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〈目には青葉山ほととぎす初鰹(がつお)〉。江戸の俳人素堂(そどう)の名高い一句は「名人が危うきに遊んだ句」なのだという。俳句には季語が入るが、普通は一句に一語で、二つあれば「季重なり」と言う。初心者がうっかり誤ることが多い▼ところが素堂のは「青葉」「ほととぎす」「初鰹」と三重奏である。青葉を季語と見るかは異説もあるようだが、破格には違いない。素人の作なら「俳句を知らんな」と一蹴(いっしゅう)されそうな句が、世に知られ、初夏の味を引き立てる絶妙の薬味になってきた▼その名句に胃袋の鳴る季節だが、日本近海のカツオは近年どうも不漁らしい。去年は前年の6割に落ち込んだ。今年は持ち直しぎみだが、型は小さいという。わけを探れば、やはり乱獲の二文字がちらつくようだ▼カツオはこの時期、黒潮にのって北上してくる。ところが魚食熱の高まる中、南の海に台湾や中国の巻き網漁船が増えつつある。上流で取れば、いきおい下流の魚影は薄くなる。それが原因ではないかと見られている▼カツオよお前もか、と嘆く向きもおられよう。「命の湧(わ)く海」と言うけれど、豊饒(ほうじょう)は無限ではない。人はすでに海をかなり追いつめているという。生み出す命が追いつかない。このままでは、今世紀の半ばには海が空っぽになると警告する学者もいる▼〈まな板に小判一枚初鰹〉其角(きかく)。江戸の昔、初鰹はべらぼうな値を呼んだ。そこまではいかずとも、不漁のゆえか、近年カツオの卸値は上昇気味らしい。マグロの轍(てつ)を踏ませない早めの一手が、この魚にも必要ではないか。