韓流目当ての人が東京・大久保に押し寄せている--。巨大繁華街、新宿と学生街、高田馬場に挟まれて地味なイメージだった大久保の街は、今や「韓流遊園地」。買い物や食事を楽しむ女性たちが路地にまであふれていた。【宮田哲】
JR新大久保駅を降りて、大久保通りを東へ歩く。ハングル文字の看板が現れ、香辛料がほのかに香る。
すぐに見えてきた「韓流百貨店」。店内はバーゲンセール会場のようにごった返していた。400平方メートルほどの広さ。韓流スターのグッズやCD・DVDと、化粧品、食料品を扱う。活動休止後も人気の男性グループ、東方神起のグッズが置かれたワゴン前に女性たちが群がり、タペストリーや写真集を買っていく。人気のスターはポップグループのBIGBANGやSS501、男優のイ・ビョンホン。壁の大きなカレンダーに、アイドルのイベントの日程などが書き込まれている。同店の李謹行(イクンヘン)課長(44)は「来店者数は去年の2割増。休日は2000人以上がいらっしゃる」。昨年は約6億円だった年商の今年の目標は10億円だ。
李課長が「今は半分が若い女性」と言うように「韓流ファン=中高年」という図式は古い。街で目立つのもK-POPのスター目当ての10~20代の姿だ。東京都東大和市の2人の中学3年女子はBIGBANGのファン。初めて大久保に来た。「楽しかった。シールにうちわなど15点、5000円以上買った」
川崎市のパート、光永美由紀さん(45)は娘の中学3年、花乃子さん(14)の影響で東方神起ファンになった。「歌唱力がすごい。可愛くて、感心で、見守ってあげたい」。娘に「新大久保に行きたい」と言われ、やって来た。
15年前には、中学生が遠方から大久保に来るなんて想像できなかった。夜、このあたりの路地には、街娼(がいしょう)らしき外国人がいっぱい立っていたものだ。警察の取り締まりなどでいなくなったという。
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古い一軒家の土間で、ずっとここに住む70代の男性は「この街は、戦前は近くに旧陸軍施設があり、軍人が借家に住んでいた」と話す。90年代から通称「職安通り」に韓国料理店などが増え、02年のサッカー・ワールドカップ日韓大会、ドラマ「冬のソナタ」を機に、店は大久保通りや路地へ広がった。
大久保の韓流ファンがお目当てにしていたのが韓国料理店の「席」だ。「オムニ食堂本店」の、男優ヒョンビンの座った席に、友人を連れた東京都北区の女性会社員がいた。「時間は違っても、同じ場所にいられるのがうれしい」
「テーハンミング」には、男優のチョ・インソン、SS501ら多くのスターが来店した。壁にはポスターやファンがメッセージを書き込んだ写真。スターたちが座った席で食べたいと、ファンが予約までして集まる。日曜の昼。広島市西区の40代後半の女性会社員は、大好きなバンド「FTIsland」の名前が付いた定食を食べていた。メンバーが座った席はのがしたが、壁のポスターを見ながら「イケメンばかりでウキウキする」。高1の娘(16)と一緒に土曜夜の夜行バスで上京、娘の好きなグループのイベントに行って夜行バスで帰る。
山梨県笛吹市のパート、平松清子さん(49)は好きなボーカルグループ「sgワナビー」が座った席に移るのを待っていた。「席では『この辺を触ったかな』と思って、壁をさすります」。夫は8年前、脳内出血で倒れ、車いすで暮らす。「ただいい主婦をしていた」とき、sgワナビーの歌を聞き、夢中に。生まれて初めて「追っかけ」をした。「ステージから愛してると言ってくれるから好き」。夫は留守中、犬の世話などをしながら、見守ってくれるという。「私が『今日ステージの上のメンバーと目があって』とニコニコしているのを見るのがうれしいんです。本当にだれかと付き合うわけではないから。韓流はもう生きがいです」
韓流ブームを盛り上げるのがテレビ番組の充実だ。フジテレビは今年、地上波で韓流ドラマを放送する「韓流α」をスタート。3月放送の「華麗なる遺産」は最高瞬間視聴率9・7%を記録した。TBSは4月から地上波で、イ・ビョンホン主演の「IRIS(アイリス)」を放送。ゴールデン帯での韓国の連続ドラマの放送は同局初のことだ。
インターネットも一役買う。東方神起ファンの千葉県浦安市の女性会社員(28)は、会員制交流サイトの「mixi(ミクシィ)」で知り合った3人を誘って食事した。
職安通り北の路地では、6月に全面的にオープンする韓国屋台村の準備が進む。大久保はどんどん心浮き立つような原色の街になっていく。ただ、東京ディズニーランドと違うのは、昔からの住民もいることだ。
児童館に通う小学1年の中村隼大君(6)と朴河民(パクハミン)君(6)は仲良し。朴君と中村君は「一緒にサッカーするのは楽しい」と話す。でも、「ごみ出し」など生活習慣の違いから韓国人に対する戸惑いを口にする人もいた。
大久保エリアの外国人登録人口(8424人・10年元日現在)は地区人口の37%。韓国人は80年代以降に来日したニューカマーが多い。その全国組織「在日本韓国人連合会(韓人会)」の地元組織は月1回、地区を清掃する。朴栽世(パクジェセ)・韓人会長(50)は「郷に入っては郷に従えです」。70代の日本人男性は「高齢者が増え、もし、大地震でも起きたら、助けてくれるのは韓国の若者かもしれない」。
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再び新大久保駅前。金種善(キムジョンソン)さん(38)は昼と夕方、自分が作った「韓国料理食べ歩き地図」を通行人に配る。今年4月、ブームを当て込み、広告で利益を上げる無料マップ1万2000部の配布を始めた。5月の第2号はグッズショップなどを含め約150店を掲載、2万部を作った。
女性たちが屋台で買った「ホットク」をほおばりながら歩く様子は、原宿・竹下通りでクレープを食べる少女たちと重なる。夕方の焼き肉店前で13人が順番待ちしていた。今、この街では「サムギョプサル(豚バラ肉の焼き肉)」が流行している。
街では50代の韓国人男性からこんな意見も聞いた。「スターの写真と食事だけでは浅い。韓国の伝統文化も楽しめる街になるべきでは」
宿題はあるが、街は日に日に大きくなり、そこに夢を託して、人が集まる。
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毎日新聞 2010年5月19日 東京夕刊