学生が授業に出られない。欠席者が多くゼミが成り立たない。大学生の就職活動(就活)が長期化し、内々定に時間がかかるようになったため、大学キャンパスが四苦八苦している。「卒論どうしよう」という学生の嘆きも聞かれ、大学は「大学の教育機能が低下してしまう」と、採用活動は休日や夏休みにするよう企業に要望している。【山本紀子】
ゼミの人数は全部で11人。最近の授業では3人が、その前は4人が休んでいた。「どうしたんだろう」。出てこない友人を心配して、携帯メールで連絡を取る学生もいる。
「先生、やっぱり就活だって言ってます」
日本女子大被服学科の増子富美教授(染色・繊維加工)の授業も、長引く採用活動の影響を受けている。「3年生の10月からぽろぽろと空席が生じ、12月になると増える。進級しゴールデンウイーク明けに内々定をもらう学生もかなり出ますが、ここで決まらないと後が大変です」
増子ゼミでは、衣服を染めて経過を観察する実験もあり、休むと流れに取り残される。企業説明会に出るため休むという学生には「別の機会にずらせるか企業にお願いして」と促すこともある。欠席続きになれば、やむを得ず空き時間に個別指導することもある。
同大では卒論が全員必修だ。就活を支援するキャリア支援課には秋になって「まだ決まりません」と泣きついてくる学生もいる。中野春美課長は、まず卒論を仕上げるようアドバイス、「完成させてから心機一転探しましょう」と励ます。
明治大文学部の林義勝教授(西洋史)も、卒論への影響が大きいという。「就活が夏に及ぶと、400字詰め70枚の卒論を仕上げるのはかなり困難になる。専門性の高い外国の文献も読み込まねばならず、せめて夏前に決まらないと」
4年の女子学生が手帳を見せてくれた。「住友商事グループ合同説明会」「森ビル会社説明会」「アパレル合同説明会」。3年生の秋から予定はびっしりだ。「1~3月は授業がないので就活に専念できるけれど、4月以降はちょくちょく休んでますね……」
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80年代の採用活動は夏だった。大学側と企業が、会社訪問の解禁を7月以降とする就職協定を結んでいたからだ。しかし形骸(けいがい)化して97年に廃止された。いま就活の実質スタートは3年生の10月と早まり、就職情報サイトがオープンし、企業合同の就活フェアも順次開かれる。1月以降は会社ごとの説明会が急増し、学生は血眼で駆けずり回るようになる。
「リーマン・ショック以後は内定が出るのが遅くなった。浮足立つのが早く、決まるのが遅いので授業への影響は大きい」と永井和之・中央大学長は指摘する。永井学長は、大学、短大、高専の代表者でつくる就職問題協議会で昨年度、企業側との交渉窓口をつとめた。「企業説明会が選考につながることが多い。企業は説明会を広報活動だというが、求人ではないとはっきりさせ、平日に開くことは避けてほしい」
--学業に専念する十分な時間を確保するため、選考活動の早期開始は自粛する
日本経済団体連合会の倫理憲章である。
実態は空文化してしまったが、小さな変化もある。キヤノンマーケティングジャパンは先月、選考を夏休みの8月以降にすると発表した。「優秀な学生は先発企業にとられてしまうという意見もあったが、やはり学業を優先してほしいのです」
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「ほとんどの授業で名前を呼ばれ出欠をとられる。面接で授業を休んでも公欠にならないのでしんどい」と白百合女子大の4年生はこぼす。一方で、就活なら欠席にカウントせず公欠を認めている大学もある。昭和女子大は3年生で3回、4年生で6回まで認め、徳島文理大は面接や試験なら認めている。
地方はもっと厳しい。秋田市の国際教養大では友人どうしで東京のアパートを借り、数日間泊まりこんで就活する学生もいる。英語で授業をするため外国人教員が多いが「どうして企業訪問で学校を休むのか、とよく質問されます」とキャリア開発室の源島福己室長は困った様子だ。「一斉に採用活動が始まる日本のシステムを説明するのですが……」
北陸の私大では今春、内定を得たのに卒業できない学生がいた。就活に熱を入れすぎ必要な単位が取れなかったためだ。キャリア指導の担当者はつぶやいた。「なぜこんなに就職活動は熱を帯びていくのか。地方の大学は困るばかりです」
毎日新聞 2010年5月19日 東京朝刊