大規模養豚場を経営する遠藤太郎氏は4月20日以来、8人の社員と手分けして、毎日5000頭の豚を1頭ずつ観察してきた。気になる豚がいれば入念にチェックする一方、やむを得ず外出する場合も、殺菌効果があると言われているお酢を体に振りかけてから車に乗っている。
それでも、その努力は報われないかもしれない。
「あと1週間もすれば、うちも感染する」
この農場は5月17日の段階では未感染だが、16日には隣の養豚場で感染が確認された。遠藤氏の農場が感染するのも時間の問題。「あと1週間もすれば、うちも感染する。ショックだが、見えない脅威に怯える日々も終わる」。遠藤氏は諦観した様子で語る。
もっとも、感染が確認されても地獄である。
疑いのある家畜の検体を家畜保健衛生所に送れば、翌日にはシロ・クロの判定が出る。この時にクロ判定が出れば殺処分が決定するが、現実を見れば、口蹄疫と判明してもすぐに殺処分とはならない。
牛や豚の殺処分は主に獣医師の役目。だが、殺処分に慣れた獣医師の絶対数が不足しているため、殺処分が完了するまでに7日前後の時間がかかっている。その間、処分が確定している家畜にエサをやり、口蹄疫に苦しむ現実を見続ける――。その心痛は計り知れない。
「毎日、乳を搾ってやらないと牛が鳴く。かわいそうだから搾ってやるけど、搾ったところで出荷できない。貯蔵タンクの容量に限りがある。普段通りの世話をすることが恩返し。そう思って心を込めて世話をしていたけど、心の中では『早く殺してくれ』とも思っていた」。先の黒木氏は振り返る。
「1歳になる自分の息子と姿が重なる」
この苦しみは、対応に追われる現場も同様だ。毎日、牛豚を殺し、埋めていく作業の繰り返し――。殺処分した家畜の埋却作業に従事してきたのは役場職員や農協関係者だ。農地に穴を掘り、牛や豚をクレーンで並べていく。
その様子はすさまじいの一言に尽きる。
トラックに積まれた牛の死骸はおびただしい死臭を発する一方、失禁状態のために糞尿や胃液は垂れ流しになっている。「殺処分された牛の目は開いたままなんです。殺しても、じっとこっちを見ている」とある役場職員は語り、電気ショックで生後1カ月の子豚を殺した別の職員は「1歳になる自分の息子と姿が重なる」と顔を歪めた。
物静かな畜産の町を襲った口蹄疫。なぜここまで被害が拡大してしまったのだろうか。対策本部や農協、畜産農家などの話を総合すると、いくつかの要因が浮かび上がる。