1つは、殺処分の人手不足だ。先述したように、牛や豚の処分は獣医師の役割だが、その人手不足がボトルネックになっている。地元からの要請を受け、政府も100人以上の獣医師を全国から派遣しているが、思うような効果は上がっていない。
「殺処分などしたことがないという獣医師も多い。慣れるまでには時間がかかる」。地元の農家が打ち明けるように、感染を早期に発見しても、未処分のまま数日間放置されるため、周囲の農家に感染が広がるという悪循環に陥っている。
「それだけではダメだ。様子を見とれ」
家畜保健衛生所の容量オーバーも問題だろう。
実は、冒頭の黒木氏の農場では、5月の連休中に感染の疑いのある牛が見つかっていた。
その前日、隣の農場から「うちに怪しいのがいる」と報告があった。心配になって調べてみると、口から泡を吹いている牛が1頭いた。熱を測ると39度。口蹄疫を疑った黒木氏は翌日、家畜保健衛生所に連絡を入れた。
すると、家畜保健衛生所の返答は「それだけではダメだ。もう少し様子を見とれ」。家畜保健衛生所は次から次へと発症する家畜の検査に追われており、「100%クロ」という家畜でなければ、対応できない状況に追い込まれていたのだ。最終的に、家畜の埋設や施設の焼却まで10日ほどかかった。家畜伝染病予防法のマニュアル(口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針)は事実上、機能していない。
さらに深刻なのは、処分した牛や豚を埋設する土地が足りていないこと。ウイルスの拡散を防ぐため、家畜は発生した土地に埋めるよう指導されている。ところが、殺処分した牛や豚が増えるにつれ、その土地の手当てがままならなくなってきた。
川南町は、大規模集約型の農園を営む農家も少なくない。「多くは、土地を最大限使い設備を作って畜産を営んでいる。家畜を埋める土地すらない場合もある」と川南町商工会の津江章男会長は言う。殺処分や埋設を待つ牛や豚が感染源拡大の一因――。地元を回ると、こうした声が数多く聞かれた。
そして、初動の甘さが追い打ちをかけた。実は、10年前の2000年にも宮崎市と近辺で口蹄疫は発症している。当時は、92年ぶりの発症ということもあり、県内では厳戒態勢が敷かれた。
「口蹄疫が発症すると、牛が全滅すると聞かされていたから、対応も速かった」。JA尾鈴の小山哲也・養豚課長がこう振り返るように、前回の口蹄疫では発症した農場から半径10、20、50キロメートルのところに綿密に消毒ポイントを設置。対象地域では埋却処分が終わるまで、自宅への出入りを禁じるなど、市と県が総力を挙げて対応に当たった。その結果、被害を受けた農家は3件、処分した牛も35頭で収まった。
「初動はしっかりやった。だが、今の結果を見ると…」
ところが、今回の発生では、ここまでの厳格な対応は敷かれなかった。消毒ポイントは発生した農場から半径10、20キロメートル地点にある国道10号線の4カ所のみ。感染した農場の周囲の住民も、自由に出入りができた。
感染が広がっている地域の県道を閉鎖するように県に要請しても、実際に閉鎖されるまでに数日を要した。4月20日の発生後、JA尾鈴は消毒薬の不足を懸念し、政府に追加支援を依頼したが、それらが到着したのは4月28日だった。
「結果論だが、発生の初期で道路閉鎖などの対策を厳しくしておけば…。10年前に大きな被害もなく口蹄疫を押さえ込んだために、過信があったのではないか」とある農協関係者は言う。「初動はしっかりやった。だが、今の結果を見ると…」。川南町の内野宮正英町長は肩を落とす。