あらきけいすけの雑記帳

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2010-05-17 (Mon)

[]サイフォンの原理、あるいは「重力」も「大気圧」も同じくらいガサツ

自分用の覚書。

なんかはてぶで話題になってた

誤った「サイホン」の定義、世界の辞書に1世紀 豪の物理学者が指摘 国際ニュース : AFPBB News

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これを読んで、小学校のときのなぞなぞを思い出してしまった。
  Q「雨が降るのはなぜでしょう?」
  A「重力があるから」

所詮は新聞の記事だから、記者インタビューか何かをした内容のほんのかけらしか伝わっていないはずだ。「重力」ってのもウソじゃないけど何が言いたいのか分からない。「ニセ科学」とまでは言えないけれど、十分に「非科学的な」まとめ方だ。言っちゃあ何だが、ブクマしているみなさんの書き方も分かっているんだかどうだか怪しいものが多い(ゴメンなさい)。わけが分からないままというのも癪に障るので、適当に補って考えてみようと思う。

結論を先に書くと

たしかにサイホンを駆動しているエネルギー源は重力の位置エネルギーだが、そのエネルギーの解放メカニズムをきちんと説明しない限り、大したことを言ったことにはならない。で、Wikipediaで説明されているサイフォンのメカニズムのイメージは間違っている。というのも、サイホン内の流体には「流体が大気圧で押し上げられる」方向の力がかかっているからだ。

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最初の状態最後の状態移動した水

「重力」によるの部分をもうすこしだけ高校の物理っぽく説明をしてみよう。まず最初の状態と、最後の状態を見比べて見ると、図の赤い部分にあった液体が、青い部分まで「落ちて」いるから、液体全体の位置エネルギーは低くなっている。そう、エネルギーの低い「より落ち着いた状態」になったんだ。そして、その液体の移動のエネルギー源はというと、最初の状態の重力の位置エネルギーだ。そういう意味では、「重力」という説明もあながち間違いとも言えない…ような気がする。

でもこの説明では「エネルギー源が何か?」という問題には答えているけれど、「その位置エネルギーを解放するメカニズムは何か?」という問題には答えてはいない。

位置エネルギーの解放の簡単な例として「手に持ったボールを手放すと、落ちる」ことを考えよう。これだと「ボールにかかる重力とボールを支える手の力が釣り合って動かなかったものを、その釣り合いを崩して、重力だけにする」ことでエネルギーを解放している。

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背の高いサイフォン

ではサイフォンの場合、この「釣り合いを崩して、エネルギーを解放するメカニズム」は一体、何だろうか。

それには、わざと「釣り合っている」ときのことを考えて、そこからバランスを崩すことを考えてみるのもいいかもしれない。

もしも、サイフォンの高さが10mを越えていたら*1、サイフォンの上部に「真空*2」ができてしまい、右と左とで液体のやり取りは起きないだろう。(環境の気圧が1000hPa程度だと10mの水柱が必要だけど、真空ポンプを使って低圧の環境を作れば、そんなにノッポのサイフォンは要らない*3。)

じゃあここで思考実験を一つしよう。

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背の高いサイフォンの低い位置にパイプをつける

この各々の水柱が大気圧と釣り合った状態で、この二つの柱の間をパイプで繋いだらどうなるだろう?

もちろん、サイフォンができる。

じゃあ、どれくらいの勢いで液体は流れるんだろう?

水の流れる勢いは、水にかかる圧力で決まる。水圧が高いほど流れる勢いは強くなるはずだ。

その圧力を測る方法はないものだろうか?

実は、この「10m超サイフォン」の思考実験には2個の「圧力計」が備わっている。

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この高さが圧力計の役目を果たす。というのも…
水に水圧がかかっているから、これだけの水柱を下から支えられているのだ

パイプ部分の上にある水柱の高さが、パイプ部分の水にかかっている水圧を表しているのだ*4。これを言い換えると、「パイプ部分にかかっている圧力は、その上にある水柱を支えられるだけの「力」を持っている」ということになる。

この図の場合、パイプの左側の水圧は図の赤い部分の高さの分だけあり、パイプの右側の水圧は図の青い部分の水柱の分だけである。つまり「左側の方が、より水圧が高い」。だから「左から右へと水が流れる」のである。

それではいつまで流れ続けるのかというと、「パイプの両端の圧力が同じになるまで」、すなわち「赤い水柱と青い水柱の高さが同じになるまで」である。

ここで水柱のてっぺんの高さはどれくらいかというと、それぞれの容器の水面から10m上の位置に必ずなっているから、「赤い水柱と青い水柱の高さが同じになる」ときは「両端の容器の水面の高さが同じになるとき」である。つまりサイフォンの両端の容器の水面が同じになったときに、流れは止まる。



ここでいくつかの注意しておきたい。

まず、サイフォンに出てくる圧力はすべて「押す力」であり、「押す力同士のせめぎあいで、強いほうから弱いほうに、水が流れる」ということである。だから Wikipedia のサイフォンの項目にある

サイフォンの仕組みを理解するためには、長く、摩擦のない列車が平原から丘を越えて平原より標高の低い谷へと伸びている姿を想像すればよい。丘から見て、平原より低い部分に列車がさしかかっていれば、丘から谷へと滑り込んでいく部分が残りの部分を丘へと引っ張り上げ、谷へと導くことが感覚的に理解できるはずである。

サイフォン - Wikipedia

という説明はイメージが正反対で間違っている注射器やピペットで液体を引くようなイメージ、すなわち流体にかかる圧力が負となるイメージだが、むしろ注射器を繋いで、両側から押すようなイメージの方が正しい。

それから「大気圧で押されているから」という説明も、言葉足らずである。というのも、容器の水面にかかる大気圧は、サイフォンの両端にある容器の双方で同じだからである。圧力の差を生み出している機構は、大気圧そのものではなく、左右の各容器の水面からサイホン(「10m超サイフォン」では、あとで繋いだパイプの方)のてっぺんまでの高度差の違いである。

だからブクマの中でまともな説明になっていたのは id:BUNTEN さんの

BUNTEN 雑記 大気圧と重力の合力の差(大気圧の差は無視できる程度)が動力になると思っていたが違うのか? とりあえず高さ10mを超えるサイホン作れば大気圧も不可欠なのかどうかはわかるだろう。 2010/05/15
くらいしかない。

まとめよう

サイフォンのエネルギー源は容器の水面の差で決まる重力による位置エネルギー。流体を流す力の供給源(ポンプ)は大気圧だが、これは「供給」「受容」の双方で同じなので、流体を動かす力の説明になっていない。動かす原因となる力は、容器の水面とサイフォンの高さの差で決まる正の(押す方向の)圧力であり、これが供給側と受容側で食い違うから流れる。
「真空が出来そうになってパイプ内の流体が引っ張られる」というイメージは圧力の値からいって大間違い。



…というわけで「重力」と言っても、「大気圧」と言っても、「何に」「どのように」かかり、何が流体の「釣り合い」を崩して水の移動を促すのかを言っているのかハッキリさせようとしない限り、科学者の嫌う一種の安直な「一問一答」クイズ的な「言葉遊び」に過ぎないように思われる。

*1:一応、液体は「水」(密度は 1000 kg/m3)、重力加速度は約 10 m/s2, 環境の温度は「常温」(300K程度)ということにしておくね。

*2:真空というのは厳密にはウソで、環境温度での蒸気圧と釣り合う程度の薄い水蒸気が満ちているはずだ。

*3:このページ http://www2.hamajima.co.jp/~tenjin/labo/siphon.htm示唆されている。

*4:液柱ゲージになっている。参考:圧力測定 - Wikipedia

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