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天声人語

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2010年5月18日(火)付

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 一夜を過ごした男女の迎える夜明けを、情感たっぷりに「後(きぬ)朝(ぎぬ)」と言う。〈明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな〉と王朝時代の歌人はうたった。恨めしさは洋の東西を問わないとみえ、古代ギリシャにはこんな詩があるそうだ▼〈恋に仇(あだ)なす暁の明星よ、何とてかくも早やばやとわが臥床(ふしど)を見おろすことぞ……美しきおん身の光も、わが上にはつらくつらく落つれば〉(野尻抱影著『星三百六十五夜』)。夜明けを告げて光る明星への恨み節は、ロマンチックで生々しい▼暁と宵の明星とは、ご存じの金星である。なにしろ明るく、らんらんと輝く。太陽と月に次ぐ3番目で、最も明るいときは地上に影ができるという。女神ビーナスの名を戴(いただ)くその星へ、日本初の探査機「あかつき」が、予定では今朝打ち上げられる▼優美な名と裏腹に、金星の素顔は灼熱(しゃくねつ)と荒涼だ。大気は二酸化炭素がほとんどで、地表は400度を超える。濃硫酸の厚い雲に覆われ暴風が吹き荒れる。もとは地球に似た「双子星」ながら、まるで違う道をたどった▼もっとも、その雲が太陽光を8割がた跳ね返すのが、明るい理由の一つという。恋に仇なす敵(かたき)役の存在感も、恐ろしい雲によるところが大きいらしい▼古代ギリシャにはこんな詩もある。〈夕星(ゆうずつ)よ 光をもたらす暁が散らせしものを そなたはみなつれ戻す 羊をかえし 山羊(やぎ)をかえし 母のもとに子をつれかえす〉(北嶋美雪訳)。夕星は宵の明星のこと。朝の怨歌(えんか)と夕の牧歌を思いつつ、探査の旅に期待を寄せる。

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