講談社ブルーバックス

講談社ブルーバックスより「理系のための即効!卒業論文術」を刊行しました。

就活や院試で death march の卒業研究をいかにして乗り切るかをコンセプトに、「使えること」第一で、増強しております。
「研究室はどう選ぶ?」、
「卒業研究のスケジューリングで苦しまない方法」、
「研究プレゼン雛形」、
「修士博士課程に進学して幸せになるには?」など、
みんながとまどうポイントを簡単明快に解説。

2010年5月14日18:00〜 東大で講演します。【ご案内】【資料】『卒論をどう書くか』(作りかけ)(PDF)


アールデコ

やればできる 卒業論文の書き方

中田 亨 (産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター)
2003年10月15日初版。2009年4月27日改訂

工学部の標準的な卒論の書き方について説明します。修士論文でも博士論文でも書き方は同じです。


第1部 卒論クイックスタート

卒論とは?

とともに記述されている、組織立った文書。

卒論は習作であり、基準は甘い。対外発表論文では第1条が「他人のアイデアより明らかに優れたアイデア」と厳しくなる。

「新しい意味を伝えることが、命題の本質である。」(ウィトゲンシュタイン)

標準的な卒論の構成

論文のスケルトン 新聞記事・ニュース原稿
(各項 1〜3文)
(1)何の問題をなぜ研究するのか?
(2)どのように解決するのが良いか?
(3)その解決法はなぜ可能か?
(4)充分な証拠は示されるか?
(1)○○という証拠が出た
(2)それは何の問題に応えるか?
(3)その解決法の長所・波及効果は何か?
(4)その解決法はなぜ可能になったか?

題目: 説明的なタイトルを付ける。例えば「人体計測装置の研究」では舌足らずであり、「赤外線平行投影法を用いた人体計測装置」とか、「海中でも使用可能な人体計測装置」などがよい。(私の上司の金出武雄氏の方式)。

要約: この研究が新聞記事になったなら・・・と、イメージして要領よくまとめる。

第1章 序論

第2章 理論と実施計画

第3章 道具や作ったものの説明 : 無くてもよい。計画で目論んだ機能を、どのような“からくり”で実現するるかについて、対応付けながら記述する。いわゆるスペックデータであっても、要求機能に対応しない些末な事ならば、ここでは書かなくて良い。

第4章 やってみたこと(実験など) : 第3章と比較すると、ここでは何か特別な目的をもって重点的に行ったことについて詳しく述べる。

実験を複数行った場合は、「やってみたこと」の章を追加する。

第5章 結論: 「要するに〜〜〜だった」。

「この論文は何によって人々に憶えられたか」を書く。読者がその知人に話す時に、どういう論文を読んだのかを説明する言葉を、ここに用意しておく。(建前は、筆者から読者への主張の要約であるが、それとは少し方向性を違えることが、金出先生秘伝のコツである。)

「シュンペーターは二五のとき、ヨーロッパ一の馬術家、ヨーロッパ一の美人の愛人、偉大なる経済学者として憶えられたいといった。しかし、亡くなる直前の六〇の頃、同じ問いを再びされたときには馬のことも女性のこともいわなかった。インフレの危機を最初に指摘した者として憶えられたいといった。」(ドラッカー、『非営利組織の経営』)

整理するには、下記の表を掲げておく。

<<<結論表>>>
課題番号 課題 従来技術の水準(課題にまとめても可) どうあるべきか(本研究の解決策にまとめても可) 本研究の解決策 結果
地上を汚染する放射能を除去すること 放射能除去装置が存在しない。 イスカンダルの放射能除去装置の入手 イスカンダルへ入手部隊の派遣 350日で帰還。装置入手。乗組員5割損耗。
1−A (サブ課題) 地球からイスカンダルへ往還すること 移動手段はあるが、経路上にて妨害する敵対武装勢力に対抗できない。 移動手段の武装化 沖縄近海に沈没している大型戦艦を改修し使用。新型砲の実装。 乗組員5000人の戦艦製作。砲出力200メガジュール。
1−B 装置入手部隊の帰還まで人類を生存させること 地球表面は放射能のため生存が不可能 地下に避難する 1年分の食料と燃料を蓄えた、外界絶縁型の地下都市を作り残存人類を収容する 酸素切れ寸前に部隊帰還。生存率90%。

謝辞: 研究指導者、研究資金源への謝辞。○○○に迷った・困った時に、誰に▽▽▽と教えてもらった、など。研究過程の実態がにじみ出るので、非常によく読まれる部分である。

参考文献: 本文で引用しているものだけをリストにする。

付録資料: 図面、装置の操作方法のコツや、失敗したこと、論文には結び付けなかった仕事や実験、プログラムリストなどを、後輩の助けのために付ける。卒論審査には関係ないので、審査後に製本する際に差し入れて間に合う。あまり早めから差し入れると印刷が大変になることもある。

速く楽に書くための心得

図と写真をまず準備
図と写真を先に用意

広く浅く書き建てる
頭から順番に書くのは大変
頭から順番に書くのは大変

執筆とは自分自身との心理戦である。自分を手なずけた者が勝者となる。

速く楽に書くコツは、「広く浅く書いて積み上げる」ことと「人に見せる」ことである。

  1. 「まず図と写真を用意する。図も写真も無いものは書けない」(論より証拠の原則)
  2. 「全体のアウトラインを決める」(結論表を作る。結論表から目次を作る。各部分で何を書く予定か箇条書きにする。)
  3. 「書きやすいところから書く」(軟弱者の原則。装置の説明などから書く。)
  4. 「ある部分の2割が書けたら、他の部分の執筆に移る」(浮気者の原則)
  5. 「ある部分の8割が書けたら、他の部分の執筆に移る。10割の完成までは険しい」(浮気者の原則アゲイン)
  6. 「人に見せる」:先生や同僚に見せる。見せれば見せるほど、速く楽に書ける。
  7. 「客観と主観を同一部分に書かない」(「この値は7だった」と書くのはよいが、「この値は7と大きく素晴らしい」と書くのはダメである。)
  8. 「同じことを2度書かない」(同一の内容が複数回表れるのはダメ。同一の事柄について述べるにしても、見方や詳細度を変化させて書くこと。
     例えば、ことがらAを、序論では課題としてのA、2章では概念・モデルとしてのA、3章では設計する上でのA、4章ではデータとしてのA、結論では要するにAは何だったか、と書く。
     この筋を「話のたて糸」と言う。
  9. 「伏線を回収する。回収できない伏線はそもそも書かない」
     いずれのたて糸に乗っていない“迷子”の話題は、論文の欠陥である。 結論に結びつかず無駄である。削ること。論文は彫刻。やったことの寄せ集めではダメ。
    (迷子を作らない涙ぐましい努力の例:諸星大二郎「孔子暗黒伝」)

おすすめ書き順

「難易度の低いものから書く」の原則に従って、次の順序で書く

  1. 謝辞:ウォーミングアップ。とりあえず書いておく。卒論のファイルがコンピュータ上に出現するので、心理的に勢いがつく。
  2. 図と写真:この量が論文の量を事実上決定する。
  3. 結論表の作成
  4. 道具説明の章のメモ(箇条書き程度のもの)
  5. やってみたことの章のメモ
  6. 参考文献のメモ
  7. その他の部分(難しい部分は当面は短く書くだけでもよい)

狭く深く書き進めると、論文の全体像が見えなくなるので注意。広く浅く書く。

いい論文とは何だろう?

どうすれば、そうなるか?:研究課題をできるだけ深く突き詰めて考え抜くこと。浮気しないこと。

ダメな論文を書く14の方法 (海原雄山口調でお読み下さい)

海原:「ぬうぅ、なんだこの論文は!

  1. 途中で印刷して紙の上で推敲しない。
  2. 執筆中に指導教官や同僚には、なるべく見せない。(「他人の文章の善し悪しはわかるが、自分の文章はわからない」(宮脇俊三だったかな?)
  3. どこがどう難しいのかを記載しない。
  4. グラフはExcel様のなすがままに、いいかげんに作る。(グラフの軸目盛で有効数字を表現する方法って絶滅寸前か。)
  5. 図や写真を少なめにする。
  6. 理由は常に曖昧に。計画性がなく、思いつきの実験を少ない事例だけで実験したように思わせる。
  7. 精度とノイズレベルも曖昧に。(特に文系・マスコミの人は、測定誤差がデータの構成要素であることが理解できない傾向がある。誤差というと自己否定にしか思えないらしい。米国の世論調査にはノイズレベルが明示されている。日本だと○○党1%有利などと平気で言う。
    一点買いは単純明快だがリスクが高い。多点買いの戦略理論はプロ好みで奥深い。誤差の素性を把握してこその戦略である。)
  8. テーマの平凡さを、道具のすごさで誤魔化す。(最新のソフトウエアテクノロジを使ったり、値段の高い実験装置を使ったりすると、見栄えがよくなる)
  9. テーマの平凡さを、数式のすごさで誤魔化す。(文字はなるべくギリシャ文字を使用し、積分方程式で記述。一見難しそうに見えるが、実験の際には変数を定数であると強引に仮定すれば逃げられる。)
  10. 結論は「○○○が重要であることが分った」で締めておき、○○○が何にどうつながるのかは言わない。
  11. 結論では、出来なかったことの言い訳を並べる。出来たことの評価は深く考えずに書く。
  12. やりそこなったことを寄せ集めて「これらは将来課題である」とする。(「著者が読者の寛容を乞うのは無益である」(Louis Symond))
  13. 他人の論文を参考文献に取り上げる基準と理由はテキトーにする。
  14. 先輩の成果を書き写して、自分の考えや成果を曖昧にしておく。

海原:「こんな論文で学位を取ろうだの、笑止千万だ!」(第6話:『油の音』)

ある推敲例

筆者がとある(粗製濫造気味の)論文を書いていた時、金出武雄先生に見てもらった。その時に論文執筆に関する金出理論をいろいろ教えていただいた。

★題名について:「AによるB」という題名なら、序論の部分で、本研究は「XによるB」より優れていることを言うか、「AによるX」が着眼点として優れていることを言うのだろうな、と読者は期待する。そうなっているか?

★見出しについて(1):見出しの呼応関係をチェックする。見出し一覧だけの表示にしてみる。(ワードならアウトラインモードレベル3表示。Texなら目次作成など。)見出しだけ読み進めて内容が類推できるか?突飛な話題変更や話題の断絶がないか確認する。
 見出しは説明的でなければならない。ありふれた「序論」とか「方法」というのは内容が不明である。(もっとも心理学の学界などでは、論文構成の統一のために、見出しが固定になっていることもある。)

↓わかりにくい
第1章 序論
第2章 ワルラス安定性の理論
第3章 購買行動観測実験

↓意味的な“つなぎ”が入った例
第1章 序論 — ネット取引での購買者行動の分析の意義
第2章 ネット取引での価格決定過程 — ワルラス安定性の理論
第3章 購買行動観測実験

★見出しについて(2):論理展開のスピードは、ある程度一定でなければならない。論文の前の方で一般的な議論をゆっくりやっているのに、後半になって急に特定の実験に関する細かい説明を大急ぎにやると、読者はついていけいない。実際に自分がやったことに無理なく話題が収束するように、話題を予告・誘導する必要がある。論文題目名を例えば「大きな事:特定の事」と副題を添えた構成にすると、話題が予告できる。

★見出しについて(3):章・節・サブ節とつながる時に、章見出しの後にすぐ節見出しが来るのはわかりにくい。間に説明を入れること。

↓わかりにくい
第2章: 高速配達郵便
第2.1節 気送管郵便
気送管郵便とは云々・・・

↓親切
第2章: 高速配達郵便
高速配達郵便とは、新技術を用いて通常より速く配達する郵便である。主に、気送管郵便、航空郵便、電送郵便が用いられる。
第2.1節 気送管郵便
気送管郵便とは云々・・・

↓無意味
第2章: 高速配達郵便
本章は、高速配達郵便について説明する。
第2.1節 気送管郵便
気送管郵便とは云々・・・

★文章間のつながり:文章の論旨の飛躍を防ぐために、章と章、段落と段落、文と文の間で、次の2つの継承に気を配る。

(1)頻出単語の連携:盛んに使われている単語を抜き出してみる。前の頻出語と後の頻出語は、内容的に関連性のある言葉か?内容的に突飛ではないか?
頻出単語の突飛な継承例:「戦国武将」→「ジョギング対決」→「スペースシャトル」
こうなると、たとえ論理的につながっていても、読者は混乱する。

出現頻度の特に高い単語は、使用を始める前に別段に段落を立てて、論じる理由を説明するべきである。

(2)論理の継承:前段の主張内容を、後段でどう料理しているか。「問題提起→解決策の検討」「分野の発展の歴史→次にできそうなことの考察」、「概念の登場→その内容の説明」など。

★情報の濃度:一般的な言辞を入れると、内容が薄くなり、読者はかったるくなる。
  例:「以上の考察を踏まえ、次の結論を得る。」←内容が無い割に長い。こんな言辞は削除していい。
無駄な表現は、副詞句や接続詞などに多い。削除を検討すべし。

★読者の注目度:読者の関心は、冒頭が最大で、中間は中だるみし、終わりに少し持ち直す。よって、論文の頭、章の頭、段落の頭が、最も注目される。ここで、内容を大づかみかつ明解に説明するべし。判ってもらえないと、次の段に読み飛ばされる。

★ストーリー展開:論文には物語性がある。「私はこう考えました。こうやってみました。するとこれが解りました」という研究物語になっている。このストーリー展開を乱すものは、途中での詳しすぎる説明や、内容的な蛇足である。論文の明解さを保つために、これらは付録に回してみることを検討せよ。

論文のページ数

S.M. Ulam and J. von Neumann: “On combination of stochastic and deterministic processes,” Bull. Amer. Math. Soc., Vol.53, p.1120, 1947.
この論文はたった13行しかないが、科学史に残る極めて重要な論文である。“重要”とは、よく引用される論文という意味である。

このように内容が良ければページ数は、一般論としては、関係ない。

しかし、内容を論より証拠で示すことが求められる。そうすると、論文は自然と長くなる。 証拠を丁寧に記述して、自然と長くなった分だけを論文とすればよい。

わざと長くする必要は全くない。かえって読みにくくなる。

第2次世界大戦中、英国首相チャーチルは、日々送られてくる膨大な文書を選別する基準として、「1ページをはみだした文書は読むに値しない」と、捨ててしまったそうである。簡潔な報告書は、内容の価値が高いのである。

字は大きいほうが読みやすい。紙の無駄になるが、文字の大きさは12ポイントぐらいが良いと、私は思う。行間は1行とばし程度が、添削する上でも便利である。年配の教官や審査員が読むことを考えると、この書式が良い。会社や役所で偉い人に読んでもらう内部文章もこの書式が多い。(ちなみにデキる社員は、必ず読んでもらいたい部分に赤線を引く。)いかにも原稿という雰囲気がする。よく読んで考えてみようという気になる。
(この組版、学生は雑誌や文庫本しか活字に馴染みがないのか、妙に受けが悪い。まあ結局は、大学当局が定めている書式の規定に従う場合が多いのだが。)

「君、普段はもっと素直な文章を書くでしょう? せっかく面白いの書けるのに個性殺してちゃ勿体ない」(祐天寺良一)
「賢人のように考え、凡人のように語れ」(アリストテレス)
「大切なのは平凡な言葉で非凡なことを語ることである」(ショーペンハウエル)
「命題は古い言葉で新しい意味を伝えなければならない」(ウィトゲンシュタイン)
「なんだ。普通の日本語で書けば当たり前のことじゃないか!」(『衝動殺人 息子よ』)

書くための道具

音声合成ソフト(Text-To-Speech, TTS):
 書いた文章を読み上げさせる。目をつぶって聞いてみて、我ながら分かりにくい箇所は修正する。
 最近はパソコンのおまけについてくるぐらいお安くなりました。フリーソフトもある。

キーボード:
 みうらじゅん先生は、腱鞘炎の苦痛を克服しなければもの書きにはなれないと言う。長文の作成は手に負担がかかる。特に悪いキーボードを使っていると、手が簡単に壊れてしまう。USB接続キーボードはそれほど高価ではない。パソコン付属のキーボードそのまんまはやめて、良いものを選びたい。私の考える要件は次のとおり。

メモリ掃除のフリーソフト:
 ワープロ系ソフトは動作が遅い。図や写真を含む長い文書になるとイライラするほど遅くなる。画像処理関係のソフトも遅い。これらのソフト立ち上げ前に、メモリを掃除するフリーソフトを使って、徹底的にメモリを確保するのがよい。(軽快なエディタでやるというのも一つの手である。が、アウトライン編集機能、図表の取り扱い、スペルチェックなどの機能を考えると、二の足を踏む。)
 標語:「パソコンのメモリ掃除は、あなたがしてあげよう」


長文向きDTPソフトについて

OpenOffice:ワードのパチモン(出来は良い)。
 無料で使える。Linuxでも使える。スペルチェック付き。表計算ソフト、お絵かきソフト、パワポのパチモン、数式作成ソフト付き。PDF形式やFlush形式にて出力可能。

ワード:
 操作が簡単。スペルチェックとシソーラス機能がある。普及率が高い(未来の職場においてもファイルを読める可能性が高い)。図や数式の貼り込みが直感的に出来る。パソコンを買うとセットで付いてきていることが多い。

Adobe InDesign :
 操作が簡単なわりに、複雑なレイアウト調整ができる。タイポグラフィなど見映えに関する機能が真面目に整備されている。 比較的高価。

LaTeX:
 (長所) 数式が美しく、番号整理も自動で便利。学会誌でもLaTeXの原稿を受け付けるところが多いので、学会誌投稿の場合に原稿ファイルの流用ができる。テキストエディタは自分の好きなものを使える。基本的に無料で使える(自宅PCと学校PCの両方にインストールしても金がかからない)。
 (短所) 難しい。あれもこれも出来る反面、あれもこれも命令名を知らないと出来ない。バージョン違いや方言が多く、これを克服しないと1ページも出来ないことがある。またエラーの表示内容が、時代遅れ・不親切・意味不明である。インストールの設定が面倒(PC買い替えごとにインストールするのは意外と面倒である)。ソフトウエア部品の権利関係が複雑で、環境一揃いを一発インストールができない。書類のスタイルを変更することは素人には難しい。スペルチェックがやりづらい。参考書に金がかかる。いつまで流通するのか不安。分野によって普及度がまちまちである。一般の人はまず知らない。

Web上のオフィスソフト
 無料で使える。ハードディクスのクラッシュなどによるデータ消滅の恐れが少ない。複数人集団作業ができる。反応速度の遅さやレイアウトの忠実性、国際言語の取り扱いの完備性に、一抹の不安がある。 将来的には、この形態が主流になるだろう。

というわけで、一般的な選択の目安は、

お絵かきソフトやプレゼンソフトまで一揃え欲しい OpenOffice
洗練されたタイポグラフィが必要。ページ数制限の厳しい学会誌投稿を考えている Latex か InDesign
楽して書けるなら、体裁が悪くても、気にしない ワードかOpenOffice
英語で書く ワード(シソーラスがありがたい)。OpenOfficeかInDesignでもまあOK
思い通りのレイアウトにしたい InDesign
論文原稿を5年後の職場でも利用したい ワードかOpenOffice
Webに貼って読者を増やしたい OpenOffice, HTMLエディタ

体験版なども使ってみて選定する。


【アポストロフィとクォーテーションの問題】

コンピュータ上での英文作成上の呪いとなっているのが、これら引用符の文字処理、文字コードの問題である。古くは、タイプライタのdumb quote記号(")に由来する欠点である。

この欠点はしばしば致命的であって、英文をワープロソフトでつくり、PDFに変換すると、アポストロフィやクォーテーションマークが2バイト文字として符号化されることが多い。(引用始まり(“)と引用終わり(”)を区別する1バイト文字がないからである。)2バイト文字は外国で読めないこともあるのになぁ。

最近、私は「ワードファイル → PDF形式 → PostScript形式 → 英語圏のPDF作成サービス → 純英語のPDF形式」ということをやって投稿したことがある。嗚呼。

参考:筆者の博士論文

博士論文「ペット動物の対人心理作用のロボットにおける構築」(PDF 2.9MB)

Windows版jLatexを使用して執筆。(ちなみに審査員の受けはイマイチで、防衛に結構苦労した。後藤友香「正義隊」のようなアレな感じはある。)


第2部 研究の技

研究の心得

筆者が東大先端研にいたときに井街宏教授の授業で聞いたものをかなり含む。

  1. 下手でも気にするな。 「弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、何にもしないよりはマシなんだぜ」(尾崎豊)
  2. 良いものは真似せよ。
  3. 工夫しろ。
  4. 道具を揃えろ。
  5. アイデアはすぐに具体化せよ。アイデアは天の恵み。だがすぐに他人に追いつかれる。
  6. 論より証拠。考えるだけではだめ。
  7. 専門家や本の言うことを安易に鵜呑みにするな。これらは断定的に語りがちである。
  8. 自分なりの仮説を常に持て。
  9. 統計結果を結果と思うな。それが何を意味し、何に使えるのか、生産的に考える。
  10. 逃げ腰は禁。弱気で成功する研究など、もう残っていない。
  11. 自分の専門を限定するな。
  12. 包括的に考えろ。鳥の視点から見渡す。
  13. 凝るな。凝ったアイデアより素朴なアイデア。問題に突き当たったら、直接的で露骨な力技に走るよりも、問題の前提を洗い直す。問題を分解する。「AもBも行うもの」は得難いが、バラバラにできるなら簡単になる。いっそAなしでBは出来ないか。思考の惰性を無くす。
    「複数の新しい変化を、いっぺんに試すな」 (The Edsel Edict, Gerald Weinberg)

実験の計画

「実験にかかる莫大な費用・労力・時間・失敗を考えれば、速戦速勝が最良の方策である」(孫子)
「やらなきゃいけないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ」(Bob Dylan)

実験の目的、つまり「何を確かめるか」を明らかにして、それを確かめるだけの必要最低限の実験を計画すべきである。計画には智恵を振り絞ること。

重要度が乏しく、理論で充分な予測と説明が可能な現象は、実験すべきでない。しかし大抵の現象は、こうした常識的に予測できる(と思われている)現象であろう。

「やってみなければ判らないこと」と、「やらなくてもいいこと」の嗅ぎ分けはどうすればよいか。次の格言を銘記されたい。


論文を書いてから実験する
論文を書いてから実験する

★格言その1
「論文を書いてから実験する」(ランドシュタイナー)
「勝ってから戦え」(孫子)

予期される想像データを書き込んで論文を先に仮仕上げする。(全体にわたって1割程度書いて止める。)それをみんなで読んでみる。データはちゃんとした証拠になりえるだろうか?論文のレベルは充分だろうか?やるべき実験が明確になる。

この戦法は、職業研究者にとっては常套手段。研究費申請書などの目論見書(=実測データが無いことを除いては実質的な論文)を書いてから、証拠として必要かつ充分の実験を行う。 (ランドシュタイナーだけでなく、渋谷陽一も「架空インタビュー」というのをやっていた。これが読者にうけた。単なる予想をはるかに超えた、詳細まで詰めて考えた想像は、価値がある。)

しかし、この手間を省く人が多すぎる。大学では、卒論開始後半年ぐらいすると中間発表会なるものが開催され、それまでの進捗を発表する。このときに想定架空データを書き入れないと、無意味である。「想像の段階だが、詳細はこうなると思う」と主張しよう。

実験で事前予想に反する結果が得られることがある。これは好機である。実験のやり方がまずいか、自分の立てた仮説がまちがっているかのどちらかであり、これを直していく努力こそが本当の研究である。優秀研究とは、「なんでうまくいかんのか?どこまで考慮の範囲を広げるべきか?この場合はどうなのか?」と突き詰めている。 (大島弓子の『雛菊物語』はそんなマンガ。)

“Good science is in the details.” 「良い研究は細部にこそ真骨頂がある」(Allen Newell)

極端を考える
極端を考える

★格言その2
「自然の真理を知りたければ、優しく尋問してもだめである。自然を拷問にかけるべし」(ロジャー・ベーコン)
「敵の主力軍を、我が方の望む場所と日時に誘き出し、一気に決着をつける」(孫子)

極端な例にて実験した方が、平凡な条件で実験を重ねるより、真理が露呈しやすい。「ともかく、ちょっと実験してみるか」と思ったら、まず極端な実験条件で試してみるべきである。メートルをミクロンに、グラムをトンに、一部を全部に、プラスをマイナスに、欠乏を過剰に、etc。

小樽港百年耐久性試験のように、19世紀から現在まで続いている実験がある。データが素晴らしい研究である。速戦速勝といっても、実験期間そのものが短かければいいのではない。無駄なことを実験しないで、価値のあることを追求することが良い。(類例:ラボアジエは水を101日間煮続け、四元素説を覆す。)

「林檎は、まあ三メートルか四メートルの高さから落ちたのだろうが、ニュートンは、それが十メートルだったらどうだろう、と考えて見た。だんだん高くしていって何百メートルという高さを考えて見たって、やはり、林檎は重力の法則に従って落ちて来る。とうとう月の高さまでいったと考える。それでも林檎は落ちて来るだろうか。偉大な思いつきというものも、案外簡単なところからはじまっているんだね。ニュートンの場合、林檎を、頭の中で、どこまでもどこまでも高く持ち上げていったら、あるところに来て、ドカンと大きな考えにぶつかったんじゃないか。」(吉野源三郎、『君たちはどう生きるか』


多数派とは違うことを考える

★格言その3
「みんなと逆のことをやれば、だいたい正解である。大多数の人間は間違っている」(マーヴィン・ミンスキー。金出武雄「素人のように考え、玄人として実行する」より)
「敵の虚を衝けば快進撃できる」(孫子)

先輩や専門家が口を揃えて「そんなのは無理!」ということは大抵、なぜか、実現可能である。 (もっとも科学史は残酷であって、輸血実験を自分に施して死亡したボグダーノフ農相の例のように、死屍累々の期間もある。)

問題の前提を洗い直すことがコツである。例えば、永久機関は不可能であるが、実質的に同等な無料機関(太陽電池駆動や自動巻時計など)は可能である。

さらに、技術の進歩はすさまじく速いので、既に正攻法で解決可能な問題であっても、不可能と見なされたままのものも多い。

「あぁ、出来るんじゃないの〜」と言われる研究テーマは、既に誰かが先に手をつけていたり、レベルが低すぎて論文にまとめられないことが多い。難題テーマで討ち死にしてもその報告論文は、「こうすると、どうしてダメだったか」が分かり、科学的価値がある。平凡テーマで他人に先を越されると報告が成り立たない。

【豆知識】 国産陶磁器の国宝は5点しかない。その一点、国宝「秋草文壺」は、平安時代の作の骨壷で、平凡極まりない。国宝というと、野々村仁清、姫路城天守閣、空海の真筆、長谷川等伯の松林図屏風などのレベルであるのに、この壷は地味すぎる。実はこの壷、当時の世界(日本・中国)の常識に反して、意匠化されていない写実的な秋草の絵が描いてあり、画期的であるから国宝なのである。
理論的に不可能であっても可能になることは多い

問題: 方程式X+Y=17を解け。

1)【玄人発想】 変数の個数に対して、等式の個数が少ない。したがって、この方程式は解けない。Q.E.D.
 この理由のため、一旦ボマシやモザイクをかけた画像は、元の鮮明な画像に復元できない。
 これは数学のペーパーテストを解く際の常識的テクニックである。数学の成績がいい人は、こんな考え方をしやすい。

2)【必要に迫られて】 工学の特定の題材では、等式の数が不足することがある。この場合、数式に違反しない何かテキトーな数値を、コンピュータに自動ででっち上げさせたい。(人手でやると面倒なので。)

3)【精密に解く】 金出武雄教授は、ボカシ画像やモザイク画像を精密に復元する方法を開発した。(どのようにして解いたかは、ひとまず置く。考えてみてください。)
 肝に銘じるべきは、しょっぱなに玄人発想に陥ると、研究する前に諦めてしまうことである。
 他人に「理論的に不可能」と言われようが、絶対にできると確信できるかが最難関である。確信できれば、誰でもそれなりに考え始められるのではないか。
 研究者や研究組織の能力は、選球眼と根性にある。

「空を飛ぶ機械は不可能である」(ケルビン卿)
「メモリが640キロバイトあれば、誰にとっても充分である」(某氏)


トランジスタ
急がば回れ。登場人物を減らして実験出直し
★格言その4
「直せなかったら機能にしてしまえ」(The Bolden Rule, G. M. ワインバーグ)
「回り道をしているように見せかけつつ、実はゴールに先着するように策戦を立てろ」(孫子)

 接着剤の研究をしていたが、接着力が弱いものができてしまった。じゃ、Post-itの接着剤にしてしまえ。(実話)

 もしあなたが作った実験系が、湿度の変化に敏感で挙動不安定のため、実験に失敗したとする。ならば、現象と湿度の関係解明の研究にしてしまえばよい。

(知恵を絞ると、 『全部の作業はできないが、湿度を統制できる実験環境で、部分的に実験を行う』か、 『湿度は統制できないが計測できる状況で、実験を繰り返し、関係を明らかにする』などが善後策として考えられる。)

「あれもこれもやる」という実験は、やってみると難しすぎることがある。作業全体は追わずに、不明確な部分の探求に限って実験し、成果を手堅くまとめた、一見地味な研究が、後の世で評価される研究であることも多い。後追いで研究に参入してくる人が、絶対に知りたがるデータを残すことが大切。

とある失敗した実験。直せなかったら機能にしてしまえ!

 鉱石(金属を多く含む石)は、部分的に電気整流効果(電流を一方向にしか通さない)を備えることがある。天然のダイオードである。むかしの鉱石ラジオは、この天然ダイオードを使っていた。整流効果があるところを探して針金を当てるという調整を行う必要があるので、鉱石がむき出しになっていた。
 ある研究者は、整流効果が生じている接点の周りでは何が起きているかを調べようと思った。そこで、接点のまわりに電圧計の探針を当てて、電圧分布を調べようとした。
 しかし、この観測を行うことで、主現象本体が乱されてしまい計れなかった。応答が極めて不安定であった。
 pnpトランジスタの記号は、この実験の様子を写実的に描いたものである。(実際には鉱石ではなくゲルマニウム結晶を使用。ゲルマニウム結晶は三角形の形に切られていた。探針も改良のすえ、切断した金箔を使うアイデアにたどり着いた。)
 本研究が世界に及ぼした影響は・・・。トランジスタが特許化されなかった理由は・・・。トランジスタの発明者は誰になるだろう?

研究のネタが思い浮かばない場合・・・

Q:学問とは何ですか?
A:考えを明晰化することです。「なんとなく」、「たぶん」、「出たとこ勝負」、「憶測だが」、「類推して考えれば」というアヤフヤな考えを、ハッキリさせることです。難しい用語を使ってレトリックでごまかすこととは正反対です。

「どうか真相を暴いてください。それだけが私の望みです」(前原圭一)

Q:研究とは何ですか?
A:それまでに誰もやっていない学問を行うことです。新奇な題材を学問するパターンがひとつ。また、ありふれた研究題材であっても、前人未踏のレベルまで考えを明晰化するというパターンもあります。題材の応用先を広げるという形もあります。

Q:どう研究すればいいのですか?
A:ネタが思い浮かばないなら、ニコ・ティンバーゲンの「四つの問題」に沿って考えるのはどうでしょう。

  1. 【存在意義を考える】 それにはどんなメリットがあるか? メリットとデメリットのバランスはどうなっているか? それが生まれた理由や継続している理由はどのように説明できるか?
  2. 【メカニズムを考える】 それは、どのように運営されるか? 要因や因果関係はどうなっているか? 一手一手はどこまで細かく分析できるか?
  3. 【習得を考える】 それはどのように習得されるか? 経験と性能との関係はどうなっているか? 教育方法や導入方法はどうなっているか?
  4. 【変遷を考える】 それは昔はどうだったか? 未来にはどうなるか? どうすればより良くなるか? 何を淘汰し、何によって淘汰されるか?

Q:卒論はなぜ失敗するのですか?
A:しませんよ。参加賞ですから。(・Д・)ウマー

Q:研究はなぜ失敗するのですか?
A:初心者にありがちな失敗パターンがあります。

グラフのとり方: グラフを育てよう

研究における現代の悲劇のひとつに、グラフ作成が機械任せなったということがある。機械任せのズサンなグラフを見ることが多くなっている。 本来、グラフは計測しながら細部を詰めていき“育てる”ものだった。
悪いグラフ 最大最小に注目せよ よいグラフ
等間隔にとってみただけ。
こんなグラフで満足すると怒られる。
最大値や変曲点を追求するために、観測を追加した。
 なぜ、最大最小点を追求するかというと、まずそれは実用上重要であるし、また関数の同定に決定的に重要であるからである。
 変曲点は、段差や崖のことであり、要因の登場・退場を意味している。
 導関数や2次導関数がしっかり計れれば、かなり精密な現象把握ができる。
 以前のグラフと同じデータを共有しているとは思えないほど、見違える出来になっている。

対数グラフの怪

“単価”や“単位当たりの量”をプロットする場合は、片対数グラフを使うのが正しい。通常のグラフだと、単価100円から110円へ増加と、10000円から10010円への増加とを同一視してしまう。これでは不都合である。

データXとデータYとの関係を観察したい場合は両対数グラフを用いる。両対数グラフの上で近似直線を引けば、相当正確な関係式を推定できる。

昔は、「片対数グラフ」も「両対数グラフ」も専用の用紙が売られていた。ただ、正確で精細な印刷をする必要があるので、わりと高価だった。最近はパソコンに取って代わられ需要が激減し、あまり売られていない。

しかし、私もいろいろグラフ作成ソフトウエアを使ってみたが、対数グラフに関して言えば全部落第だった。1, 2, 5, 10, 20, 50, 100, 200, 500 という系列で補助線を引けるソフトにお目に掛かったことが不幸にしてない。(探せばあるだろうが、対数グラフは探すほど珍しいことだろうか?) 大抵は、1, 10, 100, 1000 という大雑把すぎる目盛りしか出ない。

あるソフトは対数軸の目盛りを、10の2.43乗、10の2.63乗、10の2.83乗と、奇妙奇天烈にしてくれた。手抜きもいいところである。

ソフトウエアによるグラフは、どうもにめちゃくちゃなので、グラフを清書する上で障害になっている。

研究ノートとその使い方

研究ノートの写真



(1) ノートとペンを選ぶ
ノートは、大きさはA4版、ページ数は100ページ(=紙50枚)、紙はフールスキャップ紙が最適である。横罫でよい。方眼罫のものは紙質が劣ることが多い。
 特許係争やデータ捏造事件を受けて、研究ノートを組織が管理する時代になってきた。いわゆるLaboratory Notebook は専用に作られたものである。堅牢にできている。ページ番号が振ってある。方眼罫である(やはり紙が薄い)。重くて持ち運びに面倒なのが難点(機密のノートを持ち運ばせないための工夫とも言える)。一般文具店での入手は困難だが、大学の文房具売り場には置いてある。まぁ、研究室の方針でこれを使えと言われれば使わざるを得ないが、普通のノートでも充分である。
 ペンは、筆圧が軽くてすむもの。直液式ボールペンか、3000円ぐらいの万年筆がよい(安いものや高いものは酷使するに難がある)。色はブルーブラック(印刷の黒と自筆部分の見分けができる)。
 鉛筆書きや修正液の使用は不可(特許紛争の際の証拠とするため)。
(2) 1日の始まりに
研究室に来たら、パソコンの電源を入れる前にノートを開き、仕事のリストを書き出して欲しい。なし崩しに取り掛かるのでなく、間を持たせることが重要である。わびさびの世界である。
 仕事の項目は、重要度と期日をはっきりさせること。
11月2日(月) To do:
◎ 併進条件での実験実施 (第1急)
● 回転実験のデータのカルマンフィルタがけ (普急)
△ Pauli 論文の入手 (普急)
◎ SJシンポジウム投稿 (12月1日しめ、木曜にアウトライン打合せ→先生)
◎ 輪講レポ出し(第2急)
△ Mathソフトのバージョンアップ試し (緩)
↑これを書いた後で、メールをチェックする方が精神安定上よい。
「今日一日は、第1急の仕事に取り組めばよい」とわかると、安心できる。
(3) 実験記録簿として
実験の設定条件と観測データを、書き込んだり貼り付ける。
 データの保存を、パソコン上だけで済ますのは安全ではないし、考えたことや、データ価値への見解と、一緒に一覧できないという不便がある。せめて、グラフや代表値(平均と標準偏差)ぐらいは、ノートに貼っておこう。
(4) 脳CPUのワーキング・メモリとして
 書きながら考える。
 文法的に完全な文を書く必要はない。キーワードを、線で結んだり、丸で囲むことで、思考を2次元的に展開する。
(5) ビジネス記録簿として
論文コピー、事務書類、名刺などを貼り付ける。
(6) ブログとして
休憩や食事の際、あるいは一日の終わりに、雑感を書く。これが面白い。
※ (2)〜(6)を、一冊のノートに毎日ドバドバ書いていく。なまじノートを分冊して分類するより役に立つ。 
※ 使ったページの肩を切り欠くと、書き始めるべきページの探し出しに便利である。パラパラめくらないですむ。これはノートの耐久性を著しく向上させる。

アイデアの発想法

アイデアの発想法は様々提案されているが、私の経験からして一番効果があったのは、散歩法である。アリストテレス、楳図かずお、両先生ご推薦である。
「頭だけ働いていて、体が止まっているのは不自然である」(楳図かずお)

散歩は、血流を増大し、神経伝達物質を調整し、副交感神経を昂進させリラックスさせる効果がある。こうして前頭葉の活動を柔軟かつ適度に活発にする、のではないかと私は思う。

寝入りの時にも、副交感神経が昂進する。(喘息発作の原因ともなる。)このため、寝入り時にもアイデアがよく浮かぶ。内崎巌先生曰く、枕元に紙とペンを置くようになって、寝ては思いついて起きを繰り返すようになると、それは“研究中毒症状”である。過労死しないように注意。

欧陽脩は、アイデアが浮かぶ場面は「三上」であると言う。それは、馬上、枕上、厠上であって、要するに乗馬(=散歩)、寝入り、便所の三場面である。副交感神経の昂進が起こる代表的場面である。

接待ゴルフは、散歩法会議としては効果があると思われる。
紅茶缶

散歩法のやり方

準備:脳に課題をインプット
考えるべきことをメモ書きする。キーワードを矢印や線で結んだ、チャート図の出来損ないみたいので充分。字は汚くてよい。
散歩実行
支障のない範囲で歩く。
机の側をうろうろでもよいが、新規な環境をずんずん歩く方が効果的である。
ちょっと遠いトイレ、遠くの店、住宅地、デパートなどを歩く。
出発前と休憩時にはメモを見返す。
いつ閃くか分からないので、紙とペンは常に携行する。
裏技:紅茶を飲む
利尿作用が強く、トイレに立たねばならなくなる。強制的に散歩になる。

もうひとつ有力な発想法は、「人に教える」ことである。煮詰まっている問題について、他人に向かってレッスンする。レッスンといってもあまり格式ばらなくても良い。自分の考えのデバッグができる。

研究発表: プレゼン地獄 — 我らの時代の人間劇

<<古代のプレゼン失敗例>>
「俺はロードス島に行ったとき、幅跳びで誰よりも遠くへ跳んだ。大勢が見ていたから、証人になってくれる奴もいるさ。」
「本当かい? なら、ここがロードスだ。ここで跳んで見せろ!」(“Hic Rhodus, hic saltus.” イソップ物語より)

卒論諮問。東大工学部の場合。
卒論諮問とは卒論の成果を口頭で発表する会である。
一人15分で発表し、5分ほど審査員の質疑応答を受ける。

工学部X号館XX教室。教壇にスクリーンが設置され、プロジェクタでパワーポイントを投影する。最前列に審査員の教官2名。机には、発表の点数をつける名簿と、卒論の製本原稿、タイマーとベル。その他の席には、審査を待つ学部4年生がぎっしり。みな緊張している。最後部の壁際には、見物にきた研究室の先輩達がちらほら。

教官「えぇ、これより卒業論文諮問を執り行う。順番が来たら速やかに発表を開始するように。機材の調整のための時間のロスも、発表時間に含めるので注意すること。発表時間はきっかり15分。時間が来たら途中でも発表を打ち切ること。質疑応答はその後5分間である。聴衆も質問をしてよい。よろしいかな?では1番!」

<悲劇パターン1: パワーポイントに、黒枠がぽっかり空く>

学生1「はい、学生番号1番の△△△△であります。私は「無限軌道を用いた陸上空母の移動機構」について発表いたします。まずは、ビデオをご覧ください・・・・」

動画が出ない・・・

学生1「あれ、ビデオが出ない!」

教官「ほれほれ、時間が過ぎてくぞ」

こうした機材関係のトラブルは例年のことである。卒論執筆に追われて、事前のリハーサルをする余裕がないのだから。

<悲劇パターン2: 前置きが長すぎる発表では、教官が催促する>

学生2「今後の日本の社会構造から致しまして、オンデマンド生産の購買層が増加する傾向にあるといえます。ところが従来の小売物流部門においては、物主体の販売戦略がとられ、情報の非対称性が・・・・」

教官「君、本題に入らないと!あと7分しか無いよ!」

<悲劇パターン3: 何か言い返せばいいのに、素直に撃沈>

学生3「以上で発表を終わります」

教官「君の研究は、MITでやっているのの、単なる応用だよね」

学生3「あーーー・・・・」

<悲劇パターン4: 質問にずれた答えをしてしまう>

教官「そのシステムではカルマン渦は計れるの?」

学生4「本システムでは、ラジアル方向の密度勾配を仮定しておりませんので、タイムインバリアントなニュートン流体に限っていえば、センサを配置することも可能です。圧縮性流体では…」

教官「YESかNOか!」

教訓: 質問の8割は、はい/いいえ式である。

対策:どんな質問でも、回答はまず5秒で収まる反応を言う。“はい”、“いいえ”、“実用上はYESです”、“理屈の上ではYESです”、“今回の研究では無視しています”、“正確な答えはちょっと長くなりますが・・・・”、“するどい質問です”などなど。その先は、質問者の顔を見ながら、対話する。顔を見ながらの対話は、質問者が求めている答えに導いてくれる。


悪いプレゼンは、結論を導こうとする。「結論が遅い!それは理屈だ!だから何なのだ!」と言われる。とっても寝やすい。盛り下がる。

良いプレゼンは、メッセージ(結論)で聴衆を挑発する。テーマの宣言がほとんど冒頭。好奇心を煽る。なぞなぞ的。盛り上がれば勝ち。情報伝達ではなく、聴衆に思考させることが真の狙い。オシム語録。
<挑発的なメッセージの例>
「君のパンを水の上に投げたまえ!」(イエス)
「この本は、既に似たようなこと事を考えたことのある人以外には理解されないだろう。だから、この本は教科書ではない」(ウィトゲンシュタイン)
「一枚のピザを何切れに分けても、総量は同じということです」(Merton Miller。自身のノーベル賞受賞学説について)
「気をつけたまえ。この国は今、罠だらけだからな」(映画『王と鳥』)

 大バッハ以前と以後の音楽で決定的に違う点は、曲の時間的構造にあると言われる。 昔の音楽は単純な繰り返しが多い。まぁ、飽きる。バッハの「シャコンヌ」のテーマは冒頭を占めて以降は、このテーマを中心にして複雑に変化し、しかも全くぶれない。論文も研究人生もこうありたいものである。

 なぞなぞと言えば、いわゆる“複式夢幻能”はその最たるものである。前半に明らかに怪しい人物が登場し、後半でそれが何かに化けるというお約束である。怪しすぎるので「志村、後ろーっ!」と言いたくなる。前後場の間で事情を説明する“アイ”という役が登場するのだが、この人、前場から舞台にもともと座って、じっと待っている。こんな人も怪しい。怪しい人物の配置は、連載モノの漫画やアニメではお馴染みの手法。
 怪しげなモノを中心に置いて、それを中々説明しないという方法は、おもいっきりテレビなどでも見られる。

<私のパターンだけど、ギャンブルなパターン: 「トリビアの種」方式>

【名乗り】
アニメの画面内容に即した背景音楽自動作曲アルゴリズムについて発表します。
【問題提起】
タモリさん、高橋さん、八嶋さん、こんばんは。最近、アニメを自主制作していた時に思ったのですが、自動でBGMは作れないのでしょうか?
【問題定式化】
つまりこうゆうことになります。アニメの画像特徴とセリフを元にして、自動作曲アルゴリズムを走らせると、○割の人に受ける。
【過去研究引用】
まあ、従来の画像編集ソフトは無難な曲を選ぶ方法で満足度3割だから、この方法なら6割じゃないかな?
【理論提示】
アニメに詳しい兄山先生に聞いてみた。アニメの場面は、緊張、のどか、快、不快の4類型から成り立っています。類型は画面の色やセリフから分かります。それらを作曲アルゴリズムの入力とすればそれなりにふさわしいBGMができると予想されます。
【実験方法提示】
題材は標準的なアニメ、木直田まさし著「ソツロン君」を使うといいでしょう。この場合、20人に評価してもらえば、充分確かな証拠が得られると思われます。
【実験】
実際にやってみた。作曲アルゴリズムにはクセナキス型確率音楽生成ソフトを製作。実験条件は、3種類を用意。(中略)良いと評価した人は20人中14人だった。
【結果要約】
こうして、また新たなトリビアが生まれた。アニメの画像特徴とセリフを元にして、自動作曲アルゴリズムを走らせると、7割の人に受ける。
【タモリコメント、将来課題】
キャラの顔表情も考慮しれば、もうちょっと点数上がるよね。シリーズ化して時代劇でもやってみたいね。

英語プレゼンの見本

Toru Nakata, “Recognizing human activities in video by multi-resolutional optical flows”, IEEE/RSJ International conference on intelligent robots and systems (IROS 2006), 2006.のプレゼン資料のPDF版


プレゼンの訓練方法

学術発表に最も近い"プレゼンのプロ"は、テレビのコラム番組である。NHKの「視点・論点」や「あすを読む」、ニュース番組内の特集など、10分程度の短時間で調査と分析を伝える番組は、学術発表の絶好の手本と言える。(つまんないなら、「コントを読む」や “A Few Minutes with Andy Rooney” という笑えるものを参考にしよう。)

なかでも、「トリビアの種」の様式が使いやすい。難しい理論に感心するのではなく、「やってみるとどうなるか」という知識欲の興奮がメインになっている。直感的に感動してもらえる発表にすることが肝心である。

発表時間について。「トリビアの種」は正味10分もない。学術発表で10分というのは、限界ギリギリの短さである。テレビのプロは如何に巧みかが分かる。学生も、この域に達するべきである。1秒を惜しむ気持ちで、細部までこだわって発表資料を手直し、練習を重ねること。特に下記のことを心がける。

基本: 発表スライド草稿を見て、テレビ番組ならここはもっと直感的なテクニックでプレゼンするのではないか、と疑ってみる。

なお、発表のテクニックは、先生ごとに意見の分かれるところであって、研究室ごとに流儀がある。(複数の研究室を経験する意義は、ベターな発表方法を習得するという点にもある。) 例えば、「目次」のスライドをわざわざ見せる流儀の先生もいれば、目次不要論・目次有害論の先生もいる。学生は混乱する。

ちなみに私は目次有害論者である。あれは「カイシャのジューヤク会議」の流儀であって、「社外向け戦略的プレゼン」とは言えない。 山本周五郎の「樅ノ木は残った」の冒頭を読んでみてください。無予告、無説明、暗闇の中の強制的進行が、どれほど聴衆の関心をつかむか。

「僕たちは、街行く人が足を止めてくれるように、できる限りのことを全て行って、一枚のポスターを完成させた」(ウラジミール・ステンベルク)

ロバート・キャパ「ちょっとピンぼけ」の場合
1942年、ニューヨーク。キャパは仕事が無く、空腹のまま、アパートで寝ていた。目覚めると、ドアの下に三通の手紙が差し挟まれてあった。
一通目は、電話会社からの料金督促状。電話が使えなくなった。金が無いからしょうがない。
二通目は、司法省移民局から。ハンガリー参戦につき、キャパを敵性外国人とし、行動範囲を制限する。写真機の所持も禁止。
三通目は、雑誌編集部から。貴殿を当社専属の報道写真家として雇用し、ヨーロッパ戦線の取材を依頼する。支度金同封。船は48時間以内に出発の予定。

 敵性外国人が取材できるわけはないが、電話が使えないので返事もできない。支度金に手を付けて、朝食を食べちゃった。さて、どうしよう。
 役人に、この三通を何も言わずに見せた。一通目は移民局からの通告。役人は無表情。二通目は雑誌社からの手紙。ニヤリ。三通目は電話会社からの通告。さて、どうしましょう。

打開すべき状況。解決への障害。解決への糸口。これらを説明しきっている。四の五の言わずに説明できるものなのだ。(出来すぎである。おそらく創作だろう。)

饒舌を戒め、淡々と三枚を見せるだけで、「それからどうなった?」と気になってしょうがないプレゼンである。

プレゼンであがらない方法

あがること、つまり不安神経症の克服には、「フランクル回想録」や「死と愛―実存分析入門」に書いてある方法がおススメである。

手順その1【不安の正体への洞察】: 「不安感情を持って発表を行ってはならない」などと一体誰が決めただろうか?「一字一句、言いまちがえてはいけない」という法律でもあるのか?

手順その2【逆説的自己暗示】: 「私の発表はぎこちないだろう。いままでも、そうだったのだから。今日もそうなるだろう。緊張で舌が回らなくなる!汗が滝のように出る!よし、今日は1リットル汗を流してやる!聴衆がびっくりして凝視する!そこへたたみかけるように、支離滅裂な説明をぶつけてみる!思わず、『とにかくゼータ関数の非自明な零点がナッシュ均衡を意味するのです!』と口走ってしまうに違いない!救急車が呼ばれる!でも俺は止まれないだろう!どうだ、まいったか!人間がどこまでプレゼンでトリップできるか、見せ付けてやれ!」と自己暗示をかける。(映画「ビューティフル・マインド」より)

効き目はあるの?: 「フランクル回想録」によれば、尋問中の親衛隊将校に教えてあげたら効いたらしい。そのお礼なのか、フランクルの家族は、最後の番で、強制収容所送りになった。

「ある広場恐怖症患者は、家を出るときに玄関の鏡の前で、自分の姿に向かって帽子をあげて、『では私のノイローゼと一緒にこれから出かけてまいります』といって自ら笑ったという。このようにして、症状に対して態度を変え、距離をとることができたのである。」(フランクル「死と愛」)


第3部  研究者と社会

研究と不正行為 (Academic Fraud): 大賭博師 — 時代の鏡像

残念ながら、自然科学研究にからんだ不正行為は、規模の差はあれ、ある程度の割合で行われていると考えられる。実際、大きな事件なら年に2〜3件は新聞沙汰になっているし、小さな事件でも米国では不正を監視する役所(医学生物学関連のみであるが Office of Research Integrity, ORI)が不正調査結果を公表している。

卒論研究は教育訓練であり、研究成果の質は問われない。(「何を考え、何をやり、何が起こり、何が分かったか」を報告すれば満点である。)したがって、本来は不正をする理由はあまりなく、学生の見栄程度である。しかし、卒論→口頭発表→学会誌発表→学界的権利化(研究資金の申請、学生の進学先や仕事のポスト探し)→金銭的権利化(特許や製品化)と進んでいくと、不正への誘惑が増し、事件性も帯びてくる。

よくある不正行為:

  1. データの操作:データの捏造(data fabrication)。不利データの隠蔽。データ処理方法の乱用。
  2. 盗用:他人の努力を自分のものにする。貢献していない人が執筆者リストに入る(幽霊著者、Gift authorship, 研究業績のプレゼント行為)。
  3. 業績の水増し:重複投稿。
  4. 知的財産権の窃盗:アイデアを考えついた人に発明の権利が付与されるという法を破ること。職務発明は慣例や法解釈が変化しつつあり、青色LED裁判などで注目されている。学生の発明については、学生の権利保護のための制度化が遅れている。

不正が露見すると、対外的信用失墜、就職取り消し、研究資金申請の禁止などの罰が待ちかまえている。研究者としては事実上の死である。

しかし、不正を実態的に防止するための、取締り法・規則、不正告発を受け捜査する専従組織、業績の正当性を保証する学会制度、研究者の意識などはかなり不十分である。ばれない、すぐにはばれない、ばれたとて大したことないと、制度の不備が誘惑を助長している向きもある。

「嘘をついてもどうせ追試や実用化段階でばれるから厳重な検査は無用」と楽観して、どこの国でも防止策がまじめに考えられてこなかった。だが現実の事件に多いのは、

などの理由である。いずれにしても「正々の旗、堂々の陣」ではない。

PTENデータ捏造事件では、Nature Medicine に発表した論文に著者が14人もいる。いざ露見すると1人だけが悪いことで収めようとしている。Gift authorshipを逆手にとって責任追及を逃れるとはスゴイ。

また厳格査読を誇るNature Medicineといえども、チェックできないことも分かる。医学関係などの現象は、理論による完全説明が難しい場合があり、そうした分野では査読は困難になる。(理論づくの物理学ですらウソの論文が Science 誌に載ったりする。ベル研究所超伝導捏造事件(2002年)) そもそも著者が14人もいるのは、かなり胡散臭い。編集部はその点を追及するべきだったが、してない。

2005年9月14日の新聞報道によれば、当時、東大教授でまた産総研センター長でもあった研究者が、Natureなどに発表したRNAの研究論文に正当性の疑いがあるとのこと。生データ(計測ホヤホヤで未加工のデータ)が提示できないというから、願望データかしら。数年にわたり12本もの論文を願望データで作れるものなのか。教授は「担当者は再実験できると言っている」と言っているらしいが、これは“幽霊著者だったのは認めるから、トカゲのしっぽ切りさせて”作戦。(「私が実験した時はそうなった!私は見た!」と徹底抗戦するのが筋。責任著者なんだから。一流誌に載るほどの優れた実験結果なら、著者でなくても「現物を見せて!やって見せて!」となるはず。研究員とボスは、実験机の前で現物と研究ノートをつつきながら議論すべし。)

トップの科学者による一流誌上での捏造論文事件例はきりが無い。ウンウンヘキシウム元素捏造事件(2002年)、 ソウル大ES細胞捏造事件(2005年12月)、などなど。

個人の不正行為だけでなく、学界に風潮自体にも問題がある。トップ・クォーク発見論文 (“Observation of the Top Quark,” 1995)は著者が403人もいる。403人全員がそれぞれの部分を独立で主体的に発想したということになる。一人当たり何文字か。明らかに、研究資金獲得グループメンバ(≠発見者)や機械操作員や傍観的上司が、発見者(=責任著者)に混じっている。この論文の著者リストはなぜかアルファベット順なので、労力・才能・幸運・名誉を等分している。(仮にN等分されているとする。業績には非線形性があり、N<403となるのでおトクなのが、誘惑の元である。)本当に働いた人が哀れである。

こうした不正を助長する大きな要因に、論文の著者リストのシステムがある。貢献と責任の順に著者を並べるのであるが、順序だけならごまかしが効く。(この点、米国特許庁は厳格で、幽霊発明者が混入している場合は、特許を取り消す。)本来なら、映画のエンドロールのように、○○さんは何を考え付きました、□□さんは何を計画しました、△△さんは何を発見しどう解釈しましたと、説明を伴って記述すべきである。(最近、新聞や雑誌上で、論文捏造の防止法について、いろいろな意見が提起されている。だが、著者リスト制度を改めるというシンプルな意見は見受けられない。ここが急所だと私は思うのだが。)

誘惑は常にある。研究指導者は、学生がデータにごまかしをしていないか、かなり厳重に監視する必要がある。

誘惑にかられている学生は、無理をすることはない。不成功なら不成功なりに報告すればよい。「どこまでは目論見通りにいった」と発表できる。(そもそも、大抵の研究発表とはそんなものだろう。成功か失敗かは世間への影響を見てないと本当はわからない。)1年や2年、留年して研究をまっとうに仕上げる道もある。研究室を変えるもの楽しい。中退でも高学歴である。不正はネットにいつまでも書き残されるのでキツイ!

「すてておけ!そんなものに心動かされたことはない!」(森川久美『天の戴冠』)

研究者の成果評価の方式も変わろうとしている。かつては一流論文誌に多くの論文を掲載することだけが評価された。Natureなどに載ったら万々歳だった。インパクトファクターなる数字が持てはやされた。過騰競争だった。だが事件に見られるように、この評価方法は(細分化された科学の論文は査読が難しいため)信頼性に乏しく、誘惑も大きい。今は、研究の実用化、実社会の問題への学者の参画、出版やメディア露出、一般人を巻き込んだ活動など、世間のお役に立つこと・影響を与えることを評価するように変わりつつある。「料理を作ったら、自分で毒見して、自分で売ってこい」というわけである。この評価システムで、効率が良いか、精度が高いか、学者像としてどうなのかは分からないが、しょうがない。

大学院進学を考えている人は、下記の本を読んで考えて下さい。

「わたしは学者業をつづけておりますが、この種の職業では広く他人の教えを受け、他人に自分をさらけ出さねばなりません。だからこの職業には、秀才意識は邪魔になります。」(森嶋通夫『学校・学歴・人生』)

<<ご注意! 有意水準は事前に1つだけに決めること>>

統計手法の乱用のうち、非常に多いものが、「一つの分析に複数の有意水準を使用すること」である。「*:p<0.05, **: p< 0.01, ***: p < 0.001」という水準併用は、論文にあってはならない。

学会によっては、この方法が多数派になっているところがあるので深刻である。これはなんとデータの改竄に当たる。世間にあまり知られていない、データ改竄形態なので、特に注意を要する。

「差の再現性」(=有意水準)を「差の威力」にすり替える
例えば、薬Aと薬Bで、Aの効き目が 235±2 で、Bの効き目が 230±1 であると計測できたとする。効果に大差はないが、再現性は圧倒的である。したがって、Aを実態以上に良く見せたければ、論文では「有意水準***です!」と強調すれば、しめたもの。
 一般的に、サンプル数を膨大に増やせば、厳しい有意水準でもクリアしやすくなる。安易である。
研究者の期待願望効果(confirmation bias)が生じる
有意水準を複数用意する研究者は、自分の期待する結果を“統計的に確認した”と発表し、自分の期待に反する結果を“有意ではなかった”と黙殺する偏見効果が生じる。
 なぜかというと、「あともう少しで予想どおりの結果になるのに」と思っているなら、ゆるい有意水準(p<0.05など)を論文に書いてしまえばよい。
 「これは予想に反するかもしれない」と思える傾向については、わざわざゆるい有意水準を持ち出して、「私の予想に反する傾向が無くは無いです」などと論文を混乱させるのはバカバカしい。しらばっくれて、厳しい有意水準だけを論文に登場させるだろう。
 要するに差別待遇なのである。
 一つ一つの論文だけに限れば、この偏見効果は明確には見て取れない。しかし、何本も発表するうちに、その研究者にとってやっかいなデータだけを黙殺する偏見効果が、明らかに表れる。

実験サンプル数と有意水準の決め方

予備実験と本実験の二段構えで望む。まず、予備実験を行い少数のサンプルを得る。そのデータから、ノイズの大きさを観察し、本実験で必要なサンプル数を割り出す。 予備実験のデータの役割はこれで終わりであり、論文の結論の支持には用いてはならない。予備実験のデータを本実験のデータに統合してはいけない。

有意水準の一般的は目安は次の通り:

【有意水準5%】 

【有意水準1%】

【有意水準0.1%】

エンジニア・職業研究者をめざす学生のための本

企業への就職の方向で検討している人へ

学者志望の人へ

進路についてどーもイメージが湧かない人へ

UCSB大学案内
カリフォルニア大学サンタバーバラ校の学生生活案内1996年版
(大学当局の能力・気合い・使命感がすごい。大学が“非教員・非研究部門の専門職員”を大量に抱えているのが分かる。日本とは、かけはなれている。)

文章作法の本

卒論の代筆屋さん

「いらっしゃいませ。卒論の代筆ですね。
どんな内容ですか?
要点や構成のメモを書いてください。

メモを拝見・・・

この章では何を書けばいいですか? この節では? 次の節では?

おっしゃったことテープに録音して、タイプしました。この文章に微調整して論文にしますね。

完成しました。さてお値段ですが・・・」

結論:代書屋を使えるということは、ほとんど自力でできるということ。

余談

(1) 自分の意見を簡単に撤回してはいけない。なんでも「はい、そうします」と答える人間に、学生としての資格はない。金出氏曰く、「自分は研究テーマについて何ヶ月も考えてきた。あなたはそんなに長時間は考えていないはずである。すると、あなたの意見が正しくて、私の意見が間違っているということは、おかしい」。

(2) 「起承転結」は漢詩の作法です。科学論文の執筆には絶対に使わないように。漢詩愛好者の私が言うものなんであるが。
 牀前看月光、疑是地上霜、挙頭望山月、低頭思故郷。(李白 静夜思) こんな感じの論文ではロジックが活きてこない。
 要するに、補足トリビアを先に書かれると、じれったいのである。
 章にせよ節にせよ段落にせよ、最初の文は、それに異論や別段の興味が無ければ、以降を読み飛ばして構わない約束に、論文ではなっている。「春はあけぼの。」に異論が無ければ、「夏は夕暮れ。」にスキップして読んでもよい。
「私はこの論文を感傷的にならないように努力して書いている。それでもなお、真理を書いたつもりで、グチを並べているだけではないかと不安になる。」(スタンダール、『恋愛論』)

謝辞

この文章は実に多くの方々からのご支援があってこそ出来上がったものです。ここに深く感謝いたします。

私は、東京大学の佐藤知正教授の研究室で、修士から博士課程まで在籍し、ご指導を受けました。研究に関する考え方は佐藤知正先生からの影響が一番強いと思います。この文章も佐藤理論の亜種のようなものです。

さらに、現在の上司である金出武雄博士からご指導を受けられるという幸運にも恵まれました。このページには金出理論のごくごく片鱗しか紹介できなかったのが残念です。

私の卒論は、今はテキサス大学に移られたNigel Ward 教授にご指導いただきました。漢字かな混じり文を素読する米国籍コンピュータ科学者(しかも若い)というのは、ただ驚異です。このページを作る動機は、Ward先生が持論とされている研究マネジメント論に憧れたからです。Ward先生はACM の雑誌など、かなりの檜舞台で持論を展開しておられます。勇猛果敢です。

三先生の生の声は、下記にまとめられています。私が何をどう吸収したか分かると思います。

井街宏教授の研究心得は、本当はあと何か条かあったのですが、書き取りきれませんでした。残念です。

ランドシュタイナーの名言は石坂公成博士の「私の履歴書」の連載にあったものです。