げて下に振り下ろす運動)以下エンドレス。


◇【セリアージュ・G・メディシス】

 クラス:貴族令嬢
 ジョブ:錬金術師
 LV:23
 特性:善性
 加護神:古龍ルーツ

・メディシス家令嬢。
 自領にて半幽閉生活を余儀なくされていた彼女は、しかし父の制止を振り切り学園へと入学した。
 名目上では素養を身につけるためとし、錬金科へ。流石に探索者科に入ることは出来なかった。錬金術師としての腕は残念と言わざるを得ない。
 ナナシ転移初期からの付き合いがあり、それからずっとナナシを追いかけている。
 古龍の血を引いていて、膨大な魔力を身に宿している。魔術使用時は、魔力により形成された翠色の角が頭部に発生。
 単語(ワンブレス)による複数効果発生魔術、龍言語魔法(ドラゴンブレス)を可能とする。通常魔術では再現不可能である魔術の同時展開は、ガトリングマジックと呼ばれるほど華麗である。
 だが古龍による加護は、『龍眼』にこそ本質があった。龍眼とは、未来予知を可能とする加護である。
 龍退治の神話から、古龍の血を引く女性は自らを屈服させた者に対し、加護を譲渡することが出来た。セリアージュは女児として生まれた瞬間から、政略結婚の道具として扱われることが決定していたのである。
 自らの運命をその龍眼でもって悟っていたセリアージュは、無為に日々を過ごしていた。しかしそこに、まるで未来の読めない、理解不能な存在と出会った。ナナシである。
 初めは興味から声を掛けただけだった。しかしそれは今では、恋慕へと成る。
・ナナシに興味を持ったのは、ある種の一目惚れ。しかしその切っ掛けは、ナナシが神意を受け付けないが故。
・“切っ掛け”と“結果”は違うのだと言い切れる強さを持つ。
・わたくしとはひらがなで書くべき。
・残念ぼでぃー。
・ツンデレデレおぜうさま。


◇【ジョン・スミス】

 クラス:暗黒ジャーナリスト
 ジョブ:司教(未)
 LV:??
 特性:悪性
 加護神:反逆者カズヤ

・名無し。特徴的な笑いを漏らす男。
 ナナシに試練を課し、成長を促している。邪悪な手段で、だが。
 そういった視点から見れば、協力者ではある。
 何らかの組織に属しているらしいが、組織の全容、目的他一切不明。貴族と関わりがあるらしい、ということだけが推察される。
 何らかの思惑により行動しているようだが、その行いは不鮮明である。
 ナナシに試練を課す一方で、死んでしまっても構わないとでも言うような態度は矛盾しており、掴み所がない。
 自身に戦闘力があるかも不明。
・影を渡る能力を持つ。しかし影渡りは本来の用途ではなく、通信や移動用に無理矢理加工したスキルであるらしい。
・キメラ作成技術を持つ。
・ナナシのように、過去にも“喚ばれた”者がいたらしい。喚ばれた者は“交替制”なのか、複数人存在しているのかも不明。
・カラスのような笑い声。
・堕天使事変に関してはここの組織のせい。
 召喚とかしてみようぜ→普通に召喚すんのキツくね?→じゃあ魂だけでよくね? 何が起きるか解らんが→そこらへんの赤ん坊に魂インしたお→ちょwwおまwwwwテラバロス→目がぁw→
 オリシュ伝始まったな→世界滅茶苦茶→やべ、どうするよ。責任取らないといけなくね?→逆に考えるんだ。黙ってたらバレることはないと。オリシュ君も幸せそうだしいいじゃない→
 そうかお。でもこれ実験失敗だよね。どうすんの?→仕方ねー。メンドイけどこれからは普通に召喚するか→初めっからそうすりゃ良かっただろうが常考→サーセンw
・以上。本編中には絶対語られない。




【装備】


◇【機関鎧】
 機関鎧とは、機械駆動で身体能力を補正するための補助具である。
 冒険者が溢れるこの世界では、身体の欠損を含む負傷者に事欠くことがない。しかし、身体が欠け老いてもなお冒険者を続けると言い張る者がほとんどであった。
 そのため初めは義肢技術が発展を続けていたが、亜流として機関鎧技術が発生。しかし多くの部品から組み上げるという構造上、強力な加護が宿らず、重要視されないほぼ開発中止状態に。
 機関鎧が用いられる用途としては、身体能力の低下した老冒険者に向けた補助器具としてか、戦闘レベルが0である一般人が使う防衛グッズ程度。
 機関鎧を装着しているということは、自らが劣っていると公言しているようなものであり、面子を重んじる冒険者にとり忌避されている。使ったとしても、手足具くらい。
 全身に機関鎧を纏った冒険者は、史上を見ても極めて珍しい存在である。


◇【機関鎧:ツェリスカ】
 ジョゼットにより作成された、全身装備型の機関鎧。
 手足部のみの装着であっても、通常機関鎧の用途である補助具として運用可能だが、十全の性能を発揮するには全身装備する必要有り。
 全部位を連結されたツェリスカは、もはや補助具の範疇に収まらず、一個の兵器となる。機関鎧は武装としての運用を想定されておらず、兵器として制作された機関鎧はツェリスカが史上初。
 それだけならば、加護の観点から見て武器として扱うにはあまりにも非効率な高価なガラクタという話で終わりなのだが、ツェリスカには常軌を逸したものが込められていた。呪い、である。
 ジョゼットは絶望の矛先を神に向けていたため、加護を求めず、呪いを込めたのだ。鉄を打つ毎に、神意を打ち払っていたのである。
 呪いとは、神意を強引に拒絶することによって発生する神意の逆流現象である。怒りや憎しみの精神力でもって神意を跳ね除け、その反発力を利用するという技術。
 しかし世界の法則を捻じ曲げ力を得る方法は、使用者への負担が巨大過ぎた。力の代償に、生命を対価に支払わねばならない場合がほとんどである。
 ツェリスカも例外ではなく、呪いの反作用の強さは、装着者を一瞬で圧殺せしめる程。実際ツェリスカは、前途有望な若手整備士の腕を喰い潰している。 
 現状、神意の影響を全く受け付けないナナシを除いて、ツェリスカを装着出来る者はいない。
 ジョゼットは力を与えるために呪いを込めたのだが、しかしその呪いは別方向にも発揮されている模様。
 呪いとは神意の逆流現象である。ツェリスカに込められた呪いとは、神に対する呪いである。神意を無理矢理に別方向に流すのが通常の呪いであるが、ツェリスカのように神意をそのまま返した場合、反作用はどのようなものとなるか。
 この世界では『意』が込められなければ存在を維持できないというのならば、神意を打ち返したことによるブランクに、新たなる『意』が宿る可能性はないだろうか。
 ツェリスカが持つ自律性と自己進化性は、間違いなく呪いの副次効果である。
 装着者は時折、モニタの向こう側に、少女の幻影を見るという。
・スラブシステム搭載
 本来は水中行動用に試験的に搭載したシステム。スラブ(面発生雪崩)のように装甲を展開することから名付けられた。
 全身の装甲を“ずらす”ことで、内部を循環する魔力を定方向に噴射、高速移動を可能とする。仕組みはアルマの天魔化と同じである。
 魔力噴射の際、同時に加圧された魔力が高熱を発し、全身が紅色に染まる。TRANZAM。
・ツェリスカの本体、AIは腹部に配置されており、ここを基点にスキル『高速・自動脱着』が発動される。
・現在、登録ワードが『装着変身』、キー操作が『右手を天に向け左手を地に向ける』こと、となっている。
・自律性、構造(システム)変化――――――これら特異性は、冒険者が最も親しむべきソレと似ているが、果たして・・・・・・。
・パイルバンカ―は浪漫。
・身持ちが堅いことに定評があるロボっ娘。それもまた浪漫。
・自律稼働可能。きるゆー。




◇【以上・随時更新・・・・・・】










日の目を見ることのないだろう初期設定発掘。
その1

・現実→VRMMO
・ようこそファンタジー世界
・主人公:VRMMO初心者。種族決定直後、VRMMO世界へ転移
・主人公が選んだ種族は『魔物』の一種、『ハリガネムシ』
・ハリガネムシ:動物の体内に潜り込み、内蔵を食い荒らす魔物
・チュートリアル「では実際に村人を襲ってみましょう」の最中(捕食中)に転移したため、バグでチュートリアル用『カカシ』と中途半端に融合した姿に
・外見は村人A、右半身はハリガネムシの異形となる
・でも触手プレイが出来るよ
・身体を隠しつつ人里に下りたところ、国家転覆のクーデターに巻き込まれる
・身体見られる→ぎゃー化物だー→ピンチ
・ハリガネムシ部分が全身を覆い完全異形化→ピンチ脱出
・バグにより産み出されたイリーガルな存在であるため、プログラムのくびきに囚われない
・身体能力チート
・最強系
・以降、変身系主人公に。ただし鋼の筋繊維剥き出しの異形に変身する
・道すがら、ようじょ助ける
・ストーリー上死亡確定だったようじょ、主人公に忠誠を誓い従僕化→ちびっ子メイドさんゲット
・シナリオ崩壊
・主人公はVRMMO初心者だったため、ストーリーを知らず、よってようじょを助けた
・反乱軍に指名手配される
・他の転移者達にシナリオ崩壊を危険視され、狙われる
・逃亡生活


その2


・現実→ファンタジー世界
・森の中に転移→うろうろしていると水浴び中のエルフさん発見
・それえるふちゃう、だーくえるふやー
・傷だらけの黒エルフさん、主人公発見。ブッコロー
・押し倒された主人公、首に刃を当てられながら、まるで現実感のない光景に一言「きれいだ」
・黒エルフさん取り乱し逃走
・やっとのことで人里に到着。行き倒れた所、衛士長に拾われる
・お金も身寄りも行くあてもありませぬ→もちろん身分証明もできませぬ→よし、ここで働け
・主人公、見習い衛士に→迷宮付近及び市街警備へ
・元が一般人だったので、身体強化鎧を装備
・いつまで経ってもレベル上がんないなー→冒険者じゃないんだしいいんじゃね?
・拾った責任だと常に衛士長と組むことに
・衛士長は全身鎧姿。中の人は?→中の人などいない! 喉を怪我しているらしく、合成音声で話す
・黒エルフさんと再会。初めはびくびくしていたが懐かれる
・夜にしかたずねてこない黒エルフさん。無口、ではなく喋れない様子
・主人公色々知る。ダークエルフは差別され排斥されているとかなんとか。黒エルフさんの身体の傷は、虐待や生贄にされかかったからとか
・別にそんなの気にしていないよ、と主人公。黒エルフさん感涙
・この時期から衛士長ものすごい頑張る→主人公に過保護になる
・黒エルフさん今夜もこないかなー、と楽しみな主人公
・この姿は本当の姿ではない、とよくわからない葛藤をする衛士長
・中間管理職生活


その3


・神→間違えて死なせちゃった、異世界とかに転移させてあげるから許してちょ。チート能力とかあげるし
・ふざけんなあああああ!→だが断る!
・転移→ここどこだよおおおおお!
・そ、そうだKOOLになれ、KOOLになるんだ!
・てめえ神絶対ぶん殴るからなあああああ!→どごーん! なんか出たああああ! 魔法!? チート能力キタコレ!
・魔法すげえええええ!
・美少女ピンチ→大丈夫かッ! くらえええええ!
・俺強えええEE!
・な、なんて素敵な人・・・・・・!
・君が無事でよかったよ。なでりなでり
・きゃあああああ! 惚れた! 抱いて!
・ん? 顔が赤いよ? どうしたの? 
・ななななんでもないでしゅ!→風邪を引いているのかな? じっとしててネ!→ひゃあOHIMESAMAダッコ!?
・最強異世界生活





上の1か2でやろうかなー、なんて最初は思ってたのさ・・・・・・。
その3を選んで正解だった。
今はそう思ってます。
基本的に3基準のストーリーです。



[9806] 地下26階・前
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/03/10 09:58

――――――わすれないよ。わすれてなんかいない。

ずっと、ずっとおぼえてる。

わたしがわたしになったときのこと――――――。










◇ ◆ ◇










おおよそ五年程前の話だ。

『地下街』から逃げ落ちたナナシが、メディシス家に囲われていた頃の話。
その頃のナナシは、ジョゼットの死を己のせいだと責め、自棄に陥っていた。
ジョゼットの遺言――――――冒険者と成り元の世界へと帰還を果たすため、自分自身を虐め抜いていたのだ。
鍛錬がナナシの逃げ場となるのは、この時からだった。

『地下街』の封印が解かれた日、命辛々メディシス家へと駆け込んだナナシは、そのまま意識を失った。
目を覚まし、事の顛末をセリアージュから聞けば、やはりジョゼットの遺骸は見つからなかったらしい。
魔物に喰われたのではなく、軍部による“浄化作戦”によって、地表部分を全て消却されたのだ。
期待はしていなかったが、実際に耳にするとその威力は凄まじく、ますますナナシの心に焦りを産むこととなった。

がぁん、がぁん―――と鉄を打つ音。


「見つけた。またここに居たのね、ナナシ」

「・・・・・・」


ここ連日、メディシス家の中庭から聞こえる異音。
それは、ナナシが何処からか持ち込んで来た鉄板を殴りつける音だった。
本来ならば巻き藁を用いるべきである。拳が壊れたら、武芸者としての生命は終わってしまいかねないからだ。
現にナナシの拳は腫れあがり、二指が有らぬ方向へと折れ曲がっていた。声を掛けられてだらりと脱力させた手は赤く染まり、拳頭からは白い骨が覗いている。
熱心に鍛錬を積んだ結果などでは、断じてない。武芸を少しでも齧った者にとっては、有り得ない醜態だ。

それを理解していながら、ナナシはこんな愚行を続けている。
武芸者達が巻き藁を突くのは、それが人の体の感触に、よく似ているからだ。では、ナナシが鉄板を打つのは、何故か。
決まっている。それが魔物を打つ感触に、一番近しいからだ。
ナナシが自分の拳が壊れるのも厭わず、こんな無謀な鍛練を積んでいるのは、その様な理由もあった。
理由の大半は、自傷のためであったが。


「またこんなにして・・・・・・。手を出しなさい」

「・・・・・・」


しかしこの世界には、魔法という術があった。
治癒魔法はナナシには異常に効き目が薄かったが、それでも数時間も掛け続ければ、砕けた拳程度は完治させてしまうほど。
一般的な魔術師でもその程度の効果を見込めるのである。
こと外科治療に関しては、ナナシの世界よりもこちらの世界の方が、数段以上も上であった。何せ無理矢理にでも傷を塞いでしまうので、手術痕によるショック症状など皆無に等しいのである。
セリアージュのような膨大な魔力の持ち主が、全力で治癒に魔力を傾ければ、魔力を巡らせ難い体質のナナシでも数分で傷は癒えた。

血に汚れるのも構わずに、セリアージュはナナシの手をその小さな掌でそっと包みこんだ。
魔力が迸り、古龍の血の顕現である、翠色の魔力角がセリアージュの頭部へと形成される。
角と同色の翠色の魔力光が収まると、そこには元通り癒されたナナシの拳が。

数度拳を開いては握りしめ、感触を確かめたナナシは再び鉄板へと向き合った。
腰溜めに構えられた拳。その目指す先にある鉄板は、何度も打たれて落ち窪み、赤黒い血がこびり付いていた。


がぁん、がぁん―――と鉄を打つ音。


明らかに自身の損傷を度外視したナナシの鍛錬に、セリアージュは唇を噛みしめた。
メディシス家に来てからというもの、ナナシはセリアージュと話すよりもこの鉄板に向う時間のほうが、ずっと長かった。
それが寂しいと思うほど、セリアージュは子供ではない。
しかし、ナナシはこのままでは体よりも先に、心が朽ちてしまうのではないかと、不安で仕方が無かった。


「ナナシ、ご近所に迷惑よ。もう止めなさい」


がぁん、がぁん―――と鉄を打つ音。


「止めなさいナナシ、止めて! もう止めなさい! 貴方のせいじゃないわ! あれは仕方のなかった事だと、皆そう言ってる!
 なのにどうして!? 自分を責めても、いなくなってしまった人はもう帰ってはこないわ!」

「・・・・・・」

「お願いだから、もう、止めてよう・・・・・・」


後ろからセリアージュに抱き止められ、ナナシは拳を降ろした。
背中に二か所、暖かな湿りを感じる。
大人しくなったナナシに、やっと考え直してくれたのか、とセリアージュは頬を綻ばせた。


「お嬢様」

「あ・・・・・・うん、はい。な、何かしら?」


ナナシの声を聞いたのは、確か三日振りだったはず。
治癒魔法を掛けるために触れ合っているというのに、口を開くのはいつも自分だけ。
こんなにも近くて、でも遠い距離に、未だ十代前半だったセリアージュの幼い心は、自分で思うよりもずっと軋んでいたらしい。
一言、声を掛けられただけだというのに、思わず頬が緩むほどに嬉しかった。
自分自身の精神状態を客観的に把握してしまえる聡明さを備えていたことが、セリアージュに苦笑を誘った。
しかし、次にナナシが吐いた言葉に、セリアージュは足元から世界が崩れて行ってしまうような、そんな感覚を覚えた。


「邪魔だから、離れてくれないか」

「あ、あ・・・・・・え?」

「聞こえなかったのか。邪魔だから、退いてくれと、そう言ったんだ」

「――――――ッ!」


ナナシが行っていたのは、来るべく迷宮探索に向けての自己鍛錬・・・・・・ではもちろんない。
本当は、ナナシは内心居ても立ってもいられず、迷宮へと飛び出して行きたい気持ちで埋め尽くされていた。
しかし『未踏の迷宮』など、そうそう発見などされはしない。
果たして自分は、無為に時を過ごしているだけなのではないか。そうナナシが焦りを抱いたのは、当然の帰結かもしれない。
焦りは怒りを産み、その怒りは自分自身へと向けられることとなった。
周囲に怒りが向かなかったのは、単にナナシが内罰的な性格をしていたから。
だがここに来て、それも限界に達していた。


「どうして・・・・・・」

「お嬢様」

「わたくしでは、貴方の支えにはなれないの? わたくしでは・・・・・・わたくしは、貴方を・・・・・・」

「さっさと退けよ」


ぐ、とセリアージュの喉が詰まる音が、背後から聞こえた。


「・・・・・・勝手に、勝手にすればいいんだわ! そうやって自分を傷つけて、そのまま死んでしまえばいいのよ! 馬鹿!」


そう吐き捨てて、セリアージュの温もりが、ナナシの背中から離れていった。
振り向けば、目元を袖で擦り上げながら曲がり角に消えていく、セリアージュの後姿が見えた。
ナナシは溜息をついて鉄板に向うと、拳を振り上げ――――――そのまま、腕を降ろした。


「何やってるんだか、俺は」


自分よりも五つも年下の女の子に、当たってしまった。
まだ14歳だというのに老成した雰囲気を放つセリアージュだが、それは『竜眼』の能力のためだ。
未来を見せるその瞳は、主観時間だけで言えば、ナナシよりも長い“時”をセリアージュは体験していることになる。
しかし心の強さは見た目と同じ。否、それ以下かもしれない。
こんな場所に押し込められて、ずっと暮らしてきたのだ。“見得て”いたものは自分と他人の行く末だけで、本当の意味で人と触れ合った経験など、ほとんど無かったはず。


「ちくしょ・・・・・・」


拳に奔る鈍痛に、ナナシは苦しげに目を伏せた。
その痛みは、己の心が上げる叫びに等しかった。こんなに痛かったのかと、自分でも驚く程に。

拳を振るっている時は、無心でいられた。
だから、拳を振るっていなければ、自分自身と向き合うしかないではないか。
ジョゼットが生きていた頃と、なにも変わらない。
逃避こそが、ナナシが鍛練へと向かう原動力だった。


「・・・・・・駄目だな。外の空気でも、吸ってこよう」


疲れたように息を吐くと、ナナシは裏門へと足を向けた。
途中、セリアージュの父親と、婚約者に遭遇しないよう気を付けて。
言うまでも無く、自分は歓迎されぬ客だった。
当然だ。メディシス家の龍姫が囲い込んだ、どこの馬の骨とも知れない男。そんな噂が貴族間に囁かれれば、メディシス家にとり痛手になるに決まっている。
特にセリアージュは女児なれば、言わずもがな。
解っているのかいないのか、セリアージュはそんな父の思惑を無視し、ナナシの世話を焼いていた。

きっかけは解らないが、それでも自分に向けられる好意にまるで気付かないほど、ナナシは鈍感でもなかった。
ただ、背後関係と自分の事情が絡んでくるために、その好意を避け続けてきた。それは未だ精神的に幼い彼女にとって、残酷な仕打ちだったかもしれない。
しかし受け入れることなど、出来そうもなかった。
背負うことになるであろう責任が、重過ぎるのだ。
特に、今は。

人の出入りが少ない裏門は、ナナシの心境を現わしたように、錆ついて重かった。










◇ ◆ ◇










賑やかに値切りの声が飛び交う雑踏を慣れた様子ですり抜けながら、何とはなしに商店街をぶらつく。
流石、竜眼の恩恵により豪商としても名高いメディシス家の御膝元であってか、街路の活気は耳に入るだけで高揚するものがある。
スリや強引に物を売りつけようとする悪質な露天商を締め上げるのも、気分転換に一役買ったかもしれない。

たかだか数週間の間、訪れていなかっただけだというのに、これほどの懐かしさを感じるのはなぜだろうか。
自分が思っている以上に、この場に“根付いて”いるのかもしれない。ここが、第二の故郷だと思ってしまう程に。
それがナナシには嬉しくもあり、また辛かった。


「ナナちゃん! ナナちゃんじゃないかい!」

「あ・・・・・・おばさん」


店の軒先から声を掛けられ、ナナシが首をもたげた先には、“兎の頭”をしたふくよかな女性が。
人身獣頭のベタリアン。兎の頭を持った壮年の女店主が、エプロンで手を拭きつつ、真っ赤な目を優しげに細めながら近付いてくる所だった。


「お久しぶりです、おばさん」

「本当に、久しぶりだねえナナちゃん。ちゃんとご飯は食べてるの? 随分と汚れてるけど、ちゃんと毎日お風呂に入らなきゃ駄目よ?」

「うん、大丈夫だよおばさん。解ってる。解ってるから」

「でもねえ、あたしゃ心配だよ・・・・・・。ただでさえ、あんな事があったんだから」

「ええ、まあ・・・・・・」

「辛かったねえナナちゃん。ほら、おいで」


ナナシの返答を聞く前に、兎頭の女店主はそのふくよかな懐の内に、ナナシを抱き寄せた。


「わっ、おばさん」

「よしよし、よく頑張ったね。あんたは偉いよ。本当に偉い。こうやって、ちゃんと生きて帰ってきたんだから」


ナナシは抵抗するでもなく、抱擁に身を任せた。
もちろん羞恥はあったが、それよりも懐かしさの方が勝った。
ジョゼットの使い走りをしていた時は、この店は馴染みの店の一つであり、こうして店主夫婦と言葉を交わしよく抱きとめられていた。
ベタリアンと純人種という珍しい組み合わせの夫婦に、何故か気に入られていたナナシは、随分と世話になった記憶がある。


「あたしの馬鹿息子は、あたしが“こんな”だから冒険者になるって家を飛び出して、おっ死んじまったからね。生きているのが一番、生きているだけでいいんだよ」

「おばさん・・・・・・」

「ナナちゃん。頼むからナナちゃんは危ない事をしないでおくれよ。どうかおばちゃんを安心させておくれ」

「・・・・・・」


感じる暖かさに思わず首を縦に振りそうになる。
ナナシは言明を避け、ただ黙りこむしかなかった。
ナナシを抱きとめる彼女は、ぎゅうと一層強く抱き締める力を込めた。それは、答えが返ってこない理由を察してのことか。


「そうだ! ねえナナちゃん、久しぶりに家で晩御飯食べていきなよ! おばちゃん、腕によりを掛けてナナちゃんの好物のに、に・・・・・・」

「にくじゃが?」

「そうそう! にくじゃが作るからさ!」

「本当に? ありがとうおばさん。はは、楽しみだな」


まだ心の底から笑う事はできないが、ナナシは凝り固まっていた物が解れていくような、そんな気がした。
これでいいかもしれない。そうナナシは思った。
幸い、この夫婦には気に入られているのだ。
あのまま屋敷に居座りお嬢様を悲しませるよりも、この店で下積みをして、商人として働いた方がずっといいのではないか。

抱き返そうとナナシは腕を広げた。しかし、その腕が背に回される事はなかった。
未だ未熟とはいえ、鍛えられた感覚が殺気を捉える。


「てめぇ、俺達を舐めてんのか! 何だこの値段はよお!」

「困りますお客様! おやめ下さい!」


激しく物が壊れる音と、男性達の争う声。


「おじさん・・・・・・! すみません、様子を見て来ます!」

「ナナちゃん、待ちなさい! ナナちゃん!」


ナナシが店に飛び込むと、案の定、引きずり倒された陳列棚と胸倉を捻り上げられた店主の姿が。


「おじさん! 何やってるんだお前ら!」

「ナナシ君! 来ては駄目だ、戻りなさい!」

「ああん? 何だあコイツは、急に首突っ込んで来やがって。ガキはすっこんでな。ほれ、向こう行ってろ」


あっちへ行けと手を振る三人組の男は、それぞれが仰々しい武装をしていた。冒険者だ。
荒々しい言葉遣いが、ナナシに嫌が応にもジョゼットの影を思い起こさせる。しかしその下卑たにやつきは、冒険者に憧れを抱いていたナナシの神経を、大いに逆なでした。
相手との戦力差を考えるよりも前に、ナナシは拳を構えていた。


「止めなさいナナシ君! 手を降ろすんだ!」

「すみません、おじさん。それは出来ません。お前ら! さっさとその手を離して、謝罪しろ! さもないと・・・・・・」

「さもないと、どうなるんだ? ん? まさか痛い目に会わすだなんて言って、笑わせてくれるんじゃないだろうなあ。ガキィ」

「・・・・・・お前達、次第だ」

「ワッハッハッハ! おい、聞いたか野郎共!」


一斉に笑い声を上げる冒険者達。同時に、後ろに控えていた二人が、これ見よがしに武器をちらつかせた。
顔を青ざめさせる店主に申し訳ないと思うが、それは仕方のない反応だった。この場に居る誰もが、ナナシの力を信じてなどいなかった。
通常、一般人が冒険者に敵う事など有り得ない。それは、レベルという概念がこの世界にはあるからだ。
魔物を倒すことで信仰を示し続けている冒険者は、一般人の何倍もの加護の恩恵を受けていることになる。
レベル差が5も開いていれば、それはよほど特殊なスキルが無ければ覆せるような差ではなかった。
レベルとは戦力換算の意も含むため、もちろん一般人のレベルは1。ナナシのレベルは0だった。
装備から見ても相手は低位の冒険者だろうが、敵う筈が無いのである。


「ハッハッハ、ハァーぁ、あーあ・・・・・・。おいおい坊主よう、そう睨んでくれるなよ。これじゃあ俺達が悪者みたいじゃあねえかよ、え?
 俺達はただ、ここのオヤジが人様の足元を見てふっ掛けて来やがったもんだから、抗議をしてただけなんだぜえ? 正当な権利だろうがよ」

「何を馬鹿なことを! この人達は採算無視して赤字覚悟の値で商売してるんだぞ。ここより良心的な店なんてあるもんか!」

「駄目よナナちゃん! あたし達の事はいいから、下がって!」


次いで飛び込んで来た女店主の“顔”を見て、冒険者達の笑みが凍りついた。


「ベタリアンじゃねえか!」


変わりに浮かんだのは、嫌悪の表情。


「おい、行くぞ野郎ども」

「へ、へい。でも良いんですかい兄貴? ここで道具を巻き上げていかないと」

「グダグダ言うんじゃねえ! “人もどき”の触った品なんざ使えるかよ、汚らわしい!」


瞬間、ナナシの怒りが沸点を越える。
声を上げて位置を悟らせるようなことなどしない。死角から飛び掛かり、おおよそ人間では回避できないはずの速度を持って、足刀を右側頭部へと打ちこんだ。
そしてナナシの目論見通り、半ば蹴り抜くつもりで打った致命の一撃は、回避される事がなかった。ただ、それ以上の速力で、掴み取られていただけだった。
片手で軽々とナナシを逆さ吊りにした男は、そのまま床へとぞんざいに打ち据える。


「うぐっ・・・・・・!」


息が詰まりむせ返るナナシを無視し、こんな汚れた場所には一秒たりともいられぬと、男たちは唾を吐いて去って行った。
後に残されたのは痛みに蹲ったナナシと、労わるようにその背を撫でる夫婦だけ。


「ナナちゃん! あんた、なんて馬鹿な真似をしたんだい! ちょっとでも間違いが起きてたら、死んでたんだよ!」

「すみません・・・・・・。でも、おばさんの事を悪く言われるのが、我慢できなくて」

「いいんだよあたし達のことなんざ、放っておいても! 良心的な店だなんてナナちゃんは言ったけれど、安くしなけりゃ売れないだけ。
 何の事はないさ、あたしのせいで」

「おばさん」

「なんだい?」

「それは――――――それは、違うと思います」

「ナナちゃん・・・・・・! あんたって子は、本当に・・・・・・! 本当に・・・・・・!」


また抱きしめられ、ナナシは痛みで顔をしかめたが、不思議と口元には微笑が浮かんだ。


「ナナシ君・・・・・・ありがとうな。身体の方は、大丈夫かい?」

「はい、受け身を取ったので」


心配しないで、大丈夫です。そう応えたが、ナナシは内心ショックを受けていた。
あれだけ無理をして鍛えても、一矢報いる所か、相手にされもしないなんて。
だが、それは初めから解りきっていたこと。
それに、新たな発見もあった。
死角からの攻撃を視認して、行動に移るまで。足を掴んだ動作は視界に残像すら映らないほどのスピードだったが、実際にこちらの姿を確認してからの始動時間は、むしろ自分の方が速いのではないか。

ならば“届かせる”には、相手の手の内の十手先、二十手先を見通さねばならない。あるいは、一撃が放たれる前に発せられる精神の“起こり”とでも言うべきものを、察知せねばならないだろう。
絶対的速度で敵わぬならば、相対的速度で勝負するしかなかろうか。


「そっか、“心の速さ”は変わらないんだ・・・・・・」

「どうかしたのかい? やはり、どこか痛むのかな」

「いえ、何でもありません。ほら、さっさと片付けて、警官の所に行きましょう」

「無駄だよ。今は軍部も自警団もパンク状態だからね」

「何でまた。そういえば、今日はいつにもまして人の行き来が多かったような」


通りに眼をむければ、普段の倍以上の人間が往来をひしめいている。
見れば、冒険者が多いようだが、これはいったい何なのだろうか。
『地下街』に挑みに来た、とは考え難い。あそこはもはや封鎖域とされてしまったため、もはや誰も足を踏み入れる事が出来ない状態になっていた。
自分を除いて、だが。


「その、これは聞いた話なんだけれど、どうやら『地下街』は未完成の迷宮だったんだそうだ。そこに神を祀る前に、何らかの事情で迷宮が塞がれてしまったらしい。
 あるいは意図的にね。あそこは、信仰空白地帯だったんだよ」

「それとどう関係が?」

「つまりねナナちゃん、近場にいる神様たちがみいんなあそこを狙ってたってことさ。
 だからか、『地下街』が目覚めたのをきっかけに、未踏の迷宮があちこちに出現し始めたって話だよ。町がお祭り騒ぎしてるのは、そんな訳さ。こっちはいい迷惑だよ、全く。
 礼儀ってのを知らない奴が多くて、困るったらありゃしない」


そうですか、と応えながらナナシは抱擁を解き、純人とは異なる真紅の目をじっと見つめた。


「ねえ、おばさん」

「な、なんだい?」

「その話、詳しく教えてもらえませんか――――――?」


言うべきではなかった、と。
亡くしてしまった息子の面影をナナシへと重ねていた女店主は、悲しげにその真紅の目を伏せた。










◇ ◆ ◇










若輩であることも要因の一つだが、自分の対人関係能力がここまで乏しかったとは。
腫れあがった顔を保冷材で冷やしながら、ナナシは苦笑する。骨が砕けなかっただけ、まだましか。
疲労の溜息を吐きながら、ナナシは十日単位で契約した宿のベッドに身を投げ出した。

メディシス家を出る直前にセリアージュに姿を見咎められ詰め寄られたが、ナナシの決意が固い事を知ると、顔を蒼白にし何も言わず俯いて、立ちつくしてしまっていた。落された視線には、何の光も映されてはいなかったように思える。
今まで散々邪険にしてきたのだ。これはもう、愛想を尽かされてしまっただろう。
申し訳なく思うが、もう終ってしまったことなのだ。どうにもならない。今はもう、先に進むしかない。

新たに発見された『未踏の迷宮』。
逃げるようにメディシス家を飛び出したナナシは、単身この迷宮に挑んでいた。

しかし未踏とは仮称されているものの、市街地にまで噂されるまで知られてしまった迷宮は、ナナシが到着した頃にはすでに冒険者達で溢れ返っていた。
そこでナナシは乱闘騒ぎを起こしたわけである。
もちろん、相手は冒険者。暴力沙汰など冒険者がたむろする場所では茶飯事であるため、誰も問題になどはしなかったが、しかし見世物的な意味で人目を引いていた。
それはナナシが完全装鋼士(アイアンスミス)であったが故。一般人が管理外の迷宮に足を踏み入れるなど、前例がないわけではないが、愚かしい行為であったからだ。
分不相応に一攫千金を夢見てしまった馬鹿か、家出貴族の度を越えた道楽か・・・・・・。そう思われるのは無理も無く、当然のことだ。
初めにナナシに声を掛けた冒険者も、その言は善意から来るものであっただろう。しかし発言の内容が、ナナシを激昂させた。
急に殴りかかられた冒険者にとっては、善意に悪意を返す理不尽な応答であっただろう。事がナナシ本人の無力さについてならば、聞き流す事ができた。だが冒険者達は、この機関鎧を――――――ツェリスカを、玩具だと言ってナナシを留めようとしたのだ。であるならば、ナナシはツェリスカが玩具などではなく、歴とした兵装であることを証明せねばならなかった。
その結果がこれである。


「未熟すぎだろ、俺。・・・・・・いつっ!」


腫れは大分引いたが、目と頬周りの青痣は残るだろう。
機関鎧を着ていることを指摘するのならば、もう少し手加減をしてほしいものだ。ここにお嬢様はいないのだから、無理はできない。
勢い込んでやって来たはいいものの、しかし何の収穫も見込めそうにないことに、ナナシは落胆と少しの喜びを感じていた。
まだ帰る事は出来ないと、そう喜んだのだ。それは紛れもない事実であった。
何故そんな思いを抱いてしまったのか、ナナシには自分でも解らなかった。ジョゼットが死に、セリアージュとも袂を分かち、もう何の繋がりも亡くしてしまったはずだった。
街の人達に好かれてはいたが、それが引き止める強い理由にはならない。
だがナナシの本心は、この世界に留まることを望んでいた。
無意識では、否、意識上でも理解していたのに。そんな思いを抱くのは無駄だと、在ってはならない事だと。
自分はこの世界の住人ではない。何の原因かも解らず、ある日突然この世界に放り出されたのだ。持っていたものは、コンビニ袋に包まれたおでんだけ。
ならば、またある日突然、何の原因かも解らず元の世界に戻されるかもしれない。
この世界に“根付く”ことなど、出来はしないのだ。

「わかっているけどさ」と独り言ちて、ナナシはゆっくりと身を起こした。
今日も、これから探索をしに行かねば。緩めた鎧の拘束を締め直し、道具を点検する。
ナナシ自身の体重も含め100kg超の増減により、安宿のベッドのスプリングは致命的な音を立ててその役目を終えた。
探索を初めて三日。収穫は無し。
三日も経てばもうほとんどの箇所に人の手が入っている。無駄だと解っている事に時間を割くのは、徒労以外はないだろう。それでも行かねば。
そうしなければジョゼットに、セリアージュに申し訳が立たない。せめて冒険者として一人立ち出来るよう、ここは経験を積むべきだ。

意味のない自己理論を捏ねながら、ナナシは宿泊室の扉を開けた。
ふと感じたのは、身体に掛かる鎧の重さ。
果たして、ツェリスカはこんなにも重かったのだろうか。










◇ ◆ ◇










見上げれば、暗がりに浮かぶ二つの青い月。
その背後にはいつか見たような鍾乳石が、どこからか挿し込む灯りに淡く光を放っていた。
見下ろす月が、一瞬隠れる。それは月ではなかった。それは美しい眼だった。
蒼色の瞳が、息が掛かる程の距離から、じっとナナシを見詰めていた。

頬を撫でる髪の感触がする。
ほとんど光源が存在しないというのに、頬に降り掛かる髪は不思議な輝きを孕み、鈍い色に輝いていた。
ナナシは兜を脱がされていることを知った。
さて、自分は介抱されていたのか。
起き上がろうとするが肩を押さえつけられ、再び横になりながら、ナナシはここに至るまでの経緯を整理する。

あてもなく迷宮内を彷徨っていたナナシは、低層でとある冒険者の一団を発見した。構成員のほとんどが負傷をしていたようで、背後からは魔物の群れが迫っていた。逃走戦だ。
一人では無理だ、君も逃げろ。そう叫ばれる声を無視し、ナナシは頼まれてもいないのに殿を買って出た。
ナナシは、冒険者には歯が立たなかったが魔物には勝てるだろうと、根拠のない自身を抱いていた。
機関鎧を着込んでいるからという自惚れがあったのかもしれないし、様々な出来事への自暴自棄があったのかもしれない。
勇んで魔物達に躍りかかったナナシだったが、しかし相手の数が問題だった。元々ツェリスカは市街地戦を主眼に置いて開発された箇体である。足を止めないよう立ち回ることが主な運用法として求められることは当然であり、迷宮のような閉所で、しかも大量の魔物を捌かねばならないとなれば、ナナシも『地下街』のようにはいかなかった。
戦いの最中、ジョゼットの言葉が頭を過ぎる・・・・・・。


――――――戦いの最中に“背中が怖く”なったなら、その感覚、よく覚えておけよ。そいつは“冒険者の自覚”だ。仲間さえいたら、ってよ。まあ冒険者にならないってんなら、意味はないがよ。


ジョゼットさんの言う通りでしたよ。
ナナシは背中に感じる恐怖に、胸中でジョゼットに告げた。思えば、ジョゼットは初めから自分を冒険者とするべく教育していた節がある。
まるでナナシが辿る道を見通していたかのような教えは、過去に己が歩んで来た道であったからだろうか。
背中に迫る殺気が、紙一重で避けた剣風が、恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。


「仲間さえいたら・・・・・・ッ!」


大腿部裏側へとクリーンヒット。
たまらず地に手を着いたナナシは、しぼりだすように無念の声を上げた。
どれだけレベルが低かろうが自分よりは圧倒的強者である冒険者達が徒党を組む理由を、ナナシは理解していなかった。
しかし今正に理解している、させられている。閉所での密集戦は、お互いにカバーし合うことが生命線となるのだ。
自分が学んだのは、武術である。暗殺術ではない。構え、待ち、打つ、これが一動作なのである。
壁や天井を足場と変え、敵を“殺す”ことに特化する業は、出来ようもなかった。いずれはそれも可能となる練度には到達するだろうが、今は未だ、未熟が過ぎる。

自らの至らなさを理解したナナシがとれる行動は、逃走しかなかった。
孤独に在らねばならないという思いと、探索には仲間が絶対的に必要であるという事実に、体捌きに齟齬が生じる。
気付いた時には、踏みだした足は空を泳いでいた。
解り易過ぎて解除もされず、誰も見向きもしなかった落とし穴。そこにナナシは掛かったのだ。
間抜けめ、と自分を罵倒するよりも早くに、内蔵が浮き上がるような浮遊感。
次の瞬間、足元に口を開いた大穴に、真っ逆さまにナナシは飲まれていった。


「――――――」

「――――――あ」

「――――――」

「君、は・・・・・・」


記憶が途切れる直前までを、蒼い瞳と見つめ合いながら思い出す。
こちらをじっと見つめる眼。
それは祈りを込めたような、警戒と敵意を込めたような、矛盾する感情が同在し、しかし静かな光をたずさえて優しかった。
天井の材質に比べ背中に柔らかい感触を感じたことから、介抱されていたのだろう。身体の痛みはなく、迷宮に踏み入る前からの顔の腫れも引いていた。
ナナシが意識を取り戻した事を確認し、蒼い瞳が離れていく。
ようやく瞳の主の全貌を掴んだナナシは、驚きの声を上げた。


「お前は、一体・・・・・・」


痩せ細った身体。
襤褸切れを被っただけの衣服。
全身を覆うように伸び尽くした髪は、鈍い鉄のような色に輝いている。
襤褸切れから露出した下腹部に視線が行く。
それは少女だった。
ただし、その少女は純人ではなかった。
背後に揺らめいて見えるのは、尻尾だろうか。
何よりも目立つのは、頭部に垂直に生える一対の耳。

イヌ科の耳を持った少女の顔は、髪に隠れて解らない。
しかしきっと無表情なのだろうとナナシは思った。ただ、蒼い瞳だけが爛と光りを放ち、こちらをじっと観察していた。
ナナシの問いに応えるように、少女は口を開いた。


「わん」


何の感情も見えない、無機質な声。
予想通りの声色と、予想外の返答に、ナナシは口端を引きつらせた。

これがナナシと、一人の少女の出会いであった――――――。













おおーっと、ここでノシ棒お得意の過去話だァーーッ!
浅い、浅ーーい! 時間稼ぎをしようとする魂胆が見え見えだあー!
引き延ばすだけ延ばしておいてオチはいまいち。この行い、まさに外道!

・・・・・・いえ、本当申し訳なく思っております。
再び前後編構成としてしまいましたが、長い目で付き合っていただければ幸いです。



[9806] 地下27階・中
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/04/13 02:15
一辺が四メートル四方の空洞の中。
手を伸ばせば、半径85センチの距離でのこと。
ナナシはほとほと困り果てていた。
何とは言っても、犬耳の少女の扱いについてである。
近付けば離れ、離れれば近付き、声を掛ければ「わん」と返るだけ。
警戒されているだけならば無視すればいいだけの話だが、しかしこうして甲斐甲斐しく手当てを受けているとなると、礼を言わずにもいられない。ただそれだけでは話の種は尽きる。
在り体に言えば、気まずくて仕方がなかった。


「なあ」

「わん」

「それ以外に何か話せないのか?」

「わん」

「いやもっと努力しようや」

「わん」

「わんじゃなくてさあ、ほら、ツーとか」

「わふん」

「くっ・・・・・・!」


鼻で笑われた。
明らかに外したのは自分であるので、言い繕う事は出来なかった。言い訳しても、虚しいだけである。

と、まあ。
迷宮の中、構造変化の隙間を縫うように作られた小さな空洞。
こうやって適度に距離を“取られつつ”、一方的に世話を焼かれながら、ナナシと少女は奇妙な共同生活を送っていた。
落とし穴に落ちたナナシは全身を強打しており、まともに動けるようになるまでには少しの時間が必要だった。
少女はそんなナナシが回復するまでの間、ナナシの世話を自ら進んで買って出ていた。
何故かは解らない。人恋しかったのかもしれないし、何かの思惑があってのことかも。ただしかし、少女を疑う気持ちは、不思議と浮かんでは来なかった。
脱いだ鎧を物珍しそうに眺める少女が、可愛らしかった・・・・・・のも一つの理由だろう。
これだけ世話をしてもらった少女に猜疑心を抱くのが、申し訳ないという罪悪感もある。

ナナシの身体を清める時の少女の手つきは堂に入っていて、ストレスを感じることもなかった。
夜は一つの毛布の中に、二人でくるまって眠る。
ナナシの身体が冷えないよう、自らの長い髪を巻き付けて、自らの体温で温めて。
文字通りの裸の付き合いにナナシは顔を赤らめたが、次第に馬鹿らしくなってきて、“意識して”意識するのを止めた。邪念の無い相手に、ましてや恩人にそんな目を向ける程、ナナシは恥知らずではない。
これがハニートラップだったなら目もあてられないけれど。
こちらから近付くのは許さないのに、自分から近付くのは良いのか、少女はナナシの上で寝息を立てている。
髪をナナシの身体に巻き付けて。裸の胸を裸の胸に押し付けて。

――――――ナナシが冷えぬよう。
――――――ナナシを逃がさぬよう。


「何て言うか、所有されてるって感じ、かな。まあいいけどさ」

「・・・・・・わふ・・・・・・ん」

「どんな夢見てるんだか、この犬娘(わんこ)は」


時間にすれば数日という短い間のことでしかなかったが、しかし少女を理解するには十分過ぎる時間だった。
それは、少女を理解するのに数日程度しか必要なかったと換言出来るかもしれない。少女はあまりにも“我”が希薄だったのだ。

長い髪に隠れている表情は変わらず、声に抑揚も無い。
口を開けばただ一言「わん」とだけ。声帯に問題があるらしい。
多様な外見を持つベタリアンの一例として、外見は人に近いが内側、臓器が人からかけ離れている例が稀にだがある。
恐らくは少女の場合は、声帯部分周辺の構造が人とは異なっているために、発語が不可能であるのだろう。
双方向の会話は出来ないが、しかし少女はこちらの言葉は理解しているようで、それで十分だった。複雑な意思疎通が必要になれば、筆談という手もある。驚いたことに、少女は文字を理解していた。

明くる日、誰に字を教わったのかとナナシが問うと、少女は部屋の隅を指差した。
本や道具に囲まれて、隠すように――――――否、労わるように毛布に包まれていたのは、人一人分の骨。
「わん」と言って少女が地面に書き記したのは、母の一文字。


「そっか、この人がお前のお母さんなんだな」

「わん」

「・・・・・・優しかったか?」

「わん」

「そっか」


少女が何者であるか、この場は何であるか、この女性の死因は何か、聞くべきことは山ほどあったはず。
しかし、母の遺骨を見やる少女の優し気な眼に、ナナシは不思議と疑問を挟むことはなかった。
それは向こうの世界に居る母の面影を思い出していたからか。

母を語る少女は饒舌――――――饒筆だった。
聞けば――――――見れば、自分を産んだこの女性は、冒険者であったらしい。

攫われて、孕まされて。
足を断たれながらもからがら逃げだして、ここに隠れ、そして自分を産んだ。
自分が死んでもなお独りで生きていけるよう、教育を施しながら。
そして数年前に病に掛かり、看病の甲斐なく死んでしまったのだ、と。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。攫われたって、お前」

「わん」


よく解らないといった風に小首を傾げる少女に、ナナシは頭を掻いた。


「どれだけの間、ここに居るんだ?」

「わん」


少女が捧げ持ったのは、首に掛けられた認識票(ドッグタグ)。
生年月日のみが彫られた簡素な造りであったが、そこに在る情報を信じるならば。


「産まれたときから、ってことか?」

「わん」

「お前、俺と同い年だったのか・・・・・・」

「わん」


もう20年近くもの間、少女――――――と現わすべきかはともかく――――――は、この空洞で生活を続けていたことになる。
これには流石にナナシも考え込まざるを得ない。
母親の遺骨が登場した時点で、もはや尋常ではないのだが。


「なあ。どこ行くんだ?」

「わん」


「ごはん」と宙に細指で描きつつ、狭い穴に身を屈めていく少女。


「俺も行くよ」

「・・・・・・わん」


少女が十数年間どうやって生延びて来たのか、物資の出所が気になっていたナナシは、少女について行くことにした。
もちろん病み上がりのナナシが動き回ることに、少女はいい顔をしなかったが。
いい顔をしなかった少女は、無表情などではなかった。
ほとんど能面のようなその顔も、良く見ればちゃんと動きがある。ただ感情を表に出すのが苦手なだけなのだろう。
鎧を脱いで、少女の後を追い穴へと潜る。
顔や目や口ほど以上に物を言う尻尾が、剥き出しで突き出された尻の上で楽し気に揺れる様を見ながら、ナナシは苦笑した。

それから直に、その苦笑が痛みを覚えるくらいに、凍り付く羽目になる。










◇ ◆ ◇










すぐさま伸びた少女の手によって、綻びそうな口元が決壊するのは辛うじて防がれた。
口内に溜まった胃の内容物を、時間を掛けてまた呑み下す。
音と臭いで位置を特定されてしまうわけにはいかない。
再び吐き戻さないよう、視線を釘付けにされながらも、ナナシは意識から眼下の光景を排除した。


「そんな、馬鹿な、これは、こんな事が」

「わん」

「こんな事が、在ってもいいのか!?」

「・・・・・・わん」


在るんだから、仕方がないと。
そう言いた気に、少女はわんと鳴いた。
ナナシは感情のまま反論の弁を叫びたかったが、間に入る訳でもなく事態を見守るのみの自分が、口を開く資格はない。

――――――こうしている間にも、また一人。

飛び出せばすぐに手が届く距離で、人が死んだ。
化け物にされて、殺された。


「う、うう・・・・・・!」

「わん」


人が死ぬ場面を見るのは、これが初めてだった。
死ぬというよりも、殺される場面か。ジョゼットの時は、その瞬間を目にすることはなかったが。
しかし、平和と言っていいほどに治安の良かった国で産まれたナナシにとり、その瞬間を直接目にすることは、胃の中身を吐き散らすほどの衝撃だった。
冒険者になれば死ぬかもしれない。その覚悟は、済んでいたはずだった。自分以外の誰かが死ぬ事もあるだろう。ジョゼットのように、自分のせいで死なせてしまう事も。覚悟、していたはずだった。
だが、現実はナナシの脆い覚悟など一笑に伏すかのように圧し折り、吹き飛ばした。

思う。
自分は、理解していたような気になっていただけだ。
ジョゼットから知識を得、そして実際に迷宮に潜り、いい気になっていただけなのだ。

ナナシは震える膝を押さえつけた。
それは、崩れ落ちて音を立てるのを防ぐためだった。恐怖のためだった。
恐ろしくて恐ろしくて、たまらなかった。
見つかれば、自分もあんな風にされてしまうだろう。あんな、化け物に。

意識の外で、しかし釘付けにされた視界の中、また一人、飛び出せばすぐに手が届く距離で、化け物にされた。

目から鼻から飛び出した肉の触手に呑まれ、一瞬の内に触手塗れの化け物へと転じさせられていく人々。
男もいたし女もいた。老人もいたし子供もいた。怪我にんもいたし病人もいた。
彼等は皆、普通の、割烹着や学生服を着ていた。冒険者ではなかった。一般人だった。

『未踏の迷宮』の出現に湧く一方で、行方不明者が多数認められていることは、噂程度には知っていた。
どうせ一攫千金に目が眩んで迷宮に消えたのだろうと、他の者と同じくナナシもそう思っていた。
そうして迷宮で倒れたならば、自己責任であると。

だがこれはどうだ。こんなのは、ないだろう。
これは、この、光景は。


「あああ止めて食べないで私のお腹から出て行ってよお! あああ嫌ぁ! 嫌嫌嫌嫌嫌――――――!!」

「ひぃいあああああっ! 溶け、溶けっ、溶けあっ! あっ! あっ、あっ、あっあっあっああ・・・・・・」

「ああああん! ママァ! ママああああ! 痛いよう! 痛い! 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い――――――ぃぃ」


ナナシは耳を塞いだが、彼等の悲痛な叫びが消えることはなかった。
少女もナナシも音を立てることを気にしていたが、それは杞憂かもしれない。先程からずっと、彼等の上げる断末魔の合唱が、終わらないのだから。

彼等は荒事とはなんの縁もない、一般人だった。彼等の上げる叫びは、もしかしたら、自分が上げるかもしれなかった叫びに違いない。
ならば、彼等を救う事は、自分を救う事。

動け――――――と。
ナナシは自らの両足に命じた。
しかし、足は地に縫い付けられたように固く、動かなかった。
白状するならば、ナナシはもう、目の前の邪悪に対峙する気概を失くしてしまっていた。
ただただ気付かれないよう祈ることが、恐怖に呑まれたナナシに出来る全てだった。ナナシは自らの意思でもって、彼等を見捨てたのだ。
ナナシには、許しを請うことなど出来なかった。それはやってはいけないことだと、そう思った。彼らを見捨てたのだから。
どう見ても、組織的に行われている“かどわかし”である。自分が飛び出していった所で、どうにもなるまい。
だから仕方が無いのだと、ナナシは念仏を唱えるように、何度も胸中でくり返した。

・・・・・・つまるところ。
ナナシは恐ろしかったのだ。
死ぬことが、ではない。殺されることが、でもない。
それら二つは、吹けば飛ぶくらいに脆かったとしても、覚悟していたこと。どうしようもないほど、ナナシを震え上がらせるものではなかった。
ナナシはただ、こんな場所で“化け物にされて殺されたくは無い”、と。人として死ぬことも許されないなんて、と。そう思ってしまったのだ。
――――――こんな、異世界で。

「わん」と少女が小さく鳴いた。
少女が目指す場所はここでは無かったらしい。
引きずられるように少女に連れられて行くナナシは、瞬きもせず、この光景を見続けていた。

次々と引きずられてやってくる、泣き叫び助けを乞う人々。
そんな彼等に作業的に手を翳す、何か魔術的な刺繍が施されたローブに身を包んだ司祭達。
内側から裂けて、端から順に、化け物へと転じていく人々。
その経過を事務的に記録していく、黒ずんだ斑点ばかりが目立つ白衣を着た医師団。

罪悪感を覚えるのならば、目を閉じればいいものを。
ナナシには何故か、それらから目を逸らすことが、出来なかった。
何故かは解らない。
何故かは解らないが、ナナシの両の手は、震えながらも閉じられていった。

硬く、堅く。
気付けば血が滴る程に、固く手は結ばれていた。
やはり、それが何故かは解らなかった。










◇ ◆ ◇










頬に掛かる感触に、ナナシはゆっくりと目を覚ました。
手に取って確かめれば、指の間を落ちていく。それは長い髪だった。
長い間――――――否、産まれてこの方碌な手入れなどされてはいない髪は、お世辞にも良い手触りだとは言えない。臭いも同じくである。
しかし不快とまではいかないのは、“隅に包まれている”母親の、娘がせめて女であれるようという手入れの結果だったのかもしれない。
光源など壁に掛けられたランプ以外にないというのに、ナナシには手から零れる髪が、鈍く輝いて見えた。


「鈍色――――――」


呟きが漏れる。
胸の上に感じる温もりが、ナナシの呟きに首をもたげた。眠ってはいなかったのだろう。
蒼い眼がじっとナナシを見つめ、飛び出した犬耳がぱたりと上下する。
聞き慣れない言葉に、少女は首を傾げた。


「・・・・・・わん?」

「お前の髪の色だよ。俺の産まれた国じゃあ、鈍色っていうんだ。こっちじゃあ別の呼び方をするみたいだけれど」

「わん」


一鳴きして、少女は自らの髪を手に取った。
淡い光に透かして角度を変えながら、返す返す楽しそうに、嬉しそうに、毛先を弄んでいる。
顔には出ていないが、脚をくすぐる尻尾が物語っている。
こそばゆさに笑いを堪えながら、ふと思った疑問をナナシは少女に問うた。
努めて先の光景を忘れるよう、平静を装って。
『装う』ことこそが、自らの性質であれば。


「なあ今更だけど、お前の名前、教えてくれないか?」

「・・・・・・」


しばらく考え込んだ後、少女はわんと言って首を振った。
ナナシが予想していた通りの応えだった。


「名前、無いのか。お母さんは?」

「わん」


少女が語るには――――――描たるには、母から名を授かることは無かったという。
彼女を産んだ母親は、当然少女の喉の造りを知っていた。言葉が、自分が付けた名が、その口から紡がれることは無いと理解していた。
初めから自分の死を逃れ得ぬとしていた彼女は、娘をこんな場所に一人残すことを忍びなく思っていたのだ。
眠りについていた迷宮だ。入るのは容易くとも、出ることはもう叶わない。
自分が死した後、娘の名が呼ばれる事はもう無いだろう、と。それはあまりにも残酷ではないか、と。

望んで産んだでもない娘。
しかし紛れもなく彼女は、娘を愛していた。

だから、初めから名付けなければ良い――――――と。
そう彼女は決めたのだ。
いつか此処から出た時に、娘が名を得られるように。
娘が生きて、ここから出られるように。
そう願いを込めて。

描たる少女にそうか、とナナシは頷いた。


「俺と同じだな」

「・・・・・・?」

「俺も“名無し”なんだ」


ナナシが名を問わなかったのは、名無し同士、通ずるものがあったからなのかもしれない。
少女が自分を連れて来たのも、同じ理由か。ただ寂しかったからか。
20年近くも迷宮内で命を繋げるなど、彼女の母親をして、予想外であったに違いない。“あれ”がこの場の日常ならば、彼女がこうして生きている事自体が奇跡だ。
願いを込めるということは、それが叶い難いものであるのだから。
あるいは娘に語って聞かせたことは全て嘘で、こんな境遇に陥った自らを慰めるために良い母を演じて、最後に恨みをぶつけただけなのかもしれない。
しかし、そうは思いたくはなかった。


「わん」


そう応えた少女の口元には、微笑が浮かんでいたように見えた。それはナナシの見間違いだったのかもしれないけれど。

ナナシは少女と抱き合うままに、睡魔に身を任せた。
少女と共に運んだ物資に関して、思い返さないように。それは、無駄な努力でしかなかったが。

ナナシが見た『実験場』の奥にあったのは――――――『繁殖場』、そして『処理場』だった。
ずらり、と並べられた、足の無い女性達。
鎧を着ていようが、腰に剣を下げていようが、化け物には関係がなかった。
手足が斬り落とされていようが、目鼻が抉られていようが、胎さえ無事ならば、子は孕める。
実験場にて造り出された化け物はそこで、強い母体――――――冒険者と掛け合わされ、より優れた個体を産み出すための種馬とさせられていた。
ナナシには理解できないことだったが、どうやらあれは何らかの魔術的儀式を行った結果であり、そして化け物となってしまうこと自体が、失敗であるらしい。

『処理場』は読んで字の如く。
犠牲者達の所持品を放棄する場所のことで、少女はそこに忍び込んで食糧を調達していたという。
他にも『失敗作』が多数打ち捨てられていたのには、これは流石に直視することは出来なかった。
捻くれて、繋ぎあわされて、一括りにされて捨て易くした人の残骸など、哀れが過ぎる。


「わん」

「いや、なんでもないよ。おやすみ」


“何か”を込められて化け物にさせられてしまった人々。
ならば、より良い器でもって儀式を行おうとするのは、当然の事。
この少女は、そうして産み出されたのか。

やり切れない思いを消化出来ず、ナナシは無理矢理に眼を閉じた。
そろそろ体調も回復した頃だ。
これからどうするかは、まだ決めていない。










◇ ◆ ◇










ここから立ち去ろう。
そう決めたのは、七日目の朝。
二度目の調達の日のことであった。

あんな非人道的な行いに、義憤を抱きはしている。
しかし、こんな明らかに組織的に行われている凶事をどうこうとすることなど、出来る訳がなかった。
ナナシの答えは、逃げること。全てを見なかったことにして、口を閉ざすことだった。
少女の事は迷いが残るが、ナナシには人一人の面倒を見る余裕などない。自分の事だけで精一杯なのだ。
ただ、彼女がここから出たいというのなら、自分の出来る全てをしようとは思っていた。
それから先の保障が出来ないというだけだ。


「なあ、もしここから出られるとしたら、どうする?」


そうナナシは、先を行く少女の背に向けて言った。
ずるい聞き方だ、と思った。


「わ――――――ん。わん」


少女は、しばらく考え込んだ後、困ったように応えた。どちらともとれる答えだった。
だろうな、とナナシは相槌を打った。
ナナシは少女の想いが、言葉は通じずとも理解出来た。
どれだけ劣悪な場所だとしても、ここが地獄であったとしても、ここ以外に自分の故郷はないのだ。そう簡単に捨てることなど出来ない。
少女にとっては、ここは母の眠る場所。ここ以外に、母との思い出などありはしないのだ。
ナナシにとってのジョゼットと、『地下街』がそうであったように。

確かな答えを聞くタイミングを逃したまま、ナナシは少女を追って実験場の死角へと身を潜ませた。


「・・・・・・誰もいない、な」

「・・・・・・わん」


凄惨な場を知っているからこそ、この静寂が異様に不気味に感じる。
実験場には誰もいなかった。
誰も、というには弊害がある。人を人とも思わない人でなし共を人として数えてはいないだけだ。
そこではあの惨劇の主催者であった司祭達が、奥へ奥へと魔法陣投影機といった呪的機材を引き込む作業をしていた。


「つけるぞ」


言って、少女の返答も待たず飛び出したのは軽率だったのかもしれない。
そしてナナシと少女の二人は、見た。

実験場の先、繁殖上のさらに先、処理場の奥にその空間はあった。
構造上、今こうして集められているのが、拉致被害者の全てだろう。
それほど大人数と言う訳ではない。せいぜいが、30人程度だ。だが処理場が埋め尽くされる程に、新たに積まれていた死体の数を鑑みるに、この迷宮に収容されていた残りの被害者は、みな処分されたとみて間違いはないだろう。
新たに産まれたものの姿も、少なくはなかった。母子共に棄てられている姿を少女がどんな思いで見たか、ナナシには解らない。母子と呼ぶには程遠い、宿主と寄生虫の関係のそれに等しい在り方は、ナナシをして吐き気を催すものであったけれど。
それは、後始末だった。それは、隠蔽工作だった。
あれだけの大勢の人々が、一所に集められ、そして一斉に化け物へと転じさせられる儀式魔術が発動する。している。
魔法陣上に魔力が回転し、人々の苦悶の声が響いた。


「や、やめ――――――」


思わずナナシは声を上げた。上げてしまった。
ここに来て、これか。
どうして、今更になって。
そんな資格などありはしないのに、大人しくしていればいいものを。
そう、ナナシの冷静な思考の一部が囁く。

見つかった、と思う間もなく数多の視線にナナシは貫かれた。
死の司祭達が金切り声を上げて、ナナシを指差した。ローブの下に隠されていた顔は、やはりどうみても“人でなし”にしか見えなかった。口元から蛸足と虫の脚とが交互に出入りしているともなれば、流石に人間と言うには難しい。
異形の重圧に身を曝されたナナシは、ううと呻いた。
爪先から舐め取られるような嫌悪感と恐怖とで、身が凍る。


「ガルルルルゥアアアアアアッッ!」


咆哮――――――。
ナナシに迫っていた司祭の一人、否、一匹が、躍り出た影によって上と下とで真っ二つに両断された。


「わん」


と言って。
振り返った影は、少女だった。
少女の手には、体格に不釣り合いな程巨大な斧が握られていた。処理場から見付けてきた物だろうか、自分よりも大きな鉄の塊を、軽々と振りまわしている。
巻き起こした旋風で、間合いの外にいたはずの二匹の司祭をなぎ倒し、死角を突こうとしていた一匹を返す刃で叩き潰した。


「わん」

「う、うう・・・・・・」

「わんッ!」


動けぬナナシの胸を、とーん、と少女は突いた。
少女にとっては軽く押しただけなのかもしれないが、それだけでナナシの身体は戦闘域から脱した。
司祭達が、元は罪もない人々であった化け物を伴い、押し寄せて来る。
無様に地に腰を付けるナナシへと、少女はまた、わんと鳴いて、化け物の群れに向き合った。
少女ははっきりと、柔らかく微笑んでいた。
それはナナシの見間違いではなかった。
後ろ手に示した少女の指は、逃げて、と描たっていた。


「う、う――――――うわああああ、わああああ!」


もう限界だった。
それまでナナシが抑圧してきたものが決壊し、一気に溢れだした。
初めてこの世界に放り出された時のような悲鳴を上げて、ナナシは逃げ出した。
背後からは、少女のハウリングボイスが響いていた。


「無理だ! もう無理だ! “僕”には無理だよ、ジョゼットさん!」


涙と涎と鼻水を垂らしながら叫ぶ。
躓いて転んで、泥濡れになっても叫びは止まらなかった。


「あんな、あんな恐ろしいものを――――――」


来た道を引き返し、少女と過ごした空洞に向う。
転がるようにして逃げ込んだそこには、ナナシが目指していたものが、在った。
変わらぬ重厚な鉄の輝きは、嬉々としてナナシを迎え入れているようにも見えた。


「あんな恐ろしいものを、“そのままにしておくなんて”!」


もう何度目にもなる――――――たかが数回の――――――鉄の重みを腕に感じながら、ナナシは喚いた。


「全部、全部、叩き潰してやる!」


経験を積むためだなどと、思っていたけれど。
そんなものは、まるで無意味だったのかもしれない。

『ナナシ』とは、一人と一機で一己の冒険者である。
ならば、我々は一体とならなければ。それをどれだけ身に纏っていたとしても意味などない。どれだけ使いこなしたとしても、意味などなかったのだ。

なれば――――――呼べ、と。
我が名を呼べ――――――と。

手の内に在る鉄塊が、語りかけてくるように、ナナシは感じた。
ただの武器としてではなく、否、ただの武器でもいい。
我が存在を認めてくれ、と。
そう語りかけてくるように。

だから、とナナシは応えた。


「俺に力を貸してくれ、ツェリスカ――――――!!」


主にその名を呼ばれた鉄の塊が、歓喜に打ち震えるように、強化ガラスの双眸に翠の光を燈した。










◇ ◆ ◇










――――――さて。
人は追い詰められた時、本性を露わにするという。

この時分のナナシは、行われていた儀式が『神降し』であるだとか、産み出されていた化け物が神の為り損ないであるだとか、そんな事は全く理解などしていなかったはずだ。
よって、この判断が理性に依って下されたものであるとは、考え難い。
ナナシは己の本性を曝け出し、ただそれに従ったに過ぎないのだ。
ナナシが最終的に執った選択。彼の根幹と、彼の半身であるそれに下された至上命令とが合致していたのは、運命の奇という他は無い。

ナナシの本性。それは、『逃避』である。
それも、自らの葛藤から逃げ出す類の逃避だった。
実に現代日本人らしいパーソナリティだと言えよう。その手段が尋常とは言えない所は、ナナシの異常であるのだが。

それもナナシの身体的精神的耐久を越えなければ、問題はない性癖であったはずである。逃避癖で済まされる程度だったはずだ。
だが何もかもから逃げてばかりいれば、この世界で生き抜くことなど出来ない。当然だ。
事実、ナナシも無意識に自らを守ろうとしていたのか、“耐えられる”よう自己鍛練に励んできた。
それはまるで、鋼を鍛えるかの如く。

耐えられるのであれば、壊れることはない。であれば、立ち向かう事も出来よう。何をかを迷う以前に、当然のように立ちふさがる壁を、また当然のように打ち崩していけるはずだった。
しかしナナシが直面した事態は、容赦なくナナシを圧し折った。
まだ弱く、実戦経験も浅かったナナシには、どうにもならない理不尽を叩きつけられたとしても、抗う術など何も無かったのだ。

力も、術も足りはしない。
ならば・・・・・・己の存在を賭すしか無い。
これもまたナナシにとり当然の帰結であり、それは決意も怒りも、何も伴わない純粋な本能に依る行動だった。
逃げて逃げて、逃げ切るために、全力を尽くすこと。
苦痛から逃れるということ。極まればそれは、要因そのものを消し去るということだ。

即ち、この時ナナシが執った選択は――――――眼前の事象、その他一切の敵勢力の、殲滅である。












気を抜けば「ナニカ」とか「ワカラナイ」とか、カナ表記にしちゃうところだったんだぜ。
危ない危ない。F7キーが割れていなければ即死だった。
いや・・・・・・ここはあえてやっておくべきだった、かな?


さて、相談なのですが。
今更ながら主人公の決め台詞や口癖等をつけようかなー、などと思ったりしています。
あまりにも主人公が没個性過ぎて、設定に呑まれていってしまっているから・・・・・・なのですが。いや、始まりから設定ssなんですがね。ハハハ、ハ・・・・・・。
見切り発車すると色々残念なことになるという、手本のような作にー。うわああ。
これはもはや、主人公のキャラクター性にテコ入れするしかない! と思い、手っとり早くセリフで箔を付けようとしたのですが・・・案がまったく浮かびませんでした。
何かこう、いい感じの台詞回しってないでしょうか。
原案を頂けると、嬉しいです。

「闇(ダーク)に返るがいい・・・・・・」とか?
だめか・・・・・・。




[9806] 地下28階・後
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/04/13 02:15
少女には絶望しかないはずだった。
母からありったけの愛情と憎悪とを一身に受け育った少女には、自分の行きつく先など、解りきっていた。
きっと“兄弟達”のように、器にされて、打ち捨てられるだけ。それでお終いだ。
希望など持つことは、許されてはいなかった。
許されてはいない・・・・・・はずだった。

ある日の事だ。
母が死んでしばらくたった日の事。
少女の寝床に、鉄の塊が落ちてきた。
すわ何事かと驚いた少女だったが、よくよく見ればその鉄の塊の中には、人の姿が。
苦労して殻を剥げば、これといった特徴もない若い男だった。放っておけば死んでしまいそうな傷を負って、苦しそうに呻いていた。
迷宮という閉所の中、司祭達から隠れ、死骸を漁る日々に疲れていたのかもしれない。気付けばこの男の傷を手当てし、共に暮らしていた。始まりは、ただの慰みのためだったのだ。

――――――だが。
楽しくなかったと言えば、嘘になる。
暖かくなかったと言えば、嘘になる。
男と肌を合わせて眠る日々は、少女の凍てついた心に、安らぎと“揺らぎ”をもたらした。
こんな日が、ずっと続けばいい・・・・・・いつしか少女は、知らずそう思ってしまう程に、男に心を預けていた。
だから少女にとり、己が身を呈し男を逃がすのは、当然のことであった。


「うう・・・・・・っ」


囲まれ、数の暴力で嬲られて。
とうとう少女は崩れ落ちた。
司祭の2、3人――――――と数えるかはともかく――――――は斬り倒したが、しかし“兄弟達”を斬ることは、少女にはどうしても出来なかった。

望んで産まれたわけではなかろうに。
こうして身を貶められ司祭達に操られるのが運命であるというのならば、自らの魂さえ呪っただろう。
片親が偽神である自分達は、魂の一部が、すでに神を受け入れる神籬(ひもろぎ)として成ってしまっているのだ。
神意の制御機構となること。それが我々兄弟達に科せられた運命だった。
愚かしくも意のままに操れる神を造ろうなどと、それで神意に至ろうとするなどと、神を何だと思っているのだろうか。
・・・・・・決まっている。“力”であると、ただそれだけだ。この世は力が全てであるという思想は、実にシンプルで解かり易かった。
力なき存在は罪であり、その罪が購われるには、力ある者に従うしかないとのだと言う。
であるならば、この身は罪に塗れているだろう。神に捧げられるべく供物が逃げ出した挙句、在るべき力も示せずにいるのだから。

もう後4、5人はいけたかもしれない、と少女は省みた。
残るは・・・・・・止めよう、数を数える意味などない。

血が抜け、虚ろな頭のまま、繊毛が生えた節足でもって無理矢理両脇を抱え上げられる。
動けぬよう脚の腱を切るという念の押しようは、二十余年以上にも及ぶノウハウからだろう。
じょきり――――――という音と感触が踵に奔ったが、悲鳴を上げることはしない。ただ、静かに目の前の化け物を睨みつけるだけだ。
生臭い臭気を顔面に吹きかけられ、額に手が、あるいは足が翳された。

いよいよか、と少女は思った。
これから兄弟達と同じ運命を辿ることになるのだ。
思えば、母があれだけ愛憎を自分に向けてくれたのは、この結末を解かっていたからかもしれない。
だが、後悔はない。後悔するほどのものもない。自分には、何もない。
あるのは絶望に等しい諦めだけ。

・・・・・・いや、ただ心配事が、一つだけあった。
――――――あの人は、無事に逃げられただろうか。

残ったのは、ほんの少しの寂しさと大きな満足感。
最後に、男が去っていった方角へと顔を向け――――――少女は見た。
見てしまった。


「うう――――――おおおおお!」


雄叫びを上げ、駆ける、鉄の塊を纏った男の姿を。


「おおおぉおおッおおお――――――ッ!」


自分と同じ『名無し』であると名乗ったその男は、立ち塞がる兄弟達をものともせず、猛然と突進した。
足元で摩擦によって火花が散らされているのが、男の踏み込みの苛烈さを物語る。
少女が口を開くよりも前に、男は兄弟達と相対し、拳を大きく振りかぶった。

瞬間、右腕に備え付けられた三連リボルバーが炸裂。
圧搾魔力によって射出された杭が、拳の軌跡をなぞり、標的に突き刺さる。
遅れて少女の耳朶に、兄弟達の断末魔――――――救われたような、安らぎの声が届いた。


「はっ、はーっ、はぁっ・・・・・・は、ぐっ、げほ・・・・・・ッ!」


呼気を整える男に、少女が初めに感じたのは怒りだった。

何故戻って来たのか、と。
せっかく、自分が囮になって逃がしてやったのに、と。


「う、うううーっ! がるるるるっ!」


せっかく、せっかく・・・・・・。
潰えてしまう希望など抱かずに、絶望の中、ほんの少しの満足感を抱いて死んでいけたのに――――――。


「ぐるるるぁぁああ!」


少女は、男に牙を剥いて吠え立てた。
早くここから立ち去れ、今ならまだ間に合う。


「うるさい、黙れ!」

「わ、う、うう――――――!?」


しかし、自分以上の怒声でもって、それは掻き消された。
訳がわからない、と少女は口を閉じるしかない。


「僕は、俺はもう嫌だ! 嫌なんだ! こんなものを見るのは、こんなものが在るのは!」


何故か男は怒り狂っていた。
口にする言葉は支離滅裂で。
握られた拳からは、ボルトが軋む音が聞こえていた。


「怖くて怖くてたまらない・・・・・・だから!」

「わん・・・・・・」

「俺が全部消してやる! 全部、全部、叩き潰してやる! だから、だから!」


恐ろしくて、見ることすら辛いから。
だから消すのだ、と男は口にした。それも、力尽くで。逃避に全力を尽くすと、男は言ったのである。
ただし、逃げる方向は真っ直ぐ前に、だ。
全力で真正面に逃げ、壁を打ち抜いてその向こう側へと行くのだと、男は宣言したのだ。

兜の奥、淡く翠に輝くガラスの双眸が、少女を貫く。


「助けてくれと、言ええええええ――――――ッ!」

「――――――!」


男の叫びが、少女を揺さぶる。


「う・・・・・・あ・・・・・・わぅ・・・・・・」


ああ、と音にならない言葉が口から漏れ、気がつけば目からあふれた何かが、頬を濡らしていた。
額の血が目に入ったのかと思ったが、違う。
それは涙だった。


「うう、あ――――――」


自分は今、泣いている、のか。
目から涙が出ることなど、異物が入った時以外にはなかったことだった。
何故、涙が出るのだろう。


「俺はその言葉を決して裏切らない! だから言え、こから出たいと、外の世界へ行きたいと、助けてくれと! 言え、言うんだ! 言え!」


もはや少女の涙は止まるところを知らず、流れ続けた。
男の名を少女は胸中で呟いた。

――――――ナナシ。

すると、不思議と胸の内が陽光に照らされたかのように暖かくなる。・・・・・・陽の暖かさなど、眩しさなど、知らぬというのに。
ナナシ、と呼べば呼ぶほど、少女の中に生まれた暖かさは増し、それは閃光となっていった。
光は少女を内側から焼き、奥底へと沈んでいた澱を焦がしていく。
やめて、と少女は叫びたくなった。

やめて、やめて、わたしのこころを、てらさないで。

だがもう、手遅れだ。
光を当てられた心には、もう何処にも、厳重に押し込めていた『願い』を隠す場所などない。
自覚した瞬間、今までずっと、産まれてからこれまで抑えられてきた感情が波のように押し寄せ、少女の心の堰堤を一気に壊していった。

生きていたい。
ここから出たい。
ナナシともう一度触れ合いたい。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない――――――!


「うううああああああああ――――――!」


願いが、溢れた。


「ああああああああ――――――ッッ!」


腱から血が吹き出るのも構わず、身を震わせて少女は叫んだ。
暴れる少女を押さえつけようと、司祭達に杖で殴りつけられたが、少女は口を閉じなかった。

戦いの咆哮でも、唸り声でもない。
狼の声帯から発せられた音は、しかし人の叫びだった。
それは救いを求める声だった。
自らの力を頼りにたった一人で生き抜いてきた少女は、産まれて初めて自らの全てを他者に、ナナシに託し、願った。


「わかった」


そうナナシは応えた。
己の行動に理由付けが必要な類の人間であったナナシにとり、少女の叫びは安堵をもたらすものだった。
自らの行動理念が恥ずべきものであるという自覚くらいは、ナナシにもある。元が恥という感情を重んじる文化で育ったために、それも一入。
納得のいく理由によって、己の行動は正当化されなければならなかった。
それはもはや偽善ではなく、独善だ。
少女の叫びを、己が振るう拳の“だし”にしたのだ。
だが、とナナシは思う。もはや、決めたのだ。

進むナナシの前に、兄弟達が立ちはだかる。
兄弟達は互いに喰い合い肉を絡ませ交わりながら、巨大な狼の出来損ないへと転じ、ナナシを威嚇する。雄叫びと共に吐き出された涎と蛭が、ナナシへと降り注いだ。
戦いの咆哮であり、唸り声であるその叫びは、まるで少女とは逆の願いを訴えているように聞こえてならなかった。
楽にしてくれ、と懇願しているようで、ナナシは悲痛な響きに耳を塞ぎたい気持ちになった。
重すぎるのだ。
背負って歩くことが出来ないのだから、叩き壊すのだというのに。

ついこの前まで何の危険も知らず、ただ平々凡々と生きていただけの俺に、何故そんなにも多くを望むのか。

ナナシにはさっぱりわからなかった。
だがどちらにしろ、為すべき事は変わらない。

あとはただ突き進み――――――逃げ切る――――――のみ。


「左腕開放」

『アラート。当武装はマスターの身体に多大な影響を』

「左腕、開放!」

『――――――了解しました。左腕、封印解除。システム【Pao-Xiao-Dragon】を起動します』


ツェリスカが提示するステータスをチェックしながら、ナナシは呟く。


「許してくれとは言わないけれど、せめてこの一撃で終わらせてやる。だからもう、泣くなよ、な?」


その時ナナシがどんな顔をしていたか。
隙間なく兜に包まれた表情は、誰も窺い知ることは出来ない。
ツェリスカと銘打たれた鎧のみが、それを知る。

ナナシは弓を引くように、左腕を引き絞った。
左腕の封が解け、ボルトが弾け飛ぶ。肘から、巨大な一本の杭が露出。
恐らくは、個人で携帯可能な近接武器としては、最高峰の破壊力を誇るだろう。こればかりは高レベル帯の防御力でもっても、無事では済まない。
杭の射出速度とその形状によって、例え加護により物理法則を超えた装甲であっても、喰い破る威力が保持されているのだ。
例外は魔法的防御のみだが・・・・・・それは、ナナシの特性によって、無効化される。

ツェリスカの製造コンセプトが、神意の打倒であるが故に。
物理を以って、神理を打ち砕くのだ。


『・・・・・・システム起動完了。魔力ライン、全段直結』


魔力ラインを全段直結する、ということ。
それは、機関鎧の駆動に必要最低限の動力のみを残し、動作補正もAIも一時活動を停止するということ。
全てを真に己の力のみで為さなくてはならないということだ。
求められるのは、何の補正もなく敵の攻撃を掻い潜り、確実に一撃を加える技量。
得られるのは、大火力の最高打撃。
代償は、装着者の安全。

本来スキルによってのみ顕現される『防御力無視』の一撃を、人間の身体能力と機械機構のみで再現しようというのだ。
更には、ツェリスカはその身に呪いを宿す特別製。
当然のように、装着者の無事は度外視されていた。


『Go ahead and go barking』


音声コードと共に、ツェリスカの機能が一時停止――――――する直前。


『――――――ご武運を。マイ・マスター』


装着者を案じるプログラム外の言語は、ナナシが聞き返す前に、静かに消えていった。
ナナシは足を肩幅以上に大きく開き腰を落す、無名戦術基本の型『落蓋』から、足幅を狭め前傾姿勢に体幹を傾けた『磨石』へと、構えを変える。

静の構えから、動の構えへ。
右腕を前に、左腕を弓を引き絞る様に後ろに振りかぶると、間接の動きに連動して杭が完全に露出する。

否――――――それは、杭ではなかった。
先端が鋭角に削られ、中心を刳り抜かれたそれは――――――それは、巨大な“注射針”だった。


「行くぞ犬娘! しっかり見てろ――――――!」

「わん! わんわん! わん――――――っ!」


全段直結された魔力ラインが、左腕に集中する。


「“神撃・フィストバンカー”」


それは、『レベル』の区切に左右されることのない、自然の摂理を超克する“行き過ぎた”機械技術。
それは、機械仕掛けの力を人の『業』でもって制御する、無名戦術の基本にして深奥――――――『武装纏成(むそうてんせい)』の極致。


「メテオ・ブレイカァアアア――――――!」


そして――――――少女は見た。
男の拳が、神が定めた運命を砕く、その瞬間を。










◆ ◇ ◆










襤褸のようになりながらも千切れることだけは避けられた左腕を庇いながら、ナナシは無事な右腕で少女を背負い、線路を辿って歩いていた。
向う先は、セリアージュの屋敷。
徒歩であるのは、ナナシと少女の治療費とで、とうとう手持ちの金が底をついたから。

冷静になって考えてみれば、かなりの無鉄砲な事を仕出かしたものだ。
これはお嬢様も怒る道理だな、とナナシは自省した。
一人前に自棄になって、馬鹿馬鹿しい。
何をするでなく、何かを成したわけでなく。そんな自分が、自らの無力を嘆くなど、早すぎるではないか。


「俺達は、さ」

「くうん?」

「これから、だよな?」

「わんっ!」


嬉しそうに、本当に嬉しそうに少女は笑った。
薄明かりの下であっても、眩しい程に輝いて見える少女の笑顔。
背中をくすぐる揺れる尻尾の感触に、つられてナナシも笑みを浮かべた。
これからどうするの? と楽しみでしかたないという風に頬をすりよせる少女に、ナナシはそうだな、と少し考えてから言った。


「とりあえずは、お嬢様に頭を下げないとなあ。許してもらえるかは解らないけど」

「・・・・・・わん」

「あの、ちょっと? 爪が喰い込んで痛いんですけど?」


月明かりの下、ナナシと少女は身を寄せ合いながらゆっくりと、線路の上を歩いて行く。


「月、きれいだなあ」

「わん」

「あっちよりも大きいんだな、こっちの月は」

「わふん?」

「はは、気にしなくていいよ。それよりもほら、あれ見てみろよ。流れ星だ」


ナナシが視線で指す方向には、天をゆっくりと“昇って”いく流れ星が。
大気の反射の加減かは解らないが、どうやらこちらの世界では流れ星は、逆に落ちるように見えるらしい。
ナナシにはそれが、あの迷宮で命を落とした者の魂が、天に還っていくように見えた。
ナナシの背で、少女がひゅうと息を吸う音が聞こえた。


「ふぅぅううおおおおおおおお――――――ん!」


少女もナナシと同じ想いだったのか。
まるで、死者への手向けのような、弔うかのような。
あるいは、産声を上げるかのような。
そんな遠吠えを、天に向けて上げた。

ナナシは少女の決別の声を聞きながら、黙々と歩み続けた。
あれから――――――ナナシが少女を助けだして直後に、生き残った司祭が証拠の隠滅を図ったのか、空洞は崩落を始めた。
急いで脱出した二人だったが、少女は別れを告げる間もなく、急に外の世界に放り出されてしまったのだ。
だが、少女のこれまでの人生を慮れば、これで良かったのかもしれない。
急に厳しすぎる世界に放り出されたナナシにとって、少女の境遇は共感するものが多かった。


「なあ」

「くうん?」


また黙々と歩き、数刻経った頃、ナナシは唐突に口を開いた。
これまでずっと、考えていたのだ。


「俺と一緒に、冒険者にならないか? 冒険者の“学園”に行って、一から勉強しよう」

「わんっ!」

「即答か。少しは考えてくれるとこっちも有り難いんだけれど。まあ、いいか」


背負うことが重すぎるとは思ったものの、こんなにも軽い少女一人くらいなら、腕が痺れるまではもつだろうか。
目が覚めたような、不思議な気持ちで天を仰ぐ。
空には、ナナシの知るよりも大きな月が、柔らかな光を湛えていた。


「じゃあお前の名前、考えないとなあ」

「わん、わんわん!」

「うん?」


少女は自らの長い髪を掴み、ナナシの目の前に差し出した。
何を言わんとしているのか、解らずにナナシは首を傾げた。


「ええと」

「うー!」


解らないのか、と不満気に喉を鳴らす少女。
ナナシには少女が何を言いたいのか、解らなかった。
解らなかったが、少女の髪を見て、自然と一つの言葉が口を突いた。


「にび・・・・・・いろ?」

「わんっ!」


嬉しそうに、本当に嬉しそうに少女はナナシの首筋に鼻を埋めた。


「それでいいのか?」

「わん!」

「そっか。じゃあ、まあ、いいか。なあ、鈍色」

「わんっ! わんわん!」

「鈍色」

「わん!」

「鈍色」

「わんわん!」


何とはなしに、少女の名を呼び続ける。
線路を逆に辿るのは、結構な距離があったはずだが、ナナシは苦には思わなかった。

夜。
空には大きな月と、輝く星。
暗がりの中、果てしなく続く草原には、道標は線路しかない。

まるで、自分の心境のようだ、とナナシは思った。
右も左も解らぬままに、ジョゼットの教えに従うしかない。
何処に辿り着くのか、解りはしない。

だが、それでもいいか、とすんなりと頷けてしまう自分が居た。
行く先が見えぬなどと、そんなもの、行って辿りつけば解ることだ。

命は一つしかないのだから、逃げることは恥ずべきことではない。
ただ、縋ることはいけない。
甘えは、棄てなければ。

――――――鍛えなければならない。
ナナシは、心底そう思った。
自らを壊すためではなく、磨くために。
罪悪感に浸るためではなく、自分にとって何が必要で必要でないのか、取捨選択し、それに沿う材質の研ぎ石でもって研磨しなければ。
いいや、それでは足りない。
打つのだ。
かつて、ジョゼットがしていたように、ただ一心に打つのだ。
鋼を鍛えるように。
一打毎により堅く生れ変るような、そんな拳を――――――。


「鈍色」

「わんっ!」


鈍色、と。
少女の名を呼び続けながら、ナナシは帰路を行く。
例え行き先が真っ暗闇だったとしても、こうして背に負った少女の温かさと重みだけは、確かだった。










◆ ◇ ◆










――――――わすれないよ。わすれてなんかいない。

ずっと、ずっとおぼえてる。

わたしがわたしになったときのこと――――――。

あのときも、こんなふうにわたしをおんぶしてくれたね。


「鈍色! しっかりしろ鈍色!」


あなたは、わたしのなまえをなんどもよんでくれて。


「もうすぐだ! もうすぐクリフとアルマが、きっと助けに来てくれるから! だから目を閉じるな、鈍色!」


あなたが、わたしになまえをよんでくれたとき、わたしはわたしになったんだよ。
あのときのそら、きれいだったね。
またいっしょに、みたいなあ。


「ああ・・・・・・あああ・・・・・・」


うれしかった。
わたしはほんとうに、うれしかったんだよ。
だから、ね?
なかないで。


「あああううう・・・・・・」


やさしいひと。
そういうと、あなたはちがうよっていうかもしれないけど。
でもね、あなたはきっと、いろんなものをせおってしまう。
ひざがおれそうにおもいのに、でもせおったもののために、おれないように、くるしさからにげているんだね。
ほら、ね?
すっごく、すっごく、やさしいよ。
やさしくって、あったかくって、だいすき。
だから、ね?
なかないで。
わたしはこうかいなんて、していないんだから。


「う、う、あ、あ、ああああああ――――――」


わたしはあなたにあえて、しあわせでした――――――。












一話から読み返してみると、羞恥で死にたくなります。
読み返せば読み返す程、ポインタが全消去の所へ勝手に移動していって・・・・・・。
読み返してみると、

キャラが多すぎて掘り下げられない。
コメかシリアスかで揺れ過ぎている。
あざといパロディネタ。それ自体はいいんだけども、使い所を間違えてる。

これ以上にも問題点が多すぎて挙げられないです。
納得のいかない作というのは、自分自身消化に困ります。どうしたものか。
黒歴史ノートを見ているのと同じ感情が。もうこれ破壊してしまいたい・・・・・・ッ! というネガ感情がー!
とりあえず書き切ってみる、しかないか!



[9806] 地下29階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/04/22 03:37


――――――咆哮と共に撒き散らされた生暖かい飛沫が、ナナシの顔へと降り注いだ。


「――――――あ」


“鈍色狼”の鋭い牙が、ナナシの喉元に喰らい付く、その瞬間を見た。
大きく開かれた顎。
吹き付ける獣の臭気。
頬を湿らせる粘着質な感触。それは、自らの動脈から溢れた鮮血が、噴水のように顔面に降りかかったものだ――――――そう思った。


「――――――ああ」


違った。
確かにそれは、喉元から大量に噴き出した血だった。
だがそれは、ナナシのものではなかった。


「――――――あああ」


今もナナシに降り注ぐ鮮血は、鈍色狼のもの。


「ああああああああっ!」


ナナシの右腕の杭が、その喉元を打ち貫いたことによるものだった。


「ど、どうして・・・・・・どうして!?」


嘘だ、とは叫べなかった。
例えナナシの見た全てが、この世界が幻だったとしても、振るわれた拳先に感じる重さだけは絶対の真実なのだから。
こんなはずではなかった。
こんなことが起こりえる筈がないのだ。
だって、自分は、これで死んでもいいと、そう思ってしまったのだから。
だからこれは間違いなのだと、ナナシは“自らの意思を離れた右腕”を、力づくで引き戻そうとした。
だが鎧は、それを許そうとはしない。


「何で、何で勝手に動くんだ、“ツェリスカ”!」


どすん、どすん、どすん、どすん――――――と。
機械的に射出される4本の杭。
堅い毛皮を打つ感覚が、ナナシの拳に伝わる。
その度に、ナナシの顔へと血が降り注いだ。


「言う事を聞いてくれ! 止めろ、お願いだから止めてくれ、ツェリスカ!」


しかし、ナナシの懇願は聞き入れられなかった。
圧搾魔力への着火によって作動する機構は、撃鉄を落とされたが最後、もはや止める術はない。
ぎり、と奥歯を噛みしめ、ナナシは自らの右腕を睨みつけた。
制御が戻らないのであれば、壊すまで。
即断即行。むしろ、動かない方が都合がいい。
ナナシは“自らの腕に対し”、間接破壊を仕掛けようとした。だがそれは、横合いから伸びた手によって、妨げられる。


「に、鈍色!」


鈍色狼が、ナナシの右腕を“しかと”握りしめていた。
自らの喉元に押しつけるように。ナナシが自分の腕を自分で壊してしまわないように。そして、ナナシが後ろに下がってしまわぬように。
ナナシは射出態勢に入った最後の一本を掴んで引き戻そうとしたが、手の内から杭はすり抜けていった。
どすん、と。
打ちだされた杭が、赤く染まった毛皮に吸い込まれる――――――その刹那。
鈍色狼の蒼い目が、ナナシを見ていた。
あの時の少女と変わらぬやさしさを湛えた、深く、蒼い瞳だった。
細められた瞳がナナシには、鈍色狼が微笑んでいるかのように、見えた。


「にび――――――」


ナナシの言葉は最後まで紡がれることはなく、放たれた杭は、標的に喰らい付くまで止まらない。
そこに慈悲などなく、ただ、打ち、貫くのみ。
装填された5本の杭。
その最後の一本が鈍色狼の喉を破り、下顎から切っ先を押し込む形で貫通・・・・・・力なく開けられた口を、そのままに固定していた。
ギアが戻り、杭が引き戻される。
――――――いろ、とナナシが口を閉じるよりも早く。
鈍色狼は鮮血を撒き散らしながら、ゆっくりとその巨体を、ナナシの上へと横たわらせた。










◆ ◇ ◆










どこをどう走ったのか。
とにかく、上へ上へと足を進めたことだけは確かだった。


「鈍色! しっかりしろ鈍色!」


鈍色狼を背負い、迷宮をひた走るナナシ。
内蔵が外に飛び出す程の重傷で、こんな巨体を背負い、急勾配を踏み越えていくのは、もはや精神論だけでは説明がつかない現象だ。
明らかに、何らかの力が働いていた。
まるでかさぶたの様に、うすい鉄の皮膜がナナシの傷を覆っていたが、それは今はどうでもいいことだ。
両肩にずっしりとのしかかる頼りない命の重さに、ナナシは全身の血が引いていく音を聞いた。


「もうすぐだ! もうすぐクリフとアルマが、きっと助けに来てくれるから! だから目を閉じるな、鈍色!」


小さく頼りない呼吸を、途切れ途切れに首筋に感じた。
ナナシは背を振り返ることが出来なかった。
振り向いてしまえば、何か、重大な瞬間を目にしてしまいそうで、恐ろしくて。
わん、と小さく鳴き声が聞こえ、それを最後に呼吸音が途絶えてしまっても。
ナナシは振り返ることが、出来なかった。


「――――――ナナシ様! 返事をして下さい、ナナシ様!」

「――――――いるのか! ナナシ! 返事をしろ!」


数刻前ならば、歓声を持って迎えられただろうか。
クリブスとアルマの声が通路の奥から響く。
あれほど待ちわびたというのに、仲間の声を救いにはまるで思えなかった。


「ああ・・・・・・あああ・・・・・・」


ここだ、とナナシは声を上げようとしたが、代りに喉から発せられたのは、意味を為さない音。


「此処にいたのかナナシ! さあ急いで脱出するぞ。奴等、ここから先を埋めるつもりだ。この先に、よほど見られては不味いものがあるらしいが・・・・・・。
 まて、ナナシ。鈍色は一緒じゃなかったのか? 君が背負っている“それ”は、一体何だ?」

「に、鈍色が、鈍色が・・・・・・」

「ナナシ様・・・・・・御免!」


顔面蒼白としたナナシの様子に、アルマは何をか察したらしい。
一瞬顔を歪めたが、ナナシを正気に戻すために、平手を大きく振りかぶった。
ぱしぃん、と顔を真横を向くほどの衝撃に、目を白黒とさせたナナシだったが、息を呑むと再び足を動かし始める。
駆けながら、クリフはナナシに詰め寄った。


「何があったんだ、ナナシ。説明したまえ!」

「わ、わからないよ! あんなもの、わかる訳がない! 俺のせいじゃない。でも、俺がやったんだ! 俺がやったことなんだ!」

「何を言って・・・・・・」

「リーダー」


そう言って、アルマはクリブスの肩に手を置いた。
それ以上は聞くな、と。
立て続けに危機を経験したクリブスも冷静ではなかったが、尋常ではない様子のナナシを追求することは、流石に出来なかった。


「ナナシ様、こんなにひどい怪我を・・・・・・。さあ、私が先導します。早く地上に出て、お医者に掛かりましょう」

「そ、そうだ。医者だ。早く医者に、医者に鈍色を診せないと・・・・・・!」

「鈍色、だって? まさか――――――!?」


そして、クリブスも気付いた。
ナナシが背負うこの巨獣が、鈍色だということに。


「に、鈍色、鈍色が・・・・・・」

「落ち着けナナシ! 落ち着くんだ、きっと大丈夫だ、大丈夫だから!」

「ナナシ様・・・・・・! 崩落が始りました! さあ早く、急いで!」


その後、どこをどう走ったのか。
とにかく、上へ上へと足を進めたことだけは確かだった。
そうして、ぽつりとナナシが漏らした言葉。


「鈍色が、さっきからずっと、息をしてないんだ。息をして、ないんだよ――――――」


それを最後に、クリブス班の面々は、口を開くことはなかった。







◆ ◇ ◆










地下部分が崩落していく振動を足裏に感じながら、明るい場所に出て。
クリブスが示す通りのルートを巡回していた、貨物車に偽装した非合法車両に乗り込んで。
気付けば近隣の街、迷宮が出現したことで急遽新設された冒険者専門病院へと、連れられて。
ハンフリィ家の名の下に、信頼できる筋で極秘裏に治療を施す、という説明を受け鈍色狼の巨体をストレッチャーに寝かせた。
そこまでを、ナナシは曖昧な頭でこなしていた。
次に、ナナシの治療の番となった時、ナナシは虚ろな目で、担当医に言った。


「脱がせて、脱がせてください・・・・・・」


俺の鎧を、脱がせてください。
そうくり返すナナシに、そも治療のために鎧を脱がさなくてはならず、医者は助手を呼んで二人掛かりでなんとか機関鎧を分解していった。
自ら鎧を脱げばいいのだが、今のナナシにはそんな気力は残ってはいない。
負傷部分は損壊が酷かったからか、医療関係者といえど簡単に取り外すことが出来たため、治療には問題はなかった。
露出したナナシの身体は、最後の防御である被服は大きく裂かれていたものの、きれいなもの。
小さな裂傷は目立ちはしたが、おおよそ軽傷で済ませてしまえる程度で、特に大がかりな治療は必要ないと判断された。
どこか痛む所はあるかね、と医者が問うと、ありません、とナナシは答えを返す。
では何かして欲しいことはあるかね。
治療の一環としてのその問いに、ナナシはこう答えた。


「それを、俺の目につかない所へやってください」

「では、君の仲間に預けておこうか?」

「もっと、もっと遠くへ。お願いします」

「棄てて欲しいと、そういうことかね?」

「・・・・・・」

「これは、君の大事な物なんじゃあないのかい?」

「俺は、こいつを大事に思っていたけれど・・・・・・こいつは、俺を・・・・・・」

「・・・・・・解った。遺品の回収業者に頼んでおこう。それでいいね?」


その問いには、ナナシは答えなかった。
項垂れたまま、床に視線を落とし、微動だにしない。
医師達は、ナナシをそのままにしておいた。ナナシの状態は、医師達も多く経験したケース。仲間を失くした冒険者の姿だった。
ただ、ナナシは言葉とは裏腹に、抱えた兜だけは決して手放そうとはしなかった。
それに言及するほど医師達は無遠慮でも無能でもなく、もはやクリブスの紹介といえど貴族の息の掛かっている“まとも”な医療機関に駆けこめたのは、間違いなく幸運なことであった。
身の安全という観点のみで観れば、の話ではあるが。

ナナシが顔を上げたのは、鈍色の処置が終わったと、暗い顔をしたクリブスが診察室に訪れた時。
クリブスを押しのけて手術室まで駆けつけると、丁度アルマが執刀医の説明を受けていた場面。
リノリウムの廊下に嫌に響くそれは――――――残念ですが、という言葉に続く、最悪の結果だった。


「手は尽くしましたが・・・・・・本当に残念です。神意が“混じる”症例は多数見て来ましたが、ここまでのものは初めてだ。
 あそこまで変質していては、もう・・・・・・」

「そうですか・・・・・・。ありがとうございました先生。あの子もきっと、先生に感謝していると思います」

「いいえ、己の無力を恥じるばかりです」

「どうかこのことは、ご内密に」

「もちろんですよ。これは、外に漏らしてはいけない類のものだ」


説明を受けていたアルマは、ナナシが壁に背を打ちつける音に、はっと気付き、振り向いた。
ずるずると壁伝いに滑り落ちるナナシの身体を慌てて支えるが、ナナシは自分の足で立つことが出来なかった。
何とかナナシを長椅子に座らせたが、ナナシは急に飛び起きると、アルマの肩をきつく掴んで詰問する。


「あ、アルマ、鈍色は、どうなったんだ!?」

「ナナシ様・・・・・・彼女は・・・・・・」

「なあ、さっき先生と話してたのは、嘘だろう? 嘘だと言ってくれよ、なあ!」

「・・・・・・」

「またしばらくしたら、元気にわんわんって尻尾振りながら、あいつは俺に抱きついて来るんだろ――――――?」


言いづらそうに視線を逸らすアルマだったが、侍従として、主の求めに答えぬ訳にはいかない。
言葉を選びながら、しかしどれだけ選んだとしてもナナシの心は切り刻まれることを予期しながら、アルマは口を開いた。


「鈍色は、あの子はもう、戻っては来ません」

「う、うう、嘘だ! うそだ、うそだ――――――」

「ナナシ様、貴方ももう、解っているはずです。神意を降ろされた存在は、二度と元のカタチに戻ることはないと。
 あの子はもう――――――」


もう――――――死んでしまったのです。
そう、アルマは静かに告げた。


「条約により、彼女の遺体は冷凍されて、学園に運び込まれる手はずとなっています。
 それから後のことは、後見人であるセリアージュ様に委ねられ、恐らくは研究機関へと――――――」


アルマの言葉を最後まで聞く気力は、ナナシには無かった。
解っていたことだ。
『神降し』を施されたが最後、その存在は、そこで終わってしまうことなど。
鈍色にならば殺されてもいいと思ったなどと、なんという詭弁だろうか。
自分はただ、変わり果てた鈍色の行き着く末を、見たくなかっただけなのだ。
神降しをされた者を救うには、その存在の抹殺しか、方法はないのだから。
その役目を負うことなど、ナナシには絶対に出来なかった。
ただツェリスカが、ナナシの代りに、ナナシを守るために、ナナシの意に反してでもその役目を買って出ただけだ。
ツェリスカは、自分のことを大事に思ってはいない、とナナシは言った。
当然のことだった。
ツェリスカは、間違ってもナナシを大事になど思ってはいない。ただ、ナナシを絶対としているのだ。
絶対であるが故に、大事に思うなどという余地がそこに挟まれることがない。


「あああううう・・・・・・」


ナナシの口から、呻き声が漏れる。
崩れ落ちるナナシをアルマが抱きとめたが、やはり、ナナシは立ち上がることは出来なかった。
何度も聞いた、しかし聞き慣れることはない冒険者の慟哭に医者が顔を背け、アルマが抱き抱える腕の力を強くする。


「うううあああ・・・・・・」


ナナシを、どっと押し寄せた後悔が圧し潰す。
あの哀れな少女に、もっと、もっと何か出来たのではないか――――――そんな思いが浮かんでは消えていく。
もっと、一緒に遊んでやればよかった。
もっと、美味いものを食べさせてやればよかった。
もっと、頭を撫でてやればよかった。
もっと、一緒に眠ってやればよかった。
もっと――――――、もっと――――――。

もっと、恐れずに愛してやれば良かった――――――。


「う、う、あ、あ、ああああああ――――――」


リノリウムの廊下に、ナナシの嗚咽は絶えることなく響き続けた。
診察中から、それでもずっと手放さなかった兜が地に落ち、粉々に砕けて散った。






◆ ◇ ◆






――――――こうして。
本年度学園登録冒険者の名簿から、また一人の冒険者の名が削除される事となった。

削除該当者は、鈍色・ナナシノ。

それは数字として数えられるだけの、別段取るに足らない日常の一幕として、常の通りに処理された。






第一部・学園編・・・・・・了










◆ ◇ ◆










病院の一室。
自分の指示により個室指定とされた部屋で、クリブスはそよぐカーテンを開きつつ、努めて明るい声を上げた。


「おはよう。ほら、今日もいい天気だぞ」

「――――――」


ベッド脇には、藍色の花が小さな花瓶に飾られている。姿は見えないが、あの従順な侍従の仕事だろうとクリブスは当たりを付けた。
この重心が傾いで、虚ろな目で一点を見つめ続けている男が好きだった色の花だ。
鉄色ではないというのが以外だったが、どうやら藍色というのはこの男が元居た場所に縁深い色であるらしい。
その話をすると、あの犬耳を生やした娘はとたんに不機嫌になっていたな、とクリブスは回顧する。
あれから数ヶ月。
たかだか数ヶ月前の出来事であるのに、もはや何もかもが皆懐かしい。
何十年と昔のようにも思えてしまうのは、過ごしてきた日々の濃さ故か。

仲間が一人減り。
パーティとしての既定人数を満たせず、クリブス班が解散となってしまった後も。
未踏の迷宮に足を踏み入れたことに対し、驚くべきことに――――――否、予想通り、自分達には何の罰則も与えられることはなかった。
これが数ヶ月前の自分ならば、やはり貴族と冒険者間の派閥闘争で、“なあなあ”に済まされてしまったのだろうと楽観視することも出来ただろう。
しかし、断片的に掴んだ情報を鑑みると、泳がされているだけのようで、恐ろしくてならない。
この男が一体何を見て、どんな経験をしたのか。
それを思うだけで、鬱屈とした気持ちになった。
クリブスは不安を誤魔化すように、きれいな花だな、と男に向けて似合わない台詞を言ってみたものの、しかし返事は返ってはこない。
元より、返答があることを期待してはいなかったが。


「――――――」


あの日から、今日まで。
崩れ落ちてしまったこの男は、まるで糸を切られた人形のように、生きることを拒否してしまっていた。
立つことも、話すことも、見ることも、聞くことも、食べることも、排泄することも――――――自らの全てを、放棄してしまっていた。
眠ることだって怪しいものだ。
クリブスに出来るのは、ただこうやって事務処理の合間に顔を出して、声を掛けていくことだけだ。
歯がゆさに嘴を噛みしめるが、しかしどうにもならない。
自ら生きることを諦めてしまった者には、どれほどの言葉を尽くそうとも、届くはずもないのだから。
だからクリブスは、今日も一方的に語りかける。
返答があることを期待してはいない。


「・・・・・・ナナシ」


だけど。
期待してはいない・・・・・・なんてこと、あるわけがない。
いつかこの男が、初めて出会った時のように、自信無さ気に笑いながら「よう」と手を上げてくれるのを、クリブスは待っていた。
しかし、それも今日で最後となる。
それが無念でならなかった。


「聞いてくれ、ナナシ。僕は、次のパーティに配属される事に決まったよ」

「――――――」

「冒険者は止めさせられるとばかり思っていたが、お咎めなしだったからな。
 配属されるパーティは、家の息が掛かった所らしい。単独で迷宮探索をすることが無謀だと言う事を、ようやく理解してくれたようでよかったよ。僕が言う台詞じゃないが。
 家の意図が差し挟まれるのはいた仕方なし。もちろん、次の班でも僕がパーティリーダーさ。ほら、やっぱり僕は優秀だからね。ははは」

「――――――」

「・・・・・・ここは鳥頭の癖に、と言う場面じゃないのか? 怠惰だぞ、ナナシ」


乾いた笑いを漏らした後に、クリブスは深く溜息を吐いた。
本当は、とらしからぬ弱気を隠せない前置きで、クリブスは胸中を吐露し始める。
本当は、君達と冒険がしたかったな、と。
だが、所詮はクリブスも貴族の末席に連なる者。ベタリアンの社会的地位向上を最終目的と定めるならば、手段は選ぶとしても、家の決定に逆らう訳にはいかない。
このタイミングでのリタイアだ。
復帰するとしても、この男ともう歩を共にすることは二度とないだろう。
もしかしたら、顔を合わせるのはこれが最後となるかもしれない。
しばらく無言が続いた後、クリブスはそろそろ退室すると立ち上がった。


「最後に、こんな物ですまないが、君にこれを貰って欲しいんだ」


言って、クリブスがベッド脇に立てかけたのは、クリブスが装備していた細長い直杖。
燃える羽の紋が押されたそれは、“仕込み”杖だった。
僕だと思ってとは言わないけれど、これで最後になるかもしれないけれど、どうか忘れないで欲しい。
そうクリブスは語り掛け、男へと手を差し伸べて触れようとしたが、その手は空を掴んで引き戻された。


「そろそろ、行くよ」

「――――――」

「どうしてかな。あの時、もう言うべき事は言ってしまったからか、どうにも言葉が浮かんでこない。
 でも、これだけは君に言っておきたいんだ」

「――――――」

「いつ倒れて消えてしまうか解らない僕達だけど、何もかもが無駄だったなんて、無意味だったなんて、そんなことは絶対にない。
 なあ、ナナシ。君も言っていたじゃあないか。楽しかった、と。君も本当は、解っているんだろう?」


返答は無い。
無い、が、クリブスは僅かに男の指が動いたように見えた。
それだけで満足だった。


「じゃあ、達者でな。また会えることを、祈っているよ」


足取りは軽く、心は悲しいくらいに晴れ渡っていた。
冒険者は後ろを振り返ってはいけないのだと、この男は口癖のように言っていた。
まったくその通りだと思う。
クリブスは一瞥もせず、病室を後にした。
きっと大丈夫だと、確信を抱いて。
この男の、諦観で開いてしまった拳。
それが、いつかきっと再び、堅く、固く握られることを、信じながら。
クリブスは、自らの道を進むことを決意した。






◆ ◇ ◆






――――――結局、ナナシとクリブスはこの日を最後に、二度と相見えることはなかった。
『偽星・不死鳥』の降臨により最深度神威汚染が発生し、近隣諸国をも巻き込んだ第五次大戦勃発まで、三ヶ月を切った日の出来事である。
ナナシ・ナナシノという名はこれより、『偽星・不死鳥』の降臨と時を同じくして歴史の波に消える。
その名が再び台頭するのは、五年の後。
ナナシ・ナナシノという存在が、カスキア大陸史上最悪のテロリストとして刻まれるその時まで、まだしばらくの時間を要することとなる。












ポメラ購入。
ということで早速タイピングしてみました。
今回初ポメラですので、文体が少し変わって見えるような気もしますね。
しかし、ポメラという名前はあれですね。何か不思議なときめきを感じますね。
ポメラと聞くと、ようじょの姿が脳裏に浮かぶのは私だけではないはず。
ああポメラポメラかわいよポメラかわいいよ。

さて、今回で第一部が了という運びになりました。
展開上、暗い話となっており、納得いかない方もいらっしゃるでしょう。
耐えてくださいませ。
ハッピーエンド(?)で終わる、と宣言しましたので、安心してゆっくりしていってね。
それでは、ポメラを愛でる作業に戻ります。

いや、それよりも二ーアレプリカントを買って超鬱展開をwktkしつつ一日中プレイしようかな
DOD新宿エンドの正統続編だなんて、楽しみすぐる。
きっと身をよじる様な救いようのないエンディングに間違いないんだぜー!

申し訳ないですが、また返信返しは後日させて頂きたいです



[9806] 『番外編』エピローグ・Ⅰ
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/05/10 02:07
東の最果てとも言われる大陸――――――『カスキア大陸』。
そこには大小の国々が存在しており、ともすれば先の大戦でそれぞれの国が、海向こうの大国の属国とされていたかもしれなかった。
そうはならなかった理由。それはこの大陸が、人が生きていくにはあまりにも厳しかったから。
植民地とするには、環境が劣悪すぎたのである。
資源の宝庫であるというのに、侵略を中断せざるを得なかったその“最終的判断”には、当時の価値観や国力のバランス・・・・・・宗教的審判が下されたことは、想像に容易いだろう。
ここは神に見放された土地なのだから。

その中央東よりに、『私立冒険者教育機関ヴァンダリア学園』は位置していた。
12年より以前に大陸最高学府として名高かった学園と、同じ名を冠する学園である。当時は貴族の子女の姿も見られた学園だが、現在は冒険者かあるいは冒険者志望の若者しか在籍していない。
まさに、冒険者の冒険者による冒険者のための冒険者養成施設である。

そんな冒険者の園にて、一人の少女が既に光の落ちたグラウンドを、息を切らせて走っていた。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――――――」


首筋辺りで切り揃えられた髪が、少女の動きに合わせて跳ねる。
薄暗い星明りの下、首筋を流れる汗の筋が輝きを放つ。
夜の帳よりもなお暗く、そして美しい頭髪は、まるで墨を流したかのような色。
少しの光源も逃さぬと細められた瞳は、黄金色に輝いていた。
歳相応の可愛らしさと、大人への成長途上にある美しさが矛盾せずに混在する、そんな雰囲気を纏う少女だった。

だがそれらよりもなお一層目を惹く特徴がある。
それは、耳と尻尾。
少女の小さな頭と形の良い尻には、頭髪と同じ色のまるでネコ科の動物のような耳と尻尾とが生え、上下に動いていたのである。

言うまでもなく、本物である。
言うまでもなく、少女は“純粋な人間”ではなかった。

彼女は、いわゆる獣人と呼ばれる類の存在である。
此処は、もはや人間という言葉が意味する多くが、彼女のような存在を指す、そんな世界――――――。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――――――」


一心不乱に走り続ける少女。
少女が一歩踏みしめる度に、機械仕掛けの鎧がギシリとバネを軋ませた。
見目麗しく可憐であるという他に、少女の主だった特徴として挙げるべきもう一つの事柄は、手足だけではあるものの大仰な鎧を着込んでいるということだろう。
それもただの鎧ではない。
関節部から覗くシリンダや伸び縮みする人口筋肉、それらを駆動させる魔力バッテリ、噴出するスパイク。
果たして全身に完全な装鋼を纏ったら、どれ程の様相となるものか。
少女の手足を包む、いまや冒険者にとり主要装備の一つとされる、機械仕掛けの鎧。
その名を『機関鎧』と呼ぶ、武装兵器である。

七年前。
あらゆる神意が隔絶されたこの大陸では、人は人自身の力で世界に満ちる純粋なエネルギー、魔力を制御しなくてはならなくなった。
しかしそれは、容易なものではなかった。かつて魔術師と呼ばれたもの共は、言うなれば神意とより深い交信を可能にするシャーマンであり、それ単体で魔力を扱う術に長けた者ではなかったのだ。
よって魔力とは、才あるものか、あるいは種としてそれを使用可能な者のみに許されたエネルギーとなってしまったのである。
だが、ここに諦めない人間がいた。
ナワジ・マウラという女性である。
彼女は声高々に、新魔導科学の理論を提唱及び、これまでに培ったノウハウをまとめた技術の提供をした。
そうして、神という万能のトランスデューサーが失われたため、純物理・・・・・・否、神意の働きを介さない魔力のみの反応を扱う魔導科学によって駆動する技術が、再び注目されることになったのである。
神意を利用しない、より機械化された魔力運用技術、それが新魔道科学。
カスキア大陸に限った話でだが、もはや魔術師が神威を用いて文明を支える時代は終わったのだ。
現在では迷宮探索はもちろん、建築作業や資材の搬入、町内警備といった一般の場にまで幅広く使用されている技術の一つ。
ナワジ・マウラが確立した新魔導科学の成果の一つが、この機関鎧であった。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――――――」


早く走ることと、ゆっくりゆっくりと走ることを繰り返すんだ。そうすれば、一日中でも走っていられる。
そう、彼女の師は教えてくれた。
突き技が主体の流派なれど、その実重要なのは脚運び。
拳という戦力を効果的に運ぶ歩法こそが、彼女の学んだ武術の基礎である。
少女の鍛錬段階は、基礎の基礎。即ち、体力作りであるが。

しかし数時間も走り続けているのだから、当然ながら苦しい。
舌を突き出して喘ぎたい衝動を抑えながら、彼女はひた走っていた。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――――――んんん・・・・・・やあっ!」


踏み込み、繰り出した剛拳。
可愛らしい気合の一声とは裏腹に、強烈な踏み込みによって、少女の足元が陥没する。


「無名戦術奥義――――――芯撃・・・・・・」

「こら」

「あいたっ」


ぽかん、と横合いから少女を殴りつける手。
じわっと涙が浮かんだ目で非難がましく見やると、少女の担当教官が、呆れたような顔をして立っていた。
拳を放つ寸前の少女の背後に、気配もなく。


「始めに走り込み10時間、と言っておいたはずだが? まだ8時間しか走っていないじゃないか。少し目を離したらこれだ。
 鍛錬を見て欲しいというから来てやったのに、勝手に終わらせて」

「あう・・・・・・」


やれやれ、と溜息を吐きながら首を振る教官に、少女は言葉を濁す。
言いつけを破ったのは自分であり、しかも現行犯。弁解の余地は無い。


「そんなに蹴ったり突いたりを学びたいのなら、他の教官の所へ行くがいい。お前も女子連中のように堕天使様に教わった方がいいだろう?
 手取り足取り、すぐにでも教えてもらえるぞ。何なら、編入の口を利いてやってもいい」

「いえ! その、私は! わた、わたしはっ」


様、という部分を小馬鹿にするようなアクセントで、教官は言った。
それがこの女教官の、話題に上った別の教官に対する評価の全てであるように聞こえる。事実、そうなのだろうと少女は思った。
少女も同じ評価を下しているが故に。
ランニングで上気していた頬から、一瞬で血の気が失せていくのを感じた。


「冗談だ。冗談だから泣くな。全く、お前は直ぐに泣く。これでは私が悪者のようではないか」

「教官の冗談は笑えませんよ・・・・・・」

「口下手だからな。“いろは”を覚えたのはお前よりも後なのだから、仕方なかろう」


言いながら、教官は首に手を伸ばし、そこに宛がわれている大きな首輪を改めた。
首輪を嵌めることは犬狼族の最も嫌うことであったはず。しかし教官は気にすることもなく首輪を――――――その下に隠されている巨大な傷跡を、大事なものを扱うかのような手つきで、撫でていた。


「横着はしないことだな。苦しくとも少しずつの積み重ねが、いずれ身を結ぶことになるのだから」

「はい・・・・・・。ごめんなさい、教官」

「よろしい。では続きだ。後2時間、駆け足始め!」

「はいっ!」


へたりこんでいた少女の手を引き、立たせる教官。
とん、と背中を押して少女を奮い立たせるように、声を上げた。
スパルタ教育を地で行く教官だが、しかしふいに見せる優しさが、この教官に人気が集まる一つの要因なのかもしれない。
容姿の美しさも理由の一つだろう。
鉄を磨いたかのような色の頭髪は、星の光を反射して、仄かに輝いている。
鋭く天を衝く犬狼族の耳に、毛並みの良い尻尾。
研ぎ澄まされた刀剣の切っ先にも似た顔の造詣は、触れれば切れるような鋭さと、吸い込まれるような冷たい美しさを感じさせる。
そんな教官が紅基準の着物を大胆に着崩した様は、異様に似合っていた。
紅い布の上に咲くのは、藍色の菊。
大きく開いた胸元からは、サラシが覗いている。
帯には分割させた斧槍が。

凛という言葉が最も似合う人物ではないかと、少女は常々思っていた。
この見た目に惑わされて悲鳴を上げる生徒が後をたたないのだから、スパルタっぷりも堂に入っているなと少女は思う。
鉄板を持ち出して来て、これを一ヶ月延々殴り続けろだとか、狂っているとしか思えない授業カリキュラムを提示された時は、本気で退学を考えた。
一体何のデータに基づいた訓練法なのやら。
いかに自分の師であっても、あんな無茶な訓練法はしなかっただろう。
しなかったはず・・・・・・と思いたい。


「・・・・・・ほう、無駄な事を考える元気が有り余っているようだな。もう2時間追加するか?」

「ひえっ!? え、エスパー!?」

「顔を見れば解るわ馬鹿めが。そんな所ばかり似おって、まったく・・・・・・」


脅しながら、教官は首輪を――――――その下の傷跡へと手を伸ばす。
少女は、教官が“やわらかく”なるの時は、決まって首に手を伸ばした後であることを知っていた。
女生徒達の噂によれば、その傷は教官が冒険者時代であった頃に、恋人を守って付いただとか、そんな事を言われている。
いつの時代も女子の噂と言うものは、と思わなくも無いが、しかし火のない所に煙は起たない。
ただ、鬼教官で有名なこの人物には、ロマンスという言葉なんて全く縁遠いもの。有体に言えば、似合わないというのに。
女子の妄想力はすごいなあ、と少女は思う。

自分にはそんなことは考えも付かない。
頭の回転は悪くはないと自負しているが、事が色恋沙汰では、回るものも回らない。
興味がないとは言い切れないが、正直苦手意識は抜け切れない。
鈍感だとか、もったいないとか、色々言われてきたけども、こればかりは仕方がないではないか。性分であるのだし。
むしろ、なぜそんなにも言われなければならないのかと、逆に腹立だしい思いもあった。
あの子達はきっと恋話を考えすぎて、ピンク色の妄想で頭が茹だって、腐ってしまったのだろう。


「言うなれば、そう、腐女子」

「本当に余裕だな。泣いたり笑ったり出来なくしてやろうか? ん?」

「ひえっ!?」


聞かれてた。
動悸が激しくなりペースが乱れるのを、教官は笑って見ていた。
やはり、この人にはロマンスなんて言葉は似合わないと思う。
地獄耳め、と悪態を付く寸前で、教官の頭から生えた形の良い耳がピクリと動いたのを見て、少女は口を閉ざした。
ランニング中は鼻呼吸をしなければ後で苦しくなるのである。と胸中で言い訳しつつ。


「これで生徒会長だというのだから不思議なものだな。投票した学園の生徒達は、どこに目がついているのやら」

「これでも、猫虎族、ですから!」


半ばやけくそ気味に叫びながら走る少女に、教官は苦笑しながら、打った鉄のような色の尻尾を一振りした。


「被った猫の皮はどれほど分厚いものか。まったく、舌を噛むなよ。そら、ラストスパートだ!」

「はいっ!」


本当に、飴と鞭の使い方が上手い教官だと少女は思う。
こうやってやる気を出してしまうのも、走り終った後に冷たく湿らせたタオルを顔に掛けてくれるのも。
だから厳しさに根を上げた者は去り、そうでなかったものは信頼を寄せることになるのである。
もちろん自分も、その一人。
乱れた息を整えながら、少女は教官の指導に耳を傾けた。


「大成した後も地道な研鑽を忘れてはいけない。お前も鋼を鍛えるような、そんな背中を見てきたはずだ。違うか?」


ゆっくりと近づきながら、教官は続けた。


「思わず、いや、想いながら、全てを預けたくなるような背中を、な」

「はい。そう・・・・・・ですね・・・・・・」


思わず、いや、思いながら、感情が顔に出る。
思い浮かべたのは、孤高の人。
自分達の、師となってくれた人。
頼まれてもいないのに、世界の――――――というには狭すぎるけれど――――――命運を背負って戦い、そしていなくなってしまった人。
荷の重さから目をそらすことで苦痛から逃れ、戦い続けた、その結果。
人々が抱え込んだ負の感情、その全てを押し付けられることとなった。
唯一残った名までもが利用され、戦争に付随する問題を山積みのままに、全てを“預けられて”しまったのだ。

そんなのってない。
でも、それは仕方のないことだった。
そう少女は思う。

神という寄る辺を失ってしまった人々には、戦火によるストレスは抱え難いものだった。
偶像が必要だったのである。
神、というこれまでの絶対者ではない。神はもはやこの大陸には踏み入れない。そんな事は皆解っていた。
だから、諸々な負の感情を込めた、怒りをぶつける偶像が必要だったのである。
絶対悪としての偶像が。
人が再び立ち上がるためには。


「またすぐに顔に出る。そんな顔をするな」

「でも、教官は納得しているのですか? 出来るのですか? 私には無理です。無理なんです。だってせんせいは、何も悪い事をしてないじゃないですか」

「納得出来ないのならば、口を閉ざすのだな。私はそうしている」


ぱさりと耳を閉じて、教官は答えた。
これ以上は聞きたくはないという意思表示だった。


「誰も幸せになどならないし、あの人だって、そんな事を望んではいないだろう」


回復されるのはたった一人の男の名誉だけ。
でもそれは、あの人がしたことを否定することになる。
そう言われては、何も言い返せなかった。
自分達に出来るのは、口を閉ざすしか、ないのである。


「すくなくとも、学園長の前ではそんな顔をするなよ。彼女自身がそう判断して情報統制したとはいえ、手首でも切りかねん。罪悪感というものはやっかいなものだな。
 もう7年も経つのに、まるで薄れやしない。時が癒してくれるのを、酒で紛らわせながら待つしかないのさ」


お嬢様育ちの癖に、強がって。
そう苛立たし気に呟いた教官の横顔には、複雑な感情が込められているように見えた。
学園長の私室に転がる安ワインの空ビンは、これからも増え続ける一方であるようだ。


「あんな苦い水が美味しいだなんて、学園長が信じられません」

「お前にはまだ解るまいよ。それに美味いから飲んでいる訳でもなし。酔っている間は忘れられるからな」

「それは、でも」

「全員が全員、あの人のように強く在れるだなどと思うな。普通の人間には“現実闘避”など出来んさ。酒や薬に頼らなければな」


少女は、この学園に入学した当初、“よからぬ”事を考えて深夜に学園長の私室に忍び込んだことがある。
そこで少女が見たものは、浴びるように酒を呑んで酔い潰れた学園長が、泣きながら誰かの名を呼び、許しを乞う光景だった。
誰か、などとは言うまでもない。
それから気付けば、学園長に縋りつきながら、少女もまた声を上げて泣いていた。
その日から、学園長に対する悪感情は消えた。
ただ、寂しさが残った。


「解ってやれとは言わんが、気持ちを汲んでやれ。お前には出来るだろう?」

「・・・・・・はい。学園長の気持ち、解ります。だってわたしも、同じ気持ちだったから」

「そうか」

「教官も、そうですか?」

「さて、どうだかな」

「寂しいですよね」

「それも、どうだかな。別れはもう、ずっと前に、済ませてしまったからな」

「せんせいも、あの日最後の戦いに挑む時、同じ事を言っていましたよ。ねえ教官。学園長から色々と聞きましたよ。
 教官は学園長みたいにお酒も飲まれないし、その、泣くことだってないんでしょう?」

「泣くさ。お前達の見ていない所でな。それはもう、わんわんと」

「嘘ですよ、そんなの。学園長が、教官はずっと我慢してるんだって言ってましたから。ねえ、教官も寂しいって素直に言えば、少しは楽に・・・・・・」

「言わないさ。いいや、言えない。あの人にとって、私は死人だ。死人に口なし、さ。いや、それ以前からそうだったがな。だからあの人に関することで、後から何かを言う事など、私自身が許さんよ」

「もう、真面目すぎますよ教官は。もう少しハメを外したって、ばちは当たらないでしょう」

「ははは! そうだな、ばちを当てる者などおらんな! 流石は生徒会長だ、面白い事を言う。ははははは!」

「ううー、狙って言ったんですー! そ、そんなに笑われると恥ずかしいじゃないですか!」

「ははははは!」


ひとしきり笑ったあと、教官はふと星を見上げながら、呟いた。


「だがな、私はもう、言葉には出来ないけれど・・・・・・。それでも想う事くらいは、してもいいだろう?」


自分に言い聞かせるように、言葉を漏らした教官。
少女は何も言わず、隣に並んで星を見上げた。
もしかしたら、と少女は思う。
これは、教官の願掛けなのかもしれない。
数年前までは学園長も、ナワジ技術長も、アルマさんも、皆が皆、ばらばらになりそうだったこの国のために尽力していた。
教官だけが、宙ぶらりんな立ち場で、何をするでもなく過ごしていたという。
だから教官は信じることにしたのだろう。
自分に出来ることは、彼の帰りを待つことだけだと。
寂しさを口に出すことをせず、全てを胸の内に留め続けることを選んだのだ。時が経つことによる癒しを、そうやって拒絶し続けているのだろう。
今もまた。
皆、期待はしているはずだ。でも、同時に諦めも抱いている。寂しさを言葉にするということは、そういう事なのだから。
しかしこの教官は、諦めてはいないのだ。
必ずもう一度会えると、無理矢理に信じ続けることにしたのだ。


「にふふー」

「何だ、急に笑い出したりして。気味の悪い奴だな」


なんといういじらしさか。
そう考えると、とたんに教官が可愛く見えてくるのだから不思議である。
やはり私も、恋や愛が気になる女子であったということか。


「さて、身体が冷え切らない前に続きを始めるとしよう」

「はいっ! よろしくお願いします!」

「いい返事だ」


神が消え去ったことで、冒険者もまた消える事に・・・・・・とはならなかった。
収めるべき神が消えたためか、大陸各地に封じられていた迷宮が、一斉に出現したのだ。
それも、十全の迷宮機能を保全したまま。
つまり、封じられる程の迷宮であるのだから、そこから採取される資源はどれも超一級品であるということ。
冒険者の需要は、逆に一気に増すこととなったのである。

しかし、忘れてはいけない。
もはやこの大陸には、神意は及ばないのである。
冒険者は皆、神意によって強化された身体能力ではなく、これまでに培われた戦闘技術でもって、魔物と相対せねばならなくなったのだ。
ここで冒険者の質が問われることとなった。
多くの者がメッキを剥がされ、そのほとんどが骸を晒すこととなったのである。
言うなれば、皆力付くで戦ってきた者共だ。有限であり低水準の力を最大効率で運用する方法など、戦い方を知る者などほとんど居なかった。
冒険者の命が、またさらに軽くなる時代となったのだ。
そこで注目されたのが、学園の有用性だった。
戦い方を知らぬのならば、学べばいいのである。
そう考えたお偉方が大勢いた。目的は違えども、学園長もその一人だった。
そして各地より集められた、戦技のエキスパートによるあらゆる戦技教導こそが、ここヴァンダリア学園で提供される知識と成ったのである。
もちろん少女が拳を向けようとする教官もまた、学園長の命により招かれた戦技教導官だった。


「しかし、全てを預けたくなるような背中、ですか。まったく本当にそうでしたよね」

「うん? ああ」

「思わず飛びついて、頬ずりしたくなりましたよね。こう、ぎゅうーって」

「ん、お、おお。確かに・・・・・・じゃない! どうしたんだいきなり」

「にふふ、わたしはおんぶだけじゃなく、抱っこしてもらってすりすりしたこともあるんですよ?」

「・・・・・・私を動揺させようとして言っているんだと思うが、無駄だぞ?」


と言いつつも、取り出した組み立て式の戦斧を握る手が、小刻みに震えている。それを見逃す少女ではなかった。
立場逆転ですねえ、と少女は、にやにやと笑う。
能力による優劣が消えた大陸。
戦いを左右するのは、もはやその個人の性能ではない。
訓練によって積み上げられた技量、そして精神的優位に立ったものこそに機運は傾くのである。
挑発は当然、口は心理戦における最も優秀な武器だ。
闘いはもはや、始っているのである。


「このっ・・・・・・!」

「にっふっふ」

「く、ぬっ! き、教員の立場だからと自重していたが、教えてやる。実は私はな、同衾までしていたんだぞ!」


まで、と言うからには、それから先は無かったということだが。
しかし語られた刺激の強さに、少女はそこまで頭が回らない。


「は、あ、ええっ!? どどど、どーきん!? どーきんって、あの、男の人と女の人が一緒のお布団で、その、ね、ね、ねることですか!?」

「しかも裸で」

「は、はだ・・・・・・ほあーっ!? ほ、ほ、ほあーっ!?」

「おちつけ。冗談ではない」

「教官の冗談は笑えませ・・・・・・え? 冗談じゃない?」

「全て事実だが何か?」

「あわわわわ・・・・・・!」


その時少女に戦慄奔る。
得体のしれない力が、腹の底から湧いてくるように感じた。
何かこう、ジェラジェラっと。
今の自分には、かの神撃さえ成し遂げられそうな気分である。
見れば、教官も同じようなオーラを纏っていた。
いつも通り。
この話題は、いつもこんな感じに終わるのである。


「ふ、ふふふ。教官、あなたとはいずれ決着を付けねばと思っていました。良い機会ですから、ここいらで白黒付けましょうよ」

「小娘だと思って見逃してやっていたが、いいだろう。どちらが上か、刻み込んでくれる。魂の一片にまでな」

「そんなだから逃げられるんですよ! この冷血女!」

「お嬢の次はお前か! この泥棒猫!」

「シャーッ!」

「ガルルルッ!」


と、まあ。
これがまた、この6年間で恒例のイベントになっているわけで。


「無名戦術真撃見習い――――――ギンジョウ・アウレイア。行きますッ!」


見合って見合って。


「私立冒険者教育機関ヴァンダリア学園、戦技教導官・・・・・・いや」


八卦良い。


「無名戦術数撃筆頭――――――鈍色・N・メディシス。来いッ!」


残った、残った。
少女の固く握られた拳と、教官の斧槍の刃先とが激突する。
瞬間、巻き起こる突風。
至近距離で見つめ合いながら、二人は挑むように笑った。

これがお決まりの衝突ならば、結末も同じ。
敗れるのは少女であるだろう。
しかし、不思議と少女は士気高揚していた。
身体が温まっていたからか、いつもよりも技のキレがいいからか、星が綺麗だったからか。
それは解らない。
教官の本心を垣間見たような気がしたからなのかもしれない。
ただ今度こそは、この教官から一本が取れるのではないかと思えてならなかった。


「無名戦術最新奥義――――――芯撃! フィストバンカァアア――――――ッ!」


教官からは、一本を取れたら何か褒美をくれてやると言われていた。望みを考えておけ、とも。
もし今夜、それが達成されたなら。
師と教官が共に過ごした日々――――――思い出話を聞ききたいと、そう少女は思った。












あざといぜー。
あざとすぎる展開だぜー。
だが私はあやまらない。



[9806] 地下30階
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/05/20 03:02


定時報告書:プランA進行に付随する時系列の簡易まとめ、及び素体の経過報告。





新暦498年、8ノ月21ノ緋日。
『偽星・不死鳥』降臨。

同月22ノ碧日。
神性の顕現に伴い、最深度神威汚染(M8)発生。
一神化による他教神意遮断、並びに神威結合の阻害浸食。

『不死鳥フェニクス』神族連――――――ヴァンダリア貴族連合、レベル補正強化。
神族連外信教のレベル概念消失。スキル消失。魔術行使能力消失。
迷宮探索前線崩壊。
冒険者組合、大量の国家探索資格所有冒険者を失う。

同月23ノ黄日。
ヴァンダリア貴族連合、大陸統一に向けて諸外国へと宣戦布告。
侵攻開始。

同月25ノ青日。
貴族連合、電撃作戦展開。
危険分子冒険者組合、壊滅。

新暦498年、9ノ月3ノ碧日。
多数の海外諸国、軍隊派遣。
他国間による武力介入開始。

同月18ノ緋日。
海外勢力撤退。

新暦498年、10ノ月29ノ青日。
大陸統一。
合衆国カスキア建国。

新暦499年、2ノ月6ノ黄日。
抵抗勢力蜂起。
ゲリラ活動開始。

新暦500年、5ノ月17ノ黄日。
抵抗運動激化。
新政府は武力鎮圧を決定。
ローラー作戦開始。

新暦502年、1ノ月30ノ緋日。
数多の抵抗組織幹部が国家反逆罪によって投獄、処刑される。
しかし、地下抵抗組織は未だ潰えず。





素体の状態:極めて良好。
降神直後の魔力暴走も安定期に入った模様。
プランA最終工程『神討』への移行を推奨。
同時にプランB対象者を処分相当とする。
最終工程移行と同時、浄化処理を開始予定。





報告書記録者:統括管理局局長、ジョン・スミス。

























■ □ ■










偽星・不死鳥降臨の際、犠牲となった者達への追悼モニュメントがある。
カスキア合衆国都心部から外れた記念公園の一角に、建国祭と同時に建てられた、犠牲者の名が刻まれた石碑。
もはや誰も訪れなどしないその石碑の前に、一人の男が佇んでいる。

襤褸布を纏い、伸び放題の髪は白髪交じりの灰色で。
顔も灰色の髭に包まれたその容貌では、男の年齢はようとして知れない。
長い外套から除く手足は、まるで鋼のワイヤーを捻り合わせたかのように“絞り込まれて”いる。男の体格から考えるに、まだ年若いのだろう。
老人と見間違える容姿を、鍛えられた体躯が全く別の印象にさせている。まるで偏屈な山男か、苦行を積む修験者か、世捨て人の仙人か・・・・・・。
とまれ、隔世的な雰囲気を纏っていることだけは確かだった。


「・・・・・・」


男はそっと、石碑に彫り込まれた名を指で撫ぜた。
ひきつれて、ねじくれて、無事な部分を探す方が難しい、傷で埋め尽くされた指だった。
そして男は目を閉じる。
男が何を思っているかは、誰にも解らない。
ただ静かに、時間だけが過ぎていく。
しばらく黙祷を捧げた後、男は一つ確かめたように頷き、踵を返した。


「ああ、解ってる。そこに居るんだろう――――――?」


ふいに、男は天を仰いだ。
見上げた先は、陽の光を受けて紅く輝く星、偽星・不死鳥が。
4年前のその日と変わらぬ威光を放ちながら、宙を蕩っていた。


「――――――クリフ」


男が去り、再び静寂が戻った。
無数の名が刻まれた石碑。
男が指先を這わせていた箇所、そこにはある一つの名が刻まれている。

――――――クリブス・ハンフリィ。










■ □ ■






第二部・神撃編・・・・・・幕






■ □ ■










大きな背中だった。
いや、実際に巨大である訳ではない。
体躯の大きさのみで計るならば、猫虎族の成人男性の方がよほど大きいだろう。
そんな猫虎族の大人達に守られて育ったシュゾウ・アウレイアは、自分達の村が攻め滅ぼされるなど、夢にも思わなかった。
猫虎族の男は最強の戦士であると信じていたし、自分もいずれそうなるのだと、信じて疑わなかった。
だから今も、これは何かの悪い夢なのだと、そんな思いが捨てきれずにいた。

シュゾウを現実に繋ぎとめていたのは、己の手の内にある、小さな手。
妹の、の震える掌だった。

冷たい――――――。

シュゾウは掌から急速に体温が失われていくのを感じる。
それは、妹の命が失われていくのに相違なかった。
胸に抱いた身体は頼りなく、小さな吐息は時が経つにつれてよりか細くなっていく。
斬られたのだ。この小さな妹は。子供であるにも関わらず、容赦もなく、そして慈悲もなく。

自分達が今も生きているのは、狩りと称する遊びの対象であったからに過ぎない。
奴らが狩りを楽しむために、生かされているだけなのだ。
村の男たちはとっくのとうに皆殺しにされた。最強だと信じていた村の男衆は、全くの無力だった。
女たちは“使われる”事も無く、連れていかれてしまった。下賤な者共と交わる事など汚らわしい、と奴らは言っていた。配下の魔物達を増やすための苗床とするらしい。
そして村には火を放たれた。
浄化されるには、火で焼き清められなくてはならない。汚物は消毒だと、そういうことか。

運よく自分達兄妹は逃げられたものの、傷ついた妹はシュゾウが抱えなければならなかった。
そして奴らに見つかり、ここに至る。
必死に逃げた。必死に逃げたが、奴らは一定の距離を付かず離れず、時折魔術を放つのみ。
自分達が傷つき、悶える様を見て笑っているのだろうか。

それでも生きている間は、逃げなくてはならない。
自己満足だということは解っていた。このままでは妹は死ぬ。ならば、ここで妹を捨て、自分だけでも逃げるべきではないか。
そんな考えが何度も頭を過った。
出来る訳がなかった。
そんなことは、絶対に。
一瞬でもその考えが浮かんだ自分を、シュゾウは恥じた。
だが、どうにもならない。
自分が囮になったとて、妹は助からない。
逃げ切れないのは当然、身を隠したとしても出血が酷い。助けが来るまで、妹は持つまい。
森の中は炎で赤く照らされていた。

シュゾウは叫んだ。
この世に神はいないのか。

奴らは答えた。
当たり前だ。
神は天上におわすもの。
この世に神が降りたとて、貴様らに振り向きはしないだろう。
これも当たり前なことだ。
貴様等家畜に、神はいないのだから。

奴らの言葉を耳にした瞬間、シュゾウの心の堤は決壊した。
兄といえど、シュゾウも歳幼い子供。
親戚を、友人を、親を目の前で殺され、住処を追われることに耐えられるはずがなかった。
妹の存在だけが繋ぎとめていたシュゾウの正気が、音を立てて崩れていく。
限界だった。

妹を抱えたまま、シュゾウは膝を折ってしまった。
少しも足が動かない。
元々気力で走っていたに過ぎない。
限界だったのだ。
目は限界にまで見開かれ、焦点は合わず。
半開きになった口からは、涎と意味のない吃音が垂れ流れていく。

魔物を伴った奴らの気配が近付いても、シュゾウは俯いた頭を上げることはできなかった。
逃走の意思を失くした獲物につまらなくなったのだろう。
自分達はもう、ここまでだ。
せめて痛みを感じないことを、祈るだけだ。

・・・・・・何に、誰に? 

神にでも祈ればいいのだろうか。
いいや、それすらも自分達には許されていない。自分達に神はいないのだから。

いったい何が悪かったというのか。
ただ日々を過ごしていただけの自分達が、何か罪を犯したとでもいうのか。
妹だけは、何も悪い事はしていないではないか。
考えても解らない。
思考に逃げても、死は免れない。
命乞いなど無駄だろう。奴らにとり、子供であることなど関係はないのだ。

自分に出来ることは、妹と最後まで――――――いや、その後も、一緒にいてやることだけだ。
寂しがり屋の妹が、泣かないように。
シュゾウは妹を抱きしめ、その瞬間を待った。
目を閉じてしまえば、世界は自分と妹の二人だけになった。
怖くて怖くてしかたがなかったけれど、妹と二人きりだけの世界はとても静かで、温かかった。
静かだった。
とても静かだった。


「あ・・・・・・」


――――――いいや、静かすぎた。

妹の呆けたような声に、シュゾウは思わず目を開けた。
腕の中で妹が、息も絶え絶えに手を伸ばしていた。
血が流れ落ちた身体で、視界はとうに霞んでいるというのに。
眩しいものを見るかのように瞳は細められ、求めるように必死に手を伸ばして。
そしてシュゾウも顔を上げた。

初めに、濃厚な血の臭いが鼻を突いた。
次いで視界に入ったのは、魔物の群れ――――――その死骸の中心に佇む、一人の男が。

襤褸を纏った風体で、何をするでもなくつっ立っている。
果たして、この男があれだけの数の魔物を仕留めたのだろうか。
それは、辺りに転がる魔物の死骸が物語る。
手型、足型に所々を陥没させ、あるいは千切られ、切り裂かれた魔物達の死骸。
レベルによって補正を受けた魔物を、レベルを失った人間が倒したのだ。レベル0の人間が――――――。


「かみ・・・・・・さま・・・・・・?」


妹の声。
男は僅かに顔を傾けた。
伸び放題にした白髪混じりの髪に、無精髭。
みすぼらしい格好は、間違っても神々しさなど感じないだろう。
絞り込まれた体躯をしていなければ、杖を着いたその姿は、老人と見間違っていたかもしれない。

男は自分達に近付くと、おもむろに自らの指先を噛み切った。
これが最後だろうな、と呟きながら、流れた血を妹の傷へと流す男。シュゾウはそれを止めようとは思わなかった。
すると、どうしたことか。
見る間に妹の傷が、塞がっていく。
男の姿を認めた妹の瞳に、精気が宿り始めていくのに、シュゾウは涙を堪えることが出来なかった。
本当に何故かは解らなかったが、気付けば男を見上げ、自分も妹と同じ言葉を口にしていた。

ああ――――――ああ――――――神様――――――、と。

男は少しだけ笑って言った。
違うさ。
俺が神様なら、お前たち皆を助けているよ。
俺は――――――。


「唯の、名無しさ」


それだけ言って、魔物達の後ろに続く奴らへと男は背を向けた。
後ろ手に手を振って歩を進める男は、まるで近所に散歩に出かけるような気楽さで。
死地に向うというのに、恐れを全く感じさせない足取りだった。

そして男は足を肩幅に開き、拳を構えた。
距離が開いているというのに、骨の軋む音がここにまで聞こえてきそうな、そんな堅く、固い拳を。傷だらけの指で。
拳を構えて相対する男の背を、シュゾウは見た。

それは、大きな背中だった。












さあ、これから某ゼノギ明日Disc2ばりに超展開が続くことになるでしょう。
実は前回の更新である番外編が、週刊誌の打ち切りぽくしてあったのも、そんな狙いがあったという。
打ち切りが見えた作品が、急にふろしきをたたみ始めたみたいな。
これからはそんな流れで、キングクリムゾンしまくるよ!
結果だけだ! この世には結果だけが残る!
以上。
まことに申し訳ないです。


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