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石綿「補償」国に重圧…健康被害、実態つかめず

首都圏訴訟 影響も

 泉南石綿訴訟判決で、大阪地裁は19日、国のアスベスト(石綿)対策の不作為について賠償責任を認めた。

 今後の展開によっては、国は、現在の健康被害対策について見直しを迫られる可能性が出てきた。しかし、アスベストによる健康被害の実態把握はいまだ困難で、行政、医療の課題も山積している。

■国の責任、広く認定

 国がどの時点でアスベストによる健康被害を認識し、どの時期からどんな規制をすべきだったかが、今回の裁判の争点だった。

 「健康被害との因果関係がはっきりしない段階で規制権限を行使すれば、経済活動をいたずらに阻害してしまう。いつ、どう規制するかは行政に幅広い裁量がある」。国はこの論法で不作為の責任を否定してきた。

 しかし、判決は「(企業が)規制導入で経済的負担を負うことになっても、国はそれを理由に労働者の健康や生命をないがしろにできない」とし、アスベスト関連疾患は、旧じん肺法が成立した1960年までには、国にアスベスト被害の防止策をとる責任が生じていたと判断した。

 今回の判決は、建設労働者388人について、国や建材メーカーを相手に提訴した「首都圏建設アスベスト訴訟」(東京、横浜両地裁)にも影響する可能性がある。同訴訟弁護団長の小野寺利孝弁護士は「大阪地裁判決の考え方が踏襲されれば、首都圏訴訟でも国の責任が認められ、同時にメーカーとの共同不法行為と認定される可能性が出てきた」と話す。

 野呂充・大阪大教授(行政法)は「2004年の筑豊じん肺訴訟最高裁判決などで国の不作為の違法が認められる流れがあり、これを踏襲した『人命重視』の判決。アスベスト被害は国の産業政策と切り離せない形で生じており、妥当な判断だ」と指摘している。

■被害これから本格化も

 アスベストによる健康被害は拡大しつつある。肺がんと中皮腫の労災認定は、2000年前後は年40~50件。その後、アスベストの健康被害が認知され、06年度以降は1000件以上になった。しかし、アスベストの用途は広範にわたり、全体像は国もつかめていない上、健康被害の表面化はむしろこれからという指摘がある。

 アスベスト関連疾患は潜伏期間が長く、中皮腫で20~50年、肺がんで15~40年、石綿肺で15~20年とされる。国内で使用されたアスベストはほぼ全量が輸入で、そのピークは1970~90年。

 アスベストによる健康被害の将来予測をしている村山武彦・早稲田大教授によると、中皮腫による国内の男性死者数は、今後20年前後は増え続け、2030年頃には08年の5倍近い年間約4500人になると推定されるという。村山教授は「予測より低く抑え込むには、新薬開発に加え、古い建物からの飛散防止対策が不可欠。今からできることは少ないが、建物管理者への監視などを徹底するしかない」と強調する。

■今後の国の施策

 06年3月、労災対象外の工場周辺住民などの救済を目的に施行された石綿健康被害救済法(アスベスト新法)は「補償ではない」(厚生労働省幹部)との位置づけ。給付水準は労災補償よりも低く、対象疾病も中皮腫と肺がんに限られていた。今年7月には、重症の石綿肺とびまん性胸膜肥厚も追加されるが、原告側は「補償として、手厚く幅広い救済を実現すべきだ」と主張している。

 民主党は、政策集で「ノンアスベスト社会の実現」「健康対策」を掲げた。2月には衆参議員47人が「アスベスト対策推進議員連盟」を発足させ、原告側の政治解決への期待は大きい。

 議連のある議員は、首都圏建設アスベスト訴訟などを挙げ、「国の敗訴が続けば、救済を求める声はさらに強まるだろう。しかし、石綿被害の広がりを考えると、補償額は想像もつかない。過去の政権のツケが回ってきている」と指摘する。(大阪社会部 淵上俊介、辻美弥子、東京社会部 吉良敦岐)

中皮腫・石綿肺診断難しく

 中皮腫や石綿肺などにはいまだに確立した診断法がなく、専門医も少ないことが、被害実態把握の「壁」になっている。

 国内で中皮腫患者が初めて確認されたのは1973年で、80年代までは年間数十人程度だったとみられる。患者が少なく、医学的な関心が払われてこなかったのが、研究の遅れや専門医不足の最大の理由だ。専門医の一人は「大学で教わらず、病気自体も知らない医師が多かった。見落としが多かったのも当然」と話す。血液検査で発見する腫瘍(しゅよう)マーカーの研究は進んでいるが、「国内での実用化にはまだまだ遠い段階」という。

 肺がんも、喫煙などと区別がつかず、アスベストが原因と判断されないケースが多い。労災認定数は中皮腫より少ないが、2倍程度の患者がいるとも推定されている。X線画像だけで診断が難しい場合は、約5グラムの肺組織を採取して検査するが、それ自体が体への大きな負担となるため踏み切れず、未確定のまま死亡する患者も多いという。

 患者支援団体「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」所長の名取雄司医師は、「医師も、最近は見落としが少なくなったが、小さな病変まで確認できる医師は依然少ない。研修などを充実し、個々の診断力を一層高める必要がある」と話す。

 一方、治療法も開発途上だ。石綿肺には、せき止め薬の投与や酸素吸入などの対症療法しかない。中皮腫については米国の新薬アリムタが3年前から国内で使えるようになったが、効果は平均9か月の生存期間を1年に延ばす程度だ。体力のある早期発見患者に限り、胸膜や片方の肺の全摘出手術が期待できるが、それでも、2年以内に再発して亡くなる人が多いという。(大阪科学部 萩原隆史)

2010年5月20日 読売新聞)

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