池田信夫 blog

Part 2

2010年04月25日 00:54
科学/文化

ヒュームの問題

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)社会主義が崩壊してから20年以上たっても、それがなぜ崩壊したのかを理解している人は少ない。それは計画経済が「非効率」だったからではない。1950年代までは社会主義のほうが効率的で、サミュエルソンはソ連の成長率がアメリカを抜くと予想していた。いまだにインフレ目標などの「社会工学」を信じる素人がネット上に多いのも、理科系の人には社会をメカニカルに理解する傾向が強いためだろう。
資本主義がすぐれているのは、それが効率的だからではなく(ハイエクの意味で)自由だからである。この自由とは、小飼弾氏が拙著を評した言葉を使えば、「自由が必要なのは、それを放棄できるほど我々は賢くないからだ」。新しい古典派の想定しているように未来を予知できる「代表的家計」があれば、自由は必要ない。

本書は、この本質的無知の問題を、いろいろな分野の専門家のシンポジウムという形式で解説したものだ。前著『理性の限界』は不確定性原理と不完全性定理と不可能性定理という答の出た定理の解説だったので、答を知っている人には議論を読む意味はないが、本書のテーマにしているヒュームの問題は答が出ていない(という答の出ている)問題なので、いろいろな立場から論じる形式が向いている。

ヒュームの問題とは、人間が何も知らないということではない。たとえば現在の光ファイバーによってどれだけの速度で信号が送れるかは、正確にわかる。しかし、過去の経験から論理的に未来の技術や市場を予知することはできないのだ。10年後に光ファイバーよりはるかに高速の無線技術が出てこないとは断定できないし、世界最大の通信業者はグーグルになっているかもしれない。社会主義が失敗したのは、政府が未来を予知できると考えて経済を「計画」したからである。

その意味で、ソフトバンクの提唱する「光の道」構想は、本質的に社会主義である。孫正義氏が現在のあらゆる技術的知識を知り尽くしていたとしても、30年後の技術や市場を予知することはできない。2001年に彼がADSL事業を開始したとき、NTTの人々は「こんなバカな技術は絶対に失敗する」と予想した。Yahoo!BBは、それをくつがえすイノベーションだったから成功したのである(この問題は来週のメールマガジンでくわしく解説する)。

その孫氏が「FTTHが30年償却で月額1400円になる」などという計画経済を主張するのは残念だ。未来を予知できると思い込んで「各社一丸」となって技術開発する通産省の産業政策は、すべて失敗した。もちろんそういうギャンブルが成功しないとも断言できないので、やってみる価値はあるが、そのリスクはソフトバンク1社でとってほしいものだ。

追記:メールマガジンの見本で、Yahoo!BBがなぜ成功したかを解説した。

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コメント一覧

  1. 1.
    • ジャオ
    • 2010年04月25日 01:26

    つまりは、非知之難也、処知則難也(知の難きにあらず、知を処すること則ち難きなり)ということでしょう。

    >社会主義が崩壊してから20年以上経っても・・・
    やっぱりソ連型ばっかが社会主義でしょうか。中国はどうかしら?

    いずれにせよ、日本のことわざは賢いと思います。来年のことを言うと鬼が笑う・・って言うじゃないですか。孫さんはやっぱ中国人なんじゃないでしょうか。
    秋 

  2. 2.
    • うなぎ飴
    • 2010年04月25日 11:10

    ヒュームの問題を確率論の立場から洗練させたのがタレブのブラック・スワンですね。

  3. 3.
    • gyhdb049
    • 2010年04月25日 15:47

    ヒュームとルソーは大喧嘩、不毛の大論争になったようですが、不毛の歴史が繰り返されないように以下のことを提言させて下さい。

    高速情報通信の世界は、それがなくては食べていけない類の話とは違って、豊かな文化生活の基盤を構築するという話ですから、30年も先の世界の事を今の時点で、光イノベーションか電波イノベーションか、どちらかに決着をつけようというのは無理があると思います。それゆえ、無責任な第三者の発言と言われるかもしれませんが、未来の技術進化や社会状況の不透明さを考えた時、また、真の生活者主体の文化インフラとしての情報通信事業という観点から考える時、光と電波の両者が競合してどちらか一方が選択されるというのではなく、どちらも技術的に経済的に万全な事業展開への歩みを進めていって、30年後、どちらも配備された状況で、生活者が使用料と品質を勘案して、後は、好みでどちらかを選択できる。そうして、その人気の趨勢でさらに両者が路線の進化を競い合う。そのような贅沢にも見える有線、無線の複合通信時代の未来を想定すれば、夢が膨らみ技術の進展を踏まえた今後の熱い議論が期待できるでしょう。要するに、そのような夢の状況も可能にする、今後の技術、経済、あるいは、社会状況の進化を前提とした射程で、光イノベーションと電波イノベーションがそれぞれ自らの分野の進化に注力すればいいと思うのです。そのような目的で余裕ある研究開発体制を官民の協力で敷いていただきたいと思いました。

    未来の生活者文化のために、光、電波の両立の道を探ってほしいと思います。そしてそれぞれが独立して進化を遂げ、30年先が60年先になってもいいから、日本の高速情報社会にふさわしい、夢のある壮大な情報通信網を築いていってほしいと思います。


  4. 4.
    • tk856331
    • 2010年04月26日 04:59

    社会主義経済が失敗したのは、剰余価値説という間違った考えのためである。
    私は酪農をやっているが、投資をして規模を拡大するは儲からないからだ。皆が規模を拡大すると頭数が増えて単価が下がり利益が減る。その利益を補うために規模を拡大する。悪循環である。いくら投資をしても金持ちには程遠い。
        貧富の差は資産の流動性の問題である。金はみんなが欲しがる。貯めようとする。すると市場に出回ら無くなる。金を借りなければならないひとが生まれる。利子をつけて貸す。ますます金は集まる。国の借金が増えるのは当たり前だ。
        資本主義経済が成功したのは、株の発明のためである。株は無限に供給出来る。いくら集めても実体経済に問題を起さない。
         社会主義経済でも金はみんなが欲しがる。貯めようとする。計画生産しても通貨の流動性が悪く売れない。株も金融もない。印刷機を回してしのいだのでは?崩壊時のハイパーインフレがそれを示す。

  5. 5.

    >リスクはソフトバンク1社でとってほしいものだ
    すでにSBの社会的な位置づけを考えたら、莫大な債務の返済は国の税金になるんでしょうね。トゥービッグトゥーフェイルの考え方でなりふり構わず投資し巨大化すれば、ダイエーみたいになれると思っているのでは。そういえばダイエーの社長って逮捕されたり起訴されたりしましたっけ?それ考えたら、やってみて後は野となれ山となれですね。

  6. 6.
    • myzwhiro
    • 2010年04月26日 17:56

    私自身も含め理科系に分類されるであろう人々は、経済的事象の分析に必要な基礎的理論や知識の不足を補完すべく、無意識の内に物理学的な論理に照合して理解しようとする傾向があるのかもしれません。

    適切な対比ではないかもしれませんが、ソ連他の社会主義が崩壊したのは、あたかもニュートン力学のみで宇宙空間での事象を解明しようとする試みに似た作用であったのかもしれません。一方、重力(場)による空間の歪みや、光と時間の関係を体系的に考察したアインシュタインの相対性理論が、より現実的な宇宙空間の構造理解に適していたことは、自由主義において経済を伸張させた各種経済理論の重要性と似ているのかもしれません。

    一方、金融危機にて露呈した市場主義経済の欠陥については、それを補う完全な理論が模索されている最中なのでしょうが、あたかもミクロレベルでの素粒子の状態(位置や運動方向等)は確率論的にしか予測できない(不確定性理論)という現在の量子論の発展経緯とも似ているように感じます。

    「ニュートン力学が完全なものであるならば、宇宙の未来を完全に予測する生物も存在し得る」というラプラスの魔物論は、量子論の解説において引用される比喩ですが、ソ連型社会主義を否定する理論と対比できるかもしれません。また、ヒューム(とマッハ)に触発されて相対性理論を完成させたアインシュタインでさえ、不確定性定理に基づく量子論(力学)を否定しつづけたということは、自由主義経済を支えてきた理論体系の限界を暗喩しているような気がします。

  7. 7.
    • shitofheaven
    • 2010年04月26日 22:59

    世の中にその分野の超人が必ず存在し、やがてはみんなが彼に倣う、というのであれば、世の中はきっと上手くゆく。でも、必ず超人が生まれるとは限らないし、みんなが彼を受け入れるとも限らない。だいたい誰が超人なのかすらよくわからない。だから、世の中は常に問題だらけ。それでも何とかしようじゃないかというのなら、超人が生まれたり、彼を判別したり、彼に倣う人々が出てくる確率をわずかずつでも高めてゆくしかないのでしょう。そのためには、人々がそれなりに生きる限界近くまで、多様性を高め偏りを最小にすることが必要なのでしょう。高校の授業程度の知識でも、生物がリスクを犯してまで多様性を維持する仕組みを絶妙なバランスで実装していることにとても驚きます。四十億年の試行錯誤の結果を、人間はもっと謙虚に受け入れるべきなのだと思います。

  8. 8.
    • jij999
    • 2010年04月27日 03:54

    >6. myzwhiro
    >金融危機にて露呈した市場主義経済の欠陥については


    「市場」の定義がはっきりしないので、雑な結論に見えます。

    問題は、昔ながらの「相対」取引でした(複雑な債務契約の)・・・間接型市場金融の崩壊が「主」ではないはず。投資銀行という巨大組織と契約関係がブラックボックス化したことが「主」でしょう。これからcentral counterpartyを作るようですから。

    あと、住宅金融の肥大(政府支援機関!)という側面もありましたので。市場経済は統制経済と違って、政府と中央銀行が優秀ならば大崩壊に至らず、復旧も早いと考えたほうが、本質的に思えます。

  9. 9.
    • shitofheaven
    • 2010年04月27日 21:02

    昨夜、先のコメントを送信した後、三十年近く前に聴き倒したJoy DivisionのNew Dawn Fadesに何故かまた無性に触れたくなって、You TubeでMobyによるカヴァーを含めて視聴してから寝ました。池田先生を始め皆さんからの次ようなthe blameがないかと気にしながら。I'm wasting my time on you. ところで、Klaus NomiのMVと彼の唄Simple Manと桝添要一先生の映像を融合して、どなたか桝添先生の応援動画を創ってYou Tubeにアップしていただけないかしら。今なら面白いと思うんだけど。調子こいて記事から飛躍した私的な連投が過ぎてますので、またしばらくは花電車で行こうと思います。地底の下の住み慣れた世界で。このコメントは添削編集無視何でも結構です。

  10. 10.
    • shitofheaven
    • 2010年04月27日 21:52

    恥の上塗りでもう一度だけ。大河ドラマ「龍馬伝」の最終回のエンディングで、福山雅治さんがNew Dawn Fadesをカヴァーして流したら、NHKもやるなぁと思いますがいかがでしょうか。ドラマが皮肉に変わって味わい深くなりそうです。

  11. 11.
    • gyhdb049
    • 2010年04月27日 23:21

    myzwhiro さん >アインシュタインでさえ、不確定性定理に基づく量子論(力学)を否定しつづけたということは、自由主義経済を支えてきた理論体系の限界を…。

    アインシュタインは、位置×運動量=粒子存在の質量という事象を、賭け事的な確率論のように思い込んだ面があったようです。そうではなく、たとえば、経済学でも、GDPに代表される経済の量的概念だけでは、その経済の質、非民主的なのか、民主的なのか、つまり、国家資本主義か自由資本主義か。あるいは、賎民的資本主義か、良民的資本主義か、が分からない。だから、経済は質と量の総合で計量されなければならないのに、これまでの経済学は主として量の面で語られてきたように思います。というより、経済の発展期には質量の総合的な計量は不要だったのでしょう。しかし、発展期の資本主義の理論である一次のケインズ理論の時代と違って、資本主義の成熟期であるこれからの時代には質量の積としての経済存在という経済の不確定性概念の定立は、金融経済の発展も踏まえ本質的だと思います。ただ、アインシュタインは、自らの依って立つ論理的科学客観主義、その裏の存在である、矛盾した概念の総合、つまり、西田哲学の絶対矛盾的自己同一のような仏教哲学的な静的な自然融和の主観主義を知らなかったから、ハイゼンベルクのミクロ粒子の存在様式という量子力学に求められた測定概念は腑に落ちなかったのでしょう。以上のことから、自由主義を支えてきた理論体系の限界→自由主義を支えてきたこれまでの理論体系の限界、とされた方が適切のように思いました。自由資本主義はこれからも進化していかなければならないでしょう。

    末筆ながら、御説からいろいろ刺激を受けた事に、改めてお礼を一言申し上げます。


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