[理研ニュース 2009年12月号]
100年ぶりの快挙ヌタウナギの発生を調べた研究者
理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)に、ヌタウナギを対象に、進化と発生の謎に迫る研究者がいる。形態進化研究グループの太田欽也研究員だ。ヌタウナギは、顎(あご)を持たず、目、ひれ、うろこなどが退化している。古くは、ゴカイなどの仲間だと考えられていた。現在は、DNA解析などから脊椎(せきつい)動物に分類されているが、脊椎骨を持たない原始的な姿のため、その分類に異議を唱える研究者もいる。しかし、ヌタウナギに関する詳細な研究は、1899年に出た論文がたった1本あるだけ。深海に生息するため、捕獲や飼育が難しいのだ。太田研究員はヌタウナギの人工飼育下での産卵・受精に世界で初めて成功し、約100年ぶりに胚の発生を調べた。そして、脊椎動物にしかない神経堤(しんけいてい)細胞を確認。数ヶ国語を操り、実際にヌタウナギ漁に出るという太田研究員の素顔に迫る。◆
それから3年、太田研究員は英国オックスフォード大学を経て、2005年に倉谷GDのもとで「ヌタウナギ発生学プロジェクト」を立ち上げた。「自分ならできるという自信がありました」。水産学の経験から漁師の協力が必須だと考え、島根県江津市でヌタウナギ漁をしている柿谷紀(おさむ)さんに協力を依頼。自らも漁に同行し(図1)、卵を持ったヌタウナギの捕獲に1年目にして成功した。「水槽で飼育し、翌月には95個の卵を確認できました。そのうち受精卵は7個。インパクトが大きく、かつ現実的に解ける問題をやろうと考え、神経堤細胞に決めました。脊椎動物にしかないこの細胞を確認できれば、進化系統樹上での位置付けもはっきりします」。そして形態学的観察から神経堤細胞を確認。さらに神経堤細胞に特異的な遺伝子がヌタウナギの胚で発現していることを明らかにした(図2)。その成果は2007年、英国の科学雑誌『Nature』に掲載され、注目を集めた。国際学会の会場で、脊椎動物の化石研究の大御所フィリップ・ジャンビエー氏から声を掛けられた。「私が生きている間にヌタウナギの発生を見られるとは思わなかった」と。「最高の気分でしたね」
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実験室の壁には100年前に描かれたヌタウナギの発生のスケッチがある。それを太田研究員が描き直す日は近い。■
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)
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