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社説

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イラン核合意―言行一致が信用の条件だ

 イランがこのままウラン濃縮を続けると、数年後には核兵器を保有できる状態になりかねない。これを止めようと、米欧などが国連安全保障理事会で、新たな制裁決議を準備中だ。ニューヨークで開催中の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、イランと米国が非難合戦を演じている。

 出口は見いだせないのか。

 緊迫感が高まるなか、イランが、平和裏の決着に向けたブラジル、トルコの調停案に合意した。すぐさま懸念が解消されるわけではないが、イランが外交で緊張を緩和する動きに出たことは新たな展開だ。外交による最終決着に向けた糸口にできればと思う。

 調停によってイランは、保有する濃縮度3.5%の低濃縮ウラン、1.2トンのトルコへの搬出に合意した。その代わりに、医療用の研究炉に使う、20%に濃縮・加工された核燃料棒120キロの受領を条件にしている。

 米軍幹部は先月の議会証言で、イランは1年以内に核兵器をつくるのに必要な量の高濃縮ウランを手にし、その後、3〜5年で使用可能な核弾頭を製造できるようになりかねないとの見通しを示した。1.2トンが搬出されれば、イランが核保有できる危険水域を先延ばしすることはできる。

 ブラジルのルラ大統領はイランで最高指導者のハメネイ師とも会談した。ハメネイ師が調停外交を評価した、とイランのテレビは伝えている。「国外搬出」に反対してきた保守派が柔軟な姿勢に転じたことをうかがわせる。搬出先が、米欧ではなくイスラム世界の友好国であるトルコという点も、イラン世論を説得する材料になっている。

 今回の調停を国際社会は、どう受け止め、生かしていくべきか。

 イランにはこれまで言行不一致が何度もあり、欧米諸国はおおむねなお警戒的だ。イランが、調停に応じる一方で、ウラン濃縮の継続を表明している点への不信感も強い。調停を足がかりに外交決着へと進むには、イランが、疑問の余地なく「平和利用」を行動で示し、信頼を回復することが先決だ。

 たとえば、低濃縮ウランはトルコへの搬出分がすべてではない。イランの保有量は約2トンとも言われる。このうち1.2トンの搬出で核開発の速度は鈍るが、なぜ全量ではないのか、との疑問は残る。

 しかも、ウラン濃縮を継続するなら、再び保有量が増えることになる。「平和利用」を証明するには、全量の国外搬出、ウラン濃縮活動の停止に踏み出すべきだろう。そのための条件などを外交の場で考えるべきだ。

 ブラジル、トルコは現在、安保理非常任理事国だ。これまで主にイランと交渉してきた安保理常任理事国とドイツは、この両国と連携を強めながら、イランの説得にあたってもらいたい。

裁判員1年―健全な良識さらに深めて

 裁判員制度が始まって、この21日で1年になる。3月までの実施状況を先ごろ最高裁が公表したが、まずは順調な滑り出しを見せたと評価できよう。

 もっともこれまでは起訴内容を争わない被告が大半で、証拠関係が複雑に入り組んでいるものや、死刑の選択が迫られるケースにどう対処するかは今後の課題だ。起訴に比べて審理された件数が少なく、事件が滞っているという問題も持ち上がっている。

 法律家の努力と工夫が引き続き求められるが、とりわけ弁護人の活動がかぎを握ると言っていいだろう。裁判員経験者らを対象とする最高裁の調査や朝日新聞の取材でも、説明のわかりやすさなどの点で弁護人の評価は検察官や裁判官に後れをとっている。

 組織をあげて取り組む検察に対し、それぞれ独立した存在である弁護士が対等に渡り合えるのか。懸念はかねて指摘されていた。だが、その困難を克服してこそプロフェッショナルだ。体験や意見を交換し、研究を重ね、力量を向上させていく必要がある。弁護士会はそのかなめとして、これまで以上のバックアップに努めてもらいたい。国選弁護体制の充実など、国による環境整備も欠かせない。

 この1年は、裁判員の意欲や事情に最大限配慮する観点から制度が運用されてきた。今後もそれは大切にする必要がある。ただ、被告の権利をないがしろにした裁判であってはならない。最高裁の検証作業の中でも、裁判員が事実の究明に急なあまり、検察、弁護双方の主張を踏まえるという裁判のルールを外れた尋問をする例があると指摘された。法に基づいて、市民に果たすべき役割を丁寧に説明し、正しく導くことも法律家の使命である。

 そうした問題は一部あるにせよ、法廷での言動や判決、アンケートなどを通して見えてくるのは、健全で良識をもった裁判員の姿だ。被害者の境遇に思いを寄せ、犯行に至るまでの事情に時に涙し、刑務所での処遇に関心を払い、被告の立ち直りを気づかう。

 専門家任せであまり考えることのなかった問題に、国民の視線が向かいつつある。認識の深まりは、被害者への支援や罪を犯してしまった人の社会復帰、そして犯罪に強い地域づくりに取り組んでいく基盤にもなるだろう。

 市民の司法参加が本決まりになった9年前、私たちは期待も込めて、法廷は主権者である国民が社会のあり方を考える場となり、民主主義が進化・発展する契機にもなると指摘した。

 裁判員制度はまだ緒に就いたばかりで、この先、疑問や批判が寄せられる局面も少なからずあると思われる。正すべき点を正すのは当然だが、ひとつひとつの事象にいたずらに惑わされることなく、冷静な目でこの制度の将来を見守っていきたい。

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