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[18791] 【化物語SS】まよいメイド/こよみフィッシュ【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/19 19:42
◆この作品は、『化物語』の二次創作です。
◇出来る限り原作準拠で行こうと思いますが、設定の食い違いがあるかもしれません。
◆原作でもそうですが、メタ発言や他作品についてのネタなどがありますので、ご容赦下さい。
◇時間軸としては偽物語後の話のなので、ネタバレなどが気になる方はご注意の程を。
◆本編にある怪異の解説についてはフィクション混じりだったり、浅学ですので、鵜呑みにしないで下さい。
◇ご意見、感想など頂けましたら幸いですし、とても励みにもなります。
◆誤字、脱字や、気になる点などもありましたら、併せてご一報下さい。すぐに対処するよう努めます。
◇猫物語・傾物語、早くでないかな……
◆拙い文章ですが、少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。


◆【誑物語】(キョウモノガタリ)が僭越ながらこの物語の題名です。
◇一つの物語として繋がっていますが、副題として以下を書いていく予定です(順不同:この他にも少しあり)。
《誑惑なる序章》《まよいメイド》《つばさテレフォン》《なでこホーム》《こよみフィッシュ》《ひたぎリターン》《するが???》《しのぶ???》
※ご意見頂きましたので、少し説明を。この副題の他にもネタバレ防止の為、載せていない副題があります。
神原、に関しては、副題決まり次第載せますのでご了承下さい。しのぶはシークレット的な扱いなので作品記載と同時に発表します。


※プロットは完成済みですので執筆終了次第、随時更新させて貰う予定です。
 
《まよいメイド/その1~3》
 暦と八九寺のいつも通りの掛け合いがメインです。馬鹿な会話、雑談をお楽しみ下さい。

《つばさテレフォン/その1》
 羽川さんのお陰でやっと本筋が進みました。今回で《まよいメイド》の意味が解るかと。
 ちょっと無理やり感がありますが……あっちだと思ってた人がいたら、ごめんなさい。
 解説、説明が多くて退屈かもしれません。最後の方に少しだけ遊び心を入れてみました。知ってる人はいるのかな?

《まよいメイド/その4》
 またも暦と八九寺の掛け合いです。次回、満を持してあの方が登場します。



[18791] 【化物語】誑惑なる序章【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/14 21:09

この物語を語るにおいて、先に謝っておくことがある。
残念ながら僕はこの物語を、一語あまさず最後まで語ることができなかった。


なぜなら、僕の心が支配されてしまったから。
自我を保つ事も不可能となり、脳が軋み絞め付けられ、全ての情報が遮断され僕の意識は消し飛んだ。
完全に完璧に為す術なく闇に堕ちていき、僕はそう、意識を奪い取られてしまった。

身体の自由は奪われ、一切の行動も許されることなく、ただ奴隷のように盲従するしかない。
精神は深い闇の中へと引きずり込まれ、僕は当事者の立場でありながら傍観者へと移行してしまったのだ。
いや、傍観者ですらないのかもしれない。行く末を見届けることも叶わぬただの部外者に堕ちてしまったのだから。
そんな不甲斐無い僕をどうか許して欲しい。



そして見知らぬところで世界から隔絶されたあなたに、哀悼の意を表する。
だが僕はあなたに捧げるべき手向けの言葉を持っていないし、僕があなたに同情することは見当違いな偽善になるのだろう。
あの選択が最善だったとは思わないし、然るべき判断を下せば、違った未来があったはずだ。

あなたを殺してしまったのは僕、つまり阿良々木暦なのだから、呪うのならば呪ってくれて構わない。
あなたの身体を八つ裂きにし、あなたを葬り去ったのは阿良々木暦。
それだけはどうか間違えないで欲しい。






そして何よりも、僕の彼女であるところの戦場ヶ原ひたぎに、最大限の謝罪を伝えよう。



約束を破って、……ゴメン。




でも僕は、これからも約束を破り続けるのだろう。








[18791] 【化物語】まよいメイド~その1~【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/18 08:38
茹だるような暑さが続く夏真っ盛り。
ここ最近は雨が降ることもなく、今日こんにちに至っては雲ひとつない見事なまでの快晴だ。
しかしそれは、一時でさえ遮蔽物である雲の恩恵を受けることが出来ないということで、日陰がない街中を歩く者にとっては堪ったものではない。
暑さにやられ、うな垂れるように前傾姿勢。両手はだらりと下がり、だらしなく口は開かれ、息も絶え絶えに歩みを進める。
ゾンビもかく言うやといった有様で、その歩みは牛歩。汗で服は湿り気を帯び、肌に付着し気持ち悪く、顔はだらしなく歪んでいることだろう。

八月も残り僅かとなったが、まだ秋の気配を感じることは無かった。
燦々と照り続ける凶悪なまでの陽光は、吸血鬼でなくとも人間の肌を熱く焦がす。
ただ僕を人間と定義するのは、些か問題が生じるかもしれない。
人間のなり損ない。吸血鬼のなり損ない。中途半端。どっちつかずの宙ぶらりん。
白でもなければ黒でもない、曖昧極まりない、混じり合った人間だったモノだ。
地獄のような二週間を経て、僕はそういう存在に成り果てた。地獄を共にした伝説の吸血鬼を道連れにして。


鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、怪異殺しの怪異の王との詳細については、既に語り終えたことなので、それについてはもういいだろう。
ただ言える事として、僕の人生第一の分水嶺となったということ。
選択選次第では、生きている事さえかなわなかった。もしくは生き続けるしかない。

人生においては短くも、体感としては果てしないその二週間に、文字通り皮膚を焼かれ、いや、焼くなんて表現では生ぬるい、焼き爛れ燃焼し、
存在そのものが気化する程の稀有な体験がある身としては、こうしてお天道様の下を歩けるだけで、感謝を示さなければならない。


嗚呼、生きているって素晴らしい。


そんな能天気で頭空っぽの享楽的な思考なのは、本日の家庭教師担当が羽川だったからに他ならない。
奇数日は羽川。偶数日は戦場ヶ原。そのような日にち担当制で、家庭教師の任について貰っている。

とは言っても、とある事情で盆休みに入る少し前から、父方の田舎に里帰りしている戦場ヶ原の穴を埋めるべく、
連日羽川のお世話になっていた期間もあるのだが。今は元通りの担当制だ。
誤解をされては困るので言及しておくが、例え戦場ヶ原が担当だったとしても、“今の”戦場ヶ原との勉強なら望むところである。
少々問題が生じている状況ではあるのだけど、これは贅沢な懊悩おうのうだろう。
この戦場ヶ原の変貌、やり取りについて語る機会が来るのかは判らないが、あったとしたら心して掛かってほしい。

最強と(元)最凶のコンビが付いている僕がもし受験に失敗したとしたら、それはどんな言い訳も許されない僕自身の所為になるんだろうなぁ。


まぁそんな訳で、羽川先生によるご指導の賜物、日増し僕の脳に皺が刻まれていっている。
本来、僕にとっての勉強とは苦痛を伴う時間・作業に他ならないのだが、羽川と向かい合わせの勉強ならもうずっと勉強していていいぐらいだ。
瞬時に幸せな時間へと昇華する。
相も変わらず、制服姿の羽川ではあったけれども。卒業後も制服で過ごすんじゃないかと、危惧するのは考えすぎだろうか。
僕が羽川の私服を拝むのはいったい何時になるのか。こないのか。
受け身の態勢ではいけないのかもしれない。
こちらからアプローチしていく必要性があるだろう。何かいい案はないものか。
“鳴かぬなら 鳴かしてみせよう ほととぎす”である。
そんな羽川の私服を拝見するには、どうすればいいのか知恵をしぼっていた、家路を辿る図書館からの帰り道。
よく見知った後ろ姿が視界に入る。


大きなリュックサックを背負った小柄な少女。
足の運びに合わせて、両端に結わえた髪がピョコピョコ揺れている。
あのツインテイルを見ていると、ついつい掴みたくなってしまうのは僕だけの衝動なのだろうか?
同志がいれば是非御一報頂きたい。
でも本人は嫌がるので、そんな大人気ないことはしないけどね。

もう確認する必要などかもしれないが、紹介しよう。
八九寺真宵である。
迷い迷わせ迷わされ。母の日の公園で行き遭った蝸牛。
正確に言うのなら、怪異としての……迷い牛として特性は既に喪失してしまっているので、蝸牛だったもの。人間だった少女。怪異に成った少女。
目的地に帰り着いて、迷い牛から脱却した怪異。
だとすれば、八九寺はなんなのか。
そんなの明白だ。
八九寺は八九寺。それ以上でもなくそれ以下でもなく。いや八九寺の言葉を借りるのならば、地縛霊から二階級特進した浮遊霊。
このまま順調に昇進していったら、コイツは何になるのだろうか?
もしかしたら僕の背後霊になる日が来るかもしれない。
絶えず僕の後に追ってくる。付いてくるのでなく、憑いてくる。やばい!めちゃくちゃ楽しそうだ。
楽しそうではあるが、もう既に僕には背後……ではなく僕の影の中には似たような存在が居るのでどういう反応をするのだろうか……。
折り合いが悪そうだよな、この二人って。
見た目はほぼ同い年ではあるが、怪異として生きてきた年月の違いは如何ともしがたい。
でも年輩者の忍のほうが問題あるかもしれない。
八九寺なんかは意外に大人な対応をしそうだが、忍の度量はことのほか狭い。



例えばこんな話がある。
忍のお願いで――駄々を捏ねられたとも言う――ミスタードーナツに向かった。勿論全品100円セールの財布に優しい日。
あまり僕自身の取り分を買うことはなかったのだが、その日は自分用に1個、忍用に5個買ったのだ。
そして家に帰りドーナツを食べようとした時。
僕用に買ったエンゼルフレンチを手に取った時。
忍は叫んだ。あらん限りの絶叫で。「またれよ!!」と。
何事かと思い、しどろもどろしている隙に、忍は僕の手にあるエンゼルフレンチを目にも留まらぬ早業で奪い取っていた。

そこで僕は思い至った。
前にもこんなことがあったなと。前にもこうして僕の手からドーナツを強奪したのだ。
その時の理由はこうだ。
なんか無性に僕が食べてるモノのほうが美味しそうに見えた。
僕にだってしばしばある。ただ僕は強奪なんかしないが。
だから今回も忍は、僕が選んだドーナツが食べたくなってしまったのだろうと。

しかし、そこでまたも思い至る。
確か今日、忍用に選んだドーナツの中にも、エンゼルフレンチがあったはずなのだが……。
呆気にとられて、ツッコミを入れることも出来ず忍の動向を見守っていると、忍は空いているほうの手で箱の中からドーナツを掴み取る。
忍の両手にはエンゼルフレンチが一つずつ。どこからどう見ても同一商品である。
声を掛けようとするも、忍にはおいそれと声は掛けられない鬼気迫る気迫が漂っていた。
忍は矯めつ眇めつ手にしたドーナツを睨みつける。
もうそれは穴が空くほどじ~っと見据えている。言うまでもないがドーナツの穴とは別の意味合いで。
そして、時計の秒針が一周する程の時間を経てから、忍が発した言葉はこれだ。

「お前様のチョコのほうが多いではないか!!」

それはもう、糾弾するように。もう無条件に僕が謝ってしまうぐらいの剣幕だった。
忍の言い分を説明するならば、エンゼルフレンチにあしらわれたチョコ(ドーナツの三分の一ぐらいにチョコが浸けられている)の分量の違いが気に入らなかったらしい。
僕には、その微量の差異を見抜くことはできなかったが。
切り分けたケーキの大きさで、妹達と揉めた事がある身ではあるが、これは酷い。器が小さすぎるぞ元怪異の王。


そんな忍ではあるが、本来の気質としては、君臨する者、支配する者なのだ。
そう易々と他者と相馴れるような存在ではないということ。
まぁ今と成っては、僕の元主人でありながら、同時に僕の現従僕の立場なのでどう対応するかは判らない。
不当に忍の評価を下げる憶測をするのは、邪推というものなのでこの辺でやめて置くことにする。


なんだか脱線しているが、今は八九寺をどうするかが大事なのである。
八九寺は僕に気付くことなく、数メートル前を歩いている。
これ以上不用意に近づくと、気取られてしまう可能性があるので、一定の距離を保って後をつける。
なんか僕の行動って文字に起こして、第三者に見せたら犯罪者そのものに映ってしまうのではないだろうか……。

近頃の僕は斜に構えた態度で、捻くれた物言いをしていたが、もう自分を騙すような真似はしない。
僕は八九寺が好きだ!愛している!愛しくて堪らない!
さぁ今日はどう愛でてやろうか。
八九寺は小学五年生にしては、発育のいい身体つきをしている。
胸も僕のお陰で成長しているとか、してないなとか。これは本人談の真偽が疑わしい申し立てだけどさ。
胸の大きさが下の妹といい勝負なのは確かではあった。
お兄ちゃんは妹のおっぱい触りすぎなのである。
書店用ポップとしてこの言葉を採用した書店さんはあったのだろうか?あったのなら最大限の賛辞を送らなければならない。

前回は忍による妨害工作により、スキンシップをすることは叶わなかったが、もう邪魔される心配は無い。
忍からの提案ではあったが、ミスドに連れて行くとの条件で八九寺との逢瀬の邪魔はしないという運びになったのだ!
ただ、これからは忍をミスドに最低月一で連れて行ってやらなければならないが。
月一回で済めばいいのだが……忍のミスタードーナツに懸ける熱情は尋常じゃないからな。

さて、存分に愛でることができると決まれば問題は一つ。
相思相愛の仲なのはもう疑う余地のない事実なのだが、どうにも八九寺は恥ずかしがり屋さんである。
僕のこの高まった寵愛をどうすれば、余すことなく八九寺に伝えきることができるかだ。


よし、決めた。



後ろから忍び寄って、八九寺を羽交い絞めにしてみた。
「はちくじいぃぃ!!会いたかったぞぉ!もう可愛いなぁコイツ!どれどれ胸の成長度合いはどうなんだ!」
「いやぁあああああああああ!!!?」
リュックがクッションになってしまい、八九寺の身体に密着できないのが不本意ではあるが、その分、両手で胸を鷲掴みにしてみたりなんかしたりして。
成長しているかは判断しかねるが、小学生にしては及第点だろう。
「きゃーっ!きゃーっ!きゃーっ!?」
「おい、じたばたするんじゃない!」
「ぎゃああああーっ!ぎゃーっ!ぎゃーっ!!」
「あーもう大声だすんじゃない!口塞ぐぞこのヤロウ!!」
いや、此処で不用意に手で塞ごうとするから手を噛まれたりして、いつも反撃を喰らってしまうんだ。
そうだ。僕のこの抱えきれないほどに膨れ上がった八九寺への愛を伝える最上の手段が残っていたではないか。
唇と唇を合わせる。キッスこそ類稀なる愛の形である。
なんかの映像作品でみたことあるな、取り乱して喚く女性の口をキス塞ぐ。
胸も散々揉みしだいてきたし、頬にキスしたことがあるんだ。もうそろそろ次のステップにいってもいいだろう。
「さぁ八九寺!大人しくするんだ!!」
[がるぅっううううううううううう、きしゃあああーーーーー!」
犬と蛇が合わさったような威嚇だ。
後ろから抱きすくめるようにしているので、口付けをするのに些か困難ではある。
それでも、どうにか左手で八九寺の頭を固定し、顔を近づけていく。あと少し。
そして遂に――――僕の唇が八九寺に辿り着いた。



「ッ!!!」
唇を噛まれた。僕の唇を喰いちぎらんばかりの力だった。
口を塞ぐつもりが、逆に塞がれる形になってしまい声を出す事もままならない。
痛い。これは腕を噛まれるとかより断然痛い。唇ってやっぱり繊細な部分なんだなと、身をもって体感する。
とんだディープキスだった。
もう目が血走っていて八九寺は正気を保ってない。八九寺野獣化モードだ。
降参の意志を示すため僕は必死になって八九寺の胸をタップする。噛む力が増した。

そこからどうにか、八九寺を引き剥がし、宥めすかせ正気に戻すことに成功する。
「あ、あなたは……赤裸々さんではないですか」
「僕の名前を、何も身に付けていないと言う意味の『赤裸』の強調形で、神原が喜んで食いきそうな言葉で呼ぶな。
 ほんとに変態みたいじゃねぇか。僕の名前は阿良々木だ」
「失礼。噛みました」
「違う。わざとだ」
「噛みまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「噛みまみた?」
「疑問系!?」
ちゃんと展開していけよ。対応できるように構えてたのに思わず聞き返しちまったじゃねぇか。
それはともかく、口元に手を当てて小首かしげてるのが可愛いかったりする。
「質問に質問を返すなんて愚の骨頂ですね阿良々木さん。いつになったら成長なさるんですか」
毎度毎度、評価の厳しい奴だ。成長しない八九寺に言われるとなんとも不甲斐無い気がする。
「まぁ待て。さっきは失敗しちまったが、今度こそ満足いく対応してやるさ」
「相変わらず口先だけの人ですよねぇ、阿良々木さんって。進歩がみられません。
 しょうがないです。もう一回だけ挑戦するチャンスを差し上げましょう」
どこからも上から目線な奴である。戦場ヶ原とまた違った目線ではあるが。
(旧)戦場ヶ原ぐらいになると見下すというよりは見落す、だったからな。
八九寺は一方的にそう告げると、何事もなかったように僕の前を歩いていく。
僕としては、次回の機会にでもリベンジしてやるという意気込みで言った言葉だったのだが善は急げということなのだろう。
リテイク。もう一回。
さっきのやり取りは無かった事にして、もう一度やり直しをさせてくれるということらしい。
なんとも粋な計らいだった。頭が上がらない。感服する懐の深さだ。


ん。待てよ。と言う事は、もう一度僕は八九寺に“触って”もいいと言うことなのだろうか。
まぁこれは僕と八九寺との間では恒例の挨拶。通過儀礼なようなもので、僕としても義務のように果たしてきただけなんだけどさ。
でも、八九寺の厚意を無下にしてまで意固地になるようなことでもない。
今此の時は、この瞬間にしかないのだ。
こうして最近は八九寺とよく出くわしてはいるが、いつ会えなくなるとも限らない。
忍野がそうであったように……本来、出会いとは一期一会で臨まなければならないもの。
八九寺と会える幸せが、“あたりまえ”になってはいけないのだ。
幸せに慣れては、幸せも幸せでなくなる。

だから僕は――――




[18791] 【化物語】まよいメイド~その2~【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/14 22:46
――――余すことなく、八九寺を感じることにした。
「はっちくじいいい!!もっとじっくり揉ませろ!!触らせろぉおお!!抱きしめさせろぉおおおお!!!」
「きゃー痴漢ですーー!!」
「ちょ!おい、え!?お前!!」
恥らい、身を護るように嫌々する八九寺だった。しかも台詞が棒読みくさい。
いつものように叫びまくって噛み付いてこいよ。なんで乙女のような反応してんだコイツ。
これじゃ僕がまるで、閑静な住宅街を歩く幼気な少女に不埒な行いをしようとしている危ない奴……まさに痴漢みたいじゃないか。
いやそうなのだろうけど。思わず辺りを確認してしまう。
焦っていたので、ちゃんと確認できたかは判らないが、夏休みといえ通行人の影も形もなかった……はずだ。
ってか、この町ほんと人がいないな。映像化に優しい物語である。

しかしながら一部では小学生女子にセクハラをする高校生男子の姿が目撃されている、と噂になり始めているだけに油断はできない。
スキンシップするのには厳重な事前確認が必要不可欠となってきそうだ。

ただそもそも今回は、両者合意のうえでのじゃれ合いみたいなものだったはずだ。
これは裏切り行為である。約束が違う。
明確な約束は交わさなかったが、暗黙の了解で、意を汲むのがプロというものだろう。
「おい。八九寺!僕だ僕。阿良々木。阿良々木暦だ。間違っても痴漢じゃないぞ」
「なんだ、アララト山じゃないですか」
「僕の名前を旧約聖書に登場するノアの箱舟の漂流地点とされる、トルコ東部にある成層火山の名前で呼ぶな。
 それに、ついには敬称にまで意味が含まれてんじゃねぇか。奇をてらいすぎだろ。
 もう言っても言わなくても変わりはないかもしれないが、僕は言い続けるぞ。僕の名前は阿良々木だ」
どうにか軌道修正は果たしたが、ここからが八九寺の真骨頂。勝負はここからなのだから、気は抜けない。
「失礼。噛みました」
「違う。わざとだ」
「阿良々木さんは何でも知ってますね」
「なんでもは知らないよ。知ってるこ……って何で対羽川用の台詞を僕にふってくるんだ!」
確かに僕程度の頭で、アララト山のようなピンポイントな山の名前を知っていたのは奇跡に近いかもしれないが……余計な知識だけは豊富なのである。
いや、それよりも八九寺もなんでこんな火山の名前を知っているのか大いに疑問だが。
こいつはこいつで研究しているのかもしれない。奇妙な勝負が成立しているな。

そんなことよりも、
「それは僕にだけ許された、僕だけのふりだ」
「うわぁ~凄い独占欲ですねぇ。それに私の記憶が確かでしたら、千石さんをつかって羽川さんに、例の台詞を言わそうと画策してらっしゃいませんでしたっけ?」
「うっ」
痛いところをつかれた。あの後、羽川に呼び出しをくらって厳重注意をうけたのだ。
確かに姑息な手段だったかもしれない。
ただ僕は羽川に怒られるのはそこまで怖くない。寧ろご褒美といって差し支えない。
しかし、羽川に嫌われるのは怖い。怖すぎる。羽川に嫌われたりなんかしたらもう生きていく自信がない。
よく判らない方はブルーレイorDVD第5巻、つばさキャット第壹話のオーディオコメンタリー(副音声)を要チェックだ。


「それはともかく、八九寺。お前って、もう地縛霊の類じゃないんだよな。なら、この町を離れて、どっか行くことも可能なわけだ」
「露骨に話を逸らしますね。まぁそうですね。ええ、どこにでも逝けると思いますよ」
「おい待て。なんか不吉な“いく”だった気がするんだが……」
「気のせいですよ。ですが、どうしたんです急に?」
「いや、勉強も切りのいい所まで終ったしさ」
「ほう、つまり?」
「お前さえよければ、一緒にどっか行かないかなんて」
「行きません」
ぷいっとそっぽを向く八九寺だった。容赦なかった。微塵の配慮もなかった。泣いてなんかないやい。
くそっ。こんな苛めに負けるような僕じゃない。

ふぅ。首を巡らし、そっと辺りの街並みに視線を向ける。
人通りは少ない道だが、それでもどこか全体的に活気づいてきている。もう昼も過ぎて、一番街が機能し始める時間帯だ。
耳を澄ませば小鳥の囀りも届いて、実に清々しい気分になる。
こんな日はいい事が起こりそうな予感がする。
「そうそう、これから一緒にどっか行かないか?」
「行きません。同じ台詞を言われても、反応が変わる訳ないじゃないですか。
 なに、いま始めて言ったみたいな風装ってるんですか。モノローグまで使って仕切りなおさないでください!」
いや、なんでこいつは、人のモノローグにまでケチをつけることができるんだ!?
人の心の内にまで言及してツッコミを入れてくるなんてマナー違反だろうが。
「反応されず、流されるほうがつらいって事を知っておいたほうがいいですよ」
「それは確かに……」
ってまた見透かされている。しかも年長者からの助言的ニュアンス、でだ。
こいつは何様なんだ?スルーでいいんだろうか?いやスルーしたほうが身のためな気がする。

「ってお前、暇だろ。いいじゃねぇか」
「失礼な事を仰いますね。私はいま崇高な使命を果たしている真っ最中なんです。ほっといて下さい」
「いったい何だよ、使命って?」
「領土の拡大です」
「より一層わからなくなったよ!」
領土って、どこの武将だ。
「こうして一定周期に臭いをつけて回らないと、居場所を奪われちゃいますからね」
「それってマーキングじゃねぇか!?」
怪異にも縄張り意識なんてものがあるんだろうか。謎である。
八九寺自身の為にも、マーキング方法については聞かないことにする。


「まぁそう先走って結論を出すこともないだろ。このままプランも聞かず、僕を帰すと後悔するんじゃないか?」
含みを持った声で、いかにも何かあると、気持ちを揺り動かす声音で告げる。
気になるだろう。さぁ身悶えるがいい。どうだ。ほら。あの。あれ。その。なんで。あれれ。おかしいな。なんでだろ。こんなはずじゃ。
「このまま僕を帰すと後悔するぞ」
念の為、もう一回言ってみた。
10秒程律儀に、待ってみたが反応はなかった。
なぜ?なんで?いや。判っている。判ってるんだけどさ。
こちらの存在を認知しないかのように僕から背を向け、歩き去る八九寺の後姿が目に沁みる。
あぁこれが“反応されず、流されるほうがつらい”ってことか……確かにこれは堪える。
有限実行。こんな即座に行動に移すことはなんて、あんまりじゃなかろうか?
これじゃ言葉の壁当てだ。寂しすぎる。


「おいコラ」
堪らず、八九寺のリュックを引っ掴み、否応でもこちらに注目させてやる。
「まだ何かご用ですか?」
愛嬌もなく、仕方なしといった感じで、視線を寄越す八九寺だった。
「そうだな、今日はお出かけする気分じゃないんだよな。まぁそれは日を改めるとしてだな」
「改めもしません。誰の誘いにでもホイホイ付いて行っちゃうような、軽い女だと思わないで下さい!
 私は高値の花なんですから!阿良々木さん如きの預金じゃ買えません」
「いろいろツッコミたいところではあるが、とりあえず“高嶺”の花な。なんか意味合いは通じてる気がするけどさ」
それにお前、お小遣いあげただけで簡単についてきちゃってるからな。前科持ちである。

「それになぁ、違うだろ。これは日がな一日当て所も無く歩き回ってる、お前の思い出作りに僕が気を利かせてんだろ。
 小学生如きがお高くとまってんじゃねぇよ」
「押し付けがましい人ですね」
「だからさ、デートいこうぜ!」
「いつのまにか、お出かけからデートに成り代わってますっ!」
「あんなに愛し合った仲じゃないか」
「その認識は間違いです!一方的な行為で勝手に勘違いされちゃ困ります!あんなのセクハラ以外の何モノでもありませんッ!」
「馬鹿言うなよ。好きあった者同士が、触れ合うことに何の問題があるって言うんだ?」
「まず前提が間違っている事に、気づいて下さい。出るとこに出て訴えますよ!」
「男女の愛が法になんかに縛られて堪るか!」
「その愛が成立していないことに、早く気づくべきです!」
「恥ずかしいのは解るけどさ、いつまでもそんな態度してると、愛想尽かされちまうぞ」
むきになって否定するのが、またいじらしいところだ。
「お前の愛にはちゃんと気付いてるんだ。早く素直になれ」
「ない物を気づかれてたまりますか!そんなものはこの世のどこを探しも存在しません。全く持って皆無です!」
「う~ん。ないっちゃないが……まぁあるとは言えないけどさ。僕は大きさにはこだわらないぜ?
 そんなモノで女の子を判断なんてしない。いや正直に言うとあるに越したことはないんだけどさ。
 でも、それはプラスαの要素であって、その子自体の本質を決めるもんなんかじゃない。とは言ったものの、羽川の、」
「いや、待ってください。いったい何の話になってるんですか!?」
「え?おっぱいの話じゃ」
「断じて違います!」
馬鹿な会話だった。


「ですが、デートなら戦場ヶ原さんと思う存分、勝手に乳繰り合っていればいいじゃないですか」
小学生が乳繰り合うとか言ってんじゃねぇ。こいつの語彙の選択は時に僕の予想を遥かに凌駕するな。
「だからさっきから言っているが、僕は八九寺との親交をもっと深めようとしてるんだから、お前が断るならこの話はもうお終いだ」
「いや、何度か断ったように記憶していますが……しょうがないですね。わかりました。
 阿良々木さん、遊びに行くような友達っていらっしゃらないですもんね。お供しましょう」
「それは了承の意志と受け取るが、素直に喜べねぇよ!」


「でも僕と八九寺って友達だろ!?」
「しかしヒイラギさん」
「僕の名前を樹葉の周りの棘が特徴的な、魔除けにも使われるモクセイ科常緑小高木のような名前で呼んでくれるな。
 もういったい何度同じ台詞を言ってきたか覚えてないほどに言い続けてきたが、僕の名前は阿良々木だ。
 あと、もしかしたらと思って言及しておくが、萌え系癒し四コマ原作アニメ。
 オタク娘と仲良くしている双子のツンデレツインテイルの姉と、中の人が一緒だからって言い間違えたなんて言ってくれるなよ」
「失礼。噛みました」
「違う。わざとだ」
「噛みまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「か、噛んでなんていないんだからね!」
「うわっ!!本物だ!!かがみ様ッ!!」
前屈みになって、びしっと人差し指を突き出すポーズまで再現してくれるとは!
でも文字媒体でやるネタじゃないだろ、ちっとも伝わらなねぇよ。

「え~と、わたしと阿良々木さんが友達か否かという話ですけど、その前に一ついいでしょうか?」
「即座に肯定してくれないことに、少し戸惑いを覚えてるんだけど……なんだよ」
「男女間の友情は成立するのかってありますよね、阿良々木さんはいったいどう思われます?」
「さぁ僕に聞かれても言葉に困るけどさ。いや男女間の友情は成立すると思うよ……思うんだけどさ……」
「どうも歯切れが悪いですね」
「いや……僕、男の友達、居ないし……それがもし成立しないんじゃ、僕には友達一人もいないってことになるし。
 僕が語る資格ってないんじゃないのかなぁってさ、ははははは」
もう乾いた笑いしか漏れない。
そもそも数えれるうちは友“達”とは言えないと、小っこいほうの妹が言ってたっけな……
友達百人できるかな、ってあんなの都市伝説の一種だよな。
「いや……あの……失言でした。ごめんなさい!わたしは阿良々木さんと友達ですから今にも泣き出しそうな顔しないで下さい!!」
「謝ってくれるな。でも、ありがとな」
僕と八九寺が晴れて、友達と呼び合える仲になった瞬間だった。




[18791] 【化物語】まよいメイド~その3~【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/14 22:20
僕と八九寺は友情の証として、形式的ではあるが堅い握手を交し合った。
最も僕と対等な友人は、きっと八九寺なんじゃないかと思う。
恋人の戦場ヶ原でもなく、憧憬の対象である羽川でもない。先輩として慕ってくれる神原でもなしに、妹的存在の千石でもない。
遠慮のない均等のとれた間柄なのが八九寺真宵なのである。
八九寺と一緒に時間を過ごす心地よさは、筆舌に尽くし難い。

勿論これは僕、阿良々木暦による一方的な八九寺の評価で、八九寺がどう感じているのかは、また別の話だ。
僕と同じように思っていてくれたらと切に願っている。
流石に恥ずかしくて僕のことをどう思っているかなんて聞くことは出来ないが。


「ときに阿良々木さん、小説、あぁこの場合ライトノベルやなんかも含めてですが、映像化されると残念な結果になることが多いと思われませんか?」
「お前、シャ○トさん喧嘩売ってんのか!?」
何気なく振られた話にしては、受け答え次第で僕の人生を左右しそうな質問だ!
僕はこいつの友達なんかじゃありません!
「いえ、わたしは既にシャ○トさんとは緊密な関係を築き上げていますから、そんなことはないですよ」
「八九寺Pだ!!」
そう言えば八九寺Pの圧力は、羽川のオープニング映像さえ左右する権限を有しているんだったな。
僕と八九寺さんは大の親友です!

「まぁ阿良々木さんの身長ぐらいなら、わたしの一言でどうにでも調整できるんですけどね。
 そんなことよりも、原作既読の方に起こり易い傾向なのですが、自分独自の世界観を作ってしまう、ってのがありますよね。
“絶世の”だとか“女神のような”なんかの最大級の褒め言葉が所狭し散りばめられているから、頭の中で美化されまくりです。
 まぁ阿良々木さんには一生縁のない言葉達ですけど」
僕の身長がそんなことの一言で流されてしまった。
あとツッコミを入れたいのは山々だが、話の腰を折って八九寺Pの機嫌を損ねるのも拙いので話を進めることにする。
「そりゃ読む人が違えば、千差万別で、受け取りかたも違うだろうな。それがどうしたんだ?」
「ですが、作成される映像は一つです。幾多にもある固有の世界観に、全てが合致するような作品を作るなんて極めて困難です」
「まぁそれは仕方ないことだろ」
時には自身の想像を凌駕する映像作品だってあるんだから、一概には言えないはずだ。

「こっちの方が肝なんですが、どうしても尺の都合上短く纏められ、原作の会話や、やり取りが削られてしまうのが頂けません。
 原作を既読してる人たちからすれば、どうしても物足りなくなってしまいます」
「でもこの作品の製作者様は優秀だから、あれは成功したと言っていい出来だろ」
「いいえ、わたしの削りに削った会話を完全再現すれば、まだ売り上げは膨れ上がったでしょう。
 その分阿良々木さんの台詞はカットしても構いませんけど」
「どんな自信だ!!お前、ほぼ僕としか喋ってないからな。お前の台詞、殆ど独り言になっちまうぞ!!」
「阿良々木さんの台詞は字幕対応にしますから、問題ありません。ギャルゲー仕様です」
「小学生がギャルゲーとか言うなよ!!でもなんか需要ありそうで怖い!!」
只でさえアンサイクロペディアではアダルトゲームと揶揄されてるのにさ。
あぁでもこれって僕が原因の一旦を担ってるんだよな。いや、僕はガハラさんルート一本のはずだ。
「残念ですが、阿良々木さんは今、まよいルートにまっしぐらです」
「人の心と勝手に会話するな!!って僕、八九寺攻略中なの!?」
「BADENDですけどね。ヤンデレルートです」
「何処の選択肢を間違ったんだよ、僕は!!」
いや、心当たりは際限なく溢れるほどにあるけどさ。僕は八九寺に噛み殺されるんだろうか。

「あと問題があるとすれば、話の展開やらオチが解っちゃてるわけですから、どうしても緊張感やワクワク感が薄れてしまうということですね。
 ミステリーなんかだと、始めからトリックやら犯人が判明してるので面白さもそりゃ半減しちゃいます」
「あぁ、それは納得できるな。最高に面白かったRPGなんか、一度記憶をリセットしてやり直したいって思ったことあるし」
「まぁそんな所です。そこで打開策となる諸刃の剣が、原作にないオリジナル要素を組み込むってやつです。
 ですが、相当上手く作りあげないと、批判の対象になりますから難しいものですよね」
「そう考えると、アニメなんか見るときの評価は、もう少し労わってあげなきゃいけないな」
「もう大体何をやってもネタ被っちゃいますからね。意表を突くのは並大抵のことでは出来ません」
同じ話を八回繰り返してみたり、実写映像を組み込んだり、話の時系列を入れ替えて放送したり、アニメの登場キャラ達が副音声を務めるってのも、意外性を狙った結果なのだろう。

「今までは映像化に伴う不利な点を述べてきましたが、有利な点となると映像による世界背景の理解のし易さや、音声や音響なんかが強みになります。
 音声では微妙な間であったりとか言葉に起伏をつけることが可能ですから、より台詞が栄えますし、雰囲気に適した音楽を流した時の相乗効果は計り知れません」
「お前が八九寺P足る所以が分かった気がするよ!ってこうしていつまでも無駄な雑談を繰り広げていたいけどさ、八九寺、そろそろ本筋に入らないと物語が進まないんだ」
「何をおっしゃいます阿良々木さん。無駄とはいいますけど、今までの会話の中にはもう、伏線が張り巡らされているんですよ!」
「マジで!!」
これから僕に待ち受けている運命を、示唆するような会話があったのだろうか。
碌な会話をしてきた気がしないのだけれど。



本筋に戻って現状確認をすると、八九寺との思い出作りの為に八九寺と何処かに遊びに行こうということだ。
八九寺を遊びに誘ったものの、何するかとなるとまた困りものだな。八九寺は怪異なのだ。
一番近い表現をするのならば幽霊に近い存在。
僕の傍には“居る”が、他の誰かの傍には“居ない”。その存在を“知覚”してもらえない。
羽川のように八九寺に気付ける人間もいるが、戦場ヶ原のようにその存在に気付けない人間もいる。
どこにでもいて、どこにもいない。それが現実だ。
だから不特定多数が集まる、公共の遊技場で遊ぶのは難しい。
そしてこれは僕の個人的な理由なのだが、この炎天下のなか、意味も無く歩き回るのは正直辛い。
八九寺との掛け合いは楽しいんだけど、このままでは脱水症状に陥りかねない。
以上の要素を鑑みて、友達と遊びに行くという概念が長らく欠如していた僕だけれども、考えが無いわけではないのだ。

「お前の諸々の事情を踏まえて、遊びに行く場所として僕が考えたいい案があるんだけどさ」
「ほほう。聞きましょう」
「海に行こうぜ!!」
夏と言えば海!!我ながら安直だけど。
「それはほんとにわたしの事を、考慮したうえでの発言ですか!?人がいっぱいです!!」
「海といっても、その海には人がいないんだぜ!」
「という事はプライベートビーチですね!!阿良々木さん、大好きです!!」
「現金な奴だな。そんなわけないだろ。僕がそんなもの所有してる筈ない」
「ならば、なんだと言うんです?」
勿論僕だって、このシーズン中の海水浴場が賑わってることぐらい把握している。
深夜でもない限り人が絶えることはないだろう。

「そこは僕に考えがあるし、きっと大丈夫だ」
「阿良々木さんにしては頼もしい発言です!!少し見直しました!!」
「任せろ。僕もやるときはやる男なんだ」
「しかしいいんですか。海なんかに行って」
そこで八九寺が少し神妙な顔つきになって、難しい顔をした。
「なんでだよ。何か問題でもあるのか?」
「だって本編に海の描写なんてありませんよね?勝手なことしていいんですか?」
「そこは大目にみてもらうしかないだろ。だが八九寺。僕達が住んでいるのは日本なのは確かだ。
 そして海に面していないのはたった8県なんだぜ。海ぐらい大丈夫さ」
海がない都道府県は栃木、埼玉、群馬、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良のたった8県。
う~ん、僕自分が住んでる都道府県知らないんだよな……。
「では表現を暈して水辺ってことにしたらどうでしょう。それなら川ないし湖に海なんでも対応できますよ」
「なんかせせこましいよ!こう言うのは堂々とした方がいいんだよ」

「それで、人が居ない海なんて本当に心当たりあるのですか?」
「まぁ待てよ。八九寺」
僕だって考えなしに発言しているわけじゃないのだ。
僕は徐にポケットから携帯を取り出した。そして発信履歴画面を呼び出し、通話ボタンを押す。
そう、僕は確信していた。この方はなんでも知っているのだから、この人に聞けば教えてくれるはずだ。
「あ、もしもし羽川。僕だけど」
「清々しいぐらいに他力本願ですッ!!!」





[18791] 【化物語】つばさテレフォン~その1~【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/18 19:25
『なぁに?阿良々木君。勉強で解らないところでもあったのかな?』
羽川の第一声はやはりというか、流石というべきか、勉強に関する問だった。
右手で勉強するのに疲れたら、左手で勉強するという、驚くべきスタンスを持つ羽川にとっては、日常的質問として勉強というものがあるのだ。
羽川は当然の事として、僕が家に帰って復習に取り組んでいる、と思っているに違いない。
僕が家で勉強もせず、小学生とのお喋りに興じて、あまつさえこれから遊びに行こうとしているなど、なんだか言い難くなってしまった。

勉強の息抜き、気分転換なんて言うのは、言い訳に過ぎないと自覚している。
それでもこういう事は、正直に伝えてしまった方がいいだろう。八九寺と遊ぶのも夏休み中じゃないと、難しいだろうし。
「そうじゃなくてさ、この辺に人気ひとけがなくて、誰も近づかないような、穴場的な海ってないか?」
『阿良々木君がどういう意図でそんなことを訊いてくるのか釈然としないんだけど、私はなんらかの片棒を担がされようとしているのかな?』
電話越しではあるが、疑わしい目で睨まれている錯覚に陥る声だった。

「いや、違う違う。ちょっと八九寺の奴と一緒に遊んでやろうとしてさ――」
『あぁ、なるほどなるほど。真宵ちゃんを気遣っての判断ということね。そういうことなら喜んで協力させてもらうね』
次いで説明しようとする僕の言葉を遮って、羽川は得心したように言う。
こんな言葉足らずな説明でも、羽川は一を聞いて十を知れる奴だからな。いや、一を聞かずに百を知れる奴だ。
「察しが良くて助かるよ」
勉強もせず遊びに惚けようとしているのに、その事に一切触れないのは羽川の優しさなのだろう。
『どういたしまして。私が知ってる限りだと、ここなんてどうかな』
特に思い悩むこともなく、予想に違わず簡単に質問に答えてくれる羽川だった。
そうして羽川から懇切丁寧な説明をうけ、山の中を進んだところにある、とある場所を教えてもらった。


『車ではいけないところだから、ちょっと大変だけどね』
「そもそも僕は免許も持っていないし、車なんて交通手段は元からないよ」
車で行けないからこそ、家族連れや、旅行者なんかは、おいそれとは行けないってことなのだろう。
住所と地名と目印となる建物を教えてもらい、後で念のためにメールにも書いて送ってくれるという。ほんと至れり尽せりである。
迷わずに辿り着けば、自転車で一時間ちょっとといったところ。
『携帯のGPS機能を使えば、迷うことはないと思うけど』
と羽川は言ってくれたが、携帯の特殊機能であるところのGPSを、僕はまだ使ったことがない。戦場ヶ原が使用をしているのは見たことあるけど。
しかし、そんなことまで訊くのは、幾らなんでも情けなさ過ぎるので、黙っておく事にした。

尚も心配性と言うべきか、面倒見のいい羽川は、こんなことも教えてくれた。
『目的地の少し手前に、お婆さんが営んでる野菜の販売所があるから、そこで話を聞けば、最終的な道のりも詳しく教えてくるはずだから』
穴場と言うこともあって、目的の場所に行くには少々ややこしい道のりになるとのことらしい。
『あとそのお婆さんは、昼食をとる時は中に引っ込んじゃって、居ないように見えるかもしれないけど、呼べば出てきてくれるから』
「いや……ほんとお前はなんでも知ってるな」
『何でもは知らない。知っていることだけ』
これはホント、どういう経緯で手に入れた情報なのだろうか……勉強で知れることではないですよね羽川さん……。


『それから――』
と羽川は、声のトーンを落とし、強調するように声を発した。
『海岸沿い近くに洞窟があって、中に小さな祠があるんだけど、危ないから絶対に近づいちゃ駄目だからね』

なんだろう……なんかわかり易いフラグを頂戴した気がするのは気のせいだろうか?
RPGで町の住人、怪しい老人なんかに【絶対あの場所には、近づいてはいけない】と言われたら、むしろそれは逆説的に向かわなければ、イベントが発生しないし、先に進めない。
いやいやいやいや。現実世界をゲームの中の設定と混同して、同一視するなんて僕もどうかしている。
これはまた逆説的に、その洞窟――祠に近づかなければ、絶対安全だし、危険なイベントも発生しないということ。
こうして羽川が事前に忠告してくれたことで、いらぬ厄介ごとに、足を踏み入れないで済むってことなんだから、感謝すべきだろう。


「そこには、何か危ないもんでも祀ってあるのか?」
やはりそれでも、知的好奇心というか、気になりはする。
『ん~話長くなるよ』
「うん。聞かせてくれ」
羽川的には忠告だけで、済ませたかったようだが、僕は催促をしていた。
なにより、羽川ボイスをずっと訊いていたいと言う、僕のよこしまな欲求があったからこそだけど。

『そこには古くから伝わる伝承があってね、その海浜かいひんには人魚が出没したらしいの。阿良々木君は人魚って知ってる?』
人魚ぐらい知っているし、知らない奴のほう少ないだろ。羽川と言えど、馬鹿にし過ぎである。
「そりゃ知ってるよ。でもそんなに危険なものなのか?え~と上半身が人間の体で、下半身が魚。なんか綺麗で美女ってイメージあるよな。西欧の童話かなんかが起源じゃないのか?」
最後のは完璧に勘であるが、大まかな情報としてはこれでいいんじゃないのだろうか。
だが羽川が下した採点は『10点ってところかな』とのことらしい。

『人魚のことはマーフォークとも言われてるんだけど、馴染み深いのはマーメイドの方かな。でもマーメイドは若い女性の人魚のことで、男性だとマーマンって呼ばれてる』
「男の人魚なんているのかよ。マーマンって魚人?」
ドラクエの、手を広げて爪で襲ってくる凶悪なモンスターのことしか思い浮かばないのは、僕の知識不足のせいなんだろうか。
どうやら、全くもって僕は人魚のことを知らなかったらしい。

『阿良々木君は、リトル・マーメイドって知らない?』
「リトル・マーメイド………、あ!あぁ!あのディズニーアニメのか!」
『そうそれ。その主人公の人魚姫のお父さん、三叉の矛――トライデントを持った王様がそうなんだけど。思い出せそう?』
「ほんとだっ!!男の人魚いた!」
奥底に仕舞われた記憶を、汲み取ってくれるようだ。やはり、羽川の誘導というか知識量の豊富さには驚かされる。

『人魚といえばロマンチックで哀れなイメージがあるのかもしれないけど、不吉な象徴とされることが多いし、人魚の性格は大概危険な生き物で、特に女の人魚は怖い存在なんだ。
 大抵の文学作品じゃ、人魚は最後まで幸せなままでいることないし、ちょっと不憫だね。
 若者に恋する性質だったり、歌で人を惑わせたり、海に人を引きずり込んだり、嵐を起こしたり。当然、優しい人魚の話もあるから誤解しちゃ駄目だよ』
「なるほどなぁ」
羽川の解説には、ただ頷くばかりだった。

『あと人魚は西欧のものと思われがちだけど、中国や日本にも昔から人魚伝説が存在してるし、見聞録や民話なんかにも残っている。
 それこそ吸血鬼なんかよりも世界に浸透している存在と言えるかもしれないね。でも西欧で伝えられるものと、日本、中国の伝承とでは、形状や性質は全く違うんだ。
 東洋の人魚はかなり魚に近い形で、人間の部分は首より上だけの場合がほとんどで、結構怖いんだよ』
「それはあまり想像したくないな……シーマンみたいな感じか。てか日本にも人魚の話なんてあるんだなぁ。寡聞にして知らないけどさ」
『阿良々木君、思考放棄してるでしょ。駄目だよ、考えることを止めちゃ。あきらめたら、そこで試合終了なんだよ?』
心底呆れたように言う羽川だった。そして何気に漫画にも精通している羽川が素敵である。
僕が人魚のいったい何を知っていたと言うのだろうか……10点でも貰いすぎな気がする。
むしろ間違った知識だから、減点でもおかしくない。

『阿良々木君だって“八百比丘尼”ぐらいなら知ってるんじゃない?』
「言われて思い出したけど、その話なら知ってるな」
『やっぱり』
「でも、大して内容も覚えていないんだけど……たしか人魚の肉を食べて不老不死になる話?」 
『まぁそんな感じ。八百比丘尼――はっぴゃくびくに、やおびくに――の伝承は日本各地にあって、地方によって細かな部分が異なるから粗筋だけね。
 ある漁村の宴会の席で、人魚の肉が振舞われたんだ。
 村の人たちは人魚の肉を食べれば、永遠の命と若さが手に入ることは知っていたんだけど、やっぱり気味悪く思っちゃって、食べた振りをして帰り道に捨てることにしたの。
 でも一人だけ話を聞いていなかった男の人がいて、それが八百比丘尼のお父さんだった。父親が隠してた人魚の肉を、娘さんが食べ、その結果、老けることなく生き続けた。
 その所為で、村の人からは怖がられちゃって、村を出て尼になり、諸国巡礼の旅をして貧しい人々を救って回る。
 最後にはこの世を儚んで生きることにも飽き、岩窟に篭ってその生涯を閉じた。
 岩窟の中からは鐘を突く音が幾度も聞こえたとか。生きた年月は八百年だといわれているから八百比丘尼。
 人魚の肉による不老長寿は“死ねない体”じゃなく、単に“老けず寿命が長くなる”が通説らしいね』

八百比丘尼の話を聞いて、やはり考えてしまうのは吸血鬼の特性についてだろう。
微細な違いではあるけれど、やはり吸血鬼の不死身、不死性と似ている。吸血鬼も“死ねない体”じゃなく、単に“死に難くなる”だけだ。
日光を浴び続ければ死ぬし、心臓を杭で打たれても死ぬ。って心臓を杭で打たれたら人間でも死ぬよな……。
他にも吸血鬼を殺す方法はいろいろあるのだ。無敵なんかじゃない。

『他にもまだ、多種多様な伝承なんかがあるし、それらを網羅するとなると、やっぱり忍野さんのような専門家じゃないと把握しきれないし、判らないだろうけどね。
 それこそ、まだ表に明かされていない闇に葬り去られた伝承もあるかもしれないし、忘れられた歴史もあるはずだよ。私が知ってるのは、知ってることだけ』
落ち着いた、僕に言い聞かすような声音だった。
というか、先手を打たれて、あの台詞を先に言われてしまった。僕としては、僕からのフリに応じて、言ってもらいたいんだけど……。
「脅すようなこと言うなよ」
『だって、阿良々木君、釘をさしておかなきゃ、自分から首を突っ込んじゃいそうだし』
「……そう……だな」
羽川の言い分はわかる気がした。いや十二分に理解している。しなくちゃいけない。
「忠告は肝に銘じておくよ」
『そう。ならいいんだけど』
重ね重ね、至れり尽せりだ。

「そうだ、羽川。汀目俊希みぎわめ としきって知ってるか?」
『人間失格でしょ』
ここで名前を言わず、人間失格と言う辺りに羽川のセンスを感じる。
「さすが羽川、お前はなんでも知ってるな!」
『何でもは知らない。知っていることだけ』
この言葉を聞きたいが為だけに、脈絡も無い全く関係のない質問をする僕だった。
この言葉を聞けただけで、僕は幸せだ!
そんな僕は欠陥製品。

戯言だけどね。



そして、まだ最後にやるべき事が残っていた。というか、これが一番大事。
「なぁ羽川、お前もよかったら、一緒に海に来ないか?」
ふふふふふ。気持ちの悪い笑みも、漏れると言うものだ。
八九寺よ。お前は気付いていないだろうが、この計画は、僕が羽川の制服以外の姿を見るための礎だったのだ。
用は八九寺と遊ぶなんてのは、おまけである。ビックリマンチョコに付いてくるお菓子のようなもんだ。本命は勿論シール。

羽川の私服及び水着姿を見るためなら、僕はどんなことでもやってやるさ!君が私服になってくれるのなら、僕は悪にでもなる!
流石に海に行ってまで、制服姿ということはないだろう。私服の羽川に、水着姿の羽川。なんて完璧な計画なんだ。

『脳内で盛り上がってるのに水をさすようで、申し訳ないんだけど、私、今日これからちょっと用事があるの。ごめんね、阿良々木君』
「え、脳内?あ、ああ。そうか……なら仕方ないな」
急激に僕のやる気が、降下する。
羽川公認のお休みだったのに……あぁ今日の勉強を早めに切り上げたのはその為だったのか……。
羽川なら、事前にペース配分して勉強のスケジュールを組み立てるぐらい造作も無い。羽川の私服姿を拝むのは、現実不可能な幻想なのだろうか。
『ええ。じゃあまたね、阿良々木君』
ツーツーと無機質な不通音が耳の横で鳴り響く。取らぬ狸の皮算用とはこのことだろう。
僕の計画は脆くも崩れ去った。



[18791] 【化物語】まよいメイド~その4~【誑物語】
Name: ミドリ◆02e976c9 ID:439109cd
Date: 2010/05/19 20:07
「流石は羽川さん。ちゃんと海の場所も分かったようじゃないですか」
電話だったので、八九寺には僕の声しか聞こえていないが、会話の流れとして、目的の場所をつきとめたことは聞き取れたようだ。
目的は達したと揚々と無邪気な笑みを浮かべる八九寺だったが、僕の心はどん底だった。
「ああ、そっか……お前と海行くんだったな……」
「なんか急激にテンションが下がってますっ!?」
「羽川の水着姿が見れると思ったのに、寸胴ボディと一緒なんてなぁ……」
「確か前にもそんな失礼なこと言われた気がしますね。酷い言われようです」
この前は否定したが、僕のモチベーションの半分は羽川のおっぱいで構成されていたらしい。いや訂正、羽川の制服以外の姿を見ることだ。

「先ほど交わした友情の握手は何だったんですか!?」
「あんなの仮初めの関係だよ。一過性の仮契約みたいなもんだ」
「あの手と手を取り合った握手は擬い物でした!!偽物です!!」
「いや、悪い冗談だ八九寺はぁ。お前と一緒に遊べるなんてはぁ、愉しみだなはぁ、僕のテンションはもう鰻滑りだぜ!はぁ
「合間合間にため息を挟まないで頂きたい!!そして鰻滑りという表現が、どう言ったことを表しているのか存じませんが、この場合嫌な響きです!あと鰻だからって滑らないで下さい!流されちゃってます!!」
言うまでもないけど、本来は鰻上り。まぁ僕の心中を言い表すのならあれで正解だけど。
それにしても、八九寺は八九寺でなかなかにツッコミが的確で鋭いな。痒いところに手が届くとでも言うのだろうか、欲しいところにツッコミを入れてくれる孫の手的存在。
普段の僕はツッコミ役になることが多いから、やはり八九寺との関係性は貴重だ。

全く持ってどうでもいい話だが、ため息の描写を連続ですると、ハァハァとなって、息の荒い怪しい奴になるよな。
でも女性だった場合の描写だと、エロチシズムを感じるから不思議なもんである。


「こう見えてもわたし、着痩せするタイプですよ」
「いや、もうお前の胸は触診済みだ。そんな口から出任せに騙される僕じゃない」
僕の気を引こうと、涙ぐましいアピールではあるが、所詮子供の戯言。僕の心には響かない。
「そんなもの水着姿になれば一目瞭然になるんだから、後々自分の首を絞めるような嘘をつくんじゃない」
と、そこで僕は自身の言葉から、ある重大な見落としがある事に気付いた。これは完全に失念していた。

八九寺の水着がない。




折角、羽川に海の場所まで訊いて、ここまで事を進めてきたのに、水着がないからといって断念するのは忍びない。
「八九寺。そのリュックの中には水着が入っていたりしないのか?」
駄目元ではあるが、とりあえず八九寺に聞いてみる事にした。
「阿良々木さん。わたしのリュックは、未来から来たドラ焼きが大好きな青い猫型ロボットの所持する、なんでもかんでも取り出せる便利な収納アイテムじゃないんですから、そんな都合よく入ってるわけありません」
いや、もうそこまで的確に言及するなら、いっそ本名で呼んであげればいいんじゃないのか?どこに何の配慮をしているんだろうかコイツは。
八九寺Pはそういった配慮もしなければならないんだろうか?八九寺がそうぼかすのなら、僕から明らかにするような事はしないけど。

「ならそのリュックの中には何が入ってるんだ?」
「入っているのは、着替えとかお泊りセットです。それにお母さんとの思い出の品とか。何の面白みも変哲もなくて、すみません」
ちょっと地雷気味の質問だったのかもしれない。
思い出の品とか言われると、面白半分で話すのもよくないだろう。八九寺自身は全く気にした様子もなく、けろりとしてたものだけど。
「でもさ、リュックから人形の手みたいなのが出てるけど、それは何の人形なんだ?結構鋭い爪が見えてるけどさ」
まぁ話を逸らす意味もあったのだが、八九寺のリュックから覗いている、物体について尋ねてみた。
全長、全体の造形は分からないが、結構な大きさだと思う。下手したらそれだけで、リュックの大半は埋まっているのかもしれない。パッと見、熊の手みたいな。



「阿良々木さんは気付いてはいけないところ……聞いてはいけないことを聞いてしまいましたね」
八九寺の表情がかげり、真剣みを帯びた抑揚のない声になった。
もしかして失敗したのかこれは!?地雷から逃れる筈だったのに、自ら飛び込んじゃった?
「ですが、阿良々木さんになら、もう打ち明けてもいい頃合いでしょう」
なんだ。八九寺の過去を解き明かす重要なキーアイテムだというのだろうか。もしかしたら過去の家族との絆が、その人形には詰まっているのかもしれない。


「彼女にはいずれ登場してもらう予定だったのですが」
「女の子なの!?登場予定!?」
何を言っているんだ、この幼女は?あの人形がどうしたというのだ!


「実は私の本体です」
「えっ!?お前は傀儡くぐつ人形だったのか!?」
「――あれ?――声が――遅れて――聞こえて――きます」
「しっかりリップシンクしてるよ!出来ないならするなよっ!!」
ただ単に、言葉を区切って喋ってる残念な奴である。いっこく堂さんの技術は一朝一夕で身に付くものではないのだ。
「まぁそれは冗談ですけど、毎日お喋りしてますよ」
「それはお人形さん遊び的な、メルヘンチックな女の子がする遊びの延長なのか、それとも本当に意思の疎通を交えてるのか、どうなんだ!?」
「黙秘権を行使させて貰います。阿良々木さん、気をつけてください。この子が怒ったら私の力では押さえつけることができませんから」
「コイツ!!動くよ!!」
八九寺に危害を加えると、僕を襲ってきたりするんだろうか……これからは迂闊に八九寺をもてあそぶことが出来なくなるじゃないか!
でも実際問題、八九寺が一人の時に何をしているのか知らないからなぁ。結構本気で人形とお喋りでもして気を紛らわしているのかもなと、哀愁を感じてみたり。

「で、どうしたもんかな。まぁ人目のない穴場だって言うのなら、別に水着なくてもいいか、全裸で泳いじゃえよ」
「嫌ですっ!考えたら、わたしかなり窮地に立たされていませんか!?羽川さんが誰も居ないというのなら、そうなのでしょうし、誰の助けも求められません」
僕からの後退あとずさって距離を取る八九寺だった。僕の信用度は限りなく零に近いのだろうか。これは心外だ。
「僕が人目がないのをいいことに、厭らしい猥褻わいせつなことをするような男に見えるのか!?」
真っ直ぐに八九寺の目を覗き込み、真摯しんしな態度を示す。
「どの口が言うんですか!?あぁ急激に身の危険を感じてきました。貞操の危機です」
まぁそうだろうな、僕と八九寺の積み重ねてきた軌跡を思い返せば僕でもそう思うし。
僕の脳内では既に、海でどうやって八九寺を可愛がってやろうかという、考えで埋め尽くされている。

だが、このまま少女の猜疑心さいぎしんを煽り続けるのも好ましくない。
「心配するな八九寺。僕が巷でどう言われているのか忘れたのか?この町で一番人畜無害な男だぞ」
「あぁそう言えば、阿良々木さんはチキンで一生童貞野郎でしたから、その心配はありませんでしたね。あと数年すればクラスチェンジで魔法が使えますね」
これは予期せぬ切り返しだった。魔法なんか使えるようになって堪るか!
「ははは、八九寺よ。僕には戦場ヶ原というれっきとした彼女が居るんだぞ。もうとっくに童貞なんか――」
あれ……彼女が出来て三ヶ月もたとうかというのに、なぜ僕はまだ童貞のままなのだろう。最近はそれなりに親密になってきてるはずなのに。
いや、僕は体目当てでガハラさんと付き合ってるわけじゃないんだし、別にそんなの問題ないじゃないか。
そう童貞で、童貞で――

「童貞で何が悪いっ!!」

小学生女子を相手に、八つ当たりもはなはだしい感情をぶつけ、高らかに童貞宣言をする滑稽極まりない男子高校生の姿が、そこにはあった。
僕じゃなければ、どれほど喜ばしいことだろう。阿良々木暦の童貞喪失はまだ遠い。僕は崩れ落ち、地面に平伏したのだった。

 


「茫然自失としているところ、申し訳ないんですけど、葛城さん――佐」
「僕の名前を、汎用人型決戦兵器を用いた特務機関に所属する、戦闘指揮官のずぼらなお姉さんのような名前で呼ぶんじゃない。
 解り難いかもしれないからって、あとから言葉を付け足してくれたのは、お前の優しさかもしれないけれど、葛城さんでも意味は通じてるから心配するな」
ちなみに、三佐に昇進したのはアニメ第拾弐話になってからで、それまでは一尉。劇場版『序』では二佐、『破』では一佐であるので留意が必要である。なんとも統一性がないよな。
それにしてもコイツ、アニメ版のエヴァなんてよく知ってやがるな。いや、むしろ八九寺の本来の年齢を鑑みれば、アニメの方がドンピシャなのかもしれない。
劇場版を見せたらどんな反応をするか、興味はあるな。『Q』が公開されたら一緒に鑑賞してみたいものだ。ちゃんと完結してくれるか不安も残るが。
「はぁさて、もう惰性のように言い続けることしか僕に残された道はないのかと、打開策を模索している最中ではあるが、僕の名前は阿良々木だ」
「失礼。噛みました」
「違う。わざとだ」
傀儡かいらいだ」
「やっぱりお前は操られていたのか!」
“八九寺の本体、リュックの中の人形説”が僕の中で肥大しつつある。八九寺の存在自体が、アレであるだけに、一笑に付すことができないのが怖いところだ。


「それでですが阿良々木さん。水着が無ければ、誰かに借りることは出来ないのでしょうか?」
そこで八九寺が最も道理にかなった、提案を提示してくれた。
「なるなど、確かにそれが一番現実的ではありそうだが……」
新たな問題として、“小学五年生が着るような水着”を僕は誰に何と言って借りればいいんだ、ということ。

まずは身近な存在としとして、肉親である妹達辺りから考えるのが妥当だろうか。
“栂の木二中のファイヤーシスターズ”と言う大層な通り名を持つ僕の妹達、火憐ちゃんと月火ちゃん。
よし、軽く脳内でシミュレーションをしてみよう。
『なぁ火憐ちゃん、月火ちゃん、小学生の時使ってた水着貸してくれないかな?』

…………。

……………………。

………………………………。

もうその時点で、僕の家庭内の評価は考えて余り有る。変態鬼畜ロリコンの汚名は免れない。
阿良々木家の汚点として、正義の名の下に僕が袋叩きになる――肉体言語と千枚通しによる強襲の未来ビジョンが視えた。
多分、いや絶対、絶縁状を叩きつけられ、兄妹として縁が切られることだろう。
妹達に借りるには、適した言い訳も思い浮かばないし、口やかましい妹達に頭を下げるのも癪だよなぁ。


となると、不本意ではあるが、僕の友達の中に確実に持っていそうな奴がいる。
言わずもがな僕の可愛い後輩、神原駿河のことだ。
神原の部屋は、蒐集しゅうしゅう癖の所為で用途不明の物体やら、口ではとても言えないものが蔓延はびこっている。
その中にはなぜか、水着は勿論、体操服(ブルマ含む)、チャイナ服、ナース服、ボンテージ、メイド服、セーラー服(学校指定外)やらの錚々そうそうたるコスプレ衣装が揃っていた。
いや、あいつ自身が着るのではなく、乙女レディーとして当然の嗜み、もしかした時の為だとかなんとかのたまっていたが。
僕にはその理屈が解らないし、解ってはいけない事だろうと思う。
だけど、あいつにもどう説明したもんだか……小学生女子が着るような水着の話なんてしてら、妙な食いつきというか、変な方向に話が進むのは目に見えているし、八九寺の身が危ぶまれる。
最終的の保険ということで、神原は置いておくとして、可能性として持っていてもおかしくなく、説得も容易なのは千石なんじゃないだろうか。

理由の説明も、ある程度ぼかしておけば納得してくれるだろうし、純真な千石なら邪推もしない。
なにより、時間をそれほどかけている暇がないので、ご近所であるところの千石に当たってみるのが最良の選択じゃなかろうか。
神原の家は自転車で行ってもそれなりの時間を要するからな。
果たして、この夏休みに遊びにもいかず、千石が家に居るのかという懸念もあるのだが、とりあえず電話をかけてみる事にしよう。
千石はまだ携帯を持っていないので、――現在、親と交渉中とのことらしいが――自宅にかけなければ、ならないのが難点だ。

そして僕は千石の家に電話することにしたのだった。







余談ではあるが、八九寺との会話の最中、羽川からのメールが届いていた。
例のごとく、『拝啓』から始まり『早々不一』で終わる、手紙のような本格的仕様の文面。
内容は目的地までの詳しい――いや詳しすぎる、道順、建物詳細や、信号の数、目印となる建物などが事細かに書かれている。
それに、しっかりとGPS機能の使い方までしたためてくれていたのは驚きだった。

やはり羽川は何でも知ってるし、何でもお見通しのようだ。




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