「アクセス回線会社」案をめぐって来月、孫正義氏と夏野剛氏と私の3人でニコニコ動画で討論することになった。スケジュールは調整中だが、技術的な問題に深入りするより通信インフラ整備についての考え方を議論したほうがいいと思うので、経済学の標準的な考え方を紹介しておこう。
アクセス回線会社の経営が国費を投入しなくても可能で、かつ黒字を出せるというソフトバンクの試算は怪しく、総務省のタスクフォースでも多くの疑問が出された。それがかりに正しいとしても、離島や山間部まで月額1400円でFTTHを敷設する「ユニバーサルサービス」は間違っている。光ファイバーを敷設するコストは都市部と山間部で7倍以上違うので、これは都市住民への私的な課税である。八田達夫『ミクロ経済学?』は、ユニバーサルサービスを「既得権保護政策の実例」としてあげ、こう書いている:
最小限の通信手段を保証する方法としては(中央あるいは地方)政府が補助するしかないが、その場合の国民負担を減らす方法としてオークションを行ない、最少額を提示した業者に一つの地域で独占的に供給させる方法があり、アメリカの一部の州で実施されている。ソフトバンクの案は、この変種と考えることもできようが、各国の経験では最小限度の電話サービスに限っても、地域独占を作り出す弊害は大きく、かえってその地域の発展を阻害する。
もしソフトバンクのいうように全世帯に月額1400円でFTTHを供給する国策会社ができれば、いまNTTと競争して独自のインフラを敷設している電力系やケーブルテレビ業者の経営は成り立たないので、国策会社が買収して1社独占にするしかない。それはせっかくここまで育ってきたプラットフォーム競争(関西ではFTTHの1/3は電力系である)を殺し、イノベーションを窒息させてしまうだろう。八田氏はこう指摘している:
ユニバーサルサービスの根拠は、郵便のように人間生活にもっとも基本的なサービスについては、居住地にかかわらず同じ料金にすることが社会的義務だということです。つまり地域間再分配することが社会的義務だというのです。[しかし]ある財の価格を再分配のために全国均一にするのは、資源配分を非効率にします。現に食料や住居は人間生活に最も基本的なものですが、その価格の地域間平等化が必要だという議論はありえません。これはFCCの基本的な考え方でもあり、彼らはユニバーサルサービスを最終的には撤廃し、(必要なら)直接所得補償に切り替える方針である。最低限度のライフラインの保証は必要だという議論もあるが、その場合も必要なのは通信手段であって固定電話ではない。多くの利用者は、黒電話を守ってもらうより、携帯の基地局を望むだろう。まして光ファイバーをユニバーサルに普及する政策はありえない。それはナショナル・ミニマムの保障という域を超えた「押し売り」である(少なくとも私は拒否する)。
人々は地域間を移動できます。公共料金に限定しても、水道料金は地方によって異なるし、ガス料金もプロパンガス地域と都市ガス地域では料金が異なります。郵便代だけが供給コストを無視して均一料金であるべき理由は見つかりません。無理に均一料金にすると、供給コストが高い地域から安い地域への資源の移動を妨げるので、社会的な無駄を発生させます。(pp.441-2、強調は原文)
最小限の通信手段を保証する方法としては(中央あるいは地方)政府が補助するしかないが、その場合の国民負担を減らす方法としてオークションを行ない、最少額を提示した業者に一つの地域で独占的に供給させる方法があり、アメリカの一部の州で実施されている。ソフトバンクの案は、この変種と考えることもできようが、各国の経験では最小限度の電話サービスに限っても、地域独占を作り出す弊害は大きく、かえってその地域の発展を阻害する。
もしソフトバンクのいうように全世帯に月額1400円でFTTHを供給する国策会社ができれば、いまNTTと競争して独自のインフラを敷設している電力系やケーブルテレビ業者の経営は成り立たないので、国策会社が買収して1社独占にするしかない。それはせっかくここまで育ってきたプラットフォーム競争(関西ではFTTHの1/3は電力系である)を殺し、イノベーションを窒息させてしまうだろう。八田氏はこう指摘している:
「地方への財政再分配」は、高い生産性を持つ大都市から税を吸収して生産性の低い地方に分配したため、日本全体の生産性を落としました。とりわけ生産性の高い大都市に資源を投入しなかったため、必要な都市のインフラが整備されず、第3次産業中心の国際競争の時代に日本の都市は競争力を失ってしまいました。(p.474)IT産業のように誰もが当たり前だと思っているプラットフォームが急速に変化する業界において、30年計画で社会主義的なインフラ整備を行なうことは、きわめて危険である。NTTのINSもISDNもB-ISDNもすべて失敗に終わり、その教訓に学ばない「FTTH原理主義」のNGNも失敗した。ビジネスには未来は予知できないというヒューム的な謙虚さが必要だが、IT産業では特に重要である。
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コメント一覧
文章とずれることで、申し訳ありません。先の日曜の「たかじんのそこまで言って委員会」に池田先生が出られていてびっくりしました。テレビ局の電波利権、新規参入阻止による寡占構造について敢然と話されていました。今までもこの番組は一応タブーに踏み込みますが、テレビ利権についてだけは局員の辛坊あたりが大声で遮っていました。今回、池田先生以外では田原が老いて罪滅ぼしのつもりか局の特権を暴露してましたね。池田先生が核心に触れたときに原口が入ってきて話が遮られたのは無念。局員の土屋、辛坊が露骨に話題をそらした上に、ビートたけしが本質的な話題をちゃかしてしまったのが鼻につきました。皆、たけしに怒っていました。やはり、おせじでもなく池田先生の世間への啓蒙が必須です。よく読売テレビが出してくれましたね。
ブロードバンドアクセスをユニバーサルサービスにするのはアリだと思います。とはいえ、1社独占はやはり問題が大きい。競争やイノベーションの余地を残しつつ、ユニバーサルサービスを実現するうまい方法はないものでしょうか。
インフラだと考えれば、競争も何も関係ありません。イメージとしては“無駄な道路”というよりも、水道に近い。第一、国費を流さないことが前提です。私は東京近郊に住んでいますが、電気は東京電力、ガスは東京ガスで、選択の余地などありません。インフラを考える場合、1社独占かどうか以外の原理が働くんじゃないでしょうか..。東京水道局は、天然水並みに美味しい水道水を作ってるというし..。ただ、ここで言うように、NTT以外の民業も独自で線を敷いて頑張ってるという部分についてなら大いに考えていかなきゃいけないんだと思います。
離島や山間部まで同等に扱うことを問題視されているようですが、過疎化、廃村の問題と、景観維持、林業→防災など地域維持の必要性など、いくつかの論点から、東京や都市部に集中する現行行政や商業を助長するのでなく、一定の均衡有る発展、国土有効利用、国土維持も国家としては重要で、そういう要素が有るからこそ、海外からの旅行者なども、田舎でも汚くない(景観が綺麗、中国などは特に田舎では極端に汚い地域も存在する)、地域特性を生かした形で増加している状況も有るのです。
また、都市部では用地取得買収などにかかる費用も、山間部では極端に少ない訳で、設置費用がかかるとしても必ず山間地などの方がコストがかかるとは言えないのではないだろうか。人口比での効果は期待できないにしても。
水に関しては水道水ではなく井戸水を使っている地域もあります。また給水車で運んだ水を貯水槽に溜め使っているような地域もあります。ガスに関してはプロパンガスを使っている地域があります。電力に関しても発電機を使って自家発電しているような僻地の建物もありますし、最近では燃料電池や太陽電池による発電も実用化されて来ています。これらはある意味「無線」のインフラです。
このように生存にとって重要なインフラに関しても、費用対効果を無視して全てを有線で供給しているわけではなく、時と場合に応じて有線と無線を使い分けています。情報インフラに関しても同じことです。
>水道に近い
ガス、水道のアナロジーで考えるなら、東京23区は都市ガス、大河川水系の水道(いわばFTTH)で、地方は場所によってはプロパン、地下水であって(いわば無線)、けっしてそのインフラは一様ではないし、料金も違う、ということを特筆大書すべきでしょう。
逆に、都市でも地方でも料金が均一なユニバーサルサービスなど不自然な代物は、電話や郵便くらいではないでしょうか。
ソフトバンクの松本さんが、やたら過剰なネット社会の未来予想図をアゴラで述べておられましたが、地方にそんなものはいらない。田舎でネット手術やネット美術館めぐりができるようにすることに都市住民の金を掛けるぐらいなら、そんな過疎地域は強制移住してもらうべきでしょう。日本経済は衰退傾向にあって、そんな過疎地域を維持することは30年待たず不可能になって廃墟になるのですから。