新田/  中野 / 古木

6.孫正義氏は何故トロン潰しを画策したか

   

中野 例の、実は孫正義氏と手を組んだ官僚が、トロンを潰そうとして画策したって話
      ですね。彼の「孫正義・起業の若き獅子」とかいう自伝的な本に最近出てきた・・・

新田 「若き獅子」・・・。題名からして、よくもまあ恥かしげもなく・・・って
       感じですね。

古木 孫氏といえば、先進的な経営で誰からも評価されるIT革命の推進者ですよ。
      解る人は解ってるんです。

中野 IT株バブルの推進者でしょう。自分で何かを造ったわけでもない。
      余所から持ってきたのを売り込んだだけの人が「IT革命の推進者」なんて、
      おこがましいです。

新田 まあまあ、ソフト問屋だって立派な商売ですし・・・

中野 ソフトハウスの人達で、彼に泣かされた人は大勢いるんですよ。
      ソフト流通を握って無茶苦茶な暴利を貪り、ソフトハウスには、
      売り値の三割で卸せ・・・なんて無茶を強制する。
      最初はおいしい条件で独占契約を結んで、段々取引条件を厳しくしていく。
      買い取りの契約なのを平気で返品したり、パソコンショップには
      人気ソフトとの抱き合わせ販売をやったりと。
      それでアスキーが中心になって、対抗馬のソフト問屋として
      「ソフトウィング」を造った。それに孫氏の独善性に嫌気がさしてやめた
      元社員が参加したんですけど、それを、
      例の本では「引き抜かれた」なんて書いてる。

新田 まあ、孫氏からはそう見えるのではないですか。

中野 別の本では、彼はインタビューに「事情があって自分でやめた人が
      ソフトウィングに加わった」って、はっきり自分で答えてます。

新田 意識的に嘘をついた訳ですね。

中野 そうですよ。本当にあの本って、孫氏がやれ立派な人格者だの、
      理想に燃えた正義の味方だの、よく歯が浮かないもんだと・・・

新田 そこらへんは、私も閉口しましたよ。

古木 彼はね、銀行の支配とか、既成の日本の古いシステムと闘って、
      ここまで来たんですよ。ナスダックだってテレビ朝日の件だって、
      既得権者がみんなで足を引っ張って。彼の悪口を言うやつは、権力の手先だ!
      成功者を妬むのは日本人の悪い癖で、孫批判が増えれば日本経済のダイナミズムを
      壊します。

新田 いや、私は彼がトロンを敵視して、「潰してやった」とか手柄として誇るような
      真似さえしなければ・・・。ただね、「ダイナミズムを壊す」ってのは、
      まさに彼がトロン潰しでやった事ですよ。
      トロンみたいに新しいものに挑戦するのを、政治圧力で妨害するものこそが、
      日本経済の向上心を阻害する・・・ってのは、自ら「トロン批判者」を
      自任していた西田昇平氏が、89年外圧後に便乗して出てきたトロン攻撃の
      馬鹿らしさを憂慮して言った言葉ですが。

中野 他人が造ったものを日本に持ってきただけでは、所詮は「借り物の成功者」です。
      西和彦氏がマイクロソフトの代理店としてDOSを売り込んで
     「日本のビルゲイツ」などと持て囃された。
      それが86年にビルゲイツと手を切って以降の、結局は凋落していく過程は、
      その限界をよく知らしめてますよ。

古木 アメリカの力を借りるのも「才能」ですよ。
      バブル期に日本企業が大挙してアメリカに進出して、大枚叩いていろんな会社を
      買った。けど、孫氏を 除いて殆ど失敗しています。

中野 彼がアメリカ企業買収で何兆円の資産を築いた・・・なんてことで、
      まあ「勝てば官軍」ってことなんでしょうが、どうですかね。
      彼の含み資産の大半はヤフーの株ですよね。そのヤフーだって、
      株価に見合う利益を出してませんよ。巨額買収を繰り返して、資産は増えたけど
      負債も莫大です。成功ベンチャーが株価に勢いづいての、
      同様な急拡大で潰れた例は、多いです。
     「銀行支配と闘う」とか言ってるけど、800億も出して
      コムデックスを買収した後に、銀行が危惧して融資条件を厳しくするのは
      当然でしょう。現にそのコムデックス、例の本で
     「現地の経営者に売上倍増を指示した」とかうそぶいてますが、
      実際は赤字。1200億出したキングストンは、結局莫大な損失を出して
      撤退したじゃないですか。いかにも順風満帆みたいに書いてあるけど、
      とんでもない。バブルの破裂でソフトバンクが潰れるんじゃないかと
      思ってる人は大勢います。ヤフーの株が値下りでもすれば、
      どうなるでしょうね。師匠筋の稲村DDI会長も最近は彼を批判しています。
      鳴り物入りのナスダックジャパンだって、発足してみれば結局ガタガタです。

新田 所詮は、きちんとした経営で利益を上げるより、投機で株を上げて儲ける人
      なんですね。まあ、投機が悪いとか言っちゃうと、
      じゃあ証券会社の存意義は無いのか・・・ってのもありますからね。

中野 投機できちんと儲けてるんならいいんですよ。本当に健全な投機屋なら、
      継続的に儲かる株を見出して仕入れて・・・、
      ところが実際は殆どヤフー1社に支えられてる状態では、危なくて見ていられない。
      そういう実態が、例の「光通信」の暴落でバレて、「評判とは全然違う」ってことに
      なった。「妬まれて叩かれた」なんて言ってる人がいるけど、大間違いですよ。

新田 コムデックスは、自分を宣伝するために買ったんですよね。

中野 これこそ「バブル」の骨頂です。宣伝でイメージを煽って、株を吊り上げる。
      そんなのを「先見性」なんて自画自賛してる。よく言えたものです。
      別の本ではね・・・、竹村健一氏がインタビューした
     「孫正義大いに語る」って本ですが、アメリカ人がいろんな発明をして、
      日本人がさっぱりなのを・・・孫氏が何のせいだと言ってると思いますか。

新田 日本人が発明でさっぱりだとは思いませんけどね、

中野 遺伝子のせいだって言ってるんですよ。
      アメリカ人は独創性を発揮できる優れた遺伝子がある。
      日本人は遺伝子レベルで独創性に欠けてるんだと。

新田 それはヤバイですね。下手をすれば人種差別だ。
      ところで、孫氏がトロンを排斥した理由ですけどね。

古木 そんなの決まってるじゃないですか。アメリカの優れたOSを排斥して、
      世界の孤児になる恐れがあったからです。本にもそう書いてあったじゃないですか。

中野それはおかしいですね。彼はその直前に、独自OSを作る・・・って言って、
     技術者を集めてるんです。自分がやろうとした事を、トロンがやったら
    「世界の孤児」なんて、とんだ御都合主義ですね。

新田 彼がどういうつもりで、あんな事をやったのか解りませんが、
      その直前に熊本県の教育パソコンに参加して、
      教育ソフトの販売ルートを作ってましたから、DOSの教育ソフトで儲ける
      つもりだったのが、トロンが出てきて予定が狂いそうになった・・・
       ってのはあったでしょうね。

古木 どういう理由にせよ、彼には彼なりの考えに基いて反対する自由があるでしょう。
       それを理由に攻撃するのは、信条の自由に反します。

新田 自分なりの考えがあるなら、どうして堂々と反対しなかったんでしょうね。
      こそこそと妨害工作みたいに、通産官僚と組んで。
      それをあたかも立派なことをやったみたいに「トロン蔓延を水際で阻止」などと・・・

中野 「通産省に支持されたのが悪い」と言いながら、実は通産省の役人とつるんでたのは
       自分だったんだから・・・

古木 通産官僚だって、悪者ばかりじゃないでしょう。
      孫氏と連携した棚橋佑治氏などは、埼玉大学の教授として教鞭を取り、
      通産次官の時には「新社会資本」としてIT投資の重要性を進言した、
      国を思う立派な人です。

新田 その「新社会資本」って、学校に生徒1人1台のパソコンを・・・ってやつでしょ、
      確か93年の。あの時期のパソコンと言えば、ウィンドゥズ3.1があと2年で
      ウィンドゥズ95に置き換わる頃でしたね。
      あっという間に時代遅れになるパソコンを大量に税金で買ってたら、
      廃棄パソコンで日本はパンクする筈でした。しかもトロンの排斥で、
      ウィンドゥズなんか使って授業出来る教師は殆どいない。実現しなくて良かった。

中野 それでも、孫氏みたいな業者は儲かりますから。この棚橋氏って、
      実はかなりの曲者です。機械情報産業局長として88年に乗り込んで、
      孫氏と組んだわけですが、その前は大臣官房長。
      最後は通産次官に上り詰めた大物です。93年に彼が退職した直後、
      汚職がらみで批判されましてね、通産省に入ってた自分の息子を、
      政治家として立候補させるために、恣意的に出世させるいわゆる
     「箔付け人事」をやったんです。それを内部告発されて、通産省を出た後、
      埼玉大に逃げて逼塞してたんです。それが95年頃また勢いを盛り返して、
      今度は石油公団の総裁に押された。

新田 石油公団っていうと、あの通産官僚の天下りのための、利権の巣窟って告発された。

中野 はい。で、また内部告発が出て、今度は子供の選挙で、あの泉井氏・・・
      通産・大蔵との癒着疑惑で告発された人ですが、
      彼から選挙資金を出してもらったって。結局はそれもうやむやになって・・・

新田 まさに、汚職の常習犯ですね。今でも孫氏との関係は続いてるんでしょうか。

中野 最近のエコノミスト誌で、孫氏の人脈地図・・・ってのがありましたが、
      それにもしっかり載ってます。何しろ孫氏ってのは、
      人脈を最大限に行使する人ですんでね。
      棚橋氏くらいの大物が反トロンで動けば、参加企業を蹴散らすくらいは簡単でしょう。
      問題は90年以降ですが・・・

新田 教育パソコン以後のBTRONを巡る動きは、マスコミには殆ど出てきません。
      孫・棚橋連合軍がトロンを敵視し続けたかどうか・・・というのも、
      推測をしても仕方の無いことです。ただ、思い当たるのは94年の・・・、
      ちょうど棚橋氏が逼塞した時期ですね、
      通産省で「トロンを潰したのは間違いだった」という声が業界から出て、
      「トロン再評価」が行われたことがあるそうです。
      教育パソコン規格を復活させる訳でもないのに、何のための再評価なんでしょうね。
      最近の超漢字の発表でも、パーソナルメディアはかなり外部のプレッシャーを
      警戒して、厳戒態勢をとっていたそうですね。
      外部ってのが通産省なのかアメリカなのか、あるいは熱狂的なトロン敵視派なのかは
      解りませんが。ところで棚橋氏って、今はどうしてるんですか。

中野 エネルギー財団の総裁として、まだ影響力を持ってます。
      また、機械情報産業局での棚橋氏の部下として、
      孫氏とも共謀してトロン潰しに荷担した林良造氏も、
      しばらく資源エネルギー庁にいたのが、何故かつい最近また機械情報産業局に
      今度は次長として戻ってるんです。通産省では同期で最も権力を
      持ってる大物官僚だそうです。

新田 不気味ですね。

古木 まるで隠謀論だな!

中野 アメリカあたりから「通産省の隠謀」とか言いふらしてる
      「ノートリアス・ミティ」みたいなのを「隠謀論」として批判してるのを、
      あまり聞いた事が無いけどね。あなたもさっき、トロンを隠謀だって言ってましたね。
      それは隠謀論じゃないんですか?

新田 こういうのは、先ず「事実」を明らかにする事が肝心ですね。
      そうすればおかしな隠謀論はすぐボロが出ます。
      さっきの「トロン隠謀論」のように。それに、孫氏の場合は自分で
      「俺が陰で潰してやった」ってはっきり言って誇ってるんだから、
      これはもうどうしようもないでしょう。

中野 その、孫氏の動きと、アメリカの圧力とは、何か関係があるんでしょうか。

新田 これはもう推測するか無いですね。孫氏がアメリカに持ち込んだ・・・ってのは、
      可能性としては大いに有り得るんですが、そう言い切るのはちょっと・・・。
      ただ、84年4月頃に「バージングループ」ってパソコン市 場調査会社が、
      誰だか判らないけど、日本人ビジネスマンがアメリカで、
      トロンの悪口を触れてまわってる・・・って情報を掴んで、
      日刊工業新聞に載ってます。
      おまけに「ゲッパートに話してみては」なんてのも書いてある。
      勿論、それが孫氏かどうかは解りません。
      「トロン批判」の理屈もそっくりなんですが。例の本も、
      肝心のことを書いてないんですから。
      「秘策」とか思わせぶりな事は書いてあるけど。87年秋ごろから・・・ですね、
      各方面にトロン批判を触れて回って、単に「批判」ってだけじゃなくて
      「潰す」って明確な目標を持って行動したと。
      ところがその後の88年の約1年間に何をやったか全然書いてない。